投稿日:2017年02月04日 20:32 文字数:12,963
【白桃】粉々に砕け散った<後編>
ステキ数は非公開です
男のプライドや、譲れないものがある桃タロー君が、自分の頭では処理できない突然の白澤様への体の反応に悩んで、そして。
========
桃タロー君が、頭よりも先に体が動いてしまう性格だとしたら。
男としてのプライドと、理解できない気持ちと板挟みになるとしたら。
そんなお話のこちらの(https://pictbland.net/items/detail/261614)続きになります。
話の内容的に念のためR-15にしておりますが直接的な表現はほぼありません。
要さんには前編と後編の表紙まで桃タロー君の心情の変化から二枚描いて頂きました有難うございます…!
もし最後まで読んで下さった方がいらっしゃいましたらお疲れ様です、有難うございます!
※途中で省いた夜のシーンは宜しければこちらから
https://pictbland.net/items/detail/261625
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桃タロー君が、頭よりも先に体が動いてしまう性格だとしたら。
男としてのプライドと、理解できない気持ちと板挟みになるとしたら。
そんなお話のこちらの(https://pictbland.net/items/detail/261614)続きになります。
話の内容的に念のためR-15にしておりますが直接的な表現はほぼありません。
要さんには前編と後編の表紙まで桃タロー君の心情の変化から二枚描いて頂きました有難うございます…!
もし最後まで読んで下さった方がいらっしゃいましたらお疲れ様です、有難うございます!
※途中で省いた夜のシーンは宜しければこちらから
https://pictbland.net/items/detail/261625
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桃太郎は白澤と向かい合っていた。
陽の落ちた窓の外からは光は入って来ない。弱めの灯りだけが二人を照らしている。
白澤はベッドに腰掛け、桃太郎はその前で直立している。
そこは白澤の部屋だった。
話すのは白澤の部屋でも良いだろうか、と声を掛けたのは桃太郎だった。
普段の生活がそこかしこにある店内の中ではどうも話しにくく、ほぼ足を踏み入れたことのない白澤の部屋でなら、と考えていた。
しかし、実際に足を踏み入れた事のない白澤の部屋で向かい合った時から、一瞬に桃太郎の頭の中は考えていた言葉が飛散してしまった。
もしかしたら店内の台所で、ご飯を食べるかのようにテーブルを囲んだ方が良かったのかと今更ながらに浮かんだ言葉に桃太郎は頭を振る。それはたぶん逃げの考えなのだと桃太郎は下唇を噛んだ。
「大丈夫?」
その静寂を破ったのは静かな白澤の声だった。
ハッと顔を上げた桃太郎は、自分を見上げている白澤と瞳が合って言葉の代わりに息を飲み込んだ。唾を飲み込み、緊張しているのが渇いた喉を通る水気に嫌という程気が付かされる。
「――えっと、あの、」
桃太郎はそこまで口にしたがその後が続かない。
口にした瞬間に今まで築いてきた色々なものが崩れる、そう分かっていたはずなのにいざその状況なのだと思うと言葉が消えてしまう。
もう一度、白澤を見る。
白澤は素の表情で桃太郎を見ていた。何気ない時に浮かぶどこか捉えどころの無い表情。どんな感情で見上げているのか桃太郎には分からなかったが、促すこともなく自分の言葉を待ってくれていることだけは分かった。
見守って居てくれるのだ、待ってくれるのだこの人は。そんな人に隠し事をしたくない、ちゃんと向き合いたいと思ったのはどこのどいつだ!
