81こ目;晩冬に実る~後編~
それは健太の長年の願望でもあって…。
ご褒美旅行回です!
前後編の後編ですが、前編を読まなくとも話は通じるかと思われます。
念のため、前回はこちら。( https://pictbland.net/items/detail/2394215 )
↑初公開時キャプション↑
2023/03/31初公開
https://pictbland.net/users/series/kazanet-tk/%E5%83%95%EF%BC%8B%E5%90%9B%E2%86%92Waltz%EF%BC%81
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バーから帰った翌日、冬矢は招待券に書かれた番号に電話をかけた。目の前では、蒼生と健太がそわそわした様子でそれを見守る。
「……はい。ではその日程で。よろしくお願いします」
電話が切れた途端、ふたりが身を乗り出した。
「どうだった?」
心配そうな様子に、冬矢は笑顔を返す。
「もともとこの優待プランは、4人まで泊まれる部屋の宿泊代とペアの食事2回分で設定されているそうだ。だから、3人ならひとり分のお食事代のみご負担いただきます、だって」
「日程も希望通り?」
「ああ。やっぱり平日は比較的予約しやすいようだね」
「よかったぁ」
「さあ、そうと決まれば、次は交通手段だ。どうしたい?」
なるほどそれを決めていなかったか。健太が腕を組む。
「バスか電車か車かってことだよな。んー、そうだなあ。主賓の蒼生に話を聞いてみよう」
「しゅ、主賓って……。えっと。あのね、うーん」
「なになに?」
「……あくまでこれは僕の希望なんだけど、その……できれば向き合って顔を見ていたいから、電車がいいなって」
「! たしかに、そりゃ大事だな!」
そうして、冬も終わりのある日、3人は揃って高地にある有名な温泉地の駅に降り立った。
ほう、と吐く息が白い。目の前には植え替えたばかりらしい華やかな花壇と「ようこそ」の大きな看板。駅前は広いロータリーになっていて、客待ち顔のタクシーが列をなしている。その向こうは、観光地らしくずらりと瓦屋根の土産物屋が軒を連ね、石畳の道がロータリーに沿ってそちらに誘うように続いている。その中央には古そうな木造の時計台が良く晴れた空を割るように建っていて、背景のように遠く見える山は、まだ白く雪をかぶっている。そこから吹いてくるのか、強い風が温泉地の名前を書いたのぼりを大きくはためかせていた。暖かな電車から降りたばかりの3人には、その風は真冬を思い出させる。
「すごい、寒いね」
「だな。……わ、蒼生、雪だ! まだこんなに残ってる!」
健太は駅舎脇に寄せられた雪の山に吸い寄せられるように近付く。その近くには、誰が作ったのか崩れかかった雪だるまがたたずんでいた。残念ながら、その顔には鼻と口しか残っていない。きょろきょろとあたりを見渡した健太は、落ちていた目らしきボタンを2つ拾うと、なんとか戻してやろうと雪だるまの目元をかりかりと削った。
それをにこにこと見ている蒼生に、冬矢が後ろから包み込むように寄り添う。
「本当なら、この時期にはもっと雪が残っていてもおかしくないんだ。ここのところ急に暖かくなってきたから、街のほうの雪はすっかり融けているんだな」
「ふうん、そうなんだ。僕には十分寒いけど、雪だるまには暑かったかなぁ」
蒼生の口調は明らかに弾んでいる。電車の中でも、向き合った顔はずっと「嬉しい」と言っているようだった。蒼生は外出するのが得意ではないし、旅行にもあまり乗らないタイプだ。けれど、自分たちと出かけるとこんなに嬉しそうにしている。一緒にいる喜びが、「面倒」という思いを簡単に超えていくのだろう。冬矢はふっと微笑む。それは、出不精の自分にとっても全く同じことが言えるからだ。
「蒼生、あの細長い屋根が見える?」
冬矢が指さすと、蒼生はその指の先を辿って視線を送る。すると、行きかう人々の向こう、広いロータリーの手前側一角が広場になっており、そこに細く折れ曲がった屋根がぐるりと円を描いているのが見えた。その下は水路になっていて、両側に座り込んで足を浸す人々の姿がある。一部屋根の切れたところには橋が架かっていて、そこから円の内側に入ることも出来るようだ。
「……足湯?」
「みたいだね。行ってみる?」
「うん! 時間って大丈夫だよね」
「宿からの迎えはお昼が終わってからでお願いしてあるから、大丈夫だよ」
「やった」
それを聞きつけた健太が、がばっと顔を上げた。
「待って。オレを置いていくつもりじゃないだろうな」
健太の後ろでは、真ん丸い目の雪だるまがにっこりと笑っている。どうやら目を元の位置に戻しただけではなく、口元も直していたらしい。とても健太らしい優しさだなと思って嬉しくなった蒼生は、その腕に自分の腕を絡ませた。突然の行動に、健太は目を丸くする。
「あ、蒼生!?」
「健ちゃんを置いてったりなんて、しないよ。一緒に行こう」
「えへ。うん」
でれっと表情を崩す健太に噴き出した冬矢が、いかにも自然な仕草で蒼生の空いた手を握った。
「ほら、おいで」
「!」
「あ」
健太はそれを見て、自分のことを棚に上げ「人前だぞ」と文句の一つでも言ってやろうと口を開く。が、途中でほんのり頬を染めた蒼生が目に映り、その顔がとても可愛かったので黙ることにした。蒼生が嬉しいのなら、それでいい。
足湯の周りには、自分たちのような観光客だけでなく、身軽な格好をしている地元の人らしき姿もあった。彼らにもちょっとした憩いの場所になっているのだろう。おかげでだいぶ盛況だが、ちょうど半ばあたりにぽつんとスペースが空いているのを見つけた。
健太が大きな荷物を置くと、蒼生も自分で抱えた一回り小さな青い鞄をそっと下ろす。そこまで湯に近付くと、ようやく空気がほんのり暖かい。せっかくの暖気はどうやら強風に吹き飛ばされてしまっているらしい。温泉であれば当然見えるであろう湯気も、水面の上を滑るように流れていく。湯の温度も冷まされているのか、手を差し入れた冬矢は軽く首を傾げる。
「だいぶぬるめだね。蒼生もすぐに入れると思うよ」
「ほんと?」
靴と靴下を脱いでいるところだった蒼生は、それを聞いていそいそとズボンの裾をまくり上げた。そして等間隔に設置された座布団のような座席に座り、裸足の爪先をそーっとおろしていく。そのポーズが可愛らしくて、両側のふたりは黙ってそれを見守る。やがて親指が浸かると、蒼生は目を見開き、ぽちゃんと一気に足を沈めた。
「ほんとだ。ちょうどいいよ! あったかーい」
「へえ、どれどれ」
健太がそのあとに続き、冬矢も湯の中に足を入れる。たしかに足湯にしては少し温度が低いような気がするが、熱いのが苦手な蒼生には適温だろう。
楽しそうに足先で湯をかき混ぜる蒼生に、健太はほっと息を吐く。
「蒼生と遠出できてよかったー」
「え?」
意図が掴めず、蒼生は不思議そうに健太を仰ぎ見た。
「……ほら、冬休みにさ。オレひとりだけ、友達と旅行に行っちゃったじゃん。蒼生を置いてったの、ずっと申し訳ないなーって思ってて」
蒼生はそれをきょとんとしながら聞く。
「なんで? 前にも言ったけど、僕は気にしてないよ。友達同士で遊びに行くのも大事だと思うし。普段は僕のことばっかり優先してるんだから、たまには友達を優先してもいいんじゃないかな」
「俺に蒼生を独占する時間を提供してくれたんだろう? 俺にとってもありがたかったよ」
「ぐっ……。どっちの言い分も頭ではわかってんだけど、これはオレの気持ちの問題で……」
ふむ、と頷いた蒼生が、ぽすんと健太に寄りかかる。
「本当に、健ちゃんは優しいね」
「えっ。ま、まーな!」
嬉しそうな顔をした健太が、照れ隠しなのか、ぐんと胸を張ってみせる。それを見た蒼生は、とても満足そうに湯の中で足をばたつかせた。
一方冬矢は、蒼生への視線の位置を変えないまま、少し離れた場所に座る2人連れの女性に意識を向ける。先程から、彼女たちがこちらをちらちら窺っているのが冬矢側からははっきりと見えていた。何かを囁き合っている様子は、確実に敵意での行動ではない。だが、だからこそ厄介なのだ。身支度をしなければ動けない今の状況では、絡まれると面倒だ。その前に移動するほうがいいだろう。どちらにしても、足湯は長時間浸かるものでもない。
「蒼生」
声をかけながら、冬矢は賑やかな表紙の冊子を数冊蒼生に渡す。
「はーい。……あ、これ、パンフレットだ」
「駅のラックにあったから貰って来たんだ。それが観光案内。こっちが駅前の商店街の紹介のようだね。飲食店の情報も載っているよ。そろそろ昼の店を決めようか」
「うん。どんなお店があるのかな。わ、美味しそうな写真がいっぱい」
「どれどれ」
飲食店のジャンルは思ったより多岐にわたっているようだ。温泉地というイメージからすると、しっとり落ち着いた店が多そうなものだ。けれど、ファストフードもファミリーレストランもあるし、肉料理やピザ屋などのカジュアルな店もたくさんある。たしかに家族連れや若い旅行者にはそちらのほうがいいのかもしれない。
うーん、と健太が腕を組む。
「美味そうな店、いろいろあるなあ。でも、せっかくだからご当地っぽいもの食べたいよね。蒼生はなんか気になる店あった?」
「ええっと……。たくさんあるから、すっごく迷うんだけどね、……あの、このピンク色のお蕎麦が気になって」
「へえ、梅蕎麦? 美味しそうじゃないか」
「面白そう! よし、ここにしよー。そうと決まれば早く行こうぜ!」
「うんっ」
蒼生は鞄のファスナーを小さく開けてフェイスタオルを引き出す。先程の女性たちはそわそわと話しかけてきそうな雰囲気を醸し出していたが、3人が素早く支度をしているのを見て躊躇したようだ。冬矢はほっとする。3人での旅行だ、出来るだけ邪魔をされたくなかった。それに、他人の誘いを断ることで蒼生が気にしてもよくない。
当の蒼生は、その視線にはまったく気付かなかったようだ。普段は周囲によく気を配る蒼生だが、デートの時には気が緩んでいることが多い。せっかく一緒に出掛けているのだから、このままリラックスしていてほしいと思う。
身支度を整えた3人は、まっすぐ目的の店に向かうことにした。荷物が増えてしまうので、土産物屋を覗くのは帰りにしようと事前に決めていた。しかし、通り沿いの店先には数えきれないほどのカラフルな包装の菓子類がずらりと並んでいる。そのうえ、あちこちで饅頭を蒸かすせいろの蒸気が白く揺れて、手招きをしているように見えた。
「……ああっ。誘惑がすごいね……」
「な、部屋で食べる用に、饅頭だけ買ってってもいい?」
蒼生と健太は温泉街らしいその光景にすっかり心を奪われている。ぶつぶつ呟きながらふらふらと前を歩くふたりに、冬矢は小さく笑った。
「お待ちしておりました、笹原様。ようこそ、いらっしゃいませ!」
玄関に並んだ和服姿の従業員たちに揃って挨拶され、車から降りた蒼生と健太は一瞬固まった。すぐにいつもの笑顔に戻った蒼生が、ゆったりと頭を下げる。
「今日はよろしくお願いいたします」
「こちらこそよろしくお願い申し上げます。お荷物をお持ちしますね」
はっとした蒼生は、自分の鞄を抱き締め、健太のほうを指し示した。
「あ、これは大丈夫ですので、後ろの彼が持っている鞄をお願いできますか」
「承知いたしました」
立派な体格の若い男性が、恭しく頭を下げて健太から大きな鞄を受け取った。健太と冬矢は、荷物を大事そうに抱える蒼生をにこにこしながら見つめている。その視線に気付いた蒼生が恥ずかしそうに荷物で半分顔を隠すので、ますます頬が緩んでしまう。
「こちらでお待ちください」
促されて座ったのは、ロビーの端にあるウェイティングスペースだ。ふんわりしたソファは、座ると埋まってしまいそうで、蒼生は体勢をこっそり立て直す。
「しっかし、すげぇ高級感……」
高い天井を見上げてぼそりと健太が呟く。頷いて、蒼生と冬矢もあたりを見渡した。
建物は全体的に木造で、高級旅館らしい重厚感があった。あちこちに飾ってある壺や彫刻などの調度品も、価値はわからないが、優雅な感じがする。フロントの奥にある雄大な緑の山脈が描かれている絵画は、ここから見る外の景色だろうか、遠目にも美しい。一番目を引く入口の正面は大きな窓になっており、美しく整えられた庭園がこちらも絵画のように広がっている。今は雪で覆われてその雰囲気しか味わうことはできないが、あの木の形も、向こうの岩の重なり具合も、おそらく計算され尽くした配置なのだろう。座った席のすぐそばには石組みの小さな池があって、美しい柄の金魚がすいすいと泳いでいるのがとても和む。
もちろん外観も、歴史と風情を感じさせる立派な建物だった。迎えのリムジンに乗って、駅から山のほうに高く上っていく道を進むと、どんどん雪深く真っ白に変わっていく景色の中に突然豪華な建物が現れた。それはまるで別世界に紛れ込んでしまったのかと思ったほどだ。建物自体は招待券に載っていた写真で知ってはいたものの、近くで見ると迫力がまったく違う。招待券がなかったら学生の身分では来られない場所なのだろうとはっきりわかった。
「なんか、ものすごいものを譲ってもらっちゃった気がする……」
「だよな……。こんなとこ、コドモだけで来ちゃってよかったのかな」
相変わらず高級な雰囲気を苦手とするらしいふたりに、冬矢が肩をすくめる。
「立派な成人男性が何を言っているんだか」
「あっ、そっか、オレたちもう大人だったっけ。……でも、それにしたってこれ、ものっすごいお土産を買って帰んねえと割に合わないんじゃね?」
「そうかも」
不安げに健太と蒼生が顔を見合わせる。冬矢は優しく蒼生の手を握った。
「申し訳ないと思うなら、精一杯満喫することだよ。緊張して楽しめませんでした、なんて、却って譲ってくれたミチさんに悪いだろう」
「あ……」
「ってことは、がちがちになってる場合じゃねえな。めいっぱい楽しまないと、だ」
「……それって、はしゃいでもいいってこと?」
蒼生の言葉に健太はぱっと顔を輝かせる。冬矢も笑って頷いた。もちろん限度はあるのだろうが、蒼生が周囲に迷惑がかかるようなはしゃぎ方をするはずがない。おそらく可愛らしい意味なのだろうと想像するだけで、健太と冬矢は胸が締め付けられるようだ。
