投稿日:2023年11月16日 21:58 文字数:23,147
20こ目;僕は君の宝物 第8話
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紆余曲折を経て、やっとここまでやってきました。
初めての夜の、おはなし。
【今日の注意事項】3人でいたしております……今更この注意事項はいるんだろうか。
あと、そんなにえっちじゃないです。
あれなので。あくまでこれは「手段」であって「目的」じゃないので。
ここに至ったところで、ひとつの区切りとなります。
次回から数回、番外編にお付き合いください!
↑初掲載時キャプション↑
2021/10/08初公開
https://pictbland.net/users/series/kazanet-tk/%E5%83%95%EF%BC%8B%E5%90%9B%E2%86%92Waltz%EF%BC%81
ここまでお付き合いいただきありがとうございます!
引き続きよろしくお願いします!
初めての夜の、おはなし。
【今日の注意事項】3人でいたしております……今更この注意事項はいるんだろうか。
あと、そんなにえっちじゃないです。
あれなので。あくまでこれは「手段」であって「目的」じゃないので。
ここに至ったところで、ひとつの区切りとなります。
次回から数回、番外編にお付き合いください!
↑初掲載時キャプション↑
2021/10/08初公開
https://pictbland.net/users/series/kazanet-tk/%E5%83%95%EF%BC%8B%E5%90%9B%E2%86%92Waltz%EF%BC%81
ここまでお付き合いいただきありがとうございます!
引き続きよろしくお願いします!
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正直、自分でも意外だった。何の根拠もなかったけど、自分の身に何が起きても大丈夫な気がしてたんだ。きっと落ち着いて冷静に状況を分析して対処できるって思ってた。頭が真っ白になって初動が遅れるなんて考えもしなかった。怖いって感情だけで動けなくなるなんて思いもしなかった。
いや、ちょっとだけ根拠はあったかな。こんなことふたりには言えないんだけど、ひとりで電車乗ってる頃って時々なんか触ってくる人とかいたんだよね。ほとんどはそれだけだったから気にしてなかったけど。面倒だったし。男の僕なんか触って何か楽しいんだろうか、ってずっと疑問に思うくらいで。だから、そういうのも平気だと思ってたんだ。なんていうかな、ショックを受けた自分自身がちょっとショックだった。
でも、もう大丈夫。腹立つし気持ち悪いけど落ち着いた。
なのに今僕は、学校の旧棟にある自販機の隣にあるベンチで、健ちゃんの足の間に座って後ろから抱き締められてるうえ、汚れたとことか少し傷になったとこを濡れたタオルやハンカチで冬矢に丁寧に拭かれてる。大丈夫なのに。ふたりとも有無を言わせてくれなかった。
「あのさ……ふたりとも、“大丈夫?”って聞かないね」
真っ先にそう聞かれるんじゃないかと思ったけど。健ちゃんも冬矢もそれを口にはしなかった。冬矢はぴたっと手を止め、息を吐いて自販機で買ったばかりの冷たいお茶のペットボトルを僕に渡してくれた。
……開かない。
あれっ? え? 手に力が入らない。
「大丈夫じゃないのがわかってるのにそんなこと聞かないよ」
そうなのか……。僕は大丈夫じゃないのか。
冬矢は僕の手からペットボトルを取ると、蓋を軽く握って捻る。するとそれは簡単に開いた。
「はい。まずは冷たいのでさっぱりするといいよ」
「うん……」
ひとくち飲むと、水分が染み渡る感じがする。もしかして喉が渇いてたのかもしれない。一息つくまで飲んじゃおうと傾けたペットボトルは、一気に半分がなくなった。
冷静になってよく思い返してみるとさ。あいつ、思い付きだったんじゃないかなって思う。だって男の上半身脱がす必要ないよね。用があるとこだけ脱がせばいいのに。それに扉だって外から簡単に開けられた。計画性ゼロって感じだ。たしかに、健ちゃんたちのことは想定外だっただろうけど、それにしても行き当たりばったりって感じがする。目的がぶれてるって言うか。だから、そんなに危なくなかったんじゃないかって思うんだ。
……うーん。沈黙が下りて、少し焦る。こういう、どんよりした空気、得意じゃない。明るくしなきゃ。ええと。
「でも、あの、怖かったけど、その、あちこち……触られたくらいで、結局何もされてないみたいなもんだし」
健ちゃんが、少し力の抜けた僕の肩に額を擦りつける。
「触られたんだろ。大丈夫なはずないじゃん。蒼生、人に触られるの嫌いなんだから」
え?
僕は真横にある健ちゃんの顔を覗き込む。
「そうだっけ?」
「誰かが触ろうとするとさりげなく逃げるだろ。手が触れるとやんわり押し返したりしてさ。ちっちゃい頃からずーっとそうだったじゃんか」
「え?」
「え?」
「……だって僕、健ちゃんにはずっと触られてたよ?」
「それはオレだから平気だっただけだよ」
「そうなの?」
「そうだよ。そっかあ、あれ、自覚なかったんだ」
知らなかった。はー……そうだったのか。僕をずっと見ててくれてた健ちゃんがそう言うんだから、そうなんだろう。
ああ、だからこんなに体中あちこち気持ち悪いんだ。なるほど。
「……それにね、蒼生。押し倒されて触られたなんて、それだけでもう被害者なんだよ」
冬矢が僕の頭を撫でる。さっきから、冬矢はこうして少しずつ僕に触れる。なだめるような、言い聞かせるような手のひら。僕は申し訳ない気持ちでいっぱいになる。
ぱっと突然手を離した冬矢は、天井を仰いで腕を組んだ。
「それにしても、蒼生に近付く女子は警戒してたけど……。こうなってくると全方位に注意が必要だな」
「ああ。どこで目ぇ付けられたんだろうな。……思い出したくなかったらごめんな、蒼生、あいつ誰だか知ってる?」
「えっと、名前は知らない。同じ図書委員に3年の橋本さんって先輩がいるんだけど、その人の友達ってくらいしか。何回か話しかけられたことはあるけど、それ以上は特に何もなかったよ」
「それで俺たちのことは知らなかったのか」
たしかに、普段の僕を知ってる人だったら、僕の側にいつもいてくれるふたりのことを知らないはずがない。対して委員会ではひとりで行動することが多いから、そこでの僕しか知らないなら人の気配のないところに呼び出せば誰にも見つからないと思うだろう。下駄箱に適当にメッセージ置いたり鍵に無頓着だったり、呼び出しがあんなにザルだったのはそのせいだったんだ。つくづく、情報に無頓着なうえ短気な人で助かった。
はあ。
「だけど、呼び出されるのって色恋目的としか思ってこなかったから、そういう対象として見られることもあるんだっていうのはびっくりした」
そうだよなあ。そういうこともあるんだよなあ。自分にはまったく無関係だと思ってたけど。そうか、誰でもいいって考える人もいるのか。
…………ん?
ふたりが考え込むように止まってる。
「冬矢? 健ちゃん?」
「えーと……相手が男だったっつうことは蒼生にとって驚くポイントではなかった?」
「うん。告白自体は、男の子からされることもあったし」
「最近?」
「中2くらいから、時々」
「しかも、時々ってことは、単発じゃねえのか」
「なるほどな……」
ふたりはますます難しい顔をする。やだな、そんな顔。でも、ほら、こんなことになるのってレアケースだと思うし……とは言えない雰囲気。どうしよう。何を言ったらいいのかが全然わかんない。
冬矢と目が合った。僕が言葉を探してるのに気付いたのか、少し困ったように笑う。それから、腰を落として僕を真正面から見た。
「蒼生。これから、誰かから呼び出されたりしたら、……どんな些細な呼び出しでも、必ず俺か健太に連絡を入れてほしい。一言でもいいから」
「……え」
そんな、大げさな。
冬矢は健ちゃんに目線を合わせた。
「俺たちのほうでも十分注意しよう。あいつの動向も気になる。ああいう短絡的な奴は逆恨みしかねないからな」
「だな。出来るだけ蒼生をひとりにしないほうがいいと思う」
「ちょっ……そんな、迷惑かけられないよ、僕は平気だから」
「蒼生」
健ちゃんが僕の言葉を遮る。そしてまた腕に力を籠めた。痛い。
「わかってくれ、な。今、オレ、おまえのこと一瞬たりとも離せないんだ」
……あ。
小さく震える指先に、僕はその時ようやく気が付いた。
そっか。
怖かったのは僕だけじゃない。健ちゃんも怖かったんだ。たぶん、冬矢も。
あのまま、諦めたまま最後までさせちゃってたら、僕以上にふたりを傷付けることになってたんだ。
ああ、僕、無神経だったな。
しばらくして、健ちゃんが大きく息を吸った。
「……で。どうすんだ」
「俺の家、今日誰もいないから」
「そういやそんなこと言ってたな」
もう一度冬矢は僕の頭にゆっくり手を乗せる。
「どうする? 蒼生。このままうちに来る?」
ドキッとした。そうだ。上書きしてほしい、って言ったのは僕だ。それってつまり、そういうことだ。
あの場の雰囲気も手伝ってつい頷いたけど、今更ちょっと頭の中が騒ぎになる。そう、頷いたんだよなあ。頷いたんだよ。
それでもどこかで冷静な僕もいて、何度も頭の中で繰り返した準備の手順がくるくる再生される。
「えっと、あの、とりあえず着替えたい……」
なんとなく、はっきりそうとは言えなくて、僕はそんな言い訳をする。冬矢は疑う様子もなく、わかった、と言った。それから顔を上げて健ちゃんを見る。
「俺は先に帰って支度しておくから、おまえは」
「ん、蒼生と一緒に行くわ」
えっ。
「待っててもらうの悪いよ」
咄嗟にそれが口から出た。冬矢の強い目が僕を捉える。
「だめ。健太とおいで。ね?」
……ああ、また、僕は。
どうしてこんなに上手に立ち回れないんだろ。
ふたりが僕のことを本当はどう思ってるかわからないから、僕が逆の立場だったらと想像してみる。健ちゃんが、冬矢が、誰かに傷つけられたとしたら。……考えるだけで怖いし、怒りで頭がいっぱいになるし、許せないし、つらい。何より守れなかった自分が一番許せないと思う。僕は自分なんて死んだら死んだでそれだけの話だと思ってたけど、そんなこと思われてたら、……怒るな。ふざけんなって思う。僕を置いてく気か、って。もしかしたら本当にふたりは僕に対してそう思ってるのかもしれない。考えすぎかもしれないけど。
…………あれ。なんだろう。前にこんな話、誰かと……?
いや、とにかく、僕には反省することが多すぎる。叱られて当然のことを考えすぎてた気がする。自分勝手だった。ちゃんと僕は自分と向き合わなきゃいけない、きっとそうなんだ。
健ちゃんが静かに息を吸って、後ろから僕の両手を優しく握った。
それから、
「蒼生っ」
いつもの、明るい声。
「それにさ、だってさ、オレ、冬矢ん家知らねえもん。蒼生が連れてってくれないと、絶対こいつ家なんか教えてくれないだろ。平気で違う住所とか教えそうじゃね?」
「よくわかったな」
「だろうな!」
…………ふふ。
たしかに。
「……なんかそれ、想像できる」
思わず笑った僕に、明らかに健ちゃんと冬矢が表情を緩めた。
そうだね。
僕はふたりともちゃんと向き合わなくちゃ。
「……助けてくれて、ありがとう」
ああ。つかえてた言葉が、やっと、言えた。
笑顔が、返ってくる。
家までは健ちゃんが送ってくれた。3人で電車に乗って、冬矢と分かれて見慣れた道を歩いて。ふたりとも、普段通りのなんてことない会話を、たぶん意識してしてくれてたと思う。
僕は大きく息を吐く。家の中はとても静かだった。お母さんのスリッパが玄関に置いてあったから、多分買い物にでも行ってるんだろう。お父さんは仕事だし、こうちゃんもみどりちゃんも大学に行ってる時間のはずだ。はー、よかった。さすがにあんなことがあった後で、家族と顔合わせるのはなんとなく嫌だった。なんなんだろうな、この気持ち。
コートと外したままだったネクタイをリビングのハンガーにかけて、洗面所に行く。……鏡に映った自分の姿にぞっとした。シャツのボタンが引きちぎられてるのが着てるブレザーの間からもはっきりわかって、ひどくボロボロだ。腹立つ。なんだよこれ。
深呼吸して、まずはブレザーを脱ぐ。一通り確認したけど、破れたりほつれたりしてるところはなさそうかな。だけど砂と白線の粉ですごく汚れてる。ちょっとはたいたくらいじゃ全然取れない。ズボンも汚れてるし、これはクリーニングに出さなきゃダメだろうなあ。お小遣いを追加でもらうにしても理由が必要だから、ちゃんと謝って、お母さんに出してもらうしかない。こんなに汚して、怒られるだろうな。どうしてこんなにしちゃったの、って。……はー。襲われたうえに説教? ああ、気が重い。
シャツは……うーん。ボタンを付け直せば着られなくもないのかな。もったいないし。……いや、やっぱやだ。引き攣れた跡なんか、見るたびに思い出しそうだもん。捨てよう。いらない。見たくない。僕は脱いだそれを出来るだけ強く床に投げ捨てた。残ったボタンが床に当たってかちりと鳴る。あとでちゃんと捨てるから、今だけは放置しておきたい。
そこに。とんとん、と階段を下りる音が聞こえてきた。
「蒼生? 帰ってるのか?」
!?
え……っ、この声、こうちゃん?
「蒼生?」
廊下からこうちゃんがひょこりと顔を出した。
「どうしたんだよ、珍しいな、ただいまも言わな……どうした?」
ヤバい。なんて言おう。理由。なんて。
こうちゃんは不審げな顔をして洗面所に入ってくる。どうしよう。
「制服すげえ汚れてるじゃん。取っ組み合いのケンカでもしたんか」
あー、それ。それだ。僕は洗面台に置いたブレザーに目を落とす。
「えっと、うん、そんなとこ。どっちかっていうと一方的に絡まれちゃった感じ。校庭だったから砂とか色々汚れちゃって、あの、泥とかもついちゃったから、クリーニングに出してもらおうかなって思って」
「へえ。そっか」
「それと、これから冬矢の家で試験勉強する約束してて、出かけなくちゃいけなくて、お母さん買い物だよね、後からちゃんと説明するから」
それから、えっと、えっと。
こうちゃんは僕の顔を覗き込もうとする。僕は反対側の棚に視線を逃がした。
「ケガは?」
「だっ、大丈夫……」
「首のとこちょっと血ぃ出てるな。手擦りむいてるのと、手首赤くなってんな」
「あー……」
長袖だったから気付かなかった。たぶん僕は無意識に隠そうとしたのかな、とっさに握ったら、じんじん痛い。
さらにこうちゃんは投げ捨てたシャツを拾い上げる。
「これは?」
「っと、あの、どさくさで破けちゃったから捨てようかなって」
「…………」
ちょ……っ、なんで黙るの。こうちゃんいつも延々おしゃべりしてるじゃん。へらへら笑ってるのがこうちゃんじゃん。怖い怖い。いつもの軽口どこやったの。何その真面目な顔。
「蒼生」
「なっ、何」
「まさかとは思うけど、……“ケンカ”の相手は健太と冬矢くんだったりしないよな?」
「っ! 違うよ! 健ちゃんと冬矢は僕を助けてくれたんだよ!」
びっくりした。そんなことあるわけがない。
ふうん、とこうちゃんは呟く。
「……こうちゃん?」
「うん。なるほど、わかった。んで、その勉強会は、泊まりか」
「あ……うん」
「了解。泊りの件はオレから言っとくし、クリーニングもシャツの処分も全部やっといてやるから、おまえは気にしないで慰めてもらいに行きな」
え?
「制服、スペアあんだろ?」
「あ、ある。でも」
「いいから。そんな今にも倒れそうな顔見たら、健太のほうが倒れそうだな。なにしてんだ、支度あるんだろ、ほら」
僕の制服を拾い集めながら、こうちゃんが笑う。……どうしよう、こうちゃんがお兄ちゃんみたいなこと言う。天変地異の前触れ?
とりあえず家で出来る準備はした。
鞄には着替えとか諸々を放り込んだ。
よし。
…………。
玄関で靴を履いて、ドアに手を伸ばすまでは何でもなかったのに、そこで手が止まった。
え、なんで? 頭の中に、見下ろしてくる男のシルエットがぱっと浮かんで、体が勝手に固まった。早く行きたいのに。動きたいのに。ドアを開けてあいつがいたらどうしよう。いや、そんなわけない。でも、もしかしたら家を知られてるかもしれない。健ちゃんのこと知らない奴が家知ってるわけないじゃん。だけど後をつけられたことがないって断言できる?
なんだこれ。なんだこれ。
怖いのか、僕は。
気付いてしまうと、急にドアの外に出るのがはっきり怖くなった。絶対そんなわけないと思う自分とそれを否定する自分がいて、頭の中がぐっちゃぐちゃだ。
僕は携帯電話を取り出す。ドアの前で足がすくむ時、僕のメッセージは決まってた。何度か送ったことがある。
──ごめんね。今日は行けません
…………。
ふたりは許してくれるはずだ。わかった、って言ってくれるはずだ。でも。
でも。
書きかけたメッセージを消して、受話器のマークを、叩く。
ちょっとの沈黙のあと、コールが2回目を数え終わる前にぶつっと音がした。
『蒼生っ!? どした? なんかあった?』
電話越しの健ちゃんの声。
「あっ……あのね、ごめんね、あの、…………けんちゃ……迎えに来て」
『おお。わかった!』
ばさって音。それからがさがさ、がたっ、ごとん、がちゃ、たくさん音がする。僕は電話を耳に押し当てて、それを聞いてる。やがてそれはドアの外の音と一緒になった。
『蒼生、着いたよ。大丈夫。開けて』
がたがたの指で、鍵を開ける。健ちゃんは自分でドアを開けないと思ったし、実際そうだった。僕がなんとか開けると、ひらひら手を振りながら健ちゃんが笑ってた。そして中に入りながらきりっと真面目な顔をして、ドアが閉まると照れたようにまた笑う。
「……百面相してる」
「んー。隣のオレを呼ぶほど怖かったんだなって申し訳ない気持ちと、“迎えに来て”がめっちゃ可愛かったなあって気持ちが戦ってる。あー、可愛いが勝ちそう」
「それはよくわかんないんだけど、でも、わがまま言ってごめんね」
「何言ってんだ、蒼生のわがまま聞けるなんてご褒美だよ!」
やっぱり何言ってるのかよくわかんない。
だけどさ。ひとりでやらなくちゃ、迷惑かけちゃだめだ、ってずっと思ってた。なのにそれが逆に迷惑をかけることもあるってわかったから。自分で無理だって思ったら、助けてって言ってみる努力をしようと思った。負担になって本当にごめん。そう思ってたんだよ。……それがこんなに喜ばれるなんて思わなかったけど。
なんだろ、僕、健ちゃんのこともよくわかってなかったのかもしれない。僕が起こす行動で本当に喜んでくれるんだ、これは本当なんだ、って自覚しよう。もしかしたら本当にただの自惚れなのかもしれないけど。
「健ちゃん、ついでにもう1個わがまま言っていい?」
「ん、なんでも言って」
「……ぎゅってして」
「! なんだよもう~、そんなのわがままでもなんでもないじゃん!」
嬉しそうに、健ちゃんは僕のことをぎゅっと抱き締めた。やっぱ痛い。
その手の強さを感じながら、僕は大きく深呼吸する。
うん。……よし! もう大丈夫! 切り替えた! あんなどうでもいい奴のことなんてもうほんとにどうでもいい。僕は今何を考えてる? 頭の中にある感情はなに? うん。そう。僕は健ちゃんのことが好き。冬矢のことが好き。それだけだ。それだけで十分だ!
僕は健ちゃんを見上げる。
「ありがと。それじゃあ、行こ」
まあね。そうすると今度は何のために出かけるのかを意識しちゃって、そっちでパニックになりそうなんだけど。
チャイムを鳴らすと、ほとんど間を置かずにドアが開いた。
「いらっしゃい」
冬矢が穏やかな笑顔で迎えてくれる。嬉しい。
「お待たせしました」
「ううん、気にしないで。気持ちの整理も必要だったろ」
にこにこの冬矢は、僕が入ったドアをそのまま閉めようとする。がしっとそれを止めたのはまだ外にいた健ちゃんだ。
「……なに締めだそうとしてくれてんだよ」
「ここに来ずに蒼生とふたりきりになってやろうなんて一瞬でも思った奴を家に上げる義理はないからな」
「えっ、なんでバレてんの!?」
「やっぱりな」
「あっ」
ふふっ。冬矢はいかにもやむを得ない、といった表情をして健ちゃんを迎え入れる。この軽いやりとり、ほんと好きになってきたなあ。
廊下にあがると、冬矢は僕の肩を優しく抱える。
「あれから気分はどう?」
「うん、もう平気」
「気持ち悪いのもなくなった?」
「なんかいっそさっぱりした気分だから大丈夫」
「制服も汚れちゃったよね」
「そう、酷かった。とりあえず兄がクリーニングに出してくれるって」
「兄……紅輝さん?」
「うん。シャツはもう破れちゃってるから、そっちは捨てとくって言ってくれた。いきなりお兄ちゃんみたいなこと言うからびっくりしちゃった」
「そっか。……いいお兄さんだね」
ずい、と健ちゃんが僕らの間に割り込んできた。
「こう兄が!?」
「そ。大したことないけど、ケガしてる弟はさすがに見逃せなかったのかも」
「へー、そういうとこもあるんだ」
「ふたりとも感想が大概だね」
冬矢がくすくす笑う。冬矢は一瞬しかこうちゃんと話したことないからそんなこと言えるんだと思う。普段のこうちゃんをもっと知ってたら僕たちの感想は大して外してないってわかるんだろうけどなー。あの時の感じがずーっと続くんだから。ものっすごい適当で軽いんだから。たまになんか妙に鋭いとこあるけど。
僕たちは冬矢の部屋に入る。しばらく来てなかったからなんだか懐かしい感じ。全然変わってない。物も増えてなくて。あ、ちょっと本棚のラインナップが違うかも。それくらいかな、モノトーンで統一された家具が相変わらず落ち着く。灰色のラグと黒のローテーブルと手前に大きめのベッ……。
しまった、勢いよく目をそらしてしまった。や、だって、これはしょうがないよね?
コートを脱ぐ仕草でごまかしたつもりだけど、果たしてごまかされてくれたかどうか。
「あっ……の、冬矢、シャワー借りてもいい?」
「ああ、うん。バスタオル出すね」
はー。
いまさらめちゃくちゃ緊張してきた。そっと後ろに手を伸ばしながら、ちょっと後悔する。慣らすとこまでうちでやってくればよかったかな。彼氏の家でシャワー浴びてるって、なんか、すごく生々しくない? この前までここは普通に友達の家のバスルームだったのに。場所は一緒なのに! そもそもがここに来てる時点で、「抱かれるために彼氏の家に来てる」わけであって……あっ響きがもうヤバイ。頭から冷水浴びたくなってくる。あーもー、言語化しなきゃよかった!
ただ、うーん。
ちらりと浴室の鏡に目をやる。シャワーの蒸気で曇って、僕の姿はぼんやりとしか映らない。これだったらなんとか見られると思うんだけど……何の凹凸もない、面白味すらない普っ通の男子の体なんだよなあ。女の子と付き合ってきたふたりが、これ、なんの抵抗もなく受け入れられるものなんだろうか。最後に一緒にお風呂入ったのっていつだっけ。今年の修学旅行、部屋にお風呂ついてたからひとりずつ入ったんだよね。すると冬矢とは中学の学校行事の1回か2回、健ちゃんともそのくらいの家族旅行が最後、か。その時はそういう目で見てないだろうからなあ……。引かれないかなあ……。
いや、でも、たとえそれが大丈夫だったとして。その、えっと、実は、その……、後ろだけでイけたことってまだなくて。ちゃんとふたりに応えられるんだろうか……。
心配ごとだらけで不安になってきた。
……いや。
違う。
不安になることなんてないよね?
そう。そうだよ。待ってるのは健ちゃんと冬矢だし。うん、なんとかなるよ。いつか来るのを待ってた日が、なんか突然来ちゃっただけだもんね。
そう思うと別の意味でドキドキしてきた。あー。まずい。期待と嬉しいのとでわけがわからなくなりそうだ。
ちょっと考えて、僕は持ってきたパジャマを着た。バスタオルで? とか一瞬思ったけど、それはちょっとアレすぎる。うう。
脱衣所から廊下へ続くドアを開けてこっそり部屋の様子を窺うと、小さな話し声が聞こえる。なんだろ。聞こえない。やっぱりやめる算段とかしてたらどうしよう。いや、ここで引っ込んでも仕方ない。ええい、行っちゃえ!
僕は出来るだけ静かに、ドキドキが聞こえちゃわないように廊下を歩いて、冬矢の部屋を覗いた。
「ごめんね、お待たせ」
ふたりはぱっと僕を見る。うっ。心臓が15センチは跳ねたな。なんかそわそわして、後ろ手で部屋のドアを閉める。
冬矢がふっと笑った。
「……脱がされるのに着てきたの?」
「ぬ、脱がされるのに着てきたの……」
頷きながら、やっぱ着てこないほうが正解だったかなぁ……とか思ってると、あれ。どうしたんだろ。健ちゃんは両手で顔を覆って天井を仰いでるし、冬矢は頭を抱えて床を見てる。えっ、僕、変なこと言った?
「あ、の、僕、なにか間違ってた?」
健ちゃんがそのままの体勢で首を振る。
「いーえ……なんにも」
「ああ……」
なんだ、なんだ。
戸惑ってると、冬矢は軽く髪をかき上げるようにして顔を上げた。健ちゃんも顔から手を外して、その手でぽんぽんとベッドを叩く。
「おいで」
「……はい」
あー。ヤバい。ふたりの間に座るだけで、もう、どうしたらいいのかわかんない。どうしよう。
冬矢が、膝の上に置いた僕の手を握る。健ちゃんが、僕の太ももを撫で、頬にキスをくれる。これ、どうしよう。どこ見てたらいいんだろう。
「蒼生……好きだよ」
「……うん」
「好き。好きだよ」
「うん」
「蒼生は今日は何もしなくていいからな。オレたちに任せて」
あー、そうなの? そっか。
たしかに、既にパニックになりかけてるからそれは助かるかも。
「そう。難しく考えないでいいからね。そのかわりひとつ約束してほしい」
「約束?」
冬矢が耳を噛む。くすぐったい。
「絶対に嘘はつかないで。全部素直に言うんだよ。痛いとか怖いとか苦しいとか気持ち悪いとか、隠しちゃダメだからね。俺たち、ちゃんと聞くから。どっちかが暴走してやめないことがあったら、殴ってでも止めるから。絶対蒼生に嫌な思いはさせないから」
そこでしゃべるのだめだって……ぞくぞくする。うん。隠さない。全部言う。ちゃんと言う。
健ちゃんは首筋に唇を寄せる。わ。
「あと、逆もちゃんと言ってくれ、な。してほしいこととか。気持ちいいこととか」
うん。言う。全部。
「……わかった」
僕がそう答えると、健ちゃんが語尾を食べる勢いで口を塞いできた。下唇を舐め上げて、上唇を吸う。うわあ。
「う、ほ、ホントに食べる気?」
「んー、いっそそうしたいくらい」
そっかー、そういう感じかー。
健ちゃんがふっと離れる。その隙を突くようにして、冬矢が割り込んできた。や、比喩じゃなくて、冬矢の舌が、僕の口の中に。わ、あ、これ、知識だけで知ってるやつだ。わわわ。僕の意思じゃない存在が口の中にあって、僕の舌に絡んできたかと思うと、上顎を舐めたり舌の下に潜り込んだりする。うわ。それがすごく気持ちよくて。あー。
そっちに気が行ってると、胸元になにか感触。健ちゃんの手が、僕のパジャマのボタンを外してる。肌に直に触れる指。あつい。それにびっくりして、僕は健ちゃんの腕に手をかけてしまった。
「……やだ?」
ぷは、と文字通り僕は息を吐く。口がようやく解放された。
「や、やだじゃない」
「恥ずかしい?」
「うーん……」
なんていうかな。誰かにボタンを外されるって、よく考えたらなかなかないんだよね。
「えっと、……特殊な感じ……?」
「あはは、特殊かー」
いい表現が見つからない。言葉を探してるうちに、ひとつずつ外されてく。ああ、委ねてるって感じがする。いつの間にか冬矢もそれに加わってて、冬矢のほうが器用なのが見えるのが面白かった。
なんて思ってるのがバレたのかな。健ちゃんがふいに首元からすくい上げるように頭の後ろを撫でてきた。…………っ。
「んっ……」
思わず声が出て、首が反った。健ちゃんが撫でたとこからまっすぐ腰に向かってぞくぞくが降りてったのがわかる。
「な、蒼生ってもしかしてここ感じる?」
「うすうすそうなんじゃないかと思ってた……。なんで知ってるの……」
「んー、なんでか知ってた」
健ちゃん、めちゃくちゃにこにこしてる。嬉しそうだなぁ。どうしてだろ。
「っあ!」
じゅ、って、冬矢が急に首筋を吸う。
あれか。僕が健ちゃんと話してたからか。……今更だけど、あれ、これ、僕、大変なことになるやつじゃない?