桃太郎は改めてそう自分に言えば、真っ直ぐに改めて白澤を見た。
「……あの。俺が、これから話すことは、たぶん。白澤様にとって楽しい話じゃありません」
ゆっくりと言葉を紡ぐ。白澤は桃太郎の言葉を最後まで聞くと、一度、縦に頷いた。続きを促すようにその瞳が桃太郎を真っ直ぐに捉える。
「俺が、最近調子が悪いように見えてしまっていた原因。それをまずは、聞いてもらおうと思ってます」
白澤は相変わらずじっと桃太郎を見つめ、また一度頷いた。言葉を挟む気は無く、ただ言葉を待ってくれているように思えた。
「ここ最近の話です。今までは何とも無かったし、そんなことを思うことも無かった。だけど、突然意識してしまってから、色々とおかしくなって。……おかしいんですよ、本当に」
そこで桃太郎の言葉が止まった。視線は白澤の深い黒の瞳から下に下がり。膝の上で緩く組まれている筋張った白澤の手へと落ちた。
「……俺、白澤様の手だけを、意識してしまうようになったんです」
「……手、だけを?」
桃太郎から出てきた言葉に、白澤の微かに不思議そうな色が混じった声が被さる。桃太郎はじっと手を見つめたまま頷いた。
冷や汗が背筋を流れた。
「――白澤様の手に触れられた瞬間、一気に熱が上がるんです」
曖昧な言葉は最後に尻すぼみになっていく。少し震える手を強く桃太郎は握りしめる。
「体だけ、が。反応してしまうんです。触れられた、それだけで。……体だけが、興奮状態になってるんです」
ようやく言えた、と、言ってしまった、と反対の言葉が頭の中に浮かんでぶつかって消える。
桃太郎は視線をゆっくりと上げた。白澤は自分のベッドに座ったまま、目を逸らすことなく桃太郎をまだ見ていた。やはり桃太郎には白澤の感情は表情から読み取れなかった。
「なんでか全く分からないんです。例えば綺麗な女性に触れられてドキドキしてしまうのとは、違くて。考えたんですけど、理由が見つからない。だけど俺は白澤様の手に触れられるのが、今、ダメみたいなんです。熱くなってしまうんです、昂ぶってしまうんです」
白澤は桃太郎の言葉を聞き終えると少し視線を外し、白澤の手に視線の先を落とした。
「僕にそれを話してくれた、ということは。桃タロー君はこれからどうしたいのかな」
白澤の顔が上がると、先程よりも何かの感情が浮かんだ瞳が桃太郎を捉える。白澤が口を閉じるとテレビも消えた店内は何の音もしない。
その空間の中で、桃太郎は白澤の反応に心の中で動揺していた。もっと何かの反応が返ってくると思っていた。それなのに、白澤は特に言及することもなくまた桃太郎にどうしたいのか聞いてくる。嫌な気持ちなどに、なっていないのだろうか。目の前の白澤の表情は桃太郎には全く分からず微かに焦りを覚える。
白澤の瞳の色は深く、時折光が当たると濃い緑の色がちらりと光る。そんな風にじっくりと白澤の瞳を見ることの無かった桃太郎は吸い込まれるようにその瞳を見てしまう。底の見えない水の底を覗いているような気分にさえなってきた。
「桃タロー君」
「――あ、えっと、あの」
名前を呼ばれ、その水の底から浮かんだような気分になった桃太郎は慌ててそれだけ口にし。
慌てて頭の中に浮かぶ言葉を必死に掴む。
白澤に言わなければと思ったのは隠し事をしたくなかったからだ。だからここまではきちんと伝えられた、と思う。どうしたい、のは、最終的にはそれでも出来ればまだ弟子として教えを請いたい、ということで。だけども、こんな状態で、しかも理由がわからないからと逃げていても解決策が自分では見出せなかった、だから白澤に、白澤の手に――そこまで考え、桃太郎の視線は白澤の手に落ちる。何度もなんども見てはずっと避けてきたその手。わからないなら、どうして良いのか考えても分からないなら、俺は――
「抱いてくれませんか」
静かな部屋に響いた声。
桃太郎は一瞬、その声が誰かの声のように思え。直後、その言葉が自分の口から出てきたのだと理解した瞬間、一気に血の気が下がっていくのが分かった。冷や汗が吹き出てその気持ち悪さに更に体温が下がっていく。
