投稿日:2024年01月30日 22:34 文字数:10,974
36こ目;プレゼントとラッピング
ステキ数:1
大学1年生の7月、健太の誕生日のお話。
バイトでミスをして、珍しく健太がヘコんでいます。
それを見た冬矢は。
↑初掲載時キャプション↑
2022/01/28初掲載
https://pictbland.net/users/series/kazanet-tk/%E5%83%95%EF%BC%8B%E5%90%9B%E2%86%92Waltz%EF%BC%81
同棲してから初めての健太の誕生日話。
本日(24/1/30)現在、まだ健太の夢ははっきり叶っていませんが…いつか叶うのかな?
バイトでミスをして、珍しく健太がヘコんでいます。
それを見た冬矢は。
↑初掲載時キャプション↑
2022/01/28初掲載
https://pictbland.net/users/series/kazanet-tk/%E5%83%95%EF%BC%8B%E5%90%9B%E2%86%92Waltz%EF%BC%81
同棲してから初めての健太の誕生日話。
本日(24/1/30)現在、まだ健太の夢ははっきり叶っていませんが…いつか叶うのかな?
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あー。マジで? こんな日ってある?
まず、全部の発端が、オレのミスな。これはしょうがねえ。全面的にオレが悪い。そこでへこんでても意味ないんだ。大事なのは、それを今後繰り返さないように注意することだと思う。
ただ、今日はそれで終わんなかった。全然関係ないとこでバイト仲間のミスがあって、さらにミスがいくつも重なって、それが奇跡のコラボレーションよ。もー、最終的には目も当てらんない状態になった。先輩のフォローで大事にはしないでもらったし、お客さんも許してくれたから、まあ、よかったっちゃあよかったんだけど。さすがにここまで続くと、今日の運勢最悪だったんじゃねえかって落ち込んでも無理ないよな。そういうの信じてないんだけど!
なあ、オレ、今日誕生日なんだぜ? それでこのズタボロ運勢はねえだろ!
あー。早く帰ろ。蒼生に会いたい。蒼生の顔が見たい。蒼生に癒されたい。蒼生、蒼生、蒼生。
玄関からまっすぐリビングに向かう。……あれ? 蒼生の姿がない?
「おかえり」
「ただいま、蒼生は?」
キッチンに立ってたのは冬矢だけだ。昼の片付けかなんかしてたらしい。いくら見渡しても蒼生の姿はない。寝室を覗いてもいない。
「おまえ手も洗わずに来たのか。蒼生なら、……。……ああ、うん、バイトのヘルプで呼ばれて夜まで戻らないよ」
「マジで……!?」
そこまで今日のオレって運勢最悪なのか? もし今朝星座占いとか見てたら「ざ~んねん!」とか言われちゃってたのか? 朝だって出るのが早かったから、蒼生の寝顔しか見れてないのに!
オレは荷物を放り投げる勢いで置くと、そのままソファに倒れるように飛び込んだ。
そもそもバイトのシフトは明日だったはずなんだ。どうしても外せない用事ができたからって頼み込まれて、それならしょうがないって思って交換したんだよな。ずいぶん急だけど、そういうことは誰にだってあるからお互い様だ。でも、やっぱそこからおかしくなっちまったと思う。まあ、誕生日だからって、まかないの時みんなが祝ってくれて、そこに関しちゃ嬉しかったよ。お茶で乾杯なんかしてさ。ああいい仲間に恵まれたなーって思った。
……でも。オレが一緒にいたいのは蒼生なんだ。蒼生~……。
ずっと静かだったキッチンから、急にカチャカチャと食器の音がする。
「で、何があったんだ」
なんだよ。冬矢がオレに事情聞くなんて珍しいな。別にこいつに話すことじゃないと思うけど、なんかしゃべったらすっきりしそうだし、まあいっか。
「それがさー……。オレのミスを皮切りに、ドミノ倒しみたいにあちこちでミス連発があって、ちょっとした騒動になっちまって。最初に自分が失敗しなきゃ、誰もなんにも困んなかったんだよなって思うと……あー……ってなってるとこ」
「……たまに、全部が裏目に出てしまう日はどうしたってあるからな」
「それが今日来るなんて思わねぇじゃん……」
「そりゃあそうだろう」
作業を終えたらしい冬矢が、キッチンから出てくる。で、ソファの横に置いた紙袋に目を留めた。オレが置いたやつだ。
「……これは?」
「なんか、オレが今日誕生日だって知ったバイト仲間の子がくれた」
「ふーん。なるほど。もともとおまえはバイトの予定じゃなかったんだから、その子はおまえが来るなんて知らなかったはずだろうにな」
……あー。冬矢の言いたいことはわかる。実はオレもうすうす感じてた。
「やっぱりそういうことなんかな? たしかに、なんとなーくオレに気ぃありそうな感じなんだよなー……」
「仕組まれたかもな」
たしかに、シフト交換してくれって言ってきたの、あの子の友達だったっけ。オレには蒼生がいるのに。蒼生しかいらないのに。だってオレ、ちゃんとバイト先で「恋人います」って宣言してるんだぜ? そういうのって考慮されねえの?
「知ったら蒼生が気に病むぞ」
「あああ……。ごめん蒼生、食べ物だったし、突き返すのも角がたつから……。って目の前にいなきゃ言い訳もできねぇ! 今すぐ会って全力で言い訳したい! ただその前にまずこのへこんだ心を蒼生に癒やされないと無理ー……」
オレは改めてクッションに顔を埋めた。頭の上で、息を吐く音がする。
目を上げると、携帯をポケットに押し込む冬矢の姿が見えた。
「ちょっと気晴らしにでも行くか?」
「おまえと?」
「たまにはいいだろ」
へえ。ホントにどうしちゃったんだ。オレのこと気遣ってくれんの? 冬矢がオレにそんなこと言い出すなんて、嵐の前触れとかじゃないよな。
とはいえ、こいつとはなんだかんだで付き合いが長い。最初は蒼生にまとわりつく邪魔な奴だと思ってたけど、色々あってこうやって一緒に暮らすようになってみると、なんか普通にいい奴だと思う。ライバルっていうか、もう、友達みたいな感じ。だからって蒼生を渡すつもりはねえけど。
「少し遠出して、蒼生にお土産でも買ってこよう。おまえがそんな状態で家でうじうじしてたら、戻ってきた蒼生が気にするだろ」
……んー、ちょっとだけ撤回。オレのこと考えてくれてたんじゃなくて、蒼生のこと考えてたのな。そんで、オレにはきっかり棘のある物言いするしな。冬矢の頭の中って、マジで蒼生のことしかないんじゃねえか?
