アトリ~魔のデビューイベント~
我らがスフィア=レーベルより本日付でデビューいたします、「アトリビュート」です!
皆様、今後とも応援・ご支援よろしくお願いいたします!
…というわけで、レイ、ルック、シーナの3人がアイドルとしてデビューする日がようやくやって参りました。
今回はデビューイベントの様子をお届けします。
機材やらグッズやらイベントホールやら…ますます「どういう仕組みだよ」になってまいりました。
遠慮なくツッコミながらご覧いただけますと嬉しいです(笑)!
(2002/12/5初公開:ほぼ全部書き直し)
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木枯らしが吹き始めた冬のある日。スフィア=レーベル社長室には、社長を筆頭にプロジェクト・アトリ事務所所長兼スフィア=レーベル副社長兼同相談役、スフィア=レーベル経理兼事務員、そしてアトリビュートマネージャの4人が揃って顔を突き合わせていた。……なんてことはない、ユウキの自室に首謀者一同が集まっているだけである。
変なこだわりでもあるのか、真っ昼間でありながら部屋は相変わらず薄暗い。どす黒いオーラのような怪しい雰囲気が漂う部屋の中には、蝋燭1本の明かりしかなかった。彼らが囲むテーブルの上には、リッチモンドが集めてきた情報を記した書類がある。蝋燭の揺れる光に照らされた数字を眺めた彼らは、目を上げてお互いに目線を絡める。
「……なるほど。こうもはっきり数字に表れるとはな」
まず口を開いたのは副社長だ。
「さすがですね、兄さん」
事務員が目を輝かせて両手をぐっと握る。
「まさかこんなに早く結果が出るとは思ってませんでした!」
社長がにこにこ頷きながら同意する。
「だよね! まさかデビューもしてないのに、発売前のデビューシングルがワールドオリジナルミュージックチャート初登場1位決定だもんね!」
マネージャが両手を掲げて勝利のポーズをとる。
どこから噂が広まったのか、プロジェクト・アトリには公式発表前から新人アイドルグループに対する問い合わせが関係者だけでなく一般客からも相次いでいた。そうして正式にアトリビュートのデビューが発表され、ビジュアルポスターが各地のミュージックショップに貼られると、予約が想定以上に殺到したのだった。
それにしても、この数字には驚かされる。当然ある程度の収益を見込んで立ち上げた事業ではあったが、こんな短期間でここまでの結果を出せるとは思ってもいなかった。しかしよく考えてみれば、戦争のさなかであり諍いがあちこちで発生し街を出ればよくわからない化け物が襲ってくるような世の中なのだ。ともすれば暗く沈みがちな生活の中で人々は娯楽に飢えているといっても過言ではない。これは、まだイケる。4人は再び目を合わせると、深く頷きあった。
当初は歌とダンスといった基本的な練習が毎日続いていたが、アーティスト写真の撮影を終えてからは本格的に歌の録音が始まった。長く理不尽な流れに身を任せざるを得なかった3人は、途中から目の前にある「機材」などと呼ばれるものの正体やからくりについて疑問を抱くことをやめていた。考えたところで意味はないとわかったからだ。楽隊はいなくとも頭に被る耳当てのような半球状の物体から音楽は流れてくるし、丸い網の向こうにある黒い棒に向かって歌えば自分の声は取り込まれる。そういうものなのだ。
やることが物理的に増えた分、当然ながらスケジュールはますます過密になっていく。1週間分かと思いきや1日分、という予定表を見た時には、さすがに殺す気かと抗議を試みた。しかしマネージャは変わらぬ笑顔で一言。
「やだなあ、デビューしてからのほうがもっと忙しいよ~」
そんな答えが欲しかったわけではない。少し加減しろと訴えているのだ。が、これ以上忙しくなると聞いた時点で、言い返す気力をなくしてしまった。
今日も今日とて、朝から歌ったり踊ったり。いい加減どうにかしてくれ、と突然叫び出したとしてもおかしくない心理状況だ。
「あー……終わったぁ……」
個人レッスンを終え部屋に戻って来たレイは、そう呟くなりソファの座面に崩れ落ちた。先にソファに座っていたルックの体がその勢いでぴょんと跳ねる。
「……お疲れ様」
弾き飛ばされるような格好になったことに対してまったく文句を言わず、それどころか心底同情をしている声色の言葉がルックから出てきたのに驚く。が、それだけルック自身も疲弊しているのだろう。レイはなんとか笑顔を作ると、ひらひら力なく手を振った。
「ありがとー……本音で言われる労わりの言葉が心と体に染み渡るよ……。分かり合える仲間がいてくれることが唯一の救いです……。ルックも本当にお疲れ様……」
ルックは手に持っていたカップをテーブルの上に置いて腕を組む。そしてちらりとレイの横顔を見てから、諦めたような不満があるような複雑な表情で置いたカップをじっと見つめた。
「お互いに苦労が絶えないね。とはいえ、僕にはレイがやらされてるようなアクロバットの練習はないから、ちょっとマシなんだよ。体力の限界は超えてるけど。倒れないでいるのは、もはやただの意地だね」
「意地、かぁ……。たしかに、そうだね。倒れたらあの首脳陣に負けるような感じがしちゃってるかも。……ああ、考えれば考えるほど、この状況であの人たちに負けるのってすっごく悔しい。もしかしてそのせいで頑張っちゃってるってこと? うーん、僕ってけっこう負けず嫌いだったのかなー……」
