投稿日:2023年10月26日 22:26 文字数:15,758
15こ目;Powder Sugar Waltz 第5話
ステキ数:1
冬矢、高1の夏。
友達として、出来るだけ近くにいようと決めた冬矢は、その距離を保とうと努力していた。
けれどそれにもどかしい思いも抱いていて……。
当初の目標であった、「時系列が戻るまで」がここで達成されました。
お付き合いいただきありがとうございました!
と、いうことで、次回からはとうとう時間が進み始めますので、引き続きよろしくお願いします!
↑当時キャプション↑
2021/09/10初掲載
『僕+君→Waltz!』15こ目。
3人の時系列が揃って元に戻ったところで、次回再掲は11月1日(たぶん)からスタートします。
だいたい週2回くらいの頻度で進め、年内で本編を終わらせる予定です。
そこからもまだまだ続くので、よろしければのんびりお付き合いください。
友達として、出来るだけ近くにいようと決めた冬矢は、その距離を保とうと努力していた。
けれどそれにもどかしい思いも抱いていて……。
当初の目標であった、「時系列が戻るまで」がここで達成されました。
お付き合いいただきありがとうございました!
と、いうことで、次回からはとうとう時間が進み始めますので、引き続きよろしくお願いします!
↑当時キャプション↑
2021/09/10初掲載
『僕+君→Waltz!』15こ目。
3人の時系列が揃って元に戻ったところで、次回再掲は11月1日(たぶん)からスタートします。
だいたい週2回くらいの頻度で進め、年内で本編を終わらせる予定です。
そこからもまだまだ続くので、よろしければのんびりお付き合いください。
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空の色がねっとりと濃い。降り注ぐ日射しは葉の形をはっきりと地面に描いていた。踏みつけると砂利の感触が靴越しに伝わる。
「暑い……」
ぐったりしたような蒼生の声に頷く。口を開くのも億劫になるくらい湿気が酷い。
「そうだなー」
のんびり相槌を打つ健太は、セリフとは裏腹にすっきりした顔をしていた。
「健ちゃんは元気だね」
「暑いのは慣れてるし……それにテスト終わったしな!」
たしかに、1年で最も付き合いづらいのが7月テストだ。勉強する時期も、テスト当日も、どちらも暑さと湿気で集中力が途切れそうになる。休み時間には必ず換気を行うことになっているため、せっかくの涼しい空気が逃がされてしまうのは本当にどうかと思う。
「そうだ、どっかで冷たいもん飲んで帰ろうぜ」
「いいねえ」
2人の声も、暑く重い空気のせいでどこか遠い。これからさらに暑くなるんだと思うとめまいがする。
そういえばさっき荷物の整理して、定期を入れ直しただろうか。ふと不安になって鞄を探る。が、いつも入っているポケットは案の定空っぽだった。駄目だな、ぼーっとしているみたいだ。
「ごめん、俺定期忘れたから取りに行ってくる。先に帰ってて」
数歩先に進んだ蒼生と健太が立ち止まって振り返る。健太がひらひらと手を振る。
「あー、いいよ、待ってっからとっとと行ってこい」
「木陰のとこにいるね」
……ふーん。
「ん、じゃちょっと待ってて」
俺がそう言って踵を返しかけると、肩から鞄のベルトを下した蒼生が笑って手を伸ばした。え? ああ、そうか。蒼生は俺の鞄を受け取る。こういうの、いいもんだな。
教室に戻ってドアを開けようとすると、中でクラスメイトの女子たちが話している声が聞こえた。気にせず入ろうとしたが、
「あ、ねえ、あそこ……」
ふと蒼生の名前が聞こえた気がして手を止める。少しだけドアに隙間を作ると、その声はさらによく聞こえる。
「え、どこ?」
「ほら、下の木のところ。野木沢くんと寺田くんがいる」
「笹原くんは~?」
「うーん、残念、今日はいないみたい」
蒼生だけじゃなくて俺たちの話か。
「あの3人仲いいよね。いつも一緒にいる感じ」
「同じ中学出身なんでしょ?」
「それで全員顔面偏差値高いのがずるいよね~。ほんと、揃ってると目の保養だよ」
「わかるわかる。笹原くんは正統派の超イケメンで、寺田くんは元気系爽やかイケメン」
「派手なイケメンに囲まれてるから見落としがちだけど、野木沢くんもめちゃめちゃ美人だよね!」
「あー、ほんとそう。美人さん! 綺麗だし、いつもにこにこ笑ってて癒し系だし、優しいし、彼氏にするなら絶対野木沢くん~」
「同意!」
相変わらず蒼生は人気あるな……。まあ、概ね俺も同意だ。凛として綺麗で、真剣な眼差しをする時の横顔は絵画のようだと思う。でも彼女たちは知らないだろう。俺にだけ向ける豊かな表情を。素直で可愛い素顔を。
そこから話はどんどん発展していき、俺たち3人のうち誰が彼女持ちかを予想するフェーズに入っていった。全員いそうだよね、などと言われているが、残念、俺はもうずっと彼女なんか作ってないし、蒼生に至っては全部「面倒」の一言で済ませてるからな。健太は知らないけど。
1人がそういえば、と口を開く。
「中学の頃、塾にね、笹原くんと付き合ってたって子がいたんだよね。その子、冷たくされてすぐ別れたって言ってたよ。全然付き合ってる感じしなかったって」
「えー? それホントの話?」
「あんなに優しそうなのに? 振られたか相手にされなかったかで悪口言ってるんじゃないの?」
俺の悪評がそんなとこにまで行ってたか。正直どの子のことかわからないけど、俺から離れていった子の誰かだろう。そういう噂が広まれば近寄ってくる子もいなくなるから、俺としてはむしろ広まってほしい話だ。
ただ、俺の話だけならよかったんだが、ちょっとそうもいかない。
少し教室から離れると、わざと小走りに足音を響かせてドアを開けた。5人の女子が一斉に振り返る。
「……あ、驚かせちゃった? ごめん」
「え、ううん!」
にっこり笑ってみせる。彼女たちはちらちらと目を合わせて肘でつつきあう。今の話を聞かれていたんじゃないか、という無言のやり取りなんだろう。特にそれには反応せず、俺はまっすぐ席に向かう。
「忘れ物?」
俺の噂を聞いてた子が慌てたように聞いてきた。
「ちょっと定期忘れて。ああ、あった。ごめんね、邪魔して」
「や、全然、大した話してなかったし!」
「そっか」
蒼生を彼氏にしたいと言った子が近くにいたので、目を合わせて笑う。
「それじゃあ、友達、待たせてるから。また明日」
小さく息を飲むのを見届けて、俺はさっさと教室を出る。
気付いてくれたかな。蒼生は俺とずっと一緒にいるから、君と付き合う時間はないよ。
しばらくすると、わあっと騒ぎだす声が聞こえる。あの音量では聞こえないほうがおかしいと思うんだけどな。
さすがに外まで声は響いていなかったようだ。外に戻ると、花壇の淵に腰かけた蒼生とそれを見下ろす健太が楽しそうに話している。俺に気が付くと、あ、と同時に声を上げた。
「おかえり」
「遅かったな。何してたんだ?」
健太の問いに、俺は小さく笑う。
「牽制、かな」
2人は不思議そうに、同じ角度で首を傾げた。
夏休みはまずグループ学習のスケジュールを組み立てるところから始まった。課題の量も多い上に単独で出来ない作業を課してくるあたり、勉強を休ませまいとする姿勢を感じさせる。せっかく禁止でもないからバイトでも始めようかと思っていたけど、もう少し慣れてからにしようと様子を見ておいてよかった。きちんとその量に対応できる時間はちゃんと確保できそうだ。
ただ、部活熱心な健太とのスケジュール調整が面倒だった。練習だか試合だかよく知らないが、とにかくびっしり予定が埋まっていた。
「こんなにびっしりだと休む暇ないよね。もしあれだったら、調べるのは僕が」
「俺もな」
「僕と冬矢がやるから、健ちゃんはまとめる時に一緒にやればいいんじゃないかな」
蒼生が真っ赤なスケジュール表を見て助け舟を出す。
「……いや、2人に負担かけるのよくないし、出来ればちゃんと調べるところからやりたい!」
「わ、すごい、やる気出してるね」
素直な蒼生はそう言って感心してるけど、まあたぶんそういうことじゃないだろう。
まず基本的なデータを集めるところからだが、これは早いほうがいい。とりあえず夏休みが始まって最初に健太の部活が休みの日を選んで、俺たちは目的の郷土博物館に出かけることにした。グループ学習のためとはいえ、蒼生は電車で遠出するのが楽しいようだった。少しだけ上擦った声を抑えるように今日の予定を話している。ただ、俺はちょっと悪い予感がしていた。
駅に着くと、残念ながらその予感が正しかったことを知る。改札口の外には、見た事のある男女が数人立っていたからだ。
「あれ、寺田じゃん」
そう言ったのは男子グループのうちの1人だ。健太を見ると、小さく「サッカー部の」と言った。同じ部活の人間がいるグループなら、同じスケジュールで動くのは想像がつく。誰もが思いつく場所で、同じスケジュールで、ならば偶然鉢合わせるのは仕方がないだろう。
問題なのは女子グループのほうだった。この前、俺たちの噂をしていた子たち5人組がきっかり顔を揃えている。
「よぉ、木村も部活休み狙って来たんだ。女子グループと一緒とはなかなかやるなあ」
「や、違うって。偶然だよ。同じように改札で待ち合わせてたら、ばったりって感じ」
部活仲間と立ち話を始める健太に、蒼生が一歩下がったのがわかる。できれば避けたい、という気持ちの表れなんだろう。俺だってしれっとこの場を蒼生と抜け出したい。だが、相手はクラスメイトだ。変な態度を取って軋轢を生むのは避けたい、とおそらく蒼生は考える。