「あ、いや、違くて、その」
視線を地面に縫い付け、必死に言葉を紡ごうとするが、血の気の下がった頭の中で自分の口から出てきた言葉が留まる。
違う、そんなことを言いたかったのでは、そこまで考えてそれじゃあ何を言おうとしていたのか、と考えれば白澤に触れて欲しいと思っていた。
――触れて欲しいと、思った。
どう触れて欲しいのか、と。そう思った時、触れるだけでも体温が、体が反応してしまうが、恋心など持っていないのであれば。
これがそんな綺麗なものではないのだと、知る為に。理解する為に。
いっそ、触れるよりももっと直接的な方法で、交われば。荒治療だが、もしかしたら。
そこまで浮かんだ自分の言葉。
自分の言葉なのにそれは客観的に己に届き。
やがて、それを自分はずっと望んでいたのかと理解した。
何かが頭の中で割れる。
桃太郎にとってその一言は絶対に言ってはならない最後の砦だった。
理解した瞬間、足元で次々と砕けた音がして奈落へと落ちていくような気がした。
白澤の足先と己の手しかもう視界に入らない。
もう全て砕けて散らばったものは元に戻らないほどにただ、広がるだけだった。
衣摺れの音が目の前から聞こえ、桃太郎は我に返った。しかし、顔は上げられなかった。
白澤がベッドから立ち上がり、ゆっくりと床に腰を付ける。桃太郎の視界に白澤の口元までが入る。それより上を、白澤の表情を桃太郎は見ることができない。
白澤の口元には、いつもの薄い笑みは浮かんでいなかった。
「抱いて欲しいの。僕に」
静かな声が耳に届く。
桃太郎の言葉に白澤は他に何も言う気はないように思えた。
頭の奥で自分の望みを理解してしまった今、嘘をつきたくないとこの状況を望んだ自分が今更嘘を重ねることは出来ず。
桃太郎はゆっくりと頷いた。
「はい」
言葉を外に出した瞬間、割れた何かが喉奥に刺さったように思えた。ズキズキと鈍い痛みが襲う。
「意味、分かってるよね」
白澤の声は静かで抑揚がない。桃太郎にはその感情を全く読み取れない。いや、読み取る余裕はない。
桃太郎はもう一度頷いた。冷や汗が床へと落ち、小さな染みを作った。
「分かってます。白澤様の手で、俺に触れて欲しいんです。俺の体に触れて欲しいんです。抱いて、欲しいんです。
――そして、俺の感情と体は別物なんだって、今だけで、きっとそうしてもらったら俺はいつも通りになって、それで弟子としてちゃんとしたい。だって、俺は今までその状態になると一人でしてしまって、それで――」
言葉の途中で白い白澤の手が伸びたと思えば、その手がゆっくりと桃太郎の頬に触れた。瞬間、桃太郎の体が痺れるように震え、それに桃太郎の表情が変わる。
体の奥底から湧き上がるような。それが腹の奥を熱くする。
ああ、触れてくれた。その想いと同時に
絶望が体を満たす。
なあ俺は明日からどんな顔すりゃ良いんだよ。
そのまま、白澤の手が顎に掛かり、緩くその手が上げられる。桃太郎はその手の意味を考え、やがて。落ちていた視線を上げた。
白澤の瞳は、真剣な瞳になっていた。
「桃タロー君は、僕にどうして触れて欲しいのか考えたかい? 君が真剣に頼むなら僕は応えるよ。でもね、君の心が分からない」
白澤の言葉と共に、桃太郎の頬に触れていた手が顎からもう一度頬に緩く触れられる。指先だけの触れ合い。それだけでまた桃太郎の奥が熱くなる。けれども胸の鼓動が早くなってもそれは昔に感じた恋心のそれとは違った。血流が巡るもっと直接的な体の反応。まるで動物のようだと桃太郎は思う。
彼は小さく息を吐くとその熱を少しでも逃がそうとした。今は、きちんと話をしたい。
「考えました、考えたんですけど、分からないんです。白澤様に触れられると、体の奥が熱くなるんです。触れて欲しいんです。
