82こ目;もっと近くで
それは3人にとってはかなり印象深いイベントでした。
高校2年の体育祭の思い出話です。
こちら、4/9開催のWebイベント「創作BL大運動会」のお題「体操服」から着想を得て書きました。
もっと体操服に焦点を当ててもいいかなと思ったのですが、こんな感じで。
↑初公開時キャプション↑
2023/04/09初公開
https://pictbland.net/users/series/kazanet-tk/%E5%83%95%EF%BC%8B%E5%90%9B%E2%86%92Waltz%EF%BC%81
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うららかな春の日差しに誘われ、3人は揃って買い物に行くことにした。普段ならバスで向かう少し遠めのショッピングモールまでの道のりも、蒼生が真ん中にいるなら楽しいデートコースだ。少し重たい袋を3人で分けて持ち、ついでに買ったケーキを楽しみに家路を急ぐ。
その拡声器のアナウンスに気が付いたのは健太だった。
「な、あっちから運動会の音がする」
「えっ? ……あ、ほんとだ」
「学校が近くにあるのかな。ちょっと曲がってみる?」
「うん」
次の角を曲がると、少し先に高いネットが張られた校庭が見えた。とたんに賑やかな音楽と元気のいい声が聞こえてくる。さらに近付けば、ネットから校舎に向けて張り巡らされた万国旗や、校庭を走り回る体操服の姿も目に入る。
「小学校か」
「だな。おー、ちっちゃいのが一生懸命走ってるわ。そんな昔のことじゃねえのに懐かしく感じるなぁ」
「大学にはそういうイベントないもんね。僕は得意じゃないからありがたいけど」
蒼生の向こうでは、冬矢が黙って首を縦に振っていた。 そうだろう、と健太は笑う。このふたり、身体能力では決して劣ることはないが、目立つことが嫌いだ。その上団体行動を好まないから、運動会はかなり苦手な部類のイベントらしい。
「オレは好きだから、またこういう機会があればいいのにな~と思ってる」
「健ちゃんはそうだよね。……うーん。せめてふたりと一緒ならなぁ。全員別々の時はしんどかった」
ああ、と健太が手を叩く。
「あった、あった。高2の体育祭だよな。オレたち、見事に3人バラバラになったっけ。しかも全員自分の好きな色じゃない組になってさ」
冬矢も遠い目をして、はあっと息を吐いた。
「そうだったな……。俺も、あの組分けにはげんなりした」
両隣を見比べ、蒼生はふんわりと笑う。
「うん。……でも、今になってみると、いい思い出だったような気がする」
わあっと大きな歓声が響く。グラウンドの小さな姿に、自分たちの姿が重なった気がした。
3年間クラス替えのない蒼生たちの高校では、体育祭をクラス対抗ではなく三色の色別対抗で行うことになっていた。戦力的に分けるクラスもあるようだが、くじ引きなどで分けるクラスのほうが多いらしい。3人のクラスもそうだった。
ホームルームの終わりにくじを引いた蒼生は、健太と冬矢の結果を見て呆然とする。
「……け、健ちゃんとも冬矢とも違う組だ……」
笑った健太は、蒼生の頭をぽふぽふと叩いた。
「蒼生は白か。オレが青で、冬矢が赤。へーえ、こんなこともあるんだなぁ」
冬矢は既に冷めきった目で他人事のように盛り上がるクラスを眺めている。それを見た蒼生は、休んでもいいかな、という言葉を喉元まで持ってきた。しかし、そんな勝手を言って母に許してもらえるだろうかと考えてしまい、困ったように押し黙る。
健太は、蒼生のなにか戸惑っているような様子に気が付いた。きっと自分と組が分かれたことが不安なのだろう。ならば、楽しいことを考えれば蒼生の不安はなくなるかもしれない。
「なあなあ、3人で勝負しねえ?」
「え?」
蒼生がきょとんとして首を傾げると、健太は競技の名称がずらりと書かれた黒板を指さす。
「3位になった誰かが、1位の誰かの言うことをなんでも1つ聞く! とかどうかな」
