高原 風音

ふんわりいちゃ甘な創作BL小説をメインで活動しています!
基本的にはハピエン厨というより、ハッピーに始まりハッピーに進んでハッピーに終わる、一言で言うと“始終ハッピー主義”。
主にPixivで作品を発表しており、こちらには順次再掲を行っております。現在執筆中のシリーズは3人組のゆるふわいちゃあまラブ『僕+君→Waltz!』(R-18あり)。完結済みのシリーズには、自由奔放な少年がハッピーエンドを迎えるまでのお話『初恋みたいなキスをして』(R-18)があります。
そのほか、ちまちまと短編BLを書いたりしています。
また、ここでは紹介しませんが、ファンタジー?ふうのシリーズ『碧色の軌跡』(完結済み・恋愛要素なし)やオリジナル短編などもあったりしますので、興味がありましたらぜひ。
二次創作もぼちぼちやっております。

プロフィールタグ

投稿日:2024年01月08日 23:09    文字数:18,967

33こ目;ハッピーエンドからのはじめかた

ステキ数:1
コメントを送りました
ステキ!を送りました
ステキ!を取り消しました
ブックマークに登録しました
ブックマークから削除しました
コメントはあなたと作品投稿者のみに名前と内容が表示されます
あけましておめでとうございます。
そして、新シーズン『僕+君→Waltz!→After!』、略してAfterシリーズへようこそ!

今日は3人が新居で引っ越し作業中です。
始まったばかりの生活、いろいろ気にかかることはあるようですが、新たなスタートです。
これからもよろしくお願いします!

↑初掲載時キャプション↑
2022/01/07
https://pictbland.net/users/series/kazanet-tk/%E5%83%95%EF%BC%8B%E5%90%9B%E2%86%92Waltz%EF%BC%81
この作品から、約2年前ほぼ同日の再掲となります。
(さっそく1日ズレていますが、そのくらいのゆるゆるスケジュールです)
しばらく1週間程度の間隔での更新となりますのでよろしくお願いします!
1 / 1
 雲ひとつない真っ青な空が、開け放った窓の外に広がる。風はふわふわと暖かく、買ったばかりのレースのカーテンがかすかに揺れていた。どこか遠くから、子供たちが笑いながら走って行く声が聞こえる。それから、ゆったりと走る自転車の音。もうお昼ご飯の支度を始めた家があるのだろうか、いい香りが漂ってくる。
 日差しが柔らかな角度に照らす床に座って、僕は箱をしっかり閉じていた梱包用テープを剥がした。
 そこに響いてくる声が、ふたつ。
「冬矢ぁ、これ、どうする?」
「それ、後で整理するからいったん棚のとこに置いて。そっちの箱は全部健太のだろ、向こうの部屋持ってってから開けよ、重いんだから」
「はいよー」
 廊下の向こうからの声と、廊下からこっちに向かって歩いて来ながらの声。ふふ。僕は浮かれて鼻歌でも歌いそうになりながら、箱の中をごそごそ探る。これは全部キッチン周りかな。
「蒼生、その辺りに調理器具の箱が……」
「はーい。これだよね」
 僕は開けた箱を抱えて立ち、そのままキッチンに持って行く。
「そうそう。ありがとう。このままもらうね」
 冬矢はそのずっしり来る箱を僕から受け取り、キッチンの端っこに置いてから中身に手を伸ばす。箱から出した手には綺麗な色のフライパンが握られていた。
「それも新しいやつ?」
「買ってもらったのは、ずいぶん前だよ。俺がこだわって作るようになってから、母さんが喜んであれこれ揃えてくれた一式。もともと家にだって調理道具はたくさんあるんだから使い切れなくてね。そんなに買って勿体ないだろうって思いながらしまっておいたんだけど、こうしてちゃんと役に立つなんて、何が幸いするかわからないものだね」
 箱には色々入っている。これをパズルのようにしまっていくんだって。そう言う顔は、なんだか楽しそうだ。
 僕はリビングに戻り、また別の箱を開ける。大きな袋にぎっしり入れられたタオルがどんと場所を取っていた。箱から出して、袋から出して、うん。ふっかふかだ。それを持って洗面所に向かうと、入り口の脇のところで健ちゃんが箱を潰しているところに行き当たる。
「あ、それ姉ちゃんが餞別で寄越したやつか」
「うん。ふかふかだよ」
「奮発したよなあ」
 健ちゃんはタオルに触ろうとして、はっと自分の手を見る。そっか、作業中だもんね。僕は1枚を手に取ると、健ちゃんの頬にぽふんと当てた。
「ほら」
「お、ホントだ。なんか使うのもったいねえな」
 わかる。なんかもっと適当に扱っても気が引けないタオルも用意したほうがいいかも。とりあえず使ってないお年賀とかのタオルをかき集めて持って来たけど、そっちもちょっとおろそうかな。
「そうだ蒼生、あっちの部屋にもバラした箱あるから、ちょっと持ってきて。まとめちゃうわ」
「はーい」
 僕は棚にタオルを押し込むと、洗面所を出て、玄関のほうに向かう。玄関を入ってすぐのところにある小さめの部屋には、端のほうに置かれたいろんな器具の前に、ぺしゃんこになった箱が置いてあった。
「持ってきたよ」
「サンキュ」
 家具とかは業者さんに入れてもらってあるから、後はそれぞれの荷物や共用のものを出してしまってくだけだ。なんだけど、力持ちの健ちゃんは張り切ってるし、冬矢も冬矢なりのこだわりがあるみたいだし、割と僕は雑用係って感じ。うん、僕は自分の荷物が少なすぎて、服と本を片付けたらほぼ終わっちゃったって背景があるもんで……だから進んで雑用をしているわけです。
「蒼生、ちょっとこれ受け取ってくれる?」
 冬矢の声にキッチンを覗くと、両手で重ねた箱を持つその手には、引っ掛かるように書類が挟まっていた。
「ごめん、手を離したら落ちそうで」
「これ取ればいいんだよね。お、ミキサーの保証書」
「棚のところの束がそういうのの類だから。ああ、じゃあ整理お願いできる?」
「はーい」
 棚のとこ……あ、これか。説明書とか保証書とかがまとめて置いてある。近くには、何も入ってない……空っぽのファイルだ。冬矢が用意したんだ、几帳面だな。これ、種類ごとに纏めればいいよね。
 …………。すごい。「家」っぽい。ぽい、どころか、これからここが家なんだけど、こういう現実感あるもの見ちゃうと、本当に「生活」が始まるんだなぁって。
 僕は改めて部屋の中を眺める。陽だまりのリビング。まだ積んだままの箱。壁面の戸棚にテレビ、束ねたコードの下にこれから設置するデッキとゲーム機。まだ端に寄せられたままのソファとローテーブル。部屋に続く2枚扉の引き戸と、廊下に続く開いたままのドア。控えめなサイズのダイニングテーブル。その向こうに対面式のキッチン。まだ不思議な感じがするけれど、これから見慣れていく景色なんだ。
 この部屋は、部屋を探すって言い訳をしながら実際は旅行だったその行程の中、ふらっと寄った不動産屋さんが見せてくれた部屋のひとつだった。その時点で押さえるには前金とかいろいろあったから、旅行中にはっきり決めるつもりはなかったんだよね。ただ、一応ちゃんといろんな町の雰囲気を見たいねって話はしてた。
 その時、ここには別の人が住んでいた。音楽が好きなご夫妻で、よく楽器のセッションなんかをしていたそうだ。ご夫妻は、僕らと反対で、田舎の広い家に引っ越しを考えているところだったんだって。春が近くなったら、という話だったから、お互いのタイミングがちょうど良かったんだと思う。
 僕は、そのご夫妻の空気ごと気持ちいいなあと思って、なんとなくこの部屋が気になった。まあ、健ちゃんと冬矢は別のことを考えてたみたいだけどね。
 口約束をこっそりさせてもらったあとも面白かったなあ。
「でもさ、部屋だけ押さえといて、大学受かんなかったらどうすんだ?」
「ああ……おまえはその心配があるな。蒼生、健太が落ちたらふたりで暮らそうね」
「うんっ」
「……見てろ、絶対受かるから!!」
 あれで健ちゃん、めちゃくちゃやる気出したんだもんね。何年経っても健ちゃんは健ちゃんだ。
 書類の整理を終えて、ファイルを戸棚の中に入れる。そこに、健ちゃんがリビングに入ってきた。
「なあ、そろそろ昼にしねえ?」
 冬矢がキッチンから身を乗り出して、まだリビングにしかない時計を見た。
「もうこんな時間か。とりあえず……出来合いのものでも買ってくるか」
 健ちゃんは捲っていた袖を直す。
「なんだったら、オレ行ってくるけど」
「そうだな。……ああ、でも食材を少し買い込んでおきたいな。荷物持ちできるか」
「ん。わかった」
 それじゃあ僕も行くのかな、と思ってたんだけど。
「蒼生、行ってくるからオレの服しまっといてくれる?」
「えっ。いいけど。僕がやっちゃっていいの?」
「詰めてくれたの蒼生だし、蒼生のほうがわかると思って」
 たしかに。最後ぎりぎりのところで健ちゃんに泣きつかれて、僕がやったんだ。
「慣れない店だとちょっと時間かかっちゃうかもしれないから、お昼は少し待っててね」
「あ、うん。大丈夫」
 冬矢までそんなことを言う。へえ。
「それじゃあちょっと行ってきます」
「ピンポン鳴っても開けちゃダメだからな! 今日届く荷物ないから、業者みたいな奴が来ても、いないフリしろよ!」
「うん。いってらっしゃい」
 ふたりは本当に一緒に出掛けていった。最初はあんなに犬猿の仲だったのになあ。ちょっと、……ううん、だいぶ嬉しい。あと、健ちゃんはまだそんな心配してるの? 大丈夫だってば。
 廊下の向こうで鍵の閉まる音がする。よし、作業を続けよう。僕は健ちゃんの服が入った箱を持つ。そんなに重くないのは、とりあえず春の間着られる服しか持ってきてないせいだ。まだ暮らしてないから、普段がどのくらいの気温だかわからないし、様子を見て徐々に考えようってことになった。実際、窓からの風は、僕たちの町よりだいぶ暖かいし。
 リビングにある引き戸を開けて寝室に入る。目に飛び込んでくるのは、部屋の真ん中に、それでなくとも大きなベッドを2つくっつけた、やたら大きなベッド。何度見ても笑っちゃう。存在感ありすぎでしょ。
 これを選ぶのもひと悶着あったんだよね。

 基本的に、家具とか電化製品はひとまずリサイクルショップで揃えることにした。でも「睡眠は大切だから」と冬矢が言い張り、ベッドだけは全国にチェーンのある大きな家具屋に見に行った。サンプルで選べば、引っ越し先の近くの倉庫から運んでもらえるから配送料が抑えられるっていうし。
 寝室は絶対ひとつだって主張するふたりに根負けはしたけど、せめてベッドは寝心地のよさを譲らないように頑張ろうと思った。かっこよさより機能だよね。でも一部屋に3人ってどういう構成にすればいいんだろう。二段と一段にするとか? 僕が膝を落として、置いてあるベッドのフレームとかを気にしていると、頭上でわいわいやり取りが始まった。
「やっぱり柵みたいになってるやつがいい」
「だから、ヘッドボードのほうが便利なのはわかってるだろう」
「物置けるようになってるやつのことだろ」
「そう。ライトが点くのもあるし、戸棚になってるのもある。色々必要なものがあるだろ」
「……んー。まあ、そっか、なんだかんだで道具とか消耗品とか、手の届くところにあったほうが便利か……」
 なんだろう。
 ものすごく不穏な空気を感じるのは僕だけなのかなあ。
「せめて脚はポールに出来ないもんか」
「そこだけってなかなかないんじゃないかな。下も収納のほうがいい気もするけど」
「なるほどなー」
 僕は腕を組んで考え込むふたりを見上げる。
「……そもそも、ベッドひとつっていう発想?」
 健ちゃんは不思議そうに僕を見る。
「さすがにそれは難しそうだし、2つ並べてひとつにしようって、なあ?」
「ああ。そもそも通常サイズだと長さが足りないからね」
 そっか。健ちゃんはみ出ちゃうから。うーん。たしかにそれが一番しっくりくる気がするけど……。
 というか、この感じ。ふたりは既に話し合いをしてたんじゃ? それから何か前提条件がありそうな雰囲気だよね。
「……ね、もしかして、……一緒に寝るの?」
「は?」
「当たり前だろ」
 ふたりして怪訝な顔。わー、そうなんだ。決定事項なんだあ。
 あ。懸念材料はそれだけじゃないぞ。
「それから、健ちゃんはさっきから何の目的があっての主張なの?」
「えっ……と」
「怒んないから教えて」
「……柵とかじゃないと拘束できねぇじゃん」
「…………。なんとなくそんな気はしてたなぁ……」
 僕たちが顔を見合わせて曖昧に笑っていると、冬矢が顎に手を当てて頷いた。
「あれ買っておくか。柵になってるベッドガード」
「……ん!?」

