高原 風音

ふんわりいちゃ甘な創作BL小説をメインで活動しています!
基本的にはハピエン厨というより、ハッピーに始まりハッピーに進んでハッピーに終わる、一言で言うと“始終ハッピー主義”。
主にPixivで作品を発表しており、こちらには順次再掲を行っております。現在執筆中のシリーズは3人組のゆるふわいちゃあまラブ『僕+君→Waltz!』(R-18あり)。完結済みのシリーズには、自由奔放な少年がハッピーエンドを迎えるまでのお話『初恋みたいなキスをして』(R-18)があります。
そのほか、ちまちまと短編BLを書いたりしています。
また、ここでは紹介しませんが、ファンタジー?ふうのシリーズ『碧色の軌跡』(完結済み・恋愛要素なし)やオリジナル短編などもあったりしますので、興味がありましたらぜひ。
二次創作もぼちぼちやっております。

プロフィールタグ

投稿日:2023年12月07日 23:11    文字数:24,323

26こ目;君じゃなくちゃダメなんだ! 第6話

ステキ数:1
コメントを送りました
ステキ!を送りました
ステキ!を取り消しました
ブックマークに登録しました
ブックマークから削除しました
コメントはあなたと作品投稿者のみに名前と内容が表示されます
大きな決断も下し、これからのことを考えながらも、恋人になった蒼生と日々楽しく過ごす健太。
けれど最近、冬矢の様子が以前と少し違うことが気にかかり…。
さらには蒼生も何か言いたいことがあるようで?

『君じゃなくちゃダメなんだ!』最終回です。(シリーズはまだ続きます)

↑初掲載時キャプション↑
2021/11/19初公開
https://pictbland.net/users/series/kazanet-tk/%E5%83%95%EF%BC%8B%E5%90%9B%E2%86%92Waltz%EF%BC%81
本編における「健太視点の物語」はこれでおしまい。
このお話の中のある健太の感想が、いずれ95こ目に繋がります。
1 / 1
 ノートを抱えて階段を駆け上がる。
「蒼生ー、ここ教えて」
 ドアを開けながらそれをぱらぱらとめくる。振り返った蒼生はにこにこ笑ってる。オレは窓際の机に向けて大股で歩み寄る。
「どこ?」
「ここ。たぶん明日先生に指されると思うんだよな」
「ああ、これ。ええとね、これはこの数式でしょ。数字が3だから、……これなら計算出来る?」
「んー。そっか。あ、じゃあこうだ!」
「そうそう」
 うん、うん。オレもそうじゃないかと思ってたんだ。途中までいい感じに計算出来てたし。だけどちょっと心配だったからさ。
「あとは大丈夫?」
「うん、こことこことこれとそこ。あとこっちの教科」
「多いなあ」
 言いながら、蒼生は嬉しそうだ。はあ、今日も蒼生の存在が愛おしい。蒼生がいる世界万歳。全世界にありがとう!
「あっちのテーブルでやらない?」
 床でぽつんと待っているローテーブルを指さすと、いいよ、と軽やかな声。やった。いそいそとローテーブルの前に座り、ぽんぽんと膝を叩くと、蒼生はちょっと目を丸くしてからふんわりと笑う。それから、オレの足の上にちょこんと座った。……可愛い。可愛すぎる。
「健ちゃん……ちょっとキツい」
 ……あれっ。オレ抱き締めてた? えっ無意識? だ、だってこんな可愛くて甘い香りのする綿菓子みたいのが乗っかってきたら無理ないよな。うん。ない。不可抗力だ。
 綿菓子……舐めたら溶けるかな。
「で、どこだっけ」
 はっ。いかんいかん。目的を見失うとこだった。
「こちらをお願いしまーす」
「承知しましたー」
 こうして抱き締めながら話を聞いてると、声が近い。直接オレの中で響いているんじゃないかって錯覚しそうになる。はー。満たされる……。
 いや、あの、ちゃんと頭に知識が入ってくるって意味も含めてな! 授業でもちゃんと聞いてるつもりなんだけどさ、なんでか蒼生の説明のほうが覚えられるんだよ。
 そんでもって、オレが一番質問しちゃうのが、国語の問題。国語ってさ、問題文、っていうか、長めの文章読むじゃん。そういう時、蒼生の口調が朗読風になる。昔、ずっと絵本を読んでもらってたオレにとって、それは最高の癒やしなんだ。癒やされすぎて眠くなるのが難点だけどなあ。
「……で、この修飾語がこっちにかかるから、意味としてはAの選択肢が一番近い。というわけ」
 丁寧に説明して、蒼生が首をこっちにぐるりと向けた。近い。顔近い。可愛い。好き。このまま床に押しつけて、その優しく笑う唇を奪いたい。
 ……あー、だから!
「なるほどな! 蒼生ってほんと、説明上手だよなー。よくわかった。ありがと!」
 膝の上の蒼生を持ち上げて、ゆっくりラグの上に下ろす。それから、テーブルの上に広げたノートをまとめた。
「これで明日何聞かれてもバッチリだわ。まさかオレがちゃんと予習する日がやってくるなんてなー。本当にありがとな。じゃっ」
「……帰っちゃうの?」
「ん、助かった!」
 あれ、蒼生何か言いかけたかな。部屋を出る時にもう一度蒼生のほうを見ると、ちょうど俯いた顔を上げるとこだった。ぱっと笑って、手を振ってくれる。よし、明日も頑張ろ。


 はー、今日も朝練ハードだった。
 やめるって決めたけど、きちんとやりきりたいんだよな。冬の大会も一応出してもらったし。そう、ちゃんと点だって決めてきたんだぜ。うちの高校、そんなに強豪じゃないから、オレの1点と先輩の1点だけで惜敗、初戦敗退だったけどさ。最後に結果出しちゃったもんで、チームメイトからはありがたいことに残留のお誘いもいただいた。でも最後だから集中出来たのかもなって気もするし、将来のこととか考えると、やっぱここで区切りを付けるのがちょうどいいのかなって思う。学年末で終わらせるつもりだから、残り幾つかある練習試合なんかは、基本的にはサポートに回るつもりだ。1年お世話になったから恩返しの意味も含めて。
 教室に入ったオレは、席に蒼生の姿を探す。あれっ。いない。でも鞄は机の上に置いてあるな。冬矢のとこか? ちょっと前のほうに目をやると、冬矢が片腕で頬杖をつきながら、机の上の紙をペンで叩いてるのが見えた。絵に描いたような無表情だ。……いや、あれはちょっと機嫌悪ぃな。
「おはよー」
 声をかけてみると、まったく表情を崩さないまま「おはよう」と小さく返してくる。いつもより低い声。
「なんだよ。蒼生は?」
 冬矢はちら、と教室の前の入り口あたりを見る。なんだ? ……あー。蒼生が女の子と話してる。黒髪セミロングのおとなしそうな感じの子。隣のクラスの子だな。えーと、なんつったっけ。話したことないな。井野……そうだ、井野さんだ。へー、珍し。蒼生があんまり面識ないっぽい人と1対1で、って、なかなか見ない光景だ。んで、蒼生にほっとかれて、こいつはこういう拗ねた態度をとってるってわけか。
「珍しいけど別に目くじら立てるほどのことじゃ……」
 ねえだろ、と言いかけて、冬矢の手元に目が行った。表みたいな、線がいろいろ引っ張ってある紙が広げて置いてある。見たことあるな。あ、これ、履歴書?
「なんだそりゃ。バイトでも始めるんか?」
「ああ。実は前からオーナーに誘われてたんだ」
「スカウトじゃん」
「その言い方がこの場合正確かどうかは置いておくとして。……昔から通ってる小さなカフェのオーナーが、手が回らないらしくて、手伝いくらいの感覚でいいから来てほしいんだそうだ」
 へーえ。まあ、この見た目だもんなあ。どんな店だか知らないけど、客寄せにはもってこいだよな。ただ、外面いいけど、ホントに優しいのは蒼生にだけじゃん。接客業って務まんのかな。
 それはともかく、こいつ、オレと話しながら、視線はずっとドアのほうに行ったままだ。
「4月から始めようと思ってたんだけど、慣れるために土日何回か来てくれって言われてるんだ。書類は一応形だけってことで」
「なんで? すぐに始めても大丈夫なんじゃねえの?」
「おまえの部活が終わらないだろ」
 ……あ。そうか。そういうことな。オレの部活と冬矢のバイトが被ったら、蒼生がひとりになる。それが怖いんだ。本当に、いつどこでどんなことが起こるか、わかったもんじゃねえんだから。蒼生には、オレか冬矢か、どっちかのそばに出来るだけいてほしいってお願いしてる。そんで、蒼生も了承してくれてる。
 しかしあれだな、本当にこいつの世界って、蒼生が中心なんだな。当然オレもそうだけど。
 チャイムが鳴る寸前になって、蒼生はようやく戻って来た。蒼生はオレの顔をみると、あ、と顔をほころばせる。
「おはよう健ちゃん」
 んー、今日も最高の笑顔。
「蒼生、あの子と知り合いだったの?」
「知り合いっていうかな。廊下で落し物拾ってあげたことがあったんだけど、それがきっかけでちょっと話すようになったんだ」
 お、それって蒼生じゃなくて恋に憧れ抱いてたりしてる奴が同じ状況になったら、まず間違いなくだったら恋が始まるやつじゃん。蒼生だから始まんねえけど。だって、蒼生にはオレが……オレたちがいるからな。
 冬矢も蒼生が戻ってやっと肩の力を抜いたみたいだ。いや、わかる、わかるよ、いつだって蒼生が心配なのは。でも視界に入ってる間くらいは少し気ぃ抜いててもいいだろうになあ。不器用なんかな? そりゃ、蒼生があの子に特別な感情持ってたらヤバいと思うかもしれないけど、顔見てればそんなことないのははっきりわかるじゃん。ま、あっちはわかんないけどさ。

 何日かして。その日はオレが部活のミーティングで、冬矢は例のバイトの面接に行く日だった。
「どうせ決まってるんだから面接なんてどうでもいいのに……」
「まあまあ。お店の都合もあるんでしょ。大丈夫、ちゃんと健ちゃんのこと待って一緒に帰るから」
 蒼生がなだめると、後ろ髪を引かれるように何度も振り返りながら冬矢は教室を出て行った。これ、今日1日ずっとこんな感じだからな。オレに対しても繰り返し何度も何度も釘刺してったんだぜ? オレが蒼生残して帰るわけねえじゃん、なあ?
「いいなー。僕もバイトしようかなあ」
 その背を見送った蒼生が、しみじみと呟いた。
「へえ、初耳。なんか欲しいものでもあんの?」
「うーん、今何がって言われると思いつかないけど、何かの時にお小遣いだけって心許ないよね。僕だって遊びに行く時に……その」
「たしかに、もっと自由に使えたらいいよな。蒼生ん家ってオッケーだっけ」
「こうちゃんもみどりちゃんも高校からバイトしてたし、僕だけダメってことは……たぶんないと思うんだけど……」
 そうなんだよなー。なんか知らないけど、おばさん蒼生に一番厳しいからなあ。
「んー。ともかく、あいつ働き始めたら茶化しに行こうな」
「また怒られるよー」
「蒼生と一緒に行けばセーフだろ」
 差し引きゼロで許されるんじゃね? ただ、蒼生がオレとふたりで現れたらそれはそれでなんか言われそうな気はする。
 けど、なるほどなあ。今までは部活で精一杯で、他に何をしようなんて考えたことなかった。冬矢が何を急に思い立ったか知らねえけど、たしかに悪いことじゃねえな。バイトして……最初のバイト代で……あ、普通親とかになんか買ったりするか。出来るだけ残して、蒼生に全部つぎ込みてぇな……。この高校バイト禁止じゃないし、いいな、そうだな、考えよう。勉強をおろそかにするなって親には言われそうだけど、そこは蒼生がいるから大丈夫だ。
 蒼生が時計を見上げて、あっと声を上げた。
「健ちゃん、ミーティング遅れちゃわない?」
 あっやべぇ。そうだった。あー、蒼生とずっと一緒にいたいのに。冬矢じゃねえけど、どうせあとちょっとでいなくなる人間がミーティング出て周りも変な感じしないかね。
「それじゃ蒼生、そろそろ行くけど、その」
 柔らかく頷いて、蒼生は両膝に手を乗せた。
「うん。教室から一歩も出ない。大丈夫」
 オレも、蒼生が約束を破るなんて思っちゃいない。ただ、周りが怖い。どこにどんな落とし穴があるか、どこの陰に罠が仕込まれてるか、わかったもんじゃないんだ。オレはそれを知ってしまった。一瞬の隙を見せただけで全部かっさらわれることもあるんだって。
 あー、くっそ。
 もうとにかく、終わったら早く帰ってくる。それしかねえ。
 で。あの話してこの話してメニューの改善の話とか卒業生を送る会だとかなんとか、こういう時に限ってボリュームのある話が出て盛り上がるんだよ。なんでだろな。オレは「お疲れ様でした」の「た」くらいで部室を飛び出した。廊下は一応走っちゃいけないことになってるもんで、できる限りの早足で。
 そんでようやく辿り着いた教室には、そこそこの人数が残ってわいわいやってた。その中に蒼生の姿を探す。ああ、よかった。席にいる。席に……ん? 向かい合って座ってるの、井野さんだな。井野さんは手元の、あれ、スケッチブック? に、なにやら一生懸命鉛筆を走らせてる。蒼生はそれを見てるのかな。時々何か会話をしてるっぽい。楽しそう、な、感じ?
 …………。
 あー。オレ、復唱しろ。蒼生には蒼生の交友関係。蒼生には蒼生の交友関係。蒼生には蒼生の交友関係。よし。
 昔、蒼生に言ったことがある。「恋人は恋人、親友は親友、どっちも大事でいいだろ」って。あの時、蒼生が離れようとしてたことがすごくしんどくて。オレは蒼生が親友として大事で、恋人といる時間もそうだけど、おまえといる時間もすごく大切なんだって伝えたかった。まさかこうなるなんて思ってなかったからさ。だけど、恋人も親友もどっちも蒼生になった今、なんかブーメランみたいに刺さってくるんだよ。それぞれ個人である以上、それぞれの交友関係があって当たり前だ。なのに、どうしても思っちまう。「オレだけを見て」って。あー。あの時の言葉が間違ってるとは、本当に今でも思ってねえんだ。でも。だけど。
 好き、ってこんな貪欲な気持ちだったっけ?
 蒼生がぱっと上げた目が、オレの目と合った。途端、蒼生の肩の線が下がる。
「おかえり!」
 ……今すぐぎゅってしたい。
「あ、寺田くん戻ってきた? ごめんね、時間取らせて」
 井野さんもオレに気付いて、机の上に散らばった文房具をかき集め始める。あれ、やっぱなんか作業してたのか。
「いいよー、なんかやってたんだろ。オレのことは気にしないで。ってか何してんの」
 ああ、と蒼生が笑う。
「あのね、手を描いてもらってた」
「手?」
 スケッチブックはそれか。ちら、と目をやると、井野さんは勢いよくそれを隠す。あ。いけねえ、デリカシーなかったな。
「ごめんごめん、つい目ぇ行っちゃった」
「あっ、私、いや、ごめんなさい、全然、そういうわけじゃなくて、習性でつい隠しちゃっただけで、見られたくないわけじゃ決して」
 勢いよく頭を振ってそう言うと、そーっと隠したスケッチブックを机の上に出した。わ、すげえ、ホントに蒼生の手じゃん。いろんな角度で描かれた優しい手。
「上手だよね」
「おー、綺麗だな」
 こういうの苦手だからな、得意な人ってすごいと思う。しみじみ眺めてると、井野さんは手に持ったままの鉛筆を手の中で転がし始めた。
「実は……私、漫画クラブに入ってて。うまくなりたいなって最近ちゃんとデッサンを始めたのね。でも人見知りな性格のせいか、男子に声かけられなくて、なかなかモデルしてくれる人探せずにいて」
 なるほど、なんか照れちゃう感じあるよな、わかるわかる。
「そしたら野木沢くんが私のノート拾ってくれた時、落書きで描いたデッサンを素敵だねって褒めてくれて……あ、この人なら話聞いてくれるかもってお願いしちゃった。今日は寺田くんを待ってるから、その間ならいいよって言ってくれたから」
 蒼生の雰囲気はねー、そうなんだよ。話聞いてくれそうって、誰もがそう言う。実際ちゃんと聞いてくれるしなー。オレもずっとそう思ってたんだ。笑って頷いてもらうだけでも癒やされるもんな。実は蒼生は笑ってたけど、困ってることも多かったんだって、オレすら知ったのは最近だからさ。
 さて、今日はどうだろう。オレはじっと蒼生の目を見る。ふんわりした色。あ、これ、今日はなんか大丈夫そうだな。
「オレも描いてるとこ見てみたかったなー」
 軽く言うと、蒼生が明るい顔で頷く。
「健ちゃんもこう言ってるし。せっかくだからもうちょっと進める?」
「いいの? ありがとう!」
 井野さんは遠慮なく、新しいページを開いた。
 オレも隣から椅子を引っ張ってきて座る。井野さんが鉛筆を握った。おお、早い。のに丁寧で綺麗。へー。じっと蒼生の手を見ていたかと思うと、同じ角度に線を引く。薄いのとか濃いのとか。線がちゃんと形になってくんだからすげえな。井野さんは爪の線を描いて、それから、ほおっと息を吐いた。
「野木沢くんの手って綺麗だよね」
「そんなことな」
「だよな!」
 おっと、しまった。なんか言おうとしてた蒼生の言葉を遮っちまった。だけど、そう。そうなんだよ! わかってんな!
「このさー、固そうでもなく柔らかすぎるわけでもなく、滑らかなこの角度!」
「! このすらりとした指の長さ、爪の角度、関節に至るまで、すごくバランスが取れててかっこいいの!」
「きめ細やかな肌の質感とかさ!」
「この第一関節の感じが綺麗だと思うんだけど!」
「おお、わかってるじゃん! この角度どうよ。こう……手をねじって、指をこう曲げて、ほら、この包み込むような感じ!」
「寺田くんナイス!!」
「だろ!」
 井野さんは紙に食いつくような勢いでスケッチを始める。ふふふ、オレおすすめ、とっておきの角度だからな。このアングル、めちゃくちゃ色っぽいんだ。オレは美術が苦手だけど、一度だけ先生に褒めてもらったことがある。それは友達の手を描いてみましょうって授業で、蒼生の手を描いた時だ。あれはオレがどうというわけじゃなく、蒼生の手が美しかったからだと今でも確信を持ってる。
 ……蒼生? 蒼生はオレを見てにこにこ笑ってる。
「ん?」
「いや、健ちゃん楽しそうだなって思って」
 そうか? だって蒼生が褒められたんだぞ。オレが嬉しくないはずないじゃんか。
「健ちゃんはこういう、パーツのひとつでも褒めてくれるよね」
「褒めてるってか、オレは事実を述べてるに過ぎねえんだわ」
「うーん」
 蒼生は曖昧に笑ってちょっと困った顔をした。これも最近知ったんだけど、蒼生は褒められるのも苦手らしい。冬矢は、蒼生が自分に自信ないからなんだって言う。あーあ、これが人前じゃなきゃなあ……今すぐ態度でもって、本当に蒼生はどこもかしこも綺麗だよって教えたいのに。別にそれが苦手だっていうならそれはそれでいいんだ。苦手なんて誰にだってあるしさ。だから、蒼生自身がどう思ってるかじゃなくて、オレがどう思ってるかを伝えたい。だってオレは本当の本当に、蒼生のすべてを綺麗だと思ってるし、なにもかもが愛しくて仕方ないんだから。
「寺田くんもお借りします!」
 ものすごい勢いで鉛筆を動かす手はそのままに、突然井野さんが高らかにそう告げた。なんだ? あ、オレ、蒼生の手にポーズ取らせたままずっと手持ってた? スケッチブックを覗くと、蒼生の手に触れるオレの手がやっぱりそのまま描かれてた。
「ごめんね、寺田くんの手って節ばって大きくてスポーツやってる男子の手感がすごい! あ、そっかサッカー部だっけ、手使わないもんね、だからごっつすぎないんだ! なんていうか、すごい、かっこいい! 綺麗な手とかっこいい手の競演って感じ! ありがとう!」
 描きながらよくしゃべれんなあ。ただ、こっちの会話はまったく聞こえてないっぽい。ぶつぶつと何事か呟きながら鉛筆を走らせてる。オレは、人見知りってなんだったっけ、とぼんやり考える。なんか一気に輪の中に引き込まれた感じがするけど、それ人見知りの子が出来ることだっけか。呆気にとられてると、蒼生が残った手を口元に当てて目を伏せた。
「今度はどうした」
「……健ちゃんの手が褒められてるの聞いて、ちょっとだけ健ちゃんの気持ちがわかった」
 かっわ……。可愛いな!! だろ! 好きな人褒められてるの嬉しくなるだろ! な!

