高原 風音

ふんわりいちゃ甘な創作BL小説をメインで活動しています!
基本的にはハピエン厨というより、ハッピーに始まりハッピーに進んでハッピーに終わる、一言で言うと“始終ハッピー主義”。
主にPixivで作品を発表しており、こちらには順次再掲を行っております。現在執筆中のシリーズは3人組のゆるふわいちゃあまラブ『僕+君→Waltz!』(R-18あり)。完結済みのシリーズには、自由奔放な少年がハッピーエンドを迎えるまでのお話『初恋みたいなキスをして』(R-18)があります。
そのほか、ちまちまと短編BLを書いたりしています。
また、ここでは紹介しませんが、ファンタジー?ふうのシリーズ『碧色の軌跡』(完結済み・恋愛要素なし)やオリジナル短編などもあったりしますので、興味がありましたらぜひ。
二次創作もぼちぼちやっております。

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投稿日:2025年11月11日 20:00    文字数:18,115

93こ目;やきもちだらけの接待デート

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突然やってくることになった、健太の姉と妹。
母に頼まれて2人の用事に付き合うことになった健太のお話。
それに対して、蒼生と冬矢は…。
ほのぼの回です!

↑初公開時キャプション↑
2023/11/11初公開
https://pictbland.net/users/series/kazanet-tk/%E5%83%95%EF%BC%8B%E5%90%9B%E2%86%92Waltz%EF%BC%81
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 今日もよく働いたな! おやつに食べた美味しい新作キッシュも蒼生へのお土産に買ったし、大学では発表資料がよく出来てたって教授に褒められたし、うん。なかなか充実した1日だったんじゃね? あー、早く帰って蒼生に全部話したい。蒼生、蒼生。んっふふ。家で待っててくれてるかな。うー、早く顔が見たい。ぎゅってしたい。会いたい。
 せかせか歩いてると、ポケットで携帯が鳴った。なんだろ、ん、電話か……あれ、母さんだ。
「もしもしー、こちら健太の携帯でーす」
『あっ、健太。今話して大丈夫?』
「うん。バイト終わった帰り道」
 母さんの声は、相変わらずおっとりしてて、慌てたような感じはしない。ってことは、別に誰かに何かあった系の悪い話じゃなさそうだ。
『そっかあ、忙しくしてるのね。ちなみに、土曜日はバイト入ってたりするの?』
「日曜日は午後にシフト入れてるけど、土曜日は大丈夫。……なに?」
 成績のこととか大学の話とかは定期的に報告してるから、呼び出しとかじゃないよな? 心当たりがなくて聞いてみると、母さんは「あのね」と前置きした。
『土曜日にね、優美と美野里がライブに行くんだって。だけど時間も夜だし、心配だから送り迎えしてほしいの』
「ずいぶん急だなあ」
『ごめんね。優美はそっちに遊びに行ったこともあるし、2人だけでも大丈夫だと思ってたんだけど、ちょっと場所を調べてみたら、その、あんまり女の子だけで歩かせたくない道通るみたいで……』
 あー。もしかしてライブハウスとかかな。繁華街の奥とかの細い道にあったりするもんな。オレも何か所か行ったけど、雰囲気怪しいとことかもあったっけ。
『とりあえず、あとで本人から連絡させるから、よろしくね』
「はーい。わかった」
 仕方ねえ、久し振りだし、姉妹孝行してやるか。あーあ、せっかく土曜日は予定合わせて、誰もバイト入んないようにしてたのに。蒼生と1日いちゃいちゃして過ごす予定だったのに! 蒼生ぃ……。蒼生といちゃいちゃ……。したかったのに……いちゃいちゃ……。いやさ、そりゃ、姉ちゃんとみのりに会うのが嬉しくないわけじゃないけどさあ……。でも蒼生といちゃいちゃのほうが魅力的だしさぁ……。うーん、そう思うのって兄弟失格かな?
 家に帰ってすぐ蒼生に相談しようと思ったんだけど、玄関で出迎えてくれた笑顔が嬉しくて、まずは抱き締めて朝以来の蒼生を堪能することにした。
「蒼生蒼生ただいま蒼生ぃ」
「健ちゃんおかえりぃ」
 蒼生は最初オレの勢いにちょっときょとんとしたけど、すぐにまたにこにことオレの腕の中に収まってくれる。オレの口調に乗っかってくれるとことか、可愛い。あー、可愛い。今日も蒼生に会えてよかった。嬉しい。好き。
 ぽんぽん、と蒼生の手がオレの背中を叩く。ぐうぅ……たまんねぇ……。
「健ちゃん、健ちゃん、聞きたいことがふたつあるよ」
「ん? なーに?」
「いい匂いがするね」
「オレの?」
「ふふふ、それもいい匂いだよ」
 オレだって蒼生の匂い好きだし。って、あ、大好きな甘い香りの中にほんのりと香ばしい匂い……そっか、お土産だ。
「そだ、キッシュ買ってきたんだ。おやつに食べたら美味しかったから、蒼生にも食べてほしくて! 蒼生の口に合うかなあ」
「健ちゃんのオススメなら間違いないでしょ」
「今日の夕飯にも合う?」
「うん、合うよ」
 えへへへ。そうだよ。蒼生とオレは一緒に育ってきたんだから、好きな味が似てても不思議じゃないんだ。これが好きあれが好きって細かいとこは違ったりするけど、美味しいの方向性は同じじゃないかなーって気がする。オレの美味しいが蒼生の美味しいと一緒なのって、すごく嬉しい。
 おっと、そうだ、蒼生が聞きたいのはふたつだっけ。
「あとひとつ聞きたいのって?」
「うーんとね。何か、僕をがっかりさせそうだって心配してることとか、健ちゃん自身が落ち込んでること、ある?」
「えっ。なんで?」
「健ちゃんの手。そういう時にするような力の入れ方してるから」
 わー。バレてる。すげえ、そんなことまでわかるの? なんか腹の底からぐーっとせりあがるように熱いなにかがこみあげて、オレはそのまま蒼生を抱き上げた。
「け、健ちゃんっ?」
「ありがと、大丈夫。だけど、予定変更の話だから、冬矢にも一緒に話すわ」
「う、うん」
 嬉しいなあ。抱き締めただけでわかるってことは、それだけオレのことを気にかけてくれてるってことだ。今までオレが抱き締めた時のことを覚えててくれて、こんな時はあんなふうに言ってたとかそのあと何があったとかってことまで把握してくれてるんだよな。それって愛だと思うんだ。オレ、蒼生に愛されてるなあってしみじみ思う。
 キッチンにいた冬矢は、蒼生をだっこしてるオレを見ても顔色一つ変えずに「おかえり」と言った。それに「ただいま」を返しながら、持ってた袋を冬矢に渡す。片手が離れたせいで、蒼生がぎゅっと首に抱きついてきたのが可愛かった。
「これは?」
「健ちゃんがキッシュ買ってきてくれたって」
「へえ、気が利くじゃないか。今日の一品にしてもいいのかな」
「してして。新作だってさ。美味しかったよ!」
 冬矢は袋の中を覗き込みながら頷く。そっちは冬矢に任せておけば問題ないから、オレは蒼生を運んでってソファに丁寧に下ろした。蒼生の手がそのままオレの腕を掴んでたから、オレも隣に座る。
 蒼生は心配そうな顔。そんな深刻なことじゃ全然ないから安心してもらいたくて、その頬を両手で挟み込んだ。
「あのね、オレ、土曜日出かけることになっちゃったんだ」
「そっかぁ」
 オレの手の間で、ぱっと表情を柔らかくした蒼生が頷く。悪いことが起きたんじゃないと思ってほっとしたのかな? でも、びっくりするほどすんなり納得してくれて、かえって申し訳ない気持ちになる。だからこそきちんと言い訳はしたい。だってオレの本音は蒼生といたいんだ。蒼生とべたべたいちゃいちゃしてたいんだ。出かけるのは仕方なくなんだ。そこのとこをわかっててほしい。だから、母さんがしゃべった言葉をほぼそのまんま蒼生に話した。
「……ってわけです。いや、オレはね、大学生と高校生なんだし、ほっといても大丈夫じゃないかなーとは思うんだけど」
 蒼生はぱちぱち、とまばたきをした。
「ゆみちゃんとみのりちゃん2人だけなんだよね。たしかに、ライブって終わったら大勢の人たちが一斉に同じ方向に動くから、その波の中にいれば逆に安全なのかもしれない。ただ、ななママの言うこともわかるなあ。夜の繁華街って怖いよね。女の子2人だと見たら軽率に声をかける奴だっているかもしれない。それだけでもななママにしてみたら心配になるんじゃないかな。自宅から遠く離れてたら尚更さ。万が一何かあったら健ちゃんだって嫌でしょ」
 むむ。蒼生の心配がオレから姉ちゃんたちに移ったぞ。……んー、まあ、そりゃね? 一緒に育ったから、蒼生も2人を姉妹感覚で見てるんだろう。心配して当然だよな。むしろ蒼生は母さんと同じような心配の仕方してるみたい。そういえば蒼生って昔から姉ちゃんたちに優しかったっけ。わがまま放題の2人の言うこときちんと聞いてさ。2人も調子に乗って、途中からなんでも蒼生ちゃん蒼生ちゃんって言うようになったんだよ。それで蒼生が優しくなんでも応えちゃうから、見かねたこう兄が「そのへんにしとけ」って宥めたりして。姉ちゃんたちもこう兄が止めると黙るんだ。こう兄だって蒼生のこと使いっ走りにしてたりしたくせに。
 ん? こう兄? あ、そっか。蒼生と姉ちゃんたちの関係って、オレと蒼生の兄ちゃんであるこう兄とみど兄との関係と一緒か。オレだって姉ちゃんよりこう兄やみど兄の言うことのほうが素直に聞ける。兄弟みたいなものだけど、本当の兄弟よりちょっと遠いからだ。兄弟ほど近すぎると、心配するのがなんか気恥ずかしい感じがするもんな。
 そっか、なるほど。そういうことか。ならわかる。
「ちなみに場所はどこなの?」
「まだ聞いてない。後で直接連絡するってさ」
 もしよかったら蒼生も一緒に来てほし……いやいや、ダメだ。蒼生には休みの日はしっかり休んでもらいたい。冬矢とふたりでゆっくりしてたらいい。めっちゃ羨ましいけど! そりゃあ羨ましいけど! はっきり羨ましいけど! きっと冬矢もそのつもりなんだろうから、さっきからまったく口を挟んでこない。くっそ、いいなぁ。
 そこにちょうどよく電話が鳴る。姉ちゃんだ。
「はいよー」
『うん。聞いた?』
「母さんからでしょ。聞いた。ちなみにどこでやんの」
『ノースプラッツ』
「あー、なるほどな」
 わかった、あそこか。友達に連れてってもらったライブで行ったな。繁華街の端っこのほうで、がっつりラブホが並んだ道の奥にあるホールだ。あー、母さんがなんか口を濁してたのはつまりそういうことね。たしかに息子相手にその単語は出しづらいだろうな。もちろん、そうじゃない反対から向かう道もあるんだけど、細くて複雑だから初回は確実に迷う。それでなくてもあのへんって路地がぐちゃぐちゃだからなぁ。
『表通りは歩いたことあるから、地図があれば大丈夫って言ったんだけどね。2人だけで行くなら父さんがついてくとか言ってさぁ』
「そりゃ大変でしょ。いいよ、オレ行くよ」
『おや、物わかりのいい事』
「蒼生も心配してるからさ」
『さすが蒼生ちゃん、優しー』
 そりゃオレの蒼生は慈愛の塊だからね。可愛いうえに優しい天使だからね。えへへ。蒼生を褒められて気持ちよくなってるところに、姉ちゃんが突然変なことを言い出した。
『それで、せっかく早く行くわけだし。昼間は蒼生ちゃんと観光案内してくれない?』
「……はあ!?」
 びっくりした。なんで蒼生も!? オレの蒼生になんでそんな手間かけさせるんだよ。姉ちゃんの勝手で決められちゃ困るんだけど!
