50こ目;夕焼けゼリー
更新開始当初、実際の冬矢の誕生日まで書き続けているとは本当に思っていませんでした。
しかも記念すべき50話、本当に「持ってる」男です。
なお、日中のデートなのでこの時間の更新となりました。
↑初公開時キャプション↑
2022/05/03初公開
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頼まれたものをカゴに入れ、それから少し悩んで必要そうなものもこっそり加えてレジに向かうと、さっきまでは混んでいなかったはずのレジの前には長い列が出来ていた。まあな~こういうのってタイミングだからな~、と頭の中で呟きながら、健太は列の一番後ろにつく。
単なる薬局と違って、ドラッグストアには日用品や食料も売っている。品物が多ければそれを目的とする客も増えるだろうから、列が長くなるのは理解出来る話だ。ただ困るのは、ここの店で列が出来ると、菓子売り場に立っている時間が長くなるということだ。様々な菓子がずらりと並んだ棚の目につく場所には、有名店とコラボしたというチョコ菓子が置いてある。早々に食べた友人が口を揃えて「美味い」と言っていた。売れ行きがいいせいか、なかなかコンビニでは見かけないとも聞いた。ここで会ったのは縁というものではないだろうか。縁ならば仕方ない。えい、と2つ掴んで、カゴに放り込んだ。
「お次のお客様~」
ちょうどそこに声がかかったので、慌ててレジに向かう。
バーコードが読み取られるのをなんとなく見ていると、レジの脇に細長い紙が小さなケースに入れられて立っているのが目に入った。コースターとメリーゴーランドの写真が載った、遊園地の割引チケットのようだ。昔からある遊園地で、名前だけは聞いたことがある。だが地方出身の人間が旅行で来てわざわざ行くほどの場所ではない。他に大きくて有名な遊園地はたくさんあるからだ。
「そちら、気になります?」
レジの係員が、健太の視線に気付いたらしく声をかけてきた。
「あー……行ったことなくて」
「そうなんですか。意外にコースターが何個かあって遊びごたえあるんですよ。ご自由にお持ちいただけるので、商品と一緒に入れておきますね。2枚でよろしいですか?」
「あ、えっと、3枚で」
「3枚ですね」
手際よく3枚ケースから引き抜かれたチケットは、そのまま手際よく袋の中に収められた。
店を出た健太は、袋をゆらゆらと揺らしながら家に向かう。遊園地なんていつから行っていないだろう。中学生になってからは、家族で一緒に行くこともなかった。旅行先に遊園地があっても、兄姉が「そんな子供っぽいところは嫌だ」と言う年齢になっていたこともあったし、自分としても家族と遊園地だなんてなんだか気恥ずかしい気もしたからだ。
蒼生と付き合い始めてからも、なんだかんだで行っていない。行けたとしても時間と距離的には小さい頃から通った、例の小さな遊園地しか選択肢がないので、やはりさんざん家族と行った記憶が強くて恥ずかしかった。ということは、……苦い思い出のある初彼女とのデートが最後か。なんとなく仰のいて、「うわあ」と呟く。もしかして、それも避ける原因になっていたのかもしれない。
「ただいまぁ」
「おかえり」
帰るとすぐ、蒼生が出迎えてくれた。
「ごめんね、お使い頼んじゃって。お願いしたやつあった?」
「おお。これで合ってる?」
「うん、大丈夫、ありがとう……って、なにか違うものも入ってる」
すかさずキッチンから冬矢が顔を出す。
「なんだ、余計なものまで買ってきたのか」
「いや、必要なモンだからさー……。あ、美味しそうなのも買ってきたからおやつにしよ! 蒼生が好きそうだなーと思って。冬矢先生、チョコに合うお茶を入れてください」
「……まったく」
そう言いながらも、冬矢は戸棚から缶を取り出す。蒼生を引き合いに出せば、冬矢は割と簡単に動くのだと最近わかってきた。もちろん、自分も人のことは言えないが。
袋の中から品物を取り出していた蒼生が、箱を囲むように立っていたチケットに気が付いた。
「これ、遊園地の割引券?」
「あ、そうそう。レジに置いてあってさ。もらってきた」
蒼生はそれを眺め、うーんと悩むように首を傾げる。
「聞いたことある名前だなあ。たしか、古い……歴史のあるところだっけ」
「うん。なんか、コースターが1個じゃないんだってさ」
「そうなんだ。健ちゃん、コースター好きだもんね」
「蒼生だって好きじゃん」
「健ちゃんみたいに連続して乗るほどじゃないよ、酔っちゃうもん」
思い返してみると、兄弟姉妹で何度も繰り返し同じコースターに乗る時、いつの間にか蒼生は誰か大人を連れてどこかに行っていた気がする。よかれと思っていたのだが、連続は苦手だったか。
そういえば、冬矢のそういう話は聞いたことがない。健太は冬矢自体に興味があったわけではないし、あえて聞く必要もないと思っていたのだが、これから一緒に暮らしていくのだから別に聞いても構わない気がする。
「冬矢は? 遊園地行ったら何に乗んの。おまえが騒いでるイメージないんだけど」
健太に聞かれると、冬矢は興味なさげに肩をすくめた。
「さあ。行ったことがないからな」
「は?」
「え?」
思わず声を上げたのは、ふたり同時だった。驚いた勢いのまま、ふたりでキッチンのカウンターに詰め寄る。
「遊園地だぞ? ねえの?」
「ああ」
