高原 風音

ふんわりいちゃ甘な創作BL小説をメインで活動しています!
基本的にはハピエン厨というより、ハッピーに始まりハッピーに進んでハッピーに終わる、一言で言うと“始終ハッピー主義”。
主にPixivで作品を発表しており、こちらには順次再掲を行っております。現在執筆中のシリーズは3人組のゆるふわいちゃあまラブ『僕+君→Waltz!』(R-18あり)。完結済みのシリーズには、自由奔放な少年がハッピーエンドを迎えるまでのお話『初恋みたいなキスをして』(R-18)があります。
そのほか、ちまちまと短編BLを書いたりしています。
また、ここでは紹介しませんが、ファンタジー?ふうのシリーズ『碧色の軌跡』(完結済み・恋愛要素なし)やオリジナル短編などもあったりしますので、興味がありましたらぜひ。
二次創作もぼちぼちやっております。

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投稿日:2023年11月01日 22:41    文字数:14,925

16こ目;僕は君の宝物 第6話

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健太と冬矢に告白されて動揺する蒼生。
混乱の中で改めて自分の心と向き合うと、ふと気が付くことがありました。
でも上がったり下がったり、初めてのことに気持ちの制御が出来なくて。

時系列では『僕は君の宝物 第5話』( https://pictbland.net/items/detail/2102473 )の直後です。
結構時間が経ってしまった気がするので、よろしければ前話からどうぞ。

↑初掲載時キャプション↑
2021/09/17初掲載
ここから『僕+君→Waltz!』の物語は少しずつ動き出します。
引き続きよろしくお願いします!
1 / 1
 僕の後ろでドアが閉まると、急にわっと居間からテレビの音が届く。
「ただいま」
「おかえり、遅かったじゃない」
「委員会の仕事で……学祭の出し物について話し合ってた」
「そうなの。ご飯できてるわよ」
「ありがとう」
「お風呂ももうすぐ空くからね」
「はい」

 ご飯を食べて、お風呂に入って、部屋に戻って、ひとりになって。
 …………はー……。
 なんだったんだろう……今日……。
 ベッドに座り、あたりを見回す。枕、はちょっと小さい。タオルケットを引き寄せて、手元でぐるぐる大きな塊を作る。それでもって、出来た塊をぎゅっと抱き締めた。
 ……「好き」……うっわ、ふたりの声が頭の中で再生される。
 あー……。
 僕は塊に顔を埋める。
 脈拍がヤバイことになってる……。
 わー、あー、もー……。
 さっきはね、あれ、どうしたって混乱するよね、だからまだ逆に冷静だったと思うんだ。だけど、こうやってひとりになってみると、……うわ、なんか、血が逆流してるみたいな感覚。頭に血が上って、ぐわーってなってる。もしかしてと思って耳に触ってみると、熱っ。
 ああ、そっかぁ~~~~。
 健ちゃん、僕のこと好きなんだって。
 冬矢、僕のこと好きなんだって。
 告白してくれるくらい好きなんだって。
 それで、今日からふたりは僕の恋人なんだって……。
 うわ~~~。
 そうなんだ~~~~~~~。
 え、そんなことあるの? ほんとに? 僕夢とか見てない? 夢オチとかじゃない?
 あの、僕、ふたりにも言ったけど、ふたりのことはずっと好きだったよ。健ちゃんはずっと一緒にいてくれたし、冬矢はいつも僕の話を聞いてくれたし。それが楽しくて、嬉しくて、本当に優しいふたりの親切に助けられてるなって思ってた。だけど、僕は、絶対恋愛沙汰には巻き込まれないぞ、って思ってたから…………もしかして、だから気が付かなかった? 本当に、好きだって思ってくれてるなんて、全然わかんなかった。ましてやそれが付き合うって意味の「好き」だなんて……。
 でもまだちくちくした気持ちがある。そんなことあるわけない、僕のことなんて好きになる人なんているはずがない、こんなの嘘だ、って。騙されてるんじゃないか、って。
 だけどさあ、あのふたり、絶対そんなことしないんだよ。健ちゃんはまっすぐで明るくて元気で、言いたいことがあったら顔に出る。冬矢は思慮深くて優しくて、行動には理由があって、ちゃんとそれを話してくれる。僕を騙して何かの利点があるとも思えないし。
 あとは、冗談の可能性。ふたりがかりでのドッキリとか。……これも考えられないんだよな~! そういうタイプじゃないもんな~!
 ってことは、だ。
 本当に、本気なのか……。
 僕はタオルケットを放り投げ、ベッドに倒れ込む。
 なんだかんだ、脳内はまだわあわあうるさいけどさ。じゃあ結局僕はどう思っているか、ってこと、なんだけど。
 …………嬉しいんだよなあ……。
 正直自分で驚いてる。告白されて、こんなに嬉しいって思うなんて。だって今までこんなふうに思ったことなかったから。毎回、面倒だなとか申し訳ないなとかなんで僕にとか、そういうのばっかりで……。好きって言われて嬉しいと思う感情が僕の中にあったんだなあ、いや、ほんとびっくりだ。
 うーん。
 えーと。
 そのー。
 これは推論なんだけども。
 もしかして、僕、……そもそも健ちゃんと冬矢のこと好きだったんじゃない?
 え、だって、告白されて嬉しいってそういうことだよね……?
 幼馴染みだと思ってたし、友達だと思ってたし、ずっと大事だと思ってたけど、そういう、恋愛ってくくりの「好き」だったのかなって。
 いや、わかんないよ? そういう経験まったくないから、僕の気持ちがそうなのかどうかって判断つかないもん。誰に何言われてもなんとも思わなかったから、僕には恋愛感情ってないのかな、そういうふうに思う部分が欠けてるのかなって思ってたくらいだし。だけどそう考えるとなんか、なんか……そうかあ、って感じ。
 あ、でも、やっぱり最終的には健ちゃんか冬矢を選ぶって話になるのかな。でも選ばなくていいって言ってたし……。それってどこのタイミングまで有効なんだろう。今日の時点ではってこと? それとも僕が選べるまでってこと? もしかしてずっと? うーん。
 よくわかんないけど、少なくともちょっとは猶予あるんだよね。
 とりあえず、僕が本当にふたりのことそういう意味で「好き」なのか、ちゃんと判断しなくちゃ。うん、冷静に、冷静に。僕が適当な気持ちじゃ、結局ふたりのこと傷つけちゃう。ちゃんと考えよう。


