高原 風音

ふんわりいちゃ甘な創作BL小説をメインで活動しています!
基本的にはハピエン厨というより、ハッピーに始まりハッピーに進んでハッピーに終わる、一言で言うと“始終ハッピー主義”。
主にPixivで作品を発表しており、こちらには順次再掲を行っております。現在執筆中のシリーズは3人組のゆるふわいちゃあまラブ『僕+君→Waltz!』(R-18あり)。完結済みのシリーズには、自由奔放な少年がハッピーエンドを迎えるまでのお話『初恋みたいなキスをして』(R-18)があります。
そのほか、ちまちまと短編BLを書いたりしています。
また、ここでは紹介しませんが、ファンタジー?ふうのシリーズ『碧色の軌跡』(完結済み・恋愛要素なし)やオリジナル短編などもあったりしますので、興味がありましたらぜひ。
二次創作もぼちぼちやっております。

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投稿日:2024年10月08日 12:00    文字数:18,979

67こ目;右手と左手のやきもち

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ここ3話ほど仮定話が続いたので、日常回です。
何も起こらない、ただふわふわラブラブな日々のお話。
今回、蒼生がやきもちを妬いてしまうその相手とは。

↑初公開時キャプション↑
2022/10/08初公開
https://pictbland.net/users/series/kazanet-tk/%E5%83%95%EF%BC%8B%E5%90%9B%E2%86%92Waltz%EF%BC%81
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 ぱたぱたと、誰かのスリッパの音がする。少し遠くで、小さく話し声もする。
 僕はまだ眠たい目をなんとなく開けた。部屋は暗いけど、ドアが半分開いていて、そっちがすごく明るい。
 きょろきょろと左右を見ると、ベッドの上には僕ひとり。でも物音がするから安心する。ふたりとも、もう起きてるんだな。昨日は3人ともバイトが入ってたけど、今日は全員フリーだ。それぞれ職場の事情もあるから難しいけど、できれば休みを合わせようねって話してる。ふたりはその理由を、一緒にいたいから、と言ってくれる。嬉しい。
 きっと、疲れてるだろうから寝かせてあげよう、って思ってくれたんだろうなあ。優しいよね。だけど、このまま寝てたらふたりと遊べない。起きなくちゃ。
 電気のリモコンどこだろ……あった、ヘッドボードの上だ。健ちゃんの枕の上あたりに、白い四角が見えている。僕は横着をして、寝っ転がったままそれに手を伸ばし、電気をつけて……あ、手が滑った。
 ぽすんと顔が健ちゃんの枕に埋まる。ふわっと、健ちゃんのにおい。ふ。ふふ。思わずぎゅっと抱き締める。
「……なにしてんの」
 ドアのほうから、健ちゃんの声。
「あー、おはよー」
「おはよ。……じゃなくて、なんでオレの枕抱き締めてんの?」
「ん? 健ちゃんのにおいがするから」
「! そんなの、枕じゃなくて、オレから直に吸って! オレのことぎゅってしろ!」
 健ちゃんが、勢いよく飛び込んでくる。
「あははは」
「邪魔な枕めっ!」
 僕から枕をひょいと取り上げると、健ちゃんは僕を潰すみたいに上から抱き締めてくれる。嬉しくなって、僕も健ちゃんの背中に手を回す。
「やっぱり直接のほうがいいね。あったかいもん」
「だろ!」
 なんで自慢げなんだろうなあと思ったけど、同時に、確かにそうだと納得もしちゃう。
「蒼生大好き~」
「僕も~」
 にこにこ笑って優しそうなのに、ちっともその手を緩めてくれないところも好きだよ。苦しいけど、いっぱい包み込まれてるのが安心するから。
 そこに、冬矢が入って来た。
「おはよう、蒼生」
「冬矢、おはよー」
「よく寝られた?」
「うん、寝かせておいてくれてありがとう」
 抱き締められたままで、肘から先しか自由の効かない手を振ると、冬矢は目を細めて笑った。
「朝ごはんの卵はどうする? ゆで卵? スクランブルエッグ?」
「うーん、スクランブルエッグがいい」
 冷蔵庫にベーコンがあった気がするな、刻んで入れてもらおうかな。
「わかった。もしかして、ベーコン入れたい?」
「えっ!? よくわかったね」
 冬矢も得意げな顔をする。
「目が訴えてた。じゃあ、着替えたら準備するね」
 そう言って、クローゼットを開けて服を探し始めた。あれ? 冬矢はもう寝間着じゃなくて部屋着に着替えてるのに。
「どこか出かけるの?」
 僕がそう声をかけると、冬矢はいったん手を止める。
「買い物に行くついでに、食材の買い出しもしてこようと思って。蒼生はゆっくりしていてもいいよ」
「それなら僕も、」
 起き上がろうとしたけれど、健ちゃんが乗っかってるし、そのうえさらにぎゅーっと腕に力を入れてくる。う。無理に動こうとすると腰と背中が。
「蒼生はオレといちゃいちゃしてようよ!」
「でも……」
「俺はどっちでもいいよ」
 え……。困るな……。どっちでもいいって言われても……。
 ようやく顔を上げた健ちゃんが、僕を見下ろす。
「蒼生はどうしたい? 冬矢と買い物に行くか、このままオレといちゃいちゃしてるか!」
 っ、うー……。
 どうしよう。どうしたらいい? 健ちゃんとくっついていたいし……冬矢とおでかけもしたい。で、でも……。どうしよう。選ぶの? ううう。
 ふたりは黙って僕の答えを待ってる。どうしよう。決められない。うーん……。もう、思ってること言っちゃうしかない……?
「あ、あのね」
「うん」
「……みんなで買い物行って、帰ってきてからみんなでいちゃいちゃするのがいい……」
 あー。また僕は、どうしようもないわがままを……。
 けど、すぐにふたりの笑い声がした。
「そうだな、それが一番効率がいいだろうね」
「ん、そうしよ」
 健ちゃんが僕を抱きかかえたまま起き上がる。ふたりは嬉しそうににこにこしてて。でも、と言おうとした僕の頭に、冬矢がキスをくれる。
「さすが蒼生、建設的な意見だね」
 健ちゃんが張り合うように頬にキスをくれて。
「っし、デートといちゃいちゃの権利を合法的にゲットだ!」
 えええ……。
 ふたりとも優しいから、そう言ってくれるけど……。
「そんな、僕のわがままばっかり聞いてもらっていいのかな」
 思わず心の中の声が漏れてしまった。だけど、健ちゃんは不思議そうな顔をする。
「わがまま? なにが? 全員の要望叶ってんじゃん」
 あれ?
 そ、そうか……。

