88こ目;ゼロ距離の恋人
健太がまたまた突拍子もないことを考えて実行したようです。
ほぼ健太と蒼生、ふたりだけの短いお話です。
↑初公開時キャプション↑
2023/09/01初公開
https://pictbland.net/users/series/kazanet-tk/%E5%83%95%EF%BC%8B%E5%90%9B%E2%86%92Waltz%EF%BC%81
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オレはソファに座って、溜め込んでた連続ドラマを見てる。蒼生はドラマを見るのが苦手だから、寝室で本を読んでる。冬矢は……どっか行ったかな。とりあえず見えるとこにはいない。
ドラマは前のクールで話題になったやつだ。いつもだったらさっさと見ちゃうんだけど、これだけ見るタイミングを逃してたんだ。中身は、小さい頃家族を殺された主人公が、復讐するために闇稼業をしながら犯人を捜すアクションもの。しかも犯人だと思われてた人が途中で死んじゃったりして、その謎を解くミステリーの要素もある。毎回それが意外でびっくりする内容だったせいか、放送の翌日にはみんながわいわいこのドラマの話で盛り上がってた。
や、だからね。見てる途中だけど、もう犯人知っちゃってるんだ。動機とか手口とかも全部。興奮して全部しゃべっちゃう友達がいたからさ。で、バイトで最終回だけ見られてなかった友達が、なんでしゃべっちゃうんだーって怒ってそいつと喧嘩になってた。そりゃ自分の目でラスト知りたかった人からしたら、酷いネタバレだ。怒る気持ちはわかる。ただオレとしては、最初からオチがわかってるせいで途中の小難しい話も理解しやすくなったから、今回ばかりはアリだったかもなーと思う。だって、話があちこちでこんがらがってるうえに、テンポが早くて1回見ただけじゃわかんないくらいの難解なストーリーなんだもん。あとであれが重要なキーワードだったんです! とか言われても、どれだっけ? ってなりかねないもんな。
そんなだから、蒼生もちょっとは興味があったみたい。オレと違って、謎解きとか頭使うことが好きだしね。だけど、始まってわりとすぐに喧嘩のシーンがあって、その演出が派手だったのがちょっと無理だったっぽい。気になるけど、と言いながらフェードアウトしてった。蒼生、痛いやつダメだから。暴行シーンとか、音だけにしても怖がっちゃうんだよね。それも物語のスパイスだってわかってるからある程度は大丈夫なんだけど、時間が長いとか規模がでかいとかだとダメらしい。蒼生、優しいからなあ。可愛いなあ。なのにホラーは怖がりながらもちゃんと見るんだよ。なんでなんだろうな。蒼生自身もその基準がよくわかんないんだって。えへへ、そんなとこもすごく可愛い。
ドラマは、日常パートが進んでる。闇稼業の人でも、昼間は普通の人っていう設定だ。主人公の勤め先に、綺麗な女の人がしょっちゅうやってくる。明らかに主人公のことが好きそうな態度なのに、いいところですぐに逃げちゃう。思惑通りに彼女に惚れ込んだ主人公が、あの手この手で彼女を口説こうとする。見てる人たちは、この女の人が思わせぶりなところに「もしかして犯人では」と思い、どんどんはまってく主人公に「気を付けろ!」と思ってたらしい。ただ、オレはネタバレくらってるから、この人の正体が昔の事件とは全く関係ないただの結婚詐欺師って知っちゃってるんだけどね。
あ、もしかして、蒼生はこの男女関係のあれこれがダメで見なくなっちゃったのかな。蒼生、恋愛ドラマが一番苦手だから、その可能性はあるぞ。これははっきり確認したわけじゃないけど、連続ドラマで男女がどうこうなってくやつがダメっぽいんだよな。2時間もののサスペンスドラマとかなら、恋愛関係のもつれとかあっても平気だし。
