アトリ~暴風波浪警報~
デビュー間近!…といいつつ、まだデビューはしておりません。
さて本日のお仕事は、デビューに向けてのプロモーション映像やシングルのジャケットなど、撮影がメインです。
とうとうビデオカメラやスチールカメラが登場しました!
そういうアイドルパロディシリーズなので、気にならない方のみご覧ください!
(2002/7/26初公開)
↑やっぱりほぼ全編書き直ししていますので、新作と言ってもいいかもしれません。
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「今日は午前中に事務所で打ち合わせしてからいったん休憩を挟んで午後はプロモーション用のポスターとジャケット写真とアー写を撮るからね!」
ここのところ、ナナミのスケジュール発表で1日が始まる。
行程表を手渡されたレイは、そこにずらりと書かれた文字を一瞥しておとなしく「ハイ……」と答えた。両隣のルックとシーナは無言で頷く。3人の反応を満足そうに眺めたナナミは、にっこりと笑うと3人を事務所のソファのほうへと促した。
個人の部屋はとても居心地がよく設計されていた。おかげで毎朝気分よく目が覚めるのだが、身支度を調え朝食をとって事務所に出ると、だいたいナナミが仁王立ちで待ち構えている。そして冒頭のようにボードに書かれたスケジュールを元気よく読み上げるのだ。気持ちの良い目覚めもそこで現実に引き戻されてしまう。とはいえ、それが毎日ともなると、こういうものかとなんとなく慣れてきてしまった。よくない傾向だ。
「おはようございます」
「おはようございます!」
「あ、はい、おはようございます……」
事務机で作業をしているアップルや観葉植物の鉢に水を注いでいるユウキと挨拶を交わし、3人はぐったりとソファに座った。
「……なんで軍主がのんきに水遣りなんかしてんの」
ルックの吐き捨てるような呟きに、レイははっとして振り返る。あまりにも自然な対応で気が付かなかったが、言われてみればおかしな話だ。戦渦のさなかにある一軍を率いるリーダーにしてはあまりにものどかな光景ではないか。だがレイはふるふると首を振った。
「だ、大丈夫、きっと今はこれが許される状況なんだ。外で重大な問題は何も起きていないんだよ。多分そうに違いない。ね、ほら、いいことじゃないか」
自分に言い聞かせるようなレイの言葉に、シーナは腕を組んで頷く。
「そうだといいな。オレら、情報遮断されてるから何が起きててもわかんないしー」
「あはは……」
乾いた笑いと共に、レイは視線を手元に戻した。実のところ、この事務所に軟禁……いや、居を構えてからというもの、戦況が3人の耳に届くことはなかった。曰く、状況に惑わされずアイドル活動に専念してほしいからだという。そもそも自分たちは何のためにここに来たのかとアイデンティティが揺らぎそうになるが、一度引き受けてしまった以上やらないわけにもいかないだろう。
「えっと、それで? 今日はなんだっけ。よくわかんなかったんだけどさ、プロなんとかのトルってなんのこと?」
シーナがぐっと身を乗り出し、レイの持っている紙を覗き込む。
「適当にしか聞いてなかったの? プロモーション用のポスターとジャケット写真とかを撮るんだってさ。で、レイ、どういう意味?」
「僕にもわからないよ……。アイドル活動とやらに使う特殊な言語だろうからね……。一応この行程表によると、宣伝用の素材を作るということらしい」
「すごいなあ、嫌な予感しかしないな!」
「とりあえずレッスンが入ってないだけ楽そうなイメージだけど……」
最近の日程には、必ずと言っていいほどボイスレッスンとダンスレッスンという文字が組み込まれていた。遠慮なく体力を奪っていくという意味では相変わらずダンスのほうがしんどい。だが、レイとルックはそれ以上に苦手なものができてしまった。それは“歌合わせ”という練習時間だ。他でもない、先日のスタジオでの事件が原因である。
あの日シーナの歌声を聞いた2人は、とんでもない衝撃を受けた。そのうえ、自分たちの声と合わせた瞬間、ひどくぴったりと合う波長を感じてしまったのだ。それは体の奥が震えるような妙な違和感だった。おそらく初めて聞いたから驚いたのだろうと自分を納得させていた2人だが、練習のたびに同じ違和感に襲われている。
ちなみに、その「違和感」が別の言葉で置き換えられることに2人はうっすらと気付いていた。が、認めてしまうのが怖いので敢えて触れないことにして今に至る。
はあっとルックが溜め息をつく。
「イメージで安堵してる場合じゃないと思うけどね。どうせ裏切られるんだ」
「それは、……否定できない」
「っあ、でもでも、ほらさ、体は少し休ませられそうじゃない? ……ってオレがフォローすることじゃ全然ないんだけど」
シーナの笑顔もどこか引きつっているように見えた。立ち回りの上手いシーナはレッスンのすべてを難なくこなしているように見えるが、慣れないことをしているという意味では2人と同じなのだ。レイはここ最近やたらと消費量の増えた溜め息をまたひとつ増やす。
