高原 風音

ふんわりいちゃ甘な創作BL小説をメインで活動しています!
基本的にはハピエン厨というより、ハッピーに始まりハッピーに進んでハッピーに終わる、一言で言うと“始終ハッピー主義”。
主にPixivで作品を発表しており、こちらには順次再掲を行っております。現在執筆中のシリーズは3人組のゆるふわいちゃあまラブ『僕+君→Waltz!』(R-18あり)。完結済みのシリーズには、自由奔放な少年がハッピーエンドを迎えるまでのお話『初恋みたいなキスをして』(R-18)があります。
そのほか、ちまちまと短編BLを書いたりしています。
また、ここでは紹介しませんが、ファンタジー?ふうのシリーズ『碧色の軌跡』(完結済み・恋愛要素なし)やオリジナル短編などもあったりしますので、興味がありましたらぜひ。
二次創作もぼちぼちやっております。

プロフィールタグ

投稿日:2024年08月15日 23:20    文字数:21,388

61こ目;上書きの夏旅行~前編~

コメントを送りました
ステキ!を送りました
ステキ!を取り消しました
ブックマークに登録しました
ブックマークから削除しました
コメントはあなたと作品投稿者のみに名前と内容が表示されます
せっかく選んだ水着を活用出来ずに終わったサークル合宿。
どうしてもそのリベンジをしたかった健太は、ふたりを旅行に誘いました。
水着だけではなく、やりたかったあれやこれやも詰め込んで。

終始テンションの高い3人の様子をお届けします。
なお、後編はR-18となりますので、ご了承くださいまし。

↑初公開時キャプション↑
2022/08/14初公開
https://pictbland.net/users/series/kazanet-tk/%E5%83%95%EF%BC%8B%E5%90%9B%E2%86%92Waltz%EF%BC%81
後編は次週公開予定です!
1 / 1

 サークルの合宿が終わってからというもの、健太はずっとそわそわしていた。とりあえず放っておいたが、しまいには旅行のパンフレットを見比べてあれこれ悩み始めたので、何を考えているのかははっきりわかる。蒼生が俺たちとなら外にでも遊びに行く、と言ったので、その熱が冷めないうちに行動に移すつもりのようだ。まあ、可愛い奴だなとは思う。もちろんそういう意味ではないが。
 バイトを終え、うんざりするような気温の中を歩いて帰宅した俺を珍しく玄関で出迎えた健太は、リビングに戻るなりテーブルの上にばさりと資料を広げた。
「あのさ冬矢、場所と日にちの相談したいんだけど」
 は? 俺に? 蒼生はまだ帰ってきていない。
「蒼生が帰ってきてからにすればいいじゃないか」
「オレと蒼生で決めた後に、おまえにダメって言われたら蒼生ががっかりするだろ」
「なんだ、俺はそういう非道なことをするイメージか?」
 少々心外だな。蒼生に悲しい思いをさせるつもりはないんだが。健太は少し考えてから首を振った。いや、考えるところじゃない。すぐ否定するべきだろ。
 俺がそう抗議する前に、健太はパンフレットを1冊手に取った。
「ってか、オレが決めるとさあ、無意識に全力アウトドアとかになっちゃいそうなんだよな。さすがにそういうの、蒼生に合わないだろ。蒼生は優しいし、今だと押し切ったら押し切れちゃいそうじゃん? だから同じくインドア派の冬矢さんにお話を伺いたいと思いまして」
「なるほど」
 健太の言うことは一理あると思う。昔、健太と幼馴染みなだけだった頃の蒼生は、意に沿わない誘いはきちんと断っていた。もちろん今だって断ることはあるが、嬉しいことに「俺たちと一緒にいたい」という思いが強くなっているせいで、以前より簡単に押し切れてしまう。だから、蒼生がきつい思いをしないように、俺たちのほうで気を付けなければならない。
「それで、どういうプランを考えているんだ?」
「んー。最初はさ、沖に出てダイビングくらいなら、とかも考えたんだけど」
「ちょっと蒼生が悩みそうだな」
「だろ? んで、いっそのことさ、有名どころのビーチ近くでプールのあるとこがいいんじゃないかなって。みんな海行くからプールってすいてるような気がするんだ。この前のホテルでも、海には人いっぱいいたけど、中庭のプール覗いたら全然人いなかったし」
「よくそんなところまで見ていたな」
「いいな~と思ってたからさ。……あ、ただな、日にちが近いこともあって、だいぶ埋まってるのと、あと経済的な事も考えると、ちょっと遅めに出て早めに帰る2泊3日朝食付き夕食無し、っていうこのプランが一番条件に合いそうなんだ。時期ずらせば夕食付きのもあるっぽいんだけど、ほら、これ。地元の祭があるんだって。一緒に行ったら楽しそうじゃね?」
 相当いろいろ考えていたんだろうな。健太は流れるように資料を見せてくる。
「ふーん。そういうことか。夕食が付いていないのは、それでもいいんじゃないか? どこか飲食店を探してもいいし、祭で買い食いっていうのも喜びそうだ」
「あー、うん。だよな、うん」
「ちなみに、日程がそれだとして、蒼生のスケジュールは大丈夫なのか?」
「そりゃ、オレら出来るだけ休み合わせる努力してんじゃん? バッチリだよ」
 大学生にとって、長期の休みは稼ぎ時だ。俺も健太も多少の支援はもらっているとはいえ、十分な余剰があるわけではない。順当に考えれば、体力のあるうちに働いて貯めておいたほうがいいはずだ。だが、俺たちの目的は、蒼生と一緒に暮らすことだった。バイトに明け暮れて蒼生といる時間を減らすことになるのは本末転倒だ。そのバランスを考えなくてはならない。
 特に、俺たちに負担をかけていると考えている蒼生を説得して、休みを多く入れさせるのは一苦労だった。蒼生の気持ちもわかるけれど、俺の気持ちもわかってもらわないと困る。俺は蒼生にそばにいてほしい。すぐ顔が見られるところにいてほしいんだ。せっかくの休みなんだから、共に過ごしたい。一緒にいられない時間、どれだけ蒼生を恋しく思っているか、形にして見せられたらいいのにといつも思う。
 しばらくして帰ってきた蒼生を、健太は同じように迎え入れた。気が急いているのか、玄関先でパンフレットを広げて見せる。
「なあ蒼生、旅行行こう!」
「うん、行く!」
 ぱっと可愛い顔を輝かせた蒼生は、詳細を聞くまでもなく頷いた。


 昼過ぎの電車だったので、山ほど種類のある駅弁から好きなものを選んで車内で昼食にすることにしたのだが、その時点で既に蒼生と健太のテンションは高かった。あれにしようか、これにしようか、電車の時間がギリギリになるまで蒼生は売り場を楽しそうにうろうろしていた。通りかかるたびに即決で買い込む健太なんかは、完全に買いすぎだと思う。まあ、こいつのことだ、すべて平らげてしまうんだろうけれど。
 蒼生がにこにこして箸を上げる。
「冬矢ぁ、このお肉すっごく柔らかくて美味しいよ。ほら」
「どれどれ。……うん、本当だ。俺のも食べてみる? この炒飯、なかなかだよ」
「うん。僕にもあーんして」
 可愛い。
 俺たちと出かけることが嬉しいんだろう。甘えっ子モードが隠せなくなっているのが可愛い。いろいろあった合宿も、蒼生は十分楽しかったようだ。とはいえ、他人がいるといないとでは全く違う。気を遣い通しの旅行を経験したから、余計に今こうなっているのだとしたら、合宿に行った意味はあったのではないだろうか。
 ずっと表情を崩している蒼生は、俺と目が合うと、いっそう嬉しそうに笑った。……本当に可愛いな。この笑顔を見るためなら、どんな苦労も厭わないと言い切れる。
 目的の駅で降りると、じとりと重たくて熱い空気と、潮の香りがあっという間に体を包み込む。蒼生も苦手なはずなのに、今のところは、まだテンションが勝っているらしい。
「ホテルに荷物置いたらさ、ちょっと外出てみようぜ」
「うん」
 蒼生はすぐに頷く。普段だったら渋るところだろうにね。それから、ぱっと俺のほうを見た。
「冬矢も行く?」
「蒼生が行くなら当然」
「そっかあ。ふふ」
 これがただの買い物だったら任せるところだ。だが、楽しそうな蒼生と一緒に散策に出るというなら話は別だ。蜃気楼のように揺らぐ、眩しい光の中で笑う蒼生も、とても綺麗だ。ずっと見ていたい。
 預ける荷物が健太の抱える大きなバッグひとつというのも蒼生は嬉しかったようだ。同じ家を出て同じ家に帰るのに、この前はわざわざ3つに分けたからな。気にしすぎかもしれないが、同行するサークルのメンバーに余計な詮索をされたくなかったからだ。帰った後、蒼生は理由をわかったうえで、それでもあれがちょっと寂しかった、と言った。それもあって、健太は家からここまで一度もあの大きな荷物を手放さなかった。それが健太なりの返答なのだろう。その気持ちは俺にもわかる。
 そして、身軽になった俺たちは、行くあても決めずになんとなく外に出た。
「見て見て蒼生、アイスクレープだって。うまそう。食べようぜ」
「えっ、電車であれだけお弁当食べたのに、まだ食べられるの?」
「まだ全然余裕!むしろ足んなかったくらいなんだよな~」
「じゃあ蒼生は俺と半分こしようか」
「うん、する~」
「そしたら2つ買お」
 このやりとりもいつものことになってきた。蒼生は、健太が食べたがるものを、自分も欲しがる。子供の頃からそうなのかな、と思うと微笑ましい。けれどそれをはっきり言わないのは、自分でまるまる買うには重いし、さらに健太の分を奪うことに抵抗もあるから……というところか。だから、そこに俺が入ればちょうどいいというわけだ。俺だって蒼生と同じものを分け合って食べるのは嬉しい。
 食べ終えて少し涼しくなった勢いでそのまま歩いていくと、手掘りで作られたというトンネルがある細い道に出た。ぎりぎり車が抜けられる程度の、雰囲気あるトンネルだ。そこを抜けると裏庭のような広場があり、轍の奥に他地方ナンバーの車と、斜面に群がるように人が集まっているのが見える。道沿いに立った看板には、「光苔群生地」の文字。
「ここ、ヒカリゴケが見られるみたいだよ」
「え、そうなんだ」
「何それ? 光るの?」
「健ちゃん見たことなかったっけ」
「あんま記憶にないなー」
 健太はそういうのに興味なさそうだからな。蒼生は案の定ちらちらと敷地の奥を見ている。わかりやすい反応が可愛い。
 勝手に入って見てもいいようなので、ぽんと蒼生の背中を叩く。俺が先頭を切って草を踏み分け斜面に向かうと、蒼生たちもついてきた。ロープが張ってあって近くまで行くことはできないようだが、覗き込めば見えそうだ。斜面にぽかりと空いたいくつもの大きな穴のうち、人の少ないあたりを狙う。すると、暗闇の中、地面に這うようにして緑の光がうっすらと見えた。
「ほー。ぼんやり光るんだな。あれ、普通に光ってんの?」
「ううん、反射なんだって。神秘的で、綺麗だよね」
「…………」
「? なに?」
「蒼生といるとよくあるんだよなあ。……おまえのほうが綺麗だよ案件」
「わかる」
「ちょっ……またそういう冗談を……」
 困った顔。可愛いな。冗談じゃないのは、何度言ったら伝わるだろうか。でも蒼生らしい謙虚さで認めないというなら、それはそれで構わない。俺たちはそのたびに伝えるだけだから。
 それから、海辺の道路を、砂浜の喧騒を聞きながら歩いた。「いっぱい人がいるね」と穏やかに蒼生は笑っていた。海の家が途切れて少し人が少なくなったところで砂浜に降り、波打ち際を歩いてみたりもした。蒼生はサンダルを脱いで、足首をくすぐる波と攫われていく砂の感触を楽しんでいた。蒼生が海遊びのイメージとして描いていたのは、こういうことだったんだろうな。だとしたら、年の近い兄弟たちと海に飛び込んだり、ビーチでゲームをしてはしゃいだりといった遊び方は、たしかに蒼生には合わないはずだ。そういう遊びが好きな健太は少しうずうずしていたようだが、蒼生と一緒に足で砂をかきまぜて遊んでいるうちに満足したらしい。わかる。結局俺たちは、蒼生が笑っていてくれれば満足するんだ。
 ひとつひとつは小さなことだ。けれど、こうして蒼生といれば満たされるんだとつくづく思う。

