74こ目;新しい空の下で
本年もよろしくお願い致します!
というお話。
大学1年、一緒に暮らし始めて初めての3人きりでの年越しです。
↑初公開時キャプション↑
2023/1/1初公開
https://pictbland.net/users/series/kazanet-tk/%E5%83%95%EF%BC%8B%E5%90%9B%E2%86%92Waltz%EF%BC%81
今年ものんびり作品をアップしていきたいと思います。
どうぞよろしくお願いいたします!
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年の暮れのせいか、車両の中は既にどこかで飲んできたのだろう団体の陽気な笑い声で満たされている。大きな荷物を抱えて端の座席に座った冬矢は、その声を聞き流すように電車の規則的な揺れに体を預けていた。窓の外を流れていくのは家々の明かりばかりで、ぼんやりと見ているだけでは建物と空の境目がつかないほど暗くなっていた。
遅くなってしまったな、と冬矢は思う。本当はもう数本早い電車で帰る予定だったのだ。けれど、久し振りに会った両親は話が尽きないようで、最後になってあれを持って行けこれも持って行け、いや荷物になるし、というやりとりをしているうちに滞在が長引いてしまった。
相変わらず忙しい様子の両親だったが、息子が来るとわかると無理矢理休みをねじ込んだらしい。本当なら年明けまでずっといて欲しいと思っているのが言われなくとも伝わってきた。だが、蒼生と一緒に暮らして初めての年越しだ。少なくとも今年は蒼生と共に過ごしたかった。両親は、冬矢の意思が硬いと知ると、あっさり「やっぱり」と笑った。
「そうだよなあ。冬矢が自分で選んだ生活だもんな。それを大事だと思う気持ちも大切だからね」
「冬矢がどうしてもって言うのも珍しいしね。だけど、寂しいから、いつか遊びに行かせてよ~?」
それに対し、冬矢は曖昧に答えた。引っ越し前に何度か顔を合わせたが、両親は蒼生と健太を相当気に入ったようだった。それは無理もない。一緒に暮らす相手の親だからなのか、ふたりともおそらく無意識で、いつも以上に人当たりのいい態度で接していた。そもそも、優しく穏やかな蒼生と人懐こい健太だから、好かれるのは当然なのだ。これが赤の他人が相手ならば、蒼生にむやみに近付こうとする者は排除出来るが、自分の両親ともなるとそうもいかない。あまり目の前で仲良くされてしまった場合に、見守ればいいのか引き離すほうがいいのかそれとも別の態度を取るべきなのか、結論が自分の中で出ていないので、両親をふたりに、少なくとも蒼生に長時間会わせる覚悟が出来ていないのだ。
冬矢は、膝の上の荷物を抱え直す。中身の半分は様々な冷凍食品だが、溶けないようにと保冷剤をたくさん入れてくれたので、本体よりもだいぶ重くなっていた。これはそのまま、冬矢に対する両親の愛情なのだろう。そう思うとなんだか落ち着かない感じがする。こういうのは少し苦手だった。
家の鍵を開けて玄関に足を踏み入れると、ほぼ同時にリビングのドアが開く音がした。ぱたぱたと駆けてくるのは、蒼生だ。嬉しそうに輝く顔に、胸が熱くなる。
「ただいま」
荷物を置きながら声をかけると、蒼生は跳ねるような勢いで飛び込んできた。
「おかえりなさいっ」
冷えた体に、蒼生の温度が心地いい。髪を撫でれば、もっと、と言うように頭を下げてくる。冬矢はほっと息を吐く。それは無事に顔を見られたことの安堵であり、両親に会って来たというのにここが「ただいま」なのだという感慨の吐息でもあった。
「……すごい荷物だねえ」
冬矢に擦り寄りながら足下の大きな袋を見た蒼生が、驚いた声を上げる。
