85こ目;得意の作り方
本日で2周年になりました!(※2023年初公開時において)
こんなに書き続けるつもりではなかったので、自分が一番びっくりしています。
2周年記念は、健太のお話。
一緒に住むようになって起きた変化の話です。
これからもよろしくお願いいたします!
↑初公開時キャプション↑
2023/06/11初公開
https://pictbland.net/users/series/kazanet-tk/%E5%83%95%EF%BC%8B%E5%90%9B%E2%86%92Waltz%EF%BC%81
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今日も目覚ましが鳴る直前に目が覚めた。
……っ、かわ……。
目を開けたとたん、蒼生の寝顔が視界に飛び込んでくる。うっわぁ……可愛い。えっ、可愛い。マジ天使の寝顔じゃん。あまりの可愛さに感動しちゃう。あー、寝息がすやすや聞こえるの、胸がぎゅーっとする。はあ、可愛い。寝てる時の、瞼のまるいとこ、好き。くるんとしたまつげはいつも指先で撫でたくなるのを我慢してるんだ。起こしちゃいけないからさ。おでこにかかるさらさらの黒い髪も、すべすべのほっぺも、形のいい眉毛も、すらっとした鼻も、無防備で柔らかそうなピンクの唇も、……とにかく全部が綺麗で可愛い。世界中を探しても、こんな可愛い子はいない。
大好きな蒼生。可愛い可愛いオレの彼氏。あー……。満たされる……。こっちを向いてる力が抜けた指先を、ぱくっと口に含みたい。だってそうしても許されるんじゃないかって思えるくらい、優しい人差し指がオレに向かって伸ばされてる。
むぐぐ。ダメだダメだ。いつまでもこの最高の景色を眺めていたいけど、走りに行くんだった。そのために早起きしてるんだもんな。健康第一、体力大事。強い体でいなくっちゃ。
んー、それにしても、ベッドから出たくない……。今、オレの頭の中は大きく分けて3つの気持ちでいっぱいだ。まず、「よし行くぞ」って気持ち。次は、これがかなり大部分を占めてて、純粋にオレが蒼生と離れたくないって気持ちだ。このまま好き好き大好きーって蒼生を抱き締めてごろごろしてたっていいんだから、それに甘えてしまいたい。ちなみに残りは、目を覚まして蒼生が寂しがったら可哀想だな、って気持ち。実はこれについては心配ない。だって、蒼生の向こうには冬矢がいる。悔しいけど、あいつも蒼生の彼氏だからな。蒼生を寂しがらせるようなことはしないから、そこは安心していい。
けど、蒼生は冬矢といても、オレのぶんはオレのぶんで、ちゃんと寂しがってくれるもんな! 冬矢がいるからオレがいらないってわけじゃないんだ。だからオレがすべきことは、無事に帰ること! 帰って蒼生を安心させることだ。
よし、寂しい気持ちの整理が済んだ。……オレ、毎朝こうなんだよな。だって、本当の本音はいつだって、蒼生と離れたくないってことなんだから。
走ってると、視線の先に家が見えてきた。近所の景色はすっかり見慣れたけど、やっぱ家って安心する。蒼生がいるんだなって思ったらなおさらだ。玄関に向かう階段を上るのって、ランニングの後だとキツいはずなんだけど、全然そんな感じがしない。
いやー、それにしても、今日も気持ちよかったなぁ。夏が近付いてきてるのか、だいぶ気温は上がってきたけど、湿気が少なくてすごく爽やかだった。蒼生と一緒だったらもっと気持ちよかったのに。あれ、でも、走りながらだと蒼生と話せないか。それに、昔一緒に走ってみた時、オレのペースで走ると蒼生にはちょっと大変そうだった。もちろん蒼生に合わせてもいいんだけど、そういうのすぐ気付いて気にしちゃうのが蒼生だ。優しいからなあ。……そうだ、散歩ならのんびりおしゃべりできるんじゃない? 朝の気持ちいい時間を、蒼生と並んで、……へへへ。前にも誘ったら、喜んでついてきてくれたんだよな。あの時は帰ってからごはんだったけど、どこか早くから空いてる店探して朝ごはん食べるのも素敵だ。よし、また誘ってみよう。
さて。蒼生はまだ起きてないみたいだ。リビングを覗いたけど、電気が消えてて静かだもん。今日はみんな休みなんだし、蒼生にはゆっくり寝ててほしいよね。そうだ、先にシャワー浴びちゃおう。汗でべたべただと、蒼生に抱きつく時に困るもんな。あ、せっかくだからついでに掃除もしちゃおっか。
床を磨くのが楽しくなってきた頃、浴室のドアがぽすぽすと叩かれた。! 蒼生だ!
