97こ目;まっさらなシーツの海で
もう実際の日付だと2月になっちゃっておりますが、こちらの世界はまだ元旦です。
というわけで、初日の出を見に行ったあとのお話をお届け。
もちろん1年の初めですから、物理いちゃいちゃもしようというものです。
改めまして、本年もよろしくお願いします!
↑初公開時キャプション↑
2024/02/09初公開
https://pictbland.net/users/series/kazanet-tk/%E5%83%95%EF%BC%8B%E5%90%9B%E2%86%92Waltz%EF%BC%81
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玄関のドアが開くと、しーんとしていた家の中にビニール袋のがさがさという音が響いた。
「うーん、買いすぎちゃったかな? 結構重かったぁ」
「あはは。なんつーか、気分が盛り上がってあれこれ買っちゃったもんな! けど、大丈夫大丈夫。食べきれない量じゃねえよ」
「日持ちする食材も多いからね。とりあえず冷たいものは早めに冷蔵庫にしまっておこうか」
同時に溢れる賑やかな声で、電気の点いていない廊下も急に明るくなったように感じる。今日も3人で無事に家に戻ってこられた安堵感に、蒼生はほおっと息を吐いた。
「蒼生は先に行ってエアコンをつけてくれる?」
「はーい」
冬矢の言葉に頷いた蒼生は、荷物をふたりに任せてリビングに入る。初日の出を見るために夜明け前に出て行った部屋は、しばらく無人だったせいでしんと足元から寒い。スリッパの中で足の指先を擦り合わせながらリモコンを手に取って暖房のボタンを押すと、程なくして機械の動く音がする。それを確認して振り返れば、健太と冬矢が買ってきたものの袋をすべてキッチンに運び終えたところだった。
ぱたぱたと近付き、ふたりが作業をしているのを上から眺める。気が付いた健太がちょいちょいと手招きするので、その横にしゃがみ込んだ。健太が持っているのは、何も書いていない白い紙箱だ。
「蒼生、これ、なんだかわかる? 買った記憶がないんだけど。なんかずっしりしてる」
「健ちゃんが木彫りのおもちゃを見てる時に、隣のお店で買った羊羹だよ。普通のと、栗が入ったやつ。特売になってたの」
「あー、それでこの重さか。羊羹って常温? 冷蔵庫には入れなくていいんだっけ」
「うん」
「それじゃあ蒼生、それをしまうなら、健太が買ったこのサツマイモチップスも一緒に」
「はぁい、おやつ棚にしまっておくね」
健太と冬矢に手渡された箱と袋を両手に持って眺め、蒼生はにっこり笑って鼻歌交じりに立ち上がる。
食器棚の一部を仕切って菓子を入れてあるところが通称「おやつ棚」だ。気になったスナック菓子や新発売のチョコレート、よく食べる飴などが詰め込まれている。ここに入れたものについては、誰でも勝手に食べていいことになっていた。どうしても自分で食べたいものがあれば、それにだけ名前を書いておけばいい。だが、名前の書かれた菓子は入ったことがないし、それでトラブルが起きたこともない。
新入りの菓子を丁寧にしまっていた蒼生は、棚の奥、見えない場所にこっそりと収められていたピンクのパッケージに気付く。金色の箔がきらきらと輝くそのデザインは、蒼生が毎年楽しみにしている、期間限定のいちごチョコレートのものだ。今年も無事に発売されたのだと嬉しくなる。そしてそれ以上に、健太か冬矢が自分のために買ってきてくれたことのほうがとても嬉しい。隠してあるのだから、きっと後で驚かせるつもりなのだろう。その時にちゃんとお礼を言って一緒に食べよう、とひとり頷き、ぱたんと棚の扉を閉じた。
ふたりのほうに視線を戻すと、健太が分厚いベーコンの塊を冬矢に手渡している。金色のラベルが貼ってあるパッケージで、普段店頭に置かれている商品とはデザインが違う。おそらく歳暮用セットの売れ残りをばらばらにして商品にしているのだろう。道の半ばにあった緑のテントの店には、そんなバラ売りの安い商品が山積みになっていた。普段は買わないような商品が数多く並んでいる光景は、見ているだけでも気分が高まるものだ。蒼生はそれを買った時のことを思い出し、弾むような軽い足取りでキッチンに入った。
「それにしても、お正月も朝市やってるなんて知らなかったね。楽しかったぁ」
「なー。商店街の人たちと年明けの挨拶しながら買い物するなんて今までやったことなかったから、新鮮だったよな。なんか地域に馴染んでるみたいですっげえ面白かった! 気が付かなかったけど、よく見てたら掲示板にお知らせとか貼ってあったのかな? オレらの実家近くの商店街って、正月はみーんな休みだったじゃん。だからこっちもそうなんだろうと思ってたけど、場所によるんだなあ」
「普段は地元の人が多い印象だけど、今日の市場は遠方からも店が出ていたようだね」
「あっ。そういえば地方ののぼりがあったっけ。美味しそうなものたくさんあって目移りしちゃった」
