北都

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投稿日:2026年03月17日 20:28    文字数:12,057

カナリヤ 4

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レナさん局出向編2/3です⸜(* ॑꒳ ॑* )⸝ 折り返し地点
オーターさん原作上だと割と暴力でなんでも解決しそうなタイプだけど、策略のひとつとして暴力使ってるだけでちゃんと正攻法で事件解くじゃろ、という私の希望が反映されております(´-ω-`)

「ちょっとこれは、人間が1日に吐いていい嘘の量じゃねぇな?」って思いながら書いております。嘘ばっかり。なので、「原作に書いてあった覚えないな?」とか「これ地理間違ってない?」って思っても検証しないでください。
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◆◇◆◇◆



墓地管理局に出向してきて10日間程は全て戦闘訓練にあてられた。なんせ、死者と戦う、というのはなかなかの特殊技能である。死者相手では躊躇うべきではない攻撃もあるし、避けるべき魔法や行動もある。逆に盗掘者相手なら行うべき手続きがあって、死者と戦うのと同じようには出来ない。共に仕事をするのが局長のレナトスとはいえ、新人のワースが頭に入れてなくて良いという話にはならないのだ。墓地管理局の新人研修であれば1ヶ月くらいみっちり時間を掛けるところを、10日でかっ飛ばしてンのに付いて来てるんだから上等な方、とレナトスは嘯くが、ワースは各墓所の場所や副葬品の魔法道具の扱い等は覚えなくて良いのでかなり楽をさせて貰っている。

「……よっし、こんなもんだろ」

レナトスが杖を胸の中にしまう。その仕草を見て、肩で息をしていたワースはやっと警戒を解いた。宙に浮いた魔導書に、「もう大丈夫だ」と言ってやる。魔導書を中心にしゅるしゅると泥が集まり、小さな人影を作った。ちょこんと着地したリトルデビルがワースへ向かって両手を伸ばす。よっこいしょ、と抱き上げてやれば嬉しそうにくふくふと笑った。

「やっぱお前ら、死者相手の戦闘の方が適性ねェか?まじでウチ来るか?」
「いっ、……いやー、ありがたい話ッスけど、ちょっと、さすがに、上と相談しなきゃいけないんで……」
「……あ、そっか、ソフィナのヤツか……。引き抜きとか禁止されてたんだったわ」

悪い悪い、とレナトスは頭を掻いた。知らない話である。タオルとスポーツドリンクを取り出しながら首を傾げる。ちなみにレナトスは汗ひとつ掻いてないし、リトルデビルは戦闘後に顕現し直してケロッとしているので、疲弊しているのはワースだけだ。

「なんかルールなんスか?」
「いや?……んー、んー、んー……なんつぅか、ちょっと面倒くせェんだよ。ソフィナも面倒だけど、たぶんオーターもぴーぴー言うだろうし」
「砂の神杖?」
「めちゃくちゃ激おこだったじゃねェか、この出向が決まった時とか」
「……そうなんスか?」
「え、オレあいつから全然抗議文とか受け取ったけど」
「そうなんスか!?」

まったく初耳である。瞳を丸くさせるワースを見て、「もしかしてコレ教えちゃダメだったやつ?」と珍しく困った様子を見せた。腕組みをして若干唸ったが、「ま、いっか!」と軽く請け負う。短い付き合いではあるが、まったくレナトスらしい。

「魔法魔力管理局とウチの墓地管理局が遠いから、文句があったみたいだぜ?毎日食堂で弟を見るのだけが楽しみだったのに、ってめちゃくちゃ叱られた。お前らって結構仲の良い兄弟だったんだな」
「……砂の神杖さまと、一緒に食事をしたことはないはずなんですけど……」
「………なにそれ、怖い話だったのかコレ」
「…………ノーコメント、ってありッスか?」
「なしに決まってんだろ、オレのあったまった心を返せ」
「んな無茶な」

言われてみると確かに、禁書の一件を起こす前は食堂を使っていたし、たびたびオーターとすれ違っていたような気がする。あの頃はワースも過剰に警戒していたから見かける頻度が高いとビクビクしていたが、あれ本当に頻度が高い気がする、とかじゃなかったのか?わざわざワースを探していたのか?若干恐ろしいものを感じたワースだったが、レナトスは軽く笑い飛ばす。

「こじらせてんな、オーター。ウケる。ちびワース見たら眼鏡割れそう」
「いや、さすがに砂の神杖さまはそんな……」
「つーかよ、オーターのこと砂の神杖呼びなのなんでだ?兄貴とか、名前呼び捨てとかしてもオレは気にしねェけど」
「………呼んだことないッスね、そんな馴れ馴れしい呼び名とか」
「まじか。お前もこじらせてんなー」

幼少期はさすがに「兄様」とか呼んでいたかもしれないが、残念ながら記憶にない。なんせ、本当に関わりのない兄だったからだ。対外的には「兄」と呼べば済むし、固めの言葉を選んだ方が早熟に見られて得もした。オーターが神覚者になってからは神杖名で呼ぶようになったので不便はなかった。こじらせていると言われると確かにそうだが、これだけ交流のない兄弟なんてそんなものだろうとも思う。

「まぁでもそう言えばオレ、ひとりっ子だから兄弟のこととかわかんねーわ!」

大口を開けて笑いながら、ワースに抱っこされたリトルデビルの頭を撫でる。その仕草は非常に手慣れて見えた。兄弟が居ようが居まいが、兄貴肌ではあるのだろう。なんなら、オーターよりも兄貴然としている。ワースとて、オーターのあの感じが悪いとはとても思ってはいないが、一方でレナトスが絶大なカリスマ性で墓地管理局を率いている、という話はこの10日足らずでよく理解するところでもあった。めちゃくちゃ強いし、はちゃめちゃに頼りになる上司過ぎる。
そういえば、魔導書の為の手続きや出向準備、そして出向してからは連日の戦闘訓練ですっかり抜けていたが、退院してからオーターと連絡を取り合っていない。というか、ワースはオーターの連絡先を知らない。仲良くしたいと言われて了承したからには自分も何かしなければならないとは思っているのだが……なんてったって、相手は神覚者だ。当然ワース以上に忙しいだろう。だいたい、なんと言って連絡を取ったら良いのだろう。「最近どう?」とか「連絡してないと思って、」とかは、一定以上親しい間柄でないと成立しない問い掛けだろう。ワースだって、七魔牙くらいじゃないとそんなメッセージ送れない。……いや後輩相手だと七魔牙でもかなりキツイか。レナトスから聞くオーターの様子は酷く新鮮に感じた。意外と、「連絡先を聞いていなかったから」と言って誰かを経由に話をしてみても、嫌な顔をされないかもしれない。

「今度オーターのこと呼び捨てにしてみろよ。絶対アイツ眼鏡割れるぜ?」
「なんなんスかその眼鏡割れるって」
「いや、アイツ感動したら割れそうじゃねェ?」
「あのひとが感動するとかそうないでしょう」
「そうかァ?……けど、面白いから今度やってみろよ。絶対報告しろよな。むしろその場に呼べよ。動画撮りたい」

ケラケラと笑いながら、小さな子どもにするような手遊びをリトルデビルに披露しているレナトスは本当に手慣れていた。レナトスに釘付けになったリトルデビルは、せっせと指の動きを真似ている。
まるで、本当の親戚の子どものような扱いだ。魔導書の術者であるワースでさえ、すこし錯覚してしまいそうになる。

