投稿日:2023年11月27日 22:26 文字数:15,171
23こ目;【番外編】きらきら光る、
ステキ数:1
冬矢が珍しく興味を示した、あの雑誌のイベント特集がようやく役に立つ日が来ました。
クリスマスデート回です!
リアルタイムではハロウィン直前ですが気付かなかったことにしてください。
ちなみに、2つ買って帰りました。
↑初掲載時キャプション↑
2021/10/29初掲載
https://pictbland.net/users/series/kazanet-tk/%E5%83%95%EF%BC%8B%E5%90%9B%E2%86%92Waltz%EF%BC%81
初掲載時がハロウィン前で、再掲が11月末という、クリスマス話。
そんなこともありますよね。
クリスマスデート回です!
リアルタイムではハロウィン直前ですが気付かなかったことにしてください。
ちなみに、2つ買って帰りました。
↑初掲載時キャプション↑
2021/10/29初掲載
https://pictbland.net/users/series/kazanet-tk/%E5%83%95%EF%BC%8B%E5%90%9B%E2%86%92Waltz%EF%BC%81
初掲載時がハロウィン前で、再掲が11月末という、クリスマス話。
そんなこともありますよね。
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時間は少しだけ巻き戻る。12月の期末試験まであとわずか、課外活動も許可された部以外の活動はほぼ休止となる頃だ。はっきりそうと決めたわけではなかったが、放課後は蒼生の部屋に集まって試験勉強をするのが日課となっていた。少し気分を変えるには図書館もいいんじゃないかと蒼生が提案したこともあったが、冬矢に却下された。
「どうせ静かに勉強するだけなんだ、場所はどこでもいい……けど人目がないほうが集中出来るんじゃないかな」
冬矢はそう言って、ふたりも納得した。蒼生としては少し緊張するがふたりといるのは嬉しいし、健太も蒼生との距離が違いから異論はなかった。
だが、冬矢の本音は少し違っていた。彼は図書館を警戒しているのだ。蒼生の好きな場所だから遠ざけたくはないが、蒼生が目をつけられたのはあの場所だ。出来れば委員会以外で近寄らせたくなかった。蒼生の言う「橋本先輩」から話は聞いて、相手の情報は掴んでいる。あれ以来まだ図書館には現れていないらしいが、万が一と言うこともある。用心するに越したことはないだろう。
「冬矢?」
はっと顔を上げると、蒼生が心配げに冬矢を見ていた。
「ああ、ごめん、なんでもないよ」
「考え事?」
「ちょっとね」
「さては僕のことでも考えてたー?」
「うん、そう」
「え」
蒼生の顔が朱に染まる。冗談のつもりだったのだろう、間髪入れず返されてぴたりと動きを止めてしまっている。冬矢は艶やかと表現しても許されるような笑みを浮かべた。
「いつだって蒼生のことで頭がいっぱいだよ」
「……テストのこと考えててください……」
照れてぎくしゃくと手元のノートに集中しようとする姿に、冬矢は胸をなで下ろした。
蒼生は冬矢に対してもだいぶ軽口を叩くようになった。拗ねたり笑ったりうんざりしたり冗談を言ったり、前よりももっと砕けた雰囲気を出すようになった。かと思うと時々急にこんなふうに緊張することもある。そのどれもが愛おしかった。
なにより、あの事件の後遺症らしきものが蒼生には見えない。それは本当に良かったと思う。ただ、表面上のことかもしれないから気は抜けないが。
冬矢は自分のノートに改めて目を落と……しかけて止めた。向かいのノートが気になったからだ。
「おい、健太。それ最初から数式間違ってる」
「あれ? そうだっけ」
「それにさっきから全然進んでないじゃないか。おまえここのところ全然集中出来てないよな」
他のことはそうでもないのだが、勉強に関して健太はだいぶムラがある。集中出来ていない時と出来ている時の差が大きかった。頭の中に何か気になるものがあるとそこに考えが行ってそれ以外がぞんざいになってしまうらしい。自分も言えた義理ではないが、勉強会中はそれに集中してほしい。
「今度は何を考えてるんだ……」
別に健太のフォローをしたいわけではないが、健太の気がそぞろだと蒼生が気にしてしまう。やむなくそう声をかけると、健太はぱたんとペンを置いた。そのうえ崩して座っていた脚をわざわざ整えて正座する。
ああ、これは良くない流れだ。冬矢は経験上、そう推測する。
「あの、さ」
「ああ」
「その……」
「なんだよ」
「オレ、蒼生とのえっちが忘れらんなくて……!」
「は!?」
冬矢と蒼生が綺麗にハモった。
いよいよ蒼生も机に突っ伏し、冬矢は呆れた目でやけに真剣な顔をしている健太を眺める。
「……おまえ……とことん素直な奴だな……」
「だっ、だって仕方なくね? あんなの、忘れられるわけないじゃん! なのにあれっきり蒼生に直接触らせてもらえないし、キスも深いのはダメだって言うし! あれ知っちゃったら、我慢すんのマジでしんどい……」
蒼生はぴくりとも動かない。
正直でまっすぐなのはいいことなのだろう。だがここまで直球を投げられると捕球するほうも大変だ。
「あのなあ、時期を考えろって言ったろ。あの時点でもう試験期間が見えてたんだからな。巻き返さなきゃいけないのはおまえなんだから、これはおまえの為なんだぞ」
「わかってるけどさー」
冬矢にも健太の気持ちはわかる。わかりすぎるほどわかる。だが蒼生の体の負担を考えると、今はその時ではない。テスト前に倒れさせるわけにはいかないからだ。
一方、突っ伏した蒼生は、半分パニックになりながら、残り半分で冷静に納得していた。あれ以来どちらもスキンシップが極端に減ったのも、触れるだけのキスしかしてこなくなったのも、そのせいか。冬矢が健太を制止していたのか。あの夜以前であれば不安になったところだが、実は今回ばかりは蒼生にも心当たりがあった。あの時、最後まで意識を保っていられなかったのを冬矢は気にしているのだろう。
「ご、ごめんね……僕が体力ないばっかりに」
机に向かって話すようにもごもごと蒼生がこぼす。
「あの時、安心したのといろいろあって疲れ果ててたから寝落ちしちゃったの、僕も反省してる」
それを聞いて慌てたのはふたりだ。別に蒼生に反省を促しているつもりは全くない。
「いや、いいんだ、最初から飛ばしすぎた自覚はある、俺こそごめん」
「そうそう、蒼生は何も悪くねえよ!」
それでも、と蒼生はのっそりと顔を上げた。
「やっぱり体力はつけたいんだよねえ……。不甲斐ないのは確かだもん」
冬矢はぽんと蒼生の頭に手を乗せる。ついでに健太に手元のクッションを投げつける。
「痛ぇな!」
「どっちについても、まずは試験が終わってからだよ。健太、おまえ前回と同じ程度の結果しか出なかったら、冬休みに補習って話になるぞ。そうなったらどうなる?」
「……まさか! 蒼生と遊べない……!?」
「俺は遊ぶけどな」
「…………!」
どうやらそれがいい起爆剤になったらしい。健太は急にきりりと表情を引き締め、教科書を引き寄せた。それを見てやれやれ、とふたりも改めて手元に……。
「あ」
再び健太が声を上げる。
「今度はどうしたの?」
「あのさ、ご褒美があったら頑張れる気がするんだよな」
ご褒美。蒼生が首を傾げ、冬矢が渋い顔をした。健太は気にせずに続ける。
「そうだなぁ……。半分より上だったらデートで、100位以内だったらお泊まり付きデート! そんで50位以内だったら蒼生がなんでもひとつ言うこと聞いてくれる!」
蒼生はぽかんとする。だって。
「でも健ちゃん、それって……んっ」
冬矢がぱっと右手を出し、蒼生の口を塞いだ。
「しっ。そんなのご褒美じゃなくても聞いてる、だろ」
「んん」
「それであいつがやる気になるならいいじゃないか。放っとこう」
「ん……っは、うん。心苦しいけど、健ちゃんの為なら……」
ちら、とふたりは健太を見る。既にやる気を出しているらしく、ガリガリと音を立てながら、健太は夢中で問題を解き始めていた。
そして試験も終わり、結果が帰ってくる段階になった。この学校では、すべての教科の解答用紙と順位を含めた一覧表がセットになって戻ってくる。
蒼生は一番上に折りたたんで留めてある一覧表の細長い紙を恐る恐るめくった。そうしてはあっと息を吐く。ギリギリだが一応学年10番台はキープ出来たようだ。中学までは一桁の常連だったが、進学校ではそう簡単にはいかない。とはいえ、親に怒られるような順位ではなさそうなのでほっとした。下手なことをして外出禁止でも食らったら困る。それに、健太が頑張っているのに自分が気を抜くわけにもいかない。健太より上でなければなんて思ったことはないが、健太に「蒼生なんてこんなもんか」と見限られてしまうのが怖かった。
蒼生はちらりと健太のほうを見る。結果はどうだっただろうか。
