北都

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投稿日:2026年03月14日 21:54    文字数:19,395

カナリヤ 3

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勘当if3話目レナさん局出向編(全3話予定)です⸜(* ॑꒳ ॑* )⸝
こっちでこの話を捕捉してる方はよくご存知でしょうけど、私はレナさんの中の人(谷山紀章)贔屓なので、「きーやん演じるレナさんならこれくらい言うっしょ!」ってタイプの幻覚を見ております。

準オリキャラが登場します。一応「円満なご家庭ですくすく育ったワスくん6歳(精神年齢)」をモデルとして生やしたキャラクターではありますが、物凄い角度から生えてる妄想であるので、共有は困難かと思います(´-ω-`)
「それでもいっか⸜(* ॑꒳ ॑* )⸝」と言う方のみお許し下さいませ。

相変わらず腕をぐるんぐるん回しながら「私、嘘をつきますね!」って言いながら作りました。なので、「あれ?原作にこんなこと書いてあったっけ?」と思っても検証しないでください。
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◆◇◆◇◆



珍しいモノは、高く売れる。

不思議な毛色の魔法生物。
墓地から出てきた唯一無二の魔法道具。
そして希少な魔法発動できる未熟な魔法使い。

高く売れるモノは、珍しくて見せびらかしたくなるか、その能力が優れているか、そのどちらかである。どっちもを満たせばより良い。ひとつで満たさないのであれば、組み合わせて売る。価値を創造するのも、商人の仕事のうちである。

たとえば単身で攻撃力を持たない魔法使いに、ある道具を持たせれば魔法局でも手こずるような戦力になるのだとしたら?
その魔法使いを、無理矢理にでも操る術があるとしたら?

それはもう、きっと高い値段で売れるだろう。

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凛と立つその背中には、光が差しているようだった。

「無事ですか?ワース」

穏やかな声はまったくブレず、しかし目の前の敵を見据えている。ワースは答えあぐねた。無事といえば無事だ。無事でないといえば無事ではない。それよりもなぜ、オーター・マドルがここに居る。
返事が戻らないことに焦れたのか、オーターが振り返る。「あ、」と思わず声が出そうになった。オーターの瞳は心配そうに揺れている。その視線がゆらゆらと揺れ、ワースの怪我の具合を確認すると、その奥に灯ったのは純粋な「怒り」だった。

「……なるほど、お前たちはすぐに潰してやらなければならないらしいな」

かちゃり、と眼鏡を押し上げ隙なく杖を構える。
その姿が余りにも頼もしくて、ワースはただ、それを見上げることしかできなかった。



◆◇◆◇◆



「出向……ですか?」

ぱちくり、と瞳を丸くさせたワースに、知の神杖ソフィナ・ブリビアはため息混じりに頷いた。

「別に俺は問題ないですが……」
「私には大アリです。魔法墓地管理局だなんて、禁書管理局とはちっとも関係ないじゃないですか」
「はぁ……」

フスフスと怒りを露わにする上司は、明らかにこの決定に不服らしかった。ワースとしては仕事であればなんでもするのだが、どうやら神覚者の会議で一悶着あったらしい。とはいえ、ソフィナが怒りを露わにすることは非常に珍しいから、ワースは静かに傾聴に努めることにする。なんせ、こっちに火の粉が飛んできては堪らない。

「いまレナトスが抱えている案件に、魔法墓地管理局が管轄する墓地内での、死者の出歩き、があるそうなんです」
「死者の、出歩き?」

魔法墓地管理局は、その名の通り死者を管轄とする局だ。一般の墓地の他、凶悪犯や偉人の墓守も勤める。基本的には墓所が荒らされないように管理するのが仕事だが、生前余りに魔力があり過ぎた死者は、死してなお、墓から出て来てしまう。これを「死者の出歩き」と俗に呼んだ。それを安らかな眠りへ誘う……つまり、力尽くで土の下に戻すのも、墓地管理局の仕事だ。しかしこれは通常の業務内容に近い。わざわざ禁書管理局から出向させてまでする仕事とは、とても思えなかった。
ワースと同意見なのだろう。頬に手を当てたソフィナが、はぁ、と再びため息をついた。

「通常、出歩いてしまう死者は決まっています。良かれ悪しかれ力のある魔法使いですから。それをどうにかするのはレナトスの仕事。ただ今回は、まるで出歩きそうにない一般人の墓で出歩きが確認されているそうで、……奇妙なことに、朝になるとその墓の中に死者が戻っているそうなんです」
「……はい?」

異変を最初に感知したのは、墓地周辺の学生たちだったそうだ。飲み会の帰りに、静かな道をと墓地の横を突っ切るようにして複数人で帰っていたらしい。すると、墓地から人影が現れたのだという。通常、死者の出歩き等考えられない一般の墓所であるから、学生たちは泡を食って魔法警察に駆け込んだそうだ。確かにその夜調べた限り、墓地には荒らされた形跡があり中の遺体が無くなっていたものの、翌朝再び魔法警察が調べると、遺体が元に戻っていたのだという。警察が場を改めた以上、酔っ払った学生たちの狂言とは思えない。この奇妙な事件が、2件、3件と続いては、神覚者会議に挙がるような問題にもなる。なんせ原因が分からない以上、いつ、どこの墓地で起こってもおかしくないからだ。

「朝まで墓所を封鎖していても、少し目を離した隙に、墓所にご遺体が戻って来ているとか……。おおかた、転送魔法を使っているのでしょうけれど、目的が全く分からない、とのことで」
「……そりゃあ、まあ……変な事件ですね?」
「レナトスが、犯人が禁書を使っている可能性はないか、などと言い始めまして……」

げんなり、と肩を落とすソフィナの姿に、ワースにも段々話が見えて来た。通常このように、人間では感知しきれない状況になったら真っ先に頼られるのが魔法動物管理局である。墓地の守り手といえばブラックドッグだからだ。魔法生物たちの第六感は侮れないものがある。そのブラックドッグ達からは、奇妙な報告が上がった。どうにも出歩いた死者達は、その死亡時期、年月から換算して考えると、あり得ないほど活力に溢れている、のだという。
通常、遺体になれば少しずつ身体に残る魔力は抜けていく。そうして、すべての魔力が尽きた時、本当に土に帰るのだ。にも関わらず出歩きが確認された遺体は皆、死んだばかりのように瑞々しい状態に戻っていたのだという。まさに復活、死者の生き返りではないか、とまことしやかに囁かれ始めた。実際に遺体を目撃した一般人が拡散してしまっているから、止めようがない。噂の拡散となると、墓所管理局では手に負える範囲を超える、と不死の神杖は判断したという。

「なるほど、それで禁書……」

ある種の禁書は、空気中の魔力を集める力を持つものがある。ワースの「リトルデビル」もそのうちの一冊だ。このメカニズムは解明されていないが、復活した死者との類似性を感じずにはいられない。
ワースは飲み込めたが、ソフィナは未だに浮かない表情だ。

「どうせレナトスは「禁書を持つワースの弟」に関心があるだけですよ……」
「それは……」
「何か嫌なことを言われたら、すぐに戻って来て良いんですからね。こちらから正式に墓地管理局にクレーム入れますから」
「は……はは……」

この上司はこう見えて、結構過保護なところがある、というのに気が付いたのはここ最近のことだ。単純に家族構成としてきょうだいは兄しかおらず下がいない、というのもあるだろう。新卒のワースなど、小さな弟と思われているようだ。ありがたいことではあるが、これだけストレートに年長者から労られることに慣れていない。思わずゆるく繋いでいた手に力が入ってしまう。

「わーす?」

ワースに握られたふくふくとした手の主は、不思議そうにこちらを見上げる。捻れた山羊を思わせる角に、ワースの太ももの半ばくらいまでしかない身長。黒く少しクセのある髪と、顔には瞳の下にそれぞれアザが走っていた。その顔立ちは、サングラスがないだけでワースと瓜二つだった。歳の離れた弟と言えば、角に首を傾げながら大半の人間が納得するだろう。それくらい、よく出来た姿であった。

「いや、悪い、なんでもねーよリトルデビル」

くしゃりと頭を撫でてやると、えへへ、と子供らしく照れ笑いをした。紅潮した頬は、実に愛らしかった。

勿論コレは、人間どころか生き物ですらない。

入院期間を経て、魔法禁書管理局へ職場復帰したワースが最初に取り組んだのは、禁書ことリトルデビルに人間らしいガワを被らせることであった。結局のところ、力のある生物はそれ故に言語コミュニケーションを必要としない。念話でイメージを送ればこれほど確かなことはないからだ。だからリトルデビルはイメージや感情しか送れなかった。語彙力以前の問題である。
少なくとも人間の言葉を喋らせる以上、声帯は人間のものでないとならない。最初にリトルデビルに人間への擬態を指示してみたが、化けたその姿は、あまりにも幼過ぎるワースであった。洞窟でワースと初めて出会った時の、その似姿だと分からないほど馬鹿ではない。箒を飛ばせばよろめいていた記憶はあるものの、手を繋いでも足元がヨタヨタとよろついていたのは自分の姿ながらあまりに恥ずかし過ぎる。そもそも子供の姿では舌っ足らず過ぎた。主旨からズレている。どうしても出会った頃のワースの姿を取りたがるリトルデビルを宥めすかして、なんとか形を取り直させたのが今の年齢だ。だいたい10歳くらいだろうか。もた付かず動けるし、ある程度の発話も問題ない。しかしこの姿が、どうにも禁書管理局局長のハートを撃ち抜いてしまったらしい。人間の子供ではないと分かっているはずなのに、こっそりお菓子を渡したりしている。リトルデビルに味覚らしきものがあるかは不透明であるが、魔力が含まれる食べ物は口にすることができる。ニコニコと笑って「ありがとぉ!」と言われると、知の神杖は机の中からもうひとつチョコレートを取り出す始末である。おいおいおい。……ともかく、局長がこんな調子であるから、ワースに手を引かれひょこひょこと歩くリトルデビルに構う職員は多い。リトルデビルも人見知りらしきことはしないしキチンと顔と名前を覚えて挨拶もするので、割りにすんなりと「人間の姿を取った禁書」は「リトルデビルくん」として受け入れられた。良いのかよ。……まぁ、良いなら良いけど。

「先の事件でワースくん、オーターを倒してしまったでしょう?」
「いっ、いやアレは……」
「言っておきますけど、オーターを昏倒させるだなんて、本当に凄いことなんですからね?」

そう褒めそやすソフィナに、ワースは苦い顔をした。
ワースとしてはだいぶ手加減されていたと分かっている。けれど、書類上、リトルデビルと名付けられた禁書は「砂の神杖を倒した魔導書」であった。どのような報告が神覚者間で行われたのかは知らないが、自分の実力以上の評価を受けるのは非常に居心地が悪い。ワースの心の揺れを敏感に察知して、心配したようにこちらを見上げてくるリトルデビルの頭をそっと撫でた。素直に撫でられて笑う顔は、鏡の前でも見たことがない自分の表情であった。

「レナトスは退屈が嫌いな、少し面倒臭い相手です。ケンカを売られたらその場で出向取り止めて帰ってきて良いですからね。あなたの意思なら、戻って来させられますからね」

奇妙なほどの念押しである。一体神覚者間でどのような取り決めが持たれたのだろうか。ソフィナから出向資料を受け取りながら、内心ワースは首を傾げた。



***



リトルデビルを膝に乗せ、昼食のサンドイッチをもそもそと齧りながら、事件資料を捲る。一般人死者の出歩きが確認されたのは、学園都市の一画にある共同墓地であった。徒歩圏内に上級魔法学校が2校、看護系の専門学校が1校、箒の距離に高校が1校、近くの繁華街への通り道として利用する学生もいて、そのうちの1グループが目撃者となった。文豪の墓もあるとかで、観光目的で訪れる人も多く、ある程度街灯があり、見晴らしは良い。
出歩きが確認された死者は、150年ほど前の鋳物屋だった。特筆するほどの魔法的功績はない。過去帳を頼りに遺族をあたってみたがいずれも近くの一般企業に勤める人物であった。魔力量も1本線としては平均的な範囲で、出歩きが確認された日には残業していたり、飲み会があったり、周辺住民の目撃情報があってアリバイもある。

