高原 風音

ふんわりいちゃ甘な創作BL小説をメインで活動しています!
基本的にはハピエン厨というより、ハッピーに始まりハッピーに進んでハッピーに終わる、一言で言うと“始終ハッピー主義”。
主にPixivで作品を発表しており、こちらには順次再掲を行っております。現在執筆中のシリーズは3人組のゆるふわいちゃあまラブ『僕+君→Waltz!』(R-18あり)。完結済みのシリーズには、自由奔放な少年がハッピーエンドを迎えるまでのお話『初恋みたいなキスをして』(R-18)があります。
そのほか、ちまちまと短編BLを書いたりしています。
また、ここでは紹介しませんが、ファンタジー?ふうのシリーズ『碧色の軌跡』(完結済み・恋愛要素なし)やオリジナル短編などもあったりしますので、興味がありましたらぜひ。
二次創作もぼちぼちやっております。

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投稿日:2024年03月11日 22:05    文字数:13,776

42こ目;謎の2人の関係は?

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本当になんなんでしょうね?
細かい言い争いの絶えない、健太と冬矢の奇妙な関係のおはなし。
不毛なやりとりを間で毎日聞いている蒼生の心中やいかに。
コメディ回です。

↑初公開時キャプション↑
2022/03/11初公開
https://pictbland.net/users/series/kazanet-tk/%E5%83%95%EF%BC%8B%E5%90%9B%E2%86%92Waltz%EF%BC%81
1 / 1
 これはとある大学の話だ。
 種々様々な学部が存在する構内には、学生が溢れるほど在籍している。つい最近のことだが、ある学部棟付近でよくセットで見かけるイケメン2人組がいる、と女子学生の間でひそやかに話題が広まりつつあった。この手の噂というのは、新入生が入る時期にはわりと定番の話だ。が、今回のケースでは学部が違うらしきその2人に接点が見当たらないことから、よりいっそう一部の女子たちの興味を掻き立てているようだ。
 今回は、周囲が訝しがる、その2人の奇妙な関係のお話。

 主な建物が隣同士に配置された学部に在籍するその2人の素性は、特に隠されているわけでもないのですぐに割れた。具体的には、仲間内のある女子が、サークルで仲良くなった子の中に噂の片方と同じ授業を受けている人がいるらしいと聞いたので、話題を振ってみたところ、即「知ってるよ」との反応があったことで判明した。もうひとりも同じようなルートですぐにわかった。どうやら彼らは単体でも目立つ存在のようだった。
 どちらも人当たりがよさそうな感じだったが、より高嶺の花感のあるほうが笹原冬矢、明るく爽やかなほうが寺田健太というらしい。
 それがわかった数日後、早速彼女たちは2人のところへ話しかけに行った。いざ接触してみると、彼らは噂通りに話しやすい人たちだった。邪険に扱われる気配もなく、かといってがつがつ来る感じもない。女性の扱いに慣れているというか、ちょっとやそっとではなびかない雰囲気がある。それで諦める子たちもいたが、そこがいいとさらに距離を詰めていく子たちもいた。
 今日も、2人は学部棟脇にあるカフェのテラス席にいた。真剣な顔で何かを話し合っているような彼らを見つけた女子4人組は、そっとカフェの中に入って各々飲み物を注文すると、何気ない様子を装ってテラスに出た。
「あ、笹原くんと寺田くんだ。おつかれー」
 声をかけられた2人はぱっと顔を上げ、冬矢がにっこり微笑み、健太が顔の横まで上げた手を振る。
「おつかれー。今日もおそろいで、これから授業?」
「次が空きで、その次なの」
「だから甘いの補給しに来たんだよね。ここ座ってもいい?」
「どーぞどーぞ」
 健太が隣の椅子を引く。声をかけた女子学生がそこに座り、他の子たちも思い思いの席に座ると、すぐさま、ずいっと2人に詰め寄る。
「ねえねえ、寺田くん、課題やった? ここがわかんないんだけど」
「おー、なんとかな。でもこっちのほうがそのへんは詳しいと思うよ。教養科目だし」
「じゃあ笹原くん教えてー」
「出てる授業違うから、俺で役に立てばいいんだけど」
 言いながら、健太も教科書にちゃんと向き合ってくれる。冬矢もきちんと話を聞き、答えを考えてくれた。真面目でいい人たちだとつくづく思う。
 けれどせっかくのチャンスだ、そこで終わるつもりはない。
「笹原くんと寺田くんて、なんで仲いいの? 学部も違うのに。もしかしてどっかサークルに入ってるとか?」
 健太の隣に座った子が切り出す。残り3人は、はっと息を飲んだ。プライベートなことかもしれないし、と誰もがなんとなく遠慮していた話題にとうとう踏み込んだ、と身を乗り出すような心持ちで耳を傾ける。
 そんな空気は気にも留めず、ああ、と健太が笑う。
「オレらね、中学と高校一緒だから」
「えー!」
 反応がハモる。にこにこ笑う健太と苦笑気味の冬矢を見比べ、それから4人は顔を見合わせた。
「あれ、寺田くん地方だって言ってなかったっけ」
「そうだよ。あ、別にこいつと同じ大学目指したとかそういうわけじゃないから、誤解しないでな」
 そう言われても、同じ高校を受験して、さらに同じ大学を受験したという事実はあるわけで。
「はー、だから仲良しなんだぁ」
「あはは、仲良くないって」
「またまたぁ。それだけつるんでて仲良くないわけないじゃん!」
 ね~、と4人は頷きあう。
 そこで再び彼女がぐいっと前に出た。
「仲いい男の子同士って、ノリでちゅーしちゃったりするでしょ。ね、したことある?」
「きゃー!」
「ちょっとぉ!」
 わあっと盛り上がる女子たちに、健太は思わずきょとんとする。そのまま話の内容を把握できずにいると、冬矢が小さく笑った。
「そうだね。とはいっても間接キス止まりだけど」
「きゃー!」
 そこでようやく健太の思考も追いつく。
「……おいおいおいおい、せいぜい回し飲み程度だろ、なんでわざわざ誤解招く言い回しすんだよ」
 呆れたような健太に、女子からは「えー」という抗議の声があがる。
「そもそも、オレたちには可愛い可愛い恋人がいるんだから。こいつとちゅーとか、ないない」
「なーんだ、そうなの~?」
「いや、なんでがっかりするのかな?」
 その時、テーブルの上に置いたままの健太と冬矢の携帯が、同時にブブッと短い音を立てた。はっと2人が反応する。先に冬矢が手に取り、画面を確認した。
「健太、そろそろ」
 頷いた健太は、荷物を持って立ち上がった。
「ごめん、オレたち用事あるんで行くわ」
「うん。あ、今度合コンやるから寺田くんたちも来てね!」
「だぁかぁらぁ、恋人いるんでぇ。間に合ってまーす!」
「あはは、息抜き息抜き!」
「し、ま、せーん!」
「ばいばーい」
「じゃあね」
 賑やかな笑い声に手を振り、先に歩き出した冬矢の後を追うように健太も足を速めた。
 学部棟の角を曲がり、カフェが見えなくなると、健太は大きく息を吐いた。
「……すげえなー、好き勝手言われてるわ」
 天を仰ぐ冬矢、こちらの息も深い。
「普通は、男相手の彼氏同士、とは思われないだろうからな」
「なんか言葉にすると、オレたちって奇妙な関係だなぁ」
 冬矢は同意を込めて健太をちらりと見た。健太がその視線を受けて眉をひそめる。
「でも何がアレって、おまえとアヤシイ関係だと思われんのが一番シャクなんだけど」
「俺だって気分悪い。とはいえ、そうだとはっきり言いきった覚えはないから大丈夫だろ」
「まあなー。けどさ、いろいろ想像はされちゃうじゃん」
「事実と違う、ただの憶測が飛び交うことくらいなんともないさ。それが出回っている限り、蒼生との関係に注目されることは減るんだから」
 はっと健太は一瞬足を止めた。
「そういうことか」
 噂されているのが男2人の妙な関係、ということになれば、それだけで情報量が多い。そこに登場人物を加えようとは思われないのではないか。冬矢が期待しているのはそういうことだ。
「……俺は、蒼生の盾になりたいんだ」
「ずいぶん攻撃力の高ぇ盾だな」
「あはは、いい誉め言葉だ。そのためなら、おまえと交際しているなんて酷い汚名を着せられても耐えられるよ」
「うん、おまえってホント、さりげなくこき下ろすの上手だよ」
 やがて管理棟の向こうに正門が見えてくる。相変わらず人の流れは地元の繁華街くらいありそうだ。
「それにしても、間接キス止まり、とは上手く言ったもんだな」
 しみじみ健太が呟くと、冬矢はふっと笑う。
「間に蒼生を挟むって意味だからね」
「でなきゃ無理だわ」
 飲み物を回す時は、必ず蒼生を通す。ペットボトルやストローはもちろん、飲み口を変えられるコップでさえ蒼生に一口飲んでもらう。お互い直接渡すことは絶対にない。あの蒼生が珍しく真面目なトーンで「めんどくさい」と呟くほどだが、なんとなくけじめとして、どちらからも譲れなかった。
「あ」
 健太が声を上げる。
 少し先にある建物の陰から足早に出てきた蒼生が、はっとこちらに気付き、ふんわりと笑う。
「はー。このまま抱っこして持ち帰りたい……」
「気持ちはわかるが目立つだろ」
 軌道を変えて走り寄ってくると、蒼生は申し訳なさそうに小さく頭を下げた。
「待たせちゃってごめんね」
「ううん、コーヒー1杯飲み干す程度だったよ」
「蒼生に会えると思ったら、待つ時間なんて大したことないし」
 ふたりが笑い、つられたように蒼生も微笑む。
「さて、今日のお買い物の目玉はなんなの?」
「卵のタイムセールがあって、米と調味料が安い」
「ははあ、大部分オレに抱えさせるつもりとみた」
「それはともかく、せっかくだから今夜はごはんメインにしようか。何が食べたい?」
「カツ丼とか親子丼とか、あー、でもおまえのチャーハン美味いんだよなあ」
「ピラフとか、炊き込みご飯……」
「いいね」
 盛り上がりながら、3人は駅の方向に歩いていく。
 蒼生は、文句を言おうとした健太と、それをさらりとかわして見事に話題を変えた冬矢の顔を見つめる。
「ふたりの何気ないやりとりが好きなんだよなあ」
 こっそり呟いて、ふふっと笑った。