 まあ、気が付くと朝だったよね。たぶん寝たのは寝たんだと思うんだけど、ちゃんと眠れてたかどうか。考え事と興奮がこう、順繰りにやってきて、頭の中がすっごく忙しかった。何度も時計を見て時間の経過が感覚とズレてるのに焦った記憶がある。でもそれも夢かもしれない。
 おかげで家を出る時間がちょっと遅れた。学校に間に合わない時間じゃないけど、着いてから余裕がないとなんかせわしないからね。少し焦った気持ちで玄関のドアを開け、
「あ、おはよ、蒼生」
 どっくん、音がしそうなほど心臓が鳴った。
 朝練の日でもない限り僕より早く家を出ることなんて滅多にない健ちゃんが、門柱に凭れてにこにこ笑ってた。
 う、わ、眩しい……。え、なにこれ……。
「おはよう……」
 挨拶を返しただけでものすごく嬉しそうにする。いつものことなのに。
 門から出ると、健ちゃんはまっすぐ僕を見た。それから突然目を反らして、
「は~~~~~」
 と声を上げながらしゃがみこんで膝を抱える。えっ。具合悪い!?
「ど、どうしたの!? 大丈夫?」
「ヤバい。めちゃくちゃ好き」
「は?」
 思わずぽかんとすると、健ちゃんは膝に埋めていた顔をパッと上げて、「へへっ」と笑った。
「すごく好きな蒼生に、ちゃんと好きって伝えられることが嬉しくて、テンション上がっちゃった」
 ひぇっ……。
 ぎゅっとまた心臓が跳ねる。
 あ、これ、ダメだ。
 好き、のやつだ。
 昨日まで「おさななじみのけんちゃん」だったのに……「かれしのけんたくん」じゃん……。もう僕そう見てるじゃん……。
「えっと、健ちゃん、学校行かなきゃ」
「あ、そうだったよな」
 本当に忘れてたみたいに健ちゃんは勢いよく立ち上がった。
 並んで歩く道はいつもと同じなのに、隣に見上げる顔も同じなのに、なんかふわふわそわそわする。まさかなあ、自分がこんなに舞い上がるなんて、僕自身が一番戸惑ってる。
 ちゃんと自分の手綱握っておかないと。改めて自分に言い聞かせる。この先このままいられるかどうかわかんないんだから、いざって時のために備えておかなくちゃ。……だって、友達なら延々続けられると思うけど、恋人ってそういうことじゃないよね? いつか僕なんて手放されてしまうよね?
「蒼生」
 はっと顔を上げると、健ちゃんはキョロキョロと辺りを窺っていた。
「何?」
「あのさ……今誰もいないし、大通りに出るまで、ちょっとだけ……手、繋いでいい?」
「……えっ。あ、うん」
「ありがと」
 するりと健ちゃんの左手が、僕の右手に絡む。うわ……。手……っ。今更なはずなのに、それだけでパニック起こしそうな僕の手を小さく揺らして、健ちゃんはさらににこにこする。
「……嬉しそう、だね?」
「そりゃ嬉しいよ。今さ、オレが手ぇ握ったら、蒼生もちょっと握り返してくれたじゃん? 蒼生が自分の意志でオレに応えてくれたんだなーって思うと、すっげえ、なんつーの、感無量ってやつ」
 時々、健ちゃんって僕の心でも読めてるんじゃないかなって思うことがある。本人がわかってるのかどうかはわかんないけど。僕がすとんと沈みかけたタイミングで、必ず引っ張り上げてくれる。昔からそうだったよね。
 僕はそれにちゃんと返せているんだろうか。いや、なにも返せてない。救われてばっかりじゃ駄目だ。僕が健ちゃんに出来ることを、もっときちんと考えていかなくちゃ。
「あー……のさ、蒼生?」
「ん?」
「昨日はごめんな」
「……え?」
 やけに神妙な声。どきりとする。
「ほら、急にああいう雰囲気になっちゃって。びっくりしたろ?」
「ああ、びっくり……。そうだね、まあ、驚きはしたよね」
「ほんとはもうちょっと、綺麗な景色とか雰囲気のあるとこでって考えてたんだけどさ。結局勢いで放課後の教室だよ。想定外だったよなぁ……」
「!?」
 は?
 ……ふふっ、そっち? バックグラウンドの話? ふたりで同時にっていうそっちのシチュエーションのほうがびっくりしたんだけど。健ちゃんって意外とロマンチストだもんね。
「放課後の教室でも十分にスリリングな気分味わったよ……。僕は、まったく反対のこと言われると思ってたから、それにびっくりした」
「反対?」
 言おうかどうしようか迷う。だけど、ずっと気になるのも嫌だし……。うん、今を逃すともやもやしそう。ちょうどいい機会だから聞いておこう。
「あのね、僕、健ちゃんに嫌われたと思ってて」
「え!? なんで!?」
「健ちゃん、僕にくっついてこなくなったから。そういうの嫌になったのかなってちょっと悩んでた」
「うわ……」
 呻くように呟いて、健ちゃんは手に力を込めた。痛い痛い。
 それから反対の手で自分の頭をごつんと叩くと、天を仰ぐ。
「それに関してはマジでごめん……。言い訳を聞いてくれると嬉しいんだけど」
「うん」
「えっと、その。なんか、好きだって思って触れたら、あの……なんか、あの、それだけじゃ足んなくなりそうで……。こーいう気持ちで抱き締めていいのかなって……。い、今更ながらね、心の準備がね! ほんと今更なんだけどさ!」
 あ。それも逆だったんだ。
 口の中でもごもご言う健ちゃんは、言葉を探してるみたいだ。その心の中を表すように、指が僕の手の甲を柔らかく撫でる。……う。それから、親指が小さく動いて、親指の付け根をなぞってくる。あ、うわ、胸元から腰にかけてすっごいざわざわする。ヤバい。でもこれ、手を引いたら、気付かれてしまいそうで。
 気を紛らわそうと遠くを眺めようとするけど、今度は別のことが気になってくる。あー、健ちゃんの中ではもう、僕に「くっつく」とか「引っ付く」とか「飛びつく」とかじゃなくて「抱き締める」なんだな、って。
 駄目だこれ、ぎゅってしてほしくなる。
 落ち着け、僕!
 外! ここ外!
「……だから、オレが蒼生のこと嫌いになるなんてこと絶対ないんだからな! わかった?」
「う、うん」
 健ちゃんはそう結論付けて、もう一度僕の手を強く掴んだ。力、強っ。いたたた。
 でも、おかげで妙な気分が抜けてったのは、助かった。

 駅の入り口の脇に、冬矢が立ってるのが見えた。また心臓がぴょんと跳ぶ。……ねえ、これ、心臓大丈夫? 朝からこれで1日もつの?
 それにしてもなー、ただ立ってるだけなのになー、なんであの人あんなに絵になるかなー……。
 僕たちに気が付くと、冬矢はにこりと笑った。……あー。笑顔だけでこんなに嬉しい。やっぱりこれ「好き」かぁ……。
「おはよう、蒼生」
「おはよう」
 あれ。名前、足りなくない?
「今日は少し遅かったね。……大丈夫? 何もなかった?」
「? 何も?」
「大丈夫だったらいいんだ」
 ん? この会話……。覚えがあるぞ。なんだっけ。えーっと、結構前。あれは、……ああ、冬矢の家に泊ってるって話になった時か。あの時は健ちゃんがたしかおんなじこと言ってたよね。
 …………。
 ……あれっ。あー……。
 何も、って、そっか。そういう意味か。うっわ。
「蒼生? 顔赤いけど。やっぱり何か」
「な、ないです! なんにも!」
 健ちゃんがずい、と僕と冬矢の間に割り込んでくる。
「なんかあったとしてもいいんじゃねえ? オレと蒼生は付き合ってんだし。何が悪いんだよ」
「俺の気分が」
「はあ?」
「恋人に手を出されたら当然だろ」
 ちょ……。
 あれ?
 え、なんなの、そこは変わらないんだ? 示し合わせて同時に告白なんかしてくるんだから、仲良くなったのかと思ってたけど。うーん、そんなことはないのかあ。
 にしても、つ、付き合ってるとか、恋人とか、さらっと言うよなぁ。そ、そうなんだけど! そういうことになったんだけど! 改めて聞くとめちゃくちゃ照れる……。
 あっ、いや、だから、時間、時間。
「ふたりとも、遅刻する!」
「えっ、あ、ヤベっ」
「急ごう」
 慌ててホームに向かうと、ちょうど電車が入ってくるところだった。あー、よかった。この時間のに乗れれば間に合う。
 電車に乗り込むお客さんの後に、冬矢と健ちゃんが背中から乗って、それぞれが片手を伸ばす。……待てよ、これ……。僕はふたりに両腕を掴まれる格好で車内に足を踏み入れる。僕の背中で、ドアが閉まった。うわ……。この距離と体勢は……。
「きつくない?」
 耳の上から降るようにして、冬矢の声。僕は何度か小さく頷く。だって大きく頷いたらたぶんぶつかるから。
 うん、きつくはない、で、でも、ちょっと近くないかな……?
「おまえ近くねぇ?」
 反対側の頭の上から健ちゃんが抗議の声を上げる。そうだそうだ、ちょっと近いぞ! や、あの、健ちゃんも大概だけど!
「何が悪いんだ?」
「さっきの仕返しかよ」
「そうだけど」
「大人げねえな」
「おまえもな」
 あの、そのひそひそ声、ちょっと勘弁してほしい……。ぞわぞわする。
 僕はちらりとふたりを見上げる。近い。近いよ。至近距離でイケメンに囲まれてるこの状況、ほんとなんなの。第一、わずかとはいえ見上げる角度ってのが悔しいよなあ。僕だって平均身長あるのにさ。
「ね、ちょっといい?」
「ん?」
「あの……頭の上でしゃべるの……くすぐったいからご遠慮いただきたい……」
 口論が止まって、ふたりの目が不思議そうに僕を見る。でも、冬矢だけすぐに何かを察知したように目を細めた。
「くすぐったいの? 声が?」
「え、うん、なんかそんな感じがする……」
「どのへんがくすぐったくなる感じ?」
 なんなんだろう、この質問。
「えっと、頭の後ろらへんから腰のあたりにかけて、かな。なんで?」
「いや、聞いてみたかっただけ」
 ひとりだけ満足気な冬矢に、僕と健ちゃんは目を見合わせる。
 冬矢が色々聞いてくることは今までもあったけど、初めて聞かれるタイプの質問だったから、なんか変な感じ。あれ、だけどよく思い返してみると、いつも冬矢がひとりで納得して終わってたような……?
 うーん。実は僕、冬矢のこと全然知らないのかも。