そんなわけで、オレと冬矢はふたりで出かけることになった。蒼生がオレじゃなくて冬矢にだけ伝えてたことにもショック受けたけど、「バイト中のおまえに心配かけられないからだろう」と言われて納得した。蒼生、優しい。
なにやら既に目的地を決めているらしい冬矢は、さっさと普段乗らないほうの路線に向かう。こいつ、決断早いからなあ。何か提案してくる時って、大体頭の中に結論が出てることが多いんじゃないかな。だから、“提案”っていうより“説得”に近いなって思うことがある。ケンカしてるとわかるんだけど、こいつ、自分の結論に対してものすごく頑固だ。こうと決めたら動かねえっていうか。まあ、頭のいいこいつが考えて出す結論だから、大体それに従って困るような結果にはなんねえんだけどな。つまりオレ的に絶対困る、って話じゃなきゃ、こいつの言い分を信じて間違いはないってことだ。
「どこまで行くんだ?」
「終点」
さらっと言ったな。しかも携帯弄りながらさ。終点? 結構遠くね? なのに乗ったのは各駅停車だ。特急もあるのに。変なの。んー、でも、別にいいのか。初めて乗る電車だし、外の景色見るのも悪くないもんな。
ってか、中心部のほうに向かわなきゃ繁華街に行けないと思ってたけど、遊べそうなとこなら、こっち側にもありそうじゃん。むしろオレたちが地元で遊んでたあたりと同じ感じがする。へー、面白そうだ、今度改めて探索してみよう。最寄り駅にも施設はいろいろあるけどさ、せっかく住んでるんだから足伸ばしてあちこち行ってみたい。そうだよな、つい生活のことばっか考えちゃってたけど、レジャー施設もちゃんと探さなくちゃ。夏休みだし、どっか遊びに行きたい。家もいいけど、外でもデートしたい。もっともっと、蒼生とやりたいことがたくさんある。
……お。携帯が震えた。何だ? あ、バイト先の子からだ。またシフト替われって話かな? あれ、違うっぽい。ん? え。ええー……。マジかよ……。
「またトラブルか?」
画面を眺めて息を吐くと、それまで黙ってた冬矢が同情の視線を寄越す。
「……トラブルじゃねえんだけど、……んー、ある意味トラブルなのかなあ……。この前、バイト先に提出する書類忘れて、蒼生に届けて貰ったんだけどさ。その時対応してくれた子が、なんか頻繁にメッセージ送ってくるなって思ってたら、急に蒼生の連絡先教えろって……」
「あぁ……。結構なトラブルだな……」
蒼生、めっちゃくちゃ可愛いんだから。すっごく綺麗な顔してるんだから。そのうえ柔和な態度と穏やかな口調と優しい笑顔で、そんなの、みんな好きになっちゃうじゃん。なのに蒼生は、全然そんなふうに思ってないんだ。当たり障りなく対処してるつもりなんだってさ。他人の好意が苦手だからそういうふうにしてるって言うけど、それ、マジ、逆効果だからな!
「あー、もー、なんだってあんなに無自覚なのかな……」
「蒼生の自信のなさは根深いね」
自信がない、か。昔からあれだけ他人に「好き」を伝えられてたのに、蒼生は絶対信じなかった。ずっとそうだったから、そういう気持ちの存在を認めた今でも、やっぱり疑ってかかっちゃうのは蒼生自身どうしようもないらしい。そう考えると、あの時、オレたちがぶつけた「好き」をよく受け止めてくれたよなぁ。
ん? 冬矢が何か考え込んでるみたいだ。
「なんだよ」
聞くと、迷ってるふうに視線をそらして、それからオレをちらりと見た。
「……これはあくまでも俺の推論なんだけど。聞くか?」
「なんだよ勿体ぶって。聞くわ」
冬矢はそれでもやっぱり迷うように、推論なんだけど、という言葉をもう一度言った。
「俺もずっと考えてたんだ。なんで蒼生が、あんなにも頑なに、自分のことを好きになる人なんていないって思い込んでいるのか。これまで、蒼生に好意を抱く人間なんて掃いて捨てるほどいただろ。それを打ち消す強い思いの根源は、必ずあるはずだ。……で、俺が出した答えは、健太が原因なんじゃないかってことだ」
え?
「オレのせい?」
とっさに出たオレの言葉に、苦笑いで冬矢が首を振る。
「おまえが悪いわけじゃないから、“せい”っていうのは違うな。ましてや蒼生が悪いわけでもない」
「んー?」
「順を追って説明すると。まず、蒼生は、何故か家族の中で浮く存在だったんだよな」
「ああ、なんでだかそんな感じだったな。蒼生のおばさんが、なんだろ、蒼生のことがちょっと苦手? みたいな感じで。それに全員がなんとなく従ってる感じ?」
オレも実はよくわからない。家から離れて思い返してみると、なんかそんな感じがあったなって気がするくらいだから。たしかに、おばさんの機嫌が悪くなると2家族全体の雰囲気が悪くなるから、出来るだけ同調しておこうみたいな空気はすごくあったように思う。こう兄くらいだったんじゃないかな、いつからかその状態からひょこっと抜け出して、何にも気にしないようになったのは。
「その中で、健太はずっと蒼生のそばにいたわけだ」
「あの頃はそんなの全然気付かなかったしな。オレは、ただ、蒼生から離れたくないとしか思ってなかったし」
「そうだな。そんなふうに、唯一そばにいたのがおまえで。何があっても離れなかったのもおまえだけだった。普通は家族から得るだろう、好かれている、ここにいてもいいんだという実感……自己肯定感って言ってもいいのかな。それを、きっとおまえだけから得ていたんだ」
「……つまり?」
「蒼生にとって、一番自分のことを好きでいる存在はおまえだったってことだよ。蒼生は自覚がなかったにせよ、心のどこかでおまえに好かれて当然だと思っていたはずだ。だが、おまえには他にたくさん友人がいたし、彼女もいたよな」
う。はい。それは、事実だから、否定しようもない。
「世界中で、自分のことを一番好きだと思っているのは健太のはずだ。そのおまえが自分を一番に好きじゃない。だとすれば、自分のことを好きになる人間がいるはずはない。……少し強引だが、こういう図式」
「はー……。なんかしっくりくるな」
「あくまでも俺の考えだから、あんまり真に受けられても困るんだが。それが最も説明がつくような気がするんだ」
すげえな、さっき蒼生のことばっか考えてるって悪態ついちまったけど、そういうところまで考えてるんだな。あれか、原因から問題を解決するってやつか。
そっかあ、蒼生はずっとオレに好かれたかったんだ。オレにずっと一緒にいてほしかったんだな。なんだ、そういうことか。そう考えると、……あれ?