係のスタッフが戻ってきて、チェックインの手続きはそこに座ったまま終了した。冬矢が代表して対応してくれたので、蒼生と健太はただ書類にサインをするその手を見つめているだけでよかった。
「お食事のお時間はいかがいたしましょう」
「食事の後ゆっくりしたいので、夜は6時くらいに。……朝はどうする?」
「ちょっと遅めでいんじゃね?」
「うん」
「じゃあ8時でいいかな。……8時ごろでお願いします」
「かしこまりました」
そのやりとりに、蒼生がそわそわと鞄を抱き締める。
「それでは、お手続きは以上となります。お客様の担当をさせていただく者がお部屋に案内いたしますので、不明点がございましたら遠慮なくお申し付けください」
「担当させて頂きます、小堀と申します。よろしくお願いいたします。では、ご案内します」
頭を下げたのは、隣に控えていた先程の男性従業員だ。おそらく、年齢は自分たちとそう変わらないだろう。彼は、健太から預かった荷物を抱えると、ロビーから繋がる廊下に向かって館内の説明をしながら歩きだす。
「あちらは喫茶スペースです。軽食や甘味などご用意ございますので、ぜひご利用ください。アルコール類はこの階段の上、2階のバーにて提供しております。こちらに曲がると、日用品等を取り扱っております売店、また遊戯コーナーもございます。……小さなゲーセンといったところですが、私も残念なのですけど、少々お子様向けでして」
「お子さんは遊ぶところがないと飽きちゃいますもんね」
「でも後で探検してみよ」
「そうだね」
小堀は健太と蒼生のやり取りに、「ぜひ」と笑った。口ぶりから察するに、彼もゲームセンターが好きなのだろう。自分たち向けの話をしようとしてくれる心遣いに蒼生はほっとする。おそらく、同世代の彼を担当に付けてくれたのは、慣れない高級旅館に緊張しないようにという旅館側の配慮なのだ。そう思うととてもありがたかった。
エレベーターホールを抜けると、長い廊下に出た。廊下の片側は、腰の位置から天井までの窓が遥か先まで続いているように見える。その外は眩しいほど真っ白な庭園だ。反対側には、広い間隔を取って、ドアがいくつも並んでいる。
「……旅館のお部屋って、格子の扉と襖のイメージだったんですけど、違うんですね」
蒼生の言葉に、ああ、と小堀が頷く。
「数年前にリニューアルしたんです。ご家族でいらっしゃるお客様や、海外からのお客様も増えてまいりまして。プライバシーと防犯の観点から、防音の扉になりました。完全に音を遮ることはできないのですが、廊下の物音など気にせず過ごしていただけるかと」
「たしかに、そのほうが安心ですね」
ほおっと蒼生は深く息を吐いた。
廊下の一番奥は三方向に向かう分かれ道になっていた。左右の通路を覗き込むと、さらに分岐があるようだ。正面には少し先に赤い絨毯の階段があり、小堀はそこを下っていく。その下は両側が窓になった渡り廊下だ。ずいぶん歩くな、と思っていることが伝わったわけではないだろうが、彼は申し訳なさそうに振り向いた。
「遠くてすみません。ご優待プランのお部屋はこちらの離れの部屋をご案内しております」
「離れ?」
「はい。先程分岐がありましたでしょ? あの先も離れのお部屋なんです。昔は別の建物で、それぞれ完全に外に出ないと行けないお部屋だったんですが、冬場は寒いと不評でして。それを、リニューアルを機に廊下で繋ぎました。かなり距離がありますから、……バーは夜中には閉まってしまいますが、お部屋にお酒を持ち帰ることが可能です。つまり、夜中に少々羽目を外しても誰にもバレないってことです」
小堀は、最後の部分を、いたずらでも仕掛けるようにこっそりと囁いた。冬矢はさらりと笑う。
「なるほど、それはいいことを聞きました」
後ろで蒼生がぴくんと肩を揺らした。日常生活から離れた宿に泊まるとなれば、箍が外れて夜中に騒ぐ者もいるのだろう。たしかにこの距離なら、ある程度声を出しても気付かれまい。だが、3人の考える“羽目を外す”は、少々意味合いが違う。思わず目配せをする健太と冬矢に、蒼生はわずかに頬を染めた。
渡り廊下が終わると、すぐにぽつんとひとつきりのドアがある。小堀はカードキーをドア脇のパネルに押し当てた。
「カードキーは2枚のご用意となっておりますが、追加のご要望はございますか?」
「いえ、別行動はしないので結構です」
「かしこまりました」
ドアが開き、3人は導かれるままに部屋に入った。靴を脱いで上がると短い廊下になっており、突き当たりには赤い花が生けられた花瓶がある。廊下に沿っては襖が4枚並んでいた。それを開けば、畳敷きの広い部屋が目の前に広がる。
「わあ……」
大きな座卓が中央にあるが、それが小さく見えるほど広い。4人まで泊まれる部屋だというが、詰め込めば10人くらい寝られるのではないだろうか。蒼生と健太は、待ちきれないように正面の障子に向かって行き、ふたりがかりで左右に開く。
「すげぇ」
健太が溢すのも無理はない。障子の先、板張りの広縁には応接間のようなローテーブルとソファのセットがあり、その向こうの大きな窓からは谷を見下ろすような雪景色が広がっている。遅れて窓に近付いた冬矢も目を瞠る。
「見事だな」
「雪のない季節も綺麗だろうねぇ」
座卓の脇で茶の準備をしていた小堀が、3人の背中に「皆様方」と声をかける。
「そのまま右をご覧ください」
3人はその言葉につられるように首を右に回した。そこには全面ガラスのドアがあり、ウッドデッキに続いている。そこにはなみなみと水を湛える四角い穴が開いていた。ゆらゆらと立ち上る白い湯気。
「……え、部屋に露天風呂!?」
「はい! もちろん大浴場もございますが、こちらは当旅館自慢の露天風呂でございます。ぜひご堪能ください! そちらから直接出ることも出来ますし、このお部屋にあるこちらのドアが洗面所と脱衣所、洗い場と繋がっておりまして、そこからも出られます。今お客様から見えているドアが洗い場のドアでございます」
ガラスのドアから外を見る。たしかに、右側にもガラスの引き戸があった。
「本当は庭園も素晴らしいので散策していただきたいのですが、寒いですからね。先程のロビーから2階に上っていただきますと、室内庭園がございますよ。さて、お茶の準備が整いました。どうぞ」
そこでようやく、蒼生と健太は自分たちがコートも脱いでいないことに気が付いた。ばたばたと身支度を整え、それぞれ座椅子に座ると、目の前に暖かそうなお茶と懐紙に包まれた菓子が差し出される。
「何かご質問等はございますか?」
「いえ、まずは素晴らしい設備に驚くばかりで……」
「ふふふ。ご堪能いただければ何よりです。何かございましたら、遠慮なくそちらの電話からお申し付けください。それでは、夕飯のお時間になりましたら準備に伺わせていただきますので、ごゆっくりとお過ごしくださいませ」
「ありがとうございました」
小堀はにっこりと笑い、丁寧に頭を下げて部屋を出て行った。
かちゃん、とドアが静かに閉まり、蒼生がふうっと息を吐く。
「緊張したけど、担当の人、いい感じの人だったね」
言いながら振り返ると、ばたりと健太が机に突っ伏すところだった。
「っえ、健ちゃん? どうしたの?」
「やっべぇ……。音が漏れづらいドアに、他の部屋から離れた場所に、部屋の中にある露天風呂だって……? もう頭の中が妄想で溢れそう。蒼生ごめんな……」
「ちょ、健ちゃん、謝るの早いよ、何する気なの?」
「そうだよ。まだおまえの一番の望みは叶っていないじゃないか」
「はっ。そうだった!」
健太は勢いよく立ち上がり、まだ開けていなかった奥の襖を開ける。そこは布団がしまわれた押し入れだ。違う。続いて、開き戸を開ける。目を落とせば、黒い衣装盆にきちんとたたまれた浴衣が入っている。健太は、あった、と呟いてその盆ごと抱えると、蒼生の前に捧げるように差し出した。
「これっ! お願いしますっ!」
その勢いにぽかんとした蒼生は、健太の切実な様子にふわりと微笑む。
「健ちゃんの念願だったもんね。そんなに必死にならなくても、ちゃんと着るよ」
「……着るとこ、ずっと見ててもいい?」
「えー? だ、だいぶ恥ずかしいけど、……ダメって言う理由もないしなあ」
「自分でこいつを煽っておいてどうかと思うが、蒼生、言ってもいいんだよ。今の健太、捕まってもおかしくない顔しているから」
「もういっそ今日は捕まってもいいかもしれない」
わずかに蒼生は目を落とす。明らかに過剰な期待だと思う。寝間着が浴衣だった旅館も小さい頃に泊ったことがあるから、健太は既に見ているはずだ。それに、ふたりの前で着たこともあるし、新鮮さはないと思う。ただ、その時も喜んでくれたから、がっかりされることはない。……いや、本当に?
「蒼生?」
目ざとい冬矢が、蒼生の陰った表情にすぐ気付く。
「っ、ううん、なんでもない」
蒼生は慌てて首を振る。楽しみに来たのだから、ふたりに余計な心配をかけるわけにはいかない。それに、がっかりされたら他で取り戻せばいいのだ。そう決心し、着ていたセーターを脱ぎ捨てる。
その畳に落とされたセーターを拾ったのは健太だ。そのまま大切そうに胸に抱き込むと、正座をして蒼生の手元に目をやる。柔らかな指が動いて、1枚ずつ服が取り払われていくのを、いつもとは違うどこかふわふわする感覚で眺めていた。下着1枚だけの姿も、軽々しく手を出せないくらいに綺麗だと思った。白地に紺で互い違いの四角形が規則的に並ぶ浴衣を纏う姿も美しい。きゅっと帯が結ばれると、健太はその場に倒れ込んだ。
「えっ、健ちゃん!?」
「……あー……。最高。一生見てたい。可愛い。綺麗。ヤバい。好き」
呆れた顔を健太に向けながら、蒼生は小さく息を吐く。
「小さい時に見たことあるでしょ。……でも、大丈夫だった? 健ちゃんの理想にちゃんと近付けたかな……」
歩み寄ってきた蒼生に、健太はばっと顔を上げると、その両手を掴む。
「近付けるもなにも! はぁ、もう、絶対可愛いと思ったけど、オレの予想を簡単に超えてくるんだもんな。小さい時のももちろん可愛かったけど、今はそれにえっちな色っぽさも加わってるから、破壊力がすげえ。今すぐに押し倒したい気持ちと、ずーっと見ていたい気持ちでぐっちゃぐちゃだよ。はー、可愛い……」
「えっと」
どう答えるべきか迷っている蒼生のもとに、一連の流れを黙って見ていた冬矢がすっと寄り添った。そして、脱ぐ際にわずかに乱れた髪を手櫛で直してやると、流れるような仕草でキスをする。
「んぅっ?」
「あっズルいっ」
「……綺麗だよ、蒼生。可愛いね。眼福とはまさにこのことだな。その姿を見られただけでも来てよかったと思える」
立ち上がった健太が、冬矢の手から奪うように蒼生を抱き締め、噛みつくようなキスをした。
「んっ」
「んーっ。あおぃ、かぁいぃ」
いつの間にか健太に右手を、冬矢に左手を握られた蒼生は、競うように繰り返されるキスに心地よくなりながら、ようやく安心する。ふたりの歯止めが利かなくなるほど、自分の姿は認めてもらえたらしい。失望されなかったことにほっとすると、急に足元がおぼつかなくなってきた。そういえば、呼吸を忘れていたのを思い出す。
「……ふた、り、とも……っ、倒れ……」
「え、うわっ、ごめん!」
「ごめん、夢中になりすぎた」
慌ててふたりが座椅子に座らせてくれたので、なんとか倒れずに済んだ。浅く呼吸を繰り返す蒼生に、健太が申し訳なさそうに顔を覗き込んでくる。
「大丈夫?」
「うん。僕もちょっと夢中になっちゃった。大丈夫。ふたりのキス、気持ちいいんだもん。……ねえ、僕もふたりの浴衣姿、早く見たいんだけど」
健太は一瞬目を丸くして、それから嬉しそうに笑った。
「だな」
冬矢もそっと蒼生の髪を撫でる。
「ちょっと待っててね」
蒼生はそれに頷いて返した。ふたりだけが浴衣を楽しみにしていたわけではない。蒼生もその気持ちは一緒だった。
あ、と声を上げた健太が自分の鞄を指さす。
「そうだ、蒼生。鞄の中からカメラ出してくれる?」
「カメラ? うん」
「まずは、その机のとこで撮るだろ。この掛け軸のとこでも撮りたいし、そっちのソファもいいし、窓際でも撮りたいよな。障子閉めたとこと、浴槽のとこと、洗面所も絵になりそうだ。それからさっきの人が言ってた室内庭園ってとこも行こうな。旅館の中も撮っていいんだっけ。廊下でも撮りたいし、玄関のとこもよかったよなあ。あ、そーだ、上に着るやつもあったよな、それ着てるのと脱いでるのとでも写真欲しいしー」
「ちょ……健ちゃん、多い」
「大丈夫! メモリはたくさん持って来たから!」
何故か得意げに健太は胸を張る。蒼生はまた返答に迷い、健太がつらつらと語っている間に取り出した一眼レフカメラを膝の上に置くと、ダイヤルを軽く回した。
「健太。蒼生の美しい姿を捉えたい気持ちはわかるが、夢中になって写真ばかりにならないようにな」
「わかってるって。オレが夢中なのは蒼生だけだ」
「それならいいが」
蒼生はちらと目を上げる。軽口を叩き合いながら浴衣に着替えていくふたりを見て、レンズのキャップを外した。
「ええっと、これを……。なあ、こっちが先? 左?」
「そっちでいい」
かちゃっ。
乾いた軽い音がして、健太と冬矢は手を止めた。音のした方を見ると、正座をした蒼生がファインダーから目を上げるところだった。ほんのわずかに照れた顔がカメラの上から覗く。
「ごめんね、撮っちゃった」
言って、もう一度カメラに目を落とす。
「ふ、ふふ。かっこいい顔撮れた。嬉しい。実物のほうが、もーっとかっこいいけど。でも、今この瞬間も撮っておきたいって気持ちはわかるよ」
嬉しそうな蒼生に、ふたりはぐっと胸を押さえた。もう一度抱き締めたい。だが、今抱き締めたら歯止めが利かなくなりそうな気がする。せっかく着させたばかりの浴衣を脱がせてしまうことになるからだ。なんとか堪え切って、健太が蒼生の前に膝をついた。
「じゃあ、撮ろ。どこからにしよっか。なんせ、いっぱい撮らなきゃだからさ!」
「ふたりの写真も欲しい」
「うん。その時は、蒼生カメラマン、よろしく頼んだ!」
蒼生はにこにこ頷くと、健太に手を引かれて立ち上がった。