 夕飯はホテルで教えてもらった近くの商店街にある食堂に行った。特にそういうことで有名な店ではないらしいが、地元の労働者向けにサービスを付けるようになった結果、どのメニューも大盛が基本になったようだった。注文してからその曰くを店員の女性が教えてくれたものだから、俺たちは出てきた食事の量に目を瞠ることになった。
「こんなに食べられるかなあ……」
 蒼生は山になったフライを前に息を飲む。たしかに、蒼生の前が一番賑やかだ。
「食べきれない分はオレが食べるから大丈夫だよ」
「の、残しちゃったらごめんね」
「気にしないで。さっき冬矢と半分こしてただろ。今度はオレの番」
「根に持ってたのか」
「そりゃな」
 申し訳なさそうにしていた蒼生だが、食事が進むうち、明らかに健太が蒼生の分を狙っているのを見て嬉しそうにしていた。健太の分を自分が取るのは気が引けるが、自分のものを健太が持って行くのは構わないという考え方なのだろう。なんだか蒼生らしい気がする。
 ……蒼生、大変だろうな。かわるがわる自分をアピールしてくる男ふたりに囲まれているんだから。ごめんね。ただ、蒼生が喜んでいてくれるうちは……そういうふうに見えるうちは、許してほしいと思う。だって、止められないんだ。俺を見てほしい。そっちを見ていてもいい、次にこっちを見てくれれば。
 食事の後は、ホテルの小さなゲームコーナーを冷やかした。無謀にも健太がシューティングで勝負を挑んできたので、少々時間は費やしてしまったが。だから順番に部屋の風呂に入って、最後の健太が出てくる頃にはだいぶ遅くなってしまった。
 ベッドに座って、脚の間に座らせた蒼生の髪をドライヤーで乾かす。綺麗な髪の滑らかな感触と共に、心地よさそうにされるがままになっている表情を堪能していると、浴室から出てきた健太が正面から蒼生の腰に縋りついた。
「はー。ボディソープのいいにおい」
「備え付けのやつ、なんか懐かしい感じのにおいしたよね」
「んー」
「……ちょ、健ちゃん、くすぐったい」
 珍しく蒼生が健太の肩を押し返す。
「健ちゃん……。だめだってば。シたくなっちゃうから」
 ふうん?
 健太もぱっと顔を上げる。
「ダメなの?」
「うん。明日遊べなくなっちゃう」
「え~」
「僕、健ちゃんみたいに体力ないもん。一緒に遊びたいから、だめ」
 蒼生の体のことを考えれば当然だ。俺ももとよりそのつもりはない。……ただ、健太の気持ちもわかる。今の言い方も可愛かったしな。
 うん。可愛い。ちょっとからかってやろうか。
 俺はドライヤーのスイッチを切り、首筋にそっと口づける。ぴくりと跳ねるので、抱き締めてもう一度。
「や……っ、冬矢まで……」
 腕の中でもがくのが可愛い。
「ふふ。ちょっと触っただけで、蒼生はシたくなっちゃうんだ?」
 蒼生は仰のいて、俺を見た。甘く潤んだ目。
「シたいよ……。いつだってそうなのに、そっ、そのつもりで触られたら、我慢できなくなっちゃう……」
 …………へえ。
「かっ、可愛い……っ」
「煽られるってこういうことか……」
「っ、ふたりとも、きついーっ。ねえ、苦しいんだけどっ」
 これで手を出したとしても、蒼生のせいだよ。完全にその気にさせる言葉なのに、本人は無自覚なんだからな。
 こんな可愛い、大好きで愛しい存在を、この手で抱き締められるなんて。俺は本当に幸せだと思う。
 ……まあ、愛おしすぎて、そのまま何もせず抱き締めたまま眠るのは、……ちょっとした苦行だったが。


 翌日もいい天気だった。俺たちは朝食を終えて一息ついてから、ホテルの中にある室内プールにやってきた。健太の目論見通り、わざわざ海の近くで、しかも午前中からプールに入る客はいなかったようだ。
「わー、誰もいないね!」
 貸し出し用のビーチボールを抱えて蒼生が嬉しそうにあたりを見回す。可愛いな……。入り口の近くには売店があってホテルのスタッフがいるから完全に人目がないわけではない。が、近くにいるのは俺と健太だけだ。スタッフも客が俺たちしかいないせいか、カウンターの奥で作業をしているのが見える。だから、気を抜いているんだな。3人だけなら、そんなふうにボールを抱えて無邪気に笑うんだ。可愛い。
「荷物置いて早く入ろーぜ!」
 言うと、健太はさっさと奥の方にあるテーブルを目指して歩いて行った。テーブルとビーチチェアがセットになってあちこちにあるが、一番奥を目指すのは、俺たちの中では暗黙の了解になっている。出来るだけ3人だけでいたいと思うのは、全員一緒だからな。本来ならスタッフさえ退場いただいて、貸し切りにしたいくらいだ。
 プールは、さっき通りかかったジムと兼用になっているらしく、よく見る25メートルくらいの長方形だが、両側の短辺が扇形に広がって階段がついている。その長方形の左右には楕円形のプールが1つずつあり、片方は独立した子供用の浅いプールだ。もう1つは25メートルプールの端のほうで繋がっている。真剣に泳ぐ人がいてもあそこに入れば普通に遊べるということなのかな。
 窓の向こうに生け垣が見える一番端のテーブルに荷物を置くと、蒼生はそわそわとラッシュガードの襟に触れる。
「どうした?」
「うん、あのね。人、いないし、脱いでもいいかな」
「ああ。そうだね。そうしよう」
 やっぱり着たまま水に入るのは抵抗があるんだろうか。俺の返答を聞いて、ほっと息をついた蒼生は、上着をそそくさと脱いで健太とふたりで軽く準備運動を始める。
 あ。
 蒼生の胸元にはっきり残った紅い跡。夏場だから首筋には気を付けていたけれど、左胸のあれはほとんどわざとだ。消えるかもしれないと思ったが、もし残ったままで誰かに見られたとしても、牽制になると思ったから。でも、今更ながら、蒼生は恥ずかしがらないだろうか。
「蒼生、それ……」
 俺の目線に気付いたのだろう、蒼生はいったん胸元に目を落とし、それから顔を上げて笑った。
「大丈夫だよ。今見てるのふたりしかいないもん。それに、これ、ふたりのものだっていう印だよね?」
 ……わざと残した意図は、既にバレていたらしい。だが、そのうえで堂々としてくれているのは、まるでそれが誇らしい跡だと思ってくれているようで。
「でも、なんかそれ見てると、付けた時の蒼生のこと思い出して興奮しちゃうんだよな」
「あはは。大丈夫だよ健ちゃん、水の中に入れば冷めるでしょ」
「お。試してみる?」
 ふたりはタイル張りの階段から、ゆっくりと水の中に入っていく。が、腰辺りまで水が来ると、我慢しきれなかったのか、ざぶんとそのまま飛び込んだ。
 蒼生は水遊びが嫌いな理由を、無理矢理遊ばなければならないからだと言っていた。家族に気を遣い、友人たちに気を遣い、パラソルの下でにこにこ笑っていることが多かったそうだ。全方位にいい顔をして自分の苦手なことを話せなかった蒼生だから、それは気が重い行事だっただろう。
 今、蒼生は、健太に水をかけながら子供のように笑っている。俺たちにだけ気を許している蒼生。勿体ないと思うと同時に、やはり自分たちだけのものにしたい。
 その蒼生が、俺に向かって笑いかける。
「冬矢も来てぇ」
「……ああ」
 俺も泳ぐことが嫌いなわけではないが、わざわざ海やプールに出かけるのが面倒だった。だが蒼生がいるなら話は別だ。蒼生が呼んでいて、俺がそんなふうに思うはずがない。
 足を水につけると、ぬるいと感じる温度だ。
「よし蒼生、手始めに勝負だ!」
「へ? え、あっ」
 さては俺が蒼生に呼ばれたことで、やきもちでも焼いたか。蒼生を引き離そうとしているのだろう。まったく……。
 健太が床を蹴り、あっという間に向こう岸へと泳ぎ始める。蒼生も戸惑っていたみたいだけれど、いったんぱしゃんと潜ると、健太のあとを追っていく。……いや、あれは……健太の奴、単純にはしゃいでいるだけかもしれないな。
 中学の水泳の授業で、俺も何度か蒼生とプールに入った。あの時の蒼生は、淡々と授業をこなしていて、周りの生徒たちのように騒いだりはしなかった。自由時間になっても、冷めた気分でプールの端に立っていた俺の側に寄ってきて、ただふたりで並んで話をしていたものだ。きっとそれまでの授業も、家族で遊びに行った時も、蒼生はこんなにはしゃがなかっただろう。だから健太は嬉しいのだと思う。俺も、あんなふうに無邪気に笑う蒼生が見られて嬉しい。
 それにしても、結構深いな。一番深い辺りまで来たが、胸元まで水が届く。本気で泳いでもいい深さだ。そこでふたりの姿を目で追う。
 向こうまで行って帰ってくるのは、健太が先だった。蒼生も別に遅くはないんだけどな。ただ、勝負とは言っていたものの、ふたりとも本気ではないようだ。健太はテンションのままにもう一度泳いでいく。
 蒼生はそれを見て笑い、軽く水に潜ると、すうっと俺のもとに泳いでくる。そして目の前に浮かび上がると、ふるふると頭を振った。濡れた髪から跳ねた水が、俺の顔にかかる。もう、それすらも可愛いな。
 だが、その可愛さはそれで終わらなかった。蒼生は手を伸ばし、俺の首に縋り付く。そして、両足を俺の腰に巻き付けた。……この体勢は。
「蒼生……?」
 嬉しそうな顔が、至近距離にある。光の粒が、きらきらと眩しい。
「ふふふ。水の中だと浮力があるから、冬矢にもだっこしてもらえる」
 か……っ。
 俺は咄嗟に蒼生の腰を抱く。するとさらにぎゅっと抱きついてくる。
「……俺のだっこ、嬉しいの?」
「嬉しい。僕の全部預けてるみたいで安心する」
 そうか。これは……ちょっと、すごいな。そうか。蒼生は、俺に今、すべてを委ねているつもりなのか。
「あっ! ズルい!」
 水面から顔を上げた健太がこっちに気が付いたようだ。目ざとい奴め。あと10往復くらいしていればいいのに。ざばざばと水をかき分け、健太が慌ててやってくる。泳いだほうが早かったんじゃないかという気がするが、そこまで気が回らなかったのだろう。やれやれ、せっかくの俺と蒼生の時間もここで中断か。
「なあ、軽くなるってことは、蒼生がオレのこと持ち上げるのも出来るってこと?」
「出来るかなあ」
 するりと蒼生の脚が腰から離れる。俺と蒼生の間に流れ込んできた水が、少し冷たい。すかさず健太が、俺から降りた蒼生に向かって飛び込んだ。
「お、乗っかれる」
「う。でも軽いわけじゃないよ。あと……なんだろう、ものっすごく変な感じ」
「たしかに」
 なんだか見慣れないな……。それに大部分が水から出ているから、その分はしっかり重さがかかっているはずだ。小さい頃ならそれでも十分だっただろうが、健太は自分の増加した重量を頭に入れていないようだ。抱き上げられることに慣れている蒼生と慣れていない健太の対比、みたいになっているな。
「……うー。やっぱ重ーい!」
 蒼生が健太をざぶんと放り投げ、さらに体重をかけて沈める。
「っぷ、う、やったなー!」
「あ、あはははは」
 今度は蒼生に健太がのしかかる。それがさらに俺のほうにまで波及して……。
 ふっ。人に水の中に引きずり込まれるなんて、記憶の中にあっただろうか。自分がこんな年相応な遊び方をするなんて、想像もしていなかったよ。
 自由に泳いだりボールを投げ合ったりしてしばらく遊んでいると、そろそろ昼が見えてくる時間になった。ビーチボールを投げ合うなんて、何が楽しいんだと思っていたが、……楽しかった。だって、蒼生が笑っていたから。
「な、外にテラス席があってさ、あっちのレストランのメニューを売店で注文できるんだってさ!」
 健太が生き生きしながら売店を指さす。
「え、そうなの? 健ちゃん詳しいね」
「入って来た時に、書いてあったの読んだ」
「あはは、よく見てるなぁ」
 なるほどな、わざわざ外に行かなくとも食事が出来るようになっているのか。俺は椅子に置いたままだった蒼生のラッシュガードを手に取る。
「蒼生、濡れたまま日陰にいると涼しいかもしれないから着ておきな」
「はーい」
 素直に返事をし、蒼生はラッシュガードに袖を通す。食事を頼む以上、スタッフとやりとりをするからな。きちんと隠しておきたい。
「いくつか適当に頼んでさ、分けて食べよ。蒼生もいろんなの食べたいだろ」
「何か気になるものはある?」
「うーん、いろいろあるね。僕、これ、パイナップルチャーハンが気になる。あとね、ビーフカツレツサンド」
「お、胃が元気な人のためのチョイスじゃん。じゃ、それにこれ足して……」
 へえ。蒼生が迷わずメニューを選んだ。最初から分け合うと決まっていると選びやすいのかな。うん、迷う姿も可愛いけれど、はっきり決まるのも可愛いな。
 売店は、奥のほうでレストランの厨房と繋がっているらしい。飲食物を提供するなら効率的な構造だ。しかも南国リゾート風に整えられたテラス席で食べられるのだから、こちらのほうが雰囲気としてはいいかもしれない。本当は外で食事をするのは得意ではないのだが、蒼生が喜んでいるのだから、いいか。蒼生だって本来なら屋外は好きではなかったはずだ。要因は、雰囲気とテンション、かな。俺たちと一緒だから、という理由だったらさらに嬉しい。……そしておそらく、そうなのだろう。
 蒼生が珍しく自分から言いだしたメニューは、たしかに美味しかった。パイナップルは熱を加えると甘くなる。それがスパイスの効いたチャーハンによく合っていた。そもそも、蒼生、パイナップルは生より加熱したほうが好きだもんな。パイナップルと焼くポークソテーは蒼生の好物のひとつだ。
「そういえば、健ちゃん、昔は酢豚のパイナップル苦手だったよね」
「ふーん?」
 好き嫌いはないという話じゃなかったか。今でも苦手なのだろうか。まあ、だとしても蒼生が好きなものなら躊躇なく作るが。
「あ、大昔な。家で作るやつに入ってなかったから、どっか店で食べた時にびっくりしただけで、苦手じゃねえよ」
「そうだっけ」
「そ。姉ちゃんと変だ変だって騒いでたら、蒼生が美味しいから食べてみてって言ったんじゃん。あれからはちゃんと好きだよ。だって蒼生、好きじゃん」
 なるほど、それもか。このふたりは、嫌いな食べ物を自然とお互いに克服しながら育ってきているからな。でも、それに関しては俺も人のことを言えない。
「俺も、料理の中にフルーツが入っているのは得意じゃなかったよ」
「えっ」
 蒼生がびっくりした顔でぴたりと止まる。
「でも、ごはんに、ソースとかでよくフルーツ使ってくれてるよね? も、もしかして僕に合わせてくれてた? 本当は我慢して作ってくれてたの?」
 ああ、そんな困った顔しないで。
「違うよ。俺も健太と一緒。たしかに、最初は同棲するんだから苦手だって言っていられないなと思って挑戦したんだ。でも、蒼生が喜んで美味しそうな顔をして食べてくれるだろ。蒼生の笑顔につられて食べてみたら、その美味しさに気が付いた。蒼生の笑顔が調味料になっていたのかもしれないね」
 蒼生はぴっと背筋を正す。それから、俺と健太の顔を交互に見た。
「ええと。じゃあ、僕が今選んだメニューは……」
「チャーハンな! 面白かったし、美味しかった!」
「爽やかですごく美味しかったよ」
 ほおっと安心したように息を吐く。ふわっと崩れた表情が眩しかった。……蒼生の笑顔があれば、きっと克服できないものはないんじゃないか、という気すらした。俺は、本当に蒼生に弱いな。
 食事を終えてすぐに水に入るのはあまりよくない。俺たちは小さな浅いプールの端に座って、膝下だけ水につけてその感触を楽しみながら食休みをする。さっき思い出した中学の水泳の授業と似た光景だったが、あの怠い空気とは比べものにならない。蒼生はずっと楽しそうだし、俺も楽しい。
 そこに、家族連れが入って来た。両親と子供が3人、小学生くらいの子が2人にそれより小さい子が1人だ。蒼生にラッシュガードを着させておいてよかった。小さな彼らは、俺たちがいる浅いプールに入ってくると、蒼生が借りたのと色違いのビーチボールでボール遊びを始める。
「邪魔になるといけないから俺たちは場所を移ろうか。十分休憩は取れたし」
「そうだね」
 俺と蒼生は先に立ち、隣のプールに移動する。体積の小さなプールから大きなプールに移動すると、やはり冷たく感じる。そんなことを蒼生と笑い合って話す視界の端で、健太の頭にボールがぶつかったのが見えた。これはまた、ずいぶん見事なヒットだな。
「ごっ、ごめんなさい!」
 甲高い声。健太も一瞬驚いたようだったが、小さな子が投げたビーチボールだ。威力なんて全くないに等しい。健太は笑って、それを子供たちに投げ返す。すると、一番小さな子が再び健太に向かってボールを投げた。
「……おっ。やったなーっ」
「きゃーっ」
 健太がにこにこしながら応戦したものだから、上の子2人もその気になったらしい。健太と子供たちで投げ合いが始まった。まあ、健太も子供のようなものだからな。親たちは、……ああ、売店にいるのか。
 ひたり、と背中にくっついてくる気配。蒼生?
 振り向くと、顔半分を水に沈めた蒼生が上目遣いで俺を見ていた。
「どうしたの?」
「……健ちゃんは、ちっちゃい子にモテる」
 ……ああ。やきもちか。健太を取られたように感じているんだね。可愛い。
 俺は蒼生の手を取って、俺の両肩にかける。
「じゃあ、今の蒼生は俺だけのものだね」
 目を見開いた蒼生が、腕に力を入れ、後ろから抱きつくような格好になった。
「冬矢の?」
「そう。今は俺と蒼生の時間」
「う、嬉しいかも」
「せっかくだからふたりっきりを楽しもう?」
 赤い頬で、蒼生が笑う。これは俺が独占しても構わないということだろう。
「あーっ! オレも!」
 俺は響いてきた声を気にせず、背中にしがみついた蒼生を連れていく。ばしゃばしゃと健太が水に入る気配。
「蒼生、捕まってて」
「うん」
 背中いっぱいに蒼生の存在を感じながら、俺はのんびりとプールの中央に向かって泳ぎ始める。蒼生は俺の首筋に顔を埋めて、楽しそうに笑っていた。
「待てって!」
 ああ、今度は本気で泳いできたな。

