高原 風音

ふんわりいちゃ甘な創作BL小説をメインで活動しています!
基本的にはハピエン厨というより、ハッピーに始まりハッピーに進んでハッピーに終わる、一言で言うと“始終ハッピー主義”。
主にPixivで作品を発表しており、こちらには順次再掲を行っております。現在執筆中のシリーズは3人組のゆるふわいちゃあまラブ『僕+君→Waltz!』(R-18あり)。完結済みのシリーズには、自由奔放な少年がハッピーエンドを迎えるまでのお話『初恋みたいなキスをして』(R-18)があります。
そのほか、ちまちまと短編BLを書いたりしています。
また、ここでは紹介しませんが、ファンタジー?ふうのシリーズ『碧色の軌跡』(完結済み・恋愛要素なし)やオリジナル短編などもあったりしますので、興味がありましたらぜひ。
二次創作もぼちぼちやっております。

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投稿日:2023年11月23日 21:57    文字数:9,349

22こ目;【番外編】僕の彼氏がアクセル全開です

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最初女子目線ですが、ご安心くださいいつもの調子です。
一線越えたら書こうと思っていたいちゃいちゃ回です!
お互い好きだとわかったので、もはや遠慮することないのです。
そもそも健太も冬矢も遠慮する気はなさそうですが。

↑初掲載時キャプション↑
2021/10/22初掲載
https://pictbland.net/users/series/kazanet-tk/%E5%83%95%EF%BC%8B%E5%90%9B%E2%86%92Waltz%EF%BC%81
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 テストが終わった途端、教室は安堵の溜め息と共に解放感に包まれた。担当教員が出て行く前に席を立つ者も多かったが、教員はそれを苦笑いして見るだけで黙って出て行った。浮足立つのも当然だろう。これが終わればほぼ2学期は終わったようなもので、あとはテスト結果と通信簿を受け取れば冬休みなのだから。
 兼城ホノカは、慌てて消したせいで角が割れてしまった消しゴムを残念そうに撫でて筆箱にしまった。最後の問題は数学の文章題だったが、頭のほうで計算間違いをしていることに終了5分前で気が付いた。改めて計算をしようにも残り時間のプレッシャーに押され、結局途中までしか直せなかった。はあ、息を吐くと、前の席に座っていた篠崎ミアが疲れた顔で振り返った。
「全然だめだった……。ホノカちゃんはどうだった?」
「私も壊滅的! 最後の問題計算ミスっちゃった。だから見直しとかもできなくてさー」
「私最後まで行かなかったよぉ」
 お互い顔を見合わせ、肩を落とす。テスト期間全体を振り返ればそこそこできたかも? と思っていただけに、最後で躓いたのが全体のイメージになってしまった。
 やがて担任が教室に入って来て、ショートホームルームの時間になった。そこでは終業式のタイムスケジュールくらいの話で特に必要な情報はないようだったので、なんとなく聞き流して過ごす。そんなことよりとりあえず先程のダメージの回復を考えたかった。そうだ、帰りに駅ビルに寄って買い食いでもしよう。
「ホノカ、ミア」
 ホームルームが終わって鞄を机の上に置いた直後、後ろから呼ぶ声がする。前後2人で振り返ると、同じグループの高坂チサトが駆け寄ってくるところだった。
「ねえ、このあと木村くんのグループとカラオケ行くことになったんだけど、2人も行く?」
「あ、うん、行く」
「私も」
 即座に頷いて、ホノカは胸を撫でおろす。これならぱっと発散できそうだ。
 チサトは了解、と答えて、さらににやりと笑った。
「人数余裕あると思うし、……誘ってみたら?」
 ホノカとミアは同時にピンッと姿勢を正した。彼女たちには同じクラスにそれぞれ本命の男子がいる。チサトは暗に彼らのことを言っているのだとすぐわかった。2人は顔を見合わせる。

 目的の2人は、隣同士の席に座って談笑していた。そこは指定の席ではなかったが、この光景は珍しくはない。ホノカはちらりとミアを見る。心細げに見返してきたミアは小さく頷いた。
「野木沢くん、笹原くん」
 声をかけると、2人がぱっと顔を上げた。相変わらずどちらもモデルのような整った顔をしている。
 さりげなく、さりげなく。ホノカは自分に言い聞かせて笑顔を作った。
「テスト、どうだった?」
 本題と離れた話題から切り出すと、蒼生が机の上で腕を組んで笑う。
「一応埋められたかな」
「最後の問題、計算ミスしちゃって焦っちゃった」
「ああ、使う数字間違うように意地悪な書き方してあったよね」
「だよね、あれずるいよねーっ」
 同意を得たのが嬉しくてつい大きな声を上げてしまったが、蒼生はにこにことホノカを見上げていた。
 初めて見た時、なんて綺麗な人だろうと思った。すらりとしているが雰囲気も含めるとどこかふんわりした人。勇気を出して近付いてみると、性格まで穏やかで、とても優しい人だった。ドキドキするけれど、同時にすごく和む。彼女はいないと聞いた。だから耐性がないのかもしれない、最初はホノカに対して少し緊張したような様子だった。だが2学期になってからは、それも緩んできた気がする。今ではこうやって話しかけても身構えず穏やかに対応してくれる。たぶん脈がないことはないはずだ。
 ちらりと見るとミアも冬矢に話しかけている。引っ込み思案な彼女だが、彼に関することにはものすごく頑張っているようだ。ミア曰く、凛とした雰囲気が好きなのだそうだ。ホノカにとってはどうもそれが近寄りがたい雰囲気に思えてしまうが、ミアが誉めるのを聞いていると、顔の良さがそう見させてしまうのかもしれないとも思う。ただやはり同じことを考える人は多いらしく、敵も相当数いるとの噂だ。敵の多さについてはホノカも同様だったから、気を抜いてはいられなかった。
「あ、そうだ」
 今思い出したように手を叩く。
「あのね、木村くんたちのグループとこれからカラオケに行くんだけど。野木沢くんたちも一緒に行こう?」
 隣でミアがぶんぶんと大きく頷いている。
 すると蒼生は申し訳なさそうな顔をした。
「誘ってくれてありがとう。でもごめんね。そういうのあんまり得意じゃなくて……」
「え、そうなの?」
「俺も苦手。ごめん」
 明らかに肩を落とすミアの姿が見える。ホノカもがっかりしたが、得意でないなら仕方ない。
「そっか。わかった! 今度またほかのとこ誘うね!」
 きっとどこかマッチする場所があるはずだ。