部屋の中央に並べられた膳台の上には、見事に何も載っていない皿が並んでいる。食事の量はかなりあったのだが、どれも美味しくてあっという間に食べ終えてしまった。種類も豊富で目にも美しいおかずだけでなく、ごはんもとても美味しかった。健太などは最初に用意されていたおひつのごはんだけでは足りず、しっかりおかわりをもらっていたほどだ。フロントに食事が終わった連絡をした健太は、通り過ぎがてらその綺麗な器を見下ろし、満足げにはあっと息を吐く。
「あー……美味しかった」
広縁のソファで冬矢の上に座って後ろから抱き締められている蒼生が、カメラから目を上げてにこりと笑う。
「全部美味しかったよね」
「な! オレ、でっけえ海老のやつ好き」
「ソースがよく合っていたね。あれはなんとか再現できそうな気がするな」
「え、すごい。できたら嬉しいなあ。あとね、僕は味噌焼きのお肉も嬉しかった」
「山菜の天ぷらも美味しかったよね」
「うん! やっぱり全部が絶品だった」
「オレ、もっかい同じメニューが出てきても喜んで食べられるわ」
「今日はもう無理だけど、明日とかだったら僕も喜んじゃうかも」
満足げな蒼生が可愛い。健太はソファの前にひざまずき、正面から蒼生に抱きついた。
「んで、どう? いい写真いっぱいある?」
「ん? ふふ、あるよ。中庭、素敵だったね。建物の中なのに、小さい滝や池があって、橋もかかってて。吹き抜けだからすごく気持ちよかった」
「んー。そうじゃなくてさあ」
「あははっ。わかってる。……僕のお気に入りはね、これ。滝が中央にあって、健ちゃんと冬矢が両側にいるの。携帯の待ち受けにしたいくらい絵になってる」
愛おしそうに、蒼生はカメラの画面の縁をなぞる。冬矢は蒼生の顔を覗き込んだ。
「待ち受けにしないの?」
「……したいけど、見るたびにときめいちゃうから難しいなぁ……。でも、いつでも見られるように後でデータ移しておこう」
こんなに喜んでくれるならカメラを持ってきてよかった、と思う健太だ。蒼生からカメラを受け取り、画面を切り替える。蒼生が撮った健太と冬矢の写真もたくさんあるが、それ以上に蒼生の写真がたくさんあった。涼し気な顔や笑った顔が、少し遠めだったりアップだったり、思うがままに撮影されている。その画面の美しさに、思わず溜め息が出た。
「わぁ……。オレ、写真、じょうず。すごい。雰囲気あるじゃん」
その手元を覗き込んでいた冬矢も、ふっと笑う。
「そうだな。まず被写体が素晴らしいからだと思うが、きちんと蒼生の綺麗さが表れている」
「だろ。これ見てくれよ、このバックショット! 首の角度がめちゃくちゃ色っぽくね?」
「わかる。が、腰のラインも見逃がせないな」
ふたりに挟まれて逃げ場がない状態で自分の写真の評価を聞かされ、蒼生は戸惑った顔で視線を泳がせる。ごそごそと体を捩じらせて離れようとするのを、冬矢がさらに強く引き寄せた。
「どこに行くの」
「み、見ない……。自分なんて見てもつまんないもん。明らかに褒めすぎだし」
「それならまず、健太が撮った写真、としてだけ見てごらん。構図のバランスがとても綺麗だろう?」
「……うん」
「それから写っているこの子を見て。ほら、とても自然な表情だね。蒼生が俺たちを信頼してくれていることが伝わってくる、いい写真だと思うよ」
「ぅん」
にこにこと健太が蒼生の手を握る。
「あのね。これ、オレが見てる景色なんだ」
「え?」
「オレがね、大好きだなー、幸せだなーって思いながら見てる世界なんだよ」
「健ちゃんの視界……」
蒼生は目を瞬かせる。たしかに、自分が写っていることに目をつぶれば、透明感があって綺麗な写真だと思う。だが、健太と冬矢は、風景だけでもいいはずのそこに、自分がいることを嬉しいと思っている。むしろいてほしいと思っているのだ。
おとなしくなって写真を見つめる蒼生を、ふたりはそれぞれの手で優しく撫でる。蒼生は、ただ黙ってそれを受け止めていた。
そこに、ピンポーン、と軽やかな音が鳴る。
「食器下げに来たかな」
対応しようと健太が体を起こす。その隙にぱっと蒼生も立ち上がった。
「あれ、逃げちゃうの?」
「えっと、ううん。……準備……しようかなって。……しても、いい……?」
「!」
「もちろん。よろしくね」
小さくこくんと頷き、蒼生は自分が抱えて持ってきた鞄に駆け寄った。そしてその中をごそごそと探ると、ビニールのショルダーバッグを取り出す。それから部屋の入り口で対応している健太が戻るより早く、ぱたぱたと脱衣所に入っていった。
冬矢は、その仕草のすべてを、穏やかな気持ちで見ていた。3人で食事後の和やかな時間を過ごしていたから、いったいどこで蒼生がその気になったのかわからない。だが、きっと内心いつ言いだそうかとタイミングを計っていたのだろう。
部屋には小堀ともうひとり女性スタッフが入ってきて、手際よく膳を下げていく。小堀が冬矢の前に膝をついた。
「お布団を敷かせていただきますね。どのようにいたしますか」
「3組並べて敷いてください」
「かしこまりました」
枕を並べる形で敷かれた布団を見たら、蒼生は喜ぶだろうか。それともまず恥ずかしがるだろうか。その反応を思い浮かべるだけで可愛さに胸がいっぱいになる。
健太も、素早く丁寧に整えられていく寝床を、どこかくすぐったそうな面持ちで眺めていた。
「お待たせいたしました。ごゆっくりお休みくださいませ」
「ありがとうございます」
「おやすみなさい」
手際よく作業を終えたスタッフの2人は、にこやかに頭を下げて部屋を出て行った。
膳が片付けられ、布団が並ぶ部屋は、途端に寝室の雰囲気に変わる。蒼生がいないせいもあるが、何の物音もしないほど静まり返っていることで、この上でこれから起こる出来事に期待が高まっていく。
「……、えっと。準備しとこうか」
その空気に耐え切れなくなった健太が切り出すと、冬矢も立ち上がる。
「そうだな。ただ、綺麗なままの状態も見せてあげたいから、掛布団はいったん戻しておかないか」
「あ、そっか」
冬矢の言いたいことをすぐに理解した健太は、蒼生の鞄に歩み寄った。その中には、小さくたたまれた防水シーツとバスタオルが入っている。それを取り出しながら、昼間の蒼生の姿を暖かい気持ちで思い出す。すべて“夜の準備”のためのものが詰め込まれた鞄を、後生大事に抱えていた蒼生。その心の内は、他人にそれを触れさせたくない恥じらいだったのだろうか、それとも自分たちとの時間を大切にしたい気持ちだったのだろうか。どちらでも愛おしいなと思いながら、冬矢とふたりで旅館のシーツの上にそれらを敷いていく。
掛布団を戻し、綺麗に整えたところで、蒼生が部屋に戻って来た。
「ただいま。……わ、お布団だ。畳にお布団って、すっごく久し振りかも。あ、ふっかふかだね!」
蒼生の明るい声で、空気が柔らかくなる。それがふたりにとっても嬉しかった。
「こういう布団って修学旅行以来だっけ? 枕投げしたがる奴がいて大変だったよなぁ」
「うん。今日は他の人がいないから嬉しい。ねえ、枕投げとか、する?」
「しねえよ、冬矢にぶつけんの怖いし、蒼生に向かって投げられるはずないもん」
ふっと冬矢が笑う。
「わかってるじゃないか」
「まあ、おまえはオレにはきっかり全力で叩きつけてきそうだけど……。蒼生はやりたい?」
「んーん。言ってみただけ。でも、本気でああいう遊びしたことないから、出来たら楽しいかもね。僕、人前ではしゃぐの苦手だけど、ふたりの前なら大丈夫だし。……とは、思う、ものの……」
蒼生は手を伸ばし、両側にあるふたりの袖を指先でつまむ。
「あの……ちょっとね、そろそろ、我慢できなくなっ」
最後まで聞いている余裕はなかった。勢いよく抱きついた勢いで、蒼生ごと布団に倒れ込む。蒼生の手がそれぞれの背で浴衣を掴むのを感じる。
「うん。シようね。まずはお風呂に入って、あたたまってから。ね」
「……ん」
「1枚だけ、綺麗な布団バックに写真撮っても許される?」
「あはは。うん」
頷いた蒼生に、健太は慌てて羽織のポケットから携帯電話を取り出した。
洗い場から外に出るドアを開けると、ぴんっとした冷気に包まれる。
「さっむ!」
「寒いねっ。は、早く入ろ? タオル持ってくればよかったかな」
「持ってこようか?」
「あ、大丈夫、すぐに入っちゃう」
乾いた木製の床はほんのりひやっとする程度だが、なにせ風が冷たい。体に流れる暖かな水滴が、あっという間に冷水になりそうだ。蒼生が急いで湯船に浸かると、健太と冬矢は当然のように左右に分かれて入ってくる。それが嬉しくて、蒼生は頬を緩ませた。湯の心地よさ以上に、ふたりの気配が気持ちいい。
「……ふふ」
膝を抱えて空を見上げる蒼生に、ふたりもつられるように上を見た。よく晴れた夜空は、小さな粒をちりばめたように輝く星でいっぱいだ。目の動きで星座の線を辿った蒼生は、両手で湯を掬う。
「すごいね。お風呂気持ちいいし、星がたくさん見えて綺麗だし、部屋の明かりでぼんやり雪景色が見えてるのも素敵だし。そのうえ両側に大好きな人がいるの。……最高の気分」
「蒼生……。俺も、とても満たされた気分だよ。蒼生といられて本当に嬉しい」
冬矢はするりと手を伸ばし、蒼生の腰を抱く。ぴくん、と蒼生が肩を揺らす。
「でも、この景色が見られなくなっちゃうほど、もっと気持ちいいことするんだけどな」
健太が肩を引き寄せて、蒼生の顔を覗き込むようにキスをする。唇を離すと、蒼生はうっとりしたように微笑んだ。
「……うん。いっぱい、して」
その言葉を合図にしたように、ふたりの手に“触れたい”という強い意思が宿る。頬に、肩に、指先に、背中に、腰に、ふくらはぎに、柔らかく触れていく。重ねるキスの隙間で、蒼生はもどかしそうに身をよじる。愛しい。
「はぁ……。好き、蒼生、好きだよ……」
「あ、んぅ、健ちゃぁん……」
冬矢が蒼生の顎に手を添える。
「こっちも見て、ね」
「とぉや、んっ、ふ、き……好きぃ」
健太は白く浮かび上がるうなじに唇を這わせ、存在を主張し始めている乳首を軽く擦る。
「んっ!」
ばしゃ、と蒼生の片足が水面から跳ねる。
その反応に、今度は冬矢が片手を動かし、中心で熱く震えて待ちわびていた蒼生のペニスをやんわりと包み込む。
「あ! っあ、んっ」
じゃぷっと水音。蒼生の両足は、焦れて水面を細かく叩いていた。
「あー……っ」
可愛らしい声は、どこにも反響せず、水音と一緒になって雪景色に溶ける。それが普段とは違う刺激になって、ふたりの耳に心地よい。
「……っ、蒼生、部屋、入ろ」
自分の熱も持て余し始めていた健太が、キスと共に囁く。
蒼生はとろりとした目で拗ねたように健太を見て、それから冬矢を見る。
「ここでシないの……? 外だから、ダメなの?」
優しく冬矢が髪を撫でる。
「いや、ここなら大丈夫だと思うよ。でも、それより、こんなに寒いからね。誰か風邪をひいたら嫌だろう?」
「……そっか、うん……。やだ……」
ぎゅう、と健太が蒼生を抱き締める。
「それに、浴衣着てシたい」
ぼそりと呟かれた言葉に、蒼生きょとんとする。それから、くすっと笑った。
「そうだった、ね」
3人は浴槽を出る。ほどよく暖まった体は、洗い場のドアまでの短い距離では寒さを感じなかった。もう、そんなことに構っていられる余裕がなかったからかもしれない。
急いで身支度をすると、まず健太が部屋に戻る。冬矢は蒼生の濡れた髪をバスタオルで拭きながらその顔を覗き込んだ。
「どうする? 髪、乾かしてからにする?」
「ううん、待てない、もう待てない」
わずかに息の荒い蒼生が首を振る。冬矢は口元を綻ばせる。
「ごめん、ちょっと意地悪を言った」
切羽詰まった蒼生の言葉が聞きたかったからだ。文句を言われてもおかしくないが、それでも蒼生は嬉しそうに笑う。
「えっちの時の意地悪な冬矢も、好き」
「!」
それはとても甘い意地悪だからだ。本当に蒼生を困らせようとしているわけではない。蒼生の反応が欲しい、冬矢らしいアプローチの仕方だと思う。だから、蒼生はそれを聞くのが好きだった。
「……本当に蒼生は、俺を煽るのが上手だね」
「ふふ、煽られてくれた?」
「もちろん」
肩を抱けば、擦り寄ってくる気配。たまらず、そのまま促して部屋に戻る。ちょうど健太が最後の掛け布団を抱えたところだ。
「お待たせ、蒼生。部屋の電気どうする? このままでいいかな」
「うん。僕もふたりの顔見たいから」
蒼生はそう言うと、支度の調った布団の前に立つ。丁寧に敷かれたバスタオルは、ふたりの手によって準備されたものだ。それは自分を求めてくれているからなのだと思うと、胸がきゅうっとなる。嬉しくて、膝をついてから、ころんとその上に仰向けに転がる。
「ね、はやく」
両手を伸ばす。
冬矢が右手を取り、ぎゅっと掴んで、覆い被さるようにキスをする。
掛け布団をほぼ放り投げるように置いた健太が、左手に自分の手を絡め、冬矢の顔がわずかに離れた隙に割り込んだ。
「ん、ふふっ、ん、ぅ」
密やかに笑うような、蒼生の小さく漏れる声。
「はー、一番見たかった景色じゃん……」
浴衣で布団に寝転がる蒼生なんて、いったい何度想像しただろう。頭の中でさえあんなに可愛かったのに、実際目にした蒼生はそれを軽く飛び越えてくるくらいに可愛い。恥ずかしがるかと思っていたが、こんなに嬉しそうにしてくれるなんて。
「け、ん、ひゃ……」
「うん。ありがとね、蒼生」
握った手は離さずに、残りの手で襟をそっと引く。露わになる胸元に、ふくりと口当たりのよさそうな乳首。迷わず、ちゅっと吸い付いた。
「んっ」
背中が反るので、浴衣の隙間から反対側の乳首も見える。そちらは指先でそっと押しつぶす。
「は、ぁう、んんっ、ん」
甘い吐息を冬矢は口移しで飲み込んだ。唇の裏を舌でくすぐれば、蒼生の舌がその先を捏ねてくる。
「ぁおい、上手」
「ん、うん……ッ」
蒼生の腰がわずかに浮く。
「……なーに?」
「はっ、う……こっち……も、して」
視線をやれば、腰の中央で浴衣が持ち上がり、じわりと染みを浮かべている。
蒼生の両手はふたりに繋がっている。自分では触れられない。
このまま焦らしても可愛い反応をしてくれるだろうが、生憎ふたりの余裕もかなり限界に近い。
「うん、触ってほしいね?」
「ん、うんっ、さ、わってほしい……っ」
懇願の声を心地よく聴きながら、冬矢は布越しの先端に手のひらを寄せる。
「あぁっ、あ、はぁっ」
するすると撫でれば、手を追うように揺れる腰。