「すごいだろう? 帰り際に母さんがいろいろ持たせてくれたんだ。冷凍庫に入りきるかな」
「大変だ、少し冷凍庫の中のアイスクリーム減らさなきゃ」
「ふふふ。そうだね。でも、ほら。団子もあるんだよ」
「え、有名な名産品だ! じゃ、まずはこっちからいただかないとだね。一度食べてみたかったんだ」
蒼生はそう言って、嬉しそうに笑う。それから、再び冬矢の肩に頬を寄せた。
お互いに感じる体温は暖かいが、玄関先はやはり冷える。冬矢が促すと、ようやく蒼生が力を抜いた。積極的に荷物を運ぼうとする蒼生を制し、ふたりがかりで袋をリビングに運ぶ。ドアが開くと、ふわりと暖かい空気と共に、いい香りが漂ってくる。
「おー、おかえり」
健太の声がキッチンから聞こえる。おやと思ってそちらを見ると、冷蔵庫から皿を取り出しているところのようだ。
「ただいま」
「言われたとおり先に夕飯しちゃったけど、食べてきてはいないんだよな?」
「ああ」
「ん、わかった。あっため始めるな。蒼生のシチュー、美味しかったぜ~!」
コンロの鍋に向かう健太というのはだいぶ珍しい。数日ふたりきりだったからか、冬矢の分まで蒼生の手伝いをしようといつもより張り切っていたのだろう。せっかくなので、その張り切りに任せることにする。
「ありがとう、頼む。シチューか……楽しみだな」
蒼生はおそらく、冬矢が寒い中帰ってくるのだからとメニューを考えてくれたのだろう。緩みそうな頬を押さえながら振り返ると、当の蒼生はなにやら申し訳なさそうな顔をしている。
「? どうした?」
「このくらいの時間なら、やっぱり待ってれば良かった。ごめんね」
「いいんだよ。乗換でさらに時間がかかる可能性があったんだ。それに、蒼生が待っているとなれば慌てて荷物を零していたかもしれない。一緒のごはんは、明日の楽しみにさせて」
「うん」
一緒、という言葉に、蒼生は目を瞬かせた。
実はこの件については、冬矢も迷うところではあったのだ。夕飯までには帰ると告げてあったから、蒼生はきっと自分と一緒に食べられるとわくわくしながら準備をしてくれたはずだ。その期待を裏切りたくはなかったのだが、両親の盛り上がり次第でもっと遅れてしまったかもしれない。そんなふうに無為に待たせてしまうのもいけないから、向こうの家を出る前に、遅くなるから先に食べていてと連絡したのだ。ただ、どちらにしても寂しく思わせてしまうなら、初めからもっと遅い時間を想定していてもよかったかもしれない。だが一刻も早く蒼生に会いたかったのも確かだ。蒼生を待たせたくない、蒼生に会いたい、どちらも譲れないのだから、これは正解のない問題かもしれない。
冬矢は気持ちを切り替え、大きな袋の上の方にあった団子の箱を取り出した。
「じゃあ、俺が食事の間は、健太とふたりでデザートをどうぞ」
ぽんと蒼生に手渡すと、反応したのは健太のほうだ。
「なにそれ?」
「冬矢のご両親からのお土産だって。有名なお団子だよ」
「わー、やった!」
「へえ、おまえも知ってるのか?」
「知らん!」
くすくすと蒼生が笑う。どうやら蒼生のほうも気持ちが持ち直してきたらしい。おそらく、蒼生は寂しかったのだろう。もう一度抱き締めると、何も言わずに腕の中にすっぽりと収まる。数日とはいえ、同棲を始めてからこんなに離れたのは初めてだった。だから、蒼生が不安になっても仕方がない。
そのまま、部屋はしんとする。抱き合うふたりを黙って見守っていたのは、健太も蒼生の不安を感じていたからだろう。しばらく待ってから、健太がその静けさを破る。
「……そろそろシチュー、あったまるからな」
はっと蒼生が顔を上げた。