今住んでいる場所に一番近い商店街は、よく裏道で朝市を開催している。今日はそこに“正月市”と看板が立ち、数多くの屋台が並んでいたのだ。3人はそれを知らず、偶然そこに通りかかった。人混みが苦手な蒼生は活気のある様子に一瞬戸惑ったようだが、香ばしく美味しそうな匂いに誘われてつい足を踏み入れてしまった。一度入ってしまえば、魅力的な食品のラインナップにテンションが上がる。その結果、両手にぶら下げるほどの荷物になってしまったというわけだ。
健太は綺麗にパック詰めされた刺身を眺める。赤と白が一列ずつ並んでおり、緑の細長い葉をくるりと巻いた飾りがついていて特別感がある。その鮮やかな色は、食欲を刺激するには十分だ。
「……早く食べようぜ」
ぱちくりと蒼生が目を瞬かせる。
「味噌こんにゃくと焼きだんごとおしるこ食べたのついさっきなのに、もうおなかすいちゃったの?」
「それも俺たちの倍以上食べていたのにな」
呆れたように笑った冬矢は、冷蔵庫をいったん閉めて冷凍室の引き出しを開けた。そこには、年末に冬矢が両親に持たされた冷凍食品が詰まっている。
「まあ、もともとは家に帰ったらすぐに食事にする予定だったからな。準備を始めるか。蒼生、煮物の仕上げをしちゃうから、そっちは任せるよ」
「うん。承知しました」
凍った煮物の袋を持って、冬矢がコンロの前に立つ。それを嬉しそうに眺めた蒼生は、冷蔵庫の片付け物を引き継いだ。が、冬矢がほとんど片付けた後だったため、すぐに終わってしまう。ならばと立ち上がり、買ってきた惣菜を皿に並べることにした。健太もそれを見て嬉しそうにその隣に立ち、買い物中におまけとして貰った紙製の飾りをせっせと組み立て、蒼生が並べた料理の上に置いた。
そうして食卓に、いつもよりわずかに正月らしい料理が並ぶ。
「いただきまーす」
席に着くなり、元気よく健太が手を合わせる。蒼生と冬矢も顔を見合わせて笑い、それに倣う。
当初は煮物と餅たっぷりの雑煮で済ませるつもりでいた。できるだけ3人でゆっくり過ごしたかったし、それだけでバランスもボリュームも十分だと思ったからだ。だが結局、朝市を経たことでだいぶ豪華になった。一度ではおそらく食べきれないだろう。紅白になるよう丁寧に並べられた蒲鉾や、黒く輝く煮豆など、テーブルの上を右から左へと眺めた冬矢はなるほどと頷く。
「形式的なものだからやらなくてもいいかと思ったんだけど、少しだけでも正月らしくするのは悪くないね。気が引き締まるというか、新たな1年が始まるんだという気持ちの区切りがつく」
「たしかに、そうだね。僕もわざわざ準備するほどのことかなって毎年思ってたのに、今、なんだかほっとしてる。おせちってなんだかんだで染みついてるのかなあ。家庭の行事って感じがする」
美味しそうに煮物を口に運んだ蒼生がそう言って頷く。健太も隣でぶんぶんと首を縦に振った。
「あー。オレも思ってた! 親が毎年、年イチの贅沢だしーってわざわざ百貨店行って箱が何個も重なったおせち買ってくるの、あれ、必要か? って。まあ蒼生と一緒だったのは嬉しかったけど。でも、ちゃんと習慣になってたんだなー」
しみじみと健太が呟くのを、蒼生も懐かしく聞く。旅行などで日にちにずれが発生することは多かったが、毎年野木沢家と寺田家は同じおせちをつつくことが恒例になっていた。あの光景を取り戻したいとは思わないが、健太とは続けられていることが嬉しいと思った。
その健太は、蒼生と同じように煮物を口に放り込む。
「これ美味しいな。こういうの作れるってことは、冬矢んとこは毎年おせち自作してそう」
「わかる。冬矢のお母さんって料理上手だよね。息子もすっごく美味しいごはん作るんだもん、2人がかりで作る笹原家のおせちレベルは相当高いと思うよ」
何故か盛り上がるふたりに、冬矢は首を傾げて笑う。
「レベルがどうかはともかく、母は好きでやっていたよ。転勤で忙しい年は割愛されていたけれどね」
「ふうん? 冬矢は作ってないの?」
「ああ。隣で見ていることはあったから、学び直して頑張ればできないこともないだろうけど……。もともと俺が料理をするようになったのは、家にいなかった母の代わりに食事の支度をし始めたのがきっかけだったからね。母が家にいて、張り切って作っているものにわざわざ手を出すことはなかったな。そのうえ、だいぶ時間も手間もかかる作業だから、ずっと見ているのも飽きてしまったし」
あー、と健太が腕を組んで大仰に頷く
「なるほど、そんな大変なんだな。たしかに、おせちって中に詰まってる種類多いもんなー。全部作ろうとすると気が遠くなるの、今ならわかる気がする。てことはやっぱ、効率とか考えると、出来てるやつ買ってきたほうがいいのか。年越しってバタバタして忙しいし、それが正解なのかもなあ。……でもさ、ちっちゃい頃、あんまり美味しくないなって思ったことがあってさ、だからわざわざ食べたいわけじゃないんだ。ちょっとあればいいっていうか、気分の問題っていうか」
「健太がそういう感想を持つのは珍しいな。ただ、小さい子の舌に合わないというのはあるかもしれない。日持ちさせるために味付けを濃くしているから、食べ慣れないんだろう」