 その時は、健ちゃんだけかと思ってたら冬矢までその気がないわけじゃなさそうで、びっくりしてちゃんと突っ込めなかった。まあ、結構な衝撃だったよね。そんな頻繁に使う? とか、わざわざそのために準備するの? とか、言いたいことは一応あったんだけど。しかも本当に買うしね……。そうかー、使うんだー。
 ベッドの足元側の引き出しに健ちゃんの服を入れ終えて、僕はまだマットレスだけのベッドをぽんと叩いた。布団とかは、埃被るのも嫌だからあとで出そうねってことで向こうの壁際にある。……今夜からここで寝るんだよなあ。あんな会話をして買ったベッドで。さ、3人で……。
 …………。
 いやいや、あとのことはあとで考えよう。ごはん食べるなら、いったん掃除機かけてテーブル拭いとこ。
 リビングにあらかた掃除機をかけ終えたかなーって辺りで、健ちゃんたちが帰ってきた。鍵の開く音には気付かなかったけど、玄関のほうが明るくなったのがドアの磨りガラス越しにわかる。掃除機を止めてとりあえず戸棚の所に立てかけ、廊下を覗き込んだ。
「ただいまぁ」
「ただいま」
 がさがさという袋の音と、ふたりの声。
 ふ。ふふ。
「おかえりなさい」
 ……ん? 靴を脱いで廊下に上がったまま、ふたりとも動きがぴたりと止まる。なんだなんだ?
「健ちゃん? 冬矢? ……わっ」
 突然、がばっと健ちゃんが抱きついてきた。冬矢も眩しそうな目をして僕を見てる。
「ど、どうしたの? 何かあった?」
「ヤバい」
「え?」
「蒼生の“おかえり”、ヤバい」
 んん? 冬矢も隣で無言で頷いてる。
「初めて発した単語じゃないと思うんだけど……」
 健ちゃんは抱きついたのと同じくらいの勢いで顔を上げる。
「なんか全然違うんだよ! 自分の家に帰ったら、大好きな人がいて、笑って“おかえり”って言ってくれるの、すっげぇ……嬉しくて」
「そんなに?」
「あとで蒼生もやってみろって。ホント。びっくりするから!」
 ふうん?
 冬矢も僕に何か言いかけたみたいだけど、ふるふる首を振ると、廊下に置いた袋を両手で持ち上げる。
「とにかく、まずはお昼にしよう」
「うん。あ、ひとつ持つよ」
 僕は冬矢が持っていた袋をひとつ貰って持つ。わ、重たい。がちゃりとガラスの音がする。ちらりと覗くと、調味料の瓶がいくつも入ってる。なんか……知らない名前のやつもある。すごいな。
「ところで、お昼なに買ってきたの?」
「いつものバーガー屋!」
「なるほど、全国どこでも安心できるやつだ」
「そう。まずは冒険せずにね。この周りもいろんな店がありそうだから、それは蒼生と開拓しようと思って」
「開拓! なんかかっこいいね」
 新しい街、知らない街。だからこそ、そんな楽しみもあるんだね。
 まずは生ものだけ急いで冷蔵庫に入れて、あったかいうちに食べよう。僕が袋から買ったものを出し、受け取った冬矢がそれをしまっていく。……家でもやってたことだけど、冬矢に渡してるんだなって思ったら、なんか急に嬉しくなる。
「こんなとこかな。ありがとう、蒼生」
 冬矢がぽん、と頭を撫でてくれる。えへへ。
 テーブルの上は、健ちゃんの手によって、まるでピクニックの時みたいに見慣れた包みが並べられていた。
「新商品でレモン味のバーガー出てたぜ」
「そうなんだ? 発売されるの来月って言ってなかったっけ」
「先行発売地域なんだってさ。食うだろ? はい、蒼生のぶん」
「ありがとー」
 健ちゃんが僕の前に、その新商品といつものハンバーガーを重ねて置く。へえ……。噂には聞いたことがあったけど、本当にあったんだ、先行発売地域。
 いただきます、僕たちは声をそろえる。
 あっという間に1個を口の中に収めた健ちゃんが、ん、と声を出してポケットに目を落とす。そしてそこから携帯電話を引っ張り出して画面を眺めた。
「メッセージ?」
「うん。姉ちゃんからだ。……しゃーねえ、後で返信しとくか」
「ゆみちゃんかぁ。なんだって?」
「ごはん美味しい? まさかファストフードじゃないでしょうね、だとさ。バレてるわあ。仕方ねえだろ作業中なんだから、って言っとかないと」
「俺のところにも、さっき親から入ってたよ。足りないものがあったらすぐ送るって。むしろ持って来たい勢いだな。足りてるかどうかはこれからわかることだから、まだなんとも言えないけど」
 僕はふたりの話をなんとなく聞きながら、ハンバーガーにかじりつく。あ、レモンさっぱりしてて美味しい。これって期間限定かな。レギュラー化してほしいな。すっごく好みの味。ちなみに僕のとこにはなにもない。そんなもんだろう。気楽でいいと思う。
「蒼生」
「……何?」
「これから一緒に暮らしていくんだ。過ぎた遠慮は誤解を生むんじゃないかな。蒼生はまず、とりあえず口にしてみるといいと思うよ」
「でも」
「健太ほど脊髄反射で物喋ると、それはそれでトラブルになりそうだけどな」
「おっ。突然矛先がこっちに」
 ……うーん。冬矢にはすぐバレるなあ。
 僕はお茶を一口飲む。
「あの。ね。本当に、全然気にしてないんだよ? ただ、その、えっと……喜んで送り出してもらえていいな、ってちょっとだけ。ほんとに、ちょーっとだけ思っちゃって」
 そんな小さなことで、と思われるかもしれないんだけど、やっぱり少しだけ引っかかってる。家を出ることに、うちはお母さんが断固反対だった。理由は、僕がしっかりしてないから。自分の意思も持てない僕が、子供だけで暮らすなんて絶対出来ないって。しっかりしてないのは本当のことだから、そう言われてしまうと何も言い返せなかった。こうちゃんだけは「大丈夫だと思う、やらせてみたらいい」って言ってくれたんだけど。
 結局、僕たちを含めた両親3組が集まった顔合わせの席で、ほぼごり押しで強引に決めさせてもらったような感じだった。名目上は冬矢のご両親と初めて会う場ってことにはなってたけど、たぶんお母さんを説得するために設けられた場だったんじゃないかな。だって、健ちゃんのとこも冬矢のご両親も、途中で止めたくなるくらい、僕のこと褒めすぎだったもん。
「たしかに……俺のところはすぐに結論が出たな。そもそも俺の自主性に任せるって親だったし。だけど、俺がこんなふうに自分で何かしたいって言い出しすようになったのは、蒼生といたいっていう気持ちがあったからだ。そんな蒼生と一緒だって言ったから、うちは喜んで出してくれたんだよ」
 冬矢が笑う。……そう言えば、冬矢のお母さんは、僕に会うなり両手を握って感謝の言葉を口にした。そんな立派なこと、何もしてないのに。お父さんもにこにこ笑って僕の肩を叩いてくれた。すぐに僕をご両親から引き離した冬矢の顔がなんだか照れているようで、ものすごくびっくりしたのが印象に残ってる。
 健ちゃんはずいぶん大きめな最後の一口を飲み込んだ。
「オレんとこだって、最初は反対されたんだぜ」
「えっ?」
「こーゆー性格だしな。一人暮らしなんてしたら、すぐゴミ屋敷になるし課題に埋もれて大変なことになるぞ、なんて言われてさー。絶対授業についてけないじゃんまで言われたんだぜ? ま、オレもひとりだったらそうなんじゃねえかなって思うけどな。……それがさ、いや、蒼生と一緒に暮らそうと思ってる~っつったら、すげえの。手のひらクルーってこういうこと言うのな。蒼生ちゃんと一緒か! 羨ましい! 大丈夫じゃん! 行ってらっしゃい! 以上」
 は? え? 寺田家でそんなやりとりが?
「もー、オレの信頼度よりも蒼生の信頼度のほうが断然高ぇの」
「うちも、蒼生への好感度が高くて高くて」
「姉ちゃんのメッセージ、続き読もうか。蒼生ちゃんにジャンクフードばっかり付き合わせるんじゃないよってさ」
「俺のも、裏を返せば母さんがもっと蒼生と話したいみたいだな。あの顔合わせだけじゃ物足りないんだそうだ。けど、あんまり気に入られてしまうのもな……蒼生は俺のものだし」
「まさか、それでおまえ親がいる時に蒼生を家に呼ばなかったのかよ」
「俺の蒼生だから」
 ……わからない。
 なんで? なんで僕がそんな高評価を受けてるのかがわからない。
 冬矢は僕の手を握る。
「今はわからなくてもいいよ。とりあえず、俺たちが喜んで送り出してもらえたのは、蒼生がいたからだ。俺たちが今ここにいられるのは、蒼生のおかげなんだよ」
 健ちゃんも倣うように僕の手を取る。
「難しいかもしんねえけど、もっと気楽に考えていいと思うぜ? おばさんも蒼生のことが心配なのは確かなんだと思うし」
 心配。心配か。そうだよね。
 わかる。
 僕がこんなだから。心配にもなるよね。
「……出てくる時、何か言われた?」
 …………。
 少しトーンの低い冬矢の声に、僕はためらう。たぶん言うべきじゃない。これは僕の胸の内にとどめておくべきだ。だけど。でも。このまま抱え込んで。一緒に暮らすのは。
「たいしたことじゃ、ないんだけど」
 本当に、たいしたことじゃないんだ。言ったほうもそうなんだと思う。受け止めた僕の問題で。
「あの、家を出る時に、最後に言われたのが、どこかのお嬢さんと間違いを起こさないように、って」
 最後だよ? 気を付けて、でも、いってらっしゃい、でもなく。それも。それも。
「……俺たちのことを言われたんだ」
「…………」
 健ちゃんがはっとしたように冬矢を見る。僕はふたりの手からそっと自分の手を抜く。
「そんなわけないし、そんなこと絶対に起こさない。言い切れるのに、それをはっきり伝えられないのは、……ちょっとしんどかったけど、全部話すことはしないって決めたからいいんだ。でも、そこまで信用されてなかったんだなって。そういう信頼関係を築けなかったのは僕の責任なんだけど」
 手を伸ばした冬矢が、改めて僕の手をぎゅっと掴んだ。
「男3人のルームシェア、だからね。それは世間からすれば当たり前の心配なのかもしれないよ。ここに女の子1人連れ込んだら、まず犯罪を疑われそうだ」
「だよな。けど、世間から見たらどうかわかんねえけども、ルームシェアってルビ振って読ませてるだけで、オレたちはちゃんと同棲だってわかってるだろ。それでいいんじゃね」
 ぺたり、と健ちゃんが僕の頬を手の甲で撫でる。
「どこぞのお嬢さんは知らねえけど、既に幼馴染みの男とは間違い犯してるんだからさ」
 っ!
「ま、間違いじゃない!」
 健ちゃんはふっと笑う。
「蒼生は正しいと思ってんだろ。だから、いいんだよ。オレたちの中でわかってたら、それで」
「……健ちゃん」
 正しい、の、かな。それもわからない。だけど、間違いじゃない、それだけはたしかだ。
 んー、と健ちゃんは残った手で自分の頭を掻いた。
「蒼生のテンションがどーも振り切れてねえなと思ってたけど、そういうことか。……蒼生、外のさ、あっちの角曲がったとこに、自販機あるんだわ。ちょっと炭酸のなんか買ってきて」
「えっ?」
「どこのメーカーのだったっけ、でもま、炭酸くらいあるだろ。よろしく」
「えっえっ」
 急に何で? よくわかんないけど、冬矢も何も言わないし。僕は頭の中を疑問符でいっぱいにしながら、追い立てられるように部屋を出た。
 外の風は、すーっと気持ちがいい。窓は開けてたけど、体感温度は外のほうがちょっと涼しいみたいだ。玄関のドアをちらりと振り返り、短い廊下を通って、それから建物を貫く階段を下りる。道路に出て、左右を見渡すけれど、ちょうど人の姿はなかった。ええと、角、角。健ちゃんが言ってたのは、あっちかな。場所の指定とか健ちゃんってわりと適当なんだよね。
 ちょっと不安になりながら、おそらくそうだろうという角を覗き込んでみると、確かに自販機が2台、向こうの少し大きな通りに近いあたりに並んでいた。コンビニも近いけど、自販機が近いのって便利そう。2台はそれぞれ違うメーカーで、健ちゃんが好きな炭酸のがあった。せっかくだから、こっちの冬矢が好きなお茶も買っていこう。
 さすがに、ここまで出て来れば人も車も通る。あんまり適当な格好で出られないな。もう少し服装のバリエーション用意したほうがいいかも。通学のことばかり考えてたけど、普段着も考えなきゃいけなかったな。
 健ちゃんが僕を外に出したのってこういうことなのかな。外の空気を吸うと、なんだか頭がすっとして、ちょっと軽くなった気がする。
 僕はペットボトルを2本抱えて、来た道を戻る。階段を上って。左右に分かれる廊下を左に曲がって。玄関のドアを開けた。
 健ちゃんと冬矢が立ってた。
「おかえり」
 …………あっ。
 揃う声。
 歪む。
 ふたりの顔が。
「た……っ、ただいま……」
 手を広げる、健ちゃんの腕に、僕はそのまま体を預ける。
 ぎゅっと、背中で強い手。
「……始まったばっかだしさ、いろいろ考えることもあるかもしれないけど。一番大事なこと忘れないで」
「うん……」
 そうだった。
 大好きな人たちと、これから、ずっと一緒に暮らしてく。
 帰る場所に、大好きな人がいる。
 健ちゃんたちがさっき感じたのは、これなんだ。
 冬矢が頭を撫でてくれる。
「気になることがあったら何でも言って。だけど、まずは楽しいことを考えていこう」
 うん。
 乗り越えていくんだ。
 ひとつ、ひとつ。
 このひとたちと一緒に。

