高原 風音

ふんわりいちゃ甘な創作BL小説をメインで活動しています!
基本的にはハピエン厨というより、ハッピーに始まりハッピーに進んでハッピーに終わる、一言で言うと“始終ハッピー主義”。
主にPixivで作品を発表しており、こちらには順次再掲を行っております。現在執筆中のシリーズは3人組のゆるふわいちゃあまラブ『僕+君→Waltz!』(R-18あり)。完結済みのシリーズには、自由奔放な少年がハッピーエンドを迎えるまでのお話『初恋みたいなキスをして』(R-18)があります。
そのほか、ちまちまと短編BLを書いたりしています。
また、ここでは紹介しませんが、ファンタジー?ふうのシリーズ『碧色の軌跡』(完結済み・恋愛要素なし)やオリジナル短編などもあったりしますので、興味がありましたらぜひ。
二次創作もぼちぼちやっております。

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投稿日:2025年01月23日 21:00    文字数:12,455

76こ目;休息のひととき

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今回は、小さなトラブルでイライラした冬矢のお話。
落ち込みやすい蒼生や健太より頻度は低いですが、こんな日もあります。
いちゃいちゃ回です!

↑初公開時キャプション↑
2023/01/21初公開
https://pictbland.net/users/series/kazanet-tk/%E5%83%95%EF%BC%8B%E5%90%9B%E2%86%92Waltz%EF%BC%81
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 なんとなく、朝からよくない予感がしていた。
 講義は2限からで、冬矢はいつも通り余裕を持って少し早めに教室に着いた。ところが、普段であればとっくに終わっているはずの前の授業が、その日に限ってはだらだらと続いていた。
 同様に次の講義を待つ学生たちがイライラし始める頃、ようやくがらりとドアが開いた。慌てて飛び出してくるのは、教室を移動しなければならない学生たちだ。その間から、教授と思しきスーツ姿の男性が紙束を抱えて出てきた。まとまり切れていないその束は、見ているだけでも危なそうだ。そして実際、その中からこぼれたレポート用紙が1枚、ひらりと廊下に落ちた。放っておけばよいのだが、本当に目と鼻の先で起きた出来事だったので、さすがに無視はできなかった。
「すみません」
 紙を拾い上げながら声をかけると、教授は不機嫌そうに振り向いた。そして冬矢が手にした紙を見るなり、さらに不機嫌な顔をする。
「こちらを今、」
「もう遅い! 僕が教室を出たらもう受け取らないと言っただろう! いったいどんな心構えで講義を受けているんだ。ちゃんと猶予はやったはずだから、そんなもの受け取るわけにはいかない。おまえたちは遊び目的で学生をやっているのか!」
 すっと冬矢は視線の温度を下げる。そっちこそ人の話を聞くことも出来ないで何を教えているのだと言い返したいところだが、時間の無駄だ。
「僕はあなたの講義には出ていません。こちら、落とされましたよ」
 声を押さえて、レポートを差し出す。教授はそこで初めて冬矢を見た。広い教室で学生ひとりひとりの顔を把握しているかどうかわからない。おそらく冬矢の言葉が本当かどうかを判断しかねているのだろう。だがそれに付き合っている時間はない。
「次の講義がありますので、これで」
 抱えた紙束の上にレポートを無造作に乗せ、さっさとその場を後にする。何か声をかけられた気がするが、どうでもよかった。それよりも、教室に入ると、普段座っている席に他の人間が座っていた。たったそれだけのことなのに、今のやりとりのせいでちくりと胸に刺さった。
 せめて少しの時間があれば、蒼生に電話の1本も出来たはずだ。だがその後も細かいトラブルが立て続けに起きて、それも叶わなかった。結局、なんの連絡も出来ないまま、バイトの時間が来た。特に伝えたい用事があったわけではない。今日は蒼生のほうが帰りが早いから、家に帰れば蒼生に会えることはわかっている。けれど、自分に嫌なことが起きたので、調べ物をしに行くと言っていた蒼生には何もなかっただろうかと急に不安になってしまったのだ。だが携帯を見ることすら出来ないこの状況では、無事に家に戻っていることを願うことしかできない。終わり次第すぐに声を聞くことを拠り所にして、就業時間を乗り切るしかないようだ。
「ごめん、笹原くん、ちょっといい?」
「はい」
 突然、手招きで店長に呼ばれ、さらに嫌な予感がこみ上げる。それを踏み潰すつもりの足取りでカウンターに寄るのだが、何故か、予感というものは不吉なものほど当たってしまう。
「笹原くん、もう上がりだったよね。申し訳ないんだけど、少し残業お願いできないかな」
「どのような理由ですか?」
 蒼生に早く会いたいのに。それを邪魔されるのは酷く不愉快だった。けれど雇われている身なので、表情に出すわけにはいかない。そのため、表面だけは笑顔を取り繕う。店長は店の奥をチラチラと見ているので、冬矢のどうしてもにじみ出てしまう機嫌の悪さには気付かないようだ。
「それがね、本部の人が急に来ることになって。残った子たちだけだとちょっと心許ないんだよ。笹原くんがいてくれると助かるんだ」
「……短時間ですか」
「うん、そんなにかかんないから! ね!」
 冬矢が頷いたのは、「蒼生なら迷いなく受けるだろうな」と思ったからだ。
 そして案の定、時間はたっぷりかかった。本部の視察が閉店までかかった上、様々な指摘がねちねちと長引いた。しかも、その対応を何故か冬矢がする羽目になった。同じことを何度繰り返して言うか数えているうちになんとか終わったが。
 担当者が店を出ると、遠巻きにしていた先輩がぴょんと近付いてくる。
「お疲れー。あ、さすがに不機嫌だ」
 冬矢は、はっとして笑顔を作る。
「ああ、すみません。つい、ぼーっとしてしまって」
「話長かったもんね~、私も飽きちゃった」
「それでは、裏の片付けをしてきますね」
「いってらっしゃーい」
 そのままフロアに残った数人は、帰って行った担当者の話についてわいわいと文句を言い始める。どうやら今日の担当者はハズレだったということらしい。普段そんなにかち合わない巡回の、しかも担当者がハズレの日にぶつかってしまったというわけか。
 掃除道具を取りに行くと、壁の鏡に映る自分と目が合った。たしかに、不機嫌だと言われても無理のない顔だ。聞いている態度が気に食わないから話が長引いたというのもあったかもしれない。
 もし、ここにいたのが蒼生だとしたら。担当者の話を笑顔で聞き、相手が気持ちいいように会話を先導するだろう。話は短時間で済み、先方は快く帰っていったはずだ。蒼生だったらこう言うだろうという言葉が、今になって頭の中に流れてくる。
「……本当に、蒼生はすごいな」
 厄介で面倒だと心底思っていても、蒼生は決して顔に出さない。それどころか、責任を持って、最後まできちんと誠実に対応出来る。それが蒼生が誰からも信頼される所以だ。
 そして、ふたりの前に戻ってようやく息を吐くのだ。そうだ、蒼生の表情が心の中と一致するのは、自分と健太の前だけなのだから。
 さっさと終わらせて帰ろう。思いながらフロアに戻ると、そこでは既に酒盛りが始まっていた。どうやら長話を聞かされた鬱憤を晴らそうとしているらしい。こちらに気付いた数人がアルコールの缶を手にふらふらと近寄ってくる。冬矢は、はあっと息を吐いた。……これが駄目だというのに。

「っあ……」
 リビングの蒼生が悲壮な声を上げるので、健太は畳みかけの洗濯物を放り投げて寝室を飛び出した。
「どした!?」
「冬矢から着信あったの、気付かなかった……」
 見れば蒼生の手には携帯電話が握られている。なるほど、ふたりで洗濯機の前にいた時間にちょうどかかってきたのだろう。蒼生が切ない顔をするのももっともだ。冬矢は蒼生の声を聞きたかったはずで、それを空振りにさせてしまったことが悲しいに違いない。健太だって外にいて蒼生の声を突然聞きたくなることがしょっちゅうあるから、冬矢の気持ちもよくわかる。
「折り返すか……って、まだあいつ、バイト終わってる時間じゃないよな?」
「うん、そのはず。留守電が入ってるみたい」
「聞いてみなよ」
「うん」
 蒼生がしょんぼりした声で録音の再生ボタンを押す。寂しそうな背中に、健太はぴったりと後ろから抱きついた。蒼生越しに、冬矢の声が遠く聞こえる。腕の中で肩が落ちたので、おそらく帰れないといったような連絡だったのだろう。
「冬矢、なんだって?」
「ん……。残業になっちゃったんだって。ごはん準備できなくてごめんって。でも下準備はしてあるみたいだから指示はしてくれた。……だけど」
「けど?」
「なんか、声、落ち込んでるみたいで」
 ふうん? と健太が首を傾げると、蒼生は冬矢からのメッセージをスピーカーにして流す。内容は蒼生が伝えてくれた通りだ。結果と理由と謝罪に続いて、準備していた食材の処理の仕方が丁寧に吹き込まれていた。本当に、蒼生にだけはひどくマメな奴だと思う。
「んー。オレにはそんなにいつもと変わってるようには聞こえないけど……蒼生はそう思うんだな?」
「うん」
「そっかそっか」
 健太にはその違いはまったくわからなかったが、状況的にはそうであってもおかしくないだろう。対外的にはあまり感情の起伏を出さないタイプだが、蒼生に対しては比較的素直なのだ。その蒼生が言うなら間違いない。
「そしたら、冬矢の言う通り、オレたちでごはん食べよ。それから、蒼生は準備しといたほうがいいと思う」
「! そう思う?」
「オレだったらそうだから、たぶんそう」
 蒼生の顔を覗き込み、健太ははっきり頷いた。

