アトリ~アイドル宣言!~
ピチピチキュートなレイ・ルック・シーナが来月待望デビュー!
デビューシングル「魔のトライアングル」を引っさげたツアーも決定。
レイルックシーナが間もなくあなたのおそばに参ります♪
というネタに行き当たってしまったのがすべての始まりでございました。
勢いだけの茶番ですので、気楽にお付き合いいただければと思います!
(2022/6/2初掲載)
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暗い部屋に、ぽつんと明かりが灯る。外はしとしとと静かな雨、それが地面も建物も水面さえも黒く染め上げ、窓の外をモノクロの世界に変えていた。どこかに陽の光が残っているのか、濃淡のない灰一色の空だけがぼんやりと明るい。それが部屋の中央に無造作に置かれた燭台の明かりをいっそう薄暗く感じさせるようだ。
蝋燭の炎が、風に揺れてジジッと小さな音を立てる。その微かな明かりにぼんやりと照らされた顔は、4つ。燭台を見つめる表情はどれも暗い。沈黙に支配された部屋には、どんよりと重い空気がわだかまっていた。
かしこまるようにして正座をしていた少年が、ちらりと正面にいる男の顔を見る。
「……それで……シュウさん。やっぱり……」
あたりの闇に何かが聞き耳を立てていることを警戒するような、どこか抑えた声。けれど静かな部屋の中ではやたら大きく聞こえる。少年は、はっとしたように周囲を窺う。
声をかけられた男は、無表情を変えない。
「ええ。冗談は抜きにして、そろそろ本気で対策を立てねばなりません」
やっぱり、と肩を落とす少年。少年の左隣にいた眼鏡の少女がわずかに身を乗り出し、同様に押し殺した声を出す。
「対外費だけじゃないですよ。急に人数が増えたじゃないですか。城の内装や施設に関しても要望がたくさん来てます。不満がこれ以上大きくならないうちに何とかしないと。……兄さん」
「そうだな。……しかしユウキ殿。現状において、金策に最大限の力を注いでいるほどの余裕は我が軍にはありません」
「うん……それだけに力を入れてると、ハイランドに足元を掬われるね……。かといって城内の不満をそのままにしておくのもよくないし」
「はい。内側から崩れるような事態は避けなければならないでしょう」
右隣の少女は、呆気に取られたような感心したような声をあげた。
「うちって、そんなにお金やばかったんだ~」
慌てたのは少年だ。がたりと立ち上がると、自分の口の前に人差し指を立てる。
「あっ。しーっ、しーっ!! ダメだよナナミ!! それ言っちゃおしまいなんだからあ」
「大丈夫でしょ。誰も聞いてないもん」
「そういう問題じゃなくてぇ……」
なんだかいつもの姉弟のやりとりになりかけたところで、眼鏡の少女が溜め息をついた。
「私たちがおおっぴらに動かない方法で、何とか金策が立てられればいいんだけど……」
すると、姉の方がぽんと手を叩き、にっこりと明るい笑顔を浮かべた。
「あ。ねぇねぇアップルちゃん。私、ひとつ案があるんだけど、どうかなぁ?」
その日は、とてもよく晴れた日だった。高く飛ぶ鳥は気持ちよさそうに青い空に線を描き、爽やかな風は水面に穏やかな波を寄せる。名残で水が濁っていることを除けば、昨日まで雨が降り続いていたとは思えないほどだ。
レイは、バイオスフィア城に立ち寄ったついでに、のんびりと図書館で本を読んでいた。
ルックは、相変わらず石板の前に立ち、何をするでもなく過ごしていた。
シーナは、踊り場でばったり会ったリィナとアイリに声をかけて丁重にお断りされていた。
そこへ。
「ムッム~♪」
ご機嫌な鳴き声を響かせて、さあっと風のようにそれは訪れた。レイのもとへは赤の、ルックのもとへはピンクの、シーナのもとへは青のマントを着けたむささびだ。彼らはそれぞれ、手に1通の書簡を持っていた。何事かと身構える3人に、恭しくそれを差し出す。思わず受け取った3人は、別々の場所にいながらもその文面を眺めて同様に首を傾げた。