 いったんへこんだところから引っ張り上げてもらったので、逆にやる気が出てきた。なんか立て直し出来てきた感じがする。そうだ、僕はただ、うきうきしてればよかったんだ。だって新生活だもの。希望と期待でわくわくしてればいいんだ。たとえ転んだって大丈夫。何があっても健ちゃんと冬矢がいてくれる。
 よし。やるぞ。
 僕はまるまる任された健ちゃんの箱のテープを剥がす。これはこっち、これは向こうにしまうやつ、と。……あ、と、文房具かあ。
「健ちゃーん、文房具どうする?」
 寝室から健ちゃんがひょこっと顔を出す。
「どうしよっかな。蒼生のはどうした?」
「普段から使いそうなのはそこのペン立てに置いたけど、それ以外はあっちの棚に文房具入れ作って入れちゃった」
「あー、じゃあオレのもまとめといて。こだわりねえし」
「はーい」
 テーブルの上の箱に手を突っ込んでた冬矢もこっちを見た。
「なら、ついでに俺のぶんも一緒にしまってもらってもいいかな。学校に持っていくのはまずペンケースひとつだろうから」
「はーい」
 冬矢のひとそろえも受け取る。3人分って、そこそこ量あるよね。あと、まとめるとなると種類もかぶるし。ハサミとカッターは1本ずつペン立てに立てて、あとはこれとこれ……。残りは棚にまとめよう。油性ペンはこっち、蛍光ペンはこっち、クリップはここにまとめて。こういう地味な作業、楽しい。
 後ろから健ちゃんが僕の手元を覗き込んでくる。
「うっわ。店みたいになってんじゃん。このケースどしたの、買った?」
「えー? ずっと僕の部屋にあったよ。本棚の下の戸棚にあったの見たことない? 使わなそうなのほとんど処分してきちゃったからずいぶん空いてたし、全部入ると思う。あとでラベル貼っておくね」
「丁寧だよなあ、相変わらず。使いやすそ」
「そんなことな」
「あるある」
 語尾まで言わせてくれない。……うーん? そうかなあ……。
 首を傾げると、健ちゃんはそのままぎゅっと僕を後ろからホールドする。いたた。そしてそこで思いっきり深呼吸をすると、腕をぱっと離した。
「さて、クローゼットの中、もうちょっと整理してこよ」
 言って、寝室の中に戻っていく。なんだなんだ。でも僕もなんだかちょっと嬉しくなる。ふふ。こっち早く終わらせて、手伝いにいこ。
 冬矢を見ると、空っぽになった箱をたたんでるところだった。だいぶ箱の数が減ってきたなあ。僕が見てるのに気付いたのか、冬矢は目を和ませる。
「朝から頑張ったおかげで、ずいぶん片付いてきたね」
「うん。全体的に、僕たち荷物少なかったのかも」
「それは言えるかもしれない」
 何を持っていくべきか考えた時、最初は何も思いつかなかった。お気に入りの本くらいで。本当は、たぶん僕、すべての物を一新したかったんじゃないかな。健ちゃんがいて、冬矢がいて、本当にそれだけでよかったんだと思う。もちろん現実を見ればそういうわけにはいかないから、多少持ってくるものはあったんだけど。
 僕とは別の理由なんだろうな、でも冬矢も荷物は少なかった。そういえば、冬矢の部屋って、もともと物が少なかったもんね。3人いれば誰かは何かのコレクターでもおかしくないのに、誰もその属性はなかったみたい。なんだろう、そういう意味では似てるところもあるのかな?
「この分なら、大学が始まるまでに全部終わるどころか余裕さえありそうだ」
 うん。大変だろうからって早めに家を出たけど、ゆっくりできそう。嬉しい。
 あ、と冬矢が呟く。
「目途がつきそうだし、明日は中央の繁華街にでも足伸ばしてみる? ここ2日くらい、移動と片付けばかりで息が詰まってるだろ」
「……うーん」
 駅までの所要時間と、電車乗ってる時間と、乗り換えと……。結構あるよなあ……。
 行ってみたい気もするけど、もうちょっと余裕が出てからにしたいなあ。
「やだ……。明日くらいは家で3人でゆっくりしよ? 買い物とかは落ち着いてか……らっ、て、冬矢?」
 え?
 どうしたの?
 僕の言葉を最後まで聞く前に、冬矢は僕のことを正面から抱き締めてきた。無言で。
 しかも、いつもみたいな優しい抱き締め方じゃなくて、ぎゅって、痛いやつ。
 何かおかしいこと言っちゃったかな。
「あ……の、冬矢? えっと、ごめん……?」
 反応がない。
 えっ。な、なんなの。
 そこに、たたんだ箱を脇に抱えた健ちゃんが寝室から再び出てきた。で、リビングで固まった冬矢に捕まってる僕を見てきょとんとする。
「なんだ、どした?」
「わかんない。おでかけ断ったらこんなことに……」
「あー」
 健ちゃんが笑う。
「さては蒼生、やだって言ったんだろ。そいつ、蒼生にやだって言われるの夢だったから」
「へ?」
 ますますよくわかんない。え? ゆ、夢って。僕、普段からそれなりに言う……よね?
「蒼生ってオレには言うけど、冬矢には言わないじゃん」
「そうだっけ? 使い分けてるつもりないんだけどなあ。もしかして、冬矢の提案にあんまり嫌って思うことなかったから……。そうだとしたら結果的にそうなっちゃってたのかもしれないけど」
「それじゃ、オレがダメだったってことでは……!?」
「いや、違う違う、そんなことないよ! 体力もたないなー僕には無理そうだなーっていうのは断ってたけど、ダメってことじゃないんだよ。誘われること自体は嬉しいし。そもそも冬矢とは体力の差があんまり……いやそこまでたぶんないからさほど無理がないだけで……あ」
「ちょ」
 冬矢の体重がかかってきて、僕はバランスを崩す。慌てた健ちゃんが支えてくれて、倒れはしなかったけど、3人してラグに座り込む格好になった。
「……嬉しい」
 僕の服に埋もれたままの、くぐもった冬矢の声。珍しい。
「なんだか、やっとスタートラインに立てた気がする」
 そんなに? 大げさだなあ、……って言おうとした言葉は、冬矢の唇に阻まれた。え、速い。
「好きだよ蒼生」
「んっ……」
 気が付くと、僕はラグの上に横たわらされてて。
 あ。
 ヤバい。
 まだ、まずい。
「ね。シていい?」
 うう、そんなの。ぼ、僕だって。だけど。
「だ、駄目……ごめん……」
 ふたりが、えって顔をする。
「ごめん。今は、駄目……」
 僕が繰り返して言うと、健ちゃんは驚いたような、冬矢は心配げな表情を浮かべる。
「……やだ、が嬉しいって話の流れとはいえ、蒼生に断られるとは思ってなかった」
「ご、ごめん」
「謝る必要はないんだよ。ちゃんと断ってくれていいんだ。……もしかしてどこか体調悪い?」
「あの、そういうことじゃなくて」
 どうしよう。
 健ちゃんも冬矢も絶対気にするから、ずっと伏せとくつもりだった。バレなければバレないほうがきっといいと思うし。
 だけど、一緒に暮らしてたらいつかバレるよね。
 ……話すのは、今なのかもしれない。
「あっ、あの、ね。今日は、その……まだ、準備してないから。出来ないの」
「……準備?」
「そう。だ、……抱いてもらう、準備」
「え?」
 だよね、そういう反応だよね。
 いや、僕もよくここまで隠し通せたもんだと思う。
 少なくとも、冬矢に疑問を抱かせなかったのはよく頑張った。
 もういいや、受け止めてもらおう。
 ……受け止めて、くれるよね?
「どういうこと?」
「その……ナカ、綺麗にして、ほぐして、ちゃんと出来るようにするの……」
「俺たちとする時、いつもひとりでそうやってたの?」
「うん……」
「今まで、それ、ずっと黙ってたんだ」
「だ、だって、その……決してきれいな作業じゃないし。それ口にしちゃうの、まだちょっと抵抗があって。そ、想像されちゃうのもあんまり嬉しくないし。それに、僕がそういうことしてるって知ったら気にするでしょ? 結構しんどい、って言ったら、ふたりとも優しいから、きっと“シない”、っていう選択肢を選ばれちゃう気がして、言えなかった」
 ふたりは、口を閉じる。
 それから少し考えるような仕草をする。
 しんと沈黙が降りる中、先に口を開いたのは健ちゃんだった。
「そっか。よく考えたら、そうだよな。そういうとこ、だもんな。だけどさ、隣で並んでおむつ換えられてた仲なんだから、もう別によくね? 隠す必要ないと思うんだよな。なんなら一緒にしたっていいんじゃねえか? ちっちゃい頃からお互いいろんな粗相しまくってきたじゃん。おねしょのパンツ、よく蒼生に着替えさせてもらってたし」
「…………あー……うん、なるほど……?」
 思い返せば、幼稚園の頃、汚れた下着洗ってたり、鼻血のついたシャツ洗ってたり、戻しちゃったあとの園服洗ってたりしたな……? あれ……? 健ちゃんの大抵の汚れ物、処理してきてたな……?
 冬矢が短く息を吐く。
「蒼生、納得しなくていいよ。今の蒼生が嫌だと思うなら、強制はしない。絶対に」
「……ありがと」
「でも、そんなしんどい思いをしてまで、俺たちとシたいって思ってくれてたんだ」
「うん」
「それは嬉しい。ありがとう、な」
 健ちゃんも軽く首を傾げた。
「んー。まだ抵抗があるんじゃしょうがねえか。だけど、蒼生が嫌なのってその、綺麗にするってほうなんだろ」
「うん」
「その、ほぐすっていうやつ? それは一緒に出来ないもんなのか?」
「結構根気がいる作業だよ」
「気持ちいいとかじゃないんだ」
「……ただの作業って感じ」
「そのしんどい作業をずっとオレたちのためにしてくれてたんだ。……たしかに、それはそれで素直に嬉しいや。ずっとひとりでさせててごめんな?」
「ううん……僕が黙ってただけだから……」
 んんん、と健ちゃんが顎に手を当てて唸る。
「じゃあ、それこそ、そこからは一緒にやろ」
「健太」
「だって、作業なんだろ? そうじゃなくてさ、そこから一緒に気持ちよくなろうよ。時間かかってもいいじゃん、オレはその間も蒼生と触れ合っていたいもん」
 あー……そっか。
 そういう考え方もあるのか。
「心配なのは健太のほうだけどな。その間は先走らず我慢するってことだぞ」
「蒼生のためなら我慢出来るわ! ……たぶん」
「……手伝うのは俺がいる時にしような、蒼生」
「信用ねえな!」
「け、健ちゃんが信用できないわけじゃないけど、うん」
「蒼生が言うなら、……まあ仕方ねえか」
 健ちゃんは素直に引き下がる。
 冬矢はそのまま、ただ、優しく抱き締めてくれる。
 嬉しかった、でも、やっぱり申し訳なく思う。少なくとも今は、断っちゃったわけだから。僕だって、シたいと思った時にシたいけど。ああ、やっぱ、こんなの面倒だよね。僕じゃ駄目なんじゃないか、って、やっぱり思う。
 だけど、ふたりは僕の話をちゃんと聞いてくれた。理解もしてくれた。
 ……もっと早くから、きちんと話しておいてもよかったのかもしれない。