そういや、あんまり関係ないかもだけど。昔オレの家でドラマ流してて、ちょっとアダルトな展開になっちゃって、家族全体がなんとなーく気まずい雰囲気になった時、隣にいたはずの蒼生を見たら既にふらっとどっか行ってていなかったのを急に思い出した。あの時、なんでだかわかんないけど、ほっとしたんだよな。きっと、蒼生も家族みたいなもんだから、そういうシーンを一緒に見たら気まずいからなんだろうなと思ってたんだけど……。でも、だとしたら恋人同士になった今なら平気なはずだよな。それなのに、今でも一緒に、ていうか、蒼生がえっちな映像を見るのにはものすごい抵抗がある。抵抗ありすぎて、どのくらいの映像まで大丈夫なのかとかも聞いたことがないくらい。
絶対にダメってことはないはずだ。だからたぶん、オレの中で整理がつかないとかなんだろうな。前に間違ってアダルト的な映像流しちゃった時、蒼生、気にしてなさそうだったし。それに、えっちの話とか、普通にするしさ。話だけじゃなくて、実際にする時もすっごく気持ちよさそうだし、嬉しそうだし。ああ、思い出しちゃう。えっちの時の蒼生は色っぽいのにすごく可愛くて、いやこれはいつものことだけど、オレのお願いもちゃんと聞いてくれて、……あ、これもいつもか。って、あれ? なんの話だっけ。
テレビの画面では、恋に悩む主人公に、同僚の男がアドバイスしてる。主人公はそれに素直に従って、毎日のようにやりとりしてたメッセージを突然やめてみる。全部すぱっと止めちゃうんじゃなくて、忙しい、とか適当な言い訳を時々返す。女の人は、自分が騙すほうなのに、それまでのアタックがきちんと効果あったのか、急に冷たくなった主人公を気にしちゃう。すると初めて女の人からデートの誘いが来る。つか、この同僚が犯人なんだよなー。
…………。
オレはリモコンに手を伸ばすと、停止ボタンを押した。言ってた人が犯人だとかはともかく、あれ、いいな。いわゆる“押してダメなら引いてみろ”ってやつ。オレもやりたい。
ちらっと視線を送る。
寝室のドアは開いてるから、覗き込めば蒼生の姿はすぐに見えた。ヘッドボードに寄りかかって、曲げた膝に本を置いた格好で、真剣にそれを読んでる。うわぁ……可愛い。めっちゃ集中してる。かわいー。
でも、オレが寝室に頭を突っ込むと、すぐに気付いてくれる。
「健ちゃん」
あっ。可愛い。
きりっとした凛々しい顔が、とろけるみたいに笑顔になる。えー、可愛いー、好きー。
「休憩なの?」
一瞬時計を見てから、蒼生は本にしおりを挟んだ。時間を見て、まだドラマが終わる時間じゃないと思ったらしい。見終わる時間を計算して待っててくれたのかな。
「うん。蒼生の顔見たくなったから、休憩。蒼生~、さみしかった~!」
「えー? 僕はたくさん本読めて楽しかったけど」
いたずらっぽい笑顔。あ、わざとだ。へへへ。
「なんてことを言うんだー!」
「あははっ」
勢いよく蒼生に向かって飛び込むと、広げた両腕が迎えてくれる。ふわっと蒼生の香りが体に染みこんで来て、一気にボルテージが上がった。あー、好き!
可愛い蒼生は、オレが抱えるみたいにぎゅーっと抱き締めると、くすぐったそうに笑いながら背中に手を回してくる。それからそろそろ足を動かしてオレの腰を膝で抱え込む。さらに顔を肩に擦り付けてくる。……うわぁ。全身でオレに触れようとしてきてくれるの。こんなん、ぎゅんっと来ちゃうでしょ! 漫画でよく見る、ハートに矢が刺さったやつ。まさにアレだ。
っと、危ねえ……。あまりの愛おしさといい香りにマジで勃っちゃうとこだった。いや、その、だいぶ危なかったけど、反応したのは、ちょっと、だけだし。うん、大丈夫。まだセーフの分類だ。たぶん。よし、おさまれおさまれ。
「? どうかした?」
「あ、えっと」
やば、気付かれちゃう。蒼生ってば、勘がいいからなあ。だけど、ダメだ。おさまれ。だって、オレ、蒼生の身体だけが欲しいわけじゃないんだ。理性ある恋人だから。節度ある男だから。ヤリたいからってすぐにガッつくようじゃダメなんだから。
……でも。「押す」だよなあ。「押す」。
ええい、お願いしちゃえ!
