49こ目;許容と不許可の境界線
友人のドタキャンに困り果てた級友に、どうしても助けて欲しい!と合コンに誘われた健太は…。
↑初公開時キャプション↑
2022/04/29初公開
https://pictbland.net/users/series/kazanet-tk/%E5%83%95%EF%BC%8B%E5%90%9B%E2%86%92Waltz%EF%BC%81
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玄関に靴を転がし、足を突っ込む。爪先で床をとんとん叩いてかかとを靴の中に納めながら、オレは廊下の奥を覗き込んだ。まだかな。
「あーおーいー」
呼びかけると、ちょっと間。
「はっ、はーい!」
……あ。捕まってんな。今日は自分だけ午後からになったからって、家のことやってから出てくって決めたのは冬矢自身じゃねえか。なのにやっぱり蒼生を離しがたいってか。そりゃわかるよ、オレだって1秒たりとも離れたくないもん。
それからわりとすぐ、蒼生は赤い顔してぱたぱたと駆けてきた。後ろには涼しい顔の冬矢。ったく。
「ごめんね、お待たせ」
「後ろのむっつりスケベになにされた?」
「えっ? あ、えっと」
「心外だな。後ろ指を指されるようなことはしていないよ。……いってらっしゃい、蒼生。また後でね」
「あ、うん、いってきます」
「…………。ほら、行こ! 遅刻するよ!」
オレは蒼生の腕を引っ張って、玄関のドアを開ける。慌てて靴を履いた蒼生があとからついてきた。閉まるドアの隙間に最後に見えたのは、勝ち誇ったような冬矢の姿だった。あー、もう。
別に遅刻するような時間じゃねえけど。何をしたんだあいつ、と思うとなんか勝手に歩幅が広がる。後ろの蒼生は小走りで、でもにこにこ笑ってた。そんなに冬矢とのいちゃいちゃが嬉しかったのかなって思うと、やっぱちょっと悔しい。
「……嬉しそうじゃん」
あ、オレ、蒼生に八つ当たりして、悪い奴。
すると蒼生は、ぴかぴかした目をオレに向けた。
「だって健ちゃんと一緒に行けるのは嬉しいもん。そばにいられる時間が増えるってことだし」
う。
冬矢に対するもやもやが、あっというまに綺麗さっぱり消えてった。今、隣に蒼生がいる。それだけがすべてだ。蒼生がオレのそばにいてくれる。
思わず速度が緩む。すぐに待ちわびてたみたいに、蒼生がオレの隣に並んで歩き始めた。こっちを見上げて、目を細める。並んで歩きたかったんだ?
はー。可愛い顔しちゃってさ。蒼生ってばホント、オレのこと好きなんだなあ……。
なんか、胸がいっぱいだ。可愛いなあ。へへ、あんなにこにこしちゃって。すげえ、今ならなんでもできそうな気がする。おかげでノートを取る手が止まらねえ。教授の話もすんなり頭に入ってくる。蒼生の力って、なんてすごいんだ! あんな可愛くて綺麗で優しくてふわふわしててあったかくていいにおいがして……とにかく、世界で一番素敵な子がオレの恋人なんだ。これ以上幸せなことってある?
さっき、蒼生は正門を入ったところで、「またね」って自分の学部棟のほうに歩いて行った。この瞬間は寂しい、だけど、「またね」なんだ。後で会える。嬉しい。
「なんだよ、さっきからにやにやしちゃって」
その柴崎の声ではっと我に返る。そうだそうだ、今は授業でやる発表の打合せしてたんだった。班に分かれて話し合いをし始めたはいいんだけど、なんか脇のほうが雑談で盛り上がり始めるから、つい蒼生のこと考えちゃってた。
「あー、いや、さっきの授業で教授に褒められたから、なんかそれ思い出してて」
前に蒼生に教えてもらったことをそのまましゃべっただけなんだけどさ。博識で機転が利くところも可愛いんだよなあ、はあ、蒼生……。
「へえ。よかったなー。けど今はこっち! 資料!」
「おっと、そうだった」
他のメンツもオレたちの会話で、話が逸れてることに気付いたらしい。なんとなく全員輪の中に戻ってくる。
だけどなあ、なんか話がまとまりきらない。なんか決め手に欠けるまま、無情にも授業終了のチャイムが鳴った。
「うっわ、全然終わんないじゃん。もうちょっとやってかなきゃだけど、みんな時間ある?」
聞くと、頷いたのは柴崎と女子1人だけだ。残りの女子1人と男子2人は首を振る。
「私、今日フルで授業」
「オレも」
「俺は午後バイトだわ。夕方には終わるけど」
今日はダメそうだな。すると、柴崎が携帯でスケジュール帳を開いた。
「じゃあ夜ならみんな空いてる?」
「あ、それならオッケー」
「うんうん」
「大丈夫? したら飯食いながら打合せしない? 健太も行けるよな?」
えー……。そういうことになっちゃうか。あー……。
まあ、だらだら続いちゃうよりかはいいかもしれねえな。んー。仕方ねえ、のかな。はあ、今日は蒼生のごはんが食べられる日なのに……。
「ちょっと確認するから、待ってて」
「おー」
オレは携帯を弄りながら教室の外に出る。電話のほうが、メッセージよりオレの無念さが伝わるに違いない。けど休み時間は限られてるわけだし、急がなきゃ。
呼び出し音が何回もならないうちに、ぶつりと繋がった音がする。
『もしもし』
うわ。耳に直接飛び込んでくる声。可愛い。
「あ、オレ」
『うん、知ってる。どうしたの?』
「えーと、今日の夕飯なんだけど」
『僕の担当だね。……もしかして予定変更?』
蒼生はオレの言葉を先読みするようにそう言った。ああ、申し訳ない。
「そうなんだ。発表の打合せが終わんなくてさ。それも兼ねて、ちょっと」
『わかった。大丈夫だよ、まだ何も用意してないし』
すごく優しい声。
「ごめんな……」
『気にしなくていいよ、そういうこともあるよね。でも、わざわざ電話なの? メッセージでくれてもよかったのに』
「直接謝りたかったし。あと、声、聞きたくて」