レイは語尾を弱め、天井を見上げる。だいぶ弱っているようだとルックは小さく息を吐いた。そもそもは隊列を組んで歌うだけの構成だったはずなのだが、派手な動きが欲しいという演出家の意向により急遽バク転を取り入れることになった。問題は誰がそれをやるかだが、元の身体能力と軽い練習の結果、デビューまでに何とか形になりそうなのがレイだけだということで、レイがその役を担うことになったのだった。それを少々申し訳ないと思うルックだが、どう頑張っても替わってやることは出来ない。
疲弊の色を隠さないレイの膝を、ルックがぽんと叩く。
「とりあえずお茶でもいれようか」
「あ、自分でやるから大丈夫。今ちょっと横になったらなんとか動けるくらいには回復した。……っていうか、シーナは?」
余計な茶々が入らないことにようやく気付いたレイが、きょろきょろと部屋の中を見渡す。存在自体が賑やかなその姿はどこにもない。3人の共用スペースであるこの部屋はさほど広くないので、帰ってきていないことは一目瞭然だ。個人部屋に閉じこもっている可能性もあると思ったが、一瞬でその考えを振り払う。共用部に誰もいないならともかく、ルックがいてシーナが引きこもることはまずないだろう。
ルックはわずかに眉を顰め、レイのほうを向くように首を傾げた。
「まだ戻ってないみたい。僕が一番先だったよ。まだ練習してるんじゃないの。……ところで不思議なんだけど、あいつ、なんだか急にやる気だしたように見えるんだよね。レイは何か事情を知ってる?」
「あ、あぁ」
ぎくりと肩を震わせ、レイは壁の絵に目をやりながら誤魔化すように曖昧に頷いた。先日の撮影の際、レイとシーナはルックが苦手としている部分を自分たちでカバーしようと話し合った。それをルックに悟られると、かえって機嫌を損ねてしまいそうなので、ルックには黙っていようと2人で決めたのだった。あの約束がシーナにとって起爆剤になったのだと思う。おそらく「オレがルックのために!」みたいな変な使命感に駆られているのだろう。
実はレイにも似たような思いがあった。思い出すたび身の毛がよだつ「アイドルになっていただきます」から早数か月。今でもまったく意味が分からないし、文句も不満も異論も反論も山ほどある。そりゃもう掃いて捨てるほどある。だが、凶悪な首謀者と強大な保護者が背後にいる以上、退路は断たれたと言っても過言ではない。ならば、せめて同時に巻き込まれたルックとシーナを出来るだけ自分の力で守ろうと決めた。それはかつて彼らを率いたリーダーとしての責務であるし、同時に友人に対する思いでもある。そう考えると、少し気持ちが楽になるということに気付いたのだ。
「ええと。きっと、完全に諦めがついたのかもね。や、ほら、でも、物事を前向きに捉えられるのは、シーナらしくていいんじゃない?」
「普段だったらそうだろうけど、今回の事情はだいぶ特殊じゃないか。この条件下で突然あいつの素直さが出てきたのがおかしく見えるんだよ」
「それは、たしかにそう。最初は結構消極的だったもんね」
今度は素直に頷きながら、レイはふと思う。レイとルックがものすごく嫌がったからシーナも反対していたのではないか。彼なりに自分たちを守ろうとしてくれたのかもしれない。そう考えるのは買いかぶりすぎだろうか。……いや、それではこちらに都合が悪い。2人がかりで受け取りを拒否している「シーナの愛情」に助けられていることになるからだ。どちらかといえば、あの時に言っていた「自由時間が無くなる」、すなわち女の子と好き勝手に遊べなくなるというほうが本音だろう。そうであってほしい。
そこにタイミングよく、がちゃがちゃと鍵の開く音がした。
「ただーいまぁ……」
いつもならば明るく駆けこんでくるはずのシーナは、よたよたと足元もおぼつかない様子でソファまで歩いてくると、2人がそこに座っているのを確認して飛び込んだ。当然レイとルックは左右にさっと避ける。
「あっ。逃げられた。2人とも疲れてるからきっと動けないと思ったのに~」
「おかげさまでそれくらいの体力は残っておりますので。ちょうど今シーナの話をしていたところなんだよ」
「……えー? オレのぉ~? 2人でぇ~?」
途端に元気よく起き上がり、にやにやしながら体をくねらせる。レイは「あ、言い方失敗した」と後悔する。レイは何も間違ったことを言ってはいないのだが、シーナの妙なポジティブシンキングは別の意味に変換してしまったらしい。
「何を考えたか知りたくもないけど、普通におまえの戻りが遅いなって話をしてたんだよ!」
ぺち、とシーナの額を軽く叩くが、デレデレした顔は変わらない。
「それって心配してくれてたってことでしょ。好きな子に心配されるのは、やっぱ嬉しいって。えっへへ。いやオレもね、2人の顔見たいから早く帰りたい気持ちはめちゃくちゃあったんだけどさ。でもやっぱ出来るに越したことはないし、お願いしてアクションのトレーニングも追加してもらった。オレも出来れば少しはレイの負担も減るでしょ」
ぴっとレイは背中を伸ばした。シーナはそれに気付かず、不思議そうに首を傾げる。
「っていうかさあ、アクションは自分から言ったことだから長く拘束されるのは当然だとしても、なんかオレ、2人に比べて歌唱レッスンが長い気がしない? 気のせい?」