「もしもし。開けてもいい?」
「どうぞ!」
ドア越しに可愛い声が聞こえたから、反射で答える。やっぱ蒼生だぁ。がらりとドアが開いて、きょとんとした可愛い顔が覗く。ぐぅ……眩し……。
「? おはよう、健ちゃん。朝からお掃除? ありがとう」
「おはよ、蒼生。ちょっと気になったからさ。あー、今日も綺麗だね!」
「ひぇ」
寝てる顔も最高に可愛いけど、こっち見て照れながら微笑む今の顔がめちゃくちゃ可愛い。パジャマ姿で寝起きなのもポイント高い。あー、一緒に暮らしてんだなあ。オレは可愛い蒼生に手を伸ばして、……おっと。びしょびしょですっぽんぽんじゃ抱きつけない。蒼生はぴたりと止まったオレの手を見てくすっと笑うと、身を乗り出して、オレのおでこにちゅってした。
…………!
「蒼生~~~~! 好き~~~~!!」
「ふふ。僕も好きだよ。たまご、目玉焼き?」
「ゆで卵~~~~!」
「はーい。じゃあ準備するね」
そう言って、蒼生はドアをぱたんと閉めた。
えええ……。中身も最っ高に可愛いじゃん……。知ってるけど~~~~!
ほくほくの気分でリビングに戻る。ベーコンの焼けるいい匂い。キッチンでは蒼生と冬矢が並んで朝ごはんの支度をしてた。蒼生がにこっと笑ってオレを見る。うわぁ……胸がギュっとする。幸せ。もう普段着に着替えてるとこが、ちゃんとしてるなーって思う。うん、さっき洗面所で着替える気配してたもんな。もうね、そのごそごそする物音自体にときめいちゃうんだ。物音が可愛いって、すごいよな。さすが蒼生!
冬矢が、ちらっとこっちを見た。
「おはよう。朝から浴室の掃除してくれたんだって? お疲れさん。パン多めにするか?」
「おはよー。うん、バターロールも追加で」
言われてようやく気が付いた。確かに夢中になってたから忘れてたけど、おなかぺこぺこだわ。
「なあ、ブルーベリージャムって空になったっけ」
「うん。リンゴといちご買ってあるから、好きなほう開けて」
蒼生が戸棚のほうを指さす。んー、いいな、こういう会話。めちゃくちゃほんわかする。どっちにしようかな……うん、いちごジャム開けよ。
ジャムたっぷりのロールパンサンドはデザートだ。まずはかりかりに焼いたトーストから。オレ好みの固めのゆで卵は縦半分に割って、カリカリのベーコンとサラダのトマトと一緒にトーストで挟んでサンドイッチにした。それ用に切ったわけじゃないからめちゃくちゃ分厚い。蒼生はそれを見て面白そうに「わんぱくだなぁ」と笑った。そうやってオレのすることに反応してくれるの、すごく嬉しい。
朝ごはんが終わると、冬矢は机の上に教科書やら分厚い資料なんかを広げる。なんか課題があるんだって。それもあって、今日は1日家で過ごすことにした。冬矢にしては珍しく「ふたりで出かけてきてもいいよ」って言ってくれたんだけど、オレは蒼生とのんびりするのも好きだからさ。ただ、蒼生はちょっと迷ったみたい。冬矢の言葉に、オレと出かけたい気持ちと冬矢の作業の邪魔をしたくない気持ちが両方出て来て、だったら外に行くほうがいいのかなって思ったらしくて。それをとどめたのはオレだ。だって、蒼生、ちょっと疲れたから休みたいってこぼしてたもんね。休める時に休んだほうがいい。第一、冬矢が蒼生のこと邪魔だなんて思うはずないじゃん。そう言うと、冬矢もうんうんと頷いてた。
その蒼生は、一緒に洗い物をし終えると、くるりと洗面所のほうに体を向けた。わ、蒼生が行っちゃう! と思って、その背中をとっさに抱き締める。
「蒼生、どこ行くの~」
「うん。天気いいから、洗濯しようと思って」
あれ、休むんじゃないの? んー、でもたしかに、洗濯物がよく乾きそうないい天気だもんな。やりたくなる気持ちもわかる。
蒼生は、こてんとオレの肩に頭を乗っけてきた。え、なにその上目遣い。オレが邪魔してるのに対する抗議とか……じゃ全然ないな、むしろオレがぎゅっとしたから喜んでるのかな? ……うわ。めちゃくちゃテンションが上がってくる。
「それじゃあ、オレも掃除する!」
「おー、いいね」
にこにこ蒼生が頷く。どうしよ、すっげぇやる気出てきた。よし、まずはあっちの手前の部屋からだ!