 それからは、時々だけど井野さんの手伝いをする機会があった。いつの間にかオレもセット扱いになってたのは面白かったな。井野さんは基本的にオレがいる時に声かけてくるみたいで、そうじゃない時には蒼生が断ってるらしかった。オレとしてはずっと蒼生といられるし、なんだかんだで楽しいし、付き合うのも悪くないなと思ってる。
 ただ、気になることが1つだけあるんだ。オレとふたりだなんていい顔しないはずの冬矢が、なんとなく了承してるっぽいんだよな。蒼生が誰かと話してるとずっとそっちを気にしてることとか、蒼生を決してひとりにしないとか、そういうのは変わらないんだけどさ。
「野木沢くん、寺田くん、この後って時間ある?」
 今日も井野さんが教室に駆け込んできた。いつもよりちょっと慌てた感じだ。
「大丈夫だけど、どうしたの?」
「実は3年生の卒業に合わせた本の表紙を描くことになったんだけど、全然イメージがまとまらなくて。でも締め切りもうすぐで。ポーズモデルをお願いしたいの!」
 ポーズ? ここで? オレは周りを見る。ホームルームが終わったばかりで人がたくさんいる放課後の教室。ここで表紙っぽいポーズを? いや戦隊もののイメージしか浮かばなかったオレが思ってるのと、井野さんが描いてるのじゃ全然違うかもしれないけど。
 なんか蒼生も同じことを思ってるような顔をしてる。井野さんも気付いたみたいだ。
「うわあ、だ、だよね! ここではちょっとあれだよね! ……そうだ、部室来ない?」
 あー……まあそうなるか。オレと蒼生は同時に冬矢のほうを見る。冬矢はぎょっとしたように瞬きをした。
「ふたりして、なんだ。行ってくればいいじゃないか」
「冬矢は来ない?」
「人前でポーズとか……万が一こっちにも振られたら困るからな。それに健太がいるんだろ?」
 ほら、やっぱおかしい。まるでオレを認めてるみたいじゃねぇか。絶対についてくる奴だったろ、おまえ。
 まさか……まだ1回か2回かしか行ったことないバイト先で、気になる子でもできちゃったとか? そんな蒼生を悲しませるようなことすんなら、絶対許さねえからな!
「ごめん、本当に時間なくて! 笹原くん、野木沢くんと寺田くん借りていきます!」
「あんまり遅くならないようにね」
「はーい!」
 うわ。マジで急いでんのか。井野さんはオレの肩をぐいぐい押す。外向けの顔をしてオレらを見送る冬矢……なんか釈然としねえんだよな……。
 連れて行かれた部室では部長の百川先輩が机に向かってガリガリやっていた。
「あっ、部長! ちょっと部室借りていいですか?」
「いいよー。……あ、寺田くんと野木沢くんも一緒だ」
「こんにちは」
「お邪魔しまーす」
 井野さんの作業を手伝ってる時に何度か話したことがある。さっぱりした性格の楽しい先輩で、実は漫画家デビューしているらしい。詳しいことは教えてくれないけど、たしかにすごく綺麗な絵を描く人だ。
「……あっ。そうだった、時間! あたし部長会があってそろそろ出なくちゃいけないんだよね。いいよって言っといてあれだけど、その間、女子生徒と男子生徒2人を部室に入れといて危なくない?」
「締め切りのほうが! 危ないです!!」
 すっげぇ、必死。鬼気迫るって感じの井野さんに、百川先輩はぷっと吹き出した。
「承知! はいはい、頑張って。寺田くん、うちの可愛い後輩に手え出しちゃダメよ? 野木沢くんは真面目そうだから大丈夫だと思うけど」
「先輩ひでえ、オレそんなことする奴に見えます?」
「あはは、信用しまーす! じゃ、ちょっと行ってくるね」
 先輩はテンション高いまま、ばたばたと机の上をまとめると、腕時計を眺めながら部室から出て行った。
 もどかしいよなあ、そんなこと絶対ないって言い切れるのにさ。オレが触れたいのは蒼生だけです、って。
 蒼生のほうを見ると、じいっとオレを見ている。何? 可愛い顔してどうした?
「……健ちゃんも大概真面目だと思う」
 ん。なんか拗ねてる? なんで?
 いつの間にか部室の奥でごそごそやっていた井野さんが、大きなベージュの布をばさりと広げた。
「あった! じゃじゃーん、文化祭の時に展示用に使った大きな布ー!」
 こっちもこっちでテンション高ぇな。締め切りとやらに追い詰められてるからなんだろうか。井野さんは蒼生を呼びつけると、その布を広げたまま蒼生に巻き付ける。えっ。
「これ……?」
「野木沢くん、ここ、背中のとこで持っててくれる? そしたら窓際のとこに立ってもらって。ちょっと裾直しまーす。うん、そんな感じ。で、斜めに体向けてもらって。顔は窓の外を、そうそう、見下ろす感じで」
「ドレスみたいだね?」
 そう。肩のないドレスだ。……んー。なんていうか。その。
「なあ、井野さん、こういうのだと女子のほうがモデルとしていいんじゃねえの?」
 わざわざ蒼生でなくてもさあ。
 井野さんはキッと鋭い目線をオレに寄越す。
「主人公は! すらりとした体型の冷酷な美人なので! 女子のふんわりさではイメージが出ないのです!」
 むむ。そうなのか。絵ぇ描かないからわかんねえけども。でもさ、蒼生だって十分ふんわりした感じじゃんか。そのうえ冷酷さは1ミリもねぇし。
 蒼生。……綺麗だ。可愛いよ。だけどさ、オレ以外の前で、そんなさ……。まあ、あれだよ? ただ単に布巻いてるだけだよ? でもさあ……。どこかの国の神話で見たことあるような、ああ、そうだ、それこそ天使みたいな格好をさ? むぐぐ、なんだろこの気持ち。
「野木沢くん、両手、前で組んでもらえる?」
「え、でも布落ちるよ」
 どうやら向こうは手が必要っぽい。なんかしてたほうがすっきりするかな。
「あー、じゃあオレが持ってようか」
「助かる!」
 なんとなくもやっとしたまま、オレは蒼生の後ろに行って、蒼生が手で押さえてる布を持った。蒼生の手が自由になって、ああでもないこうでもないと言う井野さんの指示に従っていく。
 目の前に、蒼生の綺麗な首筋。……このままうなじに顔を埋めたい。思った途端、つい手に力が入った。布で少し蒼生の胸を締め付ける感じになっちゃった。ああ、ごめん。……でも、あれ? 今、びくんってしたな。それから、大きく深呼吸する肩の動き。蒼生、もしかして、オレがここにいること意識してくれてるのかな。オレは意識しまくりだよ? 蒼生の匂いがこんなに近くて、おかしくなりそうだもん。
「それだ!」
 なんだ! オレと蒼生は同時に飛び跳ねる。井野さんは机に向かって真っ白な紙と戦ってたはずなのに、いつの間にか立ち上がっていて、オレたちにびしっと鉛筆を向けた。
「ピンだとしっくりこないと思った。やっぱり表紙はペアにしたい! 寺田くん、野木沢くんの腰抱いて!」
「はっ?」
 えっ、いや、それ、いいの? そうか、いいのか、普段からオレらやってるか、だけどあれは勢いでやるから大丈夫なわけであってこんな意識してやることなんて、あああ。
「手離したら、それこそ布落ちるけど」
「体で押さえれば大丈夫。腰の前で両手組む感じで! 早く!」
 オレたちはその勢いに完全に押されてる。
「えっ。あっ、蒼生、失礼しますっ!」
「は、はい……っ」
「いいね、それから野木沢くんの肩越しにこっち見て。野木沢くんは奥の手だらんとさせて、こっちの手は……寺田くんの手に重ねて。そう、そう、そのままストップお願いします!」
 ヤバい。体で布押さえるってそれ、全身でぎゅっとするやつなんだよなあ。これ、ヒドい。生殺しだ。蒼生を抱き締めてるのに。何も出来ない。
 し、しかも、蒼生……っ。頭をオレの肩にすりすりしてくるの。なに。えっ。あのっ。蒼生さん? ……落ち着け、落ち着けオレ。落ち着けってば。
「出来た! これ! イメージばっちり! あー、うん、よかった、これで締め切り間に合う! ありがとうね2人とも!」
 井野さんは下書きっぽい鉛筆の線が描かれた紙を見せてくれた。そこにはオレたちなんだろうけど、オレたちじゃない2人が描かれてる。オレから離れた蒼生はにこにこと笑ってそれを受け取った。
「すごい雰囲気のあるイラストだね。僕たちがモデルとは思えないくらい。へえ、なんだか悲しげな感じがする」
「そうなの。悲恋から始まるストーリーだから、そういう感じで、でもハッピーエンドだからこそ、この手かなって」
 あー、2人セットの絵だもんな、そりゃその2人の間にストーリーはあるよな。蒼生はきっとそれを考えてたんだろう。オレは、……つい蒼生とのやましいことばっか考えちゃってた。オレばっかそういうこと考えてんの、ほんと反省しなくちゃだ。
 作業を続けるって言う井野さんを残して、オレと蒼生は部室を出た。
「……健ちゃん」
 つん、と蒼生がオレのブレザーの裾を掴む。振り向くと、上目遣いの蒼生が何か言いたそうにオレを見てた。もしかして、オレがやましいこと考えてたのバレてる……? うー、理性をしっかり保たなきゃな!
「ちょっと遅くなっちゃったな! 早く帰ろうぜ!」
 蒼生はわずかに目を見開いて、それから小さく笑った。
「うん、そうだね」
 大事な大事な、オレの蒼生。オレが傷付けるわけにはいかねえよ。


 その日、オレらは3人して急いで学校を出た。っつーのも、バレンタインだったからさ。誰かに捕まると厄介じゃん? 断るにしても時間かかるし。普通だったら自意識過剰って言われるとこかもしれねぇけど、オレはともかくとして、実際蒼生が捕まりかけてたからな。
 駅を出て冬矢と別れたところで、オレはふと思い出した。
「そうだ、蒼生、天アルの新刊買った?」
「あれ、今月だったっけ。まだ買ってないや、忘れてた」
「買われてなくてよかった、たしか今月オレが買う番だったもんな。時間早いし、本屋寄って帰ろっと。な、一緒に来る?」
「うん」
 最初はふたりして買ってたんだけど、もったいないってことに気付いて途中から交互に買うようになった。んで、蒼生の部屋に全部置いてある。読みたくなったらすぐ蒼生の部屋に行けばいいってわけだ。
「そしたら、先持って帰って読んでて。今日金曜だし、オレ後で読みに行くわ」
 蒼生はぱっと顔を上げた。
「その後はどうするの?」
「泊まってくつもりだけど……大丈夫?」
「うんっ」
 嬉しそうに笑う。オレといられて嬉しいのかな。へへ。今回の新刊、前回から続きになってたからちょっと読み直したいからなんだけど、蒼生が喜んでくれるとなんか特別な気分になっちゃうな。ホントにオレって安上がりだと思う。