 それから約1か月。
 あの日、あの時、僕は世界が一変するみたいな衝撃を受けた。全部がひっくり返っちゃうんじゃないかって。でも、僕の日常にそんなに大きな変化は起こらなかった。
 健ちゃんも冬矢も、少し距離が近くなった気はするけど、それだけで。舞い上がってたのは僕だけなのかな。
 まあ、そんなものなのかもしれない。
 それならそれでいいか。
 うん。
 そうだ。
 ばたばたと後ろで部活の準備をしてた健ちゃんが机と肩越しに覗き込んでくる。
「蒼生、今日急ぐ?」
「ううん、用事はないよ」
「ミーティングだけだから待っててくれない? 一緒に帰ろ」
「うん」
 ……変わらない、でもやっぱり一緒は嬉しい。だからこれでいいんだ。
 いつの間にかそばにいた冬矢が自分のノートを僕の机にぱたんと置く。
「じゃ、俺と課題やってようか」
 笑顔の冬矢に対して、健ちゃんが渋い顔をした。
「おまえもいるのかよ」
「俺は俺の予定があるだけだ」
「便乗じゃねえの?」
「さっさと行かないと遅刻だろ」
「…………。部活やめようかな」
 えっ。
 ぽつりと小さな健ちゃんの言葉。
 背中がざわっとする。
 今、なんて?
 僕は思わず立ち上がった。
「なんで? 健ちゃんサッカー好きなのに。ここまで頑張ってきたのに、どうして」
 さっと血の気が引く。
「もしかして、……僕のせい?」
 僕が健ちゃんを選ばないから?
 そんなことで健ちゃんのやりたいこと邪魔しちゃうの?
 健ちゃんはものすごく慌てた様子で僕の両肩を掴む。
「ち、違う違う! 誤解すんなよ!? 最近、チーム内でちょっと伸び悩んでて限界感じてんのと、こないだのテストヤバかったもんでそろそろ勉強に本腰入れたいってだけだから!!」
「……そうなの?」
「そう! ちゃんと親とも相談してるアレだから!」
 ……そっか。僕は椅子にすとんと座る。
「早く帰ってくるから、な! その話は後でしよ!」
「うん、いってらっしゃい」
 健ちゃんは黒板の上の時計を見上げ、今度こそ教室を飛び出して行った。
 …………。
 本当にちょっとしたことで浮かれたり沈んだり、駄目だなぁ、僕は。乱高下が激しくて、疲れる。自分自身でさえこうなんだ。こんなの、すぐに愛想尽かされるに決まってる。やっぱり僕にはこういうの無理なんだ。
「あーおい」
 っ。
 広げたノートにペンを走らせながら、冬矢はそのまま目を離さず柔らかな声で僕を呼ぶ。
「健太の言ったことは気にすんな。限界も成績も本当の話だから」
 ……え?
「いきなり両方の問題が同時に起こったから、あいつも悩んでるところらしいよ」
「でも、僕にはそんなこと一言も」
 僕には言わなくていいって……?
 冬矢が顔を上げて苦く笑う。
「蒼生にはカッコ悪いから言わないでくれってさ。全部決めてから言うって言ってたから黙ってたのに。さっきのは完全に売り言葉に買い言葉の勇み足だな」
「……言っちゃってるよ」
「あいつのプライドより蒼生の気持ちのほうが大切だからね」
 健ちゃんはなんでも僕に話してくれると思ってたんだけど。そうだよね、言いたくないことだってあるよね。いずれ話してくれるつもりだったらしいけど。でも。
 冬矢はペンを置く。
「俺も健太も……もしかしたら蒼生もかもしれないけど、今手探り状態なんだよな」
「え?」
「関係を表す名前が変わって、どうあるべきなのか悩んでいるというか、どう踏み出したらいいか迷ってるというか。変えちゃった側の俺が言うのも言い訳がましいかな。健太はどうにかしてかっこつけようとしているみたいだけど、俺は……。蒼生、手、貸してくれる?」
 手?
 開いた両方の手のひらと甲を交互に見てから、右手を冬矢に向かって伸ばす。冬矢はそれを両手で包み込んだ。
 ひゃっ。
「……俺は、どうやって自然に蒼生に触れようか、ずっと考えてる」
 じわじわと、熱が伝わる。少し汗ばんだ手。ふっと冬矢がくすぐられたみたいな顔で笑う。
「バレてる? これだけで緊張してるんだ」
 え? あの、冬矢が? さんざん浮名を流したって噂の冬矢が、僕の手を取るだけで?
 つられて僕の手も熱くなってくる。手から腕へ、腕から胸へ、ぎゅっと圧力がかかってるみたいな。
 僕は一喜一憂する自分に戸惑ってる。それじゃ駄目なのにってずっと思ってる。それは僕だけじゃなくて、健ちゃんと冬矢にも、葛藤みたいなものがある、ってことなのかな。
 今冬矢が何を考えてるか知りたいな……。
 ……僕も何か、動かなきゃ。僕が出来ること。したいこと。なんだろう。
「あ、あのさ。冬矢って何色が好き!?」
「え? ……んー、白……か、緑かな」
「季節だったらいつが好き?」
「冬が好き」
「和食と洋食どっちが好き?」
「どっちも好きだけどどちらかと言えば洋食かな」
「肉と魚だったらどっちにする?」
「魚。……急にどうしたの?」
 うっ。
 僕は急に恥ずかしくなって思わず目をそらす。
「……あの、僕、よく考えたら冬矢のことあんまり知らないなって。だから……」
「俺のこと、知りたいって思ってくれた?」
「うん……」
 冬矢が相好を崩す。それが本当に嬉しそうで。
 僕の手を握った両手のうち右手を離すと、自分のシャツで拭ってからすっと僕の方に伸ばす。それが頬に触れた。
 ……っ。
 びくりと肩が勝手に跳ねる。はっとしたように冬矢が手を引く。
「あ、ごめん」
「違う、そうじゃなくて」
 僕は空いた左手でその手を掴み、自分の頬に押し当てる。うわ。ヤバい。ドキドキする。
「ちょっと、びっくりしただけ、だから」
「……そっか。大丈夫? 嫌じゃない?」
「うん、やじゃない」
 そう答えるのが精いっぱいだった。本当は、すごく、嬉しい。だけどそれを伝えるのはまだやっぱり恥ずかしくて。だってそんな、ほんとは、もっと触れてほしいなんて、図々しいお願いだと思うし。
 冬矢の長い指が、耳に触れる。隣の指が、顎に伸びる。く、くすぐったい。
 すごく優しい目がまっすぐに僕を見てる。
 あー。
 このまま冬矢の腕に飛び込んでしまいたい。
 なんとかその衝動に耐える。
「……ずっと触れていたいけど、課題進んでないと健太にバレてうるさくなりそうだな」
「そ、そうだね……」
 僕たちはノートに目を落とす。
 なんか、頭の中がぐるぐるする。
 ああ、なんだろう、全部がちぐはぐだ。
 嬉しいと思うのに、暗い影が覆い被さってくるみたいにすぐ不安でいっぱいになる。
 僕はどうしたいんだろう。どうなりたいんだろう。

 健ちゃんは、戻ってくるなり椅子の上に正座した。
「え、何してるの。痛くない?」
「いてぇ……けど、反省しなくちゃいけないし」
「いいよ、そういうのいいよ、痛そうなの見ると僕も痛い気がするから降りて降りて」
 昔からそうなんだ。健ちゃんがケガすると同じとこが痛い気がして、心臓がぎゅっとする。自分のケガは全然平気なんだけど。
 ……だからまあ正直なところを言うと、健ちゃんがサッカー辞めるっていうの聞いた時、どこかほっとしてる自分もいた。好きなことだからやっててほしいって思うよ、でも、しょっちゅう擦り傷作ってたり相手選手とぶつかって頭ケガしたり、そのたびに怖くて仕方なかった。だからって僕が口を出す権利はないから、ずっと黙ってきた。
 健ちゃんは、きちんと椅子に座り直すと、鞄の中からくしゃくしゃになった細長い紙を取り出した。これ、この前のテストの結果? この学校は成績を貼り出すとかないから、教えてでもくれない限り点数も順位もわからない。受け取ったそれをぴらりと開く。
 …………。うーん。
 覗き込んできた冬矢がぴたりと動きを止める。
「……大丈夫か、これ」
「大丈夫じゃねえよ……大丈夫じゃねえから部活どうすっかってとこまで来てんだよ」
 そ、そうだねえ……。
「あー、めちゃくちゃかっこ悪ぃじゃん! こんな成績の奴、堂々と恋人ですって紹介できるかって話だよ! 完全に冬矢に負けてるじゃんオレ!」
「勝てるつもりでいたのか?」
「うるせえな、確率ゼロじゃねぇだろ」
「このままだったらゼロだろうなあ」
「ぐっ……。とにかく、だ、これで蒼生にどうしようって泣きつくより、せめてこうしようと思うって決めてから話すほうがまだかっこつくと思ったんで、黙ってました! ごめん!!」
 健ちゃんは勢いよく頭を下げる。
 真っ先に話してくれたほうがよかったのにとはやっぱり思うけど、健ちゃんなりに考えてのことなんだから、僕もそれを受け止めるべきなんだと思う。冬矢も言ってたけど、恋人、になって、僕にいいとこを見せようとしてくれてる結果なんだから。
 でも、僕はそんなの気にしないのにな。健ちゃんはいつだってかっこいいよ。たしかに、この成績は、ちょっと、アレだと思うけど……。
「ええっと、うん、わかった。とりあえず、7月まではここまで下がってなかったんだから、2学期入ってからの復習を一緒にやってくのはどうかな。僕で力になれるかどうかわかんな」
「お願いします!!」
 早い。最後まで言ってないのに。
 いつの間にか膝が付きそうなほど身を乗り出す健ちゃんに、なんだかちょっとどうでもよくなった。あ、悪い意味じゃなくてね。心にこびりついた埃みたいのが、健ちゃんの勢いに吹き飛ばされちゃった感じ。ちょっとだけ気が晴れたかも。
 健ちゃんはさらにぐいっと顔を寄せてくる。
「そしたら、早速さ、今週末部活ねぇんだ。蒼生は予定ある?」
「ないよ、大丈夫」
「ん、じゃあ部屋行くわ」
「うん」
「待った」
 突然冬矢が遮り、健ちゃんの肩をぐいっと引く。
「なんだよ」
「俺も行く」
「おまえはいらねえよ」
「そういう問題じゃない。蒼生と部屋でふたりきりにさせるわけにいかないんだよ」
 ……あっ。
 そ、そっか。


