本文へ移動
pictBLand
作品ID2602834
投稿日2026年06月15日 20:26
文字数30,649字

カナリヤ 10

ということで、お引越し編(同棲開始編)です⸜(* ॑꒳ ॑* )⸝ ……よく考えると「同棲」って言ってるの私だけで本人達はずっと「同居」って言ってるんすよね……。まぁ、まあまあまあまあまあ! ここまで読み進めている方にはもう不要かもですが、今回とりわけツララさまの下りは全力で嘘です。私が「こうだったら面白いよね」って言いながら捏造しております。なので、決して、決して原作と付き合わせて確認いたしませんように(´-ω-`)

登壇して、真っ先に目に付く位置に居るカルパッチョ・ローヤンの姿を認めてワース・マドルは「うげ、」と思わず口にした。丁度、登壇者の入れ替わりでがやがやとしているタイミングだったから、幸いなことに瞳を爛々とさせている生意気な後輩くらいしかワースの変化に気が付かなかったことだろう。珍しく楽しそうに口元を歪めるカルパッチョの隣には、魔法動物言語学の権威とも言える研究者がドンと座っている。魔法動物研究からは手を引いて久しいワースが顔を知っているのだから、まぁ、そういうことだ。カルパッチョの奴、まさか本当にそんな相手を連れてくるとは。
マイクの位置を直す振りをしながら、ゆっくりと大きめに深呼吸をする。研究会や学会で発表するなんてのは何度も経験して来たはずなのに、今日ほど緊張することはなかった。持ってきたブックスタンドに書籍の形を取っているリトルデビルをそうっと乗せ、表紙をひと撫でする。表紙が聴衆によく見えるよう位置を整えると、小さなどよめきが上がった。基本的にリトルデビルは人間の形を取らせているから、正直ワースも書籍のリトルデビルを見るとちょっとどよめく気持ちが分かる。禁書管理局の大半の局員もそうだろう。ふと顔を上げると、最も奥の席に座るソフィナがにっこりと微笑んで頷いた。事前に学会に提出するハンドアウトも発表内容も、だいぶソフィナから指導してもらった。ここまで手を尽くして貰っておいて、上手い発表が出来なかったらそれはワースの責任である。じんわりとリトルデビルの方から励ますような感情が流れ込んでくる。いつもの様子にふっと気が抜けて、ワースは赤字でいっぱいの自分のハンドアウトに視線を落とした。

(なんとかなる!……だろ)

読み合わせは何回もした。それで緊張がなくなる訳ではないが、少しは自信にもなる。司会進行役がワースを紹介するのを聞きながら、ゆっくりと視線を上げた。



***



気持ちの上ではもうぐったりと、自室のベッドの上で大の字になって転がっていたい。確かに登壇順番が一番最後であったので、何かおかしいなとワースも思っていたのだが、口頭発表25分、質疑応答5分の筈だったのが、ワースも質疑応答が一体何分合ったのか正確には分からない。なんか多分、発表してた時間と同じくらいは質問を受けていたような気がするのだが、実際の所どうだったのだろうか。タイムキープしていなかった疑惑が色濃い司会に感謝の弁を述べるのは余りにも釈然としなかったが、礼儀の一環としてワースは一応司会進行役にも頭を下げておいた。これがソフィナの口利きでねじ込んでもらった学会じゃなかったら暴れてる。時計を見ても計算する気も起きない。

「ワースくん、お疲れ様でした」
「………い、いえ……、…………ッ!」

にこにことしているソフィナ・ブリビアになんとかそう答えると、彼女の後ろに居た人物に気が付いてワースは慌てて背筋を伸ばす。禁書研究学会を主催する禁書研究の重鎮である。ワースは著者近影でしか顔を見たことがない。その近影よりも幾分か年を取っているようには見えるが、見間違える程ワースもほうけてはいない。

「先生がご紹介して欲しいとのことで、いま大丈夫かしら?」
「はい、もちろん!えっ、えっと、ワース、……あー、ワース・ウォーカーです。その、先生のご本は大変感銘を受け……その、勉強させて頂いています。本日はご指摘いただきありがとうございました」

