86こ目;熱帯夜
その数日後、蒼生はゼミの先輩に飲み会に誘われて…。
大丈夫です、いちゃいちゃしています。
そして、蒼生が「初めての体験」をします!
↑初公開時キャプション↑
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2023/07/16初公開
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入浴を終えた冬矢がリビングの扉を開けようとした瞬間、健太の大きな声が聞こえてきた。
「蒼生は道具じゃねえ!」
不穏な雰囲気に、一瞬手が止まる。この家には3人きりだ。自分がここにいるということは、健太が声を荒らげたのは蒼生相手ということになる。その時点で大事件だ。急いで部屋に入ると、ダイニングテーブルの前で蒼生と健太が険しい顔で向かい合っていた。滅多に見ることのない光景に、目を疑う。
「どうしたんだ、ふたりして」
「冬矢」
揃った声は、同じような声量で、同じように悲しそうな声色。しかも同時にこちらを向いた。どうやら仲の良さに問題があるわけではないようだ。一体なにを言い争っていたのかはわからないが、どちらにせよ、これ以上話が長引いて蒼生が落ち込むことは本意ではない。キッチンに用意してあった水を1杯一気に飲み干すと、冬矢は冷静な顔でソファに座る。
「どうやら、話を聞いてほしそうだな。俺が風呂に行っている間に何があった?」
まず口を開いたのは健太だ。
「蒼生が、ひどいこと言うんだ。欲望のままに抱いてほしいなんて」
そこに蒼生が食って掛かる。
「そんな言い方してないでしょ。僕のことなんか考えずに、好きなようにしてって言っただけじゃん」
「好きなようにしてるから大事に抱くんだろ」
ふたりの声のボリュームが再び上がった。冬矢は腕を組んで頷く。
「……ふーん。なるほど。双方の言い分はそれだけで大体わかった。それから、お互いに結論を出そうと思って話しているわけでもないね?」
ピリついていたふたりが、言葉に詰まって顔を見合わせる。冬矢は小さく息を吐き、蒼生に向かって手招きをした。蒼生はぴくんと肩を揺らし、いそいそと冬矢に近寄ると、指し示されるとおりに膝の上に座る。健太は黙ってそれを目で追っていた。
「まず……この件に関しては、俺は健太の意見に同意する。その理由はわかるよね?」
「……うん。ふたりは、僕のことが好きだから」
「それがわかっているなら、いい。その上で、蒼生は自分の負担を無視してほしいと言っているんだね」
「ご、ごめんなさい」
蒼生は、ふたりが自分のことを大切に大切に扱っていることを理解している。わかっていて、その気持ちを無碍にする提案をしている自覚があった。それはふたりを傷付けることだと思った。それでも、言わずにいられなかった。
目を落とす蒼生の肩を、冬矢が優しくさする。
「謝らなくてもいいんだよ。ちゃんと素直に伝えてくれて嬉しい。言いにくかったかもしれないけれど、してほしいことを口にしてくれてありがとう。蒼生のお願いは、俺たちには少し難しい話だけれど、理解はした。善処する」
「ん……」
こくっと蒼生は頷く。そこに健太が静かに歩み寄り、寂しそうな顔で蒼生を見下ろした。
「オレは、たぶん、無理だと思うけど。でも、……おっきな声出して、ごめん」
「ううん。僕も無理なお願いしてごめんね」
健太が手を差し出し、蒼生がその手を取る。冬矢は、小さな頃からの慣習らしく見えるその謝罪の仕草を眺めながら、何かを考えているようだった。
「蒼生」
静かな健太の声。冬矢がはっと気付いて膝の上にいる恋人の顔を窺うと、その唇が小さく震えていた。
「ううん。なんでもない」
首を振ってそんなことを言うが、健太と冬矢は知っている。本当になんでもないというならば、蒼生がこんな不安げな目をするはずはない。
「蒼生。話して」
「そう、駄目だよ。今言っただろ?」
冬矢も空いていた蒼生の手をぎゅっと握った。
蒼生は迷いながらもう一度首を振るが、健太と冬矢はその手を離さない。ただ、じっと蒼生の目をまっすぐに見つめてくる。蒼生が自分の言葉で伝えてくれるのを待つつもりなのだろう。その真摯な眼差しは、ふたりが絶対引かないつもりだとはっきり告げているようだ。これ以上黙っていたら、ふたりを心配させるだけだろう。きゅっと拳を握って、蒼生は視線を落とす。
「……僕、ずっと、健ちゃんとは仲良しだったのに。こんな、ケンカなんか、するようになっちゃうなんて」
ああそうか、とふたりは納得する。言い合いの内容よりも、健太と言い争うこと自体が悲しかったのか。
「それでいいんだよ。相手の言うことに全部頷くのが仲良しというわけじゃないんだから。ケンカして、蒼生は健太のことが嫌いになった?」
「まさか! 大好きだよ!」
それを聞いた健太は、嬉しそうに蒼生の手を両手で包み込む。
「オレだって、蒼生のこと大好きだよ。オレは蒼生とケンカできるようになって嬉しいんだ。蒼生が自分の考えをオレのために曲げちゃうんじゃなくて、はっきり蒼生の意見として教えてくれてるってことだからさ。素のままで向き合えるって、そういうの、他の人にはしないでしょ。オレと冬矢だけじゃん」
「うん。でも、ケンカはやだ」
「うん、そうだよな、蒼生はそういうの苦手だもんな。オレたちは落ち着いて冷静に話し合うのが一番なんだ。言い直すね。オレたちができるようになったのは、ケンカじゃなくて、話し合い。な。だから、今日はごめんね」
「……うん」
やっと納得したのだろうか、蒼生の肩から力が抜けた。だが次の瞬間、ふっと心配そうな顔をして、蒼生はふたりを仰ぎ見る。
「あのね。……今日、健ちゃんと冬矢にぎゅってしながら寝てもいい?」
「ん。そうしよ」
「そうだね」
ふたりの返事に、蒼生はようやく柔らかな笑顔を浮かべた。
そんなことがあった夜から数日後のことだ。
その日は金曜日で、大学が終われば翌々日まで誰も予定を入れていなかった。もちろん偶然などではない。ゆっくり過ごすために3人で調整して作った休暇だ。毎週末それが出来ればいいのだが、バイトだ課題だと様々な事情が重なることが多く、完全に何もしなくていい週末は久しぶりだった。
蒼生は浮かれた気分を落ち着けようと一歩一歩を踏みしめながら、待ち合わせ場所に向かう。ふたりには、どこか外で夕飯を食べて、週末の食事を調達して帰ろう、と言われていた。つまり、それは蒼生を家から出すつもりがないということだ。その意味は、考えなくてもわかる。思わず緩んでしまいそうな頬を押さえ、次第に速まる足で、そこだけ人を払ったように誰もいないベンチを目指した。
そこに、突然割り込む人影。
「あ、野木沢! いいとこで会った」
急に話しかけられ、ぎくりと足を止める。楽しい気分に冷水をかけられた気がした。こういったタイミングで呼び止められて、いい話だったことはあまりない。
声のしたほうを向くと、教授室でよく顔を合わせる男子学生が手を振っていた。蒼生が来年度に所属を狙っているゼミの、1学年上の先輩だ。元から明るく話しやすい人物であるのだが、いつもに増して愛想がいいのが気にかかる。
「こんにちは、先輩。先日は有用な資料を教えていただきありがとうございました」
「あー、いやいや。あれはマジ知っといて損はないやつだから」
親切で面倒見がよく、発表の際にも世話になっている。普段はとてもありがたい存在なのだが、それは即ち何かお願い事をされたら断りづらい、という側面もある。蒼生が内心で身構えていると、先輩は口の前で両手の人差し指をちょこんと合わせた。
「えっとさ。ちょっと頼みがあって。今日ってこれから暇ある?」
「すみません、食事の約束があります」
「そっかぁ~、うーん、突然だもん、そうだよなあ。いや、実はさ。今夜、結構大きめの飲み会があるんだけど。男手が足りなくてさ~」
彼が話しかけてきた理由は、蒼生の想像とはさほどかけ離れていなかった。要約すれば、合コンの人数が足りないので来てほしいということのようだ。
「もし、野木沢が駄目なんだったら、友達で誰か暇な奴いない? できればイケメンで」
「イケメンですか……」
ぱっと浮かんだのは、健太と冬矢の笑顔だった。蒼生にとって、ふたりは世界の双璧とも呼ぶべき同率1位のイケメンなのだ。だが、ふたりはこれから自分と甘い時間を過ごすというとても大切な予定がある。他の人に取られるなどもってのほかだ。
誰かいないかと脳内を検索するが、急に話を振られても他人の予定はわからない。そもそも、根津は自分より飲み会の類が苦手だし、小倉は食事の途中で突然姿を消すことがあるし、久我島は彼女がいるものの誘えば来るだろうがそれはそれで問題だし、……。頭の中に次々顔は浮かぶのだが、いきなり連絡してもいいものだろうかと思ってしまうと、候補に挙げるのは申し訳ないような気がする。
困った様子で腕を組む蒼生に、さらに困った顔の先輩が天を仰ぐ。
「……だよなー。今日の今日だもんなー。うーん。……あのさ、その食事の約束って、友達?」
「ええっと……」
「なんとかなったりし……ないよなあ」
「…………。あの、……連絡しますので、僕、大丈夫ですよ。行きます。約束の相手は、伝えればわかってくれる人なので。僕が参加するだけじゃ足りませんか」
「え! いいの!? 助かる!」
あまりにも手詰まりでどうしようもないといった様子に、とうとう蒼生は折れた。世話になっている人がこれだけ困っているのだ。誰かひとり付き合えばそれで彼が助かると言うならば、蒼生が頷くのが最も合理的だ。健太と冬矢なら事情を話せばわかってくれるだろう。会いたかった。一緒にいたかった。けれど、その数時間がなくなっても、その先がある。帰れば待っていてくれている。同じ家で暮らしているのだから。
なのに、その数時間が惜しいと思ってしまう。
ともあれ、ふたりに連絡をしなければ。蒼生がぎゅっと携帯を握った時だ。
「蒼生っ」
聞こえた声に、蒼生はほっと息を吐く。
「健ちゃん」
名前を呟きながら振り返れば、慌てた様子で駆け寄ってくる健太の姿が見える。なぜか、それだけですべてが解決したような気がした。
健太はさりげなく腕を取り、蒼生を半歩下がらせる。
「なにか、困ってる?」
小さく問いかけてくれる優しさが嬉しい。思わず上擦ってしまいそうな声を何とか抑える。
「ううん、大丈夫。こちら、お世話になってるゼミの先輩。あのね、今、飲み会に誘われたところで」
じっと蒼生の目を見つめる健太は、蒼生の穏やかな笑顔の中に不安そうな色を感じ取った。そして瞬時に、断り切れなかったんだろうなと察する。
「ん、そっか」
「だから、今日のごはん……」
蒼生の語尾が揺れる。健太が口を開こうとした時、先輩が健太を見上げる位置まで詰め寄った。
「もしかして、野木沢の約束の相手って、彼!?」
「えっ……あの、はい」
「なんだ、イケメンの知り合いいるんじゃん! そしたらさ、君も一緒に来てくれない!? 合コンの人数足んなくてさあ!」
えっ、とふたりは目を瞬かせる。はっきり言い切ったな、と苦笑しながらも蒼生は複雑だ。自慢の彼氏がイケメンと言われたこと自体はとても嬉しいが、それでは健太を巻き込むことになってしまう。
そんな蒼生の心苦しそうな表情を横目に、健太は先輩に向けてにこっと笑った。
「わかりました! でも、オレ、めちゃくちゃラブラブな可愛い恋人がいるんで。オレと蒼生、ただの賑やかしでもいいですか?」
蒼生はぎょっとする。「可愛い恋人」のところで、彼に見えない位置で健太が手をぎゅっと握ってきたからだ。それに、落ち着いて聞けば、それは自分たちがその恋人同士です、と宣言しているようにも聞こえる。だが幸運なことに、切羽詰まっている相手には単語しか伝わらなかったようだ。
「あーっ、いい、いい。賑やかし助かる!」
「そんでもってついでに、もうひとり呼んでもいいですか。そっちも賑やかし担当で。全力でフォローに回りますんで」
「神かよ……!」
先輩がビシッと手を差し出すと、健太はためらいもなくその手を握り返す。そしてそのまま雑談交じりに集合場所と時間を聞き出すと、さらりと連絡先を交換し、「今度奢るから!」という約束まで交わして、手を振りあって別れる。蒼生はそれをぽかんと見守るだけだった。
「健ちゃんって、やっぱすごい」
「んー? えへへ。こういうのはオレにまかせて!」
「ありがと」
握手するために一度離れてしまった手を、蒼生の指が名残惜しそうに撫でる。思わず舞い上がりそうになった健太だが、可愛い蒼生はなぜか浮かない顔をしていた。
「蒼生? どうかした?」
「……健ちゃんを巻き込んじゃった。ごめんね」