(「朝になって発見された死者は、鑑定によると死後50年程度しか経っていない状態となっていた」……か)

戯れるリトルデビルの腹をくすぐってやりながら、ワースは思考に沈む。このような状態になる場合、幾つかの線は考えられる。
まずは単純に、誰かが魔力を注いで死者に活力が戻った場合だ。恐らく墓地管理局はこれを疑っているのだろう。そうなると今度はその死者を使って何を企んでいるのか、と問いが立つ。一般的に最も疑われるのは「死者を兵器として扱う」だろう。生者と違って痛みも感じないし、それ故の肉体の反射的な動きもない。魔力さえ注ぎ続けられれば、これほど有益な兵器は他にない。ただしこれは法律で禁止されているし、罪が明らかになれば死罪にまでなる可能性もある。死者の尊厳を守ることは、魔法界をまとめ上げた大戦後に強く規定された。それはまぁ当然だろ、とワースも感じる。霊園は広大なので場所に規則性はなさそうなものの、一般人の出歩きはもう5件確認されている。いずれも繁華街や学校が近くにある生活圏内で、日中、夜間関わりなく通り抜ける住民たちの目撃情報が上がっている。もう少し塀で囲まれて人目のつかなそうな墓地など近くにはいくらでもあるのに。人為的であると仮定した場合、簡単に目撃を許すほど稚拙なネクロマンシーが企むには、大それた行い過ぎる。
次に、死者の遺体を使って何らかの実験をしており、それが結果として出歩きや肉体の損傷回復に繋がっている可能性だ。遺体にしか関心がないのであれば、入り込みやすい墓を狙うのが1番である。状況に合理性があった。遺体を「使い終わった」から出歩きも頓着しなかった、と言われればこれら一連の行動の意味はわかる。ではなぜ、どんな実験を行なっているのか?考えやすいのは他人への魔力譲渡、或いは若返りの魔法研究くらいか。

「ううーん……」

自分の意思で行われる魔力譲渡や若返りの魔法なんていうのは、白魔導師の領域だ。しかも、やり方によっては禁術に該当するし扱いを間違えると術者本人も危険である。ワースも、そりゃ多少は支援系魔法は使えるものの、まるで専門外である。なんせ、白魔導師の魔法は未解明な部分が多い。
歴史的に、攻撃魔法に分類されるような魔法と違って、支援系や治癒系魔法は、それこそ「神の領域」として神聖視されて来た。気持ちは分かる。ワースも、原理は分かっていても白魔導師の扱うそれらの魔法を見るとけっこう慄く。理由はいくつかあるが、なんと言っても彼らの魔法は、魔力量と起こる事象の釣り合いが全く取れていないように見えるからだ。
例えば蝋燭に火を灯そうとした時、小指の爪ほどの火になるか天井を焼くような豪炎になるかは、込められた魔力量による。その量を調節するのが、魔法使いとしての技量である。ただ治癒系の魔法は、もう当たり前のように小指の爪ほどの魔力で天井を焼くような威力を発揮することが出来る。それが何故なのか、今を以てしてもまるで解明できないのだ。

ある人は言う。魔法は心で扱う。故に心が清らかであればあるほど、絶大な力を発揮するのだと。
またある人は言う。治癒魔法は神が授けた愛の光だと。相手への愛が、魔力を補って力を与えると。
はたまたある人は言う。治癒魔法は知識だと。肉体理解が深ければ深いほど少ない魔力で効果的な治療を行えると。

現在最も支持されているのは「治癒魔法は知識だ」説であるが、心説も愛説も、否定出来るほどの材料はない。些かロマンチック過ぎやしないか、とはワースも思うが、実際、奇跡としか呼びようのない現象は現代においても枚挙にいとまがないのだ。これら膨大な奇跡をまぐれと呼べるほどワースは厚顔ではない。少なくとも言えることは、火事場の馬鹿力というものが最も発揮されやすいのは治癒魔法ということである。
また、治癒魔法を使う魔法使い側にも問題がある。例えば傷を癒す時、ある魔法使いは相手の自然治癒能力を上げるし、またある魔法使いは傷を負う前に時間を巻き戻したりする。レインの弟のフィンなどは、細胞そのものの組み換え魔法を使用する。つまり、同じ「健康な肉体」を齎らす魔法がいくつも存在するのである。これが白魔導師の魔法の仕組みが解明されない最も大きな理由である。白魔導師本人も無意識の領域で行なっていることから、他人に説明ができないのだ。
ワースでも扱えるような初級の治癒魔法などは対象の自然治癒力を高めるものだから、きっとこれが基本なのだろうけれど、術者の個人差が大きく、体系立った教本もない。死体や生きている人間を使うのは些か行き過ぎだが、動物を使った支援・治癒系の魔法研究はそう珍しいことではないし、200年近く前にカルト教団が死者の蘇生を図った咎で摘発されている。今回もその手の団体の仕業であっても、何ら不思議ではなかった。

「わーすー」
「うん?」
「そろそろじかんー」

言われて時計を見れば、昼休みが半ばほど終わっている。午後からは正式に墓地管理局への出向だ。内勤が主な禁書管理局と比べ外出の多い部署であるから、出入りの門の程近くに墓地管理局がある。ぶっちゃけ禁書管理局からは遠い。初日から遅刻しては、流石に印象が悪かろう。慌ててワースは昼食を掻き込む。

「助かった。サンキューなリトルデビル」
「んーん!」

癖のある黒髪を撫でてやれば、嬉しそうにリトルデビルは瞳を細めた。



***



ひと口に「魔法局」と言っても、それぞれに役割が違うように、建物もその特性に合わせた形になっている。
ワースが勤める禁書管理局は、基本の仕組みが図書館である。しかし万一書庫の封印が解けた場合に備え、廊下は迷路のように入り組んでいた。逃げ出した禁書を捕まえる為だ。ようは、建物全体が禁書の為の巨大な監獄、という訳である。ちなみに、知の神杖が局長になってから、禁書の脱走は一度たりとも発生してはいない。
それに対して墓地管理局は、とにかく出窓やバルコニーが多い。各所の墓所に問題が発生したらすぐさま出動する為だ。魔法警備隊と並んで、実戦経験が多いと言われる由縁である。いつでも飛び出せるように、あらゆる所に箒が立て掛けてある。……なんか、建物と建物の間に置いてある館内自由使用の傘みたいだな。くだらない事をぼんやり思いながらリトルデビルの手を引く。

「まずは不死の神杖に挨拶だな」
「はーい」

元気な挙手をしたリトルデビルは随分とご機嫌だ。さながら、遠足に喜ぶ子供である。下手くそな足取りに思わずスキップを教えてやると、「こう?こう?」と頻りに見せてくれる。廊下を歩く墓地管理局職員がちらちらとこちらを見ている事には気が付いていたが、ご満悦にスキップを披露するリトルデビルに悪意を向けているような者はない。ソフィナたちもそうだが、良いんだろうか。可愛い見た目になっていたとしても、魔導書は魔導書である。主人であるワースが可愛がってやるのは当然であるが、見た目年齢通りの子供ではない。

(一応、やべー禁書なんだけどなァ)

元々精神年齢が低いところがあるから、子供の姿を取っていても全く違和感がない。だからするりと大人の中に入り込んでしまうのだろうか。るんるん歩く魔導書をあやしてやりながら、重厚な扉の前にたどり着く。それを見上げながら、ワースはごくりと唾を飲み込んだ。レナトス・リボルのことを、ワースは殆どと言って良いほど知らない。各地にある墓地を管轄する墓地管理局は、とにかく忙しく、ひと所に留まっている局員の方が少ないのだ。その長に当たるレナトスは、それでも比較的墓地管理局にいる方だが、高名なネクロマンサーにして不死者である。……いや、完全な「不死」は、かの「無邪気な淵源」さえ到達し得なかった禁術であるが、恐らく現在最も「不死」に近付いている魔法使いだ。死を司る杖によって、驚異的な再生能力を持つ。その性格は豪快奔放、忘れっぽい面があるものの、武闘派揃いの墓地管理局を絶大なカリスマ性で率いている。……暑苦しそうで嫌だなァ。実際、すれ違う職員たちは、禁書管理局の職員よりも、ずっと身体が厚く体育会系である。一応ワースも動けるし戦えるタイプではあるが、今のところ内勤が多いし、四六時中墓荒らしや死者と戦っているような部署の人間とは違う。とはいえ、ずっと扉と睨めっこしている訳には行かない。躊躇いがちに、ノックをする。
甘めな声が入室を促した。
それでも尚、ワースは緊張しつつそうっと扉を押し開く。すると、ぱぁん!と大きな音が響いた。咄嗟にリトルデビルの肩を引き寄せるが、パッと散ったのは紙吹雪だった。

「わぁ!」
「……は?」

四方八方、小さな円錐形を持った職員たちが、思い思いのタイミングで紐を引っ張る。ぱぁん!ぱぁん!と高い音を立てて破裂したクラッカーは星屑のような煌めきや一瞬のオーロラを見せて消えていく。

「よーぅ、ワース・マドル!」

最も奥、局長の机の上にあざ黒い肌の長身の男が立っている。さすがのワースも顔くらいは知っている。レナトス・リボルだ。手には、ちょっと見かけないようなバズーカ型のクラッカーを構えて不敵に笑っている。あ、と思う間もなく引き金を引いた。ぷぱぁん!と盛大な音を立てて、リボンやキラキラとした飾りが飛び散る。リトルデビルがきゃーきゃーと歓声を上げ、誰からともなく拍手が広がる。
すたっと局長の机から降り立ったレナトスは、大業に腕を広げてみせた。

「歓迎するぜ!ようこそ新人!」
「は、はぁ……」

紙吹雪が引っかかったサングラスがズレる。確かにこれは、ウチの局長と気が合わなそうだな、と勝手なことを思った。



***



施設の案内をレナトス自ら行う、と言われて目眩がしたが、戦闘訓練も兼ねてるから、と言われて大いに納得した。一般的な執務室の他に、闘技場と更衣室、シャワールームが併設された一区画がある。ぐるりとひと通り施設を巡ってそこにたどり着いた感想は、「広いな、」と言うことだった。もちろん延べ床面積で言えば禁書管理局の方が上だろうが、想像以上に収蔵庫が大きい。なんでも、盗掘に入られた時に取り返した物品、遺族一門が管理しきれなくなった魔法具を収めているのだという。一応これらは魔法道具管理局の所管であるらしいのだが、あちらは現代の魔法具も取り扱うため処理が追い付かず、墓地管理局が代わりに収蔵している間にあれよあれよと貯まってしまったらしい。魔法道具管理局からの出向者が来ているそうだが、死者と共に何十年と埋まっており既に戻すべき墓所も定かではない魔法具が主だからそれなりに高い役職の者しか扱えず、遅々として整理は追い付かないらしい。禁書管理局も、書籍のランクが高過ぎるとワースのようなぺーぺーが配架出来ずより上級の役職者に振り分けられる。当然役職者は忙しいので配架遅延は度々起きていた。よその局とはいえ、他人事に思えない。
死者との戦闘時に気をつける事、対生き物でやらかして良い上限を、実際の死者を呼び出してレナトスは実践を交えつつ講義した。一応ワースもひと通り予習はして来たが、局長自らのレクチャーとなると学びは多かった。これから戦闘訓練を重ねて、レナトスから許可が出れば、晴れて現場に出ることになる。……なかなか気が遠い。ひとまず休憩、とワースにスポーツドリンクとリトルデビルにアイスを差し入れたレナトスは、コーラとポテトを食べている。自由である。

「しっかし、マジで瓜二つだな。角がなかったらテメェの息子かと思うところだぜ」
「んひゅー!」
「ほっぺもちもち」

リトルデビルの脇の下に手を突っ込んだレナトスは、かなり雑に抱き上げる。いや、「持ち上げる」と表した方が正しいかもしれない。レナトスの目線の高さまで持ち上げられたリトルデビルの足がぶらぶらとしていた。頬ずりされて喜んでいるようだから良いが、あれ大丈夫なんだろうか。子供の持ち方として。ハラハラしているワースを見、ニコニコしているリトルデビルを見、レナトスは笑う。