一瞬静かになって、それから、笑う声。
『そっか。さっきまで一緒だったのに、もう寂しくなっちゃったの? ……僕もだよ。電話くれてありがと。いってらっしゃい、気を付けてね』
「蒼生、愛してる」
『ふふ。僕も』
穏やかな声で、通話が終わる。
声が聞けて嬉しい、だけど、余計に寂しくなる。やっぱり直に聞きたい。蒼生。
はあっと息を吐いて振り返ると、……ドアの左右に体を隠すようにして、顔が3つ並んでる。こいつら……。
「そうか、おまえの彼女、アオイちゃんていうのか」
しっかり内容まで聞いてやがったな。
「盗み聞きはよくねえぞ!」
「女子2人はそう言って先に出ていきました」
「おまえらもだよ!」
まったく、仕方ねえ奴らだな。……つっこんだこと言わなくてよかった。油断も隙もありゃしねえ。
「彼女とデートだったんか。悪いな」
「や、いいって言ってくれたから。大丈夫」
「心広い彼女だなー。オレの彼女なんか、約束ひとつ反故にしようもんなら、すぐ拗ねてバッグだのアクセサリーだの言い出すぞ」
ああ……まあ、昔の彼女とは似たようなことあったかな。コドモだったし、要求されるのは高価なもんじゃなかったけど。だけど、蒼生はそんなことしない。いつも笑って許してくれる。あ、最近はちょっと拗ねることもあるかも。あれ、ほんとに可愛いよなあ……。でも、そういうの関係なく、たまにはなにか欲しがってくれてもいいんじゃねえかな、と思うこともある。なんだろ、物に対してわりと無欲っていうか。
「そういうの、ねだられたことないんだよな」
「え、逆に大丈夫かよ。実はおまえキープくんで、他に本命がいるんじゃねえの?」
「んなわけないだろ、ちゃんと信頼しあってんの!」
そりゃあ、他に本命がいるのは確かだけど! オレだってちゃんと蒼生の本命だ。だからこそ、オレがいなくたって、冬矢がいるから蒼生に寂しい思いはさせなくて済む。逆もまたしかりってやつだ。
すると、横で何か考えてたっぽい奴が正面からがしっと両腕を掴んできた。なんだ、近ぇよ。これからバイトだっていう坂巻って奴だ。早く行けばいいのに。
「なあ、健太、ひとつお願い聞いてくれないか」
やけに神妙な顔。うわー、いい予感がまったくしない。
「実はさ。サークルの先輩主導で、隣駅の女子大の子たちとの合コンがあって、俺ともう1人、無理矢理ねじ込んで参加させてもらうことにしたんだよ。なんだけど、そいつが急に都合悪くなっちゃって。でもこっちからお願いした以上、人数減りましたなんか言えないじゃん?」
「おい、なんか、それ以上聞きたくないんだけど」
「とりあえず聞いてくれ、……代打で来てください」
やっぱりかよ!
「やだよ」
「なんでだよ」
「なんでじゃねえよ、柴崎と小岩は?」
「あー、オレら予定があって」
「既に玉砕済みか! 坂巻おまえ、オレのさっきの電話聞いてたろ? ラブラブなの! 合コンとか絶対あり得ないの!」
「そんな心の広い彼女だったら、1回くらい許してくれるだろって!」
「それとこれとは話が別だろーが」
「一緒だよ、今日だって女子いるじゃんか」
「全然違うわ!」
「お願い! 助けると思って! 急すぎて誰もつかまんねぇんだよ! マジ、いてくれるだけでいいから! 金なら俺が出すし! 先輩とこじれたら今後サークルにいづらくなっちゃうかもしれないんだ! な! お願いします!」
……こいつ、全然引かねえのな……。
えー……。
「……とりあえず、後で話だけはしてみるから。ダメでも恨むなよ」
「黙って参加しちゃえば?」
「それこそ出来るか!」
ああ、なんて説明すりゃいいんだ。
出てきた料理は美味しかった。打合せも無事終わった。けど、……やっぱ断るべきだよな。
「ただいま」
リビングに入ると、冬矢と一緒に座ってた蒼生がソファからぱっと立ち上がる。
「おかえり!」
うわぁ……かっわいい……。
「話、ちゃんとまとまった?」
「うん」
「なんだかんだで最初が時間かかるんだよね、お疲れ様」
思わず抱き締めると、するりと背中に手が回った。はー、癒される。
「今日の店、美味しかったよ。スパイシーだけど、そんな辛いってわけでもなくて、たぶん蒼生も食べられると思う。今度一緒に行こうな」
「楽しみにしてるー」
「蒼生は? 夕飯なんだったの?」
「あのね、オムライスに挑戦したよ。卵がなかなかうまくいかなかったけど……。あ、チキンライスまだあるから、明日の朝作ろうか」
「えっ! 嬉しい! お願いします!」
そっか~、ちゃんとオレのことも考えてくれてたんだ。優しいなあ。なのに、オレは。
「それで? 健ちゃんは僕に何か言いたいことがあるんだよね?」
「…………! なんでバレた?」
「絵に描いたみたいに目が泳いでるもん。すぐわかるよ」
あー……うー……。
だよなー。
バレるよなー。
「あのー。それが、その。合コンに誘われまして」
「ごっ」
「は?」
さすがにそれは想定してなかったよな、そうだよな、蒼生はびっくりした目でオレを見上げて止まってる。だよな、うん、そうだよな。冬矢の視線が刺さってんのも気付いてる、気付いてるって。
「あっ、別に、彼女探しとかそういうことじゃねえんだ、まずそれだけ信じて! ヘルプ頼まれたんだよ! あのな、友達がサークルの先輩にお願いして参加させてもらうことになってたのに行けなくなっちゃった奴がいたとかで、どうしても代打が必要なんだけどどうしてもみつかんないらしくてさ、穴開けちゃうとそいつサークルに出にくくなるって心配してて、もちろん恋人いるからって断ったんだぜ、だけどただいてくれるだけでいいからってお願いされて、ホントに困ってるみたいで、あの、でも、やっぱちゃんと断る」
だよな、そうだそうだ。
連絡を入れようと、ポケットに入れた携帯に伸ばした手を止めたのは、……蒼生?