「大きなとこじゃなくて、ちっちゃいとことかも?」
「物心つく前に幼児用の施設に行った写真は残ってるんだけど、それきりだね」
さらりと言う冬矢に、健太と蒼生は顔を見合わせた。まさかの遊園地未体験発言だ。自分たちが何度も遊びに行っているせいか、誰もがそうなのだろうとすっかり思い込んでいた。
「じゃあ、小さい頃ってどこに遊びに行ってたの?」
「美術館とか博物館とか、史跡とかだな。動物園や水族館も多かったと思うよ」
「すごい、冬矢が博識なのってそこが原点なんだね」
蒼生はすっかり納得したように頷くが、健太にはよくわからない。自分も幼少期に冬矢の挙げたような施設に連れて行かれたことはあるが、動物園や水族館はともかく、それ以外はただ物が置いてあるだけで何が楽しいのかまったくわからなかった。今でもわりとそんな感じだ。
「それってつまんなくないか?」
だからその疑問は至極当然のものだった。けれど冬矢は事もなげに首を振る。
「そんなことはないさ。とても楽しかったよ。知識を入れるのは昔から好きだったからね。だからこそ両親も積極的に連れて行ってくれたんだろう」
「ふーん。それでそっちばっかになっちゃって、遊園地が零れちゃったわけか」
「かもしれないな。同じ土地に長くいることが少なかったから、まずはその土地ならではの博物館に行くのが定番で」
「……おまえって、屋台とかの飯に興味持たないな、遊園地みたいで楽しいのになって思ってたんだけど、そうか、純粋に知らなかっただけなんだな」
蒼生が健太の顔を見る。
「地元の遊園地、行っておけばよかったね」
「だな。こいつ、あんまそういうデート好まねえだろうなって気ぃ回してたけど、チャレンジしてみる価値あったのかあ」
「おまえ、俺にそんな気を遣ってたのか」
「そりゃ、全員が楽しくなきゃダメだろ」
平然と健太が言い放つ。
蒼生は目を見開いて、それからふわっと笑った。あれだけ犬猿の仲でも、ちゃんと冬矢のことも考えていたらしい。そういうとこが好きだな、と思いながら、そっと肩にもたれかかった。
と、健太がぽんと手を叩く。
「そうだ。今度のおまえの誕生日、ここ行こうぜ!」
冬矢は眉をひそめ、蒼生はぱっと体を起こす。
「俺の誕生日を? おまえとか? 今までそういう話を言い出したことはなかったじゃないか」
「蒼生も一緒だよ、当たり前だろ! ってか、そりゃ、おまえの誕生日はいつも休みだし、わざわざ祝うような仲でもなかったからな。だけど一緒に住んでて無視ってのもおかしいだろ」
「そういうものか……?」
「そういうもんだろ」
ふたりのやりとりを、蒼生がにこにこしながら見守っている。それを見て冬矢は悩むように腕を組んだ。
「俺の誕生日はどこに行っても混んでいると思うが……」
「遊園地の混雑ってのは、それ自体も楽しむ要素なんだぜ。な、蒼生」
「うん、そうだよ。冬矢自身は、どうかな。やっぱり行きたくない?」
「いや」
冬矢はキッチンから手を伸ばし、カウンターに乗せられたままの蒼生の手を握った。
「どういうところなのか、興味がないわけじゃない。蒼生と行けるなら嬉しいよ」
それを聞いた健太が胸を張る。
「決まりだな!」
ずいぶん遠いイメージのあったその遊園地は、家から電車を乗り継いだものの、到着するまでそんなに時間はかからなかった。標高の高い位置にあるだけでなく、山の斜面を利用して作られているせいか、入り口から見ると比較的奥の方まで見渡すことが出来た。おそらく民家がなく、土地が広いせいもあるのだろう。
「意外と近いんだね」
「うん、ちょっとびっくりした」
「都会に越してきたつもりだったけど、山のが近かったんだなー」
入り口でパンフレットとマップをもらった健太が、にこにこしながらばさりと両方を広げる。乗り物の多くは昔ながらといった雰囲気のものが多いようで、なんだか地元を思い出して嬉しくなってしまう。周りを見渡すと、子供連れの親子が多いようだ。カップルや若者の団体はほとんど見かけない。それもいい感じだ。
「さて、どこから行く? 今日は冬矢の誕生日だから、冬矢の好きなとこ行こうぜ」
「そう、今日は冬矢が主役だもん」
嬉しそうなふたりの視線を受けて、冬矢は静かに笑う。蒼生と一緒だから、遊園地自体が楽しみだからという理由なのだろうが、健太が普通に自分の誕生日を祝う気なのが意外だった。誘われた際は、ただ蒼生を連れ出す口実なのかと思ったのに、それだけではなかったらしい。蒼生もそれが嬉しいのかもしれない、いつもよりテンションが高いようだ。朝起きて目が合った第一声がどちらも「おめでとう」だったのもふたりのはしゃぎようがわかるというものだ。そうして朝から騒いでいたせいで、出発が遅れたのも、なんだか「らしい」感じがした。
「……そうだなあ。俺は来たことがないから、好きなところと言われても思い浮かばないな」
正直にそう告げると、蒼生と健太は視線を合わせて頷いた。
「なるほどそりゃそうだ」
「たしかに」
このふたりを見ていると、時々、小さな子を相手にしているような気分になる。そうすると自然に、冬矢自身まで子供に戻ったような気がしてしまう。
「だから、1つだけ、誕生日特典で俺のリクエスト聞いてくれる?」
「もちろん!」
「すごく楽しそうな、蒼生が見たい」
蒼生は一瞬驚いた顔をして、それからすぐに嬉しそうに笑う。
「それならオレにもプラン作れそうだな!」
