高原 風音

ふんわりいちゃ甘な創作BL小説をメインで活動しています!
基本的にはハピエン厨というより、ハッピーに始まりハッピーに進んでハッピーに終わる、一言で言うと“始終ハッピー主義”。
主にPixivで作品を発表しており、こちらには順次再掲を行っております。現在執筆中のシリーズは3人組のゆるふわいちゃあまラブ『僕+君→Waltz!』(R-18あり)。完結済みのシリーズには、自由奔放な少年がハッピーエンドを迎えるまでのお話『初恋みたいなキスをして』(R-18)があります。
そのほか、ちまちまと短編BLを書いたりしています。
また、ここでは紹介しませんが、ファンタジー?ふうのシリーズ『碧色の軌跡』(完結済み・恋愛要素なし)やオリジナル短編などもあったりしますので、興味がありましたらぜひ。
二次創作もぼちぼちやっております。

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投稿日:2024年05月14日 23:20    文字数:7,922

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昔も、今も、これからも。
意味は少しずつ違っても。

健太と蒼生の短いお話です。

↑初公開時キャプション↑
2022/05/13初公開
https://pictbland.net/users/series/kazanet-tk/%E5%83%95%EF%BC%8B%E5%90%9B%E2%86%92Waltz%EF%BC%81
1 / 1

 授業が終わり友人たちと別れた健太は、通りかかった一番広い教室から溢れ出てくる学生たちで急に騒がしくなった廊下をすり抜け、次の教室を目指してひとり階段を降りる。友人たちとは、だいたい似たりよったりの授業を選んでいるから、単独で移動するのは稀なことだった。
 ポケットの中で携帯が震えたのは、ちょうど踊り場にさしかかろうとした時だ。なんだろうと端に寄って画面を見ると、別の友人からメッセージが入っていた。ちょうど次の授業で会うはずの友人だ。
「……え、休講?」
 思わず声が出る。便利なもので、休講や補講などといった情報は、携帯で調べることが出来る。そのうえで、学部棟と総合棟の掲示板にもきちんと掲示されるのだ。どれも眺めた上で今日は授業があると判断していたのだが。
 とりあえず友人にはその情報を知らなかった旨を伝えて、改めて学内のサイトを確認する。休講の一覧には、まだその情報は載っていない。すぐにまた携帯が震え、次のメッセージが届いた。曰く、つい今し方、教授が階段で転んでケガをしたらしい。たいしたことはないようだが、念の為病院に行くのだそうだ。友人は偶然その現場を目撃したとかで、情報が早かった、と。
 どちらにしてもその方向に向かっていることであるし、健太は学部棟の掲示板に立ち寄る。すると、ちょうど職員が休講のお知らせを貼り付けていた。このタイミングだ、教室で待機している学生もいただろう。とりあえず無駄足をせずに済んだのはラッキーだった。友人に礼のメッセージを送り、携帯をポケットに突っ込む。
 さて、だ。
 次が最後の授業だったので、予定が空いてしまった。健太はにんまりと笑う。ラッキーはそれだけではない。今日の午後、蒼生は発表の準備をするため図書館に行くと言っていた。つまり、図書館に行けば蒼生に会える。家に帰って待つよりも早く、会える。