 そういえば蒼生ん家でシャワー浴びるのって意外と珍しいかも。大体自分とこで風呂ってから押しかけるからなあ。どうせすぐ乾くから、適当にタオルで頭を拭きつつ蒼生の部屋に戻る。蒼生はオレに気付くと、ふんわり表情をほころばせて新刊をローテーブルの上に置いた。
「おかえり。次、僕入ってくるね」
「おお。ごゆっくりー」
 …………。蒼生をシャワーに送り出すなんて……思い出しちゃうな。蒼生はえっちの時、必ずシャワーに行く。その戻ってくるまでの間を、どう触れよう、どう伝えようってぐるぐるしながら待つんだ。
 ……シたい。
 あー……。だから、ダメだってば。蒼生はいつも、最後はほぼ倒れるみたいに寝ちゃうんだ。オレより体力がないって以前に、たぶん蒼生にとってものすごく疲れる大変な行為なんだと思う。そういう用途じゃないとこ使わせてもらってるんだもんな。だから蒼生に負担をかけたくない。無理させたくない。オレの勝手な欲望に付き合わすわけにはいかないんだ。ちゃんと期間を空けて、計画的に。
 それにさ。こんなふうにふたりきりだとちょっと怖いんだよな。冷静な冬矢がいないと、オレ何をしでかすか自分でわかったもんじゃねえ。暴走なんかしたら、それこそ……。
 よし、新刊だ新刊。読もう。オレは蒼生が置いた本を手に取る。ん。最初のほうのページまでしか開いた形跡がない? 結構時間あったはずだけど、蒼生、これしか読んでないのかな。あ、さては蒼生も前の巻から読み始めたとか? それにしてはきっちり本棚に収まってるみたいだけど……。
 ま、いいか。オレは前の巻と新刊を2冊揃え、ベッドに座る。普段と違う手触り。あれ、バスタオルが敷いてある。なんだこれ。さっきまではあったかな。
 ハテナマークが頭の中にたくさん浮かんだけど、とりあえずは読んじゃお。
 ……こう来て? はいはい、それから、あー、バトルになっちゃうよな、そりゃそうだ。でも戦いたくないよな、わかる! それで? そう来て? うわー。誰? 誰来た? って、ここで続くかーっ! いっそ雑誌で追いかけたくなるよな。でも週刊誌は場所取るしなー。
 オレが読み終わって2冊をテーブルに置くのと、蒼生が戻ってきたのはほぼ同時だった。
「おかえりー…………あおぃ?」
「ただいまー。ごめんね、もうちょっと待ってね」
 いや……待つとか待たないとかの問題じゃなくて、え? 適当なオレと違って、普段はちゃんと髪乾かしてくる蒼生が、びしょびしょの髪でタオル提げてる、それも珍しいけど、そっちじゃなくて。
 え?
 なんで、パジャマ、下履いてないの?
 すらっと伸びた足がきれいで、え?
 蒼生は、棚の前に置いた鞄を開けて中をごそごそ探ってる。
 きれい。
 何か探しているんだろうか、手に取って一度動きを止める。
 日に焼けたオレとは、違ういろ。
 それから片手に持った電話で何かメッセージを打ち込んでる。
 ぬりつぶしたような、なめらかな。
 あおい。
 …………っ。
 勢いよく手を引くと、蒼生の体は簡単にベッドの上に倒れ込んだ。
 ああ、心臓がうるせぇ。
「健ちゃ……、やだ、髪乾かしてないからシーツ濡れちゃう」
「やだ。我慢できない」
 押し返そうとする腕を掴む。蒼生の首に掛かったタオルを引き抜くと、それで蒼生の両方の手首をまとめて縛る。
 その間、蒼生はちょっとびっくりした目をして、じっとオレの手を見てた。
 くそ。
 頭に血が上ってる。
 ダメだ。
 止めなきゃ。
 わかってるのに、勝手に手が動いて、蒼生のパジャマのボタンを外す。
 はだけた胸の、色が付いてるところに手が伸びた。
 吸い付くと、甘い、気がする。
 ちがう。
 あまい。
 ほんとうに。
 手を上に上げた蒼生が、戸惑ったようにオレを見下ろす。
「んっ……。あの……ね、健ちゃん。今、冬矢に、」
 っ。
 蒼生。
 なんでだよ、今目の前にいるのはオレだろ? 冬矢じゃないだろ?
「黙って」
「んぅ……っ」
 オレは自分の首に提げてたタオルを蒼生の口に押し込んだ。
「へんひゃ……」
 くぐもった蒼生の声。
 なぜかそれにぞくぞくした。
 そのとたん、オレの頭に響いてた、オレを制止する声が聞こえなくなった気がした。
 ああ。
 可愛い蒼生。
 触れるどこもかしこも応えるように吸い付いてくるみたいだ。
 蒼生。
 白い肌に赤い痕がつく。
 綺麗だ。
 勢いのままに、下着を剥ぎ取る。
 ここも綺麗だね。
 ピンクで、ふるふる震えて、オレを待っててくれたみたい。
 可愛い。
 先っぽの濡れたのを指ですくい取って、後ろに触れると、ぴくんと体が跳ねる。
 くすぐるみたいになぞると、蒼生は上半身をくねらせる。
 ぐ……っ。
 ダメだ、もう……。オレはズボンを下ろす。もう我慢できねえって体が言ってるのがありありと見える。
「ぇんひゃん、ひぁ」
「ん?」
 しゃべりづらそうに、蒼生が声を上げる。それから下ろした肘でとんとんとベッドを叩いた。……下? ベッドの下?
 覗き込むと、水色のケースがある。これか?
「お、う」
 奥? これじゃないのか。そのケースを引っ張り出すと、奥にもうひとつ。小さな黒いケースがある。これかな。取っ手を持って引っ張ると、それはするすると開いた。中には、ボトルがひとつと箱がひとつ入ってる。奥まってて取りづらいそれを掴んで出す。
 ……え。コンドーム? てことは、こっちの半分くらい中身の減ったボトルは、ローション? え? 蒼生が?
 恥ずかしそうに自分の腕で顔を隠す蒼生。え、マジで。
 ああ。
 もう。
 ボトルの中身を手のひらにぶちまけて、蒼生の後ろを探る。
「ん、んんっ、う……んっ」
 くっそ、こんなん、耐えらんねえわ……。
 可愛い。
 オレの指を飲み込む、そこのあたたかさ。
 跳ねる身体。
 濡れた音が、耳に突き刺さる。
 あいつ、もっと時間かけてたよな。だけど、もう、無理。
 ゴムの包みを開けるのももどかしい。
 とにかく早く、早く。
 なんとか付け終えると、そっとそこにあてがって、
 蒼生。
「ふ……ぅ……っん、んぅ、んんーっ」
 はあ。
 熱い。
 震える身体を抱き締める。
 狭い蒼生の中は、驚くくらいするりとオレを受け入れた。
 蒼生。
 小さく揺すると、首がゆっくりと仰のく。
 だらんと上に伸ばされた腕の、可愛い肘に口づける。
 二の腕の内側に。
 それから肩に。
「……んっ……んっ……」
 オレの動きに合わせて漏れる声。
 可愛い。
 オレの蒼生。
 少し腰を強く打ち付けると、
「……っふ、ぅんっ……ん」
 蒼生はぎゅっと目を閉じた。
 その目から、すっと涙がひとつぶ落ちて、
 !
 ……あ。
 オレ……。

 急に力が抜けた。
 何やってんだ、オレは。こんなの……こんなのダメじゃん。わかってたのに。
 ごめん。頭の中をその単語でいっぱいにして、オレは蒼生から体を離した。
「……んっ」
 蒼生の身体が震える。
 オレはゴムを外しながら、今度は蒼生になんて言って謝ろうかで頭の中身を満杯にする。怒ってるだろうな。当たり前だ、こんなことしたら。オレのこと嫌いになるかな。いやだな。でも仕方ないよな。どうしたら許してくれるだろう。
 見下ろした蒼生は、きょとんとした顔をしてる。そして縛られたままの手を下ろして、右肘をベッドについて起き上がると、口からタオルを外した。
「どうしたの?」
 どうしたの、も何も。
「オレ……こんな、蒼生の嫌がることを、……ごめん」
「嫌がる? なんで?」
「なんでって」
「僕、健ちゃんにされて嫌なことなんてないんだけど」
 蒼生はさらっと言って、オレのほうに体を寄せてくる。それで、……え? オレのちんこを蒼生が触ってる?
「それより、健ちゃん……ね、続き、して……?」
 なんていうんだろう、ものすごく色の乗った声でそう言ったかと思うと、蒼生は顔を下げてオレの先っぽにちゅって小さくキスをした。え? え?
 少しずつ頭が下がりながら、舌が、唇が、オレの……ええぇ? マジ? 嘘だろ?
 両手で撫でて、指でこすって、てっぺんに唇で触れる。
 素人目にもわかる、たどたどしい感じ。
 だけど。
 蒼生が。
 吸うようにキスを。
 うわ。
 うっわ。
 そこ、ヤバい。
 マジで?
 わ。
「あ……っの、蒼生? それ、抵抗ないの?」
「全然」
 蒼生は笑ってる。いつもの可愛い顔で。
 抵抗、ないのか。
 オレの舐めるの、平気なんだ……?
「そ、その……あの、くわえられたり、する?」
「うん」
 ダメもとのオレの言葉にも、蒼生はにこにこと頷く。そして蒼生は唇を舐めて湿らせると、なんの迷いもなく、オレのちんこを口に入れた。うっわ……。蒼生が! 蒼生がオレの!
 あっ……たけぇ……。ぬるぬる、舌が遊ぶみたいにオレの周りをくるくる回る。ぞくぞくする。体の感覚の全部が集まってるみたいだ。あ、蒼生。
「…………っ」
 思わず手が伸びた。蒼生の頭に触れ、まだ湿った髪を撫でると、蒼生はオレのをくわえたまま嬉しそうにその手に擦り寄った。
 わ、わ、わ。
 可愛い。可愛い。どうしよう、めちゃくちゃ可愛い。
「んっ……口のなかでおっきくなったぁ」
 ひ、響く。
「ごごごごごごごめんっ!」
「んーん、……うえひぃ……」
 ダメだよ蒼生そこでしゃべると、響く! めっちゃ響く! ちんこの奥がぞくぞくして、腰がとけそうになる……っ。
 しかも、今、嬉しいって言った? そうなの? 嬉しいの?
 ……あー。
 なんでかわかんねえけどめっちゃ感動してる。
 オレも嬉しいよ、蒼生!
 胸の奥のほうでぎゅってなったのが、ちんこにも伝わってくみたい。
 あ。
 マジでダメだ、ヤバい。
「蒼生っ、離してっ」
「えー……」
 押しのけると、明らかに不満げな顔をする。いや、その顔も可愛いけどさ!
「だ、ダメだ、もう出ちゃいそうだから、ダメ」
「僕の出したのは舐めたじゃん」
「美味しいもんじゃないから、ダメ! ……あと、……蒼生の中で出したい、です」
 ぽかんとして、蒼生が瞬きを多くする。
 それから、ふんわり、オレの好きな顔で笑った。
「そっかあ。なら、いいや」
 あああ。なんで。こんな。このタイミングで。こんな可愛い顔するんだよ。
 くっそ。
「ごめんな、あとでいっぱい謝るからな!」
 そう告げて、オレは改めて蒼生を押し倒す。ああ、脇から腰にかけてのラインがきれいだ。白い肌にオレが付けた跡が残ってるのがぎゅっとなるほど嬉しい。急いで着てるのを全部脱いでそのへんに放り投げるのを、蒼生はやっぱりにこにこしながら見てた。はあ、好きだ。
 さっき箱からぶちまけて、ベッドの上に転がってたゴムを掴む。
「ちょっと足抱えるから、体勢しんどかったら言ってな」
「うん」
 蒼生の右足に乗って、左足を脇に抱える。ゴムをつける間、蒼生は意識して左足に力を入れてるみたいだった。かわいいそこをぷるんと揺らして、まるっきりの無防備なのに、オレが重くないようにしてくれてんの。めっちゃ健気だ。なんなの、オレの恋人可愛すぎる……。
 胸元から、腹まで、滑らかな肌を撫でる。気持ちいい。
「んっ」
 それから、少しずつ蒼生の中に入る。あー。さっき無茶しちゃったから。押さえろ。う、締め付けられる。ゆっくり。狭い。たくさんの指で遊ばれてるみたいな感じ。くっ……。ドキドキやかましい心臓が、もっと行けって言ってくる。だめ、ゆっくり。ゆっくりだ。視線の先で、胸が上下する。愛しい。
「ん、ん」
 蒼生は手首のタオルに噛みついて、声を抑えようとしてる。ああ。その声、いい。耳から入って腰に下りて、侵入する後押しをしてくるみたいだ。
 はー……。
 組んだゆびさきがぴくっと動くのが可愛い。
 ゆっくり進むと、あれ、なんか、もっと進めそうな気がする。
 先っぽのぶつかるとこ、もう少し。
 でもすごく狭そうな感じ。
 無理かな。
「ぁおいぃ……」
「う……はぁい?」
 浅く細かく息を吐きながら、わずかに目を開いた蒼生が首を傾げる。可愛い。
「あの、さ、もうちょっと……奥、行っていい?」
「ふぇ? え、え? もう、苦し、んだけど、まだぜんぶ、はいってないの……?」
「ん。ここまで、かと思ってたんだけどさ。この感じだともうちょっと行けそう」
「そ、そっかー……」
 ちょっと困った顔。好き。
「……うーん…………、あの、ちょっとまだ怖いから、また、今度……?」
「りょーかい。じゃ、そのかわり、少し動いてもいいかな」
「う、ん」
 そうだよな。まだ何回かしかしてないんだし。オレの全部を受け入れてくれるように、ゆっくりやっていこう。むしろそうやってちょっとずつ進んでくのって、なんかいいな。へへ、これからの話が出来るって本当に嬉しい。
 今は、蒼生の許可が出たことだし、っと。
「ふあっ……んっ」
 腰を引いてから戻すと、蒼生が仰け反って声を上げる。んで、慌てたみたいにタオルを噛んだ。んんん、可愛いな、小さく悶えるのめちゃくちゃ可愛いな。
「……っう、ふ、ふぅ、……っん」
 あー。
 蒼生の狭い入り口で擦れる。
 気持ちいい。
 ぎゅってオレを離さない。
 顔を隠すように上げた腕が作る角度が、震える瞼をちょっとだけ見せてくれる。
 近付きたい。
 もっと。
 そう思えば思うほど、うわ、制御できねえ。
「んっ……、うぅ、う、んっ、うー……」
 さっき蒼生に煽られた熱が、どうしたって止められない。
 蒼生っ。
 蒼生、蒼生っ……。
 あー……っ……。
 …………。
「は、あ……。ごめ、先……」
「ひっ……う」
 引き抜くと、蒼生の身体がびくんと震えた。蒼生の中に残りそうになったゴムに気付いてそれも引っ張る。抜けるとこで、小さな吐息が聞こえた。
 とろんとした目を開けて、蒼生はくすぐったそうに笑う。
「中でびくびくしてるのわかった。気持ちよかった?」
 可愛い……。あんまりにも可愛くて、抱えたままの足に思わず頬ずりする。
「ん。蒼生と繋がれるの、最高に気持ちいい」
「ふふ、よかった。でも」
「でも?」
 蒼生はゆっくり体を起こす。わ、無理すんなって。肩を引き寄せて起き上がるのを手伝うと、蒼生はいっそう嬉しそうにする。だけど、オレに顔を近付けると、すぐに拗ねた顔をした。
「健ちゃん、今日いっこ忘れてる」
 え?
「……ちゅーしてくれてない」
 ……あっ。
「さては、あれだ。僕が、その、ふぇ、フェラしたからだ」
「ち、違う違う! そんなの気にしねえし!」
 大事なこと忘れてた。
 オレは蒼生を抱き締めると、わずかに隙間を空けた可愛い唇に、短くキスをする。角度を変えて、もう一回。もう一回。あと一回。足んない。一回。まだ。一回。それから、その中にちょっとお邪魔する。あー。応えてくれる舌の動き。可愛い。可愛いな。オレの胸にすがるような手も。か、かわ……。
 だめだ、これ。
 かわいいが、すぎる……。
「! 健ちゃん?」
 あー。
 バレた。速攻でバレた。
 そりゃ、こんな可愛い姿見て、元気にならんわけねえよな!
「……もっかい、いい?」
「うふふ。うん」
 いいんだー。そっかー。嬉しいな。オレはゴムの包みを手に取る。
「あ、ねえ、付けてみていい?」
 !? え!?
 思わず取り落としそうになったそれを、蒼生がぱっとキャッチした。
 え? 蒼生が? オレに?
「よーし」
 蒼生はまるで折り紙で遊んでるみたいに、それを開けて、オレのちんこの先に添えると、丁寧な手つきで下ろしていく。
「その……蒼生って……使ったことあるの?」
 もしかしてオレの知らないところで女の子と付き合ってて、その子ともしかして……って意味で言ったんだけど。蒼生はそういう意味には取らなかったらしい。
「うーん、自分で、その、する時に周り汚さないように使ったことはあるよ。けど」
「けど?」
「……本当は、いつかこうやってみたくて。自分ので練習してた」
 照れ笑いの蒼生。
 ……は。マジ?
 かっわいい。
 は?
「ちょっ……健ちゃん、おっきくしないで、やりづらいぃ」
「わー、悪ぃ、でも今のオレのせい!?」
 今のだいぶ蒼生に原因がある気がするんだけど。
 なんとか全部を下まで下ろしきって、
「できた。ふふ」
 なんでか、すごくやり遂げたみたいな顔して蒼生が笑う。
「それで、僕はどうしたらいいのかな」
「んー。後ろ向いて」
「健ちゃん後ろからするの好きだよね」
「そうだなあ、なんでだろ。ここの骨のとこが好きだからかな」
 パジャマの上から、肩甲骨の下の線をなぞると、蒼生が体をよじらせる。
「んふ、くすぐったい。健ちゃん、あっちこっち好きだって言うね」
「だってあっちこっち好きなんだもん。なんなら全部好きだ」
 ぱちくりと目を見開く蒼生に、短くキス。それから、体をくるりと向こうに向けさせる。蒼生は手が結ばれたままだから体勢にちょっと迷ったみたいだけど、ベッドに両肘をつく格好で落ち着いたらしい。あー、柔らかなフォルムの綺麗なおしり。かっわいいな。いやホントどこもかしこも可愛い。
「それじゃ、いくよ」
「うん」
 息を吐きながらの蒼生の声。
 その脇から下半身へ続く境目の、ゆるい角度を描く腰に手をかける。
 あー、てのひらにめちゃくちゃしっくりくる、好き。
 よくぬめらせたそこに、蒼生が付けてくれたゴムが触れると、ちゅってキスするみたいな音がした。
 失礼しま、す……っと。
「ん、ん、……っはぁー……」
 大きな息と一緒に、蒼生の首が反る。それから、ことんと手の上に落ちる。
 うう、絡みつく。
 包み込まれる。
 あー。
 好き、が迸りそうだ。
「……ふっ、ん、っは、あっ、……ぅあっ、ん……」
 時々。
 蒼生の声が跳ねるとこがある。
 なんとなくこのへんかなって思うんだけど、見えるわけじゃねえからなあ……。
 ここ?
「ひぁっ……ん、う、」
 んー、なかなか正確にはいかねえもんだな……。
 蒼生の背中にかかるパジャマをぐい、と上に押しのける。手ぇ結ぶ前に先に脱いどいてもらえばよかった。オレの好きな背中の骨のとこが見える。その突き出た骨のとこにキスをする。
「あっ」
 吸って、舐めて、しゃぶりつく。
「……ぁあっ」
 蒼生の声が甘い。かわいい。
 蒼生。
「け、ん、ちゃ」
 揺れながら蒼生がオレの名前を呼ぶ。それも気持ちいい。
「ん……? っ、どした?」
「や、やっぱ、やだ……」
「やだ?」
「うん……」
 蒼生はちら、と視線をこっちへ寄越す。
「やっぱ、かお、みたい……まえ、から、して……?」
 ……っ、オレは勢いよく腰を引く。
 そんなん言われて、無視できるわけねえじゃん。
 崩れ落ちる蒼生の体を抱え上げ、仰向けに横たえると、そのまま蒼生の中に入った。
「っあ!」
 あーもう余裕ねえ。
 蒼生。
 潤んだ目でオレを見上げてくる。
 思うがままに腰を動かしながら、オレは蒼生にキスをする。
 蒼生は両腕を伸ばして、手首のタオルをオレの首の後ろにかけた。
「っ、あお、ぃ」
「……は、あ、はは、つかまえた……っ」
 うそだろ。
 こんな可愛い……っ。
 もう頭ん中がぐちゃぐちゃだ。
 蒼生のことしか考えらんねえ。
 目の前の蒼生が愛しいことしか。
 もう。
「けんちゃ、僕、の、さわって」
 吐息でよく聞こえない声、だけど蒼生はそう言った。
 オレは蒼生のちんこに手を伸ばす。
 そこももうぐちゅぐちゅで。
 手を動かすたび、蒼生の中がオレを締め付けてくる。
 ヤバい。
 蒼生。
「あ、あ、け、んっ、ちゃ、声、声出ちゃうっ、……ふさいで、ふさいでっ」
 可愛い。
 なんて可愛い。
 大好きな蒼生。
 キスで塞いだ口の中で、蒼生は一段と高い声を上げた。
 それは、オレの頭の中にも響いて、ちかちかと綺麗な火花を散らした。