「でも、あれだけ種目いっぱいあっても、全部に出るわけじゃないでしょ。最低1個出ればいいっていうルールじゃ、勝負できないんじゃない?」
「だからさ、組の勝敗で決めんの。白組が勝ったら蒼生の勝ち。青だったらオレ、ってふうにさ。個人で頑張るっていうより、完全に運勝負! オレら以外はどこに強そうな奴がいるかわかんないからさ。そのほうが面白いじゃん」
「……たしかに」
表情のなかった冬矢が、ぴくっと肩を揺らす。蒼生と同じ組にならなかったことで、もともとなかったやる気を完全に失っていたが、健太の提案には少し興味があった。
「ちなみに、2位はどうする?」
突然身を乗り出した冬矢に、健太は驚いた顔をした。が、すぐに蒼生の肩に手を置いて、下から煽るようににやにや冬矢を眺める。
「あれぇ、興味ないんじゃねえの?」
「不戦敗だと言われて、蒼生をおまえの好きにさせるわけにはいかないからな。……それで、2位の処遇を決めていないのなら、2位は1位と3位のどちらに加担してもいいことにしないか。ひとりだけ傍観する結果になるのはよくないだろう」
「あー……、そっか、そうだな。んじゃ、そうするか」
素直に健太が受け入れたので、冬矢は少しほっとした。万が一蒼生が2位になって、自分と健太のふたりで命令を聞くの聞かないのというやりとりをすることになったとしたら、何の面白みもない。誰が何位になろうが、蒼生がその中に含まれていなければ意味がないのだ。どちらにせよ、蒼生と戯れられる結果に持っていけるならば冬矢に異論はない。
「蒼生もそれでいい?」
健太が顔を覗き込むと、蒼生はいまいちしっくりこないような表情で頷く。おや、と思った。おそらく健太の言う見返りに対して、体育祭に出ることの面倒さのほうがまだ勝っているのだろう。健太も無理強いしたいわけではない。ただ、蒼生と一緒の行事に出たいという願望がある。だから、とにかくまっすぐに素直な気持ちを伝えることにした。
「ねえ、蒼生」
「ん、うん」
「オレ、さっきの勝負の話とは別にさ、蒼生にかっこいいとこ見せられるのが楽しみなんだよね」
「健ちゃんの、かっこいいとこ?」
「そう! 見てほしい!」
ぱちくりと蒼生は目を瞬かせる。
蒼生の戸惑いを感じていた冬矢は、健太のその明るさを利用しようと咄嗟に思い、敢えて揶揄うような声を出す。
「なんだ、出る競技も決まっていないのに、健太は既に活躍する気でいるのか」
「そりゃそうさ! 頑張るもんね。蒼生はなんかオレに出てほしいのある?」
「えっと。……健ちゃん、足早いから、そういうの見たい」
「ん! じゃあ張り切ってエントリーしちゃう!」
健太はぐっと拳を握って見せた。その笑顔に、蒼生の肩からわずかに力が抜けたようだ。冬矢が蒼生の手にそっと自分の手を重ねる。
「まあ、個人競技で争えば、健太が勝つ確率が高いんだろうな、残念ながら。所属している組で争うなら、適当に応援していればいいんだから、俺と蒼生には気が楽だね。勝った時に何をお願いしようか考えておかなくちゃ」
「そっか。うん」
少し持ち直したものの、まだ蒼生の気持ちは決まっていない感じがする。だが、学校行事が苦手な蒼生が、はっきりそれを態度に表してくれるのはいいことだ。健太だけが別の組になった去年の体育祭では、がっかりする健太に「頑張ろうね」とにこにこ笑っていた。冬矢はすぐ、それが無理をしている笑顔だと分かった。他人に対して自分を繕うことが得意な蒼生だが、それは蒼生自身の気持ちを飲み込んで封じ込めるということだ。健太と冬矢は、自分たちの前ではそれをさせたくないと思っている。
「……蒼生。本当に嫌なら、ちゃんとそう言っていいんだよ」
囁くように冬矢が話しかけると、蒼生は二度瞬きをして、それから小さく首を振った。
「最初は嫌だと思ったけど、健ちゃんと冬矢が面白いって言うことなら、きっとちゃんと楽しいんだろうなってわかるから大丈夫。ご褒美もあるみたいだし……。今は、苦手な競技に割り当てられちゃわないかなって、それが心配なだけ」