「ずっと思ってたんスけど、なんでみんなリトルデビルを受け入れてくれてんスかね」
「あァ?」
「……いや、一応これでも禁書なのに、と思ってて……」

腹の底に燻っていた不安だ。最初は禁書管理局の面々だからかと思った。職務上、禁書というものをよく知っている。心の中で何かを思っていても書籍を愛するソフィナがいる以上、表に出す事はないだろう。でも墓地管理局の人間は違う。彼らにとってリトルデビルは理解出来ない異物だろう。だというのに最初のクラッカーによる歓迎から始まって、肩車したり鬼ごっこしたり、子供の身なりに合わせてよく遊んでくれる。しかも、ワースも度々混ぜてもらうのだ。この歳なのに子どものような遊びに興じられて、実のところ、かなり楽しい。少し恥ずかしい感想であることは理解している。もう自立して自活するような歳なのに、経験しなかった他人と目一杯身体を動かす遊びを、リトルデビルのお陰でやらせて貰っているようで。複雑な想いはありながらも、リトルデビルが悪いのではない。ワースの目から見ても、この自分とは似ても似つかない表情をする魔導書は可愛らしい。可愛がってやりたいし、できれば幼少期のワースがあまり感じて来れなかった、燦々と降り注ぐ太陽のようなあたたかい愛情を、腕の中に抱えてしまえるような魔導書いっぱいに与えてやりたい。あの時、オーターと対峙した洞窟で感じた通り、可能な限りこの魔導書を裏切りたくないのだ。ワースに魔導書が向ける無垢な愛着に応えたい。養育者として、なるべく「ただしく」ありたい。自分以外の大人のやわらかい瞳は、少なくとも精神的に未熟な魔導書には必要であろう。今も、レナトスはわっしわっしとリトルデビルの頭を撫でて、胡乱な瞳をこちらへ向けた。

「……んまァ、真面目に答えてやんなら、お前への信頼ってヤツじゃねーの?知らんけど」

ぱちくり、とワースは瞳を瞬かせた。
出向で墓地管理局に来て1ヶ月も経っていない。知らない局員も多いが、リトルデビルと遊んでくれて顔見知りになった相手もいる。ただ当然、大多数は知らない相手で、そもそも信頼関係を構築できた覚えがない。ワースの顔に何かを察したのだろう、すっと顔付きが真剣になった。

「魔導書がその辺ふよふよしてたらやべーけど、コイツずっとお前の姿じゃん。ずっと手ェ繋いでっし。つまり、禁書を制御できてるっつーことだろ。あと、ちびワース結構可愛い」
「…………」

そう……なのだろうか。
ワースが魔導書に子供の姿をさせているのは、発話のために人間の姿をさせたいワースとそれならばワースの姿を取りたい魔導書の妥協点だ。別にワースが魔導書を従えた訳ではない。他人から可愛がられるとしたら、それは魔導書の性格だ。特別にワースが何かをしてやった覚えもない。ワースの力で成せるものなど、殆どないのだ。
何も口にしていないのに、レナトスは眉を顰めた。後頭部を気まずげに掻いて、ぴたりとワースを見据える。その眼光は、「死」を扱う魔法使いなのにギラギラと生命力に溢れていた。

「ンなに簡単に、世界と自分を切り離してんじゃねーぞ、ワース」
「え……」
「世の中っつーのはな、「ま、コイツなら大丈夫だろ」の連続なんだよ。お前が長ったらしい魔導書携帯用の申請書書いて、くそみてーな書類全部揃えて、オレら全員の認可をもぎ取る、とか、ちびのワースがこれまで問題起こした事ない、とか、お前がこれまでちびワースと遊んだ奴らの名前全員覚えてるとか、そういうのの、全部の」

ぱちぱち、とワースは瞬きを繰り返した。
そんなもの、ワースにとっては何の努力でもない。必要な身の振る舞いだ。なんせ、そんなことしたって、きっと両親はワースを褒めない。価値がないから。
口にこそしないが、ワースの顔を見てレナトスは肩をすくめた。

「いいか新卒。オレ様がありがてェ話しすっからよっく覚えとけ。魔導書も含めて全部がお前のチカラなんだよ。オレらはそーゆーもんとして受け止める。だからお前も、もーちょいオレらを信頼しとけ」
「しんらい……」
「そうだなァ……ヤバくなったら、……あー、たぶんソフィナが何とかするから、大船に乗ったつもりでガンガン魔法使え、ってコトだ」

にひ、と笑うレナトスの顔を見て、ワースは目を見張り、ゆっくりと苦笑した。初日に「うちの局長と気が合わなそう」と思ったのを撤回しよう。
ソフィナなら、ぐちぐちと文句こそ言いつつも、「まぁ、言うことに一理ありますね」と穏やかに笑って肯定するだろう。そしてレナトスが言った通り、多少ワースが魔導書を暴走させたとしても、押さえ切る。禁書のエキスパートとしてのソフィナ・ブリビアという神覚者は、そのような人間だ。だからワースは、禁書管理局の席を目指して、実際に勝ち取った。

「……なるほど」
「よっし、じゃ着替えて仮眠とって、今日こそ現場出るぞ」

ちっと早いけど、まぁ良いだろ、とレナトスは軽く請け負った。適当だなぁとは思うがまだ頭に殻が付いたままのようなひよっこのお守りをいつまでも局長にさせておく訳にもいかない。
何度も読んで浚った資料を思い起こしながら、ワースはぎゅっと腕の中のリトルデビルを抱きしめた。

「おひるね!」
「そ、お昼寝だ。……そうだな、この短い針がここ、長い針がここに来たら俺を起こしてくれるか」
「はーい!」
「……は、マジかよオレもちびワース欲しいんだけど」

わなわなとしているレナトスに、リトルデビルは「ぼくはわーすのだからやだー!」と顔の前で腕を交差させ大きな×を作ってみせる。その不服そうな表情に緊張も忘れ、ワースは声を上げて笑った。



***



奇妙なことにというべきなのか、良かったことにというべきなのか、最後の死者の出歩きが報告されて以来、結局2週間近く新たな出歩きの報告はなされていなかった。ただ、放っておく訳にもいかないし、ワースの戦闘訓練も終わったので、夜のパトロールに出てみることになった。場所は、最初の出歩きが確認された霊園である。相変わらず非常に広く、壁や柵で覆われていないから非常に見晴らしが良い。街路樹が等間隔で並んでいるために、さやさやと風に木立が揺れる音が響くが、街灯も多いので不安を感じるほど暗くもなかった。何度もこの霊園は現場検証され不審な痕跡を探索されているが、何も見つかっていない。今更パトロールしたとて、何か見つかるような気もしなかった。

「ちょっと提案があるんスけど」
「あん?」

ワースが広げたのは周辺地図だ。その辺りの市販で売られているようなものではなく、観光用の。レナトスと、ワースに肩車されたリトルデビルがそれを覗き込む。
そう、この墓地周辺は学園都市であるだけでなく、母体が異なる宗教施設が点在している。歴史的な建物もあるから、文豪が眠る霊園を含めて歩いて回る観光客も多い土地なのだ。そして宗教施設が持つ墓地では、今のところ死者の出歩きは確認されていない。もちろん、不祥事を嫌った団体が隠している可能性もある。しかしワースは、塀の有無に注目したい。どう考えても部外者が立ち入りやすい墓地で出歩きは起きている。しかも、遮蔽物がないならば、当然魔法も何に遮られることなく、降り注ぐ。例えばそれが、ある種の死者に魔力を与えることもあるかもしれない。
実は、最初に事件資料を見た時から考えていたのだ。霊園が広すぎて添付されていた周辺地図からは、いくつかの文化施設が抜けていた。その中にある高台の施設が、捜査漏れしているのではないかと。
この手の文化財は平日は市民向けに開放していて、見学の妨げにならないよう中の職員は事務所にいるから、見学者のふりをしてこっそりと何かを仕込んでおくのにちょうど良いのではないかと当たりをつけていた。そうでなくても古い建物には装飾で使われた一部が魔法道具であったり、長年飾られているうちに周囲の魔力を取り込んで道具化していたりする例もある。たとえ何者かの悪意がそこになくとも、原因になる可能性は十分にあった。