「え、だって、断れなかったんだろ? だったら一緒に行ったほうが、ずっとそばにいられるじゃん。オレ、蒼生とちょっとだって離れてたくないんだもん」
それは紛れもない健太の本音だ。物事を曲解しがちな蒼生だが、長年共にいる健太の言葉が本音かどうかはわかる。それに、わずかな時間も離れたくないという願望は、蒼生自身も抱いていたところだ。助けてくれたことも、思いが同じだったことも、そのどちらもが蒼生にとっては嬉しかった。
「さて、と。冬矢にも連絡しとかなきゃ」
その言葉にはっとする。そういえば、待ち合わせの時間だというのに冬矢が姿を現していない。
「冬矢、どうしたの? それに勝手に冬矢も出席にしちゃってよかったのかな」
「なんか、今の時間のやつが休講になったんだってさ。いったん家に帰って、それから出直すって」
「え……。僕には連絡なかった……」
「へ? ……あ! やっべ、出直すとか知ったら蒼生が気にするだろうから黙っとけって言われたんだった。言っちゃったわー」
あはは、と健太は笑う。
「うまいこと誤魔化せっても言われてたけど、オレが蒼生に対して誤魔化すなんて出来るわけないじゃん、なあ。だから、気にすんな。あいつ、蒼生と早くイチャつきたくて準備しに帰ったんじゃね? なんなら食材のストックとかもしてそうだな」
「けど」
「ていうかさ、こういう事態でおまえだけ留守番~とか言われたら、オレなら拗ねるね。残念ながらさ、立場が似てる分、冬矢の気持ちは蒼生よりオレのがわかるんだ。たぶん、即了承の返事が来ると思うぜ。……ほら」
健太がくるりと蒼生に向けた携帯の画面には、「準備をしてすぐに出る。蒼生を頼む」というシンプルなメッセージが届いていた。
「というわけでー。冬矢が来るまで、時間できたな。オレとふたりっきりでデートしよ。な、クレープ食べようぜ!」
「で、デート?」
「うん。あっちの駅のビルん中にあるでしょ、あそこ行こうよ。オレねえ、おかずのやつにしようかな~。蒼生は?」
「……えっと、うーん、どうしよう」
「じゃ、一緒に悩みながら行こ!」
ぽん、と健太が蒼生の腰を叩く。蒼生は、ふにゃ、と笑って頷いた。
冬矢も合流し、万全の態勢で飲み会に挑んだ3人は、何の問題もなくそれを乗り切る。……はずだった。
事前に告知されていた通り、規模はかなり大きかった。主催はさらに上のOBで、どれだけの良質な粒を揃えられるかが後輩たちに対する評価のポイントだったらしい。OBは3人を見て上機嫌だったから、先輩のメンツは立てられたのだろう。直接は関係ないかもしれないが、巡り巡ってそれが蒼生に有利な方向に働けば御の字だ。そういう気持ちで健太と冬矢は立ち回った。蒼生本人も、にこにこ丁寧に会話を受け流すよう頑張っていた。
まもなくお開きになりそうだという雰囲気が出てきたあたりで、冬矢の電話が鳴った。大した用事ではなかったが、少々やりとりに時間がかかった。電話を取るために廊下に出ていた冬矢は、部屋に戻って手前の席に健太だけがいることに気付く。そこにいるはずだった蒼生の姿は見えず、何故か数人の女性たちが健太を囲んでいて、健太はその話を頷きながら聞いているようだった。ならば、蒼生は。
慌てて見渡すと、すぐにその姿は見つかった。蒼生は奥の席にいて、隣には知らない男がいた。そのテーブルには他に誰もいない。真っ赤な顔をして、やたら大声で陽気に話す男は、半分蒼生に覆い被さるような体勢だ。それどころか、「可愛いね」「この後どうするの?」などと口にしながら、蒼生の膝に手を置いている。蒼生は困ったように笑いながら、それをなんとか穏便に払いのけようとしているようだった。
冬矢は持てる限りの力で蒼生を引き上げて隣の椅子に座らせ、その間に割り込むように座った。
「こんな人目のある場所で、品がなさすぎませんか」
男はきょとんとした顔で冬矢を見つめていたが、すぐに大声で笑いだす。
「あっはっは。次から次へと美人さんが現れるな~」
なるほど、完全に酔っぱらっていて、男女の区別もついていないらしい。ばんばんと肩を叩かれるのは正直不快だが、蒼生に触れられるよりはマシだ。
「それじゃそろそろ時間なんでー。準備お願いしまーす」
ようやく幹事から終了の声がかかる。蒼生と冬矢がほっと息を吐くと同時に、男ががたりと立ち上がった。
「え~、終わりぃ? オレの鞄どこだっけー」
そして、よく聞こえる独り言をつぶやきながら、そのままふらふらと歩いて行ってしまう。緊張感を捨てずに男の行く先を見ていた冬矢は、つん、と引かれるシャツの裾に気が付いた。振り向けば、安堵した様子の蒼生が、縋りつきそうな近さでこちらを見つめている。
「冬矢……。ありがと」
小さな声に、冬矢は目を細める。わずかに震える指先をそっと握り、触られていた膝を優しく撫でれば、強張った体が緩んでいく。蒼生は人に触れられるのが苦手だ。怖かっただろうし、気分も悪いだろう。この状況には何か理由があるはずだが、とにかく席を外してしまったことを反省する。まずは蒼生の緊張を解くことが第一だ。
「今日、帰ったら反省会だね」
柔らかく笑いながら言うと、蒼生はぱちぱち、と目を瞬かせた。
夜遅いということもあって、3人は言葉少なに帰宅した。
厳しい顔をした冬矢に、きっかり心当たりのある健太は戸惑ったように蒼生の後ろにぴったりとくっついている。蒼生は冬矢の言葉が冗談だと思っているので、冬矢にびくびくする健太を不思議そうに見つめている。冬矢はそんなふたりを眺めてこっそり笑うと、表情を引き締めてソファに座った。
「蒼生、健太。そこ座って」
「はい」
健太が神妙な面持ちで、ソファ前のラグに正座をする。
蒼生はあれっと思い、そっと首を傾げる。それから、はっとしたように目を見開き、健太の脇に座った。もしかすると、自分が無抵抗だったことに対して冬矢が怒っているのかもしれないと思い至ったからだ。
「さて……。俺は何について反省を促していると思う?」
平坦な冬矢の声に、蒼生と健太はぴっと背筋を伸ばした。
「えっと……触られてるのに、逃げなかったこと……?」
「蒼生の危機に助けられなかったこと……」
その答えに、わざとらしく頷いてから冬矢は腕を組む。
「わかってるようだね。一応言い訳は聞いておこうか」
「んー、そのぉ……。ちょうど冬矢が席離れたとこで、向こうのほうから女の子たちが来たんだ。酔っ払いに絡まれてるから、ここに避難させてくれって。んで、話聞いてたら、友達が1人残ってて、そいつを席で引き留めてるって言うじゃん。そりゃ危ないなって思って。そしたら蒼生が」
「そんなすごいことしてなくて、僕は、女の子に囲まれるのがしんどくなってたから、相手がひとりのほうがマシかなって……。それで、健ちゃんに任せて逃げちゃったんだ。でも、話に割り込んだら、うまいことこっちに注目してくれたみたいで。その隙にお友達さんが健ちゃんのほうに行って、しばらくしたところに、冬矢が来てくれたの」
そういった事情だろうということは何となく感じ取っていたが、やはりふたりの行動は人助けだったようだ。蒼生は「逃げた」と言うものの、間違いなく取り残された子を救うためだろう。気を遣いすぎて疲れてしまう蒼生が他人に囲まれることがないように注意していたつもりだったが、想定外の事態が起こったのでは仕方がない。はあ、と冬矢は息を吐く。
「状況は理解した。とはいえ、今日の蒼生は無防備すぎたし、健太は危機に対して鈍感だった。これはペナルティがあって当然だ」
「えっ」
息を飲むふたりに、冬矢はぴっと人差し指を立てて見せた。
「健太は、蒼生に1週間触れられない刑」
「ひでぇ!」
「蒼生は、最低10分に1回キスの刑」
「ひぇ」
「さらにひでぇ! 横暴だ! 贔屓だ!」
「当たり前だろう、何を言ってるんだ」
詰め寄ろうとする健太を、冬矢はしっしっと手で払う。そして、蒼生に対しては逆の仕草をする。頬を緩めた冬矢に、蒼生はこの一連の流れが本当に冗談なのだとわかってほっとしたのだろう、ふにゃりととろけた顔で冬矢に向けて手を伸ばす。そのまま引き寄せて抱き締め、そっと唇を寄せれば、体を預けるように縋りついてくる。それがあまりにも可愛いので、頬にもキスを重ねる。
「……蒼生。準備、しようか」
「! うん」
顔を輝かせ、蒼生はぱっと立ち上がる。その背を見送る冬矢に、健太がじっとりと恨みがましい目を向けた。
「なあ。……オレのやつは冗談じゃねえのかよ」
「冗談ではないな」
「マジか……。うー……まあ、蒼生に怖い思いさせちゃったのは事実だしな……」
ぐっと健太が拳を握る。そこで言い返してこないということは、健太は本気で反省しているのだろう。大切で大事で愛おしい存在だから、“我慢する”という選択肢があるのだ。ふうっと息を吐いた冬矢は、ソファから立ち上がった。
「ともかくおまえは、今日は見学だ。自分のを触るのもナシだからな」
「えっ。条件酷くなってんじゃねぇか」
「さて、風呂の準備とベッドの準備をするか」
「っ、ベッドはオレが準備する!」
抗議を受け流して冬矢が歩き始めると、健太はそう宣言して勢いよく寝室に消えていった。自分が触れられないとわかっていても、蒼生が横たわる場所を整えておきたい、なんらかの形で関わりたい、という気持ちが透けて見える。それを満足げに見ると、冬矢は風呂場のほうに足を向けた。
すっかり温まって戻って来た蒼生は、一糸纏わぬ姿でベッドに横たわって冬矢のキスを受けながら、不思議そうにベッドの脇を見る。Tシャツをしっかり着込んだ硬い表情の健太が、床にじっと座っていたからだ。
「? 健ちゃんは……」
「オレは、蒼生に触っちゃだめだから」
蒼生は驚いて冬矢を見る。冬矢は目を細めて、柔らかな髪をそっと指先で撫でる。
「うん。健太は見学」
「え、だけど」
さっきのは冗談だよね、と言いかけた蒼生の言葉は、冬矢の唇が奪った。
「見学、だから。蒼生は、“健太に見られている”ということを意識してごらん」
「へ?」
言われて改めて健太に目を向けた蒼生は、肩を上下させるほど意識的に息を整える健太の、その強い眼差しに肩をぴくんと揺らす。見慣れているはずなのに、何故か頭の芯がかぁっと熱くなる。
「と、冬矢、でも、これ」
「大丈夫。こっちを見て。意識はしても、俺から目を離しちゃ駄目だよ。大丈夫」
「……っんぅ」
至近距離で諭すように囁き、蒼生の髪を優しく撫でながら、触れるだけのキスを繰り返す。
蒼生は体の奥がくすぐられるような感覚に戸惑う。冬矢に抱き締められ、ゆっくりと触れられる感覚だけでなく、刺さるような視線が身体の表面を撫でていくのがわかった。物理的な刺激ではないはず。だが、はっきりと感じる。
ゆるゆると動く手。柔らかな刺激。
「乳首、もう固くなってるね。可愛い。舐めてもいい?」
「ん、うん……っ」
「後ろも一緒にしようか。ほら、ひくひくしてる。まず指1本からだよ」
「はぁっ、うん……」
「吸い付いてくる。蒼生、ここ……好きだね」
「……うん、うんっ」
全身をなぞる愛撫を、ひとつひとつ口にしながら進めていく冬矢の声。甘くて、少し意地悪で。耳から入って、脳に響き、蒼生の感覚をより一層研ぎ澄ます。
すべてがゆっくりと。じわじわと。執拗に。丁寧に。
それは、健太にも影響を及ぼしていた。今日に限ってずいぶん多い冬矢の口数は、直接触れていない蒼生の熱を、まるで自分が触れているかのように錯覚させる。なぜなら、健太は知っているからだ。冬矢が告げるその場所は、いつも自分が触れている場所だ。そこに唇を這わせれば、とどまって肌を吸えば、蒼生がどう喜んでくれるのかもわかっている。だから、見えている光景に同調してしまう。体の中が燃えるように熱いのを、健太は拳に力を入れて耐える。
「ここも……とろとろだ」
冬矢の言葉通り、腹側に反り返った蒼生のペニスは、触れられるのを待ちわびて今にも滴りそうな蜜を湛えている。
はあっと息の音。
「っ、ぁ」
それは健太の吐息だった。距離があるから、蒼生には届いていないはずだ。けれど蒼生は体を震わせ、透明なそれをとろりと肌の上に零した。
目を和ませ、冬矢は体を伸ばす。そのまま蒼生にキスをした流れで、耳元に唇を寄せた。
「可愛いね。触られてるみたい?」
「は、あ、うんっ……でもっ、ほんとに、さわって、ほし……っ」
「まだ。ちょっと我慢」
「ぅー……」
ぴた、と蒼生の手が止まる。思わず自分を慰めようと伸ばした手だ。
冬矢は空いたほうの手でその手をやんわりと握り、シーツに押し付ける。すると、蒼生のナカに沈めた指がきゅっと締め付けられる。
「ふ、ふ。手を握っただけだよ」
「だ、って、嬉しい、から」
そう言って握り返してくる手が愛おしい。
「あ」