「あ! それもそうだし、冷凍庫に入れるのあるんだよね!」
ぴっと姿勢を正すと、冬矢の腕から抜け、頭を振って袋の中を覗き込む。
「わあ、すごい。お取り寄せで何か月もかかるって言われてるお店の冷凍ハンバーグだ」
「店頭だと普通に買えるんだそうだよ」
「さすが、冬矢のご両親っていろんな地域でお仕事されてるだけあって、美味しいお店知ってるよね」
「そうみたいだな」
冬矢の高校卒業を機に、母はどこにいても出来る仕事に就いた。父は変わらず短い期間であちこちを転々としていたが、母の転職のおかげで2人で移動できるようになった。そのため、各地で美味しいものを見つけると冬矢の元に送ってくることがある。それはとても有難いのだが、あまりに2人の移動するスパンが短い。そのため、向こうがこちらに来ることも、冬矢があちらに行くこともなかなかままならない。そのせいで、冬矢が両親に会うのは春以来だった。
「年が明けたら、今度はもっと南に行くそうだ」
「もう、すぐの話だね。大変だなあ」
「本人たちは楽しそうだからいいんじゃないかな」
「なるほど」
元々はそういう生活をしていた人たちだ。むしろ、息子が独立してよかったのかもしれない。母が定住を始めたのは自分のためだと聞いていた冬矢にとって、2人が好きなように生活できるのは喜ばしいことだった。
「……さあ、蒼生、一緒に詰めようか」
「うん!」
袋の中身は、パズルのように詰め込むと、冷凍庫になんとかぎりぎりで収まった。隙間に緩衝材として袋詰めの綿あめが幾つか入っていたのが蒼生と健太のツボにはまったらしく、いつまでもふたりで笑っていた。その声を聞くと、さらに「帰ってきた」という気持ちが強くなる。
もちろん、蒼生の作ったシチューも格別だった。
「うん。美味しい。ありがとう、蒼生」
「じゃがいもがだいぶ崩れちゃったけど……」
「とろけた食感になっていていいと思うよ」
「ほんと? よかった」
蒼生がほっと胸を撫で下ろす。その顔が可愛すぎた。冬矢は咄嗟に手を伸ばして、蒼生の髪に触れる。滑らかな手触りに、指先が喜ぶのがわかる。
「……っ、あのっ、しょ、食事中……っ」
「ごめんね。ちょっとだけ。俺も蒼生不足だったから」
「そ、そっか」
寂しかったのは蒼生だけではない。冬矢も蒼生に触れたくて仕方がなかったのだ。
と、健太がすっくと立ち上がり、後ろに回り込んで蒼生を後ろから抱き締めてきた。
「健ちゃん?」
「……ふっ、嫉妬か?」
「そうだよ」
どうやら、先程冬矢が蒼生を抱き締めているのを黙認したことで、我慢も限界だったらしい。蒼生が困ったように健太を見たが、そのいじけたような顔は蒼生と目が合うとすぐにぱっと明るい笑顔になる。
「実はさ、オレ、やってみたいことがあるんだけど。聞いてくれる?」
わずかに甘えた声に、蒼生はその腕をぱたぱたと優しく叩く。
「うん、何?」
「初日の出! 見てみたい!」
「え」
蒼生と冬矢は、不思議そうに健太を見る。健太が突拍子もないことを言い出すのは珍しいことではないが、それはふたりの頭の中にはまったくない単語だった。
「初日の出?」
「そ。初日の出!」
どうやら聞き間違いではなかったらしい。蒼生が首を傾げる。
「遠くまで行かなきゃ見られないんじゃないの?」
「それに寒いだろ」
インドア派からの反論に、健太はまったく引く様子がない。
「それがさ、わりと近くに穴場スポットがあるんだって。たくさん着込んであったかくしてけば大丈夫でしょ! せっかく夜中に家出ても文句言われないんだしさ、な、行こうぜ」
ふたりは目を見合わせる。誘惑的なフレーズに、まず揺れたのが蒼生だった。
「夜中に、かあ。たしかにちょっと楽しそう」