「……え? 僕がなにをした……?」
怪訝な顔をするレイ。
「なにこれ……。面倒だね」
あからさまに鬱陶しそうな顔をするルック。
「げっ。名指しっ!? あ、アレがバレたのかなぁ……」
青ざめるシーナ。
そこにはやけに丁寧な字でこう書かれていた。
この書面を受け取り次第、大至急! 大広間に集まってください。
軍主と軍師より大切な話があります。
ちなみに絶対命令です。
来ないとなんかイヤなことになります。
ばーい ユウキ★
どんな理由で呼ばれるのかも明記されていない、タチの悪い召集命令。軍主の絶対命令とやらについては、戦争中であるという状況を考えれば当然そういうこともあるだろう。だが人を寄越して呼び出せばいいものを、わざわざ書面にしているのが気にかかる。しかも、文書の最後のふざけているとしか思えない文面が異様な雰囲気を醸し出していた。なんだ。『なんかイヤなこと』ってなんだ。
大広間のドアの前で3人は鉢合わせした。レイはぽかんと口を開き、ルックはひどく嫌そうな顔をし、シーナは笑いそうになる頬を押さえた。こうなると、嫌な予感はだいぶ真実味を帯びてくる。なにせ、大広間は軍議を執り行う場所だ。それぞれ意図は異なるが、戦うことを好ましく思っていない3人は、この場所には積極的に顔を出したがらない。それをお互い理解しているからだ。にもかかわらず、ここでばったり出会うということは……と全員の視線がそれぞれの手に降りる。なるほど、同じ形に同じ色の書簡が全員の手にある。つまり。
「……もしかしなくても、ルックとシーナも呼ばれたの……? 3人セット?」
「はぁ……。そうみたいだね」
「オレだけじゃないってことは、なんかやらかしたのがバレたってことじゃなさそうだな。心当たりはある?」
「ううん。次の戦の作戦会議にでも呼ばれたのかと思ったけど、それだったらもっとたくさんの人が声をかけられててもおかしくないよね」
「第一、僕とシーナだけならともかく、それでレイのことは呼ばないんじゃない?」
「あー、そっか」
「レイを表立って戦に出すのは考えられねえもんな。んー……ますますアヤしい感じ」
比較的楽観的な考えをするシーナだが、さすがに受け取った文書の胡散臭さが引っかかっているらしい。レイは、薄く笑って手紙で顔を仰ぐシーナと、どこか遠くを眺めるルックを交互に見つめた。
「ええと……どうする?」
困り果てたような、観念したような顔でレイがふたりに問う。ルックは何も答えず目をそらすと、小さく肩をすくめた。任せる、という意思表示らしい。そのまま視線を横にやると、シーナは溜め息と同時に大きく肩を落とした。
「あー……。しょうがねぇ。入るしかないんじゃない?」
「……そうだね」
とりあえず何か用事があるということだけは確かなのだ。話くらいは聞いてやろうとレイは心を決める。それがすべての間違いだったのだとのちに後悔することになるのだが、その時の3人はそこまで考えが及んでいなかった。
ぎいいいいいいい。
普段は手入れされていて軋むはずもないドアが、今日に限ってはなぜかやたらと大きな音を立てて軋む。森深い中に長いこと忘れ去られた廃屋のドアでも開けている気分だ。
ドアが開ききると、急にしんと静まり返る。広間の中に人の姿はなかった。軍主と軍師からの呼び出しであるのだから、たくさんの軍の人間が集まっているのだろうと想定していたレイは首を傾げる。だが、少なくとも差出人であるユウキはここにいるはずだ。
「あのどなたかいらっしゃいますか? ……呼ばれて来たんですけど……」
レイがおそるおそる中に向かって声をかけると、奥の柱の陰から突然ナナミが飛び出してきた。
「あーっ、来た! 3人とも一緒? よかったぁ、ちょうどいいねっ。ほら、ぼーっとしてないで、入って入って」