 ミアはがくんと落とした肩のまましょんぼりした声を出す。
「断られちゃったね……」
 でも諦めてはいられない。
「大丈夫! まだこれからイベントあるし! まずはクリスマスからだよね!」
「わー……クリスマスかあ。いいね」
「うん、早めに計画立てよ!」
「来てくれるかなあ」
「そこは頑張らなくちゃ!」
 2人は鞄を抱えると、友人たちの元へ駆けて行った。


 蒼生は走っていく少女たちの背中を見送りながら、はあっと詰めていた息を吐いた。
「びっくりしたぁ」
「急にこっちに来たからな……」
 彼女たちのグループがなにやらわいわいやっているのには気付いていたが、こちらにまで余波が来るとは思っていなかった。一緒にいた男子グループは夏のグループ学習で一緒になったメンバーで、あれをきっかけに仲が良くなったのかなとは思っていたが、まさかその数の中に自分たちまで含められていたとは。
 それでなくとも、何故かホノカとミアはセットで寄ってくることが多い。蒼生は少しそれが気になっていた。
「あの子たちさ……しょっちゅう冬矢のとこ来てるよね」
「うん?」
「もしかして、冬矢のこと……」
 冬矢は言い淀む蒼生の顔を覗き込む。困惑した表情の蒼生が、はっとそれを隠すように目をそらした。
 なるほど、と冬矢は胸の内だけで頷く。
「篠崎さんはどうやらそうらしいな。だけど、兼城さんは、あれ、おまえだぞ」
「へ?」
 冬矢が小声で言うと、蒼生はまったく思いもよらなかったのかきょとんとする。
「えっ、だって前は健ちゃんのこと聞いてきたし……」
「外堀から埋めてくつもりだったんだろ」
「……僕?」
「そう」
「なんで?」
「なんでって……蒼生が誰よりも綺麗で可愛くて魅力的だから」
 びくりと蒼生が動きを止める。ぱちぱち、瞬きの数が増えたと思うと、かぁっと耳まで赤くなる。
「彼女の気持ちもわかるよ。俺だって付き合いたいからな」
「……も、もう付き合ってます……けど……」
「そうか。ふふ、そうだったね」
 ほとんど囁くような小さな声を出して俯く蒼生に、冬矢は微笑む。これは、自分だけが知る蒼生。他にも、まあ、いるといえばいるが、今この場にはいないのでいないものとすることにしよう。まだ教室の後ろに溜まる彼女たちに、この人は自分のものだと告げてしまいたいとさえ思う。
 それにしても。
(面倒だからさっさと告白してくればいいのに。この状態じゃ蒼生も俺もはっきり断れないじゃないか)
 今まで見てきた子たちとはそこが違う。明らかに気のある素振りを見せながら、言葉では何も言ってこない。こちらから動けないというのは正直面倒だ。
 ようやく2グループは人数がそろったのか、大騒ぎしながら出て行った。教室が少し静かになる。
「さっきの話だけどさ。蒼生ってカラオケ得意じゃないんだ」
 聞くと、蒼生は曖昧に笑った。
「得意じゃないっていうか、苦手っていうか。まず上手じゃないしね」
「ふーん。音楽のテストとかで聞く限り、そういう感じはしなかったけどな」
「そう? うーん、楽譜があって譜面通りに歌うとかなら、まだいいのかも。あんまり流行の歌とか聞かないし、そもそも大勢で行くあのわいわいした雰囲気がまず苦手で」
「ああ、それは俺もわかる」
 特に男女入り混じって盛り上がる感じ、あれは冬矢も苦手だ。いつだったか教師も含めクラス全員で行かざるを得ないことがあって、無理矢理大部屋に放り込まれたが、あの時の苦痛と言ったらなかった。注目されるのが嫌いなので最後まで拒否したが、強制される感じがどうしても合わない。それで雰囲気が壊れるのどうのと言われても、最初からそう言っただろうとしか返しようがない。あれきり何があっても断固拒否してきた。蒼生はそこまで下手な立ち回りはしないだろうが、おそらく似たようなイメージを持っていそうな気がする。
 付き合っていた彼女に連れて行かれたことならそこそこあるが、それは蒼生に言う必要はないだろう。しかも適当に流していてよく相手を怒らせていたのだから。
 そこに、足音を軽く響かせながら健太が教室に入ってきた。
「ただいまぁ。待たせてごめんな!」
 蒼生はその姿に目を細めると、座っていた席のフックにかけられていた鞄を、机の上に置いた。健太も蒼生が自分の椅子に座っていたことが嬉しくて、頭を掻いて笑う。
 健太は蒼生からその鞄を受け取りながらふたりの顔を交互に見た。
「なんの話してたの? ふたりして難しい顔してさ」
「ああ、俺たちカラオケが苦手だなっていう話」
 ははあ……、と健太は煮え切らないような相槌を打つ。
「蒼生と冬矢って、去年とかその前とか一緒に遊びに行ったりしてたじゃん。そういう時に行ったりしなかったんだ? カラオケなんてみんな通ってるもんだと思ってたけど。オレは友達とかと、しょっちゅう行ってたし」
 蒼生と冬矢は顔を見合わせる。
「遊びに行くのはだいたいゲームセンターからファストフードって流れが多かったから。それに、言うほどふたりで出かけてないよ」
「そうなの?」
「ふたりでは、な。ほとんど森が一緒だったもんな。どちらかといえば教室で勉強してることがほとんどだったんじゃないか。それ以外で蒼生とふたりになるなんて、俺の家に泊まりに来る時くらいだったからね」
「……ははーん。挑発かな?」
「まあね?」
 ゴングが鳴りそうになったので、蒼生が間に入って「まあまあ」と取りなす。それを見たふたりは、いったん目を合わせてから大人しく拳を引っ込めた。
 冬矢が腕を組む。
「俺たちはそんな感じだったけど。どちらかといえば幼馴染みのおまえとのほうがそういう機会あったんじゃないのか」
 その言葉に、勝ち誇ったように健太が表情を緩めた。
「まあな! ……つってもまあ、友達同士で行く時に一緒だったことはねえけどさ。家族ぐるみの付き合いしてるとさ、親に引っ張られて子供も一緒に行くことあるじゃん。それならあるな」
「ふーん。で、どう」
「どう、とは」
「そういう時でも苦手そう?」
 また冬矢は僕のことを健ちゃんに聞くんだからなあ、と思いながら、蒼生はにこにこそのやりとりを見ていた。が、次の健太の台詞にその表情が固まる。
「可愛い」
「は?」
「蒼生の歌は、可愛い」
 怪訝な顔の蒼生に対し、健太はいたって真面目な顔をしていた。何故ここでその表情なのか、蒼生には理解出来ない。
「ちょっ……なにそれ? 初めて聞いたんだけど!?」
「ふーん」
「冬、矢っ。なにその手。なんで急に腕掴んだの?」
「行くか」
「おっ。いいね」
「えっ……えぇー……」
 急に前のめりになった冬矢と嬉しそうな健太の間で少々固まっていた蒼生が、くすぐったそうな顔をして何度か頷く。
「……なるほどー、そういう流れかぁ」
 そう言って笑うと、蒼生は鞄を抱えて立ち上がった。