そう言って、健太も顎に手を当てて頷いた。
健太がまずふたりを引っ張っていったのは、入り口から近くにある小さめのコースターだった。
「初っ端ハードだった!」
降りるなり、冬矢の腕にすがって蒼生が零す。小さめとは言ってもコースは緩やかではなく、上下左右に細かくレールが曲がっていた。つまり体を振られる間隔が頻繁で、回数も増えるというわけだ。
「めちゃくちゃ振り回されたよ……」
「あはははは。見た感じはイージーだったんだけどなあ」
「ふふっ、規模に騙されたぁ。冬矢は大丈夫だった?」
「こんなに振り回されるものだとは思わなかったから驚いたが……楽しいな。風が気持ちよかった」
それを聞いた蒼生が小さく唸る。
「冬矢もわりと得意なのかもしれない。僕が一番弱い可能性も出てきたな……」
「次どれ乗る?」
「あれ!」
蒼生が指したのは、頭上にかかる橋の上を走っていく電車だった。走れば追いつけそうなスピードの電車からは、子供たちのはしゃぐ声が降って来ている。
「……めっずらしい、蒼生が遊園地で自分から行きたいとこ言うなんて」
ぽつりと健太が言うと、蒼生は掴んだままの冬矢の腕をぐっと引いた。
「だって、これで冬矢が絶叫系行きたがったら僕がもたないもん。優しいの間に挟んでいくんだ」
「えー」
口では一応抗議の声を上げたが、健太はちょっと嬉しかった。それは冬矢も同じだ。付き合いだしてから、蒼生は時々こうして自己主張をする。優しくて人の気持ちを尊重する蒼生が、自分の思いをはっきり口にするのは、それだけ自分たちに甘えているからだ。恋人に甘えられて、当然悪い気はしない。
「……あの、もちろんふたりがやだったら、ちゃんと言ってね」
「んなことねえよ。いいじゃん、乗ろう」
「園内の様子もよく見えそうだしね」
その電車は子供連れに人気らしく、乗り場はそこそこ混んでいた。それも遊園地の醍醐味だと言い切った健太は、嫌な顔ひとつせず、最後尾に並んでパンフレットを開いた。
「季節のおすすめお土産に、花と緑の今月のみどころ、……お、あった、レストランおすすめガイド」
「健太はまず食べ物だな」
「はっはっは。そこは押さえておかねえとだろ。なんだかんだ昼近いしな」
「へえ、地元産野菜の自然派レストランなんてあるんだね。こっちはバーベキューレストランだって」
またふたりの視線が冬矢に集まる。どうやら、今日は本当に冬矢の意思を最優先にするつもりらしい。自然と笑みがこぼれる。
「ここにあるフードコートはどうだ? 遊園地のフードコートは楽しいんだろ?」
「! そうなんだよね、なんか楽しいんだよ」
「へへ、どんな店があるかな!」
そんな話をしていると、あっという間に乗り場に着く。案内されたのは4人掛けの席だ。それを3人で広々と使う……と思いきや、きっかり真ん中に並んでしまう。
「周りの景色を見るなら端っこにいたほうがいいと思うんだけど」
蒼生が一応疑問を口にしたが、
「仕方ないよね」
「そりゃ仕方ねえよ」
というふたりの一言で片付けられてしまった。それで片付くのだから、蒼生もまんざらではないのだろう。
新緑の季節なだけあって、電車から見る景色は目に眩しい緑で溢れていた。壁も窓もない柵だけの席には、吹く風がそのまま入り込んでくる。先程のスピード感に満ちた風もいいが、穏やかに頬を撫でる風も心地いい。間もなく花を咲かせそうな重たい蕾をたくさん蓄えた緑の中を抜けると、突然、建物と乗り物が並ぶ景色に変わった。
「わ、すげえ。急に変わったな」
「このへん、小さい子向けの乗り物が多いね。ちっちゃいメリーゴーランドとか、ふわふわがある」
「ふわふわって?」
「ほら、あれ。大きな丸いやつ。中がトランポリンになってるんだよ。こういうところのじゃ、僕たちは入れないだろうなあ」
「小さい子専用だろうからな。面白いのに。ちゃんと立てなくてさ、それでも無理にジャンプしちゃよく蒼生に激突してたっけ」
「僕、それで唇切ったことある」
「いいな」
「えっ、激突が?」
「はは、そうじゃないよ。トランポリンは体験教室で行ったことがあるけど、そういうみんなで遊ぶような経験はないからさ」
「……どこか入れるところがあったらやりにいきたいね」
「なー。今だったら……ちょっとしたハプニング的ななにかも起こしちゃえるのになあ」
「健ちゃん?」
「本当におまえはブレないな」
電車はのんびり園内を進んでいく。がたんがたんと規則的な音を響かせて、また小さな森を抜けると、すり鉢状に広がる大きなステージが見えた。今は何も行われていないが、キャラクターショーの看板が表に出ていたから、時間が来ればここも人で埋まるのだろう。さらに進むと、少々刺激的な乗り物がいくつも並んでいるエリアに出る。真ん中の蒼生がそれを見てわずかに身構えたのがどうにも可愛かった。
「思っていたより広い……」
冬矢が呟くと、流れていく景色とマップを見比べていた蒼生が身を乗り出す。
「僕もこんなに広いとは思わなかった。全部回ろうとすると1日じゃ足りないのかも……。ほら、あっちに見える建物、鳥獣園だって。隣は温室って書いてあるよ。そういうのもあるんだなあ」
蒼生に体重をかけられた健太がにやにやしているのを見て、冬矢はぐっと蒼生の肩を抱いて引き寄せる。
「ほら、こっちも見て。さっき話してたフードコートじゃないか? 屋内と屋外があるみたいだな」
「あ、ほんとだ。わー、いろんなお店がある」