健太の主張は無視して、ここだけでも蒼生とふたりで来るべきだった。
女子グループの中から1人抜け出してこっちに来たのは、蒼生を彼氏にしたいとか言ってた子だ。
「せっかくだから一緒にいこ!」
まっすぐに蒼生に向かって言うと、蒼生は固まった笑顔のまま肩をぴくりと動かした。
「みんなもいいよね!」
「賛成!」
「大勢って楽しいよね~」
両方のグループから賛同の声が上がる。俺も蒼生も何も言ってない。健太でさえ少々戸惑っているようだった。
出来るだけそばにいたかったのに、完全に分断された。健太は部活仲間の奴に引き回され、蒼生は例の子にマークされている。俺は残りの奴らに取り囲まれ、離れようとするたび引き戻される。男子グループは女子グループと共に行動したいだけなんだろうが、明らかに女子グループは俺を蒼生の元に行かせまいとしていた。ちらちらとそちらを見ていたから、あの子が蒼生と2人になるように全員で画策していたのは間違いない。
蒼生は笑っているが、目線がずっと落ちている。壁に貼られた資料を読もうと目を上げても、すぐに話しかけられて振り向く。立ち止まって模型を覗くと、その隣にぴたりと貼り付かれて、すっとそこを離れる。明らかに蒼生は距離を詰められるのを避けているようだ。
この子たちは一体何をしに来ているんだろう。合コンにでも来てるつもりか? 無理矢理にでも輪を抜けようかとも思った。けど、蒼生が場を穏やかに収めようとしているのを乱してもいいんだろうか。静かに馴染もうとする蒼生に割って入って目立たせるのは正解なんだろうか。
迷っているうちに一通り資料を集め終わってしまった。時間は12時を少し回ったところだ。
「それじゃあ資料まとめながら昼飯にしよーぜ!」
「あそこにファミレスあったよね」
……勘弁してくれ。
席には、例の子と、もう1人おとなしそうな子がついてきた。なんとか俺は蒼生の隣に座る。
あの時は仮定の話をしていたはずだが、いつの間にか彼女の中で狙いは蒼生に決定しているらしい。なまじ明るくて元気のいい子なのが災いする。勢いで走ってるような感じだ。取って食いそうなくらい矢継ぎ早に質問を繰り返す彼女に、蒼生はぎこちない笑顔を向ける。
そこに健太がばさりと紙を広げた。
「で、さあ、さっきの資料のこれって何て読むの」
「え? あ、えっと、これなんだっけ」
空気を読んでいるのかいないのか、蒼生に迫る子の会話にすんなり割って入り、グループ学習の話題に軌道修正していく。普段だったら話題に乗って行きそうなところだから、もしかするとこいつなりに蒼生から注目を引き剥がそうとしているのかもしれない。
俺も気圧されてる場合じゃないな。
「あの、笹原くんは、中学生の時部活は入ってたの?」
もう1人の子は、向こうに行った子たちから肘で押されてこっちに来てたな。はあ、俺が目的か。向こうは健太が抑えているから、こっちの子の発言が全体の話題にならないよう1対1で会話するしかないか。
「……いや、俺は帰宅部」
「そうなんだ」
「時間縛られるのが嫌だったからね。でもやってても楽しかったかなって思うかな」
「あの、私、手芸部だったんだけど、自分で色々作れるのが楽しくて……」
話を進めるものの、正直名前も覚えていない。クラスメイトではあるからなんとなくぼんやりしたイメージはあるうえさっき名乗ってたはずだけどな。昔の俺だったらとりあえず手は出してただろうけど、今は興味がない。
そこに、少し離れた席にいた男子グループの1人が顔を覗かせた。
「笹原、悪い。さっき調べたとこでちょっと教えて」
……酷いタイミングだな。ここで蒼生から離れていいものかどうか。くそ。不本意だが健太に任せてとっとと行って戻ってくるしかないか。
「悪い、蒼生。ちょっと行ってくる」
立ち上がると、見上げた蒼生の目がわずかに揺れる。ごめん。
少し離れた場所に案内されていたもう1つのグループのテーブルには、資料やノートが散乱していた。
「これさ、全員書き移した数字違ってんの。ここ一緒に見た笹原は覚えてるんじゃないかってさ!」
どうやら普通にまとめ作業をやっていたらしい。俺を蒼生から引き剥がそうとしたんじゃないかと思ったが、さすがにそれは穿ち過ぎだったか。
「……ここは2,400で合ってるよ。確かに1,980って数字は同じボードに書いてあったけど、そっちは距離」
「えっ笹原くん覚えてるの!?」
「全部じゃないけど」
「マジか~! 最初から笹原に同じグループに入ってもらえばよかった!」
俺はそれに対して曖昧に笑う。蒼生とセットでなければお断りだ。
しかしこれは悪い流れだな……。早く蒼生のところに戻らないと。
そう思うほどうまくいかないもので、結局他の箇所にも口を出すことになってしまった。かなり時間を取られたな。ありがとう、という声を背中に席に戻る。……血の気が引いた。蒼生。
顔色が悪い。そんな長い時間じゃなかったはずだ。何があった?
女子2人にぴったり詰められた蒼生は、両腕をだらりと下げていたが、強く握られた手が震えている。肩の線が力の入りすぎで固くなっていた。片方の子が蒼生の腕に手をかけた瞬間、その肩が小さく震えた。
「蒼生」
呼ぶと、安心したのか、全身から力が抜けた。長い息が漏れる。
「おかえり」
声もどこか安堵した響き。俺は反省する。やっぱり離れるべきじゃなかった。
「……うん」
答えながら、俺は別のことも考えていた。健太のことだ。健太は席にいなかった。俺にも言えることだが一旦置いておく、明らかに蒼生を狙う子がいて、壁になれるのが自分だけだって時になんで離れられるんだ。あいつ、自覚ないのか!?
……いや、自覚ないのか。そうだ、健太に自覚があったら俺は今ここにいることも出来ないかもしれないんだ。それはそれで厄介だ。俺がしっかりしなくちゃいけないんだ。
店を出ると、別の女子が声をかけてきた。
「これから私たちもう1か所寄ろうと思ってるんだけど、よかったら一緒にどう?」
俺は笑顔で一歩進み出る。
「ありがとう。でも俺たちも予定決めてあるから、ごめんね」
食い下がるかと思ったが、彼女たちはそれで納得したようだった。
「そっか」
「じゃあまたね!」
明るく言い、つつきあったりはしゃいだりしながら人混みに消えていく。
「いいの?」
聞いてきたのは蒼生だ。なんでそれを蒼生が言うんだろう。
「……大勢は疲れるだろ。健太は行きたきゃ行ってもいいんだぞ」
「行かねぇよ」
行かないのか。期待したんだけどな。蒼生とふたりになりたかったのに。
最近蒼生とふたりきりになれない。常に健太がいる。しかも蒼生が俺の家に泊まっているのがバレたらしく、行くなら自分も行くだのぬかしているんだそうだ。家に家族以外が存在するなんて、蒼生以外認めたくない。蒼生を家にも呼べない、本当にイライラしてるんだ。
……ただ、たしかにふたりきりになって、自分が何をするかわからない。自信がない。その意味では助かっているのかもしれなかった。
でもふたりきりになりたい。
矛盾だ。
健太はつい、と蒼生に寄ると、覗き込むように顔を見た。
「疲れてるな」
「……あー、大丈夫大丈夫。全然平気」
ぱっと顔を上げた蒼生は、乾いた笑顔。
……自覚ないのは俺も同じか。しんどそうな蒼生の顔を見て俺は猛省する。結局俺は自分のことばかりじゃないか。
「大丈夫な顔してないよ」
「冬矢まで……大丈夫だってば」
「蒼生さ、今、何食ったか覚えてる?」
? 突然の健太のセリフに俺と蒼生は首を傾げる。
「…………何食べてた? 僕? ……食べてたっけ?」
「サンドイッチな。しかも残してオレが半分食った」
食欲がないのかなと思っていた。そこまでキツかったのか。
「よし、甘いもん食いに行こ」
「え」
「ちょっとこのへんの店調べるから待ってな」
健太はそう言うと、携帯をいじり出した。その背中を何も言わず見つめる蒼生のそばに寄る。
「具合はどう?」
「……本当に大丈夫だよ。ちょっと人の勢いに押されちゃっただけだから」
「やっぱり別行動にすればよかったよな」
「ううん、クラスの人とは仲良くしなきゃいけないんだから、結果オーライだよ。知り合い増えたってことで。だからそんな心配しないで」
いや。様子見ばかりで行動に移せなかった俺の責任は重いと思う。駄目だな。守りたい、じゃなく実際に守れないと。
健太が見つけたのは、駅から少し離れた小さなフルーツパーラーだった。果物が映えるようにだろうか、店内は壁も床も真っ白だった。落ち着いたデザインのポスターがあちこちに貼られていて、そこの文字を読むとどうやらそこそこの老舗のようだ。
蒼生は散々悩んだ末、マンゴーのパフェを選ぶ。俺は昼のすぐ後だったので、スイカのジュースにした。健太のストロベリーパンケーキは少し意外だった。甘いのが好きそうなイメージはなかったからな。
ほぼ同時にすべてのメニューが机に並ぶ。蒼生は高く積まれたマンゴーに目を輝かせると、早速果実を口に運んだ。
「……生き返る……」
ふわ、と蒼生が纏う雰囲気を戻した。よほど彼女たちとの会話に疲れたんだろう。何を話していたかは知らないが、大体想像がつく。男女関係なく、慣れない相手に込み入った話をされるのは苦手だもんな。それと、健太が普通に触れているから気付きにくいが、どうやら他人に触られるのが嫌いらしい。
健太は器用にパンケーキを切り分けると大きく一口頬張る。
「お、これふわふわで美味い。イチゴのソースも甘さ控えめなのがクリームに合う感じだぜ」
