71こ目;旧友、来たる
普段はそっけない返事をする冬矢が、今回は珍しく誘いに乗ることに。
冬矢は、それと同時にひとつの決心をしていました。
↑初公開時キャプション↑
2022/11/25初公開
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冬矢は駅から出ると、携帯を片手に周辺を見渡した。夕暮れの街には既に街灯が点いていて、行き交う人々の顔を表情がはっきりわかるほど明るく照らしている。駅から出てきた何組もの若者たちのグループは、立ち止まる冬矢を追い越し、楽しそうに笑いあいながら駅前にいくつも並んだ飲食店にどんどん吸い込まれていく。どうやら入店ラッシュの時間帯にぶつかってしまったらしい。それらを横目に見ながら、ロータリーに面した少し細い道に入った。
指定された店は、少し奥に入った場所にあるようだ。道は大通りほど広くないが、繁華街であることには変わりない。歩行者の密度がいっそう濃くなったせいで、その道はずいぶん歩きにくかった。呼び出されたのでなければ、あまり立ち入りたくない場所だ。テンションの高い人々にぶつからないように歩くだけでも気を遣う。早々にうんざりしながら角を曲がると、ようやくメッセージで伝えられた店名が書かれた看板の前に辿り着いた。
自動ドアから入った店内は、明るい喧騒に満たされていたが、それぞれの席は壁で隔たれているようだ。靴を脱いで廊下に上がれば、すぐに和服姿の店員が寄ってくる。どうやら待ち合わせの相手はもう来ているらしい。複雑な廊下を抜けて案内された部屋の横開きのドアを開けると、その相手はぱっと顔を上げた。
「笹原! 久し振りだな!」
「久し振り。相変わらず森は声が大きいな」
そっけない冬矢の言葉に、森はさらに大きな声で笑った。
「そりゃあな、体もデカくなったぶん、声量も増えるんじゃないか?」
たしかに、しばらく会わないうちに、もともと立派だった体格はさらにがっしりと骨太になっている。冬矢はふと笑い、コートを脱いで向かいに座った。すると待ち侘びていたように、森が勢いよくメニューを差し出してくる。
「久し振り過ぎて好みが変わってたらいけないと思って、まだ注文してないんだ。何食べる? 酒は? 飲める?」
「特に変わっている自覚はないけどな。アルコールも弱くないけれど……それを気にするのは俺よりおまえのほうじゃないのか」
「まあな。でも、今日くらいは1杯程度なら許されるだろ。なにせ、親友との再会なんだから」
「なるほど。そういうことならば、俺も1杯くらい付き合おうかな」
2人はメニューを一通り眺めると、次々と注文する皿を決めていく。先程は冬矢の好みがどうのと言っていたが、ほとんどは森が提案して冬矢が了承するという形だ。これは昔から変わっていない。そもそも森の食べる量が尋常ではないので、森が決めるほうが効率がいいと途中で気が付いたからだった。それでも、当時避けたがっていたサラダを積極的に頼むなど、どうやら体に気を遣うことは増えたらしい。
やがて、2人の前にはジョッキに入ったサワーが並んだ。
「それじゃー、再会に、乾杯!」
「乾杯」
がちん、とジョッキのぶつかる音。森はそれを一気に半分ほど飲み干す。この勢いで、本当に1杯で済むのかどうか疑問に思いながら、冬矢もふた口ばかりを飲み込んだ。その様子を、森が上機嫌で眺める。
「それにしても、本当に久し振りだよな。中学卒業して以来か……。俺のほうもなんだかんだで忙しくて、地元に帰るどころか同窓会も顔出せなかったからな」
「同窓会、ね。そんなのもあったな。俺は自らの意志で行っていない」
「あはは、そうだろうと思った! おまえ、人の居るところに出てくタイプじゃないもんな。たまに連絡したって、そっけねぇ返事しか返ってこないしさ。だから、今日だって断られるつもりで誘ったんだ。まさか快い返事が来るとは思ってなかったよ」
たしかに、と冬矢は頷く。森からは、頻繁ではないものの、携帯にメッセージが届いていた。冬矢はそれに対して必要最低限の内容しか返していない。それどころか単語ひとつで終わらせることもあった。ただ、森は冬矢の返信がそういうものだと知っていたし、むしろ返答するということ自体が冬矢にとって特別扱いなのだということもわかっていた。
それを見透かされていることを察している冬矢は、極まりが悪いのか、視線をすっと床に落とした。
「……いや。この前、夢におまえが出てきたんだ。それで、久々に顔を合わせるのも悪くないかなと思って」
「へーえ。なかなかセンチメンタルなこと言うじゃん。夢で見て恋しくなったってこと?」
「それはない。夢の冒頭で状況を説明する役だったしな」
「そりゃあずいぶん、脇役も脇役だな~」
楽しげに森が笑う。なるほど、かわいらしい理由だったから言い淀んだのか。
何年も会っていないというのに挨拶以外でそれを感じさせない空気が、冬矢には懐かしく、少し嬉しかった。昨日別れたばかりのように会話が続くのは、仲のいい友人同士だからなのだろう。部屋のドアを開けるまでわずかに緊張していたことが嘘のようだ。
「それより、こっち」
冬矢は、ぴっと襟を引く仕草をした。昔、森が「道場に行く」と言う時によくしていた仕草だ。2人の間では、これが柔道を示すジェスチャーになっている。
「最近の活躍もすごいな」
「ああ、知ってくれてるのか」
「知りたくなくとも、目に入ってくるだろう。国際大会であれだけ大暴れしているんだから。今度の大型大会の代表候補だそうじゃないか」
「まだ決まったわけじゃないけどな。でも精一杯頑張りたいと思ってるよ」
森はぐっと手を握ってみせる。相変わらず柔道一筋らしい。すっかり有名人だが、人柄は変わらないようだ。
連絡を取らなくなっても、彼が元気でやっているのは明らかだった。ニュースでも取り上げられるし、中継があると知ればつい見てしまう。会うのが数年ぶりと思えないのは、そのせいもあるかもしれない。
そこに、4人前はあろうかと思われるサラダと、湯気を立てる卵焼きが運ばれてきた。
「よし、まずは食べよう」
「そうだな。いただきます」
ごっそりとサラダを小皿に盛った森は、そのままの勢いで箸を口に運ぶ。
「でも、まさか笹原がこの街に住んでるとは思わなかったなあ。全然教えてくれないから知らなかったよ」
まず食べるんじゃなかったのか、と思いつつ、冬矢は肩をすくめる。
「おまえと違って、こっちは何の変哲もない大学生だ。わざわざ申告するほどのことではないと思ったからな」
「そうだけどさ。住んでるところがこっちだと知ってたら、もう少し早く声をかけたのに」
冬矢はそれに対して、曖昧に答える。きっと森はそう言い出すだろうと思ったからこそ黙っていたのだ。自分がここにいることは、あまり知られたくなかった。それが誰であろうと、今の生活を邪魔されることを避けたかったからだ。
そこには深く切り込まず、森は卵焼きの大きな一切れをそのまま口に放り込んだ。「なかなか美味いな」と呟きながら飲み込むと、一旦箸を置く。