「……い……」
い?
ぎゅうっと蒼生の手が俺の腕を掴んでる。顔は見えない。
心配するくらい黙りこくった後、蒼生は顔を上げた。
「……ってらっしゃい」
「でも」
「僕の存在を知ってるんだよね? それでもどうしてもって言うんなら、相当困ってるんじゃないかな。だから、気にしないで行ってきて。人助けだと思えばなんてことないよ」
ずいぶん間があったけども、蒼生は笑ってた。優しい……。マジ天使か……。
「……じゃ人助けしてくる」
「あはは、うん」
突然、不機嫌な顔したままの冬矢が、蒼生の腕を引いた。蒼生はよろけて、ソファにぽすんと尻餅をつく。
「とうとう蒼生を俺だけのものにする気になったか」
えっ。
ちょっ……。
「だ、だから違うって言ってんじゃんか! そんなつもりまったくねぇって!」
「どうだか。おまえ目立つタイプだし、付き合う相手を探しに集まってくる子たちにちやほやされて、浮気なんて考えに及ぶんじゃないか」
「え」
「蒼生、聞くなよ、こいつの揺さぶりだから」
「う、うん……」
なんだ、なんでこいつは蒼生が不安になるようなこと言うんだ? 本当にオレがそうすればいいと思ってんのか? やっぱオレが邪魔で、いなくなればいいと思ってんのかな。だとしても引くつもりも負けるつもりもねえけど!
冬矢に詰め寄ろうとしたの、わかったんだろうな。蒼生がもう一度立ち上がる。
「僕のこと気にしてるなら、本当に大丈夫だから。そういうのも社会経験っていうのかな、たぶん必要なんだと思うんだよね。円滑な人付き合いとか、コミュニケーションをとるうえで、体験しておくっていうのも大事なんじゃないかなーって。場の仕切り方も学べるって聞くし。健ちゃんなら大丈夫だと思うけど。ね。だから。冬矢」
蒼生にじっと見つめられて、冬矢はすっと目を落とした。それでもまだ納得してないって顔してる。だからさ、浮気なんて絶対しねえって。言ってんじゃん。オレには蒼生しかいないんだから。
「そもそもさ。浮気ってどこからだよ」
「どこから、って発想が出てくる時点でアウトだろう」
「ぐっ」
すっげぇ切れ味。言われてみりゃその通りなんだけどさ……。
はあっと深い息を吐いてオレを見た時には、冬矢はいつもの涼しい顔になってた。
「じゃあ、おまえは蒼生が何をしたら浮気だと思ってるんだ?」
「僕がぁ?」
蒼生が裏返った声を上げる。まったく想定もしてなかったって顔だ。オレだって考えたことない。蒼生が? オレたち以外と?
オレは蒼生と顔を見合わせる。……蒼生が……うーん……。
「……蒼生から誰かにちゅーしたら?」
「手を繋いだり抱きついたりするのはいいと思っているんだな」
「いや……そういうこともありえんのかもとは思うけど、それを浮気とまでは……」
蒼生は嫌そうに顔をしかめて、胸の前で指を組んだ。なんか、やなことを想像させちゃったのかもしれない。
ちょっと空気を変えたほうがいいな。
「蒼生はどう思う? オレが何したら浮気?」
「え」
軽い口調で話しかけると、その手が少しだけ緩む。
「AVとかは? 前にオレが見るの気にしないって言ってたよな」
「あ、ああ、うん。ドラマとか芝居見るようなものでしょ」
「自分以外のこと考えてオナられるのは?」
「それは自由だと思う」
結構きっぱり答えるんだな。蒼生の中で出てた答えなんだろう。
そこに冬矢が、ソファから体を起こして割り込んでくる。
「手を繋ぐのは?」
蒼生は質問の角度が変わったからか、一瞬戸惑ったみたいだ。
「手……。手、かぁ」
「ハグ」
「うーん……」
「キス」
「…………」
「セックス」
「そ、それはさすがに……」
「風俗は?」
迷いながらも答えてた蒼生は、そこで小さく首を傾げた。
「うーん……どういうことするとこなのかよく知らないからなんとも言えない、けど、……どこまで……か、による? でも他の人に触れるのかぁ……。ただ……ふたりはそもそも女の子が好きなんだもんね。僕の身体じゃ満足できてないだろうから、仕方ないと割り切るべきなのかな……」
ちょ……。
待って待って、おかしい。途中からおかしい。
冷静に情報を得ようとしてたっぽい冬矢も慌てて立ち上がる。
「いや、満足できないとか、全然そんなことねえって!」
「そんなこと考えたこともない、蒼生以外に触れたいとも思わないよ」
「…………。何度も、たくさん、そう言ってくれてるのにね。なのにそんなこと思っちゃうんだなあ。ふたりが何をしても平気だって思ってたのに、僕って嫉妬深いんだね、面倒になって浮気するなら、きっぱり捨ててから行ってね」
吐き捨てるみたいな言葉。
ヤバい、蒼生の変なスイッチ押した。とにかく、まずは落ち着いてもらわないと。
冬矢が後ろから蒼生を抱き締めてソファに座り、オレは俯く蒼生を下から覗き込んで両手を掴む。
「ごめん。こんな話したくなかったよな。本当にごめんな」
「俺も、蒼生が小さなことでも俺たちに独占欲を感じている答えが聞きたくて、調子に乗った。困らせることを言ってごめんね」
「蒼生。ごめんなさい」
暗い影を落としてた目が、ようやくゆっくりオレを見た。
「……ううん。今のは、僕のほうがごめんなさい。勝手にネガティブなほうに引っ張られた。はあ、余裕ないなぁ……」
言って、蒼生はちょっと笑った。
心臓がバクバクいってる。びっくりした。今、もしかして、ケンカになりかけた? こ、怖かった。蒼生の、表情が途中、すっと消えて。そんな顔させたくないって、オレは何度反省すれば気が済むんだ?