「じゃ、今って、好き合って一緒にいる状態なんだから、正解じゃん。それって、蒼生が望んでたことが叶ったってことじゃねえの? ってことは、いつか蒼生も素直に好意を受け止められるようになるってことだよな!」
だって、蒼生が大好きなオレが、蒼生に大好きって伝えてるんだから。一番が底上げされたんだ、そこより下でも好かれることはあるんだなってきっと思えるよな。たくさんの好きに囲まれて、その頂点にオレがいるのかー。そうかー。
冬矢は一瞬ぽかんとした顔をして、今度は普通に笑った。
「……まあ、そこまで単純な事態かどうかは別として。おまえはそれでいいんだと思うよ。ただ、もっと自覚を持って蒼生を大事にするべきだと思うし、俺もそうするつもりだ」
自覚か。具体的になんだって聞かれたらわかんねえけども、オレはちゃんと蒼生のこと大好きだから、大丈夫だ。うん。
「それにしても、考えれば考えるほど、蒼生を構成しているのがおまえの存在だと思うとちょっと悔しいな」
ん? なんだそりゃ。
「だけどさ、おまえに蒼生をかっ攫われそうになんなきゃ気付かなかったんだから、今の蒼生にはおまえの存在も大事ってことなんじゃねえの?」
そう言ったら、なんか複雑そうな顔してた。変な奴。だって、蒼生、おまえのことだってめちゃくちゃ好きじゃん。それに冬矢がいなきゃ、蒼生の望む生活なんて送れてなかっただろうからなぁ。
終点の駅は、名前だけはよく聞く海の近くだった。反対側のホームには人がいっぱいいたけど、もうすぐ日が落ちる時間だし、これから海に行こうってのはあんまりないみたいだ。でもゼロってわけじゃないんだな。見てると、ちらほらいるっぽい。
けど、駅からほぼ直結で海岸を見下ろす高台に上る階段があって、冬矢はそっちに行けって言う。海に行くんじゃないのか。なんでだろと思いつつ、オレはその階段を駆け上った。どんどん空しか見えなくなる感じが気持ちいい。それで、一番上まで行くと、今度はぐわっと下のほうに広がる海が目に飛び込んできた。
「うっわ。広っ!」
すげえ解放感。ここまで離れちゃうと、波の音とかそういうのは聞こえないけど、まだ海岸で遊んでる人たちとか、サーフィンやってる人たちとかがたくさんいるのがわかる。いいな、気持ちよさそうだな。蒼生と一緒に泳ぎたいな。ああ、でも誘っても断られるかな。暑いの苦手だし、人がたくさんいるのも得意じゃないもんな。それに、水着はなあ。蒼生の綺麗な肌、他の奴らに見られたくないもんな。海岸デートはどうだろ。んー、やっぱり暑いかあ。だけど水辺で遊ぶくらいなら、きっと人目につかない裏側もあったりするから、そういうとこでこっそり一緒に遊べないかな。下がダメなら、こういう高台とかでもいいんだ。海が見えててさ、そう、こんなふうに薄暗くなってきてて。あの辺に何組かいるカップルみたいに、手を繋いで暮れていく空を眺めちゃったりしてさ。いいな。
「あー……やっぱ蒼生と一緒に来たかった」
「まあ、そうだろうな」
冬矢の声が後ろのほうで聞こえる。だろ、おまえだって不本意だろ。だよなー。蒼生ぃ。
そこに、軽やかに走ってくる音がした。冬矢の声のほうからで、え、あいつが走ってくることなんてある? 怪奇現象でも起きたかと思って振り返ると、
「けーんーちゃんっ!」
えっ?
えっ……えっ?
蒼生の可愛い顔がすぐそこに迫ってきてて、え?
抱きとめると、ふんわりと甘い香りがした。綿菓子みたいな。
「あー……れ? え?」
しがみついてにこにこ笑ってる蒼生。上ってきた階段のほうを見ると、冬矢がにやにや笑ってた。え?
「ふふふ。お誕生日おめでとう!」
「ありがと……。え? どうしてここに?」
「サプライズだよ。くす玉割るみたいな感覚味わってもらいたくて。びっくりした?」
「おお、びっくりした……。けど、でも、……嬉しい!」
改めて腕の中の可愛いのをぎゅっと抱き締める。背中に回ってくる手が嬉しくて、なんか、今日起きたことの全部がぶっ飛んだ。ええー……好き……。
でもやっぱ仕組みがわかんねえ。なんで?
「いつの間に、こんなの考えてたの?」
「冬矢がね、今ならサプライズ成功できるよって教えてくれたから。急遽こういうことになったんだ」
オレが帰ってから考えたってことか。マジか。
してやったりの顔をして、冬矢がオレたちのとこまで来る。
「健太がいつも通り物音に敏感で、ちゃんと手を洗ってたら成立しなかったな」
「じゃ、蒼生、ずっと家にいたの?」
「うん。シャワー浴びてた。そしたら携帯に冬矢から連絡があって、健ちゃんが落ち込んでるからびっくりさせて励まそうって言ってくれたんだ」
「へえ?」
「……俺が言ったのは驚かせようってところまでだよ」
「でもそういうことでしょ?」
なるほどそういうことか。たしかに、なんかもうとにかく蒼生ーって気持ちでリビングに行っちゃったから。そういや思い返してみると、冬矢の奴、家出る時やたら洗面所から遠ざけようとしてたな。ずっと携帯いじってたのも、蒼生とやりとりしてたのか。そう考えると、各駅停車の電車も説明つくわな。準備して後から来る蒼生が追いつけるようにってことだろ。うわー、あのちょっとの時間でこれだけ計算してたのかよ。すげえな。
「そうだ」
ぽつんとつぶやいた蒼生が、すっと手を伸ばす。あれっと思ってると、その手をオレの頭に乗っけた。わ。
「今日、大変だったんだよね。お疲れ様、健ちゃん」
そのまんま、ぽんぽん、と撫でてくれて。あっ、なんか、心臓らへんがぎゅっとする。ヤバい。可愛い。溢れる。
それを言いに、きっと、ここまで。
ずっと思いながら。
あー、もう!
「……っ、蒼生! 愛してるっ!」
「!」
ぱっと蒼生が顔を上げた。きらきらした瞳が、まっすぐオレを見る。
「嬉しい……! 僕も!」
首に手が回るから、求められるまま、蒼生にキスをした。そうすると、腕にぎゅっと力が入ってくるのがさらに愛おしくて、オレも腕に力を籠める。
ああ。
どうにかなっちゃいそうだ。
と、ごほん、と咳払いが聞こえた。なんだよ。めっちゃいいとこなんだぞ!
「……んだよ、せっかく蒼生とふたりきりを楽しんでるのに」
「ふーん……」
「いいだろ、そういうことにしといてくれても!」
「させるか」
このタイミングでやきもちかよ! お膳立てしてくれたんじゃなかったのかよ! ったく、ちょっと見直したのになぁ。でもま、ここで冬矢が引いたら気持ち悪いもんな。そうだよな。じゃあいいのか。
「そういえば、蒼生、あった?」
冬矢の声に、ぼーっとしていた蒼生はぱちぱちと瞬きをして、しゃんとした表情に戻る。ちぇっ。
「あ、うん。すぐ近くのとこはいっぱいだったけど、ちょっと歩いたよさそうなとこが空いてた。確認したら、ごはんも今からで大丈夫だって。……いいの?」
「いいの。ちゃんと予算残しておいたから」
また蒼生と内緒話して……。よく考えたら、オレがひとりで外の景色見てる間、こいつずっと蒼生とやりとりしてたんだよな。なあ、それってずるくねぇ?
