69こ目;Sweet Treat
大学の学友に「ハロウィンパレードに参加しない?」と誘われた健太は…。
タイトルは「お菓子」の意味ですが、そのまま「甘いごちそう」と訳していただいても大丈夫です。
つまりそういうお話です。
そして…。
なんとこのお話で100万文字に達することが出来ました!
ありがとうございます、なんか勢いで進んだらここまで辿り着いてしまいました。
これからもよろしくお願いします!
↑初公開時キャプション↑
2022/10/29初公開
https://pictbland.net/users/series/kazanet-tk/%E5%83%95%EF%BC%8B%E5%90%9B%E2%86%92Waltz%EF%BC%81
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健太が鼻歌交じりに学部棟から出てきたところに、ばたばたとやかましい足音が聞こえる。何事かとそちらを見ると、友人である柴崎と小岩がじゃれ合いながら駆け寄ってくるところだった。
「おー、健太だ! よかった会えた~」
何か探される用事でもあっただろうか。さっき見た携帯には何のメッセージも入っていなかったが。
「講義、全部終わり?」
「んにゃ、あと1コマ。あっちのおっきいとこ。……なんか用だった? 急ぎだったら携帯に連絡くれたらいいのに」
「急ぎってわけじゃないんだよ。たださ、今、会えた人間を片っ端から誘おうキャンペーンしてて。まあ、健太にはどうせ後で連絡しようと思ってたんだけどな~。あ、次授業だったら手短に」
柴崎がなにやら携帯を弄りだす。覗き込むと、画面に表示されているのは黒とオレンジで構成されたページで、そこには羽を背負ったり顔にハートマークを書いたり頭に耳を付けたりした女性たちの写真が載っている。
「コスプレ?」
「コスプレ言うな、仮装だ、仮装」
「ほら、もうすぐハロウィンだろ」
「あー」
そういえば、そんな行事があったか。以前はそんなに流行していなかったが、近年突如として知られるようになったイベントだったな、とぼんやり思う。地元でも浸透してきてはいたようだが、都会の騒ぎほどではなかった。なにより、中学時代も高校時代もほぼ学祭の時期と被っていたため、それどころではなかったのだ。しかし言われてみれば、いつかハロウィンパーティを誰かが企画して、一応仮装もした記憶がある。だが蒼生が一緒ではなかったので、誰と何をしたかはっきり覚えていない。
健太がそんなことを考えているとは思ってもいない小岩が、楽しそうに画面を指さす。
「で、ほら。仮装行列やるんだって」
「言い方がなんかダサくね? ハロウィンパレードな。参加者が思い思いの仮装をして、街を練り歩くイベントがあるんだってさ」
「仮装行列じゃん」
「そうなんだけど!」
ふうん、と健太はページの説明文を流して読む。
「よくニュースで見る大騒ぎとは違うんだ」
「あれって勝手に集まって問題起こすから問題なんだろ? これは、ほら。自治体がやるやつだから、ちゃんとしてるよ。なあ、これ、みんなで参加したら楽しそうじゃないか?」
なるほど、たしかに。みんなで集まって騒ぐのは健太も好きだ。
「へー。たしかに面白そう。参加しようかな。おまえらも参加すんの?」
「当然誘ってるんだし、俺らはそのつもり! んで、これからさらにどんどん参加者を増やしてこうと思ってる」
「人数多い方が楽しいだろうしなぁ」
「そう! んじゃ、ここのページのアドレス送っておくな。近々打ち合わせしようぜ」
そう言い残して、2人は校舎の中に入って行った。健太は時計を見てぎくりとする。マズい、授業が間もなく始まる。
そもそも、仮装とは何をすべきか? 健太は首を捻りながら手元の携帯で検索する。元々は悪霊から身を守るために彼らと同じ格好をするということが始まりらしい。が、イベント化していくにつれ何でもありになっていったようだ。元来の風習が残る地域だったらまだしも、様々な国と時代を経て、最初から楽しむ目的のイベントとして広められたので仕方ないのかもしれない。しかし、だからこそどうしたらいいのか迷ってしまう。
うんうん唸っていると、玄関の鍵が開く音がした。はっとして耳を澄ます。この開け方は……冬矢だ。だが、先にスリッパを履いたのは蒼生だ。健太はソファから立ち上がると、両手を広げてスタンバイする。間もなく、リビングのドアが開いた。
「ただい……」
蒼生は健太のポーズを見て一瞬目を丸くしたが、すぐにへにゃっと表情を崩して足早に健太の腕の中に飛び込んだ。
「……まぁ!」
「おかえり~大好き~」
「僕も~」
後からリビングに入って来た冬矢は、ふたりの様子に笑うと、片手に提げたビニール袋をがさりとダイニングテーブルの上に置いた。
「さあ、せっかく買ってきたごはんが冷めてしまう前に、一緒に食べよう」
「お、そうだな」
腕の中からもぞもぞと顔を上げた蒼生が申し訳なさそうな顔をする。
「ごめんね、バイト遅くなっちゃって。ふたりは先に食べててくれればよかったのに。僕ひとりなら、自分で適当に何かしたよ?」
ふっと笑った冬矢が、近付いて来て蒼生の頭をさらりと撫でた。
「何度も言っているけれど、蒼生が遅くなった時のお迎えは、ふたりっきりになれるチャンスなんだよ。毎回健太と奪い合いなんだ」
健太は腰に回した腕にさらに力を込める。
「それに、蒼生と一緒にごはん食べたいの! 機会はできるだけ逃したくないんだってば」
ふたりのそれは嘘偽りのない、本音だ。さすがにこれだけ何度も繰り返し繰り返し伝えているので、蒼生もすぐに納得したようだ。ふたりの顔を見比べて、少々困ったように微笑んでから、こっくりと頷いた。
蒼生は、どうしても自分の中から湧き上がる不安や疑いから逃れられない。そのたびに上書きするように言いくるめるのだが、健太も冬矢もそれを「何度も告白するチャンス」だと心の底から思っている。そして、そのたびに蒼生と自分たちの中にある愛情が生まれ変わっていることを感じていた。
「で、何買ってきてくれたの?」
健太が明るい声をあげる。蒼生を待ちたいから我慢はしていたが、空腹がわりと深刻だ。
「スパイスカレー。家ではなかなかやらないだろ」
「袋の中、早く見てみて、大きい骨付きの鶏肉。これが食べたかったんだ」
「旨そう! サラダ、言われたとおり用意しといたよ」
「ありがとー」
こぼれないようにしっかり包装されているから匂いがわからなかったのか。健太は蒼生を抱き締めたまま袋に近付いた。袋を覗き込めば、たしかにいい香りがふわりと漂う。中から容器を取り出せば、いっそう香りが強い。その香りにテンションの上がった健太は慌ただしく座り、それを見た蒼生と冬矢も笑って席についた。
「いただきまーす」
「いただきます」
全員で声を揃え、スプーンを手に取る。濃い色のルウを掬い上げると、ますます食欲をそそられる香りが鼻腔をくすぐった。そこから口まで運ばれるまでは一瞬だ。
「ん、おいしー」
「わあ、けっこう辛い。でも美味しい。あ、止めたらダメなやつだ」
「そうだね。しっかりスパイスが利いてる」
健太の分には、鶏肉の他に牛の煮込みが別皿で添えられていた。通常の量ではきっと足りないと考えて蒼生が買い足してくれたのだろうなと思うと、健太は嬉しくて仕方なくなる。もちろん、にこにこしながらスプーンを口に運ぶ健太を見ている蒼生も嬉しそうだ。
「でも蒼生が残業なんて珍しいよね」
冬矢が蒼生の顔を覗き込んでそう話しかける。蒼生は頷いて口の中身を飲み込んだ。
「うん、あのね、店舗をハロウィンっぽく飾り付けるんだって。しまい込んであった去年のぐちゃぐちゃの小物をみんなで整理してたら、意外と時間がかかっちゃった」
「ああ、それか。俺のところもやるらしいからね。どこもかしこも同じだな」
はっと健太は顔を上げる。そういえば、ハロウィンだ。さっきまで散々悩んでいたのに、蒼生の顔を見たらすっかり忘れてしまっていた。
「そうだ、オレ、友達にハロウィンパレード誘われてさ」
「パレード?」
ふたりが首を傾げるので、健太は携帯を弄る。そして、先程まで見ていたページをふたりに向けて差し出した。身を乗り出した蒼生が日程に目をやる。
「月末の土曜日の夕方……。ハロウィンパレードっていうと夜のイメージあったけど、違うんだね」
「へえ……街が主催するんだ」
「わ、ちっちゃい子がいっぱい揃ってお化けの格好してるの、可愛い」
「去年の写真? 本当だ、小さな子からご年配の方まで参加しているのか」
「そっか、だから夕方なんだ」
やはり健太同様、ふたりにとってもあまり馴染みがないイベントのようだ。そしてそれは、次のセリフで決定的なものとなった。
「気を付けていってらっしゃい」
「人に迷惑をかけるような真似は……まあおまえはしないだろうけれど、周りに流されるなよ。蒼生が心配するから、途中で連絡は忘れずに」
その言葉は、まるっきり想定通りだ。
「……ちなみに、一緒に行くという選択肢は?」
「え?」
蒼生と冬矢は声を揃えて不思議そうな顔をする。
「うん、だろうな。そうだと思った。蒼生がこういうのに乗ってくれるなんて滅多にないもんな。ダメもとだったから大丈夫……」
健太はしゅん、と肩を落とした。
その姿を見ると、蒼生も胸が痛くなってしまう。学部の友人と出かける時は、その中の付き合いを大事にしてひとりで出かけていく健太が、珍しくはっきりと寂しがっている。おそらく、楽しいことを蒼生と共有したいという気持ちが強いのだろう。それは蒼生も理解出来るが、仮装をすること自体を楽しむというイベントの趣旨に、どうも腰が引けてしまう。「楽しませる」側なら割り切ってなんとかなるのだろうが。
蒼生は困ったように、健太が示すページの下の方を指で辿る。
「うーん……。この時期のお菓子とかは楽しいから、そういうのは好きだけど……」
「あ、ごめん、本当に大丈夫」
「うー……」
寂しいがきっぱり諦めようとしている健太と、そんなに寂しがるなら我慢してでも折れるべきかと迷う蒼生。本音は、健太は連れて行きたいし、蒼生は置いて行かれたくないのだろう。健太はどうせ行ってしまえばひとりでも楽しんでくるのだろうが、蒼生は行っても行かなくても後悔しそうだ。蒼生には笑っていてほしい。冬矢はふたりを交互に見てから自分の携帯を出した。
「そうだね、蒼生はそういう綺麗なお菓子好きだからね。せっかく話題にのぼったことだし、そういう食事をしに行くのはどうかな」
「食事?」
蒼生がぴくんと顔を上げる。
「食事?」
健太がわずかに腰を上げる。
冬矢はすいすいと携帯を弄ると、色鮮やかなメニューが所狭しと並んでいる写真が、何枚も表示されているページを指し示した。
「ほらね。健太が行こうとしている街でも、あちこちの店がハロウィンメニューを出しているんだ」
「……美味しそう」
目を輝かせる蒼生に、冬矢は表情を和らげる。
「どうせ健太がいないなら、夕飯はふたりでこういうの食べに行こうか。ちょっと奮発しちゃうのもいいかもね」
「うん」
蒼生が素直に頷くので、慌てたのは健太だ。それは、美味しそうな食事ももちろんだが、蒼生と一緒の時間も羨ましいからだ。
「オレも! オレも食べたい! 昼にして!」
わかりやすい健太の反応に、思わず冬矢が噴き出す。
「……うん。じゃあ、予約できるか聞いてみよう」
目の前に運ばれてきた皿を前に、蒼生と健太はきらきらと眩しそうな目を向ける。ベビーリーフの上に乗せられたカボチャのサラダは、三角の目とギザギザの口をしたあのカボチャの形に整えられている。目と口はくり抜く代わりにキノコのソテーで飾られていた。両隣にある鮭のテリーヌはコミカルなお化けの姿に型抜きされ、皿全体に細かく砕いて散らされたコンソメのゼリーはぴかぴか光るランプのようだ。
「う、うまそ……」
「美味しそうなのと綺麗なのとどっちに驚いたらいいのかわからない……っ」
こういった場所での食事は初めてでもないだろうに、ぱちぱちと目を瞬かせて上下左右から皿を眺める蒼生が、冬矢は可愛くて仕方ない。どこからフォークを入れていいか悩んでいる健太も微笑ましい。
3人で相談して決めた食事は、パレードのルートからは少し外れた場所にあるホテル、そのラウンジで提供されているハロウィン特別ランチだった。
「いいホテルって子供だけで入っていいもんか?」
「お断りされない? 大丈夫?」
冬矢が提案した時にはふたり揃って尻込みしていたが、紹介されている料理があまりに美味しそうなのでそれに負けたらしい。冬矢からしてみれば、高校の頃ならともかく、親元を離れて独り立ちしている大学生が臆することはないと思うのだが。どうもこのふたりはセットにしたうえで自分がいると、普段より幼さが強調されるようだ。それだけ素ということなのだろうけれど。
まだ緊張している様子の蒼生だが、サラダを口に運んだ途端、ぴょんと背筋が伸びた。
「! 美味しい……。あ、好きな味のカボチャサラダだ」
笑って、冬矢もサラダを口に運ぶ。
「うん、生クリームが入ってるね」
「あー……好き。これ。わあ、ゼリーのコンソメ味と合うぅ……」
「すげ、ホントだ、うまっ」
蒼生は、周りを気にしながら、表情を崩しすぎない程度にふにゃりと笑う。可愛いな、と冬矢は目を細める。人目と美味しいものを頑張って天秤に掛けているのだろう。それはわずかに美味しいもののほうに傾いているように見える。しかし……どうやら蒼生と健太は気が付いていないようだが、周囲のテーブルに座っている複数の女性客たちから時折ちらちらと視線をいただいている。蒼生が自分たちだけに見せる顔を知られたくないから、ある程度は外向けの蒼生でいてもらわないと困るのだ。
「蒼生、その服。この前一緒に買った服だよね。試着でも思ったけれど、とても似合うよ。凜とした姿が蒼生らしい」
開放的な昼のラウンジとはいえ、一応一流ホテルだ。3人ともジャケットを羽織ってそれらしいコーディネートをしてきている。冬矢は、それを褒めることで、少し蒼生に気を張ってもらおうと考えたのだ。けれど、蒼生はふたりに向けて、ほんのり色づいた頬で笑った。
「……ふたりのほうが素敵だよ。あんまりにもかっこよくて、どきどきしちゃう。惚れた弱みなんかじゃない、誰もがみとれちゃうくらい眩しい。目が合ったら照れちゃうから、ふふ、さっきから大変なんだ」
ぐ、と健太が呻いて胸を押さえる。冬矢は緩んでしまいそうな口元を片手で覆った。どうやら逆効果だったようだ。ふたりと食事に来ていることに対する、蒼生の「嬉しい」がこぼれ落ちてしまっている。
「どうしようもないくらい可愛いな……」
「オレの恋人マジ可愛い……」
完全に自分のせいなのだが、それをまったくわかっていないらしい蒼生が、「ひぇ」と呟いて「しーっ」と唇の前に指を立てた。
「ふたりとも、ここ、外なんだけどっ」
いやいや。色気を振りまいてきたのは蒼生だろう、という言葉が喉元まで出かかる。なんとかそれを出さずに済んだのは、これまた色鮮やかなパンプキンスープが運ばれてきたからだった。
コースは進んでいく。どの料理にもカボチャとサツマイモを中心に、秋に旬を迎える様々な食材が使われている。ハロウィンということで見栄えを重視してはいるが、さすが、料理のクオリティはまったく手を抜かれた様子がない。特に、最後に出てきたパンプキンソフトのケーキプレートは蒼生を見事に射貫いたらしい。
「……わぁ……。すご……ケーキ、こんな、いっぱい。真ん中、ソフトクリームが木みたいになって、周りのチョコレートが細くてぐるぐる巻かれてるの、すっごい。こっちは洋梨のタルトで、これはブドウのゼリー、こっちのパイは中身なんだろう。モンブラン、すごく綺麗。これ、プリンもカボチャだよね。あー、どれも美味しそう……。食べきれるかなあ……!?」
にこにこの蒼生を前に、頬を緩ませずにいろというのはかなりの難題だ。嬉しそうな顔が可愛すぎる。
「……ヤバいくらい可愛いな」
「ね。ほら、黒猫のチョコムース、すっごく可愛い」
「いや、蒼生が」
「……っ、だからぁ……」
「そうだね。蒼生とプレートを含めたこの画角。最高に可愛いね」
「うう……」
顔を赤くした蒼生がふっと目をそらすと、向こうにいた女性2人組が同時にぱっと顔を背けた。少々うるさくしてしまっただろうか。蒼生はわずかに拗ねた顔で、ふたりを見つめる。
「ほら。騒いでるから注目浴びちゃってるじゃん」
健太がはっとしたように座り直す。
「やっべ。子供だけで生意気な、とか思われちゃった? 追い出されたりしねえかな」
「周り、おねえさんがたばっかりだし。やっぱりめちゃくちゃ浮いてるのかも」
こそこそと小声で話す、まったく視線の意味を理解していないふたりに冬矢は笑う。
「そんなことないよ。蒼生はここの雰囲気にちゃんとぴったり合っているよ。上品でとても綺麗だ」
「オレは」
「ほら、溶けないうちに食べないと」
「あ、大変。せっかくのソフトクリームが……」
「オレは」
冬矢を軽く睨む健太に、蒼生がフォローをしようと口を開き掛けた。が、冬矢は再び、皿に向かうよう促す。目を落とすと、じんわりと溶けてきたソフトクリームが崩れかかっている。せっかくの美味しそうなデザートだ、美味しい状態でいただかなければ。蒼生と健太は慌ててスプーンを取り上げた。
商業ビルの2階にあるウッドデッキで、蒼生と健太は向かい合って立っていた。
「それじゃ……」
言ったものの、健太が離れる様子はない。
「うん。気を付けて……」
応える蒼生も、じいっと健太の目を見つめている。
「忘れ物はない?」
「大丈夫。たぶん」
「そっか」
「じゃ、ホントに行くから……」
「うん」
「じゃあ……」
「うん」
何度これを繰り返すのだろう。
ここまでは黙って見ていたが、いい加減キリがない。冬矢は健太の足を軽く蹴った。
「約束の時間があるんだろう。遅刻するんじゃないか」
「あっ、やべ!」
「途中で連絡するんだぞ。蒼生が心配するから」
「はーい。蒼生、いってきます!」
「いってらっしゃい」
「蒼生も気を付けて帰ってね」
健太に向け、ふっと勝ち誇ったように冬矢が笑う。
「俺がいるから大丈夫だ」
「ぐっ……」
「ほら、健ちゃん」
「あ、うん」