 健太にとって、図書館や図書室は、「蒼生と会える場所」だった。誰もが黙りこくっている空間も、それを自分も守らなければならない空気も、ずらりと並んで威嚇してくるような本の背表紙も、なにもかもが不得意で苦手だったが、そこには蒼生がいる。昔から、ただひたすらそれが嬉しかった。
 広大な図書館には、様々な本がある。もちろんそれは当然なのだが、健太にはその種別自体がよくわからない。いろいろな学部が在るということはそれなりにジャンルも盛りだくさんなのだろう。携帯の機能で探すにも限界があるだろうし、まずは館内の案内図を見て当たりを付けることにした。大声で呼びかけることが出来ないのがもどかしい。それに、案内図にはグループ学習室と書かれた部屋がいくつもあるのが見えた。作業をしているのが蒼生ひとりでなかったとしたら、ここに入ってしまっているかもしれない。そうしたら最終手段だ、突然現れてびっくりさせたい気持ちを抑え、連絡を入れることにしよう。
 大体このへんだろうと思いながら目的の階層にある本棚の間を抜け、さらに奥のほうにある大きな机が並んだスペースをそっと覗き込む。
(! 蒼生!)
 健太は心の中で拳を突き上げた。一度もがっかりすることなく、これっぽっちも迷うこともなく、一発で蒼生を見つけることが出来た。これはもはや愛の力以外の何物でもないと確信する。
 だがここで飛び出すのは早い。まずはじっくり状況を確認しなければ。落ち着くために深呼吸をする。それから改めて本棚の陰からこっそり学習スペースを見る。
 6人分の椅子がある机には、蒼生ともう1人、女の子が座っていた。なんだかキラキラした、華やかでおしゃれで都会の事情に詳しそうな感じの子だな、と分析しながら2人の様子を窺う。
(いや、キラキラなら蒼生のほうが上だな。だってホントに眩しいもんな。はあ……綺麗だなあ、蒼生……)
 何をしているかはよくわからない。机の上には分厚い本が数冊広げて置いてあり、2人は小声で何かを話しながら本を見比べているようだ。いくら静かでも、さすがにその声は聞こえなかった。
 が、健太にはすぐにわかった。話の内容ではない。隣のあの女の子は、明らかに蒼生に対して好意を持っている。距離の詰め方も、何気ない仕草も、蒼生の横顔を見つめる表情も。
(すげえ、わかりやすーい。でも、わかるよ、そうだよなー、蒼生のこと、好きになっちゃうよなぁ、わかるわかる。オレが一番知ってる。綺麗でしょ。かっこいいでしょ。優しいでしょ。あったかいでしょ。そうなんだよ)
 うんうん、と頷く。
 健太がこっそり覗いているだけで蒼生に声をかけないのは、作業の邪魔をしたくないからでも彼女の邪魔をしたくないからでも、ましてや蒼生の行動を監視するつもりだからでもなかった。ただ、他人に対する蒼生の顔を見るのが久し振りだったので、それを堪能したかったのだ。凜としていて、毅然としていて、でも穏やかで優しくて、纏う空気すら美しい。ノートに何かを書き付ける指先の動きも綺麗だ。誰もが恋い焦がれても不思議ではない。
(でも、その蒼生が好きなのはオレなんだよねぇ……)
 うっとりと眺めていると、隣の列だろうか、本棚の間からばたばたと走る音が聞こえてきた。
「いたいた。野木沢ぁ」
 男の声だ。健太はいったん本棚にぴったりと背中を付ける。それから声が机の近くに辿り着いた気配を感じ取ると、またこっそりとそちらを覗き込んだ。蒼生のすぐ近くに立っていたのは、声のイメージからさほど遠くない、わりと派手な外見をした男だった。
「久我島くん、しー」
 少しだけ相手に合わせたボリュームの声。外で聞く、余所行きの、張りのある声。それを聞けて嬉しい。が、それが他人の名前であることに少しだけもやっとする。
「あー、だよな、図書館だもんな。んで、どんな感じ? へー。あ、そう」
 対する蒼生の答えは聞こえない。
「じゃあ引き続き任せるわ。お、こんな時間。バイトあるから行くわ。え? うん。オッケ、そうする。……え、大丈夫だって。あれ、紺野もバイト? んじゃ一緒行くか。は? 可愛くねえな」
 よく声が通る男だ。ぽんぽんと蒼生の肩を叩いていて、今度ははっきりイラッとする。蒼生は表情を崩さない。女の子も席を立って、両手で謝るポーズを見せて鞄を持った。
「よろしくー」
 最後までトーンを落とさないまま、男女は連れだって机から離れていった。気配を追って耳を澄ませていると、やがて向こうのほうからその声が聞こえる。去って行ったことがわかりやすい、という点ではありがたかったが。
(同じ班じゃねえのかな。あの女の子はそうみたいだったけど)
 健太は首を捻る。
 念の為、再び辺りを探る。とりあえず周辺に人はいないようだ。机のほうに顔を向けると、残された蒼生がひとり、微笑みを引っ込め、静かに手元に目を落としていた。
「……蒼生」
 本棚の陰から一歩踏み出し、小さく呼びかける。蒼生は、弾かれたように顔を上げた。
「健ちゃん」
 その顔が、ふにゃりととろけた笑顔に変わる。綺麗な美人が、あっという間に可愛い恋人の顔になるのを見てしまうと、こちらも骨まで溶けてしまいそうだ。これは、健太と冬矢にしか見せない顔。他の誰も知らない顔。そう思うと、どうしたって優越感を抱いてしまう。
 蒼生は健太が近付くにつれて、さらに嬉しそうな顔をする。可愛い。あまりに可愛くて思わず頬に触れると、その手に頬を擦り寄せてくる。
「……可愛いなあ……」
「へ?」
 ぱっと姿勢を正して、蒼生はきょとんと健太を見上げてきた。最近気が付いたのだが、長い間ずっと隣で見てきた反応を総合してみると、どうやら蒼生はほとんどの場合、この仕草を無意識でやっているようだ。なおさら可愛い。
 健太は後ろに回り込むと、座ったままの蒼生を抱き締める。抵抗はまったく感じない。それどころか、いつもの、健太にもたれかかるような仕草。蒼生も人がいないことをわかっているのだろう。頬を合わせると、小さな笑い声が漏れる。
 もっと強く抱き締めそうになった健太は、なんとか我に返って机の上を見る。肩越しに、ようやく蒼生の作業が見えた。が、文字だ。ほぼ文字。咄嗟に健太の脳が中身を読むことを拒否するほどに文字ばかりだった。
「それが発表の資料?」
「うん。まだ途中だけどね。これから参考文献を拾いに行くところ」
「そっかあ。ね、さっきの人たち、同じ班でしょ。一緒にやんないの」
 え、と蒼生が顔を上げる。
「健ちゃん、いつから見てたの?」
「わりと前から。きりっとしてる蒼生見つけたら、ずっと見ていたくなっちゃったんだ」
「ふふ、そっか。だけど、見られてるのに気付かなかったのはちょっと悔しいかも」
「なんで?」
「健ちゃんの気配はわかる自信があったんだよ」
 言うことまで可愛い蒼生に、健太はデレッとして蒼生の隣の椅子に座ると、そのまま肩に寄り掛かる。
「もー、ほんっと、好きだわ……」
「僕も好きー」
 顔を見合わせて、笑う。健太は今すぐどうにかなってしまいそうなほど嬉しかった。
 が、会話が途中だったことにはっと気付く。
「大好きの再確認も大事なんだけど。それで? 蒼生ひとりなの?」
「ああ」
 頷いて、蒼生は散らばったレポート用紙をまとめる。
「スケジュール合わなくて。さっきの彼も、地方から出てきて下宿だから、バイトたくさん入ってるんだって」
「ふーん……」
 にこにこしている蒼生は、それを特に疑問にも思っていないようだ。蒼生だって条件はさほど変わらないはずなのに。あの久我島という男は、蒼生が引き受けたのをいいことに、うまいこと蒼生を利用しているのではないだろうか。健太の印象では、蒼生に対する悪意も特別な好意もなさそうだが、少なくとも誠意のある人間ではないようだ。
 ひら、と蒼生の手から1枚のメモが落ちた。レポート用紙の間にあったものが滑り落ちたらしい。さっと手を伸ばした健太が、それを落ちる前にぱしっと掴んだ。
「あ、ごめん、ありがとう」
「どーいたしまして。……これは?」
「それ、これから持ってくる資料のリストだよ。こっちのまとめ終わったら探しに行こうと思って」
 これだ、と思った。健太はがたりと立ち上がる。
「オレが持ってくる!」
「え? でも……って、それより健ちゃん、授業は?」
「休講になったんだ。だから蒼生に会いに来たんだよ。……授業のことなんて、蒼生、真っ先に聞いてきそうなもんなのにな」
「ぐ……。健ちゃんに会えたのが嬉しくて、頭から抜けてた……」
「えっへへへ。そっかー。な、やっぱ蒼生のお手伝い、させて?」
 頭を撫でながらそう言うと、蒼生は恥ずかしそうにことりと首を傾けた。
「そしたら、お願いします」
「任された! ……でも、時間かかるかも。遅かったらすぐ連絡して」
「うん」
 蒼生に頼られた。蒼生が頼ってくれた。
 やる気に満ちた健太は、そのメモをぐっと自分の胸に押しつけた。

