高原 風音

ふんわりいちゃ甘な創作BL小説をメインで活動しています!
基本的にはハピエン厨というより、ハッピーに始まりハッピーに進んでハッピーに終わる、一言で言うと“始終ハッピー主義”。
主にPixivで作品を発表しており、こちらには順次再掲を行っております。現在執筆中のシリーズは3人組のゆるふわいちゃあまラブ『僕+君→Waltz!』(R-18あり)。完結済みのシリーズには、自由奔放な少年がハッピーエンドを迎えるまでのお話『初恋みたいなキスをして』(R-18)があります。
そのほか、ちまちまと短編BLを書いたりしています。
また、ここでは紹介しませんが、ファンタジー?ふうのシリーズ『碧色の軌跡』(完結済み・恋愛要素なし)やオリジナル短編などもあったりしますので、興味がありましたらぜひ。
二次創作もぼちぼちやっております。

プロフィールタグ

投稿日:2024年08月28日 23:10    文字数:13,321

63こ目;それはご褒美です

コメントを送りました
ステキ!を送りました
ステキ!を取り消しました
ブックマークに登録しました
ブックマークから削除しました
コメントはあなたと作品投稿者のみに名前と内容が表示されます
一緒に何もない休日を楽しむ3人。
蒼生は、冬矢と健太がプレイするゲームをのんびり眺めていました。
このまま何事も起こらず、穏やかな日のはずだったのですが、
些細なことをきっかけに、ちょっとしたトラブルが発生してしまい…?

↑初公開時キャプション↑
2022/08/26初公開
https://pictbland.net/users/series/kazanet-tk/%E5%83%95%EF%BC%8B%E5%90%9B%E2%86%92Waltz%EF%BC%81
1 / 1

 本日のチョイスは戦略ゲームらしい。コントローラーを握った冬矢が素早くボタンを押していくのに従い、画面の上のアイコンが目まぐるしく動いていく。蒼生には何をしているのかよくわからないが、健太はその意図を理解しているらしい。
「あ、なあ、そっちの部隊、右から回り込んだほうがよくね?」
「山側からか」
「だって、次、あっちはそこから来るつもりだろ」
「なるほどな、たしかに」
 蒼生はふたりの間に座り、同じようにソファの座面に寄りかかりながらぼんやりと画面を眺めていた。ゲームのパッケージに目を落とすと、重そうな金属の球体に鎖で足を繋がれた男性が、その球を抱えて何かを叫んでいる様子が描かれている。後ろには鎧姿が並び、遠くには違う色の鎧の軍団。どうやら、この中央の彼が、捕らわれの身から軍を率いるまでの存在になり、国を救うというストーリーであるらしかった。操作の意味が分かれば面白いのかもしれないとは思うものの、自分を挟まないふたりの会話も好きなので、あまり突っ込まずにいたら余計にわからなくなった。適温に保たれた空調と、単調な音楽と、ぐるぐる動くマークと、両隣から感じる体温と、ふたりに挟まれた安心感。どれもが眠気を誘うにはちょうどいい。このまま転寝をしたら気持ちがいいだろうなと思う。
 ぱっと、何の前置きもなく健太が立ちあがった。なんとなく体重を預けていた蒼生は、軽くバランスを崩す。思わず見上げた蒼生に、健太がでれっとした笑顔を見せる。
「水飲んでくる」
 自分はそんなに心細そうな顔をしていただろうか。なんだか恥ずかしくなって、頬を両手で包み込み、膝を曲げて顔をうずめた。
 そこに、横から小さな声。
「隣でそんなに可愛いことをされると、コントローラーを投げ出して抱き締めたくなるな」
「えっ? ご、ごめん……?」
「ふふっ」
 冬矢が肩を震わせる。集中出来ないことに対するクレームかと思ったら、どうやらからかわれただけらしい。少々拗ねた蒼生は、反撃してやろうと考える。そして、ゲームの邪魔をしようと思いつき、とはいえ操作をミスさせてしまうのも悪いので、その体勢のままゆっくり冬矢に寄りかかった。が、それは大した反撃にはならなかったようだ。体重をかけてから得意げに横顔を覗き込むと、冬矢は嬉しそうににこにこしているではないか。自分の反撃が全く功を奏していない、それもまた悔しい。……のだが、自分の行動を嬉しく思ってくれているのだと思うと、それだけで満足してまう。従って、反撃も終了だ。蒼生は冬矢にもたれかかったまま、画面に目を戻した。今度は直に感じる体温に、再びとろりとした眠気が覆い被さってきた。その心地よさに浸って、瞼が落ちてきそうになった時だ。
「……ああ、そうだ。健太、ちょっとストックの棚見てくれるか」
 冬矢が声を上げ、またふっと目が覚めた。
「棚~? 何を見ればいい?」
「さっき使ったオリーブオイルがだいぶ軽かったから在庫を見ようと思っていたんだが、今の今まで忘れてた」
「はいはい。んー。ん? あー、ねぇな」
「わかった、じゃあ後で買いに行くか」
 それを聞いた蒼生ががばっと体を起こした。
「僕、買い物行ってくる」
「急いでないから大丈夫だよ」
「ううん、今すごく眠くて。このままでいると寝ちゃうから、眠気覚ましに外行きたい」
 言うと、冬矢は目を和ませる。
「そうだね。さっきから眠そうだったよね。なら、お願いしようかな」
 蒼生が頷くや否や、健太がキッチンから飛び出してきた。
「おまえは戦闘のターン最終盤で離れらんねえだろ、オレが一緒に行く!」
「いや別に」
「わかってる、うん、そうだよな、大事な局面だもんな、ここで終わりには出来ねえよな!」
 大きな買い物ではないのだから、冬矢は蒼生に任せるつもりでいた。いくら冬矢が心配性だからといって、行動のすべてを制限する気はない。だが、蒼生と出かけるチャンスを切実にものにしようと必死な健太の様子に、少し悪戯心が湧いた。
「ここから先はゲームのほうをおまえに頼むって手もある」
「や、そこは頭脳派の冬矢さんにお任せしたいところですよ!」
「ああ、そういえば、ちょうど洗剤と米も買わなきゃならないところだったな」
「それはちゃんとオレ持つし!」
 まったく引き下がらない。このままおちょくるのも面白いだろうが、キリがなさそうだ。
「……わかった、じゃあよろしく」
「よっし! 行こ、蒼生!」
「えっ、あ、うん」
 ふたりのやりとりをきょとんと見ていた蒼生だが、元気よく返事をした健太に引っ張られ、ばたばたと廊下のほうに消えて行く。
「いってらっしゃい」
 リビングの閉じたドアに声をかけると、遠くから「いってきます」と蒼生の声がした。