 そして、週末。
 冬矢が変なこと言うから、僕はあれからずーっと変なふうに緊張したままだった。普段からそんなに散らかすほうじゃないけど、読みやすいように積んだ本も丁寧に本棚に並べ直したり、ペン立てのペンをグラデーションになるようにしてみたり。ローテーブルは5回拭いた。
 あっ。
 部屋に置いた電話の子機のインターホンが突然鳴った。ひぇ。慌てて部屋を出て、階段を駆け下りる。2階から1階へと1段踏み出したところで、ドアの開く音がした。ああ、僕が出たかった。
「いらっしゃい」
 お母さんの声。
「初めまして、笹原です。蒼生くんにはいつもお世話になっております」
「こちらこそ、中学から仲良くしてくれてるんですってね。あの子、あんまり学校のこと話してくれなくて。クラスで浮いてるんじゃないかしら」
「そんなことないですよ。優しくてしっかり者ですから、クラスでも頼りにされてます」
「そう? 頼りになるかしら。いつもへらへらしてぼんやりしてて、つまらない子じゃない? 心配でねえ」
「……いえ、」
 ああ、余計なことを。僕は残りの数段を飛び降りるくらいの気持ちで下りた。パッと視線がこっちに向かう。
「おはよ、後は僕が案内するからお母さんはいいよ」
「そう? じゃあお昼になったら呼ぶわね」
「はい」
 冬矢は笑顔を崩さない。固めたみたいに。
 洗面所を案内して、それから急き立てるように僕の部屋まで連れて行く。ドアを閉めるとようやく溜めていた息がこぼれた。つまんないのは僕が一番知ってるんだから、わざわざ人に言わなくてもいいのになぁ。
「……ごめんね、あの、言い方があれで……悪気はないんだよ、ほんと」
 ちらりと僕を見た冬矢は一瞬目を落とす。もう一度上げた時には柔らかで穏やかな目をしていた。
「ちょっと俺とは解釈が違うみたいだ」
「えっ」
 真正面に立ち、僕の両手を下からそっと掬うように掴む。優しい目が、近い。
「こんなに魅力的で綺麗なひと、俺は初めてなんだけどな。つまらないなんて一度も思ったことないのに。蒼生といるといつも楽しくて嬉しくてドキドキするよ。……思わずそう言いそうになった」
 は……。
 ちょっと、パニック起こしそうだから、ちょっと待って。
 え? あれ?
「あ……の、冬矢ってこういう人、だったっけ?」
「そうだったみたい。俺、本気で蒼生を落とすって決めたから」
「ひぇ……」
 眩しい。きらきらしてる。心臓が爆発しそう。
 ばんっ、とドアが開いた。
 飛び込んできた健ちゃんが、冬矢の手から僕の手を奪い取る。
「……油ッ断も隙もありゃしねえ! 約束の時間から15分も早ぇんだけど!」
「余裕を持って行動しているだけだ」
「15分は相手のご家庭に迷惑だ!」
「おまえだってこの時間だろ」
「オレはそのっ、……部屋から見てたらおまえが急に来るから」
「ふーん。覗きが趣味とかか」
「のっ……別にそんな、いつも、じゃねぇし」
 よくもまあぽんぽんと会話が繋がるなあ。
 ……繋がるんだよなあ。
「えーと。本来の目的に戻ろ」
 声をかけると、口論がぴたっと止まった。

 なんだろうなあ。時間の使い方なのか、集中力の問題なのか。こうやって一緒にやると、健ちゃんてすごく飲み込み早いんだよね。もともと頭はいいんだと思う。高校受ける時も巻き返し凄かったし。ちゃんとやれば結果は出るはずだから、健ちゃんの言う通り勉強のほうに力入れるのは正しい気がする。
「健太、そこ順番違う。こっちが先」
「あーそっか」
「さっき蒼生が言ってたのちゃんと聞いてたか?」
「うっかりしてたんだよ」
「何度うっかりするんだよ」
 んー。
 僕は横に置いた便覧を手に取り、ぱらぱらとページをめくる。目当てのページを見つけると、そこにあった単語をノートに写す。
「蒼生、オレも見せて」
「うん」
 隣に来た健ちゃんに、ページを開いたままの本を渡す。指が紙の上をうろうろして、すぐにぴたりと止まる。それを横目に見ながら、僕は次の設問に移る。
「たまには自分で調べろよ」
「タイミング合ったとこだからいいだろ」
「蒼生に近付く口実じゃないか」
「そうだよ」
「開き直るな」
 僕がいなくてもいいよなあ、これ。
 共通の話題がないとか言ってたけど会話続いてるもんね。やりとりがケンカ腰だから仲良くないんだなって思ってたけど、そういうコミュニケーションの取り方もあるわけだし。もしかしたら、仲いいのは、僕とじゃなくて健ちゃんと冬矢なんじゃないのかな。僕はただのきっかけにしか過ぎないのかもしれない。
 もしかしてさ。ふたりが好き合ってたりするんじゃないのかな。
 あ、その可能性は考えられる。だって会話が楽しそうだもん。僕割り込める気がしないもんね。
 まあそれでもいいんじゃないかな。そもそもなんで僕なんだって話だから。わかる、こんなめんどくさいのにかかわってられないよね。僕だってこんな奴、嫌だ。
 そうなったらふたりで僕の前からいなくなるんだろうな。
 笑って別れられるかな。
 出来るかな。
 出来なくちゃだめ、だよな。
 よく考えておかなくちゃ。
 ちゃんと出来るように。
「蒼生」
 …………っ。
 びっくりして肩が跳ねた。
「えっ、あ……ごめん、何?」
 突然僕を呼んだ冬矢は、すごく静かな目で僕を見ていた。ぎくりとする。冬矢がたまに見せる、僕の心の中まで見透かすような目。健ちゃんも怪訝な顔を僕に向けてる。
 冬矢は息を吐いて、テーブルを避けるように僕の正面に座り直す。
「何考えてた? どうしてそんなに落ち込んでるの」
「いや、何も……えと、あの、問題が難しくて」
「俺にその言い訳が通じると思う?」
「う……」
「あーおい?」
 ダメだ。
 冬矢の声には僕を甘やかす雰囲気がある。僕の本音を引きずり出す時、冬矢はこうやって僕を溶かそうとしてくる。この目と声の前では僕は心を隠せない。そういうふうになってしまった。
「……あの」
「うん」
「冬矢と健ちゃん、会話のテンポがよくて、すごく息が合うなって前から思ってて。だから、僕はただの口実で、本当は冬矢と健ちゃんが好き合ってるんじゃないかって」
「は!?」
「え!?」
 ふたりが同時に大きな声を上げる。
 ほら、そういうとこ息合ってるじゃん。
「なんか……急に不安になって」
 そこまで言うと、健ちゃんが急に膝で立つ。
「蒼生って、人のことちゃんと見てるようで、意外にポンコツなとこあるんだな」
「ポン……?」
 え、突然何を。
 健ちゃんは心底呆れたように、ローテーブルを掴んで部屋の奥に押しやると、僕の後ろに座った。何が起きたのかわかんなくてとりあえず健ちゃんのほうに向き直る。
 そして健ちゃんは、指で自分の座ってる場所を指す。
「あのな。オレがここにいるだろ。で、蒼生がそこにいるよな。それから冬矢が反対側にいる。オレから見える冬矢は、ソレなんだよ。オレ、冬矢のことなんか見てねえよ。おまえが中心にいて、その向こうに“見えちゃう”の。できればオレはおまえだけを見ていたいの!」
「見えちゃう……?」
「そ。見えちゃう」
 …………。
 僕は冬矢に目をやる。冬矢は膝に置いた手を離して腕を組んだ。
「健太にしては的確な例えだと思うよ。俺の視界の中央はずっと蒼生だ」
 そ……っか。
 どうしてなのかはやっぱりわからないけど、ふたりが好きなのは、僕、なのか。

「あー、ラチあかねぇ!」
 突然健ちゃんがそう叫んで両手で自分の頭を掻き回したかと思うと、その手を伸ばした勢いで僕に飛びついてきた。
「わっ……」
 咄嗟に右手をついて、なんとか堪える。でなきゃ、床に頭打ってたとこだ。健ちゃんはお構い無しに、ぎゅっと首に巻き付いてくる。
 ああ、健ちゃんの温度だ……。久しぶりの。
 そういえば、あれは克服できたんだろうか。
「健ちゃん……。心の準備は大丈夫になったの?」
「まだ全然ダメ……だけど、やっぱ普段通りじゃなきゃ、そっちもダメだわ。こうやって態度でも好きだってちゃんと伝えていくことにする」
 ぎゅって力が強くなるのと一緒に、僕の心臓もぎゅってなる。
「好き……すっげえ好き。蒼生が好き」
 ぞくぞくする。慣れてるはずなのに。知ってる温度のはずなのに。触れてるところがじわりと熱い。そのあったかさに泣きそうになる。
 ああ、やっぱ僕には健ちゃんの温度が必要だ。
「蒼生。俺のところにも来られる?」
 冬矢の声。健ちゃんが手の力を緩めてくれたから、僕は体を冬矢のほうに向ける。冬矢は優しい手を肩と腰に回して、それから力一杯引き寄せた。
 ……嬉しい。
 冬矢の匂いに包まれて、なんかすごく落ち着く。ドキドキもするんだけど、心の中のどこかにすとんとはまる感じがする。
「よく考えてみて。俺の目的がたとえばあり得ないけど仮に万が一健太だったとして、俺が蒼生を口説くのはなんでだと思う?」
「うーん……普通に考えると、懐柔が可能性高いかな。将を射んと欲すれば先ず馬を射よ、ってやつ」
「それ、単純な健太を落とすのに有効だと思うか?」
 ……あー、うん。なるほど。友達ならともかく、いったん「恋人」を経由する理由はないか。
「ううん、もっとストレートに行かないと単……いや素直な健ちゃんには通じないと思う」
「そういうことだよ。俺はただ蒼生のことが好きなだけ」
 うん。そっか。
 急に健ちゃんがのしっと僕の背中に体重をかけてきた。重……。そのまま僕の肩口にぐりぐり顔を押し付ける。
「蒼生、今オレのこと単純って言ったろ」
「い、言いかけただけ……」
「ほぼ言ってるじゃん」
「ぐっ……。で、でも健ちゃんも僕のことポンコツって言った!」
「だってポンコツなんだもん」
「うぅ」
「それより健太、とっとと蒼生から離れろ。こっちまで重いんだよ」
「うるせぇな、ちょっと抱き締めるの許してやったんだから我慢しろよ」
 また僕ごしにケンカしてる……。
 ……あれ? でも、もしかして、さっきからふたりのケンカの理由って僕……? よく思い出すとずっとそれだったかも……?
 え、取り合い? これ僕の取り合いとかしてる? うわ、これ、自惚れじゃなくて本当に……?
 うーん。
 僕にはこの事態の収拾方法がわからない。
 とりあえず、それはいずれ考えていくことにしよう。
 今はいいや、健ちゃんと冬矢に前後から抱き締められてるのが、あったかくて気持ちよくて嬉しくて、ちょっと他のこと考える余裕ないから。
 ああ、好きだなぁ……。
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16こ目;僕は君の宝物 第6話
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 僕の後ろでドアが閉まると、急にわっと居間からテレビの音が届く。
「ただいま」
「おかえり、遅かったじゃない」
「委員会の仕事で……学祭の出し物について話し合ってた」
「そうなの。ご飯できてるわよ」
「ありがとう」
「お風呂ももうすぐ空くからね」
「はい」