億劫さよりも健太と出かけることに魅力を感じたらしい。続いて、冬矢も頷く。蒼生がいる場所には自分もいたい。
「そうだね。蒼生が言うなら」
早く起きなければならないし、寝不足だと体力がもたない。そんなわけで、年が明けるのを待たずに3人は眠りについた。きちんと目覚ましをかけて、それを合図に一緒に起きる予定だった。
「蒼生」
けれど、蒼生を起こしたのは、穏やかで優しい声だった。
ぱち、と目を開けると、普段より明るさを落としたルームライトを背に、健太と冬矢が微笑んで蒼生を見下ろしている。それを見た蒼生は、驚くよりも、ただ“嬉しい”でいっぱいになった。目を開けてすぐに大好きな笑顔を見られたことが、なんとも心地よい。ふたりが、そっと握ってくれている手の温かさにもほっとする。
「……おはよう」
そう返すと、いっそう嬉しそうにふたりが笑う。
「おはよう、蒼生」
「蒼生、予定より少し早くてごめんね」
言いながら、冬矢と健太は順番にキスをくれる。目頭がつんとする。なんて幸せなのだろう。
その手は蒼生が目覚めても離れなかった。蒼生も放したくないので、肘を使って起き上がる。
「あれ……、目覚ましかけなかったっけ」
「そうなんだけどさ。それよりちょっと早く目が覚めちゃって。どうせなら1年の始まりにオレの声聞いてほしいなって思ったから起こしちゃった」
「そ、そっか」
「本当は起こすのも悩んだけどね。あんまりにも可愛らしい寝顔だったから。ずーっと見ていたかったかったよ」
「ひぇ」
この人たちは年明け早々何を、と思って、蒼生ははっとする。そうだ、年明けだ。
蒼生が慌てたようにきちんと座り直し背筋を正すので、健太と冬矢も思わず手を離してそれに倣う。
「蒼生?」
「忘れてた、ご挨拶」
「……ああ」
ふっと冬矢は笑う。まったく、律義な蒼生らしい。
「それじゃ、せーので」
なんだか実家にいた時よりちゃんとしているな、と思いながら、健太も声を合わせるべく息を吸う。
「あけましておめでとうございます」
「今年もよろしくお願いします」
深々と頭を下げて、ほぼ同じタイミングで顔を上げると、蒼生は満足げに笑っている。
健太は、可愛い、を噛みしめる。実家では、いつの間にかきちんと年始の挨拶をしなくなっていた。家族相手に敬語を使って挨拶をするのがなんとなく恥ずかしくなったせいだ。だが、こうして顔を突き合わせて頭を下げるのも、気分がしゃっきりとして、なかなかいいものだと思えた。
冬矢もつくづく恋人の可愛さを味わっていた。寝起きのまだ眠たそうな顔でこくっと頭を下げたのがとても可愛い。挨拶はしっかりしているのに、ベッドの上でパジャマのままというのがまた愛おしい。
「さ、せっかく起きたんだし、支度をしようか。健太は出かける支度。蒼生は俺のほうを手伝ってくれるかな」
「はいっ」
「ういーっす」
そうして3人は機敏に行動を始める。健太が防寒具などの準備をしている間に、冬矢と蒼生は雑煮の支度だ。きちんとした食事は帰ってから、と決めているが、空腹のまま寒空の下にいるのはよくない。そこで体が温まりそうな雑煮だけ先に食べられるように準備をしておいた。あとは仕上げをするだけだ。3人とも馴染みの雑煮が異なっていたが、相談の結果、冬矢が推薦するものにした。全国を渡り歩いている間に両親が覚えて作ってくれた中で、一番のお気に入りなのだそうだ。冬矢が美味しいというのだから間違いはない。蒼生は冬矢が味付けを整える隣で、大きく深呼吸をした。自分が切っている柚子の皮の香りと合わさって、とても爽やかで美味しそうな匂いだ。
「蒼生、お餅はいくつ?」
「うーん、3つ」
「3つね。俺もそのくらいかな。健太は?」
「あー……えーと、とりあえず5つ! あとは帰ってから食べる!」