「場所わかる程度の土地勘はあるんだろ? なんでわざわざ蒼生まで!」
『うるさいな、せっかくだからって言ってんでしょ』
 蒼生は冬矢とゆっくり過ごすんだ。邪魔なんてさせるもんか!
 意気込んでると、電話の向こうがガサガサやかましくなった。
『もしもしお兄ちゃん?』
 妹のほうに電話が奪われたらしい。なんかやたら鼻息が荒いぞ。
『笹原さんは!? 笹原さんも一緒がいい!』
「は? 冬矢も?」
『むしろお兄ちゃんはいなくてもいいから蒼生ちゃんと笹原さんに案内されたい!』
「おい酷ぇな」
 なんで冬矢も? 接点ないよな?
 そう思って唐突に思い出した。そうだ。オレたちがこっちに引っ越す時だ。荷物を全部送り終えて3人で電車に乗る時、ホームまで見送りに来たのはうちの一家4人とこう兄だけだった。冬矢のとこは仕事で両親ともいなかった。蒼生のとこは、……おばさんが最後まで納得してくれなくて。まあ……最終的に送り出してはくれたんだけどね。いろいろあって、結局おばさんの機嫌を気にしないこう兄だけが来てくれた。
 それはとりあえず置いとくとして、うちのやかましい姉妹が冬矢を初めて見たのはその時だ。大学は家から出て3人で暮らすって決めた時にやった家族顔合わせ会の時は、オレたち3人とそれぞれの両親だけだったからな。こう兄はなんでかそこにもいたけど。んで、うちの姉妹は、涼やかな佇まいの爽やかイケメンスマイルに初見でころっと騙されてしまったのだ。恐ろしい……。オレはそれが蒼生の関係者に向けての全力の愛想だと知っている。優しくて頼りになるイケメンだから安心して蒼生を任せろアピールだっただろ、あれは。まったく、蒼生以外に興味なくて無愛想だった頃のがまだマシだったんじゃねえかな。
『健太、聞いてる?』
『返事は!?』
 うわー、はいはい。オレは耳元から電話を離す。
「あのー……」
 ふたりの顔を窺うと、隣に来て様子を窺ってたらしい冬矢が苦笑いをした。
「大体聞こえていたよ。蒼生に一任する」
 蒼生はにこにこ笑ってる。
「僕は最初から一緒に行くつもりでいたよ」
 あ、蒼生……! 蒼生が「行く」って言わないから、出かけたくないのかなって思ってた。でも、蒼生は当然行くって決めてたから何も言わなかったのか! さっき、ひとりでうじうじしてないで、ちゃんと蒼生に来てほしいってはっきり言えばよかったんだな。そうだよ、蒼生はちゃんといつもオレのことを考えてくれてるんだ。蒼生を侮るようなこと考えちゃってたんだな。猛省しなくちゃ。


 駅の改札から出てきた姉ちゃんとみのりは、オレに気付くなり視線を泳がせて蒼生と冬矢を探すと、まっすぐにふたりに向かって小走りでやって来た。
「お久し振りーっ!」
「今日はお世話になります!」
 ったく、現金だなあ。そりゃオレとも一応は久し振りだけど、この前帰った時に会ってるから、珍しくともなんともないだろうな。それより蒼生と冬矢なんだろ? 仕方ないか。
「あの、これ、つまらないものですけどっ!」
「ありがとう。気を遣わないでいいのに」
 冬矢はすました穏やかな笑顔で、みのりから可愛らしいお菓子の袋を受け取る。中学までの冬矢を知ってる奴が見たら絶対別人だと思うんじゃないかなー。これ、蒼生と一緒にいる自分がぶすっとしてたら蒼生まで印象が悪くなるから、っつって高校入学を機に身に付けた技なんだってさ。すっかり身についた今だからオレも平然と見てられるけど、初めの頃は違和感ありまくりで怖かったもんだ。蒼生と付き合いだしたあとで、蒼生が大切だからしていることだって冬矢本人から教えられるまでは、オレもちょっと引いてた。
「蒼生ちゃん、久し振り。うん、元気そうじゃん。大学どう?」
「好きなことばっかり勉強してていいのかなってくらい楽しいよ。ゆみちゃんも元気そうだね」
 ほんわか笑う蒼生の腕を、姉ちゃんがポンポンと叩く。蒼生もちょっと嬉しそうだ。そうだよな、あれだけほぼ家族同然に会ってたのが、全然顔見なくなっちゃったんだもんな。ほんの少しだけ気が抜けたような顔は、外にいる時とは違う、実家の中でしか見せなかった表情だ。だけど、改めてじっくり見ると、オレたちとだけいる時はもっと違う顔してるよなーって思う。家族といるとよけいにわかるんだよな、オレは家族の一員じゃなくて、蒼生の特別なんだって。
 べしっと姉ちゃんがオレの背中を叩く。
「あんたは何ニヤニヤしてんのよ。ほら、荷物持って」
 へいへい。
 蒼生がぱっと顔を上げた。
「あ、僕も」
「蒼生ちゃんはいいの」
「でも」
「蒼生、いいって」
 困った顔の蒼生に笑ってみせて、オレは姉ちゃんとみのりの手から荷物を取った。これはいつものパターンだ。昔、それこそ小学生の頃までは、オレたちが遊んでて蒼生が荷物を見ててくれることが多かった。それがいつの間にか……たぶん姉ちゃんたちが蒼生に言うことを聞かせるようになってからだったような気がするけど、オレが荷物を持たされる係になった。どうして急に2人して蒼生に懐くようになったんだろうな? あの頃のオレにはそれがちょっと、いやだいぶ不満だった。それまで蒼生はオレのことだけ気にしててくれたのに。
 いや、過ぎたことはいいや。蒼生に荷物持たせるくらいならオレが持つ。だからこれでいいんだ。昔のオレが気ぃきかなかっただけなんだから。
「それでは行きましょうか」
 さりげなく蒼生を促すようにして、冬矢が姉ちゃんたちに微笑みかける。手ぶらなことを蒼生がこれ以上気にする前に移動しようってことだろう。
 えーっと、この後の予定ってたしか、ホテルに荷物置いてから昼ご飯してショッピング……だったな。全部姉ちゃんとみのりからの指示だ。案内してくれってことだったけど、どこもかしこもオレが行ったことない場所なんだよ。蒼生たちも初めてなんだって。つまりそれって単なる荷物持ちじゃねえのかなあ……。オレは姉妹に挟まれた男兄弟の扱いってそういうもんだと慣れてるから構わないけど。だけどやっぱり蒼生を巻き込むのはどうなんだろうと思う。
 その蒼生は、冬矢とふたりでみのりを挟むような並びで歩きながら話してる。てか、一方的にみのりがおしゃべりしてるって感じだ。はしゃいでんなぁ。でもなんだか、そわそわっつーか、もじもじっつーか、おしとやか感を醸し出そうとしてるような感じがする。みのりはやたら蒼生に懐いてるし、冬矢のファンだっつーし、んー。それじゃテンション高いのも無理ないか。
「みのりちゃん、ずーっとしゃべってるの疲れない? 夜までもたなくなっちゃうよ」
 困った顔で蒼生が笑う。
「えー、だって、蒼生ちゃんと笹原さんに囲まれちゃったら無理だよ! 2人ともイケメンなんだもん! 両手に花ってこういうことなんだよね」
 ……んんん。まあ、妹がご機嫌なのは? いいことだし?
「お上手ですね。美野里さん、今夜見に行くバンドは昔からお好きなんですか」
「だってほんとですもん! えっとぉ、今日のやつは~」
 冬矢のさらりとした笑顔。おーおー、猫被ってら。自分から話を振るの好きじゃねえくせにな。たぶんみのりにしゃべらせて、蒼生とふたりで聞き手に回るつもりだ。みのりの奴、ひとつ話題を振ると10とか20で返すくらいの勢いでしゃべってるもんな。下手に根掘り葉掘り聞かれて5とか6とかしゃべるよりか、1放り投げといて20聞くのがいいって判断したんだろう。蒼生もにこにことみのりの話に頷いてる。
「あ、ていうか笹原さん、蒼生ちゃんたちとおんなじで、敬語なしでいいです! あと、ちゃん呼びでお願いします!」
「そう? では遠慮なくそうさせてもらおうかな」
 ? うーん……? 変だな。なんだろ。なんというか、居心地がよろしくない。オレの家族に丁寧に対応してくれてんのは、普通に考えればありがたいはずなんだけど、なんでだかわかんねえけどもぞもぞする。
 突然、どん、と腰に肘が叩きつけられた。いってえ。
「なにすんだ」
 あんまり言い返すと、こっちも数倍になって返って来るのはわかってる。だから短く文句を言うだけにして、姉ちゃんをちらっと見た。睨んだら怖いし。けど姉ちゃんはオレの文句なんか聞こえてないふうで、オレを頭の先から爪先までじっくり眺めてくる。
「あんた、しっかりやってんの?」
 へ?
「いつも報告してんだろ。学業とバイトときっかり両立させてるよ」
「それは聞いてる。そっちじゃなくて、家のこと。親のいない生活なんて初めてなんだから。蒼生ちゃんにばっかり負担掛けてない?」
「ない。ちゃんと3人で分担したり手伝ったりしてきちんとやってるよ。飯作んのは任せっきりだけど、掃除とかはきっちりやってるし」
「ふうん。それならいいけど。あんた、ぼけっとしてるとこあるでしょ。適当だし片付け苦手だし。蒼生ちゃんもしっかりしてるわりにあんたに甘いから、知らないうちに迷惑かけないように、しゃきっとしないとだめだからね」
「わかってるよ」
 急に姉らしいことを言い出すから、さっきとは別の感じでぞわぞわが背中を走る。いっつも子分扱いしてたくせに。……いやでも、大丈夫だよな? オレ、きちんと出来てるよな? 蒼生に迷惑なんてかけてないよな? 大丈夫だと思ってはいるけど、不意打ちで聞かれちゃうと、急に心配になってくる。
 姉ちゃんは、オレを見てふっと笑った。
「それにしてもねー。昔っからずーっと、蒼生ちゃん蒼生ちゃんだったけど。まさか大学生になってもまったく変わんないとはさすがに想定外だったなぁ」
「何言ってんだよ。そこに関しては一生変わんない。オレはこれからもずっとずーっと蒼生蒼生だよ」
 オレは蒼生が世界で一番大切だ。蒼生をずっと離さないし、オレだって離れない。それは自信を持って言える。
「へーえ。その蒼生ちゃん、今はみのりがべったりだけど」
「……ぐっ……で、でも、今割って入ったら大人げないしっ……」
「あはははっ! ただ我慢してるだけで、やきもちはちゃんと妬いてるんだ」
 当たり前じゃん! 蒼生の隣に並びたいよ! 並んで歩きたいよ! けど、いくら道が広くても、全員並ぶわけにはいかないだろ。もっと狭い道に入ったら、2人が限度だろうし。そしたら、みのりは冬矢に預けて……って素直にそうしてくれたらいいんだけど、冬矢だって蒼生をみのりに取られたくないはずだ。ううう、なんて難しい問題なんだ!
