高原 風音

ふんわりいちゃ甘な創作BL小説をメインで活動しています!
基本的にはハピエン厨というより、ハッピーに始まりハッピーに進んでハッピーに終わる、一言で言うと“始終ハッピー主義”。
主にPixivで作品を発表しており、こちらには順次再掲を行っております。現在執筆中のシリーズは3人組のゆるふわいちゃあまラブ『僕+君→Waltz!』(R-18あり)。完結済みのシリーズには、自由奔放な少年がハッピーエンドを迎えるまでのお話『初恋みたいなキスをして』(R-18)があります。
そのほか、ちまちまと短編BLを書いたりしています。
また、ここでは紹介しませんが、ファンタジー?ふうのシリーズ『碧色の軌跡』(完結済み・恋愛要素なし)やオリジナル短編などもあったりしますので、興味がありましたらぜひ。
二次創作もぼちぼちやっております。

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投稿日:2024年04月15日 22:30    文字数:24,156

47こ目;触れる温度

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冬矢が蒼生をデートに誘うおはなし。
色恋には慣れているはずの冬矢ですが、こと蒼生に関しては手探りです。
どうにか蒼生を甘やかしたい気持ちでいっぱいの冬矢は、あれこれいろいろ考えています。

↑初公開時キャプション↑
2022/04/15初公開
https://pictbland.net/users/series/kazanet-tk/%E5%83%95%EF%BC%8B%E5%90%9B%E2%86%92Waltz%EF%BC%81
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 シャワーを浴び終えた蒼生が、髪を拭きながらリビングに戻ってきた。鼻歌交じりに冷蔵庫を開けて、緑茶のボトルを取り出す。コップに注いだ1杯をまず飲み干すと、もう1杯をまた注ぐ。
 一緒に暮らし始めてしばらくは、蒼生はきちんと髪を乾かして、すっかり寝る体勢になってから洗面所を出てきていた。それが、今では、気を抜いたように濡れた髪を見せるようになった。それは、早めに水分を摂ったほうがいい、という俺の助言を受けたものだし、本当に気を抜いているのもあると思う。髪を拭く、それだけのことなのに、この仕草が本当に可愛い。
 それから、着ているのがパジャマというのも可愛い。周りがどうだか知らないが、この年代になるとTシャツにジャージくらいの服装で寝るものだというイメージがある。さっきから携帯を弄って椅子を揺らしている、目の前の健太みたいに。俺も中学あたりからそうだったしな。けれど蒼生は、親が買ってくるパジャマを特に疑問も持たずに着ていたらしい。それはすっかり習慣づいているのか、家から持って来たのはすべてパジャマだった。俺たちの格好のほうが楽だと伝えるのは簡単だ。しかし、うまく言葉に出来ないのだが、その姿は「俺の家でくつろぐ恋人」のイメージにぴったりで、とにかくそのままでいてほしいと思ってしまった。しかもその勢いで、お揃いを準備してしまった。俺も同棲に舞い上がっていたんだろうな。いったん冷静になると、蒼生がどういう反応を示すのか心配になったが、外で服を揃えるのは少し抵抗があるものの、家着が一緒というのは嬉しいらしい。はにかむ蒼生が、あまりにも純粋で、可愛くて、愛おしくて、どうにかなってしまいそうになったあの日が今も記憶に新しい。
 ちなみに、学校の行事で泊まりになる時には、蒼生もジャージ姿だった。小学校の林間学校で決まりだったからというのがきっかけだそうだが、その後も「家じゃないとこで何かあった時、逃げるのに動きやすいほうがいいと思う」という健太の助言通りにしたのだとか。何があるんだろうと思わなくもないが、よくやった、とも思う。
 つまり蒼生のパジャマ姿は、気を許している証拠だ。その姿は、とにかく本当に可愛い。見るたびに、つい組み敷いてしまいそうになるほどだ。こんな可愛い姿を他人に見せてはいけないと思う。
 その蒼生は、コップをテーブルに置くと、また洗面所のほうに向かう。
「蒼生」
 呼ぶと、首を傾げながら振り返った。
「髪乾かしにいくの? 今日は俺がやるよ」
 さらに不思議そうな、きょとんとした顔。
「そうなの?」
「うん。実は、前から気になってて。ドライヤー持っておいでよ」
「わかった」
 素直に頷いて、ぱたぱたと駆けていく。俺は、蒼生が座りやすい位置を確保すべくソファに座り直した。
 そう。気になっていたんだ。ほったらかしの健太と違って、蒼生は早く寝たいからと言ってドライヤーをかける。本当にそれだけの理由らしい。せっかくの綺麗な髪なのに。今だって触り心地はいいが、もっと丁寧に手入れすれば、さらに手触りよく出来るはずだ。いつかやってみたいと思っていたものの、鬱陶しく思われないだろうかとずっと躊躇していた。だがいざ声をかけてみると、こんなにも簡単なことだったとは。蒼生は俺のすることに何の疑問も抱いていないようだ。
 蒼生はドライヤーを持ってきて、そのまま俺の横を通り過ぎる。壁面収納の引き出しを開けて中から延長コードを取り出す。健太もそれに気付いてじっとその動きを見ている。そうして俺と健太の視線に追われながら、蒼生は壁のコンセントと延長コード、それとドライヤーを繋ぐ。
「おまたせー」
 きっかり自分で全部整えてくる蒼生が可愛くて仕方ない。手伝うつもりだったのに、つい最初から最後まで見ていてしまった。
「ありがとう。それじゃあ、ここ座って」
「はーい」
 蒼生はソファの前、俺の脚の間に来るように場所を微調整しながら、柔らかなラグの上にちょこんと座る。脳内でシミュレーションはしていたし、自分でも試してはみたが、実際にやってみるのは初めてだ。蒼生に熱い思いをさせないように気を付けなくちゃな。スイッチを入れ、蒼生の髪を梳きながら、丁寧に乾かしていく。時々、ぴくんと動くから、ドライヤーをぶつけてしまわないように。……そうだよな、このあたりと、それから、ここ。弱いとこだもんな。
「気持ちいい~……」
 俺の手にすべて委ねた蒼生が、そう零す。
 さっきからちらちら様子を窺っていた健太が、そろそろと近付いて来た。
「そんな気持ちいいんだ?」
「うん……。ひとに髪乾かしてもらうのって気持ちいいよね」
「オレ短いからよくわかんねえや」
「ああ、そっか。美容室で切った後にやってもらうんだけど。その時より、……冬矢の指、気持ちいい……んっ」
 実は今、少し調子に乗っている。わざと蒼生が好きなところを触ったり、撫でたりして、反応させて楽しんでいるんだ。指を動かすたび、思った通りに反応するのがたまらない。すると、健太がじっとりとこっちを睨んできた。
「おまえ、わざと感じさせてね?」
 さすが、蒼生に関することには察しがいい。
「よくわかったな」
「えっ」
 蒼生がわずかに頭を上げる。けれどその頭頂部にも風を当てながら撫でてやると、すぐに大人しくなった。
「……なんでもいいやぁ。気持ちいいし」
 そうか。いいのか。可愛いな。
 途中で温度を変えながら乾かしていくと、手触りがどんどん変わってくる。さらさらで艶やかで、それでもしっとりと指に馴染む。
「はい、できた」
 カチリとドライヤーを止めると、蒼生は「ありがとう」と言って、そっと自分の頭に手をやった。
「……え。全然違う!」
「だろ?」
「えっ、オレも触る!」
 健太が身を乗り出し、蒼生の正面から両手で髪を撫でる。
「うっわ。さらっさら。きらきらしてる」
 俺も後ろ髪をそっと撫でて、唇を寄せる。
「普段も可愛いけど、さらさらで触り心地よくて、気持ちいいだろ」
 健太は前髪に顔を埋め、大きく深呼吸をする。
「おまえの手によるってところが悔しいけど、綺麗だな。可愛い」
 ちらりと蒼生の顔を窺うと、ふたりがかりで撫でられて、すっかり俯いて真っ赤になってしまっている。頭を撫でられるのが好きな蒼生には、刺激が強かっただろうか。健太もそれに気付いたらしいな、肩に手を乗せると、蒼生はそのまま胸に吸い込まれるように抱かれていった。健太め、俺の手柄だというのに、やたら満足げな顔をするのが腹立つな。
 その時、
「そうだ。オレ、明日図書館行ってくるわ」
 突拍子もなく、健太がそんなことを言った。驚いたが、蒼生のほうがもっとびっくりしたようだ。戸惑う雰囲気が後ろ姿からも伝わってくる。そうだろうな、抱き締めてきた恋人が、突然明日単独行動をします、と宣言してきたんだ。きっとさっきから言うつもりだったのを、今思い出したから言ったんだろう。計算しないのは健太のいいところでもあるが、時々ミスをする。明らかにがっかりした雰囲気を一瞬漂わせた蒼生が、ぱっと笑って顔を上げた。
「大学の図書館?」
 一瞬だから、健太は気付かないだろう。
「いや、駅の向こうにあるやつ。ちょっと課題で考えたいのがあってさ」
「そっか」
 やっぱり気付かないか。
 素直すぎる健太と健気な蒼生は、傍目からはひやひやすることも多い。蒼生がふんわり受け止めてくれているし、本人もそれを苦にしていないから成り立っているが、俺がいなかったらいつか喧嘩になるのではないだろうか。……喧嘩で済めばいいが。
「でも、専門の本とかってこっちの図書館にもあるの?」
「資料は手元に揃ってんだ。けど、家にいると甘えちゃいそうだから」
「うん」
 見ていられないな。俺は健太の腕から蒼生を奪い、後ろから抱き締める。揺れた瞳が俺を見上げてきた。
「家でやればいいだろ。どうせおまえは図書館になんて行ったら即眠くなって課題なんか出来ないだろうからな」
「や、だから」
「ちょうど買い物に行きたかったんだ。蒼生は俺と一緒に出かけよう」
「え」
 我ながらいい案だ。蒼生は、健太が外でひとり課題に取り組むことに対する寂しさを回避できる。健太は静かに落ち着いて課題に取り組める。そして、俺は蒼生とふたりでデートできる。
「蒼生は、どうかな。家にいたい? それとも、俺とデートしてくれる?」
「で、デート、する」
 ふわっと蒼生の空気が柔らかくなる。
「……ぐっ……。羨ましい……っ、けど、たしかに図書館行ったらまず寝るよなオレは……!」
 蒼生と図書館が揃うことで発動していたのが健太の眠気、ということだったはずだ。だから図書館単独でその条件に当てはまるかどうかはわからない。が、こいつ、単純だからな。思い込んでその通りになる可能性はある。大人しく家でやってろ。
「せいぜい、課題を頑張ることだな。もし帰りに連絡して終わっていないなんてことがあったら、……俺と蒼生は“お泊まり”する」
「……おっ、“お泊まり”……!!」
 聞いていた蒼生が再び頬を赤くする。この手の煽りは、健太にはものすごくよく効く。俺と蒼生を家から追い出すんだ、そのくらいの脅しはしても許されるだろう。


 支払いを終えて店を出ると、先に出ていた蒼生は、向かいの店先に並べられた色とりどりのペンを眺めていた。
「お待たせ」
 声をかけると、嬉しそうに振り向く。
「何? ペン?」
「あ、うん。欲しいとかじゃないんだけど、いろんなのがあるなって。36色セットのボールペンなんて、ほら、見て。隣の色との違い、そんなにわからないんじゃないかなあ」
「まあ、文房具として使うのは4色くらいか」
「だよね。とはいえ、昔旅行先で10色ボールペン買ったことあるんだけど」
「1本で10色? あまり使い勝手はよくなさそうだ」
「太くて持ちにくかったね……子供の手だし。だけど気に入ってずっと使ってた」
 楽しそうだな。蒼生は文房具も好きだ。集めるわけではなく、店で眺めるのが好きらしい。手に取っては散々眺めて悩んで、結局頷いて元に戻すのを昔から隣でよく見ていた。……本当は、あれこれ収集したかったのではないだろうか。それを、収納や経済的な理由で我慢しているような気がする。たまにはそんな自制心から解き放たれて、少しくらい無駄なものを買ってもいいと思う。たしかに収納に限界があるのも事実だが、時々はそういうのも必要だろう。
 そう言っても聞かないんだけどな、蒼生は。どう言えばいいのだろうか、そういう「余白」は気持ちの余裕を生むはずだ。けれど、文房具のような消耗品は、なくなりそうになったら買い足すくらいでいい、と力説する。たしかにそうなのだけれども。
 …………。蒼生に、もっと、わがままを言わせたい。言ってほしい。今日は健太の都合で連れ出したが、そうではなくて、蒼生がちゃんと「デートだ」と思えるようにしたい。俺には思い切り甘えていいし、わがままを言ってもいい。そういうふうに思ってほしい。
 けれど結局、蒼生は何も買わなかった。
 無理強いすることでもないし、目的の買い物も終わったし、俺たちはあえてエスカレーターで階下に向かう。用事があったのは8階だけだったから、行きと同様にエレベーターで降りる選択肢もあった。ただ、見晴らしがよくて人気だという外が見える大きな窓がついたエレベーターで、一緒に乗った女子たちがわっと窓際に押し寄せる中、蒼生はそっと俺の後ろに隠れた。そういえば、蒼生はある程度高い場所に来ると、あまり窓の側には近寄らない気がする。そういうことなのだろうと、帰りはエスカレーターを提案したのだ。すると蒼生は、ほっとしたように笑って頷いた。
 蒼生は自分のことをだいぶ話すようになったけれど、おそらくまだ弱点や苦手を隠しているんだろうな。
 2階まで下りると、上階とはずいぶん雰囲気が違う。白い床と棚、照明に照らされた金属の反射でやたらと眩しい。正面は若者向けのアクセサリーショップか。店頭の平台には、長いチェーンのネックレスと並んで、台紙に付けられたピアスがずらりと展示されていた。それに何の興味も示さない蒼生は、案の定まっすぐに下に向かおうとする。俺はその腕を引いた。
「ちょっと見ていってもいいかな」
「? うん」
 何故俺がそこに立ち寄ろうとしたか、まったくわからないという顔をして、けれど素直についてくる。
 俺は、そのまま平台を眺める。様々なデザインのアクセサリーがあるんだな。比較的、大きめで目立つものが多い店のようだ。種類自体も多いから、おそらく……ああ、あった。そんなに数はないが、控えめなデザインばかりでちょうどいい。俺が手に取ったそれを、蒼生は不思議そうに見つめる。
「それは何?」
「イヤーカフっていう、耳に付けるアクセサリー」
「ふうん?」
「これなら穴を開けなくても気軽に付けられるんだよ」
「へえ」
「こうやって、耳の縁を挟むように付ける」
 他人事のような顔をした蒼生の耳元に、銀色のリング状のイヤーカフを寄せてみる。きらりと反射する光。……可愛いな。
「うん。いいね」
「……え?」
 蒼生はぱちぱちと目を瞬かせる。
「あ、え、ぼ、僕? いや、僕には似合わないよ」
「そうかな。可愛いと思う。俺は」
「えっと……」
 困った顔で視線をそらす。
 蒼生を説得する必要はない。俺の思いを伝えればいい。
「俺もね。アクセサリーに興味があるわけじゃないんだ。でも、こういう小さなものなら身に付けてもそんなに邪魔にはならないだろう? それなら、蒼生と……お揃いで付けられるんじゃないかなって思ってた」
「……お揃い?」
「そう。……本当の本音を言えば……俺のものだっていう印をつけたい」
「!」
「もちろんそんなの、俺たちの中でだけわかっていればいい話なんだ。だけど本当は、世界中に宣言したい。誰が見ても、蒼生は俺のものなんだってわかるなにかがあればいいのに。ずっとそう思ってる。……アクセサリーのお揃いくらいでそこまで深読みする奴はいないと思うから、気休めかもしれないけれど」
 きっと俺は怖いんだと思う。蒼生の世界が広がるたびに、蒼生の魅力に気付く奴らは比例して増えていく。その中の誰かが、蒼生を攫っていってしまったら。蒼生が惹かれてしまったら。俺はそれを止めることが出来るだろうか。
 蒼生が、俺の手に自分の手を寄せて、そっと俺のほうに押し戻す。それは拒否、なのかと一瞬思った。けれど、蒼生は、俺が手に持っていたものを自分の視界に入れただけだった。
「……綺麗だね。これを、一緒に付けたら、冬矢は僕が冬矢のものだって確信が持てる?」
 はっとした。俺が外の世界に向けてのアピールを考えている時、蒼生は俺たちの中だけの世界を考えていた。そうか。蒼生は俺が話さなかった不安を見抜いたのか。
「ああ。俺のわがまま、きいてくれるの?」
「わがままかどうかはわかんない、でも、言いたいことはわかった気がする」
 そう言って、並んだアクセサリーをきょろきょろ眺めると、短い筒のような形をしたイヤーカフを手に取った。中央の下部分に、とても小さな、青い色石がついていた。
「僕も買う」
「え?」
 赤い顔で、ふわっと笑う。
「と、冬矢も、僕のものだから」
 蒼生。
 店頭だとか人の目があるだとか、そんなことは頭から抜けていた。気が付いた時には、俺は蒼生を正面から抱き締めていた。
 愛しい、愛しい、俺の蒼生。そうだよ。俺は蒼生のものだよ。

