高原 風音

ふんわりいちゃ甘な創作BL小説をメインで活動しています!
基本的にはハピエン厨というより、ハッピーに始まりハッピーに進んでハッピーに終わる、一言で言うと“始終ハッピー主義”。
主にPixivで作品を発表しており、こちらには順次再掲を行っております。現在執筆中のシリーズは3人組のゆるふわいちゃあまラブ『僕+君→Waltz!』(R-18あり)。完結済みのシリーズには、自由奔放な少年がハッピーエンドを迎えるまでのお話『初恋みたいなキスをして』(R-18)があります。
そのほか、ちまちまと短編BLを書いたりしています。
また、ここでは紹介しませんが、ファンタジー?ふうのシリーズ『碧色の軌跡』(完結済み・恋愛要素なし)やオリジナル短編などもあったりしますので、興味がありましたらぜひ。
二次創作もぼちぼちやっております。

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投稿日:2024年06月17日 23:15    文字数:22,660

56こ目;あれこれしないと出られない例の部屋

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1周年記念は、なんでだかファンタジー。
タイトルそのままのおふざけ回です。
安心してください、犯人は作者なので、危険な目には遭いません!
(そしてふざけているのも作者だけなのでいつも通りの3人です)

【おしらせ】
このお話をもちまして、毎週金曜日更新を終了致します。(※)
理由はただひとつ、そもそも週1で1本新作を書く能力が自分にないからです…。もとから定期的に更新するつもりもなかったですし。
今後は不定期更新で、月に1~2回なのかもっと多いのか、気ままな頻度になるかと。
内容も、長いこともあれば、びっくりするほど短い話になることもあるかと思います。
どうぞお付き合いのほど、よろしくお願い致します。
なお進捗・更新につきましてはX(旧Twitter: https://x.com/kazane_takahara )でお知らせします。

↑初公開時キャプション↑
2022/06/17初公開
https://pictbland.net/users/series/kazanet-tk/%E5%83%95%EF%BC%8B%E5%90%9B%E2%86%92Waltz%EF%BC%81
(※:2年前は金曜の定期更新でした。再掲ではほぼ月曜日になっています)
1 / 1

 最初に目を覚ましたのは蒼生だった。ぼんやりと開けた目に、冬矢の寝顔が大きく映る。ふと気付けば、その腕にはしっかりと自分の腕が巻き付いていた。道理で顔が近いはずだ。そしてそれとは違う腕が、体の上、腰を抱くように乗っかっていて暖かい。深呼吸すると、慣れたにおい。安心して、蒼生は目を閉じる。が。
 一瞬見えた部屋の景色が違う気がして、ぱっと目を開ける。天井に埋め込まれた星形の電灯が、柔らかなオレンジに光っていた。
「…………?」
 顔が動く範囲であたりを確認すると、薄暗いのでよく見えないが、ゆがんだ形のタンスや大きな椅子があるようだ。カーテンのない大きな窓もあるものの、電源を落としたテレビのように真っ黒だった。明らかに自分の家の寝室ではない。
 ごそごそと蒼生が動いているのに気が付いたのか、健太がのっそりと体を起こす。
「んー……もう朝?」
 蒼生も健太に縋って起き上がる。
「ねえ、健ちゃん、ここ、どこ?」
「え?」
 その会話に、冬矢ががばっと飛び起きた。一度視線を巡らせると、勢いよく絡め取るように蒼生を抱き締める。それから、改めて周囲を注意深く眺めた。
「……どういうことだ?」
 健太もその言葉にはっとして片膝を立て、蒼生を後ろに庇うように体勢を変える。
 それを見ていたかのように、頭上の電気がじわりと明るくなっていく。蒼生がそれを見つめ、健太と冬矢があたりを警戒する。完全に明るくなってしまうと、部屋の様子がよく見えた。オレンジ色のタンス、緑のクロスがかかったテーブル、テーブルに対してずいぶん大きな椅子が2つ、後は3人が寝ていたベッドだけだ。壁を見ると、星模様の壁紙に囲まれて、ドアが1つと窓が2つ。窓の向こうには青い空と草原がどこまでも広がる。
「誘拐……?」
 ぽつんと蒼生が呟く。冬矢は部屋の様子を窺いながら首を傾げた。
「3人いて、全員が気付かないまま攫われるなんてありえるのかな。男3人を短時間で運ぶとしたら人数が必要だと思うし。何らかの薬でも盛られたとしたら可能性はあるのかもしれないけれど、昨夜は夕飯もバラバラだったし、そこから誰にも会わないまま普通に3人でベッドに入っただろう?」
「じゃ、これなんだ?」
「わからない」
 そうだろうな、と蒼生は静かに頷く。奇妙な事態ではあったが、不思議と蒼生に恐怖心はなかった。健太と冬矢がいるからだろうか。よくわからないが、とにかく、「大丈夫」という自信があった。そんなふうにひとり落ち着いていたせいか、蒼生は自分の服装に目が行く。
「服も違う」
 寝た時には何の変哲もないパジャマを着ていたはずだ。だが今は青い線が胸元に走るポロシャツを着ている。
「へ? あ、ホントだ。……あれ? その胸元の鳥のワッペン……。あ! ちっちゃい頃よく蒼生が着てたやつじゃん!」
「そうだっけ……?」
「そうだよ、その鳥を変だ変だって騒いだ奴がいて、バカ言え可愛いじゃん! ってそいつとオレがケンカになったやつ」
「! あー、うん、わかった。あれだ。……でもサイズは今の僕のサイズだね」
「子供服だったはずなのになー。てか、オレもジャケット着てんな。明らかに寝にくいじゃん」
「そんなの持ってたっけ」
「んー。オレのじゃないと思う。でもどっかで見覚えが……しかもつい最近……。っあ、思い出した、さっき蒼生たちが帰ってくるまで暇だったから見てたドラマ、あれの主演俳優が着てたのと一緒だ」
「なんで?」
「なんでだろ?」
 健太と蒼生が顔を見合わせて首を傾げる。まったく意味が分からない。
 そういえば、と蒼生は自分を抱き締める腕を見つめ、まだ緊張感を保ったままの冬矢を見上げた。
「冬矢はパーカーだねえ。パステルブルー着てるの初めて見た」
「……似合わないだろ? だから家着にしてた。それこそ昔の話だけどな」
「そう? 似合わないとは思わないなあ。今までのイメージがあるから意外な感じはするけど、そこもドキッとしちゃう。ギャップってやつ? 爽やかで、柔らかい雰囲気がいいね。なんか可愛い。あと、ちょっと幼い感じもして、僕は好き」
「…………。ありがとう」
「昔はこういうの着てたりしたんだ。あー、やっぱり冬矢の小さい頃の写真も見てみたいな。絶対かっこよくて可愛いもん。ね、健ちゃん」
「なんでオレに振るかな。……まあ、美少年だったんだろうし、見てみたい気はするかもな」
「中2で出会っているんだから、そんなに変わらないだろ」
 蒼生は、冬矢の腕が少し優しくなったのを感じる。表情もどこか幼く、警戒というよりはぼんやりどこかを眺めるような眼差しになっていた。自分が幼いと言ったから、それに引っ張られたのだろうか。蒼生はその変化を不思議に思うが、思いがけない可愛い顔に和んでしまって、愛しさのほうが勝ってしまう。
「ふふ。帰ったら見せてね」
「……帰ったら、か。そうだな。うん。すぐに見せられるようなものがあるか聞いてみるよ。……それにはまず、ここから出なくちゃな」
 目を細めて冬矢が蒼生の髪を撫でる。蒼生はくすぐったそうにして、嬉しげに頷いた。その蒼生の笑顔を見て、健太も勇気が湧く。
「ん。とにかく、出口を探すか」
「降りても大丈夫そうかな」
「さあな。ただ、これだけ時間あっても、電気が点いただけで何のコンタクトもねえんだし、こっちが動くしかないってことじゃねえの?」
 そろり、と健太は足を下ろす。靴下越しの床はフローリングだったが、冷たさは感じない。ご丁寧にスリッパが用意してあるので試しに足を入れてみる。なぜかそれは履き慣れた感じがした。
「よし。とりあえずベッド降りたら即足首持ってかれるとか、そういうホラーゲームみたいなことはなさそうだな」
 こともなげな健太の言葉に、蒼生がぴっとすくみあがる。
「そ、そんなこと考えたのぉ!? じゃ降りちゃダメじゃん!」
「蒼生がそんな目にあったら大変だろ」
「健ちゃんでもダメ!!」
 慌てて健太に飛びつこうとする蒼生に、健太はふっと笑う。そしてその体をすっと抱き上げると、静かにベッドからおろした。
「びっくりさせてごめんな。一緒に出口さがそ」
「……うん」
 納得のいっていない様子の蒼生だが、健太がなだめるようにぎゅっと抱き締めたので、なんとか飲み込んでもらえたらしい。
 そこから3人は、スリッパを履いて部屋の中をあちこち見て回った。やはり蒼生と冬矢も慣れた感じがしたらしく、首を捻っていた。しかしそれ以外に見知ったものは何もない。ドアだと思ったものはただの枠のついた飾りで、ノブはどこにもなく、押しても引いても何の手ごたえもなかった。ベッドの下には何もない。タンスの中身も空っぽだ。布団をどかしても、椅子をひっくり返しても、窓を叩いても何も変わらない。そもそも窓ははめ殺しだ。
「見事になんもねえな」
「これ、窓、さっきからおかしいと思ってたんだよね……」
「何が?」
「僕が目を覚ました時には真っ黒だったのに、電気が点くと同時にぱっとこの景色になったの。もしかして、映像なんじゃないかな」
「言われてみればそれっぽいね」
 試しにしばらく見てみたが、たしかにまったく動きがない。草が揺れる様子もなかった。ここにも何もなさそうだ。
 部屋を一通り調べ尽くしても、あまりにも何もないし何も起こらない。そのせいか、次第に緊張感も薄れてきた。少しくらい離れても大丈夫だろうし、時間がもったいないということになり、3人はバラバラにあちこちを探し回る。それでも何もない。最終的に健太はふらりとドアらしきものの前に立った。
「やっぱさ、一番ここが怪しいんじゃねえか」
 窓と壁に隙間がないか見ていた蒼生と、タンスの裏を覗いていた冬矢がぱっとそちらを見る。そして、腕組みをしてドアっぽいものを睨みつけている健太のもとに、どちらからともなく集まった。
「だってさ、これだけ偽物じゃん。のわりには、これが付いてるし」
「蝶番な」
「それ。つまり開く気があるってことだろ。何かをすればそれがきっかけになって開くんじゃねえかな」
「なんだか脱出ゲームみたいだね」
「もしかするとそのものなのかもな」
「ゲームだったら、これ?」
 蒼生がすっと指をさしたのは、その脇に貼ってある白い紙だ。何も書かれていないのに、きっちりとピンで横長の形に留められている。
「あっためたら文字が出るとかそういうことはないかな」
 言いながら、伸ばした指でそのまま紙に触れてみる。
「いたっ」
「蒼生っ!?」
「……あ、ごめん、ちょっとぴりっとしてびっくりしただけ。静電気かな……ん?」
 目を見張った蒼生に、ふたりもつられて紙を見る。そこには、ぼやっと文字が浮かんできていた。明らかに下の段に、
『しないと出られない部屋』
 と。
「あー、そっちか~~~~~」
 綺麗に蒼生と健太がハモる。
「完全にファンタジーのやつじゃねえか……」
「うわー……」
 事態を把握したらしいふたりに、冬矢が怪訝な顔をする。
「そっち、ってどういうこと? 脱出ゲームというわけじゃないのか?」
「んー。だからぁ。そういう類いで間違いじゃねえんだけどさ、なんて言ったらいいかな~。この文言、漫画とかで見たことねえか?」
「生憎、出会ったことがないな」
「じゃあわかんないか。えっとー、脱出ゲームだと、謎を解くと出られるだろ。こういうのの場合は書かれた内容に従って行動するのが、その“謎を解く”ってのにあたるわけだ。んで、ちなみに、こういうのに出されるお題っつーのが、……まあ、その、なあ……」
「なるほど、察した」
「早ぇな」
 そんなやりとりをしていると、その紙の上にまた文字が浮かんできた。今度は、じりじりと音を立てて線が引かれていく。
「なんだ? 漢字の1? いや……2?」
「隣は、カタカナのノ……まだ続きがあるみたい」
「二に縦線……って、あー、はいはい。キ、になるのな」
 いちいち読み上げるのも面倒になってきた。途中から完全に読めてしまったので、最後の線が引かれても驚きはしない。先程の文字と合わせれば、
『キスしないと出られない部屋』
 健太が深く息を吐く。
「いや、まどろっこしいわ! どこのクイズ番組だよ! この演出いる?」
「じゃ、蒼生」
「はーい」
 笑った蒼生に、冬矢が軽く口づける。
 驚いたのは健太だ。
 がちゃり。
 慌てて振り向くと、蒼生と冬矢を引き剥がす。
「冬矢、おまえ、だから理解早すぎだっての!」
「あ、なんか開いたみたい」
「蒼生! オレ! も!!」
「だから開い……むぐ」