いきなりの大音量にびくっと体を震わせた3人は、わずかに間をおいて顔を見合わせた。文面にあったのは2人だけだが、この雰囲気は主導権がナナミにあることを思わせる。レイとルックはこの瞬間に、絶対に面倒な話だと確信した。いや、ナナミが悪いわけではない。どこにいても明るく雰囲気を和らげてくれるとてもいいムードメーカーだと思う。しかし、このはしゃぎようを見ていると、先程のふざけた文面と絡み合って、ろくでもないことを言いだされるのではと思わざるを得ない。
導かれるままに大広間に入ると、ナナミが駆け込んだ先には4人の姿があった。ナナミにシュウ、アップル、そしてユウキだ。戦のさなかだというのに、やけに全員すっきりした顔をしているのが余計に不安を掻き立てる。試しにシーナがアップルに向けて手を振ってみると、どうしたことかにっこりと笑顔が返ってきた。それに対してシーナは舞い上がっていたようだが、普段のアップルの切り捨てた上に塩をかけるような辛辣な反応を知っているレイとルックは更なる不安を覚える。
そこへ、シュウがこほんとひとつ咳払いをする。ぴたりと全員が動きを止め、そちらに目をやった。
「……さて。関係者が集まったところで、作戦会議とまいりましょうか」
「さ……さくせ……。それは、いったい何の作戦ですか」
思わず絶句しかけたレイは、体勢を立て直してシュウに問う。が、シュウはまったく聞く耳を持っていないのか、つんと広間の奥に視線をやった。
それに少なからずぎょっとしたのはルックだ。レイは先の戦争の英雄であり、バイオスフィア城においては重要な客人という立ち位置である。その言葉を受け流すというのだから、ただごとではない。だが同時に、一番長く同盟軍に留まっているルックは、ここの連中が意外にお祭り騒ぎ好きだということを知っている。城の中で妙な催し物を定期的に開催している連中なのだ。つまり、これは寸劇の一部だ。明らかに茶番に巻き込まれかけている。
「レイ、これ以上」
ここにいるとよくない、と言おうとしたルックを、シュウが大袈裟な仕草で片手を広げて遮った。
「それでは皆さん、こちらへ」
じろりとルックが睨みつけるのも完全に無視してくるりと踵を返し、シュウは歩き出した。向かっているのは大広間のさらに端だ。そこには、あるはずのない衝立が四角く空間を区切っているのが見える。姉弟コンビに前後を固められて逃げ出すことも出来ず、しぶしぶ3人もその空間に入らされた。
そこは、やけに妙な空間だった。おかしい。見たことのない、天板が木製で脚に金属が使われたテーブル、金属製のフレームにクッションのようなものが付いた椅子、奥には艶のある白い板の看板。明らかにおかしい。異国の品物のようであるが、違和感が酷い。
「じゃあ皆さん、座ってくださーい」
全く何の疑問も持っていないのか、ユウキが明るく3人に席を勧める。テーブルの周りにある椅子は全部で6つ。もはや混乱のあまり反論すらできない3人は、言われるままの席に座った。レイとルックとシーナが並んで座り、その正面にユウキとナナミとアップルが座る。そして、白い看板……いわゆるホワイトボードを背にしてシュウが立った。
「さっさと決めてしまいましょうか。まずはイメージですが」
シュウが切り出すと、ナナミが元気よく手を挙げた。
「はいっ! そのまんまで大丈夫じゃないのかなぁ。と、思います! 元がキャラクター立ってるし、変に作ることはないと思うけど」
「そうね。今のキャラのままで大丈夫じゃないかしら」
「流行だしね~」
……イメージ? キャラ? 3人は疑問符を頭の上にずらずらと並べた。そんな3人の様子をまったく気にせず、前のめりに会話は続く。
「では、対象は」
「女の子!! 絶対女の子受けするもん!」
「若い女性ももちろんですが、ちょっと年上の女性を主なターゲットにしたほうがいいと思います。購買力からすれば、そちらのほうが理に適っているかと」
「あ、うんうん、それそれ。で、あとはそっち系の男の子もターゲットに入れない?」
「……ナナミ、それ、マニアックすぎるんじゃ」
「いいのよ、今はそっちの方が受けるわよ」
……ターゲット? マニアック?