 予定よりずいぶん遅くなって、冬矢が帰って来た。バイト先を出る前にもらった電話で、蒼生は冬矢が苛立っていることがはっきりわかった。ただその理由がわからないので、居ても立ってもいられずにパジャマ姿で廊下に飛び出す。
 その姿を見た冬矢は、ふうっと体から力を抜いて、笑う。
「ただいま、蒼生」
「おかえりなさい。……大変だったんでしょ?」
「ちょっとだけね。蒼生のほうはどう? 調べ物、ちゃんとできた?」
「うん、それはつつがなく終わったけど……」
 蒼生の心配そうな顔に対してほっとするというのもおかしいが、自分のことを想っていてくれる姿を見るのは、やはり嬉しい。健太の主張が身に染みてわかる。曰く、どんなに落ち込んだ時でも、蒼生の顔を見ればあっという間に浮上できるのだそうだ。健太に諭されるのは悔しいけれど、まったくその通りだ。
 そっとその肩を抱いてリビングに入ると、健太がぱっと顔を上げた。
「おかえり」
「ただいま」
 声色がだいぶ戻って来たなと思い、蒼生は冬矢の顔を窺う。すぐに気付いた冬矢が、困ったように微笑んだ。
「心配させてごめん。今日はずいぶんイライラすることが多かったんだ。蒼生の顔を見てだいぶ落ち着いたんだけど、この後味の悪さをすっきり拭い去ってしまいたい。蒼生、付き合ってくれないか」
 蒼生は一瞬嬉しそうに顔を輝かせ、すぐにきりりとして背筋を伸ばす。
「もちろん。僕にできることなら何でもするよ」
「ありがとう。じゃあ、支度するからちょっとだけ待っててくれる?」
「うん」
 躊躇なく頷く蒼生の頭を優しく撫でると、冬矢はいったん蒼生のそばから離れる。一体何を要求するのだろうと不思議そうなふたりの目の前で、冬矢は持っていた小さな袋をダイニングテーブルに置き、手を洗って部屋着に着替える。それらは至って普通の行動なので、ますます冬矢の意図がわからない。
 最後に、冬矢はキッチンからフォークを1本持ってくると、袋の前に座った。
「おまたせ」
「ええと……僕は何をすればいいの?」
「思い切り甘えてほしい」
「うん?」
 きょとんと首を傾げた蒼生の隣で、健太も怪訝な顔をする。
「それ、いつもと同じじゃねえ?」
「いいんだ、それで。蒼生、おいで」
 蒼生も健太と同じ感想だが、冬矢に呼ばれたことは素直に嬉しい。冬矢が伸ばす手に引き寄せられるように近付くと、そのまま導かれて膝の上に座らせられる。何が起こるというのだろう。冬矢の左手は自分の腰にあるので、残った右手を目で追う。冬矢は片手で袋からまたひとまわり小さな箱を取り出し、器用にそれを開ける。中から出てきたのは、
「イチゴの……ミルフィーユ?」
 スライスされたイチゴが綺麗に並んだ下には、見るからにぱりっとしていそうなパイがカスタードクリームと層を作っている。落ち着いて見てみれば、その袋は冬矢のバイト先近くにあるホテルのものだった。冬矢は無言でその一番上の層にフォークの先でさくさくと切れ目を入れる。そして、丁寧に一口分にしたそれを、蒼生にそっと差し出した。
 ミルフィーユを見て、冬矢が何をしたいのかはわかった。が、それをすることと冬矢のイライラ解消とがどう繋がるというのだろう。そこがまだ理解出来ないが、とりあえず蒼生は口を開け、ぱくりとミルフィーユを口に入れた。
「ん! おいひ……んー」
 ふわ、とバニラの香りが口いっぱいに広がる。けれどさほど甘くない。見た目よりさっぱりしたカスタードがイチゴの爽やかな甘さとぴったり寄り添うようだ。
「美味しい?」
「うん! イチゴ甘い! クリームがすごくイチゴを引き立てて、イチゴが主役って感じがする。でもパイのところもすごく美味しい! さくさくでパリパリ! なのにじゅわってバターがにじみ出てくるんじゃないかってくらい香りがすごくて……美味しい! 上のパイと下のパイ違うんだ、どっちも美味しいよ!」
 にこにこ口の中の余韻に浸る蒼生に、冬矢は「そうか」と安心したように笑った。
 そこでようやく、蒼生は冬矢の行動の理由に気が付いた。冬矢が求めているのは、日常だ。それも、日中のひりついた空気をなんでもないと振り切れるくらいの、とびきり甘い日常。それには、きっと、自分が笑っていることが必要なのだ。
 ならば、すべきことはわかる。冬矢の望み通り、思い切り甘えればいい。
 健太がにやにやと笑う。
「オレのぶんのケーキはねえの?」
「ない」
 それに答える冬矢の声はそっけない。が、健太は気にしていないようだ。
「だろうな~。にしても、おひざ抱っこで“あ~ん”はいいなー。今度オレもやらせてもらお。……んじゃ、風呂行ってくるからごゆっくり」
 ひらひらと手を振って、そのままリビングを出ていく。少し悪いことをしたかな、と思う程度には冬矢も落ち着いてきた。リラックスした蒼生が自分に体を預けているという事実だけでだいぶ回復したような気がする。蒼生の表情を確認しようと首を傾けると、蒼生はぱっと顔を輝かせて、口をぱかっと開いた。
「続きは?」
 可愛い。回復どころの騒ぎではない。座った椅子の座面あたりからぞくぞくと何かが盛り上がってきたような感覚がして、冬矢は一度身を震わせた。
「じゃあ、キスしてくれたらあげる」
「えー」
 わずかに拗ねた声をあげた蒼生は、けれどにこにこしたままで。躊躇うそぶりひとつ見せずに、空いていた左手を冬矢の肩にかけると、その勢いで頬にひとつキスをする。それから、唇に。もう一度、頬に。
「あはは。いい子だね」
 また一口ぶんのパイをフォークに乗せると、蒼生は嬉しそうにそれを頬張る。
「だって美味しいよ」
「それはよかった」
 擦り寄りながらそう言って笑うのが、どうしようもなく可愛い。蒼生の愛しい重さと、あたたかな体温と、幸せそうな笑顔と、バターの香りの中に香る蒼生自身の甘い香りを堪能していると、さほど大きくないミルフィーユはあっという間になくなってしまった。
「……もう終わりか。少なかったかな」
「遅くにあんまりたくさん食べたら体に悪い、と、思うし……」
「蒼生だって物足りなそうな顔をしているよ」
「うん。食べ終わったら降りなくちゃいけないんだろうなって……」
 冬矢はたまらず蒼生にキスをする。唇越しに、バニラビーンズの甘い香りが口の中に広がる。
 可愛い可愛い蒼生。
「ごめんね」
「え? なに?」
「改めてだけど、心配かけたこと。それから、もうひとつ。蒼生のおかげで嫌なことなんて全部吹き飛んでしまったのだけれど、……そのかわり、もっと欲しくなってしまったこと」
「…………!」
 両腕で蒼生を強く抱き締めると、肩に額がことんと乗る。そっと背中に回された手が、冬矢の服を掴む。ほぅっと小さく聞こえた吐息が、急に甘く色付いた。気持ちが重なっているのがわかる。
「ねえ、蒼生。ちょっとだけ、えっちなことしていい?」
「やだ……」
「や、なの?」
「ちょっとじゃやだ。いっぱい、して……」
 蒼生の手が泳いで、冬矢の手に重なる。
 縋るような指先。
「ふ、ふふ。蒼生は煽るのが上手だね」
「煽られた?」
「うん」
「……よかった」
 嬉しそうな声が愛しい。
 と、廊下のドアががちゃりと開く。
「わ、まだ同じ体勢だった」
「またいいタイミングで戻って来たな」
 健太は、呆れたような冬矢と、ほんのり色付いた頬で冬矢にしがみつく蒼生を順に見て、満足げに笑った。
「たしかに、いいタイミングっぽいな!」