 外に出ると、しとしとと雨が降ってた。これからまだ強くなるみたいだけど、僕たちは気にせずに傘を差して出かける。のんびりおしゃべりをしながら目指すのは、普段行くお店じゃなくて、そこそこ歩く距離にあるショッピングモールだ。
 しゃべってると、長い距離でもあっという間に到着する。入るなり冬矢がまっすぐ向かっていったのは、少し奥まったところにある本屋だった。……本屋かー! これは危険スポットだぞ……。しかもここの本屋は、この地域で一番広くて品揃えがいいんだ。冬矢の目的が短時間で済む用事じゃないと大変だなあ……。
「な、なに買うの?」
「買うかどうかは決めてないけど、教授から手元にあると役に立つって薦められた参考書が何冊かあってね。調べてみたらこの本屋には全部の在庫があるようだから、比較してみたいと思って来たんだ。少し悩む予定だから、好きに見てていいよ」
 うわ……さらに危険な提案が!
「じゃ、オレもあっちで雑誌見てこよ」
 け、健ちゃーんっ!
 ひとり取り残されてしまった……。プライベートで近寄らないぞと誓ってたのに。知ってるんだ、僕の好きな作家さんが新刊を出したことを。図書館に入るようになったら読もうと思って……我慢して……。で、でも、ちょっと中身を見るくらいならいいよね?
 僕はふらりと小説のコーナーを覗いた。うっわ。一番目立つ場所に平積みになってる。ですよね……。あ、この書店だと特典つくんだっけ……。シリーズ続刊キャンペーンで帯を取っておくと全プレあるんだよね……。そう、続刊決まってるんだよ、知ってる……うー。でも……。うー……。
「蒼生が固まってる」
 目を上げると、健ちゃんが笑いながらこっちに来るとこだった。反対側からは、本を数冊手に持った冬矢が。えええ……? 僕、そんなに長いこと悩んでた?
「ああ、その本の作者、蒼生お気に入りの作家じゃないか」
「おー。そういえば本棚で見たことある名前だな。今月話題の新刊! だって」
「そうなんだよ……。いつもは密室もののミステリーを好んで書く人なんだ。デビューした頃は恋愛小説を書いててそれも若い人たちに好評だったんだよ。でも、その頃に一度だけファンタジーを書いたことがあって、その本はもう絶版なんだけど、すごく緻密で深い描写が当時話題を呼んだんだ。それがミステリーにぴったりだっていうことで編集の人に薦められて試しに書いてみたっていう次回作が大ヒットしてね。ドラマや映画化されて、ミステリー路線が主流になっていったんだよ。それで、今回、25年ぶりにファンタジーのシリーズが刊行されることになって。当時の繊細で美しい文体そのままに、培われたミステリーのセンスが光る、今後この作家さんの最高傑作シリーズになるだろうという…………ええと、ごめんなさい」
 しまった。
 つ、つい夢中に。
「要するに、蒼生のオススメってことか」
「今の蒼生のプレゼンを聞いていると、今すぐに読みたくなってくるな」
「えっ。冬矢、今なんて」
「今すぐに読みたいね。それだけ緻密な文章ということは、一度読んだだけでは味わいきれないんだろうなあ」
「……僕も……そう思ってて……」
 でも置き場所とか……いろいろ……迷惑になると思うし。
「蒼生が読み終えてからでいいから、読ませてね」
「う……はい」
 冬矢は僕の頭の中が見えてるのかなあ……。
 ただ、覚悟を決めてレジを通すと、途端にわくわくが止まらなくなってくる。冒頭だけちらっと見たんだけど、最初の一文のインパクト、すごかったんだよね。あれからどうなるんだろう。どう本題に繋がっていくんだろう。早く読みたい。
 あれ。健ちゃんと冬矢が嬉しそうに僕を見てる。
「なに?」
「いーや、蒼生がにやにやしてるなあと思ってさ。可愛いなあって」
「楽しそうな蒼生を見ていると、すごく幸せな気分になるよ」
「……えっと……」
 は、恥ずかしい。そんなにまじまじと見られてたんだ。思わず顔を覆ってしまいたくなるけど、かっ、可愛いとか幸せだとか言われてるものを隠してもいいんだろうか、という葛藤があって、いや、でも、そんなの自分で思うのもどうなんだ……。
 するりと冬矢の指が、僕の手の甲をなぞる。ひっぇ。
「あんまりそんな可愛い顔、外で見せないで。俺の理性を試してるの?」
 ちょっとだけ意地悪な表情がずるいと思うんだけど! 心臓が暴れちゃうじゃん……。
 健ちゃんは健ちゃんで、僕が抱えた袋の口を指で軽く開く。
「蒼生って、ホントに本の紹介じょうずだよな~。本読むの好きじゃなくても、なんか読んでみたい気になるもん。でもオレには難しそう……けど中身は気になる。ドラマとか映画になんねえかなぁ」
 あ、嬉しい、ちょっと興味持ってくれたかな。
「そうだねえ、うーん、実写はどうかな。でも絵で表現したら綺麗だと思うから、漫画とかアニメはあり得るかも」
「そっかあ、なったらいいな!」
 わあ。こっちはこっちで、無邪気な笑顔が眩しい。
 あー……。“好き”に囲まれて、胸だけにとどまらず、体中がぎゅうって握りしめられてるみたい。うー。好き、好き、僕も大好き。
「ある程度の文章には慣れてきたとはいえ、まだ健太は小説が苦手だよな。そういえば、天アルの劇場版が小説になっていただろう。ああいう読みやすいところから慣れていけばいいんじゃないか」
「そっか。内容がわかるから途中で飽きたりしないかも? しかしさ、蒼生と一緒に育ってきたのに、そのへんの感覚は一緒にならなかったのは不思議だよな」
「だから長続きするんだとも言える」
「なるほど」
 なんか頭がぽわぽわしてきた。何か話しながら少し先を歩くふたりに、抱きつきたくてしょうがない。ダメなのはわかってる。だって、そんなことしたら、すぐに帰りたくなっちゃうに決まってるもの。
「帰ったら、きっと蒼生、夢中になって読んじゃうんだろうな!」
 健ちゃんが振り向いて笑う。
 え?
「今日は読まないよ?」
 ふたりも、えっ、て顔をする。
「読まないよ? だって、帰ったら、僕もいっぱいいちゃいちゃしたいもん」
「……うん。そうだね」
「そ、そうだよな、いっぱいしような」
 あ、頷いてくれた。いっぱいしてくれるんだ。ふふ。嬉しい。
 さらに足取りの軽くなった僕と反対に、なんでだか一瞬ふたりが足を止めたので、追い越して僕が先頭を歩く形になった。スポーツ用品、小物の売り場を過ぎて、化粧品のコーナーを抜けると、催事場に出る。今日は何をやってるのかな、と覗き込むと、鞄のメーカーが売り出しをやってるみたいだ。鞄……鞄?
「あれ、そういえば健ちゃん、普段使いの鞄のファスナーがヤバいって言ってなかったっけ」
「え、あ、うん」
「ちょうどいいじゃん、見ていこうよ」
 健ちゃんはそわそわしてたけど、僕が立ち止まって棚に置いてある鞄を手に取ると、見る気になったのか後ろから肩越しに覗き込んでくる。
「似たような感じのがいいのかな」
「いや、もともと姉ちゃんのお下がりだから、似てなくてもいいんだ」
「なるほど」
「そうか、あれはお姉さんのだったのか。色はおまえに合ってたと思うけどな」
「オレも嫌いなわけじゃないんだけどさあ。ファスナーの作りがちゃっちかったんだよな」
「使い方が雑なんじゃないのか」
「おっ、オレと鞄の力のバランスが悪かったんだよ」
 ふたりして、僕の頭越しにまたやってる。余計なひとことが出ちゃうのは、気を許してる証拠なんじゃないかなって最近思う。
「あはは、力のバランスかあ。うん、そっか、じゃあ……あのへんのやつどうかな」
「どれどれ?」
 僕が右端にあった鞄を手に取ると、本格的に健ちゃんがのしっと肩に被さってきた。重い。でも、この重さが……好きなんだよなあ。ぎゅって体重がかかる感じ。落ち着く。
 実はそのせいで、布団も重いほうが好きなんだよね、と言ったら、ふたりは笑うかな。
 3人でああだこうだと意見を出し合ったんだけど、健ちゃんは最後に見かけた鞄に一目惚れしたらしく、結局それまでの流れとまったく違うデザインの鞄を買うことになった。買い物って、そんなもんだよねえ。健ちゃんが速攻で決めた瞬間が、見事に話のオチになってて、すごく面白かった。怪訝な顔をして健ちゃんと鞄を見比べてた冬矢も、ふふ、なんだか可愛い。
 健ちゃんがレジに行ってしまって、僕と冬矢は他にいるお客さんの邪魔にならないように端っこに寄る。柱のところにはチラシがいくつか貼ってあった。それによると、来週は全国有名スイーツ店が集まるらしい。ここ、たまにこれやるんだよね。あ、初出店の有名店が来るみたい。よし、来週も来よう。……ん? こっちのポスターは、今やってるイベント? ショッピングモール内に入っているスーパー以外のお店の合計金額で抽選が出来ます、だって。
「ねえ、冬矢、これ」
 声を掛けると、食料品のチラシを眺めていた冬矢がこっちに来た。
「抽選? へえ、催事場のレシートも対象です、か。特等は旅行券で1等がゲーム機、2等がガゼット社の家電セット……。悪くないな」
 僕は自分がもらったレシートをポケットから取り出して金額を確かめる。……僕はなんの力にもなれなそうだ。けど、冬矢の専門書と健ちゃんの鞄の合計金額ならそこそこ行くんじゃないの?
「ただいまー。なんだなんだ」
「健ちゃんの鞄っていくらだった?」
「お、ちょっと待って、レシート出すから。……あ、これ見てたのかあ。今オレも、レジのおねえさんにぜひ挑戦してくださいねって言われたとこだよ」
 そう言って健ちゃんが出したレシートと、冬矢のレシートの金額を足し合わせる。うーん、6回にはぎりぎり足りない。
「蒼生のぶんを足せば、6回行くんじゃないか?」
「えっ? ……あ、ホントだ」
 金額が小さいから誤差にしかならないと思ってたけど、そっか。ちょっとは役に立てるみたい。
 抽選会場は、ショッピングモールの一番手前の大きく開けたスペースにあった。さっき通ってきたはずなんだけど、全然見てなかったなあ。
「6回ってことはひとり2回だな」
「えっ」
 でも僕は金額的にはゼロなんじゃ。
「そうだな。3人のうち、今日は誰が一番運がいいのか試してみようか」
「だけど」
「当たったらラッキーボーイっつーことで、なんかひとつ、なんでも言うこときいてもらうのとかどうだ?」
「俺が当たったら……そうだな」
「……ちょい待ち、持ちかけといてなんだが、なんかえげつないこと言われそうな気がするから、その件については誰かが当たってから考えることにしようぜ」
 えっ、あの。ふたりとも、僕も参加する前提で話してる。いいの?
 僕がおろおろしてる間に、ふたりは僕を引っ張って抽選台のとこまで来た。迎えてくれたのは、元気のいいおねえさんだ。
「いらっしゃいませ! レシートお預かりします! ……はい、全部で6回ですね。どうぞ、ゆっくり回してください!」
 目の前にあるのは、アナログな八角形の箱をがらがら回すタイプの抽選器。
「じゃあ、まずはオレからね」
 健ちゃんはぐるりと腕を回すと、その取っ手を静かに握った。左右に振って軽く掻き回したかと思うと、箱を1回転させる。ころん、と出てきたのは、白い玉だ。後ろの大きな看板を見ると、白は残念賞みたい。もらえるのはお菓子がひとつだって。でも、テーブルの脇の箱にどっさり入ってるお菓子は、小さいとはいえちゃんとしたスナック菓子だ。しかも色々あって選べるみたい。
 健ちゃんがもう1度回すと、また白い玉が出てきた。
「あー、駄目かあ。次、冬矢」
「よし」
 ……なんだろ、冬矢がこういう庶民的な道具と向き合ってるの、不思議な感じがするんだよね。これは出会った頃からずっとそうなんだけど。僕は冬矢をなんだと思ってるんだろう。
 それで、冬矢が回した箱が吐き出したのは、やっぱり白い玉が2つだった。
「残念。さ、今度は蒼生の番だよ」
「頑張れ! 蒼生なら出来る!」
 謎の応援が後ろからかかる。どう頑張ったらいいのかなあ。一応、健ちゃんみたいにちょっと振って混ぜてはみるけど。ざらっと中で音がする。結構重いな。これを1回、と。ぐるりと回した抽選箱の口からは、きっかり白い玉が出た。
「ラストー!」
 最後の1回だ。5回白だったんだから、次も一緒だよね。よいしょっと。ざらざら、からん、と、お皿に玉が転がる。……ん? 緑?
 ちりんちりん、とおねえさんがベルを鳴らす。
「おめでとうございまーす! 4等の5,000モルコが当たりました!」
「へっ?」
「やった、蒼生すごい!」
「すごいじゃないか」
 えっ、えっ。なんかよくわかんないうちに、僕はおねえさんからお祝いの言葉と一緒に、ショッピングモールのキャラクターが描かれた封筒を手渡されていた。あれぇ? 中身を見てみると、キャラクターと一緒に「1,000モルコ」と印刷された厚めの紙が5枚入っていた。
「こ、これ?」
 冬矢は、それと一緒に入っていた小さな紙を読んでる。
「どうやらこのショッピングモールの中でのみ使える独自通貨のようだね。商品券と考えていいのかな。額面通りの金額で使えるって書いてあるよ」
「なるほど……。じゃ、はい」
「ん?」
「え?」
 封筒ごと冬矢に渡すと、冬矢が怪訝な顔をして、健ちゃんが首を傾げる。
「なんで? 蒼生が当てたんだから蒼生のものでしょ?」
「えっ、3人が買ったので当たったものだから、生活費に入れるのが筋じゃない?」
「けどオレたちは外してるんだから蒼生の権利だよ」
「そもそもの金額が小さいんだから、最初から僕に権利はないと思うけど」
「それとこれとは別だろ」
「違くないよ。僕ひとりじゃ1回分にもならないわけだから」
 僕の物になる要素はどこにもないと思う。なのに、健ちゃんは引かない。なんで? 元の権利をベースに配分するのが一番理に適ってるんじゃないの?
「……面白い喧嘩をするんだな」
 冬矢がぽつんと呟く。はっとしたように健ちゃんが僕の腕を掴んだ。
「よし蒼生、ここはこれまでオレたちの話を聞いてた冬矢に判断を任せよう」
「そうだよね、このままじゃ僕たちどっちも納得しないもんね」
「というわけで冬矢先生、お願いします」
 そうだそうだ、冬矢がいてくれた。ずっと聞いてた冬矢なら、冷静に判断してくれるはずだ。
 冬矢は、うん、とひとつ頷く。
「……俺たちはそれぞれの購入金額を合計し、俺たち3人合同の権利として6回、という抽選の機会を得た。そして俺と健太は、それを1人2回ずつと計算した。つまり、俺と健太はその時点で自分たちの使用した金額における権利を手放してから、3人のものとして再配分しているつもりだということが推測出来る。そこから完全に運試しとして抽選に挑んでいるわけだから、蒼生が得た当選の権利は当然蒼生のものだと言える。ただ、蒼生の主張ももっともだ。俺と健太が買い物をしなければ金額は6回に届かなかったし、何より3人とも抽選の事実を知り得なかった。……以上から、蒼生に3枚、俺と健太で2枚、という配分が妥当だと考える」
 ……ほう。
 決して難しいことを言ってるわけじゃないんだけど、冬矢に難しそうに言われると、なんか「そうなのか」と納得してしまう。健ちゃんも隣で神妙な顔をしていた。
 で、でも本当にいいのかなあ。
 冬矢が戻してくれた封筒を、なんとなく複雑な気持ちで見てしまう。だけど、冬矢がそう言うんだからこれでいいんだろうな。僕たちは全員中身を混ぜているんだし、完全に運というならたしかに僕の運が良かったんだろう。
 健ちゃんは、2枚の券を手にすると、ぱっと表情を明るくした。
「そしたら、これ、昼ご飯に使おうぜ! 肉がいい! 肉!」
 ああ、たしかにもうすぐお昼ご飯の時間だね。
「いやー、これあればちょっといい肉食べられるよな」
「そうだな。ランクを上げるか量を増やすか……」
「んー、悩ましいとこだ」
 健ちゃんはそう言って笑いながら、僕の肩にぽんと手を乗せた。
「どっちにするかは蒼生に任せよう。今日は蒼生がラッキーボーイみたいだから。にしても、蒼生って運に愛されてるんだな!」
 運に、ねえ。
「それはどうかわかんないけど……。ふたりに愛されてるんだってことはわかるよ」
 だって、僕、大事にされすぎてるもの。ああ、でも、こんな最高のふたりに愛されてるってことは、やっぱり運がいいってことなのかな。
 ……ん。
「健ちゃん? 冬矢?」
「なあ冬矢、とりあえずどっか人目のないとこ探そ。いったん抱き締めねえとダメだこれ」
「そうだな。物陰を狙うか」
 へぇ?