「それで」
蒼生が明るい声を出す。それから冬矢の顔を見上げた。
「冬矢は? 結局なんの発言もしてないけど、僕が何したら浮気?」
聞かれた冬矢は、蒼生の肩に顔をうずめる。
「蒼生は浮気なんかしないよ。何が起きても、蒼生がどんなことをしても、心は俺のもとにあるとわかっているからね」
「あっ、ずりぃ!」
それでいいのかよ!
「それだったらオレもそう思ってるよ! 蒼生はずーっとオレと一緒だもん! な!」
蒼生は、ほっと息を吐いて、ふわっと笑った。
「うん。そう。僕は、健ちゃんと冬矢のことしか見えないもん」
よかった。
けど。
「ただ、蒼生が自らの意志で他人のもとに行くなら、その時はどうするかわからないけど」
そう言った冬矢が、すっげぇ嫌な笑い方だった気がする。
え、と呟いた蒼生が振り向いた時には、澄ました顔してたから、オレの見間違いだったかもしれない。
「ともかく、だ。結局お人好しのおまえは行くんだろ?」
「あ、はい」
「そういうつもりで来る子たちばかりなんだろうから、本当に、そこは気を付けて行けよ」
「はい」
だよな、きっかり心を強く持って行かなくちゃな。
蒼生は笑顔で送り出してくれた。でも、やっぱどうしたって気は重かった。普通に友達と遊ぶのは楽しいよ? けどさ、やっぱ合コンって、目的がソレじゃん。坂巻が顔を合わせるなり「ほんっとにありがとう!!」と頭を下げたので、そうだこれはただの人助け、と切り替え出来たのでなんとか回れ右せずに済んだけど。
オレは穴埋め要員。盛り上げ要員。ただのアシスタント。よし。使いっ走りとして頑張ってやろうじゃん。
「なかなか店員来ねえな」
「あ、オレ声かけてきますね。グラスだけまとめちゃっていいですか」
「ついでに注文お願いしてもいい? ウーロンハイ1つ」
「私グレープフルーツサワー」
「こっちはー……」
「はい、ウーロンハイ2つとグレープフルーツサワーに梅酒ソーダ2つビール、承知しましたっ」
あれ。
……楽しいなこれ。
思ってたより大人数が詰め込まれた畳敷きの部屋を出て、廊下の向こうにいた店員さんに声かけながら、ちょっとうきうきしてる自分に気付いた。なんか楽しい。楽しそうに騒ぐ人たちを見るのっていいな。オレが動いて喜ばれるのも嬉しい。こういうの、好きかもしれない。
居酒屋も初めてだけど、いいなー。たくさん並んだメニューも、大勢でつつく前提のごはんとか、おつまみに特化したようなのとか、たぶん酒に合うように作られてるんだろうな、面白くて美味しい。店全体がわいわいしてるのもテンションが上がる。酒飲めるようになったら、蒼生ともこういうとこ来られるかな。うん、楽しみだ。酔った蒼生か~、きっとめちゃくちゃ可愛いんだろうな~。
「寺田くんは飲まないの? さっきからウーロン茶じゃん」
ちょうど隣にいた女子が声をかけてきた。
「だってオレ、まだ未成年ですから」
「えっ、全然みんな普通に飲むよぉ! 真面目なんだね〜」
「あはは。そんなことないですよ。てか、ハタチになったら、初めて一緒に飲むって相手がいるので」
「あー、お父さんと約束してるとか!? やっぱ真面目じゃん!」
オレは笑って答えをごまかす。
「ね、先輩たちだって憧れません?」
「親父と酒を酌み交わすってやつか。たしかにかっこいいなー」
「でもなかなかないよね」
よし、話の中心があっちにいった。
あのね。最初は、蒼生と乾杯するんだ。決めてるんだ。約束とかしたわけじゃないけど、そうするんだ。蒼生だって同じこと考えてくれてると思う。
暗くてムードのある部屋で、蒼生と向き合って座るだろ。んで、グラスが2つ置かれてるんだ。なんか泡がしゅわしゅわしてるような金色の酒が入ってるやつな。蒼生がにっこり笑ってグラスを持つ。オレも笑ってそれにならう。そして、「おめでとう」って言い合いながら、オレと蒼生は、それをチーンってやって……。
「王様ゲームしよー!」
「いぇー!」
……なんだよ、いいとこだったのに。
てか、え? なんつった? 王様ゲーム? 噂には聞いたことがあるやつだ。あれだろ、王様決めて言うこときかすやつ。へー、あれってマジで今でも存在するんだ。合コンなんて行ったことねえから、そんなのただの伝説だと思ってた。高校時代とかにも何度か誘われてたけどさ、その時には既に蒼生が恋人だったから、全然関係ねえやと思ってたもんな。
「はい、寺田くんも引いて!」
「や、」
きっぱり遠慮したい。でも、ここで拒否るのも空気悪くするな。
「……あー、ありがとうございますっ」
差し出された割り箸の束から1本引く。数字は3。王様は向かいの男。さーっと視線を巡らせて、誰が何番かを見極めてる。オレはあえて番号を見えるように持つ。
「じゃあー、5番が王様に抱きつく!」
「わぁ、あたしだぁ!」
あー、なるほどなあ、言われちゃったら仕方ない。ゲームだからっつって言い訳になるわけか。強引に距離も詰められるんだもんな。それで今でも廃れないイベントなんだ。
何回か男側の王様が続いたので、オレは番号アピールで逃れることに成功した。オレが数合わせっていうのは坂巻しか知らないはずだけど、使いっ走りの後輩キャラがうまいこと定着したんだろう、みんなオレの番号は避けていく。助かる。
けど。女子の王様が出て、いきなり風向きが変わった。
「2番と5番が、お姫様抱っこ!」
げ。
5だ。
「ええーっ。ちゃんと女の子と男の組み合わせだろうなぁ、男同士とか見たくねえぞ!」
「さてさて、どうかなーっ?」