ホームルームが終わり、ざわめくクラスメイトたちの間を抜けて健太と冬矢がやってきた。
「蒼生、どうだった?」
「うーん、なんというか、こんな感じ」
「ああ、苦手な教科伸びてきてるね。文系強いのもさすがだ」
「……へへ」
「そう言うおまえはどうなん……あーいいや聞かなくても」
「俺はこれ」
「…………はー、そっすか」
「……さ、3」
「万が一にも健太に負けるわけにはいかないからな」
「絶対負けるなんざ思ってねえくせに!」
そこまで話が進めば、当然蒼生と冬矢の視線は健太の手元に行く。健太はそれに気が付いて、にぃっと笑った。
「見る?」
「見せなくてもいいよ。それならそれで、証拠不十分につき約束の件はなかったってことになるな」
「わー、すいませんでしたっ!」
健太がぱさりとそれを広げる。覗き込むと、学年順位の欄には数字が2つ並んでいた。2つ。2桁。
「さすがに50は無理だったけどさー。どう? 頑張った?」
「が、頑張った頑張った! えー、すごい、健ちゃん2桁初めてじゃない?」
「初めて! 最高が中3の時のギリ3桁だったから。オレやれば出来るじゃん!」
「わー、すごいすごい!」
きゃっきゃとはしゃぐ蒼生と健太を、冬矢は少し複雑な思いで見ていた。テスト前の様子ではここまで上げてくるとは思わなかった。大した奴だ。そう感心はするが、この順位のご褒美が「お泊まりデート」なのが悔しい。こっそり蒼生とふたりきりになるプランを計画していたのだが、その予定では健太も含めて考え直さざるを得ない。冬休みはそう長くもないのだから。せめてもっとハードルを上げさせるべきだったと思う。
冬矢はなんとか回避する方法を考えてみる。思い返せば、健太が宣言しただけで自分たちは了承していない。それを主張して突っぱねることは出来るかもしれないが、宣言に対して黙っていたのはこちらだ。肯定と取られても仕方ない。はー、と深く息を吐く。今更ごねても仕方ないのだろう。結局、冬矢には約束を反故にすることは出来ないようだ。……目の前で喜ぶ蒼生がいる以上は。
クリスマス当日より数日早い、よく晴れた日。蒼生と健太はそろって冬矢の家のインターホンを鳴らした。既に「公共モード」を外したふわふわ笑顔の蒼生を、冬矢は暖かい気持ちで迎え入れる。
からの。
「……っ、てめ、またオレを締め出そうと!」
「ああ、いたんだ」
「目ぇ合ったじゃねえか! この流れ、お約束にするつもりかよ」
「そうだな、おまえが諦めるまで続けるか」
「絶対今日どっかで撒いてやっからな」
「できるものなら」
そのやりとりをテニスのラリーのように見ていた蒼生がぽんと手を叩いた。
「そうだ、だったら僕が撒いてみるってどう? なんかイベントっぽくない?」
「却下」
「そんなこと言うと迷子紐括り付けるよ」
「ひぇ」
「……ちなみにその場合、紐はどこに括り付ける感じ?」
「健ちゃん?」
冬矢の部屋に荷物を置き、身軽な格好になって3人で外に出る。目的地は電車を乗り継いだ先だ。昔はロータリーだった駅前の広いスペースが、再開発の流れを受けて公園になっていた。ここでは季節ごとによくイベントが開催されている。特にクリスマス時期が評判で、ツリーが近隣では一番大きくて豪華だと話にはよく聞いていた。けれど今までは一緒に行こうなんて誰も言い出さなかった。人が多くて混雑するとわかっている場所に近付きたくない人間が3分の2いては当然だ。今年は、その3分の2のうちひとりが「行こう」と言い出して、もうひとりが「うん」と言った。残る3分の1が喜んだのは言うまでもない。
蒼生は電車の窓から色の薄い空を眺め、緩みそうな頬を両手で押さえた。今日は健太と冬矢、それぞれとプレゼントを買い合おうということになっている。今まで誕生日にプレゼントを贈ることはあったが、ふたりを相手にそのほかのイベントは特にやってこなかった。家庭内ですらクリスマスなんて風習はとうになくなっていたのだ。それが、恋人同士で贈り物をしあうイベントとして自分の元に戻ってくるとは。それがぞくぞくするほど嬉しかった。
「昼って予約してあるのか」
「おお、ばっちり。時間も余裕あるし」
健太が携帯を取り出し、画面を振って見せる。今日の昼食はチョイスも支払いも健太の担当だった。
これについてはひと悶着あった。蒼生がふたりとプレゼント交換をする話になった際、健太と冬矢はじゃあお互いどうするのか、という問題が勃発したのだ。恋敵という関係において、贈り物はすべきか否かで議論になった。というか、話をまとめると「お互い嫌だ」ということらしい。
(……友達ってことで贈ってもいいと思うんだけど、そういうもんでもないのかな……)
そう思ったが、口を挟む隙が無かった。
そしてしばらくわいわいした後、
「じゃあオレが昼を全員分出す」
「俺は夕飯を全額持つ」
ということで決着した。満足げなふたりの脇で、蒼生が腑に落ちない顔をする。
「あのさ、それ全体的に見ると僕の持ち出しが少なくない……?」
対して冬矢がぴしゃりと言い放つ。
「これは俺と健太の間の取り決めだから、蒼生は関係ないよ」
「…………? そう、なの、かな?」
「そうだよ!」
なんとなく勢いに押し切られた感じがしなくもない蒼生だ。その裏で、健太が冬矢に親指を立ててみせ、冬矢がそれに頷いたことには気付かなかったようである。
前回の予告通り健太が選んだのは焼肉屋の食べ放題だった。冬矢の目が少々冷たかったが、蒼生が珍しく好きなものを頼んでいたので、健太としては大満足だ。普段家族で食事に来ても、黙って選ばれたものを食べていた蒼生が。それもこれも、
「好きなの頼みなよ。オレがいたら食べきれないってことないからさ」
と自分が言ったからだと思うと嬉しすぎてどうにかなってしまいそうだ。その時の蒼生の「そっかぁ」の笑顔がめちゃくちゃ可愛かった。それと、いつかやりたかった財布片手に「ここはオレが」も出来たので満足だ。蒼生は何もしなくても健太を認めてくれるが、それでもやはりかっこいいところを見せたい。蒼生に喜んでもらいたい。蒼生にもいろいろな顔があると冬矢は言っていたしそれも事実だったが、やはり一番は笑っていてほしいと思う。
腹ごしらえを済ませて降りた駅前公園はたくさんの人で賑わっていた。まずどうしても目に入るのは、中央にそびえ立つ大きな樅の木だ。大きなボール型のカラフルなオーナメントがいくつもぶら下がっているのが遠目にもわかった。それを遠巻きにするようにテーブルと椅子がたくさん置いてあり、テーブルを賑やかにした家族連れが何組も楽しそうに過ごしている。周りにはログハウス風の小さな店が公園を囲むよう内側に向けて数多く並んでいた。飾りやおもちゃを売っている店もありそうだが、ケーキやお菓子を売っているほうが多いようだ。なるほどそれでイートインスペースが作られているのか。
「なんかフードコートみたいだな」
健太が呟き、思わず蒼生も頷いた。
「近くで見てみようぜ」
「うん」
3人は人の流れに沿うように、端から店を眺めて歩く。最初の店はよくテレビで見かけるような外国のクリスマス飾りを置いていた。小さなツリーが置かれた机には様々なオーナメント、サンタの人形が置かれた机には人形や置物。視線を巡らせば見慣れた駅ビルが見えるのに、木製の可愛らしい人形が並んでいるのを見ると、急に雰囲気がそれっぽくなる。建物がログハウス風なのもその雰囲気に一役買っているのだろう。
なんとなくその気になりながら次の店に行くと、急に大きなショーケースとパネルのクレープ屋。
「ギャップがすごいな」
「このちゃんぽん感嫌いじゃねえんだよな~」
「あ、わかる」
その次の店は、平台にたくさんクッキーを並べたお菓子屋だ。定番のジンジャークッキーが大きく場所を取っている。笑っていたり、びっくりしていたり、表情の豊かなクッキーがこちらを見ているのがなんだか愉快だ。一番後ろを歩いていた蒼生がふと足を止めた。
次の店は有名洋菓子チェーンの出店だった。ショーケースの中にはこの時期らしい飾り付けのホールケーキがたくさん並んでいる。それだけでなく、それぞれの好みがあってもいいように、1人用のサンタを模したムースやトナカイの形に作られたチョコレートケーキもあった。冬矢がそれを眺めて腕を組む。
「そういえばケーキって考えてなかったな」
「ああ、そういえば」
「ホールは3人じゃキツいだろうしな……」
「たぶんオレいけると思うけど」
「……見てるほうが胸焼けしそうだから遠慮したいな」
「そっかあ? ……あ」
健太がショーケースの端を見て声を上げた。冬矢が視線を辿ると、そこには両手に余裕で乗るくらいの大きさのチーズスフレがあった。普段からあるケーキだが、生クリームが波のように乗っていて、そこに銀のアラザンが散らされている。銀色のリボンのついたヒイラギの飾りが唯一クリスマスらしさを出していた。
「これ?」
「おお、クリスマスアレンジされてるけど、蒼生が大好きなやつ」
「へえ……」