 開いたドアは、内側にだけノブがついていた。それを引いて閉じると、ドアはそれきりまたただの壁の飾りになってしまった。
 その部屋は、小さいが明るい部屋だった。小さなベッドと勉強机がひとつにタンスがひとつ、壁にはクローゼットの扉と窓と、ベッドの上に可愛らしいカレンダーが飾ってある。ドアは入って来たところだけだ。
「また部屋?」
「何かしなきゃいけないのかな」
 全員の目がそこに行く。やはりドアの横には紙があって、今度は『しないと出られない部屋』が既に書き込まれている。
「とにかく、いったん部屋を調べてみよう。さっきの答えがこれだからといって、他に何かないとも言い切れないからな」
「なるほどな。引っかけかもしれねえもんな!」
 今のところはっきりとした悪意を感じ取れないせいか、健太はすっかり娯楽気分になっているようだ。蒼生もどちらかというとそちら寄りのようで、ずかずかと勉強机に歩み寄る健太の後ろをぱたぱたとついていく。冬矢は小さく息を吐いた。これは流れに乗るしかないのかもしれない。
 部屋の中の捜索はすぐに終わった。案の定、どこもかしこも空っぽだったからだ。もしかしてとめくって見てみたカレンダーも、月日はあるが曜日がないただのインテリアのようだ。
 健太は拍子抜けしたように、学習机にきちんとセットされていた子供向けの椅子をひいて座る。見上げる角度に、教科書をしまう本棚やデスクライト。
「なんか懐かしいな。実家の机、こんなんだったよなー。ほとんど細かいおもちゃで埋め尽くされてたけどさ」
 蒼生は、部屋の中央に置かれたラグに座り込み、ローテーブルに肘をつく。
「こうちゃんとみどりちゃんはそういうのだったけど、僕はずっと折り畳みのテーブルだったからなあ」
「そうだっけ」
「覚えてない? 小学生の頃まではみどりちゃんと部屋一緒で、学習机を2つ置く余裕なかったでしょ。中学入ってひとりの部屋になった時には普通の机を買ってもらったから」
「あー……。そうだっけ。みど兄と一緒ん時の部屋ってほとんど入ったことないし」
「三男なんてそんなもんじゃないの」
 冬矢は先程とほぼ変わらない窓の景色を見つめながら、首を捻る。
「うちは定住しない生活だったせいか、最初からその選択肢はなかったようだな。蒼生と一緒で、途中で自分専用の机を持つようになった時には一般の事務机のほうが使い勝手良さそうだったから」
「そういや小学生の途中まであちこち転校してたっつってたもんな。……てことは、オレらに共通する思い出ってわけでもないんだから、部屋の内装自体に意味はねえのかな」
 なるほど、意味のない話を始めたわけでもなかったらしい。健太は健太なりに考えているんだなと感心して、冬矢はドアの脇に目をやった。
「結局、あの紙の指示を仰ぐしかないというわけか」
 そう言うと、ドアの元に歩み寄り、そっとその紙に触れた。ぴりりとした弱い刺激があり、先程と同様に、じわりと文字が浮き出てくる。
「んで、何しろって?」
「……『やりたいプレイ・NGプレイを告白しないと出られない部屋』だそうだ」
「ふーん。えっちの、ってこと?」
「そうなんじゃね?」
 動じる様子のない蒼生の姿を見つめ、健太は見えない相手に対して、残念だったな、と小さく笑う。大体こういう仕掛けを考える者は、出したお題にうろたえる反応が見たいのではないだろうか。だが、蒼生はこういう時、意外と豪胆だ。特に自分と冬矢がいる時には、何のてらいもなく受け止める。自分たちだって後ろめたいことはないのだから、取り乱す必要もないはずだ。誰の仕業か知らないが、思惑通りにはさせない。
 冬矢が肩をすくめてふたりを見た。
「さて、どうする」
「やりたいっていうのは、今までにしたことないって意味かな」
 答えることにまったく抵抗がないらしく、蒼生はさらりとそう言った。それならば、と元気に手を挙げたのは健太だ。
「はい! オレはねえ、今やってみたいのは、いわゆる拘束ってやつー。ほら、手だけとか足だけとかはしたことあるじゃん? それよりもう1ランク上げてさ、ガチで身動きできなくするみたいなの」
 冬矢が視線の温度を下げる。
「……へえ」
「ちょ、あの、怖、いや、だって、蒼生、蒼生はそういうの好きだよな!?」
「うん」
 にこにこと蒼生が頷くので、冬矢は困ったように腕を組んだ。
「蒼生がいいならいいんだけど。……ただ、気を付けなくちゃ駄目だよ。一歩間違ったら怪我をするかもしれないんだから」
「えっ、冬矢は一緒にしないの?」
 蒼生は無邪気に聞いてくる。すっかりこの場所には3人しかいないものと思っているようだ。あるいは、誰が聞いていてもかまわないと思っているのか。
 実を言えば、冬矢も健太の言うそれに興味がないわけではない。ただ、本当に拘束するとなると、蒼生が瞬時に逃げられない。蒼生の意志に反して自分が暴走したらどうなってしまうかわからないという恐怖が過る。
「そういうのは、蒼生を傷付けてしまいそうで、ちょっと怖いな」
「そっかぁ……。冬矢って器用だし、すごく上手にしてくれそうな気がするのに……」
「……俺がそういうことしたら、嬉しいの?」
「しなくても、どんなことでも嬉しいけど、……嬉しいと思う」
「なるほどね。そうか、不器用な健太だけじゃ不安だもんな」
 ぴょん、と健太と蒼生が同時に跳ねる。
「オレそこまで不器用じゃねえですけど!?」
「ぼ、僕もそういう意味で言ったんじゃないよ!?」
 ふっと冬矢は笑う。そうだった。暴走しても、健太がいる。止めてくれる存在があるのなら、少しくらい羽目を外してもいいのかもしれない。
「オレだけじゃやだ?」
「やなわけないでしょ」
「でもふたりがかりのが興奮すんだろ」
「う」
「素直さんめ……」
 冬矢は部屋の中央に歩み寄ると、健太との会話を遮るようにローテーブルの反対側に座って、蒼生の顔を覗き込む。
「じゃあ、その時には俺は少し何かを使ってみようかな」
 蒼生は目を見開いて、息を呑んだ。
「な、何かって?」
「それは……その時のお楽しみにしておいたほうがいいと思うよ」
「ひぇ……」
 そこに、明らかに視界の邪魔をされた健太がやってきて、蒼生の隣に座る。
「んじゃNGのほうは?」
「そうだなあ」
 蒼生が首を捻ると、冬矢がきっぱりと言い放つ。
「公共の場で事に及ぶこと。それから、無理矢理は駄目だ」
 それは何度も何度も言い聞かされた言葉だ。健太は大仰に頷く。
「知ってるー。耳にタコができるぐらい聞いたからな。あと、中出しもダメなんだろー」
「僕はいいのに……」
「そればっかりは、蒼生がよくても俺が駄目だ。……健太とふたりして内緒でしようとしても無駄だからね。こいつの口を割るくらい赤子の手を捻るようなものだから」
「おま……っ、何する気だよ……」
「さあ、どうしてやろうか。……蒼生がそれでも興味があるって言うなら、トロトロに甘やかして、挿入れてって泣いても絶対挿入しないで、もう言わないって言うまで待つのもありだな」
「えっ、……えぇー……」
 反応に困ったような蒼生に冬矢が笑う。
「……冗談はともかくとして。蒼生がつらくなるとわかっていることは絶対にできないよ。それでなくとも蒼生には無理をさせているんだから」
「まあな。それはその通りだ」
「うーん……。ふたりとも優しすぎるんだよなあ……。もちろん、すごく、嬉しいけど」
 たまにそれがもどかしくもある。優しい、とはつまり、我慢をしているのではないかと思うのだ。ふたりが蒼生を受け止めてくれるように、蒼生もふたりのすべてを受け止めたい。本当は、時々、めちゃくちゃになってしまいたい、と思うこともある。けれど優しいふたりに無理は言えず、踏みとどまってしまう。なんとか勇気を出して踏み込もうとしても、ふんわり抱き留められてしまう。しかもその優しさは無意識で、無理をしてそうしているわけではないらしい。だから逆に始末に負えない。蒼生は、なにか打開のヒントがないものかと、ぐっと身を乗り出した。
「じゃあ、健ちゃんのNGって?」
「ねえよ」
「へ?」
「ないのか」
「蒼生とシてやなことなんてあるわけねえじゃん。蒼生が嫌って言うこと以外はな」
 蒼生は頬杖をついて息を吐く。もっとさらけ出してくれればいいのだが、これがなかなか難しい。
 今度は健太がローテーブルに腕をついた。
「んで、蒼生はどうよ」
「僕? ……僕も基本的にはないんだけど……」
「けど?」
「……怖いのと、痛いのと、寂しいのは嫌かも」
 ふたりはすっと背筋を正す。はっとして蒼生は両手をぶんぶんと振った。
「あっ、でもね、さっきの話じゃないけど、ちょっと怖いとかちょっと痛いのは平気だと思うんだ。それって“面白い”ってことでもあるし。スリルとか、スパイス、っていうの? 楽しいのは好き。ホントに嫌なことって、ふたりは絶対しないってわかってるから。……だから、一番やなのは、寂しいこと……かも」
「うん」
「ん、わかった」
 ふたりは真面目な顔で頷く。入ってきたドアから、がちゃりと音が聞こえた。

 いったいどういう仕組みなのか、ドアの向こうはまた違う部屋だった。今度は壁に向かって机がふたつと間に本棚、逆側の壁際には二段ベッド。広さは少し狭くなったが、相変わらず窓は同じ景色を映している。
「調べるとこも減って来たなあ」
 奥の壁紙ばかりが見える本棚を眺めて健太が息を吐く。
「どうする? 一応いろいろ見てみる?」
「念のため見てみようか」
 とはいっても、見るところは机の引き出しくらいしかない。二段ベッドの布団を剥いでみたりマットレスを持ち上げてみたりしても、埃一つ見当たらなかった。
「何が目的なのかはっきりしないね」
 呆れたように冬矢が椅子に座る。机の上にはデスクマットが敷いてあったが、半透明のそこには何も挟まっていなかった。
「なんか、住宅展示場のモデルルームを渡り歩いてるような気がしてきた。あれ楽しいんだよなあ」
「あ、言われてみればそれっぽい。そういえば、どうしてだったか忘れたけど、ちっちゃい頃そういうとこで遊んだことあったよね」
「んー、と。誰かの友達んちが家買うって話じゃなかったっけか。付き合いで行って……なんかかくれんぼしたよな?」
「あ、そうそう。健ちゃん、押し入れに隠れて寝ちゃったよね。声掛けても出てこないから探すの大変だったよ」
「俺も一度母さんに連れられて行ったことがある。結局マンションからは出なかったから、見学だけになったけど。たしかに居住空間なのに住んでいる人の気配がない、不思議な空間だよね」
「うんうん。その系統で行くと、家具屋さんのディスプレイも好き」
「ああ、わかるよ」
 はあっと大きく息を吐いて、健太がベッドの下の段に飛び込んだ。
「……面白いよな。だから、こういう部屋の雰囲気は嫌いじゃねぇんだ。嫌いじゃねえけど、……そろそろ解放されたい」
「俺は蒼生とずっといられるなら、別にいいかと思ってきたところだ」
「えぇ……」
「そりゃ、オレだって蒼生といるなら別にどこだっていいんだけどさ。なんか、自分の自由にならない場所ってのがなんかすげぇ窮屈でやだ」
「健ちゃんなら、そっか。じゃあとっととお題こなさなくちゃ」
 健太は狭いところが苦手だ。それは部屋の狭い広いではなく、自分がどのくらい自由に動けるかの問題らしい。場所は動いても、結局ひとつの部屋の中にしかいない今の状況に閉塞感を感じるのだろう。もっとも、完全に安全な場所だとは限らないのだから、健太が疲れてきても当然かもしれない。
 ぽんと蒼生が例の紙に触れる。文字が浮いてくるのにも慣れてきた。
「今度は何だって?」
「えっと、『好きな体位を告白しないと出られない部屋』だって。これ、さっきと一緒でもいいのにねえ」
「そうだよね。要するに、これまでのことを聞かれているのかな」
「そんなん聞いてどうすんだろなぁ」
 全員が顔を見合わせて首を傾げる。
「こーいうのってお互いがそう思ってるんだーとか恋人にそんなこと言えない! とかなるのが醍醐味じゃねえのか?」
「だよね。そもそも、どういうかっこしたいからって始めることもあんまりないし……」
「その時したいように好きにしてるだけだもんな」
「ね。お互いバレてることも多いと思うし。健ちゃんは後ろからが好きだよね」
 健太は寝転がっていた体勢からひょい、と起き上がる。
「好きだねー。やっぱこの……綺麗な体の、こう、背中のラインが見えんの好き」
「よく言ってるやつだ」
「あ、あとアレ好き。脚の間に入るやつ。なんていうんだ、足がクロスするような」
「松葉崩しな」
「へー、そういう名前なんだ」
「それ、どこかで聞いたことある。そっか、いろんな名前がついてるんだね」
「四十八手ってよく聞くだろ」
「ああ、うん。いくつかは知ってるかも。古風な名前の」
「名前をつけるために無理矢理考えたような体位もあるし、調べてみると面白いよ」
 健太は思わずにんまりとした。話の内容はかなり俗っぽいが、まるで参考書を読み合うような穏やかなトーンの会話は、高校時代の勉強会を思い出す。そういえば最中にこんな話をしたことはあるが、ここまで落ち着いて話し合うのは初めてかもしれない。
「冬矢は? どんなのが一番好き?」
「そうだな……。おいで」
「? うん」
 呼ばれて、蒼生は素直に冬矢の元に歩み寄る。
「蒼生と触れあえるならどんな格好も好きだけど、一番好きなのは対面座位かな」
「どういうの?」
 冬矢は笑って腕を広げる。
「そのまま俺の上に座って」
「こう?」
 蒼生が向き合う体勢のまま、椅子に座った冬矢の上に座る。冬矢は、その腰をぐっと抱き締めた。
「……こういうの」
「! 僕も好きなやつだ」
「そうか。ふふ。近くで顔が見られるし、こうして抱き締めてあげられる」
「顔が見られるの、嬉しい」
 蒼生はぎゅっと冬矢の首にしがみついた。健太がなるほど、と頷く。
「そうだよな。蒼生って顔見えるのが好きだもんな」
 首だけ上げて、蒼生が笑う。
「うん。僕だって触れあえるだけで嬉しいけど、やっぱり顔は見たいよ。安心するし、かっこいい顔見てるの好きだし、目が合った時なんてもう最高に幸せ!」
「蒼生……」
 たまらず健太は立ち上がり、手を伸ばして蒼生の頬を撫でる。蒼生は嬉しそうにその手にすり寄った。さらりとした感触に、胸がぎゅっと締め付けられる。可愛い。どこまでも無防備な表情が可愛い。
「……あー、そのぉ、…………だから?」
「? なにが?」
「いや、ごめん、なんて言えばいいんかな。えっと、あのな。なんかで目にしたんだけど、その。受け入れる時、さ。同じ男相手に足開いて待つのって抵抗あるーって話聞いて、言われてみりゃなるほどなって。蒼生は、顔見るの好きだから平気だった?」
 蒼生はきょとんと健太を見上げる。
「忘れたの? 最初の時、僕を後ろから抱き締めて足広げさせてたの健ちゃんだよ。抵抗も何も」
「あっ」
「でも、そうだね。ちょっと恥ずかしかったけど、……大好きな人と繋がれることが嬉しくて嬉しくて、もうほんとにそれだけでいっぱいで、抵抗感とかそういうのなかったかも」
「そ、そっか」
 でれっとした顔を隠すようにそっぽを向いた健太を、蒼生は微笑ましく見つめる。冬矢も愛おしそうに蒼生の肩にそっと額を寄せた。
 かちゃ、と聞き慣れてきた音がした。