ふたりの会話を聞いて、そうか、と蒼生は納得する。今では冬矢の特技のようにさえ思える料理の腕前は、必要に駆られてやむを得ず培われたものだったことを思い出す。けれど、今では喜んで作ってくれていることを知っているし、それが蒼生のためだと面と向かってはっきり言われている。そんな冬矢と横に並んで共に作業ができたらきっと楽しい。それに、健太がおせちを食べている時にあまりテンションが上がっていなかったことを蒼生は知っている。自分でやれば、健太向けに味付けを変化させることだってできるはずだ。
「……僕は冬矢と一度作ってみたい。もちろんお重いっぱいの種類じゃ大変だから、何個かだけ」
ぽつりと蒼生がつぶやくと、冬矢は目を見開き、それからすぐに笑った。
「いいね。今年の年末は一緒に勉強してやってみようか」
「オレも食べたい!」
「前言撤回が早いな」
ほぼ1年後の話だ。ずいぶん先だとも思うが、そんな先にまで予定が入ったことが嬉しい。蒼生はふたりの息の合ったやりとりをにこにこしながら眺め、黒豆を一粒口に入れた。
ちら、と健太が上目遣いで蒼生を見る。
「また蒼生ってば、そんな純真な可愛い顔でにこにこしちゃってー。……この後のことはご承知ですよね?」
蒼生は一瞬目をぱちくりとさせ、すぐに微笑んだ。
「はい。もちろん」
年末に買ったばかりの薄いブルーのシャツを身に纏い、下ろしたてのズボンを穿く。下着ももちろん新品だ。全身をくまなく洗い、真新しい服で包んだ蒼生は、洗面台の鏡を眺めて前髪を整える。最後に、自分と目を合わせ、ふうっと息を吐いた。
何度体を重ねても、この瞬間は緊張する。今からふたりが触れる自分に、どこかおかしなところはないだろうか。触れたくないと思われないだろうか。触れて心地よいと思ってもらいたい。汚れた自分を見せたくない。綺麗な見てくれではないからこそ、せめて出来る限りのことはしたい。だから体型に気を付けているし、肌のケアも怠らないようにしている。自分のために金銭を使うことが苦手な蒼生ではあったが、ケア用品には惜しみなく投資するようにしていた。
しかも、新しい年を迎えて初めての営みだ。それがさらに今日を特別にしているようで、余計に緊張してしまう。心臓が体の表面にあるのではないかと思えるくらいに鼓動がやかましい。逃げ出してしまいたい。だが同時に、早くふたりに触れてほしいという気持ちもある。
蒼生はせめぎ合う心に挟まれながら、廊下に出てリビングに続くドアをそうっと開けた。
「! 蒼生」
ソファに座っていた健太が上擦った声と共に立ち上がる。
「蒼生、おいで」
ダイニングテーブルのそばにいた冬矢が笑って両腕を広げる。
とたんに、膜のように自分にまとわりついていた不安が、あっという間に掻き消えた。代わりに心の底から溢れてきたのは、“大好き”という熱い想い。すぐに満ち溢れてこぼれそうになる。
「……お待たせっ」
目の前に広げられた冬矢の腕に飛び込むと、優しい腕が背中に回る。抱き締められている。嬉しい、で胸がいっぱいになる。
「うん。よく温まってきたね。あったかくて気持ちいい」
「ふふふ」
いつの間にか背後に来ていた健太が、ぽんと頭に手を載せてくる。
「蒼生、抱っこして連れてってもいい?」
「ん、お願いします」
少し前のめりに答えた蒼生に、ふたりは満足そうに笑う。
「それじゃあ、お連れしまーす」
ひょいっといとも簡単に健太に横抱きに抱えられ、蒼生の“嬉しい”はさらに加速する。肩に頬を摺り寄せて片腕で首に縋りつくと、健太の腕にぐっと力が入った。
「っ、……やべえ。蒼生が可愛すぎて暴発しそう……」
「年明け初回が暴発では、今年1年が思いやられるな」
「ま、まだ出てねえもん……」
力強く抱き締めてくる腕が愛おしい。だが今それを正直に伝えて、本当に暴発などさせてしまっては健太もショックを受けるだろう。健太が我慢しているのだから、と蒼生も息を整えてきゅっと唇を結んだ。
冬矢は蒼生の様子に気付いていたのだろうか。健太がそっと蒼生をベッドに下ろすと、冬矢がすぐに隣に座って両手で頬を包み込んでくれる。それから、短いキスを。
「蒼生、いい子だね。大好きだよ」
「……とぉや」
「ふふ、頬が熱い。可愛い、可愛い俺の蒼生……」
ぽーっとしながら、蒼生は覗き込んでくる冬矢と視線を合わせる。少し色の薄い冬矢の瞳は、どこまでも穏やかで優しい。至近距離で見つめていると融けてしまいそうだと思う。じんわりと体の芯が熱くなる。
視界の端で、健太が寝室のドアを閉める。次に、まだ日が高い窓から秘め事を隠すために、隙間のないようカーテンを引いた。けれど、電気を消そうとはしない。その3か所をぴっ、ぴっと指さして確認し、健太はベッドの上に正座をした。
「それじゃあ、改めまして」
はっとして、蒼生は慌てて正座をして姿勢を正す。ふたりの様子を笑って見ていた冬矢もそれに倣う。全員がそれぞれの顔を見られる位置で居住まいを正したことで、わずかな緊張感が生まれた。それは蒼生の一度は緩んだ妙な緊張を呼び覚ましたようだ。
「あけましておめでとうございます」