「じゃあそれで決まりだな。あとはなんだ、……ああ、名前が必要だな」
「うーん……」
「流行からすると、横文字がいいんじゃないでしょうか」
「でも猫も杓子も横文字の時代だと、かえって四字熟語とかのほうがカッコいいかもよ?」
「なるほど……」
「けど、流行のものってことは受け入れやすいっていうのもあるよね」
……名前?
「たとえばだが、コンセプト、キャッチフレーズから決めていく方法もある」
「キャッチフレーズかぁ……。イメージを一言で表すもの……。なかなか難しいなあ。そうだ、『少年たちの甘美な誘惑』とかいうのはどう?」
「ターゲットだけ考えるならそれもありかと思うけど、万人受けは……どうかしら」
「たしかに狙いすぎな気はする。最初からマニアを狙うのもたしかに手ではあると思うけど、ほら、表向きは普通なのに、よく見たら実はマニアの心をくすぐる……っていう方が、マニアの人たちって燃えるんじゃないかな」
「ユウキ、なかなか鋭いじゃない」
……キャッチフレーズ?
いよいよ訳が分からなくなってきた。3人を呼び出して始まったはずの会議のようなものは、最初から3人を入れないままで勝手に進んでいる。
「あ、あのっ!!」
こらえきれず、レイがばっと立ち上がる。熱の入った議論を交わしていた4人は、そこにレイがいたことに初めて気が付いたかのようにきょとんとレイを見つめる。思わず自分がおかしいのだろうかとたじろぎかけたレイだが、そんなはずはない。ふうっと息を吐いて、ぴんと背を伸ばした。
「熱心な話し合いをしているのはわかったんだけど、説明が欲しいな。……これ……一体、何が始まろうとしてるわけ……?」
抗議のつもりで声を発したレイだが、ユウキがあまりにも純粋な瞳で不思議そうに見つめ返してくるので、つい語尾が弱くなってしまう。
「あれ? 僕説明してませんでした?」
「さあ。ユウキ殿が説明したものだとばかり思っておりましたが」
いや、聞いてません。というかさっき何の作戦だと聞いた時に思いっきり無視したじゃないか、とレイは思わず心の中で突っ込む。それが通じたらしい、ルックが隣でうんうんと頷いている。
するとユウキが、満面の笑みで両手を広げた。
「ええとですねえ。お三方には、」
とても楽しそうに。
「アイドルになってもらいますっ★」
無邪気な星印が見える。ああ、さっきの文面は本当にユウキのものなんだな、とレイは遠のきそうな意識の中で納得した。なにが純粋な瞳だ。とんだ狸ではないか。
シーナはユウキの言葉の意味が理解できなかったようで、きゃっきゃとはしゃぐ正面の3人を眺めている。救いを求めて隣を見るが、レイとルックはぐったりと机に突っ伏していて、とても助けてもらえる状態ではない。
が、そんなことはどうでもいいらしい。ユウキとナナミはにこにこと顔を見合わせて手を取り合い、
「レイさんたちだったら絶対売れるもんねー」
「そうそう。世界牛耳れるよねー」
などと勝手なことを言っている。アップルも笑顔で拳を握った。
「これで我が軍の金策はバッチリですよね。私たちも全面バックアップしますので、安心してアイドルになってください!」
だが言われた方はたまったものではない。追い打ちのようなアップルの言葉に、レイは混乱のあまり貧血を起こしかけ、ルックは完全に思考を停止させ、シーナは目を見開いたまま固まっている。3人の頭の中には、思い出が走馬灯のように巡ってさえいた。
とどめはシュウのきっぱりした声だ。
「まあ、プライベートもプライバシーもあったものではなくなるでしょうが。我が軍のためです。頑張っていただきたいと思います。つきましては、明日から歌のレッスンとダンスのレッスンを始めていただきます」
具体的な話になりかけたところで、ようやくレイが我に返る。