 歴史のありそうな重い木の扉を開けると、中はさらに重厚感のある空間が広がっていた。歩いている途中で、蒼生が「気になる」と立ち止まった喫茶店だ。飴色に近い色の柱やステンドグラス風の窓に、棚の古い時計。置いてある物もアンティークショップに並んでいるような品ばかりだ。
「すごいね、いい雰囲気」
「だな」
 なるほど、どことなく図書館と似た感じがする、蒼生が好きそうな雰囲気だ。あそこも本に囲まれる圧力がすごいからな。物理的というよりも、圧迫感というか迫力というか、蒼生はそういう意味で「狭い」場所が好きなんだと思う。
 天井の高い店の一番奥には小さな扉があって、物入れという札がついていた。脇には階段があり、その倉庫スペースの上だけを中二階としているようで、そこには店を見下ろすようにカウンター席が設けてあった。
「あそこがいい」
 と蒼生が言ったので、その席に通してもらう。6席しかない列の奥の椅子には、いかにもこの店と雰囲気の合う白髪の男性が、布製のカバーをかけた文庫本を読んでいた。
 蒼生は嬉しそうに辺りを見渡す。
「あ、入り口からちょうど見えなかったけど、あそこ、ピアノがあるよ」
「そうか、もしかするとここはそのための席なのかもしれないね」
「かっこいいねえ」
 もっと家から近い場所だったら、一緒に通いたい店だったな。たしかに、この感じは俺にとっても落ち着く雰囲気だ。
 しばらくすると、蒼生の前にはクリームが乗ったココアが、俺のところには爽やかな香りの紅茶が運ばれてきた。これも気に入った要因のひとつだ。こういった古い喫茶店はコーヒーにこだわりがあるのかと思っていたけれど、それ以外の飲み物のメニューが充実していた。もちろんコーヒーの種類も豊富だったが、「炭酸でも甘いのでもお客様のお好みで! 私はココアが好きですね、上に乗った生クリームが美味しいんです」と若い女性店員が気さくに話してくれたので、安心して選ぶことが出来た。炭酸のアレンジメニューも多かったから、健太も気に入るだろう。まあ、あいつはこの雰囲気に耐えられるかどうかわからないけどな。それなら蒼生とふたりで来るだけだ。
 俺と蒼生は、穏やかな空気の流れる店内を眺めながら、なんとなく触れあう肩の温度を感じていた。時間さえゆっくりと流れていくような気がする。いっそこのまま止まってしまえばいい。その横顔を見ようと首を回すと、すぐに気付いた蒼生がこちらを見て笑う。蒼生。世界が今ここで閉じてしまえばいいのに。
 けれど、蒼生は世界を動かすように、ふわりと動いた。俺との間に置いた、手のひらくらいしかない大きさの手提げ袋を指先でたぐり寄せると、中を覗き込む。そこにはさっき買ったアクセサリーが入っている。蒼生が自分に自信がなくて、自分を飾ることに興味がないのは本当だ。だがこういう、自分にとって初めて、というものには興味が湧くのだろう。好奇心が強いからな。
 おそらく、一緒に行って悩ませるより最初から買い与えてしまったほうが、蒼生にとっては抵抗感がない。それでも、一緒に選びたかった。蒼生の意思をどうしても組み込みたかった。
 俺は、蒼生が覗き込む横から手を突っ込んで、ひとつ小袋を取り出した。
「付けてみる?」
「……うん」
 蒼生が手を伸ばす。その手を取ってテーブルに戻すと、蒼生はきょとんとする。
「じゃあ、こっち向いて」
「ひぇ」
 俺がどうしたいかがすぐにわかったようだ。俺は台紙からリング状のイヤーカフをひとつだけ取ると、……そうだな、ここがいい。蒼生の左耳、真ん中辺りにそっとはめる。落ちないようにわずかに力を込めると、蒼生の肩がぴくんと揺れた。ああ、似合う。可愛い。
 1秒でも早く、と気が急く。自分の耳、蒼生と同じ位置に残った片方を付ける。ほんの少し何かが触れている感じがするが、重さもほとんど感じない。少し心許ないかなとも思ったが、蒼生は俺を見て笑った。
「やっぱり似合う。かっこいい」
 あ。やられた。俺が先に言いたかったのに。
「ありがとう。蒼生も似合うよ。綺麗だ。……もっとたくさん飾り付けたいな。美しい花やあでやかな宝石で蒼生を飾りたてられたらいいのに。ああ、でも、そんなものが色褪せて見えるほど蒼生は綺麗だからな」
「ちょ……と、冬矢……? そ、壮大すぎてわかんない……」
 蒼生は真っ赤な顔を隠すように、ふいっと階下を見下ろした。
「でも、あの、いきなりこんな派手にしちゃって周りにはしゃいでるとか思われないかな」
「はしゃいでいたっていいじゃないか。それに、そんなに派手じゃないよ。むしろさりげなくて、可愛い。本当に可愛いね」
「……っ、えーと、えーと、次はどこに行こうか? なにか見たいものとかある?」
 俺の言葉に耐えきれなくなったらしい。さらに視線を向こうにずらし、既に整頓されている鞄の中身を整理し始めた。可愛いな。
「そうだな。少し服でも新調しようか」
「いいね。……まさか、僕のじゃないよね?」
「だけじゃないよ」
「う、う。やっぱり僕のも見るつもりかぁ。お手柔らかにお願いします……」
 なんだか楽しくなってきた。蒼生を全部、俺の好みにしてやろう。もちろん、素材のすべてがもともと俺の好みなんだけどな。
 喫茶店を出て、少し駅の方向に戻るように道を辿り、2本目の角を曲がる。同年代がやたら目立つ人混みの中を、蒼生は涼しい顔でついてくる。ふふ、完全に外向けの顔だな。きっと頭の中は、俺についてくることで必死だと思う。
 店の中に入っても、その顔を崩さない。メンズフロアに向かう階段で人の流れが一瞬途絶えると、ようやく困った顔でついっと俺の服の裾を引いた。
「……完全アウェーなんだけど、大丈夫?」
「そんなふうには見えないよ。凜々しくて綺麗ないつもの蒼生でいれば」
「それは冬矢の贔屓目だからさあ」
 ぶつぶつ言うのも、俺たちにしか見せないのがもったいないくらい可愛い。いや、見せないけどな。
 ただ……自分が、俺にとって大切で特別なんだという自覚はあるらしい。さっきみたいに、たとえを派手にすると照れるけれど、言われ慣れた言葉にはさらりと何でもないことのように返すのだから、おそらく蒼生の中にすっかり定着したんだな。それは嬉しい。
 そういえば、蒼生と服を見るのは初めてかもしれない。俺は持って来たり送ってもらったりした服ばかりで、昔着ていたものをほぼそのまま着回している。高校時代からはサイズもほとんど変わっていないし、さほど興味があるわけでもないからな。蒼生は時々健太に引っ張られて見に行っているようだけれど、基本的に似たような、かっちりしたものを少し買うだけだ。アクセサリーのように自分を飾るものに興味がなく、文房具のように足りないものを買い足すだけ、なのだろうか。
 服にも興味がないなら、やはりこのコースは重荷だったろうか。そう思いながらフロアに辿り着くと、蒼生はふらりと俺の後ろから離れた。どうしたんだろう。一瞬その後ろ姿を追おうとしたが、踏みとどまる。蒼生がどういう行動をするのか気になったからだ。蒼生がどこにいるか常に意識をしながら、俺も商品を見て回ることにする。そんなに広くない店内でよかった。
 ……なんとなく暇つぶしに見ているだけではないようだな。棚に陳列された服を手に取ったり、戻したりしている。男性店員に話しかけられて、にっこり案内を断ると、再び棚に目を落とす。それから、何かを手に取ると、くるりと振り返って俺のほうに来る。俺は蒼生が気にしないように、商品を見ているふりをする。
「ねえ、冬矢」
 今気が付いたという体を装って、俺は蒼生を見る。
「どうした?」
「これの上に、こっち重ねて着てみて欲しいんだけど」
「……え?」
 差し出された2枚の服。驚いて蒼生の顔をじっと見ると、蒼生は得意げに笑う。
「先手取ってみました」
 俺が蒼生の服を選ぶだろうから、自分が俺の服を選ぼうって? ……どこまで。どこまで俺に愛しさを感じさせれば気が済むのだろう。まさか蒼生に限ってそんなことはないと思うが、理性を試されているのではないだろうか。いや、わかっている、素だ。蒼生は無邪気にこういうことをする。
「蒼生って、服に興味がないのかと思っていたけど、そういうわけでもないのか」
 すると、ほんの少し口をとがらせて、俺の胸にその服を押しつけてきた。
「そりゃあね、自分で着るものにはまったく興味がないんだけど。冬矢や健ちゃんが着る服となれば話は別だよ」
 そうか。なるほど、そういう基準か。本当に、まだ俺の知らない蒼生は存在するんだな。
「ほら、早く試着してみて。サイズ感わかんないから」
 俺が凝視していることに気が付いたのか、蒼生は頬を染めながら俺の背中を押した。
 店員に声をかけ、奥の試着室を貸してもらう。おそらくサイズは問題ないだろう。実際、袖を通してみると、うん。ぴったりだ。だろうな、蒼生は俺の体を隅々までわかっているはずだから。
ただ、これは、普段着ているものより少しシルエットが柔らかい感じがする。
「蒼生」
 声をかけながら、試着室のカーテンを開ける。蒼生は上から下まで視線を流し、何度も頷いた。
「うんうん、すごく優しい感じ。冬矢、こういう色似合うと思ってたんだよね」
「そうかな。いつもとイメージ違う感じがしないかな」
「冬矢はかっこいいんだから、こういう砕けた感じもいいと思う!」
「……ふふ。蒼生が言うならそうだな」
 蒼生は満足そうに笑っている。
 いつもと逆だ。さっきは俺が薦めても、自分には似合わないとかなんとか言ってたくせに。そういう、自分にだけ評価が低いちぐはぐなところも、可愛いと思ってしまうんだ。同時に、それをいつかどうにかしてやるぞという気持ちもふつふつと湧いてくる。蒼生といると本当に飽きないよ。
 自信満々に俺を褒める蒼生が、とにかく素直に嬉しかった。好きだ。大好きだ。
「このお店、いいね。もっと色々見てみたいな」
「じゃあ、いったん着替えるね」
「うん」
 元はと言えば、昔母さんが出張に来た時に買ってきてくれたブランドだった。家でなんとなく着ていたけれど、柔らかなイメージが自分には合わないような気がして、家着にとどめていた。その本店がこの街にあると知って、蒼生には似合うかもしれないと思ったから来てみただけだ。普段着からすれば蒼生も俺もイメージが違うけれど、蒼生にはきっと、と思った。……それがどうだろう。蒼生が、俺に似合うように選んでくれた服。そうか、これが俺なんだ、と思えるほど、とても馴染む。
 そうだな、この組み合わせだと、胸元が少し寂しい。たしかペンダントが置いてあったはずだ。蒼生に選んでもらおうかな。
 そんなことを考えながら、試着室を出る。……蒼生? 店内を見渡すと、壁際の棚の前に蒼生がいた。隣には、さっき蒼生に話しかけていた店員が、……いや、店員だろうか。やけに距離が近い。足早に蒼生のもとへ向かう。その間にも、男が顔を近付け、蒼生が身をかばうように顔を背ける。
「どうした?」
 2人がぱっと顔を上げる。蒼生の、明らかに安堵した表情。そして、すぐにきりっとしたいつもの顔で、男のほうに向き直る。
「そういうことなので」
「……ちっ」
 男は舌打ちすると、どん、と蒼生を突き飛ばした。は? 俺は咄嗟にそのよろけた体を抱きとめる。は? なんだ? 蒼生、に、なにを。俺の、大事な大事な蒼生に。……ふざけるな。
 そそくさと階下へ向かう男を追おうとした俺を、蒼生の手が押しとどめた。止めるな、あいつは、今、蒼生に。
 蒼生はにこにこ笑って首を振った。
「ありがと」
「いや。……違う、ごめん。助けられなくて」
 蒼生から目を離した。俺の落ち度だ。
 なのに蒼生は、本当に何事もなかったように平然としている。
「ううん、ちょっとつきまとわれただけだったし。危なそうだったらちゃんと冬矢のこと呼んだよ。だけど、あの程度ならなんとも」
 俺は。
「冬矢。僕、ほんとになんとも思ってないよ」
「……何を言われた?」
「ん? なんか、綺麗な顔してるねーとかオレが服贈ろうかとか、まあテンプレートなやつ。で、男が服を贈る意味知ってる? 脱がせたいって意味だよ? とかなんとか」
「それで、なんて答えたんだ」
 蒼生は得意げに胸を張る。
「なら、彼氏に買ってもらうことにしますね! 僕の彼氏、脱がせるのが好きなので! って。びっくりしたみたいに、は? って言われたところで冬矢が来たから、見事に“彼氏登場”って感じだったね」
 ……は。ははは。なるほど。
 俺の恋人は、強い。綺麗で可愛くてふわふわで、たまに揺らぐことはあるけれど、芯はこんなに強い。愛しいひと。
 でも、ふうん? 俺のこと、そういうふうに思っていたんだ?
「よし、わかった。今から蒼生の服、選ぼう。買ってあげるよ」
「えっ? やだなぁ、冗談だってば。自分のことはちゃんと自分でするし」
 俺は蒼生の唇に、人差し指で触れた。蒼生がぴたりと黙る。
「男が服を贈る意味、だろ。……わかるね?」
 蒼生はぱっと顔を赤くして、小さくこくりと頷いた。