「ちょうどこの文化施設って、墓地を見下ろす位置にあるんスよね。出歩きが起きた墓所がこの角度からだと下に当たる。もしここから魔力を送ってたとしたら、届くんじゃないかと思ってたんです」
「……犯人がいるかも、ってことか」
「もしも人為的に出歩きが起きてるなら、って仮説なんスけど……」

高台の文化施設から少し離れたところでも出歩きは確認されている。だから、この仮説は確実ではない。文化施設とて、5時には閉まるとはいえ職員が見回りをするはずだし、そんな簡単に怪しい人物が死者へ魔力を与えるような怪しい道具を持ち込んでいたら気がつくだろう。けれどもワースにはこれらの立地が妙に引っ掛かって感じたし、可能性を潰しておいても損はしないと思った。もちろん、レナトスが合意してくれるのであれば、だが。
そっと窺うワースに、ニッとレナトスは笑った。

「良いじゃねェかワース。行ってみる価値はあるな」
「あざっす!」

リトルデビルを自分の前に乗せ箒に跨る。服には必ず魔導書を納めるフォルダーがついているが、リトルデビルは自発的に歩いてくれるので、実はあまり使ってはいない。妙にるんるんと楽しそうなリトルデビルの後頭部を見ながら、レナトスと並走して霊園の端を目指す。そこから道なりに上がった方が目的地に近い。
星明かりを見上げながら、ワースは少し不思議な心地がしていた。禁書管理局では、定時がはっきりと決まっている。なんせソフィナが時間外労働を嫌うからだ。特別な繁忙期以外は、基本的に定時退勤を求められる。逆に墓地管理局は完全シフト制で、夜番になるとこうして空に星が瞬く時間にだって箒を走らせることがある。すると、妙に実感するのだ。地上にぽつりぽつりと星のように輝く街灯の下にいる普通の生活、とやらを守っているのだな、と。……まぁ、だいぶクサい話だけども。
世のため人のために魔法局に入った訳ではなかった。たぶん、多くの局員がそうだろう。給料とか、社会的地位とか、家族親戚からの圧とか、まあそのようなもので就職先を選んだだろう。けれど中で働いていると、「無邪気な淵源」事件ほどではないにせよ、簡単に崩れ落ちそうな日常を魔法局がどうにか支えているのだと分かる。目に見えて知られるような魔法警備隊や墓地管理局だけではなく、禁書管理局や他の魔法局も含めて、である。立場は違えど、どこも世の中が平和であり続けるのに必要な役割を果たしていた。「無邪気な淵源」に図らずも協力して、世の中に膿んでいたあの頃の自分であれば、絶対に気が付かなかっただろう。

今日は、星が輝く佳い夜だ。
できればこの美しい輝きのまま、暁を迎えさせたい。

本気で、そう思った。自分らしくないのは重々承知であった。何かに、誰かに感化されたのかもしれない。まぁ、気分が良いのでそれでもよいと思う。

「……おい、まてワース」
「…………!」

レナトスの静止に一瞬あって、ワースも異変を感じ取る。
一般人のみが埋葬されている墓地は、静かなはずだ。なんせ、彼らは高名な魔法使いたちと違って然程の魔力量を持たない。少しずつ少しずつ魔力は抜けていき、肉体は土に還る。そのようなサイクルで人間は存在している。本来、魔力が満ちていない墓地は、死者が眠るに相応しいのだ。
だから、びりびりと感じる「なにか」の気配は、墓地に相応しくないものであった。

「大当たりじゃねェかワース」

お手柄だなァと笑うレナトスは、死を司る神覚者らしい顔をしていた。

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◆◇◆◇◆



ぱちくりと瞳を瞬かせて、辺りを見渡した。しかし、見渡す限り真っ暗闇で、見下ろした自分の輪郭ですら、闇に溶けて見えない。

ここは、どこだろう。
学校を出て、曲がり角から出て来た人に……。

不意に不安になって、自分の身体を抱き締める。自分の肉体を、確かに感じる。それなのに怖くて怖くて仕方がなかった。震える声で、思いつく限りの名前を呼ぶ。

兄を、友人を。
何度も、何度も。
もちろん誰の声も返らない。

どうしよう……

途方に暮れた声は、闇の中に吸い込まれていった。

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◆◇◆◇◆



「フィン・エイムズが行方不明?」

オーターは眼鏡の奥の瞳を丸くさせた。報告を寄越した部下が、青い顔で頷く。

「夕飯の時間から姿が見えず、消灯前にも見つからなかったことから、学校側から報告が……」
「なんでそうなる……!」
「はっ、す、すみませんすみません……!」

オーターは大きくため息を吐いて、「いえ、あなたに向かって言ったのではありません」と最低限のフォローをした。間違いなく本心ではあるが、部下を前に口走るべきではなかった。文句を言ってやりたい相手は、もちろんフィン・エイムズである。誘拐されたとなると、オーターと別れた後ということになる。学校の門の前まで送り届けたのに、これで消えるとはどういう事だ。彼の同室は、オーターにとっては気に入らないことに、英雄マッシュ・バーンデッドである。彼が付いていてどうしてこういうことになる。むくりと湧き上がった苛立ちを、ため息でなんとか制御した。
今日フィンが1人で出歩いていた事からも、別にあの2人が四六時中一緒にいる訳ではない。それなりの年頃なのだからそれは当然だ。だからこれは本当にただの八つ当たりである。それでも、あの小さなウサギが泣いているところはあまり想像したくはなかった。

「フィン・エイムズにはレインが魔法具を持たせていただろう」
「その……戦の神杖様から支援要請が……」

レインの過保護は有名だ。
フィンがぽやぽやしているから問題にこそなっていないが、あいつは弟の持ち物に居場所特定や防御用の魔法具をそれなりに仕込んでいる。本人にちゃんと言って、その認識で持たせた方が良いと何度か助言したが冷たく一瞥するだけだった。フィンのぽやぽやしている感じはあれだけ守りをガチガチに固められている認識がない故になせる技とも思えるので、伝えたくない兄心は分からないではないが、実際問題守られている自覚のない警護対象は危険である。
神覚者の親族は、多かれ少なかれ警護がつく。フィンはそれに加え、「無邪気な淵源」の戦いでも活躍したような力のある治癒系の白魔導師だ。しかも戦いが中継されたせいで顔が割れている。兄が戦の神杖でなければ、ありとあらゆる組織から勧誘されていただろう。たとえまだ未熟な学生だとしても、……というか、であるからこそ、である。あの治癒魔法をもっと高められるだの、神覚者に恩を売りたいだので、放っていても人は集まる。その質は問わない。それだけ貴重で希少な魔法使いだ。レインがイーストン魔法学校に所属して目を光らせていた頃ならば、不用意な人間は学校にも近くの街にも入り込む余地はなかった。けれど今は、卒業してしまっている。フィンはそれと知らずに最も大きな保護者を失っているのだ。本来なら街へ1人で買い物など、絶対に避けた方が良い。

「それがどうにも、場所を特定できないようで……」

ジャミングか。
魔法具はこれがあるからいけない。道具である以上、効果を打ち消す道具も生み出せるし、何を持たせているか暴かれれば対策されてしまう。1つでは無害なものでも、組み合わせ次第では凶悪な効果を生み出すこともある。要は、扱いが極めて面倒臭いのだ。