 ここだけの話、蒼生は決してカラオケもカラオケボックスという場所自体も苦手なわけではない。なんなら色々溜め込んでいた頃、1人で来たこともあったくらいだ。苦手なのは大勢で騒ぐ雰囲気と、人前で歌わされるということ。冬矢が例に出した音楽のテストも授業だったから仕方ないと割り切っていただけで、内心ものすごく落ち込んでいた。全員がこちらを見ていて、笑っているようなあの感じがどうしてもダメだったのだ。
(でもまあ、今日は人前って言っても健ちゃんと冬矢だし)
 このふたりなら、どんなに下手でも嘲笑ったりしないはずだ。
 とはいえ。
「トップバッターはやっぱ恥ずかしいなあ……」
 マイクを握って蒼生はリモコンをペンでつつく。
「しょーがないじゃん、ジャンケンで負けたの蒼生だし」
「うう、言い逃れしようがない公平性……」
「声出すっていう意味で、恥ずかしがっても今更仕方ない気がするけどな」
「めちゃくちゃイイ声聞かせてもらったもんな」
「…………っ!? わああああ、とりあえず今はそれは忘れて!」
「忘れらんねえよなあ、あれは」
「最高だったな」
「あああああ」
 この場所でこれ以上その思い出話を語られては困る。公共の場だ。いくらお互いの距離が近くて薄暗くて人も滅多に通らない部屋だったとしても、公共の場だ。慌てて蒼生は内容の吟味が出来ないまま、とにかく回数をこなしている歌を選んでリモコンに叩き込んだ。
「わ、笑わないでね!」
「笑うもんかよ」
「ほら、そっち立って」
「ええぇ……」
 追い立てられるようにふたりの視線の先に立つ。人の目線、と思うと一瞬体が固まりかけたが、健太の笑顔と冬矢の優しい目を見たら、ふっと力が抜けた。
(うん、大丈夫)
 すぅっと蒼生は息を吸う。上擦ることもなく、最初の音を出せたような気がする。それからは、もう気にしないことにした。好きな曲だ。好きな人といられること、小さなことが嬉しいこと、色々あってここまで来た、今こうして隣にいることを楽しんでいこうね、と。
(……あー。好きな人のことを歌う歌に共感する日が来るなんてなあ……)
 出来れば、幸せな歌にだけずっと共感していたい。まさかそんなふうに思うなんて。間奏を聞きながら、蒼生は小さく笑った。
 ただ、そう思いながらもきっかり気は散っていた。なんとか歌詞が流れる画面に集中してそちらを見ないようにしていたが、それにしてもしかし。
(見過ぎ! 見過ぎ!)
 心の中で訴えかけるが、まったく届いていないようだ。いや、これが授業中の視線ならば嫌な気がするところだが、視線の色が違う。なんというか、「舐めるような」というやつだ。
(……言葉にはしないけどさ……視姦ってこういうことだわ)
 それを無視して歌いきった蒼生は、己の集中力を褒めることにした。
 さて。
 大きく息をつく。
 最後の音の余韻が消えるのを待ってから、ちら、とそちらを見る。相変わらず遠慮のない目で見つめてきているふたりの視線は、まったく揺るがない。
「あの……」
 我慢できなくなった蒼生が声を上げると、冬矢がはぁっと息を吐いた。蒼生はびくりとする。
「……可愛いな」
「は?」
 真面目な顔で何を。さっきの健太の反応と同じじゃないかと健太を見ると、こちらもやはりひどく真面目な顔をしている。
「可愛いだろ」
「え?」
「滑らかに音を繋げるところ可愛いな」
「手がちょっと動いちゃうとこも可愛いだろ」
「小首を傾げるところ可愛いな」
「注目されて照れちゃうとこ可愛いだろ」
「優しい歌い方になるとこ可愛いな」
「好きってとこに情感こもっちゃうの可愛いだろ」
「息継ぎの瞬間声が混じるとこ可愛いな」
「ほんっと最高に声可愛いだろ」
「最高に可愛いな」
「全部可愛いの奇跡じゃね?」
「髪の1本から爪先に至るまですべて可愛いもんな」
 途中から止めることすら出来ず、すらすら掛け合いがされていく。一言積まれるたびにぞわぞわしていたのが、とうとう頭のてっぺんまで到達する。
「……や、やめて、恥ずかしいからやめてぇ! ふたりとも眼鏡かけたほうがいいんじゃない!?」
「両目1.5だけど」
「俺は1.0」
「そういう問題じゃなくって!」
 しかし冬矢はしれっと首を傾げた。
「何言ってるんだ、事実だろ」
「そうだよ。生まれてから今まで蒼生を可愛いと思わなかったことなんて一瞬もねえよ」
「えぇー……」
 蒼生は両手で顔を覆う。付き合い始めてから、ふたりはよくそれを言うようになった。世間では恋人が人よりよく見えるようになることを「フィルター」と言うそうだが、きっとそういうことなのだと思う。なぜなら自分の顔は散々鏡で見ているからだ。そうではないことは自分が一番よくわかっている。だけど。
 改めてふたりの間に座ると、冬矢が下から顔を覗き込んできた。
「蒼生」
「うん?」
「可愛いって言われるの嫌? 嫌だったら言うのやめるからね」
「やめるのは言うのだけ?」
「思うのは仕方ねぇだろ可愛いんだから」
「解決しないね?」
「まあな」
「で、でも客観的に見たらそんなことないと思うんだけど」
「何言ってんだ客観的に見てめちゃくちゃ可愛いぞ!」
「解決しないね!?」
 どうやらこのふたりのフィルターは相当強固なものらしい。
 ……まあ、いいか。
 蒼生はテーブルの上で汗をかき始めているりんごジュースを一口飲んだ。甘酸っぱい香りがふわりと鼻から抜ける。緊張で喉がカラカラだったのに今更気付く蒼生だ。
 と。
 冬矢がぽんと蒼生の頭に手を置く。
「話戻すけど、これに限らず嫌なことあったら言ってほしい。蒼生が嫌なことはしたくないからさ」
「うん。あ、でも、本当に、嫌なわけじゃないよ。現実は見てほしいなって思うけど。ふたりが“好き”って言う時と同じニュアンスで言ってくれてるのわかるから」
「…………!」
 蒼生があまりにさらりと言うので、ふたりは思わず固まる。健太はあまりの愛おしさに今すぐに抱き締めたい衝動に襲われていた。冬矢は返答までの間の短さにそれが蒼生の本音なのだと実感してやはり同じ衝動を抱えていた。好きな人に、「好き」が伝わっている。しかもその相手が、自分への愛情にとことん鈍感な蒼生なのだから。
 衝動に負けたのは、健太と冬矢同時だった。
 ぎゅっと抱き締めたぬくもりには、拒む気配はまったくない。
「蒼生ー! 好きだ!」
「好きだよ蒼生……」
 蒼生はふたりの腕をぎゅっと掴むと、ふわっと笑った。
「僕も好き!」