 プールから上がってロビーを歩いていると、廊下の奥から出てきた浴衣の女性たちが外に歩いて行くのが見えた。蒼生がそれを目で追う。
「なにかあるのかな?」
「今、祭やってるんだって。あれ、言わなかったっけ」
「お祭?」
 蒼生には言っていなかったのか。おそらくはしゃいでいて説明し忘れたんだろうな。健太はきょろきょろロビーを見渡すと、手招きして蒼生を誘った。その方向には、さほど大きくないポスターが貼ってある。
「ほら、これ。屋台もいっぱい出てるみたいだしさ、行ってみようよ」
 へえと呟いて、蒼生は盆踊りの櫓が幼いタッチで描かれたそのポスターを眺めている。……もしかして悩んでいるのだろうか。やはり先に説明は必要だ。健太に任せておくだけでなく自分でもフォローすべきだった、失敗だ。
「蒼生、人混み苦手だろう?」
「あっ、そっか」
 健太が今気付いたような顔をする。けれど振り向いた蒼生は、まだ少し濡れている髪を振った。
「人混みって言っても、知ってる人いないから大丈夫だよ」
「そ、そう?」
「うん。連れてってくれるつもりだったんだ。嬉しい」
 にこにこ笑っている顔に、無理をして答えてくれているような気配はない。……よかった。ほっとした。蒼生にはちゃんと喜んで欲しい。
「じゃあ、これも誘ったら乗ってくれる?」
 俺はポスターの下にある貼り紙を指さした。
「これ? ……わ、浴衣のレンタルあるんだ。ご希望の方は直接宴会場にお越しください、だって。いいねえ、借りよう」
 蒼生の許可が下りればもうこっちのものだ。早速俺たちは、部屋に荷物を置いてから宴会場に向かう。案内図によれば、宴会場は奥にあって、ホテル内にあるいくつかのショップの間を通り抜けると近道になるらしい。なるほど先程の浴衣の集団が出てきたのはこの通路か。俺たちはその矢印に従い、雑貨店や花屋、洋品店が並ぶ中を歩いて行く。
 と、健太が突然足を止めた。なんだ、と目をやると、子供向けの写真スタジオのようだ。ショーウィンドウには様々な衣装が展示されていて、健太はどうやら小さな女の子がポーズを取る写真に目を奪われているようだった。……そういえば、さっきの親子連れの一番下の子もこのくらいだったな。蒼生の言葉ではないが、健太は子供に受けがいい。本人もそれを面倒がらずに相手をする。……子供を持つことに憧れでもあるのだろうか。たしかに、健太ならば家族を持つことは容易に想像できる。だが、そうしたら蒼生は……。
 立ち止まった健太に気付いた蒼生が、サンダルの軽い足取りで戻ってくる。
「何見てるの?」
「こういうドレス、可愛くない? 真っ白で、羽がついてるの」
「へえ、可愛いね」
「着てよ」
「は?」
 俺と蒼生の声が揃う。
 は? 蒼生に?
「ひらひらしてふわふわで、絶対可愛いよ」
 …………。そうか。蒼生に着せたいのか。そうだよな。健太の頭の中には蒼生のことしかない。何故かわからないが、それを聞いてものすごく安堵する自分がいる。
「僕に似合うとは思えないんだけど……。そもそも絶対サイズないって」
 うん?
「えぇー。じゃあ大人サイズだったらドレス着てお祭一緒に行ってくれる?」
「やだ。お祭にドレスなんか着ていったら邪魔じゃん」
「んー、そっか。言われてみりゃ確かに。……そしたらさ、バニーとかえっちなコスプレでもいいよ?」
「絶対やだっ! だから、そういうのはふたりの前でしか着ないってば」
 ふうん。
 ……聞いている健太も、言っている蒼生本人も気が付いていないのか。軽口をたたき合うふたりが面白い。ねえ蒼生、今、結構なことを口にしたんだよ? 俺たちの前なら着るんだね?
 蒼生が気付いていないならそれでいい。ただ、俺は覚えているから。
「ほら、宴会場に行くんだろう」
「あ、そうだ」
「もう、健ちゃんが変なこと言うから……」
 さてと。帰ったらどう遊んでやろうかな。
 でも、まずは、だ。
 宴会場は、廊下より一段高い、畳敷きの和室だった。洋風のホテルで部屋も洋室だから、その延長でパーティを開くような部屋をイメージしていた。これは少々意外だったな。そういうパーティルームももちろんあるが、この一角だけ和室が揃っているようだ。商店街も近いし、この手の部屋を作るようにという要望でもあったのかもしれない。どちらにせよ、こういった浴衣レンタルを夏場に行うにはちょうどいいのだろう。和室いっぱいに並ぶ低いテーブルの上に、色とりどりの浴衣が敷き詰められているのが鮮やかだ。その間を見て回る何組かの客もいる。あんなふうに自分たちで好きな浴衣を選んでいいらしい。
 それを眺めていると、俺たちが部屋に入ってきたことに気が付いた年配の女性スタッフが、にこやかにこちらに近付いて来た。
「こんにちは、レンタルをご希望ですか?」
「はい」
「3名様ですね。うちは女性用だけじゃなく、男性用も種類多めに用意してますからね、ぜひ好きなのを選んでください。着付けのお手伝いは必要ですか?」
 蒼生と健太が顔を見合わせる。そうだろうな。俺は一応、万が一を考えて予習はしてきた。が、最初は手伝ってもらったほうが無難だろう。
「では、お願いできますか」
「かしこまりました。まずはお好きな浴衣をお選びください。選べましたらまた声をかけてくださいね」
 男性用は……大体あのあたりか。暗い色が多いので、ぱっと見てすぐわかるな。蒼生にはどんな柄が似合うだろう。古典的な柄か、それとも今時の柄か。
「種類多めって、たしかに。そこそこあるね。えっと、どうしよう」
 この選択肢は蒼生には多すぎるだろうな。蒼生が着たいものを着るのが一番いいんだが、それを自分で決めるのに無意識で抵抗を示すのが蒼生だ。「自分なんかがこれを着ていいのか」という意味のない迷いが生じるらしい。それの意味がないこと自体は蒼生もわかっているのだが、どうしてもその習性は抜けないようだ。
 だが今はそれでいい。いずれの話はあとですればいいんだ。
「明るい色もあるみたいだな。白に赤……」
「白か、夜だと目立っていいけど……。赤もちょっと派手な感じ?」
 なるほど。俺はさりげなく蒼生の好みを探っていくことにした。洋装と和装だと感覚が違う場合もあるからな。
「なあ、見て蒼生! 綺麗な青のグラデーション!」
「健ちゃん、そういうの好きだよね」
「好き! あ、水着も同じようなの選ばせたっけ。ほらさ、色が薄いのも可愛い感じがして似合うし、濃いのはきりっとして美人度が上がるじゃん? だからどっちも捨てがたいと思っちゃうのかもな」
「うーん、よくわかんないけど、グラデーション自体は僕も好きだよ」
「こっちは細かい花柄だ。だけどシックだね」
「ああ、ホントだ」
「これは……綺麗な青だ。よく見ると魚が泳いでいるんだな」
「わー! 裾のほうを泳いでる!」
 うん、うん。そうか。今日はわかりやすい。こうやって蒼生の望みを割り出す作業は、結構楽しい……と言ったら怒られてしまうかな。
「似合いそう! じゃあ蒼生はこれね。魚、可愛いな」
「これ、……うん」
 ぽん、と健太に一式を手渡された蒼生は、嬉しそうに頷いた。
「オレはぁ、この細かい花柄のやつにしよー。アイボリーの濃淡で、ぱっと見花柄に見えないのよくない?」
「いいね、かっこいい」
「そうしたら、俺はシックに縦縞はどうかな」
「ああ、似合いそう!」
 こうなってくると早く着たところを見たいし、見せたいな。俺たちは、室内に手の空いたスタッフを探す。すると、さっきの女性がまた気付いてくれた。
 宴会場の脇のほうが衝立で仕切られていて、そこで着付けをしてくれるサービスをやっているらしい。
「それでは3名様の着付けですね。どなたからお着替えなさいます?」
「彼をお願いします。……健太」
「えっ、オレ?」
「それで、彼の着付けを見ながら自分で着てみていいですか」
「いいですね。ぜひチャレンジしてみてください」
 女性はにっこり笑う。蒼生が不思議そうに首を傾げる。
「僕は最後? それとも僕も自分で……」
「いや、まずは見ていて。蒼生はメインディッシュだから」
「へ?」
 楽しみは最後に取っておかないとな。
 健太も不思議がっていたようだが、大人しく服を脱いで、スタッフの女性に着付けられていく頃には、興味深げに彼女の手元を見ていた。俺も、その手元を追うように手を動かす。そんなに難しくはないが、帯の結び方に少し慣れが必要だな。
「ご自分でされる場合は、そうです、前のほうで同じように。このくらい残して、はい。一巻き、二巻き……」
 その鮮やかな手つきを、蒼生も正座でじっと眺めている。つい覚えようとしてしまうんだろうな。知識を入れることが苦にならないタイプだから。
「はい、これで完成です。ああ、自分で着られたお兄さんも上手ですね。ちゃんと出来ていますよ」
 わあ、と蒼生が声を上げる。
「すごーい、健ちゃんも冬矢も似合うね!」
 それからもごもごと唇を動かす。……可愛い。もっと言いたいんだろう。でも人前だから我慢しているんだ。目がきらきら輝いている。自惚れではなく、蒼生の「好き」を感じてしまう。なんて可愛いんだろう。
「それでは、そちらのお兄さんも」
「俺が着せてみたいんですが」
「えっ」
 健太ががばっとこちらを見る。が、俺はそれをさらりと流す。
「まあ、覚えちゃいました? ではぜひ」
 蒼生は少し困惑したようだが、すぐに、ふっと笑った。
「お願いしまーす」
 スタッフに見守られながら、俺は蒼生の纏った浴衣に帯を回していく。側に寄ってきた健太が、しゃがんで蒼生の姿を見上げながら、ちらっと俺のことを睨んできた。
「……おまえ、それがやりたかったのか」
「覚えておいたほうがいいと思ってね」
「ひぇ」
 含みを持たせた言葉に、蒼生がきゅっと身を縮める。もちろん、そういう意味も含めてだよ。わかっている蒼生はきっといろいろ考えてしまうだろう。ほら、今振った頭。やましい思いを振り払ったんだろうね。ふふ。
「あらあら、見目麗しい男子三人組になりましたねえ!」
「ちゃんと出来ていますか?」
「ええ、とてもお上手ですよ。やっぱり、ぴしっと着こなしていただくと、浴衣も映えますね」
 こうして蒼生の支度を調えられるのは嬉しいな。俺の手で作った結び目が、蒼生の綺麗な腰のラインを際立たせている。浴衣は濃い色のほうが似合うな。首筋の白さが目立って、こっちも綺麗だ。うん。似合う。綺麗だ。人前だからか凜とした表情が、空気すら変えてしまうようだ。
「はー……。蒼生も似合う……」
 しみじみと健太が呟く。
「け、健ちゃんも冬矢も見過ぎじゃないかな……」
「魅了されているんだよ」
「みっ……」
 こんなに美しく艶やかな姿を見せられて、冷静でいろというほうが難しい。今すぐに抱き締めてしまいたいのを、かろうじて我慢する。健太も同じ気持ちなのだろう、……いや、既に手がだいぶ伸びているな。
「下駄の貸し出しも可能ですが、いかがですか?」
「あー……。慣れないと歩きづらいし、怪我しちゃうかもしれないから、オレはサンダルでいいかな」
「うん、そうだね」
「ええ、最近はサンダルの方も多いですしね、いいと思いますよ。旅先で足を痛めてしまってはいけませんからね」
 本当はフル装備で見たいところだったが、そこについては同意だ。蒼生が痛い思いをするのは良くない。
「では、レンタルのお手続きよろしいですか?」
「はい。じゃ、俺が行ってくるから、ふたりは待ってて」
「うぃー」
「お願いします」
 俺が離れると、ふたりは大人しく壁際に寄っていった。旅行の手配をしたのは健太だ、このくらいの雑務は替わってやってもいいだろう。こそこそと耳打ちで何かを話しているようだが、大目に見ることにする。
 奥に作られたカウンターに着くと、レンタル一覧というバインダーを提示された。開かれたページには浴衣のレンタル料が書かれている。ホテルで貸し出し可能な品の料金が集められている資料なのだということは、ページの端に紙製のタグが付けられていたことでわかる。俺は、その中のひとつのタグに目を留めた。
「すみません。そちらのページも見せてもらっていいですか」
「ええ、もちろんです」