 …………。
 はー。
 ダメだろ。ほんっと……ダメだろ。
 あー……。
 何やってんだよオレ……。
 ガチャッとドアが開く音が、頭を抱えた手の向こうで聞こえた気がする。
「ただいまぁ。もうみんな寝てるから、こっそりシャワー浴びちゃえるよ……健ちゃん?」
 いつもよりちょっと高い蒼生の声。
 酷いことをしたオレを気遣ってくれてるんだろうか。
 あー……。
「健ちゃんってば」
 蒼生はぽすんと勢いをつけてベッドのオレの隣に座った。
「オレ、本当に、……ごめん」
「……もしかして、僕とするの、やだった?」
 っ、そんな。
「そんなわけねえよ、シたかった!」
 不思議そうに蒼生は首を傾げる。
「じゃあいいじゃない。こんなヘコむ健ちゃん初めて見たかも」
「だって……蒼生のこと泣かせたから」
 この前みたいに、嬉しくて泣いたわけじゃない。さっきの、零れた涙が頭から離れない。
「泣……いてたかなぁ。そんなつもりなかったけど」
 蒼生は、自分の肩でオレの肩をとん、と叩いた。
「ねぇ。ホントに嫌だったら健ちゃんにはちゃんと嫌って言うし、きっちり抵抗するんだけど」
「嫌って言った」
「うーん……? 言った?」
「それに冬矢のこと呼んだし」
「あー……。それは、今日帰るときバタバタしたから僕が冬矢のペンケース持って帰って来ちゃったみたいで、それのやりとりを……いや、それは僕がごめんなさい。ああいう時に他の人の名前出すべきじゃなかったよね」
 それは、……冬矢も蒼生の恋人だから、いい。の、かもしれないけど。でもあの時のオレはそんな余裕はなかった。
「蒼生は謝らなくていいよ。完全にオレが悪いんだし。……なにより、無理矢理なんて絶対ダメなのに」
 はー。完全に恋人失格だろ。
 なのに蒼生は、心底意外だ、って顔をする。
「えっ? 無理矢理? 無理矢理されたなんてこれっぽっちも思ってないよ。そりゃあ、ああいう口の塞がれ方したのはちょっとびっくりしたけど、一応家族も下にいるわけだし、部屋の外に声聞かれちゃう心配がある以上、なるほどこれって便利かもーって思ってそのままにしてただけの話で」
 それに、と蒼生が続ける。
「手首は縛られたけどさ。それだけでどこにも結ばれてなかったんだから、手が頭の上に行くわけないじゃん。あれずっと自分の意思で上げてたんだよ」
「でも、動けなくしてやろうとしたのは変わんねえじゃん」
「……あー。もしかして、僕が襲われかけた時のこと思い出してるでしょ」
 オレは視線を落とした。
 あいつと、同じことを、オレは、
「あのさ!」
 ……え。
 珍しい、蒼生の強い声と、怒った顔。
「あんなのと健ちゃん一緒にして欲しくないんだけど! 僕は健ちゃんが好きなんだから、一緒のわけないじゃん! あっちはレイプ。こっちはプレイ。全然別だよ。……あ、ちょっと言葉は似てる」
 平然と蒼生は言い放つ。最後は少し笑いながら。
「だ、だけど、理性なくしたのは同じで」
「言うほど健ちゃん理性なくしてないと思うけどなぁ。僕の話ちゃんと聞いて、ゴム着けてくれた時点で、あ、これ大丈夫だなって思ったもん。それに、健ちゃんがめちゃくちゃ余裕のない顔してくれたの、ふふ、嬉しかったよ。ああ、僕に興奮してこんな顔見せてくれるんだーって。余裕ない健ちゃんもかっこよかった」
 蒼生。
 なんか、蒼生の言い方を聞いてると、まるで、
「……じゃあ、本当に、やじゃなかった?」
 蒼生が望んでたみたいで。
 オレの問いに、蒼生は少し間を開けると、足をぶらぶらさせる。
「口にするの、ちょっと照れるね。……本当に、やじゃなかったよ。そもそも、休みの前の日に泊まりに来るっていうから……抱いてくれるのかなって思って。そのつもりでいたんだよ」
 っ、え、だ、だくって、え。
 聞いてるオレのほうが照れそうになる。てか、もう手遅れだ。ほっぺた熱ぃ。
「どうせすぐに脱いじゃうと思ったから、ズボン履いてこなかったんだ……や、やっぱ変だったかな……。そうだよね、ちゃんと意図を説明すればよかったよね……。あの、自分としては、あからさまに、誘ってた、つもりなんだけど……」
「誘……っ!?」
「う、うん。だって、シてほしかったから……。そもそも、はっきり言えたらよかったんだけどね、でも、まだ、だ、抱いて……ってストレートに言うの恥ずかしくて……」
 蒼生が? 自分で? そう思って?
 いや、あの。
 え?
「……健ちゃんてさ。僕をなんだと思ってるの」
「え、天使」
「!? 幼馴染みの男子をそんなふうに見てたの!?」
「優しいし綺麗だし可愛いしあったかいし柔らかいしいい匂いするし、天使なんだなって確信してた。だから、簡単に手を出しちゃいけないって思ってた。オレが汚しちゃいけないなって。もう遅いかもしんねえけど」
 蒼生は、腕を組んで天井を見る。
「……うーん」
 それから、覗き込むようにしてオレの顔を見てくる。
「あのね、健ちゃん。僕、やましいこととか普通に考えてるし、ホントはもっとえっちしたいとか思ってるんだよね。人がいないとこふたりで歩いてたら、そのまま物陰に連れ込まれたいって考えることもあるよ」
「……えっちな天使!?」
「そのイメージ抜けないかあ……。まあそれでもいいや」
 待って。
 今、混乱してるから。
 純粋で可愛い、オレの蒼生。
 えっちなこととか、ずっと、嫌いなのかと思ってた蒼生が。
 オレに、もっと、抱かれ……。
 ダメだ。
 よくわかんなくなってきた。
「健ちゃんは、僕がそんなこと考えてたら、やだ?」
「いや。最高」
 あれ。今、口が勝手に答えてた。
「パジャマの上だけ着てるの、健ちゃん好きかなって思ってたんだけど、違った?」
「いや。めちゃくちゃ好き」
「あはは、だよね。合ってて良かった」
 蒼生は反動を付けてベッドから立ち上がった。それで、オレの真正面に立つ。
 蒼生?
 穏やかに微笑むその姿は、やっぱり天使にしか見えない。
「わかった、健ちゃん。決まり作ろ」
「決まり?」
「うん。どんなに急にえっちしたくなっても、僕にちょっとだけ時間ちょうだい。それで、絶対嫌だって言ったら一度ちゃんと話聞いて。僕が健ちゃんのこと嫌いになるわけないんだから、落ち着いて話し合おう。僕も、やなこととかして欲しいこととか、もっと言葉にできるように頑張るから」
「……ん」
「ちょっとずついろんなことすり合わせて、ずっといい関係でいよう?」
「うん」
 蒼生は……昔からそうだった。
 オレが落ち込むと、こうやってお兄ちゃんらしく慰めてくれるし、励ましてくれる。そういや、父さんの大事な書類破いちゃった時も、蒼生が慰めてくれて一緒に謝ったっけな。そんな思い出、山ほどあるや。
 いつも蒼生が助けてくれた。どんなことでも受け止めてくれた。物心ついた時には、蒼生はオレにとってなくちゃならない存在だった。
 だけど、蒼生はもう、お兄ちゃんじゃない。
 隣に並んで歩く恋人同士なんだ。
 もっと頼られる人間になりたい。
 一緒に支え合える存在でありたい。
 心も、体も、一緒に。

 突然、蒼生がオレの脚の上に乗っかってきた。
「へ? え? 蒼生?」
 近い。
 脚っていうか、ほぼ、腰の上なんですけど?
 蒼生さん?
 蒼生はオレの肩に両肘をかける。
 なんか、とろんとした、顔。
「……あの、ね?」
「あ、はい」
「その……口塞がれて……声、こもるの、なんかすごくよかったし、……動けなくて、全部健ちゃんの好きなようにされちゃうんだぁって思ったら……すごくドキドキしたんだ」
「……そうなの?」
「うん。僕……こういうの、好きかも」
 赤い顔でそう告げると、耳元に口を近付けて、小さな声で。
「また、してね」
 ……あ、わ、マジで?
 オレは何度も勢いよく頷く。
 蒼生は嬉しそうに笑った。
 ああ。
 恋人が、こんなにえっちで可愛い。
「やっぱ、オレ、おまえじゃなくちゃダメだ。他の誰でもなくて、蒼生が……!」
 思わず力一杯抱き締める。
「生まれたときから、蒼生しかいないって決めてました!!」
「ふふっ。なにそれぇ」
 抱き締めた体温。
 脚で感じる重さ。
 肺いっぱいで感じる匂い。
 背中に回された手。
 肩口で笑う声。
「蒼生! 好き、好き、大好き!!」
「僕も、好き」
「めちゃくちゃ好き!!」
「あはは。大好き、健ちゃん!」
 あー、
 もう。
 心の底から、
 魂の奥から、
 ただただ実感する。
 本当に、オレは。

 蒼生じゃなくちゃダメなんだ!
1 / 1
コメントを送りました
ステキ!を送りました
ステキ!を取り消しました
ブックマークに登録しました
ブックマークから削除しました

コメント

ログインするとコメントを投稿できます

是非、コメントを投稿しましょう
ほとんどの作者の方は、「萌えた」の一言でも、好意的なコメントがあれば次作品への意欲や、モチベーションの向上につながります。
コメントは作品投稿者とあなたにしかコメントの内容が表示されず、文字制限は140文字までとなりますので、あまり長いコメントを考える必要はありません。
是非、コメントを投稿して頂き、皆様と共にBLを愛する場所としてpictBLandを盛り上げていければと思います。

閲覧制限が掛かった作品です

この作品は投稿者から閲覧制限が掛けられています。性的な描写やグロテスクな表現などがある可能性がありますが閲覧しますか?