 買い物を終えたふたりは、コンビニに立ち寄った。というより、健太が自動ドアに吸い込まれるようにふらりと入っていったので、前を歩いていた蒼生が驚いて追いかけた形だ。中に入ってその姿を探すと、健太は冷凍食品のボックスの前に立ち尽くしている。
「急に、どうしたの?」
「んー。ちょっとだけ、買い食いしよ?」
「え? うーん。冬矢が待ってるから、ちょっとだけね」
「ん。アイス食べよ。それでおやつも買って帰ろうぜ」
「そんなに? いいのかなあ」
「いいのいいの」
 健太は笑って、様々な味のアイスキャンディがばらばらに入ったボックスに手を突っ込んだ。
「オレはこれ。ソーダ味。蒼生は?」
「んっと……ミルク」
「ミルクな」
 目立つところにあったイチゴ味を選ばなかったことに、健太は少し驚いた。それと同時に、予想外の答えに嬉しくなる。まだ自分には、理解しきれていない蒼生の一面がある。これからも新しい蒼生を知ることができるというのは、とてもわくわくする事実だ。
 どこで食べようか迷った挙句、ふたりは近所の公園までやってきた。住宅地の空いたスペースを使って作られたのだろう、細長い形の公園だ。滑り台や鉄棒のほかに遊具がいくつかあるくらいで、花壇や大きな木が多い、どちらかといえば大人の散歩コースといった雰囲気だ。その端にある木陰のベンチが健太のお気に入りスポットだった。
 荷物ごとどっかり座り込んで「はーっ」と息を吐いた健太は、大きく開けた口をそのまま蒼生に向けた。
「食べさせて」
「あはは、はいはい」
 蒼生は袋の中からソーダ味のアイスキャンディを取り出すと、包み紙を剥がす。すると、ひんやりした空気が指先に伝わってきた。薄い水色のアイスは、見ているだけでも涼しくなるようだ。それを、べっと舌を出した健太の口にそっと差し入れる。ぱくりと咥えた途端、冷たい、と表情が語るのが面白い。
「んー、ひんやい……。ね、いま、えっひなほほはんあえは?」
 なるほどそういうことかと納得したように、蒼生は小さく何度か頷いた。たしかに、今の舌の出し方は、あからさまだった。
「口にない時に喋りなよ。えっちなこと? 考えてほしかった?」
「うん」
 まっすぐ食い気味に答える健太に、一瞬目を見開いた蒼生は、すぐふんわり笑った。
「そんなこと言って。ここで僕が我慢できなくなっちゃったらどうするの?」
「ぅぐ」
「じゃあ逆に、……僕がそういう食べ方してみる……?」
「うー……」
 健太は眉根を寄せ、なにやら真剣に考え始める。首を上に振り、下に振りして考え込む健太に、蒼生は笑いをこらえるのが大変だった。あえて思わせぶりな口調にしてみたのだが、そこまで悩むことだっただろうか。
 黙り込んだ健太の隣で、蒼生もアイスキャンディの包装を開けて頬張った。濃いミルクの味が口いっぱいに広がる。少し融け始めているせいか、舌で押し込むとほろりと先が崩れる。小さな欠片を噛みしめると、歯の上できゅっと音が鳴るのが心地いい。
 と、いつの間にか蒼生のそのしぐさを健太がじっと見ている。
「? なに?」
「やっぱえっちなこと考えちゃうなって」
「普通に食べてるだけなのに?」
「普通にしてても、蒼生はえっちで可愛い」
「ふふ、何それ」
 健太はふたりの間に置いてあった荷物を自分の反対側に置き直し、ぴったりと蒼生にくっついた。
「あー、もー、今すぐキスしたい。今、絶対甘いじゃん。全部舐めつくしたい。味わい尽くしたい……」
「こんな真昼間の、向こうでちっちゃい子たちが遊んでるような公園で?」
「だよなぁ。んなことしたら、そこで終わりにできる自信ねえもんなあ」
 でしょう、と言った蒼生が、柔らかくなったアイスをしゃくっと噛み砕いた。そして、
「健ちゃん」
「ん?」
 こちらを向いた健太に、唇を押し付けるようなキスをした。
「……!?」
「おすそわけ」
 健太は面食らって動きを止める。その豆鉄砲を食らったハトのようになった健太に、耐えきれずに蒼生はくすくすと笑いだした。蒼生の手元にあるアイスの白と同じくらい頭が真っ白になった健太だが、その可愛らしい声に徐々に感覚が戻ってくる。ぺろっと出した舌に、唇から甘い甘いミルクの味。
「っ、蒼生、ぎゅーしちゃダメ!?」
「あはは、駄目だよ」
「なんでっ!?」
「だって、健ちゃん、ほら。アイス融けてきてる。手がべとべとになってるもん。だから、駄目」
「手っ……手かぁ……」
 健太が両手を見ると、言われた通り右手はベタベタだ。しかも荷物の移動でいったんアイスを持ち替えてしまったので、左手も大した違いはない。
「食べ終わったら、まず手を洗いに行こうね」
「だな……」
 残りのアイスを口に放り込む。先程のミルクの味が残っていたからだろうか、さっきよりまろやかな味がした。
 水道は公園の真ん中あたりにあった。蒼生に荷物を持ってもらった健太は、じっと自分の両手を見る。味は違えど同じ形状のアイスを食べたというのに、蒼生の手は綺麗なままだ。昔からなぜだか蒼生のほうが食べ方が上手なのだが、ずっとそれが不思議でならない。
「ごめんな、荷物持ちでついてきたのはオレなのに、蒼生に持ってもらって」
「ううん。っていうかさ、健ちゃんのほうが力持ちなのは認めるけど、僕だってこのくらい余裕で持てるからね。ひとりでだって大丈夫なんだよ?」
「わかってるけど、オレがやなんだもん」
「そっかぁ」
 それ以上食い下がることもなく、蒼生は頷く。
 健太は嬉しかった。手伝いたい。一緒にいたい。優しくしたい。蒼生はそれを理解してくれているのだ。穏やかに微笑んで自分を見てくれる、その視線が愛おしい。
「あ、ハンカチ持ってねえ」
「僕のポケットに入ってるから、取って」
 まるで予期していたように蒼生がさらっと答える。さすが、ハンカチを忘れるところまでわかってくれているらしい。健太は遠慮なく、蒼生のポケットからちらりと見えている小さなハンドタオルを引っ張り出し、濡れた手を拭く。……と、その向こうの藤棚に人が集まっているのに気付いてしまった。
「ん? どうかしたかな」
 そこでは、小さな子たちとその母親らしき数人が、困ったように藤棚を見ている。蒼生がすっとその上を指さした。
「ボールが引っかかっちゃったみたい。見える? あそこ、黄色いの」
「あ、ホントだ。オレなら届きそうだなあ」
 タオルを自分のポケットに突っ込み、健太は小走りに藤棚に近付いた。健太にとってはさほど高い構造ではないのが、そばに寄ると余計にわかる。その近付いて来た足音に気付いたのか、その集団はぱっと振り向いた。見れば、小さな子たちは泣きそうな顔をしている。
「あの、オレ取ってもいいですか?」
 勝手に手を出してもよくない。一応そう聞くと、大人たちは驚いたように顔を見合わせてから、こくこくと首を縦に振った。
「お、お願いします」
 健太はすっと手を伸ばす。枠には簡単に手が届いたが、ボールまでは少し距離がある。ならばとわずかに沈み込み、ひょいっと飛び上がってボールをはたく。ボールは跳ね上がり、一度枠にぶつかって、それから地面に落ちた。わあっと声が湧く。
「おおー!」
「やったー!」
「すげえ! かっこいい!」
 一番大きな子が焦ったように、弾んで遠くに行きそうなボールを抱き留めた。
「お兄ちゃんありがとう!」
「すみません、ありがとうございます」
「いーえー」
 親子連れは口々に礼を言いながら、輪になって歩いて行った。遊具の向こうにある、もう少し開けた場所で遊ぶことにしたのだろうか。その姿が見えなくなりそうなあたりで大きな子を先頭に走り出し、黄色いボールが高く飛ぶのが見えた。
 よかった、と思って振り向くと、蒼生がにこにこ笑っている。駆け戻ると、その柔らかな視線がずっと自分の目を追ってくれていて、大したことはしていないのに、なんだかとても誇らしいことをした気分になる。
「ただいま」
「おかえり、健ちゃん。かっこよかったよ」
「そ、そうかな」
「うん。さすが元スポーツ選手だね。ジャンプがすっごく綺麗で見惚れちゃった」
「そうかー……。へへ、蒼生に言われるのが一番気持ちいいや」
 小さな子たちに羨望の目で見上げられたことより、蒼生の言葉がもっと強く響く。蒼生に褒められるのが何より嬉しかった、小さい頃の自分が脳裏をよぎった。あの頃から自分は変わっていないな、と思う。けれどちゃんと変えてきたところもちゃんとある。
「ん、じゃ、帰ろ。荷物ありがと」
 健太はさっと蒼生の手に提げられた袋に手を伸ばす。
「っあ、健ちゃん、ちょっと待っ……」
「え?」
 袋の持ち手が、蒼生の指に絡まっていたのに気付いたのは、それを引っ張った後だった。蒼生は慌てて指を引き抜いたが、そこからバランスをとるのは難しかった。
 ざらり、と蒼生の手が地面の砂利の上を滑る。
「……った」
「あ、蒼生っ! ごめん!」
 頭が真っ白になった健太は、すぐに我に返ると、血の気の引いた顔で蒼生の腕を引く。表情を一瞬ゆがめた蒼生だが、なんでもなさそうににこっと笑った。
「あはは、転んじゃった」
 そしてぱたぱたと手をはたき、健太に引き上げられるまま立ち上がる。
「ケガ、ケガは?」
「大丈夫だよ」
「わ、手のひら、血……っ」
「ちょっと擦り傷になってるけど、全然そんな」
 健太はぐっと唇を噛んだ。蒼生の手のひらの傷をじっと見つめる。じわ、と滲む血の赤。
「……ごめんね。早く帰ろう」
「あ、うん」
 そのままぐいぐいと手を引き、健太は家に向かって歩き出した。蒼生は不思議そうに健太の背中を見つめながら、黙ってついていく。