「っあの、蒼生」
「うん」
「その……勃っちゃった。一緒に擦りっこ、しよ」
何て言われるかな。
ぴくん、と体を揺らした蒼生は、もぞもぞと顔を上げる。あ、ふんわり笑ってる。
「ふふ、うん。しよ」
か、かわ……っ。
オレの腕の中にいる蒼生は、片手でオレに縋りつきながら、はぁはぁと肩を大きく上下させてる。あー、可愛かったし気持ちよかった。蒼生の手は相変わらず優しいのに思い切りが良くて、オレが好きなとこ丁寧に撫でてくれるんだよな。でも途中で気持ちよくなってちょっと止まっちゃうとこも、それでも一生懸命触れようとしてくれるとこも、ああ、全部が可愛すぎる。
ふたりで向き合ったまま寝転がって擦りあうの、好きなんだよなあ。だって、普段より高めの可愛い声をすぐ近くで聞けるんだ。気持ちよさそうな顔も目の前だし。蒼生がキスねだってくるし。最高。
蒼生は大きくはーって息を吐きながら、またオレの胸に顔を埋めた。ぐう……っ。可愛い。蒼生、すっごくえっちなことをしたりもしてくれたりもするのに、「ぎゅーとちゅーが好き……」なんて照れながら言うんだ。ぎゅーとちゅー、だよ!? はー、世界一可愛い。生まれた時からの幼馴染みで、蒼生のことならなんでも知ってると思ってたしずっと可愛いとは思ってたんだけど、ここまで突き抜けて可愛いなんて、付き合うまで知らなかった。告白して恋人になって、ほんとによかったよなあ。
「ね、健ちゃん……」
甘い声で、蒼生がオレを見上げてくる。可愛い。
「ん。なに?」
「喉乾いちゃったね。なにか飲み物持ってくるよ」
「ああ、うん」
ちょっと上の空で答えたのは、「押す」のことを考えてたからだ。押すんだから、ぐいぐい行けばいいってことだよな。
「あのさ、オレ、アイス食べたい! 一緒にコンビニ行こ!」
言いながら、ちょっと心が痛む。疲れさせちゃったばっかりなのに、外に誘うの良くないかもしれないって途中で気付いたからだ。なのに、
「わ、いいね。行こう行こう」
迷う様子は一瞬もなく、蒼生はにこにこそう言った。
「……疲れてない? 大丈夫?」
「疲れるって……ああ、今の? ふふ、1回くらい、なんともないよ。一緒に行く。どこのコンビニ?」
「えっと、大通りのほう!」
よかった。蒼生、昔は、ほんのちょっとえっちなことしただけでも、すぐにへろへろになっちゃってた。オレたちと一緒にいろいろしてるうちに、体力ついてきたのかな。いろいろ……。へへ。思い出しちゃうな。
……はっ。ダメだダメだ。コンビニ行くんだ!
オレたちはささっと身なりを整える。どこも汚してないな。よーし。
しかし、コンビニが選べるっていうのはいいよなー。実家じゃ一番近くにあったのは個人経営っぽい店で、今思えば駄菓子屋に近かったような気がする。そこが、中学入る頃にようやく大きなチェーンのコンビニになったんだ。行くとしたら大体その店だったなあ。駅のほうとか中学校の近くまで出れば他のコンビニもあったんだけど、別にそこまでこだわる必要なかったし。だから大学入ってこっち来て、あっちこっちのコンビニを覗いてびっくりしたわけだ。コンビニによって品ぞろえが違うぞ! って。
今日提案したのは、家から近いほう。遠いほうだって蒼生は一緒に来てくれるけど。よっぽど「無理!」ってとこじゃなきゃ、蒼生はダメって言わないもんね。
「そうだ、まだ帰ってこないとは思うけど、冬矢にも一言伝えておくね」
ん? そういや姿を見かけてなかったっけ。
「冬矢ってどっか行ったの?」
「本屋さんから連絡があって、取り寄せてた本が届いたからって。あれ、冬矢とその話した時、健ちゃんもいたはずだけど」
「あー、全然聞いてなかったわ」
「あはは、そっか」
マジでまったく記憶にないけど、まあいっか。
蒼生とふたり連れ立って家を出る。おお、気合の入った熱気がやってきた。どこにいるのかわかんないけど、やたらセミがやかましいな。大通りには背の高い街路樹が並んでるから、たぶんあのへんのどっかにいるんだろう。なんとなく、蒼生ってちっちゃい頃、虫取りには誘っても来なかったなーなんてことを思い出す。
ちょっと歩くと、すぐにコンビニに着いた。お、涼しい。目的はアイスなんだけど、なんとなく通りがかった雑誌の棚を目で追う。あ、さっきのドラマの主演俳優が新しいドラマの宣伝で表紙になってる。
オレが足を止めたのに気付いたのか、蒼生はふらりと隣の通路に曲がっていった。あ、と思って後を追いかけて、2歩でやめる。そうだ、今度は「引く」だな。ここでついていかないのが引く……で、合ってる? けど、店に行って別のものを見るのは珍しいことでもないし。ん、じゃあ、これは普通の行動か? あれ? 引く、とは?