冬矢ははっとして、それから目を細める。蒼生が「ご褒美」と口にしたからだ。たとえ自分が負けて何かを命令されるとしても、それが「罰ゲーム」になるとは微塵も思っていないらしい。健太と冬矢がどうあろうと蒼生に酷いことをするはずがないと心底信じ切っているから出てきた言葉だろう。意識的ではないにせよ、蒼生に信頼されていると思うと、やはり嬉しい。
そこまで意識していない健太は、蒼生の心配のほうが気になったようだ。
「そうだよなー、これから色ごとに分かれて競技決めんだから、心配なの、わかる。やっぱ目立つのがやだよな」
「えっと、あとは、あんまり人に近寄られるのは嫌かも……」
「ん、人に触られんの苦手だもんな。そしたら、密集しなくて大勢でやるやつがいいか。じゃあ大繩飛びとか、あんま人気のないとこに立候補しちゃえ。あれもちょっと近付くけど、すこーしだけ、ぶつかるくらいだから」
「うん。それなら……」
「で、個人競技は振られても全力で断れ。断ったらみんな困るかな~とか蒼生は考えると思うけど、大丈夫だから。目立ちたがり屋はいっぱいいるから、そいつらに任せちゃえばいいんだよ」
「う、うん」
蒼生は押しに弱い。優しいから、誰かが困っていたら絶対に手を挙げてしまう。蒼生の能力ならばどの競技に当てられてもきちんと期待に応えられるだろうが、無理をしているなら本人の気持ちのほうが問題なのだ。
その時、チャイムが鳴った。ここからはロングホームルームの時間になる。
「それでは、みなさーん。指定されたクラスに移動して、話し合いを始めてください」
クラス委員が声を張り上げる。出場種目の話し合いは学年ごとに行われるため、教室1つでは当然入りきらない。蒼生の組はこのままだが、健太と冬矢は別の教室に移動しなければならなかった。健太は蒼生の肩を叩き、冬矢が蒼生の手をきゅっと握る。
「強い気持ちで、な」
「ちょっとだけ頑張ってね」
「うん。ふたりとも、いってらっしゃい」
そうしてふたりが出て行ってしまうと、ぎゅうっと胸が締め付けられ、ひどく心細くなる。だが、ここからはひとりだ。だから、そうも言っていられない。自分でなんとかするしかないのだ。蒼生は大きく深呼吸をする。一度、二度。その頃には、穏やかな“いつもの蒼生”の顔に戻っていた。
教室に残ったのは蒼生と同じ白組のメンバーだ。見れば、比較的おとなしい顔ぶれが揃っている。少し不安に思ったが、なるようにしかならないだろう。とりあえず、他のクラスから人が来る前に、なんとなく固まっているクラスメイト達のもとに寄ることにした。
「あ、野木沢くんも白組なんだ。よろしくね」
「よろしく。篠崎さんはどの競技狙い?」
「うーん、あんまり運動得意じゃないから、出来れば全部見学してたいなあ」
「あはは、その気持ちわかるよ。僕は勝敗が付くことが苦手だからだけど」
「あ、そうだったね」
穏やかなクラスメイトと会話をすることで、蒼生は外向けの自分を整える。それから冷静に、ぞろぞろと入ってき始めた白組のメンバーの顔をじっくりと眺めた。人数が増えるにつれざわめきが大きくなるのが示している通り、賑やかな連中が多いようだ。名前はあまり覚えていないが、運動部で活躍する顔もいくつか見える。うまくすれば、目立たずに終わることも出来そうだ。
全クラスから白組メンバーが揃うと、教室は生徒たちで溢れかえった。もう少し広い場所でやったほうがいいのではないかと思うが、特に口を挟むことではないので黙っておく。
「……えーっと」
「これ、どうすんの」
「誰か仕切る奴いたほうがいいんじゃね?」
ぼそぼそと教室のあちこちから声が上がる。蒼生は足元に目を落とした。こういった、誰かが何とかしてくれないかなと誰もが思っている空気が苦手だ。思わず声を上げてしまいそうになる。けれど、健太の言った通り、蒼生は口をつぐむことを選んだ。こういった行事にはちゃんとやりたい人間が立候補しないと、あとが混乱する。
「ってか、佐渡いんじゃん」
誰かが声高に言った。それは蒼生も知っている名前だった。サッカー部の現在の部長で、健太の友人だ。
「そうだそうだ、佐渡、頼むわ」