 たとえばそれは、ある日のこと。
 蒼生はキャベツとじゃがいもとバナナが入った手提げ袋を揺らしながら帰路についていた。バイト先のベテランの女性が、おすそ分けと言ってどっさり渡してくれたものだ。おしゃべりで聞き上手の彼女は、蒼生の身の上と、同い年の同性ふたりと一緒に暮らしていることをあっという間に聞き出すと、時々こうして親戚が送ってくれた野菜や作りすぎた総菜を差し入れしてくれるようになった。話によれば、今年就職で地方に配属された息子がいるのだそうで、そのロスのせいか同世代の蒼生をつい可愛がってしまうらしい。申し訳ない気もしているが、正直ありがたいのもたしかなので、素直に厚意を受け取っている。
 まるごとのキャベツだ、どう料理しよう。冬矢に相談すれば、きっと美味しいごはんになる。たくさんあるじゃがいものいくつかはマッシュポテトにしたい。潰す時には健太が嬉しそうに手伝ってくれるはずだ。ふたりはどういう反応をするだろう。
 わくわくしながら玄関を開ける。自分のスリッパだけがきちんと並べて置いてあるので、ふたりは帰ってきているはずだ。リビングのほうを覗き見ると、電気がついていて、話し声が聞こえる。肩に覆いかぶさっていたものがふわっと消えた気がした。
「ただいま」
 ドアを開けると、ダイニングテーブルに向き合って座っていたふたりが同時に顔を上げる。
「おかえり」
「おかえりー」
 蒼生は、おや、と思う。テーブルの上にはただコップがふたつ。他には何もない。ただの話し合い? このふたりが? いったい何の話題で?
「あれ、その袋何?」
 目ざとい健太が重そうな袋に気が付いた。そしてぱっと立ち上がると、蒼生の手からそれを取る。
「おっも」
「また越野さんからいただいちゃった」
「へー。いい人だよなあ。……あっ、バナナがキャベツにフィットしてる」
「えっ、どれどれ。……ふふふっ。ほんとだ」
「オレ片付けとくから、手洗ってきなよ」
「うん、ありがと」
「キャベツか……ポトフにしようか。ロールキャベツもいいね。蒸し焼きにしてひき肉あんかけとか。それともたまにはお好み焼きにでもしてみる?」
「おっ。うん、お好み焼き、いいな!」
「俄然楽しみになってきた……。あとじゃがいもあるからマッシュポテト作りたいんだけど、潰すのを健ちゃん、」
「やる! あれ楽しいんだよなあ」
 食い気味に答え、にこにことキッチンに入っていく。蒼生はくすぐったいような気持ちで、洗面所に向かった。
 手を洗って、向こうの部屋の本棚に寄ってからリビングに戻ると、健太と冬矢は先程のポジションに戻っている。やけに真剣なので、あえて声はかけずに通り過ぎ、壁面収納の隣にある本棚に向かう。
「次、オレだっけ?」
「ああ」
「そうだなあ、ボックスティッシュ買った時、手に提げるんじゃなくて抱えて歩くとこ」
 ここの本棚には、3人がそれぞれ授業で使う教科書や参考書が並んでいる。自分の段に、今日使った教科書を戻す。
「困った時に、目線だけじゃなくて指先も一緒に泳ぐところ」
 ファイルをしまいかけて、中に連絡事項を書き込んだことを思い出す。班の打合せの時間が変わったのをプリントの端に走り書きしたまま、携帯のスケジュールに入れていなかった。
「本当に嬉しい時、足がぱたぱた動くとこ」
 スケジュール表に設定しておいた時間を探し、メモした通りに書き換える。
「外で目が合った時、一瞬だけとろけそうな顔をして、すぐに冷静さを保とうときりっとするところ」
 改めてファイルをしまい込む。
「最近で言ったら、味噌汁がちょっと濃かったこと。そのあと何度も好みを確認してくるの可愛かった」
 蒼生はいったん顔を伏せ、それから天井を仰ぐ。
「……ねえ」
 声をかけると、ふたりが「ん?」と蒼生を見る。
「あの。なんか嫌な予感がするから聞きたくないけど、でもやっぱ気になるから聞いちゃうんだけど、なにしてるの?」
「恋人の可愛いところを自慢する勝負」
「!?」
 しれっと健太。蒼生はかぁっと頬を赤くする。
「な、なんか心当たりがあると思った! なにそれ! なにそれ!」
「いや、だからー。表で堂々とイチャつけないし、これでもかって自慢したらボロが出そうだし、じゃあ喋っても大丈夫な相手には自慢してもいいんじゃねえかなって。オレが考えました」
「なにやってんの? って呆れていいのか、そんなに自慢してくれて嬉しい! って照れていいのか、本気で悩む……」
 蒼生が顔を両手で覆って立ち尽くす。冬矢はその腰を引き寄せ、自分の膝に乗せた。困ってちらりと目を上げると、冬矢はやはり戸惑ったように苦笑いしている。
「……健ちゃんならなんとなくわかるんだけど、まさか冬矢が乗るとは……」
「俺もそう思ったんだよ。でも、負けるのも嫌だったから」
 そうかなあ、と蒼生は首を捻った。なんだかんだで楽しそうだった気がするのだが。