 ご飯を食べて、お風呂に入って、部屋に戻って、ひとりになって。
 …………はー……。
 なんだったんだろう……今日……。
 ベッドに座り、あたりを見回す。枕、はちょっと小さい。タオルケットを引き寄せて、手元でぐるぐる大きな塊を作る。それでもって、出来た塊をぎゅっと抱き締めた。
 ……「好き」……うっわ、ふたりの声が頭の中で再生される。
 あー……。
 僕は塊に顔を埋める。
 脈拍がヤバイことになってる……。
 わー、あー、もー……。
 さっきはね、あれ、どうしたって混乱するよね、だからまだ逆に冷静だったと思うんだ。だけど、こうやってひとりになってみると、……うわ、なんか、血が逆流してるみたいな感覚。頭に血が上って、ぐわーってなってる。もしかしてと思って耳に触ってみると、熱っ。
 ああ、そっかぁ~~~~。
 健ちゃん、僕のこと好きなんだって。
 冬矢、僕のこと好きなんだって。
 告白してくれるくらい好きなんだって。
 それで、今日からふたりは僕の恋人なんだって……。
 うわ~~~。
 そうなんだ~~~~~~~。
 え、そんなことあるの? ほんとに? 僕夢とか見てない? 夢オチとかじゃない?
 あの、僕、ふたりにも言ったけど、ふたりのことはずっと好きだったよ。健ちゃんはずっと一緒にいてくれたし、冬矢はいつも僕の話を聞いてくれたし。それが楽しくて、嬉しくて、本当に優しいふたりの親切に助けられてるなって思ってた。だけど、僕は、絶対恋愛沙汰には巻き込まれないぞ、って思ってたから…………もしかして、だから気が付かなかった? 本当に、好きだって思ってくれてるなんて、全然わかんなかった。ましてやそれが付き合うって意味の「好き」だなんて……。
 でもまだちくちくした気持ちがある。そんなことあるわけない、僕のことなんて好きになる人なんているはずがない、こんなの嘘だ、って。騙されてるんじゃないか、って。
 だけどさあ、あのふたり、絶対そんなことしないんだよ。健ちゃんはまっすぐで明るくて元気で、言いたいことがあったら顔に出る。冬矢は思慮深くて優しくて、行動には理由があって、ちゃんとそれを話してくれる。僕を騙して何かの利点があるとも思えないし。
 あとは、冗談の可能性。ふたりがかりでのドッキリとか。……これも考えられないんだよな~! そういうタイプじゃないもんな~!
 ってことは、だ。
 本当に、本気なのか……。
 僕はタオルケットを放り投げ、ベッドに倒れ込む。
 なんだかんだ、脳内はまだわあわあうるさいけどさ。じゃあ結局僕はどう思っているか、ってこと、なんだけど。
 …………嬉しいんだよなあ……。
 正直自分で驚いてる。告白されて、こんなに嬉しいって思うなんて。だって今までこんなふうに思ったことなかったから。毎回、面倒だなとか申し訳ないなとかなんで僕にとか、そういうのばっかりで……。好きって言われて嬉しいと思う感情が僕の中にあったんだなあ、いや、ほんとびっくりだ。
 うーん。
 えーと。
 そのー。
 これは推論なんだけども。
 もしかして、僕、……そもそも健ちゃんと冬矢のこと好きだったんじゃない?
 え、だって、告白されて嬉しいってそういうことだよね……?
 幼馴染みだと思ってたし、友達だと思ってたし、ずっと大事だと思ってたけど、そういう、恋愛ってくくりの「好き」だったのかなって。
 いや、わかんないよ? そういう経験まったくないから、僕の気持ちがそうなのかどうかって判断つかないもん。誰に何言われてもなんとも思わなかったから、僕には恋愛感情ってないのかな、そういうふうに思う部分が欠けてるのかなって思ってたくらいだし。だけどそう考えるとなんか、なんか……そうかあ、って感じ。
 あ、でも、やっぱり最終的には健ちゃんか冬矢を選ぶって話になるのかな。でも選ばなくていいって言ってたし……。それってどこのタイミングまで有効なんだろう。今日の時点ではってこと? それとも僕が選べるまでってこと? もしかしてずっと? うーん。
 よくわかんないけど、少なくともちょっとは猶予あるんだよね。
 とりあえず、僕が本当にふたりのことそういう意味で「好き」なのか、ちゃんと判断しなくちゃ。うん、冷静に、冷静に。僕が適当な気持ちじゃ、結局ふたりのこと傷つけちゃう。ちゃんと考えよう。


 まあ、気が付くと朝だったよね。たぶん寝たのは寝たんだと思うんだけど、ちゃんと眠れてたかどうか。考え事と興奮がこう、順繰りにやってきて、頭の中がすっごく忙しかった。何度も時計を見て時間の経過が感覚とズレてるのに焦った記憶がある。でもそれも夢かもしれない。
 おかげで家を出る時間がちょっと遅れた。学校に間に合わない時間じゃないけど、着いてから余裕がないとなんかせわしないからね。少し焦った気持ちで玄関のドアを開け、
「あ、おはよ、蒼生」
 どっくん、音がしそうなほど心臓が鳴った。
 朝練の日でもない限り僕より早く家を出ることなんて滅多にない健ちゃんが、門柱に凭れてにこにこ笑ってた。
 う、わ、眩しい……。え、なにこれ……。
「おはよう……」
 挨拶を返しただけでものすごく嬉しそうにする。いつものことなのに。
 門から出ると、健ちゃんはまっすぐ僕を見た。それから突然目を反らして、
「は~~~~~」
 と声を上げながらしゃがみこんで膝を抱える。えっ。具合悪い!?
「ど、どうしたの!? 大丈夫?」
「ヤバい。めちゃくちゃ好き」
「は?」
 思わずぽかんとすると、健ちゃんは膝に埋めていた顔をパッと上げて、「へへっ」と笑った。
「すごく好きな蒼生に、ちゃんと好きって伝えられることが嬉しくて、テンション上がっちゃった」
 ひぇっ……。
 ぎゅっとまた心臓が跳ねる。
 あ、これ、ダメだ。
 好き、のやつだ。
 昨日まで「おさななじみのけんちゃん」だったのに……「かれしのけんたくん」じゃん……。もう僕そう見てるじゃん……。
「えっと、健ちゃん、学校行かなきゃ」
「あ、そうだったよな」
 本当に忘れてたみたいに健ちゃんは勢いよく立ち上がった。
 並んで歩く道はいつもと同じなのに、隣に見上げる顔も同じなのに、なんかふわふわそわそわする。まさかなあ、自分がこんなに舞い上がるなんて、僕自身が一番戸惑ってる。
 ちゃんと自分の手綱握っておかないと。改めて自分に言い聞かせる。この先このままいられるかどうかわかんないんだから、いざって時のために備えておかなくちゃ。……だって、友達なら延々続けられると思うけど、恋人ってそういうことじゃないよね? いつか僕なんて手放されてしまうよね?
「蒼生」
 はっと顔を上げると、健ちゃんはキョロキョロと辺りを窺っていた。
「何?」
「あのさ……今誰もいないし、大通りに出るまで、ちょっとだけ……手、繋いでいい?」
「……えっ。あ、うん」
「ありがと」
 するりと健ちゃんの左手が、僕の右手に絡む。うわ……。手……っ。今更なはずなのに、それだけでパニック起こしそうな僕の手を小さく揺らして、健ちゃんはさらににこにこする。
「……嬉しそう、だね?」
「そりゃ嬉しいよ。今さ、オレが手ぇ握ったら、蒼生もちょっと握り返してくれたじゃん? 蒼生が自分の意志でオレに応えてくれたんだなーって思うと、すっげえ、なんつーの、感無量ってやつ」
 時々、健ちゃんって僕の心でも読めてるんじゃないかなって思うことがある。本人がわかってるのかどうかはわかんないけど。僕がすとんと沈みかけたタイミングで、必ず引っ張り上げてくれる。昔からそうだったよね。
 僕はそれにちゃんと返せているんだろうか。いや、なにも返せてない。救われてばっかりじゃ駄目だ。僕が健ちゃんに出来ることを、もっときちんと考えていかなくちゃ。
「あー……のさ、蒼生?」
「ん?」
「昨日はごめんな」
「……え?」
 やけに神妙な声。どきりとする。
「ほら、急にああいう雰囲気になっちゃって。びっくりしたろ?」
「ああ、びっくり……。そうだね、まあ、驚きはしたよね」
「ほんとはもうちょっと、綺麗な景色とか雰囲気のあるとこでって考えてたんだけどさ。結局勢いで放課後の教室だよ。想定外だったよなぁ……」
「!?」
 は?
 ……ふふっ、そっち? バックグラウンドの話? ふたりで同時にっていうそっちのシチュエーションのほうがびっくりしたんだけど。健ちゃんって意外とロマンチストだもんね。
「放課後の教室でも十分にスリリングな気分味わったよ……。僕は、まったく反対のこと言われると思ってたから、それにびっくりした」
「反対?」
 言おうかどうしようか迷う。だけど、ずっと気になるのも嫌だし……。うん、今を逃すともやもやしそう。ちょうどいい機会だから聞いておこう。
「あのね、僕、健ちゃんに嫌われたと思ってて」
「え!? なんで!?」
「健ちゃん、僕にくっついてこなくなったから。そういうの嫌になったのかなってちょっと悩んでた」
「うわ……」
 呻くように呟いて、健ちゃんは手に力を込めた。痛い痛い。
 それから反対の手で自分の頭をごつんと叩くと、天を仰ぐ。
「それに関してはマジでごめん……。言い訳を聞いてくれると嬉しいんだけど」
「うん」
「えっと、その。なんか、好きだって思って触れたら、あの……なんか、あの、それだけじゃ足んなくなりそうで……。こーいう気持ちで抱き締めていいのかなって……。い、今更ながらね、心の準備がね! ほんと今更なんだけどさ!」
 あ。それも逆だったんだ。
 口の中でもごもご言う健ちゃんは、言葉を探してるみたいだ。その心の中を表すように、指が僕の手の甲を柔らかく撫でる。……う。それから、親指が小さく動いて、親指の付け根をなぞってくる。あ、うわ、胸元から腰にかけてすっごいざわざわする。ヤバい。でもこれ、手を引いたら、気付かれてしまいそうで。
 気を紛らわそうと遠くを眺めようとするけど、今度は別のことが気になってくる。あー、健ちゃんの中ではもう、僕に「くっつく」とか「引っ付く」とか「飛びつく」とかじゃなくて「抱き締める」なんだな、って。
 駄目だこれ、ぎゅってしてほしくなる。
 落ち着け、僕!
 外! ここ外!
「……だから、オレが蒼生のこと嫌いになるなんてこと絶対ないんだからな! わかった?」
「う、うん」
 健ちゃんはそう結論付けて、もう一度僕の手を強く掴んだ。力、強っ。いたたた。
 でも、おかげで妙な気分が抜けてったのは、助かった。