にこっと笑って手を振る蒼生に、健太はぶんぶんと大きく手を振り返す。そして、デッキから大急ぎで降りていった。
その姿が見えなくなった途端、蒼生の笑顔が曇る。健太は、友人らとイベントに参加した後、カラオケで一晩中遊ぶのだそうだ。健太の交友関係は広いから、そうやって遊ぶ相手はたくさんいる。昔からそうだったから、慣れている。慣れている、はずなのに。健太が過ごす時間の中に自分がいないのは、どうしても寂しい。
「寂しいね」
はっと蒼生は顔を上げる。蒼生の心から漏れ出たような言葉は、冬矢の声をしていた。失礼なことをしてしまった、と慌てて冬矢の元に歩み寄る。
「ごめん……。冬矢がいるのに、寂しいなんて……」
冬矢は穏やかな笑顔を崩さず、蒼生の頬にそっと触れた。
「いいんだよ。健太がひとりで遊びに行ってしまうのは、蒼生にとっては寂しいことだって知っているからね。昔からそうなんだろう?」
「うん……」
「いいんだよ。健太のことが好きな蒼生も、俺が好きな蒼生なんだから。でも、そうだね、健太だけ楽しんでいるのは狡いよね。……よし、健太が羨むくらい、ふたりで楽しくデートしようか」
「! うん!」
すぐに顔を輝かせて頷く蒼生に、冬矢は温かい気持ちでいっぱいになる。健太と別れた後は帰って家でゆっくりするつもりだったが、どうせここまで出てきたのだ。外向けの蒼生をもう少し堪能するのもなかなか贅沢なプランではないか。
「このあたりの店を適当に見て歩こうか」
「いいね」
歩き出した冬矢に、歩調を合わせるように蒼生も歩き出す。嬉しそうについてきてくれるのが、本当に可愛い。
「さあ、何を見ようか。本? 文房具? 雑貨? それとも服?」
「どうしようかな……どこに行っても、冬矢と一緒なら、嬉しいし楽しいからなあ」
冬矢はその言葉に、いじらしいなと思う。その言葉は、半分は寂しさを紛らわせるために自分を奮い立たせるためのものだ。そして、残りの半分は、ちゃんと蒼生の本音だと思う。嘘偽りなく、蒼生は冬矢といる時間を大事に思ってくれている。だから、そちらの気持ちだけでいっぱいになるように、たくさん楽しませてあげたい。それで100%の笑顔になってくれるなら、冬矢にとっても幸せなことなのだから。可愛い笑顔は、なによりも素晴らしいご褒美だ。
ふたりは、行くあても決めずにふらりと店を見て回る。何かを買おうとしているわけでもないのは、気負わなくていいから楽だな、と蒼生は思う。目的があるのもいいが、こんなショッピングもいいものだ。商品より、隣でディスプレイを見つめる端正な横顔を見ていてもいいのだから。何かを考えているようなその顔は、きりりとしてかっこいい。家の中で見せる甘い顔も大好きだが、人前で見せるこんな顔も素敵だと思う。
見ていることがバレたのだろうか。ふと、ばちっと目が合った。
「ん?」
「ううん。……ふふ」
それだけで、嬉しい。
「……今日の蒼生は、俺を独り占めだね」
笑顔を向けられた冬矢は、思わず告げる。蒼生は一瞬驚いた顔を見せ、再びふにゃりと笑う。それから、そーっと近付き、腕が触れる距離に並んだ。世界がどんなに広くとも、今お互いだけが相手の体温を感じているのだと思うと、なんとも満たされた気分になる。
ウッドデッキは、隣のビルとも繋がっていた。くっつくほどの近さで並んだふたりが、それを渡って目にしたのは、よく名前を聞く大きな雑貨屋だ。ハロウィンらしい飾り付けの色鮮やかさに惹かれて側に寄ると、中に入ってすぐの広いスペースが季節の催し物コーナーとしてお菓子売り場になっているのが見てとれた。
「珍しいお菓子とかもあるのかなあ」
「じゃあ、入って見てみよう」
食事を終えてだいぶ時間は経つものの、量があったのでまだ空腹にはなっていない。冬矢がそうだからおそらく蒼生もそうだと思うのだが、甘いものにつられてしまうのが蒼生らしくて可愛いと思う。
開けたままに固定されたドアからは外からもわかるくらい甘い香りが漂っていたが、店内に足を踏み入れると、その香りはさらに強くなる。店の奥もそこそこ混んでいるようだが、やはりこのコーナーが一番混み合っているようだ。それでも蒼生は臆さずに人々の間を縫い、お化けやコウモリを模したクッキーやカボチャ型のチョコレートが並ぶコーナーに吸い寄せられるように向かっていく。
「……うー」
多種多様なお菓子を前にしてわかりやすく悩む蒼生に、冬矢はくすっと笑う。なにせ、どれもこれも美味しそうだ。こんなに種類があって、蒼生がすぐに決められるわけがない。冬矢はその間に売り場を見渡す。通路を挟んで反対側にはショーケースがあって、普段では見られないような色合いのケーキが並んでいた。
「冬矢ぁ……」
蒼生の弱い声が聞こえてはっとする。振り返ると、両手にひとつずつ詰め合わせの袋を持った蒼生が、困ったように手元を交互に見ていた。
「こっちはクッキーが美味しそう。でもこっちはいろんなチョコレートが入ってる。僕はどっちを選んだらいいんだろう」
優柔不断な蒼生が2つまで絞り込むとは、なかなか頑張ったようだ。それでも泳いだ視線が棚に置いてある他の袋に行ってしまっているのは、まだ迷っているということだろう。せっかくここまで頑張った蒼生の気持ちを大事にしたい。
「いいじゃないか、どちらも買おう」
「えっ……でも」
「うちには健太がいるんだ。ひとつじゃ幾つも口に入らないよ」
「あー、そっか、たしかに」
蒼生は納得してほっと息を吐く。さすがの健太も、蒼生が買って大事に食べているものを遠慮なく食べるようなことはないと思うが、説得材料に使わせてもらった。……いや、どうだろう。あの健太が遠慮なんてするだろうか。むしろ蒼生のほうが喜んであげてしまうかもしれない。ということは、やはり少なくとも2つは必要なのだろう。
「あっ、ケーキもあるねえ。でも、賞味期限今日中とかかな?」
気が緩んだ蒼生の目には、当然ケーキのケースが目に入ってくるだろうと思っていた。それから、それを食べたがるだろうことも。だが、冬矢には冷蔵のケーキを買いたくない理由があった。
「それもいいんだけど、蒼生。ハロウィンが実際には何日のことだか知ってる?」
「ん? 今月の最終日だよね」
「そう。せっかくだから、当日に簡単なケーキをうちで焼いて、夕飯もそれっぽくしたら楽しそうだと思わない?」
ぴょん、と蒼生の体が跳ねた。
「すごい!」
「ああ、でもさっきあれだけ豪華な食事をしたから、それにはとても敵わないと思うけど」
「違うよ、冬矢のごはんは冬矢のごはんだもん。大好きだもん」
にこにこと嬉しそうにしながら蒼生が天井を見る。おそらく冬矢が何を作るのか想像しているのだろう。本物のシェフには敵わないかもしれないが、蒼生の想像には勝ちたいな、と湧き上がる闘志を感じる冬矢だ。
「たぶん、ケーキは家にある材料で足りるな。いや、せっかくだから飾りに使うものは少し買っておこうか。それ以外の料理は帰りに買えばいいね」
「うん。楽しみー。僕も一緒に作りたい」
「もちろん、手伝ってくれると思ってる」
「ふふ」
笑った蒼生が、ちら、と壁の時計を見た。そしてはっと短く息を呑む。冬矢もつられて視線をそちらにやる。……ああ、なるほど。
ふたりは会計を済ませると、店の外に出た。デッキの上には、先程よりも多くの人が行き交っている。それでも、大通りに面している柵の辺りにはまだ余裕があった。そこに並んで覗き込むと、下の道路は既に通行止めになっており、沿道にはパレードを見学しようとさらに多くの人々が集まっていた。落下防止用のガラスが少し邪魔だが、あの雑踏の中にいるよりはよく見えるだろう。
「スタートってもうすぐかな。……ごめんね、わがまま言って」
「そんなことないよ。ちょうどいい時間にちょうどいい場所にいられてよかったね」
本来なら、もうこの時間にはここにいるはずではなかった。だが、デートをしていたおかげで、パレードが始まる時間まで滞在することになった。ならば健太の姿をちらりとでも見たい、という欲が出たのだろう。そうやって蒼生が自分のしたいことに素直になってくれるのは、冬矢にとっても嬉しいことだ。
やがて、少々おどろおどろしい、けれどポップな曲調の音楽が流れ始める。先頭を歩いてくるのは、なにやらウサギだかキツネだかネコだか判断がつかない微妙なラインを攻めたキャラクターだ。どうやらこのあたりの地区の公式キャラクターらしい。通常衣装とおぼしきピンクのオーバーオールの上からひらひらの白い布を纏って、お化けの仮装をしているようだ。せめてあの布がなければ動物の種類くらいは判別できたのだろうが。
「すごいねえ、キャラクターも参加してるんだ」
「うん。面白いね。小さい子たちがすごい勢いで手を振ってる。人気なんだな」
それが過ぎると、仮装をした人たちが次々と歩いてくるのが見えた。魔女やミイラ男を模した定番のハロウィン衣装を身に纏う人々がいるかと思えば、どこかで見たことのあるようなアニメキャラクターの衣装の集団もいる。中でも、ゾンビの格好をした人が結構多い。一応子供もいるため血糊は控えるよう注意書きがあったものの、わりと本格的だ。よく見ればプラカードを持っているお化けたちもいる。商店街や町名、店の名前などが書かれたプラカードは、それぞれが派手な色と形に飾り立てられている。
「あれって宣伝だよね。そういうのもありなんだ」
「協賛かな。むしろ街の活性化にはあれがメインなのかもしれないね」
「なるほど。でも、プラカード持つお化けって、なんだか面白いや」
練り歩く人々は、誰も彼も楽しそうだ。沿道から自分に向かって掛けられる声はきっと嬉しいものなのだろう。決してあの中に入りたいとは思わないふたりだが、楽しんでいる人々の姿はそれなりに眩しく映る。
「あ」
突然、蒼生が声を上げ、身を乗り出した。
近付いてくる、ひときわ賑やかな集団。その、よく言えばバラエティに富んだ仮装の人々の中に、健太がいた。
「冬矢、あそこ。健ちゃん」
「え? どこ?」
「ほら、緑の服の後ろ」
「緑……端のほう?」
「ううん、真ん中より、もうちょっとこっち側。魔女の帽子見える? あの右側」
「……ああ」
冬矢は言われて初めて気が付く。さんざん蒼生と健太で悩んだ挙げ句、最終的に蒼生が「これがいい」と言った吸血鬼の衣装だ。身長が高いからわかりやすいかと思ったのだが、ごちゃごちゃした色合いとかぶり物や帽子に囲まれた黒い衣装の健太は、なかなか探すのには骨が折れた。けれど、……蒼生は、一瞬で見つけた。
ぱっ、と健太が顔を上げた。
そして、すぐに上のデッキにいる蒼生に気が付くと、全力の笑顔で手を振ってくる。息を呑んだ蒼生が、嬉しそうに手を振り返した。
その一連のやりとりを、冬矢は交互に見つめる。すぐに健太の姿を見つけた蒼生と、ここにいるはずのない蒼生に気が付いた健太。それを、微笑ましいと思ってしまう自分。それは、なんだか悪くない感じだ。
あっという間に健太が通り過ぎてしまうと、蒼生は柵に置いた腕に顔を埋めた。
「うう」
「今度はどうしたの」
「……他の人の中に入れちゃうのもったいないくらいかっこよかった。あれを至近距離で見られる人たち羨ましい。マントかっこいい」
笑っては悪いので、冬矢はなんとか噴き出すのを堪えた。だって、可愛すぎる。こんなにわかりやすくやきもちを妬く姿が、可愛く見えないはずがない。先程は寂しがる蒼生を慰めたくて言えなかったが、恋人が去る背中に寂しがっている姿もどうしようもなく可愛かった。
恋人が自分以外にもいるという事実は不利益なことが多いように思えるかもしれないが、意外とそうでもない。自分も恋人でありながら、「出かけていく恋人を見送る寂しい背中」も「視線の先にいる恋人にやきもちを妬く横顔」も至近距離で合法的に味わえるのだ。
こんなにも可愛い蒼生を、今日は独占している。こんな嬉しいことがあるだろうか。自分ではない恋人にやきもちを妬くところを見せるなんて、甘えてくれている証拠だ。
「蒼生。ちょっと早いけど、夕飯にしようか」
「……ん、そうだね」
冬矢はそっと蒼生の手を引く。その強さに、きょとんと蒼生が首を傾げた。可愛い仕草。
「人が多くて疲れたな」
「うん」
「それに、だいぶ冷えてきた」
「そうだね」
「だから、夕飯を終えたら、……休んでいこうか?」
「!」
目を見開いた蒼生の頬が、ふわっと朱に染まる。冬矢の意味ありげな笑顔に、蒼生が気が付かないはずはなかった。
一方。
友達の友達はみんな友達、というノリで集まった20人ほどの大所帯でパレードに参加した健太たち一行は、パレード終了後は仮装割引が利くというレストランでわいわいと食事という名の宴会をしていた。
「その衣装、可愛いねえ! どこで買ったの?」
「実はあそこの下着屋さんなの。パジャマなんだよね~」
「普通にいいじゃん!」
「おまえの狼男すげえな~」
「これ、耳、自作」
「マジかよ!」
あちこちでお互いの衣装の褒めあいが繰り広げられている。ほぼ知らない顔同士ばかりだが、やはり普段と違う装束を身に纏っているとテンションも上がってくるのだろう。たしかに日常では目にしない様々な衣装は、見ているだけでも面白い。健太は、斜向かいの女子が自慢するやたらと凝った自作の杖を、リンゴとサツマイモのパイを飲み込みながら眺める。ネイルチップを埋め込んだという色鮮やかな杖は、舞台の小道具のように本格的だ。
隣に座っていた女子が、健太を覗き込むように顔を近付けてくる。この子も知らない子だ。
「吸血鬼って、やっぱり見栄えがするよねえ」
「そう? ありがとう。恋人がね、これ着てほしいって言うからさ」
「へー。わかる、かっこいいもんね! その彼女さんは?」
「うん、欠席。恥ずかしがり屋さんなんだー。可愛いよね」
「うちも彼氏誘ったら、人混み苦手だからって断られちゃった。迎えには来てくれるっていうんだけど」
「優しい彼氏じゃん」
まあ、うちの可愛い可愛い彼氏も、帰ると言いながらもちゃんと見に来てくれたけどね、と健太はそっと心の内で自慢する。あれは可愛かった。目が合った途端、ふにゃりと表情が緩んだ。振った手に、ぶんぶんと振り返してくれた手。引き寄せて抱き締めるときの強さと同じだ。ああ、可愛い。
「んじゃ、そろそろカラオケ屋行こうぜ~」
どこからか声が上がる。時計を見れば、もうすぐ日付が変わろうとしていた。聞いていた予定時刻を大幅に過ぎているのは、相当盛り上がってしまった証拠だ。さらにこれから朝まで飲めや歌えの騒ぎになるというのだから、無茶な話だと思う。体力のない蒼生を無理に誘いださなくてよかった、と健太はほっと息を吐いた。
時間に制約のある数名が抜けたものの、外に出た一行は、ほぼそのままの人数でカラオケ店に向かう。
ところが。
「ごめん! 予約、ちゃんと取れてなかったみたい……」
「えーっ」
「どうしよ、どっか入れるとこあるかなあ?」
どうやら入力内容に間違いがあって、申し込みが弾かれていたのに気付かなかったらしい。それはそれで仕方がないが、この人数をそのまま収容できる場所となると限られてくる。近隣のカラオケ店も当たってみたが、イベント後で同じことを考える客が多いのか、大人数が入れる部屋は満室だった。一晩中開いているレストランもあるが、それでは騒ぐことが出来ない。必然的に、終電があるうちに解散しようという流れになった。
当然、健太はそれで構わない。そうなれば、早く蒼生に会えるのだから。
またこのメンバーで集まろうねと口々に言い合い、ひとりふたりと輪から抜けていく。中には少人数になったことで別の店を探そうと試みるグループもあるようだ。健太もその流れに乗って抜けようとしていたのだが。
「あ、なあ、健太」
声をかけてきたのは坂巻だ。坂巻の周りには、小岩と、他に男女が数人で輪になっている。
「せっかくだからさ、カラオケ出来るし朝まで過ごせるし、ラブホ行こうかって話になってんだけど、おまえも来ない?」
「は? ラブホ?」
「や、今、あるんだよ。大人数で映画観たりカラオケ出来たりする宴会プランってやつがさ。マジでマジで」
「……んー。それはちょっとなあ……」
詳しくは知らないが、坂巻の言う部屋もきっとあるのだろう。だが、そこがラブホテルである以上、蒼生以外と入りたくない。これは健太のけじめの問題だ。
例の杖の彼女が側に寄ってきて健太の腕に手をかける。
「いいじゃん。やましいことなんにもしないよ。ねえ?」
「そうそう。たぶん」
「たぶん?」
「いえ、絶対」
健太は笑い、その手をそっと下ろさせた。
「ごめん、恋人にちょっとでも不安な気持ちを抱かせるわけにはいかないからさ」
「ああ、彼女いるの? でも黙っておけばバレないんじゃない?」
あー、と坂巻が急に物わかりがよさそうな顔をして頷いた。
「そっか、あの子ね~。そうなんだよ、こいつ、めっちゃくちゃラブラブな彼女がいるの」
「そういうことなら仕方ないか~」
「ん。だから、みんなは楽しく過ごして。カラオケはまたの機会ってことで、楽しみにしとく」
「えー、残念。また遊ぼうね」
「今日はありがとー」
名残惜しい声は聞こえたが、これ以上遅くなってしまっては終電を逃してしまう。蒼生に会いたくて抜けようとしているのに、帰れないのでは意味がない。問題は、この格好をどうしようかということだ。パレードが始まる前には自治体が用意した着替えスペースがあったが、この時間ではもう閉鎖されている。衣装のままカラオケを楽しむつもりだったから、そこで着替えて解散となる予定だったのだ。最悪、このまま電車に乗ることになるが、ハロウィンだからという理由で許してはもらえないだろうか。
とにかくはまず、予定が変わることを蒼生に連絡しなければ。思って、健太は携帯を取り出す。すると、メッセージランプがぴかぴかと光っていた。なんだろうと見てみると、そのメッセージは蒼生からのようだ。曰く、“もし、早く引き上げるようなことがあったら、その場で連絡してください”……。その場で? ここから、ということだろうか。少し不思議なメッセージだと思った健太は、時間を気にしつつも電話をかけてみることにした。コールは5回……6回。もう眠っているだろうか、と申し訳なくなった頃、ぶつりと回線が繋がる音がする。
「あ、もしもし。蒼生?」
『……健、ちゃ……』
おや、と思う。眠っていた声? いや、それよりも……甘い……?