 冬矢は、その手際の良さに驚いていた。蒼生は冬矢の誘いに即座に頷いたし、寝室のベッドは掛布団がどかされてシーツが綺麗に整えられているうえ、さらにバスタオルが敷かれている。なるほど、自分がどうしようもなく心を休めたくて仕方がなかったことを、そっけない連絡で気付かれてしまっていたらしい。ただ、今はそれについて語っている余裕はなかった。
 それは蒼生も同じだ。抱き締められて、ずっと腰を撫でられ続けていた。冬矢の声と鼓動を一番近くで浴びせられて、だいぶ早い段階から我慢していたのだ。もう少し冬矢が誘ってくれるのが遅ければ、蒼生から言い出していただろう。
 蒼生はベッドに膝を乗せたが、2歩進むのが限界だった。ころんと仰向けになり、見下ろす冬矢に手を伸ばす。
「……とぉや」
 指先まで、求めてくれるような角度。
「蒼生」
 自分でも驚くほど、切羽詰まった声が出た。そのまま倒れ込むように蒼生の上に覆い被さり、抱き締めて、浅く、深くキスをする。蒼生も必死な手つきで冬矢の背中の生地を掴む。健太はベッドに乗って蒼生の頭側に回り込み、背中側から蒼生の脇に手を滑りこませる。冬矢がそれに気付いて蒼生の上半身を抱き上げる。健太が力を入れて蒼生をベッドの中央まで引きずり、その隙に冬矢は蒼生のズボンと下着を同時に取り去った。
「ふふっ」
 キスの合間に、蒼生が笑う。
「ん、なに?」
「だって、冬矢と健ちゃん、すっごく、息、ぴったり」
「そりゃそうだろ、だって今、オレらふたりとも蒼生のことしか考えてねえもん」
「思考が同じなら、行動も、似るかも、ね」
「あはは。そっかぁ」
 蒼生は嬉しそうに健太に向けて手を伸ばした。それに引き寄せられるように健太がキスをすれば、ますます嬉しそうに笑う。
 その隙に、冬矢の指は蒼生の上着のボタンを外す。直接触れたい。直接触れ合いたい。そうして触れた素肌は、さらりと心地いい。ぴくんと身体が跳ねるので、抱き上げてパジャマを腕から抜いてやると、待っていたように蒼生の両腕が冬矢の首に掛かる。
 冬矢が抱き上げたことで蒼生の下にできた隙間に健太が手を差し入れ、冬矢のほうに転がす。受け止めた冬矢が、自分の体の上に蒼生を乗せる体勢になった。動きが自由になった蒼生が、ついばむように冬矢にキスを浴びせていると、
「っあ」
 その背が小さく反る。
「ごめん、まだ冷たかった?」
「だいじょぶ、ちょっとくすぐったかっただけ……」
 どうやら健太も待ちきれずにいるらしい。冬矢は蒼生の背をゆったりと撫でながら、そっと手を下ろしていく。そして、たっぷりと滑りを与えられたそこに触れ、健太の指の隙間から自分の指を潜り込ませる。
「ぁ、んっんぁ……」
 蒼生の体が今度ははっきりと反るので、冬矢は可愛らしく色付いた乳首が惜しげもなく晒される瞬間を見てしまった。たまらず上半身を片腕で支えて、追いかけるように無防備なそれを口に含む。
「ひゃ……っ」
 舌先に弾力が伝わる。突然で驚いたのだろうか、わずかに蒼生の体が無意識に逃げようとするが、下半身を押さえられてそれ以上は動けない。一瞬困った顔をしたのがとても可愛かった。
「は……、ぁう」
 ぎゅう、と蒼生が再び冬矢の首に縋り付く。
「どうしたの」
「む、胸、気持ちい、んだけど、ゆっ……指、ふたりの、」
「ん?」
「あぁっ、……じゅ、順番に、そこ、ぐいってぇ、あ、ぅあっ」
「ふふ。気持ちよくて力抜けちゃうの?」
「抜けちゃ、うぅ……っは」
 耳元で聞こえる蒼生の気持ちよさそうな声が、冬矢の一番奥まで染みていく。蒼生でいっぱいになる。満たされる、という感覚を実感する。
 蒼生も、小さく笑いを含んだ冬矢の声を聞いていた。可愛い、好きだよ、と囁かれる言葉のすべてが、とろけるように甘い。甘えてほしいなどとお願いされなくとも、この声を聞いたら身を委ねざるを得ない。体の隅から隅まで甘やかされている。冬矢と抱き合い、背中に健太が優しくキスを繰り返してくれる、それだけで体中、いや、心の奥までが気持ちいい。
「あー、も、限界」
 がばっと健太が体を起こしながら呻いた。冬矢はそれを聞いて噴き出す。
「おまえのほうが先に我慢できなくなるのか」
「ゆ、譲る気はあった。気は」
「ははは。気だけね」
 蒼生もにこにこしながら顔を背中のほうに向ける。
「健ちゃん、ちゅー」
「えへへ。んっ」
「んー」
 一旦手を止めて、触れるだけのキス。蒼生は健太の手元に目をやる。そこに握られた小さな包みが嬉しい。それは「繋がりたい」という思いそのものの表れだからだ。おそらく今日の健太は、少し遠慮していた。冬矢に主導権を渡そうと考えていたはずだ。それでも我慢できなくなるのが健太らしくて好きだし、それを認める冬矢も好きだと思う。
「蒼生、こっち見て」
 冬矢が蒼生の頬を両手で包み込む。なるほど、全面的に認めたわけではないのか。
「ふふふ」
「嬉しそうだね、蒼生」
「うん。ふたりとも大好きだから、嬉しい、で溢れて大変なんだ」
 きっと冬矢はこのままキスをしてくれるはずだ。蒼生が唇をわずかに開くと、それを見た冬矢がにぃっと笑う。
「欲しがりさんだ」
 蒼生が答えるはずだった「そうだよ」という言葉は、冬矢に塞がれて奪われた。蒼生は目を細める。嬉しい。そのまま全部飲み込んでほしい。
 ひょい、と健太が蒼生の腰を抱え上げた。膝をつき、腰だけを高く上げたような格好になったため、胸元で冬矢を押しつぶしそうになった蒼生が慌てる。
「あ、ごめ、重いよね」
 いまさらそんなこと気にしなくていいのに。微笑ましく思い、冬矢は蒼生の髪をそっと梳く。
「大丈夫、重くないよ。でも、頑張って腕伸ばして」
「? 四つん這いのほうがいい?」
「抱き締めたままだと蒼生と触れ合えて嬉しいけれど、健太と見つめ合ってしまうことになるだろ」
「あ」
 背中側で、健太が大きな声で笑った。
「そりゃ問題だなあ」
「あははは」
 蒼生は言われた通りに腕を伸ばして、冬矢の顔の横に手をつく。が、冬矢が微笑んでその動きを見つめているのに気付いたのだろう、蒼生は照れて唇を尖らせた。じっと見られているのが恥ずかしいのだと思うと、またどうしようもない愛おしさが胸の奥底から溢れてくる。
 その可愛い顔を眺めていると、
「んっ……」
 短い声と共に目が見開かれ、すぐにきゅっと閉じられる。それから薄く開かれて、また閉じられると、長い吐息がこぼれる。
「っ、あ、んん……っ、ぅ」
 今、健太がどう動いているのかが、蒼生の顔を見ていればわかる。その変化は、蒼生が次第に快感を積み上げていくのをはっきり伝えてくれていた。これを至近距離で味わえるのはとても贅沢だ。
「ああ、可愛いよ蒼生……」
 手を伸ばし、そっと耳を撫でる。くすぐったそうに蒼生が笑う。健太の動きに揺さぶられながら、自分の言葉や指先に反応が変わるのがとても愛おしい。
「……はっ、あ、ぁ、」
 蒼生も、冬矢が満足げに自分を見上げていることが嬉しかった。自分だけ健太の熱を身体の奥で感じ、どろどろに溶けていきそうな感覚に身を委ねていていいのだろうかという思いも、穏やかだが熱を孕んだ瞳に包まれて消えていく。
「な、蒼生、オレも、もっかい、ちゅーしよ」
「んっ、うん、す、るぅ……」
 健太は、必死で伸ばされる首筋に触れ、吸い付くキスを。ちらりと肩越しに見えた冬矢は、呆れたようにふっと息を吐いた。
「結局見てるじゃないか」
「蒼生のちゅー、いいだろ、のアピール」
「へえ」
 冬矢は蒼生を引き寄せる。肘ががくんと崩れて体勢を崩したところを改めて抱き締め、深いキスを。
「ふ、ぅ、ん……っ。んー……っあ、ぅ」
 今どんな格好をしているのか、蒼生はよくわからなくなってきていた。健太が先端で気持ちいいところを丁寧に擦り上げてくるので、すべての感覚がそこに集まってしまっているようだ。ぐつぐつと煮詰まるように、熱い。けれどそれが何かを考える前に、健太は奥のほうに行ってしまう。今度はそこに熱が集まる。
「……ひゃっ」
 蒼生の声が裏返る。冬矢の手が蒼生のペニスに触れたからだ。そこに刺激がないことで体内にぼんやりと溜まっていた快感が、明確な場所に一気に引き寄せられる。
「とぉっ……やぁ……あ、だ、めぇ、きちゃ、う……っ!」
「好きだろ、ここ。ほら。……びくびくしてる」
「あっ、あ、好きぃっ……」
「! 蒼生っ……きつ……っ」
 冬矢は先端の滑りを掬い、先端から裏側にかけてゆったりと捏ね回す。その丁寧さからは想像できないほど、激しい快感が下腹部に集まっていく。
「やっ、あ、イッ……」
「イッて、蒼生……。俺の手に出して」
「あ、でちゃ、ぁ、あぁっ、あ、あっ、っ、イ……っ、イく……っ!」
 びくびくっと蒼生が身体を震わせる。冬矢は片手でその熱さを、反対の腕で跳ねる体の強さを抱き締めて感じる。蒼生の「気持ちいい」を全部受け止めたような満足感。
 健太は蒼生にきっかり搾り取られて、はあっと息を吐いた。
「……あー。最高」
 名残惜しいが、ゆっくり体を引いて、蒼生の中から出る。すると、
「っひ」
 蒼生が小さな声を漏らす。その声でまた興奮しそうになって、健太は慌てて首を振った。そして、たっぷり白い液体を湛えたゴムを丁寧に外す。
「はぁ……」
 まるで自分の言葉に返事をするような息を吐く蒼生が可愛い。可愛いので、健太は冬矢に覆い被さるように倒れ込んでいるその体を引き起こし、後ろから抱き締める。
「ううう、可愛い。すっげぇ可愛い。オレの恋人、なんでこんなに可愛いの……」
 言いながら首筋や耳元、髪に、頬に、何度もキスをすると、蒼生はくすぐったそうに身をよじる。
「だからそれは、健ちゃんの欲目でしょ」
「そんなことねえよ、な、冬矢」
 冬矢は体を起こしながら笑う。
「客観的に見ても最高に可愛いと思うけどね。ただ、俺たちにしか見せないこんな可愛い状態の蒼生を他人の目に触れさせるのは絶対に嫌だから、比べさせることができないだろう? だから蒼生の意見が正しいかどうかは答えが出ないんじゃないかな」
「ええ……」
「まあ、普段から世界一可愛いんだけど」
「だよな!」
「むぐぐ」
 蒼生が言い返す言葉を探して膝を抱える。まったく、そのしぐさでさえ可愛いというのに、と図らずも思考を同調させるふたりだ。
 ところで、と健太が切り出す。
「冬矢はどうする? どんなかっこで蒼生としたい?」
 え、と冬矢がふたりを見ると、ふたりは冬矢を見つめて笑っている。
「僕は冬矢がしたいかっこでお願いします」
「少し休まなくて大丈夫?」
「うん。……すぐに、ほしい」
 蒼生は自分でそっと足を割り開く。奥まった襞はひくひくと震えて、キスをねだっているようにさえ見えた。
「…………! そう。じゃあ、我慢できなくなるまで焦らしてみようか」
 すると、蒼生は拗ねた顔。
「冬矢が意地悪言う……」
 そばに寄ってひとつキスをすると、ふんわりと表情が和らぐ。
「ごめんね。蒼生のその顔が見たくて意地悪を言った」
「ううん……。意地悪な冬矢の顔も、かっこよくて好きだよ」
 蒼生が手を伸ばす。冬矢もその手を取る。
「ありがとう。やっぱり、今日は顔を見ていたいから、この体勢のままでいい?」
「もちろん。冬矢の好きにして……」
「言ったね?」
 いたずらをしたような得意げな蒼生の鼻先を、ちょんとつつく。それだけで嬉しそうに首を傾げる恋人への愛しさを、これ以上どうやって伝えたらいいのだろう。
 健太に背中を預けたまま、冬矢の熱を受け止めた蒼生は、まっすぐに冬矢の目を見つめている。
「……んっ。あ、はー……っ」
「蒼生……」
 名前を呼べば、きゅうっとナカで締め付けてくる。
「き、もちぃ……」
 可愛い可愛い蒼生。
「あっ、ふぅっう、んーっ……、ぉやぁ……っ」
 言葉にならない声で冬矢を呼ぶ蒼生の、ぱたぱたと泳ぐ手を掴まえる。
 反対の手がするりと上がって健太の視界に入るので、健太もその手を取った。
「……はぁー……っあ、あぁっ」
 吐息に安堵の色が混じる。
 それは蒼生自身、意識したものではなかった。
 けれど、ふたりの間にいる自分が、心から感じた安堵だったのだろう。
 首をそらせば健太の顔が。
 それを戻せば冬矢の顔が。
 ふたりが蒼生を見つめている。
 このままとろけて、境目がわからなくなってしまえばいいのに。
 快感でぼんやりとした頭の中で、蒼生はそんなことを考えていた。