「本年もよろしくお願いいたします」
ふたりに合わせ、蒼生もぎこちなく頭を下げた。そして絶対告げるのだと決めていた、心の中にある思いを口にする。
「今年も、いっぱい可愛がってください」
健太が「えっ」と目を見開く。
冬矢が目を細めて笑う。
それからふたりはまったく同じタイミングで頷いた。
「もちろん」
「任せて!」
次の瞬間、蒼生の体は健太に抱き寄せられ、一緒にシーツの上に倒れ込んだ。
蒼生はぱちくりと目を瞬かせる。
「……びっくりした」
「あはは。だって、蒼生、なんか緊張してるんだもん」
「うっ」
どうやら蒼生のおかしな緊張は、すっかりバレているらしい。気恥ずかしくなって、健太から逃れるように手足をばたつかせてシーツに顔を押し付けた。すると、指先が気付く。癖が付いたままの折り目と、さらりとした感触。見れば真っ白でシミひとつない。これは、新品を広げたばかりではないだろうか。
「シーツ、新しいね」
このために用意してくれたのだという嬉しさと、心情がバレた照れ隠しと、どちらの意味も込めて蒼生が呟く。
すると、冬矢が柔らかな手つきで蒼生の髪を梳いた。
「それは蒼生も同じだろう? 俺たちのために新しいシャツを下ろしてくれたんだなって嬉しく思っていたんだよ」
「あ、やっぱそうだよな。シャツもズボンも見たことないもん」
そこまでわかっていたのかと、蒼生はシーツに向けてもごもごと声にならない声を上げる。それを、健太がころんと転がした。
あっさり仰向けにされてしまい、両手で顔を覆う蒼生を、ふたりはにこにこと見下ろす。
「何もかもバレてる……」
「そりゃ、大好きだなーって思いながら毎日蒼生のこと見てるんだぜ。そのくらいわかるよ。蒼生らしい清楚な感じがすごく似合ってる。冬矢も言ってたけど、オレたちのため?」
蒼生はわずかに指を開き、隙間から困ったような目を覗かせた。
「うん……。今年初めての……えっち、だから、心機一転っていうか、まっさらで綺麗な自分でいたくて……」
「えへへ、そっか。まあ蒼生はいつでもまっさらで綺麗だけどな。可愛いし」
「ひぇ」
「じゃあ今日は初めてみたいな気持ちで俺たちと抱き合うんだね。だから緊張しているの? 可愛いね」
「えっと」
いつの間にか伸びてきたふたりの手が、ゆったりと頬を撫で、首筋に触れ、やんわりと手を握る。
まるであやされているようだと思う。
そして素直にあやされてしまう。
揺蕩うような心地にとろかされていると、健太が顔を覗き込んできた。
「蒼生っ」
「……うん?」
「なんかさぁ。新品の白いシーツに、新しい服着た蒼生が寝転がってるの、儀式みたいだね」
「儀式?」
「面白いことを言う奴だな」
蒼生と冬矢が顔を見合わせて首を傾げるが、健太は気にせず座り直し、もう一度背筋を正す。
「それではー。これから、年明け初えっちの儀式を執り行いまぁす」
「えっ。なにそれ」
「まあまあ。蒼生はそのまんま横になってて。まずはボタン外しの儀でございます」
仰々しく告げた健太の手が蒼生のシャツのボタンに伸びる。蒼生は怪訝な顔をしているが、冬矢は既に肩を震わせていた。
「なんだ? 俺も乗るべきか?」
「もちろん。彼氏の重要な役目だからな」
「なるほど」
ふたりの手によってボタンはあっという間に外される。その流れで上着から腕が抜かれ、ズボンにも手がかかる。それを見る蒼生の眼差しは、次第に心もとなげになっていく。
「ぼ、僕も何かしたい」
「んー。なんで?」
「だって、ちょっと、いたたまれない……」
蒼生の頬にキスを落とした健太は、息のかかる距離で蒼生の顔を覗き込む。
「えぇー。だめ?」
「だめっていうんじゃないけど、これって儀式っていうか、なんか生贄みたいなんだもん」
耳元でとうとう冬矢が噴き出した。
「生贄、ね。そんなふうには見ていなかったな。健太は補助役で、蒼生が儀式を取り仕切る主役なんだと思っていたよ。……いや、むしろ蒼生は信仰の対象かな。何物にも代えがたい、唯一無二の存在なのだから」
「うーん……。それはちょっと寂しいから、やだ、かも」
手を伸ばし、蒼生は冬矢の腕を掴む。
「高さの違うとこにいたくない。隣に、いて?」
「……そうだね。ごめんね」
額への優しいキスに、蒼生はほっと息を吐く。そして、健太の体に手を滑らせ、足の付け根をそっと手の甲で撫でた。
「うわっ」
「健ちゃんも我慢してるでしょ? もっといっぱい触ってほしい……」
「へ、へへ。それはそう。あ、別に意地悪してたわけじゃねえよ? 蒼生と遊ぶのが楽しくてちょっと脱線した」
ずるりと健太が蒼生の足からズボンを引き抜く。
「蒼生だっていい子で待ってたんだもんな。もう、ここ、濡れてる」
健太の手が、色を変えて存在を主張する蒼生の熱を、下着越しにやんわりと擦る。
「……っあ」
「かわいー……ぐちゃぐちゃ音がする。蒼生、このパンツも新しいやつ?」
「う、うん……っ」
「へーえ、穿いたばっかの新品を汚すの、なんでだか……興奮すんね」
「っあ、ん」
冬矢が体を起こし、ぐいっと蒼生を引き寄せる。
「おまえの言い方はいちいち引っかかるんだよな。おいで、蒼生。ぎゅってしよう」