「……わかりました、私が出ましょう。捜索には5隊を、後方支援部も待機させなさい」

小さな子ウサギが暗い森の中でぶるぶると震えている情景が目に浮かぶようで、非常にやり切れない。少し交流があるオーターでこれなのだから、レインは気が気ではないだろう。

「レインと合流します」

吊るしていたコートを見に纏い、オーターは星あかり輝く街へ飛び出して行った。




***



フィン・エイムズは門限の1時間程度前、つまりオーターと別れて30分ほど後にイーストン魔法学校から出て行くのが目撃されたのを最後にその足取りが追えなくなった。その証言によれば非常に軽装で、箒さえ持っていなかったという。まさしく、門のすぐそばまで来ている相手にちょっとだけ会いに行こうとしたような、そのような風情であった。オーターが知る白魔導師の学生たちの誘拐事件では、これまで誰かに呼び出されて捕まった形跡はない。けれど状況から考えて、フィンが次の被害者となったことは明白であった。

「頼む」
「………」

一応は自分の魔法に自信を持っているものの、これで確実にフィンを見つけられるかどうかは分からない。沈痛な面持ちのレインに、オーターは無言で返した。明らかに顔色が悪い。オーターへの助力を乞う前に、随分と自分で探し回ったのだろうことが察せられた。彼が差し出した箒飾りをそっと受け取る。フィン・エイムズの魔力が込められた品だ。物品というのは大抵身につけている人物の魔力に染まっていくものだが、これはプレゼントされてすぐレインが魔法的な干渉を拒む専用のアクリルケースに入れて執務室に飾っていたものである。当然、未使用であるので、レインの魔力に染まっている心配もない。作成の過程を知っているオーターとしては、送り主のフィンの為に本来の目的通り使ってやれよ、と言いたいが、今回ばかりは捜索の助けになった。……いや、そのブラコンぶりは、本当にどうかと思うが。
手のひらの上に置いた箒飾りから、フィンの魔力の残滓を感じる。それを砂の粒子ひと粒ひと粒に覚えさせ、探る。オーターの周囲はぐるぐると砂が渦巻いていた。フィンが直近で通った道、連れられた方角、残った魔力の残滓が多い所へ向かって砂が伸びていくが、不意に魔力が掻き消えて、ふっと砂が力を失う。魔法道具に使うジャミングと同じように、魔力もある種の道具を使えばそれなりに遮断が出来る。魔力探知が得意な方のオーターでも追える限界がここまでだったということだ。

「……途切れました」

地図を広げさせ、座標に印を付ける。何の変哲もない住宅街だ。強いて言えばイーストン魔法学校からは少し離れているだろうか。箒を使ってもそれなりにかかる距離である。捜査撹乱の為にわざとフィンの魔力が残るものをそこまで誘導した、ということは一応選択肢としてあり得る。その場合、複数の別方向に向かう魔力が観測されるものだが、どうだろうか。今回の砂の動きは撹乱を疑うにはやや素直すぎた。

(おや)

よく見れば、ワースが現在、墓地管理局に出向して当たっている事件が起きている現場の近くであった。繁華街の喧噪から離れた住宅街に、ぽつりぽつりと墓地があるのだ。それぞれ管理団体が異なるのでひと言で墓地と言ってもだいぶ様相が異なる。ワースの事件は確か、最も若い年代に作られた霊園である。特段の柵や壁もなく、箒で降りやすいように区画整備が進んだ場所だ。名の知られた文豪の墓もある。

(そういえば、あの事件は……一般人の墓地での死者の出歩き、でしたか)

通常、一般人の墓地で死者の出歩きは起こらない。体内に残る魔力量が少ないからだ。幽霊のような超常現象でない限り、何者かがその死者に魔力を与えている可能性が高い。ネクロマンサーを除いて、死者も含めた他者への魔力供給に最も適しているのは白魔導師である。ただ、戦う気のあるタイプは赤魔導師を目指すので、通常白魔導師は適性があろうと死者に何かしようなどとは夢にも考えないだろう。死者に会いたいとか、自分のルーツを知りたいとか、死者に手を出す以上個人的な事情があるかもしれないが、オーターがワースが出向する前にと念のため閲覧した事件記録にはそれを窺わせるものは何もなかった。

「……まさか」

オーターが注意喚起をしていた事件の被害者は白魔導師の学生である。フィンの魔力が途切れた場所の近くはいくつもの学校が建ち並ぶ、いわゆる学園都市だ。学校群の中に、被害者が通う看護系の専門学校もある。嫌な意味で、点と点が繋がっていく感覚がある。そういう目で地図を見ていけば……ここも、そしてここも、オーターの事件の被害者生徒が通う上級学校だ。多少距離があってもイーストン魔法学校と同程度、つまり箒で十分行き来ができる距離だ。なぜ今まで気が付かなかったのだろう。

「レイン。死者の肉体を動かす魔法道具に心当たりはありますか」
「……おい待て、フィンの身に何が……」
「彼の身に起きるであろう話はしていない。……誘拐された、理由を考えています。それで、あるのかないのか、どっちですか」
「…………。……ないではないが、使い手を選ぶ場合も多いし、使い勝手が悪いヤツばかりだ」
「たとえば」
「道具の使い手と、死者の肉体に宿る魔力が同一でないと使えない、みてぇな……」
「それは、支援魔法で他人に与えた魔力でも、同一と見做されますか」
「普通はそうだ。だが、それなら魔法道具を使わなくともネクロマンシーが直接死者を操った方が……」

あ、とレインも気が付いたように瞳を丸く見開く。

「バタフライサニタテムズ……」

どちらからともなく呟いた。
治癒魔法最大の特徴は、使った魔力量と魔法による効果に大きな乖離がある、という点だ。その理由はさまざま囁かれているが、とにかくいま重要なのは、フィンがセコンズを出せるような治癒魔法使いであるということである。あの金の蝶が飛ぶ範囲を治癒魔法射程内とすると、死者の肉体を動かす魔法道具を持たせたフィンにだだっ広い霊園でセコンズを使わせるだけで、かなりの脅威となる。彼の魔法の汎用性が、そのまま動かせる死者の数に変わるのだ、並みのネクロマンサーよりもずっと多いだろうと容易に想像が出来た。魔法道具を持たせたフィン本人を操る魔法はいくらか思いつく。なんせ、本人はセコンズを使えるとはいえ元々1本線の魔導師で、まだまだ未熟なのだ。2年生であるし、その手の魔法に抵抗する術も十分には学んでいない。つまり、犯人から見れば格好の獲物と言える。魔力を枯渇させた状態で発見された他の被害者を思えば、頭に浮かぶ催眠系や精神操作系魔法の選択肢のいくつかは、ある程度の正解であろう。これで何かの薬物や魔法道具を使われていたら本人も危険な状態だ。フィンごと「死者を操れる便利な道具」として売る気なのか、それとも騒ぎに乗じて別の何かの狙いがあるのか、ともかく状況は悪い。

「……ちっ」
「あの辺りの墓地周辺を全て封鎖します。墓地管理局に一報を入れて、何人か死者と戦える局員を借りてくるように」

言いながら、携帯端末でレナトスに連絡を取る。しかしと言うか、やはりと言うか、出ない。戦闘中か、マナーモードにして気が付いていないだけか、本当に持ち歩いていないのか正直判断はし辛かった。とにかくメッセージだけ残していつものように外套を羽織る。

「私とレインで向かいますから、後を頼みます」

何人か、目を見張った職員がいた気がしたが、フィンの救助が優先である。オーターは振り返らずに先を急いだ。

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◆◇◆◇◆



どうしよう
どうしよう

涙が止まらない。
どうしてこんな事になったんだろう。
目の前には、兄さまが、マッシュくんが、レモンちゃんにランスくんにドットくんが、倒れている。
じわじわと広がって行く真っ赤な液体は、血だ。