「蒼生? あの、オレ、今解散して、帰ろうと思ってるんだけど」
『……来て、ぇ』
えっ。
健太は急いで指定された部屋の前までやってきた。ドアの番号は、さっき蒼生が伝えてくれた番号だ。まさか、ラブホテルに行くことを断った直後にラブホテルに来ることになるとは。だが、意味合いがまったく違う。
焦って滑りそうな指で、インターホンを鳴らす。さっきと同じだ。なかなか反応がない。さっきと違うのは、必ず出てくれるという確信があることだ。
がちゃり。
音がして、ゆっくりとドアが開く。目の前に現れたのは、ドアに縋るバスローブ姿の蒼生。肩を大きく上下させて息を整える、その目は熱く潤んでまっすぐに健太を見つめている。
「け、んちゃ……」
とろけた、声。
それだけで健太の体は反応を始めてしまう。が、まだドアは開いたままだ。こんな可愛い蒼生が万が一にでも人の目に触れてしまっては大変だ。
蒼生の肩にそっと手をかけ、少し下がらせてから部屋に入る。
「んっ……」
漏れた蒼生の声に、心臓が派手に跳ねた。後ろ手にドアを閉めていると、向こうのベッドに足を組んで座った、同じくバスローブ姿の冬矢がにやにやとしているのが見えた。何をしたんだと問い詰めたいが、それよりも蒼生だ。目の前の蒼生だ。ふわんと柔らかな空気を纏わせた蒼生は、荒くなりそうな息を堪えているようだった。それでも、健太と目が合うと、赤い頬を緩ませて嬉しそうに笑う。それから両手を腰の高さまで上げると、健太のマントをきゅっと掴んだ。
「ふふふ、健ちゃん、まだ、そのかっこだぁ」
すうっと蒼生の目が下から上へと流れていく。
「あ、うん。着替えるとこなかったんだ」
「そっか。……ねえ、言わないの?」
「え?」
なんだろうと思って首を傾げると、蒼生も同じ方向に首を傾げた。
「言わないの? お決まりのフレーズ」
そこまで言われてようやく健太は気が付く。そういえば、あちこちに書いてあった言葉。結局友人たちとの間では一度も使わなかったけれど。
「えっと、……お菓子をくれなきゃいたずらする、ぞ?」
蒼生は無邪気な表情で笑う。
「はい。……どーぞ」
そのまま。
するりとバスローブを脱ぎ捨てて。
全裸の。
「…………っ!!」
完全に臨戦態勢になった健太は、蒼生の体を抱き上げる。それだけで、蒼生がびくんと体を震わせた。しっとりした肌の熱さが、直に手のひらに伝わってきて、思わず力が入る。「は、ぁ」と蒼生の吐息。
「あ、あ、もぉ……っ、可愛すぎるだろ……っ」
蒼生をベッドに横たわらせた勢いで、そのまま覆い被さる。待ち侘びるように小さく開かれた愛おしい唇に、噛みつくように唇を合わせて。
「……っは、蒼生……っ、蒼生……」
「健ちゃ……ぁ、好き、会いたかった、健ちゃん……っ」
「オレもだよ、蒼生、大好きっ……」
キスの合間に言葉を重ねる。
健太は必死に首に腕を巻き付けてくる感触を味わいながら、その蒼生の舌を優しく噛む。
「ん、ん……っ」
甘い。
脳が痺れるほど、甘い。
「健ちゃ、甘い……」
「蒼生も甘いよ……」
「は、ふ、……リンゴの味……」
ああ、そうか。さっき食べたパイの。蒼生はそれを味わうように、舌で健太の唇を撫でる。さっきから跳ねまくった心臓が、とうとう耳元にまで来てしまったのだろうか、自分の鼓動の音がやたらうるさい。
「ね、え、健ちゃん……、あのね、もう、」
すり、と、蒼生が腰を擦り付けてくる。
そうだろう、バスローブを落としたときに、もう知ってしまっている。
蒼生のペニスが上向いて蜜をこぼし、健太を待っていることを。
だから、何も言わずに体を起こすと、ふるふる震える愛おしい塊を、脇目も振らずに口に含んだ。
「っあ、ぁあー……」
上擦った声。
唇で感じる熱さと鼓動の強さが、どうしようもなく愛くるしい。
「健ちゃん、僕も、僕もぉ……」
ぎゅっと胸が締め付けられる。可愛い。可愛い。
「ん。一緒に、な」
無造作に腰のゴム製のベルトに手をかけ、下着ごとずり下ろす。はち切れんばかりになって窮屈に収まっていた健太のペニスが、しがらみから解かれたように零れて揺れる。そこに、蒼生が堪えきれずに飛び付いてくる。
「っ、あぉ……」
「ん、ん、ぅ、っふ……ぁ」
びり、と背中に電流が走る。蒼生は添えた手で緩やかに根元を擦り、先端に何度もキスをして、唇で健太を包み込む。舌が小刻みに動くたび、電流は強くなっていく。
「……っく、う」
その必死な様は、蒼生の限界が近いことを教えてくれているようだ。ぴくぴく跳ねる身体と熱い息が、どんどんその間隔を狭めていく。
「可愛い蒼生……っ、ちょうだい。オレの口に。全部」
「ぃっ……ん、う、ん、んんっ、ん、んーっ……!」
蒼生は声を封じ込めるように健太のペニスを喉元まで咥え込み、健太の口に精液を吐き出した。
その振動と締め付けで健太も同時に達してしまう。まさかこんな早く射精してしまうとは。会えなかったわずか数時間で、自分はどれだけ蒼生への思いをこじらせていたのだろう。が、一瞬気持ちよさに支配されそうになった頭は、すぐに冷えた。
健太は慌てて腰を引く。
「……っ、げほっ、げほ」
「あ、蒼生! ごめん、だいじょぶ!? だいぶ深いとこ擦っちゃったよな、ごめんな!」
涙目でむせていた蒼生は、力の抜けた肩を大きく揺らしながら首を振った。
「ううん……。間違えて噛んじゃわないように、口、開けようと思ったら、奥のほうまで入れちゃ……って」
「水、水」
とりあえず喉を潤してやらないと、と思った健太の前に、冬矢が水のペットボトルを差し出してきた。いろいろ言いたいことはあるが、まずはそれを受け取って蓋を取り、蒼生を抱き起こして渡す。
「あり、がと」
どうやら少し落ち着いたようだ。さっきの蒼生は、なにか妙なスイッチが入っていた気がする。
健太は、そのまま後ろから蒼生を抱き締めると、そっと頭を撫でた。
「さっき、どしたの? すっごく必死な感じだったけど。あ、舐めてくれたのはもちろん嬉しかったよ」
そう言うと、蒼生はちらりと冬矢を見る。冬矢が意地悪げな顔で笑うと、拗ねた表情で健太を見上げた。
「あのね。冬矢がイかせてくれなかったの」
「ええ?」
今度はふたりがかりで冬矢を見る。
冬矢と蒼生がふたりきりでホテルに入って今までしていたことは、実は蒼生の一言に尽きる。服を脱いで一緒に風呂に入りベッドで寝転ぶまで、冬矢は肝心な場所には触れず、あえて弱点を避けながら緩やかに撫でてキスをして抱き締めて、優しく解す以外はただひたすらゆったりと可愛がっていたのだ。
冬矢は悠然と笑う。
「ふふ。散々触れられて気持ちよくなっても、絶頂まで辿り着けないでとろとろになっちゃう蒼生、可愛かっただろ?」
「か、可愛い……し、色気がやべぇけど……」
「それに蒼生も、今すごく気持ちよかったよね」
「う、うん……。すごく気持ちよかった、けどぉ」
「最高に可愛い蒼生を堪能させてもらったよ。可愛い可愛い、大好きな蒼生」
次第に冬矢の顔が満足げになっていくので、なるほどそれなら仕方ない、と頬にキスを受けながら納得する蒼生だ。
だが、健太はやはり少し不満に思う。
「ホントにおまえ、蒼生を焦らすの好きだよな。そりゃ、とろとろの蒼生は、オレも好きだけどさ。でも、……可哀想じゃん」
ぎゅう、と強められる腕に、蒼生は嬉しくなって頬を擦り付ける。そして味方が出来たとばかりにもう一度健太を見上げる。
「そうだよ。冬矢ってばね、健ちゃんが来たら挿入れてくれるって言うんだよ? 僕、挿入れてって何度もお願いしたのに」
「わー、なんて奴だ!」
そうか。健太は納得がいく。だからあんな必死な「来て」だったのか。
と。
蒼生の手が、ついっと動いた。
右手が、冬矢のバスローブの袖を掴む。
左手が、健太のマントの裾を掴む。
「……蒼生?」
「蒼生」
ふたりが蒼生の顔を覗き込むと、蒼生はふぅふぅと浅い呼吸を繰り返し、血が上って紅潮した頬でふたりを交互に見た。
「冬矢ぁ……健ちゃん来たから、挿入れて……? ね、健ちゃんも、続き、してぇ……」
じわじわと溜め込まれた熱に耐えきれなくなったのだろうか。可愛い蒼生の潤んだ目は、ふたりの胸を直撃する。
「意地悪してごめんね、蒼生。ちょっとやりすぎちゃった」
「ううん、いいの……」
「だな……続き、しような」
「する……」
愛しい蒼生。
ふたりはそれぞれに伸ばされた手を取り、指を絡ませ、繋ぐ。
何度も交互にキスをすると、蒼生はほっとしたように微笑んだ。
冬矢は蒼生の肩を抱き、健太から優しく引き剥がして、白いシーツに埋めるように白い身体を横たえる。
嬉しそうに笑った蒼生が、両手を差し伸べる。
その手が届くように顔を近付ければ、首の後ろに回された手が緩く指を組んだ。
「蒼生。……ちょっと準備するから」
「ふふっ。僕は準備出来てるのに」
「あれ、今度は蒼生が意地悪を言う番か」
笑って、冬矢は体を起こし、シーツの上に置きっぱなしにしておいたゴムの袋に手を伸ばす。
それを隙と見た健太が、割り込むように、手を離した蒼生を逆さまに覗き込む。そしてそのまま逆さまのキスをする。蒼生の両手を取ってシーツに縫い止めたのは、おそらく蒼生を思い切り焦らした冬矢への抗議なのだろう。それとも首に手を回したことへの嫉妬だろうか。
ふたりを揶揄いすぎたかな、と少々反省しながらも微笑ましく思い、冬矢は柔らかな線を描く腰をそっとさする。それから、
「あーおい。挿入れるね」
小さく、告げる。
「……ん」
返事は健太のキスに阻まれたが、ちゃんと聞こえた。
いじり倒して、待ちきれないようにひくついた最奥のくぼみに亀頭を押しつけると、そこは吸い付くようにくちゅりと小さな音を立てる。
ゆっくり。ゆっくりと狭い入り口を通り抜ければ、ふわりと熱く包み込まれる。
「ん、ぁ、あ……っん、くっぅ……」
唇の隙間から零れる声は、安堵のような、喜悦のような、快感に震えるような、不思議な音色。ただ、きぅ、と締め付けて飲み込もうとしてくるナカは、焦れて待ち侘びた蒼生の心そのものなのだろう。
「……可愛い。蒼生、可愛いね……」
「う、あぁっ、ん、と、ぉや……ぁ、き、もち、ぃ」
涙目で訴える蒼生の眦に、健太が唇を寄せる。
冬矢は蒼生の腰を抱き上げ、いつも蒼生がよがるところを優しく撫で擦る。
「……あー……っ、そこ、ぁ、」
「ここ、好きだもんね」
「う、ん……っ、ひゅ、き……」
健太の舌が絡んでうまくしゃべれない蒼生の言葉は、冬矢だけでなく健太の下半身にもダイレクトに響いた。
「なっ、なに今の、蒼生可愛い~っ! んーっ!」
「んぐ、う、けんひゃ、くるひ……っ、あぁっ」
ナカにいる冬矢と、キスを重ねてくる健太が、蒼生に息つく暇を与えない。さっきから、蒼生の頭の中は健太と冬矢の存在でいっぱいだ。他のことを考える余裕なんてまったくない。足で冬矢の腰を引き寄せて、押さえ込んでくる健太の両手をぎゅうっと握り締めるのは、無意識の行動だった。ただひたすらにふたりが愛おしい。
そんな状態の蒼生が可愛くて可愛くて仕方のない健太は、衝動を抑えられず、咄嗟に体の角度を変えると蒼生の首筋に噛みついた。
「……あぅっ」
それから、肩に。
「あぇ……? け、んちゃ……?」
「! っ、あ、ごめん、つい」
蒼生の肌には、くっきり歯形が残る。たまに勢いで噛んでしまうことはあるが、蒼生に痛い思いをさせたくない健太は、ここまで強く噛むことはない。ふっと冬矢が笑う。
「今日の、健太は、吸血鬼だからな」
あ、とふたりが声を合わせる。たしかに健太はまだ上着とマントを纏ったままだ。
「……ふ、ふ。そっかぁ……。じゃあ、っ、いっぱい、ァ、噛んでいい、よ」
「マジでぇ……?」
ぞくぞく、と震えた。蒼生がいいと言った。言ってくれた。なんだろう、蒼生の許可が、とても心地よい。
健太は左手で蒼生の手を掴んだまま、右手を離してさらに体をずらす。そして、可愛らしく存在を主張する乳首に噛みついた。
「っああっ!」
いっそう蒼生の声のトーンが高くなる。
同時に、搾り取られるようにペニスを締め付けられた冬矢がびくんと体を揺らした。
「……っは、かわい……蒼生の乳首……。……おいし……はぁ……っ」
健太の残った手は、反対側の乳首に伸びる。爪で優しく引っ掻いてやると、蒼生は全身をくねらせる。
「あっ、あぁ、う、あっ」
蒼生の体に力が入ったせいで動きを制限された冬矢が、それに逆らうようにナカをこねくり回す。
頭の中が弾けそうだ。下半身から来る蓄積された快感と。胸に与えられる甘い痛みと。それが膨れ上がって。身体の中でぐるぐると渦を巻く。圧迫されて、息が苦しい。
「も……お、イく……っぅ」
「うん……蒼生っ……」
「ん、いっぱい、きもちく、なって」
耳に届くふたりの甘やかす声。気持ちいい、と、大好き、でパンクしそうだ。
最後の一押しは、文字通り、冬矢の先端がその場所を抉ったことだった。
「……あっんっ、ふぁあっ、んー……っ!」
蒼生は大きく身体を痙攣させて、自分の腹にぱたぱたと精液を飛ばした。何度もナカで扱かれていた冬矢も、引っ張られるように熱い体内に吐き出す。
「……っう。……はぁ、可愛い。……気持ちよかったね」
手を伸ばして髪を撫でてやると、蒼生は放心したままこくんと頷いた。ゆっくり体を引き抜くと、それすら刺激になるようで、びくびくと震える。
可愛い。自分たちの目の前で、快感の余韻に浸ってぼんやりと天井を見つめる蒼生が、とても可愛い。
その、可愛い瞳が、ふるっと震えて動く。おやと思っていると、蒼生は視線と同時にゆったりと手を伸ばす。が、力尽きたようにその手は健太の足首に落ちた。
「ん? 疲れた?」
「疲、れた、けど、足りない……」
「蒼生」
「やだぁ……健ちゃんのも欲しい……」
「…………っ」
たしかに、こんな可愛らしく乱れる蒼生の姿を見て、健太のペニスが大人しくしているはずはない。が、蒼生の体のことを考えればひとりで処理することもやぶさかではない。実際、相手がふたりである以上、最後にどちらかがこの状態で終わることはよくあることで、それは健太も冬矢も納得している。
ただ、いつもそれを納得しつつも勿体ないと思っているのが蒼生だ。普段の遠慮がちで物を欲しがらない蒼生とは違う。素直に「欲しい」を口にする。ふたりは、それがどうしようもなく愛おしくて仕方がない。