「お前ら、双子コーデとかリンクコーデとかしねーの?」
「出来なくはないでしょうけど……それ一応リトルデビルが作った服なんス」

一緒に暮らしているからワースの私服をリトルデビルも知っているとは言え、彼が肉体を作る時は決まってワースが洞窟に迷い込んだ頃に来ていた服だ。デザインシャツにリボン、膝が出る丈のズボンに長めのソックス姿である。曰く「しっくり来る」のだという。どうにも出会った頃のワースに執心しているようだから、多分この辺りも何かのこだわりなのだろう。しかしレナトスは瞳を丸くして瞬かせる。

「なんで?禁書が人間の服着ちゃいけねぇなんて決まりはねェだろ?」
「まあ……」
「服着せるの面倒くせェの?」

そもそも、禁書が人間の姿を取る、ということが異例であろう。服だって、元々リトルデビルがイメージしていたワースの姿をそのまま映し取ったに過ぎない。
逡巡するワースを放ったらかして、地面に下ろしたリトルデビルの顔を行儀悪くしゃがみ込んだレナトスが覗き込む。

「やいちびワース。お前もでかワースとお揃いが良いなぁ?」
「おそろい?」
「一緒ってこと」
「いっしょ!」

リトルデビルの瞳がキラキラと光る。なるほど、「一緒」の意味が理解できるのか。足元に絡みついて来るリトルデビルをひょいと持ち上げて胸に抱く。視線が同じになって嬉しいのか、ニコニコとしていた。

「わーすといっしょがいい!」

よしよしと頭を撫でてやりながら考える。やはり人間の服を着せるのは難しいかもしれない。なんせ、一応本体が書籍だ。泥魔法で肉体を纏わせているだけで、ワースが魔導書として使おうとすれば、書籍の形に戻さねばならないし、結構リトルデビルはワースの感情を読み取って勝手に魔導書の形に戻る。肉体よりも書籍の方が小さいので服がちぎれる事はないが、取り出すのに時間が掛かるし、「お揃い」の服が破れたらリトルデビルは落ち込むだろう。それは、なんというか、……可哀想だ。衣類が使えないとなると、リトルデビル自身に覚えさせるしかない。ちょいちょいと前髪を直してやりながら、ついでに頭を撫でてやる。

「家に帰ったら変身魔法の特訓だな」
「別にここでやっても構わねぇよ」
「え……と、一応、業務時間内ッスけど……」
「あーー……、まぁ、戦闘訓練の一環?的な?」

絶対違うだろ。
なんだか、思い描いていた不死の神杖の印象と違う。その視線を感じたのか、レナトスは肩をすくめた。

「オレらは「秩序を守る側」だからな、周りから見られた時に困らねーようにしとかなきゃなンねェけど、ルールがないモンは、秩序とかねーんだから、好き勝手にしていいだろ」
「はあ……」
「あと、オレが興味ある。双子コーデ」

言いながらレナトスはリトルデビルの頭をわしわしと乱暴に撫で回す。その度にリトルデビルがきゃあきゃあと楽しそうに歓声を上げた。
ワースの方も、レナトスが許可を出すならそれで構わない。リトルデビルの両手を取って、視線を合わせるように屈む。背後で腕組みしてたレナトスが首を傾げる。魔法を扱うには、少々奇特な姿であった。まるで、何かに祈りを捧げているようにも見える。

「ソレ、なんか意味あんの?」
「ソレ?……ッスか?」
「手ェ繋ぐの」

言われて、ああ、とワースは得心がいく。
子供の形を取らせているリトルデビルに魔法を使わせる時は、必ず手を繋ぐ。空気中から魔力を集められる魔導書に取って、自らの肉体を泥魔法で作り常時維持する、というのはそう難しい事ではない。ただ、常時魔法を展開している状態になるので、魔導書曰く「ひらいたままにしてるかんじ」らしいのだ。きゅっと顔を顰めていたから、問題なく魔法が使える、というだけで、気持ちが落ち着かないのだろう。ワースが触れていると「ひらいたぺーじをささえられてるかんじ」がして安心するのだという。恐らく手を繋がなくとも良いのだけれど、リトルデビルの魔法が安定していると見ていてこちらも安定する、感じがする。魔導書にとってもワースにとっても感覚的なものだから、気休めに過ぎない。そのうち身体の一部が触れている時といない時でどこまで魔力出力に差が出るか検証しても良いが、しばらくは必要ない。

「リトルデビルが、魔法使いやすくなるっぽいんスよ。あと俺も、リトルデビルの魔法を上書きしやすいんで」

言いながら、リトルデビルの額に自分の額を合わせる。今日着ている服を思い出しながら、子供姿のリトルデビルの身体の輪郭を少しずつワースの魔力で覆っていく。材質は、着心地は、色やデザインは、とひとつひとつの感覚を追いかけながら、作り上げた服をぴたりと身体に沿わせる。ワースが額を離すと、そこには自分と全く同じ格好をしたリトルデビルがいた。ほぉ、とレナトスの声がする。若干恥ずかしい。

「よっし、これで馴染ませてみな」
「馴染ませるってなんだ?」

頷いたリトルデビルの手をしっかりと握ってやると、覗き込むレナトスが更にそんな事を聞いて来る。リトルデビルに関心があるのか、単に珍しいものに興味がそそられているのか判然としない。しかし隠す程のことでもないので、ワースは解説する。

「コイツの魔法、ベースは俺の泥魔法なんスけど、俺が魔法使い続けてると魔力ばっか食うんで、手本だけ見せて本人に更に上書きさせてるんス」
「…………」
「飲み込みが良いから、もーちょい練習したら「視覚的に理解した服を作る」とか泥魔法で出来るようなると思います」
「……お前以外の魔法使いの魔法を模倣させた事はあんのか?」
「え……」

考えてみれば、試した事はない。……ないが、魔導書との魔力馴染みは身体の一部が触れている時が抜群に良い。ワースが作った泥魔法を介して教えてみようとした事はあるが、そうなるとやはり上手く魔力が入っていかないから、恐らく質そのものが違う他人では通らないだろう。

「やった事はないッスけど、ちゃんと抵抗力があるから、他人の魔法じゃ受け付けない……と思います」
「そっか。悪ィ、変なこと聞いたな」
「いやでも面白いッス」

まあ、でも、それはそのうちおいおいに。
とりあえずワースは、「お揃い」にご満悦なリトルデビルの頭を撫でてやった。

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◆◇◆◇◆



「あ」
「あ。」

特徴的な髪色の少年が、オーターの姿を認めて瞳を丸くさせた。オーターは思わずズレてもいない眼鏡の位置を直す。

「久しぶりですね、フィン」

顔を合わせるのはワースの卒業式以来だ。少し、髪が伸びただろうか。少し見ないうちに大人びたような気がするのは、恐らく年長者としての欲目だろう。目を離した隙に小さな子供が少しでも世界を学び成長していてくれと願うような。眉間の皺が癖になっているような兄に比べて、ふくふくとした頬に満月のような瞳は、とても兄弟とは思えないくらい似ても似つかない。たぶん、浮かべる表情がまるで違うからだろう。

「こんにちはオーターさん」
「買い出しですか?」
「まぁ……はい」

チラリと彼の背後を窺う。アドラ寮では、オーターの弟子2人と彼の同室、そしてその婚約者を名乗る女子生徒の5人でよくつるんでいるはずだ。買い出しにしても、フィンただ1人というのは非常に珍しい。
オーターは再び眼鏡の位置を直した。
実のところ、最近、白魔導師の卵の学生をターゲットにした誘拐の報告が上がっている。犯行は恐らくグループで行われている様子であるが、それ以上の情報は分かっていない。いま掴んでいることは、誘拐された白魔導師の生徒たちは、魔力を搾り尽くされたような無惨な姿で発見された、ということだけだ。病院で治療を受けているが未だに意識が戻らない。見つかった場所もてんでバラバラ。強いていえば、このイーストン魔法学校から箒で少し行った程度の距離でしか誘拐事件は発生していない、という程度である。完全に手詰まりだ。
本職の白魔導師の警護はかなり強固だ。なんせ、使い手の数が少なく希少であるから、守りも固めやすい。だが学生となると数も爆発的に増える上、身辺警護の権限を行使することも難しい。被害者の方も、実践に出られるような熟達した生徒から初学者までターゲットが多様で非常に絞りにくい。その為注意喚起が学校側から連絡されているはずだが……。

「……?」

オーターに凝視されたフィンは、ぽややんとした穏やかな笑みを浮かべつつ、小首を傾げた。この子がウォールバーグ校長の話を聞いていそうな気が、どうにもしない。オーターはため息をついた。白昼堂々誘拐事件など起きるとは思わないが、もしも「何か」が起こってしまったら寝目覚めが悪過ぎる。

「良かったら付き合います。何を買うつもりなんですか?」
「えっ、そんな神覚者様にわざわざお時間を取ってもらう訳には……」
「付き合います。」
「ひぇ……はい……」

子ウサギが頭を抱えてぶるぶると震えた。そういう、危機感があるならホイホイと1人その辺りを彷徨くなと言いたい。言いたいが……まぁ、彼も年頃の学生であるし、1人で出掛けたい日もあっただろう。大人の事情で割り込んでしまったのには、いささか罪悪感が刺激される。

「じ、実は課題の一環で、お守り作りをすることになっていて……。折角なら兄さまと友達にも、お守りを作ろうかと思いまして……」
「なるほど」

顰めっ面の年若い同僚の顔が頭に浮かぶ。レイン・エイムズは寡黙で、弟の話は殆どしない。ただ最近そう言えば、彼のデスクの弟の写真を飾っている場所に更にグッズが増えて、さながら祭壇のようになっているらしい。魔法局内の噂だから、どこまで本当かは分からないが、フィンの話を聞く限り季節の節目ごとにプレゼントを送りあっているようだ。微笑ましい兄弟間の交流に、オーターの瞳も幾らか和らいだ。
レインと友人たちそれぞれが好みそうな布や飾りを吟味しているフィンを見ながら、そういえば彼の助けでワースに箒飾りを贈ったことを思い出した。あれは卒業祝いとの名目だったが、こうしてなんの衒いもなく他人にプレゼントを渡せるフィンを、少し羨ましく思う。
ワースはもう稼いでいるし、大抵のものは自分で買えるだろう。それに何より、「兄だから」などの言い訳はもう使えない。普通の人間は、どういうタイミングで、相手にプレゼントを贈るのだろうか。オーターは毎日花のひとつでも届けたいくらいなのだけど。

「お待たせしました」

息を切らせて戻ってきたフィンの腕の中には、材料が入っていると思しき紙袋がある。彼は手芸も上手いから、きっと相手も喜ぶだろう。そもそもワースが喜びそうなものが何かも分からない自分とは、土俵が違う。休憩がてら、カフェにでも入ろうとしたら全力で恐縮されてしまったので、妥協点としてキッチンカーでクレープを買ってやった。それでも尚、恐縮している子ウサギを見ながら、オーター自身も珈琲を啜る。

「そういえば、箒飾り作りの時はありがとうございました。ワースも気に入ってくれたようで」
「そうなんですか?オーターさん、かなり頑張ってましたもんね!」

相変わらずワースの箒には、オーターがプレゼントした箒飾りが付いたままである。そして相変わらずオーターは、毎朝出勤するワースの箒の軌道を確認するのが日課だ。……最近は禁書管理局ではなく墓地管理局の方角に飛んでいるのが、少々気に食わないが。