「だろうね」
冬矢が机に並べたのは、椀ではなく丼だった。その中には、盛りだくさんの具と一緒に澄んだ色のスープがたっぷり注がれている。蒼生と健太は目を瞠った。
「すごい、たっぷりなんだね」
「ちゃんと餅が収まってんの初めて見た。実家じゃいつも別添えだったからなー。え、美味しそう」
「ふたりの口に合うといいんだけど」
「絶対大丈夫だと思う!」
「いただきます!」
良い香りを漂わせるスープを口に含めば、散らした柚子の香りに負けないくらいの鳥ガラの旨みが一気に広がる。
「! 美味しい! 深い味がする……あー、すっごい、体に染み渡る味だぁ」
「うっわ、ほんとだ! 美味しいな!」
「それはよかった」
冬矢は素直に嬉しそうだ。ふたりが美味しい美味しいと箸を進めるのを穏やかに見つめる。そして、机の陰から小さな封筒を2つ取り出した。
「これ、うちの両親から。ふたりにお年玉だって」
「……え?」
すっと差し出される綺麗な柄の封筒に、ふたりは目を丸くする。
「年末に預かっていたんだけれど、絶対年が明けるまでは黙っていてくれと言われてね」
「え、待って待って」
「だ、駄目だよ、こんな、受け取れないよ」
想像通りの反応だ。冬矢も頷く。
「俺もね。ふたりがそう言うと思って断ったんだ。だけど、受け取ってやってほしい。……息子が誰かと一緒に生活できていることが嬉しいんだろうな。俺は、ずっと“友達”を作らずにいて、両親を心配させていたらしい。そんな俺と一緒にいるふたりは、きっと、あの人たちに特別な存在だと思われている。たぶん……家族だと思ってくれているんだと思う」
ぴた、と蒼生が動きを止める。健太も神妙な顔で机の上を見つめた。
しばらく何かを考えていた様子の蒼生は、静かにその封筒を手に取り、そっと胸元で抱き締めた。
「……あとで、お礼の電話したい。連絡先教えてね」
「うーん、それはどうかな」
「えー」
蒼生のかすかな抗議の色を込めた眼差しに、冬矢は困ったように目を落とす。
「なんでずーっと教えてくれないの?」
「うん。……蒼生だってわかるよね。自分の家族と恋人が直接繋がるのが、少し気恥ずかしいっていう感覚」
「ああ、そっか。そうだね」
たしかに蒼生にも身に覚えがある。上の兄の紅輝は、兄弟同然に育った健太とは当然だが、何故か冬矢と連絡先を交換していた。自分のいないところでどういう話をしているのかはひどく気になる。冬矢は包み隠さず、大学生としてのスケジュール感などを相談していると教えてくれるが、万が一自分の話などされてしまった日には恥ずかしくて仕方がない。だから冬矢の言う「気恥ずかしい」はもっともだと思った。
対し、冬矢は真面目に頷く蒼生につきっと胸が痛む。冬矢のそれは本音だが、その奥にあるのは蒼生と仲良しになられるのは複雑だというただのやきもちだ。我ながら子供っぽいなと思うのだが、自分を納得させるのにもう少し時間が欲しい。ごめん、と心の内で頭を下げる。
「誤解しないで。連絡して欲しくないということじゃないからね。後で俺から電話するから。そうしたら、電話、替わってね」
「わかった」
少し会話のトーンを落とすふたりの脇で、健太は丼のスープを飲み干してにっこり笑う。
「オレもその時にお礼言う!」
そうだった、と冬矢は内心頭を抱える。こちらも別の意味で問題だ。人とあっという間に打ち解ける健太が、これ以上両親と仲良くなったら。両親から見れば、健太は、息子の恋人のそのまた恋人ということになる。どう説明したらいいのだろう。なかなか複雑な心境だ。
蒼生がはっと時計を見る。そうして、
「あ、ゆっくり味わっていたいけど、そろそろ出かける準備しなくちゃだよね」