助けなきゃ。
僕しか居ないんだ。
なんとかしなくちゃ。

息を大きく吸う。
慣れた魔力が身体に満ちる。
怯えを腹の底にしまい込み、とにかく唱えた。
目の前のひとを助ける為に。

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◆◇◆◇◆



墓地管理局に出向してきて10日間程は全て戦闘訓練にあてられた。なんせ、死者と戦う、というのはなかなかの特殊技能である。死者相手では躊躇うべきではない攻撃もあるし、避けるべき魔法や行動もある。逆に盗掘者相手なら行うべき手続きがあって、死者と戦うのと同じようには出来ない。共に仕事をするのが局長のレナトスとはいえ、新人のワースが頭に入れてなくて良いという話にはならないのだ。墓地管理局の新人研修であれば1ヶ月くらいみっちり時間を掛けるところを、10日でかっ飛ばしてンのに付いて来てるんだから上等な方、とレナトスは嘯くが、ワースは各墓所の場所や副葬品の魔法道具の扱い等は覚えなくて良いのでかなり楽をさせて貰っている。

「……よっし、こんなもんだろ」

レナトスが杖を胸の中にしまう。その仕草を見て、肩で息をしていたワースはやっと警戒を解いた。宙に浮いた魔導書に、「もう大丈夫だ」と言ってやる。魔導書を中心にしゅるしゅると泥が集まり、小さな人影を作った。ちょこんと着地したリトルデビルがワースへ向かって両手を伸ばす。よっこいしょ、と抱き上げてやれば嬉しそうにくふくふと笑った。

「やっぱお前ら、死者相手の戦闘の方が適性ねェか?まじでウチ来るか?」
「いっ、……いやー、ありがたい話ッスけど、ちょっと、さすがに、上と相談しなきゃいけないんで……」
「……あ、そっか、ソフィナのヤツか……。引き抜きとか禁止されてたんだったわ」

悪い悪い、とレナトスは頭を掻いた。知らない話である。タオルとスポーツドリンクを取り出しながら首を傾げる。ちなみにレナトスは汗ひとつ掻いてないし、リトルデビルは戦闘後に顕現し直してケロッとしているので、疲弊しているのはワースだけだ。

「なんかルールなんスか?」
「いや?……んー、んー、んー……なんつぅか、ちょっと面倒くせェんだよ。ソフィナも面倒だけど、たぶんオーターもぴーぴー言うだろうし」
「砂の神杖?」
「めちゃくちゃ激おこだったじゃねェか、この出向が決まった時とか」
「……そうなんスか?」
「え、オレあいつから全然抗議文とか受け取ったけど」
「そうなんスか!?」

まったく初耳である。瞳を丸くさせるワースを見て、「もしかしてコレ教えちゃダメだったやつ?」と珍しく困った様子を見せた。腕組みをして若干唸ったが、「ま、いっか!」と軽く請け負う。短い付き合いではあるが、まったくレナトスらしい。

「魔法魔力管理局とウチの墓地管理局が遠いから、文句があったみたいだぜ?毎日食堂で弟を見るのだけが楽しみだったのに、ってめちゃくちゃ叱られた。お前らって結構仲の良い兄弟だったんだな」
「……砂の神杖さまと、一緒に食事をしたことはないはずなんですけど……」
「………なにそれ、怖い話だったのかコレ」
「…………ノーコメント、ってありッスか?」
「なしに決まってんだろ、オレのあったまった心を返せ」
「んな無茶な」

言われてみると確かに、禁書の一件を起こす前は食堂を使っていたし、たびたびオーターとすれ違っていたような気がする。あの頃はワースも過剰に警戒していたから見かける頻度が高いとビクビクしていたが、あれ本当に頻度が高い気がする、とかじゃなかったのか?わざわざワースを探していたのか?若干恐ろしいものを感じたワースだったが、レナトスは軽く笑い飛ばす。

「こじらせてんな、オーター。ウケる。ちびワース見たら眼鏡割れそう」
「いや、さすがに砂の神杖さまはそんな……」
「つーかよ、オーターのこと砂の神杖呼びなのなんでだ?兄貴とか、名前呼び捨てとかしてもオレは気にしねェけど」
「………呼んだことないッスね、そんな馴れ馴れしい呼び名とか」
「まじか。お前もこじらせてんなー」

幼少期はさすがに「兄様」とか呼んでいたかもしれないが、残念ながら記憶にない。なんせ、本当に関わりのない兄だったからだ。対外的には「兄」と呼べば済むし、固めの言葉を選んだ方が早熟に見られて得もした。オーターが神覚者になってからは神杖名で呼ぶようになったので不便はなかった。こじらせていると言われると確かにそうだが、これだけ交流のない兄弟なんてそんなものだろうとも思う。

「まぁでもそう言えばオレ、ひとりっ子だから兄弟のこととかわかんねーわ!」

大口を開けて笑いながら、ワースに抱っこされたリトルデビルの頭を撫でる。その仕草は非常に手慣れて見えた。兄弟が居ようが居まいが、兄貴肌ではあるのだろう。なんなら、オーターよりも兄貴然としている。ワースとて、オーターのあの感じが悪いとはとても思ってはいないが、一方でレナトスが絶大なカリスマ性で墓地管理局を率いている、という話はこの10日足らずでよく理解するところでもあった。めちゃくちゃ強いし、はちゃめちゃに頼りになる上司過ぎる。
そういえば、魔導書の為の手続きや出向準備、そして出向してからは連日の戦闘訓練ですっかり抜けていたが、退院してからオーターと連絡を取り合っていない。というか、ワースはオーターの連絡先を知らない。仲良くしたいと言われて了承したからには自分も何かしなければならないとは思っているのだが……なんてったって、相手は神覚者だ。当然ワース以上に忙しいだろう。だいたい、なんと言って連絡を取ったら良いのだろう。「最近どう?」とか「連絡してないと思って、」とかは、一定以上親しい間柄でないと成立しない問い掛けだろう。ワースだって、七魔牙くらいじゃないとそんなメッセージ送れない。……いや後輩相手だと七魔牙でもかなりキツイか。レナトスから聞くオーターの様子は酷く新鮮に感じた。意外と、「連絡先を聞いていなかったから」と言って誰かを経由に話をしてみても、嫌な顔をされないかもしれない。

「今度オーターのこと呼び捨てにしてみろよ。絶対アイツ眼鏡割れるぜ?」
「なんなんスかその眼鏡割れるって」
「いや、アイツ感動したら割れそうじゃねェ?」
「あのひとが感動するとかそうないでしょう」
「そうかァ?……けど、面白いから今度やってみろよ。絶対報告しろよな。むしろその場に呼べよ。動画撮りたい」

ケラケラと笑いながら、小さな子どもにするような手遊びをリトルデビルに披露しているレナトスは本当に手慣れていた。レナトスに釘付けになったリトルデビルは、せっせと指の動きを真似ている。
まるで、本当の親戚の子どものような扱いだ。魔導書の術者であるワースでさえ、すこし錯覚してしまいそうになる。