ワースを出向させたい、という話を最初に持ち込んだのは、実は墓地管理局ではない。ツララ・ヘイルストーンの魔法研究管理局であった。

退院後、ワースが取り組んでいる禁書の研究は、非常に希少なものだ。これまで禁書とコミュニケーションらしきものを取っていた術者はそれなりに居る。実証的にどうか、と言われると疑問視される証言も多々あるが、少なくとも術者の主観的には、禁書との間に何らかの絆が形成されるであろうことは知られている。しかし、それはあくまで術者と禁書間のもので、他人が量計的に確認出来るものではなかった。しかしワースが所有する禁書「リトルデビル」のように、子供と呼べるような姿を取り、術者が直接触れておらずとも言語を操り、他者と交流する禁書など、前代未聞である。ソフィナも、子供姿の禁書を愛でつつ、ひっそりとその魔法を確かめていた。泥魔法の原型は確かにワースの固有魔法であるが、禁書の取っている身体は禁書自身が生み出した魔法である。ワースと禁書本体の証言から、幼少期のワースをモデルにしているとのことだ。本当にワースと禁書が出会った頃だと幼過ぎる為、いくつか年齢を変えた姿を取らせ、結局10歳程度の姿でワースと禁書双方の妥協点となった。そのいずれであっても拗くれた山羊の角がついてしまうのは、禁書曰く「ばらんすがとれる!」との事だった。元々骸骨頭の使い魔を呼び出す禁書であるから、それは魔導書自身の性質であろう。
市販の子供向けのテキストや絵本、ワース自身が作問したワークなどを駆使して禁書の言語教育は行われているが、専門家に確認させたとこほど、現在禁書の言語能力は初等部入学相当だそうだ。禁書が見た目通りの年齢ではないことを差し引いても、驚異的なスピードで言語を習得している。そしてワースは日々その様子や教えた内容を子育て日記よろしく研究ノートとして書き貯めている。昼休みや午後の休憩時、そしてソフィナが確認した所、終業後の自宅でも取り組んでいるらしいとのことだ。相手が、純粋な生き物ではないとは言え、研究の性質上仕方がないだろう。ここに、ツララは目を付けたのである。
曰く、「禁書管理局では研究のような拘束時間がはっきりしない時間外労働に給与を付けられない。研究管理局なら付けられる。禁書研究をしている間だけでも研究管理局に出向させた方が彼の研究も捗るのではないか」と。ワースの研究が「禁書に言葉を教える」だけで終わるとは考えにくい。なんなら、論文を完成させた後も別のテーマに誘導することだって出来る。ツララの提案は、明らかに禁書管理局からの引き抜きを意図していた。もちろん本人は、「善意だよ」と否定したけれども。そんな美辞麗句で他人の局員を引き抜いて良いならオーターだってやる。血縁関係もあって砂魔法と泥魔法は性質が近いのだから、泥魔法を使う禁書の管理監督は魔法魔力管理局の方が適切である、と主張した。一度遅れを取ったが、それはあくまで対峙したのがワースであったからで、禁書相手ならば問題ない、逆に禁書が暴れ出した際に研究管理局でどれだけ対応出来るのか、と。ツララとオーター双方に猛反発したのはソフィナである。仕事を覚えてきた新人を取られてたまるか、最近は禁書本人も書庫整理等に精を出してくれて、ワースは一人で10人分くらい余裕で働いている、との主張だ。「もう本人だなんて言っているなど、禁書を禁書と思っていない証だ。そんなことで公正に判断できるのか」と問えば、ツララが「人間の子供と同等程度と認識されうる行動を禁書が取れるなら、接触する大人の種類も増やした方が禁書の情緒教育に相応しいんじゃない?」と被せ、ソフィナが「きちんと監視してますし、全部禁書管理局だけでまかなえます」と突っぱねる。「ちょっと面白そうだからオレの所にも出向に来ねぇ?」とレナトスがくちばしを突っ込んできて、大紛糾である。

それを調停したのは、当然というか、必然というか、カルドであった。

人材管理局の立場から、強引な引き抜きは看過できない。だいたいワースはインターンシップの頃から禁書管理局一筋でもある。無論、彼にも下心があったとしても、選ばれたのはあくまで禁書管理局であるし、入局して半年程度の新人を簡単に異動させる人事はしない、とツララ、オーターを順に見てしっかり釘を刺されてしまった。まぁ、期待してはいなかったが、少々残念ではある。ソフィナはふふんと鼻を鳴らした。しかしカルドはそれをいつもの食えない笑みを浮かべながら、「……でも、禁書管理局は外出機会が少ないので、接触する大人を増やす方が情操教育になる、というのは一理ありますね?」と言い放った。
現状、ワースとワースが所有する禁書は、魔法界の脅威とまでは言い難い。しっかりとワースが禁書の手綱を握っているし、ワース自身に犯罪行為をするような野望もないからだ。だが、術者だけの心ひとつでなんとかなるのであれば、世の中に禁書に取り憑かれてお取り潰しになるような家門はないのだ。ワースが存命中の間はまだ良い。しかし、禁書は術者が亡くなっても何百年と残る。とりわけ、大気中から魔力を取り出せるような特殊な部類の禁書は、そこに記された魔法も強力であることが想定された。術者たるワースの許容量の限界で扱える魔法範囲が狭いため、実際に禁書が発動できる魔法は殆ど開示されていない。術者以外の閲覧を、禁書は当然拒むので、ソフィナの解析は全く進んでいないのが現状だ。ワース自身がサモンズ習得を目指し、禁書の使用可能範囲を広げるのは当然の努力として、術者本人だからこそ可能な分析と研究を進めさせ、ワースの瞳を通じて禁書にも魔法界に愛着を持って貰う、というのは危機管理としては順当な施策である。例えばワースが不慮の事故で亡くなったとして、それを理由に世界をめちゃくちゃにしてやろうと目論まれては困るのだ。あの禁書の能力は未知数であるし、世界を滅亡させる程の力を持つことは、今のところ誰にも否定はできない。重ねた研究成果は後の世でも残るし、禁書が言語習得を軸に何かを得ようとしているなら、ワースの手を通じてより穏当で平和な方向へと押すべきだろう、というのがカルドの主張であった。……まぁ、言ってはあれだが、筋は通っている。
そこで出向先として白羽の矢が立ったのが、墓地管理局であった。
年がら年中何かしらの事件が起きているし、所謂「退屈しない」職場だろう。そして何より、禁書管理局と局員の方向性が違う。それをワースがどう受け止めるかは一旦置いておくとして、試してみる価値はあるはずだ、と。
当然ソフィナは抗議した。それでは禁書管理局が損しているだけではないか、と。それに行ってみてワースと水が合わず術者のストレスに禁書が癇癪を起こしたらどうする、と。カルドはと言えば、涼しい顔で「癇癪を起こすなら起こすで、それはそれで良いです」と言い放った。「暴れる禁書を制御しきるのもまた練習のうち、レナトスならば最悪押さえ込めるでしょう?」と。とりあえず、ワースが本気で嫌がれば禁書管理局へ戻すこと、人員補填として来年度の新卒枠を5増やすことを条件に、一旦ソフィナは引き下がった。……納得してはいない顔だったから、いくらかワースへ早めに戻ってくるように働きかけるだろう。オーターとしても、その方がありがたい。
……ちなみにワースが墓地管理局に出向してからしばらくして、ひっそりとレナトスが教えてくれたところによると、「絶対アイツ研究局に出向させない方がいい。あの魔導書、研究に興味ないオレでも面白すぎたもん」との見解だった。オーターの方からカルドにも強く申し入れておいた。ワースと廊下ですれ違うだけが生き甲斐だったのに、研究室に篭られては堪らない。
とはいえ、魔法局の中でも、最も外郭にある墓地管理局は、オーターの魔法魔力管理局から見ても結構な距離がある。加えて退院や禁書所有の手続き、さらには墓所管理局への出向でワースは忙しく、食堂に出ても来れてもいない。かれこれ、禁書管理局に出向して10日ほど経つのに。レナトスが無茶な仕事を振っていないだろうか?心配である。……ともかく、お陰様で未だに「子供の姿をしている禁書」とやらにお目に掛かったことがなかった。アレは「幼い頃のワース」を模しているらしい。なんだそれ、見たい……!
……そんなもの自分でさっさと会いに行けば良いのでは、と考える向きもあるだろう。
ワースの病室へ見舞いに行ったあの日、友人のような関係になりたい、と望んだオーターに対して、意外にもワースは快く受け入れてくれた。ただよく考えてみると、オーターには友人らしき者は居ない。では一体どういう関係性なのか。またも、良く分からなくなってしまった。悩んでいるうちに比較的会えた局外にワースが出て来なくなったものだから、今度は会いに行く口実を探すのに難儀している。次から次へと勘弁して欲しい。

「……レインとキミは、すごいな……」
「えー……と?」
「いやこちらの話だ」

きちんと絆を修復して、想い合っている。それがどれほど難しいことか、今のオーターには痛いほどよく分かる。ちまちまと小麦の生地の端を齧っていた子ウサギは、さすがマッシュのようにマイペースな人間の友人をやっていられるだけのことはあると言うべきか、「そういえば!」と話題を捕まえてきた。

「ワース先輩お元気ですか?実は在学中に大変お世話になりまして……」
「お世話?……キミはアドラ寮だったと思いましたが」
「マッシュくんのお勉強会に、ワース先輩が来てくれたことがあって」

なんと、オーターが把握していない話だった。聞けば学年末近くのことであるからまさしく学校生活最後の思い出という奴だろう。

「お前、本気でやべーぞ、って言われた時は本当に怖かったんですけど、かなり親身になって教えてくれて」

この口の悪さ、ワースらしい。
うんうん、と頷く。

「お陰ですごく成績も良かったので、何かお礼をと思ったんですけど、めちゃくちゃ笑わして貰ったしちっこいのから何かぶん取るほど落ちぶれちゃいない、って言われちゃって……」
「笑わして貰った……?」
「あっ、その、少し前に兄さまとケンカしちゃって……仲直りはしたんですけど、見てたワース先輩が物凄く笑っていたので……」
「…………!」

ワースが破顔するほどの仲直りとはどういうことだ。思わずオーターは身を乗り出す。だいたいフィンのこの感じでどうやってレインとケンカするのか。……ケンカできるのか?大丈夫か?いまのところ、五体満足に見えるが。フィンは、「いやホント、これは余談なんで……!」と詮索を拒む。一体何があったんだろうか。

「と、ともかく、僕もワース先輩に会いたいですし、みんなでどこか行きましょう!」
「……みんな?」
「はい!僕と、ワース先輩と、オーターさんと、あと兄さまとマッシュくんと……」
「いや、別にマッシュ・バーンデッドとは会いたくないです」
「えっ、……そ、そうなんですか……」

じゃあランスくんとか、ドットくんとか、と途端にトーンが落ちる。そういえばマッシュ・バーンデッドはフィンを「初めての友達」と公言していたが、フィンの方もマッシュが1番誘いやすいのだろう。微笑ましい。相手があのキノコ頭でなければ、より微笑ましい。……とはいえオーターも子ウサギの交友関係にくちばしを突っ込む気はない。巻き込まないでさえ居てくれれば。

「確かに、どこかへ誘ってみるのは良い考えです。それなりの人数で誘えば、あの子も来やすいでしょうし」

ワースは何が好きなのだろう。サーカス、遊園地、水族館に動物園と、フィンのような子供を連れて行くに相応しい場所をひとつひとつ検討する。ワースも楽しんでくれるなら、こんなに嬉しいことはない。

「その時は是非、相談させて下さい」
「任せて下さい!きっとですよ!」

にこにこと元気なフィンに瞳を細める。話に夢中になって少し冷めてしまった珈琲を煽った。温かい時よりも、旨く感じた。
その後、陽が傾くよりもずっと早く、イーストン魔法学校前までフィンを送り届けた。ついでに校長室へ寄って、再度白魔術師の卵たちに危険を呼びかけるよう、ウォールバーグに直談判する。
……これで、オーターのやるべき仕事は終わり、の、筈だった。

「あれ?……手紙が来てる。差出人は……兄さま?」

明らかに手書きではない、タイプライターで書かれた手紙を見て、首を傾げるフィン・エイムズがいなければ。「ちょっと出掛けてくるか、」と呟いたフィン・エイムズの隣に、トレーニングを終えたマッシュ・バーンデッドさえ居れば。

オーター・マドルの残業は、なかった筈だった。

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◆◇◆◇◆



笑いが止まらなかった。
金カネを産む子どもは、情報通り前髪のひと房だけ金カネと同じ色をしていた。
お前が産む金カネは、きっとその前髪なんかよりずっと巨額だろう。おが屑を詰めた箱の中に、丁寧に商品を収める。
あとは顧客へデモンストレーションをしてみせれば、それで終わりだ。この商品に取り付けられていた魔法道具もついでに売ってしまおう。神覚者が自分の弟の為に選んだものなのだから、きっと高価に違いない。

恨むなら、その魔法の才能を恨むが良い。
他人に魔力を分け与え、怪我を治してやれるだなんて、神の祝福に違いないのだから。

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カナリヤ 3
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◆◇◆◇◆



珍しいモノは、高く売れる。

不思議な毛色の魔法生物。
墓地から出てきた唯一無二の魔法道具。
そして希少な魔法発動できる未熟な魔法使い。

高く売れるモノは、珍しくて見せびらかしたくなるか、その能力が優れているか、そのどちらかである。どっちもを満たせばより良い。ひとつで満たさないのであれば、組み合わせて売る。価値を創造するのも、商人の仕事のうちである。

たとえば単身で攻撃力を持たない魔法使いに、ある道具を持たせれば魔法局でも手こずるような戦力になるのだとしたら?
その魔法使いを、無理矢理にでも操る術があるとしたら?