そこに蒼生を奪われた健太が、向こう側の冬矢まで潰す勢いで蒼生にのしかかる。
「席いっぱいあるから空いてるじゃん。降りたらすぐ食べに行こうぜ。こういうとこの屋外で食べるラーメンってなんか美味いよな」
「わかる。……てか健ちゃん、重いーっ」
「まったく、俺への攻撃か蒼生に懐いているんだかはっきりしろ」
「9割がた後者だな」
「なるほど、1割は敵意があると受け取っていいんだな?」
「まあゼロじゃねえよな」
また頭上で応酬が始まってしまったので、蒼生は思わず噴き出すと、そのままマップを眺める。
「お、他人事じゃん」
「どうぞ続けていただいて。僕はここでのんびりしてますので」
すると、自分たちのものではない笑い声が聞こえてくる。はっと目を上げると、後ろの席に座っていた子供連れの若い夫婦と目が合った。子供たちは、周りの景色に夢中になっているようだ。
やべ、と健太がこめかみを掻き、蒼生が頬を赤らめて、冬矢が頭を下げる。
「ごめんなさい、うるさくして」
「いえ、楽しそうだなーって思って。仲がいいんですね」
「はい」
「あはは、なによりです。初めて来られたんですか」
「そうなんですよ。なので、つい、はしゃいでしまって」
「いいじゃないですか。僕たちはしょっちゅう来てるんです。子供たちも気に入ってて。楽しんでってくださいね」
「ありがとうございます」
いい人たちでよかった、と蒼生は胸を撫でおろした。が、健太がそのまま家族連れと園内の食事について楽しそうに話し始めたので、冬矢と顔を見合わせる。昔からの知り合いのように、いつのまにか向こうも話に乗っている。これはもはや才能だな、と思うふたりだ。
先程の家族連れにおすすめのルートを教わった3人は、フードコートで昼食を取った後にそれを実践してみた。すると、大した待ち時間もなく、幾つもの施設をスムーズに体験することが出来たのだった。
「やっぱ通い慣れてる人の言うことは聞くべきだなあ!」
結果的に健太の好むコースになったせいか、ご機嫌な健太が先頭を歩く。その後を、少しふらふらした蒼生が冬矢の腕に捕まってついてきていた。
「楽しいけど、体がびっくりしてるー」
冬矢は蒼生をエスコートするのが嬉しいようで、いつもより足取りが軽い。それを見た蒼生は、別の意味に取ったらしい。
「やっぱり冬矢もコースター平気なんだね。楽しい?」
「ああ。すごくすっきりするな」
「でもあんまり声あげないよね」
「つい次のカーブでどのくらい振り回されるかな、なんて考えているからかもしれない」
「お、なんだ、余裕じゃねえか。もっかい回転しとくか?」
「わー! ちょっと休憩しよ! 休憩!」
健太が降りたばかりの回転コースターを指すので、蒼生は慌てて止める。それからきょろきょろ辺りを見渡し、少し離れた場所に小さな建物を見つけると、そちらにぐいっとふたりの腕を引っ張った。
「喉渇いたから、冷たいのほしいな。ソフトクリーム買お!」
ふたりが見ると、確かにその建物の脇にはよく見るソフトクリーム型のオブジェが置かれている。
「ソフトクリームじゃ余計に喉渇かない?」
「う……。でも見たら食べたくなっちゃったんだもん。ふたりも食べる?」
「あはは、うん。オレ行こうか」
「ううん、僕が行ってくる」
「じゃあ蒼生が好きなの、3つ選んでおいで」
「! はーい」
蒼生は元気よく返事をすると、子供のように駆けていって、出来た列の後ろに並んだ。
残されたふたりはあたりを見回し、奥の建物の近く、ちょうど木陰になった場所のベンチが空いているのを見つけると、戻ってくる蒼生のためにそこを確保する。それから改めて、ゆらゆらと頭を揺らしながら店の看板の下に掲げられたメニューを見ている蒼生の背中を眺めた。
「……可愛いなあ」
「あのメニュー、種類が多そうだ。迷っているんだろうな。ああいうのを決めるのが苦手なくせに自ら行くんだから、本当に可愛い」
「オレたちが何を食べたいかで悩んでんだぜ、あれ」
「だろうね。今、蒼生の頭の中は俺たちのことでいっぱいなんだろうと思うと、感動すら覚えるな」
「はー……もう、好き……」
頭上の木が作る影の下からは、眩しい光の中にいる蒼生が一層輝いて見える。それはとても鮮やかで綺麗な、美しい風景だ。目に映る景色に蒼生がいることの幸せを、つくづく噛みしめる。
そうしているうちに順調に列は進んでいき、蒼生の姿がカウンターに進んだ。
健太はベンチの背もたれに寄りかかり、両足を大きく投げ出した。
「そういやさ、ちっちゃい頃に遊園地に来たことないってのはわかったけど。おまえってそもそもこういうとこ苦手そうだよな」
「そうだな。どちらかと言えば嫌いなほうだ。今までは誘われても断っていたよ」
「……やっぱ誘われてはいたんだ」
「定番だからな。行きたがる子は多かった」
静かな冬矢の言葉に、健太が体を起こす。それは、かつて付き合った子たちのことなのだろう。
「じゃあ、自分の誕生日だってのに、オレの案に乗っかって嫌いなとこに来たのは、ただ蒼生が喜ぶから?」
冬矢はふっと笑った。
「それもあるかもな。だが、自分でも本当に来たいと思ったからここにいるんだ。蒼生となら絶対楽しいはずだから。どんな苦手な場所でも、蒼生と一緒なら楽しめる自信がある。そんな気持ちになるのは、本当に世界でただひとり、蒼生だけなんだ。……実際、今日はとても楽しいと思っている」