遠慮がちに手を挙げたのは、髪の毛をふわふわさせた明るい感じの可愛い女子だった。自己紹介では、たしか学年で2つ上、和田って名乗ってた。
「2番、私だー。どうしよ、最近重くなってるから持ち上がらないかも……」
「5番は?」
やむを得ず、オレも手を挙げる。
「オレです」
「おっ、寺田!」
「なんか鍛えてそうだもんなあ、イケるか!?」
はー。オレのこの腕は、蒼生をだっこするためのものなのに。
だけど、恥ずかしそうに微笑んでオレのそばに来た和田さんも、わくわくした目で見てくる周囲も、がっかりさせるわけにはいかない。
ごめん、蒼生。
「……えっと、もしふらついたりしたら、皆さんすぐ助けてくださいね。最悪寄っかかれるように、壁際に寄らせてください!」
「おー、いけいけ!」
「失礼します!」
身を縮める和田さんの体にそっと手を寄せる。足が壁に向かうようにして。
よっ、と。
「きゃー! すごいすごい!」
「おー!」
歓声が上がる。腕の上で、和田さんがばたばたと足をばたつかせる、え、ちょっと。
「高ぁい! わ、怖いっ!」
「あの、暴れると危ないですからっ」
落とす落とす! バランス考えて抱えてんのに! 落としそうで怖ぇ!
重さで言えば、蒼生よりずっと軽い。だけど、蒼生はいつもおとなしくオレの腕の中にいる。蒼生がどれだけオレを信用してオレに体を預けてくれているのか、こんなことで実感するなんて。
「それじゃあ、おろしますね」
「あー、怖かったぁ!」
……まあそうだよな。初対面の男に抱え上げられたら怖いよな。はあ、今すぐ蒼生をだっこしたい。蒼生の愛を感じたい。
とりあえず、場は盛り上がったし、先輩方が褒めてくれたからよしとするけども。
そこから先はオレに出番が来ることもなくゲームは進んでいったので、安心して飯にありつける。やたら甘い卵焼きが、気疲れした体に染み渡る。いやちょっと甘すぎるな。冬矢の作るやつのほうがオレには合ってるわ。
「寺田くん」
ん。ひととおり終わったのかな。なんとなく席替えっぽい雰囲気になったみたいだ。オレは部屋の端っこをキープしてるんだけど、隣に和田さんが来た。
「さっきはありがと。なかなかこういう体験できないから面白かったよ」
「すみません、上手にできなくて」
「そんなことないよ! ね、なにかスポーツやってたの?」
オレに関わってると時間がもったいないですよ、と心の中で唱える。すごく申し訳ない。でも、事情を知らないんだから仕方ない。せめて橋渡しをしなくちゃ。
「あー、もうやめてるんですけど、サッカーを」
「へえ! だから足腰鍛えられてるのかな。でも腕もすごいね」
和田さんは、そう言いながらオレの腕に手を乗せてくる。さっき、女子が集まる前、それぞれが昔やってた部活の話してて、たしかサッカー部だった人がいたはずだ。ええと、あの先輩だったな。
「そういえば、ケー先輩もサッカーでしたよね。オレは高1でやめちゃいましたけど、先輩すごかったんでしょ?」
斜向かいにいた先輩が、ぱっと顔を輝かせる。
「おっ。そうなんだよー! 高2で全国行ったんだぜ」
「全国? めちゃくちゃすごいじゃないですか! ポジションどこです?」
「ボランチ~」
「それよく聞くけど、それってどこにいる人?」
「私、未だにオフサイド? がわかんなくて」
「えっとね」
……よし。ボールがあっち行った。先輩に説明させて、相槌でもってヨイショする。このくらいがちょうどいいや。
とかなんとかやってるうちに、無事時間が来た。
外の空気に心底ほっとする。
「それじゃ、二次会行ける人~」
「はーい!」
ほとんどのメンバーが、手を挙げた先輩についていく。っつーか、しれっといない人もいるな。もしかしてあれか、「この後抜けない?」ってやつか。つまり、いなくなっても大丈夫ってことだよな。……ってか坂巻自体がいねえな。オレは坂巻の先輩を探すと、そっと後ろから声をかける。
「今日はありがとうございました。ここで失礼します」
「お。最初から一次会だけって話だったもんな。大丈夫か、もったいなくね?」
「あはは。そうなんですけどねー。楽しかったです!」
「寺田のおかげで盛り上がったわ。ありがとな、お疲れさん」
「お疲れ様でした!」
はー、これでお役御免だ。
和田さんが「えっ」て顔で振り向く。
「寺田くん、帰っちゃうの? 二次会は……」
「ごめんなさい、時間にリミットあって。今日はありがとうございました!」
何か言おうとしてたみたいだけど、すかさず他の人に声をかけられて、二次会へ行く人たちの中に飲み込まれてく。オレはなんとなく一礼をして、その場を離れた。
終わった終わった。早く帰ろ。
早く蒼生の顔が見たい。
蒼生の声が聞きたい。
玄関のドアを開けると、ほとんど同時にリビングのドアが開いた。
「おかえり!」
オレが声を出すよりも先に、ぱたぱたと駆けてきながらの蒼生の声が耳に心地よく響く。あー……安心する。
「ただいまぁ」
オレの顔を見た蒼生は、ほっとしたような笑ってるような困ったような、読み取りづらい表情をしてた。あれっと思ってるうちにいつもの優しい笑顔に戻る。
「……ぇっと、大丈夫? お酒飲んだりしてない?」
「うん、未成年だっつったら納得してくれた。その辺はちゃんとしてる人たちだったし、無理強いとか全然なかったよ」
「そっか」
オレはまず荷物を置いて、蒼生を抱き締めようと、……するより早く、蒼生が飛び込んできた。ぎゅーっと締め付けてくる腕。可愛い。ああ、好き。オレもそっとその背中に手を回す。
……ん? 蒼生?