「……下も脱がすよ」
「う、ん」
軽く腰を上げると、左右からふたりの手が同時に腰にかかる。パジャマのズボンはするりと簡単に、下着ごと持ってかれた。あわあわしてるうちに、シャツのほうも腕から抜けて行ってた。なにこの連携。
あー。すっごい。心許ない感がものすごい。ふたりに囲まれて、僕ひとりなにも着てないって、やっぱ恥ずかしいって! しかも、見てる。めちゃくちゃじっくり見てる! ああ、もう、初めて見るわけじゃないじゃんかぁ……。
さては、本当に出来るかどうか考えてるんでしょ。そうだよなあ。
「……やっぱり、ちょっと違う?」
「? なにが?」
「男の体にこれ以上なにかするの難しいのかなって」
言うと、健ちゃんは心底不思議そうに首を傾げた。
「なんで?」
それから首に手を添えると、少しずつ滑らせながらその指を下げていく。っわ。ひぇ。くすぐ、ったい。
「綺麗だよ。特にさ、この首から背中にかけてのラインと、背中から腰に向かうこの角度と、腰からおしりにかけての滑らかな線と、おしりから脚に繋がるこの谷間と、膝の裏のくぼみと、ふくらはぎのすべらかさ、足首の形……可愛い……好き……はぁ……」
えー……。
引くでしょって聞いといてなんだけど、まさか僕のほうが引くとは。あの、恋人としての僕も戸惑ってるんだけど、幼馴染みの僕としては知ってはいけない事実を知っちゃったような。
抱え上げたふくらはぎに何度も何度もうっとりとキスをする健ちゃんを、冬矢が冷えた目で見下ろす。
「こんな変態、蒼生の側に置いとかないほうがいいんじゃないか」
「そういうおまえはどうなんだかな!」
とりあえず、それ以上脚持ち上げるのやめてもらっていいですか……。攣りそう。あと後ろに倒れ込みそう。
「俺は……そうだな。ここのラインが好きかな」
冬矢が両手で僕の腰を左右から優しく包む。うっわ。あ。背骨、の、とこ。
「体くねらせて……。ここも感じちゃう?」
「ぅあ、……か、も」
「ふふふ。可愛いね。可愛い……」
何も遮られるものがないと、直に触られると全然違う。腰から下がざわざわする。
ヤバい。既にいろいろ、なんか、ヤバい。
「あっ、あの!」
倒れそうになる上半身を後ろについた両手でなんとか支えながら、とりあえずふたりを止める。ぴたり、ふたりの動きが止まった。目線がこっちに来る。
「あの、やっぱ、僕ひとり裸なの恥ずかしいから……ふたりも脱いで」
うわー言っちゃった。
だって恥ずかしいもん! いやここから先さらに恥ずかしいんだけども! なんかふたりだけ着衣アリで余裕な感じが恥ずかしい感じがするんだもん! やむなし! だよね! すっごいやる気ある台詞には聞こえないはず! ……だよね?
いやその……その気は……あるけど。
「なるほどそりゃそーか」
健ちゃんが笑う。
「ごめんごめん」
冬矢もほっぺにキスをくれながら僕の頭を撫でる。
僕はなんとなく膝を抱えて、上を脱ぐふたりをこっそり見る。別にこっそりじゃなくていい、わかってるんだけど、……気恥ずかしい。僕こそ、体育の着替えとかで見たことあるのに、なんだこれ。どういう感情なんだ。
それにしても、うーん。
これはこれは。
僕も別にスタイルいいとは言わないけどさ。一応気を付けてはいるわけさ。しかしこうしてふたりを見ると、だ。すらりとしてる冬矢と、しっかり作り込まれてる健ちゃん。はあ、見栄えがすごいもんだなあ。健ちゃんは僕のことをあんなふうに言うけど、世間的に絶対健ちゃんのほうが評価点高いと思う。
その健ちゃんは、ズボンのベルトに手をかけながら、僕が抱えた足をそっと下ろさせると、僕の耳にひとつキスをして、親指で乳首を撫でる。ひっえ。冬矢は足首からズボンを抜いて、反対側の乳首にキスをくれる。うわ……。すると健ちゃんが指でこねた乳首をちろりと舐めてくる。
は、張り合うの、こういうとこでするのやめてぇ! ちょ、うわ、えー。
「あっ」
やば、声出た。ああ、見下ろす視界が大変なことに。胸元に健ちゃんと冬矢の整った顔が並んでて、舐めたり吸ったり、わ、あ、絵ヅラのインパクトが強すぎる! ふたりして乳首吸うのちょっと……ちょっと……。ものすごく変な感じ……。
「んー……っ」
よくわかんない感覚に体が勝手に逃げる。それはすなわち後ろってことなので、今度こそ上半身が倒れそうになる。あ、腕から力抜ける。倒れる。頭がベッドに触れたけど、衝撃はなかった。健ちゃんが肩を、冬矢が腰を抱いててくれたから。だから、倒れたっていうより寝かされた、ような。
そもそも僕、乳首自分でいじったことあんまないんだ。だって、手が足りないもん。前と後ろでいっぱいいっぱいだもん。だから、その感覚が初めてで、なんだろ、くすぐったい? いや、腰がゾクッとする感じ。それが体の内側をぐるぐる巡る。腰の奥で、胸の真ん中で、渦を巻くみたいに。……あ。そっか。わかった。これ、気持ちいいんだ。
っ。気付いた途端、今までのぞわぞわもざわざわもくすぐったいもゾクッとするのも、全部が気持ちいいんだってわかってしまった。あー。そうか。全部。
「んんっ……ん……」
わかるとダメだ。
止まんなくなる。
もっと、もっとほしくなる。
そこだけじゃなくて。
冬矢が、そこに優しいキスをくれて、それから笑う。息がかかってまたぞくりとした。
「蒼生……反応してる」
「ひゃ……っ」
指が、その、おちんちんに触れて……わー。あああ。触っちゃうんだ!
「だっ、だって……ずっと気持ちいいからぁ……」
「気持ちいいの?」
「うん……全部……」
「そっか。じゃあもう少し、気持ちいいとこ増やそうね」
穏やかで優しい声で言って、冬矢は体を起こすと、ベッドの下を探っているようだった。
増やす?
どういうこと?
戻ってきた冬矢は、取り出したなにかをベッドの上にばさりと置く。
「ちょっと冷たいかもしれない。ごめんね」
「え……ぁあっ!?」
理解するより前に、後ろの、穴のところに、ひやっと、それから、ぬるっとした感触。やさしく、やさしく指が撫でてくる。
「あっ……そこぉ……?」
わー。
くすぐられるみたいな感覚。ぞわっとして、ちょっとだけびっくりする。あんまり触られることのないとこ。ひとに触られてる。
それにしたって、こんな、ゆっくり優しくしてくれるなんて、すごく慎重にしてくれてるんだ。傷付けないようにって考えてくれてるんだ。なんか、自分でしてるのがものすごく雑だったかもって反省するくらい。
「蒼生」
健ちゃんは健ちゃんで、とっても優しいキスをくれる。僕が緊張しないようにってことだよね。嬉しい。
「痛かったら言ってね」
あやすような冬矢の言葉。ゆっくりとその指が入ってくる。あー。自分以外の指が。優しいけど躊躇いのない指が。うわ……。そこ、くちゅくちゅされると、前のほうまできゅんとする。それから、ゆっくりゆっくり時間をかけて、2本目。その間、ずっと健ちゃんがあちこち撫でてくれてる。「好きだよ」って言葉と一緒に。ああ、僕もだよ。
「気持ち悪いとか、ないかな」
「ふ……っぅん、大丈、夫……んん……」
そこまでは慣れてるから、はい。ただ、自分以外が探るのが初めてだってだけなので、はい。だけどその先は、
「ぅあぁっ!?」
!? え?
今……体が全部浮いたみたいにびりっとした。腰からおちんちんの先まで、気持ちいいとこを全部いっぺんに掴まれたような……?
「……ぇ……?」
「ここ、気持ちいいとこ?」
「あっ! や、あぁっ、あ!」
そこ、いきなりいっぱい撫でちゃだめ……っ!
知ってる。そこが何かは知ってる。気持ちいいんだって。でも、自分でそこに触ってもなんとなくぞわぞわするくらいで、こんなものなのかなって思ってた。
でも、違う! 全然ちがう……! そっか、自分ではこわごわ触ってたからか。冬矢の長い指だと容易に届くからか……!
「体、びくびくしてる。中も一緒に震えてるよ。可愛い」
「なっ、に、言って……んんぅっ」
声は優しいのにぃ……ちっとも冬矢は手を止めてくれる気配がない。
健ちゃんが、ずいっと僕の下半身のほうに身を乗り出す。
「……な。急に蒼生が反応してるけど、何があるんだ」
わ、ダメ、健ちゃん、待って。
「触ってみる?」
「……ああ」
ダメ、ダメだって!
冬矢が2本の指をぐっと広げる。
「ふぅぁ、あっ!」
その、間から。
「ひっ……!」
「このへん?」
「たぶんもう少し奥。俺の指先わかるか。そこから先の、上のほう」
「あ、感触が違う」
「……ぃっ」
ぐり、と押しつぶされる感じ。今度は完全に体が跳ねた。
ごくりと息を呑む音が聞こえた気がする。気のせいでなければ。
そして、合わせて3本になった指が、僕の中を探るように動き出す。
うわ。
あ。
健ちゃんの手が、すがるように僕のおちんちんにかかる。
えっ、それ、は。
「……ぅあっ、あ、あっ、ど、……っちも、は、……ダメ、あっ、……やっ」
待って。
待って。
これは。
ちょっと。
「ああっ、あ、いぃっあぁっ!」
マジかー。
僕は肩で息をする。
これ、あれだ。しょっぱなからハードなやつだ。初心者向けじゃないやつだ。
「うっえ……」
? 健ちゃん。
……え。ねえ。まさか。
「ごめん、蒼生、ちょっと水飲んでいい?」
「……舐めたの? 僕が……その、出したやつ?」
「だって気になるじゃん。あー、結構強烈な味すんのな。試してみる?」
「やだ自分のなんて」
「オレも自分のは嫌だけど、蒼生のならいいかなーって思って。たぶんそのうち慣れるから、初回は勘弁してくれな」
言ってペットボトルに手を伸ばす。よくチャレンジしようと思ったよね……。
ん? そのうち? 慣れるとか言った?
と、体をこっちに寄せてきた冬矢が、僕をぎゅっと抱き締めた。
「蒼生……イく時こんな声出すんだ」
あ。つい、途中で我慢するの忘れちゃったんだ。しまった。いろいろ、その……、参考資料を見てきた中で、好き嫌いって結構あるみたいだったのに。ふたりはどっちだろ。
「男が喘ぐのって変だっていう人もいるみたいだけど、……ふたりは大丈夫?」
「他の奴がどうか知らないけど、蒼生の声は最高に可愛かったよ。めちゃくちゃキた」
冬矢は僕の腕に腰を寄せる。……熱いのが触れる。どくどくしてる。ぼ、僕の声で?
健ちゃんもにやっと笑う。
「オレもオレも」
……うっわ。そ、そうなるんだー。わー。その、平常時は知ってるけど、あ、そ、そっか、そんななるんだ。うわー。
「いつも蒼生の声って気持ちいいと思ってたけどさ。こんな可愛い声も出るんだなあ。その声でもっとイイとこ教えてくれよ」
「この部屋、隣がないから、声我慢しなくていいからね」
と、とりあえず、この件で引かれることはなさそうだ。け、ど。それはそれで別の問題がありそうだな……。
ふいに健ちゃんが、僕の頭のほうに移動する。それから僕を抱き上げて、いつもみたいに後ろからぎゅっと抱き締めてくれる。健ちゃんが開けた足の間にすっぽり収まる体勢は慣れてるせいか落ち着くけど、素肌の感覚がいつもと違って不思議な感じ。あと、あの、背中っていうか。腰に。熱いのが。
健ちゃんはそれを気にせず、いやもしかしたらちょっと意識してるかもしれないけど、後ろから首筋に顔を埋めて小さいキスを繰り返したり、指で僕の手を柔らかく握ったり離したり。気持ちよくて、眠ってしまいそうな優しい動き。
そうしている間に、冬矢が小さな袋を破いて開ける。
あー。
とうとう。
なんか、嬉しいというか、感動してる。さっきのローションもそうだけど、僕とするために、ちゃんと準備しててくれたんだなって。「任せて」って言ってくれたけど、本当に僕が怖くないように、ケガしないようにしてくれてるんだ。
このひとたちを好きでよかった、と本当に思う。
健ちゃんが僕の膝の裏あたりに両手を添えて、自分のほうに引き寄せる。僕は冬矢になにも隠せない格好になる。これ、手はどこに置いておけば正解?
「これはだいぶ恥ずかしいなあ……」
「オレが見下ろす光景としてはわりと絶景だけど」
「えー」
迷って胸元で指を組むことにして、のんびり健ちゃんと普通の会話をしてると、準備を終えた冬矢が僕の前に座った。ローションを自分のに絡めて、僕のそこにも再度塗り込む。そして、そこに、熱い先を押しつける。小さく、濡れた音がした。……ぞくぞくする。
「……本当に、いい?」
「……うん」
「怖くない?」
「うーん……ちょっと怖いのと、パニックなのと、恥ずかしいので合わせて4割くらいかな」
「4割? 残りは?」
「これから僕はどうなるのかなって、わくわくしてる」
健ちゃんと冬矢が同時に笑う。
「わくわく、かあ」
「たまに蒼生って妙な好奇心発揮するよな」
なんでだろうな、それ、たまに言われる。
冬矢が僕の髪を撫でた。
「じゃ、入れるよ」
「うん」
ぐっと冬矢が力を入れる。僕は反対に息を吐いて力を抜く。ように。したんだけど。反射で力が入りそうになる、それを頑張って抜く。わ、あ。すご。広がる感じ。わ。けっこう。おっきぃ……。
「……っは……ぁ、けんちゃ、手……」
ぱたぱたと手を動かすと、健ちゃんが左手で僕の手を捕まえてくれる。だから僕は両手でその手にすがった。苦しい。でも痛くない。大丈夫。怖い。大丈夫。健ちゃんが手を握っててくれるから。
は……っ。
内臓が押しつぶされてる感じ。
大丈夫、大丈夫。
見えるのは、冬矢の顔だから。
大丈夫。
ゆっくりゆっくり冬矢が体を進めて、腰の辺りが僕の太ももの裏についた。
何だろうこの感じ。
ちょっとまだ、よく、わかんない。
冬矢もその体勢で、はあっと大きく息を吐いた。そして、そのまま止まる。僕からは目を閉じて俯く顔が見える。
「どした?」
聞いたのは健ちゃんだ。
緩やかに冬矢が目を開ける。
「……ちょっと待って。気持ちよくて動けない。……嘘だろ……こんなことあるのかよ……」
え?
「っ、蒼生、締めないで……」
「ご、ごめん無意識……っ」
だって、冬矢が僕の中で気持ちよくなってるのかなって思ったら……きゅんてしちゃったんだよ……。はあ、これ、そうか、そういうことかぁ……。
「蒼生は? 平気? 痛くない?」
「だい、じょぶ……くるし、けど、なんか……胸までいっぱいで…………嬉しい」
僕の中に冬矢がいるんだ。繋がってるんだ。そう思ったら、苦しいのが少し楽になった気がする。胸のほうがいっぱいで苦しい、かも。嬉しいので苦しい。それが嬉しい。
「そうか。じゃ、ごめんね。もう少しだけ待ってくれる? 俺も……初めてのことで混乱してて」
「うん……」
冬矢が、初めてだって言う。今までなかったことなのかな。なんか、それもちょっと嬉しいかもしれない。
「……あー、やっぱ順番譲んなきゃ良かった」
健ちゃんが腕に力を込めながら言う。
「え、何……、そういう話し合い……してたの」
「しましたね~。こいついろいろ畳みかけて来やがって、なんかよくわかんなくなってじゃあお先にどうぞってなっちまったんだよなあ。よく考えたらおかしくね?」
もしかして、さっき部屋に入ってくる前してたのはそういう話だったのかな。
冬矢がぐいっと腰を押しつけてきた。
「んぁっ」
「健太はちょっと黙っとけ。今は俺の番だ」
「んだよ、好きな子を前に童貞みたいになっちゃった冬矢くんのために間繋いどいたのに」
「うるさい。……あーおい。こっち集中。な」
「ん……」
「…………」
それで黙っちゃう健ちゃん、可愛いよね。
冬矢はゆっくりと動き出す。あ。
「っあ、……あー……んっ、……あぁ……」
あー……。抜けていくぞわぞわした感じ。入ってくる圧迫感。それが交互に訪れる。わ。急に全身がぞくぞくする。気持ちいい。波打ち際で波に遊ばれてるみたい。僕の中に冬矢がいるのに。僕のほうが包み込まれてる気分になる。ゆっくり僕を外から、中から、全部。
「……ふぅっ……あっ、んぅ、ん……」
ああ、そうか。抱かれるってこういうことなんだ。
「ぁー……」
気持ちいい。
「蒼生……好きだよ」
揺られて、揺さぶられて、溶けそう。
おなかの中、冬矢がいるところから、じわじわとせり上がってくるなにか。
きゅんきゅんする。
気持ちいい。
あー、でも、くすぶってて。
「蒼生、ちょっと背中借りる、ごめん」
ぼそりと健ちゃんが呟く。
熱いのが背中で擦れる。
背中と、おなかの中で、熱いのがこすれてる。
気持ちいい、イきたい。でも、イけない。僕はおそるおそる片手を自分のおちんちんに持ってく。
「あーっ……」
声が零れる。
気持ちいい。気持ちいい。
「や、だめ、あ、……っも、ぉ、イッちゃうぅ……」
「可愛い……いいよ。ほら。イッて」
「…………っは、ぁあっ!」
ああ、くらくらする。
余裕なくてわかんなかったけど、抜けてく感じで、冬矢も僕の中でイッてくれたんだなあってわかる。あと背中に熱いのが流れ落ちてる感じがする。
こ、こんな体力使うんだあ……。
気持ちよくて動けないのも確かなんだけど、純粋に疲れて動けないっていうのもある。
あ。冬矢と目が合った。
ふっと笑って、キスをひとつくれる。
えへへ。
「蒼生ぃ」
おっと、今度は健ちゃんが張り合ってくる番?
続けて何か言ってくるかなと思ったんだけど、健ちゃんは黙って僕を膝立ちにさせると、両手をベッドにつかせてきて。や、あの、腕も膝もぷるぷるしちゃって、ちゃんと体勢保ってられないんだけど、その前に、え、休憩時間とかそういうのなし!?
「えっと、健ちゃん、あの」
「あー、腕しんどい? それじゃ」
後ろから僕の両腕を掴むと、目の前にいる冬矢の両肩に乗っける。え? 冬矢に抱きつく格好になるけど、え?
冬矢は健ちゃんを呆れた目で見て、それから何事もなかったように僕にキスをした。いやいや。いやいやいや。
後ろでぱちんと音がする。ああ、ゴム着けてくれたなーって、そういうことじゃない。
ちょっと! サッカー選手! ハーフタイムはどうしたの!
「お邪魔しまーす」
や、待っ……。
「あぁっ」
ぬるりといきなり入ってくる。さっきの今だから、わりとすんなり、あー、けっこう、深く入ってきた、かも。
あ。
わ。
これ、
違うとこ当たる。
「あー……気持ちい……あったけぇ……」
健ちゃんの息が首筋にかかる。
「やば……。蒼生……好き……」
「あっ、あ、待ってぇ……」
「……マジ、だめかも。ごめん。もー少し動いていい?」
「えぇ……い、いけど……ぅあっ!?」
がつん、とぶつかられた感じ。
実際そんな音を立てるような器官はないと思うんだけど、なんか、そんな感じがした。
目の前がちかちかする。
僕は必死に冬矢の首にすがりつく。
やっ……。
早……ぃ。
「あっ、あっ、ん、んぅっ、あ、け、ん、ちゃ……あぁっ」
これ、当たる。
時々、さっきのとこに、当たる。
「ごめん、我慢できない、ごめんっ」
あー……。
耳元で、冬矢が息を吐く。
「だろうと思ったよ。だからおまえを後にしたんだ」
はは……、健ちゃんも完全に冬矢に読まれちゃってるじゃん。
強く突かれて、健ちゃんの動きに翻弄されるしかない僕の頭を冬矢は優しく撫でる。それから反対の手で乳首をゆっくりこねる。
うわ。
え。
後ろから健ちゃんに激しくされて、前から冬矢に優しくされて、脳がぐちゃぐちゃになる。
どっちのテンポについていけばいいのかわかんない。
たぶん僕の本能も戸惑ってる。
どうしたらいいの。
わかんない。
きもちぃ。
ぜんぶがきもちぃ。
あたまのなかで、ぱちぱちと火花が散る。
冬矢の甘い声。
「……蒼生。気持ちいいね」
ぅん。
そうなの。
ぜんぶなの。
なのに。
「っ、とぉや……ごめ、ぼくっ、中だけ、じゃっ、イけない、のっ」
「ん、わかった」
頭にあった手が、すっと下に伸びるのが見えた気がする。
……あっ。
え。
そこも、優しく触るのっ?
あー、バラバラになっちゃう!
前と後ろで僕がバラバラになる!
だめ、
きもちいぃ……っ。
健ちゃんと冬矢が、僕の耳元に顔を寄せる。
「……蒼生」
「……蒼生」
ここで、ステレオは、ずるい。
1対2ってこういうことかぁ、と思いながら、僕は意識を手放した。
ふうっと呼び戻されるように目が覚めた。
部屋の中は明るかったけど、電気の明るさじゃない。電気は消えてて、外が明るいんだなあ。あれ、天井、角度が違う。僕の部屋じゃない。
あと体がものすごく重い。疲れ果てた翌日の朝みたいな。
……ん?
本当に重い。
左から伸びた手が僕の右肩を抱いてて、右から伸びた手が左の腰を抱いてる。僕はなにも着てなくて、
はっとして頭を巡らせる。
左には冬矢の顔があって、右には健ちゃんの顔。ふたりともぐっすり眠ってる。
……夢じゃなかったんだ。
そっか。
僕は昨夜、ふたりに抱かれたんだ。
いっぱい「好き」を伝えてもらったんだ。
天井が急に歪む。
頬に熱い筋が流れる。
そっか。
そうなんだ。
僕が顔を覆った気配で気付かれちゃったかな。健ちゃんがもぞもぞと動いた。
「……蒼生。っ、蒼生?」
がばっと起きる。
やば、止めなくちゃ。
反対側でも冬矢が体を起こす気配。
「蒼生? どうした? どこか痛い?」
「無理させちゃった? 気分悪い?」
僕は必死に首を振る。
「違う。違うよ。目が覚めたら、健ちゃんと冬矢がいて……こんな幸せな気持ちで目覚める朝があるんだって思ったら、嬉しくて……」
健ちゃんが僕の頬を、冬矢が頭を撫でてくれる。
優しい手。
嬉しい。
苦しいほど嬉しい。
「あー……ありがとう。本当に、ふたりを好きになってよかった」
こんな気持ち、味わえないと思ってた。
というか、そんなの絵空事だろうって思ってた。
でもあるんだなあ。
そして、僕がそれを味わっていいんだなあ。
それがどうしようもなく嬉しい。
…………。
ん?
なんだ。
なんの沈黙だ?
僕はおそるおそる顔を覆った手を離す。僕の上では健ちゃんと冬矢が顔を見合わせてた。
「え?」
首を傾げると、ふたりは僕よりもおそるおそるって表現が似合うくらいゆっくりと僕を見た。
「今、なんて言った?」
「へ? 今? 僕? なんかおかしいこと言った?」
「好きとか言わなかったか」
「言ったけど……」
あれ?
なんかおかしいぞ。
「な、蒼生、オレのこと好きなの? 幼馴染みとして?」
「え? いや、恋人として好きだけど……え?」
「俺を友達として見てるんじゃない好きで間違いない?」
「友達としても好きだけど、えっ、好きだよ。えっちしたいほど好きだったからしたんだけど、あれ?」
……んん?
「もしかして、僕、言ってない?」
「言ってない!」
「聞いてないよ」
えっ。
マジか!
「うっわー……、ご、ごめん。言ったつもりでいた……」
「い、いつから?」
「いつからっていうか……あの、告白されたじゃない? それで、その晩、じっくり考えてみたんだけどね、あれ~僕そもそもふたりのこと好きだな? ってなって……」
ああっ。
また健ちゃんが仰のいて、冬矢が頭抱えて、昨日と同じかっこになってる!
「わー、ごめんってば!」
「……やっぱり蒼生には全部こっちの手の内見せた上で全部気持ち吐かせるしかないな」
「言う! これからはちゃんと言うから!」
「頼むわ……オレ蒼生に好かれてないんだと思ってけっこう空回りしたわー」
「ああっ、好き! 健ちゃんのこと大好き! 冬矢のこと大好きだよ!」
うう。
心配させたし苦労かけちゃったんだな。
よし、ちゃんと言う。
好き、ってちゃんと言おう。
健ちゃんは拗ねたように僕を見る。
「……じゃあ、蒼生からちゅーして。今度は頬じゃなくて」
「うん。……あの、起こして」
言うと、堪えきれないように吹き出す。……だいぶ健ちゃんのせいなんですけどね。
だけど健ちゃんは素直に僕を起こしてくれた。っ、つぅっ。わー、腰が悲鳴をあげてる。体は重いし腰は痛いし。なんていうか、その、あの、えーと、……広がったとこがズキズキして違和感があるし。まあ、これも幸せの付随品だと思えばなんてことないけど。
僕は起こされた勢いを借りて、健ちゃんにキスをする。ふふ。
冬矢が肩を叩くので、冬矢にも。へへ。
あー。
好き。
あ、いけない。
「……好き」
ふたりがとろけるように、笑った。
「でも、本当に大丈夫? 体痛くない?」
「疲労感すごいしあちこちまあまあ痛いけど、それより満たされてる感じがしててそっちでいっぱいだから……総合的には大丈夫」
「なんだそりゃ」
「ははっ、今日はゆっくり横になってな」
両方から手が伸びて、頭を撫でてくれる。んー。至福。
健ちゃんはベッドから起き上がり、ぐーっと両腕を伸ばした。
「とはいえ腹減ったなあ」
あ、そうか。
「夕飯食べてないもんね」
「なんかもうそれどころじゃなかったからなー。とりあえずなんか買ってこようか」
「僕も行……ったたた」
「だから蒼生は無理すんな。オレが行ってくるよ」
「おまえは体力余ってそうだな」
「おお、あのくらいじゃ全然響かねえ。なんだったら今からでもまだ出来るけど?」
「待って僕がもたないから。今度にして」
「今度。よし、言質取ったわ。今度な」
「……ひぇ」
昨夜僕たちは大きな壁を乗り越えた。
でも、やりとりは変わらない。
ふふっ。
嬉しいな。
ああ、だけど反省点もある。途中から気持ちよくなりすぎてよくわかんなくなっちゃって、記憶が若干飛んでるところがある。せっかく気持ちよくしてもらってるのに覚えてないなんてもったいないことを! 次からは意識ちゃんと保とう。うん。
「でもさっきはびっくりしたなー、蒼生が泣いたの初めて見た」
うっ。
お見苦しいところをお見せしまして……。
「でもおまえ小さい頃から蒼生といるんだろ」
「んー、記憶にないほどちっちゃい頃はわかんないけどな。物心ついてからは初めてじゃないかな」
うう。僕は気恥ずかしくて両手を組む。
「人前では絶対泣かないようにしてたから……。僕もまさか泣いちゃうとは思わなかった」
すると冬矢が不穏な顔でにっこり優しく笑う。
わー! 表情ひとつで矛盾出してくるのやめてぇ! 怖いからぁ!