「今日会いたいと思ったのはさ。俺の話より、おまえの話が聞きたかったんだよ」
「だから、ただの大学生だけど?」
「うん、まずは遅くなったけど進学おめでとう。それもそうなんだけど、聞きたいのはそこに至るまでの話だよ。おまえ、野木沢と同じ高校に行ったじゃないか。あれからどうしたのかなって気になってたんだ。まだ野木沢と連絡とったりしてるのか?」
「ああ……」
聞かれるだろうとは思っていた。たしかに、気になるだろう。彼も蒼生と仲が良かったのだから。そのうえ、何故か冬矢の蒼生に対する気持ちもほとんどバレていたようだし。
ふっと息を吐き、冬矢も箸を箸置きに丁寧に置いた。
「……今、一緒に暮らしてる」
「え?」
森はぽかんとした表情で目を見開く。
「ん? あ、ルームシェアとか、そういう? へえ、野木沢もこっち来たんだ」
「いや、同棲。俺たち、付き合っているんだ」
「同棲……」
突然森が膝立ちになり、机の幅などものともせず、冬矢の両肩をばんっと叩いた。
「そうか! そうか、よかったな!」
ばんばん、とさらに2回。
「……っ、痛いって。おまえ、自分の力を少しは考えろよ」
「やー、だって、嬉しくてさ。そうかぁ! 本当によかった! おまえ、ずーっと野木沢にデレデレだったもんなあ!」
満面の笑みで、森は冬矢の両肩を掴む。
否定はされないだろうと思っていたものの、ここまで喜ばれるとは思っていなかった冬矢は、逆に気まずいような表情を浮かべて森を眺めた。この気のいい友人は、どうやら、本気で祝福してくれているらしい。
「……それは言い過ぎだろう」
「そうか? 野木沢に出会ってから、おまえ、急に知らない顔しだしたじゃないか。見たことない顔ばっかで、毎日新鮮にびっくりしてたよ。俺らだってそこそこ付き合い長いのにさ。あれは、デレデレで間違ってないぞ」
冬矢は返す言葉を探して黙り込んだ。本当に態度に出している自覚がなかったらしい親友に、森は楽しくなってきて畳みかける。
「わかりやすかったよなぁ。野木沢が移動するたびに、必ず目で追いかけてさ。ああ、こいつ、こんな健気な一面があるんだなーって思ってたんだぜ」
「……冗談だろ……」
「冗談なんか言うもんか。いやー、成就してよかったよかった。じゃあ、野木沢は元気してるんだ?」
「……ああ。元気だよ」
「それもよかった!」
満足げに頷いて、森はきちんと座り直す。が、乱れた洋服の襟元を直す冬矢を見ながら「あ」と呟いて再度身を乗り出した。
「ということは、あいつはどうしたんだ? 寺田。野木沢と付き合うのに、寺田が簡単に納得するわけないだろ」
「あいつも一緒だよ。考えた結果、3人で付き合うことにした。具体的には、俺と健太が、それぞれ蒼生と付き合っているんだ」
「へえ、ユニークな付き合い方してるんだな!」
今度は冬矢が驚く番だ。自分が蒼生と付き合っていることを理解してくれるまでならともかく、そこも受け止めるのか。
「妙だとは思わないのか?」
思わず聞いた冬矢に、森は首を捻った。
「妙? いや? 笹原も寺田も本気だったし、野木沢もおまえらには気を許してる感じがしたし。……なるほど、考えてみれば、それが一番自然な形なような気もするな」
「そうか」
自分たちが納得した形だとはいえ、世間的に見れば歪だとずっと思っている。冬矢が周囲に対し、積極的に恋人の存在をアピールしないのにはそれが根底にあった。ひとつ話をすれば、どこかでボロを出す可能性がある。後ろ指を指されるのが自分ならいい。だが、蒼生がおかしな目で見られるのだけは絶対に嫌だ。
それを、森ならば大丈夫だと判断して告げた。そして、その期待以上に、彼は理解してくれた。ほぼ唯一と言える昔からの友人が、それをすんなりと肯定してくれたことがとても心強かった。
今から思えば、あのガードが堅く誰にも素顔を見せなかった蒼生が、冬矢に対して最初からわずかに気を許す素振りを見せていたのは、森のおかげかもしれない。森がテンションを上げて蒼生にぐいぐいと近付いたから、押しに弱い蒼生は少しだけ装甲が剥がれてしまっていたのではないだろうか。なんとか外面は保てていたが、その剥がれた隙間から本当の蒼生を見ることが出来たような気がする。
彼に感謝をすべきなのだろうか、と冬矢はぱっと顔を上げた。が。
「まあな、おまえと寺田がそんなふうにバチバチやってる隙に、野木沢連れ出して2人っきりでよくゲーセン行ってたんだけどな!」
「は?」
「お願いして一緒にプリントシール機で写真撮らせてもらったりしたのも懐かしいな。野木沢がいらないって言うから、俺、まだ全部持ってるよ」
「没収」
「えっ」
「全部没収する」
「せめて手元に残させてくれよ」
言おうとしていた感謝の言葉を、冬矢は口にする前に撤回する。蒼生と? 2人きりで? しかもそれを自分に黙って?
じいっと睨み付けてくる冬矢に、つい笑ってしまう森だ。当時言えなかったことを時効だろうと思ってバラしたが、どうやらこの件に関しての時効はないものだったらしい。すっかり冬矢の空気がすさんだので、森は別の話題を探す。
「そういえば、同性同士で一緒に住むってハードル高いんだってな」
直接の友人ではないが、道場の仲間の友人が同性の友人とルームシェアをしようとして部屋を探しているのだがなかなかみつからないらしい、という話をしていたことがあった。その時は当事者ではなかったため聞き流していたのだが、恋人より友人同士のほうが諍いがなさそうなものなのにな、と思ったので印象に残っている。
しかし冬矢は、何でもないことのようにあっさり頷いた。
「そうだな。特に男性同士だとトラブルが多いとか犯罪の温床になりかねないとか、とにかく理由を並べたてられて敬遠されがちだったよ。だから、まずはそこに理解のある不動産屋を探すことから始めた。評判を調べて、電話をかけて、話を聞いてくれるところを見つけて、正直に事情を説明して」
「手分けしてやっても、かなり大変そうだな」
「いや。自分でやった」
森は怪訝な顔をする。
「ひとりで?」
「ひとりで。だって、断られるんだぞ? 態度の悪い担当者もいて、馬鹿にするように暴言吐いて切られることもあった。そんなこと、受験を控えた蒼生にさせられるわけがないだろう」
「それは笹原にも言えることなんだが……。まさか、おまえがそんなに尽くすタイプだったとはな」
「俺も知らなかったよ」
肩をすくめて冬矢がうっすら笑う。どうやら相当苦労をしたようだ。面倒だとわかっている作業を自分からするようなことは絶対になかったはずなのに、自ら突っ込んでいくどころか投げ出さず完遂するとは。友人の変化に驚きつつも嬉しそうにしている森に、冬矢はまた居心地の悪そうな顔をした。
ふと、森は、自分が思った「変化」という単語に引っかかる。それは森が冬矢に対し、ずっと心配していたことだ。
「なあ、笹原」
「なんだ」
「……変なことを聞くけど、野木沢とは……あれか、体の関係もあるのか」