 もう一度シャワーを浴びた3人は、ほかほか暖かい体で布団の中に潜り込む。
 既に眠たそうな蒼生は、ゆったりと瞬きを繰り返しながら、それでも両側のふたりの腕をしっかりと抱いていた。
「寝ちゃえばいいのに」
 健太の言葉に、ふるふると首を振る。
「なんかもったいなくて眠れない」
 そうは言うが、だいぶ口調が怪しくなってきている。可愛いなあと思いながら眺めていると、その視線が冬矢に向いた。
「もう、イライラ、なくなった?」
「え?」
「え?」
 不思議そうに首を傾げる冬矢に、蒼生だけでなく健太もびっくりした顔をする。ふたりの顔を見てようやく思い出した冬矢は苦笑した。
「ごめんごめん。そうだったね。蒼生があまりに可愛いものだから、すっかりそんなことは頭の中から抜けていたよ」
 蒼生がほっと息を吐く。
「そっか。僕がどうとかはともかく、冬矢がすっきりできたならよかった」
「ともかくじゃねえんだけど」
「一番大事なところなんだけどな」
「ぐ、う、……ごめんなさい」
 素直に謝るのもまた可愛い。どれだけ可愛いか鏡で見せてやりたいが、何故だかこの件に関して蒼生は頑固だ。もっと長い年月をかけて刷り込んでいくしかないのだろう。
 冬矢は蒼生の髪に顔をうずめる。
「蒼生の……ふたりのおかげだよ。ありがとう。……健太、おまえのぶんのケーキ、買ってこなくて悪かったな」
 ぱちくりと目を見開いてから、健太はにやっと笑う。
「いーよ。そういう目的のケーキじゃなかったって知ってるからさ」
 蒼生は目だけでふたりのやり取りを見守る。胸の奥が温かさでいっぱいだ。
「そしたらさ、今度のお休みにケーキ食べに行こうよ」
「そうだな、そうしようぜ」
「うん。いいね」
 ふたりの答えに嬉しそうに頷いた蒼生だが、すぐにぱっと目を見開く。
「あ、でも、僕も連れて行ってね」
 今度はふたりがきょとんとする。
「いやいやいや。当たり前だろ。オレと冬矢で行ってどうすんだ」
「蒼生は当然いる前提だよ」
「……そっか」
 今度こそ安心しきったように、蒼生はふうっと息を吐いた。
 その吐息の長さに、眠気が本格的にやってきているのだろうと冬矢は悟る。そしてそっと手を伸ばし、部屋の電気を常夜灯に切り替える。
「えー……」
 まだ寝たくないらしい蒼生から不満げな声が出た。笑って、ふたりがかりで撫でれば、それは「んー」と気持ちよさそうな声に変わる。
「ほら。もう、おやすみ」
「おやすみ、蒼生」
 柔らかい声が左右から聞こえ、急に意識が遠ざかっていくのを蒼生は感じていた。
「うん……。だいすき。おやすみ……」
 蒼生は、すうっとそのまま眠りについてしまった。
 ふたりは目を見合わせて小さく笑う。
 そして、すぐに寝息をたて始めた頬に、そっと両側から口づけた。

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76こ目;休息のひととき

キーワードタグ 僕+君→Waltz!  創作BL  創作BL小説  幼馴染  三角関係  一次創作  R18 
作品の説明 今回は、小さなトラブルでイライラした冬矢のお話。
落ち込みやすい蒼生や健太より頻度は低いですが、こんな日もあります。
いちゃいちゃ回です!