それはもう、きっと高い値段で売れるだろう。

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凛と立つその背中には、光が差しているようだった。

「無事ですか?ワース」

穏やかな声はまったくブレず、しかし目の前の敵を見据えている。ワースは答えあぐねた。無事といえば無事だ。無事でないといえば無事ではない。それよりもなぜ、オーター・マドルがここに居る。
返事が戻らないことに焦れたのか、オーターが振り返る。「あ、」と思わず声が出そうになった。オーターの瞳は心配そうに揺れている。その視線がゆらゆらと揺れ、ワースの怪我の具合を確認すると、その奥に灯ったのは純粋な「怒り」だった。

「……なるほど、お前たちはすぐに潰してやらなければならないらしいな」

かちゃり、と眼鏡を押し上げ隙なく杖を構える。
その姿が余りにも頼もしくて、ワースはただ、それを見上げることしかできなかった。



◆◇◆◇◆



「出向……ですか?」

ぱちくり、と瞳を丸くさせたワースに、知の神杖ソフィナ・ブリビアはため息混じりに頷いた。

「別に俺は問題ないですが……」
「私には大アリです。魔法墓地管理局だなんて、禁書管理局とはちっとも関係ないじゃないですか」
「はぁ……」

フスフスと怒りを露わにする上司は、明らかにこの決定に不服らしかった。ワースとしては仕事であればなんでもするのだが、どうやら神覚者の会議で一悶着あったらしい。とはいえ、ソフィナが怒りを露わにすることは非常に珍しいから、ワースは静かに傾聴に努めることにする。なんせ、こっちに火の粉が飛んできては堪らない。

「いまレナトスが抱えている案件に、魔法墓地管理局が管轄する墓地内での、死者の出歩き、があるそうなんです」
「死者の、出歩き?」

魔法墓地管理局は、その名の通り死者を管轄とする局だ。一般の墓地の他、凶悪犯や偉人の墓守も勤める。基本的には墓所が荒らされないように管理するのが仕事だが、生前余りに魔力があり過ぎた死者は、死してなお、墓から出て来てしまう。これを「死者の出歩き」と俗に呼んだ。それを安らかな眠りへ誘う……つまり、力尽くで土の下に戻すのも、墓地管理局の仕事だ。しかしこれは通常の業務内容に近い。わざわざ禁書管理局から出向させてまでする仕事とは、とても思えなかった。
ワースと同意見なのだろう。頬に手を当てたソフィナが、はぁ、と再びため息をついた。

「通常、出歩いてしまう死者は決まっています。良かれ悪しかれ力のある魔法使いですから。それをどうにかするのはレナトスの仕事。ただ今回は、まるで出歩きそうにない一般人の墓で出歩きが確認されているそうで、……奇妙なことに、朝になるとその墓の中に死者が戻っているそうなんです」
「……はい?」

異変を最初に感知したのは、墓地周辺の学生たちだったそうだ。飲み会の帰りに、静かな道をと墓地の横を突っ切るようにして複数人で帰っていたらしい。すると、墓地から人影が現れたのだという。通常、死者の出歩き等考えられない一般の墓所であるから、学生たちは泡を食って魔法警察に駆け込んだそうだ。確かにその夜調べた限り、墓地には荒らされた形跡があり中の遺体が無くなっていたものの、翌朝再び魔法警察が調べると、遺体が元に戻っていたのだという。警察が場を改めた以上、酔っ払った学生たちの狂言とは思えない。この奇妙な事件が、2件、3件と続いては、神覚者会議に挙がるような問題にもなる。なんせ原因が分からない以上、いつ、どこの墓地で起こってもおかしくないからだ。

「朝まで墓所を封鎖していても、少し目を離した隙に、墓所にご遺体が戻って来ているとか……。おおかた、転送魔法を使っているのでしょうけれど、目的が全く分からない、とのことで」
「……そりゃあ、まあ……変な事件ですね?」
「レナトスが、犯人が禁書を使っている可能性はないか、などと言い始めまして……」

げんなり、と肩を落とすソフィナの姿に、ワースにも段々話が見えて来た。通常このように、人間では感知しきれない状況になったら真っ先に頼られるのが魔法動物管理局である。墓地の守り手といえばブラックドッグだからだ。魔法生物たちの第六感は侮れないものがある。そのブラックドッグ達からは、奇妙な報告が上がった。どうにも出歩いた死者達は、その死亡時期、年月から換算して考えると、あり得ないほど活力に溢れている、のだという。
通常、遺体になれば少しずつ身体に残る魔力は抜けていく。そうして、すべての魔力が尽きた時、本当に土に帰るのだ。にも関わらず出歩きが確認された遺体は皆、死んだばかりのように瑞々しい状態に戻っていたのだという。まさに復活、死者の生き返りではないか、とまことしやかに囁かれ始めた。実際に遺体を目撃した一般人が拡散してしまっているから、止めようがない。噂の拡散となると、墓所管理局では手に負える範囲を超える、と不死の神杖は判断したという。

「なるほど、それで禁書……」

ある種の禁書は、空気中の魔力を集める力を持つものがある。ワースの「リトルデビル」もそのうちの一冊だ。このメカニズムは解明されていないが、復活した死者との類似性を感じずにはいられない。
ワースは飲み込めたが、ソフィナは未だに浮かない表情だ。

「どうせレナトスは「禁書を持つワースの弟」に関心があるだけですよ……」
「それは……」
「何か嫌なことを言われたら、すぐに戻って来て良いんですからね。こちらから正式に墓地管理局にクレーム入れますから」
「は……はは……」

この上司はこう見えて、結構過保護なところがある、というのに気が付いたのはここ最近のことだ。単純に家族構成としてきょうだいは兄しかおらず下がいない、というのもあるだろう。新卒のワースなど、小さな弟と思われているようだ。ありがたいことではあるが、これだけストレートに年長者から労られることに慣れていない。思わずゆるく繋いでいた手に力が入ってしまう。

「わーす?」

ワースに握られたふくふくとした手の主は、不思議そうにこちらを見上げる。捻れた山羊を思わせる角に、ワースの太ももの半ばくらいまでしかない身長。黒く少しクセのある髪と、顔には瞳の下にそれぞれアザが走っていた。その顔立ちは、サングラスがないだけでワースと瓜二つだった。歳の離れた弟と言えば、角に首を傾げながら大半の人間が納得するだろう。それくらい、よく出来た姿であった。

「いや、悪い、なんでもねーよリトルデビル」

くしゃりと頭を撫でてやると、えへへ、と子供らしく照れ笑いをした。紅潮した頬は、実に愛らしかった。

勿論コレは、人間どころか生き物ですらない。

入院期間を経て、魔法禁書管理局へ職場復帰したワースが最初に取り組んだのは、禁書ことリトルデビルに人間らしいガワを被らせることであった。結局のところ、力のある生物はそれ故に言語コミュニケーションを必要としない。念話でイメージを送ればこれほど確かなことはないからだ。だからリトルデビルはイメージや感情しか送れなかった。語彙力以前の問題である。
少なくとも人間の言葉を喋らせる以上、声帯は人間のものでないとならない。最初にリトルデビルに人間への擬態を指示してみたが、化けたその姿は、あまりにも幼過ぎるワースであった。洞窟でワースと初めて出会った時の、その似姿だと分からないほど馬鹿ではない。箒を飛ばせばよろめいていた記憶はあるものの、手を繋いでも足元がヨタヨタとよろついていたのは自分の姿ながらあまりに恥ずかし過ぎる。そもそも子供の姿では舌っ足らず過ぎた。主旨からズレている。どうしても出会った頃のワースの姿を取りたがるリトルデビルを宥めすかして、なんとか形を取り直させたのが今の年齢だ。だいたい10歳くらいだろうか。もた付かず動けるし、ある程度の発話も問題ない。しかしこの姿が、どうにも禁書管理局局長のハートを撃ち抜いてしまったらしい。人間の子供ではないと分かっているはずなのに、こっそりお菓子を渡したりしている。リトルデビルに味覚らしきものがあるかは不透明であるが、魔力が含まれる食べ物は口にすることができる。ニコニコと笑って「ありがとぉ!」と言われると、知の神杖は机の中からもうひとつチョコレートを取り出す始末である。おいおいおい。……ともかく、局長がこんな調子であるから、ワースに手を引かれひょこひょこと歩くリトルデビルに構う職員は多い。リトルデビルも人見知りらしきことはしないしキチンと顔と名前を覚えて挨拶もするので、割りにすんなりと「人間の姿を取った禁書」は「リトルデビルくん」として受け入れられた。良いのかよ。……まぁ、良いなら良いけど。

「先の事件でワースくん、オーターを倒してしまったでしょう?」
「いっ、いやアレは……」
「言っておきますけど、オーターを昏倒させるだなんて、本当に凄いことなんですからね?」

そう褒めそやすソフィナに、ワースは苦い顔をした。
ワースとしてはだいぶ手加減されていたと分かっている。けれど、書類上、リトルデビルと名付けられた禁書は「砂の神杖を倒した魔導書」であった。どのような報告が神覚者間で行われたのかは知らないが、自分の実力以上の評価を受けるのは非常に居心地が悪い。ワースの心の揺れを敏感に察知して、心配したようにこちらを見上げてくるリトルデビルの頭をそっと撫でた。素直に撫でられて笑う顔は、鏡の前でも見たことがない自分の表情であった。

「レナトスは退屈が嫌いな、少し面倒臭い相手です。ケンカを売られたらその場で出向取り止めて帰ってきて良いですからね。あなたの意思なら、戻って来させられますからね」

奇妙なほどの念押しである。一体神覚者間でどのような取り決めが持たれたのだろうか。ソフィナから出向資料を受け取りながら、内心ワースは首を傾げた。



***



リトルデビルを膝に乗せ、昼食のサンドイッチをもそもそと齧りながら、事件資料を捲る。一般人死者の出歩きが確認されたのは、学園都市の一画にある共同墓地であった。徒歩圏内に上級魔法学校が2校、看護系の専門学校が1校、箒の距離に高校が1校、近くの繁華街への通り道として利用する学生もいて、そのうちの1グループが目撃者となった。文豪の墓もあるとかで、観光目的で訪れる人も多く、ある程度街灯があり、見晴らしは良い。
出歩きが確認された死者は、150年ほど前の鋳物屋だった。特筆するほどの魔法的功績はない。過去帳を頼りに遺族をあたってみたがいずれも近くの一般企業に勤める人物であった。魔力量も1本線としては平均的な範囲で、出歩きが確認された日には残業していたり、飲み会があったり、周辺住民の目撃情報があってアリバイもある。

(「朝になって発見された死者は、鑑定によると死後50年程度しか経っていない状態となっていた」……か)