「何の話ー?」
蒼生の髪に頬をすり寄せると、蒼生は慌てたように顔を上げる。ほっぺが当たる。可愛い。
「っと、健ちゃんを置き去りにしてるわけじゃないんだよ。びっくりの一環だから、言えなくて。……あのね、せっかくここまで来たから、泊ってこ?」
「えっ」
「あのね、そんなにすごいとこじゃないんだけど、ごはん美味しいんだって。地元海産物が盛りだくさんなボリューム満点ディナーが人気! って書いてあってね、僕が食べきれるかどうかはわかんないんだけど、」
「あ、蒼生……」
全部オレのためじゃん! 我慢できなくなって、その先はついキスでふさいじゃった。
「……人目があるんだけどな」
呆れたような冬矢の言葉にちらりと視線だけやると、向こうにいたカップルさんたちがさっと目をそらしたとこだった。んー、あっちもこっちもカップルだし、一緒、一緒。問題ないでしょ。
すっかりくたっとしてオレにもたれかかる蒼生の手に、指を絡ませる。
「だいじょぶ? 眠い?」
「んーん、平気」
言いながら胸元にすり寄ってくる。可愛いなあ……。
トリプルの部屋はそんなに広くない。でも最初に入った時、窓からかすかに山の緑と、その向こうに海が見えた。今はほぼまっくらで何も見えねえけど、きっと朝になったらいい景色なんだと思う。一般的にはぎりぎりとはいえ、大学生は休みに入ってる時期の夏の海でいきなり泊まれるなんて、ラッキーだったな。蒼生は部屋の広さよりも、ごはんのことを考えてここにしたんだって。たしかに種類がたくさんあって、どれもすっごく美味しかった。量も蒼生が食べきれないくらいで、オレにこっそり回してくれた。オレが誕生日だって知った係の人が小さいお菓子を持ってきてくれたのが嬉しかったな。その人の心遣いもだけど、なにより、
「今日、彼の誕生日なんです」
って蒼生が言ったことがめちゃくちゃ嬉しい。わかってる、ボーイフレンドの「彼」じゃなくて、代名詞のHeのほうな。だけど、知らない人にオレを「彼」って言ったのが、なんだかもう舞い上がるほど嬉しかった。
オレは蒼生の髪に顔をうずめる。いつもと違うシャンプーの香り。はあ……。好き……。
「今度さー、浴衣のとこ泊ろうぜ」
思わず言うと、蒼生と冬矢の視線が一斉にこっちに来た。
いや、だってさ。ここの、普通のパジャマじゃん。それはそれで可愛いよ、すそ足んない感じとか。だけど、浴衣のちょっとはだけるのとか、帯とくのとか、それ使うのとか、いろいろやりたいことがあるんだよな。絶対えっちじゃん。
腕の中で蒼生がもがく。
「きょ、今日はもう無理だよ?」
「し、しないしない! 出来るけど!」
「ひぇ」
隣のベッドの冬矢が冷たい目線を寄越す。
「逆にすごいよ。おまえが何を考えてるのか、言わなくても全部わかるからな」
褒めてんのか、けなしてんのか、どっちだ。
やめた、考えない。こいつの冷たい目より、腕の中のあったかいののほうがいつも常にどんな時だって大事だから。それに、どうせたぶん後ろのほうの意味で言ってんだろ。
「はあ……蒼生あったかい。幸せ。蒼生がオレのためにしてくれたんだと思うと、パジャマだって最高級の衣装だよ……」
「大袈裟だなあ」
くすくす笑うちっちゃい動きが気持ちいい。あー。
「でも、健ちゃんの言う通り、浴衣のとこいいよね。健ちゃんがしたいことはともかく、温泉入ってのんびりして、お土産屋さんをぶらぶらしたいな。いつか」
「だろ? オレ、蒼生と一緒に行きたいとことか、一緒に食べたいものとか、一緒にしたいこととか、してほしいこととか、たくさんあるからさ」
「へーえ。例えばどんな?」
「そうだなあ、誕生日がらみでベタなのだと、すっぽんぽんにリボン巻いて、蒼生がプレゼント! みたいな」
「は?」
おっ、蒼生と冬矢の声が揃った。
「……ちょっと考えさせて」
蒼生がふいっと明後日のほうを向く。いや冗談だってば。だけどさ、ロマンみたいなとこあるじゃん。見てみたいじゃん。絶対可愛いじゃん。
冬矢もなんだか遠い目をしてる。
「でも、それって漫画や絵の表現で見ることはたまにあるけど、現実にはどうなんだろうな」
「どうって?」
「バランスよく自分で巻くんだとしたら相当難しそうじゃないか?」
「んー。なるほど」
部活ん時、自分で包帯巻こうと思ったら、足はなんとかできたけど、腕はなー。利き腕じゃねえほうに巻いたってのに大変だったよ、結果ぐだぐだのゆるゆるで。そっか、さらっと笑顔でリボンぐるぐるの絵見るけど、苦労してたんだな。
……あれ、待てよ。
「そうだ、おまえがいるじゃん」
「は? 俺が?」
「そう」
「おまえのために?」
「うん」
「蒼生にリボンを巻けって?」
「バッチリじゃん」
「なにがバッチリだ、だったらおまえにやらずにそのまま貰っていくよ」
うわあ、そうなっちゃうか。
考え込んでた蒼生が困ったように首を傾げた。
「……ダメだ、僕の想像の限界超えてる。どう考えても相当なリボンの長さが必要だし、そもそもたぶん健ちゃんがイメージしてるリボンって幅が広くてリボンっていうより布だし……。準備がめちゃくちゃ大変だと思う」
へっ?
真面目に考えてたの? は? 可愛いが過ぎない?
「ちょ、健ちゃん、キツい」
ダメだこの子、可愛いが突き抜けてる……。
はあ、と冬矢が息を吐いた。
「蒼生のその反論もどうかと思うけどな。全身を巻くには長さが意外に必要だってこともわかっているみたいだし」
「え」
ほほう。
「ってことは、蒼生、興味なくもないな?」
「いやっ、えっと、物理的なことを考えただけで」
「わかったわかった、そうだよな、ベタなの蒼生も嫌いじゃないもんな! 全身が大変だってことなら、まずは小規模なとこから始めてみような! どこからイこうか?」
「と、冬矢ぁ、助けてぇ!」
ばたばたと伸ばされた蒼生の手を、隣からやってきた冬矢が引っ張ってオレから奪い取る。
「なにすんだよ」
「法定速度を超過したので助けに来た」
いつの間に制定されたんだ、それ。
ああ、急に胸元が寒い。
ほっとした様子で冬矢にもたれかかる蒼生が、何かに気が付いたように小さく手を叩いた。
「……そうだ、リボンで思い出したんだけど」
「ん?」
「ち、違う違う! 健ちゃんへのプレゼント! ごめんね、用意してたんだけど慌てて持ってくるの忘れちゃった。家に帰ったら渡すね」
これ以上ないプレゼントをもらったと思ってたのに。最初から、ちゃんと用意してくれてたって?