教授は鷹揚に頷く。すっと伸びてきた手を、ワースは慌てて握る。にこにこと好々爺然としているが、お若い頃にはかなり強めな論争をしていたと評判の教授だ。ソフィナに促されるままなんとか名刺交換をする。

「今日の発表おもしろかったよ、実にね」
「あっ、ありがとうございます!」
「この後の懇親会には参加するかい?」
「え、えぇっと……」

ワースは思わずソフィナの方を見る。はっきり言って、ワースはもう帰りたい。だいぶ疲れた。けれどにっこりと笑顔を貼り付ける上司の顔を見れば、これはもう業務の内なのだろうなというのが分かる。ワースも笑顔を作って頷く。

「一応……その予定で」
「そうかそうか。キミを紹介したいひとが山ほどいるんだ。是非たのしんで行ってくれたまえ」
「は、はぁ……」

ワースはなんとか会釈で返し、他の研究者の元へと行くその背中を見守る。詰めていた息が思わず、はぁと口から落ちた。その肩をぽんとソフィナが優しく叩いた。

「いい発表でしたよワースくん」
「ありがとうございます」
「たぶんこの後の懇親会では色んなひとに話しかけられると思いますから、とりあえず名刺交換だけは忘れずに」
「は、はい……」
「リトルデビルくんは人間の形にしておいても大丈夫ですよ。……というか、人間の姿になって貰っていた方が周りから話しかけられると思います」
「うぉ……はい……」

今回の学会参加の目的は、今後書く予定の論文の弱点をあぶり出すことと、人脈作りである。前者に対してはかなり様々な角度からの質問を受けたので後は持ち帰って精査するのみだ。後者についてはワースが想像していたよりも禁書以外の研究者の姿があったお陰で、想定よりも達成できそうである。カルパッチョ辺りが変なところに声を掛けたのだろうな、と思うのでありがたいやら文句を言ってやりたいやら、少々複雑である。ブックスタンドに乗せられたまますまし顔をしているリトルデビルをそっと撫でてやる。それを合図にふわりとその場に浮かんだ魔導書は、一瞬にして泥に包まれる。ぴょんと着地した姿はもう、見慣れた子供の顔であった。

「今日はおわり?」
「終わりじゃねーよ。これから懇親会。さっきまでお前を見てた研究者の先生達とメシを食う」
「ごはんー!」
「と言っても立食パーティですからね、あまり食べられないと思っていて下さい。終わったらみんなでご飯に行きましょう」

ソフィナがゆっくりとリトルデビルの頭を撫でる。いつもの調子で「はーい!」とリトルデビルは返事をした。そこにふと、ひんやりとした空気が流れ込む。すうっと流れてくる冷風に、思わずワースはそちらへと視線をやった。そこには片眼を眼帯で隠した小柄な女性がぽつりと立っている。

(……はぁ!?)

トン、トン、トン、と階段を跳ねるようにしてこちらへ向かってくる女性の顔を、ワースは知っていた。というか、知らない奴は学生であれ社会人であれ、研究者としてはもぐりだろう。氷の神杖ツララ・ヘイルストーン。魔法研究管理局を束ねる神覚者にして、伝言うさぎの開発を始め、様々な技術革新を起こした高名な研究者だ。というか、ぶっちゃけ畑違いも良いところの、しかもこの規模の研究会に姿を現すなど、通常はあり得ない。思わずソフィナを見る。口元を上品に隠したソフィナは意味ありげにうふふと笑っている。

「ツララもワースくんとリトルデビルくんに関心があるとのことなので、声を掛けておきました」
「お招きどうも。……そして初めまして、ワースくん、禁書くん」
「はっ、……はじめまして」

ワースより背が低く、にっこりと笑ってみせるその顔は実年齢よりもずっと彼女を幼く見せた。差し出された手を握ると、氷に触れたかのような冷たさである。魔力が強すぎて、固有魔法が体外にあふれ出しているのだ。魔力制御不全症候群である。この手の疾患を持つ魔法使いは先天的であれ後天的であれ、それなりに存在する。そして魔力制御不全症候群研究において、ツララ・ヘイルストーンは第一人者であった。自身の症状を完全に封じ込めるには未だ至っていないが、この疾患を抑える魔法道具や薬の開発に彼女の名前は必ずと言って良いほど現れる。
手を差し伸べられたリトルデビルは、小首を傾げながらツララと握手を交わす。手を握られている間中、珍しく困惑しているような、非常に落ち着かない素振りだ。手を離した後も不思議そうにツララと握手をした方の手を見つめている程である。その仕草に引っ掛かるものを感じたものの、「あの」ツララ・ヘイルストーン相手に粗相は出来ない。ビッグネーム過ぎて怖い。
恐縮しきりのワースに対しても朗らかにツララは上目遣いににっこりと笑ってみせた。