冬矢はわずかに目を見開く。それから素直に頷いた。
「ああ。あるよ」
「そうか。うん。それは、満足できてる?」
「本当に変なことを聞いてくる奴だな。もちろんだよ。蒼生と肌を重ねることは、本当に幸せだ」
ふわ、と冬矢が微笑む。それは森が初めて見る冬矢の表情だった。穏やかで暖かい、柔らかな表情。思わず、はあっと息が口から漏れた。
「それなら、よかった」
心底ほっとした様子の森に、冬矢は不思議そうに首を傾げる。
「どういう意味だ?」
「ん、ああ、いや……。おまえ、初めてがアレだっただろ。そのせいか、喜びも愛情もない、復讐みたいなセックスばかりしてたからさ。今がそうじゃないなら、よかった、と思って」
森は安堵したように笑っている。
が、冬矢にとって、それは胸を刺すような衝撃だった。冬矢の初体験は、隣に住む女性に無理矢理奪われた。冬矢は子供で、相手は10も年上だったから、抵抗などほとんど意味を成さなかったのだ。それは、苦く生ぬるく、吐き気のするような記憶だ。蒼生と触れ合うまで、人肌を気持ち悪いものだと感じていたのはそのせいだったのかと初めて気付く。
「……おまえはずいぶん的確な物言いをするな。復讐、か。なるほど。俺の行動も思考も、それが根底にあったのだとすれば、すべて説明がつく」
呆然と呟く冬矢に、森は腕を組んで、その顔を下から覗き込んだ。
「笹原はやたら人のことを見て理解してるけど、自分のことは案外わからんもんだからな。……大人になった今だからはっきりわかるが、おまえ、被害者だろう。それであんな無茶なことばかりしていたんだって、2人は知ってるのか?」
「知らないし、言うつもりもない。そもそも、そういう理由で手を出していたと気が付いたのはまさに今なんだから」
「そうだな。……けど、そのせいでおまえが不誠実な人間だと思われ続けるんだろ? 友人としては納得できないな」
森が真面目な顔でそう告げると、冬矢はすいっと目をそらした。
「とっくの昔に終わったことだ。今更どうでもいい。それに、本当にアレが俺の中に傷を残したのだとしたら、そのあと何度もあの人と寝たりはしないだろう。ただ、どういう理由にせよ、他人に不誠実な対応をしたという事実には変わりがないんだよ」
「笹原」
でも、と冬矢が言葉を繋ぐ。
「蒼生は……過去の俺の過ちを、ちょっと人付き合いを間違えただけだ、と言った。蒼生がそう思ってくれているならそれでいいんだ。過ぎたことで気に病ませることはしたくない。あの時のことなんて、本当にどうでもいいんだよ。今、蒼生が笑ってくれるだけでいい。そんな蒼生のそばにいられるだけで幸せなんだ」
そう言った冬矢の表情は、とても満たされているように見えた。あんなにすべてを切り捨てるような目で見ていた冬矢が。
「……あの笹原にこんなに愛されて、野木沢も幸せ者だな。けど、もしかしたら、それだからこそ早々に解決させたほうがよさそうな気もする」
「しつこいな」
「まあ、俺の杞憂で終わればいいんだ。ただ、おまえが知られずにしている努力とか、抱えてる過去とかって、いずれバレるんじゃないかな。その時、それを隠されてたことに野木沢がどう思うかは想像できそうだと思ってさ」
「だから、バレないようにするんだろう」
「頭がいい野木沢と、野生の勘が鋭そうな寺田が、いつまでも気付かずにいてくれるかな」
「…………そうだな」
長い間をおいて答えた友人に、ああこれは言うつもりがないな、と思う。そこに少し引っかかりを感じた。冬矢は幸せに暮らしている、それは間違いではないだろう。ただそれを維持するために、冬矢は必要以上に力を入れすぎているように感じる。これだけの変化をもたらしたということは、冬矢にとっての蒼生の存在はとても重いのだろう。その重さを抱えたままで蒼生にのしかかる冬矢と、冬矢を受け止める蒼生と、どちらもが心配になる。2人とも、大切な友人だから。
「なあ。今度、家に遊びに行ってもいいか?」
「なぜ」
「なぜって……そりゃ、久し振りに野木沢にも会いたいからに決まってるだろ」
冬矢はまた少し間をおいて、今度は小さく頷いた。
「……蒼生に聞いてみる」
珍しい、年相応の表情だ。これも即答で断られるかなと思った提案だったのだが、意外な回答だ。その可愛げのある冬矢の様子に、森はますます今の蒼生に会いたくなる。
「それにしてもなあ……。あの笹原と野木沢が恋人同士かあ。手を出された女子が口揃えて“テクはあったけど愛を感じたことがなかった、オナホの気分だった”って言ってた、あの笹原がなあ」
冬矢が眉を顰める。
「どうしてだか、彼女たちはおまえに俺の文句を言っていたらしいからな。それに関しては悪かったと思っている」
「ああ、気にしてないよ。俺のほうが言いやすかったんだろ? まあ、そのおかげでおまえの性事情に無駄に詳しくなっちまったわけだが」
「まったく。それもどうなんだろうな」
「大丈夫か? 本当におまえ、野木沢のこと満足させられてる?」
「……蒼生に変なことを聞くつもりなら絶対に会わせないぞ」
「睨むな、睨むな。冗談だよ」
森は、くっくっく、と机に突っ伏して笑いをこらえているようだ。冬矢はそれを苦々しい目で眺める。
「でも、ホント、おまえ、角が取れたというか……丸くなったなあ」
「愛する人がいるからだろう」
「っ、ははははは、笹原からそんな言葉が出るようになるなんて、本当に何が起こるかわかったもんじゃないな!」
再び冬矢の肩をばんばん叩き、森は豪快に笑った。
家に入ると、温かく甘い香りがふんわりと漂ってきた。それにふと笑い、冬矢は急いでリビングのドアを開ける。
「おかえりなさい」
「おかえりー」
優しい香りに、甘い笑顔。外で吸った空気が、吐いた息と一緒に体から出ていくのがわかる。
「ただいま」
健太に後ろから抱きつかれる形で鍋に向かっていた蒼生は、ちらと健太を見上げる。健太が頷いて、蒼生から菜箸を受け取った。その蒼生が、キッチンの入り口で立ち尽くした冬矢のもとにぱたぱたと駆け寄ってくる。その可愛らしく愛おしい存在をぎゅっと抱き締めれば、応えるように手を背中に伸ばして頬ずりをしてきた。
「あー……。蒼生、大好き」
「ふふ。僕も大好き」
ほんの数時間出かけていただけなのに、長いこと会えなかったような気がする。腕の中の温度を確かめるように、冬矢はさらに強く蒼生を抱いた。蒼生の気配が、じんわりと体の中心から冬矢のすべてを癒してくれるようだ。
「えーっと。鍋、まだ平気?」
健太が遠慮がちに声をかける。蒼生ははっと顔を上げた。
「あ、うん、そろそろかな」
名残惜しそうに冬矢も手の力を緩める。甘い香りは、リンゴだ。
「リンゴを煮てるの?」
「うん。またバイト先でいただいちゃって。健ちゃんがね、あったかいリンゴとアイスを一緒に食べたいって言うから」
「そ。急に食べたくなったんだよな」
健太の言い分はほぼその通りだろう。だが、この時間に突然言い出すということは、おそらく冬矢が帰ってくる時間に蒼生を独り占めしておきたかったということなのではないか。そう勘ぐる冬矢に、健太は笑う。