 繰り返しになるが、健太には図書館に所蔵された膨大な本の、種別自体がよくわからない。今までの経験で、なんとなくジャンルごとに大体分けて置かれているようだというのはわかるが、具体的に何がどこにあるかがわからないのだ。大昔、小学校の授業で、クラス全員図書室に入れられて、本の探し方を習った……ような気がする。本棚の上に手書きの札があって、そこに数字が書かれていたのだけを覚えている。たしか、あれが種類を示すものだったような。
 蒼生にしてみれば、タイトルだけで見当がつく類いの本なのだろう。メモを片手に蒼生の近くにある本棚の間を歩いてみたが、なにせ自分の背丈より高い位置にも、くるぶしほどの低い位置にも、本は山程ある。そのタイトルを全部読んでいくわけにはいかない。どうしたものか、と考えながら歩いていると、エレベーターホールに出てしまった。
(この向こう……は、たぶん違うかな。って、あれ? なんだこれ)
 ほとんどの本棚の手前には、斜めになったラックがあって、そこに何冊か本が置かれている。ただ1つ、ラックが置かれていない箇所があり、代わりに機械が設置されている。近付いて見てみると、ATMのようなそれには「検索機」と書かれている。
(もしかして、これで探せちゃったりとかすんのかな)
 考えてみれば、本を探さなければならない時、高校まではずっと全部蒼生にやってもらっていた。自分に必要なものは、蒼生も必要なものだったから、個別に探す必要はなかったのだ。蒼生もこういうものを使って探していたのだろうか。
 どきどきしながら画面をとんと叩く。暗かった画面が明るくなり、検索メニューが現れた。検索方法はいくつかあるようだが、今健太の持っている情報では、タイトルから調べていくしかない。メモにある蒼生の字を見てにやけつつ、タッチパネルになっている画面で蒼生の書いた書名を打ち込んでいく。
(あ、あった。ん、これ、見覚えあるな。数字と……カタカナ? あ、もしかして、背表紙についてるシールの番号と同じってこと? それに棚の大体の位置も書いてある。これ写していったらわかるんじゃ……)
 健太は、検索機の脇に置いてあった鉛筆を手に取る。そして蒼生の字の隣に、表示された記号を書き写していく。2冊目、3冊目と、同様に調べては書き写す、を繰り返した。