「えっ、俺?」
「とりあえずこの場を仕切ってよ、キャプテン! ……えーっと、異議ある人ー!」
「ないでーす!」
ぱちぱち、と拍手が巻き起こる。この場で異議を唱える者がいたとしたら厄介なのだが、その心配はないらしい。しかも、運動部を中心にまとまりそうな気配すら感じる。
引っ張り出されて、ひとりの男子生徒が教壇の上に立った。
「えー。……とりあえず、この場は俺が取り仕切らせていただきます。競技決めるまでな。そのあとのことはそのあと話し合おう。んじゃ、さっそく決めようか。そうだな……」
佐渡はくるりと黒板のほうを向き、羅列された種目名を眺める。そしてもう一度こちらを向く過程で、ばちっと目が合ってしまった。
「野木沢はどう決めるのがいいと思う?」
「え?」
彼は健太の友人だ、当然蒼生のことは知っている。だが、こうして突然声をかけられるほど交流はなかったように思う。だが、別に臆することはない。ふっと笑って小さく首を傾げる。
「あくまで僕の考えで良ければ。勝敗は大事だとは思うけれど、まずは自分がやりたい競技をやるべきだと思うな。少なくとも1つはエントリーしなければならないわけだから。1つだけ出る競技が意に沿わないものになってしまうと、体育祭自体がつまらないものになってしまうでしょう」
「なるほど」
「だから1つを確定させたうえで、出たい人や推薦で2つ目以降を決めていくといいのかな、と思う。1つ目で人数がオーバーする競技があったら、それは話し合わなければいけなくなるけどね。ただ……集まったみんなの顔を見ると、人材は豊富そうだから、うまく分散はしそうな気はする。2巡目の人選は、それこそスポーツの得意な佐渡くんの腕の見せどころじゃないかな」
「……ふーん、ずいぶん俺を買ってくれてるなあ」
にいっと笑うと、佐渡は改めて教室の生徒たちを見渡す。
「ということだけど、俺に異論はない。みんなはどうかな」
「いいんじゃない?」
「うん、まずはやってみてもよさそう」
蒼生はほっと胸を撫でおろす。突然振られたのでまとまっていないまま話し出してしまったものの、なんとか形にはなっていたらしい。まさかそれをそのまま適用されるとは思っていなかったが。
第一希望は、全員がそれぞれ黒板に名前を書いていく形式で決められた。あまり乗り気でない生徒たちもいたせいか、団体種目に多く人数が集まり、募集人数を超えた種目はなかった。2つ目以降の希望についても、体力自慢の運動部員たちが積極的に参加を申し出たことで、大きな問題もなくすんなりと全員の出場種目が決まった。
チャイムが鳴る頃には、種目ごとに出場者を提出用紙に書き込むところまでがすべて終わっていた。黙ってそっと後ろに下がることで、健太が懸念していた個人種目への勧誘も免れることができ、蒼生は大きく息を吐き出した。
他クラスの白組の面々が教室の外に出ていく中、駆け込むように健太と冬矢が戻ってきた。その姿を見て、胸の中がぶわっと熱くなる。
「あ、おかえり」
ふたりは、蒼生がにっこりとふたりを迎え入れたことで、大きなトラブルがなかったことを察した。健太はほっとした様子で蒼生の手を握る。
「大丈夫だった?」
「大丈夫だった。佐渡くんがうまく取り仕切ってくれて、運動部の人たちでメインは埋めて貰った」
「佐渡? サッカー部の?」
「そう。健ちゃんのお友達。話をまとめるのが上手な人だね」
冬矢が何度も頷いて、蒼生の顔を覗き込んだ。
「なんの種目に出ることになったの?」
「うん、あのね。大縄跳びと綱引き」
「みんなでやる競技だね」
「本当はひとつがよかったんだけど、ちょっと人数が足りなくて。冬矢は?」
「俺は玉入れと借り物競走。俺も2つ目が避けられなかった」
見つめ合うふたりにやきもちを妬いた健太が、ぐっとふたりの間に割り込む。
「オレね! 徒競走とリレーと棒倒しと騎馬戦!」
「そんなに出るの?」
驚いて目を瞬かせた蒼生に、健太はにぃっと笑って見せた。
「言ったろ。蒼生にかっこいいとこ見せたいって」
蒼生は、ふふっと笑う。