「それじゃ頑張ろー」
「おー!」
ちっちゃい子みたいな掛け声で、洗面所前で分かれると、廊下をまっすぐに進む。んっふふふ。押し入れの中から、箱に入れてしまってある掃除機を取り出して、と。時間あるし、念入りにやっちゃお。
そこで、オレは自分が鼻歌を歌ってるのに気付いた。……ははは。昔は掃除なんか大っ嫌いだったんだけどなー。
もともと、オレは物を片付けるのも苦手だった。ほら、うちと蒼生の家と合わせて、オレの上に4人いたからさ。片付けろって怒られるのはまず上からで、オレがのらりくらり逃れても、「小さいからしょうがないよね」って見逃されてたんだ。だから掃除は自分の仕事じゃないし、ほっとけば親か上の誰かがやってくれると思ってた。実際、絵を描くのに使ったクレヨンを放っておいても、外で遊んで戻ってきた時にはきちんと元の場所に片付いてたんだよな。妹が生まれるまでの短い間とはいえ、一番のちびっこだったから、きっと甘やかされてたんだろう。
オレの部屋は、家の中に最初からあった。寺田家では家を建てる時、2人は欲しいねってことで、子供部屋を2部屋で想定してたんだって。結果3人生まれて男1人女2人だったから、オレがひとり部屋に割り当てられたわけだ。つっても、ちびがひとりで寝られるわけもなくて、遊び部屋がオレの部屋になったのは小学校に入ってからだけど。
あの頃は、ちょうどペーパークラフト? だっけ、紙を切り抜いて立体を作るのになんでだかハマってたんだよな。まあ、性格が大雑把であんま器用じゃないから、お手本みたいに上手にはできなかった。でも平面じゃなくて立体物を作り上げたことが嬉しくて、出来上がった車だの昆虫だのをあっちこっちに置いて展示気分を味わってたっけ。自分のものになったばかりの部屋は、ベッドと机を入れて狭くなったせいもあるのか、すぐに作品で溢れかえった。机の上にちょっと空いたとこが作業スペースで、そこにはノリやハサミやカッターが無造作に置いてあった。けど、散らかしてたつもりはなくてさ。すぐ使うもんはわかりやすいとこに置いといたほうが楽じゃん? なのに、母さんはすぐ片付けろ片付けろって言ってくるんだ。
それじゃマズいって最初に思ったのは、それからすぐだった気がする。いつだったかははっきり覚えてないけど、自分の部屋が出来たのを自慢しようと初めて蒼生を部屋に呼んだ時だっていうのは覚えてる。
今思えばさ、本当に車なのかなってくらいぐちゃぐちゃなのを、よくもまああんなに偉そうに飾ってたなと思う。母さんが写真に撮ってたのを大きくなってから見たけど、かろうじて言われてみりゃそうかな、くらいの出来でさ。お世辞にもちゃんとできてるとは言えないシロモノだった。それなのに蒼生は、
「かっこいいねえ。ぜんぶ健ちゃんが作ったの? すごい、いっぱいある。がんばって作ったんだなあ。さすが健ちゃんだね、動いてるみたい。迫力あるね」
にこにこしながら、たくさん褒めてくれた。先に他の誰かに見せてたら、たぶん馬鹿にされてすぐに作るのやめてただろうな。でも、どんなのでも蒼生が褒めてくれるから、オレは自分がすることに自信が持てたんだと思う。褒めてほしくていろいろ作ってるうちに、少しマシな作品が作れるようになっていったんだ。なんだっけ、継続は力なり、だっけ。そういうことだ。
えっと、話がずれたな。うーん、その時何があったんだっけ。たしか、ちょっとバランスが崩れかけたやつがあって、シールで補強しようとしたような記憶がある。
「蒼生、そこのシール取って」
「シール? このへん……? えっと」
