70こ目;彼の場合のif~満ち潮の分岐点~
その夢の中で、あまりにも自分の出番が少ないうえに扱いが散々だと不満に思った健太は、こんな「もしも」話を始めました。
「あの夜」に関するもしものお話。
↑初公開時キャプション↑
2022/11/11初公開
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ifシリーズはこちら
64こ目;if~今宵、月はさかさまに満ちて~ https://pictbland.net/items/detail/2297821
65こ目;if+if~さかさまに満ちた月のゆくえ 前編~ https://pictbland.net/items/detail/2302084
66こ目;if+if~さかさまに満ちた月のゆくえ 後編~ https://pictbland.net/items/detail/2306239
「あの夜」の元のお話はこちら
蒼生視点;僕は君の宝物 第4話 https://pictbland.net/items/detail/2096121
健太視点;君じゃなくちゃダメなんだ! 第3話 https://pictbland.net/items/detail/2123022
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それは中学3年の初夏の頃。
健太は誰の目から見てもはっきりわかるほど浮かれていた。部活動の際に声をかけてきた積極的な年上の女性と付き合い始め、それからさほど間を置かずに脱童貞を果たしたからだ。
初めて直接触れる肌は、すべすべとして暖かく、包み込んでくれるような感触だった。それまでにも付き合った彼女は何人かいるが、なんだかんだでそこまで進んだことがなかったから、どこにどう触れていいのかすらわからない。だから、経験豊富そうな彼女はまさにうってつけの相手だったのだ。
彼女は健太の手を取り足を取り、触れ方を教えてくれた。まずはこちら。それからこちら。力加減はこう。彼女は彼女で、何も知らない緊張した相手にぎこちなく触れられることも、自分の言葉に翻弄される年若の男性を見るのも好きだったようだ。
その時、健太はふんわりした体に触れながら、悪友たちとこっそり見た動画を思い出していた。どういう感触かは当然動画からは伝わってこない。きっと柔らかいんだろうな、暖かいんだろうな、気持ちよさそうだな、と思いながらそれを見ていたものだ。そして実際に触れてみると、なるほど柔らかいが、意外に弾力がある。すぐに入れられるのかと思ったら、色々手順、というかマナーがある。むしろその前に雰囲気を作っていくことが必要。中身は確かに熱かったが、思っていたよりもすべすべではなかった。あと、動画の声はわかりやすく誇張しているんだなとわかった。
全体的な感想は「なるほど」だった。「あっ、これ、塾でやった問題だ!」の感覚だ。塾なんて通ったことはないが、おそらくそれに近い。ともかく、やってやったぞ、の達成感と、友人らの先を越しただろう優越感。それから、「こんなもんか」という若干の拍子抜け感。もしかすると、少し期待しすぎたのかもしれない。たしかに気持ちよかったし、男としての満足感はあった。だが、我を忘れるほどの快楽だったかと聞かれると、そんなことはなかった気がする。それもどうやら尾ひれがついた噂話か、あるいは動画の中だけの話らしい。
そんなわずかな「あれ?」は、友人たちに自慢しているうちにかき消えた。素直に羨ましがられたり悔しがられているうちに、なんだかものすごく素晴らしく誇らしいことを成し遂げたような気になってきたのだ。いいな、すごい、と言われると、なんだか自分自身が褒められた気になる。一歩先に大人の男になった自分に向けられる友人たちの目は、ひたすら気持ちが良かった。
国ひとつ救った英雄のような気分さえ感じていた健太は、調子に乗って、大事な幼馴染みにも報告することにした。何故なら、彼には自分に起きたすべてのことを報告してきたからだ。今度のことも、必ず笑って祝福してくれるはずだ。
思っていた通り、蒼生は微笑んだ。
「そうなんだ、おめでとう」
一瞬間があった気がしたが、穏やかな口調でそう言ってくれた。健太は嬉しくなる。やはり褒められるべきことをしたのだ、蒼生は喜んでくれているのだと思い、それでさらに調子に乗った。
「なんか成り行きっていうのかな、急にホテル行こうって流れになってさ」
「やめて」
いつもの流れで逐一報告しようとした健太を、蒼生は鋭い声で止めた。その瞬間、すべての思考が止まった。蒼生がそんな言葉を発したことはなかったからだ。
じわりと驚きが胸の奥から湧き出てきて、健太は慌てる。反射的に覗き込んだ蒼生の顔には、見たこともないような暗い影が落ちていた。逸らされた目は地面を見つめ、眉は難しい形に寄せられ、口元はわずかに動いて、無理矢理に何かを吐き出そうとしているように見えた。それらがぎこちなく動いて、一応は笑顔の形に整えられる。
「ごめんね、そういう話苦手なんだ」
それは、苦手、だけで済むような表情だっただろうか。焦りと後悔がすぐに押し寄せてくる。
「あ、蒼生、ごめんな」
「ううん、悪いのは僕だから。そういう話したかったら、申し訳ないけど他の人にしてほしい。ごめんね」
それは滅多に聞くことのない、蒼生の拒絶の言葉だった。隣にいるのに、ひどく遠く感じる。今まで感じたことのない距離だ。
「蒼生、もうその話は絶対しない。約束する。……だからこっち見て」
そう言うと、蒼生は、なんとか笑顔を作り直してくれた。初めはぎこちなく。手が触れ合うと、だんだんと柔らかく。
健太は重い空気を振り切ろうと、精一杯の明るい声を出す。
「ね、天アルの新刊買った?」
「買ったよ。読みに来ないのかなって思ってた」
「今日、夜読みに行っていい?」
「うん。いいよ」
蒼生が頷いてくれたので、健太は心の底からほっとした。けれど、さっきの声は深く健太に突き刺さったままだった。
その日の夜。
健太はおそるおそる蒼生の部屋を訪れた。理由は考えてもわからなかったが、蒼生の機嫌を損ねたのだけは確かだ。一見なにも気にしていない様子だが、それは蒼生の優しさかもしれない。本当は、自分が犯したのかもしれない酷い失態を許していないかもしれない。おそらく、その怖さは、理由がわからないことそのものに対しての感情だ。だから、とにかく確かめずにはいられなかった。
まずは、部屋に入れてもらえたこと。これで一段階目はクリアした。次に、何巻もある漫画を最初から読み始めるという、明らかに時間のかかる行動を始めたが、何も言われなかったこと。それから、自分が読んでいる本を後ろから覗き込んで読んでいる蒼生の近さ。蒼生が寝ても、その場でそのまま読み続けるという選択に対して与えられた許可。さらに、読み終わったら隣で寝てもいいという許諾も得た。
ここまで来れば、蒼生が健太を拒んでいるという可能性はない。健太は何度目かもわからない大きな深呼吸をした。これはいわば安堵の溜め息だ。きっと、何かの拍子に口調が厳しくなってしまっただけなのだ。たとえば、あの時偶然石ころを踏んでしまったとか、嫌な羽音の虫が耳元を飛んだとか。そうに違いない。あるいは、本当に性的な話題が苦手だったか。
色々考えてしまったが、蒼生が壁際で小さくなって寝ている姿を見て、全部がどうでもよくなる。体の大きな健太が、同じベッドに寝ても落ちないように。そう考えて、できるだけ場所を空けてくれているのだ。ちゃんと、蒼生は優しい。
気を良くして、健太は蒼生の眠る布団の中に潜り込む。そして、枕代わりの折りたたんだバスタオルの上に頭を乗せた。漫画が楽しかったのは事実だが、半分意地になって延々と漫画を読んでいたせいで目が疲れているのだろうか、あっという間に眠気が襲ってくる。が、バスタオルだけだと少し頭が低いのが気になって、すぐに眠りに落ちることは出来なかった。
そこで、蒼生の枕に少しお邪魔することにする。蒼生のことだ、枕も半分こで許してくれるだろう。
健太が頭を乗せると、その重みで枕が沈む。角度が変わったせいか、蒼生の頭がわずかに傾いて、後頭部が健太の鼻先に当たった。
「…………っ」
蒼生が小さく仰のき、その頭が健太の頭にごつ、とぶつかる。枕に乗ったからではない。タイミングは明らかに、健太の鼻が当たった瞬間の出来事だった。
あれ、と思う。
すっと。
好奇心のような。
いや、もっと即物的な、なにかむずむずした感覚。
試しに、もう一度鼻を近付ける。蒼生の髪の匂い。それを吸い込みながら、鼻先でそっと、うなじの少し上を擦る。
「んっ……」
蒼生の肩が揺れ、眠る唇から小さな声が零れた。それを聞いた瞬間、どくん、と心臓が大きく鳴った。
音を立てて、頭に血が上った。気がした。
今の、
声。
ほんのかすかな声だったけれど、聞いたことのない音色。
肺がうまく空気を取り入れられない。
大きく吸おうとした息は、すぐに体から逃げてしまう。
心臓がばくばくと大きな音を立てたままだ。
それが、痛い。
体を丸めて眠る蒼生が、今唯一晒している肌に目が行く。
その柔らかそうな耳に、そっと唇で触れる。
自分の下で、ぴくり、と体が動く。
そのまま耳たぶを唇で挟むように噛むと、ひんやり冷たく、そして甘い。
あれだ、蒼生の好きな、アイスクリームの大福。
あの味だ。
「……ん」
また小さな声がする。
体の奥から何かがせり上がってくる。
もっと聞きたい。もっと。
ほしい。
たりない。
首を隠す襟をそっと引き、なめらかな角度を描く首筋を見ると、思考が意味を成さなくなってくる。
うなじに顔を埋めると、ますます濃くなる蒼生の匂い。
唇を寄せ、舌先でそっと撫でると、蒼生の寝息が少しばかり乱れる。
ごそりと小さく腰が反ったのが、布団の動きでわかる。
それを直に見たい、と思った時には手が動いていた。
布団をゆっくりめくると、次第に見えてくる、肩。
背中。
腰の湾曲。
それらが再び規則的な寝息に上下する。
はあっと健太は息を吐いた。
サッカーの試合に集中している時のような、激しく動くボールを見つめている時のような、もはや頭ではなく体で動いている感覚。
触れたい。
触れたい。
体を乗り出して、蒼生の向こう側、壁との間のわずかな隙間に右手を置くと、蒼生を見下ろす形になる。
ベッドの軋む音が、体の奥から迸る感情を煽る。
……無防備な、寝顔。
穏やかな吐息。
蒼生。
置いたばかりの手が、動く。
ボタンをすべて外しながら、蒼生の肩を引く。
ころんと仰向けになった蒼生は、よりいっそう無防備に、綺麗な肌を晒した。
暗い部屋の中で、白く浮かび上がる肌は、ひどく幻想的だと思った。
一番大きく上下するあたりには、小さな突起。
可愛らしい飴玉のようで、思わず舌を滑らせた。
「……っぁ」
ほら、こんなに、甘い。
舌で転がして吸い上げると、蒼生の体は逃れるように動く。
抱きかかえるように上半身を腕で押さえつければ、今度は下半身がゆるく捻られる。
ふと流した視線が、その動きの中心にある場所に辿り着く。
今、健太は、頭に上った血が下半身に集まっていくのを感じていた。
ならば、体をうねらせている蒼生は?