 駅の入り口の脇に、冬矢が立ってるのが見えた。また心臓がぴょんと跳ぶ。……ねえ、これ、心臓大丈夫? 朝からこれで1日もつの?
 それにしてもなー、ただ立ってるだけなのになー、なんであの人あんなに絵になるかなー……。
 僕たちに気が付くと、冬矢はにこりと笑った。……あー。笑顔だけでこんなに嬉しい。やっぱりこれ「好き」かぁ……。
「おはよう、蒼生」
「おはよう」
 あれ。名前、足りなくない?
「今日は少し遅かったね。……大丈夫? 何もなかった?」
「? 何も?」
「大丈夫だったらいいんだ」
 ん? この会話……。覚えがあるぞ。なんだっけ。えーっと、結構前。あれは、……ああ、冬矢の家に泊ってるって話になった時か。あの時は健ちゃんがたしかおんなじこと言ってたよね。
 …………。
 ……あれっ。あー……。
 何も、って、そっか。そういう意味か。うっわ。
「蒼生? 顔赤いけど。やっぱり何か」
「な、ないです! なんにも!」
 健ちゃんがずい、と僕と冬矢の間に割り込んでくる。
「なんかあったとしてもいいんじゃねえ? オレと蒼生は付き合ってんだし。何が悪いんだよ」
「俺の気分が」
「はあ?」
「恋人に手を出されたら当然だろ」
 ちょ……。
 あれ?
 え、なんなの、そこは変わらないんだ? 示し合わせて同時に告白なんかしてくるんだから、仲良くなったのかと思ってたけど。うーん、そんなことはないのかあ。
 にしても、つ、付き合ってるとか、恋人とか、さらっと言うよなぁ。そ、そうなんだけど! そういうことになったんだけど! 改めて聞くとめちゃくちゃ照れる……。
 あっ、いや、だから、時間、時間。
「ふたりとも、遅刻する!」
「えっ、あ、ヤベっ」
「急ごう」
 慌ててホームに向かうと、ちょうど電車が入ってくるところだった。あー、よかった。この時間のに乗れれば間に合う。
 電車に乗り込むお客さんの後に、冬矢と健ちゃんが背中から乗って、それぞれが片手を伸ばす。……待てよ、これ……。僕はふたりに両腕を掴まれる格好で車内に足を踏み入れる。僕の背中で、ドアが閉まった。うわ……。この距離と体勢は……。
「きつくない?」
 耳の上から降るようにして、冬矢の声。僕は何度か小さく頷く。だって大きく頷いたらたぶんぶつかるから。
 うん、きつくはない、で、でも、ちょっと近くないかな……?
「おまえ近くねぇ?」
 反対側の頭の上から健ちゃんが抗議の声を上げる。そうだそうだ、ちょっと近いぞ! や、あの、健ちゃんも大概だけど!
「何が悪いんだ?」
「さっきの仕返しかよ」
「そうだけど」
「大人げねえな」
「おまえもな」
 あの、そのひそひそ声、ちょっと勘弁してほしい……。ぞわぞわする。
 僕はちらりとふたりを見上げる。近い。近いよ。至近距離でイケメンに囲まれてるこの状況、ほんとなんなの。第一、わずかとはいえ見上げる角度ってのが悔しいよなあ。僕だって平均身長あるのにさ。
「ね、ちょっといい?」
「ん?」
「あの……頭の上でしゃべるの……くすぐったいからご遠慮いただきたい……」
 口論が止まって、ふたりの目が不思議そうに僕を見る。でも、冬矢だけすぐに何かを察知したように目を細めた。
「くすぐったいの? 声が?」
「え、うん、なんかそんな感じがする……」
「どのへんがくすぐったくなる感じ?」
 なんなんだろう、この質問。
「えっと、頭の後ろらへんから腰のあたりにかけて、かな。なんで?」
「いや、聞いてみたかっただけ」
 ひとりだけ満足気な冬矢に、僕と健ちゃんは目を見合わせる。
 冬矢が色々聞いてくることは今までもあったけど、初めて聞かれるタイプの質問だったから、なんか変な感じ。あれ、だけどよく思い返してみると、いつも冬矢がひとりで納得して終わってたような……?
 うーん。実は僕、冬矢のこと全然知らないのかも。