「……まあ……抵抗する体力も無駄な気がものすごくするし、今日も頑張ろうか……」
「順調に調教されてるって感じですね!」
やたらあっけらかんと明るい声が響く。みしりと音を立てて3人の空気が凍った。恐ろしいものを見るようにレイがそちらに顔を向けると、にこにこと笑っているユウキと目が合った。
「えっと……?」
「あれ、言葉を間違った気がしますね。うーん……訓練……鍛錬……。あ、鍛錬! それです! 皆さんの頑張り、すごいなあって思います。たくさんの人に評価されるのが目に見えるようです。楽しみですね」
いったいどこまで本気で言っているのだろう。幼い頃から人の思いを汲み取れるように教えられ、そのように努力してきたレイだが、ユウキの魂胆だけはどうもよくわからない。
そこにナナミがふらっと現れ、冷たい空気の中にひょこっと顔を突っ込んできた。
「ユウキ? 午後のスタジオに最終調整に行くんじゃなかった?」
「わ、そうだった。それじゃ、失礼しまーす!」
そのままばたばたと事務所を出ていくユウキの背中を見送り、レイは素直に感心した。この明らかにどんよりした雰囲気の中で一瞬も曇る様子を見せなかったユウキと、何のためらいもなく場に飛び込んでユウキを逃がすナナミ。素晴らしいコンビプレーに長けた姉弟だ。2人揃って大物だと心底思う。
そう、大物だ。ちら、とレイは隣に目をやる。そこには、紋章の宿った手を掲げようとするルックと、それを必死に押さえつけているシーナの姿があった。この殺気立った魔術師様にまったく動じていないのだから。
レイは再度行程表をしみじみと目で追い、ふーっと長めの溜め息を零した。
壁を覆いつくす白い幕。草の束を床に敷いて表現した緑豊かな草原。何も支えていない謎の白い円柱。天井に張り巡らされた格子状の構造にはたくさんの眩い照明器具。床には長々と太くて黒い縄のような何かが数多く横たわる。一番よくわからないのはずらりと並んだ案山子のような物体だ。それは黒々した金属製の脚を三角錐の形に広げ、その上には円盤を括りつけたような箱が据えられていた。周囲を見ればもっと薄っぺらい箱が付いているものもある。そしてそれぞれの場所でせっせと動き回る大勢の人たち。
「……うーん……わかんなくなってきたんだけど……時代考証と舞台設定って言葉が頭の中で渦を巻いてる」
レイが壁よりも遠くを見つめながら呟く。
ここは確か新同盟軍の城内で、世の中の技術発展としてはエレベーターの発明に驚愕して、戦いは騎馬と徒歩と魔法が中心で、移動手段といえば馬か船で、エンジンとかいうやつがようやく出てきたあたりで、煮炊きをするにはかまどが多く用いられていて、全体的にはからくりは発展途中で……。どう考えてもいろいろおかしい。
「レイ。僕、こういうときに使う言葉を知ってるよ」
「なに?」
「突っ込んだら負け」
「わー……なるほど……」
目の前に溢れる“なんだかよくわからないもの”の大群にめまいを覚える。だが、困惑したのはそれにだけではない。
「あ、アトリビュートの皆さん。こちらです~」
にこりと笑って3人を促したのはヒックスだ。
天井付近では、照明の位置を丁寧に整えているチャコ。
ふと目をやれば、セットの柱をきゅっきゅと嬉しそうに磨くガボチャの姿。
その柱の上では、意味もなく居眠りをしているムクムク。
他にもあちらこちらでよく知る顔が。
……使われている。運命に導かれて集まっているはずの宿星たちが、雑用に使われている。
「ちょっと僕、帰りたくなってきたな」
ルックのぼやきに、聞いていたレイが項垂れ、シーナも乾いた笑いを浮かべた。
それにしても、とレイは思う。これは想定よりかなり大がかりなのではないだろうか。ナナミとユウキとシュウとアップル、これが首謀者である。あとは芸術面の特殊技能を持つ者たちに何らかの報酬を提示して、それに懐柔された何名かが関わっていそうだ。……とこれまでは考えていたのだが。
「……あのさ。働いてる皆さんの顔を見てると、これ……もしかして、バイオスフィア城あげての大プロジェクト……」
「レイ」
「あぁ、やっぱ気付いちゃダメだったやつ……?」
とんっとルックに肘鉄を食らい、弱気な言葉をつぶやいたレイは、脇にあった椅子に座り込む。そこの一角は少しだけ広く取られたスペースだ。いくつかの椅子と机があって、机の上には水差しやコップだけでなく軽食の用意もある。おそらく休憩用に準備されているのだろう。
シーナは近くの椅子をレイの隣まで引き寄せて座る。そして、レイの耳元に顔を近付けた。
「オレ、なんかもっと悪い予感がする」
ルックも眉を顰めて同様に近くの椅子に座った。
「どういうこと」
「最初の頃ってさ、手伝ってくれるのは急遽雇われました~って人ばっかだったじゃん? 普段はお店を手伝ってますとか農作業の合間に来ましたとか。でも今日、あっちで作業してる人たち、なんかやたらと慣れてんだよな。職人っぽいんだ。……オレたち3人をどうこうするだけにしては、めちゃくちゃ大袈裟なんだよ」