「ん、うん、するぅ……、冬矢も脱いで」
「わかった」
頷き、冬矢が上着を脱ぎ棄ててくれる。改めて胸元に頬を摺り寄せるように縋りつけば、さらりとした感触。
「……きもちぃ」
「蒼生は素肌に触れるの好きだね」
「好き……」
冬矢は片手で蒼生の肩を抱き、キスをくれる。もう片方の手は緩やかに蒼生の指に絡まって、指の形を確かめるように優しく撫でてくる。
もどかしい。けれど、心地いい。
激しい嵐のような愛を、叩きつけられる勢いで与えてもらうのも好きだ。
けれどそれと同じくらい、ひとつひとつ言い含めるような穏やかな愛情表現も好きだった。
そして蒼生には、「どちらも好き」が許されている。
「可愛い、蒼生」
「っん、ん……」
腰を撫でる、優しい冬矢の指。
「こっちもツンってなってる」
「ひゃ、ぁ」
健太がちゅ、と音を立てて乳首を吸う。
体中に柔らかな感覚。
優しく触れられて。
ふたりの指先が、唇が、泣きたいくらいに愛おしい。
穏やかな熱さで包まれる。
ただひとつ不本意なことがある。心が満たされれば、今度は体が追いつきたくなることだ。心だけで充分なはずだとも思っているのに。
「……あは。蒼生、腰動いてる」
「う、だってぇ……」
気持ちよくなりたい、という欲望が、勝手に湧いてくる。
強欲すぎると思う。
そんな自分が嫌になりそうになるが、蒼生が落ち込むよりも先に、ふたりは何でもないことのように笑うのだ。
この「どちらも欲しい」という欲張りな心のありようですら、ふたりはそのまま受け止めてくれる。
「もじもじしてる蒼生、かわいー。焦らし過ぎちゃった? ごめんな」
「ふふ。そうだよね。もっと気持ちよくなりたいね」
ふたりは両側から、頬にキスをくれる。
蒼生はほおっと息を吐いた。
「さあ、可愛い蒼生は、このまま外からの刺激でイきたい? それとも、挿入れるのがいい?」
「いれて……」
「俺と健太、どっちがいい?」
「えっ」
伸ばしかけた手がぴたりと止まる。
とろけかけていた頭の中が、一度ぱっと真っ白になって、すぐにぐちゃぐちゃになった。
「……ぼ、僕、……どっち、とか、じゃ」
健太がぎゅっと蒼生の腰を引き寄せる。
「あ、そんな難しく考えないで。うん、だよね、困っちゃうよね。そしたら、オレたちが決めた順番でいい?」
「うん、でも」
「大丈夫大丈夫、蒼生がオレのことも冬矢のことも、どっちも好きなのわかってるもん。そりゃ迷っても当然でしょ。今のは冬矢の聞き方が意地悪だよなー」
冬矢が髪を撫でてくれる。
「ごめん、蒼生に希望があればそのほうがいいと思ったんだ。どうしたいか決まっているときは教えてくれると嬉しいな。蒼生が決めていないと言うなら、じゃあ今日は健太から、ね」
「健ちゃん……?」
「そ。冬矢は変態だから、新年最初はオレに抱かれてる蒼生をじっくり楽しみたいんだって」
「汚すとかいうさっきのおまえの発言はどうなんだ? そっちのほうが変態だろう。……でも、たしかに健太にそう言ったよ。可愛い可愛い蒼生の姿、俺に見せてくれる?」
「ん……」
安堵の表情で、蒼生は冬矢の腕に縋り付いた。
それは健太に下半身を預ける合図でもある。
「脱がすね」
「ぅん……」
腰を浮かせるために、蒼生が冬矢にいっそうしがみつくような体勢を取ると、冬矢は嬉しそうに蒼生の頬にキスをする。
健太も冬矢も、蒼生に任されることが好きだ。特に冬矢はその傾向が顕著で、本当は準備から後処理まで全部を自分がやりたいと思っているのだと言う。それが本音だとわかってからは「ふたりに迷惑だろうから、自分でちゃんとやらなくちゃ」という遠慮をやめた。
健太が蒼生の下着をするりと下ろすと、透明な糸がきらりと光ったのがはっきり見えた。思わず蒼生は冬矢の胸に顔を伏せる。
「は、恥ずかしい」
「えー。可愛いよ。だってこんなに気持ちいいってことだろ。可愛い」
「うん、蒼生、可愛いね」
「……はしたない感じしない?」
きょとんと首を傾げた蒼生に、健太は明るく笑う。
「なんでー? 好きな子が気持ちよくなってたらすっごく嬉しいよ。蒼生だって、オレが準備万端でこんなふうにバキバキになってたら嬉しいだろ?」
自分の腰に手をかけた健太がズボンを下げれば、我慢も限界に達したようなペニスが蒼生の目の前に現れる。同じように雫をしたたらせ、熱く強く脈打つのは、自分を求めているからだ。
「嬉しい。……嬉しい」
「ん。一緒だな」
「……ぅん」
「へへ。準備するから、ちょっとだけ待ってて」
うっとりと目を潤ませる蒼生の頬にキスをして、健太はすいっと体を引く。蒼生がその動きを追う前に、冬矢が視線を遮った。
「蒼生はこっちを見ていて」
一度唇を交わしてから、冬矢は蒼生の後ろに回り込む。背中から抱き締められる格好になった蒼生が顔を上げれば、冬矢は笑ってまたキスをくれる。
「俺にも触らせてね」
優しい言葉と共に、ぬるりとした感触が足の根元を撫でる。蒼生がはあっと長く息を吐くのに合わせ、それは蒼生の中にすんなりと入ってくる。
「っあ、は」