「そうか。じゃあこれからは素直に泣けるようにしてあげるからね」
ひえぇ。
いろんな意味含めてるように聞こえるの、気のせい?
気のせいだよね?
冬矢は今度はちゃんと優しく笑う。
「……また俺たちとえっちしてくれる?」
「……うん。またしてね……」
ふたりとも、嬉しそうに笑うんだもなぁ。
ふふ。
僕も、嬉しい。
いや、ちょっとだけ根拠はあったかな。こんなことふたりには言えないんだけど、ひとりで電車乗ってる頃って時々なんか触ってくる人とかいたんだよね。ほとんどはそれだけだったから気にしてなかったけど。面倒だったし。男の僕なんか触って何か楽しいんだろうか、ってずっと疑問に思うくらいで。だから、そういうのも平気だと思ってたんだ。なんていうかな、ショックを受けた自分自身がちょっとショックだった。
でも、もう大丈夫。腹立つし気持ち悪いけど落ち着いた。
なのに今僕は、学校の旧棟にある自販機の隣にあるベンチで、健ちゃんの足の間に座って後ろから抱き締められてるうえ、汚れたとことか少し傷になったとこを濡れたタオルやハンカチで冬矢に丁寧に拭かれてる。大丈夫なのに。ふたりとも有無を言わせてくれなかった。
「あのさ……ふたりとも、“大丈夫?”って聞かないね」
真っ先にそう聞かれるんじゃないかと思ったけど。健ちゃんも冬矢もそれを口にはしなかった。冬矢はぴたっと手を止め、息を吐いて自販機で買ったばかりの冷たいお茶のペットボトルを僕に渡してくれた。
……開かない。
あれっ? え? 手に力が入らない。
「大丈夫じゃないのがわかってるのにそんなこと聞かないよ」
そうなのか……。僕は大丈夫じゃないのか。
冬矢は僕の手からペットボトルを取ると、蓋を軽く握って捻る。するとそれは簡単に開いた。
「はい。まずは冷たいのでさっぱりするといいよ」
「うん……」
ひとくち飲むと、水分が染み渡る感じがする。もしかして喉が渇いてたのかもしれない。一息つくまで飲んじゃおうと傾けたペットボトルは、一気に半分がなくなった。
冷静になってよく思い返してみるとさ。あいつ、思い付きだったんじゃないかなって思う。だって男の上半身脱がす必要ないよね。用があるとこだけ脱がせばいいのに。それに扉だって外から簡単に開けられた。計画性ゼロって感じだ。たしかに、健ちゃんたちのことは想定外だっただろうけど、それにしても行き当たりばったりって感じがする。目的がぶれてるって言うか。だから、そんなに危なくなかったんじゃないかって思うんだ。
……うーん。沈黙が下りて、少し焦る。こういう、どんよりした空気、得意じゃない。明るくしなきゃ。ええと。
「でも、あの、怖かったけど、その、あちこち……触られたくらいで、結局何もされてないみたいなもんだし」
健ちゃんが、少し力の抜けた僕の肩に額を擦りつける。
「触られたんだろ。大丈夫なはずないじゃん。蒼生、人に触られるの嫌いなんだから」
え?
僕は真横にある健ちゃんの顔を覗き込む。
「そうだっけ?」
「誰かが触ろうとするとさりげなく逃げるだろ。手が触れるとやんわり押し返したりしてさ。ちっちゃい頃からずーっとそうだったじゃんか」
「え?」
「え?」
「……だって僕、健ちゃんにはずっと触られてたよ?」
「それはオレだから平気だっただけだよ」
「そうなの?」
「そうだよ。そっかあ、あれ、自覚なかったんだ」
知らなかった。はー……そうだったのか。僕をずっと見ててくれてた健ちゃんがそう言うんだから、そうなんだろう。
ああ、だからこんなに体中あちこち気持ち悪いんだ。なるほど。
「……それにね、蒼生。押し倒されて触られたなんて、それだけでもう被害者なんだよ」
冬矢が僕の頭を撫でる。さっきから、冬矢はこうして少しずつ僕に触れる。なだめるような、言い聞かせるような手のひら。僕は申し訳ない気持ちでいっぱいになる。
ぱっと突然手を離した冬矢は、天井を仰いで腕を組んだ。
「それにしても、蒼生に近付く女子は警戒してたけど……。こうなってくると全方位に注意が必要だな」
「ああ。どこで目ぇ付けられたんだろうな。……思い出したくなかったらごめんな、蒼生、あいつ誰だか知ってる?」
「えっと、名前は知らない。同じ図書委員に3年の橋本さんって先輩がいるんだけど、その人の友達ってくらいしか。何回か話しかけられたことはあるけど、それ以上は特に何もなかったよ」
「それで俺たちのことは知らなかったのか」
たしかに、普段の僕を知ってる人だったら、僕の側にいつもいてくれるふたりのことを知らないはずがない。対して委員会ではひとりで行動することが多いから、そこでの僕しか知らないなら人の気配のないところに呼び出せば誰にも見つからないと思うだろう。下駄箱に適当にメッセージ置いたり鍵に無頓着だったり、呼び出しがあんなにザルだったのはそのせいだったんだ。つくづく、情報に無頓着なうえ短気な人で助かった。
はあ。
「だけど、呼び出されるのって色恋目的としか思ってこなかったから、そういう対象として見られることもあるんだっていうのはびっくりした」
そうだよなあ。そういうこともあるんだよなあ。自分にはまったく無関係だと思ってたけど。そうか、誰でもいいって考える人もいるのか。
…………ん?
ふたりが考え込むように止まってる。
「冬矢? 健ちゃん?」
「えーと……相手が男だったっつうことは蒼生にとって驚くポイントではなかった?」
「うん。告白自体は、男の子からされることもあったし」
「最近?」
「中2くらいから、時々」
「しかも、時々ってことは、単発じゃねえのか」
「なるほどな……」
ふたりはますます難しい顔をする。やだな、そんな顔。でも、ほら、こんなことになるのってレアケースだと思うし……とは言えない雰囲気。どうしよう。何を言ったらいいのかが全然わかんない。
冬矢と目が合った。僕が言葉を探してるのに気付いたのか、少し困ったように笑う。それから、腰を落として僕を真正面から見た。
「蒼生。これから、誰かから呼び出されたりしたら、……どんな些細な呼び出しでも、必ず俺か健太に連絡を入れてほしい。一言でもいいから」
「……え」
そんな、大げさな。
冬矢は健ちゃんに目線を合わせた。
「俺たちのほうでも十分注意しよう。あいつの動向も気になる。ああいう短絡的な奴は逆恨みしかねないからな」
「だな。出来るだけ蒼生をひとりにしないほうがいいと思う」
「ちょっ……そんな、迷惑かけられないよ、僕は平気だから」
「蒼生」
健ちゃんが僕の言葉を遮る。そしてまた腕に力を籠めた。痛い。
「わかってくれ、な。今、オレ、おまえのこと一瞬たりとも離せないんだ」
……あ。
小さく震える指先に、僕はその時ようやく気が付いた。
そっか。
怖かったのは僕だけじゃない。健ちゃんも怖かったんだ。たぶん、冬矢も。
あのまま、諦めたまま最後までさせちゃってたら、僕以上にふたりを傷付けることになってたんだ。
ああ、僕、無神経だったな。
しばらくして、健ちゃんが大きく息を吸った。
「……で。どうすんだ」
「俺の家、今日誰もいないから」
「そういやそんなこと言ってたな」
もう一度冬矢は僕の頭にゆっくり手を乗せる。
「どうする? 蒼生。このままうちに来る?」
ドキッとした。そうだ。上書きしてほしい、って言ったのは僕だ。それってつまり、そういうことだ。
あの場の雰囲気も手伝ってつい頷いたけど、今更ちょっと頭の中が騒ぎになる。そう、頷いたんだよなあ。頷いたんだよ。
それでもどこかで冷静な僕もいて、何度も頭の中で繰り返した準備の手順がくるくる再生される。
「えっと、あの、とりあえず着替えたい……」
なんとなく、はっきりそうとは言えなくて、僕はそんな言い訳をする。冬矢は疑う様子もなく、わかった、と言った。それから顔を上げて健ちゃんを見る。
「俺は先に帰って支度しておくから、おまえは」
「ん、蒼生と一緒に行くわ」
えっ。
「待っててもらうの悪いよ」
咄嗟にそれが口から出た。冬矢の強い目が僕を捉える。
「だめ。健太とおいで。ね?」
……ああ、また、僕は。
どうしてこんなに上手に立ち回れないんだろ。
ふたりが僕のことを本当はどう思ってるかわからないから、僕が逆の立場だったらと想像してみる。健ちゃんが、冬矢が、誰かに傷つけられたとしたら。……考えるだけで怖いし、怒りで頭がいっぱいになるし、許せないし、つらい。何より守れなかった自分が一番許せないと思う。僕は自分なんて死んだら死んだでそれだけの話だと思ってたけど、そんなこと思われてたら、……怒るな。ふざけんなって思う。僕を置いてく気か、って。もしかしたら本当にふたりは僕に対してそう思ってるのかもしれない。考えすぎかもしれないけど。
…………あれ。なんだろう。前にこんな話、誰かと……?
いや、とにかく、僕には反省することが多すぎる。叱られて当然のことを考えすぎてた気がする。自分勝手だった。ちゃんと僕は自分と向き合わなきゃいけない、きっとそうなんだ。
健ちゃんが静かに息を吸って、後ろから僕の両手を優しく握った。
それから、
「蒼生っ」
いつもの、明るい声。
「それにさ、だってさ、オレ、冬矢ん家知らねえもん。蒼生が連れてってくれないと、絶対こいつ家なんか教えてくれないだろ。平気で違う住所とか教えそうじゃね?」
「よくわかったな」
「だろうな!」
…………ふふ。
たしかに。
「……なんかそれ、想像できる」
思わず笑った僕に、明らかに健ちゃんと冬矢が表情を緩めた。
そうだね。
僕はふたりともちゃんと向き合わなくちゃ。
「……助けてくれて、ありがとう」
ああ。つかえてた言葉が、やっと、言えた。
笑顔が、返ってくる。
家までは健ちゃんが送ってくれた。3人で電車に乗って、冬矢と分かれて見慣れた道を歩いて。ふたりとも、普段通りのなんてことない会話を、たぶん意識してしてくれてたと思う。
僕は大きく息を吐く。家の中はとても静かだった。お母さんのスリッパが玄関に置いてあったから、多分買い物にでも行ってるんだろう。お父さんは仕事だし、こうちゃんもみどりちゃんも大学に行ってる時間のはずだ。はー、よかった。さすがにあんなことがあった後で、家族と顔合わせるのはなんとなく嫌だった。なんなんだろうな、この気持ち。
コートと外したままだったネクタイをリビングのハンガーにかけて、洗面所に行く。……鏡に映った自分の姿にぞっとした。シャツのボタンが引きちぎられてるのが着てるブレザーの間からもはっきりわかって、ひどくボロボロだ。腹立つ。なんだよこれ。
深呼吸して、まずはブレザーを脱ぐ。一通り確認したけど、破れたりほつれたりしてるところはなさそうかな。だけど砂と白線の粉ですごく汚れてる。ちょっとはたいたくらいじゃ全然取れない。ズボンも汚れてるし、これはクリーニングに出さなきゃダメだろうなあ。お小遣いを追加でもらうにしても理由が必要だから、ちゃんと謝って、お母さんに出してもらうしかない。こんなに汚して、怒られるだろうな。どうしてこんなにしちゃったの、って。……はー。襲われたうえに説教? ああ、気が重い。
シャツは……うーん。ボタンを付け直せば着られなくもないのかな。もったいないし。……いや、やっぱやだ。引き攣れた跡なんか、見るたびに思い出しそうだもん。捨てよう。いらない。見たくない。僕は脱いだそれを出来るだけ強く床に投げ捨てた。残ったボタンが床に当たってかちりと鳴る。あとでちゃんと捨てるから、今だけは放置しておきたい。
そこに。とんとん、と階段を下りる音が聞こえてきた。
「蒼生? 帰ってるのか?」
!?
え……っ、この声、こうちゃん?
「蒼生?」
廊下からこうちゃんがひょこりと顔を出した。
「どうしたんだよ、珍しいな、ただいまも言わな……どうした?」
ヤバい。なんて言おう。理由。なんて。
こうちゃんは不審げな顔をして洗面所に入ってくる。どうしよう。
「制服すげえ汚れてるじゃん。取っ組み合いのケンカでもしたんか」
あー、それ。それだ。僕は洗面台に置いたブレザーに目を落とす。
「えっと、うん、そんなとこ。どっちかっていうと一方的に絡まれちゃった感じ。校庭だったから砂とか色々汚れちゃって、あの、泥とかもついちゃったから、クリーニングに出してもらおうかなって思って」
「へえ。そっか」
「それと、これから冬矢の家で試験勉強する約束してて、出かけなくちゃいけなくて、お母さん買い物だよね、後からちゃんと説明するから」
それから、えっと、えっと。
こうちゃんは僕の顔を覗き込もうとする。僕は反対側の棚に視線を逃がした。
「ケガは?」
「だっ、大丈夫……」
「首のとこちょっと血ぃ出てるな。手擦りむいてるのと、手首赤くなってんな」
「あー……」
長袖だったから気付かなかった。たぶん僕は無意識に隠そうとしたのかな、とっさに握ったら、じんじん痛い。
さらにこうちゃんは投げ捨てたシャツを拾い上げる。
「これは?」
「っと、あの、どさくさで破けちゃったから捨てようかなって」
「…………」
ちょ……っ、なんで黙るの。こうちゃんいつも延々おしゃべりしてるじゃん。へらへら笑ってるのがこうちゃんじゃん。怖い怖い。いつもの軽口どこやったの。何その真面目な顔。
「蒼生」
「なっ、何」
「まさかとは思うけど、……“ケンカ”の相手は健太と冬矢くんだったりしないよな?」
「っ! 違うよ! 健ちゃんと冬矢は僕を助けてくれたんだよ!」
びっくりした。そんなことあるわけがない。
ふうん、とこうちゃんは呟く。
「……こうちゃん?」
「うん。なるほど、わかった。んで、その勉強会は、泊まりか」
「あ……うん」
「了解。泊りの件はオレから言っとくし、クリーニングもシャツの処分も全部やっといてやるから、おまえは気にしないで慰めてもらいに行きな」
え?
「制服、スペアあんだろ?」
「あ、ある。でも」
「いいから。そんな今にも倒れそうな顔見たら、健太のほうが倒れそうだな。なにしてんだ、支度あるんだろ、ほら」
僕の制服を拾い集めながら、こうちゃんが笑う。……どうしよう、こうちゃんがお兄ちゃんみたいなこと言う。天変地異の前触れ?
とりあえず家で出来る準備はした。
鞄には着替えとか諸々を放り込んだ。
よし。
…………。
玄関で靴を履いて、ドアに手を伸ばすまでは何でもなかったのに、そこで手が止まった。
え、なんで? 頭の中に、見下ろしてくる男のシルエットがぱっと浮かんで、体が勝手に固まった。早く行きたいのに。動きたいのに。ドアを開けてあいつがいたらどうしよう。いや、そんなわけない。でも、もしかしたら家を知られてるかもしれない。健ちゃんのこと知らない奴が家知ってるわけないじゃん。だけど後をつけられたことがないって断言できる?
なんだこれ。なんだこれ。
怖いのか、僕は。
気付いてしまうと、急にドアの外に出るのがはっきり怖くなった。絶対そんなわけないと思う自分とそれを否定する自分がいて、頭の中がぐっちゃぐちゃだ。
僕は携帯電話を取り出す。ドアの前で足がすくむ時、僕のメッセージは決まってた。何度か送ったことがある。
──ごめんね。今日は行けません
…………。
ふたりは許してくれるはずだ。わかった、って言ってくれるはずだ。でも。
でも。
書きかけたメッセージを消して、受話器のマークを、叩く。
ちょっとの沈黙のあと、コールが2回目を数え終わる前にぶつっと音がした。
『蒼生っ!? どした? なんかあった?』
電話越しの健ちゃんの声。
「あっ……あのね、ごめんね、あの、…………けんちゃ……迎えに来て」
『おお。わかった!』
ばさって音。それからがさがさ、がたっ、ごとん、がちゃ、たくさん音がする。僕は電話を耳に押し当てて、それを聞いてる。やがてそれはドアの外の音と一緒になった。
『蒼生、着いたよ。大丈夫。開けて』
がたがたの指で、鍵を開ける。健ちゃんは自分でドアを開けないと思ったし、実際そうだった。僕がなんとか開けると、ひらひら手を振りながら健ちゃんが笑ってた。そして中に入りながらきりっと真面目な顔をして、ドアが閉まると照れたようにまた笑う。
「……百面相してる」
「んー。隣のオレを呼ぶほど怖かったんだなって申し訳ない気持ちと、“迎えに来て”がめっちゃ可愛かったなあって気持ちが戦ってる。あー、可愛いが勝ちそう」
「それはよくわかんないんだけど、でも、わがまま言ってごめんね」
「何言ってんだ、蒼生のわがまま聞けるなんてご褒美だよ!」
やっぱり何言ってるのかよくわかんない。
だけどさ。ひとりでやらなくちゃ、迷惑かけちゃだめだ、ってずっと思ってた。なのにそれが逆に迷惑をかけることもあるってわかったから。自分で無理だって思ったら、助けてって言ってみる努力をしようと思った。負担になって本当にごめん。そう思ってたんだよ。……それがこんなに喜ばれるなんて思わなかったけど。
なんだろ、僕、健ちゃんのこともよくわかってなかったのかもしれない。僕が起こす行動で本当に喜んでくれるんだ、これは本当なんだ、って自覚しよう。もしかしたら本当にただの自惚れなのかもしれないけど。
「健ちゃん、ついでにもう1個わがまま言っていい?」
「ん、なんでも言って」
「……ぎゅってして」
「! なんだよもう~、そんなのわがままでもなんでもないじゃん!」
嬉しそうに、健ちゃんは僕のことをぎゅっと抱き締めた。やっぱ痛い。
その手の強さを感じながら、僕は大きく深呼吸する。
うん。……よし! もう大丈夫! 切り替えた! あんなどうでもいい奴のことなんてもうほんとにどうでもいい。僕は今何を考えてる? 頭の中にある感情はなに? うん。そう。僕は健ちゃんのことが好き。冬矢のことが好き。それだけだ。それだけで十分だ!
僕は健ちゃんを見上げる。
「ありがと。それじゃあ、行こ」
まあね。そうすると今度は何のために出かけるのかを意識しちゃって、そっちでパニックになりそうなんだけど。
チャイムを鳴らすと、ほとんど間を置かずにドアが開いた。
「いらっしゃい」
冬矢が穏やかな笑顔で迎えてくれる。嬉しい。
「お待たせしました」
「ううん、気にしないで。気持ちの整理も必要だったろ」
にこにこの冬矢は、僕が入ったドアをそのまま閉めようとする。がしっとそれを止めたのはまだ外にいた健ちゃんだ。
「……なに締めだそうとしてくれてんだよ」
「ここに来ずに蒼生とふたりきりになってやろうなんて一瞬でも思った奴を家に上げる義理はないからな」
「えっ、なんでバレてんの!?」
「やっぱりな」
「あっ」
ふふっ。冬矢はいかにもやむを得ない、といった表情をして健ちゃんを迎え入れる。この軽いやりとり、ほんと好きになってきたなあ。
廊下にあがると、冬矢は僕の肩を優しく抱える。
「あれから気分はどう?」
「うん、もう平気」
「気持ち悪いのもなくなった?」
「なんかいっそさっぱりした気分だから大丈夫」
「制服も汚れちゃったよね」
「そう、酷かった。とりあえず兄がクリーニングに出してくれるって」
「兄……紅輝さん?」
「うん。シャツはもう破れちゃってるから、そっちは捨てとくって言ってくれた。いきなりお兄ちゃんみたいなこと言うからびっくりしちゃった」
「そっか。……いいお兄さんだね」
ずい、と健ちゃんが僕らの間に割り込んできた。
「こう兄が!?」
「そ。大したことないけど、ケガしてる弟はさすがに見逃せなかったのかも」
「へー、そういうとこもあるんだ」
「ふたりとも感想が大概だね」
冬矢がくすくす笑う。冬矢は一瞬しかこうちゃんと話したことないからそんなこと言えるんだと思う。普段のこうちゃんをもっと知ってたら僕たちの感想は大して外してないってわかるんだろうけどなー。あの時の感じがずーっと続くんだから。ものっすごい適当で軽いんだから。たまになんか妙に鋭いとこあるけど。
僕たちは冬矢の部屋に入る。しばらく来てなかったからなんだか懐かしい感じ。全然変わってない。物も増えてなくて。あ、ちょっと本棚のラインナップが違うかも。それくらいかな、モノトーンで統一された家具が相変わらず落ち着く。灰色のラグと黒のローテーブルと手前に大きめのベッ……。
しまった、勢いよく目をそらしてしまった。や、だって、これはしょうがないよね?
コートを脱ぐ仕草でごまかしたつもりだけど、果たしてごまかされてくれたかどうか。
「あっ……の、冬矢、シャワー借りてもいい?」
「ああ、うん。バスタオル出すね」
はー。
いまさらめちゃくちゃ緊張してきた。そっと後ろに手を伸ばしながら、ちょっと後悔する。慣らすとこまでうちでやってくればよかったかな。彼氏の家でシャワー浴びてるって、なんか、すごく生々しくない? この前までここは普通に友達の家のバスルームだったのに。場所は一緒なのに! そもそもがここに来てる時点で、「抱かれるために彼氏の家に来てる」わけであって……あっ響きがもうヤバイ。頭から冷水浴びたくなってくる。あーもー、言語化しなきゃよかった!
ただ、うーん。
ちらりと浴室の鏡に目をやる。シャワーの蒸気で曇って、僕の姿はぼんやりとしか映らない。これだったらなんとか見られると思うんだけど……何の凹凸もない、面白味すらない普っ通の男子の体なんだよなあ。女の子と付き合ってきたふたりが、これ、なんの抵抗もなく受け入れられるものなんだろうか。最後に一緒にお風呂入ったのっていつだっけ。今年の修学旅行、部屋にお風呂ついてたからひとりずつ入ったんだよね。すると冬矢とは中学の学校行事の1回か2回、健ちゃんともそのくらいの家族旅行が最後、か。その時はそういう目で見てないだろうからなあ……。引かれないかなあ……。
いや、でも、たとえそれが大丈夫だったとして。その、えっと、実は、その……、後ろだけでイけたことってまだなくて。ちゃんとふたりに応えられるんだろうか……。
心配ごとだらけで不安になってきた。
……いや。
違う。
不安になることなんてないよね?
そう。そうだよ。待ってるのは健ちゃんと冬矢だし。うん、なんとかなるよ。いつか来るのを待ってた日が、なんか突然来ちゃっただけだもんね。
そう思うと別の意味でドキドキしてきた。あー。まずい。期待と嬉しいのとでわけがわからなくなりそうだ。
ちょっと考えて、僕は持ってきたパジャマを着た。バスタオルで? とか一瞬思ったけど、それはちょっとアレすぎる。うう。
脱衣所から廊下へ続くドアを開けてこっそり部屋の様子を窺うと、小さな話し声が聞こえる。なんだろ。聞こえない。やっぱりやめる算段とかしてたらどうしよう。いや、ここで引っ込んでも仕方ない。ええい、行っちゃえ!
僕は出来るだけ静かに、ドキドキが聞こえちゃわないように廊下を歩いて、冬矢の部屋を覗いた。
「ごめんね、お待たせ」
ふたりはぱっと僕を見る。うっ。心臓が15センチは跳ねたな。なんかそわそわして、後ろ手で部屋のドアを閉める。
冬矢がふっと笑った。
「……脱がされるのに着てきたの?」
「ぬ、脱がされるのに着てきたの……」
頷きながら、やっぱ着てこないほうが正解だったかなぁ……とか思ってると、あれ。どうしたんだろ。健ちゃんは両手で顔を覆って天井を仰いでるし、冬矢は頭を抱えて床を見てる。えっ、僕、変なこと言った?
「あ、の、僕、なにか間違ってた?」
健ちゃんがそのままの体勢で首を振る。
「いーえ……なんにも」
「ああ……」
なんだ、なんだ。
戸惑ってると、冬矢は軽く髪をかき上げるようにして顔を上げた。健ちゃんも顔から手を外して、その手でぽんぽんとベッドを叩く。
「おいで」
「……はい」
あー。ヤバい。ふたりの間に座るだけで、もう、どうしたらいいのかわかんない。どうしよう。
冬矢が、膝の上に置いた僕の手を握る。健ちゃんが、僕の太ももを撫で、頬にキスをくれる。これ、どうしよう。どこ見てたらいいんだろう。
「蒼生……好きだよ」
「……うん」
「好き。好きだよ」
「うん」
「蒼生は今日は何もしなくていいからな。オレたちに任せて」
あー、そうなの? そっか。
たしかに、既にパニックになりかけてるからそれは助かるかも。
「そう。難しく考えないでいいからね。そのかわりひとつ約束してほしい」
「約束?」
冬矢が耳を噛む。くすぐったい。
「絶対に嘘はつかないで。全部素直に言うんだよ。痛いとか怖いとか苦しいとか気持ち悪いとか、隠しちゃダメだからね。俺たち、ちゃんと聞くから。どっちかが暴走してやめないことがあったら、殴ってでも止めるから。絶対蒼生に嫌な思いはさせないから」
そこでしゃべるのだめだって……ぞくぞくする。うん。隠さない。全部言う。ちゃんと言う。
健ちゃんは首筋に唇を寄せる。わ。
「あと、逆もちゃんと言ってくれ、な。してほしいこととか。気持ちいいこととか」
うん。言う。全部。
「……わかった」
僕がそう答えると、健ちゃんが語尾を食べる勢いで口を塞いできた。下唇を舐め上げて、上唇を吸う。うわあ。
「う、ほ、ホントに食べる気?」
「んー、いっそそうしたいくらい」
そっかー、そういう感じかー。
健ちゃんがふっと離れる。その隙を突くようにして、冬矢が割り込んできた。や、比喩じゃなくて、冬矢の舌が、僕の口の中に。わ、あ、これ、知識だけで知ってるやつだ。わわわ。僕の意思じゃない存在が口の中にあって、僕の舌に絡んできたかと思うと、上顎を舐めたり舌の下に潜り込んだりする。うわ。それがすごく気持ちよくて。あー。
そっちに気が行ってると、胸元になにか感触。健ちゃんの手が、僕のパジャマのボタンを外してる。肌に直に触れる指。あつい。それにびっくりして、僕は健ちゃんの腕に手をかけてしまった。
「……やだ?」
ぷは、と文字通り僕は息を吐く。口がようやく解放された。
「や、やだじゃない」
「恥ずかしい?」
「うーん……」
なんていうかな。誰かにボタンを外されるって、よく考えたらなかなかないんだよね。
「えっと、……特殊な感じ……?」
「あはは、特殊かー」
いい表現が見つからない。言葉を探してるうちに、ひとつずつ外されてく。ああ、委ねてるって感じがする。いつの間にか冬矢もそれに加わってて、冬矢のほうが器用なのが見えるのが面白かった。
なんて思ってるのがバレたのかな。健ちゃんがふいに首元からすくい上げるように頭の後ろを撫でてきた。…………っ。
「んっ……」
思わず声が出て、首が反った。健ちゃんが撫でたとこからまっすぐ腰に向かってぞくぞくが降りてったのがわかる。
「な、蒼生ってもしかしてここ感じる?」
「うすうすそうなんじゃないかと思ってた……。なんで知ってるの……」
「んー、なんでか知ってた」
健ちゃん、めちゃくちゃにこにこしてる。嬉しそうだなぁ。どうしてだろ。
「っあ!」
じゅ、って、冬矢が急に首筋を吸う。
あれか。僕が健ちゃんと話してたからか。……今更だけど、あれ、これ、僕、大変なことになるやつじゃない?