 散々迷ったけど、お昼の焼き肉はいつものにプラスして大きな塊のお肉を頼んだ。写真で見るより大きかったな。さすがの健ちゃんも満足したみたい。大喜びで大きな塊を掲げるの、すっごく無邪気で可愛いかった。こういう顔、昔から変わらないんだよね。健ちゃんがにこにこ嬉しそうなのを見ると、すごく幸せな気持ちでいっぱいになる。
 スーパーの入り口まで来ると、冬矢が置き場からカートを引っ張ってきた。冬矢とカート……。やっぱまだ慣れない光景……。あ、そうか。わかった。冬矢、かっこよすぎるんだよ。あんまりにもきらきらしてて眩しいから、生活感というものとイメージが合わないんだ。なるほど。
 そんなふたりに、ご飯前きっかり物陰で順番に抱き締められて、僕は割と舞い上がってる自覚があった。
「さて、あとは食材を買って帰ろう」
「うん。だけど、おなかいっぱいで食べたいもの思いつくかなあ」
「オレは大丈夫!」
 ふふ、たくさん食べたからかな、元気よく健ちゃんが拳を握る。その腕で提げた傘が揺れて、……あれ。傘? 僕の手に傘はない。あ。さっきのお店の傘立てだ。僕め、忘れ物をするほど舞い上がっちゃってたとは……。
「ごめん、僕、傘忘れて来ちゃったみたい」
「お、したらいったん戻るか」
「ううん、時間がもったいないし、先に行ってて。すぐに戻るから」
「わかった。気を付けるんだよ」
「はい」
 言っても、ショッピングモールの上と下だ。本当にちょこっとの距離しかない。そんなに心配されるようなことはない……んだけど、その油断がいけないんだよね。だから素直に頷いて、僕はふたりのところから離れた。
 それこそずっと前、出会った頃の冬矢って、ここまで心配性じゃなかったと思うんだけどなあ。たしかによく気が付いてくれて、助けて貰うことはたくさんあったけど。僕がひとりでどこかに行く時も、気にせず見送られることが多かった気がする。いつからこんな……って。あー……。僕のせいか。僕がうっかり倉庫に引きずり込まれる事件があってからだ。あれ以降、健ちゃんも僕をひとりにするのをひどく怖がるようになった。つまり、僕がいくらしっかりしようと思っても、僕たちの中にあの事実が残っている以上、ふたりの不安がなくなることはないんだ。
 ……あれ。もしかして、ふたりが僕を大事にしてくれるのは、ただ単に僕が危なっかしいから保護しているだけなのでは……?
 いや、そんなことはない。そんなことはない……はず。……だけど。
 急に怖くなって、僕は足早に店に向かう。店頭の傘立てに、見慣れた傘があった。それを掴んで引き返す。
 食品売り場にはたくさんのお客さん。人にぶつからないように避けながらふたりの姿を探す。すると、すぐに、ああ……、見つけた。ふたりは、すごく目立つんだ。ぴかぴかそこだけ光って見えるからわかりやすい。
 冬矢が前を歩いて陳列棚を覗き、健ちゃんがカートの持ち手に両肘をかけて押してる。……すっごく可愛い光景……。
「なあ。豚肉焼いたの食べたい」
「何故おまえのリクエストを聞かなければならないんだ」
「いいじゃん」
「それに今さっき焼き肉を食べたばかりだろう」
「多少続いても問題ないって」
 うーん。普段はちっちゃい喧嘩でわいわいやってるふたりが、仲良し……。一応恋敵と思ってるはずの冬矢にごはんのリクエストしちゃう健ちゃん、好き。冬矢だってあんな鬱陶しそうな態度を取ってはいるけど結局作ってくれるんだよ、好き。
 どうしようかな。ふたりの中に入って行きたいけど、もうちょっと仲良しなところを見ていたい気もする。あそこまでリラックスしてる空気、ふたりだけではなかなか見られないもん。なんだかんだ言ってもちゃんとお互いを尊重してるとこ、大好き。
 ……なんだけど。
 僕がいなくても成立するところが、んー、ちょっと、なんだ、その、これ、んー……ホントになに? なんかがもやもやする。
 ううむ……。
 って、あれ? さっきまでお肉の棚の前にいたふたりがいない。どこに行ったんだろう。え……あれ、あれ?
「蒼生」
「っ!」
 び、びっくりした! え、後ろから、声!?
「冬矢、健ちゃん」
 振り返った先では、ふたりが笑ってる。
「ど、どうして」
「あそこの窓んとこに可愛い姿が映ってた」
 え。あ、ドアのところの。……うっわ。
「……恥ずかしい……」
 僕が両手で顔を覆うと、冬矢がその手を遠慮なく剥がしてくる。
「さて、可愛い可愛い蒼生のリクエストも聞こうか」
「う……。ほうれん草のお味噌汁が飲みたいです……」
 そう言うと、健ちゃんは太陽みたいに笑い、冬矢は穏やかに微笑んだ。
 あー。僕に向ける顔は、他の誰に向ける顔とも違う。だからさっき僕の頭に浮かんだ不安は、本当にさらさらの砂みたいにあっという間に吹き飛ばされて消えていった。
 でも、一応、……聞いてもいいかなあ。
「念の為聞くんだけど、僕のことを大事にしてくれるのは、僕が危なっかしいから?」
 健ちゃんはぽかんとした。
「は? 大好きだからだけど?」
 そう、だよ、ねえ。ああストレート。頬がまた赤くなっちゃう……。
 冬矢もぽん、と僕の肩を叩いた。
「危なっかしいだけで言えば、蒼生も健太も変わらないよ。こいつもほっとくと姿見えなくなるしな。……愛してるのは蒼生だけ」
 はい、です、よね。冬矢まで直球だ。心臓、爆発するんじゃないかな……。

 えっと。それからどうしたかっていうと……。
 約束通り、帰ってから、たくさん、その……いちゃいちゃしてもらった。
 はい。


 最後10分間で本日の講義の要点をまとめること、という課題は、ノリノリでやったせいか小さな提出用紙きっかりにまとめて5分で終わった。
 そのわずかな時間の隙がいけない。昨日してくれたいちゃいちゃのこと思い出しちゃって……。頭に血が上りそう。ふたりとも、やたら頭撫でてくれたなあ。あれ、ホントに嬉しいんだよなあ。どこ撫でられても……いや、その、変な意味じゃなくて、手でも肩でも背中でも、触れられて嬉しいことには変わらない。だけど、頭だとよりいっそう「甘やかされてる」感がものすごくて……。なんていうのかな、多幸感? そういうので満たされる。だから今日の僕は、それが溢れて、ちゃぷちゃぷになってる感じ。絞れるんじゃないかなってくらい気持ちが潤ってる気がする。
 ……いけないいけない、一応講義中だ、書いた文章をちゃんと見直そう。えーと……。……どうしよう。どこも直すところがない。絶好調じゃん。うわあ、僕って単純なんだなあ……。
 冷静を装いつつ内心じたばたしてるうちに、チャイムが鳴った。教授が授業の終了を告げ、用紙の回収を始める。隣の席の小倉くんはどうかな。
「小倉くん、書き終わった?」
「あと最後のまとめだけ。……うん、終わり」
「それじゃ行こうか」
 僕たちは荷物をまとめて立ち上がる。教卓に置かれた箱に提出用紙を入れると、挨拶をして教室を出た。
 この講義、こういう提出物が多い。実は来月頭に、数人で意見をまとめるグループレポートの提出もあるんだよね。実はこの時間の後に打ち合わせをしようと4人で決めてたんだけど……2人なんだよなあ。
「小倉くんのとこに、久我島くんから連絡来てる?」
「いや、全然」
「じゃあ来ないつもりなのかな。それより根津くんが欠席したのが心配だね」
「……あ。メッセージ来た」
「え? ああ、本当だ。うわ、風邪こじらせて病院行ってたんだ。診察が終わらなくて連絡遅くなっちゃったみたいだね。ゆっくり休んでもらうよう返事しておこうかな」
「俺が野木沢の分も返事しておく」
「ありがとう。よろしくね」
 こくんと頷いて、小倉くんはぱたぱたと返事を打ち込んでいく。
 小倉くんはすごく独特のペースを持つ人だ。無口で表情があまり出ないから、ぱっと見近寄りがたそうだけど、実際仲良くなってみるとすごくほんわかしてる。会話がなくても気にしないタイプみたいで、僕みたいな会話に困る人間にとっては意外と付き合いやすい。あと、すごく真面目で、体調不良でもない限りはきちんと講義に出席してるんだよね。
 んー。だから、僕と小倉くんでなんとか出来ちゃうのは出来ちゃうんだろうけど。
「半分いない状態だと、勝手にまとめるの申し訳ないよね。打ち合わせはまた日を改めようよ」
「うん。資料だけ集めとく」
「僕もそうする。あと、久我島くん見かけたら、今度こそ来るように伝えておくね」
 日程は根津くんの体調が回復してから相談しようと決め、僕は小倉くんと別れた。授業の選択が偏ってるせいもあると思うけど、グループで作業することが結構多い。勉強よりも日程のすり合わせに時間がかかるのが問題だよなあ。
 ……でも、そんなのは些細なことだ。入っていた予定がなくなった。つまりは早く家に帰れるということだ。家、とは、つまり……。ふふ。
 今日はふたりとも、授業は終わってるはずだ。打ち合わせがあるから僕だけが遅い予定だった。もう帰り道かな。早く帰って顔が見たい。もうひとつ先を望んでいいなら、昨日みたいに、いっぱい撫でられたい。家のドアを開けたら、ふたりして迎えてくれるだろうか。……ふたりして。ん?
 むむ……。ふたり、仲良しは仲良しだと思うけど、世間一般的な仲良しというのとはちょっとニュアンスが違うように思う。ただ、間違いなく仲はいいと僕は思ってる。それ自体はいいことなんだ。うん、いいことだ。だけど、なんだろ、僕がいない時も仲がいいのは、うーん、なんというか、ちょっと、寂しい。
 あっ、付き合った最初の頃みたいに、僕じゃなくてふたりが恋仲なんじゃないかとか、そんな邪推はこれっぽっちも微塵もしてないよ。ふたりだけで何を話してるかは知ってるもん。どうせ3割くらいはご飯かゲームの話だもん。で、残りの7割は僕の話でしょう。いやあの、自惚れとかじゃなくて、本当にそうなんだよね。僕自身が「えっ」て思うほど僕の話してるんだよ。一度ふたりの会話を全部録音して正確な割合を調べてみたい。
 ともかく、ふたりは僕の右と左にいて、まっすぐに僕を見てくれてる。ふたりの間にあるのは、均衡の取れた反対側に対する信頼感、とかそういうものなのかなって思ってる。うん、だからそれに対して寂しいとかは、完全に僕のわがまま以外の何物でもないんだけどね、……やっぱ、間に挟まりたい。隙間に潜り込んでぎゅってされたい!
 ……あ。そういえば、僕ら、携帯でお互いの居場所がわかるようになってるんだっけ。近くにいる時にやってみてって言われて試しで使ってみたことがあるだけで、ほぼ使ったことがない。その理由は2つだ。ひとつは、どうせ僕のいる家に帰ってくるんだから、どこにいてもいいよね、ってこと。もうひとつは、下手に居場所を知ってしまったら、すぐに会いに行きたくなっちゃうから。だから緊急時以外は使わないかなって思ってた。けど。た、たまには……。
 僕は道の端っこに寄って、携帯を取り出す。このボタンをこうして……オフになってるバーをオンの方向に動かす、んだったっけ。まずは青い丸が地図の上に表示される。これは僕だ。ここから少し待つと、完了マークが出て、ふたりの位置も表示されるはずだ。健ちゃんが赤、冬矢が白。……ドキドキする。なんか悪いことをしてるみたい。やっぱりマズかったかな。やっぱりオフに戻そうかな、……っていうところで、ぽこんとマークが現れた。あれ、近い。まだ大学の構内にいるんだ。って、ん? 赤と白がほぼ重なって……。
 えっ!? 健ちゃんと冬矢、今一緒にいるの!? ……ズルい! 羨ましい! 僕も一緒にいたい!