 昼ご飯の席も、妹は蒼生と冬矢の間に迷わず座った。そりゃ、久し振りの蒼生といっぱい話したいよな。冬矢と話すのも楽しそうだしな。そう思ったら、蒼生の隣に座りたいって強く主張することは出来なかった。ああ、オレもちゃんと兄貴だったんだなあ。
「なるほど、そのドラマでこのレストランが使われていたんだね」
「はい! めちゃくちゃいいシーンだったので来てみたかったんです。席はあっちの窓側だったんですけど。あの横にある絵が主人公のお母さんをモデルにして描かれてたっていう設定で、ドラマの後もしばらく飾ってあるって言ってました。わー、ホントにあるんだあ。クラスの子たちに自慢しよ。写真撮っていいですよねっ」
 しかしマジでよくしゃべるな。いろんな近況がいっぺんに入ってくる。こっちから詳しく聞かなくても元気なことがよくわかる。それは、まあ、うん。よかった。姉ちゃんもそんなみのりの様子をあったかい目で見てる。首を傾げると、姉ちゃんがちょっと顔を近付けてきた。
「……みのりね、部活と勉強をどっちも頑張んなきゃいけない状況で、ちょっと追い詰められちゃってるんだよね。今日はそれの気晴らし。いや、たいしたことはないんだけど、部活に身を入れすぎて、この前のテストで順位結構落としちゃったんだわ」
 あー。そっか。発散しに来てるってわけか。それでこのハイテンションな。それじゃあ余計に割って入れないや。オレはお兄ちゃん。オレはお兄ちゃん。よし。
 でもこのままじゃ蒼生が疲れちゃうよな。隙を見て蒼生にも伝えておかなくちゃ。
 ……と思ったんだけど、みのりがふたりを離さないもんで、なかなかその機会に恵まれない。びっくりするほどタイミングが悪い。どうしてだか蒼生とふたりっきりになる瞬間が来てくれない。上から下まで洋服屋が入ってるような客層ほぼ女の子なビルに連れてかれてからも、今度は姉ちゃんが蒼生を引っ張りまわして歩き、みのりは冬矢を相手に服の相談なんかをしてる。どっちもあんまり適任じゃないだろうに、ああ、頑張ってるなあ……。
「ねえ蒼生ちゃん、今日の服にこのへんのアクセサリーが似合うと思うんだけど。これとこれで迷ってるんだよね。どっちがいいと思う?」
「ゆみちゃんはこっちの大きいほうが好みじゃない? アクセントとしてすごく素敵だし。だけど可愛いのも似合うと思うよ。色が濃淡になっててすごく綺麗だね。ここで見つけたのも縁じゃないかなあ」
「うーん、珍しいデザインだし、そっかー。可愛いのにしちゃうー?」
「いいんじゃない?」
 うああ、蒼生が困ってる。一生懸命考えて答えてくれるから、みんな蒼生に助言を求めるんだけど、蒼生はそういうの本当は苦手なんだ。なのに期待に応えようとして必死で頑張っちゃうぶん、どんどん疲れてきちゃう。
「なあ姉ちゃん、そういうのはオレが……」
「お兄ちゃん、これ持ってて!」
「うわっ」
 みのりがオレの腕にどっさりと服を乗せてきた。
「なんだ、これ全部買うのか?」
「今悩んでるとこだから!」
 そうこうしてるうちに、蒼生が姉ちゃんに引っ張られていっちゃう。ああ、蒼生ぃ……。
 って、すげえな、オレがそんなふうに嘆いてるうちに、みのりは買うものを決めたらしい。ささっとレジに向かう。その頃には姉ちゃんは隣の店だ。えっ、みのりはこっち? 2人は次から次へと店を渡り歩いてく。わー、ついてくだけでも忙しい。
 オレの両手を袋で埋めると、そのビルでの買い物はようやく終わりだそうだ。今度はビルの近くにある、どうしてもみのりが行きたいって言ってた店に向かう。着いたのは、おもちゃ箱を大きくしたような、なんだか頼りない感じの建物だ。1階部分はぐるりと大きな窓になってて、うっすらした色合いの品物がたくさん並んでるのが見えた。へえ、こういう店があるんだ。
「ここって何?」
 みのりに聞くと、ぱっと明るい笑顔が返ってくる。
「キャラクターショップだよ! いろんなキャラクターが期間限定で出店されるんだ」
「お目当てのキャラクターがいるんだね」
 蒼生が店の中を覗き込みながら呟くと、みのりは嬉しそうにぴょこぴょこ飛び跳ねた。
「そうなの! そうなの! 来て来て!」
 ちょうどそばにいたからなのか、オレの袖を引っ張ってみのりが店内に進んでいく。よかった、とりあえずオレの存在は単なる荷物持ちだけだったわけじゃないらしい。みのりはきょろきょろしてから、あっと叫んでさらにオレを引きずっていく。
「あれ。ねえ蒼生ちゃん、これって昔流行ってたキャラじゃない?」
「え、あ、本当だ」
 しかも蒼生と冬矢は立ち止まった姉ちゃんに捕まってしまった。さんざんふたりに食いついていたみのりだけど、今はそれよりもキャラクターなのか、姉ちゃんたちを置いてけぼりにしてるのをまったく気にせずにオレの手を引く。
 みのりは店の中心にあるイベントスペースみたいなとこまで来ると、ぱっと手を離した。そんで、目の前に広がる商品展開にわあっと声を上げる。丸い陳列棚には、なんだ……オーバーオール? みたいのを着た動物が並んでた。頭が動物なのに、体は人間なのか? よくわからんけど、白いのと茶色いのがいるみたい。
「これだよ、今女子中高生の間で大人気のキャラクター! 知らないの?」
「いやー、女子大生はよく見るんだけどな。女子中高生とはあんまり関わんないから」
 バイト先にはいるけど、うーん……そういえば見たことがあるような、ないような……。
「そうなんだー。今すっごい流行ってるんだよ。タイトルはベアニャンピョンズっていってー。もともとは漫画で、アニメになってから人気になってね。ほら、これがプラボウ、こっちがピースケでこれがマク。この子たちは学生なんだけど内緒でアイドルしてて、全員彼女がいるんだけど、一切バレないようにしてるんだよ。ちなみに、漫画のタイトルって3人のユニット名で、実際に曲もあってCDになったりしてるんだ。ほら、ここでも売ってる。こっちがデビューアルバム。それでね、物語の中でも超人気で毎日女の子たちにきゃーきゃー言われながら活動してて。でも実は伝説の冒険者でもあってね、この子はすっごい魔法使いなの。今度やる映画では彼らの冒険者としての活躍が見られるんだって」
 ……いや、情報量多っ。え? 学生で彼女持ちでアイドルで冒険者で魔法使い? しかも動物で? 目が棒線とかっこで描かれてる単純なキャラなのに属性盛りすぎだろ。ええとこの茶色いのはクマか。白いのはよく見ると耳が尖ってるのと長いのがあるから、えーと、猫? とウサギ? に、人気なのか、これ。オレにはよくわかんねえけども。
 まあ、でもみのりは嬉しそうだな。3匹のキャラクターが描かれた鏡とかブラシとかをうんうん唸りながら見比べてる。うん、楽しそうだからいっか。
 オレはぐっと腰を伸ばして、周りを見渡す。やっぱりここも女の子が多いな。人気って言うだけあって、このコーナーは一番混んでるや。みんなみのりと同じように真剣に商品を選んでる。それにしても、いろんなグッズがあるんだな。小物だけじゃなくてバスタオルとかTシャツとかもある。ほー、壁掛け時計や腕時計まであるらしい。
「お兄ちゃん」
 また袖を引っ張られる。なんだなんだとみのりが指さすほうを見ると、小さなクレーンゲームの機械があった。その中には、3匹の顔だけの平べったいぬいぐるみっぽいものがわんさか入ってる。
「なにこれ」
「このポーチ欲しい。取って」
「えー、取れるかなあ」
「取ってぇ、お兄ちゃんっ」
 おーおー、こういう時だけ甘えた声出しやがって。まったく、しょーがねえなあ。
「欲しいのどれ?」
「ピースケ!」
「特徴で言ってくれ……」
「一番かっこいい子! ウサギだよ」
 顔は全部同じに見えるんだけど。それは言ったらいけないんだろう。
 さて、ウサギな。手前のこいつが比較的取りやすそうだ。一度引っ掛けてこっちにずらしてからこうして……。まずは1回やってみて様子を見てみるか。機械の台が低いから、しゃがんで水平に覗き込む。ふむ、レバーで自由に前後左右に動かせて、下ろすボタンが1つのタイプな。ボタンを押すまでは何度でも位置を調整できる。狙いやすい。ボタンを押すと、アームが広がりながら下りていく。あれ、結構力強いな。爪がウサギを掴んで、ずるずるっと滑ってく。もうちょっとってところでぽたんと落ちた。
「あーっ、残念!」
「まあ見てろ」
 これ、小さい子とか初心者向けだな。何回かやれば大抵取れる。レアな商品じゃないんだろう。数出すことが目的で、1回で取られちゃってもいいやって考え方なのかも。アイテムの値段的に1回以上2回未満って感じかな。
 2回目。今度は簡単だ。端っこに引っ掛けて転がして落とせばいい。
「……っし。取れた」
「やったー! お兄ちゃん、すごい!」
「ぐえ」
 しゃがんだところにのしかかられて、バランスが崩れそうになる。でもすぐにみのりは立ち上がって、取り出し口に落ちたウサギのポーチを満足そうに取り上げた。
「次はこっちのフィギュア取ってー!」
「まだやんのかよ!」
 くっそ、オレの財布から出てるからって簡単に言いやがって。もー。おんなじ感じの設定だったら助かるんだけどな。
 後ろから笑い声がした。振り返りながら見上げると、姉ちゃんが笑ってた。その後ろから、蒼生と冬矢もオレを見下ろしてた。蒼生がことんと首を傾げて微笑む。
「頑張れ、おにいちゃん」
 あっ……。可愛い。頑張る。

 早めの夕飯を一緒に食べて、2人をライブ会場に送る。ちょっとわかりづらくて狭い道だけど、ラブホ街を通らない道を選んだ。帰りも宿泊先のホテルまでオレたちが送るんだし、わざわざ母さんが心配する道を通る必要ないもんな。
 こまごました荷物も一緒に預かって会場に入るまでを見送った後は、きらびやかなラブホの間を堂々と通って一番近いカフェに行くことにした。むしろオレたちだけなんだから、この辺に飛び込んでもいいんじゃね? 心行くまで蒼生を堪能してもいいんじゃね?
「飲み物は俺が運ぶから、蒼生たちは席を探しておいて」
「はーい」
 冬矢の声は普段よりぶっきらぼうな感じだ。蒼生の答える声もちょっとぐったりしてる。ふたりとも疲れたんだろうな。オレもぼんやりしててさらっと冬矢に任せちゃったけど、オレの姉妹に付き合ってもらったわけだし、ここはすごいケーキとかを奢るべきところだったんじゃないだろうか。そう思って引き返そうとしたオレの背中を、蒼生がぐいっと押してきた。うん?
「蒼生?」
「いいから、進んで」
 なんだろう。蒼生は2階の席にオレを連れて行こうとしているみたいだ。1階席にも余裕はあるのになあと思いながら2階に来てみると、連れ立ってる人はほとんどいない。お一人様用の窓に向いたカウンター席はそこそこ混んでるけど、広い席は空いてて選び放題だ。蒼生がオレを押し込んだのは、奥の方にある6人掛けの席。上に観葉植物が並んでる低い仕切りがあって、その向こう側だ。
「健ちゃん、荷物あっちの席に置いて。健ちゃんはこっち」
「ん、わかった」
 言われた通り、奥のソファ席に両手の袋をどさりと置く。ふー、やれやれ。重くはないんだけどけっこう嵩張ってたからなあ。勝手にまとめたら怒られんのかな。なんか袋も大事とか言ってたし、やめといたほうが無難かも。
「健ちゃん」
 あ、そうだった、呼ばれてたんだった。広いフロアに背を向ける角度のソファに座る……と、蒼生がオレに体重を乗せながら隣に座った。あれ、甘えてる? か、可愛い。そのまま腕に絡みついて、ぎゅっとしがみついてくる。うわー。うわー。これ、抱き締め返してもいいよなっ!?
「健太」
 びしっと頭をはたかれたような感覚がして、オレは手を止めた。別にホントに叩かれたわけじゃねえけど、そのくらいの勢いがあったな。おそるおそる振り向くと、湯気が立つカップをトレイに3つ乗せた冬矢がオレに冷たい目を向けてる。
「お、サンキュ」
「ありがとう」
 ふうっと息を吐き、冬矢はトレイをテーブルの上に置く。そしてオレたちの向かいのソファに座ろうとした。と、蒼生がぱっと顔を上げる。
「冬矢もこっち来て」
「そっちに? 俺は嬉しいけれど、ちょっと狭いんじゃないか?」
「狭くしてほしい」
 そういうことか。蒼生はオレと冬矢に挟まれたいんだな。あ、もしかして、こっち側に座ったのって他のお客さんからは後ろにあるこの観葉植物で見えづらいから? えっ、なにその可愛い理由!