でも、女性を口説くのを見ても嫌な気持ちにはならないんです。普通、そんな思いを抱えるなら男女の恋愛の一つみたいに俺は白澤様を想ってしまったとか、そんな事を考えたけど、嫉妬すら起きない。なのに熱だけは起こる。体だけが、おかしくなったのかと、思って」
「それは頭の中を整理できていないんじゃないかな。そのまま、うやむやで君の望みを叶えたら本当に分からなくなるよ」
白澤は真剣に、桃太郎にそう伝える。
こんな状態なのに白澤は真剣に、茶化すことも気持ち悪がることもなく、向き合ってくれている。
その白澤を見て桃太郎は腹が決まった。自分の気持ちよりもなによりも。俺はこの人にもう迷惑を掛けたくない。
「それでも良いんです」
桃太郎はまっすぐに答えた。迷いはなかった。
「後悔しない?」
「しません」
桃太郎の言葉に白澤は息を吐いた。しばし、部屋に沈黙が訪れる。
その沈黙を破ったのは白澤だった。白澤は息を吸うと、その真剣な瞳で桃太郎を見つめる。桃太郎は背を伸ばした。
「僕は君に触れよう、時間を掛けて。――だけど抱かない。絶対にだ」
桃太郎の瞳が開かれる。冷たくも聞こえたその声に桃太郎の頭から汗が流れる。
しかし次の瞬間、白澤は薄く微笑んだ。頬を撫ぜていた手が離れ、その手は桃太郎の頭を撫でる。その変化と行動に桃太郎は付いていけずに目を白黒させた。
「僕は触れるよ、君に。だから、その間。君は自分の心と向き合ってみようよ。
なあに、時間は沢山ある。焦らなくても僕も君もここにいる。僕は君を追い出したりしないし、逃げたりもしない」
白澤の言葉に桃太郎は何度も瞬きをする。
ね?と白澤はいつもの表情で笑いかけてきた。それはいつも見る白澤の表情で。普通の会話の延長上のようで。
その言葉が、表情が、行動が。
桃太郎の中で粉々に砕けたものが、それだけで。自分の中で少しずつ形を作って戻っていく。
いや一度割れたものが同じように復活はしない。元に戻ることは無い。
しかしそれでも、確かに白澤の手で形を成していく。
桃太郎はただ頷いた。それに白澤は満足そうに頷き返す。
――こんな状態の男が、俺が、アンタの側にそれでも居て良いんだと思っていいですか。
喉まで出てきたその言葉は、口から出てくることはなく。
かろうじて繋ぎとめられた心のまま、微かに縋るように。白澤の手の温度を感じて桃太郎はもう一度頷いた。
陽の落ちた窓の外からは光は入って来ない。弱めの灯りだけが二人を照らしている。
白澤はベッドに腰掛け、桃太郎はその前で直立している。
そこは白澤の部屋だった。
話すのは白澤の部屋でも良いだろうか、と声を掛けたのは桃太郎だった。
普段の生活がそこかしこにある店内の中ではどうも話しにくく、ほぼ足を踏み入れたことのない白澤の部屋でなら、と考えていた。
しかし、実際に足を踏み入れた事のない白澤の部屋で向かい合った時から、一瞬に桃太郎の頭の中は考えていた言葉が飛散してしまった。
もしかしたら店内の台所で、ご飯を食べるかのようにテーブルを囲んだ方が良かったのかと今更ながらに浮かんだ言葉に桃太郎は頭を振る。それはたぶん逃げの考えなのだと桃太郎は下唇を噛んだ。
「大丈夫?」
その静寂を破ったのは静かな白澤の声だった。
ハッと顔を上げた桃太郎は、自分を見上げている白澤と瞳が合って言葉の代わりに息を飲み込んだ。唾を飲み込み、緊張しているのが渇いた喉を通る水気に嫌という程気が付かされる。
「――えっと、あの、」
桃太郎はそこまで口にしたがその後が続かない。
口にした瞬間に今まで築いてきた色々なものが崩れる、そう分かっていたはずなのにいざその状況なのだと思うと言葉が消えてしまう。
もう一度、白澤を見る。
白澤は素の表情で桃太郎を見ていた。何気ない時に浮かぶどこか捉えどころの無い表情。どんな感情で見上げているのか桃太郎には分からなかったが、促すこともなく自分の言葉を待ってくれていることだけは分かった。
見守って居てくれるのだ、待ってくれるのだこの人は。そんな人に隠し事をしたくない、ちゃんと向き合いたいと思ったのはどこのどいつだ!