「あっおーい! デュエットしようぜ!」
「はーい」
「へえ、結構渋い選曲だな」
「親世代に連れられてカラオケスナックとか行ってたりするとそういうの覚えちゃうんだよな」
「健ちゃん、いつも妹とケンカしてたんだよ」
「そうそう、蒼生と歌うのはオレだーって」
「妹と? 大人げなく?」
「どっちも子供だからしかたねえだろ!」
「だから毎回、僕、途中から歌うパート変わるんだよねえ」
「ふーん」
 ――――。
「お粗末さまでした」
「蒼生と声合わせられるのって最高!」
「……蒼生は可愛かった。健太はセクハラ」
「なんでだよ!」

「あ、俺の番か」
「冬矢も苦手なんじゃないの?」
「仲良くもない奴らに囲まれたり注目されるのが嫌なだけ」
「そうなんだ」
「ああ。ここならいいよ。さて、と」
 ――――。
「…………!」
「…………!!」
「は!? 何!? おまえ音楽のテスト絶対手ぇ抜いてたろ!!」
「どうだった? 蒼生」
「……かっ……かっこいい……」
「ふふふ。ありがとう」
「おっまえ……どっかで弱点買ってこいよ!!」

「あっ、アニメの天アル主題歌入ってるよ」
「おぉー、ホントだ」
「へえ、ふたりも見てるんだ」
「そりゃもう原作1巻からオレたちファンだし」
「そういえば冬矢の本棚にもあったよね。じゃあ歌えたりする?」
「もちろん。ハモろうか?」
「……!」
「しれっとイケメン出して来やがって……さてはさっきのデュエットに対抗して来やがったな!? よし、勝負だ!」
「望むところだ」
 ――――。
「……はー」
「蒼生、どうだった!?」
「なんかすごく気持ちよかったぁ……」
「どっちが?」
「えっ、どっちも良かったよ。だから、えーと、ドローです」
「ドローか。よっしゃもう一勝負行くか」
「今度は手は抜かないからな」
「抜いてたのかよ!」

 外に出ると、すっかり暗くなっていた。
「あー、楽しかったぁ」
 にこにこしながら蒼生は鞄を抱き締める。
「もうちょっと時間欲しかったな」
 結局冬矢との勝負がつかなかった健太は名残惜しそうに頭上の看板を眺める。
「今度は休みの日に来ようね」
 当初の目的以上のものが得られた気がしている冬矢は穏やかに笑った。
 蒼生は相当楽しかったらしく、人が行き交う場所では常に保ち続けている表情が作れていない。だがふたりにはそれも嬉しい。
 そもそも健太にしろ冬矢にしろどちらも蒼生の声が好きなのだから、それがメロディに乗るのを聞くのはなんとも至福な時間だった。蒼生は苦手だと言っていたが、ふたりにとって音楽の歌唱テストも毎回実は楽しみだったのだ。
 もちろん、「笑われている」なんて蒼生の思い込みだ。周りの声が聞こえていたふたりには、そのざわめきが蒼生の綺麗な声に感嘆する溜め息で、表情も聞き惚れたゆえの笑顔であると知っていた。まだ言葉の足りない3人には、いくつかの齟齬が存在する。
 ただ、今の蒼生はその誤解すらどうでもよく思えるくらいふわふわとした気持ちよさに浸っていた。
「そっか。あとちょっとで休み入るんだよね」
「その前に成績表が返ってくるけどな」
「ああー、それなぁ……。蒼生との勉強会がちゃんと結果に反映されてますように……!」
「俺もかなり手伝ったと思うが」
「……くっ。そ、その節は……っ。ぐぐ、結果が出てから礼は言う!」
「言える結果が出ればいいな」
「出る! と、思う!」
 前に比べれば勉強も苦にならなくなった健太だ。それはもちろん蒼生がそばにいてくれたからだ。だから是非とも結果を出したいと思っている。
 あ、と突然蒼生が声を上げた。
 何だろうと見ると、ぱちくりと瞬きの数を増やしている。ふたりが好きな、蒼生の癖。
「もしかして、今日って、……カラオケデートってやつだった?」
「えっ?」
「あっ、違うならいいんだけど! もしかしたらなって思ったから!」
 健太と冬矢は顔を見合わせた。
「もしかしなくてもカラオケデートだけど」
「! そ、そっか」
 ふふ、と蒼生が笑う。
 恋人と出かけるなんて、なにか特別なことをしなくてもデートなのではないかと思うのだが、……そうだ。蒼生にとってはすべてが初めてのことなのだ。ふたりが今まで当然のようにしてきたことであっても、蒼生にはきっと新鮮なのだろう。これから蒼生が体験する「恋人らしいこと」は全部自分たちが初めてなのだ。
「……やっぱ、蒼生、可愛い」
「また言ったねえ」
「だって無理だってマジ可愛いもんめちゃくちゃ可愛いもん……」
「うーん、そっかぁ」
「俺、蒼生のこと大事にするからね」
「冬矢も急に?」
「急に伝えたくなった。蒼生があんまり可愛いから」
 蒼生は今にも飛び付きそうなふたりを困ったように見つめた。
「……あの、ふたりとも」
 それから小さく呟いた。
「帰りたくなくなっちゃうから、また今度にして?」
「!」
「!」
 ぱっと顔を赤くして、蒼生が駆け出す。
「さ、寒くなって来ちゃったよね、はっ……早く帰ろ!」
 呆然としていた健太と冬矢は、はっとしたようにその背を追って走り出した。
 暗くなった空には、星座が冬の形に輝いていた。