 店を出てから、ちゃんと答え合わせをした。
「さあ、これから俺はどうすると思う?」
 と聞いて。
 蒼生はぽわんとした顔で答えた。
「……脱がせるとこ、に、行く」
 正解。
 それじゃあこの前健太と行ったとこ、連れていってくれる? と言うと、嬉しそうに「うん」と言った。
 当然あの時点で調べたので、場所がどこかくらいわかる。それに、そこ自体が安全な場所なのか、周辺の治安は昼夜とも問題ないだろうか、同性同士や複数人を受け入れてくれるのか、といったあたりを調べておくのは必要で重要だった。蒼生を危険な場所に連れて行くわけにはいかないから。大丈夫だと判断したから、こうして蒼生を誘ったわけだ。
 それを言わずに、蒼生に先を歩かせる。蒼生たちが開拓した場所だし、あれだけ楽しそうに話していたのだから、きっと自分で案内したいだろうと思ったから。と、いうのは建前だ。……どう思われるかな。本当は、抱かれるために俺を導く蒼生の姿が、ひどく欲情を煽るのだと言ったら。それが見たいが為だと言ったら。
 写真で見たことのある建物の前で、蒼生は立ち止まる。振り返って、笑う。
「ここだよ」
 カフェにでも案内するような明るい笑顔で、けれど背景はラブホテルで。俺は腹の奥から溢れ出しそうな何かを押さえつける。まだだ。
「蒼生はどんな部屋がいいの?」
「うーん。この前は緊張してて、実はあんまりよく見てなくて。どういうとこがいいんだろ。うー……。冬矢は入りたい部屋とかある?」
 ふふ、こういうのでも悩むのか。
「俺は蒼生といられるならどこでもいいんだけどな」
「ぐっ……。冬矢はそう言うんだよね……むー。ええと……。あ」
「何が気になった?」
「ね、……ここ、空いてるし、ここにしてもいい……?」
 ……ふうん。
 なるほどね。
 そうして俺と蒼生は、なんの問題もなく、咎められることすらなく、スムーズにその部屋に入った。
 部屋に入ると、狭い廊下がある。すぐ右側の壁がへこんでクローゼット状になっていて、その脇にドアがひとつ。反対側にもひとつだ。蒼生はその辺りには目もくれずに廊下を抜けていった。カーテンで仕切られた一角がある以外には、ひとり用の机と椅子のセットが4つ並び、少し背の高い机があって、壁には深緑のシートが貼ってある。隣には時間割表のようなポスター、なんだ、やたら保健体育ばかりだな。
「うわー、それっぽい!」
 蒼生が楽しそうに机の間を回る。そう、「教室っぽい」。決して本格的なものではなく、いかにもらしい小道具をなんとか整えましたという雰囲気だ。この前来たという「城」がそんな感じだと聞いていたから期待はしていなかったが、逆にその期待を裏切らない内装だと思えば面白い。
「あの、僕が入ってみたい部屋にしてくれてありがとね。冬矢はたぶん好きじゃないと思うけど」
 少し心配げに蒼生がそんなことを言う。黙って部屋を見渡していたから不安にさせてしまっただろうか。俺は笑ってみせた。
「そんなことないよ、大丈夫。なんだか面白いなあと思って見ていただけだから。組み合わせ次第で教室みたいに見えるんだね。……さて、どうする? 準備、手伝おうか?」
「あっ……。えへへ、大丈夫。ちょっとだけ待っててね」
 蒼生は鞄を抱えて、廊下のほうに走って行く。ストレートな誘いに、何の躊躇もなく応えるのが本当に可愛いと思う。蒼生は幼い頃から健太に愛されていて、その人生の中で恋人は俺たちだけだ。だから“駆け引き”をしない。愛を試すようなこともしない。……知らない、のかもしれないな。駆け引きなんかする必要がないから。その純粋さが眩しくて、愛おしい。
 …………。教室、か。
 硬い椅子を引いて、座る。座り心地は決してよくない。俺は改めて並ぶ備品を眺めた。本物とは明らかにクオリティが違う、お遊びの空間。そういうシチュエーションでセックスをするために作られた部屋。とはいえ、頭の中に残った景色を思い出させることはたしかだ。
 俺たちは高校から付き合い始めた。きっと学校の中で、こっそりと触れ合うような付き合いに憧れるところがあったんだろう。実際、教室でキスをするカップルはいたし、気付かず踏み込んで謝ることなんかもあった。それを蒼生が羨ましそうに見ていたのはわかっていた。はっきりと言うことはなかったけれど、目が欲しがっていた。俺はそれに気が付かないふりをしていたんだ。
 蒼生が決して言葉にしなかったのは、最初に俺が「公共の場では決して手を出さない」と宣言したからだ。我慢出来ずに学校外でキスをしたことはあったから、健太は少し疑問に思っていたようだが。
 だからさっきの蒼生のセリフになるわけだ。俺はこのシチュエーションを「好きじゃない」と。蒼生は俺が学校では絶対にそういう行為に及ばないと思っているし、したことがないとも思っているはずだ。……蒼生にはしないだけだよ。いつだって本当は蒼生に触れたかった。だがそんなところを目撃されてしまったらどうする。俺はいい。ダメージを受けるのは蒼生なんだ。それに、衛生面だって心配だろう。俺は蒼生が大切だから、絶対に人の目が避けられる場所以外ではしないと誓っていた。
 学校で? そんなの、珍しいことでもない。教室の端、薄暗い床に押し倒したこともあった。校舎裏で立ったままということも。空き教室に連れ込んだことも。どうでもよかったから、どこでもよかったんだ。そういえば、中2の頃かな。誰だったか覚えていないが、教室で告白され、そのまま机の上に引き倒されかけたことがある。それが蒼生の机であることに気付いた俺は、急に気分が悪くなって、何もせずにその場で別れを告げた。蒼生に不潔なものを近付けるのがとにかく気持ち悪かった。……思えば、あの時、俺は既に蒼生のことが好きだったんだろう。
 ドアの開く音がして、そちらを見る。目が合うと、蒼生はとろけるように笑った。部屋が突然明るくなった気がして、頭の中に降り積もった埃が払われるように一瞬にして消えた。
「ごめんね、いつもいつも待たせちゃって」
「蒼生に使う時間は楽しいよ。待つ時間でもね」
「なるほど」
 珍しく素直に頷く。たぶん、自分に置き換えてすぐに理解したんだろう。そうか、俺を待っている時、蒼生は俺のことを考えてくれているんだな。それも楽しいと思ってくれているんだ。
「でも、あの……言われた通りに着てきた服そのまま着たけど、これでいいの?」
 少し戸惑ったように蒼生が自分の格好に目を落とす。健太と来た時はバスローブでも着たのだろう。クローゼットの目立つところにかかっていたから。
「いいんだよ。だって、教室、だろ。制服に少しでも近い服装のほうが、雰囲気が出ると思ってね」
「あ、そうか、制服かぁ。たしかにちょっとそれっぽいかも」
「ほら、蒼生もおいで。一緒に座ろう」
 俺は立ち尽くしたままの蒼生に向かって手を伸ばす。蒼生は目を瞬かせて、「うん」と小さく答える。それから引っ張られているように俺のところまで歩いてきて、……向かい合うように、俺の膝の上に座った。隣の椅子に座るだろうと思っていたから、正直驚いた。わずかに、上気した顔。そしてそのまま、俺の首に抱きついてくる。背中に手を回して撫でてやると、その力が強くなった。
「……こうしたかったの?」
「こ、こうしたかったの。ずっと。教室で、僕を待っててくれる姿を見るたびに、こうやってだっこしてほしかった」
 ああ。ずいぶん我慢させていたんだな。蒼生は安心したように息を吐いて、俺の頬に髪を擦り付ける。ふわりと、愛しい香りが鼻腔をくすぐり、なけなしの理性を崩しにかかってきた。
「蒼生……蒼生。寂しい思いをさせてごめんね。これからは、あの頃出来なかったことを取り返すくらい、いっぱい抱き締めるよ」
「僕も、もっと、いっぱいくっつく」
「……えっちなこともいっぱいする?」
「うん。いっぱい、シてほしい」
 可愛い、可愛い、俺の蒼生。そっと手を腰のほうに落とすと、体がぴくりと跳ねた。はあっと、肩口で大きく息を吐く音。それから背中が小さく反る。
「どうしたの?」
「……あ、ごめ……。お店出てから、だっ、抱かれるために、冬矢をここに連れてきたから……やましい思いで冬矢の先を歩いてるんだなっていうのがずっと頭の中ぐるぐるしてて。も、ちょっと、ぼ、暴発しそう、で」
 蒼生。
 俺と同じことを?
「うわ、冬矢引いてるでしょ。うう、僕ばっか、えっちなこと考えてて恥ずかしい……」
「引くわけないだろ? ……俺も、蒼生が俺に抱かれるために先を歩いているんだと思うと、すぐに押し倒してぐちゃぐちゃにしてやりたかった。必死で我慢してたんだよ」
「ほんと?」
「あんなに可愛い笑顔で俺のこと先導してくれていたのに、頭の中では、たくさんえっちなこと考えてたんだね。そんな蒼生も好きだよ。大好き」
「……よかった」
 安心したように蒼生は息をつく。
 自分では、明るく笑う蒼生に対して、なんて薄暗くて汚い考えを抱いているんだと思っていたけれど。蒼生も同じことを考えてくれていたんだ。それも、あんなに無邪気に。
 そうか。蒼生は、後悔するような、罪悪感を抱くような場所で抱かれたことがない。そんなことは絶対にないように、健太と示し合わせてきた。だから、俺たちとするセックスを後ろ暗いものと感じる理由がないのか。
 これは……ますます、他の人間に触れさせるわけにはいかないな。
 俺は蒼生の首筋に唇を寄せる。それだけで蒼生は肩を小さく震わせる。
「暴発しそうだっていうそれ、見てもいい?」
 小声で問いかける。だってここは「教室」だから。
「う、ん」
 肯定と共に、すっと体を離す蒼生。伏し目がちに赤い頬を覗かせるなんて、俺のことも暴発させるつもりなんだろうか。
 言葉のとおり、存在を主張するように盛り上がるそこの布を丁寧にどかしていくと、もがくようにペニスが顔を出す。なるほど、苦しそうだね。布と繋がった透明な糸が、きらりと光って弧を描く。
「ふ。ここ、びしょびしょだ。ああ、まだ溢れてくるよ」
「ちゃ、ちゃんと洗ったのに……」
「じゃあ、俺の膝に乗っかっただけでこんなになっちゃったんだ。可愛い」
 片手で蒼生の頭を引き寄せてキスをする。残った手で、震える先端に触れると、塞いだ口からくぐもった甘い声が漏れる。粘る指先で円を描いてやれば、ねだるように舌が入ってくる。素直に欲しがってくれているのがどうしようもなく愛おしい。だが、駄目だ。足りない。全然足りない。
「……はっ……蒼生。立てる?」
「ん? んぅー……」
 それって返事なのかな。言葉になっていないのは、蒼生が唇を離そうとしないせいだ。そのまま、ずるずると俺の上から降りていく。俺が立ち上がってもそのままなのは、いくらなんでも可愛すぎるだろう。
 縋りつく手を取り、机に両手をつかせる。太ももまでズボンを下ろしても何の抵抗もない。名残惜しい唇を離せば、とろりとした顔がかすかに眉を顰め、首が横に何度か揺れる。
「やだ……もっとぉ……」
 可愛いな……。出来るなら俺もそうしたい。時間を気にせず、ただ抱き合ってキスしていたい。けれど、もう、俺も限界が近い。もっと先を望んでしまう。蒼生はそれをきっと受け止めてくれるはずだ。
「ごめんね、あとでもっといっぱいしてあげる。だから俺のこと、気持ちよくして?」
「ぇ……?」
 俺は痛いくらい張り詰めた自分のペニスを、下ろしたジッパーの間から引きずり出す。そして蒼生に後ろから覆い被さると、その脚の間に挟み込む。ぬるり、と滑り込み、蒼生の熱にぶつかる。
「っあ」
 少し驚いたような声、一瞬腰が逃げる、それでもすぐに肩から力が抜ける。
「蒼生……あし……もう少しぎゅっとして」
「あ、う、んっ……」
「そう、いい子、上手だね……」
「ん、はぁっ、あ、う、れし、……」
 擦れるたび吐息とも声ともつかない音が蒼生の口から漏れる。それを聞いているだけで、そこが感じる以上の快感を与えてくれるようだ。
 そっと手を伸ばし、机の中を探る。さっき蒼生が準備をしている間に仕込んでいたものだ。急に背中に体重をかけたからだろう、不思議そうに視線が俺の手を追ってくる。表情は見えないけれど、そのはずだ。その目にしっかり映るように、掴んだゴムとローションの袋を机の上にばらまいた。
「……っあ」
 少し高い声。ふふ。嬉しそうな響き。俺に「その気」があると、はっきり目にしたからだ。
「素直だね。期待した?」
「わ、わかっちゃ、うのぉ……?」
「蒼生のことならね」
「恥ずかし……」
 頬が赤くなるのが見える。もっとすごいことをしているのに、そこで照れるんだね。
 ローションの小袋を破り、白い谷間に垂らす。机についた手が、ぴくっと反応した。濡れたそこに親指を寄せる。ああ、ひくついて、すぐに俺の指を咥えようとしてくる。心だけじゃない、身体も期待しているんだろう。少し力を入れると、誘われるままに指が飲み込まれていく。
「あ……あぁっ、あ……」
 触れる場所を動かしながら優しく撫でるたび、甘い声が耳に響く。気持ちがいい。柔軟に形を変えながら受け入れてくれるのは、それだけ蒼生が準備してくれていたということだ。健気で、可愛い、俺の……。
「蒼生」
「う……?」
「どうする? このまま……挟んでもらって、一緒にイく? それとも、ナカで?」
 狡い聞き方だと我ながら思う。自分が挿入りたいだけのくせに。けれど、蒼生は笑うんだ。精一杯体をこちらに向けて、潤んだ瞳で、綺麗に。
「これ、また、今度して……? 今、は、ァ、ナカにちょう、っだい……」
 俺は蒼生を甘やかしたいのに。甘やかされているのはどっちだろうな。世界中の誰より愛しい。愛おしさが、溢れて溢れて、止まらない。
 蒼生を背中から抱き締め、机の上に横向きに寝かせる。狭い机は、蒼生を乗せるとギリギリの大きさしかない。冷静な俺が、机を並べればいい、と囁く。だがそんな余裕はなかった。
「こっちの手、ここ。そう。机の端を掴んで。離しちゃ駄目だよ」
「んっ、はい……」
 蒼生の両手が、少し迷うように机の端を探してから、自分の体を支えるように強く掴む。その隙に、しっかり装備を調える。そして、ズボンのまま自由にならない足を両方抱え上げ、待ちわびて震える最奥にあてがう。
「落ちないように、捕まっててね」
「うん……っあ! あぁっ!」
 熱い。蒼生のナカ。素直に。受け入れてくれる。締め付けてくるくせに、ふわりと。
 ふいに、机の端を握っていたはずの手が片方、ぎゅっと俺の腕を掴んだ。……そうか、机にすがるより、俺にしがみついた方が、蒼生は安心なんだな。もしかすると何の意味もない行為だったかもしれない。だが、俺にとって、それは「蒼生に信頼されている」という大きな喜びだった。
「蒼生……あおぃ……」
「っあ、あ、はっ、あ、あぁ……と、ぉや……ぁ、すきっ……」
「はっ……俺も……っ、好きだよ……」
「あーっ……あ、あ」
 がたんがたん、と机が揺れる。蒼生を求める気持ちが強くなるたびに音が大きくなる。蒼生が落ちないように、揺れで体が痛まないように、と思うと集中できない環境ではあった。それでも、今まで、そんな心配を誰にもしてこなかったなと思うと、本当に蒼生に出会うまでは誰のことも好きではなかったんだと実感する。蒼生。蒼生が俺のすべてだ。
「……ひゃ、あっ、あ、とぉや、そこ……っ」
「ここ……?」
「し、知らないとこっ、う、きもちぃ……」
 ああ、いつもと挿入っている角度が違うから。
「うん。気持ちいいね」
「き、もち、い、……あーっ、あ、んー……っ」
 もっと気持ちよくなろうな。
 俺は片手で机を強く握り、反対の手を蒼生のペニスに伸ばす。限界が近い、張り詰めたそこに触れると、はっきりと蒼生の身体が跳ねた。
「あぁっ! やっ」
「やなの……? ここ、されるの好きだよね?」
「す、すき、だけ、どぉ……っ」
「ほら。聞こえる? ……すごい音がするね」
「あ、あ、どれ、か、わかんないぃ……」
 机の音。繋がっている音。扱く音。そうだね。もうぐちゃぐちゃだ。
 だけど俺の耳には、もう、蒼生の声ばかりが大きく聞こえる。
 蒼生。
 蒼生。
「……イっちゃ、あ、とぉや、」
「いい子。イってごらん」
「! あ、ふぁあっ、あぁ、あ!」
 びくりと震えて、蒼生が吐精する。同時にナカがぎゅうっと締め付けてくる。それが俺を搾り取ろうとする動きのようで。その目論見通りに、俺もわずかに遅れて体を震わせることになった。
 息を吐いて、肩で息をする蒼生を抱き締める。何度思っても伝えても足りない。好きだ、好きだ、好きだ。俺の思いは、おまえを潰してしまわないだろうか。そう不安になるのに、求める心も止められない。いっそ壊してしまいたいほどに。
 ああ。駄目だ。優しくしなくては。潰すわけにはいかない。大切なんだ。何よりも。
 反する心で、思考がおかしくなりそうだ。
「……蒼生、大丈夫? ちょっと強くしすぎたかな」
「ん、はぁっ、あ、だいじょぶ……」
「少し休もうか」
「休む……? あ、そういえば、この部屋、ベッドって」
「あの中じゃないか?」
 部屋の隅に設置された、いかにもなカーテン。確かめはしなかったが、そういうことだろう。蒼生が腕をぷるぷるとさせながら起き上がる。腕に力を入れすぎたんだろうか。やはり無理な体勢を強いてしまった。しっかり休ませてから帰らなくちゃな。
 蒼生は中途半端で動きづらかったのか、一歩歩くなりズボンを下着ごと脱ぎ捨てた。ずいぶん大胆なことをするな……。健太だったらもう一度机の上に抱え上げていたところだろう。まったく、無邪気で可愛い。
 ふらふらしている蒼生の肩を抱いて、そのカーテンまで歩く。蒼生は小さく開いた布の隙間から中を覗き込み、「わー」と呟いた。それから、軽い手つきでカーテンを全開にする。
「保健室のベッドだ!」
「ああ、やっぱり。ここが保健室仕様でなかったらちょっとがっかりしていたところだよ。想像通りでよかった」
 硬いベッドに座らせると、すぐに蒼生は倒れ込んでぱさりと枕に頭を乗せた。
「疲れただろう。ちょっとそこで休んでいて。タオル持ってくるから」
「冬矢」
「うん?」
「やだ」
 え? ベッドから離れかけた俺は、拗ねたような声に振り返る。寝そべったままの蒼生が、両手を俺に差し伸べていた。
「もっと、シて」
「でも」
「さっき、気持ちいいの、途中で終わりにしちゃったから」
 さっき……途中……。もしかして、さっきイカせた時、何か反論しようとしたのはそれだったのだろうか。もっと快感を味わっていたかったと?
 蒼生は、おずおずと足を引き、俺に向かって脚を広げて見せた。…………。全部。が。視界に入る。再び熱を持った、そこ。いつの間に。
「……続き、欲しい」
 開いていたカーテンを、勢いよく閉める。
 ああ。
 もう。
 なんだって、そんなに。
 駄目だ、勝手に体が動く。
 ぎしっとベッドが軋む。
 ベッドに上った俺を、うっとりする目で蒼生が見上げてくる。
「帰れなくなっちゃうかもしれないよ? 家まで帰る体力残せる?」
「……がんばる、から」
 そうだな。こんなときでも、蒼生は、家で頑張っている健太のことを忘れるはずがない。そんなところも含めて、俺の愛した蒼生だ。
「じゃあ、もう1回だけね」
「うんっ……」
 嬉しそうに。
 俺に我慢をさせない気なんだろうか。
 ……もちろん、こういう時、素直でいるようにさせたのは、俺だけどな。
 ふふ。最高に可愛いよ、蒼生。
「あー……」
 二度目の挿入とは思えないくらい、待ちわびたような歓喜の声。
 俺も、蒼生のナカで包まれている感覚を、初めてのような喜びで味わっている。
 それは毎回感動に近い。
 たしかに繋がっているという奇跡のような現実を噛みしめられるからだ。
 そうだな。
 奇跡だ。
 蒼生がここにいる。
 俺と共に在る。
 俺を愛してくれている。
「あおい……」
 愛しい名を呼び、そっと頬に触れる。
 あたたかい。
 にこり、と、蒼生は微笑み、俺の手に頬ずりする。
 溜まっていた涙が、つっと頬を伝い、俺の手に届く。
 あたたかい。
 こんな蒼生が、他人に触れられるのを嫌がるだなんて誰が信じるだろう。
 自分でそれを理解するようになってからは、ある程度触れられても我慢しているようだが、どうしても嫌悪感はぬぐえないらしい。蒼生が嫌がらないのは、それどころか喜んでくれるのは、本当に自分と健太だけだ。心配にも思うが、蒼生が自分たち以外を拒否していると自覚してくれている限り蒼生は離れていかないはずだと思うと、同時に安心材料でもある。万が一にもそんなことはないと思っているが、どうしたって不安は付きまとうものだ。だから、いつも触れていたかった。
 そして、触れるたび、
 そんな不安なんて必要ない、と蒼生に諭されているような気持ちになる。
 蒼生はここにいる。
 俺と。
 共に。
「とぉやぁ……」
「蒼生……」
「キス、してぇ……」
「うん。好き、好きだよ。蒼生。好きだ」
「ん……ふ、ぅ、……ぅん、ぼ、くも……」
「愛してるよ……」
「う、ん」
 綺麗だ。
 とても、とても、綺麗だ。