桃太郎は改めてそう自分に言えば、真っ直ぐに改めて白澤を見た。
「……あの。俺が、これから話すことは、たぶん。白澤様にとって楽しい話じゃありません」
ゆっくりと言葉を紡ぐ。白澤は桃太郎の言葉を最後まで聞くと、一度、縦に頷いた。続きを促すようにその瞳が桃太郎を真っ直ぐに捉える。
「俺が、最近調子が悪いように見えてしまっていた原因。それをまずは、聞いてもらおうと思ってます」
白澤は相変わらずじっと桃太郎を見つめ、また一度頷いた。言葉を挟む気は無く、ただ言葉を待ってくれているように思えた。
「ここ最近の話です。今までは何とも無かったし、そんなことを思うことも無かった。だけど、突然意識してしまってから、色々とおかしくなって。……おかしいんですよ、本当に」
そこで桃太郎の言葉が止まった。視線は白澤の深い黒の瞳から下に下がり。膝の上で緩く組まれている筋張った白澤の手へと落ちた。
「……俺、白澤様の手だけを、意識してしまうようになったんです」
「……手、だけを?」
桃太郎から出てきた言葉に、白澤の微かに不思議そうな色が混じった声が被さる。桃太郎はじっと手を見つめたまま頷いた。
冷や汗が背筋を流れた。
「――白澤様の手に触れられた瞬間、一気に熱が上がるんです」
曖昧な言葉は最後に尻すぼみになっていく。少し震える手を強く桃太郎は握りしめる。
「体だけ、が。反応してしまうんです。触れられた、それだけで。……体だけが、興奮状態になってるんです」
ようやく言えた、と、言ってしまった、と反対の言葉が頭の中に浮かんでぶつかって消える。
桃太郎は視線をゆっくりと上げた。白澤は自分のベッドに座ったまま、目を逸らすことなく桃太郎をまだ見ていた。やはり桃太郎には白澤の感情は表情から読み取れなかった。
「なんでか全く分からないんです。例えば綺麗な女性に触れられてドキドキしてしまうのとは、違くて。考えたんですけど、理由が見つからない。だけど俺は白澤様の手に触れられるのが、今、ダメみたいなんです。熱くなってしまうんです、昂ぶってしまうんです」
白澤は桃太郎の言葉を聞き終えると少し視線を外し、白澤の手に視線の先を落とした。
「僕にそれを話してくれた、ということは。桃タロー君はこれからどうしたいのかな」
白澤の顔が上がると、先程よりも何かの感情が浮かんだ瞳が桃太郎を捉える。白澤が口を閉じるとテレビも消えた店内は何の音もしない。
その空間の中で、桃太郎は白澤の反応に心の中で動揺していた。もっと何かの反応が返ってくると思っていた。それなのに、白澤は特に言及することもなくまた桃太郎にどうしたいのか聞いてくる。嫌な気持ちなどに、なっていないのだろうか。目の前の白澤の表情は桃太郎には全く分からず微かに焦りを覚える。
白澤の瞳の色は深く、時折光が当たると濃い緑の色がちらりと光る。そんな風にじっくりと白澤の瞳を見ることの無かった桃太郎は吸い込まれるようにその瞳を見てしまう。底の見えない水の底を覗いているような気分にさえなってきた。
「桃タロー君」
「――あ、えっと、あの」
名前を呼ばれ、その水の底から浮かんだような気分になった桃太郎は慌ててそれだけ口にし。
慌てて頭の中に浮かぶ言葉を必死に掴む。
白澤に言わなければと思ったのは隠し事をしたくなかったからだ。だからここまではきちんと伝えられた、と思う。どうしたい、のは、最終的にはそれでも出来ればまだ弟子として教えを請いたい、ということで。だけども、こんな状態で、しかも理由がわからないからと逃げていても解決策が自分では見出せなかった、だから白澤に、白澤の手に――そこまで考え、桃太郎の視線は白澤の手に落ちる。何度もなんども見てはずっと避けてきたその手。わからないなら、どうして良いのか考えても分からないなら、俺は――
「抱いてくれませんか」
静かな部屋に響いた声。