「森ってアスリートだろ。きっと食後にデザートなんか頼まないと思ってさ。なんかそれって締まった感じしないじゃん?」
「うちだと、外ごはんの時は必ずデザート付けるもんね」
にこにこ笑うふたりに冬矢ははっとした。森にとっては健太は「第三者」だ。そういう目線で語られる話を聞いてきたばかりだから、忘れるところだった。そうだ、健太はきちんと冬矢のことも考えている。
「で、どうする? 食う?」
「……そうだな、いただこう」
鍋の中には、1回では食べきれないほどのリンゴがいい香りをさせている。これが自分のためなのだと思うと、くすぐったいような温かい気持ちに包まれる。それに、蒼生がこの家を「うち」と言ったことも嬉しかった。蒼生は冬矢と健太がいるこの家を、ふたりの存在そのものを、自分の帰る場所だと認識している。何度聞いても、自分が蒼生の居場所になっていることが嬉しい。
荷物を置いて、部屋着に着替えてリビングに戻る。ダイニングテーブルでは、ちょうど蒼生と健太が熱いリンゴの上にバニラアイスを乗せるところだった。ふたりに促されるままにソファに座ると、すぐに皿を2つ持った蒼生が隣に座ってくる。
「はい、冬矢の分」
「ありがとう」
「わー、やっぱ熱くてとろとろのリンゴって冷たいアイスが合うなぁ」
「え。健ちゃん、もう食べてるの?」
「だって、あつあつのうちに食べたいじゃん」
「ふふ、しょうがないなあ」
とても柔らかい空気だと思う。ついさっきまで知らない人だらけの雑踏の中にいたから、よけいにこの穏やかさが沁みる。冬矢は、そっと蒼生の肩に頭を乗せた。暖かな瞳がこちらを見るから、つられて微笑んでしまう。
「冬矢? どうかした?」
「いや。出かけてきた分、足りなかった蒼生成分を補給してる」
「成分って」
蒼生は笑うが、それは冬矢にとって重要な栄養だ。それがなければ、きっともう、きちんと立つことすらできないかもしれない。日常の中に蒼生という存在があるだけで、どれだけ大きな力を得ることができているか。いったいどう伝えれば伝わるだろうか。
気の合う友人との久しぶりの食事は、とても楽しかった。だが、恋人と過ごすこの時間は、まったく別の次元の出来事なのだと改めて思う。
ふと、蒼生がスプーンを握る手を止めた。
「あの……どうだった?」
小さく、おそるおそる蒼生が冬矢に尋ねる。冬矢はそれを受けてひとつ頷いた。
「うん。甘さと酸味のバランスがとても上手にできているね。美味しいよ」
「ほんと? 嬉しい、よかった。……えっと、そっちもそうなんだけど、その……」
言いたいことはわかっている。おそらく蒼生は、冬矢が出かけてからずっと心配していたのだろう。ぱっと上げた目は、とても不安げだった。
「その、森くん……。なんて言ってた?」
蒼生は「元気だったか」とは聞かない。彼が元気なのは、蒼生も冬矢同様にテレビを通じて知っていた。だから気になるのはその反応だ。
実は蒼生と健太には、3人の関係を森に明かしたいと事前に相談していた。自分だけのことではないから、ふたりに確認を取るのは当然のことだからだ。それに対し、健太は「えっ、大丈夫なのか?」と戸惑い、蒼生は「冬矢が大丈夫だって判断したなら大丈夫でしょ」と言いながらも少し気がかりな様子だった。
冬矢は、片手を空けると、蒼生の髪をさらりと撫でる。
「大丈夫。普通に受け止めてくれたよ。それはもう、拍子抜けするくらいにあっけなく」
「そっか」
ほおっと息を吐いて、蒼生は表情を和らげる。初めからこういう関係だと理解されている相手ならともかく、昔馴染みにどう反応されるのかを考えると、やはりとても怖かったのだろう。
健太が目を見開きながら最後のリンゴを噛み砕いて飲み込んだ。
「へー。あいつ、おおらかな奴だとは思ってたけど、そこまでかあ。よかったな、蒼生」
「うん」
わずかに張り詰めていた雰囲気が、元通りの柔らかな空気に戻る。健太が蒼生の肩を抱き寄せるので、冬矢は負けじと蒼生の腰を抱いた。
「それでね。実は、森の奴が……蒼生に会いたいって言うんだ」
「僕に?」
「そう。この家に来てみたいんだそうだ。もちろん、蒼生が嫌なら断るよ」
「おっ、相変わらずオレの意思は尊重されないな」
「おまえが尊重するのは蒼生の意思なんだから、聞いたところで二度手間だろう」
「わー、ごもっとも」
きょとんとしていた蒼生は、ふたりのやりとりを見てくすっと笑う。
「まさか、嫌じゃないよ。僕も久し振りに森くんに会いたいな」
こうして、3人の家は初めての客人を迎えることになった。
辿り着くまでに迷われると困るので、駅までは冬矢が森を迎えに行くことになった。というか、ただでさえ体格で目につきやすいのに、静かな住宅街に有名人がうろついているとなればさらに目立つ。それで後々蒼生に迷惑がかかることになっては困るので、自ら行くことにしたらしい。
残された蒼生は、緊張のあまりずっとそわそわしている。ソファに座っていた健太は目の前を何度も往復する蒼生を可愛いなあと思いながら目尻を下げきって眺めていたが、とうとう我慢しきれず手を伸ばした。
「あっおーい。おーいで」
それを見てぴたりと動きを止めた蒼生は、そそくさと健太に近付き、ぽすんとその上に向き合うように座った。それから、はあっと息を吐く。健太はその肩に優しく手を回した。
「冬矢が言ってたじゃん。大丈夫だよ」
「……うん。でも、うまく言えないんだけど……、友達同士だとずっと思われてたのに、これからは恋人同士なんだなっていう目で見られるんだと思うと……なんだか気恥ずかしくて……っ」
「そっかぁ」
そのあたりは健太にはよくわからない感覚だ。昔からの友人に仮にバレたとして、気恥ずかしいどころか、むしろ自慢しだす自信がある。ただ、よく考えてみれば、友人が突然目の前で恋人と甘い空気を醸し出し始めたとしたら「おまえそんな顔するんだ……」と驚いてしまうかもしれない。なるほど、その微妙な感じが蒼生の言う気恥ずかしいということなのだろうか。
「うー。僕、どんな顔してたらいいんだろう……」
「いつも通りの可愛い顔でいいんじゃない? 別にオレたちのいちゃいちゃ見せつけるために呼ぶわけじゃないだろ。友達が遊びに来るっていう、それだけの話だよ」
「……だよ、ね」
「それより、変に力んじゃって、いつもみたいなえっちな雰囲気にならないようにオレも気を付けなきゃ」
「! そ、それも大事だね」
蒼生は健太の腕を握って、何度も頷く。実は一番の心配はそこかもしれない。玄関のドアの外にいるか中にいるかで世界が違うのだ。お互いだけが存在する、その「中」に人を招き入れるのだから、この世界はいったん封印しなければならない。
健太は蒼生の肩に額を擦り付ける。
「それじゃあ今のうちにくっついとこー」
一瞬きょとんとした蒼生だが、それもそうだと健太の首に縋りつく。
「ふふふ。そういえば、さっき冬矢も出ていく前にしていったね」