両手が、蒼生のズボンにかかる。
下着ごと太腿まで下ろすと、わずかに反応を示したペニスがふるりと震えた。
おそらく……、いや、確実に、自分の触れた手が、触れた舌が、触れた唇が、この反応を呼び覚ました。
自分が。
蒼生を。
健太には、それがあまりにも愛おしく見える。
「……あおい」
我慢出来なかった。
愛おしいそれを口に含むのに、なんの抵抗もないのは当然だった。
両足を抱えてむしゃぶりつく。
耳たぶよりも、胸元よりも、確実に温度を持ったペニスは、健太の口の中でさらにその熱を高めていく。
それを、はっきり、嬉しいと感じる。
「……ぁっ……ん、」
蒼生が上半身をくねらせ、ぱち、と目を開けた。
そうだろう、ここまですればいくら熟睡していても目を覚ますはずだ。
わかってはいるが、健太は口を離さない。離せなかった。
蒼生はきょろきょろと辺りを見渡し、すぐに違和感のある下半身に目を落とす。
「え、……け、健ちゃん?」
驚いた様子の蒼生と目が合う。止めるべきだ。蒼生が混乱している。止めなければならない。それはわかる。わかるが、止められない。
咥えたまま思わず唾を飲み込むと、蒼生がびくんと身体を震えさせた。それで余計に止められなくなった。じゅう、と音を立てて先端を吸うと、慌てた蒼生の手が健太の腕に触れた。
健太の視線の先で、滅多に見ることのない、困り果てた表情の蒼生がいる。その瞳が揺れる意味をわからずにいるうちに、蒼生は、わずかに視線をぐらつかせて……そっと手を引いた。
え、と思う。
そしてその手で、蒼生は自身の肩をぎゅっと掴む。それから残った手の人差し指を噛んだ。
健太はその意味を探るべく、粘ついた液体を零す蒼生のペニスを、指で小さく擦り上げる。
「……んっ」
こもった声。
蒼生の声が聞きたいのに、と残念に思う一方、控えめに漏れた声の艶やかさに、心臓が絞られるような感覚も味わう。
「……っ、ん、ん、う」
口の中で、愛しい塊が質量をぐんぐんと増していく。
目を覚ましてからのほうが、明らかに反応が早い。
蒼生の目は、ずっと健太を見ている。
それがわかるのは、健太も蒼生を見つめているからだ。
「ぷは……っ、くそっ」
もう頭の中がいっぱいで、風船のようにぱちんと割れてしまいそうだ。健太はがばっと起き上がると、さっきから暑くて仕方がなくなっていた上着を脱ぎ捨てた。それだけでは足りない、下着ごとズボンも脱いで放り投げる。
蒼生は、健太のその行動を、寝転がったままで見ていた。そして、視線をそろりと健太の股間に落とす。ペニスはすっかり上を向いて、我慢の限界をわかりやすく訴えている。
ふわりと。蒼生は笑う。自分に欲情する姿を嘲笑うでも馬鹿にするでもなく、いつもの、優しく包み込むような笑顔。
「……っはあ、は、あ、くそ、もう」
飛びかかる勢いで、健太は蒼生に覆い被さる。そのまま、熱い、同じ温度に昂るペニスを合わせ、両手でまとめて握る。
「ぁ、ぅ……っん」
「はあ、っは、はぁ、はあ」
気持ちいい。ぞくぞくと駆け上る快感に、脳内が真っ白に塗りつぶされそうだ。初めて触れた蒼生の滑らかな素肌に、素直に反応する体に、堪えようとして漏れ出る声に、健太の絶頂の気配は本当にすぐそこにあった。妄想で己を高めることはよくあったが、ここまで早く上り詰めることがあるとは思わなかった。
そして、その限界は蒼生も同じだったようだ。擦り上げる手のひらの中で、さらに熱さが増していく。鼓動さえ重なり合ったふたりは、ほぼ同時に体を大きく震わせ、射精して果てる。
「……は、ぁ……っ」
すうっと、白いもやのようなものが抜けていくのと同時に、頭から血が引いていった。そして、すっかりあがった息に意識が行くと、突然、自分の行動が明らかに常軌を逸していたことに気が付く。
それは、眠っている蒼生に無体を働いたという事実。
はっと自分の下にいる蒼生に目をやると、蒼生の綺麗な肌には、自分と蒼生が吐き出した精液が胸元にまで散っていた。
「あ」
両腕で顔を覆って荒い息を整えていた蒼生は、その小さな健太の呟きを聞いて、そっと腕をどかす。
「ふふ」
蒼生は再び笑みを零す。健太のペニスは、果てたばかりだというのに、既に力を取り戻し、物欲しげに震えていた。それが自分の汚された姿に欲情したからだと気付いたのだろう。
「……健ちゃん。入れてみる?」
目の前のなまめかしい光景に頭が真っ白になって何も考えられず、一言の言葉も探せないでいた健太は、蒼生の言葉でさらに混乱する。
「入れる……? なにを……?」
だから、そう聞き返すことだけで精一杯だった。
蒼生はゆっくりと起き上がり、太腿まで下ろされていたズボンから片足を抜くと、その足を自分で抱える。健太は、目の前に晒されていく蒼生のすべてから目を離せずにいた。蒼生は、反対側の手で、後ろ側に隠されていたはずの桃色の蕾にそっと触れる。
「健ちゃんの、それ……。僕のここに」
「え? は、入る、の?」
「ぬるぬるにすれば……たぶん」
ベッドの下を覗き込んだ蒼生は、ごそごそと何かを探る。そうしてすぐに体を起こして、とろりとした妙な液体が入ったボトルと、小さな正方形のパッケージをいくつかベッドの上に置いた。あの輪っかの形が浮き出た四角い包みのことは知っている。先日、初めてのセックスで使わせてもらった、コンドームとかいう道具だ。授業でも聞いたような記憶がうっすらある。健太はなんとかそれを思い出す程度には思考を回復させた。が、蒼生がそれを持っているという事実は別の混乱を生む。
「なんで、そんな、の」
人との接触が苦手な蒼生が、人と接触するための道具をどうして、という意味で口にした健太の言葉。だが、焦ってうまく言葉にならなかったせいで蒼生には伝わらなかったらしい。
「ここ、勝手に濡れてくれないから……自分でぬるぬるにしなくちゃいけないの」
蒼生の説明は健太の求めたものではなかったが、蒼生がもう片方の足もズボンから抜き、ボトルから出した液体を手に絡めて奥まった穴に触れるのを見てしまうと、もはやそんなことはどうでもよくなった。
「……っん、ぁ、……っふ」
蒼生の指が2本、揃って小さな穴の中にゆっくりと入って行く。暗い部屋のわずかな明かりでもわかるほど、そこはぬめって光る。くちゃくちゃと、そこから聞こえるはずのない音。
「け、んちゃ、……ゴム」
「あ、ああ」
健太は蒼生に促されるまま、包みに手を掛ける。ぴり、とパッケージを破る手元、やはり蒼生はそれもじっと見ている。震える手で先端につけ、根元まで巻き下ろすまで。
その間、ずっと、蒼生の目は潤んで揺れていた。そんな目で見られて、健太が我慢出来るはずもなかった。穴に差し入れられたまま小さく円を描く蒼生の指の隙間から、自分の指をこじ入れる。
「……ひっ、あ」
蒼生の指の感触、その隙間に熱く絡みつく肉の手触り。これが、蒼生の、内側。
思わず乱暴に中を抉ると、蒼生の体が跳ねた。
「あっん……っ」
入りたい、と思った。この熱い中身に、ペニスで触れたい。擦って、こねくり回して、中で果てたい。それは本能から来る衝動だ。
健太は、自分の指と同時に、蒼生の指を引き抜いた。
「もう無理、我慢できねえ」
ペニスをその穴に押し当てると、ぐっと力を入れる。
「…………っ!」
少しずつ、広がって。
「っは、う」
「あ、ぁ」
飲み込まれて。
「入……っ」
ぐちゅん、と、先が入り込む。
「あ、あーっ……」
そこからわずかに進むものの、それ以上はキツくて進めない。
だが。
確かに、健太のペニスは蒼生の柔らかな肉に包まれている。
「は、ぁ、あ」
「あぉ、い」
「! ……ふふ。あはは。うん。す、ご、……入ってる……」
蒼生は、苦しげにしながらも、笑う。
また、胸の奥からぐーっと締め付けられるような熱い何かがせり上がってくる。
「動きたい……」
「いいよ、いいよ、いっぱい……」
「っ、蒼生っ……」
「健、ちゃぁん……」
そこから先は、夢中だった。
力一杯、叩きつけた。
迸る思いをすべて。
何度も。
何度も。
蒼生は、ただ、笑って受け入れてくれた。
はっと目が覚めた時には、部屋は明るい光で満たされていた。なんて突拍子もない夢を見ていたのだろうと慌てた健太は、自分が全裸であることに気が付く。
「え……。っあ」
がばっと体を起こすと、ひとつの布団で寝ていた蒼生の布団も剥ぐことになる。隣で寝ていた蒼生も、一糸纏わぬ姿だった。では、あれは。
ぶるっと体を震わせた蒼生が、ぽかりと目を開けた。寒い思いをさせたことに気付き、焦って布団をかぶせる。
蒼生は、その布団を引き寄せながら、ゆっくりと体を起こした。わずかにしかめられた眉。昨日無茶をしたせいだ、と健太ははっとする。したい、という気持ちに負けて、ひたすらに貪ってしまった。おそらく体がしんどいのだろう。
「あの、蒼生、昨日は、その」
「ごめんね」
え。
蒼生が最初に口にしたのは、それだった。
これも、初めて見るかもしれない、泣きそうな顔。
「…………っ、いや、なんで蒼生が謝るんだよ。蒼生が気ぃ失うまでやり続けたのはオレじゃん。謝るならオレだろ?」
蒼生は俯いて首を振った。
「違うよ。僕は健ちゃんを止めなきゃいけなかったのに。……健ちゃんに浮気させちゃった」
「浮気って……」