冬矢がぱっと後ろを見ると、何故か蒼生がびくっと驚いたように一歩下がった。
「どうする?」
「えっ、あ、ごめん、聞いてなかった」
「ケーキ買って帰ろうかって話だよ」
「わ、いいね。健ちゃんの好きなフルーツタルトあるじゃん」
「蒼生の好きなスフレあるよ」
「う……」
「うーん……」
蒼生と健太は顔を見合わせると、それきり黙り込んでショーケースを眺める。呆れたように息を吐いた冬矢が、蒼生の肩をぽんと叩く。
「どっちにしても帰りに買おう。それまでにお互いの落とし所考えておきな」
次の店は間口が広い。様々な雑貨を扱った店だ。自分たちと同い年くらいだろうか、2人の女の子がはしゃぎながら髪飾りを試している。その横を通り過ぎると、クリスマスをイメージしたアクセサリーのコーナーがある。その片隅、色石だけのシンプルなピアスがグラデーションを描くように並べられた一角があった。
「そういや冬矢ってこういうのしないな。イメージあるけど」
突然健太がそんなことを言い出す。
「……おまえに言われると気色悪いな」
「あっ、ひでぇ」
「でもわかるなあ。冬矢、アクセサリー似合いそうだよね。耳にひとつ色石があったら……あ、似合う、かっこいいよ絶対」
蒼生まで。ただ蒼生に言われると当然悪い気はしない冬矢だ。
「ふーん。今までそんなの考えたこともなかったけどな。そういう蒼生たちは? ピアスホール開けたりしないの?」
ふたりはきょとんとする。
「オレ? オレも考えたことねえや。基本的にそーいうのって邪魔な感じしてさ」
「僕は……えーと」
「蒼生は怖いんだよな」
「怖い?」
首を傾げると、蒼生はちらりと冬矢を見てから恥ずかしそうに目を伏せた。
「まず、穴開けるって行為自体がちょっと怖い……。あと、そういうのってどっかに引っかけちゃったら怖くない? それと、人の耳に穴開いてるとなんか、うわあ、貫通してるーって思っちゃって」
健太が笑って蒼生の肩を引き寄せる。
「こう兄がピアス初めて着けたとき、蒼生のおばさんがめちゃくちゃ怒ってさー。それがあってからオレらの家では基本NGみたいな空気になったよな。こう兄は気にしてねえし、オレの姉ちゃんもその後しれっと開けてっけど」
「い、いや、あれはあのあと、こうちゃんもゆみちゃんも執拗に穴見せてくるから怖くなっちゃったんだってば!」
「なるほどな」
冬矢が深く頷くのを、蒼生は困ったような顔でちらっと見る。
「あの、それは僕の事情だから。冬矢は気にしなくてもいいっていうか」
ふっと冬矢は笑った。
「わかった。本気でつけたくなったらその時に相談するからね」
興味がないのは本当だ。冬矢はずっと装飾品なんて何の意味があるんだろうと思っていた。だがきっと蒼生は似合うだろうなと思った、それだけだ。そしてそれを共有できたらいいと思った。けれど怖がる蒼生に強制するほどのことでもない。ただ、たくさんある蒼生の苦手意識をいつか和らげられたらな、とは思う。
健太は少々苦い思いで店の中に足を踏み入れた。さっきの話をしていて、幼い頃の記憶が1つ蘇ってしまったからだ。幼稚園で親子遠足に行った時、たしか臨時で一緒に行った先生が花冠の作り方を教えてくれた。健太はどちらかと言えば不器用なほうなので、出来上がった花冠はとても上手だといえるものではなかった。だが、蒼生はたくさん褒めてくれた。すごいねえ、きれいだねえ、とにこにこ笑ってくれた。それが嬉しくて、健太は蒼生の頭にそれを乗せたのだった。蒼生はふんわりと笑って「ありがとう」と言った。綺麗だな、可愛いな、と思った。でも、あれを、蒼生の母は、
「男の子が花冠だなんてみっともない」
とすぐにむしり取って投げ捨ててしまった。
「健ちゃんががんばってつくってくれたのに」
蒼生が呆然と呟いた声。それを聞くと蒼生の母は「あら、そうだったの。健太くん、ごめんね」と健太に謝った。……今の今まで忘れていた。記憶から消そうとしていたのかもしれない。いい思い出ではなかったから。
あれからどうしたのだったか。健太は平台に並べられた革製の財布や名刺入れの列をぼんやり眺めながら思い出そうとする。笑っていても不意に視線を落とす蒼生をどうにか慰めたくて、何かしたはずだった。かわりになる何か。……冠のかわり。そうか、冠だ。やっぱり冠がいいと思ったんだ。折り紙を折ってテープで付けてわっかにして、そこに大きさもまちまちで色もバラバラの、あれはなんだったか、
「星だ」
そうだ。星をたくさん付けた冠を蒼生にかぶせたんだ。蒼生は泣きそうな顔で、やっぱりありがとうと言って笑った。
「え」
健太ははっとした。さっきの「星だ」は自分じゃない。だって思い出せなかったのだから。驚いて声のした方を見ると、蒼生が健太の隣から平台を覗き込んでいる。嬉しそうなその目線を追うと、そこには星の刻印が施されたパスケースが展示されていた。
ああ、こっちか、と健太は内心焦る。自分の心の中が見えてしまったのかと思った。
「し、シンプルだけどかっこいいよな」
「うん。僕、星の模様が好きなんだよね」
「そうだっけ」
「あー……。今まであんまり誰かに言ってこなかったかも。……うん。きっかけは覚えてないんだけど、なんか昔から好きなんだ」
どくん、と心臓が鳴る。
「あ、あのさ、蒼生、覚えてる? オレが小さい頃、星の冠をプレゼントしたこと」
「星の……? えーと……ああ、あれだ、真ん中に大きくて黄色い星がついてて、周りがカラフルな小さい星の! そっか、それだー。何の時にもらったんだっけ? でも、あれ、すごく嬉しかったんだよね。だから僕、星が好きなんだ。そっかそっか」
健太は耳が熱くなるのを感じていた。蒼生が今でも好きなモチーフは、あの不格好な冠から来ているのか。自分がプレゼントした。
「あれ、あげたきっかけ覚えてないの?」
「うーん、とにかく嬉しかったことしか……。探せばまだ部屋のどこかにあるよ」
「げっ。もうボロボロだろ、完成した時点で見た目ボロかったのに!」
「健ちゃんからもらったもの捨てらんないもん」
にこにこ笑って蒼生はさらりとそんなことを言う。あのきっかけを覚えていないことに安堵する気持ちと、自分が忘れていたことを覚えてくれていた嬉しさと、自分からもらったものを捨てられないという可愛さと、胸の奥で混ざってどうしたらいいかわからなくなる。いっそ好きだと叫んで人目を気にせず抱き締めたい。だが、さすがに場所が場所なのでそれをなんとか押しとどめる。
「これ、パスケース、お揃いにしよっか」
「あ、プレゼント?」
「そ。一緒のにしよ」
「うん!」
嬉しそうに蒼生が笑う。健太も心臓が胸から飛び出して行ってしまうのではないかと思うくらいに嬉しかった。
「決まった? 次行っていい?」
健太はおや、と振り向く。少し離れた所に冬矢が立っていた。どうやら自分と蒼生が話を終えるまで待っていたらしい。ちょっと意外だ。無言で蒼生を引っ張っていくくらい強引な奴だと思っていたのに。そういえば冷静になって思い返してみると、冬矢の態度はわりと軟化してきているような気がする。お互いが争っている場合ではないと話し合ったこともあるが、それは一時的なのだと思っていた。あれを守っているのだとしたら、なんだかんだで律儀な奴なのかもしれない。
さて、と冬矢が呟き、ちょいちょいと手招きをする。つられるように蒼生がその後を追っていく。蒼生が自分以外の所に嬉しそうに行くのが複雑だが、その後ろ姿も可愛いな、と思ってしまうところがある健太だった。
「蒼生さ、今マフラー持ってないよな」
「うん。去年お気に入りのを落としちゃって、それ以来いいかなって」
「俺のももうだいぶくたびれてきたし……プレゼント、マフラーにしない?」
「あ、いいね」
ふわっと笑ってついてくる蒼生は、幼い子供のよう。冬矢はこの無防備な笑顔が好きだ。両想いが判明して以来、蒼生は時々体全体で飛びついてきそうなとろけ方をするようになった。決して自分と健太以外には見せない顔だ。こういう時、思わず周りを気にしてしまう。出来れば本当に自分たちだけのものにしたかった。他の誰にも、ほんのわずかでも見せたくない。最初、無意識に周りの視線を遮るように動いてしまう自分に気付いた時は驚いたものだ。今ではすっかりそれが癖になっている。
店の奥、防寒具が並べられた中に、様々な色のマフラーがカーテンのように並んでいる。蒼生はそれを目に留めると難しい顔をしてぴたりと止まった。
「す、すごいたくさん種類があるね。どれがいいのか迷うなあ」
「直感でいいんだよ。ほら、どんな色が好き?」
薄いのから濃いのまで、一色ずつがたくさん。蒼生は途方に暮れかける。選ぶ。この中から。後退りしそうになって、踏みとどまる。そうだ、誰に迷惑をかけるわけではないのだから、何を選んだっていい。誰も困らない。
冬矢は直感でいいと言った。なら、やっぱり青? 自分が身につけるものは基本的に青だから、それが無難だ。それでも色にバリエーションがあって困るが、少し緑に近い海のような青色を選ぶ。穏やかで、心が落ち着くような色。