「温かくて柔らかい……。蒼生は本当に準備も受け入れるのも上手だよ」
「う、ぁ、指ぃ……、ぁ、すき、気持ちぃ……」
ゆったりと解される感覚は、波の間に浮かぶような心地だ。
大きな波が来そうな気配はあるのだが、冬矢はそこに触れてこない。
「とぉや、もっと、奥、して」
「健太ので気持ちよくなりたいんだろう? もう少し我慢。できるよね」
「……ぁ、ぅ、うん」
ぎゅう、と蒼生は冬矢の腕に縋りつく。
「いい子だ。我慢してる蒼生、可愛いよ……。ふ、ふふ、でもあんまりにも可愛いから、このまま俺がイかせてあげたいな」
健太がぐい、と蒼生の両足を抱え上げる。服をすべて脱ぎ捨て支度を整えた姿に、蒼生は目を細める。
「冬矢ぁ、オレの顔見ながら言うんじゃねえよ。準備できたのわかっててわざとそんな言い方すんだから、困った奴だよな」
「素直な感想だが」
「ったく。……そんなことより。あ、お、いー。おまたせっ」
「ふふ」
蒼生が嬉しそうにしているのが嬉しいらしく、健太はさらに相好を崩す。
ふんわりとした穏やかな空気だが、健太の熱はそれにそぐわないほど熱く昂っている。
「んじゃ、おじゃましまーす」
「いらっしゃ、ぁ、はぁっ」
可愛らしい笑顔が、押し広げられる快感に、とろりととろける。
待ちわびた質量。
欲しかった熱。
「……っあ、あぁっ……は、ぁ、あ、つぃ、……っん」
身体の底から、体中にぞわりとした感覚が広がっていく。
それは甘い感触だ。
圧迫感そのものが口説き文句のように、腰から頭まで突き上げてくる。
「はあ、蒼生っ、きもちぃ」
「ん、あ、……っうー……ぅ、ん、ぼ、僕、もぉ……っ」
「あおぃ……っ」
健太のキスを受け止める。
それを見たのがきっかけになったのか、蒼生の手を握っていた冬矢の左手がするりと動き、胸元で丸く存在を主張する乳首を軽く弾いた。
「ひゃっ、あ」
「っ、締ま……っ」
冬矢が小さく笑う声が耳元で聞こえる。
「可愛い。いいんだよ、蒼生。もう我慢しなくても。……言ってごらん。どうしてほしい?」
「あっ、あ、っあ……、ん、は、……っぁ、あ、の、ね」
視線を落とせば、冬矢もそれを追う。ふたりの目の先で、蒼生のペニスがふるりと揺れている。
「ん、さわ、って、ほ、し……っ」
「素直に言えて、いい子だね」
「あぁっ」
身体の中でぐるぐると渦を巻いていた熱が、はっきりと方向を決めたようだ。
健太が押し上げてくるリズムと、冬矢が丁寧に愛撫する速度で、思考が乱されていく。
何を考えていいのかわからない。
「ゃっ、あ、」
「可愛い、蒼生」
「あ、はぁっ、あ、んーっ、ぅ」
「蒼生、蒼生」
ふたりが自分の名前を呼んでくれていることまではわかる。
けれど答え方がわからない。
熱くて、せつない。
「……んっ、ぁ、あ、く、……っぅ、き、ちゃ、ァ……っ」
「いっぱい出して」
「っ! あ、んんっ……っ」
ぱっと弾けて。
冬矢の手の中に精を吐き出したことだけが、何故かはっきりと理解できた。
「オレも、オレもイくよ……っ!」
健太が宣言し、蒼生の腰を強く引く。
一度緩んだ筋肉が、中からの刺激にぎゅう、と縮まる。
反射的に逃れようとした体は、冬矢がしっかりと抱き留めた。
「……っ」
「蒼生……っ!」
びくん、と健太の体が震えたのを感じながら、蒼生は荒い呼吸を繰り返す。
とても心地よい絶頂を味わったはずだ。
けれど達したばかりの体は、健太の動きに刺激されたのか、また反応を始めている。
頭はふわふわしているが、それは蒼生自身にもすぐにわかった。
それを一言で表すならば、「足りない」ということだ。
「はー……。蒼生、こっち来て」
わずかに上擦った健太の声。
蒼生が自分で動くよりも先に、健太の力強い腕に抱きかかえられた。
しっとりした胸に頬を寄せれば、大好きな健太の濃い匂い。
頭を優しくぽんぽん、と叩いたのは冬矢の手だ。
きっと冬矢も自分を離したくなかったのだろう。けれど準備をしてくれるために健太のところにすんなりと行かせてくれたのだ。そして健太は純粋に抱き合いたかったのだと思う。嬉しくて、蒼生は健太の鎖骨近くに唇を落とした。
「んっふ。蒼生、くすぐったい」
「んー……」
抗議はされたものの、健太が避ける気配はない。むしろ上機嫌でぎゅっと抱き締めてくる。だから遠慮なくその肌を吸った。すると、紅い跡がくっきりと残る。
「……綺麗にできた」
「え? あ、ほんとだ。嬉しー」
「健ちゃん、明日朝早く出るんでしょ。だから……僕のって印つけておかなくちゃ」
「! わ、蒼生可愛いっ! 実家行くけど、すぐ帰ってくるから! 速攻帰るから! それはそれとして、オレも蒼生にキスマーク付けたいから付ける~」
「わぁ、付けてぇ」
「へへへ、やったー」
蒼生と健太が戯れるように跡を付けあっていると、冬矢が蒼生の片足を抱え上げ、柔らかな内腿にキスをする。
「んっ……」
「さて。健太がいない間に、俺がその跡を増やしておこう」
「お。出たよ、独り占め宣言」
「いいじゃないか。年末に俺がいない間はおまえが独り占めしていただろう」
大人げなく自分を取り合いする大好きな恋人たち。
ふふっ、と蒼生が笑う。