そこまで言われて、ようやく自分には彼女がいるのだということを思い出した。途中で彼女としたセックスのことを思い出していたにも関わらず、だ。蒼生のことしか考えていなかった。ただ目の前の蒼生が欲しくてたまらなかった。
ぴしっと正座をした蒼生は、健太に向かって改めて頭を下げる。
「健ちゃんには彼女さんがいるのに。ごめんなさい。許されることじゃないけれど。できれば、なかったことにしてください」
つらそうな表情で、唇を噛みしめる蒼生。
事実だけ見ればその通りだ。蒼生は、彼女のいる健太を誘惑して、浮気させた……ということなのだろう。だが、そもそも先に手を出したのは健太だ。謝られる筋合いはない。むしろなじられるべきだ。だから、妙なことを言い出す蒼生に、意味もなく腹が立った。
「じゃあ、なんで抵抗しなかったんだよ」
その勢いで、つい、そう口にしてしまった。言いながら、自分の失言に気付く。八つ当たりだ。そんなつもりはないのに、これはまるで蒼生を責めているようではないか。
蒼生は、健太が釈明するより早く口を開いた。
「……嬉しかったから」
「え?」
「嬉しかったからだよ。思い出に一度だけ、って思っちゃったんだ」
「……蒼生」
「本当にごめんなさい」
そう吐き捨てると、蒼生は急いでパジャマを着て部屋を飛び出していった。
咄嗟に追えなかった。体が動かなかった。そんな自分を情けなく思う。けれど。
「蒼生……」
健太は蒼生の残した言葉を反芻する。
そして、自分が起こした行動の意味を。
相手の都合もあって、片を付けるには2週間ばかりを要した。その間、蒼生は徹底して健太を避けるようになっていた。かなりショックだったが、蒼生のあの言い分を言葉通り受け止めるなら当然の反応だろう。それに、健太もあのまま蒼生と居続けることは出来なかったから、それでよかったのだと思う。
彼女には、素直な気持ちを告げた。もっと好きな人がいる、と。彼女は健太の言葉を聞くなり、驚いた様子もなく軽く笑った。
「なんとなくそうじゃないかと思ってたの」
気が済まなくて謝り続ける健太だったが、彼女は追い払うように手を振った。
「まあ、申し訳なく思うのなら、君の気持ちに気付かせてあげた私に感謝してくれたらいいよ。さよなら」
こういう言葉を聞くのは、おそらく人生で最後だろう。最後にもう一度だけ謝り、健太は踵を返した。
頭の中をきっかり整理して、野木沢家を訪れたのは翌日の夜のことだ。
「こんばんは、こう兄。蒼生いる?」
「いるけど……どうしたんだよ、こんな遅くに、改まって」
「泊まりに来た」
「あら、健太くん。え? 泊まり? 蒼生から聞いてないけど」
「オレが勝手に決めたから」
そう言うと、野木沢家の人々は「そうか」と笑った。それで終わりだ。健太はこの家の中で、家人同様に許されている存在だった。
けれど、一番、招き入れてほしいのは。
3階に続く階段を、足音を抑えることもなく、勢いよく登っていく。聞こえたのだろう、がたがた、と頭上で物音がした。健太が来ていることに蒼生は気付いたはずだ。
いつもの通り、ノックはしない。
「蒼生」
ドアを開けて入るなり声を掛ける。蒼生は、ドアから一番遠い窓際で、体を硬くして立ち尽くしていた。ぱたんと後ろ手でドアを閉めると、蒼生が真っ青な顔を歪めた。
「ぼ、僕は……もう、健ちゃんに会う資格はないんだよ……」
その震える声は、拒否の言葉にも聞こえる。だが、決して出て行けとは言わない。それは、罪悪感から来るものではなく、出て行ってほしくないという本音があるからだと思う。
健太は構わず蒼生の前に進む。
びくりと体を震わせた蒼生は、見ているほうの胸が痛くなるくらい、悲しげな顔で健太を見上げた。
「彼女と別れてきた」
はっと蒼生が目を瞠る。その目がみるみる潤んで、あっという間に溢れた涙が頬をぼろぼろとこぼれ落ちていく。
「ご、ごめんなさい! ごめんなさい! 僕が別れさせちゃったんだ……! ごめんなさい……っ!」
両手で顔を覆い、その場に崩れ落ちる蒼生を、健太は慌てて支える。
「ごめ、ごめん、な、さ……っ」
「違う、違うよ蒼生。聞いて。オレがバカだっただけだよ」
「健ちゃんは、そんな、ことっ……」
肩を掴み、蒼生の顔を覗き込む。蒼生はふるふる、と首を振り、健太から視線を逸らす。
「ごめんね、ごめん」
ひたすら蒼生は謝罪を繰り返す。健太は構わず、その蒼生の目線の先に顔を突っ込んだ。
「蒼生」
「やだ、やだ」
「蒼生」
「僕のせい、僕のせいで」
「蒼生。ちょっとだけ。聞いて。ね」
「…………ぅ」
涙でぐちゃぐちゃの蒼生の頬を、そっと片手で包み込む。
唇を噛んで、肩で息をしながら、ようやく蒼生は健太の顔を見る。
「……あのね。本当にバカだったんだ。オレ、蒼生のこと、好きだったのに。あんなふうに、どうしようもなくなっちゃうくらい、蒼生のことが好きだったのに。それに気が付かないで、他の人を見ていたオレが全部悪いんだよ」
そこまでを告げると、蒼生は、小さく「え」と呟いた。
健太は手を伸ばし、机の上に置いてあったボックスからティッシュを引き抜く。それで蒼生の頬をそっと拭いてやる。まだ蒼生は呆然としているようだった。
ぱちぱち、と瞬き。健太の好きな仕草を見せた蒼生は、ぎこちなく首を傾げた。
「……健ちゃん……僕のこと……」
「好きだよ。世界中の誰より好きだよ。大好きだよ」
「う……っ」
止まっていた涙は、その言葉を皮切りにして、再び流れ落ちていく。健太は落ちる雫を、飽きることなく何度も拭いてやる。
我慢しきれなくなったのだろうか。蒼生は一度健太を見上げると、がばっと胸に飛び込んで来た。
「……僕もバカだったんだよ。あの時まで、気付かなかったんだ。健ちゃんに触れられて、初めてわかった。僕は健ちゃんとこうなりたかったんだ、って」
愛しい温度が、胸から全身に伝わっていく。
たぶん、蒼生も同じものを感じているはずだ。
「ねえ、蒼生。オレにも言って」
「……すき。健ちゃんが好き」
「オレも、蒼生が大好き」
そうして、あの時は出来なかったキスを。
「……ってわけでぇ、オレと蒼生は無事に付き合い始めるのでした。めでたし、めでたし」
ラグの上にだらりと座りながら蕩々と話し続けていた健太は、ようやくそこで言葉を切った。
ローテーブルを挟んだソファには、顔を両手で覆った蒼生と、不機嫌そうに足を組む冬矢がいる。話が終わったと知った蒼生は両手をそのままに、ソファの背に思い切り寄り掛かった。
「なんかねえ……今までそんなことしなかったのに、突然最初から全巻読みたいとか言い出すから、どうかしたのかなぁとは思ったよ? 思ったけど……そんなに色々考えてたのぉ……?」
どうやら頭の整理がつかないらしい。
満足げな健太をちらっと見て、冬矢が蒼生の頭を撫でる。
「蒼生は、その時のことを覚えているの?」
なにせ、中学3年の時の話だ。忘れてしまっていても不思議はない。だが、あの日は、蒼生にとっても特別な日だった。
「……うん。健ちゃんと気まずくなりかけた日だから、僕もすごく印象に残ってて、……実ははっきり覚えてる。でも、ちょうど冬矢のお宅に初めて泊まりに行った翌週で、2週続けてお泊まり会とか嬉しいなーって思ってたから、僕はむしろ嬉しくて楽しい気持ちでいっぱいだったんだよ。それに、寝ちゃってからその後のことは全然……」
蒼生はわずかに指を広げると、その隙間から健太を見る。
「そ、それ……本当の話?」
「ちょっと脚色はしてるけど、蒼生の寝顔見てうわーってなったとこまでは事実ですね。マジで理性失いかけたから。現実では、蒼生が目ぇ覚ましたところでちゃんと我に返って、トイレでひとりで抜いたよ」
「あ、そ、そうなんだ……」
まだ両手を外せないようだ。蒼生は頭に乗せられた手を頼りに、冬矢にぽすっともたれかかる。
「……え、僕、もう少し目が覚めるの遅かったら、あの日に健ちゃんに抱かれてたの……?」
「そういうことだな!」
「ひぇ……」
そこまでを自信ありげに言い切ってから、健太はふと考えるような顔をする。
「……まあ、可能性はあった、ってくらいかもしんねえけど。今の経験値でもって考えればできるだろうなって話で。だから……当時のオレにできたかどうかは、なあ」
同意を求められた冬矢が、深く頷く。
「話を聞く限りだが、難しかっただろうな。当時のおまえにそこまでの知識はなかったわけだし、最後まで押し切るにはだいぶ勇気が必要だっただろう」
「ああ。蒼生に嫌われたかもってマジでビビってたから、蒼生と目が合った時点で土下座してたかもしれない」
ふたりを隙間から交互に見て、蒼生はようやく顔から手を外した。
「僕も……無理だと思う、当時の彼女さんのことを考えたら絶対申し訳ないもん。きっと健ちゃんの為に我慢出来たはずだよ」
ぴく、と冬矢が肩を揺らす。今の蒼生の言葉は、健太の衝動も、自分自身が本当はそれを拒まなかっただろうことも暗に受け止め、認めている。無意識から出た言葉だろうが、おそらく言葉とは裏腹に、本当にそうなったとしたら蒼生は健太を受け入れてしまっていたのではないだろうか。冬矢は、ぐいっと蒼生の肩を引き寄せた。
「……どうだったろうね」
「えっ?」
「蒼生は好奇心の塊だろ。しかも、自分で開発しちゃうほどえっちなこと好きだから、本当に止められたかな」
「とっ、冬矢まで、なんてこと言うの……」
ぱっと顔を赤くして、蒼生は首を振る。冬矢はその困ったような目を、じいっと捕らえるように見つめる。