「へぇ、美味しそう」
「はい、味見。イチゴ多いとこな」
「ありがと」
…………いや待て。なんだ今のは。健太がフォークに刺したパンケーキを差し出すと、蒼生はそのまま口に入れた。フォークを受け取るとかではなく、だ。
危ない。見落とすところだった。そうか、それがやりたくて蒼生の好きなメニューにしたんだな。
「待て。何してるんだ」
こっちを見た2人は、心の底から不思議そうな顔をする。
「え? 味見だけど」
「いつもそんなことしてるのか」
「んー……オレら幼馴染みだから、普通じゃね?」
普通……か? 自覚のない距離感は厄介過ぎる。
俺は短く息を吐いた。俺には心配するなと言った蒼生は、健太とはこの距離なんだな。俺は蒼生にとって「特別枠」の中の人間だと思ってる。でも、その中では、だいぶ差をつけられているんだろう。きっと俺はまだ遠い。
まあ、蒼生に手料理を食べさせてるのは俺だけだろうけどな。
結局、グループ学習の提出物を完成させるのに夏休みいっぱいかかった。健太の部活のスケジュールがきつかったせいだが、逆に言えば蒼生といられる時間が長くなるのはありがたかった。常に健太がいるという点を除けば。
気になるのは、途中から急に健太がやる気を出してきたことだ。積極的に口を出すのはいいけれど、ひたすらテンションが高いだけな時もあって鬱陶しかった。何かあったんだろうかと見ていたが、蒼生に変わった様子はなかったから、蒼生とのことではないんだろう。他に誰か特定の相手でも出来たかとも疑ったが、その様子もない。だからかえって不気味な感じがした。
そしてそれは夏休みが明けても同じだった。相変わらず健太は嬉しそうに蒼生にじゃれつく。最初は怪訝な顔をしていたクラスメイトたちも、どうやら「こういうものだ」と理解したらしい。
「蒼生が生後4日目、オレが0日目からの幼馴染みなんだ!」
などとものすごく明るい様子で言ったので、その勢いに納得せざるを得なかったのかもしれない。
蒼生と健太の関係が広まったことで、何故か俺も急に声をかけられることが増えた。1セットの感覚なのだろうか、健太がクラスにほぼ最初から溶け込み、蒼生が徐々に慣れていったことで、俺も馴染んだように思われたんだろう。健太はアレだし蒼生も話しやすいから、俺もそうなんだろうってことか。グループ学習で一緒に行動したメンバーがいたというのもきっかけになったのかもしれないな。前だったらそんなの面倒だと思っていたところだが、まあ、それで蒼生が過ごしやすくなるなら別にいいか……と思えるようになるんだから、わからないもんだ。
「野木沢」
「はい」
朝のホームルームの後、蒼生に声をかけたのは担任だ。
「今日、学級委員の工藤が休みだろ。学年会議に代理出席してくれないか」
いやなんで蒼生なんだ。近くに他の奴もいただろう。歴代の担任に対しても思っていたんだが、声かけやすい奴にばかり用事言いつけるのなんなんだ。
蒼生は困った顔をする。
「すみません、今日は図書委員の当番になっているんです」
「そうか、じゃあ無理だな。……そしたら、笹原、頼めるか」
は? 俺?
その手の用事を振られたのは初めてだった。俺は蒼生と違って頼み事をしづらいタイプだと自認してたから。実際今まで何か言われても全部断ってたしな。でも。
「わかりました」
……蒼生、不審そうな顔するな。見えてるぞ。
学級委員の代わりとか言われたら断っていたかもしれないが、蒼生の仕事が回ってきたと思うと断る理由がない気がしたからだ。それに、会議に出ていたら蒼生と帰る時間が重なるかもしれない。
もしかして、俺は意外と単純なのか……?
会議と言っても大した内容は話し合われなかった。もうすぐ学祭の準備が始まるから、それに向けての細々とした注意事項みたいなものばかりだった。実際の話し合いはこれからだろうからな。明日メモを学級委員に渡せば完了だ。
それでも結構時間がかかった。蒼生はまだ帰っていないだろうか。
廊下から教室を見ると、電気はついていなかった。とりあえず教室には誰もいないのか。そう思って開いたドアから教室に踏み込む。と、ぽつんとひとつ、窓の外を見ている姿があった。
健太? こいつがひとりで教室にいるなんて初めて見た。とっとと帰るか誰かといるか部活か、そのどれかしか見たことがなかった。いや、そうだ、今日は部活があるって朝蒼生と話してただろうに。
「おまえまだいたのか。……部活じゃなかったっけ」
「サボった」
「ふーん」
珍しいな。用事より部活を優先するタイプなのに。そのうえ何をしていたわけでもなさそうだ。考え事でもしていたのだろうか。いや、それも似合わない奴だ。
だが俺が気にすることでもない。こいつだって俺にどうしたなんて聞かれたくないだろう。とりあえず荷物をまとめて、蒼生の当番が終わっているかどうかを確認して、
がたん、と音がした。
振り向くと、健太が俯いたまま立ち上がっていた。
なんだ。
いい予感はしない。
健太は俺を見て、大きく息を吸った。
「…………もしかして、おまえ……蒼生のことが好きなのか」
っ…………。
はあ?
俺の中で2つの言葉が巡る。「今更気付いたのか」と、「気付いてしまったのか」と。俺の気持ちのことじゃない。健太の自覚の話だ。こいつが蒼生を好きなことは明らかだった。本人の自覚がないだけで。
ああ、なんで今気付くんだろうな。
さあ、俺はどうする。どうすべきだ。まずは健太の真意を探らなければ。
「……は? そりゃ嫌いな奴とはつるまないだろ」
当たり障りのない答えをすると、健太は机を押しのけ、こちらに一歩近付く。
「誤魔化すんじゃねえよ。オレは蒼生が好きだ。恋人になりたい。……そういう好きだ」
…………本当に気付いたんだな。
くそっ。
俺は改めて健太の正面に立った。単純な奴だが、だからこそまっすぐに来ると強い。
「オレは、蒼生に告白する」
「それを俺に言ってどうするつもりだ? それは俺じゃなく蒼生に言うことだろう」
「……おまえが蒼生のことをそういう意味で好きじゃねぇなら、蒼生から離れてほしい」
「は!? 勝手な話だな」
「勝手だよ! だからこうして話し合おうとしてんだろ!」
「話し合い? なら最初から決裂だな。俺も蒼生が好きだ。離れるつもりはない」
健太が拳を握るのが見えた。
ああ、そうだ。俺は蒼生が好きだよ。そんなこと、とっくに気付いてた。気付いた上で、心の中ででも「好き」なんて絶対言葉にしないことにしていた。蒼生は俺をそういう目では見ていない。そんな蒼生に俺は何も言うつもりはなかったんだ。蒼生を傷付けないためには「友達」でいるしかなかったんだよ。それでもいい、蒼生のそばにいられるなら。なんとかそれで納得しようといつも自分を説得してた。
なのに、それを今になって引っかき回すつもりか!?
健太が俺に向かって距離を詰める。
「蒼生に手を出すな」
「蒼生はおまえのものじゃない」
「っ、だけど、オレはずっと蒼生のそばにいたんだ! 蒼生の隣がオレの位置だ!」
「くっついてただけだろう。蒼生のことを何もわかってないくせに」
俺だけに見せる蒼生の顔。見たこともないだろうに。
脳の中心がじんわり熱い。頭に血が上るっていうのはこういうことか。
「ふざけたこと言ってんじゃねぇぞ」
「ふざけてるのはおまえのほうだよ。おまえ、蒼生のどこが好きだって言うんだ」
「全部だよ。あいつはいつも穏やかで優しくて、いつも笑ってる。オレは昔からあの笑顔が好きだったんだ。他の奴には見せない、オレだけの笑顔をくれる。蒼生にとってオレは特別な存在なんだと思う」
……それは、知っていた。蒼生が得意な形式上の笑顔と、こいつに向ける笑顔は違う。だけどそれだけじゃない。
「おまえ、本当に蒼生の表面しか見えてないんだな」
「あ!?」
こいつは蒼生のことを何もわかっていない。
蒼生は断る。
それはこいつだからとか、ましてや俺だからというわけではない。
自分では気付いてないようだが、蒼生が「面倒」だと思うのは、自己防衛反応だ。蒼生は傷付くのを怖がってる。「どうでもいい」は、自分がこれ以上傷付きたくないと思った時に起こす防御行動なんだ。
蒼生が誰とも付き合わないのは、離れていかれることを恐れてるのが一番の要因だ。余計なことを考えすぎる蒼生は、付き合うまでの過程や付き合っている時期をすっ飛ばして別れる時のことを考える。そんなの間違ってるって言うのは簡単だ。でもそんなことで蒼生の不安が払拭できるとは思わない。
告白なんてしたら、蒼生は別れに怯える。おそらくそれは確かだ。だから、蒼生は、断る。
……だが、蒼生に一番近いのは間違いなく健太だ。ずっとあの距離を蒼生に「許されて」きた。もしかすると、健太なら蒼生は受け止めてしまうかもしれない。
駄目だ。
とにかく蒼生は失えない。
考えろ。
蒼生から離れずに済む方法を。
蒼生は、俺と健太のことを、少なくとも周りの人間と同様には思っていない。まず、触れても避けないのはどうやら俺たちだけだ。さらには蒼生が通常不安に思う「その先」を、俺と健太に対しては考えていないような感じがするからだ。
でも、だからこそ、告白なんかして「その先」を考えてしまったら、蒼生は俺たちを失うのを怖がり始めるだろう。そうなれば、蒼生にとって最善の回答は「友達でいたい」のはずだ。今まではそれでいいと思っていたが、健太が告白するなんて言い出したからには、そうも言っていられない。
俺は蒼生を手放したくない。後れを取る訳にはいかない。
ならば、告白を受け入れさせなければならない。
どうしたらいい?