「あいつはオレより離れる時間が長いからなー、しょうがない」
そこに、チャイムの音が軽快に鳴る。ふたりはぱっと顔を上げ、視線を合わせて笑った。冬矢にはすっかり行動が読まれているらしい。
ふたりで玄関まで行くと、ちょうど目の前でドアが開いた。先に入って来たのは森だ。後ろにいる冬矢と話していたらしい森は、蒼生と健太が並ぶ姿を見て、ぱあっと顔を輝かせて蒼生に詰め寄った。
「久し振り! 野木沢、おまえ……綺麗になったなあ」
「へっ?」
挨拶を返すよりも早く突拍子もないことを言われた蒼生は、目を瞬かせる。
「昔から綺麗で可愛いとは思ってたけど、なんというか、色気が出たというか……」
「って、おい!」
反応できずにいる蒼生の前に慌てた健太が割り込み、後ろから冬矢が厳しい顔で森の腕を掴んだ。森は目を見開く。
「……ふっ、あはははは! 寺田は変わってねぇなあ! なんか安心したわ!」
どうやら彼なりの場を和ます方法だったらしい。ほっと胸を撫で下ろす3人だ。
「えっと、本当に久し振りだね。まずはどうぞ、上がって」
蒼生がにこやかに客用のスリッパを指し示す。これもほぼ飾りのように玄関先に置いてあったものだ。正直、これを使う日が来ようとは誰も想像していなかった。
「へー、すごく綺麗にしてるんだな」
リビングに入ってあたりを見回した森が感心したように呟く。それを聞いた健太は、得意げに胸を張った。
「そうさ。ちゃんとこまめに片付けてっから」
「そりゃいいことだ。正直、大学生の部屋ってもっとごちゃごちゃしてて狭いイメージがあったからなぁ」
「んー、ひとり暮らしだったらそうなってたんじゃねえかな」
「ああ、他に人がいるといい意味で緊張感があるんだろ」
「おかげで毎度片付ける癖がついたぜ!」
蒼生は2人の会話を嬉しそうに見つめる。健太と森は、そんなに交流がなかったはずだ。中学時代のお互いは、健太にとっては蒼生に近付く奴らの片割れ、森にとっては蒼生にいつもつきまとう奴、という認識だった。それでもどちらもさっぱりした人柄のおかげか、顔を合わせても普通の友人同士のようなやりとりをしていた。数年経ってもまったくそれが変わらず、数日ぶりに会ったような顔で話をしている。なるほど、健太が緊張しないのはこうなることがわかっていたからなのか、と微笑ましく思う蒼生だ。
「ほら。突っ立ってないで座ればいいじゃないか。健太、コップ」
「んー」
冬矢が空のコップを健太に渡す。健太がそれをテーブルに並べる。そして蒼生が飲み物のボトルを抱えてくる。それを森は楽しそうに眺めていた。気付いた冬矢が、気まずそうに眉をしかめる。
「何か言いたいことでもあるのか」
「あー、いや。そういう連携っていいなーって思ってさ。しかもいつの間にか全員名前呼びなんだ。だよな、付き合ってればそうなるかあ」
さらりと森が言い、ぴんと蒼生が背を伸ばした。森のあっけらかんとした様子に、どうやら本当に何の含みもない言葉なのだと感じ取った健太は、改めてほっとする。
「でも、アレだぜ。名前呼びし始めたのって、付き合う前だからな」
「あ、そうなんだ。へーえ、逆かと思ってた。野木沢はともかく、笹原と寺田がお互い名前で呼び合うって、めちゃくちゃ抵抗ありそうな気がするけど」
「そりゃあ、まあ、おまえの目から見たらそうだったかもな。けど、3人でいるのに呼び方がバラバラだとめんどくさいじゃん。だから意外と最初っから平気だったよ」
「俺も抵抗はなかったかな。蒼生がそのほうがいいって言うならその通りだと思ったし。ごちゃごちゃしないでいいという意味では健太の言うとおりだ」
蒼生はぽかんとして、健太と冬矢を順に眺める。あの時、混乱しきってよくわからない状態で、苦し紛れに口から飛び出してしまった奇妙な提案。ずっと、我ながら情けない発言をしたものだと恥ずかしく思っていた。今でもあの時ひどく狼狽えていた自分の様子を客観的に考えると頭を抱えたくなる。が、ふたりの言い方だと、まるでそれが最善だったようではないか。たしかに3人揃っている時に呼び名が混在しては面倒だし、呼び間違ってしまうこともあっただろう。
そして、それ以上に驚いたことがある。ふたりの考えはどちらかというと、お互いが名前を呼び合うというより、「蒼生が使っている呼び名をふたりが承諾してくれた」ということではないだろうか。
つまり、と蒼生は頬を赤らめる。付き合っていないあの時も、ふたりは蒼生のことをとても大切に思ってくれていたのだ。ライバルに対する矜持すらどうでもいいと思うほどに。
「? 蒼生?」
「へっ? え、あ、なんでもない、なんでもないっ。そだ、お昼ご飯、支度しなきゃっ」
赤い顔でキッチンに駆け込む蒼生を、健太と冬矢がぐっとこらえるような表情で見送る。今、蒼生はなにか自分たちが聞いたら喜びそうなことを考えたに違いない。普段だったら捕まえて抱き締めて本音を吐くまで可愛がっているところだ。今はそれができないことが残念で仕方がない。
森は楽し気に頷くと、カウンターのほうに身を乗り出す。
「お昼か。何を作ってくれるんだ?」
「みんなで食べられるようにってお鍋にしたんだ。冬矢がね、ヘルシーなのがいいんじゃないかって。だから、作るってほどのことじゃないんだけど」
「いやいや、準備してもらえるだけでありがたいよ」
がたんと立ち上がった冬矢が、カウンターの上に腕を置いた。
「下ごしらえの済んだ食材を買っただけだ。いくらおまえとはいえ、俺はしたくないし、蒼生の手料理を食べさせるわけには尚更いかないからな」
やたら真剣な様子の冬矢に、その場にいた全員が目を見開く。
「……えぇ……? これってそういう意味だったの?」
戸惑う蒼生を見て、こらえきれなくなったのだろう。森は表情を崩し、にやにやと冬矢を見つめ返した。
「そういえば自分の作ったもん、家族以外に食べさせたくないとか昔言ってたよなあ。それ、野木沢にも適用されるのか」
「当然だ」
「でも調理実習で同じ班だったわけだし、そういう意味ではもう手料理をいただいてるって考えるべきじゃないか?」
「調理実習はあくまで学習の一環だろう。教材と食材を一緒にしてもらっては困る」
それを聞いて、まずは健太が噴き出した。次いで森が大きな声で笑う。
「教材と食材! すげえこと言うなあ!」
「あはははは、まさかそこまで言い切るとは、大した奴だよ」
いつまでも笑い続ける健太と森に、ついっと視線をそらせた冬矢がキッチンに入る。そのまま黙って冷蔵庫から野菜を取り出し、何事もなかったように鍋の支度を始めた。蒼生がその横顔を眺めてこっそりと微笑むのを、冬矢はちら、と見る。蒼生はそれに得意げな笑顔を返してみせた。わずかに口元が尖るのを見逃さなかった蒼生が、リビングの2人に見えないようにそっと冬矢に腰を寄せる。
「……あとでいろいろ話をしなくちゃな」
「ふふ。こっそり、ね」
どうやら、蒼生と冬矢にはお互いに言いたいことがリストのようになって溜まっているらしい。