「本当に嫌だったら、ちゃんと断るんだよ」
「過去のことを諭されても……。それに、僕だって、本当に嫌なら断るよ」
あー、と健太が腕を組む。
「蒼生に断られたことあったっけ」
「ないわけじゃないが、そういう雰囲気になって行為が始まってから止められたことはないな」
「だから……嫌なら途中でも断るってば……」
「…………」
しん、と沈黙が落ちる。
つまりそういうことだ。
……“嫌なら”。
冬矢は改めて蒼生を抱き締める。
「健太の妄想もあり得たかもな」
「だっ、だからぁ」
「だよな。蒼生ってば結構ドすけべちゃんだもんな」
「……ぐぅ。ドすけべじゃ嫌ですか」
「大好きです」
3人は、それぞれ目を見合わせる。過去は過去とはいえ、なんとなく、微妙に信憑性のある説になってしまった気がする。
静けさに耐えきれなくなったのか、うーんと唸った健太が、ソファに歩み寄る。そして、ぼすんと勢いよく蒼生の隣に座った。
「本当はさあ、オレも、蒼生と冬矢みたいに、ちゃんと夢で続き見たかったんだよなあ」
様々な歯車がずれ、蒼生が健太と結ばれず、冬矢にも出会わなかったという蒼生の夢。冬矢はその夢の続きで蒼生を手に入れた。だから、その先を健太も夢で見たいと思っていたのだ。
蒼生が首を傾げ、冬矢もその向こうから健太を覗き込む。
「さすがにあの結末からおまえが巻き返すのは相当難しいだろう」
「そうだよね。たとえば、僕と完全に連絡が取れなくなった健ちゃんが乗り込んでくるとかは展開としてあり得そうだけど」
「あ、そっか。そのパターンな」
「ただ監禁とはいえ双方の同意があるし、おまえはおまえで家庭があるだろ。全員が報われないことになりかねないぞ」
「……あっ。たしかに」
納得してから、健太はさらに困ったように腕を組んだ。
「そもそも、それっぽい夢も見なかったんだ。蒼生と美味しいごはんを食べに行く夢とか、蒼生とふたりで変な遊園地に行く夢とか、蒼生と街に仕掛けられた壮大な謎を解きに行く夢とか」
「それはそれで面白そうだけど……僕のことばっかりじゃん」
「だって常に蒼生のこと考えてるからさ」
「そ、そう……」
はっきり言われて、蒼生も健太と同じような顔になる。
そんなふたりを見て、冬矢はふっと笑った。
「で、夢が見られないからって、かつての可能性の話を始めたわけか」
「うん。ふたりの夢の話聞いて、昔のこと思い返してたんだ。そしたら、わりとちょっと、ずっとあの頃のことが引っかかってるなーってことに気が付いてさ。だって、蒼生ってオレのこと好きだったはずだろ。好きな奴が他の人とえっちしたって聞いたら、もっとショック受けるもんじゃないかな……って思ってるうちに、こういうエピソードを思いつきましたという」
「それも今考えたら、という話だろう」
「まあね」
蒼生がすっくと立ち上がる。驚いて見上げると、蒼生はくるりと振り向き、わずかに拗ねたような顔で笑って、胸の前に上げた指を組んだ。
「……前も言わなかったっけ。きっかりショック受けてたよ。もうこれで本当にさよならなんだなって思って心の中がからっぽになりそうだった」
「っあ」
健太が慌てて追うように立ち上がる。また言わなくてもいいことを言った。けれど、蒼生は、複雑そうな表情を残しながらも、肩から力を抜く。
「でも、いずれそうなるんじゃないかなって覚悟はしてたんだよね。だから、ああとうとうこの日が来ちゃったんだーって思った」
健太の背後で、冬矢がにやりと笑った。
「それに、当時の蒼生には、既に俺がいたからな」
「えっ。じゃあ、あの時、オレじゃなくて冬矢が先に告ってたら」
「無事に付き合いました、は俺だったかもしれないね。初めて蒼生を泊めた夜に抱いていたら、あるいは」
「あー……」
えっ、と健太はますます慌てて蒼生を抱き締める。
「あっ、蒼生も何で黙るの!?」
「……健ちゃん曰く、僕はドすけべみたいだから……。あの1週間は、どっちに転ぶかわかんない、すっごい瀬戸際だったんだなーって……」
「こ、怖ぇ……」
冬矢もソファから立ち上がり、後ろから蒼生の両肩に手を置く。
「まあ……仮に、健太の思い通りになっていたとしたら、そこからどう蒼生を奪い返すかで俺は手段を選ばなかったかもしれないな」
「おまえも怖ぇよ……」
蒼生は置かれた肩の手と冬矢の顔を交互に見て、ぱちぱちと目を瞬かせる。それから何かを口に出そうとして、黙って考え込み、また少し口を開き掛けてやめる。冬矢が気付いて促そうとするより早く、健太が大きく息を吐いた。そして蒼生を抱き締めたまま再度ソファに近付き、勢いよく座る。冬矢も引っ張られる形になったので、結局3人で並んで座る体勢に戻った。不思議そうな蒼生と冬矢の視線を気にもせず、健太はもう一度息を吐いた。
「……でも、マジな話さ。それまでずーっと蒼生に甘えっぱなしだったオレが、蒼生を取られたくない、絶対蒼生に一目置かれる男にならなくちゃー……って思ったのは、冬矢が蒼生に近付き始めてからだ」
蒼生と冬矢は顔を見合わせる。
「しかも、それまで結局、蒼生のホントの本音は知らなかった訳じゃん。付き合い始めてからようやくちゃんと話すようになってくれたんだから」
はっと蒼生が振り返る。
「ごめ」
「謝ることじゃねえって。んー……オレが謝るべきなのかな。話せない空気を作ってたのはオレってことだし」
「ううん、それこそ誤解で、そういうホントの本音とかどうでもよかったんだよ。健ちゃんといられれば、そんなの」
手探りでクエスチョンマークを出しながら話し合うふたりを、冬矢だけが冷静に見つめる。つまり健太は、他人へ向けるふわふわおっとりな姿を見ていて、表情豊かな今の蒼生を知らなかったと思っている。だが、最初にその外面を見破った冬矢にはわかる。他人向けの穏やかな蒼生の内側に面倒がりの蒼生がいて、そのさらに内側にふんわり幼い本当の蒼生がいた。健太は、最初からその一番内側を見ていたのだ。それだけの話だ。
しかし、悔しいのでそれは言わないことにする。
冬矢が言葉を飲み込んだことには気付かず、健太は「とにかく」と続ける。
「蒼生はさ、優しいから。きっとこういう感じでお付き合いが始まっても、全部にこにこ許してくれて、蒼生にばっか負担かけてたかもしれない。……だから、たぶん、きっと……」
わずかに口ごもる。蒼生は、健太が言おうとしていた言葉と、さっき自分が言おうと思っていた言葉が重なっていることに気付く。そうだ。結論は同じだ。
蒼生は健太に向かってにっこり笑い、首を回して冬矢にも笑いかけた。
「じゃあ、やっぱり、今が一番よかった。好きって言ってもらって、僕も好きで、心が通い合ってお付き合いできてて、本音で話し合えて、3人で仲良く楽しく幸せに暮らしてるの」
健太は嬉しそうな可愛い表情に自分も嬉しくなって、大きく頷く。
「そうだな!」
冬矢は温かい気持ちで笑顔を見つめ、ゆっくり頷く。
「うん」
同意を得た蒼生は、ほっとしたようにふたりの手をぎゅっと握った。
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70こ目;彼の場合のif~満ち潮の分岐点~
僕+君→Waltz! 創作BL 創作BL小説 一次創作 幼馴染 三角関係 R18蒼生と冬矢が見た夢の話(64~66こ目)を聞いた健太。
その夢の中で、あまりにも自分の出番が少ないうえに扱いが散々だと不満に思った健太は、こんな「もしも」話を始めました。
「あの夜」に関するもしものお話。
↑初公開時キャプション↑
2022/11/11初公開
https://pictbland.net/users/series/kazanet-tk/%E5%83%95%EF%BC%8B%E5%90%9B%E2%86%92Waltz%EF%BC%81
ifシリーズはこちら
64こ目;if~今宵、月はさかさまに満ちて~ https://pictbland.net/items/detail/2297821
65こ目;if+if~さかさまに満ちた月のゆくえ 前編~ https://pictbland.net/items/detail/2302084
66こ目;if+if~さかさまに満ちた月のゆくえ 後編~ https://pictbland.net/items/detail/2306239
「あの夜」の元のお話はこちら
蒼生視点;僕は君の宝物 第4話 https://pictbland.net/items/detail/2096121
健太視点;君じゃなくちゃダメなんだ! 第3話 https://pictbland.net/items/detail/2123022
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それは中学3年の初夏の頃。
健太は誰の目から見てもはっきりわかるほど浮かれていた。部活動の際に声をかけてきた積極的な年上の女性と付き合い始め、それからさほど間を置かずに脱童貞を果たしたからだ。
初めて直接触れる肌は、すべすべとして暖かく、包み込んでくれるような感触だった。それまでにも付き合った彼女は何人かいるが、なんだかんだでそこまで進んだことがなかったから、どこにどう触れていいのかすらわからない。だから、経験豊富そうな彼女はまさにうってつけの相手だったのだ。