「無理はしてないね? どこも痛くない?」
「いたい……? 胸、痛い」
「えっ、オレ、強く噛み過ぎちゃったかな」
「違う……。好き、でいっぱいになりすぎて、痛いの。ぎゅーってするから、だから、もっと僕の中をふたりで満たしてほしい……」
胸を潰すほどの。
それは、同じ痛みだ。
健太も。冬矢も。握り潰されていると感じてしまうほど、“大好き”で溢れかえっている。
これは、伝え合えば、和らぐ痛みなのだろうか。
「あー……。オレも蒼生が好きすぎてどうにかなりそう……。ん、わかった。おいで」
蒼生に向かって手を伸ばす。
嬉しそうにふにゃりととろけた顔で、蒼生は体を起こした。ひどく怠そうな動きが、これまた可愛く見えてしまうのだから、自分たちも大概だと思う。
倒れ込むように腕の中に飛び込んで来た蒼生の背中を、健太はあやすように撫で下ろす。
「は、あー……」
夜の中に溶けてしまいそうな、甘い吐息。それが健太の耳から入り込み、脳に届く頃には、とっくに下半身がその気になっている。
「なんで、もー……可愛いの限界を毎回突破してくるんだろ……」
愛しい人が、自分にすべてを預けて笑っている幸福は、本当に、なにものにも代え難い。健太は蒼生の頭をぽんぽんと撫でると、体を抱えてくるりと反転させ、背中から抱き締める格好にする。そのまま自分の上に座らせると、蒼生はさらに体から力を抜いた。可愛い。
「はー。好き。大好き」
うなじにキスをして、さっき噛んだ肩の歯形を優しく舐めてやる。腕の中で、笑う声。
「あ、ん。ふふ、くすぐったぃ……」
「しばらく、残っちゃうかもな。ごめんね」
「んーん……。きもちかったから、いいの」
「いいの?」
「うん。……ねえ、熱いんだけど……」
蒼生は、腰の辺りに感じる熱に、さらに腰を擦り付ける。そっと足に力を入れて、自ら受け入れようとしているようだ。自分を求めてくれているのだと思うと、嬉しくてまた噛みついてしまいそうになる。それを我慢するかわりに、後ろから回した両手を伸ばし、蒼生の膝の裏で手を組んだ。両足を上げたまま抱え上げられた蒼生は、うっとりと自分のくっついた両膝を見つめる。その体勢のまま、蒼生の体は健太のペニスの上に降ろされていく。
「っあ、あ、挿入って、く、ぅ……」
「蒼生……」
「んっ、は、ぁ、健ちゃ、ん……っ」
熱い。
その熱さが気持ちよさに直結する。
繋がった場所以外も、身体中すべてが気持ちいい。
「あーっ……」
ごり、と蒼生の弱点を、健太が擦って通り過ぎる。
「ひっ……ふ、かぃ……ぃ」
「蒼生、あおぃ、はぁっ……」
「あ、う」
抱えられて動けない蒼生は、ただそれを受け止めることしかできない。その事実さえもが快楽となって蒼生を襲う。
健太はゆっくりとそこと奥を交互に捏ねるように、蒼生の身体を揺さぶる。
「う、うぅ、んーっ、は……、ぁ、あぁっ」
「……かぁわいい……」
とろけていく蒼生の表情を嬉しそうに見つめていた冬矢だが、とうとう我慢しきれずに手が伸びた。頬を撫でると、蒼生はふにゃっと笑って擦り寄ってくる。
「あ、う、……とぉや、……ちゅ……」
わずかに開かれた唇。可愛い可愛い仕草に、引き寄せられるようにキスをする。
「ん、ふふ。……うぁ、あんっ」
健太が角度を変えて蒼生のナカを抉ったようだ。また張り合ってきたらしい。冬矢は小さく笑う。そんなことをしている場合ではないような気もするが、自分たちが張り合うことで蒼生を気持ちよく出来るならそれもいいように思う。
冬矢は揃えられた蒼生の両足首を両手で左右に広げて蒼生に近付くと、蒼生の舌を丁寧に自分の舌で撫でてやる。
「……ふぁ……」
愛しい声を、飲み込むように。何度もキスを。
蒼生の震える手が、冬矢の腕にかかった。
「どうした、の」
髪を撫でてやると、蒼生は、びくびくと震えながら、両手を自分の太腿の裏に下ろす。冬矢の視線がついてくることを確認して、指先で健太に閉じられたままにされているそこを割り開くような仕草をした。
「! 蒼生」
健太の腕に足を抱えられているから、脚の間までその手は届いていなかったが、明らかに隙間を作ろうとする動きだ。
ふっと冬矢は笑う。
蒼生の目は、冬矢をじいっと見て揺れている。
おそらくどうしてほしいか伝えたいのだろうが、荒い息がそれを許してくれないのだろう。
「……欲しがりさんだね、蒼生は。いいよ。貪欲に求められるの、嬉しい……」
頬にキスをしながらそう告げると、わずかに照れたような表情を浮かべる。ここで、そんなふうな顔をしてしまうのか。しかも、この至近距離で見せてくれるのか。
冬矢はローションを手のひらで伸ばし暖め、蒼生が開こうとした脚の間に滑り込ませた。
「んっ……」
指が、その先に屹立した蒼生のぬめった先端に触れる。目の前では、深い色の瞳が期待に震えている。その期待に応えるように、その隙間とも言えないわずかな隙間に、冬矢は自分のペニスをねじ込んだ。
「あんっ、あ、ぁっ」
ぐり、と。先端が、蒼生の裏筋を擦った。咄嗟に蒼生の手が冬矢の肩に伸び、強く掴む。それだけ衝撃が強かったのだろう。
「ふ、可愛い……。もっと動かすね」
「……う、ん」
わずかに、健太の動きが緩む。
「え、なに、何が起きてんの、今」
冬矢との距離が近くなったことはわかるが、健太には蒼生の身体がいっそう熱くなったことしかわからない。
「ほら……蒼生。健太に教えてあげて。今、どうなって、どこが気持ちいいの?」
「あ、ぅ」
蒼生はがくがくと震えながら、開いたままの唇をはくはくと空振らせ、一生懸命声を出そうとする。可愛い。健太は蒼生の左肩越しに、冬矢は右肩から、快感に喘ぐ蒼生の恍惚とした顔を見つめる。
「はっ、ぁ、あし、脚のあいだ、から、とぉやに、いれ、て……あぅ、う、もらって、こ、こすれ、て……あ、あ、ちんちん、いっしょ……こすれ、て、うー……っ、けんちゃの、うしろ、のごりごりと、いっしょ、あぁー……」
ぎゅ、と蒼生の手が強くなる。
「まえ、からと、うしろ、から、で……う、うぅ、からだのまんなか、う、きも、ちぃ……きもちぃの……っ」
ふたりの目の前で、蒼生はみるみる目を潤ませていく。
「……きもちい、……も、どうしよ、あた、ま、ぐちゃぐちゃ……う、はぁっ、あ」
健太と冬矢は、胸に宿る火がより強く燃え上がるような感覚を味わっていた。
間に挟まれ、気持ちいいと泣く恋人。
可愛い。
愛しい。
冬矢はさらに身を乗り出した。
「健太、バランス崩すなよ」
「そっちも、ちゃんと抱えてろよ」
ふたりがかりで、蒼生の身体をさらに強く抱き締める。
「……ぇ?」
声にならない声を、まずは冬矢が塞ぐ。
蒼生の肩を引き寄せるように抱き、脚の間を細かく擦るように動く。
「あっ、んっ」
健太はうなじを舐め上げて、突き上げるように腰を動かす。
「ひぅ……っ、あ」
ふたりが、それぞれ、蒼生を追い上げるように動き出したことに、蒼生はぼんやりとする鈍い思考の中で気付く。
怖い、と思った。
これ以上高く上り詰めては、どうなってしまうかわからない、それが怖い。
けれど。
片手で冬矢の手を掴み、もう片方の手で健太の腕を掴む。
ふたりがいる。
いてくれる。
何も怖いことなんてないじゃないか。
「あ、あーっ、あ、う、き、もち、ぃよぉ……っ」
「可愛い……可愛いね、蒼生……」
「蒼生……っ、大好きだよ……」
「すき、すき、だい、すきぃっ……」
それだけははっきりわかる。自分を包み込むように愛してくれるふたりを、心の底から愛しているということだけは。
あとは、もう考えられない。
身体の中がふたりでいっぱいになってしまっている。
もう、それが弾けてしまいそうだ。
「ぅ、……も、イくっ……だめぇ、イッちゃ、イッちゃう、あ、」
「蒼生ぃ……」
「蒼生……」
声が。
両側から。
「……ん、んぅうぅ、ぁあああぁー……っ!」
誰が最初に達したのか。
それは、誰も認識していなかった。
気が付いた時には、3人で精を吐き出していて、誰からともなくぱたりとベッドに倒れ込んでいた。
しん、とした部屋に、エアコンの音と、荒い息を繰り返す音。
「……やば」
ぼそりと最初に呟いたのは健太だった。
「何、なんだったんだ……。いつも気持ちいいけどさ、今日、かなりランキング上位に躍り出そうなくらい気持ちよかったんだけど」
言いながら、そっと蒼生の頭を撫でながら反対側の手をその腰に寄せ、ゆっくりとペニスを抜く。
「んぅ……っ」
びくびく、と蒼生が震え、わずかに顔を上げた。
「……わかんないけど……僕も、きもちかった……」
冬矢も笑って、投げ出されたままの蒼生の手を握った。
「それはよかった。俺も、いっぱい蒼生に気持ちよくしてもらったよ」
「そ、そっか」
蒼生は、空いたほうの手でぱたぱたとシーツを叩く。健太が気付いて握ってやると、へにゃりと微笑む。
「えへへ。嬉しい」
幼い子のような可愛らしい顔。つい今までの、色気に満ち溢れた表情はどこへ行ったのだろう。このギャップは、絶対に他人には見せられない。見せたくない。
健太は蒼生から手を離さずに、ぐっと体をヘッドボードのほうに伸ばして、冬矢が用意していたペットボトルを手に取った。そこにはきっかり3本置いてある。1本は先程蒼生が飲んだ分。1本は自分の分だろうが、健太の分までちゃんと準備してある。まるで、健太が現れることを最初から想定していたようだ。
健太は蒼生の体をゆっくり起こし、ペットボトルを渡す。蒼生は「ありがと」と笑い、たどたどしい手つきで蓋を開けた。本当なら手伝うべきだろうが、手つきが可愛いので思わず見守ってしまう。
「……ところで。オレが来なかったらどうするつもりだったんだよ。ずーっと蒼生を寸止めさせとくつもりだったんか?」
まさかな、と思いながら聞くと、やはりあっさりと冬矢は首を振った。
「そんなはずないだろ。終電の時間まで連絡がないようだったら、少し手法を変えるつもりだったよ」
そう言うと、蒼生がペットボトルを半分飲み干していったん蓋をしめるのを確認してから、ぐいっと蒼生の腕を引く。蒼生はされるがまま、冬矢の上にぽすんと引き倒された。すると裸の胸に擦り寄ってくるので、それが可愛くて、髪にキスをする。
羨ましくなった健太は、ベッドの上を這うように移動すると、蒼生の腰に顎を置いた。
「ひぇっ」
「終電かー。じゃあマジでギリギリだったんだな。待たせてごめんな、蒼生」
「あ、うん、僕もギリギリだ……ったのはともかく、健ちゃん、そこ、くすぐったい……」
「またシたくなっちゃう?」
「なっちゃう、から離れてぇ……」
「えー」
冬矢は何度もキスを繰り返しながら、笑う。
「とりあえず、べたべたになっちゃったな。もう一度お風呂入ろうか」
素直に蒼生は頷く。が、少し複雑な顔をした。
「お風呂は入りたいけど、脚上げるかっこしてたから、まだがくがくしてる」
そこでようやく健太は体を起こすと、ひょいと蒼生を抱え上げた。
「わ」
「じゃあ、オレが連れてってあげるー!」
「……まだ元気だな」
「まあね!」
にこにこと答える健太に、蒼生は嬉しそうに笑う。そのまま浴室に向かう健太の背中を呆れたように見つめ、冬矢もその後に続いた。
早朝の空気はしんと冷え、暖かな部屋にいた体を叩き起すように肺に飛び込んでくる。わずかに霧がかったようにぼんやりとした街の景色を眺め、蒼生はにこにこと振り向いた。
「朝帰りだね!」
家に誰を待たせているわけでもない。だから誰に対しても悪いことはしていないのだが、「イケナイことをしている」ような妙な高揚感があるらしい。蒼生はさらに楽しそうに、
「面白かったし嬉しかったな。またこういうことしようね」
そう言葉を繋げた。
こういうこと……。朝帰りも、健太のコスチュームも、冬矢の意地悪も、すべてを含んでいるのだろう。どこをとっても、蒼生はふたりとのセックスを嬉しかった、と言っているのだ。素直にはっきりそう言ってくれる蒼生が可愛いし、愛しい。
「うん。違うとこでするのもいいよな」
「家だと安心するし、違うとこだとわくわくする」
「3人で入ったのも初めてだったしね」
「そうだよね、入れてよかった」
健太が、デレっと表情を崩して蒼生の腕をさする。
「……わくわくして興奮してたのかな。昨夜の蒼生、すごかったぁ」
それを聞いた蒼生は、ぴっと背筋を伸ばした。
「あっ……。ちょ、ちょっと、はしたなかった自覚は……ある……」
わずかに照れた顔。ここで照れるのか、と冬矢は笑い、蒼生の腰をぽんと叩く。
「いや、そんなところがすごく可愛かったよ。もちろん、どんな蒼生も可愛いんだけど」
「う、そっか……うん」
右を見て、左を見て、笑顔に囲まれていることを自覚すると、蒼生はさらに嬉しそうに両手で頬を包んだ。
健太ががさりと持った袋を掲げる。
「そういえば、これ、お菓子だな。家でもパーティ出来そうじゃん」
ぱっと蒼生が顔を輝かす。
「そうだよ! ケーキも焼くんだよね、冬矢」
「ああ。蒼生にも手伝ってもらう約束だけど……さて、その足で立っていられるかな」
「! ……もう大丈夫だし。手伝うよ!」
「え、いいじゃん! オレもオレも! なんなら蒼生をずっと支える役でもいいよ!」
なにそれ、と蒼生が怪訝な顔をする。そんな顔もとても可愛い。
「それじゃ、早く帰ろうね」
「うん!」
それぞれが頭の中に理想のメニューを描いて提案し合う。メインディッシュはどうしよう、スープには何を浮かべよう。
もちろん最後には、どんな飾り付けのケーキにしようか、と盛り上がる。
きっとそれは、甘い、甘い……。
蒼生はふわりと笑って、両側を歩くふたりの腕にそっと両手をかけた。
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69こ目;Sweet Treat
僕+君→Waltz! 創作BL 創作BL小説 一次創作 幼馴染 三角関係 3P R18せっかくなので季節ネタをお届けします。
大学の学友に「ハロウィンパレードに参加しない?」と誘われた健太は…。
タイトルは「お菓子」の意味ですが、そのまま「甘いごちそう」と訳していただいても大丈夫です。
つまりそういうお話です。
そして…。
なんとこのお話で100万文字に達することが出来ました!
