高原 風音

ふんわりいちゃ甘な創作BL小説をメインで活動しています!
基本的にはハピエン厨というより、ハッピーに始まりハッピーに進んでハッピーに終わる、一言で言うと“始終ハッピー主義”。
主にPixivで作品を発表しており、こちらには順次再掲を行っております。現在執筆中のシリーズは3人組のゆるふわいちゃあまラブ『僕+君→Waltz!』(R-18あり)。完結済みのシリーズには、自由奔放な少年がハッピーエンドを迎えるまでのお話『初恋みたいなキスをして』(R-18)があります。
そのほか、ちまちまと短編BLを書いたりしています。
また、ここでは紹介しませんが、ファンタジー?ふうのシリーズ『碧色の軌跡』(完結済み・恋愛要素なし)やオリジナル短編などもあったりしますので、興味がありましたらぜひ。
二次創作もぼちぼちやっております。

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投稿日:2026年01月12日 16:00    文字数:25,760

96こ目;君のヒーローであるために

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すっかり遅くなりましたが、あけましておめでとうございます。
1年の初めは、いつも通り仲良しな3人組のいつも通りの穏やかな日々から始まります。
家で健太が友人から借りてきた映画を一緒に見ていた3人。
そこに、1通のお誘いメールが届きました。

今年もゆったりとのんびりペースで3人の物語を綴っていきます。
どうぞお付き合いくださいませ。
よろしくお願いいたします!

↑初公開時キャプション↑
2024/01/12初公開
https://pictbland.net/users/series/kazanet-tk/%E5%83%95%EF%BC%8B%E5%90%9B%E2%86%92Waltz%EF%BC%81
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 本日の日替わりランチは唐揚げ丼か。いいな、美味しそうだ。これにしよう。ただ、ここの学食ってすごく美味しいんだけど、女子も食べるっていうのを考慮してるせいか全体的に量が足りないんだよな。何かおかずを頼まなくちゃ。そうだなあ、バランスを考えると、やっぱ野菜かな。といっても、サラダって気分じゃない。じゃあ野菜炒めにしよっと。
「健太、俺ら先行ってるわ」
「席とっとくなー」
「おー、よろしくー」
 同じ授業に出てた友達が、コンビニの袋を掲げながらホールにある席のほうに向かって行く。ありがたい。昼休み始まったばっかだからまだ席は空いてるけど、これからどんどん混んでくるからな。
 さて注文を……。おっ。オススメデザートは苺のゼリーだって。注文口近くのケースの中にサンプルが置いてある。全体が薄い赤のゼリーの中に、もっと赤いつぶつぶがちらばってる感じ。美味しそうだ。そっかあ、もう苺の季節になってきたか。蒼生は苺好きだから喜ぶだろうな。一緒に食べたい。でもこれをそのまま持って帰るのは難しいし……。そうだ、帰り道のどっかで似たようなデザート探そ。
「すみませーん、日替わり定食と野菜炒めください」
「はいはーい。野菜は普通? 大盛り?」
「大盛りで!」
「はい、いっぱい食べてね!」
 普通でいいかなって思ったけど、聞かれるとつい大盛りって答えちゃうんだよなあ。どーんと皿に山盛りになった野菜炒めのインパクトがすごい。サービスで肉1枚多く乗っけてくれたのもテンションが上がる。
 仲間内でわいわいしながらご飯を食べてると、見たことのある奴が入り口できょろきょろしてるのが見えた。で、ここのテーブルの誰かと目が合ったのか、ふらりとやって来る。
「いたいた。柴崎ー」
 あー、柴崎の友達か。そういえば一緒にいるの見たかも。そいつは鞄をごそごそ探って、なにやら辞書くらいの箱を取り出す。
「これ、ありがと。久々に見れて懐かしかったわ。やっぱ面白いな」
「わざわざ持ってきてくれたんだ」
「次の講義休むからさ。また面白そうなもんあったら貸してな」
「了解~」
 別にそれが何かを気にする必要はないし、見たら失礼かなとも思ったんだけど、ちょうどオレの目の前を通ってくからどうしても視界に入ってくる。特徴的なマスクは、小さい頃にテレビで見てた特撮ヒーローの主人公だ。
「わ、懐かしっ」
 思わず声が出る。すると、柴崎とそいつはぱっと顔を輝かせてこっちを見た。
「健太も好き!?」
「俺らの世代だとみんな見てるよな!」
「よかったら健太にも貸すよ! 見てみて!」
「すごく良かったから! 劇場版!」
 お、おお。
 なんだか2人の勢いに負けて借りてしまった。結構重いな。箱の中身は当時の資料がどっさり載った冊子と劇場版の映像らしい。劇場版かあ、観に行ったかな、どうかな。それこそ幼稚園とかの頃だし、あんまり覚えてない。家でごっこ遊びしてたのは覚えてるんだけどなあ。……ま、とにかくせっかく借りたんだもんな。あらすじを読むだけでも面白そうだから、後で見ようっと。
 昼休みの後、講義を2つしっかり受けて、パンパンになった鞄を抱えたオレはさっさと大学を出た。今日は蒼生が先に帰ってるはずだ。美味しい苺のデザートを買って早く帰らなくちゃ。どこに行けばいいかな。駅前のケーキ屋か、駅ビルの洋菓子売り場か……。
 あ、その前に、蒼生が無事家に帰ってるか確認しよう。どこかに行くとは言ってなかったから、もう家だよな。えっと、携帯の位置情報は、っと。……ん? 蒼生の居場所を示す青いマークは、家の最寄り駅でぴかぴかしてる。まだ帰ってないんだ。買い物かな。駅にはもうすぐ着く。すれ違いになっちゃったら寂しいから、会いに行こう。うん、いいな。そうしよう。
 電車の中で何度か調べたけど、蒼生はそんなに大きく移動してないみたい。これ、大体の位置はわかるけど、高さは表示されないんだよなぁ。だから、どの階にいるかはわかんない。そのへんが不便だよなーと思う。うーん……たぶん、本屋だったらこのへんになるはずだから、蒼生がいるのは文房具屋かな。
 駅ビルに入ってるのは大きな文房具屋だ。その分種類も豊富だから、時間を潰すにもちょうどいい。オレはよくそういう用途で来てるんだけど、文房具が好きな蒼生は純粋に新商品のペンとかノートとかを眺めるために通ってる。だからきっと蒼生はここに……あ、いた。店員さんと何か話してる。優しくて柔らかい、惚れ惚れするような笑顔。綺麗だなあ。対応してる店員の女の人は、きっと眩しく見つめているんだろう。蒼生を見上げる顔がちょっと嬉しそうだもんな。ってか、ずいぶん長くないか? ずっとしゃべってる。なんの用事なのかな。まさか話したくて話してるわけじゃないよな? ……いや、蒼生のあの表情は外向けだ。少なくとも蒼生には仲良しの人に話してる感じはない。だから大丈夫だ。心配ない。あんな大人びた素敵な笑顔を浮かべてるけど、オレたちの前では甘えん坊ですっごく可愛らしいんだから。今も可愛いけど、もっともっと可愛いんだから。
 店員さんが手に持ってた電話を見て、すっと耳に当てた。それから会釈をして蒼生から離れる。蒼生の表情は、なんだか疲れたみたいになって、視線が下がる。でも、その目の端に映ったのか、すぐにオレに気付いてくれた。とたんに、ふわっと、明るくて可愛い笑顔になる。胸がきゅっとなる。
「健ちゃん!」
 あーよかったー、気が付いてくれて。
「ただいま蒼生~。買い物?」
「おかえり健ちゃん。うん、いつも使ってるノート買いに来たんだ。在庫切れみたいで今確認してもらってるの。廃版じゃないらしいんだけど」
「そっかぁ」
 本当にただの事務的な話だったんだ。わかってたけどほっとした。思わずぎゅっと抱き締めると、蒼生は小さく首を傾げて目を細める。あー……可愛い。
 店員さんはすぐに戻ってきた。蒼生の探してるノートは一時的な欠品で、すぐ入荷されるって。それもよかったよかった。蒼生はほっとした顔。だよな、愛用品だもんな。
「待っててくれてありがと。ごめんね、本屋にも寄ってたら思ってたより時間かかっちゃった。健ちゃんより先に帰ってるはずだったのに」
「ううん、約束してないんだからそういうことだってあるでしょ。そのかわりオレが迎えに来たからオッケーってことで!」
「ふふ、そうだね。びっくりしたけど、健ちゃんの顔を早く見られて嬉しかった」
 ……へへへ。オレも嬉しい。そうだ、デザートは蒼生と一緒に買おう。
「なあ蒼生、オレね、内緒で蒼生にデザート買っていきたいなって思ってたんだ」
「あはは、そっかぁ。じゃあ僕も内緒で健ちゃんに買って帰る」
 んふふ。やっぱ好きだなぁ。

 夕飯のあと、ソファに座って柴崎に借りた映画を見始める。しばらくすると、冬矢とキッチンに立ってた蒼生が、一段落したのかふらりとやってきて隣にぽすんと座った。うわ可愛い。
「懐かしいの見てるね」
「だろ? 周年記念で特撮ボックスコレクションが発売されたらしくて」
「そうなんだぁ。コレクションってことは、最初から最近のまでってこと? 見てもいい?」
「もちろん!」
 オレがしてることに興味持ってくれるのが嬉しい。ローテーブルに置いてあったボックスのケースを蒼生に手渡す。思ってたより重かったのか、蒼生の手が一瞬沈んだのが、なんか愛しいな、と思った。
「ありがと。……わ、箱にずらっと歴代のシリーズが書いてある。白抜きになってるのがこの巻なんだね」
「1個だけでこの重さだもん、全巻集めるとめちゃくちゃ場所取るらしいよ。貸してくれた奴は好きだったこれのテレビシリーズと劇場版だけ買ったんだってさ。で、これは劇場版のほうなんだけどさ。蒼生、テレビでやってたの覚えてる?」
「うーん……。僕はみんなが見てる後ろで見てただけだから、うっすら、くらいかな」
「オレもこのビジュアルははっきり記憶してるんだけど、話の内容は覚えてないんだよなぁ」
 幼稚園児の記憶なんてそんなもんだよな。敵の姿とか基地の中とか戦ってるシーンとか、ところどころ印象に残ってる場面はあるんだけど、どういういきさつで戦ってるんだか全然覚えてない。
 そうだ、一応、念のため。やたら記憶力のいい冬矢はどうかな。
「なあなあ。ついでに聞くけど、冬矢は覚えてる?」
「いや。見たかもしれないが、記憶はないな」
 やっぱりそうか。興味があったようには思えないもんな。
「どんなお話だったかなあ」
 わ。そう言った蒼生が突然、オレの肩にぽすんっと頭を載っけてきた。見る体勢になったんだなと思うけど、オレに寄っかかるのが蒼生の楽なかっこなのか……うう、愛しい。そしてそのままのポジションで、オレたちは映画を見続ける。映画館じゃこんなにべったりできないもんな。家で見るのっていいな。おしゃべりしても怒られないし。
 てか、アクションがやたら激しい。あれー、こんな感じだったっけ。くるくるよく動くなあ。なんとなく覚えてた戦闘シーンよりも、がっつり肉弾戦だ。
「すごい殴り合いじゃん。ちっちゃい子だと泣いちゃいそうだよな」
「ね。ヒーロースーツ着てるとケガしたり出血したりしないから、激しい戦いでもマイルドに感じるのかな」
 あ、なるほど。かっこいいからっていうのもあるけど、あのスーツは怪我を見せない装置でもあるんだな。だよな、ちっちゃい子向けの作品だから、リアルに痛そうにはしないのか。敵味方どっちも感情的に怒鳴るようなこともないし。だから味方が倒れるシーンになっても、言い争いのシーンになっても、蒼生が普通に見てられるんだろう。現実でも作り物でも、蒼生ってケンカが嫌いだからなあ。
「そろそろデザートにしようか」
「うん!」
「お、サンキュ」
 オレたちがぴったりくっついてるのに我慢しきれなくなったのか、冬矢が冷蔵庫からゼリーを出して持ってきた。ローテーブルに3本スプーンを置くと、蒼生の前には苺がごろごろ入ったゼリーを置いた。オレの前にはリンゴの。空いた場所にはみかんの。そう、ちゃんと冬矢の分も買ってきたんだ。せっかくならみんなで食べたほうがいいもんな。
 蒼生を挟んで反対側に冬矢も座る。興味ないとは言ってたけど、蒼生の隣に座りたかったんだろうな。
 ……うーん。見てるうちになんか思い出してきたぞ。そうそう、世界の均衡を保つ能力を持ってるお姫様を悪者から守るために戦ったんだっけ。テレビでは敵同士だったライバルが共に戦うっていうのも劇場版らしい展開だな。しかも、その戦いと並行して仲間のヒロインとお姫様が主人公を巡って恋のバトルも繰り広げられる。……あれっ。蒼生は恋愛ものも苦手なんだよな。登場人物が恋愛感情のもつれでぐちゃぐちゃしてると見るに堪えない感じになるらしい。これは大丈夫かな?
「ね、蒼生。この展開って」
 覗き込むと、蒼生はにこにこ笑顔でゼリーを口に運んでる。お。大丈夫そうだ。
「そうだよね。最終回で、たしかヒロインじゃなくてお姫様とくっついたと思ってたんだけど、まだ決着ついてなかったんだ」
 ええと。そうだっけ? そのへんは全然記憶にない。やっぱりオレより蒼生のほうがちゃんと覚えてるんだなあ。
「んー、苺たっぷりで美味しい。つるんつるんの食感が楽しいね」
「俺のも美味しいよ。ところで、蒼生は小さい子向けの話なら、恋愛ものでも大丈夫なんだ」
 え。びっくりした。勝手に自分の口が動いたかと思ったわ。へえ、冬矢はオレと同じことを考えてたらしい。
 聞かれた蒼生も驚いたように目をぱちくりさせる。
「……あ。本当だ。なんでだろ」
 きょとんとした顔が可愛い。蒼生自身にもよくわかんないみたいで、不思議そうに首を傾げる。
「どろどろした感じがないからとか? それとも、それが主題じゃないからなのかな」
「あー、それはありそうだよな。この流れもそこそこ重要だけど、悪い奴をやっつけるのがメインだし。ってか、恋愛のバタバタがギャグっぽく表現されてるのもおっきいかもな」
「たしかに、音楽もコミカルだもんね」
「そうか。うん。あとは、明るく正々堂々と本人の前で戦っているのも要因かもしれないね。これが裏で足の引っ張り合いをしていて表の戦いに支障をきたしていたとしたら蒼生の不得意な分野だろう」
 なるほど。さっきオレが思ったことにも通じるような気がする。蒼生って感情的で卑怯なキャラクターを見るのが苦手なのかな。
 隣にあった蒼生の頭がずるずると下がる。なんだろうと思って覗き込むと、なんか困ったような極まりの悪いような顔をしてた。そんな顔も可愛いけど。
「どした?」
「うーん。なんか、僕ってあれもダメこれもダメで……。精神年齢が幼いのかなあ」
 それを聞いて冬矢がすぐに笑う。
「本で読むのは平気なんだから、そんなことはないよ。蒼生がダメなのは実写のドラマだろう? もしかすると、蒼生は人間が敢えてそういう別人を演じていることに違和感を覚えるのかもしれない。どちらにせよ、不得意なものがあったっていいじゃないか」
「……うん」
「そうだよ。蒼生は優しいから、登場人物が悩んでると、自分のことみたいに考えちゃって悩んじゃうのかもな」
「そっか……」
 噛みしめるように蒼生が頷く。
 蒼生は、すぐにいろんなことを考えて心配しちゃう。でも、オレたちが誠意を込めて話せば、その言葉をちゃんと素直に受け止めて信じてくれる。だから蒼生が心配なことを、こうやってひとつずつ潰していけるといいなと思う。昔のオレは蒼生の不安を知らなかったけど、今はこうしてきちんと話してくれるんだから。その機会を大事にしたい。
 画面の中では、最終決戦が始まっていた。今回の敵を裏で操ってたのは、テレビシリーズで消えたと思われてた敵幹部のひとりだったらしい。激しい火花や爆発の勢いに、オレたちはなんとなくその戦いの行方を見守ってしまう。
「この敵は覚えている気がする。ぼんやりとだけれど」
 冬矢がぽつんと呟いた。それに蒼生が「ああ」と頷く。
「じゃあ冬矢も見てたんだ。たしかこの敵って、銃を使うのが得意な人でしょ。冬矢、銃を使うゲーム得意だもんね。こういうところから来てるのかな?」
「……それで思い出した。そういえば、ヒーローショーに一度連れて行ってもらったことがある気がするな」
 ええっ。この中で一番興味の薄い冬矢が?
「マジかよ! 羨ましい! オレらだって行ったことないよな?」
「うん。CMはやってた気がするけど……」
「たしかここから電車で乗り換え1回くらいのところにある遊園地でやっていたんじゃないかな。劇の内容は覚えていないけれど、ガンアクションがすごいと思ったのを蒼生の言葉で思い出したよ」
「生で見るとすごそうだね」
「迫力はあったかな。構え方も格好良かった」
「ほー。冬矢に憧れるもんがあったのは意外だわ」
「酷い言い様だが、俺もそう思う」
 そう言って笑う冬矢は、オレの失礼な物言いをまったく気にしてないみたいだった。むしろ、なんか嬉しそうだ。冬矢がこんなふうに喜ぶのは、だいたい蒼生に関することだろ。だから蒼生の言葉に喜んだんだろう。じゃあ、今のどこで喜んだんだ? うーん。出かけたことを思い出したこと?
 冬矢は映画の邪魔にならないようになのか、蒼生と小さい声で何か話してる。それはやっぱり楽しそうで、思い出したことが嬉しかったのかなって思う。っていうか、こいつ、蒼生と会う前はありとあらゆる物事に興味なかったって言ってたよな。でも、興味があって好きなこともちゃんとあったんじゃん。……あ。もしかして、小さい頃の冬矢って、興味とか好きとかって思う気持ち自体に自分で気付いてなかったのかな。それで、蒼生と話してるうちにそれを取り戻してるってことか。つまり、知らなかった自分を取り戻せたことが嬉しい? んー……蒼生の彼氏はオレで、オレひとりが独占できるもんならしたいけど、それはそれとしてこいつは蒼生に会わなかったらマジでどうなってたんだろうと思うとちょっと怖い。めっちゃくっちゃ複雑だけど、冬矢は蒼生の彼氏になれてよかったんだろうな。
 お。ヒーローチーム全員で放った必殺技が、敵の巨大ロボをやっつけた。ヒロインとお姫様が主人公をわいわい言いながら取り合って、仲間たちが微笑ましく見守るのがラストシーンか。これからも力を合わせて世界を守ろう、戦いは続く! っていう終わり方だ。
 その主人公を取り合う姿に、一瞬オレたちの姿が重なった気がする。困ったような主人公の表情。蒼生は、オレたちの間で困ったりするのかな。
「なんか、最後まで真剣に見ちゃった」
 オレのもやもやした気持ちを吹き飛ばすように、蒼生が笑う。もちろん蒼生にそんなつもりはないんだろうけど。だけど、そのもやもやはきっかり吹き飛ばされてくれた。さすがオレの愛する蒼生。
 すると、今度は違うことが気になってくる。
「そうだね。なかなか面白かった」
「あ、ここからは物語の後日譚になってるみたい」
 ふたりがエンドロールを見ながら話してる隣で、オレは腕を組んだ。このラストシーン、やっぱり見てない気がする。ごっこ遊びするほど当時はハマってたのに、映画は行かなかったのかな?
「なあ蒼生、オレら、この映画って観に行かなかったっけ」
「え? ……うーんと……公開年っていつ? あ、これか。この年は、僕たちが幼稚園の時だね。じゃあ、観に行ってないんじゃないかな」
 はっきりと蒼生は言う。オレが首を傾げると、蒼生もおんなじ角度に頭を傾ける。
「うちのお母さんに幼稚園の子には映画は早いって言われたんだよ、たしか。ずっと座っていられなくて騒いじゃうからって。そう言われて大泣きしてる健ちゃんのこと覚えてるから、そうだと思う。あれがこの映画かまでは覚えてないけど」
「えっ。恥ずっ。マジで?」
 や、そりゃちっちゃい頃のオレって結構泣き虫だったけど。大泣き? えー。
「うん、マジで。お母さんに、やだやだ映画行くーって駄々こねて泣いてる健ちゃん、可愛かったもん。そのかわり、僕と健ちゃんだけ後でパフェ食べさせてもらったと思う」
「わー、それも覚えてないや。でも、ってことは、今日はそのリベンジをさせてもらったわけか」
「そういうことになるね」
 蒼生はにこにことオレの腕にぎゅっと抱きついてきた。可愛い、し、すごく嬉しい。そっか。あの時できなかったことが、今できたんだ。えへへ。恥ずかしかったことなんてどうでもいいや。そうかー。リベンジかー。
「大好き、蒼生~」
「ふふ、健ちゃん大好き~」
 抱き締めると、蒼生の手が背中に回ってくる。
「俺も加えさせてもらおうかな。蒼生、好きだよ」
 向こう側から冬矢ものしかかって来た。
「僕も冬矢のこと大好き!」
 この体勢、わりと好きかもしれない。冬矢の重さがかかってるのはちょっと癪だけど、蒼生がぎゅーっと密着するかっこになるからだ。挟まれてる蒼生も嬉しそうだし。懐かしいエンディングテーマが流れるのを聞きながら、オレはふわりと甘い蒼生の香りを満喫する。
 そこに、携帯の鳴る音が聞こえた。テーブルの上だ。蒼生の携帯からだな。
「蒼生、携帯鳴ったよ」
「んー? むぐぐ……、取ってぇ」
 だよな、ふたりがかりで抱き締めてるから、蒼生は手が伸ばせない。
「見ていいの?」
「うん、冬矢お願い」
 位置的に一番上にいた冬矢が、1回鳴ったきりの蒼生の携帯に手を伸ばす。それから画面に目をやって、怪訝な顔をした。冬矢が動きを止めたことに気付いたのか、蒼生が冬矢のほうに首を回した。
「誰?」
「……森だ」
「森くん?」
 なんで蒼生の携帯に?