「……蒼生っ! だーい好き!!」
「わっ」
「ちょ」
オレは蒼生に向かって飛び込んだ。支えてた冬矢も一緒に、ベッドの上にどすんと倒れ込む。
「け、健ちゃん、重たいぃ……」
「蒼生はいいけどおまえは無理だっ……」
なんだ、今日ってすっげえいい運勢だったんじゃん。
そんで、それは、蒼生が運んできてくれたんだな!
まあ、あと、うん、冬矢にも感謝してる。
ありがと、蒼生。
ああ、オレの恋人、本っ当に、最高!
まず、全部の発端が、オレのミスな。これはしょうがねえ。全面的にオレが悪い。そこでへこんでても意味ないんだ。大事なのは、それを今後繰り返さないように注意することだと思う。
ただ、今日はそれで終わんなかった。全然関係ないとこでバイト仲間のミスがあって、さらにミスがいくつも重なって、それが奇跡のコラボレーションよ。もー、最終的には目も当てらんない状態になった。先輩のフォローで大事にはしないでもらったし、お客さんも許してくれたから、まあ、よかったっちゃあよかったんだけど。さすがにここまで続くと、今日の運勢最悪だったんじゃねえかって落ち込んでも無理ないよな。そういうの信じてないんだけど!
なあ、オレ、今日誕生日なんだぜ? それでこのズタボロ運勢はねえだろ!
あー。早く帰ろ。蒼生に会いたい。蒼生の顔が見たい。蒼生に癒されたい。蒼生、蒼生、蒼生。
玄関からまっすぐリビングに向かう。……あれ? 蒼生の姿がない?
「おかえり」
「ただいま、蒼生は?」
キッチンに立ってたのは冬矢だけだ。昼の片付けかなんかしてたらしい。いくら見渡しても蒼生の姿はない。寝室を覗いてもいない。
「おまえ手も洗わずに来たのか。蒼生なら、……。……ああ、うん、バイトのヘルプで呼ばれて夜まで戻らないよ」
「マジで……!?」
そこまで今日のオレって運勢最悪なのか? もし今朝星座占いとか見てたら「ざ~んねん!」とか言われちゃってたのか? 朝だって出るのが早かったから、蒼生の寝顔しか見れてないのに!
オレは荷物を放り投げる勢いで置くと、そのままソファに倒れるように飛び込んだ。
そもそもバイトのシフトは明日だったはずなんだ。どうしても外せない用事ができたからって頼み込まれて、それならしょうがないって思って交換したんだよな。ずいぶん急だけど、そういうことは誰にだってあるからお互い様だ。でも、やっぱそこからおかしくなっちまったと思う。まあ、誕生日だからって、まかないの時みんなが祝ってくれて、そこに関しちゃ嬉しかったよ。お茶で乾杯なんかしてさ。ああいい仲間に恵まれたなーって思った。
……でも。オレが一緒にいたいのは蒼生なんだ。蒼生~……。
ずっと静かだったキッチンから、急にカチャカチャと食器の音がする。
「で、何があったんだ」
なんだよ。冬矢がオレに事情聞くなんて珍しいな。別にこいつに話すことじゃないと思うけど、なんかしゃべったらすっきりしそうだし、まあいっか。
「それがさー……。オレのミスを皮切りに、ドミノ倒しみたいにあちこちでミス連発があって、ちょっとした騒動になっちまって。最初に自分が失敗しなきゃ、誰もなんにも困んなかったんだよなって思うと……あー……ってなってるとこ」
「……たまに、全部が裏目に出てしまう日はどうしたってあるからな」
「それが今日来るなんて思わねぇじゃん……」
「そりゃあそうだろう」
作業を終えたらしい冬矢が、キッチンから出てくる。で、ソファの横に置いた紙袋に目を留めた。オレが置いたやつだ。
「……これは?」
「なんか、オレが今日誕生日だって知ったバイト仲間の子がくれた」
「ふーん。なるほど。もともとおまえはバイトの予定じゃなかったんだから、その子はおまえが来るなんて知らなかったはずだろうにな」
……あー。冬矢の言いたいことはわかる。実はオレもうすうす感じてた。
「やっぱりそういうことなんかな? たしかに、なんとなーくオレに気ぃありそうな感じなんだよなー……」
「仕組まれたかもな」
たしかに、シフト交換してくれって言ってきたの、あの子の友達だったっけ。オレには蒼生がいるのに。蒼生しかいらないのに。だってオレ、ちゃんとバイト先で「恋人います」って宣言してるんだぜ? そういうのって考慮されねえの?
「知ったら蒼生が気に病むぞ」
「あああ……。ごめん蒼生、食べ物だったし、突き返すのも角がたつから……。って目の前にいなきゃ言い訳もできねぇ! 今すぐ会って全力で言い訳したい! ただその前にまずこのへこんだ心を蒼生に癒やされないと無理ー……」
オレは改めてクッションに顔を埋めた。頭の上で、息を吐く音がする。
目を上げると、携帯をポケットに押し込む冬矢の姿が見えた。
「ちょっと気晴らしにでも行くか?」
「おまえと?」
「たまにはいいだろ」
へえ。ホントにどうしちゃったんだ。オレのこと気遣ってくれんの? 冬矢がオレにそんなこと言い出すなんて、嵐の前触れとかじゃないよな。
とはいえ、こいつとはなんだかんだで付き合いが長い。最初は蒼生にまとわりつく邪魔な奴だと思ってたけど、色々あってこうやって一緒に暮らすようになってみると、なんか普通にいい奴だと思う。ライバルっていうか、もう、友達みたいな感じ。だからって蒼生を渡すつもりはねえけど。
「少し遠出して、蒼生にお土産でも買ってこよう。おまえがそんな状態で家でうじうじしてたら、戻ってきた蒼生が気にするだろ」
……んー、ちょっとだけ撤回。オレのこと考えてくれてたんじゃなくて、蒼生のこと考えてたのな。そんで、オレにはきっかり棘のある物言いするしな。冬矢の頭の中って、マジで蒼生のことしかないんじゃねえか?