「ちょ……っ。待ってよ、こっちの事情も聞かないで、いきなりそんなことを言われても……っ」
ルックもがたんと勢いよく立ち上がる。
「そうだよ。なんで僕がそんなことしなきゃなんないのさっ」
シーナも音を立てて椅子を蹴る。
「プライベートなしってどういうこと!? それって自由時間もないってわけじゃねえよな!?」
3人が各々シュウに詰め寄るが、シュウは眉一つ動かさない。
「落ち着いていただきたい。……聞いていらっしゃらなかったかもしれませんが、これは決定事項です。今申し上げた通り、あなた方にはアイドルという名が付いた作戦に従っていただきます。あくまで、軍としての作戦です。自由時間はほぼ皆無になるかと思われますが、最大限の考慮は致します。他に質問は?」
あまりにも「当然です」という態度できっぱりと言い返されて、思わず言葉に詰まる。いったいこれが軍にとってなんの作戦になるというのだろう。そういえばアップルが金策、と零していたような。つまりどういうことだ? まともに考えようとして、相手に隙を与えてしまった。それがまずかった。
「沈黙は肯定とみなします。それでは契約成立で。書類は後程整えましょう。アップル、歌とダンスの指導担当に至急連絡を」
「はい」
指示されたアップルはにっこり笑うと、あっという間に大広間を出て行った。
「え……だからっ、ここ……っ。戦争中じゃないの!?」
レイが常識人なら当然であろう疑問を投げかける。が、それはナナミがさらりと。
「え? だってレイさんはここに来ても本読んでるだけだし、ルックくんは石板の前で突っ立ってるだけだし、シーナさんも女の子に声かけてるだけでしょ? 3人とも暇そうだからいいじゃない」
「暇……っ」
暇のひとことで済まされてしまった。しかし、片っ端から本を読みながら「僕って暇人かなぁ」と思っていたり、石板の前で「暇だな……」と思っていたりしたレイとルックに返す言葉はない。シーナに到っては反論も何も事実を伝えられただけだ。慌てて3人はそれを拒否する言葉を探したが、こういうときに限って上手い言い訳が出てこない。
「あー……えぇっと、ほら、僕、家でグレミオが心配するし。あんまり長い間、家を空けるわけにいかないかなーって」
「お、オレだってさ、あの、一応共和国大統領の息子じゃん? 第一修行中の身だからさー」
「僕も石板を守る仕事を言い付かってるんだ。石板が大切なものだってのは君たちにもわかってるだろ?」
しどろもどろになりながら何とか搾り出した言い訳だったが、シュウはまた涼しい顔で、こほんと咳払いをした。
「それでは、こちらをどうぞ」
言うと、なにやら紙を取り出して、掲げる。
ファンクラブ会員番号1番 グレミオ
がつんっ。レイが机に頭をぶつける。
「先ほど使者を出してお伺いを立てましたところ、涙ながらに大変喜んでおられたそうですよ。早速応援用のはっぴとうちわを作り始められたとのことです。ちなみに、ファンクラブの名称は追って打ち合わせしましょう。……続きまして」
シーナとルックが逃げ腰になる。
やれ。 父より
力強い字。思わずシーナはしゃがみこんだ。
「放蕩息子が人の役に立つということは父として大変喜ばしい、とおっしゃっていた。母君も同意見だそうだ。聞いてるか?」
問われるが、既にシーナの目は窓の外、どこか遠くを見ている。
「では続いて」
「ぼっ……僕用事があるから、帰るよっ」
とても珍しい、ルックの焦った声。が、ものともせずシュウはぴらりと1枚の紙を差し出した。
断りませんよね? あなたの師匠より……
眩暈がして、思わずレイにすがりつく。
「そういうわけです。まずは事務所を作らなければなりません」
「あ、はーい。大急ぎでセッティングするね!」