「それは、ほら。すごく期待されてるんだと思うよ」
「えー。それだったら嬉しいけど~。……いやでも時間がかかるんだから嬉しいで合ってるかな? うーん、けど褒められるのは嫌な気はしないか」
ルックがはあっと息を吐いて、ソファの肘置きにもたれる。
「どうでもいいけど、着替えてきたら。暑苦しい汗の気配がして鬱陶しいんだけど」
「あっ、もしかして風邪ひいちゃうかもって心配してくれてるんだ? ルックってば、優しい~」
「そこでぐだぐだしてんのが邪魔なだけ。ほら、さっさと行きなよ」
「も~、ルックの照れ屋さーん」
「しっしっ」
追い払われたシーナは、それでもどこか嬉しそうにソファから立ち上がると、足取り軽く自室に入っていった。
その背中を眺めて吐いた息が、ぴったりと重なる。
「……何がどうとは言わないんだけど、ホント、ああいうとこなんだよなぁ」
レイがぼやく。アクションを引き受けることに対して、シーナはそこまで深く考えていないはずだ。ちょっとはレイの役に立つかな、と軽く考えたのだと思う。だがそれが、レイに重くのしかかっていた責任感をわずかに軽くする。それをさりげなくやってしまうのがシーナなのだ。
「歌唱レッスンが長いって……レイの言う通り、こいつは使えるって思われちゃってるんじゃないの」
ルックが溜め息をつく。なんだかんだ言ってはいるが、シーナは歌の練習が一番楽しそうだった。楽曲のテイストとシーナの声が合うというのも大きいだろうが、明るく張りがあって伸びやかな歌声は、たしかに素人にしておくにはもったいないレベルかもしれない。
「ああ、うん、歌ね。うん、そう、上手だと僕も思う」
「今まで聞いたことがあるのって適当な鼻歌だけだったから、全然そんな感じしなかったのに。ちゃんと歌うと不本意ながらしっかり聞けるのって意外だったな」
「鼻歌? なんだっけ、僕とルックを称える歌だっけ。……あれはなぁ……」
お互い歯切れの悪い会話をしていることが気まずくなったのか、レイとルックは顔を見合わせて黙り込んだ。
「……お茶、お茶」
耐えきれなくなったのはレイだ。ふらっとキッチンに向かうと、ピッチャーに準備されていた作り置きの茶をコップに入れる。とりあえずその冷たい1杯を飲み干すと、ぐちゃぐちゃになった脳内が少しばかり落ち着いた気がする。
敢えて2人が話題から外したのは、まさしくその「歌」についてだ。ソロはいい。なんか上手だなあとぼんやり聞き流せばいいからだ。だが声を合わせると、体にびりびりとした妙な感覚が走る。ぞくぞくしてくすぐったい感じが頭の上と腰のあたりから発生して、ぞわぞわと体を包み込む。2人には、その正体から絶対に目を逸らすんだという強い意思がある。そのため、いつか慣れる、そのうち慣れると自分に言い聞かせて何度も声を合わせてきたが、慣れる気配は今のところまったくない。
つまりは、あの状態をいつまでも持続しなければならないということだ。しかも至近距離で聞かなければならない。さらに言えば、そんな心の内を誰にも悟られてはいけないわけで。
「……あー……このお茶美味しいね……」
「せめて嗜好品くらいは好き勝手したいから、取り寄せてもらった」
「え、ルックが? ありがとう」
礼を言うために振り返ったレイは、ルックが遠い目をしていることに気が付いた。その目の先には、日付が順々に赤い×印で消されていくカレンダーがある。視線の意味を瞬時に理解したレイが頭を抱えたタイミングで、シーナが部屋から飛び出してきた。
その×印は数か月前から刻まれるようになったが、日を追うごとに雑さが増していた。最初の日は物差しでも当てたようなまっすぐで細い線だった。それが今では何度も往復するぐちゃぐちゃの線がかろうじて×の形になっている。
「……リアルだなー……」
無表情のレイがぐりぐりとペンを走らせるのを窓際から眺めながら、シーナがぽつりとつぶやいた。
「マークが? それとも“明日”っていう日が?」
振り返らずに問いかけるレイの背中に向けて、両方、という声が重なる。
動き続けるペンの隣にある枠には、日付を上書きするように大きく簡略化された頭蓋骨と交差する骨のイラストが描かれていた。いわゆるドクロマークというやつだ。ドア1枚隔てた事務所に掲げられたカレンダーには同じ日に花丸がついていることを考えると、そのテンションの差はえげつない。
「…………明日……かぁ……」
「練習に明け暮れてるときは永遠に来ないんじゃないかと思ってたけどな。……来るんだなあ」
明日、3人は「デビュー」する。
日付自体はマネージャであるナナミから聞いていた。その時点では数か月の時間があったので、まだまだ先のことだと思っていたのだ。まさかあまりの忙しさにばたばたともがいているうちに過ぎ去ってしまうほどの時間でしかないとは思わなかった。
ルックがソファの背もたれに体を預けて溜め息をつく。
「むしろ今日も練習入れてもらったほうが、余計なこと考えなくてよかったかもね」
「ああ……それはそう」
さすがに前日は休んで明日からの英気を養ってほしい、などと言われて今日は朝から1日自由時間を与えられていた。だが、既にポスターが出回って顔が知られている3人が外に出るのはまずいだろうということで、結局部屋の中でおとなしくしていろということになった。そのせいで、こうして3人でひたすらボヤいているというひどく生産性のない1日になってしまっている。