蒼生にもっと有利な選択肢を与えなければ。
蒼生が納得できる選択肢を。
「……なんだよ、黙って。なんとか言えよ」
健太は焦れたように両手をさらに強く握りしめる。
逆に俺は少し肩から力を抜いた。まずはこいつを説得する。
「……蒼生は、俺たちのどっちが告白しても断るよ」
「は?」
「そうだろうな、おまえの言うとおり、蒼生はおまえを特別に思ってる。けど、俺のことだって周りの奴以上には……少なくとも友達だとは思ってくれてるだろう。これは自惚れじゃなくて、客観的に見ての話」
「それは、……そうだな」
「おまえが気付いているかどうかは知らないが、蒼生は喪失を必要以上に怖がってるよ。だから周囲に人を寄せ付けたがらないんだ。周りに人が多ければ、失うものも多いってことだからな。だから、こうやってそばにいさせてもらえている俺とおまえは、やっぱり特別なんだ。そんな俺たちを失いたくないと蒼生は考えてると思う。そこに俺とおまえが告白したらどうなると思う?」
そこまでを一気にまくし立てると、健太はわずかに視線を泳がせた。少し迷って考えているようだ。やっぱり、こいつは単純で人が好い。押し切れる、いや、押し切る。
「どう……なるって。困る……?」
「それはその通りだな。だが、問題はそこから先の話。2人から同時に告白されるってことは、少なくとも片方を振るってことになるんだよ。俺を受け入れればおまえを。おまえを受け入れれば俺を。そうやって振られて、今まで通り友達でいられると思うか?」
「お友達のままで、ってやつだろ。それはあり得るんじゃないのか? そりゃぎくしゃくはするだろうけど」
「それは1対1の話だろう。たとえば、おまえは俺が蒼生と付き合ってるとこに友達として今までみたいにそばにいられるかってことだよ」
健太ははっとしたように大きく首を振る。
「そんなの無理だろ」
「無理なんだよ。選ばなかったほうはそうやって結局離れていく道を選ぶんだろうな。相当しんどいからな。じゃあ、それを避けるために両方選ばないとする。俺たちが2人とも振られる形だ。もう俺たちは蒼生のことが好きだって自覚してる。その蒼生から好きじゃないって言われたら、それもしんどいだろ。蒼生は想像するだろうな、もしかすると俺もおまえも自分のそばから去ってしまうかもしれないと」
普段こんなに話すことはないから、少し息が上がってきた。だがここで引くわけにはいかない、俺はもう一歩踏み出す。
「おそらくそれは蒼生にとって最悪の選択のはずだ」
「じゃあどうすりゃいいって言うんだ」
「蒼生に、俺もおまえも選ばせない」
「は?」
「言い方を変えれば、俺とおまえを両方選ばせる。選ばなくていい、俺たち2人と付き合おう、という提案をする」
健太は心底理解出来ない、という顔をする。そりゃあ、そうだ。
「意味わかんねえ……。つまりどういうことだよ」
「俺とおまえどちらかを失うか、両方失うか、というどちらにせよマイナスの選択肢がある。そこに、どちらも選ぶというプラスの選択肢を足すことで、それを選びやすくする」
「……なんかそれ、蒼生のこと騙してねえ?」
「別に不利な選択肢を消すわけじゃない、あくまで提案するだけだから騙してるわけじゃないよ」
「そっか……?」
完全に、詭弁だ。騙してるわけじゃないが、煙に巻く方法だ。
蒼生は優しくて真面目だし、自分で物事を決めるのが苦手だ。どちらかを選ぶなんて、時間を要するに決まってる。同時に告白すれば、必ず蒼生は戸惑う。それから悩む。その場で選べないのはわかってる。だから、最も有利だと蒼生が思う……思ってしまえる選択肢を最後にぶつけて、それを選ばせる。
奪うのはそれからだ。
こいつと共同戦線を張るのは気に食わないが、一時的なことだ。
俺は蒼生のことなんて考えてない。
俺が蒼生を失わない、それだけを考えてる。
卑怯だと思う。
だが、手段は選んでいられない。
「……いや、でもそれって一言で言えば3人で付き合うってことだろ!? オレはそんなの嫌だ!」
「俺だって嫌だ。だが考えてみろ。おまえ、蒼生を失う覚悟があるのか?」
「えっ?」
「蒼生が両方の告白を断った場合、蒼生のほうが気まずくて離れていくってこともあり得るんだぞ。その可能性を視野に入れろ。それよりも、まず蒼生に俺たちを受け入れてもらうことから始めてみてもいいと思わないか」
視線が足下に落ちる。納得していない表情だ。
どう反論してくるだろうと身構えて待っている俺に、健太はまっすぐな視線を返した。
「…………わかった」
……え?
「提案を受け入れる。2人で告白しよう。それでオレたち両方を選ばせる。それでいいんだな」
「ああ」
「だけど、その場で蒼生がオレを選んだ時はその提案はナシだ。その時は蒼生の決断を受け入れる。それもわかってるな?」
「それはお互いに、だろ」
「蒼生はオレを選ぶはずだ」
「それはどうだろうな」
驚いた。本当にこいつは、蒼生に対してまっすぐなんだな。蒼生はこいつのこういうところが好きなんだろう。選ばれる確率が高いのは健太だ。
だが、それは選ばせない。
俺は本当に歪んでいる。
俺と健太は黙ったまま蒼生が帰ってくるのを待った。こいつに言いたいことは言った。だから話す必要なんてなかった。
普段だったら帰ってくる時間を過ぎても蒼生は戻らない。それでもただひたすら待つ。
どのくらい経ったのかわからなくなる頃、教室の前に気配を感じた。
俺たちが顔を上げたのはほぼ同時だったと思う。ドアの前に立ち尽くした蒼生が、戸惑った様子でこっちを見ていた。その目が俺を捉えるだけで、こんなに気持ちが暖かい。それだけでよかったのに。その場所から踏み出そうとしている。
「おかえり」
「……た、ただいま」
蒼生は俺と健太を比べるように見る。それから窓の外に視線を逃がした。
「珍しいね、2人で教室にいるなんて」
曖昧に笑って、明るい声を出そうとしているようだ。けれどその目が不安に揺れている。そんな怯えた顔をさせるつもりなんかなかった。ごめんな。
俺は意を決して立ち上がる。
「蒼生を待ってた。……ちょっと聞いてほしい話があるんだけど……いいかな」
蒼生はびくりと肩を揺らす。
警戒しているんだろうか。
「あ、うん……」
答えた蒼生が、ゆっくりと俺たちの元へ歩み寄ってくる。健太も立ち上がり、俺の隣に立った。
蒼生が目を上げる。体の前で自分の左手を掴む右手が震えているのが見えた。
ごめんな。おまえはこんなこと、望んでいないんだろうに。
「好きだ、蒼生」
「蒼生のことが好きだよ」
蒼生は、目を瞬かせ、「え」と言ったきりぽかんとした顔で健太を見、そして俺を見る。
何度かその視線を行き来させると、ようやく小さく口を開いた。
「……あの、えっと、ちょっと待って。ご、ごめんね、ほんと失礼なこと言うんだけど、いっこだけ確認させて? そ、それは、あの、……ほんとうのやつ?」
「ああ、本気のやつだ。付き合ってほしい」
「健ちゃんも……?」
「うん。ずっと好きだったよ」
蒼生はぴたりと動きを止めた。
黙り込んで、言葉を探しているように見える。
だから、それを邪魔しないように、ただ蒼生の答えを待つ。
握りしめた手がわずかに緩み、指を組むような形になった。
そして小さく息を吐く。
「……っ。あの、僕、健ちゃんのことも、冬矢のことも、好きだよ。でも、付き合うとか……そんなふうに思ったことなくて……。だから、どっちかを選ぶとか、そんなの急に決められなくて……えっと、ちょっと時間が欲しいなって」
視界の端で、隣の健太が身じろぎをするのが見えた。健太にしてみれば、蒼生が戸惑ったことがショックなんだろう。
だが、俺には思った通りの返答だった。
迷った蒼生に、最後の選択肢を渡す。
押し切ってやる。
「わかった。蒼生が今答えを出せないのは、俺たちのどちらかを選ばなくちゃいけないと思ってるからだな」
「あ、え、そういうこと……かな? だ、だって、そうだよね……?」
同意を求めるような視線。俺はそれをあえて流す。
「じゃあ、選ばなくていい」
「……えっ?」
蒼生は当然の反応をしていると思う。こんなの、おかしいだろ。
と、立ち直ったらしい健太が蒼生に詰め寄った。
「オレたちふたりで蒼生のこと大切にする。だからオレたちのものになってほしい」
切り替えたか。単純な健太らしい。
俺も畳みかける。
「俺たちと一緒にいてほしい」
蒼生は混乱しているようだった。
今はそれでもいい。それでもいいから、受け止めてほしい。
自分の策略で困らせているのはわかっているのに。
祈るような気持ちで蒼生を見つめる。
蒼生はもう一度、俺と健太を交互に見た。
「わかった。……うん、わかった。ふたりとお付き合いする。だ、だけど、考えながらでいい? 答えを出すのはそれからでもいい……?」
……ああ。
肩から力が抜けて、俺は自分が緊張していたことを知る。
「それでもいいよ。ありがとう」
健太もほっとしたようだ。
「よかった。これからもずっと一緒だな!」
ずっと戸惑っていた蒼生は、最後だけ、ふんわりと表情を和らげた。
予定外に、俺は一歩を踏み出すことになった。
こんなにうまく事が運ぶとは思わなかった。
蒼生も健太も、俺が思っていた以上に純粋だったんだな。
どちらにしても、どんな形でも、今日からは蒼生は「恋人」だ。
これからは蒼生に本当に「恋人」として見てもらえるように努力しよう。
俺はまだ健太より遠い場所にいる。
スタートラインに立ったばかりだと思う。
最後に勝つのは、俺でありたい。
もう、遠慮はしない。
「暑い……」
ぐったりしたような蒼生の声に頷く。口を開くのも億劫になるくらい湿気が酷い。
「そうだなー」
のんびり相槌を打つ健太は、セリフとは裏腹にすっきりした顔をしていた。
「健ちゃんは元気だね」
「暑いのは慣れてるし……それにテスト終わったしな!」