 居ても立ってもいられなくなって、大まかな地図と居場所を頼りに急いでその場所に向かう。
 だけど僕の頭の中はなんだか複雑で、ごちゃごちゃしてた。一緒にいたい、は、わかる。うん。そりゃそうだ。でも、ズルいって、何が? 羨ましいって、何に? 健ちゃんと一緒にいたいのに、と、冬矢と一緒にいたいのに、が両方あって。えっ。僕は誰に嫉妬してるの? ふたりにってこと? これはどういう思考なんだ……?
 脳内がまとまりきらないうちに、ふたりのマークがある場所に近付いて来た。このへんは来たことがないな。僕の学部にはあまり縁がない場所だから。カフェや学食の運営会社が場所によって違うって話だし、人によっては広い構内をあちこち渡り歩いてることもあるみたいだけど、僕はそこまで熱心じゃないからね。でも、せっかくだし、いずれはふたりと一緒に巡ってみたいなあって思いはあるんだ。……って、僕が向かおうとしてるの、そのカフェ……かな?
 ちょうど植え込みがあって、その手前にベンチがある。僕は、ちょっと携帯を弄るためにここに座りましたよ~という顔でそこに座り、こっそりとそっちを見る。なんかすごいおしゃれっぽいカフェで、テラス席なんかもある。
 わ。ドキン、と心臓が跳ねた。柵で囲まれたテラス席のこっちから2番目。柵の一番近くに、健ちゃんが。あー、隣に冬矢もいる……。はー。すごい。絵になる……。健ちゃんの無邪気な笑顔と、冬矢の外出用の笑顔。うう。癒やされる……。
 ふたりの周りには、囲むように女の子たちが座っていた。うん、やっぱりモテるよね。わかる。だってかっこいいもん。わかる、わかる。申し訳ないけども、周りの席に座ってる男子学生とはちょっと段違いだよね。輝いて見えるもんね。あの笑顔で応対されたら、そりゃあ嬉しいと思う。
 ……おっと、向こうから女の子の2人連れが歩いてくる。僕は素知らぬ顔で携帯に目を落とした。僕はただ偶然ここにいるだけの通りがかりです、気にしないでください……。
「あ、ねえ、あそこにいるの笹原くんと寺田くんだ」
 えっ……。
 そうなの? 通りがかりの女子も知ってるの? ふたりってそんなに有名人なの?
「また一緒にいる~。仲いいよね。あの2人が付き合ってるって噂、本当かな」
「まさかぁ。あんだけ女に囲まれてて、それはないでしょ」
 ……んー。ある程度仲良しな2人組って、まあ、そういう見られ方をすることはあるから、それはスルーすればいいんだけど……。
「それにさ、彼女いるんでしょ?」
「そうなの?」
「うん。聞いた子がいるって」
「それ、お互いのことじゃなくて?」
「こだわるねえ」
 ……ううう。
 彼女たちはそのまま話しながら歩いて行く。後ろ姿に叫びたい。僕ですけど! 僕が彼氏ですけど! 言わないけどさ!
 って、え? 聞こえた? 彼女たちは同時に僕のほうをちらっと見た。それで何事かをこそこそと言い合い、意図の読めない甲高い声を上げながらお互いを肘でつつき合う。え? え? なに? 僕がこのへんに用のない他学部の人間だってバレた? いやまさか、そんなことはないと思うけど。じゃあなんだ?
 うーん。とりあえず、彼女たちの態度はよくわかんなかったけど、ふたりがこのあたりじゃ有名人で、近寄ってくる女子もたくさんいるんだなってことはわかった。あともうひとつはっきりしたことがあって、僕は今の子たちや、あの周りを囲む女の子たちに対しては別に妬いてはいないなってこと。だって、健ちゃんも冬矢も、僕といる時と全然表情が違うもの。ふたりは、あの中の誰に対しても心を動かされてない。
 だから、おそらく、僕のこのモヤモヤは……、自分が間にいないことに対して、だろうな。なのに、飛び込んで邪魔してはいけないって気持ちもあって。だって、もしかして、僕がいないと息抜きになるとか、そういうのもあるかもしれなくて。ずっと一緒じゃしんどいとか思われていてもおかしくないんだし……。……そっか、そうだよね、きっと……僕の要求が多すぎてふたりに迷惑を、
 わっ。手の中で、携帯が震える。
 びっくりして目を落とすと、『そんなところで何してるの? こっちにおいで』……。え……と、冬矢。
 慌てて、植え込みからカフェを窺う。……って、健ちゃんと冬矢が、柔らかい笑顔でこっちを見てる。い、いつからわかってたのぉ……?
 僕は携帯を鞄にしまい、両手でぱちんと頬を叩いた。落ち着け。頑張れ僕の表情筋。
 さりげなく、さりげなく。今来ましたって感じで歩いて……いいぞ、冷静っぽいぞ、僕。
「今日、打ち合わせって言ってなかったっけ」
 健ちゃんの声が弾んでる。ぼ、僕も弾みそうになるけど……っ。
「病欠とサボりでメンバーが集まらなくて。また再度集まることになったんだ」
「そっかあ」
 女の子たちが、僕を見てこそこそざわざわしてる。仲のいい2人の間に割り込む邪魔者が現れたって感覚なのだろうか。少なくとも、僕が来てからふたりともずっと僕を見てるもん。なんだこいつ、くらいは思われてるかもしれない。大丈夫、こんな時の対処法はわかってる。なんとなく空気を誤魔化す、僕の得意技だ。……よし。僕は軽く息を吸うと、彼女たちに向かい、にっこり笑って会釈する。たぶん、これでギスギスはしなくなるはずだ。
 すると何故か、彼女たちはしんといったん静かになった。あれっ、効き過ぎた?
「じゃあ、もう帰れるのかな」
 冬矢の声は、笑いをこらえてる感じ。あー……僕が物陰できょろきょろしてるのがバレてたんなら、そうでしょうね……。
「うん。そのつもり。……このあたりって初めて来たけど、こんなカフェがあったんだね」
 健ちゃんがぱっと身を乗り出す。
「そうなんだよ。ちょっと遠いから誘えずにいたんだけどさ、軽食けっこう美味しいんだぜ。あと、これ。ミルクコーヒー、おすすめ」
 言って、手元のプラスチック製のカップを僕に差し出した。僕はコーヒーが苦手だけど、健ちゃんが飲めるって判断したんなら大丈夫だろう。ちょっと身をかがめてストローを咥える。再び、ざわめきが耳に届く。……あ。ほんとだ、美味しい。甘くて、ミルクが勝ってる感じ。
「……美味しい」
「だろ? これなら飲めると思ったんだ」
 すごい、デザートみたい。そういえば飲み物としてのコーヒーは苦手だけど、コーヒー味のお菓子は食べられるもんね。
 冬矢が、僕の頭にぽんと手を乗せた。
「そろそろ出るところだったんだ。一緒に行こう」
「え、でも、皆さんは」
 後ろの女の子たちに目をやると、彼女たちは一様にぶんぶんと首を横に振った。
「あの、私たち、ちょっと勉強見て貰ってたところで、もう済んだから大丈夫!」
「寺田くん、笹原くん、ありがとう!」
 健ちゃんと冬矢は目を合わせてから、彼女たちに向かって「それじゃ」と言った。それから指でそっと店の入り口を指す。そっか、ここ柵があるから直接出られないんだ。ふたりはいったんテラスの出入り口のほうに歩いて行く。
 でも、僕までそのまま黙ってここを離れるんじゃ、なんだか印象よくないな。彼女たちはふたりに……んー、親密、違うな、好意、は嫌だな、頼りがい……うん、それだ、大学の授業について頼りにしてるみたいだ。嫌な態度を取って、ふたりの評判まで下げるわけにはいかない。
 彼女たちを見て、軽く頭を下げる。
「お邪魔してしまって、ごめんなさい」
「あ、いえ、ほんとに私たちが2人のところに押しかけただけなので!」
「気にしないでください!」
 僕は、できる限り、精一杯の笑顔を作った。
「そうですか。ありがとうございます。では、一緒に帰るので。失礼します」
 彼女たちは、ぴんと背筋を正す子、また黙ってこくこくと頷く子、立ち上がってぺこりと頭を下げる子、バリエーションの豊富なリアクションできちんと僕にも挨拶をしてくれた。
 踵を返すと、……入り口のところでふたりがにこにこ笑っている。あっ、駆け出して飛び付きたい。ぎゅーってしたい。でも、まだ背中に視線を感じるから、ダメだ、なんとか堪えなくちゃ……っ。
 近くまで行くと、僕の歩く速度に合わせて、冬矢が僕の左につく。回り込んで、健ちゃんが右側に来てくれる。腕、組みたい……。でも、それより、先にしなくちゃいけないことがありまして……。
「勉強見ててあげたんでしょ……。邪魔してごめんね」
 申し訳ないな、と思ったから、そう言う。けど、ふたりはまったく気にしてないみたい。
「マジで囲まれてただけだから大丈夫」
「質問なんて、ほぼ言い訳のようなものだったから」
 そっか。それならよかった。
 冬矢が、ふっと笑いを漏らす。
「……冬矢?」
「あ、いや。……最後の蒼生の牽制。めちゃくちゃ可愛かった」
 げ。
 健ちゃんも、隣で何度も頷く。
「オレ、美しすぎて腰抜けるかと思ったぜ」
 うーん。バレてたか。そりゃそうだよね……。
「そ、そんなつもり……が、あったの、バレてたのかあ」
「だよな、あったよな。そういう姿見せてくれるなんて、めちゃくちゃ嬉しい。可愛い。好き!」
「ああ。迫力あったね。蒼生が自分のことを俺たちのものだと自信を持って思ってくれているんだと思うとたまらないよ」
 う、う……。大丈夫だとは思うけどふたりに手を出さないでね、って思ってたの、バレバレだったんだなあ。は、恥ずかし……。
 あ。そうだ。それだけじゃない。
「あと、勝手にふたりがいる場所、携帯で探しちゃった。覗くようなことして、本当にごめんね」
 嫌な気持ちになってたら悪いな……。
 と、思ってたんだけど。
 ふたりは、ものすごく意外なことを聞いたみたいにきょとんとする。え?
「なにが? いいじゃん、お互い同意して使ってんだから。気にしないでガンガン使えばいいのに」
「そうだよ。俺は蒼生の居場所、しょっちゅう見ているけど。それも嫌?」
「えっ。嫌じゃない。冬矢がずっと僕のこと考えてくれてるんだと思うと嬉しい」
「だろ? 俺たちも一緒だよ」
 そっか。いいのか。
 健ちゃんは、僕に向かってにこっと笑う。
「むしろ、オレたちをわざわざ探して迎えに来てくれたんだ! って嬉しくて仕方ねえんだよな。蒼生に会いたいって思われるの、すごく嬉しいし」
 ほんとだ。健ちゃんの足取り、すごくふわふわしてる。ああ、これ、本当に嬉しいんだな。そうかー、僕が探すと嬉しいのかぁ……。
 ほこほこあったかい気持ちでいると、反対側から冬矢が僕を覗き込んできた。
「でも、そんなふうに居場所を探すことに罪悪感を覚える蒼生が、今日に限ってどうして俺たちを探そうと思ったの?」
 当然の疑問だ。急ぎの要件があるなら、まずメッセージを送るか電話を掛けるかって選択をするはずだもん。いきなり内緒でこっそり僕が探ってきたら、そりゃあ不思議にも思うだろうな。
「それがね……。そもそもは、ふたりに1秒でも早く会いたくて。だけど僕の予定が変わったから、それで入れ違いになっちゃったらやだなって思って、つい調べちゃったんだ」
 ぐっとふたりが息を呑む。
「そしたら、ふたり、一緒にいるみたいじゃん? で、僕、ズルいと思っちゃったんだ。健ちゃんと一緒にいる冬矢、ズルい! 冬矢と一緒にいる健ちゃん、羨ましい! って。僕も一緒にいたいのに。そしたら、僕は冬矢にやきもち妬いてるのか、健ちゃんにやきもち妬いてるのか、っていうか、そもそもやきもち? あれ? ……ってよくわかんなくなっちゃって。なんかもう突撃するしかなくなっちゃった」
 健ちゃんがなにやら呻いて頭を抱える。
 冬矢が難しい顔をして唇を噛む。
 ん?
「えーと……それは、オレたちがそういう仲だと今でも誤解してるとかでは」
「なく」
「ちゃんと、俺たちが蒼生のことだけを愛していることを」
「知ってて」
 そうか、とふたりが同時に呟いた。
「……そういうことなら、蒼生にはきちんと俺たちの間にいて貰うしかないね」
「ちゃんと、両手でそれぞれオレたちのこと捕まえておけよ。今、蒼生の両手は、反対の手にやきもち妬いてるってことなんだから」
 僕は自分の手を見る。両手? 反対の……。
 ああ、そっか。
 いつも健ちゃんがいる右手。いつも冬矢がいる左手。両方ちゃんと繋がってるのに、反対側が羨ましくなっちゃった?
「その論理は合っているのか?」
「さあ」
 冬矢の問いに、健ちゃんはあっさり首を傾げる。なんだ、納得しかけたのに。
「オレもよくわかんねえけど。とりあえずは蒼生が、ずーっとオレたちといたいのにーって思ってくれてるってことは確かなんじゃねえの」
「それは、そうだな」
「うん、僕もそう思う」
 ふふっと冬矢が笑う。
「じゃあ、さっき健太と話し合っていた週末の予定、しっかり決めようか。周囲に人がいたせいで、詳細を詰められてないからな」
「ん。やきもち妬いちゃった蒼生様のご機嫌取んなきゃいけないからな!」
 え。
 週末の予定……?
「もしかして、ふたり揃って……やっぱり僕のこと話してたの?」
「当然」
 声まで、ふたり揃って返ってくる。
 そっか、やっぱり、話題は僕だったか。
「蒼生が打ち合わせっつうから、オレたちも蒼生と一緒にいる計画を打ち合わせて、終わった頃迎えに行って、どーんと発表するつもりだったんだぜ」
「蒼生が迎えに来てくれたおかげで、蒼生も含めて話し合いが出来るね」
 なるほど。
 そういうことだったんだね。
 どこに連れて行ってくれるのかな。
 ふたりと一緒だったら、どんなところでも楽しい。
 そうだ、と健ちゃんが僕の肩をぽんと叩く。
「やきもち妬いて必死に探しに来てくれる蒼生が可愛かったから、相当濃密な予定立てなきゃな!」
「やった、楽しみ!」
「それじゃあまずは、一緒に帰って、一緒にごはんにしようね。蒼生は……今日はじゃがいもの細切りをカリカリに焼いたのが食べたいだろ」
「うん! え、よくわかったね」
 僕の右側と左側で、嬉しそうなふたりの笑顔。
 ふたりの会話の7割は僕の話。
 そう思ってたけど。
 本当はもっと多いのかもしれないなぁ……。