 おかえり、と言いかけた冬矢は、健太の白い顔に気付いて言葉を止めた。代わりに出てきたのは、
「どうした?」
 という、身構えた声だ。健太は呆然としたような、酷くショックを受けたような表情で床に目を落とす。
「蒼生にケガさせた」
「え!?」
 冬矢が立ち上がると、陰に隠れて見えなかった蒼生が慌てて飛び出し、首と両手を同時に振る。
「大袈裟だよ、ただの擦り傷だから。こんなの、ケガのうちにも入んないよ。ちょっとバランス崩して転んじゃっただけなんだ」
「転んだ、って」
「オレが引っ張ったんだ」
「引っかかっちゃっただけだよ」
 なんとか慰めようと必死な蒼生と、落ち込む健太の姿は、一見どちらがケガをしたのかわからない。一大事かと緊張した冬矢は、ふたりの様子に安堵して、いったん息を吐く。おそらく健太の不注意で蒼生が軽いケガをした、ということだろう。落ち着いて話を聞いたほうがよさそうだ。
 蒼生は、必要以上に深刻に受け止める健太に困惑していた。本当に大袈裟だ、と思う。舐めておけば治る程度の傷にそんなに落ち込まれても、どう返していいかわからない。
「ね。健ちゃん。なんでそこまで動揺してるの。こんなこと、ちっちゃい頃にはよくあったじゃん」
 ぎぎ、と音が鳴りそうなほど不自然に首を回し、健太は蒼生を泣きそうな顔で見つめた。
「……だからだよ。あの頃、蒼生を振り回して、たくさんケガさせた。今考えたらすごく酷いことをしてたって気付いて、怖くなった。だから、反省してるんだ。二度と蒼生を傷付けないって。絶対痛い思いをさせないって。決めたのに」
 その答えには、蒼生だけでなく、冬矢もはっとした。
 幼い頃の健太は、蒼生と一緒にいたいがゆえに、蒼生の手を引いて自由気ままに走り回っていた。その突拍子もない動きについていけなかった蒼生は、言葉の通り振り回されてしょっちゅうケガをしていた。だがそれは昔の微笑ましい思い出であり、健太らしい無邪気さが可愛いエピソードだと思っていた。まさか、それをずっと気に病んでいたとは。
 蒼生が、ぽんぽんと無事なほうの手で健太の背を叩く。
「あの頃も、今だって、わざとじゃないって知ってる。だから気にしなくていいんだよ。健ちゃんも知ってるでしょ、僕、案外丈夫なんだから」
「……だとしても、傷はつくし、痛みは感じるだろ」
「それは……」
 そうだけど、と繋げようとして、蒼生は口をつぐむ。
 冬矢は蒼生の手元に目を落とす。たしかに大した傷ではなさそうだが、砂で白く汚れたままだ。
「まずは蒼生。傷口を洗ってきたほうがいい。それからゆっくり話をしよう」
「う、うん」
 ようやくそこで、蒼生は自分の傷口の様子に気付いたらしい。ちら、と健太を見ると、自分の手と見比べてから後ろ髪を引かれるような面持ちで洗面所のほうに向かった。
 冬矢は黙ってそれを見送る。それから健太を見るが、蒼生を追うことも出来ないくらい肩を落としてうなだれていた。本当は、ケガをしたとわかっているなら、まずは傷口の汚れを洗い流させるのが先だろうと小言のひとつも言いたかった。落ち込むより先にすることがあるだろう、と。だが、この様子だ。追い打ちをかけるのも可哀想だな、と思い、大きく息を吐いてその言葉を飲み込んだ。
「健太。気持ちはわかるが、あの程度の傷でおまえがそんなに落ち込んでいたら、蒼生はケガをすること自体に引け目に感じるようになってしまうぞ」
「けど……、こ、これ以上、ケガなんて」
「生きていれば多少のケガはあるだろ。……俺だって蒼生のケガなんて見たくない。蒼生に痛い思いなんて絶対させたくないのはおまえと同じだ。だが、そのたびに俺たちがそんな顔をしていたら、蒼生はどう思う?」
「ああ……うん。そうだよな。そうだ……」
 理解しようとはしているのだろう。大したことはないと健太自身もわかっているはずだ。そのうえで、それを引きずる気持ちを抑えられないらしい。大切にすべき存在だとわかった以上、過去の自分がそれを傷付けていたという事実と向き合うのは、激しい後悔の念に駆られても仕方ない。
 とはいえ、極端に怖がりすぎてもよくないはずだ。冬矢が口を開きかけたところに、蒼生が戻ってきた。
「……ただいま。あのね、ほら。砂が入ってるわけじゃないし、すぐ治りそうだよ」
 少し強張った笑顔で、手のひらを掲げて見せる。冬矢はその手を取った。
「たしかに、これなら放っておいても問題なさそうだね。ここだけ?」
「えっと、肘のここと、膝のあたりに少し」
「なるほど大丈夫そうだ」
 わざとらしく冬矢が頷いて見せると、蒼生は少しほっとしたように頷き返した。
 冬矢は内心、今すぐに傷口をガーゼで保護して包帯をぐるぐる巻きにしたいという思いでいっぱいだった。空気に触れたら痛むだろう。今洗ってきただけでも、しみて痛みがあったはずだ。そう思うと肝が冷える。しかし、それを表に出してしまっては健太を刺激してしまう。これ以上健太が落ち込んで、それを見た蒼生が本格的に自責の念に駆られるのは避けたいところだ。
 薬箱に突撃したい衝動と冬矢が戦っていると、突然健太がその場に膝をついた。
「蒼生の言うことも、冬矢の言うことも、ちゃんと理解してるし、これから気を付ける。蒼生、今日はケガさせちゃってごめんね」
 ストレートな言葉。さすが、前向きでまっすぐな健太だ。きちんと自分で立ち直るすべを知っている。冬矢は息をついて感心し、蒼生は心底安心した顔をする。
 だが、今日はそこに続きがあった。
「……でも、ひとつお願いがあって。これはオレの問題で、オレのけじめの話なんだけど。生まれてから今までの精算がしたい。なあ蒼生、オレのこと殴ってくれないか」
「へっ?」
 思ってもみなかった言葉に、蒼生は思わず後ずさる。
「や……無理。無理無理」
「何かしないと気が済まないんだ。お願い」
「やだやだやだっ」
「なあ」
「絶対やだぁっ!」
 冬矢はふたりのやりとりを難しい顔で追う。どちらの気持ちも理解できると思った。だからといって、健太の提案を飲むのでは蒼生にも負い目が残る。少し考えてから、自分の後ろに隠れるような体勢を取っていた蒼生の手を、そっと握った。
「蒼生は、俺や健太がケガをしたらどう思う?」
「やだ……」
「その原因が蒼生だったら?」
「! きっ……消えたくなる……」
「っていう思いなんだろうな。健太も」
 蒼生はもう一度息を飲んだ。きゅっと拳を握り、それから、真剣な目でこちらを見る健太に、改めて視線を返す。冬矢はそんな蒼生の髪に、愛おしげに唇を寄せ、優しく撫でた。
「だから、こいつの気が済むなら、何かしてやったらいいんじゃないか」
「で、でも、殴るとか、そんな、怖い」
「ああ、蒼生には無謀だよね。他の方法を考えたほうがいいよ」
 何か他の、と呟き、蒼生は視線を泳がせた。健太は覚悟を決めたように蒼生から目を離さない。せかされているように感じた蒼生は、ますます焦ってあたりを見渡す。
 と、さっきのゲームのパッケージが目に留まった。主人公が足枷の球を抱えるイラスト。
「……重い……負荷……罰……。! あ、ひらめいた!」
 ぽんと手を叩いた蒼生の顔が、みるみる明るくなる。
「健ちゃんには制裁になって、僕には利益になるのを思いついた。これで解決できるよ」
 吹っ切れた様子の笑顔。思考の整理がついたようだ。もう大丈夫だ、と冬矢は胸を撫でおろす。蒼生に触れた手をそっと離すと、蒼生はにこにこ頷いてから健太の前に歩み出た。
「……蒼生」
「健ちゃん、ちょっと立って」
 言われるがままに健太が立ちあがる。蒼生は、困惑する健太に向け、得意げに両手を差し伸べた。
「だっこ」
「え?」
「だから、だっこ」
 健太は、みたび真っ白になる。頭が追いつかない。一体蒼生は何を言い出したのだろう。だが、ぐいぐいと迫ってくる蒼生に敵うわけがない。おずおずと手を伸ばし、そっとその体を横抱きにする。蒼生はますます満足そうに息を吐くと、胸元で指を組んだ。
「……それから?」
「以上です」
「以上って……これだけ?」
「そう。健ちゃんは、ペナルティとして、重いものを運ぶっていう重労働を課せられたのです」
「へ?」
 まだきょとんとしている健太に、我慢しきれず冬矢が噴き出した。
「なるほどね。理に適っていると言ってもいいかもしれない」
「でしょう」
 蒼生は嬉しそうに健太の胸に頬を寄せる。混乱中の健太をよそに、蒼生は足元の袋を指さした。
「あのねえ、おやつ買ってきたんだよ。みんなで食べよ」
「それはいいな。じゃあ、お茶を入れるね」
「お願いします! さ、健ちゃん、運んで~」
「あ、うん……?」