そもそも自分たちは比較的目立つ存在で、今更顔を知られたからどうということはないはずなのに、とレイは首を捻った。
シーナは窓の外を眺める。中庭の上には穏やかな空が広がっていた。が、壁に囲まれてどうにも閉塞感がある。
「なんかさぁ……聞いた?」
「なにを?」
「明日のデビューイベントってやつ、申し込みが全3回分満員御礼ぎっちぎちだってさ」
「えっ」
ルックが思わず立ち上がり、レイがくるりと振り返る。
「……たしか、デビューシングルを予約すると貰える応募券が必要なやつだよね?」
「3回? 2回とか言ってなかったっけ」
「あっはっは。……笑うしかないよなぁ」
「笑えないけど」
そんなことはまるきり聞いていなかったレイは、一度頭を抱えると、ずかずか窓際まで歩いていくとシーナの襟元を軽く引いた。そしてそのまま、同じく初耳だったらしいルックのもとへと引っ張っていく。我ながら失礼な態度かと反省しかけたレイだが、シーナは構ってもらえたことが嬉しいのかにやにやしているので、あえて反応しないことにした。
「で」
ルックの隣に座り、反対側にシーナを座らせたレイが腕を組んで難しい顔をする。
「何を聞いてきたって?」
あまり聞きたくもないが、耳に挟んでしまった以上有耶無耶にするのも非常に気持ちが悪い。ええと、と呟いて、シーナも真似るように腕を組む。
「いやー、その……オレもついさっき、事務所のほうにおやつ漁りに行ったときにちらっと聞いたんだけどね。あー、ほら、そのデビューシングルとやらがさあ、なんか、発売する前から予約殺到で、当初予定の枚数がなくなっちゃったから急遽追加で発注かけてるーとか言ってたじゃん」
「それは……あー……はい……。聞きましたね……」
「うん。んで初回限定って銘打ってなかったから、併せて応募券も増やしたんだって。一応そこには抽選で当たったら参加できますって書いてはいたけど、たかが名もなき新人のイベントじゃん? そんだけ応募券ばらまいたところで、多くても2回分埋まるか埋まらないくらいの数しか応募は来ないだろうって算段してたんだってさ。ところがどっこい、ふたを開けてみたらほとんどの人が申し込んだんじゃない? ってくらいの反応があり」
「はあ」
「結果、2回分なんて余裕でオーバーしちゃって、やむを得ず3回に増やしたんだそうな。それでも落選した人も多かったらしいよ」
レイがぺしょりとソファに倒れ込む。
「……弱音吐きます」
「どうぞ」
許可は2人から同時に下りた。ありがたく受け止め、レイは襟を両手で整え背筋をすっと伸ばしてからひとつ大きく息を吐く。
「ありがとうございます。……わたくしレイ・マクドールは、幼い頃から人前に出る訓練をつけていただいておりました。その成果として大勢の前での演説をそれっぽく見せることが出来ていたと思います。厳しい意見も当然ありましたが、それを受け止め、自分なりに精一杯務めたと自負しております。……でも! そもそも! 僕は人の前に立つとか好きじゃないし! 人のいない静かなとこで釣りしたり本読んだりしてるほうがずーっと好きだし! リーダーの器とかじゃないんです!」
それに負けないくらいの大きな溜め息をついて、ルックがひらりと手を挙げる。
「続きまして、僕からは文句を」
「どうぞ」
「騒がしいのが嫌いだってわかってる僕を目立つ場所に引きずり出して、いったい何のつもりか本当にわかりません。体力がないのもわかってるはずなのに、どういう根拠があって僕が選ばれたんですか? ……いや本当になんでだよ。他に適性のありそうな奴はいっぱいいると思うんだけど。この際だから明日のこともついでに言うけど、予定が変わったんであればもっと早めに通達してもいいはずじゃないか」
「その通り」
「ごもっとも」
うんうんと頷き、レイとシーナは静かな拍手を送る。ただ問題は、それを聞き入れてもらうべき相手がこの場所にはいないことだ。
もちろん、何度も訴えはした。文句や不満を包み隠さず話したつもりだ。が、常にのらりくらりと躱され、丸め込まれてしまっていた。多くの人間をまとめる軍の上層部というだけあって、そのあたりが上手すぎる。レイやルックも同等の立場で話は出来るのだが、ユウキの泣き落としが最終的に強すぎるのだ。思わず同情してしまい、真面目に取り組んでしまったことがおそらく一番の敗因なのだと今ならば理解ができる。
レイとルックががっくり肩を落とす。さすがになにかフォローをしなければと思ったのか、シーナはあわあわと腕を動かした。
「えーと。えーと。あっ、明日の件! 結構前に決まってたらしいんだけど、それについてはなんか普通に伝達ミスらしいよ。スタッフサイドからは伝えたつもりでいたんだって。さっき話してくれたアップルも知ってる前提で話しててさ~。知らないって言ったらアップルもめちゃくちゃびっくりしてた。改めてスタッフのほうからあとで話すつもりだけど、2人にもまずごめんなさいだって」
「……ふーん」
一層レイは顔をしかめる。シーナの気持ちは伝わったので反論するつもりはないが、いまいち釈然としない。第一、シーナはフォローする側でもないはずだ。
ぴくりと眉を動かしたルックが大仰に足を組む。
「ねえ。真の黒幕って彼女じゃないの」
「え?」
「だって、軍の中から適当に3人選んで僕たちが選ばれることなんて普通に考えたらないだろ。最初からセットで罠にはめられたんだよ。で、首謀者4人のうち、そもそも僕たちが仲良……交流があったのを知ってるのはアップルだけじゃないか」