 わざとらしくひとつしかない枕に頭を並べて、それらしい薄っぺらい布団にくるまって、俺と蒼生は狭いベッドから落ちないように肩をぴたりとつけていた。
「体、痛いだろ」
 蒼生が布団で半分顔を隠しながら、
「うん」
 と答えた。
「机でがたがたするの、結構痛かった。……気持ちよかったけど」
 最後にちゃんとそれを付け加える。素直だね。
「そんなふうに体に負担がかかるから、外ではしないって言ったんだ。別に、外では蒼生に触れたくないとか、そういう意味じゃないからね」
「知ってる。冬矢は優しいから、きっとそういう心配りをしてくれてるんだろうなって最初から思ってた」
 蒼生……。蒼生はいつでも俺が嬉しいと思う言葉をくれるんだ。その動揺を気取られたくなくて、そっと柔らかな髪を撫でる。可愛い笑顔。
「……あっ。でもね、机も、保健室みたいなベッドも、ドキドキしたよ。やっぱりちょっといけないことってなんか……ふふ。楽しかった」
「そう言うと思った。だからしなかった、っていうのもあるんだよ。蒼生は好奇心が強いからな。それに……声」
「声?」
「本当にここが学校だったら、その可愛い声で全部バレていたと思うよ」
「! あ、そっか」
「蒼生、たくさん気持ちよさそうな声を出すからね。全校生徒に蒼生がえっちなことがバレちゃうだろ。高校時代は理性保ったままでいられて、本当によかったよ」
「ほ、本当に学校だったら、ちゃんと声、我慢したもん……」
 さて、どうだかな。
 俺が笑うと、拗ねた顔をしかけた蒼生も、つられるように笑った。
 可愛い。
 この顔を至近距離で眺められるなんて、本当に幸せだ。
 蒼生は、背筋をぴんと伸ばした。
「そうは言っても、やっぱりベッド、固くて狭いね」
「うん。家に帰って、ちゃんとゆっくりしような」
「そうだね」
 さて、あいつはちゃんとやっているかな。
 起き上がると、俺のほうにも硬いベッドのダメージは来ているようだ。机から蒼生を落とさないように、妙な筋肉の使い方をしたのもあるだろう。やはり家のベッドがいい。そういうことも考慮して、ある程度値が張ってもちゃんとしたスプリングのマットレスを選んだからな。
 俺は、起き上がろうとした蒼生を押しとどめ、一度も脱がすことのなかったそのシャツのボタンを外す。
「えっ?」
「シャワー浴びないとな。ああ、服、汚しちゃったね」
「……脱がす云々言っておきながら、最後まで脱がせてくれないなあと思ってたんだけど……今だったかぁ」
「わざとだよ。いつ脱がせられるかドキドキしてる蒼生、可愛かった」
「……うー。もてあそばれたぁ!」
 蒼生は両手で顔を隠す。でも、俺が脱がせる手を止めることはしない。
 それを見た俺が、もう一度、という言葉を飲み込むのにどれくらい苦労したか。きっと蒼生は知らないだろうな。

 おかえり、と声を返してきた健太は、俺たちの姿を見るなりものすごく複雑な顔をした。
「あー……お着替えしちゃうようなことしてきたかー」
「新しい服を買って、そのまま着て帰りますってこともあり得ると思わないか?」
 むすっとしたまま、健太が蒼生を引き寄せ、ズボンの腰の辺りを掴んで中を覗き込む。いや、おまえ。
「け、健ちゃん?」
「下着まで着替える服屋があるかよ」
「ふっ。おまえにしては正しい分析だ。とはいえ、出かける前の蒼生の下着まで把握しているのはどうかと思うがな」
「着替えるとこ、ちゃんとじっくり見てたからな!」
「健ちゃん……」
 蒼生が、すーっと俺の後ろに戻ってくる。本当に、健太はその一言がなければ、慌てて取り繕うようなこともないだろうにな。健太が余計な一言を言った時の行動としては、「取り繕う」と「気付かない」のパターンがあるが、どうやら今日は「気付かない」のほうらしい。蒼生の姿を上から下まで往復しながら眺めると、腕を組んで何度も頷く。
「いや、それにしても、蒼生そういう格好も似合うんだな。柔らかくて優しくて。綺麗な色も似合うもんなあ」
「えっ……。ほんと? ……ありがと」
「うんうん、すっげぇ可愛い」
 今引いていたとは思えないくらい、蒼生はふわっと嬉しそうにはにかんで笑う。それを見る健太も嬉しそうだ。
 ……またこいつは、人の手柄を横取りする気か。
「俺が見立てましたが」
「ぐっ。……おまえの手で綺麗になる蒼生……ってのは、やっぱ悔しい……が! 可愛いのは! 蒼生なので! 蒼生の勝ちです!」
「へ?」
「なんの勝敗なんだかな」
 まあ、よくわからないけれど、その結論にはなんの反論もない。蒼生はとても綺麗で可愛い。それが真理だ。
「なんで冬矢まで納得した顔してるの……。ところで健ちゃん、課題終わった?」
「あ、それだ」
 健太がぽんと手を叩いて、テーブルに駆け寄る。俺たちは健太の「課題にめどがついたからいつでも帰ってきてください。腹ぺこです」という子供のようなメッセージを受け取って、もう少し休めるはずのところを早めに出てきたんだ。これで終わっていなかったら、ただでは置かないぞ。
「はい、この通り! おかげさまで考えるどころかちゃんと書き終わりましてございます」
「わ、すごい。健ちゃん、頑張ったねえ」
「そう。偉いだろ」
「偉い、偉い」
 わざわざ頭を下げてまで蒼生に頭を撫でさせていた健太は、視線が下がったことでようやく蒼生の耳に気付いたらしい。あれ、と呟くと、そっと左耳に手を寄せた。
「蒼生、これ」
「……あ、うん。どうかな……」
「かっわいい! 可愛い可愛い、へー、似合うじゃん。リング?」
「穴開けないで飾れるんだって。あの、冬矢と、お揃いで」
「うわ、あいつもか。はー、しっかり絵になるから悔しいよな。でもよかったじゃん、お揃い出来て」
 蒼生がぴたりと止まる。おそらく俺と同じことを考えたはずだ。
 口に出したのは蒼生だった。
「健ちゃん、僕が冬矢とお揃いにしてて……いいの?」
 健太はまったく気にしていないようで、あっけらかんと笑う。
「え? ああ、オレにはアクセサリーとかって邪魔なだけだし。だからそういうの気になんねえよ。蒼生が可愛いのは嬉しいしな」
 そう言われてしまうと、蒼生は言葉を継げないだろう。
 俺は手にしたままだった袋を健太に向かって差し出した。
「夕飯、買ってきたから。準備はしてくれるんだよな?」
「お。サンキュー。うわ炒飯じゃん、美味しそ。3種類あるんだ? わけっこして食べような!」
 健太は無邪気に受け取り、キッチンに入っていく。まったく。
 寂しげな顔をしている蒼生の側に寄り、そっと後ろから腰を抱いた。
「蒼生」
「……冬矢」
「早速、俺がさっき味わった気持ち、わかっちゃったね」
「うん。ごめんね。僕、もっとちゃんと素直にならなくちゃ駄目なんだ……」
「謝らなくてもいいことだよ。だって俺たちは、ちゃんと話して解決しただろ? とはいえ、健太と蒼生では少し事情が違うから、あいつを説得するには時間がかかりそうだが」
「健ちゃんにもおんなじお揃い、して欲しい」
「いつかさせような」
「うん」
 もしかすると、突き詰めれば俺と健太が同じものを身につける結果になるのかもしれない。それを考えると少し複雑だが、間に蒼生がいればそれでいい。俺たちはそういうものだ。
 さあ、はっきり邪魔だと言い切るあいつをどう言いくるめたものかな。確かに時間はかかるかもしれないが、いずれは蒼生が喜ぶ結果にしたい。
「……でも、今言えることはちゃんと言っておこ」
 急に蒼生がくるりと振り向く。正面から抱き合う位置で、蒼生は俺を見上げてきた。
「さっきは素直に言えなくてごめんなさい。これ……イヤーカフ……似合うって言ってくれて、綺麗って言ってくれてありがとう。すごく嬉しかった。恥ずかしくて、答えられなくて、ごめんね」
 蒼生。
「ううん。伝えてくれてありがとう。蒼生がそう言ってくれることが、何より嬉しいよ」
 ぎゅっと抱き締めると、蒼生は温かい手を背中に回してきた。
「それから、今日のデートもすっごく楽しかったよ」
「本当に? それはよかった。本音を言えば、もっとわがままを言わせたかったんだけどな」
 すると、がばっと蒼生が顔を上げた。
「えっ!? 文房具屋に付き合わせて、好みの喫茶店に入ってもらって、好きな部屋に入らせてもらって、いっぱい愛してもらって、冬矢だから言っちゃえって僕ものすごくたくさんわがまま言ったのに!? これ以上!? は、ハードル高いなあ……」
 困惑した顔を眺め、俺はすとんと落ち着く心を感じていた。そうか。ちゃんと伝わっていたのか。蒼生は、俺とのデートだと自覚してくれて、それを楽しんでくれていたのか。苦手なわがままも、ちゃんと言ってくれていたんだな。まだ足りない、と思うけれど、蒼生にしては頑張ったんだ。
「蒼生、大好き」
「うふふ、僕も大好き」
 あったかい。
 腕の中と胸の中が、同じ温度になっていく。
 そこに、ひょいと健太がキッチンから顔を出した。
「そーいや、ホテル行ったんだろ? どうだった?」
 ……だから、こいつは。タイミングがいいんだか悪いんだか。
「はー……。非日常を楽しめるという意味ではいい場所かもしれないが、時間制限があるのがいただけないな。俺としては“お泊まり”してもよかったんだが」
「ぐっ。それはオレが可哀想だから一緒の時にしてくれよ」
「時間配分も難しいと思ったよ。だからあまり前戯に時間がかけられなかった」
 蒼生が納得したように頷く。
「そういうことも考えてたんだね。道理で冬矢にしては展開が早いと思ったんだ」
「ゆっくりしてあげられなくてごめんね」
 健太が皿を両手に持って、キッチンを出てきた。
「じゃあさ、夕飯終わったら、足りなかったいちゃいちゃしようぜ!」
「ああ、その手があるな」
「今度はオレも一緒にだから!」
「うん!」
 そうだな、それがいい。
 箸休めに何か用意するか、とキッチンに向かいかけた俺の服の裾を、蒼生が小さく引っ張った。
「どうした?」
「……足りなかったぶん、もっといっぱいキスしてね」
 なるほど。
 蒼生は俺に「好き」の限界を作らせない気らしい。