 柔らかく笑った冬矢が、改めて蒼生の隣に座って、静かに体を寄せる。
「さては、ずっとやきもちを妬いていたね?」
 言われた蒼生は、みるみる顔を真っ赤にする。可愛い。
「や、……だって、健ちゃんの隣にはずーっとゆみちゃんとみのりちゃんがいたし……。冬矢も、みのりちゃんのことちゃん付けで呼んでたし……。りょっ、両手に花、なのは、本当は僕なのに……」
 えー、うわー、かわいー。ぼそぼそ言いながら、蒼生はオレたちの腕を両手でぎゅっと掴んでくる。やきもち、オレだけじゃなかったんだ。可愛い。嬉しい。思わず頬がにやけちゃう。
 冬矢は周りから見えないように、蒼生の背中をぽんぽんと叩いた。
「普段はオレたちが誰かと話していてもあまり嫉妬しないのにね。だって、俺たちが蒼生にしか見せない顔があるって蒼生はわかっているんだから。ほら、この健太のだらしない顔も含めて」
 うっ。だらしないとはなんだ、と文句を言おうかと思ったけど、自分でも今でれでれな顔してる自信がある。しょうがないじゃん、数時間ぶりに素の蒼生を摂取できてんだから。
 蒼生は拗ねたような可愛い目でオレたちを見た。
「……うん。わかってる。一番大切にされてるの、知ってる。……なんだけど、なんか、大丈夫な日とダメな日があって、今日はダメな日みたい……」
 だ、ダメな日って、めちゃくちゃ可愛い響き。冬矢もきっと撃ち抜かれたはずだ。冬矢の声、ちょっと弾んでるもん。
「そうか。ダメな日だったんだね。大丈夫、俺もそうだよ。彼女たちと仲良さそうにしているのを羨ましく思いながら見ていた。だからあまり話してほしくなくて、ついいろいろ口を挟んじゃった。ごめんね」
「え、そうなんだ。冬矢、ずいぶんいっぱいしゃべるなあと思って、ずるいって思っちゃってた。僕もごめん」
「いや、俺も蒼生がそう思ってることに気付いていたんだけれど、伝える隙が無かったんだ」
 んー。ふたりしてそんなこと考えてたのか。オレも全然余裕なかったもんな。なんか、3人してぐるぐるしてたんだな。
「オレ、勝手に自分ばっかりやきもち妬いてんのかなーとか思ってた。気付いてたらもうちょっとちゃんと出来たのに。オレもごめん」
 オレの言葉にぱちくりと目を見開いたかと思うと、蒼生はふんわりと笑った。
「3人して謝ってる。じゃあ、打ち消しあって全部なしってことでいいよね」
「ふふ、うん。それがいい」
 蒼生の腰を引き寄せる。
「オレもそれがいい。……だけどさ、蒼生のやきもちに気付けなかったの、ちょっとショックかも」
「……え?」
「みのりに絡まれてるのとか、姉ちゃんの話に付き合ってるのとか、実家にいた頃と全然変わんないふうに見えたから。オレって察しが悪いなーってちょっと反省してるとこ」
「健ちゃん」
 するりと蒼生の手が、オレの背中のほうに回ってきて、服をきゅっと掴む。
「変に見えなかったなら、よかった。ゆみちゃんたちにぎくしゃくした態度見せたくなかったから、平静を装ってたんだよ。……だけどね、健ちゃんがわかんなくっても全然おかしいことじゃないから、気にしないで。だって僕、昔からゆみちゃんたちが羨ましかったんだもん」
 今度はオレが「えっ」て言う番だった。蒼生が?
「それって、ちっちゃい頃からってこと?」
「うん。ずーっと。僕は夜になったら健ちゃんと離れなきゃいけないのに、ゆみちゃんとみのりちゃんは帰っても一緒にいられるんだよ。それが悲しかった。ずっとずっと、いいなーって思ってた」
「マジか。じゃあ、今は」
「……えへへ、すっごく嬉しい。健ちゃんと冬矢とおんなじ家に帰れるから」
 あ、蒼生……。
「蒼生、そろそろ飲み頃だよ」
「っわ、ありがとう」
 冬矢が、置いてあったカップを蒼生に手渡す。お、これはオレにもわかりやすいヤキモチだ。小さい頃の話したから、冬矢も羨ましくなったんだな。ただそのせいでせっかく数時間ぶりに触れてた蒼生の手がオレから離れちゃったのがすごく残念でしょうがない。でも、水分補給はしてほしいしな。ここはやむを得ない。
「はー……美味しい」
 受け取ったカップに口を付けた蒼生は、ほっとした口調でそう言った。それを聞くとオレもすーっと気が抜けてくのを感じる。
 オレも飲もう。うん、ほんのり甘くて、じんわり体に染みる。猫舌の蒼生にちょうどいい温度は、疲れたオレにもちょうどいい感じがした。
「……健太の姉妹とこんなに長い時間話したのは初めてだったけれど、なかなかパワフルな女性たちだね」
 冬矢が笑う。オレが実家で気力体力持ってかれてたの、1日で理解出来たかな。
「だろ? あれの間に挟まれてたんだから、オレも苦労してたってわかってもらえた?」
「蒼生が間に入ってだいぶ助けていたということはよくわかったよ」
「おっとオレの苦労は伝わんなかったか。でも、それはそう」
 2人ともあのノリだからな。オレもよくカチンと来てた。間で蒼生がにこにこしてたから喧嘩になんなかったことなんて、数え切れないくらいある。
 蒼生はその時よりも柔らかい笑顔で首を傾ける。
「助けとかはわかんないけど。健ちゃんちのきょうだいは、健ちゃんも含めてみんな明るくて元気で、少しくらいの嫌なことなら吹き飛ばしちゃうくらいの勢いがあったから、一緒にいるのは気が楽だったかな。とはいえ、女の子相手だとどう対処したらいいか困ることもあったけど」
「ふうん? 俺は一人っ子だからよくわからないけれど、生まれた頃から一緒にいてもそういう感覚だったんだね」
「うん。僕は全員一緒だと思ってたけど、お母さんがゆみちゃんとみのりちゃんは女の子なんだから大事にしなきゃダメって」
「ああ、そうか」
 ゆっくり冬矢が頷いて、オレも「そういうことか」と思う。やけに姉ちゃんたちに丁寧に対応するなーって羨ましく思ってたんだけど、あれは扱いに困って差し障りがないように接してただけか。
 オレたちが一瞬黙ったせいか、蒼生はちょっと慌てたようにオレと冬矢を交互に見る。可愛い。オレは笑って蒼生の肩に手を載せた。
「だったら、今日はめちゃくちゃ疲れただろ。付き合ってくれてありがとな」
「ふふ。でもこういう感じも懐かしかった。2人に会う機会なんてほとんどないし、久し振りに一緒に過ごして嬉しかったのも本当だよ。みのりちゃんも最初は空元気だったけど、途中から本当に楽しそうにしてたもんね」
 あれ。
「蒼生、気付いてたの?」
「なんとなくだけど。僕たちに一生懸命話しかけてくるわりに目が泳いでたんだよ。それに、冬矢はともかく、いくら懐かしくても僕に対してあのテンションはおかしいなって」
 いや、みのりは野木沢寺田両家の中でも蒼生に一番懐いてたから、オレはあのテンションも不思議じゃないと思ってたけどな。あ、オレは除いて。オレは特別だ。オレは蒼生と相思相愛だから、別格だ。
「すげえなあ、蒼生は。オレは姉ちゃんに聞くまで全然気付かなかったわ」
「やっぱり、ゆみちゃんもみのりちゃんに気を遣ってた?」
「そうみたい。あ、姉ちゃん曰く、そんな心配しなくても大丈夫だって。部活頑張りすぎて成績落としちゃったんだってさ。だから気晴らしにライブ誘ったって言ってたよ」
 ふたりは目の前でしみじみと深く頭を縦に振る。
「なるほど、難しい時期だな」
「健ちゃんもいろいろあったもんね」
 うっ。たしかに。オレも部活で活躍できなくなるわ成績も落とすわでどうしようもなくなった時期があるからな。しかもそれを蒼生に言うのが恥ずかしくて、あろうことか冬矢にだけ相談したんだった。そのせいで蒼生には余計に心配させちゃったんだよな。……そうかー、みのりもその時期かー。
 まあ、でも、オレはそれがあったおかげで、一番大切なのは何かってことをちゃんと考えられた気がする。サッカー頑張ってたのも蒼生にかっこいいとこ見せたいからで、勉強を頑張るって決めたのもこれから先もずっと蒼生といたいと思ったからだ。オレは蒼生が大好きで、蒼生から絶対に離れないし、離さないんだって改めて決意したもんだ。
 んー。だから、みのりもちゃんと考えて答えを出すんだろう。きっちり自分で決めて答えを出すタイプだもんな。蒼生の隣は譲らねえけど。
 こつん、と冬矢がカップを置いた音がする。
「健太が蒼生の嫉妬や妹の不調に気付かなかったのは、自分自身の嫉妬で目測を誤っていたというのもあるだろうけれど……。おまえも久し振りに姉妹に会えて舞い上がっていたんじゃないか」
「えっ。えー……そうかな……」
「なんだかんだ言ってはいたが、積極的に彼女たちが気分良く過ごせるように立ち回っていたよ。そこに夢中になっていたように俺には見えた」
 そう言われると……そうなのかな。うーん……。そりゃ、姉ちゃんと妹だし、一緒に育ってきたんだから、喜んでくれんのは嬉しい、かも。
「でもオレには蒼生が一番なのに」
「ふふふ。わかってるから、大丈夫。みのりちゃんたちのために一生懸命に頑張ってた今日の健ちゃん、かっこよかったよ」
「蒼生……嬉しい」
「それはそれとして、ゆみちゃんもみのりちゃんもズルいって思ってたけど」
 つん、と蒼生が唇を尖らせる。わー、まだヤキモチ続いてたんだ。可愛いっ。
 冬矢が噴き出す。
「そうだね。俺は外野だから、客観的に4人を見ていたけれど……ふふふ。蒼生、健太が姉妹になにかするたびに“自分のことを見てほしい”って目で健太を見ていたよね」
「……えっ」
「へぇ!?」
 なにそれ。なにそれ!
「可愛かったなあ。俺が声をかけると、バレていないと思っていたんだろうね、ぎこちなく笑うのがもう愛おしくてならなかったよ」
「かっ、可愛い……想像するだけでめちゃくちゃ可愛い……っ」
「え、えぇー……」
 また蒼生のほっぺがかーっと真っ赤になる。可愛い、オレに嫉妬の眼差しを向けるのも可愛いし、冬矢にバレないように誤魔化そうとしちゃうのも可愛い!
「あの時、本当はどう思っていたの? 蒼生の言葉で聞かせて」
「……っうー……。やだやだやだ、健ちゃんも冬矢も僕のことだけ見てて……って思ってましたぁ……」
 ぐぅ……っ。
 そんな可愛いことを思いながら、紳士的で丁寧な態度してたの?
「くそ、もう、なんでこんなに……っ、可愛いの権化かよっ……。あー、やっぱさっき、どっかのホテルに連れ込めばよかった!」
「ひぇ」
「やはりおまえもそう思っていたか。俺も考えていた。このままホテルに飛び込んで、思い切り抱き締めて蒼生の匂いで体中をいっぱいにしたい、と。蒼生の体力を考えて我慢をしたけれど、そうするべきだったな」
「え、冬矢まで……」
 冬矢が胸の中をぶちまけたことで、なんか、頭ん中で全部がすっきりした。わかった。そういうことか。
「あー、マジ、蒼生のことだとおまえとすげぇわかり合えるわ。なんか今日のおまえ見ててなんかモヤモヤしてたんだけど、今わかった。蒼生を優先してない冬矢ってすっげえ違和感あったんだ。うちの姉妹に親切にしてくれてありがとな、でもそうだよな、オレたち蒼生が一番だもんな。はー、蒼生可愛い。大好き。今すぐ全部脱がせて体中舐め尽くした後にきちんとした格好で姉ちゃんたち迎えに行って、つい今まで全裸の蒼生を堪能してましたって心の中で叫びてえ」
「ぇ……」
「そこまでは言っていないが?」
「急に裏切んな」
 言葉を失ってあわあわする蒼生が可愛い。オレは蒼生の耳の近くに顔を寄せた。
「……ホントは? 蒼生はそういうことしたくない?」
 ぱちぱち、と蒼生の綺麗なまつげが何度も上下する。
「……する。したい。帰ったら、すぐ、してほしい……。健ちゃんと冬矢でいっぱいになりたい」
 うわ。
 姉ちゃん、みのり、ごめん。宿泊先への案内が終わり次第、オレたちすっげえ早さで家帰るから! オレは「もう遅いから、今日は早く休みな」って言いながらペットボトルとここのカフェのケーキを手渡すシミュレーションを頭の中で何度も繰り返す。
 ああ、一刻も早く蒼生を心ゆくまで堪能したい!