「同じ魔法局内に勤めているのにちっとも会えなくて。こんな日にごめんねぇ」
「まぁ、禁書管理局と研究管理局は離れていますものね」
「あはははははははは」
「うふふふふふふふふ」

顔を見合わせて笑っているだけなのに、妙に怖い。

(な、なんだなんだ、ソフィナさんと氷の神杖って仲悪いのか?)

ぐりんとこちらを向いた隻眼が、悪戯っぽくぷうっと頬を膨らませる。

「ちょっとワースくん!そこはちゃんと、禁書管理局と研究管理局は隣の棟ですよ?ってキミの上司に言ってくれなきゃ」
「えっ、えぇっと……」
「油断しちゃダメですよワースくん。ツララったらまだ貴方を引き抜こうと狙っているかもしれませんからね」
「え!?」
「やだなソフィナ、もう狙ってないってば。ホント悪かったって~、許してよー」
「そう言って油断させる手かも」
「違うってばぁ。ねーぇ?」

言いながら、二人して顔を見合わせてクスクスと笑っている。ワースは毒気が抜かれた気がした。なによりも、いつも凜として品があるソフィナが少女のように笑っている姿を初めて見る。気の置けない同僚同士の小競り合いだったのだろう。……ちょっと巻き込まれた方は本気でビビったが。長い袖のまま、ツララがソフィナを指さす。

「ワースくん聞いてよソフィナったら、今までずっとキミをひた隠しにして会わせないようにしてきたんだよ?確かにちょっとキミの引き抜きを目論んだけど!」
「だって貴方、まだ諦めてはいないでしょう」
「それはそう」
「ほら」
「でもそれは、ワースくんと禁書くんが面白過ぎるのが悪くないかい?」
「えっ」

リトルデビルに強請られるまま抱き上げていたワースは、自分に向かって降ってきた突然の話題にびくりと身体を跳ねさせる。そしてリトルデビルを手で制す。後でな、と。聞き分けの良いリトルデビルはちょっぴり不服そうに、けれどぎゅっとワースの足にしがみ付いて応えた。話を振ったツララはといえば、悪戯っぽく笑う。

「魔法研究管理局なら、一日中研究してたって文句言わないし、禁書管理局に在籍しているよりもずっと成果が出せると思うけど、どう?」
「ど、どうって……」

ワースは弱りきってソフィナをチラリと見た。敏感にそれを察知したツララが頬を膨らませてその場にぴょんぴょんと飛ぶ。

「あー!ダメダメ、ワースくん!ソフィナに聞いたら「変な人に付いていっちゃいけません」って言うだけに決まっているんだから」
「あら、良く分かっているじゃない。自分が変なひとだって」
「そりゃあ一応、研究管理局局長だからね」

慣れた仕草で肩をすくめるツララを、ワースは不思議な気持ちで見つめた。ワースも勉強や研究は好きな方だから、自然と「そういうタイプ」が周りに多い。ツララ・ヘイルストーンは「そういうタイプ」の学生にとっては憧れの存在だ。魔力制御不全症候群というハンデを背負っておきながら、世の中を変える研究成果を出し続けている、所謂、生ける伝説である。研究書や雑誌で掲載される彼女の写真はいつもキリッとした真顔であるからこうしてクルクルと表情が変わるひとだとは思っていなかった。

「えぇっと、氷の神杖様」
「よそよそしいよワースくん。ツララで良いって」
「ツララ様、その、評価して頂けるのは大変恐縮ですが……」

自分よりも幾分低い位置の瞳が、じいっとワースを見つめてくる。深い色をした瞳は深遠で、手強い論客の教授やカルパッチョのような天才を思わせる凄みがあった。ワースは唾を飲み込み、舌を湿らせてからゆっくりと口を開く。