珍しく難しい顔をしたシーナが、広い空間を視線で撫でる。レイもはっとしてあたりを見渡した。知っている顔がたくさんある時点でげんなりして目をそらしてしまっていたが、改めて眺めてみると、それ以外の者たちのてきぱきした動きはどうも素人のそれではない。ルックも同様に視線を泳がせて溜め息をつく。
「意外とあんた物事をよく見てるんだよね」
「あ、オレのいいとこまた発見しちゃった? 惚れた? 惚れ直した?」
「そういうのが余計なんだけど」
「ご歓談中、失礼いたします」
突然近くから自分たち以外の声が聞こえる。3人は弾かれたように振り返った。声は端にある衝立の陰から。しかも知っている声だ。
「着替えの準備ができましたので、こちらの更衣室に来ていただけますか」
さらりと姿を見せたのはカミュだった。この奇妙な事態にも関わらず、いつも通りの微笑みを浮かべている。それが余計に胡乱に見えた。
「……着替えですか」
「はい。まずはプロモーション用のスチールと映像撮影から行うとのことです。初めての撮影ということで緊張されているかもしれませんが、我々も出来る限りサポートさせていただきますのでご安心ください。スタジオは長めに時間を押さえてあるとのことでしたから、焦らなくても大丈夫ですよ」
「……はい」
もはや素直に返事をするほかない。
連れて行かれた衝立の裏には扉があり、そこを開けるとゆったりした部屋があった。一面の壁が大きな鏡になっている以外は普通の部屋と変わりがない。奥のほうには何着もの服が並べられていて、ぎこちない手つきのマイクロトフがその整理をしていた。彼ははっとした顔でこちらを見ると、ぎくしゃくと会釈をしてくる。つられて3人が頭を下げているうちに、カミュが手前のポールからハンガーにかかった衣装を手に取った。
「では、まずこちらに着替えてください」
3人はぽかんとする。それがシンプルな白いシャツだったからだ。アイドルがどんなものかはわからないが、舞台に立つような歌い手や踊り子のきらびやかで豪華な衣装なのだろうとうっすらとイメージしていた。そのせいか、正直、肩透かしを食らったような気分になる。これはまるで合唱団の衣装だ。いや、おとなしく大勢の中に紛れ込んで合唱でいいよということならそれはそれでいいのだけれど。
「これ? ですか?」
「そうですよ。草原と白い柱のセットをご覧いただければわかるように、自然の中に映えるような爽やかなビジュアルが売りとなるそうです」
「……はあ」
カミュは3人にそれぞれ衣装を手渡す。受け取ってみると、合唱団の制服にしてはずいぶんと手触りが良い。上品なシルエットは良家のおぼっちゃまの高価な普段着のようだ。衣装らしき点をあえて探すとすれば、それぞれに異なる刺しゅうが施されており、揃って身に纏えばなんとなく3人組らしい感じがすることくらいだろうか。しかし、見れば見るほど、歌って踊る人が着るような衣装ではないように思うのだが。
そこにココン、という軽いノックの音が聞こえた。レイがふと顔を上げる。カミュはそれを手で制し、マイクロトフに目配せをする。頷いたマイクロトフがさっと動いてドアに向かった。
「お気になさらず。我々スタッフにお任せいただき、みなさんはどうぞ着替えてください。なにせ貴方がたは我らが城から世に出る最初のアーティストになりますからね。周囲の者たちはとても熱が入っていますが、あまり気負わないほうがよろしいかと。硬くならず、素のままでいらしてください」
ぴくっとルックが肩を揺らした。今、聞き捨てならない言葉が。
「おい、カミュ。軍師殿……じゃなかった、所長殿がお呼びだ」
「わかった。それでは、失礼。支度ができた頃にまた伺います。メイクとセットを行いますので」
3人に言葉を挟む隙を与えないまま、カミュとマイクロトフは部屋を出て行った。
しん、と部屋は静まり返る。
「…………最初の」
ぼそりと呟いたのはルックだ。レイは服の刺しゅうを恨めしげに見つめる。
「それ、聞き間違いじゃなかったんだ」
「残念ながら、オレも聞こえたわ」
「どうする?」
「どうするも何も……。とりあえず、正式な話を聞くまでは、無視で」
「了解」
なんにせよ、自分たちには最早どうしようもない問題だ。裏で動いている何かに悩んでいる場合ではない。まずは目の前に立ちはだかる壁をひとつひとつ壊さなければならないのだから。
「……とりあえず着替えようか……。ノリノリのスタイリストが戻ってくる前に」
「はあ。絶対楽しんでたよね、あの赤いの」
「せめてメイクとかは女の子が来てくれないかなー」
「あんたがそういう感じだから避けられてんじゃない」
「えー」
レイはあり得るなと思ったが、面倒なので黙っていることにした。
カミュは「素のままで」などと簡単に言ってはいたが、いかんせんこちらは素人である。人の姿を映すものは鏡か肖像画か、という時代に“カメラ”とかいう得体のしれない道具を向けられて自然でいろと言うこと自体がまず間違っているのではなかろうか。
それでなくとも、特にルックが人の注目を浴びることを嫌う。というより、大勢の人の視線を受けながら、周りに指示された態度を取れというのが苦痛であるらしい。「さあ笑って!」と指示を受けるたびに表情が凍っていく。