 森からの連絡は、ぽかりと空いたっていう日時と、ゲーセンに行こうっていう誘い文句だった。
 なんで蒼生だけ? あいつと一番仲いいのは冬矢なのに。森は、この前、同級生だった頃に蒼生のことが好きだったとか爆弾発言をした奴だ。今はもう友達だと思ってるとか言うけど、昔以上に可愛くて綺麗で美人な蒼生にもう一度惚れちゃったとしてもおかしくない。
 訝しんだオレと冬矢は、蒼生に同行を申し出た。すると蒼生はきょとんとして、「健ちゃんと冬矢も一緒に行くもんだと最初っから思ってるけど」と言った。
 それで、今日だ。待ち合わせ場所に行くとやけに目立つデカい体がぴょんと跳ねた。
「おー、野木沢。お疲れー」
「森くんのほうこそ、おつかれさま」
 昔のことを正直に告げられたからなのか、蒼生はすっかり警戒を解いてるみたいだ。そりゃオレらにするみたいなふんにゃりした可愛い可愛い態度とはずいぶん違うけど、完全な外モードじゃない。てことは、オレが代わりに警戒しなくちゃ。
 森は後ろからついてきたオレたちの姿に気付いたのか、明るい笑顔で手を振った。警戒、警戒。
「うん、うん。2人ともちゃんと来てるな。野木沢に声かけたら、笹原と寺田は絶対ついてくると思った」
 えっ。
 蒼生もくすくす笑ってる。
「だよね。絶対僕のほうがバーターだろうと思ってた」
 んん?
 つまり森は、オレたちをおびき出すためにわざわざ蒼生にだけ連絡したってこと……? んで、オレと冬矢はまんまとそれに引っかかったのか。えー。面白いことしやがって……。
 や、わかってたっぽい蒼生が得意げににこにこしてるのがすごく可愛いからそれについてはありがとうだけど。いやホント可愛いな。えっ、森の策略に気付いて黙ってたのにちゃんとオレを連れてこれたのがそんなに楽しいの? 蒼生が行くところにオレもついてくるだろうって信じてたの? うぐぐ、可愛すぎる……。
 冬矢が肘で森の脇腹を突っつく。
「珍しいな。おまえが人を騙すようなことをするとは」
「あっはっは。笹原が気付かないのは予想外だったけどな。あの溺愛っぷりを見てたら、ちょっとからかいたくなったんだ。すまん! でも、野木沢で釣られたことで、今おまえ闘志がみなぎってるだろ。そんな笹原と戦ってみたかったんだよ」
「……まったく」
 溜め息をつく冬矢の肩を、森がやり返すみたいにばんばん叩く。それから、ぱっとオレのほうを見た。
「寺田も来てくれてありがとうな! 寺田とはゲーセンで対戦してみたかったんだ。据え置き機のゲームも好きなんだけど、やっぱりゲーセンの空気が好きでさあ」
「わかる。なんかざわざわする感じが落ち着くんだよな」
「最近どう? 結構来てる?」
「いやー、大学近くのちっちゃいとこに時々行くけど、しょっちゅうじゃないな。デカいところは久し振りかも」
「そうなんだ、俺も滅多に来られなくてさー。ものすごく久々」
「やっぱ忙しいもんな」
「まあな」
 柔道家として年がら年中大活躍の森だ。ゲーセン大好きな奴なのに、忙しくてなかなか来られないなんて、ホント大変なんだなあ。でも、そんな中でちょっと時間が出来たからって一緒に遊びたいのがオレたちなのか。へへっ、それはちょっと嬉しいというか、誇らしいな。
 つか、昔から思ってたけど、ホント話しやすい奴なんだよなあ。毒気が抜かれちゃうっていうか。
「よーし。全力で挑むわ!」
「腕が鳴るなあ。笹原もガチでよろしくな!」
「はいはい」
 森を先頭に歩き出すオレたちの後ろから、蒼生が足取り軽くついてくる。
「んふふー。ガチの人たちの、ガチのバトル~。楽しみ~」
 うわっ可愛い! そわそわしてる。蒼生に期待されちゃってるんなら、マジでがんばろ。蒼生にいいとこ見せたいもん。蒼生にすごい! かっこいい! って思われたい!
 穴場だっていうそのゲーセンは、人がたくさんいるわけじゃない。かといって誰もいないわけでもない。うん、過ごしやすそう。クレーンゲームとかプリントシール機とかのコーナーを過ぎると照明もぐっと暗くなるし、目立たないほうがいい有名人の森にはちょうどいい感じだ。
「これこれ。懐かしくない?」
 森が立ち止まったのは、昔からあるバトルものの対戦ゲームだ。たしかに昔やったやつみたいだけど、ずいぶん絵が綺麗だなあ。前に見たのはもっと荒い絵だった気がする。
「シリーズの新作?」
「そ。第七の謎の勢力が突然台頭してくるというストーリーで」
「謎の勢力多いな」
 対戦形式は昔から変わらない、最大6人が入り乱れるやつだ。こっち側に3つ、あっち側に3つの席がある。
「野木沢もいっとく?」
「ううん。僕は特等席で見てる」
 オレは断然やってるほうが好きだけど、蒼生は誰かがゲームしてるのを見るのが好きだって言う。だからといって、ゲーセンですっげえ上手な人がいて人だかりができてても、そんなに長く見たりはしない。もしかすると、蒼生がずっと隣でゲームを見てるっていうのは、仲良しのバロメーターなのかも。たぶん、森は蒼生の中で「だいぶ仲良し」のランクにいるんだろうな。ちょっとヒヤヒヤする。
 席はなんとなく、森が手前、冬矢が奥に座ったから、オレが中央に座る。ちょうどその並びで台を眺めてたからってだけだ。すると蒼生は、流れるようにオレと冬矢の席の間、一歩下がったあたりに立った。……うん、だよな! 蒼生はオレたちの近くにいたいんだもんな! そうだよそうだよ。
 となったら、ますますやる気出てきた。オレの得意だったキャラクターもまだいるっぽい。今でもちゃんと技出せるかな。
「じゃあ、3勝で勝ち抜けな」
「オッケー。CPはなしでいいな。サブは0?」
「1で行こう」
「ゲージレベルは5で」
「了解」
 よし。
 …………っ。うわ。うわ。えー。マジか。
 いやブランクあるとか嘘だろ。
 ゲームが始まったと思ったら、あっという間に勝敗がついた。
 オレも冬矢も上手いほうだっつーのに、森が3勝全部持っていきやがった。
 マジかー。
「あっはっは。辛勝だったな!」
「やかましーわ。あ、サービスステージ始まるぞ」
「お。まだこのシステムあるんだ」
 対戦で全勝すると、勝った奴がボスと戦うステージに進む。負けた奴の画面ではミニゲームが始まり、そこで取ったアイテムをボス戦のサポートアイテムとして使うことができる。つまり、昨日の敵は今日の友、って感じになってるわけだ。一方的な勝負で険悪になってもここで仲直りができる仕組みらしい。まあ、サポートせずにもっとケンカになるパターンもあるんだけど。いや懐かしいなー、昔はボスと戦うために、わざと誰かを勝たせて全員で戦いに挑むなんてこともやってたっけ。
 ミニゲーム自体はそんなに難しくない。全員の画面はボス戦を違う角度から映していて、その端っこに表示されてるパズルをやってくだけだから、別に集中しなくても大丈夫だ。
「なあ蒼生、オレたちの敗因ってなんだと思う?」
 パズルを解きながら聞くと、蒼生は小さく首を傾ける。
「大きな実力差はないように思えたけど。森くんのキャラメイクが重さを重視してたでしょ。なのに、キャラの動きが鈍くなってなかったのは、たぶんコマンド入力が早いんだと思う。ふたりが行動を起こす前に、予測して対応してる、みたいな」
 はー、なるほど。後ろから見てる蒼生にはちゃんとそういうのが見えてるんだな。
「……つまり、俺たちは協力する必要があったというわけだ。俺と健太がそれぞれバラバラに行動した結果、どちらの動きも読まれてしまったということだろう」
 なんだかすっと腑に落ちる。その瞬間の敵を見誤るな、ってことだ。
 蒼生は身を乗り出して、オレたちのミニゲームを眺める。
「でもね、ふたりともバラバラではあったけど、見てて面白かったよ。なんだろ、プレイスタイルって性格が出るのかな。冬矢は技を出すタイミングとか攻撃の避け方がすっごい考えられてるの。健ちゃんは反射神経がすごくて、手数も多い。うーん、テクニックの冬矢に、パワーとスピードの健ちゃんって感じ。ふたりっぽくてなんだか嬉しくなっちゃった」
 あ、蒼生……。なんて可愛いこと言うんだ……。画面の中で動くプレイヤーキャラを見て、オレたちらしいなって? んで、オレたちの性格をそこに見つけて嬉しくなっちゃうの? こういうとこで、ホントに蒼生がオレのこと好きなんだなって実感するの、すっごく嬉しい。
 すると隣で冬矢がにぃっと笑って、そっと蒼生に顔を近付けた。
「何? それは、えっちの話?」
「えっ」
「えっ」
 オレと蒼生の声がハモる。おま……っ。えっ、えっちって……こ、こんなとこでっ。
 蒼生も顔を赤くして、小声で冬矢に抗議する。
「とっ、冬矢が変なこと言う……っ。しかも、今ちょっとなるほどって思っちゃったじゃん……」
 うっわ。そ、それは蒼生さん、反則ですよ……。だっ、ダメ押しってやつだよ、うわ、うわ、意識しちゃう……。
「あっ、蒼生、そんなふうに……」
 落ち着け。落ち着けオレ。あー、手元が狂う。うまくボタンが押せない。
「……ええとね。健ちゃんが力強くしてくれるのも、冬矢が器用にしてくれるのも、……どっちも気持ちよくて大好き」
 あ。
 ゲームオーバーになっちゃった。
 うわあ、蒼生が両手で顔を覆ってる。公共の場じゃなければ、今すぐにぎゅーって抱き締めてキスしたい。可愛い。そっか、オレがするの、気持ちよくて好きなんだ……! そっか……!
 難なくボス戦に勝った森が、にこにこと立ち上がった。
「勝ったぞ! サポートありがとな。途中からアイテムの供給が悪くなったけど、さては3人でイチャついてたな?」
 ぎく。
 森の言葉にオレはちょっと慌てるけど、冬矢は涼しい顔して席を立った。
「さあな。次の対戦、行こうか」
「うん、じゃあ次はあれだな!」
 こういう時、冬矢のポーカーフェイスって役に立つよな。なんか、森にはバレてそうだけど。でも森もその割には深く追求してくるわけでもない。わかっててほっといてくれてる感じがするんだよなあ。なんか、……やっぱすげえいい奴だ。
 それからは、いくつかのゲームで勝負した。オレと冬矢は、時には協力しつつ、時には全力で潰し合って戦っていく。そうすると、たまに森に勝てることもある。勝率は、冬矢よりオレのがちょっと上だ。森は、むしろオレたちが勝った時のほうが楽しそうだった。んで、オレたちが勝つと蒼生も嬉しそうだ。よしよし。
 さあて、次は。きょろきょろしてると、なんか見たことのないゲームがあった。柵に囲まれて広くスペースが取られてる。奥には横に長い画面があって、その前には、中央にギターが2本とベースが1本。左右にはキーボードと簡単なドラムセットっぽい太鼓が置かれてた。どれも観客側じゃなくて、画面に向かって設置されてる。完全に画面を見ながら楽器を弾くタイプのリズムゲームだ。でもこの規模のはなかなか見ないぞ。
「なあ、これ面白そうじゃね?」
 3人に声を掛けると、蒼生がぱちくりと目を見開き、森が機械を覗き込む。
「面白そう。僕はたぶん苦手だけど」
「へーえ。俺もこれは初見だな。寺田はできるのか? 見てみたいな」
 森は乗ってこないみたいだ。まあ、楽器だもんな。ゲームだからそんなに厳密じゃないだろうけど、得意不得意はあるだろう。そうすると、残るはひとりだ。
「なあ、冬矢、これで対戦しようぜ。蒼生を賭けて勝負だ」
「……ふうん。いいだろう。具体的には?」
「後でごはん食べる時に、隣に座れる」
「わかった」
 森が参戦しないなら、真剣に冬矢と勝負ができるってわけだ。オレがギターを抱えると、冬矢はすっとキーボードの前に立った。……ん? キーボード? できるのか?
「そっか、冬矢ってピアノやってたんだっけ」
 蒼生がぽんと手を打つ。そうだっけ。
「笹原のピアノ久し振りだな」
「森くんは冬矢が弾いてるとこ見たことあるの? いいなあ、僕、まだ見せてもらってないんだよね」
「あ、誤解しないでくれな。笹原は俺に見せようと思って弾いてたわけじゃないからな。小学校の頃、俺たちは同じ放課後児童館クラスに通っててさ。そこで楽器を何かひとつ習わなきゃいけない時間があったんだよ。それで笹原がピアノで、俺はタンバリンを習ってたんだ。それで見たことがあるだけだから」
 柵の外側でそんな話をしてる2人に、冬矢がくるりと振り向く。
「本当にそこで習ったきりだから、どうなるかわからないけどね」
 だけど、それでオレと勝負するつもりってことは、自信があるってことだろ。……いや、オレだってギターなんか音楽の授業で習っただけだけど、筋がいいって先生にも褒められたんだ。負けねえぞ。
 画面の奥から手前に向かってくる光に合わせて弾けばいいんだな。曲はちょっと前に流行ったやつ。リズムが速いけど、乗っかったら勢いでいける。選んでないパートの音は自動的に流れてくるから、それを目安に弾けばいい。弾くっつったって、幾つもあるボタンを押しながら弦っぽいワイヤーをはじいてくだけだけどな。うん、悪くない。あっ、でも、間奏のとこヤバい。めっちゃスピードアップしてきた。ぐっ。持ちこたえろ、オレっ!
 ……ぐぐぐ。
 さすがにパーフェクトとは行かねえか。そこそこイケたと思ったんだけど……。くっそ、オレの目の前には「2nd」の文字がでかでかと表示されてる。
「こんなもんか」
「っ、まだ今日の勝負は終わったわけじゃねえからな! 店を出るとこまで続くから!」
 振り向くと、蒼生が柵に突っ伏していて、森がからからと笑ってる。
「あー、笹原に1ポイントか」
 そうそう、そういうことだ。って、それより腕に顔を埋めてる蒼生が心配なんだけど。
「蒼生? どうかした?」
 慌てて駆け寄ると、俯いた蒼生の耳は真っ赤になっていた。……え? 森は蒼生を見下ろしてから、オレたちに向かって指をちょいちょいと動かした。その指が向かう方向にあるのは、蒼生が持ってる携帯だ。
「俺、初めて野木沢にガチトーンで“黙ってて”とか言われちゃった」
「へ?」
「笹原と寺田が演奏を始めた途端に野木沢がこれで撮影を始めてさ。おまえらが見事な演奏するもんだから、つい隣に向かってすごいなって話しかけたら、一言」
 蒼生がぱっと顔を上げる。真っ赤。可愛い。
「だっ……だって、ふたりのかっこいい姿を撮っておきたくて……。なるべく音楽だけにしたかったから……。ごめんね、森くん」
「いーや、むしろ滅多に見られない野木沢を見られて楽しいよ。その姿こそ撮っとくべきだったな」
「それはその通りだ。おまえは気が利かないな」
 冬矢がぴしっと言い放って、森ははじかれたように笑う。この2人、ホントに仲良しなんだな。冬矢の言い方は棘があるように聞こえるけど、ただの冗談だ。冬矢はそんなふうに軽く冗談が言えるし、森もこれが冗談だってわかってる。きっと蒼生もそう思ってるんだろうな、まだ赤いままの頬で2人を微笑ましく見守ってる。
 でも、冬矢が言ったのには真剣に同意する。オレもそれ見たかった。ちょっと悔しい。だけど、かっこいいから撮影したいって蒼生が思ってくれたのが嬉しくて、それだけで充分って気もする。蒼生って自分が写真に写るのが好きじゃないせいか、他の人のこともあまり撮りたがらないんだ。それを自分の携帯の中に残しておきたいと思ってくれるのってよっぽどのことだから。んふふ。
 蒼生は誤魔化すみたいに、ぷるぷると首を振る。かっわいい。
「えっと。ねえ冬矢。ポイントってことは、これまでの戦歴もポイントつくの?」
「いや、これはあくまで俺と健太が直接対決した時のものじゃないかな。でなければ、協力して森を倒す時に不利になる」
「あ、囮になるのを躊躇う可能性があるってことだね」
「もちろん、蒼生がオレたちの活躍を判定して独自のポイントを付けてくれてもいいんだぜ」
「えっ? でもそれじゃ、どっちにもたくさんポイント付けちゃって、収拾つかなくなる自信があるよ」
 わ。なに、その超可愛い自信。
 すると、オレたちの様子を眺めていた森が蒼生の側に寄る。
「なんか全然普通に受け止めちゃってるけど、野木沢って自分が賭けの対象になってることについては嫌じゃないの? 賞品扱いとは感じない?」
 はっとした。オレの脳裏に、この前見たあの特撮ヒーロー映画の、ヒロインとお姫様に取り合われてげんなりしてる主人公の姿が浮かんだ。見てた時にも思ったけど、……。自分を巡って勝手に勝負をされているどころか、そうか、賞品扱い……。そんなの、気分が悪くて当然だ。
 けど、オレたちが何か言うより早く、蒼生はきょとんとした顔で首を振る。
「全然。嫌じゃないよ。むしろ嬉しいくらい」
「そうなんだ?」
 へえと目を瞠る森に、蒼生は柔らかい笑顔を向けた。
「だってふたりとも僕の彼氏だもん。これで健ちゃんと冬矢が本当にお互いのことが嫌いで、ケンカするつもりで勝負してるんだったら寂しいけど、そうじゃないからね。ちゃんと尊重し合った上で、僕の取りっこしてるの。しかも、負けたら付き合うのやめろみたいなことも絶対言わないんだよ?」
 えっ。
「たしかに。三角関係のライバル同士ってもっとギスギスしてそうなのに、野木沢の彼氏たちはそんなふうには見えないもんな」
「でしょう? もちろん、ふたりだからいいんであって、他の人と僕を賭けるようなことはしてほしくないけど。……あっ、決して森くんとふたりが戦うのが嫌っていうわけじゃないからね」
「あはは、何を変な心配してるんだ。笹原たちと対決するのは楽しいけど、俺は野木沢を賭けるつもりはないよ。野木沢にはきっかりフラれてるんだ、今更その条件で勝ったところで俺にはなんのメリットもないだろ。賭けるとしたら、そうだな。そろそろ喉が渇いたことだし、全員分のジュースを賭けて勝負してみないか」
 動揺してるオレをよそに、森は笑いながら近くにあったクイズバトルの筐体をぽんと叩いた。
「これなら野木沢も乗っかってくれる?」
「ふふ、いいね」
「いやー、このゲーセン、口コミで選んだんだけどさ。多人数で一緒に出来るゲームが多くていいなぁ。うん、当たりだったな。……ほら、笹原も寺田も、座りなよ。不戦敗にするぞ」
 そりゃマズい。慌てて席に座ってから隣の席を見ると、冬矢も何かを言いたそうだった。たぶん、早く蒼生と話したいんだと思う。オレもそうだからだ。
 えっと、これのルールは、問題に4択で答えてくんだな。正解数と、正解するのにかかった時間で順位が決まるらしい。ってことは、わかんなかったら考えてないでとっととボタンを押して偶然に賭けるしかないってわけだ。
「ジャンルが選べるんだね。どれにしたらいいんだろう」
「俺はなんでもいいよ」
「そうだな。俺も。じゃあ、ここは寺田が決めるってことで」
「オレ? えーっと。歴史とか、そういう知識があるやつはオレが不利な気がするから、ここは公平に時事問題がいいです」
「おっ、渋いね」
 同じクラスになったことがないから、森の実力がわからない。なら、最近ニュースとかで聞いたことがありそうなやつがきっと無難だ。たしか柔道部は文武両道とかなんとか昔聞いた気がするから、授業をきちんと聞いてれば出来る系統のは避けたほうがよさそうだと思う。それに、流行・トレンドってやつは、たぶん蒼生が苦手だ。
 ぴこぴこ電子音が鳴って、ゲームが始まる。これ、きっと最新の情報が常に入ってくるんだろうな。ホントに先週起こったような出来事までクイズにしてきてる。あ、でも、今年のスポーツの話題が結構多いな。助かる。今年海外移籍したサッカー選手の所属チームね、うん、わかるわかる。えっ、今年の夏に行われた会談……知らないから、とりあえず一番右のボタンだ!
 ってやってたら、適当に押したやつがかなり当たったっぽい。当然の顔をして冬矢が満点を叩き出したのはもうほっといて、オレの成績は蒼生に迫るくらいだった。
「わー、すごいね、健ちゃん!」
「ありがと、蒼生。めちゃくちゃ勘が冴えてたみたい」
 森はわざとらしく肩を落としてみせる。
「あと1つ勝っておけば、寺田に勝てたんだがな。まあ、勝負だから仕方ない。それじゃあ俺が買い出しに行ってこよう」
 そう言ってオレたちから細かくリクエストを聞いた森は、がっかりした演技をさくっとやめて、楽しげに自販機のコーナーに向かっていった。今だ。
 オレと冬矢が同時に蒼生に詰め寄る。まずはオレが先だ。
「なあ蒼生、そうなの?」
「へ? 何が?」
「あ、ごめん。ほら、さっきの。オレたちに取りっこされるの嫌じゃないって」
 蒼生が、ああ、と言って笑う。
「うん。嫌じゃないよ」
「オレたち以外だったらダメなんだな」
「うん。たとえば、そうだなあ」
 すっと立ち上がり、蒼生はオレの座ってる椅子の端っこにちょこんと座る。
「たとえばの話だよ? そんな人はいないと思うけど、僕に気がある誰かがいたとして、その人が健ちゃんと冬矢に僕を寄越せって言って勝負を挑んできたとするでしょ。……そしたら、そんな勝負は絶対に受けないでほしい」
 笑ってるけど、蒼生の目は真剣だ。
「……オレたちが負けると思ってる?」
「まさか。違うよ。健ちゃんも冬矢も強いもん。……そうじゃなくて、一瞬でも向こうに可能性があるかもなんて思われるのも嫌なんだ。僕には健ちゃんと冬矢だけだよ。ふたりにだけ愛されていたい」
 蒼生。
 オレは、蒼生の手をぎゅっと握る。すると、緊張がほどけた時みたいにふんわりとした笑顔に戻った。
 冬矢も蒼生の隣に座り直し、蒼生の顔を覗き込む。
「蒼生は俺と健太が嫌い合ってるとは思っていないんだね」
「うん。だって、そうでしょ。よく張り合うし、不思議な小競り合いしてるなあとは思ってる。でも、僕の大切なひとを大事にしてくれてるんだなっていうのも感じるもん。嫌いだったらそんなことしないよね。僕から大好きなひとを奪わないところが大好き」
「じゃあ、これからも俺たちは蒼生の取り合いをしちゃうよ?」
「いいよ。さっきは森くんがいたから惚気てるみたいで恥ずかしくて言えなかったんだけど、そうやって僕に関するちっちゃな権利で戦う健ちゃんと冬矢、ふふ、すっごく可愛くて大好きだから……」
 え、蒼生、照れてる。
「うわっ。オレの恋人めっちゃくちゃ可愛いな!」
 思わず思ったことが声に出た。可愛い。可愛すぎる。オレのことまで可愛いとか言っちゃう蒼生のほうが絶対可愛い。
 そこに、パックのジュースを4つ抱えた森が戻ってきた。
「なに? また3人でイチャイチャしてたのか? 目を離すとすぐにイチャつくんだから、仲良しだなあ」
「そういうおまえはちゃんと全員の要望通りに買ってきたのか?」
「もちろん。はい、どうぞ」
「ありがとう!」
 森はなんだかニヤニヤしてる。冬矢が質問に答えなくて質問で返したことが、あまりにもあからさまな話題ずらしだったのがバレてるんだろうな。
「じゃあ飲み終わったら、また勝負始めような。野木沢にもポイントが入ったことだし、ここからは全員ポイント制だな」
「えっ。健ちゃんと冬矢のポイントでしょう?」
「笹原たちのとは別のポイントだよ。さっきの話みたいに、勝敗だけじゃなくて活躍でもガンガン付けていこうじゃないか」
「それが溜まると何か起こるの?」
「きっと何か起こるさ」
 適当な答えだなー。森自身、それを溜めたところで何かしようとか考えてるわけじゃないのか。ただ、ポイントを溜める遊びをしたいだけなのかも。それを聞いた蒼生が嬉しそうだったから、オレもそれに乗ることに決めた。
「じゃあさ、さっきの楽器のゲーム、今度は全員でやらない? レベルをちょっと下げれば適当に弾いても大丈夫そうだったし、今度はオレ、ベースやりたいな」
「ふふ、そうだね。さっきの健ちゃんたちの演奏が楽しそうだったし、僕もやってみたい」
「それなら、森はドラムのパートだな。タンバリンを習っていたんだから」
「ああ、……ん? リズムセクションって意味じゃ同じ、か? なるほど。……? いや、そうか?」
 首を捻る森に、オレたちは顔を見合わせて笑った。