 それからまた、ある日のこと。
 ベランダに出た蒼生は、風にゆらゆらと揺れる洗濯物を満足げに眺めた。手前の服に触れてみれば、もうすっかり乾いて、さらりと指先に気持ちいい。念のためすべてあちこち触ってみて、それからぱたぱたとはたく。奥に干してあるのは、健太と冬矢が昨日着ていた服だ。なんだかむずむずする。ので、つい、手を伸ばしてぎゅっとそれを抱き締める。柔軟剤の香りがほのかに鼻腔をくすぐった。深呼吸をして、それからちらりと窓を確認し、バレていないことを確認すると、手早くハンガーごと回収して部屋に戻った。
 部屋の中では、冬矢が本棚の前で参考書を開いていて、健太が冷蔵庫を覗いていた。姿が見えただけでほっとする。外に出ていた時間なんてほんの数分なのに。ちょっと恥ずかしくなって、蒼生は洗濯物を抱え直した。
 そのままソファにぽすんと座り、ハンガーから洗濯物を外していく。と、健太のシャツの胸元で目が止まった。干している時には気が付かなかったが、糸がほつれてボタンが取れかかっている。いったんそれを横に置いて他の服をたたみ、ひと段落着いたところで立ち上がる。たしか何色かの糸を針と一緒にして棚のどこかにしまっておいたはずだ。いくつか開けて見てみるが、見当たらない。どこに入れたかすっかり忘れてしまったらしい。
「僕、糸ってどこにしまったっけ」
 話しかけると、冬矢が首を傾げる。
「もうひとつ上の棚にしまってなかったかな。クリアのボックスだったよね。確かブルーの」
「そう、それ。えーっと……あった。ありがと」
「どこかほつれてた?」
「健ちゃんのシャツ、ボタンが取れかかってたから直しちゃおうと思って」
 ちょうどコップをテーブルに置いた健太が「え」と声を上げる。
「ごめん、気付かなかった。自分でやるよ」
「ううん、大丈夫、ひとつだけだし。それに、針に糸通すのに5分かかって、30秒に1回自分の指刺すの見てるくらいならやっちゃったほうが早いもん」
「あれは酷かった。先生げんなりしてたよな」
「ちょ、それ高校ん時の話じゃんか! 今は! きっと! たぶん!」
 蒼生に詰め寄る健太の勢いに、蒼生と冬矢は目を合わせて笑う。
「とりあえず今日のところは熱意だけいただいておくね」
 ついでに懐こうとする健太をするりとかわし、蒼生はその小さな箱をソファの前のローテーブルに置いてソファに座る。一応学校で使っていたのを3人分かき集めた裁縫箱もクローゼットにあるのだが、それを引っ張り出すほどではない時用に必要最低限のものを詰めた箱だ。念のためだったが、ようやく役に立った。
 すいっと容易に糸を通し、取れそうなボタンの糸を切る蒼生の手を、隣に座っておとなしく見つめていた健太だったが。
「あ」
 蒼生が針を刺した途端、急に声を上げた。
「ど、どうしたの。何か間違ったことしちゃった?」
 不安そうな顔をする蒼生に慌てて健太は首を振る。
「ごめん、そうじゃねえ。いや、今、突然に気が付いちゃってさ」
「なに?」
 何事かと身構える蒼生を、健太がやけに真剣な顔で正面から見据えた。
「オレ、蒼生の第2ボタンもらってない」
「は?」
 思わず声が裏返る。
 いつの話だ。
「オレのほうが先に告ったんだから、オレに権利があると思う」
「へ?」
 順番? 内心蒼生は慌てる。ふたりが同時に、という記憶が強くて、正直どちらが口火を切ったかなんて覚えていない。そもそもあの瞬間、頭の中身全部が真っ白になったのだから無理もないと思う。おそらく健太がそう言うならそうなのだろうが。
 当然、冬矢がそれを黙って聞いているはずがない。ローテーブルを挟んでふたりの前に立つと、腕を組んでにっこり笑った。
「だったら、中学の第2ボタンは俺がもらうね。中学の時は俺のほうが仲良かったし」
「ちょっ……」
「おい、そりゃ聞き捨てならねぇな」
「2年間、ずーっと一緒だったからね。そりゃあもう、一時も離れず」
 蒼生は首を捻る。たしかに言われてみれば、思い出のほぼすべてのシーンに冬矢の姿があるような。改めて考えてみると、驚くほどの確率だ。
「オレにはそれまでの蓄積があるんですけど?」
「濃度が考慮されてないんですけど?」
 健太まで立ち上がるので、蒼生は焦ってふたりの間に割り込んだ。実際には間にローテーブルがあったので、軽く脛をぶつけたのだが、それはさほど大きな問題ではない。
「待って、第2ボタンって……。ふたりとも、本人を手に入れときながら何言ってんの?」
「!」
 はっとふたりの視線が蒼生に向かう。蒼生は、はあっと息を吐いた。
「それどころか、僕の“初めて”は軒並みふたりに持ってかれてる気がするんだけどね」
 それを聞くや否や、健太が蒼生をがばっと抱き締める。冬矢も回り込んできて、後ろから蒼生の腰に手を回す。
「き、きついんだけど」
「……はー。そうだよなあ……。たくさんもらってるもんなー……」
「ごめんね、変なこと言って」
 どうやらこの妙な争いはいったん片が付いたらしい。
 間に挟まれながら、こどもみたいなケンカするなあ、と小さく笑う蒼生だった。


 それはまたまた、ある日のこと。
「蒼生ー」
 健太の声に呼ばれて、蒼生はリビングに出てきた。見れば、冬矢が椅子に座っていて、廊下側に立った健太が手招きをしている。
「なに?」
 不思議に思いながら、とりあえず自分を呼んでいる健太のもとに歩み寄る。
「こっちこっち」
「?」
 健太は蒼生を壁際に立たせると、両手を前に伸ばし、顔の横あたりの壁にぺたんと触れた。
「どう?」
「どう……って?」
「うーん……」
「あれ、健ちゃんクッキーの匂いするね」
「あ、やべ。大学の奴が買ったの横からもらって食ったのバレた」
「いいなあ」
「たまに素朴な味のクッキー食いたくなるよな」
「わかるわかる。あれかな、生協の売店で売ってるやつ」
「そうそう、それ。結構イケるぜ」
 ぱん、ぱん。冬矢が手を叩いた音で、蒼生と健太は会話を止める。
「はい、おしまい。キリがないな。……全然ダメじゃないか」
「うわー、もっと甘い雰囲気になると思ったんだけどなーっ!」
「別の意味で甘かったな」
 蒼生は首を傾げる。なんなんだこれは。
「次は俺の番」
 冬矢が言うと、健太はすっと引き下がる。立ち上がって蒼生の前に進み出た冬矢は、片手を軽く握って、健太が手を置いたのとほぼ同じ位置をとんっと小さく叩いた。
「…………」
 表情を消して、じいっと蒼生の目を覗き込む。
「…………っ」
 蒼生の目の奥が、ゆらりと揺らぐ。その揺らぎが瞼まで届いたのか、瞬きを増やした蒼生は、やがて視線を残したまま、ずるずると崩れ落ちていった。
「ちょ……」
 健太の慌てた声。冬矢がふっと笑う。そして足元に座り込む蒼生をふたりでそっと抱き上げた。
「……で、何してるの?」
「壁ドン対決」
「! あはははは! すごい、なんの捻りもない、思ったのとまったく同じ回答が来た!」
 笑う蒼生に、健太がずいっと顔を近付ける。
「どっちが勝ち?」
「ふふっ。勝ちって……基準は?」
「んー、なんかこう……蒼生の気持ち次第?」
 なるほど、そこが曖昧なのか。道理で勝負のアプローチが全く違うはずだ。
「どっちも嬉しかったから、ドロー」
「ドローかぁ」
「蒼生が言うなら仕方ないな」
 そのまま蒼生から手を離さないふたり。本当にこれは勝負するつもりがあったのだろうか。


 これも別の、ある日のこと。
 先に風呂から上がった健太と蒼生は、後から入った冬矢をなんとなく待ちながら、ソファに座ってテレビを見ていた。特に見たい番組があったわけではない。これもただなんとなく、電源を入れた際についていたチャンネルが流していたものをそのまま眺めているだけだ。どうやら草原に生きる動物たちを追うカメラマンのドキュメンタリーのようで、今はもふもふした丸い塊が画面の中をぴょこぴょこと跳ねている。
 ちら、と蒼生を見る。真剣に見ているわけではなさそうで、ぼんやりとその丸いのの動きを追っている。それは、決して他の人間が見ることのない顔だ。ゆったりとした瞬きの速度は、なんだか眠そうに見える。完全に気を抜いた蒼生が、生まれたばかりのあの丸いのと重なって、突然きゅーっと愛しさが溢れてきた。
「蒼生」
「んー?」
「膝の上、来なよ」
「うん」
 素直に頷いて立ち上がる腰を引き寄せると、なんの抵抗もなく健太の膝の上に乗ってくる。そのまま背中を預けてくる蒼生の体は、風呂上がりということを差し置いても温かい。どうやら本当に眠いようだ。
 後ろから腰を抱いて、そっと足を撫でるが、あらがう様子はない。もともと嫌がられることなんてほとんどないのだが。調子に乗ってうなじに顔をうずめると、ようやくぴくんと体が跳ねた。そしてもぞもぞと両足をソファの上に乗せると、横抱きの格好になって改めて健太の胸に頭を寄せる。可愛い。
「なあ……蒼生」
「……ぁい」
「えっちしよ……?」
「ん、ん……? ねむい……ごめん……」
「えー……」
 残念そうな声を上げると、蒼生は困った顔で仰のいた。少し考えるようなそぶりを見せ、それから、子供をあやすように笑う。
「……わかった。僕は寝てるから、好きにして?」
「え」
 言い終わると、蒼生は健太にすり寄って目を閉じた。いくらもしないうちに、小さな寝息が聞こえてくる。
 言われた健太は、すっかり固まっていた。諭されるところまでは予想して、「おかしなこと言ってごめんね、おやすみ」と返す準備も出来ていた。それが、「好きにして」? 実家でわがままを押し通そうとした時にも「もう! 好きにしなさい!」とはよく言われた。それはほぼ否定の上位の意味で使われていたのだろう、好きにしたら余計に怒られたわけだし。だが、蒼生が言うこれはどっちだ? 否定か? それともそのままの意味か? 蒼生なら後者な気がする。
 どうしたらいいかわからなくなって、腕の中の蒼生を抱き締める。腕の中で眠ってしまうなんて、自分に全幅の信頼を寄せているからこそだろう。下手をしたらそれを裏切ることになるのではないか?
 うーん、と蒼生の髪に頬を寄せて考え込んでしまう。
 そこにリビングのドアが開いて、冬矢が入ってきた。冬矢はすぐにソファのあたりを取り巻く微妙な雰囲気に気が付く。
「おー、冬矢、遅かったな……」
「ついでに浴槽洗ってた。それより、なんだ、この状況は」
 健太の上で背中を丸めている蒼生。冬矢は一瞬不安になるが、健太に焦った様子はないので何かあったわけではないだろう。蒼生の正面のほうに回り込むと、蒼生は健太のシャツを握って眠っている。寝室まであと数歩だ、ベッドで寝ればいいのに。
「……何をしてるんだ」
 健太ならベッドに運ぶのも難しくないだろうという意味で問いかけたのだが、健太からは思ってもみない答えが返ってきた。
「睡眠姦って言葉と戦ってる……」
「は?」
「いや、違くて、具体的には、ちょっと縛っておもちゃだらけにしたら、目ぇ覚ました時、驚くかなーって」
「よし、法廷で会おう」
 健太はぎょっとして思わず腕に力を込めた。
「や、あの、でも、蒼生は好きにしていいって言ったから」
「原告は俺だから」
「あ、はい、すみませんでした……」
 冬矢には口で敵うと思っていない。ましてやロープだのおもちゃだのは持っていないし、それを冬矢も知っているから、ただの妄想だとわかっているはずだが、つい謝ってしまう健太なのだった。
 なお、夢うつつとはいえ、それだけ近くで騒がれていたので、当然蒼生にもそのやりとりは聞こえていた。なあんだ、しないんだ、とこっそり思ったことは蒼生だけの秘密だ。