レイとシーナはまだマシだ。幼い頃から知らない人に紹介されるという機会があったせいで、咄嗟の笑顔に慣れている。その慣れている自分たちでさえ、ぎりぎり引きつる笑顔しか浮かべられないのだ。だからこそルックの疲弊が少しずつ蓄積するのを2人だけがひしひしと感じていた。
「休憩でーす」
もはや何度目か数えきれないほどのNGが出て、何度目かの休憩が宣言された。ルックは何も言わずに椅子にかかったタオルを掴むと、更衣室に入ってばったんと激しくドアを閉めた。
休憩に入るたび、ルックはこうして閉じこもる。最初は心配になって2人で様子を見に行ったが、「人が多すぎる。ひとりにして」という言葉の説得力に負けてすごすごと戻ることになった。それでも、休憩が終われば出てきてくれるので、ルックなりに協力はしてくれているのだろう。
閉じられたドアをじっと見つめていたシーナが、スタジオの端の休憩所で水を飲んでいたレイの隣に座った。そしてそっと顔を近付けてくる。
「そもそもの話さ。ルックを笑わせようってほうが無理なんだよな。オレたちでさえたまにしか笑ってもらえないんだぜ。それを他人のために笑ってくださいって……。あいつの性格上、そんな器用なことできないだろ」
「ああ……。だよね。ルックだって別に絶対笑わないわけじゃないのに、苦手なことを押し付けられてるせいか、どんどん固くなっちゃってる。いつもクールだからあの態度でも周りは疑問に思ってないみたいだけど、だいぶ追い詰められてるよね……。僕たちだけだったらもう少し気を抜けるはずなのに、たしかにこの人数に囲まれたらしんどいだろうな」
「……んー。そういう意味じゃ、アイドルなんてマジとことん向いてねえよな。ルックには最も適さない職業だろ。まあ、オレたちだけだったら、そうだろうなあ。一応ちゃんと向き合って話とかもしてくれるし、素で怒られたりするし、……オレたち、やっぱ特別に思われてんのかな。それは嬉しいけども」
「そうだよ。僕たちにはあんなに優しくて、時々笑ってくれる笑顔がすごく穏やかで、……」
はた、とレイが言葉を止めた。シーナが首を傾げて見ると、何かを考えているようだ。上を見て、下を見て、再度正面を見て、それから大きく頷いた。
「それだ」
「? それ、とは」
「他人の前で作り笑顔ができないんだから、無理に笑わせることないんじゃないかってことだよ。自然じゃないってそういうことだろ。僕ら3人、それぞれ個性があるんだから、全員で笑ってなくてもいいじゃん。可愛いルックは僕たちの間だけで十分だよ。クールで突っぱねるキャラ、そのままにしておけばいいんだ」
ぱちくりとシーナは目を瞬かせる。
「……まさかレイがルックのこと可愛いとか言うとは思わなかったけど」
「ルックには言うなよ。僕が言ったってバレると絶対あいつ怒るから。……まあ、僕とルックの間にはあんたみたいな劣情があるわけじゃないんで」
「劣情て」
「僕たちは友達だもん。……でも、客観的に見てもルックは可愛いよね。特に性格が」
顔も可愛いけど、と言いながら、レイはちらりと背後を見た。同じようにルックがいる部屋のほうを眺め、シーナは「ふうん」と呟いた。
「なるほどな。ルック可愛い問題はオレたちの心の中にとりあえず留めとくことにして、オレもレイの案に賛成する。このあとまだジャケット撮影とかいうのもあるんだろ? いつまでも長引かせても時間がもったいないし、そのコンセプトにしてもらおう。それに、ルックの笑顔は万人にはもったいないや。この際だから3人の秘密にしておこ」
「うん。じゃあ僕、ナナミに話してくる。さっさと次に行こう」
レイは意を決したようにがばっと立ち上がると、カメラの後ろでアップルと話しているナナミのほうへと足早に歩いていった。
その背を見送ったシーナは、ひとり残されて首を捻る。レイは先程まで自分たちと同じように億劫がってひどく落ち込んだ様子で撮影に臨んでいたはずだ。そんなレイが自らマネージャに提案を持っていくなんて思いもよらなかった。突然積極的な態度になったレイに、一体どんな心境の変化があったのだろう。
そう思ってレイが飲んでいた水のコップを握った途端、ふと気付く。
「……あ」
シーナの脳裏に、出会った頃のレイの姿が浮かび上がる。
戦争のさなかで出会ったレイは、常にひどく怯えたような顔をしていた。これはのちに聞いた話だが、当時レイはオデッサという女性の跡を継いで解放軍のリーダーになったばかりだったそうだ。しかも自分の意思ではなく、帝国を追われて尋ね人となり、結果的に解放軍に転がり込んだ末の出来事だったというのだ。その引き継ぎも丁寧に行われたのならともかく、前リーダーの突然の死から状況に流されているうちに否応なくその地位に就いたと聞く。つまり、リーダーにと乞われて「はい」と答えたのはレイの意思だが、そうさせたのは周囲の意思だったのだろう。そんなの戸惑って当然だとシーナは思う。