 ポイント制になってから大した時間も経ってないのに、全員引くくらいのポイントが付いた。活躍したと思ったら自己申告でも他評価でも好きにポイントを付けていいっていう仕組みだったからな。それは自分以外の評価だけだったら森に不利だろうからと作った適当なルールだ。そのせいで、オレたちと蒼生がお互いにぽんぽん付けてく横で、森も自分にがしがし加点していったから、訳がわからん点数になってた。これは果たして制度として成立してるんだろうか。
 まあともかく、ひとしきり遊び倒したオレたちは、森がよく食べに来るっていうレストランで夕飯を食べることにした。全部の席が個室になってる店だ。前に冬矢が森と行ったのも個室だったっていうから、やっぱり目立つのを避けてるのかもしれない。有名な柔道選手ともなれば、きっとそういう配慮も必要なんだろう。大変だなぁ。
 案内された少し広めの部屋に入るなり、蒼生の隣は冬矢が陣取った。……くっ。とはいえ、これは、オレが勝負に負けたせいなんで、しょうがない。悔しいけどさ。でも、向かいに座った蒼生は、オレと目が合うと嬉しそうに笑った。えー、可愛いー。へへへ。じゃあいいや。蒼生の可愛い顔をずっと見てられるんだから。
「ここさー、通いすぎて俺の専用メニューがあるんだ」
「専用メニュー? すごいね」
「スポーツ選手向けのメニューなのか」
「そう。もともとスポーツ選手がよく来る店なんだよ。普通のメニューも美味しくて、特に肉系がオススメ」
「よくわかんねえタイトルのやつが多いけど、なんか美味そうだな」
 森はその専用コース。オレたちはメニューにあるコース料理にして、メインを森がオススメだっていう肉料理の中から選んだ。たしかにどれもこれもめちゃくちゃ美味しい。んで、ボリュームがすごい。蒼生が少し持て余してたから、その分ちょっと味見させて貰ったりして。うん、蒼生が頼んだのもすっごい美味しい。
「そういえば寺田、あれやった? シロシロのオンライン版」
 すっかり皿を綺麗にした森が、突然懐かしいゲームの名前を口にする。へー、森も知ってるんだ。
「あれな。やりたいと思ったんだけどさー。昔のやつと違っていつでもどこでも出来るぶん、やんなきゃいけないこと多そうだろ。そんなこんなで結局やってないんだ」
「わかるわかる。やってる後輩がいるんだけどな、日ごとミッションがあって毎日数時間取られるらしい」
「マジでか。それは結構なアレだな。しかもあんまり話題になってないし」
「俺も後輩から聞いて初めて知ったんだよ。内容自体は面白そうなんだけど、あんまり自由時間を削られるのもな。そうか、寺田もやってないか。いや、昔プレイしてた奴の感想が聞けたらな、とちょっと思っただけなんだ」
「そりゃすまん」
「いや、やっぱり据え置き機の頃とオンラインでは違うもんな」
 中学生の頃によくやったから懐かしいなーとは思うものの、そんなにかかるんなら手は出しづらいかも。それでなくともユーザー同士で協力してプレイするタイプで、やってない時にも誘いの連絡がいっぱい来るっていう話だし。昔だったら面白そうだと思ってやってたかもしれないけど、今は蒼生との生活のほうが大事だから。
 その大事な大事な蒼生は、オレと森がそのゲームで使ってた武器とか好きだったイベントとかの話をしてるのをしばらく聞いてから、きょとんと首を傾げる。
「有名なゲーム?」
 あー、そっか。蒼生って全然ゲームしないわけでもないけど、自分から進んでやることもあんまりない。ちっちゃい頃からそうだった。だから、オレが目の前でやってないゲームのことは詳しくないんだ。
「んーと、そこそこ、な。サッカー部の連中の間で流行ってたRPGでさ。その、……絵とか展開が、ちょっと、……えっちな感じでー……。それで、自分の部屋でこっそりやってたから、蒼生は知らないかもしれないかなー……」
 蒼生が表情を変えずに「ああ」と頷いてくれたのに、冬矢は視線を冷たくする。しょ、しょうがねえじゃん、そういうのに興味を持っちゃうお年頃だったんだからさ。しかもそれ系のって、蒼生の前でやるのがすごく恥ずかしかったんだよ。
 森は爽やかに笑う。
「ふーん、昔の寺田って野木沢に対してそういう感じだったんだ」
「あー、その、純情で純真無垢な幼馴染み同士なんで……」
 ふたりの視線が、温度は違うけど妙に刺さってきて、オレは勢いよく体ごと森のほうを向く。
「いやー、そんなわけなんでスポーツ少年の森がやってるイメージはなかったな! 知ってたの意外だなあ!」
「はははっ。寺田だってスポーツ少年だったろ。うちの部活でも流行ってたんだよ。友達に誘われてやってみたら、バトルシステム自体が面白くてやり込んでたんだ。それに、いかがわしいと言ってもそこまで生々しいわけでもなかったし。なあ、笹原」
「……俺に振るな」
「? 冬矢もやってたの?」
「いや、そういうわけじゃないよ。ただ、まあ、森がやっている画面は見たことがあるかな。たしかコマンドの入力が独特で興味深かった記憶がある」
 どことなく冬矢は話題をそらそうとしてるみたいな感じがした。森が言ってる通り、中学生だったから刺激が強かっただけで、今考えたらホント大したことないんだから、別に知ってたってなんてことないと思うんだけどな。冬矢もそういうのを蒼生に知られるのが気恥ずかしいんだろうか。
「ふうん。エヌブレとは違う感じ?」
 蒼生が有名どころのRPGの名前を挙げる。今でも新シリーズが出てる超人気なゲームで、蒼生もちょこっとやってたはずだ。それを聞いた森が嬉しそうに頷く。
「お、野木沢もエヌブレ好き? うん、結構違うかな。職業がないんだよ。自分でパラメータ振り分けて、使える技も自分で選ぶんだ」
「なかなか複雑そうだね」
「そう。だから仲間内はほぼ一直線にしか育ててなかったな。剣だけとか魔法だけとか。でも育成に気を取られてみんなあんまり内容を覚えてない」
 思わず深く頷いてしまった。そうなんだよ。計算してやれば万能キャラを作れるらしいんだけど、めんどくさくてオレのキャラはいつも両手剣使いだった。
「エヌブレはストーリーが面白いよな。物語を読むように進められるところが好きなんだ。ちなみに野木沢はどんなパーティを組んでた? 俺は勇者、格闘家、格闘家、治療士」
「森くんらしい力強いメンバーだね。僕はオーソドックスに、勇者と戦士と魔導士と治療士が好き」
「結局それが一番バランスよくてやりやすいんだよな、わかる。極端なのも面白いけど」
 そう言った森は、蒼生からオレ、それから冬矢に視線を巡らせながら、ひとりでなんか納得したように腕を組んで頷く。
「なるほど、バランスがいいな」
「へ? なんの話?」
「俺たちがパーティ組んだら、の話。肉体派2人に頭脳派2人だろ」
 蒼生と冬矢が顔を見合わせる。オレもなるほどと思う。
「あー、そっか。森はひたすらパワーがあるから、格闘家か……戦士もアリだな。重い武器でも使いこなせそうだし」
「そう言う寺田は、チカラだけじゃなくてスピードもあるだろう。だとすると、武闘家か剣士か、あるいは戦闘にスキルを振った探検家なんかいいんじゃないか?」
「ヤバいな、オレの可能性無限大じゃん」
 これ、楽しいな。もしもゲームの登場キャラだったら、って話は他の奴らともしたことがある。でも、もしもの話だったし、現実味がまったくなかった。けど今この部屋にいる4人だったら本当に戦えそうな気がする。
 森は目の前にいる冬矢の頭から手の先までをじいっと眺める。
「……気色悪い」
 文句が出るけど、森は全然気にしてない。だろうな、気にしてたら冬矢の友達はやってられないと思う。
「そうだなぁ。笹原は、躊躇なく威力の高い攻撃魔法を繰り出しそうなイメージだ」
「はー、やりそう。それでいて武器も器用に使いこなすんだろうな」
「だとすると、魔導士っていうより賢者かな」
 すると、にこにこ笑ってオレたちの話を聞いてた蒼生がぱちぱちと瞬きして首を傾げる。
「魔法も剣も扱うんでしょう? それなら冬矢は勇者じゃないの?」
 冬矢が?
 うーん。
「冬矢が勇者……。こんなイイ性格な奴が勇者はちょっとなぁ……」
「ふぅん……。健太も言ってくれるじゃないか」
「あっ。ほらな! めっちゃ悪い顔するだろ!」
 こういう黒い笑顔浮かべる奴が主人公じゃ、すっげぇダークな物語になっちゃいそうだ。
 だけどその邪悪な笑顔は、隣の蒼生に向かうとものすごく柔らかくなる。
「蒼生は、そばにいてくれるだけで癒やされるから、治療士だね」
「えっ」
「それは間違いない。回復魔法使うの可愛い」
「あの」
「俺も賛成」
「えぇ……」
 困った顔で、蒼生はオレたちを見る。どういう態度を取ったらいいかわかんないんだろうな。可愛い。
 でも。
 オレは、どんっ、と勢いよく拳を振り下ろす気持ちで、机をとんと叩いた。
「でもよく考えたら無理。蒼生を戦闘になんか出せない」
「ぼ、僕ってそこまで弱そう?」
「じゃなくて、戦いになって、蒼生がもし少しでもケガしちゃったら、オレが目ぇ回して倒れそうだから」
 また言葉を探してる蒼生を見つめ、冬矢は深く首を縦に振る。
「ああ。たしかに、ケガなんてさせられないな。世界じゃなくて、蒼生を守りたくなってしまう。蒼生のためなら世界なんて滅んでもいい」
「笹原のその発想は魔王側なんだよなあ」
 森がそう言って大声で笑うと、蒼生は少しほっとしたように表情を和ませた。森の言葉で、なんとなく冗談っぽい雰囲気になったからかな。だけど、たぶん、……冬矢は本気なんだろうなあ。世界の何よりも蒼生が大切なんだろう。もし何かとの選択を迫られたとしても、冬矢は蒼生を選ぶ。それはオレも同じだ。
 冬矢は森にちらりと視線をやると、もう一度蒼生のほうを向く。
「問題は、森をパーティに入れるかどうかだな」
 わーお。にこやかに追放宣言。魔王って言われたのが気に食わなかったんだろうか。ちょっと面白い。
「おっ。俺を抜く理由を聞きたいな」
「パーティの4分の3がカップルでは居心地が悪いだろう」
 ! オレはつい噴き出した。そりゃそうだ。めちゃくちゃお互い気まずい気がする。普段の旅もそうだけど、宿の部屋分けとかどうすんだ。1対3じゃ宿の人に「ん?」と思われるし、かといって一緒の部屋は困るな。
「しかもおまえはかつて蒼生に懸想していたとかぬかしていたよな。そんなギスギスしたパーティで世界が救えるか?」
「ははは、たしかにおまえらは気が気じゃないだろうな。だが自分で言うのもなんだが、俺は強いぞ」
「っ、そうなんだよなぁ~っ!」
 ううむ。どうすべきか。強さを取るか、ラブラブでイチャイチャな甘く楽しい旅を取るか。難しい問題だ。
 森は楽しそうにグラスを空にする。
「とまあ俺は勝手に自分が強いと思ってるんだが、実際に俺たちが取っ組み合いのケンカをしたら誰が勝つだろうな。寺田だってずっと鍛えているじゃないか」
「ええ? 急に現実の話かよ。……うーん、オレのは、どうかな。体力は自信あるしある程度腕力もいけるだろうけど、実戦に向くかっていうと……」
「まあ、武術をやってるわけじゃないもんな」
 勝手にもなにも、森が強いのは事実だ。取っ組み合いなんて、一番避けるべきじゃないかな。絶対にこっちが不利になる。
 冬矢は呆れたように首を振った。
「おまえの強さは認めるよ。むしろそうでなければマズいだろうに。俺たちのような素人に負けるようでは、国もおまえに代表を任せられないだろ」
「そりゃそうだわ。森は圧勝だな」
「なるほど、俺は負けちゃいけないわけか」
 それから冬矢はオレのことも同じ顔で見た。
「健太もだろう。森が言うのも間違いじゃない。毎日トレーニングをしているんだ。残念ながら、俺は腕力では敵わないだろうな。腕力では」
「他のもんで勝つ気満々じゃねえか」
 負けるつもりが全くないセリフだけど、たしかに、うん。そうか。普段から、買い物の重い荷物とかはオレが持つもんな。そのへんでも鍛えられてるはずだ。
 すると今度は、森が蒼生に向かって笑いかける。
「じゃあ、笹原と野木沢はどっちが勝つと思う?」
「えっ」
 蒼生はぴっと姿勢を正す。オレもちょっと「えっ」と思った。取っ組み合いのケンカって言われて、そのメンツの中に蒼生が含まれてるとは思ってなかったせいだ。蒼生もきっとそうだったと思う。蒼生が誰かとケンカするなんて、想像も出来ない。口ゲンカでさえ嫌がる蒼生だぜ?
 うーん、でも。
「……意外と蒼生が勝つかもな。腹くくった時の蒼生ってマジで折れないし」
「そ、そうかな……。冬矢と……? ……ううん、でも……」
「っつーか、そもそも蒼生が冬矢を殴れるはずもねぇけどな」
「それは俺もだが」
「オレもそうだったわ。蒼生相手だったら一瞬で不戦敗を選ぶ自信があるわ」
 蒼生は反応に困ってオレと冬矢を見比べ、なんでだか森は満足そうに頷いてる。
 んー。蒼生と取っ組み合いが出来ないのは当然だ。ケガすんのが嫌で戦闘に出せないとか考えちゃうくらいだし。だから客観的に数値で考えてみる。前にやったスポーツ測定では、オレから見ればふたりともそんなに大きく差はなかった。蒼生のほうがちょっと体力がなくて握力も弱いくらい。なのに、背筋とかジャンプ力とかで冬矢に勝つこともある。だからたぶん、蒼生は本当に嫌だったら冬矢のことを拒む力があると思う。でも、拒まない。オレのことだって、やだって言ったらやめるつもりなんだから、蒼生は受け入れなくてもいいんだ。それもしない。つまり、それは蒼生が「本当に嫌」じゃないからだ。
 蒼生はオレたちを、心の底から受け入れてくれてるんだと思う。すごいことだ。
 森はぱんっ、と膝を叩いた。
「あっはっは。前提条件がおかしかったな。取っ組み合いは無理か。だったら、腕相撲くらいにしておこうか? いや、余計に純粋な勝負は見込めないな。明らかに優勝は野木沢だから」
 どういうことだ? 話が見えなくてぽかんとすると、蒼生も不思議そうに森を見た。
「なんで? 今までの話を聞いてると、健ちゃんと冬矢はもしかしたらそうかなって思うけど、僕、森くんに勝てるとは思えないよ」
「いやいや。勝負とはいえ野木沢の手を握ろうもんなら、そこの2人が全力で止めにかかるだろ。さすがに3人がかりじゃ勝てないさ」
 お。
「へーえ、わかってんじゃん」
「じゃあ戦うこともなく、野木沢が優勝ということで」
「おめでとうございます」
「えっ、……えー……」
 オレと森が芝居じみた仕草で頭を下げると、蒼生は目をぱちくりさせて、救いを求めるように冬矢を見る。すると冬矢は流れるような所作で、すっと蒼生の両手を握った。
「優勝おめでとう」
 そう言いながら、冬矢はこっちに向かってにやっと笑う。
 あっ。
「俺の目的はこれだけだ」
 うわー、こいつ、しれっと蒼生の手を握るっていう目的を達成しやがった。次の瞬間にはオレたちを無視して嬉しそうに蒼生を見つめる。くっそ。じいっと見つめられた蒼生は、たぶん森がいるから表情を崩すわけにもいかないんだろうな、唇をもごもごさせてる。その顔が可愛いからいいけどさあ。
 森はやっぱりそれすらも楽しそうだ。
「これは笹原の頭脳勝ちかな。寺田は黙って見てていいのか、あれ」
「うーん。さっきの勝負で負けたからなぁ。ただし、その効力は“隣に座る”だけだからな。立ち上がったら話は別だ」
「あはは、なるほど。おまえら、本当に面白いな」
 そう言うと、森はスティックサラダの人参を口に放り込んだ。