↑初公開時キャプション↑
2023/01/21初公開
https://pictbland.net/users/series/kazanet-tk/%E5%83%95%EF%BC%8B%E5%90%9B%E2%86%92Waltz%EF%BC%81
76こ目;休息のひととき
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 なんとなく、朝からよくない予感がしていた。
 講義は2限からで、冬矢はいつも通り余裕を持って少し早めに教室に着いた。ところが、普段であればとっくに終わっているはずの前の授業が、その日に限ってはだらだらと続いていた。
 同様に次の講義を待つ学生たちがイライラし始める頃、ようやくがらりとドアが開いた。慌てて飛び出してくるのは、教室を移動しなければならない学生たちだ。その間から、教授と思しきスーツ姿の男性が紙束を抱えて出てきた。まとまり切れていないその束は、見ているだけでも危なそうだ。そして実際、その中からこぼれたレポート用紙が1枚、ひらりと廊下に落ちた。放っておけばよいのだが、本当に目と鼻の先で起きた出来事だったので、さすがに無視はできなかった。
「すみません」
 紙を拾い上げながら声をかけると、教授は不機嫌そうに振り向いた。そして冬矢が手にした紙を見るなり、さらに不機嫌な顔をする。
「こちらを今、」
「もう遅い! 僕が教室を出たらもう受け取らないと言っただろう! いったいどんな心構えで講義を受けているんだ。ちゃんと猶予はやったはずだから、そんなもの受け取るわけにはいかない。おまえたちは遊び目的で学生をやっているのか!」
 すっと冬矢は視線の温度を下げる。そっちこそ人の話を聞くことも出来ないで何を教えているのだと言い返したいところだが、時間の無駄だ。
「僕はあなたの講義には出ていません。こちら、落とされましたよ」
 声を押さえて、レポートを差し出す。教授はそこで初めて冬矢を見た。広い教室で学生ひとりひとりの顔を把握しているかどうかわからない。おそらく冬矢の言葉が本当かどうかを判断しかねているのだろう。だがそれに付き合っている時間はない。
「次の講義がありますので、これで」
 抱えた紙束の上にレポートを無造作に乗せ、さっさとその場を後にする。何か声をかけられた気がするが、どうでもよかった。それよりも、教室に入ると、普段座っている席に他の人間が座っていた。たったそれだけのことなのに、今のやりとりのせいでちくりと胸に刺さった。
 せめて少しの時間があれば、蒼生に電話の1本も出来たはずだ。だがその後も細かいトラブルが立て続けに起きて、それも叶わなかった。結局、なんの連絡も出来ないまま、バイトの時間が来た。特に伝えたい用事があったわけではない。今日は蒼生のほうが帰りが早いから、家に帰れば蒼生に会えることはわかっている。けれど、自分に嫌なことが起きたので、調べ物をしに行くと言っていた蒼生には何もなかっただろうかと急に不安になってしまったのだ。だが携帯を見ることすら出来ないこの状況では、無事に家に戻っていることを願うことしかできない。終わり次第すぐに声を聞くことを拠り所にして、就業時間を乗り切るしかないようだ。
「ごめん、笹原くん、ちょっといい?」
「はい」
 突然、手招きで店長に呼ばれ、さらに嫌な予感がこみ上げる。それを踏み潰すつもりの足取りでカウンターに寄るのだが、何故か、予感というものは不吉なものほど当たってしまう。
「笹原くん、もう上がりだったよね。申し訳ないんだけど、少し残業お願いできないかな」
「どのような理由ですか?」
 蒼生に早く会いたいのに。それを邪魔されるのは酷く不愉快だった。けれど雇われている身なので、表情に出すわけにはいかない。そのため、表面だけは笑顔を取り繕う。店長は店の奥をチラチラと見ているので、冬矢のどうしてもにじみ出てしまう機嫌の悪さには気付かないようだ。
「それがね、本部の人が急に来ることになって。残った子たちだけだとちょっと心許ないんだよ。笹原くんがいてくれると助かるんだ」
「……短時間ですか」
「うん、そんなにかかんないから! ね!」
 冬矢が頷いたのは、「蒼生なら迷いなく受けるだろうな」と思ったからだ。
 そして案の定、時間はたっぷりかかった。本部の視察が閉店までかかった上、様々な指摘がねちねちと長引いた。しかも、その対応を何故か冬矢がする羽目になった。同じことを何度繰り返して言うか数えているうちになんとか終わったが。
 担当者が店を出ると、遠巻きにしていた先輩がぴょんと近付いてくる。
「お疲れー。あ、さすがに不機嫌だ」
 冬矢は、はっとして笑顔を作る。
「ああ、すみません。つい、ぼーっとしてしまって」
「話長かったもんね~、私も飽きちゃった」
「それでは、裏の片付けをしてきますね」
「いってらっしゃーい」
 そのままフロアに残った数人は、帰って行った担当者の話についてわいわいと文句を言い始める。どうやら今日の担当者はハズレだったということらしい。普段そんなにかち合わない巡回の、しかも担当者がハズレの日にぶつかってしまったというわけか。
 掃除道具を取りに行くと、壁の鏡に映る自分と目が合った。たしかに、不機嫌だと言われても無理のない顔だ。聞いている態度が気に食わないから話が長引いたというのもあったかもしれない。
 もし、ここにいたのが蒼生だとしたら。担当者の話を笑顔で聞き、相手が気持ちいいように会話を先導するだろう。話は短時間で済み、先方は快く帰っていったはずだ。蒼生だったらこう言うだろうという言葉が、今になって頭の中に流れてくる。
「……本当に、蒼生はすごいな」
 厄介で面倒だと心底思っていても、蒼生は決して顔に出さない。それどころか、責任を持って、最後まできちんと誠実に対応出来る。それが蒼生が誰からも信頼される所以だ。
 そして、ふたりの前に戻ってようやく息を吐くのだ。そうだ、蒼生の表情が心の中と一致するのは、自分と健太の前だけなのだから。
 さっさと終わらせて帰ろう。思いながらフロアに戻ると、そこでは既に酒盛りが始まっていた。どうやら長話を聞かされた鬱憤を晴らそうとしているらしい。こちらに気付いた数人がアルコールの缶を手にふらふらと近寄ってくる。冬矢は、はあっと息を吐いた。……これが駄目だというのに。

「っあ……」
 リビングの蒼生が悲壮な声を上げるので、健太は畳みかけの洗濯物を放り投げて寝室を飛び出した。
「どした!?」
「冬矢から着信あったの、気付かなかった……」
 見れば蒼生の手には携帯電話が握られている。なるほど、ふたりで洗濯機の前にいた時間にちょうどかかってきたのだろう。蒼生が切ない顔をするのももっともだ。冬矢は蒼生の声を聞きたかったはずで、それを空振りにさせてしまったことが悲しいに違いない。健太だって外にいて蒼生の声を突然聞きたくなることがしょっちゅうあるから、冬矢の気持ちもよくわかる。
「折り返すか……って、まだあいつ、バイト終わってる時間じゃないよな?」
「うん、そのはず。留守電が入ってるみたい」
「聞いてみなよ」
「うん」
 蒼生がしょんぼりした声で録音の再生ボタンを押す。寂しそうな背中に、健太はぴったりと後ろから抱きついた。蒼生越しに、冬矢の声が遠く聞こえる。腕の中で肩が落ちたので、おそらく帰れないといったような連絡だったのだろう。
「冬矢、なんだって?」
「ん……。残業になっちゃったんだって。ごはん準備できなくてごめんって。でも下準備はしてあるみたいだから指示はしてくれた。……だけど」
「けど?」
「なんか、声、落ち込んでるみたいで」
 ふうん? と健太が首を傾げると、蒼生は冬矢からのメッセージをスピーカーにして流す。内容は蒼生が伝えてくれた通りだ。結果と理由と謝罪に続いて、準備していた食材の処理の仕方が丁寧に吹き込まれていた。本当に、蒼生にだけはひどくマメな奴だと思う。
「んー。オレにはそんなにいつもと変わってるようには聞こえないけど……蒼生はそう思うんだな?」
「うん」
「そっかそっか」
 健太にはその違いはまったくわからなかったが、状況的にはそうであってもおかしくないだろう。対外的にはあまり感情の起伏を出さないタイプだが、蒼生に対しては比較的素直なのだ。その蒼生が言うなら間違いない。
「そしたら、冬矢の言う通り、オレたちでごはん食べよ。それから、蒼生は準備しといたほうがいいと思う」
「! そう思う?」
「オレだったらそうだから、たぶんそう」
 蒼生の顔を覗き込み、健太ははっきり頷いた。