ありがとうございます、なんか勢いで進んだらここまで辿り着いてしまいました。
これからもよろしくお願いします!
↑初公開時キャプション↑
2022/10/29初公開
https://pictbland.net/users/series/kazanet-tk/%E5%83%95%EF%BC%8B%E5%90%9B%E2%86%92Waltz%EF%BC%81
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健太が鼻歌交じりに学部棟から出てきたところに、ばたばたとやかましい足音が聞こえる。何事かとそちらを見ると、友人である柴崎と小岩がじゃれ合いながら駆け寄ってくるところだった。
「おー、健太だ! よかった会えた~」
何か探される用事でもあっただろうか。さっき見た携帯には何のメッセージも入っていなかったが。
「講義、全部終わり?」
「んにゃ、あと1コマ。あっちのおっきいとこ。……なんか用だった? 急ぎだったら携帯に連絡くれたらいいのに」
「急ぎってわけじゃないんだよ。たださ、今、会えた人間を片っ端から誘おうキャンペーンしてて。まあ、健太にはどうせ後で連絡しようと思ってたんだけどな~。あ、次授業だったら手短に」
柴崎がなにやら携帯を弄りだす。覗き込むと、画面に表示されているのは黒とオレンジで構成されたページで、そこには羽を背負ったり顔にハートマークを書いたり頭に耳を付けたりした女性たちの写真が載っている。
「コスプレ?」
「コスプレ言うな、仮装だ、仮装」
「ほら、もうすぐハロウィンだろ」
「あー」
そういえば、そんな行事があったか。以前はそんなに流行していなかったが、近年突如として知られるようになったイベントだったな、とぼんやり思う。地元でも浸透してきてはいたようだが、都会の騒ぎほどではなかった。なにより、中学時代も高校時代もほぼ学祭の時期と被っていたため、それどころではなかったのだ。しかし言われてみれば、いつかハロウィンパーティを誰かが企画して、一応仮装もした記憶がある。だが蒼生が一緒ではなかったので、誰と何をしたかはっきり覚えていない。
健太がそんなことを考えているとは思ってもいない小岩が、楽しそうに画面を指さす。
「で、ほら。仮装行列やるんだって」
「言い方がなんかダサくね? ハロウィンパレードな。参加者が思い思いの仮装をして、街を練り歩くイベントがあるんだってさ」
「仮装行列じゃん」
「そうなんだけど!」
ふうん、と健太はページの説明文を流して読む。
「よくニュースで見る大騒ぎとは違うんだ」
「あれって勝手に集まって問題起こすから問題なんだろ? これは、ほら。自治体がやるやつだから、ちゃんとしてるよ。なあ、これ、みんなで参加したら楽しそうじゃないか?」
なるほど、たしかに。みんなで集まって騒ぐのは健太も好きだ。
「へー。たしかに面白そう。参加しようかな。おまえらも参加すんの?」
「当然誘ってるんだし、俺らはそのつもり! んで、これからさらにどんどん参加者を増やしてこうと思ってる」
「人数多い方が楽しいだろうしなぁ」
「そう! んじゃ、ここのページのアドレス送っておくな。近々打ち合わせしようぜ」
そう言い残して、2人は校舎の中に入って行った。健太は時計を見てぎくりとする。マズい、授業が間もなく始まる。
そもそも、仮装とは何をすべきか? 健太は首を捻りながら手元の携帯で検索する。元々は悪霊から身を守るために彼らと同じ格好をするということが始まりらしい。が、イベント化していくにつれ何でもありになっていったようだ。元来の風習が残る地域だったらまだしも、様々な国と時代を経て、最初から楽しむ目的のイベントとして広められたので仕方ないのかもしれない。しかし、だからこそどうしたらいいのか迷ってしまう。
うんうん唸っていると、玄関の鍵が開く音がした。はっとして耳を澄ます。この開け方は……冬矢だ。だが、先にスリッパを履いたのは蒼生だ。健太はソファから立ち上がると、両手を広げてスタンバイする。間もなく、リビングのドアが開いた。
「ただい……」
蒼生は健太のポーズを見て一瞬目を丸くしたが、すぐにへにゃっと表情を崩して足早に健太の腕の中に飛び込んだ。
「……まぁ!」
「おかえり~大好き~」
「僕も~」
後からリビングに入って来た冬矢は、ふたりの様子に笑うと、片手に提げたビニール袋をがさりとダイニングテーブルの上に置いた。
「さあ、せっかく買ってきたごはんが冷めてしまう前に、一緒に食べよう」
「お、そうだな」
腕の中からもぞもぞと顔を上げた蒼生が申し訳なさそうな顔をする。
「ごめんね、バイト遅くなっちゃって。ふたりは先に食べててくれればよかったのに。僕ひとりなら、自分で適当に何かしたよ?」
ふっと笑った冬矢が、近付いて来て蒼生の頭をさらりと撫でた。
「何度も言っているけれど、蒼生が遅くなった時のお迎えは、ふたりっきりになれるチャンスなんだよ。毎回健太と奪い合いなんだ」
健太は腰に回した腕にさらに力を込める。
「それに、蒼生と一緒にごはん食べたいの! 機会はできるだけ逃したくないんだってば」
ふたりのそれは嘘偽りのない、本音だ。さすがにこれだけ何度も繰り返し繰り返し伝えているので、蒼生もすぐに納得したようだ。ふたりの顔を見比べて、少々困ったように微笑んでから、こっくりと頷いた。
蒼生は、どうしても自分の中から湧き上がる不安や疑いから逃れられない。そのたびに上書きするように言いくるめるのだが、健太も冬矢もそれを「何度も告白するチャンス」だと心の底から思っている。そして、そのたびに蒼生と自分たちの中にある愛情が生まれ変わっていることを感じていた。
「で、何買ってきてくれたの?」
健太が明るい声をあげる。蒼生を待ちたいから我慢はしていたが、空腹がわりと深刻だ。
「スパイスカレー。家ではなかなかやらないだろ」
「袋の中、早く見てみて、大きい骨付きの鶏肉。これが食べたかったんだ」
「旨そう! サラダ、言われたとおり用意しといたよ」
「ありがとー」
こぼれないようにしっかり包装されているから匂いがわからなかったのか。健太は蒼生を抱き締めたまま袋に近付いた。袋を覗き込めば、たしかにいい香りがふわりと漂う。中から容器を取り出せば、いっそう香りが強い。その香りにテンションの上がった健太は慌ただしく座り、それを見た蒼生と冬矢も笑って席についた。
「いただきまーす」
「いただきます」
全員で声を揃え、スプーンを手に取る。濃い色のルウを掬い上げると、ますます食欲をそそられる香りが鼻腔をくすぐった。そこから口まで運ばれるまでは一瞬だ。
「ん、おいしー」
「わあ、けっこう辛い。でも美味しい。あ、止めたらダメなやつだ」
「そうだね。しっかりスパイスが利いてる」
健太の分には、鶏肉の他に牛の煮込みが別皿で添えられていた。通常の量ではきっと足りないと考えて蒼生が買い足してくれたのだろうなと思うと、健太は嬉しくて仕方なくなる。もちろん、にこにこしながらスプーンを口に運ぶ健太を見ている蒼生も嬉しそうだ。
「でも蒼生が残業なんて珍しいよね」
冬矢が蒼生の顔を覗き込んでそう話しかける。蒼生は頷いて口の中身を飲み込んだ。
「うん、あのね、店舗をハロウィンっぽく飾り付けるんだって。しまい込んであった去年のぐちゃぐちゃの小物をみんなで整理してたら、意外と時間がかかっちゃった」
「ああ、それか。俺のところもやるらしいからね。どこもかしこも同じだな」
はっと健太は顔を上げる。そういえば、ハロウィンだ。さっきまで散々悩んでいたのに、蒼生の顔を見たらすっかり忘れてしまっていた。
「そうだ、オレ、友達にハロウィンパレード誘われてさ」
「パレード?」
ふたりが首を傾げるので、健太は携帯を弄る。そして、先程まで見ていたページをふたりに向けて差し出した。身を乗り出した蒼生が日程に目をやる。
「月末の土曜日の夕方……。ハロウィンパレードっていうと夜のイメージあったけど、違うんだね」
「へえ……街が主催するんだ」
「わ、ちっちゃい子がいっぱい揃ってお化けの格好してるの、可愛い」
「去年の写真? 本当だ、小さな子からご年配の方まで参加しているのか」
「そっか、だから夕方なんだ」
やはり健太同様、ふたりにとってもあまり馴染みがないイベントのようだ。そしてそれは、次のセリフで決定的なものとなった。
「気を付けていってらっしゃい」
「人に迷惑をかけるような真似は……まあおまえはしないだろうけれど、周りに流されるなよ。蒼生が心配するから、途中で連絡は忘れずに」
その言葉は、まるっきり想定通りだ。
「……ちなみに、一緒に行くという選択肢は?」
「え?」
蒼生と冬矢は声を揃えて不思議そうな顔をする。
「うん、だろうな。そうだと思った。蒼生がこういうのに乗ってくれるなんて滅多にないもんな。ダメもとだったから大丈夫……」
健太はしゅん、と肩を落とした。
その姿を見ると、蒼生も胸が痛くなってしまう。学部の友人と出かける時は、その中の付き合いを大事にしてひとりで出かけていく健太が、珍しくはっきりと寂しがっている。おそらく、楽しいことを蒼生と共有したいという気持ちが強いのだろう。それは蒼生も理解出来るが、仮装をすること自体を楽しむというイベントの趣旨に、どうも腰が引けてしまう。「楽しませる」側なら割り切ってなんとかなるのだろうが。
蒼生は困ったように、健太が示すページの下の方を指で辿る。
「うーん……。この時期のお菓子とかは楽しいから、そういうのは好きだけど……」
「あ、ごめん、本当に大丈夫」
「うー……」
寂しいがきっぱり諦めようとしている健太と、そんなに寂しがるなら我慢してでも折れるべきかと迷う蒼生。本音は、健太は連れて行きたいし、蒼生は置いて行かれたくないのだろう。健太はどうせ行ってしまえばひとりでも楽しんでくるのだろうが、蒼生は行っても行かなくても後悔しそうだ。蒼生には笑っていてほしい。冬矢はふたりを交互に見てから自分の携帯を出した。
「そうだね、蒼生はそういう綺麗なお菓子好きだからね。せっかく話題にのぼったことだし、そういう食事をしに行くのはどうかな」
「食事?」
蒼生がぴくんと顔を上げる。
「食事?」
健太がわずかに腰を上げる。
冬矢はすいすいと携帯を弄ると、色鮮やかなメニューが所狭しと並んでいる写真が、何枚も表示されているページを指し示した。
「ほらね。健太が行こうとしている街でも、あちこちの店がハロウィンメニューを出しているんだ」
「……美味しそう」
目を輝かせる蒼生に、冬矢は表情を和らげる。
「どうせ健太がいないなら、夕飯はふたりでこういうの食べに行こうか。ちょっと奮発しちゃうのもいいかもね」
「うん」
蒼生が素直に頷くので、慌てたのは健太だ。それは、美味しそうな食事ももちろんだが、蒼生と一緒の時間も羨ましいからだ。
「オレも! オレも食べたい! 昼にして!」
わかりやすい健太の反応に、思わず冬矢が噴き出す。
「……うん。じゃあ、予約できるか聞いてみよう」
目の前に運ばれてきた皿を前に、蒼生と健太はきらきらと眩しそうな目を向ける。ベビーリーフの上に乗せられたカボチャのサラダは、三角の目とギザギザの口をしたあのカボチャの形に整えられている。目と口はくり抜く代わりにキノコのソテーで飾られていた。両隣にある鮭のテリーヌはコミカルなお化けの姿に型抜きされ、皿全体に細かく砕いて散らされたコンソメのゼリーはぴかぴか光るランプのようだ。
「う、うまそ……」
「美味しそうなのと綺麗なのとどっちに驚いたらいいのかわからない……っ」
こういった場所での食事は初めてでもないだろうに、ぱちぱちと目を瞬かせて上下左右から皿を眺める蒼生が、冬矢は可愛くて仕方ない。どこからフォークを入れていいか悩んでいる健太も微笑ましい。
3人で相談して決めた食事は、パレードのルートからは少し外れた場所にあるホテル、そのラウンジで提供されているハロウィン特別ランチだった。
「いいホテルって子供だけで入っていいもんか?」
「お断りされない? 大丈夫?」
冬矢が提案した時にはふたり揃って尻込みしていたが、紹介されている料理があまりに美味しそうなのでそれに負けたらしい。冬矢からしてみれば、高校の頃ならともかく、親元を離れて独り立ちしている大学生が臆することはないと思うのだが。どうもこのふたりはセットにしたうえで自分がいると、普段より幼さが強調されるようだ。それだけ素ということなのだろうけれど。
まだ緊張している様子の蒼生だが、サラダを口に運んだ途端、ぴょんと背筋が伸びた。
「! 美味しい……。あ、好きな味のカボチャサラダだ」
笑って、冬矢もサラダを口に運ぶ。
「うん、生クリームが入ってるね」
「あー……好き。これ。わあ、ゼリーのコンソメ味と合うぅ……」
「すげ、ホントだ、うまっ」
蒼生は、周りを気にしながら、表情を崩しすぎない程度にふにゃりと笑う。可愛いな、と冬矢は目を細める。人目と美味しいものを頑張って天秤に掛けているのだろう。それはわずかに美味しいもののほうに傾いているように見える。しかし……どうやら蒼生と健太は気が付いていないようだが、周囲のテーブルに座っている複数の女性客たちから時折ちらちらと視線をいただいている。蒼生が自分たちだけに見せる顔を知られたくないから、ある程度は外向けの蒼生でいてもらわないと困るのだ。
「蒼生、その服。この前一緒に買った服だよね。試着でも思ったけれど、とても似合うよ。凜とした姿が蒼生らしい」
開放的な昼のラウンジとはいえ、一応一流ホテルだ。3人ともジャケットを羽織ってそれらしいコーディネートをしてきている。冬矢は、それを褒めることで、少し蒼生に気を張ってもらおうと考えたのだ。けれど、蒼生はふたりに向けて、ほんのり色づいた頬で笑った。
「……ふたりのほうが素敵だよ。あんまりにもかっこよくて、どきどきしちゃう。惚れた弱みなんかじゃない、誰もがみとれちゃうくらい眩しい。目が合ったら照れちゃうから、ふふ、さっきから大変なんだ」
ぐ、と健太が呻いて胸を押さえる。冬矢は緩んでしまいそうな口元を片手で覆った。どうやら逆効果だったようだ。ふたりと食事に来ていることに対する、蒼生の「嬉しい」がこぼれ落ちてしまっている。
「どうしようもないくらい可愛いな……」
「オレの恋人マジ可愛い……」
完全に自分のせいなのだが、それをまったくわかっていないらしい蒼生が、「ひぇ」と呟いて「しーっ」と唇の前に指を立てた。
「ふたりとも、ここ、外なんだけどっ」
いやいや。色気を振りまいてきたのは蒼生だろう、という言葉が喉元まで出かかる。なんとかそれを出さずに済んだのは、これまた色鮮やかなパンプキンスープが運ばれてきたからだった。
コースは進んでいく。どの料理にもカボチャとサツマイモを中心に、秋に旬を迎える様々な食材が使われている。ハロウィンということで見栄えを重視してはいるが、さすが、料理のクオリティはまったく手を抜かれた様子がない。特に、最後に出てきたパンプキンソフトのケーキプレートは蒼生を見事に射貫いたらしい。
「……わぁ……。すご……ケーキ、こんな、いっぱい。真ん中、ソフトクリームが木みたいになって、周りのチョコレートが細くてぐるぐる巻かれてるの、すっごい。こっちは洋梨のタルトで、これはブドウのゼリー、こっちのパイは中身なんだろう。モンブラン、すごく綺麗。これ、プリンもカボチャだよね。あー、どれも美味しそう……。食べきれるかなあ……!?」
にこにこの蒼生を前に、頬を緩ませずにいろというのはかなりの難題だ。嬉しそうな顔が可愛すぎる。
「……ヤバいくらい可愛いな」
「ね。ほら、黒猫のチョコムース、すっごく可愛い」
「いや、蒼生が」
「……っ、だからぁ……」
「そうだね。蒼生とプレートを含めたこの画角。最高に可愛いね」
「うう……」
顔を赤くした蒼生がふっと目をそらすと、向こうにいた女性2人組が同時にぱっと顔を背けた。少々うるさくしてしまっただろうか。蒼生はわずかに拗ねた顔で、ふたりを見つめる。
「ほら。騒いでるから注目浴びちゃってるじゃん」
健太がはっとしたように座り直す。
「やっべ。子供だけで生意気な、とか思われちゃった? 追い出されたりしねえかな」
「周り、おねえさんがたばっかりだし。やっぱりめちゃくちゃ浮いてるのかも」
こそこそと小声で話す、まったく視線の意味を理解していないふたりに冬矢は笑う。
「そんなことないよ。蒼生はここの雰囲気にちゃんとぴったり合っているよ。上品でとても綺麗だ」
「オレは」
「ほら、溶けないうちに食べないと」
「あ、大変。せっかくのソフトクリームが……」
「オレは」
冬矢を軽く睨む健太に、蒼生がフォローをしようと口を開き掛けた。が、冬矢は再び、皿に向かうよう促す。目を落とすと、じんわりと溶けてきたソフトクリームが崩れかかっている。せっかくの美味しそうなデザートだ、美味しい状態でいただかなければ。蒼生と健太は慌ててスプーンを取り上げた。
商業ビルの2階にあるウッドデッキで、蒼生と健太は向かい合って立っていた。
「それじゃ……」
言ったものの、健太が離れる様子はない。
「うん。気を付けて……」
応える蒼生も、じいっと健太の目を見つめている。
「忘れ物はない?」
「大丈夫。たぶん」
「そっか」
「じゃ、ホントに行くから……」
「うん」
「じゃあ……」
「うん」
何度これを繰り返すのだろう。
ここまでは黙って見ていたが、いい加減キリがない。冬矢は健太の足を軽く蹴った。
「約束の時間があるんだろう。遅刻するんじゃないか」
「あっ、やべ!」
「途中で連絡するんだぞ。蒼生が心配するから」
「はーい。蒼生、いってきます!」
「いってらっしゃい」
「蒼生も気を付けて帰ってね」
健太に向け、ふっと勝ち誇ったように冬矢が笑う。
「俺がいるから大丈夫だ」
「ぐっ……」
「ほら、健ちゃん」
「あ、うん」
にこっと笑って手を振る蒼生に、健太はぶんぶんと大きく手を振り返す。そして、デッキから大急ぎで降りていった。