可愛い。
「あ、う、……うぅ、もぅ、出したぃ……」
そうだろう、さっきはもう少しというところで我慢させたのだ。健太が片手を蒼生の浴衣の裾に伸ばす。冬矢も足下から少しずつはだけさせていく。
「…………っ」
蒼生が肩を震わせる。布に隠されていたペニスが部屋の空気に触れて、ぞくりとしただろうか。
「可愛い……」
冬矢は震える先端にキスをする。追って体をずらした健太が、その少し下から舐め上げる。
「ひゃっ」
「んー、かぁいぃ」
「え、あ、あぁっ」
ぱちぱち、と蒼生は瞬きの数を増やす。
それから、ぼっと顔を赤くする。
自分でもそれがわかったので、頬を触って確かめたいが、両手は塞がったままだ。
恥ずかしくて目をそらしたくなるが、ずっと見ていたい気もする。
「あ、はぁ、……っあ、うー……」
ふたりが、同時に蒼生のペニスにキスをしてくれるのは、初めてだった。
嬉しい。
けれど、それ以上に煽情的だ。
競うように舐め合い、咥え、吸い付くのを見つめていると、頭の中がぐちゃぐちゃになりそうだった。
おかしくなってしまう前に止めたい。けれど見ていたい。
「……ふ、ぅうぅ、んっ」
唇を噛んで、耐えようとする。
けれど、ずっと目が合ったままのふたりが、蒼生の様子に気付かないはずはない。
冬矢は片手で温めていたローションを指先に集めると、蒼生の体の中に、まずは1本、ゆっくりと沈める。
「んぁっ……」
湯に入る前、洗い場で体を洗いながらふたりがかりで慣らしたそこは、緩やかに冬矢の指を受け入れる。
この分なら、すぐに増やしても平気だろう。
続いて、もう1本。さらに1本。
「あ、ぁあ、いっぺんに、しちゃ、もぉ……っ」
「蒼生、気持ちい?」
「っん、うん、きも、ちぃっ……」
「いいよ。ほら。出したいんだろう?」
健太は筋のあたりを優しく擦りながら、先端に舌で円を描く。冬矢は雁首を舌でなぞりながら、中のふっくりした部分を揉みしだく。
「う、ぁ、……あ、ああっ、あ、……ぁ、で、ちゃ……っあ!」
びくびく、と震えた蒼生が、逃げるように腕を引く。蒼生の意思ではない。そんなふうに勝手に動いてしまうのも可愛いなと思い、健太は蒼生の吐き出した精液をそのまま飲み込んだ。
ぱたん、と蒼生がシーツに頭を倒した。
「……はあ、はあ、……あー……」
冬矢が指を抜いた刺激で腰を揺らし、緩く目を閉じて余韻に浸る蒼生が愛おしい。健太は蒼生の顔のそばまで近寄って、親指で頬を撫でる。
ぽや、と目を開いた蒼生は、再び健太に向かって両手を伸ばした。
「……健ちゃん、ぎゅ、して」
「かわっ……あ、うん」
健太は蒼生の背中の下に手を滑りこませ、うなじに顔をうずめる。そっとそこにキスをすれば、首に抱きついた蒼生の小さく笑う声がした。耳元で聞くそれは、とても心地いい。
「えへへ」
「ふふ。……ねぇ、ふたりに一緒に舐めてもらうの、すっごく気持ちよかった」
「そんなに?」
「うん。またしてね」
嬉しそうな蒼生の声に、健太は「うん」と答える。その吐息にもくすぐったそうに蒼生が笑う。
蒼生の両足を抱え上げた冬矢も、笑った。
「蒼生が気持ちいいなら、いくらでもしてあげるよ」
ふたりは、その答えに一瞬の迷いも見せず、ためらいもしなかった。蒼生はほっとする。それと同時に、絶対に回し飲みすらしないくせに、と思って笑ってしまう。こうしてお互いの舌が触れても気にしないのに、それは駄目なのか、と。
「……蒼生、何笑ってるの?」
「ううん、ちょっと、嬉しいのが溢れてきちゃった。……冬矢ぁ。もっと、嬉しくして」
甘える音色の声。体の奥に直接響く。だから、追及するのは後にする。
「じゃあ、挿入るからね」
「うん、ん、……っあ、あぅ、は、ぁ」
きゅうっと健太の背中で蒼生の手に力が入る。冬矢の視界の中で、その動きと中のうねりが一致する。
「とぉや、の、ぅう……あ、んっ、気持ちぃ……」
「ナカでも教えてくれてるの? ふ、可愛い」
擦るように揺すってやると、声にならない吐息が漏れる。
健太が腕に力を込める。
「……蒼生、オレも、ちょっと限界で。お願い、してもいい?」
「ぅん、」
お互いに腕を離す。蒼生は体をねじり、座る体勢になった健太の股間に手を伸ばす。そしてそのまま、はだけた浴衣の間から屹立するペニスにしゃぶりついた。
「っ、う」
「はぁっ、あ、も、ぉ、いっぱいおっきぃ」
「無理しなくていいからね」
「ん、んーっ」
ゆっくりと健太は蒼生の髪を撫でる。嬉しそうに蒼生が頷く。そのうっとりした表情に、冬矢も笑う。
「口いっぱいにしちゃって、可愛い。気を付けてね。噛まないよう、にっ」
「んぐっ」
冬矢が細かく腰を打ち付け、擦り上げる。
慌てた蒼生の手が、健太のペニスを守るように包み込む。
「うぁ、やべ、それっ……」
「ん、ふぅっ、う、んっ、ん、ぅ、ぁ」
一生懸命頑張って口を開こうとしている健気な姿が愛おしい。可愛い。
濡れた音。
荒れた息の音。
甘い蒼生の声。
「蒼生……っ、蒼生、」
熱く熟れて受け入れてくれる蒼生のナカに、冬矢は限界の近さを感じていた。
目が合う。
蒼生の優しい眼差し。
「……らして、あ、出してぇ……」
「うん。蒼生。……蒼生っ」
「と、ぉやぁっ……」
「…………っ!」
体の中から、熱い迸りが、蒼生に向かって駆けていく。
その震えを感じ、蒼生はふんわりと微笑む。
冬矢が離れるのを待たず、健太が身を引いた。
「……次、オレね」
「えぇ……まだ、もらってない、のに……」
名残惜しそうな蒼生の耳を、指先でくすぐる。
「ごめんね。羨ましくなっちゃった。オレもナカでイきたい」
「そっかぁ……。ん、うん……、どうしたらいい……?」
「背中見たい」
「あはは、うん」
冬矢に手を取られて、蒼生が身体を起こす。蒼生はシーツに手をつこうとしたが、冬矢の手がそれをとどめ、自分の両膝に置いた。目の合う姿勢に、蒼生が照れて笑うので、そっと唇を合わせる。
健太は、その背中を目がくらむような思いで見つめていた。浴衣は乱れ、腰で結んだ帯でかろうじて体を包む場所を残している。肩甲骨が落とす影が、その凹凸が、なんとも艶めかしい。
「蒼生」
腰を掴み、滾った熱をゆっくり蒼生に沈めていく。
「あ、っは」
首が反る。冬矢が喉元に唇を落とし、健太は肩甲骨にキスをする。
「……はぁっ、あ、は、いって、……あ、あ、ぁ」
ぎゅうっと健太が抱き締めると、蒼生の手が小さく震えた。
「んぅ」
「はー……気持ちい……。蒼生も?」
「うんっ……気持ちいとこ、あ、ん、ぅうー……」
肩越しに、俯く頬が見える。大好きな形の耳も。わずかに潤んで、必死に健太を捉えようとする瞳も。
ずる、健太がペニスを引き抜く。
「ひっ」
「ごめん、やっぱこっち」
体を抱き上げ、ころりと転がす。
蒼生はされるがまま、ふんわりと健太を見上げている。
健太は腰を抱え、蒼生をそこに下ろすようにしてペニスを差し入れる。
「っぁ」
呆れた笑顔で、冬矢が蒼生の髪を指で梳く。
「まったく、蒼生の彼氏は要求が多いね」
「んっ、……ふふ、どっちの彼氏も、愛がおっきいから、ね」
「! うっわ。そんな、可愛いこと言うのぉ……?」
「ははっ、気持ちが正しく伝わっているようで何よりだよ」
冬矢は蒼生の手に指を絡ませて、ゆるりと摩る。
「あぁっ! んぁ、う、は……、はぁっ、あ、」
片手を伸ばした健太は、脱ぎ捨てた格好のままだった自分の羽織を掴む。
「ね、蒼生、もっかい言って」
「ふぇ……?」
蒼生はゆったり視線を上げ、それからわずかに目を見開いた。
健太の手には携帯が握られ、レンズがきらりと蒼生のほうを向いていた。
「……あ、ぅ? 撮って、んの?」
「うん。しゃべって。動画だから」
「おい、健太」
眉をひそめて、冬矢が健太の腕を掴もうとする。それをとどめたのは蒼生だ。
「……蒼生、いい?」
「ん、いいよ。はぁっ、あ、……絶対に、誰にも、見られちゃいけないの、が、そこに入って、ぁう、と思うと、……僕って健ちゃんのものなんだなぁって、思えて、ふふ、嬉しい……っふぁ、あぁっ」
「蒼生」
健太の見つめる画面の中に、ふいに冬矢が割り込む。そして蒼生にキスをすると、ちらりとレンズを見た。
「あっ、てめ、……やきもちかよ」
「当然だろう。蒼生の彼氏は健太だけじゃないんだからな」
くすくす。
蒼生が笑い、手を伸ばした。
「ねえ、僕、も」
いたずらっぽい顔で健太から携帯を受け取ると、蒼生はくるりとそれを裏返す。画面には、きょとんとした顔の健太と困ったように笑う冬矢の顔が映っている。
「僕も、はあっ、残しておきたい。僕の中で気持ちいいって、思ってくれてる、だーい好きな、ふたりの彼氏の顔」
「っうわ」
「! あはは、っあ、健ちゃん、ナカでおっきくなったぁ」
健太は頭を抱えると、蒼生の手から携帯を取り戻す。
「なるだろ……。やっぱ、撮るの、おしまい。蒼生はちゃんと直にオレたちのこと見て」
「ふ、ふふ。はぁい。健ちゃん、冬矢、大好きっ」
ぽすん。
健太の投げた携帯が、向こうの掛布団の上に落ちた。
窓の外は、朝日に照らされた雪がきらきらと光って眩しい。
二組の布団を壁際に片付けていた健太は、その景色を眺めてぐーっと背伸びをした。
「んー、すっげぇ気持ちいい朝だなあ」
枕を抱き締めるように布団に突っ伏していた蒼生が顔を上げる。
「ほんとだねえ。光の当たり具合で全然景色が違って見える」
冬矢は蒼生のそばに寄ると、優しく背中を撫でた。
「どう? どこか痛い?」
「ううん、痛くはないよ。ただ、ちょーっとだるくて起きるのがしんどいだけ」
心配げな冬矢に、蒼生は笑顔を返す。
「なにせ、だいぶ盛り上がっちゃったからね」
「そうだね、あれは仕方ない」
「ねー」
にこにこ、と蒼生は嬉しそうだ。体のだるさよりも、たくさん愛してもらえた心地よさのほうが勝っているらしい。
そこに、インターホンの音が鳴った。
「お、朝ごはんの時間か」
「! そうだった!」
くるりと表情を変え、蒼生は焦った様子で腕を突っ張る。
「無理して起きなくてもいいんじゃね? 疲れてるからごろごろしてます、でも平気だろ」
「だ、だめ、抱かれたあとの布団の上にいるとこ、他の人に見られるの、なんかやだ」
「あ、そりゃそうか」
ぽんと手を叩き、健太は大股で蒼生のもとに歩み寄ると、ひょいと蒼生を抱き上げた。
「ひぇ」
「冬矢、よろしく」
「わかった」
健太はそのまま洗面所に入ってドアを閉めた。ふたりで外の様子を窺っていると、部屋の入口のほうで冬矢の声が聞こえる。それから、冬矢だろうか、ばさばさと布団を片付ける音。そして元気な小堀の挨拶が聞こえた。
「……ねえ、健ちゃん、僕、そろそろ立てると思う」
「うーん……。せっかくだからもうちょっと」
「せっかく?」
蒼生は首を傾げて、困ったように鏡を見た。大きな鏡には、健太が外を気にしながらもにやにやしている顔と、抱き上げられた自分の姿がまるまる映っている。その顔は、健太と同じようにとても嬉しそうだった。結局こうして可愛がられていることが嬉しいのだとはっきり見える形でわかってしまい、照れた蒼生はこっそり健太の胸に顔をうずめた。
「ふたりとも、もう大丈夫だよ」
冬矢がそう言いながらドアを開ける。そして、入った時と同じ格好のふたりに噴き出すように笑った。
「想像通りの光景だな。ほら、蒼生。ごはんにしよう」
「うん」
健太はきっかりと蒼生を膳の前まで運び、座椅子に座らせる。膳の上には、焼き魚や煮物、海苔に生卵などが綺麗に並んでいた。
「わ、旅館っぽい!」
「やっぱこういうのだよなあ」
「また健ちゃん、ごはん足りなくておかわり必要かもね」
「かもな!」
「では、いただこう」
3人はにこにこしながら手を合わせた。
食事が終わると、健太はもうひとつ「せっかくだから」を言いだした。
ばしゃん、と健太は勢いよく湯船に飛び込む。
「っはー! 朝の露天風呂って気持ちいいな!」
頭から飛沫を浴びることになった蒼生は、ふるふると頭を振りながら楽しそうに笑っている。その向こうの冬矢は渋い顔だ。
「まったく、おまえはずっとはしゃいでいるな」
「そりゃあそうだろ、はしゃがないでいられる要素がねえもん。だって、見てくれよ。自然光の中ですっぽんぽんの蒼生と一緒なんだぞ!」
「へ?」
そっと蒼生は膝を抱え込む。
「あ、隠しちゃわないでよ勿体ない。昨日あれだけ見せてくれたじゃんか」
「そういえば外だなって思ったら……」
「おまえが変態みたいなことを言うからだろう。……まあ、太陽の下で見るとまた違った綺麗さがあって美しいなとは思うけれども」
「と、冬矢までぇ……」
困った顔の蒼生に、ふたりは笑う。
「ともあれ、たしかに朝の露天風呂もいいものだね。光が差しているから、ほら、水面の模様が底にも肌にも映っているのが綺麗だ」
蒼生も頷き、手足をぐいっと伸ばした。ゆらゆらと揺れる光。体を包む暖かな湯と頬を撫でる涼しい風も手伝って、とても心地いい。
「明るいときの雪景色も素敵だし、朝のお風呂も気持ちいいし。ふたりと見る景色って、どうしてこんなに幸せなんだろう。はー、ふたりと来られて本当によかった」
しみじみと蒼生が呟く。
それを両側から見るふたりも嬉しそうだ。
「ねえ、健ちゃん、冬矢。温泉、また来ようね」
「うん。それから、他のところもいっぱい行こうな」
「そうだね。ご褒美じゃなくたっていい。理由なんてなくてもいいから、これからも様々な景色を一緒に見ようね」
それはきっと叶う約束だ。
健太と冬矢のまっすぐで眩しい笑顔が、それを確信にしてくれる。
「改めて、蒼生、おめでとう」
「おめでと!」
「ありがとう!」
蒼生は今度こそ、素直に答える。
すると嬉しさと同時に、急にそのまっすぐさが恥ずかしくなった。
照れ隠しに、蒼生は手のひらに掬った湯をぱたぱたと水面に落とす。
落ちていく水滴が、太陽の光にキラキラと輝いているのを、3人は穏やかな眼差しで見つめていた。
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81こ目;晩冬に実る~後編~
僕+君→Waltz! 創作BL 創作BL小説 幼馴染 三角関係 溺愛 一次創作 R18お祝いにと友人に招待券をもらった3人は、さっそくそれを使って温泉に行くことにしました。
それは健太の長年の願望でもあって…。
ご褒美旅行回です!