「……これかな」
「綺麗な色だね。俺はこれが好き」
冬矢が手に取って見せたのは、明るいグレー。先端のほうに銀色の糸が編み込まれていて華やかだ。それがまるで降る雪のようで。
「そっちもすごく綺麗」
「だろ? それを蒼生が買って、俺がこれを買うっていうのはどう?」
「え?」
すっと冬矢は蒼生の耳元に唇を寄せる。
「お互いが好きな色のマフラーをつけるのってよくない?」
「……っひぇ……」
蒼生がぱっと顔を赤くする。大人しく後ろで帽子を見ていた健太が思わずこちらを二度見した。
「うわーめちゃくちゃキザなことするわこの人……」
それを冬矢はふん、と鼻で笑って改めて蒼生に向き直る。
「蒼生は嫌?」
「嫌なんて滅相もない……うれしいです……」
「よかった」
「……あ、でも、冬の間しか付けられないね」
「じゃあさ、春になったらまた新しい何かを買おう。そうやってお揃い増やしていきたいね」
少しずつ。それは「これから」の約束の言葉に聞こえる。蒼生はぽーっとしたまま手にした海色のマフラーを見つめ、こくんと大きく頷いた。
だいぶ暗くなってきた。そろそろライトアップが始まるという時間になると、健太が歩きながら手招きをする。
「こっちこっち」
蒼生と冬矢は顔を見合わせたが、健太が特に説明をしないのでとりあえず案内に従うことにした。健太は公園から小道を1本挟んだ商業ビルの2階に上る。そして改装中の店の間を通り過ぎ、公園に面した通路に出た。ログハウスがちょうど途切れて、ツリーが全部見える場所だ。ツリーの周りに集まったたくさんの人たちを見下ろすその場所に、3人以外の姿はない。
「わー、こんなとこよく見つけたね?」
「両側とも改装中だから、通路が行き止まりに見えるんだよな。普通に通れるし来てもいいんだけど、なかなか気付かないとこなんだ」
当然、事前にしっかり下見に来ていた健太だ。ツリーの側に寄ってみたり駅ビルに上ったり検証を重ねた結果、明かりがつく瞬間はここがいいと思った。だから、後はその瞬間を待つだけだ。
蒼生が手すりの上で腕を組み、そこにぽすんと顎を乗せた。
「……今年ももうすぐ終わりだね」
健太が蒼生の右に立ち、蒼生に擦り寄る。
「なんかあっという間だったな」
冬矢は左から蒼生の側に寄り、そっと腰を抱く。
「いろんなことがあったからな」
その手の暖かさから感じるぞくぞくにちょっと震えてから、蒼生は小さく首を傾げた。
「すごくすごくゆっくりここまで来たけど、なんか最後駆け足だった気がする。なんか……なんていうかね、もっと段階踏まなきゃ進めないのかなって思ってたけど、……進めちゃったねー、って」
もぞもぞと、照れたように腕に顔を埋める蒼生。
冬矢は口ごもる。勢いがついたきっかけがきっかけだったから、それを口にするのは憚られた。が、健太は明るく笑う。
「そりゃあ、ずーっと我慢してたからな! その反動じゃねえの?」
「反動かー、そっか」
「十年以上バネ縮めてたんだから、跳ねたら相当だろ」
「その勢いでぶつかられてよく無事だったなあ」
蒼生も明るく笑うので、冬矢は目を細めて腰の手に力を込めた。
「……わっ」
「無事だった?」
「……若干、お見苦しいところを見せたような気がします」
「大丈夫、めっちゃ可愛かったから自信持てって!」
「うう、なんか恥ずかしい」
「最高に綺麗だったよ」
「……ひぇ」
目を泳がせて、蒼生は眼下に広がるクリスマス市の様子を眺めるふりをした。それから慌てたように、あ、と声を上げる。
「そ、そういえば、家でパーティとかってやってる?」
明らかに話題をそらしたなと思いながら、冬矢は首を捻った。
「記憶ないな。引っ越す前はやってたみたいだけど、基本的にはごはん食べに行ったりとかそんな感じ」
「ふうん。僕も幼稚園くらいまではすっごく小さいツリー飾られてたの見たことあるけど。やっぱりそういう行事ってやらなくなるよね」
健太は身を乗り出して蒼生の顔を覗き込んだ。
「そう? うち今年もでっけぇツリー出てるよ」
「へえ、そうなんだ」
「みのりがやりたがるからなあ。今日だって友達呼んでパーティするとか言ってた。ホントは蒼生を呼ぶつもりだったらしいぜ」
「えっ、そうなの? 僕聞いてないけど」
「最初っからオレが阻止したもん。その日蒼生はオレと出かけるからーって。めちゃくちゃ文句言われたけど、先約を理由に押し切った。ま、他の日でも阻止したけどな!」
「おまえ、中も外もライバルだらけで大変だな。ここは俺に任せて妹さんとずっと張り合っていればよかったのに」
「……いや何さりげなく排除しようとしてくれてんだ」
蒼生はなんとなく目を上げた。高いビルが多くて狭い空を見ながらぼんやり思う。みのりも幼馴染みの1人だから、優しくしてあげたい。ほぼ妹のようなものだし。けれど、彼女に直接誘われたとしても、やっぱりここに来ていただろうな、と思う。健太と冬矢は、とても特別な存在だから。他のどんな用事があっても、この場所を優先しただろう。
広場に流れていた音楽がふと止んだ。そこに、小さく鈴の音が流れ始める。
3人はその音の方向に目をやった。音が近付いて次第に駆け抜けるように遠くなっていくと、かわりに音楽が大きくなって、聞き慣れたクリスマスソングになっていく。同時に薄暗くなっていく店の明かり。そして鐘の音が高く3回鳴ると、公園の上部に巡らされた青色のライトが、順々に円を描くように付いていく。よく見ればそれは星座の形をしていた。夜空を凝縮したようなたくさんの星座。やがて中央まで来た光の波は、一瞬止まったかと思うと、ツリーを一瞬にしてろうそくの色の明かりに染めた。
「……っうわあ」
蒼生が思わず声を上げる。それは視界のすべてが暖かな光に包まれた瞬間だった。
「すごいね、すごく綺麗!」
「ここからの景色、蒼生に見せたかったんだ」
健太の声に、蒼生はくすぐったそうに笑った。
「嬉しい。ありがと、健ちゃん」
明らかににやにやしている健太の顔を、冬矢はちらりと見る。さっきはキザなんて言われたが、人のことを言えたものじゃないな、と心の中で毒づく。その冬矢の肩に、蒼生がことりと頭を乗せてきた。どきりとする。
「こんな綺麗な景色、健ちゃんと冬矢と見られるなんて。本当に嬉しい」
その言葉だけで健太に向けた嫉妬などすっと消えてしまうのだから、まったく、蒼生の笑顔には敵わない。
夕飯を終えて外に出ると、すっかり夜だ。気温も急に下がったが、やっぱり近くでもツリーが見たいと健太が言い、蒼生も同意したので冬矢も異議なく付いてきた。昼までの客層とは違い、周りはカップルだらけだ。ただ、蒼生はグレーのマフラーに顔を埋めながら、誇らしい気持ちでいっぱいだった。両側のかっこいい人たちは僕の彼氏ですよ、と思うと、この公園の中にいる誰よりも幸せな気がしたからだ。
「綺麗だね」
蒼生はツリーを見上げながら呟く。
そんな蒼生を冬矢はじっと見つめた。淡い光の中で、金色のツリーに照らされた蒼生の瞳が同じ色に輝いている。
「……こういう時のさ。君のほうが綺麗だよ、って定番のセリフあるだろ?」
「? うん」
「あれ、本当にそうなんだな」
「へ?」
虚を突かれたように蒼生は固まるが、冬矢はいたって真剣だ。あんなの、ただのお世辞だと思っていた。そう言えば喜ぶだろうという単純な下心なのだと。だがこうして、光を受け止める蒼生を見ていると、心からそう思える。本当に綺麗だ。
あの、と蒼生が言葉を探していると。
「なんか小腹が減った」
反対側にいて聞こえたのか聞こえていないのか、健太がのんきな声を上げた。
「……今夕飯食べて出てきたばかりだろう」
「ああ、めちゃくちゃ旨かったな、あのパスタ。それでも減ったもんは仕方ねえじゃん」
蒼生は渡りに船とばかり鞄を抱き締める。
「あっ、そうだ、実は、さっきクッキー買ったんだよ」
がさがさと鞄を漁り、可愛らしくラッピングされた星形のクッキーを取り出した。それは赤いゼリーや銀のアラザンで飾られたクッキーで、よく見れば真ん中に切り取り線のように穴が並んでいる。
「これね、店のお姉さんが半分こしやすいですよって勧めてくれたんだ」
蒼生は袋を開け、そのひとつを取り出す。
「あ、その、恋人とどうぞ、って」
冬矢はふっと笑う。さっき健太に邪魔された分は、後で取り戻すことにしよう。とりあえず今は。
「蒼生」
手にあったそれを奪って蒼生の口に半分突っ込むと、残り半分にかじりつき、ぱきんと割った。
「!」
「あっ!」
健太が慌てて蒼生を引き剥がす。蒼生は真っ赤な顔で口をもぐもぐさせている。
「美味しい。ごちそうさま」
「もーいはひまひて……」
健太は放心状態の蒼生の手から、袋を奪う。
「蒼生、オレも! オレも! ほら蒼生っ」
「んぐっ……う、っは、全部持ってった! 僕が半分かじってた意味ある?」
「うん、おいしい、蒼生、もう1個!」
「僕の分なくなるっ!」