「ああ……」
頷いたレイには、心当たりがないわけではない。レイがリーダーとして軍を率いていた頃、アップルは恩師であるマッシュを軍師として引き入れたレイに当初ひどく反発していた。冷たい態度を崩さず、「あなたが許せない」と吐き捨てられたこともある。それでも最後までマッシュのそばに付き、その信念を通してレイの思いも理解してくれた……と思っていたのだが。やはり遺恨があるのだろうか。
「……僕のせいかなあ……」
そうぼやくが、ルックはすんなりと首を振る。
「だとしたら、こういう復讐の仕方にはならないと思う。過去にどう思われていたにせよ、今の彼女はかつての自分の師とほぼ同じ立場でこの軍に所属しているんだ。その位置から見れば、軍主がどうあらねばならないかはわかっているだろうね。つまり、かつてのレイを否定する理由がない」
「そう、かな」
「仮にそうだったとしても、あの態度を見ればわかるんじゃない? あれ、完全に楽しんでるでしょ。そんな重たい復讐とかじゃないと思うよ。もっと軽い。たとえば、ちょっかいを出されたことに腹を立ててるとか、そのくらいの」
ちら、とルックは視線を正面に送る。それを追いかけて、レイの視線が向かう。
2人の視線を受けたシーナは、目をまん丸くした。
「……オレぇ!?」
何かしでかしただろうかと首を捻り、けれどすぐに両腕を大きく振って否定する。
「ない、ない。オレ、まだアップルには何もしてないもん」
「には?」
「えっ。あっ、いや、その、アップルに限らず、あの、その、えっと」
「本当に心当たりはないの? あんたなら無意識に不興を買ってそうだけど」
「ぅえぇ……?」
そう言われると急に不安になってくる。なにせ、当たるを幸い次から次へ片っ端に声をかけていると評されているシーナだ。自分としてはきちんと節度を持っており、声をかける子は厳選しているつもりだが、傍から見るとそうでもないらしい。つまり、自分が礼儀正しく丁寧に対応したと思っているからといって相手がその通り受け止めてくれているわけではないということだ。ならば、アップルが気に障ることを言われた、されたと受け止めていたとしても何ら不思議ではない。
はあっとルックは何度目ともわからない溜め息をついた。
「まあ、冗談はこのくらいにして」
「じょ、冗談だったの!?」
「決まってるだろ。個人の逆恨みでこんな壮大なバカ騒ぎを起こすわけがないよ。それくらいの分別はあるんじゃない。……たぶん」
「いや最後まで自信持ってよ」
2人のやりとりを生暖かい眼差しで見守っていたレイは、会話にオチがついたことを確認すると、ソファの肘置きに寄りかかってぐぐーっと背中を伸ばす。
「……まあ誰が何を企んでいるかは謎のままだけど……現実が目前に迫ってるってことだけは確かなんだよなあ……」
部屋の空気に消え入りそうな言葉に、ルックは思わず耳をふさぎ、シーナは遠くなった窓の外に再び目をやった。
翌日。空は嫌気が差すほど穏やかに晴れ渡っていた。城の外に出るのは本当に久しぶりだったので気が晴れたような気がしたが、あっという間に目的の街に着いてしまえば、胸中は一瞬にして猛吹雪ばりの悪天候に戻ってしまった。
賑わう表通りを避け、ここにこんな施設があっただろうかと今更どうでもいいことを思いながら大きな建物の裏口から中に入る。さらに奥にあるスタッフルームから狭い階段で地下に下りると、薄暗い広間のような場所に出た。脇には自分たちが下りてきたのとは別に幅の広い階段が見え、両側にカウンターがあってスタッフが数人出たり入ったりと忙しそうに動き回っている。会釈をしながら通り過ぎると、そこから出てきた簡易式の折り畳みテーブルを抱えるスタッフとすれ違った。どうやら設営の最終段階にあるらしい。
レイはその光景を見ながらわずかにほっとする。人がばたばたと動き回っているが、それもすべて見渡せるくらいの広さだ。おそらく軍議を行う広間よりも狭い。だとすれば、あの頃のことを思い出せばなんとかなるのではなかろうか。
しかしルックは眉を顰め、前を歩くナナミに「ねえ」と声をかける。
「今の人が抱えていった机、何に使うの」
「あれ? ああ、物販用だね」
「へ?」
首を傾げたのはシーナだ。初めて聞く単語にレイのほうを見るが、当然レイも聞いたことがない。
「なにそれ」
「んっとね、グッズ販売用のブースを作るんだよ~」
さらに初耳の単語が出て来て、3人は同様に目を瞠る。いや、さすがに「グッズ」という言葉自体の意味はわかる。「販売」も「ブース」も理解できる。ただ、組み合わせることによって意味がわからなくなるのだ。しかしナナミは相変わらず動じない。
「やっぱり手で持って応援できるアイテムがあると、気分が盛り上がるんじゃないかって意見が出てね。急遽だったから、取り急ぎロゴを使ったペンライトを用意したよ!」
「は?」
「あと準備できたのはブロマイドだねぇ」
「うん?」
流すつもりで聞いていたのだが、続々と出てくる知らない言葉にさすがに足を止める。ペンライト? ブロマイド? なんだそれは。
「ブロマイドのサンプルはもう貼りだしてあるから、見てみる?」
3人の答えを待たず得意げに笑ったナナミがふいっと進行方向を変え、壁際に飾られたモザイク画に近付いた。……違う。遠目にはモザイク画のようだったが、これは。