ぬるりと冬矢の指が引き抜かれた感覚に、蒼生は体を震わせる。時間をかけてじっくりと解されたせいか、何もないことが寂しく、切なく感じる。熱を求めてひくひくと蠢くのが自分でもわかる。そして、そこを健太が凝視していることも。
「や、健ちゃん……じっと見ちゃやだ……」
「ごめん。でも……可愛い」
荒い息を抑えるような、健太の低い声。腰の辺りから、ぞくぞくっとなにかが駆け上がったような気がする。
冬矢は健太の視線に敏感になっている蒼生を見て、にぃっと笑う。それから、蒼生の腰を抱え上げる。
「あ、とぉや」
「挿入れるね」
ぴたりと先をあてがい、ゆっくりと体を進めていく。
「あ、あ……っん」
力を入れると、応えるように蒼生が冬矢のペニスを受け入れていく。呼吸がぴったりと合う。それ自体が冬矢にとってどうしようもなく心地いい。体の中心で感じる快感と同時に、蒼生と重なり合う喜びが、脳内を満たしていく。
「っ、気持ちいいよ、蒼生……」
「はぁ、ぁん、う、と、ぉやぁ……っ」
蒼生がゆらりと手を伸ばす。目を細めた冬矢が上半身を近付けると、縋り付くように首に両腕をかけてきた。自分の動きに合わせて小さく漏れる声すら勿体なくて、深く、深くキスをする。
「……キスってさ。10分に1回とか言ってなかったっけ」
焦れて不満げな健太の声。
「最低って、言っただろ。上限は決めていない、から、な」
「うー……。そう言われりゃそうなんだけどさー。いいなぁ……。オレも、蒼生と、ちゅーしてぇ」
蒼生のとろりと潤んだ目が、健太と冬矢のやりとりを眺める。冬矢の声を聞いているだけでも内臓が溶けてしまいそうなほど気持ちいい。だが、そこに健太の声が加わると、もっと嬉しくなることを蒼生の体は覚えている。ふたりが、自分の前で会話をしていることが好きなのだ、と改めて思う。
「あーおい。今は、こっち」
「っあ!」
とん、と冬矢が腰を打ち付ける。
「ね。可愛い蒼生……。もっと、キス、しようね」
「んんっ、ん、……はぁ、うん……」
今夜の冬矢は、いつも以上に緩やかに動く。まるでナカを確かめられているようだ、と蒼生は思う。
「……あ、う、とぉ、」
絶頂に導こうという動きではない。ひどく優しい。それはとても心地よいが、下腹の奥にわだかまる熱が、解放されたいと叫んでいる。
「冬矢ぁ……っ」
「どうしたの?」
「イっ、イキたい……っ」
蒼生の手がふらりと冬矢の背中から離れる。冬矢は再びその手を握って止めた。
「と、おや」
「もうちょっとだけ、ね」
「ひぅっ」
ずるり、と冬矢が抜け出る。
引っかかる感触に体を震わせながら、蒼生は離れようとする冬矢の腕を掴む。
「なんでぇ……」
寂しさに涙を滲ませそうな蒼生の瞳に、冬矢は優しく笑う。それから、自分の目線の下で震える蒼生のペニスの先を、指で緩やかに撫でた。
「あ、」
蒼生がびくんと跳ねる。冬矢の指先は透明な先走りをすくい、根元まで撫で下ろしてから、雁首を丁寧に捏ねる。
「うぅ、ん、あ、はぁっ」
ふるふると蒼生は首を振る。たしかに、そこに刺激が欲しかった。待ち侘びた指先だ。けれど、ナカに冬矢を感じたままでいたかったから、どうしても物足りない。身体の奥に熱が欲しい。
「あ、いれ、て、いれてぇ……っ」
けれど。甘い懇願は、唇で封じられる。
もしかして、冬矢はまだ怒っているのだろうか? 蒼生の脳裏をそんな考えが過る。10分に1度のキスでは罰になり得ないから、自分のお願いも聞いてもらえないのだろうか。だが、そう思うには、重ねられるキスも、触れてくれる指も、なにもかもが優しすぎる。なによりも、愛しいものに惹かれているような瞳で、冬矢はずっと蒼生を見つめている。だから、わかる。愛おしいと思う気持ちで触れられている。
「す、き」
嬉しい、で胸がいっぱいになって、言葉が唇の隙間からこぼれる。
冬矢はそれを聞いて体の奥からせり上がってくる熱を感じた。愛しい。愛おしい。それが手のひらの動きに伝わっていく。
「俺も。大好きだよ、蒼生」
「……っ! あ、や、でちゃ……っ!」
大きく身体を震わせて、蒼生は掴んだままの冬矢の腕に指を食い込ませた。
熱い白濁を手のひらで受け止めた冬矢は、背中から突き飛ばされそうな衝動を覚える。蒼生のその絶頂が、「大好き」に対する無意識の答えだと理解したからだ。目の前で大きく上下する胸に、じゅう、と吸い付く。
「っあ」
「はぁ、ごめん……。もっとじっくり焦らすつもりだったんだけど、我慢できない。蒼生には我慢させているのに」
ふるふる、と蒼生が首を振る。
「いい、の……。好きに、してぇ」
「蒼生っ……」
ぐい、と冬矢は蒼生の脚を抱え上げる。
背中側に回り込んだ冬矢に、「ああ、後ろから挿入れてくれるんだ」とぼんやり思った蒼生は、はっと息を呑んだ。同時に、同じような息の音。
「…………っ」
「あ、」
この体位は、計算の上なのだろう。大きく脚を開かされた格好は、敢えて健太に見せつけるためのものだとすぐにわかる。
「とぉ、ぁ、まっ……、ぁあー……っ」
隙間を埋めるように、冬矢が再びナカに入って来た。
「んっ、やぁ、あ」
ゆったりと揺らされながら、心地よい場所を抉るように擦られる。その動きに抗えず揺れるペニスの動きを、健太が見ている。それだけではない。濡れた音を立てて繋がるその場所も。
「はあっ、あ……、ん、んぅーっ……」
戸惑ったような蒼生の手が、ふらふらと宙を泳ぐ。冬矢と健太の視線は、それが赤い頬と潤んだ目を覆い隠すまでを見届ける。
「ふふ。蒼生……可愛い……恥ずかしいの?」
「う、うんっ……」
「いつも見られてるのに?」
「ん、なの、にっ……わかん、ないぃ……」
冬矢は後ろからそっと蒼生の耳朶を噛む。
「ひぁっ」
可愛い声。下半身を隠すべきか迷ったのだろうなと思うと、愛しさについ体が動いていた。程よく柔らかいそれを唇で挟み、吸い上げる。
「……う、ぅん、うーっ……」
冬矢はさらに高く蒼生の脚を抱え上げる。とんとん、と腰を使うと、蒼生が大きく息を吸った。
「やっ……」
「ほら。口、塞がないで……。教えて? ここ、好きだよね」
「あ、あ、好きっ、好きぃ……! そこ気持ちい、から、好き、ぃっ」
甘く、上擦った声。
来る。
すぐに。
知っている。
「き、もち、ぃっ、あ、」
「気持ちいいね。いいよ、ほら。いっぱい出して」
「あ、はぁっ、う、ぁああっ」
血が上って目眩がしそうな健太の目に、はっきりと白い放物線が映る。飛びつきたい。今すぐに舐めて含んで、味わい尽くしたい。その思いがどれだけ強いか、体で蒼生に伝えたい。何もしていないのに、今すぐにでも暴発しそうだ。ぎり、と掴んだ膝が痛い。
一方、開放的な格好で達してしまった蒼生は、不意に冷静になった一瞬の間で、一部始終を健太に凝視されていたことに考えが至ってしまった。冬矢が体を引くと、鈍く重い腕を突っ張ってなんとかシーツに突っ伏す。そのまま、真っ赤になってしまっているだろう顔をそこに押しつけ、荒い息を整えようとする。
冬矢はふたりのそんな様子を交互に確認し、うつ伏せた蒼生の綺麗な背中に口づける。瞬時に、ぴくん、と体が跳ねた。素直な反応に目尻が下がる。そろそろ頃合いだろう。
「……健太」
「ん」
呼びかけた冬矢に対し、健太の返事は短い。まったく余裕がないことがそれだけでわかる。
「反省した?」
「あー……した。してる。今後さらに気を付けます」
押し殺した低い声に、冬矢は小さく笑う。
「わかった。そういうことなら、さっきの刑は撤回する」
「っ!」
自分のうるさい息の向こうで、蒼生はふたりのやりとりを聞いていた。どうやら冬矢は健太を許してくれたらしい。刑だなんて、冬矢が本気でそんな子供っぽいことを言うはずがない。だからどこかのタイミングで撤回はされるだろうと思っていたのだが、その「どこか」がなかなか来なくて心配していたのだ。よかった、とほっとする。
そんなふうにのんびりと構えていたから、後ろから両肩を掴むように体を起こされて、蒼生はぱちくりと目を瞬かせた。
「ぇ?」
「ぁおい……」
掠れた健太の声が、耳のすぐ近くで聞こえる。ぞくぞくっと体が震えた。ベッドに両膝で立つように支えてくれる健太の腕は、汗ばんで熱い。そして、それより熱い塊が腰に当たっている。いつの間に脱いだのだろう、などとふんわり思えていたのはほんの数秒だ。
「蒼生、蒼生っ……」
「あ、あっ」
ぐい、と押し付けられた先端が、分け入るように身体の中に侵入してきた。先程までと違う形に広がる。
「……うぁ、け、んちゃ、……っ」
「蒼生、はあ、蒼生」
背中いっぱいに健太の熱さを感じながら、あれっ、と思う。蒼生の反応を探る気配がなく、ただひたすらに力強く進んでくる。
実際、健太の頭の中は蒼生に触れられた喜びで満たされていた。触れられないと思っていた肌に、直接体を合わせることができた。飛び込みたいと強く願ったナカに入ることができた。そればかりに捕らわれていて、蒼生が心配そうに健太のほうを窺っていることに気付けない。
けれど、
「……っひ」
次第に蒼生のほうも、そんな心配をするほどのゆとりはなくなってくる。
「っ、ぁ、あっ?」
ふたりとも膝立ちだ。背の高い健太に羽交い締めのような格好で抱えられていると、当然蒼生の膝がわずかに浮く。
「や、健ちゃぁ、深、ふ、かぃっ」
蒼生の体を気遣う健太は、より負担がかかりそうなほど深い場所まで潜り込みすぎないように自制する癖がついている。けれど、我慢に我慢を重ねた今の健太には、その自制が効かない。
ほんの少しだけ、蒼生の心の隅に「怖い」という感覚が掠める。
一度ベッドを降りた冬矢が、今度はふたりの前に座る。そして健太に体を預けて揺さぶられている蒼生の、必死に呼吸をする顔をうっとりと眺める。
「……とぉ、あ、やっ」
健太は、ふたりが会話をする隙を与えない。ただひたすら蒼生のナカを貪るように動く。
「はぁっ、はぁっ、蒼生、蒼生……」
「ん、あぁっ、そ、そこ……っ、こ、わ」
「ここ? 蒼生……。なんか、先っぽ吸われてるみたい、はぁ、なに、ここ、気持ちいぃ……」
言葉通り、気持ちよさそうな健太の声が、荒い息と共に蒼生の耳に直接入り込んでくる。
「あー、きもちい、すごい……。な、蒼生もきもちい? オレ、すごく、気持ちいい……」
そうか、と蒼生はぼんやり思う。
健太が気持ちいいのか。健太が自分のそこで気持ちいいと思ってくれているのか。
「……はぁ、ほん、とだ……、きもちぃ……」
恐怖心がすうっとかき消える。健太が言うなら、そうなのだ。
「うー、ふ、う、ん、ぐ、うぅー……っ」
ぐちゃぐちゃになりそうだ。
言葉にならない声が溢れてくる。ナカの知らない場所を叩く感覚が脳まで揺らすようで、思考が鈍くなってくる。そのせいか、体勢を保っていられない。ほぼ健太に抱えられる格好だった蒼生は、汗で健太の手が滑ると、そのまま倒れそうになる。
ぱしっと蒼生の両手首を握ったのは冬矢だ。冬矢は役得とばかりに蒼生にキスをする。可愛い声を飲み込むようなキスを繰り返すと、無意識に蒼生が顔を寄せてくるようになる。
蒼生が前にわずかに傾いたことで、角度が変わった。
「! あ、っあ!」
健太のペニスの先は、浅い場所、蒼生が一番弱い箇所を抉る。
「ああ……、ここ、蒼生の好きなとこだぁ……」
嬉しそうな声で呟いた健太は、そこに標的を定めたらしい。先端でノックするように、蒼生を責め上げる。
「ひっ、う、ぅ、あ、は、ぁ、あ」
リズムは変わらない。だが、いつもより、少し強い。
「や、あっ、あ、」
健太が刺激を与えてくるその場所からだろうか、ぐぐっとせり上がってくる感覚がある。ぎゅうっと収縮して身体の中にいる、なにか。
来る、と思った。
そう思うことは特別なことではない。けれど、違う。
「はっ、あ、あ、ぁ、あぃ、ぉえ、」
なに、これ。そう言葉にしたいが、言葉にならない。
ふっと冬矢が笑った。
「気持ちいいね」
「!」
びくんっ、と蒼生の身体が仰け反る。
「っ、っぅぅー……っ」
何かが体の中で弾けたようだ、と思った。
そのままがくんと首を垂れ、痙攣したように何度も身体を跳ねさせる。
「? ……? ぇ? あ……」
蒼生には、ぱちぱち爆ぜる白い視界が理解できない。今までに感じたことのない感覚だ。脳が必死に既知の感覚と照らし合わせようとして混乱する。
同じく、健太も呆然としている。
「な、なに? 今……すげえ締め付けられた……」
ぱっと冬矢は視線を落とす。蒼生のペニスの先端はこちらを向き、呼吸に合わせて揺れながら、透明な液体をたらたらと零している。射精ではない。ぞくぞくする。愛おしさが腹の奥からむくむくと湧き出してくる。