「……下も脱がすよ」
「う、ん」
軽く腰を上げると、左右からふたりの手が同時に腰にかかる。パジャマのズボンはするりと簡単に、下着ごと持ってかれた。あわあわしてるうちに、シャツのほうも腕から抜けて行ってた。なにこの連携。
あー。すっごい。心許ない感がものすごい。ふたりに囲まれて、僕ひとりなにも着てないって、やっぱ恥ずかしいって! しかも、見てる。めちゃくちゃじっくり見てる! ああ、もう、初めて見るわけじゃないじゃんかぁ……。
さては、本当に出来るかどうか考えてるんでしょ。そうだよなあ。
「……やっぱり、ちょっと違う?」
「? なにが?」
「男の体にこれ以上なにかするの難しいのかなって」
言うと、健ちゃんは心底不思議そうに首を傾げた。
「なんで?」
それから首に手を添えると、少しずつ滑らせながらその指を下げていく。っわ。ひぇ。くすぐ、ったい。
「綺麗だよ。特にさ、この首から背中にかけてのラインと、背中から腰に向かうこの角度と、腰からおしりにかけての滑らかな線と、おしりから脚に繋がるこの谷間と、膝の裏のくぼみと、ふくらはぎのすべらかさ、足首の形……可愛い……好き……はぁ……」
えー……。
引くでしょって聞いといてなんだけど、まさか僕のほうが引くとは。あの、恋人としての僕も戸惑ってるんだけど、幼馴染みの僕としては知ってはいけない事実を知っちゃったような。
抱え上げたふくらはぎに何度も何度もうっとりとキスをする健ちゃんを、冬矢が冷えた目で見下ろす。
「こんな変態、蒼生の側に置いとかないほうがいいんじゃないか」
「そういうおまえはどうなんだかな!」
とりあえず、それ以上脚持ち上げるのやめてもらっていいですか……。攣りそう。あと後ろに倒れ込みそう。
「俺は……そうだな。ここのラインが好きかな」
冬矢が両手で僕の腰を左右から優しく包む。うっわ。あ。背骨、の、とこ。
「体くねらせて……。ここも感じちゃう?」
「ぅあ、……か、も」
「ふふふ。可愛いね。可愛い……」
何も遮られるものがないと、直に触られると全然違う。腰から下がざわざわする。
ヤバい。既にいろいろ、なんか、ヤバい。
「あっ、あの!」
倒れそうになる上半身を後ろについた両手でなんとか支えながら、とりあえずふたりを止める。ぴたり、ふたりの動きが止まった。目線がこっちに来る。
「あの、やっぱ、僕ひとり裸なの恥ずかしいから……ふたりも脱いで」
うわー言っちゃった。
だって恥ずかしいもん! いやここから先さらに恥ずかしいんだけども! なんかふたりだけ着衣アリで余裕な感じが恥ずかしい感じがするんだもん! やむなし! だよね! すっごいやる気ある台詞には聞こえないはず! ……だよね?
いやその……その気は……あるけど。
「なるほどそりゃそーか」
健ちゃんが笑う。
「ごめんごめん」
冬矢もほっぺにキスをくれながら僕の頭を撫でる。
僕はなんとなく膝を抱えて、上を脱ぐふたりをこっそり見る。別にこっそりじゃなくていい、わかってるんだけど、……気恥ずかしい。僕こそ、体育の着替えとかで見たことあるのに、なんだこれ。どういう感情なんだ。
それにしても、うーん。
これはこれは。
僕も別にスタイルいいとは言わないけどさ。一応気を付けてはいるわけさ。しかしこうしてふたりを見ると、だ。すらりとしてる冬矢と、しっかり作り込まれてる健ちゃん。はあ、見栄えがすごいもんだなあ。健ちゃんは僕のことをあんなふうに言うけど、世間的に絶対健ちゃんのほうが評価点高いと思う。
その健ちゃんは、ズボンのベルトに手をかけながら、僕が抱えた足をそっと下ろさせると、僕の耳にひとつキスをして、親指で乳首を撫でる。ひっえ。冬矢は足首からズボンを抜いて、反対側の乳首にキスをくれる。うわ……。すると健ちゃんが指でこねた乳首をちろりと舐めてくる。
は、張り合うの、こういうとこでするのやめてぇ! ちょ、うわ、えー。
「あっ」
やば、声出た。ああ、見下ろす視界が大変なことに。胸元に健ちゃんと冬矢の整った顔が並んでて、舐めたり吸ったり、わ、あ、絵ヅラのインパクトが強すぎる! ふたりして乳首吸うのちょっと……ちょっと……。ものすごく変な感じ……。
「んー……っ」
よくわかんない感覚に体が勝手に逃げる。それはすなわち後ろってことなので、今度こそ上半身が倒れそうになる。あ、腕から力抜ける。倒れる。頭がベッドに触れたけど、衝撃はなかった。健ちゃんが肩を、冬矢が腰を抱いててくれたから。だから、倒れたっていうより寝かされた、ような。
そもそも僕、乳首自分でいじったことあんまないんだ。だって、手が足りないもん。前と後ろでいっぱいいっぱいだもん。だから、その感覚が初めてで、なんだろ、くすぐったい? いや、腰がゾクッとする感じ。それが体の内側をぐるぐる巡る。腰の奥で、胸の真ん中で、渦を巻くみたいに。……あ。そっか。わかった。これ、気持ちいいんだ。
っ。気付いた途端、今までのぞわぞわもざわざわもくすぐったいもゾクッとするのも、全部が気持ちいいんだってわかってしまった。あー。そうか。全部。
「んんっ……ん……」
わかるとダメだ。
止まんなくなる。
もっと、もっとほしくなる。
そこだけじゃなくて。
冬矢が、そこに優しいキスをくれて、それから笑う。息がかかってまたぞくりとした。
「蒼生……反応してる」
「ひゃ……っ」
指が、その、おちんちんに触れて……わー。あああ。触っちゃうんだ!
「だっ、だって……ずっと気持ちいいからぁ……」
「気持ちいいの?」
「うん……全部……」
「そっか。じゃあもう少し、気持ちいいとこ増やそうね」
穏やかで優しい声で言って、冬矢は体を起こすと、ベッドの下を探っているようだった。
増やす?
どういうこと?
戻ってきた冬矢は、取り出したなにかをベッドの上にばさりと置く。
「ちょっと冷たいかもしれない。ごめんね」
「え……ぁあっ!?」
理解するより前に、後ろの、穴のところに、ひやっと、それから、ぬるっとした感触。やさしく、やさしく指が撫でてくる。
「あっ……そこぉ……?」
わー。
くすぐられるみたいな感覚。ぞわっとして、ちょっとだけびっくりする。あんまり触られることのないとこ。ひとに触られてる。
それにしたって、こんな、ゆっくり優しくしてくれるなんて、すごく慎重にしてくれてるんだ。傷付けないようにって考えてくれてるんだ。なんか、自分でしてるのがものすごく雑だったかもって反省するくらい。
「蒼生」
健ちゃんは健ちゃんで、とっても優しいキスをくれる。僕が緊張しないようにってことだよね。嬉しい。
「痛かったら言ってね」
あやすような冬矢の言葉。ゆっくりとその指が入ってくる。あー。自分以外の指が。優しいけど躊躇いのない指が。うわ……。そこ、くちゅくちゅされると、前のほうまできゅんとする。それから、ゆっくりゆっくり時間をかけて、2本目。その間、ずっと健ちゃんがあちこち撫でてくれてる。「好きだよ」って言葉と一緒に。ああ、僕もだよ。
「気持ち悪いとか、ないかな」
「ふ……っぅん、大丈、夫……んん……」
そこまでは慣れてるから、はい。ただ、自分以外が探るのが初めてだってだけなので、はい。だけどその先は、
「ぅあぁっ!?」
!? え?
今……体が全部浮いたみたいにびりっとした。腰からおちんちんの先まで、気持ちいいとこを全部いっぺんに掴まれたような……?
「……ぇ……?」
「ここ、気持ちいいとこ?」
「あっ! や、あぁっ、あ!」
そこ、いきなりいっぱい撫でちゃだめ……っ!
知ってる。そこが何かは知ってる。気持ちいいんだって。でも、自分でそこに触ってもなんとなくぞわぞわするくらいで、こんなものなのかなって思ってた。
でも、違う! 全然ちがう……! そっか、自分ではこわごわ触ってたからか。冬矢の長い指だと容易に届くからか……!
「体、びくびくしてる。中も一緒に震えてるよ。可愛い」
「なっ、に、言って……んんぅっ」
声は優しいのにぃ……ちっとも冬矢は手を止めてくれる気配がない。
健ちゃんが、ずいっと僕の下半身のほうに身を乗り出す。
「……な。急に蒼生が反応してるけど、何があるんだ」
わ、ダメ、健ちゃん、待って。
「触ってみる?」
「……ああ」
ダメ、ダメだって!
冬矢が2本の指をぐっと広げる。
「ふぅぁ、あっ!」
その、間から。
「ひっ……!」
「このへん?」
「たぶんもう少し奥。俺の指先わかるか。そこから先の、上のほう」
「あ、感触が違う」
「……ぃっ」
ぐり、と押しつぶされる感じ。今度は完全に体が跳ねた。
ごくりと息を呑む音が聞こえた気がする。気のせいでなければ。
そして、合わせて3本になった指が、僕の中を探るように動き出す。
うわ。
あ。
健ちゃんの手が、すがるように僕のおちんちんにかかる。
えっ、それ、は。
「……ぅあっ、あ、あっ、ど、……っちも、は、……ダメ、あっ、……やっ」
待って。
待って。
これは。
ちょっと。
「ああっ、あ、いぃっあぁっ!」
マジかー。
僕は肩で息をする。
これ、あれだ。しょっぱなからハードなやつだ。初心者向けじゃないやつだ。
「うっえ……」
? 健ちゃん。
……え。ねえ。まさか。
「ごめん、蒼生、ちょっと水飲んでいい?」
「……舐めたの? 僕が……その、出したやつ?」
「だって気になるじゃん。あー、結構強烈な味すんのな。試してみる?」
「やだ自分のなんて」
「オレも自分のは嫌だけど、蒼生のならいいかなーって思って。たぶんそのうち慣れるから、初回は勘弁してくれな」
言ってペットボトルに手を伸ばす。よくチャレンジしようと思ったよね……。
ん? そのうち? 慣れるとか言った?
と、体をこっちに寄せてきた冬矢が、僕をぎゅっと抱き締めた。
「蒼生……イく時こんな声出すんだ」
あ。つい、途中で我慢するの忘れちゃったんだ。しまった。いろいろ、その……、参考資料を見てきた中で、好き嫌いって結構あるみたいだったのに。ふたりはどっちだろ。
「男が喘ぐのって変だっていう人もいるみたいだけど、……ふたりは大丈夫?」
「他の奴がどうか知らないけど、蒼生の声は最高に可愛かったよ。めちゃくちゃキた」
冬矢は僕の腕に腰を寄せる。……熱いのが触れる。どくどくしてる。ぼ、僕の声で?
健ちゃんもにやっと笑う。
「オレもオレも」
……うっわ。そ、そうなるんだー。わー。その、平常時は知ってるけど、あ、そ、そっか、そんななるんだ。うわー。
「いつも蒼生の声って気持ちいいと思ってたけどさ。こんな可愛い声も出るんだなあ。その声でもっとイイとこ教えてくれよ」
「この部屋、隣がないから、声我慢しなくていいからね」
と、とりあえず、この件で引かれることはなさそうだ。け、ど。それはそれで別の問題がありそうだな……。
ふいに健ちゃんが、僕の頭のほうに移動する。それから僕を抱き上げて、いつもみたいに後ろからぎゅっと抱き締めてくれる。健ちゃんが開けた足の間にすっぽり収まる体勢は慣れてるせいか落ち着くけど、素肌の感覚がいつもと違って不思議な感じ。あと、あの、背中っていうか。腰に。熱いのが。
健ちゃんはそれを気にせず、いやもしかしたらちょっと意識してるかもしれないけど、後ろから首筋に顔を埋めて小さいキスを繰り返したり、指で僕の手を柔らかく握ったり離したり。気持ちよくて、眠ってしまいそうな優しい動き。
そうしている間に、冬矢が小さな袋を破いて開ける。
あー。
とうとう。
なんか、嬉しいというか、感動してる。さっきのローションもそうだけど、僕とするために、ちゃんと準備しててくれたんだなって。「任せて」って言ってくれたけど、本当に僕が怖くないように、ケガしないようにしてくれてるんだ。
このひとたちを好きでよかった、と本当に思う。
健ちゃんが僕の膝の裏あたりに両手を添えて、自分のほうに引き寄せる。僕は冬矢になにも隠せない格好になる。これ、手はどこに置いておけば正解?
「これはだいぶ恥ずかしいなあ……」
「オレが見下ろす光景としてはわりと絶景だけど」
「えー」
迷って胸元で指を組むことにして、のんびり健ちゃんと普通の会話をしてると、準備を終えた冬矢が僕の前に座った。ローションを自分のに絡めて、僕のそこにも再度塗り込む。そして、そこに、熱い先を押しつける。小さく、濡れた音がした。……ぞくぞくする。
「……本当に、いい?」
「……うん」
「怖くない?」
「うーん……ちょっと怖いのと、パニックなのと、恥ずかしいので合わせて4割くらいかな」
「4割? 残りは?」
「これから僕はどうなるのかなって、わくわくしてる」
健ちゃんと冬矢が同時に笑う。
「わくわく、かあ」
「たまに蒼生って妙な好奇心発揮するよな」
なんでだろうな、それ、たまに言われる。
冬矢が僕の髪を撫でた。
「じゃ、入れるよ」
「うん」
ぐっと冬矢が力を入れる。僕は反対に息を吐いて力を抜く。ように。したんだけど。反射で力が入りそうになる、それを頑張って抜く。わ、あ。すご。広がる感じ。わ。けっこう。おっきぃ……。
「……っは……ぁ、けんちゃ、手……」
ぱたぱたと手を動かすと、健ちゃんが左手で僕の手を捕まえてくれる。だから僕は両手でその手にすがった。苦しい。でも痛くない。大丈夫。怖い。大丈夫。健ちゃんが手を握っててくれるから。
は……っ。
内臓が押しつぶされてる感じ。
大丈夫、大丈夫。
見えるのは、冬矢の顔だから。
大丈夫。
ゆっくりゆっくり冬矢が体を進めて、腰の辺りが僕の太ももの裏についた。
何だろうこの感じ。
ちょっとまだ、よく、わかんない。
冬矢もその体勢で、はあっと大きく息を吐いた。そして、そのまま止まる。僕からは目を閉じて俯く顔が見える。
「どした?」
聞いたのは健ちゃんだ。
緩やかに冬矢が目を開ける。
「……ちょっと待って。気持ちよくて動けない。……嘘だろ……こんなことあるのかよ……」
え?
「っ、蒼生、締めないで……」
「ご、ごめん無意識……っ」
だって、冬矢が僕の中で気持ちよくなってるのかなって思ったら……きゅんてしちゃったんだよ……。はあ、これ、そうか、そういうことかぁ……。
「蒼生は? 平気? 痛くない?」
「だい、じょぶ……くるし、けど、なんか……胸までいっぱいで…………嬉しい」
僕の中に冬矢がいるんだ。繋がってるんだ。そう思ったら、苦しいのが少し楽になった気がする。胸のほうがいっぱいで苦しい、かも。嬉しいので苦しい。それが嬉しい。
「そうか。じゃ、ごめんね。もう少しだけ待ってくれる? 俺も……初めてのことで混乱してて」
「うん……」
冬矢が、初めてだって言う。今までなかったことなのかな。なんか、それもちょっと嬉しいかもしれない。
「……あー、やっぱ順番譲んなきゃ良かった」
健ちゃんが腕に力を込めながら言う。
「え、何……、そういう話し合い……してたの」
「しましたね~。こいついろいろ畳みかけて来やがって、なんかよくわかんなくなってじゃあお先にどうぞってなっちまったんだよなあ。よく考えたらおかしくね?」
もしかして、さっき部屋に入ってくる前してたのはそういう話だったのかな。
冬矢がぐいっと腰を押しつけてきた。
「んぁっ」
「健太はちょっと黙っとけ。今は俺の番だ」
「んだよ、好きな子を前に童貞みたいになっちゃった冬矢くんのために間繋いどいたのに」
「うるさい。……あーおい。こっち集中。な」
「ん……」
「…………」
それで黙っちゃう健ちゃん、可愛いよね。
冬矢はゆっくりと動き出す。あ。
「っあ、……あー……んっ、……あぁ……」
あー……。抜けていくぞわぞわした感じ。入ってくる圧迫感。それが交互に訪れる。わ。急に全身がぞくぞくする。気持ちいい。波打ち際で波に遊ばれてるみたい。僕の中に冬矢がいるのに。僕のほうが包み込まれてる気分になる。ゆっくり僕を外から、中から、全部。
「……ふぅっ……あっ、んぅ、ん……」
ああ、そうか。抱かれるってこういうことなんだ。
「ぁー……」
気持ちいい。
「蒼生……好きだよ」
揺られて、揺さぶられて、溶けそう。
おなかの中、冬矢がいるところから、じわじわとせり上がってくるなにか。
きゅんきゅんする。
気持ちいい。
あー、でも、くすぶってて。
「蒼生、ちょっと背中借りる、ごめん」
ぼそりと健ちゃんが呟く。
熱いのが背中で擦れる。
背中と、おなかの中で、熱いのがこすれてる。
気持ちいい、イきたい。でも、イけない。僕はおそるおそる片手を自分のおちんちんに持ってく。
「あーっ……」
声が零れる。
気持ちいい。気持ちいい。
「や、だめ、あ、……っも、ぉ、イッちゃうぅ……」
「可愛い……いいよ。ほら。イッて」
「…………っは、ぁあっ!」
ああ、くらくらする。
余裕なくてわかんなかったけど、抜けてく感じで、冬矢も僕の中でイッてくれたんだなあってわかる。あと背中に熱いのが流れ落ちてる感じがする。
こ、こんな体力使うんだあ……。
気持ちよくて動けないのも確かなんだけど、純粋に疲れて動けないっていうのもある。
あ。冬矢と目が合った。
ふっと笑って、キスをひとつくれる。
えへへ。
「蒼生ぃ」
おっと、今度は健ちゃんが張り合ってくる番?
続けて何か言ってくるかなと思ったんだけど、健ちゃんは黙って僕を膝立ちにさせると、両手をベッドにつかせてきて。や、あの、腕も膝もぷるぷるしちゃって、ちゃんと体勢保ってられないんだけど、その前に、え、休憩時間とかそういうのなし!?
「えっと、健ちゃん、あの」
「あー、腕しんどい? それじゃ」
後ろから僕の両腕を掴むと、目の前にいる冬矢の両肩に乗っける。え? 冬矢に抱きつく格好になるけど、え?
冬矢は健ちゃんを呆れた目で見て、それから何事もなかったように僕にキスをした。いやいや。いやいやいや。
後ろでぱちんと音がする。ああ、ゴム着けてくれたなーって、そういうことじゃない。
ちょっと! サッカー選手! ハーフタイムはどうしたの!
「お邪魔しまーす」
や、待っ……。
「あぁっ」
ぬるりといきなり入ってくる。さっきの今だから、わりとすんなり、あー、けっこう、深く入ってきた、かも。
あ。
わ。
これ、
違うとこ当たる。
「あー……気持ちい……あったけぇ……」
健ちゃんの息が首筋にかかる。
「やば……。蒼生……好き……」
「あっ、あ、待ってぇ……」
「……マジ、だめかも。ごめん。もー少し動いていい?」
「えぇ……い、いけど……ぅあっ!?」
がつん、とぶつかられた感じ。
実際そんな音を立てるような器官はないと思うんだけど、なんか、そんな感じがした。
目の前がちかちかする。
僕は必死に冬矢の首にすがりつく。
やっ……。
早……ぃ。
「あっ、あっ、ん、んぅっ、あ、け、ん、ちゃ……あぁっ」
これ、当たる。
時々、さっきのとこに、当たる。
「ごめん、我慢できない、ごめんっ」
あー……。
耳元で、冬矢が息を吐く。
「だろうと思ったよ。だからおまえを後にしたんだ」
はは……、健ちゃんも完全に冬矢に読まれちゃってるじゃん。
強く突かれて、健ちゃんの動きに翻弄されるしかない僕の頭を冬矢は優しく撫でる。それから反対の手で乳首をゆっくりこねる。
うわ。
え。
後ろから健ちゃんに激しくされて、前から冬矢に優しくされて、脳がぐちゃぐちゃになる。
どっちのテンポについていけばいいのかわかんない。
たぶん僕の本能も戸惑ってる。
どうしたらいいの。
わかんない。
きもちぃ。
ぜんぶがきもちぃ。
あたまのなかで、ぱちぱちと火花が散る。
冬矢の甘い声。
「……蒼生。気持ちいいね」
ぅん。
そうなの。
ぜんぶなの。
なのに。
「っ、とぉや……ごめ、ぼくっ、中だけ、じゃっ、イけない、のっ」
「ん、わかった」
頭にあった手が、すっと下に伸びるのが見えた気がする。
……あっ。
え。
そこも、優しく触るのっ?
あー、バラバラになっちゃう!
前と後ろで僕がバラバラになる!
だめ、
きもちいぃ……っ。
健ちゃんと冬矢が、僕の耳元に顔を寄せる。
「……蒼生」
「……蒼生」
ここで、ステレオは、ずるい。
1対2ってこういうことかぁ、と思いながら、僕は意識を手放した。
ふうっと呼び戻されるように目が覚めた。
部屋の中は明るかったけど、電気の明るさじゃない。電気は消えてて、外が明るいんだなあ。あれ、天井、角度が違う。僕の部屋じゃない。
あと体がものすごく重い。疲れ果てた翌日の朝みたいな。
……ん?
本当に重い。
左から伸びた手が僕の右肩を抱いてて、右から伸びた手が左の腰を抱いてる。僕はなにも着てなくて、
はっとして頭を巡らせる。
左には冬矢の顔があって、右には健ちゃんの顔。ふたりともぐっすり眠ってる。
……夢じゃなかったんだ。
そっか。
僕は昨夜、ふたりに抱かれたんだ。
いっぱい「好き」を伝えてもらったんだ。
天井が急に歪む。
頬に熱い筋が流れる。
そっか。
そうなんだ。
僕が顔を覆った気配で気付かれちゃったかな。健ちゃんがもぞもぞと動いた。
「……蒼生。っ、蒼生?」
がばっと起きる。
やば、止めなくちゃ。
反対側でも冬矢が体を起こす気配。
「蒼生? どうした? どこか痛い?」
「無理させちゃった? 気分悪い?」
僕は必死に首を振る。
「違う。違うよ。目が覚めたら、健ちゃんと冬矢がいて……こんな幸せな気持ちで目覚める朝があるんだって思ったら、嬉しくて……」
健ちゃんが僕の頬を、冬矢が頭を撫でてくれる。
優しい手。
嬉しい。
苦しいほど嬉しい。
「あー……ありがとう。本当に、ふたりを好きになってよかった」
こんな気持ち、味わえないと思ってた。
というか、そんなの絵空事だろうって思ってた。
でもあるんだなあ。
そして、僕がそれを味わっていいんだなあ。
それがどうしようもなく嬉しい。
…………。
ん?
なんだ。
なんの沈黙だ?
僕はおそるおそる顔を覆った手を離す。僕の上では健ちゃんと冬矢が顔を見合わせてた。
「え?」
首を傾げると、ふたりは僕よりもおそるおそるって表現が似合うくらいゆっくりと僕を見た。
「今、なんて言った?」
「へ? 今? 僕? なんかおかしいこと言った?」
「好きとか言わなかったか」
「言ったけど……」
あれ?
なんかおかしいぞ。
「な、蒼生、オレのこと好きなの? 幼馴染みとして?」
「え? いや、恋人として好きだけど……え?」
「俺を友達として見てるんじゃない好きで間違いない?」
「友達としても好きだけど、えっ、好きだよ。えっちしたいほど好きだったからしたんだけど、あれ?」
……んん?
「もしかして、僕、言ってない?」
「言ってない!」
「聞いてないよ」
えっ。
マジか!
「うっわー……、ご、ごめん。言ったつもりでいた……」
「い、いつから?」
「いつからっていうか……あの、告白されたじゃない? それで、その晩、じっくり考えてみたんだけどね、あれ~僕そもそもふたりのこと好きだな? ってなって……」
ああっ。
また健ちゃんが仰のいて、冬矢が頭抱えて、昨日と同じかっこになってる!
「わー、ごめんってば!」
「……やっぱり蒼生には全部こっちの手の内見せた上で全部気持ち吐かせるしかないな」
「言う! これからはちゃんと言うから!」
「頼むわ……オレ蒼生に好かれてないんだと思ってけっこう空回りしたわー」
「ああっ、好き! 健ちゃんのこと大好き! 冬矢のこと大好きだよ!」
うう。
心配させたし苦労かけちゃったんだな。
よし、ちゃんと言う。
好き、ってちゃんと言おう。
健ちゃんは拗ねたように僕を見る。
「……じゃあ、蒼生からちゅーして。今度は頬じゃなくて」
「うん。……あの、起こして」
言うと、堪えきれないように吹き出す。……だいぶ健ちゃんのせいなんですけどね。
だけど健ちゃんは素直に僕を起こしてくれた。っ、つぅっ。わー、腰が悲鳴をあげてる。体は重いし腰は痛いし。なんていうか、その、あの、えーと、……広がったとこがズキズキして違和感があるし。まあ、これも幸せの付随品だと思えばなんてことないけど。
僕は起こされた勢いを借りて、健ちゃんにキスをする。ふふ。
冬矢が肩を叩くので、冬矢にも。へへ。
あー。
好き。
あ、いけない。
「……好き」
ふたりがとろけるように、笑った。
「でも、本当に大丈夫? 体痛くない?」
「疲労感すごいしあちこちまあまあ痛いけど、それより満たされてる感じがしててそっちでいっぱいだから……総合的には大丈夫」
「なんだそりゃ」
「ははっ、今日はゆっくり横になってな」
両方から手が伸びて、頭を撫でてくれる。んー。至福。
健ちゃんはベッドから起き上がり、ぐーっと両腕を伸ばした。
「とはいえ腹減ったなあ」
あ、そうか。
「夕飯食べてないもんね」
「なんかもうそれどころじゃなかったからなー。とりあえずなんか買ってこようか」
「僕も行……ったたた」
「だから蒼生は無理すんな。オレが行ってくるよ」
「おまえは体力余ってそうだな」
「おお、あのくらいじゃ全然響かねえ。なんだったら今からでもまだ出来るけど?」
「待って僕がもたないから。今度にして」
「今度。よし、言質取ったわ。今度な」
「……ひぇ」
昨夜僕たちは大きな壁を乗り越えた。
でも、やりとりは変わらない。
ふふっ。
嬉しいな。
ああ、だけど反省点もある。途中から気持ちよくなりすぎてよくわかんなくなっちゃって、記憶が若干飛んでるところがある。せっかく気持ちよくしてもらってるのに覚えてないなんてもったいないことを! 次からは意識ちゃんと保とう。うん。
「でもさっきはびっくりしたなー、蒼生が泣いたの初めて見た」
うっ。
お見苦しいところをお見せしまして……。
「でもおまえ小さい頃から蒼生といるんだろ」
「んー、記憶にないほどちっちゃい頃はわかんないけどな。物心ついてからは初めてじゃないかな」
うう。僕は気恥ずかしくて両手を組む。
「人前では絶対泣かないようにしてたから……。僕もまさか泣いちゃうとは思わなかった」
すると冬矢が不穏な顔でにっこり優しく笑う。
わー! 表情ひとつで矛盾出してくるのやめてぇ! 怖いからぁ!
「そうか。じゃあこれからは素直に泣けるようにしてあげるからね」
ひえぇ。
いろんな意味含めてるように聞こえるの、気のせい?