「……えっ。僕たち……!?」
引きの構図のものやら、アップのものやら、3人揃ったのからそれぞれのものまで、長方形の形に切り出されたおびただしい数の自分たちの姿がきっちり等間隔を保ってずらりと並べられている。どれもこれも覚えがある、すべてあのポスター撮影の日に着た衣装ばかりだ。なるほどこの鮮やかな姿絵がブロマイドという名称なのか。……などと理解したところで、到底納得できるものではない。
「やっぱり生写真ってみんな欲しいと思うんだ! 数は用意したけど、足りなかったら受注生産に切り替えるつもりでいるの」
そのナナミの声はもはや3人には届いていない。そこに並ぶ他人のような自分と目を合わせないようにそっと目をそらし、見なかったことにするので精一杯だ。
「……道理で、やたらたくさんポーズとらされると思った。こういうことだったんだ……」
ぽつんとレイが呟いたが、ルックとシーナからの返答はない。いや、沈黙こそが答えということなのだろう。
「さぁて、ここが会場だよ」
心を閉ざしていた3人は、弾んだ声に「えっ」と同時に顔を上げる。会場? この場所ではないのだろうか。
じわじわと嫌な予感が背中を這い上がってくるのを必死に振り払おうとするが、それが無駄な行動であることを3人はこの数か月で嫌と言うほど知っている。もはやどうにでもなれという気分でナナミが足取りも軽く壁に近付くのを見守っていると、その行く手には両開きの大きな扉があった。まるきり壁と同色で、しっくり馴染むようにデザインされているせいでその存在に気が付かなかった。そこにかけられるナナミの両手。息をつめて、それが重そうにゆっくりと開いていくのを見つめる。
空気が動き、風が頬を撫でる。
そこは天井が高い、ひどくだだっ広い空間だ。黒い床、黒い壁、スタジオのような金属の骨組みが見える天井、煌々と明かりを降らせるライト。突き当たりは一段高くなっていて、いっそう強い光で照らされている。簡易的な階段が備えられているその舞台に上がったレイは、振り向いたその景色にめまいを覚える。
黒く塗られたせいで、巨大な生き物が大きく口を開けたように見える空虚な空間。ここにぎゅうぎゅうに詰め込まれた人間を見るのは、いったいどういう気分なのだろう。
そこから先はあっという間だった。舞台で立ち位置の確認をした後は軽くリハーサルをし、控え室に通されて待ち受けていた満面の笑みのカミュと相変わらずこなれない様子のマイクロトフに甲斐甲斐しく手伝われてきらびやかな衣装に着替えさせられ、イベントの大まかな流れとインタビューの想定問答が書かれた台本を読ませられた。
一旦スタッフがはけた3人だけの控え室の中、レイは胸元の飾りを指先で持ち上げる。すると、じゃらっと重い音が静かな部屋の中に響いた。しかもわずかな明かりだけでもやたらとぎらぎら光を反射させて、なんというか、目にもうるさい。
「まあ……衣装監修がミルイヒじゃなくて助かったかな……」
せめてもの救いとばかりにレイが呟くと、ルックは「あぁ……」と力ない声で頷く。
「あの人、レイにやたら重い布ずるずる引きずらせたがってたよね」
シーナも台本からちらりと目を上げた。
「上に立つ者として威厳のある装束をっていう気持ちはなんとなくわかるけど……なんてーか……その……柄……いやまあ、あれだよな、ずるずるじゃ踊るには向かないもんな。だから一応これでよかった…………のかな?」
たしかに3人の少しずつ色や形が異なる衣装は、飾りは山ほど付けられているもののダンスには支障がないように作られている。それどころか普段は魔術師用のローブを手掛けている職人が舞台衣装のスペシャリストと協力して作り上げた、防御力も馬鹿にできないシロモノなのだそうだ。その性能は必要だったのだろうか。
誰からともなく息を吐いて台本に目を落とす。程なくして、ドアがばたーんと大きな音を立てた。
「お待たせ! 時間だよ!」
最終通告だ。
舞台袖から舞台に出たとたん、スポットライトの強い光に目がくらんで頭が真っ白になったことはかろうじてうっすらとレイの頭の中に残っている。後から聞いた話だが、ルックとシーナも同じような状態だったらしい。
はっと意識を取り戻したのは、脳まで貫くような「きゃあああああああっ!!」という歓声が耳に届いたからだ。聞き慣れてしまっていたデビュー曲の音楽はマヒした脳内に何の刺激も与えなかったようで、どうやらそれを歌ったらしいのだが全く記憶にない。そのままイベント終了まで気を失ったままであればよかったのだが、さすがにこの大きさの音を浴びてしまっては我に返らざるを得なかったようだ。
レイはわずかに肩で息をしながら、ぱちぱちと瞬きをしてあたりを見渡す。まずは右にいるルックの姿が見えた。呼吸は少し苦しそうだが、それでも凛とした表情をしている。どうやら無様な姿を見せたくないというプライドがわずかに勝っているらしい。左を見れば、シーナは汗を拭いながらにこにことどこかに向かって手を振っている。すごい奴だなと思いつつその手を振る先に視線をやると、「きゃぁああぁっ!」の声が再び。正直スポットライトが強すぎてただの黒い空間にしか見えなかったのだが、見下ろす位置に様々な色の細長い光が揺れてその下に何かが蠢いているのが微かに見える。それがすし詰め状態で歓声を上げる人々なのだと気付くには数秒かかった。その瞬間、レイが感じたのは「恐怖」というものだったかもしれない。