 大きな図録と本を抱えて戻ると、蒼生はびっくりした顔で瞬きを増やした。
「ただいま」
 声を潜めて言うと、小さく「おかえり」が帰ってくる。健太はにこにこしながら机の空いたスペースに持ってきた本を重ねた。隣に座ると、蒼生の視線が追いかけてくる。
「ありがとう。……早かったねえ」
「ホールにある機械で調べたら、番号と棚の場所が出てきたから。なんかすっげえ面白かった、番号で探してくと、ちゃんと目的の本が見つかるんだな」
 蒼生は嬉しそうに頷く。
「そうなんだよ。ジャンルごとに番号が決まっててね。どこでもそれを目安に探せるようになってるんだ。探すだけでも楽しいでしょ?」
「うん。楽しい」
「ふふふ。図書館は寝るものだと思ってた健ちゃんが、そう言ってくれるなんてなあ」
「そ、そこまでは思ってないんだけど」
「でも本当に嬉しい。助かったよ、ありがとう」
 楽しい気分だった健太は、そう言われてますますテンションが上がる。
「蒼生、もっと手伝えること、ない?」
「えっ?」
「せっかくだからもっと役に立ちたいんだよ」
 食い下がる健太に蒼生は首を捻る。
「うーん、そうだなあ。じゃあ、これ、線引っ張った隣に書き込んである言葉をこっちの本から探して、見つけたら栞を挟んでくれる? 難しそうだったら聞いてね」
「ん、わかった」
 蒼生から受け取ったレポート用紙には、一列ずつ隙間を開けて、綺麗な蒼生の字が並んでいた。その間に赤い線と赤い文字。同じ言語で書かれているはずだが、ずいぶんと難解に見える。しかし蒼生が健太に任せてくれたのだ。よし、と気合を入れ、重い本を抱え込んだ。
 あたりはしんとした空気に包まれる。ページをめくる音と、ペンの音。ちらりと見た蒼生の集中した横顔は、さっきよりも楽しそうな感じがした。よほど好きなんだなと思い、少しだけ手元の本に嫉妬する。
 けれど、隣からふわりと感じる温度が、健太を奮い立たせる。自分が感じているなら、きっと蒼生も感じているはずなのだ。ひんやりした誰もいない空間で、お互いの体温だけが伝わっている。それが体温以上の熱さを胸に蓄えさせてくれる気がした。
 ただ。
 その体温は、同時にとてつもないリラックス効果を生む。
「……蒼生ぃ……」
「うん?」
「いちお……できた……」
「えっ。わ、ありがとう。レポート用紙にもどこに書いてあるかメモしてくれたの? ページと行番号まで……。すごい、丁寧にやってくれたんだ」
「もっとほめてぇ」
 健太は蒼生の肩に額をつける。
「ふふ。えらいね。いつも助けてくれてありがとう」
 笑って頭を撫でてくれる、その手が気持ちいい。ずるりと手が落ちかけたので、ぎゅっと蒼生の服の裾を握る。
「……健ちゃん、眠いね?」
「んー……」
「いいよ、寝てて。帰る時にちゃんと起こしてあげるから」
「だけど、お手伝い……」
「健ちゃんがいっぱい手伝ってくれたから、あとは僕が頑張るだけだよ。ありがとね」
「……じゃ、ちょっとだけ」
「うん」
 ふらりと体を起こし、健太は机に突っ伏す。
「おやすみ」
 優しい声。ぽんぽんと背中を撫でる手。すうっと吸い込まれるように、健太はあっという間に意識を手放した。

 頬に、温かい感触。
「健ちゃん、おはよ」
「!」
 健太はがばっと飛び起きる。
 今。頬に。あったかくて。柔らかいのが。
 熱が消えないように慌てて頬を押さえると、目の前で蒼生がくすくす笑っている。
「え……今っ、蒼生、キっ、……」
「ふふふ。いくら声かけても起きなかったのになあ」
「まったく現金な奴だ」
 知っている声がして、勢いよく振り返ると、そこには呆れたように腕を組む冬矢の姿があった。
「……なんでおまえもいんの」
「俺も帰る時間だからな。蒼生の作業が終わっているようならと思って連絡してみたら、隣で寝ている奴がいると言うじゃないか。それは危険だと思って駆け付けたんだよ」
「危険とはなんだ」
「ふーん。おまえは蒼生とふたりきりで変な気を起こさない自信があるとでも?」
「うっ……」
「ふふっ、ないんだ」
 蒼生は嬉しそうににこにこしている。
 はっと机の上を見ると、本が綺麗に積み上げられている以外は何もない。すっかり作業は終わったようだ。
「あー、ごめん、全部終わっちゃった?」
「うん。健ちゃんが手伝ってくれたおかげだよ」
「でもほとんどオレ寝ちゃってただろ」
 ふるふると蒼生が首を振る。
「隣で健ちゃんが寝てると、安心するのかな。すごく捗るんだよね。もう習性になっちゃってるのかも。だから、健ちゃんのおかげ」
「……オレ、役に立てた?」
「もちろん」
「そっか」
 蒼生は、そんなふうに思ってくれていたのか。目の前の笑顔が嬉しくて仕方ない。
 小さく笑った冬矢が、机の本をぽんと叩いた。
「まずは、早く帰ろう。そうしないと、どんどん夕食が遅くなるよ」
「あ、今日は僕が当番だよね」
「やっべ、急がなくちゃ」
 ばたばたと健太が支度を始めると、冬矢と蒼生が積まれた本を本棚の脇のラックに置いていく。元に戻さないのかと健太は首を傾げる。
「そこに置いていいの?」
「健ちゃんがさっき本を持ってきた時、ちゃんと探した場所にあったでしょ。決められた場所があって、そこに戻さないといけないんだけど、間違って置いちゃうと次の人が探せなくなるから、このブックトラックに置くの。そうすると職員さんがきちんと正しい位置に戻してくれるんだ」
「もしかして、蒼生って委員会でそういう仕事もしてた?」
「そうだよ」
 それはパズルのような作業なのだろう。図書委員というと貸し借りの業務くらいしか思い浮かばなかったけれど、きっとやりがいのある仕事だったのだろうなと少し誇らしげな蒼生の顔を見て思う。
 その顔は、すぐにふんわりといつもの優しい笑顔に飲み込まれていった。
「ねえ、今日はいっぱい手伝ってくれたから、夕飯のリクエスト聞くよ」
「マジで? じゃ、カレー食べたい」
「りょーかい」
「なおさら早く帰らないといけないじゃないか」
「だね」
 3人は、揃って図書館を後にする。
 手伝ってくれたから、か。そんな言い訳をしなくても、いつだって、蒼生はちゃんと聞いてくれる。健太の食べたいものを考えてくれる。蒼生にとって自分は特別なのだ。だからこそ、もっと頼られたい。隣にいたい。これからも、ずっと。
 健太は蒼生の背中を見つめて笑い、決意を新たにするのだった。