 次の部屋は、窓の大きな部屋だった。そのせいで広く見えるが、部屋自体は狭い。窓際に小さなベッド、横の壁には壁掛けのテレビ、さらに隣に全身がぎりぎり映る細い姿見、それらに向けられたソファ。反対側の壁は一面クローゼットだ。
「もう調べなくてもいっか」
 健太が指の節で例の紙をこんこん、と叩いて文字を呼び出す。
 曰く、『コスプレしないと出られない部屋』。
「いよいよおかしくなってきたな」
「わざわざ、ひとりでOKなんて注意書きがされてるね。今までこんなのなかったのに」
「……へえ」
 それだけではない、物の指定があるのも初めてだ。この部屋の中で何かが入っているとしたら、クローゼットしかないだろう。3人の足は自然にクローゼットに向かった。
 蛇腹になった扉を開けると、そこには衣装らしきものがハンガーにかかってずらりと端から端まで並んでいる。丈の短いもの、長いもの、短いがボリュームがあるもの、様々あるようだが。
「なんか、可愛いのばっかだな」
 ぽつ、と健太が呟く。
「…………」
「…………」
 そのまま黙り込むふたりに、蒼生がはーっと息を吐いた。
「で? 僕はどれを着ればいいの?」
「えっ?」
 驚いた顔で冬矢が振り向く。
「えっ?」
 驚かれたことに驚いて、ぱちくりと目を見開く。
「……いいの?」
「だって、需要と供給が落ち着く先ってそこでしょ。僕だって別に着たいわけじゃないけど、じゃあふたりが着るの見たいかっていうとそれもどうかなとか思うし」
 冬矢は少し考え込んでいるようだった。その表情を見て、蒼生はそんなに悩むことだろうかと首を傾げる。
「まさか冬矢、着たいのがある、とか?」
「それは出来れば遠慮したいところではあるんだけど……。かといって蒼生に着せたいわけでも……」
「? だけど誰かがやらなきゃダメなんだよね。健ちゃんは」
「蒼生に着せたい」
 クローゼットの中を見つめながらの食い気味の答えに、蒼生が笑う。
「でしょうね。そもそも僕だって似合うわけがないんだから、適当に好きなの選んで。でも、せめて突拍子もないやつはやめてね」
「ん、わかった」
 健太の目はやたら真剣だ。着せたいと言うんだろうなとは思っていたが、こんなに真面目に選別に入るとは。そこに冬矢が割り込む。
「……待て、俺も選ぶ」
「なんだよ、冬矢は蒼生に可愛いかっこさせたくないんだろ」
「そういう意味じゃない。というか、おまえだけに選ばせるのは危険だ」
 ふたりは協力体制に入ったようだ。内容はともかく、それ自体は嬉しい。ちらりとしか見てはいないが、どうせ自分が着たいものはないのだから、完全にふたりに任せることにして、蒼生は部屋を見渡した。
 窓の外の草原は、心なしか薄暗く、赤みを帯びているように見える。その枠は今までと違って開きそうな雰囲気があるが、覗き込んでも角度が変わらない。風の気配も感じないので、やはりただの画像なのだろう。ベッドはただシーツにくるまれたマットレスが直に床に置かれていて、隙間があるわけでもない。最後に調べたテレビは壁に取り付けられていたが、ケーブルの1本もなく、電源と思しきボタンも飾りのようだった。またもや何もなくて、ふたりが服を選ぶ間の暇つぶしにもならなかった。
 することがなくなって、ソファに座る。姿見の中に、健太と冬矢がごく近い位置で何かを話し合っているのが映っていた。
「……制服……」
「せっかくなら……スカート……」
「いや……」
「……ギリギリ……」
「見える……」
「見えない……」
 部屋が静かなので、ひそひそと交わされる不穏な会話が聞こえてきてしまう。ふたりがやけに時間をかけていることも少々不安だ。
「あの、ハードル低いやつでお願いします!」
 振り向いて声をかけると、一瞬だけ視線がやってきたが、またふたりでクローゼットに向き合う。その姿を見ると仲がよさそうに見えて大変喜ばしいのだが、状況が状況だけになんだかよくない方向に進みそうな気がしてしまう。その流れで選ぶ服を見たら思わず止めてしまいそうなので、あえて目をそらし、少し硬めのソファに座り直す。それから、何も映さない真っ暗な画面をぼんやりと眺めて気を静める。しかし、気にしないようにすると余計に後ろの声が気になる。
「……非日常……」
「いっそ……」
「でも……」
「さすがに……」
「……メイド……」
「……メイド……」
 ふたりの口から同じ単語が零れたのがはっきり聞こえた。ふたりはそこからもまたしばらくごそごそとやっていたが、急に静かになったと思うと、こちらに向き直る気配がする。
「蒼生さん」
 堅苦しい感じで呼ばれたので、蒼生は一度立ち上がると、ソファの背に向けて正座をした。
「はい」
「メイド服に決定しました」
「聞こえてました」
 意外に大人しいところに落ち着いたな、とほっとする蒼生だ。もしかすると誰かが見ているかもしれない部屋で、妙な格好をさせるのもいけないと思ってくれたのだろうか。
 健太と冬矢は、改めてクローゼットに手を伸ばし、……そこで蒼生はおやっと思う。意見が統一されたはずなのに、どうして違う場所に手を伸ばすのだろう。だが、その疑問はすぐに解決した。ふたりが手にしたのが、まったく違う衣装だったからだ。冬矢が取ったのは、長いスカートにふっくらした袖、控えめなリボンが愛らしいクラシカルなメイド衣装。対して健太が持っているのは、布地が極端に少ない明らかに目的が違うメイド服だ。しかもハンガーに掛けるほど布の量がないようで、全体イメージの写真が貼ってあるビニール袋の中に詰められている。
「……それ、服? ただの布じゃなくて?」
「ふーん。おまえには少々変態の気があると思っていたが……“少々”は余計だったみたいだな」
 健太はぎょっとして勢いよく首を振る。
「へ、変態とかっ……。や、その、絶対買わないじゃんこういうの! 希少価値だよ! これ着た蒼生にお仕置きと称してえっちなことしたい!」
「ひぇ……っ」
「蒼生は綺麗なんだからこういう清楚な衣装が似合うと思うんだが。第一、蒼生はおそらく与えられた仕事を完璧にこなすだろう。そんな蒼生にどう理屈を捏ねてお仕置きするつもりなんだろうな」
「えっ……それは……」
「雇用主が正当な理由なく労働者に罰を強要するというわけか」
「だーっ、うるせえ、とにかく、どっちを蒼生に着せるかジャンケンで決めるぞ!」
 話し合いで決めるのかと思いきや、勝負方法はそれらしい。蒼生が口を挟む隙もなく、無情にも勝負は一瞬で決まった。
「っしゃ!」
 グーに握った拳を、健太はそのまま突き上げる。ああ、と息を吐いたのは蒼生と冬矢同時だった。
「残念だ」
 手にした服を上から下へと眺める冬矢に向け、蒼生は身を乗り出した。
「あの……。もしあれだったら……戻ったら、着るよ? こういうの……」
 冬矢はハンガーをクローゼットに戻して首を振る。
「いや。せっかくなら、逆がいいかな」
「逆?」
「蒼生が主人で、俺はそれを公私にわたって支える執事になるんだ。昼は片腕として働き、夜はそれはもうめちゃくちゃに可愛がってあげる」
「……えっ、それ、もう衣装の話じゃないんじゃ……」
「おまえの妄想も大概だな」
「そうだな、おまえには庭の木の役でもくれてやる」
「人ですらねぇのかよ!」
「タイミングよく適当に揺れてろ」
「突然倒れて邪魔してやろうか」
「ふふふっ」
 言い争いを始めたふたりが、蒼生の笑い声にぴたりと止まる。蒼生はソファの背に埋まるようにして笑っていた。冬矢がそっと頭を撫でると、ふわっとした顔を見せる。
「ふたりといるとホントに楽しい。……これを着るのかーって思うと正直複雑な気分だけど、まあいいや。貸して」
 蒼生は健太からよくわからない袋がぶら下がったままのハンガーを受け取る。複雑という言葉を聞いて一瞬躊躇った健太だが、蒼生が着てくれると言うのだから、素直に喜んでいいのだろう。
「全部着替え終わってから、わー可愛いって言いたいから、着替えるとこ見ないでおくわ」
 そう言うと、ソファの後ろにもたれかかるように座り込む。
「ええー? ……うーん、言うかなあ……」
「蒼生、俺はどうしたらいい?」
「ええと……出来れば見ない方向で……」
「わかった」
 冬矢はまだ何か言いたげだったが、決まったことには従うつもりのようだ。大人しく健太と同様の待機態勢を取った。
 ふたりがソファの陰に消えたのを確認し、蒼生は手元の袋をなんとも言えない気分で見つめる。袋から中身を取り出すと、小さくたたまれていたのか、意外に布の量は多い。が。
「……わー。すごいな。上下の差……。えっと、これが、こう? で? こっちをここに……。あ、ひとりでやるの結構大変かも。……えっ。これ、確実に……うわぁそういうことかあ……。これは、……うそ、こっちが? でも写真だとたしかにこうだし……。ええええええ」
 蒼生が逐一実況してくるので思わず覗いてしまいそうになるのを、健太はなんとか耐える。耐えるものの、とても、ものすごく、非常に、気になる。
「なあ、蒼生ぃ」
「なぁに?」
「その感想、わざと? オレが見ちゃいたくなるように煽ってる?」
「あお……っ!? ち、違うって。ホントにこれ、キツいんだよ。サイズじゃなくて。……いやこれサイズ関係ないか。えーと……あの、ね。鏡見て、自分で、うわーきっつー、って思ってる……。だいぶ酷い……。たぶん引かれると思う……」
 次第に小さくなる蒼生の声に、健太の期待が反比例して強くなる。
「んじゃ、着替え終わったってこと? 見ていい?」
「…………はい」
 がばっと振り向きながら勢いよく立ち上がる。壁際の姿見の前に、蒼生は立っていた。
「うっわ」
 ぽつりと健太が呟く。
 それきり、沈黙。
 蒼生が両手で顔を覆う。
「せめて何か言って……」
「……あっ、いや、ごめん、めっちゃ可愛くて言葉失ってた……」
「こういうの、どうかと思っていたけど……悪くないな」
「蒼生、めっちゃくちゃエロい!! 可愛い!!」
「えぇー……」
 マイクロサイズの黒いビキニトップに、細かいレースの付け襟。左腕には黒リボンのついたベルトが巻かれ、両手首には襟とベルトと揃いのレースに黒リボンのカフス。太ももを半分も隠す気のない黒いスカートは、フリルたっぷりのエプロンの陰にわずかに見える程度で、そのスカートもフリルのパニエでふっくらと広がっている。白いオーバーニーソックスにも黒いリボン。足下が黒く光るエナメルのストラップシューズなのもきっかり健太に突き刺さる。頭につけたブリムから垂れるリボンが頬にかかるのもいい。
「はー……最っ高……」
「写真だと下品に見えるが、蒼生が着るとこんなに可愛いんだな」
「……男子大学生にこれは本当にキツいって……。そんなこと言うのふたりくらいだよ……」
「な! 蒼生! 後ろ! 後ろも見せて!」
「はぁい……」
 そろり、と蒼生が背を向ける。背中の中央でビキニの結び目が不格好になっているのがまず目に飛び込んで来て、可愛さに思わず和む。次に、エプロンの紐が大きなリボンになっているのが見える。それを可愛らしいと思っているうち、その隙間に気が付く。白いリボンの間に、また純白。スカートが後ろに向かって短くなっており、ふわふわフリルの下着が顔を覗かせているのだ。健太は何かに刺されたように胸を押さえた。
「えっろ……」
「恥っず……」
 がちゃ、と蒼生の待ち望んだ音がする。
「もー! 早く次行こ!」
「えー、もっとじっくり見てえのに……」
 でれでれと顔を崩す健太とじっくり見つめてくる冬矢の腕を両手で掴み、蒼生はわずかに開いたドアに向かって大股で歩き出した。