戯れるリトルデビルの腹をくすぐってやりながら、ワースは思考に沈む。このような状態になる場合、幾つかの線は考えられる。
まずは単純に、誰かが魔力を注いで死者に活力が戻った場合だ。恐らく墓地管理局はこれを疑っているのだろう。そうなると今度はその死者を使って何を企んでいるのか、と問いが立つ。一般的に最も疑われるのは「死者を兵器として扱う」だろう。生者と違って痛みも感じないし、それ故の肉体の反射的な動きもない。魔力さえ注ぎ続けられれば、これほど有益な兵器は他にない。ただしこれは法律で禁止されているし、罪が明らかになれば死罪にまでなる可能性もある。死者の尊厳を守ることは、魔法界をまとめ上げた大戦後に強く規定された。それはまぁ当然だろ、とワースも感じる。霊園は広大なので場所に規則性はなさそうなものの、一般人の出歩きはもう5件確認されている。いずれも繁華街や学校が近くにある生活圏内で、日中、夜間関わりなく通り抜ける住民たちの目撃情報が上がっている。もう少し塀で囲まれて人目のつかなそうな墓地など近くにはいくらでもあるのに。人為的であると仮定した場合、簡単に目撃を許すほど稚拙なネクロマンシーが企むには、大それた行い過ぎる。
次に、死者の遺体を使って何らかの実験をしており、それが結果として出歩きや肉体の損傷回復に繋がっている可能性だ。遺体にしか関心がないのであれば、入り込みやすい墓を狙うのが1番である。状況に合理性があった。遺体を「使い終わった」から出歩きも頓着しなかった、と言われればこれら一連の行動の意味はわかる。ではなぜ、どんな実験を行なっているのか?考えやすいのは他人への魔力譲渡、或いは若返りの魔法研究くらいか。

「ううーん……」

自分の意思で行われる魔力譲渡や若返りの魔法なんていうのは、白魔導師の領域だ。しかも、やり方によっては禁術に該当するし扱いを間違えると術者本人も危険である。ワースも、そりゃ多少は支援系魔法は使えるものの、まるで専門外である。なんせ、白魔導師の魔法は未解明な部分が多い。
歴史的に、攻撃魔法に分類されるような魔法と違って、支援系や治癒系魔法は、それこそ「神の領域」として神聖視されて来た。気持ちは分かる。ワースも、原理は分かっていても白魔導師の扱うそれらの魔法を見るとけっこう慄く。理由はいくつかあるが、なんと言っても彼らの魔法は、魔力量と起こる事象の釣り合いが全く取れていないように見えるからだ。
例えば蝋燭に火を灯そうとした時、小指の爪ほどの火になるか天井を焼くような豪炎になるかは、込められた魔力量による。その量を調節するのが、魔法使いとしての技量である。ただ治癒系の魔法は、もう当たり前のように小指の爪ほどの魔力で天井を焼くような威力を発揮することが出来る。それが何故なのか、今を以てしてもまるで解明できないのだ。

ある人は言う。魔法は心で扱う。故に心が清らかであればあるほど、絶大な力を発揮するのだと。
またある人は言う。治癒魔法は神が授けた愛の光だと。相手への愛が、魔力を補って力を与えると。
はたまたある人は言う。治癒魔法は知識だと。肉体理解が深ければ深いほど少ない魔力で効果的な治療を行えると。

現在最も支持されているのは「治癒魔法は知識だ」説であるが、心説も愛説も、否定出来るほどの材料はない。些かロマンチック過ぎやしないか、とはワースも思うが、実際、奇跡としか呼びようのない現象は現代においても枚挙にいとまがないのだ。これら膨大な奇跡をまぐれと呼べるほどワースは厚顔ではない。少なくとも言えることは、火事場の馬鹿力というものが最も発揮されやすいのは治癒魔法ということである。
また、治癒魔法を使う魔法使い側にも問題がある。例えば傷を癒す時、ある魔法使いは相手の自然治癒能力を上げるし、またある魔法使いは傷を負う前に時間を巻き戻したりする。レインの弟のフィンなどは、細胞そのものの組み換え魔法を使用する。つまり、同じ「健康な肉体」を齎らす魔法がいくつも存在するのである。これが白魔導師の魔法の仕組みが解明されない最も大きな理由である。白魔導師本人も無意識の領域で行なっていることから、他人に説明ができないのだ。
ワースでも扱えるような初級の治癒魔法などは対象の自然治癒力を高めるものだから、きっとこれが基本なのだろうけれど、術者の個人差が大きく、体系立った教本もない。死体や生きている人間を使うのは些か行き過ぎだが、動物を使った支援・治癒系の魔法研究はそう珍しいことではないし、200年近く前にカルト教団が死者の蘇生を図った咎で摘発されている。今回もその手の団体の仕業であっても、何ら不思議ではなかった。

「わーすー」
「うん?」
「そろそろじかんー」

言われて時計を見れば、昼休みが半ばほど終わっている。午後からは正式に墓地管理局への出向だ。内勤が主な禁書管理局と比べ外出の多い部署であるから、出入りの門の程近くに墓地管理局がある。ぶっちゃけ禁書管理局からは遠い。初日から遅刻しては、流石に印象が悪かろう。慌ててワースは昼食を掻き込む。

「助かった。サンキューなリトルデビル」
「んーん!」

癖のある黒髪を撫でてやれば、嬉しそうにリトルデビルは瞳を細めた。



***



ひと口に「魔法局」と言っても、それぞれに役割が違うように、建物もその特性に合わせた形になっている。
ワースが勤める禁書管理局は、基本の仕組みが図書館である。しかし万一書庫の封印が解けた場合に備え、廊下は迷路のように入り組んでいた。逃げ出した禁書を捕まえる為だ。ようは、建物全体が禁書の為の巨大な監獄、という訳である。ちなみに、知の神杖が局長になってから、禁書の脱走は一度たりとも発生してはいない。
それに対して墓地管理局は、とにかく出窓やバルコニーが多い。各所の墓所に問題が発生したらすぐさま出動する為だ。魔法警備隊と並んで、実戦経験が多いと言われる由縁である。いつでも飛び出せるように、あらゆる所に箒が立て掛けてある。……なんか、建物と建物の間に置いてある館内自由使用の傘みたいだな。くだらない事をぼんやり思いながらリトルデビルの手を引く。

「まずは不死の神杖に挨拶だな」
「はーい」

元気な挙手をしたリトルデビルは随分とご機嫌だ。さながら、遠足に喜ぶ子供である。下手くそな足取りに思わずスキップを教えてやると、「こう?こう?」と頻りに見せてくれる。廊下を歩く墓地管理局職員がちらちらとこちらを見ている事には気が付いていたが、ご満悦にスキップを披露するリトルデビルに悪意を向けているような者はない。ソフィナたちもそうだが、良いんだろうか。可愛い見た目になっていたとしても、魔導書は魔導書である。主人であるワースが可愛がってやるのは当然であるが、見た目年齢通りの子供ではない。

(一応、やべー禁書なんだけどなァ)

元々精神年齢が低いところがあるから、子供の姿を取っていても全く違和感がない。だからするりと大人の中に入り込んでしまうのだろうか。るんるん歩く魔導書をあやしてやりながら、重厚な扉の前にたどり着く。それを見上げながら、ワースはごくりと唾を飲み込んだ。レナトス・リボルのことを、ワースは殆どと言って良いほど知らない。各地にある墓地を管轄する墓地管理局は、とにかく忙しく、ひと所に留まっている局員の方が少ないのだ。その長に当たるレナトスは、それでも比較的墓地管理局にいる方だが、高名なネクロマンサーにして不死者である。……いや、完全な「不死」は、かの「無邪気な淵源」さえ到達し得なかった禁術であるが、恐らく現在最も「不死」に近付いている魔法使いだ。死を司る杖によって、驚異的な再生能力を持つ。その性格は豪快奔放、忘れっぽい面があるものの、武闘派揃いの墓地管理局を絶大なカリスマ性で率いている。……暑苦しそうで嫌だなァ。実際、すれ違う職員たちは、禁書管理局の職員よりも、ずっと身体が厚く体育会系である。一応ワースも動けるし戦えるタイプではあるが、今のところ内勤が多いし、四六時中墓荒らしや死者と戦っているような部署の人間とは違う。とはいえ、ずっと扉と睨めっこしている訳には行かない。躊躇いがちに、ノックをする。
甘めな声が入室を促した。
それでも尚、ワースは緊張しつつそうっと扉を押し開く。すると、ぱぁん!と大きな音が響いた。咄嗟にリトルデビルの肩を引き寄せるが、パッと散ったのは紙吹雪だった。

「わぁ!」
「……は?」

四方八方、小さな円錐形を持った職員たちが、思い思いのタイミングで紐を引っ張る。ぱぁん!ぱぁん!と高い音を立てて破裂したクラッカーは星屑のような煌めきや一瞬のオーロラを見せて消えていく。

「よーぅ、ワース・マドル!」

最も奥、局長の机の上にあざ黒い肌の長身の男が立っている。さすがのワースも顔くらいは知っている。レナトス・リボルだ。手には、ちょっと見かけないようなバズーカ型のクラッカーを構えて不敵に笑っている。あ、と思う間もなく引き金を引いた。ぷぱぁん!と盛大な音を立てて、リボンやキラキラとした飾りが飛び散る。リトルデビルがきゃーきゃーと歓声を上げ、誰からともなく拍手が広がる。
すたっと局長の机から降り立ったレナトスは、大業に腕を広げてみせた。

「歓迎するぜ!ようこそ新人!」
「は、はぁ……」

紙吹雪が引っかかったサングラスがズレる。確かにこれは、ウチの局長と気が合わなそうだな、と勝手なことを思った。



***



施設の案内をレナトス自ら行う、と言われて目眩がしたが、戦闘訓練も兼ねてるから、と言われて大いに納得した。一般的な執務室の他に、闘技場と更衣室、シャワールームが併設された一区画がある。ぐるりとひと通り施設を巡ってそこにたどり着いた感想は、「広いな、」と言うことだった。もちろん延べ床面積で言えば禁書管理局の方が上だろうが、想像以上に収蔵庫が大きい。なんでも、盗掘に入られた時に取り返した物品、遺族一門が管理しきれなくなった魔法具を収めているのだという。一応これらは魔法道具管理局の所管であるらしいのだが、あちらは現代の魔法具も取り扱うため処理が追い付かず、墓地管理局が代わりに収蔵している間にあれよあれよと貯まってしまったらしい。魔法道具管理局からの出向者が来ているそうだが、死者と共に何十年と埋まっており既に戻すべき墓所も定かではない魔法具が主だからそれなりに高い役職の者しか扱えず、遅々として整理は追い付かないらしい。禁書管理局も、書籍のランクが高過ぎるとワースのようなぺーぺーが配架出来ずより上級の役職者に振り分けられる。当然役職者は忙しいので配架遅延は度々起きていた。よその局とはいえ、他人事に思えない。
死者との戦闘時に気をつける事、対生き物でやらかして良い上限を、実際の死者を呼び出してレナトスは実践を交えつつ講義した。一応ワースもひと通り予習はして来たが、局長自らのレクチャーとなると学びは多かった。これから戦闘訓練を重ねて、レナトスから許可が出れば、晴れて現場に出ることになる。……なかなか気が遠い。ひとまず休憩、とワースにスポーツドリンクとリトルデビルにアイスを差し入れたレナトスは、コーラとポテトを食べている。自由である。

「しっかし、マジで瓜二つだな。角がなかったらテメェの息子かと思うところだぜ」
「んひゅー!」
「ほっぺもちもち」

リトルデビルの脇の下に手を突っ込んだレナトスは、かなり雑に抱き上げる。いや、「持ち上げる」と表した方が正しいかもしれない。レナトスの目線の高さまで持ち上げられたリトルデビルの足がぶらぶらとしていた。頬ずりされて喜んでいるようだから良いが、あれ大丈夫なんだろうか。子供の持ち方として。ハラハラしているワースを見、ニコニコしているリトルデビルを見、レナトスは笑う。

「お前ら、双子コーデとかリンクコーデとかしねーの?」
「出来なくはないでしょうけど……それ一応リトルデビルが作った服なんス」

一緒に暮らしているからワースの私服をリトルデビルも知っているとは言え、彼が肉体を作る時は決まってワースが洞窟に迷い込んだ頃に来ていた服だ。デザインシャツにリボン、膝が出る丈のズボンに長めのソックス姿である。曰く「しっくり来る」のだという。どうにも出会った頃のワースに執心しているようだから、多分この辺りも何かのこだわりなのだろう。しかしレナトスは瞳を丸くして瞬かせる。