前後編の後編ですが、前編を読まなくとも話は通じるかと思われます。
念のため、前回はこちら。( https://pictbland.net/items/detail/2394215 )
↑初公開時キャプション↑
2023/03/31初公開
https://pictbland.net/users/series/kazanet-tk/%E5%83%95%EF%BC%8B%E5%90%9B%E2%86%92Waltz%EF%BC%81
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バーから帰った翌日、冬矢は招待券に書かれた番号に電話をかけた。目の前では、蒼生と健太がそわそわした様子でそれを見守る。
「……はい。ではその日程で。よろしくお願いします」
電話が切れた途端、ふたりが身を乗り出した。
「どうだった?」
心配そうな様子に、冬矢は笑顔を返す。
「もともとこの優待プランは、4人まで泊まれる部屋の宿泊代とペアの食事2回分で設定されているそうだ。だから、3人ならひとり分のお食事代のみご負担いただきます、だって」
「日程も希望通り?」
「ああ。やっぱり平日は比較的予約しやすいようだね」
「よかったぁ」
「さあ、そうと決まれば、次は交通手段だ。どうしたい?」
なるほどそれを決めていなかったか。健太が腕を組む。
「バスか電車か車かってことだよな。んー、そうだなあ。主賓の蒼生に話を聞いてみよう」
「しゅ、主賓って……。えっと。あのね、うーん」
「なになに?」
「……あくまでこれは僕の希望なんだけど、その……できれば向き合って顔を見ていたいから、電車がいいなって」
「! たしかに、そりゃ大事だな!」
そうして、冬も終わりのある日、3人は揃って高地にある有名な温泉地の駅に降り立った。
ほう、と吐く息が白い。目の前には植え替えたばかりらしい華やかな花壇と「ようこそ」の大きな看板。駅前は広いロータリーになっていて、客待ち顔のタクシーが列をなしている。その向こうは、観光地らしくずらりと瓦屋根の土産物屋が軒を連ね、石畳の道がロータリーに沿ってそちらに誘うように続いている。その中央には古そうな木造の時計台が良く晴れた空を割るように建っていて、背景のように遠く見える山は、まだ白く雪をかぶっている。そこから吹いてくるのか、強い風が温泉地の名前を書いたのぼりを大きくはためかせていた。暖かな電車から降りたばかりの3人には、その風は真冬を思い出させる。
「すごい、寒いね」
「だな。……わ、蒼生、雪だ! まだこんなに残ってる!」
健太は駅舎脇に寄せられた雪の山に吸い寄せられるように近付く。その近くには、誰が作ったのか崩れかかった雪だるまがたたずんでいた。残念ながら、その顔には鼻と口しか残っていない。きょろきょろとあたりを見渡した健太は、落ちていた目らしきボタンを2つ拾うと、なんとか戻してやろうと雪だるまの目元をかりかりと削った。
それをにこにこと見ている蒼生に、冬矢が後ろから包み込むように寄り添う。
「本当なら、この時期にはもっと雪が残っていてもおかしくないんだ。ここのところ急に暖かくなってきたから、街のほうの雪はすっかり融けているんだな」
「ふうん、そうなんだ。僕には十分寒いけど、雪だるまには暑かったかなぁ」
蒼生の口調は明らかに弾んでいる。電車の中でも、向き合った顔はずっと「嬉しい」と言っているようだった。蒼生は外出するのが得意ではないし、旅行にもあまり乗らないタイプだ。けれど、自分たちと出かけるとこんなに嬉しそうにしている。一緒にいる喜びが、「面倒」という思いを簡単に超えていくのだろう。冬矢はふっと微笑む。それは、出不精の自分にとっても全く同じことが言えるからだ。
「蒼生、あの細長い屋根が見える?」
冬矢が指さすと、蒼生はその指の先を辿って視線を送る。すると、行きかう人々の向こう、広いロータリーの手前側一角が広場になっており、そこに細く折れ曲がった屋根がぐるりと円を描いているのが見えた。その下は水路になっていて、両側に座り込んで足を浸す人々の姿がある。一部屋根の切れたところには橋が架かっていて、そこから円の内側に入ることも出来るようだ。
「……足湯?」
「みたいだね。行ってみる?」
「うん! 時間って大丈夫だよね」
「宿からの迎えはお昼が終わってからでお願いしてあるから、大丈夫だよ」
「やった」
それを聞きつけた健太が、がばっと顔を上げた。
「待って。オレを置いていくつもりじゃないだろうな」
健太の後ろでは、真ん丸い目の雪だるまがにっこりと笑っている。どうやら目を元の位置に戻しただけではなく、口元も直していたらしい。とても健太らしい優しさだなと思って嬉しくなった蒼生は、その腕に自分の腕を絡ませた。突然の行動に、健太は目を丸くする。
「あ、蒼生!?」
「健ちゃんを置いてったりなんて、しないよ。一緒に行こう」
「えへ。うん」
でれっと表情を崩す健太に噴き出した冬矢が、いかにも自然な仕草で蒼生の空いた手を握った。
「ほら、おいで」
「!」
「あ」
健太はそれを見て、自分のことを棚に上げ「人前だぞ」と文句の一つでも言ってやろうと口を開く。が、途中でほんのり頬を染めた蒼生が目に映り、その顔がとても可愛かったので黙ることにした。蒼生が嬉しいのなら、それでいい。
足湯の周りには、自分たちのような観光客だけでなく、身軽な格好をしている地元の人らしき姿もあった。彼らにもちょっとした憩いの場所になっているのだろう。おかげでだいぶ盛況だが、ちょうど半ばあたりにぽつんとスペースが空いているのを見つけた。
健太が大きな荷物を置くと、蒼生も自分で抱えた一回り小さな青い鞄をそっと下ろす。そこまで湯に近付くと、ようやく空気がほんのり暖かい。せっかくの暖気はどうやら強風に吹き飛ばされてしまっているらしい。温泉であれば当然見えるであろう湯気も、水面の上を滑るように流れていく。湯の温度も冷まされているのか、手を差し入れた冬矢は軽く首を傾げる。
「だいぶぬるめだね。蒼生もすぐに入れると思うよ」
「ほんと?」
靴と靴下を脱いでいるところだった蒼生は、それを聞いていそいそとズボンの裾をまくり上げた。そして等間隔に設置された座布団のような座席に座り、裸足の爪先をそーっとおろしていく。そのポーズが可愛らしくて、両側のふたりは黙ってそれを見守る。やがて親指が浸かると、蒼生は目を見開き、ぽちゃんと一気に足を沈めた。
「ほんとだ。ちょうどいいよ! あったかーい」
「へえ、どれどれ」
健太がそのあとに続き、冬矢も湯の中に足を入れる。たしかに足湯にしては少し温度が低いような気がするが、熱いのが苦手な蒼生には適温だろう。
楽しそうに足先で湯をかき混ぜる蒼生に、健太はほっと息を吐く。
「蒼生と遠出できてよかったー」
「え?」
意図が掴めず、蒼生は不思議そうに健太を仰ぎ見た。
「……ほら、冬休みにさ。オレひとりだけ、友達と旅行に行っちゃったじゃん。蒼生を置いてったの、ずっと申し訳ないなーって思ってて」
蒼生はそれをきょとんとしながら聞く。
「なんで? 前にも言ったけど、僕は気にしてないよ。友達同士で遊びに行くのも大事だと思うし。普段は僕のことばっかり優先してるんだから、たまには友達を優先してもいいんじゃないかな」
「俺に蒼生を独占する時間を提供してくれたんだろう? 俺にとってもありがたかったよ」
「ぐっ……。どっちの言い分も頭ではわかってんだけど、これはオレの気持ちの問題で……」
ふむ、と頷いた蒼生が、ぽすんと健太に寄りかかる。
「本当に、健ちゃんは優しいね」
「えっ。ま、まーな!」
嬉しそうな顔をした健太が、照れ隠しなのか、ぐんと胸を張ってみせる。それを見た蒼生は、とても満足そうに湯の中で足をばたつかせた。
一方冬矢は、蒼生への視線の位置を変えないまま、少し離れた場所に座る2人連れの女性に意識を向ける。先程から、彼女たちがこちらをちらちら窺っているのが冬矢側からははっきりと見えていた。何かを囁き合っている様子は、確実に敵意での行動ではない。だが、だからこそ厄介なのだ。身支度をしなければ動けない今の状況では、絡まれると面倒だ。その前に移動するほうがいいだろう。どちらにしても、足湯は長時間浸かるものでもない。
「蒼生」
声をかけながら、冬矢は賑やかな表紙の冊子を数冊蒼生に渡す。
「はーい。……あ、これ、パンフレットだ」
「駅のラックにあったから貰って来たんだ。それが観光案内。こっちが駅前の商店街の紹介のようだね。飲食店の情報も載っているよ。そろそろ昼の店を決めようか」
「うん。どんなお店があるのかな。わ、美味しそうな写真がいっぱい」
「どれどれ」
飲食店のジャンルは思ったより多岐にわたっているようだ。温泉地というイメージからすると、しっとり落ち着いた店が多そうなものだ。けれど、ファストフードもファミリーレストランもあるし、肉料理やピザ屋などのカジュアルな店もたくさんある。たしかに家族連れや若い旅行者にはそちらのほうがいいのかもしれない。
うーん、と健太が腕を組む。
「美味そうな店、いろいろあるなあ。でも、せっかくだからご当地っぽいもの食べたいよね。蒼生はなんか気になる店あった?」
「ええっと……。たくさんあるから、すっごく迷うんだけどね、……あの、このピンク色のお蕎麦が気になって」
「へえ、梅蕎麦? 美味しそうじゃないか」
「面白そう! よし、ここにしよー。そうと決まれば早く行こうぜ!」
「うんっ」
蒼生は鞄のファスナーを小さく開けてフェイスタオルを引き出す。先程の女性たちはそわそわと話しかけてきそうな雰囲気を醸し出していたが、3人が素早く支度をしているのを見て躊躇したようだ。冬矢はほっとする。3人での旅行だ、出来るだけ邪魔をされたくなかった。それに、他人の誘いを断ることで蒼生が気にしてもよくない。
当の蒼生は、その視線にはまったく気付かなかったようだ。普段は周囲によく気を配る蒼生だが、デートの時には気が緩んでいることが多い。せっかく一緒に出掛けているのだから、このままリラックスしていてほしいと思う。
身支度を整えた3人は、まっすぐ目的の店に向かうことにした。荷物が増えてしまうので、土産物屋を覗くのは帰りにしようと事前に決めていた。しかし、通り沿いの店先には数えきれないほどのカラフルな包装の菓子類がずらりと並んでいる。そのうえ、あちこちで饅頭を蒸かすせいろの蒸気が白く揺れて、手招きをしているように見えた。
「……ああっ。誘惑がすごいね……」
「な、部屋で食べる用に、饅頭だけ買ってってもいい?」
蒼生と健太は温泉街らしいその光景にすっかり心を奪われている。ぶつぶつ呟きながらふらふらと前を歩くふたりに、冬矢は小さく笑った。
「お待ちしておりました、笹原様。ようこそ、いらっしゃいませ!」
玄関に並んだ和服姿の従業員たちに揃って挨拶され、車から降りた蒼生と健太は一瞬固まった。すぐにいつもの笑顔に戻った蒼生が、ゆったりと頭を下げる。
「今日はよろしくお願いいたします」
「こちらこそよろしくお願い申し上げます。お荷物をお持ちしますね」
はっとした蒼生は、自分の鞄を抱き締め、健太のほうを指し示した。
「あ、これは大丈夫ですので、後ろの彼が持っている鞄をお願いできますか」
「承知いたしました」
立派な体格の若い男性が、恭しく頭を下げて健太から大きな鞄を受け取った。健太と冬矢は、荷物を大事そうに抱える蒼生をにこにこしながら見つめている。その視線に気付いた蒼生が恥ずかしそうに荷物で半分顔を隠すので、ますます頬が緩んでしまう。
「こちらでお待ちください」
促されて座ったのは、ロビーの端にあるウェイティングスペースだ。ふんわりしたソファは、座ると埋まってしまいそうで、蒼生は体勢をこっそり立て直す。
「しっかし、すげぇ高級感……」
高い天井を見上げてぼそりと健太が呟く。頷いて、蒼生と冬矢もあたりを見渡した。
建物は全体的に木造で、高級旅館らしい重厚感があった。あちこちに飾ってある壺や彫刻などの調度品も、価値はわからないが、優雅な感じがする。フロントの奥にある雄大な緑の山脈が描かれている絵画は、ここから見る外の景色だろうか、遠目にも美しい。一番目を引く入口の正面は大きな窓になっており、美しく整えられた庭園がこちらも絵画のように広がっている。今は雪で覆われてその雰囲気しか味わうことはできないが、あの木の形も、向こうの岩の重なり具合も、おそらく計算され尽くした配置なのだろう。座った席のすぐそばには石組みの小さな池があって、美しい柄の金魚がすいすいと泳いでいるのがとても和む。
もちろん外観も、歴史と風情を感じさせる立派な建物だった。迎えのリムジンに乗って、駅から山のほうに高く上っていく道を進むと、どんどん雪深く真っ白に変わっていく景色の中に突然豪華な建物が現れた。それはまるで別世界に紛れ込んでしまったのかと思ったほどだ。建物自体は招待券に載っていた写真で知ってはいたものの、近くで見ると迫力がまったく違う。招待券がなかったら学生の身分では来られない場所なのだろうとはっきりわかった。
「なんか、ものすごいものを譲ってもらっちゃった気がする……」
「だよな……。こんなとこ、コドモだけで来ちゃってよかったのかな」
相変わらず高級な雰囲気を苦手とするらしいふたりに、冬矢が肩をすくめる。
「立派な成人男性が何を言っているんだか」
「あっ、そっか、オレたちもう大人だったっけ。……でも、それにしたってこれ、ものっすごいお土産を買って帰んねえと割に合わないんじゃね?」
「そうかも」
不安げに健太と蒼生が顔を見合わせる。冬矢は優しく蒼生の手を握った。
「申し訳ないと思うなら、精一杯満喫することだよ。緊張して楽しめませんでした、なんて、却って譲ってくれたミチさんに悪いだろう」
「あ……」
「ってことは、がちがちになってる場合じゃねえな。めいっぱい楽しまないと、だ」
「……それって、はしゃいでもいいってこと?」
蒼生の言葉に健太はぱっと顔を輝かせる。冬矢も笑って頷いた。もちろん限度はあるのだろうが、蒼生が周囲に迷惑がかかるようなはしゃぎ方をするはずがない。おそらく可愛らしい意味なのだろうと想像するだけで、健太と冬矢は胸が締め付けられるようだ。