「けーんちゃん」
蒼生の声だ。顔を上げると、あっという間に戻ってきてた蒼生が、オレの視線が落ちてたあたりを見てる。……気にしてなかったけど、わ、コンドームが並んでるとこじゃん。別に、あえてそこを見てたわけじゃないんです! えっちなことばっか考えてるわけじゃ! 決して!
「蒼生、これは、」
「買い置きあったよねえ。足りなかったっけ」
あれ。オレは慌てたのに、蒼生はすごくさらっとしてる。
「や、えっと、ううん! この前買ったから大丈夫、まだ足りると思う」
「ふうん。足りなくなるくらい使ってくれてもいいけどね。それに、ここにあるのじゃ健ちゃんサイズ合わないでしょ」
! すっげえ、今、また、ぎゅんってした。胸が潰れる勢いだった。うぐぐ……可愛い……。使っていいってことは、シてもいいってことだ。
「じゃ、じゃあさ、今夜、シよ?」
「うん。嬉しい」
ふにゃ、って笑うから、胸だけじゃなくて全身が握り潰されそう! 今夜もいっぱいいっぱい可愛がるからね!
蒼生って、えっちな話になった時、照れる時もあるけど全然平気な時もある。たぶん蒼生なりのボーダーラインがあるんだろうなあ。昔は、そういう話題が全部ダメなんだろうと思ってたから、こんなふうに「シよ」「うん」みたいな会話が出来るようになるなんて考えもしなかった。はあ……めちゃくちゃ恋人ぽくってすっごく楽しい。いや、正真正銘、愛し合う恋人同士なんだけどな!
そういや冬矢がなんかの時に言ってたな。蒼生が普通に堂々とセックスの話が出来るのは、オレたちとの行為に後ろめたさを全く感じてないからだろうって。どういうことかはよくわかんないけど、たぶん、蒼生はいつも安心してオレたちに身体を委ねてるってことなんだろうな。……あー。嬉しいって気持ちでいっぱいになる。大好きな子に安心されてるって、すごい、すごいことだ。
「んっふっふ」
「あれ、健ちゃん、すごくご機嫌だ」
「そりゃそうさ。世界で一番大好きな蒼生とデートしてるんだもん」
「デっ」
あー、ほらぁ。ここで照れるでしょ? 予想外~。もー、可愛いなぁ。蒼生ってば、どんだけオレに惚れ直させるのかな。これから先の一生ぶんだもんな、数えきれないくらいなんだろーな。えへへ。
「ところで蒼生は、今なに見に行ってたの?」
「あ、えっと、コンビニ限定で出たっていうお茶ないかなって」
「あった?」
「ううん、まだ入ってないみたい」
「そっかー。そしたら、名前教えて。見つけたら買っとくから」
「ありがと」
新しいお茶かー。蒼生、いろんな香りのお茶が好きだもんね。あ、ランニングのルートをちょっと変えれば普段行かないコンビニにも行ける。見つけたら蒼生、喜んでくれるだろうな。いい香りのお茶って、オレも好きだ。オレの場合は、どっちかっていうと、いい香りを纏わせてる蒼生の匂いが好きだからなんだけどさ。
それからオレたちは、アイスの入ってる冷凍庫の前に来た。アイスってだけでも、たくさん種類があるんだよなあ。……あ、いいの見つけた。
「どれにしようか。迷っちゃうね」
「な、蒼生、モナカのアイスにしよ。んで、半分こしよ!」
「わあ、懐かしいやつだ。いいねえ」
これ、ちっちゃい頃から、オレと蒼生が好きなやつ。ふたりとも好きだけど、大きいから半分こがちょうどよかったんだ。もちろん今ならひとりで全部食べられる。けど、やっぱり、蒼生と半分こがしたかった。
それだけ買って、コンビニを出ると、うわ、あっつ。家よりコンビニのが涼しいから、今のほうが暑く感じる。でも、アイス日和っていえばちょうどいいよね。店の前にあるベンチもちょうど空いてるし。
「とけちゃうから、ここで食べてこうよ」
「うん」
蒼生はにこにこオレの隣に座って、袋を開ける。オレが横から手を出して、中からモナカアイスを引っ張り出した。これを割るのは昔からオレの仕事だ。
「蒼生。右、左、どっち?」
「んーと、じゃあ、今日は右手のほう」
「おっけ。せーのっ」
ぱきっと気持ちいい音がして、アイスは半分に割れた。おー、右がだいぶ大きいや。オレが割ると、まあ、だいたいこんな感じだ。なんでだか、大きさがだいぶ違っちゃう。
「はい、蒼生」
「今日はずいぶん偏りがあるみたいだけど……」
オレがアイスを手渡すと、蒼生は困ったようにオレを見上げてきた。蒼生とオレはそもそも食べる量が違うからな。オレの食べる分が少ないと蒼生はすごく気にするんだよね。