だが、自分の隣で笑う友人となった彼は、次第にその才覚を発揮するようになっていった。仲間を前にしては暖かく接し勇気を鼓舞し、戦に立てば時には冷酷なほど見事な采配を振るった。戦の専門家である軍師と対等に会話し、歴戦の将軍たちに臆することなく彼らと協議し、堂々と自らの言葉で軍を率いていた。裏では自分たちにぽつぽつと不安を零していたのだが、その姿を表で見せることは決してなかった。
「レイってさぁ……。どんな状況に追い込まれた時でも、一度こうするって決めたら、どんなことでも一生懸命にやるタイプだよな……」
視線の先でナナミと話し合うレイに向かってぽつりと話しかける。当然、レイには聞こえていない。
続いてシーナの脳内に現れたのは、このバイオスフィア城に来てから再会したあとのレイだ。他を圧倒するような覇気をまとっていたはずの彼は、静かに微笑む元来の姿に戻っていた。その穏やかでどこか寂しげな姿に、レイは二度と表舞台には立つ気がないのだろうとシーナでさえ思った。それをこの場所に引きずり込んだのは軍主ユウキだった。「お願いします! 僕たちを助けてください!」という必死な願いを何度も繰り返されるうちにレイが折れたのだ。
そうだ。レイはそういう奴だ。たとえそれが騙されているとわかっていても、目の前の誰かが困っていれば、助けるために自ら立ち上がる人だ。女の子にいいところを見せようとノリと勢いで調子よく引き受けたシーナとは覚悟が違うのかもしれない。だから、こんなお遊びのようなふざけた出来事にも、レイは責任を感じてしまうわけだ。ルックだけではない、レイだって本来は目立つことが嫌いなはずなのだ。
「あーあ。オレの惚れた子、めっちゃかっこいいなー」
呟いて、立ち上がる。それから、思い切り腕を振り上げて伸びをした。
「これはオレも頑張るっきゃないか。……そーだよな、好きな子たちをホントに守れるのはオレだけなんだもんな」
そう考えると、わずかばかりやる気になってきたシーナだ。
「それでは撮影再開しまーす」
響き渡る声に、控え室からげんなりした顔のルックが出てくる。シーナがにこやかに手を振ると、はあっと疲れ果てた溜め息だけが返って来た。
そして。
レイの目論見は思いのほか上手くいった。無理に笑顔を作らされなくなったせいか、ルックの表情も先程と比べれば見違えるほど自然だ。レイとシーナもそれにほっとしたのか、肩から力が抜けたように見えた。
おかげで撮影はとんとん拍子で進む。永遠に続くのではないかと思われたほど繰り返されたNGも驚くほど少なくなり、そのほとんどが機材側のトラブルによるもので、3人に起因するものはほぼなくなった。
ルックが首を傾げる。
「なんでだろう。さっきより少しやりやすいような気がするんだけど。休憩時間になにかあった?」
「さ、さあ。なんか方針転換でもしたんじゃね?」
「スタッフの人たちが現場に慣れたのかもしれないね」
なんとなく気恥ずかしくなり、レイはそんな言葉で適当に誤魔化した。まさか「あなたの笑顔を自分たちだけのものにすることにしました」なんて会話をしていたと知れては、ひどく冷たい視線をいただいた挙げ句「レイは人のこと言えるの」程度のことは言われてしまいそうだからだ。
シーナのほうも、あまり可愛い可愛い言うと機嫌を損ねてしまうことを学習している。それでも事実だし伝えたいしでやめるつもりはないのだが、今それを言って本格的にルックを怒らせ、自室に戻られでもしてしまったら大変だ。
「……何か怪しくない?」
じいっとルックがレイとシーナの顔を順に覗き込む。思わず目をそらしてしまった2人に、ルックはますます怪訝そうだ。
「お疲れ様ーっ!」
そこに元気なナナミの声が響く。レイはほっと息を吐いて「うん」と軽く手を挙げた。彼女の乱入に助かったと思ったのは初めてではないだろうか。ナナミはぱちんとウィンクすると、ぐっと親指を立てて見せた。
「すごいね。上手くいったんじゃない?」
何が、とは言わない。先程の提案がレイの発案であるということを黙っていてほしいと頼んだのだが、きちんと受け止めてくれたようだ。一応まったく話を聞かないということではないらしい。
「うん。撮影しやすいようにだいぶ気を遣ってもらったよね。ありがとう」
「なんてことないよー。おかげでこっちもいいものが撮れたって。あ、今のでOK出たよ!」
「そっかー。よかった。んで、次はなんだ? ジャケットとかいうの撮るんだろ」
「そう! だけど、3人とも疲れたでしょ。休憩室を用意したから、そっちに移動してちょっと休んでて」
なるほど、この草原の風景とは別の場所になるのか。他のスタジオを用意しているということならば、やはりかなり大がかりだ。とはいえ、撮影の合間といった緊張感のある休憩ではなく、本当の休憩時間が設けられることはありがたい。
「助かるよ。……ちょっと甘いものとか用意してもらえる?」
「もちろん、すぐに手配するね。あ、時間も気にしなくていいから。たぶん最初は時間かかるだろうって元から余裕持ったスケジュールにしてあったんだ。有能マネージャなナナミちゃんを甘く見ちゃだめだよ!」