なんでだか、オレは自分にわかるところに置いておいたから、蒼生にもわかるはずだと勝手に思ってたんだ。自分が見えてるものが相手にも見えてるはずだなんて、ホント、ガキだったよな。特に蒼生には言わなくても通じる、なんて思い込んでた。
「あるでしょ」
「ちょっと待ってね。……っ、ぃたっ」
「蒼生っ!?」
振り向いた時、蒼生は右手で左手の親指を押さえてた。どうしたのかと思って駆け寄ると、蒼生は「なんでもない」と笑う。けど、無理矢理手を引き離したら、親指にはすうっと赤い筋があった。
「えっ。蒼生、ケガしてるっ」
「大丈夫、大丈夫だよ。ごめんね、気にしないで」
それ見た瞬間、血の気が引いた。なんで、と思って机の上を見ると、刃を出したままのカッターが転がってた。オレのせいだ。オレのせいで大事な蒼生がケガした、と思うと、すごく泣きたい気分になった。俯くオレに、蒼生のほうが焦ってたっけ。
「健ちゃん。本当に大丈夫だよ。ちょっとかすっただけだから。でも、健ちゃんがケガしたらいけないから、刃はしまっておこうね」
「……ん」
蒼生の両手をぎゅっと握ると、蒼生は困ったようにオレの顔を覗き込んできた。そうそう、まだかろうじてオレのほうが背が低かったから。
「どうしたの?」
「オレ……あのね。つかうの、すぐそばにおいときたいの」
「うん」
「だけど、そしたら、蒼生がケガしちゃう。どうしたらいいのかな」
一応どうにかしなきゃいけないと考えて、蒼生にちゃんと真剣に相談したんだ。でも次の瞬間には、蒼生のふわっと笑った顔を見て、うわーすっごく綺麗で可愛い、と思ってたんだよな。当時のオレめ、ちゃんと蒼生の話を聞けよ、と思うけど、……今のオレも大して変わんねえか。
「そうしたら、どういうときに使うものかを考えて、それをひとつにまとめておくのはどうかなあ。たとえば……あ、この箱。緑のこの箱には、工作に使うハサミとかカッターを入れるの。お勉強に使うえんぴつや消しゴムは、赤い箱に入れてみるのはどうかな」
「そしたら、折り紙と色えんぴつは、こっちの白いのに入れたらかっこいい?」
「わあ、素敵だね」
たぶん、覚えてねえけど、母さんが部屋に乱雑に置かれたものを整理する用に置いといた箱だったような気がする。オレは言われたとおりにするのが癪で、それを部屋の隅にほっといたんじゃないかな。それにどうせ、どれに何を入れたか、すぐ忘れちゃうんだ。だから当時のオレは、外に置いといたほうが便利だと思ってたらしい。
でも、その時に片付けた物については忘れなかった。アレどこにやったっけかなーって思い出す時に、蒼生の声ごと思い出すからだ。昔から、蒼生の声が好きだったから、蒼生が言った言葉はよく覚えてたんだよな。おかげで、部屋の中で物をなくすことはほぼなくなった。
でも、オレの部屋は、そのあと2度目の混乱を迎えることになった。その、ほら、恥ずかしながら、いわゆる反抗期って時期のことなんだけどさ。ちょうどその頃、蒼生とクラスが別になって、オレ自身も軽く荒れてたから、そういう外的な要因もあったのかなーって今なら思う。
とにかく、親に何か言われるのが嫌だった。特に、「掃除しなさい」って言われるのが一番駄目だったような記憶がある。いちいちうるさく言ってくんな、って思ってた。その程度のことでどうして、って思うんだけど、なんだかあの時期は何を言われてもイライラしてた。親と一緒っていうのが恥ずかしいと思うようになって、食事は時間をずらして食べたりもしてたな。あと、家族旅行も拒否して行かなくなった。……野木沢家が一緒の旅行は別として。