そうして、手際のいいふたりの作業によって、予定より早めに食事の支度ができた。
鍋の具材はよく食べる2人を考慮してかなり多めに用意したのだが、途中蒼生が心配をするほど消費スピードが速かった。よく食べる2人は同時によくしゃべる2人でもあったが、会話が盛り上がっているとは思えないほど鍋の中身がすごい勢いで減っていく。普段聞けない森の話を聞くのは蒼生にとっても楽しかったが、それに気を取られていると自分が食べる分がなくなってしまいそうだ。ただ、そうやって焦ることも、友達同士のやりとりの一環だと思うと嬉しかった。
そうこうしているうちに、あっという間に締めとして用意したうどんまで綺麗になくなる。客人に片付けてもらうわけにはいかないと一応お断りしたが、ご馳走になったお礼だからとテーブルを拭くまできっかり手伝ってくれた森は、満足そうにソファに座っている。隣には健太が座り、おすすめの筋トレ方法などを話し合っているようだ。
「そうそう。主に使う部位が違うじゃん?」
「基本的には今の方法で間違ってないと思うけどな」
「もうちょっと上半身に欲しいんだよ」
「あー、そしたらさ」
蒼生はキッチンからその様子をにこにこと眺めている。何やら聞いたことのない単語が2人の口から飛び出しており、さっぱりわからない。が、健太はとても楽しそうだ。食器を洗っていた冬矢が蒼生の顔を覗き込む。
「嬉しそうだね」
「ん? うん。僕たちとは出来ない話じゃない? そういう話を夢中でしてる健ちゃんが可愛いなーって」
「なるほど。……体育会系同士話が合うんだろう。同じクラスだったら普通に仲のいい友人になっていたんだろうな」
「だねえ。きっと、今からでも遅くないんじゃないかな」
「ふふ。そうかもな」
穏やかな笑顔を浮かべる冬矢に、蒼生は小さく首を傾げる。
「森くんって、もともと冬矢のお友達でしょう。あんなふうに冬矢をほっといて盛り上がってるの見て寂しくないの?」
蒼生は、健太が他の友達と盛り上がっているのを見て、仲良しでいいなあと微笑ましく思っていた。そしてそれと同時に、心のどこかで少し寂しさを感じていたのだ。けれど冬矢は首を振る。
「森は最初から友人も多かったから、そんなの気にしてないよ。健太も同類だろ、交友関係がやたらと広い」
「でも、僕は、健ちゃんが誰かと仲良くしてるの見て、ちょっと寂しかった」
「それは、蒼生の健太に対する独占欲だと思うよ」
「独占欲」
「蒼生は気付かないまま健太のことが好きだったからそう思ったんじゃないかな。俺だって、蒼生が誰かと仲良くしていたら同じように感じただろうね。こうして恋人同士になった今は、自分が特別だってわかってるから少し余裕があるけど」
「そっかあ」
なるほど、と蒼生は頷く。余裕が出来たから、今健太が森と2人で仲良くしていても寂しくならないのか。彼らは友達同士で、健太にとって蒼生は別次元の存在だと理解出来ているから。……しかし、お互いに余裕があると冬矢は言うが、先程の態度は果たして余裕のある態度だったと言えるだろうか。蒼生は冬矢の拗ねたような顔を思い出し、くすくすと笑った。
「……蒼生。森が帰ったら、その晩の睡眠は保証しないから」
「ふ、ふふふっ。さっきの話し合いの件も含めてね」
冬矢は結構露骨な言い方をしたつもりだったが、蒼生はすんなり承諾した。何が起こるかわかっていても、一瞬も拒む気配を見せない蒼生が愛おしすぎて、森の存在を忘れて抱き締めそうになる。すんでの所で手を止めた冬矢に、蒼生は笑ってそっとその手を握った。
「……っ、あお」
「笹原ぁ」
再び冬矢が手を止める。頭を振ってリビングを見た冬矢は、すっかり冷静な顔をしていた。
「なんだ」
「この前話しただろ。昔ゲーセン行って、野木沢と一緒に撮ったプリントシール。あれ、持って来たんだけど」
「えっ」
声が3人揃う。健太が身を乗り出し、蒼生と冬矢がキッチンから飛び出す。森は、ひらひらと小さな紙を振っていた。健太ががっとその腕を掴み、3人がかりで森の手に握られたままの紙を覗き込む。その光沢のある用紙には、今よりいくらか細身の森と、遠慮がちに笑う小さな蒼生の姿が数種類並んでいた。
「う、っわ、恥ず……っ。す、捨ててって言ったのに……」
「おまえ、距離が近いだろう。誰の許可を得てこんな顔を近付けるような真似をしたんだ」
「え、なに、ふ、2人で? なんで? えっ、蒼生は可愛い、けど、えっ」
3人がそれぞれ一斉にまくし立てる。思った通りのリアクションを得た森は、満足したようにシール紙を手放す。それはそのまま、冬矢の手に残った。
「ね、ねえ、冬矢、捨てて捨てて。あっ、でも、森くんの写真でもあるのか……自分以外の写真は捨ててなんて言えない……じゃあ、僕のとこだけ切って捨てて」
「逆だよ、蒼生の写真を捨てられるわけがないじゃないか。ああ、出会って間もない頃の蒼生だね」
「えー、これ、えー……。複雑……蒼生が……可愛い蒼生が……」
小さな紙を覗き込む体勢のまま、抱きつくような距離感でわいわいと言い合いをする3人の姿。森はそれをとても静かな気持ちで見つめていた。そして、自分が穏やかにこの光景を見ていられることに心の底からほっとしていた。
「なあ、野木沢」
声をかけると、3人が同時に森を見る。
「もしも。もしもだけどさ。……俺も諦めずに野木沢にアタックしてたら、俺に落ちてもらえたかな」
ぴた、と3人は動きを止めた。
冬矢が呆然と森の顔を窺う。
「……は? おまえ……まさか、蒼生のことを」
健太がはあっと大きく息を吐く。
「やっぱな。なんとなくそうじゃねえかと思ってた。オレの勘って当たるんだよな」
森はその2人の反応を見てから、ゆっくり蒼生に視線を移した。蒼生はびっくりしたように目を見開いていたが、目が合うと、……ふわっと。笑った。
「ごめんね。それでも、僕はふたりに落ちてたと思う」
「そっか」
とても綺麗な笑顔だ、と森は思った。それを見ても、つらいとは思わなかった。想いが再燃してしまうのが怖くて一度も連絡を入れられずにいたが、もう大丈夫だ。
にぃっと笑った森が、勢いよくソファから立ち上がる。
「それじゃ、力尽くで奪っていくのはどうかな?」
「え?」
森は無駄のない動きで蒼生の腕を引くと、ひょい、とその体を持ち上げる。そして、あっという間に肩の上に担ぎ上げた。
「へ?」
「ちょっ」
「おまえっ」
抱え上げられた蒼生は、高いところから目をぱちぱちと瞬かせる。その目に、健太と冬矢が身構えているのが映った。
「……倒せるかな」
「正直、俺だけの力では無理だ。ふたりがかりでもどうだろう。なにせ相手は国を代表する選手だからな」
「でも倒さなきゃいけないだろ」
「ああ」
ぽかんとした蒼生が3人を見比べる。なんだろう、これは。まるで特撮ヒーローもので敵幹部に捕らえられた一般人のようではないか。ふたりの態度がやたら芝居がかっているのもその想像をかき立てる。面白くなってきてしまった蒼生は、我慢してその様子をもう少し見ていたかったのだが、とうとう笑い出した。