 おやつが終わっても、蒼生は健太の腕から降りなかった。手を洗いに行くのも、本棚に本を取りに行くのも、ずっと抱かれたままだった。そして今は、腕の中に納まって、リラックスした様子でテレビを見ている。健太自身もソファに座っており、蒼生も足の間に座っているため、負荷など何一つかかっていない。
「左から2番目の棒を動かせばなんとかならないかな」
「いや、それだと手数が増えるだろ。反対側じゃないか。右端を下にして」
「あ、ホントだ」
 冬矢とふたりで謎解き番組を見ながら、ああでもないこうでもないと話し合っている姿は、逆にいつもより落ち着いているかもしれない。健太はすうっと息を吸い込んで、腰に回した腕にそっと力を籠める。愛しい気配。それがことんと体を預けるように寄りかかってくる。
 さっきからずっと悩んでいたのだが、ようやく答えが出た。
「ダメだ、蒼生。これ、ご褒美だ!」
「ええ?」
 蒼生が仰のき、きょとんとした顔で健太を見る。
「そう? 重いからちょうどいいと思ったんだけど」
「重くなんかないよ。なんなら、抱き心地でいえば、もうちょっとふわふわしててもいいんじゃねえかって思ってるくらいだ」
 言いながら、蒼生の腕を、わき腹を、胸を、確かめるように揉む。
「く、くすぐったい、ってば。あは、ふ、ふふっ。……やだよ、重くなったらこんなふうにだっこしてもらえなくなるじゃん」
「そこは鍛えるから大丈夫! 蒼生が少しずつ重くなるだろ、そしたらオレも少しずつ対応していけるってわけだ。忍者がジャンプ力鍛えるやつみたいにさ!」
「そこまで重くなりたくないなあ」
 想像したのか、蒼生が唸って腕を組む。すると、傾けた白い首筋が健太の目に入る。いったんその滑らかな角度を見てしまうと、ここを撫であげると蒼生がどういう声をあげるか、ということまで思い出す結果になってしまい、健太も唸った。
「ううー……。どっちにしても、大好きな子が腕の中にいて、こっち見て笑ってくれる状況は……なんの制裁でもないんだよなあ……」
 冬矢が含み笑いで、ちら、と視線を寄越す。蒼生が抱き上げられてから、冬矢はずっとこの様子だ。
「前にいるのがご褒美だとしたら、顔が見えないように背負ってみるのはどうだ?」
 その提案は、面白がっているとしか思えない。しかし言われた蒼生は素直に「そっか」と手を叩く。そしてもぞもぞ体を起こし、健太の表面を転がるような動きで背中に回ると、ぴたっと縋りついてくる。
「……うーん……?」
 もう何度目かわからないが、首を捻って健太は考え込んだ。
 そこに冬矢が口を挟む。
「蒼生、テーブルの上にある雑誌を取ってくれないか」
「はーい。じゃ、健ちゃんお願いします」
「あ、はい」
 蒼生が腕を健太の首に回してしがみつくので、健太は立ちあがる。蒼生は腕の力だけで充分背中の上に安定して乗っているが、万が一があるので、腰に回った両膝を抱える。
「すごーい、安定感」
 はしゃいだ声が降ってくる。
 テーブルに近付くと、蒼生が手を伸ばし、冬矢が指示した雑誌を手に取る。回れ右をしてやると、蒼生はそのまま冬矢にそれを手渡した。
「ありがとう」
 この場合の冬矢の礼はどちらに対してなんだろうな、などと考えていると、今度は蒼生がぱたぱたと健太の肩を叩いた。
「健ちゃん、お茶飲みに行きたい」
「キッチンな。了解」
「そしたら、冷蔵庫の前で止まってください」
「ん」
 蒼生が冷蔵庫の扉を開け、上の段に寝ていたペットボトルを取り出した。新商品の試し売りでセールになっていた冷茶だ。まだ正規販売になっておらず、いつ次が買えるかわからないということで、いざという時に飲むんだと大事にしていた商品のはずだ。
 それをこともなげに開け、近くのコップを取ると半分くらいを注ぎ入れた。肩の上で、コップが傾くのが見える。
「うわ、甘い。美味しい」
「甘いの?」
「お茶としての甘さね。あとすごく香りがいい。健ちゃんも飲んでみて」
「どれどれ」
 蒼生が健太の口元にコップを寄せたので、そっと唇をつける。蒼生は丁寧に、ゆっくりと健太にコップの傾きを合わせてくれる。冷たい茶の優しい苦みと一緒に、ふんわりと果物のような香りが口の中に広がった。
「……ホントだ。甘くて美味しいな」
「ね!」
 ふたりでその半分を飲み干すと、リビングに戻る。
「…………んー」
「ん?」
 健太が頭を上げる。こつん、とぶつかった蒼生が、額を摩りながら不思議そうに健太の顔を後ろから覗き込む。
 背中にぴったり感じる温度。抱き上げている時より、むしろ触れ合う面積が多い。
「ダメだ可愛い……。なあ、やっぱご褒美だよこれ!」
「そう?」
 蒼生はぎゅうっとしがみつき、背後から首筋に顔を埋めてくる。その吐息に首をくすぐられた健太は、ぞくぞくした感覚が腰から一気に駆け上っていったのに思わず身をよじりそうになったが、それで蒼生が落ちては困るので、必死に耐える。
 涼しい顔で、冬矢がふたりの後ろに回り込んだ。
「健太がそう言うなら、仕方ない。ちゃんとしたペナルティにしてやらないとな」
 え、と思っていると、冬矢は蒼生のうなじにそっとキスをした。
「あ」
 優しい手で背中をなぞり、ゆったりとした速度で降ろしていく。
「……っん」
 腰まで降りると、わずかにくぼんだ箇所を、円を描くように撫でる。
「はぁっ……ぁ……」
 その甘い声が、耳元で響く。漏れた息とともに、わずかに耳に触れる唇。
「…………っ、こ、これはたしかにペナルティだな」
「だろ。ほら、きちんと蒼生を支えて? とろとろの蒼生がおちちゃうよ?」
「あ、あぁっ」
 ふわっと、背負った蒼生の体温が上がった気がした。
 縋るように襟を掴む指。それが小さく震えている。
「……いや、これ、無理だろっ!」
「わっ」
 健太はどさりと勢いよく蒼生の体をソファに下ろす。そのまま上に覆いかぶさり、ぎゅっと抱き締め、かみつくようなキスをする。
「蒼生っ……蒼生ぃ」
「ふ、う、はいぃ……」
「好きだよ、大好き」
「うん、……僕も」
 柔らかな響きの答えに、温かい気持ちでいっぱいになる。するともっともっと欲しくなる。頬に、耳に、首筋に、そっと添えられた手のひらに。たくさん、たくさんキスを落とす。
「あはは、だから、くすぐったいってばぁ」
 言いながら、蒼生の手は拒まない。全部受け止めてくれる。
 くすくすと笑う声。
 心地いい。

 そうしてしばらく蒼生にくっついていた健太だが、突然ふらりとトイレに立った。「ちょっと……」とだけ告げて行ったが、同じ男だ、事情は分かる。
「蒼生は大丈夫?」
「ちょっと、危なかったけど。なんとかセーフ」
「なんとか、なんだ」
「正直ぎりぎり」
 照れたように蒼生が笑う。
「健ちゃんに、今までのことなんか全然気にしてないよ、だからもういいんだよ、ってわかってもらうことのほうが大事だったから、……耐えきった」
 それでも少し息が上がっている蒼生は、一度息を吐いて、整えてから起き上がる。あちこち乱れた服を直しているが、どうやら髪が跳ねていることまでは気が回っていないらしい。冬矢が指でその髪を梳いてやる。
「あ、ありがと」
「どういたしまして。……蒼生は、そう思ってたから、健太より早く切り替えができたんだね」
 普段なら、瞬時に切り替えるのは健太のほうだ。だが、今日は逆だった。自分が気にしていたら、健太がもっと気にするとわかっていたのだろう。蒼生の性格からすれば、とても頑張ったと思う。だから、梳いた手でそのまま優しく髪を撫でる。
「いい子だね」
「……ふふ」
 蒼生は嬉しそうに眼を閉じ、冬矢の手に頭を委ねる。可愛い仕草に、冬矢がそっと触れた顎を上げさせて小さく口づけると、小さな吐息ととろける笑顔が返ってくる。合った視線が、あたたかい。
 それに力をもらったのか、蒼生がぐっと両手を握ってひとつ頷く。
「でも、健ちゃんは気にしすぎだと思うけど、それはそれとして、僕自身、もっと気を付けるようにしよう」
「そうだね。俺だって、蒼生が小さなケガひとつでもしたらと思うとぞっとするよ」
「うん。僕には心配性の彼氏がふたりいるんだって自覚する」
「そうしてくれるとありがたいな」
 冬矢は隣に座って、そっと蒼生が握り締めた手を取り、優しく開かせる。
「……結構痛いだろ」
「やっぱりバレてるもんだなあ。うん。地味に、じんじんする。だけど本当に放っておけば大丈夫。僕、傷の治りも早いし」
「そうは言っても、痛いということには変わりないだろ」
「冬矢も健ちゃんと同じこと言ってる。……冬矢も、だっこ、する?」
 覗き込むような、上目遣い。曇りのない眼差しに笑い、冬矢は傷口に触れないように、その近くに口づけた。
「それは蒼生がされたいだけだろ」
「えへへ、うん」
 素直に頷いて、蒼生が冬矢にもたれかかる。健太ではないが、思いがけないところからご褒美をもらったな、と思う冬矢だ。
 可愛い蒼生。その可愛い蒼生に食べてもらう食事を用意する時間だ。
「さて。今日はパスタにしようと思ってるんだけど、蒼生はどんなソースがいい?」
「わ。また様々な選択肢で僕を悩ませる気だ」
「だんだん楽しみになってきたんだよね。さあ、今日も食材から選んでもらうよ」
「きょ、今日こそは1発で決める!」
 ぐっと蒼生が拳を握りかけ、慌てて両手を見てから無事なほうの手を握った。それを微笑ましく見つめ、冬矢はキッチンに向かうため立ち上がる。蒼生もそれに続こうとして、
「ちょっと待った!」
 いったいどこから聞いていたのか、健太が部屋に戻ってきた。そして、あぜんとする蒼生をまた横抱きに持ち上げる。
「えっ? もう終わりじゃないの?」
「今日が終わるまでは継続するつもりだから!」
 宣言して、ぎゅうっと抱き締める。
 蒼生と冬矢は、顔を見合わせて笑った。
「本来の趣旨からだいぶ外れたな」
 けれど、嬉しそうな健太は、すっかり吹っ切れたようだ。
 ならばいいか。
 抱き上げられたまま、蒼生はほっとしたように息をついた。