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47こ目;触れる温度

キーワードタグ 僕+君→Waltz!  創作BL  創作BL小説  一次創作  BL  幼馴染  三角関係  R18 
作品の説明 冬矢が蒼生をデートに誘うおはなし。
色恋には慣れているはずの冬矢ですが、こと蒼生に関しては手探りです。
どうにか蒼生を甘やかしたい気持ちでいっぱいの冬矢は、あれこれいろいろ考えています。

↑初公開時キャプション↑
2022/04/15初公開
https://pictbland.net/users/series/kazanet-tk/%E5%83%95%EF%BC%8B%E5%90%9B%E2%86%92Waltz%EF%BC%81
47こ目;触れる温度
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 シャワーを浴び終えた蒼生が、髪を拭きながらリビングに戻ってきた。鼻歌交じりに冷蔵庫を開けて、緑茶のボトルを取り出す。コップに注いだ1杯をまず飲み干すと、もう1杯をまた注ぐ。
 一緒に暮らし始めてしばらくは、蒼生はきちんと髪を乾かして、すっかり寝る体勢になってから洗面所を出てきていた。それが、今では、気を抜いたように濡れた髪を見せるようになった。それは、早めに水分を摂ったほうがいい、という俺の助言を受けたものだし、本当に気を抜いているのもあると思う。髪を拭く、それだけのことなのに、この仕草が本当に可愛い。
 それから、着ているのがパジャマというのも可愛い。周りがどうだか知らないが、この年代になるとTシャツにジャージくらいの服装で寝るものだというイメージがある。さっきから携帯を弄って椅子を揺らしている、目の前の健太みたいに。俺も中学あたりからそうだったしな。けれど蒼生は、親が買ってくるパジャマを特に疑問も持たずに着ていたらしい。それはすっかり習慣づいているのか、家から持って来たのはすべてパジャマだった。俺たちの格好のほうが楽だと伝えるのは簡単だ。しかし、うまく言葉に出来ないのだが、その姿は「俺の家でくつろぐ恋人」のイメージにぴったりで、とにかくそのままでいてほしいと思ってしまった。しかもその勢いで、お揃いを準備してしまった。俺も同棲に舞い上がっていたんだろうな。いったん冷静になると、蒼生がどういう反応を示すのか心配になったが、外で服を揃えるのは少し抵抗があるものの、家着が一緒というのは嬉しいらしい。はにかむ蒼生が、あまりにも純粋で、可愛くて、愛おしくて、どうにかなってしまいそうになったあの日が今も記憶に新しい。
 ちなみに、学校の行事で泊まりになる時には、蒼生もジャージ姿だった。小学校の林間学校で決まりだったからというのがきっかけだそうだが、その後も「家じゃないとこで何かあった時、逃げるのに動きやすいほうがいいと思う」という健太の助言通りにしたのだとか。何があるんだろうと思わなくもないが、よくやった、とも思う。
 つまり蒼生のパジャマ姿は、気を許している証拠だ。その姿は、とにかく本当に可愛い。見るたびに、つい組み敷いてしまいそうになるほどだ。こんな可愛い姿を他人に見せてはいけないと思う。
 その蒼生は、コップをテーブルに置くと、また洗面所のほうに向かう。
「蒼生」
 呼ぶと、首を傾げながら振り返った。
「髪乾かしにいくの? 今日は俺がやるよ」
 さらに不思議そうな、きょとんとした顔。
「そうなの?」
「うん。実は、前から気になってて。ドライヤー持っておいでよ」
「わかった」
 素直に頷いて、ぱたぱたと駆けていく。俺は、蒼生が座りやすい位置を確保すべくソファに座り直した。
 そう。気になっていたんだ。ほったらかしの健太と違って、蒼生は早く寝たいからと言ってドライヤーをかける。本当にそれだけの理由らしい。せっかくの綺麗な髪なのに。今だって触り心地はいいが、もっと丁寧に手入れすれば、さらに手触りよく出来るはずだ。いつかやってみたいと思っていたものの、鬱陶しく思われないだろうかとずっと躊躇していた。だがいざ声をかけてみると、こんなにも簡単なことだったとは。蒼生は俺のすることに何の疑問も抱いていないようだ。
 蒼生はドライヤーを持ってきて、そのまま俺の横を通り過ぎる。壁面収納の引き出しを開けて中から延長コードを取り出す。健太もそれに気付いてじっとその動きを見ている。そうして俺と健太の視線に追われながら、蒼生は壁のコンセントと延長コード、それとドライヤーを繋ぐ。
「おまたせー」
 きっかり自分で全部整えてくる蒼生が可愛くて仕方ない。手伝うつもりだったのに、つい最初から最後まで見ていてしまった。
「ありがとう。それじゃあ、ここ座って」
「はーい」
 蒼生はソファの前、俺の脚の間に来るように場所を微調整しながら、柔らかなラグの上にちょこんと座る。脳内でシミュレーションはしていたし、自分でも試してはみたが、実際にやってみるのは初めてだ。蒼生に熱い思いをさせないように気を付けなくちゃな。スイッチを入れ、蒼生の髪を梳きながら、丁寧に乾かしていく。時々、ぴくんと動くから、ドライヤーをぶつけてしまわないように。……そうだよな、このあたりと、それから、ここ。弱いとこだもんな。
「気持ちいい~……」
 俺の手にすべて委ねた蒼生が、そう零す。
 さっきからちらちら様子を窺っていた健太が、そろそろと近付いて来た。
「そんな気持ちいいんだ?」
「うん……。ひとに髪乾かしてもらうのって気持ちいいよね」
「オレ短いからよくわかんねえや」
「ああ、そっか。美容室で切った後にやってもらうんだけど。その時より、……冬矢の指、気持ちいい……んっ」
 実は今、少し調子に乗っている。わざと蒼生が好きなところを触ったり、撫でたりして、反応させて楽しんでいるんだ。指を動かすたび、思った通りに反応するのがたまらない。すると、健太がじっとりとこっちを睨んできた。
「おまえ、わざと感じさせてね?」
 さすが、蒼生に関することには察しがいい。
「よくわかったな」
「えっ」
 蒼生がわずかに頭を上げる。けれどその頭頂部にも風を当てながら撫でてやると、すぐに大人しくなった。
「……なんでもいいやぁ。気持ちいいし」
 そうか。いいのか。可愛いな。
 途中で温度を変えながら乾かしていくと、手触りがどんどん変わってくる。さらさらで艶やかで、それでもしっとりと指に馴染む。
「はい、できた」
 カチリとドライヤーを止めると、蒼生は「ありがとう」と言って、そっと自分の頭に手をやった。
「……え。全然違う!」
「だろ?」
「えっ、オレも触る!」
 健太が身を乗り出し、蒼生の正面から両手で髪を撫でる。
「うっわ。さらっさら。きらきらしてる」
 俺も後ろ髪をそっと撫でて、唇を寄せる。
「普段も可愛いけど、さらさらで触り心地よくて、気持ちいいだろ」
 健太は前髪に顔を埋め、大きく深呼吸をする。
「おまえの手によるってところが悔しいけど、綺麗だな。可愛い」
 ちらりと蒼生の顔を窺うと、ふたりがかりで撫でられて、すっかり俯いて真っ赤になってしまっている。頭を撫でられるのが好きな蒼生には、刺激が強かっただろうか。健太もそれに気付いたらしいな、肩に手を乗せると、蒼生はそのまま胸に吸い込まれるように抱かれていった。健太め、俺の手柄だというのに、やたら満足げな顔をするのが腹立つな。
 その時、
「そうだ。オレ、明日図書館行ってくるわ」
 突拍子もなく、健太がそんなことを言った。驚いたが、蒼生のほうがもっとびっくりしたようだ。戸惑う雰囲気が後ろ姿からも伝わってくる。そうだろうな、抱き締めてきた恋人が、突然明日単独行動をします、と宣言してきたんだ。きっとさっきから言うつもりだったのを、今思い出したから言ったんだろう。計算しないのは健太のいいところでもあるが、時々ミスをする。明らかにがっかりした雰囲気を一瞬漂わせた蒼生が、ぱっと笑って顔を上げた。
「大学の図書館?」
 一瞬だから、健太は気付かないだろう。
「いや、駅の向こうにあるやつ。ちょっと課題で考えたいのがあってさ」
「そっか」
 やっぱり気付かないか。
 素直すぎる健太と健気な蒼生は、傍目からはひやひやすることも多い。蒼生がふんわり受け止めてくれているし、本人もそれを苦にしていないから成り立っているが、俺がいなかったらいつか喧嘩になるのではないだろうか。……喧嘩で済めばいいが。
「でも、専門の本とかってこっちの図書館にもあるの?」
「資料は手元に揃ってんだ。けど、家にいると甘えちゃいそうだから」
「うん」
 見ていられないな。俺は健太の腕から蒼生を奪い、後ろから抱き締める。揺れた瞳が俺を見上げてきた。
「家でやればいいだろ。どうせおまえは図書館になんて行ったら即眠くなって課題なんか出来ないだろうからな」
「や、だから」
「ちょうど買い物に行きたかったんだ。蒼生は俺と一緒に出かけよう」
「え」
 我ながらいい案だ。蒼生は、健太が外でひとり課題に取り組むことに対する寂しさを回避できる。健太は静かに落ち着いて課題に取り組める。そして、俺は蒼生とふたりでデートできる。
「蒼生は、どうかな。家にいたい? それとも、俺とデートしてくれる?」
「で、デート、する」
 ふわっと蒼生の空気が柔らかくなる。
「……ぐっ……。羨ましい……っ、けど、たしかに図書館行ったらまず寝るよなオレは……!」
 蒼生と図書館が揃うことで発動していたのが健太の眠気、ということだったはずだ。だから図書館単独でその条件に当てはまるかどうかはわからない。が、こいつ、単純だからな。思い込んでその通りになる可能性はある。大人しく家でやってろ。
「せいぜい、課題を頑張ることだな。もし帰りに連絡して終わっていないなんてことがあったら、……俺と蒼生は“お泊まり”する」
「……おっ、“お泊まり”……!!」
 聞いていた蒼生が再び頬を赤くする。この手の煽りは、健太にはものすごくよく効く。俺と蒼生を家から追い出すんだ、そのくらいの脅しはしても許されるだろう。


 支払いを終えて店を出ると、先に出ていた蒼生は、向かいの店先に並べられた色とりどりのペンを眺めていた。
「お待たせ」
 声をかけると、嬉しそうに振り向く。
「何? ペン?」
「あ、うん。欲しいとかじゃないんだけど、いろんなのがあるなって。36色セットのボールペンなんて、ほら、見て。隣の色との違い、そんなにわからないんじゃないかなあ」
「まあ、文房具として使うのは4色くらいか」
「だよね。とはいえ、昔旅行先で10色ボールペン買ったことあるんだけど」
「1本で10色? あまり使い勝手はよくなさそうだ」
「太くて持ちにくかったね……子供の手だし。だけど気に入ってずっと使ってた」
 楽しそうだな。蒼生は文房具も好きだ。集めるわけではなく、店で眺めるのが好きらしい。手に取っては散々眺めて悩んで、結局頷いて元に戻すのを昔から隣でよく見ていた。……本当は、あれこれ収集したかったのではないだろうか。それを、収納や経済的な理由で我慢しているような気がする。たまにはそんな自制心から解き放たれて、少しくらい無駄なものを買ってもいいと思う。たしかに収納に限界があるのも事実だが、時々はそういうのも必要だろう。
 そう言っても聞かないんだけどな、蒼生は。どう言えばいいのだろうか、そういう「余白」は気持ちの余裕を生むはずだ。けれど、文房具のような消耗品は、なくなりそうになったら買い足すくらいでいい、と力説する。たしかにそうなのだけれども。
 …………。蒼生に、もっと、わがままを言わせたい。言ってほしい。今日は健太の都合で連れ出したが、そうではなくて、蒼生がちゃんと「デートだ」と思えるようにしたい。俺には思い切り甘えていいし、わがままを言ってもいい。そういうふうに思ってほしい。
 けれど結局、蒼生は何も買わなかった。
 無理強いすることでもないし、目的の買い物も終わったし、俺たちはあえてエスカレーターで階下に向かう。用事があったのは8階だけだったから、行きと同様にエレベーターで降りる選択肢もあった。ただ、見晴らしがよくて人気だという外が見える大きな窓がついたエレベーターで、一緒に乗った女子たちがわっと窓際に押し寄せる中、蒼生はそっと俺の後ろに隠れた。そういえば、蒼生はある程度高い場所に来ると、あまり窓の側には近寄らない気がする。そういうことなのだろうと、帰りはエスカレーターを提案したのだ。すると蒼生は、ほっとしたように笑って頷いた。
 蒼生は自分のことをだいぶ話すようになったけれど、おそらくまだ弱点や苦手を隠しているんだろうな。
 2階まで下りると、上階とはずいぶん雰囲気が違う。白い床と棚、照明に照らされた金属の反射でやたらと眩しい。正面は若者向けのアクセサリーショップか。店頭の平台には、長いチェーンのネックレスと並んで、台紙に付けられたピアスがずらりと展示されていた。それに何の興味も示さない蒼生は、案の定まっすぐに下に向かおうとする。俺はその腕を引いた。
「ちょっと見ていってもいいかな」
「? うん」
 何故俺がそこに立ち寄ろうとしたか、まったくわからないという顔をして、けれど素直についてくる。
 俺は、そのまま平台を眺める。様々なデザインのアクセサリーがあるんだな。比較的、大きめで目立つものが多い店のようだ。種類自体も多いから、おそらく……ああ、あった。そんなに数はないが、控えめなデザインばかりでちょうどいい。俺が手に取ったそれを、蒼生は不思議そうに見つめる。
「それは何?」
「イヤーカフっていう、耳に付けるアクセサリー」
「ふうん?」
「これなら穴を開けなくても気軽に付けられるんだよ」
「へえ」
「こうやって、耳の縁を挟むように付ける」
 他人事のような顔をした蒼生の耳元に、銀色のリング状のイヤーカフを寄せてみる。きらりと反射する光。……可愛いな。
「うん。いいね」
「……え?」
 蒼生はぱちぱちと目を瞬かせる。
「あ、え、ぼ、僕? いや、僕には似合わないよ」
「そうかな。可愛いと思う。俺は」
「えっと……」
 困った顔で視線をそらす。
 蒼生を説得する必要はない。俺の思いを伝えればいい。
「俺もね。アクセサリーに興味があるわけじゃないんだ。でも、こういう小さなものなら身に付けてもそんなに邪魔にはならないだろう? それなら、蒼生と……お揃いで付けられるんじゃないかなって思ってた」
「……お揃い?」
「そう。……本当の本音を言えば……俺のものだっていう印をつけたい」
「!」
「もちろんそんなの、俺たちの中でだけわかっていればいい話なんだ。だけど本当は、世界中に宣言したい。誰が見ても、蒼生は俺のものなんだってわかるなにかがあればいいのに。ずっとそう思ってる。……アクセサリーのお揃いくらいでそこまで深読みする奴はいないと思うから、気休めかもしれないけれど」
 きっと俺は怖いんだと思う。蒼生の世界が広がるたびに、蒼生の魅力に気付く奴らは比例して増えていく。その中の誰かが、蒼生を攫っていってしまったら。蒼生が惹かれてしまったら。俺はそれを止めることが出来るだろうか。
 蒼生が、俺の手に自分の手を寄せて、そっと俺のほうに押し戻す。それは拒否、なのかと一瞬思った。けれど、蒼生は、俺が手に持っていたものを自分の視界に入れただけだった。
「……綺麗だね。これを、一緒に付けたら、冬矢は僕が冬矢のものだって確信が持てる?」
 はっとした。俺が外の世界に向けてのアピールを考えている時、蒼生は俺たちの中だけの世界を考えていた。そうか。蒼生は俺が話さなかった不安を見抜いたのか。
「ああ。俺のわがまま、きいてくれるの?」
「わがままかどうかはわかんない、でも、言いたいことはわかった気がする」
 そう言って、並んだアクセサリーをきょろきょろ眺めると、短い筒のような形をしたイヤーカフを手に取った。中央の下部分に、とても小さな、青い色石がついていた。
「僕も買う」
「え?」
 赤い顔で、ふわっと笑う。
「と、冬矢も、僕のものだから」
 蒼生。
 店頭だとか人の目があるだとか、そんなことは頭から抜けていた。気が付いた時には、俺は蒼生を正面から抱き締めていた。
 愛しい、愛しい、俺の蒼生。そうだよ。俺は蒼生のものだよ。