元気のいいピースサインが繰り出される。アイドルのマネージャというものがどういうものかは未だによくわからないが、こうして滞りなく予定がこなされていくということは、意外と「有能」という評価は合っているのかもしれない。
そうして3人が案内されたのは、木漏れ日が窓から入る暖かそうな部屋……を模したセットがあるスタジオだ。そのこまごました内装の間を数多くのスタッフが走り回っている。日差しは当然天井からつり下がったライトによる作り物なのだが、窓を介することで本物の太陽があるように見えた。そのせいか、先程の部屋よりも室温が高いように感じる。
3人はさらに奥に連れて行かれる。カメラが並んだ奥にはやはり先程のスタジオと同じように小部屋があり、そこが控え室となっていた。小部屋のセッティングをしていたスタッフが会釈をして出ていって3人きりになると、レイが大きく息を吐いた。
「すごいね、今通って来たスタジオ。まるで令嬢のための部屋みたいだった」
「ああ、わかる。全体的に優雅なのに調度品が可愛らしくて、壁紙は高貴な女性が好みそうな感じだもんな。そういや昔オレが転がり」
「「なに?」」
「いえなんでもないです」
テーブルの上には、水差しが2つと可愛らしい焼き菓子が詰め込まれたバスケットが置かれている。レイのリクエストが通ったのだろう。真っ先に手を伸ばしたのはシーナだ。黄金色をした菓子を手に取って口に放り込む。
「ん、んん~。疲れてるからかな、甘いのが脳に染み渡るぅ」
「行儀悪いな、立ったままなんて」
「まあいいじゃない。ルック、こっち冷たいお茶みたい。飲む?」
「はあ……。ありがとう」
「むぐぐ、オレもオレも!」
とりあえず3人とも、体が乾ききっていた。常に照明が煌々と輝いているスタジオではどうしても室温が上がる。こまめに水分を摂るようにはしていたが、最後の長回しの撮影で体内の水分が蒸発してしまったような気がする。
「うー、水分ありがてぇ。でもさー、オレたちは割と立ちっぱなしだったけど、スタッフの人たちは走り回ってるわけじゃん? あっちのほうが大変なのかなーって思いながら見てた」
「あっちはあっちで大変だろうけど、こっちもこっちで精神削られてるんだから、どっちがどうとは言えないんじゃないの。まあ、僕としてはどっちもお断りだったんだけどね」
「あー……どの職業もみんな大変だよねってことで」
顔を見合わせたレイとルックは、深く溜め息をつく。
これはつけあがらせるだけだから口にするまいと思っているのだが、レイとルックの心の内には「シーナはアイドルに向いてる気がする」という言葉があった。華やかなルックスと人懐こい性格は、大勢に受け入れられる可能性がある。が、女性に手が早いという点では圧倒的に向いていない。そもそも向いていない自分たちも含め、全員アウトだろう。
「……ともかく、僕ももうちょっと体力つけよう。倒れたら元も子もないや」
「レイがそうなら、僕なんかさらに必要なんだろうね……」
「言っても、オレも体力自慢ってわけじゃないからなー。ってことはそもそも体力使わせる設定が間違ってるんじゃ……」
「そうだよね……。歌はともかく、ダンスって別に絶対必要ってわけでもないだろ、って思うんだよなあ……」
「彼らが持ってる“アイドル”のイメージが貧困なんだよ」
ルックが吐き捨てた言葉に、2人は深く頷いた。今度の溜め息は、きっちり3人分だ。
目覚めて窓際に立ったレイは、差し込む朝日を浴びて思い切り背を伸ばした。昨日もさんざん忙しかったが、朝一番の日差しを浴びると気分が一新される。夕方や夜の雰囲気も悪くないが、何もかもが生まれ変わったような朝の景色が一番好きだった。やはり、本物の太陽は気持ちがいい。
だが、ひたりと背筋に付きまとう違和感がある。おそらく、あれのせいだ。「初めての」と告げたカミュの細めた目が脳裏から離れない。良い気分に水を差すような悪い予感が、今日も気を抜くなと耳元で囁いてくるようだ。
きちんと着替えて一呼吸置いてから、個人の部屋を出る。3人の共用スペースとして整えられた部屋のダイニングテーブルには、既にルックが座って分厚い本を読んでいた。
「おはよう」
「おはよう。レイは今日も早いね」
「それはルックのほうでしょ。僕が先に部屋を出てることなんてめったにないじゃないか」
「レックナート様と暮らしていればこの時間は当然だよ。掃除があるし」
「あー……」
「まあね、今の暮らしではこの時間が一番落ち着いて本が読めるっていう利点もあるんだけど」
なるほど、とレイは頷く。この部屋を出てしまえば1日バタバタしてしまい、戻ってきたら体力も精神力も使い果たしている。
レイがテーブルに着くと、入れ替わるようにルックが立ち上がる。
「ちょうど今、紅茶を蒸らしてたところなんだ。レイも飲む?」
「うん。……あ、僕がやるよ」
「いいから座ってて。そんな手間のかかることをするわけじゃないんだからさ」
「じゃあ、お願いします」
ふっと笑ったルックは、そのまま小さなキッチンに入り、慣れた手つきで紅茶をカップに注いだ。その仕草には、嫌々作業をしているような様子はない。