それはあっという間の出来事だった。案内された小さな部屋には、ソファとローテーブルがあり、観葉植物が並べられた先には事務机が並んでいる。その奥にあるドアを開けると、優しい色使いの壁紙の部屋に続いていて、キッチンにダイニングテーブルひと揃えがある生活空間になっていた。さらにその向こうはドアが3つあり、おそるおそる開けて確認すれば、そこにはしっかり荷物が運び込まれていた。恐ろしいと思ったのは、今まで住んでいた部屋とまるきり同じ配置になっていたことだ。それどころか、ちょっと立ち寄っただけだったはずのレイの部屋まできちんと整っている。
「グっ、グレミオ~~~~~……」
思わずレイは部屋の前にへたり込む。レイがグレッグミンスターの自室に置いていた私物まであるということは、間違いなく用意したのはグレミオだ。とすれば、先程シュウが見せた手紙、アレは本物だということになる。それ以前に、レイがグレミオの直筆を見間違うはずもないのだが。
「……あははー……どーしよーかぁ……」
シーナが間延びした声をあげた。自由時間がない、すなわちナンパに出る時間もないということで、すっかり落ち込んでいるようだ。これでは自宅にいた時よりも厳しい拘束のようではないか。
レイはそれに力なく頷いてみせた。いや、それくらいしか反応が返せない。一応レイにも様々な経験がある。それをもとに良いことから悪いことまで、ある程度想定をして話を聞きに行ったはずなのに、実際耳にしたのはそれをはるかに上回る衝撃だった。正直、この瞬間も夢ではないかと思っている。というより、そうであってほしい。
「そうだ! もうさ、このまま3人で逃げちゃおうぜ? 今ならギリ間に合うって!」
「逃げる……?」
「そ! これ以上オオゴトになっちゃったら、逃げ出せなくなるからさ」
「そうだね……それはありだよね……」
夜逃げ、とか駆け落ち、とかいう言葉が脳裏をかすめたが、今は形式にこだわってる場合ではない。いっそそれもいいかと一瞬考える。が、レイは力なく首を振った。
「けど……ユウキに頼まれちゃったんだよ……」
事務所の設営のためにいったん解散となったあと、やはり断ろうとレイはユウキを掴まえた。しかし逆に「お願いします! 助けてください!」と涙を浮かべて訴えられ、思わず頷いてしまったのだ。それを反故にしてもいいものかと悩んでいるようだ。
シーナは抗議の声をあげる。
「ええええええ? レイ~っ、オレとユウキとどっちが大切なんだよー」
「何言ってんだよ。比べられる対象じゃないだろ。ユウキは同盟軍そのものでもあるんだから」
「だけど~」
……そこに、大きな溜め息がひとつ。レイとシーナがそちらを見ると、いつになく呆然とした表情でうつむくルックの姿があった。
「ルック?」
「……無理だよ」
「え?」
「逃げるなんて不可能だ、って言ってるんだよ」
青ざめて弱弱しい声を出すルックに、ふたりは首を傾げる。ルックはその視線を受け、ほんの少し目をあげた。
「そりゃあね。あの過保護男や厳しい親からだったら、その気になって逃げようと思えば逃げられるだろうね。苦労はするけど。……でも、気付いてる? レイもシーナも、僕に宛てたあの手紙の主から、目をつけられちゃってるってことだよ……?」
「「あっ」」
ハモって、絶句する。
ふたりの脳裏に、神々しい光景が浮かぶ。いつも、要所要所で現れて、運命を導く女性。それはどこにでも、光と共に現れて……。そうだ、物理的な距離など関係がない。どんな場所に逃げたとしても、気付けば目の前にいました、なんてことが簡単にできてしまうのだ。しかも、どんな偉い人物でも平気で見下す態度を取るルックを顎でこき使っている人であるのだから、その性格も窺い知れるというもので。
「ふ……袋の中の鼠……とかいうやつ……?」
「そう。しかも、窮鼠猫を噛むってワケにもいかない」
ずーん、と重い空気。これはもしや、最後の望みも絶たれたということか……?