 そしてこれも、ある日のこと。
 寝る準備を整え、明日の授業のために本棚からノートを取り出していた蒼生は、ふと手に取った参考書が気になってしまい、その場に立ち尽くしたまませっせとページをめくり始めた。参考書や辞書の類は、情報がぎゅっとまとまっており、数行読むだけでも内容がぎっしり詰まっている。そのため、読みだすと止まらなくなってしまう。
 寝室に向かおうとしていた冬矢は、蒼生の様子に気付いて苦笑した。少し前に見た時と、まったく同じ体勢だ。
「蒼生」
 呼びかけたが、振り向かない。よほど集中しているのだろう。
「あーおーい」
 近付いて、耳元で呼ぶ。文字通り跳ねあがって、蒼生が勢いよく振り向いた。
「えっ、あ、はいっ」
「……ふっ、ふふ。驚かせてごめん。もう遅いよ。そろそろ寝よう」
「もうちょっと、だめ?」
「蒼生に本を渡して、“もうちょっと”を許したら朝になっちゃうだろ」
 そっと抱き締めて頬に口づけながら言うと、蒼生の肩から力が抜けた。
「うん……」
 蒼生は、ぱたんと参考書を閉じると、元あった場所に押し込む。その指に手を重ねるようにして最後まで押し込んでやると、嬉しそうに振り向いた。そっと腰を抱くと、やはり蒼生はとけるような笑顔を見せてくれる。こんな愛しい存在を抱き締められるなんて、自分は幸せ者だとつくづく冬矢は思う。
 寝室では、健太が寝そべりながら漫画を読んでいた。
「なぁ! これ、展開熱いな! はー、ちゃんと自分の足で歩こうって決めるここのシーン、いいわぁ」
 ふたりが入ってくるなり、健太は起き上がって開いたページを指さした。
「力に関してはずっと頼りっきりだったもんね」
「うん、うん。手を貸してもらうことに躊躇しないのもいいよなぁ」
 それは、3人が昔からよく読んでいた漫画だ。数年前に完結したのだが、最近続編の連載が始まった。公平にじゃんけんで読む順番を決め、健太が最後になった。冬矢は健太がそれに関して文句を言うかと思ったのだが、健太は「ネタバレ気にせず感想口にできる」と喜んでいたので、物事は考えようなのだと改めて思った。
「まだそのあたりか。じゃあまだ読み終わらないな」
 あえてそう言って、冬矢は自分の枕の位置に横になる。そして掛布団をわざとらしくめくった。
「おいで、蒼生」
「! うん」
 蒼生はいそいそとスリッパを脱ぐと、冬矢の作ってくれたスペースに潜り込む。そのまま冬矢が半分覆い被さるようにして抱き締めてきたので、遠慮なくその胸にすがりついた。
「……あ! ずるい!」
「そちらは読書中のようですからごゆっくり」
「ふふふ」
 呻いた健太が、本を抱えたまま掛布団の中に入ってくる。そしてごろごろと蒼生の横まで転がって再びそれを読み始める。
「オレが読み終わるまで寝かせないからな!」
「なんだそれは。安眠妨害もいいところだ」
「うるせえ、さみしいから付き合え」
 その可愛らしい言い分に、思わず目を見合わせる蒼生と冬矢だ。しかもそれは本気だったらしく、読みながらいちいち感想を言葉にしてくる。結局全員好きな漫画の話だ、なんだかんだでふたりもそれに付き合ってしまった。
 読み終わったところで、健太が大きく息を吐いた。
「ところで思ったんだけどさ。媚薬が手に入ったらどうする?」
「は!?」
 思わず声を上げたのは蒼生だ。何がどうなってそんな話になった?
「いや、薬の話が出てきたからさ」
「え、治療薬の話であって、そういうのじゃないよね?」
 冬矢が身を乗り出す。
「安全なものだろうな」
「へ?」
 呆れて言い返してくれると思った冬矢が健太の話題に乗ったので、蒼生は驚いて冬矢を見上げる。が、いつもの理知的な顔で、何を考えているのかわからない。
「そりゃ、安全性は確実。しかもカプセルタイプで1個しかなかったら」
「俺か健太だと不公平だし、蒼生に盛るのがベストだろうね」
「……あの、本人聞いてるんで、言い方気を付けてほしいんですけど……」
 蒼生のわずかな抗議はものともしない。
「そしたら、2つあったらオレらで飲む感じか」
「蒼生に2回って手もある」
「どっちにしても大変なのは僕だし、冬矢はどうしても僕に飲ませたがるね?」
「瓶でお願いします」
「ご注文ありがとうございます」
「待って待って、どこまで冗談!?」
 蒼生はいつの間にか真剣な顔つきのふたりを交互に見つめ、混乱する。そのまま値段交渉を始めるふたりに、こんなやりとり、ただの仲良しじゃないかと頭を抱えた。


 いつも通りの、ある日のこと。
 冬矢が玄関のドアを開けると、ぱたぱたと奥から蒼生が駆けてきた。
「おかえり、冬矢」
 本当はいつも迎えに出たいのだと蒼生は言う。わざわざ何かを中断させることはないよ、と冬矢は言った。だから、手が空いている時にはここぞとばかりにこうして来てくれる。それは、やっぱり嬉しい。
「ただいま。おかえりのキスは?」
 ちょっとからかうつもりで冬矢は言ったのだが。
 蒼生はきょとんとしてから、ぱっと頬を染めて笑う。それから、頬にそっとキスをした。
「……おかえりなさい」
 そうか。してくれるのか。なるほど。……ならば。
「次は、愛してるのキス」
 ぱちぱち、と目を瞬かせ、少し考えてから、唇にキスをくれる。
「今度は、えっちして、のキス」
 ん? と蒼生が首を傾げる。
「……ねえ、それ、僕がシてほしいって前提じゃん」
「違う?」
 わずかな、間。
 蒼生は花が咲くように、ふわりと笑った。
「違くは、ない」
「ふふ」
 そのまま首に腕を絡ませてくる蒼生に、導かれるままに口づけ、舌を差し入れる。背中に手を回すと、蒼生はさらにぎゅっとしがみついてくる。愛おしい。
 ばんっとドアが激しく開く音。
「……あっ、何してんだ冬矢てめぇ! 蒼生の戻りが遅いと思ったら、まったく油断も隙もあったもんじゃねえな! ほら離れろ離れろ」
「相変わらずおまえは野暮だな」
「やかましいわ、蒼生の作ってくれた夕飯が冷めてもいいってのか」
「ああ、それは問題だな。それじゃあ、あとでゆっくりシような」
 蒼生の額に唇を寄せる冬矢に、健太はさらに掴みかからんばかりの勢いだ。
「また!」
 そして割り込むように、蒼生をぐいっと引き寄せキスをする。
「んっ……。あー、健ちゃん、落ち着いて。冬矢も。ね。まずはごはん食べよ。そ、……それから、3人で、シよ?」
「はい」
「はい」
 声が揃う。蒼生はぱっと顔を輝かせ、素直に頷くふたりをにこにこ見守る。
 このふたりの関係はなんなのだろう。恋敵というには柔らかく、友達というには複雑で、だが他の友人らの誰よりも仲良く見える。
 ああ。
 このふたりの関係ごと、
「ふたりとも、大好き!」
 もう、それでいいか。
 蒼生の笑顔につられるように、健太も冬矢も、楽しそうに笑った。