ふふ、と冬矢は笑う。念のため辺りを窺ってみたが、どうやらカップルの皆さんは自分たちしか見えていないようだ。見られていたところで、どうせ友達同士のじゃれ合いにしか見えないだろう。
まあ、自分たちしか見えていないのはこちらも同じだが。
「……ふたりとも? 落ち着いて」
はっと我に返ったふたりが少々気まずそうに冬矢を見る。
「今すっげぇはしゃいでた気がする」
「小学生みたいだったよ」
「恥ずかし……」
冬矢は蒼生の頭をぽんぽんと柔らかく叩く。それから健太の頭を軽くはたいた。
「差!」
健太の抗議は聞かなかったことにする。
「さあ、そろそろ帰ろうか」
その声に、蒼生と健太はぴんっと背を伸ばし、それから同時に頷いた。
「うん」
「寒いもんなー」
「ああ。早くあったかくなろう」
小さく笑って。
光に背を押されるように、3人は駅に向かって歩き出した。
「どうせ静かに勉強するだけなんだ、場所はどこでもいい……けど人目がないほうが集中出来るんじゃないかな」
冬矢はそう言って、ふたりも納得した。蒼生としては少し緊張するがふたりといるのは嬉しいし、健太も蒼生との距離が違いから異論はなかった。
だが、冬矢の本音は少し違っていた。彼は図書館を警戒しているのだ。蒼生の好きな場所だから遠ざけたくはないが、蒼生が目をつけられたのはあの場所だ。出来れば委員会以外で近寄らせたくなかった。蒼生の言う「橋本先輩」から話は聞いて、相手の情報は掴んでいる。あれ以来まだ図書館には現れていないらしいが、万が一と言うこともある。用心するに越したことはないだろう。
「冬矢?」
はっと顔を上げると、蒼生が心配げに冬矢を見ていた。
「ああ、ごめん、なんでもないよ」
「考え事?」
「ちょっとね」
「さては僕のことでも考えてたー?」
「うん、そう」
「え」
蒼生の顔が朱に染まる。冗談のつもりだったのだろう、間髪入れず返されてぴたりと動きを止めてしまっている。冬矢は艶やかと表現しても許されるような笑みを浮かべた。
「いつだって蒼生のことで頭がいっぱいだよ」
「……テストのこと考えててください……」
照れてぎくしゃくと手元のノートに集中しようとする姿に、冬矢は胸をなで下ろした。
蒼生は冬矢に対してもだいぶ軽口を叩くようになった。拗ねたり笑ったりうんざりしたり冗談を言ったり、前よりももっと砕けた雰囲気を出すようになった。かと思うと時々急にこんなふうに緊張することもある。そのどれもが愛おしかった。
なにより、あの事件の後遺症らしきものが蒼生には見えない。それは本当に良かったと思う。ただ、表面上のことかもしれないから気は抜けないが。
冬矢は自分のノートに改めて目を落と……しかけて止めた。向かいのノートが気になったからだ。
「おい、健太。それ最初から数式間違ってる」
「あれ? そうだっけ」
「それにさっきから全然進んでないじゃないか。おまえここのところ全然集中出来てないよな」
他のことはそうでもないのだが、勉強に関して健太はだいぶムラがある。集中出来ていない時と出来ている時の差が大きかった。頭の中に何か気になるものがあるとそこに考えが行ってそれ以外がぞんざいになってしまうらしい。自分も言えた義理ではないが、勉強会中はそれに集中してほしい。
「今度は何を考えてるんだ……」
別に健太のフォローをしたいわけではないが、健太の気がそぞろだと蒼生が気にしてしまう。やむなくそう声をかけると、健太はぱたんとペンを置いた。そのうえ崩して座っていた脚をわざわざ整えて正座する。
ああ、これは良くない流れだ。冬矢は経験上、そう推測する。
「あの、さ」
「ああ」
「その……」
「なんだよ」
「オレ、蒼生とのえっちが忘れらんなくて……!」
「は!?」
冬矢と蒼生が綺麗にハモった。
いよいよ蒼生も机に突っ伏し、冬矢は呆れた目でやけに真剣な顔をしている健太を眺める。
「……おまえ……とことん素直な奴だな……」
「だっ、だって仕方なくね? あんなの、忘れられるわけないじゃん! なのにあれっきり蒼生に直接触らせてもらえないし、キスも深いのはダメだって言うし! あれ知っちゃったら、我慢すんのマジでしんどい……」
蒼生はぴくりとも動かない。
正直でまっすぐなのはいいことなのだろう。だがここまで直球を投げられると捕球するほうも大変だ。
「あのなあ、時期を考えろって言ったろ。あの時点でもう試験期間が見えてたんだからな。巻き返さなきゃいけないのはおまえなんだから、これはおまえの為なんだぞ」
「わかってるけどさー」
冬矢にも健太の気持ちはわかる。わかりすぎるほどわかる。だが蒼生の体の負担を考えると、今はその時ではない。テスト前に倒れさせるわけにはいかないからだ。
一方、突っ伏した蒼生は、半分パニックになりながら、残り半分で冷静に納得していた。あれ以来どちらもスキンシップが極端に減ったのも、触れるだけのキスしかしてこなくなったのも、そのせいか。冬矢が健太を制止していたのか。あの夜以前であれば不安になったところだが、実は今回ばかりは蒼生にも心当たりがあった。あの時、最後まで意識を保っていられなかったのを冬矢は気にしているのだろう。
「ご、ごめんね……僕が体力ないばっかりに」
机に向かって話すようにもごもごと蒼生がこぼす。
「あの時、安心したのといろいろあって疲れ果ててたから寝落ちしちゃったの、僕も反省してる」
それを聞いて慌てたのはふたりだ。別に蒼生に反省を促しているつもりは全くない。
「いや、いいんだ、最初から飛ばしすぎた自覚はある、俺こそごめん」
「そうそう、蒼生は何も悪くねえよ!」
それでも、と蒼生はのっそりと顔を上げた。
「やっぱり体力はつけたいんだよねえ……。不甲斐ないのは確かだもん」
冬矢はぽんと蒼生の頭に手を乗せる。ついでに健太に手元のクッションを投げつける。
「痛ぇな!」
「どっちについても、まずは試験が終わってからだよ。健太、おまえ前回と同じ程度の結果しか出なかったら、冬休みに補習って話になるぞ。そうなったらどうなる?」
「……まさか! 蒼生と遊べない……!?」
「俺は遊ぶけどな」
「…………!」
どうやらそれがいい起爆剤になったらしい。健太は急にきりりと表情を引き締め、教科書を引き寄せた。それを見てやれやれ、とふたりも改めて手元に……。
「あ」
再び健太が声を上げる。
「今度はどうしたの?」
「あのさ、ご褒美があったら頑張れる気がするんだよな」
ご褒美。蒼生が首を傾げ、冬矢が渋い顔をした。健太は気にせずに続ける。
「そうだなぁ……。半分より上だったらデートで、100位以内だったらお泊まり付きデート! そんで50位以内だったら蒼生がなんでもひとつ言うこと聞いてくれる!」
蒼生はぽかんとする。だって。
「でも健ちゃん、それって……んっ」
冬矢がぱっと右手を出し、蒼生の口を塞いだ。
「しっ。そんなのご褒美じゃなくても聞いてる、だろ」
「んん」
「それであいつがやる気になるならいいじゃないか。放っとこう」
「ん……っは、うん。心苦しいけど、健ちゃんの為なら……」
ちら、とふたりは健太を見る。既にやる気を出しているらしく、ガリガリと音を立てながら、健太は夢中で問題を解き始めていた。
そして試験も終わり、結果が帰ってくる段階になった。この学校では、すべての教科の解答用紙と順位を含めた一覧表がセットになって戻ってくる。
蒼生は一番上に折りたたんで留めてある一覧表の細長い紙を恐る恐るめくった。そうしてはあっと息を吐く。ギリギリだが一応学年10番台はキープ出来たようだ。中学までは一桁の常連だったが、進学校ではそう簡単にはいかない。とはいえ、親に怒られるような順位ではなさそうなのでほっとした。下手なことをして外出禁止でも食らったら困る。それに、健太が頑張っているのに自分が気を抜くわけにもいかない。健太より上でなければなんて思ったことはないが、健太に「蒼生なんてこんなもんか」と見限られてしまうのが怖かった。
蒼生はちらりと健太のほうを見る。結果はどうだっただろうか。
ホームルームが終わり、ざわめくクラスメイトたちの間を抜けて健太と冬矢がやってきた。
「蒼生、どうだった?」
「うーん、なんというか、こんな感じ」
「ああ、苦手な教科伸びてきてるね。文系強いのもさすがだ」
「……へへ」
「そう言うおまえはどうなん……あーいいや聞かなくても」
「俺はこれ」
「…………はー、そっすか」
「……さ、3」
「万が一にも健太に負けるわけにはいかないからな」
「絶対負けるなんざ思ってねえくせに!」
そこまで話が進めば、当然蒼生と冬矢の視線は健太の手元に行く。健太はそれに気が付いて、にぃっと笑った。
「見る?」
「見せなくてもいいよ。それならそれで、証拠不十分につき約束の件はなかったってことになるな」
「わー、すいませんでしたっ!」
健太がぱさりとそれを広げる。覗き込むと、学年順位の欄には数字が2つ並んでいた。2つ。2桁。
「さすがに50は無理だったけどさー。どう? 頑張った?」