1 / 1
コメントを送りました
ステキ!を送りました
ステキ!を取り消しました
ブックマークに登録しました
ブックマークから削除しました

コメント

ログインするとコメントを投稿できます

あなたのひとことが作者の支えになります。
コメントを投稿する事で作者の支えとなり次作品に繋がるかもしれません。
あまり長いコメントを考えずひとこと投稿だけでも大丈夫です。
コメントは作品投稿者とあなたにしか表示されないため、お気軽に投稿頂ければ幸いです。

この作品に関連のあるpictSQUAREのイベント

    • 2027年01月01日 20:00〜翌19:50
      受付中
    R18限定!二次創作者のオリジナルBL作品が見たい!webオンリー
    一次創作 小説 漫画 イラスト BL R18 展示のみOK ネップリOK 既刊のみOK 当日不在OK
     サークル参加受付期間
    1 / 150sp

    08月29日 18:00 〜 11月28日 23:50
    • 2026年11月14日 20:00〜翌19:50
      受付中
    呼吸を忘れるほどの愛執を
    オリジナル 一次創作 当日不在OK 展示のみOK CPオンリー テル藍 テルノ×藍
     サークル参加受付期間
    2 / 10sp

    06月24日 00:00 〜 11月13日 23:50
63こ目;それはご褒美です
1 / 1

 本日のチョイスは戦略ゲームらしい。コントローラーを握った冬矢が素早くボタンを押していくのに従い、画面の上のアイコンが目まぐるしく動いていく。蒼生には何をしているのかよくわからないが、健太はその意図を理解しているらしい。
「あ、なあ、そっちの部隊、右から回り込んだほうがよくね?」
「山側からか」
「だって、次、あっちはそこから来るつもりだろ」
「なるほどな、たしかに」
 蒼生はふたりの間に座り、同じようにソファの座面に寄りかかりながらぼんやりと画面を眺めていた。ゲームのパッケージに目を落とすと、重そうな金属の球体に鎖で足を繋がれた男性が、その球を抱えて何かを叫んでいる様子が描かれている。後ろには鎧姿が並び、遠くには違う色の鎧の軍団。どうやら、この中央の彼が、捕らわれの身から軍を率いるまでの存在になり、国を救うというストーリーであるらしかった。操作の意味が分かれば面白いのかもしれないとは思うものの、自分を挟まないふたりの会話も好きなので、あまり突っ込まずにいたら余計にわからなくなった。適温に保たれた空調と、単調な音楽と、ぐるぐる動くマークと、両隣から感じる体温と、ふたりに挟まれた安心感。どれもが眠気を誘うにはちょうどいい。このまま転寝をしたら気持ちがいいだろうなと思う。
 ぱっと、何の前置きもなく健太が立ちあがった。なんとなく体重を預けていた蒼生は、軽くバランスを崩す。思わず見上げた蒼生に、健太がでれっとした笑顔を見せる。
「水飲んでくる」
 自分はそんなに心細そうな顔をしていただろうか。なんだか恥ずかしくなって、頬を両手で包み込み、膝を曲げて顔をうずめた。
 そこに、横から小さな声。
「隣でそんなに可愛いことをされると、コントローラーを投げ出して抱き締めたくなるな」
「えっ? ご、ごめん……?」
「ふふっ」
 冬矢が肩を震わせる。集中出来ないことに対するクレームかと思ったら、どうやらからかわれただけらしい。少々拗ねた蒼生は、反撃してやろうと考える。そして、ゲームの邪魔をしようと思いつき、とはいえ操作をミスさせてしまうのも悪いので、その体勢のままゆっくり冬矢に寄りかかった。が、それは大した反撃にはならなかったようだ。体重をかけてから得意げに横顔を覗き込むと、冬矢は嬉しそうににこにこしているではないか。自分の反撃が全く功を奏していない、それもまた悔しい。……のだが、自分の行動を嬉しく思ってくれているのだと思うと、それだけで満足してまう。従って、反撃も終了だ。蒼生は冬矢にもたれかかったまま、画面に目を戻した。今度は直に感じる体温に、再びとろりとした眠気が覆い被さってきた。その心地よさに浸って、瞼が落ちてきそうになった時だ。
「……ああ、そうだ。健太、ちょっとストックの棚見てくれるか」
 冬矢が声を上げ、またふっと目が覚めた。
「棚~? 何を見ればいい?」
「さっき使ったオリーブオイルがだいぶ軽かったから在庫を見ようと思っていたんだが、今の今まで忘れてた」
「はいはい。んー。ん? あー、ねぇな」
「わかった、じゃあ後で買いに行くか」
 それを聞いた蒼生ががばっと体を起こした。
「僕、買い物行ってくる」
「急いでないから大丈夫だよ」
「ううん、今すごく眠くて。このままでいると寝ちゃうから、眠気覚ましに外行きたい」
 言うと、冬矢は目を和ませる。
「そうだね。さっきから眠そうだったよね。なら、お願いしようかな」
 蒼生が頷くや否や、健太がキッチンから飛び出してきた。
「おまえは戦闘のターン最終盤で離れらんねえだろ、オレが一緒に行く!」
「いや別に」
「わかってる、うん、そうだよな、大事な局面だもんな、ここで終わりには出来ねえよな!」
 大きな買い物ではないのだから、冬矢は蒼生に任せるつもりでいた。いくら冬矢が心配性だからといって、行動のすべてを制限する気はない。だが、蒼生と出かけるチャンスを切実にものにしようと必死な健太の様子に、少し悪戯心が湧いた。
「ここから先はゲームのほうをおまえに頼むって手もある」
「や、そこは頭脳派の冬矢さんにお任せしたいところですよ!」
「ああ、そういえば、ちょうど洗剤と米も買わなきゃならないところだったな」
「それはちゃんとオレ持つし!」
 まったく引き下がらない。このままおちょくるのも面白いだろうが、キリがなさそうだ。
「……わかった、じゃあよろしく」
「よっし! 行こ、蒼生!」
「えっ、あ、うん」
 ふたりのやりとりをきょとんと見ていた蒼生だが、元気よく返事をした健太に引っ張られ、ばたばたと廊下のほうに消えて行く。
「いってらっしゃい」
 リビングの閉じたドアに声をかけると、遠くから「いってきます」と蒼生の声がした。