「……そうだったね。全然目を離す暇がなくなっちゃいそう」
その笑顔に無理をしている様子はない。ひとりで目立つことがないだろう競技に割り当てられたことでようやく安心したらしい。健太は握ったままの蒼生の手をぶんぶんと振る。
「いやー、それにしても、個人競技で勝負するつもりないって言ったけどさ! 結局直接対決いっこもないじゃん!」
「あ、ホントだ。……でも、そっちのが嬉しいな。ふたりのことちゃんと見られるってことだもんね」
安心した蒼生の笑顔は、とても可愛い。
冬矢は、周りを見渡してこっそりと肩を落とした。クラスメイトが多すぎる。今すぐ抱き締めたいのにと溜め息をつくと、どうやら向かいの健太も同じことを考えているようだった。
午前の種目が終わると、冬矢はいち早く席を立った。
わざわざグラウンドに教室から自分の椅子を持ってきて組ごとに指定された場所に置くシステムは、後の掃除のことを考えると面倒だと思う。だが、上着や荷物のために自分の場所が確保されているという利便性については頷ける。
その場を動くことが面倒なのか、既に仲のいいメンバーが集まっているからなのか、周りの生徒たちはその場で弁当を広げている者が多い。それを横目に見ながら、昇降口のほうに向かう。
「冬矢!」
人通りの少ないそこには、既に蒼生が待っていた。ひらひらと手を振る体操服姿の蒼生を見ると、自然に足が速まる。そして目の前まで来ると、腕にかけていたジャージの上着をばさりと蒼生の背にかけた。
「わっ」
「まったく。体育祭だからといってジャージの着用が認められないというのは、規則として馬鹿げている」
「? 寒くないよ?」
きょとんとする蒼生に、冬矢は小さく息を吐いた。この学校では半袖に短パンという指定の体操服がある。また、それとは別にジャージの上下もあり、普段の体育では体操服の上に着ていていいことになっていた。しかし、体育祭の時はそれが認められておらず、観戦中の寒い時に限って上着を着ることのみが許可されている。つまり、蒼生の綺麗な腕も、滑らかな脚も、周りの人間の目に晒さなければならないということだ。蒼生自身にその自覚がないので、冬矢は気が気ではない。
「今日はね、おにぎりにしてもらったんだ」
「……うちはサンドイッチだよ。たくさんあるから交換しようね」
「うん!」
蒼生は視線が少なくなって少し緊張が和らいだのか、自分たちにしか見せない柔らかな顔を見せる。こんな可愛い表情は、ほんのわずかですら他人には見せたくないのに。
「あ! ごめん、遅くなったー」
声を張り上げて、ばたばたと健太が駆けてくる。その出で立ちは、裾の長い学ラン姿だ。
「健ちゃん! 応援団、お疲れ様」
「ありがとー。意外にやること多いんだよな」
健太はにこにこと汗を拭う。それでなくとも蒼生たちより多くの種目に出るというのに、健太はいつのまにか応援団も引き受けていた。高校の制服はブレザーだが、応援団用の学ランが着られるということで立候補したらしい。それもやはり理由はひとつ、「蒼生に見てほしかったから」だ。午前中は競技に応援にと駆けまわる姿を、蒼生はむずむずするような嬉しい気持ちで眺めていたのだが、やはり目の前で見るとさらに迫力がある。
「そういう格好も似合うよね。すごくかっこいい」
「マジで? わー、蒼生に褒められるのが一番嬉しいっ!」
ふたりの間に、冬矢がすっと手を差し入れた。
「ほら。健太はその応援団がらみで、昼休みが終わるより前に戻らなきゃいけないんだろう? 食事にしよう」
「ちぇ、またおまえはオレたちの邪魔するんだから……。でもそうだな、蒼生といる時間を大事にしないと!」
すっと隣に並んだ健太を見上げ、それから反対側の冬矢を見つめ、蒼生はふにゃりととろけそうな頬を両手で押さえる。本当に、午前中は蒼生にとっては長すぎた。大好きな人の活躍は嬉しいが、見ているだけなのはとても寂しい。
講堂に向かう外階段では、既に何組かの生徒たちが昼食をとっていた。3人はその一番上、出来るだけ他人から距離を取るようにして階段に座る。健太はいったん立ち上がり、長い学ランを脱いで、座った蒼生の膝にかけた。