 それから約1か月。
 あの日、あの時、僕は世界が一変するみたいな衝撃を受けた。全部がひっくり返っちゃうんじゃないかって。でも、僕の日常にそんなに大きな変化は起こらなかった。
 健ちゃんも冬矢も、少し距離が近くなった気はするけど、それだけで。舞い上がってたのは僕だけなのかな。
 まあ、そんなものなのかもしれない。
 それならそれでいいか。
 うん。
 そうだ。
 ばたばたと後ろで部活の準備をしてた健ちゃんが机と肩越しに覗き込んでくる。
「蒼生、今日急ぐ?」
「ううん、用事はないよ」
「ミーティングだけだから待っててくれない? 一緒に帰ろ」
「うん」
 ……変わらない、でもやっぱり一緒は嬉しい。だからこれでいいんだ。
 いつの間にかそばにいた冬矢が自分のノートを僕の机にぱたんと置く。
「じゃ、俺と課題やってようか」
 笑顔の冬矢に対して、健ちゃんが渋い顔をした。
「おまえもいるのかよ」
「俺は俺の予定があるだけだ」
「便乗じゃねえの?」
「さっさと行かないと遅刻だろ」
「…………。部活やめようかな」
 えっ。
 ぽつりと小さな健ちゃんの言葉。
 背中がざわっとする。
 今、なんて?
 僕は思わず立ち上がった。
「なんで? 健ちゃんサッカー好きなのに。ここまで頑張ってきたのに、どうして」
 さっと血の気が引く。
「もしかして、……僕のせい?」
 僕が健ちゃんを選ばないから?
 そんなことで健ちゃんのやりたいこと邪魔しちゃうの?
 健ちゃんはものすごく慌てた様子で僕の両肩を掴む。
「ち、違う違う! 誤解すんなよ!? 最近、チーム内でちょっと伸び悩んでて限界感じてんのと、こないだのテストヤバかったもんでそろそろ勉強に本腰入れたいってだけだから!!」
「……そうなの?」
「そう! ちゃんと親とも相談してるアレだから!」
 ……そっか。僕は椅子にすとんと座る。
「早く帰ってくるから、な! その話は後でしよ!」
「うん、いってらっしゃい」
 健ちゃんは黒板の上の時計を見上げ、今度こそ教室を飛び出して行った。
 …………。
 本当にちょっとしたことで浮かれたり沈んだり、駄目だなぁ、僕は。乱高下が激しくて、疲れる。自分自身でさえこうなんだ。こんなの、すぐに愛想尽かされるに決まってる。やっぱり僕にはこういうの無理なんだ。
「あーおい」
 っ。
 広げたノートにペンを走らせながら、冬矢はそのまま目を離さず柔らかな声で僕を呼ぶ。
「健太の言ったことは気にすんな。限界も成績も本当の話だから」
 ……え?
「いきなり両方の問題が同時に起こったから、あいつも悩んでるところらしいよ」
「でも、僕にはそんなこと一言も」
 僕には言わなくていいって……?
 冬矢が顔を上げて苦く笑う。
「蒼生にはカッコ悪いから言わないでくれってさ。全部決めてから言うって言ってたから黙ってたのに。さっきのは完全に売り言葉に買い言葉の勇み足だな」
「……言っちゃってるよ」
「あいつのプライドより蒼生の気持ちのほうが大切だからね」
 健ちゃんはなんでも僕に話してくれると思ってたんだけど。そうだよね、言いたくないことだってあるよね。いずれ話してくれるつもりだったらしいけど。でも。
 冬矢はペンを置く。
「俺も健太も……もしかしたら蒼生もかもしれないけど、今手探り状態なんだよな」
「え?」
「関係を表す名前が変わって、どうあるべきなのか悩んでいるというか、どう踏み出したらいいか迷ってるというか。変えちゃった側の俺が言うのも言い訳がましいかな。健太はどうにかしてかっこつけようとしているみたいだけど、俺は……。蒼生、手、貸してくれる?」
 手?
 開いた両方の手のひらと甲を交互に見てから、右手を冬矢に向かって伸ばす。冬矢はそれを両手で包み込んだ。
 ひゃっ。
「……俺は、どうやって自然に蒼生に触れようか、ずっと考えてる」
 じわじわと、熱が伝わる。少し汗ばんだ手。ふっと冬矢がくすぐられたみたいな顔で笑う。
「バレてる? これだけで緊張してるんだ」
 え? あの、冬矢が? さんざん浮名を流したって噂の冬矢が、僕の手を取るだけで?
 つられて僕の手も熱くなってくる。手から腕へ、腕から胸へ、ぎゅっと圧力がかかってるみたいな。
 僕は一喜一憂する自分に戸惑ってる。それじゃ駄目なのにってずっと思ってる。それは僕だけじゃなくて、健ちゃんと冬矢にも、葛藤みたいなものがある、ってことなのかな。
 今冬矢が何を考えてるか知りたいな……。
 ……僕も何か、動かなきゃ。僕が出来ること。したいこと。なんだろう。
「あ、あのさ。冬矢って何色が好き!?」
「え? ……んー、白……か、緑かな」
「季節だったらいつが好き?」
「冬が好き」
「和食と洋食どっちが好き?」
「どっちも好きだけどどちらかと言えば洋食かな」
「肉と魚だったらどっちにする?」
「魚。……急にどうしたの?」
 うっ。
 僕は急に恥ずかしくなって思わず目をそらす。
「……あの、僕、よく考えたら冬矢のことあんまり知らないなって。だから……」
「俺のこと、知りたいって思ってくれた?」
「うん……」
 冬矢が相好を崩す。それが本当に嬉しそうで。
 僕の手を握った両手のうち右手を離すと、自分のシャツで拭ってからすっと僕の方に伸ばす。それが頬に触れた。
 ……っ。
 びくりと肩が勝手に跳ねる。はっとしたように冬矢が手を引く。
「あ、ごめん」
「違う、そうじゃなくて」
 僕は空いた左手でその手を掴み、自分の頬に押し当てる。うわ。ヤバい。ドキドキする。
「ちょっと、びっくりしただけ、だから」
「……そっか。大丈夫? 嫌じゃない?」
「うん、やじゃない」
 そう答えるのが精いっぱいだった。本当は、すごく、嬉しい。だけどそれを伝えるのはまだやっぱり恥ずかしくて。だってそんな、ほんとは、もっと触れてほしいなんて、図々しいお願いだと思うし。
 冬矢の長い指が、耳に触れる。隣の指が、顎に伸びる。く、くすぐったい。
 すごく優しい目がまっすぐに僕を見てる。
 あー。
 このまま冬矢の腕に飛び込んでしまいたい。
 なんとかその衝動に耐える。
「……ずっと触れていたいけど、課題進んでないと健太にバレてうるさくなりそうだな」
「そ、そうだね……」
 僕たちはノートに目を落とす。
 なんか、頭の中がぐるぐるする。
 ああ、なんだろう、全部がちぐはぐだ。
 嬉しいと思うのに、暗い影が覆い被さってくるみたいにすぐ不安でいっぱいになる。
 僕はどうしたいんだろう。どうなりたいんだろう。

 健ちゃんは、戻ってくるなり椅子の上に正座した。
「え、何してるの。痛くない?」
「いてぇ……けど、反省しなくちゃいけないし」
「いいよ、そういうのいいよ、痛そうなの見ると僕も痛い気がするから降りて降りて」
 昔からそうなんだ。健ちゃんがケガすると同じとこが痛い気がして、心臓がぎゅっとする。自分のケガは全然平気なんだけど。
 ……だからまあ正直なところを言うと、健ちゃんがサッカー辞めるっていうの聞いた時、どこかほっとしてる自分もいた。好きなことだからやっててほしいって思うよ、でも、しょっちゅう擦り傷作ってたり相手選手とぶつかって頭ケガしたり、そのたびに怖くて仕方なかった。だからって僕が口を出す権利はないから、ずっと黙ってきた。
 健ちゃんは、きちんと椅子に座り直すと、鞄の中からくしゃくしゃになった細長い紙を取り出した。これ、この前のテストの結果? この学校は成績を貼り出すとかないから、教えてでもくれない限り点数も順位もわからない。受け取ったそれをぴらりと開く。
 …………。うーん。
 覗き込んできた冬矢がぴたりと動きを止める。
「……大丈夫か、これ」
「大丈夫じゃねえよ……大丈夫じゃねえから部活どうすっかってとこまで来てんだよ」
 そ、そうだねえ……。
「あー、めちゃくちゃかっこ悪ぃじゃん! こんな成績の奴、堂々と恋人ですって紹介できるかって話だよ! 完全に冬矢に負けてるじゃんオレ!」
「勝てるつもりでいたのか?」
「うるせえな、確率ゼロじゃねぇだろ」
「このままだったらゼロだろうなあ」
「ぐっ……。とにかく、だ、これで蒼生にどうしようって泣きつくより、せめてこうしようと思うって決めてから話すほうがまだかっこつくと思ったんで、黙ってました! ごめん!!」
 健ちゃんは勢いよく頭を下げる。
 真っ先に話してくれたほうがよかったのにとはやっぱり思うけど、健ちゃんなりに考えてのことなんだから、僕もそれを受け止めるべきなんだと思う。冬矢も言ってたけど、恋人、になって、僕にいいとこを見せようとしてくれてる結果なんだから。
 でも、僕はそんなの気にしないのにな。健ちゃんはいつだってかっこいいよ。たしかに、この成績は、ちょっと、アレだと思うけど……。
「ええっと、うん、わかった。とりあえず、7月まではここまで下がってなかったんだから、2学期入ってからの復習を一緒にやってくのはどうかな。僕で力になれるかどうかわかんな」
「お願いします!!」
 早い。最後まで言ってないのに。
 いつの間にか膝が付きそうなほど身を乗り出す健ちゃんに、なんだかちょっとどうでもよくなった。あ、悪い意味じゃなくてね。心にこびりついた埃みたいのが、健ちゃんの勢いに吹き飛ばされちゃった感じ。ちょっとだけ気が晴れたかも。
 健ちゃんはさらにぐいっと顔を寄せてくる。
「そしたら、早速さ、今週末部活ねぇんだ。蒼生は予定ある?」
「ないよ、大丈夫」
「ん、じゃあ部屋行くわ」
「うん」
「待った」
 突然冬矢が遮り、健ちゃんの肩をぐいっと引く。
「なんだよ」
「俺も行く」
「おまえはいらねえよ」
「そういう問題じゃない。蒼生と部屋でふたりきりにさせるわけにいかないんだよ」
 ……あっ。
 そ、そっか。


 そして、週末。
 冬矢が変なこと言うから、僕はあれからずーっと変なふうに緊張したままだった。普段からそんなに散らかすほうじゃないけど、読みやすいように積んだ本も丁寧に本棚に並べ直したり、ペン立てのペンをグラデーションになるようにしてみたり。ローテーブルは5回拭いた。
 あっ。
 部屋に置いた電話の子機のインターホンが突然鳴った。ひぇ。慌てて部屋を出て、階段を駆け下りる。2階から1階へと1段踏み出したところで、ドアの開く音がした。ああ、僕が出たかった。
「いらっしゃい」
 お母さんの声。
「初めまして、笹原です。蒼生くんにはいつもお世話になっております」
「こちらこそ、中学から仲良くしてくれてるんですってね。あの子、あんまり学校のこと話してくれなくて。クラスで浮いてるんじゃないかしら」
「そんなことないですよ。優しくてしっかり者ですから、クラスでも頼りにされてます」
「そう? 頼りになるかしら。いつもへらへらしてぼんやりしてて、つまらない子じゃない? 心配でねえ」
「……いえ、」
 ああ、余計なことを。僕は残りの数段を飛び降りるくらいの気持ちで下りた。パッと視線がこっちに向かう。
「おはよ、後は僕が案内するからお母さんはいいよ」
「そう? じゃあお昼になったら呼ぶわね」
「はい」
 冬矢は笑顔を崩さない。固めたみたいに。
 洗面所を案内して、それから急き立てるように僕の部屋まで連れて行く。ドアを閉めるとようやく溜めていた息がこぼれた。つまんないのは僕が一番知ってるんだから、わざわざ人に言わなくてもいいのになぁ。
「……ごめんね、あの、言い方があれで……悪気はないんだよ、ほんと」
 ちらりと僕を見た冬矢は一瞬目を落とす。もう一度上げた時には柔らかで穏やかな目をしていた。
「ちょっと俺とは解釈が違うみたいだ」
「えっ」
 真正面に立ち、僕の両手を下からそっと掬うように掴む。優しい目が、近い。
「こんなに魅力的で綺麗なひと、俺は初めてなんだけどな。つまらないなんて一度も思ったことないのに。蒼生といるといつも楽しくて嬉しくてドキドキするよ。……思わずそう言いそうになった」
 は……。
 ちょっと、パニック起こしそうだから、ちょっと待って。
 え? あれ?
「あ……の、冬矢ってこういう人、だったっけ?」
「そうだったみたい。俺、本気で蒼生を落とすって決めたから」
「ひぇ……」
 眩しい。きらきらしてる。心臓が爆発しそう。
 ばんっ、とドアが開いた。
 飛び込んできた健ちゃんが、冬矢の手から僕の手を奪い取る。
「……油ッ断も隙もありゃしねえ! 約束の時間から15分も早ぇんだけど!」
「余裕を持って行動しているだけだ」
「15分は相手のご家庭に迷惑だ!」
「おまえだってこの時間だろ」
「オレはそのっ、……部屋から見てたらおまえが急に来るから」
「ふーん。覗きが趣味とかか」
「のっ……別にそんな、いつも、じゃねぇし」
 よくもまあぽんぽんと会話が繋がるなあ。
 ……繋がるんだよなあ。
「えーと。本来の目的に戻ろ」
 声をかけると、口論がぴたっと止まった。