と明るい声で言った。どうやら連絡先の話は先程のやりとりで納得できたようだ。冬矢はほっと息を吐いた。
そうして、片付けもそこそこに、3人は出かける支度を調える。コートを着ようというところで、冬矢がクローゼットから黒いダウンコートを持って来た。膝まで隠れるような長いコートだ。
「蒼生、冷えるからこれを着るといいよ」
「えっ、でも、これって冬矢の」
「俺はもう1着似たようなのを持っているから大丈夫。蒼生の持っているコートだと寒いと思うよ」
「あ……ありがとう」
肩にコートを掛けられた蒼生は、はにかむような表情で、そそくさと袖を通す。
「ふふ。冬矢の匂いがする」
荷物を詰め込んでいた健太が、それを聞いてがばっと立ち上がった。
「いいな! オレも蒼生にコート貸したい!」
「おまえのじゃサイズが大きいだろう」
「あっ。うわー、そりゃそうだ……。あ、そしたら、あれ!」
そしてばたばたと寝室に駆け込んでいくと、程なくチェック柄のマフラーと手袋を持って飛び出してきた。そしてその勢いで、蒼生の首にマフラーを巻き付ける。
「これ、使って! オレにはちょっと暑いからさ」
「わ、ありがと」
蒼生は嬉しそうに、自分の体を抱き締める。
「すごい。健ちゃんと冬矢の匂いに囲まれて、なんだかリラックスして眠くなっちゃいそう」
「え、それは困る。これから出かけんのに」
「あはは、そうだよね」
「じゃあ蒼生が眠ってしまう前に出ようか」
先に立った健太と冬矢が手を伸ばす。蒼生は迷わずにその手を取った。
夜明け前の移動は非日常感があって、それだけで楽しい。滅多に乗らないバスに乗るのにも蒼生はそわそわしていた。暗い道を走るバスは周囲に配慮しているのか、車内が薄暗い。同じ目的で乗っているのだろう眠たそうな乗客たちに気を遣い、3人は静かに車窓を眺めていた。外が街灯の明かりばかりでさらに暗いせいで、見えるのは窓に映るお互いの顔くらいだ。それを見ていると、蒼生とふたりはしょっちゅう視線が合う。なんだかくすぐったいような感じがしているらしく、蒼生はずっと誤魔化すように笑っている。それが可愛くて、思わずふたりも微笑んでしまう。まるで遠足に出かける小学生のようだな、と冬矢が小さく零したのが面白くて、蒼生と健太は思わず噴き出してしまった。
健太が探した場所は穴場スポットということだったが、まったく知られていないというわけではないようだ。そこは高台にある公園で、普段は子供たちが遊ぶ斜面が観賞ポイントとして開放されていた。おそらく、地元の人間にはよく知られた場所なのだろう。もうだいぶ混み合っていたが、3人は端のほうに空いた場所を見つけた。
「ちょっと角度的にあの木が少し邪魔なのかもしれないね」
「でも太陽はおっきいし、見えんだろ」
言いながら、健太はばさりとレジャーシートを広げる。3人が座れる程度の小さなシートだ。まさかこのために準備したのだろうかと蒼生が首を傾げている間に、健太の持っていた大きな鞄から取り出された毛布が細長く折りたたまれ、3人分の座席になる。
「まずは蒼生、真ん中座って」
「え、はい」
言われたとおり、蒼生はちょこんと中央に座る。
「そしたら、この小さい毛布を蒼生の前から掛けます。……蒼生、首のとこで押さえといて」
「はい」
「で、この大きい毛布の端をオレと……冬矢、そっち持って。んで、蒼生の両側に座ってー、蒼生を包み込む位置まで、こう、毛布を持った腕を持って来まーす」
蒼生はぱちくり、と瞬きをする。まるきり両側からふたりに抱き締められているような格好だ。
「なるほど、3人で毛布を被っても、間の蒼生まで届かないからな。それで最初の1枚か」