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51こ目;となり
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 授業が終わり友人たちと別れた健太は、通りかかった一番広い教室から溢れ出てくる学生たちで急に騒がしくなった廊下をすり抜け、次の教室を目指してひとり階段を降りる。友人たちとは、だいたい似たりよったりの授業を選んでいるから、単独で移動するのは稀なことだった。
 ポケットの中で携帯が震えたのは、ちょうど踊り場にさしかかろうとした時だ。なんだろうと端に寄って画面を見ると、別の友人からメッセージが入っていた。ちょうど次の授業で会うはずの友人だ。
「……え、休講?」
 思わず声が出る。便利なもので、休講や補講などといった情報は、携帯で調べることが出来る。そのうえで、学部棟と総合棟の掲示板にもきちんと掲示されるのだ。どれも眺めた上で今日は授業があると判断していたのだが。
 とりあえず友人にはその情報を知らなかった旨を伝えて、改めて学内のサイトを確認する。休講の一覧には、まだその情報は載っていない。すぐにまた携帯が震え、次のメッセージが届いた。曰く、つい今し方、教授が階段で転んでケガをしたらしい。たいしたことはないようだが、念の為病院に行くのだそうだ。友人は偶然その現場を目撃したとかで、情報が早かった、と。
 どちらにしてもその方向に向かっていることであるし、健太は学部棟の掲示板に立ち寄る。すると、ちょうど職員が休講のお知らせを貼り付けていた。このタイミングだ、教室で待機している学生もいただろう。とりあえず無駄足をせずに済んだのはラッキーだった。友人に礼のメッセージを送り、携帯をポケットに突っ込む。
 さて、だ。
 次が最後の授業だったので、予定が空いてしまった。健太はにんまりと笑う。ラッキーはそれだけではない。今日の午後、蒼生は発表の準備をするため図書館に行くと言っていた。つまり、図書館に行けば蒼生に会える。家に帰って待つよりも早く、会える。