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93こ目;やきもちだらけの接待デート
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 今日もよく働いたな! おやつに食べた美味しい新作キッシュも蒼生へのお土産に買ったし、大学では発表資料がよく出来てたって教授に褒められたし、うん。なかなか充実した1日だったんじゃね? あー、早く帰って蒼生に全部話したい。蒼生、蒼生。んっふふ。家で待っててくれてるかな。うー、早く顔が見たい。ぎゅってしたい。会いたい。
 せかせか歩いてると、ポケットで携帯が鳴った。なんだろ、ん、電話か……あれ、母さんだ。
「もしもしー、こちら健太の携帯でーす」
『あっ、健太。今話して大丈夫?』
「うん。バイト終わった帰り道」
 母さんの声は、相変わらずおっとりしてて、慌てたような感じはしない。ってことは、別に誰かに何かあった系の悪い話じゃなさそうだ。
『そっかあ、忙しくしてるのね。ちなみに、土曜日はバイト入ってたりするの?』
「日曜日は午後にシフト入れてるけど、土曜日は大丈夫。……なに?」
 成績のこととか大学の話とかは定期的に報告してるから、呼び出しとかじゃないよな? 心当たりがなくて聞いてみると、母さんは「あのね」と前置きした。
『土曜日にね、優美と美野里がライブに行くんだって。だけど時間も夜だし、心配だから送り迎えしてほしいの』
「ずいぶん急だなあ」
『ごめんね。優美はそっちに遊びに行ったこともあるし、2人だけでも大丈夫だと思ってたんだけど、ちょっと場所を調べてみたら、その、あんまり女の子だけで歩かせたくない道通るみたいで……』
 あー。もしかしてライブハウスとかかな。繁華街の奥とかの細い道にあったりするもんな。オレも何か所か行ったけど、雰囲気怪しいとことかもあったっけ。
『とりあえず、あとで本人から連絡させるから、よろしくね』
「はーい。わかった」
 仕方ねえ、久し振りだし、姉妹孝行してやるか。あーあ、せっかく土曜日は予定合わせて、誰もバイト入んないようにしてたのに。蒼生と1日いちゃいちゃして過ごす予定だったのに! 蒼生ぃ……。蒼生といちゃいちゃ……。したかったのに……いちゃいちゃ……。いやさ、そりゃ、姉ちゃんとみのりに会うのが嬉しくないわけじゃないけどさあ……。でも蒼生といちゃいちゃのほうが魅力的だしさぁ……。うーん、そう思うのって兄弟失格かな?
 家に帰ってすぐ蒼生に相談しようと思ったんだけど、玄関で出迎えてくれた笑顔が嬉しくて、まずは抱き締めて朝以来の蒼生を堪能することにした。
「蒼生蒼生ただいま蒼生ぃ」
「健ちゃんおかえりぃ」
 蒼生は最初オレの勢いにちょっときょとんとしたけど、すぐにまたにこにことオレの腕の中に収まってくれる。オレの口調に乗っかってくれるとことか、可愛い。あー、可愛い。今日も蒼生に会えてよかった。嬉しい。好き。
 ぽんぽん、と蒼生の手がオレの背中を叩く。ぐうぅ……たまんねぇ……。
「健ちゃん、健ちゃん、聞きたいことがふたつあるよ」
「ん? なーに?」
「いい匂いがするね」
「オレの?」
「ふふふ、それもいい匂いだよ」
 オレだって蒼生の匂い好きだし。って、あ、大好きな甘い香りの中にほんのりと香ばしい匂い……そっか、お土産だ。
「そだ、キッシュ買ってきたんだ。おやつに食べたら美味しかったから、蒼生にも食べてほしくて! 蒼生の口に合うかなあ」
「健ちゃんのオススメなら間違いないでしょ」
「今日の夕飯にも合う?」
「うん、合うよ」
 えへへへ。そうだよ。蒼生とオレは一緒に育ってきたんだから、好きな味が似てても不思議じゃないんだ。これが好きあれが好きって細かいとこは違ったりするけど、美味しいの方向性は同じじゃないかなーって気がする。オレの美味しいが蒼生の美味しいと一緒なのって、すごく嬉しい。
 おっと、そうだ、蒼生が聞きたいのはふたつだっけ。
「あとひとつ聞きたいのって?」
「うーんとね。何か、僕をがっかりさせそうだって心配してることとか、健ちゃん自身が落ち込んでること、ある?」
「えっ。なんで?」
「健ちゃんの手。そういう時にするような力の入れ方してるから」
 わー。バレてる。すげえ、そんなことまでわかるの? なんか腹の底からぐーっとせりあがるように熱いなにかがこみあげて、オレはそのまま蒼生を抱き上げた。
「け、健ちゃんっ?」
「ありがと、大丈夫。だけど、予定変更の話だから、冬矢にも一緒に話すわ」
「う、うん」
 嬉しいなあ。抱き締めただけでわかるってことは、それだけオレのことを気にかけてくれてるってことだ。今までオレが抱き締めた時のことを覚えててくれて、こんな時はあんなふうに言ってたとかそのあと何があったとかってことまで把握してくれてるんだよな。それって愛だと思うんだ。オレ、蒼生に愛されてるなあってしみじみ思う。
 キッチンにいた冬矢は、蒼生をだっこしてるオレを見ても顔色一つ変えずに「おかえり」と言った。それに「ただいま」を返しながら、持ってた袋を冬矢に渡す。片手が離れたせいで、蒼生がぎゅっと首に抱きついてきたのが可愛かった。
「これは?」
「健ちゃんがキッシュ買ってきてくれたって」
「へえ、気が利くじゃないか。今日の一品にしてもいいのかな」
「してして。新作だってさ。美味しかったよ!」
 冬矢は袋の中を覗き込みながら頷く。そっちは冬矢に任せておけば問題ないから、オレは蒼生を運んでってソファに丁寧に下ろした。蒼生の手がそのままオレの腕を掴んでたから、オレも隣に座る。
 蒼生は心配そうな顔。そんな深刻なことじゃ全然ないから安心してもらいたくて、その頬を両手で挟み込んだ。
「あのね、オレ、土曜日出かけることになっちゃったんだ」
「そっかぁ」
 オレの手の間で、ぱっと表情を柔らかくした蒼生が頷く。悪いことが起きたんじゃないと思ってほっとしたのかな? でも、びっくりするほどすんなり納得してくれて、かえって申し訳ない気持ちになる。だからこそきちんと言い訳はしたい。だってオレの本音は蒼生といたいんだ。蒼生とべたべたいちゃいちゃしてたいんだ。出かけるのは仕方なくなんだ。そこのとこをわかっててほしい。だから、母さんがしゃべった言葉をほぼそのまんま蒼生に話した。
「……ってわけです。いや、オレはね、大学生と高校生なんだし、ほっといても大丈夫じゃないかなーとは思うんだけど」
 蒼生はぱちぱち、とまばたきをした。
「ゆみちゃんとみのりちゃん2人だけなんだよね。たしかに、ライブって終わったら大勢の人たちが一斉に同じ方向に動くから、その波の中にいれば逆に安全なのかもしれない。ただ、ななママの言うこともわかるなあ。夜の繁華街って怖いよね。女の子2人だと見たら軽率に声をかける奴だっているかもしれない。それだけでもななママにしてみたら心配になるんじゃないかな。自宅から遠く離れてたら尚更さ。万が一何かあったら健ちゃんだって嫌でしょ」
 むむ。蒼生の心配がオレから姉ちゃんたちに移ったぞ。……んー、まあ、そりゃね? 一緒に育ったから、蒼生も2人を姉妹感覚で見てるんだろう。心配して当然だよな。むしろ蒼生は母さんと同じような心配の仕方してるみたい。そういえば蒼生って昔から姉ちゃんたちに優しかったっけ。わがまま放題の2人の言うこときちんと聞いてさ。2人も調子に乗って、途中からなんでも蒼生ちゃん蒼生ちゃんって言うようになったんだよ。それで蒼生が優しくなんでも応えちゃうから、見かねたこう兄が「そのへんにしとけ」って宥めたりして。姉ちゃんたちもこう兄が止めると黙るんだ。こう兄だって蒼生のこと使いっ走りにしてたりしたくせに。
 ん? こう兄? あ、そっか。蒼生と姉ちゃんたちの関係って、オレと蒼生の兄ちゃんであるこう兄とみど兄との関係と一緒か。オレだって姉ちゃんよりこう兄やみど兄の言うことのほうが素直に聞ける。兄弟みたいなものだけど、本当の兄弟よりちょっと遠いからだ。兄弟ほど近すぎると、心配するのがなんか気恥ずかしい感じがするもんな。
 そっか、なるほど。そういうことか。ならわかる。
「ちなみに場所はどこなの?」
「まだ聞いてない。後で直接連絡するってさ」
 もしよかったら蒼生も一緒に来てほし……いやいや、ダメだ。蒼生には休みの日はしっかり休んでもらいたい。冬矢とふたりでゆっくりしてたらいい。めっちゃ羨ましいけど! そりゃあ羨ましいけど! はっきり羨ましいけど! きっと冬矢もそのつもりなんだろうから、さっきからまったく口を挟んでこない。くっそ、いいなぁ。
 そこにちょうどよく電話が鳴る。姉ちゃんだ。
「はいよー」
『うん。聞いた?』
「母さんからでしょ。聞いた。ちなみにどこでやんの」
『ノースプラッツ』
「あー、なるほどな」
 わかった、あそこか。友達に連れてってもらったライブで行ったな。繁華街の端っこのほうで、がっつりラブホが並んだ道の奥にあるホールだ。あー、母さんがなんか口を濁してたのはつまりそういうことね。たしかに息子相手にその単語は出しづらいだろうな。もちろん、そうじゃない反対から向かう道もあるんだけど、細くて複雑だから初回は確実に迷う。それでなくてもあのへんって路地がぐちゃぐちゃだからなぁ。
『表通りは歩いたことあるから、地図があれば大丈夫って言ったんだけどね。2人だけで行くなら父さんがついてくとか言ってさぁ』
「そりゃ大変でしょ。いいよ、オレ行くよ」
『おや、物わかりのいい事』
「蒼生も心配してるからさ」
『さすが蒼生ちゃん、優しー』
 そりゃオレの蒼生は慈愛の塊だからね。可愛いうえに優しい天使だからね。えへへ。蒼生を褒められて気持ちよくなってるところに、姉ちゃんが突然変なことを言い出した。
『それで、せっかく早く行くわけだし。昼間は蒼生ちゃんと観光案内してくれない?』
「……はあ!?」
 びっくりした。なんで蒼生も!? オレの蒼生になんでそんな手間かけさせるんだよ。姉ちゃんの勝手で決められちゃ困るんだけど!
「場所わかる程度の土地勘はあるんだろ? なんでわざわざ蒼生まで!」
『うるさいな、せっかくだからって言ってんでしょ』
 蒼生は冬矢とゆっくり過ごすんだ。邪魔なんてさせるもんか!
 意気込んでると、電話の向こうがガサガサやかましくなった。
『もしもしお兄ちゃん?』
 妹のほうに電話が奪われたらしい。なんかやたら鼻息が荒いぞ。
『笹原さんは!? 笹原さんも一緒がいい!』
「は? 冬矢も?」
『むしろお兄ちゃんはいなくてもいいから蒼生ちゃんと笹原さんに案内されたい!』
「おい酷ぇな」
 なんで冬矢も? 接点ないよな?