それからふたりに向けて、それぞれ手を伸ばした。
「どっちが付けてくれたのも、消えないうちに自分で上書きしてほしいな」
健太と冬矢は同じように目を見開く。可愛らしいお願いに、すぐに頬が緩んだ。
「そうだな。責任もってそうする!」
「蒼生は俺たちに印を付けられるのが好きだからね」
「……うん。好き。いっぱい愛してくれてる証だなって思えるから……」
ふたりとそれぞれ繋いだ手を、蒼生は愛おしそうに見つめる。
「じゃあ、たくさん付けながらしようね」
冬矢が足を引くのを見た健太は、ひょいと蒼生の体を持ち上げる。そして胡坐をかいた足の上に蒼生の頭を載せた。
突然足を枕にするような格好にさせられた蒼生がきょとんと健太を見上げようとすると、途中でいきり立ったペニスに目が留まる。
「わ。もう元気いっぱいだね」
「大好きな蒼生といちゃいちゃしてたら、まあ、すぐ順番待ちしちゃうよな」
「それは嬉し……っあ」
冬矢が腰を進め、緩やかに侵入してくる。
「んんっ、あっ、ぁ、」
「蒼生がまずほしいのはこっち、だよね」
「ぁ、っん、」
「気持ちいいとこ、とんとんしてあげるよ……」
「あっ、あっ、ぅ、んんーっ……」
おそらく、冬矢も自分の番を心待ちにしていたのだろう。
いつもより早いタイミングで、入ったばかりのところにある、痺れるような快感を生むそこを擦り上げるようにして撫でてくる。
「……は、ぁっ、あ、とぉ、やぁ……っ、きもち、ぃ……っ」
「気持ち、いい?」
「んっ、うんっ、ぅん……、うー……」
ふるふると首を振る蒼生の仕草をにこにこ眺めていた健太が、その髪を梳いた。そして、そっと自分のほうに引き寄せる。
察した蒼生は、目の前でますます力強さを主張するペニスに指先で触れると、先端を口に含んだ。
「……っぐ」
冬矢が笑う。
「っ、自分から、してもらっておきながら、もう限界か?」
「うる、せえ……。ちょっと出そうになったのはホントだけど、しょーがねえだろ、あんまりにも、ためらい、なく、してくれ、て、可愛い目で、見てくるからっ……」
それを聞いて嬉しくなった蒼生は、舌に当たる滑らかな部分を丁寧に舐め、優しく吸い上げる。
「うっわ……っ」
「ん……、ふふ、っふ、ぅ」
自分の中にふたりの熱量を直接感じられることが、蒼生には例えようのない幸福だった。
いうなれば体の一番弱い部分を自分の中に預けられているような気がするからだ。
肉体で感じる心地よさも当然あるのだが、全幅の信頼を得ていることでひどく心が満たされる。
「ぁうっ」
ぐい、っと冬矢が蒼生に覆い被さるような格好になる。
先程よりも深い場所が抉られる。
「一生懸命な蒼生も可愛いけれど、俺のほうも見てほしいな」
言いながら、首筋にキスをする。
蒼生がわずかに唇を開いた隙に、冬矢は蒼生の顔を自分のほうに向かせ、その唇に口づけた。
「っん……」
「舌、出して」
「あ、んぐっ……」
吸い出されるようなキス。
ぼんやりとする頭の中で、蒼生は冬矢がなんの逡巡もなくキスをくれたことに驚いていた。同時に、とても嬉しくもある。直前に蒼生が何をしていたか関係なく、キスをしたいと思ってくれているのだ。さらに、健太を蒼生の恋人だと本当に認めていなければこんな行為には及ばないはずだ。
「……は、ぁ、あ、と、っお、やぁ、すき……っ、大好きっ……」
「ん、ふふ、俺も大好き、だよ……蒼生……」
健太が蒼生の体を抱き上げ、ベッドに横たえる。
おや、と思った蒼生に、健太はずいっと顔を近付けた。
「オレも蒼生とキスする」
「で……も、健ちゃん、の、ツラそ……」
「だから、こっちは手でして。蒼生のも触っていい?」
「ん、うん……」
回らない頭で、蒼生は自分がどうなっているのか理解しようとする。
ナカを丁寧に抉ってくれているのは冬矢だ。
ペニスを大きな手で包み込んでくれているのは健太だ。
そこまではわかる。
そこから先、首筋にキスをしているのは、胸元に唇を落としているのは、頭を撫でているのは、体中に触れているのは、どちらだろう。
次第にわからなくなってくる弾けるような思考の中で、蒼生の手は必死にふたりを求めている。
ああ、と頭の中で安堵の息を吐く。
実際の息は乱れすぎていて、自分がどう呼吸をしているかはわからない。
ただ、とても満たされているのは確かだった。
蒼生はふたりと恋人同士になるまで、ずっと「頑張らなきゃ」と気を張って生きてきた。付き合い始めてからも、しっかり自分の足で歩かなきゃ、と思っていた。けれど、時々、ふたりの甘い海に沈んで窒息したい、と思うこともあった。
……だが、一緒に暮らしてわかったことがある。ふたりの海は、窒息どころか、今まで歩んできたどんな環境よりも息のしやすい場所だった。世界で一番、楽に呼吸ができるのが「ここ」なのだ。
「ぁ、あ、け、んちゃ、ぁ、とぉやっ……すき、だいすきっ……」
ふたりが笑う気配。
「オレも大好き」
「愛してるよ、蒼生」
耳をとろかす優しい声がする。
ふっと目が覚めた。