閲覧する際は、キーワードタグや作品の説明をよくご確認頂き、閲覧して下さい。

26こ目;君じゃなくちゃダメなんだ! 第6話

キーワードタグ 僕+君→Waltz!  創作BL  創作BL小説  一次創作  オリジナル小説  幼馴染  三角関係  R18 
作品の説明 大きな決断も下し、これからのことを考えながらも、恋人になった蒼生と日々楽しく過ごす健太。
けれど最近、冬矢の様子が以前と少し違うことが気にかかり…。
さらには蒼生も何か言いたいことがあるようで?

『君じゃなくちゃダメなんだ!』最終回です。(シリーズはまだ続きます)

↑初掲載時キャプション↑
2021/11/19初公開
https://pictbland.net/users/series/kazanet-tk/%E5%83%95%EF%BC%8B%E5%90%9B%E2%86%92Waltz%EF%BC%81
本編における「健太視点の物語」はこれでおしまい。
このお話の中のある健太の感想が、いずれ95こ目に繋がります。
26こ目;君じゃなくちゃダメなんだ! 第6話
1 / 1
 ノートを抱えて階段を駆け上がる。
「蒼生ー、ここ教えて」
 ドアを開けながらそれをぱらぱらとめくる。振り返った蒼生はにこにこ笑ってる。オレは窓際の机に向けて大股で歩み寄る。
「どこ?」
「ここ。たぶん明日先生に指されると思うんだよな」
「ああ、これ。ええとね、これはこの数式でしょ。数字が3だから、……これなら計算出来る?」
「んー。そっか。あ、じゃあこうだ!」
「そうそう」
 うん、うん。オレもそうじゃないかと思ってたんだ。途中までいい感じに計算出来てたし。だけどちょっと心配だったからさ。
「あとは大丈夫?」
「うん、こことこことこれとそこ。あとこっちの教科」
「多いなあ」
 言いながら、蒼生は嬉しそうだ。はあ、今日も蒼生の存在が愛おしい。蒼生がいる世界万歳。全世界にありがとう!
「あっちのテーブルでやらない?」
 床でぽつんと待っているローテーブルを指さすと、いいよ、と軽やかな声。やった。いそいそとローテーブルの前に座り、ぽんぽんと膝を叩くと、蒼生はちょっと目を丸くしてからふんわりと笑う。それから、オレの足の上にちょこんと座った。……可愛い。可愛すぎる。
「健ちゃん……ちょっとキツい」
 ……あれっ。オレ抱き締めてた? えっ無意識? だ、だってこんな可愛くて甘い香りのする綿菓子みたいのが乗っかってきたら無理ないよな。うん。ない。不可抗力だ。
 綿菓子……舐めたら溶けるかな。
「で、どこだっけ」
 はっ。いかんいかん。目的を見失うとこだった。
「こちらをお願いしまーす」
「承知しましたー」
 こうして抱き締めながら話を聞いてると、声が近い。直接オレの中で響いているんじゃないかって錯覚しそうになる。はー。満たされる……。
 いや、あの、ちゃんと頭に知識が入ってくるって意味も含めてな! 授業でもちゃんと聞いてるつもりなんだけどさ、なんでか蒼生の説明のほうが覚えられるんだよ。
 そんでもって、オレが一番質問しちゃうのが、国語の問題。国語ってさ、問題文、っていうか、長めの文章読むじゃん。そういう時、蒼生の口調が朗読風になる。昔、ずっと絵本を読んでもらってたオレにとって、それは最高の癒やしなんだ。癒やされすぎて眠くなるのが難点だけどなあ。
「……で、この修飾語がこっちにかかるから、意味としてはAの選択肢が一番近い。というわけ」
 丁寧に説明して、蒼生が首をこっちにぐるりと向けた。近い。顔近い。可愛い。好き。このまま床に押しつけて、その優しく笑う唇を奪いたい。
 ……あー、だから!
「なるほどな! 蒼生ってほんと、説明上手だよなー。よくわかった。ありがと!」
 膝の上の蒼生を持ち上げて、ゆっくりラグの上に下ろす。それから、テーブルの上に広げたノートをまとめた。
「これで明日何聞かれてもバッチリだわ。まさかオレがちゃんと予習する日がやってくるなんてなー。本当にありがとな。じゃっ」
「……帰っちゃうの?」
「ん、助かった!」
 あれ、蒼生何か言いかけたかな。部屋を出る時にもう一度蒼生のほうを見ると、ちょうど俯いた顔を上げるとこだった。ぱっと笑って、手を振ってくれる。よし、明日も頑張ろ。


 はー、今日も朝練ハードだった。
 やめるって決めたけど、きちんとやりきりたいんだよな。冬の大会も一応出してもらったし。そう、ちゃんと点だって決めてきたんだぜ。うちの高校、そんなに強豪じゃないから、オレの1点と先輩の1点だけで惜敗、初戦敗退だったけどさ。最後に結果出しちゃったもんで、チームメイトからはありがたいことに残留のお誘いもいただいた。でも最後だから集中出来たのかもなって気もするし、将来のこととか考えると、やっぱここで区切りを付けるのがちょうどいいのかなって思う。学年末で終わらせるつもりだから、残り幾つかある練習試合なんかは、基本的にはサポートに回るつもりだ。1年お世話になったから恩返しの意味も含めて。
 教室に入ったオレは、席に蒼生の姿を探す。あれっ。いない。でも鞄は机の上に置いてあるな。冬矢のとこか? ちょっと前のほうに目をやると、冬矢が片腕で頬杖をつきながら、机の上の紙をペンで叩いてるのが見えた。絵に描いたような無表情だ。……いや、あれはちょっと機嫌悪ぃな。
「おはよー」
 声をかけてみると、まったく表情を崩さないまま「おはよう」と小さく返してくる。いつもより低い声。
「なんだよ。蒼生は?」
 冬矢はちら、と教室の前の入り口あたりを見る。なんだ? ……あー。蒼生が女の子と話してる。黒髪セミロングのおとなしそうな感じの子。隣のクラスの子だな。えーと、なんつったっけ。話したことないな。井野……そうだ、井野さんだ。へー、珍し。蒼生があんまり面識ないっぽい人と1対1で、って、なかなか見ない光景だ。んで、蒼生にほっとかれて、こいつはこういう拗ねた態度をとってるってわけか。
「珍しいけど別に目くじら立てるほどのことじゃ……」
 ねえだろ、と言いかけて、冬矢の手元に目が行った。表みたいな、線がいろいろ引っ張ってある紙が広げて置いてある。見たことあるな。あ、これ、履歴書?
「なんだそりゃ。バイトでも始めるんか?」
「ああ。実は前からオーナーに誘われてたんだ」
「スカウトじゃん」
「その言い方がこの場合正確かどうかは置いておくとして。……昔から通ってる小さなカフェのオーナーが、手が回らないらしくて、手伝いくらいの感覚でいいから来てほしいんだそうだ」
 へーえ。まあ、この見た目だもんなあ。どんな店だか知らないけど、客寄せにはもってこいだよな。ただ、外面いいけど、ホントに優しいのは蒼生にだけじゃん。接客業って務まんのかな。
 それはともかく、こいつ、オレと話しながら、視線はずっとドアのほうに行ったままだ。
「4月から始めようと思ってたんだけど、慣れるために土日何回か来てくれって言われてるんだ。書類は一応形だけってことで」
「なんで? すぐに始めても大丈夫なんじゃねえの?」
「おまえの部活が終わらないだろ」
 ……あ。そうか。そういうことな。オレの部活と冬矢のバイトが被ったら、蒼生がひとりになる。それが怖いんだ。本当に、いつどこでどんなことが起こるか、わかったもんじゃねえんだから。蒼生には、オレか冬矢か、どっちかのそばに出来るだけいてほしいってお願いしてる。そんで、蒼生も了承してくれてる。
 しかしあれだな、本当にこいつの世界って、蒼生が中心なんだな。当然オレもそうだけど。
 チャイムが鳴る寸前になって、蒼生はようやく戻って来た。蒼生はオレの顔をみると、あ、と顔をほころばせる。
「おはよう健ちゃん」
 んー、今日も最高の笑顔。
「蒼生、あの子と知り合いだったの?」
「知り合いっていうかな。廊下で落し物拾ってあげたことがあったんだけど、それがきっかけでちょっと話すようになったんだ」
 お、それって蒼生じゃなくて恋に憧れ抱いてたりしてる奴が同じ状況になったら、まず間違いなくだったら恋が始まるやつじゃん。蒼生だから始まんねえけど。だって、蒼生にはオレが……オレたちがいるからな。
 冬矢も蒼生が戻ってやっと肩の力を抜いたみたいだ。いや、わかる、わかるよ、いつだって蒼生が心配なのは。でも視界に入ってる間くらいは少し気ぃ抜いててもいいだろうになあ。不器用なんかな? そりゃ、蒼生があの子に特別な感情持ってたらヤバいと思うかもしれないけど、顔見てればそんなことないのははっきりわかるじゃん。ま、あっちはわかんないけどさ。

 何日かして。その日はオレが部活のミーティングで、冬矢は例のバイトの面接に行く日だった。
「どうせ決まってるんだから面接なんてどうでもいいのに……」
「まあまあ。お店の都合もあるんでしょ。大丈夫、ちゃんと健ちゃんのこと待って一緒に帰るから」
 蒼生がなだめると、後ろ髪を引かれるように何度も振り返りながら冬矢は教室を出て行った。これ、今日1日ずっとこんな感じだからな。オレに対しても繰り返し何度も何度も釘刺してったんだぜ? オレが蒼生残して帰るわけねえじゃん、なあ?
「いいなー。僕もバイトしようかなあ」
 その背を見送った蒼生が、しみじみと呟いた。
「へえ、初耳。なんか欲しいものでもあんの?」
「うーん、今何がって言われると思いつかないけど、何かの時にお小遣いだけって心許ないよね。僕だって遊びに行く時に……その」
「たしかに、もっと自由に使えたらいいよな。蒼生ん家ってオッケーだっけ」
「こうちゃんもみどりちゃんも高校からバイトしてたし、僕だけダメってことは……たぶんないと思うんだけど……」
 そうなんだよなー。なんか知らないけど、おばさん蒼生に一番厳しいからなあ。
「んー。ともかく、あいつ働き始めたら茶化しに行こうな」
「また怒られるよー」
「蒼生と一緒に行けばセーフだろ」
 差し引きゼロで許されるんじゃね? ただ、蒼生がオレとふたりで現れたらそれはそれでなんか言われそうな気はする。
 けど、なるほどなあ。今までは部活で精一杯で、他に何をしようなんて考えたことなかった。冬矢が何を急に思い立ったか知らねえけど、たしかに悪いことじゃねえな。バイトして……最初のバイト代で……あ、普通親とかになんか買ったりするか。出来るだけ残して、蒼生に全部つぎ込みてぇな……。この高校バイト禁止じゃないし、いいな、そうだな、考えよう。勉強をおろそかにするなって親には言われそうだけど、そこは蒼生がいるから大丈夫だ。
 蒼生が時計を見上げて、あっと声を上げた。
「健ちゃん、ミーティング遅れちゃわない?」
 あっやべぇ。そうだった。あー、蒼生とずっと一緒にいたいのに。冬矢じゃねえけど、どうせあとちょっとでいなくなる人間がミーティング出て周りも変な感じしないかね。
「それじゃ蒼生、そろそろ行くけど、その」
 柔らかく頷いて、蒼生は両膝に手を乗せた。
「うん。教室から一歩も出ない。大丈夫」
 オレも、蒼生が約束を破るなんて思っちゃいない。ただ、周りが怖い。どこにどんな落とし穴があるか、どこの陰に罠が仕込まれてるか、わかったもんじゃないんだ。オレはそれを知ってしまった。一瞬の隙を見せただけで全部かっさらわれることもあるんだって。
 あー、くっそ。
 もうとにかく、終わったら早く帰ってくる。それしかねえ。
 で。あの話してこの話してメニューの改善の話とか卒業生を送る会だとかなんとか、こういう時に限ってボリュームのある話が出て盛り上がるんだよ。なんでだろな。オレは「お疲れ様でした」の「た」くらいで部室を飛び出した。廊下は一応走っちゃいけないことになってるもんで、できる限りの早足で。
 そんでようやく辿り着いた教室には、そこそこの人数が残ってわいわいやってた。その中に蒼生の姿を探す。ああ、よかった。席にいる。席に……ん? 向かい合って座ってるの、井野さんだな。井野さんは手元の、あれ、スケッチブック? に、なにやら一生懸命鉛筆を走らせてる。蒼生はそれを見てるのかな。時々何か会話をしてるっぽい。楽しそう、な、感じ?
 …………。
 あー。オレ、復唱しろ。蒼生には蒼生の交友関係。蒼生には蒼生の交友関係。蒼生には蒼生の交友関係。よし。
 昔、蒼生に言ったことがある。「恋人は恋人、親友は親友、どっちも大事でいいだろ」って。あの時、蒼生が離れようとしてたことがすごくしんどくて。オレは蒼生が親友として大事で、恋人といる時間もそうだけど、おまえといる時間もすごく大切なんだって伝えたかった。まさかこうなるなんて思ってなかったからさ。だけど、恋人も親友もどっちも蒼生になった今、なんかブーメランみたいに刺さってくるんだよ。それぞれ個人である以上、それぞれの交友関係があって当たり前だ。なのに、どうしても思っちまう。「オレだけを見て」って。あー。あの時の言葉が間違ってるとは、本当に今でも思ってねえんだ。でも。だけど。
 好き、ってこんな貪欲な気持ちだったっけ?
 蒼生がぱっと上げた目が、オレの目と合った。途端、蒼生の肩の線が下がる。
「おかえり!」
 ……今すぐぎゅってしたい。
「あ、寺田くん戻ってきた? ごめんね、時間取らせて」
 井野さんもオレに気付いて、机の上に散らばった文房具をかき集め始める。あれ、やっぱなんか作業してたのか。
「いいよー、なんかやってたんだろ。オレのことは気にしないで。ってか何してんの」
 ああ、と蒼生が笑う。
「あのね、手を描いてもらってた」
「手?」
 スケッチブックはそれか。ちら、と目をやると、井野さんは勢いよくそれを隠す。あ。いけねえ、デリカシーなかったな。
「ごめんごめん、つい目ぇ行っちゃった」
「あっ、私、いや、ごめんなさい、全然、そういうわけじゃなくて、習性でつい隠しちゃっただけで、見られたくないわけじゃ決して」
 勢いよく頭を振ってそう言うと、そーっと隠したスケッチブックを机の上に出した。わ、すげえ、ホントに蒼生の手じゃん。いろんな角度で描かれた優しい手。
「上手だよね」
「おー、綺麗だな」
 こういうの苦手だからな、得意な人ってすごいと思う。しみじみ眺めてると、井野さんは手に持ったままの鉛筆を手の中で転がし始めた。
「実は……私、漫画クラブに入ってて。うまくなりたいなって最近ちゃんとデッサンを始めたのね。でも人見知りな性格のせいか、男子に声かけられなくて、なかなかモデルしてくれる人探せずにいて」
 なるほど、なんか照れちゃう感じあるよな、わかるわかる。
「そしたら野木沢くんが私のノート拾ってくれた時、落書きで描いたデッサンを素敵だねって褒めてくれて……あ、この人なら話聞いてくれるかもってお願いしちゃった。今日は寺田くんを待ってるから、その間ならいいよって言ってくれたから」
 蒼生の雰囲気はねー、そうなんだよ。話聞いてくれそうって、誰もがそう言う。実際ちゃんと聞いてくれるしなー。オレもずっとそう思ってたんだ。笑って頷いてもらうだけでも癒やされるもんな。実は蒼生は笑ってたけど、困ってることも多かったんだって、オレすら知ったのは最近だからさ。
 さて、今日はどうだろう。オレはじっと蒼生の目を見る。ふんわりした色。あ、これ、今日はなんか大丈夫そうだな。
「オレも描いてるとこ見てみたかったなー」
 軽く言うと、蒼生が明るい顔で頷く。
「健ちゃんもこう言ってるし。せっかくだからもうちょっと進める?」
「いいの? ありがとう!」
 井野さんは遠慮なく、新しいページを開いた。
 オレも隣から椅子を引っ張ってきて座る。井野さんが鉛筆を握った。おお、早い。のに丁寧で綺麗。へー。じっと蒼生の手を見ていたかと思うと、同じ角度に線を引く。薄いのとか濃いのとか。線がちゃんと形になってくんだからすげえな。井野さんは爪の線を描いて、それから、ほおっと息を吐いた。
「野木沢くんの手って綺麗だよね」
「そんなことな」
「だよな!」
 おっと、しまった。なんか言おうとしてた蒼生の言葉を遮っちまった。だけど、そう。そうなんだよ! わかってんな!
「このさー、固そうでもなく柔らかすぎるわけでもなく、滑らかなこの角度!」
「! このすらりとした指の長さ、爪の角度、関節に至るまで、すごくバランスが取れててかっこいいの!」
「きめ細やかな肌の質感とかさ!」
「この第一関節の感じが綺麗だと思うんだけど!」
「おお、わかってるじゃん! この角度どうよ。こう……手をねじって、指をこう曲げて、ほら、この包み込むような感じ!」
「寺田くんナイス!!」
「だろ!」
 井野さんは紙に食いつくような勢いでスケッチを始める。ふふふ、オレおすすめ、とっておきの角度だからな。このアングル、めちゃくちゃ色っぽいんだ。オレは美術が苦手だけど、一度だけ先生に褒めてもらったことがある。それは友達の手を描いてみましょうって授業で、蒼生の手を描いた時だ。あれはオレがどうというわけじゃなく、蒼生の手が美しかったからだと今でも確信を持ってる。
 ……蒼生? 蒼生はオレを見てにこにこ笑ってる。
「ん?」
「いや、健ちゃん楽しそうだなって思って」
 そうか? だって蒼生が褒められたんだぞ。オレが嬉しくないはずないじゃんか。
「健ちゃんはこういう、パーツのひとつでも褒めてくれるよね」
「褒めてるってか、オレは事実を述べてるに過ぎねえんだわ」
「うーん」
 蒼生は曖昧に笑ってちょっと困った顔をした。これも最近知ったんだけど、蒼生は褒められるのも苦手らしい。冬矢は、蒼生が自分に自信ないからなんだって言う。あーあ、これが人前じゃなきゃなあ……今すぐ態度でもって、本当に蒼生はどこもかしこも綺麗だよって教えたいのに。別にそれが苦手だっていうならそれはそれでいいんだ。苦手なんて誰にだってあるしさ。だから、蒼生自身がどう思ってるかじゃなくて、オレがどう思ってるかを伝えたい。だってオレは本当の本当に、蒼生のすべてを綺麗だと思ってるし、なにもかもが愛しくて仕方ないんだから。
「寺田くんもお借りします!」
 ものすごい勢いで鉛筆を動かす手はそのままに、突然井野さんが高らかにそう告げた。なんだ? あ、オレ、蒼生の手にポーズ取らせたままずっと手持ってた? スケッチブックを覗くと、蒼生の手に触れるオレの手がやっぱりそのまま描かれてた。
「ごめんね、寺田くんの手って節ばって大きくてスポーツやってる男子の手感がすごい! あ、そっかサッカー部だっけ、手使わないもんね、だからごっつすぎないんだ! なんていうか、すごい、かっこいい! 綺麗な手とかっこいい手の競演って感じ! ありがとう!」
 描きながらよくしゃべれんなあ。ただ、こっちの会話はまったく聞こえてないっぽい。ぶつぶつと何事か呟きながら鉛筆を走らせてる。オレは、人見知りってなんだったっけ、とぼんやり考える。なんか一気に輪の中に引き込まれた感じがするけど、それ人見知りの子が出来ることだっけか。呆気にとられてると、蒼生が残った手を口元に当てて目を伏せた。
「今度はどうした」
「……健ちゃんの手が褒められてるの聞いて、ちょっとだけ健ちゃんの気持ちがわかった」
 かっわ……。可愛いな!! だろ! 好きな人褒められてるの嬉しくなるだろ! な!