「ずっと思ってたんスけど、なんでみんなリトルデビルを受け入れてくれてんスかね」
「あァ?」
「……いや、一応これでも禁書なのに、と思ってて……」

腹の底に燻っていた不安だ。最初は禁書管理局の面々だからかと思った。職務上、禁書というものをよく知っている。心の中で何かを思っていても書籍を愛するソフィナがいる以上、表に出す事はないだろう。でも墓地管理局の人間は違う。彼らにとってリトルデビルは理解出来ない異物だろう。だというのに最初のクラッカーによる歓迎から始まって、肩車したり鬼ごっこしたり、子供の身なりに合わせてよく遊んでくれる。しかも、ワースも度々混ぜてもらうのだ。この歳なのに子どものような遊びに興じられて、実のところ、かなり楽しい。少し恥ずかしい感想であることは理解している。もう自立して自活するような歳なのに、経験しなかった他人と目一杯身体を動かす遊びを、リトルデビルのお陰でやらせて貰っているようで。複雑な想いはありながらも、リトルデビルが悪いのではない。ワースの目から見ても、この自分とは似ても似つかない表情をする魔導書は可愛らしい。可愛がってやりたいし、できれば幼少期のワースがあまり感じて来れなかった、燦々と降り注ぐ太陽のようなあたたかい愛情を、腕の中に抱えてしまえるような魔導書いっぱいに与えてやりたい。あの時、オーターと対峙した洞窟で感じた通り、可能な限りこの魔導書を裏切りたくないのだ。ワースに魔導書が向ける無垢な愛着に応えたい。養育者として、なるべく「ただしく」ありたい。自分以外の大人のやわらかい瞳は、少なくとも精神的に未熟な魔導書には必要であろう。今も、レナトスはわっしわっしとリトルデビルの頭を撫でて、胡乱な瞳をこちらへ向けた。

「……んまァ、真面目に答えてやんなら、お前への信頼ってヤツじゃねーの?知らんけど」

ぱちくり、とワースは瞳を瞬かせた。
出向で墓地管理局に来て1ヶ月も経っていない。知らない局員も多いが、リトルデビルと遊んでくれて顔見知りになった相手もいる。ただ当然、大多数は知らない相手で、そもそも信頼関係を構築できた覚えがない。ワースの顔に何かを察したのだろう、すっと顔付きが真剣になった。

「魔導書がその辺ふよふよしてたらやべーけど、コイツずっとお前の姿じゃん。ずっと手ェ繋いでっし。つまり、禁書を制御できてるっつーことだろ。あと、ちびワース結構可愛い」
「…………」

そう……なのだろうか。
ワースが魔導書に子供の姿をさせているのは、発話のために人間の姿をさせたいワースとそれならばワースの姿を取りたい魔導書の妥協点だ。別にワースが魔導書を従えた訳ではない。他人から可愛がられるとしたら、それは魔導書の性格だ。特別にワースが何かをしてやった覚えもない。ワースの力で成せるものなど、殆どないのだ。
何も口にしていないのに、レナトスは眉を顰めた。後頭部を気まずげに掻いて、ぴたりとワースを見据える。その眼光は、「死」を扱う魔法使いなのにギラギラと生命力に溢れていた。

「ンなに簡単に、世界と自分を切り離してんじゃねーぞ、ワース」
「え……」
「世の中っつーのはな、「ま、コイツなら大丈夫だろ」の連続なんだよ。お前が長ったらしい魔導書携帯用の申請書書いて、くそみてーな書類全部揃えて、オレら全員の認可をもぎ取る、とか、ちびのワースがこれまで問題起こした事ない、とか、お前がこれまでちびワースと遊んだ奴らの名前全員覚えてるとか、そういうのの、全部の」

ぱちぱち、とワースは瞬きを繰り返した。
そんなもの、ワースにとっては何の努力でもない。必要な身の振る舞いだ。なんせ、そんなことしたって、きっと両親はワースを褒めない。価値がないから。
口にこそしないが、ワースの顔を見てレナトスは肩をすくめた。

「いいか新卒。オレ様がありがてェ話しすっからよっく覚えとけ。魔導書も含めて全部がお前のチカラなんだよ。オレらはそーゆーもんとして受け止める。だからお前も、もーちょいオレらを信頼しとけ」
「しんらい……」
「そうだなァ……ヤバくなったら、……あー、たぶんソフィナが何とかするから、大船に乗ったつもりでガンガン魔法使え、ってコトだ」

にひ、と笑うレナトスの顔を見て、ワースは目を見張り、ゆっくりと苦笑した。初日に「うちの局長と気が合わなそう」と思ったのを撤回しよう。
ソフィナなら、ぐちぐちと文句こそ言いつつも、「まぁ、言うことに一理ありますね」と穏やかに笑って肯定するだろう。そしてレナトスが言った通り、多少ワースが魔導書を暴走させたとしても、押さえ切る。禁書のエキスパートとしてのソフィナ・ブリビアという神覚者は、そのような人間だ。だからワースは、禁書管理局の席を目指して、実際に勝ち取った。

「……なるほど」
「よっし、じゃ着替えて仮眠とって、今日こそ現場出るぞ」

ちっと早いけど、まぁ良いだろ、とレナトスは軽く請け負った。適当だなぁとは思うがまだ頭に殻が付いたままのようなひよっこのお守りをいつまでも局長にさせておく訳にもいかない。
何度も読んで浚った資料を思い起こしながら、ワースはぎゅっと腕の中のリトルデビルを抱きしめた。

「おひるね!」
「そ、お昼寝だ。……そうだな、この短い針がここ、長い針がここに来たら俺を起こしてくれるか」
「はーい!」
「……は、マジかよオレもちびワース欲しいんだけど」

わなわなとしているレナトスに、リトルデビルは「ぼくはわーすのだからやだー!」と顔の前で腕を交差させ大きな×を作ってみせる。その不服そうな表情に緊張も忘れ、ワースは声を上げて笑った。



***



奇妙なことにというべきなのか、良かったことにというべきなのか、最後の死者の出歩きが報告されて以来、結局2週間近く新たな出歩きの報告はなされていなかった。ただ、放っておく訳にもいかないし、ワースの戦闘訓練も終わったので、夜のパトロールに出てみることになった。場所は、最初の出歩きが確認された霊園である。相変わらず非常に広く、壁や柵で覆われていないから非常に見晴らしが良い。街路樹が等間隔で並んでいるために、さやさやと風に木立が揺れる音が響くが、街灯も多いので不安を感じるほど暗くもなかった。何度もこの霊園は現場検証され不審な痕跡を探索されているが、何も見つかっていない。今更パトロールしたとて、何か見つかるような気もしなかった。

「ちょっと提案があるんスけど」
「あん?」

ワースが広げたのは周辺地図だ。その辺りの市販で売られているようなものではなく、観光用の。レナトスと、ワースに肩車されたリトルデビルがそれを覗き込む。
そう、この墓地周辺は学園都市であるだけでなく、母体が異なる宗教施設が点在している。歴史的な建物もあるから、文豪が眠る霊園を含めて歩いて回る観光客も多い土地なのだ。そして宗教施設が持つ墓地では、今のところ死者の出歩きは確認されていない。もちろん、不祥事を嫌った団体が隠している可能性もある。しかしワースは、塀の有無に注目したい。どう考えても部外者が立ち入りやすい墓地で出歩きは起きている。しかも、遮蔽物がないならば、当然魔法も何に遮られることなく、降り注ぐ。例えばそれが、ある種の死者に魔力を与えることもあるかもしれない。
実は、最初に事件資料を見た時から考えていたのだ。霊園が広すぎて添付されていた周辺地図からは、いくつかの文化施設が抜けていた。その中にある高台の施設が、捜査漏れしているのではないかと。
この手の文化財は平日は市民向けに開放していて、見学の妨げにならないよう中の職員は事務所にいるから、見学者のふりをしてこっそりと何かを仕込んでおくのにちょうど良いのではないかと当たりをつけていた。そうでなくても古い建物には装飾で使われた一部が魔法道具であったり、長年飾られているうちに周囲の魔力を取り込んで道具化していたりする例もある。たとえ何者かの悪意がそこになくとも、原因になる可能性は十分にあった。