まだまどろみの中にいるような蒼生の目に飛び込んできたのは、優しい眼差しで覗き込んでくる冬矢と、にこにこ楽しそうに笑っている健太の顔だ。蒼生は「しまった」と思う。
「……僕、たくさん寝てた?」
「いや、10分くらいかな」
ふたりがかりでたくさん愛されて、体力がなくなってしまった。ちょっとだけ休ませて、と言ったところまでは覚えているが、どうやら寝落ちをしてしまっていたらしい。申し訳ないことをしたなとふたりの顔を交互に見つめる。
「ご、ごめんね」
「なにが? 寝ちゃってたこと? だったら全然ごめんじゃないよ。蒼生の幸せそうな寝顔をじっくり堪能できて嬉しかったもん」
「ふふ、俺に倒れ込んであっという間に寝息を立てる蒼生、可愛かったな」
「ひぇ」
本当にそう思っているらしいふたりの態度に急に恥ずかしくなった蒼生は、胸元まで来ていたシーツを掴み、顔を隠すように引き上げた。ふたりが小さく笑う声がする。そこで気が付いたのは、自分だけでなく健太と冬矢もまだ服を着ておらず、3人でシーツに包み込まれているということだ。ふたりの素肌と柔らかなシーツの感触が心地良い。
「あ、そうだ、せっかく起きたんなら何か飲んだほうがいいよ」
ぽんと手を叩いて、健太が体を起こす。ベッドのヘッドボードに手を伸ばしたその胸元には、無数の紅い跡が見えた。
「……えへへ」
嬉しくなり、ちらっとシーツをめくって冬矢の体を見る。そこにもやはり蒼生が付けた跡がある。
「蒼生? どうした?」
「冬矢にも、キスマークいっぱいついてる」
「ああ、うん。蒼生がたくさん付けてくれたからね。俺もそうだけど、……わかってる? 蒼生のほうがすごいことになってるんだよ」
「え?」
冬矢が笑って起き上がりながら、蒼生の手を引く。上半身からぱさりと落ちたシーツを目で追えば、自然と自分の体の様子に気が付く。
「わ、ほんとだ。ふふ、夏場だったら気軽に服着られなかったね」
健太はいそいそと蒼生を背中から抱き締め、水のペットボトルを差し出した。
「ちょっと調子に乗っちゃったかなーって自覚はあるんだけど……。蒼生におねだりされて嬉しかったからさぁ」
「ありがと。……だって、本当に好きなんだよ。少しだけ、ちりっとするのも気持ちよくて」
水を飲みながら二の腕の内側や胸元に付いた跡をにこにこ眺める蒼生に、健太と冬矢も嬉しそうだ。思わず冬矢がそのいくつかを辿るようになぞると、蒼生の肩がぴくんと跳ねる。健太は腕の中で揺れた体に擦り寄り、うなじにキスをした。
「あはは。ふたりとも、くすぐったい」
「蒼生に触れていたいんだよ」
「ん、ふ、そっかぁ」
蒼生は、一度治まったはずの熱が、体の奥底でくすぶるのを感じた。愛しいひとに、触れられている。抱き締められている。もっと包まれたいと思ってもいけないことではないはずだ。
心配そうに健太が蒼生の顔を覗き込む。
「あれ。蒼生、ちょっと声、眠そう? 朝早かったもんな」
冬矢はほんのわずかに意地悪げな表情を浮かべ、蒼生の指先に口づける。
「疲れたのなら、もう休もうか。お風呂はどうする?」
ふたりの言葉を聞いて、蒼生はぱちぱち、と大きく2回瞬きをした。
「えっと……ちょっと眠たいけど、お風呂は入る。その前に、……あのね、もう少しこのままでいたいんだけど、……いいかなぁ」
可愛い恋人の可愛い誘いに、健太のテンションが振り切れたらしい。大きく息を飲む音と同時に、蒼生の体は健太に押し倒されて再びベッドにシーツごと横たわる。
「そうしよ! ぎゅってしよ! オレももっとぎゅーってしたかった!」
笑みが隠し切れなくなった冬矢も、するりと楽しげにシーツの中に潜り込んできた。
「さて、抱き締めるだけで済むかな」
「……済まなくてもいい。ううん、違う、……もっと、する」
抱き締めてくれるふたりにの首に手を伸ばし、蒼生もふたりを抱き締め返す。
「やばい、蒼生っ、嬉しい、可愛いっ」
「ふふ。たくさん愛し合おうね」
健太と冬矢の声が、甘く柔らかく耳に届く。
「うん。……うん。健ちゃん、冬矢、だーい好き……」
明日の予報は晴れだ。今年初めての洗濯は、たくさん愛し合ったあとのシーツ、ということになるのだろう。
蒼生はふたりの指と唇の感触を深く心に刻み込む。それは、幸せな1年を約束されたような、とても穏やかな気持ちだ。
たたそれは、すぐにふたりの熱いキスに覆い隠され、快感の波に揺らされることになるのだった。
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97こ目;まっさらなシーツの海で
もう実際の日付だと2月になっちゃっておりますが、こちらの世界はまだ元旦です。
というわけで、初日の出を見に行ったあとのお話をお届け。
もちろん1年の初めですから、物理いちゃいちゃもしようというものです。
改めまして、本年もよろしくお願いします!
↑初公開時キャプション↑
2024/02/09初公開
https://pictbland.net/users/series/kazanet-tk/%E5%83%95%EF%BC%8B%E5%90%9B%E2%86%92Waltz%EF%BC%81