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67こ目;右手と左手のやきもち
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 ぱたぱたと、誰かのスリッパの音がする。少し遠くで、小さく話し声もする。
 僕はまだ眠たい目をなんとなく開けた。部屋は暗いけど、ドアが半分開いていて、そっちがすごく明るい。
 きょろきょろと左右を見ると、ベッドの上には僕ひとり。でも物音がするから安心する。ふたりとも、もう起きてるんだな。昨日は3人ともバイトが入ってたけど、今日は全員フリーだ。それぞれ職場の事情もあるから難しいけど、できれば休みを合わせようねって話してる。ふたりはその理由を、一緒にいたいから、と言ってくれる。嬉しい。
 きっと、疲れてるだろうから寝かせてあげよう、って思ってくれたんだろうなあ。優しいよね。だけど、このまま寝てたらふたりと遊べない。起きなくちゃ。
 電気のリモコンどこだろ……あった、ヘッドボードの上だ。健ちゃんの枕の上あたりに、白い四角が見えている。僕は横着をして、寝っ転がったままそれに手を伸ばし、電気をつけて……あ、手が滑った。
 ぽすんと顔が健ちゃんの枕に埋まる。ふわっと、健ちゃんのにおい。ふ。ふふ。思わずぎゅっと抱き締める。
「……なにしてんの」
 ドアのほうから、健ちゃんの声。
「あー、おはよー」
「おはよ。……じゃなくて、なんでオレの枕抱き締めてんの?」
「ん? 健ちゃんのにおいがするから」
「! そんなの、枕じゃなくて、オレから直に吸って! オレのことぎゅってしろ!」
 健ちゃんが、勢いよく飛び込んでくる。
「あははは」
「邪魔な枕めっ!」
 僕から枕をひょいと取り上げると、健ちゃんは僕を潰すみたいに上から抱き締めてくれる。嬉しくなって、僕も健ちゃんの背中に手を回す。
「やっぱり直接のほうがいいね。あったかいもん」
「だろ!」
 なんで自慢げなんだろうなあと思ったけど、同時に、確かにそうだと納得もしちゃう。
「蒼生大好き~」
「僕も~」
 にこにこ笑って優しそうなのに、ちっともその手を緩めてくれないところも好きだよ。苦しいけど、いっぱい包み込まれてるのが安心するから。
 そこに、冬矢が入って来た。
「おはよう、蒼生」
「冬矢、おはよー」
「よく寝られた?」
「うん、寝かせておいてくれてありがとう」
 抱き締められたままで、肘から先しか自由の効かない手を振ると、冬矢は目を細めて笑った。
「朝ごはんの卵はどうする? ゆで卵? スクランブルエッグ?」
「うーん、スクランブルエッグがいい」
 冷蔵庫にベーコンがあった気がするな、刻んで入れてもらおうかな。
「わかった。もしかして、ベーコン入れたい?」
「えっ!? よくわかったね」
 冬矢も得意げな顔をする。
「目が訴えてた。じゃあ、着替えたら準備するね」
 そう言って、クローゼットを開けて服を探し始めた。あれ? 冬矢はもう寝間着じゃなくて部屋着に着替えてるのに。
「どこか出かけるの?」
 僕がそう声をかけると、冬矢はいったん手を止める。
「買い物に行くついでに、食材の買い出しもしてこようと思って。蒼生はゆっくりしていてもいいよ」
「それなら僕も、」
 起き上がろうとしたけれど、健ちゃんが乗っかってるし、そのうえさらにぎゅーっと腕に力を入れてくる。う。無理に動こうとすると腰と背中が。
「蒼生はオレといちゃいちゃしてようよ!」
「でも……」
「俺はどっちでもいいよ」
 え……。困るな……。どっちでもいいって言われても……。
 ようやく顔を上げた健ちゃんが、僕を見下ろす。
「蒼生はどうしたい? 冬矢と買い物に行くか、このままオレといちゃいちゃしてるか!」
 っ、うー……。
 どうしよう。どうしたらいい? 健ちゃんとくっついていたいし……冬矢とおでかけもしたい。で、でも……。どうしよう。選ぶの? ううう。
 ふたりは黙って僕の答えを待ってる。どうしよう。決められない。うーん……。もう、思ってること言っちゃうしかない……?
「あ、あのね」
「うん」
「……みんなで買い物行って、帰ってきてからみんなでいちゃいちゃするのがいい……」
 あー。また僕は、どうしようもないわがままを……。
 けど、すぐにふたりの笑い声がした。
「そうだな、それが一番効率がいいだろうね」
「ん、そうしよ」
 健ちゃんが僕を抱きかかえたまま起き上がる。ふたりは嬉しそうににこにこしてて。でも、と言おうとした僕の頭に、冬矢がキスをくれる。
「さすが蒼生、建設的な意見だね」
 健ちゃんが張り合うように頬にキスをくれて。
「っし、デートといちゃいちゃの権利を合法的にゲットだ!」
 えええ……。
 ふたりとも優しいから、そう言ってくれるけど……。
「そんな、僕のわがままばっかり聞いてもらっていいのかな」
 思わず心の中の声が漏れてしまった。だけど、健ちゃんは不思議そうな顔をする。
「わがまま? なにが? 全員の要望叶ってんじゃん」
 あれ?
 そ、そうか……。