 部屋の真ん中に、大きなベッドがどんと置かれている。その両脇には背の高さほどの、シェード越しに柔らかな光で部屋を照らすライト。それ以外には壁の間接照明があるくらいで、全体的に薄暗い。大きな窓の外は夜の景色。そして張り紙には『セックスしないと出られない部屋』。
 健太が大きく息を吐いた。
「よーやっとかよ……。前振り長すぎんだろ!」
 そわそわと蒼生が両側を見上げる。
「じゃ、じゃあ、脱いでいい? いいよね?」
 一刻も早く脱ぎたいらしい。早速カフスに指をかけた蒼生の手を、健太が握って止める。
「なんでだよ。せっかくなのにもったいない」
「ぼ、僕だけ格好が奇抜すぎるの、すごく落ち着かないんだよぉ」
「大丈夫、すぐに気にならなくさせてやっから」
「え」
 健太は蒼生の腕を掴み返すと、そのままベッドの足元まで連れていく。そして自分だけベッドに座ると、蒼生を数歩前に立たせた。蒼生は戸惑ってきょろきょろとしている。
 そこに、枕元を見に行っていた冬矢がボトルと小袋を手にやってきた。
「いつも使ってるローションとゴムが置いてあった。用意周到だな」
「えっ、言い訳出来ねえじゃん」
「残念だったな」
「……あの。なんで僕立たされてるの?」
 困った声で尋ねると、健太は冬矢の手元から目を離し、まっすぐに蒼生を見た。ねっとりとしたその視線を受け止め、蒼生は健太がこれから提示してくるだろう要求を悟る。かあっと頬を赤く染める蒼生に、健太がうっとりしたような、何かをこらえているような顔で笑った。
「なんだ。もうわかってんじゃん。それでもオレの口から聞きたい?」
「っ、うん……」
「それ。自分で、めくって?」
「……は、ぃ……」
 蒼生はそっと両手を前に出す。腕を伸ばしてちょうど裾が握れる長さに作為的なものを感じるが、心拍数が上がってしまってそれどころではない。手が、指先が、震える。恥ずかしい、と思うのが1割。残りは、触れてもらえる、期待だ。
「……健太……。おまえ、昔の彼女にもこういうことさせていたんだろうな」
「えっ」
「馬鹿いえ。そんな趣味ねえよ。……蒼生だから、見たいんだ」
「そっ、それは、それで……」
 ぎゅっと裾を握る。
 さっき自分で身につけた、あれ。
 どう身に着けるのか判断に迷った。
 意図を察して、さらに着てもいいのか迷った。
 あれを見せたら、さすがに引かれるのではないだろうか。
 いっそ勢いよく見せてしまおうかと思ったが、手が震えてうまくいかない。そんなつもりは全くないのに、焦らしているような速度になってしまう。見ている。わかる。健太が。それから、冬矢の目線も。感じる。
「…………なに、それ。かっわいぃ……」
「嘘だぁ……」
 健太は自分の視界を疑う。スカートの奥から現れたのは、正面だけレースで作られた、フリル付きの下着だ。その薄い布を分けるように、少し反応した蒼生のペニスがふるふると揺れていた。
「一番大事なとこ隠せてねぇじゃん……」
「……っ、あの、ね、これ、最初から左右に分かれててね、おっ、男の僕が穿くとね、どうしても、こ、こうなっちゃう、っていう、か、こぼれちゃうっていうか」
 この状態をふたりにまじまじと見つめられて、さすがに恥ずかしさが限界を超える。蒼生は思わず、顔を覆って勢いよくしゃがみ込んだ。
「あーもー……恥ずかし……」
 可愛い格好をしていても、蒼生は男子だ。スカートを穿いた時のしゃがみ方を知らない。膝に顔を埋める蒼生の足下では、無防備な場所が変わらずこちらを向いていた。
 頭に血が上って、五感のすべてが現実感を失ってしまいそうだ。可愛い、という感情が血管に乗って全身から溢れ、暴走しそうになる。
「蒼生。ぜーんぶ、見えてる」
「えっ、やだっ」
 蒼生ははっとして、慌てて膝を床に付けた。
 短いスカートを限界まで引っ張って隠すように伸ばされた腕。健太はその力が込められた指先に目が離せなくなる。シンクロするように、指先が震える。
「……まだ裸のほうがマシ……」
 ぽつんと溜め息交じりの声が、冬矢がぎりぎりで押しとどめていた理性を手放すきっかけになった。
「蒼生」
 ふたりの声が揃う。弾かれたように顔を上げた蒼生の目に、大きく息をして見下ろすふたりの、ギラついた目が映る。
「……っあ」
 ぞくぞく、と背中をくすぐる電流。抱き締められた時のように胸がきゅっとする。腰の中央がずくりと疼く。蒼生が好きな、目だ。
「おいで」
 健太の声が甘く響く。勝手に体が動いた。ふら、と立ち上がり、健太の前に歩み出る。そばにいた冬矢が、ふらつく肩を支えてくれる。座ったままの健太は、蒼生の目を覗き込む。
「さっきみたいに、自分で上げて」
「ん、うん……」
 蒼生は再び裾を掴み、ウエストまで持ち上げる。その、重たい純白のフリルに阻まれて立ち上がりきれない、愛しいピンク色を、健太は迷わず口に含んだ。
「あぁっ」
 びくん、と震える。待ち望んだ甘い心地よさ。暖かく包み込まれる感触。そこを中心に溶けてしまいそうになる。健太は蒼生の両足を抱き締めているが、その口元はスカートの中にあるせいで、全く見えない。濡れた舌がどう動くのか、先端にどうやってキスをくれるのか、蒼生にはまったくわからない。ただ、健太の思うがまま。それがどうしてか、こんなにも気持ちがいい。
「……っあ、ん……、けん、ちゃ……あぁ、ふ、」
「ぁおい……きもひ?」
「きっ、きも、ちぃ……っん」
 遮るように冬矢が唇をふさぐ。
「ん、んん……」
 その気配を感じたのか、健太が舌先で先端をえぐってくる。
「……んーっ……」
 冬矢の指が、胸元の黒い布の中にそっと差し込まれ、隠れていた乳首を弾く。そのままきゅっとつままれ、腰が跳ねた。
 すると今度は健太が強く吸い上げる。指先で付け根のふくらみをやわやわと揉みしだく。
 空いていた冬矢の反対の手が背を伝って降りていき、腰のあたりからフリルの下着の中に潜る。濡れた指先が、蒼生の中に忍び込んでいく。
「んっ……」
「……蒼生。もうちょっと足、開いて」
「あ、あ」
 冬矢の声に従うと、バランスが保てなくなる。前からと後ろからと、どちらの刺激からも逃げられない。
 頭の中がぐちゃぐちゃだ。
 外の弱いところに吸い付かれ、中の弱いところを優しく撫でられ。
「や……らぁ、も……っあ、ん、う、ふぁ、あ、ぁ……た、てな……ぃ……」
 キスの隙間から訴えると、ふたりの腕が強くなる。
 ぎゅっと抱き締めるように支えられて、余計に快感を逃がすことができなくなる。
「……っ、だ、めぇ、ん、んーっ、……ぅあぁ、や、んっ、で、ちゃ……くち、はなし、」
「だめ」
「あ、やぁっ……んーっ、ん、ん、んぅーっ!」
 びくびくん、と蒼生の身体が大きく震え、その重さがすべてふたりにかかる。
 健太は口の中に放たれたものを飲み込んで、ようやく唇を離す。そして白く糸を引くそれを、すべて取り残さないように、もう一度キスをして吸い尽くした。くぐもった声と、無意識に揺れる腰。ぐいっとそれを抱き締め、そのまま体を返すと、蒼生の身体をベッドに横たえる。すかさず靴を脱がせる冬矢に、らしいなと笑うが、すぐに目の前の光景に心が奪われた。普段とは違う格好で、力なくだらりとベッドに身体を預け、荒い息を隠さない蒼生。愛おしい。ぱち、ぱち、と瞬きした蒼生がとろりとした目で見上げてくる。
「……ぁ、ごめ……口、中、出しちゃった……。ゆすぐ、の、ないのに……」
 健太は、え、と声を上げる。
「それ心配してたの?」
 こくん、と蒼生が頷く。たしかにこの部屋にも今まで通ってきた部屋にも、冷蔵庫もなければペットボトルの1本も、水道すらない。それには気付いていたが、そういう観点の心配をされるとは思っていなかった。
「マジかよ……あー、好き。ヤバい、好きだぁ……。気にしないでいいんだよ、オレ、わかってて飲んでんだから」
「ほんと……?」
「ん。ごちそーさま」
 言いながら、蒼生の髪にそっと口づける。蒼生はほっとしたように表情を和らげた。
 冬矢もその言葉にぐっと来たのだろう。そっとベッドに上り、蒼生の髪を撫でる。ほんわりと嬉しそうに笑う顔に健太も嬉しくなる。が、それで自分に宿ったままの熱が消せるわけでもない。投げ出されたままの蒼生の手を握る。
「……あの。オレも……してくれる?」
「ああ……。ふふ、そっか……。ご奉仕だ。メイドさんだもんね」
 蒼生はにこにこしながら体を起こし、改めてベッドに座りなおした健太に四つん這いで近付くと、迷うことなくジッパーを下げた。ぴく、と健太の身体が揺れる。そのまま引き出したペニスに頬ずりする蒼生に、さらにそこに血が集まってしまう。手の中で増した質量に蒼生は目を瞬かせた。
「わ、すごい」
「だって蒼生が可愛いから……。暴発したらごめんな」
「えー。どれどれ」
 ちろりと蒼生が先端との境目を舐める。正直、それだけで暴発しそうなのを、ギリギリなんとか耐えた。
 それを黙って見ていた冬矢は、静かに蒼生の後ろに回る。四つん這いのまま顔を落とした蒼生は、自然と腰を突き上げるような格好になっていた。目の前で揺れるフリル。それをそっと引きずりおろす。
「……んんっ」
 健太のモノを頬張った蒼生が、小さく声を漏らす。リボンとフリルに囲まれた丸い臀部は、まるで桐箱に入った高級フルーツだ。その熟れきった果実をそっと撫でると、可愛い腰がしなる。
「あーおい……。いただきます、してもいい……?」
「ぅんっ……たぇて……」
「じゃあ食べちゃうね」
 撫でた白いそこに一度唇を寄せる。なめらかで、しっとりとした触れ心地。中央に紅く咲いた花は、先程自分が柔らかく解したからだろう、艶やかに震えている。体を起こして、そこにそっと先を押し付けると、自ら迎え入れるように腰が寄ってくる。
「可愛い……。可愛いよ……」
「んー……っ」
 ぎゅっときつく搾り取るようなその場所は、けれどすぐにうねるように冬矢のペニスを誘い込む。落とした視線の先で、エプロンのリボンが大きく揺れているのが見える。口をいっぱいにしていて言葉が使えない蒼生が、自分の侵入を喜んでいるのが伝わってくるようだ。素直な反応が愛おしくて、つい性急に体を進めてしまう。また心地よい蠢きが伝わってくる。
 健太も、蒼生の余裕がなくなったのを感じていた。喉近くが動いて、先を掴まれたような感覚になったあと、吸い上げる力が強くなったからだ。優しく穏やかで包み込まれるようだった気持ちよさが、強烈な快感に変わる。それでもペニスの根元を労わるような指先が変わらないのが、もどかしくも可愛らしい。
「……ぅ、んー……う、ぁ、ん……あー……あぁっ、ふ……ぅっ」
 濡れた音と自分たちの呼吸音の隙間を縫うように、蒼生の甘い声が響く。ここがどこだとか、どうしてここにとか、そんなことがどうでもよくなる。ただただ、触れ合う体が、気持ちが、すべてが溶けるように快い。
 快楽に溺れる中で、一番先に音を上げたのが健太だ。蒼生のうっとりと見上げてくる顔に、快感が加速する。それでなくとも暴発の予感があったのだ。
「あー……ごめ、冬矢、ちょ、かわってくんねぇ……?」
「はあ?」
「ちょっとだけ! すぐだから! な? 蒼生も……」
「んーん……」
 険しい顔の冬矢に続いて、蒼生も眉根を寄せてふるふると首を振る。
「お願い、ナカでイきたいから……」
 蒼生を抱き上げると、不満げな瞳と正面からぶつかった。
「僕、も、ほしかった、のに」
「あとで。あとであげるから、ね。お願い」
「うー……」
 キスをすると、蒼生はまだ言い足りないような唇を閉ざす。はあっと冬矢が息を吐いた。
「……仕方のない奴だな。ごめんね、蒼生」
「あぁっ、ひっぅ」
 冬矢は、体を引いた途端びくんと震える蒼生を後ろから抱き締める。そのまま蒼生を起こすように座り、自分の体に寄りかからせる。そこには何の抵抗もなく、ゆったりと体を預けてきた蒼生は、すいっと顔を上げた。キスをねだる仕草だと気付き、頬に一度唇を落としてから舌を絡めるキスに繋げる。嬉しそうに応じて、抱き締める手に自分の手を重ね、さらに擦り寄ってくる蒼生。求められていることが嬉しくて仕方ない。
 そこに健太が膝を進め、蒼生の腰を抱き上げる。
「あ」
「いくよ」
「っ! は、ああっ、あ、んっ、ふぁ、あ、ぁー……」
 ぎゅ、と冬矢の手にかかる力が強くなる。なだめるように耳元に口づければ、声にならない声が喉から漏れるのが聞こえる。
「蒼生、蒼生……」
 切羽詰まった声で健太が蒼生を揺さぶる。呼吸を合わせようとする蒼生だが、限界が近い健太には追いつけず、冬矢に縋りつくので精一杯なようだ。ただ、その分、健太の限界も早い。
「蒼生、ごめっ……出……っ」
「あっ、あ、あ、ぁ、はぁ、あ、あー、あ、……ぁ」
「……ふ、ぅ……」
 あっという間に精を吐き出した健太が、深く息を吐く。引き抜こうとした健太の手に、蒼生の指がかかる。もう片方の手は、冬矢にしがみついたままだ。
「……や。もっと……ぉ……」
 とろんとした蒼生に、健太と冬矢はにぃっと笑った。
「もちろん」
「これからだよな」

 ドアはいつの間にか開いていた。いつ、どのタイミングで開いたのかはまったくわからない。半分眠っているような蒼生を抱き上げた健太を従え、冬矢がそのドアをくぐる。
 そこには見慣れたベッドがあった。ヘッドボードも、枕も布団もクッションも、すべてが自分たちのもののように見えた。それ以外には何もなく、部屋全体がぼんやりと淡く光っている。
『お疲れ様でした。ごゆっくりお休みください』
 と書かれた紙には、他に仕掛けもないようだ。触れてみても何も起きなかった。
「なんか綺麗な部屋だな」
「どうやって光っているんだろう」
「今更仕組みとか気にする? でもたしかに変な感じ。普通に壁と床なのにね」
「雰囲気あるよな。……もう1回したくなる」
「……ちょっと無理」
「ですよね」
 あの後もさんざん交互に可愛がられて、体がうまく動かない。応じたくとも、この状態ではどうしようもない。
 だが、しゅんとした健太に蒼生は慌てる。
「あ、のね、気持ちはあるんだよ。僕もシたいと思ってる。けど、今は動けなくて……」
 冬矢が蒼生の頭にぽんと手を乗せた。
「わかってるよ。帰ったらゆっくりシようね」
「うん」
「だよな。ごめん、無茶言って」
「違うよ、気持ちは嬉しいから、いいんだ。帰ってから、ね」
 そのまま3人はベッドに上がる。なんだか懐かしい感触だ。
 ベッドにそっとおろされた蒼生が、体の力を抜いたまま、すうっと目を閉じる。
「あ。その服、着替えたほうがいい?」
 蒼生は視線をおろし、ひらひらしたままの自分の姿を見て、頭を振った。
「もう、それより、眠たい……」
「ん。そっか」
 そっと蒼生に布団をかけると、ふたりもその中に潜り込み、挟むように横になる。寄り添って両側から手を握ると、嬉しそうな笑顔が返ってくる。
 誰が発したのかわからない、おやすみ、という声を最後に、意識がふうっと途切れていった。


 最初に目を覚ましたのは蒼生だった。ぼんやりと開けた目に、冬矢の寝顔が大きく映る。ふと気付けば、その腕にはしっかりと自分の腕が巻き付いていた。道理で顔が近いはずだ。そしてそれとは違う腕が、体の上、腰を抱くように乗っかっていて暖かい。深呼吸すると、慣れたにおい。安心して、蒼生は目を閉じる。が。
 ぱっと目を開け、蒼生はぐるりと部屋を見渡す。クローゼットもドアも窓もカーテンも、よく知る自分たちの部屋だ。冬矢だけではない、健太も寝息を立てて静かに眠っているのが見えた。夢だったのか。ほぉっと息を吐いて、念のため自分の格好を確認する。間違いなくパジャマだ。夢とはいえ、あの格好はないだろう。さすがのふたりも引くはずだ。だが、夢に見たということは、もしかしてそういう願望が自分のどこかにあるのだろうか、と悩んでしまう。
 その気配に気付いたのか、健太がぱちりと目を開けた。
「んー……蒼生?」
「あ、起こしちゃった? ごめんね」
 健太は笑って首を振る。
「大丈夫、いい夢見てて、その区切りがついたところ」
「いい夢?」
「うん。蒼生といっぱいえっちなことする夢」
 話し声に、冬矢も目を覚ましたようだ。小さく体を起こすと、部屋の様子を眺める。
「……もうおかしな部屋ではないみたいだな」
「え?」
「え?」
 健太と蒼生は顔を見合わせる。ふたりで冬矢の顔を見ると、冬矢は苦笑いで頷いた。
「そういうことのようだよ」
 ぽかんとする健太の腕からすり抜け、蒼生はヘッドボードの上にある時計を覗き込む。
「……日付は寝た時のままだし、時間もそんなに経ってない……。え、僕たち全員で同じ夢を見ていたってこと?」
「だね」
「マジか、そんなことあるんだなあ」
「すごいね……。でも、体のどこもしんどくないってことは、やっぱり現実にあったことじゃなくて、夢なんだね」
「ああ、体力そのまんまだし」
「むしろゆっくり寝て回復したような感じだ」
「…………」
「…………」
 沈黙。
 3人はしばらくお互いの顔を窺っていたが、健太が「よし」と体を起こした。
「ヤろ」
「……だよね」
 蒼生が笑い、健太に手を引かれて起き上がる。冬矢も部屋の電気を付け、掛布団を折りたたんだ。
「それじゃ、現実なので、僕は軽くシャワーを浴びてきます」
「お願いします。……あ、さっきの続きなんだから、何か着てする?」
「やーだ。直接肌に触りたいから何も着ないでシたい」
「! そうか。そうだね」
 冬矢は蒼生の髪に触れ、穏やかに笑う。
 ええ、と声を上げたのは健太だ。
「可愛かったのにー。ひらっひらでふわっふわの蒼生、めちゃくちゃ可愛かったよ?」
「健ちゃんのフィルター、がばがばなんだよなあ……」
「特にさあ、あの、可愛いぱんつはまた穿いてほしい」
「……っ、健ちゃんのばーかっ!」
 蒼生はクッションを健太に軽く投げつけると、ぱたぱたと足早に寝室を出ていく。直後に、冬矢からもぺちんと額を叩かれた。
「本当に、おまえはしょうがない奴だな」
「だって可愛かったんだもん」
 それには否定が返ってこなかったので、おそらく冬矢もそう思っているのだろう。
「あ、なあ、蒼生ーっ!」
 姿の見えない蒼生に向かって、健太は声を上げる。
「なーにー!?」
 向こうから、蒼生の声。ちゃんと返してくれる。愛しい。
「蒼生、だーい好き!」
「……僕も、ふたりのこと、大好きっ!」
 ばたん、とリビングのドアが閉じる音が聞こえた。
 答え損ねた冬矢は真っ先に触れられるよう上着を脱ぎ、健太は投げられたクッションを抱き締めながら、可愛い恋人が戻ってくるを待つのだった。