 おまけ。
Q.「間接キスを頑なに嫌がるのはなぜですか?」
A.「あくまでけじめですね。俺たちはあくまでも、蒼生あっての関係なので」
 「けど、こいつがしゃぶった後にすぐしゃぶるのは全然平気。蒼生を介してることになるから」
Q.「は?」
A.「あ?」
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42こ目;謎の2人の関係は?
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 これはとある大学の話だ。
 種々様々な学部が存在する構内には、学生が溢れるほど在籍している。つい最近のことだが、ある学部棟付近でよくセットで見かけるイケメン2人組がいる、と女子学生の間でひそやかに話題が広まりつつあった。この手の噂というのは、新入生が入る時期にはわりと定番の話だ。が、今回のケースでは学部が違うらしきその2人に接点が見当たらないことから、よりいっそう一部の女子たちの興味を掻き立てているようだ。
 今回は、周囲が訝しがる、その2人の奇妙な関係のお話。

 主な建物が隣同士に配置された学部に在籍するその2人の素性は、特に隠されているわけでもないのですぐに割れた。具体的には、仲間内のある女子が、サークルで仲良くなった子の中に噂の片方と同じ授業を受けている人がいるらしいと聞いたので、話題を振ってみたところ、即「知ってるよ」との反応があったことで判明した。もうひとりも同じようなルートですぐにわかった。どうやら彼らは単体でも目立つ存在のようだった。
 どちらも人当たりがよさそうな感じだったが、より高嶺の花感のあるほうが笹原冬矢、明るく爽やかなほうが寺田健太というらしい。
 それがわかった数日後、早速彼女たちは2人のところへ話しかけに行った。いざ接触してみると、彼らは噂通りに話しやすい人たちだった。邪険に扱われる気配もなく、かといってがつがつ来る感じもない。女性の扱いに慣れているというか、ちょっとやそっとではなびかない雰囲気がある。それで諦める子たちもいたが、そこがいいとさらに距離を詰めていく子たちもいた。
 今日も、2人は学部棟脇にあるカフェのテラス席にいた。真剣な顔で何かを話し合っているような彼らを見つけた女子4人組は、そっとカフェの中に入って各々飲み物を注文すると、何気ない様子を装ってテラスに出た。
「あ、笹原くんと寺田くんだ。おつかれー」
 声をかけられた2人はぱっと顔を上げ、冬矢がにっこり微笑み、健太が顔の横まで上げた手を振る。
「おつかれー。今日もおそろいで、これから授業?」
「次が空きで、その次なの」
「だから甘いの補給しに来たんだよね。ここ座ってもいい?」
「どーぞどーぞ」
 健太が隣の椅子を引く。声をかけた女子学生がそこに座り、他の子たちも思い思いの席に座ると、すぐさま、ずいっと2人に詰め寄る。
「ねえねえ、寺田くん、課題やった? ここがわかんないんだけど」
「おー、なんとかな。でもこっちのほうがそのへんは詳しいと思うよ。教養科目だし」
「じゃあ笹原くん教えてー」
「出てる授業違うから、俺で役に立てばいいんだけど」
 言いながら、健太も教科書にちゃんと向き合ってくれる。冬矢もきちんと話を聞き、答えを考えてくれた。真面目でいい人たちだとつくづく思う。
 けれどせっかくのチャンスだ、そこで終わるつもりはない。
「笹原くんと寺田くんて、なんで仲いいの? 学部も違うのに。もしかしてどっかサークルに入ってるとか?」
 健太の隣に座った子が切り出す。残り3人は、はっと息を飲んだ。プライベートなことかもしれないし、と誰もがなんとなく遠慮していた話題にとうとう踏み込んだ、と身を乗り出すような心持ちで耳を傾ける。
 そんな空気は気にも留めず、ああ、と健太が笑う。
「オレらね、中学と高校一緒だから」
「えー!」
 反応がハモる。にこにこ笑う健太と苦笑気味の冬矢を見比べ、それから4人は顔を見合わせた。
「あれ、寺田くん地方だって言ってなかったっけ」
「そうだよ。あ、別にこいつと同じ大学目指したとかそういうわけじゃないから、誤解しないでな」
 そう言われても、同じ高校を受験して、さらに同じ大学を受験したという事実はあるわけで。
「はー、だから仲良しなんだぁ」
「あはは、仲良くないって」
「またまたぁ。それだけつるんでて仲良くないわけないじゃん!」
 ね~、と4人は頷きあう。
 そこで再び彼女がぐいっと前に出た。
「仲いい男の子同士って、ノリでちゅーしちゃったりするでしょ。ね、したことある?」
「きゃー!」
「ちょっとぉ!」
 わあっと盛り上がる女子たちに、健太は思わずきょとんとする。そのまま話の内容を把握できずにいると、冬矢が小さく笑った。
「そうだね。とはいっても間接キス止まりだけど」
「きゃー!」
 そこでようやく健太の思考も追いつく。
「……おいおいおいおい、せいぜい回し飲み程度だろ、なんでわざわざ誤解招く言い回しすんだよ」
 呆れたような健太に、女子からは「えー」という抗議の声があがる。
「そもそも、オレたちには可愛い可愛い恋人がいるんだから。こいつとちゅーとか、ないない」
「なーんだ、そうなの~?」
「いや、なんでがっかりするのかな?」
 その時、テーブルの上に置いたままの健太と冬矢の携帯が、同時にブブッと短い音を立てた。はっと2人が反応する。先に冬矢が手に取り、画面を確認した。
「健太、そろそろ」
 頷いた健太は、荷物を持って立ち上がった。
「ごめん、オレたち用事あるんで行くわ」
「うん。あ、今度合コンやるから寺田くんたちも来てね!」
「だぁかぁらぁ、恋人いるんでぇ。間に合ってまーす!」
「あはは、息抜き息抜き!」
「し、ま、せーん!」
「ばいばーい」
「じゃあね」
 賑やかな笑い声に手を振り、先に歩き出した冬矢の後を追うように健太も足を速めた。
 学部棟の角を曲がり、カフェが見えなくなると、健太は大きく息を吐いた。
「……すげえなー、好き勝手言われてるわ」
 天を仰ぐ冬矢、こちらの息も深い。
「普通は、男相手の彼氏同士、とは思われないだろうからな」
「なんか言葉にすると、オレたちって奇妙な関係だなぁ」
 冬矢は同意を込めて健太をちらりと見た。健太がその視線を受けて眉をひそめる。
「でも何がアレって、おまえとアヤシイ関係だと思われんのが一番シャクなんだけど」
「俺だって気分悪い。とはいえ、そうだとはっきり言いきった覚えはないから大丈夫だろ」
「まあなー。けどさ、いろいろ想像はされちゃうじゃん」
「事実と違う、ただの憶測が飛び交うことくらいなんともないさ。それが出回っている限り、蒼生との関係に注目されることは減るんだから」
 はっと健太は一瞬足を止めた。
「そういうことか」
 噂されているのが男2人の妙な関係、ということになれば、それだけで情報量が多い。そこに登場人物を加えようとは思われないのではないか。冬矢が期待しているのはそういうことだ。
「……俺は、蒼生の盾になりたいんだ」
「ずいぶん攻撃力の高ぇ盾だな」
「あはは、いい誉め言葉だ。そのためなら、おまえと交際しているなんて酷い汚名を着せられても耐えられるよ」
「うん、おまえってホント、さりげなくこき下ろすの上手だよ」
 やがて管理棟の向こうに正門が見えてくる。相変わらず人の流れは地元の繁華街くらいありそうだ。
「それにしても、間接キス止まり、とは上手く言ったもんだな」
 しみじみ健太が呟くと、冬矢はふっと笑う。
「間に蒼生を挟むって意味だからね」
「でなきゃ無理だわ」
 飲み物を回す時は、必ず蒼生を通す。ペットボトルやストローはもちろん、飲み口を変えられるコップでさえ蒼生に一口飲んでもらう。お互い直接渡すことは絶対にない。あの蒼生が珍しく真面目なトーンで「めんどくさい」と呟くほどだが、なんとなくけじめとして、どちらからも譲れなかった。
「あ」
 健太が声を上げる。
 少し先にある建物の陰から足早に出てきた蒼生が、はっとこちらに気付き、ふんわりと笑う。
「はー。このまま抱っこして持ち帰りたい……」
「気持ちはわかるが目立つだろ」
 軌道を変えて走り寄ってくると、蒼生は申し訳なさそうに小さく頭を下げた。
「待たせちゃってごめんね」
「ううん、コーヒー1杯飲み干す程度だったよ」
「蒼生に会えると思ったら、待つ時間なんて大したことないし」
 ふたりが笑い、つられたように蒼生も微笑む。
「さて、今日のお買い物の目玉はなんなの?」
「卵のタイムセールがあって、米と調味料が安い」
「ははあ、大部分オレに抱えさせるつもりとみた」
「それはともかく、せっかくだから今夜はごはんメインにしようか。何が食べたい?」
「カツ丼とか親子丼とか、あー、でもおまえのチャーハン美味いんだよなあ」
「ピラフとか、炊き込みご飯……」
「いいね」
 盛り上がりながら、3人は駅の方向に歩いていく。
 蒼生は、文句を言おうとした健太と、それをさらりとかわして見事に話題を変えた冬矢の顔を見つめる。
「ふたりの何気ないやりとりが好きなんだよなあ」
 こっそり呟いて、ふふっと笑った。