 森とは、その部屋の中で別れた。
「また暇見て遊ぼうな。年間ポイントで競っていこうぜ!」
 よっぽどポイント制度が気に入ったんだろうな。最後までその話をしてた。蒼生は楽しそうに「うん」と笑い、冬矢は肩をすくめて頷き、オレも森と拳を合わせて約束した。
「はー、すっきりした。あんなにガチで次々に対戦したの久し振りだったからなー。楽しかったな」
 夜の道には人の姿はほとんどない。でも周りのお宅に迷惑だから、ボリュームを控えめにしてふたりに話しかけると、ふたりとも頷いて返してくれる。蒼生も気が抜けたのか、可愛いにこにこ顔だ。
「健ちゃんも冬矢もムキになってゲームしてたね。ふふ、真剣な顔をたくさん見られてラッキーだったな」
「蒼生だって的当てのやつ、結構頑張ってたじゃん」
「みんなが煽り立てるから、つい夢中になっちゃったんだよ。あの時、手、ぶつけちゃってごめんね」
「えー? 全然痛くなかったし、蒼生が夢中になっちゃうの可愛かったから気にしないで」
 歩きながら蒼生に寄っかかるように肩を寄せると、蒼生は目をぱちくりさせて、すぐに押し返してくる。えへへ。おしくらまんじゅうみたい。可愛い。きっと蒼生は、家に帰ったとたんにオレの腕に飛び込んでくるだろう。だって、オレも蒼生を抱き締めたいもん。いや、いっそ今でも。
「森くんも楽しそうだったね」
 あ。
 ぱっと蒼生が顔を上げたので、オレは抱き締めるタイミングを失ってしまった。あー、可哀想なオレの両手。
 オレたちを後ろから見てた冬矢が、はあっと息を吐いた。
「森も真面目な奴だからな。うまいこと息抜きはしているつもりなんだろうが、時々発散したくなるんだろう。……俺たちは手の内をさらしているから、あいつ自身も気が楽なのかもしれないな。まあ、ストレス発散が必要なのであれば、付き合ってやろうじゃないか」
 そっか。オレたちと森は、素で遊べる友達同士なんだな。そんで、バレてるから関係を隠す必要もないってことか。つまり、オレたちにとっても気の休まる相手なのか。そうだよなー、どんなにガチで戦っても雰囲気悪くならない相手って貴重だ。
 その時、蒼生がオレの行き場をなくした右手を掴み、ひょいっと自分の右肩に乗せた。かっ、かわぃ……っ。オレが肩を抱く格好になったじゃん。えっ。可愛い。好き。
「それじゃあ、今度こそ森くんに勝てるように、練習しておかなくちゃね」
「ああ、そうだな」
 もちろん黙って見てるはずがない冬矢が反対側に歩み寄り、蒼生の腰を抱く。3人でぎゅうぎゅうになって歩きづらいけど、蒼生の体温が伝わってくる。気持ちいい。人がいない道、最高。
「ふふふ」
 オレの肩の近くで、蒼生が小さく笑う声。
「ん?」
「どうかした?」
 蒼生は嬉しそうにオレと冬矢の顔を交互に見つめる。
「ううん。さっき、僕といると癒やされるって言ってたでしょ。でも、僕もふたりの存在にすごく癒やされてるんだよなーって思って」
 あ、さっきのRPGのキャラクターになったら、の話か。
「……癒やされてる?」
「すーっごく。でもね」
 街灯に照らされる頬は、ちょっと赤い。
「家に帰ったら、もっと癒やしてもらう予定なんだ。……どうかな?」
 えっ。
 そ、そんなの、
「もちろん! そうしよ! 蒼生にもいっぱい癒やしてもらう!」
「んふふ、やった」
「じゃあ早く帰って、早くお風呂沸かさないとね」
「うん!」
 ああ、なんて可愛いお誘いなんだ! ふわっとほどけたような笑顔がマジで……可愛い。毎秒毎秒、更新する勢いで可愛い。愛しい。大好き。
 本当に、さっきの話じゃないけどさ。蒼生が生きるこの世界の中で、オレはただのそこらへんの登場人物じゃなくて、最重要人物でいたいな。勇者じゃなくても、武闘家でも探検家でも戦隊ヒーローでも主人公を取り合うヒロインでも、なんでもいい。蒼生にとってのヒーローでいたい。そうでありたい。
「? 健ちゃん?」
 きょとんと蒼生が首を傾げる。
「んーん。なんでもないよ。蒼生とずーっと一緒いたいな、って思っただけ」
 愛しい蒼生と。
 大好きな蒼生と。
 ずーっと。
 蒼生は柔らかな笑顔に戻って、こくん、と頷く。
「うん。そうじゃなくちゃ、困るよ。僕はそのつもりなんだから」
 困るか。
 そうだな。
 ……願わくは。このままずっと、同じ物語を紡いでいきたい。
 なんとなく、そんなことを思った。
 へへ、かっこつけすぎかな。