係のスタッフが戻ってきて、チェックインの手続きはそこに座ったまま終了した。冬矢が代表して対応してくれたので、蒼生と健太はただ書類にサインをするその手を見つめているだけでよかった。
「お食事のお時間はいかがいたしましょう」
「食事の後ゆっくりしたいので、夜は6時くらいに。……朝はどうする?」
「ちょっと遅めでいんじゃね?」
「うん」
「じゃあ8時でいいかな。……8時ごろでお願いします」
「かしこまりました」
そのやりとりに、蒼生がそわそわと鞄を抱き締める。
「それでは、お手続きは以上となります。お客様の担当をさせていただく者がお部屋に案内いたしますので、不明点がございましたら遠慮なくお申し付けください」
「担当させて頂きます、小堀と申します。よろしくお願いいたします。では、ご案内します」
頭を下げたのは、隣に控えていた先程の男性従業員だ。おそらく、年齢は自分たちとそう変わらないだろう。彼は、健太から預かった荷物を抱えると、ロビーから繋がる廊下に向かって館内の説明をしながら歩きだす。
「あちらは喫茶スペースです。軽食や甘味などご用意ございますので、ぜひご利用ください。アルコール類はこの階段の上、2階のバーにて提供しております。こちらに曲がると、日用品等を取り扱っております売店、また遊戯コーナーもございます。……小さなゲーセンといったところですが、私も残念なのですけど、少々お子様向けでして」
「お子さんは遊ぶところがないと飽きちゃいますもんね」
「でも後で探検してみよ」
「そうだね」
小堀は健太と蒼生のやり取りに、「ぜひ」と笑った。口ぶりから察するに、彼もゲームセンターが好きなのだろう。自分たち向けの話をしようとしてくれる心遣いに蒼生はほっとする。おそらく、同世代の彼を担当に付けてくれたのは、慣れない高級旅館に緊張しないようにという旅館側の配慮なのだ。そう思うととてもありがたかった。
エレベーターホールを抜けると、長い廊下に出た。廊下の片側は、腰の位置から天井までの窓が遥か先まで続いているように見える。その外は眩しいほど真っ白な庭園だ。反対側には、広い間隔を取って、ドアがいくつも並んでいる。
「……旅館のお部屋って、格子の扉と襖のイメージだったんですけど、違うんですね」
蒼生の言葉に、ああ、と小堀が頷く。
「数年前にリニューアルしたんです。ご家族でいらっしゃるお客様や、海外からのお客様も増えてまいりまして。プライバシーと防犯の観点から、防音の扉になりました。完全に音を遮ることはできないのですが、廊下の物音など気にせず過ごしていただけるかと」
「たしかに、そのほうが安心ですね」
ほおっと蒼生は深く息を吐いた。
廊下の一番奥は三方向に向かう分かれ道になっていた。左右の通路を覗き込むと、さらに分岐があるようだ。正面には少し先に赤い絨毯の階段があり、小堀はそこを下っていく。その下は両側が窓になった渡り廊下だ。ずいぶん歩くな、と思っていることが伝わったわけではないだろうが、彼は申し訳なさそうに振り向いた。
「遠くてすみません。ご優待プランのお部屋はこちらの離れの部屋をご案内しております」
「離れ?」
「はい。先程分岐がありましたでしょ? あの先も離れのお部屋なんです。昔は別の建物で、それぞれ完全に外に出ないと行けないお部屋だったんですが、冬場は寒いと不評でして。それを、リニューアルを機に廊下で繋ぎました。かなり距離がありますから、……バーは夜中には閉まってしまいますが、お部屋にお酒を持ち帰ることが可能です。つまり、夜中に少々羽目を外しても誰にもバレないってことです」
小堀は、最後の部分を、いたずらでも仕掛けるようにこっそりと囁いた。冬矢はさらりと笑う。
「なるほど、それはいいことを聞きました」
後ろで蒼生がぴくんと肩を揺らした。日常生活から離れた宿に泊まるとなれば、箍が外れて夜中に騒ぐ者もいるのだろう。たしかにこの距離なら、ある程度声を出しても気付かれまい。だが、3人の考える“羽目を外す”は、少々意味合いが違う。思わず目配せをする健太と冬矢に、蒼生はわずかに頬を染めた。
渡り廊下が終わると、すぐにぽつんとひとつきりのドアがある。小堀はカードキーをドア脇のパネルに押し当てた。
「カードキーは2枚のご用意となっておりますが、追加のご要望はございますか?」
「いえ、別行動はしないので結構です」
「かしこまりました」
ドアが開き、3人は導かれるままに部屋に入った。靴を脱いで上がると短い廊下になっており、突き当たりには赤い花が生けられた花瓶がある。廊下に沿っては襖が4枚並んでいた。それを開けば、畳敷きの広い部屋が目の前に広がる。
「わあ……」
大きな座卓が中央にあるが、それが小さく見えるほど広い。4人まで泊まれる部屋だというが、詰め込めば10人くらい寝られるのではないだろうか。蒼生と健太は、待ちきれないように正面の障子に向かって行き、ふたりがかりで左右に開く。
「すげぇ」
健太が溢すのも無理はない。障子の先、板張りの広縁には応接間のようなローテーブルとソファのセットがあり、その向こうの大きな窓からは谷を見下ろすような雪景色が広がっている。遅れて窓に近付いた冬矢も目を瞠る。
「見事だな」
「雪のない季節も綺麗だろうねぇ」
座卓の脇で茶の準備をしていた小堀が、3人の背中に「皆様方」と声をかける。
「そのまま右をご覧ください」
3人はその言葉につられるように首を右に回した。そこには全面ガラスのドアがあり、ウッドデッキに続いている。そこにはなみなみと水を湛える四角い穴が開いていた。ゆらゆらと立ち上る白い湯気。
「……え、部屋に露天風呂!?」
「はい! もちろん大浴場もございますが、こちらは当旅館自慢の露天風呂でございます。ぜひご堪能ください! そちらから直接出ることも出来ますし、このお部屋にあるこちらのドアが洗面所と脱衣所、洗い場と繋がっておりまして、そこからも出られます。今お客様から見えているドアが洗い場のドアでございます」
ガラスのドアから外を見る。たしかに、右側にもガラスの引き戸があった。
「本当は庭園も素晴らしいので散策していただきたいのですが、寒いですからね。先程のロビーから2階に上っていただきますと、室内庭園がございますよ。さて、お茶の準備が整いました。どうぞ」
そこでようやく、蒼生と健太は自分たちがコートも脱いでいないことに気が付いた。ばたばたと身支度を整え、それぞれ座椅子に座ると、目の前に暖かそうなお茶と懐紙に包まれた菓子が差し出される。
「何かご質問等はございますか?」
「いえ、まずは素晴らしい設備に驚くばかりで……」
「ふふふ。ご堪能いただければ何よりです。何かございましたら、遠慮なくそちらの電話からお申し付けください。それでは、夕飯のお時間になりましたら準備に伺わせていただきますので、ごゆっくりとお過ごしくださいませ」
「ありがとうございました」
小堀はにっこりと笑い、丁寧に頭を下げて部屋を出て行った。
かちゃん、とドアが静かに閉まり、蒼生がふうっと息を吐く。
「緊張したけど、担当の人、いい感じの人だったね」
言いながら振り返ると、ばたりと健太が机に突っ伏すところだった。
「っえ、健ちゃん? どうしたの?」
「やっべぇ……。音が漏れづらいドアに、他の部屋から離れた場所に、部屋の中にある露天風呂だって……? もう頭の中が妄想で溢れそう。蒼生ごめんな……」
「ちょ、健ちゃん、謝るの早いよ、何する気なの?」
「そうだよ。まだおまえの一番の望みは叶っていないじゃないか」
「はっ。そうだった!」
健太は勢いよく立ち上がり、まだ開けていなかった奥の襖を開ける。そこは布団がしまわれた押し入れだ。違う。続いて、開き戸を開ける。目を落とせば、黒い衣装盆にきちんとたたまれた浴衣が入っている。健太は、あった、と呟いてその盆ごと抱えると、蒼生の前に捧げるように差し出した。
「これっ! お願いしますっ!」
その勢いにぽかんとした蒼生は、健太の切実な様子にふわりと微笑む。
「健ちゃんの念願だったもんね。そんなに必死にならなくても、ちゃんと着るよ」
「……着るとこ、ずっと見ててもいい?」
「えー? だ、だいぶ恥ずかしいけど、……ダメって言う理由もないしなあ」
「自分でこいつを煽っておいてどうかと思うが、蒼生、言ってもいいんだよ。今の健太、捕まってもおかしくない顔しているから」
「もういっそ今日は捕まってもいいかもしれない」
わずかに蒼生は目を落とす。明らかに過剰な期待だと思う。寝間着が浴衣だった旅館も小さい頃に泊ったことがあるから、健太は既に見ているはずだ。それに、ふたりの前で着たこともあるし、新鮮さはないと思う。ただ、その時も喜んでくれたから、がっかりされることはない。……いや、本当に?
「蒼生?」
目ざとい冬矢が、蒼生の陰った表情にすぐ気付く。
「っ、ううん、なんでもない」
蒼生は慌てて首を振る。楽しみに来たのだから、ふたりに余計な心配をかけるわけにはいかない。それに、がっかりされたら他で取り戻せばいいのだ。そう決心し、着ていたセーターを脱ぎ捨てる。
その畳に落とされたセーターを拾ったのは健太だ。そのまま大切そうに胸に抱き込むと、正座をして蒼生の手元に目をやる。柔らかな指が動いて、1枚ずつ服が取り払われていくのを、いつもとは違うどこかふわふわする感覚で眺めていた。下着1枚だけの姿も、軽々しく手を出せないくらいに綺麗だと思った。白地に紺で互い違いの四角形が規則的に並ぶ浴衣を纏う姿も美しい。きゅっと帯が結ばれると、健太はその場に倒れ込んだ。
「えっ、健ちゃん!?」
「……あー……。最高。一生見てたい。可愛い。綺麗。ヤバい。好き」
呆れた顔を健太に向けながら、蒼生は小さく息を吐く。
「小さい時に見たことあるでしょ。……でも、大丈夫だった? 健ちゃんの理想にちゃんと近付けたかな……」
歩み寄ってきた蒼生に、健太はばっと顔を上げると、その両手を掴む。
「近付けるもなにも! はぁ、もう、絶対可愛いと思ったけど、オレの予想を簡単に超えてくるんだもんな。小さい時のももちろん可愛かったけど、今はそれにえっちな色っぽさも加わってるから、破壊力がすげえ。今すぐに押し倒したい気持ちと、ずーっと見ていたい気持ちでぐっちゃぐちゃだよ。はー、可愛い……」
「えっと」
どう答えるべきか迷っている蒼生のもとに、一連の流れを黙って見ていた冬矢がすっと寄り添った。そして、脱ぐ際にわずかに乱れた髪を手櫛で直してやると、流れるような仕草でキスをする。
「んぅっ?」
「あっズルいっ」
「……綺麗だよ、蒼生。可愛いね。眼福とはまさにこのことだな。その姿を見られただけでも来てよかったと思える」
立ち上がった健太が、冬矢の手から奪うように蒼生を抱き締め、噛みつくようなキスをした。
「んっ」
「んーっ。あおぃ、かぁいぃ」
いつの間にか健太に右手を、冬矢に左手を握られた蒼生は、競うように繰り返されるキスに心地よくなりながら、ようやく安心する。ふたりの歯止めが利かなくなるほど、自分の姿は認めてもらえたらしい。失望されなかったことにほっとすると、急に足元がおぼつかなくなってきた。そういえば、呼吸を忘れていたのを思い出す。
「……ふた、り、とも……っ、倒れ……」
「え、うわっ、ごめん!」
「ごめん、夢中になりすぎた」
慌ててふたりが座椅子に座らせてくれたので、なんとか倒れずに済んだ。浅く呼吸を繰り返す蒼生に、健太が申し訳なさそうに顔を覗き込んでくる。
「大丈夫?」
「うん。僕もちょっと夢中になっちゃった。大丈夫。ふたりのキス、気持ちいいんだもん。……ねえ、僕もふたりの浴衣姿、早く見たいんだけど」
健太は一瞬目を丸くして、それから嬉しそうに笑った。
「だな」
冬矢もそっと蒼生の髪を撫でる。
「ちょっと待っててね」
蒼生はそれに頷いて返した。ふたりだけが浴衣を楽しみにしていたわけではない。蒼生もその気持ちは一緒だった。
あ、と声を上げた健太が自分の鞄を指さす。
「そうだ、蒼生。鞄の中からカメラ出してくれる?」
「カメラ? うん」
「まずは、その机のとこで撮るだろ。この掛け軸のとこでも撮りたいし、そっちのソファもいいし、窓際でも撮りたいよな。障子閉めたとこと、浴槽のとこと、洗面所も絵になりそうだ。それからさっきの人が言ってた室内庭園ってとこも行こうな。旅館の中も撮っていいんだっけ。廊下でも撮りたいし、玄関のとこもよかったよなあ。あ、そーだ、上に着るやつもあったよな、それ着てるのと脱いでるのとでも写真欲しいしー」
「ちょ……健ちゃん、多い」
「大丈夫! メモリはたくさん持って来たから!」
何故か得意げに健太は胸を張る。蒼生はまた返答に迷い、健太がつらつらと語っている間に取り出した一眼レフカメラを膝の上に置くと、ダイヤルを軽く回した。
「健太。蒼生の美しい姿を捉えたい気持ちはわかるが、夢中になって写真ばかりにならないようにな」
「わかってるって。オレが夢中なのは蒼生だけだ」
「それならいいが」
蒼生はちらと目を上げる。軽口を叩き合いながら浴衣に着替えていくふたりを見て、レンズのキャップを外した。
「ええっと、これを……。なあ、こっちが先? 左?」
「そっちでいい」
かちゃっ。
乾いた軽い音がして、健太と冬矢は手を止めた。音のした方を見ると、正座をした蒼生がファインダーから目を上げるところだった。ほんのわずかに照れた顔がカメラの上から覗く。
「ごめんね、撮っちゃった」
言って、もう一度カメラに目を落とす。
「ふ、ふふ。かっこいい顔撮れた。嬉しい。実物のほうが、もーっとかっこいいけど。でも、今この瞬間も撮っておきたいって気持ちはわかるよ」
嬉しそうな蒼生に、ふたりはぐっと胸を押さえた。もう一度抱き締めたい。だが、今抱き締めたら歯止めが利かなくなりそうな気がする。せっかく着させたばかりの浴衣を脱がせてしまうことになるからだ。なんとか堪え切って、健太が蒼生の前に膝をついた。
「じゃあ、撮ろ。どこからにしよっか。なんせ、いっぱい撮らなきゃだからさ!」
「ふたりの写真も欲しい」
「うん。その時は、蒼生カメラマン、よろしく頼んだ!」
蒼生はにこにこ頷くと、健太に手を引かれて立ち上がった。