「ふ、あははははっ。なに、これ」
両手で顔を覆って笑う蒼生に、ふっと森が表情を和らげた。それから、丁寧に蒼生を床に下ろす。
「ごめんな、野木沢。びっくりさせたな」
「ううん。……それより、僕こそ、全然知らなくて」
「いや、言わなかったのは俺だから。野木沢は知らなくていいんだ」
手を伸ばした冬矢が、ぐいっと蒼生の腕を引っ張る。バランスを崩した蒼生は、そのまま冬矢の肩にぶつかり、それを支えるような健太の腕に抱かれた。
「……森、おまえ」
わずかに戸惑ったような冬矢の声。森は、普段通りの明るい笑顔を浮かべる。
「ああ。野木沢のことが好きだったのは本当だ。でも、既に踏ん切りがついてたよ。それに、今日ここに来たことで、自分が吹っ切れてることが改めて確認出来たから心配すんな」
「おまえは相手にきちんと伝えるタイプだと思っていたが」
「あはは。そうだよ。そのうえで決めるのは相手だと思ってるからな。……だけど、俺がどんなに見つめても、野木沢の目はいつだって笹原と寺田のことしか見てなかった。完全に脈がないんだから、諦めだってつくさ」
え、と蒼生が呟く。森と一緒にいた頃は、付き合ってもいない。ましてやふたりに対する恋心を自覚なんてしていなかった。けれど森の目には、そういうふうに映っていたのか。
森はぽかんとする3人の顔を面白そうに眺める。
「そんなわけで、おまえらがきちんとお付き合いしてるってこの目で見て、安心した。諦めて正解だったんだって思えたからさ。……なんていえばいいかな。うん、3人でいるのがちょうどいいんだなって納得したよ。バランスがいいっていうか、支え合ってるのがよくわかった。心配しなくても大丈夫だったな」
「森……」
健太の手が蒼生の腰でぐっと握られたのを見て、森はまっすぐに蒼生を見つめた。
「愛されてるんだな」
蒼生は、笑う。
「うん。日々、実感してる」
「それならよかった」
にこにこと笑い合う蒼生と森。それを見る健太と冬矢は、いつまでも複雑そうな顔をしていた。
蒼生と健太は、玄関を入ってすぐ脇にある客間にいた。折りたたみ式になった押し入れのドアを開けると、この日のためにきちんと干しておいた布団がしまってある。
「ふたりだけだし……夕飯どうしよう」
「あ、この前安売りで買ってきたやつあるじゃん、レトルトカレー。あれにしよ」
「そうだね。ちょっとお肉足そうか」
「おー、いいな」
冬矢と森は、少し前に出かけていった。現役のピアニストである森の母が近くの大学の講堂でコンサートを開くそうで、冬矢がこちらにいると知ってぜひ来てほしいと熱いお誘いがあったのだ。森の訪問が今日になったのも、実はその日程に合わせたからだった。冬矢は小さい頃、誰かの家に遊びに行ったりすることはなかったそうだが、森にだけは強引に引っ張られて何度か泊まりに行っていたのだという。当時、他人に対してひどく荒れていた自覚のある冬矢は、その頃を知る人間に会いたくないと最初は渋っていた。だが、
「じゃあ、野木沢と2人で行こうかな~」
という森の煽りに「俺が行く」とあっさり頷いて出て行った。森も、冬矢の扱いをしっかり心得ているようだ。
蒼生が引っ張り出したマットレスを受け取った健太は、部屋の中央にそれを広げた。それを見て、蒼生は首を傾げる。
「ね。本当に森くんの寝るとこ、こっちの部屋でいいの? 寂しくないかな」
森はコンサート後の会食が終わったら再びこの家に来て泊まっていくのだそうだ。ならば、客間でなくともリビングのソファはベッドに出来るタイプだから、そこでも寝られるはずだ。友達同士なのだし、それなら会話も出来るのではというのが蒼生の考え方だった。
それに対して健太はあっさり首を横に振る。
「だめ」
「なんで?」
「理由はー、大体3つかな。まずは、森の体格でソファベッドはちょっとキツくない? ってこと」
「あ、そっか。……え、それで十分な理由だと思うけど、まだあるの?」
「あるの。2つ目は、昔のこととは言え蒼生のこと好きだった奴を蒼生の近くで寝かせたくない。3つ目は、あのソファはオレたちがいちゃいちゃするとこだから。だからだめ」
「ひぇ……」
蒼生は顔を両手で覆う。言われてみれば、あのソファに座って、抱き締め合ったりキスをしたりしている。さっき、そこに他人を座らせたわけだ。同時でないのだから関係ないと言ってしまえばそれまでなのだが、やはり少し恥ずかしい。
可愛らしく照れる蒼生に笑い、健太は敷き布団を抱えた。それをマットレスの上に重ねながら、今度は健太が首を傾げる番だ。
「でもさ。なんで突然、オレたちのことを森に話そうと思ったんだろ」
蒼生は真っ白なシーツを広げて、うーんと天井を仰いだ。
「たぶん……冬矢って本当は周りに対して嘘をつきたくないんじゃないかな。真面目な人だからね。特に、仲のいい森くんには誤魔化したくなかったんだと思うよ。そうやって自分から言い出した割には、やたら照れてたけど」
「やっぱ、あのつっけんどんな態度、照れてたよな? ふっ、あいつ、そういう可愛いとこあるよな」
「ね。普段クールだから、あんなふうに照れちゃうのすっごく可愛い」
くすくす、ふたりで笑い合う。
ばさっと蒼生が広げたシーツの反対側を健太が掴む。空気をはらんだシーツがふわりとゆっくり敷き布団に降りていく。
「あと、気になったんだけど」
「うん」
「蒼生……森と2人でゲーセン行ってたんだ」
やっぱり気にするか、と蒼生は少し困った顔をする。
「あの、ね。そんなに頻繁じゃなかったよ。冬矢がいなくて森くんの道場がお休みの時だから、ほんのたまにね。健ちゃんだって友達同士で行ってたんでしょ。僕もそういう感覚だったから。……森くんの思いがわかってたら少し考えたと思うけど……」
「ごめんごめん、そうだよな。森と蒼生って普通に友達として遊んでたんだもんな。そういうこともあるよな。……なあ、オレも蒼生とふたりでゲーセン行きたい」
「えっ? それは普通に行こうよ」
ぱっと蒼生が嬉しそうな顔を上げた。
「……そっか、普通に行けばいいのか」
「そうだよ」
言われて、出かける時はなんとなく「デートだ」と気負っていたような自分に気付く。もちろん、遊びに行くのも買い物に行くのもすべてデートだと思っているし、きっと蒼生も思っている。それ故に少し力が入りすぎていたのだろう。そうだ、恋人だが、幼馴染みなのは変わらないのだ。帰りがけに遊びに行ってもいいじゃないか。うん、と健太は拳を握り、蒼生は応じるようにその手をぱたぱたと叩いた。
ふたりでシーツを引っ張り、綺麗に整える。蒼生が枕にカバーを掛けるのを横目に、健太は掛け布団を押し入れから出して、シーツにばさりと置いた。
「……あのさあ、蒼生。しつこくてごめん。もういっこ。いい?」
「んー? いくつでもいいよ?」
健ちゃんと話すの好きだから、と蒼生はにこにこ笑う。健太は、布団の横に膝をついた。
「あの……。蒼生、森に触られるの、平気だった?」