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96こ目;君のヒーローであるために
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 本日の日替わりランチは唐揚げ丼か。いいな、美味しそうだ。これにしよう。ただ、ここの学食ってすごく美味しいんだけど、女子も食べるっていうのを考慮してるせいか全体的に量が足りないんだよな。何かおかずを頼まなくちゃ。そうだなあ、バランスを考えると、やっぱ野菜かな。といっても、サラダって気分じゃない。じゃあ野菜炒めにしよっと。
「健太、俺ら先行ってるわ」
「席とっとくなー」
「おー、よろしくー」
 同じ授業に出てた友達が、コンビニの袋を掲げながらホールにある席のほうに向かって行く。ありがたい。昼休み始まったばっかだからまだ席は空いてるけど、これからどんどん混んでくるからな。
 さて注文を……。おっ。オススメデザートは苺のゼリーだって。注文口近くのケースの中にサンプルが置いてある。全体が薄い赤のゼリーの中に、もっと赤いつぶつぶがちらばってる感じ。美味しそうだ。そっかあ、もう苺の季節になってきたか。蒼生は苺好きだから喜ぶだろうな。一緒に食べたい。でもこれをそのまま持って帰るのは難しいし……。そうだ、帰り道のどっかで似たようなデザート探そ。
「すみませーん、日替わり定食と野菜炒めください」
「はいはーい。野菜は普通? 大盛り?」
「大盛りで!」
「はい、いっぱい食べてね!」
 普通でいいかなって思ったけど、聞かれるとつい大盛りって答えちゃうんだよなあ。どーんと皿に山盛りになった野菜炒めのインパクトがすごい。サービスで肉1枚多く乗っけてくれたのもテンションが上がる。
 仲間内でわいわいしながらご飯を食べてると、見たことのある奴が入り口できょろきょろしてるのが見えた。で、ここのテーブルの誰かと目が合ったのか、ふらりとやって来る。
「いたいた。柴崎ー」
 あー、柴崎の友達か。そういえば一緒にいるの見たかも。そいつは鞄をごそごそ探って、なにやら辞書くらいの箱を取り出す。
「これ、ありがと。久々に見れて懐かしかったわ。やっぱ面白いな」
「わざわざ持ってきてくれたんだ」
「次の講義休むからさ。また面白そうなもんあったら貸してな」
「了解~」
 別にそれが何かを気にする必要はないし、見たら失礼かなとも思ったんだけど、ちょうどオレの目の前を通ってくからどうしても視界に入ってくる。特徴的なマスクは、小さい頃にテレビで見てた特撮ヒーローの主人公だ。
「わ、懐かしっ」
 思わず声が出る。すると、柴崎とそいつはぱっと顔を輝かせてこっちを見た。
「健太も好き!?」
「俺らの世代だとみんな見てるよな!」
「よかったら健太にも貸すよ! 見てみて!」
「すごく良かったから! 劇場版!」
 お、おお。
 なんだか2人の勢いに負けて借りてしまった。結構重いな。箱の中身は当時の資料がどっさり載った冊子と劇場版の映像らしい。劇場版かあ、観に行ったかな、どうかな。それこそ幼稚園とかの頃だし、あんまり覚えてない。家でごっこ遊びしてたのは覚えてるんだけどなあ。……ま、とにかくせっかく借りたんだもんな。あらすじを読むだけでも面白そうだから、後で見ようっと。
 昼休みの後、講義を2つしっかり受けて、パンパンになった鞄を抱えたオレはさっさと大学を出た。今日は蒼生が先に帰ってるはずだ。美味しい苺のデザートを買って早く帰らなくちゃ。どこに行けばいいかな。駅前のケーキ屋か、駅ビルの洋菓子売り場か……。
 あ、その前に、蒼生が無事家に帰ってるか確認しよう。どこかに行くとは言ってなかったから、もう家だよな。えっと、携帯の位置情報は、っと。……ん? 蒼生の居場所を示す青いマークは、家の最寄り駅でぴかぴかしてる。まだ帰ってないんだ。買い物かな。駅にはもうすぐ着く。すれ違いになっちゃったら寂しいから、会いに行こう。うん、いいな。そうしよう。
 電車の中で何度か調べたけど、蒼生はそんなに大きく移動してないみたい。これ、大体の位置はわかるけど、高さは表示されないんだよなぁ。だから、どの階にいるかはわかんない。そのへんが不便だよなーと思う。うーん……たぶん、本屋だったらこのへんになるはずだから、蒼生がいるのは文房具屋かな。
 駅ビルに入ってるのは大きな文房具屋だ。その分種類も豊富だから、時間を潰すにもちょうどいい。オレはよくそういう用途で来てるんだけど、文房具が好きな蒼生は純粋に新商品のペンとかノートとかを眺めるために通ってる。だからきっと蒼生はここに……あ、いた。店員さんと何か話してる。優しくて柔らかい、惚れ惚れするような笑顔。綺麗だなあ。対応してる店員の女の人は、きっと眩しく見つめているんだろう。蒼生を見上げる顔がちょっと嬉しそうだもんな。ってか、ずいぶん長くないか? ずっとしゃべってる。なんの用事なのかな。まさか話したくて話してるわけじゃないよな? ……いや、蒼生のあの表情は外向けだ。少なくとも蒼生には仲良しの人に話してる感じはない。だから大丈夫だ。心配ない。あんな大人びた素敵な笑顔を浮かべてるけど、オレたちの前では甘えん坊ですっごく可愛らしいんだから。今も可愛いけど、もっともっと可愛いんだから。
 店員さんが手に持ってた電話を見て、すっと耳に当てた。それから会釈をして蒼生から離れる。蒼生の表情は、なんだか疲れたみたいになって、視線が下がる。でも、その目の端に映ったのか、すぐにオレに気付いてくれた。とたんに、ふわっと、明るくて可愛い笑顔になる。胸がきゅっとなる。
「健ちゃん!」
 あーよかったー、気が付いてくれて。
「ただいま蒼生~。買い物?」
「おかえり健ちゃん。うん、いつも使ってるノート買いに来たんだ。在庫切れみたいで今確認してもらってるの。廃版じゃないらしいんだけど」
「そっかぁ」
 本当にただの事務的な話だったんだ。わかってたけどほっとした。思わずぎゅっと抱き締めると、蒼生は小さく首を傾げて目を細める。あー……可愛い。
 店員さんはすぐに戻ってきた。蒼生の探してるノートは一時的な欠品で、すぐ入荷されるって。それもよかったよかった。蒼生はほっとした顔。だよな、愛用品だもんな。
「待っててくれてありがと。ごめんね、本屋にも寄ってたら思ってたより時間かかっちゃった。健ちゃんより先に帰ってるはずだったのに」
「ううん、約束してないんだからそういうことだってあるでしょ。そのかわりオレが迎えに来たからオッケーってことで!」
「ふふ、そうだね。びっくりしたけど、健ちゃんの顔を早く見られて嬉しかった」
 ……へへへ。オレも嬉しい。そうだ、デザートは蒼生と一緒に買おう。
「なあ蒼生、オレね、内緒で蒼生にデザート買っていきたいなって思ってたんだ」
「あはは、そっかぁ。じゃあ僕も内緒で健ちゃんに買って帰る」
 んふふ。やっぱ好きだなぁ。

 夕飯のあと、ソファに座って柴崎に借りた映画を見始める。しばらくすると、冬矢とキッチンに立ってた蒼生が、一段落したのかふらりとやってきて隣にぽすんと座った。うわ可愛い。
「懐かしいの見てるね」
「だろ? 周年記念で特撮ボックスコレクションが発売されたらしくて」
「そうなんだぁ。コレクションってことは、最初から最近のまでってこと? 見てもいい?」
「もちろん!」
 オレがしてることに興味持ってくれるのが嬉しい。ローテーブルに置いてあったボックスのケースを蒼生に手渡す。思ってたより重かったのか、蒼生の手が一瞬沈んだのが、なんか愛しいな、と思った。
「ありがと。……わ、箱にずらっと歴代のシリーズが書いてある。白抜きになってるのがこの巻なんだね」
「1個だけでこの重さだもん、全巻集めるとめちゃくちゃ場所取るらしいよ。貸してくれた奴は好きだったこれのテレビシリーズと劇場版だけ買ったんだってさ。で、これは劇場版のほうなんだけどさ。蒼生、テレビでやってたの覚えてる?」
「うーん……。僕はみんなが見てる後ろで見てただけだから、うっすら、くらいかな」
「オレもこのビジュアルははっきり記憶してるんだけど、話の内容は覚えてないんだよなぁ」
 幼稚園児の記憶なんてそんなもんだよな。敵の姿とか基地の中とか戦ってるシーンとか、ところどころ印象に残ってる場面はあるんだけど、どういういきさつで戦ってるんだか全然覚えてない。
 そうだ、一応、念のため。やたら記憶力のいい冬矢はどうかな。
「なあなあ。ついでに聞くけど、冬矢は覚えてる?」
「いや。見たかもしれないが、記憶はないな」
 やっぱりそうか。興味があったようには思えないもんな。
「どんなお話だったかなあ」
 わ。そう言った蒼生が突然、オレの肩にぽすんっと頭を載っけてきた。見る体勢になったんだなと思うけど、オレに寄っかかるのが蒼生の楽なかっこなのか……うう、愛しい。そしてそのままのポジションで、オレたちは映画を見続ける。映画館じゃこんなにべったりできないもんな。家で見るのっていいな。おしゃべりしても怒られないし。
 てか、アクションがやたら激しい。あれー、こんな感じだったっけ。くるくるよく動くなあ。なんとなく覚えてた戦闘シーンよりも、がっつり肉弾戦だ。
「すごい殴り合いじゃん。ちっちゃい子だと泣いちゃいそうだよな」
「ね。ヒーロースーツ着てるとケガしたり出血したりしないから、激しい戦いでもマイルドに感じるのかな」
 あ、なるほど。かっこいいからっていうのもあるけど、あのスーツは怪我を見せない装置でもあるんだな。だよな、ちっちゃい子向けの作品だから、リアルに痛そうにはしないのか。敵味方どっちも感情的に怒鳴るようなこともないし。だから味方が倒れるシーンになっても、言い争いのシーンになっても、蒼生が普通に見てられるんだろう。現実でも作り物でも、蒼生ってケンカが嫌いだからなあ。
「そろそろデザートにしようか」
「うん!」
「お、サンキュ」
 オレたちがぴったりくっついてるのに我慢しきれなくなったのか、冬矢が冷蔵庫からゼリーを出して持ってきた。ローテーブルに3本スプーンを置くと、蒼生の前には苺がごろごろ入ったゼリーを置いた。オレの前にはリンゴの。空いた場所にはみかんの。そう、ちゃんと冬矢の分も買ってきたんだ。せっかくならみんなで食べたほうがいいもんな。
 蒼生を挟んで反対側に冬矢も座る。興味ないとは言ってたけど、蒼生の隣に座りたかったんだろうな。
 ……うーん。見てるうちになんか思い出してきたぞ。そうそう、世界の均衡を保つ能力を持ってるお姫様を悪者から守るために戦ったんだっけ。テレビでは敵同士だったライバルが共に戦うっていうのも劇場版らしい展開だな。しかも、その戦いと並行して仲間のヒロインとお姫様が主人公を巡って恋のバトルも繰り広げられる。……あれっ。蒼生は恋愛ものも苦手なんだよな。登場人物が恋愛感情のもつれでぐちゃぐちゃしてると見るに堪えない感じになるらしい。これは大丈夫かな?
「ね、蒼生。この展開って」
 覗き込むと、蒼生はにこにこ笑顔でゼリーを口に運んでる。お。大丈夫そうだ。
「そうだよね。最終回で、たしかヒロインじゃなくてお姫様とくっついたと思ってたんだけど、まだ決着ついてなかったんだ」
 ええと。そうだっけ? そのへんは全然記憶にない。やっぱりオレより蒼生のほうがちゃんと覚えてるんだなあ。
「んー、苺たっぷりで美味しい。つるんつるんの食感が楽しいね」
「俺のも美味しいよ。ところで、蒼生は小さい子向けの話なら、恋愛ものでも大丈夫なんだ」
 え。びっくりした。勝手に自分の口が動いたかと思ったわ。へえ、冬矢はオレと同じことを考えてたらしい。
 聞かれた蒼生も驚いたように目をぱちくりさせる。
「……あ。本当だ。なんでだろ」
 きょとんとした顔が可愛い。蒼生自身にもよくわかんないみたいで、不思議そうに首を傾げる。
「どろどろした感じがないからとか? それとも、それが主題じゃないからなのかな」
「あー、それはありそうだよな。この流れもそこそこ重要だけど、悪い奴をやっつけるのがメインだし。ってか、恋愛のバタバタがギャグっぽく表現されてるのもおっきいかもな」
「たしかに、音楽もコミカルだもんね」
「そうか。うん。あとは、明るく正々堂々と本人の前で戦っているのも要因かもしれないね。これが裏で足の引っ張り合いをしていて表の戦いに支障をきたしていたとしたら蒼生の不得意な分野だろう」
 なるほど。さっきオレが思ったことにも通じるような気がする。蒼生って感情的で卑怯なキャラクターを見るのが苦手なのかな。
 隣にあった蒼生の頭がずるずると下がる。なんだろうと思って覗き込むと、なんか困ったような極まりの悪いような顔をしてた。そんな顔も可愛いけど。
「どした?」
「うーん。なんか、僕ってあれもダメこれもダメで……。精神年齢が幼いのかなあ」
 それを聞いて冬矢がすぐに笑う。
「本で読むのは平気なんだから、そんなことはないよ。蒼生がダメなのは実写のドラマだろう? もしかすると、蒼生は人間が敢えてそういう別人を演じていることに違和感を覚えるのかもしれない。どちらにせよ、不得意なものがあったっていいじゃないか」
「……うん」
「そうだよ。蒼生は優しいから、登場人物が悩んでると、自分のことみたいに考えちゃって悩んじゃうのかもな」
「そっか……」
 噛みしめるように蒼生が頷く。
 蒼生は、すぐにいろんなことを考えて心配しちゃう。でも、オレたちが誠意を込めて話せば、その言葉をちゃんと素直に受け止めて信じてくれる。だから蒼生が心配なことを、こうやってひとつずつ潰していけるといいなと思う。昔のオレは蒼生の不安を知らなかったけど、今はこうしてきちんと話してくれるんだから。その機会を大事にしたい。
 画面の中では、最終決戦が始まっていた。今回の敵を裏で操ってたのは、テレビシリーズで消えたと思われてた敵幹部のひとりだったらしい。激しい火花や爆発の勢いに、オレたちはなんとなくその戦いの行方を見守ってしまう。
「この敵は覚えている気がする。ぼんやりとだけれど」
 冬矢がぽつんと呟いた。それに蒼生が「ああ」と頷く。
「じゃあ冬矢も見てたんだ。たしかこの敵って、銃を使うのが得意な人でしょ。冬矢、銃を使うゲーム得意だもんね。こういうところから来てるのかな?」
「……それで思い出した。そういえば、ヒーローショーに一度連れて行ってもらったことがある気がするな」
 ええっ。この中で一番興味の薄い冬矢が?
「マジかよ! 羨ましい! オレらだって行ったことないよな?」
「うん。CMはやってた気がするけど……」
「たしかここから電車で乗り換え1回くらいのところにある遊園地でやっていたんじゃないかな。劇の内容は覚えていないけれど、ガンアクションがすごいと思ったのを蒼生の言葉で思い出したよ」
「生で見るとすごそうだね」
「迫力はあったかな。構え方も格好良かった」
「ほー。冬矢に憧れるもんがあったのは意外だわ」
「酷い言い様だが、俺もそう思う」
 そう言って笑う冬矢は、オレの失礼な物言いをまったく気にしてないみたいだった。むしろ、なんか嬉しそうだ。冬矢がこんなふうに喜ぶのは、だいたい蒼生に関することだろ。だから蒼生の言葉に喜んだんだろう。じゃあ、今のどこで喜んだんだ? うーん。出かけたことを思い出したこと?
 冬矢は映画の邪魔にならないようになのか、蒼生と小さい声で何か話してる。それはやっぱり楽しそうで、思い出したことが嬉しかったのかなって思う。っていうか、こいつ、蒼生と会う前はありとあらゆる物事に興味なかったって言ってたよな。でも、興味があって好きなこともちゃんとあったんじゃん。……あ。もしかして、小さい頃の冬矢って、興味とか好きとかって思う気持ち自体に自分で気付いてなかったのかな。それで、蒼生と話してるうちにそれを取り戻してるってことか。つまり、知らなかった自分を取り戻せたことが嬉しい? んー……蒼生の彼氏はオレで、オレひとりが独占できるもんならしたいけど、それはそれとしてこいつは蒼生に会わなかったらマジでどうなってたんだろうと思うとちょっと怖い。めっちゃくっちゃ複雑だけど、冬矢は蒼生の彼氏になれてよかったんだろうな。
 お。ヒーローチーム全員で放った必殺技が、敵の巨大ロボをやっつけた。ヒロインとお姫様が主人公をわいわい言いながら取り合って、仲間たちが微笑ましく見守るのがラストシーンか。これからも力を合わせて世界を守ろう、戦いは続く! っていう終わり方だ。
 その主人公を取り合う姿に、一瞬オレたちの姿が重なった気がする。困ったような主人公の表情。蒼生は、オレたちの間で困ったりするのかな。
「なんか、最後まで真剣に見ちゃった」
 オレのもやもやした気持ちを吹き飛ばすように、蒼生が笑う。もちろん蒼生にそんなつもりはないんだろうけど。だけど、そのもやもやはきっかり吹き飛ばされてくれた。さすがオレの愛する蒼生。
 すると、今度は違うことが気になってくる。
「そうだね。なかなか面白かった」
「あ、ここからは物語の後日譚になってるみたい」
 ふたりがエンドロールを見ながら話してる隣で、オレは腕を組んだ。このラストシーン、やっぱり見てない気がする。ごっこ遊びするほど当時はハマってたのに、映画は行かなかったのかな?
「なあ蒼生、オレら、この映画って観に行かなかったっけ」
「え? ……うーんと……公開年っていつ? あ、これか。この年は、僕たちが幼稚園の時だね。じゃあ、観に行ってないんじゃないかな」
 はっきりと蒼生は言う。オレが首を傾げると、蒼生もおんなじ角度に頭を傾ける。
「うちのお母さんに幼稚園の子には映画は早いって言われたんだよ、たしか。ずっと座っていられなくて騒いじゃうからって。そう言われて大泣きしてる健ちゃんのこと覚えてるから、そうだと思う。あれがこの映画かまでは覚えてないけど」
「えっ。恥ずっ。マジで?」
 や、そりゃちっちゃい頃のオレって結構泣き虫だったけど。大泣き? えー。
「うん、マジで。お母さんに、やだやだ映画行くーって駄々こねて泣いてる健ちゃん、可愛かったもん。そのかわり、僕と健ちゃんだけ後でパフェ食べさせてもらったと思う」
「わー、それも覚えてないや。でも、ってことは、今日はそのリベンジをさせてもらったわけか」
「そういうことになるね」
 蒼生はにこにことオレの腕にぎゅっと抱きついてきた。可愛い、し、すごく嬉しい。そっか。あの時できなかったことが、今できたんだ。えへへ。恥ずかしかったことなんてどうでもいいや。そうかー。リベンジかー。
「大好き、蒼生~」
「ふふ、健ちゃん大好き~」
 抱き締めると、蒼生の手が背中に回ってくる。
「俺も加えさせてもらおうかな。蒼生、好きだよ」
 向こう側から冬矢ものしかかって来た。
「僕も冬矢のこと大好き!」
 この体勢、わりと好きかもしれない。冬矢の重さがかかってるのはちょっと癪だけど、蒼生がぎゅーっと密着するかっこになるからだ。挟まれてる蒼生も嬉しそうだし。懐かしいエンディングテーマが流れるのを聞きながら、オレはふわりと甘い蒼生の香りを満喫する。
 そこに、携帯の鳴る音が聞こえた。テーブルの上だ。蒼生の携帯からだな。
「蒼生、携帯鳴ったよ」
「んー? むぐぐ……、取ってぇ」
 だよな、ふたりがかりで抱き締めてるから、蒼生は手が伸ばせない。
「見ていいの?」
「うん、冬矢お願い」
 位置的に一番上にいた冬矢が、1回鳴ったきりの蒼生の携帯に手を伸ばす。それから画面に目をやって、怪訝な顔をした。冬矢が動きを止めたことに気付いたのか、蒼生が冬矢のほうに首を回した。
「誰?」
「……森だ」
「森くん?」
 なんで蒼生の携帯に?