そんなわけで、オレと冬矢はふたりで出かけることになった。蒼生がオレじゃなくて冬矢にだけ伝えてたことにもショック受けたけど、「バイト中のおまえに心配かけられないからだろう」と言われて納得した。蒼生、優しい。
なにやら既に目的地を決めているらしい冬矢は、さっさと普段乗らないほうの路線に向かう。こいつ、決断早いからなあ。何か提案してくる時って、大体頭の中に結論が出てることが多いんじゃないかな。だから、“提案”っていうより“説得”に近いなって思うことがある。ケンカしてるとわかるんだけど、こいつ、自分の結論に対してものすごく頑固だ。こうと決めたら動かねえっていうか。まあ、頭のいいこいつが考えて出す結論だから、大体それに従って困るような結果にはなんねえんだけどな。つまりオレ的に絶対困る、って話じゃなきゃ、こいつの言い分を信じて間違いはないってことだ。
「どこまで行くんだ?」
「終点」
さらっと言ったな。しかも携帯弄りながらさ。終点? 結構遠くね? なのに乗ったのは各駅停車だ。特急もあるのに。変なの。んー、でも、別にいいのか。初めて乗る電車だし、外の景色見るのも悪くないもんな。
ってか、中心部のほうに向かわなきゃ繁華街に行けないと思ってたけど、遊べそうなとこなら、こっち側にもありそうじゃん。むしろオレたちが地元で遊んでたあたりと同じ感じがする。へー、面白そうだ、今度改めて探索してみよう。最寄り駅にも施設はいろいろあるけどさ、せっかく住んでるんだから足伸ばしてあちこち行ってみたい。そうだよな、つい生活のことばっか考えちゃってたけど、レジャー施設もちゃんと探さなくちゃ。夏休みだし、どっか遊びに行きたい。家もいいけど、外でもデートしたい。もっともっと、蒼生とやりたいことがたくさんある。
……お。携帯が震えた。何だ? あ、バイト先の子からだ。またシフト替われって話かな? あれ、違うっぽい。ん? え。ええー……。マジかよ……。
「またトラブルか?」
画面を眺めて息を吐くと、それまで黙ってた冬矢が同情の視線を寄越す。
「……トラブルじゃねえんだけど、……んー、ある意味トラブルなのかなあ……。この前、バイト先に提出する書類忘れて、蒼生に届けて貰ったんだけどさ。その時対応してくれた子が、なんか頻繁にメッセージ送ってくるなって思ってたら、急に蒼生の連絡先教えろって……」
「あぁ……。結構なトラブルだな……」
蒼生、めっちゃくちゃ可愛いんだから。すっごく綺麗な顔してるんだから。そのうえ柔和な態度と穏やかな口調と優しい笑顔で、そんなの、みんな好きになっちゃうじゃん。なのに蒼生は、全然そんなふうに思ってないんだ。当たり障りなく対処してるつもりなんだってさ。他人の好意が苦手だからそういうふうにしてるって言うけど、それ、マジ、逆効果だからな!
「あー、もー、なんだってあんなに無自覚なのかな……」
「蒼生の自信のなさは根深いね」
自信がない、か。昔からあれだけ他人に「好き」を伝えられてたのに、蒼生は絶対信じなかった。ずっとそうだったから、そういう気持ちの存在を認めた今でも、やっぱり疑ってかかっちゃうのは蒼生自身どうしようもないらしい。そう考えると、あの時、オレたちがぶつけた「好き」をよく受け止めてくれたよなぁ。
ん? 冬矢が何か考え込んでるみたいだ。
「なんだよ」
聞くと、迷ってるふうに視線をそらして、それからオレをちらりと見た。
「……これはあくまでも俺の推論なんだけど。聞くか?」
「なんだよ勿体ぶって。聞くわ」
冬矢はそれでもやっぱり迷うように、推論なんだけど、という言葉をもう一度言った。
「俺もずっと考えてたんだ。なんで蒼生が、あんなにも頑なに、自分のことを好きになる人なんていないって思い込んでいるのか。これまで、蒼生に好意を抱く人間なんて掃いて捨てるほどいただろ。それを打ち消す強い思いの根源は、必ずあるはずだ。……で、俺が出した答えは、健太が原因なんじゃないかってことだ」
え?
「オレのせい?」
とっさに出たオレの言葉に、苦笑いで冬矢が首を振る。
「おまえが悪いわけじゃないから、“せい”っていうのは違うな。ましてや蒼生が悪いわけでもない」
「んー?」
「順を追って説明すると。まず、蒼生は、何故か家族の中で浮く存在だったんだよな」
「ああ、なんでだかそんな感じだったな。蒼生のおばさんが、なんだろ、蒼生のことがちょっと苦手? みたいな感じで。それに全員がなんとなく従ってる感じ?」
オレも実はよくわからない。家から離れて思い返してみると、なんかそんな感じがあったなって気がするくらいだから。たしかに、おばさんの機嫌が悪くなると2家族全体の雰囲気が悪くなるから、出来るだけ同調しておこうみたいな空気はすごくあったように思う。こう兄くらいだったんじゃないかな、いつからかその状態からひょこっと抜け出して、何にも気にしないようになったのは。
「その中で、健太はずっと蒼生のそばにいたわけだ」
「あの頃はそんなの全然気付かなかったしな。オレは、ただ、蒼生から離れたくないとしか思ってなかったし」
「そうだな。そんなふうに、唯一そばにいたのがおまえで。何があっても離れなかったのもおまえだけだった。普通は家族から得るだろう、好かれている、ここにいてもいいんだという実感……自己肯定感って言ってもいいのかな。それを、きっとおまえだけから得ていたんだ」
「……つまり?」
「蒼生にとって、一番自分のことを好きでいる存在はおまえだったってことだよ。蒼生は自覚がなかったにせよ、心のどこかでおまえに好かれて当然だと思っていたはずだ。だが、おまえには他にたくさん友人がいたし、彼女もいたよな」
う。はい。それは、事実だから、否定しようもない。
「世界中で、自分のことを一番好きだと思っているのは健太のはずだ。そのおまえが自分を一番に好きじゃない。だとすれば、自分のことを好きになる人間がいるはずはない。……少し強引だが、こういう図式」
「はー……。なんかしっくりくるな」
「あくまでも俺の考えだから、あんまり真に受けられても困るんだが。それが最も説明がつくような気がするんだ」
すげえな、さっき蒼生のことばっか考えてるって悪態ついちまったけど、そういうところまで考えてるんだな。あれか、原因から問題を解決するってやつか。
そっかあ、蒼生はずっとオレに好かれたかったんだ。オレにずっと一緒にいてほしかったんだな。なんだ、そういうことか。そう考えると、……あれ?