その姿が見えなくなった途端、蒼生の笑顔が曇る。健太は、友人らとイベントに参加した後、カラオケで一晩中遊ぶのだそうだ。健太の交友関係は広いから、そうやって遊ぶ相手はたくさんいる。昔からそうだったから、慣れている。慣れている、はずなのに。健太が過ごす時間の中に自分がいないのは、どうしても寂しい。
「寂しいね」
はっと蒼生は顔を上げる。蒼生の心から漏れ出たような言葉は、冬矢の声をしていた。失礼なことをしてしまった、と慌てて冬矢の元に歩み寄る。
「ごめん……。冬矢がいるのに、寂しいなんて……」
冬矢は穏やかな笑顔を崩さず、蒼生の頬にそっと触れた。
「いいんだよ。健太がひとりで遊びに行ってしまうのは、蒼生にとっては寂しいことだって知っているからね。昔からそうなんだろう?」
「うん……」
「いいんだよ。健太のことが好きな蒼生も、俺が好きな蒼生なんだから。でも、そうだね、健太だけ楽しんでいるのは狡いよね。……よし、健太が羨むくらい、ふたりで楽しくデートしようか」
「! うん!」
すぐに顔を輝かせて頷く蒼生に、冬矢は温かい気持ちでいっぱいになる。健太と別れた後は帰って家でゆっくりするつもりだったが、どうせここまで出てきたのだ。外向けの蒼生をもう少し堪能するのもなかなか贅沢なプランではないか。
「このあたりの店を適当に見て歩こうか」
「いいね」
歩き出した冬矢に、歩調を合わせるように蒼生も歩き出す。嬉しそうについてきてくれるのが、本当に可愛い。
「さあ、何を見ようか。本? 文房具? 雑貨? それとも服?」
「どうしようかな……どこに行っても、冬矢と一緒なら、嬉しいし楽しいからなあ」
冬矢はその言葉に、いじらしいなと思う。その言葉は、半分は寂しさを紛らわせるために自分を奮い立たせるためのものだ。そして、残りの半分は、ちゃんと蒼生の本音だと思う。嘘偽りなく、蒼生は冬矢といる時間を大事に思ってくれている。だから、そちらの気持ちだけでいっぱいになるように、たくさん楽しませてあげたい。それで100%の笑顔になってくれるなら、冬矢にとっても幸せなことなのだから。可愛い笑顔は、なによりも素晴らしいご褒美だ。
ふたりは、行くあても決めずにふらりと店を見て回る。何かを買おうとしているわけでもないのは、気負わなくていいから楽だな、と蒼生は思う。目的があるのもいいが、こんなショッピングもいいものだ。商品より、隣でディスプレイを見つめる端正な横顔を見ていてもいいのだから。何かを考えているようなその顔は、きりりとしてかっこいい。家の中で見せる甘い顔も大好きだが、人前で見せるこんな顔も素敵だと思う。
見ていることがバレたのだろうか。ふと、ばちっと目が合った。
「ん?」
「ううん。……ふふ」
それだけで、嬉しい。
「……今日の蒼生は、俺を独り占めだね」
笑顔を向けられた冬矢は、思わず告げる。蒼生は一瞬驚いた顔を見せ、再びふにゃりと笑う。それから、そーっと近付き、腕が触れる距離に並んだ。世界がどんなに広くとも、今お互いだけが相手の体温を感じているのだと思うと、なんとも満たされた気分になる。
ウッドデッキは、隣のビルとも繋がっていた。くっつくほどの近さで並んだふたりが、それを渡って目にしたのは、よく名前を聞く大きな雑貨屋だ。ハロウィンらしい飾り付けの色鮮やかさに惹かれて側に寄ると、中に入ってすぐの広いスペースが季節の催し物コーナーとしてお菓子売り場になっているのが見てとれた。
「珍しいお菓子とかもあるのかなあ」
「じゃあ、入って見てみよう」
食事を終えてだいぶ時間は経つものの、量があったのでまだ空腹にはなっていない。冬矢がそうだからおそらく蒼生もそうだと思うのだが、甘いものにつられてしまうのが蒼生らしくて可愛いと思う。
開けたままに固定されたドアからは外からもわかるくらい甘い香りが漂っていたが、店内に足を踏み入れると、その香りはさらに強くなる。店の奥もそこそこ混んでいるようだが、やはりこのコーナーが一番混み合っているようだ。それでも蒼生は臆さずに人々の間を縫い、お化けやコウモリを模したクッキーやカボチャ型のチョコレートが並ぶコーナーに吸い寄せられるように向かっていく。
「……うー」
多種多様なお菓子を前にしてわかりやすく悩む蒼生に、冬矢はくすっと笑う。なにせ、どれもこれも美味しそうだ。こんなに種類があって、蒼生がすぐに決められるわけがない。冬矢はその間に売り場を見渡す。通路を挟んで反対側にはショーケースがあって、普段では見られないような色合いのケーキが並んでいた。
「冬矢ぁ……」
蒼生の弱い声が聞こえてはっとする。振り返ると、両手にひとつずつ詰め合わせの袋を持った蒼生が、困ったように手元を交互に見ていた。
「こっちはクッキーが美味しそう。でもこっちはいろんなチョコレートが入ってる。僕はどっちを選んだらいいんだろう」
優柔不断な蒼生が2つまで絞り込むとは、なかなか頑張ったようだ。それでも泳いだ視線が棚に置いてある他の袋に行ってしまっているのは、まだ迷っているということだろう。せっかくここまで頑張った蒼生の気持ちを大事にしたい。
「いいじゃないか、どちらも買おう」
「えっ……でも」
「うちには健太がいるんだ。ひとつじゃ幾つも口に入らないよ」
「あー、そっか、たしかに」
蒼生は納得してほっと息を吐く。さすがの健太も、蒼生が買って大事に食べているものを遠慮なく食べるようなことはないと思うが、説得材料に使わせてもらった。……いや、どうだろう。あの健太が遠慮なんてするだろうか。むしろ蒼生のほうが喜んであげてしまうかもしれない。ということは、やはり少なくとも2つは必要なのだろう。
「あっ、ケーキもあるねえ。でも、賞味期限今日中とかかな?」
気が緩んだ蒼生の目には、当然ケーキのケースが目に入ってくるだろうと思っていた。それから、それを食べたがるだろうことも。だが、冬矢には冷蔵のケーキを買いたくない理由があった。
「それもいいんだけど、蒼生。ハロウィンが実際には何日のことだか知ってる?」
「ん? 今月の最終日だよね」
「そう。せっかくだから、当日に簡単なケーキをうちで焼いて、夕飯もそれっぽくしたら楽しそうだと思わない?」
ぴょん、と蒼生の体が跳ねた。
「すごい!」
「ああ、でもさっきあれだけ豪華な食事をしたから、それにはとても敵わないと思うけど」
「違うよ、冬矢のごはんは冬矢のごはんだもん。大好きだもん」
にこにこと嬉しそうにしながら蒼生が天井を見る。おそらく冬矢が何を作るのか想像しているのだろう。本物のシェフには敵わないかもしれないが、蒼生の想像には勝ちたいな、と湧き上がる闘志を感じる冬矢だ。
「たぶん、ケーキは家にある材料で足りるな。いや、せっかくだから飾りに使うものは少し買っておこうか。それ以外の料理は帰りに買えばいいね」
「うん。楽しみー。僕も一緒に作りたい」
「もちろん、手伝ってくれると思ってる」
「ふふ」
笑った蒼生が、ちら、と壁の時計を見た。そしてはっと短く息を呑む。冬矢もつられて視線をそちらにやる。……ああ、なるほど。
ふたりは会計を済ませると、店の外に出た。デッキの上には、先程よりも多くの人が行き交っている。それでも、大通りに面している柵の辺りにはまだ余裕があった。そこに並んで覗き込むと、下の道路は既に通行止めになっており、沿道にはパレードを見学しようとさらに多くの人々が集まっていた。落下防止用のガラスが少し邪魔だが、あの雑踏の中にいるよりはよく見えるだろう。
「スタートってもうすぐかな。……ごめんね、わがまま言って」
「そんなことないよ。ちょうどいい時間にちょうどいい場所にいられてよかったね」
本来なら、もうこの時間にはここにいるはずではなかった。だが、デートをしていたおかげで、パレードが始まる時間まで滞在することになった。ならば健太の姿をちらりとでも見たい、という欲が出たのだろう。そうやって蒼生が自分のしたいことに素直になってくれるのは、冬矢にとっても嬉しいことだ。
やがて、少々おどろおどろしい、けれどポップな曲調の音楽が流れ始める。先頭を歩いてくるのは、なにやらウサギだかキツネだかネコだか判断がつかない微妙なラインを攻めたキャラクターだ。どうやらこのあたりの地区の公式キャラクターらしい。通常衣装とおぼしきピンクのオーバーオールの上からひらひらの白い布を纏って、お化けの仮装をしているようだ。せめてあの布がなければ動物の種類くらいは判別できたのだろうが。
「すごいねえ、キャラクターも参加してるんだ」
「うん。面白いね。小さい子たちがすごい勢いで手を振ってる。人気なんだな」
それが過ぎると、仮装をした人たちが次々と歩いてくるのが見えた。魔女やミイラ男を模した定番のハロウィン衣装を身に纏う人々がいるかと思えば、どこかで見たことのあるようなアニメキャラクターの衣装の集団もいる。中でも、ゾンビの格好をした人が結構多い。一応子供もいるため血糊は控えるよう注意書きがあったものの、わりと本格的だ。よく見ればプラカードを持っているお化けたちもいる。商店街や町名、店の名前などが書かれたプラカードは、それぞれが派手な色と形に飾り立てられている。
「あれって宣伝だよね。そういうのもありなんだ」
「協賛かな。むしろ街の活性化にはあれがメインなのかもしれないね」
「なるほど。でも、プラカード持つお化けって、なんだか面白いや」
練り歩く人々は、誰も彼も楽しそうだ。沿道から自分に向かって掛けられる声はきっと嬉しいものなのだろう。決してあの中に入りたいとは思わないふたりだが、楽しんでいる人々の姿はそれなりに眩しく映る。
「あ」
突然、蒼生が声を上げ、身を乗り出した。
近付いてくる、ひときわ賑やかな集団。その、よく言えばバラエティに富んだ仮装の人々の中に、健太がいた。
「冬矢、あそこ。健ちゃん」
「え? どこ?」
「ほら、緑の服の後ろ」
「緑……端のほう?」
「ううん、真ん中より、もうちょっとこっち側。魔女の帽子見える? あの右側」
「……ああ」
冬矢は言われて初めて気が付く。さんざん蒼生と健太で悩んだ挙げ句、最終的に蒼生が「これがいい」と言った吸血鬼の衣装だ。身長が高いからわかりやすいかと思ったのだが、ごちゃごちゃした色合いとかぶり物や帽子に囲まれた黒い衣装の健太は、なかなか探すのには骨が折れた。けれど、……蒼生は、一瞬で見つけた。
ぱっ、と健太が顔を上げた。
そして、すぐに上のデッキにいる蒼生に気が付くと、全力の笑顔で手を振ってくる。息を呑んだ蒼生が、嬉しそうに手を振り返した。
その一連のやりとりを、冬矢は交互に見つめる。すぐに健太の姿を見つけた蒼生と、ここにいるはずのない蒼生に気が付いた健太。それを、微笑ましいと思ってしまう自分。それは、なんだか悪くない感じだ。
あっという間に健太が通り過ぎてしまうと、蒼生は柵に置いた腕に顔を埋めた。
「うう」
「今度はどうしたの」
「……他の人の中に入れちゃうのもったいないくらいかっこよかった。あれを至近距離で見られる人たち羨ましい。マントかっこいい」
笑っては悪いので、冬矢はなんとか噴き出すのを堪えた。だって、可愛すぎる。こんなにわかりやすくやきもちを妬く姿が、可愛く見えないはずがない。先程は寂しがる蒼生を慰めたくて言えなかったが、恋人が去る背中に寂しがっている姿もどうしようもなく可愛かった。
恋人が自分以外にもいるという事実は不利益なことが多いように思えるかもしれないが、意外とそうでもない。自分も恋人でありながら、「出かけていく恋人を見送る寂しい背中」も「視線の先にいる恋人にやきもちを妬く横顔」も至近距離で合法的に味わえるのだ。
こんなにも可愛い蒼生を、今日は独占している。こんな嬉しいことがあるだろうか。自分ではない恋人にやきもちを妬くところを見せるなんて、甘えてくれている証拠だ。
「蒼生。ちょっと早いけど、夕飯にしようか」
「……ん、そうだね」
冬矢はそっと蒼生の手を引く。その強さに、きょとんと蒼生が首を傾げた。可愛い仕草。
「人が多くて疲れたな」
「うん」
「それに、だいぶ冷えてきた」
「そうだね」
「だから、夕飯を終えたら、……休んでいこうか?」
「!」
目を見開いた蒼生の頬が、ふわっと朱に染まる。冬矢の意味ありげな笑顔に、蒼生が気が付かないはずはなかった。
一方。
友達の友達はみんな友達、というノリで集まった20人ほどの大所帯でパレードに参加した健太たち一行は、パレード終了後は仮装割引が利くというレストランでわいわいと食事という名の宴会をしていた。
「その衣装、可愛いねえ! どこで買ったの?」
「実はあそこの下着屋さんなの。パジャマなんだよね~」
「普通にいいじゃん!」
「おまえの狼男すげえな~」
「これ、耳、自作」
「マジかよ!」
あちこちでお互いの衣装の褒めあいが繰り広げられている。ほぼ知らない顔同士ばかりだが、やはり普段と違う装束を身に纏っているとテンションも上がってくるのだろう。たしかに日常では目にしない様々な衣装は、見ているだけでも面白い。健太は、斜向かいの女子が自慢するやたらと凝った自作の杖を、リンゴとサツマイモのパイを飲み込みながら眺める。ネイルチップを埋め込んだという色鮮やかな杖は、舞台の小道具のように本格的だ。
隣に座っていた女子が、健太を覗き込むように顔を近付けてくる。この子も知らない子だ。
「吸血鬼って、やっぱり見栄えがするよねえ」
「そう? ありがとう。恋人がね、これ着てほしいって言うからさ」
「へー。わかる、かっこいいもんね! その彼女さんは?」
「うん、欠席。恥ずかしがり屋さんなんだー。可愛いよね」
「うちも彼氏誘ったら、人混み苦手だからって断られちゃった。迎えには来てくれるっていうんだけど」
「優しい彼氏じゃん」
まあ、うちの可愛い可愛い彼氏も、帰ると言いながらもちゃんと見に来てくれたけどね、と健太はそっと心の内で自慢する。あれは可愛かった。目が合った途端、ふにゃりと表情が緩んだ。振った手に、ぶんぶんと振り返してくれた手。引き寄せて抱き締めるときの強さと同じだ。ああ、可愛い。
「んじゃ、そろそろカラオケ屋行こうぜ~」
どこからか声が上がる。時計を見れば、もうすぐ日付が変わろうとしていた。聞いていた予定時刻を大幅に過ぎているのは、相当盛り上がってしまった証拠だ。さらにこれから朝まで飲めや歌えの騒ぎになるというのだから、無茶な話だと思う。体力のない蒼生を無理に誘いださなくてよかった、と健太はほっと息を吐いた。
時間に制約のある数名が抜けたものの、外に出た一行は、ほぼそのままの人数でカラオケ店に向かう。
ところが。
「ごめん! 予約、ちゃんと取れてなかったみたい……」
「えーっ」
「どうしよ、どっか入れるとこあるかなあ?」
どうやら入力内容に間違いがあって、申し込みが弾かれていたのに気付かなかったらしい。それはそれで仕方がないが、この人数をそのまま収容できる場所となると限られてくる。近隣のカラオケ店も当たってみたが、イベント後で同じことを考える客が多いのか、大人数が入れる部屋は満室だった。一晩中開いているレストランもあるが、それでは騒ぐことが出来ない。必然的に、終電があるうちに解散しようという流れになった。
当然、健太はそれで構わない。そうなれば、早く蒼生に会えるのだから。
またこのメンバーで集まろうねと口々に言い合い、ひとりふたりと輪から抜けていく。中には少人数になったことで別の店を探そうと試みるグループもあるようだ。健太もその流れに乗って抜けようとしていたのだが。
「あ、なあ、健太」
声をかけてきたのは坂巻だ。坂巻の周りには、小岩と、他に男女が数人で輪になっている。
「せっかくだからさ、カラオケ出来るし朝まで過ごせるし、ラブホ行こうかって話になってんだけど、おまえも来ない?」
「は? ラブホ?」
「や、今、あるんだよ。大人数で映画観たりカラオケ出来たりする宴会プランってやつがさ。マジでマジで」
「……んー。それはちょっとなあ……」
詳しくは知らないが、坂巻の言う部屋もきっとあるのだろう。だが、そこがラブホテルである以上、蒼生以外と入りたくない。これは健太のけじめの問題だ。
例の杖の彼女が側に寄ってきて健太の腕に手をかける。
「いいじゃん。やましいことなんにもしないよ。ねえ?」
「そうそう。たぶん」
「たぶん?」
「いえ、絶対」
健太は笑い、その手をそっと下ろさせた。
「ごめん、恋人にちょっとでも不安な気持ちを抱かせるわけにはいかないからさ」
「ああ、彼女いるの? でも黙っておけばバレないんじゃない?」
あー、と坂巻が急に物わかりがよさそうな顔をして頷いた。
「そっか、あの子ね~。そうなんだよ、こいつ、めっちゃくちゃラブラブな彼女がいるの」
「そういうことなら仕方ないか~」
「ん。だから、みんなは楽しく過ごして。カラオケはまたの機会ってことで、楽しみにしとく」
「えー、残念。また遊ぼうね」
「今日はありがとー」
名残惜しい声は聞こえたが、これ以上遅くなってしまっては終電を逃してしまう。蒼生に会いたくて抜けようとしているのに、帰れないのでは意味がない。問題は、この格好をどうしようかということだ。パレードが始まる前には自治体が用意した着替えスペースがあったが、この時間ではもう閉鎖されている。衣装のままカラオケを楽しむつもりだったから、そこで着替えて解散となる予定だったのだ。最悪、このまま電車に乗ることになるが、ハロウィンだからという理由で許してはもらえないだろうか。
とにかくはまず、予定が変わることを蒼生に連絡しなければ。思って、健太は携帯を取り出す。すると、メッセージランプがぴかぴかと光っていた。なんだろうと見てみると、そのメッセージは蒼生からのようだ。曰く、“もし、早く引き上げるようなことがあったら、その場で連絡してください”……。その場で? ここから、ということだろうか。少し不思議なメッセージだと思った健太は、時間を気にしつつも電話をかけてみることにした。コールは5回……6回。もう眠っているだろうか、と申し訳なくなった頃、ぶつりと回線が繋がる音がする。
「あ、もしもし。蒼生?」
『……健、ちゃ……』
おや、と思う。眠っていた声? いや、それよりも……甘い……?