「ちょうどこの文化施設って、墓地を見下ろす位置にあるんスよね。出歩きが起きた墓所がこの角度からだと下に当たる。もしここから魔力を送ってたとしたら、届くんじゃないかと思ってたんです」
「……犯人がいるかも、ってことか」
「もしも人為的に出歩きが起きてるなら、って仮説なんスけど……」

高台の文化施設から少し離れたところでも出歩きは確認されている。だから、この仮説は確実ではない。文化施設とて、5時には閉まるとはいえ職員が見回りをするはずだし、そんな簡単に怪しい人物が死者へ魔力を与えるような怪しい道具を持ち込んでいたら気がつくだろう。けれどもワースにはこれらの立地が妙に引っ掛かって感じたし、可能性を潰しておいても損はしないと思った。もちろん、レナトスが合意してくれるのであれば、だが。
そっと窺うワースに、ニッとレナトスは笑った。

「良いじゃねェかワース。行ってみる価値はあるな」
「あざっす!」

リトルデビルを自分の前に乗せ箒に跨る。服には必ず魔導書を納めるフォルダーがついているが、リトルデビルは自発的に歩いてくれるので、実はあまり使ってはいない。妙にるんるんと楽しそうなリトルデビルの後頭部を見ながら、レナトスと並走して霊園の端を目指す。そこから道なりに上がった方が目的地に近い。
星明かりを見上げながら、ワースは少し不思議な心地がしていた。禁書管理局では、定時がはっきりと決まっている。なんせソフィナが時間外労働を嫌うからだ。特別な繁忙期以外は、基本的に定時退勤を求められる。逆に墓地管理局は完全シフト制で、夜番になるとこうして空に星が瞬く時間にだって箒を走らせることがある。すると、妙に実感するのだ。地上にぽつりぽつりと星のように輝く街灯の下にいる普通の生活、とやらを守っているのだな、と。……まぁ、だいぶクサい話だけども。
世のため人のために魔法局に入った訳ではなかった。たぶん、多くの局員がそうだろう。給料とか、社会的地位とか、家族親戚からの圧とか、まあそのようなもので就職先を選んだだろう。けれど中で働いていると、「無邪気な淵源」事件ほどではないにせよ、簡単に崩れ落ちそうな日常を魔法局がどうにか支えているのだと分かる。目に見えて知られるような魔法警備隊や墓地管理局だけではなく、禁書管理局や他の魔法局も含めて、である。立場は違えど、どこも世の中が平和であり続けるのに必要な役割を果たしていた。「無邪気な淵源」に図らずも協力して、世の中に膿んでいたあの頃の自分であれば、絶対に気が付かなかっただろう。

今日は、星が輝く佳い夜だ。
できればこの美しい輝きのまま、暁を迎えさせたい。

本気で、そう思った。自分らしくないのは重々承知であった。何かに、誰かに感化されたのかもしれない。まぁ、気分が良いのでそれでもよいと思う。

「……おい、まてワース」
「…………!」

レナトスの静止に一瞬あって、ワースも異変を感じ取る。
一般人のみが埋葬されている墓地は、静かなはずだ。なんせ、彼らは高名な魔法使いたちと違って然程の魔力量を持たない。少しずつ少しずつ魔力は抜けていき、肉体は土に還る。そのようなサイクルで人間は存在している。本来、魔力が満ちていない墓地は、死者が眠るに相応しいのだ。
だから、びりびりと感じる「なにか」の気配は、墓地に相応しくないものであった。

「大当たりじゃねェかワース」

お手柄だなァと笑うレナトスは、死を司る神覚者らしい顔をしていた。

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◆◇◆◇◆



ぱちくりと瞳を瞬かせて、辺りを見渡した。しかし、見渡す限り真っ暗闇で、見下ろした自分の輪郭ですら、闇に溶けて見えない。

ここは、どこだろう。
学校を出て、曲がり角から出て来た人に……。

不意に不安になって、自分の身体を抱き締める。自分の肉体を、確かに感じる。それなのに怖くて怖くて仕方がなかった。震える声で、思いつく限りの名前を呼ぶ。

兄を、友人を。
何度も、何度も。
もちろん誰の声も返らない。

どうしよう……

途方に暮れた声は、闇の中に吸い込まれていった。

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◆◇◆◇◆



「フィン・エイムズが行方不明?」

オーターは眼鏡の奥の瞳を丸くさせた。報告を寄越した部下が、青い顔で頷く。

「夕飯の時間から姿が見えず、消灯前にも見つからなかったことから、学校側から報告が……」
「なんでそうなる……!」
「はっ、す、すみませんすみません……!」

オーターは大きくため息を吐いて、「いえ、あなたに向かって言ったのではありません」と最低限のフォローをした。間違いなく本心ではあるが、部下を前に口走るべきではなかった。文句を言ってやりたい相手は、もちろんフィン・エイムズである。誘拐されたとなると、オーターと別れた後ということになる。学校の門の前まで送り届けたのに、これで消えるとはどういう事だ。彼の同室は、オーターにとっては気に入らないことに、英雄マッシュ・バーンデッドである。彼が付いていてどうしてこういうことになる。むくりと湧き上がった苛立ちを、ため息でなんとか制御した。
今日フィンが1人で出歩いていた事からも、別にあの2人が四六時中一緒にいる訳ではない。それなりの年頃なのだからそれは当然だ。だからこれは本当にただの八つ当たりである。それでも、あの小さなウサギが泣いているところはあまり想像したくはなかった。

「フィン・エイムズにはレインが魔法具を持たせていただろう」
「その……戦の神杖様から支援要請が……」

レインの過保護は有名だ。
フィンがぽやぽやしているから問題にこそなっていないが、あいつは弟の持ち物に居場所特定や防御用の魔法具をそれなりに仕込んでいる。本人にちゃんと言って、その認識で持たせた方が良いと何度か助言したが冷たく一瞥するだけだった。フィンのぽやぽやしている感じはあれだけ守りをガチガチに固められている認識がない故になせる技とも思えるので、伝えたくない兄心は分からないではないが、実際問題守られている自覚のない警護対象は危険である。
神覚者の親族は、多かれ少なかれ警護がつく。フィンはそれに加え、「無邪気な淵源」の戦いでも活躍したような力のある治癒系の白魔導師だ。しかも戦いが中継されたせいで顔が割れている。兄が戦の神杖でなければ、ありとあらゆる組織から勧誘されていただろう。たとえまだ未熟な学生だとしても、……というか、であるからこそ、である。あの治癒魔法をもっと高められるだの、神覚者に恩を売りたいだので、放っていても人は集まる。その質は問わない。それだけ貴重で希少な魔法使いだ。レインがイーストン魔法学校に所属して目を光らせていた頃ならば、不用意な人間は学校にも近くの街にも入り込む余地はなかった。けれど今は、卒業してしまっている。フィンはそれと知らずに最も大きな保護者を失っているのだ。本来なら街へ1人で買い物など、絶対に避けた方が良い。

「それがどうにも、場所を特定できないようで……」

ジャミングか。
魔法具はこれがあるからいけない。道具である以上、効果を打ち消す道具も生み出せるし、何を持たせているか暴かれれば対策されてしまう。1つでは無害なものでも、組み合わせ次第では凶悪な効果を生み出すこともある。要は、扱いが極めて面倒臭いのだ。

「……わかりました、私が出ましょう。捜索には5隊を、後方支援部も待機させなさい」

小さな子ウサギが暗い森の中でぶるぶると震えている情景が目に浮かぶようで、非常にやり切れない。少し交流があるオーターでこれなのだから、レインは気が気ではないだろう。