 健太にとって、図書館や図書室は、「蒼生と会える場所」だった。誰もが黙りこくっている空間も、それを自分も守らなければならない空気も、ずらりと並んで威嚇してくるような本の背表紙も、なにもかもが不得意で苦手だったが、そこには蒼生がいる。昔から、ただひたすらそれが嬉しかった。
 広大な図書館には、様々な本がある。もちろんそれは当然なのだが、健太にはその種別自体がよくわからない。いろいろな学部が在るということはそれなりにジャンルも盛りだくさんなのだろう。携帯の機能で探すにも限界があるだろうし、まずは館内の案内図を見て当たりを付けることにした。大声で呼びかけることが出来ないのがもどかしい。それに、案内図にはグループ学習室と書かれた部屋がいくつもあるのが見えた。作業をしているのが蒼生ひとりでなかったとしたら、ここに入ってしまっているかもしれない。そうしたら最終手段だ、突然現れてびっくりさせたい気持ちを抑え、連絡を入れることにしよう。
 大体このへんだろうと思いながら目的の階層にある本棚の間を抜け、さらに奥のほうにある大きな机が並んだスペースをそっと覗き込む。
(! 蒼生!)
 健太は心の中で拳を突き上げた。一度もがっかりすることなく、これっぽっちも迷うこともなく、一発で蒼生を見つけることが出来た。これはもはや愛の力以外の何物でもないと確信する。
 だがここで飛び出すのは早い。まずはじっくり状況を確認しなければ。落ち着くために深呼吸をする。それから改めて本棚の陰からこっそり学習スペースを見る。
 6人分の椅子がある机には、蒼生ともう1人、女の子が座っていた。なんだかキラキラした、華やかでおしゃれで都会の事情に詳しそうな感じの子だな、と分析しながら2人の様子を窺う。
(いや、キラキラなら蒼生のほうが上だな。だってホントに眩しいもんな。はあ……綺麗だなあ、蒼生……)
 何をしているかはよくわからない。机の上には分厚い本が数冊広げて置いてあり、2人は小声で何かを話しながら本を見比べているようだ。いくら静かでも、さすがにその声は聞こえなかった。
 が、健太にはすぐにわかった。話の内容ではない。隣のあの女の子は、明らかに蒼生に対して好意を持っている。距離の詰め方も、何気ない仕草も、蒼生の横顔を見つめる表情も。
(すげえ、わかりやすーい。でも、わかるよ、そうだよなー、蒼生のこと、好きになっちゃうよなぁ、わかるわかる。オレが一番知ってる。綺麗でしょ。かっこいいでしょ。優しいでしょ。あったかいでしょ。そうなんだよ)
 うんうん、と頷く。
 健太がこっそり覗いているだけで蒼生に声をかけないのは、作業の邪魔をしたくないからでも彼女の邪魔をしたくないからでも、ましてや蒼生の行動を監視するつもりだからでもなかった。ただ、他人に対する蒼生の顔を見るのが久し振りだったので、それを堪能したかったのだ。凜としていて、毅然としていて、でも穏やかで優しくて、纏う空気すら美しい。ノートに何かを書き付ける指先の動きも綺麗だ。誰もが恋い焦がれても不思議ではない。
(でも、その蒼生が好きなのはオレなんだよねぇ……)
 うっとりと眺めていると、隣の列だろうか、本棚の間からばたばたと走る音が聞こえてきた。
「いたいた。野木沢ぁ」
 男の声だ。健太はいったん本棚にぴったりと背中を付ける。それから声が机の近くに辿り着いた気配を感じ取ると、またこっそりとそちらを覗き込んだ。蒼生のすぐ近くに立っていたのは、声のイメージからさほど遠くない、わりと派手な外見をした男だった。
「久我島くん、しー」
 少しだけ相手に合わせたボリュームの声。外で聞く、余所行きの、張りのある声。それを聞けて嬉しい。が、それが他人の名前であることに少しだけもやっとする。
「あー、だよな、図書館だもんな。んで、どんな感じ? へー。あ、そう」
 対する蒼生の答えは聞こえない。
「じゃあ引き続き任せるわ。お、こんな時間。バイトあるから行くわ。え? うん。オッケ、そうする。……え、大丈夫だって。あれ、紺野もバイト? んじゃ一緒行くか。は? 可愛くねえな」
 よく声が通る男だ。ぽんぽんと蒼生の肩を叩いていて、今度ははっきりイラッとする。蒼生は表情を崩さない。女の子も席を立って、両手で謝るポーズを見せて鞄を持った。
「よろしくー」
 最後までトーンを落とさないまま、男女は連れだって机から離れていった。気配を追って耳を澄ませていると、やがて向こうのほうからその声が聞こえる。去って行ったことがわかりやすい、という点ではありがたかったが。
(同じ班じゃねえのかな。あの女の子はそうみたいだったけど)
 健太は首を捻る。
 念の為、再び辺りを探る。とりあえず周辺に人はいないようだ。机のほうに顔を向けると、残された蒼生がひとり、微笑みを引っ込め、静かに手元に目を落としていた。
「……蒼生」
 本棚の陰から一歩踏み出し、小さく呼びかける。蒼生は、弾かれたように顔を上げた。
「健ちゃん」
 その顔が、ふにゃりととろけた笑顔に変わる。綺麗な美人が、あっという間に可愛い恋人の顔になるのを見てしまうと、こちらも骨まで溶けてしまいそうだ。これは、健太と冬矢にしか見せない顔。他の誰も知らない顔。そう思うと、どうしたって優越感を抱いてしまう。
 蒼生は健太が近付くにつれて、さらに嬉しそうな顔をする。可愛い。あまりに可愛くて思わず頬に触れると、その手に頬を擦り寄せてくる。
「……可愛いなあ……」
「へ?」
 ぱっと姿勢を正して、蒼生はきょとんと健太を見上げてきた。最近気が付いたのだが、長い間ずっと隣で見てきた反応を総合してみると、どうやら蒼生はほとんどの場合、この仕草を無意識でやっているようだ。なおさら可愛い。
 健太は後ろに回り込むと、座ったままの蒼生を抱き締める。抵抗はまったく感じない。それどころか、いつもの、健太にもたれかかるような仕草。蒼生も人がいないことをわかっているのだろう。頬を合わせると、小さな笑い声が漏れる。
 もっと強く抱き締めそうになった健太は、なんとか我に返って机の上を見る。肩越しに、ようやく蒼生の作業が見えた。が、文字だ。ほぼ文字。咄嗟に健太の脳が中身を読むことを拒否するほどに文字ばかりだった。
「それが発表の資料?」
「うん。まだ途中だけどね。これから参考文献を拾いに行くところ」
「そっかあ。ね、さっきの人たち、同じ班でしょ。一緒にやんないの」
 え、と蒼生が顔を上げる。
「健ちゃん、いつから見てたの?」
「わりと前から。きりっとしてる蒼生見つけたら、ずっと見ていたくなっちゃったんだ」
「ふふ、そっか。だけど、見られてるのに気付かなかったのはちょっと悔しいかも」
「なんで?」
「健ちゃんの気配はわかる自信があったんだよ」
 言うことまで可愛い蒼生に、健太はデレッとして蒼生の隣の椅子に座ると、そのまま肩に寄り掛かる。
「もー、ほんっと、好きだわ……」
「僕も好きー」
 顔を見合わせて、笑う。健太は今すぐどうにかなってしまいそうなほど嬉しかった。
 が、会話が途中だったことにはっと気付く。
「大好きの再確認も大事なんだけど。それで? 蒼生ひとりなの?」
「ああ」
 頷いて、蒼生は散らばったレポート用紙をまとめる。
「スケジュール合わなくて。さっきの彼も、地方から出てきて下宿だから、バイトたくさん入ってるんだって」
「ふーん……」
 にこにこしている蒼生は、それを特に疑問にも思っていないようだ。蒼生だって条件はさほど変わらないはずなのに。あの久我島という男は、蒼生が引き受けたのをいいことに、うまいこと蒼生を利用しているのではないだろうか。健太の印象では、蒼生に対する悪意も特別な好意もなさそうだが、少なくとも誠意のある人間ではないようだ。
 ひら、と蒼生の手から1枚のメモが落ちた。レポート用紙の間にあったものが滑り落ちたらしい。さっと手を伸ばした健太が、それを落ちる前にぱしっと掴んだ。
「あ、ごめん、ありがとう」
「どーいたしまして。……これは?」
「それ、これから持ってくる資料のリストだよ。こっちのまとめ終わったら探しに行こうと思って」
 これだ、と思った。健太はがたりと立ち上がる。
「オレが持ってくる!」
「え? でも……って、それより健ちゃん、授業は?」
「休講になったんだ。だから蒼生に会いに来たんだよ。……授業のことなんて、蒼生、真っ先に聞いてきそうなもんなのにな」
「ぐ……。健ちゃんに会えたのが嬉しくて、頭から抜けてた……」
「えっへへへ。そっかー。な、やっぱ蒼生のお手伝い、させて?」
 頭を撫でながらそう言うと、蒼生は恥ずかしそうにことりと首を傾けた。
「そしたら、お願いします」
「任された! ……でも、時間かかるかも。遅かったらすぐ連絡して」
「うん」
 蒼生に頼られた。蒼生が頼ってくれた。
 やる気に満ちた健太は、そのメモをぐっと自分の胸に押しつけた。