「蒼生? あの、オレ、今解散して、帰ろうと思ってるんだけど」
『……来て、ぇ』
えっ。
健太は急いで指定された部屋の前までやってきた。ドアの番号は、さっき蒼生が伝えてくれた番号だ。まさか、ラブホテルに行くことを断った直後にラブホテルに来ることになるとは。だが、意味合いがまったく違う。
焦って滑りそうな指で、インターホンを鳴らす。さっきと同じだ。なかなか反応がない。さっきと違うのは、必ず出てくれるという確信があることだ。
がちゃり。
音がして、ゆっくりとドアが開く。目の前に現れたのは、ドアに縋るバスローブ姿の蒼生。肩を大きく上下させて息を整える、その目は熱く潤んでまっすぐに健太を見つめている。
「け、んちゃ……」
とろけた、声。
それだけで健太の体は反応を始めてしまう。が、まだドアは開いたままだ。こんな可愛い蒼生が万が一にでも人の目に触れてしまっては大変だ。
蒼生の肩にそっと手をかけ、少し下がらせてから部屋に入る。
「んっ……」
漏れた蒼生の声に、心臓が派手に跳ねた。後ろ手にドアを閉めていると、向こうのベッドに足を組んで座った、同じくバスローブ姿の冬矢がにやにやとしているのが見えた。何をしたんだと問い詰めたいが、それよりも蒼生だ。目の前の蒼生だ。ふわんと柔らかな空気を纏わせた蒼生は、荒くなりそうな息を堪えているようだった。それでも、健太と目が合うと、赤い頬を緩ませて嬉しそうに笑う。それから両手を腰の高さまで上げると、健太のマントをきゅっと掴んだ。
「ふふふ、健ちゃん、まだ、そのかっこだぁ」
すうっと蒼生の目が下から上へと流れていく。
「あ、うん。着替えるとこなかったんだ」
「そっか。……ねえ、言わないの?」
「え?」
なんだろうと思って首を傾げると、蒼生も同じ方向に首を傾げた。
「言わないの? お決まりのフレーズ」
そこまで言われてようやく健太は気が付く。そういえば、あちこちに書いてあった言葉。結局友人たちとの間では一度も使わなかったけれど。
「えっと、……お菓子をくれなきゃいたずらする、ぞ?」
蒼生は無邪気な表情で笑う。
「はい。……どーぞ」
そのまま。
するりとバスローブを脱ぎ捨てて。
全裸の。
「…………っ!!」
完全に臨戦態勢になった健太は、蒼生の体を抱き上げる。それだけで、蒼生がびくんと体を震わせた。しっとりした肌の熱さが、直に手のひらに伝わってきて、思わず力が入る。「は、ぁ」と蒼生の吐息。
「あ、あ、もぉ……っ、可愛すぎるだろ……っ」
蒼生をベッドに横たわらせた勢いで、そのまま覆い被さる。待ち侘びるように小さく開かれた愛おしい唇に、噛みつくように唇を合わせて。
「……っは、蒼生……っ、蒼生……」
「健ちゃ……ぁ、好き、会いたかった、健ちゃん……っ」
「オレもだよ、蒼生、大好きっ……」
キスの合間に言葉を重ねる。
健太は必死に首に腕を巻き付けてくる感触を味わいながら、その蒼生の舌を優しく噛む。
「ん、ん……っ」
甘い。
脳が痺れるほど、甘い。
「健ちゃ、甘い……」
「蒼生も甘いよ……」
「は、ふ、……リンゴの味……」
ああ、そうか。さっき食べたパイの。蒼生はそれを味わうように、舌で健太の唇を撫でる。さっきから跳ねまくった心臓が、とうとう耳元にまで来てしまったのだろうか、自分の鼓動の音がやたらうるさい。
「ね、え、健ちゃん……、あのね、もう、」
すり、と、蒼生が腰を擦り付けてくる。
そうだろう、バスローブを落としたときに、もう知ってしまっている。
蒼生のペニスが上向いて蜜をこぼし、健太を待っていることを。
だから、何も言わずに体を起こすと、ふるふる震える愛おしい塊を、脇目も振らずに口に含んだ。
「っあ、ぁあー……」
上擦った声。
唇で感じる熱さと鼓動の強さが、どうしようもなく愛くるしい。
「健ちゃん、僕も、僕もぉ……」
ぎゅっと胸が締め付けられる。可愛い。可愛い。
「ん。一緒に、な」
無造作に腰のゴム製のベルトに手をかけ、下着ごとずり下ろす。はち切れんばかりになって窮屈に収まっていた健太のペニスが、しがらみから解かれたように零れて揺れる。そこに、蒼生が堪えきれずに飛び付いてくる。
「っ、あぉ……」
「ん、ん、ぅ、っふ……ぁ」
びり、と背中に電流が走る。蒼生は添えた手で緩やかに根元を擦り、先端に何度もキスをして、唇で健太を包み込む。舌が小刻みに動くたび、電流は強くなっていく。
「……っく、う」
その必死な様は、蒼生の限界が近いことを教えてくれているようだ。ぴくぴく跳ねる身体と熱い息が、どんどんその間隔を狭めていく。
「可愛い蒼生……っ、ちょうだい。オレの口に。全部」
「ぃっ……ん、う、ん、んんっ、ん、んーっ……!」
蒼生は声を封じ込めるように健太のペニスを喉元まで咥え込み、健太の口に精液を吐き出した。
その振動と締め付けで健太も同時に達してしまう。まさかこんな早く射精してしまうとは。会えなかったわずか数時間で、自分はどれだけ蒼生への思いをこじらせていたのだろう。が、一瞬気持ちよさに支配されそうになった頭は、すぐに冷えた。
健太は慌てて腰を引く。
「……っ、げほっ、げほ」
「あ、蒼生! ごめん、だいじょぶ!? だいぶ深いとこ擦っちゃったよな、ごめんな!」
涙目でむせていた蒼生は、力の抜けた肩を大きく揺らしながら首を振った。
「ううん……。間違えて噛んじゃわないように、口、開けようと思ったら、奥のほうまで入れちゃ……って」
「水、水」
とりあえず喉を潤してやらないと、と思った健太の前に、冬矢が水のペットボトルを差し出してきた。いろいろ言いたいことはあるが、まずはそれを受け取って蓋を取り、蒼生を抱き起こして渡す。
「あり、がと」
どうやら少し落ち着いたようだ。さっきの蒼生は、なにか妙なスイッチが入っていた気がする。
健太は、そのまま後ろから蒼生を抱き締めると、そっと頭を撫でた。
「さっき、どしたの? すっごく必死な感じだったけど。あ、舐めてくれたのはもちろん嬉しかったよ」
そう言うと、蒼生はちらりと冬矢を見る。冬矢が意地悪げな顔で笑うと、拗ねた表情で健太を見上げた。
「あのね。冬矢がイかせてくれなかったの」
「ええ?」
今度はふたりがかりで冬矢を見る。
冬矢と蒼生がふたりきりでホテルに入って今までしていたことは、実は蒼生の一言に尽きる。服を脱いで一緒に風呂に入りベッドで寝転ぶまで、冬矢は肝心な場所には触れず、あえて弱点を避けながら緩やかに撫でてキスをして抱き締めて、優しく解す以外はただひたすらゆったりと可愛がっていたのだ。
冬矢は悠然と笑う。
「ふふ。散々触れられて気持ちよくなっても、絶頂まで辿り着けないでとろとろになっちゃう蒼生、可愛かっただろ?」
「か、可愛い……し、色気がやべぇけど……」
「それに蒼生も、今すごく気持ちよかったよね」
「う、うん……。すごく気持ちよかった、けどぉ」
「最高に可愛い蒼生を堪能させてもらったよ。可愛い可愛い、大好きな蒼生」
次第に冬矢の顔が満足げになっていくので、なるほどそれなら仕方ない、と頬にキスを受けながら納得する蒼生だ。
だが、健太はやはり少し不満に思う。
「ホントにおまえ、蒼生を焦らすの好きだよな。そりゃ、とろとろの蒼生は、オレも好きだけどさ。でも、……可哀想じゃん」
ぎゅう、と強められる腕に、蒼生は嬉しくなって頬を擦り付ける。そして味方が出来たとばかりにもう一度健太を見上げる。
「そうだよ。冬矢ってばね、健ちゃんが来たら挿入れてくれるって言うんだよ? 僕、挿入れてって何度もお願いしたのに」
「わー、なんて奴だ!」
そうか。健太は納得がいく。だからあんな必死な「来て」だったのか。
と。
蒼生の手が、ついっと動いた。
右手が、冬矢のバスローブの袖を掴む。
左手が、健太のマントの裾を掴む。
「……蒼生?」
「蒼生」
ふたりが蒼生の顔を覗き込むと、蒼生はふぅふぅと浅い呼吸を繰り返し、血が上って紅潮した頬でふたりを交互に見た。
「冬矢ぁ……健ちゃん来たから、挿入れて……? ね、健ちゃんも、続き、してぇ……」
じわじわと溜め込まれた熱に耐えきれなくなったのだろうか。可愛い蒼生の潤んだ目は、ふたりの胸を直撃する。
「意地悪してごめんね、蒼生。ちょっとやりすぎちゃった」
「ううん、いいの……」
「だな……続き、しような」
「する……」
愛しい蒼生。
ふたりはそれぞれに伸ばされた手を取り、指を絡ませ、繋ぐ。
何度も交互にキスをすると、蒼生はほっとしたように微笑んだ。
冬矢は蒼生の肩を抱き、健太から優しく引き剥がして、白いシーツに埋めるように白い身体を横たえる。
嬉しそうに笑った蒼生が、両手を差し伸べる。
その手が届くように顔を近付ければ、首の後ろに回された手が緩く指を組んだ。
「蒼生。……ちょっと準備するから」
「ふふっ。僕は準備出来てるのに」
「あれ、今度は蒼生が意地悪を言う番か」
笑って、冬矢は体を起こし、シーツの上に置きっぱなしにしておいたゴムの袋に手を伸ばす。
それを隙と見た健太が、割り込むように、手を離した蒼生を逆さまに覗き込む。そしてそのまま逆さまのキスをする。蒼生の両手を取ってシーツに縫い止めたのは、おそらく蒼生を思い切り焦らした冬矢への抗議なのだろう。それとも首に手を回したことへの嫉妬だろうか。
ふたりを揶揄いすぎたかな、と少々反省しながらも微笑ましく思い、冬矢は柔らかな線を描く腰をそっとさする。それから、
「あーおい。挿入れるね」
小さく、告げる。
「……ん」
返事は健太のキスに阻まれたが、ちゃんと聞こえた。
いじり倒して、待ちきれないようにひくついた最奥のくぼみに亀頭を押しつけると、そこは吸い付くようにくちゅりと小さな音を立てる。
ゆっくり。ゆっくりと狭い入り口を通り抜ければ、ふわりと熱く包み込まれる。
「ん、ぁ、あ……っん、くっぅ……」
唇の隙間から零れる声は、安堵のような、喜悦のような、快感に震えるような、不思議な音色。ただ、きぅ、と締め付けて飲み込もうとしてくるナカは、焦れて待ち侘びた蒼生の心そのものなのだろう。
「……可愛い。蒼生、可愛いね……」
「う、あぁっ、ん、と、ぉや……ぁ、き、もち、ぃ」
涙目で訴える蒼生の眦に、健太が唇を寄せる。
冬矢は蒼生の腰を抱き上げ、いつも蒼生がよがるところを優しく撫で擦る。
「……あー……っ、そこ、ぁ、」
「ここ、好きだもんね」
「う、ん……っ、ひゅ、き……」
健太の舌が絡んでうまくしゃべれない蒼生の言葉は、冬矢だけでなく健太の下半身にもダイレクトに響いた。
「なっ、なに今の、蒼生可愛い~っ! んーっ!」
「んぐ、う、けんひゃ、くるひ……っ、あぁっ」
ナカにいる冬矢と、キスを重ねてくる健太が、蒼生に息つく暇を与えない。さっきから、蒼生の頭の中は健太と冬矢の存在でいっぱいだ。他のことを考える余裕なんてまったくない。足で冬矢の腰を引き寄せて、押さえ込んでくる健太の両手をぎゅうっと握り締めるのは、無意識の行動だった。ただひたすらにふたりが愛おしい。
そんな状態の蒼生が可愛くて可愛くて仕方のない健太は、衝動を抑えられず、咄嗟に体の角度を変えると蒼生の首筋に噛みついた。
「……あぅっ」
それから、肩に。
「あぇ……? け、んちゃ……?」
「! っ、あ、ごめん、つい」
蒼生の肌には、くっきり歯形が残る。たまに勢いで噛んでしまうことはあるが、蒼生に痛い思いをさせたくない健太は、ここまで強く噛むことはない。ふっと冬矢が笑う。
「今日の、健太は、吸血鬼だからな」
あ、とふたりが声を合わせる。たしかに健太はまだ上着とマントを纏ったままだ。
「……ふ、ふ。そっかぁ……。じゃあ、っ、いっぱい、ァ、噛んでいい、よ」
「マジでぇ……?」
ぞくぞく、と震えた。蒼生がいいと言った。言ってくれた。なんだろう、蒼生の許可が、とても心地よい。
健太は左手で蒼生の手を掴んだまま、右手を離してさらに体をずらす。そして、可愛らしく存在を主張する乳首に噛みついた。
「っああっ!」
いっそう蒼生の声のトーンが高くなる。
同時に、搾り取られるようにペニスを締め付けられた冬矢がびくんと体を揺らした。
「……っは、かわい……蒼生の乳首……。……おいし……はぁ……っ」
健太の残った手は、反対側の乳首に伸びる。爪で優しく引っ掻いてやると、蒼生は全身をくねらせる。
「あっ、あぁ、う、あっ」
蒼生の体に力が入ったせいで動きを制限された冬矢が、それに逆らうようにナカをこねくり回す。
頭の中が弾けそうだ。下半身から来る蓄積された快感と。胸に与えられる甘い痛みと。それが膨れ上がって。身体の中でぐるぐると渦を巻く。圧迫されて、息が苦しい。
「も……お、イく……っぅ」
「うん……蒼生っ……」
「ん、いっぱい、きもちく、なって」
耳に届くふたりの甘やかす声。気持ちいい、と、大好き、でパンクしそうだ。
最後の一押しは、文字通り、冬矢の先端がその場所を抉ったことだった。
「……あっんっ、ふぁあっ、んー……っ!」
蒼生は大きく身体を痙攣させて、自分の腹にぱたぱたと精液を飛ばした。何度もナカで扱かれていた冬矢も、引っ張られるように熱い体内に吐き出す。
「……っう。……はぁ、可愛い。……気持ちよかったね」
手を伸ばして髪を撫でてやると、蒼生は放心したままこくんと頷いた。ゆっくり体を引き抜くと、それすら刺激になるようで、びくびくと震える。
可愛い。自分たちの目の前で、快感の余韻に浸ってぼんやりと天井を見つめる蒼生が、とても可愛い。
その、可愛い瞳が、ふるっと震えて動く。おやと思っていると、蒼生は視線と同時にゆったりと手を伸ばす。が、力尽きたようにその手は健太の足首に落ちた。
「ん? 疲れた?」
「疲、れた、けど、足りない……」
「蒼生」
「やだぁ……健ちゃんのも欲しい……」
「…………っ」
たしかに、こんな可愛らしく乱れる蒼生の姿を見て、健太のペニスが大人しくしているはずはない。が、蒼生の体のことを考えればひとりで処理することもやぶさかではない。実際、相手がふたりである以上、最後にどちらかがこの状態で終わることはよくあることで、それは健太も冬矢も納得している。