 ウォークインクローゼットって、聞いたことはあるけど、実際入るのは今日が初めてだ。そんなに広くはないんだけど、入れる押し入れって感じなのか。
「なんか、奥にしまったもんわかんなくなりそ」
 健ちゃんが収納ボックスを押し込みながらぼそりと言う。うーん。今は物が少ないからいいけど、服とかが増えたらそうなるかもなあ。ボックスの中身はまだ掛布団くらいしかないもんね。
「だけど秘密基地みたいな感じで楽しい」
 柔らかい色のライトがあって、内側からも扉を閉められる構造になってて。今度は健ちゃんがうーんと首を捻る。
「基地にするなら、オレはもうちょっと広いとこのがいいな。ここって窓ないし、息苦しくない?」
「そっか、健ちゃんは広いほうが好きだもんね。僕は全然、このくらいあれば十分だなあ」
「蒼生は狭いとこ好きだよな」
「うん。なんか落ち着くから」
 この端っこあたりに座り込んで布団かぶったらすごくしっくりきそう。
「蒼生ー。ついでに健太」
 あ、冬矢の声がする。
「はい」
「あいよ」
 返事をしながらクローゼットの外を見ると、向こうの扉からこっちを見ている冬矢の姿がある。
「夕飯、時間ないから適当でいいよね」
「わ、そんな時間? 手伝う!」
「いいよいいよ。そっちの作業終わらせちゃって。それが終わったら食器棚の滑り止めも頼むよ。あと、健太、食器の箱から深めの皿……2種類あるから3つずつとりあえず出しておいて」
「はーい」
「承知~」
 ……そっか。冬矢が作ってくれるんだ。僕も頑張らなくちゃと思ってるけど、それ以上に、純粋に冬矢のごはんが食べられるのがすごく嬉しい。最近なかなか機会がなかったからなあ。ふっふふ。
 僕と健ちゃんは、クローゼットの作業が終わると、リビングに出て、言われた通り食器棚に滑り止めのシートを貼っていく。サイズを測って、線を引いて、切ったシートをぴったり貼って。なんか工作をしてるみたいで楽しいかも。
 その間も、キッチンから包丁の音が聞こえ、美味しそうな香りが漂ってくる。
 嬉しい。
「作業はどう? 終わりそう?」
「ん。あと1段、もう切ったから貼るだけでもう終わる!」
「こっちも終わるところだよ。じゃあ今日はそこまでにしようか」
 気が急きそうなのを抑えて、最後まで慌てないように、丁寧に、丁寧に。
 全部終わらせて、洗面所で手を洗って戻ると、冬矢がテーブルにお箸とスプーンを並べてるところだった。
「座って」
 運ぶの手伝わなくていいのかな、と思ったんだけど、きっとそこまでやりたいんだろうな。言われた通りに席に着く。健ちゃんもきょろきょろしながら座った。
「はい、お待たせ」
 冬矢が湯気の立つお皿をふたつ持ってきて、僕の前に置いた。うわー、鮭のチャーハンとわかめのスープ! 香ばしい香りがより一層強くなる。美味しそう。
 僕がうきうきしながらお皿を眺めてる間に、冬矢はもうひとセット持ってくる。で、健ちゃんの脇で、ぴたりと止まった。見上げると、眉をひそめてお皿に目をやってる。……あー。冬矢が思ってること、わかったかも。
「? なんだよ」
「俺が、おまえ含めての同棲を考えた時、一番悩んだのがこれだったんだ」
「ん?」
「俺は今まで、家族と蒼生にしか料理を出したことがない。本音の本音を言えば、今でも蒼生にだけ食べさせたい。だが、一緒に暮らす以上は避けては通れない道だ。だから……」
「おお、構わねえよ、オレはついでだろ?」
 全然気にしてないように、健ちゃんはさらっとそう言った。あんまりにも軽いもんだから、冬矢もちょっと気が抜けたみたい。ふっと笑って、健ちゃんの前にお皿をふたつ置いた。
 自分の分も運んで、冬矢が椅子に座る。それから、僕に目配せをした。ふふ、うん。
 ぱん、と手を合わせて。
「いただきます!」
「召し上がれ」
 わーい。スプーンをチャーハンの山に突入させる。ぱらぱらのごはんが乗っかる。口いっぱい頬張ると、その途端にふわっと鮭の味。卵でマイルドになってて、ごはんの甘さともしっかり合う……。
「美味しい! あー、ちょうどいい塩分がしみる~」
「ふふ、それはよかった」
 んー、美味しい、美味しい。
 冬矢もスプーンを口に運びながら嬉しそうにしてる。
 だって美味しいもん。
 嬉しい。
「すっげ、めっちゃくちゃ美味いな! え、これスープも作ってんの? 店のじゃん!」
 ……おお。健ちゃんも、ものすごい勢い。
 冬矢は少々複雑そうだ。
「なあ冬矢、これ、おかわりある?」
「どっちもあるけど。……おまえ、恋敵の作った食事になんとも思わないのか」
「え、美味いって思ってるけど」
「そうじゃなくて…………まあ、いいか。好きなだけどうぞ」
「っしゃ。じゃあ遠慮なく! やっぱ美味いは正義だよな~」
 健ちゃんって大物だなあ。たぶん冬矢もそう思ってるんだと思う。本当に、健ちゃんって、人の持ってるわだかまりとかをしれっと溶かしていくんだよね。そういうとこ、ほんと、好きだな。
 冬矢が多いかもしれないと思っていたというごはんは、見事、綺麗にからっぽになった。
「ごちそうさまでした。美味しかった~」
「ごちそうさまでした。あー、至福至福」
「綺麗に平らげていただいて、なによりでした」
 呆れたように冬矢が笑う。健ちゃんの食べる量とスピードは、ほんと早送りを見てるみたいだった。昼だってちゃんと食べてたのにね。もしかしてあれかな、炊飯器、ひとつじゃ足りないのかもしれない。
 健ちゃんが満足げに腕をいっぱいに伸ばす。それから、ふいにぴっと姿勢を正した。
 なんだ?
「でもさあ、毎日冬矢に任せるわけにはいかないだろ。やっぱ、当番とかって決めるべきなのかな」
 あ。僕も思ってた。でも、それを健ちゃんが言い出すとは思わなかったな。
「僕も、頑張るつもりで来たよ」
 乗っかると、冬矢は迷うような表情を見せる。
「……そういう話にはなると思ってたよ。俺は正直なところ、蒼生の食事は全部俺がやりたいと思ってたんだ。けど、そうだな……、俺が手の回らない日もあるだろうし」
 冬矢っていつも急にそれを言い出すんだよね。なんか、僕の「全部」にこだわることがちょこちょこあって。なんでなんだろ。聞いてみたこともあるけど、「そんなことないよ」って言うばかりで。冬矢がそう言うならいいんだけど……。
「ただ、あんまりきちんと決めすぎてもいけないと思うんだ。急に帰りが遅くなる日もあるだろうしね」
「そうか、授業もまだどうなるかわかんねえんだもんな」
「ああ。だから最初はゆるっとした当番にして、暮らしていくうちに調整していこう」
「なるほど。そうだね」
 全部自分たちでやらなきゃいけない生活は初めてだもんね。うん、たしかに。
 頑張る、って言った僕も、実はほぼ第一歩目を踏み出すところだし。最初は冬矢に助けてもらわなくちゃいけないだろうなあ。
「ところで、俺からもひとつ提案があるんだけど、いいかな」
 テーブルに両腕を乗せていた冬矢が、胸の前で指を組んだ。
「なに?」
「ルールとまでは言わないけど。……今まで別々に暮らしてた俺たちが、これから一緒に暮らしていく中で、もしかしたら喧嘩になることもあるかもしれない」
「あんまり想像はできないけど、うん」
「それぞれ独立した人間だから、隠し事や言いづらいことだってあって当然だ。それでもいいと思う。だけど、できるだけ、話そう。話し合おう。さっき、蒼生がしてくれたみたいに。俺たちはそれができるくらい、ちゃんと信頼しあってると思うから」
 ……信頼。
 僕は深く頷いた。健ちゃんも、すごく真面目な顔で何度も頷いている。
 そうか。
 ちゃんと相手に話すってことは、相手を信頼してるってことなんだ。
「それからね、諍いになった時、できるだけ2対1にならないようにしよう」
「2対1?」
「数で決めるんじゃなくて、冷静に決めようってこと。1対1に対し、残るひとりが相互の話をよく聞いたうえで判断する。そして、判断を任せた以上、そのひとりの意見に従う。私情は抜きでね。……まあ、これに関しては、そこまでこじれるようなことが起きた場合に限るけど」
「なるほど……」
「つまりは、そうなる前にちゃんと話して解決すればOKってわけだよね」
「そういうことだな」
 ふむ。冷静な冬矢らしい提案だな。
 きっとどうしたらいいか、冬矢もずっと考えてたんだろうな。
 ふっと冬矢は表情を和らげる。
「……けど、全部手探りだから。ガチガチに考えずに、俺たちらしくやっていけたらいいなと思ってる」
「うん」
「そうだな」
 一緒に暮らすって、たぶんいろんなことがあるんだろうな。
 だけど、僕たちはきっと大丈夫。
 お付き合いするところからずっと手探りでやってきて、こうして一緒に暮らすところまで来た僕たちなら。

「それじゃ、消すね」
 ピッ、と小さな音で、寝室はわずかな常夜灯の明かりだけになる。
 僕はふかふかの布団を肩まで引き上げた。
 あー、ふかふかで気持ちいい。
 なんだかんだで1日中ずーっと荷物の片付けをしてたもんね。
 疲れてないつもりでいたけど、結構体が重い。
 今日はすぐに寝ちゃいそうだなあ。
 気持ちいいマットレスの感触、支えてくれてるはずのそこに沈み込んでいきそう。
 広いベッドの真ん中で、
 …………。
 広い、ベッド……。
「……なんか狭い」
 ねえ、広いよね? そっちだいぶあいてるよね?
 なんでふたりして真ん中に寄って来るの?
「気のせいだよ」
 しれっと言う冬矢。
「そうそう、気のせい気のせい」
 離れる気のない健ちゃん。
 うーん……。
 もしかしてずっとこんな感じなんだろうか。
「おやすみ、蒼生」
「おやすみー、蒼生っ」
 ……んー。
 まあ、いいか。
「おやすみ、健ちゃん、冬矢。……大好きだよ」
 あっ、もっと狭くなった。
 ……ふふふ。
 あったかいや。
1 / 1
コメントを送りました
ステキ!を送りました
ステキ!を取り消しました
ブックマークに登録しました
ブックマークから削除しました