 そう思って唐突に思い出した。そうだ。オレたちがこっちに引っ越す時だ。荷物を全部送り終えて3人で電車に乗る時、ホームまで見送りに来たのはうちの一家4人とこう兄だけだった。冬矢のとこは仕事で両親ともいなかった。蒼生のとこは、……おばさんが最後まで納得してくれなくて。まあ……最終的に送り出してはくれたんだけどね。いろいろあって、結局おばさんの機嫌を気にしないこう兄だけが来てくれた。
 それはとりあえず置いとくとして、うちのやかましい姉妹が冬矢を初めて見たのはその時だ。大学は家から出て3人で暮らすって決めた時にやった家族顔合わせ会の時は、オレたち3人とそれぞれの両親だけだったからな。こう兄はなんでかそこにもいたけど。んで、うちの姉妹は、涼やかな佇まいの爽やかイケメンスマイルに初見でころっと騙されてしまったのだ。恐ろしい……。オレはそれが蒼生の関係者に向けての全力の愛想だと知っている。優しくて頼りになるイケメンだから安心して蒼生を任せろアピールだっただろ、あれは。まったく、蒼生以外に興味なくて無愛想だった頃のがまだマシだったんじゃねえかな。
『健太、聞いてる?』
『返事は!?』
 うわー、はいはい。オレは耳元から電話を離す。
「あのー……」
 ふたりの顔を窺うと、隣に来て様子を窺ってたらしい冬矢が苦笑いをした。
「大体聞こえていたよ。蒼生に一任する」
 蒼生はにこにこ笑ってる。
「僕は最初から一緒に行くつもりでいたよ」
 あ、蒼生……! 蒼生が「行く」って言わないから、出かけたくないのかなって思ってた。でも、蒼生は当然行くって決めてたから何も言わなかったのか! さっき、ひとりでうじうじしてないで、ちゃんと蒼生に来てほしいってはっきり言えばよかったんだな。そうだよ、蒼生はちゃんといつもオレのことを考えてくれてるんだ。蒼生を侮るようなこと考えちゃってたんだな。猛省しなくちゃ。


 駅の改札から出てきた姉ちゃんとみのりは、オレに気付くなり視線を泳がせて蒼生と冬矢を探すと、まっすぐにふたりに向かって小走りでやって来た。
「お久し振りーっ!」
「今日はお世話になります!」
 ったく、現金だなあ。そりゃオレとも一応は久し振りだけど、この前帰った時に会ってるから、珍しくともなんともないだろうな。それより蒼生と冬矢なんだろ? 仕方ないか。
「あの、これ、つまらないものですけどっ!」
「ありがとう。気を遣わないでいいのに」
 冬矢はすました穏やかな笑顔で、みのりから可愛らしいお菓子の袋を受け取る。中学までの冬矢を知ってる奴が見たら絶対別人だと思うんじゃないかなー。これ、蒼生と一緒にいる自分がぶすっとしてたら蒼生まで印象が悪くなるから、っつって高校入学を機に身に付けた技なんだってさ。すっかり身についた今だからオレも平然と見てられるけど、初めの頃は違和感ありまくりで怖かったもんだ。蒼生と付き合いだしたあとで、蒼生が大切だからしていることだって冬矢本人から教えられるまでは、オレもちょっと引いてた。
「蒼生ちゃん、久し振り。うん、元気そうじゃん。大学どう?」
「好きなことばっかり勉強してていいのかなってくらい楽しいよ。ゆみちゃんも元気そうだね」
 ほんわか笑う蒼生の腕を、姉ちゃんがポンポンと叩く。蒼生もちょっと嬉しそうだ。そうだよな、あれだけほぼ家族同然に会ってたのが、全然顔見なくなっちゃったんだもんな。ほんの少しだけ気が抜けたような顔は、外にいる時とは違う、実家の中でしか見せなかった表情だ。だけど、改めてじっくり見ると、オレたちとだけいる時はもっと違う顔してるよなーって思う。家族といるとよけいにわかるんだよな、オレは家族の一員じゃなくて、蒼生の特別なんだって。
 べしっと姉ちゃんがオレの背中を叩く。
「あんたは何ニヤニヤしてんのよ。ほら、荷物持って」
 へいへい。
 蒼生がぱっと顔を上げた。
「あ、僕も」
「蒼生ちゃんはいいの」
「でも」
「蒼生、いいって」
 困った顔の蒼生に笑ってみせて、オレは姉ちゃんとみのりの手から荷物を取った。これはいつものパターンだ。昔、それこそ小学生の頃までは、オレたちが遊んでて蒼生が荷物を見ててくれることが多かった。それがいつの間にか……たぶん姉ちゃんたちが蒼生に言うことを聞かせるようになってからだったような気がするけど、オレが荷物を持たされる係になった。どうして急に2人して蒼生に懐くようになったんだろうな? あの頃のオレにはそれがちょっと、いやだいぶ不満だった。それまで蒼生はオレのことだけ気にしててくれたのに。
 いや、過ぎたことはいいや。蒼生に荷物持たせるくらいならオレが持つ。だからこれでいいんだ。昔のオレが気ぃきかなかっただけなんだから。
「それでは行きましょうか」
 さりげなく蒼生を促すようにして、冬矢が姉ちゃんたちに微笑みかける。手ぶらなことを蒼生がこれ以上気にする前に移動しようってことだろう。
 えーっと、この後の予定ってたしか、ホテルに荷物置いてから昼ご飯してショッピング……だったな。全部姉ちゃんとみのりからの指示だ。案内してくれってことだったけど、どこもかしこもオレが行ったことない場所なんだよ。蒼生たちも初めてなんだって。つまりそれって単なる荷物持ちじゃねえのかなあ……。オレは姉妹に挟まれた男兄弟の扱いってそういうもんだと慣れてるから構わないけど。だけどやっぱり蒼生を巻き込むのはどうなんだろうと思う。
 その蒼生は、冬矢とふたりでみのりを挟むような並びで歩きながら話してる。てか、一方的にみのりがおしゃべりしてるって感じだ。はしゃいでんなぁ。でもなんだか、そわそわっつーか、もじもじっつーか、おしとやか感を醸し出そうとしてるような感じがする。みのりはやたら蒼生に懐いてるし、冬矢のファンだっつーし、んー。それじゃテンション高いのも無理ないか。
「みのりちゃん、ずーっとしゃべってるの疲れない? 夜までもたなくなっちゃうよ」
 困った顔で蒼生が笑う。
「えー、だって、蒼生ちゃんと笹原さんに囲まれちゃったら無理だよ! 2人ともイケメンなんだもん! 両手に花ってこういうことなんだよね」
 ……んんん。まあ、妹がご機嫌なのは? いいことだし?
「お上手ですね。美野里さん、今夜見に行くバンドは昔からお好きなんですか」
「だってほんとですもん! えっとぉ、今日のやつは~」
 冬矢のさらりとした笑顔。おーおー、猫被ってら。自分から話を振るの好きじゃねえくせにな。たぶんみのりにしゃべらせて、蒼生とふたりで聞き手に回るつもりだ。みのりの奴、ひとつ話題を振ると10とか20で返すくらいの勢いでしゃべってるもんな。下手に根掘り葉掘り聞かれて5とか6とかしゃべるよりか、1放り投げといて20聞くのがいいって判断したんだろう。蒼生もにこにことみのりの話に頷いてる。
「あ、ていうか笹原さん、蒼生ちゃんたちとおんなじで、敬語なしでいいです! あと、ちゃん呼びでお願いします!」
「そう? では遠慮なくそうさせてもらおうかな」
 ? うーん……? 変だな。なんだろ。なんというか、居心地がよろしくない。オレの家族に丁寧に対応してくれてんのは、普通に考えればありがたいはずなんだけど、なんでだかわかんねえけどもぞもぞする。
 突然、どん、と腰に肘が叩きつけられた。いってえ。
「なにすんだ」
 あんまり言い返すと、こっちも数倍になって返って来るのはわかってる。だから短く文句を言うだけにして、姉ちゃんをちらっと見た。睨んだら怖いし。けど姉ちゃんはオレの文句なんか聞こえてないふうで、オレを頭の先から爪先までじっくり眺めてくる。
「あんた、しっかりやってんの?」
 へ?
「いつも報告してんだろ。学業とバイトときっかり両立させてるよ」
「それは聞いてる。そっちじゃなくて、家のこと。親のいない生活なんて初めてなんだから。蒼生ちゃんにばっかり負担掛けてない?」
「ない。ちゃんと3人で分担したり手伝ったりしてきちんとやってるよ。飯作んのは任せっきりだけど、掃除とかはきっちりやってるし」
「ふうん。それならいいけど。あんた、ぼけっとしてるとこあるでしょ。適当だし片付け苦手だし。蒼生ちゃんもしっかりしてるわりにあんたに甘いから、知らないうちに迷惑かけないように、しゃきっとしないとだめだからね」
「わかってるよ」
 急に姉らしいことを言い出すから、さっきとは別の感じでぞわぞわが背中を走る。いっつも子分扱いしてたくせに。……いやでも、大丈夫だよな? オレ、きちんと出来てるよな? 蒼生に迷惑なんてかけてないよな? 大丈夫だと思ってはいるけど、不意打ちで聞かれちゃうと、急に心配になってくる。
 姉ちゃんは、オレを見てふっと笑った。
「それにしてもねー。昔っからずーっと、蒼生ちゃん蒼生ちゃんだったけど。まさか大学生になってもまったく変わんないとはさすがに想定外だったなぁ」
「何言ってんだよ。そこに関しては一生変わんない。オレはこれからもずっとずーっと蒼生蒼生だよ」
 オレは蒼生が世界で一番大切だ。蒼生をずっと離さないし、オレだって離れない。それは自信を持って言える。
「へーえ。その蒼生ちゃん、今はみのりがべったりだけど」
「……ぐっ……で、でも、今割って入ったら大人げないしっ……」
「あはははっ! ただ我慢してるだけで、やきもちはちゃんと妬いてるんだ」
 当たり前じゃん! 蒼生の隣に並びたいよ! 並んで歩きたいよ! けど、いくら道が広くても、全員並ぶわけにはいかないだろ。もっと狭い道に入ったら、2人が限度だろうし。そしたら、みのりは冬矢に預けて……って素直にそうしてくれたらいいんだけど、冬矢だって蒼生をみのりに取られたくないはずだ。ううう、なんて難しい問題なんだ!