ぴたりと止まって何も言わなくなったな。
「蒼生?」
呼びかけると。蒼生は突然がばっと顔を上げ、背中の手を肩まで持っていって、着ていた上着を力いっぱい剥ぎ取ろうとしてくる。え? え?
いや、別に抗う必要もないから、されるがままにする。奪い取った上着をぽんと放り投げると、次はシャツを脱がしにかかってきた。
「あ、蒼生?」
上半身を裸にしてベルトに手をかけた蒼生は、しかめた顔のままオレを見上げてくる。
「……お風呂。沸いてる、から。入ってくるといいよ」
そんでそのままオレを引っ張って、洗面所に押し込むと、ばたんとドアを閉めてリビングに戻っていった。……ええ……。強引な蒼生、可愛い……。
荷物は玄関に置きっぱなしだし、あ、服もか。リビングに足を踏み入れてもいないし、風呂から出た後着る服も用意してない。でも別にいいか、と思ってそのまま風呂に入る。すっかり準備の整ってた風呂はほかほかで気持ちいいけど、蒼生の様子が気になるんだよな……。
少し急ぎ目で浴室から出ると、洗濯機の上に、きちんとスウェットの上下が揃えて置いてあった。……ぐぅ。好き。
改めて「ただいま」と呟いてリビングに入る。
「おかえり」
静かな声がして、ソファに座ってた冬矢がこっちを見た。蒼生は……ん? その冬矢の腰に巻き付くようにしがみついて、丸くなってる。なんだなんだ。
「えっと、どうした、これ」
言いながらソファの空いてるところに座る。そっと背に触れても、蒼生はちょっとぴくんと動いただけだ。
「反省中だそうだよ」
「反省?」
蒼生が? なんで?
冬矢が蒼生の頭を撫でる。
「ほら、蒼生。ちゃんと健太に伝えな。……言っただろ、大丈夫。健太もちゃんと聞いてくれる奴だよ。蒼生もわかってるよね?」
その言い方にちょっとどきりとする。蒼生は何を言いたいんだろう。オレに何を。
聞いても大丈夫なやつかな。怖いな。いや、でも、たぶん大丈夫だ。冬矢の口調が穏やかだし。
身構えながら待ってると、蒼生がそのままの格好でもぞもぞと動いた。
「…………。僕は心が狭い……。ごめんね、健ちゃんが知らない匂いさせてることに、思わずカッとなった。この前のやりとりで、反省はしっかりしたはずだったのに」
え、さっきの……? 嘘だろ、そんな可愛いこと思ってたなんて。
「健ちゃんに迷惑かけたくないのに。邪魔したくないのに」
「ごめん、もう行かないよ」
蒼生は頭を振る。
「ううん。お付き合いは大事だよ。友達が困ってるのを放っておけない健ちゃんのこと、僕、大好きだし。健ちゃんのことだからちゃんと上手に盛り上げて帰ってきたんだろうな、みんなに感謝されてきたんだろうなって思ってる。これからも、断ったら角が立つこともあるだろうし、必要な時もあるだろうし、そういう時は今日みたいに隠さずにいてくれるなら、それでいいんだ。もしかしたら僕にだってあるかもしれないんだから。だけど」
ぱっと体を起こした蒼生が、いきなりオレの膝の上に、向き合うように座った。かと思うと、膝で立ってオレの頬を両手でつかんだ。
「んーっ」
「!」
ぶつかる勢いで、蒼生がキスしてくる。
うわ。
蒼生、と呼ぼうとしたら、口を開けた瞬間に蒼生の舌が入ってきて、言葉にならない。
「ぁお、」
めちゃくちゃ、舌、吸われてる。
びっくりしたけど、じわじわ、嬉しいのと愛しいのが胸の中に溢れてくる。オレは蒼生の腰に両手をそっと添えて、蒼生の降らせるキスを受けていた。
蒼生ぃ……。
けっこう、長い時間だったように思う。短くも感じたけど。だから、唇が離れた瞬間、ぎゅっと寂しくなる。
オレの顔を至近距離で覗き込む蒼生は、すっかり息を乱していた。
「……ま、毎回こうなるから、覚悟して」
「は、はい」
ぼんやりする。ちょっと酸素が足りない感じがする。たぶんそれだけじゃなくて、なんか、キャパシティオーバーっていうか。なんかどろどろに融かされてしまった、みたいな。