「んー……。まあ、楽しいならいいや」
「今まで食わず嫌いだったのかもしれないな。こういうところも好きになれそうだ」
「蒼生がいるなら、だろ」
「そう。蒼生がいるから」
はっきり言い切る言葉には、自信に裏打ちされた強さがある気がした。冬矢は蒼生を溺愛している。よく自分がそばにいることを許していられるよな、と健太は首を捻った。
そこに、淡い色のソフトクリームを3つ持った蒼生が足早に戻ってきた。
「ただいまあ」
「おかえり。全部違うのにしたんだね」
「うん。いろいろあって迷っちゃった。健ちゃんには、バナナ。冬矢のはみかんだよ」
「蒼生のは?」
「いちごと悩んだけど、桃」
それぞれがひとつずつ手に持ち、蒼生がきちんとひとり分空けられたベンチに座るのを待つ。そして何故か目を見合わせながら、せーので口にする。
「いただきます!」
「ん、美味しい」
「わー、桃だ、桃」
「意外とちゃんと果物してんじゃん」
「みんなで味見しようよ」
「……蒼生のはいいけど、冬矢のはなー」
「言うと思って、はい、スプーン。これなら大丈夫でしょ」
絶対に直接食べ物のやりとりをしないふたりに、ちょっと慣れてきた蒼生だ。ポケットに突っ込んでいた2本のスプーンを取り出すと、ふたりに手渡す。それから自分のスプーンも手に取るが、冬矢がその手を止めた。
「蒼生はそのままで」
「うーん、それも言うと思ってた」
「はい、あーん」
「こっちもいただきまーす」
ソフトクリームだけではない気持ちのいい甘さを味わい、蒼生が満足げに息を吐いた。
コースターの乗客たちの歓声が、木陰ひとつでずいぶん遠く聞こえる。
健太は、思いがけない穏やかな時間に、コーンをぱりぱりと齧りながら蒼生に寄りかかる。目を見開いた蒼生が、小さく笑って反対側の冬矢を見る。すぐにその意図に気付いた冬矢も蒼生にそっと寄り添う。
ここには、自分たちしかいないのではないかという錯覚。少なくとも、半径10メートルは3人だけの世界だ。
「重いんじゃないか」
「重いよ。でも、……嬉しい」
「そうか」
暖かく優しい冬矢の声を聞いて、蒼生は嬉しそうにコーンの底の部分を口に放り込んだ。
そこに、背後の建物のほうから突然声がかかる。
「すみません、お兄さんたち」
振り向くと、いくらか年上に見える男性係員がにこやかに手を振っていた。カラフルな衣装がいかにも遊園地らしい。
「僕、この建物のゴーカート担当してるんだけど、ちょうどあと3台でレースが出来るんだよね。よかったら乗ってかない?」
ぴく、と冬矢が腰を浮かせた。
建物には、室内型の施設がいろいろ入っていて、その中にカートレース場があった。外にも家族向けのカートがあったが、それよりずいぶん狭い。だが周回できるようになっていて、こちらは決まったタイムで何周回れたかを競うゲームらしい。一度に走れるカートは5台で、既に女の子が2人乗り込んでいた。たしかに、これは大人数のほうが楽しいだろう。
なお、レースは、冬矢の圧勝で終わった。
「めちゃくちゃガチじゃん!」
2位の健太が悔しそうに吐き捨てる。ぶつかろうとしたり、周回遅れになってからは前に回り込もうとしたり、なんとか冬矢の独走を止めようとしていた健太だが、それらは見事にすべて躱されていた。
蒼生はふたりについていこうとしたものの、妨害に失敗した健太にぶつかって、ハンドルの隣にある液晶には終了後「4」と表示された。が、健太とは違ってにこにこしている。
「ゲームだけじゃなくて、実際乗ってもすごく上手なんだぁ」
「ありがとう」
楽しげに冬矢も笑う。
出口では、さっきの係員が手を振っていた。
「お兄さん、すっごいテクニックでしたね。そちらのお兄さんたちも全力だったし。さっきの女の子たち、ずーっと見てましたよ。男の子3人だから一瞬ナンパ目的で来たのかなと思っちゃったんですけど、すみません、ガチ勢でしたか」
「あはは。そうなんです。オレら、3人でガチで楽しみに来てるんで」
「なるほど! ドライビングテクニック参考にしたいんで、ぜひまた乗りに来てくださいね!」
「はーい」
遊園地で気軽に声をかけられると、ついテンションが高くなってしまうものらしい。元気よく手を振るのが健太だけならまだしも、蒼生まで一緒になってやっているのを見て、冬矢は微笑ましく思う。一応外向けの顔ではあるが、少し幼い感じが可愛い。そしてその勢いのままにっこり冬矢を見上げてくるので、さらに愛しさが増してしまう。
「やっぱり、ハンドル握ってる冬矢、かっこいいね」
しかも、セリフがそれだ。
「……蒼生は、初めて一緒にゲーセン行った時もそう言ってくれたよね」
「だって、冷静な顔でさらりと華麗な走りするんだもん。すごいなって思って」
「お世辞とかじゃなくて本当に思ってたの?」
「うん。モテるって噂は伊達じゃないなって。こんなにかっこいい人なら、絶対女の子ほっとかないよなぁって思ってたんだよ」
そうか、と呟く冬矢の横顔は、押さえているもののとても嬉しそうに見えた。それを見て健太は当然水を差したい気分になる。
「オレは? オレはかっこよくない?」
「お子様か」
「うるせえな冬矢」
割り込んできた健太に、蒼生はきょとんと目を丸くした。
「健ちゃんはずっとかっこいいよ。普段もだし、サッカーやってる時もかっこよかったし、今すっごく真面目に筋トレしてるのもすごくかっこいい。頼りがいあるとこも。昔からずーっとそう思ってたけど」