部屋の中央に並べられた膳台の上には、見事に何も載っていない皿が並んでいる。食事の量はかなりあったのだが、どれも美味しくてあっという間に食べ終えてしまった。種類も豊富で目にも美しいおかずだけでなく、ごはんもとても美味しかった。健太などは最初に用意されていたおひつのごはんだけでは足りず、しっかりおかわりをもらっていたほどだ。フロントに食事が終わった連絡をした健太は、通り過ぎがてらその綺麗な器を見下ろし、満足げにはあっと息を吐く。
「あー……美味しかった」
広縁のソファで冬矢の上に座って後ろから抱き締められている蒼生が、カメラから目を上げてにこりと笑う。
「全部美味しかったよね」
「な! オレ、でっけえ海老のやつ好き」
「ソースがよく合っていたね。あれはなんとか再現できそうな気がするな」
「え、すごい。できたら嬉しいなあ。あとね、僕は味噌焼きのお肉も嬉しかった」
「山菜の天ぷらも美味しかったよね」
「うん! やっぱり全部が絶品だった」
「オレ、もっかい同じメニューが出てきても喜んで食べられるわ」
「今日はもう無理だけど、明日とかだったら僕も喜んじゃうかも」
満足げな蒼生が可愛い。健太はソファの前にひざまずき、正面から蒼生に抱きついた。
「んで、どう? いい写真いっぱいある?」
「ん? ふふ、あるよ。中庭、素敵だったね。建物の中なのに、小さい滝や池があって、橋もかかってて。吹き抜けだからすごく気持ちよかった」
「んー。そうじゃなくてさあ」
「あははっ。わかってる。……僕のお気に入りはね、これ。滝が中央にあって、健ちゃんと冬矢が両側にいるの。携帯の待ち受けにしたいくらい絵になってる」
愛おしそうに、蒼生はカメラの画面の縁をなぞる。冬矢は蒼生の顔を覗き込んだ。
「待ち受けにしないの?」
「……したいけど、見るたびにときめいちゃうから難しいなぁ……。でも、いつでも見られるように後でデータ移しておこう」
こんなに喜んでくれるならカメラを持ってきてよかった、と思う健太だ。蒼生からカメラを受け取り、画面を切り替える。蒼生が撮った健太と冬矢の写真もたくさんあるが、それ以上に蒼生の写真がたくさんあった。涼し気な顔や笑った顔が、少し遠めだったりアップだったり、思うがままに撮影されている。その画面の美しさに、思わず溜め息が出た。
「わぁ……。オレ、写真、じょうず。すごい。雰囲気あるじゃん」
その手元を覗き込んでいた冬矢も、ふっと笑う。
「そうだな。まず被写体が素晴らしいからだと思うが、きちんと蒼生の綺麗さが表れている」
「だろ。これ見てくれよ、このバックショット! 首の角度がめちゃくちゃ色っぽくね?」
「わかる。が、腰のラインも見逃がせないな」
ふたりに挟まれて逃げ場がない状態で自分の写真の評価を聞かされ、蒼生は戸惑った顔で視線を泳がせる。ごそごそと体を捩じらせて離れようとするのを、冬矢がさらに強く引き寄せた。
「どこに行くの」
「み、見ない……。自分なんて見てもつまんないもん。明らかに褒めすぎだし」
「それならまず、健太が撮った写真、としてだけ見てごらん。構図のバランスがとても綺麗だろう?」
「……うん」
「それから写っているこの子を見て。ほら、とても自然な表情だね。蒼生が俺たちを信頼してくれていることが伝わってくる、いい写真だと思うよ」
「ぅん」
にこにこと健太が蒼生の手を握る。
「あのね。これ、オレが見てる景色なんだ」
「え?」
「オレがね、大好きだなー、幸せだなーって思いながら見てる世界なんだよ」
「健ちゃんの視界……」
蒼生は目を瞬かせる。たしかに、自分が写っていることに目をつぶれば、透明感があって綺麗な写真だと思う。だが、健太と冬矢は、風景だけでもいいはずのそこに、自分がいることを嬉しいと思っている。むしろいてほしいと思っているのだ。
おとなしくなって写真を見つめる蒼生を、ふたりはそれぞれの手で優しく撫でる。蒼生は、ただ黙ってそれを受け止めていた。
そこに、ピンポーン、と軽やかな音が鳴る。
「食器下げに来たかな」
対応しようと健太が体を起こす。その隙にぱっと蒼生も立ち上がった。
「あれ、逃げちゃうの?」
「えっと、ううん。……準備……しようかなって。……しても、いい……?」
「!」
「もちろん。よろしくね」
小さくこくんと頷き、蒼生は自分が抱えて持ってきた鞄に駆け寄った。そしてその中をごそごそと探ると、ビニールのショルダーバッグを取り出す。それから部屋の入り口で対応している健太が戻るより早く、ぱたぱたと脱衣所に入っていった。
冬矢は、その仕草のすべてを、穏やかな気持ちで見ていた。3人で食事後の和やかな時間を過ごしていたから、いったいどこで蒼生がその気になったのかわからない。だが、きっと内心いつ言いだそうかとタイミングを計っていたのだろう。
部屋には小堀ともうひとり女性スタッフが入ってきて、手際よく膳を下げていく。小堀が冬矢の前に膝をついた。
「お布団を敷かせていただきますね。どのようにいたしますか」
「3組並べて敷いてください」
「かしこまりました」
枕を並べる形で敷かれた布団を見たら、蒼生は喜ぶだろうか。それともまず恥ずかしがるだろうか。その反応を思い浮かべるだけで可愛さに胸がいっぱいになる。
健太も、素早く丁寧に整えられていく寝床を、どこかくすぐったそうな面持ちで眺めていた。
「お待たせいたしました。ごゆっくりお休みくださいませ」
「ありがとうございます」
「おやすみなさい」
手際よく作業を終えたスタッフの2人は、にこやかに頭を下げて部屋を出て行った。
膳が片付けられ、布団が並ぶ部屋は、途端に寝室の雰囲気に変わる。蒼生がいないせいもあるが、何の物音もしないほど静まり返っていることで、この上でこれから起こる出来事に期待が高まっていく。
「……、えっと。準備しとこうか」
その空気に耐え切れなくなった健太が切り出すと、冬矢も立ち上がる。
「そうだな。ただ、綺麗なままの状態も見せてあげたいから、掛布団はいったん戻しておかないか」
「あ、そっか」
冬矢の言いたいことをすぐに理解した健太は、蒼生の鞄に歩み寄った。その中には、小さくたたまれた防水シーツとバスタオルが入っている。それを取り出しながら、昼間の蒼生の姿を暖かい気持ちで思い出す。すべて“夜の準備”のためのものが詰め込まれた鞄を、後生大事に抱えていた蒼生。その心の内は、他人にそれを触れさせたくない恥じらいだったのだろうか、それとも自分たちとの時間を大切にしたい気持ちだったのだろうか。どちらでも愛おしいなと思いながら、冬矢とふたりで旅館のシーツの上にそれらを敷いていく。
掛布団を戻し、綺麗に整えたところで、蒼生が部屋に戻って来た。
「ただいま。……わ、お布団だ。畳にお布団って、すっごく久し振りかも。あ、ふっかふかだね!」
蒼生の明るい声で、空気が柔らかくなる。それがふたりにとっても嬉しかった。
「こういう布団って修学旅行以来だっけ? 枕投げしたがる奴がいて大変だったよなぁ」
「うん。今日は他の人がいないから嬉しい。ねえ、枕投げとか、する?」
「しねえよ、冬矢にぶつけんの怖いし、蒼生に向かって投げられるはずないもん」
ふっと冬矢が笑う。
「わかってるじゃないか」
「まあ、おまえはオレにはきっかり全力で叩きつけてきそうだけど……。蒼生はやりたい?」
「んーん。言ってみただけ。でも、本気でああいう遊びしたことないから、出来たら楽しいかもね。僕、人前ではしゃぐの苦手だけど、ふたりの前なら大丈夫だし。……とは、思う、ものの……」
蒼生は手を伸ばし、両側にあるふたりの袖を指先でつまむ。
「あの……ちょっとね、そろそろ、我慢できなくなっ」
最後まで聞いている余裕はなかった。勢いよく抱きついた勢いで、蒼生ごと布団に倒れ込む。蒼生の手がそれぞれの背で浴衣を掴むのを感じる。
「うん。シようね。まずはお風呂に入って、あたたまってから。ね」
「……ん」
「1枚だけ、綺麗な布団バックに写真撮っても許される?」
「あはは。うん」
頷いた蒼生に、健太は慌てて羽織のポケットから携帯電話を取り出した。
洗い場から外に出るドアを開けると、ぴんっとした冷気に包まれる。
「さっむ!」
「寒いねっ。は、早く入ろ? タオル持ってくればよかったかな」
「持ってこようか?」
「あ、大丈夫、すぐに入っちゃう」
乾いた木製の床はほんのりひやっとする程度だが、なにせ風が冷たい。体に流れる暖かな水滴が、あっという間に冷水になりそうだ。蒼生が急いで湯船に浸かると、健太と冬矢は当然のように左右に分かれて入ってくる。それが嬉しくて、蒼生は頬を緩ませた。湯の心地よさ以上に、ふたりの気配が気持ちいい。
「……ふふ」
膝を抱えて空を見上げる蒼生に、ふたりもつられるように上を見た。よく晴れた夜空は、小さな粒をちりばめたように輝く星でいっぱいだ。目の動きで星座の線を辿った蒼生は、両手で湯を掬う。
「すごいね。お風呂気持ちいいし、星がたくさん見えて綺麗だし、部屋の明かりでぼんやり雪景色が見えてるのも素敵だし。そのうえ両側に大好きな人がいるの。……最高の気分」
「蒼生……。俺も、とても満たされた気分だよ。蒼生といられて本当に嬉しい」
冬矢はするりと手を伸ばし、蒼生の腰を抱く。ぴくん、と蒼生が肩を揺らす。
「でも、この景色が見られなくなっちゃうほど、もっと気持ちいいことするんだけどな」
健太が肩を引き寄せて、蒼生の顔を覗き込むようにキスをする。唇を離すと、蒼生はうっとりしたように微笑んだ。
「……うん。いっぱい、して」
その言葉を合図にしたように、ふたりの手に“触れたい”という強い意思が宿る。頬に、肩に、指先に、背中に、腰に、ふくらはぎに、柔らかく触れていく。重ねるキスの隙間で、蒼生はもどかしそうに身をよじる。愛しい。
「はぁ……。好き、蒼生、好きだよ……」
「あ、んぅ、健ちゃぁん……」
冬矢が蒼生の顎に手を添える。
「こっちも見て、ね」
「とぉや、んっ、ふ、き……好きぃ」
健太は白く浮かび上がるうなじに唇を這わせ、存在を主張し始めている乳首を軽く擦る。
「んっ!」
ばしゃ、と蒼生の片足が水面から跳ねる。
その反応に、今度は冬矢が片手を動かし、中心で熱く震えて待ちわびていた蒼生のペニスをやんわりと包み込む。
「あ! っあ、んっ」
じゃぷっと水音。蒼生の両足は、焦れて水面を細かく叩いていた。
「あー……っ」
可愛らしい声は、どこにも反響せず、水音と一緒になって雪景色に溶ける。それが普段とは違う刺激になって、ふたりの耳に心地よい。
「……っ、蒼生、部屋、入ろ」
自分の熱も持て余し始めていた健太が、キスと共に囁く。
蒼生はとろりとした目で拗ねたように健太を見て、それから冬矢を見る。
「ここでシないの……? 外だから、ダメなの?」
優しく冬矢が髪を撫でる。
「いや、ここなら大丈夫だと思うよ。でも、それより、こんなに寒いからね。誰か風邪をひいたら嫌だろう?」
「……そっか、うん……。やだ……」
ぎゅう、と健太が蒼生を抱き締める。
「それに、浴衣着てシたい」
ぼそりと呟かれた言葉に、蒼生きょとんとする。それから、くすっと笑った。
「そうだった、ね」
3人は浴槽を出る。ほどよく暖まった体は、洗い場のドアまでの短い距離では寒さを感じなかった。もう、そんなことに構っていられる余裕がなかったからかもしれない。
急いで身支度をすると、まず健太が部屋に戻る。冬矢は蒼生の濡れた髪をバスタオルで拭きながらその顔を覗き込んだ。
「どうする? 髪、乾かしてからにする?」
「ううん、待てない、もう待てない」
わずかに息の荒い蒼生が首を振る。冬矢は口元を綻ばせる。
「ごめん、ちょっと意地悪を言った」
切羽詰まった蒼生の言葉が聞きたかったからだ。文句を言われてもおかしくないが、それでも蒼生は嬉しそうに笑う。
「えっちの時の意地悪な冬矢も、好き」
「!」
それはとても甘い意地悪だからだ。本当に蒼生を困らせようとしているわけではない。蒼生の反応が欲しい、冬矢らしいアプローチの仕方だと思う。だから、蒼生はそれを聞くのが好きだった。
「……本当に蒼生は、俺を煽るのが上手だね」
「ふふ、煽られてくれた?」
「もちろん」
肩を抱けば、擦り寄ってくる気配。たまらず、そのまま促して部屋に戻る。ちょうど健太が最後の掛け布団を抱えたところだ。
「お待たせ、蒼生。部屋の電気どうする? このままでいいかな」
「うん。僕もふたりの顔見たいから」
蒼生はそう言うと、支度の調った布団の前に立つ。丁寧に敷かれたバスタオルは、ふたりの手によって準備されたものだ。それは自分を求めてくれているからなのだと思うと、胸がきゅうっとなる。嬉しくて、膝をついてから、ころんとその上に仰向けに転がる。
「ね、はやく」
両手を伸ばす。
冬矢が右手を取り、ぎゅっと掴んで、覆い被さるようにキスをする。
掛け布団をほぼ放り投げるように置いた健太が、左手に自分の手を絡め、冬矢の顔がわずかに離れた隙に割り込んだ。
「ん、ふふっ、ん、ぅ」
密やかに笑うような、蒼生の小さく漏れる声。
「はー、一番見たかった景色じゃん……」
浴衣で布団に寝転がる蒼生なんて、いったい何度想像しただろう。頭の中でさえあんなに可愛かったのに、実際目にした蒼生はそれを軽く飛び越えてくるくらいに可愛い。恥ずかしがるかと思っていたが、こんなに嬉しそうにしてくれるなんて。
「け、ん、ひゃ……」
「うん。ありがとね、蒼生」
握った手は離さずに、残りの手で襟をそっと引く。露わになる胸元に、ふくりと口当たりのよさそうな乳首。迷わず、ちゅっと吸い付いた。
「んっ」
背中が反るので、浴衣の隙間から反対側の乳首も見える。そちらは指先でそっと押しつぶす。
「は、ぁう、んんっ、ん」
甘い吐息を冬矢は口移しで飲み込んだ。唇の裏を舌でくすぐれば、蒼生の舌がその先を捏ねてくる。
「ぁおい、上手」
「ん、うん……ッ」
蒼生の腰がわずかに浮く。
「……なーに?」
「はっ、う……こっち……も、して」
視線をやれば、腰の中央で浴衣が持ち上がり、じわりと染みを浮かべている。
蒼生の両手はふたりに繋がっている。自分では触れられない。
このまま焦らしても可愛い反応をしてくれるだろうが、生憎ふたりの余裕もかなり限界に近い。
「うん、触ってほしいね?」