「そしたら、こうだ」
蒼生が手に持ったアイスめがけて、大きく口を開ける。で、がぶりとそれに食いついて、3分の1くらいをちぎる。素朴な甘さが美味しい。
「……えっ」
「んぐ、こぇで、いっひょ、くぁい?」
もぐもぐしながら覗き込むと、蒼生のびっくりした顔はすぐにぱっと明るくなった。
「ふ、あはははっ。なにそれっ。あはは、うん、一緒くらいだね!」
うー。笑顔が眩しい。好き。
玄関に着いてちょっとしたところで、冬矢からメッセージが届いた。今から帰り道だって。ってことは、もういくらもしないうちに帰ってくるんだな。
「そしたら、僕は夕飯の支度始めようかな」
エプロンを手に取りながら蒼生が言う。
「オレも!」
「ドラマの続きはいいの?」
「そんなのいつでも見れるじゃん。蒼生と一緒がいいの」
「ふふ、そっか」
蒼生が嬉しそうだったから、思わず頬にちゅってした。そしたら、蒼生はもっと嬉しそうに腕の中に飛び込んでくる。ああ、この可愛い子を、オレは後でえっちな子にしちゃうんだなー。あ、やば、にやけちゃう。
「蒼生、トマトはいくつ?」
「んーとね、じゃあ、3つ」
「おっけー」
離れがたいけど、蒼生と一緒に作業もしたい。オレは指示通りに冷蔵庫の中からトマトを探し出す。あとレタス。それを洗い場にどんと置く。うーん、なんて満たされる時間なんだろ。ふたりで野菜洗ってるだけなのに、めちゃくちゃ嬉しい。
……あ。
そうだ、すっかり忘れてた。まだ途中だったじゃん、“押してダメなら引いてみる”のやつ。今度は引いてみるんだった。引く……引く……。ん? あれ、それってつまり蒼生から離れるってことなのかも、と思ったら、急に胸の下のあたりがざらっとした。
「健ちゃん、どうかした?」
止まった手を見たんだろうか、蒼生が心配そうにオレを見る。うう。どうしたらいいかわかんなくなってきた。
「あのさ、蒼生。オレ、“押してダメなら引いてみろ”をやりたいんだけど」
「へ?」
目の前の顔がきょとんとする。だよな。
「オレもよくわかんないんだけどさ、引くって具体的に何したらいいと思う?」
「それは、僕に対してってこと?」
「そう」
蒼生はうーん、と腕を組んだ。
「健ちゃんが……今、僕から? なんだろう……全然イメージが湧かない……」
「やっぱり? オレもどうしたらいいかわかんなくって」
オレもうーん、と首を傾げる。
そこにちょうどよく冬矢が帰って来た。
「ただいま。……って、ふたりで見つめ合って、どうした」
可愛い目を瞬かせて、蒼生が冬矢に視線をやる。蒼生の頭越しに、冬矢の表情が緩んだのがわかる。非常にわかりやすい。
「おかえりなさい。あのね、健ちゃんがね、僕に“押してダメなら引いてみろ”をやりたいんだって」
「は?」
「言葉の意味としてはこうなんだろうな、っていうのはわかるんだけど、僕たちにあてはめると、いまいちピンと来なくて」
冬矢はいかにも呆れかえりましたって表情でオレを見た。それから、蒼生のことをぎゅっと抱き寄せる。
「よし、よし。健太に変なことを言われて混乱してしまったね」
むっ。
「変は言い過ぎじゃね?」
「変だろ。そもそもの前提条件がおかしいんだから。引くのは押してダメだった時の話じゃないか」
「あ」
オレと蒼生の声が合った。
「それじゃ、押してダメなら引いてみるやつはオレには出来ないってことか!」
「だろうな」
冬矢の溜め息交じりの声。たしかに、蒼生はダメなんてひとっことも言ってない。
おずおずと振り向いた蒼生が、オレに向かって首を傾げた。
「……じゃあ、僕がダメってしたら、出来るかな」
「わっ、そんな寂しそうな顔しないで! いい、いい! 出来なくってもいい!」
「でもそしたら引いてみるのも出来るんじゃ」
「ごめん、やっぱやらない。蒼生に拒否られたらオレも悲しいもん。ごめんね蒼生、さっきの忘れて!」
そうだった。あれって、振り向いてもらえない人がやるやつじゃん。オレの言葉ですぐに振り返って笑ってくれる蒼生にできるわけがなかった。蒼生はオレをいつでも受け入れてくれるんだもんな。蒼生とオレはいつでも一緒だ。離れるなんてできるはずがない。
蒼生はほっとしたみたいに、肩を下ろしてふっと息を吐いた。よかった、変なこと言ったのに、許してくれたんだ。
「あぁ……うん」
突然、なんか考えてたっぽい冬矢が頷く。なんだ?