彼女は健太の手を取り足を取り、触れ方を教えてくれた。まずはこちら。それからこちら。力加減はこう。彼女は彼女で、何も知らない緊張した相手にぎこちなく触れられることも、自分の言葉に翻弄される年若の男性を見るのも好きだったようだ。
その時、健太はふんわりした体に触れながら、悪友たちとこっそり見た動画を思い出していた。どういう感触かは当然動画からは伝わってこない。きっと柔らかいんだろうな、暖かいんだろうな、気持ちよさそうだな、と思いながらそれを見ていたものだ。そして実際に触れてみると、なるほど柔らかいが、意外に弾力がある。すぐに入れられるのかと思ったら、色々手順、というかマナーがある。むしろその前に雰囲気を作っていくことが必要。中身は確かに熱かったが、思っていたよりもすべすべではなかった。あと、動画の声はわかりやすく誇張しているんだなとわかった。
全体的な感想は「なるほど」だった。「あっ、これ、塾でやった問題だ!」の感覚だ。塾なんて通ったことはないが、おそらくそれに近い。ともかく、やってやったぞ、の達成感と、友人らの先を越しただろう優越感。それから、「こんなもんか」という若干の拍子抜け感。もしかすると、少し期待しすぎたのかもしれない。たしかに気持ちよかったし、男としての満足感はあった。だが、我を忘れるほどの快楽だったかと聞かれると、そんなことはなかった気がする。それもどうやら尾ひれがついた噂話か、あるいは動画の中だけの話らしい。
そんなわずかな「あれ?」は、友人たちに自慢しているうちにかき消えた。素直に羨ましがられたり悔しがられているうちに、なんだかものすごく素晴らしく誇らしいことを成し遂げたような気になってきたのだ。いいな、すごい、と言われると、なんだか自分自身が褒められた気になる。一歩先に大人の男になった自分に向けられる友人たちの目は、ひたすら気持ちが良かった。
国ひとつ救った英雄のような気分さえ感じていた健太は、調子に乗って、大事な幼馴染みにも報告することにした。何故なら、彼には自分に起きたすべてのことを報告してきたからだ。今度のことも、必ず笑って祝福してくれるはずだ。
思っていた通り、蒼生は微笑んだ。
「そうなんだ、おめでとう」
一瞬間があった気がしたが、穏やかな口調でそう言ってくれた。健太は嬉しくなる。やはり褒められるべきことをしたのだ、蒼生は喜んでくれているのだと思い、それでさらに調子に乗った。
「なんか成り行きっていうのかな、急にホテル行こうって流れになってさ」
「やめて」
いつもの流れで逐一報告しようとした健太を、蒼生は鋭い声で止めた。その瞬間、すべての思考が止まった。蒼生がそんな言葉を発したことはなかったからだ。
じわりと驚きが胸の奥から湧き出てきて、健太は慌てる。反射的に覗き込んだ蒼生の顔には、見たこともないような暗い影が落ちていた。逸らされた目は地面を見つめ、眉は難しい形に寄せられ、口元はわずかに動いて、無理矢理に何かを吐き出そうとしているように見えた。それらがぎこちなく動いて、一応は笑顔の形に整えられる。
「ごめんね、そういう話苦手なんだ」
それは、苦手、だけで済むような表情だっただろうか。焦りと後悔がすぐに押し寄せてくる。
「あ、蒼生、ごめんな」
「ううん、悪いのは僕だから。そういう話したかったら、申し訳ないけど他の人にしてほしい。ごめんね」
それは滅多に聞くことのない、蒼生の拒絶の言葉だった。隣にいるのに、ひどく遠く感じる。今まで感じたことのない距離だ。
「蒼生、もうその話は絶対しない。約束する。……だからこっち見て」
そう言うと、蒼生は、なんとか笑顔を作り直してくれた。初めはぎこちなく。手が触れ合うと、だんだんと柔らかく。
健太は重い空気を振り切ろうと、精一杯の明るい声を出す。
「ね、天アルの新刊買った?」
「買ったよ。読みに来ないのかなって思ってた」
「今日、夜読みに行っていい?」
「うん。いいよ」
蒼生が頷いてくれたので、健太は心の底からほっとした。けれど、さっきの声は深く健太に突き刺さったままだった。
その日の夜。
健太はおそるおそる蒼生の部屋を訪れた。理由は考えてもわからなかったが、蒼生の機嫌を損ねたのだけは確かだ。一見なにも気にしていない様子だが、それは蒼生の優しさかもしれない。本当は、自分が犯したのかもしれない酷い失態を許していないかもしれない。おそらく、その怖さは、理由がわからないことそのものに対しての感情だ。だから、とにかく確かめずにはいられなかった。
まずは、部屋に入れてもらえたこと。これで一段階目はクリアした。次に、何巻もある漫画を最初から読み始めるという、明らかに時間のかかる行動を始めたが、何も言われなかったこと。それから、自分が読んでいる本を後ろから覗き込んで読んでいる蒼生の近さ。蒼生が寝ても、その場でそのまま読み続けるという選択に対して与えられた許可。さらに、読み終わったら隣で寝てもいいという許諾も得た。
ここまで来れば、蒼生が健太を拒んでいるという可能性はない。健太は何度目かもわからない大きな深呼吸をした。これはいわば安堵の溜め息だ。きっと、何かの拍子に口調が厳しくなってしまっただけなのだ。たとえば、あの時偶然石ころを踏んでしまったとか、嫌な羽音の虫が耳元を飛んだとか。そうに違いない。あるいは、本当に性的な話題が苦手だったか。
色々考えてしまったが、蒼生が壁際で小さくなって寝ている姿を見て、全部がどうでもよくなる。体の大きな健太が、同じベッドに寝ても落ちないように。そう考えて、できるだけ場所を空けてくれているのだ。ちゃんと、蒼生は優しい。
気を良くして、健太は蒼生の眠る布団の中に潜り込む。そして、枕代わりの折りたたんだバスタオルの上に頭を乗せた。漫画が楽しかったのは事実だが、半分意地になって延々と漫画を読んでいたせいで目が疲れているのだろうか、あっという間に眠気が襲ってくる。が、バスタオルだけだと少し頭が低いのが気になって、すぐに眠りに落ちることは出来なかった。
そこで、蒼生の枕に少しお邪魔することにする。蒼生のことだ、枕も半分こで許してくれるだろう。
健太が頭を乗せると、その重みで枕が沈む。角度が変わったせいか、蒼生の頭がわずかに傾いて、後頭部が健太の鼻先に当たった。
「…………っ」
蒼生が小さく仰のき、その頭が健太の頭にごつ、とぶつかる。枕に乗ったからではない。タイミングは明らかに、健太の鼻が当たった瞬間の出来事だった。
あれ、と思う。
すっと。
好奇心のような。
いや、もっと即物的な、なにかむずむずした感覚。
試しに、もう一度鼻を近付ける。蒼生の髪の匂い。それを吸い込みながら、鼻先でそっと、うなじの少し上を擦る。
「んっ……」
蒼生の肩が揺れ、眠る唇から小さな声が零れた。それを聞いた瞬間、どくん、と心臓が大きく鳴った。
音を立てて、頭に血が上った。気がした。
今の、
声。
ほんのかすかな声だったけれど、聞いたことのない音色。
肺がうまく空気を取り入れられない。
大きく吸おうとした息は、すぐに体から逃げてしまう。
心臓がばくばくと大きな音を立てたままだ。
それが、痛い。
体を丸めて眠る蒼生が、今唯一晒している肌に目が行く。
その柔らかそうな耳に、そっと唇で触れる。
自分の下で、ぴくり、と体が動く。
そのまま耳たぶを唇で挟むように噛むと、ひんやり冷たく、そして甘い。
あれだ、蒼生の好きな、アイスクリームの大福。
あの味だ。
「……ん」
また小さな声がする。
体の奥から何かがせり上がってくる。
もっと聞きたい。もっと。
ほしい。
たりない。
首を隠す襟をそっと引き、なめらかな角度を描く首筋を見ると、思考が意味を成さなくなってくる。
うなじに顔を埋めると、ますます濃くなる蒼生の匂い。
唇を寄せ、舌先でそっと撫でると、蒼生の寝息が少しばかり乱れる。
ごそりと小さく腰が反ったのが、布団の動きでわかる。
それを直に見たい、と思った時には手が動いていた。
布団をゆっくりめくると、次第に見えてくる、肩。
背中。
腰の湾曲。
それらが再び規則的な寝息に上下する。
はあっと健太は息を吐いた。
サッカーの試合に集中している時のような、激しく動くボールを見つめている時のような、もはや頭ではなく体で動いている感覚。
触れたい。
触れたい。
体を乗り出して、蒼生の向こう側、壁との間のわずかな隙間に右手を置くと、蒼生を見下ろす形になる。
ベッドの軋む音が、体の奥から迸る感情を煽る。
……無防備な、寝顔。
穏やかな吐息。
蒼生。
置いたばかりの手が、動く。
ボタンをすべて外しながら、蒼生の肩を引く。
ころんと仰向けになった蒼生は、よりいっそう無防備に、綺麗な肌を晒した。
暗い部屋の中で、白く浮かび上がる肌は、ひどく幻想的だと思った。
一番大きく上下するあたりには、小さな突起。
可愛らしい飴玉のようで、思わず舌を滑らせた。
「……っぁ」
ほら、こんなに、甘い。
舌で転がして吸い上げると、蒼生の体は逃れるように動く。
抱きかかえるように上半身を腕で押さえつければ、今度は下半身がゆるく捻られる。
ふと流した視線が、その動きの中心にある場所に辿り着く。
今、健太は、頭に上った血が下半身に集まっていくのを感じていた。
ならば、体をうねらせている蒼生は?