「健ちゃんまで。日陰だから涼しいけど、寒くないよ」
「いやいや、冷やすのはよくないよ。あと、……あんまりその綺麗な脚、他人に見せたくねえの」
え、と蒼生が目を見開く。それから、冬矢の顔を覗き込んだ。
「もしかして、冬矢が背中にかけてくれたのも、そのため?」
「ああ。蒼生、全然気が付いてくれないんだから」
「っ、えっと、ごめん。……けど、そっか。ふふ。嬉しい」
蒼生はジャージの前を掻き合わせ、学ランごとぎゅっと膝を抱く。ふわりと香るのは、よく知った匂いだ。そうか、ふたりは自分を独占したかったのか、と思うと、ふわふわした温かい気持ちになる。
ふたりの服を抱き締めてにこにこ笑う蒼生に、可愛い、と叫びだしてしまいそうになるのをギリギリで耐え、健太はばさばさと弁当を包んだ袋を開けた。
「ええっと。蒼生の好きな卵焼き焼いてもらってきたからさ、唐揚げちょうだい!」
「うん、どうぞー」
「蒼生、ジャムサンドもあるよ」
「美味しそう!」
弁当の中身をそれぞれ交換する、という大義名分がある。だから、並んでぎゅっと身を寄せ合っていても問題はない。じんわりと伝わる体温を堪能していても誰にも気付かれない。
肩をすくめるほど狭い隙間で、蒼生は嬉しそうにサンドイッチを頬張る。
「ふたりとも、かっこよかったねえ」
「ん?」
「健ちゃん、徒競走、すっごく速かった。走り始めた途端に、2位の人との差がぐんぐん離れてくの、びっくりしちゃった。ゴールテープを切るとこが最高にかっこよかった。冬矢の玉入れもすごかったね。1つ1つ、確実に入れてたでしょ。投げた玉が、すーっと網に吸い込まれていってたもん。全部入れるのって難しいと思うのに。シューティングゲームが得意だからなのかな。ああ、もう、健ちゃんの応援はめちゃくちゃかっこいいし、冬矢が的確にみんなに指示入れてる姿も惚れ惚れしちゃうし。周りの人に、僕の彼氏かっこいいでしょ、って自慢して回りたいくらいだった。……我慢したけど」
階段の下にいる生徒に聞こえないように、それでも身振り手振りを交えて話す蒼生は本当に楽しそうだ。見下ろす生徒たちには、振り向く気配はない。冬矢は手を伸ばし、後ろから蒼生の腰を抱く。
「……っ、冬矢?」
「蒼生も頑張ってるね。大縄跳び、見てたよ。みんなを励ましながら一生懸命跳んでいる姿は本当に格好よかったな。他の人たちが蒼生を信頼しているのがわかって、誇らしかった。さすが蒼生だ」
健太も張り合うように、蒼生の肩をそっと掴む。
「オレはちょっとひやひやしたなー。ジャンプするたびに、ちらっと体操服がめくれるのが見えてさ。下着のシャツ着ててもらってホントによかった。でも、色気は隠せないから。それでなくてもさあ、今回蒼生が出てる競技って、どっちも縄じゃん。誰かにえっちな目で見られてんじゃないかと思うと、マジ心配で」
「ひぇ」
すうっと冷たい目を健太に向けた冬矢が、蒼生を引き寄せる。
「……いったい普段から何を考えているんだかな」
「あっ。違っ、違うって、そんな、ちょっと、ちょっとだけだって! 縄ってことは、あれが蒼生に絡んじゃっただらだいぶえっちだなーって……」
「えっとぉ……」
「こっちにおいで、蒼生。こいつからは離れたほうがよさそうだ」
「しょーがねえじゃん、想像力たくましいお年頃なんだよ!」
「蒼生が一生懸命頑張っている時に、そんなことを考えていたなんてね」
「そ、そればっか考えてたわけじゃねえってば」
「ということは、かなりの割合で考えていたということだろう」
「っつーか、おまえだって、体操服の蒼生って、めちゃくちゃえっちだなーとか思わないわけないだろ」
「当たり前じゃないか。半分だけ脱がせて可愛がりたいくらい魅力的だよ」
「同罪じゃねえか!」
「……ふふっ、あはは」
頭の上で白熱していく言い合いに我慢できなくなり、蒼生は声を上げて笑った。ふたりははっとして蒼生の顔を覗き込む。
「うるさかった?」
「ううん。楽しい。あと、嬉しい、かな。なんだか午後も頑張れそう」