 ホテルで教えてもらった通りの道を行くと、次第に祭囃子が大きくなってきた。どうやら会場は広い公園らしい。入り口には運動会で見たような門が作られていて、街の名前が大きく記されている。昼は神輿が出るような祭で、夜はどちらかというと地元町内会主催の盆踊り大会のようだな。俺たちのような観光客にとってはどちらでもいいが。
「すっげ、屋台いっぱいあるな!」
 健太が今にも走り出しそうな声でそう言った。実際、蒼生がいなければ飛び込んで行ってしまったことだろう。別にそれでも構わないのだが、健太はぴたりと蒼生の隣を歩いている。万が一はぐれてしまう時のことを考えているのだろう。思っていた通り、だいぶ賑わっているからな。
「蒼生、はぐれるといけないから手を繋いでいこう」
「うん」
 一瞬も迷うことなく、蒼生は俺の手を握った。……ふっ。
「あ!」
「おまえの言いたいこともわかるが、3人で並んだら迷惑なのも理解出来るな?」
「……ぐぅ」
 先手を打つと、健太は素直に黙り込む。
「じゅ、順番ね、順番!」
 焦った蒼生が「ね?」と上目遣いで健太を見つめる。すると健太が何かを噛みしめるような顔で頷いた。わかりやすい奴。それから、蒼生のこれも無意識なんだよな。俺と健太にしか見せない表情だからいいけれど、これが世間にバレた日には、俺たちはさらに多くの敵を作ることになるだろう。
 日がほぼ落ちたとはいえ、まだまだ暑い。握った手はしっとりと湿っている。けれどだからこそ密着する感じがして、なかなかいい。強めに握ると握り返してくれるところもいいな。転勤族の親に連れられて各地の祭に行ったことを思い出すが、こんなに心弾むことはなかった。
「せっかくだし、今日は好き勝手しよう」
 勢いでそう告げると、蒼生は目をぱちぱちさせてから辺りを見渡す。
「好き勝手かあ。遠慮しなくていいんだ!」
 きっと今まで、家族や友人と来ることもあっただろう。だが、やはりずっと遠慮していたんだろうな。簡単に想像できる。人の意思を尊重して、見たいものも見ず、欲しいものを欲しいとも言えず。俺は、そんな思いをさせたくない。俺は蒼生がしたいことをしてほしいし、そういう蒼生が見たい。
 蒼生は、ぴっと指を差す。
「ね、ベビーカステラ食べたい」
「いきなり甘いものか。いいね、食べよう」
 さっきから甘い香りが漂っていたからな。蒼生が気にしているのはわかっていた。健太が大きく息を吸い込む。
「一度食べてみたかったんだよなー。食べたいって言うんだけど、いつも“あとでね”って言われて、帰りもスルーされて買えないんだよ」
 ああ、健太も含めてそうだったのか。
「この小さい袋でもらおう。他にもいっぱい食べたいし」
「えー、小さいの?」
「気に入ったらあとで買い足せばいいじゃないか」
「……うわ、すげえ、贅沢だ」
「こ、これが好き勝手なんだね!」
 目の前で焼き上がったばかりのベビーカステラを袋に入れてもらう。はしゃぐふたりから、買ったばかりのそれを貰う。焼き立てだからまだ熱いな。しっとりはしているが、口の中の水分を持って行かれそうだ。飲み物か冷たいものがほしいな。きっとふたりも同じことを思ったのだろう。
「次はさ、かき氷いこうぜ」
「僕ねえ、普段食べないの食べたい。冬矢選んで」
「俺が?」
 遠慮しなくていいのに、と思ったけれど。その笑顔を見ていると、そういうことでもないのだなと気付く。俺に食べたいものを食べさせたいという優しさなのか、俺が選んだものを食べたいという甘えなのか。どちらなのだろうかと考えたが、どっちでも可愛いから、いいか。
 かき氷の屋台は、通り過ぎただけで幾つもある。ほとんどが同じような品揃えだった。そうだな、蒼生が喜びそうなものはどれだろう。蒼生が選びそう、じゃなくて、喜びそうなものがいい。……ああ、この店のはよさそうだな。少し値段は張るが、フルーツが乗せられるようだ。
「蒼生、これはどうかな。ミカンのかき氷だって」
「わ、美味しそう!」
「よし、これにしようか」
 さらにソフトクリームを乗せよう。所々に設けられたベンチに座らせたふたりの元に、シロップの鮮やかなオレンジとソフトクリームの白を乗せた、見た目も楽しそうなかき氷を運ぶ。それを見た蒼生の無邪気な笑顔。ああ、好きだな。
「美味しいね」
「うん。甘くてすっぱくて、それをソフトクリームが甘く包み込んでくれるの、美味しい~」
「ほら、蒼生、ミカンも食べな」
「んっ、ひんやりで美味しい!」
 嬉しそうだな。よかった。
 でも、このラインナップでは夕飯にはならなさそうだ。足りなければ何か買って帰ってもいいが、せっかくのこういう機会だ。
「夕飯も兼ねているし、次は食事系を目指していこうか。そういうのだったら何が食べたい?」
「焼きそばとイカの焼いたやつとトウモロコシ焼いたやつは外せねえな」
「わかる、わかる。なんかお祭っぽいよね」
 健太が先に答えるのに蒼生が頷く。まず蒼生の意見を聞きたかったんだが……、まあ、そうだな……定番が無難か。
 かき氷のカップを空にした俺たちは、それを目指して再び歩き出す。
「あ、冬矢、射的だってよ。勝負しようぜ!」
 いや、だから。
 まずは食事を、と言いかけた俺に、蒼生がぴかぴかした目を向けてくる。
「健ちゃんと冬矢の勝負、見たい」
 …………仕方ないな。
「おまえとは昨日も勝負したんだが?」
「オレは勝つまで諦めないタチなんで!」
「絶対に勝てない勝負に使う言葉じゃないと思うけど」
「勝負に絶対はねえって言うじゃんか、なあ」
 他のゲームなら、おまえにも勝機があるだろうに。俺の得意なもので俺に勝ちたいといったところか。
 健太と肩を並べて、銃を構える。
「勝敗は大きさか? それとも数か?」
「いや、落とした景品で、より蒼生を喜ばせたほうが勝ち」
「なるほど」
 ただ点数で競うだけでは面白くない。いいだろう。
 考えるべきは、落としやすさだけではない。それを重視してつまらないものを狙ってはいけない。蒼生は俺たちに手渡されたものは捨てられないんだ、かさばって困るものは狙うべきではない。勝負は5発。
 そして、俺も健太も、1発も外さなかった。俺の落とした景品の目玉は、小さなウサギの置物。健太は星が連なった形のキーホルダー。それ以外は駄菓子の類いだ。全弾当てた俺たちに、ギャラリーからは拍手が巻き起こる。健太はそれに手を振って応えていたが、俺は生憎そっちには興味がない。
 一歩離れていた蒼生の元に、景品を抱えて戻る。わずかに遅れて、健太も。蒼生は掲げていた携帯電話をすっと下げた。可愛い笑顔がその陰から現れる。
「えへへ。かっこよかったから、動画撮っちゃった。ごめんね」
「え、それは、全然いいけど……。か、かっこよかった?」
「うん。すっごく! ふふ。あとでゆっくり見ようっと。はー、真剣に勝負するの、ずるいよ。ドキドキしちゃう」
 携帯の角を撫でながら、蒼生は嬉しそうだ。そんなの、俺も嬉しくなってしまうだろ……。
「勝負の行方は、どうだったと思う?」
 決着の付け方は蒼生も聞いていたはずだ。けれど、蒼生はいたずらっぽく笑う。
「僕が選べないこと、知ってるくせに」
 ……ふ。
 バレてるんだな。俺たちが、ただ蒼生にプレゼントを渡したかっただけだということが。
「帰ったら、一緒に食べようねえ。これは玄関に飾って、こっちは鞄に付けよう。嬉しいなあ……」
 蒼生はそう言って、腕の中に溢れるほどの景品をゆったりと眺めた。思わず抱き締めてしまわなかった俺の理性は、評価されるべきだと思う。
 それから俺たちは、当初の目的通り、屋台の食べ物を買い食いしながらあちこちの店を覗いた。ソースせんべいやらチョコバナナなんかも挟んだから、食べすぎた気もしないでもないが。少々多いかなと思っても、健太が綺麗に片付けるものだから、蒼生も好きなものを食べられているようだった。途中、何度か声をかけてくる女性たちもいたが、適当にあしらっていたらどうにかなった。
 さらに奥に進む。すると人が大勢いる広場に出た。その中央には大きな櫓が組まれていて、それをぐるりと円状に取り囲む人々が、音楽と太鼓の音に合わせて踊っている。
「わー、盆踊りだ」
「うちの町内も昔やってたよなあ」
「いつの間にかなくなっちゃったもんね」
「ほら、なんだっけ、これ。なんとか音頭。オレらの子供の頃に流行ったやつだろ? 子供向けアニメの。まだ使われてるんだ~」
 蒼生と健太が懐かしげにその光景を眺める。盆踊りか……。俺も昔どこかで見たことがある気がするが、はっきり記憶がない。こういうものだとはもちろん知っているんだけどな。
「蒼生、混じってくる?」
「えっ? あの、遠慮しとく……」
「あはは、だよな、ああいうの苦手だもんな」
「です……」
 それは俺も知っている。学校行事のフォークダンスも、授業の創作ダンスも、にこにこしながらも全力で目が嫌がっていたことを覚えているからな。人に触れるのが嫌いな蒼生は、当然手を繋いで踊るのは吐き気がするほど苦手らしい。それとただ「動いている」ならともかく、「ダンスをしている」というのを見られるのがとことん嫌いなのだそうだ。
「その頃は引っ張り込まれていたんだろうな」
 呟くと、顔を俺に向けた蒼生がげっそりとした顔で頷いた。
「近所の女の子によく……。健ちゃんは、一度嫌だって言ったらもうやめてくれたけど、他の人たちはやめてくんなくて」
 ああ、それは余計苦手になっても仕方ないな。
「それじゃあ、ちょっと雰囲気だけ味わおうか」
「したら、今買った綿あめ食べようぜ!」
 なるべく目立たない、端のほうにあったベンチを見つけて腰掛ける。健太は早速カラフルな綿あめを袋から取り出した。それを蒼生のほうに傾けると、蒼生はあえて顔ごと飛び込むように齧り付いた。可愛すぎるな。
「あれ、ホントに色によって味が違うねえ」
「うわマジだ。面白いな」
「冬矢も、はい、どうぞ」
「ありがとう」
 なるほど、緑のこれはメロンのような風味を感じる。色々考えられているんだな。
 それにしても、記憶にある限り初めて見る光景……というかこの生の空気は、なんとなく不思議だ。暑く湿った空気と、提灯のぼんやりした明かり、様々な柄だが同じ装束を纏った人々、どこかのどかさを感じる音楽、大きく響く太鼓の音……。日常ではない光景だ。
 そして、このほのかな色合いの明かりに照らされる蒼生は……とても綺麗で神秘的だと思った。
「うん? どうしたの、冬矢」
「ああ、提灯の明かりに照らされた蒼生が綺麗だなって思っていたんだ」
「…………っ。ま、またそういうこと言って……。いっ、一度のイベントに1回だけにしてください……」
 ぱっと照れた顔をした蒼生が、慌てたように俯く。同じ言葉でも、照れる時と照れない時があるんだよな。その基準がわからない。だからその反応がいつも新鮮で、常に新しい発見が出来る。だから、どんどん好きになってしまう。
 健太がここぞとばかりにぐいっと身を乗り出す。
「しょーがねえじゃん。ホントのことだもん。あのさ蒼生、さっきからずーっと思ってることはっきり言うけど、オレめちゃくちゃ蒼生の浴衣姿に興奮してんだからな。その隙間から手ぇ突っ込んでぐちゃぐちゃにしたいとか思ってんだぜ?」
「ひぇ……」
 蒼生がきゅっと身を縮めて、救いを求めるように俺を見る。さっきは美しかった横顔が、あっという間に困った顔になって……可愛い。だからもっと見たい、と思ってしまうんだから、俺も大概だな。
「そうだな、人がいるから駄目だ。そんな蒼生を他人に見せられるわけがないだろ」
「ええ……。行為そのものは否定しないんだ……」
 そりゃあね。当たり前じゃないか。普段とは違う肌の見え方や、裾に気を払う仕草が、どれだけ情欲的か。今すぐにだってむしゃぶりつきたい。きちんと着こなしているからこそ乱したくなるのは、当然の欲求だと思う。
「そう言う蒼生だって、完全に否定出来る?」
 聞くと、蒼生はちらりと目線を泳がせた。俺の浴衣を見て、それから目を合わせる。薄暗い中でも、その頬が赤いのがわかる。
「駄目、だよ。だって……」
「だって?」
「……借り物の浴衣を汚すわけにはいかないもの」
 ふふ、ほら。
 蒼生も同じことを考えているだろ。