 歴史のありそうな重い木の扉を開けると、中はさらに重厚感のある空間が広がっていた。歩いている途中で、蒼生が「気になる」と立ち止まった喫茶店だ。飴色に近い色の柱やステンドグラス風の窓に、棚の古い時計。置いてある物もアンティークショップに並んでいるような品ばかりだ。
「すごいね、いい雰囲気」
「だな」
 なるほど、どことなく図書館と似た感じがする、蒼生が好きそうな雰囲気だ。あそこも本に囲まれる圧力がすごいからな。物理的というよりも、圧迫感というか迫力というか、蒼生はそういう意味で「狭い」場所が好きなんだと思う。
 天井の高い店の一番奥には小さな扉があって、物入れという札がついていた。脇には階段があり、その倉庫スペースの上だけを中二階としているようで、そこには店を見下ろすようにカウンター席が設けてあった。
「あそこがいい」
 と蒼生が言ったので、その席に通してもらう。6席しかない列の奥の椅子には、いかにもこの店と雰囲気の合う白髪の男性が、布製のカバーをかけた文庫本を読んでいた。
 蒼生は嬉しそうに辺りを見渡す。
「あ、入り口からちょうど見えなかったけど、あそこ、ピアノがあるよ」
「そうか、もしかするとここはそのための席なのかもしれないね」
「かっこいいねえ」
 もっと家から近い場所だったら、一緒に通いたい店だったな。たしかに、この感じは俺にとっても落ち着く雰囲気だ。
 しばらくすると、蒼生の前にはクリームが乗ったココアが、俺のところには爽やかな香りの紅茶が運ばれてきた。これも気に入った要因のひとつだ。こういった古い喫茶店はコーヒーにこだわりがあるのかと思っていたけれど、それ以外の飲み物のメニューが充実していた。もちろんコーヒーの種類も豊富だったが、「炭酸でも甘いのでもお客様のお好みで! 私はココアが好きですね、上に乗った生クリームが美味しいんです」と若い女性店員が気さくに話してくれたので、安心して選ぶことが出来た。炭酸のアレンジメニューも多かったから、健太も気に入るだろう。まあ、あいつはこの雰囲気に耐えられるかどうかわからないけどな。それなら蒼生とふたりで来るだけだ。
 俺と蒼生は、穏やかな空気の流れる店内を眺めながら、なんとなく触れあう肩の温度を感じていた。時間さえゆっくりと流れていくような気がする。いっそこのまま止まってしまえばいい。その横顔を見ようと首を回すと、すぐに気付いた蒼生がこちらを見て笑う。蒼生。世界が今ここで閉じてしまえばいいのに。
 けれど、蒼生は世界を動かすように、ふわりと動いた。俺との間に置いた、手のひらくらいしかない大きさの手提げ袋を指先でたぐり寄せると、中を覗き込む。そこにはさっき買ったアクセサリーが入っている。蒼生が自分に自信がなくて、自分を飾ることに興味がないのは本当だ。だがこういう、自分にとって初めて、というものには興味が湧くのだろう。好奇心が強いからな。
 おそらく、一緒に行って悩ませるより最初から買い与えてしまったほうが、蒼生にとっては抵抗感がない。それでも、一緒に選びたかった。蒼生の意思をどうしても組み込みたかった。
 俺は、蒼生が覗き込む横から手を突っ込んで、ひとつ小袋を取り出した。
「付けてみる?」
「……うん」
 蒼生が手を伸ばす。その手を取ってテーブルに戻すと、蒼生はきょとんとする。
「じゃあ、こっち向いて」
「ひぇ」
 俺がどうしたいかがすぐにわかったようだ。俺は台紙からリング状のイヤーカフをひとつだけ取ると、……そうだな、ここがいい。蒼生の左耳、真ん中辺りにそっとはめる。落ちないようにわずかに力を込めると、蒼生の肩がぴくんと揺れた。ああ、似合う。可愛い。
 1秒でも早く、と気が急く。自分の耳、蒼生と同じ位置に残った片方を付ける。ほんの少し何かが触れている感じがするが、重さもほとんど感じない。少し心許ないかなとも思ったが、蒼生は俺を見て笑った。
「やっぱり似合う。かっこいい」
 あ。やられた。俺が先に言いたかったのに。
「ありがとう。蒼生も似合うよ。綺麗だ。……もっとたくさん飾り付けたいな。美しい花やあでやかな宝石で蒼生を飾りたてられたらいいのに。ああ、でも、そんなものが色褪せて見えるほど蒼生は綺麗だからな」
「ちょ……と、冬矢……? そ、壮大すぎてわかんない……」
 蒼生は真っ赤な顔を隠すように、ふいっと階下を見下ろした。
「でも、あの、いきなりこんな派手にしちゃって周りにはしゃいでるとか思われないかな」
「はしゃいでいたっていいじゃないか。それに、そんなに派手じゃないよ。むしろさりげなくて、可愛い。本当に可愛いね」
「……っ、えーと、えーと、次はどこに行こうか? なにか見たいものとかある?」
 俺の言葉に耐えきれなくなったらしい。さらに視線を向こうにずらし、既に整頓されている鞄の中身を整理し始めた。可愛いな。
「そうだな。少し服でも新調しようか」
「いいね。……まさか、僕のじゃないよね?」
「だけじゃないよ」
「う、う。やっぱり僕のも見るつもりかぁ。お手柔らかにお願いします……」
 なんだか楽しくなってきた。蒼生を全部、俺の好みにしてやろう。もちろん、素材のすべてがもともと俺の好みなんだけどな。
 喫茶店を出て、少し駅の方向に戻るように道を辿り、2本目の角を曲がる。同年代がやたら目立つ人混みの中を、蒼生は涼しい顔でついてくる。ふふ、完全に外向けの顔だな。きっと頭の中は、俺についてくることで必死だと思う。
 店の中に入っても、その顔を崩さない。メンズフロアに向かう階段で人の流れが一瞬途絶えると、ようやく困った顔でついっと俺の服の裾を引いた。
「……完全アウェーなんだけど、大丈夫?」
「そんなふうには見えないよ。凜々しくて綺麗ないつもの蒼生でいれば」
「それは冬矢の贔屓目だからさあ」
 ぶつぶつ言うのも、俺たちにしか見せないのがもったいないくらい可愛い。いや、見せないけどな。
 ただ……自分が、俺にとって大切で特別なんだという自覚はあるらしい。さっきみたいに、たとえを派手にすると照れるけれど、言われ慣れた言葉にはさらりと何でもないことのように返すのだから、おそらく蒼生の中にすっかり定着したんだな。それは嬉しい。
 そういえば、蒼生と服を見るのは初めてかもしれない。俺は持って来たり送ってもらったりした服ばかりで、昔着ていたものをほぼそのまま着回している。高校時代からはサイズもほとんど変わっていないし、さほど興味があるわけでもないからな。蒼生は時々健太に引っ張られて見に行っているようだけれど、基本的に似たような、かっちりしたものを少し買うだけだ。アクセサリーのように自分を飾るものに興味がなく、文房具のように足りないものを買い足すだけ、なのだろうか。
 服にも興味がないなら、やはりこのコースは重荷だったろうか。そう思いながらフロアに辿り着くと、蒼生はふらりと俺の後ろから離れた。どうしたんだろう。一瞬その後ろ姿を追おうとしたが、踏みとどまる。蒼生がどういう行動をするのか気になったからだ。蒼生がどこにいるか常に意識をしながら、俺も商品を見て回ることにする。そんなに広くない店内でよかった。
 ……なんとなく暇つぶしに見ているだけではないようだな。棚に陳列された服を手に取ったり、戻したりしている。男性店員に話しかけられて、にっこり案内を断ると、再び棚に目を落とす。それから、何かを手に取ると、くるりと振り返って俺のほうに来る。俺は蒼生が気にしないように、商品を見ているふりをする。
「ねえ、冬矢」
 今気が付いたという体を装って、俺は蒼生を見る。
「どうした?」
「これの上に、こっち重ねて着てみて欲しいんだけど」
「……え?」
 差し出された2枚の服。驚いて蒼生の顔をじっと見ると、蒼生は得意げに笑う。
「先手取ってみました」
 俺が蒼生の服を選ぶだろうから、自分が俺の服を選ぼうって? ……どこまで。どこまで俺に愛しさを感じさせれば気が済むのだろう。まさか蒼生に限ってそんなことはないと思うが、理性を試されているのではないだろうか。いや、わかっている、素だ。蒼生は無邪気にこういうことをする。
「蒼生って、服に興味がないのかと思っていたけど、そういうわけでもないのか」
 すると、ほんの少し口をとがらせて、俺の胸にその服を押しつけてきた。
「そりゃあね、自分で着るものにはまったく興味がないんだけど。冬矢や健ちゃんが着る服となれば話は別だよ」
 そうか。なるほど、そういう基準か。本当に、まだ俺の知らない蒼生は存在するんだな。
「ほら、早く試着してみて。サイズ感わかんないから」
 俺が凝視していることに気が付いたのか、蒼生は頬を染めながら俺の背中を押した。
 店員に声をかけ、奥の試着室を貸してもらう。おそらくサイズは問題ないだろう。実際、袖を通してみると、うん。ぴったりだ。だろうな、蒼生は俺の体を隅々までわかっているはずだから。
ただ、これは、普段着ているものより少しシルエットが柔らかい感じがする。
「蒼生」
 声をかけながら、試着室のカーテンを開ける。蒼生は上から下まで視線を流し、何度も頷いた。
「うんうん、すごく優しい感じ。冬矢、こういう色似合うと思ってたんだよね」
「そうかな。いつもとイメージ違う感じがしないかな」
「冬矢はかっこいいんだから、こういう砕けた感じもいいと思う!」
「……ふふ。蒼生が言うならそうだな」
 蒼生は満足そうに笑っている。
 いつもと逆だ。さっきは俺が薦めても、自分には似合わないとかなんとか言ってたくせに。そういう、自分にだけ評価が低いちぐはぐなところも、可愛いと思ってしまうんだ。同時に、それをいつかどうにかしてやるぞという気持ちもふつふつと湧いてくる。蒼生といると本当に飽きないよ。
 自信満々に俺を褒める蒼生が、とにかく素直に嬉しかった。好きだ。大好きだ。
「このお店、いいね。もっと色々見てみたいな」
「じゃあ、いったん着替えるね」
「うん」
 元はと言えば、昔母さんが出張に来た時に買ってきてくれたブランドだった。家でなんとなく着ていたけれど、柔らかなイメージが自分には合わないような気がして、家着にとどめていた。その本店がこの街にあると知って、蒼生には似合うかもしれないと思ったから来てみただけだ。普段着からすれば蒼生も俺もイメージが違うけれど、蒼生にはきっと、と思った。……それがどうだろう。蒼生が、俺に似合うように選んでくれた服。そうか、これが俺なんだ、と思えるほど、とても馴染む。
 そうだな、この組み合わせだと、胸元が少し寂しい。たしかペンダントが置いてあったはずだ。蒼生に選んでもらおうかな。
 そんなことを考えながら、試着室を出る。……蒼生? 店内を見渡すと、壁際の棚の前に蒼生がいた。隣には、さっき蒼生に話しかけていた店員が、……いや、店員だろうか。やけに距離が近い。足早に蒼生のもとへ向かう。その間にも、男が顔を近付け、蒼生が身をかばうように顔を背ける。
「どうした?」
 2人がぱっと顔を上げる。蒼生の、明らかに安堵した表情。そして、すぐにきりっとしたいつもの顔で、男のほうに向き直る。
「そういうことなので」
「……ちっ」
 男は舌打ちすると、どん、と蒼生を突き飛ばした。は? 俺は咄嗟にそのよろけた体を抱きとめる。は? なんだ? 蒼生、に、なにを。俺の、大事な大事な蒼生に。……ふざけるな。
 そそくさと階下へ向かう男を追おうとした俺を、蒼生の手が押しとどめた。止めるな、あいつは、今、蒼生に。
 蒼生はにこにこ笑って首を振った。
「ありがと」
「いや。……違う、ごめん。助けられなくて」
 蒼生から目を離した。俺の落ち度だ。
 なのに蒼生は、本当に何事もなかったように平然としている。
「ううん、ちょっとつきまとわれただけだったし。危なそうだったらちゃんと冬矢のこと呼んだよ。だけど、あの程度ならなんとも」
 俺は。
「冬矢。僕、ほんとになんとも思ってないよ」
「……何を言われた?」
「ん? なんか、綺麗な顔してるねーとかオレが服贈ろうかとか、まあテンプレートなやつ。で、男が服を贈る意味知ってる? 脱がせたいって意味だよ? とかなんとか」
「それで、なんて答えたんだ」
 蒼生は得意げに胸を張る。
「なら、彼氏に買ってもらうことにしますね! 僕の彼氏、脱がせるのが好きなので! って。びっくりしたみたいに、は? って言われたところで冬矢が来たから、見事に“彼氏登場”って感じだったね」
 ……は。ははは。なるほど。
 俺の恋人は、強い。綺麗で可愛くてふわふわで、たまに揺らぐことはあるけれど、芯はこんなに強い。愛しいひと。
 でも、ふうん? 俺のこと、そういうふうに思っていたんだ?
「よし、わかった。今から蒼生の服、選ぼう。買ってあげるよ」
「えっ? やだなぁ、冗談だってば。自分のことはちゃんと自分でするし」
 俺は蒼生の唇に、人差し指で触れた。蒼生がぴたりと黙る。
「男が服を贈る意味、だろ。……わかるね?」
 蒼生はぱっと顔を赤くして、小さくこくりと頷いた。