「あ、え、そ、そっか」
聞いたのは自分だが、蒼生がまっすぐな目でそう言うので、思わず照れてしまう。
蒼生はふたりを交互に見上げ、笑う。
「かっこいいだけじゃなくて、すっごく優しくて、僕のこと大事にしてくれて。こんな素敵な彼氏に囲まれて、本当に幸せ」
「あ、蒼生……好き!」
「僕も好き!」
「俺だって大好きだよ」
「えへへ、大好き」
蒼生はふたりに飛びつきかけて、ふと手を止めた。抱き締めるつもりだったふたりは、おやと思って蒼生の視線の方向を追う。すると、向こうの建物の前にいた係員の女の子があからさまに目をそらすところだった。そんなに大きな声を出していたわけでもないし、会話が聞こえていたということはないだろう。だが雰囲気は伝わってしまったかもしれない。そう思うとなんだか気恥ずかしくて、蒼生はそっと健太の後ろに隠れた。
健太がにやにや笑う。
「蒼生ー。そんな可愛いことしてるとよけいに恥ずかしくない?」
「だ、だって」
「目が合ったついでだ、ちょっと行ってみようか」
「そうだな!」
「えっえっ」
冬矢と健太が揃って歩き出す。一瞬置いて行かれる形になった蒼生が少々戸惑いながらついてくるのが、さらに可愛い。
そのまま隠れるようにして歩く蒼生は、それが何の建物なのか気付いていなかったようだ。健太の目にははっきり看板が見えているので、それを知った時の蒼生がどんな反応をするのかを考えてわくわくしていた。冬矢は、そのいたずらを仕掛ける時のような顔を見て、なんとなく事情を察する。
「こんにちはーっ」
健太が声をかける。その子は笑って目を上げると、遠目ではわからなかったのだろう3人の整った顔を見て息を飲んだが、すぐに遊園地の係員に相応しい笑顔に戻った。
「こんにちは。今、すいてるのでゆっくり楽しめますよ!」
「だって。蒼生、どうする?」
「ここは?」
「お化け屋敷」
「おばっ」
ぴんっと蒼生が背筋を伸ばす。それから半歩下がって、きょろきょろとあたりを見回したかと思うと、訴えるような眼差しでふたりの服の裾をぎゅっと握った。昔から、お化け屋敷に入ろうとするといつの間にか姿を消していたから、きっと怖いのだろうと思っていたのだ。ほぼ想定通りの反応に、健太はさらににんまりと笑う。
それどころではないらしい蒼生は、わずかに背を伸ばしてふたりの耳に口を近付ける。係員に聞かれないための小声だが、もうそれが可愛すぎる。
「ここ、自分で歩くタイプのやつだよね? こっ、……怖い」
「どうして?」
「あ、のね……ちっちゃい頃、たぶんおばけ役の人に追いかけられて捕まって、それが怖かったんだと思う……」
健太は目を見開く。蒼生がはっきり「怖い」と口にしたのは初めてだ。それに、その理由は初めて聞いた。そんなことがあったなんて知らない。蒼生が行く場所には自分もいたはずだが、捕まるような演出はあっただろうか。ただ、自分も幼かっただろうし、もしかして蒼生を置き去りにしてしまったことがあったかもしれない。反省しつつ、なるほどと納得するが、今まで打ち明けてくれなかったことについては少しがっかりする。が、今は恋人だからちゃんと話してくれたんだと思うとすぐに嬉しくなって持ち直した。
それに、健太は気付いている。蒼生は「怖い」と言ったが、「いや」とは言っていない。
「蒼生が嫌がるならやめておいたほうが……なあ、健太」
冬矢もわかっているらしい、少しからかう口調で、本気で止めてはいないようだ。言葉を探すような蒼生は、ちらっと冬矢を見た。珍しくわかりやすい蒼生が嬉しくて仕方ない健太が畳みかける。
「でも、なあ。蒼生、怖いテレビとか映画とかは好きだもんな。中はどうなってるか気になるんだろ?」
「う……」
「だよなあ。見て見て、ほら。どっちかっていうとミステリーっぽいタイトルだし。ちゃんとオチがあったりすんのかな」
「ぅー」
「おっかけられたのが怖かったんなら、人が脅かしてこなかったらセーフなんじゃね?」
「う、うーん」
健太はひらりと振り返ると、係員ににっこり笑いかけた。
「おねえさん、ちょっと内緒話。……あのね、この子すっごい怖がりなんだけど。ここって、生身の人、出てきたりする?」
「……あらら。じゃあお兄さんたちイケメンだからこっそり教えちゃう。大、丈、夫、です」
そこまでを小声で言うと、彼女はおどけた様子で声を張り上げた。
「本物のおばけはわかりませんけどね!」
さすが遊園地で働くスタッフらしい機転の利いたセリフに、健太と冬矢は感心する。が、ひとり蒼生は後ろで再び姿勢を正した。
中で一緒になるのを避けるためだろう、前の組とは数分あけて入場するようになっているらしい。入る前からあたりをきょろきょろしている蒼生は、気のせいではなくいつもよりずっと幼い顔をしている。
「蒼生っておばけ信じてるっけ」
「い、いないと思う。だって、いたら怖い」
「なるほどなあ」
心細そうな目が、ふたりを見上げる。
「……手、繋いでてくれる?」
「え? もちろん」
「冬矢も」
「うん、わかった」
「ぜっ、絶対離さないでね」
この可愛さは反則ではなかろうか。中に入るなり真っ暗になって冷たい風が背中を撫でるように吹いてきたが、冬矢と健太にとっては、その瞬間縋るように絡みついてきた蒼生の指の感触のほうが重要だった。