 森からの連絡は、ぽかりと空いたっていう日時と、ゲーセンに行こうっていう誘い文句だった。
 なんで蒼生だけ? あいつと一番仲いいのは冬矢なのに。森は、この前、同級生だった頃に蒼生のことが好きだったとか爆弾発言をした奴だ。今はもう友達だと思ってるとか言うけど、昔以上に可愛くて綺麗で美人な蒼生にもう一度惚れちゃったとしてもおかしくない。
 訝しんだオレと冬矢は、蒼生に同行を申し出た。すると蒼生はきょとんとして、「健ちゃんと冬矢も一緒に行くもんだと最初っから思ってるけど」と言った。
 それで、今日だ。待ち合わせ場所に行くとやけに目立つデカい体がぴょんと跳ねた。
「おー、野木沢。お疲れー」
「森くんのほうこそ、おつかれさま」
 昔のことを正直に告げられたからなのか、蒼生はすっかり警戒を解いてるみたいだ。そりゃオレらにするみたいなふんにゃりした可愛い可愛い態度とはずいぶん違うけど、完全な外モードじゃない。てことは、オレが代わりに警戒しなくちゃ。
 森は後ろからついてきたオレたちの姿に気付いたのか、明るい笑顔で手を振った。警戒、警戒。
「うん、うん。2人ともちゃんと来てるな。野木沢に声かけたら、笹原と寺田は絶対ついてくると思った」
 えっ。
 蒼生もくすくす笑ってる。
「だよね。絶対僕のほうがバーターだろうと思ってた」
 んん?
 つまり森は、オレたちをおびき出すためにわざわざ蒼生にだけ連絡したってこと……? んで、オレと冬矢はまんまとそれに引っかかったのか。えー。面白いことしやがって……。
 や、わかってたっぽい蒼生が得意げににこにこしてるのがすごく可愛いからそれについてはありがとうだけど。いやホント可愛いな。えっ、森の策略に気付いて黙ってたのにちゃんとオレを連れてこれたのがそんなに楽しいの? 蒼生が行くところにオレもついてくるだろうって信じてたの? うぐぐ、可愛すぎる……。
 冬矢が肘で森の脇腹を突っつく。
「珍しいな。おまえが人を騙すようなことをするとは」
「あっはっは。笹原が気付かないのは予想外だったけどな。あの溺愛っぷりを見てたら、ちょっとからかいたくなったんだ。すまん! でも、野木沢で釣られたことで、今おまえ闘志がみなぎってるだろ。そんな笹原と戦ってみたかったんだよ」
「……まったく」
 溜め息をつく冬矢の肩を、森がやり返すみたいにばんばん叩く。それから、ぱっとオレのほうを見た。
「寺田も来てくれてありがとうな! 寺田とはゲーセンで対戦してみたかったんだ。据え置き機のゲームも好きなんだけど、やっぱりゲーセンの空気が好きでさあ」
「わかる。なんかざわざわする感じが落ち着くんだよな」
「最近どう? 結構来てる?」
「いやー、大学近くのちっちゃいとこに時々行くけど、しょっちゅうじゃないな。デカいところは久し振りかも」
「そうなんだ、俺も滅多に来られなくてさー。ものすごく久々」
「やっぱ忙しいもんな」
「まあな」
 柔道家として年がら年中大活躍の森だ。ゲーセン大好きな奴なのに、忙しくてなかなか来られないなんて、ホント大変なんだなあ。でも、そんな中でちょっと時間が出来たからって一緒に遊びたいのがオレたちなのか。へへっ、それはちょっと嬉しいというか、誇らしいな。
 つか、昔から思ってたけど、ホント話しやすい奴なんだよなあ。毒気が抜かれちゃうっていうか。
「よーし。全力で挑むわ!」
「腕が鳴るなあ。笹原もガチでよろしくな!」
「はいはい」
 森を先頭に歩き出すオレたちの後ろから、蒼生が足取り軽くついてくる。
「んふふー。ガチの人たちの、ガチのバトル~。楽しみ~」
 うわっ可愛い! そわそわしてる。蒼生に期待されちゃってるんなら、マジでがんばろ。蒼生にいいとこ見せたいもん。蒼生にすごい! かっこいい! って思われたい!
 穴場だっていうそのゲーセンは、人がたくさんいるわけじゃない。かといって誰もいないわけでもない。うん、過ごしやすそう。クレーンゲームとかプリントシール機とかのコーナーを過ぎると照明もぐっと暗くなるし、目立たないほうがいい有名人の森にはちょうどいい感じだ。
「これこれ。懐かしくない?」
 森が立ち止まったのは、昔からあるバトルものの対戦ゲームだ。たしかに昔やったやつみたいだけど、ずいぶん絵が綺麗だなあ。前に見たのはもっと荒い絵だった気がする。
「シリーズの新作?」
「そ。第七の謎の勢力が突然台頭してくるというストーリーで」
「謎の勢力多いな」
 対戦形式は昔から変わらない、最大6人が入り乱れるやつだ。こっち側に3つ、あっち側に3つの席がある。
「野木沢もいっとく?」
「ううん。僕は特等席で見てる」
 オレは断然やってるほうが好きだけど、蒼生は誰かがゲームしてるのを見るのが好きだって言う。だからといって、ゲーセンですっげえ上手な人がいて人だかりができてても、そんなに長く見たりはしない。もしかすると、蒼生がずっと隣でゲームを見てるっていうのは、仲良しのバロメーターなのかも。たぶん、森は蒼生の中で「だいぶ仲良し」のランクにいるんだろうな。ちょっとヒヤヒヤする。
 席はなんとなく、森が手前、冬矢が奥に座ったから、オレが中央に座る。ちょうどその並びで台を眺めてたからってだけだ。すると蒼生は、流れるようにオレと冬矢の席の間、一歩下がったあたりに立った。……うん、だよな! 蒼生はオレたちの近くにいたいんだもんな! そうだよそうだよ。
 となったら、ますますやる気出てきた。オレの得意だったキャラクターもまだいるっぽい。今でもちゃんと技出せるかな。
「じゃあ、3勝で勝ち抜けな」
「オッケー。CPはなしでいいな。サブは0?」
「1で行こう」
「ゲージレベルは5で」
「了解」
 よし。
 …………っ。うわ。うわ。えー。マジか。
 いやブランクあるとか嘘だろ。
 ゲームが始まったと思ったら、あっという間に勝敗がついた。
 オレも冬矢も上手いほうだっつーのに、森が3勝全部持っていきやがった。
 マジかー。
「あっはっは。辛勝だったな!」
「やかましーわ。あ、サービスステージ始まるぞ」
「お。まだこのシステムあるんだ」
 対戦で全勝すると、勝った奴がボスと戦うステージに進む。負けた奴の画面ではミニゲームが始まり、そこで取ったアイテムをボス戦のサポートアイテムとして使うことができる。つまり、昨日の敵は今日の友、って感じになってるわけだ。一方的な勝負で険悪になってもここで仲直りができる仕組みらしい。まあ、サポートせずにもっとケンカになるパターンもあるんだけど。いや懐かしいなー、昔はボスと戦うために、わざと誰かを勝たせて全員で戦いに挑むなんてこともやってたっけ。
 ミニゲーム自体はそんなに難しくない。全員の画面はボス戦を違う角度から映していて、その端っこに表示されてるパズルをやってくだけだから、別に集中しなくても大丈夫だ。
「なあ蒼生、オレたちの敗因ってなんだと思う?」
 パズルを解きながら聞くと、蒼生は小さく首を傾ける。
「大きな実力差はないように思えたけど。森くんのキャラメイクが重さを重視してたでしょ。なのに、キャラの動きが鈍くなってなかったのは、たぶんコマンド入力が早いんだと思う。ふたりが行動を起こす前に、予測して対応してる、みたいな」
 はー、なるほど。後ろから見てる蒼生にはちゃんとそういうのが見えてるんだな。
「……つまり、俺たちは協力する必要があったというわけだ。俺と健太がそれぞれバラバラに行動した結果、どちらの動きも読まれてしまったということだろう」
 なんだかすっと腑に落ちる。その瞬間の敵を見誤るな、ってことだ。
 蒼生は身を乗り出して、オレたちのミニゲームを眺める。
「でもね、ふたりともバラバラではあったけど、見てて面白かったよ。なんだろ、プレイスタイルって性格が出るのかな。冬矢は技を出すタイミングとか攻撃の避け方がすっごい考えられてるの。健ちゃんは反射神経がすごくて、手数も多い。うーん、テクニックの冬矢に、パワーとスピードの健ちゃんって感じ。ふたりっぽくてなんだか嬉しくなっちゃった」
 あ、蒼生……。なんて可愛いこと言うんだ……。画面の中で動くプレイヤーキャラを見て、オレたちらしいなって? んで、オレたちの性格をそこに見つけて嬉しくなっちゃうの? こういうとこで、ホントに蒼生がオレのこと好きなんだなって実感するの、すっごく嬉しい。
 すると隣で冬矢がにぃっと笑って、そっと蒼生に顔を近付けた。
「何? それは、えっちの話?」
「えっ」
「えっ」
 オレと蒼生の声がハモる。おま……っ。えっ、えっちって……こ、こんなとこでっ。
 蒼生も顔を赤くして、小声で冬矢に抗議する。
「とっ、冬矢が変なこと言う……っ。しかも、今ちょっとなるほどって思っちゃったじゃん……」
 うっわ。そ、それは蒼生さん、反則ですよ……。だっ、ダメ押しってやつだよ、うわ、うわ、意識しちゃう……。
「あっ、蒼生、そんなふうに……」
 落ち着け。落ち着けオレ。あー、手元が狂う。うまくボタンが押せない。
「……ええとね。健ちゃんが力強くしてくれるのも、冬矢が器用にしてくれるのも、……どっちも気持ちよくて大好き」
 あ。
 ゲームオーバーになっちゃった。
 うわあ、蒼生が両手で顔を覆ってる。公共の場じゃなければ、今すぐにぎゅーって抱き締めてキスしたい。可愛い。そっか、オレがするの、気持ちよくて好きなんだ……! そっか……!
 難なくボス戦に勝った森が、にこにこと立ち上がった。
「勝ったぞ! サポートありがとな。途中からアイテムの供給が悪くなったけど、さては3人でイチャついてたな?」
 ぎく。
 森の言葉にオレはちょっと慌てるけど、冬矢は涼しい顔して席を立った。
「さあな。次の対戦、行こうか」
「うん、じゃあ次はあれだな!」
 こういう時、冬矢のポーカーフェイスって役に立つよな。なんか、森にはバレてそうだけど。でも森もその割には深く追求してくるわけでもない。わかっててほっといてくれてる感じがするんだよなあ。なんか、……やっぱすげえいい奴だ。
 それからは、いくつかのゲームで勝負した。オレと冬矢は、時には協力しつつ、時には全力で潰し合って戦っていく。そうすると、たまに森に勝てることもある。勝率は、冬矢よりオレのがちょっと上だ。森は、むしろオレたちが勝った時のほうが楽しそうだった。んで、オレたちが勝つと蒼生も嬉しそうだ。よしよし。
 さあて、次は。きょろきょろしてると、なんか見たことのないゲームがあった。柵に囲まれて広くスペースが取られてる。奥には横に長い画面があって、その前には、中央にギターが2本とベースが1本。左右にはキーボードと簡単なドラムセットっぽい太鼓が置かれてた。どれも観客側じゃなくて、画面に向かって設置されてる。完全に画面を見ながら楽器を弾くタイプのリズムゲームだ。でもこの規模のはなかなか見ないぞ。
「なあ、これ面白そうじゃね?」
 3人に声を掛けると、蒼生がぱちくりと目を見開き、森が機械を覗き込む。
「面白そう。僕はたぶん苦手だけど」
「へーえ。俺もこれは初見だな。寺田はできるのか? 見てみたいな」
 森は乗ってこないみたいだ。まあ、楽器だもんな。ゲームだからそんなに厳密じゃないだろうけど、得意不得意はあるだろう。そうすると、残るはひとりだ。
「なあ、冬矢、これで対戦しようぜ。蒼生を賭けて勝負だ」
「……ふうん。いいだろう。具体的には?」
「後でごはん食べる時に、隣に座れる」
「わかった」
 森が参戦しないなら、真剣に冬矢と勝負ができるってわけだ。オレがギターを抱えると、冬矢はすっとキーボードの前に立った。……ん? キーボード? できるのか?
「そっか、冬矢ってピアノやってたんだっけ」
 蒼生がぽんと手を打つ。そうだっけ。
「笹原のピアノ久し振りだな」
「森くんは冬矢が弾いてるとこ見たことあるの? いいなあ、僕、まだ見せてもらってないんだよね」
「あ、誤解しないでくれな。笹原は俺に見せようと思って弾いてたわけじゃないからな。小学校の頃、俺たちは同じ放課後児童館クラスに通っててさ。そこで楽器を何かひとつ習わなきゃいけない時間があったんだよ。それで笹原がピアノで、俺はタンバリンを習ってたんだ。それで見たことがあるだけだから」
 柵の外側でそんな話をしてる2人に、冬矢がくるりと振り向く。
「本当にそこで習ったきりだから、どうなるかわからないけどね」
 だけど、それでオレと勝負するつもりってことは、自信があるってことだろ。……いや、オレだってギターなんか音楽の授業で習っただけだけど、筋がいいって先生にも褒められたんだ。負けねえぞ。
 画面の奥から手前に向かってくる光に合わせて弾けばいいんだな。曲はちょっと前に流行ったやつ。リズムが速いけど、乗っかったら勢いでいける。選んでないパートの音は自動的に流れてくるから、それを目安に弾けばいい。弾くっつったって、幾つもあるボタンを押しながら弦っぽいワイヤーをはじいてくだけだけどな。うん、悪くない。あっ、でも、間奏のとこヤバい。めっちゃスピードアップしてきた。ぐっ。持ちこたえろ、オレっ!
 ……ぐぐぐ。
 さすがにパーフェクトとは行かねえか。そこそこイケたと思ったんだけど……。くっそ、オレの目の前には「2nd」の文字がでかでかと表示されてる。
「こんなもんか」
「っ、まだ今日の勝負は終わったわけじゃねえからな! 店を出るとこまで続くから!」
 振り向くと、蒼生が柵に突っ伏していて、森がからからと笑ってる。
「あー、笹原に1ポイントか」
 そうそう、そういうことだ。って、それより腕に顔を埋めてる蒼生が心配なんだけど。
「蒼生? どうかした?」
 慌てて駆け寄ると、俯いた蒼生の耳は真っ赤になっていた。……え? 森は蒼生を見下ろしてから、オレたちに向かって指をちょいちょいと動かした。その指が向かう方向にあるのは、蒼生が持ってる携帯だ。
「俺、初めて野木沢にガチトーンで“黙ってて”とか言われちゃった」
「へ?」
「笹原と寺田が演奏を始めた途端に野木沢がこれで撮影を始めてさ。おまえらが見事な演奏するもんだから、つい隣に向かってすごいなって話しかけたら、一言」
 蒼生がぱっと顔を上げる。真っ赤。可愛い。
「だっ……だって、ふたりのかっこいい姿を撮っておきたくて……。なるべく音楽だけにしたかったから……。ごめんね、森くん」
「いーや、むしろ滅多に見られない野木沢を見られて楽しいよ。その姿こそ撮っとくべきだったな」
「それはその通りだ。おまえは気が利かないな」
 冬矢がぴしっと言い放って、森ははじかれたように笑う。この2人、ホントに仲良しなんだな。冬矢の言い方は棘があるように聞こえるけど、ただの冗談だ。冬矢はそんなふうに軽く冗談が言えるし、森もこれが冗談だってわかってる。きっと蒼生もそう思ってるんだろうな、まだ赤いままの頬で2人を微笑ましく見守ってる。
 でも、冬矢が言ったのには真剣に同意する。オレもそれ見たかった。ちょっと悔しい。だけど、かっこいいから撮影したいって蒼生が思ってくれたのが嬉しくて、それだけで充分って気もする。蒼生って自分が写真に写るのが好きじゃないせいか、他の人のこともあまり撮りたがらないんだ。それを自分の携帯の中に残しておきたいと思ってくれるのってよっぽどのことだから。んふふ。
 蒼生は誤魔化すみたいに、ぷるぷると首を振る。かっわいい。
「えっと。ねえ冬矢。ポイントってことは、これまでの戦歴もポイントつくの?」
「いや、これはあくまで俺と健太が直接対決した時のものじゃないかな。でなければ、協力して森を倒す時に不利になる」
「あ、囮になるのを躊躇う可能性があるってことだね」
「もちろん、蒼生がオレたちの活躍を判定して独自のポイントを付けてくれてもいいんだぜ」
「えっ? でもそれじゃ、どっちにもたくさんポイント付けちゃって、収拾つかなくなる自信があるよ」
 わ。なに、その超可愛い自信。
 すると、オレたちの様子を眺めていた森が蒼生の側に寄る。
「なんか全然普通に受け止めちゃってるけど、野木沢って自分が賭けの対象になってることについては嫌じゃないの? 賞品扱いとは感じない?」
 はっとした。オレの脳裏に、この前見たあの特撮ヒーロー映画の、ヒロインとお姫様に取り合われてげんなりしてる主人公の姿が浮かんだ。見てた時にも思ったけど、……。自分を巡って勝手に勝負をされているどころか、そうか、賞品扱い……。そんなの、気分が悪くて当然だ。
 けど、オレたちが何か言うより早く、蒼生はきょとんとした顔で首を振る。
「全然。嫌じゃないよ。むしろ嬉しいくらい」
「そうなんだ?」
 へえと目を瞠る森に、蒼生は柔らかい笑顔を向けた。
「だってふたりとも僕の彼氏だもん。これで健ちゃんと冬矢が本当にお互いのことが嫌いで、ケンカするつもりで勝負してるんだったら寂しいけど、そうじゃないからね。ちゃんと尊重し合った上で、僕の取りっこしてるの。しかも、負けたら付き合うのやめろみたいなことも絶対言わないんだよ?」
 えっ。
「たしかに。三角関係のライバル同士ってもっとギスギスしてそうなのに、野木沢の彼氏たちはそんなふうには見えないもんな」
「でしょう? もちろん、ふたりだからいいんであって、他の人と僕を賭けるようなことはしてほしくないけど。……あっ、決して森くんとふたりが戦うのが嫌っていうわけじゃないからね」
「あはは、何を変な心配してるんだ。笹原たちと対決するのは楽しいけど、俺は野木沢を賭けるつもりはないよ。野木沢にはきっかりフラれてるんだ、今更その条件で勝ったところで俺にはなんのメリットもないだろ。賭けるとしたら、そうだな。そろそろ喉が渇いたことだし、全員分のジュースを賭けて勝負してみないか」
 動揺してるオレをよそに、森は笑いながら近くにあったクイズバトルの筐体をぽんと叩いた。
「これなら野木沢も乗っかってくれる?」
「ふふ、いいね」
「いやー、このゲーセン、口コミで選んだんだけどさ。多人数で一緒に出来るゲームが多くていいなぁ。うん、当たりだったな。……ほら、笹原も寺田も、座りなよ。不戦敗にするぞ」
 そりゃマズい。慌てて席に座ってから隣の席を見ると、冬矢も何かを言いたそうだった。たぶん、早く蒼生と話したいんだと思う。オレもそうだからだ。
 えっと、これのルールは、問題に4択で答えてくんだな。正解数と、正解するのにかかった時間で順位が決まるらしい。ってことは、わかんなかったら考えてないでとっととボタンを押して偶然に賭けるしかないってわけだ。
「ジャンルが選べるんだね。どれにしたらいいんだろう」
「俺はなんでもいいよ」
「そうだな。俺も。じゃあ、ここは寺田が決めるってことで」
「オレ? えーっと。歴史とか、そういう知識があるやつはオレが不利な気がするから、ここは公平に時事問題がいいです」
「おっ、渋いね」
 同じクラスになったことがないから、森の実力がわからない。なら、最近ニュースとかで聞いたことがありそうなやつがきっと無難だ。たしか柔道部は文武両道とかなんとか昔聞いた気がするから、授業をきちんと聞いてれば出来る系統のは避けたほうがよさそうだと思う。それに、流行・トレンドってやつは、たぶん蒼生が苦手だ。
 ぴこぴこ電子音が鳴って、ゲームが始まる。これ、きっと最新の情報が常に入ってくるんだろうな。ホントに先週起こったような出来事までクイズにしてきてる。あ、でも、今年のスポーツの話題が結構多いな。助かる。今年海外移籍したサッカー選手の所属チームね、うん、わかるわかる。えっ、今年の夏に行われた会談……知らないから、とりあえず一番右のボタンだ!
 ってやってたら、適当に押したやつがかなり当たったっぽい。当然の顔をして冬矢が満点を叩き出したのはもうほっといて、オレの成績は蒼生に迫るくらいだった。
「わー、すごいね、健ちゃん!」
「ありがと、蒼生。めちゃくちゃ勘が冴えてたみたい」
 森はわざとらしく肩を落としてみせる。
「あと1つ勝っておけば、寺田に勝てたんだがな。まあ、勝負だから仕方ない。それじゃあ俺が買い出しに行ってこよう」
 そう言ってオレたちから細かくリクエストを聞いた森は、がっかりした演技をさくっとやめて、楽しげに自販機のコーナーに向かっていった。今だ。
 オレと冬矢が同時に蒼生に詰め寄る。まずはオレが先だ。
「なあ蒼生、そうなの?」
「へ? 何が?」
「あ、ごめん。ほら、さっきの。オレたちに取りっこされるの嫌じゃないって」
 蒼生が、ああ、と言って笑う。
「うん。嫌じゃないよ」
「オレたち以外だったらダメなんだな」
「うん。たとえば、そうだなあ」
 すっと立ち上がり、蒼生はオレの座ってる椅子の端っこにちょこんと座る。
「たとえばの話だよ? そんな人はいないと思うけど、僕に気がある誰かがいたとして、その人が健ちゃんと冬矢に僕を寄越せって言って勝負を挑んできたとするでしょ。……そしたら、そんな勝負は絶対に受けないでほしい」
 笑ってるけど、蒼生の目は真剣だ。
「……オレたちが負けると思ってる?」
「まさか。違うよ。健ちゃんも冬矢も強いもん。……そうじゃなくて、一瞬でも向こうに可能性があるかもなんて思われるのも嫌なんだ。僕には健ちゃんと冬矢だけだよ。ふたりにだけ愛されていたい」
 蒼生。
 オレは、蒼生の手をぎゅっと握る。すると、緊張がほどけた時みたいにふんわりとした笑顔に戻った。
 冬矢も蒼生の隣に座り直し、蒼生の顔を覗き込む。
「蒼生は俺と健太が嫌い合ってるとは思っていないんだね」
「うん。だって、そうでしょ。よく張り合うし、不思議な小競り合いしてるなあとは思ってる。でも、僕の大切なひとを大事にしてくれてるんだなっていうのも感じるもん。嫌いだったらそんなことしないよね。僕から大好きなひとを奪わないところが大好き」
「じゃあ、これからも俺たちは蒼生の取り合いをしちゃうよ?」
「いいよ。さっきは森くんがいたから惚気てるみたいで恥ずかしくて言えなかったんだけど、そうやって僕に関するちっちゃな権利で戦う健ちゃんと冬矢、ふふ、すっごく可愛くて大好きだから……」
 え、蒼生、照れてる。
「うわっ。オレの恋人めっちゃくちゃ可愛いな!」
 思わず思ったことが声に出た。可愛い。可愛すぎる。オレのことまで可愛いとか言っちゃう蒼生のほうが絶対可愛い。
 そこに、パックのジュースを4つ抱えた森が戻ってきた。
「なに? また3人でイチャイチャしてたのか? 目を離すとすぐにイチャつくんだから、仲良しだなあ」
「そういうおまえはちゃんと全員の要望通りに買ってきたのか?」
「もちろん。はい、どうぞ」
「ありがとう!」
 森はなんだかニヤニヤしてる。冬矢が質問に答えなくて質問で返したことが、あまりにもあからさまな話題ずらしだったのがバレてるんだろうな。
「じゃあ飲み終わったら、また勝負始めような。野木沢にもポイントが入ったことだし、ここからは全員ポイント制だな」
「えっ。健ちゃんと冬矢のポイントでしょう?」
「笹原たちのとは別のポイントだよ。さっきの話みたいに、勝敗だけじゃなくて活躍でもガンガン付けていこうじゃないか」
「それが溜まると何か起こるの?」
「きっと何か起こるさ」
 適当な答えだなー。森自身、それを溜めたところで何かしようとか考えてるわけじゃないのか。ただ、ポイントを溜める遊びをしたいだけなのかも。それを聞いた蒼生が嬉しそうだったから、オレもそれに乗ることに決めた。
「じゃあさ、さっきの楽器のゲーム、今度は全員でやらない? レベルをちょっと下げれば適当に弾いても大丈夫そうだったし、今度はオレ、ベースやりたいな」
「ふふ、そうだね。さっきの健ちゃんたちの演奏が楽しそうだったし、僕もやってみたい」
「それなら、森はドラムのパートだな。タンバリンを習っていたんだから」
「ああ、……ん? リズムセクションって意味じゃ同じ、か? なるほど。……? いや、そうか?」
 首を捻る森に、オレたちは顔を見合わせて笑った。