「じゃ、今って、好き合って一緒にいる状態なんだから、正解じゃん。それって、蒼生が望んでたことが叶ったってことじゃねえの? ってことは、いつか蒼生も素直に好意を受け止められるようになるってことだよな!」
だって、蒼生が大好きなオレが、蒼生に大好きって伝えてるんだから。一番が底上げされたんだ、そこより下でも好かれることはあるんだなってきっと思えるよな。たくさんの好きに囲まれて、その頂点にオレがいるのかー。そうかー。
冬矢は一瞬ぽかんとした顔をして、今度は普通に笑った。
「……まあ、そこまで単純な事態かどうかは別として。おまえはそれでいいんだと思うよ。ただ、もっと自覚を持って蒼生を大事にするべきだと思うし、俺もそうするつもりだ」
自覚か。具体的になんだって聞かれたらわかんねえけども、オレはちゃんと蒼生のこと大好きだから、大丈夫だ。うん。
「それにしても、考えれば考えるほど、蒼生を構成しているのがおまえの存在だと思うとちょっと悔しいな」
ん? なんだそりゃ。
「だけどさ、おまえに蒼生をかっ攫われそうになんなきゃ気付かなかったんだから、今の蒼生にはおまえの存在も大事ってことなんじゃねえの?」
そう言ったら、なんか複雑そうな顔してた。変な奴。だって、蒼生、おまえのことだってめちゃくちゃ好きじゃん。それに冬矢がいなきゃ、蒼生の望む生活なんて送れてなかっただろうからなぁ。
終点の駅は、名前だけはよく聞く海の近くだった。反対側のホームには人がいっぱいいたけど、もうすぐ日が落ちる時間だし、これから海に行こうってのはあんまりないみたいだ。でもゼロってわけじゃないんだな。見てると、ちらほらいるっぽい。
けど、駅からほぼ直結で海岸を見下ろす高台に上る階段があって、冬矢はそっちに行けって言う。海に行くんじゃないのか。なんでだろと思いつつ、オレはその階段を駆け上った。どんどん空しか見えなくなる感じが気持ちいい。それで、一番上まで行くと、今度はぐわっと下のほうに広がる海が目に飛び込んできた。
「うっわ。広っ!」
すげえ解放感。ここまで離れちゃうと、波の音とかそういうのは聞こえないけど、まだ海岸で遊んでる人たちとか、サーフィンやってる人たちとかがたくさんいるのがわかる。いいな、気持ちよさそうだな。蒼生と一緒に泳ぎたいな。ああ、でも誘っても断られるかな。暑いの苦手だし、人がたくさんいるのも得意じゃないもんな。それに、水着はなあ。蒼生の綺麗な肌、他の奴らに見られたくないもんな。海岸デートはどうだろ。んー、やっぱり暑いかあ。だけど水辺で遊ぶくらいなら、きっと人目につかない裏側もあったりするから、そういうとこでこっそり一緒に遊べないかな。下がダメなら、こういう高台とかでもいいんだ。海が見えててさ、そう、こんなふうに薄暗くなってきてて。あの辺に何組かいるカップルみたいに、手を繋いで暮れていく空を眺めちゃったりしてさ。いいな。
「あー……やっぱ蒼生と一緒に来たかった」
「まあ、そうだろうな」
冬矢の声が後ろのほうで聞こえる。だろ、おまえだって不本意だろ。だよなー。蒼生ぃ。
そこに、軽やかに走ってくる音がした。冬矢の声のほうからで、え、あいつが走ってくることなんてある? 怪奇現象でも起きたかと思って振り返ると、
「けーんーちゃんっ!」
えっ?
えっ……えっ?
蒼生の可愛い顔がすぐそこに迫ってきてて、え?
抱きとめると、ふんわりと甘い香りがした。綿菓子みたいな。
「あー……れ? え?」
しがみついてにこにこ笑ってる蒼生。上ってきた階段のほうを見ると、冬矢がにやにや笑ってた。え?
「ふふふ。お誕生日おめでとう!」
「ありがと……。え? どうしてここに?」
「サプライズだよ。くす玉割るみたいな感覚味わってもらいたくて。びっくりした?」
「おお、びっくりした……。けど、でも、……嬉しい!」
改めて腕の中の可愛いのをぎゅっと抱き締める。背中に回ってくる手が嬉しくて、なんか、今日起きたことの全部がぶっ飛んだ。ええー……好き……。
でもやっぱ仕組みがわかんねえ。なんで?
「いつの間に、こんなの考えてたの?」
「冬矢がね、今ならサプライズ成功できるよって教えてくれたから。急遽こういうことになったんだ」
オレが帰ってから考えたってことか。マジか。
してやったりの顔をして、冬矢がオレたちのとこまで来る。
「健太がいつも通り物音に敏感で、ちゃんと手を洗ってたら成立しなかったな」
「じゃ、蒼生、ずっと家にいたの?」
「うん。シャワー浴びてた。そしたら携帯に冬矢から連絡があって、健ちゃんが落ち込んでるからびっくりさせて励まそうって言ってくれたんだ」
「へえ?」
「……俺が言ったのは驚かせようってところまでだよ」
「でもそういうことでしょ?」
なるほどそういうことか。たしかに、なんかもうとにかく蒼生ーって気持ちでリビングに行っちゃったから。そういや思い返してみると、冬矢の奴、家出る時やたら洗面所から遠ざけようとしてたな。ずっと携帯いじってたのも、蒼生とやりとりしてたのか。そう考えると、各駅停車の電車も説明つくわな。準備して後から来る蒼生が追いつけるようにってことだろ。うわー、あのちょっとの時間でこれだけ計算してたのかよ。すげえな。
「そうだ」
ぽつんとつぶやいた蒼生が、すっと手を伸ばす。あれっと思ってると、その手をオレの頭に乗っけた。わ。
「今日、大変だったんだよね。お疲れ様、健ちゃん」
そのまんま、ぽんぽん、と撫でてくれて。あっ、なんか、心臓らへんがぎゅっとする。ヤバい。可愛い。溢れる。
それを言いに、きっと、ここまで。
ずっと思いながら。
あー、もう!
「……っ、蒼生! 愛してるっ!」
「!」
ぱっと蒼生が顔を上げた。きらきらした瞳が、まっすぐオレを見る。
「嬉しい……! 僕も!」
首に手が回るから、求められるまま、蒼生にキスをした。そうすると、腕にぎゅっと力が入ってくるのがさらに愛おしくて、オレも腕に力を籠める。
ああ。
どうにかなっちゃいそうだ。
と、ごほん、と咳払いが聞こえた。なんだよ。めっちゃいいとこなんだぞ!
「……んだよ、せっかく蒼生とふたりきりを楽しんでるのに」
「ふーん……」
「いいだろ、そういうことにしといてくれても!」
「させるか」
このタイミングでやきもちかよ! お膳立てしてくれたんじゃなかったのかよ! ったく、ちょっと見直したのになぁ。でもま、ここで冬矢が引いたら気持ち悪いもんな。そうだよな。じゃあいいのか。
「そういえば、蒼生、あった?」
冬矢の声に、ぼーっとしていた蒼生はぱちぱちと瞬きをして、しゃんとした表情に戻る。ちぇっ。
「あ、うん。すぐ近くのとこはいっぱいだったけど、ちょっと歩いたよさそうなとこが空いてた。確認したら、ごはんも今からで大丈夫だって。……いいの?」
「いいの。ちゃんと予算残しておいたから」
また蒼生と内緒話して……。よく考えたら、オレがひとりで外の景色見てる間、こいつずっと蒼生とやりとりしてたんだよな。なあ、それってずるくねぇ?