「そ。こうすれば風も入ってこないだろ。蒼生の前後左右がガードできるってわけだ。蒼生寒がりだもんな」
蒼生はきょろきょろと周りを見渡す。街灯が遠く、真っ暗で表情こそわからないが、あちこちに人がいるのはわかる。
「どした、蒼生」
「え、うん。あの、いいのかな。僕はあったかいし、ぎゅってされてて嬉しいけど、ここって外だし……」
なるほど、いちゃいちゃしているように見えないかが心配なのか。たしかに、ここで降りたバスの乗客たちは、カップルもいたが家族連れもいた。家族連れの前でそういう態度を取るのは少し勇気がいるだろう。ふっと冬矢が笑う。
「大丈夫だよ。蒼生がいかがわしいことしたいなら話はちょっと変わってくるけど」
「! や、さすがに、ここでは……っ」
「あはは。平気平気、暗くて見えないよ。それに、見られたとしても、あの人たち寒そうだね~で終わりでしょ」
「そ、そうだよね」
蒼生はようやくほっとしたように、健太の腕を抱き、冬矢の肩に頭を乗せた。見えないと安心して自分たちに甘えてくるのかと思うと、あまりの可愛さについ手に力が入ってしまうふたりだ。その強い力も嬉しいらしく、蒼生の小さな笑い声が聞こえた。
その愛しさに飛び付いてしまいたくなる衝動を覚え、健太はふっと目線を反らせた。空の半分はまだ暗く、きらきらと星を輝かせている。反対側でわずかに白んできた空の明かりを頼りに見渡せば、近くにいるのはどうやらカップルが多いようだ。どの人影も、自分たちと同じように寒さに耐えるように寄り添っている。時折何かを話しては笑い合うような、そんな様子が窺えた。
「……オレさー。最近しみじみ思うんだけど」
空を見上げていたふたりが、言葉通りの口調でそう切り出した健太に視線を移す気配がする。ふたりには聞こえているなと思ったので、健太は続ける。
「あのな。自分が好きな人が、自分のことを好きっていうのって、なんか、すげえことなんだなーって」
健太にとって、蒼生を好きなことは疑うべくもない。それに対して蒼生が思いを返してくれることは、たまに不安もあるが、これもやはり自然だと思っていた。だが、付き合うまでの間には、自分が他の人と付き合うこともあった。自分の気持ちに気付くのが遅ければ、蒼生が冬矢だけのものになってしまう可能性もあった。今こうしてお互いを好きだと思い合って隣にいるようになるまで、決してただの平坦な道を歩いてきたわけではなかったのだ。
蒼生はきゅっと自分の体を抱き締めた。
「……そうだね。僕は、僕のことを好きになってくれる人なんて、この世界にひとりもいないと思ってた」
それは蒼生の口から何度も聞いた言葉だ。健太は蒼生の肩に擦り寄る。
「ちゃんといたな。しかもふたりだ」
こくん、と蒼生が頷く。
「それに、僕が誰かを好きになることもないと思ってたのに」
冬矢は蒼生の背を優しく撫でる。
「そっちも、いた。しかも、こんな至近距離にね」
やはり蒼生は静かに頷いた。
蒼生と離れる可能性は、健太も冬矢も、ふたりのどちらにもあり得た。蒼生自身がそう考えていた以上、ふたりが告白を決意するより早く蒼生がすべてを諦めていたら、どうなっていたかわからない。
「こうしてオレたちが近くにいられるのって……やっぱ奇跡なんだろうな」
健太が呟くと、冬矢がわずかに身を乗り出した。そして、静かに口を開く。
「おまえのは奇跡じゃなく、積み上げてきた実績の結果だろう」
えっ、と蒼生と健太が冬矢のほうを見る。冬矢は視線を返さない。
「おまえは蒼生が離れようとしても、絶対に蒼生にしがみついて離さなかった。蒼生に愛というものの存在を疑わせる隙を与えなかった。だから蒼生は、俺たちに告白されてすぐ納得できたんじゃないのか」
ぽかんと蒼生は冬矢を見つめたままだ。健太は驚いた様子で首を傾げる。