 予定よりずいぶん遅くなって、冬矢が帰って来た。バイト先を出る前にもらった電話で、蒼生は冬矢が苛立っていることがはっきりわかった。ただその理由がわからないので、居ても立ってもいられずにパジャマ姿で廊下に飛び出す。
 その姿を見た冬矢は、ふうっと体から力を抜いて、笑う。
「ただいま、蒼生」
「おかえりなさい。……大変だったんでしょ?」
「ちょっとだけね。蒼生のほうはどう? 調べ物、ちゃんとできた?」
「うん、それはつつがなく終わったけど……」
 蒼生の心配そうな顔に対してほっとするというのもおかしいが、自分のことを想っていてくれる姿を見るのは、やはり嬉しい。健太の主張が身に染みてわかる。曰く、どんなに落ち込んだ時でも、蒼生の顔を見ればあっという間に浮上できるのだそうだ。健太に諭されるのは悔しいけれど、まったくその通りだ。
 そっとその肩を抱いてリビングに入ると、健太がぱっと顔を上げた。
「おかえり」
「ただいま」
 声色がだいぶ戻って来たなと思い、蒼生は冬矢の顔を窺う。すぐに気付いた冬矢が、困ったように微笑んだ。
「心配させてごめん。今日はずいぶんイライラすることが多かったんだ。蒼生の顔を見てだいぶ落ち着いたんだけど、この後味の悪さをすっきり拭い去ってしまいたい。蒼生、付き合ってくれないか」
 蒼生は一瞬嬉しそうに顔を輝かせ、すぐにきりりとして背筋を伸ばす。
「もちろん。僕にできることなら何でもするよ」
「ありがとう。じゃあ、支度するからちょっとだけ待っててくれる?」
「うん」
 躊躇なく頷く蒼生の頭を優しく撫でると、冬矢はいったん蒼生のそばから離れる。一体何を要求するのだろうと不思議そうなふたりの目の前で、冬矢は持っていた小さな袋をダイニングテーブルに置き、手を洗って部屋着に着替える。それらは至って普通の行動なので、ますます冬矢の意図がわからない。
 最後に、冬矢はキッチンからフォークを1本持ってくると、袋の前に座った。
「おまたせ」
「ええと……僕は何をすればいいの?」
「思い切り甘えてほしい」
「うん?」
 きょとんと首を傾げた蒼生の隣で、健太も怪訝な顔をする。
「それ、いつもと同じじゃねえ?」
「いいんだ、それで。蒼生、おいで」
 蒼生も健太と同じ感想だが、冬矢に呼ばれたことは素直に嬉しい。冬矢が伸ばす手に引き寄せられるように近付くと、そのまま導かれて膝の上に座らせられる。何が起こるというのだろう。冬矢の左手は自分の腰にあるので、残った右手を目で追う。冬矢は片手で袋からまたひとまわり小さな箱を取り出し、器用にそれを開ける。中から出てきたのは、
「イチゴの……ミルフィーユ?」
 スライスされたイチゴが綺麗に並んだ下には、見るからにぱりっとしていそうなパイがカスタードクリームと層を作っている。落ち着いて見てみれば、その袋は冬矢のバイト先近くにあるホテルのものだった。冬矢は無言でその一番上の層にフォークの先でさくさくと切れ目を入れる。そして、丁寧に一口分にしたそれを、蒼生にそっと差し出した。
 ミルフィーユを見て、冬矢が何をしたいのかはわかった。が、それをすることと冬矢のイライラ解消とがどう繋がるというのだろう。そこがまだ理解出来ないが、とりあえず蒼生は口を開け、ぱくりとミルフィーユを口に入れた。
「ん! おいひ……んー」
 ふわ、とバニラの香りが口いっぱいに広がる。けれどさほど甘くない。見た目よりさっぱりしたカスタードがイチゴの爽やかな甘さとぴったり寄り添うようだ。
「美味しい?」
「うん! イチゴ甘い! クリームがすごくイチゴを引き立てて、イチゴが主役って感じがする。でもパイのところもすごく美味しい! さくさくでパリパリ! なのにじゅわってバターがにじみ出てくるんじゃないかってくらい香りがすごくて……美味しい! 上のパイと下のパイ違うんだ、どっちも美味しいよ!」
 にこにこ口の中の余韻に浸る蒼生に、冬矢は「そうか」と安心したように笑った。
 そこでようやく、蒼生は冬矢の行動の理由に気が付いた。冬矢が求めているのは、日常だ。それも、日中のひりついた空気をなんでもないと振り切れるくらいの、とびきり甘い日常。それには、きっと、自分が笑っていることが必要なのだ。
 ならば、すべきことはわかる。冬矢の望み通り、思い切り甘えればいい。
 健太がにやにやと笑う。
「オレのぶんのケーキはねえの?」
「ない」
 それに答える冬矢の声はそっけない。が、健太は気にしていないようだ。
「だろうな~。にしても、おひざ抱っこで“あ~ん”はいいなー。今度オレもやらせてもらお。……んじゃ、風呂行ってくるからごゆっくり」
 ひらひらと手を振って、そのままリビングを出ていく。少し悪いことをしたかな、と思う程度には冬矢も落ち着いてきた。リラックスした蒼生が自分に体を預けているという事実だけでだいぶ回復したような気がする。蒼生の表情を確認しようと首を傾けると、蒼生はぱっと顔を輝かせて、口をぱかっと開いた。
「続きは?」
 可愛い。回復どころの騒ぎではない。座った椅子の座面あたりからぞくぞくと何かが盛り上がってきたような感覚がして、冬矢は一度身を震わせた。
「じゃあ、キスしてくれたらあげる」
「えー」
 わずかに拗ねた声をあげた蒼生は、けれどにこにこしたままで。躊躇うそぶりひとつ見せずに、空いていた左手を冬矢の肩にかけると、その勢いで頬にひとつキスをする。それから、唇に。もう一度、頬に。
「あはは。いい子だね」
 また一口ぶんのパイをフォークに乗せると、蒼生は嬉しそうにそれを頬張る。
「だって美味しいよ」
「それはよかった」
 擦り寄りながらそう言って笑うのが、どうしようもなく可愛い。蒼生の愛しい重さと、あたたかな体温と、幸せそうな笑顔と、バターの香りの中に香る蒼生自身の甘い香りを堪能していると、さほど大きくないミルフィーユはあっという間になくなってしまった。
「……もう終わりか。少なかったかな」
「遅くにあんまりたくさん食べたら体に悪い、と、思うし……」
「蒼生だって物足りなそうな顔をしているよ」
「うん。食べ終わったら降りなくちゃいけないんだろうなって……」
 冬矢はたまらず蒼生にキスをする。唇越しに、バニラビーンズの甘い香りが口の中に広がる。
 可愛い可愛い蒼生。
「ごめんね」
「え? なに?」
「改めてだけど、心配かけたこと。それから、もうひとつ。蒼生のおかげで嫌なことなんて全部吹き飛んでしまったのだけれど、……そのかわり、もっと欲しくなってしまったこと」
「…………!」
 両腕で蒼生を強く抱き締めると、肩に額がことんと乗る。そっと背中に回された手が、冬矢の服を掴む。ほぅっと小さく聞こえた吐息が、急に甘く色付いた。気持ちが重なっているのがわかる。
「ねえ、蒼生。ちょっとだけ、えっちなことしていい?」
「やだ……」
「や、なの?」
「ちょっとじゃやだ。いっぱい、して……」
 蒼生の手が泳いで、冬矢の手に重なる。
 縋るような指先。
「ふ、ふふ。蒼生は煽るのが上手だね」
「煽られた?」
「うん」
「……よかった」
 嬉しそうな声が愛しい。
 と、廊下のドアががちゃりと開く。
「わ、まだ同じ体勢だった」
「またいいタイミングで戻って来たな」
 健太は、呆れたような冬矢と、ほんのり色付いた頬で冬矢にしがみつく蒼生を順に見て、満足げに笑った。
「たしかに、いいタイミングっぽいな!」