「なんで?禁書が人間の服着ちゃいけねぇなんて決まりはねェだろ?」
「まあ……」
「服着せるの面倒くせェの?」

そもそも、禁書が人間の姿を取る、ということが異例であろう。服だって、元々リトルデビルがイメージしていたワースの姿をそのまま映し取ったに過ぎない。
逡巡するワースを放ったらかして、地面に下ろしたリトルデビルの顔を行儀悪くしゃがみ込んだレナトスが覗き込む。

「やいちびワース。お前もでかワースとお揃いが良いなぁ?」
「おそろい?」
「一緒ってこと」
「いっしょ!」

リトルデビルの瞳がキラキラと光る。なるほど、「一緒」の意味が理解できるのか。足元に絡みついて来るリトルデビルをひょいと持ち上げて胸に抱く。視線が同じになって嬉しいのか、ニコニコとしていた。

「わーすといっしょがいい!」

よしよしと頭を撫でてやりながら考える。やはり人間の服を着せるのは難しいかもしれない。なんせ、一応本体が書籍だ。泥魔法で肉体を纏わせているだけで、ワースが魔導書として使おうとすれば、書籍の形に戻さねばならないし、結構リトルデビルはワースの感情を読み取って勝手に魔導書の形に戻る。肉体よりも書籍の方が小さいので服がちぎれる事はないが、取り出すのに時間が掛かるし、「お揃い」の服が破れたらリトルデビルは落ち込むだろう。それは、なんというか、……可哀想だ。衣類が使えないとなると、リトルデビル自身に覚えさせるしかない。ちょいちょいと前髪を直してやりながら、ついでに頭を撫でてやる。

「家に帰ったら変身魔法の特訓だな」
「別にここでやっても構わねぇよ」
「え……と、一応、業務時間内ッスけど……」
「あーー……、まぁ、戦闘訓練の一環?的な?」

絶対違うだろ。
なんだか、思い描いていた不死の神杖の印象と違う。その視線を感じたのか、レナトスは肩をすくめた。

「オレらは「秩序を守る側」だからな、周りから見られた時に困らねーようにしとかなきゃなンねェけど、ルールがないモンは、秩序とかねーんだから、好き勝手にしていいだろ」
「はあ……」
「あと、オレが興味ある。双子コーデ」

言いながらレナトスはリトルデビルの頭をわしわしと乱暴に撫で回す。その度にリトルデビルがきゃあきゃあと楽しそうに歓声を上げた。
ワースの方も、レナトスが許可を出すならそれで構わない。リトルデビルの両手を取って、視線を合わせるように屈む。背後で腕組みしてたレナトスが首を傾げる。魔法を扱うには、少々奇特な姿であった。まるで、何かに祈りを捧げているようにも見える。

「ソレ、なんか意味あんの?」
「ソレ?……ッスか?」
「手ェ繋ぐの」

言われて、ああ、とワースは得心がいく。
子供の形を取らせているリトルデビルに魔法を使わせる時は、必ず手を繋ぐ。空気中から魔力を集められる魔導書に取って、自らの肉体を泥魔法で作り常時維持する、というのはそう難しい事ではない。ただ、常時魔法を展開している状態になるので、魔導書曰く「ひらいたままにしてるかんじ」らしいのだ。きゅっと顔を顰めていたから、問題なく魔法が使える、というだけで、気持ちが落ち着かないのだろう。ワースが触れていると「ひらいたぺーじをささえられてるかんじ」がして安心するのだという。恐らく手を繋がなくとも良いのだけれど、リトルデビルの魔法が安定していると見ていてこちらも安定する、感じがする。魔導書にとってもワースにとっても感覚的なものだから、気休めに過ぎない。そのうち身体の一部が触れている時といない時でどこまで魔力出力に差が出るか検証しても良いが、しばらくは必要ない。

「リトルデビルが、魔法使いやすくなるっぽいんスよ。あと俺も、リトルデビルの魔法を上書きしやすいんで」

言いながら、リトルデビルの額に自分の額を合わせる。今日着ている服を思い出しながら、子供姿のリトルデビルの身体の輪郭を少しずつワースの魔力で覆っていく。材質は、着心地は、色やデザインは、とひとつひとつの感覚を追いかけながら、作り上げた服をぴたりと身体に沿わせる。ワースが額を離すと、そこには自分と全く同じ格好をしたリトルデビルがいた。ほぉ、とレナトスの声がする。若干恥ずかしい。

「よっし、これで馴染ませてみな」
「馴染ませるってなんだ?」

頷いたリトルデビルの手をしっかりと握ってやると、覗き込むレナトスが更にそんな事を聞いて来る。リトルデビルに関心があるのか、単に珍しいものに興味がそそられているのか判然としない。しかし隠す程のことでもないので、ワースは解説する。

「コイツの魔法、ベースは俺の泥魔法なんスけど、俺が魔法使い続けてると魔力ばっか食うんで、手本だけ見せて本人に更に上書きさせてるんス」
「…………」
「飲み込みが良いから、もーちょい練習したら「視覚的に理解した服を作る」とか泥魔法で出来るようなると思います」
「……お前以外の魔法使いの魔法を模倣させた事はあんのか?」
「え……」

考えてみれば、試した事はない。……ないが、魔導書との魔力馴染みは身体の一部が触れている時が抜群に良い。ワースが作った泥魔法を介して教えてみようとした事はあるが、そうなるとやはり上手く魔力が入っていかないから、恐らく質そのものが違う他人では通らないだろう。

「やった事はないッスけど、ちゃんと抵抗力があるから、他人の魔法じゃ受け付けない……と思います」
「そっか。悪ィ、変なこと聞いたな」
「いやでも面白いッス」

まあ、でも、それはそのうちおいおいに。
とりあえずワースは、「お揃い」にご満悦なリトルデビルの頭を撫でてやった。

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◆◇◆◇◆



「あ」
「あ。」

特徴的な髪色の少年が、オーターの姿を認めて瞳を丸くさせた。オーターは思わずズレてもいない眼鏡の位置を直す。

「久しぶりですね、フィン」

顔を合わせるのはワースの卒業式以来だ。少し、髪が伸びただろうか。少し見ないうちに大人びたような気がするのは、恐らく年長者としての欲目だろう。目を離した隙に小さな子供が少しでも世界を学び成長していてくれと願うような。眉間の皺が癖になっているような兄に比べて、ふくふくとした頬に満月のような瞳は、とても兄弟とは思えないくらい似ても似つかない。たぶん、浮かべる表情がまるで違うからだろう。

「こんにちはオーターさん」
「買い出しですか?」
「まぁ……はい」

チラリと彼の背後を窺う。アドラ寮では、オーターの弟子2人と彼の同室、そしてその婚約者を名乗る女子生徒の5人でよくつるんでいるはずだ。買い出しにしても、フィンただ1人というのは非常に珍しい。
オーターは再び眼鏡の位置を直した。
実のところ、最近、白魔導師の卵の学生をターゲットにした誘拐の報告が上がっている。犯行は恐らくグループで行われている様子であるが、それ以上の情報は分かっていない。いま掴んでいることは、誘拐された白魔導師の生徒たちは、魔力を搾り尽くされたような無惨な姿で発見された、ということだけだ。病院で治療を受けているが未だに意識が戻らない。見つかった場所もてんでバラバラ。強いていえば、このイーストン魔法学校から箒で少し行った程度の距離でしか誘拐事件は発生していない、という程度である。完全に手詰まりだ。
本職の白魔導師の警護はかなり強固だ。なんせ、使い手の数が少なく希少であるから、守りも固めやすい。だが学生となると数も爆発的に増える上、身辺警護の権限を行使することも難しい。被害者の方も、実践に出られるような熟達した生徒から初学者までターゲットが多様で非常に絞りにくい。その為注意喚起が学校側から連絡されているはずだが……。

「……?」

オーターに凝視されたフィンは、ぽややんとした穏やかな笑みを浮かべつつ、小首を傾げた。この子がウォールバーグ校長の話を聞いていそうな気が、どうにもしない。オーターはため息をついた。白昼堂々誘拐事件など起きるとは思わないが、もしも「何か」が起こってしまったら寝目覚めが悪過ぎる。

「良かったら付き合います。何を買うつもりなんですか?」
「えっ、そんな神覚者様にわざわざお時間を取ってもらう訳には……」
「付き合います。」
「ひぇ……はい……」

子ウサギが頭を抱えてぶるぶると震えた。そういう、危機感があるならホイホイと1人その辺りを彷徨くなと言いたい。言いたいが……まぁ、彼も年頃の学生であるし、1人で出掛けたい日もあっただろう。大人の事情で割り込んでしまったのには、いささか罪悪感が刺激される。

「じ、実は課題の一環で、お守り作りをすることになっていて……。折角なら兄さまと友達にも、お守りを作ろうかと思いまして……」
「なるほど」

顰めっ面の年若い同僚の顔が頭に浮かぶ。レイン・エイムズは寡黙で、弟の話は殆どしない。ただ最近そう言えば、彼のデスクの弟の写真を飾っている場所に更にグッズが増えて、さながら祭壇のようになっているらしい。魔法局内の噂だから、どこまで本当かは分からないが、フィンの話を聞く限り季節の節目ごとにプレゼントを送りあっているようだ。微笑ましい兄弟間の交流に、オーターの瞳も幾らか和らいだ。
レインと友人たちそれぞれが好みそうな布や飾りを吟味しているフィンを見ながら、そういえば彼の助けでワースに箒飾りを贈ったことを思い出した。あれは卒業祝いとの名目だったが、こうしてなんの衒いもなく他人にプレゼントを渡せるフィンを、少し羨ましく思う。
ワースはもう稼いでいるし、大抵のものは自分で買えるだろう。それに何より、「兄だから」などの言い訳はもう使えない。普通の人間は、どういうタイミングで、相手にプレゼントを贈るのだろうか。オーターは毎日花のひとつでも届けたいくらいなのだけど。

「お待たせしました」

息を切らせて戻ってきたフィンの腕の中には、材料が入っていると思しき紙袋がある。彼は手芸も上手いから、きっと相手も喜ぶだろう。そもそもワースが喜びそうなものが何かも分からない自分とは、土俵が違う。休憩がてら、カフェにでも入ろうとしたら全力で恐縮されてしまったので、妥協点としてキッチンカーでクレープを買ってやった。それでも尚、恐縮している子ウサギを見ながら、オーター自身も珈琲を啜る。

「そういえば、箒飾り作りの時はありがとうございました。ワースも気に入ってくれたようで」
「そうなんですか?オーターさん、かなり頑張ってましたもんね!」

相変わらずワースの箒には、オーターがプレゼントした箒飾りが付いたままである。そして相変わらずオーターは、毎朝出勤するワースの箒の軌道を確認するのが日課だ。……最近は禁書管理局ではなく墓地管理局の方角に飛んでいるのが、少々気に食わないが。