身体から力の抜けた蒼生が、ふらりと倒れ込む。健太の手から冬矢の腕に体重が移ったことで、健太は強制的に蒼生から抜け出ることになった。冬矢は蒼生を抱き留め、そっとうつ伏せに横たわらせると、嬉しそうにその髪を優しく撫でる。
「ドライでイッちゃったんだね。可愛い……」
「どぁ……?」
「ふ、ふふ。あとで説明してあげる。初めてドライ出来たね。いい子」
蒼生は首を傾げ、手のひらの暖かさを受け止める。ひどく気持ちがいい。先程の訳のわからない感覚も、これとは違うものの、確かに「気持ちいい」のだとはわかった。その理由も冬矢が説明してくれるのだという。ならば安心だ。蒼生はほおっと息を吐いた。
「……蒼生。まだ足んねぇ」
ぼそり、と健太の声。
結果的にではあるが、中途半端なところで蒼生に逃げられた。ぐるぐる渦巻く思考が、ひたすら蒼生を求めて治まらない。
健太の様子を窺おうと蒼生が体を起こすより早く、健太は蒼生の太ももに跨がって座る。
「健ちゃ、」
「蒼生ぃ……好き。大好き。もっと」
勝手に指が動く。健太は進入路を確かめるように、蒼生の足の付け根を摩った。
「んっ……」
敏感なままの肌は、快感をびりりと弱い電気のようにそこから頭の先まで弾き飛ばす。
「はあ、ぴくん、て、した……。可愛い……。可愛い、蒼生……っ」
「あ、ひぁっ……」
手のひらで押し広げた奥に見えるピンクの穴に、健太は夢中で自身を埋めていく。ゴムの表面をよく濡らしたおかげで、難なく進んでいける。
「……く、ぅ、んんっ……」
「蒼生……」
「あ、うぅ、うーっ……」
ぐちゅ、と湿った音。
それは次第に間隔を狭め、整ったリズムになっていく。
「っ、……っ、……ぅ」
「あお、い、蒼生っ」
「ーっ……!」
上から抑え込まれるように叩きつけられて。
気持ちいいと感じる部分を的確に狙われて。
このままだとどうなってしまうかわからない、蒼生の中に、再び恐怖心が生まれる。無意識に体が逃げようとするが、健太に体ごと押さえつけられて動けない。かろうじてわずかに伸ばした手は、冬矢がぎゅっと掴んだ。
「……っ、……」
目を上げると、滲んだ視界いっぱいに、冬矢が微笑んでいる。健太から与えられる激しい快感と、冬矢からもらう穏やかな気持ちよさに、蒼生の思考はまともに働かなくなっていた。
冬矢は、息の仕方も忘れたように喘ぐ蒼生に優しく口づけ、空いた手でゆったりと髪を撫でた。
「ふ、可愛いね。可愛い、蒼生……。ちょっと怖いのかな。助けてって言いたいけれど、ナカにいるのが大好きな健太だから、嬉しくて、困っているんだね」
呟きながら冬矢は蒼生の顔を覗き込む。その目は否定も肯定もしなかったが、ただ聞こえていないだけだろう。先程から何度もびくびくと身体を跳ねさせ、甘い絶頂を繰り返し迎えていることをはっきりと伝えてくる。そんな蒼生が愛しくて仕方がない。
「……ぁ、ぅ」
か細い蒼生の声。
「うん、なに?」
「ひ、う、……ぉかひく、なぅ……」
涙目がとても可愛い。冬矢はもう一度蒼生にキスをする。
「大丈夫だよ」
「……ぁい、じょ、ぶ?」
「そう。大丈夫。怖くないよ。俺と健太に全部任せていれば。なにも」
「ん、ふ」
ふわ、と蒼生の表情が緩む。
「だから、たくさん、イくところ、見せて……」
またキスを。
蒼生のひときわ高い声が、冬矢の口の中に溶けていった。
ぐたっとうつ伏せに伸びたままの蒼生に、健太ははっと我に返った。
「っ、あ、オレっ、水持ってくる!」
叫んだかと思うと、今まで激しい動きをしていたとは思えないほど俊敏に部屋を飛び出していく。
「さすが、体力があるな」
冬矢の呆れたような感心したような声に、ようやく蒼生がのっそりと顔を上げる。まだぼんやりとしているようで、どこか遠くに焦点があるようだ。冬矢は、敷いているタオルが吸いきれなかった涙の筋を、指先でそっと拭う。
「蒼生。どこか、つらい?」
「……んーん。怠くて動きたくない、けど、つらいとかじゃない」
「そうか。よかった。……お仕置き、効いた?」
「ハイ。今後は気を付けます」
「よろしい」
冬矢は笑って蒼生の上半身を抱え上げ、横抱きの格好で抱き締める。嬉しそうにふにゃ、と表情を崩した蒼生が裸の胸に縋り付いてきた。先程あれだけ艶めかしく乱れて悲鳴を上げていたというのに、あっという間に幼い顔になる。あの色っぽい蒼生も最高だが、やはり甘えてくる顔もとても可愛い。
「ところで、理性をなくした健太はどうだった?」
頬を撫でながら聞くと、蒼生は目をぱちぱちと瞬かせる。それから照れたように、扉の向こうにちらっと目をやる。
「あのね。真っ白で、ふわふわで、ぎゅんぎゅんで、うーん……。なんて言ったらいいのかな。説明するの難しいんだけど……ぐちゃぐちゃにされて、わけがわかんないくらい、気持ちよかった」
「ふふふ、なるほどね」
機嫌良くにこにこ笑っている冬矢に、蒼生は首を傾げる。それから、「おや」と思った。
「冬矢、もしかして……。この前言った、僕のお願い、聞いてくれたの?」
「え?」
「ほら。健ちゃんに僕のこと好きにしてって言って、ケンカした時の……あれ」
冬矢は少し考えて、ああ、と頷いた。
「結果的にそうなっただけだよ。もちろんあの時のことも頭になかったわけじゃないが、あんな失礼な奴に遭遇するのは完全に想定外だったからね。まあ、利用させてもらったのは確かかな」
「……ありがと」
ぽつんと呟くと、優しい手が伸びて、蒼生の髪を優しく撫でる。
「でも役得だったよ。健太にたくさん気持ちよくされている蒼生、可愛かった。あんなふうに翻弄されている蒼生を見るの、好きだな」
手のひらの暖かさを頭で感じながら、蒼生はもう一度「おや」と脳内で首を傾げる。
「ねえ、冬矢」
「うん」
「冬矢って、僕が、その……されてるのが好きなんだね」
「うん。蒼生の気持ちよさそうな顔を、じっくり眺められるから」
静かに目を落とした蒼生が、抱き締めてくる腕をつつっと指で辿った。くすぐられるような感触に、今度は冬矢が首を傾げる番だ。
「蒼生?」
「じゃあ……冬矢は、僕が他の人に襲われてても助けてくれないってこと?」
ぺちん、と冬矢が蒼生の額を軽く叩く。
「いて」
「相手は健太だけに決まっているだろう。おかしなことを言ったら駄目だよ。俺が見たいのは、好きな相手に抱かれて、気持ちよく啼いている蒼生なんだから」
「……ん」
蒼生がこくんと頷く。はたいてしまった額に謝罪のキスをすると、蒼生はわずかに拗ねた顔をする。
「…………。見てるほうが好き、なの?」
質問の意図はすぐにわかった。それから可愛いクレームをつけてきた愛しい恋人を改めてぎゅっと抱き締める。
「もちろん、直接蒼生と繋がるのが一番好きだよ」
「そっか。ふふ。よかった」
心底ほっとしたように蒼生が笑う。
そこに、ばたばたと足音を響かせながら健太が戻ってきた。
「蒼生、水! 飲んで飲んで!」
「ありがとう」
健太からペットボトルを受け取ると、その蓋は一度開けた形跡があった。手に力が入らないかもしれないから、という健太の気遣いだろう。蒼生はにこにこしながら、かれた喉に水を流し込む。
その間、健太は自らが汚してしまった蒼生の肌を暖かいタオルで丁寧に拭いていく。それから心配そうに蒼生の顔を覗き込んだ。
「どこか気持ち悪いとこない? まだ拭けてないとこある?」
「ううん、大丈夫だと思う。ごめんね、ありがとう」
「いや……。オレ、反省することばっかりで」
健太はしゅんとして口ごもる。その姿に、わずかばかりの罪悪感を覚える冬矢だ。素直な健太は、冬矢の言葉を文字通りにまっすぐ受け取ってしまったらしい。だからこそ蒼生の要望に応えられたという面もあるのだが。
「おい、健太。言っておくが、俺は別に本気で怒っているわけじゃないからな」
「え……そうなの?」
「わざとあの状況を作ったわけでもないのだから、怒れるはずがないだろう。蒼生も健太も、先輩の顔を立てなければならない場所で、困っている人を助けるべく最善の策を取ろうとしていたんだ。むしろ褒められるべきだろうな。だから、刑だなんてただの芝居だ。驚かせて悪かったな」
はーっと健太が大きく息を吐く。
「よかったー。プレイの一環ってやつだったかー! オレ、マジでしばらく蒼生に触れないのかと思って、なんか心が折れそうになったもん。だけど、蒼生を酔っ払いと2人にしちゃったのはホントによくなかったから、そこはちゃんと反省する。ごめんね」
「ううん。僕も心配かけないように気を付ける」
健太と蒼生は顔を見合わせて頷き、それから冬矢に向かっても頷いてみせた。ふたりの真面目な表情に、冬矢もふうっと息を吐く。
「俺も蒼生に謝らなくちゃいけない。……他の奴に触られて嫌だったのに、女の子を助けるために我慢したんだね。さすが蒼生だ。先に言うべきだったのに、雰囲気を作るために後回しにしちゃってごめんね」
蒼生はふわっと笑った。
「うん。頑張ったよ」
「頑張ったね。蒼生はいい子だ」
「えへへ」
冬矢に撫でられて、蒼生は満足げにその胸に寄りかかる。
それを見ている健太も嬉しそうだった。が、次の瞬間、蒼生が小さくくしゃみをしたので、慌ててベッドの端に追いやられていたタオルケットを掴んで蒼生にかぶせる。
「やべ、エアコン効きすぎたかな。あったまんないと。風呂、今追い炊きしてるけど、行けそう?」
「うーん……。もうちょっと待ってほしいかも」
「! やっぱ、オレ、やりすぎちゃったかな。ごめ」
「待って」
蒼生は腕を伸ばし、健太の口を両手でふさぐ。突然の行動に、健太は目を丸くした。
「そこは謝らないで。激しいの、ちょっとびっくりはしたけど……でも、すごく気持ちよかった。すっごく嬉しかったから」
「蒼生……」
伸ばされた腕を取り、健太は蒼生の体を引き寄せる。冬矢はすんなりそれを許したが、片手だけは譲らず握ったままだ。そんなふたりを蒼生は交互に見つめる。
「ねぇ。ああいう、ぐちゃぐちゃになるえっちしないのって、普段は我慢してるの?」
ふたりは顔を見合わせる。
「そうだな……。我慢、というのとは違うけれど、きちんと自制はするようにしているかな」
「んー。たとえば蒼生がシャワーしてる間に、自分でアレして、落ち着こうとしてたりとかはする、けど」
ふーん、と蒼生が呟いた。
「……遠慮しなくていいのに。だって、僕、ふたりにもちゃんと僕で気持ちよくなってほしいもん。いつも僕ばっかり気持ちよくしてもらってるから、申し訳ないと思ってて」
冬矢と健太は理解する。蒼生の“好きにして”は、ふたりのことを思っての発言だったのだ。自分より己の快感を優先してもいい、と言いたかったのか。もちろん、蒼生自身が乱されたいという願望もあるだろうが、その根底にはいつもふたりへの深い思いがある。
健太はがしがしと頭を掻いた。
「あー……。そういうことか。うん。……あのな、蒼生。いつもちゃんと気持ちいいよ。蒼生が思ってるより、めちゃくちゃ気持ちいい。今日だって、オレ、頭焼ききれちゃうかと思ったくらいだもん。でもね、可愛い可愛い蒼生を堪能してる余裕がなくって、体は満足してるんだけど、気持ちのほうが物足りない感じがする。いつもみたいに、おしゃべりしたり、大好きーって伝えながらしたいよ」
たしかに、さっきはお互い呻くばかりで、ほとんど会話になっていなかったような記憶がある。まっすぐな健太の眼差しに、蒼生はすとんと納得した。
「うん。わかった」
冬矢も蒼生の手を持ち上げ、頬ずりしながら笑いかける。
「俺も気持ちよかったよ。独り占めしてたくさん蒼生のことを味わえた。最高の気分だ」
ふたりの笑顔が優しい。蒼生はそれがふたりの本音だと知って、ほっとする。
でも。
「……でも、きもちかったから、……たまにああいうのしてほしい」
「! ふふふ、そうだね」
「じゃ、たまに、しような」
健太が蒼生をぎゅっと抱き締める。
冬矢は背中側から同じように抱き締める。
ふたりの暖かさが、直に伝わってくるのが心地いい。
再び降らされるキスの雨に、蒼生はきょとんとふたりを見る。
「あれ、僕の刑ってまだ続いてるの?」
健太と冬矢が笑う。
「そりゃ、永遠に続くんじゃねえの」
「当然だろう」
「……そっか。嬉しい……」
さらに繰り返されるキスをたくさん受け止め、蒼生は改めて大切にされていることを実感するのだった。
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86こ目;熱帯夜
僕+君→Waltz! 一次創作 創作BL 創作BL小説 三角関係 幼馴染 3P 溺愛 R18ちょっとばかり衝突してしまった蒼生と健太。
その数日後、蒼生はゼミの先輩に飲み会に誘われて…。
大丈夫です、いちゃいちゃしています。
そして、蒼生が「初めての体験」をします!