あえて汚くしたいっていう反抗心だったのかな。部屋の中は、あっという間にぐちゃぐちゃになった。さすがにゴミを部屋の外に出すくらいはしたけど、読んだ雑誌はドアの横に積み上げたし、使った文房具は机の上に散らばってたし、洗ってもらった服はそのまま床に置きっぱなしで、着たあとの服もベッドに放置。教科書やノートも適当にその辺にほっぽって、そのせいで忘れ物をすることも増えた。買ってきたものだって袋のまま重ねて置いたりもしてたっけ。そんなだから、掃除機をかけるスペースもなかった。窓を開けるのも面倒で、埃っぽいにおいのする狭いベッドでいつもゴロゴロしてた。
ある日、洗濯物を持って来てくれた母さんが眉をひそめて、
「さすがに片付けなさい」
って言うから、なんかカチンときちゃったわけだ。
「自分の部屋なんだから、好きにしたっていいだろ。誰も困らねえんだし」
「隅っこ、こんなに埃が溜まってる」
「っ、ほっとけよ。別に死ぬわけじゃねえんだから」
全然話聞かないし、言い返す言葉も酷いし、当時のオレってホントによくなかったよなあ……。そんなオレに、母さんは溜め息をついてこう言った。
「こんな部屋に蒼生ちゃんを呼べるのかしら……」
「!」
「埃だらけで、肺に悪そうだけど」
「……あっ、蒼生で釣ろうったって、そうはいかねえからな!」
「蒼生ちゃんの部屋はすごく綺麗なのに」
「うるさいって!」
余計に頭にきた。適当なこと言うなよ、って。蒼生関係ないじゃんって。だからその日は、部屋に閉じこもることにした。何があっても出て行ってやるもんかって思った。
「健太、ごはんよ」
「いらねえ」
布団を被って、もう寝るつもりだった。風呂とかもどうでもいいし。そしたら、もう一回、部屋の外から溜め息が聞こえた。
「あら、そう。蒼生ちゃんが来てるのにねえ」
なんて嘘をつくんだ、と怒鳴り返そうと思った。……でも……。蒼生んちは隣ですぐそこだ。もしかして。まさか。万が一ってこともある。騙そうとしてるんじゃねえのかって疑う気持ちが半分、蒼生がいるかもしれないって期待の気持ちが半分だった。
そんで、こっそりリビングを覗いたら、いつも姉ちゃんがいる椅子に座ってた蒼生が、ぱっと振り返った。
「健ちゃん! こんばんはー」
にこにこ笑う蒼生に、なんか、全身の棘がばーっと全部抜けた感覚がした。
「蒼生……!? なんで……」
「ゆみちゃんがね、うちのおでん食べたいって言うから、僕と交換」
そりゃあ、蒼生のおばさんの作るおでんは絶品で、オレも好きだけど。ははあ、そういうことか。これは母さんとおばさんが共謀したんだなってピンときた。でも。
「健ちゃんとごはん、嬉しいな」
蒼生がそう言って笑うから。
「お、オレも。嬉しい」
ふらふら操られるように蒼生の隣に座ると、目の前で母さんがしてやったりの顔をしてた。めちゃくちゃ文句言いたかったけど、蒼生の前で親に暴言吐くのってものすごくかっこわるいなと思ったから、全部飲み込んだ。なにより、
「クラスが離れちゃって、お昼一緒に食べる機会が減っちゃったでしょう。だから、ななママに呼ばれてすっごく嬉しかったんだ」
本当に嬉しそうな蒼生が、オレも嬉しくて。やっぱ、クラスで他の奴と少し仲良くなった程度で目くじら立てる必要ないなってほっとしてた。結局、蒼生はオレと一緒がいっちばん嬉しいんだから、って。
「ねえ、蒼生ちゃん。実はね、デザートにケーキがあるの。持って行くから、健太の部屋にいたら?」
「ケーキ?」
ぎょっとした。突然の母さんの言葉に、びっくりしたオレの口から瞬間的に出たのは「ダメ」って言葉だった。
「今日はごめん、無理!」
「えっ」