かわいい。
かわいい。
目が離せない。蒼生もオレをじぃっと見つめてる。好きだ……。
冬矢が立ち上がり、蒼生の頭をぽんと叩いた。
「ほら。蒼生。ちょっとは落ち着いた? もう遅いから、蒼生も風呂入っておいで」
「うん」
蒼生が、冬矢に向けた視線を、もう一度オレに戻す。笑顔を返すと、ようやく蒼生もふわっと笑った。
「……じゃ、入ってくる」
言ってオレから降りた蒼生は、今更照れたように目を泳がせると、ぱっと頬を赤くする。そしてまたぱたぱたとスリッパを鳴らして、リビングから出ていった。
かわいい。
そういや、冬矢は寝間着姿だけど、蒼生は普通の服だったな。
あれ、もしかして。
考えてると、冬矢のひんやりとした声がぽんっと飛んできた。
「蒼生がこんなことをしてくれるなら悪くないな、なんて思っているんじゃないだろうな」
う。
「お、思って、ナイ、です、はい」
確かに、やきもちを表面に出す蒼生はめちゃくちゃ可愛かった。嫉妬してくれてるってことは、オレのことを自分のものだと思ってくれてるってことだから、それは嬉しい。オレは蒼生のものだもん。間違いねえよ。……だけど、それで蒼生が悲しんだりするのはやっぱり違うと思う。
「……なあ、もしかして、蒼生はオレが帰ってくるの待ってた?」
腕を組んだ冬矢が、はあっと息を吐いた。
「何かあったら迎えに行くつもりだったようだよ。そういう場では、本人が断っても無理矢理飲まされるかもしれないからってすごく心配していた。そこにいる女子とどうこうなることより、そっちのほうが気になるみたいだったな。……だから行かせたくなかったんだ」
あー。
めちゃくちゃ心配かけてたんだ……。
そっか、冬矢が浮気とかなんとか言い出して渋ったのは、蒼生を不安にさせたいわけじゃなくて、オレを思いとどまらせようとしていた……?
「はっきり止めてくれりゃよかったのに。おまえ、回りくどいわ」
「蒼生がいいと言っているのに俺が止めるのもどうかと思ったんだ。おまえの意志じゃなく俺が止めたとわかれば蒼生は気にするだろうしな。……それに、蒼生の言うことにも一理あるだろ。社会的な対人スキルを学ぶ、か。そういう経験が生きる場も今後確かにあるんだろうし」
なるほど。ふたりとも、そこは一致してたんだ。結局、オレのためを思って送り出してくれたんだなあ。
冬矢は蒼生のことばっかだけど、結果的にちゃんとオレのことも気にしてくれてる。いい奴だと思う。
「さっきの、オレも聞いてくれる……っていうの。そういう話してたんだ」
「蒼生は俺にはちゃんと全部話してくれるからな」
むむ。だから、なんでおまえはオレが見直すと、きっかり直後に落としてくるんだ。蒼生が全部話してくれるって、自慢か! オレにだって蒼生は! ……たぶん。いや。逆にオレだから言えないってこともあるのかな。
もう一度深く息をつくと、冬矢はまたソファに座った。
「蒼生がなんのわだかまりもなくおまえを見送ったと思ってる?」
「……さすがにそこまで能天気じゃねえよ」
「それはよかった。……蒼生はおまえが心置きなく出かけられるように、自分の言葉を飲み込んだんだよ。蒼生はおまえに対して、縛り付けたくない、自由でいてほしいという気持ちがとても強い。そうして自由に振る舞うおまえのことが好きだという蒼生の気持ちも尊重したいけれど、蒼生がそう思っていることは心にとどめておくべきだと思った。だから、蒼生を説得した」
「それで、話してくれたんだ」
「ああ。こういうことは当事者同士で気付くべきなんだろうが、蒼生の隠すスキルが高すぎるからな。ただ、勘違いするなよ、蒼生はそれだけおまえが大切だってことなんだから」
「うん」
オレを、自由にさせたい……。それが蒼生の……?