蒼生はあたりを見渡し、誰も見ていないことを確認すると、健太と冬矢に順番にぎゅっと抱きついた。そのまま離れがたいように何度も頬を擦り付けるのが可愛らしい。
その言葉と仕草で、当然ふたりにもやる気が出る。午後も蒼生にいいところを見せられそうだ。しかし、離れたくないのはふたりも一緒だった。せめて出来るだけ長く蒼生の体温を感じていたい。それでも残念ながら時間は来てしまう。
「じゃ、もうひと踏ん張りすっか」
「うん」
「ずっと蒼生のこと見ているからね」
「僕も、ふたりのこと、ちゃんと見てる」
3人は頷き合うと、ぎゅっと互いの手を握った。
午後の競技でも、3人は注目の的だった。健太は明るく元気の良い応援が相手チームにとっても気持ちがいいと評判だったし、冬矢は的確な戦況分析からすっかり赤組の参謀として扱われていたし、蒼生に至っては一生懸命頑張って蒼生に褒められるととても癒やされるとなぜか崇拝対象になっていた。
けれど、3人の心の内は、大好きな恋人への思いだけで満たされていて、それどころではなかった。可愛い恋人が頑張っている。素敵な恋人がこちらを見てくれている。自分が注目されることより、そのほうが大事だったのだ。
蒼生が力の限り太い綱を引いたあとは、すかさず冬矢が駆けつけてきて、赤くなった蒼生の手をそっと優しく握ってさすってくれた。それだけで痛みなど引いてしまった。
そのままふたりで騎馬戦を見ていたら、先頭の健太が即座に気付き、思わずこちらに向かってきそうになった。それを冬矢が勝ち誇った顔で「しっしっ」と追い払う仕草をすると、早く冬矢から蒼生を奪わなければと思った健太が怒濤の活躍を見せ、蒼生は無邪気に大喜びをしていた。
さらに健太は棒倒しの際、佐渡に「おまえの可愛い幼馴染みの野木沢は我々白組がいただいた!」と揶揄われ、蒼生が目を丸くするほどの速攻で白組を負かした。はっとして蒼生を見ると、周囲のがっかりした生徒たちを慰めているところだった。けれど、目が合うと、蒼生はにこりと笑ってそっと親指を立ててくれた。
借り物競走に出た冬矢は、途中にある机に並んだ紙を1枚取り、中身を見た瞬間にふっと笑った。それからまっすぐに蒼生の元にやってくると、何も言わずに蒼生の手を握ってゴールまで駆けていく。しかも、青組の応援をしていた健太の目の前をわざわざ通るという徹底ぶりだ。ゴールの先で係の女子にその紙を見せると、彼女は「仲良しだもんねえ」と即座に頷いてOKをくれた。
「なんて書いてあったの?」
「一番大切な人」
「っ……ひぇ」
「違った?」
「……合ってる……」
何度も目の前で蒼生を攫われることを繰り返された健太は、さすがに我慢の限界だったらしい。リレーの直前に蒼生のところに来て、少々拗ねた顔を見せた。
「最後の競技、頑張るから。見てて」
各色2名ずつ、6人が並んでリレーがスタートした。健太の出番は3番目だ。バトンを4位で受け取った健太は、脇目も振らず前を走る背中を追った。その耳には、蒼生の声がはっきりと聞こえていた。
「頑張って、健ちゃん! 頑張れー!」
その声が背中を押してくれた。ぐんぐんスピードを上げ、ひとり、またひとりと抜いていく。バトンは、最初に次の走者の手に渡った。
結局その後の走者がじりじりと抜かされ、健太のチームは3位になった。が、蒼生はとにかく健太の走りが素晴らしかったことがとにかく嬉しかったらしい。
「すごいね! すごいね! かっこよかった!」
と興奮気味に飛び付いてくれたので、それまでの冬矢の得意げな顔の記憶はすべて水に流すことが出来た。
そして。
最終結果は、赤組、青組、白組の順となった。つまり、勝者は冬矢。蒼生が敗者だ。
けれどやはり蒼生はにこにこ笑っていた。
「何でもするよ」
そう言った蒼生に冬矢が告げたのは、
「今度の日曜日は空けておいて。俺の家で、まる1日俺に甘えて過ごすこと」