ワースを出向させたい、という話を最初に持ち込んだのは、実は墓地管理局ではない。ツララ・ヘイルストーンの魔法研究管理局であった。

退院後、ワースが取り組んでいる禁書の研究は、非常に希少なものだ。これまで禁書とコミュニケーションらしきものを取っていた術者はそれなりに居る。実証的にどうか、と言われると疑問視される証言も多々あるが、少なくとも術者の主観的には、禁書との間に何らかの絆が形成されるであろうことは知られている。しかし、それはあくまで術者と禁書間のもので、他人が量計的に確認出来るものではなかった。しかしワースが所有する禁書「リトルデビル」のように、子供と呼べるような姿を取り、術者が直接触れておらずとも言語を操り、他者と交流する禁書など、前代未聞である。ソフィナも、子供姿の禁書を愛でつつ、ひっそりとその魔法を確かめていた。泥魔法の原型は確かにワースの固有魔法であるが、禁書の取っている身体は禁書自身が生み出した魔法である。ワースと禁書本体の証言から、幼少期のワースをモデルにしているとのことだ。本当にワースと禁書が出会った頃だと幼過ぎる為、いくつか年齢を変えた姿を取らせ、結局10歳程度の姿でワースと禁書双方の妥協点となった。そのいずれであっても拗くれた山羊の角がついてしまうのは、禁書曰く「ばらんすがとれる!」との事だった。元々骸骨頭の使い魔を呼び出す禁書であるから、それは魔導書自身の性質であろう。
市販の子供向けのテキストや絵本、ワース自身が作問したワークなどを駆使して禁書の言語教育は行われているが、専門家に確認させたとこほど、現在禁書の言語能力は初等部入学相当だそうだ。禁書が見た目通りの年齢ではないことを差し引いても、驚異的なスピードで言語を習得している。そしてワースは日々その様子や教えた内容を子育て日記よろしく研究ノートとして書き貯めている。昼休みや午後の休憩時、そしてソフィナが確認した所、終業後の自宅でも取り組んでいるらしいとのことだ。相手が、純粋な生き物ではないとは言え、研究の性質上仕方がないだろう。ここに、ツララは目を付けたのである。
曰く、「禁書管理局では研究のような拘束時間がはっきりしない時間外労働に給与を付けられない。研究管理局なら付けられる。禁書研究をしている間だけでも研究管理局に出向させた方が彼の研究も捗るのではないか」と。ワースの研究が「禁書に言葉を教える」だけで終わるとは考えにくい。なんなら、論文を完成させた後も別のテーマに誘導することだって出来る。ツララの提案は、明らかに禁書管理局からの引き抜きを意図していた。もちろん本人は、「善意だよ」と否定したけれども。そんな美辞麗句で他人の局員を引き抜いて良いならオーターだってやる。血縁関係もあって砂魔法と泥魔法は性質が近いのだから、泥魔法を使う禁書の管理監督は魔法魔力管理局の方が適切である、と主張した。一度遅れを取ったが、それはあくまで対峙したのがワースであったからで、禁書相手ならば問題ない、逆に禁書が暴れ出した際に研究管理局でどれだけ対応出来るのか、と。ツララとオーター双方に猛反発したのはソフィナである。仕事を覚えてきた新人を取られてたまるか、最近は禁書本人も書庫整理等に精を出してくれて、ワースは一人で10人分くらい余裕で働いている、との主張だ。「もう本人だなんて言っているなど、禁書を禁書と思っていない証だ。そんなことで公正に判断できるのか」と問えば、ツララが「人間の子供と同等程度と認識されうる行動を禁書が取れるなら、接触する大人の種類も増やした方が禁書の情緒教育に相応しいんじゃない?」と被せ、ソフィナが「きちんと監視してますし、全部禁書管理局だけでまかなえます」と突っぱねる。「ちょっと面白そうだからオレの所にも出向に来ねぇ?」とレナトスがくちばしを突っ込んできて、大紛糾である。

それを調停したのは、当然というか、必然というか、カルドであった。

人材管理局の立場から、強引な引き抜きは看過できない。だいたいワースはインターンシップの頃から禁書管理局一筋でもある。無論、彼にも下心があったとしても、選ばれたのはあくまで禁書管理局であるし、入局して半年程度の新人を簡単に異動させる人事はしない、とツララ、オーターを順に見てしっかり釘を刺されてしまった。まぁ、期待してはいなかったが、少々残念ではある。ソフィナはふふんと鼻を鳴らした。しかしカルドはそれをいつもの食えない笑みを浮かべながら、「……でも、禁書管理局は外出機会が少ないので、接触する大人を増やす方が情操教育になる、というのは一理ありますね?」と言い放った。
現状、ワースとワースが所有する禁書は、魔法界の脅威とまでは言い難い。しっかりとワースが禁書の手綱を握っているし、ワース自身に犯罪行為をするような野望もないからだ。だが、術者だけの心ひとつでなんとかなるのであれば、世の中に禁書に取り憑かれてお取り潰しになるような家門はないのだ。ワースが存命中の間はまだ良い。しかし、禁書は術者が亡くなっても何百年と残る。とりわけ、大気中から魔力を取り出せるような特殊な部類の禁書は、そこに記された魔法も強力であることが想定された。術者たるワースの許容量の限界で扱える魔法範囲が狭いため、実際に禁書が発動できる魔法は殆ど開示されていない。術者以外の閲覧を、禁書は当然拒むので、ソフィナの解析は全く進んでいないのが現状だ。ワース自身がサモンズ習得を目指し、禁書の使用可能範囲を広げるのは当然の努力として、術者本人だからこそ可能な分析と研究を進めさせ、ワースの瞳を通じて禁書にも魔法界に愛着を持って貰う、というのは危機管理としては順当な施策である。例えばワースが不慮の事故で亡くなったとして、それを理由に世界をめちゃくちゃにしてやろうと目論まれては困るのだ。あの禁書の能力は未知数であるし、世界を滅亡させる程の力を持つことは、今のところ誰にも否定はできない。重ねた研究成果は後の世でも残るし、禁書が言語習得を軸に何かを得ようとしているなら、ワースの手を通じてより穏当で平和な方向へと押すべきだろう、というのがカルドの主張であった。……まぁ、言ってはあれだが、筋は通っている。
そこで出向先として白羽の矢が立ったのが、墓地管理局であった。
年がら年中何かしらの事件が起きているし、所謂「退屈しない」職場だろう。そして何より、禁書管理局と局員の方向性が違う。それをワースがどう受け止めるかは一旦置いておくとして、試してみる価値はあるはずだ、と。
当然ソフィナは抗議した。それでは禁書管理局が損しているだけではないか、と。それに行ってみてワースと水が合わず術者のストレスに禁書が癇癪を起こしたらどうする、と。カルドはと言えば、涼しい顔で「癇癪を起こすなら起こすで、それはそれで良いです」と言い放った。「暴れる禁書を制御しきるのもまた練習のうち、レナトスならば最悪押さえ込めるでしょう?」と。とりあえず、ワースが本気で嫌がれば禁書管理局へ戻すこと、人員補填として来年度の新卒枠を5増やすことを条件に、一旦ソフィナは引き下がった。……納得してはいない顔だったから、いくらかワースへ早めに戻ってくるように働きかけるだろう。オーターとしても、その方がありがたい。
……ちなみにワースが墓地管理局に出向してからしばらくして、ひっそりとレナトスが教えてくれたところによると、「絶対アイツ研究局に出向させない方がいい。あの魔導書、研究に興味ないオレでも面白すぎたもん」との見解だった。オーターの方からカルドにも強く申し入れておいた。ワースと廊下ですれ違うだけが生き甲斐だったのに、研究室に篭られては堪らない。
とはいえ、魔法局の中でも、最も外郭にある墓地管理局は、オーターの魔法魔力管理局から見ても結構な距離がある。加えて退院や禁書所有の手続き、さらには墓所管理局への出向でワースは忙しく、食堂に出ても来れてもいない。かれこれ、禁書管理局に出向して10日ほど経つのに。レナトスが無茶な仕事を振っていないだろうか?心配である。……ともかく、お陰様で未だに「子供の姿をしている禁書」とやらにお目に掛かったことがなかった。アレは「幼い頃のワース」を模しているらしい。なんだそれ、見たい……!
……そんなもの自分でさっさと会いに行けば良いのでは、と考える向きもあるだろう。
ワースの病室へ見舞いに行ったあの日、友人のような関係になりたい、と望んだオーターに対して、意外にもワースは快く受け入れてくれた。ただよく考えてみると、オーターには友人らしき者は居ない。では一体どういう関係性なのか。またも、良く分からなくなってしまった。悩んでいるうちに比較的会えた局外にワースが出て来なくなったものだから、今度は会いに行く口実を探すのに難儀している。次から次へと勘弁して欲しい。

「……レインとキミは、すごいな……」
「えー……と?」
「いやこちらの話だ」

きちんと絆を修復して、想い合っている。それがどれほど難しいことか、今のオーターには痛いほどよく分かる。ちまちまと小麦の生地の端を齧っていた子ウサギは、さすがマッシュのようにマイペースな人間の友人をやっていられるだけのことはあると言うべきか、「そういえば!」と話題を捕まえてきた。

「ワース先輩お元気ですか?実は在学中に大変お世話になりまして……」
「お世話?……キミはアドラ寮だったと思いましたが」
「マッシュくんのお勉強会に、ワース先輩が来てくれたことがあって」

なんと、オーターが把握していない話だった。聞けば学年末近くのことであるからまさしく学校生活最後の思い出という奴だろう。

「お前、本気でやべーぞ、って言われた時は本当に怖かったんですけど、かなり親身になって教えてくれて」

この口の悪さ、ワースらしい。
うんうん、と頷く。

「お陰ですごく成績も良かったので、何かお礼をと思ったんですけど、めちゃくちゃ笑わして貰ったしちっこいのから何かぶん取るほど落ちぶれちゃいない、って言われちゃって……」
「笑わして貰った……?」
「あっ、その、少し前に兄さまとケンカしちゃって……仲直りはしたんですけど、見てたワース先輩が物凄く笑っていたので……」
「…………!」

ワースが破顔するほどの仲直りとはどういうことだ。思わずオーターは身を乗り出す。だいたいフィンのこの感じでどうやってレインとケンカするのか。……ケンカできるのか?大丈夫か?いまのところ、五体満足に見えるが。フィンは、「いやホント、これは余談なんで……!」と詮索を拒む。一体何があったんだろうか。

「と、ともかく、僕もワース先輩に会いたいですし、みんなでどこか行きましょう!」
「……みんな?」
「はい!僕と、ワース先輩と、オーターさんと、あと兄さまとマッシュくんと……」
「いや、別にマッシュ・バーンデッドとは会いたくないです」
「えっ、……そ、そうなんですか……」

じゃあランスくんとか、ドットくんとか、と途端にトーンが落ちる。そういえばマッシュ・バーンデッドはフィンを「初めての友達」と公言していたが、フィンの方もマッシュが1番誘いやすいのだろう。微笑ましい。相手があのキノコ頭でなければ、より微笑ましい。……とはいえオーターも子ウサギの交友関係にくちばしを突っ込む気はない。巻き込まないでさえ居てくれれば。

「確かに、どこかへ誘ってみるのは良い考えです。それなりの人数で誘えば、あの子も来やすいでしょうし」

ワースは何が好きなのだろう。サーカス、遊園地、水族館に動物園と、フィンのような子供を連れて行くに相応しい場所をひとつひとつ検討する。ワースも楽しんでくれるなら、こんなに嬉しいことはない。

「その時は是非、相談させて下さい」
「任せて下さい!きっとですよ!」

にこにこと元気なフィンに瞳を細める。話に夢中になって少し冷めてしまった珈琲を煽った。温かい時よりも、旨く感じた。
その後、陽が傾くよりもずっと早く、イーストン魔法学校前までフィンを送り届けた。ついでに校長室へ寄って、再度白魔術師の卵たちに危険を呼びかけるよう、ウォールバーグに直談判する。
……これで、オーターのやるべき仕事は終わり、の、筈だった。

「あれ?……手紙が来てる。差出人は……兄さま?」

明らかに手書きではない、タイプライターで書かれた手紙を見て、首を傾げるフィン・エイムズがいなければ。「ちょっと出掛けてくるか、」と呟いたフィン・エイムズの隣に、トレーニングを終えたマッシュ・バーンデッドさえ居れば。

オーター・マドルの残業は、なかった筈だった。

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笑いが止まらなかった。
金カネを産む子どもは、情報通り前髪のひと房だけ金カネと同じ色をしていた。
お前が産む金カネは、きっとその前髪なんかよりずっと巨額だろう。おが屑を詰めた箱の中に、丁寧に商品を収める。
あとは顧客へデモンストレーションをしてみせれば、それで終わりだ。この商品に取り付けられていた魔法道具もついでに売ってしまおう。神覚者が自分の弟の為に選んだものなのだから、きっと高価に違いない。

恨むなら、その魔法の才能を恨むが良い。
他人に魔力を分け与え、怪我を治してやれるだなんて、神の祝福に違いないのだから。

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