 外に出ると、しとしとと雨が降ってた。これからまだ強くなるみたいだけど、僕たちは気にせずに傘を差して出かける。のんびりおしゃべりをしながら目指すのは、普段行くお店じゃなくて、そこそこ歩く距離にあるショッピングモールだ。
 しゃべってると、長い距離でもあっという間に到着する。入るなり冬矢がまっすぐ向かっていったのは、少し奥まったところにある本屋だった。……本屋かー! これは危険スポットだぞ……。しかもここの本屋は、この地域で一番広くて品揃えがいいんだ。冬矢の目的が短時間で済む用事じゃないと大変だなあ……。
「な、なに買うの?」
「買うかどうかは決めてないけど、教授から手元にあると役に立つって薦められた参考書が何冊かあってね。調べてみたらこの本屋には全部の在庫があるようだから、比較してみたいと思って来たんだ。少し悩む予定だから、好きに見てていいよ」
 うわ……さらに危険な提案が!
「じゃ、オレもあっちで雑誌見てこよ」
 け、健ちゃーんっ!
 ひとり取り残されてしまった……。プライベートで近寄らないぞと誓ってたのに。知ってるんだ、僕の好きな作家さんが新刊を出したことを。図書館に入るようになったら読もうと思って……我慢して……。で、でも、ちょっと中身を見るくらいならいいよね?
 僕はふらりと小説のコーナーを覗いた。うっわ。一番目立つ場所に平積みになってる。ですよね……。あ、この書店だと特典つくんだっけ……。シリーズ続刊キャンペーンで帯を取っておくと全プレあるんだよね……。そう、続刊決まってるんだよ、知ってる……うー。でも……。うー……。
「蒼生が固まってる」
 目を上げると、健ちゃんが笑いながらこっちに来るとこだった。反対側からは、本を数冊手に持った冬矢が。えええ……? 僕、そんなに長いこと悩んでた?
「ああ、その本の作者、蒼生お気に入りの作家じゃないか」
「おー。そういえば本棚で見たことある名前だな。今月話題の新刊! だって」
「そうなんだよ……。いつもは密室もののミステリーを好んで書く人なんだ。デビューした頃は恋愛小説を書いててそれも若い人たちに好評だったんだよ。でも、その頃に一度だけファンタジーを書いたことがあって、その本はもう絶版なんだけど、すごく緻密で深い描写が当時話題を呼んだんだ。それがミステリーにぴったりだっていうことで編集の人に薦められて試しに書いてみたっていう次回作が大ヒットしてね。ドラマや映画化されて、ミステリー路線が主流になっていったんだよ。それで、今回、25年ぶりにファンタジーのシリーズが刊行されることになって。当時の繊細で美しい文体そのままに、培われたミステリーのセンスが光る、今後この作家さんの最高傑作シリーズになるだろうという…………ええと、ごめんなさい」
 しまった。
 つ、つい夢中に。
「要するに、蒼生のオススメってことか」
「今の蒼生のプレゼンを聞いていると、今すぐに読みたくなってくるな」
「えっ。冬矢、今なんて」
「今すぐに読みたいね。それだけ緻密な文章ということは、一度読んだだけでは味わいきれないんだろうなあ」
「……僕も……そう思ってて……」
 でも置き場所とか……いろいろ……迷惑になると思うし。
「蒼生が読み終えてからでいいから、読ませてね」
「う……はい」
 冬矢は僕の頭の中が見えてるのかなあ……。
 ただ、覚悟を決めてレジを通すと、途端にわくわくが止まらなくなってくる。冒頭だけちらっと見たんだけど、最初の一文のインパクト、すごかったんだよね。あれからどうなるんだろう。どう本題に繋がっていくんだろう。早く読みたい。
 あれ。健ちゃんと冬矢が嬉しそうに僕を見てる。
「なに?」
「いーや、蒼生がにやにやしてるなあと思ってさ。可愛いなあって」
「楽しそうな蒼生を見ていると、すごく幸せな気分になるよ」
「……えっと……」
 は、恥ずかしい。そんなにまじまじと見られてたんだ。思わず顔を覆ってしまいたくなるけど、かっ、可愛いとか幸せだとか言われてるものを隠してもいいんだろうか、という葛藤があって、いや、でも、そんなの自分で思うのもどうなんだ……。
 するりと冬矢の指が、僕の手の甲をなぞる。ひっぇ。
「あんまりそんな可愛い顔、外で見せないで。俺の理性を試してるの?」
 ちょっとだけ意地悪な表情がずるいと思うんだけど! 心臓が暴れちゃうじゃん……。
 健ちゃんは健ちゃんで、僕が抱えた袋の口を指で軽く開く。
「蒼生って、ホントに本の紹介じょうずだよな~。本読むの好きじゃなくても、なんか読んでみたい気になるもん。でもオレには難しそう……けど中身は気になる。ドラマとか映画になんねえかなぁ」
 あ、嬉しい、ちょっと興味持ってくれたかな。
「そうだねえ、うーん、実写はどうかな。でも絵で表現したら綺麗だと思うから、漫画とかアニメはあり得るかも」
「そっかあ、なったらいいな!」
 わあ。こっちはこっちで、無邪気な笑顔が眩しい。
 あー……。“好き”に囲まれて、胸だけにとどまらず、体中がぎゅうって握りしめられてるみたい。うー。好き、好き、僕も大好き。
「ある程度の文章には慣れてきたとはいえ、まだ健太は小説が苦手だよな。そういえば、天アルの劇場版が小説になっていただろう。ああいう読みやすいところから慣れていけばいいんじゃないか」
「そっか。内容がわかるから途中で飽きたりしないかも? しかしさ、蒼生と一緒に育ってきたのに、そのへんの感覚は一緒にならなかったのは不思議だよな」
「だから長続きするんだとも言える」
「なるほど」
 なんか頭がぽわぽわしてきた。何か話しながら少し先を歩くふたりに、抱きつきたくてしょうがない。ダメなのはわかってる。だって、そんなことしたら、すぐに帰りたくなっちゃうに決まってるもの。
「帰ったら、きっと蒼生、夢中になって読んじゃうんだろうな!」
 健ちゃんが振り向いて笑う。
 え?
「今日は読まないよ?」
 ふたりも、えっ、て顔をする。
「読まないよ? だって、帰ったら、僕もいっぱいいちゃいちゃしたいもん」
「……うん。そうだね」
「そ、そうだよな、いっぱいしような」
 あ、頷いてくれた。いっぱいしてくれるんだ。ふふ。嬉しい。
 さらに足取りの軽くなった僕と反対に、なんでだか一瞬ふたりが足を止めたので、追い越して僕が先頭を歩く形になった。スポーツ用品、小物の売り場を過ぎて、化粧品のコーナーを抜けると、催事場に出る。今日は何をやってるのかな、と覗き込むと、鞄のメーカーが売り出しをやってるみたいだ。鞄……鞄?
「あれ、そういえば健ちゃん、普段使いの鞄のファスナーがヤバいって言ってなかったっけ」
「え、あ、うん」
「ちょうどいいじゃん、見ていこうよ」
 健ちゃんはそわそわしてたけど、僕が立ち止まって棚に置いてある鞄を手に取ると、見る気になったのか後ろから肩越しに覗き込んでくる。
「似たような感じのがいいのかな」
「いや、もともと姉ちゃんのお下がりだから、似てなくてもいいんだ」
「なるほど」
「そうか、あれはお姉さんのだったのか。色はおまえに合ってたと思うけどな」
「オレも嫌いなわけじゃないんだけどさあ。ファスナーの作りがちゃっちかったんだよな」
「使い方が雑なんじゃないのか」
「おっ、オレと鞄の力のバランスが悪かったんだよ」
 ふたりして、僕の頭越しにまたやってる。余計なひとことが出ちゃうのは、気を許してる証拠なんじゃないかなって最近思う。
「あはは、力のバランスかあ。うん、そっか、じゃあ……あのへんのやつどうかな」
「どれどれ?」
 僕が右端にあった鞄を手に取ると、本格的に健ちゃんがのしっと肩に被さってきた。重い。でも、この重さが……好きなんだよなあ。ぎゅって体重がかかる感じ。落ち着く。
 実はそのせいで、布団も重いほうが好きなんだよね、と言ったら、ふたりは笑うかな。
 3人でああだこうだと意見を出し合ったんだけど、健ちゃんは最後に見かけた鞄に一目惚れしたらしく、結局それまでの流れとまったく違うデザインの鞄を買うことになった。買い物って、そんなもんだよねえ。健ちゃんが速攻で決めた瞬間が、見事に話のオチになってて、すごく面白かった。怪訝な顔をして健ちゃんと鞄を見比べてた冬矢も、ふふ、なんだか可愛い。
 健ちゃんがレジに行ってしまって、僕と冬矢は他にいるお客さんの邪魔にならないように端っこに寄る。柱のところにはチラシがいくつか貼ってあった。それによると、来週は全国有名スイーツ店が集まるらしい。ここ、たまにこれやるんだよね。あ、初出店の有名店が来るみたい。よし、来週も来よう。……ん? こっちのポスターは、今やってるイベント? ショッピングモール内に入っているスーパー以外のお店の合計金額で抽選が出来ます、だって。
「ねえ、冬矢、これ」
 声を掛けると、食料品のチラシを眺めていた冬矢がこっちに来た。
「抽選? へえ、催事場のレシートも対象です、か。特等は旅行券で1等がゲーム機、2等がガゼット社の家電セット……。悪くないな」
 僕は自分がもらったレシートをポケットから取り出して金額を確かめる。……僕はなんの力にもなれなそうだ。けど、冬矢の専門書と健ちゃんの鞄の合計金額ならそこそこ行くんじゃないの?
「ただいまー。なんだなんだ」
「健ちゃんの鞄っていくらだった?」
「お、ちょっと待って、レシート出すから。……あ、これ見てたのかあ。今オレも、レジのおねえさんにぜひ挑戦してくださいねって言われたとこだよ」
 そう言って健ちゃんが出したレシートと、冬矢のレシートの金額を足し合わせる。うーん、6回にはぎりぎり足りない。
「蒼生のぶんを足せば、6回行くんじゃないか?」
「えっ? ……あ、ホントだ」
 金額が小さいから誤差にしかならないと思ってたけど、そっか。ちょっとは役に立てるみたい。
 抽選会場は、ショッピングモールの一番手前の大きく開けたスペースにあった。さっき通ってきたはずなんだけど、全然見てなかったなあ。
「6回ってことはひとり2回だな」
「えっ」
 でも僕は金額的にはゼロなんじゃ。
「そうだな。3人のうち、今日は誰が一番運がいいのか試してみようか」
「だけど」
「当たったらラッキーボーイっつーことで、なんかひとつ、なんでも言うこときいてもらうのとかどうだ?」
「俺が当たったら……そうだな」
「……ちょい待ち、持ちかけといてなんだが、なんかえげつないこと言われそうな気がするから、その件については誰かが当たってから考えることにしようぜ」
 えっ、あの。ふたりとも、僕も参加する前提で話してる。いいの?
 僕がおろおろしてる間に、ふたりは僕を引っ張って抽選台のとこまで来た。迎えてくれたのは、元気のいいおねえさんだ。
「いらっしゃいませ! レシートお預かりします! ……はい、全部で6回ですね。どうぞ、ゆっくり回してください!」
 目の前にあるのは、アナログな八角形の箱をがらがら回すタイプの抽選器。
「じゃあ、まずはオレからね」
 健ちゃんはぐるりと腕を回すと、その取っ手を静かに握った。左右に振って軽く掻き回したかと思うと、箱を1回転させる。ころん、と出てきたのは、白い玉だ。後ろの大きな看板を見ると、白は残念賞みたい。もらえるのはお菓子がひとつだって。でも、テーブルの脇の箱にどっさり入ってるお菓子は、小さいとはいえちゃんとしたスナック菓子だ。しかも色々あって選べるみたい。
 健ちゃんがもう1度回すと、また白い玉が出てきた。
「あー、駄目かあ。次、冬矢」
「よし」
 ……なんだろ、冬矢がこういう庶民的な道具と向き合ってるの、不思議な感じがするんだよね。これは出会った頃からずっとそうなんだけど。僕は冬矢をなんだと思ってるんだろう。
 それで、冬矢が回した箱が吐き出したのは、やっぱり白い玉が2つだった。
「残念。さ、今度は蒼生の番だよ」
「頑張れ! 蒼生なら出来る!」
 謎の応援が後ろからかかる。どう頑張ったらいいのかなあ。一応、健ちゃんみたいにちょっと振って混ぜてはみるけど。ざらっと中で音がする。結構重いな。これを1回、と。ぐるりと回した抽選箱の口からは、きっかり白い玉が出た。
「ラストー!」
 最後の1回だ。5回白だったんだから、次も一緒だよね。よいしょっと。ざらざら、からん、と、お皿に玉が転がる。……ん? 緑?
 ちりんちりん、とおねえさんがベルを鳴らす。
「おめでとうございまーす! 4等の5,000モルコが当たりました!」
「へっ?」
「やった、蒼生すごい!」
「すごいじゃないか」
 えっ、えっ。なんかよくわかんないうちに、僕はおねえさんからお祝いの言葉と一緒に、ショッピングモールのキャラクターが描かれた封筒を手渡されていた。あれぇ? 中身を見てみると、キャラクターと一緒に「1,000モルコ」と印刷された厚めの紙が5枚入っていた。
「こ、これ?」
 冬矢は、それと一緒に入っていた小さな紙を読んでる。
「どうやらこのショッピングモールの中でのみ使える独自通貨のようだね。商品券と考えていいのかな。額面通りの金額で使えるって書いてあるよ」
「なるほど……。じゃ、はい」
「ん?」
「え?」
 封筒ごと冬矢に渡すと、冬矢が怪訝な顔をして、健ちゃんが首を傾げる。
「なんで? 蒼生が当てたんだから蒼生のものでしょ?」
「えっ、3人が買ったので当たったものだから、生活費に入れるのが筋じゃない?」
「けどオレたちは外してるんだから蒼生の権利だよ」
「そもそもの金額が小さいんだから、最初から僕に権利はないと思うけど」
「それとこれとは別だろ」
「違くないよ。僕ひとりじゃ1回分にもならないわけだから」
 僕の物になる要素はどこにもないと思う。なのに、健ちゃんは引かない。なんで? 元の権利をベースに配分するのが一番理に適ってるんじゃないの?
「……面白い喧嘩をするんだな」
 冬矢がぽつんと呟く。はっとしたように健ちゃんが僕の腕を掴んだ。
「よし蒼生、ここはこれまでオレたちの話を聞いてた冬矢に判断を任せよう」
「そうだよね、このままじゃ僕たちどっちも納得しないもんね」
「というわけで冬矢先生、お願いします」
 そうだそうだ、冬矢がいてくれた。ずっと聞いてた冬矢なら、冷静に判断してくれるはずだ。
 冬矢は、うん、とひとつ頷く。
「……俺たちはそれぞれの購入金額を合計し、俺たち3人合同の権利として6回、という抽選の機会を得た。そして俺と健太は、それを1人2回ずつと計算した。つまり、俺と健太はその時点で自分たちの使用した金額における権利を手放してから、3人のものとして再配分しているつもりだということが推測出来る。そこから完全に運試しとして抽選に挑んでいるわけだから、蒼生が得た当選の権利は当然蒼生のものだと言える。ただ、蒼生の主張ももっともだ。俺と健太が買い物をしなければ金額は6回に届かなかったし、何より3人とも抽選の事実を知り得なかった。……以上から、蒼生に3枚、俺と健太で2枚、という配分が妥当だと考える」
 ……ほう。
 決して難しいことを言ってるわけじゃないんだけど、冬矢に難しそうに言われると、なんか「そうなのか」と納得してしまう。健ちゃんも隣で神妙な顔をしていた。
 で、でも本当にいいのかなあ。
 冬矢が戻してくれた封筒を、なんとなく複雑な気持ちで見てしまう。だけど、冬矢がそう言うんだからこれでいいんだろうな。僕たちは全員中身を混ぜているんだし、完全に運というならたしかに僕の運が良かったんだろう。
 健ちゃんは、2枚の券を手にすると、ぱっと表情を明るくした。
「そしたら、これ、昼ご飯に使おうぜ! 肉がいい! 肉!」
 ああ、たしかにもうすぐお昼ご飯の時間だね。
「いやー、これあればちょっといい肉食べられるよな」
「そうだな。ランクを上げるか量を増やすか……」
「んー、悩ましいとこだ」
 健ちゃんはそう言って笑いながら、僕の肩にぽんと手を乗せた。
「どっちにするかは蒼生に任せよう。今日は蒼生がラッキーボーイみたいだから。にしても、蒼生って運に愛されてるんだな!」
 運に、ねえ。
「それはどうかわかんないけど……。ふたりに愛されてるんだってことはわかるよ」
 だって、僕、大事にされすぎてるもの。ああ、でも、こんな最高のふたりに愛されてるってことは、やっぱり運がいいってことなのかな。
 ……ん。
「健ちゃん? 冬矢?」
「なあ冬矢、とりあえずどっか人目のないとこ探そ。いったん抱き締めねえとダメだこれ」
「そうだな。物陰を狙うか」
 へぇ?