コメント

ログインするとコメントを投稿できます

是非、コメントを投稿しましょう
ほとんどの作者の方は、「萌えた」の一言でも、好意的なコメントがあれば次作品への意欲や、モチベーションの向上につながります。
コメントは作品投稿者とあなたにしかコメントの内容が表示されず、文字制限は140文字までとなりますので、あまり長いコメントを考える必要はありません。
是非、コメントを投稿して頂き、皆様と共にBLを愛する場所としてpictBLandを盛り上げていければと思います。
33こ目;ハッピーエンドからのはじめかた
1 / 1
 雲ひとつない真っ青な空が、開け放った窓の外に広がる。風はふわふわと暖かく、買ったばかりのレースのカーテンがかすかに揺れていた。どこか遠くから、子供たちが笑いながら走って行く声が聞こえる。それから、ゆったりと走る自転車の音。もうお昼ご飯の支度を始めた家があるのだろうか、いい香りが漂ってくる。
 日差しが柔らかな角度に照らす床に座って、僕は箱をしっかり閉じていた梱包用テープを剥がした。
 そこに響いてくる声が、ふたつ。
「冬矢ぁ、これ、どうする?」
「それ、後で整理するからいったん棚のとこに置いて。そっちの箱は全部健太のだろ、向こうの部屋持ってってから開けよ、重いんだから」
「はいよー」
 廊下の向こうからの声と、廊下からこっちに向かって歩いて来ながらの声。ふふ。僕は浮かれて鼻歌でも歌いそうになりながら、箱の中をごそごそ探る。これは全部キッチン周りかな。
「蒼生、その辺りに調理器具の箱が……」
「はーい。これだよね」
 僕は開けた箱を抱えて立ち、そのままキッチンに持って行く。
「そうそう。ありがとう。このままもらうね」
 冬矢はそのずっしり来る箱を僕から受け取り、キッチンの端っこに置いてから中身に手を伸ばす。箱から出した手には綺麗な色のフライパンが握られていた。
「それも新しいやつ?」
「買ってもらったのは、ずいぶん前だよ。俺がこだわって作るようになってから、母さんが喜んであれこれ揃えてくれた一式。もともと家にだって調理道具はたくさんあるんだから使い切れなくてね。そんなに買って勿体ないだろうって思いながらしまっておいたんだけど、こうしてちゃんと役に立つなんて、何が幸いするかわからないものだね」
 箱には色々入っている。これをパズルのようにしまっていくんだって。そう言う顔は、なんだか楽しそうだ。
 僕はリビングに戻り、また別の箱を開ける。大きな袋にぎっしり入れられたタオルがどんと場所を取っていた。箱から出して、袋から出して、うん。ふっかふかだ。それを持って洗面所に向かうと、入り口の脇のところで健ちゃんが箱を潰しているところに行き当たる。
「あ、それ姉ちゃんが餞別で寄越したやつか」
「うん。ふかふかだよ」
「奮発したよなあ」
 健ちゃんはタオルに触ろうとして、はっと自分の手を見る。そっか、作業中だもんね。僕は1枚を手に取ると、健ちゃんの頬にぽふんと当てた。
「ほら」
「お、ホントだ。なんか使うのもったいねえな」
 わかる。なんかもっと適当に扱っても気が引けないタオルも用意したほうがいいかも。とりあえず使ってないお年賀とかのタオルをかき集めて持って来たけど、そっちもちょっとおろそうかな。
「そうだ蒼生、あっちの部屋にもバラした箱あるから、ちょっと持ってきて。まとめちゃうわ」
「はーい」
 僕は棚にタオルを押し込むと、洗面所を出て、玄関のほうに向かう。玄関を入ってすぐのところにある小さめの部屋には、端のほうに置かれたいろんな器具の前に、ぺしゃんこになった箱が置いてあった。
「持ってきたよ」
「サンキュ」
 家具とかは業者さんに入れてもらってあるから、後はそれぞれの荷物や共用のものを出してしまってくだけだ。なんだけど、力持ちの健ちゃんは張り切ってるし、冬矢も冬矢なりのこだわりがあるみたいだし、割と僕は雑用係って感じ。うん、僕は自分の荷物が少なすぎて、服と本を片付けたらほぼ終わっちゃったって背景があるもんで……だから進んで雑用をしているわけです。
「蒼生、ちょっとこれ受け取ってくれる?」
 冬矢の声にキッチンを覗くと、両手で重ねた箱を持つその手には、引っ掛かるように書類が挟まっていた。
「ごめん、手を離したら落ちそうで」
「これ取ればいいんだよね。お、ミキサーの保証書」
「棚のところの束がそういうのの類だから。ああ、じゃあ整理お願いできる?」
「はーい」
 棚のとこ……あ、これか。説明書とか保証書とかがまとめて置いてある。近くには、何も入ってない……空っぽのファイルだ。冬矢が用意したんだ、几帳面だな。これ、種類ごとに纏めればいいよね。
 …………。すごい。「家」っぽい。ぽい、どころか、これからここが家なんだけど、こういう現実感あるもの見ちゃうと、本当に「生活」が始まるんだなぁって。
 僕は改めて部屋の中を眺める。陽だまりのリビング。まだ積んだままの箱。壁面の戸棚にテレビ、束ねたコードの下にこれから設置するデッキとゲーム機。まだ端に寄せられたままのソファとローテーブル。部屋に続く2枚扉の引き戸と、廊下に続く開いたままのドア。控えめなサイズのダイニングテーブル。その向こうに対面式のキッチン。まだ不思議な感じがするけれど、これから見慣れていく景色なんだ。
 この部屋は、部屋を探すって言い訳をしながら実際は旅行だったその行程の中、ふらっと寄った不動産屋さんが見せてくれた部屋のひとつだった。その時点で押さえるには前金とかいろいろあったから、旅行中にはっきり決めるつもりはなかったんだよね。ただ、一応ちゃんといろんな町の雰囲気を見たいねって話はしてた。
 その時、ここには別の人が住んでいた。音楽が好きなご夫妻で、よく楽器のセッションなんかをしていたそうだ。ご夫妻は、僕らと反対で、田舎の広い家に引っ越しを考えているところだったんだって。春が近くなったら、という話だったから、お互いのタイミングがちょうど良かったんだと思う。
 僕は、そのご夫妻の空気ごと気持ちいいなあと思って、なんとなくこの部屋が気になった。まあ、健ちゃんと冬矢は別のことを考えてたみたいだけどね。
 口約束をこっそりさせてもらったあとも面白かったなあ。
「でもさ、部屋だけ押さえといて、大学受かんなかったらどうすんだ?」
「ああ……おまえはその心配があるな。蒼生、健太が落ちたらふたりで暮らそうね」
「うんっ」
「……見てろ、絶対受かるから!!」
 あれで健ちゃん、めちゃくちゃやる気出したんだもんね。何年経っても健ちゃんは健ちゃんだ。
 書類の整理を終えて、ファイルを戸棚の中に入れる。そこに、健ちゃんがリビングに入ってきた。
「なあ、そろそろ昼にしねえ?」
 冬矢がキッチンから身を乗り出して、まだリビングにしかない時計を見た。
「もうこんな時間か。とりあえず……出来合いのものでも買ってくるか」
 健ちゃんは捲っていた袖を直す。
「なんだったら、オレ行ってくるけど」
「そうだな。……ああ、でも食材を少し買い込んでおきたいな。荷物持ちできるか」
「ん。わかった」
 それじゃあ僕も行くのかな、と思ってたんだけど。
「蒼生、行ってくるからオレの服しまっといてくれる?」
「えっ。いいけど。僕がやっちゃっていいの?」
「詰めてくれたの蒼生だし、蒼生のほうがわかると思って」
 たしかに。最後ぎりぎりのところで健ちゃんに泣きつかれて、僕がやったんだ。
「慣れない店だとちょっと時間かかっちゃうかもしれないから、お昼は少し待っててね」
「あ、うん。大丈夫」
 冬矢までそんなことを言う。へえ。
「それじゃあちょっと行ってきます」
「ピンポン鳴っても開けちゃダメだからな! 今日届く荷物ないから、業者みたいな奴が来ても、いないフリしろよ!」
「うん。いってらっしゃい」
 ふたりは本当に一緒に出掛けていった。最初はあんなに犬猿の仲だったのになあ。ちょっと、……ううん、だいぶ嬉しい。あと、健ちゃんはまだそんな心配してるの? 大丈夫だってば。
 廊下の向こうで鍵の閉まる音がする。よし、作業を続けよう。僕は健ちゃんの服が入った箱を持つ。そんなに重くないのは、とりあえず春の間着られる服しか持ってきてないせいだ。まだ暮らしてないから、普段がどのくらいの気温だかわからないし、様子を見て徐々に考えようってことになった。実際、窓からの風は、僕たちの町よりだいぶ暖かいし。
 リビングにある引き戸を開けて寝室に入る。目に飛び込んでくるのは、部屋の真ん中に、それでなくとも大きなベッドを2つくっつけた、やたら大きなベッド。何度見ても笑っちゃう。存在感ありすぎでしょ。
 これを選ぶのもひと悶着あったんだよね。

 基本的に、家具とか電化製品はひとまずリサイクルショップで揃えることにした。でも「睡眠は大切だから」と冬矢が言い張り、ベッドだけは全国にチェーンのある大きな家具屋に見に行った。サンプルで選べば、引っ越し先の近くの倉庫から運んでもらえるから配送料が抑えられるっていうし。
 寝室は絶対ひとつだって主張するふたりに根負けはしたけど、せめてベッドは寝心地のよさを譲らないように頑張ろうと思った。かっこよさより機能だよね。でも一部屋に3人ってどういう構成にすればいいんだろう。二段と一段にするとか? 僕が膝を落として、置いてあるベッドのフレームとかを気にしていると、頭上でわいわいやり取りが始まった。
「やっぱり柵みたいになってるやつがいい」
「だから、ヘッドボードのほうが便利なのはわかってるだろう」
「物置けるようになってるやつのことだろ」
「そう。ライトが点くのもあるし、戸棚になってるのもある。色々必要なものがあるだろ」
「……んー。まあ、そっか、なんだかんだで道具とか消耗品とか、手の届くところにあったほうが便利か……」
 なんだろう。
 ものすごく不穏な空気を感じるのは僕だけなのかなあ。
「せめて脚はポールに出来ないもんか」
「そこだけってなかなかないんじゃないかな。下も収納のほうがいい気もするけど」
「なるほどなー」
 僕は腕を組んで考え込むふたりを見上げる。
「……そもそも、ベッドひとつっていう発想?」
 健ちゃんは不思議そうに僕を見る。
「さすがにそれは難しそうだし、2つ並べてひとつにしようって、なあ?」
「ああ。そもそも通常サイズだと長さが足りないからね」
 そっか。健ちゃんはみ出ちゃうから。うーん。たしかにそれが一番しっくりくる気がするけど……。
 というか、この感じ。ふたりは既に話し合いをしてたんじゃ? それから何か前提条件がありそうな雰囲気だよね。
「……ね、もしかして、……一緒に寝るの?」
「は?」
「当たり前だろ」
 ふたりして怪訝な顔。わー、そうなんだ。決定事項なんだあ。
 あ。懸念材料はそれだけじゃないぞ。
「それから、健ちゃんはさっきから何の目的があっての主張なの?」
「えっ……と」
「怒んないから教えて」
「……柵とかじゃないと拘束できねぇじゃん」
「…………。なんとなくそんな気はしてたなぁ……」
 僕たちが顔を見合わせて曖昧に笑っていると、冬矢が顎に手を当てて頷いた。
「あれ買っておくか。柵になってるベッドガード」
「……ん!?」