勢いよく立ち上がったオレを、蒼生が呆然と見上げてきた。ショックを受けたようなその顔を見て、オレもすっげえショックだったし、オレが傷付けたんだと思うと苦しかった。罪悪感ってやつでいっぱいになった。
「健ちゃんの部屋、行っちゃ駄目なの?」
「あ、の、違くて! そうじゃなくって! 今、すっげぇ部屋汚くて! 片付けたらすぐに呼ぶから、だから、今日だけはごめん! ここで食べよ!」
「……そっか、わかった」
蒼生はほっとしてた。蒼生……ショックの受け方もそうだけど、想像以上に安心してたよな。今だからわかる。あの頃のオレ、彼女作ったり別れたりを頻繁に繰り返してたんだよな。オレらはふたりともそうだと気付いてないだけで、お互いのことが好きだった。それを知らずに、すごく蒼生を傷付けてた時期だ。だから、オレが部屋に自分を入れないってことが、蒼生にとってどれだけ重要な意味を持つか、わかってなかったんだ。
そういう無神経なオレだったけど、蒼生に悲しい思いをさせたまんまじゃいけない、蒼生には笑っててもらわなきゃってことだけは即座に理解した。だから、すぐに部屋を綺麗に掃除して、すぐに蒼生を呼んだ。そんで、小遣いで買ったケーキを蒼生にごちそうしたんだった。
で。
そんなことがあったもんで、オレが部屋に閉じこもるたびに蒼生が呼び出されることになった。いや、原因はオレだからさ。完全にオレが悪い。それはわかってるんだけど、蒼生が餌みたいに使われてることにどんどん腹が立ってきた。
だから、ある日、夕飯の時に蒼生がいたのを見てついに爆発しちゃった。
「ふざけんな、蒼生を巻き込むなよ。オレのせいなんだろ!? もういいよ。これ以上蒼生に迷惑かけんな!」
そのまま言い返してきた母さんとケンカになりかけたんだけど。
蒼生が、オレの腕を引いて首を振った。すごく困惑した顔だった。ちょっと悲しそうだった気もする。はっとした。そうだ。蒼生は、ケンカの空気自体が苦手だから。
「健ちゃんのせいってなに? 巻き込むってどういうこと? 僕、迷惑だなんてほんの少しも思ってないよ。健ちゃんといられて嬉しいよ」
「……嬉しいの?」
「うん」
「ん。そっか」
縋るような蒼生の声に、急に閉じこもってることが馬鹿馬鹿しくなった。せっかく蒼生と一緒にいられる機会を、自分で潰してんの、すごく無駄だなって。
「健ちゃんこそ、僕が来ると迷惑だった?」
「そんな、まさか! 蒼生がいるの嬉しい!」
「よかった……」
蒼生はオレに会いたい。オレも蒼生に会いたい。じゃあ、素直に会えばいいんだ。やっぱりオレと蒼生は、一緒にいるのが一番いいんだ。きっと一生一緒にいるんだ。それがわかれば十分だった。
とはいえ、なあ。
一応その日を境にオレの中で区切りはついた。でも、それできっぱり反抗期が終わったってわけじゃなくて。そのあとも、なんか親に対してもやもやすることがあったりなかったり、まあいろいろあるよね、だからちょっと家族内でぶつかっちゃうことはあった。でも、蒼生が冬矢と一緒の高校に行くつもりだって事実が発覚して、正直それどころじゃなくなったっていうのが真相かもしれない。
だから結局、蒼生が来るときに備えて部屋は掃除するようにしたものの、「しょうがなくやってる」って思いはずーっと変わらなかった。一応、掃除の仕方は覚えたから、無駄じゃなかったとは思うけどさ。
んー。懐かしいなあ。もともとの掃除嫌いが、反抗心でさらに掃除嫌いになったって話だ。