両手が、蒼生のズボンにかかる。
下着ごと太腿まで下ろすと、わずかに反応を示したペニスがふるりと震えた。
おそらく……、いや、確実に、自分の触れた手が、触れた舌が、触れた唇が、この反応を呼び覚ました。
自分が。
蒼生を。
健太には、それがあまりにも愛おしく見える。
「……あおい」
我慢出来なかった。
愛おしいそれを口に含むのに、なんの抵抗もないのは当然だった。
両足を抱えてむしゃぶりつく。
耳たぶよりも、胸元よりも、確実に温度を持ったペニスは、健太の口の中でさらにその熱を高めていく。
それを、はっきり、嬉しいと感じる。
「……ぁっ……ん、」
蒼生が上半身をくねらせ、ぱち、と目を開けた。
そうだろう、ここまですればいくら熟睡していても目を覚ますはずだ。
わかってはいるが、健太は口を離さない。離せなかった。
蒼生はきょろきょろと辺りを見渡し、すぐに違和感のある下半身に目を落とす。
「え、……け、健ちゃん?」
驚いた様子の蒼生と目が合う。止めるべきだ。蒼生が混乱している。止めなければならない。それはわかる。わかるが、止められない。
咥えたまま思わず唾を飲み込むと、蒼生がびくんと身体を震えさせた。それで余計に止められなくなった。じゅう、と音を立てて先端を吸うと、慌てた蒼生の手が健太の腕に触れた。
健太の視線の先で、滅多に見ることのない、困り果てた表情の蒼生がいる。その瞳が揺れる意味をわからずにいるうちに、蒼生は、わずかに視線をぐらつかせて……そっと手を引いた。
え、と思う。
そしてその手で、蒼生は自身の肩をぎゅっと掴む。それから残った手の人差し指を噛んだ。
健太はその意味を探るべく、粘ついた液体を零す蒼生のペニスを、指で小さく擦り上げる。
「……んっ」
こもった声。
蒼生の声が聞きたいのに、と残念に思う一方、控えめに漏れた声の艶やかさに、心臓が絞られるような感覚も味わう。
「……っ、ん、ん、う」
口の中で、愛しい塊が質量をぐんぐんと増していく。
目を覚ましてからのほうが、明らかに反応が早い。
蒼生の目は、ずっと健太を見ている。
それがわかるのは、健太も蒼生を見つめているからだ。
「ぷは……っ、くそっ」
もう頭の中がいっぱいで、風船のようにぱちんと割れてしまいそうだ。健太はがばっと起き上がると、さっきから暑くて仕方がなくなっていた上着を脱ぎ捨てた。それだけでは足りない、下着ごとズボンも脱いで放り投げる。
蒼生は、健太のその行動を、寝転がったままで見ていた。そして、視線をそろりと健太の股間に落とす。ペニスはすっかり上を向いて、我慢の限界をわかりやすく訴えている。
ふわりと。蒼生は笑う。自分に欲情する姿を嘲笑うでも馬鹿にするでもなく、いつもの、優しく包み込むような笑顔。
「……っはあ、は、あ、くそ、もう」
飛びかかる勢いで、健太は蒼生に覆い被さる。そのまま、熱い、同じ温度に昂るペニスを合わせ、両手でまとめて握る。
「ぁ、ぅ……っん」
「はあ、っは、はぁ、はあ」
気持ちいい。ぞくぞくと駆け上る快感に、脳内が真っ白に塗りつぶされそうだ。初めて触れた蒼生の滑らかな素肌に、素直に反応する体に、堪えようとして漏れ出る声に、健太の絶頂の気配は本当にすぐそこにあった。妄想で己を高めることはよくあったが、ここまで早く上り詰めることがあるとは思わなかった。
そして、その限界は蒼生も同じだったようだ。擦り上げる手のひらの中で、さらに熱さが増していく。鼓動さえ重なり合ったふたりは、ほぼ同時に体を大きく震わせ、射精して果てる。
「……は、ぁ……っ」
すうっと、白いもやのようなものが抜けていくのと同時に、頭から血が引いていった。そして、すっかりあがった息に意識が行くと、突然、自分の行動が明らかに常軌を逸していたことに気が付く。
それは、眠っている蒼生に無体を働いたという事実。
はっと自分の下にいる蒼生に目をやると、蒼生の綺麗な肌には、自分と蒼生が吐き出した精液が胸元にまで散っていた。
「あ」
両腕で顔を覆って荒い息を整えていた蒼生は、その小さな健太の呟きを聞いて、そっと腕をどかす。
「ふふ」
蒼生は再び笑みを零す。健太のペニスは、果てたばかりだというのに、既に力を取り戻し、物欲しげに震えていた。それが自分の汚された姿に欲情したからだと気付いたのだろう。
「……健ちゃん。入れてみる?」
目の前のなまめかしい光景に頭が真っ白になって何も考えられず、一言の言葉も探せないでいた健太は、蒼生の言葉でさらに混乱する。
「入れる……? なにを……?」
だから、そう聞き返すことだけで精一杯だった。
蒼生はゆっくりと起き上がり、太腿まで下ろされていたズボンから片足を抜くと、その足を自分で抱える。健太は、目の前に晒されていく蒼生のすべてから目を離せずにいた。蒼生は、反対側の手で、後ろ側に隠されていたはずの桃色の蕾にそっと触れる。
「健ちゃんの、それ……。僕のここに」
「え? は、入る、の?」
「ぬるぬるにすれば……たぶん」
ベッドの下を覗き込んだ蒼生は、ごそごそと何かを探る。そうしてすぐに体を起こして、とろりとした妙な液体が入ったボトルと、小さな正方形のパッケージをいくつかベッドの上に置いた。あの輪っかの形が浮き出た四角い包みのことは知っている。先日、初めてのセックスで使わせてもらった、コンドームとかいう道具だ。授業でも聞いたような記憶がうっすらある。健太はなんとかそれを思い出す程度には思考を回復させた。が、蒼生がそれを持っているという事実は別の混乱を生む。
「なんで、そんな、の」
人との接触が苦手な蒼生が、人と接触するための道具をどうして、という意味で口にした健太の言葉。だが、焦ってうまく言葉にならなかったせいで蒼生には伝わらなかったらしい。
「ここ、勝手に濡れてくれないから……自分でぬるぬるにしなくちゃいけないの」
蒼生の説明は健太の求めたものではなかったが、蒼生がもう片方の足もズボンから抜き、ボトルから出した液体を手に絡めて奥まった穴に触れるのを見てしまうと、もはやそんなことはどうでもよくなった。
「……っん、ぁ、……っふ」
蒼生の指が2本、揃って小さな穴の中にゆっくりと入って行く。暗い部屋のわずかな明かりでもわかるほど、そこはぬめって光る。くちゃくちゃと、そこから聞こえるはずのない音。
「け、んちゃ、……ゴム」
「あ、ああ」
健太は蒼生に促されるまま、包みに手を掛ける。ぴり、とパッケージを破る手元、やはり蒼生はそれもじっと見ている。震える手で先端につけ、根元まで巻き下ろすまで。
その間、ずっと、蒼生の目は潤んで揺れていた。そんな目で見られて、健太が我慢出来るはずもなかった。穴に差し入れられたまま小さく円を描く蒼生の指の隙間から、自分の指をこじ入れる。
「……ひっ、あ」
蒼生の指の感触、その隙間に熱く絡みつく肉の手触り。これが、蒼生の、内側。
思わず乱暴に中を抉ると、蒼生の体が跳ねた。
「あっん……っ」
入りたい、と思った。この熱い中身に、ペニスで触れたい。擦って、こねくり回して、中で果てたい。それは本能から来る衝動だ。
健太は、自分の指と同時に、蒼生の指を引き抜いた。
「もう無理、我慢できねえ」
ペニスをその穴に押し当てると、ぐっと力を入れる。
「…………っ!」
少しずつ、広がって。
「っは、う」
「あ、ぁ」
飲み込まれて。
「入……っ」
ぐちゅん、と、先が入り込む。
「あ、あーっ……」
そこからわずかに進むものの、それ以上はキツくて進めない。
だが。
確かに、健太のペニスは蒼生の柔らかな肉に包まれている。
「は、ぁ、あ」
「あぉ、い」
「! ……ふふ。あはは。うん。す、ご、……入ってる……」
蒼生は、苦しげにしながらも、笑う。
また、胸の奥からぐーっと締め付けられるような熱い何かがせり上がってくる。
「動きたい……」
「いいよ、いいよ、いっぱい……」
「っ、蒼生っ……」
「健、ちゃぁん……」
そこから先は、夢中だった。
力一杯、叩きつけた。
迸る思いをすべて。
何度も。
何度も。
蒼生は、ただ、笑って受け入れてくれた。
はっと目が覚めた時には、部屋は明るい光で満たされていた。なんて突拍子もない夢を見ていたのだろうと慌てた健太は、自分が全裸であることに気が付く。
「え……。っあ」
がばっと体を起こすと、ひとつの布団で寝ていた蒼生の布団も剥ぐことになる。隣で寝ていた蒼生も、一糸纏わぬ姿だった。では、あれは。
ぶるっと体を震わせた蒼生が、ぽかりと目を開けた。寒い思いをさせたことに気付き、焦って布団をかぶせる。