↑初公開時キャプション↑
https://pictbland.net/users/series/kazanet-tk/%E5%83%95%EF%BC%8B%E5%90%9B%E2%86%92Waltz%EF%BC%81
2023/07/16初公開
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入浴を終えた冬矢がリビングの扉を開けようとした瞬間、健太の大きな声が聞こえてきた。
「蒼生は道具じゃねえ!」
不穏な雰囲気に、一瞬手が止まる。この家には3人きりだ。自分がここにいるということは、健太が声を荒らげたのは蒼生相手ということになる。その時点で大事件だ。急いで部屋に入ると、ダイニングテーブルの前で蒼生と健太が険しい顔で向かい合っていた。滅多に見ることのない光景に、目を疑う。
「どうしたんだ、ふたりして」
「冬矢」
揃った声は、同じような声量で、同じように悲しそうな声色。しかも同時にこちらを向いた。どうやら仲の良さに問題があるわけではないようだ。一体なにを言い争っていたのかはわからないが、どちらにせよ、これ以上話が長引いて蒼生が落ち込むことは本意ではない。キッチンに用意してあった水を1杯一気に飲み干すと、冬矢は冷静な顔でソファに座る。
「どうやら、話を聞いてほしそうだな。俺が風呂に行っている間に何があった?」
まず口を開いたのは健太だ。
「蒼生が、ひどいこと言うんだ。欲望のままに抱いてほしいなんて」
そこに蒼生が食って掛かる。
「そんな言い方してないでしょ。僕のことなんか考えずに、好きなようにしてって言っただけじゃん」
「好きなようにしてるから大事に抱くんだろ」
ふたりの声のボリュームが再び上がった。冬矢は腕を組んで頷く。
「……ふーん。なるほど。双方の言い分はそれだけで大体わかった。それから、お互いに結論を出そうと思って話しているわけでもないね?」
ピリついていたふたりが、言葉に詰まって顔を見合わせる。冬矢は小さく息を吐き、蒼生に向かって手招きをした。蒼生はぴくんと肩を揺らし、いそいそと冬矢に近寄ると、指し示されるとおりに膝の上に座る。健太は黙ってそれを目で追っていた。
「まず……この件に関しては、俺は健太の意見に同意する。その理由はわかるよね?」
「……うん。ふたりは、僕のことが好きだから」
「それがわかっているなら、いい。その上で、蒼生は自分の負担を無視してほしいと言っているんだね」
「ご、ごめんなさい」
蒼生は、ふたりが自分のことを大切に大切に扱っていることを理解している。わかっていて、その気持ちを無碍にする提案をしている自覚があった。それはふたりを傷付けることだと思った。それでも、言わずにいられなかった。
目を落とす蒼生の肩を、冬矢が優しくさする。
「謝らなくてもいいんだよ。ちゃんと素直に伝えてくれて嬉しい。言いにくかったかもしれないけれど、してほしいことを口にしてくれてありがとう。蒼生のお願いは、俺たちには少し難しい話だけれど、理解はした。善処する」
「ん……」
こくっと蒼生は頷く。そこに健太が静かに歩み寄り、寂しそうな顔で蒼生を見下ろした。
「オレは、たぶん、無理だと思うけど。でも、……おっきな声出して、ごめん」
「ううん。僕も無理なお願いしてごめんね」
健太が手を差し出し、蒼生がその手を取る。冬矢は、小さな頃からの慣習らしく見えるその謝罪の仕草を眺めながら、何かを考えているようだった。
「蒼生」
静かな健太の声。冬矢がはっと気付いて膝の上にいる恋人の顔を窺うと、その唇が小さく震えていた。
「ううん。なんでもない」
首を振ってそんなことを言うが、健太と冬矢は知っている。本当になんでもないというならば、蒼生がこんな不安げな目をするはずはない。
「蒼生。話して」
「そう、駄目だよ。今言っただろ?」
冬矢も空いていた蒼生の手をぎゅっと握った。
蒼生は迷いながらもう一度首を振るが、健太と冬矢はその手を離さない。ただ、じっと蒼生の目をまっすぐに見つめてくる。蒼生が自分の言葉で伝えてくれるのを待つつもりなのだろう。その真摯な眼差しは、ふたりが絶対引かないつもりだとはっきり告げているようだ。これ以上黙っていたら、ふたりを心配させるだけだろう。きゅっと拳を握って、蒼生は視線を落とす。
「……僕、ずっと、健ちゃんとは仲良しだったのに。こんな、ケンカなんか、するようになっちゃうなんて」
ああそうか、とふたりは納得する。言い合いの内容よりも、健太と言い争うこと自体が悲しかったのか。
「それでいいんだよ。相手の言うことに全部頷くのが仲良しというわけじゃないんだから。ケンカして、蒼生は健太のことが嫌いになった?」
「まさか! 大好きだよ!」
それを聞いた健太は、嬉しそうに蒼生の手を両手で包み込む。
「オレだって、蒼生のこと大好きだよ。オレは蒼生とケンカできるようになって嬉しいんだ。蒼生が自分の考えをオレのために曲げちゃうんじゃなくて、はっきり蒼生の意見として教えてくれてるってことだからさ。素のままで向き合えるって、そういうの、他の人にはしないでしょ。オレと冬矢だけじゃん」
「うん。でも、ケンカはやだ」
「うん、そうだよな、蒼生はそういうの苦手だもんな。オレたちは落ち着いて冷静に話し合うのが一番なんだ。言い直すね。オレたちができるようになったのは、ケンカじゃなくて、話し合い。な。だから、今日はごめんね」
「……うん」
やっと納得したのだろうか、蒼生の肩から力が抜けた。だが次の瞬間、ふっと心配そうな顔をして、蒼生はふたりを仰ぎ見る。
「あのね。……今日、健ちゃんと冬矢にぎゅってしながら寝てもいい?」
「ん。そうしよ」
「そうだね」
ふたりの返事に、蒼生はようやく柔らかな笑顔を浮かべた。
そんなことがあった夜から数日後のことだ。
その日は金曜日で、大学が終われば翌々日まで誰も予定を入れていなかった。もちろん偶然などではない。ゆっくり過ごすために3人で調整して作った休暇だ。毎週末それが出来ればいいのだが、バイトだ課題だと様々な事情が重なることが多く、完全に何もしなくていい週末は久しぶりだった。
蒼生は浮かれた気分を落ち着けようと一歩一歩を踏みしめながら、待ち合わせ場所に向かう。ふたりには、どこか外で夕飯を食べて、週末の食事を調達して帰ろう、と言われていた。つまり、それは蒼生を家から出すつもりがないということだ。その意味は、考えなくてもわかる。思わず緩んでしまいそうな頬を押さえ、次第に速まる足で、そこだけ人を払ったように誰もいないベンチを目指した。
そこに、突然割り込む人影。
「あ、野木沢! いいとこで会った」
急に話しかけられ、ぎくりと足を止める。楽しい気分に冷水をかけられた気がした。こういったタイミングで呼び止められて、いい話だったことはあまりない。
声のしたほうを向くと、教授室でよく顔を合わせる男子学生が手を振っていた。蒼生が来年度に所属を狙っているゼミの、1学年上の先輩だ。元から明るく話しやすい人物であるのだが、いつもに増して愛想がいいのが気にかかる。
「こんにちは、先輩。先日は有用な資料を教えていただきありがとうございました」
「あー、いやいや。あれはマジ知っといて損はないやつだから」
親切で面倒見がよく、発表の際にも世話になっている。普段はとてもありがたい存在なのだが、それは即ち何かお願い事をされたら断りづらい、という側面もある。蒼生が内心で身構えていると、先輩は口の前で両手の人差し指をちょこんと合わせた。
「えっとさ。ちょっと頼みがあって。今日ってこれから暇ある?」
「すみません、食事の約束があります」
「そっかぁ~、うーん、突然だもん、そうだよなあ。いや、実はさ。今夜、結構大きめの飲み会があるんだけど。男手が足りなくてさ~」
彼が話しかけてきた理由は、蒼生の想像とはさほどかけ離れていなかった。要約すれば、合コンの人数が足りないので来てほしいということのようだ。
「もし、野木沢が駄目なんだったら、友達で誰か暇な奴いない? できればイケメンで」
「イケメンですか……」
ぱっと浮かんだのは、健太と冬矢の笑顔だった。蒼生にとって、ふたりは世界の双璧とも呼ぶべき同率1位のイケメンなのだ。だが、ふたりはこれから自分と甘い時間を過ごすというとても大切な予定がある。他の人に取られるなどもってのほかだ。
誰かいないかと脳内を検索するが、急に話を振られても他人の予定はわからない。そもそも、根津は自分より飲み会の類が苦手だし、小倉は食事の途中で突然姿を消すことがあるし、久我島は彼女がいるものの誘えば来るだろうがそれはそれで問題だし、……。頭の中に次々顔は浮かぶのだが、いきなり連絡してもいいものだろうかと思ってしまうと、候補に挙げるのは申し訳ないような気がする。
困った様子で腕を組む蒼生に、さらに困った顔の先輩が天を仰ぐ。
「……だよなー。今日の今日だもんなー。うーん。……あのさ、その食事の約束って、友達?」
「ええっと……」
「なんとかなったりし……ないよなあ」
「…………。あの、……連絡しますので、僕、大丈夫ですよ。行きます。約束の相手は、伝えればわかってくれる人なので。僕が参加するだけじゃ足りませんか」
「え! いいの!? 助かる!」
あまりにも手詰まりでどうしようもないといった様子に、とうとう蒼生は折れた。世話になっている人がこれだけ困っているのだ。誰かひとり付き合えばそれで彼が助かると言うならば、蒼生が頷くのが最も合理的だ。健太と冬矢なら事情を話せばわかってくれるだろう。会いたかった。一緒にいたかった。けれど、その数時間がなくなっても、その先がある。帰れば待っていてくれている。同じ家で暮らしているのだから。
なのに、その数時間が惜しいと思ってしまう。
ともあれ、ふたりに連絡をしなければ。蒼生がぎゅっと携帯を握った時だ。
「蒼生っ」
聞こえた声に、蒼生はほっと息を吐く。
「健ちゃん」
名前を呟きながら振り返れば、慌てた様子で駆け寄ってくる健太の姿が見える。なぜか、それだけですべてが解決したような気がした。
健太はさりげなく腕を取り、蒼生を半歩下がらせる。
「なにか、困ってる?」
小さく問いかけてくれる優しさが嬉しい。思わず上擦ってしまいそうな声を何とか抑える。
「ううん、大丈夫。こちら、お世話になってるゼミの先輩。あのね、今、飲み会に誘われたところで」
じっと蒼生の目を見つめる健太は、蒼生の穏やかな笑顔の中に不安そうな色を感じ取った。そして瞬時に、断り切れなかったんだろうなと察する。
「ん、そっか」
「だから、今日のごはん……」
蒼生の語尾が揺れる。健太が口を開こうとした時、先輩が健太を見上げる位置まで詰め寄った。
「もしかして、野木沢の約束の相手って、彼!?」
「えっ……あの、はい」
「なんだ、イケメンの知り合いいるんじゃん! そしたらさ、君も一緒に来てくれない!? 合コンの人数足んなくてさあ!」
えっ、とふたりは目を瞬かせる。はっきり言い切ったな、と苦笑しながらも蒼生は複雑だ。自慢の彼氏がイケメンと言われたこと自体はとても嬉しいが、それでは健太を巻き込むことになってしまう。
そんな蒼生の心苦しそうな表情を横目に、健太は先輩に向けてにこっと笑った。
「わかりました! でも、オレ、めちゃくちゃラブラブな可愛い恋人がいるんで。オレと蒼生、ただの賑やかしでもいいですか?」
蒼生はぎょっとする。「可愛い恋人」のところで、彼に見えない位置で健太が手をぎゅっと握ってきたからだ。それに、落ち着いて聞けば、それは自分たちがその恋人同士です、と宣言しているようにも聞こえる。だが幸運なことに、切羽詰まっている相手には単語しか伝わらなかったようだ。
「あーっ、いい、いい。賑やかし助かる!」
「そんでもってついでに、もうひとり呼んでもいいですか。そっちも賑やかし担当で。全力でフォローに回りますんで」
「神かよ……!」
先輩がビシッと手を差し出すと、健太はためらいもなくその手を握り返す。そしてそのまま雑談交じりに集合場所と時間を聞き出すと、さらりと連絡先を交換し、「今度奢るから!」という約束まで交わして、手を振りあって別れる。蒼生はそれをぽかんと見守るだけだった。
「健ちゃんって、やっぱすごい」
「んー? えへへ。こういうのはオレにまかせて!」
「ありがと」
握手するために一度離れてしまった手を、蒼生の指が名残惜しそうに撫でる。思わず舞い上がりそうになった健太だが、可愛い蒼生はなぜか浮かない顔をしていた。
「蒼生? どうかした?」
「……健ちゃんを巻き込んじゃった。ごめんね」