1 / 1
コメントを送りました
ステキ!を送りました
ステキ!を取り消しました
ブックマークに登録しました
ブックマークから削除しました

コメント

ログインするとコメントを投稿できます

是非、コメントを投稿しましょう
ほとんどの作者の方は、「萌えた」の一言でも、好意的なコメントがあれば次作品への意欲や、モチベーションの向上につながります。
コメントは作品投稿者とあなたにしかコメントの内容が表示されず、文字制限は140文字までとなりますので、あまり長いコメントを考える必要はありません。
是非、コメントを投稿して頂き、皆様と共にBLを愛する場所としてpictBLandを盛り上げていければと思います。

この作品に関連のあるpictSQUAREのイベント

    • 2026年05月22日 20:00〜翌19:50
    あなたのセカイの物語2
    一次創作 オリジナル 小説 漫画 イラスト 作品形態・ジャンル不問 R18可 展示のみOK 既刊のみOK 当日不在OK
     サークル参加受付期間
    74 / 100sp

    01月03日 00:00 〜 01月24日 23:50
    • 2026年06月27日 11:00〜翌10:50
      受付中
    雨オンリー2
    オリジナル 一次創作 二次創作 ネップリのみOK 当日不在OK 展示のみOK 既刊のみOK
     サークル参加受付期間
    49 / 100sp

    12月06日 00:00 〜 06月01日 23:50
61こ目;上書きの夏旅行~前編~
1 / 1

 サークルの合宿が終わってからというもの、健太はずっとそわそわしていた。とりあえず放っておいたが、しまいには旅行のパンフレットを見比べてあれこれ悩み始めたので、何を考えているのかははっきりわかる。蒼生が俺たちとなら外にでも遊びに行く、と言ったので、その熱が冷めないうちに行動に移すつもりのようだ。まあ、可愛い奴だなとは思う。もちろんそういう意味ではないが。
 バイトを終え、うんざりするような気温の中を歩いて帰宅した俺を珍しく玄関で出迎えた健太は、リビングに戻るなりテーブルの上にばさりと資料を広げた。
「あのさ冬矢、場所と日にちの相談したいんだけど」
 は? 俺に? 蒼生はまだ帰ってきていない。
「蒼生が帰ってきてからにすればいいじゃないか」
「オレと蒼生で決めた後に、おまえにダメって言われたら蒼生ががっかりするだろ」
「なんだ、俺はそういう非道なことをするイメージか?」
 少々心外だな。蒼生に悲しい思いをさせるつもりはないんだが。健太は少し考えてから首を振った。いや、考えるところじゃない。すぐ否定するべきだろ。
 俺がそう抗議する前に、健太はパンフレットを1冊手に取った。
「ってか、オレが決めるとさあ、無意識に全力アウトドアとかになっちゃいそうなんだよな。さすがにそういうの、蒼生に合わないだろ。蒼生は優しいし、今だと押し切ったら押し切れちゃいそうじゃん? だから同じくインドア派の冬矢さんにお話を伺いたいと思いまして」
「なるほど」
 健太の言うことは一理あると思う。昔、健太と幼馴染みなだけだった頃の蒼生は、意に沿わない誘いはきちんと断っていた。もちろん今だって断ることはあるが、嬉しいことに「俺たちと一緒にいたい」という思いが強くなっているせいで、以前より簡単に押し切れてしまう。だから、蒼生がきつい思いをしないように、俺たちのほうで気を付けなければならない。
「それで、どういうプランを考えているんだ?」
「んー。最初はさ、沖に出てダイビングくらいなら、とかも考えたんだけど」
「ちょっと蒼生が悩みそうだな」
「だろ? んで、いっそのことさ、有名どころのビーチ近くでプールのあるとこがいいんじゃないかなって。みんな海行くからプールってすいてるような気がするんだ。この前のホテルでも、海には人いっぱいいたけど、中庭のプール覗いたら全然人いなかったし」
「よくそんなところまで見ていたな」
「いいな~と思ってたからさ。……あ、ただな、日にちが近いこともあって、だいぶ埋まってるのと、あと経済的な事も考えると、ちょっと遅めに出て早めに帰る2泊3日朝食付き夕食無し、っていうこのプランが一番条件に合いそうなんだ。時期ずらせば夕食付きのもあるっぽいんだけど、ほら、これ。地元の祭があるんだって。一緒に行ったら楽しそうじゃね?」
 相当いろいろ考えていたんだろうな。健太は流れるように資料を見せてくる。
「ふーん。そういうことか。夕食が付いていないのは、それでもいいんじゃないか? どこか飲食店を探してもいいし、祭で買い食いっていうのも喜びそうだ」
「あー、うん。だよな、うん」
「ちなみに、日程がそれだとして、蒼生のスケジュールは大丈夫なのか?」
「そりゃ、オレら出来るだけ休み合わせる努力してんじゃん? バッチリだよ」
 大学生にとって、長期の休みは稼ぎ時だ。俺も健太も多少の支援はもらっているとはいえ、十分な余剰があるわけではない。順当に考えれば、体力のあるうちに働いて貯めておいたほうがいいはずだ。だが、俺たちの目的は、蒼生と一緒に暮らすことだった。バイトに明け暮れて蒼生といる時間を減らすことになるのは本末転倒だ。そのバランスを考えなくてはならない。
 特に、俺たちに負担をかけていると考えている蒼生を説得して、休みを多く入れさせるのは一苦労だった。蒼生の気持ちもわかるけれど、俺の気持ちもわかってもらわないと困る。俺は蒼生にそばにいてほしい。すぐ顔が見られるところにいてほしいんだ。せっかくの休みなんだから、共に過ごしたい。一緒にいられない時間、どれだけ蒼生を恋しく思っているか、形にして見せられたらいいのにといつも思う。
 しばらくして帰ってきた蒼生を、健太は同じように迎え入れた。気が急いているのか、玄関先でパンフレットを広げて見せる。
「なあ蒼生、旅行行こう!」
「うん、行く!」
 ぱっと可愛い顔を輝かせた蒼生は、詳細を聞くまでもなく頷いた。


 昼過ぎの電車だったので、山ほど種類のある駅弁から好きなものを選んで車内で昼食にすることにしたのだが、その時点で既に蒼生と健太のテンションは高かった。あれにしようか、これにしようか、電車の時間がギリギリになるまで蒼生は売り場を楽しそうにうろうろしていた。通りかかるたびに即決で買い込む健太なんかは、完全に買いすぎだと思う。まあ、こいつのことだ、すべて平らげてしまうんだろうけれど。
 蒼生がにこにこして箸を上げる。
「冬矢ぁ、このお肉すっごく柔らかくて美味しいよ。ほら」
「どれどれ。……うん、本当だ。俺のも食べてみる? この炒飯、なかなかだよ」
「うん。僕にもあーんして」
 可愛い。
 俺たちと出かけることが嬉しいんだろう。甘えっ子モードが隠せなくなっているのが可愛い。いろいろあった合宿も、蒼生は十分楽しかったようだ。とはいえ、他人がいるといないとでは全く違う。気を遣い通しの旅行を経験したから、余計に今こうなっているのだとしたら、合宿に行った意味はあったのではないだろうか。
 ずっと表情を崩している蒼生は、俺と目が合うと、いっそう嬉しそうに笑った。……本当に可愛いな。この笑顔を見るためなら、どんな苦労も厭わないと言い切れる。
 目的の駅で降りると、じとりと重たくて熱い空気と、潮の香りがあっという間に体を包み込む。蒼生も苦手なはずなのに、今のところは、まだテンションが勝っているらしい。
「ホテルに荷物置いたらさ、ちょっと外出てみようぜ」
「うん」
 蒼生はすぐに頷く。普段だったら渋るところだろうにね。それから、ぱっと俺のほうを見た。
「冬矢も行く?」
「蒼生が行くなら当然」
「そっかあ。ふふ」
 これがただの買い物だったら任せるところだ。だが、楽しそうな蒼生と一緒に散策に出るというなら話は別だ。蜃気楼のように揺らぐ、眩しい光の中で笑う蒼生も、とても綺麗だ。ずっと見ていたい。
 預ける荷物が健太の抱える大きなバッグひとつというのも蒼生は嬉しかったようだ。同じ家を出て同じ家に帰るのに、この前はわざわざ3つに分けたからな。気にしすぎかもしれないが、同行するサークルのメンバーに余計な詮索をされたくなかったからだ。帰った後、蒼生は理由をわかったうえで、それでもあれがちょっと寂しかった、と言った。それもあって、健太は家からここまで一度もあの大きな荷物を手放さなかった。それが健太なりの返答なのだろう。その気持ちは俺にもわかる。
 そして、身軽になった俺たちは、行くあても決めずになんとなく外に出た。
「見て見て蒼生、アイスクレープだって。うまそう。食べようぜ」
「えっ、電車であれだけお弁当食べたのに、まだ食べられるの?」
「まだ全然余裕!むしろ足んなかったくらいなんだよな~」
「じゃあ蒼生は俺と半分こしようか」
「うん、する~」
「そしたら2つ買お」
 このやりとりもいつものことになってきた。蒼生は、健太が食べたがるものを、自分も欲しがる。子供の頃からそうなのかな、と思うと微笑ましい。けれどそれをはっきり言わないのは、自分でまるまる買うには重いし、さらに健太の分を奪うことに抵抗もあるから……というところか。だから、そこに俺が入ればちょうどいいというわけだ。俺だって蒼生と同じものを分け合って食べるのは嬉しい。
 食べ終えて少し涼しくなった勢いでそのまま歩いていくと、手掘りで作られたというトンネルがある細い道に出た。ぎりぎり車が抜けられる程度の、雰囲気あるトンネルだ。そこを抜けると裏庭のような広場があり、轍の奥に他地方ナンバーの車と、斜面に群がるように人が集まっているのが見える。道沿いに立った看板には、「光苔群生地」の文字。
「ここ、ヒカリゴケが見られるみたいだよ」
「え、そうなんだ」
「何それ? 光るの?」
「健ちゃん見たことなかったっけ」
「あんま記憶にないなー」
 健太はそういうのに興味なさそうだからな。蒼生は案の定ちらちらと敷地の奥を見ている。わかりやすい反応が可愛い。
 勝手に入って見てもいいようなので、ぽんと蒼生の背中を叩く。俺が先頭を切って草を踏み分け斜面に向かうと、蒼生たちもついてきた。ロープが張ってあって近くまで行くことはできないようだが、覗き込めば見えそうだ。斜面にぽかりと空いたいくつもの大きな穴のうち、人の少ないあたりを狙う。すると、暗闇の中、地面に這うようにして緑の光がうっすらと見えた。
「ほー。ぼんやり光るんだな。あれ、普通に光ってんの?」
「ううん、反射なんだって。神秘的で、綺麗だよね」
「…………」
「? なに?」
「蒼生といるとよくあるんだよなあ。……おまえのほうが綺麗だよ案件」
「わかる」
「ちょっ……またそういう冗談を……」
 困った顔。可愛いな。冗談じゃないのは、何度言ったら伝わるだろうか。でも蒼生らしい謙虚さで認めないというなら、それはそれで構わない。俺たちはそのたびに伝えるだけだから。
 それから、海辺の道路を、砂浜の喧騒を聞きながら歩いた。「いっぱい人がいるね」と穏やかに蒼生は笑っていた。海の家が途切れて少し人が少なくなったところで砂浜に降り、波打ち際を歩いてみたりもした。蒼生はサンダルを脱いで、足首をくすぐる波と攫われていく砂の感触を楽しんでいた。蒼生が海遊びのイメージとして描いていたのは、こういうことだったんだろうな。だとしたら、年の近い兄弟たちと海に飛び込んだり、ビーチでゲームをしてはしゃいだりといった遊び方は、たしかに蒼生には合わないはずだ。そういう遊びが好きな健太は少しうずうずしていたようだが、蒼生と一緒に足で砂をかきまぜて遊んでいるうちに満足したらしい。わかる。結局俺たちは、蒼生が笑っていてくれれば満足するんだ。
 ひとつひとつは小さなことだ。けれど、こうして蒼生といれば満たされるんだとつくづく思う。

 夕飯はホテルで教えてもらった近くの商店街にある食堂に行った。特にそういうことで有名な店ではないらしいが、地元の労働者向けにサービスを付けるようになった結果、どのメニューも大盛が基本になったようだった。注文してからその曰くを店員の女性が教えてくれたものだから、俺たちは出てきた食事の量に目を瞠ることになった。
「こんなに食べられるかなあ……」
 蒼生は山になったフライを前に息を飲む。たしかに、蒼生の前が一番賑やかだ。
「食べきれない分はオレが食べるから大丈夫だよ」
「の、残しちゃったらごめんね」
「気にしないで。さっき冬矢と半分こしてただろ。今度はオレの番」
「根に持ってたのか」
「そりゃな」
 申し訳なさそうにしていた蒼生だが、食事が進むうち、明らかに健太が蒼生の分を狙っているのを見て嬉しそうにしていた。健太の分を自分が取るのは気が引けるが、自分のものを健太が持って行くのは構わないという考え方なのだろう。なんだか蒼生らしい気がする。
 ……蒼生、大変だろうな。かわるがわる自分をアピールしてくる男ふたりに囲まれているんだから。ごめんね。ただ、蒼生が喜んでいてくれるうちは……そういうふうに見えるうちは、許してほしいと思う。だって、止められないんだ。俺を見てほしい。そっちを見ていてもいい、次にこっちを見てくれれば。
 食事の後は、ホテルの小さなゲームコーナーを冷やかした。無謀にも健太がシューティングで勝負を挑んできたので、少々時間は費やしてしまったが。だから順番に部屋の風呂に入って、最後の健太が出てくる頃にはだいぶ遅くなってしまった。
 ベッドに座って、脚の間に座らせた蒼生の髪をドライヤーで乾かす。綺麗な髪の滑らかな感触と共に、心地よさそうにされるがままになっている表情を堪能していると、浴室から出てきた健太が正面から蒼生の腰に縋りついた。
「はー。ボディソープのいいにおい」
「備え付けのやつ、なんか懐かしい感じのにおいしたよね」
「んー」
「……ちょ、健ちゃん、くすぐったい」
 珍しく蒼生が健太の肩を押し返す。
「健ちゃん……。だめだってば。シたくなっちゃうから」
 ふうん?
 健太もぱっと顔を上げる。
「ダメなの?」
「うん。明日遊べなくなっちゃう」
「え~」
「僕、健ちゃんみたいに体力ないもん。一緒に遊びたいから、だめ」
 蒼生の体のことを考えれば当然だ。俺ももとよりそのつもりはない。……ただ、健太の気持ちもわかる。今の言い方も可愛かったしな。
 うん。可愛い。ちょっとからかってやろうか。
 俺はドライヤーのスイッチを切り、首筋にそっと口づける。ぴくりと跳ねるので、抱き締めてもう一度。
「や……っ、冬矢まで……」
 腕の中でもがくのが可愛い。
「ふふ。ちょっと触っただけで、蒼生はシたくなっちゃうんだ?」
 蒼生は仰のいて、俺を見た。甘く潤んだ目。
「シたいよ……。いつだってそうなのに、そっ、そのつもりで触られたら、我慢できなくなっちゃう……」
 …………へえ。
「かっ、可愛い……っ」
「煽られるってこういうことか……」
「っ、ふたりとも、きついーっ。ねえ、苦しいんだけどっ」
 これで手を出したとしても、蒼生のせいだよ。完全にその気にさせる言葉なのに、本人は無自覚なんだからな。
 こんな可愛い、大好きで愛しい存在を、この手で抱き締められるなんて。俺は本当に幸せだと思う。
 ……まあ、愛おしすぎて、そのまま何もせず抱き締めたまま眠るのは、……ちょっとした苦行だったが。