 買い物を終えたふたりは、コンビニに立ち寄った。というより、健太が自動ドアに吸い込まれるようにふらりと入っていったので、前を歩いていた蒼生が驚いて追いかけた形だ。中に入ってその姿を探すと、健太は冷凍食品のボックスの前に立ち尽くしている。
「急に、どうしたの?」
「んー。ちょっとだけ、買い食いしよ?」
「え? うーん。冬矢が待ってるから、ちょっとだけね」
「ん。アイス食べよ。それでおやつも買って帰ろうぜ」
「そんなに? いいのかなあ」
「いいのいいの」
 健太は笑って、様々な味のアイスキャンディがばらばらに入ったボックスに手を突っ込んだ。
「オレはこれ。ソーダ味。蒼生は?」
「んっと……ミルク」
「ミルクな」
 目立つところにあったイチゴ味を選ばなかったことに、健太は少し驚いた。それと同時に、予想外の答えに嬉しくなる。まだ自分には、理解しきれていない蒼生の一面がある。これからも新しい蒼生を知ることができるというのは、とてもわくわくする事実だ。
 どこで食べようか迷った挙句、ふたりは近所の公園までやってきた。住宅地の空いたスペースを使って作られたのだろう、細長い形の公園だ。滑り台や鉄棒のほかに遊具がいくつかあるくらいで、花壇や大きな木が多い、どちらかといえば大人の散歩コースといった雰囲気だ。その端にある木陰のベンチが健太のお気に入りスポットだった。
 荷物ごとどっかり座り込んで「はーっ」と息を吐いた健太は、大きく開けた口をそのまま蒼生に向けた。
「食べさせて」
「あはは、はいはい」
 蒼生は袋の中からソーダ味のアイスキャンディを取り出すと、包み紙を剥がす。すると、ひんやりした空気が指先に伝わってきた。薄い水色のアイスは、見ているだけでも涼しくなるようだ。それを、べっと舌を出した健太の口にそっと差し入れる。ぱくりと咥えた途端、冷たい、と表情が語るのが面白い。
「んー、ひんやい……。ね、いま、えっひなほほはんあえは?」
 なるほどそういうことかと納得したように、蒼生は小さく何度か頷いた。たしかに、今の舌の出し方は、あからさまだった。
「口にない時に喋りなよ。えっちなこと? 考えてほしかった?」
「うん」
 まっすぐ食い気味に答える健太に、一瞬目を見開いた蒼生は、すぐふんわり笑った。
「そんなこと言って。ここで僕が我慢できなくなっちゃったらどうするの?」
「ぅぐ」
「じゃあ逆に、……僕がそういう食べ方してみる……?」
「うー……」
 健太は眉根を寄せ、なにやら真剣に考え始める。首を上に振り、下に振りして考え込む健太に、蒼生は笑いをこらえるのが大変だった。あえて思わせぶりな口調にしてみたのだが、そこまで悩むことだっただろうか。
 黙り込んだ健太の隣で、蒼生もアイスキャンディの包装を開けて頬張った。濃いミルクの味が口いっぱいに広がる。少し融け始めているせいか、舌で押し込むとほろりと先が崩れる。小さな欠片を噛みしめると、歯の上できゅっと音が鳴るのが心地いい。
 と、いつの間にか蒼生のそのしぐさを健太がじっと見ている。
「? なに?」
「やっぱえっちなこと考えちゃうなって」
「普通に食べてるだけなのに?」
「普通にしてても、蒼生はえっちで可愛い」
「ふふ、何それ」
 健太はふたりの間に置いてあった荷物を自分の反対側に置き直し、ぴったりと蒼生にくっついた。
「あー、もー、今すぐキスしたい。今、絶対甘いじゃん。全部舐めつくしたい。味わい尽くしたい……」
「こんな真昼間の、向こうでちっちゃい子たちが遊んでるような公園で?」
「だよなぁ。んなことしたら、そこで終わりにできる自信ねえもんなあ」
 でしょう、と言った蒼生が、柔らかくなったアイスをしゃくっと噛み砕いた。そして、
「健ちゃん」
「ん?」
 こちらを向いた健太に、唇を押し付けるようなキスをした。
「……!?」
「おすそわけ」
 健太は面食らって動きを止める。その豆鉄砲を食らったハトのようになった健太に、耐えきれずに蒼生はくすくすと笑いだした。蒼生の手元にあるアイスの白と同じくらい頭が真っ白になった健太だが、その可愛らしい声に徐々に感覚が戻ってくる。ぺろっと出した舌に、唇から甘い甘いミルクの味。
「っ、蒼生、ぎゅーしちゃダメ!?」
「あはは、駄目だよ」
「なんでっ!?」
「だって、健ちゃん、ほら。アイス融けてきてる。手がべとべとになってるもん。だから、駄目」
「手っ……手かぁ……」
 健太が両手を見ると、言われた通り右手はベタベタだ。しかも荷物の移動でいったんアイスを持ち替えてしまったので、左手も大した違いはない。
「食べ終わったら、まず手を洗いに行こうね」
「だな……」
 残りのアイスを口に放り込む。先程のミルクの味が残っていたからだろうか、さっきよりまろやかな味がした。
 水道は公園の真ん中あたりにあった。蒼生に荷物を持ってもらった健太は、じっと自分の両手を見る。味は違えど同じ形状のアイスを食べたというのに、蒼生の手は綺麗なままだ。昔からなぜだか蒼生のほうが食べ方が上手なのだが、ずっとそれが不思議でならない。
「ごめんな、荷物持ちでついてきたのはオレなのに、蒼生に持ってもらって」
「ううん。っていうかさ、健ちゃんのほうが力持ちなのは認めるけど、僕だってこのくらい余裕で持てるからね。ひとりでだって大丈夫なんだよ?」
「わかってるけど、オレがやなんだもん」
「そっかぁ」
 それ以上食い下がることもなく、蒼生は頷く。
 健太は嬉しかった。手伝いたい。一緒にいたい。優しくしたい。蒼生はそれを理解してくれているのだ。穏やかに微笑んで自分を見てくれる、その視線が愛おしい。
「あ、ハンカチ持ってねえ」
「僕のポケットに入ってるから、取って」
 まるで予期していたように蒼生がさらっと答える。さすが、ハンカチを忘れるところまでわかってくれているらしい。健太は遠慮なく、蒼生のポケットからちらりと見えている小さなハンドタオルを引っ張り出し、濡れた手を拭く。……と、その向こうの藤棚に人が集まっているのに気付いてしまった。
「ん? どうかしたかな」
 そこでは、小さな子たちとその母親らしき数人が、困ったように藤棚を見ている。蒼生がすっとその上を指さした。
「ボールが引っかかっちゃったみたい。見える? あそこ、黄色いの」
「あ、ホントだ。オレなら届きそうだなあ」
 タオルを自分のポケットに突っ込み、健太は小走りに藤棚に近付いた。健太にとってはさほど高い構造ではないのが、そばに寄ると余計にわかる。その近付いて来た足音に気付いたのか、その集団はぱっと振り向いた。見れば、小さな子たちは泣きそうな顔をしている。
「あの、オレ取ってもいいですか?」
 勝手に手を出してもよくない。一応そう聞くと、大人たちは驚いたように顔を見合わせてから、こくこくと首を縦に振った。
「お、お願いします」
 健太はすっと手を伸ばす。枠には簡単に手が届いたが、ボールまでは少し距離がある。ならばとわずかに沈み込み、ひょいっと飛び上がってボールをはたく。ボールは跳ね上がり、一度枠にぶつかって、それから地面に落ちた。わあっと声が湧く。
「おおー!」
「やったー!」
「すげえ! かっこいい!」
 一番大きな子が焦ったように、弾んで遠くに行きそうなボールを抱き留めた。
「お兄ちゃんありがとう!」
「すみません、ありがとうございます」
「いーえー」
 親子連れは口々に礼を言いながら、輪になって歩いて行った。遊具の向こうにある、もう少し開けた場所で遊ぶことにしたのだろうか。その姿が見えなくなりそうなあたりで大きな子を先頭に走り出し、黄色いボールが高く飛ぶのが見えた。
 よかった、と思って振り向くと、蒼生がにこにこ笑っている。駆け戻ると、その柔らかな視線がずっと自分の目を追ってくれていて、大したことはしていないのに、なんだかとても誇らしいことをした気分になる。
「ただいま」
「おかえり、健ちゃん。かっこよかったよ」
「そ、そうかな」
「うん。さすが元スポーツ選手だね。ジャンプがすっごく綺麗で見惚れちゃった」
「そうかー……。へへ、蒼生に言われるのが一番気持ちいいや」
 小さな子たちに羨望の目で見上げられたことより、蒼生の言葉がもっと強く響く。蒼生に褒められるのが何より嬉しかった、小さい頃の自分が脳裏をよぎった。あの頃から自分は変わっていないな、と思う。けれどちゃんと変えてきたところもちゃんとある。
「ん、じゃ、帰ろ。荷物ありがと」
 健太はさっと蒼生の手に提げられた袋に手を伸ばす。
「っあ、健ちゃん、ちょっと待っ……」
「え?」
 袋の持ち手が、蒼生の指に絡まっていたのに気付いたのは、それを引っ張った後だった。蒼生は慌てて指を引き抜いたが、そこからバランスをとるのは難しかった。
 ざらり、と蒼生の手が地面の砂利の上を滑る。
「……った」
「あ、蒼生っ! ごめん!」
 頭が真っ白になった健太は、すぐに我に返ると、血の気の引いた顔で蒼生の腕を引く。表情を一瞬ゆがめた蒼生だが、なんでもなさそうににこっと笑った。
「あはは、転んじゃった」
 そしてぱたぱたと手をはたき、健太に引き上げられるまま立ち上がる。
「ケガ、ケガは?」
「大丈夫だよ」
「わ、手のひら、血……っ」
「ちょっと擦り傷になってるけど、全然そんな」
 健太はぐっと唇を噛んだ。蒼生の手のひらの傷をじっと見つめる。じわ、と滲む血の赤。
「……ごめんね。早く帰ろう」
「あ、うん」
 そのままぐいぐいと手を引き、健太は家に向かって歩き出した。蒼生は不思議そうに健太の背中を見つめながら、黙ってついていく。