「禁書管理局でこそ、オレとリトルデビルの力は発揮出来ると信じております。ありがたい申し出ではありますが……」
「…………」
「申し訳ありません。」
「…………そっかぁ」

じっとこちらを見つめていたツララは肩を落としてため息をついた。そしてぐるりとソフィナを見上げると、ぷうっと頬を膨らませる。

「フラれた。切ない!」
「まぁまぁ」
「正攻法ならオーターも文句言えないと思ったんだけどなぁ」
「砂の神杖様が?」

ゆるんだ雰囲気に礼儀の必要はなくなったと思ったのか、足下のリトルデビルが抱っこをせがむ。神覚者たちの様子を見つつ抱き上げてやるとすぐに首に細い腕が回った。ぎゅーっとリトルデビルを抱き締めてやるワースへ瞳を細めて、ツララはふっと笑う。使い魔を思わせる大きな拗くれた角は妙な威圧感があったが、にこにこと術者にくっ付くその姿は、まるきり幼児のようである。本物のワースはどの角度から見てもイケメンであるが、リトルデビルが写し取った子供姿のワースもふくふくとした頬が愛らしい。片やイーストン魔法学校の成績優秀者で片や禁書だ。その辺の使い手にどうにかされるような二人組ではないが、大小の可愛らしい弟を見ればオーターが心配するのも無理はないかもしれない、とツララはひとり頷く。

「初めにキミたちを狙ってた時に言われたんだよ。研究室に籠もって出てこなくなったらどうしてくれるんですかって」
「はぁ……、その節は、とんだご迷惑を……」
「いやいや、あの鉄面皮のガチギレ顔ってあんまり見られないから楽しかったよ?」

きゃらきゃらと笑うツララを見ながら、ワースは若干引いた。オーターの「ガチギレ顔」というと余り想像は出来ないが、そりゃあまあ恐ろしい表情だろうと想像は付く。それを楽しかったと笑い飛ばしている時点で、やっぱり可憐に見えても神覚者のひとりであるのだろう。じりっと後退りするワースに気が付いてか、ソフィナが軽く手刀をツララに落とした。

「オーターの前に私の視線を気にして下さいね、ツララ」
「えー」

叩かれた額を抑えるツララの表情はいとけない。これ見よがしに擦った後、「そういえば、」とちっとも懲りていない様子で顔を上げる。

「オーターと一緒に暮らすんだって?あの偏屈、これでちょっとは穏やかになるといいけど」
「え、」

ワースは思わず目を見張る。何でそのことを。……いや、神覚者は週に1度は定例会議があって顔を合わせているのだから、知っていても不思議はないのだろうけれども。「鉄面皮」だの「偏屈」だの、オーターもオーターでだいぶ言われている。知らない一面を垣間見た気がして、ワースはちょっぴりだけ笑ってしまった。しかしその苦笑をワースの上司は良い意味では捉えなかったらしい。少しばかり堅い声で氷の神杖を呼ぶ。

「ツララ」
「はーい。ごめんて。別にオーターを嫌っている訳じゃないんだ。……さてワースくん、禁書くん、そろそろ懇親会が始まっちゃうや。いこいこ!」

言うなり背後に回って、ワースの背中を押す。ひんやりとした感触に、ワースは目を白黒させながら自分を誘う手に従った。
懇親会まで残っていた研究者のほぼ全員と名刺交換をしたワースは、数少ない貴重な名刺交換の必要がないカルパッチョに文句を言ういとまもなく、研究発表の延長戦かと思うような質問責めを受ける羽目になるとは、この時ちっとも思ってはいなかった。

ログインすると、ステキ!やブックマークができます

ステキ数:1

投稿ユーザー

北都
投稿
163
フォロー
0

コメント

ログインするとコメントを投稿できます

何をコメントすれば良いの? 『コメントって何を投稿したらいいの・・・」と思ったあなたへ。
コメントの文字制限は140文字までとなり、長いコメントを考える必要はございません。
「萌えた」「上手!」「次作品も楽しみ」などひとこと投稿でも大丈夫です。
コメントから交流が生まれ、pictBLandが更に楽しい場所になって頂ければ嬉しいです!

ピンチまたはダブルタップで拡大、ドラッグで移動できます