それでも、手に持ったマイクを口元まで運んだのは、今まで培ったリーダーとしての気概だ。
「ありがとう」
よくもそれを口にできたなと自分を尊敬したいくらいこちらは必死なのだが、客席からはどう見えているのか、さらに黄色い歓声が上がった。誰か助けて、と続けそうになるのをぐっとこらえ、口の形だけでも笑顔を作る。
目の端で何かが動いたような気がして目をやると、舞台袖からゲンゲン隊長とガボチャがそれぞれ背の高い椅子と小ぶりなテーブルを抱えて飛び出してきた。今度は「かわいー!!」と声が上がる。ガボチャが嬉しそうに手を振ると、ますます客席は盛り上がる。もうなんだっていいのかもしれない。
テーブルに置かれたマイク用のケースを見て、ようやくレイは次の演目を思い出す。そうだ、インタビューとやらを受けるのだった。一度マイクをケースに置き、隣に準備してあったタオルを顔に押し当てる。ふわっとした優しい感触と爽やかな香りを存分に味わうように大きく深呼吸をすると、ようやく頭が少し冷えてきた気がする。そっと目を上げて会場を見渡し、光る棒の色を数える。赤。緑。黄色。3色だ。全部で3色。わかる。大丈夫。落ち着いている。そしておそらく、あれがグッズの「ペンライト」というものだろう。
3人が椅子に座ったのを見計らったように、いつの間にかステージの上に立っていたフー・タンチェンが片手を大きく掲げた。いや、本当にいつの間に現れたのだろう。
「皆様ぁ! 本日はスフィア=レーベル主催アトリビュートお披露目イベントにお集まりいただき、誠にありがとぉーっ、ございます! さぁて、よろしいですか~!? それでは改めましてご紹介いたしましょう、本日デビューいたしますアイドルグループ、アトリビュートです!」
きゃあああああっ!! またもや歓声が響く。
「まずはメンバーの自己紹介から! お願いしますっ!」
彼のテンションがいつもに増して高いのは、普段よりギャラリーが多いことに張り切っているのかもしれない。いきいきとした輝く笑顔を向けられて一瞬戸惑うが、場を仕切る進行担当に話を振られてしまったのだから仕方がない。改めてマイクを取り、にこりと客席に笑いかける。
「初めまして。アトリビュートのレイです。本日はお忙しい中、僕たちのために足を運んでくださってありがとうございます」
きゃああああぁああっ
「こんにちはーっ! オレはシーナですっ!」
きゃあああぁあぁぁっ
「……ルックです」
きゃあぁああぁああっ
大歓声の中、不思議とレイはすうっと心が静かになっていくのを感じていた。何度も何度も叩きつけられるこの大きな音に慣れてきてしまったのだろうか。もしかすると、会場の人々の姿がはっきり見えないおかげで、観客の実態が把握できないことが却って良かったのかもしれない。かつては大軍を率いて戦った経験を持つレイである。大勢の人間の視線を一斉に浴びる感覚がなんとなく蘇ってきたような気がした。
「こんなに大きい歓声を浴びるのは初めてで、とても驚いています。早速ですが、僕たちは今日がデビューということで、本日発売となった『トライアングル・ウォーズ』を披露させていただきました。人前で歌わせていただくのも初めての経験だったので、かなり緊張していたのですが、いかがだったでしょうか」
レイが問いかけると、会場からは歓声と拍手に交じって「よかったー!」「最高ー!」という声が聞こえた。レイは穏やかな笑顔を浮かべて二度頷く。
「ありがとう。ほっとしました。それにしても、……すごいですね。たくさんの方に来ていただいて、とても、とても嬉しいです。本当はシングルを買っていただいた方全員にお会いしたかったのですけれど、残念ながら抽選になってしまったみたいで」
視線を横にやると、シーナが笑ってマイクを構える。
「ね。急遽回数増やしたけど、それでも足らなかったんだって? ありがたいけど申し訳なかったなーって話してたんだよな」
静かになって話を聞く体勢になっていた客席から「友達が外れたー!」「私もー!」と声が飛んだ。
「あ、やっぱ? そうだよなあ。できるだけ早いうちにもっと大勢に見てもらえるようにしなきゃだな」
「そうだね」
「ってことで、今日残念だったお友達さんには、みんなから感想伝えておいてほしいな。あ、できれば、ものすごくよかった~最高だった~面白かった~シーナくんかっこよかった~って、話をぐぐっと盛っていただいて」
「シーナのくだり、盛って、でくくっちゃっていいの?」
「あっ」
どっと会場が沸く。
それが落ち着いたところで、フー・タンチェンが一歩前に進み出た。
「なんだか司会がいなくとも十分盛り上がりそうなところを恐縮ですが! ここからは幾つかの質問にメンバーが答える形で進めて参りたいと存じます。さて、まずは、デビューにあたっての意気込みを教えていただけますか。レイさんから」
「はい。そうですね……。今、とても不安定な世の中じゃないですか。戦がどうなるかわからない。それに乗じた騒ぎが起きる不安もある。ここに来るまでも大変な思いをされた方もいらっしゃるかと思います。でもそんな中に、あれが楽しみだな、もっと見てみたいなって思えるような明るい話題があれば、前向きに明日を楽しみにできると思うんですね。そういう少しでも楽しい気持ちになっていただけるようなことが自分に何かできないだろうかと考えていたところに、このお話をいただきまして……」