 おかえり、と言いかけた冬矢は、健太の白い顔に気付いて言葉を止めた。代わりに出てきたのは、
「どうした?」
 という、身構えた声だ。健太は呆然としたような、酷くショックを受けたような表情で床に目を落とす。
「蒼生にケガさせた」
「え!?」
 冬矢が立ち上がると、陰に隠れて見えなかった蒼生が慌てて飛び出し、首と両手を同時に振る。
「大袈裟だよ、ただの擦り傷だから。こんなの、ケガのうちにも入んないよ。ちょっとバランス崩して転んじゃっただけなんだ」
「転んだ、って」
「オレが引っ張ったんだ」
「引っかかっちゃっただけだよ」
 なんとか慰めようと必死な蒼生と、落ち込む健太の姿は、一見どちらがケガをしたのかわからない。一大事かと緊張した冬矢は、ふたりの様子に安堵して、いったん息を吐く。おそらく健太の不注意で蒼生が軽いケガをした、ということだろう。落ち着いて話を聞いたほうがよさそうだ。
 蒼生は、必要以上に深刻に受け止める健太に困惑していた。本当に大袈裟だ、と思う。舐めておけば治る程度の傷にそんなに落ち込まれても、どう返していいかわからない。
「ね。健ちゃん。なんでそこまで動揺してるの。こんなこと、ちっちゃい頃にはよくあったじゃん」
 ぎぎ、と音が鳴りそうなほど不自然に首を回し、健太は蒼生を泣きそうな顔で見つめた。
「……だからだよ。あの頃、蒼生を振り回して、たくさんケガさせた。今考えたらすごく酷いことをしてたって気付いて、怖くなった。だから、反省してるんだ。二度と蒼生を傷付けないって。絶対痛い思いをさせないって。決めたのに」
 その答えには、蒼生だけでなく、冬矢もはっとした。
 幼い頃の健太は、蒼生と一緒にいたいがゆえに、蒼生の手を引いて自由気ままに走り回っていた。その突拍子もない動きについていけなかった蒼生は、言葉の通り振り回されてしょっちゅうケガをしていた。だがそれは昔の微笑ましい思い出であり、健太らしい無邪気さが可愛いエピソードだと思っていた。まさか、それをずっと気に病んでいたとは。
 蒼生が、ぽんぽんと無事なほうの手で健太の背を叩く。
「あの頃も、今だって、わざとじゃないって知ってる。だから気にしなくていいんだよ。健ちゃんも知ってるでしょ、僕、案外丈夫なんだから」
「……だとしても、傷はつくし、痛みは感じるだろ」
「それは……」
 そうだけど、と繋げようとして、蒼生は口をつぐむ。
 冬矢は蒼生の手元に目を落とす。たしかに大した傷ではなさそうだが、砂で白く汚れたままだ。
「まずは蒼生。傷口を洗ってきたほうがいい。それからゆっくり話をしよう」
「う、うん」
 ようやくそこで、蒼生は自分の傷口の様子に気付いたらしい。ちら、と健太を見ると、自分の手と見比べてから後ろ髪を引かれるような面持ちで洗面所のほうに向かった。
 冬矢は黙ってそれを見送る。それから健太を見るが、蒼生を追うことも出来ないくらい肩を落としてうなだれていた。本当は、ケガをしたとわかっているなら、まずは傷口の汚れを洗い流させるのが先だろうと小言のひとつも言いたかった。落ち込むより先にすることがあるだろう、と。だが、この様子だ。追い打ちをかけるのも可哀想だな、と思い、大きく息を吐いてその言葉を飲み込んだ。
「健太。気持ちはわかるが、あの程度の傷でおまえがそんなに落ち込んでいたら、蒼生はケガをすること自体に引け目に感じるようになってしまうぞ」
「けど……、こ、これ以上、ケガなんて」
「生きていれば多少のケガはあるだろ。……俺だって蒼生のケガなんて見たくない。蒼生に痛い思いなんて絶対させたくないのはおまえと同じだ。だが、そのたびに俺たちがそんな顔をしていたら、蒼生はどう思う?」
「ああ……うん。そうだよな。そうだ……」
 理解しようとはしているのだろう。大したことはないと健太自身もわかっているはずだ。そのうえで、それを引きずる気持ちを抑えられないらしい。大切にすべき存在だとわかった以上、過去の自分がそれを傷付けていたという事実と向き合うのは、激しい後悔の念に駆られても仕方ない。
 とはいえ、極端に怖がりすぎてもよくないはずだ。冬矢が口を開きかけたところに、蒼生が戻ってきた。
「……ただいま。あのね、ほら。砂が入ってるわけじゃないし、すぐ治りそうだよ」
 少し強張った笑顔で、手のひらを掲げて見せる。冬矢はその手を取った。
「たしかに、これなら放っておいても問題なさそうだね。ここだけ?」
「えっと、肘のここと、膝のあたりに少し」
「なるほど大丈夫そうだ」
 わざとらしく冬矢が頷いて見せると、蒼生は少しほっとしたように頷き返した。
 冬矢は内心、今すぐに傷口をガーゼで保護して包帯をぐるぐる巻きにしたいという思いでいっぱいだった。空気に触れたら痛むだろう。今洗ってきただけでも、しみて痛みがあったはずだ。そう思うと肝が冷える。しかし、それを表に出してしまっては健太を刺激してしまう。これ以上健太が落ち込んで、それを見た蒼生が本格的に自責の念に駆られるのは避けたいところだ。
 薬箱に突撃したい衝動と冬矢が戦っていると、突然健太がその場に膝をついた。
「蒼生の言うことも、冬矢の言うことも、ちゃんと理解してるし、これから気を付ける。蒼生、今日はケガさせちゃってごめんね」
 ストレートな言葉。さすが、前向きでまっすぐな健太だ。きちんと自分で立ち直るすべを知っている。冬矢は息をついて感心し、蒼生は心底安心した顔をする。
 だが、今日はそこに続きがあった。
「……でも、ひとつお願いがあって。これはオレの問題で、オレのけじめの話なんだけど。生まれてから今までの精算がしたい。なあ蒼生、オレのこと殴ってくれないか」
「へっ?」
 思ってもみなかった言葉に、蒼生は思わず後ずさる。
「や……無理。無理無理」
「何かしないと気が済まないんだ。お願い」
「やだやだやだっ」
「なあ」
「絶対やだぁっ!」
 冬矢はふたりのやりとりを難しい顔で追う。どちらの気持ちも理解できると思った。だからといって、健太の提案を飲むのでは蒼生にも負い目が残る。少し考えてから、自分の後ろに隠れるような体勢を取っていた蒼生の手を、そっと握った。
「蒼生は、俺や健太がケガをしたらどう思う?」
「やだ……」
「その原因が蒼生だったら?」
「! きっ……消えたくなる……」
「っていう思いなんだろうな。健太も」
 蒼生はもう一度息を飲んだ。きゅっと拳を握り、それから、真剣な目でこちらを見る健太に、改めて視線を返す。冬矢はそんな蒼生の髪に、愛おしげに唇を寄せ、優しく撫でた。
「だから、こいつの気が済むなら、何かしてやったらいいんじゃないか」
「で、でも、殴るとか、そんな、怖い」
「ああ、蒼生には無謀だよね。他の方法を考えたほうがいいよ」
 何か他の、と呟き、蒼生は視線を泳がせた。健太は覚悟を決めたように蒼生から目を離さない。せかされているように感じた蒼生は、ますます焦ってあたりを見渡す。
 と、さっきのゲームのパッケージが目に留まった。主人公が足枷の球を抱えるイラスト。
「……重い……負荷……罰……。! あ、ひらめいた!」
 ぽんと手を叩いた蒼生の顔が、みるみる明るくなる。
「健ちゃんには制裁になって、僕には利益になるのを思いついた。これで解決できるよ」
 吹っ切れた様子の笑顔。思考の整理がついたようだ。もう大丈夫だ、と冬矢は胸を撫でおろす。蒼生に触れた手をそっと離すと、蒼生はにこにこ頷いてから健太の前に歩み出た。
「……蒼生」
「健ちゃん、ちょっと立って」
 言われるがままに健太が立ちあがる。蒼生は、困惑する健太に向け、得意げに両手を差し伸べた。
「だっこ」
「え?」
「だから、だっこ」
 健太は、みたび真っ白になる。頭が追いつかない。一体蒼生は何を言い出したのだろう。だが、ぐいぐいと迫ってくる蒼生に敵うわけがない。おずおずと手を伸ばし、そっとその体を横抱きにする。蒼生はますます満足そうに息を吐くと、胸元で指を組んだ。
「……それから?」
「以上です」
「以上って……これだけ?」
「そう。健ちゃんは、ペナルティとして、重いものを運ぶっていう重労働を課せられたのです」
「へ?」
 まだきょとんとしている健太に、我慢しきれず冬矢が噴き出した。
「なるほどね。理に適っていると言ってもいいかもしれない」
「でしょう」
 蒼生は嬉しそうに健太の胸に頬を寄せる。混乱中の健太をよそに、蒼生は足元の袋を指さした。
「あのねえ、おやつ買ってきたんだよ。みんなで食べよ」
「それはいいな。じゃあ、お茶を入れるね」
「お願いします! さ、健ちゃん、運んで~」
「あ、うん……?」