気のせいだよね?
冬矢は今度はちゃんと優しく笑う。
「……また俺たちとえっちしてくれる?」
「……うん。またしてね……」
ふたりとも、嬉しそうに笑うんだもなぁ。
ふふ。
僕も、嬉しい。
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20こ目;僕は君の宝物 第8話
僕+君→Waltz! 創作BL 創作BL小説 一次創作 三角関係 幼馴染 3P R18紆余曲折を経て、やっとここまでやってきました。
初めての夜の、おはなし。
【今日の注意事項】3人でいたしております……今更この注意事項はいるんだろうか。
あと、そんなにえっちじゃないです。
あれなので。あくまでこれは「手段」であって「目的」じゃないので。
ここに至ったところで、ひとつの区切りとなります。
次回から数回、番外編にお付き合いください!
↑初掲載時キャプション↑
2021/10/08初公開
https://pictbland.net/users/series/kazanet-tk/%E5%83%95%EF%BC%8B%E5%90%9B%E2%86%92Waltz%EF%BC%81
ここまでお付き合いいただきありがとうございます!
引き続きよろしくお願いします!
20こ目;僕は君の宝物 第8話
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正直、自分でも意外だった。何の根拠もなかったけど、自分の身に何が起きても大丈夫な気がしてたんだ。きっと落ち着いて冷静に状況を分析して対処できるって思ってた。頭が真っ白になって初動が遅れるなんて考えもしなかった。怖いって感情だけで動けなくなるなんて思いもしなかった。
いや、ちょっとだけ根拠はあったかな。こんなことふたりには言えないんだけど、ひとりで電車乗ってる頃って時々なんか触ってくる人とかいたんだよね。ほとんどはそれだけだったから気にしてなかったけど。面倒だったし。男の僕なんか触って何か楽しいんだろうか、ってずっと疑問に思うくらいで。だから、そういうのも平気だと思ってたんだ。なんていうかな、ショックを受けた自分自身がちょっとショックだった。
でも、もう大丈夫。腹立つし気持ち悪いけど落ち着いた。
なのに今僕は、学校の旧棟にある自販機の隣にあるベンチで、健ちゃんの足の間に座って後ろから抱き締められてるうえ、汚れたとことか少し傷になったとこを濡れたタオルやハンカチで冬矢に丁寧に拭かれてる。大丈夫なのに。ふたりとも有無を言わせてくれなかった。
「あのさ……ふたりとも、“大丈夫?”って聞かないね」
真っ先にそう聞かれるんじゃないかと思ったけど。健ちゃんも冬矢もそれを口にはしなかった。冬矢はぴたっと手を止め、息を吐いて自販機で買ったばかりの冷たいお茶のペットボトルを僕に渡してくれた。
……開かない。
あれっ? え? 手に力が入らない。
「大丈夫じゃないのがわかってるのにそんなこと聞かないよ」
そうなのか……。僕は大丈夫じゃないのか。
冬矢は僕の手からペットボトルを取ると、蓋を軽く握って捻る。するとそれは簡単に開いた。
「はい。まずは冷たいのでさっぱりするといいよ」
「うん……」
ひとくち飲むと、水分が染み渡る感じがする。もしかして喉が渇いてたのかもしれない。一息つくまで飲んじゃおうと傾けたペットボトルは、一気に半分がなくなった。
冷静になってよく思い返してみるとさ。あいつ、思い付きだったんじゃないかなって思う。だって男の上半身脱がす必要ないよね。用があるとこだけ脱がせばいいのに。それに扉だって外から簡単に開けられた。計画性ゼロって感じだ。たしかに、健ちゃんたちのことは想定外だっただろうけど、それにしても行き当たりばったりって感じがする。目的がぶれてるって言うか。だから、そんなに危なくなかったんじゃないかって思うんだ。
……うーん。沈黙が下りて、少し焦る。こういう、どんよりした空気、得意じゃない。明るくしなきゃ。ええと。
「でも、あの、怖かったけど、その、あちこち……触られたくらいで、結局何もされてないみたいなもんだし」
健ちゃんが、少し力の抜けた僕の肩に額を擦りつける。
「触られたんだろ。大丈夫なはずないじゃん。蒼生、人に触られるの嫌いなんだから」
え?
僕は真横にある健ちゃんの顔を覗き込む。
「そうだっけ?」
「誰かが触ろうとするとさりげなく逃げるだろ。手が触れるとやんわり押し返したりしてさ。ちっちゃい頃からずーっとそうだったじゃんか」
「え?」
「え?」
「……だって僕、健ちゃんにはずっと触られてたよ?」
「それはオレだから平気だっただけだよ」
「そうなの?」
「そうだよ。そっかあ、あれ、自覚なかったんだ」
知らなかった。はー……そうだったのか。僕をずっと見ててくれてた健ちゃんがそう言うんだから、そうなんだろう。
ああ、だからこんなに体中あちこち気持ち悪いんだ。なるほど。
「……それにね、蒼生。押し倒されて触られたなんて、それだけでもう被害者なんだよ」
冬矢が僕の頭を撫でる。さっきから、冬矢はこうして少しずつ僕に触れる。なだめるような、言い聞かせるような手のひら。僕は申し訳ない気持ちでいっぱいになる。
ぱっと突然手を離した冬矢は、天井を仰いで腕を組んだ。
「それにしても、蒼生に近付く女子は警戒してたけど……。こうなってくると全方位に注意が必要だな」
「ああ。どこで目ぇ付けられたんだろうな。……思い出したくなかったらごめんな、蒼生、あいつ誰だか知ってる?」
「えっと、名前は知らない。同じ図書委員に3年の橋本さんって先輩がいるんだけど、その人の友達ってくらいしか。何回か話しかけられたことはあるけど、それ以上は特に何もなかったよ」
「それで俺たちのことは知らなかったのか」
たしかに、普段の僕を知ってる人だったら、僕の側にいつもいてくれるふたりのことを知らないはずがない。対して委員会ではひとりで行動することが多いから、そこでの僕しか知らないなら人の気配のないところに呼び出せば誰にも見つからないと思うだろう。下駄箱に適当にメッセージ置いたり鍵に無頓着だったり、呼び出しがあんなにザルだったのはそのせいだったんだ。つくづく、情報に無頓着なうえ短気な人で助かった。
はあ。
「だけど、呼び出されるのって色恋目的としか思ってこなかったから、そういう対象として見られることもあるんだっていうのはびっくりした」
そうだよなあ。そういうこともあるんだよなあ。自分にはまったく無関係だと思ってたけど。そうか、誰でもいいって考える人もいるのか。
…………ん?
ふたりが考え込むように止まってる。
「冬矢? 健ちゃん?」
「えーと……相手が男だったっつうことは蒼生にとって驚くポイントではなかった?」
「うん。告白自体は、男の子からされることもあったし」
「最近?」
「中2くらいから、時々」
「しかも、時々ってことは、単発じゃねえのか」
「なるほどな……」
ふたりはますます難しい顔をする。やだな、そんな顔。でも、ほら、こんなことになるのってレアケースだと思うし……とは言えない雰囲気。どうしよう。何を言ったらいいのかが全然わかんない。
冬矢と目が合った。僕が言葉を探してるのに気付いたのか、少し困ったように笑う。それから、腰を落として僕を真正面から見た。
「蒼生。これから、誰かから呼び出されたりしたら、……どんな些細な呼び出しでも、必ず俺か健太に連絡を入れてほしい。一言でもいいから」
「……え」
そんな、大げさな。
冬矢は健ちゃんに目線を合わせた。
「俺たちのほうでも十分注意しよう。あいつの動向も気になる。ああいう短絡的な奴は逆恨みしかねないからな」
「だな。出来るだけ蒼生をひとりにしないほうがいいと思う」
「ちょっ……そんな、迷惑かけられないよ、僕は平気だから」
「蒼生」
健ちゃんが僕の言葉を遮る。そしてまた腕に力を籠めた。痛い。
「わかってくれ、な。今、オレ、おまえのこと一瞬たりとも離せないんだ」
……あ。
小さく震える指先に、僕はその時ようやく気が付いた。
そっか。
怖かったのは僕だけじゃない。健ちゃんも怖かったんだ。たぶん、冬矢も。
あのまま、諦めたまま最後までさせちゃってたら、僕以上にふたりを傷付けることになってたんだ。
ああ、僕、無神経だったな。
しばらくして、健ちゃんが大きく息を吸った。
「……で。どうすんだ」
「俺の家、今日誰もいないから」
「そういやそんなこと言ってたな」
もう一度冬矢は僕の頭にゆっくり手を乗せる。
「どうする? 蒼生。このままうちに来る?」
ドキッとした。そうだ。上書きしてほしい、って言ったのは僕だ。それってつまり、そういうことだ。
あの場の雰囲気も手伝ってつい頷いたけど、今更ちょっと頭の中が騒ぎになる。そう、頷いたんだよなあ。頷いたんだよ。
それでもどこかで冷静な僕もいて、何度も頭の中で繰り返した準備の手順がくるくる再生される。
「えっと、あの、とりあえず着替えたい……」
なんとなく、はっきりそうとは言えなくて、僕はそんな言い訳をする。冬矢は疑う様子もなく、わかった、と言った。それから顔を上げて健ちゃんを見る。
「俺は先に帰って支度しておくから、おまえは」
「ん、蒼生と一緒に行くわ」
えっ。
「待っててもらうの悪いよ」
咄嗟にそれが口から出た。冬矢の強い目が僕を捉える。
「だめ。健太とおいで。ね?」
……ああ、また、僕は。
どうしてこんなに上手に立ち回れないんだろ。
ふたりが僕のことを本当はどう思ってるかわからないから、僕が逆の立場だったらと想像してみる。健ちゃんが、冬矢が、誰かに傷つけられたとしたら。……考えるだけで怖いし、怒りで頭がいっぱいになるし、許せないし、つらい。何より守れなかった自分が一番許せないと思う。僕は自分なんて死んだら死んだでそれだけの話だと思ってたけど、そんなこと思われてたら、……怒るな。ふざけんなって思う。僕を置いてく気か、って。もしかしたら本当にふたりは僕に対してそう思ってるのかもしれない。考えすぎかもしれないけど。
…………あれ。なんだろう。前にこんな話、誰かと……?
いや、とにかく、僕には反省することが多すぎる。叱られて当然のことを考えすぎてた気がする。自分勝手だった。ちゃんと僕は自分と向き合わなきゃいけない、きっとそうなんだ。
健ちゃんが静かに息を吸って、後ろから僕の両手を優しく握った。
それから、
「蒼生っ」
いつもの、明るい声。
「それにさ、だってさ、オレ、冬矢ん家知らねえもん。蒼生が連れてってくれないと、絶対こいつ家なんか教えてくれないだろ。平気で違う住所とか教えそうじゃね?」
「よくわかったな」
「だろうな!」
…………ふふ。
たしかに。
「……なんかそれ、想像できる」
思わず笑った僕に、明らかに健ちゃんと冬矢が表情を緩めた。
そうだね。
僕はふたりともちゃんと向き合わなくちゃ。
「……助けてくれて、ありがとう」
ああ。つかえてた言葉が、やっと、言えた。
笑顔が、返ってくる。
家までは健ちゃんが送ってくれた。3人で電車に乗って、冬矢と分かれて見慣れた道を歩いて。ふたりとも、普段通りのなんてことない会話を、たぶん意識してしてくれてたと思う。
僕は大きく息を吐く。家の中はとても静かだった。お母さんのスリッパが玄関に置いてあったから、多分買い物にでも行ってるんだろう。お父さんは仕事だし、こうちゃんもみどりちゃんも大学に行ってる時間のはずだ。はー、よかった。さすがにあんなことがあった後で、家族と顔合わせるのはなんとなく嫌だった。なんなんだろうな、この気持ち。
コートと外したままだったネクタイをリビングのハンガーにかけて、洗面所に行く。……鏡に映った自分の姿にぞっとした。シャツのボタンが引きちぎられてるのが着てるブレザーの間からもはっきりわかって、ひどくボロボロだ。腹立つ。なんだよこれ。
深呼吸して、まずはブレザーを脱ぐ。一通り確認したけど、破れたりほつれたりしてるところはなさそうかな。だけど砂と白線の粉ですごく汚れてる。ちょっとはたいたくらいじゃ全然取れない。ズボンも汚れてるし、これはクリーニングに出さなきゃダメだろうなあ。お小遣いを追加でもらうにしても理由が必要だから、ちゃんと謝って、お母さんに出してもらうしかない。こんなに汚して、怒られるだろうな。どうしてこんなにしちゃったの、って。……はー。襲われたうえに説教? ああ、気が重い。
シャツは……うーん。ボタンを付け直せば着られなくもないのかな。もったいないし。……いや、やっぱやだ。引き攣れた跡なんか、見るたびに思い出しそうだもん。捨てよう。いらない。見たくない。僕は脱いだそれを出来るだけ強く床に投げ捨てた。残ったボタンが床に当たってかちりと鳴る。あとでちゃんと捨てるから、今だけは放置しておきたい。
そこに。とんとん、と階段を下りる音が聞こえてきた。
「蒼生? 帰ってるのか?」
!?
え……っ、この声、こうちゃん?
「蒼生?」
廊下からこうちゃんがひょこりと顔を出した。
「どうしたんだよ、珍しいな、ただいまも言わな……どうした?」
ヤバい。なんて言おう。理由。なんて。
こうちゃんは不審げな顔をして洗面所に入ってくる。どうしよう。
「制服すげえ汚れてるじゃん。取っ組み合いのケンカでもしたんか」
あー、それ。それだ。僕は洗面台に置いたブレザーに目を落とす。
「えっと、うん、そんなとこ。どっちかっていうと一方的に絡まれちゃった感じ。校庭だったから砂とか色々汚れちゃって、あの、泥とかもついちゃったから、クリーニングに出してもらおうかなって思って」
「へえ。そっか」
「それと、これから冬矢の家で試験勉強する約束してて、出かけなくちゃいけなくて、お母さん買い物だよね、後からちゃんと説明するから」
それから、えっと、えっと。
こうちゃんは僕の顔を覗き込もうとする。僕は反対側の棚に視線を逃がした。
「ケガは?」
「だっ、大丈夫……」
「首のとこちょっと血ぃ出てるな。手擦りむいてるのと、手首赤くなってんな」
「あー……」
長袖だったから気付かなかった。たぶん僕は無意識に隠そうとしたのかな、とっさに握ったら、じんじん痛い。
さらにこうちゃんは投げ捨てたシャツを拾い上げる。
「これは?」
「っと、あの、どさくさで破けちゃったから捨てようかなって」
「…………」
ちょ……っ、なんで黙るの。こうちゃんいつも延々おしゃべりしてるじゃん。へらへら笑ってるのがこうちゃんじゃん。怖い怖い。いつもの軽口どこやったの。何その真面目な顔。
「蒼生」
「なっ、何」
「まさかとは思うけど、……“ケンカ”の相手は健太と冬矢くんだったりしないよな?」
「っ! 違うよ! 健ちゃんと冬矢は僕を助けてくれたんだよ!」
びっくりした。そんなことあるわけがない。
ふうん、とこうちゃんは呟く。
「……こうちゃん?」
「うん。なるほど、わかった。んで、その勉強会は、泊まりか」
「あ……うん」
「了解。泊りの件はオレから言っとくし、クリーニングもシャツの処分も全部やっといてやるから、おまえは気にしないで慰めてもらいに行きな」
え?
「制服、スペアあんだろ?」
「あ、ある。でも」
「いいから。そんな今にも倒れそうな顔見たら、健太のほうが倒れそうだな。なにしてんだ、支度あるんだろ、ほら」
僕の制服を拾い集めながら、こうちゃんが笑う。……どうしよう、こうちゃんがお兄ちゃんみたいなこと言う。天変地異の前触れ?
とりあえず家で出来る準備はした。
鞄には着替えとか諸々を放り込んだ。
よし。
…………。
玄関で靴を履いて、ドアに手を伸ばすまでは何でもなかったのに、そこで手が止まった。
え、なんで? 頭の中に、見下ろしてくる男のシルエットがぱっと浮かんで、体が勝手に固まった。早く行きたいのに。動きたいのに。ドアを開けてあいつがいたらどうしよう。いや、そんなわけない。でも、もしかしたら家を知られてるかもしれない。健ちゃんのこと知らない奴が家知ってるわけないじゃん。だけど後をつけられたことがないって断言できる?
なんだこれ。なんだこれ。
怖いのか、僕は。
気付いてしまうと、急にドアの外に出るのがはっきり怖くなった。絶対そんなわけないと思う自分とそれを否定する自分がいて、頭の中がぐっちゃぐちゃだ。
僕は携帯電話を取り出す。ドアの前で足がすくむ時、僕のメッセージは決まってた。何度か送ったことがある。
──ごめんね。今日は行けません
…………。
ふたりは許してくれるはずだ。わかった、って言ってくれるはずだ。でも。
でも。
書きかけたメッセージを消して、受話器のマークを、叩く。
ちょっとの沈黙のあと、コールが2回目を数え終わる前にぶつっと音がした。
『蒼生っ!? どした? なんかあった?』
電話越しの健ちゃんの声。
「あっ……あのね、ごめんね、あの、…………けんちゃ……迎えに来て」
『おお。わかった!』
ばさって音。それからがさがさ、がたっ、ごとん、がちゃ、たくさん音がする。僕は電話を耳に押し当てて、それを聞いてる。やがてそれはドアの外の音と一緒になった。
『蒼生、着いたよ。大丈夫。開けて』
がたがたの指で、鍵を開ける。健ちゃんは自分でドアを開けないと思ったし、実際そうだった。僕がなんとか開けると、ひらひら手を振りながら健ちゃんが笑ってた。そして中に入りながらきりっと真面目な顔をして、ドアが閉まると照れたようにまた笑う。
「……百面相してる」
「んー。隣のオレを呼ぶほど怖かったんだなって申し訳ない気持ちと、“迎えに来て”がめっちゃ可愛かったなあって気持ちが戦ってる。あー、可愛いが勝ちそう」
「それはよくわかんないんだけど、でも、わがまま言ってごめんね」
「何言ってんだ、蒼生のわがまま聞けるなんてご褒美だよ!」
やっぱり何言ってるのかよくわかんない。
だけどさ。ひとりでやらなくちゃ、迷惑かけちゃだめだ、ってずっと思ってた。なのにそれが逆に迷惑をかけることもあるってわかったから。自分で無理だって思ったら、助けてって言ってみる努力をしようと思った。負担になって本当にごめん。そう思ってたんだよ。……それがこんなに喜ばれるなんて思わなかったけど。
なんだろ、僕、健ちゃんのこともよくわかってなかったのかもしれない。僕が起こす行動で本当に喜んでくれるんだ、これは本当なんだ、って自覚しよう。もしかしたら本当にただの自惚れなのかもしれないけど。
「健ちゃん、ついでにもう1個わがまま言っていい?」
「ん、なんでも言って」
「……ぎゅってして」
「! なんだよもう~、そんなのわがままでもなんでもないじゃん!」
嬉しそうに、健ちゃんは僕のことをぎゅっと抱き締めた。やっぱ痛い。
その手の強さを感じながら、僕は大きく深呼吸する。
うん。……よし! もう大丈夫! 切り替えた! あんなどうでもいい奴のことなんてもうほんとにどうでもいい。僕は今何を考えてる? 頭の中にある感情はなに? うん。そう。僕は健ちゃんのことが好き。冬矢のことが好き。それだけだ。それだけで十分だ!
僕は健ちゃんを見上げる。
「ありがと。それじゃあ、行こ」
まあね。そうすると今度は何のために出かけるのかを意識しちゃって、そっちでパニックになりそうなんだけど。
チャイムを鳴らすと、ほとんど間を置かずにドアが開いた。
「いらっしゃい」
冬矢が穏やかな笑顔で迎えてくれる。嬉しい。
「お待たせしました」
「ううん、気にしないで。気持ちの整理も必要だったろ」
にこにこの冬矢は、僕が入ったドアをそのまま閉めようとする。がしっとそれを止めたのはまだ外にいた健ちゃんだ。
「……なに締めだそうとしてくれてんだよ」
「ここに来ずに蒼生とふたりきりになってやろうなんて一瞬でも思った奴を家に上げる義理はないからな」
「えっ、なんでバレてんの!?」
「やっぱりな」
「あっ」
ふふっ。冬矢はいかにもやむを得ない、といった表情をして健ちゃんを迎え入れる。この軽いやりとり、ほんと好きになってきたなあ。
廊下にあがると、冬矢は僕の肩を優しく抱える。
「あれから気分はどう?」
「うん、もう平気」
「気持ち悪いのもなくなった?」
「なんかいっそさっぱりした気分だから大丈夫」
「制服も汚れちゃったよね」
「そう、酷かった。とりあえず兄がクリーニングに出してくれるって」
「兄……紅輝さん?」
「うん。シャツはもう破れちゃってるから、そっちは捨てとくって言ってくれた。いきなりお兄ちゃんみたいなこと言うからびっくりしちゃった」
「そっか。……いいお兄さんだね」
ずい、と健ちゃんが僕らの間に割り込んできた。
「こう兄が!?」
「そ。大したことないけど、ケガしてる弟はさすがに見逃せなかったのかも」
「へー、そういうとこもあるんだ」
「ふたりとも感想が大概だね」
冬矢がくすくす笑う。冬矢は一瞬しかこうちゃんと話したことないからそんなこと言えるんだと思う。普段のこうちゃんをもっと知ってたら僕たちの感想は大して外してないってわかるんだろうけどなー。あの時の感じがずーっと続くんだから。ものっすごい適当で軽いんだから。たまになんか妙に鋭いとこあるけど。
僕たちは冬矢の部屋に入る。しばらく来てなかったからなんだか懐かしい感じ。全然変わってない。物も増えてなくて。あ、ちょっと本棚のラインナップが違うかも。それくらいかな、モノトーンで統一された家具が相変わらず落ち着く。灰色のラグと黒のローテーブルと手前に大きめのベッ……。
しまった、勢いよく目をそらしてしまった。や、だって、これはしょうがないよね?
コートを脱ぐ仕草でごまかしたつもりだけど、果たしてごまかされてくれたかどうか。
「あっ……の、冬矢、シャワー借りてもいい?」
「ああ、うん。バスタオル出すね」
はー。
いまさらめちゃくちゃ緊張してきた。そっと後ろに手を伸ばしながら、ちょっと後悔する。慣らすとこまでうちでやってくればよかったかな。彼氏の家でシャワー浴びてるって、なんか、すごく生々しくない? この前までここは普通に友達の家のバスルームだったのに。場所は一緒なのに! そもそもがここに来てる時点で、「抱かれるために彼氏の家に来てる」わけであって……あっ響きがもうヤバイ。頭から冷水浴びたくなってくる。あーもー、言語化しなきゃよかった!
ただ、うーん。
ちらりと浴室の鏡に目をやる。シャワーの蒸気で曇って、僕の姿はぼんやりとしか映らない。これだったらなんとか見られると思うんだけど……何の凹凸もない、面白味すらない普っ通の男子の体なんだよなあ。女の子と付き合ってきたふたりが、これ、なんの抵抗もなく受け入れられるものなんだろうか。最後に一緒にお風呂入ったのっていつだっけ。今年の修学旅行、部屋にお風呂ついてたからひとりずつ入ったんだよね。すると冬矢とは中学の学校行事の1回か2回、健ちゃんともそのくらいの家族旅行が最後、か。その時はそういう目で見てないだろうからなあ……。引かれないかなあ……。
いや、でも、たとえそれが大丈夫だったとして。その、えっと、実は、その……、後ろだけでイけたことってまだなくて。ちゃんとふたりに応えられるんだろうか……。
心配ごとだらけで不安になってきた。
……いや。
違う。
不安になることなんてないよね?
そう。そうだよ。待ってるのは健ちゃんと冬矢だし。うん、なんとかなるよ。いつか来るのを待ってた日が、なんか突然来ちゃっただけだもんね。
そう思うと別の意味でドキドキしてきた。あー。まずい。期待と嬉しいのとでわけがわからなくなりそうだ。
ちょっと考えて、僕は持ってきたパジャマを着た。バスタオルで? とか一瞬思ったけど、それはちょっとアレすぎる。うう。
脱衣所から廊下へ続くドアを開けてこっそり部屋の様子を窺うと、小さな話し声が聞こえる。なんだろ。聞こえない。やっぱりやめる算段とかしてたらどうしよう。いや、ここで引っ込んでも仕方ない。ええい、行っちゃえ!
僕は出来るだけ静かに、ドキドキが聞こえちゃわないように廊下を歩いて、冬矢の部屋を覗いた。
「ごめんね、お待たせ」
ふたりはぱっと僕を見る。うっ。心臓が15センチは跳ねたな。なんかそわそわして、後ろ手で部屋のドアを閉める。
冬矢がふっと笑った。
「……脱がされるのに着てきたの?」
「ぬ、脱がされるのに着てきたの……」
頷きながら、やっぱ着てこないほうが正解だったかなぁ……とか思ってると、あれ。どうしたんだろ。健ちゃんは両手で顔を覆って天井を仰いでるし、冬矢は頭を抱えて床を見てる。えっ、僕、変なこと言った?
「あ、の、僕、なにか間違ってた?」
健ちゃんがそのままの体勢で首を振る。
「いーえ……なんにも」
「ああ……」
なんだ、なんだ。
戸惑ってると、冬矢は軽く髪をかき上げるようにして顔を上げた。健ちゃんも顔から手を外して、その手でぽんぽんとベッドを叩く。
「おいで」
「……はい」
あー。ヤバい。ふたりの間に座るだけで、もう、どうしたらいいのかわかんない。どうしよう。
冬矢が、膝の上に置いた僕の手を握る。健ちゃんが、僕の太ももを撫で、頬にキスをくれる。これ、どうしよう。どこ見てたらいいんだろう。
「蒼生……好きだよ」
「……うん」
「好き。好きだよ」
「うん」
「蒼生は今日は何もしなくていいからな。オレたちに任せて」
あー、そうなの? そっか。
たしかに、既にパニックになりかけてるからそれは助かるかも。
「そう。難しく考えないでいいからね。そのかわりひとつ約束してほしい」
「約束?」
冬矢が耳を噛む。くすぐったい。
「絶対に嘘はつかないで。全部素直に言うんだよ。痛いとか怖いとか苦しいとか気持ち悪いとか、隠しちゃダメだからね。俺たち、ちゃんと聞くから。どっちかが暴走してやめないことがあったら、殴ってでも止めるから。絶対蒼生に嫌な思いはさせないから」
そこでしゃべるのだめだって……ぞくぞくする。うん。隠さない。全部言う。ちゃんと言う。
健ちゃんは首筋に唇を寄せる。わ。
「あと、逆もちゃんと言ってくれ、な。してほしいこととか。気持ちいいこととか」
うん。言う。全部。
「……わかった」
僕がそう答えると、健ちゃんが語尾を食べる勢いで口を塞いできた。下唇を舐め上げて、上唇を吸う。うわあ。
「う、ほ、ホントに食べる気?」
「んー、いっそそうしたいくらい」
そっかー、そういう感じかー。
健ちゃんがふっと離れる。その隙を突くようにして、冬矢が割り込んできた。や、比喩じゃなくて、冬矢の舌が、僕の口の中に。わ、あ、これ、知識だけで知ってるやつだ。わわわ。僕の意思じゃない存在が口の中にあって、僕の舌に絡んできたかと思うと、上顎を舐めたり舌の下に潜り込んだりする。うわ。それがすごく気持ちよくて。あー。
そっちに気が行ってると、胸元になにか感触。健ちゃんの手が、僕のパジャマのボタンを外してる。肌に直に触れる指。あつい。それにびっくりして、僕は健ちゃんの腕に手をかけてしまった。
「……やだ?」
ぷは、と文字通り僕は息を吐く。口がようやく解放された。
「や、やだじゃない」
「恥ずかしい?」
「うーん……」
なんていうかな。誰かにボタンを外されるって、よく考えたらなかなかないんだよね。
「えっと、……特殊な感じ……?」
「あはは、特殊かー」
いい表現が見つからない。言葉を探してるうちに、ひとつずつ外されてく。ああ、委ねてるって感じがする。いつの間にか冬矢もそれに加わってて、冬矢のほうが器用なのが見えるのが面白かった。
なんて思ってるのがバレたのかな。健ちゃんがふいに首元からすくい上げるように頭の後ろを撫でてきた。…………っ。
「んっ……」
思わず声が出て、首が反った。健ちゃんが撫でたとこからまっすぐ腰に向かってぞくぞくが降りてったのがわかる。
「な、蒼生ってもしかしてここ感じる?」
「うすうすそうなんじゃないかと思ってた……。なんで知ってるの……」
「んー、なんでか知ってた」
健ちゃん、めちゃくちゃにこにこしてる。嬉しそうだなぁ。どうしてだろ。
「っあ!」
じゅ、って、冬矢が急に首筋を吸う。
あれか。僕が健ちゃんと話してたからか。……今更だけど、あれ、これ、僕、大変なことになるやつじゃない?