オレと蒼生の目を受けて、冬矢はやれやれって言うみたいに肩をすくめた。
「その言葉通りであれば難しいとは思う。どう考えても、俺や健太が蒼生に対して引いてやれることはないだろうからね。ただ、強引に言い換えをすれば出来そうな気がすると思った」
「どういうことだ?」
「言い換え?」
冬矢は抱き締めたままの蒼生の頭をぽんぽんと叩く。あ、ずるい。オレもやりたい。
「押す、というのは、自分から求めることだろう。ならば、引くという行為で期待するのは、相手から求められたい、ということなんじゃないかな」
求められたい。蒼生に、求められたい、か。それはくっついたままでも出来る。
「……なんかそれ、すっげぇしっくりくるわ」
すとんと気持ちと言葉が重なった気がした。オレが頷くと、冬矢は柔らかく笑う。もちろん、蒼生に対して、だ。
「それで、突拍子もないことを言い出した健太はともかく。俺は今夜、蒼生に求められたいと思っているんだけど。どうかな」
「!」
ぽっと蒼生の頬が染まる。それを「わー可愛い」と思って見惚れちゃってたオレは、自分が先約なんだぞって言いそびれた。だけど、
「冬矢。僕ね、今日、健ちゃんと夜の約束してるんだ」
わ。嬉しい。ちゃんと、蒼生が言ってくれた。
「だから、僕のほうこそ、冬矢も一緒に、……してくれる?」
「ふふ。うん。わかった」
「あ、蒼生ーっ」
オレの気持ちも、冬矢の気持ちも、全部を受け止めたみたいな蒼生の言葉がすっごく愛しくて、オレも蒼生に飛びついた。蒼生の手がオレの手に重なる。優しい手。水使ってたから、ちょっと冷たいけど、そこもいい。
冬矢はなんだか不満げだ。
「なんだ、俺と蒼生がいい雰囲気になっているところに割り込んで来て」
「そりゃおまえだろ、おまえが帰ってくるまではオレと蒼生がいい雰囲気だったんだぞ!」
「まったく……。今はともかく、過去にやらかした実績があるのに、自分で理解していないというのが厄介だな」
「実績? ってなんだよ」
「本当に自覚がないんだから困ったものだね」
なんのことだよ、いちいち突っかかって来やがって。さすがいいこと言うなーって感心してたのに! そんな中でも冬矢は蒼生を離すつもりがないらしい。オレが引っ張るのをぐいっと引っ張り返してくる。
間に挟まれた蒼生は、くすくす笑う。その声が耳に心地よかったから、冬矢と言い合いする気はあっという間になくなった。きっと冬矢もそうなんじゃないかな。だって可愛いもんな。
「なに、可愛く笑ってんの」
「えー? だって、押してダメなら、とかじゃなくて、これって押したり引いたり、あはは。ただのもみくちゃだなーって思って」
なるほど、ただのもみくちゃか。……いいな、それ。オレたちにはそっちのがぴったりかも。
冬矢が蒼生にそっとキスをする。あっ。
「それじゃあ、ごはんの後、ゆっくり。ね」
「うん」
オレも、オレも。
顎に手を寄せて、蒼生にキス。
「蒼生、オレと一緒にもみくちゃ、しよ」
「うん!」
蒼生が、オレと冬矢に手を回して、その手にぎゅっと力を込めた。
ああ、嬉しそうな顔。ドラマもいいけど、ずーっとこの顔を見てるほうがいいなあ。制作者の人たちには悪いけど、やっぱ大好きな人には敵わないよな!
オレは蒼生をさらに強く抱き締めた。やっぱ、どうしたって引けねえや。この距離が一番だ。
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