ただ、いつもそれを納得しつつも勿体ないと思っているのが蒼生だ。普段の遠慮がちで物を欲しがらない蒼生とは違う。素直に「欲しい」を口にする。ふたりは、それがどうしようもなく愛おしくて仕方がない。
「無理はしてないね? どこも痛くない?」
「いたい……? 胸、痛い」
「えっ、オレ、強く噛み過ぎちゃったかな」
「違う……。好き、でいっぱいになりすぎて、痛いの。ぎゅーってするから、だから、もっと僕の中をふたりで満たしてほしい……」
胸を潰すほどの。
それは、同じ痛みだ。
健太も。冬矢も。握り潰されていると感じてしまうほど、“大好き”で溢れかえっている。
これは、伝え合えば、和らぐ痛みなのだろうか。
「あー……。オレも蒼生が好きすぎてどうにかなりそう……。ん、わかった。おいで」
蒼生に向かって手を伸ばす。
嬉しそうにふにゃりととろけた顔で、蒼生は体を起こした。ひどく怠そうな動きが、これまた可愛く見えてしまうのだから、自分たちも大概だと思う。
倒れ込むように腕の中に飛び込んで来た蒼生の背中を、健太はあやすように撫で下ろす。
「は、あー……」
夜の中に溶けてしまいそうな、甘い吐息。それが健太の耳から入り込み、脳に届く頃には、とっくに下半身がその気になっている。
「なんで、もー……可愛いの限界を毎回突破してくるんだろ……」
愛しい人が、自分にすべてを預けて笑っている幸福は、本当に、なにものにも代え難い。健太は蒼生の頭をぽんぽんと撫でると、体を抱えてくるりと反転させ、背中から抱き締める格好にする。そのまま自分の上に座らせると、蒼生はさらに体から力を抜いた。可愛い。
「はー。好き。大好き」
うなじにキスをして、さっき噛んだ肩の歯形を優しく舐めてやる。腕の中で、笑う声。
「あ、ん。ふふ、くすぐったぃ……」
「しばらく、残っちゃうかもな。ごめんね」
「んーん……。きもちかったから、いいの」
「いいの?」
「うん。……ねえ、熱いんだけど……」
蒼生は、腰の辺りに感じる熱に、さらに腰を擦り付ける。そっと足に力を入れて、自ら受け入れようとしているようだ。自分を求めてくれているのだと思うと、嬉しくてまた噛みついてしまいそうになる。それを我慢するかわりに、後ろから回した両手を伸ばし、蒼生の膝の裏で手を組んだ。両足を上げたまま抱え上げられた蒼生は、うっとりと自分のくっついた両膝を見つめる。その体勢のまま、蒼生の体は健太のペニスの上に降ろされていく。
「っあ、あ、挿入って、く、ぅ……」
「蒼生……」
「んっ、は、ぁ、健ちゃ、ん……っ」
熱い。
その熱さが気持ちよさに直結する。
繋がった場所以外も、身体中すべてが気持ちいい。
「あーっ……」
ごり、と蒼生の弱点を、健太が擦って通り過ぎる。
「ひっ……ふ、かぃ……ぃ」
「蒼生、あおぃ、はぁっ……」
「あ、う」
抱えられて動けない蒼生は、ただそれを受け止めることしかできない。その事実さえもが快楽となって蒼生を襲う。
健太はゆっくりとそこと奥を交互に捏ねるように、蒼生の身体を揺さぶる。
「う、うぅ、んーっ、は……、ぁ、あぁっ」
「……かぁわいい……」
とろけていく蒼生の表情を嬉しそうに見つめていた冬矢だが、とうとう我慢しきれずに手が伸びた。頬を撫でると、蒼生はふにゃっと笑って擦り寄ってくる。
「あ、う、……とぉや、……ちゅ……」
わずかに開かれた唇。可愛い可愛い仕草に、引き寄せられるようにキスをする。
「ん、ふふ。……うぁ、あんっ」
健太が角度を変えて蒼生のナカを抉ったようだ。また張り合ってきたらしい。冬矢は小さく笑う。そんなことをしている場合ではないような気もするが、自分たちが張り合うことで蒼生を気持ちよく出来るならそれもいいように思う。
冬矢は揃えられた蒼生の両足首を両手で左右に広げて蒼生に近付くと、蒼生の舌を丁寧に自分の舌で撫でてやる。
「……ふぁ……」
愛しい声を、飲み込むように。何度もキスを。
蒼生の震える手が、冬矢の腕にかかった。
「どうした、の」
髪を撫でてやると、蒼生は、びくびくと震えながら、両手を自分の太腿の裏に下ろす。冬矢の視線がついてくることを確認して、指先で健太に閉じられたままにされているそこを割り開くような仕草をした。
「! 蒼生」
健太の腕に足を抱えられているから、脚の間までその手は届いていなかったが、明らかに隙間を作ろうとする動きだ。
ふっと冬矢は笑う。
蒼生の目は、冬矢をじいっと見て揺れている。
おそらくどうしてほしいか伝えたいのだろうが、荒い息がそれを許してくれないのだろう。
「……欲しがりさんだね、蒼生は。いいよ。貪欲に求められるの、嬉しい……」
頬にキスをしながらそう告げると、わずかに照れたような表情を浮かべる。ここで、そんなふうな顔をしてしまうのか。しかも、この至近距離で見せてくれるのか。
冬矢はローションを手のひらで伸ばし暖め、蒼生が開こうとした脚の間に滑り込ませた。
「んっ……」
指が、その先に屹立した蒼生のぬめった先端に触れる。目の前では、深い色の瞳が期待に震えている。その期待に応えるように、その隙間とも言えないわずかな隙間に、冬矢は自分のペニスをねじ込んだ。
「あんっ、あ、ぁっ」
ぐり、と。先端が、蒼生の裏筋を擦った。咄嗟に蒼生の手が冬矢の肩に伸び、強く掴む。それだけ衝撃が強かったのだろう。
「ふ、可愛い……。もっと動かすね」
「……う、ん」
わずかに、健太の動きが緩む。
「え、なに、何が起きてんの、今」
冬矢との距離が近くなったことはわかるが、健太には蒼生の身体がいっそう熱くなったことしかわからない。
「ほら……蒼生。健太に教えてあげて。今、どうなって、どこが気持ちいいの?」
「あ、ぅ」
蒼生はがくがくと震えながら、開いたままの唇をはくはくと空振らせ、一生懸命声を出そうとする。可愛い。健太は蒼生の左肩越しに、冬矢は右肩から、快感に喘ぐ蒼生の恍惚とした顔を見つめる。
「はっ、ぁ、あし、脚のあいだ、から、とぉやに、いれ、て……あぅ、う、もらって、こ、こすれ、て……あ、あ、ちんちん、いっしょ……こすれ、て、うー……っ、けんちゃの、うしろ、のごりごりと、いっしょ、あぁー……」
ぎゅ、と蒼生の手が強くなる。
「まえ、からと、うしろ、から、で……う、うぅ、からだのまんなか、う、きも、ちぃ……きもちぃの……っ」
ふたりの目の前で、蒼生はみるみる目を潤ませていく。
「……きもちい、……も、どうしよ、あた、ま、ぐちゃぐちゃ……う、はぁっ、あ」
健太と冬矢は、胸に宿る火がより強く燃え上がるような感覚を味わっていた。
間に挟まれ、気持ちいいと泣く恋人。
可愛い。
愛しい。
冬矢はさらに身を乗り出した。
「健太、バランス崩すなよ」
「そっちも、ちゃんと抱えてろよ」
ふたりがかりで、蒼生の身体をさらに強く抱き締める。
「……ぇ?」
声にならない声を、まずは冬矢が塞ぐ。
蒼生の肩を引き寄せるように抱き、脚の間を細かく擦るように動く。
「あっ、んっ」
健太はうなじを舐め上げて、突き上げるように腰を動かす。
「ひぅ……っ、あ」
ふたりが、それぞれ、蒼生を追い上げるように動き出したことに、蒼生はぼんやりとする鈍い思考の中で気付く。
怖い、と思った。
これ以上高く上り詰めては、どうなってしまうかわからない、それが怖い。
けれど。
片手で冬矢の手を掴み、もう片方の手で健太の腕を掴む。
ふたりがいる。
いてくれる。
何も怖いことなんてないじゃないか。
「あ、あーっ、あ、う、き、もち、ぃよぉ……っ」
「可愛い……可愛いね、蒼生……」
「蒼生……っ、大好きだよ……」
「すき、すき、だい、すきぃっ……」
それだけははっきりわかる。自分を包み込むように愛してくれるふたりを、心の底から愛しているということだけは。
あとは、もう考えられない。
身体の中がふたりでいっぱいになってしまっている。
もう、それが弾けてしまいそうだ。
「ぅ、……も、イくっ……だめぇ、イッちゃ、イッちゃう、あ、」
「蒼生ぃ……」
「蒼生……」
声が。
両側から。
「……ん、んぅうぅ、ぁあああぁー……っ!」
誰が最初に達したのか。
それは、誰も認識していなかった。
気が付いた時には、3人で精を吐き出していて、誰からともなくぱたりとベッドに倒れ込んでいた。
しん、とした部屋に、エアコンの音と、荒い息を繰り返す音。
「……やば」
ぼそりと最初に呟いたのは健太だった。
「何、なんだったんだ……。いつも気持ちいいけどさ、今日、かなりランキング上位に躍り出そうなくらい気持ちよかったんだけど」
言いながら、そっと蒼生の頭を撫でながら反対側の手をその腰に寄せ、ゆっくりとペニスを抜く。
「んぅ……っ」
びくびく、と蒼生が震え、わずかに顔を上げた。
「……わかんないけど……僕も、きもちかった……」
冬矢も笑って、投げ出されたままの蒼生の手を握った。
「それはよかった。俺も、いっぱい蒼生に気持ちよくしてもらったよ」
「そ、そっか」
蒼生は、空いたほうの手でぱたぱたとシーツを叩く。健太が気付いて握ってやると、へにゃりと微笑む。
「えへへ。嬉しい」
幼い子のような可愛らしい顔。つい今までの、色気に満ち溢れた表情はどこへ行ったのだろう。このギャップは、絶対に他人には見せられない。見せたくない。
健太は蒼生から手を離さずに、ぐっと体をヘッドボードのほうに伸ばして、冬矢が用意していたペットボトルを手に取った。そこにはきっかり3本置いてある。1本は先程蒼生が飲んだ分。1本は自分の分だろうが、健太の分までちゃんと準備してある。まるで、健太が現れることを最初から想定していたようだ。
健太は蒼生の体をゆっくり起こし、ペットボトルを渡す。蒼生は「ありがと」と笑い、たどたどしい手つきで蓋を開けた。本当なら手伝うべきだろうが、手つきが可愛いので思わず見守ってしまう。
「……ところで。オレが来なかったらどうするつもりだったんだよ。ずーっと蒼生を寸止めさせとくつもりだったんか?」
まさかな、と思いながら聞くと、やはりあっさりと冬矢は首を振った。
「そんなはずないだろ。終電の時間まで連絡がないようだったら、少し手法を変えるつもりだったよ」
そう言うと、蒼生がペットボトルを半分飲み干していったん蓋をしめるのを確認してから、ぐいっと蒼生の腕を引く。蒼生はされるがまま、冬矢の上にぽすんと引き倒された。すると裸の胸に擦り寄ってくるので、それが可愛くて、髪にキスをする。
羨ましくなった健太は、ベッドの上を這うように移動すると、蒼生の腰に顎を置いた。
「ひぇっ」
「終電かー。じゃあマジでギリギリだったんだな。待たせてごめんな、蒼生」
「あ、うん、僕もギリギリだ……ったのはともかく、健ちゃん、そこ、くすぐったい……」
「またシたくなっちゃう?」
「なっちゃう、から離れてぇ……」
「えー」
冬矢は何度もキスを繰り返しながら、笑う。
「とりあえず、べたべたになっちゃったな。もう一度お風呂入ろうか」
素直に蒼生は頷く。が、少し複雑な顔をした。
「お風呂は入りたいけど、脚上げるかっこしてたから、まだがくがくしてる」
そこでようやく健太は体を起こすと、ひょいと蒼生を抱え上げた。
「わ」
「じゃあ、オレが連れてってあげるー!」
「……まだ元気だな」
「まあね!」
にこにこと答える健太に、蒼生は嬉しそうに笑う。そのまま浴室に向かう健太の背中を呆れたように見つめ、冬矢もその後に続いた。
早朝の空気はしんと冷え、暖かな部屋にいた体を叩き起すように肺に飛び込んでくる。わずかに霧がかったようにぼんやりとした街の景色を眺め、蒼生はにこにこと振り向いた。
「朝帰りだね!」
家に誰を待たせているわけでもない。だから誰に対しても悪いことはしていないのだが、「イケナイことをしている」ような妙な高揚感があるらしい。蒼生はさらに楽しそうに、
「面白かったし嬉しかったな。またこういうことしようね」
そう言葉を繋げた。
こういうこと……。朝帰りも、健太のコスチュームも、冬矢の意地悪も、すべてを含んでいるのだろう。どこをとっても、蒼生はふたりとのセックスを嬉しかった、と言っているのだ。素直にはっきりそう言ってくれる蒼生が可愛いし、愛しい。
「うん。違うとこでするのもいいよな」
「家だと安心するし、違うとこだとわくわくする」
「3人で入ったのも初めてだったしね」
「そうだよね、入れてよかった」
健太が、デレっと表情を崩して蒼生の腕をさする。
「……わくわくして興奮してたのかな。昨夜の蒼生、すごかったぁ」
それを聞いた蒼生は、ぴっと背筋を伸ばした。
「あっ……。ちょ、ちょっと、はしたなかった自覚は……ある……」
わずかに照れた顔。ここで照れるのか、と冬矢は笑い、蒼生の腰をぽんと叩く。
「いや、そんなところがすごく可愛かったよ。もちろん、どんな蒼生も可愛いんだけど」
「う、そっか……うん」
右を見て、左を見て、笑顔に囲まれていることを自覚すると、蒼生はさらに嬉しそうに両手で頬を包んだ。
健太ががさりと持った袋を掲げる。
「そういえば、これ、お菓子だな。家でもパーティ出来そうじゃん」
ぱっと蒼生が顔を輝かす。
「そうだよ! ケーキも焼くんだよね、冬矢」
「ああ。蒼生にも手伝ってもらう約束だけど……さて、その足で立っていられるかな」
「! ……もう大丈夫だし。手伝うよ!」
「え、いいじゃん! オレもオレも! なんなら蒼生をずっと支える役でもいいよ!」
なにそれ、と蒼生が怪訝な顔をする。そんな顔もとても可愛い。
「それじゃ、早く帰ろうね」
「うん!」
それぞれが頭の中に理想のメニューを描いて提案し合う。メインディッシュはどうしよう、スープには何を浮かべよう。
もちろん最後には、どんな飾り付けのケーキにしようか、と盛り上がる。
きっとそれは、甘い、甘い……。
蒼生はふわりと笑って、両側を歩くふたりの腕にそっと両手をかけた。
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