 昼ご飯の席も、妹は蒼生と冬矢の間に迷わず座った。そりゃ、久し振りの蒼生といっぱい話したいよな。冬矢と話すのも楽しそうだしな。そう思ったら、蒼生の隣に座りたいって強く主張することは出来なかった。ああ、オレもちゃんと兄貴だったんだなあ。
「なるほど、そのドラマでこのレストランが使われていたんだね」
「はい! めちゃくちゃいいシーンだったので来てみたかったんです。席はあっちの窓側だったんですけど。あの横にある絵が主人公のお母さんをモデルにして描かれてたっていう設定で、ドラマの後もしばらく飾ってあるって言ってました。わー、ホントにあるんだあ。クラスの子たちに自慢しよ。写真撮っていいですよねっ」
 しかしマジでよくしゃべるな。いろんな近況がいっぺんに入ってくる。こっちから詳しく聞かなくても元気なことがよくわかる。それは、まあ、うん。よかった。姉ちゃんもそんなみのりの様子をあったかい目で見てる。首を傾げると、姉ちゃんがちょっと顔を近付けてきた。
「……みのりね、部活と勉強をどっちも頑張んなきゃいけない状況で、ちょっと追い詰められちゃってるんだよね。今日はそれの気晴らし。いや、たいしたことはないんだけど、部活に身を入れすぎて、この前のテストで順位結構落としちゃったんだわ」
 あー。そっか。発散しに来てるってわけか。それでこのハイテンションな。それじゃあ余計に割って入れないや。オレはお兄ちゃん。オレはお兄ちゃん。よし。
 でもこのままじゃ蒼生が疲れちゃうよな。隙を見て蒼生にも伝えておかなくちゃ。
 ……と思ったんだけど、みのりがふたりを離さないもんで、なかなかその機会に恵まれない。びっくりするほどタイミングが悪い。どうしてだか蒼生とふたりっきりになる瞬間が来てくれない。上から下まで洋服屋が入ってるような客層ほぼ女の子なビルに連れてかれてからも、今度は姉ちゃんが蒼生を引っ張りまわして歩き、みのりは冬矢を相手に服の相談なんかをしてる。どっちもあんまり適任じゃないだろうに、ああ、頑張ってるなあ……。
「ねえ蒼生ちゃん、今日の服にこのへんのアクセサリーが似合うと思うんだけど。これとこれで迷ってるんだよね。どっちがいいと思う?」
「ゆみちゃんはこっちの大きいほうが好みじゃない? アクセントとしてすごく素敵だし。だけど可愛いのも似合うと思うよ。色が濃淡になっててすごく綺麗だね。ここで見つけたのも縁じゃないかなあ」
「うーん、珍しいデザインだし、そっかー。可愛いのにしちゃうー?」
「いいんじゃない?」
 うああ、蒼生が困ってる。一生懸命考えて答えてくれるから、みんな蒼生に助言を求めるんだけど、蒼生はそういうの本当は苦手なんだ。なのに期待に応えようとして必死で頑張っちゃうぶん、どんどん疲れてきちゃう。
「なあ姉ちゃん、そういうのはオレが……」
「お兄ちゃん、これ持ってて!」
「うわっ」
 みのりがオレの腕にどっさりと服を乗せてきた。
「なんだ、これ全部買うのか?」
「今悩んでるとこだから!」
 そうこうしてるうちに、蒼生が姉ちゃんに引っ張られていっちゃう。ああ、蒼生ぃ……。
 って、すげえな、オレがそんなふうに嘆いてるうちに、みのりは買うものを決めたらしい。ささっとレジに向かう。その頃には姉ちゃんは隣の店だ。えっ、みのりはこっち? 2人は次から次へと店を渡り歩いてく。わー、ついてくだけでも忙しい。
 オレの両手を袋で埋めると、そのビルでの買い物はようやく終わりだそうだ。今度はビルの近くにある、どうしてもみのりが行きたいって言ってた店に向かう。着いたのは、おもちゃ箱を大きくしたような、なんだか頼りない感じの建物だ。1階部分はぐるりと大きな窓になってて、うっすらした色合いの品物がたくさん並んでるのが見えた。へえ、こういう店があるんだ。
「ここって何?」
 みのりに聞くと、ぱっと明るい笑顔が返ってくる。
「キャラクターショップだよ! いろんなキャラクターが期間限定で出店されるんだ」
「お目当てのキャラクターがいるんだね」
 蒼生が店の中を覗き込みながら呟くと、みのりは嬉しそうにぴょこぴょこ飛び跳ねた。
「そうなの! そうなの! 来て来て!」
 ちょうどそばにいたからなのか、オレの袖を引っ張ってみのりが店内に進んでいく。よかった、とりあえずオレの存在は単なる荷物持ちだけだったわけじゃないらしい。みのりはきょろきょろしてから、あっと叫んでさらにオレを引きずっていく。
「あれ。ねえ蒼生ちゃん、これって昔流行ってたキャラじゃない?」
「え、あ、本当だ」
 しかも蒼生と冬矢は立ち止まった姉ちゃんに捕まってしまった。さんざんふたりに食いついていたみのりだけど、今はそれよりもキャラクターなのか、姉ちゃんたちを置いてけぼりにしてるのをまったく気にせずにオレの手を引く。
 みのりは店の中心にあるイベントスペースみたいなとこまで来ると、ぱっと手を離した。そんで、目の前に広がる商品展開にわあっと声を上げる。丸い陳列棚には、なんだ……オーバーオール? みたいのを着た動物が並んでた。頭が動物なのに、体は人間なのか? よくわからんけど、白いのと茶色いのがいるみたい。
「これだよ、今女子中高生の間で大人気のキャラクター! 知らないの?」
「いやー、女子大生はよく見るんだけどな。女子中高生とはあんまり関わんないから」
 バイト先にはいるけど、うーん……そういえば見たことがあるような、ないような……。
「そうなんだー。今すっごい流行ってるんだよ。タイトルはベアニャンピョンズっていってー。もともとは漫画で、アニメになってから人気になってね。ほら、これがプラボウ、こっちがピースケでこれがマク。この子たちは学生なんだけど内緒でアイドルしてて、全員彼女がいるんだけど、一切バレないようにしてるんだよ。ちなみに、漫画のタイトルって3人のユニット名で、実際に曲もあってCDになったりしてるんだ。ほら、ここでも売ってる。こっちがデビューアルバム。それでね、物語の中でも超人気で毎日女の子たちにきゃーきゃー言われながら活動してて。でも実は伝説の冒険者でもあってね、この子はすっごい魔法使いなの。今度やる映画では彼らの冒険者としての活躍が見られるんだって」
 ……いや、情報量多っ。え? 学生で彼女持ちでアイドルで冒険者で魔法使い? しかも動物で? 目が棒線とかっこで描かれてる単純なキャラなのに属性盛りすぎだろ。ええとこの茶色いのはクマか。白いのはよく見ると耳が尖ってるのと長いのがあるから、えーと、猫? とウサギ? に、人気なのか、これ。オレにはよくわかんねえけども。
 まあ、でもみのりは嬉しそうだな。3匹のキャラクターが描かれた鏡とかブラシとかをうんうん唸りながら見比べてる。うん、楽しそうだからいっか。
 オレはぐっと腰を伸ばして、周りを見渡す。やっぱりここも女の子が多いな。人気って言うだけあって、このコーナーは一番混んでるや。みんなみのりと同じように真剣に商品を選んでる。それにしても、いろんなグッズがあるんだな。小物だけじゃなくてバスタオルとかTシャツとかもある。ほー、壁掛け時計や腕時計まであるらしい。
「お兄ちゃん」
 また袖を引っ張られる。なんだなんだとみのりが指さすほうを見ると、小さなクレーンゲームの機械があった。その中には、3匹の顔だけの平べったいぬいぐるみっぽいものがわんさか入ってる。
「なにこれ」
「このポーチ欲しい。取って」
「えー、取れるかなあ」
「取ってぇ、お兄ちゃんっ」
 おーおー、こういう時だけ甘えた声出しやがって。まったく、しょーがねえなあ。
「欲しいのどれ?」
「ピースケ!」
「特徴で言ってくれ……」
「一番かっこいい子! ウサギだよ」
 顔は全部同じに見えるんだけど。それは言ったらいけないんだろう。
 さて、ウサギな。手前のこいつが比較的取りやすそうだ。一度引っ掛けてこっちにずらしてからこうして……。まずは1回やってみて様子を見てみるか。機械の台が低いから、しゃがんで水平に覗き込む。ふむ、レバーで自由に前後左右に動かせて、下ろすボタンが1つのタイプな。ボタンを押すまでは何度でも位置を調整できる。狙いやすい。ボタンを押すと、アームが広がりながら下りていく。あれ、結構力強いな。爪がウサギを掴んで、ずるずるっと滑ってく。もうちょっとってところでぽたんと落ちた。
「あーっ、残念!」
「まあ見てろ」
 これ、小さい子とか初心者向けだな。何回かやれば大抵取れる。レアな商品じゃないんだろう。数出すことが目的で、1回で取られちゃってもいいやって考え方なのかも。アイテムの値段的に1回以上2回未満って感じかな。
 2回目。今度は簡単だ。端っこに引っ掛けて転がして落とせばいい。
「……っし。取れた」
「やったー! お兄ちゃん、すごい!」
「ぐえ」
 しゃがんだところにのしかかられて、バランスが崩れそうになる。でもすぐにみのりは立ち上がって、取り出し口に落ちたウサギのポーチを満足そうに取り上げた。
「次はこっちのフィギュア取ってー!」
「まだやんのかよ!」
 くっそ、オレの財布から出てるからって簡単に言いやがって。もー。おんなじ感じの設定だったら助かるんだけどな。
 後ろから笑い声がした。振り返りながら見上げると、姉ちゃんが笑ってた。その後ろから、蒼生と冬矢もオレを見下ろしてた。蒼生がことんと首を傾げて微笑む。
「頑張れ、おにいちゃん」
 あっ……。可愛い。頑張る。

 早めの夕飯を一緒に食べて、2人をライブ会場に送る。ちょっとわかりづらくて狭い道だけど、ラブホ街を通らない道を選んだ。帰りも宿泊先のホテルまでオレたちが送るんだし、わざわざ母さんが心配する道を通る必要ないもんな。
 こまごました荷物も一緒に預かって会場に入るまでを見送った後は、きらびやかなラブホの間を堂々と通って一番近いカフェに行くことにした。むしろオレたちだけなんだから、この辺に飛び込んでもいいんじゃね? 心行くまで蒼生を堪能してもいいんじゃね?
「飲み物は俺が運ぶから、蒼生たちは席を探しておいて」
「はーい」
 冬矢の声は普段よりぶっきらぼうな感じだ。蒼生の答える声もちょっとぐったりしてる。ふたりとも疲れたんだろうな。オレもぼんやりしててさらっと冬矢に任せちゃったけど、オレの姉妹に付き合ってもらったわけだし、ここはすごいケーキとかを奢るべきところだったんじゃないだろうか。そう思って引き返そうとしたオレの背中を、蒼生がぐいっと押してきた。うん?
「蒼生?」
「いいから、進んで」
 なんだろう。蒼生は2階の席にオレを連れて行こうとしているみたいだ。1階席にも余裕はあるのになあと思いながら2階に来てみると、連れ立ってる人はほとんどいない。お一人様用の窓に向いたカウンター席はそこそこ混んでるけど、広い席は空いてて選び放題だ。蒼生がオレを押し込んだのは、奥の方にある6人掛けの席。上に観葉植物が並んでる低い仕切りがあって、その向こう側だ。
「健ちゃん、荷物あっちの席に置いて。健ちゃんはこっち」
「ん、わかった」
 言われた通り、奥のソファ席に両手の袋をどさりと置く。ふー、やれやれ。重くはないんだけどけっこう嵩張ってたからなあ。勝手にまとめたら怒られんのかな。なんか袋も大事とか言ってたし、やめといたほうが無難かも。
「健ちゃん」
 あ、そうだった、呼ばれてたんだった。広いフロアに背を向ける角度のソファに座る……と、蒼生がオレに体重を乗せながら隣に座った。あれ、甘えてる? か、可愛い。そのまま腕に絡みついて、ぎゅっとしがみついてくる。うわー。うわー。これ、抱き締め返してもいいよなっ!?
「健太」
 びしっと頭をはたかれたような感覚がして、オレは手を止めた。別にホントに叩かれたわけじゃねえけど、そのくらいの勢いがあったな。おそるおそる振り向くと、湯気が立つカップをトレイに3つ乗せた冬矢がオレに冷たい目を向けてる。
「お、サンキュ」
「ありがとう」
 ふうっと息を吐き、冬矢はトレイをテーブルの上に置く。そしてオレたちの向かいのソファに座ろうとした。と、蒼生がぱっと顔を上げる。
「冬矢もこっち来て」
「そっちに? 俺は嬉しいけれど、ちょっと狭いんじゃないか?」
「狭くしてほしい」
 そういうことか。蒼生はオレと冬矢に挟まれたいんだな。あ、もしかして、こっち側に座ったのって他のお客さんからは後ろにあるこの観葉植物で見えづらいから? えっ、なにその可愛い理由!