 散々迷ったけど、お昼の焼き肉はいつものにプラスして大きな塊のお肉を頼んだ。写真で見るより大きかったな。さすがの健ちゃんも満足したみたい。大喜びで大きな塊を掲げるの、すっごく無邪気で可愛いかった。こういう顔、昔から変わらないんだよね。健ちゃんがにこにこ嬉しそうなのを見ると、すごく幸せな気持ちでいっぱいになる。
 スーパーの入り口まで来ると、冬矢が置き場からカートを引っ張ってきた。冬矢とカート……。やっぱまだ慣れない光景……。あ、そうか。わかった。冬矢、かっこよすぎるんだよ。あんまりにもきらきらしてて眩しいから、生活感というものとイメージが合わないんだ。なるほど。
 そんなふたりに、ご飯前きっかり物陰で順番に抱き締められて、僕は割と舞い上がってる自覚があった。
「さて、あとは食材を買って帰ろう」
「うん。だけど、おなかいっぱいで食べたいもの思いつくかなあ」
「オレは大丈夫!」
 ふふ、たくさん食べたからかな、元気よく健ちゃんが拳を握る。その腕で提げた傘が揺れて、……あれ。傘? 僕の手に傘はない。あ。さっきのお店の傘立てだ。僕め、忘れ物をするほど舞い上がっちゃってたとは……。
「ごめん、僕、傘忘れて来ちゃったみたい」
「お、したらいったん戻るか」
「ううん、時間がもったいないし、先に行ってて。すぐに戻るから」
「わかった。気を付けるんだよ」
「はい」
 言っても、ショッピングモールの上と下だ。本当にちょこっとの距離しかない。そんなに心配されるようなことはない……んだけど、その油断がいけないんだよね。だから素直に頷いて、僕はふたりのところから離れた。
 それこそずっと前、出会った頃の冬矢って、ここまで心配性じゃなかったと思うんだけどなあ。たしかによく気が付いてくれて、助けて貰うことはたくさんあったけど。僕がひとりでどこかに行く時も、気にせず見送られることが多かった気がする。いつからこんな……って。あー……。僕のせいか。僕がうっかり倉庫に引きずり込まれる事件があってからだ。あれ以降、健ちゃんも僕をひとりにするのをひどく怖がるようになった。つまり、僕がいくらしっかりしようと思っても、僕たちの中にあの事実が残っている以上、ふたりの不安がなくなることはないんだ。
 ……あれ。もしかして、ふたりが僕を大事にしてくれるのは、ただ単に僕が危なっかしいから保護しているだけなのでは……?
 いや、そんなことはない。そんなことはない……はず。……だけど。
 急に怖くなって、僕は足早に店に向かう。店頭の傘立てに、見慣れた傘があった。それを掴んで引き返す。
 食品売り場にはたくさんのお客さん。人にぶつからないように避けながらふたりの姿を探す。すると、すぐに、ああ……、見つけた。ふたりは、すごく目立つんだ。ぴかぴかそこだけ光って見えるからわかりやすい。
 冬矢が前を歩いて陳列棚を覗き、健ちゃんがカートの持ち手に両肘をかけて押してる。……すっごく可愛い光景……。
「なあ。豚肉焼いたの食べたい」
「何故おまえのリクエストを聞かなければならないんだ」
「いいじゃん」
「それに今さっき焼き肉を食べたばかりだろう」
「多少続いても問題ないって」
 うーん。普段はちっちゃい喧嘩でわいわいやってるふたりが、仲良し……。一応恋敵と思ってるはずの冬矢にごはんのリクエストしちゃう健ちゃん、好き。冬矢だってあんな鬱陶しそうな態度を取ってはいるけど結局作ってくれるんだよ、好き。
 どうしようかな。ふたりの中に入って行きたいけど、もうちょっと仲良しなところを見ていたい気もする。あそこまでリラックスしてる空気、ふたりだけではなかなか見られないもん。なんだかんだ言ってもちゃんとお互いを尊重してるとこ、大好き。
 ……なんだけど。
 僕がいなくても成立するところが、んー、ちょっと、なんだ、その、これ、んー……ホントになに? なんかがもやもやする。
 ううむ……。
 って、あれ? さっきまでお肉の棚の前にいたふたりがいない。どこに行ったんだろう。え……あれ、あれ?
「蒼生」
「っ!」
 び、びっくりした! え、後ろから、声!?
「冬矢、健ちゃん」
 振り返った先では、ふたりが笑ってる。
「ど、どうして」
「あそこの窓んとこに可愛い姿が映ってた」
 え。あ、ドアのところの。……うっわ。
「……恥ずかしい……」
 僕が両手で顔を覆うと、冬矢がその手を遠慮なく剥がしてくる。
「さて、可愛い可愛い蒼生のリクエストも聞こうか」
「う……。ほうれん草のお味噌汁が飲みたいです……」
 そう言うと、健ちゃんは太陽みたいに笑い、冬矢は穏やかに微笑んだ。
 あー。僕に向ける顔は、他の誰に向ける顔とも違う。だからさっき僕の頭に浮かんだ不安は、本当にさらさらの砂みたいにあっという間に吹き飛ばされて消えていった。
 でも、一応、……聞いてもいいかなあ。
「念の為聞くんだけど、僕のことを大事にしてくれるのは、僕が危なっかしいから?」
 健ちゃんはぽかんとした。
「は? 大好きだからだけど?」
 そう、だよ、ねえ。ああストレート。頬がまた赤くなっちゃう……。
 冬矢もぽん、と僕の肩を叩いた。
「危なっかしいだけで言えば、蒼生も健太も変わらないよ。こいつもほっとくと姿見えなくなるしな。……愛してるのは蒼生だけ」
 はい、です、よね。冬矢まで直球だ。心臓、爆発するんじゃないかな……。

 えっと。それからどうしたかっていうと……。
 約束通り、帰ってから、たくさん、その……いちゃいちゃしてもらった。
 はい。


 最後10分間で本日の講義の要点をまとめること、という課題は、ノリノリでやったせいか小さな提出用紙きっかりにまとめて5分で終わった。
 そのわずかな時間の隙がいけない。昨日してくれたいちゃいちゃのこと思い出しちゃって……。頭に血が上りそう。ふたりとも、やたら頭撫でてくれたなあ。あれ、ホントに嬉しいんだよなあ。どこ撫でられても……いや、その、変な意味じゃなくて、手でも肩でも背中でも、触れられて嬉しいことには変わらない。だけど、頭だとよりいっそう「甘やかされてる」感がものすごくて……。なんていうのかな、多幸感? そういうので満たされる。だから今日の僕は、それが溢れて、ちゃぷちゃぷになってる感じ。絞れるんじゃないかなってくらい気持ちが潤ってる気がする。
 ……いけないいけない、一応講義中だ、書いた文章をちゃんと見直そう。えーと……。……どうしよう。どこも直すところがない。絶好調じゃん。うわあ、僕って単純なんだなあ……。
 冷静を装いつつ内心じたばたしてるうちに、チャイムが鳴った。教授が授業の終了を告げ、用紙の回収を始める。隣の席の小倉くんはどうかな。
「小倉くん、書き終わった?」
「あと最後のまとめだけ。……うん、終わり」
「それじゃ行こうか」
 僕たちは荷物をまとめて立ち上がる。教卓に置かれた箱に提出用紙を入れると、挨拶をして教室を出た。
 この講義、こういう提出物が多い。実は来月頭に、数人で意見をまとめるグループレポートの提出もあるんだよね。実はこの時間の後に打ち合わせをしようと4人で決めてたんだけど……2人なんだよなあ。
「小倉くんのとこに、久我島くんから連絡来てる?」
「いや、全然」
「じゃあ来ないつもりなのかな。それより根津くんが欠席したのが心配だね」
「……あ。メッセージ来た」
「え? ああ、本当だ。うわ、風邪こじらせて病院行ってたんだ。診察が終わらなくて連絡遅くなっちゃったみたいだね。ゆっくり休んでもらうよう返事しておこうかな」
「俺が野木沢の分も返事しておく」
「ありがとう。よろしくね」
 こくんと頷いて、小倉くんはぱたぱたと返事を打ち込んでいく。
 小倉くんはすごく独特のペースを持つ人だ。無口で表情があまり出ないから、ぱっと見近寄りがたそうだけど、実際仲良くなってみるとすごくほんわかしてる。会話がなくても気にしないタイプみたいで、僕みたいな会話に困る人間にとっては意外と付き合いやすい。あと、すごく真面目で、体調不良でもない限りはきちんと講義に出席してるんだよね。
 んー。だから、僕と小倉くんでなんとか出来ちゃうのは出来ちゃうんだろうけど。
「半分いない状態だと、勝手にまとめるの申し訳ないよね。打ち合わせはまた日を改めようよ」
「うん。資料だけ集めとく」
「僕もそうする。あと、久我島くん見かけたら、今度こそ来るように伝えておくね」
 日程は根津くんの体調が回復してから相談しようと決め、僕は小倉くんと別れた。授業の選択が偏ってるせいもあると思うけど、グループで作業することが結構多い。勉強よりも日程のすり合わせに時間がかかるのが問題だよなあ。
 ……でも、そんなのは些細なことだ。入っていた予定がなくなった。つまりは早く家に帰れるということだ。家、とは、つまり……。ふふ。
 今日はふたりとも、授業は終わってるはずだ。打ち合わせがあるから僕だけが遅い予定だった。もう帰り道かな。早く帰って顔が見たい。もうひとつ先を望んでいいなら、昨日みたいに、いっぱい撫でられたい。家のドアを開けたら、ふたりして迎えてくれるだろうか。……ふたりして。ん?
 むむ……。ふたり、仲良しは仲良しだと思うけど、世間一般的な仲良しというのとはちょっとニュアンスが違うように思う。ただ、間違いなく仲はいいと僕は思ってる。それ自体はいいことなんだ。うん、いいことだ。だけど、なんだろ、僕がいない時も仲がいいのは、うーん、なんというか、ちょっと、寂しい。
 あっ、付き合った最初の頃みたいに、僕じゃなくてふたりが恋仲なんじゃないかとか、そんな邪推はこれっぽっちも微塵もしてないよ。ふたりだけで何を話してるかは知ってるもん。どうせ3割くらいはご飯かゲームの話だもん。で、残りの7割は僕の話でしょう。いやあの、自惚れとかじゃなくて、本当にそうなんだよね。僕自身が「えっ」て思うほど僕の話してるんだよ。一度ふたりの会話を全部録音して正確な割合を調べてみたい。
 ともかく、ふたりは僕の右と左にいて、まっすぐに僕を見てくれてる。ふたりの間にあるのは、均衡の取れた反対側に対する信頼感、とかそういうものなのかなって思ってる。うん、だからそれに対して寂しいとかは、完全に僕のわがまま以外の何物でもないんだけどね、……やっぱ、間に挟まりたい。隙間に潜り込んでぎゅってされたい!
 ……あ。そういえば、僕ら、携帯でお互いの居場所がわかるようになってるんだっけ。近くにいる時にやってみてって言われて試しで使ってみたことがあるだけで、ほぼ使ったことがない。その理由は2つだ。ひとつは、どうせ僕のいる家に帰ってくるんだから、どこにいてもいいよね、ってこと。もうひとつは、下手に居場所を知ってしまったら、すぐに会いに行きたくなっちゃうから。だから緊急時以外は使わないかなって思ってた。けど。た、たまには……。
 僕は道の端っこに寄って、携帯を取り出す。このボタンをこうして……オフになってるバーをオンの方向に動かす、んだったっけ。まずは青い丸が地図の上に表示される。これは僕だ。ここから少し待つと、完了マークが出て、ふたりの位置も表示されるはずだ。健ちゃんが赤、冬矢が白。……ドキドキする。なんか悪いことをしてるみたい。やっぱりマズかったかな。やっぱりオフに戻そうかな、……っていうところで、ぽこんとマークが現れた。あれ、近い。まだ大学の構内にいるんだ。って、ん? 赤と白がほぼ重なって……。
 えっ!? 健ちゃんと冬矢、今一緒にいるの!? ……ズルい! 羨ましい! 僕も一緒にいたい!