蒼生がオレを大事にしてるってのはわかる。だけど、やっぱり蒼生はオレの「お兄ちゃん」な気持ちで今もいるのかな。だから我慢しちゃうのかな。ちょっと寂しい。
でも、だからこそ、オレは蒼生ともっと距離を詰めていくべきなんだ。不安にさせちゃうなら、オレなりに自由でいる中で、それでも蒼生が大好きだよって伝えていくんだ。蒼生が不安なんか感じてる暇なんかないくらい、オレの全部を使って、たくさんたくさん伝えていこう。
とりあえず、今後はできる限りちゃんと断ろう。そうしよう。
戻ってきた蒼生は、いつものふんわりした蒼生だった。
「おかえり。こちらのお席が空いております。お飲み物も用意してございますよ」
恭しく言って、オレと冬矢の間にあいたソファの座面を叩く。蒼生は嬉しそうに、
「お邪魔します」
と隙間にぴったりはまる。このサイズ感がまた可愛い。髪にキスすると、擦り寄ってくるのもホントに可愛い。
「あ、そうだ健ちゃん。勝手に持ってきちゃったけど、鞄。あそこに置いてあるから」
ん? ああ、持ってきてくれたんだ。椅子の上に、持ってきた袋と一緒にきちんと置かれてる。
「ありがと」
「ううん、無理に置かせちゃったの僕だし」
「そんなことないだろ。……ちょっと待って」
オレは手を伸ばして、袋のほうだけを取った。
「……それ、プチシュシュの袋だよね」
「よくわかんねえんだけど、有名な店?」
「うん、テレビとか雑誌でよく紹介されてる洋菓子店。本店の喫茶スペースは人気でたくさん並ばなきゃいけないらしいよ」
「高級住宅街にあるんだよな」
「ね。金額もそこそこするんだよね」
へえ。じゃあ、あいつ奮発したんだ。
オレはその袋を、そのまんま蒼生に渡す。
「これ、蒼生にだって」
「え? 僕に?」
「坂巻……オレを騒動に巻き込んだ当事者なんだけど、そいつが、蒼生にって。ごめんなさい、ありがとうございます、助かりましたって伝えてくれってさ」
「そういうことか」
蒼生が袋の中を覗き込む。オレも受け取った時ちらっと見たけど、細長い包みが入ってた。それを手に取った蒼生は、表面に貼られた金色のシールをじっと見る。
「アソートクッキー……。健ちゃんが持ってくる袋って、大体食べ物が入ってるよね」
言われてみりゃ、そうだな。荷物が増える時ってなんか食べ物買ったりもらったりしてくることが多いかも。
包装紙の中身は、薄茶色の缶だった。ご丁寧にぐるりと蓋にテープが巻かれてる。それを取って蒼生が蓋を開けると、すっごくいい匂いがした。ちゃんと腹いっぱいにしてきたんだけど、いい匂いって不思議だよな。まだ食べられそうな気がする。美味そう……や、でもこれは蒼生のだし。
迷ってるのは蒼生も一緒っぽかった。
「美味しそう。……うーん。でもなあ……寝る前だし……うーん」
「少しくらいならいいんじゃないか」
「と、冬矢がそそのかす……。うー、後でもう1回歯磨きすればいいよねっ」
3色のうち白いのを1枚抜いて、蒼生が口に放り込む。
「! さくさく。ふんわり甘いのが広がる。あ、おいしい」
「他のはどんな?」
「こっちのピンクのはいちごかな。……つぶつぶが入ってて、すっぱい。わ、あとから甘いのが来る。練乳かけたみたい。意外とさっぱりしてる。それから、こっちはチョコレートだよね。ほろほろだ。うん、結構濃い。ずっしり来る感じ。ほんのり残る苦みが美味しい」
にこにことクッキーを頬張るの、可愛いなあ。直前までどうしようか悩んでたとは思えないほど、躊躇なく次に手を伸ばすのも本当に可愛い。蒼生のにこにこは嬉しい。
たぶんバニラかな、白いのを口に運びかけた蒼生が、オレをちらっと見ていたずらっぽく笑った。
「ねえ、健ちゃん」
「んー?」
「他の男からもらったクッキーを美味しくいただいてるんだけど、どう思う?」
え。
……えっ?
だっ……えぇ!?
なんか急に頭ん中がぐわっとなる。
「ちょ、わ、ダメ! ダメだダメだダメだ! 蒼生、それ寄越せ! 残りはオレが全部食べるから!」
「ふふっ」
「健太も人のこと言えないじゃないか。俺も半分もらう」
「ふ、あははははっ。冬矢もだ」
蒼生は、両側から出てきた手に腕を掴まれるのを楽しそうに見てる。
くぅっ。オレの! 蒼生に!! 坂巻、今度会ったら蹴飛ばしてやるからな!
「ほらほら、ふたりとも。美味しいクッキーに罪はないよ。ね、一緒に食べよ」
ううー。
……まあ、確かに美味しいけども! 特にこのチョコのやつ!
それにもとはと言えばオレのせいだし、悪いと思って用意してくれたわけだし、蹴飛ばすのは我慢してやるか。
「あれ。蒼生、まだ袋の中に何か入っているみたいだよ」
冬矢がそう言って、袋の中から小さな箱を取り出した。
「…………」
「…………!」
うわ。
渋い顔で冬矢がその箱をひっくり返しながらまじまじと見る。……何回見ても一緒だろ。コンドームだ。くっそ、あいつ、やっぱ、今度会ったらはっ倒す!
黙り込むオレたちの真ん中で、蒼生はなんのツボにはまっちゃったんだか、ぷるぷる震えながら笑ってる。なんだなんだ、どこが蒼生の笑って許せる基準なんだ?
「こ、こじれたらこれで仲直りしろってこと? あははははっ、すごいこと考えるなあ。しかもそれを実行に移しちゃうところが若さって感じ?」
いや、あの、蒼生がいいならいいんだけどさぁ。なんていうかさあ、彼氏としてはあんまいい気しねえんだよなー……。
ちょっともやもやしてると。
蒼生がぽすんとオレに体重をかけてきた。
「せっかくだから、こっちも美味しくいただく?」
「!」
あぉ、
「全部僕に使ってくれるんでしょ?」
上目遣いで、なんて可愛いこと言うんだよ……!
そんなんお断りできるわけねえじゃん!
「い、今すぐに!」
「すぐ、かあ」
くすくす笑ってる蒼生を、そのかっこのまま抱き上げた。蒼生はオレの胸に頭を預けて、嬉しそうにしてる。ああ、すげえ、しっくりくる。怖くない。てか、安心する。
冬矢が苦笑いで、箱を振った。
「これも半分ずつな」
ちぇ。蒼生がもらったってことなら、そういうことになるか。
「あ。歯磨きしてない」
「それは後回しでいいじゃん」
「ふふ、そっか」
やべえ。
蒼生の笑う気配だけで、もういっぱいいっぱいだ。
最後に寝室に入った冬矢が後ろ手にドアを閉めると、蒼生はオレにぎゅっと抱きついてきた。
ああ、だから、もう!
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