 冬矢は、その手際の良さに驚いていた。蒼生は冬矢の誘いに即座に頷いたし、寝室のベッドは掛布団がどかされてシーツが綺麗に整えられているうえ、さらにバスタオルが敷かれている。なるほど、自分がどうしようもなく心を休めたくて仕方がなかったことを、そっけない連絡で気付かれてしまっていたらしい。ただ、今はそれについて語っている余裕はなかった。
 それは蒼生も同じだ。抱き締められて、ずっと腰を撫でられ続けていた。冬矢の声と鼓動を一番近くで浴びせられて、だいぶ早い段階から我慢していたのだ。もう少し冬矢が誘ってくれるのが遅ければ、蒼生から言い出していただろう。
 蒼生はベッドに膝を乗せたが、2歩進むのが限界だった。ころんと仰向けになり、見下ろす冬矢に手を伸ばす。
「……とぉや」
 指先まで、求めてくれるような角度。
「蒼生」
 自分でも驚くほど、切羽詰まった声が出た。そのまま倒れ込むように蒼生の上に覆い被さり、抱き締めて、浅く、深くキスをする。蒼生も必死な手つきで冬矢の背中の生地を掴む。健太はベッドに乗って蒼生の頭側に回り込み、背中側から蒼生の脇に手を滑りこませる。冬矢がそれに気付いて蒼生の上半身を抱き上げる。健太が力を入れて蒼生をベッドの中央まで引きずり、その隙に冬矢は蒼生のズボンと下着を同時に取り去った。
「ふふっ」
 キスの合間に、蒼生が笑う。
「ん、なに?」
「だって、冬矢と健ちゃん、すっごく、息、ぴったり」
「そりゃそうだろ、だって今、オレらふたりとも蒼生のことしか考えてねえもん」
「思考が同じなら、行動も、似るかも、ね」
「あはは。そっかぁ」
 蒼生は嬉しそうに健太に向けて手を伸ばした。それに引き寄せられるように健太がキスをすれば、ますます嬉しそうに笑う。
 その隙に、冬矢の指は蒼生の上着のボタンを外す。直接触れたい。直接触れ合いたい。そうして触れた素肌は、さらりと心地いい。ぴくんと身体が跳ねるので、抱き上げてパジャマを腕から抜いてやると、待っていたように蒼生の両腕が冬矢の首に掛かる。
 冬矢が抱き上げたことで蒼生の下にできた隙間に健太が手を差し入れ、冬矢のほうに転がす。受け止めた冬矢が、自分の体の上に蒼生を乗せる体勢になった。動きが自由になった蒼生が、ついばむように冬矢にキスを浴びせていると、
「っあ」
 その背が小さく反る。
「ごめん、まだ冷たかった?」
「だいじょぶ、ちょっとくすぐったかっただけ……」
 どうやら健太も待ちきれずにいるらしい。冬矢は蒼生の背をゆったりと撫でながら、そっと手を下ろしていく。そして、たっぷりと滑りを与えられたそこに触れ、健太の指の隙間から自分の指を潜り込ませる。
「ぁ、んっんぁ……」
 蒼生の体が今度ははっきりと反るので、冬矢は可愛らしく色付いた乳首が惜しげもなく晒される瞬間を見てしまった。たまらず上半身を片腕で支えて、追いかけるように無防備なそれを口に含む。
「ひゃ……っ」
 舌先に弾力が伝わる。突然で驚いたのだろうか、わずかに蒼生の体が無意識に逃げようとするが、下半身を押さえられてそれ以上は動けない。一瞬困った顔をしたのがとても可愛かった。
「は……、ぁう」
 ぎゅう、と蒼生が再び冬矢の首に縋り付く。
「どうしたの」
「む、胸、気持ちい、んだけど、ゆっ……指、ふたりの、」
「ん?」
「あぁっ、……じゅ、順番に、そこ、ぐいってぇ、あ、ぅあっ」
「ふふ。気持ちよくて力抜けちゃうの?」
「抜けちゃ、うぅ……っは」
 耳元で聞こえる蒼生の気持ちよさそうな声が、冬矢の一番奥まで染みていく。蒼生でいっぱいになる。満たされる、という感覚を実感する。
 蒼生も、小さく笑いを含んだ冬矢の声を聞いていた。可愛い、好きだよ、と囁かれる言葉のすべてが、とろけるように甘い。甘えてほしいなどとお願いされなくとも、この声を聞いたら身を委ねざるを得ない。体の隅から隅まで甘やかされている。冬矢と抱き合い、背中に健太が優しくキスを繰り返してくれる、それだけで体中、いや、心の奥までが気持ちいい。
「あー、も、限界」
 がばっと健太が体を起こしながら呻いた。冬矢はそれを聞いて噴き出す。
「おまえのほうが先に我慢できなくなるのか」
「ゆ、譲る気はあった。気は」
「ははは。気だけね」
 蒼生もにこにこしながら顔を背中のほうに向ける。
「健ちゃん、ちゅー」
「えへへ。んっ」
「んー」
 一旦手を止めて、触れるだけのキス。蒼生は健太の手元に目をやる。そこに握られた小さな包みが嬉しい。それは「繋がりたい」という思いそのものの表れだからだ。おそらく今日の健太は、少し遠慮していた。冬矢に主導権を渡そうと考えていたはずだ。それでも我慢できなくなるのが健太らしくて好きだし、それを認める冬矢も好きだと思う。
「蒼生、こっち見て」
 冬矢が蒼生の頬を両手で包み込む。なるほど、全面的に認めたわけではないのか。
「ふふふ」
「嬉しそうだね、蒼生」
「うん。ふたりとも大好きだから、嬉しい、で溢れて大変なんだ」
 きっと冬矢はこのままキスをしてくれるはずだ。蒼生が唇をわずかに開くと、それを見た冬矢がにぃっと笑う。
「欲しがりさんだ」
 蒼生が答えるはずだった「そうだよ」という言葉は、冬矢に塞がれて奪われた。蒼生は目を細める。嬉しい。そのまま全部飲み込んでほしい。
 ひょい、と健太が蒼生の腰を抱え上げた。膝をつき、腰だけを高く上げたような格好になったため、胸元で冬矢を押しつぶしそうになった蒼生が慌てる。
「あ、ごめ、重いよね」
 いまさらそんなこと気にしなくていいのに。微笑ましく思い、冬矢は蒼生の髪をそっと梳く。
「大丈夫、重くないよ。でも、頑張って腕伸ばして」
「? 四つん這いのほうがいい?」
「抱き締めたままだと蒼生と触れ合えて嬉しいけれど、健太と見つめ合ってしまうことになるだろ」
「あ」
 背中側で、健太が大きな声で笑った。
「そりゃ問題だなあ」
「あははは」
 蒼生は言われた通りに腕を伸ばして、冬矢の顔の横に手をつく。が、冬矢が微笑んでその動きを見つめているのに気付いたのだろう、蒼生は照れて唇を尖らせた。じっと見られているのが恥ずかしいのだと思うと、またどうしようもない愛おしさが胸の奥底から溢れてくる。
 その可愛い顔を眺めていると、
「んっ……」
 短い声と共に目が見開かれ、すぐにきゅっと閉じられる。それから薄く開かれて、また閉じられると、長い吐息がこぼれる。
「っ、あ、んん……っ、ぅ」
 今、健太がどう動いているのかが、蒼生の顔を見ていればわかる。その変化は、蒼生が次第に快感を積み上げていくのをはっきり伝えてくれていた。これを至近距離で味わえるのはとても贅沢だ。
「ああ、可愛いよ蒼生……」
 手を伸ばし、そっと耳を撫でる。くすぐったそうに蒼生が笑う。健太の動きに揺さぶられながら、自分の言葉や指先に反応が変わるのがとても愛おしい。
「……はっ、あ、ぁ、」
 蒼生も、冬矢が満足げに自分を見上げていることが嬉しかった。自分だけ健太の熱を身体の奥で感じ、どろどろに溶けていきそうな感覚に身を委ねていていいのだろうかという思いも、穏やかだが熱を孕んだ瞳に包まれて消えていく。
「な、蒼生、オレも、もっかい、ちゅーしよ」
「んっ、うん、す、るぅ……」
 健太は、必死で伸ばされる首筋に触れ、吸い付くキスを。ちらりと肩越しに見えた冬矢は、呆れたようにふっと息を吐いた。
「結局見てるじゃないか」
「蒼生のちゅー、いいだろ、のアピール」
「へえ」
 冬矢は蒼生を引き寄せる。肘ががくんと崩れて体勢を崩したところを改めて抱き締め、深いキスを。
「ふ、ぅ、ん……っ。んー……っあ、ぅ」
 今どんな格好をしているのか、蒼生はよくわからなくなってきていた。健太が先端で気持ちいいところを丁寧に擦り上げてくるので、すべての感覚がそこに集まってしまっているようだ。ぐつぐつと煮詰まるように、熱い。けれどそれが何かを考える前に、健太は奥のほうに行ってしまう。今度はそこに熱が集まる。
「……ひゃっ」
 蒼生の声が裏返る。冬矢の手が蒼生のペニスに触れたからだ。そこに刺激がないことで体内にぼんやりと溜まっていた快感が、明確な場所に一気に引き寄せられる。
「とぉっ……やぁ……あ、だ、めぇ、きちゃ、う……っ!」
「好きだろ、ここ。ほら。……びくびくしてる」
「あっ、あ、好きぃっ……」
「! 蒼生っ……きつ……っ」
 冬矢は先端の滑りを掬い、先端から裏側にかけてゆったりと捏ね回す。その丁寧さからは想像できないほど、激しい快感が下腹部に集まっていく。
「やっ、あ、イッ……」
「イッて、蒼生……。俺の手に出して」
「あ、でちゃ、ぁ、あぁっ、あ、あっ、っ、イ……っ、イく……っ!」
 びくびくっと蒼生が身体を震わせる。冬矢は片手でその熱さを、反対の腕で跳ねる体の強さを抱き締めて感じる。蒼生の「気持ちいい」を全部受け止めたような満足感。
 健太は蒼生にきっかり搾り取られて、はあっと息を吐いた。
「……あー。最高」
 名残惜しいが、ゆっくり体を引いて、蒼生の中から出る。すると、
「っひ」
 蒼生が小さな声を漏らす。その声でまた興奮しそうになって、健太は慌てて首を振った。そして、たっぷり白い液体を湛えたゴムを丁寧に外す。
「はぁ……」
 まるで自分の言葉に返事をするような息を吐く蒼生が可愛い。可愛いので、健太は冬矢に覆い被さるように倒れ込んでいるその体を引き起こし、後ろから抱き締める。
「ううう、可愛い。すっげぇ可愛い。オレの恋人、なんでこんなに可愛いの……」
 言いながら首筋や耳元、髪に、頬に、何度もキスをすると、蒼生はくすぐったそうに身をよじる。
「だからそれは、健ちゃんの欲目でしょ」
「そんなことねえよ、な、冬矢」
 冬矢は体を起こしながら笑う。
「客観的に見ても最高に可愛いと思うけどね。ただ、俺たちにしか見せないこんな可愛い状態の蒼生を他人の目に触れさせるのは絶対に嫌だから、比べさせることができないだろう? だから蒼生の意見が正しいかどうかは答えが出ないんじゃないかな」
「ええ……」
「まあ、普段から世界一可愛いんだけど」
「だよな!」
「むぐぐ」
 蒼生が言い返す言葉を探して膝を抱える。まったく、そのしぐさでさえ可愛いというのに、と図らずも思考を同調させるふたりだ。
 ところで、と健太が切り出す。
「冬矢はどうする? どんなかっこで蒼生としたい?」
 え、と冬矢がふたりを見ると、ふたりは冬矢を見つめて笑っている。
「僕は冬矢がしたいかっこでお願いします」
「少し休まなくて大丈夫?」
「うん。……すぐに、ほしい」
 蒼生は自分でそっと足を割り開く。奥まった襞はひくひくと震えて、キスをねだっているようにさえ見えた。
「…………! そう。じゃあ、我慢できなくなるまで焦らしてみようか」
 すると、蒼生は拗ねた顔。
「冬矢が意地悪言う……」
 そばに寄ってひとつキスをすると、ふんわりと表情が和らぐ。
「ごめんね。蒼生のその顔が見たくて意地悪を言った」
「ううん……。意地悪な冬矢の顔も、かっこよくて好きだよ」
 蒼生が手を伸ばす。冬矢もその手を取る。
「ありがとう。やっぱり、今日は顔を見ていたいから、この体勢のままでいい?」
「もちろん。冬矢の好きにして……」
「言ったね?」
 いたずらをしたような得意げな蒼生の鼻先を、ちょんとつつく。それだけで嬉しそうに首を傾げる恋人への愛しさを、これ以上どうやって伝えたらいいのだろう。
 健太に背中を預けたまま、冬矢の熱を受け止めた蒼生は、まっすぐに冬矢の目を見つめている。
「……んっ。あ、はー……っ」
「蒼生……」
 名前を呼べば、きゅうっとナカで締め付けてくる。
「き、もちぃ……」
 可愛い可愛い蒼生。
「あっ、ふぅっう、んーっ……、ぉやぁ……っ」
 言葉にならない声で冬矢を呼ぶ蒼生の、ぱたぱたと泳ぐ手を掴まえる。
 反対の手がするりと上がって健太の視界に入るので、健太もその手を取った。
「……はぁー……っあ、あぁっ」
 吐息に安堵の色が混じる。
 それは蒼生自身、意識したものではなかった。
 けれど、ふたりの間にいる自分が、心から感じた安堵だったのだろう。
 首をそらせば健太の顔が。
 それを戻せば冬矢の顔が。
 ふたりが蒼生を見つめている。
 このままとろけて、境目がわからなくなってしまえばいいのに。
 快感でぼんやりとした頭の中で、蒼生はそんなことを考えていた。