 おやつが終わっても、蒼生は健太の腕から降りなかった。手を洗いに行くのも、本棚に本を取りに行くのも、ずっと抱かれたままだった。そして今は、腕の中に納まって、リラックスした様子でテレビを見ている。健太自身もソファに座っており、蒼生も足の間に座っているため、負荷など何一つかかっていない。
「左から2番目の棒を動かせばなんとかならないかな」
「いや、それだと手数が増えるだろ。反対側じゃないか。右端を下にして」
「あ、ホントだ」
 冬矢とふたりで謎解き番組を見ながら、ああでもないこうでもないと話し合っている姿は、逆にいつもより落ち着いているかもしれない。健太はすうっと息を吸い込んで、腰に回した腕にそっと力を籠める。愛しい気配。それがことんと体を預けるように寄りかかってくる。
 さっきからずっと悩んでいたのだが、ようやく答えが出た。
「ダメだ、蒼生。これ、ご褒美だ!」
「ええ?」
 蒼生が仰のき、きょとんとした顔で健太を見る。
「そう? 重いからちょうどいいと思ったんだけど」
「重くなんかないよ。なんなら、抱き心地でいえば、もうちょっとふわふわしててもいいんじゃねえかって思ってるくらいだ」
 言いながら、蒼生の腕を、わき腹を、胸を、確かめるように揉む。
「く、くすぐったい、ってば。あは、ふ、ふふっ。……やだよ、重くなったらこんなふうにだっこしてもらえなくなるじゃん」
「そこは鍛えるから大丈夫! 蒼生が少しずつ重くなるだろ、そしたらオレも少しずつ対応していけるってわけだ。忍者がジャンプ力鍛えるやつみたいにさ!」
「そこまで重くなりたくないなあ」
 想像したのか、蒼生が唸って腕を組む。すると、傾けた白い首筋が健太の目に入る。いったんその滑らかな角度を見てしまうと、ここを撫であげると蒼生がどういう声をあげるか、ということまで思い出す結果になってしまい、健太も唸った。
「ううー……。どっちにしても、大好きな子が腕の中にいて、こっち見て笑ってくれる状況は……なんの制裁でもないんだよなあ……」
 冬矢が含み笑いで、ちら、と視線を寄越す。蒼生が抱き上げられてから、冬矢はずっとこの様子だ。
「前にいるのがご褒美だとしたら、顔が見えないように背負ってみるのはどうだ?」
 その提案は、面白がっているとしか思えない。しかし言われた蒼生は素直に「そっか」と手を叩く。そしてもぞもぞ体を起こし、健太の表面を転がるような動きで背中に回ると、ぴたっと縋りついてくる。
「……うーん……?」
 もう何度目かわからないが、首を捻って健太は考え込んだ。
 そこに冬矢が口を挟む。
「蒼生、テーブルの上にある雑誌を取ってくれないか」
「はーい。じゃ、健ちゃんお願いします」
「あ、はい」
 蒼生が腕を健太の首に回してしがみつくので、健太は立ちあがる。蒼生は腕の力だけで充分背中の上に安定して乗っているが、万が一があるので、腰に回った両膝を抱える。
「すごーい、安定感」
 はしゃいだ声が降ってくる。
 テーブルに近付くと、蒼生が手を伸ばし、冬矢が指示した雑誌を手に取る。回れ右をしてやると、蒼生はそのまま冬矢にそれを手渡した。
「ありがとう」
 この場合の冬矢の礼はどちらに対してなんだろうな、などと考えていると、今度は蒼生がぱたぱたと健太の肩を叩いた。
「健ちゃん、お茶飲みに行きたい」
「キッチンな。了解」
「そしたら、冷蔵庫の前で止まってください」
「ん」
 蒼生が冷蔵庫の扉を開け、上の段に寝ていたペットボトルを取り出した。新商品の試し売りでセールになっていた冷茶だ。まだ正規販売になっておらず、いつ次が買えるかわからないということで、いざという時に飲むんだと大事にしていた商品のはずだ。
 それをこともなげに開け、近くのコップを取ると半分くらいを注ぎ入れた。肩の上で、コップが傾くのが見える。
「うわ、甘い。美味しい」
「甘いの?」
「お茶としての甘さね。あとすごく香りがいい。健ちゃんも飲んでみて」
「どれどれ」
 蒼生が健太の口元にコップを寄せたので、そっと唇をつける。蒼生は丁寧に、ゆっくりと健太にコップの傾きを合わせてくれる。冷たい茶の優しい苦みと一緒に、ふんわりと果物のような香りが口の中に広がった。
「……ホントだ。甘くて美味しいな」
「ね!」
 ふたりでその半分を飲み干すと、リビングに戻る。
「…………んー」
「ん?」
 健太が頭を上げる。こつん、とぶつかった蒼生が、額を摩りながら不思議そうに健太の顔を後ろから覗き込む。
 背中にぴったり感じる温度。抱き上げている時より、むしろ触れ合う面積が多い。
「ダメだ可愛い……。なあ、やっぱご褒美だよこれ!」
「そう?」
 蒼生はぎゅうっとしがみつき、背後から首筋に顔を埋めてくる。その吐息に首をくすぐられた健太は、ぞくぞくした感覚が腰から一気に駆け上っていったのに思わず身をよじりそうになったが、それで蒼生が落ちては困るので、必死に耐える。
 涼しい顔で、冬矢がふたりの後ろに回り込んだ。
「健太がそう言うなら、仕方ない。ちゃんとしたペナルティにしてやらないとな」
 え、と思っていると、冬矢は蒼生のうなじにそっとキスをした。
「あ」
 優しい手で背中をなぞり、ゆったりとした速度で降ろしていく。
「……っん」
 腰まで降りると、わずかにくぼんだ箇所を、円を描くように撫でる。
「はぁっ……ぁ……」
 その甘い声が、耳元で響く。漏れた息とともに、わずかに耳に触れる唇。
「…………っ、こ、これはたしかにペナルティだな」
「だろ。ほら、きちんと蒼生を支えて? とろとろの蒼生がおちちゃうよ?」
「あ、あぁっ」
 ふわっと、背負った蒼生の体温が上がった気がした。
 縋るように襟を掴む指。それが小さく震えている。
「……いや、これ、無理だろっ!」
「わっ」
 健太はどさりと勢いよく蒼生の体をソファに下ろす。そのまま上に覆いかぶさり、ぎゅっと抱き締め、かみつくようなキスをする。
「蒼生っ……蒼生ぃ」
「ふ、う、はいぃ……」
「好きだよ、大好き」
「うん、……僕も」
 柔らかな響きの答えに、温かい気持ちでいっぱいになる。するともっともっと欲しくなる。頬に、耳に、首筋に、そっと添えられた手のひらに。たくさん、たくさんキスを落とす。
「あはは、だから、くすぐったいってばぁ」
 言いながら、蒼生の手は拒まない。全部受け止めてくれる。
 くすくすと笑う声。
 心地いい。

 そうしてしばらく蒼生にくっついていた健太だが、突然ふらりとトイレに立った。「ちょっと……」とだけ告げて行ったが、同じ男だ、事情は分かる。
「蒼生は大丈夫?」
「ちょっと、危なかったけど。なんとかセーフ」
「なんとか、なんだ」
「正直ぎりぎり」
 照れたように蒼生が笑う。
「健ちゃんに、今までのことなんか全然気にしてないよ、だからもういいんだよ、ってわかってもらうことのほうが大事だったから、……耐えきった」
 それでも少し息が上がっている蒼生は、一度息を吐いて、整えてから起き上がる。あちこち乱れた服を直しているが、どうやら髪が跳ねていることまでは気が回っていないらしい。冬矢が指でその髪を梳いてやる。
「あ、ありがと」
「どういたしまして。……蒼生は、そう思ってたから、健太より早く切り替えができたんだね」
 普段なら、瞬時に切り替えるのは健太のほうだ。だが、今日は逆だった。自分が気にしていたら、健太がもっと気にするとわかっていたのだろう。蒼生の性格からすれば、とても頑張ったと思う。だから、梳いた手でそのまま優しく髪を撫でる。
「いい子だね」
「……ふふ」
 蒼生は嬉しそうに眼を閉じ、冬矢の手に頭を委ねる。可愛い仕草に、冬矢がそっと触れた顎を上げさせて小さく口づけると、小さな吐息ととろける笑顔が返ってくる。合った視線が、あたたかい。
 それに力をもらったのか、蒼生がぐっと両手を握ってひとつ頷く。
「でも、健ちゃんは気にしすぎだと思うけど、それはそれとして、僕自身、もっと気を付けるようにしよう」
「そうだね。俺だって、蒼生が小さなケガひとつでもしたらと思うとぞっとするよ」
「うん。僕には心配性の彼氏がふたりいるんだって自覚する」
「そうしてくれるとありがたいな」
 冬矢は隣に座って、そっと蒼生が握り締めた手を取り、優しく開かせる。
「……結構痛いだろ」
「やっぱりバレてるもんだなあ。うん。地味に、じんじんする。だけど本当に放っておけば大丈夫。僕、傷の治りも早いし」
「そうは言っても、痛いということには変わりないだろ」
「冬矢も健ちゃんと同じこと言ってる。……冬矢も、だっこ、する?」
 覗き込むような、上目遣い。曇りのない眼差しに笑い、冬矢は傷口に触れないように、その近くに口づけた。
「それは蒼生がされたいだけだろ」
「えへへ、うん」
 素直に頷いて、蒼生が冬矢にもたれかかる。健太ではないが、思いがけないところからご褒美をもらったな、と思う冬矢だ。
 可愛い蒼生。その可愛い蒼生に食べてもらう食事を用意する時間だ。
「さて。今日はパスタにしようと思ってるんだけど、蒼生はどんなソースがいい?」
「わ。また様々な選択肢で僕を悩ませる気だ」
「だんだん楽しみになってきたんだよね。さあ、今日も食材から選んでもらうよ」
「きょ、今日こそは1発で決める!」
 ぐっと蒼生が拳を握りかけ、慌てて両手を見てから無事なほうの手を握った。それを微笑ましく見つめ、冬矢はキッチンに向かうため立ち上がる。蒼生もそれに続こうとして、
「ちょっと待った!」
 いったいどこから聞いていたのか、健太が部屋に戻ってきた。そして、あぜんとする蒼生をまた横抱きに持ち上げる。
「えっ? もう終わりじゃないの?」
「今日が終わるまでは継続するつもりだから!」
 宣言して、ぎゅうっと抱き締める。
 蒼生と冬矢は、顔を見合わせて笑った。
「本来の趣旨からだいぶ外れたな」
 けれど、嬉しそうな健太は、すっかり吹っ切れたようだ。
 ならばいいか。
 抱き上げられたまま、蒼生はほっとしたように息をついた。

1 / 1
ステキ!を送ってみましょう!
ステキ!を送ることで、作品への共感や作者様への敬意を伝えることができます。
また、そのステキ!が作者様の背中を押し、次の作品へと繋がっていくかもしれません。
ステキ!は匿名非公開で送ることもできますので、少しでもいいなと思ったら是非、ステキ!を送ってみましょう!

PAGE TOP