という言葉だった。それが意外だったのか、蒼生はびっくりして何度も瞬きをしていた。2位だった健太は、当然1位の冬矢に加担し、蒼生に甘えられることを選んだ。健太が冬矢側につくこと自体は不思議ではなかったようだが、なにが気になるのか何度も首を傾げていた蒼生の姿がとても印象的だった。
ひとしきり思い出話を終えた3人は、目を合わせて笑い合う。
「懐かしいねえ」
「それこそ、そんな昔のことでもないのにな」
「たった数年前だからな」
冬矢は瞼の裏に、あの日の蒼生を思い浮かべる。おどおどと膝に乗ってきて、わずかに腰を浮かしていた遠慮がちな態度。健太と冬矢にかわるがわる抱き締められて、ぎこちなく手を伸ばしてくる困ったような顔。
「ふっ。あの頃は、まだ甘えるのに慣れていなくて、ふふっ。がちがちだったね」
「う……。だって、デートとか、え、えっちなこととかはしてたけど、長い時間ずーっと甘やかされることはなかったから……、ものすごく緊張したんだよ」
「でも、あのお願いを言った時、すごくびっくりされたのは意外だったな」
そう言うと、蒼生はわずかに迷った様子で足下に目を落とす。それから、ちら、と冬矢を仰ぎ見た。
「……あのね。びっくりしたのは、その……思ってたのと違ったからなんだけど。……えっと、実はね、……すごくえっちなお願いをされるんだと思ってて。ちょ、ちょっと期待してたから」
「…………」
「…………」
黙り込んだふたりに、蒼生は戸惑ったようだ。えっ、あれっ、と口ごもるのがどうしようもなく可愛い。
健太は蒼生が持っていた買い物袋を手に取った。
「え? 健ちゃん、自分で持つよ」
「いや、早く帰んないといけない理由が出来ちゃったんで、急ごうかと」
「そうだね。早く冷蔵庫にしまって、お風呂を沸かさないといけないようだから」
そう言ったかと思うと、途端に歩くスピードを上げる健太と冬矢に、蒼生はぱたぱたとついていく。何事かと蒼生が覗き込むと、健太はやけにきりっとした表情をしていた。
「……あの頃のがちがちに緊張してびくびくする蒼生も可愛かったけど、今の蒼生が一番可愛い」
「えっ」
「甘え方も、ずいぶん上手になったからね」
「え、えっと」
蒼生は自分の言葉を脳内で反芻してみる。はっきりそうと意識した発言ではなかったのだが、落ち着いて考えてみれば、たしかに今の言葉はふたりのスイッチを入れるには十分だっただろう。なるほど。“そういうつもり”になってくれたのか。
蒼生はふんわりと笑う。やはり、そう思ってくれるのは、嬉しい。
「……ねえ。帰ったら、いーっぱい、甘えてもいいかな」
健太と冬矢は、それを聞いて一瞬驚いた顔をしたが、すぐに嬉しそうに笑った。
「もちろん」
「望むところだ」
間を空けない、重なるようなふたりの言葉が、心に柔らかく染み込む。
「もうひとつ、いい?」
ふたりは、「なに?」と聞き返す。蒼生は、もう一度自分の隣に並んでくれた健太と冬矢の顔を交互に見つめる。
「あの時、ふたりのかっこいい姿を見て、すっごく楽しかったし嬉しかった。でも、もっと近くで見ていたいと思ってたんだ。やっぱり、近くで笑ってる顔を見るほうが好きだな」
「そっか。そうだよな。オレもおんなじふうに思ってた」
「俺もだよ。ふふ。隣にいるのが一番いいね」
「……うん!」
3人の暮らす家までは、直線距離であとわずか。
鮮やかに色付いた春の優しい風が、3人の背中をそっと押しているようだった。
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2026年10月31日 00:00〜翌23:50受付中創作漫画オンリー BOX of BLOCKs 4オリジナル 一次創作 創作漫画 展示のみOK 当日不在OK 初心者歓迎サークル参加受付期間75 / 100sp
02月01日 00:00 〜 09月30日 23:50
2026年06月30日 00:00〜23:50受付中全年齢創作BLオンリー「さわやかで、あまい。」一次創作 創作 BL 全年齢BL ソフトBL ブロマンスサークル参加受付期間10 / 24sp
01月20日 17:30 〜 06月23日 00:00