「……下も脱がすよ」
「う、ん」
軽く腰を上げると、左右からふたりの手が同時に腰にかかる。パジャマのズボンはするりと簡単に、下着ごと持ってかれた。あわあわしてるうちに、シャツのほうも腕から抜けて行ってた。なにこの連携。
あー。すっごい。心許ない感がものすごい。ふたりに囲まれて、僕ひとりなにも着てないって、やっぱ恥ずかしいって! しかも、見てる。めちゃくちゃじっくり見てる! ああ、もう、初めて見るわけじゃないじゃんかぁ……。
さては、本当に出来るかどうか考えてるんでしょ。そうだよなあ。
「……やっぱり、ちょっと違う?」
「? なにが?」
「男の体にこれ以上なにかするの難しいのかなって」
言うと、健ちゃんは心底不思議そうに首を傾げた。
「なんで?」
それから首に手を添えると、少しずつ滑らせながらその指を下げていく。っわ。ひぇ。くすぐ、ったい。
「綺麗だよ。特にさ、この首から背中にかけてのラインと、背中から腰に向かうこの角度と、腰からおしりにかけての滑らかな線と、おしりから脚に繋がるこの谷間と、膝の裏のくぼみと、ふくらはぎのすべらかさ、足首の形……可愛い……好き……はぁ……」
えー……。
引くでしょって聞いといてなんだけど、まさか僕のほうが引くとは。あの、恋人としての僕も戸惑ってるんだけど、幼馴染みの僕としては知ってはいけない事実を知っちゃったような。
抱え上げたふくらはぎに何度も何度もうっとりとキスをする健ちゃんを、冬矢が冷えた目で見下ろす。
「こんな変態、蒼生の側に置いとかないほうがいいんじゃないか」
「そういうおまえはどうなんだかな!」
とりあえず、それ以上脚持ち上げるのやめてもらっていいですか……。攣りそう。あと後ろに倒れ込みそう。
「俺は……そうだな。ここのラインが好きかな」
冬矢が両手で僕の腰を左右から優しく包む。うっわ。あ。背骨、の、とこ。
「体くねらせて……。ここも感じちゃう?」
「ぅあ、……か、も」
「ふふふ。可愛いね。可愛い……」
何も遮られるものがないと、直に触られると全然違う。腰から下がざわざわする。
ヤバい。既にいろいろ、なんか、ヤバい。
「あっ、あの!」
倒れそうになる上半身を後ろについた両手でなんとか支えながら、とりあえずふたりを止める。ぴたり、ふたりの動きが止まった。目線がこっちに来る。
「あの、やっぱ、僕ひとり裸なの恥ずかしいから……ふたりも脱いで」
うわー言っちゃった。
だって恥ずかしいもん! いやここから先さらに恥ずかしいんだけども! なんかふたりだけ着衣アリで余裕な感じが恥ずかしい感じがするんだもん! やむなし! だよね! すっごいやる気ある台詞には聞こえないはず! ……だよね?
いやその……その気は……あるけど。
「なるほどそりゃそーか」
健ちゃんが笑う。
「ごめんごめん」
冬矢もほっぺにキスをくれながら僕の頭を撫でる。
僕はなんとなく膝を抱えて、上を脱ぐふたりをこっそり見る。別にこっそりじゃなくていい、わかってるんだけど、……気恥ずかしい。僕こそ、体育の着替えとかで見たことあるのに、なんだこれ。どういう感情なんだ。
それにしても、うーん。
これはこれは。
僕も別にスタイルいいとは言わないけどさ。一応気を付けてはいるわけさ。しかしこうしてふたりを見ると、だ。すらりとしてる冬矢と、しっかり作り込まれてる健ちゃん。はあ、見栄えがすごいもんだなあ。健ちゃんは僕のことをあんなふうに言うけど、世間的に絶対健ちゃんのほうが評価点高いと思う。
その健ちゃんは、ズボンのベルトに手をかけながら、僕が抱えた足をそっと下ろさせると、僕の耳にひとつキスをして、親指で乳首を撫でる。ひっえ。冬矢は足首からズボンを抜いて、反対側の乳首にキスをくれる。うわ……。すると健ちゃんが指でこねた乳首をちろりと舐めてくる。
は、張り合うの、こういうとこでするのやめてぇ! ちょ、うわ、えー。
「あっ」
やば、声出た。ああ、見下ろす視界が大変なことに。胸元に健ちゃんと冬矢の整った顔が並んでて、舐めたり吸ったり、わ、あ、絵ヅラのインパクトが強すぎる! ふたりして乳首吸うのちょっと……ちょっと……。ものすごく変な感じ……。
「んー……っ」
よくわかんない感覚に体が勝手に逃げる。それはすなわち後ろってことなので、今度こそ上半身が倒れそうになる。あ、腕から力抜ける。倒れる。頭がベッドに触れたけど、衝撃はなかった。健ちゃんが肩を、冬矢が腰を抱いててくれたから。だから、倒れたっていうより寝かされた、ような。
そもそも僕、乳首自分でいじったことあんまないんだ。だって、手が足りないもん。前と後ろでいっぱいいっぱいだもん。だから、その感覚が初めてで、なんだろ、くすぐったい? いや、腰がゾクッとする感じ。それが体の内側をぐるぐる巡る。腰の奥で、胸の真ん中で、渦を巻くみたいに。……あ。そっか。わかった。これ、気持ちいいんだ。
っ。気付いた途端、今までのぞわぞわもざわざわもくすぐったいもゾクッとするのも、全部が気持ちいいんだってわかってしまった。あー。そうか。全部。
「んんっ……ん……」
わかるとダメだ。
止まんなくなる。
もっと、もっとほしくなる。
そこだけじゃなくて。
冬矢が、そこに優しいキスをくれて、それから笑う。息がかかってまたぞくりとした。
「蒼生……反応してる」
「ひゃ……っ」
指が、その、おちんちんに触れて……わー。あああ。触っちゃうんだ!
「だっ、だって……ずっと気持ちいいからぁ……」
「気持ちいいの?」
「うん……全部……」
「そっか。じゃあもう少し、気持ちいいとこ増やそうね」
穏やかで優しい声で言って、冬矢は体を起こすと、ベッドの下を探っているようだった。
増やす?
どういうこと?
戻ってきた冬矢は、取り出したなにかをベッドの上にばさりと置く。
「ちょっと冷たいかもしれない。ごめんね」
「え……ぁあっ!?」
理解するより前に、後ろの、穴のところに、ひやっと、それから、ぬるっとした感触。やさしく、やさしく指が撫でてくる。
「あっ……そこぉ……?」
わー。
くすぐられるみたいな感覚。ぞわっとして、ちょっとだけびっくりする。あんまり触られることのないとこ。ひとに触られてる。
それにしたって、こんな、ゆっくり優しくしてくれるなんて、すごく慎重にしてくれてるんだ。傷付けないようにって考えてくれてるんだ。なんか、自分でしてるのがものすごく雑だったかもって反省するくらい。
「蒼生」
健ちゃんは健ちゃんで、とっても優しいキスをくれる。僕が緊張しないようにってことだよね。嬉しい。
「痛かったら言ってね」
あやすような冬矢の言葉。ゆっくりとその指が入ってくる。あー。自分以外の指が。優しいけど躊躇いのない指が。うわ……。そこ、くちゅくちゅされると、前のほうまできゅんとする。それから、ゆっくりゆっくり時間をかけて、2本目。その間、ずっと健ちゃんがあちこち撫でてくれてる。「好きだよ」って言葉と一緒に。ああ、僕もだよ。
「気持ち悪いとか、ないかな」
「ふ……っぅん、大丈、夫……んん……」
そこまでは慣れてるから、はい。ただ、自分以外が探るのが初めてだってだけなので、はい。だけどその先は、
「ぅあぁっ!?」
!? え?
今……体が全部浮いたみたいにびりっとした。腰からおちんちんの先まで、気持ちいいとこを全部いっぺんに掴まれたような……?
「……ぇ……?」
「ここ、気持ちいいとこ?」
「あっ! や、あぁっ、あ!」
そこ、いきなりいっぱい撫でちゃだめ……っ!
知ってる。そこが何かは知ってる。気持ちいいんだって。でも、自分でそこに触ってもなんとなくぞわぞわするくらいで、こんなものなのかなって思ってた。
でも、違う! 全然ちがう……! そっか、自分ではこわごわ触ってたからか。冬矢の長い指だと容易に届くからか……!
「体、びくびくしてる。中も一緒に震えてるよ。可愛い」
「なっ、に、言って……んんぅっ」
声は優しいのにぃ……ちっとも冬矢は手を止めてくれる気配がない。
健ちゃんが、ずいっと僕の下半身のほうに身を乗り出す。
「……な。急に蒼生が反応してるけど、何があるんだ」
わ、ダメ、健ちゃん、待って。
「触ってみる?」
「……ああ」
ダメ、ダメだって!
冬矢が2本の指をぐっと広げる。
「ふぅぁ、あっ!」
その、間から。
「ひっ……!」
「このへん?」
「たぶんもう少し奥。俺の指先わかるか。そこから先の、上のほう」
「あ、感触が違う」
「……ぃっ」
ぐり、と押しつぶされる感じ。今度は完全に体が跳ねた。
ごくりと息を呑む音が聞こえた気がする。気のせいでなければ。
そして、合わせて3本になった指が、僕の中を探るように動き出す。
うわ。
あ。
健ちゃんの手が、すがるように僕のおちんちんにかかる。
えっ、それ、は。
「……ぅあっ、あ、あっ、ど、……っちも、は、……ダメ、あっ、……やっ」
待って。
待って。
これは。
ちょっと。
「ああっ、あ、いぃっあぁっ!」
マジかー。
僕は肩で息をする。
これ、あれだ。しょっぱなからハードなやつだ。初心者向けじゃないやつだ。
「うっえ……」
? 健ちゃん。
……え。ねえ。まさか。
「ごめん、蒼生、ちょっと水飲んでいい?」
「……舐めたの? 僕が……その、出したやつ?」
「だって気になるじゃん。あー、結構強烈な味すんのな。試してみる?」
「やだ自分のなんて」
「オレも自分のは嫌だけど、蒼生のならいいかなーって思って。たぶんそのうち慣れるから、初回は勘弁してくれな」
言ってペットボトルに手を伸ばす。よくチャレンジしようと思ったよね……。
ん? そのうち? 慣れるとか言った?
と、体をこっちに寄せてきた冬矢が、僕をぎゅっと抱き締めた。
「蒼生……イく時こんな声出すんだ」
あ。つい、途中で我慢するの忘れちゃったんだ。しまった。いろいろ、その……、参考資料を見てきた中で、好き嫌いって結構あるみたいだったのに。ふたりはどっちだろ。
「男が喘ぐのって変だっていう人もいるみたいだけど、……ふたりは大丈夫?」
「他の奴がどうか知らないけど、蒼生の声は最高に可愛かったよ。めちゃくちゃキた」
冬矢は僕の腕に腰を寄せる。……熱いのが触れる。どくどくしてる。ぼ、僕の声で?
健ちゃんもにやっと笑う。
「オレもオレも」
……うっわ。そ、そうなるんだー。わー。その、平常時は知ってるけど、あ、そ、そっか、そんななるんだ。うわー。
「いつも蒼生の声って気持ちいいと思ってたけどさ。こんな可愛い声も出るんだなあ。その声でもっとイイとこ教えてくれよ」
「この部屋、隣がないから、声我慢しなくていいからね」
と、とりあえず、この件で引かれることはなさそうだ。け、ど。それはそれで別の問題がありそうだな……。
ふいに健ちゃんが、僕の頭のほうに移動する。それから僕を抱き上げて、いつもみたいに後ろからぎゅっと抱き締めてくれる。健ちゃんが開けた足の間にすっぽり収まる体勢は慣れてるせいか落ち着くけど、素肌の感覚がいつもと違って不思議な感じ。あと、あの、背中っていうか。腰に。熱いのが。
健ちゃんはそれを気にせず、いやもしかしたらちょっと意識してるかもしれないけど、後ろから首筋に顔を埋めて小さいキスを繰り返したり、指で僕の手を柔らかく握ったり離したり。気持ちよくて、眠ってしまいそうな優しい動き。
そうしている間に、冬矢が小さな袋を破いて開ける。
あー。
とうとう。
なんか、嬉しいというか、感動してる。さっきのローションもそうだけど、僕とするために、ちゃんと準備しててくれたんだなって。「任せて」って言ってくれたけど、本当に僕が怖くないように、ケガしないようにしてくれてるんだ。
このひとたちを好きでよかった、と本当に思う。
健ちゃんが僕の膝の裏あたりに両手を添えて、自分のほうに引き寄せる。僕は冬矢になにも隠せない格好になる。これ、手はどこに置いておけば正解?
「これはだいぶ恥ずかしいなあ……」
「オレが見下ろす光景としてはわりと絶景だけど」
「えー」
迷って胸元で指を組むことにして、のんびり健ちゃんと普通の会話をしてると、準備を終えた冬矢が僕の前に座った。ローションを自分のに絡めて、僕のそこにも再度塗り込む。そして、そこに、熱い先を押しつける。小さく、濡れた音がした。……ぞくぞくする。
「……本当に、いい?」
「……うん」
「怖くない?」
「うーん……ちょっと怖いのと、パニックなのと、恥ずかしいので合わせて4割くらいかな」
「4割? 残りは?」
「これから僕はどうなるのかなって、わくわくしてる」
健ちゃんと冬矢が同時に笑う。
「わくわく、かあ」
「たまに蒼生って妙な好奇心発揮するよな」
なんでだろうな、それ、たまに言われる。
冬矢が僕の髪を撫でた。
「じゃ、入れるよ」
「うん」
ぐっと冬矢が力を入れる。僕は反対に息を吐いて力を抜く。ように。したんだけど。反射で力が入りそうになる、それを頑張って抜く。わ、あ。すご。広がる感じ。わ。けっこう。おっきぃ……。
「……っは……ぁ、けんちゃ、手……」
ぱたぱたと手を動かすと、健ちゃんが左手で僕の手を捕まえてくれる。だから僕は両手でその手にすがった。苦しい。でも痛くない。大丈夫。怖い。大丈夫。健ちゃんが手を握っててくれるから。
は……っ。
内臓が押しつぶされてる感じ。
大丈夫、大丈夫。
見えるのは、冬矢の顔だから。
大丈夫。
ゆっくりゆっくり冬矢が体を進めて、腰の辺りが僕の太ももの裏についた。
何だろうこの感じ。
ちょっとまだ、よく、わかんない。
冬矢もその体勢で、はあっと大きく息を吐いた。そして、そのまま止まる。僕からは目を閉じて俯く顔が見える。
「どした?」
聞いたのは健ちゃんだ。
緩やかに冬矢が目を開ける。
「……ちょっと待って。気持ちよくて動けない。……嘘だろ……こんなことあるのかよ……」
え?
「っ、蒼生、締めないで……」
「ご、ごめん無意識……っ」
だって、冬矢が僕の中で気持ちよくなってるのかなって思ったら……きゅんてしちゃったんだよ……。はあ、これ、そうか、そういうことかぁ……。
「蒼生は? 平気? 痛くない?」
「だい、じょぶ……くるし、けど、なんか……胸までいっぱいで…………嬉しい」
僕の中に冬矢がいるんだ。繋がってるんだ。そう思ったら、苦しいのが少し楽になった気がする。胸のほうがいっぱいで苦しい、かも。嬉しいので苦しい。それが嬉しい。
「そうか。じゃ、ごめんね。もう少しだけ待ってくれる? 俺も……初めてのことで混乱してて」
「うん……」
冬矢が、初めてだって言う。今までなかったことなのかな。なんか、それもちょっと嬉しいかもしれない。
「……あー、やっぱ順番譲んなきゃ良かった」
健ちゃんが腕に力を込めながら言う。
「え、何……、そういう話し合い……してたの」
「しましたね~。こいついろいろ畳みかけて来やがって、なんかよくわかんなくなってじゃあお先にどうぞってなっちまったんだよなあ。よく考えたらおかしくね?」
もしかして、さっき部屋に入ってくる前してたのはそういう話だったのかな。
冬矢がぐいっと腰を押しつけてきた。
「んぁっ」
「健太はちょっと黙っとけ。今は俺の番だ」
「んだよ、好きな子を前に童貞みたいになっちゃった冬矢くんのために間繋いどいたのに」
「うるさい。……あーおい。こっち集中。な」
「ん……」
「…………」
それで黙っちゃう健ちゃん、可愛いよね。
冬矢はゆっくりと動き出す。あ。
「っあ、……あー……んっ、……あぁ……」
あー……。抜けていくぞわぞわした感じ。入ってくる圧迫感。それが交互に訪れる。わ。急に全身がぞくぞくする。気持ちいい。波打ち際で波に遊ばれてるみたい。僕の中に冬矢がいるのに。僕のほうが包み込まれてる気分になる。ゆっくり僕を外から、中から、全部。
「……ふぅっ……あっ、んぅ、ん……」
ああ、そうか。抱かれるってこういうことなんだ。
「ぁー……」
気持ちいい。
「蒼生……好きだよ」
揺られて、揺さぶられて、溶けそう。
おなかの中、冬矢がいるところから、じわじわとせり上がってくるなにか。
きゅんきゅんする。
気持ちいい。
あー、でも、くすぶってて。
「蒼生、ちょっと背中借りる、ごめん」
ぼそりと健ちゃんが呟く。
熱いのが背中で擦れる。
背中と、おなかの中で、熱いのがこすれてる。
気持ちいい、イきたい。でも、イけない。僕はおそるおそる片手を自分のおちんちんに持ってく。
「あーっ……」
声が零れる。
気持ちいい。気持ちいい。
「や、だめ、あ、……っも、ぉ、イッちゃうぅ……」
「可愛い……いいよ。ほら。イッて」
「…………っは、ぁあっ!」
ああ、くらくらする。
余裕なくてわかんなかったけど、抜けてく感じで、冬矢も僕の中でイッてくれたんだなあってわかる。あと背中に熱いのが流れ落ちてる感じがする。
こ、こんな体力使うんだあ……。
気持ちよくて動けないのも確かなんだけど、純粋に疲れて動けないっていうのもある。
あ。冬矢と目が合った。
ふっと笑って、キスをひとつくれる。
えへへ。
「蒼生ぃ」
おっと、今度は健ちゃんが張り合ってくる番?
続けて何か言ってくるかなと思ったんだけど、健ちゃんは黙って僕を膝立ちにさせると、両手をベッドにつかせてきて。や、あの、腕も膝もぷるぷるしちゃって、ちゃんと体勢保ってられないんだけど、その前に、え、休憩時間とかそういうのなし!?
「えっと、健ちゃん、あの」
「あー、腕しんどい? それじゃ」
後ろから僕の両腕を掴むと、目の前にいる冬矢の両肩に乗っける。え? 冬矢に抱きつく格好になるけど、え?
冬矢は健ちゃんを呆れた目で見て、それから何事もなかったように僕にキスをした。いやいや。いやいやいや。
後ろでぱちんと音がする。ああ、ゴム着けてくれたなーって、そういうことじゃない。
ちょっと! サッカー選手! ハーフタイムはどうしたの!
「お邪魔しまーす」
や、待っ……。
「あぁっ」
ぬるりといきなり入ってくる。さっきの今だから、わりとすんなり、あー、けっこう、深く入ってきた、かも。
あ。
わ。
これ、
違うとこ当たる。
「あー……気持ちい……あったけぇ……」
健ちゃんの息が首筋にかかる。
「やば……。蒼生……好き……」
「あっ、あ、待ってぇ……」
「……マジ、だめかも。ごめん。もー少し動いていい?」
「えぇ……い、いけど……ぅあっ!?」
がつん、とぶつかられた感じ。
実際そんな音を立てるような器官はないと思うんだけど、なんか、そんな感じがした。
目の前がちかちかする。
僕は必死に冬矢の首にすがりつく。
やっ……。
早……ぃ。
「あっ、あっ、ん、んぅっ、あ、け、ん、ちゃ……あぁっ」
これ、当たる。
時々、さっきのとこに、当たる。
「ごめん、我慢できない、ごめんっ」
あー……。
耳元で、冬矢が息を吐く。
「だろうと思ったよ。だからおまえを後にしたんだ」
はは……、健ちゃんも完全に冬矢に読まれちゃってるじゃん。
強く突かれて、健ちゃんの動きに翻弄されるしかない僕の頭を冬矢は優しく撫でる。それから反対の手で乳首をゆっくりこねる。
うわ。
え。
後ろから健ちゃんに激しくされて、前から冬矢に優しくされて、脳がぐちゃぐちゃになる。
どっちのテンポについていけばいいのかわかんない。
たぶん僕の本能も戸惑ってる。
どうしたらいいの。
わかんない。
きもちぃ。
ぜんぶがきもちぃ。
あたまのなかで、ぱちぱちと火花が散る。
冬矢の甘い声。
「……蒼生。気持ちいいね」
ぅん。
そうなの。
ぜんぶなの。
なのに。
「っ、とぉや……ごめ、ぼくっ、中だけ、じゃっ、イけない、のっ」
「ん、わかった」
頭にあった手が、すっと下に伸びるのが見えた気がする。
……あっ。
え。
そこも、優しく触るのっ?
あー、バラバラになっちゃう!
前と後ろで僕がバラバラになる!
だめ、
きもちいぃ……っ。
健ちゃんと冬矢が、僕の耳元に顔を寄せる。
「……蒼生」
「……蒼生」
ここで、ステレオは、ずるい。
1対2ってこういうことかぁ、と思いながら、僕は意識を手放した。
ふうっと呼び戻されるように目が覚めた。
部屋の中は明るかったけど、電気の明るさじゃない。電気は消えてて、外が明るいんだなあ。あれ、天井、角度が違う。僕の部屋じゃない。
あと体がものすごく重い。疲れ果てた翌日の朝みたいな。
……ん?
本当に重い。
左から伸びた手が僕の右肩を抱いてて、右から伸びた手が左の腰を抱いてる。僕はなにも着てなくて、
はっとして頭を巡らせる。
左には冬矢の顔があって、右には健ちゃんの顔。ふたりともぐっすり眠ってる。
……夢じゃなかったんだ。
そっか。
僕は昨夜、ふたりに抱かれたんだ。
いっぱい「好き」を伝えてもらったんだ。
天井が急に歪む。
頬に熱い筋が流れる。
そっか。
そうなんだ。
僕が顔を覆った気配で気付かれちゃったかな。健ちゃんがもぞもぞと動いた。
「……蒼生。っ、蒼生?」
がばっと起きる。
やば、止めなくちゃ。
反対側でも冬矢が体を起こす気配。
「蒼生? どうした? どこか痛い?」
「無理させちゃった? 気分悪い?」
僕は必死に首を振る。
「違う。違うよ。目が覚めたら、健ちゃんと冬矢がいて……こんな幸せな気持ちで目覚める朝があるんだって思ったら、嬉しくて……」
健ちゃんが僕の頬を、冬矢が頭を撫でてくれる。
優しい手。
嬉しい。
苦しいほど嬉しい。
「あー……ありがとう。本当に、ふたりを好きになってよかった」
こんな気持ち、味わえないと思ってた。
というか、そんなの絵空事だろうって思ってた。
でもあるんだなあ。
そして、僕がそれを味わっていいんだなあ。
それがどうしようもなく嬉しい。
…………。
ん?
なんだ。
なんの沈黙だ?
僕はおそるおそる顔を覆った手を離す。僕の上では健ちゃんと冬矢が顔を見合わせてた。
「え?」
首を傾げると、ふたりは僕よりもおそるおそるって表現が似合うくらいゆっくりと僕を見た。
「今、なんて言った?」
「へ? 今? 僕? なんかおかしいこと言った?」
「好きとか言わなかったか」
「言ったけど……」
あれ?
なんかおかしいぞ。
「な、蒼生、オレのこと好きなの? 幼馴染みとして?」
「え? いや、恋人として好きだけど……え?」
「俺を友達として見てるんじゃない好きで間違いない?」
「友達としても好きだけど、えっ、好きだよ。えっちしたいほど好きだったからしたんだけど、あれ?」
……んん?
「もしかして、僕、言ってない?」
「言ってない!」
「聞いてないよ」
えっ。
マジか!
「うっわー……、ご、ごめん。言ったつもりでいた……」
「い、いつから?」
「いつからっていうか……あの、告白されたじゃない? それで、その晩、じっくり考えてみたんだけどね、あれ~僕そもそもふたりのこと好きだな? ってなって……」
ああっ。
また健ちゃんが仰のいて、冬矢が頭抱えて、昨日と同じかっこになってる!
「わー、ごめんってば!」
「……やっぱり蒼生には全部こっちの手の内見せた上で全部気持ち吐かせるしかないな」
「言う! これからはちゃんと言うから!」
「頼むわ……オレ蒼生に好かれてないんだと思ってけっこう空回りしたわー」
「ああっ、好き! 健ちゃんのこと大好き! 冬矢のこと大好きだよ!」
うう。
心配させたし苦労かけちゃったんだな。
よし、ちゃんと言う。
好き、ってちゃんと言おう。
健ちゃんは拗ねたように僕を見る。
「……じゃあ、蒼生からちゅーして。今度は頬じゃなくて」
「うん。……あの、起こして」
言うと、堪えきれないように吹き出す。……だいぶ健ちゃんのせいなんですけどね。
だけど健ちゃんは素直に僕を起こしてくれた。っ、つぅっ。わー、腰が悲鳴をあげてる。体は重いし腰は痛いし。なんていうか、その、あの、えーと、……広がったとこがズキズキして違和感があるし。まあ、これも幸せの付随品だと思えばなんてことないけど。
僕は起こされた勢いを借りて、健ちゃんにキスをする。ふふ。
冬矢が肩を叩くので、冬矢にも。へへ。
あー。
好き。
あ、いけない。
「……好き」
ふたりがとろけるように、笑った。
「でも、本当に大丈夫? 体痛くない?」
「疲労感すごいしあちこちまあまあ痛いけど、それより満たされてる感じがしててそっちでいっぱいだから……総合的には大丈夫」
「なんだそりゃ」
「ははっ、今日はゆっくり横になってな」
両方から手が伸びて、頭を撫でてくれる。んー。至福。
健ちゃんはベッドから起き上がり、ぐーっと両腕を伸ばした。
「とはいえ腹減ったなあ」
あ、そうか。
「夕飯食べてないもんね」
「なんかもうそれどころじゃなかったからなー。とりあえずなんか買ってこようか」
「僕も行……ったたた」
「だから蒼生は無理すんな。オレが行ってくるよ」
「おまえは体力余ってそうだな」
「おお、あのくらいじゃ全然響かねえ。なんだったら今からでもまだ出来るけど?」
「待って僕がもたないから。今度にして」
「今度。よし、言質取ったわ。今度な」
「……ひぇ」
昨夜僕たちは大きな壁を乗り越えた。
でも、やりとりは変わらない。
ふふっ。
嬉しいな。
ああ、だけど反省点もある。途中から気持ちよくなりすぎてよくわかんなくなっちゃって、記憶が若干飛んでるところがある。せっかく気持ちよくしてもらってるのに覚えてないなんてもったいないことを! 次からは意識ちゃんと保とう。うん。
「でもさっきはびっくりしたなー、蒼生が泣いたの初めて見た」
うっ。
お見苦しいところをお見せしまして……。
「でもおまえ小さい頃から蒼生といるんだろ」
「んー、記憶にないほどちっちゃい頃はわかんないけどな。物心ついてからは初めてじゃないかな」
うう。僕は気恥ずかしくて両手を組む。
「人前では絶対泣かないようにしてたから……。僕もまさか泣いちゃうとは思わなかった」
すると冬矢が不穏な顔でにっこり優しく笑う。
わー! 表情ひとつで矛盾出してくるのやめてぇ! 怖いからぁ!