 その時は、健ちゃんだけかと思ってたら冬矢までその気がないわけじゃなさそうで、びっくりしてちゃんと突っ込めなかった。まあ、結構な衝撃だったよね。そんな頻繁に使う? とか、わざわざそのために準備するの? とか、言いたいことは一応あったんだけど。しかも本当に買うしね……。そうかー、使うんだー。
 ベッドの足元側の引き出しに健ちゃんの服を入れ終えて、僕はまだマットレスだけのベッドをぽんと叩いた。布団とかは、埃被るのも嫌だからあとで出そうねってことで向こうの壁際にある。……今夜からここで寝るんだよなあ。あんな会話をして買ったベッドで。さ、3人で……。
 …………。
 いやいや、あとのことはあとで考えよう。ごはん食べるなら、いったん掃除機かけてテーブル拭いとこ。
 リビングにあらかた掃除機をかけ終えたかなーって辺りで、健ちゃんたちが帰ってきた。鍵の開く音には気付かなかったけど、玄関のほうが明るくなったのがドアの磨りガラス越しにわかる。掃除機を止めてとりあえず戸棚の所に立てかけ、廊下を覗き込んだ。
「ただいまぁ」
「ただいま」
 がさがさという袋の音と、ふたりの声。
 ふ。ふふ。
「おかえりなさい」
 ……ん? 靴を脱いで廊下に上がったまま、ふたりとも動きがぴたりと止まる。なんだなんだ?
「健ちゃん? 冬矢? ……わっ」
 突然、がばっと健ちゃんが抱きついてきた。冬矢も眩しそうな目をして僕を見てる。
「ど、どうしたの? 何かあった?」
「ヤバい」
「え?」
「蒼生の“おかえり”、ヤバい」
 んん? 冬矢も隣で無言で頷いてる。
「初めて発した単語じゃないと思うんだけど……」
 健ちゃんは抱きついたのと同じくらいの勢いで顔を上げる。
「なんか全然違うんだよ! 自分の家に帰ったら、大好きな人がいて、笑って“おかえり”って言ってくれるの、すっげぇ……嬉しくて」
「そんなに?」
「あとで蒼生もやってみろって。ホント。びっくりするから!」
 ふうん?
 冬矢も僕に何か言いかけたみたいだけど、ふるふる首を振ると、廊下に置いた袋を両手で持ち上げる。
「とにかく、まずはお昼にしよう」
「うん。あ、ひとつ持つよ」
 僕は冬矢が持っていた袋をひとつ貰って持つ。わ、重たい。がちゃりとガラスの音がする。ちらりと覗くと、調味料の瓶がいくつも入ってる。なんか……知らない名前のやつもある。すごいな。
「ところで、お昼なに買ってきたの?」
「いつものバーガー屋!」
「なるほど、全国どこでも安心できるやつだ」
「そう。まずは冒険せずにね。この周りもいろんな店がありそうだから、それは蒼生と開拓しようと思って」
「開拓! なんかかっこいいね」
 新しい街、知らない街。だからこそ、そんな楽しみもあるんだね。
 まずは生ものだけ急いで冷蔵庫に入れて、あったかいうちに食べよう。僕が袋から買ったものを出し、受け取った冬矢がそれをしまっていく。……家でもやってたことだけど、冬矢に渡してるんだなって思ったら、なんか急に嬉しくなる。
「こんなとこかな。ありがとう、蒼生」
 冬矢がぽん、と頭を撫でてくれる。えへへ。
 テーブルの上は、健ちゃんの手によって、まるでピクニックの時みたいに見慣れた包みが並べられていた。
「新商品でレモン味のバーガー出てたぜ」
「そうなんだ? 発売されるの来月って言ってなかったっけ」
「先行発売地域なんだってさ。食うだろ? はい、蒼生のぶん」
「ありがとー」
 健ちゃんが僕の前に、その新商品といつものハンバーガーを重ねて置く。へえ……。噂には聞いたことがあったけど、本当にあったんだ、先行発売地域。
 いただきます、僕たちは声をそろえる。
 あっという間に1個を口の中に収めた健ちゃんが、ん、と声を出してポケットに目を落とす。そしてそこから携帯電話を引っ張り出して画面を眺めた。
「メッセージ?」
「うん。姉ちゃんからだ。……しゃーねえ、後で返信しとくか」
「ゆみちゃんかぁ。なんだって?」
「ごはん美味しい? まさかファストフードじゃないでしょうね、だとさ。バレてるわあ。仕方ねえだろ作業中なんだから、って言っとかないと」
「俺のところにも、さっき親から入ってたよ。足りないものがあったらすぐ送るって。むしろ持って来たい勢いだな。足りてるかどうかはこれからわかることだから、まだなんとも言えないけど」
 僕はふたりの話をなんとなく聞きながら、ハンバーガーにかじりつく。あ、レモンさっぱりしてて美味しい。これって期間限定かな。レギュラー化してほしいな。すっごく好みの味。ちなみに僕のとこにはなにもない。そんなもんだろう。気楽でいいと思う。
「蒼生」
「……何?」
「これから一緒に暮らしていくんだ。過ぎた遠慮は誤解を生むんじゃないかな。蒼生はまず、とりあえず口にしてみるといいと思うよ」
「でも」
「健太ほど脊髄反射で物喋ると、それはそれでトラブルになりそうだけどな」
「おっ。突然矛先がこっちに」
 ……うーん。冬矢にはすぐバレるなあ。
 僕はお茶を一口飲む。
「あの。ね。本当に、全然気にしてないんだよ? ただ、その、えっと……喜んで送り出してもらえていいな、ってちょっとだけ。ほんとに、ちょーっとだけ思っちゃって」
 そんな小さなことで、と思われるかもしれないんだけど、やっぱり少しだけ引っかかってる。家を出ることに、うちはお母さんが断固反対だった。理由は、僕がしっかりしてないから。自分の意思も持てない僕が、子供だけで暮らすなんて絶対出来ないって。しっかりしてないのは本当のことだから、そう言われてしまうと何も言い返せなかった。こうちゃんだけは「大丈夫だと思う、やらせてみたらいい」って言ってくれたんだけど。
 結局、僕たちを含めた両親3組が集まった顔合わせの席で、ほぼごり押しで強引に決めさせてもらったような感じだった。名目上は冬矢のご両親と初めて会う場ってことにはなってたけど、たぶんお母さんを説得するために設けられた場だったんじゃないかな。だって、健ちゃんのとこも冬矢のご両親も、途中で止めたくなるくらい、僕のこと褒めすぎだったもん。
「たしかに……俺のところはすぐに結論が出たな。そもそも俺の自主性に任せるって親だったし。だけど、俺がこんなふうに自分で何かしたいって言い出しすようになったのは、蒼生といたいっていう気持ちがあったからだ。そんな蒼生と一緒だって言ったから、うちは喜んで出してくれたんだよ」
 冬矢が笑う。……そう言えば、冬矢のお母さんは、僕に会うなり両手を握って感謝の言葉を口にした。そんな立派なこと、何もしてないのに。お父さんもにこにこ笑って僕の肩を叩いてくれた。すぐに僕をご両親から引き離した冬矢の顔がなんだか照れているようで、ものすごくびっくりしたのが印象に残ってる。
 健ちゃんはずいぶん大きめな最後の一口を飲み込んだ。
「オレんとこだって、最初は反対されたんだぜ」
「えっ?」
「こーゆー性格だしな。一人暮らしなんてしたら、すぐゴミ屋敷になるし課題に埋もれて大変なことになるぞ、なんて言われてさー。絶対授業についてけないじゃんまで言われたんだぜ? ま、オレもひとりだったらそうなんじゃねえかなって思うけどな。……それがさ、いや、蒼生と一緒に暮らそうと思ってる~っつったら、すげえの。手のひらクルーってこういうこと言うのな。蒼生ちゃんと一緒か! 羨ましい! 大丈夫じゃん! 行ってらっしゃい! 以上」
 は? え? 寺田家でそんなやりとりが?
「もー、オレの信頼度よりも蒼生の信頼度のほうが断然高ぇの」
「うちも、蒼生への好感度が高くて高くて」
「姉ちゃんのメッセージ、続き読もうか。蒼生ちゃんにジャンクフードばっかり付き合わせるんじゃないよってさ」
「俺のも、裏を返せば母さんがもっと蒼生と話したいみたいだな。あの顔合わせだけじゃ物足りないんだそうだ。けど、あんまり気に入られてしまうのもな……蒼生は俺のものだし」
「まさか、それでおまえ親がいる時に蒼生を家に呼ばなかったのかよ」
「俺の蒼生だから」
 ……わからない。
 なんで? なんで僕がそんな高評価を受けてるのかがわからない。
 冬矢は僕の手を握る。
「今はわからなくてもいいよ。とりあえず、俺たちが喜んで送り出してもらえたのは、蒼生がいたからだ。俺たちが今ここにいられるのは、蒼生のおかげなんだよ」
 健ちゃんも倣うように僕の手を取る。
「難しいかもしんねえけど、もっと気楽に考えていいと思うぜ? おばさんも蒼生のことが心配なのは確かなんだと思うし」
 心配。心配か。そうだよね。
 わかる。
 僕がこんなだから。心配にもなるよね。
「……出てくる時、何か言われた?」
 …………。
 少しトーンの低い冬矢の声に、僕はためらう。たぶん言うべきじゃない。これは僕の胸の内にとどめておくべきだ。だけど。でも。このまま抱え込んで。一緒に暮らすのは。
「たいしたことじゃ、ないんだけど」
 本当に、たいしたことじゃないんだ。言ったほうもそうなんだと思う。受け止めた僕の問題で。
「あの、家を出る時に、最後に言われたのが、どこかのお嬢さんと間違いを起こさないように、って」
 最後だよ? 気を付けて、でも、いってらっしゃい、でもなく。それも。それも。
「……俺たちのことを言われたんだ」
「…………」
 健ちゃんがはっとしたように冬矢を見る。僕はふたりの手からそっと自分の手を抜く。
「そんなわけないし、そんなこと絶対に起こさない。言い切れるのに、それをはっきり伝えられないのは、……ちょっとしんどかったけど、全部話すことはしないって決めたからいいんだ。でも、そこまで信用されてなかったんだなって。そういう信頼関係を築けなかったのは僕の責任なんだけど」
 手を伸ばした冬矢が、改めて僕の手をぎゅっと掴んだ。
「男3人のルームシェア、だからね。それは世間からすれば当たり前の心配なのかもしれないよ。ここに女の子1人連れ込んだら、まず犯罪を疑われそうだ」
「だよな。けど、世間から見たらどうかわかんねえけども、ルームシェアってルビ振って読ませてるだけで、オレたちはちゃんと同棲だってわかってるだろ。それでいいんじゃね」
 ぺたり、と健ちゃんが僕の頬を手の甲で撫でる。
「どこぞのお嬢さんは知らねえけど、既に幼馴染みの男とは間違い犯してるんだからさ」
 っ!
「ま、間違いじゃない!」
 健ちゃんはふっと笑う。
「蒼生は正しいと思ってんだろ。だから、いいんだよ。オレたちの中でわかってたら、それで」
「……健ちゃん」
 正しい、の、かな。それもわからない。だけど、間違いじゃない、それだけはたしかだ。
 んー、と健ちゃんは残った手で自分の頭を掻いた。
「蒼生のテンションがどーも振り切れてねえなと思ってたけど、そういうことか。……蒼生、外のさ、あっちの角曲がったとこに、自販機あるんだわ。ちょっと炭酸のなんか買ってきて」
「えっ?」
「どこのメーカーのだったっけ、でもま、炭酸くらいあるだろ。よろしく」
「えっえっ」
 急に何で? よくわかんないけど、冬矢も何も言わないし。僕は頭の中を疑問符でいっぱいにしながら、追い立てられるように部屋を出た。
 外の風は、すーっと気持ちがいい。窓は開けてたけど、体感温度は外のほうがちょっと涼しいみたいだ。玄関のドアをちらりと振り返り、短い廊下を通って、それから建物を貫く階段を下りる。道路に出て、左右を見渡すけれど、ちょうど人の姿はなかった。ええと、角、角。健ちゃんが言ってたのは、あっちかな。場所の指定とか健ちゃんってわりと適当なんだよね。
 ちょっと不安になりながら、おそらくそうだろうという角を覗き込んでみると、確かに自販機が2台、向こうの少し大きな通りに近いあたりに並んでいた。コンビニも近いけど、自販機が近いのって便利そう。2台はそれぞれ違うメーカーで、健ちゃんが好きな炭酸のがあった。せっかくだから、こっちの冬矢が好きなお茶も買っていこう。
 さすがに、ここまで出て来れば人も車も通る。あんまり適当な格好で出られないな。もう少し服装のバリエーション用意したほうがいいかも。通学のことばかり考えてたけど、普段着も考えなきゃいけなかったな。
 健ちゃんが僕を外に出したのってこういうことなのかな。外の空気を吸うと、なんだか頭がすっとして、ちょっと軽くなった気がする。
 僕はペットボトルを2本抱えて、来た道を戻る。階段を上って。左右に分かれる廊下を左に曲がって。玄関のドアを開けた。
 健ちゃんと冬矢が立ってた。
「おかえり」
 …………あっ。
 揃う声。
 歪む。
 ふたりの顔が。
「た……っ、ただいま……」
 手を広げる、健ちゃんの腕に、僕はそのまま体を預ける。
 ぎゅっと、背中で強い手。
「……始まったばっかだしさ、いろいろ考えることもあるかもしれないけど。一番大事なこと忘れないで」
「うん……」
 そうだった。
 大好きな人たちと、これから、ずっと一緒に暮らしてく。
 帰る場所に、大好きな人がいる。
 健ちゃんたちがさっき感じたのは、これなんだ。
 冬矢が頭を撫でてくれる。
「気になることがあったら何でも言って。だけど、まずは楽しいことを考えていこう」
 うん。
 乗り越えていくんだ。
 ひとつ、ひとつ。
 このひとたちと一緒に。