「え、だって、断れなかったんだろ? だったら一緒に行ったほうが、ずっとそばにいられるじゃん。オレ、蒼生とちょっとだって離れてたくないんだもん」
それは紛れもない健太の本音だ。物事を曲解しがちな蒼生だが、長年共にいる健太の言葉が本音かどうかはわかる。それに、わずかな時間も離れたくないという願望は、蒼生自身も抱いていたところだ。助けてくれたことも、思いが同じだったことも、そのどちらもが蒼生にとっては嬉しかった。
「さて、と。冬矢にも連絡しとかなきゃ」
その言葉にはっとする。そういえば、待ち合わせの時間だというのに冬矢が姿を現していない。
「冬矢、どうしたの? それに勝手に冬矢も出席にしちゃってよかったのかな」
「なんか、今の時間のやつが休講になったんだってさ。いったん家に帰って、それから出直すって」
「え……。僕には連絡なかった……」
「へ? ……あ! やっべ、出直すとか知ったら蒼生が気にするだろうから黙っとけって言われたんだった。言っちゃったわー」
あはは、と健太は笑う。
「うまいこと誤魔化せっても言われてたけど、オレが蒼生に対して誤魔化すなんて出来るわけないじゃん、なあ。だから、気にすんな。あいつ、蒼生と早くイチャつきたくて準備しに帰ったんじゃね? なんなら食材のストックとかもしてそうだな」
「けど」
「ていうかさ、こういう事態でおまえだけ留守番~とか言われたら、オレなら拗ねるね。残念ながらさ、立場が似てる分、冬矢の気持ちは蒼生よりオレのがわかるんだ。たぶん、即了承の返事が来ると思うぜ。……ほら」
健太がくるりと蒼生に向けた携帯の画面には、「準備をしてすぐに出る。蒼生を頼む」というシンプルなメッセージが届いていた。
「というわけでー。冬矢が来るまで、時間できたな。オレとふたりっきりでデートしよ。な、クレープ食べようぜ!」
「で、デート?」
「うん。あっちの駅のビルん中にあるでしょ、あそこ行こうよ。オレねえ、おかずのやつにしようかな~。蒼生は?」
「……えっと、うーん、どうしよう」
「じゃ、一緒に悩みながら行こ!」
ぽん、と健太が蒼生の腰を叩く。蒼生は、ふにゃ、と笑って頷いた。
冬矢も合流し、万全の態勢で飲み会に挑んだ3人は、何の問題もなくそれを乗り切る。……はずだった。
事前に告知されていた通り、規模はかなり大きかった。主催はさらに上のOBで、どれだけの良質な粒を揃えられるかが後輩たちに対する評価のポイントだったらしい。OBは3人を見て上機嫌だったから、先輩のメンツは立てられたのだろう。直接は関係ないかもしれないが、巡り巡ってそれが蒼生に有利な方向に働けば御の字だ。そういう気持ちで健太と冬矢は立ち回った。蒼生本人も、にこにこ丁寧に会話を受け流すよう頑張っていた。
まもなくお開きになりそうだという雰囲気が出てきたあたりで、冬矢の電話が鳴った。大した用事ではなかったが、少々やりとりに時間がかかった。電話を取るために廊下に出ていた冬矢は、部屋に戻って手前の席に健太だけがいることに気付く。そこにいるはずだった蒼生の姿は見えず、何故か数人の女性たちが健太を囲んでいて、健太はその話を頷きながら聞いているようだった。ならば、蒼生は。
慌てて見渡すと、すぐにその姿は見つかった。蒼生は奥の席にいて、隣には知らない男がいた。そのテーブルには他に誰もいない。真っ赤な顔をして、やたら大声で陽気に話す男は、半分蒼生に覆い被さるような体勢だ。それどころか、「可愛いね」「この後どうするの?」などと口にしながら、蒼生の膝に手を置いている。蒼生は困ったように笑いながら、それをなんとか穏便に払いのけようとしているようだった。
冬矢は持てる限りの力で蒼生を引き上げて隣の椅子に座らせ、その間に割り込むように座った。
「こんな人目のある場所で、品がなさすぎませんか」
男はきょとんとした顔で冬矢を見つめていたが、すぐに大声で笑いだす。
「あっはっは。次から次へと美人さんが現れるな~」
なるほど、完全に酔っぱらっていて、男女の区別もついていないらしい。ばんばんと肩を叩かれるのは正直不快だが、蒼生に触れられるよりはマシだ。
「それじゃそろそろ時間なんでー。準備お願いしまーす」
ようやく幹事から終了の声がかかる。蒼生と冬矢がほっと息を吐くと同時に、男ががたりと立ち上がった。
「え~、終わりぃ? オレの鞄どこだっけー」
そして、よく聞こえる独り言をつぶやきながら、そのままふらふらと歩いて行ってしまう。緊張感を捨てずに男の行く先を見ていた冬矢は、つん、と引かれるシャツの裾に気が付いた。振り向けば、安堵した様子の蒼生が、縋りつきそうな近さでこちらを見つめている。
「冬矢……。ありがと」
小さな声に、冬矢は目を細める。わずかに震える指先をそっと握り、触られていた膝を優しく撫でれば、強張った体が緩んでいく。蒼生は人に触れられるのが苦手だ。怖かっただろうし、気分も悪いだろう。この状況には何か理由があるはずだが、とにかく席を外してしまったことを反省する。まずは蒼生の緊張を解くことが第一だ。
「今日、帰ったら反省会だね」
柔らかく笑いながら言うと、蒼生はぱちぱち、と目を瞬かせた。
夜遅いということもあって、3人は言葉少なに帰宅した。
厳しい顔をした冬矢に、きっかり心当たりのある健太は戸惑ったように蒼生の後ろにぴったりとくっついている。蒼生は冬矢の言葉が冗談だと思っているので、冬矢にびくびくする健太を不思議そうに見つめている。冬矢はそんなふたりを眺めてこっそり笑うと、表情を引き締めてソファに座った。
「蒼生、健太。そこ座って」
「はい」
健太が神妙な面持ちで、ソファ前のラグに正座をする。
蒼生はあれっと思い、そっと首を傾げる。それから、はっとしたように目を見開き、健太の脇に座った。もしかすると、自分が無抵抗だったことに対して冬矢が怒っているのかもしれないと思い至ったからだ。
「さて……。俺は何について反省を促していると思う?」
平坦な冬矢の声に、蒼生と健太はぴっと背筋を伸ばした。
「えっと……触られてるのに、逃げなかったこと……?」
「蒼生の危機に助けられなかったこと……」
その答えに、わざとらしく頷いてから冬矢は腕を組む。
「わかってるようだね。一応言い訳は聞いておこうか」
「んー、そのぉ……。ちょうど冬矢が席離れたとこで、向こうのほうから女の子たちが来たんだ。酔っ払いに絡まれてるから、ここに避難させてくれって。んで、話聞いてたら、友達が1人残ってて、そいつを席で引き留めてるって言うじゃん。そりゃ危ないなって思って。そしたら蒼生が」
「そんなすごいことしてなくて、僕は、女の子に囲まれるのがしんどくなってたから、相手がひとりのほうがマシかなって……。それで、健ちゃんに任せて逃げちゃったんだ。でも、話に割り込んだら、うまいことこっちに注目してくれたみたいで。その隙にお友達さんが健ちゃんのほうに行って、しばらくしたところに、冬矢が来てくれたの」
そういった事情だろうということは何となく感じ取っていたが、やはりふたりの行動は人助けだったようだ。蒼生は「逃げた」と言うものの、間違いなく取り残された子を救うためだろう。気を遣いすぎて疲れてしまう蒼生が他人に囲まれることがないように注意していたつもりだったが、想定外の事態が起こったのでは仕方がない。はあ、と冬矢は息を吐く。
「状況は理解した。とはいえ、今日の蒼生は無防備すぎたし、健太は危機に対して鈍感だった。これはペナルティがあって当然だ」
「えっ」
息を飲むふたりに、冬矢はぴっと人差し指を立てて見せた。
「健太は、蒼生に1週間触れられない刑」
「ひでぇ!」
「蒼生は、最低10分に1回キスの刑」
「ひぇ」
「さらにひでぇ! 横暴だ! 贔屓だ!」
「当たり前だろう、何を言ってるんだ」
詰め寄ろうとする健太を、冬矢はしっしっと手で払う。そして、蒼生に対しては逆の仕草をする。頬を緩めた冬矢に、蒼生はこの一連の流れが本当に冗談なのだとわかってほっとしたのだろう、ふにゃりととろけた顔で冬矢に向けて手を伸ばす。そのまま引き寄せて抱き締め、そっと唇を寄せれば、体を預けるように縋りついてくる。それがあまりにも可愛いので、頬にもキスを重ねる。
「……蒼生。準備、しようか」
「! うん」
顔を輝かせ、蒼生はぱっと立ち上がる。その背を見送る冬矢に、健太がじっとりと恨みがましい目を向けた。
「なあ。……オレのやつは冗談じゃねえのかよ」
「冗談ではないな」
「マジか……。うー……まあ、蒼生に怖い思いさせちゃったのは事実だしな……」
ぐっと健太が拳を握る。そこで言い返してこないということは、健太は本気で反省しているのだろう。大切で大事で愛おしい存在だから、“我慢する”という選択肢があるのだ。ふうっと息を吐いた冬矢は、ソファから立ち上がった。
「ともかくおまえは、今日は見学だ。自分のを触るのもナシだからな」
「えっ。条件酷くなってんじゃねぇか」
「さて、風呂の準備とベッドの準備をするか」
「っ、ベッドはオレが準備する!」
抗議を受け流して冬矢が歩き始めると、健太はそう宣言して勢いよく寝室に消えていった。自分が触れられないとわかっていても、蒼生が横たわる場所を整えておきたい、なんらかの形で関わりたい、という気持ちが透けて見える。それを満足げに見ると、冬矢は風呂場のほうに足を向けた。
すっかり温まって戻って来た蒼生は、一糸纏わぬ姿でベッドに横たわって冬矢のキスを受けながら、不思議そうにベッドの脇を見る。Tシャツをしっかり着込んだ硬い表情の健太が、床にじっと座っていたからだ。
「? 健ちゃんは……」
「オレは、蒼生に触っちゃだめだから」
蒼生は驚いて冬矢を見る。冬矢は目を細めて、柔らかな髪をそっと指先で撫でる。
「うん。健太は見学」
「え、だけど」
さっきのは冗談だよね、と言いかけた蒼生の言葉は、冬矢の唇が奪った。
「見学、だから。蒼生は、“健太に見られている”ということを意識してごらん」
「へ?」
言われて改めて健太に目を向けた蒼生は、肩を上下させるほど意識的に息を整える健太の、その強い眼差しに肩をぴくんと揺らす。見慣れているはずなのに、何故か頭の芯がかぁっと熱くなる。
「と、冬矢、でも、これ」
「大丈夫。こっちを見て。意識はしても、俺から目を離しちゃ駄目だよ。大丈夫」
「……っんぅ」
至近距離で諭すように囁き、蒼生の髪を優しく撫でながら、触れるだけのキスを繰り返す。
蒼生は体の奥がくすぐられるような感覚に戸惑う。冬矢に抱き締められ、ゆっくりと触れられる感覚だけでなく、刺さるような視線が身体の表面を撫でていくのがわかった。物理的な刺激ではないはず。だが、はっきりと感じる。
ゆるゆると動く手。柔らかな刺激。
「乳首、もう固くなってるね。可愛い。舐めてもいい?」
「ん、うん……っ」
「後ろも一緒にしようか。ほら、ひくひくしてる。まず指1本からだよ」
「はぁっ、うん……」
「吸い付いてくる。蒼生、ここ……好きだね」
「……うん、うんっ」
全身をなぞる愛撫を、ひとつひとつ口にしながら進めていく冬矢の声。甘くて、少し意地悪で。耳から入って、脳に響き、蒼生の感覚をより一層研ぎ澄ます。
すべてがゆっくりと。じわじわと。執拗に。丁寧に。
それは、健太にも影響を及ぼしていた。今日に限ってずいぶん多い冬矢の口数は、直接触れていない蒼生の熱を、まるで自分が触れているかのように錯覚させる。なぜなら、健太は知っているからだ。冬矢が告げるその場所は、いつも自分が触れている場所だ。そこに唇を這わせれば、とどまって肌を吸えば、蒼生がどう喜んでくれるのかもわかっている。だから、見えている光景に同調してしまう。体の中が燃えるように熱いのを、健太は拳に力を入れて耐える。
「ここも……とろとろだ」
冬矢の言葉通り、腹側に反り返った蒼生のペニスは、触れられるのを待ちわびて今にも滴りそうな蜜を湛えている。
はあっと息の音。
「っ、ぁ」
それは健太の吐息だった。距離があるから、蒼生には届いていないはずだ。けれど蒼生は体を震わせ、透明なそれをとろりと肌の上に零した。
目を和ませ、冬矢は体を伸ばす。そのまま蒼生にキスをした流れで、耳元に唇を寄せた。
「可愛いね。触られてるみたい?」
「は、あ、うんっ……でもっ、ほんとに、さわって、ほし……っ」
「まだ。ちょっと我慢」
「ぅー……」
ぴた、と蒼生の手が止まる。思わず自分を慰めようと伸ばした手だ。
冬矢は空いたほうの手でその手をやんわりと握り、シーツに押し付ける。すると、蒼生のナカに沈めた指がきゅっと締め付けられる。
「ふ、ふ。手を握っただけだよ」