 店を出てから、ちゃんと答え合わせをした。
「さあ、これから俺はどうすると思う?」
 と聞いて。
 蒼生はぽわんとした顔で答えた。
「……脱がせるとこ、に、行く」
 正解。
 それじゃあこの前健太と行ったとこ、連れていってくれる? と言うと、嬉しそうに「うん」と言った。
 当然あの時点で調べたので、場所がどこかくらいわかる。それに、そこ自体が安全な場所なのか、周辺の治安は昼夜とも問題ないだろうか、同性同士や複数人を受け入れてくれるのか、といったあたりを調べておくのは必要で重要だった。蒼生を危険な場所に連れて行くわけにはいかないから。大丈夫だと判断したから、こうして蒼生を誘ったわけだ。
 それを言わずに、蒼生に先を歩かせる。蒼生たちが開拓した場所だし、あれだけ楽しそうに話していたのだから、きっと自分で案内したいだろうと思ったから。と、いうのは建前だ。……どう思われるかな。本当は、抱かれるために俺を導く蒼生の姿が、ひどく欲情を煽るのだと言ったら。それが見たいが為だと言ったら。
 写真で見たことのある建物の前で、蒼生は立ち止まる。振り返って、笑う。
「ここだよ」
 カフェにでも案内するような明るい笑顔で、けれど背景はラブホテルで。俺は腹の奥から溢れ出しそうな何かを押さえつける。まだだ。
「蒼生はどんな部屋がいいの?」
「うーん。この前は緊張してて、実はあんまりよく見てなくて。どういうとこがいいんだろ。うー……。冬矢は入りたい部屋とかある?」
 ふふ、こういうのでも悩むのか。
「俺は蒼生といられるならどこでもいいんだけどな」
「ぐっ……。冬矢はそう言うんだよね……むー。ええと……。あ」
「何が気になった?」
「ね、……ここ、空いてるし、ここにしてもいい……?」
 ……ふうん。
 なるほどね。
 そうして俺と蒼生は、なんの問題もなく、咎められることすらなく、スムーズにその部屋に入った。
 部屋に入ると、狭い廊下がある。すぐ右側の壁がへこんでクローゼット状になっていて、その脇にドアがひとつ。反対側にもひとつだ。蒼生はその辺りには目もくれずに廊下を抜けていった。カーテンで仕切られた一角がある以外には、ひとり用の机と椅子のセットが4つ並び、少し背の高い机があって、壁には深緑のシートが貼ってある。隣には時間割表のようなポスター、なんだ、やたら保健体育ばかりだな。
「うわー、それっぽい!」
 蒼生が楽しそうに机の間を回る。そう、「教室っぽい」。決して本格的なものではなく、いかにもらしい小道具をなんとか整えましたという雰囲気だ。この前来たという「城」がそんな感じだと聞いていたから期待はしていなかったが、逆にその期待を裏切らない内装だと思えば面白い。
「あの、僕が入ってみたい部屋にしてくれてありがとね。冬矢はたぶん好きじゃないと思うけど」
 少し心配げに蒼生がそんなことを言う。黙って部屋を見渡していたから不安にさせてしまっただろうか。俺は笑ってみせた。
「そんなことないよ、大丈夫。なんだか面白いなあと思って見ていただけだから。組み合わせ次第で教室みたいに見えるんだね。……さて、どうする? 準備、手伝おうか?」
「あっ……。えへへ、大丈夫。ちょっとだけ待っててね」
 蒼生は鞄を抱えて、廊下のほうに走って行く。ストレートな誘いに、何の躊躇もなく応えるのが本当に可愛いと思う。蒼生は幼い頃から健太に愛されていて、その人生の中で恋人は俺たちだけだ。だから“駆け引き”をしない。愛を試すようなこともしない。……知らない、のかもしれないな。駆け引きなんかする必要がないから。その純粋さが眩しくて、愛おしい。
 …………。教室、か。
 硬い椅子を引いて、座る。座り心地は決してよくない。俺は改めて並ぶ備品を眺めた。本物とは明らかにクオリティが違う、お遊びの空間。そういうシチュエーションでセックスをするために作られた部屋。とはいえ、頭の中に残った景色を思い出させることはたしかだ。
 俺たちは高校から付き合い始めた。きっと学校の中で、こっそりと触れ合うような付き合いに憧れるところがあったんだろう。実際、教室でキスをするカップルはいたし、気付かず踏み込んで謝ることなんかもあった。それを蒼生が羨ましそうに見ていたのはわかっていた。はっきりと言うことはなかったけれど、目が欲しがっていた。俺はそれに気が付かないふりをしていたんだ。
 蒼生が決して言葉にしなかったのは、最初に俺が「公共の場では決して手を出さない」と宣言したからだ。我慢出来ずに学校外でキスをしたことはあったから、健太は少し疑問に思っていたようだが。
 だからさっきの蒼生のセリフになるわけだ。俺はこのシチュエーションを「好きじゃない」と。蒼生は俺が学校では絶対にそういう行為に及ばないと思っているし、したことがないとも思っているはずだ。……蒼生にはしないだけだよ。いつだって本当は蒼生に触れたかった。だがそんなところを目撃されてしまったらどうする。俺はいい。ダメージを受けるのは蒼生なんだ。それに、衛生面だって心配だろう。俺は蒼生が大切だから、絶対に人の目が避けられる場所以外ではしないと誓っていた。
 学校で? そんなの、珍しいことでもない。教室の端、薄暗い床に押し倒したこともあった。校舎裏で立ったままということも。空き教室に連れ込んだことも。どうでもよかったから、どこでもよかったんだ。そういえば、中2の頃かな。誰だったか覚えていないが、教室で告白され、そのまま机の上に引き倒されかけたことがある。それが蒼生の机であることに気付いた俺は、急に気分が悪くなって、何もせずにその場で別れを告げた。蒼生に不潔なものを近付けるのがとにかく気持ち悪かった。……思えば、あの時、俺は既に蒼生のことが好きだったんだろう。
 ドアの開く音がして、そちらを見る。目が合うと、蒼生はとろけるように笑った。部屋が突然明るくなった気がして、頭の中に降り積もった埃が払われるように一瞬にして消えた。
「ごめんね、いつもいつも待たせちゃって」
「蒼生に使う時間は楽しいよ。待つ時間でもね」
「なるほど」
 珍しく素直に頷く。たぶん、自分に置き換えてすぐに理解したんだろう。そうか、俺を待っている時、蒼生は俺のことを考えてくれているんだな。それも楽しいと思ってくれているんだ。
「でも、あの……言われた通りに着てきた服そのまま着たけど、これでいいの?」
 少し戸惑ったように蒼生が自分の格好に目を落とす。健太と来た時はバスローブでも着たのだろう。クローゼットの目立つところにかかっていたから。
「いいんだよ。だって、教室、だろ。制服に少しでも近い服装のほうが、雰囲気が出ると思ってね」
「あ、そうか、制服かぁ。たしかにちょっとそれっぽいかも」
「ほら、蒼生もおいで。一緒に座ろう」
 俺は立ち尽くしたままの蒼生に向かって手を伸ばす。蒼生は目を瞬かせて、「うん」と小さく答える。それから引っ張られているように俺のところまで歩いてきて、……向かい合うように、俺の膝の上に座った。隣の椅子に座るだろうと思っていたから、正直驚いた。わずかに、上気した顔。そしてそのまま、俺の首に抱きついてくる。背中に手を回して撫でてやると、その力が強くなった。
「……こうしたかったの?」
「こ、こうしたかったの。ずっと。教室で、僕を待っててくれる姿を見るたびに、こうやってだっこしてほしかった」
 ああ。ずいぶん我慢させていたんだな。蒼生は安心したように息を吐いて、俺の頬に髪を擦り付ける。ふわりと、愛しい香りが鼻腔をくすぐり、なけなしの理性を崩しにかかってきた。
「蒼生……蒼生。寂しい思いをさせてごめんね。これからは、あの頃出来なかったことを取り返すくらい、いっぱい抱き締めるよ」
「僕も、もっと、いっぱいくっつく」
「……えっちなこともいっぱいする?」
「うん。いっぱい、シてほしい」
 可愛い、可愛い、俺の蒼生。そっと手を腰のほうに落とすと、体がぴくりと跳ねた。はあっと、肩口で大きく息を吐く音。それから背中が小さく反る。
「どうしたの?」
「……あ、ごめ……。お店出てから、だっ、抱かれるために、冬矢をここに連れてきたから……やましい思いで冬矢の先を歩いてるんだなっていうのがずっと頭の中ぐるぐるしてて。も、ちょっと、ぼ、暴発しそう、で」
 蒼生。
 俺と同じことを?
「うわ、冬矢引いてるでしょ。うう、僕ばっか、えっちなこと考えてて恥ずかしい……」
「引くわけないだろ? ……俺も、蒼生が俺に抱かれるために先を歩いているんだと思うと、すぐに押し倒してぐちゃぐちゃにしてやりたかった。必死で我慢してたんだよ」
「ほんと?」
「あんなに可愛い笑顔で俺のこと先導してくれていたのに、頭の中では、たくさんえっちなこと考えてたんだね。そんな蒼生も好きだよ。大好き」
「……よかった」
 安心したように蒼生は息をつく。
 自分では、明るく笑う蒼生に対して、なんて薄暗くて汚い考えを抱いているんだと思っていたけれど。蒼生も同じことを考えてくれていたんだ。それも、あんなに無邪気に。
 そうか。蒼生は、後悔するような、罪悪感を抱くような場所で抱かれたことがない。そんなことは絶対にないように、健太と示し合わせてきた。だから、俺たちとするセックスを後ろ暗いものと感じる理由がないのか。
 これは……ますます、他の人間に触れさせるわけにはいかないな。
 俺は蒼生の首筋に唇を寄せる。それだけで蒼生は肩を小さく震わせる。
「暴発しそうだっていうそれ、見てもいい?」
 小声で問いかける。だってここは「教室」だから。
「う、ん」
 肯定と共に、すっと体を離す蒼生。伏し目がちに赤い頬を覗かせるなんて、俺のことも暴発させるつもりなんだろうか。
 言葉のとおり、存在を主張するように盛り上がるそこの布を丁寧にどかしていくと、もがくようにペニスが顔を出す。なるほど、苦しそうだね。布と繋がった透明な糸が、きらりと光って弧を描く。
「ふ。ここ、びしょびしょだ。ああ、まだ溢れてくるよ」
「ちゃ、ちゃんと洗ったのに……」
「じゃあ、俺の膝に乗っかっただけでこんなになっちゃったんだ。可愛い」
 片手で蒼生の頭を引き寄せてキスをする。残った手で、震える先端に触れると、塞いだ口からくぐもった甘い声が漏れる。粘る指先で円を描いてやれば、ねだるように舌が入ってくる。素直に欲しがってくれているのがどうしようもなく愛おしい。だが、駄目だ。足りない。全然足りない。
「……はっ……蒼生。立てる?」
「ん? んぅー……」
 それって返事なのかな。言葉になっていないのは、蒼生が唇を離そうとしないせいだ。そのまま、ずるずると俺の上から降りていく。俺が立ち上がってもそのままなのは、いくらなんでも可愛すぎるだろう。
 縋りつく手を取り、机に両手をつかせる。太ももまでズボンを下ろしても何の抵抗もない。名残惜しい唇を離せば、とろりとした顔がかすかに眉を顰め、首が横に何度か揺れる。
「やだ……もっとぉ……」
 可愛いな……。出来るなら俺もそうしたい。時間を気にせず、ただ抱き合ってキスしていたい。けれど、もう、俺も限界が近い。もっと先を望んでしまう。蒼生はそれをきっと受け止めてくれるはずだ。
「ごめんね、あとでもっといっぱいしてあげる。だから俺のこと、気持ちよくして?」
「ぇ……?」
 俺は痛いくらい張り詰めた自分のペニスを、下ろしたジッパーの間から引きずり出す。そして蒼生に後ろから覆い被さると、その脚の間に挟み込む。ぬるり、と滑り込み、蒼生の熱にぶつかる。
「っあ」
 少し驚いたような声、一瞬腰が逃げる、それでもすぐに肩から力が抜ける。
「蒼生……あし……もう少しぎゅっとして」
「あ、う、んっ……」
「そう、いい子、上手だね……」
「ん、はぁっ、あ、う、れし、……」
 擦れるたび吐息とも声ともつかない音が蒼生の口から漏れる。それを聞いているだけで、そこが感じる以上の快感を与えてくれるようだ。
 そっと手を伸ばし、机の中を探る。さっき蒼生が準備をしている間に仕込んでいたものだ。急に背中に体重をかけたからだろう、不思議そうに視線が俺の手を追ってくる。表情は見えないけれど、そのはずだ。その目にしっかり映るように、掴んだゴムとローションの袋を机の上にばらまいた。
「……っあ」
 少し高い声。ふふ。嬉しそうな響き。俺に「その気」があると、はっきり目にしたからだ。
「素直だね。期待した?」
「わ、わかっちゃ、うのぉ……?」
「蒼生のことならね」
「恥ずかし……」
 頬が赤くなるのが見える。もっとすごいことをしているのに、そこで照れるんだね。
 ローションの小袋を破り、白い谷間に垂らす。机についた手が、ぴくっと反応した。濡れたそこに親指を寄せる。ああ、ひくついて、すぐに俺の指を咥えようとしてくる。心だけじゃない、身体も期待しているんだろう。少し力を入れると、誘われるままに指が飲み込まれていく。
「あ……あぁっ、あ……」
 触れる場所を動かしながら優しく撫でるたび、甘い声が耳に響く。気持ちがいい。柔軟に形を変えながら受け入れてくれるのは、それだけ蒼生が準備してくれていたということだ。健気で、可愛い、俺の……。
「蒼生」
「う……?」
「どうする? このまま……挟んでもらって、一緒にイく? それとも、ナカで?」
 狡い聞き方だと我ながら思う。自分が挿入りたいだけのくせに。けれど、蒼生は笑うんだ。精一杯体をこちらに向けて、潤んだ瞳で、綺麗に。
「これ、また、今度して……? 今、は、ァ、ナカにちょう、っだい……」
 俺は蒼生を甘やかしたいのに。甘やかされているのはどっちだろうな。世界中の誰より愛しい。愛おしさが、溢れて溢れて、止まらない。
 蒼生を背中から抱き締め、机の上に横向きに寝かせる。狭い机は、蒼生を乗せるとギリギリの大きさしかない。冷静な俺が、机を並べればいい、と囁く。だがそんな余裕はなかった。
「こっちの手、ここ。そう。机の端を掴んで。離しちゃ駄目だよ」
「んっ、はい……」
 蒼生の両手が、少し迷うように机の端を探してから、自分の体を支えるように強く掴む。その隙に、しっかり装備を調える。そして、ズボンのまま自由にならない足を両方抱え上げ、待ちわびて震える最奥にあてがう。
「落ちないように、捕まっててね」
「うん……っあ! あぁっ!」
 熱い。蒼生のナカ。素直に。受け入れてくれる。締め付けてくるくせに、ふわりと。
 ふいに、机の端を握っていたはずの手が片方、ぎゅっと俺の腕を掴んだ。……そうか、机にすがるより、俺にしがみついた方が、蒼生は安心なんだな。もしかすると何の意味もない行為だったかもしれない。だが、俺にとって、それは「蒼生に信頼されている」という大きな喜びだった。
「蒼生……あおぃ……」
「っあ、あ、はっ、あ、あぁ……と、ぉや……ぁ、すきっ……」
「はっ……俺も……っ、好きだよ……」
「あーっ……あ、あ」
 がたんがたん、と机が揺れる。蒼生を求める気持ちが強くなるたびに音が大きくなる。蒼生が落ちないように、揺れで体が痛まないように、と思うと集中できない環境ではあった。それでも、今まで、そんな心配を誰にもしてこなかったなと思うと、本当に蒼生に出会うまでは誰のことも好きではなかったんだと実感する。蒼生。蒼生が俺のすべてだ。
「……ひゃ、あっ、あ、とぉや、そこ……っ」
「ここ……?」
「し、知らないとこっ、う、きもちぃ……」
 ああ、いつもと挿入っている角度が違うから。
「うん。気持ちいいね」
「き、もち、い、……あーっ、あ、んー……っ」
 もっと気持ちよくなろうな。
 俺は片手で机を強く握り、反対の手を蒼生のペニスに伸ばす。限界が近い、張り詰めたそこに触れると、はっきりと蒼生の身体が跳ねた。
「あぁっ! やっ」
「やなの……? ここ、されるの好きだよね?」
「す、すき、だけ、どぉ……っ」
「ほら。聞こえる? ……すごい音がするね」
「あ、あ、どれ、か、わかんないぃ……」
 机の音。繋がっている音。扱く音。そうだね。もうぐちゃぐちゃだ。
 だけど俺の耳には、もう、蒼生の声ばかりが大きく聞こえる。
 蒼生。
 蒼生。
「……イっちゃ、あ、とぉや、」
「いい子。イってごらん」
「! あ、ふぁあっ、あぁ、あ!」
 びくりと震えて、蒼生が吐精する。同時にナカがぎゅうっと締め付けてくる。それが俺を搾り取ろうとする動きのようで。その目論見通りに、俺もわずかに遅れて体を震わせることになった。
 息を吐いて、肩で息をする蒼生を抱き締める。何度思っても伝えても足りない。好きだ、好きだ、好きだ。俺の思いは、おまえを潰してしまわないだろうか。そう不安になるのに、求める心も止められない。いっそ壊してしまいたいほどに。
 ああ。駄目だ。優しくしなくては。潰すわけにはいかない。大切なんだ。何よりも。
 反する心で、思考がおかしくなりそうだ。
「……蒼生、大丈夫? ちょっと強くしすぎたかな」
「ん、はぁっ、あ、だいじょぶ……」
「少し休もうか」
「休む……? あ、そういえば、この部屋、ベッドって」
「あの中じゃないか?」
 部屋の隅に設置された、いかにもなカーテン。確かめはしなかったが、そういうことだろう。蒼生が腕をぷるぷるとさせながら起き上がる。腕に力を入れすぎたんだろうか。やはり無理な体勢を強いてしまった。しっかり休ませてから帰らなくちゃな。
 蒼生は中途半端で動きづらかったのか、一歩歩くなりズボンを下着ごと脱ぎ捨てた。ずいぶん大胆なことをするな……。健太だったらもう一度机の上に抱え上げていたところだろう。まったく、無邪気で可愛い。
 ふらふらしている蒼生の肩を抱いて、そのカーテンまで歩く。蒼生は小さく開いた布の隙間から中を覗き込み、「わー」と呟いた。それから、軽い手つきでカーテンを全開にする。
「保健室のベッドだ!」
「ああ、やっぱり。ここが保健室仕様でなかったらちょっとがっかりしていたところだよ。想像通りでよかった」
 硬いベッドに座らせると、すぐに蒼生は倒れ込んでぱさりと枕に頭を乗せた。
「疲れただろう。ちょっとそこで休んでいて。タオル持ってくるから」
「冬矢」
「うん?」
「やだ」
 え? ベッドから離れかけた俺は、拗ねたような声に振り返る。寝そべったままの蒼生が、両手を俺に差し伸べていた。
「もっと、シて」
「でも」
「さっき、気持ちいいの、途中で終わりにしちゃったから」
 さっき……途中……。もしかして、さっきイカせた時、何か反論しようとしたのはそれだったのだろうか。もっと快感を味わっていたかったと?
 蒼生は、おずおずと足を引き、俺に向かって脚を広げて見せた。…………。全部。が。視界に入る。再び熱を持った、そこ。いつの間に。
「……続き、欲しい」
 開いていたカーテンを、勢いよく閉める。
 ああ。
 もう。
 なんだって、そんなに。
 駄目だ、勝手に体が動く。
 ぎしっとベッドが軋む。
 ベッドに上った俺を、うっとりする目で蒼生が見上げてくる。
「帰れなくなっちゃうかもしれないよ? 家まで帰る体力残せる?」
「……がんばる、から」
 そうだな。こんなときでも、蒼生は、家で頑張っている健太のことを忘れるはずがない。そんなところも含めて、俺の愛した蒼生だ。
「じゃあ、もう1回だけね」
「うんっ……」
 嬉しそうに。
 俺に我慢をさせない気なんだろうか。
 ……もちろん、こういう時、素直でいるようにさせたのは、俺だけどな。
 ふふ。最高に可愛いよ、蒼生。
「あー……」
 二度目の挿入とは思えないくらい、待ちわびたような歓喜の声。
 俺も、蒼生のナカで包まれている感覚を、初めてのような喜びで味わっている。
 それは毎回感動に近い。
 たしかに繋がっているという奇跡のような現実を噛みしめられるからだ。
 そうだな。
 奇跡だ。
 蒼生がここにいる。
 俺と共に在る。
 俺を愛してくれている。
「あおい……」
 愛しい名を呼び、そっと頬に触れる。
 あたたかい。
 にこり、と、蒼生は微笑み、俺の手に頬ずりする。
 溜まっていた涙が、つっと頬を伝い、俺の手に届く。
 あたたかい。
 こんな蒼生が、他人に触れられるのを嫌がるだなんて誰が信じるだろう。
 自分でそれを理解するようになってからは、ある程度触れられても我慢しているようだが、どうしても嫌悪感はぬぐえないらしい。蒼生が嫌がらないのは、それどころか喜んでくれるのは、本当に自分と健太だけだ。心配にも思うが、蒼生が自分たち以外を拒否していると自覚してくれている限り蒼生は離れていかないはずだと思うと、同時に安心材料でもある。万が一にもそんなことはないと思っているが、どうしたって不安は付きまとうものだ。だから、いつも触れていたかった。
 そして、触れるたび、
 そんな不安なんて必要ない、と蒼生に諭されているような気持ちになる。
 蒼生はここにいる。
 俺と。
 共に。
「とぉやぁ……」
「蒼生……」
「キス、してぇ……」
「うん。好き、好きだよ。蒼生。好きだ」
「ん……ふ、ぅ、……ぅん、ぼ、くも……」
「愛してるよ……」
「う、ん」
 綺麗だ。
 とても、とても、綺麗だ。