それ言ったら蒼生だって、本当は片付けるのも掃除も苦手だったんだって。おばさんに怒られるのが嫌で、しぶしぶやってたらしい。それを知ったのは、一緒に暮らすようになってからだ。引っ越しの荷物を段ボールから出す時に一瞬止まってたからどうしたのかと思って聞いたら、「ほんとはね」って教えてくれた。そういうことも、隠さずにちゃんと話してくれるようになったのは、すごくすごく嬉しい。「でも健ちゃんの手伝いをするのは嫌いじゃないよ。好きだよ」って付け加えてくれたのも嬉しかった。蒼生は、オレのためにすることなら全然面倒じゃないんだって。
うん。それは、オレも同じだ。
蒼生に片付けの仕方を教わって、蒼生が部屋に来るから掃除をすることを覚えたオレは、一緒に暮らす蒼生が掃除苦手だって知って、それなら自分が頑張ろう! と思った。蒼生が苦手なことは、オレが得意になったらいいんじゃない? って。そう思って、積極的に掃除するようになったらさ、よくわかんないけど、いつのまにか好きになってた。だって、ここは蒼生とオレが一緒に暮らす家なんだから。オレが綺麗にしたら、蒼生が気持ちいいかなって思うと、楽しくて仕方なくなった。
結局、オレが何かを始めるのも、続けるのも、好きになるのも、得意になるのも、全部蒼生のおかげなんだと思う。蒼生がいるからオレがいるんだと思う。
ほら。こんな端っこも綺麗にしたら、そっと蒼生を追い込んでキスしても大丈夫。ラグだってきちんと掃除機をかけておけば、今すぐ押し倒したって汚れたりしない。そう思うと、部屋中ぴかぴかにしたくなる。
「ね!」
「? うん」
側にいた蒼生に笑いかけると、蒼生は不思議そうに首を傾げながらも頷いた。洗濯機はまだ回ってて、干すまでにはまだ時間がある。だからこうしてオレの近くに来て、床にあるゴミ箱をどかしたりローテーブルを持ち上げてくれてる蒼生。掃除が苦手って言いながら、オレの行動を先読みして、邪魔な物をどかしてくれてるんだ。やっぱり、全然嫌そうじゃない。積極的にやってくれる。たぶん、蒼生だって同棲前より掃除への苦手意識は薄いんじゃないかな。
よし、蒼生が手伝ってくれたおかげで、あともう少しで終わりそう。床も光ってる。
いったん掃除機を止めたところで、はあっ、と息を吐く音。なんだよ、と振り向くと、とんとんと資料をまとめてた冬矢がこっちを見てた。
「気色悪い顔をしてるぞ。いったい何を妄想していたんだか」
……なんで冬矢にはバレるんだろうな。綺麗なフローリングを眺めながら、ここに寝転がった蒼生を上から押さえつけるとこ一瞬考えてた。いや、しない。しないって。だって、床なんかでシたら、蒼生が体痛めちゃうじゃん。蒼生に痛い思いはさせたくないし。
「しっ、しませんけどー」
「妄想をしていたことについては否定しないんだな」
「ぐっ……。失礼な! 仕方ないじゃんか、蒼生のこと考えてたらにやけちゃうのは自然な反応なんだから。そんなの、おまえだっておんなじだろ!」
「おまえほど不埒な考えが顔に出ないタイプなもので」
「不埒なことは考えてんじゃねえか」
くすくすと笑い声。
蒼生。振り向くと、楽しそうにオレたちのことを見てる。なんだ、そんな可愛い顔しちゃって。
「蒼生ぃ~。今、蒼生に対して不埒なこと考えてる奴らが、怪しい言い争いをしてるんですけど?」
「あははっ。じゃれてるようにしか聞こえないもん。それに、いいよ? 妄想を現実にしてくれても」
「えっ」
うううう。やっぱ可愛い。無邪気に笑いながら、普通にえっちなこと言うんだよなあ。もう……もう、めちゃくちゃ可愛い。
「蒼生」
「でも、やること終わってからね」