「何の話ー?」
蒼生の髪に頬をすり寄せると、蒼生は慌てたように顔を上げる。ほっぺが当たる。可愛い。
「っと、健ちゃんを置き去りにしてるわけじゃないんだよ。びっくりの一環だから、言えなくて。……あのね、せっかくここまで来たから、泊ってこ?」
「えっ」
「あのね、そんなにすごいとこじゃないんだけど、ごはん美味しいんだって。地元海産物が盛りだくさんなボリューム満点ディナーが人気! って書いてあってね、僕が食べきれるかどうかはわかんないんだけど、」
「あ、蒼生……」
全部オレのためじゃん! 我慢できなくなって、その先はついキスでふさいじゃった。
「……人目があるんだけどな」
呆れたような冬矢の言葉にちらりと視線だけやると、向こうにいたカップルさんたちがさっと目をそらしたとこだった。んー、あっちもこっちもカップルだし、一緒、一緒。問題ないでしょ。
すっかりくたっとしてオレにもたれかかる蒼生の手に、指を絡ませる。
「だいじょぶ? 眠い?」
「んーん、平気」
言いながら胸元にすり寄ってくる。可愛いなあ……。
トリプルの部屋はそんなに広くない。でも最初に入った時、窓からかすかに山の緑と、その向こうに海が見えた。今はほぼまっくらで何も見えねえけど、きっと朝になったらいい景色なんだと思う。一般的にはぎりぎりとはいえ、大学生は休みに入ってる時期の夏の海でいきなり泊まれるなんて、ラッキーだったな。蒼生は部屋の広さよりも、ごはんのことを考えてここにしたんだって。たしかに種類がたくさんあって、どれもすっごく美味しかった。量も蒼生が食べきれないくらいで、オレにこっそり回してくれた。オレが誕生日だって知った係の人が小さいお菓子を持ってきてくれたのが嬉しかったな。その人の心遣いもだけど、なにより、
「今日、彼の誕生日なんです」
って蒼生が言ったことがめちゃくちゃ嬉しい。わかってる、ボーイフレンドの「彼」じゃなくて、代名詞のHeのほうな。だけど、知らない人にオレを「彼」って言ったのが、なんだかもう舞い上がるほど嬉しかった。
オレは蒼生の髪に顔をうずめる。いつもと違うシャンプーの香り。はあ……。好き……。
「今度さー、浴衣のとこ泊ろうぜ」
思わず言うと、蒼生と冬矢の視線が一斉にこっちに来た。
いや、だってさ。ここの、普通のパジャマじゃん。それはそれで可愛いよ、すそ足んない感じとか。だけど、浴衣のちょっとはだけるのとか、帯とくのとか、それ使うのとか、いろいろやりたいことがあるんだよな。絶対えっちじゃん。
腕の中で蒼生がもがく。
「きょ、今日はもう無理だよ?」
「し、しないしない! 出来るけど!」
「ひぇ」
隣のベッドの冬矢が冷たい目線を寄越す。
「逆にすごいよ。おまえが何を考えてるのか、言わなくても全部わかるからな」
褒めてんのか、けなしてんのか、どっちだ。
やめた、考えない。こいつの冷たい目より、腕の中のあったかいののほうがいつも常にどんな時だって大事だから。それに、どうせたぶん後ろのほうの意味で言ってんだろ。
「はあ……蒼生あったかい。幸せ。蒼生がオレのためにしてくれたんだと思うと、パジャマだって最高級の衣装だよ……」
「大袈裟だなあ」
くすくす笑うちっちゃい動きが気持ちいい。あー。
「でも、健ちゃんの言う通り、浴衣のとこいいよね。健ちゃんがしたいことはともかく、温泉入ってのんびりして、お土産屋さんをぶらぶらしたいな。いつか」
「だろ? オレ、蒼生と一緒に行きたいとことか、一緒に食べたいものとか、一緒にしたいこととか、してほしいこととか、たくさんあるからさ」
「へーえ。例えばどんな?」
「そうだなあ、誕生日がらみでベタなのだと、すっぽんぽんにリボン巻いて、蒼生がプレゼント! みたいな」
「は?」
おっ、蒼生と冬矢の声が揃った。
「……ちょっと考えさせて」
蒼生がふいっと明後日のほうを向く。いや冗談だってば。だけどさ、ロマンみたいなとこあるじゃん。見てみたいじゃん。絶対可愛いじゃん。
冬矢もなんだか遠い目をしてる。
「でも、それって漫画や絵の表現で見ることはたまにあるけど、現実にはどうなんだろうな」
「どうって?」
「バランスよく自分で巻くんだとしたら相当難しそうじゃないか?」
「んー。なるほど」
部活ん時、自分で包帯巻こうと思ったら、足はなんとかできたけど、腕はなー。利き腕じゃねえほうに巻いたってのに大変だったよ、結果ぐだぐだのゆるゆるで。そっか、さらっと笑顔でリボンぐるぐるの絵見るけど、苦労してたんだな。
……あれ、待てよ。
「そうだ、おまえがいるじゃん」
「は? 俺が?」
「そう」
「おまえのために?」
「うん」
「蒼生にリボンを巻けって?」
「バッチリじゃん」
「なにがバッチリだ、だったらおまえにやらずにそのまま貰っていくよ」
うわあ、そうなっちゃうか。
考え込んでた蒼生が困ったように首を傾げた。
「……ダメだ、僕の想像の限界超えてる。どう考えても相当なリボンの長さが必要だし、そもそもたぶん健ちゃんがイメージしてるリボンって幅が広くてリボンっていうより布だし……。準備がめちゃくちゃ大変だと思う」
へっ?
真面目に考えてたの? は? 可愛いが過ぎない?
「ちょ、健ちゃん、キツい」
ダメだこの子、可愛いが突き抜けてる……。
はあ、と冬矢が息を吐いた。
「蒼生のその反論もどうかと思うけどな。全身を巻くには長さが意外に必要だってこともわかっているみたいだし」
「え」
ほほう。
「ってことは、蒼生、興味なくもないな?」
「いやっ、えっと、物理的なことを考えただけで」
「わかったわかった、そうだよな、ベタなの蒼生も嫌いじゃないもんな! 全身が大変だってことなら、まずは小規模なとこから始めてみような! どこからイこうか?」
「と、冬矢ぁ、助けてぇ!」
ばたばたと伸ばされた蒼生の手を、隣からやってきた冬矢が引っ張ってオレから奪い取る。
「なにすんだよ」
「法定速度を超過したので助けに来た」
いつの間に制定されたんだ、それ。
ああ、急に胸元が寒い。
ほっとした様子で冬矢にもたれかかる蒼生が、何かに気が付いたように小さく手を叩いた。
「……そうだ、リボンで思い出したんだけど」
「ん?」
「ち、違う違う! 健ちゃんへのプレゼント! ごめんね、用意してたんだけど慌てて持ってくるの忘れちゃった。家に帰ったら渡すね」
これ以上ないプレゼントをもらったと思ってたのに。最初から、ちゃんと用意してくれてたって?
「……蒼生っ! だーい好き!!」
「わっ」
「ちょ」
オレは蒼生に向かって飛び込んだ。支えてた冬矢も一緒に、ベッドの上にどすんと倒れ込む。
「け、健ちゃん、重たいぃ……」
「蒼生はいいけどおまえは無理だっ……」
なんだ、今日ってすっげえいい運勢だったんじゃん。
そんで、それは、蒼生が運んできてくれたんだな!
まあ、あと、うん、冬矢にも感謝してる。
ありがと、蒼生。
ああ、オレの恋人、本っ当に、最高!
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