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「ホノカ、ミア」
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「ねえ、このあと木村くんのグループとカラオケ行くことになったんだけど、2人も行く?」
「あ、うん、行く」
「私も」
 即座に頷いて、ホノカは胸を撫でおろす。これならぱっと発散できそうだ。
 チサトは了解、と答えて、さらににやりと笑った。
「人数余裕あると思うし、……誘ってみたら?」
 ホノカとミアは同時にピンッと姿勢を正した。彼女たちには同じクラスにそれぞれ本命の男子がいる。チサトは暗に彼らのことを言っているのだとすぐわかった。2人は顔を見合わせる。

 目的の2人は、隣同士の席に座って談笑していた。そこは指定の席ではなかったが、この光景は珍しくはない。ホノカはちらりとミアを見る。心細げに見返してきたミアは小さく頷いた。
「野木沢くん、笹原くん」
 声をかけると、2人がぱっと顔を上げた。相変わらずどちらもモデルのような整った顔をしている。
 さりげなく、さりげなく。ホノカは自分に言い聞かせて笑顔を作った。
「テスト、どうだった?」
 本題と離れた話題から切り出すと、蒼生が机の上で腕を組んで笑う。
「一応埋められたかな」
「最後の問題、計算ミスしちゃって焦っちゃった」
「ああ、使う数字間違うように意地悪な書き方してあったよね」
「だよね、あれずるいよねーっ」
 同意を得たのが嬉しくてつい大きな声を上げてしまったが、蒼生はにこにことホノカを見上げていた。
 初めて見た時、なんて綺麗な人だろうと思った。すらりとしているが雰囲気も含めるとどこかふんわりした人。勇気を出して近付いてみると、性格まで穏やかで、とても優しい人だった。ドキドキするけれど、同時にすごく和む。彼女はいないと聞いた。だから耐性がないのかもしれない、最初はホノカに対して少し緊張したような様子だった。だが2学期になってからは、それも緩んできた気がする。今ではこうやって話しかけても身構えず穏やかに対応してくれる。たぶん脈がないことはないはずだ。
 ちらりと見るとミアも冬矢に話しかけている。引っ込み思案な彼女だが、彼に関することにはものすごく頑張っているようだ。ミア曰く、凛とした雰囲気が好きなのだそうだ。ホノカにとってはどうもそれが近寄りがたい雰囲気に思えてしまうが、ミアが誉めるのを聞いていると、顔の良さがそう見させてしまうのかもしれないとも思う。ただやはり同じことを考える人は多いらしく、敵も相当数いるとの噂だ。敵の多さについてはホノカも同様だったから、気を抜いてはいられなかった。
「あ、そうだ」
 今思い出したように手を叩く。
「あのね、木村くんたちのグループとこれからカラオケに行くんだけど。野木沢くんたちも一緒に行こう?」
 隣でミアがぶんぶんと大きく頷いている。
 すると蒼生は申し訳なさそうな顔をした。
「誘ってくれてありがとう。でもごめんね。そういうのあんまり得意じゃなくて……」
「え、そうなの?」
「俺も苦手。ごめん」
 明らかに肩を落とすミアの姿が見える。ホノカもがっかりしたが、得意でないなら仕方ない。
「そっか。わかった! 今度またほかのとこ誘うね!」
 きっとどこかマッチする場所があるはずだ。

 ミアはがくんと落とした肩のまましょんぼりした声を出す。
「断られちゃったね……」
 でも諦めてはいられない。
「大丈夫! まだこれからイベントあるし! まずはクリスマスからだよね!」
「わー……クリスマスかあ。いいね」
「うん、早めに計画立てよ!」
「来てくれるかなあ」
「そこは頑張らなくちゃ!」
 2人は鞄を抱えると、友人たちの元へ駆けて行った。