 たとえばそれは、ある日のこと。
 蒼生はキャベツとじゃがいもとバナナが入った手提げ袋を揺らしながら帰路についていた。バイト先のベテランの女性が、おすそ分けと言ってどっさり渡してくれたものだ。おしゃべりで聞き上手の彼女は、蒼生の身の上と、同い年の同性ふたりと一緒に暮らしていることをあっという間に聞き出すと、時々こうして親戚が送ってくれた野菜や作りすぎた総菜を差し入れしてくれるようになった。話によれば、今年就職で地方に配属された息子がいるのだそうで、そのロスのせいか同世代の蒼生をつい可愛がってしまうらしい。申し訳ない気もしているが、正直ありがたいのもたしかなので、素直に厚意を受け取っている。
 まるごとのキャベツだ、どう料理しよう。冬矢に相談すれば、きっと美味しいごはんになる。たくさんあるじゃがいものいくつかはマッシュポテトにしたい。潰す時には健太が嬉しそうに手伝ってくれるはずだ。ふたりはどういう反応をするだろう。
 わくわくしながら玄関を開ける。自分のスリッパだけがきちんと並べて置いてあるので、ふたりは帰ってきているはずだ。リビングのほうを覗き見ると、電気がついていて、話し声が聞こえる。肩に覆いかぶさっていたものがふわっと消えた気がした。
「ただいま」
 ドアを開けると、ダイニングテーブルに向き合って座っていたふたりが同時に顔を上げる。
「おかえり」
「おかえりー」
 蒼生は、おや、と思う。テーブルの上にはただコップがふたつ。他には何もない。ただの話し合い? このふたりが? いったい何の話題で?
「あれ、その袋何?」
 目ざとい健太が重そうな袋に気が付いた。そしてぱっと立ち上がると、蒼生の手からそれを取る。
「おっも」
「また越野さんからいただいちゃった」
「へー。いい人だよなあ。……あっ、バナナがキャベツにフィットしてる」
「えっ、どれどれ。……ふふふっ。ほんとだ」
「オレ片付けとくから、手洗ってきなよ」
「うん、ありがと」
「キャベツか……ポトフにしようか。ロールキャベツもいいね。蒸し焼きにしてひき肉あんかけとか。それともたまにはお好み焼きにでもしてみる?」
「おっ。うん、お好み焼き、いいな!」
「俄然楽しみになってきた……。あとじゃがいもあるからマッシュポテト作りたいんだけど、潰すのを健ちゃん、」
「やる! あれ楽しいんだよなあ」
 食い気味に答え、にこにことキッチンに入っていく。蒼生はくすぐったいような気持ちで、洗面所に向かった。
 手を洗って、向こうの部屋の本棚に寄ってからリビングに戻ると、健太と冬矢は先程のポジションに戻っている。やけに真剣なので、あえて声はかけずに通り過ぎ、壁面収納の隣にある本棚に向かう。
「次、オレだっけ?」
「ああ」
「そうだなあ、ボックスティッシュ買った時、手に提げるんじゃなくて抱えて歩くとこ」
 ここの本棚には、3人がそれぞれ授業で使う教科書や参考書が並んでいる。自分の段に、今日使った教科書を戻す。
「困った時に、目線だけじゃなくて指先も一緒に泳ぐところ」
 ファイルをしまいかけて、中に連絡事項を書き込んだことを思い出す。班の打合せの時間が変わったのをプリントの端に走り書きしたまま、携帯のスケジュールに入れていなかった。
「本当に嬉しい時、足がぱたぱた動くとこ」
 スケジュール表に設定しておいた時間を探し、メモした通りに書き換える。
「外で目が合った時、一瞬だけとろけそうな顔をして、すぐに冷静さを保とうときりっとするところ」
 改めてファイルをしまい込む。
「最近で言ったら、味噌汁がちょっと濃かったこと。そのあと何度も好みを確認してくるの可愛かった」
 蒼生はいったん顔を伏せ、それから天井を仰ぐ。
「……ねえ」
 声をかけると、ふたりが「ん?」と蒼生を見る。
「あの。なんか嫌な予感がするから聞きたくないけど、でもやっぱ気になるから聞いちゃうんだけど、なにしてるの?」
「恋人の可愛いところを自慢する勝負」
「!?」
 しれっと健太。蒼生はかぁっと頬を赤くする。
「な、なんか心当たりがあると思った! なにそれ! なにそれ!」
「いや、だからー。表で堂々とイチャつけないし、これでもかって自慢したらボロが出そうだし、じゃあ喋っても大丈夫な相手には自慢してもいいんじゃねえかなって。オレが考えました」
「なにやってんの? って呆れていいのか、そんなに自慢してくれて嬉しい! って照れていいのか、本気で悩む……」
 蒼生が顔を両手で覆って立ち尽くす。冬矢はその腰を引き寄せ、自分の膝に乗せた。困ってちらりと目を上げると、冬矢はやはり戸惑ったように苦笑いしている。
「……健ちゃんならなんとなくわかるんだけど、まさか冬矢が乗るとは……」
「俺もそう思ったんだよ。でも、負けるのも嫌だったから」
 そうかなあ、と蒼生は首を捻った。なんだかんだで楽しそうだった気がするのだが。