「が、頑張った頑張った! えー、すごい、健ちゃん2桁初めてじゃない?」
「初めて! 最高が中3の時のギリ3桁だったから。オレやれば出来るじゃん!」
「わー、すごいすごい!」
きゃっきゃとはしゃぐ蒼生と健太を、冬矢は少し複雑な思いで見ていた。テスト前の様子ではここまで上げてくるとは思わなかった。大した奴だ。そう感心はするが、この順位のご褒美が「お泊まりデート」なのが悔しい。こっそり蒼生とふたりきりになるプランを計画していたのだが、その予定では健太も含めて考え直さざるを得ない。冬休みはそう長くもないのだから。せめてもっとハードルを上げさせるべきだったと思う。
冬矢はなんとか回避する方法を考えてみる。思い返せば、健太が宣言しただけで自分たちは了承していない。それを主張して突っぱねることは出来るかもしれないが、宣言に対して黙っていたのはこちらだ。肯定と取られても仕方ない。はー、と深く息を吐く。今更ごねても仕方ないのだろう。結局、冬矢には約束を反故にすることは出来ないようだ。……目の前で喜ぶ蒼生がいる以上は。
クリスマス当日より数日早い、よく晴れた日。蒼生と健太はそろって冬矢の家のインターホンを鳴らした。既に「公共モード」を外したふわふわ笑顔の蒼生を、冬矢は暖かい気持ちで迎え入れる。
からの。
「……っ、てめ、またオレを締め出そうと!」
「ああ、いたんだ」
「目ぇ合ったじゃねえか! この流れ、お約束にするつもりかよ」
「そうだな、おまえが諦めるまで続けるか」
「絶対今日どっかで撒いてやっからな」
「できるものなら」
そのやりとりをテニスのラリーのように見ていた蒼生がぽんと手を叩いた。
「そうだ、だったら僕が撒いてみるってどう? なんかイベントっぽくない?」
「却下」
「そんなこと言うと迷子紐括り付けるよ」
「ひぇ」
「……ちなみにその場合、紐はどこに括り付ける感じ?」
「健ちゃん?」
冬矢の部屋に荷物を置き、身軽な格好になって3人で外に出る。目的地は電車を乗り継いだ先だ。昔はロータリーだった駅前の広いスペースが、再開発の流れを受けて公園になっていた。ここでは季節ごとによくイベントが開催されている。特にクリスマス時期が評判で、ツリーが近隣では一番大きくて豪華だと話にはよく聞いていた。けれど今までは一緒に行こうなんて誰も言い出さなかった。人が多くて混雑するとわかっている場所に近付きたくない人間が3分の2いては当然だ。今年は、その3分の2のうちひとりが「行こう」と言い出して、もうひとりが「うん」と言った。残る3分の1が喜んだのは言うまでもない。
蒼生は電車の窓から色の薄い空を眺め、緩みそうな頬を両手で押さえた。今日は健太と冬矢、それぞれとプレゼントを買い合おうということになっている。今まで誕生日にプレゼントを贈ることはあったが、ふたりを相手にそのほかのイベントは特にやってこなかった。家庭内ですらクリスマスなんて風習はとうになくなっていたのだ。それが、恋人同士で贈り物をしあうイベントとして自分の元に戻ってくるとは。それがぞくぞくするほど嬉しかった。
「昼って予約してあるのか」
「おお、ばっちり。時間も余裕あるし」
健太が携帯を取り出し、画面を振って見せる。今日の昼食はチョイスも支払いも健太の担当だった。
これについてはひと悶着あった。蒼生がふたりとプレゼント交換をする話になった際、健太と冬矢はじゃあお互いどうするのか、という問題が勃発したのだ。恋敵という関係において、贈り物はすべきか否かで議論になった。というか、話をまとめると「お互い嫌だ」ということらしい。
(……友達ってことで贈ってもいいと思うんだけど、そういうもんでもないのかな……)
そう思ったが、口を挟む隙が無かった。
そしてしばらくわいわいした後、
「じゃあオレが昼を全員分出す」
「俺は夕飯を全額持つ」
ということで決着した。満足げなふたりの脇で、蒼生が腑に落ちない顔をする。
「あのさ、それ全体的に見ると僕の持ち出しが少なくない……?」
対して冬矢がぴしゃりと言い放つ。
「これは俺と健太の間の取り決めだから、蒼生は関係ないよ」
「…………? そう、なの、かな?」
「そうだよ!」
なんとなく勢いに押し切られた感じがしなくもない蒼生だ。その裏で、健太が冬矢に親指を立ててみせ、冬矢がそれに頷いたことには気付かなかったようである。
前回の予告通り健太が選んだのは焼肉屋の食べ放題だった。冬矢の目が少々冷たかったが、蒼生が珍しく好きなものを頼んでいたので、健太としては大満足だ。普段家族で食事に来ても、黙って選ばれたものを食べていた蒼生が。それもこれも、
「好きなの頼みなよ。オレがいたら食べきれないってことないからさ」
と自分が言ったからだと思うと嬉しすぎてどうにかなってしまいそうだ。その時の蒼生の「そっかぁ」の笑顔がめちゃくちゃ可愛かった。それと、いつかやりたかった財布片手に「ここはオレが」も出来たので満足だ。蒼生は何もしなくても健太を認めてくれるが、それでもやはりかっこいいところを見せたい。蒼生に喜んでもらいたい。蒼生にもいろいろな顔があると冬矢は言っていたしそれも事実だったが、やはり一番は笑っていてほしいと思う。
腹ごしらえを済ませて降りた駅前公園はたくさんの人で賑わっていた。まずどうしても目に入るのは、中央にそびえ立つ大きな樅の木だ。大きなボール型のカラフルなオーナメントがいくつもぶら下がっているのが遠目にもわかった。それを遠巻きにするようにテーブルと椅子がたくさん置いてあり、テーブルを賑やかにした家族連れが何組も楽しそうに過ごしている。周りにはログハウス風の小さな店が公園を囲むよう内側に向けて数多く並んでいた。飾りやおもちゃを売っている店もありそうだが、ケーキやお菓子を売っているほうが多いようだ。なるほどそれでイートインスペースが作られているのか。
「なんかフードコートみたいだな」
健太が呟き、思わず蒼生も頷いた。
「近くで見てみようぜ」
「うん」
3人は人の流れに沿うように、端から店を眺めて歩く。最初の店はよくテレビで見かけるような外国のクリスマス飾りを置いていた。小さなツリーが置かれた机には様々なオーナメント、サンタの人形が置かれた机には人形や置物。視線を巡らせば見慣れた駅ビルが見えるのに、木製の可愛らしい人形が並んでいるのを見ると、急に雰囲気がそれっぽくなる。建物がログハウス風なのもその雰囲気に一役買っているのだろう。
なんとなくその気になりながら次の店に行くと、急に大きなショーケースとパネルのクレープ屋。
「ギャップがすごいな」
「このちゃんぽん感嫌いじゃねえんだよな~」
「あ、わかる」
その次の店は、平台にたくさんクッキーを並べたお菓子屋だ。定番のジンジャークッキーが大きく場所を取っている。笑っていたり、びっくりしていたり、表情の豊かなクッキーがこちらを見ているのがなんだか愉快だ。一番後ろを歩いていた蒼生がふと足を止めた。
次の店は有名洋菓子チェーンの出店だった。ショーケースの中にはこの時期らしい飾り付けのホールケーキがたくさん並んでいる。それだけでなく、それぞれの好みがあってもいいように、1人用のサンタを模したムースやトナカイの形に作られたチョコレートケーキもあった。冬矢がそれを眺めて腕を組む。
「そういえばケーキって考えてなかったな」
「ああ、そういえば」
「ホールは3人じゃキツいだろうしな……」
「たぶんオレいけると思うけど」
「……見てるほうが胸焼けしそうだから遠慮したいな」
「そっかあ? ……あ」
健太がショーケースの端を見て声を上げた。冬矢が視線を辿ると、そこには両手に余裕で乗るくらいの大きさのチーズスフレがあった。普段からあるケーキだが、生クリームが波のように乗っていて、そこに銀のアラザンが散らされている。銀色のリボンのついたヒイラギの飾りが唯一クリスマスらしさを出していた。
「これ?」
「おお、クリスマスアレンジされてるけど、蒼生が大好きなやつ」
「へえ……」
冬矢がぱっと後ろを見ると、何故か蒼生がびくっと驚いたように一歩下がった。
「どうする?」
「えっ、あ、ごめん、聞いてなかった」
「ケーキ買って帰ろうかって話だよ」
「わ、いいね。健ちゃんの好きなフルーツタルトあるじゃん」
「蒼生の好きなスフレあるよ」
「う……」
「うーん……」
蒼生と健太は顔を見合わせると、それきり黙り込んでショーケースを眺める。呆れたように息を吐いた冬矢が、蒼生の肩をぽんと叩く。
「どっちにしても帰りに買おう。それまでにお互いの落とし所考えておきな」
次の店は間口が広い。様々な雑貨を扱った店だ。自分たちと同い年くらいだろうか、2人の女の子がはしゃぎながら髪飾りを試している。その横を通り過ぎると、クリスマスをイメージしたアクセサリーのコーナーがある。その片隅、色石だけのシンプルなピアスがグラデーションを描くように並べられた一角があった。
「そういや冬矢ってこういうのしないな。イメージあるけど」