 蒼生は走っていく少女たちの背中を見送りながら、はあっと詰めていた息を吐いた。
「びっくりしたぁ」
「急にこっちに来たからな……」
 彼女たちのグループがなにやらわいわいやっているのには気付いていたが、こちらにまで余波が来るとは思っていなかった。一緒にいた男子グループは夏のグループ学習で一緒になったメンバーで、あれをきっかけに仲が良くなったのかなとは思っていたが、まさかその数の中に自分たちまで含められていたとは。
 それでなくとも、何故かホノカとミアはセットで寄ってくることが多い。蒼生は少しそれが気になっていた。
「あの子たちさ……しょっちゅう冬矢のとこ来てるよね」
「うん?」
「もしかして、冬矢のこと……」
 冬矢は言い淀む蒼生の顔を覗き込む。困惑した表情の蒼生が、はっとそれを隠すように目をそらした。
 なるほど、と冬矢は胸の内だけで頷く。
「篠崎さんはどうやらそうらしいな。だけど、兼城さんは、あれ、おまえだぞ」
「へ?」
 冬矢が小声で言うと、蒼生はまったく思いもよらなかったのかきょとんとする。
「えっ、だって前は健ちゃんのこと聞いてきたし……」
「外堀から埋めてくつもりだったんだろ」
「……僕?」
「そう」
「なんで?」
「なんでって……蒼生が誰よりも綺麗で可愛くて魅力的だから」
 びくりと蒼生が動きを止める。ぱちぱち、瞬きの数が増えたと思うと、かぁっと耳まで赤くなる。
「彼女の気持ちもわかるよ。俺だって付き合いたいからな」
「……も、もう付き合ってます……けど……」
「そうか。ふふ、そうだったね」
 ほとんど囁くような小さな声を出して俯く蒼生に、冬矢は微笑む。これは、自分だけが知る蒼生。他にも、まあ、いるといえばいるが、今この場にはいないのでいないものとすることにしよう。まだ教室の後ろに溜まる彼女たちに、この人は自分のものだと告げてしまいたいとさえ思う。
 それにしても。
(面倒だからさっさと告白してくればいいのに。この状態じゃ蒼生も俺もはっきり断れないじゃないか)
 今まで見てきた子たちとはそこが違う。明らかに気のある素振りを見せながら、言葉では何も言ってこない。こちらから動けないというのは正直面倒だ。
 ようやく2グループは人数がそろったのか、大騒ぎしながら出て行った。教室が少し静かになる。
「さっきの話だけどさ。蒼生ってカラオケ得意じゃないんだ」
 聞くと、蒼生は曖昧に笑った。
「得意じゃないっていうか、苦手っていうか。まず上手じゃないしね」
「ふーん。音楽のテストとかで聞く限り、そういう感じはしなかったけどな」
「そう? うーん、楽譜があって譜面通りに歌うとかなら、まだいいのかも。あんまり流行の歌とか聞かないし、そもそも大勢で行くあのわいわいした雰囲気がまず苦手で」
「ああ、それは俺もわかる」
 特に男女入り混じって盛り上がる感じ、あれは冬矢も苦手だ。いつだったか教師も含めクラス全員で行かざるを得ないことがあって、無理矢理大部屋に放り込まれたが、あの時の苦痛と言ったらなかった。注目されるのが嫌いなので最後まで拒否したが、強制される感じがどうしても合わない。それで雰囲気が壊れるのどうのと言われても、最初からそう言っただろうとしか返しようがない。あれきり何があっても断固拒否してきた。蒼生はそこまで下手な立ち回りはしないだろうが、おそらく似たようなイメージを持っていそうな気がする。
 付き合っていた彼女に連れて行かれたことならそこそこあるが、それは蒼生に言う必要はないだろう。しかも適当に流していてよく相手を怒らせていたのだから。
 そこに、足音を軽く響かせながら健太が教室に入ってきた。
「ただいまぁ。待たせてごめんな!」
 蒼生はその姿に目を細めると、座っていた席のフックにかけられていた鞄を、机の上に置いた。健太も蒼生が自分の椅子に座っていたことが嬉しくて、頭を掻いて笑う。
 健太は蒼生からその鞄を受け取りながらふたりの顔を交互に見た。
「なんの話してたの? ふたりして難しい顔してさ」
「ああ、俺たちカラオケが苦手だなっていう話」
 ははあ……、と健太は煮え切らないような相槌を打つ。
「蒼生と冬矢って、去年とかその前とか一緒に遊びに行ったりしてたじゃん。そういう時に行ったりしなかったんだ? カラオケなんてみんな通ってるもんだと思ってたけど。オレは友達とかと、しょっちゅう行ってたし」
 蒼生と冬矢は顔を見合わせる。
「遊びに行くのはだいたいゲームセンターからファストフードって流れが多かったから。それに、言うほどふたりで出かけてないよ」
「そうなの?」
「ふたりでは、な。ほとんど森が一緒だったもんな。どちらかといえば教室で勉強してることがほとんどだったんじゃないか。それ以外で蒼生とふたりになるなんて、俺の家に泊まりに来る時くらいだったからね」
「……ははーん。挑発かな?」
「まあね?」
 ゴングが鳴りそうになったので、蒼生が間に入って「まあまあ」と取りなす。それを見たふたりは、いったん目を合わせてから大人しく拳を引っ込めた。
 冬矢が腕を組む。
「俺たちはそんな感じだったけど。どちらかといえば幼馴染みのおまえとのほうがそういう機会あったんじゃないのか」
 その言葉に、勝ち誇ったように健太が表情を緩めた。
「まあな! ……つってもまあ、友達同士で行く時に一緒だったことはねえけどさ。家族ぐるみの付き合いしてるとさ、親に引っ張られて子供も一緒に行くことあるじゃん。それならあるな」
「ふーん。で、どう」
「どう、とは」
「そういう時でも苦手そう?」
 また冬矢は僕のことを健ちゃんに聞くんだからなあ、と思いながら、蒼生はにこにこそのやりとりを見ていた。が、次の健太の台詞にその表情が固まる。
「可愛い」
「は?」
「蒼生の歌は、可愛い」
 怪訝な顔の蒼生に対し、健太はいたって真面目な顔をしていた。何故ここでその表情なのか、蒼生には理解出来ない。
「ちょっ……なにそれ? 初めて聞いたんだけど!?」
「ふーん」
「冬、矢っ。なにその手。なんで急に腕掴んだの?」
「行くか」
「おっ。いいね」
「えっ……えぇー……」
 急に前のめりになった冬矢と嬉しそうな健太の間で少々固まっていた蒼生が、くすぐったそうな顔をして何度か頷く。
「……なるほどー、そういう流れかぁ」
 そう言って笑うと、蒼生は鞄を抱えて立ち上がった。