 ポイント制になってから大した時間も経ってないのに、全員引くくらいのポイントが付いた。活躍したと思ったら自己申告でも他評価でも好きにポイントを付けていいっていう仕組みだったからな。それは自分以外の評価だけだったら森に不利だろうからと作った適当なルールだ。そのせいで、オレたちと蒼生がお互いにぽんぽん付けてく横で、森も自分にがしがし加点していったから、訳がわからん点数になってた。これは果たして制度として成立してるんだろうか。
 まあともかく、ひとしきり遊び倒したオレたちは、森がよく食べに来るっていうレストランで夕飯を食べることにした。全部の席が個室になってる店だ。前に冬矢が森と行ったのも個室だったっていうから、やっぱり目立つのを避けてるのかもしれない。有名な柔道選手ともなれば、きっとそういう配慮も必要なんだろう。大変だなぁ。
 案内された少し広めの部屋に入るなり、蒼生の隣は冬矢が陣取った。……くっ。とはいえ、これは、オレが勝負に負けたせいなんで、しょうがない。悔しいけどさ。でも、向かいに座った蒼生は、オレと目が合うと嬉しそうに笑った。えー、可愛いー。へへへ。じゃあいいや。蒼生の可愛い顔をずっと見てられるんだから。
「ここさー、通いすぎて俺の専用メニューがあるんだ」
「専用メニュー? すごいね」
「スポーツ選手向けのメニューなのか」
「そう。もともとスポーツ選手がよく来る店なんだよ。普通のメニューも美味しくて、特に肉系がオススメ」
「よくわかんねえタイトルのやつが多いけど、なんか美味そうだな」
 森はその専用コース。オレたちはメニューにあるコース料理にして、メインを森がオススメだっていう肉料理の中から選んだ。たしかにどれもこれもめちゃくちゃ美味しい。んで、ボリュームがすごい。蒼生が少し持て余してたから、その分ちょっと味見させて貰ったりして。うん、蒼生が頼んだのもすっごい美味しい。
「そういえば寺田、あれやった? シロシロのオンライン版」
 すっかり皿を綺麗にした森が、突然懐かしいゲームの名前を口にする。へー、森も知ってるんだ。
「あれな。やりたいと思ったんだけどさー。昔のやつと違っていつでもどこでも出来るぶん、やんなきゃいけないこと多そうだろ。そんなこんなで結局やってないんだ」
「わかるわかる。やってる後輩がいるんだけどな、日ごとミッションがあって毎日数時間取られるらしい」
「マジでか。それは結構なアレだな。しかもあんまり話題になってないし」
「俺も後輩から聞いて初めて知ったんだよ。内容自体は面白そうなんだけど、あんまり自由時間を削られるのもな。そうか、寺田もやってないか。いや、昔プレイしてた奴の感想が聞けたらな、とちょっと思っただけなんだ」
「そりゃすまん」
「いや、やっぱり据え置き機の頃とオンラインでは違うもんな」
 中学生の頃によくやったから懐かしいなーとは思うものの、そんなにかかるんなら手は出しづらいかも。それでなくともユーザー同士で協力してプレイするタイプで、やってない時にも誘いの連絡がいっぱい来るっていう話だし。昔だったら面白そうだと思ってやってたかもしれないけど、今は蒼生との生活のほうが大事だから。
 その大事な大事な蒼生は、オレと森がそのゲームで使ってた武器とか好きだったイベントとかの話をしてるのをしばらく聞いてから、きょとんと首を傾げる。
「有名なゲーム?」
 あー、そっか。蒼生って全然ゲームしないわけでもないけど、自分から進んでやることもあんまりない。ちっちゃい頃からそうだった。だから、オレが目の前でやってないゲームのことは詳しくないんだ。
「んーと、そこそこ、な。サッカー部の連中の間で流行ってたRPGでさ。その、……絵とか展開が、ちょっと、……えっちな感じでー……。それで、自分の部屋でこっそりやってたから、蒼生は知らないかもしれないかなー……」
 蒼生が表情を変えずに「ああ」と頷いてくれたのに、冬矢は視線を冷たくする。しょ、しょうがねえじゃん、そういうのに興味を持っちゃうお年頃だったんだからさ。しかもそれ系のって、蒼生の前でやるのがすごく恥ずかしかったんだよ。
 森は爽やかに笑う。
「ふーん、昔の寺田って野木沢に対してそういう感じだったんだ」
「あー、その、純情で純真無垢な幼馴染み同士なんで……」
 ふたりの視線が、温度は違うけど妙に刺さってきて、オレは勢いよく体ごと森のほうを向く。
「いやー、そんなわけなんでスポーツ少年の森がやってるイメージはなかったな! 知ってたの意外だなあ!」
「はははっ。寺田だってスポーツ少年だったろ。うちの部活でも流行ってたんだよ。友達に誘われてやってみたら、バトルシステム自体が面白くてやり込んでたんだ。それに、いかがわしいと言ってもそこまで生々しいわけでもなかったし。なあ、笹原」
「……俺に振るな」
「? 冬矢もやってたの?」
「いや、そういうわけじゃないよ。ただ、まあ、森がやっている画面は見たことがあるかな。たしかコマンドの入力が独特で興味深かった記憶がある」
 どことなく冬矢は話題をそらそうとしてるみたいな感じがした。森が言ってる通り、中学生だったから刺激が強かっただけで、今考えたらホント大したことないんだから、別に知ってたってなんてことないと思うんだけどな。冬矢もそういうのを蒼生に知られるのが気恥ずかしいんだろうか。
「ふうん。エヌブレとは違う感じ?」
 蒼生が有名どころのRPGの名前を挙げる。今でも新シリーズが出てる超人気なゲームで、蒼生もちょこっとやってたはずだ。それを聞いた森が嬉しそうに頷く。
「お、野木沢もエヌブレ好き? うん、結構違うかな。職業がないんだよ。自分でパラメータ振り分けて、使える技も自分で選ぶんだ」
「なかなか複雑そうだね」
「そう。だから仲間内はほぼ一直線にしか育ててなかったな。剣だけとか魔法だけとか。でも育成に気を取られてみんなあんまり内容を覚えてない」
 思わず深く頷いてしまった。そうなんだよ。計算してやれば万能キャラを作れるらしいんだけど、めんどくさくてオレのキャラはいつも両手剣使いだった。
「エヌブレはストーリーが面白いよな。物語を読むように進められるところが好きなんだ。ちなみに野木沢はどんなパーティを組んでた? 俺は勇者、格闘家、格闘家、治療士」
「森くんらしい力強いメンバーだね。僕はオーソドックスに、勇者と戦士と魔導士と治療士が好き」
「結局それが一番バランスよくてやりやすいんだよな、わかる。極端なのも面白いけど」
 そう言った森は、蒼生からオレ、それから冬矢に視線を巡らせながら、ひとりでなんか納得したように腕を組んで頷く。
「なるほど、バランスがいいな」
「へ? なんの話?」
「俺たちがパーティ組んだら、の話。肉体派2人に頭脳派2人だろ」
 蒼生と冬矢が顔を見合わせる。オレもなるほどと思う。
「あー、そっか。森はひたすらパワーがあるから、格闘家か……戦士もアリだな。重い武器でも使いこなせそうだし」
「そう言う寺田は、チカラだけじゃなくてスピードもあるだろう。だとすると、武闘家か剣士か、あるいは戦闘にスキルを振った探検家なんかいいんじゃないか?」
「ヤバいな、オレの可能性無限大じゃん」
 これ、楽しいな。もしもゲームの登場キャラだったら、って話は他の奴らともしたことがある。でも、もしもの話だったし、現実味がまったくなかった。けど今この部屋にいる4人だったら本当に戦えそうな気がする。
 森は目の前にいる冬矢の頭から手の先までをじいっと眺める。
「……気色悪い」
 文句が出るけど、森は全然気にしてない。だろうな、気にしてたら冬矢の友達はやってられないと思う。
「そうだなぁ。笹原は、躊躇なく威力の高い攻撃魔法を繰り出しそうなイメージだ」
「はー、やりそう。それでいて武器も器用に使いこなすんだろうな」
「だとすると、魔導士っていうより賢者かな」
 すると、にこにこ笑ってオレたちの話を聞いてた蒼生がぱちぱちと瞬きして首を傾げる。
「魔法も剣も扱うんでしょう? それなら冬矢は勇者じゃないの?」
 冬矢が?
 うーん。
「冬矢が勇者……。こんなイイ性格な奴が勇者はちょっとなぁ……」
「ふぅん……。健太も言ってくれるじゃないか」
「あっ。ほらな! めっちゃ悪い顔するだろ!」
 こういう黒い笑顔浮かべる奴が主人公じゃ、すっげぇダークな物語になっちゃいそうだ。
 だけどその邪悪な笑顔は、隣の蒼生に向かうとものすごく柔らかくなる。
「蒼生は、そばにいてくれるだけで癒やされるから、治療士だね」
「えっ」
「それは間違いない。回復魔法使うの可愛い」
「あの」
「俺も賛成」
「えぇ……」
 困った顔で、蒼生はオレたちを見る。どういう態度を取ったらいいかわかんないんだろうな。可愛い。
 でも。
 オレは、どんっ、と勢いよく拳を振り下ろす気持ちで、机をとんと叩いた。
「でもよく考えたら無理。蒼生を戦闘になんか出せない」
「ぼ、僕ってそこまで弱そう?」
「じゃなくて、戦いになって、蒼生がもし少しでもケガしちゃったら、オレが目ぇ回して倒れそうだから」
 また言葉を探してる蒼生を見つめ、冬矢は深く首を縦に振る。
「ああ。たしかに、ケガなんてさせられないな。世界じゃなくて、蒼生を守りたくなってしまう。蒼生のためなら世界なんて滅んでもいい」
「笹原のその発想は魔王側なんだよなあ」
 森がそう言って大声で笑うと、蒼生は少しほっとしたように表情を和ませた。森の言葉で、なんとなく冗談っぽい雰囲気になったからかな。だけど、たぶん、……冬矢は本気なんだろうなあ。世界の何よりも蒼生が大切なんだろう。もし何かとの選択を迫られたとしても、冬矢は蒼生を選ぶ。それはオレも同じだ。
 冬矢は森にちらりと視線をやると、もう一度蒼生のほうを向く。
「問題は、森をパーティに入れるかどうかだな」
 わーお。にこやかに追放宣言。魔王って言われたのが気に食わなかったんだろうか。ちょっと面白い。
「おっ。俺を抜く理由を聞きたいな」
「パーティの4分の3がカップルでは居心地が悪いだろう」
 ! オレはつい噴き出した。そりゃそうだ。めちゃくちゃお互い気まずい気がする。普段の旅もそうだけど、宿の部屋分けとかどうすんだ。1対3じゃ宿の人に「ん?」と思われるし、かといって一緒の部屋は困るな。
「しかもおまえはかつて蒼生に懸想していたとかぬかしていたよな。そんなギスギスしたパーティで世界が救えるか?」
「ははは、たしかにおまえらは気が気じゃないだろうな。だが自分で言うのもなんだが、俺は強いぞ」
「っ、そうなんだよなぁ~っ!」
 ううむ。どうすべきか。強さを取るか、ラブラブでイチャイチャな甘く楽しい旅を取るか。難しい問題だ。
 森は楽しそうにグラスを空にする。
「とまあ俺は勝手に自分が強いと思ってるんだが、実際に俺たちが取っ組み合いのケンカをしたら誰が勝つだろうな。寺田だってずっと鍛えているじゃないか」
「ええ? 急に現実の話かよ。……うーん、オレのは、どうかな。体力は自信あるしある程度腕力もいけるだろうけど、実戦に向くかっていうと……」
「まあ、武術をやってるわけじゃないもんな」
 勝手にもなにも、森が強いのは事実だ。取っ組み合いなんて、一番避けるべきじゃないかな。絶対にこっちが不利になる。
 冬矢は呆れたように首を振った。
「おまえの強さは認めるよ。むしろそうでなければマズいだろうに。俺たちのような素人に負けるようでは、国もおまえに代表を任せられないだろ」
「そりゃそうだわ。森は圧勝だな」
「なるほど、俺は負けちゃいけないわけか」
 それから冬矢はオレのことも同じ顔で見た。
「健太もだろう。森が言うのも間違いじゃない。毎日トレーニングをしているんだ。残念ながら、俺は腕力では敵わないだろうな。腕力では」
「他のもんで勝つ気満々じゃねえか」
 負けるつもりが全くないセリフだけど、たしかに、うん。そうか。普段から、買い物の重い荷物とかはオレが持つもんな。そのへんでも鍛えられてるはずだ。
 すると今度は、森が蒼生に向かって笑いかける。
「じゃあ、笹原と野木沢はどっちが勝つと思う?」
「えっ」
 蒼生はぴっと姿勢を正す。オレもちょっと「えっ」と思った。取っ組み合いのケンカって言われて、そのメンツの中に蒼生が含まれてるとは思ってなかったせいだ。蒼生もきっとそうだったと思う。蒼生が誰かとケンカするなんて、想像も出来ない。口ゲンカでさえ嫌がる蒼生だぜ?
 うーん、でも。
「……意外と蒼生が勝つかもな。腹くくった時の蒼生ってマジで折れないし」
「そ、そうかな……。冬矢と……? ……ううん、でも……」
「っつーか、そもそも蒼生が冬矢を殴れるはずもねぇけどな」
「それは俺もだが」
「オレもそうだったわ。蒼生相手だったら一瞬で不戦敗を選ぶ自信があるわ」
 蒼生は反応に困ってオレと冬矢を見比べ、なんでだか森は満足そうに頷いてる。
 んー。蒼生と取っ組み合いが出来ないのは当然だ。ケガすんのが嫌で戦闘に出せないとか考えちゃうくらいだし。だから客観的に数値で考えてみる。前にやったスポーツ測定では、オレから見ればふたりともそんなに大きく差はなかった。蒼生のほうがちょっと体力がなくて握力も弱いくらい。なのに、背筋とかジャンプ力とかで冬矢に勝つこともある。だからたぶん、蒼生は本当に嫌だったら冬矢のことを拒む力があると思う。でも、拒まない。オレのことだって、やだって言ったらやめるつもりなんだから、蒼生は受け入れなくてもいいんだ。それもしない。つまり、それは蒼生が「本当に嫌」じゃないからだ。
 蒼生はオレたちを、心の底から受け入れてくれてるんだと思う。すごいことだ。
 森はぱんっ、と膝を叩いた。
「あっはっは。前提条件がおかしかったな。取っ組み合いは無理か。だったら、腕相撲くらいにしておこうか? いや、余計に純粋な勝負は見込めないな。明らかに優勝は野木沢だから」
 どういうことだ? 話が見えなくてぽかんとすると、蒼生も不思議そうに森を見た。
「なんで? 今までの話を聞いてると、健ちゃんと冬矢はもしかしたらそうかなって思うけど、僕、森くんに勝てるとは思えないよ」
「いやいや。勝負とはいえ野木沢の手を握ろうもんなら、そこの2人が全力で止めにかかるだろ。さすがに3人がかりじゃ勝てないさ」
 お。
「へーえ、わかってんじゃん」
「じゃあ戦うこともなく、野木沢が優勝ということで」
「おめでとうございます」
「えっ、……えー……」
 オレと森が芝居じみた仕草で頭を下げると、蒼生は目をぱちくりさせて、救いを求めるように冬矢を見る。すると冬矢は流れるような所作で、すっと蒼生の両手を握った。
「優勝おめでとう」
 そう言いながら、冬矢はこっちに向かってにやっと笑う。
 あっ。
「俺の目的はこれだけだ」
 うわー、こいつ、しれっと蒼生の手を握るっていう目的を達成しやがった。次の瞬間にはオレたちを無視して嬉しそうに蒼生を見つめる。くっそ。じいっと見つめられた蒼生は、たぶん森がいるから表情を崩すわけにもいかないんだろうな、唇をもごもごさせてる。その顔が可愛いからいいけどさあ。
 森はやっぱりそれすらも楽しそうだ。
「これは笹原の頭脳勝ちかな。寺田は黙って見てていいのか、あれ」
「うーん。さっきの勝負で負けたからなぁ。ただし、その効力は“隣に座る”だけだからな。立ち上がったら話は別だ」
「あはは、なるほど。おまえら、本当に面白いな」
 そう言うと、森はスティックサラダの人参を口に放り込んだ。