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56こ目;あれこれしないと出られない例の部屋

キーワードタグ 僕+君→Waltz!  創作BL  創作BL小説  一次創作  幼馴染  三角関係  3P  R18 
作品の説明 1周年記念は、なんでだかファンタジー。
タイトルそのままのおふざけ回です。
安心してください、犯人は作者なので、危険な目には遭いません!
(そしてふざけているのも作者だけなのでいつも通りの3人です)

【おしらせ】
このお話をもちまして、毎週金曜日更新を終了致します。(※)
理由はただひとつ、そもそも週1で1本新作を書く能力が自分にないからです…。もとから定期的に更新するつもりもなかったですし。
今後は不定期更新で、月に1~2回なのかもっと多いのか、気ままな頻度になるかと。
内容も、長いこともあれば、びっくりするほど短い話になることもあるかと思います。
どうぞお付き合いのほど、よろしくお願い致します。
なお進捗・更新につきましてはX(旧Twitter: https://x.com/kazane_takahara )でお知らせします。

↑初公開時キャプション↑
2022/06/17初公開
https://pictbland.net/users/series/kazanet-tk/%E5%83%95%EF%BC%8B%E5%90%9B%E2%86%92Waltz%EF%BC%81
(※:2年前は金曜の定期更新でした。再掲ではほぼ月曜日になっています)
56こ目;あれこれしないと出られない例の部屋
1 / 1

 最初に目を覚ましたのは蒼生だった。ぼんやりと開けた目に、冬矢の寝顔が大きく映る。ふと気付けば、その腕にはしっかりと自分の腕が巻き付いていた。道理で顔が近いはずだ。そしてそれとは違う腕が、体の上、腰を抱くように乗っかっていて暖かい。深呼吸すると、慣れたにおい。安心して、蒼生は目を閉じる。が。
 一瞬見えた部屋の景色が違う気がして、ぱっと目を開ける。天井に埋め込まれた星形の電灯が、柔らかなオレンジに光っていた。
「…………?」
 顔が動く範囲であたりを確認すると、薄暗いのでよく見えないが、ゆがんだ形のタンスや大きな椅子があるようだ。カーテンのない大きな窓もあるものの、電源を落としたテレビのように真っ黒だった。明らかに自分の家の寝室ではない。
 ごそごそと蒼生が動いているのに気が付いたのか、健太がのっそりと体を起こす。
「んー……もう朝?」
 蒼生も健太に縋って起き上がる。
「ねえ、健ちゃん、ここ、どこ?」
「え?」
 その会話に、冬矢ががばっと飛び起きた。一度視線を巡らせると、勢いよく絡め取るように蒼生を抱き締める。それから、改めて周囲を注意深く眺めた。
「……どういうことだ?」
 健太もその言葉にはっとして片膝を立て、蒼生を後ろに庇うように体勢を変える。
 それを見ていたかのように、頭上の電気がじわりと明るくなっていく。蒼生がそれを見つめ、健太と冬矢があたりを警戒する。完全に明るくなってしまうと、部屋の様子がよく見えた。オレンジ色のタンス、緑のクロスがかかったテーブル、テーブルに対してずいぶん大きな椅子が2つ、後は3人が寝ていたベッドだけだ。壁を見ると、星模様の壁紙に囲まれて、ドアが1つと窓が2つ。窓の向こうには青い空と草原がどこまでも広がる。
「誘拐……?」
 ぽつんと蒼生が呟く。冬矢は部屋の様子を窺いながら首を傾げた。
「3人いて、全員が気付かないまま攫われるなんてありえるのかな。男3人を短時間で運ぶとしたら人数が必要だと思うし。何らかの薬でも盛られたとしたら可能性はあるのかもしれないけれど、昨夜は夕飯もバラバラだったし、そこから誰にも会わないまま普通に3人でベッドに入っただろう?」
「じゃ、これなんだ?」
「わからない」
 そうだろうな、と蒼生は静かに頷く。奇妙な事態ではあったが、不思議と蒼生に恐怖心はなかった。健太と冬矢がいるからだろうか。よくわからないが、とにかく、「大丈夫」という自信があった。そんなふうにひとり落ち着いていたせいか、蒼生は自分の服装に目が行く。
「服も違う」
 寝た時には何の変哲もないパジャマを着ていたはずだ。だが今は青い線が胸元に走るポロシャツを着ている。
「へ? あ、ホントだ。……あれ? その胸元の鳥のワッペン……。あ! ちっちゃい頃よく蒼生が着てたやつじゃん!」
「そうだっけ……?」
「そうだよ、その鳥を変だ変だって騒いだ奴がいて、バカ言え可愛いじゃん! ってそいつとオレがケンカになったやつ」
「! あー、うん、わかった。あれだ。……でもサイズは今の僕のサイズだね」
「子供服だったはずなのになー。てか、オレもジャケット着てんな。明らかに寝にくいじゃん」
「そんなの持ってたっけ」
「んー。オレのじゃないと思う。でもどっかで見覚えが……しかもつい最近……。っあ、思い出した、さっき蒼生たちが帰ってくるまで暇だったから見てたドラマ、あれの主演俳優が着てたのと一緒だ」
「なんで?」
「なんでだろ?」
 健太と蒼生が顔を見合わせて首を傾げる。まったく意味が分からない。
 そういえば、と蒼生は自分を抱き締める腕を見つめ、まだ緊張感を保ったままの冬矢を見上げた。
「冬矢はパーカーだねえ。パステルブルー着てるの初めて見た」
「……似合わないだろ? だから家着にしてた。それこそ昔の話だけどな」
「そう? 似合わないとは思わないなあ。今までのイメージがあるから意外な感じはするけど、そこもドキッとしちゃう。ギャップってやつ? 爽やかで、柔らかい雰囲気がいいね。なんか可愛い。あと、ちょっと幼い感じもして、僕は好き」
「…………。ありがとう」
「昔はこういうの着てたりしたんだ。あー、やっぱり冬矢の小さい頃の写真も見てみたいな。絶対かっこよくて可愛いもん。ね、健ちゃん」
「なんでオレに振るかな。……まあ、美少年だったんだろうし、見てみたい気はするかもな」
「中2で出会っているんだから、そんなに変わらないだろ」
 蒼生は、冬矢の腕が少し優しくなったのを感じる。表情もどこか幼く、警戒というよりはぼんやりどこかを眺めるような眼差しになっていた。自分が幼いと言ったから、それに引っ張られたのだろうか。蒼生はその変化を不思議に思うが、思いがけない可愛い顔に和んでしまって、愛しさのほうが勝ってしまう。
「ふふ。帰ったら見せてね」
「……帰ったら、か。そうだな。うん。すぐに見せられるようなものがあるか聞いてみるよ。……それにはまず、ここから出なくちゃな」
 目を細めて冬矢が蒼生の髪を撫でる。蒼生はくすぐったそうにして、嬉しげに頷いた。その蒼生の笑顔を見て、健太も勇気が湧く。
「ん。とにかく、出口を探すか」
「降りても大丈夫そうかな」
「さあな。ただ、これだけ時間あっても、電気が点いただけで何のコンタクトもねえんだし、こっちが動くしかないってことじゃねえの?」
 そろり、と健太は足を下ろす。靴下越しの床はフローリングだったが、冷たさは感じない。ご丁寧にスリッパが用意してあるので試しに足を入れてみる。なぜかそれは履き慣れた感じがした。
「よし。とりあえずベッド降りたら即足首持ってかれるとか、そういうホラーゲームみたいなことはなさそうだな」
 こともなげな健太の言葉に、蒼生がぴっとすくみあがる。
「そ、そんなこと考えたのぉ!? じゃ降りちゃダメじゃん!」
「蒼生がそんな目にあったら大変だろ」
「健ちゃんでもダメ!!」
 慌てて健太に飛びつこうとする蒼生に、健太はふっと笑う。そしてその体をすっと抱き上げると、静かにベッドからおろした。
「びっくりさせてごめんな。一緒に出口さがそ」
「……うん」
 納得のいっていない様子の蒼生だが、健太がなだめるようにぎゅっと抱き締めたので、なんとか飲み込んでもらえたらしい。
 そこから3人は、スリッパを履いて部屋の中をあちこち見て回った。やはり蒼生と冬矢も慣れた感じがしたらしく、首を捻っていた。しかしそれ以外に見知ったものは何もない。ドアだと思ったものはただの枠のついた飾りで、ノブはどこにもなく、押しても引いても何の手ごたえもなかった。ベッドの下には何もない。タンスの中身も空っぽだ。布団をどかしても、椅子をひっくり返しても、窓を叩いても何も変わらない。そもそも窓ははめ殺しだ。
「見事になんもねえな」
「これ、窓、さっきからおかしいと思ってたんだよね……」
「何が?」
「僕が目を覚ました時には真っ黒だったのに、電気が点くと同時にぱっとこの景色になったの。もしかして、映像なんじゃないかな」
「言われてみればそれっぽいね」
 試しにしばらく見てみたが、たしかにまったく動きがない。草が揺れる様子もなかった。ここにも何もなさそうだ。
 部屋を一通り調べ尽くしても、あまりにも何もないし何も起こらない。そのせいか、次第に緊張感も薄れてきた。少しくらい離れても大丈夫だろうし、時間がもったいないということになり、3人はバラバラにあちこちを探し回る。それでも何もない。最終的に健太はふらりとドアらしきものの前に立った。
「やっぱさ、一番ここが怪しいんじゃねえか」
 窓と壁に隙間がないか見ていた蒼生と、タンスの裏を覗いていた冬矢がぱっとそちらを見る。そして、腕組みをしてドアっぽいものを睨みつけている健太のもとに、どちらからともなく集まった。
「だってさ、これだけ偽物じゃん。のわりには、これが付いてるし」
「蝶番な」
「それ。つまり開く気があるってことだろ。何かをすればそれがきっかけになって開くんじゃねえかな」
「なんだか脱出ゲームみたいだね」
「もしかするとそのものなのかもな」
「ゲームだったら、これ?」
 蒼生がすっと指をさしたのは、その脇に貼ってある白い紙だ。何も書かれていないのに、きっちりとピンで横長の形に留められている。
「あっためたら文字が出るとかそういうことはないかな」
 言いながら、伸ばした指でそのまま紙に触れてみる。
「いたっ」
「蒼生っ!?」
「……あ、ごめん、ちょっとぴりっとしてびっくりしただけ。静電気かな……ん?」
 目を見張った蒼生に、ふたりもつられて紙を見る。そこには、ぼやっと文字が浮かんできていた。明らかに下の段に、
『しないと出られない部屋』
 と。
「あー、そっちか~~~~~」
 綺麗に蒼生と健太がハモる。
「完全にファンタジーのやつじゃねえか……」
「うわー……」
 事態を把握したらしいふたりに、冬矢が怪訝な顔をする。
「そっち、ってどういうこと? 脱出ゲームというわけじゃないのか?」
「んー。だからぁ。そういう類いで間違いじゃねえんだけどさ、なんて言ったらいいかな~。この文言、漫画とかで見たことねえか?」
「生憎、出会ったことがないな」
「じゃあわかんないか。えっとー、脱出ゲームだと、謎を解くと出られるだろ。こういうのの場合は書かれた内容に従って行動するのが、その“謎を解く”ってのにあたるわけだ。んで、ちなみに、こういうのに出されるお題っつーのが、……まあ、その、なあ……」
「なるほど、察した」
「早ぇな」
 そんなやりとりをしていると、その紙の上にまた文字が浮かんできた。今度は、じりじりと音を立てて線が引かれていく。
「なんだ? 漢字の1? いや……2?」
「隣は、カタカナのノ……まだ続きがあるみたい」
「二に縦線……って、あー、はいはい。キ、になるのな」
 いちいち読み上げるのも面倒になってきた。途中から完全に読めてしまったので、最後の線が引かれても驚きはしない。先程の文字と合わせれば、
『キスしないと出られない部屋』
 健太が深く息を吐く。
「いや、まどろっこしいわ! どこのクイズ番組だよ! この演出いる?」
「じゃ、蒼生」
「はーい」
 笑った蒼生に、冬矢が軽く口づける。
 驚いたのは健太だ。
 がちゃり。
 慌てて振り向くと、蒼生と冬矢を引き剥がす。
「冬矢、おまえ、だから理解早すぎだっての!」
「あ、なんか開いたみたい」
「蒼生! オレ! も!!」
「だから開い……むぐ」