ひんやりする足元に気を付けながら進むが、教えてもらった通り、物陰から誰かが出てきておどかすような内容ではなかった。音や映像でじんわり恐怖を煽るようなタイプのようだ。だがそれでも蒼生は怖いらしい。物語に興味があるようでじっと見てはいるのだが、わずかな物音でも体が跳ねる。
「……や、やっぱ、怖い」
少し開けた場所に出たところでぽそりと呟くので、健太は暗がりでもわかるくらい不安そうな蒼生の顔を覗き込む。
「リタイヤする?」
「ううん、前と後ろを守ってほしい……」
「ああ……前後で挟んでほしいっていうこと?」
「うん。そしたらたぶん平気だから」
顔を見合わせて笑うと、冬矢が後ろから蒼生の腰を抱き、健太が蒼生に背中を差し出す。蒼生は迷わず健太の背に飛び込んだ。
「はは、歩きづれぇ」
「ご、ごめんね」
「ふふふ、いや。役得だよ」
体を密着させると、少し肩から力が抜けたようだ。それでも相変わらずびくびくしていたが、歩きづらくなった割にはスムーズに進めるようになった。
そうして始終神経をとがらせていたせいか、建物の外に出る頃には蒼生はすっかりぐったりしていた。
「……はー……。お、面白かった」
それでもそんなことを言うので、思わず笑ってしまう。
「わかるわかる。オチすごかった! あれはびっくりだったなー」
「小さい子でもちゃんと理解できそうな話だったね。ああ、あのポスターを見てごらん。定期的に話が変わるらしいよ。なるほど、何度でも楽しめるようになっているんだな」
「歩かせないでくれたらもうちょっと落ち着いて見られるのに……」
何度も声にならない悲鳴を上げていたからだろう、蒼生の声はわずかに掠れている。それに気が付いた健太は、勢いよく一歩を踏み出した。
「わ」
体重を預けていた蒼生がよろけ、後ろの冬矢が支える。
「あそこの店で冷たい飲み物買ってくるから、そのへんで待ってて」
「えっ、健ちゃん、僕自分で行けるよ」
「さっき言えばよかったんだけどさ、冬矢の誕生日なんだから、蒼生は冬矢のそばにいるべきじゃね?」
「あ。……ありがと」
「ん。適当でいいよな!」
健太がひらひらと手を振って店に向かうと、冬矢は寄りかかる蒼生をそのままぎゅっと抱き締めた。蒼生が見上げると、とても優しい眼差しが降ってくる。
「せっかく健太がそう言ってくれたんだ。座って待っていようか」
蒼生が頷いて、ふたりは近くのベンチに座る。
ちら、と蒼生は隣の冬矢を見た。
「……あの、冬矢」
「うん?」
「楽しんでる僕……ってリクエストだったんだけどさ。僕、だいぶ、へなちょこなとこばっか見せてない?」
冬矢は目を見開き、それからすぐに笑う。
「それも含めて楽しそうだと思ってるけどね。全力でいろんな顔を見せてくれるから、嬉しいよ。それに、小さい頃の蒼生は、健太とこんなふうに遊んでいたんだなって思うと、……それを共有してもらっているようで、すごく嬉しいんだ。俺はその頃の蒼生を知らないから」
「冬矢……」
ぱちぱち、と瞬きをした蒼生が、ことんと冬矢の肩に頭を預ける。その重さが愛おしい。
「遊園地がこんなに楽しいところだとは思わなかった。もちろん、蒼生と一緒だからだよ。誰かと笑いあっている自分なんて想像もつかなかったのにね。コースターもカートも楽しかった。……お化け屋敷はちょっと苦手かもしれないけど」
「え、冬矢も?」
「遠くで他のお客さんの悲鳴が聞こえたろ。あれがちょっとね。とはいえ、誰かさんがいっぱい怖がってくれたおかげで、怖くはなかったかな」
「うー」
蒼生が拗ねた顔をして、ふふっと冬矢が笑う。そして膝を向けて蒼生に向き合うと、そっとその手を取った。
「それにね、怖いと感じる暇なんてなかったんだ。別のことで頭がいっぱいだったから」
「別?」
「だって考えてもみてごらん? 薄暗い部屋の中で、ずっと恋人と密着してるんだよ。俺が何をこらえていたかわかる?」
「……っ! で、でもっ! あ、の、そういうつもりじゃなくて、えっと、さ、左右って腕だけだから面積狭いでしょ、それより、広いとこ触れ合ってるほうが、こっ、怖くないと思った……から……だけなんだ、けど……言われてみたら、いっぱいくっついてた、かも……」
握った手を、優しく撫でる。蒼生の肩がぴくんと跳ねる。
「そうだよ。しかも人前でね。ああいうところは監視カメラがあると思うよ」
「ひぇ……」
赤く染まった頬を撫でれば、おずおずと擦り寄る仕草。
「そういえば、こんな俗説を聞いたことがある。あのね、えっちなことを考えてると、おばけは寄ってこないそうだよ。だから、あの中にいる時、蒼生は安全だったってことだね」
「と、冬矢がそういうこと、考えてたから?」
「そう」
「ってことは、こういうとこ来るとき、ふたりにくっついてえっちなこと考えてたら、怖くないのかな……」
冬矢は目を細める。今、蒼生は自分が何を言ったか気付いているのだろうか。今後、怖い場所で縋りついてくる時、自分があらぬ妄想で満たされていると告白しているようなものなのに。気が付いていないのなら、未来の約得のために黙っておこう。
「……お化け屋敷も好きになれそうだな」
「えっ」
なんで、と聞き返そうとした時、計ったようなタイミングで健太が戻ってきた。
「ただいま、お待たせ」
「おかえり! ……あれ、なにそれ?」
健太の手にはトレイが乗っていて、ストローの刺さった紙コップが3つ、その他に肘から指の先くらいまでありそうな大きさの細長い袋が乗っている。にぃっと笑った健太が、その袋を掲げる。