蒼生は、その布団を引き寄せながら、ゆっくりと体を起こした。わずかにしかめられた眉。昨日無茶をしたせいだ、と健太ははっとする。したい、という気持ちに負けて、ひたすらに貪ってしまった。おそらく体がしんどいのだろう。
「あの、蒼生、昨日は、その」
「ごめんね」
え。
蒼生が最初に口にしたのは、それだった。
これも、初めて見るかもしれない、泣きそうな顔。
「…………っ、いや、なんで蒼生が謝るんだよ。蒼生が気ぃ失うまでやり続けたのはオレじゃん。謝るならオレだろ?」
蒼生は俯いて首を振った。
「違うよ。僕は健ちゃんを止めなきゃいけなかったのに。……健ちゃんに浮気させちゃった」
「浮気って……」
そこまで言われて、ようやく自分には彼女がいるのだということを思い出した。途中で彼女としたセックスのことを思い出していたにも関わらず、だ。蒼生のことしか考えていなかった。ただ目の前の蒼生が欲しくてたまらなかった。
ぴしっと正座をした蒼生は、健太に向かって改めて頭を下げる。
「健ちゃんには彼女さんがいるのに。ごめんなさい。許されることじゃないけれど。できれば、なかったことにしてください」
つらそうな表情で、唇を噛みしめる蒼生。
事実だけ見ればその通りだ。蒼生は、彼女のいる健太を誘惑して、浮気させた……ということなのだろう。だが、そもそも先に手を出したのは健太だ。謝られる筋合いはない。むしろなじられるべきだ。だから、妙なことを言い出す蒼生に、意味もなく腹が立った。
「じゃあ、なんで抵抗しなかったんだよ」
その勢いで、つい、そう口にしてしまった。言いながら、自分の失言に気付く。八つ当たりだ。そんなつもりはないのに、これはまるで蒼生を責めているようではないか。
蒼生は、健太が釈明するより早く口を開いた。
「……嬉しかったから」
「え?」
「嬉しかったからだよ。思い出に一度だけ、って思っちゃったんだ」
「……蒼生」
「本当にごめんなさい」
そう吐き捨てると、蒼生は急いでパジャマを着て部屋を飛び出していった。
咄嗟に追えなかった。体が動かなかった。そんな自分を情けなく思う。けれど。
「蒼生……」
健太は蒼生の残した言葉を反芻する。
そして、自分が起こした行動の意味を。
相手の都合もあって、片を付けるには2週間ばかりを要した。その間、蒼生は徹底して健太を避けるようになっていた。かなりショックだったが、蒼生のあの言い分を言葉通り受け止めるなら当然の反応だろう。それに、健太もあのまま蒼生と居続けることは出来なかったから、それでよかったのだと思う。
彼女には、素直な気持ちを告げた。もっと好きな人がいる、と。彼女は健太の言葉を聞くなり、驚いた様子もなく軽く笑った。
「なんとなくそうじゃないかと思ってたの」
気が済まなくて謝り続ける健太だったが、彼女は追い払うように手を振った。
「まあ、申し訳なく思うのなら、君の気持ちに気付かせてあげた私に感謝してくれたらいいよ。さよなら」
こういう言葉を聞くのは、おそらく人生で最後だろう。最後にもう一度だけ謝り、健太は踵を返した。
頭の中をきっかり整理して、野木沢家を訪れたのは翌日の夜のことだ。
「こんばんは、こう兄。蒼生いる?」
「いるけど……どうしたんだよ、こんな遅くに、改まって」
「泊まりに来た」
「あら、健太くん。え? 泊まり? 蒼生から聞いてないけど」
「オレが勝手に決めたから」
そう言うと、野木沢家の人々は「そうか」と笑った。それで終わりだ。健太はこの家の中で、家人同様に許されている存在だった。
けれど、一番、招き入れてほしいのは。
3階に続く階段を、足音を抑えることもなく、勢いよく登っていく。聞こえたのだろう、がたがた、と頭上で物音がした。健太が来ていることに蒼生は気付いたはずだ。
いつもの通り、ノックはしない。
「蒼生」
ドアを開けて入るなり声を掛ける。蒼生は、ドアから一番遠い窓際で、体を硬くして立ち尽くしていた。ぱたんと後ろ手でドアを閉めると、蒼生が真っ青な顔を歪めた。
「ぼ、僕は……もう、健ちゃんに会う資格はないんだよ……」
その震える声は、拒否の言葉にも聞こえる。だが、決して出て行けとは言わない。それは、罪悪感から来るものではなく、出て行ってほしくないという本音があるからだと思う。
健太は構わず蒼生の前に進む。
びくりと体を震わせた蒼生は、見ているほうの胸が痛くなるくらい、悲しげな顔で健太を見上げた。
「彼女と別れてきた」
はっと蒼生が目を瞠る。その目がみるみる潤んで、あっという間に溢れた涙が頬をぼろぼろとこぼれ落ちていく。
「ご、ごめんなさい! ごめんなさい! 僕が別れさせちゃったんだ……! ごめんなさい……っ!」
両手で顔を覆い、その場に崩れ落ちる蒼生を、健太は慌てて支える。
「ごめ、ごめん、な、さ……っ」
「違う、違うよ蒼生。聞いて。オレがバカだっただけだよ」
「健ちゃんは、そんな、ことっ……」
肩を掴み、蒼生の顔を覗き込む。蒼生はふるふる、と首を振り、健太から視線を逸らす。
「ごめんね、ごめん」
ひたすら蒼生は謝罪を繰り返す。健太は構わず、その蒼生の目線の先に顔を突っ込んだ。
「蒼生」
「やだ、やだ」
「蒼生」
「僕のせい、僕のせいで」
「蒼生。ちょっとだけ。聞いて。ね」
「…………ぅ」
涙でぐちゃぐちゃの蒼生の頬を、そっと片手で包み込む。
唇を噛んで、肩で息をしながら、ようやく蒼生は健太の顔を見る。
「……あのね。本当にバカだったんだ。オレ、蒼生のこと、好きだったのに。あんなふうに、どうしようもなくなっちゃうくらい、蒼生のことが好きだったのに。それに気が付かないで、他の人を見ていたオレが全部悪いんだよ」
そこまでを告げると、蒼生は、小さく「え」と呟いた。
健太は手を伸ばし、机の上に置いてあったボックスからティッシュを引き抜く。それで蒼生の頬をそっと拭いてやる。まだ蒼生は呆然としているようだった。
ぱちぱち、と瞬き。健太の好きな仕草を見せた蒼生は、ぎこちなく首を傾げた。
「……健ちゃん……僕のこと……」
「好きだよ。世界中の誰より好きだよ。大好きだよ」
「う……っ」
止まっていた涙は、その言葉を皮切りにして、再び流れ落ちていく。健太は落ちる雫を、飽きることなく何度も拭いてやる。
我慢しきれなくなったのだろうか。蒼生は一度健太を見上げると、がばっと胸に飛び込んで来た。
「……僕もバカだったんだよ。あの時まで、気付かなかったんだ。健ちゃんに触れられて、初めてわかった。僕は健ちゃんとこうなりたかったんだ、って」
愛しい温度が、胸から全身に伝わっていく。
たぶん、蒼生も同じものを感じているはずだ。
「ねえ、蒼生。オレにも言って」
「……すき。健ちゃんが好き」
「オレも、蒼生が大好き」
そうして、あの時は出来なかったキスを。
「……ってわけでぇ、オレと蒼生は無事に付き合い始めるのでした。めでたし、めでたし」
ラグの上にだらりと座りながら蕩々と話し続けていた健太は、ようやくそこで言葉を切った。
ローテーブルを挟んだソファには、顔を両手で覆った蒼生と、不機嫌そうに足を組む冬矢がいる。話が終わったと知った蒼生は両手をそのままに、ソファの背に思い切り寄り掛かった。
「なんかねえ……今までそんなことしなかったのに、突然最初から全巻読みたいとか言い出すから、どうかしたのかなぁとは思ったよ? 思ったけど……そんなに色々考えてたのぉ……?」
どうやら頭の整理がつかないらしい。
満足げな健太をちらっと見て、冬矢が蒼生の頭を撫でる。
「蒼生は、その時のことを覚えているの?」
なにせ、中学3年の時の話だ。忘れてしまっていても不思議はない。だが、あの日は、蒼生にとっても特別な日だった。
「……うん。健ちゃんと気まずくなりかけた日だから、僕もすごく印象に残ってて、……実ははっきり覚えてる。でも、ちょうど冬矢のお宅に初めて泊まりに行った翌週で、2週続けてお泊まり会とか嬉しいなーって思ってたから、僕はむしろ嬉しくて楽しい気持ちでいっぱいだったんだよ。それに、寝ちゃってからその後のことは全然……」
蒼生はわずかに指を広げると、その隙間から健太を見る。
「そ、それ……本当の話?」
「ちょっと脚色はしてるけど、蒼生の寝顔見てうわーってなったとこまでは事実ですね。マジで理性失いかけたから。現実では、蒼生が目ぇ覚ましたところでちゃんと我に返って、トイレでひとりで抜いたよ」
「あ、そ、そうなんだ……」
まだ両手を外せないようだ。蒼生は頭に乗せられた手を頼りに、冬矢にぽすっともたれかかる。
「……え、僕、もう少し目が覚めるの遅かったら、あの日に健ちゃんに抱かれてたの……?」
「そういうことだな!」
「ひぇ……」