 開いたドアは、内側にだけノブがついていた。それを引いて閉じると、ドアはそれきりまたただの壁の飾りになってしまった。
 その部屋は、小さいが明るい部屋だった。小さなベッドと勉強机がひとつにタンスがひとつ、壁にはクローゼットの扉と窓と、ベッドの上に可愛らしいカレンダーが飾ってある。ドアは入って来たところだけだ。
「また部屋?」
「何かしなきゃいけないのかな」
 全員の目がそこに行く。やはりドアの横には紙があって、今度は『しないと出られない部屋』が既に書き込まれている。
「とにかく、いったん部屋を調べてみよう。さっきの答えがこれだからといって、他に何かないとも言い切れないからな」
「なるほどな。引っかけかもしれねえもんな!」
 今のところはっきりとした悪意を感じ取れないせいか、健太はすっかり娯楽気分になっているようだ。蒼生もどちらかというとそちら寄りのようで、ずかずかと勉強机に歩み寄る健太の後ろをぱたぱたとついていく。冬矢は小さく息を吐いた。これは流れに乗るしかないのかもしれない。
 部屋の中の捜索はすぐに終わった。案の定、どこもかしこも空っぽだったからだ。もしかしてとめくって見てみたカレンダーも、月日はあるが曜日がないただのインテリアのようだ。
 健太は拍子抜けしたように、学習机にきちんとセットされていた子供向けの椅子をひいて座る。見上げる角度に、教科書をしまう本棚やデスクライト。
「なんか懐かしいな。実家の机、こんなんだったよなー。ほとんど細かいおもちゃで埋め尽くされてたけどさ」
 蒼生は、部屋の中央に置かれたラグに座り込み、ローテーブルに肘をつく。
「こうちゃんとみどりちゃんはそういうのだったけど、僕はずっと折り畳みのテーブルだったからなあ」
「そうだっけ」
「覚えてない? 小学生の頃まではみどりちゃんと部屋一緒で、学習机を2つ置く余裕なかったでしょ。中学入ってひとりの部屋になった時には普通の机を買ってもらったから」
「あー……。そうだっけ。みど兄と一緒ん時の部屋ってほとんど入ったことないし」
「三男なんてそんなもんじゃないの」
 冬矢は先程とほぼ変わらない窓の景色を見つめながら、首を捻る。
「うちは定住しない生活だったせいか、最初からその選択肢はなかったようだな。蒼生と一緒で、途中で自分専用の机を持つようになった時には一般の事務机のほうが使い勝手良さそうだったから」
「そういや小学生の途中まであちこち転校してたっつってたもんな。……てことは、オレらに共通する思い出ってわけでもないんだから、部屋の内装自体に意味はねえのかな」
 なるほど、意味のない話を始めたわけでもなかったらしい。健太は健太なりに考えているんだなと感心して、冬矢はドアの脇に目をやった。
「結局、あの紙の指示を仰ぐしかないというわけか」
 そう言うと、ドアの元に歩み寄り、そっとその紙に触れた。ぴりりとした弱い刺激があり、先程と同様に、じわりと文字が浮き出てくる。
「んで、何しろって?」
「……『やりたいプレイ・NGプレイを告白しないと出られない部屋』だそうだ」
「ふーん。えっちの、ってこと?」
「そうなんじゃね?」
 動じる様子のない蒼生の姿を見つめ、健太は見えない相手に対して、残念だったな、と小さく笑う。大体こういう仕掛けを考える者は、出したお題にうろたえる反応が見たいのではないだろうか。だが、蒼生はこういう時、意外と豪胆だ。特に自分と冬矢がいる時には、何のてらいもなく受け止める。自分たちだって後ろめたいことはないのだから、取り乱す必要もないはずだ。誰の仕業か知らないが、思惑通りにはさせない。
 冬矢が肩をすくめてふたりを見た。
「さて、どうする」
「やりたいっていうのは、今までにしたことないって意味かな」
 答えることにまったく抵抗がないらしく、蒼生はさらりとそう言った。それならば、と元気に手を挙げたのは健太だ。
「はい! オレはねえ、今やってみたいのは、いわゆる拘束ってやつー。ほら、手だけとか足だけとかはしたことあるじゃん? それよりもう1ランク上げてさ、ガチで身動きできなくするみたいなの」
 冬矢が視線の温度を下げる。
「……へえ」
「ちょ、あの、怖、いや、だって、蒼生、蒼生はそういうの好きだよな!?」
「うん」
 にこにこと蒼生が頷くので、冬矢は困ったように腕を組んだ。
「蒼生がいいならいいんだけど。……ただ、気を付けなくちゃ駄目だよ。一歩間違ったら怪我をするかもしれないんだから」
「えっ、冬矢は一緒にしないの?」
 蒼生は無邪気に聞いてくる。すっかりこの場所には3人しかいないものと思っているようだ。あるいは、誰が聞いていてもかまわないと思っているのか。
 実を言えば、冬矢も健太の言うそれに興味がないわけではない。ただ、本当に拘束するとなると、蒼生が瞬時に逃げられない。蒼生の意志に反して自分が暴走したらどうなってしまうかわからないという恐怖が過る。
「そういうのは、蒼生を傷付けてしまいそうで、ちょっと怖いな」
「そっかぁ……。冬矢って器用だし、すごく上手にしてくれそうな気がするのに……」
「……俺がそういうことしたら、嬉しいの?」
「しなくても、どんなことでも嬉しいけど、……嬉しいと思う」
「なるほどね。そうか、不器用な健太だけじゃ不安だもんな」
 ぴょん、と健太と蒼生が同時に跳ねる。
「オレそこまで不器用じゃねえですけど!?」
「ぼ、僕もそういう意味で言ったんじゃないよ!?」
 ふっと冬矢は笑う。そうだった。暴走しても、健太がいる。止めてくれる存在があるのなら、少しくらい羽目を外してもいいのかもしれない。
「オレだけじゃやだ?」
「やなわけないでしょ」
「でもふたりがかりのが興奮すんだろ」
「う」
「素直さんめ……」
 冬矢は部屋の中央に歩み寄ると、健太との会話を遮るようにローテーブルの反対側に座って、蒼生の顔を覗き込む。
「じゃあ、その時には俺は少し何かを使ってみようかな」
 蒼生は目を見開いて、息を呑んだ。
「な、何かって?」
「それは……その時のお楽しみにしておいたほうがいいと思うよ」
「ひぇ……」
 そこに、明らかに視界の邪魔をされた健太がやってきて、蒼生の隣に座る。
「んじゃNGのほうは?」
「そうだなあ」
 蒼生が首を捻ると、冬矢がきっぱりと言い放つ。
「公共の場で事に及ぶこと。それから、無理矢理は駄目だ」
 それは何度も何度も言い聞かされた言葉だ。健太は大仰に頷く。
「知ってるー。耳にタコができるぐらい聞いたからな。あと、中出しもダメなんだろー」
「僕はいいのに……」
「そればっかりは、蒼生がよくても俺が駄目だ。……健太とふたりして内緒でしようとしても無駄だからね。こいつの口を割るくらい赤子の手を捻るようなものだから」
「おま……っ、何する気だよ……」
「さあ、どうしてやろうか。……蒼生がそれでも興味があるって言うなら、トロトロに甘やかして、挿入れてって泣いても絶対挿入しないで、もう言わないって言うまで待つのもありだな」
「えっ、……えぇー……」
 反応に困ったような蒼生に冬矢が笑う。
「……冗談はともかくとして。蒼生がつらくなるとわかっていることは絶対にできないよ。それでなくとも蒼生には無理をさせているんだから」
「まあな。それはその通りだ」
「うーん……。ふたりとも優しすぎるんだよなあ……。もちろん、すごく、嬉しいけど」
 たまにそれがもどかしくもある。優しい、とはつまり、我慢をしているのではないかと思うのだ。ふたりが蒼生を受け止めてくれるように、蒼生もふたりのすべてを受け止めたい。本当は、時々、めちゃくちゃになってしまいたい、と思うこともある。けれど優しいふたりに無理は言えず、踏みとどまってしまう。なんとか勇気を出して踏み込もうとしても、ふんわり抱き留められてしまう。しかもその優しさは無意識で、無理をしてそうしているわけではないらしい。だから逆に始末に負えない。蒼生は、なにか打開のヒントがないものかと、ぐっと身を乗り出した。
「じゃあ、健ちゃんのNGって?」
「ねえよ」
「へ?」
「ないのか」
「蒼生とシてやなことなんてあるわけねえじゃん。蒼生が嫌って言うこと以外はな」
 蒼生は頬杖をついて息を吐く。もっとさらけ出してくれればいいのだが、これがなかなか難しい。
 今度は健太がローテーブルに腕をついた。
「んで、蒼生はどうよ」
「僕? ……僕も基本的にはないんだけど……」
「けど?」
「……怖いのと、痛いのと、寂しいのは嫌かも」
 ふたりはすっと背筋を正す。はっとして蒼生は両手をぶんぶんと振った。
「あっ、でもね、さっきの話じゃないけど、ちょっと怖いとかちょっと痛いのは平気だと思うんだ。それって“面白い”ってことでもあるし。スリルとか、スパイス、っていうの? 楽しいのは好き。ホントに嫌なことって、ふたりは絶対しないってわかってるから。……だから、一番やなのは、寂しいこと……かも」
「うん」
「ん、わかった」
 ふたりは真面目な顔で頷く。入ってきたドアから、がちゃりと音が聞こえた。

 いったいどういう仕組みなのか、ドアの向こうはまた違う部屋だった。今度は壁に向かって机がふたつと間に本棚、逆側の壁際には二段ベッド。広さは少し狭くなったが、相変わらず窓は同じ景色を映している。
「調べるとこも減って来たなあ」
 奥の壁紙ばかりが見える本棚を眺めて健太が息を吐く。
「どうする? 一応いろいろ見てみる?」
「念のため見てみようか」
 とはいっても、見るところは机の引き出しくらいしかない。二段ベッドの布団を剥いでみたりマットレスを持ち上げてみたりしても、埃一つ見当たらなかった。
「何が目的なのかはっきりしないね」
 呆れたように冬矢が椅子に座る。机の上にはデスクマットが敷いてあったが、半透明のそこには何も挟まっていなかった。
「なんか、住宅展示場のモデルルームを渡り歩いてるような気がしてきた。あれ楽しいんだよなあ」
「あ、言われてみればそれっぽい。そういえば、どうしてだったか忘れたけど、ちっちゃい頃そういうとこで遊んだことあったよね」
「んー、と。誰かの友達んちが家買うって話じゃなかったっけか。付き合いで行って……なんかかくれんぼしたよな?」
「あ、そうそう。健ちゃん、押し入れに隠れて寝ちゃったよね。声掛けても出てこないから探すの大変だったよ」
「俺も一度母さんに連れられて行ったことがある。結局マンションからは出なかったから、見学だけになったけど。たしかに居住空間なのに住んでいる人の気配がない、不思議な空間だよね」
「うんうん。その系統で行くと、家具屋さんのディスプレイも好き」
「ああ、わかるよ」
 はあっと大きく息を吐いて、健太がベッドの下の段に飛び込んだ。
「……面白いよな。だから、こういう部屋の雰囲気は嫌いじゃねぇんだ。嫌いじゃねえけど、……そろそろ解放されたい」
「俺は蒼生とずっといられるなら、別にいいかと思ってきたところだ」
「えぇ……」
「そりゃ、オレだって蒼生といるなら別にどこだっていいんだけどさ。なんか、自分の自由にならない場所ってのがなんかすげぇ窮屈でやだ」
「健ちゃんなら、そっか。じゃあとっととお題こなさなくちゃ」
 健太は狭いところが苦手だ。それは部屋の狭い広いではなく、自分がどのくらい自由に動けるかの問題らしい。場所は動いても、結局ひとつの部屋の中にしかいない今の状況に閉塞感を感じるのだろう。もっとも、完全に安全な場所だとは限らないのだから、健太が疲れてきても当然かもしれない。
 ぽんと蒼生が例の紙に触れる。文字が浮いてくるのにも慣れてきた。
「今度は何だって?」
「えっと、『好きな体位を告白しないと出られない部屋』だって。これ、さっきと一緒でもいいのにねえ」
「そうだよね。要するに、これまでのことを聞かれているのかな」
「そんなん聞いてどうすんだろなぁ」
 全員が顔を見合わせて首を傾げる。
「こーいうのってお互いがそう思ってるんだーとか恋人にそんなこと言えない! とかなるのが醍醐味じゃねえのか?」
「だよね。そもそも、どういうかっこしたいからって始めることもあんまりないし……」
「その時したいように好きにしてるだけだもんな」
「ね。お互いバレてることも多いと思うし。健ちゃんは後ろからが好きだよね」
 健太は寝転がっていた体勢からひょい、と起き上がる。
「好きだねー。やっぱこの……綺麗な体の、こう、背中のラインが見えんの好き」
「よく言ってるやつだ」
「あ、あとアレ好き。脚の間に入るやつ。なんていうんだ、足がクロスするような」
「松葉崩しな」
「へー、そういう名前なんだ」
「それ、どこかで聞いたことある。そっか、いろんな名前がついてるんだね」
「四十八手ってよく聞くだろ」
「ああ、うん。いくつかは知ってるかも。古風な名前の」
「名前をつけるために無理矢理考えたような体位もあるし、調べてみると面白いよ」
 健太は思わずにんまりとした。話の内容はかなり俗っぽいが、まるで参考書を読み合うような穏やかなトーンの会話は、高校時代の勉強会を思い出す。そういえば最中にこんな話をしたことはあるが、ここまで落ち着いて話し合うのは初めてかもしれない。
「冬矢は? どんなのが一番好き?」
「そうだな……。おいで」
「? うん」
 呼ばれて、蒼生は素直に冬矢の元に歩み寄る。
「蒼生と触れあえるならどんな格好も好きだけど、一番好きなのは対面座位かな」
「どういうの?」
 冬矢は笑って腕を広げる。
「そのまま俺の上に座って」
「こう?」
 蒼生が向き合う体勢のまま、椅子に座った冬矢の上に座る。冬矢は、その腰をぐっと抱き締めた。
「……こういうの」
「! 僕も好きなやつだ」
「そうか。ふふ。近くで顔が見られるし、こうして抱き締めてあげられる」
「顔が見られるの、嬉しい」
 蒼生はぎゅっと冬矢の首にしがみついた。健太がなるほど、と頷く。
「そうだよな。蒼生って顔見えるのが好きだもんな」
 首だけ上げて、蒼生が笑う。
「うん。僕だって触れあえるだけで嬉しいけど、やっぱり顔は見たいよ。安心するし、かっこいい顔見てるの好きだし、目が合った時なんてもう最高に幸せ!」
「蒼生……」
 たまらず健太は立ち上がり、手を伸ばして蒼生の頬を撫でる。蒼生は嬉しそうにその手にすり寄った。さらりとした感触に、胸がぎゅっと締め付けられる。可愛い。どこまでも無防備な表情が可愛い。
「……あー、そのぉ、…………だから?」
「? なにが?」
「いや、ごめん、なんて言えばいいんかな。えっと、あのな。なんかで目にしたんだけど、その。受け入れる時、さ。同じ男相手に足開いて待つのって抵抗あるーって話聞いて、言われてみりゃなるほどなって。蒼生は、顔見るの好きだから平気だった?」
 蒼生はきょとんと健太を見上げる。
「忘れたの? 最初の時、僕を後ろから抱き締めて足広げさせてたの健ちゃんだよ。抵抗も何も」
「あっ」
「でも、そうだね。ちょっと恥ずかしかったけど、……大好きな人と繋がれることが嬉しくて嬉しくて、もうほんとにそれだけでいっぱいで、抵抗感とかそういうのなかったかも」
「そ、そっか」
 でれっとした顔を隠すようにそっぽを向いた健太を、蒼生は微笑ましく見つめる。冬矢も愛おしそうに蒼生の肩にそっと額を寄せた。
 かちゃ、と聞き慣れてきた音がした。