 それからは、時々だけど井野さんの手伝いをする機会があった。いつの間にかオレもセット扱いになってたのは面白かったな。井野さんは基本的にオレがいる時に声かけてくるみたいで、そうじゃない時には蒼生が断ってるらしかった。オレとしてはずっと蒼生といられるし、なんだかんだで楽しいし、付き合うのも悪くないなと思ってる。
 ただ、気になることが1つだけあるんだ。オレとふたりだなんていい顔しないはずの冬矢が、なんとなく了承してるっぽいんだよな。蒼生が誰かと話してるとずっとそっちを気にしてることとか、蒼生を決してひとりにしないとか、そういうのは変わらないんだけどさ。
「野木沢くん、寺田くん、この後って時間ある?」
 今日も井野さんが教室に駆け込んできた。いつもよりちょっと慌てた感じだ。
「大丈夫だけど、どうしたの?」
「実は3年生の卒業に合わせた本の表紙を描くことになったんだけど、全然イメージがまとまらなくて。でも締め切りもうすぐで。ポーズモデルをお願いしたいの!」
 ポーズ? ここで? オレは周りを見る。ホームルームが終わったばかりで人がたくさんいる放課後の教室。ここで表紙っぽいポーズを? いや戦隊もののイメージしか浮かばなかったオレが思ってるのと、井野さんが描いてるのじゃ全然違うかもしれないけど。
 なんか蒼生も同じことを思ってるような顔をしてる。井野さんも気付いたみたいだ。
「うわあ、だ、だよね! ここではちょっとあれだよね! ……そうだ、部室来ない?」
 あー……まあそうなるか。オレと蒼生は同時に冬矢のほうを見る。冬矢はぎょっとしたように瞬きをした。
「ふたりして、なんだ。行ってくればいいじゃないか」
「冬矢は来ない?」
「人前でポーズとか……万が一こっちにも振られたら困るからな。それに健太がいるんだろ?」
 ほら、やっぱおかしい。まるでオレを認めてるみたいじゃねぇか。絶対についてくる奴だったろ、おまえ。
 まさか……まだ1回か2回かしか行ったことないバイト先で、気になる子でもできちゃったとか? そんな蒼生を悲しませるようなことすんなら、絶対許さねえからな!
「ごめん、本当に時間なくて! 笹原くん、野木沢くんと寺田くん借りていきます!」
「あんまり遅くならないようにね」
「はーい!」
 うわ。マジで急いでんのか。井野さんはオレの肩をぐいぐい押す。外向けの顔をしてオレらを見送る冬矢……なんか釈然としねえんだよな……。
 連れて行かれた部室では部長の百川先輩が机に向かってガリガリやっていた。
「あっ、部長! ちょっと部室借りていいですか?」
「いいよー。……あ、寺田くんと野木沢くんも一緒だ」
「こんにちは」
「お邪魔しまーす」
 井野さんの作業を手伝ってる時に何度か話したことがある。さっぱりした性格の楽しい先輩で、実は漫画家デビューしているらしい。詳しいことは教えてくれないけど、たしかにすごく綺麗な絵を描く人だ。
「……あっ。そうだった、時間! あたし部長会があってそろそろ出なくちゃいけないんだよね。いいよって言っといてあれだけど、その間、女子生徒と男子生徒2人を部室に入れといて危なくない?」
「締め切りのほうが! 危ないです!!」
 すっげぇ、必死。鬼気迫るって感じの井野さんに、百川先輩はぷっと吹き出した。
「承知! はいはい、頑張って。寺田くん、うちの可愛い後輩に手え出しちゃダメよ? 野木沢くんは真面目そうだから大丈夫だと思うけど」
「先輩ひでえ、オレそんなことする奴に見えます?」
「あはは、信用しまーす! じゃ、ちょっと行ってくるね」
 先輩はテンション高いまま、ばたばたと机の上をまとめると、腕時計を眺めながら部室から出て行った。
 もどかしいよなあ、そんなこと絶対ないって言い切れるのにさ。オレが触れたいのは蒼生だけです、って。
 蒼生のほうを見ると、じいっとオレを見ている。何? 可愛い顔してどうした?
「……健ちゃんも大概真面目だと思う」
 ん。なんか拗ねてる? なんで?
 いつの間にか部室の奥でごそごそやっていた井野さんが、大きなベージュの布をばさりと広げた。
「あった! じゃじゃーん、文化祭の時に展示用に使った大きな布ー!」
 こっちもこっちでテンション高ぇな。締め切りとやらに追い詰められてるからなんだろうか。井野さんは蒼生を呼びつけると、その布を広げたまま蒼生に巻き付ける。えっ。
「これ……?」
「野木沢くん、ここ、背中のとこで持っててくれる? そしたら窓際のとこに立ってもらって。ちょっと裾直しまーす。うん、そんな感じ。で、斜めに体向けてもらって。顔は窓の外を、そうそう、見下ろす感じで」
「ドレスみたいだね?」
 そう。肩のないドレスだ。……んー。なんていうか。その。
「なあ、井野さん、こういうのだと女子のほうがモデルとしていいんじゃねえの?」
 わざわざ蒼生でなくてもさあ。
 井野さんはキッと鋭い目線をオレに寄越す。
「主人公は! すらりとした体型の冷酷な美人なので! 女子のふんわりさではイメージが出ないのです!」
 むむ。そうなのか。絵ぇ描かないからわかんねえけども。でもさ、蒼生だって十分ふんわりした感じじゃんか。そのうえ冷酷さは1ミリもねぇし。
 蒼生。……綺麗だ。可愛いよ。だけどさ、オレ以外の前で、そんなさ……。まあ、あれだよ? ただ単に布巻いてるだけだよ? でもさあ……。どこかの国の神話で見たことあるような、ああ、そうだ、それこそ天使みたいな格好をさ? むぐぐ、なんだろこの気持ち。
「野木沢くん、両手、前で組んでもらえる?」
「え、でも布落ちるよ」
 どうやら向こうは手が必要っぽい。なんかしてたほうがすっきりするかな。
「あー、じゃあオレが持ってようか」
「助かる!」
 なんとなくもやっとしたまま、オレは蒼生の後ろに行って、蒼生が手で押さえてる布を持った。蒼生の手が自由になって、ああでもないこうでもないと言う井野さんの指示に従っていく。
 目の前に、蒼生の綺麗な首筋。……このままうなじに顔を埋めたい。思った途端、つい手に力が入った。布で少し蒼生の胸を締め付ける感じになっちゃった。ああ、ごめん。……でも、あれ? 今、びくんってしたな。それから、大きく深呼吸する肩の動き。蒼生、もしかして、オレがここにいること意識してくれてるのかな。オレは意識しまくりだよ? 蒼生の匂いがこんなに近くて、おかしくなりそうだもん。
「それだ!」
 なんだ! オレと蒼生は同時に飛び跳ねる。井野さんは机に向かって真っ白な紙と戦ってたはずなのに、いつの間にか立ち上がっていて、オレたちにびしっと鉛筆を向けた。
「ピンだとしっくりこないと思った。やっぱり表紙はペアにしたい! 寺田くん、野木沢くんの腰抱いて!」
「はっ?」
 えっ、いや、それ、いいの? そうか、いいのか、普段からオレらやってるか、だけどあれは勢いでやるから大丈夫なわけであってこんな意識してやることなんて、あああ。
「手離したら、それこそ布落ちるけど」
「体で押さえれば大丈夫。腰の前で両手組む感じで! 早く!」
 オレたちはその勢いに完全に押されてる。
「えっ。あっ、蒼生、失礼しますっ!」
「は、はい……っ」
「いいね、それから野木沢くんの肩越しにこっち見て。野木沢くんは奥の手だらんとさせて、こっちの手は……寺田くんの手に重ねて。そう、そう、そのままストップお願いします!」
 ヤバい。体で布押さえるってそれ、全身でぎゅっとするやつなんだよなあ。これ、ヒドい。生殺しだ。蒼生を抱き締めてるのに。何も出来ない。
 し、しかも、蒼生……っ。頭をオレの肩にすりすりしてくるの。なに。えっ。あのっ。蒼生さん? ……落ち着け、落ち着けオレ。落ち着けってば。
「出来た! これ! イメージばっちり! あー、うん、よかった、これで締め切り間に合う! ありがとうね2人とも!」
 井野さんは下書きっぽい鉛筆の線が描かれた紙を見せてくれた。そこにはオレたちなんだろうけど、オレたちじゃない2人が描かれてる。オレから離れた蒼生はにこにこと笑ってそれを受け取った。
「すごい雰囲気のあるイラストだね。僕たちがモデルとは思えないくらい。へえ、なんだか悲しげな感じがする」
「そうなの。悲恋から始まるストーリーだから、そういう感じで、でもハッピーエンドだからこそ、この手かなって」
 あー、2人セットの絵だもんな、そりゃその2人の間にストーリーはあるよな。蒼生はきっとそれを考えてたんだろう。オレは、……つい蒼生とのやましいことばっか考えちゃってた。オレばっかそういうこと考えてんの、ほんと反省しなくちゃだ。
 作業を続けるって言う井野さんを残して、オレと蒼生は部室を出た。
「……健ちゃん」
 つん、と蒼生がオレのブレザーの裾を掴む。振り向くと、上目遣いの蒼生が何か言いたそうにオレを見てた。もしかして、オレがやましいこと考えてたのバレてる……? うー、理性をしっかり保たなきゃな!
「ちょっと遅くなっちゃったな! 早く帰ろうぜ!」
 蒼生はわずかに目を見開いて、それから小さく笑った。
「うん、そうだね」
 大事な大事な、オレの蒼生。オレが傷付けるわけにはいかねえよ。


 その日、オレらは3人して急いで学校を出た。っつーのも、バレンタインだったからさ。誰かに捕まると厄介じゃん? 断るにしても時間かかるし。普通だったら自意識過剰って言われるとこかもしれねぇけど、オレはともかくとして、実際蒼生が捕まりかけてたからな。
 駅を出て冬矢と別れたところで、オレはふと思い出した。
「そうだ、蒼生、天アルの新刊買った?」
「あれ、今月だったっけ。まだ買ってないや、忘れてた」
「買われてなくてよかった、たしか今月オレが買う番だったもんな。時間早いし、本屋寄って帰ろっと。な、一緒に来る?」
「うん」
 最初はふたりして買ってたんだけど、もったいないってことに気付いて途中から交互に買うようになった。んで、蒼生の部屋に全部置いてある。読みたくなったらすぐ蒼生の部屋に行けばいいってわけだ。
「そしたら、先持って帰って読んでて。今日金曜だし、オレ後で読みに行くわ」
 蒼生はぱっと顔を上げた。
「その後はどうするの?」
「泊まってくつもりだけど……大丈夫?」
「うんっ」
 嬉しそうに笑う。オレといられて嬉しいのかな。へへ。今回の新刊、前回から続きになってたからちょっと読み直したいからなんだけど、蒼生が喜んでくれるとなんか特別な気分になっちゃうな。ホントにオレって安上がりだと思う。