たしかに、1年で最も付き合いづらいのが7月テストだ。勉強する時期も、テスト当日も、どちらも暑さと湿気で集中力が途切れそうになる。休み時間には必ず換気を行うことになっているため、せっかくの涼しい空気が逃がされてしまうのは本当にどうかと思う。
「そうだ、どっかで冷たいもん飲んで帰ろうぜ」
「いいねえ」
2人の声も、暑く重い空気のせいでどこか遠い。これからさらに暑くなるんだと思うとめまいがする。
そういえばさっき荷物の整理して、定期を入れ直しただろうか。ふと不安になって鞄を探る。が、いつも入っているポケットは案の定空っぽだった。駄目だな、ぼーっとしているみたいだ。
「ごめん、俺定期忘れたから取りに行ってくる。先に帰ってて」
数歩先に進んだ蒼生と健太が立ち止まって振り返る。健太がひらひらと手を振る。
「あー、いいよ、待ってっからとっとと行ってこい」
「木陰のとこにいるね」
……ふーん。
「ん、じゃちょっと待ってて」
俺がそう言って踵を返しかけると、肩から鞄のベルトを下した蒼生が笑って手を伸ばした。え? ああ、そうか。蒼生は俺の鞄を受け取る。こういうの、いいもんだな。
教室に戻ってドアを開けようとすると、中でクラスメイトの女子たちが話している声が聞こえた。気にせず入ろうとしたが、
「あ、ねえ、あそこ……」
ふと蒼生の名前が聞こえた気がして手を止める。少しだけドアに隙間を作ると、その声はさらによく聞こえる。
「え、どこ?」
「ほら、下の木のところ。野木沢くんと寺田くんがいる」
「笹原くんは~?」
「うーん、残念、今日はいないみたい」
蒼生だけじゃなくて俺たちの話か。
「あの3人仲いいよね。いつも一緒にいる感じ」
「同じ中学出身なんでしょ?」
「それで全員顔面偏差値高いのがずるいよね~。ほんと、揃ってると目の保養だよ」
「わかるわかる。笹原くんは正統派の超イケメンで、寺田くんは元気系爽やかイケメン」
「派手なイケメンに囲まれてるから見落としがちだけど、野木沢くんもめちゃめちゃ美人だよね!」
「あー、ほんとそう。美人さん! 綺麗だし、いつもにこにこ笑ってて癒し系だし、優しいし、彼氏にするなら絶対野木沢くん~」
「同意!」
相変わらず蒼生は人気あるな……。まあ、概ね俺も同意だ。凛として綺麗で、真剣な眼差しをする時の横顔は絵画のようだと思う。でも彼女たちは知らないだろう。俺にだけ向ける豊かな表情を。素直で可愛い素顔を。
そこから話はどんどん発展していき、俺たち3人のうち誰が彼女持ちかを予想するフェーズに入っていった。全員いそうだよね、などと言われているが、残念、俺はもうずっと彼女なんか作ってないし、蒼生に至っては全部「面倒」の一言で済ませてるからな。健太は知らないけど。
1人がそういえば、と口を開く。
「中学の頃、塾にね、笹原くんと付き合ってたって子がいたんだよね。その子、冷たくされてすぐ別れたって言ってたよ。全然付き合ってる感じしなかったって」
「えー? それホントの話?」
「あんなに優しそうなのに? 振られたか相手にされなかったかで悪口言ってるんじゃないの?」
俺の悪評がそんなとこにまで行ってたか。正直どの子のことかわからないけど、俺から離れていった子の誰かだろう。そういう噂が広まれば近寄ってくる子もいなくなるから、俺としてはむしろ広まってほしい話だ。
ただ、俺の話だけならよかったんだが、ちょっとそうもいかない。
少し教室から離れると、わざと小走りに足音を響かせてドアを開けた。5人の女子が一斉に振り返る。
「……あ、驚かせちゃった? ごめん」
「え、ううん!」
にっこり笑ってみせる。彼女たちはちらちらと目を合わせて肘でつつきあう。今の話を聞かれていたんじゃないか、という無言のやり取りなんだろう。特にそれには反応せず、俺はまっすぐ席に向かう。
「忘れ物?」
俺の噂を聞いてた子が慌てたように聞いてきた。
「ちょっと定期忘れて。ああ、あった。ごめんね、邪魔して」
「や、全然、大した話してなかったし!」
「そっか」
蒼生を彼氏にしたいと言った子が近くにいたので、目を合わせて笑う。
「それじゃあ、友達、待たせてるから。また明日」
小さく息を飲むのを見届けて、俺はさっさと教室を出る。
気付いてくれたかな。蒼生は俺とずっと一緒にいるから、君と付き合う時間はないよ。
しばらくすると、わあっと騒ぎだす声が聞こえる。あの音量では聞こえないほうがおかしいと思うんだけどな。
さすがに外まで声は響いていなかったようだ。外に戻ると、花壇の淵に腰かけた蒼生とそれを見下ろす健太が楽しそうに話している。俺に気が付くと、あ、と同時に声を上げた。
「おかえり」
「遅かったな。何してたんだ?」
健太の問いに、俺は小さく笑う。
「牽制、かな」
2人は不思議そうに、同じ角度で首を傾げた。
夏休みはまずグループ学習のスケジュールを組み立てるところから始まった。課題の量も多い上に単独で出来ない作業を課してくるあたり、勉強を休ませまいとする姿勢を感じさせる。せっかく禁止でもないからバイトでも始めようかと思っていたけど、もう少し慣れてからにしようと様子を見ておいてよかった。きちんとその量に対応できる時間はちゃんと確保できそうだ。
ただ、部活熱心な健太とのスケジュール調整が面倒だった。練習だか試合だかよく知らないが、とにかくびっしり予定が埋まっていた。
「こんなにびっしりだと休む暇ないよね。もしあれだったら、調べるのは僕が」
「俺もな」
「僕と冬矢がやるから、健ちゃんはまとめる時に一緒にやればいいんじゃないかな」
蒼生が真っ赤なスケジュール表を見て助け舟を出す。
「……いや、2人に負担かけるのよくないし、出来ればちゃんと調べるところからやりたい!」
「わ、すごい、やる気出してるね」
素直な蒼生はそう言って感心してるけど、まあたぶんそういうことじゃないだろう。
まず基本的なデータを集めるところからだが、これは早いほうがいい。とりあえず夏休みが始まって最初に健太の部活が休みの日を選んで、俺たちは目的の郷土博物館に出かけることにした。グループ学習のためとはいえ、蒼生は電車で遠出するのが楽しいようだった。少しだけ上擦った声を抑えるように今日の予定を話している。ただ、俺はちょっと悪い予感がしていた。
駅に着くと、残念ながらその予感が正しかったことを知る。改札口の外には、見た事のある男女が数人立っていたからだ。
「あれ、寺田じゃん」
そう言ったのは男子グループのうちの1人だ。健太を見ると、小さく「サッカー部の」と言った。同じ部活の人間がいるグループなら、同じスケジュールで動くのは想像がつく。誰もが思いつく場所で、同じスケジュールで、ならば偶然鉢合わせるのは仕方がないだろう。
問題なのは女子グループのほうだった。この前、俺たちの噂をしていた子たち5人組がきっかり顔を揃えている。
「よぉ、木村も部活休み狙って来たんだ。女子グループと一緒とはなかなかやるなあ」
「や、違うって。偶然だよ。同じように改札で待ち合わせてたら、ばったりって感じ」
部活仲間と立ち話を始める健太に、蒼生が一歩下がったのがわかる。できれば避けたい、という気持ちの表れなんだろう。俺だってしれっとこの場を蒼生と抜け出したい。だが、相手はクラスメイトだ。変な態度を取って軋轢を生むのは避けたい、とおそらく蒼生は考える。
健太の主張は無視して、ここだけでも蒼生とふたりで来るべきだった。
女子グループの中から1人抜け出してこっちに来たのは、蒼生を彼氏にしたいとか言ってた子だ。
「せっかくだから一緒にいこ!」
まっすぐに蒼生に向かって言うと、蒼生は固まった笑顔のまま肩をぴくりと動かした。
「みんなもいいよね!」
「賛成!」
「大勢って楽しいよね~」
両方のグループから賛同の声が上がる。俺も蒼生も何も言ってない。健太でさえ少々戸惑っているようだった。
出来るだけそばにいたかったのに、完全に分断された。健太は部活仲間の奴に引き回され、蒼生は例の子にマークされている。俺は残りの奴らに取り囲まれ、離れようとするたび引き戻される。男子グループは女子グループと共に行動したいだけなんだろうが、明らかに女子グループは俺を蒼生の元に行かせまいとしていた。ちらちらとそちらを見ていたから、あの子が蒼生と2人になるように全員で画策していたのは間違いない。
蒼生は笑っているが、目線がずっと落ちている。壁に貼られた資料を読もうと目を上げても、すぐに話しかけられて振り向く。立ち止まって模型を覗くと、その隣にぴたりと貼り付かれて、すっとそこを離れる。明らかに蒼生は距離を詰められるのを避けているようだ。
この子たちは一体何をしに来ているんだろう。合コンにでも来てるつもりか? 無理矢理にでも輪を抜けようかとも思った。けど、蒼生が場を穏やかに収めようとしているのを乱してもいいんだろうか。静かに馴染もうとする蒼生に割って入って目立たせるのは正解なんだろうか。
迷っているうちに一通り資料を集め終わってしまった。時間は12時を少し回ったところだ。
「それじゃあ資料まとめながら昼飯にしよーぜ!」
「あそこにファミレスあったよね」
……勘弁してくれ。
席には、例の子と、もう1人おとなしそうな子がついてきた。なんとか俺は蒼生の隣に座る。
あの時は仮定の話をしていたはずだが、いつの間にか彼女の中で狙いは蒼生に決定しているらしい。なまじ明るくて元気のいい子なのが災いする。勢いで走ってるような感じだ。取って食いそうなくらい矢継ぎ早に質問を繰り返す彼女に、蒼生はぎこちない笑顔を向ける。
そこに健太がばさりと紙を広げた。
「で、さあ、さっきの資料のこれって何て読むの」
「え? あ、えっと、これなんだっけ」
空気を読んでいるのかいないのか、蒼生に迫る子の会話にすんなり割って入り、グループ学習の話題に軌道修正していく。普段だったら話題に乗って行きそうなところだから、もしかするとこいつなりに蒼生から注目を引き剥がそうとしているのかもしれない。