 ここだけの話、蒼生は決してカラオケもカラオケボックスという場所自体も苦手なわけではない。なんなら色々溜め込んでいた頃、1人で来たこともあったくらいだ。苦手なのは大勢で騒ぐ雰囲気と、人前で歌わされるということ。冬矢が例に出した音楽のテストも授業だったから仕方ないと割り切っていただけで、内心ものすごく落ち込んでいた。全員がこちらを見ていて、笑っているようなあの感じがどうしてもダメだったのだ。
(でもまあ、今日は人前って言っても健ちゃんと冬矢だし)
 このふたりなら、どんなに下手でも嘲笑ったりしないはずだ。
 とはいえ。
「トップバッターはやっぱ恥ずかしいなあ……」
 マイクを握って蒼生はリモコンをペンでつつく。
「しょーがないじゃん、ジャンケンで負けたの蒼生だし」
「うう、言い逃れしようがない公平性……」
「声出すっていう意味で、恥ずかしがっても今更仕方ない気がするけどな」
「めちゃくちゃイイ声聞かせてもらったもんな」
「…………っ!? わああああ、とりあえず今はそれは忘れて!」
「忘れらんねえよなあ、あれは」
「最高だったな」
「あああああ」
 この場所でこれ以上その思い出話を語られては困る。公共の場だ。いくらお互いの距離が近くて薄暗くて人も滅多に通らない部屋だったとしても、公共の場だ。慌てて蒼生は内容の吟味が出来ないまま、とにかく回数をこなしている歌を選んでリモコンに叩き込んだ。
「わ、笑わないでね!」
「笑うもんかよ」
「ほら、そっち立って」
「ええぇ……」
 追い立てられるようにふたりの視線の先に立つ。人の目線、と思うと一瞬体が固まりかけたが、健太の笑顔と冬矢の優しい目を見たら、ふっと力が抜けた。
(うん、大丈夫)
 すぅっと蒼生は息を吸う。上擦ることもなく、最初の音を出せたような気がする。それからは、もう気にしないことにした。好きな曲だ。好きな人といられること、小さなことが嬉しいこと、色々あってここまで来た、今こうして隣にいることを楽しんでいこうね、と。
(……あー。好きな人のことを歌う歌に共感する日が来るなんてなあ……)
 出来れば、幸せな歌にだけずっと共感していたい。まさかそんなふうに思うなんて。間奏を聞きながら、蒼生は小さく笑った。
 ただ、そう思いながらもきっかり気は散っていた。なんとか歌詞が流れる画面に集中してそちらを見ないようにしていたが、それにしてもしかし。
(見過ぎ! 見過ぎ!)
 心の中で訴えかけるが、まったく届いていないようだ。いや、これが授業中の視線ならば嫌な気がするところだが、視線の色が違う。なんというか、「舐めるような」というやつだ。
(……言葉にはしないけどさ……視姦ってこういうことだわ)
 それを無視して歌いきった蒼生は、己の集中力を褒めることにした。
 さて。
 大きく息をつく。
 最後の音の余韻が消えるのを待ってから、ちら、とそちらを見る。相変わらず遠慮のない目で見つめてきているふたりの視線は、まったく揺るがない。
「あの……」
 我慢できなくなった蒼生が声を上げると、冬矢がはぁっと息を吐いた。蒼生はびくりとする。
「……可愛いな」
「は?」
 真面目な顔で何を。さっきの健太の反応と同じじゃないかと健太を見ると、こちらもやはりひどく真面目な顔をしている。
「可愛いだろ」
「え?」
「滑らかに音を繋げるところ可愛いな」
「手がちょっと動いちゃうとこも可愛いだろ」
「小首を傾げるところ可愛いな」
「注目されて照れちゃうとこ可愛いだろ」
「優しい歌い方になるとこ可愛いな」
「好きってとこに情感こもっちゃうの可愛いだろ」
「息継ぎの瞬間声が混じるとこ可愛いな」
「ほんっと最高に声可愛いだろ」
「最高に可愛いな」
「全部可愛いの奇跡じゃね?」
「髪の1本から爪先に至るまですべて可愛いもんな」
 途中から止めることすら出来ず、すらすら掛け合いがされていく。一言積まれるたびにぞわぞわしていたのが、とうとう頭のてっぺんまで到達する。
「……や、やめて、恥ずかしいからやめてぇ! ふたりとも眼鏡かけたほうがいいんじゃない!?」
「両目1.5だけど」
「俺は1.0」
「そういう問題じゃなくって!」
 しかし冬矢はしれっと首を傾げた。
「何言ってるんだ、事実だろ」
「そうだよ。生まれてから今まで蒼生を可愛いと思わなかったことなんて一瞬もねえよ」
「えぇー……」
 蒼生は両手で顔を覆う。付き合い始めてから、ふたりはよくそれを言うようになった。世間では恋人が人よりよく見えるようになることを「フィルター」と言うそうだが、きっとそういうことなのだと思う。なぜなら自分の顔は散々鏡で見ているからだ。そうではないことは自分が一番よくわかっている。だけど。
 改めてふたりの間に座ると、冬矢が下から顔を覗き込んできた。
「蒼生」
「うん?」
「可愛いって言われるの嫌? 嫌だったら言うのやめるからね」
「やめるのは言うのだけ?」
「思うのは仕方ねぇだろ可愛いんだから」
「解決しないね?」
「まあな」
「で、でも客観的に見たらそんなことないと思うんだけど」
「何言ってんだ客観的に見てめちゃくちゃ可愛いぞ!」
「解決しないね!?」
 どうやらこのふたりのフィルターは相当強固なものらしい。
 ……まあ、いいか。
 蒼生はテーブルの上で汗をかき始めているりんごジュースを一口飲んだ。甘酸っぱい香りがふわりと鼻から抜ける。緊張で喉がカラカラだったのに今更気付く蒼生だ。
 と。
 冬矢がぽんと蒼生の頭に手を置く。
「話戻すけど、これに限らず嫌なことあったら言ってほしい。蒼生が嫌なことはしたくないからさ」
「うん。あ、でも、本当に、嫌なわけじゃないよ。現実は見てほしいなって思うけど。ふたりが“好き”って言う時と同じニュアンスで言ってくれてるのわかるから」
「…………!」
 蒼生があまりにさらりと言うので、ふたりは思わず固まる。健太はあまりの愛おしさに今すぐに抱き締めたい衝動に襲われていた。冬矢は返答までの間の短さにそれが蒼生の本音なのだと実感してやはり同じ衝動を抱えていた。好きな人に、「好き」が伝わっている。しかもその相手が、自分への愛情にとことん鈍感な蒼生なのだから。
 衝動に負けたのは、健太と冬矢同時だった。
 ぎゅっと抱き締めたぬくもりには、拒む気配はまったくない。
「蒼生ー! 好きだ!」
「好きだよ蒼生……」
 蒼生はふたりの腕をぎゅっと掴むと、ふわっと笑った。
「僕も好き!」