撮影時にシーナと交わした会話がふとレイの頭の中に流れてきた。「自分たちは特別」という言葉。今まではさほど意識してこなかったのだが、冷静に見ればたしかにルックの態度は自分たちに向けるものとそれ以外に対するものでは違うのかもしれない。少なくとも進んで人の世話をするようなタイプではないから、他人相手でこんなふうに紅茶を運んでくれることなんてないだろう。そういえば出会った頃は何か頼みごとをしてもけんもほろろに断られていたのだ。ずいぶん仲良くなったなと思うと、なんとも嬉しい気分になる。
「? なんだよ。僕の顔になにかついてる?」
「えっ。あー、いや。朝のこの時間が一番落ち着くってルックのセリフ、確かにその通りだなあって思ってたんだ。なかなか紅茶をゆっくり味わう時間なんかないもんね」
「そうなんだよね。いつ終わるのかな、この生活。……はあ」
溜め息をつきながらルックがレイの目の前にカップを置いた。とたんに甘い香りがする。おやと思って口をつければ、レイ好みの味が体にふんわりと広がっていく。
「……わ。これ、花の蜜が入ってる?」
「レイ、それ好きだろ。この前レイ宛に保護者から送られてきた荷物に入ってたんだ。ろくに中身を確認しないで広げたままだったから、勝手に使わせてもらったよ。朝の糖分は必要だからね」
「この味久し振りだぁ。嬉しいな。ありがとう」
礼を述べると、ルックは「ん」と呟いてそっぽを向いた。覗き込めば、どうやら照れているらしい。しかし、そのほんのわずかな表情の違いは、自分たち以外に言わせると「わからない」「どう違うの?」らしいのだ。こんなにもわかりやすくて、こんなにも優しいのに。
「ああそうだ、レイ。今朝、こんな手紙が入ってたよ」
「手紙?」
ルックはわずかに朱を帯びた頬を誤魔化すように、テーブルの上に置いてあった白い封筒をレイの前に滑らせた。封のされていないその中身は、開けて見ると同じ色の便せんだ。なにやら食事についての案内らしい。
「……へー。今後は前日に翌日1日分の食べたいメニューを選んで注文しておけるんだ。しかも直前の変更も承ります、か。ずっと差し入れみたいな形で用意されるものを食べてたから、選べるのは嬉しいな」
「絶対に僕たちを外に出すつもりがないっていう意思表示にも見えるけど」
「うぐっ」
普通に考えれば、そういう体制が整ったと考えることも出来る。だが、ルックの言う通りなのかもしれないと思ってしまうのは仕方のないことだろう。
ひとつ大きく息を吐いて、ルックはカップに口をつけた。
「まあ、あの反応に困る食事から解放されることを考えればありがたいのかもね」
「あ。あー、あれ……あはは」
ルックが何を言おうとしているのかすぐに気付いたレイは、言葉を濁す。
適度な時間に食事を準備して、席に着いた途端に料理が提供されるという点についてはありがたいと思っている。だが、時折そこに挟まれるマネージャによる善意の差し入れが少々言葉にしがたいのだ。気持ちはありがたい。気持ちだけは。
ナナミの味覚は、どうやら若干特殊らしい。長年一緒に暮らしているユウキは平然と、しかも美味しそうに食べているが、3人の食の文化圏とはどうも合わないのだ。舌が肥えていて味の違いに敏感なくせに女の子の手料理とあらばどんな失敗作でも言葉を尽くして褒めちぎったりするシーナでさえ、ナナミの料理を口にした時には褒める言葉の語尾が酷く弱くなっていた。
レイはぽんと手を叩く。
「そうだ。どうせ閉じ込められてるんだし、たまにはルックの手料理が食べたい」
「ええ?」
「だってルック、料理上手じゃん」
「……はあ。体力が残ってる日があったらね」
「それかー」
実はルックの料理の腕は相当高い。レックナートとの暮らしの中でずいぶんと鍛えられたのだという。解放戦争の頃、3人きりの時に口にする機会があって知ったのだが、ルックはそれをひた隠しにしている。どうやら料理上手のイメージで見られることをかなり嫌っているらしい。
「ルックが料理勝負の審判の時にやたら低得点出すのって、自分の料理のほうが美味しかったりするから……なんて言えないよね」
「それもあるけど、レックナート様のダメ出しが脳内に蘇ってげんなりしてるとね……。料理の味がわかんなくなる」
「ああ……」
「しかも、下手にバレて食料班に配属されて厨房で汗かくようなことになったら最悪だろ」
「さすがにそれはないと思うけど……思う……けど」
レイは腕を組んで天井を見つめた。ありえないことだと思うが、こうして意味の分からない「アイドル」に配属されてしまった今、何が起きても不思議ではないのだ。
「……まあ、レイとシーナ相手にだったら考えてやらなくもない」
「それは、この意味のわかんない日々の中で唯一の希望だね」
「大げさすぎる」
そこに、最後まで開かなかった最後の個室のドアが開く。
「ふぁー。おっはよぉ~」
すっかり気の抜けた声に、思わず2人は小さく笑いを零した。
事務所で3人とナナミが顔を突き合わせて打ち合わせをしていると、ぱたぱたと軽やかな足音を立ててアップルが戻って来た。なにやら大きな紙を丸めたような筒や重たそうな紙束を抱えている。