俺も気圧されてる場合じゃないな。
「あの、笹原くんは、中学生の時部活は入ってたの?」
もう1人の子は、向こうに行った子たちから肘で押されてこっちに来てたな。はあ、俺が目的か。向こうは健太が抑えているから、こっちの子の発言が全体の話題にならないよう1対1で会話するしかないか。
「……いや、俺は帰宅部」
「そうなんだ」
「時間縛られるのが嫌だったからね。でもやってても楽しかったかなって思うかな」
「あの、私、手芸部だったんだけど、自分で色々作れるのが楽しくて……」
話を進めるものの、正直名前も覚えていない。クラスメイトではあるからなんとなくぼんやりしたイメージはあるうえさっき名乗ってたはずだけどな。昔の俺だったらとりあえず手は出してただろうけど、今は興味がない。
そこに、少し離れた席にいた男子グループの1人が顔を覗かせた。
「笹原、悪い。さっき調べたとこでちょっと教えて」
……酷いタイミングだな。ここで蒼生から離れていいものかどうか。くそ。不本意だが健太に任せてとっとと行って戻ってくるしかないか。
「悪い、蒼生。ちょっと行ってくる」
立ち上がると、見上げた蒼生の目がわずかに揺れる。ごめん。
少し離れた場所に案内されていたもう1つのグループのテーブルには、資料やノートが散乱していた。
「これさ、全員書き移した数字違ってんの。ここ一緒に見た笹原は覚えてるんじゃないかってさ!」
どうやら普通にまとめ作業をやっていたらしい。俺を蒼生から引き剥がそうとしたんじゃないかと思ったが、さすがにそれは穿ち過ぎだったか。
「……ここは2,400で合ってるよ。確かに1,980って数字は同じボードに書いてあったけど、そっちは距離」
「えっ笹原くん覚えてるの!?」
「全部じゃないけど」
「マジか~! 最初から笹原に同じグループに入ってもらえばよかった!」
俺はそれに対して曖昧に笑う。蒼生とセットでなければお断りだ。
しかしこれは悪い流れだな……。早く蒼生のところに戻らないと。
そう思うほどうまくいかないもので、結局他の箇所にも口を出すことになってしまった。かなり時間を取られたな。ありがとう、という声を背中に席に戻る。……血の気が引いた。蒼生。
顔色が悪い。そんな長い時間じゃなかったはずだ。何があった?
女子2人にぴったり詰められた蒼生は、両腕をだらりと下げていたが、強く握られた手が震えている。肩の線が力の入りすぎで固くなっていた。片方の子が蒼生の腕に手をかけた瞬間、その肩が小さく震えた。
「蒼生」
呼ぶと、安心したのか、全身から力が抜けた。長い息が漏れる。
「おかえり」
声もどこか安堵した響き。俺は反省する。やっぱり離れるべきじゃなかった。
「……うん」
答えながら、俺は別のことも考えていた。健太のことだ。健太は席にいなかった。俺にも言えることだが一旦置いておく、明らかに蒼生を狙う子がいて、壁になれるのが自分だけだって時になんで離れられるんだ。あいつ、自覚ないのか!?
……いや、自覚ないのか。そうだ、健太に自覚があったら俺は今ここにいることも出来ないかもしれないんだ。それはそれで厄介だ。俺がしっかりしなくちゃいけないんだ。
店を出ると、別の女子が声をかけてきた。
「これから私たちもう1か所寄ろうと思ってるんだけど、よかったら一緒にどう?」
俺は笑顔で一歩進み出る。
「ありがとう。でも俺たちも予定決めてあるから、ごめんね」
食い下がるかと思ったが、彼女たちはそれで納得したようだった。
「そっか」
「じゃあまたね!」
明るく言い、つつきあったりはしゃいだりしながら人混みに消えていく。
「いいの?」
聞いてきたのは蒼生だ。なんでそれを蒼生が言うんだろう。
「……大勢は疲れるだろ。健太は行きたきゃ行ってもいいんだぞ」
「行かねぇよ」
行かないのか。期待したんだけどな。蒼生とふたりになりたかったのに。
最近蒼生とふたりきりになれない。常に健太がいる。しかも蒼生が俺の家に泊まっているのがバレたらしく、行くなら自分も行くだのぬかしているんだそうだ。家に家族以外が存在するなんて、蒼生以外認めたくない。蒼生を家にも呼べない、本当にイライラしてるんだ。
……ただ、たしかにふたりきりになって、自分が何をするかわからない。自信がない。その意味では助かっているのかもしれなかった。
でもふたりきりになりたい。
矛盾だ。
健太はつい、と蒼生に寄ると、覗き込むように顔を見た。
「疲れてるな」
「……あー、大丈夫大丈夫。全然平気」
ぱっと顔を上げた蒼生は、乾いた笑顔。
……自覚ないのは俺も同じか。しんどそうな蒼生の顔を見て俺は猛省する。結局俺は自分のことばかりじゃないか。
「大丈夫な顔してないよ」
「冬矢まで……大丈夫だってば」
「蒼生さ、今、何食ったか覚えてる?」
? 突然の健太のセリフに俺と蒼生は首を傾げる。
「…………何食べてた? 僕? ……食べてたっけ?」
「サンドイッチな。しかも残してオレが半分食った」
食欲がないのかなと思っていた。そこまでキツかったのか。
「よし、甘いもん食いに行こ」
「え」
「ちょっとこのへんの店調べるから待ってな」
健太はそう言うと、携帯をいじり出した。その背中を何も言わず見つめる蒼生のそばに寄る。
「具合はどう?」
「……本当に大丈夫だよ。ちょっと人の勢いに押されちゃっただけだから」
「やっぱり別行動にすればよかったよな」
「ううん、クラスの人とは仲良くしなきゃいけないんだから、結果オーライだよ。知り合い増えたってことで。だからそんな心配しないで」
いや。様子見ばかりで行動に移せなかった俺の責任は重いと思う。駄目だな。守りたい、じゃなく実際に守れないと。
健太が見つけたのは、駅から少し離れた小さなフルーツパーラーだった。果物が映えるようにだろうか、店内は壁も床も真っ白だった。落ち着いたデザインのポスターがあちこちに貼られていて、そこの文字を読むとどうやらそこそこの老舗のようだ。
蒼生は散々悩んだ末、マンゴーのパフェを選ぶ。俺は昼のすぐ後だったので、スイカのジュースにした。健太のストロベリーパンケーキは少し意外だった。甘いのが好きそうなイメージはなかったからな。
ほぼ同時にすべてのメニューが机に並ぶ。蒼生は高く積まれたマンゴーに目を輝かせると、早速果実を口に運んだ。
「……生き返る……」
ふわ、と蒼生が纏う雰囲気を戻した。よほど彼女たちとの会話に疲れたんだろう。何を話していたかは知らないが、大体想像がつく。男女関係なく、慣れない相手に込み入った話をされるのは苦手だもんな。それと、健太が普通に触れているから気付きにくいが、どうやら他人に触られるのが嫌いらしい。
健太は器用にパンケーキを切り分けると大きく一口頬張る。
「お、これふわふわで美味い。イチゴのソースも甘さ控えめなのがクリームに合う感じだぜ」
「へぇ、美味しそう」
「はい、味見。イチゴ多いとこな」
「ありがと」
…………いや待て。なんだ今のは。健太がフォークに刺したパンケーキを差し出すと、蒼生はそのまま口に入れた。フォークを受け取るとかではなく、だ。
危ない。見落とすところだった。そうか、それがやりたくて蒼生の好きなメニューにしたんだな。
「待て。何してるんだ」
こっちを見た2人は、心の底から不思議そうな顔をする。
「え? 味見だけど」
「いつもそんなことしてるのか」
「んー……オレら幼馴染みだから、普通じゃね?」
普通……か? 自覚のない距離感は厄介過ぎる。
俺は短く息を吐いた。俺には心配するなと言った蒼生は、健太とはこの距離なんだな。俺は蒼生にとって「特別枠」の中の人間だと思ってる。でも、その中では、だいぶ差をつけられているんだろう。きっと俺はまだ遠い。
まあ、蒼生に手料理を食べさせてるのは俺だけだろうけどな。
結局、グループ学習の提出物を完成させるのに夏休みいっぱいかかった。健太の部活のスケジュールがきつかったせいだが、逆に言えば蒼生といられる時間が長くなるのはありがたかった。常に健太がいるという点を除けば。
気になるのは、途中から急に健太がやる気を出してきたことだ。積極的に口を出すのはいいけれど、ひたすらテンションが高いだけな時もあって鬱陶しかった。何かあったんだろうかと見ていたが、蒼生に変わった様子はなかったから、蒼生とのことではないんだろう。他に誰か特定の相手でも出来たかとも疑ったが、その様子もない。だからかえって不気味な感じがした。
そしてそれは夏休みが明けても同じだった。相変わらず健太は嬉しそうに蒼生にじゃれつく。最初は怪訝な顔をしていたクラスメイトたちも、どうやら「こういうものだ」と理解したらしい。
「蒼生が生後4日目、オレが0日目からの幼馴染みなんだ!」
などとものすごく明るい様子で言ったので、その勢いに納得せざるを得なかったのかもしれない。
蒼生と健太の関係が広まったことで、何故か俺も急に声をかけられることが増えた。1セットの感覚なのだろうか、健太がクラスにほぼ最初から溶け込み、蒼生が徐々に慣れていったことで、俺も馴染んだように思われたんだろう。健太はアレだし蒼生も話しやすいから、俺もそうなんだろうってことか。グループ学習で一緒に行動したメンバーがいたというのもきっかけになったのかもしれないな。前だったらそんなの面倒だと思っていたところだが、まあ、それで蒼生が過ごしやすくなるなら別にいいか……と思えるようになるんだから、わからないもんだ。
「野木沢」
「はい」
朝のホームルームの後、蒼生に声をかけたのは担任だ。
「今日、学級委員の工藤が休みだろ。学年会議に代理出席してくれないか」
いやなんで蒼生なんだ。近くに他の奴もいただろう。歴代の担任に対しても思っていたんだが、声かけやすい奴にばかり用事言いつけるのなんなんだ。
蒼生は困った顔をする。
「すみません、今日は図書委員の当番になっているんです」
「そうか、じゃあ無理だな。……そしたら、笹原、頼めるか」
は? 俺?