3人が静まり返ったところで、ばたーんと廊下に通じるドアが元気よく開いた。
「やっほー。ナナミちゃん登場!」
いつも以上に明るいナナミが勢いよく飛び込んでくる。対照的に暗く淀んだ雰囲気の3人は、のろのろと一番手前の部屋に戻った。
「ナナミ……」
声をかけようとすると、ナナミは得意げにチッチッチッと指を横に振って見せる。
「やあねー。私のことは、マネージャって呼んでくれなきゃ!」
「「「は?」」」
「うーん、息も揃ってばっちりだね! あ、ええっとねえ、座って」
勢いに押されて、3人は仕方なく指示されたソファに座る。ナナミは腕を組んでそれ眺め、満足そうに頷いた。
「あの……さ。マネージャって?」
おそるおそるレイが訊ねると、ナナミは「ああ」と嬉しそうに笑う。
「このたび、私ナナミは、アトリビュートのマネージャに正式採用されましたー」
「……ちょっと待った……なにそれ、アトリ……」
「え、だから、3人のグループ名」
3人の眩暈に、今度は寒気も加わった。いつの間にそんな重要なことが決まってしまったのか。3人は巻き込まれた中心にありながら、完全に蚊帳の外の様相を呈している。
「一応この部屋が事務所ってことになるのね。で、ファンが暴走したときの混乱を避けるために、そっちにある奥の部屋で暮らしてもらうことになったから」
「……それは想像つきました」
「そう? で、事務所のスタッフは、マネージャの私でしょ。社長のシュウさんでしょ。経理と事務担当のアップルちゃんに、アルバイトのユウキと、あとは契約スタッフね」
「軍主がアルバイト扱い?」
「うん! だってユウキは、リーダーもやらなきゃいけないでしょ。だから、兼任でね」
それなら正軍師が社長をやっていてもいいのか、と思ったが、もはや突っ込む気力さえ残っていなかった。そもそも、これは軍のための金策だからなどと説得されたが、こんな事務所を城の中に作ってしまう予算があるのだから、そんなに金策に困ってはいないのではなかろうか。
「それで、デビューは来月に決まったから! 一緒に頑張っていこうね!!」
もう何を言ったらいいのやら。3人は、引きずられるように弱々しく頷いた。
「きっとすごいよー。デビューの話が噂になったら、すぐにファンつくからね。女の子にモテモテだよー」
「えっ!?」
それを聞いた途端、シーナの目が生き生きとする。レイとルックは深い深い溜め息をついた。既に逃げ場はどこにもないようだ。
「……僕たち……つまりあれですか? 保護者からこの軍に売られたってワケ?」
「というか……誰かの趣味じゃないのかな……。そんな気がするよ……」
「……誰か助けてくれないかな……」
「誰かって……誰?」
「さあ……」
こうしている間にも、刻一刻とデビューへの時間は過ぎていく。レイがずるずるとソファに沈み込んでいくのから目をそらし、ルックは天井を眺めた。
なお、デビュー作は異例のヒットを飛ばすのだが……それはまた次のお話で。
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