「そうか。じゃあこれからは素直に泣けるようにしてあげるからね」
ひえぇ。
いろんな意味含めてるように聞こえるの、気のせい?
気のせいだよね?
冬矢は今度はちゃんと優しく笑う。
「……また俺たちとえっちしてくれる?」
「……うん。またしてね……」
ふたりとも、嬉しそうに笑うんだもなぁ。
ふふ。
僕も、嬉しい。
いや、ちょっとだけ根拠はあったかな。こんなことふたりには言えないんだけど、ひとりで電車乗ってる頃って時々なんか触ってくる人とかいたんだよね。ほとんどはそれだけだったから気にしてなかったけど。面倒だったし。男の僕なんか触って何か楽しいんだろうか、ってずっと疑問に思うくらいで。だから、そういうのも平気だと思ってたんだ。なんていうかな、ショックを受けた自分自身がちょっとショックだった。
でも、もう大丈夫。腹立つし気持ち悪いけど落ち着いた。
なのに今僕は、学校の旧棟にある自販機の隣にあるベンチで、健ちゃんの足の間に座って後ろから抱き締められてるうえ、汚れたとことか少し傷になったとこを濡れたタオルやハンカチで冬矢に丁寧に拭かれてる。大丈夫なのに。ふたりとも有無を言わせてくれなかった。
「あのさ……ふたりとも、“大丈夫?”って聞かないね」
真っ先にそう聞かれるんじゃないかと思ったけど。健ちゃんも冬矢もそれを口にはしなかった。冬矢はぴたっと手を止め、息を吐いて自販機で買ったばかりの冷たいお茶のペットボトルを僕に渡してくれた。
……開かない。
あれっ? え? 手に力が入らない。
「大丈夫じゃないのがわかってるのにそんなこと聞かないよ」
そうなのか……。僕は大丈夫じゃないのか。
冬矢は僕の手からペットボトルを取ると、蓋を軽く握って捻る。するとそれは簡単に開いた。
「はい。まずは冷たいのでさっぱりするといいよ」
「うん……」
ひとくち飲むと、水分が染み渡る感じがする。もしかして喉が渇いてたのかもしれない。一息つくまで飲んじゃおうと傾けたペットボトルは、一気に半分がなくなった。
冷静になってよく思い返してみるとさ。あいつ、思い付きだったんじゃないかなって思う。だって男の上半身脱がす必要ないよね。用があるとこだけ脱がせばいいのに。それに扉だって外から簡単に開けられた。計画性ゼロって感じだ。たしかに、健ちゃんたちのことは想定外だっただろうけど、それにしても行き当たりばったりって感じがする。目的がぶれてるって言うか。だから、そんなに危なくなかったんじゃないかって思うんだ。
……うーん。沈黙が下りて、少し焦る。こういう、どんよりした空気、得意じゃない。明るくしなきゃ。ええと。
「でも、あの、怖かったけど、その、あちこち……触られたくらいで、結局何もされてないみたいなもんだし」
健ちゃんが、少し力の抜けた僕の肩に額を擦りつける。
「触られたんだろ。大丈夫なはずないじゃん。蒼生、人に触られるの嫌いなんだから」
え?
僕は真横にある健ちゃんの顔を覗き込む。
「そうだっけ?」
「誰かが触ろうとするとさりげなく逃げるだろ。手が触れるとやんわり押し返したりしてさ。ちっちゃい頃からずーっとそうだったじゃんか」
「え?」
「え?」
「……だって僕、健ちゃんにはずっと触られてたよ?」
「それはオレだから平気だっただけだよ」
「そうなの?」
「そうだよ。そっかあ、あれ、自覚なかったんだ」
知らなかった。はー……そうだったのか。僕をずっと見ててくれてた健ちゃんがそう言うんだから、そうなんだろう。
ああ、だからこんなに体中あちこち気持ち悪いんだ。なるほど。
「……それにね、蒼生。押し倒されて触られたなんて、それだけでもう被害者なんだよ」
冬矢が僕の頭を撫でる。さっきから、冬矢はこうして少しずつ僕に触れる。なだめるような、言い聞かせるような手のひら。僕は申し訳ない気持ちでいっぱいになる。
ぱっと突然手を離した冬矢は、天井を仰いで腕を組んだ。
「それにしても、蒼生に近付く女子は警戒してたけど……。こうなってくると全方位に注意が必要だな」
「ああ。どこで目ぇ付けられたんだろうな。……思い出したくなかったらごめんな、蒼生、あいつ誰だか知ってる?」
「えっと、名前は知らない。同じ図書委員に3年の橋本さんって先輩がいるんだけど、その人の友達ってくらいしか。何回か話しかけられたことはあるけど、それ以上は特に何もなかったよ」
「それで俺たちのことは知らなかったのか」
たしかに、普段の僕を知ってる人だったら、僕の側にいつもいてくれるふたりのことを知らないはずがない。対して委員会ではひとりで行動することが多いから、そこでの僕しか知らないなら人の気配のないところに呼び出せば誰にも見つからないと思うだろう。下駄箱に適当にメッセージ置いたり鍵に無頓着だったり、呼び出しがあんなにザルだったのはそのせいだったんだ。つくづく、情報に無頓着なうえ短気な人で助かった。
はあ。
「だけど、呼び出されるのって色恋目的としか思ってこなかったから、そういう対象として見られることもあるんだっていうのはびっくりした」
そうだよなあ。そういうこともあるんだよなあ。自分にはまったく無関係だと思ってたけど。そうか、誰でもいいって考える人もいるのか。
…………ん?
ふたりが考え込むように止まってる。
「冬矢? 健ちゃん?」
「えーと……相手が男だったっつうことは蒼生にとって驚くポイントではなかった?」
「うん。告白自体は、男の子からされることもあったし」
「最近?」
「中2くらいから、時々」
「しかも、時々ってことは、単発じゃねえのか」
「なるほどな……」
ふたりはますます難しい顔をする。やだな、そんな顔。でも、ほら、こんなことになるのってレアケースだと思うし……とは言えない雰囲気。どうしよう。何を言ったらいいのかが全然わかんない。
冬矢と目が合った。僕が言葉を探してるのに気付いたのか、少し困ったように笑う。それから、腰を落として僕を真正面から見た。
「蒼生。これから、誰かから呼び出されたりしたら、……どんな些細な呼び出しでも、必ず俺か健太に連絡を入れてほしい。一言でもいいから」
「……え」
そんな、大げさな。
冬矢は健ちゃんに目線を合わせた。
「俺たちのほうでも十分注意しよう。あいつの動向も気になる。ああいう短絡的な奴は逆恨みしかねないからな」
「だな。出来るだけ蒼生をひとりにしないほうがいいと思う」
「ちょっ……そんな、迷惑かけられないよ、僕は平気だから」
「蒼生」
健ちゃんが僕の言葉を遮る。そしてまた腕に力を籠めた。痛い。
「わかってくれ、な。今、オレ、おまえのこと一瞬たりとも離せないんだ」
……あ。
小さく震える指先に、僕はその時ようやく気が付いた。
そっか。
怖かったのは僕だけじゃない。健ちゃんも怖かったんだ。たぶん、冬矢も。
あのまま、諦めたまま最後までさせちゃってたら、僕以上にふたりを傷付けることになってたんだ。
ああ、僕、無神経だったな。
しばらくして、健ちゃんが大きく息を吸った。
「……で。どうすんだ」
「俺の家、今日誰もいないから」
「そういやそんなこと言ってたな」
もう一度冬矢は僕の頭にゆっくり手を乗せる。
「どうする? 蒼生。このままうちに来る?」
ドキッとした。そうだ。上書きしてほしい、って言ったのは僕だ。それってつまり、そういうことだ。
あの場の雰囲気も手伝ってつい頷いたけど、今更ちょっと頭の中が騒ぎになる。そう、頷いたんだよなあ。頷いたんだよ。
それでもどこかで冷静な僕もいて、何度も頭の中で繰り返した準備の手順がくるくる再生される。
「えっと、あの、とりあえず着替えたい……」
なんとなく、はっきりそうとは言えなくて、僕はそんな言い訳をする。冬矢は疑う様子もなく、わかった、と言った。それから顔を上げて健ちゃんを見る。
「俺は先に帰って支度しておくから、おまえは」
「ん、蒼生と一緒に行くわ」
えっ。
「待っててもらうの悪いよ」
咄嗟にそれが口から出た。冬矢の強い目が僕を捉える。
「だめ。健太とおいで。ね?」
……ああ、また、僕は。
どうしてこんなに上手に立ち回れないんだろ。
ふたりが僕のことを本当はどう思ってるかわからないから、僕が逆の立場だったらと想像してみる。健ちゃんが、冬矢が、誰かに傷つけられたとしたら。……考えるだけで怖いし、怒りで頭がいっぱいになるし、許せないし、つらい。何より守れなかった自分が一番許せないと思う。僕は自分なんて死んだら死んだでそれだけの話だと思ってたけど、そんなこと思われてたら、……怒るな。ふざけんなって思う。僕を置いてく気か、って。もしかしたら本当にふたりは僕に対してそう思ってるのかもしれない。考えすぎかもしれないけど。
…………あれ。なんだろう。前にこんな話、誰かと……?
いや、とにかく、僕には反省することが多すぎる。叱られて当然のことを考えすぎてた気がする。自分勝手だった。ちゃんと僕は自分と向き合わなきゃいけない、きっとそうなんだ。
健ちゃんが静かに息を吸って、後ろから僕の両手を優しく握った。
それから、
「蒼生っ」
いつもの、明るい声。
「それにさ、だってさ、オレ、冬矢ん家知らねえもん。蒼生が連れてってくれないと、絶対こいつ家なんか教えてくれないだろ。平気で違う住所とか教えそうじゃね?」
「よくわかったな」
「だろうな!」
…………ふふ。
たしかに。
「……なんかそれ、想像できる」
思わず笑った僕に、明らかに健ちゃんと冬矢が表情を緩めた。
そうだね。
僕はふたりともちゃんと向き合わなくちゃ。
「……助けてくれて、ありがとう」
ああ。つかえてた言葉が、やっと、言えた。
笑顔が、返ってくる。
家までは健ちゃんが送ってくれた。3人で電車に乗って、冬矢と分かれて見慣れた道を歩いて。ふたりとも、普段通りのなんてことない会話を、たぶん意識してしてくれてたと思う。
僕は大きく息を吐く。家の中はとても静かだった。お母さんのスリッパが玄関に置いてあったから、多分買い物にでも行ってるんだろう。お父さんは仕事だし、こうちゃんもみどりちゃんも大学に行ってる時間のはずだ。はー、よかった。さすがにあんなことがあった後で、家族と顔合わせるのはなんとなく嫌だった。なんなんだろうな、この気持ち。
コートと外したままだったネクタイをリビングのハンガーにかけて、洗面所に行く。……鏡に映った自分の姿にぞっとした。シャツのボタンが引きちぎられてるのが着てるブレザーの間からもはっきりわかって、ひどくボロボロだ。腹立つ。なんだよこれ。
深呼吸して、まずはブレザーを脱ぐ。一通り確認したけど、破れたりほつれたりしてるところはなさそうかな。だけど砂と白線の粉ですごく汚れてる。ちょっとはたいたくらいじゃ全然取れない。ズボンも汚れてるし、これはクリーニングに出さなきゃダメだろうなあ。お小遣いを追加でもらうにしても理由が必要だから、ちゃんと謝って、お母さんに出してもらうしかない。こんなに汚して、怒られるだろうな。どうしてこんなにしちゃったの、って。……はー。襲われたうえに説教? ああ、気が重い。
シャツは……うーん。ボタンを付け直せば着られなくもないのかな。もったいないし。……いや、やっぱやだ。引き攣れた跡なんか、見るたびに思い出しそうだもん。捨てよう。いらない。見たくない。僕は脱いだそれを出来るだけ強く床に投げ捨てた。残ったボタンが床に当たってかちりと鳴る。あとでちゃんと捨てるから、今だけは放置しておきたい。
そこに。とんとん、と階段を下りる音が聞こえてきた。
「蒼生? 帰ってるのか?」
!?
え……っ、この声、こうちゃん?
「蒼生?」
廊下からこうちゃんがひょこりと顔を出した。
「どうしたんだよ、珍しいな、ただいまも言わな……どうした?」
ヤバい。なんて言おう。理由。なんて。
こうちゃんは不審げな顔をして洗面所に入ってくる。どうしよう。
「制服すげえ汚れてるじゃん。取っ組み合いのケンカでもしたんか」
あー、それ。それだ。僕は洗面台に置いたブレザーに目を落とす。
「えっと、うん、そんなとこ。どっちかっていうと一方的に絡まれちゃった感じ。校庭だったから砂とか色々汚れちゃって、あの、泥とかもついちゃったから、クリーニングに出してもらおうかなって思って」
「へえ。そっか」
「それと、これから冬矢の家で試験勉強する約束してて、出かけなくちゃいけなくて、お母さん買い物だよね、後からちゃんと説明するから」
それから、えっと、えっと。
こうちゃんは僕の顔を覗き込もうとする。僕は反対側の棚に視線を逃がした。
「ケガは?」
「だっ、大丈夫……」
「首のとこちょっと血ぃ出てるな。手擦りむいてるのと、手首赤くなってんな」
「あー……」
長袖だったから気付かなかった。たぶん僕は無意識に隠そうとしたのかな、とっさに握ったら、じんじん痛い。
さらにこうちゃんは投げ捨てたシャツを拾い上げる。
「これは?」
「っと、あの、どさくさで破けちゃったから捨てようかなって」
「…………」
ちょ……っ、なんで黙るの。こうちゃんいつも延々おしゃべりしてるじゃん。へらへら笑ってるのがこうちゃんじゃん。怖い怖い。いつもの軽口どこやったの。何その真面目な顔。
「蒼生」
「なっ、何」
「まさかとは思うけど、……“ケンカ”の相手は健太と冬矢くんだったりしないよな?」
「っ! 違うよ! 健ちゃんと冬矢は僕を助けてくれたんだよ!」
びっくりした。そんなことあるわけがない。
ふうん、とこうちゃんは呟く。
「……こうちゃん?」
「うん。なるほど、わかった。んで、その勉強会は、泊まりか」
「あ……うん」
「了解。泊りの件はオレから言っとくし、クリーニングもシャツの処分も全部やっといてやるから、おまえは気にしないで慰めてもらいに行きな」
え?
「制服、スペアあんだろ?」
「あ、ある。でも」
「いいから。そんな今にも倒れそうな顔見たら、健太のほうが倒れそうだな。なにしてんだ、支度あるんだろ、ほら」
僕の制服を拾い集めながら、こうちゃんが笑う。……どうしよう、こうちゃんがお兄ちゃんみたいなこと言う。天変地異の前触れ?
とりあえず家で出来る準備はした。
鞄には着替えとか諸々を放り込んだ。
よし。
…………。
玄関で靴を履いて、ドアに手を伸ばすまでは何でもなかったのに、そこで手が止まった。
え、なんで? 頭の中に、見下ろしてくる男のシルエットがぱっと浮かんで、体が勝手に固まった。早く行きたいのに。動きたいのに。ドアを開けてあいつがいたらどうしよう。いや、そんなわけない。でも、もしかしたら家を知られてるかもしれない。健ちゃんのこと知らない奴が家知ってるわけないじゃん。だけど後をつけられたことがないって断言できる?
なんだこれ。なんだこれ。
怖いのか、僕は。
気付いてしまうと、急にドアの外に出るのがはっきり怖くなった。絶対そんなわけないと思う自分とそれを否定する自分がいて、頭の中がぐっちゃぐちゃだ。
僕は携帯電話を取り出す。ドアの前で足がすくむ時、僕のメッセージは決まってた。何度か送ったことがある。
──ごめんね。今日は行けません
…………。
ふたりは許してくれるはずだ。わかった、って言ってくれるはずだ。でも。
でも。
書きかけたメッセージを消して、受話器のマークを、叩く。
ちょっとの沈黙のあと、コールが2回目を数え終わる前にぶつっと音がした。
『蒼生っ!? どした? なんかあった?』
電話越しの健ちゃんの声。
「あっ……あのね、ごめんね、あの、…………けんちゃ……迎えに来て」
『おお。わかった!』
ばさって音。それからがさがさ、がたっ、ごとん、がちゃ、たくさん音がする。僕は電話を耳に押し当てて、それを聞いてる。やがてそれはドアの外の音と一緒になった。
『蒼生、着いたよ。大丈夫。開けて』
がたがたの指で、鍵を開ける。健ちゃんは自分でドアを開けないと思ったし、実際そうだった。僕がなんとか開けると、ひらひら手を振りながら健ちゃんが笑ってた。そして中に入りながらきりっと真面目な顔をして、ドアが閉まると照れたようにまた笑う。
「……百面相してる」
「んー。隣のオレを呼ぶほど怖かったんだなって申し訳ない気持ちと、“迎えに来て”がめっちゃ可愛かったなあって気持ちが戦ってる。あー、可愛いが勝ちそう」
「それはよくわかんないんだけど、でも、わがまま言ってごめんね」
「何言ってんだ、蒼生のわがまま聞けるなんてご褒美だよ!」
やっぱり何言ってるのかよくわかんない。
だけどさ。ひとりでやらなくちゃ、迷惑かけちゃだめだ、ってずっと思ってた。なのにそれが逆に迷惑をかけることもあるってわかったから。自分で無理だって思ったら、助けてって言ってみる努力をしようと思った。負担になって本当にごめん。そう思ってたんだよ。……それがこんなに喜ばれるなんて思わなかったけど。
なんだろ、僕、健ちゃんのこともよくわかってなかったのかもしれない。僕が起こす行動で本当に喜んでくれるんだ、これは本当なんだ、って自覚しよう。もしかしたら本当にただの自惚れなのかもしれないけど。
「健ちゃん、ついでにもう1個わがまま言っていい?」
「ん、なんでも言って」
「……ぎゅってして」
「! なんだよもう~、そんなのわがままでもなんでもないじゃん!」
嬉しそうに、健ちゃんは僕のことをぎゅっと抱き締めた。やっぱ痛い。
その手の強さを感じながら、僕は大きく深呼吸する。
うん。……よし! もう大丈夫! 切り替えた! あんなどうでもいい奴のことなんてもうほんとにどうでもいい。僕は今何を考えてる? 頭の中にある感情はなに? うん。そう。僕は健ちゃんのことが好き。冬矢のことが好き。それだけだ。それだけで十分だ!
僕は健ちゃんを見上げる。
「ありがと。それじゃあ、行こ」
まあね。そうすると今度は何のために出かけるのかを意識しちゃって、そっちでパニックになりそうなんだけど。
チャイムを鳴らすと、ほとんど間を置かずにドアが開いた。
「いらっしゃい」
冬矢が穏やかな笑顔で迎えてくれる。嬉しい。
「お待たせしました」
「ううん、気にしないで。気持ちの整理も必要だったろ」
にこにこの冬矢は、僕が入ったドアをそのまま閉めようとする。がしっとそれを止めたのはまだ外にいた健ちゃんだ。
「……なに締めだそうとしてくれてんだよ」
「ここに来ずに蒼生とふたりきりになってやろうなんて一瞬でも思った奴を家に上げる義理はないからな」
「えっ、なんでバレてんの!?」
「やっぱりな」
「あっ」
ふふっ。冬矢はいかにもやむを得ない、といった表情をして健ちゃんを迎え入れる。この軽いやりとり、ほんと好きになってきたなあ。
廊下にあがると、冬矢は僕の肩を優しく抱える。
「あれから気分はどう?」
「うん、もう平気」
「気持ち悪いのもなくなった?」
「なんかいっそさっぱりした気分だから大丈夫」
「制服も汚れちゃったよね」
「そう、酷かった。とりあえず兄がクリーニングに出してくれるって」
「兄……紅輝さん?」
「うん。シャツはもう破れちゃってるから、そっちは捨てとくって言ってくれた。いきなりお兄ちゃんみたいなこと言うからびっくりしちゃった」
「そっか。……いいお兄さんだね」
ずい、と健ちゃんが僕らの間に割り込んできた。
「こう兄が!?」
「そ。大したことないけど、ケガしてる弟はさすがに見逃せなかったのかも」
「へー、そういうとこもあるんだ」
「ふたりとも感想が大概だね」
冬矢がくすくす笑う。冬矢は一瞬しかこうちゃんと話したことないからそんなこと言えるんだと思う。普段のこうちゃんをもっと知ってたら僕たちの感想は大して外してないってわかるんだろうけどなー。あの時の感じがずーっと続くんだから。ものっすごい適当で軽いんだから。たまになんか妙に鋭いとこあるけど。
僕たちは冬矢の部屋に入る。しばらく来てなかったからなんだか懐かしい感じ。全然変わってない。物も増えてなくて。あ、ちょっと本棚のラインナップが違うかも。それくらいかな、モノトーンで統一された家具が相変わらず落ち着く。灰色のラグと黒のローテーブルと手前に大きめのベッ……。
しまった、勢いよく目をそらしてしまった。や、だって、これはしょうがないよね?
コートを脱ぐ仕草でごまかしたつもりだけど、果たしてごまかされてくれたかどうか。
「あっ……の、冬矢、シャワー借りてもいい?」
「ああ、うん。バスタオル出すね」
はー。
いまさらめちゃくちゃ緊張してきた。そっと後ろに手を伸ばしながら、ちょっと後悔する。慣らすとこまでうちでやってくればよかったかな。彼氏の家でシャワー浴びてるって、なんか、すごく生々しくない? この前までここは普通に友達の家のバスルームだったのに。場所は一緒なのに! そもそもがここに来てる時点で、「抱かれるために彼氏の家に来てる」わけであって……あっ響きがもうヤバイ。頭から冷水浴びたくなってくる。あーもー、言語化しなきゃよかった!
ただ、うーん。
ちらりと浴室の鏡に目をやる。シャワーの蒸気で曇って、僕の姿はぼんやりとしか映らない。これだったらなんとか見られると思うんだけど……何の凹凸もない、面白味すらない普っ通の男子の体なんだよなあ。女の子と付き合ってきたふたりが、これ、なんの抵抗もなく受け入れられるものなんだろうか。最後に一緒にお風呂入ったのっていつだっけ。今年の修学旅行、部屋にお風呂ついてたからひとりずつ入ったんだよね。すると冬矢とは中学の学校行事の1回か2回、健ちゃんともそのくらいの家族旅行が最後、か。その時はそういう目で見てないだろうからなあ……。引かれないかなあ……。
いや、でも、たとえそれが大丈夫だったとして。その、えっと、実は、その……、後ろだけでイけたことってまだなくて。ちゃんとふたりに応えられるんだろうか……。
心配ごとだらけで不安になってきた。
……いや。
違う。
不安になることなんてないよね?
そう。そうだよ。待ってるのは健ちゃんと冬矢だし。うん、なんとかなるよ。いつか来るのを待ってた日が、なんか突然来ちゃっただけだもんね。
そう思うと別の意味でドキドキしてきた。あー。まずい。期待と嬉しいのとでわけがわからなくなりそうだ。
ちょっと考えて、僕は持ってきたパジャマを着た。バスタオルで? とか一瞬思ったけど、それはちょっとアレすぎる。うう。
脱衣所から廊下へ続くドアを開けてこっそり部屋の様子を窺うと、小さな話し声が聞こえる。なんだろ。聞こえない。やっぱりやめる算段とかしてたらどうしよう。いや、ここで引っ込んでも仕方ない。ええい、行っちゃえ!
僕は出来るだけ静かに、ドキドキが聞こえちゃわないように廊下を歩いて、冬矢の部屋を覗いた。
「ごめんね、お待たせ」
ふたりはぱっと僕を見る。うっ。心臓が15センチは跳ねたな。なんかそわそわして、後ろ手で部屋のドアを閉める。
冬矢がふっと笑った。
「……脱がされるのに着てきたの?」
「ぬ、脱がされるのに着てきたの……」
頷きながら、やっぱ着てこないほうが正解だったかなぁ……とか思ってると、あれ。どうしたんだろ。健ちゃんは両手で顔を覆って天井を仰いでるし、冬矢は頭を抱えて床を見てる。えっ、僕、変なこと言った?
「あ、の、僕、なにか間違ってた?」
健ちゃんがそのままの体勢で首を振る。
「いーえ……なんにも」
「ああ……」
なんだ、なんだ。
戸惑ってると、冬矢は軽く髪をかき上げるようにして顔を上げた。健ちゃんも顔から手を外して、その手でぽんぽんとベッドを叩く。
「おいで」
「……はい」
あー。ヤバい。ふたりの間に座るだけで、もう、どうしたらいいのかわかんない。どうしよう。
冬矢が、膝の上に置いた僕の手を握る。健ちゃんが、僕の太ももを撫で、頬にキスをくれる。これ、どうしよう。どこ見てたらいいんだろう。
「蒼生……好きだよ」
「……うん」
「好き。好きだよ」
「うん」
「蒼生は今日は何もしなくていいからな。オレたちに任せて」
あー、そうなの? そっか。
たしかに、既にパニックになりかけてるからそれは助かるかも。
「そう。難しく考えないでいいからね。そのかわりひとつ約束してほしい」
「約束?」
冬矢が耳を噛む。くすぐったい。
「絶対に嘘はつかないで。全部素直に言うんだよ。痛いとか怖いとか苦しいとか気持ち悪いとか、隠しちゃダメだからね。俺たち、ちゃんと聞くから。どっちかが暴走してやめないことがあったら、殴ってでも止めるから。絶対蒼生に嫌な思いはさせないから」
そこでしゃべるのだめだって……ぞくぞくする。うん。隠さない。全部言う。ちゃんと言う。
健ちゃんは首筋に唇を寄せる。わ。
「あと、逆もちゃんと言ってくれ、な。してほしいこととか。気持ちいいこととか」
うん。言う。全部。
「……わかった」
僕がそう答えると、健ちゃんが語尾を食べる勢いで口を塞いできた。下唇を舐め上げて、上唇を吸う。うわあ。
「う、ほ、ホントに食べる気?」
「んー、いっそそうしたいくらい」
そっかー、そういう感じかー。
健ちゃんがふっと離れる。その隙を突くようにして、冬矢が割り込んできた。や、比喩じゃなくて、冬矢の舌が、僕の口の中に。わ、あ、これ、知識だけで知ってるやつだ。わわわ。僕の意思じゃない存在が口の中にあって、僕の舌に絡んできたかと思うと、上顎を舐めたり舌の下に潜り込んだりする。うわ。それがすごく気持ちよくて。あー。
そっちに気が行ってると、胸元になにか感触。健ちゃんの手が、僕のパジャマのボタンを外してる。肌に直に触れる指。あつい。それにびっくりして、僕は健ちゃんの腕に手をかけてしまった。
「……やだ?」
ぷは、と文字通り僕は息を吐く。口がようやく解放された。
「や、やだじゃない」
「恥ずかしい?」
「うーん……」
なんていうかな。誰かにボタンを外されるって、よく考えたらなかなかないんだよね。
「えっと、……特殊な感じ……?」
「あはは、特殊かー」
いい表現が見つからない。言葉を探してるうちに、ひとつずつ外されてく。ああ、委ねてるって感じがする。いつの間にか冬矢もそれに加わってて、冬矢のほうが器用なのが見えるのが面白かった。
なんて思ってるのがバレたのかな。健ちゃんがふいに首元からすくい上げるように頭の後ろを撫でてきた。…………っ。
「んっ……」
思わず声が出て、首が反った。健ちゃんが撫でたとこからまっすぐ腰に向かってぞくぞくが降りてったのがわかる。
「な、蒼生ってもしかしてここ感じる?」
「うすうすそうなんじゃないかと思ってた……。なんで知ってるの……」
「んー、なんでか知ってた」
健ちゃん、めちゃくちゃにこにこしてる。嬉しそうだなぁ。どうしてだろ。
「っあ!」
じゅ、って、冬矢が急に首筋を吸う。
あれか。僕が健ちゃんと話してたからか。……今更だけど、あれ、これ、僕、大変なことになるやつじゃない?