その手の用事を振られたのは初めてだった。俺は蒼生と違って頼み事をしづらいタイプだと自認してたから。実際今まで何か言われても全部断ってたしな。でも。
「わかりました」
……蒼生、不審そうな顔するな。見えてるぞ。
学級委員の代わりとか言われたら断っていたかもしれないが、蒼生の仕事が回ってきたと思うと断る理由がない気がしたからだ。それに、会議に出ていたら蒼生と帰る時間が重なるかもしれない。
もしかして、俺は意外と単純なのか……?
会議と言っても大した内容は話し合われなかった。もうすぐ学祭の準備が始まるから、それに向けての細々とした注意事項みたいなものばかりだった。実際の話し合いはこれからだろうからな。明日メモを学級委員に渡せば完了だ。
それでも結構時間がかかった。蒼生はまだ帰っていないだろうか。
廊下から教室を見ると、電気はついていなかった。とりあえず教室には誰もいないのか。そう思って開いたドアから教室に踏み込む。と、ぽつんとひとつ、窓の外を見ている姿があった。
健太? こいつがひとりで教室にいるなんて初めて見た。とっとと帰るか誰かといるか部活か、そのどれかしか見たことがなかった。いや、そうだ、今日は部活があるって朝蒼生と話してただろうに。
「おまえまだいたのか。……部活じゃなかったっけ」
「サボった」
「ふーん」
珍しいな。用事より部活を優先するタイプなのに。そのうえ何をしていたわけでもなさそうだ。考え事でもしていたのだろうか。いや、それも似合わない奴だ。
だが俺が気にすることでもない。こいつだって俺にどうしたなんて聞かれたくないだろう。とりあえず荷物をまとめて、蒼生の当番が終わっているかどうかを確認して、
がたん、と音がした。
振り向くと、健太が俯いたまま立ち上がっていた。
なんだ。
いい予感はしない。
健太は俺を見て、大きく息を吸った。
「…………もしかして、おまえ……蒼生のことが好きなのか」
っ…………。
はあ?
俺の中で2つの言葉が巡る。「今更気付いたのか」と、「気付いてしまったのか」と。俺の気持ちのことじゃない。健太の自覚の話だ。こいつが蒼生を好きなことは明らかだった。本人の自覚がないだけで。
ああ、なんで今気付くんだろうな。
さあ、俺はどうする。どうすべきだ。まずは健太の真意を探らなければ。
「……は? そりゃ嫌いな奴とはつるまないだろ」
当たり障りのない答えをすると、健太は机を押しのけ、こちらに一歩近付く。
「誤魔化すんじゃねえよ。オレは蒼生が好きだ。恋人になりたい。……そういう好きだ」
…………本当に気付いたんだな。
くそっ。
俺は改めて健太の正面に立った。単純な奴だが、だからこそまっすぐに来ると強い。
「オレは、蒼生に告白する」
「それを俺に言ってどうするつもりだ? それは俺じゃなく蒼生に言うことだろう」
「……おまえが蒼生のことをそういう意味で好きじゃねぇなら、蒼生から離れてほしい」
「は!? 勝手な話だな」
「勝手だよ! だからこうして話し合おうとしてんだろ!」
「話し合い? なら最初から決裂だな。俺も蒼生が好きだ。離れるつもりはない」
健太が拳を握るのが見えた。
ああ、そうだ。俺は蒼生が好きだよ。そんなこと、とっくに気付いてた。気付いた上で、心の中ででも「好き」なんて絶対言葉にしないことにしていた。蒼生は俺をそういう目では見ていない。そんな蒼生に俺は何も言うつもりはなかったんだ。蒼生を傷付けないためには「友達」でいるしかなかったんだよ。それでもいい、蒼生のそばにいられるなら。なんとかそれで納得しようといつも自分を説得してた。
なのに、それを今になって引っかき回すつもりか!?
健太が俺に向かって距離を詰める。
「蒼生に手を出すな」
「蒼生はおまえのものじゃない」
「っ、だけど、オレはずっと蒼生のそばにいたんだ! 蒼生の隣がオレの位置だ!」
「くっついてただけだろう。蒼生のことを何もわかってないくせに」
俺だけに見せる蒼生の顔。見たこともないだろうに。
脳の中心がじんわり熱い。頭に血が上るっていうのはこういうことか。
「ふざけたこと言ってんじゃねぇぞ」
「ふざけてるのはおまえのほうだよ。おまえ、蒼生のどこが好きだって言うんだ」
「全部だよ。あいつはいつも穏やかで優しくて、いつも笑ってる。オレは昔からあの笑顔が好きだったんだ。他の奴には見せない、オレだけの笑顔をくれる。蒼生にとってオレは特別な存在なんだと思う」
……それは、知っていた。蒼生が得意な形式上の笑顔と、こいつに向ける笑顔は違う。だけどそれだけじゃない。
「おまえ、本当に蒼生の表面しか見えてないんだな」
「あ!?」
こいつは蒼生のことを何もわかっていない。
蒼生は断る。
それはこいつだからとか、ましてや俺だからというわけではない。
自分では気付いてないようだが、蒼生が「面倒」だと思うのは、自己防衛反応だ。蒼生は傷付くのを怖がってる。「どうでもいい」は、自分がこれ以上傷付きたくないと思った時に起こす防御行動なんだ。
蒼生が誰とも付き合わないのは、離れていかれることを恐れてるのが一番の要因だ。余計なことを考えすぎる蒼生は、付き合うまでの過程や付き合っている時期をすっ飛ばして別れる時のことを考える。そんなの間違ってるって言うのは簡単だ。でもそんなことで蒼生の不安が払拭できるとは思わない。
告白なんてしたら、蒼生は別れに怯える。おそらくそれは確かだ。だから、蒼生は、断る。
……だが、蒼生に一番近いのは間違いなく健太だ。ずっとあの距離を蒼生に「許されて」きた。もしかすると、健太なら蒼生は受け止めてしまうかもしれない。
駄目だ。
とにかく蒼生は失えない。
考えろ。
蒼生から離れずに済む方法を。
蒼生は、俺と健太のことを、少なくとも周りの人間と同様には思っていない。まず、触れても避けないのはどうやら俺たちだけだ。さらには蒼生が通常不安に思う「その先」を、俺と健太に対しては考えていないような感じがするからだ。
でも、だからこそ、告白なんかして「その先」を考えてしまったら、蒼生は俺たちを失うのを怖がり始めるだろう。そうなれば、蒼生にとって最善の回答は「友達でいたい」のはずだ。今まではそれでいいと思っていたが、健太が告白するなんて言い出したからには、そうも言っていられない。
俺は蒼生を手放したくない。後れを取る訳にはいかない。
ならば、告白を受け入れさせなければならない。
どうしたらいい?