「オレに対する評価が意外と高い」
「おまえは俺の愛する蒼生が選んだ男だぞ。それなりの評価はしている」
「そっか……へへ。なんか冬矢に褒められるのってヘンな感じだな」
照れて笑う健太と穏やかに空を眺める冬矢に囲まれて、蒼生はとても幸せな気持ちで満たされていくのを感じていた。胸に溢れてくるその温度に、今度こそ泣きそうになる。両側から伝わるのは、たしかに愛だった。とても暖かく、強い愛。蒼生は、ほおっと息を吐く。
「……うん。やっぱり、本当にすごいことだと思う。ふたりにこんなに愛されるなんて、僕はなんて贅沢で幸せ者なんだろう。ふたりと一緒にいられて、こんなに嬉しいことはないよ」
「蒼生」
「蒼生……」
ちかっ、と。
3人の目の端に、光が映る。
わぁ、と、誰からともなく広場の方々から歓声が上がった。
「眩しい」
ぽつんと蒼生が呟く。遙かな山の稜線に浮かんだその光は、最初は小さな点だったが、あっという間に大きな光になっていく。そして、まっすぐに見ていられないほど強くなった。空がオレンジに侵食されていくのを、3人はすがすがしい気分で見つめていた。
「今年も、3人一緒に仲良く楽しく暮らそうな」
健太がまっすぐ太陽に向き合うように笑った。
「そうだね。大きな問題が起きないように願おう。……起きても速攻で対処するが」
冬矢が強い眼差しで言い切る。
「僕は……うん、全員が無病息災で過ごせますように、かな」
蒼生が柔らかな口調でそう願う。そして、ふたりの横顔を交互に眺める。明るくなってはっきり見えるようになった、大好きなその顔を。
と、蒼生は肩に掛かっていた毛布を握ると、ふわっと頭上に掲げた。突然頭に毛布を被る形になった健太と冬矢が驚いて蒼生を見る。蒼生は、こちらを向いた健太に、そして冬矢にそっとキスをした。
「あぉ……っ」
鮮やかなオレンジの光に照らされているその頬が、ほんのりと朱に染まっているのがわかる。
「みんな太陽を見てるから、これなら誰にも見られないと思って。今年も1年、よろしくおねがいします! 健ちゃん、冬矢、……大好き!」
がばっと、健太と冬矢が改めて蒼生に抱きつく。
バランスを崩した3人は、そのまま斜面に倒れ込んだ。
「わっ」
「こちらこそよろしくっ! 大好きだよーっ!」
「俺も大好きだよ。今年も、たくさん愛を確かめ合おうね」
「……ふふふ。うん!」
寝転がったまま、しばらくくすくすと笑い合う。
我慢出来なくなったのか、健太が蒼生の腕を巻き込む形で腕を組んだ。
「早速、今日帰ったら、ずーっといちゃいちゃする」
「え」
「健太は明日の朝、早いうちに実家に向かうんだろ」
「大丈夫。体力はこれから使うけど、そのぶんで気力を充実させていくから」
「ひぇ」
蒼生はぴっと体を固まらせたが、すぐに肩から力を抜いた。
「……お手柔らかにおねがいします」
「それはあれだ、蒼生次第だな」
「健太が無茶をするようなら、いない間は俺が癒やしてあげるから大丈夫だよ」
「なんだか、どっちにしても、お正月からたくさん頂き物をしちゃうかもしれないなあ」
「それ、……嬉しいってこと?」
「もちろん、嬉しくないわけないじゃない。すごく、嬉しい」
「蒼生がそう思ってくれてるなら、オレ、頑張っちゃう」
「ふふ、お手柔らかは無理そうだな」
「えへへ」
見上げる形になった空は、みるみるうちに鮮やかなグラデーションに染まっていく。
とても綺麗な空だった。
それは、愛に溢れる1年の幕開けにふさわしい。
3人はなんとなくそんなことを思い、また笑い合った。
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