「ちょっと腹減ったから、ホットドッグ買ってきた! すげえ長いの。面白くね?」
さっきソフトクリームを食べたばかりなのに、という理屈は健太には通じないらしい。
「ふたりも食べる?」
「俺は遠慮しておくよ。まだ余裕がない」
「僕も。健ちゃんが1本食べるつもりで買ってきたんでしょ」
「まあな。ふたりはそう言うと思ったからさ、でも一応聞いてみた」
トレイを置いた健太は、ふたりに紙コップを手渡す。氷がたっぷり入ったコップは、既にだいぶ柔らかい。蒼生は落とさないように両手で持ち、ストローに口を付ける。きんと冷えたお茶が、乾いていた喉に心地よかった。おかげで、「怖いものを見た」という妙な興奮もすうっと冷めていく気がする。
「はあ、冷たいの美味しい」
「だいぶ落ち着いたね」
「えへへ、うん。久し振りにあんな取り乱しちゃったよ……恥ずかしい……」
「マジ可愛かったー」
「わ、忘れて……」
顔を伏せてストローにかじりつく蒼生に、笑みが止まらないふたりだ。
つい勢いで抱きつきそうになって、健太はその衝動を振り払おうと、トレイの上の袋を手に取った。食べ物に集中すれば、とりあえずこの瞬間のやましい気分は飛んでいくはずだ。袋を開ければ、長いパンの間に太めのソーセージが挟まった迫力のあるビジュアルと共に、美味しそうな香りが漂ってくる。早速一口かじる。と。ぱりっと小気味よい音がした。
「! すっげ。……うん、美味しい。な、蒼生の好きな皮がパリパリのソーセージだよ」
「えー。いいね」
「おなかいっぱいでも味見くらい出来そう?」
「うん、ひとくちなら」
蒼生はコップを脇に置こうとした……が、健太の行動のほうが早かった。
「蒼生」
「はい? ……っふぁ」
健太は見上げて笑った蒼生の口に、そのままホットドッグを突っ込む。一瞬のことだったので、冬矢も止める隙がなかった。
びっくりした蒼生だが、ジューシーな香りが口いっぱいに広がったので、すぐ脳がそちらに切り替わる。たしかに美味しい香りだ。とはいえ、一口にはずいぶん大きい。
「まっへ……ん、おっひい……」
ぴたっと健太と冬矢の動きが止まる。太くて噛みきれずに少し迷っていた蒼生も、それに気が付くと、視線だけでふたりに「なに?」と問いかける。
「……いや。その……なあ?」
「…………!」
健太がにやけた口元を片手で押さえたので、すぐにピンときたらしい。みるみるうちに蒼生は耳まで赤くする。それを見た冬矢が、少し意地悪な顔をして笑った。
「蒼生。今はおばけ、いないと思うよ」
「~~~~~~っ!」
だいぶ日も傾いてきた。閉園時間も間近だ。子供をメインターゲットとした遊園地だからなのだろうか、閉園時間が早めに設定されているようだ。それに合わせ、最寄りの交通機関も最終時間が早いらしい。
「最後、あれ乗ろ」
健太が指したのは、カラフルな傘がついた落下傘だった。下についたカゴに乗って上下するだけの乗り物だから、健太がそれを選ぶとは思わなかった。
「おまえは絶対コースターで締めると思ってたけどな」
「いや、高いとこでさらに高いとこ上ったら、遠くまで見えんじゃねえかなって」
「ふーん。なるほど」
たしかに、健太の意外とロマンチストな一面から考えれば、その選択肢もあるのか。振り向くと、蒼生は静かに頭上を眺めていた。
「蒼生?」
「あ、うん。行こう」
カゴには一応大人3人まで乗ることが出来るらしい。男性3人だと少し狭いかもしれません、と告げる係員に、「3人で」と答える声が揃った。
蒼生はカゴに乗り込むなり、ふたりの腕を両腕でぎゅっと抱く。何事かと思って見ると、ふわふわした笑顔。
「蒼生、」
「それでは出発致します。バーにしっかりおつかまりください」
スピーカーから係員の声が響き、カゴがふわりと浮き上がった。それは、外から見ていた時よりも速いように感じた。あっという間に地面が離れていき、遊園地の全体が見え、遠くに市街地が見え、それから夕焼けの空が視界いっぱいに広がる。
夕日のオレンジが眩しい。
その光に照らされた冬矢が、笑ってふたりのほうに顔を向けた。
「……今日は楽しかった。ありがとう、蒼生。それから、一応健太も」
蒼生が嬉しそうに笑い、健太もにやりとする。
「まあ、楽しい誕生日を過ごせたんならなによりだわ」
「うん。……おめでとう、冬矢」
冬矢は、蒼生が絡めた腕にそっと手を寄せる。まっすぐ自分を見つめ返してくるきらきらした瞳に、これ以上何を望めばいいのだろう。そうだ、今はこれさえあればいい。
「さーて、帰りはどこでごはんしてく?」
「……やっぱり食事の話か」
「あはは、健ちゃんらしいね」
吹き抜ける風に、笑い声が乗る。何度も繰り返される浮遊感に身を委ね、冬矢は、暖かい気持ちがたしかに自分の中にあるのを感じていた。
蒼生はふたりに気付かれないように、こっそり笑う。実は、ふたりに気付かれないように、ゼリーを作って冷蔵庫に隠してきた。それはこの夕焼けと同じ色のオレンジゼリーだ。いつも誕生日には冬矢にサプライズをされているから、今年は絶対バレないように計画を練って仕込んできたのだ。冬矢は喜んでくれるだろうか。それを考えるだけで、どうしても笑みを隠せない蒼生なのだった。
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