 居ても立ってもいられなくなって、大まかな地図と居場所を頼りに急いでその場所に向かう。
 だけど僕の頭の中はなんだか複雑で、ごちゃごちゃしてた。一緒にいたい、は、わかる。うん。そりゃそうだ。でも、ズルいって、何が? 羨ましいって、何に? 健ちゃんと一緒にいたいのに、と、冬矢と一緒にいたいのに、が両方あって。えっ。僕は誰に嫉妬してるの? ふたりにってこと? これはどういう思考なんだ……?
 脳内がまとまりきらないうちに、ふたりのマークがある場所に近付いて来た。このへんは来たことがないな。僕の学部にはあまり縁がない場所だから。カフェや学食の運営会社が場所によって違うって話だし、人によっては広い構内をあちこち渡り歩いてることもあるみたいだけど、僕はそこまで熱心じゃないからね。でも、せっかくだし、いずれはふたりと一緒に巡ってみたいなあって思いはあるんだ。……って、僕が向かおうとしてるの、そのカフェ……かな?
 ちょうど植え込みがあって、その手前にベンチがある。僕は、ちょっと携帯を弄るためにここに座りましたよ~という顔でそこに座り、こっそりとそっちを見る。なんかすごいおしゃれっぽいカフェで、テラス席なんかもある。
 わ。ドキン、と心臓が跳ねた。柵で囲まれたテラス席のこっちから2番目。柵の一番近くに、健ちゃんが。あー、隣に冬矢もいる……。はー。すごい。絵になる……。健ちゃんの無邪気な笑顔と、冬矢の外出用の笑顔。うう。癒やされる……。
 ふたりの周りには、囲むように女の子たちが座っていた。うん、やっぱりモテるよね。わかる。だってかっこいいもん。わかる、わかる。申し訳ないけども、周りの席に座ってる男子学生とはちょっと段違いだよね。輝いて見えるもんね。あの笑顔で応対されたら、そりゃあ嬉しいと思う。
 ……おっと、向こうから女の子の2人連れが歩いてくる。僕は素知らぬ顔で携帯に目を落とした。僕はただ偶然ここにいるだけの通りがかりです、気にしないでください……。
「あ、ねえ、あそこにいるの笹原くんと寺田くんだ」
 えっ……。
 そうなの? 通りがかりの女子も知ってるの? ふたりってそんなに有名人なの?
「また一緒にいる~。仲いいよね。あの2人が付き合ってるって噂、本当かな」
「まさかぁ。あんだけ女に囲まれてて、それはないでしょ」
 ……んー。ある程度仲良しな2人組って、まあ、そういう見られ方をすることはあるから、それはスルーすればいいんだけど……。
「それにさ、彼女いるんでしょ?」
「そうなの?」
「うん。聞いた子がいるって」
「それ、お互いのことじゃなくて?」
「こだわるねえ」
 ……ううう。
 彼女たちはそのまま話しながら歩いて行く。後ろ姿に叫びたい。僕ですけど! 僕が彼氏ですけど! 言わないけどさ!
 って、え? 聞こえた? 彼女たちは同時に僕のほうをちらっと見た。それで何事かをこそこそと言い合い、意図の読めない甲高い声を上げながらお互いを肘でつつき合う。え? え? なに? 僕がこのへんに用のない他学部の人間だってバレた? いやまさか、そんなことはないと思うけど。じゃあなんだ?
 うーん。とりあえず、彼女たちの態度はよくわかんなかったけど、ふたりがこのあたりじゃ有名人で、近寄ってくる女子もたくさんいるんだなってことはわかった。あともうひとつはっきりしたことがあって、僕は今の子たちや、あの周りを囲む女の子たちに対しては別に妬いてはいないなってこと。だって、健ちゃんも冬矢も、僕といる時と全然表情が違うもの。ふたりは、あの中の誰に対しても心を動かされてない。
 だから、おそらく、僕のこのモヤモヤは……、自分が間にいないことに対して、だろうな。なのに、飛び込んで邪魔してはいけないって気持ちもあって。だって、もしかして、僕がいないと息抜きになるとか、そういうのもあるかもしれなくて。ずっと一緒じゃしんどいとか思われていてもおかしくないんだし……。……そっか、そうだよね、きっと……僕の要求が多すぎてふたりに迷惑を、
 わっ。手の中で、携帯が震える。
 びっくりして目を落とすと、『そんなところで何してるの? こっちにおいで』……。え……と、冬矢。
 慌てて、植え込みからカフェを窺う。……って、健ちゃんと冬矢が、柔らかい笑顔でこっちを見てる。い、いつからわかってたのぉ……?
 僕は携帯を鞄にしまい、両手でぱちんと頬を叩いた。落ち着け。頑張れ僕の表情筋。
 さりげなく、さりげなく。今来ましたって感じで歩いて……いいぞ、冷静っぽいぞ、僕。
「今日、打ち合わせって言ってなかったっけ」
 健ちゃんの声が弾んでる。ぼ、僕も弾みそうになるけど……っ。
「病欠とサボりでメンバーが集まらなくて。また再度集まることになったんだ」
「そっかあ」
 女の子たちが、僕を見てこそこそざわざわしてる。仲のいい2人の間に割り込む邪魔者が現れたって感覚なのだろうか。少なくとも、僕が来てからふたりともずっと僕を見てるもん。なんだこいつ、くらいは思われてるかもしれない。大丈夫、こんな時の対処法はわかってる。なんとなく空気を誤魔化す、僕の得意技だ。……よし。僕は軽く息を吸うと、彼女たちに向かい、にっこり笑って会釈する。たぶん、これでギスギスはしなくなるはずだ。
 すると何故か、彼女たちはしんといったん静かになった。あれっ、効き過ぎた?
「じゃあ、もう帰れるのかな」
 冬矢の声は、笑いをこらえてる感じ。あー……僕が物陰できょろきょろしてるのがバレてたんなら、そうでしょうね……。
「うん。そのつもり。……このあたりって初めて来たけど、こんなカフェがあったんだね」
 健ちゃんがぱっと身を乗り出す。
「そうなんだよ。ちょっと遠いから誘えずにいたんだけどさ、軽食けっこう美味しいんだぜ。あと、これ。ミルクコーヒー、おすすめ」
 言って、手元のプラスチック製のカップを僕に差し出した。僕はコーヒーが苦手だけど、健ちゃんが飲めるって判断したんなら大丈夫だろう。ちょっと身をかがめてストローを咥える。再び、ざわめきが耳に届く。……あ。ほんとだ、美味しい。甘くて、ミルクが勝ってる感じ。
「……美味しい」
「だろ? これなら飲めると思ったんだ」
 すごい、デザートみたい。そういえば飲み物としてのコーヒーは苦手だけど、コーヒー味のお菓子は食べられるもんね。
 冬矢が、僕の頭にぽんと手を乗せた。
「そろそろ出るところだったんだ。一緒に行こう」
「え、でも、皆さんは」
 後ろの女の子たちに目をやると、彼女たちは一様にぶんぶんと首を横に振った。
「あの、私たち、ちょっと勉強見て貰ってたところで、もう済んだから大丈夫!」
「寺田くん、笹原くん、ありがとう!」
 健ちゃんと冬矢は目を合わせてから、彼女たちに向かって「それじゃ」と言った。それから指でそっと店の入り口を指す。そっか、ここ柵があるから直接出られないんだ。ふたりはいったんテラスの出入り口のほうに歩いて行く。
 でも、僕までそのまま黙ってここを離れるんじゃ、なんだか印象よくないな。彼女たちはふたりに……んー、親密、違うな、好意、は嫌だな、頼りがい……うん、それだ、大学の授業について頼りにしてるみたいだ。嫌な態度を取って、ふたりの評判まで下げるわけにはいかない。
 彼女たちを見て、軽く頭を下げる。
「お邪魔してしまって、ごめんなさい」
「あ、いえ、ほんとに私たちが2人のところに押しかけただけなので!」
「気にしないでください!」
 僕は、できる限り、精一杯の笑顔を作った。
「そうですか。ありがとうございます。では、一緒に帰るので。失礼します」
 彼女たちは、ぴんと背筋を正す子、また黙ってこくこくと頷く子、立ち上がってぺこりと頭を下げる子、バリエーションの豊富なリアクションできちんと僕にも挨拶をしてくれた。
 踵を返すと、……入り口のところでふたりがにこにこ笑っている。あっ、駆け出して飛び付きたい。ぎゅーってしたい。でも、まだ背中に視線を感じるから、ダメだ、なんとか堪えなくちゃ……っ。
 近くまで行くと、僕の歩く速度に合わせて、冬矢が僕の左につく。回り込んで、健ちゃんが右側に来てくれる。腕、組みたい……。でも、それより、先にしなくちゃいけないことがありまして……。
「勉強見ててあげたんでしょ……。邪魔してごめんね」
 申し訳ないな、と思ったから、そう言う。けど、ふたりはまったく気にしてないみたい。
「マジで囲まれてただけだから大丈夫」
「質問なんて、ほぼ言い訳のようなものだったから」
 そっか。それならよかった。
 冬矢が、ふっと笑いを漏らす。
「……冬矢?」
「あ、いや。……最後の蒼生の牽制。めちゃくちゃ可愛かった」
 げ。
 健ちゃんも、隣で何度も頷く。
「オレ、美しすぎて腰抜けるかと思ったぜ」
 うーん。バレてたか。そりゃそうだよね……。
「そ、そんなつもり……が、あったの、バレてたのかあ」
「だよな、あったよな。そういう姿見せてくれるなんて、めちゃくちゃ嬉しい。可愛い。好き!」
「ああ。迫力あったね。蒼生が自分のことを俺たちのものだと自信を持って思ってくれているんだと思うとたまらないよ」
 う、う……。大丈夫だとは思うけどふたりに手を出さないでね、って思ってたの、バレバレだったんだなあ。は、恥ずかし……。
 あ。そうだ。それだけじゃない。
「あと、勝手にふたりがいる場所、携帯で探しちゃった。覗くようなことして、本当にごめんね」
 嫌な気持ちになってたら悪いな……。
 と、思ってたんだけど。
 ふたりは、ものすごく意外なことを聞いたみたいにきょとんとする。え?
「なにが? いいじゃん、お互い同意して使ってんだから。気にしないでガンガン使えばいいのに」
「そうだよ。俺は蒼生の居場所、しょっちゅう見ているけど。それも嫌?」
「えっ。嫌じゃない。冬矢がずっと僕のこと考えてくれてるんだと思うと嬉しい」
「だろ? 俺たちも一緒だよ」
 そっか。いいのか。
 健ちゃんは、僕に向かってにこっと笑う。
「むしろ、オレたちをわざわざ探して迎えに来てくれたんだ! って嬉しくて仕方ねえんだよな。蒼生に会いたいって思われるの、すごく嬉しいし」
 ほんとだ。健ちゃんの足取り、すごくふわふわしてる。ああ、これ、本当に嬉しいんだな。そうかー、僕が探すと嬉しいのかぁ……。
 ほこほこあったかい気持ちでいると、反対側から冬矢が僕を覗き込んできた。
「でも、そんなふうに居場所を探すことに罪悪感を覚える蒼生が、今日に限ってどうして俺たちを探そうと思ったの?」
 当然の疑問だ。急ぎの要件があるなら、まずメッセージを送るか電話を掛けるかって選択をするはずだもん。いきなり内緒でこっそり僕が探ってきたら、そりゃあ不思議にも思うだろうな。
「それがね……。そもそもは、ふたりに1秒でも早く会いたくて。だけど僕の予定が変わったから、それで入れ違いになっちゃったらやだなって思って、つい調べちゃったんだ」
 ぐっとふたりが息を呑む。
「そしたら、ふたり、一緒にいるみたいじゃん? で、僕、ズルいと思っちゃったんだ。健ちゃんと一緒にいる冬矢、ズルい! 冬矢と一緒にいる健ちゃん、羨ましい! って。僕も一緒にいたいのに。そしたら、僕は冬矢にやきもち妬いてるのか、健ちゃんにやきもち妬いてるのか、っていうか、そもそもやきもち? あれ? ……ってよくわかんなくなっちゃって。なんかもう突撃するしかなくなっちゃった」
 健ちゃんがなにやら呻いて頭を抱える。
 冬矢が難しい顔をして唇を噛む。
 ん?
「えーと……それは、オレたちがそういう仲だと今でも誤解してるとかでは」
「なく」
「ちゃんと、俺たちが蒼生のことだけを愛していることを」
「知ってて」
 そうか、とふたりが同時に呟いた。
「……そういうことなら、蒼生にはきちんと俺たちの間にいて貰うしかないね」
「ちゃんと、両手でそれぞれオレたちのこと捕まえておけよ。今、蒼生の両手は、反対の手にやきもち妬いてるってことなんだから」
 僕は自分の手を見る。両手? 反対の……。
 ああ、そっか。
 いつも健ちゃんがいる右手。いつも冬矢がいる左手。両方ちゃんと繋がってるのに、反対側が羨ましくなっちゃった?
「その論理は合っているのか?」
「さあ」
 冬矢の問いに、健ちゃんはあっさり首を傾げる。なんだ、納得しかけたのに。
「オレもよくわかんねえけど。とりあえずは蒼生が、ずーっとオレたちといたいのにーって思ってくれてるってことは確かなんじゃねえの」
「それは、そうだな」
「うん、僕もそう思う」
 ふふっと冬矢が笑う。
「じゃあ、さっき健太と話し合っていた週末の予定、しっかり決めようか。周囲に人がいたせいで、詳細を詰められてないからな」
「ん。やきもち妬いちゃった蒼生様のご機嫌取んなきゃいけないからな!」
 え。
 週末の予定……?
「もしかして、ふたり揃って……やっぱり僕のこと話してたの?」
「当然」
 声まで、ふたり揃って返ってくる。
 そっか、やっぱり、話題は僕だったか。
「蒼生が打ち合わせっつうから、オレたちも蒼生と一緒にいる計画を打ち合わせて、終わった頃迎えに行って、どーんと発表するつもりだったんだぜ」
「蒼生が迎えに来てくれたおかげで、蒼生も含めて話し合いが出来るね」
 なるほど。
 そういうことだったんだね。
 どこに連れて行ってくれるのかな。
 ふたりと一緒だったら、どんなところでも楽しい。
 そうだ、と健ちゃんが僕の肩をぽんと叩く。
「やきもち妬いて必死に探しに来てくれる蒼生が可愛かったから、相当濃密な予定立てなきゃな!」
「やった、楽しみ!」
「それじゃあまずは、一緒に帰って、一緒にごはんにしようね。蒼生は……今日はじゃがいもの細切りをカリカリに焼いたのが食べたいだろ」
「うん! え、よくわかったね」
 僕の右側と左側で、嬉しそうなふたりの笑顔。
 ふたりの会話の7割は僕の話。
 そう思ってたけど。
 本当はもっと多いのかもしれないなぁ……。

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