 そういえば蒼生ん家でシャワー浴びるのって意外と珍しいかも。大体自分とこで風呂ってから押しかけるからなあ。どうせすぐ乾くから、適当にタオルで頭を拭きつつ蒼生の部屋に戻る。蒼生はオレに気付くと、ふんわり表情をほころばせて新刊をローテーブルの上に置いた。
「おかえり。次、僕入ってくるね」
「おお。ごゆっくりー」
 …………。蒼生をシャワーに送り出すなんて……思い出しちゃうな。蒼生はえっちの時、必ずシャワーに行く。その戻ってくるまでの間を、どう触れよう、どう伝えようってぐるぐるしながら待つんだ。
 ……シたい。
 あー……。だから、ダメだってば。蒼生はいつも、最後はほぼ倒れるみたいに寝ちゃうんだ。オレより体力がないって以前に、たぶん蒼生にとってものすごく疲れる大変な行為なんだと思う。そういう用途じゃないとこ使わせてもらってるんだもんな。だから蒼生に負担をかけたくない。無理させたくない。オレの勝手な欲望に付き合わすわけにはいかないんだ。ちゃんと期間を空けて、計画的に。
 それにさ。こんなふうにふたりきりだとちょっと怖いんだよな。冷静な冬矢がいないと、オレ何をしでかすか自分でわかったもんじゃねえ。暴走なんかしたら、それこそ……。
 よし、新刊だ新刊。読もう。オレは蒼生が置いた本を手に取る。ん。最初のほうのページまでしか開いた形跡がない? 結構時間あったはずだけど、蒼生、これしか読んでないのかな。あ、さては蒼生も前の巻から読み始めたとか? それにしてはきっちり本棚に収まってるみたいだけど……。
 ま、いいか。オレは前の巻と新刊を2冊揃え、ベッドに座る。普段と違う手触り。あれ、バスタオルが敷いてある。なんだこれ。さっきまではあったかな。
 ハテナマークが頭の中にたくさん浮かんだけど、とりあえずは読んじゃお。
 ……こう来て? はいはい、それから、あー、バトルになっちゃうよな、そりゃそうだ。でも戦いたくないよな、わかる! それで? そう来て? うわー。誰? 誰来た? って、ここで続くかーっ! いっそ雑誌で追いかけたくなるよな。でも週刊誌は場所取るしなー。
 オレが読み終わって2冊をテーブルに置くのと、蒼生が戻ってきたのはほぼ同時だった。
「おかえりー…………あおぃ?」
「ただいまー。ごめんね、もうちょっと待ってね」
 いや……待つとか待たないとかの問題じゃなくて、え? 適当なオレと違って、普段はちゃんと髪乾かしてくる蒼生が、びしょびしょの髪でタオル提げてる、それも珍しいけど、そっちじゃなくて。
 え?
 なんで、パジャマ、下履いてないの?
 すらっと伸びた足がきれいで、え?
 蒼生は、棚の前に置いた鞄を開けて中をごそごそ探ってる。
 きれい。
 何か探しているんだろうか、手に取って一度動きを止める。
 日に焼けたオレとは、違ういろ。
 それから片手に持った電話で何かメッセージを打ち込んでる。
 ぬりつぶしたような、なめらかな。
 あおい。
 …………っ。
 勢いよく手を引くと、蒼生の体は簡単にベッドの上に倒れ込んだ。
 ああ、心臓がうるせぇ。
「健ちゃ……、やだ、髪乾かしてないからシーツ濡れちゃう」
「やだ。我慢できない」
 押し返そうとする腕を掴む。蒼生の首に掛かったタオルを引き抜くと、それで蒼生の両方の手首をまとめて縛る。
 その間、蒼生はちょっとびっくりした目をして、じっとオレの手を見てた。
 くそ。
 頭に血が上ってる。
 ダメだ。
 止めなきゃ。
 わかってるのに、勝手に手が動いて、蒼生のパジャマのボタンを外す。
 はだけた胸の、色が付いてるところに手が伸びた。
 吸い付くと、甘い、気がする。
 ちがう。
 あまい。
 ほんとうに。
 手を上に上げた蒼生が、戸惑ったようにオレを見下ろす。
「んっ……。あの……ね、健ちゃん。今、冬矢に、」
 っ。
 蒼生。
 なんでだよ、今目の前にいるのはオレだろ? 冬矢じゃないだろ?
「黙って」
「んぅ……っ」
 オレは自分の首に提げてたタオルを蒼生の口に押し込んだ。
「へんひゃ……」
 くぐもった蒼生の声。
 なぜかそれにぞくぞくした。
 そのとたん、オレの頭に響いてた、オレを制止する声が聞こえなくなった気がした。
 ああ。
 可愛い蒼生。
 触れるどこもかしこも応えるように吸い付いてくるみたいだ。
 蒼生。
 白い肌に赤い痕がつく。
 綺麗だ。
 勢いのままに、下着を剥ぎ取る。
 ここも綺麗だね。
 ピンクで、ふるふる震えて、オレを待っててくれたみたい。
 可愛い。
 先っぽの濡れたのを指ですくい取って、後ろに触れると、ぴくんと体が跳ねる。
 くすぐるみたいになぞると、蒼生は上半身をくねらせる。
 ぐ……っ。
 ダメだ、もう……。オレはズボンを下ろす。もう我慢できねえって体が言ってるのがありありと見える。
「ぇんひゃん、ひぁ」
「ん?」
 しゃべりづらそうに、蒼生が声を上げる。それから下ろした肘でとんとんとベッドを叩いた。……下? ベッドの下?
 覗き込むと、水色のケースがある。これか?
「お、う」
 奥? これじゃないのか。そのケースを引っ張り出すと、奥にもうひとつ。小さな黒いケースがある。これかな。取っ手を持って引っ張ると、それはするすると開いた。中には、ボトルがひとつと箱がひとつ入ってる。奥まってて取りづらいそれを掴んで出す。
 ……え。コンドーム? てことは、こっちの半分くらい中身の減ったボトルは、ローション? え? 蒼生が?
 恥ずかしそうに自分の腕で顔を隠す蒼生。え、マジで。
 ああ。
 もう。
 ボトルの中身を手のひらにぶちまけて、蒼生の後ろを探る。
「ん、んんっ、う……んっ」
 くっそ、こんなん、耐えらんねえわ……。
 可愛い。
 オレの指を飲み込む、そこのあたたかさ。
 跳ねる身体。
 濡れた音が、耳に突き刺さる。
 あいつ、もっと時間かけてたよな。だけど、もう、無理。
 ゴムの包みを開けるのももどかしい。
 とにかく早く、早く。
 なんとか付け終えると、そっとそこにあてがって、
 蒼生。
「ふ……ぅ……っん、んぅ、んんーっ」
 はあ。
 熱い。
 震える身体を抱き締める。
 狭い蒼生の中は、驚くくらいするりとオレを受け入れた。
 蒼生。
 小さく揺すると、首がゆっくりと仰のく。
 だらんと上に伸ばされた腕の、可愛い肘に口づける。
 二の腕の内側に。
 それから肩に。
「……んっ……んっ……」
 オレの動きに合わせて漏れる声。
 可愛い。
 オレの蒼生。
 少し腰を強く打ち付けると、
「……っふ、ぅんっ……ん」
 蒼生はぎゅっと目を閉じた。
 その目から、すっと涙がひとつぶ落ちて、
 !
 ……あ。
 オレ……。

 急に力が抜けた。
 何やってんだ、オレは。こんなの……こんなのダメじゃん。わかってたのに。
 ごめん。頭の中をその単語でいっぱいにして、オレは蒼生から体を離した。
「……んっ」
 蒼生の身体が震える。
 オレはゴムを外しながら、今度は蒼生になんて言って謝ろうかで頭の中身を満杯にする。怒ってるだろうな。当たり前だ、こんなことしたら。オレのこと嫌いになるかな。いやだな。でも仕方ないよな。どうしたら許してくれるだろう。
 見下ろした蒼生は、きょとんとした顔をしてる。そして縛られたままの手を下ろして、右肘をベッドについて起き上がると、口からタオルを外した。
「どうしたの?」
 どうしたの、も何も。
「オレ……こんな、蒼生の嫌がることを、……ごめん」
「嫌がる? なんで?」
「なんでって」
「僕、健ちゃんにされて嫌なことなんてないんだけど」
 蒼生はさらっと言って、オレのほうに体を寄せてくる。それで、……え? オレのちんこを蒼生が触ってる?
「それより、健ちゃん……ね、続き、して……?」
 なんていうんだろう、ものすごく色の乗った声でそう言ったかと思うと、蒼生は顔を下げてオレの先っぽにちゅって小さくキスをした。え? え?
 少しずつ頭が下がりながら、舌が、唇が、オレの……ええぇ? マジ? 嘘だろ?
 両手で撫でて、指でこすって、てっぺんに唇で触れる。
 素人目にもわかる、たどたどしい感じ。
 だけど。
 蒼生が。
 吸うようにキスを。
 うわ。
 うっわ。
 そこ、ヤバい。
 マジで?
 わ。
「あ……っの、蒼生? それ、抵抗ないの?」
「全然」
 蒼生は笑ってる。いつもの可愛い顔で。
 抵抗、ないのか。
 オレの舐めるの、平気なんだ……?
「そ、その……あの、くわえられたり、する?」
「うん」
 ダメもとのオレの言葉にも、蒼生はにこにこと頷く。そして蒼生は唇を舐めて湿らせると、なんの迷いもなく、オレのちんこを口に入れた。うっわ……。蒼生が! 蒼生がオレの!
 あっ……たけぇ……。ぬるぬる、舌が遊ぶみたいにオレの周りをくるくる回る。ぞくぞくする。体の感覚の全部が集まってるみたいだ。あ、蒼生。
「…………っ」
 思わず手が伸びた。蒼生の頭に触れ、まだ湿った髪を撫でると、蒼生はオレのをくわえたまま嬉しそうにその手に擦り寄った。
 わ、わ、わ。
 可愛い。可愛い。どうしよう、めちゃくちゃ可愛い。
「んっ……口のなかでおっきくなったぁ」
 ひ、響く。
「ごごごごごごごめんっ!」
「んーん、……うえひぃ……」
 ダメだよ蒼生そこでしゃべると、響く! めっちゃ響く! ちんこの奥がぞくぞくして、腰がとけそうになる……っ。
 しかも、今、嬉しいって言った? そうなの? 嬉しいの?
 ……あー。
 なんでかわかんねえけどめっちゃ感動してる。
 オレも嬉しいよ、蒼生!
 胸の奥のほうでぎゅってなったのが、ちんこにも伝わってくみたい。
 あ。
 マジでダメだ、ヤバい。
「蒼生っ、離してっ」
「えー……」
 押しのけると、明らかに不満げな顔をする。いや、その顔も可愛いけどさ!
「だ、ダメだ、もう出ちゃいそうだから、ダメ」
「僕の出したのは舐めたじゃん」
「美味しいもんじゃないから、ダメ! ……あと、……蒼生の中で出したい、です」
 ぽかんとして、蒼生が瞬きを多くする。
 それから、ふんわり、オレの好きな顔で笑った。
「そっかあ。なら、いいや」
 あああ。なんで。こんな。このタイミングで。こんな可愛い顔するんだよ。
 くっそ。
「ごめんな、あとでいっぱい謝るからな!」
 そう告げて、オレは改めて蒼生を押し倒す。ああ、脇から腰にかけてのラインがきれいだ。白い肌にオレが付けた跡が残ってるのがぎゅっとなるほど嬉しい。急いで着てるのを全部脱いでそのへんに放り投げるのを、蒼生はやっぱりにこにこしながら見てた。はあ、好きだ。
 さっき箱からぶちまけて、ベッドの上に転がってたゴムを掴む。
「ちょっと足抱えるから、体勢しんどかったら言ってな」
「うん」
 蒼生の右足に乗って、左足を脇に抱える。ゴムをつける間、蒼生は意識して左足に力を入れてるみたいだった。かわいいそこをぷるんと揺らして、まるっきりの無防備なのに、オレが重くないようにしてくれてんの。めっちゃ健気だ。なんなの、オレの恋人可愛すぎる……。
 胸元から、腹まで、滑らかな肌を撫でる。気持ちいい。
「んっ」
 それから、少しずつ蒼生の中に入る。あー。さっき無茶しちゃったから。押さえろ。う、締め付けられる。ゆっくり。狭い。たくさんの指で遊ばれてるみたいな感じ。くっ……。ドキドキやかましい心臓が、もっと行けって言ってくる。だめ、ゆっくり。ゆっくりだ。視線の先で、胸が上下する。愛しい。
「ん、ん」
 蒼生は手首のタオルに噛みついて、声を抑えようとしてる。ああ。その声、いい。耳から入って腰に下りて、侵入する後押しをしてくるみたいだ。
 はー……。
 組んだゆびさきがぴくっと動くのが可愛い。
 ゆっくり進むと、あれ、なんか、もっと進めそうな気がする。
 先っぽのぶつかるとこ、もう少し。
 でもすごく狭そうな感じ。
 無理かな。
「ぁおいぃ……」
「う……はぁい?」
 浅く細かく息を吐きながら、わずかに目を開いた蒼生が首を傾げる。可愛い。
「あの、さ、もうちょっと……奥、行っていい?」
「ふぇ? え、え? もう、苦し、んだけど、まだぜんぶ、はいってないの……?」
「ん。ここまで、かと思ってたんだけどさ。この感じだともうちょっと行けそう」
「そ、そっかー……」
 ちょっと困った顔。好き。
「……うーん…………、あの、ちょっとまだ怖いから、また、今度……?」
「りょーかい。じゃ、そのかわり、少し動いてもいいかな」
「う、ん」
 そうだよな。まだ何回かしかしてないんだし。オレの全部を受け入れてくれるように、ゆっくりやっていこう。むしろそうやってちょっとずつ進んでくのって、なんかいいな。へへ、これからの話が出来るって本当に嬉しい。
 今は、蒼生の許可が出たことだし、っと。
「ふあっ……んっ」
 腰を引いてから戻すと、蒼生が仰け反って声を上げる。んで、慌てたみたいにタオルを噛んだ。んんん、可愛いな、小さく悶えるのめちゃくちゃ可愛いな。
「……っう、ふ、ふぅ、……っん」
 あー。
 蒼生の狭い入り口で擦れる。
 気持ちいい。
 ぎゅってオレを離さない。
 顔を隠すように上げた腕が作る角度が、震える瞼をちょっとだけ見せてくれる。
 近付きたい。
 もっと。
 そう思えば思うほど、うわ、制御できねえ。
「んっ……、うぅ、う、んっ、うー……」
 さっき蒼生に煽られた熱が、どうしたって止められない。
 蒼生っ。
 蒼生、蒼生っ……。
 あー……っ……。
 …………。
「は、あ……。ごめ、先……」
「ひっ……う」
 引き抜くと、蒼生の身体がびくんと震えた。蒼生の中に残りそうになったゴムに気付いてそれも引っ張る。抜けるとこで、小さな吐息が聞こえた。
 とろんとした目を開けて、蒼生はくすぐったそうに笑う。
「中でびくびくしてるのわかった。気持ちよかった?」
 可愛い……。あんまりにも可愛くて、抱えたままの足に思わず頬ずりする。
「ん。蒼生と繋がれるの、最高に気持ちいい」
「ふふ、よかった。でも」
「でも?」
 蒼生はゆっくり体を起こす。わ、無理すんなって。肩を引き寄せて起き上がるのを手伝うと、蒼生はいっそう嬉しそうにする。だけど、オレに顔を近付けると、すぐに拗ねた顔をした。
「健ちゃん、今日いっこ忘れてる」
 え?
「……ちゅーしてくれてない」
 ……あっ。
「さては、あれだ。僕が、その、ふぇ、フェラしたからだ」
「ち、違う違う! そんなの気にしねえし!」
 大事なこと忘れてた。
 オレは蒼生を抱き締めると、わずかに隙間を空けた可愛い唇に、短くキスをする。角度を変えて、もう一回。もう一回。あと一回。足んない。一回。まだ。一回。それから、その中にちょっとお邪魔する。あー。応えてくれる舌の動き。可愛い。可愛いな。オレの胸にすがるような手も。か、かわ……。
 だめだ、これ。
 かわいいが、すぎる……。
「! 健ちゃん?」
 あー。
 バレた。速攻でバレた。
 そりゃ、こんな可愛い姿見て、元気にならんわけねえよな!
「……もっかい、いい?」
「うふふ。うん」
 いいんだー。そっかー。嬉しいな。オレはゴムの包みを手に取る。
「あ、ねえ、付けてみていい?」
 !? え!?
 思わず取り落としそうになったそれを、蒼生がぱっとキャッチした。
 え? 蒼生が? オレに?
「よーし」
 蒼生はまるで折り紙で遊んでるみたいに、それを開けて、オレのちんこの先に添えると、丁寧な手つきで下ろしていく。
「その……蒼生って……使ったことあるの?」
 もしかしてオレの知らないところで女の子と付き合ってて、その子ともしかして……って意味で言ったんだけど。蒼生はそういう意味には取らなかったらしい。
「うーん、自分で、その、する時に周り汚さないように使ったことはあるよ。けど」
「けど?」
「……本当は、いつかこうやってみたくて。自分ので練習してた」
 照れ笑いの蒼生。
 ……は。マジ?
 かっわいい。
 は?
「ちょっ……健ちゃん、おっきくしないで、やりづらいぃ」
「わー、悪ぃ、でも今のオレのせい!?」
 今のだいぶ蒼生に原因がある気がするんだけど。
 なんとか全部を下まで下ろしきって、
「できた。ふふ」
 なんでか、すごくやり遂げたみたいな顔して蒼生が笑う。
「それで、僕はどうしたらいいのかな」
「んー。後ろ向いて」
「健ちゃん後ろからするの好きだよね」
「そうだなあ、なんでだろ。ここの骨のとこが好きだからかな」
 パジャマの上から、肩甲骨の下の線をなぞると、蒼生が体をよじらせる。
「んふ、くすぐったい。健ちゃん、あっちこっち好きだって言うね」
「だってあっちこっち好きなんだもん。なんなら全部好きだ」
 ぱちくりと目を見開く蒼生に、短くキス。それから、体をくるりと向こうに向けさせる。蒼生は手が結ばれたままだから体勢にちょっと迷ったみたいだけど、ベッドに両肘をつく格好で落ち着いたらしい。あー、柔らかなフォルムの綺麗なおしり。かっわいいな。いやホントどこもかしこも可愛い。
「それじゃ、いくよ」
「うん」
 息を吐きながらの蒼生の声。
 その脇から下半身へ続く境目の、ゆるい角度を描く腰に手をかける。
 あー、てのひらにめちゃくちゃしっくりくる、好き。
 よくぬめらせたそこに、蒼生が付けてくれたゴムが触れると、ちゅってキスするみたいな音がした。
 失礼しま、す……っと。
「ん、ん、……っはぁー……」
 大きな息と一緒に、蒼生の首が反る。それから、ことんと手の上に落ちる。
 うう、絡みつく。
 包み込まれる。
 あー。
 好き、が迸りそうだ。
「……ふっ、ん、っは、あっ、……ぅあっ、ん……」
 時々。
 蒼生の声が跳ねるとこがある。
 なんとなくこのへんかなって思うんだけど、見えるわけじゃねえからなあ……。
 ここ?
「ひぁっ……ん、う、」
 んー、なかなか正確にはいかねえもんだな……。
 蒼生の背中にかかるパジャマをぐい、と上に押しのける。手ぇ結ぶ前に先に脱いどいてもらえばよかった。オレの好きな背中の骨のとこが見える。その突き出た骨のとこにキスをする。
「あっ」
 吸って、舐めて、しゃぶりつく。
「……ぁあっ」
 蒼生の声が甘い。かわいい。
 蒼生。
「け、ん、ちゃ」
 揺れながら蒼生がオレの名前を呼ぶ。それも気持ちいい。
「ん……? っ、どした?」
「や、やっぱ、やだ……」
「やだ?」
「うん……」
 蒼生はちら、と視線をこっちへ寄越す。
「やっぱ、かお、みたい……まえ、から、して……?」
 ……っ、オレは勢いよく腰を引く。
 そんなん言われて、無視できるわけねえじゃん。
 崩れ落ちる蒼生の体を抱え上げ、仰向けに横たえると、そのまま蒼生の中に入った。
「っあ!」
 あーもう余裕ねえ。
 蒼生。
 潤んだ目でオレを見上げてくる。
 思うがままに腰を動かしながら、オレは蒼生にキスをする。
 蒼生は両腕を伸ばして、手首のタオルをオレの首の後ろにかけた。
「っ、あお、ぃ」
「……は、あ、はは、つかまえた……っ」
 うそだろ。
 こんな可愛い……っ。
 もう頭ん中がぐちゃぐちゃだ。
 蒼生のことしか考えらんねえ。
 目の前の蒼生が愛しいことしか。
 もう。
「けんちゃ、僕、の、さわって」
 吐息でよく聞こえない声、だけど蒼生はそう言った。
 オレは蒼生のちんこに手を伸ばす。
 そこももうぐちゅぐちゅで。
 手を動かすたび、蒼生の中がオレを締め付けてくる。
 ヤバい。
 蒼生。
「あ、あ、け、んっ、ちゃ、声、声出ちゃうっ、……ふさいで、ふさいでっ」
 可愛い。
 なんて可愛い。
 大好きな蒼生。
 キスで塞いだ口の中で、蒼生は一段と高い声を上げた。
 それは、オレの頭の中にも響いて、ちかちかと綺麗な火花を散らした。