 それからまた、ある日のこと。
 ベランダに出た蒼生は、風にゆらゆらと揺れる洗濯物を満足げに眺めた。手前の服に触れてみれば、もうすっかり乾いて、さらりと指先に気持ちいい。念のためすべてあちこち触ってみて、それからぱたぱたとはたく。奥に干してあるのは、健太と冬矢が昨日着ていた服だ。なんだかむずむずする。ので、つい、手を伸ばしてぎゅっとそれを抱き締める。柔軟剤の香りがほのかに鼻腔をくすぐった。深呼吸をして、それからちらりと窓を確認し、バレていないことを確認すると、手早くハンガーごと回収して部屋に戻った。
 部屋の中では、冬矢が本棚の前で参考書を開いていて、健太が冷蔵庫を覗いていた。姿が見えただけでほっとする。外に出ていた時間なんてほんの数分なのに。ちょっと恥ずかしくなって、蒼生は洗濯物を抱え直した。
 そのままソファにぽすんと座り、ハンガーから洗濯物を外していく。と、健太のシャツの胸元で目が止まった。干している時には気が付かなかったが、糸がほつれてボタンが取れかかっている。いったんそれを横に置いて他の服をたたみ、ひと段落着いたところで立ち上がる。たしか何色かの糸を針と一緒にして棚のどこかにしまっておいたはずだ。いくつか開けて見てみるが、見当たらない。どこに入れたかすっかり忘れてしまったらしい。
「僕、糸ってどこにしまったっけ」
 話しかけると、冬矢が首を傾げる。
「もうひとつ上の棚にしまってなかったかな。クリアのボックスだったよね。確かブルーの」
「そう、それ。えーっと……あった。ありがと」
「どこかほつれてた?」
「健ちゃんのシャツ、ボタンが取れかかってたから直しちゃおうと思って」
 ちょうどコップをテーブルに置いた健太が「え」と声を上げる。
「ごめん、気付かなかった。自分でやるよ」
「ううん、大丈夫、ひとつだけだし。それに、針に糸通すのに5分かかって、30秒に1回自分の指刺すの見てるくらいならやっちゃったほうが早いもん」
「あれは酷かった。先生げんなりしてたよな」
「ちょ、それ高校ん時の話じゃんか! 今は! きっと! たぶん!」
 蒼生に詰め寄る健太の勢いに、蒼生と冬矢は目を合わせて笑う。
「とりあえず今日のところは熱意だけいただいておくね」
 ついでに懐こうとする健太をするりとかわし、蒼生はその小さな箱をソファの前のローテーブルに置いてソファに座る。一応学校で使っていたのを3人分かき集めた裁縫箱もクローゼットにあるのだが、それを引っ張り出すほどではない時用に必要最低限のものを詰めた箱だ。念のためだったが、ようやく役に立った。
 すいっと容易に糸を通し、取れそうなボタンの糸を切る蒼生の手を、隣に座っておとなしく見つめていた健太だったが。
「あ」
 蒼生が針を刺した途端、急に声を上げた。
「ど、どうしたの。何か間違ったことしちゃった?」
 不安そうな顔をする蒼生に慌てて健太は首を振る。
「ごめん、そうじゃねえ。いや、今、突然に気が付いちゃってさ」
「なに?」
 何事かと身構える蒼生を、健太がやけに真剣な顔で正面から見据えた。
「オレ、蒼生の第2ボタンもらってない」
「は?」
 思わず声が裏返る。
 いつの話だ。
「オレのほうが先に告ったんだから、オレに権利があると思う」
「へ?」
 順番? 内心蒼生は慌てる。ふたりが同時に、という記憶が強くて、正直どちらが口火を切ったかなんて覚えていない。そもそもあの瞬間、頭の中身全部が真っ白になったのだから無理もないと思う。おそらく健太がそう言うならそうなのだろうが。
 当然、冬矢がそれを黙って聞いているはずがない。ローテーブルを挟んでふたりの前に立つと、腕を組んでにっこり笑った。
「だったら、中学の第2ボタンは俺がもらうね。中学の時は俺のほうが仲良かったし」
「ちょっ……」
「おい、そりゃ聞き捨てならねぇな」
「2年間、ずーっと一緒だったからね。そりゃあもう、一時も離れず」
 蒼生は首を捻る。たしかに言われてみれば、思い出のほぼすべてのシーンに冬矢の姿があるような。改めて考えてみると、驚くほどの確率だ。
「オレにはそれまでの蓄積があるんですけど?」
「濃度が考慮されてないんですけど?」
 健太まで立ち上がるので、蒼生は焦ってふたりの間に割り込んだ。実際には間にローテーブルがあったので、軽く脛をぶつけたのだが、それはさほど大きな問題ではない。
「待って、第2ボタンって……。ふたりとも、本人を手に入れときながら何言ってんの?」
「!」
 はっとふたりの視線が蒼生に向かう。蒼生は、はあっと息を吐いた。
「それどころか、僕の“初めて”は軒並みふたりに持ってかれてる気がするんだけどね」
 それを聞くや否や、健太が蒼生をがばっと抱き締める。冬矢も回り込んできて、後ろから蒼生の腰に手を回す。
「き、きついんだけど」
「……はー。そうだよなあ……。たくさんもらってるもんなー……」
「ごめんね、変なこと言って」
 どうやらこの妙な争いはいったん片が付いたらしい。
 間に挟まれながら、こどもみたいなケンカするなあ、と小さく笑う蒼生だった。


 それはまたまた、ある日のこと。
「蒼生ー」
 健太の声に呼ばれて、蒼生はリビングに出てきた。見れば、冬矢が椅子に座っていて、廊下側に立った健太が手招きをしている。
「なに?」
 不思議に思いながら、とりあえず自分を呼んでいる健太のもとに歩み寄る。
「こっちこっち」
「?」
 健太は蒼生を壁際に立たせると、両手を前に伸ばし、顔の横あたりの壁にぺたんと触れた。
「どう?」
「どう……って?」
「うーん……」
「あれ、健ちゃんクッキーの匂いするね」
「あ、やべ。大学の奴が買ったの横からもらって食ったのバレた」
「いいなあ」
「たまに素朴な味のクッキー食いたくなるよな」
「わかるわかる。あれかな、生協の売店で売ってるやつ」
「そうそう、それ。結構イケるぜ」
 ぱん、ぱん。冬矢が手を叩いた音で、蒼生と健太は会話を止める。
「はい、おしまい。キリがないな。……全然ダメじゃないか」
「うわー、もっと甘い雰囲気になると思ったんだけどなーっ!」
「別の意味で甘かったな」
 蒼生は首を傾げる。なんなんだこれは。
「次は俺の番」
 冬矢が言うと、健太はすっと引き下がる。立ち上がって蒼生の前に進み出た冬矢は、片手を軽く握って、健太が手を置いたのとほぼ同じ位置をとんっと小さく叩いた。
「…………」
 表情を消して、じいっと蒼生の目を覗き込む。
「…………っ」
 蒼生の目の奥が、ゆらりと揺らぐ。その揺らぎが瞼まで届いたのか、瞬きを増やした蒼生は、やがて視線を残したまま、ずるずると崩れ落ちていった。
「ちょ……」
 健太の慌てた声。冬矢がふっと笑う。そして足元に座り込む蒼生をふたりでそっと抱き上げた。
「……で、何してるの?」
「壁ドン対決」
「! あはははは! すごい、なんの捻りもない、思ったのとまったく同じ回答が来た!」
 笑う蒼生に、健太がずいっと顔を近付ける。
「どっちが勝ち?」
「ふふっ。勝ちって……基準は?」
「んー、なんかこう……蒼生の気持ち次第?」
 なるほど、そこが曖昧なのか。道理で勝負のアプローチが全く違うはずだ。
「どっちも嬉しかったから、ドロー」
「ドローかぁ」
「蒼生が言うなら仕方ないな」
 そのまま蒼生から手を離さないふたり。本当にこれは勝負するつもりがあったのだろうか。


 これも別の、ある日のこと。
 先に風呂から上がった健太と蒼生は、後から入った冬矢をなんとなく待ちながら、ソファに座ってテレビを見ていた。特に見たい番組があったわけではない。これもただなんとなく、電源を入れた際についていたチャンネルが流していたものをそのまま眺めているだけだ。どうやら草原に生きる動物たちを追うカメラマンのドキュメンタリーのようで、今はもふもふした丸い塊が画面の中をぴょこぴょこと跳ねている。
 ちら、と蒼生を見る。真剣に見ているわけではなさそうで、ぼんやりとその丸いのの動きを追っている。それは、決して他の人間が見ることのない顔だ。ゆったりとした瞬きの速度は、なんだか眠そうに見える。完全に気を抜いた蒼生が、生まれたばかりのあの丸いのと重なって、突然きゅーっと愛しさが溢れてきた。
「蒼生」
「んー?」
「膝の上、来なよ」
「うん」
 素直に頷いて立ち上がる腰を引き寄せると、なんの抵抗もなく健太の膝の上に乗ってくる。そのまま背中を預けてくる蒼生の体は、風呂上がりということを差し置いても温かい。どうやら本当に眠いようだ。
 後ろから腰を抱いて、そっと足を撫でるが、あらがう様子はない。もともと嫌がられることなんてほとんどないのだが。調子に乗ってうなじに顔をうずめると、ようやくぴくんと体が跳ねた。そしてもぞもぞと両足をソファの上に乗せると、横抱きの格好になって改めて健太の胸に頭を寄せる。可愛い。
「なあ……蒼生」
「……ぁい」
「えっちしよ……?」
「ん、ん……? ねむい……ごめん……」
「えー……」
 残念そうな声を上げると、蒼生は困った顔で仰のいた。少し考えるようなそぶりを見せ、それから、子供をあやすように笑う。
「……わかった。僕は寝てるから、好きにして?」
「え」
 言い終わると、蒼生は健太にすり寄って目を閉じた。いくらもしないうちに、小さな寝息が聞こえてくる。
 言われた健太は、すっかり固まっていた。諭されるところまでは予想して、「おかしなこと言ってごめんね、おやすみ」と返す準備も出来ていた。それが、「好きにして」? 実家でわがままを押し通そうとした時にも「もう! 好きにしなさい!」とはよく言われた。それはほぼ否定の上位の意味で使われていたのだろう、好きにしたら余計に怒られたわけだし。だが、蒼生が言うこれはどっちだ? 否定か? それともそのままの意味か? 蒼生なら後者な気がする。
 どうしたらいいかわからなくなって、腕の中の蒼生を抱き締める。腕の中で眠ってしまうなんて、自分に全幅の信頼を寄せているからこそだろう。下手をしたらそれを裏切ることになるのではないか?
 うーん、と蒼生の髪に頬を寄せて考え込んでしまう。
 そこにリビングのドアが開いて、冬矢が入ってきた。冬矢はすぐにソファのあたりを取り巻く微妙な雰囲気に気が付く。
「おー、冬矢、遅かったな……」
「ついでに浴槽洗ってた。それより、なんだ、この状況は」
 健太の上で背中を丸めている蒼生。冬矢は一瞬不安になるが、健太に焦った様子はないので何かあったわけではないだろう。蒼生の正面のほうに回り込むと、蒼生は健太のシャツを握って眠っている。寝室まであと数歩だ、ベッドで寝ればいいのに。
「……何をしてるんだ」
 健太ならベッドに運ぶのも難しくないだろうという意味で問いかけたのだが、健太からは思ってもみない答えが返ってきた。
「睡眠姦って言葉と戦ってる……」
「は?」
「いや、違くて、具体的には、ちょっと縛っておもちゃだらけにしたら、目ぇ覚ました時、驚くかなーって」
「よし、法廷で会おう」
 健太はぎょっとして思わず腕に力を込めた。
「や、あの、でも、蒼生は好きにしていいって言ったから」
「原告は俺だから」
「あ、はい、すみませんでした……」
 冬矢には口で敵うと思っていない。ましてやロープだのおもちゃだのは持っていないし、それを冬矢も知っているから、ただの妄想だとわかっているはずだが、つい謝ってしまう健太なのだった。
 なお、夢うつつとはいえ、それだけ近くで騒がれていたので、当然蒼生にもそのやりとりは聞こえていた。なあんだ、しないんだ、とこっそり思ったことは蒼生だけの秘密だ。