 いったんへこんだところから引っ張り上げてもらったので、逆にやる気が出てきた。なんか立て直し出来てきた感じがする。そうだ、僕はただ、うきうきしてればよかったんだ。だって新生活だもの。希望と期待でわくわくしてればいいんだ。たとえ転んだって大丈夫。何があっても健ちゃんと冬矢がいてくれる。
 よし。やるぞ。
 僕はまるまる任された健ちゃんの箱のテープを剥がす。これはこっち、これは向こうにしまうやつ、と。……あ、と、文房具かあ。
「健ちゃーん、文房具どうする?」
 寝室から健ちゃんがひょこっと顔を出す。
「どうしよっかな。蒼生のはどうした?」
「普段から使いそうなのはそこのペン立てに置いたけど、それ以外はあっちの棚に文房具入れ作って入れちゃった」
「あー、じゃあオレのもまとめといて。こだわりねえし」
「はーい」
 テーブルの上の箱に手を突っ込んでた冬矢もこっちを見た。
「なら、ついでに俺のぶんも一緒にしまってもらってもいいかな。学校に持っていくのはまずペンケースひとつだろうから」
「はーい」
 冬矢のひとそろえも受け取る。3人分って、そこそこ量あるよね。あと、まとめるとなると種類もかぶるし。ハサミとカッターは1本ずつペン立てに立てて、あとはこれとこれ……。残りは棚にまとめよう。油性ペンはこっち、蛍光ペンはこっち、クリップはここにまとめて。こういう地味な作業、楽しい。
 後ろから健ちゃんが僕の手元を覗き込んでくる。
「うっわ。店みたいになってんじゃん。このケースどしたの、買った?」
「えー? ずっと僕の部屋にあったよ。本棚の下の戸棚にあったの見たことない? 使わなそうなのほとんど処分してきちゃったからずいぶん空いてたし、全部入ると思う。あとでラベル貼っておくね」
「丁寧だよなあ、相変わらず。使いやすそ」
「そんなことな」
「あるある」
 語尾まで言わせてくれない。……うーん? そうかなあ……。
 首を傾げると、健ちゃんはそのままぎゅっと僕を後ろからホールドする。いたた。そしてそこで思いっきり深呼吸をすると、腕をぱっと離した。
「さて、クローゼットの中、もうちょっと整理してこよ」
 言って、寝室の中に戻っていく。なんだなんだ。でも僕もなんだかちょっと嬉しくなる。ふふ。こっち早く終わらせて、手伝いにいこ。
 冬矢を見ると、空っぽになった箱をたたんでるところだった。だいぶ箱の数が減ってきたなあ。僕が見てるのに気付いたのか、冬矢は目を和ませる。
「朝から頑張ったおかげで、ずいぶん片付いてきたね」
「うん。全体的に、僕たち荷物少なかったのかも」
「それは言えるかもしれない」
 何を持っていくべきか考えた時、最初は何も思いつかなかった。お気に入りの本くらいで。本当は、たぶん僕、すべての物を一新したかったんじゃないかな。健ちゃんがいて、冬矢がいて、本当にそれだけでよかったんだと思う。もちろん現実を見ればそういうわけにはいかないから、多少持ってくるものはあったんだけど。
 僕とは別の理由なんだろうな、でも冬矢も荷物は少なかった。そういえば、冬矢の部屋って、もともと物が少なかったもんね。3人いれば誰かは何かのコレクターでもおかしくないのに、誰もその属性はなかったみたい。なんだろう、そういう意味では似てるところもあるのかな?
「この分なら、大学が始まるまでに全部終わるどころか余裕さえありそうだ」
 うん。大変だろうからって早めに家を出たけど、ゆっくりできそう。嬉しい。
 あ、と冬矢が呟く。
「目途がつきそうだし、明日は中央の繁華街にでも足伸ばしてみる? ここ2日くらい、移動と片付けばかりで息が詰まってるだろ」
「……うーん」
 駅までの所要時間と、電車乗ってる時間と、乗り換えと……。結構あるよなあ……。
 行ってみたい気もするけど、もうちょっと余裕が出てからにしたいなあ。
「やだ……。明日くらいは家で3人でゆっくりしよ? 買い物とかは落ち着いてか……らっ、て、冬矢?」
 え?
 どうしたの?
 僕の言葉を最後まで聞く前に、冬矢は僕のことを正面から抱き締めてきた。無言で。
 しかも、いつもみたいな優しい抱き締め方じゃなくて、ぎゅって、痛いやつ。
 何かおかしいこと言っちゃったかな。
「あ……の、冬矢? えっと、ごめん……?」
 反応がない。
 えっ。な、なんなの。
 そこに、たたんだ箱を脇に抱えた健ちゃんが寝室から再び出てきた。で、リビングで固まった冬矢に捕まってる僕を見てきょとんとする。
「なんだ、どした?」
「わかんない。おでかけ断ったらこんなことに……」
「あー」
 健ちゃんが笑う。
「さては蒼生、やだって言ったんだろ。そいつ、蒼生にやだって言われるの夢だったから」
「へ?」
 ますますよくわかんない。え? ゆ、夢って。僕、普段からそれなりに言う……よね?
「蒼生ってオレには言うけど、冬矢には言わないじゃん」
「そうだっけ? 使い分けてるつもりないんだけどなあ。もしかして、冬矢の提案にあんまり嫌って思うことなかったから……。そうだとしたら結果的にそうなっちゃってたのかもしれないけど」
「それじゃ、オレがダメだったってことでは……!?」
「いや、違う違う、そんなことないよ! 体力もたないなー僕には無理そうだなーっていうのは断ってたけど、ダメってことじゃないんだよ。誘われること自体は嬉しいし。そもそも冬矢とは体力の差があんまり……いやそこまでたぶんないからさほど無理がないだけで……あ」
「ちょ」
 冬矢の体重がかかってきて、僕はバランスを崩す。慌てた健ちゃんが支えてくれて、倒れはしなかったけど、3人してラグに座り込む格好になった。
「……嬉しい」
 僕の服に埋もれたままの、くぐもった冬矢の声。珍しい。
「なんだか、やっとスタートラインに立てた気がする」
 そんなに? 大げさだなあ、……って言おうとした言葉は、冬矢の唇に阻まれた。え、速い。
「好きだよ蒼生」
「んっ……」
 気が付くと、僕はラグの上に横たわらされてて。
 あ。
 ヤバい。
 まだ、まずい。
「ね。シていい?」
 うう、そんなの。ぼ、僕だって。だけど。
「だ、駄目……ごめん……」
 ふたりが、えって顔をする。
「ごめん。今は、駄目……」
 僕が繰り返して言うと、健ちゃんは驚いたような、冬矢は心配げな表情を浮かべる。
「……やだ、が嬉しいって話の流れとはいえ、蒼生に断られるとは思ってなかった」
「ご、ごめん」
「謝る必要はないんだよ。ちゃんと断ってくれていいんだ。……もしかしてどこか体調悪い?」
「あの、そういうことじゃなくて」
 どうしよう。
 健ちゃんも冬矢も絶対気にするから、ずっと伏せとくつもりだった。バレなければバレないほうがきっといいと思うし。
 だけど、一緒に暮らしてたらいつかバレるよね。
 ……話すのは、今なのかもしれない。
「あっ、あの、ね。今日は、その……まだ、準備してないから。出来ないの」
「……準備?」
「そう。だ、……抱いてもらう、準備」
「え?」
 だよね、そういう反応だよね。
 いや、僕もよくここまで隠し通せたもんだと思う。
 少なくとも、冬矢に疑問を抱かせなかったのはよく頑張った。
 もういいや、受け止めてもらおう。
 ……受け止めて、くれるよね?
「どういうこと?」
「その……ナカ、綺麗にして、ほぐして、ちゃんと出来るようにするの……」
「俺たちとする時、いつもひとりでそうやってたの?」
「うん……」
「今まで、それ、ずっと黙ってたんだ」
「だ、だって、その……決してきれいな作業じゃないし。それ口にしちゃうの、まだちょっと抵抗があって。そ、想像されちゃうのもあんまり嬉しくないし。それに、僕がそういうことしてるって知ったら気にするでしょ? 結構しんどい、って言ったら、ふたりとも優しいから、きっと“シない”、っていう選択肢を選ばれちゃう気がして、言えなかった」
 ふたりは、口を閉じる。
 それから少し考えるような仕草をする。
 しんと沈黙が降りる中、先に口を開いたのは健ちゃんだった。
「そっか。よく考えたら、そうだよな。そういうとこ、だもんな。だけどさ、隣で並んでおむつ換えられてた仲なんだから、もう別によくね? 隠す必要ないと思うんだよな。なんなら一緒にしたっていいんじゃねえか? ちっちゃい頃からお互いいろんな粗相しまくってきたじゃん。おねしょのパンツ、よく蒼生に着替えさせてもらってたし」
「…………あー……うん、なるほど……?」
 思い返せば、幼稚園の頃、汚れた下着洗ってたり、鼻血のついたシャツ洗ってたり、戻しちゃったあとの園服洗ってたりしたな……? あれ……? 健ちゃんの大抵の汚れ物、処理してきてたな……?
 冬矢が短く息を吐く。
「蒼生、納得しなくていいよ。今の蒼生が嫌だと思うなら、強制はしない。絶対に」
「……ありがと」
「でも、そんなしんどい思いをしてまで、俺たちとシたいって思ってくれてたんだ」
「うん」
「それは嬉しい。ありがとう、な」
 健ちゃんも軽く首を傾げた。
「んー。まだ抵抗があるんじゃしょうがねえか。だけど、蒼生が嫌なのってその、綺麗にするってほうなんだろ」
「うん」
「その、ほぐすっていうやつ? それは一緒に出来ないもんなのか?」
「結構根気がいる作業だよ」
「気持ちいいとかじゃないんだ」
「……ただの作業って感じ」
「そのしんどい作業をずっとオレたちのためにしてくれてたんだ。……たしかに、それはそれで素直に嬉しいや。ずっとひとりでさせててごめんな?」
「ううん……僕が黙ってただけだから……」
 んんん、と健ちゃんが顎に手を当てて唸る。
「じゃあ、それこそ、そこからは一緒にやろ」
「健太」
「だって、作業なんだろ? そうじゃなくてさ、そこから一緒に気持ちよくなろうよ。時間かかってもいいじゃん、オレはその間も蒼生と触れ合っていたいもん」
 あー……そっか。
 そういう考え方もあるのか。
「心配なのは健太のほうだけどな。その間は先走らず我慢するってことだぞ」
「蒼生のためなら我慢出来るわ! ……たぶん」
「……手伝うのは俺がいる時にしような、蒼生」
「信用ねえな!」
「け、健ちゃんが信用できないわけじゃないけど、うん」
「蒼生が言うなら、……まあ仕方ねえか」
 健ちゃんは素直に引き下がる。
 冬矢はそのまま、ただ、優しく抱き締めてくれる。
 嬉しかった、でも、やっぱり申し訳なく思う。少なくとも今は、断っちゃったわけだから。僕だって、シたいと思った時にシたいけど。ああ、やっぱ、こんなの面倒だよね。僕じゃ駄目なんじゃないか、って、やっぱり思う。
 だけど、ふたりは僕の話をちゃんと聞いてくれた。理解もしてくれた。
 ……もっと早くから、きちんと話しておいてもよかったのかもしれない。