「あっおーい! デュエットしようぜ!」
「はーい」
「へえ、結構渋い選曲だな」
「親世代に連れられてカラオケスナックとか行ってたりするとそういうの覚えちゃうんだよな」
「健ちゃん、いつも妹とケンカしてたんだよ」
「そうそう、蒼生と歌うのはオレだーって」
「妹と? 大人げなく?」
「どっちも子供だからしかたねえだろ!」
「だから毎回、僕、途中から歌うパート変わるんだよねえ」
「ふーん」
 ――――。
「お粗末さまでした」
「蒼生と声合わせられるのって最高!」
「……蒼生は可愛かった。健太はセクハラ」
「なんでだよ!」

「あ、俺の番か」
「冬矢も苦手なんじゃないの?」
「仲良くもない奴らに囲まれたり注目されるのが嫌なだけ」
「そうなんだ」
「ああ。ここならいいよ。さて、と」
 ――――。
「…………!」
「…………!!」
「は!? 何!? おまえ音楽のテスト絶対手ぇ抜いてたろ!!」
「どうだった? 蒼生」
「……かっ……かっこいい……」
「ふふふ。ありがとう」
「おっまえ……どっかで弱点買ってこいよ!!」

「あっ、アニメの天アル主題歌入ってるよ」
「おぉー、ホントだ」
「へえ、ふたりも見てるんだ」
「そりゃもう原作1巻からオレたちファンだし」
「そういえば冬矢の本棚にもあったよね。じゃあ歌えたりする?」
「もちろん。ハモろうか?」
「……!」
「しれっとイケメン出して来やがって……さてはさっきのデュエットに対抗して来やがったな!? よし、勝負だ!」
「望むところだ」
 ――――。
「……はー」
「蒼生、どうだった!?」
「なんかすごく気持ちよかったぁ……」
「どっちが?」
「えっ、どっちも良かったよ。だから、えーと、ドローです」
「ドローか。よっしゃもう一勝負行くか」
「今度は手は抜かないからな」
「抜いてたのかよ!」

 外に出ると、すっかり暗くなっていた。
「あー、楽しかったぁ」
 にこにこしながら蒼生は鞄を抱き締める。
「もうちょっと時間欲しかったな」
 結局冬矢との勝負がつかなかった健太は名残惜しそうに頭上の看板を眺める。
「今度は休みの日に来ようね」
 当初の目的以上のものが得られた気がしている冬矢は穏やかに笑った。
 蒼生は相当楽しかったらしく、人が行き交う場所では常に保ち続けている表情が作れていない。だがふたりにはそれも嬉しい。
 そもそも健太にしろ冬矢にしろどちらも蒼生の声が好きなのだから、それがメロディに乗るのを聞くのはなんとも至福な時間だった。蒼生は苦手だと言っていたが、ふたりにとって音楽の歌唱テストも毎回実は楽しみだったのだ。
 もちろん、「笑われている」なんて蒼生の思い込みだ。周りの声が聞こえていたふたりには、そのざわめきが蒼生の綺麗な声に感嘆する溜め息で、表情も聞き惚れたゆえの笑顔であると知っていた。まだ言葉の足りない3人には、いくつかの齟齬が存在する。
 ただ、今の蒼生はその誤解すらどうでもよく思えるくらいふわふわとした気持ちよさに浸っていた。
「そっか。あとちょっとで休み入るんだよね」
「その前に成績表が返ってくるけどな」
「ああー、それなぁ……。蒼生との勉強会がちゃんと結果に反映されてますように……!」
「俺もかなり手伝ったと思うが」
「……くっ。そ、その節は……っ。ぐぐ、結果が出てから礼は言う!」
「言える結果が出ればいいな」
「出る! と、思う!」
 前に比べれば勉強も苦にならなくなった健太だ。それはもちろん蒼生がそばにいてくれたからだ。だから是非とも結果を出したいと思っている。
 あ、と突然蒼生が声を上げた。
 何だろうと見ると、ぱちくりと瞬きの数を増やしている。ふたりが好きな、蒼生の癖。
「もしかして、今日って、……カラオケデートってやつだった?」
「えっ?」
「あっ、違うならいいんだけど! もしかしたらなって思ったから!」
 健太と冬矢は顔を見合わせた。
「もしかしなくてもカラオケデートだけど」
「! そ、そっか」
 ふふ、と蒼生が笑う。
 恋人と出かけるなんて、なにか特別なことをしなくてもデートなのではないかと思うのだが、……そうだ。蒼生にとってはすべてが初めてのことなのだ。ふたりが今まで当然のようにしてきたことであっても、蒼生にはきっと新鮮なのだろう。これから蒼生が体験する「恋人らしいこと」は全部自分たちが初めてなのだ。
「……やっぱ、蒼生、可愛い」
「また言ったねえ」
「だって無理だってマジ可愛いもんめちゃくちゃ可愛いもん……」
「うーん、そっかぁ」
「俺、蒼生のこと大事にするからね」
「冬矢も急に?」
「急に伝えたくなった。蒼生があんまり可愛いから」
 蒼生は今にも飛び付きそうなふたりを困ったように見つめた。
「……あの、ふたりとも」
 それから小さく呟いた。
「帰りたくなくなっちゃうから、また今度にして?」
「!」
「!」
 ぱっと顔を赤くして、蒼生が駆け出す。
「さ、寒くなって来ちゃったよね、はっ……早く帰ろ!」
 呆然としていた健太と冬矢は、はっとしたようにその背を追って走り出した。
 暗くなった空には、星座が冬の形に輝いていた。

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