そこまでを自信ありげに言い切ってから、健太はふと考えるような顔をする。
「……まあ、可能性はあった、ってくらいかもしんねえけど。今の経験値でもって考えればできるだろうなって話で。だから……当時のオレにできたかどうかは、なあ」
同意を求められた冬矢が、深く頷く。
「話を聞く限りだが、難しかっただろうな。当時のおまえにそこまでの知識はなかったわけだし、最後まで押し切るにはだいぶ勇気が必要だっただろう」
「ああ。蒼生に嫌われたかもってマジでビビってたから、蒼生と目が合った時点で土下座してたかもしれない」
ふたりを隙間から交互に見て、蒼生はようやく顔から手を外した。
「僕も……無理だと思う、当時の彼女さんのことを考えたら絶対申し訳ないもん。きっと健ちゃんの為に我慢出来たはずだよ」
ぴく、と冬矢が肩を揺らす。今の蒼生の言葉は、健太の衝動も、自分自身が本当はそれを拒まなかっただろうことも暗に受け止め、認めている。無意識から出た言葉だろうが、おそらく言葉とは裏腹に、本当にそうなったとしたら蒼生は健太を受け入れてしまっていたのではないだろうか。冬矢は、ぐいっと蒼生の肩を引き寄せた。
「……どうだったろうね」
「えっ?」
「蒼生は好奇心の塊だろ。しかも、自分で開発しちゃうほどえっちなこと好きだから、本当に止められたかな」
「とっ、冬矢まで、なんてこと言うの……」
ぱっと顔を赤くして、蒼生は首を振る。冬矢はその困ったような目を、じいっと捕らえるように見つめる。
「本当に嫌だったら、ちゃんと断るんだよ」
「過去のことを諭されても……。それに、僕だって、本当に嫌なら断るよ」
あー、と健太が腕を組む。
「蒼生に断られたことあったっけ」
「ないわけじゃないが、そういう雰囲気になって行為が始まってから止められたことはないな」
「だから……嫌なら途中でも断るってば……」
「…………」
しん、と沈黙が落ちる。
つまりそういうことだ。
……“嫌なら”。
冬矢は改めて蒼生を抱き締める。
「健太の妄想もあり得たかもな」
「だっ、だからぁ」
「だよな。蒼生ってば結構ドすけべちゃんだもんな」
「……ぐぅ。ドすけべじゃ嫌ですか」
「大好きです」
3人は、それぞれ目を見合わせる。過去は過去とはいえ、なんとなく、微妙に信憑性のある説になってしまった気がする。
静けさに耐えきれなくなったのか、うーんと唸った健太が、ソファに歩み寄る。そして、ぼすんと勢いよく蒼生の隣に座った。
「本当はさあ、オレも、蒼生と冬矢みたいに、ちゃんと夢で続き見たかったんだよなあ」
様々な歯車がずれ、蒼生が健太と結ばれず、冬矢にも出会わなかったという蒼生の夢。冬矢はその夢の続きで蒼生を手に入れた。だから、その先を健太も夢で見たいと思っていたのだ。
蒼生が首を傾げ、冬矢もその向こうから健太を覗き込む。
「さすがにあの結末からおまえが巻き返すのは相当難しいだろう」
「そうだよね。たとえば、僕と完全に連絡が取れなくなった健ちゃんが乗り込んでくるとかは展開としてあり得そうだけど」
「あ、そっか。そのパターンな」
「ただ監禁とはいえ双方の同意があるし、おまえはおまえで家庭があるだろ。全員が報われないことになりかねないぞ」
「……あっ。たしかに」
納得してから、健太はさらに困ったように腕を組んだ。
「そもそも、それっぽい夢も見なかったんだ。蒼生と美味しいごはんを食べに行く夢とか、蒼生とふたりで変な遊園地に行く夢とか、蒼生と街に仕掛けられた壮大な謎を解きに行く夢とか」
「それはそれで面白そうだけど……僕のことばっかりじゃん」
「だって常に蒼生のこと考えてるからさ」
「そ、そう……」
はっきり言われて、蒼生も健太と同じような顔になる。
そんなふたりを見て、冬矢はふっと笑った。
「で、夢が見られないからって、かつての可能性の話を始めたわけか」
「うん。ふたりの夢の話聞いて、昔のこと思い返してたんだ。そしたら、わりとちょっと、ずっとあの頃のことが引っかかってるなーってことに気が付いてさ。だって、蒼生ってオレのこと好きだったはずだろ。好きな奴が他の人とえっちしたって聞いたら、もっとショック受けるもんじゃないかな……って思ってるうちに、こういうエピソードを思いつきましたという」
「それも今考えたら、という話だろう」
「まあね」
蒼生がすっくと立ち上がる。驚いて見上げると、蒼生はくるりと振り向き、わずかに拗ねたような顔で笑って、胸の前に上げた指を組んだ。
「……前も言わなかったっけ。きっかりショック受けてたよ。もうこれで本当にさよならなんだなって思って心の中がからっぽになりそうだった」
「っあ」
健太が慌てて追うように立ち上がる。また言わなくてもいいことを言った。けれど、蒼生は、複雑そうな表情を残しながらも、肩から力を抜く。
「でも、いずれそうなるんじゃないかなって覚悟はしてたんだよね。だから、ああとうとうこの日が来ちゃったんだーって思った」
健太の背後で、冬矢がにやりと笑った。
「それに、当時の蒼生には、既に俺がいたからな」
「えっ。じゃあ、あの時、オレじゃなくて冬矢が先に告ってたら」
「無事に付き合いました、は俺だったかもしれないね。初めて蒼生を泊めた夜に抱いていたら、あるいは」
「あー……」
えっ、と健太はますます慌てて蒼生を抱き締める。
「あっ、蒼生も何で黙るの!?」
「……健ちゃん曰く、僕はドすけべみたいだから……。あの1週間は、どっちに転ぶかわかんない、すっごい瀬戸際だったんだなーって……」
「こ、怖ぇ……」
冬矢もソファから立ち上がり、後ろから蒼生の両肩に手を置く。
「まあ……仮に、健太の思い通りになっていたとしたら、そこからどう蒼生を奪い返すかで俺は手段を選ばなかったかもしれないな」
「おまえも怖ぇよ……」
蒼生は置かれた肩の手と冬矢の顔を交互に見て、ぱちぱちと目を瞬かせる。それから何かを口に出そうとして、黙って考え込み、また少し口を開き掛けてやめる。冬矢が気付いて促そうとするより早く、健太が大きく息を吐いた。そして蒼生を抱き締めたまま再度ソファに近付き、勢いよく座る。冬矢も引っ張られる形になったので、結局3人で並んで座る体勢に戻った。不思議そうな蒼生と冬矢の視線を気にもせず、健太はもう一度息を吐いた。
「……でも、マジな話さ。それまでずーっと蒼生に甘えっぱなしだったオレが、蒼生を取られたくない、絶対蒼生に一目置かれる男にならなくちゃー……って思ったのは、冬矢が蒼生に近付き始めてからだ」
蒼生と冬矢は顔を見合わせる。
「しかも、それまで結局、蒼生のホントの本音は知らなかった訳じゃん。付き合い始めてからようやくちゃんと話すようになってくれたんだから」
はっと蒼生が振り返る。
「ごめ」
「謝ることじゃねえって。んー……オレが謝るべきなのかな。話せない空気を作ってたのはオレってことだし」
「ううん、それこそ誤解で、そういうホントの本音とかどうでもよかったんだよ。健ちゃんといられれば、そんなの」
手探りでクエスチョンマークを出しながら話し合うふたりを、冬矢だけが冷静に見つめる。つまり健太は、他人へ向けるふわふわおっとりな姿を見ていて、表情豊かな今の蒼生を知らなかったと思っている。だが、最初にその外面を見破った冬矢にはわかる。他人向けの穏やかな蒼生の内側に面倒がりの蒼生がいて、そのさらに内側にふんわり幼い本当の蒼生がいた。健太は、最初からその一番内側を見ていたのだ。それだけの話だ。
しかし、悔しいのでそれは言わないことにする。
冬矢が言葉を飲み込んだことには気付かず、健太は「とにかく」と続ける。
「蒼生はさ、優しいから。きっとこういう感じでお付き合いが始まっても、全部にこにこ許してくれて、蒼生にばっか負担かけてたかもしれない。……だから、たぶん、きっと……」
わずかに口ごもる。蒼生は、健太が言おうとしていた言葉と、さっき自分が言おうと思っていた言葉が重なっていることに気付く。そうだ。結論は同じだ。
蒼生は健太に向かってにっこり笑い、首を回して冬矢にも笑いかけた。
「じゃあ、やっぱり、今が一番よかった。好きって言ってもらって、僕も好きで、心が通い合ってお付き合いできてて、本音で話し合えて、3人で仲良く楽しく幸せに暮らしてるの」
健太は嬉しそうな可愛い表情に自分も嬉しくなって、大きく頷く。
「そうだな!」
冬矢は温かい気持ちで笑顔を見つめ、ゆっくり頷く。
「うん」
同意を得た蒼生は、ほっとしたようにふたりの手をぎゅっと握った。
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