蒼生は表情を固めて、ぴっと背筋を伸ばす。
「……なるほど。うん」
頷いて、健太が不安げな表情を浮かべているのを見て取ると、向き合う位置まで動いて同じように膝をつく。健太は、蒼生が人に触れられるのが苦手だと知っている。けれど、さっき、蒼生は森に抱え上げられて笑っていた。それがずっと気になっていたのだろう。
「平気じゃないよ。ぞわぞわして、ちょっと嫌な感じがした。だけどね、なんていうかな……ほら、昔、動物園で、象の鼻に乗っけられたことがあったでしょ。あれと一緒の感じがした」
健太は、ん、と短く零す。もしかすると健太は覚えていないかもしれない。ずいぶん小さい頃の話だから。蒼生だって、ひとりで怖がっていたら、健太が一緒に乗ってくれたのが嬉しくて覚えていただけだ。
「うーんと……。僕が触られるの苦手だってこと、健ちゃんに言われて初めて知ったじゃん。それからね、気にするようになったんだけど、やっぱり自分から触るの以外はけっこうダメみたいで。だけど、そうも言っていられないじゃない? だから頑張ってできるだけ我慢しようって気を付けてるんだ。ダメな時はダメだけど」
「じゃあ、蒼生に触れるのはもうオレと冬矢だけじゃないのか」
少し寂しそうな声。蒼生は困ったように笑って、両腕を健太に向かって広げる。健太はわずかに拗ねた顔で、その腕に飛び込み、勢いで蒼生ごと綺麗に整えたばかりの布団に倒れ込んだ。
「蒼生ぃ」
「うん。……あのね、健ちゃん。他の人に触られてもなんとか我慢できるけど……嬉しいと思うのはふたりだけだよ。我慢出来るのと嬉しいのは全然違うよ」
「ん……」
「もし、触られるのが大丈夫でも、それがどうしたっていうの。関係ないよ。だって、僕が好きになったのは、健ちゃんと冬矢だけだもん。それにさ、森くんが僕を抱えても、ふたりとも咄嗟に止めたりしなかったでしょう。だから、これは大丈夫なんだと判断できたんだと思うよ。健ちゃんと冬矢がいて、僕に怖いことが起きるはずないもん」
健太はちら、と顔を上げる。
「オレを信用しすぎじゃない?」
「ふふ。なにせ、20年の実績がありますからねえ」
ふんわりと笑って、蒼生は健太の頭をぽんぽんと撫でる。ぎゅう、と蒼生を抱き締めた健太は、胸元に顔を擦り付けた。すると、蒼生がくすぐったそうに体をねじる。漏れたかすかな声が、健太の耳に直接響く。
「……蒼生」
ぐいっと体を伸ばした健太は、そのまま蒼生に口づけた。一瞬驚いた顔をした蒼生が、ふにゃりと柔らかく微笑む。
「蒼生、好き。大好き」
「僕も健ちゃんのことが大好き。健ちゃんにぎゅーってされるの、すごく幸せ」
「オレも、蒼生をぎゅーってすんの、すっごく好き」
服の隙間から直接肌に触れると、蒼生はぴくん、と腰を跳ねさせた。可愛い、で頭がいっぱいになる。
「……あ。健ちゃん、ダメ。やめよ」
腕の中で、焦ったような蒼生の声がする。
「どうして?」
「だって、ここじゃ……」
「あ」
そこでようやく思い出した。ここは、森のために用意した布団の上だ。たしかにこの上で致すのはよろしくない。
「じゃ、あっち……行こっか」
「うん。準備、しよ」
もう一度ぎゅっとお互いを抱き締めて笑い合うと、蒼生と健太は布団の上から降り、改めてぱたぱたと布団を綺麗に直した。
今度こそ、冬矢は自分で鍵を開けて家に入った。森と2人でリビングに入ると、ソファに並んで座っていた蒼生と健太がぱっと立ち上がった。
「おかえりなさい!」
「ただいま」
健太の手にはコントローラーが握られていた。どうやら健太がプレイしているゲームを蒼生が眺めていたようだ。
「お疲れ様。お風呂入るでしょ。ごめんね、帰ってくる時間がわかんなかったから、僕たち先に入っちゃった。でもまだ暖かいよ」
「そうか、ありがとう」
冬矢はそう言って蒼生に向かって笑い、すっと健太に目線をやった。すると同じスピードで健太が目をそらす。なるほど、“ふたりきり”を堪能したというわけか。さらにじいっと見続けると、明らかに焦った顔をする。咎めはしないと何度も言っているのに、面白い奴だと思う。それとも、森が戻ってくることをわかっていたから、なんとなく気まずいのだろうか。
一方、森は違った視線でふたりを見ていたようだ。
「あれ、野木沢と寺田、パジャマお揃いじゃん。色違いなんだ」
「そうだよ。冬矢も同じの持ってるんだ」
「そういうの、いいなあ。仲いい恋人同士って感じで微笑ましいね」
にこにこと蒼生を眺めてから、ちらっと冬矢に目をやる。冬矢は、つんとした表情でテーブルに鞄を置いた。
「ふーん……。そっか、笹原もお揃い着てんのか。あの頃はスウェットかTシャツばっかだったから今でもそうかと思ってたけど」
お揃いを褒められた健太が、嬉しそうにパジャマでぴしっとポーズを取る。
「いいだろー。蒼生がこういうの着てたからさ。おうちデートみたいになりそうだなって3人お揃いの買ったんだ」
「えっ。僕に合わせてたの?」
「そうだよ!」
まったく知らなかった蒼生は、びっくりした様子で健太と冬矢を交互に見る。
森は、腕を組んで大きく頷いた。あんなに冬矢に対してバチバチの敵意を向けていた健太が。何事にも無関心でどんなものにも流されなかった冬矢が。そうか、お揃いのパジャマを着て一緒に寝ているのか。
「……なんだ。言いたいことがあるなら言えばいいじゃないか」
「言ってもいいのか? じゃあ。……ね、野木沢、えっちなことするなら、手伝ってあげようか」
「えっ」
「たまにはスパイス加えてみない?」
「えっえっ」
ぐいっと冬矢が蒼生の手を引いて抱き締め、健太がその前に立ちはだかる。冬矢の目が厳しく森を射貫く。
「そうか、おまえは友人から敵に変わりたいというわけだな」
それを聞いた森は、あっはっは、と豪快に笑った。
「笹原、本当にいい顔するようになったなあ!」
どうやら、蒼生にちょっかいを出したいというよりも、表情豊かに楽しく暮らしている友人の姿が見たかったらしい。再び蒼生に謝った森に、蒼生は首を振った。……実は、初めて友人に恋人のことを揶揄われたのが少し嬉しかったのだ。
冗談だと悟った健太は、ほっと息を吐くと、森の背中をぱんっと叩いた。
「なあ、さっさと風呂入ってこいよ。ゲーム得意なんだよな!? 対戦しようぜ!」
「おお、いいな。笹原も一緒にやろうな。久々にガチのプレイができそうだ!」
「仕方ないな……。おまえらの戦い方の癖は見抜いているからな」
ふっと3人の空気が、一気に対戦モードになる。見ていた蒼生も、じわじわとテンションが上がってしまう。
「ふ、ふふ。じゃあ、あったかい飲み物を用意しようね。僕、上級者のすっごいプレイ見るの大好きなんだ」
ゲーム好き3人の真剣なバトルは、深夜遅くまで繰り広げられた。
そうして、蒼生は飽きることなく、にこにこ楽しそうに最後までそれを見届けたのだった。
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