 繰り返しになるが、健太には図書館に所蔵された膨大な本の、種別自体がよくわからない。今までの経験で、なんとなくジャンルごとに大体分けて置かれているようだというのはわかるが、具体的に何がどこにあるかがわからないのだ。大昔、小学校の授業で、クラス全員図書室に入れられて、本の探し方を習った……ような気がする。本棚の上に手書きの札があって、そこに数字が書かれていたのだけを覚えている。たしか、あれが種類を示すものだったような。
 蒼生にしてみれば、タイトルだけで見当がつく類いの本なのだろう。メモを片手に蒼生の近くにある本棚の間を歩いてみたが、なにせ自分の背丈より高い位置にも、くるぶしほどの低い位置にも、本は山程ある。そのタイトルを全部読んでいくわけにはいかない。どうしたものか、と考えながら歩いていると、エレベーターホールに出てしまった。
(この向こう……は、たぶん違うかな。って、あれ? なんだこれ)
 ほとんどの本棚の手前には、斜めになったラックがあって、そこに何冊か本が置かれている。ただ1つ、ラックが置かれていない箇所があり、代わりに機械が設置されている。近付いて見てみると、ATMのようなそれには「検索機」と書かれている。
(もしかして、これで探せちゃったりとかすんのかな)
 考えてみれば、本を探さなければならない時、高校まではずっと全部蒼生にやってもらっていた。自分に必要なものは、蒼生も必要なものだったから、個別に探す必要はなかったのだ。蒼生もこういうものを使って探していたのだろうか。
 どきどきしながら画面をとんと叩く。暗かった画面が明るくなり、検索メニューが現れた。検索方法はいくつかあるようだが、今健太の持っている情報では、タイトルから調べていくしかない。メモにある蒼生の字を見てにやけつつ、タッチパネルになっている画面で蒼生の書いた書名を打ち込んでいく。
(あ、あった。ん、これ、見覚えあるな。数字と……カタカナ? あ、もしかして、背表紙についてるシールの番号と同じってこと? それに棚の大体の位置も書いてある。これ写していったらわかるんじゃ……)
 健太は、検索機の脇に置いてあった鉛筆を手に取る。そして蒼生の字の隣に、表示された記号を書き写していく。2冊目、3冊目と、同様に調べては書き写す、を繰り返した。