「だ、って、嬉しい、から」
そう言って握り返してくる手が愛おしい。
「あ」
ぬるりと冬矢の指が引き抜かれた感覚に、蒼生は体を震わせる。時間をかけてじっくりと解されたせいか、何もないことが寂しく、切なく感じる。熱を求めてひくひくと蠢くのが自分でもわかる。そして、そこを健太が凝視していることも。
「や、健ちゃん……じっと見ちゃやだ……」
「ごめん。でも……可愛い」
荒い息を抑えるような、健太の低い声。腰の辺りから、ぞくぞくっとなにかが駆け上がったような気がする。
冬矢は健太の視線に敏感になっている蒼生を見て、にぃっと笑う。それから、蒼生の腰を抱え上げる。
「あ、とぉや」
「挿入れるね」
ぴたりと先をあてがい、ゆっくりと体を進めていく。
「あ、あ……っん」
力を入れると、応えるように蒼生が冬矢のペニスを受け入れていく。呼吸がぴったりと合う。それ自体が冬矢にとってどうしようもなく心地いい。体の中心で感じる快感と同時に、蒼生と重なり合う喜びが、脳内を満たしていく。
「っ、気持ちいいよ、蒼生……」
「はぁ、ぁん、う、と、ぉやぁ……っ」
蒼生がゆらりと手を伸ばす。目を細めた冬矢が上半身を近付けると、縋り付くように首に両腕をかけてきた。自分の動きに合わせて小さく漏れる声すら勿体なくて、深く、深くキスをする。
「……キスってさ。10分に1回とか言ってなかったっけ」
焦れて不満げな健太の声。
「最低って、言っただろ。上限は決めていない、から、な」
「うー……。そう言われりゃそうなんだけどさー。いいなぁ……。オレも、蒼生と、ちゅーしてぇ」
蒼生のとろりと潤んだ目が、健太と冬矢のやりとりを眺める。冬矢の声を聞いているだけでも内臓が溶けてしまいそうなほど気持ちいい。だが、そこに健太の声が加わると、もっと嬉しくなることを蒼生の体は覚えている。ふたりが、自分の前で会話をしていることが好きなのだ、と改めて思う。
「あーおい。今は、こっち」
「っあ!」
とん、と冬矢が腰を打ち付ける。
「ね。可愛い蒼生……。もっと、キス、しようね」
「んんっ、ん、……はぁ、うん……」
今夜の冬矢は、いつも以上に緩やかに動く。まるでナカを確かめられているようだ、と蒼生は思う。
「……あ、う、とぉ、」
絶頂に導こうという動きではない。ひどく優しい。それはとても心地よいが、下腹の奥にわだかまる熱が、解放されたいと叫んでいる。
「冬矢ぁ……っ」
「どうしたの?」
「イっ、イキたい……っ」
蒼生の手がふらりと冬矢の背中から離れる。冬矢は再びその手を握って止めた。
「と、おや」
「もうちょっとだけ、ね」
「ひぅっ」
ずるり、と冬矢が抜け出る。
引っかかる感触に体を震わせながら、蒼生は離れようとする冬矢の腕を掴む。
「なんでぇ……」
寂しさに涙を滲ませそうな蒼生の瞳に、冬矢は優しく笑う。それから、自分の目線の下で震える蒼生のペニスの先を、指で緩やかに撫でた。
「あ、」
蒼生がびくんと跳ねる。冬矢の指先は透明な先走りをすくい、根元まで撫で下ろしてから、雁首を丁寧に捏ねる。
「うぅ、ん、あ、はぁっ」
ふるふると蒼生は首を振る。たしかに、そこに刺激が欲しかった。待ち侘びた指先だ。けれど、ナカに冬矢を感じたままでいたかったから、どうしても物足りない。身体の奥に熱が欲しい。
「あ、いれ、て、いれてぇ……っ」
けれど。甘い懇願は、唇で封じられる。
もしかして、冬矢はまだ怒っているのだろうか? 蒼生の脳裏をそんな考えが過る。10分に1度のキスでは罰になり得ないから、自分のお願いも聞いてもらえないのだろうか。だが、そう思うには、重ねられるキスも、触れてくれる指も、なにもかもが優しすぎる。なによりも、愛しいものに惹かれているような瞳で、冬矢はずっと蒼生を見つめている。だから、わかる。愛おしいと思う気持ちで触れられている。
「す、き」
嬉しい、で胸がいっぱいになって、言葉が唇の隙間からこぼれる。
冬矢はそれを聞いて体の奥からせり上がってくる熱を感じた。愛しい。愛おしい。それが手のひらの動きに伝わっていく。
「俺も。大好きだよ、蒼生」
「……っ! あ、や、でちゃ……っ!」
大きく身体を震わせて、蒼生は掴んだままの冬矢の腕に指を食い込ませた。
熱い白濁を手のひらで受け止めた冬矢は、背中から突き飛ばされそうな衝動を覚える。蒼生のその絶頂が、「大好き」に対する無意識の答えだと理解したからだ。目の前で大きく上下する胸に、じゅう、と吸い付く。
「っあ」
「はぁ、ごめん……。もっとじっくり焦らすつもりだったんだけど、我慢できない。蒼生には我慢させているのに」
ふるふる、と蒼生が首を振る。
「いい、の……。好きに、してぇ」
「蒼生っ……」
ぐい、と冬矢は蒼生の脚を抱え上げる。
背中側に回り込んだ冬矢に、「ああ、後ろから挿入れてくれるんだ」とぼんやり思った蒼生は、はっと息を呑んだ。同時に、同じような息の音。
「…………っ」
「あ、」
この体位は、計算の上なのだろう。大きく脚を開かされた格好は、敢えて健太に見せつけるためのものだとすぐにわかる。
「とぉ、ぁ、まっ……、ぁあー……っ」
隙間を埋めるように、冬矢が再びナカに入って来た。
「んっ、やぁ、あ」
ゆったりと揺らされながら、心地よい場所を抉るように擦られる。その動きに抗えず揺れるペニスの動きを、健太が見ている。それだけではない。濡れた音を立てて繋がるその場所も。
「はあっ、あ……、ん、んぅーっ……」
戸惑ったような蒼生の手が、ふらふらと宙を泳ぐ。冬矢と健太の視線は、それが赤い頬と潤んだ目を覆い隠すまでを見届ける。
「ふふ。蒼生……可愛い……恥ずかしいの?」
「う、うんっ……」
「いつも見られてるのに?」
「ん、なの、にっ……わかん、ないぃ……」
冬矢は後ろからそっと蒼生の耳朶を噛む。
「ひぁっ」
可愛い声。下半身を隠すべきか迷ったのだろうなと思うと、愛しさについ体が動いていた。程よく柔らかいそれを唇で挟み、吸い上げる。
「……う、ぅん、うーっ……」
冬矢はさらに高く蒼生の脚を抱え上げる。とんとん、と腰を使うと、蒼生が大きく息を吸った。
「やっ……」
「ほら。口、塞がないで……。教えて? ここ、好きだよね」
「あ、あ、好きっ、好きぃ……! そこ気持ちい、から、好き、ぃっ」
甘く、上擦った声。
来る。
すぐに。
知っている。
「き、もち、ぃっ、あ、」
「気持ちいいね。いいよ、ほら。いっぱい出して」
「あ、はぁっ、う、ぁああっ」
血が上って目眩がしそうな健太の目に、はっきりと白い放物線が映る。飛びつきたい。今すぐに舐めて含んで、味わい尽くしたい。その思いがどれだけ強いか、体で蒼生に伝えたい。何もしていないのに、今すぐにでも暴発しそうだ。ぎり、と掴んだ膝が痛い。
一方、開放的な格好で達してしまった蒼生は、不意に冷静になった一瞬の間で、一部始終を健太に凝視されていたことに考えが至ってしまった。冬矢が体を引くと、鈍く重い腕を突っ張ってなんとかシーツに突っ伏す。そのまま、真っ赤になってしまっているだろう顔をそこに押しつけ、荒い息を整えようとする。
冬矢はふたりのそんな様子を交互に確認し、うつ伏せた蒼生の綺麗な背中に口づける。瞬時に、ぴくん、と体が跳ねた。素直な反応に目尻が下がる。そろそろ頃合いだろう。
「……健太」
「ん」
呼びかけた冬矢に対し、健太の返事は短い。まったく余裕がないことがそれだけでわかる。
「反省した?」
「あー……した。してる。今後さらに気を付けます」
押し殺した低い声に、冬矢は小さく笑う。
「わかった。そういうことなら、さっきの刑は撤回する」
「っ!」
自分のうるさい息の向こうで、蒼生はふたりのやりとりを聞いていた。どうやら冬矢は健太を許してくれたらしい。刑だなんて、冬矢が本気でそんな子供っぽいことを言うはずがない。だからどこかのタイミングで撤回はされるだろうと思っていたのだが、その「どこか」がなかなか来なくて心配していたのだ。よかった、とほっとする。
そんなふうにのんびりと構えていたから、後ろから両肩を掴むように体を起こされて、蒼生はぱちくりと目を瞬かせた。
「ぇ?」
「ぁおい……」
掠れた健太の声が、耳のすぐ近くで聞こえる。ぞくぞくっと体が震えた。ベッドに両膝で立つように支えてくれる健太の腕は、汗ばんで熱い。そして、それより熱い塊が腰に当たっている。いつの間に脱いだのだろう、などとふんわり思えていたのはほんの数秒だ。
「蒼生、蒼生っ……」
「あ、あっ」
ぐい、と押し付けられた先端が、分け入るように身体の中に侵入してきた。先程までと違う形に広がる。
「……うぁ、け、んちゃ、……っ」
「蒼生、はあ、蒼生」
背中いっぱいに健太の熱さを感じながら、あれっ、と思う。蒼生の反応を探る気配がなく、ただひたすらに力強く進んでくる。
実際、健太の頭の中は蒼生に触れられた喜びで満たされていた。触れられないと思っていた肌に、直接体を合わせることができた。飛び込みたいと強く願ったナカに入ることができた。そればかりに捕らわれていて、蒼生が心配そうに健太のほうを窺っていることに気付けない。
けれど、
「……っひ」
次第に蒼生のほうも、そんな心配をするほどのゆとりはなくなってくる。
「っ、ぁ、あっ?」
ふたりとも膝立ちだ。背の高い健太に羽交い締めのような格好で抱えられていると、当然蒼生の膝がわずかに浮く。
「や、健ちゃぁ、深、ふ、かぃっ」
蒼生の体を気遣う健太は、より負担がかかりそうなほど深い場所まで潜り込みすぎないように自制する癖がついている。けれど、我慢に我慢を重ねた今の健太には、その自制が効かない。
ほんの少しだけ、蒼生の心の隅に「怖い」という感覚が掠める。
一度ベッドを降りた冬矢が、今度はふたりの前に座る。そして健太に体を預けて揺さぶられている蒼生の、必死に呼吸をする顔をうっとりと眺める。
「……とぉ、あ、やっ」
健太は、ふたりが会話をする隙を与えない。ただひたすら蒼生のナカを貪るように動く。
「はぁっ、はぁっ、蒼生、蒼生……」
「ん、あぁっ、そ、そこ……っ、こ、わ」
「ここ? 蒼生……。なんか、先っぽ吸われてるみたい、はぁ、なに、ここ、気持ちいぃ……」
言葉通り、気持ちよさそうな健太の声が、荒い息と共に蒼生の耳に直接入り込んでくる。
「あー、きもちい、すごい……。な、蒼生もきもちい? オレ、すごく、気持ちいい……」
そうか、と蒼生はぼんやり思う。
健太が気持ちいいのか。健太が自分のそこで気持ちいいと思ってくれているのか。
「……はぁ、ほん、とだ……、きもちぃ……」
恐怖心がすうっとかき消える。健太が言うなら、そうなのだ。
「うー、ふ、う、ん、ぐ、うぅー……っ」
ぐちゃぐちゃになりそうだ。
言葉にならない声が溢れてくる。ナカの知らない場所を叩く感覚が脳まで揺らすようで、思考が鈍くなってくる。そのせいか、体勢を保っていられない。ほぼ健太に抱えられる格好だった蒼生は、汗で健太の手が滑ると、そのまま倒れそうになる。
ぱしっと蒼生の両手首を握ったのは冬矢だ。冬矢は役得とばかりに蒼生にキスをする。可愛い声を飲み込むようなキスを繰り返すと、無意識に蒼生が顔を寄せてくるようになる。
蒼生が前にわずかに傾いたことで、角度が変わった。
「! あ、っあ!」
健太のペニスの先は、浅い場所、蒼生が一番弱い箇所を抉る。
「ああ……、ここ、蒼生の好きなとこだぁ……」
嬉しそうな声で呟いた健太は、そこに標的を定めたらしい。先端でノックするように、蒼生を責め上げる。
「ひっ、う、ぅ、あ、は、ぁ、あ」
リズムは変わらない。だが、いつもより、少し強い。
「や、あっ、あ、」
健太が刺激を与えてくるその場所からだろうか、ぐぐっとせり上がってくる感覚がある。ぎゅうっと収縮して身体の中にいる、なにか。
来る、と思った。
そう思うことは特別なことではない。けれど、違う。
「はっ、あ、あ、ぁ、あぃ、ぉえ、」
なに、これ。そう言葉にしたいが、言葉にならない。
ふっと冬矢が笑った。
「気持ちいいね」
「!」
びくんっ、と蒼生の身体が仰け反る。
「っ、っぅぅー……っ」
何かが体の中で弾けたようだ、と思った。
そのままがくんと首を垂れ、痙攣したように何度も身体を跳ねさせる。
「? ……? ぇ? あ……」
蒼生には、ぱちぱち爆ぜる白い視界が理解できない。今までに感じたことのない感覚だ。脳が必死に既知の感覚と照らし合わせようとして混乱する。
同じく、健太も呆然としている。
「な、なに? 今……すげえ締め付けられた……」