 次の部屋は、窓の大きな部屋だった。そのせいで広く見えるが、部屋自体は狭い。窓際に小さなベッド、横の壁には壁掛けのテレビ、さらに隣に全身がぎりぎり映る細い姿見、それらに向けられたソファ。反対側の壁は一面クローゼットだ。
「もう調べなくてもいっか」
 健太が指の節で例の紙をこんこん、と叩いて文字を呼び出す。
 曰く、『コスプレしないと出られない部屋』。
「いよいよおかしくなってきたな」
「わざわざ、ひとりでOKなんて注意書きがされてるね。今までこんなのなかったのに」
「……へえ」
 それだけではない、物の指定があるのも初めてだ。この部屋の中で何かが入っているとしたら、クローゼットしかないだろう。3人の足は自然にクローゼットに向かった。
 蛇腹になった扉を開けると、そこには衣装らしきものがハンガーにかかってずらりと端から端まで並んでいる。丈の短いもの、長いもの、短いがボリュームがあるもの、様々あるようだが。
「なんか、可愛いのばっかだな」
 ぽつ、と健太が呟く。
「…………」
「…………」
 そのまま黙り込むふたりに、蒼生がはーっと息を吐いた。
「で? 僕はどれを着ればいいの?」
「えっ?」
 驚いた顔で冬矢が振り向く。
「えっ?」
 驚かれたことに驚いて、ぱちくりと目を見開く。
「……いいの?」
「だって、需要と供給が落ち着く先ってそこでしょ。僕だって別に着たいわけじゃないけど、じゃあふたりが着るの見たいかっていうとそれもどうかなとか思うし」
 冬矢は少し考え込んでいるようだった。その表情を見て、蒼生はそんなに悩むことだろうかと首を傾げる。
「まさか冬矢、着たいのがある、とか?」
「それは出来れば遠慮したいところではあるんだけど……。かといって蒼生に着せたいわけでも……」
「? だけど誰かがやらなきゃダメなんだよね。健ちゃんは」
「蒼生に着せたい」
 クローゼットの中を見つめながらの食い気味の答えに、蒼生が笑う。
「でしょうね。そもそも僕だって似合うわけがないんだから、適当に好きなの選んで。でも、せめて突拍子もないやつはやめてね」
「ん、わかった」
 健太の目はやたら真剣だ。着せたいと言うんだろうなとは思っていたが、こんなに真面目に選別に入るとは。そこに冬矢が割り込む。
「……待て、俺も選ぶ」
「なんだよ、冬矢は蒼生に可愛いかっこさせたくないんだろ」
「そういう意味じゃない。というか、おまえだけに選ばせるのは危険だ」
 ふたりは協力体制に入ったようだ。内容はともかく、それ自体は嬉しい。ちらりとしか見てはいないが、どうせ自分が着たいものはないのだから、完全にふたりに任せることにして、蒼生は部屋を見渡した。
 窓の外の草原は、心なしか薄暗く、赤みを帯びているように見える。その枠は今までと違って開きそうな雰囲気があるが、覗き込んでも角度が変わらない。風の気配も感じないので、やはりただの画像なのだろう。ベッドはただシーツにくるまれたマットレスが直に床に置かれていて、隙間があるわけでもない。最後に調べたテレビは壁に取り付けられていたが、ケーブルの1本もなく、電源と思しきボタンも飾りのようだった。またもや何もなくて、ふたりが服を選ぶ間の暇つぶしにもならなかった。
 することがなくなって、ソファに座る。姿見の中に、健太と冬矢がごく近い位置で何かを話し合っているのが映っていた。
「……制服……」
「せっかくなら……スカート……」
「いや……」
「……ギリギリ……」
「見える……」
「見えない……」
 部屋が静かなので、ひそひそと交わされる不穏な会話が聞こえてきてしまう。ふたりがやけに時間をかけていることも少々不安だ。
「あの、ハードル低いやつでお願いします!」
 振り向いて声をかけると、一瞬だけ視線がやってきたが、またふたりでクローゼットに向き合う。その姿を見ると仲がよさそうに見えて大変喜ばしいのだが、状況が状況だけになんだかよくない方向に進みそうな気がしてしまう。その流れで選ぶ服を見たら思わず止めてしまいそうなので、あえて目をそらし、少し硬めのソファに座り直す。それから、何も映さない真っ暗な画面をぼんやりと眺めて気を静める。しかし、気にしないようにすると余計に後ろの声が気になる。
「……非日常……」
「いっそ……」
「でも……」
「さすがに……」
「……メイド……」
「……メイド……」
 ふたりの口から同じ単語が零れたのがはっきり聞こえた。ふたりはそこからもまたしばらくごそごそとやっていたが、急に静かになったと思うと、こちらに向き直る気配がする。
「蒼生さん」
 堅苦しい感じで呼ばれたので、蒼生は一度立ち上がると、ソファの背に向けて正座をした。
「はい」
「メイド服に決定しました」
「聞こえてました」
 意外に大人しいところに落ち着いたな、とほっとする蒼生だ。もしかすると誰かが見ているかもしれない部屋で、妙な格好をさせるのもいけないと思ってくれたのだろうか。
 健太と冬矢は、改めてクローゼットに手を伸ばし、……そこで蒼生はおやっと思う。意見が統一されたはずなのに、どうして違う場所に手を伸ばすのだろう。だが、その疑問はすぐに解決した。ふたりが手にしたのが、まったく違う衣装だったからだ。冬矢が取ったのは、長いスカートにふっくらした袖、控えめなリボンが愛らしいクラシカルなメイド衣装。対して健太が持っているのは、布地が極端に少ない明らかに目的が違うメイド服だ。しかもハンガーに掛けるほど布の量がないようで、全体イメージの写真が貼ってあるビニール袋の中に詰められている。
「……それ、服? ただの布じゃなくて?」
「ふーん。おまえには少々変態の気があると思っていたが……“少々”は余計だったみたいだな」
 健太はぎょっとして勢いよく首を振る。
「へ、変態とかっ……。や、その、絶対買わないじゃんこういうの! 希少価値だよ! これ着た蒼生にお仕置きと称してえっちなことしたい!」
「ひぇ……っ」
「蒼生は綺麗なんだからこういう清楚な衣装が似合うと思うんだが。第一、蒼生はおそらく与えられた仕事を完璧にこなすだろう。そんな蒼生にどう理屈を捏ねてお仕置きするつもりなんだろうな」
「えっ……それは……」
「雇用主が正当な理由なく労働者に罰を強要するというわけか」
「だーっ、うるせえ、とにかく、どっちを蒼生に着せるかジャンケンで決めるぞ!」
 話し合いで決めるのかと思いきや、勝負方法はそれらしい。蒼生が口を挟む隙もなく、無情にも勝負は一瞬で決まった。
「っしゃ!」
 グーに握った拳を、健太はそのまま突き上げる。ああ、と息を吐いたのは蒼生と冬矢同時だった。
「残念だ」
 手にした服を上から下へと眺める冬矢に向け、蒼生は身を乗り出した。
「あの……。もしあれだったら……戻ったら、着るよ? こういうの……」
 冬矢はハンガーをクローゼットに戻して首を振る。
「いや。せっかくなら、逆がいいかな」
「逆?」
「蒼生が主人で、俺はそれを公私にわたって支える執事になるんだ。昼は片腕として働き、夜はそれはもうめちゃくちゃに可愛がってあげる」
「……えっ、それ、もう衣装の話じゃないんじゃ……」
「おまえの妄想も大概だな」
「そうだな、おまえには庭の木の役でもくれてやる」
「人ですらねぇのかよ!」
「タイミングよく適当に揺れてろ」
「突然倒れて邪魔してやろうか」
「ふふふっ」
 言い争いを始めたふたりが、蒼生の笑い声にぴたりと止まる。蒼生はソファの背に埋まるようにして笑っていた。冬矢がそっと頭を撫でると、ふわっとした顔を見せる。
「ふたりといるとホントに楽しい。……これを着るのかーって思うと正直複雑な気分だけど、まあいいや。貸して」
 蒼生は健太からよくわからない袋がぶら下がったままのハンガーを受け取る。複雑という言葉を聞いて一瞬躊躇った健太だが、蒼生が着てくれると言うのだから、素直に喜んでいいのだろう。
「全部着替え終わってから、わー可愛いって言いたいから、着替えるとこ見ないでおくわ」
 そう言うと、ソファの後ろにもたれかかるように座り込む。
「ええー? ……うーん、言うかなあ……」
「蒼生、俺はどうしたらいい?」
「ええと……出来れば見ない方向で……」
「わかった」
 冬矢はまだ何か言いたげだったが、決まったことには従うつもりのようだ。大人しく健太と同様の待機態勢を取った。
 ふたりがソファの陰に消えたのを確認し、蒼生は手元の袋をなんとも言えない気分で見つめる。袋から中身を取り出すと、小さくたたまれていたのか、意外に布の量は多い。が。
「……わー。すごいな。上下の差……。えっと、これが、こう? で? こっちをここに……。あ、ひとりでやるの結構大変かも。……えっ。これ、確実に……うわぁそういうことかあ……。これは、……うそ、こっちが? でも写真だとたしかにこうだし……。ええええええ」
 蒼生が逐一実況してくるので思わず覗いてしまいそうになるのを、健太はなんとか耐える。耐えるものの、とても、ものすごく、非常に、気になる。
「なあ、蒼生ぃ」
「なぁに?」
「その感想、わざと? オレが見ちゃいたくなるように煽ってる?」
「あお……っ!? ち、違うって。ホントにこれ、キツいんだよ。サイズじゃなくて。……いやこれサイズ関係ないか。えーと……あの、ね。鏡見て、自分で、うわーきっつー、って思ってる……。だいぶ酷い……。たぶん引かれると思う……」
 次第に小さくなる蒼生の声に、健太の期待が反比例して強くなる。
「んじゃ、着替え終わったってこと? 見ていい?」
「…………はい」
 がばっと振り向きながら勢いよく立ち上がる。壁際の姿見の前に、蒼生は立っていた。
「うっわ」
 ぽつりと健太が呟く。
 それきり、沈黙。
 蒼生が両手で顔を覆う。
「せめて何か言って……」
「……あっ、いや、ごめん、めっちゃ可愛くて言葉失ってた……」
「こういうの、どうかと思っていたけど……悪くないな」
「蒼生、めっちゃくちゃエロい!! 可愛い!!」
「えぇー……」
 マイクロサイズの黒いビキニトップに、細かいレースの付け襟。左腕には黒リボンのついたベルトが巻かれ、両手首には襟とベルトと揃いのレースに黒リボンのカフス。太ももを半分も隠す気のない黒いスカートは、フリルたっぷりのエプロンの陰にわずかに見える程度で、そのスカートもフリルのパニエでふっくらと広がっている。白いオーバーニーソックスにも黒いリボン。足下が黒く光るエナメルのストラップシューズなのもきっかり健太に突き刺さる。頭につけたブリムから垂れるリボンが頬にかかるのもいい。
「はー……最っ高……」
「写真だと下品に見えるが、蒼生が着るとこんなに可愛いんだな」
「……男子大学生にこれは本当にキツいって……。そんなこと言うのふたりくらいだよ……」
「な! 蒼生! 後ろ! 後ろも見せて!」
「はぁい……」
 そろり、と蒼生が背を向ける。背中の中央でビキニの結び目が不格好になっているのがまず目に飛び込んで来て、可愛さに思わず和む。次に、エプロンの紐が大きなリボンになっているのが見える。それを可愛らしいと思っているうち、その隙間に気が付く。白いリボンの間に、また純白。スカートが後ろに向かって短くなっており、ふわふわフリルの下着が顔を覗かせているのだ。健太は何かに刺されたように胸を押さえた。
「えっろ……」
「恥っず……」
 がちゃ、と蒼生の待ち望んだ音がする。
「もー! 早く次行こ!」
「えー、もっとじっくり見てえのに……」
 でれでれと顔を崩す健太とじっくり見つめてくる冬矢の腕を両手で掴み、蒼生はわずかに開いたドアに向かって大股で歩き出した。