 大きな図録と本を抱えて戻ると、蒼生はびっくりした顔で瞬きを増やした。
「ただいま」
 声を潜めて言うと、小さく「おかえり」が帰ってくる。健太はにこにこしながら机の空いたスペースに持ってきた本を重ねた。隣に座ると、蒼生の視線が追いかけてくる。
「ありがとう。……早かったねえ」
「ホールにある機械で調べたら、番号と棚の場所が出てきたから。なんかすっげえ面白かった、番号で探してくと、ちゃんと目的の本が見つかるんだな」
 蒼生は嬉しそうに頷く。
「そうなんだよ。ジャンルごとに番号が決まっててね。どこでもそれを目安に探せるようになってるんだ。探すだけでも楽しいでしょ?」
「うん。楽しい」
「ふふふ。図書館は寝るものだと思ってた健ちゃんが、そう言ってくれるなんてなあ」
「そ、そこまでは思ってないんだけど」
「でも本当に嬉しい。助かったよ、ありがとう」
 楽しい気分だった健太は、そう言われてますますテンションが上がる。
「蒼生、もっと手伝えること、ない?」
「えっ?」
「せっかくだからもっと役に立ちたいんだよ」
 食い下がる健太に蒼生は首を捻る。
「うーん、そうだなあ。じゃあ、これ、線引っ張った隣に書き込んである言葉をこっちの本から探して、見つけたら栞を挟んでくれる? 難しそうだったら聞いてね」
「ん、わかった」
 蒼生から受け取ったレポート用紙には、一列ずつ隙間を開けて、綺麗な蒼生の字が並んでいた。その間に赤い線と赤い文字。同じ言語で書かれているはずだが、ずいぶんと難解に見える。しかし蒼生が健太に任せてくれたのだ。よし、と気合を入れ、重い本を抱え込んだ。
 あたりはしんとした空気に包まれる。ページをめくる音と、ペンの音。ちらりと見た蒼生の集中した横顔は、さっきよりも楽しそうな感じがした。よほど好きなんだなと思い、少しだけ手元の本に嫉妬する。
 けれど、隣からふわりと感じる温度が、健太を奮い立たせる。自分が感じているなら、きっと蒼生も感じているはずなのだ。ひんやりした誰もいない空間で、お互いの体温だけが伝わっている。それが体温以上の熱さを胸に蓄えさせてくれる気がした。
 ただ。
 その体温は、同時にとてつもないリラックス効果を生む。
「……蒼生ぃ……」
「うん?」
「いちお……できた……」
「えっ。わ、ありがとう。レポート用紙にもどこに書いてあるかメモしてくれたの? ページと行番号まで……。すごい、丁寧にやってくれたんだ」
「もっとほめてぇ」
 健太は蒼生の肩に額をつける。
「ふふ。えらいね。いつも助けてくれてありがとう」
 笑って頭を撫でてくれる、その手が気持ちいい。ずるりと手が落ちかけたので、ぎゅっと蒼生の服の裾を握る。
「……健ちゃん、眠いね?」
「んー……」
「いいよ、寝てて。帰る時にちゃんと起こしてあげるから」
「だけど、お手伝い……」
「健ちゃんがいっぱい手伝ってくれたから、あとは僕が頑張るだけだよ。ありがとね」
「……じゃ、ちょっとだけ」
「うん」
 ふらりと体を起こし、健太は机に突っ伏す。
「おやすみ」
 優しい声。ぽんぽんと背中を撫でる手。すうっと吸い込まれるように、健太はあっという間に意識を手放した。

 頬に、温かい感触。
「健ちゃん、おはよ」
「!」
 健太はがばっと飛び起きる。
 今。頬に。あったかくて。柔らかいのが。
 熱が消えないように慌てて頬を押さえると、目の前で蒼生がくすくす笑っている。
「え……今っ、蒼生、キっ、……」
「ふふふ。いくら声かけても起きなかったのになあ」
「まったく現金な奴だ」
 知っている声がして、勢いよく振り返ると、そこには呆れたように腕を組む冬矢の姿があった。
「……なんでおまえもいんの」
「俺も帰る時間だからな。蒼生の作業が終わっているようならと思って連絡してみたら、隣で寝ている奴がいると言うじゃないか。それは危険だと思って駆け付けたんだよ」
「危険とはなんだ」
「ふーん。おまえは蒼生とふたりきりで変な気を起こさない自信があるとでも?」
「うっ……」
「ふふっ、ないんだ」
 蒼生は嬉しそうににこにこしている。
 はっと机の上を見ると、本が綺麗に積み上げられている以外は何もない。すっかり作業は終わったようだ。
「あー、ごめん、全部終わっちゃった?」
「うん。健ちゃんが手伝ってくれたおかげだよ」
「でもほとんどオレ寝ちゃってただろ」
 ふるふると蒼生が首を振る。
「隣で健ちゃんが寝てると、安心するのかな。すごく捗るんだよね。もう習性になっちゃってるのかも。だから、健ちゃんのおかげ」
「……オレ、役に立てた?」
「もちろん」
「そっか」
 蒼生は、そんなふうに思ってくれていたのか。目の前の笑顔が嬉しくて仕方ない。
 小さく笑った冬矢が、机の本をぽんと叩いた。
「まずは、早く帰ろう。そうしないと、どんどん夕食が遅くなるよ」
「あ、今日は僕が当番だよね」
「やっべ、急がなくちゃ」
 ばたばたと健太が支度を始めると、冬矢と蒼生が積まれた本を本棚の脇のラックに置いていく。元に戻さないのかと健太は首を傾げる。
「そこに置いていいの?」
「健ちゃんがさっき本を持ってきた時、ちゃんと探した場所にあったでしょ。決められた場所があって、そこに戻さないといけないんだけど、間違って置いちゃうと次の人が探せなくなるから、このブックトラックに置くの。そうすると職員さんがきちんと正しい位置に戻してくれるんだ」
「もしかして、蒼生って委員会でそういう仕事もしてた?」
「そうだよ」
 それはパズルのような作業なのだろう。図書委員というと貸し借りの業務くらいしか思い浮かばなかったけれど、きっとやりがいのある仕事だったのだろうなと少し誇らしげな蒼生の顔を見て思う。
 その顔は、すぐにふんわりといつもの優しい笑顔に飲み込まれていった。
「ねえ、今日はいっぱい手伝ってくれたから、夕飯のリクエスト聞くよ」
「マジで? じゃ、カレー食べたい」
「りょーかい」
「なおさら早く帰らないといけないじゃないか」
「だね」
 3人は、揃って図書館を後にする。
 手伝ってくれたから、か。そんな言い訳をしなくても、いつだって、蒼生はちゃんと聞いてくれる。健太の食べたいものを考えてくれる。蒼生にとって自分は特別なのだ。だからこそ、もっと頼られたい。隣にいたい。これからも、ずっと。
 健太は蒼生の背中を見つめて笑い、決意を新たにするのだった。

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