蒼生にもっと有利な選択肢を与えなければ。
蒼生が納得できる選択肢を。
「……なんだよ、黙って。なんとか言えよ」
健太は焦れたように両手をさらに強く握りしめる。
逆に俺は少し肩から力を抜いた。まずはこいつを説得する。
「……蒼生は、俺たちのどっちが告白しても断るよ」
「は?」
「そうだろうな、おまえの言うとおり、蒼生はおまえを特別に思ってる。けど、俺のことだって周りの奴以上には……少なくとも友達だとは思ってくれてるだろう。これは自惚れじゃなくて、客観的に見ての話」
「それは、……そうだな」
「おまえが気付いているかどうかは知らないが、蒼生は喪失を必要以上に怖がってるよ。だから周囲に人を寄せ付けたがらないんだ。周りに人が多ければ、失うものも多いってことだからな。だから、こうやってそばにいさせてもらえている俺とおまえは、やっぱり特別なんだ。そんな俺たちを失いたくないと蒼生は考えてると思う。そこに俺とおまえが告白したらどうなると思う?」
そこまでを一気にまくし立てると、健太はわずかに視線を泳がせた。少し迷って考えているようだ。やっぱり、こいつは単純で人が好い。押し切れる、いや、押し切る。
「どう……なるって。困る……?」
「それはその通りだな。だが、問題はそこから先の話。2人から同時に告白されるってことは、少なくとも片方を振るってことになるんだよ。俺を受け入れればおまえを。おまえを受け入れれば俺を。そうやって振られて、今まで通り友達でいられると思うか?」
「お友達のままで、ってやつだろ。それはあり得るんじゃないのか? そりゃぎくしゃくはするだろうけど」
「それは1対1の話だろう。たとえば、おまえは俺が蒼生と付き合ってるとこに友達として今までみたいにそばにいられるかってことだよ」
健太ははっとしたように大きく首を振る。
「そんなの無理だろ」
「無理なんだよ。選ばなかったほうはそうやって結局離れていく道を選ぶんだろうな。相当しんどいからな。じゃあ、それを避けるために両方選ばないとする。俺たちが2人とも振られる形だ。もう俺たちは蒼生のことが好きだって自覚してる。その蒼生から好きじゃないって言われたら、それもしんどいだろ。蒼生は想像するだろうな、もしかすると俺もおまえも自分のそばから去ってしまうかもしれないと」
普段こんなに話すことはないから、少し息が上がってきた。だがここで引くわけにはいかない、俺はもう一歩踏み出す。
「おそらくそれは蒼生にとって最悪の選択のはずだ」
「じゃあどうすりゃいいって言うんだ」
「蒼生に、俺もおまえも選ばせない」
「は?」
「言い方を変えれば、俺とおまえを両方選ばせる。選ばなくていい、俺たち2人と付き合おう、という提案をする」
健太は心底理解出来ない、という顔をする。そりゃあ、そうだ。
「意味わかんねえ……。つまりどういうことだよ」
「俺とおまえどちらかを失うか、両方失うか、というどちらにせよマイナスの選択肢がある。そこに、どちらも選ぶというプラスの選択肢を足すことで、それを選びやすくする」
「……なんかそれ、蒼生のこと騙してねえ?」
「別に不利な選択肢を消すわけじゃない、あくまで提案するだけだから騙してるわけじゃないよ」
「そっか……?」
完全に、詭弁だ。騙してるわけじゃないが、煙に巻く方法だ。
蒼生は優しくて真面目だし、自分で物事を決めるのが苦手だ。どちらかを選ぶなんて、時間を要するに決まってる。同時に告白すれば、必ず蒼生は戸惑う。それから悩む。その場で選べないのはわかってる。だから、最も有利だと蒼生が思う……思ってしまえる選択肢を最後にぶつけて、それを選ばせる。
奪うのはそれからだ。
こいつと共同戦線を張るのは気に食わないが、一時的なことだ。
俺は蒼生のことなんて考えてない。
俺が蒼生を失わない、それだけを考えてる。
卑怯だと思う。
だが、手段は選んでいられない。
「……いや、でもそれって一言で言えば3人で付き合うってことだろ!? オレはそんなの嫌だ!」
「俺だって嫌だ。だが考えてみろ。おまえ、蒼生を失う覚悟があるのか?」
「えっ?」
「蒼生が両方の告白を断った場合、蒼生のほうが気まずくて離れていくってこともあり得るんだぞ。その可能性を視野に入れろ。それよりも、まず蒼生に俺たちを受け入れてもらうことから始めてみてもいいと思わないか」
視線が足下に落ちる。納得していない表情だ。
どう反論してくるだろうと身構えて待っている俺に、健太はまっすぐな視線を返した。
「…………わかった」
……え?
「提案を受け入れる。2人で告白しよう。それでオレたち両方を選ばせる。それでいいんだな」
「ああ」
「だけど、その場で蒼生がオレを選んだ時はその提案はナシだ。その時は蒼生の決断を受け入れる。それもわかってるな?」
「それはお互いに、だろ」
「蒼生はオレを選ぶはずだ」
「それはどうだろうな」
驚いた。本当にこいつは、蒼生に対してまっすぐなんだな。蒼生はこいつのこういうところが好きなんだろう。選ばれる確率が高いのは健太だ。
だが、それは選ばせない。
俺は本当に歪んでいる。
俺と健太は黙ったまま蒼生が帰ってくるのを待った。こいつに言いたいことは言った。だから話す必要なんてなかった。
普段だったら帰ってくる時間を過ぎても蒼生は戻らない。それでもただひたすら待つ。
どのくらい経ったのかわからなくなる頃、教室の前に気配を感じた。
俺たちが顔を上げたのはほぼ同時だったと思う。ドアの前に立ち尽くした蒼生が、戸惑った様子でこっちを見ていた。その目が俺を捉えるだけで、こんなに気持ちが暖かい。それだけでよかったのに。その場所から踏み出そうとしている。
「おかえり」
「……た、ただいま」
蒼生は俺と健太を比べるように見る。それから窓の外に視線を逃がした。
「珍しいね、2人で教室にいるなんて」
曖昧に笑って、明るい声を出そうとしているようだ。けれどその目が不安に揺れている。そんな怯えた顔をさせるつもりなんかなかった。ごめんな。
俺は意を決して立ち上がる。
「蒼生を待ってた。……ちょっと聞いてほしい話があるんだけど……いいかな」
蒼生はびくりと肩を揺らす。
警戒しているんだろうか。
「あ、うん……」
答えた蒼生が、ゆっくりと俺たちの元へ歩み寄ってくる。健太も立ち上がり、俺の隣に立った。
蒼生が目を上げる。体の前で自分の左手を掴む右手が震えているのが見えた。
ごめんな。おまえはこんなこと、望んでいないんだろうに。
「好きだ、蒼生」
「蒼生のことが好きだよ」
蒼生は、目を瞬かせ、「え」と言ったきりぽかんとした顔で健太を見、そして俺を見る。
何度かその視線を行き来させると、ようやく小さく口を開いた。
「……あの、えっと、ちょっと待って。ご、ごめんね、ほんと失礼なこと言うんだけど、いっこだけ確認させて? そ、それは、あの、……ほんとうのやつ?」
「ああ、本気のやつだ。付き合ってほしい」
「健ちゃんも……?」
「うん。ずっと好きだったよ」
蒼生はぴたりと動きを止めた。
黙り込んで、言葉を探しているように見える。
だから、それを邪魔しないように、ただ蒼生の答えを待つ。
握りしめた手がわずかに緩み、指を組むような形になった。
そして小さく息を吐く。
「……っ。あの、僕、健ちゃんのことも、冬矢のことも、好きだよ。でも、付き合うとか……そんなふうに思ったことなくて……。だから、どっちかを選ぶとか、そんなの急に決められなくて……えっと、ちょっと時間が欲しいなって」
視界の端で、隣の健太が身じろぎをするのが見えた。健太にしてみれば、蒼生が戸惑ったことがショックなんだろう。
だが、俺には思った通りの返答だった。
迷った蒼生に、最後の選択肢を渡す。
押し切ってやる。
「わかった。蒼生が今答えを出せないのは、俺たちのどちらかを選ばなくちゃいけないと思ってるからだな」
「あ、え、そういうこと……かな? だ、だって、そうだよね……?」
同意を求めるような視線。俺はそれをあえて流す。
「じゃあ、選ばなくていい」
「……えっ?」
蒼生は当然の反応をしていると思う。こんなの、おかしいだろ。
と、立ち直ったらしい健太が蒼生に詰め寄った。
「オレたちふたりで蒼生のこと大切にする。だからオレたちのものになってほしい」
切り替えたか。単純な健太らしい。
俺も畳みかける。
「俺たちと一緒にいてほしい」
蒼生は混乱しているようだった。
今はそれでもいい。それでもいいから、受け止めてほしい。
自分の策略で困らせているのはわかっているのに。
祈るような気持ちで蒼生を見つめる。
蒼生はもう一度、俺と健太を交互に見た。
「わかった。……うん、わかった。ふたりとお付き合いする。だ、だけど、考えながらでいい? 答えを出すのはそれからでもいい……?」
……ああ。
肩から力が抜けて、俺は自分が緊張していたことを知る。
「それでもいいよ。ありがとう」
健太もほっとしたようだ。
「よかった。これからもずっと一緒だな!」
ずっと戸惑っていた蒼生は、最後だけ、ふんわりと表情を和らげた。
予定外に、俺は一歩を踏み出すことになった。
こんなにうまく事が運ぶとは思わなかった。
蒼生も健太も、俺が思っていた以上に純粋だったんだな。
どちらにしても、どんな形でも、今日からは蒼生は「恋人」だ。
これからは蒼生に本当に「恋人」として見てもらえるように努力しよう。
俺はまだ健太より遠い場所にいる。
スタートラインに立ったばかりだと思う。
最後に勝つのは、俺でありたい。
もう、遠慮はしない。
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