「お待たせしました」
アップルが跳ねた息を整えながらにっこり笑う。ナナミは弾かれたように立ち上がった。
「あ、刷り上がったんだ!」
「はい。いい出来ですよ。向こうのスタッフの皆さんにも好評でした」
「どれどれ。わー、いいじゃんいいじゃん!」
3人は盛り上がる2人をきょとんと見上げる。せめてこちらにも説明してくれ、と思っていると、アップルが紙束の一番上に載った書類を1枚ナナミに渡した。
「それと、こちらの認可も下りましたので」
「わー、ありがと。さすがアップルちゃん、仕事が速いね!」
そこまで会話が進んだところで、ようやく3人を置き去りにしているのに気付いたらしい。ナナミは書類を持ったままの手を腰に当て、残る手を勢いよく振り上げた。
「みなさんにお知らせがありまーす。この事務所の立場がちょっと変わることになりました!」
はっとしてシーナがレイとルックの顔を見る。2人もピンと来たらしい。聞かなかったことにした言葉が、とうとう正式に発表される段階になったようだ。
そんな3人の様子は気にも留めず、ナナミは嬉しそうに持っていた紙に目をやる。
「この事務所ってそんなに大きくないでしょ。このままだと規模が大きくなって何か問題が起きた時に対処しきれなくなるかもねって話してたの。だから、ひとつ大きな会社を作って、そこの付属の事務所って扱いにすることにしたんだ」
「ああ、そう……」
なんとなくわかっていたので、3人の反応は薄い。が、やはりそれもスルーされる。
「ってなると、個別の名前も必要になってくるんだよね。というわけで、事務所の名前は『プロジェクト・アトリ』に決まりました~。これは事務所のロゴだよ!」
元気よくナナミが持っていた紙を掲げる。そこには、なにやら記号のような模様が描かれていた。相変わらず自分たちの意思は反映されないようだ。まあ、反映したいほどの意思もないのだが。
「というわけで、事務所所長は変わらずシュウさん。スタッフはアップルちゃんと私。それでもって、新しく設立する会社の社長にユウキが就任することになりました~!」
何度でも言うが。ここは戦争中で、それをまとめ上げる軍主がユウキだ。その彼が、会社社長。
そこに事務所の奥にいたユウキが元気よく駆け寄ってきた。そしてナナミの隣でぴしっと両腕を頭上で大きく広げるポーズをとる。
「ご紹介にあずかりました! みなさんの所属する事務所などを一括して管理することになります! 『スフィア=レーベル』社長のユウキです! よろしくお願いしまぁす!」
なるほど、城の名前であるバイオスフィア城から取ったのか……しかも一括して管理ってことは複数事務所が存在することになる、つまり自分たち以外にもやっぱり犠牲者が出るらしい……もうどうでもいいや……。
などと3人が思っていると、アップルがにこやかな表情を崩さず、すすすっと近寄って来た。
「気が利かずに申し訳ありません。みなさんも見たいですよね、出来上がったポスター!」
そうして持っていたものをすべてテーブルの上に置き、大きな筒だけを再び持つ。そして、恐れおののく3人の目の前に、それは容赦なく広げられたのだった。レイは、ふっと意識が遠のくのを感じる。
全面に広がる、風そよぐ緑の草原。中央に立つのは、優しげな微笑みを浮かべるレイだ。向かって右側にはやんちゃな笑顔のシーナが立ち、そして左側のルックは凜とした表情で、それぞれこちらを見つめている。
「あっ! みんなも見た!? いいでしょ、それ! すっごく、すーっっごく綺麗に撮れてるよね!」
「これは爆売れ間違いないですね」
「でっしょー!? ほら見て! この超絶美少年! そしてこっちの美青年! それからこっちも美青年! うーん、そんなにメイクしてないのに、全然見劣りしないよね、むしろ美しい!」
「やっぱり自然派っていうのがみなさんに合ってましたよね~」
「これ、早速あちこちに貼るからね! シングル出したらすぐにイベントもあるし! さーあ、これから忙しくなるぞー!」
ルックがすっと目をそらし、レイは頭を抱え込む。
だがシーナはどうやらポスターに映るレイとルックの姿に見惚れているようだ。じいっとそれを見つめていたかと思うと、2人の袖を小さく引いた。
「……なに」
「たぶんだけど、もうこんなになっちゃったからにはやるしかないってちょっと思ってるでしょ」
レイとルックは顔を見合わせる。今までは何の形もなかったものが、こうして刷り物として出来上がってしまった。しかも、本当に自分たちの受難だけでは済まず、城をあげての大騒動に発展してきたのだから、簡単に逃げるとも言いだせない。責任が重すぎる。2人は大きなため息を吐いた。
「……少しだけ、ね」
「……うー……なんか僕、今更ながら損な性格してる気がしてきた……」
デビューまで、あとわずか。改めて自分たちの前途多難を予感する3人だ。
だが、そんな開き直りを後悔するのは、割とすぐのことだったりする。
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