 柔らかく笑った冬矢が、改めて蒼生の隣に座って、静かに体を寄せる。
「さては、ずっとやきもちを妬いていたね?」
 言われた蒼生は、みるみる顔を真っ赤にする。可愛い。
「や、……だって、健ちゃんの隣にはずーっとゆみちゃんとみのりちゃんがいたし……。冬矢も、みのりちゃんのことちゃん付けで呼んでたし……。りょっ、両手に花、なのは、本当は僕なのに……」
 えー、うわー、かわいー。ぼそぼそ言いながら、蒼生はオレたちの腕を両手でぎゅっと掴んでくる。やきもち、オレだけじゃなかったんだ。可愛い。嬉しい。思わず頬がにやけちゃう。
 冬矢は周りから見えないように、蒼生の背中をぽんぽんと叩いた。
「普段はオレたちが誰かと話していてもあまり嫉妬しないのにね。だって、俺たちが蒼生にしか見せない顔があるって蒼生はわかっているんだから。ほら、この健太のだらしない顔も含めて」
 うっ。だらしないとはなんだ、と文句を言おうかと思ったけど、自分でも今でれでれな顔してる自信がある。しょうがないじゃん、数時間ぶりに素の蒼生を摂取できてんだから。
 蒼生は拗ねたような可愛い目でオレたちを見た。
「……うん。わかってる。一番大切にされてるの、知ってる。……なんだけど、なんか、大丈夫な日とダメな日があって、今日はダメな日みたい……」
 だ、ダメな日って、めちゃくちゃ可愛い響き。冬矢もきっと撃ち抜かれたはずだ。冬矢の声、ちょっと弾んでるもん。
「そうか。ダメな日だったんだね。大丈夫、俺もそうだよ。彼女たちと仲良さそうにしているのを羨ましく思いながら見ていた。だからあまり話してほしくなくて、ついいろいろ口を挟んじゃった。ごめんね」
「え、そうなんだ。冬矢、ずいぶんいっぱいしゃべるなあと思って、ずるいって思っちゃってた。僕もごめん」
「いや、俺も蒼生がそう思ってることに気付いていたんだけれど、伝える隙が無かったんだ」
 んー。ふたりしてそんなこと考えてたのか。オレも全然余裕なかったもんな。なんか、3人してぐるぐるしてたんだな。
「オレ、勝手に自分ばっかりやきもち妬いてんのかなーとか思ってた。気付いてたらもうちょっとちゃんと出来たのに。オレもごめん」
 オレの言葉にぱちくりと目を見開いたかと思うと、蒼生はふんわりと笑った。
「3人して謝ってる。じゃあ、打ち消しあって全部なしってことでいいよね」
「ふふ、うん。それがいい」
 蒼生の腰を引き寄せる。
「オレもそれがいい。……だけどさ、蒼生のやきもちに気付けなかったの、ちょっとショックかも」
「……え?」
「みのりに絡まれてるのとか、姉ちゃんの話に付き合ってるのとか、実家にいた頃と全然変わんないふうに見えたから。オレって察しが悪いなーってちょっと反省してるとこ」
「健ちゃん」
 するりと蒼生の手が、オレの背中のほうに回ってきて、服をきゅっと掴む。
「変に見えなかったなら、よかった。ゆみちゃんたちにぎくしゃくした態度見せたくなかったから、平静を装ってたんだよ。……だけどね、健ちゃんがわかんなくっても全然おかしいことじゃないから、気にしないで。だって僕、昔からゆみちゃんたちが羨ましかったんだもん」
 今度はオレが「えっ」て言う番だった。蒼生が?
「それって、ちっちゃい頃からってこと?」
「うん。ずーっと。僕は夜になったら健ちゃんと離れなきゃいけないのに、ゆみちゃんとみのりちゃんは帰っても一緒にいられるんだよ。それが悲しかった。ずっとずっと、いいなーって思ってた」
「マジか。じゃあ、今は」
「……えへへ、すっごく嬉しい。健ちゃんと冬矢とおんなじ家に帰れるから」
 あ、蒼生……。
「蒼生、そろそろ飲み頃だよ」
「っわ、ありがとう」
 冬矢が、置いてあったカップを蒼生に手渡す。お、これはオレにもわかりやすいヤキモチだ。小さい頃の話したから、冬矢も羨ましくなったんだな。ただそのせいでせっかく数時間ぶりに触れてた蒼生の手がオレから離れちゃったのがすごく残念でしょうがない。でも、水分補給はしてほしいしな。ここはやむを得ない。
「はー……美味しい」
 受け取ったカップに口を付けた蒼生は、ほっとした口調でそう言った。それを聞くとオレもすーっと気が抜けてくのを感じる。
 オレも飲もう。うん、ほんのり甘くて、じんわり体に染みる。猫舌の蒼生にちょうどいい温度は、疲れたオレにもちょうどいい感じがした。
「……健太の姉妹とこんなに長い時間話したのは初めてだったけれど、なかなかパワフルな女性たちだね」
 冬矢が笑う。オレが実家で気力体力持ってかれてたの、1日で理解出来たかな。
「だろ? あれの間に挟まれてたんだから、オレも苦労してたってわかってもらえた?」
「蒼生が間に入ってだいぶ助けていたということはよくわかったよ」
「おっとオレの苦労は伝わんなかったか。でも、それはそう」
 2人ともあのノリだからな。オレもよくカチンと来てた。間で蒼生がにこにこしてたから喧嘩になんなかったことなんて、数え切れないくらいある。
 蒼生はその時よりも柔らかい笑顔で首を傾ける。
「助けとかはわかんないけど。健ちゃんちのきょうだいは、健ちゃんも含めてみんな明るくて元気で、少しくらいの嫌なことなら吹き飛ばしちゃうくらいの勢いがあったから、一緒にいるのは気が楽だったかな。とはいえ、女の子相手だとどう対処したらいいか困ることもあったけど」
「ふうん? 俺は一人っ子だからよくわからないけれど、生まれた頃から一緒にいてもそういう感覚だったんだね」
「うん。僕は全員一緒だと思ってたけど、お母さんがゆみちゃんとみのりちゃんは女の子なんだから大事にしなきゃダメって」
「ああ、そうか」
 ゆっくり冬矢が頷いて、オレも「そういうことか」と思う。やけに姉ちゃんたちに丁寧に対応するなーって羨ましく思ってたんだけど、あれは扱いに困って差し障りがないように接してただけか。
 オレたちが一瞬黙ったせいか、蒼生はちょっと慌てたようにオレと冬矢を交互に見る。可愛い。オレは笑って蒼生の肩に手を載せた。
「だったら、今日はめちゃくちゃ疲れただろ。付き合ってくれてありがとな」
「ふふ。でもこういう感じも懐かしかった。2人に会う機会なんてほとんどないし、久し振りに一緒に過ごして嬉しかったのも本当だよ。みのりちゃんも最初は空元気だったけど、途中から本当に楽しそうにしてたもんね」
 あれ。
「蒼生、気付いてたの?」
「なんとなくだけど。僕たちに一生懸命話しかけてくるわりに目が泳いでたんだよ。それに、冬矢はともかく、いくら懐かしくても僕に対してあのテンションはおかしいなって」
 いや、みのりは野木沢寺田両家の中でも蒼生に一番懐いてたから、オレはあのテンションも不思議じゃないと思ってたけどな。あ、オレは除いて。オレは特別だ。オレは蒼生と相思相愛だから、別格だ。
「すげえなあ、蒼生は。オレは姉ちゃんに聞くまで全然気付かなかったわ」
「やっぱり、ゆみちゃんもみのりちゃんに気を遣ってた?」
「そうみたい。あ、姉ちゃん曰く、そんな心配しなくても大丈夫だって。部活頑張りすぎて成績落としちゃったんだってさ。だから気晴らしにライブ誘ったって言ってたよ」
 ふたりは目の前でしみじみと深く頭を縦に振る。
「なるほど、難しい時期だな」
「健ちゃんもいろいろあったもんね」
 うっ。たしかに。オレも部活で活躍できなくなるわ成績も落とすわでどうしようもなくなった時期があるからな。しかもそれを蒼生に言うのが恥ずかしくて、あろうことか冬矢にだけ相談したんだった。そのせいで蒼生には余計に心配させちゃったんだよな。……そうかー、みのりもその時期かー。
 まあ、でも、オレはそれがあったおかげで、一番大切なのは何かってことをちゃんと考えられた気がする。サッカー頑張ってたのも蒼生にかっこいいとこ見せたいからで、勉強を頑張るって決めたのもこれから先もずっと蒼生といたいと思ったからだ。オレは蒼生が大好きで、蒼生から絶対に離れないし、離さないんだって改めて決意したもんだ。
 んー。だから、みのりもちゃんと考えて答えを出すんだろう。きっちり自分で決めて答えを出すタイプだもんな。蒼生の隣は譲らねえけど。
 こつん、と冬矢がカップを置いた音がする。
「健太が蒼生の嫉妬や妹の不調に気付かなかったのは、自分自身の嫉妬で目測を誤っていたというのもあるだろうけれど……。おまえも久し振りに姉妹に会えて舞い上がっていたんじゃないか」
「えっ。えー……そうかな……」
「なんだかんだ言ってはいたが、積極的に彼女たちが気分良く過ごせるように立ち回っていたよ。そこに夢中になっていたように俺には見えた」
 そう言われると……そうなのかな。うーん……。そりゃ、姉ちゃんと妹だし、一緒に育ってきたんだから、喜んでくれんのは嬉しい、かも。
「でもオレには蒼生が一番なのに」
「ふふふ。わかってるから、大丈夫。みのりちゃんたちのために一生懸命に頑張ってた今日の健ちゃん、かっこよかったよ」
「蒼生……嬉しい」
「それはそれとして、ゆみちゃんもみのりちゃんもズルいって思ってたけど」
 つん、と蒼生が唇を尖らせる。わー、まだヤキモチ続いてたんだ。可愛いっ。
 冬矢が噴き出す。
「そうだね。俺は外野だから、客観的に4人を見ていたけれど……ふふふ。蒼生、健太が姉妹になにかするたびに“自分のことを見てほしい”って目で健太を見ていたよね」
「……えっ」
「へぇ!?」
 なにそれ。なにそれ!
「可愛かったなあ。俺が声をかけると、バレていないと思っていたんだろうね、ぎこちなく笑うのがもう愛おしくてならなかったよ」
「かっ、可愛い……想像するだけでめちゃくちゃ可愛い……っ」
「え、えぇー……」
 また蒼生のほっぺがかーっと真っ赤になる。可愛い、オレに嫉妬の眼差しを向けるのも可愛いし、冬矢にバレないように誤魔化そうとしちゃうのも可愛い!
「あの時、本当はどう思っていたの? 蒼生の言葉で聞かせて」
「……っうー……。やだやだやだ、健ちゃんも冬矢も僕のことだけ見てて……って思ってましたぁ……」
 ぐぅ……っ。
 そんな可愛いことを思いながら、紳士的で丁寧な態度してたの?
「くそ、もう、なんでこんなに……っ、可愛いの権化かよっ……。あー、やっぱさっき、どっかのホテルに連れ込めばよかった!」
「ひぇ」
「やはりおまえもそう思っていたか。俺も考えていた。このままホテルに飛び込んで、思い切り抱き締めて蒼生の匂いで体中をいっぱいにしたい、と。蒼生の体力を考えて我慢をしたけれど、そうするべきだったな」
「え、冬矢まで……」
 冬矢が胸の中をぶちまけたことで、なんか、頭ん中で全部がすっきりした。わかった。そういうことか。
「あー、マジ、蒼生のことだとおまえとすげぇわかり合えるわ。なんか今日のおまえ見ててなんかモヤモヤしてたんだけど、今わかった。蒼生を優先してない冬矢ってすっげえ違和感あったんだ。うちの姉妹に親切にしてくれてありがとな、でもそうだよな、オレたち蒼生が一番だもんな。はー、蒼生可愛い。大好き。今すぐ全部脱がせて体中舐め尽くした後にきちんとした格好で姉ちゃんたち迎えに行って、つい今まで全裸の蒼生を堪能してましたって心の中で叫びてえ」
「ぇ……」
「そこまでは言っていないが?」
「急に裏切んな」
 言葉を失ってあわあわする蒼生が可愛い。オレは蒼生の耳の近くに顔を寄せた。
「……ホントは? 蒼生はそういうことしたくない?」
 ぱちぱち、と蒼生の綺麗なまつげが何度も上下する。
「……する。したい。帰ったら、すぐ、してほしい……。健ちゃんと冬矢でいっぱいになりたい」
 うわ。
 姉ちゃん、みのり、ごめん。宿泊先への案内が終わり次第、オレたちすっげえ早さで家帰るから! オレは「もう遅いから、今日は早く休みな」って言いながらペットボトルとここのカフェのケーキを手渡すシミュレーションを頭の中で何度も繰り返す。
 ああ、一刻も早く蒼生を心ゆくまで堪能したい!

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