うわ。なに、その、いたずらっぽい顔。あー、ぎゅーってしたい。でも、蒼生はひらりとオレの手をすり抜けた。それから、ダイニングテーブルの椅子を持ち上げる。冬矢もすっくと立ち上がって、自分の座ってた椅子をどかした。くっそ、親切だな! ……はーい。引き続き、掃除機をかけさせていただきまーす。
ん? あれ。蒼生の頬が、ほんのり赤い。ってことは、今の、冗談じゃないんだ。本当に、オレが思ったことしてもいいと思ってるんだ。しかも、オレが何を考えてるか確認したりしないってことは、何されても文句はないってこと? うわー。やべ。
「どうしよ、冬矢! 蒼生が可愛い!」
「何を言っているんだ、蒼生はいつでも最高に可愛いだろ」
「ちょ、……むぐぐ」
わ。はっきり赤くなった。可愛い。可愛い。
「なあ蒼生、掃除機終わったから、」
「あっ、洗濯機が呼んでる!」
ばたばたと蒼生は洗面所のほうに駆け出して行った。オレと冬矢は目を見合わせて笑う。洗濯機が終わりのアラームを鳴らしたの、さっきじゃん。蒼生はいつも、洗濯機を味方にして逃げだすんだよね。
掃除機を片付けてから洗面所に行くと、ちょうと蒼生が洗濯物の入ったカゴを持って出てくるところだった。
「オレもやる」
「ありがと」
ちょっとまだ照れてる余韻を残した蒼生。その後ろについていくのは、すごく気持ちが良かった。ベランダに出た蒼生に、形を整えたタオルを1枚ずつ渡してくのも。受け取った蒼生が干していくその手つきを見てるのも。
「健ちゃん、お昼ごはん何にする?」
淡い青のバスタオルを物干し竿に掛けながら、蒼生がオレに話しかけてきた。
「オムライス食いたい」
「オムライスかあ。じゃあごはん炊かないと」
それから、オレの腕に抱きつきながら、部屋の中を覗き込む。
「冬矢は?」
「俺も賛成」
「はーい」
冬矢が嫌だって言ったら、蒼生は別の物を用意するつもりなのかな。優しい蒼生のことだから、きっとそうなんだろうな。まあ、冬矢がそんなことを言うわけがない。蒼生がいったん作る気になったら、冬矢はそれを食べたい気持ちになるはずだから。残念ながら、そのへんはオレと考えが似てるから、わかっちゃうんだよな。蒼生が作るってだけで、そのメニューへの期待でいっぱいになっちゃうんだろ? わかるわかる。
洗濯物を干し終えた蒼生は、キッチンに向かう。もちろん、オレもついていく。
「支度、手伝うね」
「ふふ。ありがとう」
蒼生のおかげで掃除は得意になった。けど、料理はまだ苦手だ。最初は頑張ろうと思ったけど、なんというか、オレにはかなりハードルが高い。とはいえ、手伝いは出来るようになった。キッチンに入るのも嫌いじゃなくなった。
こうやって、蒼生と一緒に歩んでいくんだな。
「……もうすぐ書き終わるからね」
冬矢がぼそりと呟く。お、蒼生とオレがキッチンに並んでるからって、やきもち妬いてんだな。料理が得意な冬矢には、キッチンで蒼生の横に立つのは自分だっていう強い思いがあるんだろう。
「ふっふっふ。ゆっくりじっくり課題に向き合いたまえよ」
「きっかりやったうえで、その場を譲ってもらう」
んー。キッチンが苦手じゃなくなったのは、冬矢のおかげっていうのもちょこーっとだけあるかな。オレだって、キッチンに並ぶふたりが羨ましかったから。冬矢じゃなくて、オレが隣にいたい! って思ったんだ。
「嬉しいなあ」
蒼生はオレたちのやりとりを見ながらにこにこしてる。
オレもそう思う。
なんかこうやって、3人で支え合って暮らすのって、やっぱ、うん。
いいな。
オレはふわっふわな気持ちで、炊飯器のスイッチを入れた。
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