 …………。
 はー。
 ダメだろ。ほんっと……ダメだろ。
 あー……。
 何やってんだよオレ……。
 ガチャッとドアが開く音が、頭を抱えた手の向こうで聞こえた気がする。
「ただいまぁ。もうみんな寝てるから、こっそりシャワー浴びちゃえるよ……健ちゃん?」
 いつもよりちょっと高い蒼生の声。
 酷いことをしたオレを気遣ってくれてるんだろうか。
 あー……。
「健ちゃんってば」
 蒼生はぽすんと勢いをつけてベッドのオレの隣に座った。
「オレ、本当に、……ごめん」
「……もしかして、僕とするの、やだった?」
 っ、そんな。
「そんなわけねえよ、シたかった!」
 不思議そうに蒼生は首を傾げる。
「じゃあいいじゃない。こんなヘコむ健ちゃん初めて見たかも」
「だって……蒼生のこと泣かせたから」
 この前みたいに、嬉しくて泣いたわけじゃない。さっきの、零れた涙が頭から離れない。
「泣……いてたかなぁ。そんなつもりなかったけど」
 蒼生は、自分の肩でオレの肩をとん、と叩いた。
「ねぇ。ホントに嫌だったら健ちゃんにはちゃんと嫌って言うし、きっちり抵抗するんだけど」
「嫌って言った」
「うーん……? 言った?」
「それに冬矢のこと呼んだし」
「あー……。それは、今日帰るときバタバタしたから僕が冬矢のペンケース持って帰って来ちゃったみたいで、それのやりとりを……いや、それは僕がごめんなさい。ああいう時に他の人の名前出すべきじゃなかったよね」
 それは、……冬矢も蒼生の恋人だから、いい。の、かもしれないけど。でもあの時のオレはそんな余裕はなかった。
「蒼生は謝らなくていいよ。完全にオレが悪いんだし。……なにより、無理矢理なんて絶対ダメなのに」
 はー。完全に恋人失格だろ。
 なのに蒼生は、心底意外だ、って顔をする。
「えっ? 無理矢理? 無理矢理されたなんてこれっぽっちも思ってないよ。そりゃあ、ああいう口の塞がれ方したのはちょっとびっくりしたけど、一応家族も下にいるわけだし、部屋の外に声聞かれちゃう心配がある以上、なるほどこれって便利かもーって思ってそのままにしてただけの話で」
 それに、と蒼生が続ける。
「手首は縛られたけどさ。それだけでどこにも結ばれてなかったんだから、手が頭の上に行くわけないじゃん。あれずっと自分の意思で上げてたんだよ」
「でも、動けなくしてやろうとしたのは変わんねえじゃん」
「……あー。もしかして、僕が襲われかけた時のこと思い出してるでしょ」
 オレは視線を落とした。
 あいつと、同じことを、オレは、
「あのさ!」
 ……え。
 珍しい、蒼生の強い声と、怒った顔。
「あんなのと健ちゃん一緒にして欲しくないんだけど! 僕は健ちゃんが好きなんだから、一緒のわけないじゃん! あっちはレイプ。こっちはプレイ。全然別だよ。……あ、ちょっと言葉は似てる」
 平然と蒼生は言い放つ。最後は少し笑いながら。
「だ、だけど、理性なくしたのは同じで」
「言うほど健ちゃん理性なくしてないと思うけどなぁ。僕の話ちゃんと聞いて、ゴム着けてくれた時点で、あ、これ大丈夫だなって思ったもん。それに、健ちゃんがめちゃくちゃ余裕のない顔してくれたの、ふふ、嬉しかったよ。ああ、僕に興奮してこんな顔見せてくれるんだーって。余裕ない健ちゃんもかっこよかった」
 蒼生。
 なんか、蒼生の言い方を聞いてると、まるで、
「……じゃあ、本当に、やじゃなかった?」
 蒼生が望んでたみたいで。
 オレの問いに、蒼生は少し間を開けると、足をぶらぶらさせる。
「口にするの、ちょっと照れるね。……本当に、やじゃなかったよ。そもそも、休みの前の日に泊まりに来るっていうから……抱いてくれるのかなって思って。そのつもりでいたんだよ」
 っ、え、だ、だくって、え。
 聞いてるオレのほうが照れそうになる。てか、もう手遅れだ。ほっぺた熱ぃ。
「どうせすぐに脱いじゃうと思ったから、ズボン履いてこなかったんだ……や、やっぱ変だったかな……。そうだよね、ちゃんと意図を説明すればよかったよね……。あの、自分としては、あからさまに、誘ってた、つもりなんだけど……」
「誘……っ!?」
「う、うん。だって、シてほしかったから……。そもそも、はっきり言えたらよかったんだけどね、でも、まだ、だ、抱いて……ってストレートに言うの恥ずかしくて……」
 蒼生が? 自分で? そう思って?
 いや、あの。
 え?
「……健ちゃんてさ。僕をなんだと思ってるの」
「え、天使」
「!? 幼馴染みの男子をそんなふうに見てたの!?」
「優しいし綺麗だし可愛いしあったかいし柔らかいしいい匂いするし、天使なんだなって確信してた。だから、簡単に手を出しちゃいけないって思ってた。オレが汚しちゃいけないなって。もう遅いかもしんねえけど」
 蒼生は、腕を組んで天井を見る。
「……うーん」
 それから、覗き込むようにしてオレの顔を見てくる。
「あのね、健ちゃん。僕、やましいこととか普通に考えてるし、ホントはもっとえっちしたいとか思ってるんだよね。人がいないとこふたりで歩いてたら、そのまま物陰に連れ込まれたいって考えることもあるよ」
「……えっちな天使!?」
「そのイメージ抜けないかあ……。まあそれでもいいや」
 待って。
 今、混乱してるから。
 純粋で可愛い、オレの蒼生。
 えっちなこととか、ずっと、嫌いなのかと思ってた蒼生が。
 オレに、もっと、抱かれ……。
 ダメだ。
 よくわかんなくなってきた。
「健ちゃんは、僕がそんなこと考えてたら、やだ?」
「いや。最高」
 あれ。今、口が勝手に答えてた。
「パジャマの上だけ着てるの、健ちゃん好きかなって思ってたんだけど、違った?」
「いや。めちゃくちゃ好き」
「あはは、だよね。合ってて良かった」
 蒼生は反動を付けてベッドから立ち上がった。それで、オレの真正面に立つ。
 蒼生?
 穏やかに微笑むその姿は、やっぱり天使にしか見えない。
「わかった、健ちゃん。決まり作ろ」
「決まり?」
「うん。どんなに急にえっちしたくなっても、僕にちょっとだけ時間ちょうだい。それで、絶対嫌だって言ったら一度ちゃんと話聞いて。僕が健ちゃんのこと嫌いになるわけないんだから、落ち着いて話し合おう。僕も、やなこととかして欲しいこととか、もっと言葉にできるように頑張るから」
「……ん」
「ちょっとずついろんなことすり合わせて、ずっといい関係でいよう?」
「うん」
 蒼生は……昔からそうだった。
 オレが落ち込むと、こうやってお兄ちゃんらしく慰めてくれるし、励ましてくれる。そういや、父さんの大事な書類破いちゃった時も、蒼生が慰めてくれて一緒に謝ったっけな。そんな思い出、山ほどあるや。
 いつも蒼生が助けてくれた。どんなことでも受け止めてくれた。物心ついた時には、蒼生はオレにとってなくちゃならない存在だった。
 だけど、蒼生はもう、お兄ちゃんじゃない。
 隣に並んで歩く恋人同士なんだ。
 もっと頼られる人間になりたい。
 一緒に支え合える存在でありたい。
 心も、体も、一緒に。

 突然、蒼生がオレの脚の上に乗っかってきた。
「へ? え? 蒼生?」
 近い。
 脚っていうか、ほぼ、腰の上なんですけど?
 蒼生さん?
 蒼生はオレの肩に両肘をかける。
 なんか、とろんとした、顔。
「……あの、ね?」
「あ、はい」
「その……口塞がれて……声、こもるの、なんかすごくよかったし、……動けなくて、全部健ちゃんの好きなようにされちゃうんだぁって思ったら……すごくドキドキしたんだ」
「……そうなの?」
「うん。僕……こういうの、好きかも」
 赤い顔でそう告げると、耳元に口を近付けて、小さな声で。
「また、してね」
 ……あ、わ、マジで?
 オレは何度も勢いよく頷く。
 蒼生は嬉しそうに笑った。
 ああ。
 恋人が、こんなにえっちで可愛い。
「やっぱ、オレ、おまえじゃなくちゃダメだ。他の誰でもなくて、蒼生が……!」
 思わず力一杯抱き締める。
「生まれたときから、蒼生しかいないって決めてました!!」
「ふふっ。なにそれぇ」
 抱き締めた体温。
 脚で感じる重さ。
 肺いっぱいで感じる匂い。
 背中に回された手。
 肩口で笑う声。
「蒼生! 好き、好き、大好き!!」
「僕も、好き」
「めちゃくちゃ好き!!」
「あはは。大好き、健ちゃん!」
 あー、
 もう。
 心の底から、
 魂の奥から、
 ただただ実感する。
 本当に、オレは。

 蒼生じゃなくちゃダメなんだ!
1 / 1
ステキ!を送ってみましょう!
ステキ!を送ることで、作品への共感や作者様への敬意を伝えることができます。
また、そのステキ!が作者様の背中を押し、次の作品へと繋がっていくかもしれません。
ステキ!は匿名非公開で送ることもできますので、少しでもいいなと思ったら是非、ステキ!を送ってみましょう!

PAGE TOP