突然健太がそんなことを言い出す。
「……おまえに言われると気色悪いな」
「あっ、ひでぇ」
「でもわかるなあ。冬矢、アクセサリー似合いそうだよね。耳にひとつ色石があったら……あ、似合う、かっこいいよ絶対」
蒼生まで。ただ蒼生に言われると当然悪い気はしない冬矢だ。
「ふーん。今までそんなの考えたこともなかったけどな。そういう蒼生たちは? ピアスホール開けたりしないの?」
ふたりはきょとんとする。
「オレ? オレも考えたことねえや。基本的にそーいうのって邪魔な感じしてさ」
「僕は……えーと」
「蒼生は怖いんだよな」
「怖い?」
首を傾げると、蒼生はちらりと冬矢を見てから恥ずかしそうに目を伏せた。
「まず、穴開けるって行為自体がちょっと怖い……。あと、そういうのってどっかに引っかけちゃったら怖くない? それと、人の耳に穴開いてるとなんか、うわあ、貫通してるーって思っちゃって」
健太が笑って蒼生の肩を引き寄せる。
「こう兄がピアス初めて着けたとき、蒼生のおばさんがめちゃくちゃ怒ってさー。それがあってからオレらの家では基本NGみたいな空気になったよな。こう兄は気にしてねえし、オレの姉ちゃんもその後しれっと開けてっけど」
「い、いや、あれはあのあと、こうちゃんもゆみちゃんも執拗に穴見せてくるから怖くなっちゃったんだってば!」
「なるほどな」
冬矢が深く頷くのを、蒼生は困ったような顔でちらっと見る。
「あの、それは僕の事情だから。冬矢は気にしなくてもいいっていうか」
ふっと冬矢は笑った。
「わかった。本気でつけたくなったらその時に相談するからね」
興味がないのは本当だ。冬矢はずっと装飾品なんて何の意味があるんだろうと思っていた。だがきっと蒼生は似合うだろうなと思った、それだけだ。そしてそれを共有できたらいいと思った。けれど怖がる蒼生に強制するほどのことでもない。ただ、たくさんある蒼生の苦手意識をいつか和らげられたらな、とは思う。
健太は少々苦い思いで店の中に足を踏み入れた。さっきの話をしていて、幼い頃の記憶が1つ蘇ってしまったからだ。幼稚園で親子遠足に行った時、たしか臨時で一緒に行った先生が花冠の作り方を教えてくれた。健太はどちらかと言えば不器用なほうなので、出来上がった花冠はとても上手だといえるものではなかった。だが、蒼生はたくさん褒めてくれた。すごいねえ、きれいだねえ、とにこにこ笑ってくれた。それが嬉しくて、健太は蒼生の頭にそれを乗せたのだった。蒼生はふんわりと笑って「ありがとう」と言った。綺麗だな、可愛いな、と思った。でも、あれを、蒼生の母は、
「男の子が花冠だなんてみっともない」
とすぐにむしり取って投げ捨ててしまった。
「健ちゃんががんばってつくってくれたのに」
蒼生が呆然と呟いた声。それを聞くと蒼生の母は「あら、そうだったの。健太くん、ごめんね」と健太に謝った。……今の今まで忘れていた。記憶から消そうとしていたのかもしれない。いい思い出ではなかったから。
あれからどうしたのだったか。健太は平台に並べられた革製の財布や名刺入れの列をぼんやり眺めながら思い出そうとする。笑っていても不意に視線を落とす蒼生をどうにか慰めたくて、何かしたはずだった。かわりになる何か。……冠のかわり。そうか、冠だ。やっぱり冠がいいと思ったんだ。折り紙を折ってテープで付けてわっかにして、そこに大きさもまちまちで色もバラバラの、あれはなんだったか、
「星だ」
そうだ。星をたくさん付けた冠を蒼生にかぶせたんだ。蒼生は泣きそうな顔で、やっぱりありがとうと言って笑った。
「え」
健太ははっとした。さっきの「星だ」は自分じゃない。だって思い出せなかったのだから。驚いて声のした方を見ると、蒼生が健太の隣から平台を覗き込んでいる。嬉しそうなその目線を追うと、そこには星の刻印が施されたパスケースが展示されていた。
ああ、こっちか、と健太は内心焦る。自分の心の中が見えてしまったのかと思った。
「し、シンプルだけどかっこいいよな」
「うん。僕、星の模様が好きなんだよね」
「そうだっけ」
「あー……。今まであんまり誰かに言ってこなかったかも。……うん。きっかけは覚えてないんだけど、なんか昔から好きなんだ」
どくん、と心臓が鳴る。
「あ、あのさ、蒼生、覚えてる? オレが小さい頃、星の冠をプレゼントしたこと」
「星の……? えーと……ああ、あれだ、真ん中に大きくて黄色い星がついてて、周りがカラフルな小さい星の! そっか、それだー。何の時にもらったんだっけ? でも、あれ、すごく嬉しかったんだよね。だから僕、星が好きなんだ。そっかそっか」
健太は耳が熱くなるのを感じていた。蒼生が今でも好きなモチーフは、あの不格好な冠から来ているのか。自分がプレゼントした。
「あれ、あげたきっかけ覚えてないの?」
「うーん、とにかく嬉しかったことしか……。探せばまだ部屋のどこかにあるよ」
「げっ。もうボロボロだろ、完成した時点で見た目ボロかったのに!」
「健ちゃんからもらったもの捨てらんないもん」
にこにこ笑って蒼生はさらりとそんなことを言う。あのきっかけを覚えていないことに安堵する気持ちと、自分が忘れていたことを覚えてくれていた嬉しさと、自分からもらったものを捨てられないという可愛さと、胸の奥で混ざってどうしたらいいかわからなくなる。いっそ好きだと叫んで人目を気にせず抱き締めたい。だが、さすがに場所が場所なのでそれをなんとか押しとどめる。
「これ、パスケース、お揃いにしよっか」
「あ、プレゼント?」
「そ。一緒のにしよ」
「うん!」
嬉しそうに蒼生が笑う。健太も心臓が胸から飛び出して行ってしまうのではないかと思うくらいに嬉しかった。
「決まった? 次行っていい?」
健太はおや、と振り向く。少し離れた所に冬矢が立っていた。どうやら自分と蒼生が話を終えるまで待っていたらしい。ちょっと意外だ。無言で蒼生を引っ張っていくくらい強引な奴だと思っていたのに。そういえば冷静になって思い返してみると、冬矢の態度はわりと軟化してきているような気がする。お互いが争っている場合ではないと話し合ったこともあるが、それは一時的なのだと思っていた。あれを守っているのだとしたら、なんだかんだで律儀な奴なのかもしれない。
さて、と冬矢が呟き、ちょいちょいと手招きをする。つられるように蒼生がその後を追っていく。蒼生が自分以外の所に嬉しそうに行くのが複雑だが、その後ろ姿も可愛いな、と思ってしまうところがある健太だった。
「蒼生さ、今マフラー持ってないよな」
「うん。去年お気に入りのを落としちゃって、それ以来いいかなって」
「俺のももうだいぶくたびれてきたし……プレゼント、マフラーにしない?」
「あ、いいね」
ふわっと笑ってついてくる蒼生は、幼い子供のよう。冬矢はこの無防備な笑顔が好きだ。両想いが判明して以来、蒼生は時々体全体で飛びついてきそうなとろけ方をするようになった。決して自分と健太以外には見せない顔だ。こういう時、思わず周りを気にしてしまう。出来れば本当に自分たちだけのものにしたかった。他の誰にも、ほんのわずかでも見せたくない。最初、無意識に周りの視線を遮るように動いてしまう自分に気付いた時は驚いたものだ。今ではすっかりそれが癖になっている。
店の奥、防寒具が並べられた中に、様々な色のマフラーがカーテンのように並んでいる。蒼生はそれを目に留めると難しい顔をしてぴたりと止まった。
「す、すごいたくさん種類があるね。どれがいいのか迷うなあ」
「直感でいいんだよ。ほら、どんな色が好き?」
薄いのから濃いのまで、一色ずつがたくさん。蒼生は途方に暮れかける。選ぶ。この中から。後退りしそうになって、踏みとどまる。そうだ、誰に迷惑をかけるわけではないのだから、何を選んだっていい。誰も困らない。
冬矢は直感でいいと言った。なら、やっぱり青? 自分が身につけるものは基本的に青だから、それが無難だ。それでも色にバリエーションがあって困るが、少し緑に近い海のような青色を選ぶ。穏やかで、心が落ち着くような色。
「……これかな」
「綺麗な色だね。俺はこれが好き」
冬矢が手に取って見せたのは、明るいグレー。先端のほうに銀色の糸が編み込まれていて華やかだ。それがまるで降る雪のようで。
「そっちもすごく綺麗」
「だろ? それを蒼生が買って、俺がこれを買うっていうのはどう?」
「え?」
すっと冬矢は蒼生の耳元に唇を寄せる。
「お互いが好きな色のマフラーをつけるのってよくない?」
「……っひぇ……」
蒼生がぱっと顔を赤くする。大人しく後ろで帽子を見ていた健太が思わずこちらを二度見した。
「うわーめちゃくちゃキザなことするわこの人……」
それを冬矢はふん、と鼻で笑って改めて蒼生に向き直る。
「蒼生は嫌?」
「嫌なんて滅相もない……うれしいです……」
「よかった」
「……あ、でも、冬の間しか付けられないね」
「じゃあさ、春になったらまた新しい何かを買おう。そうやってお揃い増やしていきたいね」