 部屋の真ん中に、大きなベッドがどんと置かれている。その両脇には背の高さほどの、シェード越しに柔らかな光で部屋を照らすライト。それ以外には壁の間接照明があるくらいで、全体的に薄暗い。大きな窓の外は夜の景色。そして張り紙には『セックスしないと出られない部屋』。
 健太が大きく息を吐いた。
「よーやっとかよ……。前振り長すぎんだろ!」
 そわそわと蒼生が両側を見上げる。
「じゃ、じゃあ、脱いでいい? いいよね?」
 一刻も早く脱ぎたいらしい。早速カフスに指をかけた蒼生の手を、健太が握って止める。
「なんでだよ。せっかくなのにもったいない」
「ぼ、僕だけ格好が奇抜すぎるの、すごく落ち着かないんだよぉ」
「大丈夫、すぐに気にならなくさせてやっから」
「え」
 健太は蒼生の腕を掴み返すと、そのままベッドの足元まで連れていく。そして自分だけベッドに座ると、蒼生を数歩前に立たせた。蒼生は戸惑ってきょろきょろとしている。
 そこに、枕元を見に行っていた冬矢がボトルと小袋を手にやってきた。
「いつも使ってるローションとゴムが置いてあった。用意周到だな」
「えっ、言い訳出来ねえじゃん」
「残念だったな」
「……あの。なんで僕立たされてるの?」
 困った声で尋ねると、健太は冬矢の手元から目を離し、まっすぐに蒼生を見た。ねっとりとしたその視線を受け止め、蒼生は健太がこれから提示してくるだろう要求を悟る。かあっと頬を赤く染める蒼生に、健太がうっとりしたような、何かをこらえているような顔で笑った。
「なんだ。もうわかってんじゃん。それでもオレの口から聞きたい?」
「っ、うん……」
「それ。自分で、めくって?」
「……は、ぃ……」
 蒼生はそっと両手を前に出す。腕を伸ばしてちょうど裾が握れる長さに作為的なものを感じるが、心拍数が上がってしまってそれどころではない。手が、指先が、震える。恥ずかしい、と思うのが1割。残りは、触れてもらえる、期待だ。
「……健太……。おまえ、昔の彼女にもこういうことさせていたんだろうな」
「えっ」
「馬鹿いえ。そんな趣味ねえよ。……蒼生だから、見たいんだ」
「そっ、それは、それで……」
 ぎゅっと裾を握る。
 さっき自分で身につけた、あれ。
 どう身に着けるのか判断に迷った。
 意図を察して、さらに着てもいいのか迷った。
 あれを見せたら、さすがに引かれるのではないだろうか。
 いっそ勢いよく見せてしまおうかと思ったが、手が震えてうまくいかない。そんなつもりは全くないのに、焦らしているような速度になってしまう。見ている。わかる。健太が。それから、冬矢の目線も。感じる。
「…………なに、それ。かっわいぃ……」
「嘘だぁ……」
 健太は自分の視界を疑う。スカートの奥から現れたのは、正面だけレースで作られた、フリル付きの下着だ。その薄い布を分けるように、少し反応した蒼生のペニスがふるふると揺れていた。
「一番大事なとこ隠せてねぇじゃん……」
「……っ、あの、ね、これ、最初から左右に分かれててね、おっ、男の僕が穿くとね、どうしても、こ、こうなっちゃう、っていう、か、こぼれちゃうっていうか」
 この状態をふたりにまじまじと見つめられて、さすがに恥ずかしさが限界を超える。蒼生は思わず、顔を覆って勢いよくしゃがみ込んだ。
「あーもー……恥ずかし……」
 可愛い格好をしていても、蒼生は男子だ。スカートを穿いた時のしゃがみ方を知らない。膝に顔を埋める蒼生の足下では、無防備な場所が変わらずこちらを向いていた。
 頭に血が上って、五感のすべてが現実感を失ってしまいそうだ。可愛い、という感情が血管に乗って全身から溢れ、暴走しそうになる。
「蒼生。ぜーんぶ、見えてる」
「えっ、やだっ」
 蒼生ははっとして、慌てて膝を床に付けた。
 短いスカートを限界まで引っ張って隠すように伸ばされた腕。健太はその力が込められた指先に目が離せなくなる。シンクロするように、指先が震える。
「……まだ裸のほうがマシ……」
 ぽつんと溜め息交じりの声が、冬矢がぎりぎりで押しとどめていた理性を手放すきっかけになった。
「蒼生」
 ふたりの声が揃う。弾かれたように顔を上げた蒼生の目に、大きく息をして見下ろすふたりの、ギラついた目が映る。
「……っあ」
 ぞくぞく、と背中をくすぐる電流。抱き締められた時のように胸がきゅっとする。腰の中央がずくりと疼く。蒼生が好きな、目だ。
「おいで」
 健太の声が甘く響く。勝手に体が動いた。ふら、と立ち上がり、健太の前に歩み出る。そばにいた冬矢が、ふらつく肩を支えてくれる。座ったままの健太は、蒼生の目を覗き込む。
「さっきみたいに、自分で上げて」
「ん、うん……」
 蒼生は再び裾を掴み、ウエストまで持ち上げる。その、重たい純白のフリルに阻まれて立ち上がりきれない、愛しいピンク色を、健太は迷わず口に含んだ。
「あぁっ」
 びくん、と震える。待ち望んだ甘い心地よさ。暖かく包み込まれる感触。そこを中心に溶けてしまいそうになる。健太は蒼生の両足を抱き締めているが、その口元はスカートの中にあるせいで、全く見えない。濡れた舌がどう動くのか、先端にどうやってキスをくれるのか、蒼生にはまったくわからない。ただ、健太の思うがまま。それがどうしてか、こんなにも気持ちがいい。
「……っあ、ん……、けん、ちゃ……あぁ、ふ、」
「ぁおい……きもひ?」
「きっ、きも、ちぃ……っん」
 遮るように冬矢が唇をふさぐ。
「ん、んん……」
 その気配を感じたのか、健太が舌先で先端をえぐってくる。
「……んーっ……」
 冬矢の指が、胸元の黒い布の中にそっと差し込まれ、隠れていた乳首を弾く。そのままきゅっとつままれ、腰が跳ねた。
 すると今度は健太が強く吸い上げる。指先で付け根のふくらみをやわやわと揉みしだく。
 空いていた冬矢の反対の手が背を伝って降りていき、腰のあたりからフリルの下着の中に潜る。濡れた指先が、蒼生の中に忍び込んでいく。
「んっ……」
「……蒼生。もうちょっと足、開いて」
「あ、あ」
 冬矢の声に従うと、バランスが保てなくなる。前からと後ろからと、どちらの刺激からも逃げられない。
 頭の中がぐちゃぐちゃだ。
 外の弱いところに吸い付かれ、中の弱いところを優しく撫でられ。
「や……らぁ、も……っあ、ん、う、ふぁ、あ、ぁ……た、てな……ぃ……」
 キスの隙間から訴えると、ふたりの腕が強くなる。
 ぎゅっと抱き締めるように支えられて、余計に快感を逃がすことができなくなる。
「……っ、だ、めぇ、ん、んーっ、……ぅあぁ、や、んっ、で、ちゃ……くち、はなし、」
「だめ」
「あ、やぁっ……んーっ、ん、ん、んぅーっ!」
 びくびくん、と蒼生の身体が大きく震え、その重さがすべてふたりにかかる。
 健太は口の中に放たれたものを飲み込んで、ようやく唇を離す。そして白く糸を引くそれを、すべて取り残さないように、もう一度キスをして吸い尽くした。くぐもった声と、無意識に揺れる腰。ぐいっとそれを抱き締め、そのまま体を返すと、蒼生の身体をベッドに横たえる。すかさず靴を脱がせる冬矢に、らしいなと笑うが、すぐに目の前の光景に心が奪われた。普段とは違う格好で、力なくだらりとベッドに身体を預け、荒い息を隠さない蒼生。愛おしい。ぱち、ぱち、と瞬きした蒼生がとろりとした目で見上げてくる。
「……ぁ、ごめ……口、中、出しちゃった……。ゆすぐ、の、ないのに……」
 健太は、え、と声を上げる。
「それ心配してたの?」
 こくん、と蒼生が頷く。たしかにこの部屋にも今まで通ってきた部屋にも、冷蔵庫もなければペットボトルの1本も、水道すらない。それには気付いていたが、そういう観点の心配をされるとは思っていなかった。
「マジかよ……あー、好き。ヤバい、好きだぁ……。気にしないでいいんだよ、オレ、わかってて飲んでんだから」
「ほんと……?」
「ん。ごちそーさま」
 言いながら、蒼生の髪にそっと口づける。蒼生はほっとしたように表情を和らげた。
 冬矢もその言葉にぐっと来たのだろう。そっとベッドに上り、蒼生の髪を撫でる。ほんわりと嬉しそうに笑う顔に健太も嬉しくなる。が、それで自分に宿ったままの熱が消せるわけでもない。投げ出されたままの蒼生の手を握る。
「……あの。オレも……してくれる?」
「ああ……。ふふ、そっか……。ご奉仕だ。メイドさんだもんね」
 蒼生はにこにこしながら体を起こし、改めてベッドに座りなおした健太に四つん這いで近付くと、迷うことなくジッパーを下げた。ぴく、と健太の身体が揺れる。そのまま引き出したペニスに頬ずりする蒼生に、さらにそこに血が集まってしまう。手の中で増した質量に蒼生は目を瞬かせた。
「わ、すごい」
「だって蒼生が可愛いから……。暴発したらごめんな」
「えー。どれどれ」
 ちろりと蒼生が先端との境目を舐める。正直、それだけで暴発しそうなのを、ギリギリなんとか耐えた。
 それを黙って見ていた冬矢は、静かに蒼生の後ろに回る。四つん這いのまま顔を落とした蒼生は、自然と腰を突き上げるような格好になっていた。目の前で揺れるフリル。それをそっと引きずりおろす。
「……んんっ」
 健太のモノを頬張った蒼生が、小さく声を漏らす。リボンとフリルに囲まれた丸い臀部は、まるで桐箱に入った高級フルーツだ。その熟れきった果実をそっと撫でると、可愛い腰がしなる。
「あーおい……。いただきます、してもいい……?」
「ぅんっ……たぇて……」
「じゃあ食べちゃうね」
 撫でた白いそこに一度唇を寄せる。なめらかで、しっとりとした触れ心地。中央に紅く咲いた花は、先程自分が柔らかく解したからだろう、艶やかに震えている。体を起こして、そこにそっと先を押し付けると、自ら迎え入れるように腰が寄ってくる。
「可愛い……。可愛いよ……」
「んー……っ」
 ぎゅっときつく搾り取るようなその場所は、けれどすぐにうねるように冬矢のペニスを誘い込む。落とした視線の先で、エプロンのリボンが大きく揺れているのが見える。口をいっぱいにしていて言葉が使えない蒼生が、自分の侵入を喜んでいるのが伝わってくるようだ。素直な反応が愛おしくて、つい性急に体を進めてしまう。また心地よい蠢きが伝わってくる。
 健太も、蒼生の余裕がなくなったのを感じていた。喉近くが動いて、先を掴まれたような感覚になったあと、吸い上げる力が強くなったからだ。優しく穏やかで包み込まれるようだった気持ちよさが、強烈な快感に変わる。それでもペニスの根元を労わるような指先が変わらないのが、もどかしくも可愛らしい。
「……ぅ、んー……う、ぁ、ん……あー……あぁっ、ふ……ぅっ」
 濡れた音と自分たちの呼吸音の隙間を縫うように、蒼生の甘い声が響く。ここがどこだとか、どうしてここにとか、そんなことがどうでもよくなる。ただただ、触れ合う体が、気持ちが、すべてが溶けるように快い。
 快楽に溺れる中で、一番先に音を上げたのが健太だ。蒼生のうっとりと見上げてくる顔に、快感が加速する。それでなくとも暴発の予感があったのだ。
「あー……ごめ、冬矢、ちょ、かわってくんねぇ……?」
「はあ?」
「ちょっとだけ! すぐだから! な? 蒼生も……」
「んーん……」
 険しい顔の冬矢に続いて、蒼生も眉根を寄せてふるふると首を振る。
「お願い、ナカでイきたいから……」
 蒼生を抱き上げると、不満げな瞳と正面からぶつかった。
「僕、も、ほしかった、のに」
「あとで。あとであげるから、ね。お願い」
「うー……」
 キスをすると、蒼生はまだ言い足りないような唇を閉ざす。はあっと冬矢が息を吐いた。
「……仕方のない奴だな。ごめんね、蒼生」
「あぁっ、ひっぅ」
 冬矢は、体を引いた途端びくんと震える蒼生を後ろから抱き締める。そのまま蒼生を起こすように座り、自分の体に寄りかからせる。そこには何の抵抗もなく、ゆったりと体を預けてきた蒼生は、すいっと顔を上げた。キスをねだる仕草だと気付き、頬に一度唇を落としてから舌を絡めるキスに繋げる。嬉しそうに応じて、抱き締める手に自分の手を重ね、さらに擦り寄ってくる蒼生。求められていることが嬉しくて仕方ない。
 そこに健太が膝を進め、蒼生の腰を抱き上げる。
「あ」
「いくよ」
「っ! は、ああっ、あ、んっ、ふぁ、あ、ぁー……」
 ぎゅ、と冬矢の手にかかる力が強くなる。なだめるように耳元に口づければ、声にならない声が喉から漏れるのが聞こえる。
「蒼生、蒼生……」
 切羽詰まった声で健太が蒼生を揺さぶる。呼吸を合わせようとする蒼生だが、限界が近い健太には追いつけず、冬矢に縋りつくので精一杯なようだ。ただ、その分、健太の限界も早い。
「蒼生、ごめっ……出……っ」
「あっ、あ、あ、ぁ、はぁ、あ、あー、あ、……ぁ」
「……ふ、ぅ……」
 あっという間に精を吐き出した健太が、深く息を吐く。引き抜こうとした健太の手に、蒼生の指がかかる。もう片方の手は、冬矢にしがみついたままだ。
「……や。もっと……ぉ……」
 とろんとした蒼生に、健太と冬矢はにぃっと笑った。
「もちろん」
「これからだよな」

 ドアはいつの間にか開いていた。いつ、どのタイミングで開いたのかはまったくわからない。半分眠っているような蒼生を抱き上げた健太を従え、冬矢がそのドアをくぐる。
 そこには見慣れたベッドがあった。ヘッドボードも、枕も布団もクッションも、すべてが自分たちのもののように見えた。それ以外には何もなく、部屋全体がぼんやりと淡く光っている。
『お疲れ様でした。ごゆっくりお休みください』
 と書かれた紙には、他に仕掛けもないようだ。触れてみても何も起きなかった。
「なんか綺麗な部屋だな」
「どうやって光っているんだろう」
「今更仕組みとか気にする? でもたしかに変な感じ。普通に壁と床なのにね」
「雰囲気あるよな。……もう1回したくなる」
「……ちょっと無理」
「ですよね」
 あの後もさんざん交互に可愛がられて、体がうまく動かない。応じたくとも、この状態ではどうしようもない。
 だが、しゅんとした健太に蒼生は慌てる。
「あ、のね、気持ちはあるんだよ。僕もシたいと思ってる。けど、今は動けなくて……」
 冬矢が蒼生の頭にぽんと手を乗せた。
「わかってるよ。帰ったらゆっくりシようね」
「うん」
「だよな。ごめん、無茶言って」
「違うよ、気持ちは嬉しいから、いいんだ。帰ってから、ね」
 そのまま3人はベッドに上がる。なんだか懐かしい感触だ。
 ベッドにそっとおろされた蒼生が、体の力を抜いたまま、すうっと目を閉じる。
「あ。その服、着替えたほうがいい?」
 蒼生は視線をおろし、ひらひらしたままの自分の姿を見て、頭を振った。
「もう、それより、眠たい……」
「ん。そっか」
 そっと蒼生に布団をかけると、ふたりもその中に潜り込み、挟むように横になる。寄り添って両側から手を握ると、嬉しそうな笑顔が返ってくる。
 誰が発したのかわからない、おやすみ、という声を最後に、意識がふうっと途切れていった。


 最初に目を覚ましたのは蒼生だった。ぼんやりと開けた目に、冬矢の寝顔が大きく映る。ふと気付けば、その腕にはしっかりと自分の腕が巻き付いていた。道理で顔が近いはずだ。そしてそれとは違う腕が、体の上、腰を抱くように乗っかっていて暖かい。深呼吸すると、慣れたにおい。安心して、蒼生は目を閉じる。が。
 ぱっと目を開け、蒼生はぐるりと部屋を見渡す。クローゼットもドアも窓もカーテンも、よく知る自分たちの部屋だ。冬矢だけではない、健太も寝息を立てて静かに眠っているのが見えた。夢だったのか。ほぉっと息を吐いて、念のため自分の格好を確認する。間違いなくパジャマだ。夢とはいえ、あの格好はないだろう。さすがのふたりも引くはずだ。だが、夢に見たということは、もしかしてそういう願望が自分のどこかにあるのだろうか、と悩んでしまう。
 その気配に気付いたのか、健太がぱちりと目を開けた。
「んー……蒼生?」
「あ、起こしちゃった? ごめんね」
 健太は笑って首を振る。
「大丈夫、いい夢見てて、その区切りがついたところ」
「いい夢?」
「うん。蒼生といっぱいえっちなことする夢」
 話し声に、冬矢も目を覚ましたようだ。小さく体を起こすと、部屋の様子を眺める。
「……もうおかしな部屋ではないみたいだな」
「え?」
「え?」
 健太と蒼生は顔を見合わせる。ふたりで冬矢の顔を見ると、冬矢は苦笑いで頷いた。
「そういうことのようだよ」
 ぽかんとする健太の腕からすり抜け、蒼生はヘッドボードの上にある時計を覗き込む。
「……日付は寝た時のままだし、時間もそんなに経ってない……。え、僕たち全員で同じ夢を見ていたってこと?」
「だね」
「マジか、そんなことあるんだなあ」
「すごいね……。でも、体のどこもしんどくないってことは、やっぱり現実にあったことじゃなくて、夢なんだね」
「ああ、体力そのまんまだし」
「むしろゆっくり寝て回復したような感じだ」
「…………」
「…………」
 沈黙。
 3人はしばらくお互いの顔を窺っていたが、健太が「よし」と体を起こした。
「ヤろ」
「……だよね」
 蒼生が笑い、健太に手を引かれて起き上がる。冬矢も部屋の電気を付け、掛布団を折りたたんだ。
「それじゃ、現実なので、僕は軽くシャワーを浴びてきます」
「お願いします。……あ、さっきの続きなんだから、何か着てする?」
「やーだ。直接肌に触りたいから何も着ないでシたい」
「! そうか。そうだね」
 冬矢は蒼生の髪に触れ、穏やかに笑う。
 ええ、と声を上げたのは健太だ。
「可愛かったのにー。ひらっひらでふわっふわの蒼生、めちゃくちゃ可愛かったよ?」
「健ちゃんのフィルター、がばがばなんだよなあ……」
「特にさあ、あの、可愛いぱんつはまた穿いてほしい」
「……っ、健ちゃんのばーかっ!」
 蒼生はクッションを健太に軽く投げつけると、ぱたぱたと足早に寝室を出ていく。直後に、冬矢からもぺちんと額を叩かれた。
「本当に、おまえはしょうがない奴だな」
「だって可愛かったんだもん」
 それには否定が返ってこなかったので、おそらく冬矢もそう思っているのだろう。
「あ、なあ、蒼生ーっ!」
 姿の見えない蒼生に向かって、健太は声を上げる。
「なーにー!?」
 向こうから、蒼生の声。ちゃんと返してくれる。愛しい。
「蒼生、だーい好き!」
「……僕も、ふたりのこと、大好きっ!」
 ばたん、とリビングのドアが閉じる音が聞こえた。
 答え損ねた冬矢は真っ先に触れられるよう上着を脱ぎ、健太は投げられたクッションを抱き締めながら、可愛い恋人が戻ってくるを待つのだった。

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