 翌日もいい天気だった。俺たちは朝食を終えて一息ついてから、ホテルの中にある室内プールにやってきた。健太の目論見通り、わざわざ海の近くで、しかも午前中からプールに入る客はいなかったようだ。
「わー、誰もいないね!」
 貸し出し用のビーチボールを抱えて蒼生が嬉しそうにあたりを見回す。可愛いな……。入り口の近くには売店があってホテルのスタッフがいるから完全に人目がないわけではない。が、近くにいるのは俺と健太だけだ。スタッフも客が俺たちしかいないせいか、カウンターの奥で作業をしているのが見える。だから、気を抜いているんだな。3人だけなら、そんなふうにボールを抱えて無邪気に笑うんだ。可愛い。
「荷物置いて早く入ろーぜ!」
 言うと、健太はさっさと奥の方にあるテーブルを目指して歩いて行った。テーブルとビーチチェアがセットになってあちこちにあるが、一番奥を目指すのは、俺たちの中では暗黙の了解になっている。出来るだけ3人だけでいたいと思うのは、全員一緒だからな。本来ならスタッフさえ退場いただいて、貸し切りにしたいくらいだ。
 プールは、さっき通りかかったジムと兼用になっているらしく、よく見る25メートルくらいの長方形だが、両側の短辺が扇形に広がって階段がついている。その長方形の左右には楕円形のプールが1つずつあり、片方は独立した子供用の浅いプールだ。もう1つは25メートルプールの端のほうで繋がっている。真剣に泳ぐ人がいてもあそこに入れば普通に遊べるということなのかな。
 窓の向こうに生け垣が見える一番端のテーブルに荷物を置くと、蒼生はそわそわとラッシュガードの襟に触れる。
「どうした?」
「うん、あのね。人、いないし、脱いでもいいかな」
「ああ。そうだね。そうしよう」
 やっぱり着たまま水に入るのは抵抗があるんだろうか。俺の返答を聞いて、ほっと息をついた蒼生は、上着をそそくさと脱いで健太とふたりで軽く準備運動を始める。
 あ。
 蒼生の胸元にはっきり残った紅い跡。夏場だから首筋には気を付けていたけれど、左胸のあれはほとんどわざとだ。消えるかもしれないと思ったが、もし残ったままで誰かに見られたとしても、牽制になると思ったから。でも、今更ながら、蒼生は恥ずかしがらないだろうか。
「蒼生、それ……」
 俺の目線に気付いたのだろう、蒼生はいったん胸元に目を落とし、それから顔を上げて笑った。
「大丈夫だよ。今見てるのふたりしかいないもん。それに、これ、ふたりのものだっていう印だよね?」
 ……わざと残した意図は、既にバレていたらしい。だが、そのうえで堂々としてくれているのは、まるでそれが誇らしい跡だと思ってくれているようで。
「でも、なんかそれ見てると、付けた時の蒼生のこと思い出して興奮しちゃうんだよな」
「あはは。大丈夫だよ健ちゃん、水の中に入れば冷めるでしょ」
「お。試してみる?」
 ふたりはタイル張りの階段から、ゆっくりと水の中に入っていく。が、腰辺りまで水が来ると、我慢しきれなかったのか、ざぶんとそのまま飛び込んだ。
 蒼生は水遊びが嫌いな理由を、無理矢理遊ばなければならないからだと言っていた。家族に気を遣い、友人たちに気を遣い、パラソルの下でにこにこ笑っていることが多かったそうだ。全方位にいい顔をして自分の苦手なことを話せなかった蒼生だから、それは気が重い行事だっただろう。
 今、蒼生は、健太に水をかけながら子供のように笑っている。俺たちにだけ気を許している蒼生。勿体ないと思うと同時に、やはり自分たちだけのものにしたい。
 その蒼生が、俺に向かって笑いかける。
「冬矢も来てぇ」
「……ああ」
 俺も泳ぐことが嫌いなわけではないが、わざわざ海やプールに出かけるのが面倒だった。だが蒼生がいるなら話は別だ。蒼生が呼んでいて、俺がそんなふうに思うはずがない。
 足を水につけると、ぬるいと感じる温度だ。
「よし蒼生、手始めに勝負だ!」
「へ? え、あっ」
 さては俺が蒼生に呼ばれたことで、やきもちでも焼いたか。蒼生を引き離そうとしているのだろう。まったく……。
 健太が床を蹴り、あっという間に向こう岸へと泳ぎ始める。蒼生も戸惑っていたみたいだけれど、いったんぱしゃんと潜ると、健太のあとを追っていく。……いや、あれは……健太の奴、単純にはしゃいでいるだけかもしれないな。
 中学の水泳の授業で、俺も何度か蒼生とプールに入った。あの時の蒼生は、淡々と授業をこなしていて、周りの生徒たちのように騒いだりはしなかった。自由時間になっても、冷めた気分でプールの端に立っていた俺の側に寄ってきて、ただふたりで並んで話をしていたものだ。きっとそれまでの授業も、家族で遊びに行った時も、蒼生はこんなにはしゃがなかっただろう。だから健太は嬉しいのだと思う。俺も、あんなふうに無邪気に笑う蒼生が見られて嬉しい。
 それにしても、結構深いな。一番深い辺りまで来たが、胸元まで水が届く。本気で泳いでもいい深さだ。そこでふたりの姿を目で追う。
 向こうまで行って帰ってくるのは、健太が先だった。蒼生も別に遅くはないんだけどな。ただ、勝負とは言っていたものの、ふたりとも本気ではないようだ。健太はテンションのままにもう一度泳いでいく。
 蒼生はそれを見て笑い、軽く水に潜ると、すうっと俺のもとに泳いでくる。そして目の前に浮かび上がると、ふるふると頭を振った。濡れた髪から跳ねた水が、俺の顔にかかる。もう、それすらも可愛いな。
 だが、その可愛さはそれで終わらなかった。蒼生は手を伸ばし、俺の首に縋り付く。そして、両足を俺の腰に巻き付けた。……この体勢は。
「蒼生……?」
 嬉しそうな顔が、至近距離にある。光の粒が、きらきらと眩しい。
「ふふふ。水の中だと浮力があるから、冬矢にもだっこしてもらえる」
 か……っ。
 俺は咄嗟に蒼生の腰を抱く。するとさらにぎゅっと抱きついてくる。
「……俺のだっこ、嬉しいの?」
「嬉しい。僕の全部預けてるみたいで安心する」
 そうか。これは……ちょっと、すごいな。そうか。蒼生は、俺に今、すべてを委ねているつもりなのか。
「あっ! ズルい!」
 水面から顔を上げた健太がこっちに気が付いたようだ。目ざとい奴め。あと10往復くらいしていればいいのに。ざばざばと水をかき分け、健太が慌ててやってくる。泳いだほうが早かったんじゃないかという気がするが、そこまで気が回らなかったのだろう。やれやれ、せっかくの俺と蒼生の時間もここで中断か。
「なあ、軽くなるってことは、蒼生がオレのこと持ち上げるのも出来るってこと?」
「出来るかなあ」
 するりと蒼生の脚が腰から離れる。俺と蒼生の間に流れ込んできた水が、少し冷たい。すかさず健太が、俺から降りた蒼生に向かって飛び込んだ。
「お、乗っかれる」
「う。でも軽いわけじゃないよ。あと……なんだろう、ものっすごく変な感じ」
「たしかに」
 なんだか見慣れないな……。それに大部分が水から出ているから、その分はしっかり重さがかかっているはずだ。小さい頃ならそれでも十分だっただろうが、健太は自分の増加した重量を頭に入れていないようだ。抱き上げられることに慣れている蒼生と慣れていない健太の対比、みたいになっているな。
「……うー。やっぱ重ーい!」
 蒼生が健太をざぶんと放り投げ、さらに体重をかけて沈める。
「っぷ、う、やったなー!」
「あ、あはははは」
 今度は蒼生に健太がのしかかる。それがさらに俺のほうにまで波及して……。
 ふっ。人に水の中に引きずり込まれるなんて、記憶の中にあっただろうか。自分がこんな年相応な遊び方をするなんて、想像もしていなかったよ。
 自由に泳いだりボールを投げ合ったりしてしばらく遊んでいると、そろそろ昼が見えてくる時間になった。ビーチボールを投げ合うなんて、何が楽しいんだと思っていたが、……楽しかった。だって、蒼生が笑っていたから。
「な、外にテラス席があってさ、あっちのレストランのメニューを売店で注文できるんだってさ!」
 健太が生き生きしながら売店を指さす。
「え、そうなの? 健ちゃん詳しいね」
「入って来た時に、書いてあったの読んだ」
「あはは、よく見てるなぁ」
 なるほどな、わざわざ外に行かなくとも食事が出来るようになっているのか。俺は椅子に置いたままだった蒼生のラッシュガードを手に取る。
「蒼生、濡れたまま日陰にいると涼しいかもしれないから着ておきな」
「はーい」
 素直に返事をし、蒼生はラッシュガードに袖を通す。食事を頼む以上、スタッフとやりとりをするからな。きちんと隠しておきたい。
「いくつか適当に頼んでさ、分けて食べよ。蒼生もいろんなの食べたいだろ」
「何か気になるものはある?」
「うーん、いろいろあるね。僕、これ、パイナップルチャーハンが気になる。あとね、ビーフカツレツサンド」
「お、胃が元気な人のためのチョイスじゃん。じゃ、それにこれ足して……」
 へえ。蒼生が迷わずメニューを選んだ。最初から分け合うと決まっていると選びやすいのかな。うん、迷う姿も可愛いけれど、はっきり決まるのも可愛いな。
 売店は、奥のほうでレストランの厨房と繋がっているらしい。飲食物を提供するなら効率的な構造だ。しかも南国リゾート風に整えられたテラス席で食べられるのだから、こちらのほうが雰囲気としてはいいかもしれない。本当は外で食事をするのは得意ではないのだが、蒼生が喜んでいるのだから、いいか。蒼生だって本来なら屋外は好きではなかったはずだ。要因は、雰囲気とテンション、かな。俺たちと一緒だから、という理由だったらさらに嬉しい。……そしておそらく、そうなのだろう。
 蒼生が珍しく自分から言いだしたメニューは、たしかに美味しかった。パイナップルは熱を加えると甘くなる。それがスパイスの効いたチャーハンによく合っていた。そもそも、蒼生、パイナップルは生より加熱したほうが好きだもんな。パイナップルと焼くポークソテーは蒼生の好物のひとつだ。
「そういえば、健ちゃん、昔は酢豚のパイナップル苦手だったよね」
「ふーん?」
 好き嫌いはないという話じゃなかったか。今でも苦手なのだろうか。まあ、だとしても蒼生が好きなものなら躊躇なく作るが。
「あ、大昔な。家で作るやつに入ってなかったから、どっか店で食べた時にびっくりしただけで、苦手じゃねえよ」
「そうだっけ」
「そ。姉ちゃんと変だ変だって騒いでたら、蒼生が美味しいから食べてみてって言ったんじゃん。あれからはちゃんと好きだよ。だって蒼生、好きじゃん」
 なるほど、それもか。このふたりは、嫌いな食べ物を自然とお互いに克服しながら育ってきているからな。でも、それに関しては俺も人のことを言えない。
「俺も、料理の中にフルーツが入っているのは得意じゃなかったよ」
「えっ」
 蒼生がびっくりした顔でぴたりと止まる。
「でも、ごはんに、ソースとかでよくフルーツ使ってくれてるよね? も、もしかして僕に合わせてくれてた? 本当は我慢して作ってくれてたの?」
 ああ、そんな困った顔しないで。
「違うよ。俺も健太と一緒。たしかに、最初は同棲するんだから苦手だって言っていられないなと思って挑戦したんだ。でも、蒼生が喜んで美味しそうな顔をして食べてくれるだろ。蒼生の笑顔につられて食べてみたら、その美味しさに気が付いた。蒼生の笑顔が調味料になっていたのかもしれないね」
 蒼生はぴっと背筋を正す。それから、俺と健太の顔を交互に見た。
「ええと。じゃあ、僕が今選んだメニューは……」
「チャーハンな! 面白かったし、美味しかった!」
「爽やかですごく美味しかったよ」
 ほおっと安心したように息を吐く。ふわっと崩れた表情が眩しかった。……蒼生の笑顔があれば、きっと克服できないものはないんじゃないか、という気すらした。俺は、本当に蒼生に弱いな。
 食事を終えてすぐに水に入るのはあまりよくない。俺たちは小さな浅いプールの端に座って、膝下だけ水につけてその感触を楽しみながら食休みをする。さっき思い出した中学の水泳の授業と似た光景だったが、あの怠い空気とは比べものにならない。蒼生はずっと楽しそうだし、俺も楽しい。
 そこに、家族連れが入って来た。両親と子供が3人、小学生くらいの子が2人にそれより小さい子が1人だ。蒼生にラッシュガードを着させておいてよかった。小さな彼らは、俺たちがいる浅いプールに入ってくると、蒼生が借りたのと色違いのビーチボールでボール遊びを始める。
「邪魔になるといけないから俺たちは場所を移ろうか。十分休憩は取れたし」
「そうだね」
 俺と蒼生は先に立ち、隣のプールに移動する。体積の小さなプールから大きなプールに移動すると、やはり冷たく感じる。そんなことを蒼生と笑い合って話す視界の端で、健太の頭にボールがぶつかったのが見えた。これはまた、ずいぶん見事なヒットだな。
「ごっ、ごめんなさい!」
 甲高い声。健太も一瞬驚いたようだったが、小さな子が投げたビーチボールだ。威力なんて全くないに等しい。健太は笑って、それを子供たちに投げ返す。すると、一番小さな子が再び健太に向かってボールを投げた。
「……おっ。やったなーっ」
「きゃーっ」
 健太がにこにこしながら応戦したものだから、上の子2人もその気になったらしい。健太と子供たちで投げ合いが始まった。まあ、健太も子供のようなものだからな。親たちは、……ああ、売店にいるのか。
 ひたり、と背中にくっついてくる気配。蒼生?
 振り向くと、顔半分を水に沈めた蒼生が上目遣いで俺を見ていた。
「どうしたの?」
「……健ちゃんは、ちっちゃい子にモテる」
 ……ああ。やきもちか。健太を取られたように感じているんだね。可愛い。
 俺は蒼生の手を取って、俺の両肩にかける。
「じゃあ、今の蒼生は俺だけのものだね」
 目を見開いた蒼生が、腕に力を入れ、後ろから抱きつくような格好になった。
「冬矢の?」
「そう。今は俺と蒼生の時間」
「う、嬉しいかも」
「せっかくだからふたりっきりを楽しもう?」
 赤い頬で、蒼生が笑う。これは俺が独占しても構わないということだろう。
「あーっ! オレも!」
 俺は響いてきた声を気にせず、背中にしがみついた蒼生を連れていく。ばしゃばしゃと健太が水に入る気配。
「蒼生、捕まってて」
「うん」
 背中いっぱいに蒼生の存在を感じながら、俺はのんびりとプールの中央に向かって泳ぎ始める。蒼生は俺の首筋に顔を埋めて、楽しそうに笑っていた。
「待てって!」
 ああ、今度は本気で泳いできたな。