もちろん、レイの本音ではない。台本に書かれていた言葉だ。しかし穏やかな笑顔で自信満々に告げられる言葉には説得力がある。客たちはいつの間にか、レイの言葉を真剣に聞いていた。ライトに少し慣れてきたシーナがその様子を窺うと、彼女たちは食い入るような眼差しでレイを見つめている。これがレイのカリスマ性なんだなあと改めて感心するシーナだ。
台本のおかげで、そこからはスムーズに進んだ。もはや開き直ったと言ってもいいほど落ち着きを取り戻したレイが、優等生の顔で愛想よく問いに答えていく。女の子の視線が一斉に自分に注がれていることに舞い上がったシーナが、客席に手を振りながら親しげに答える。唯一腑に落ちない顔をしていたルックは、視線が苦手なだけあっていつも以上に返す言葉が少なめだ。
はっきりと個性の出たインタビューは、3人全員が内心パニックのまま進んでいたのが実情だ。けれどそれは人々の目にまったく映ることはなく、イベントは無事終了したのだった。
「ねえ、3人とも、すっごくよくなかった!?」
「わかるーっ! ポスター見た瞬間からめっちゃかっこいいと思ってたけど、実物ヤバいよね!」
「リーダーのレイくんって子、物腰柔らかな感じがすごく素敵だったぁ! 周りに気遣ってるとことかも推せる。絶対いい人!」
「あたしシーナくん派だなー! かっこいいし、笑顔がすっごくきらきらしてるし、歌! 歌すっごい上手だったし!」
「断然ルックくん! ものすっごい美人さんじゃない? 口数少ないとこも神秘的で、なんていうかまさにクールビューティーって感じ!」
「自分、今日で絶対寿命伸びたわ」
「それな」
「ねえねえ見たぁ!? 3人の雰囲気! 透明感すごかったー!」
「あれかっこよかったよね、くるって回るとこ!」
「よかったらこの後、どっか入って盛り上がりません?」
「わー、しますします!」
「楽しかった~」
「全コーナーもう一回全部見たいー」
「だよね! トークが楽しかったのもよかったし、何より歌がすっごく綺麗でハーモニー最高! 全員のファンになっちゃった!」
「ファンクラブそのうち出来るよね」
「入る! めっちゃ入る!」
「見て、ブロマイド全種類買っちゃった!」
「やだ私も買う!」
グッズ購入特典のミニポスターを抱えた客たちは、はしゃぎすぎて赤くなった顔で口々に騒ぎながら出口に向かって行く。中には女性だけでなく男性の姿もちらほら見えるが、どの顔もとても満足そうだ。
その溢れんばかりの楽しそうな人波を眺めるスタッフの表情もとても明るい。想定以上の反応を受け、スタッフたちはいそいそとイベント成功を祝う宴会の手はずを整え始めた。
一方、1つドアを挟んだだけの控え室は、明かりを消したようにどこまでも暗い。表がざわついているのは聞こえるのだが、音が耳まで届かないように机に突っ伏す3人の姿があった。
その体勢のまま、シーナがぽつりとつぶやく。
「……どーすんだこれ、もう後戻りできないぜ……?」
ぴくっと体を揺らしたルックが、目を上げてじっとりとシーナを睨む。
「割と自分から後戻りできなくなるような発言を連発してたのはどこのどいつだよ」
「……あっ。ええと……つい……ノリで……」
しどろもどろになりながら救いを求めるように視線を寄越したシーナに、レイは大きく息を吐いた。
「まあ、なんていうか……あの空気では仕方なかったんじゃないかって……」
「レイだってしっかり“リーダー”感出してたよね」
「……つい、ノリで……。る、ルックも客席からクールビューティーって言われてた」
「……しんどい」
追い詰められていっぱいいっぱいの状態で作り上げてしまった、『アトリビュートの3人』というキャラクター。あれは、今日来た客たちにしっかり刻み込まれてしまったことだろう。もはや抜け出すことは困難を極める。
あ、とシーナが天井に目をやった。
「そういえばさ、気付いてた? 前列端っこのほう」
「ああ……うん。いたねぇ。最強の保護者軍団……」
「レックナート様があんたのご両親ににこやかに挨拶してるの見てひっくり返りそうになった……」
「オレも。普通の家族間のご挨拶みたいで目を疑ったよ。まあ、レイのとこの派手さには負けるけど」
「キラキラで縁どられたプラカードに、ぼっちゃん最高、こっち見て……だっけ」
「あれ振りながら泣いてたもんな」
レイは、ぐったりと椅子の背にもたれかかる。
「……あーもー……周りを止めるのがグレミオの役目でしょ……」
「いや無理だろ」
「一番暴走してもおかしくないだろうね」
「……ですよねぇ」
そこに、ばたーんとドアが開く。
「お疲れ様! すっごい評判いいね! さすが我々の見立てた3人なだけある~! 明日は音楽雑誌のインタビューとセカンドシングルの打ち合わせがあるけど、とりあえず今日は御馳走用意してるからお祝いしようね! そうそう、近いうちアルバムも作りたいなって話してるんだよ。ファンクラブも絶対いるって今日わかったし。これから一緒に頑張ろうね!」
弾けるような笑顔で一気にまくしたて、ナナミは入ってきた時と同じように唐突に控え室を出て行った。
「前途多難って感じ……?」
ぼそりと零されたシーナの言葉には、2人ぶんの溜め息が返って来た。
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