 もう一度シャワーを浴びた3人は、ほかほか暖かい体で布団の中に潜り込む。
 既に眠たそうな蒼生は、ゆったりと瞬きを繰り返しながら、それでも両側のふたりの腕をしっかりと抱いていた。
「寝ちゃえばいいのに」
 健太の言葉に、ふるふると首を振る。
「なんかもったいなくて眠れない」
 そうは言うが、だいぶ口調が怪しくなってきている。可愛いなあと思いながら眺めていると、その視線が冬矢に向いた。
「もう、イライラ、なくなった?」
「え?」
「え?」
 不思議そうに首を傾げる冬矢に、蒼生だけでなく健太もびっくりした顔をする。ふたりの顔を見てようやく思い出した冬矢は苦笑した。
「ごめんごめん。そうだったね。蒼生があまりに可愛いものだから、すっかりそんなことは頭の中から抜けていたよ」
 蒼生がほっと息を吐く。
「そっか。僕がどうとかはともかく、冬矢がすっきりできたならよかった」
「ともかくじゃねえんだけど」
「一番大事なところなんだけどな」
「ぐ、う、……ごめんなさい」
 素直に謝るのもまた可愛い。どれだけ可愛いか鏡で見せてやりたいが、何故だかこの件に関して蒼生は頑固だ。もっと長い年月をかけて刷り込んでいくしかないのだろう。
 冬矢は蒼生の髪に顔をうずめる。
「蒼生の……ふたりのおかげだよ。ありがとう。……健太、おまえのぶんのケーキ、買ってこなくて悪かったな」
 ぱちくりと目を見開いてから、健太はにやっと笑う。
「いーよ。そういう目的のケーキじゃなかったって知ってるからさ」
 蒼生は目だけでふたりのやり取りを見守る。胸の奥が温かさでいっぱいだ。
「そしたらさ、今度のお休みにケーキ食べに行こうよ」
「そうだな、そうしようぜ」
「うん。いいね」
 ふたりの答えに嬉しそうに頷いた蒼生だが、すぐにぱっと目を見開く。
「あ、でも、僕も連れて行ってね」
 今度はふたりがきょとんとする。
「いやいやいや。当たり前だろ。オレと冬矢で行ってどうすんだ」
「蒼生は当然いる前提だよ」
「……そっか」
 今度こそ安心しきったように、蒼生はふうっと息を吐いた。
 その吐息の長さに、眠気が本格的にやってきているのだろうと冬矢は悟る。そしてそっと手を伸ばし、部屋の電気を常夜灯に切り替える。
「えー……」
 まだ寝たくないらしい蒼生から不満げな声が出た。笑って、ふたりがかりで撫でれば、それは「んー」と気持ちよさそうな声に変わる。
「ほら。もう、おやすみ」
「おやすみ、蒼生」
 柔らかい声が左右から聞こえ、急に意識が遠ざかっていくのを蒼生は感じていた。
「うん……。だいすき。おやすみ……」
 蒼生は、すうっとそのまま眠りについてしまった。
 ふたりは目を見合わせて小さく笑う。
 そして、すぐに寝息をたて始めた頬に、そっと両側から口づけた。

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