「……下も脱がすよ」
「う、ん」
軽く腰を上げると、左右からふたりの手が同時に腰にかかる。パジャマのズボンはするりと簡単に、下着ごと持ってかれた。あわあわしてるうちに、シャツのほうも腕から抜けて行ってた。なにこの連携。
あー。すっごい。心許ない感がものすごい。ふたりに囲まれて、僕ひとりなにも着てないって、やっぱ恥ずかしいって! しかも、見てる。めちゃくちゃじっくり見てる! ああ、もう、初めて見るわけじゃないじゃんかぁ……。
さては、本当に出来るかどうか考えてるんでしょ。そうだよなあ。
「……やっぱり、ちょっと違う?」
「? なにが?」
「男の体にこれ以上なにかするの難しいのかなって」
言うと、健ちゃんは心底不思議そうに首を傾げた。
「なんで?」
それから首に手を添えると、少しずつ滑らせながらその指を下げていく。っわ。ひぇ。くすぐ、ったい。
「綺麗だよ。特にさ、この首から背中にかけてのラインと、背中から腰に向かうこの角度と、腰からおしりにかけての滑らかな線と、おしりから脚に繋がるこの谷間と、膝の裏のくぼみと、ふくらはぎのすべらかさ、足首の形……可愛い……好き……はぁ……」
えー……。
引くでしょって聞いといてなんだけど、まさか僕のほうが引くとは。あの、恋人としての僕も戸惑ってるんだけど、幼馴染みの僕としては知ってはいけない事実を知っちゃったような。
抱え上げたふくらはぎに何度も何度もうっとりとキスをする健ちゃんを、冬矢が冷えた目で見下ろす。
「こんな変態、蒼生の側に置いとかないほうがいいんじゃないか」
「そういうおまえはどうなんだかな!」
とりあえず、それ以上脚持ち上げるのやめてもらっていいですか……。攣りそう。あと後ろに倒れ込みそう。
「俺は……そうだな。ここのラインが好きかな」
冬矢が両手で僕の腰を左右から優しく包む。うっわ。あ。背骨、の、とこ。
「体くねらせて……。ここも感じちゃう?」
「ぅあ、……か、も」
「ふふふ。可愛いね。可愛い……」
何も遮られるものがないと、直に触られると全然違う。腰から下がざわざわする。
ヤバい。既にいろいろ、なんか、ヤバい。
「あっ、あの!」
倒れそうになる上半身を後ろについた両手でなんとか支えながら、とりあえずふたりを止める。ぴたり、ふたりの動きが止まった。目線がこっちに来る。
「あの、やっぱ、僕ひとり裸なの恥ずかしいから……ふたりも脱いで」
うわー言っちゃった。
だって恥ずかしいもん! いやここから先さらに恥ずかしいんだけども! なんかふたりだけ着衣アリで余裕な感じが恥ずかしい感じがするんだもん! やむなし! だよね! すっごいやる気ある台詞には聞こえないはず! ……だよね?
いやその……その気は……あるけど。
「なるほどそりゃそーか」
健ちゃんが笑う。
「ごめんごめん」
冬矢もほっぺにキスをくれながら僕の頭を撫でる。
僕はなんとなく膝を抱えて、上を脱ぐふたりをこっそり見る。別にこっそりじゃなくていい、わかってるんだけど、……気恥ずかしい。僕こそ、体育の着替えとかで見たことあるのに、なんだこれ。どういう感情なんだ。
それにしても、うーん。
これはこれは。
僕も別にスタイルいいとは言わないけどさ。一応気を付けてはいるわけさ。しかしこうしてふたりを見ると、だ。すらりとしてる冬矢と、しっかり作り込まれてる健ちゃん。はあ、見栄えがすごいもんだなあ。健ちゃんは僕のことをあんなふうに言うけど、世間的に絶対健ちゃんのほうが評価点高いと思う。
その健ちゃんは、ズボンのベルトに手をかけながら、僕が抱えた足をそっと下ろさせると、僕の耳にひとつキスをして、親指で乳首を撫でる。ひっえ。冬矢は足首からズボンを抜いて、反対側の乳首にキスをくれる。うわ……。すると健ちゃんが指でこねた乳首をちろりと舐めてくる。
は、張り合うの、こういうとこでするのやめてぇ! ちょ、うわ、えー。
「あっ」
やば、声出た。ああ、見下ろす視界が大変なことに。胸元に健ちゃんと冬矢の整った顔が並んでて、舐めたり吸ったり、わ、あ、絵ヅラのインパクトが強すぎる! ふたりして乳首吸うのちょっと……ちょっと……。ものすごく変な感じ……。
「んー……っ」
よくわかんない感覚に体が勝手に逃げる。それはすなわち後ろってことなので、今度こそ上半身が倒れそうになる。あ、腕から力抜ける。倒れる。頭がベッドに触れたけど、衝撃はなかった。健ちゃんが肩を、冬矢が腰を抱いててくれたから。だから、倒れたっていうより寝かされた、ような。
そもそも僕、乳首自分でいじったことあんまないんだ。だって、手が足りないもん。前と後ろでいっぱいいっぱいだもん。だから、その感覚が初めてで、なんだろ、くすぐったい? いや、腰がゾクッとする感じ。それが体の内側をぐるぐる巡る。腰の奥で、胸の真ん中で、渦を巻くみたいに。……あ。そっか。わかった。これ、気持ちいいんだ。
っ。気付いた途端、今までのぞわぞわもざわざわもくすぐったいもゾクッとするのも、全部が気持ちいいんだってわかってしまった。あー。そうか。全部。
「んんっ……ん……」
わかるとダメだ。
止まんなくなる。
もっと、もっとほしくなる。
そこだけじゃなくて。
冬矢が、そこに優しいキスをくれて、それから笑う。息がかかってまたぞくりとした。
「蒼生……反応してる」
「ひゃ……っ」
指が、その、おちんちんに触れて……わー。あああ。触っちゃうんだ!
「だっ、だって……ずっと気持ちいいからぁ……」
「気持ちいいの?」
「うん……全部……」
「そっか。じゃあもう少し、気持ちいいとこ増やそうね」
穏やかで優しい声で言って、冬矢は体を起こすと、ベッドの下を探っているようだった。
増やす?
どういうこと?
戻ってきた冬矢は、取り出したなにかをベッドの上にばさりと置く。
「ちょっと冷たいかもしれない。ごめんね」
「え……ぁあっ!?」
理解するより前に、後ろの、穴のところに、ひやっと、それから、ぬるっとした感触。やさしく、やさしく指が撫でてくる。
「あっ……そこぉ……?」
わー。
くすぐられるみたいな感覚。ぞわっとして、ちょっとだけびっくりする。あんまり触られることのないとこ。ひとに触られてる。
それにしたって、こんな、ゆっくり優しくしてくれるなんて、すごく慎重にしてくれてるんだ。傷付けないようにって考えてくれてるんだ。なんか、自分でしてるのがものすごく雑だったかもって反省するくらい。
「蒼生」
健ちゃんは健ちゃんで、とっても優しいキスをくれる。僕が緊張しないようにってことだよね。嬉しい。
「痛かったら言ってね」
あやすような冬矢の言葉。ゆっくりとその指が入ってくる。あー。自分以外の指が。優しいけど躊躇いのない指が。うわ……。そこ、くちゅくちゅされると、前のほうまできゅんとする。それから、ゆっくりゆっくり時間をかけて、2本目。その間、ずっと健ちゃんがあちこち撫でてくれてる。「好きだよ」って言葉と一緒に。ああ、僕もだよ。
「気持ち悪いとか、ないかな」
「ふ……っぅん、大丈、夫……んん……」
そこまでは慣れてるから、はい。ただ、自分以外が探るのが初めてだってだけなので、はい。だけどその先は、
「ぅあぁっ!?」
!? え?
今……体が全部浮いたみたいにびりっとした。腰からおちんちんの先まで、気持ちいいとこを全部いっぺんに掴まれたような……?
「……ぇ……?」
「ここ、気持ちいいとこ?」
「あっ! や、あぁっ、あ!」
そこ、いきなりいっぱい撫でちゃだめ……っ!
知ってる。そこが何かは知ってる。気持ちいいんだって。でも、自分でそこに触ってもなんとなくぞわぞわするくらいで、こんなものなのかなって思ってた。
でも、違う! 全然ちがう……! そっか、自分ではこわごわ触ってたからか。冬矢の長い指だと容易に届くからか……!
「体、びくびくしてる。中も一緒に震えてるよ。可愛い」
「なっ、に、言って……んんぅっ」
声は優しいのにぃ……ちっとも冬矢は手を止めてくれる気配がない。
健ちゃんが、ずいっと僕の下半身のほうに身を乗り出す。
「……な。急に蒼生が反応してるけど、何があるんだ」
わ、ダメ、健ちゃん、待って。
「触ってみる?」
「……ああ」
ダメ、ダメだって!
冬矢が2本の指をぐっと広げる。
「ふぅぁ、あっ!」
その、間から。
「ひっ……!」
「このへん?」
「たぶんもう少し奥。俺の指先わかるか。そこから先の、上のほう」
「あ、感触が違う」
「……ぃっ」
ぐり、と押しつぶされる感じ。今度は完全に体が跳ねた。
ごくりと息を呑む音が聞こえた気がする。気のせいでなければ。
そして、合わせて3本になった指が、僕の中を探るように動き出す。
うわ。
あ。
健ちゃんの手が、すがるように僕のおちんちんにかかる。
えっ、それ、は。
「……ぅあっ、あ、あっ、ど、……っちも、は、……ダメ、あっ、……やっ」
待って。
待って。
これは。
ちょっと。
「ああっ、あ、いぃっあぁっ!」
マジかー。
僕は肩で息をする。
これ、あれだ。しょっぱなからハードなやつだ。初心者向けじゃないやつだ。
「うっえ……」
? 健ちゃん。
……え。ねえ。まさか。
「ごめん、蒼生、ちょっと水飲んでいい?」
「……舐めたの? 僕が……その、出したやつ?」
「だって気になるじゃん。あー、結構強烈な味すんのな。試してみる?」
「やだ自分のなんて」
「オレも自分のは嫌だけど、蒼生のならいいかなーって思って。たぶんそのうち慣れるから、初回は勘弁してくれな」
言ってペットボトルに手を伸ばす。よくチャレンジしようと思ったよね……。
ん? そのうち? 慣れるとか言った?
と、体をこっちに寄せてきた冬矢が、僕をぎゅっと抱き締めた。
「蒼生……イく時こんな声出すんだ」
あ。つい、途中で我慢するの忘れちゃったんだ。しまった。いろいろ、その……、参考資料を見てきた中で、好き嫌いって結構あるみたいだったのに。ふたりはどっちだろ。
「男が喘ぐのって変だっていう人もいるみたいだけど、……ふたりは大丈夫?」
「他の奴がどうか知らないけど、蒼生の声は最高に可愛かったよ。めちゃくちゃキた」
冬矢は僕の腕に腰を寄せる。……熱いのが触れる。どくどくしてる。ぼ、僕の声で?
健ちゃんもにやっと笑う。
「オレもオレも」
……うっわ。そ、そうなるんだー。わー。その、平常時は知ってるけど、あ、そ、そっか、そんななるんだ。うわー。
「いつも蒼生の声って気持ちいいと思ってたけどさ。こんな可愛い声も出るんだなあ。その声でもっとイイとこ教えてくれよ」
「この部屋、隣がないから、声我慢しなくていいからね」
と、とりあえず、この件で引かれることはなさそうだ。け、ど。それはそれで別の問題がありそうだな……。
ふいに健ちゃんが、僕の頭のほうに移動する。それから僕を抱き上げて、いつもみたいに後ろからぎゅっと抱き締めてくれる。健ちゃんが開けた足の間にすっぽり収まる体勢は慣れてるせいか落ち着くけど、素肌の感覚がいつもと違って不思議な感じ。あと、あの、背中っていうか。腰に。熱いのが。
健ちゃんはそれを気にせず、いやもしかしたらちょっと意識してるかもしれないけど、後ろから首筋に顔を埋めて小さいキスを繰り返したり、指で僕の手を柔らかく握ったり離したり。気持ちよくて、眠ってしまいそうな優しい動き。
そうしている間に、冬矢が小さな袋を破いて開ける。
あー。
とうとう。
なんか、嬉しいというか、感動してる。さっきのローションもそうだけど、僕とするために、ちゃんと準備しててくれたんだなって。「任せて」って言ってくれたけど、本当に僕が怖くないように、ケガしないようにしてくれてるんだ。
このひとたちを好きでよかった、と本当に思う。
健ちゃんが僕の膝の裏あたりに両手を添えて、自分のほうに引き寄せる。僕は冬矢になにも隠せない格好になる。これ、手はどこに置いておけば正解?
「これはだいぶ恥ずかしいなあ……」
「オレが見下ろす光景としてはわりと絶景だけど」
「えー」
迷って胸元で指を組むことにして、のんびり健ちゃんと普通の会話をしてると、準備を終えた冬矢が僕の前に座った。ローションを自分のに絡めて、僕のそこにも再度塗り込む。そして、そこに、熱い先を押しつける。小さく、濡れた音がした。……ぞくぞくする。
「……本当に、いい?」
「……うん」
「怖くない?」
「うーん……ちょっと怖いのと、パニックなのと、恥ずかしいので合わせて4割くらいかな」
「4割? 残りは?」
「これから僕はどうなるのかなって、わくわくしてる」
健ちゃんと冬矢が同時に笑う。
「わくわく、かあ」
「たまに蒼生って妙な好奇心発揮するよな」
なんでだろうな、それ、たまに言われる。
冬矢が僕の髪を撫でた。
「じゃ、入れるよ」
「うん」
ぐっと冬矢が力を入れる。僕は反対に息を吐いて力を抜く。ように。したんだけど。反射で力が入りそうになる、それを頑張って抜く。わ、あ。すご。広がる感じ。わ。けっこう。おっきぃ……。
「……っは……ぁ、けんちゃ、手……」
ぱたぱたと手を動かすと、健ちゃんが左手で僕の手を捕まえてくれる。だから僕は両手でその手にすがった。苦しい。でも痛くない。大丈夫。怖い。大丈夫。健ちゃんが手を握っててくれるから。
は……っ。
内臓が押しつぶされてる感じ。
大丈夫、大丈夫。
見えるのは、冬矢の顔だから。
大丈夫。
ゆっくりゆっくり冬矢が体を進めて、腰の辺りが僕の太ももの裏についた。
何だろうこの感じ。
ちょっとまだ、よく、わかんない。
冬矢もその体勢で、はあっと大きく息を吐いた。そして、そのまま止まる。僕からは目を閉じて俯く顔が見える。
「どした?」
聞いたのは健ちゃんだ。
緩やかに冬矢が目を開ける。
「……ちょっと待って。気持ちよくて動けない。……嘘だろ……こんなことあるのかよ……」
え?
「っ、蒼生、締めないで……」
「ご、ごめん無意識……っ」
だって、冬矢が僕の中で気持ちよくなってるのかなって思ったら……きゅんてしちゃったんだよ……。はあ、これ、そうか、そういうことかぁ……。
「蒼生は? 平気? 痛くない?」
「だい、じょぶ……くるし、けど、なんか……胸までいっぱいで…………嬉しい」
僕の中に冬矢がいるんだ。繋がってるんだ。そう思ったら、苦しいのが少し楽になった気がする。胸のほうがいっぱいで苦しい、かも。嬉しいので苦しい。それが嬉しい。
「そうか。じゃ、ごめんね。もう少しだけ待ってくれる? 俺も……初めてのことで混乱してて」
「うん……」
冬矢が、初めてだって言う。今までなかったことなのかな。なんか、それもちょっと嬉しいかもしれない。
「……あー、やっぱ順番譲んなきゃ良かった」
健ちゃんが腕に力を込めながら言う。
「え、何……、そういう話し合い……してたの」
「しましたね~。こいついろいろ畳みかけて来やがって、なんかよくわかんなくなってじゃあお先にどうぞってなっちまったんだよなあ。よく考えたらおかしくね?」
もしかして、さっき部屋に入ってくる前してたのはそういう話だったのかな。
冬矢がぐいっと腰を押しつけてきた。
「んぁっ」
「健太はちょっと黙っとけ。今は俺の番だ」
「んだよ、好きな子を前に童貞みたいになっちゃった冬矢くんのために間繋いどいたのに」
「うるさい。……あーおい。こっち集中。な」
「ん……」
「…………」
それで黙っちゃう健ちゃん、可愛いよね。
冬矢はゆっくりと動き出す。あ。
「っあ、……あー……んっ、……あぁ……」
あー……。抜けていくぞわぞわした感じ。入ってくる圧迫感。それが交互に訪れる。わ。急に全身がぞくぞくする。気持ちいい。波打ち際で波に遊ばれてるみたい。僕の中に冬矢がいるのに。僕のほうが包み込まれてる気分になる。ゆっくり僕を外から、中から、全部。
「……ふぅっ……あっ、んぅ、ん……」
ああ、そうか。抱かれるってこういうことなんだ。
「ぁー……」
気持ちいい。
「蒼生……好きだよ」
揺られて、揺さぶられて、溶けそう。
おなかの中、冬矢がいるところから、じわじわとせり上がってくるなにか。
きゅんきゅんする。
気持ちいい。
あー、でも、くすぶってて。
「蒼生、ちょっと背中借りる、ごめん」
ぼそりと健ちゃんが呟く。
熱いのが背中で擦れる。
背中と、おなかの中で、熱いのがこすれてる。
気持ちいい、イきたい。でも、イけない。僕はおそるおそる片手を自分のおちんちんに持ってく。
「あーっ……」
声が零れる。
気持ちいい。気持ちいい。
「や、だめ、あ、……っも、ぉ、イッちゃうぅ……」
「可愛い……いいよ。ほら。イッて」
「…………っは、ぁあっ!」
ああ、くらくらする。
余裕なくてわかんなかったけど、抜けてく感じで、冬矢も僕の中でイッてくれたんだなあってわかる。あと背中に熱いのが流れ落ちてる感じがする。
こ、こんな体力使うんだあ……。
気持ちよくて動けないのも確かなんだけど、純粋に疲れて動けないっていうのもある。
あ。冬矢と目が合った。
ふっと笑って、キスをひとつくれる。
えへへ。
「蒼生ぃ」
おっと、今度は健ちゃんが張り合ってくる番?
続けて何か言ってくるかなと思ったんだけど、健ちゃんは黙って僕を膝立ちにさせると、両手をベッドにつかせてきて。や、あの、腕も膝もぷるぷるしちゃって、ちゃんと体勢保ってられないんだけど、その前に、え、休憩時間とかそういうのなし!?
「えっと、健ちゃん、あの」
「あー、腕しんどい? それじゃ」
後ろから僕の両腕を掴むと、目の前にいる冬矢の両肩に乗っける。え? 冬矢に抱きつく格好になるけど、え?
冬矢は健ちゃんを呆れた目で見て、それから何事もなかったように僕にキスをした。いやいや。いやいやいや。
後ろでぱちんと音がする。ああ、ゴム着けてくれたなーって、そういうことじゃない。
ちょっと! サッカー選手! ハーフタイムはどうしたの!
「お邪魔しまーす」
や、待っ……。
「あぁっ」
ぬるりといきなり入ってくる。さっきの今だから、わりとすんなり、あー、けっこう、深く入ってきた、かも。
あ。
わ。
これ、
違うとこ当たる。
「あー……気持ちい……あったけぇ……」
健ちゃんの息が首筋にかかる。
「やば……。蒼生……好き……」
「あっ、あ、待ってぇ……」
「……マジ、だめかも。ごめん。もー少し動いていい?」
「えぇ……い、いけど……ぅあっ!?」
がつん、とぶつかられた感じ。
実際そんな音を立てるような器官はないと思うんだけど、なんか、そんな感じがした。
目の前がちかちかする。
僕は必死に冬矢の首にすがりつく。
やっ……。
早……ぃ。
「あっ、あっ、ん、んぅっ、あ、け、ん、ちゃ……あぁっ」
これ、当たる。
時々、さっきのとこに、当たる。
「ごめん、我慢できない、ごめんっ」
あー……。
耳元で、冬矢が息を吐く。
「だろうと思ったよ。だからおまえを後にしたんだ」
はは……、健ちゃんも完全に冬矢に読まれちゃってるじゃん。
強く突かれて、健ちゃんの動きに翻弄されるしかない僕の頭を冬矢は優しく撫でる。それから反対の手で乳首をゆっくりこねる。
うわ。
え。
後ろから健ちゃんに激しくされて、前から冬矢に優しくされて、脳がぐちゃぐちゃになる。
どっちのテンポについていけばいいのかわかんない。
たぶん僕の本能も戸惑ってる。
どうしたらいいの。
わかんない。
きもちぃ。
ぜんぶがきもちぃ。
あたまのなかで、ぱちぱちと火花が散る。
冬矢の甘い声。
「……蒼生。気持ちいいね」
ぅん。
そうなの。
ぜんぶなの。
なのに。
「っ、とぉや……ごめ、ぼくっ、中だけ、じゃっ、イけない、のっ」
「ん、わかった」
頭にあった手が、すっと下に伸びるのが見えた気がする。
……あっ。
え。
そこも、優しく触るのっ?
あー、バラバラになっちゃう!
前と後ろで僕がバラバラになる!
だめ、
きもちいぃ……っ。
健ちゃんと冬矢が、僕の耳元に顔を寄せる。
「……蒼生」
「……蒼生」
ここで、ステレオは、ずるい。
1対2ってこういうことかぁ、と思いながら、僕は意識を手放した。
ふうっと呼び戻されるように目が覚めた。
部屋の中は明るかったけど、電気の明るさじゃない。電気は消えてて、外が明るいんだなあ。あれ、天井、角度が違う。僕の部屋じゃない。
あと体がものすごく重い。疲れ果てた翌日の朝みたいな。
……ん?
本当に重い。
左から伸びた手が僕の右肩を抱いてて、右から伸びた手が左の腰を抱いてる。僕はなにも着てなくて、
はっとして頭を巡らせる。
左には冬矢の顔があって、右には健ちゃんの顔。ふたりともぐっすり眠ってる。
……夢じゃなかったんだ。
そっか。
僕は昨夜、ふたりに抱かれたんだ。
いっぱい「好き」を伝えてもらったんだ。
天井が急に歪む。
頬に熱い筋が流れる。
そっか。
そうなんだ。
僕が顔を覆った気配で気付かれちゃったかな。健ちゃんがもぞもぞと動いた。
「……蒼生。っ、蒼生?」
がばっと起きる。
やば、止めなくちゃ。
反対側でも冬矢が体を起こす気配。
「蒼生? どうした? どこか痛い?」
「無理させちゃった? 気分悪い?」
僕は必死に首を振る。
「違う。違うよ。目が覚めたら、健ちゃんと冬矢がいて……こんな幸せな気持ちで目覚める朝があるんだって思ったら、嬉しくて……」
健ちゃんが僕の頬を、冬矢が頭を撫でてくれる。
優しい手。
嬉しい。
苦しいほど嬉しい。
「あー……ありがとう。本当に、ふたりを好きになってよかった」
こんな気持ち、味わえないと思ってた。
というか、そんなの絵空事だろうって思ってた。
でもあるんだなあ。
そして、僕がそれを味わっていいんだなあ。
それがどうしようもなく嬉しい。
…………。
ん?
なんだ。
なんの沈黙だ?
僕はおそるおそる顔を覆った手を離す。僕の上では健ちゃんと冬矢が顔を見合わせてた。
「え?」
首を傾げると、ふたりは僕よりもおそるおそるって表現が似合うくらいゆっくりと僕を見た。
「今、なんて言った?」
「へ? 今? 僕? なんかおかしいこと言った?」
「好きとか言わなかったか」
「言ったけど……」
あれ?
なんかおかしいぞ。
「な、蒼生、オレのこと好きなの? 幼馴染みとして?」
「え? いや、恋人として好きだけど……え?」
「俺を友達として見てるんじゃない好きで間違いない?」
「友達としても好きだけど、えっ、好きだよ。えっちしたいほど好きだったからしたんだけど、あれ?」
……んん?
「もしかして、僕、言ってない?」
「言ってない!」
「聞いてないよ」
えっ。
マジか!
「うっわー……、ご、ごめん。言ったつもりでいた……」
「い、いつから?」
「いつからっていうか……あの、告白されたじゃない? それで、その晩、じっくり考えてみたんだけどね、あれ~僕そもそもふたりのこと好きだな? ってなって……」
ああっ。
また健ちゃんが仰のいて、冬矢が頭抱えて、昨日と同じかっこになってる!
「わー、ごめんってば!」
「……やっぱり蒼生には全部こっちの手の内見せた上で全部気持ち吐かせるしかないな」
「言う! これからはちゃんと言うから!」
「頼むわ……オレ蒼生に好かれてないんだと思ってけっこう空回りしたわー」
「ああっ、好き! 健ちゃんのこと大好き! 冬矢のこと大好きだよ!」
うう。
心配させたし苦労かけちゃったんだな。
よし、ちゃんと言う。
好き、ってちゃんと言おう。
健ちゃんは拗ねたように僕を見る。
「……じゃあ、蒼生からちゅーして。今度は頬じゃなくて」
「うん。……あの、起こして」
言うと、堪えきれないように吹き出す。……だいぶ健ちゃんのせいなんですけどね。
だけど健ちゃんは素直に僕を起こしてくれた。っ、つぅっ。わー、腰が悲鳴をあげてる。体は重いし腰は痛いし。なんていうか、その、あの、えーと、……広がったとこがズキズキして違和感があるし。まあ、これも幸せの付随品だと思えばなんてことないけど。
僕は起こされた勢いを借りて、健ちゃんにキスをする。ふふ。
冬矢が肩を叩くので、冬矢にも。へへ。
あー。
好き。
あ、いけない。
「……好き」
ふたりがとろけるように、笑った。
「でも、本当に大丈夫? 体痛くない?」
「疲労感すごいしあちこちまあまあ痛いけど、それより満たされてる感じがしててそっちでいっぱいだから……総合的には大丈夫」
「なんだそりゃ」
「ははっ、今日はゆっくり横になってな」
両方から手が伸びて、頭を撫でてくれる。んー。至福。
健ちゃんはベッドから起き上がり、ぐーっと両腕を伸ばした。
「とはいえ腹減ったなあ」
あ、そうか。
「夕飯食べてないもんね」
「なんかもうそれどころじゃなかったからなー。とりあえずなんか買ってこようか」
「僕も行……ったたた」
「だから蒼生は無理すんな。オレが行ってくるよ」
「おまえは体力余ってそうだな」
「おお、あのくらいじゃ全然響かねえ。なんだったら今からでもまだ出来るけど?」
「待って僕がもたないから。今度にして」
「今度。よし、言質取ったわ。今度な」
「……ひぇ」
昨夜僕たちは大きな壁を乗り越えた。
でも、やりとりは変わらない。
ふふっ。
嬉しいな。
ああ、だけど反省点もある。途中から気持ちよくなりすぎてよくわかんなくなっちゃって、記憶が若干飛んでるところがある。せっかく気持ちよくしてもらってるのに覚えてないなんてもったいないことを! 次からは意識ちゃんと保とう。うん。
「でもさっきはびっくりしたなー、蒼生が泣いたの初めて見た」
うっ。
お見苦しいところをお見せしまして……。
「でもおまえ小さい頃から蒼生といるんだろ」
「んー、記憶にないほどちっちゃい頃はわかんないけどな。物心ついてからは初めてじゃないかな」
うう。僕は気恥ずかしくて両手を組む。
「人前では絶対泣かないようにしてたから……。僕もまさか泣いちゃうとは思わなかった」
すると冬矢が不穏な顔でにっこり優しく笑う。
わー! 表情ひとつで矛盾出してくるのやめてぇ! 怖いからぁ!
「そうか。じゃあこれからは素直に泣けるようにしてあげるからね」
ひえぇ。
いろんな意味含めてるように聞こえるの、気のせい?
気のせいだよね?
冬矢は今度はちゃんと優しく笑う。
「……また俺たちとえっちしてくれる?」
「……うん。またしてね……」
ふたりとも、嬉しそうに笑うんだもなぁ。
ふふ。
僕も、嬉しい。
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