「ん、うんっ、さ、わってほしい……っ」
懇願の声を心地よく聴きながら、冬矢は布越しの先端に手のひらを寄せる。
「あぁっ、あ、はぁっ」
するすると撫でれば、手を追うように揺れる腰。
可愛い。
「あ、う、……うぅ、もぅ、出したぃ……」
そうだろう、さっきはもう少しというところで我慢させたのだ。健太が片手を蒼生の浴衣の裾に伸ばす。冬矢も足下から少しずつはだけさせていく。
「…………っ」
蒼生が肩を震わせる。布に隠されていたペニスが部屋の空気に触れて、ぞくりとしただろうか。
「可愛い……」
冬矢は震える先端にキスをする。追って体をずらした健太が、その少し下から舐め上げる。
「ひゃっ」
「んー、かぁいぃ」
「え、あ、あぁっ」
ぱちぱち、と蒼生は瞬きの数を増やす。
それから、ぼっと顔を赤くする。
自分でもそれがわかったので、頬を触って確かめたいが、両手は塞がったままだ。
恥ずかしくて目をそらしたくなるが、ずっと見ていたい気もする。
「あ、はぁ、……っあ、うー……」
ふたりが、同時に蒼生のペニスにキスをしてくれるのは、初めてだった。
嬉しい。
けれど、それ以上に煽情的だ。
競うように舐め合い、咥え、吸い付くのを見つめていると、頭の中がぐちゃぐちゃになりそうだった。
おかしくなってしまう前に止めたい。けれど見ていたい。
「……ふ、ぅうぅ、んっ」
唇を噛んで、耐えようとする。
けれど、ずっと目が合ったままのふたりが、蒼生の様子に気付かないはずはない。
冬矢は片手で温めていたローションを指先に集めると、蒼生の体の中に、まずは1本、ゆっくりと沈める。
「んぁっ……」
湯に入る前、洗い場で体を洗いながらふたりがかりで慣らしたそこは、緩やかに冬矢の指を受け入れる。
この分なら、すぐに増やしても平気だろう。
続いて、もう1本。さらに1本。
「あ、ぁあ、いっぺんに、しちゃ、もぉ……っ」
「蒼生、気持ちい?」
「っん、うん、きも、ちぃっ……」
「いいよ。ほら。出したいんだろう?」
健太は筋のあたりを優しく擦りながら、先端に舌で円を描く。冬矢は雁首を舌でなぞりながら、中のふっくりした部分を揉みしだく。
「う、ぁ、……あ、ああっ、あ、……ぁ、で、ちゃ……っあ!」
びくびく、と震えた蒼生が、逃げるように腕を引く。蒼生の意思ではない。そんなふうに勝手に動いてしまうのも可愛いなと思い、健太は蒼生の吐き出した精液をそのまま飲み込んだ。
ぱたん、と蒼生がシーツに頭を倒した。
「……はあ、はあ、……あー……」
冬矢が指を抜いた刺激で腰を揺らし、緩く目を閉じて余韻に浸る蒼生が愛おしい。健太は蒼生の顔のそばまで近寄って、親指で頬を撫でる。
ぽや、と目を開いた蒼生は、再び健太に向かって両手を伸ばした。
「……健ちゃん、ぎゅ、して」
「かわっ……あ、うん」
健太は蒼生の背中の下に手を滑りこませ、うなじに顔をうずめる。そっとそこにキスをすれば、首に抱きついた蒼生の小さく笑う声がした。耳元で聞くそれは、とても心地いい。
「えへへ」
「ふふ。……ねぇ、ふたりに一緒に舐めてもらうの、すっごく気持ちよかった」
「そんなに?」
「うん。またしてね」
嬉しそうな蒼生の声に、健太は「うん」と答える。その吐息にもくすぐったそうに蒼生が笑う。
蒼生の両足を抱え上げた冬矢も、笑った。
「蒼生が気持ちいいなら、いくらでもしてあげるよ」
ふたりは、その答えに一瞬の迷いも見せず、ためらいもしなかった。蒼生はほっとする。それと同時に、絶対に回し飲みすらしないくせに、と思って笑ってしまう。こうしてお互いの舌が触れても気にしないのに、それは駄目なのか、と。
「……蒼生、何笑ってるの?」
「ううん、ちょっと、嬉しいのが溢れてきちゃった。……冬矢ぁ。もっと、嬉しくして」
甘える音色の声。体の奥に直接響く。だから、追及するのは後にする。
「じゃあ、挿入るからね」
「うん、ん、……っあ、あぅ、は、ぁ」
きゅうっと健太の背中で蒼生の手に力が入る。冬矢の視界の中で、その動きと中のうねりが一致する。
「とぉや、の、ぅう……あ、んっ、気持ちぃ……」
「ナカでも教えてくれてるの? ふ、可愛い」
擦るように揺すってやると、声にならない吐息が漏れる。
健太が腕に力を込める。
「……蒼生、オレも、ちょっと限界で。お願い、してもいい?」
「ぅん、」
お互いに腕を離す。蒼生は体をねじり、座る体勢になった健太の股間に手を伸ばす。そしてそのまま、はだけた浴衣の間から屹立するペニスにしゃぶりついた。
「っ、う」
「はぁっ、あ、も、ぉ、いっぱいおっきぃ」
「無理しなくていいからね」
「ん、んーっ」
ゆっくりと健太は蒼生の髪を撫でる。嬉しそうに蒼生が頷く。そのうっとりした表情に、冬矢も笑う。
「口いっぱいにしちゃって、可愛い。気を付けてね。噛まないよう、にっ」
「んぐっ」
冬矢が細かく腰を打ち付け、擦り上げる。
慌てた蒼生の手が、健太のペニスを守るように包み込む。
「うぁ、やべ、それっ……」
「ん、ふぅっ、う、んっ、ん、ぅ、ぁ」
一生懸命頑張って口を開こうとしている健気な姿が愛おしい。可愛い。
濡れた音。
荒れた息の音。
甘い蒼生の声。
「蒼生……っ、蒼生、」
熱く熟れて受け入れてくれる蒼生のナカに、冬矢は限界の近さを感じていた。
目が合う。
蒼生の優しい眼差し。
「……らして、あ、出してぇ……」
「うん。蒼生。……蒼生っ」
「と、ぉやぁっ……」
「…………っ!」
体の中から、熱い迸りが、蒼生に向かって駆けていく。
その震えを感じ、蒼生はふんわりと微笑む。
冬矢が離れるのを待たず、健太が身を引いた。
「……次、オレね」
「えぇ……まだ、もらってない、のに……」
名残惜しそうな蒼生の耳を、指先でくすぐる。
「ごめんね。羨ましくなっちゃった。オレもナカでイきたい」
「そっかぁ……。ん、うん……、どうしたらいい……?」
「背中見たい」
「あはは、うん」
冬矢に手を取られて、蒼生が身体を起こす。蒼生はシーツに手をつこうとしたが、冬矢の手がそれをとどめ、自分の両膝に置いた。目の合う姿勢に、蒼生が照れて笑うので、そっと唇を合わせる。
健太は、その背中を目がくらむような思いで見つめていた。浴衣は乱れ、腰で結んだ帯でかろうじて体を包む場所を残している。肩甲骨が落とす影が、その凹凸が、なんとも艶めかしい。
「蒼生」
腰を掴み、滾った熱をゆっくり蒼生に沈めていく。
「あ、っは」
首が反る。冬矢が喉元に唇を落とし、健太は肩甲骨にキスをする。
「……はぁっ、あ、は、いって、……あ、あ、ぁ」
ぎゅうっと健太が抱き締めると、蒼生の手が小さく震えた。
「んぅ」
「はー……気持ちい……。蒼生も?」
「うんっ……気持ちいとこ、あ、ん、ぅうー……」
肩越しに、俯く頬が見える。大好きな形の耳も。わずかに潤んで、必死に健太を捉えようとする瞳も。
ずる、健太がペニスを引き抜く。
「ひっ」
「ごめん、やっぱこっち」
体を抱き上げ、ころりと転がす。
蒼生はされるがまま、ふんわりと健太を見上げている。
健太は腰を抱え、蒼生をそこに下ろすようにしてペニスを差し入れる。
「っぁ」
呆れた笑顔で、冬矢が蒼生の髪を指で梳く。
「まったく、蒼生の彼氏は要求が多いね」
「んっ、……ふふ、どっちの彼氏も、愛がおっきいから、ね」
「! うっわ。そんな、可愛いこと言うのぉ……?」
「ははっ、気持ちが正しく伝わっているようで何よりだよ」
冬矢は蒼生の手に指を絡ませて、ゆるりと摩る。
「あぁっ! んぁ、う、は……、はぁっ、あ、」
片手を伸ばした健太は、脱ぎ捨てた格好のままだった自分の羽織を掴む。
「ね、蒼生、もっかい言って」
「ふぇ……?」
蒼生はゆったり視線を上げ、それからわずかに目を見開いた。
健太の手には携帯が握られ、レンズがきらりと蒼生のほうを向いていた。
「……あ、ぅ? 撮って、んの?」
「うん。しゃべって。動画だから」
「おい、健太」
眉をひそめて、冬矢が健太の腕を掴もうとする。それをとどめたのは蒼生だ。
「……蒼生、いい?」
「ん、いいよ。はぁっ、あ、……絶対に、誰にも、見られちゃいけないの、が、そこに入って、ぁう、と思うと、……僕って健ちゃんのものなんだなぁって、思えて、ふふ、嬉しい……っふぁ、あぁっ」
「蒼生」
健太の見つめる画面の中に、ふいに冬矢が割り込む。そして蒼生にキスをすると、ちらりとレンズを見た。
「あっ、てめ、……やきもちかよ」
「当然だろう。蒼生の彼氏は健太だけじゃないんだからな」
くすくす。
蒼生が笑い、手を伸ばした。
「ねえ、僕、も」
いたずらっぽい顔で健太から携帯を受け取ると、蒼生はくるりとそれを裏返す。画面には、きょとんとした顔の健太と困ったように笑う冬矢の顔が映っている。
「僕も、はあっ、残しておきたい。僕の中で気持ちいいって、思ってくれてる、だーい好きな、ふたりの彼氏の顔」
「っうわ」
「! あはは、っあ、健ちゃん、ナカでおっきくなったぁ」
健太は頭を抱えると、蒼生の手から携帯を取り戻す。
「なるだろ……。やっぱ、撮るの、おしまい。蒼生はちゃんと直にオレたちのこと見て」
「ふ、ふふ。はぁい。健ちゃん、冬矢、大好きっ」
ぽすん。
健太の投げた携帯が、向こうの掛布団の上に落ちた。
窓の外は、朝日に照らされた雪がきらきらと光って眩しい。
二組の布団を壁際に片付けていた健太は、その景色を眺めてぐーっと背伸びをした。
「んー、すっげぇ気持ちいい朝だなあ」
枕を抱き締めるように布団に突っ伏していた蒼生が顔を上げる。
「ほんとだねえ。光の当たり具合で全然景色が違って見える」
冬矢は蒼生のそばに寄ると、優しく背中を撫でた。
「どう? どこか痛い?」
「ううん、痛くはないよ。ただ、ちょーっとだるくて起きるのがしんどいだけ」
心配げな冬矢に、蒼生は笑顔を返す。
「なにせ、だいぶ盛り上がっちゃったからね」
「そうだね、あれは仕方ない」
「ねー」
にこにこ、と蒼生は嬉しそうだ。体のだるさよりも、たくさん愛してもらえた心地よさのほうが勝っているらしい。
そこに、インターホンの音が鳴った。
「お、朝ごはんの時間か」
「! そうだった!」
くるりと表情を変え、蒼生は焦った様子で腕を突っ張る。
「無理して起きなくてもいいんじゃね? 疲れてるからごろごろしてます、でも平気だろ」
「だ、だめ、抱かれたあとの布団の上にいるとこ、他の人に見られるの、なんかやだ」
「あ、そりゃそうか」
ぽんと手を叩き、健太は大股で蒼生のもとに歩み寄ると、ひょいと蒼生を抱き上げた。
「ひぇ」
「冬矢、よろしく」
「わかった」
健太はそのまま洗面所に入ってドアを閉めた。ふたりで外の様子を窺っていると、部屋の入口のほうで冬矢の声が聞こえる。それから、冬矢だろうか、ばさばさと布団を片付ける音。そして元気な小堀の挨拶が聞こえた。
「……ねえ、健ちゃん、僕、そろそろ立てると思う」
「うーん……。せっかくだからもうちょっと」
「せっかく?」
蒼生は首を傾げて、困ったように鏡を見た。大きな鏡には、健太が外を気にしながらもにやにやしている顔と、抱き上げられた自分の姿がまるまる映っている。その顔は、健太と同じようにとても嬉しそうだった。結局こうして可愛がられていることが嬉しいのだとはっきり見える形でわかってしまい、照れた蒼生はこっそり健太の胸に顔をうずめた。
「ふたりとも、もう大丈夫だよ」
冬矢がそう言いながらドアを開ける。そして、入った時と同じ格好のふたりに噴き出すように笑った。
「想像通りの光景だな。ほら、蒼生。ごはんにしよう」
「うん」
健太はきっかりと蒼生を膳の前まで運び、座椅子に座らせる。膳の上には、焼き魚や煮物、海苔に生卵などが綺麗に並んでいた。
「わ、旅館っぽい!」
「やっぱこういうのだよなあ」
「また健ちゃん、ごはん足りなくておかわり必要かもね」
「かもな!」
「では、いただこう」
3人はにこにこしながら手を合わせた。
食事が終わると、健太はもうひとつ「せっかくだから」を言いだした。
ばしゃん、と健太は勢いよく湯船に飛び込む。
「っはー! 朝の露天風呂って気持ちいいな!」
頭から飛沫を浴びることになった蒼生は、ふるふると頭を振りながら楽しそうに笑っている。その向こうの冬矢は渋い顔だ。
「まったく、おまえはずっとはしゃいでいるな」
「そりゃあそうだろ、はしゃがないでいられる要素がねえもん。だって、見てくれよ。自然光の中ですっぽんぽんの蒼生と一緒なんだぞ!」
「へ?」
そっと蒼生は膝を抱え込む。
「あ、隠しちゃわないでよ勿体ない。昨日あれだけ見せてくれたじゃんか」
「そういえば外だなって思ったら……」
「おまえが変態みたいなことを言うからだろう。……まあ、太陽の下で見るとまた違った綺麗さがあって美しいなとは思うけれども」
「と、冬矢までぇ……」
困った顔の蒼生に、ふたりは笑う。
「ともあれ、たしかに朝の露天風呂もいいものだね。光が差しているから、ほら、水面の模様が底にも肌にも映っているのが綺麗だ」
蒼生も頷き、手足をぐいっと伸ばした。ゆらゆらと揺れる光。体を包む暖かな湯と頬を撫でる涼しい風も手伝って、とても心地いい。
「明るいときの雪景色も素敵だし、朝のお風呂も気持ちいいし。ふたりと見る景色って、どうしてこんなに幸せなんだろう。はー、ふたりと来られて本当によかった」
しみじみと蒼生が呟く。
それを両側から見るふたりも嬉しそうだ。
「ねえ、健ちゃん、冬矢。温泉、また来ようね」
「うん。それから、他のところもいっぱい行こうな」
「そうだね。ご褒美じゃなくたっていい。理由なんてなくてもいいから、これからも様々な景色を一緒に見ようね」
それはきっと叶う約束だ。
健太と冬矢のまっすぐで眩しい笑顔が、それを確信にしてくれる。
「改めて、蒼生、おめでとう」
「おめでと!」
「ありがとう!」
蒼生は今度こそ、素直に答える。
すると嬉しさと同時に、急にそのまっすぐさが恥ずかしくなった。
照れ隠しに、蒼生は手のひらに掬った湯をぱたぱたと水面に落とす。
落ちていく水滴が、太陽の光にキラキラと輝いているのを、3人は穏やかな眼差しで見つめていた。
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