 ウォークインクローゼットって、聞いたことはあるけど、実際入るのは今日が初めてだ。そんなに広くはないんだけど、入れる押し入れって感じなのか。
「なんか、奥にしまったもんわかんなくなりそ」
 健ちゃんが収納ボックスを押し込みながらぼそりと言う。うーん。今は物が少ないからいいけど、服とかが増えたらそうなるかもなあ。ボックスの中身はまだ掛布団くらいしかないもんね。
「だけど秘密基地みたいな感じで楽しい」
 柔らかい色のライトがあって、内側からも扉を閉められる構造になってて。今度は健ちゃんがうーんと首を捻る。
「基地にするなら、オレはもうちょっと広いとこのがいいな。ここって窓ないし、息苦しくない?」
「そっか、健ちゃんは広いほうが好きだもんね。僕は全然、このくらいあれば十分だなあ」
「蒼生は狭いとこ好きだよな」
「うん。なんか落ち着くから」
 この端っこあたりに座り込んで布団かぶったらすごくしっくりきそう。
「蒼生ー。ついでに健太」
 あ、冬矢の声がする。
「はい」
「あいよ」
 返事をしながらクローゼットの外を見ると、向こうの扉からこっちを見ている冬矢の姿がある。
「夕飯、時間ないから適当でいいよね」
「わ、そんな時間? 手伝う!」
「いいよいいよ。そっちの作業終わらせちゃって。それが終わったら食器棚の滑り止めも頼むよ。あと、健太、食器の箱から深めの皿……2種類あるから3つずつとりあえず出しておいて」
「はーい」
「承知~」
 ……そっか。冬矢が作ってくれるんだ。僕も頑張らなくちゃと思ってるけど、それ以上に、純粋に冬矢のごはんが食べられるのがすごく嬉しい。最近なかなか機会がなかったからなあ。ふっふふ。
 僕と健ちゃんは、クローゼットの作業が終わると、リビングに出て、言われた通り食器棚に滑り止めのシートを貼っていく。サイズを測って、線を引いて、切ったシートをぴったり貼って。なんか工作をしてるみたいで楽しいかも。
 その間も、キッチンから包丁の音が聞こえ、美味しそうな香りが漂ってくる。
 嬉しい。
「作業はどう? 終わりそう?」
「ん。あと1段、もう切ったから貼るだけでもう終わる!」
「こっちも終わるところだよ。じゃあ今日はそこまでにしようか」
 気が急きそうなのを抑えて、最後まで慌てないように、丁寧に、丁寧に。
 全部終わらせて、洗面所で手を洗って戻ると、冬矢がテーブルにお箸とスプーンを並べてるところだった。
「座って」
 運ぶの手伝わなくていいのかな、と思ったんだけど、きっとそこまでやりたいんだろうな。言われた通りに席に着く。健ちゃんもきょろきょろしながら座った。
「はい、お待たせ」
 冬矢が湯気の立つお皿をふたつ持ってきて、僕の前に置いた。うわー、鮭のチャーハンとわかめのスープ! 香ばしい香りがより一層強くなる。美味しそう。
 僕がうきうきしながらお皿を眺めてる間に、冬矢はもうひとセット持ってくる。で、健ちゃんの脇で、ぴたりと止まった。見上げると、眉をひそめてお皿に目をやってる。……あー。冬矢が思ってること、わかったかも。
「? なんだよ」
「俺が、おまえ含めての同棲を考えた時、一番悩んだのがこれだったんだ」
「ん?」
「俺は今まで、家族と蒼生にしか料理を出したことがない。本音の本音を言えば、今でも蒼生にだけ食べさせたい。だが、一緒に暮らす以上は避けては通れない道だ。だから……」
「おお、構わねえよ、オレはついでだろ?」
 全然気にしてないように、健ちゃんはさらっとそう言った。あんまりにも軽いもんだから、冬矢もちょっと気が抜けたみたい。ふっと笑って、健ちゃんの前にお皿をふたつ置いた。
 自分の分も運んで、冬矢が椅子に座る。それから、僕に目配せをした。ふふ、うん。
 ぱん、と手を合わせて。
「いただきます!」
「召し上がれ」
 わーい。スプーンをチャーハンの山に突入させる。ぱらぱらのごはんが乗っかる。口いっぱい頬張ると、その途端にふわっと鮭の味。卵でマイルドになってて、ごはんの甘さともしっかり合う……。
「美味しい! あー、ちょうどいい塩分がしみる~」
「ふふ、それはよかった」
 んー、美味しい、美味しい。
 冬矢もスプーンを口に運びながら嬉しそうにしてる。
 だって美味しいもん。
 嬉しい。
「すっげ、めっちゃくちゃ美味いな! え、これスープも作ってんの? 店のじゃん!」
 ……おお。健ちゃんも、ものすごい勢い。
 冬矢は少々複雑そうだ。
「なあ冬矢、これ、おかわりある?」
「どっちもあるけど。……おまえ、恋敵の作った食事になんとも思わないのか」
「え、美味いって思ってるけど」
「そうじゃなくて…………まあ、いいか。好きなだけどうぞ」
「っしゃ。じゃあ遠慮なく! やっぱ美味いは正義だよな~」
 健ちゃんって大物だなあ。たぶん冬矢もそう思ってるんだと思う。本当に、健ちゃんって、人の持ってるわだかまりとかをしれっと溶かしていくんだよね。そういうとこ、ほんと、好きだな。
 冬矢が多いかもしれないと思っていたというごはんは、見事、綺麗にからっぽになった。
「ごちそうさまでした。美味しかった~」
「ごちそうさまでした。あー、至福至福」
「綺麗に平らげていただいて、なによりでした」
 呆れたように冬矢が笑う。健ちゃんの食べる量とスピードは、ほんと早送りを見てるみたいだった。昼だってちゃんと食べてたのにね。もしかしてあれかな、炊飯器、ひとつじゃ足りないのかもしれない。
 健ちゃんが満足げに腕をいっぱいに伸ばす。それから、ふいにぴっと姿勢を正した。
 なんだ?
「でもさあ、毎日冬矢に任せるわけにはいかないだろ。やっぱ、当番とかって決めるべきなのかな」
 あ。僕も思ってた。でも、それを健ちゃんが言い出すとは思わなかったな。
「僕も、頑張るつもりで来たよ」
 乗っかると、冬矢は迷うような表情を見せる。
「……そういう話にはなると思ってたよ。俺は正直なところ、蒼生の食事は全部俺がやりたいと思ってたんだ。けど、そうだな……、俺が手の回らない日もあるだろうし」
 冬矢っていつも急にそれを言い出すんだよね。なんか、僕の「全部」にこだわることがちょこちょこあって。なんでなんだろ。聞いてみたこともあるけど、「そんなことないよ」って言うばかりで。冬矢がそう言うならいいんだけど……。
「ただ、あんまりきちんと決めすぎてもいけないと思うんだ。急に帰りが遅くなる日もあるだろうしね」
「そうか、授業もまだどうなるかわかんねえんだもんな」
「ああ。だから最初はゆるっとした当番にして、暮らしていくうちに調整していこう」
「なるほど。そうだね」
 全部自分たちでやらなきゃいけない生活は初めてだもんね。うん、たしかに。
 頑張る、って言った僕も、実はほぼ第一歩目を踏み出すところだし。最初は冬矢に助けてもらわなくちゃいけないだろうなあ。
「ところで、俺からもひとつ提案があるんだけど、いいかな」
 テーブルに両腕を乗せていた冬矢が、胸の前で指を組んだ。
「なに?」
「ルールとまでは言わないけど。……今まで別々に暮らしてた俺たちが、これから一緒に暮らしていく中で、もしかしたら喧嘩になることもあるかもしれない」
「あんまり想像はできないけど、うん」
「それぞれ独立した人間だから、隠し事や言いづらいことだってあって当然だ。それでもいいと思う。だけど、できるだけ、話そう。話し合おう。さっき、蒼生がしてくれたみたいに。俺たちはそれができるくらい、ちゃんと信頼しあってると思うから」
 ……信頼。
 僕は深く頷いた。健ちゃんも、すごく真面目な顔で何度も頷いている。
 そうか。
 ちゃんと相手に話すってことは、相手を信頼してるってことなんだ。
「それからね、諍いになった時、できるだけ2対1にならないようにしよう」
「2対1?」
「数で決めるんじゃなくて、冷静に決めようってこと。1対1に対し、残るひとりが相互の話をよく聞いたうえで判断する。そして、判断を任せた以上、そのひとりの意見に従う。私情は抜きでね。……まあ、これに関しては、そこまでこじれるようなことが起きた場合に限るけど」
「なるほど……」
「つまりは、そうなる前にちゃんと話して解決すればOKってわけだよね」
「そういうことだな」
 ふむ。冷静な冬矢らしい提案だな。
 きっとどうしたらいいか、冬矢もずっと考えてたんだろうな。
 ふっと冬矢は表情を和らげる。
「……けど、全部手探りだから。ガチガチに考えずに、俺たちらしくやっていけたらいいなと思ってる」
「うん」
「そうだな」
 一緒に暮らすって、たぶんいろんなことがあるんだろうな。
 だけど、僕たちはきっと大丈夫。
 お付き合いするところからずっと手探りでやってきて、こうして一緒に暮らすところまで来た僕たちなら。

「それじゃ、消すね」
 ピッ、と小さな音で、寝室はわずかな常夜灯の明かりだけになる。
 僕はふかふかの布団を肩まで引き上げた。
 あー、ふかふかで気持ちいい。
 なんだかんだで1日中ずーっと荷物の片付けをしてたもんね。
 疲れてないつもりでいたけど、結構体が重い。
 今日はすぐに寝ちゃいそうだなあ。
 気持ちいいマットレスの感触、支えてくれてるはずのそこに沈み込んでいきそう。
 広いベッドの真ん中で、
 …………。
 広い、ベッド……。
「……なんか狭い」
 ねえ、広いよね? そっちだいぶあいてるよね?
 なんでふたりして真ん中に寄って来るの?
「気のせいだよ」
 しれっと言う冬矢。
「そうそう、気のせい気のせい」
 離れる気のない健ちゃん。
 うーん……。
 もしかしてずっとこんな感じなんだろうか。
「おやすみ、蒼生」
「おやすみー、蒼生っ」
 ……んー。
 まあ、いいか。
「おやすみ、健ちゃん、冬矢。……大好きだよ」
 あっ、もっと狭くなった。
 ……ふふふ。
 あったかいや。
1 / 1
ステキ!を送ってみましょう!
ステキ!を送ることで、作品への共感や作者様への敬意を伝えることができます。
また、そのステキ!が作者様の背中を押し、次の作品へと繋がっていくかもしれません。
ステキ!は匿名非公開で送ることもできますので、少しでもいいなと思ったら是非、ステキ!を送ってみましょう!

PAGE TOP