少しずつ。それは「これから」の約束の言葉に聞こえる。蒼生はぽーっとしたまま手にした海色のマフラーを見つめ、こくんと大きく頷いた。
だいぶ暗くなってきた。そろそろライトアップが始まるという時間になると、健太が歩きながら手招きをする。
「こっちこっち」
蒼生と冬矢は顔を見合わせたが、健太が特に説明をしないのでとりあえず案内に従うことにした。健太は公園から小道を1本挟んだ商業ビルの2階に上る。そして改装中の店の間を通り過ぎ、公園に面した通路に出た。ログハウスがちょうど途切れて、ツリーが全部見える場所だ。ツリーの周りに集まったたくさんの人たちを見下ろすその場所に、3人以外の姿はない。
「わー、こんなとこよく見つけたね?」
「両側とも改装中だから、通路が行き止まりに見えるんだよな。普通に通れるし来てもいいんだけど、なかなか気付かないとこなんだ」
当然、事前にしっかり下見に来ていた健太だ。ツリーの側に寄ってみたり駅ビルに上ったり検証を重ねた結果、明かりがつく瞬間はここがいいと思った。だから、後はその瞬間を待つだけだ。
蒼生が手すりの上で腕を組み、そこにぽすんと顎を乗せた。
「……今年ももうすぐ終わりだね」
健太が蒼生の右に立ち、蒼生に擦り寄る。
「なんかあっという間だったな」
冬矢は左から蒼生の側に寄り、そっと腰を抱く。
「いろんなことがあったからな」
その手の暖かさから感じるぞくぞくにちょっと震えてから、蒼生は小さく首を傾げた。
「すごくすごくゆっくりここまで来たけど、なんか最後駆け足だった気がする。なんか……なんていうかね、もっと段階踏まなきゃ進めないのかなって思ってたけど、……進めちゃったねー、って」
もぞもぞと、照れたように腕に顔を埋める蒼生。
冬矢は口ごもる。勢いがついたきっかけがきっかけだったから、それを口にするのは憚られた。が、健太は明るく笑う。
「そりゃあ、ずーっと我慢してたからな! その反動じゃねえの?」
「反動かー、そっか」
「十年以上バネ縮めてたんだから、跳ねたら相当だろ」
「その勢いでぶつかられてよく無事だったなあ」
蒼生も明るく笑うので、冬矢は目を細めて腰の手に力を込めた。
「……わっ」
「無事だった?」
「……若干、お見苦しいところを見せたような気がします」
「大丈夫、めっちゃ可愛かったから自信持てって!」
「うう、なんか恥ずかしい」
「最高に綺麗だったよ」
「……ひぇ」
目を泳がせて、蒼生は眼下に広がるクリスマス市の様子を眺めるふりをした。それから慌てたように、あ、と声を上げる。
「そ、そういえば、家でパーティとかってやってる?」
明らかに話題をそらしたなと思いながら、冬矢は首を捻った。
「記憶ないな。引っ越す前はやってたみたいだけど、基本的にはごはん食べに行ったりとかそんな感じ」
「ふうん。僕も幼稚園くらいまではすっごく小さいツリー飾られてたの見たことあるけど。やっぱりそういう行事ってやらなくなるよね」
健太は身を乗り出して蒼生の顔を覗き込んだ。
「そう? うち今年もでっけぇツリー出てるよ」
「へえ、そうなんだ」
「みのりがやりたがるからなあ。今日だって友達呼んでパーティするとか言ってた。ホントは蒼生を呼ぶつもりだったらしいぜ」
「えっ、そうなの? 僕聞いてないけど」
「最初っからオレが阻止したもん。その日蒼生はオレと出かけるからーって。めちゃくちゃ文句言われたけど、先約を理由に押し切った。ま、他の日でも阻止したけどな!」
「おまえ、中も外もライバルだらけで大変だな。ここは俺に任せて妹さんとずっと張り合っていればよかったのに」
「……いや何さりげなく排除しようとしてくれてんだ」
蒼生はなんとなく目を上げた。高いビルが多くて狭い空を見ながらぼんやり思う。みのりも幼馴染みの1人だから、優しくしてあげたい。ほぼ妹のようなものだし。けれど、彼女に直接誘われたとしても、やっぱりここに来ていただろうな、と思う。健太と冬矢は、とても特別な存在だから。他のどんな用事があっても、この場所を優先しただろう。
広場に流れていた音楽がふと止んだ。そこに、小さく鈴の音が流れ始める。
3人はその音の方向に目をやった。音が近付いて次第に駆け抜けるように遠くなっていくと、かわりに音楽が大きくなって、聞き慣れたクリスマスソングになっていく。同時に薄暗くなっていく店の明かり。そして鐘の音が高く3回鳴ると、公園の上部に巡らされた青色のライトが、順々に円を描くように付いていく。よく見ればそれは星座の形をしていた。夜空を凝縮したようなたくさんの星座。やがて中央まで来た光の波は、一瞬止まったかと思うと、ツリーを一瞬にしてろうそくの色の明かりに染めた。
「……っうわあ」
蒼生が思わず声を上げる。それは視界のすべてが暖かな光に包まれた瞬間だった。
「すごいね、すごく綺麗!」
「ここからの景色、蒼生に見せたかったんだ」
健太の声に、蒼生はくすぐったそうに笑った。
「嬉しい。ありがと、健ちゃん」
明らかににやにやしている健太の顔を、冬矢はちらりと見る。さっきはキザなんて言われたが、人のことを言えたものじゃないな、と心の中で毒づく。その冬矢の肩に、蒼生がことりと頭を乗せてきた。どきりとする。
「こんな綺麗な景色、健ちゃんと冬矢と見られるなんて。本当に嬉しい」
その言葉だけで健太に向けた嫉妬などすっと消えてしまうのだから、まったく、蒼生の笑顔には敵わない。
夕飯を終えて外に出ると、すっかり夜だ。気温も急に下がったが、やっぱり近くでもツリーが見たいと健太が言い、蒼生も同意したので冬矢も異議なく付いてきた。昼までの客層とは違い、周りはカップルだらけだ。ただ、蒼生はグレーのマフラーに顔を埋めながら、誇らしい気持ちでいっぱいだった。両側のかっこいい人たちは僕の彼氏ですよ、と思うと、この公園の中にいる誰よりも幸せな気がしたからだ。
「綺麗だね」
蒼生はツリーを見上げながら呟く。
そんな蒼生を冬矢はじっと見つめた。淡い光の中で、金色のツリーに照らされた蒼生の瞳が同じ色に輝いている。
「……こういう時のさ。君のほうが綺麗だよ、って定番のセリフあるだろ?」
「? うん」
「あれ、本当にそうなんだな」
「へ?」
虚を突かれたように蒼生は固まるが、冬矢はいたって真剣だ。あんなの、ただのお世辞だと思っていた。そう言えば喜ぶだろうという単純な下心なのだと。だがこうして、光を受け止める蒼生を見ていると、心からそう思える。本当に綺麗だ。
あの、と蒼生が言葉を探していると。
「なんか小腹が減った」
反対側にいて聞こえたのか聞こえていないのか、健太がのんきな声を上げた。
「……今夕飯食べて出てきたばかりだろう」
「ああ、めちゃくちゃ旨かったな、あのパスタ。それでも減ったもんは仕方ねえじゃん」
蒼生は渡りに船とばかり鞄を抱き締める。
「あっ、そうだ、実は、さっきクッキー買ったんだよ」
がさがさと鞄を漁り、可愛らしくラッピングされた星形のクッキーを取り出した。それは赤いゼリーや銀のアラザンで飾られたクッキーで、よく見れば真ん中に切り取り線のように穴が並んでいる。
「これね、店のお姉さんが半分こしやすいですよって勧めてくれたんだ」
蒼生は袋を開け、そのひとつを取り出す。
「あ、その、恋人とどうぞ、って」
冬矢はふっと笑う。さっき健太に邪魔された分は、後で取り戻すことにしよう。とりあえず今は。
「蒼生」
手にあったそれを奪って蒼生の口に半分突っ込むと、残り半分にかじりつき、ぱきんと割った。
「!」
「あっ!」
健太が慌てて蒼生を引き剥がす。蒼生は真っ赤な顔で口をもぐもぐさせている。
「美味しい。ごちそうさま」
「もーいはひまひて……」
健太は放心状態の蒼生の手から、袋を奪う。
「蒼生、オレも! オレも! ほら蒼生っ」
「んぐっ……う、っは、全部持ってった! 僕が半分かじってた意味ある?」
「うん、おいしい、蒼生、もう1個!」
「僕の分なくなるっ!」
ふふ、と冬矢は笑う。念のため辺りを窺ってみたが、どうやらカップルの皆さんは自分たちしか見えていないようだ。見られていたところで、どうせ友達同士のじゃれ合いにしか見えないだろう。
まあ、自分たちしか見えていないのはこちらも同じだが。
「……ふたりとも? 落ち着いて」
はっと我に返ったふたりが少々気まずそうに冬矢を見る。
「今すっげぇはしゃいでた気がする」
「小学生みたいだったよ」
「恥ずかし……」
冬矢は蒼生の頭をぽんぽんと柔らかく叩く。それから健太の頭を軽くはたいた。
「差!」
健太の抗議は聞かなかったことにする。
「さあ、そろそろ帰ろうか」
その声に、蒼生と健太はぴんっと背を伸ばし、それから同時に頷いた。
「うん」
「寒いもんなー」
「ああ。早くあったかくなろう」
小さく笑って。
光に背を押されるように、3人は駅に向かって歩き出した。
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