 プールから上がってロビーを歩いていると、廊下の奥から出てきた浴衣の女性たちが外に歩いて行くのが見えた。蒼生がそれを目で追う。
「なにかあるのかな?」
「今、祭やってるんだって。あれ、言わなかったっけ」
「お祭?」
 蒼生には言っていなかったのか。おそらくはしゃいでいて説明し忘れたんだろうな。健太はきょろきょろロビーを見渡すと、手招きして蒼生を誘った。その方向には、さほど大きくないポスターが貼ってある。
「ほら、これ。屋台もいっぱい出てるみたいだしさ、行ってみようよ」
 へえと呟いて、蒼生は盆踊りの櫓が幼いタッチで描かれたそのポスターを眺めている。……もしかして悩んでいるのだろうか。やはり先に説明は必要だ。健太に任せておくだけでなく自分でもフォローすべきだった、失敗だ。
「蒼生、人混み苦手だろう?」
「あっ、そっか」
 健太が今気付いたような顔をする。けれど振り向いた蒼生は、まだ少し濡れている髪を振った。
「人混みって言っても、知ってる人いないから大丈夫だよ」
「そ、そう?」
「うん。連れてってくれるつもりだったんだ。嬉しい」
 にこにこ笑っている顔に、無理をして答えてくれているような気配はない。……よかった。ほっとした。蒼生にはちゃんと喜んで欲しい。
「じゃあ、これも誘ったら乗ってくれる?」
 俺はポスターの下にある貼り紙を指さした。
「これ? ……わ、浴衣のレンタルあるんだ。ご希望の方は直接宴会場にお越しください、だって。いいねえ、借りよう」
 蒼生の許可が下りればもうこっちのものだ。早速俺たちは、部屋に荷物を置いてから宴会場に向かう。案内図によれば、宴会場は奥にあって、ホテル内にあるいくつかのショップの間を通り抜けると近道になるらしい。なるほど先程の浴衣の集団が出てきたのはこの通路か。俺たちはその矢印に従い、雑貨店や花屋、洋品店が並ぶ中を歩いて行く。
 と、健太が突然足を止めた。なんだ、と目をやると、子供向けの写真スタジオのようだ。ショーウィンドウには様々な衣装が展示されていて、健太はどうやら小さな女の子がポーズを取る写真に目を奪われているようだった。……そういえば、さっきの親子連れの一番下の子もこのくらいだったな。蒼生の言葉ではないが、健太は子供に受けがいい。本人もそれを面倒がらずに相手をする。……子供を持つことに憧れでもあるのだろうか。たしかに、健太ならば家族を持つことは容易に想像できる。だが、そうしたら蒼生は……。
 立ち止まった健太に気付いた蒼生が、サンダルの軽い足取りで戻ってくる。
「何見てるの?」
「こういうドレス、可愛くない? 真っ白で、羽がついてるの」
「へえ、可愛いね」
「着てよ」
「は?」
 俺と蒼生の声が揃う。
 は? 蒼生に?
「ひらひらしてふわふわで、絶対可愛いよ」
 …………。そうか。蒼生に着せたいのか。そうだよな。健太の頭の中には蒼生のことしかない。何故かわからないが、それを聞いてものすごく安堵する自分がいる。
「僕に似合うとは思えないんだけど……。そもそも絶対サイズないって」
 うん?
「えぇー。じゃあ大人サイズだったらドレス着てお祭一緒に行ってくれる?」
「やだ。お祭にドレスなんか着ていったら邪魔じゃん」
「んー、そっか。言われてみりゃ確かに。……そしたらさ、バニーとかえっちなコスプレでもいいよ?」
「絶対やだっ! だから、そういうのはふたりの前でしか着ないってば」
 ふうん。
 ……聞いている健太も、言っている蒼生本人も気が付いていないのか。軽口をたたき合うふたりが面白い。ねえ蒼生、今、結構なことを口にしたんだよ? 俺たちの前なら着るんだね?
 蒼生が気付いていないならそれでいい。ただ、俺は覚えているから。
「ほら、宴会場に行くんだろう」
「あ、そうだ」
「もう、健ちゃんが変なこと言うから……」
 さてと。帰ったらどう遊んでやろうかな。
 でも、まずは、だ。
 宴会場は、廊下より一段高い、畳敷きの和室だった。洋風のホテルで部屋も洋室だから、その延長でパーティを開くような部屋をイメージしていた。これは少々意外だったな。そういうパーティルームももちろんあるが、この一角だけ和室が揃っているようだ。商店街も近いし、この手の部屋を作るようにという要望でもあったのかもしれない。どちらにせよ、こういった浴衣レンタルを夏場に行うにはちょうどいいのだろう。和室いっぱいに並ぶ低いテーブルの上に、色とりどりの浴衣が敷き詰められているのが鮮やかだ。その間を見て回る何組かの客もいる。あんなふうに自分たちで好きな浴衣を選んでいいらしい。
 それを眺めていると、俺たちが部屋に入ってきたことに気が付いた年配の女性スタッフが、にこやかにこちらに近付いて来た。
「こんにちは、レンタルをご希望ですか?」
「はい」
「3名様ですね。うちは女性用だけじゃなく、男性用も種類多めに用意してますからね、ぜひ好きなのを選んでください。着付けのお手伝いは必要ですか?」
 蒼生と健太が顔を見合わせる。そうだろうな。俺は一応、万が一を考えて予習はしてきた。が、最初は手伝ってもらったほうが無難だろう。
「では、お願いできますか」
「かしこまりました。まずはお好きな浴衣をお選びください。選べましたらまた声をかけてくださいね」
 男性用は……大体あのあたりか。暗い色が多いので、ぱっと見てすぐわかるな。蒼生にはどんな柄が似合うだろう。古典的な柄か、それとも今時の柄か。
「種類多めって、たしかに。そこそこあるね。えっと、どうしよう」
 この選択肢は蒼生には多すぎるだろうな。蒼生が着たいものを着るのが一番いいんだが、それを自分で決めるのに無意識で抵抗を示すのが蒼生だ。「自分なんかがこれを着ていいのか」という意味のない迷いが生じるらしい。それの意味がないこと自体は蒼生もわかっているのだが、どうしてもその習性は抜けないようだ。
 だが今はそれでいい。いずれの話はあとですればいいんだ。
「明るい色もあるみたいだな。白に赤……」
「白か、夜だと目立っていいけど……。赤もちょっと派手な感じ?」
 なるほど。俺はさりげなく蒼生の好みを探っていくことにした。洋装と和装だと感覚が違う場合もあるからな。
「なあ、見て蒼生! 綺麗な青のグラデーション!」
「健ちゃん、そういうの好きだよね」
「好き! あ、水着も同じようなの選ばせたっけ。ほらさ、色が薄いのも可愛い感じがして似合うし、濃いのはきりっとして美人度が上がるじゃん? だからどっちも捨てがたいと思っちゃうのかもな」
「うーん、よくわかんないけど、グラデーション自体は僕も好きだよ」
「こっちは細かい花柄だ。だけどシックだね」
「ああ、ホントだ」
「これは……綺麗な青だ。よく見ると魚が泳いでいるんだな」
「わー! 裾のほうを泳いでる!」
 うん、うん。そうか。今日はわかりやすい。こうやって蒼生の望みを割り出す作業は、結構楽しい……と言ったら怒られてしまうかな。
「似合いそう! じゃあ蒼生はこれね。魚、可愛いな」
「これ、……うん」
 ぽん、と健太に一式を手渡された蒼生は、嬉しそうに頷いた。
「オレはぁ、この細かい花柄のやつにしよー。アイボリーの濃淡で、ぱっと見花柄に見えないのよくない?」
「いいね、かっこいい」
「そうしたら、俺はシックに縦縞はどうかな」
「ああ、似合いそう!」
 こうなってくると早く着たところを見たいし、見せたいな。俺たちは、室内に手の空いたスタッフを探す。すると、さっきの女性がまた気付いてくれた。
 宴会場の脇のほうが衝立で仕切られていて、そこで着付けをしてくれるサービスをやっているらしい。
「それでは3名様の着付けですね。どなたからお着替えなさいます?」
「彼をお願いします。……健太」
「えっ、オレ?」
「それで、彼の着付けを見ながら自分で着てみていいですか」
「いいですね。ぜひチャレンジしてみてください」
 女性はにっこり笑う。蒼生が不思議そうに首を傾げる。
「僕は最後? それとも僕も自分で……」
「いや、まずは見ていて。蒼生はメインディッシュだから」
「へ?」
 楽しみは最後に取っておかないとな。
 健太も不思議がっていたようだが、大人しく服を脱いで、スタッフの女性に着付けられていく頃には、興味深げに彼女の手元を見ていた。俺も、その手元を追うように手を動かす。そんなに難しくはないが、帯の結び方に少し慣れが必要だな。
「ご自分でされる場合は、そうです、前のほうで同じように。このくらい残して、はい。一巻き、二巻き……」
 その鮮やかな手つきを、蒼生も正座でじっと眺めている。つい覚えようとしてしまうんだろうな。知識を入れることが苦にならないタイプだから。
「はい、これで完成です。ああ、自分で着られたお兄さんも上手ですね。ちゃんと出来ていますよ」
 わあ、と蒼生が声を上げる。
「すごーい、健ちゃんも冬矢も似合うね!」
 それからもごもごと唇を動かす。……可愛い。もっと言いたいんだろう。でも人前だから我慢しているんだ。目がきらきら輝いている。自惚れではなく、蒼生の「好き」を感じてしまう。なんて可愛いんだろう。
「それでは、そちらのお兄さんも」
「俺が着せてみたいんですが」
「えっ」
 健太ががばっとこちらを見る。が、俺はそれをさらりと流す。
「まあ、覚えちゃいました? ではぜひ」
 蒼生は少し困惑したようだが、すぐに、ふっと笑った。
「お願いしまーす」
 スタッフに見守られながら、俺は蒼生の纏った浴衣に帯を回していく。側に寄ってきた健太が、しゃがんで蒼生の姿を見上げながら、ちらっと俺のことを睨んできた。
「……おまえ、それがやりたかったのか」
「覚えておいたほうがいいと思ってね」
「ひぇ」
 含みを持たせた言葉に、蒼生がきゅっと身を縮める。もちろん、そういう意味も含めてだよ。わかっている蒼生はきっといろいろ考えてしまうだろう。ほら、今振った頭。やましい思いを振り払ったんだろうね。ふふ。
「あらあら、見目麗しい男子三人組になりましたねえ!」
「ちゃんと出来ていますか?」
「ええ、とてもお上手ですよ。やっぱり、ぴしっと着こなしていただくと、浴衣も映えますね」
 こうして蒼生の支度を調えられるのは嬉しいな。俺の手で作った結び目が、蒼生の綺麗な腰のラインを際立たせている。浴衣は濃い色のほうが似合うな。首筋の白さが目立って、こっちも綺麗だ。うん。似合う。綺麗だ。人前だからか凜とした表情が、空気すら変えてしまうようだ。
「はー……。蒼生も似合う……」
 しみじみと健太が呟く。
「け、健ちゃんも冬矢も見過ぎじゃないかな……」
「魅了されているんだよ」
「みっ……」
 こんなに美しく艶やかな姿を見せられて、冷静でいろというほうが難しい。今すぐに抱き締めてしまいたいのを、かろうじて我慢する。健太も同じ気持ちなのだろう、……いや、既に手がだいぶ伸びているな。
「下駄の貸し出しも可能ですが、いかがですか?」
「あー……。慣れないと歩きづらいし、怪我しちゃうかもしれないから、オレはサンダルでいいかな」
「うん、そうだね」
「ええ、最近はサンダルの方も多いですしね、いいと思いますよ。旅先で足を痛めてしまってはいけませんからね」
 本当はフル装備で見たいところだったが、そこについては同意だ。蒼生が痛い思いをするのは良くない。
「では、レンタルのお手続きよろしいですか?」
「はい。じゃ、俺が行ってくるから、ふたりは待ってて」
「うぃー」
「お願いします」
 俺が離れると、ふたりは大人しく壁際に寄っていった。旅行の手配をしたのは健太だ、このくらいの雑務は替わってやってもいいだろう。こそこそと耳打ちで何かを話しているようだが、大目に見ることにする。
 奥に作られたカウンターに着くと、レンタル一覧というバインダーを提示された。開かれたページには浴衣のレンタル料が書かれている。ホテルで貸し出し可能な品の料金が集められている資料なのだということは、ページの端に紙製のタグが付けられていたことでわかる。俺は、その中のひとつのタグに目を留めた。
「すみません。そちらのページも見せてもらっていいですか」
「ええ、もちろんです」