「レインと合流します」

吊るしていたコートを見に纏い、オーターは星あかり輝く街へ飛び出して行った。




***



フィン・エイムズは門限の1時間程度前、つまりオーターと別れて30分ほど後にイーストン魔法学校から出て行くのが目撃されたのを最後にその足取りが追えなくなった。その証言によれば非常に軽装で、箒さえ持っていなかったという。まさしく、門のすぐそばまで来ている相手にちょっとだけ会いに行こうとしたような、そのような風情であった。オーターが知る白魔導師の学生たちの誘拐事件では、これまで誰かに呼び出されて捕まった形跡はない。けれど状況から考えて、フィンが次の被害者となったことは明白であった。

「頼む」
「………」

一応は自分の魔法に自信を持っているものの、これで確実にフィンを見つけられるかどうかは分からない。沈痛な面持ちのレインに、オーターは無言で返した。明らかに顔色が悪い。オーターへの助力を乞う前に、随分と自分で探し回ったのだろうことが察せられた。彼が差し出した箒飾りをそっと受け取る。フィン・エイムズの魔力が込められた品だ。物品というのは大抵身につけている人物の魔力に染まっていくものだが、これはプレゼントされてすぐレインが魔法的な干渉を拒む専用のアクリルケースに入れて執務室に飾っていたものである。当然、未使用であるので、レインの魔力に染まっている心配もない。作成の過程を知っているオーターとしては、送り主のフィンの為に本来の目的通り使ってやれよ、と言いたいが、今回ばかりは捜索の助けになった。……いや、そのブラコンぶりは、本当にどうかと思うが。
手のひらの上に置いた箒飾りから、フィンの魔力の残滓を感じる。それを砂の粒子ひと粒ひと粒に覚えさせ、探る。オーターの周囲はぐるぐると砂が渦巻いていた。フィンが直近で通った道、連れられた方角、残った魔力の残滓が多い所へ向かって砂が伸びていくが、不意に魔力が掻き消えて、ふっと砂が力を失う。魔法道具に使うジャミングと同じように、魔力もある種の道具を使えばそれなりに遮断が出来る。魔力探知が得意な方のオーターでも追える限界がここまでだったということだ。

「……途切れました」

地図を広げさせ、座標に印を付ける。何の変哲もない住宅街だ。強いて言えばイーストン魔法学校からは少し離れているだろうか。箒を使ってもそれなりにかかる距離である。捜査撹乱の為にわざとフィンの魔力が残るものをそこまで誘導した、ということは一応選択肢としてあり得る。その場合、複数の別方向に向かう魔力が観測されるものだが、どうだろうか。今回の砂の動きは撹乱を疑うにはやや素直すぎた。

(おや)

よく見れば、ワースが現在、墓地管理局に出向して当たっている事件が起きている現場の近くであった。繁華街の喧噪から離れた住宅街に、ぽつりぽつりと墓地があるのだ。それぞれ管理団体が異なるのでひと言で墓地と言ってもだいぶ様相が異なる。ワースの事件は確か、最も若い年代に作られた霊園である。特段の柵や壁もなく、箒で降りやすいように区画整備が進んだ場所だ。名の知られた文豪の墓もある。

(そういえば、あの事件は……一般人の墓地での死者の出歩き、でしたか)

通常、一般人の墓地で死者の出歩きは起こらない。体内に残る魔力量が少ないからだ。幽霊のような超常現象でない限り、何者かがその死者に魔力を与えている可能性が高い。ネクロマンサーを除いて、死者も含めた他者への魔力供給に最も適しているのは白魔導師である。ただ、戦う気のあるタイプは赤魔導師を目指すので、通常白魔導師は適性があろうと死者に何かしようなどとは夢にも考えないだろう。死者に会いたいとか、自分のルーツを知りたいとか、死者に手を出す以上個人的な事情があるかもしれないが、オーターがワースが出向する前にと念のため閲覧した事件記録にはそれを窺わせるものは何もなかった。

「……まさか」

オーターが注意喚起をしていた事件の被害者は白魔導師の学生である。フィンの魔力が途切れた場所の近くはいくつもの学校が建ち並ぶ、いわゆる学園都市だ。学校群の中に、被害者が通う看護系の専門学校もある。嫌な意味で、点と点が繋がっていく感覚がある。そういう目で地図を見ていけば……ここも、そしてここも、オーターの事件の被害者生徒が通う上級学校だ。多少距離があってもイーストン魔法学校と同程度、つまり箒で十分行き来ができる距離だ。なぜ今まで気が付かなかったのだろう。

「レイン。死者の肉体を動かす魔法道具に心当たりはありますか」
「……おい待て、フィンの身に何が……」
「彼の身に起きるであろう話はしていない。……誘拐された、理由を考えています。それで、あるのかないのか、どっちですか」
「…………。……ないではないが、使い手を選ぶ場合も多いし、使い勝手が悪いヤツばかりだ」
「たとえば」
「道具の使い手と、死者の肉体に宿る魔力が同一でないと使えない、みてぇな……」
「それは、支援魔法で他人に与えた魔力でも、同一と見做されますか」
「普通はそうだ。だが、それなら魔法道具を使わなくともネクロマンシーが直接死者を操った方が……」

あ、とレインも気が付いたように瞳を丸く見開く。

「バタフライサニタテムズ……」

どちらからともなく呟いた。
治癒魔法最大の特徴は、使った魔力量と魔法による効果に大きな乖離がある、という点だ。その理由はさまざま囁かれているが、とにかくいま重要なのは、フィンがセコンズを出せるような治癒魔法使いであるということである。あの金の蝶が飛ぶ範囲を治癒魔法射程内とすると、死者の肉体を動かす魔法道具を持たせたフィンにだだっ広い霊園でセコンズを使わせるだけで、かなりの脅威となる。彼の魔法の汎用性が、そのまま動かせる死者の数に変わるのだ、並みのネクロマンサーよりもずっと多いだろうと容易に想像が出来た。魔法道具を持たせたフィン本人を操る魔法はいくらか思いつく。なんせ、本人はセコンズを使えるとはいえ元々1本線の魔導師で、まだまだ未熟なのだ。2年生であるし、その手の魔法に抵抗する術も十分には学んでいない。つまり、犯人から見れば格好の獲物と言える。魔力を枯渇させた状態で発見された他の被害者を思えば、頭に浮かぶ催眠系や精神操作系魔法の選択肢のいくつかは、ある程度の正解であろう。これで何かの薬物や魔法道具を使われていたら本人も危険な状態だ。フィンごと「死者を操れる便利な道具」として売る気なのか、それとも騒ぎに乗じて別の何かの狙いがあるのか、ともかく状況は悪い。

「……ちっ」
「あの辺りの墓地周辺を全て封鎖します。墓地管理局に一報を入れて、何人か死者と戦える局員を借りてくるように」

言いながら、携帯端末でレナトスに連絡を取る。しかしと言うか、やはりと言うか、出ない。戦闘中か、マナーモードにして気が付いていないだけか、本当に持ち歩いていないのか正直判断はし辛かった。とにかくメッセージだけ残していつものように外套を羽織る。

「私とレインで向かいますから、後を頼みます」

何人か、目を見張った職員がいた気がしたが、フィンの救助が優先である。オーターは振り返らずに先を急いだ。

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◆◇◆◇◆



どうしよう
どうしよう

涙が止まらない。
どうしてこんな事になったんだろう。
目の前には、兄さまが、マッシュくんが、レモンちゃんにランスくんにドットくんが、倒れている。
じわじわと広がって行く真っ赤な液体は、血だ。

助けなきゃ。
僕しか居ないんだ。
なんとかしなくちゃ。

息を大きく吸う。
慣れた魔力が身体に満ちる。
怯えを腹の底にしまい込み、とにかく唱えた。
目の前のひとを助ける為に。

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