 そしてこれも、ある日のこと。
 寝る準備を整え、明日の授業のために本棚からノートを取り出していた蒼生は、ふと手に取った参考書が気になってしまい、その場に立ち尽くしたまませっせとページをめくり始めた。参考書や辞書の類は、情報がぎゅっとまとまっており、数行読むだけでも内容がぎっしり詰まっている。そのため、読みだすと止まらなくなってしまう。
 寝室に向かおうとしていた冬矢は、蒼生の様子に気付いて苦笑した。少し前に見た時と、まったく同じ体勢だ。
「蒼生」
 呼びかけたが、振り向かない。よほど集中しているのだろう。
「あーおーい」
 近付いて、耳元で呼ぶ。文字通り跳ねあがって、蒼生が勢いよく振り向いた。
「えっ、あ、はいっ」
「……ふっ、ふふ。驚かせてごめん。もう遅いよ。そろそろ寝よう」
「もうちょっと、だめ?」
「蒼生に本を渡して、“もうちょっと”を許したら朝になっちゃうだろ」
 そっと抱き締めて頬に口づけながら言うと、蒼生の肩から力が抜けた。
「うん……」
 蒼生は、ぱたんと参考書を閉じると、元あった場所に押し込む。その指に手を重ねるようにして最後まで押し込んでやると、嬉しそうに振り向いた。そっと腰を抱くと、やはり蒼生はとけるような笑顔を見せてくれる。こんな愛しい存在を抱き締められるなんて、自分は幸せ者だとつくづく冬矢は思う。
 寝室では、健太が寝そべりながら漫画を読んでいた。
「なぁ! これ、展開熱いな! はー、ちゃんと自分の足で歩こうって決めるここのシーン、いいわぁ」
 ふたりが入ってくるなり、健太は起き上がって開いたページを指さした。
「力に関してはずっと頼りっきりだったもんね」
「うん、うん。手を貸してもらうことに躊躇しないのもいいよなぁ」
 それは、3人が昔からよく読んでいた漫画だ。数年前に完結したのだが、最近続編の連載が始まった。公平にじゃんけんで読む順番を決め、健太が最後になった。冬矢は健太がそれに関して文句を言うかと思ったのだが、健太は「ネタバレ気にせず感想口にできる」と喜んでいたので、物事は考えようなのだと改めて思った。
「まだそのあたりか。じゃあまだ読み終わらないな」
 あえてそう言って、冬矢は自分の枕の位置に横になる。そして掛布団をわざとらしくめくった。
「おいで、蒼生」
「! うん」
 蒼生はいそいそとスリッパを脱ぐと、冬矢の作ってくれたスペースに潜り込む。そのまま冬矢が半分覆い被さるようにして抱き締めてきたので、遠慮なくその胸にすがりついた。
「……あ! ずるい!」
「そちらは読書中のようですからごゆっくり」
「ふふふ」
 呻いた健太が、本を抱えたまま掛布団の中に入ってくる。そしてごろごろと蒼生の横まで転がって再びそれを読み始める。
「オレが読み終わるまで寝かせないからな!」
「なんだそれは。安眠妨害もいいところだ」
「うるせえ、さみしいから付き合え」
 その可愛らしい言い分に、思わず目を見合わせる蒼生と冬矢だ。しかもそれは本気だったらしく、読みながらいちいち感想を言葉にしてくる。結局全員好きな漫画の話だ、なんだかんだでふたりもそれに付き合ってしまった。
 読み終わったところで、健太が大きく息を吐いた。
「ところで思ったんだけどさ。媚薬が手に入ったらどうする?」
「は!?」
 思わず声を上げたのは蒼生だ。何がどうなってそんな話になった?
「いや、薬の話が出てきたからさ」
「え、治療薬の話であって、そういうのじゃないよね?」
 冬矢が身を乗り出す。
「安全なものだろうな」
「へ?」
 呆れて言い返してくれると思った冬矢が健太の話題に乗ったので、蒼生は驚いて冬矢を見上げる。が、いつもの理知的な顔で、何を考えているのかわからない。
「そりゃ、安全性は確実。しかもカプセルタイプで1個しかなかったら」
「俺か健太だと不公平だし、蒼生に盛るのがベストだろうね」
「……あの、本人聞いてるんで、言い方気を付けてほしいんですけど……」
 蒼生のわずかな抗議はものともしない。
「そしたら、2つあったらオレらで飲む感じか」
「蒼生に2回って手もある」
「どっちにしても大変なのは僕だし、冬矢はどうしても僕に飲ませたがるね?」
「瓶でお願いします」
「ご注文ありがとうございます」
「待って待って、どこまで冗談!?」
 蒼生はいつの間にか真剣な顔つきのふたりを交互に見つめ、混乱する。そのまま値段交渉を始めるふたりに、こんなやりとり、ただの仲良しじゃないかと頭を抱えた。


 いつも通りの、ある日のこと。
 冬矢が玄関のドアを開けると、ぱたぱたと奥から蒼生が駆けてきた。
「おかえり、冬矢」
 本当はいつも迎えに出たいのだと蒼生は言う。わざわざ何かを中断させることはないよ、と冬矢は言った。だから、手が空いている時にはここぞとばかりにこうして来てくれる。それは、やっぱり嬉しい。
「ただいま。おかえりのキスは?」
 ちょっとからかうつもりで冬矢は言ったのだが。
 蒼生はきょとんとしてから、ぱっと頬を染めて笑う。それから、頬にそっとキスをした。
「……おかえりなさい」
 そうか。してくれるのか。なるほど。……ならば。
「次は、愛してるのキス」
 ぱちぱち、と目を瞬かせ、少し考えてから、唇にキスをくれる。
「今度は、えっちして、のキス」
 ん? と蒼生が首を傾げる。
「……ねえ、それ、僕がシてほしいって前提じゃん」
「違う?」
 わずかな、間。
 蒼生は花が咲くように、ふわりと笑った。
「違くは、ない」
「ふふ」
 そのまま首に腕を絡ませてくる蒼生に、導かれるままに口づけ、舌を差し入れる。背中に手を回すと、蒼生はさらにぎゅっとしがみついてくる。愛おしい。
 ばんっとドアが激しく開く音。
「……あっ、何してんだ冬矢てめぇ! 蒼生の戻りが遅いと思ったら、まったく油断も隙もあったもんじゃねえな! ほら離れろ離れろ」
「相変わらずおまえは野暮だな」
「やかましいわ、蒼生の作ってくれた夕飯が冷めてもいいってのか」
「ああ、それは問題だな。それじゃあ、あとでゆっくりシような」
 蒼生の額に唇を寄せる冬矢に、健太はさらに掴みかからんばかりの勢いだ。
「また!」
 そして割り込むように、蒼生をぐいっと引き寄せキスをする。
「んっ……。あー、健ちゃん、落ち着いて。冬矢も。ね。まずはごはん食べよ。そ、……それから、3人で、シよ?」
「はい」
「はい」
 声が揃う。蒼生はぱっと顔を輝かせ、素直に頷くふたりをにこにこ見守る。
 このふたりの関係はなんなのだろう。恋敵というには柔らかく、友達というには複雑で、だが他の友人らの誰よりも仲良く見える。
 ああ。
 このふたりの関係ごと、
「ふたりとも、大好き!」
 もう、それでいいか。
 蒼生の笑顔につられるように、健太も冬矢も、楽しそうに笑った。



 おまけ。
Q.「間接キスを頑なに嫌がるのはなぜですか?」
A.「あくまでけじめですね。俺たちはあくまでも、蒼生あっての関係なので」
 「けど、こいつがしゃぶった後にすぐしゃぶるのは全然平気。蒼生を介してることになるから」
Q.「は?」
A.「あ?」
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