ぱっと冬矢は視線を落とす。蒼生のペニスの先端はこちらを向き、呼吸に合わせて揺れながら、透明な液体をたらたらと零している。射精ではない。ぞくぞくする。愛おしさが腹の奥からむくむくと湧き出してくる。
身体から力の抜けた蒼生が、ふらりと倒れ込む。健太の手から冬矢の腕に体重が移ったことで、健太は強制的に蒼生から抜け出ることになった。冬矢は蒼生を抱き留め、そっとうつ伏せに横たわらせると、嬉しそうにその髪を優しく撫でる。
「ドライでイッちゃったんだね。可愛い……」
「どぁ……?」
「ふ、ふふ。あとで説明してあげる。初めてドライ出来たね。いい子」
蒼生は首を傾げ、手のひらの暖かさを受け止める。ひどく気持ちがいい。先程の訳のわからない感覚も、これとは違うものの、確かに「気持ちいい」のだとはわかった。その理由も冬矢が説明してくれるのだという。ならば安心だ。蒼生はほおっと息を吐いた。
「……蒼生。まだ足んねぇ」
ぼそり、と健太の声。
結果的にではあるが、中途半端なところで蒼生に逃げられた。ぐるぐる渦巻く思考が、ひたすら蒼生を求めて治まらない。
健太の様子を窺おうと蒼生が体を起こすより早く、健太は蒼生の太ももに跨がって座る。
「健ちゃ、」
「蒼生ぃ……好き。大好き。もっと」
勝手に指が動く。健太は進入路を確かめるように、蒼生の足の付け根を摩った。
「んっ……」
敏感なままの肌は、快感をびりりと弱い電気のようにそこから頭の先まで弾き飛ばす。
「はあ、ぴくん、て、した……。可愛い……。可愛い、蒼生……っ」
「あ、ひぁっ……」
手のひらで押し広げた奥に見えるピンクの穴に、健太は夢中で自身を埋めていく。ゴムの表面をよく濡らしたおかげで、難なく進んでいける。
「……く、ぅ、んんっ……」
「蒼生……」
「あ、うぅ、うーっ……」
ぐちゅ、と湿った音。
それは次第に間隔を狭め、整ったリズムになっていく。
「っ、……っ、……ぅ」
「あお、い、蒼生っ」
「ーっ……!」
上から抑え込まれるように叩きつけられて。
気持ちいいと感じる部分を的確に狙われて。
このままだとどうなってしまうかわからない、蒼生の中に、再び恐怖心が生まれる。無意識に体が逃げようとするが、健太に体ごと押さえつけられて動けない。かろうじてわずかに伸ばした手は、冬矢がぎゅっと掴んだ。
「……っ、……」
目を上げると、滲んだ視界いっぱいに、冬矢が微笑んでいる。健太から与えられる激しい快感と、冬矢からもらう穏やかな気持ちよさに、蒼生の思考はまともに働かなくなっていた。
冬矢は、息の仕方も忘れたように喘ぐ蒼生に優しく口づけ、空いた手でゆったりと髪を撫でた。
「ふ、可愛いね。可愛い、蒼生……。ちょっと怖いのかな。助けてって言いたいけれど、ナカにいるのが大好きな健太だから、嬉しくて、困っているんだね」
呟きながら冬矢は蒼生の顔を覗き込む。その目は否定も肯定もしなかったが、ただ聞こえていないだけだろう。先程から何度もびくびくと身体を跳ねさせ、甘い絶頂を繰り返し迎えていることをはっきりと伝えてくる。そんな蒼生が愛しくて仕方がない。
「……ぁ、ぅ」
か細い蒼生の声。
「うん、なに?」
「ひ、う、……ぉかひく、なぅ……」
涙目がとても可愛い。冬矢はもう一度蒼生にキスをする。
「大丈夫だよ」
「……ぁい、じょ、ぶ?」
「そう。大丈夫。怖くないよ。俺と健太に全部任せていれば。なにも」
「ん、ふ」
ふわ、と蒼生の表情が緩む。
「だから、たくさん、イくところ、見せて……」
またキスを。
蒼生のひときわ高い声が、冬矢の口の中に溶けていった。
ぐたっとうつ伏せに伸びたままの蒼生に、健太ははっと我に返った。
「っ、あ、オレっ、水持ってくる!」
叫んだかと思うと、今まで激しい動きをしていたとは思えないほど俊敏に部屋を飛び出していく。
「さすが、体力があるな」
冬矢の呆れたような感心したような声に、ようやく蒼生がのっそりと顔を上げる。まだぼんやりとしているようで、どこか遠くに焦点があるようだ。冬矢は、敷いているタオルが吸いきれなかった涙の筋を、指先でそっと拭う。
「蒼生。どこか、つらい?」
「……んーん。怠くて動きたくない、けど、つらいとかじゃない」
「そうか。よかった。……お仕置き、効いた?」
「ハイ。今後は気を付けます」
「よろしい」
冬矢は笑って蒼生の上半身を抱え上げ、横抱きの格好で抱き締める。嬉しそうにふにゃ、と表情を崩した蒼生が裸の胸に縋り付いてきた。先程あれだけ艶めかしく乱れて悲鳴を上げていたというのに、あっという間に幼い顔になる。あの色っぽい蒼生も最高だが、やはり甘えてくる顔もとても可愛い。
「ところで、理性をなくした健太はどうだった?」
頬を撫でながら聞くと、蒼生は目をぱちぱちと瞬かせる。それから照れたように、扉の向こうにちらっと目をやる。
「あのね。真っ白で、ふわふわで、ぎゅんぎゅんで、うーん……。なんて言ったらいいのかな。説明するの難しいんだけど……ぐちゃぐちゃにされて、わけがわかんないくらい、気持ちよかった」
「ふふふ、なるほどね」
機嫌良くにこにこ笑っている冬矢に、蒼生は首を傾げる。それから、「おや」と思った。
「冬矢、もしかして……。この前言った、僕のお願い、聞いてくれたの?」
「え?」
「ほら。健ちゃんに僕のこと好きにしてって言って、ケンカした時の……あれ」
冬矢は少し考えて、ああ、と頷いた。
「結果的にそうなっただけだよ。もちろんあの時のことも頭になかったわけじゃないが、あんな失礼な奴に遭遇するのは完全に想定外だったからね。まあ、利用させてもらったのは確かかな」
「……ありがと」
ぽつんと呟くと、優しい手が伸びて、蒼生の髪を優しく撫でる。
「でも役得だったよ。健太にたくさん気持ちよくされている蒼生、可愛かった。あんなふうに翻弄されている蒼生を見るの、好きだな」
手のひらの暖かさを頭で感じながら、蒼生はもう一度「おや」と脳内で首を傾げる。
「ねえ、冬矢」
「うん」
「冬矢って、僕が、その……されてるのが好きなんだね」
「うん。蒼生の気持ちよさそうな顔を、じっくり眺められるから」
静かに目を落とした蒼生が、抱き締めてくる腕をつつっと指で辿った。くすぐられるような感触に、今度は冬矢が首を傾げる番だ。
「蒼生?」
「じゃあ……冬矢は、僕が他の人に襲われてても助けてくれないってこと?」
ぺちん、と冬矢が蒼生の額を軽く叩く。
「いて」
「相手は健太だけに決まっているだろう。おかしなことを言ったら駄目だよ。俺が見たいのは、好きな相手に抱かれて、気持ちよく啼いている蒼生なんだから」
「……ん」
蒼生がこくんと頷く。はたいてしまった額に謝罪のキスをすると、蒼生はわずかに拗ねた顔をする。
「…………。見てるほうが好き、なの?」
質問の意図はすぐにわかった。それから可愛いクレームをつけてきた愛しい恋人を改めてぎゅっと抱き締める。
「もちろん、直接蒼生と繋がるのが一番好きだよ」
「そっか。ふふ。よかった」
心底ほっとしたように蒼生が笑う。
そこに、ばたばたと足音を響かせながら健太が戻ってきた。
「蒼生、水! 飲んで飲んで!」
「ありがとう」
健太からペットボトルを受け取ると、その蓋は一度開けた形跡があった。手に力が入らないかもしれないから、という健太の気遣いだろう。蒼生はにこにこしながら、かれた喉に水を流し込む。
その間、健太は自らが汚してしまった蒼生の肌を暖かいタオルで丁寧に拭いていく。それから心配そうに蒼生の顔を覗き込んだ。
「どこか気持ち悪いとこない? まだ拭けてないとこある?」
「ううん、大丈夫だと思う。ごめんね、ありがとう」
「いや……。オレ、反省することばっかりで」
健太はしゅんとして口ごもる。その姿に、わずかばかりの罪悪感を覚える冬矢だ。素直な健太は、冬矢の言葉を文字通りにまっすぐ受け取ってしまったらしい。だからこそ蒼生の要望に応えられたという面もあるのだが。
「おい、健太。言っておくが、俺は別に本気で怒っているわけじゃないからな」
「え……そうなの?」
「わざとあの状況を作ったわけでもないのだから、怒れるはずがないだろう。蒼生も健太も、先輩の顔を立てなければならない場所で、困っている人を助けるべく最善の策を取ろうとしていたんだ。むしろ褒められるべきだろうな。だから、刑だなんてただの芝居だ。驚かせて悪かったな」
はーっと健太が大きく息を吐く。
「よかったー。プレイの一環ってやつだったかー! オレ、マジでしばらく蒼生に触れないのかと思って、なんか心が折れそうになったもん。だけど、蒼生を酔っ払いと2人にしちゃったのはホントによくなかったから、そこはちゃんと反省する。ごめんね」
「ううん。僕も心配かけないように気を付ける」
健太と蒼生は顔を見合わせて頷き、それから冬矢に向かっても頷いてみせた。ふたりの真面目な表情に、冬矢もふうっと息を吐く。
「俺も蒼生に謝らなくちゃいけない。……他の奴に触られて嫌だったのに、女の子を助けるために我慢したんだね。さすが蒼生だ。先に言うべきだったのに、雰囲気を作るために後回しにしちゃってごめんね」
蒼生はふわっと笑った。
「うん。頑張ったよ」
「頑張ったね。蒼生はいい子だ」
「えへへ」
冬矢に撫でられて、蒼生は満足げにその胸に寄りかかる。
それを見ている健太も嬉しそうだった。が、次の瞬間、蒼生が小さくくしゃみをしたので、慌ててベッドの端に追いやられていたタオルケットを掴んで蒼生にかぶせる。
「やべ、エアコン効きすぎたかな。あったまんないと。風呂、今追い炊きしてるけど、行けそう?」
「うーん……。もうちょっと待ってほしいかも」
「! やっぱ、オレ、やりすぎちゃったかな。ごめ」
「待って」
蒼生は腕を伸ばし、健太の口を両手でふさぐ。突然の行動に、健太は目を丸くした。
「そこは謝らないで。激しいの、ちょっとびっくりはしたけど……でも、すごく気持ちよかった。すっごく嬉しかったから」
「蒼生……」
伸ばされた腕を取り、健太は蒼生の体を引き寄せる。冬矢はすんなりそれを許したが、片手だけは譲らず握ったままだ。そんなふたりを蒼生は交互に見つめる。
「ねぇ。ああいう、ぐちゃぐちゃになるえっちしないのって、普段は我慢してるの?」
ふたりは顔を見合わせる。
「そうだな……。我慢、というのとは違うけれど、きちんと自制はするようにしているかな」
「んー。たとえば蒼生がシャワーしてる間に、自分でアレして、落ち着こうとしてたりとかはする、けど」
ふーん、と蒼生が呟いた。
「……遠慮しなくていいのに。だって、僕、ふたりにもちゃんと僕で気持ちよくなってほしいもん。いつも僕ばっかり気持ちよくしてもらってるから、申し訳ないと思ってて」
冬矢と健太は理解する。蒼生の“好きにして”は、ふたりのことを思っての発言だったのだ。自分より己の快感を優先してもいい、と言いたかったのか。もちろん、蒼生自身が乱されたいという願望もあるだろうが、その根底にはいつもふたりへの深い思いがある。
健太はがしがしと頭を掻いた。
「あー……。そういうことか。うん。……あのな、蒼生。いつもちゃんと気持ちいいよ。蒼生が思ってるより、めちゃくちゃ気持ちいい。今日だって、オレ、頭焼ききれちゃうかと思ったくらいだもん。でもね、可愛い可愛い蒼生を堪能してる余裕がなくって、体は満足してるんだけど、気持ちのほうが物足りない感じがする。いつもみたいに、おしゃべりしたり、大好きーって伝えながらしたいよ」
たしかに、さっきはお互い呻くばかりで、ほとんど会話になっていなかったような記憶がある。まっすぐな健太の眼差しに、蒼生はすとんと納得した。
「うん。わかった」
冬矢も蒼生の手を持ち上げ、頬ずりしながら笑いかける。
「俺も気持ちよかったよ。独り占めしてたくさん蒼生のことを味わえた。最高の気分だ」
ふたりの笑顔が優しい。蒼生はそれがふたりの本音だと知って、ほっとする。
でも。
「……でも、きもちかったから、……たまにああいうのしてほしい」
「! ふふふ、そうだね」
「じゃ、たまに、しような」
健太が蒼生をぎゅっと抱き締める。
冬矢は背中側から同じように抱き締める。
ふたりの暖かさが、直に伝わってくるのが心地いい。
再び降らされるキスの雨に、蒼生はきょとんとふたりを見る。
「あれ、僕の刑ってまだ続いてるの?」
健太と冬矢が笑う。
「そりゃ、永遠に続くんじゃねえの」
「当然だろう」
「……そっか。嬉しい……」
さらに繰り返されるキスをたくさん受け止め、蒼生は改めて大切にされていることを実感するのだった。
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