 ホテルで教えてもらった通りの道を行くと、次第に祭囃子が大きくなってきた。どうやら会場は広い公園らしい。入り口には運動会で見たような門が作られていて、街の名前が大きく記されている。昼は神輿が出るような祭で、夜はどちらかというと地元町内会主催の盆踊り大会のようだな。俺たちのような観光客にとってはどちらでもいいが。
「すっげ、屋台いっぱいあるな!」
 健太が今にも走り出しそうな声でそう言った。実際、蒼生がいなければ飛び込んで行ってしまったことだろう。別にそれでも構わないのだが、健太はぴたりと蒼生の隣を歩いている。万が一はぐれてしまう時のことを考えているのだろう。思っていた通り、だいぶ賑わっているからな。
「蒼生、はぐれるといけないから手を繋いでいこう」
「うん」
 一瞬も迷うことなく、蒼生は俺の手を握った。……ふっ。
「あ!」
「おまえの言いたいこともわかるが、3人で並んだら迷惑なのも理解出来るな?」
「……ぐぅ」
 先手を打つと、健太は素直に黙り込む。
「じゅ、順番ね、順番!」
 焦った蒼生が「ね?」と上目遣いで健太を見つめる。すると健太が何かを噛みしめるような顔で頷いた。わかりやすい奴。それから、蒼生のこれも無意識なんだよな。俺と健太にしか見せない表情だからいいけれど、これが世間にバレた日には、俺たちはさらに多くの敵を作ることになるだろう。
 日がほぼ落ちたとはいえ、まだまだ暑い。握った手はしっとりと湿っている。けれどだからこそ密着する感じがして、なかなかいい。強めに握ると握り返してくれるところもいいな。転勤族の親に連れられて各地の祭に行ったことを思い出すが、こんなに心弾むことはなかった。
「せっかくだし、今日は好き勝手しよう」
 勢いでそう告げると、蒼生は目をぱちぱちさせてから辺りを見渡す。
「好き勝手かあ。遠慮しなくていいんだ!」
 きっと今まで、家族や友人と来ることもあっただろう。だが、やはりずっと遠慮していたんだろうな。簡単に想像できる。人の意思を尊重して、見たいものも見ず、欲しいものを欲しいとも言えず。俺は、そんな思いをさせたくない。俺は蒼生がしたいことをしてほしいし、そういう蒼生が見たい。
 蒼生は、ぴっと指を差す。
「ね、ベビーカステラ食べたい」
「いきなり甘いものか。いいね、食べよう」
 さっきから甘い香りが漂っていたからな。蒼生が気にしているのはわかっていた。健太が大きく息を吸い込む。
「一度食べてみたかったんだよなー。食べたいって言うんだけど、いつも“あとでね”って言われて、帰りもスルーされて買えないんだよ」
 ああ、健太も含めてそうだったのか。
「この小さい袋でもらおう。他にもいっぱい食べたいし」
「えー、小さいの?」
「気に入ったらあとで買い足せばいいじゃないか」
「……うわ、すげえ、贅沢だ」
「こ、これが好き勝手なんだね!」
 目の前で焼き上がったばかりのベビーカステラを袋に入れてもらう。はしゃぐふたりから、買ったばかりのそれを貰う。焼き立てだからまだ熱いな。しっとりはしているが、口の中の水分を持って行かれそうだ。飲み物か冷たいものがほしいな。きっとふたりも同じことを思ったのだろう。
「次はさ、かき氷いこうぜ」
「僕ねえ、普段食べないの食べたい。冬矢選んで」
「俺が?」
 遠慮しなくていいのに、と思ったけれど。その笑顔を見ていると、そういうことでもないのだなと気付く。俺に食べたいものを食べさせたいという優しさなのか、俺が選んだものを食べたいという甘えなのか。どちらなのだろうかと考えたが、どっちでも可愛いから、いいか。
 かき氷の屋台は、通り過ぎただけで幾つもある。ほとんどが同じような品揃えだった。そうだな、蒼生が喜びそうなものはどれだろう。蒼生が選びそう、じゃなくて、喜びそうなものがいい。……ああ、この店のはよさそうだな。少し値段は張るが、フルーツが乗せられるようだ。
「蒼生、これはどうかな。ミカンのかき氷だって」
「わ、美味しそう!」
「よし、これにしようか」
 さらにソフトクリームを乗せよう。所々に設けられたベンチに座らせたふたりの元に、シロップの鮮やかなオレンジとソフトクリームの白を乗せた、見た目も楽しそうなかき氷を運ぶ。それを見た蒼生の無邪気な笑顔。ああ、好きだな。
「美味しいね」
「うん。甘くてすっぱくて、それをソフトクリームが甘く包み込んでくれるの、美味しい~」
「ほら、蒼生、ミカンも食べな」
「んっ、ひんやりで美味しい!」
 嬉しそうだな。よかった。
 でも、このラインナップでは夕飯にはならなさそうだ。足りなければ何か買って帰ってもいいが、せっかくのこういう機会だ。
「夕飯も兼ねているし、次は食事系を目指していこうか。そういうのだったら何が食べたい?」
「焼きそばとイカの焼いたやつとトウモロコシ焼いたやつは外せねえな」
「わかる、わかる。なんかお祭っぽいよね」
 健太が先に答えるのに蒼生が頷く。まず蒼生の意見を聞きたかったんだが……、まあ、そうだな……定番が無難か。
 かき氷のカップを空にした俺たちは、それを目指して再び歩き出す。
「あ、冬矢、射的だってよ。勝負しようぜ!」
 いや、だから。
 まずは食事を、と言いかけた俺に、蒼生がぴかぴかした目を向けてくる。
「健ちゃんと冬矢の勝負、見たい」
 …………仕方ないな。
「おまえとは昨日も勝負したんだが?」
「オレは勝つまで諦めないタチなんで!」
「絶対に勝てない勝負に使う言葉じゃないと思うけど」
「勝負に絶対はねえって言うじゃんか、なあ」
 他のゲームなら、おまえにも勝機があるだろうに。俺の得意なもので俺に勝ちたいといったところか。
 健太と肩を並べて、銃を構える。
「勝敗は大きさか? それとも数か?」
「いや、落とした景品で、より蒼生を喜ばせたほうが勝ち」
「なるほど」
 ただ点数で競うだけでは面白くない。いいだろう。
 考えるべきは、落としやすさだけではない。それを重視してつまらないものを狙ってはいけない。蒼生は俺たちに手渡されたものは捨てられないんだ、かさばって困るものは狙うべきではない。勝負は5発。
 そして、俺も健太も、1発も外さなかった。俺の落とした景品の目玉は、小さなウサギの置物。健太は星が連なった形のキーホルダー。それ以外は駄菓子の類いだ。全弾当てた俺たちに、ギャラリーからは拍手が巻き起こる。健太はそれに手を振って応えていたが、俺は生憎そっちには興味がない。
 一歩離れていた蒼生の元に、景品を抱えて戻る。わずかに遅れて、健太も。蒼生は掲げていた携帯電話をすっと下げた。可愛い笑顔がその陰から現れる。
「えへへ。かっこよかったから、動画撮っちゃった。ごめんね」
「え、それは、全然いいけど……。か、かっこよかった?」
「うん。すっごく! ふふ。あとでゆっくり見ようっと。はー、真剣に勝負するの、ずるいよ。ドキドキしちゃう」
 携帯の角を撫でながら、蒼生は嬉しそうだ。そんなの、俺も嬉しくなってしまうだろ……。
「勝負の行方は、どうだったと思う?」
 決着の付け方は蒼生も聞いていたはずだ。けれど、蒼生はいたずらっぽく笑う。
「僕が選べないこと、知ってるくせに」
 ……ふ。
 バレてるんだな。俺たちが、ただ蒼生にプレゼントを渡したかっただけだということが。
「帰ったら、一緒に食べようねえ。これは玄関に飾って、こっちは鞄に付けよう。嬉しいなあ……」
 蒼生はそう言って、腕の中に溢れるほどの景品をゆったりと眺めた。思わず抱き締めてしまわなかった俺の理性は、評価されるべきだと思う。
 それから俺たちは、当初の目的通り、屋台の食べ物を買い食いしながらあちこちの店を覗いた。ソースせんべいやらチョコバナナなんかも挟んだから、食べすぎた気もしないでもないが。少々多いかなと思っても、健太が綺麗に片付けるものだから、蒼生も好きなものを食べられているようだった。途中、何度か声をかけてくる女性たちもいたが、適当にあしらっていたらどうにかなった。
 さらに奥に進む。すると人が大勢いる広場に出た。その中央には大きな櫓が組まれていて、それをぐるりと円状に取り囲む人々が、音楽と太鼓の音に合わせて踊っている。
「わー、盆踊りだ」
「うちの町内も昔やってたよなあ」
「いつの間にかなくなっちゃったもんね」
「ほら、なんだっけ、これ。なんとか音頭。オレらの子供の頃に流行ったやつだろ? 子供向けアニメの。まだ使われてるんだ~」
 蒼生と健太が懐かしげにその光景を眺める。盆踊りか……。俺も昔どこかで見たことがある気がするが、はっきり記憶がない。こういうものだとはもちろん知っているんだけどな。
「蒼生、混じってくる?」
「えっ? あの、遠慮しとく……」
「あはは、だよな、ああいうの苦手だもんな」
「です……」
 それは俺も知っている。学校行事のフォークダンスも、授業の創作ダンスも、にこにこしながらも全力で目が嫌がっていたことを覚えているからな。人に触れるのが嫌いな蒼生は、当然手を繋いで踊るのは吐き気がするほど苦手らしい。それとただ「動いている」ならともかく、「ダンスをしている」というのを見られるのがとことん嫌いなのだそうだ。
「その頃は引っ張り込まれていたんだろうな」
 呟くと、顔を俺に向けた蒼生がげっそりとした顔で頷いた。
「近所の女の子によく……。健ちゃんは、一度嫌だって言ったらもうやめてくれたけど、他の人たちはやめてくんなくて」
 ああ、それは余計苦手になっても仕方ないな。
「それじゃあ、ちょっと雰囲気だけ味わおうか」
「したら、今買った綿あめ食べようぜ!」
 なるべく目立たない、端のほうにあったベンチを見つけて腰掛ける。健太は早速カラフルな綿あめを袋から取り出した。それを蒼生のほうに傾けると、蒼生はあえて顔ごと飛び込むように齧り付いた。可愛すぎるな。
「あれ、ホントに色によって味が違うねえ」
「うわマジだ。面白いな」
「冬矢も、はい、どうぞ」
「ありがとう」
 なるほど、緑のこれはメロンのような風味を感じる。色々考えられているんだな。
 それにしても、記憶にある限り初めて見る光景……というかこの生の空気は、なんとなく不思議だ。暑く湿った空気と、提灯のぼんやりした明かり、様々な柄だが同じ装束を纏った人々、どこかのどかさを感じる音楽、大きく響く太鼓の音……。日常ではない光景だ。
 そして、このほのかな色合いの明かりに照らされる蒼生は……とても綺麗で神秘的だと思った。
「うん? どうしたの、冬矢」
「ああ、提灯の明かりに照らされた蒼生が綺麗だなって思っていたんだ」
「…………っ。ま、またそういうこと言って……。いっ、一度のイベントに1回だけにしてください……」
 ぱっと照れた顔をした蒼生が、慌てたように俯く。同じ言葉でも、照れる時と照れない時があるんだよな。その基準がわからない。だからその反応がいつも新鮮で、常に新しい発見が出来る。だから、どんどん好きになってしまう。
 健太がここぞとばかりにぐいっと身を乗り出す。
「しょーがねえじゃん。ホントのことだもん。あのさ蒼生、さっきからずーっと思ってることはっきり言うけど、オレめちゃくちゃ蒼生の浴衣姿に興奮してんだからな。その隙間から手ぇ突っ込んでぐちゃぐちゃにしたいとか思ってんだぜ?」
「ひぇ……」
 蒼生がきゅっと身を縮めて、救いを求めるように俺を見る。さっきは美しかった横顔が、あっという間に困った顔になって……可愛い。だからもっと見たい、と思ってしまうんだから、俺も大概だな。
「そうだな、人がいるから駄目だ。そんな蒼生を他人に見せられるわけがないだろ」
「ええ……。行為そのものは否定しないんだ……」
 そりゃあね。当たり前じゃないか。普段とは違う肌の見え方や、裾に気を払う仕草が、どれだけ情欲的か。今すぐにだってむしゃぶりつきたい。きちんと着こなしているからこそ乱したくなるのは、当然の欲求だと思う。
「そう言う蒼生だって、完全に否定出来る?」
 聞くと、蒼生はちらりと目線を泳がせた。俺の浴衣を見て、それから目を合わせる。薄暗い中でも、その頬が赤いのがわかる。
「駄目、だよ。だって……」
「だって?」
「……借り物の浴衣を汚すわけにはいかないもの」
 ふふ、ほら。
 蒼生も同じことを考えているだろ。

1 / 1
ステキ!を送ってみましょう!
ステキ!を送ることで、作品への共感や作者様への敬意を伝えることができます。
また、そのステキ!が作者様の背中を押し、次の作品へと繋がっていくかもしれません。
ステキ!は匿名非公開で送ることもできますので、少しでもいいなと思ったら是非、ステキ!を送ってみましょう!

PAGE TOP