 なんだろうなあ。時間の使い方なのか、集中力の問題なのか。こうやって一緒にやると、健ちゃんてすごく飲み込み早いんだよね。もともと頭はいいんだと思う。高校受ける時も巻き返し凄かったし。ちゃんとやれば結果は出るはずだから、健ちゃんの言う通り勉強のほうに力入れるのは正しい気がする。
「健太、そこ順番違う。こっちが先」
「あーそっか」
「さっき蒼生が言ってたのちゃんと聞いてたか?」
「うっかりしてたんだよ」
「何度うっかりするんだよ」
 んー。
 僕は横に置いた便覧を手に取り、ぱらぱらとページをめくる。目当てのページを見つけると、そこにあった単語をノートに写す。
「蒼生、オレも見せて」
「うん」
 隣に来た健ちゃんに、ページを開いたままの本を渡す。指が紙の上をうろうろして、すぐにぴたりと止まる。それを横目に見ながら、僕は次の設問に移る。
「たまには自分で調べろよ」
「タイミング合ったとこだからいいだろ」
「蒼生に近付く口実じゃないか」
「そうだよ」
「開き直るな」
 僕がいなくてもいいよなあ、これ。
 共通の話題がないとか言ってたけど会話続いてるもんね。やりとりがケンカ腰だから仲良くないんだなって思ってたけど、そういうコミュニケーションの取り方もあるわけだし。もしかしたら、仲いいのは、僕とじゃなくて健ちゃんと冬矢なんじゃないのかな。僕はただのきっかけにしか過ぎないのかもしれない。
 もしかしてさ。ふたりが好き合ってたりするんじゃないのかな。
 あ、その可能性は考えられる。だって会話が楽しそうだもん。僕割り込める気がしないもんね。
 まあそれでもいいんじゃないかな。そもそもなんで僕なんだって話だから。わかる、こんなめんどくさいのにかかわってられないよね。僕だってこんな奴、嫌だ。
 そうなったらふたりで僕の前からいなくなるんだろうな。
 笑って別れられるかな。
 出来るかな。
 出来なくちゃだめ、だよな。
 よく考えておかなくちゃ。
 ちゃんと出来るように。
「蒼生」
 …………っ。
 びっくりして肩が跳ねた。
「えっ、あ……ごめん、何?」
 突然僕を呼んだ冬矢は、すごく静かな目で僕を見ていた。ぎくりとする。冬矢がたまに見せる、僕の心の中まで見透かすような目。健ちゃんも怪訝な顔を僕に向けてる。
 冬矢は息を吐いて、テーブルを避けるように僕の正面に座り直す。
「何考えてた? どうしてそんなに落ち込んでるの」
「いや、何も……えと、あの、問題が難しくて」
「俺にその言い訳が通じると思う?」
「う……」
「あーおい?」
 ダメだ。
 冬矢の声には僕を甘やかす雰囲気がある。僕の本音を引きずり出す時、冬矢はこうやって僕を溶かそうとしてくる。この目と声の前では僕は心を隠せない。そういうふうになってしまった。
「……あの」
「うん」
「冬矢と健ちゃん、会話のテンポがよくて、すごく息が合うなって前から思ってて。だから、僕はただの口実で、本当は冬矢と健ちゃんが好き合ってるんじゃないかって」
「は!?」
「え!?」
 ふたりが同時に大きな声を上げる。
 ほら、そういうとこ息合ってるじゃん。
「なんか……急に不安になって」
 そこまで言うと、健ちゃんが急に膝で立つ。
「蒼生って、人のことちゃんと見てるようで、意外にポンコツなとこあるんだな」
「ポン……?」
 え、突然何を。
 健ちゃんは心底呆れたように、ローテーブルを掴んで部屋の奥に押しやると、僕の後ろに座った。何が起きたのかわかんなくてとりあえず健ちゃんのほうに向き直る。
 そして健ちゃんは、指で自分の座ってる場所を指す。
「あのな。オレがここにいるだろ。で、蒼生がそこにいるよな。それから冬矢が反対側にいる。オレから見える冬矢は、ソレなんだよ。オレ、冬矢のことなんか見てねえよ。おまえが中心にいて、その向こうに“見えちゃう”の。できればオレはおまえだけを見ていたいの!」
「見えちゃう……?」
「そ。見えちゃう」
 …………。
 僕は冬矢に目をやる。冬矢は膝に置いた手を離して腕を組んだ。
「健太にしては的確な例えだと思うよ。俺の視界の中央はずっと蒼生だ」
 そ……っか。
 どうしてなのかはやっぱりわからないけど、ふたりが好きなのは、僕、なのか。

「あー、ラチあかねぇ!」
 突然健ちゃんがそう叫んで両手で自分の頭を掻き回したかと思うと、その手を伸ばした勢いで僕に飛びついてきた。
「わっ……」
 咄嗟に右手をついて、なんとか堪える。でなきゃ、床に頭打ってたとこだ。健ちゃんはお構い無しに、ぎゅっと首に巻き付いてくる。
 ああ、健ちゃんの温度だ……。久しぶりの。
 そういえば、あれは克服できたんだろうか。
「健ちゃん……。心の準備は大丈夫になったの?」
「まだ全然ダメ……だけど、やっぱ普段通りじゃなきゃ、そっちもダメだわ。こうやって態度でも好きだってちゃんと伝えていくことにする」
 ぎゅって力が強くなるのと一緒に、僕の心臓もぎゅってなる。
「好き……すっげえ好き。蒼生が好き」
 ぞくぞくする。慣れてるはずなのに。知ってる温度のはずなのに。触れてるところがじわりと熱い。そのあったかさに泣きそうになる。
 ああ、やっぱ僕には健ちゃんの温度が必要だ。
「蒼生。俺のところにも来られる?」
 冬矢の声。健ちゃんが手の力を緩めてくれたから、僕は体を冬矢のほうに向ける。冬矢は優しい手を肩と腰に回して、それから力一杯引き寄せた。
 ……嬉しい。
 冬矢の匂いに包まれて、なんかすごく落ち着く。ドキドキもするんだけど、心の中のどこかにすとんとはまる感じがする。
「よく考えてみて。俺の目的がたとえばあり得ないけど仮に万が一健太だったとして、俺が蒼生を口説くのはなんでだと思う?」
「うーん……普通に考えると、懐柔が可能性高いかな。将を射んと欲すれば先ず馬を射よ、ってやつ」
「それ、単純な健太を落とすのに有効だと思うか?」
 ……あー、うん。なるほど。友達ならともかく、いったん「恋人」を経由する理由はないか。
「ううん、もっとストレートに行かないと単……いや素直な健ちゃんには通じないと思う」
「そういうことだよ。俺はただ蒼生のことが好きなだけ」
 うん。そっか。
 急に健ちゃんがのしっと僕の背中に体重をかけてきた。重……。そのまま僕の肩口にぐりぐり顔を押し付ける。
「蒼生、今オレのこと単純って言ったろ」
「い、言いかけただけ……」
「ほぼ言ってるじゃん」
「ぐっ……。で、でも健ちゃんも僕のことポンコツって言った!」
「だってポンコツなんだもん」
「うぅ」
「それより健太、とっとと蒼生から離れろ。こっちまで重いんだよ」
「うるせぇな、ちょっと抱き締めるの許してやったんだから我慢しろよ」
 また僕ごしにケンカしてる……。
 ……あれ? でも、もしかして、さっきからふたりのケンカの理由って僕……? よく思い出すとずっとそれだったかも……?
 え、取り合い? これ僕の取り合いとかしてる? うわ、これ、自惚れじゃなくて本当に……?
 うーん。
 僕にはこの事態の収拾方法がわからない。
 とりあえず、それはいずれ考えていくことにしよう。
 今はいいや、健ちゃんと冬矢に前後から抱き締められてるのが、あったかくて気持ちよくて嬉しくて、ちょっと他のこと考える余裕ないから。
 ああ、好きだなぁ……。
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