 わざとらしくひとつしかない枕に頭を並べて、それらしい薄っぺらい布団にくるまって、俺と蒼生は狭いベッドから落ちないように肩をぴたりとつけていた。
「体、痛いだろ」
 蒼生が布団で半分顔を隠しながら、
「うん」
 と答えた。
「机でがたがたするの、結構痛かった。……気持ちよかったけど」
 最後にちゃんとそれを付け加える。素直だね。
「そんなふうに体に負担がかかるから、外ではしないって言ったんだ。別に、外では蒼生に触れたくないとか、そういう意味じゃないからね」
「知ってる。冬矢は優しいから、きっとそういう心配りをしてくれてるんだろうなって最初から思ってた」
 蒼生……。蒼生はいつでも俺が嬉しいと思う言葉をくれるんだ。その動揺を気取られたくなくて、そっと柔らかな髪を撫でる。可愛い笑顔。
「……あっ。でもね、机も、保健室みたいなベッドも、ドキドキしたよ。やっぱりちょっといけないことってなんか……ふふ。楽しかった」
「そう言うと思った。だからしなかった、っていうのもあるんだよ。蒼生は好奇心が強いからな。それに……声」
「声?」
「本当にここが学校だったら、その可愛い声で全部バレていたと思うよ」
「! あ、そっか」
「蒼生、たくさん気持ちよさそうな声を出すからね。全校生徒に蒼生がえっちなことがバレちゃうだろ。高校時代は理性保ったままでいられて、本当によかったよ」
「ほ、本当に学校だったら、ちゃんと声、我慢したもん……」
 さて、どうだかな。
 俺が笑うと、拗ねた顔をしかけた蒼生も、つられるように笑った。
 可愛い。
 この顔を至近距離で眺められるなんて、本当に幸せだ。
 蒼生は、背筋をぴんと伸ばした。
「そうは言っても、やっぱりベッド、固くて狭いね」
「うん。家に帰って、ちゃんとゆっくりしような」
「そうだね」
 さて、あいつはちゃんとやっているかな。
 起き上がると、俺のほうにも硬いベッドのダメージは来ているようだ。机から蒼生を落とさないように、妙な筋肉の使い方をしたのもあるだろう。やはり家のベッドがいい。そういうことも考慮して、ある程度値が張ってもちゃんとしたスプリングのマットレスを選んだからな。
 俺は、起き上がろうとした蒼生を押しとどめ、一度も脱がすことのなかったそのシャツのボタンを外す。
「えっ?」
「シャワー浴びないとな。ああ、服、汚しちゃったね」
「……脱がす云々言っておきながら、最後まで脱がせてくれないなあと思ってたんだけど……今だったかぁ」
「わざとだよ。いつ脱がせられるかドキドキしてる蒼生、可愛かった」
「……うー。もてあそばれたぁ!」
 蒼生は両手で顔を隠す。でも、俺が脱がせる手を止めることはしない。
 それを見た俺が、もう一度、という言葉を飲み込むのにどれくらい苦労したか。きっと蒼生は知らないだろうな。

 おかえり、と声を返してきた健太は、俺たちの姿を見るなりものすごく複雑な顔をした。
「あー……お着替えしちゃうようなことしてきたかー」
「新しい服を買って、そのまま着て帰りますってこともあり得ると思わないか?」
 むすっとしたまま、健太が蒼生を引き寄せ、ズボンの腰の辺りを掴んで中を覗き込む。いや、おまえ。
「け、健ちゃん?」
「下着まで着替える服屋があるかよ」
「ふっ。おまえにしては正しい分析だ。とはいえ、出かける前の蒼生の下着まで把握しているのはどうかと思うがな」
「着替えるとこ、ちゃんとじっくり見てたからな!」
「健ちゃん……」
 蒼生が、すーっと俺の後ろに戻ってくる。本当に、健太はその一言がなければ、慌てて取り繕うようなこともないだろうにな。健太が余計な一言を言った時の行動としては、「取り繕う」と「気付かない」のパターンがあるが、どうやら今日は「気付かない」のほうらしい。蒼生の姿を上から下まで往復しながら眺めると、腕を組んで何度も頷く。
「いや、それにしても、蒼生そういう格好も似合うんだな。柔らかくて優しくて。綺麗な色も似合うもんなあ」
「えっ……。ほんと? ……ありがと」
「うんうん、すっげぇ可愛い」
 今引いていたとは思えないくらい、蒼生はふわっと嬉しそうにはにかんで笑う。それを見る健太も嬉しそうだ。
 ……またこいつは、人の手柄を横取りする気か。
「俺が見立てましたが」
「ぐっ。……おまえの手で綺麗になる蒼生……ってのは、やっぱ悔しい……が! 可愛いのは! 蒼生なので! 蒼生の勝ちです!」
「へ?」
「なんの勝敗なんだかな」
 まあ、よくわからないけれど、その結論にはなんの反論もない。蒼生はとても綺麗で可愛い。それが真理だ。
「なんで冬矢まで納得した顔してるの……。ところで健ちゃん、課題終わった?」
「あ、それだ」
 健太がぽんと手を叩いて、テーブルに駆け寄る。俺たちは健太の「課題にめどがついたからいつでも帰ってきてください。腹ぺこです」という子供のようなメッセージを受け取って、もう少し休めるはずのところを早めに出てきたんだ。これで終わっていなかったら、ただでは置かないぞ。
「はい、この通り! おかげさまで考えるどころかちゃんと書き終わりましてございます」
「わ、すごい。健ちゃん、頑張ったねえ」
「そう。偉いだろ」
「偉い、偉い」
 わざわざ頭を下げてまで蒼生に頭を撫でさせていた健太は、視線が下がったことでようやく蒼生の耳に気付いたらしい。あれ、と呟くと、そっと左耳に手を寄せた。
「蒼生、これ」
「……あ、うん。どうかな……」
「かっわいい! 可愛い可愛い、へー、似合うじゃん。リング?」
「穴開けないで飾れるんだって。あの、冬矢と、お揃いで」
「うわ、あいつもか。はー、しっかり絵になるから悔しいよな。でもよかったじゃん、お揃い出来て」
 蒼生がぴたりと止まる。おそらく俺と同じことを考えたはずだ。
 口に出したのは蒼生だった。
「健ちゃん、僕が冬矢とお揃いにしてて……いいの?」
 健太はまったく気にしていないようで、あっけらかんと笑う。
「え? ああ、オレにはアクセサリーとかって邪魔なだけだし。だからそういうの気になんねえよ。蒼生が可愛いのは嬉しいしな」
 そう言われてしまうと、蒼生は言葉を継げないだろう。
 俺は手にしたままだった袋を健太に向かって差し出した。
「夕飯、買ってきたから。準備はしてくれるんだよな?」
「お。サンキュー。うわ炒飯じゃん、美味しそ。3種類あるんだ? わけっこして食べような!」
 健太は無邪気に受け取り、キッチンに入っていく。まったく。
 寂しげな顔をしている蒼生の側に寄り、そっと後ろから腰を抱いた。
「蒼生」
「……冬矢」
「早速、俺がさっき味わった気持ち、わかっちゃったね」
「うん。ごめんね。僕、もっとちゃんと素直にならなくちゃ駄目なんだ……」
「謝らなくてもいいことだよ。だって俺たちは、ちゃんと話して解決しただろ? とはいえ、健太と蒼生では少し事情が違うから、あいつを説得するには時間がかかりそうだが」
「健ちゃんにもおんなじお揃い、して欲しい」
「いつかさせような」
「うん」
 もしかすると、突き詰めれば俺と健太が同じものを身につける結果になるのかもしれない。それを考えると少し複雑だが、間に蒼生がいればそれでいい。俺たちはそういうものだ。
 さあ、はっきり邪魔だと言い切るあいつをどう言いくるめたものかな。確かに時間はかかるかもしれないが、いずれは蒼生が喜ぶ結果にしたい。
「……でも、今言えることはちゃんと言っておこ」
 急に蒼生がくるりと振り向く。正面から抱き合う位置で、蒼生は俺を見上げてきた。
「さっきは素直に言えなくてごめんなさい。これ……イヤーカフ……似合うって言ってくれて、綺麗って言ってくれてありがとう。すごく嬉しかった。恥ずかしくて、答えられなくて、ごめんね」
 蒼生。
「ううん。伝えてくれてありがとう。蒼生がそう言ってくれることが、何より嬉しいよ」
 ぎゅっと抱き締めると、蒼生は温かい手を背中に回してきた。
「それから、今日のデートもすっごく楽しかったよ」
「本当に? それはよかった。本音を言えば、もっとわがままを言わせたかったんだけどな」
 すると、がばっと蒼生が顔を上げた。
「えっ!? 文房具屋に付き合わせて、好みの喫茶店に入ってもらって、好きな部屋に入らせてもらって、いっぱい愛してもらって、冬矢だから言っちゃえって僕ものすごくたくさんわがまま言ったのに!? これ以上!? は、ハードル高いなあ……」
 困惑した顔を眺め、俺はすとんと落ち着く心を感じていた。そうか。ちゃんと伝わっていたのか。蒼生は、俺とのデートだと自覚してくれて、それを楽しんでくれていたのか。苦手なわがままも、ちゃんと言ってくれていたんだな。まだ足りない、と思うけれど、蒼生にしては頑張ったんだ。
「蒼生、大好き」
「うふふ、僕も大好き」
 あったかい。
 腕の中と胸の中が、同じ温度になっていく。
 そこに、ひょいと健太がキッチンから顔を出した。
「そーいや、ホテル行ったんだろ? どうだった?」
 ……だから、こいつは。タイミングがいいんだか悪いんだか。
「はー……。非日常を楽しめるという意味ではいい場所かもしれないが、時間制限があるのがいただけないな。俺としては“お泊まり”してもよかったんだが」
「ぐっ。それはオレが可哀想だから一緒の時にしてくれよ」
「時間配分も難しいと思ったよ。だからあまり前戯に時間がかけられなかった」
 蒼生が納得したように頷く。
「そういうことも考えてたんだね。道理で冬矢にしては展開が早いと思ったんだ」
「ゆっくりしてあげられなくてごめんね」
 健太が皿を両手に持って、キッチンを出てきた。
「じゃあさ、夕飯終わったら、足りなかったいちゃいちゃしようぜ!」
「ああ、その手があるな」
「今度はオレも一緒にだから!」
「うん!」
 そうだな、それがいい。
 箸休めに何か用意するか、とキッチンに向かいかけた俺の服の裾を、蒼生が小さく引っ張った。
「どうした?」
「……足りなかったぶん、もっといっぱいキスしてね」
 なるほど。
 蒼生は俺に「好き」の限界を作らせない気らしい。

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