 森とは、その部屋の中で別れた。
「また暇見て遊ぼうな。年間ポイントで競っていこうぜ!」
 よっぽどポイント制度が気に入ったんだろうな。最後までその話をしてた。蒼生は楽しそうに「うん」と笑い、冬矢は肩をすくめて頷き、オレも森と拳を合わせて約束した。
「はー、すっきりした。あんなにガチで次々に対戦したの久し振りだったからなー。楽しかったな」
 夜の道には人の姿はほとんどない。でも周りのお宅に迷惑だから、ボリュームを控えめにしてふたりに話しかけると、ふたりとも頷いて返してくれる。蒼生も気が抜けたのか、可愛いにこにこ顔だ。
「健ちゃんも冬矢もムキになってゲームしてたね。ふふ、真剣な顔をたくさん見られてラッキーだったな」
「蒼生だって的当てのやつ、結構頑張ってたじゃん」
「みんなが煽り立てるから、つい夢中になっちゃったんだよ。あの時、手、ぶつけちゃってごめんね」
「えー? 全然痛くなかったし、蒼生が夢中になっちゃうの可愛かったから気にしないで」
 歩きながら蒼生に寄っかかるように肩を寄せると、蒼生は目をぱちくりさせて、すぐに押し返してくる。えへへ。おしくらまんじゅうみたい。可愛い。きっと蒼生は、家に帰ったとたんにオレの腕に飛び込んでくるだろう。だって、オレも蒼生を抱き締めたいもん。いや、いっそ今でも。
「森くんも楽しそうだったね」
 あ。
 ぱっと蒼生が顔を上げたので、オレは抱き締めるタイミングを失ってしまった。あー、可哀想なオレの両手。
 オレたちを後ろから見てた冬矢が、はあっと息を吐いた。
「森も真面目な奴だからな。うまいこと息抜きはしているつもりなんだろうが、時々発散したくなるんだろう。……俺たちは手の内をさらしているから、あいつ自身も気が楽なのかもしれないな。まあ、ストレス発散が必要なのであれば、付き合ってやろうじゃないか」
 そっか。オレたちと森は、素で遊べる友達同士なんだな。そんで、バレてるから関係を隠す必要もないってことか。つまり、オレたちにとっても気の休まる相手なのか。そうだよなー、どんなにガチで戦っても雰囲気悪くならない相手って貴重だ。
 その時、蒼生がオレの行き場をなくした右手を掴み、ひょいっと自分の右肩に乗せた。かっ、かわぃ……っ。オレが肩を抱く格好になったじゃん。えっ。可愛い。好き。
「それじゃあ、今度こそ森くんに勝てるように、練習しておかなくちゃね」
「ああ、そうだな」
 もちろん黙って見てるはずがない冬矢が反対側に歩み寄り、蒼生の腰を抱く。3人でぎゅうぎゅうになって歩きづらいけど、蒼生の体温が伝わってくる。気持ちいい。人がいない道、最高。
「ふふふ」
 オレの肩の近くで、蒼生が小さく笑う声。
「ん?」
「どうかした?」
 蒼生は嬉しそうにオレと冬矢の顔を交互に見つめる。
「ううん。さっき、僕といると癒やされるって言ってたでしょ。でも、僕もふたりの存在にすごく癒やされてるんだよなーって思って」
 あ、さっきのRPGのキャラクターになったら、の話か。
「……癒やされてる?」
「すーっごく。でもね」
 街灯に照らされる頬は、ちょっと赤い。
「家に帰ったら、もっと癒やしてもらう予定なんだ。……どうかな?」
 えっ。
 そ、そんなの、
「もちろん! そうしよ! 蒼生にもいっぱい癒やしてもらう!」
「んふふ、やった」
「じゃあ早く帰って、早くお風呂沸かさないとね」
「うん!」
 ああ、なんて可愛いお誘いなんだ! ふわっとほどけたような笑顔がマジで……可愛い。毎秒毎秒、更新する勢いで可愛い。愛しい。大好き。
 本当に、さっきの話じゃないけどさ。蒼生が生きるこの世界の中で、オレはただのそこらへんの登場人物じゃなくて、最重要人物でいたいな。勇者じゃなくても、武闘家でも探検家でも戦隊ヒーローでも主人公を取り合うヒロインでも、なんでもいい。蒼生にとってのヒーローでいたい。そうでありたい。
「? 健ちゃん?」
 きょとんと蒼生が首を傾げる。
「んーん。なんでもないよ。蒼生とずーっと一緒いたいな、って思っただけ」
 愛しい蒼生と。
 大好きな蒼生と。
 ずーっと。
 蒼生は柔らかな笑顔に戻って、こくん、と頷く。
「うん。そうじゃなくちゃ、困るよ。僕はそのつもりなんだから」
 困るか。
 そうだな。
 ……願わくは。このままずっと、同じ物語を紡いでいきたい。
 なんとなく、そんなことを思った。
 へへ、かっこつけすぎかな。

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