桃太郎は一瞬、その声が誰かの声のように思え。直後、その言葉が自分の口から出てきたのだと理解した瞬間、一気に血の気が下がっていくのが分かった。冷や汗が吹き出てその気持ち悪さに更に体温が下がっていく。
「あ、いや、違くて、その」
視線を地面に縫い付け、必死に言葉を紡ごうとするが、血の気の下がった頭の中で自分の口から出てきた言葉が留まる。
違う、そんなことを言いたかったのでは、そこまで考えてそれじゃあ何を言おうとしていたのか、と考えれば白澤に触れて欲しいと思っていた。
――触れて欲しいと、思った。
どう触れて欲しいのか、と。そう思った時、触れるだけでも体温が、体が反応してしまうが、恋心など持っていないのであれば。
これがそんな綺麗なものではないのだと、知る為に。理解する為に。
いっそ、触れるよりももっと直接的な方法で、交われば。荒治療だが、もしかしたら。
そこまで浮かんだ自分の言葉。
自分の言葉なのにそれは客観的に己に届き。
やがて、それを自分はずっと望んでいたのかと理解した。
何かが頭の中で割れる。
桃太郎にとってその一言は絶対に言ってはならない最後の砦だった。
理解した瞬間、足元で次々と砕けた音がして奈落へと落ちていくような気がした。
白澤の足先と己の手しかもう視界に入らない。
もう全て砕けて散らばったものは元に戻らないほどにただ、広がるだけだった。
衣摺れの音が目の前から聞こえ、桃太郎は我に返った。しかし、顔は上げられなかった。
白澤がベッドから立ち上がり、ゆっくりと床に腰を付ける。桃太郎の視界に白澤の口元までが入る。それより上を、白澤の表情を桃太郎は見ることができない。
白澤の口元には、いつもの薄い笑みは浮かんでいなかった。
「抱いて欲しいの。僕に」
静かな声が耳に届く。
桃太郎の言葉に白澤は他に何も言う気はないように思えた。
頭の奥で自分の望みを理解してしまった今、嘘をつきたくないとこの状況を望んだ自分が今更嘘を重ねることは出来ず。
桃太郎はゆっくりと頷いた。
「はい」
言葉を外に出した瞬間、割れた何かが喉奥に刺さったように思えた。ズキズキと鈍い痛みが襲う。
「意味、分かってるよね」
白澤の声は静かで抑揚がない。桃太郎にはその感情を全く読み取れない。いや、読み取る余裕はない。
桃太郎はもう一度頷いた。冷や汗が床へと落ち、小さな染みを作った。
「分かってます。白澤様の手で、俺に触れて欲しいんです。俺の体に触れて欲しいんです。抱いて、欲しいんです。
――そして、俺の感情と体は別物なんだって、今だけで、きっとそうしてもらったら俺はいつも通りになって、それで弟子としてちゃんとしたい。だって、俺は今までその状態になると一人でしてしまって、それで――」
言葉の途中で白い白澤の手が伸びたと思えば、その手がゆっくりと桃太郎の頬に触れた。瞬間、桃太郎の体が痺れるように震え、それに桃太郎の表情が変わる。
体の奥底から湧き上がるような。それが腹の奥を熱くする。
ああ、触れてくれた。その想いと同時に
絶望が体を満たす。
なあ俺は明日からどんな顔すりゃ良いんだよ。
そのまま、白澤の手が顎に掛かり、緩くその手が上げられる。桃太郎はその手の意味を考え、やがて。落ちていた視線を上げた。
白澤の瞳は、真剣な瞳になっていた。
「桃タロー君は、僕にどうして触れて欲しいのか考えたかい? 君が真剣に頼むなら僕は応えるよ。でもね、君の心が分からない」
白澤の言葉と共に、桃太郎の頬に触れていた手が顎からもう一度頬に緩く触れられる。指先だけの触れ合い。それだけでまた桃太郎の奥が熱くなる。けれども胸の鼓動が早くなってもそれは昔に感じた恋心のそれとは違った。血流が巡るもっと直接的な体の反応。まるで動物のようだと桃太郎は思う。
彼は小さく息を吐くとその熱を少しでも逃がそうとした。今は、きちんと話をしたい。
「考えました、考えたんですけど、分からないんです。白澤様に触れられると、体の奥が熱くなるんです。触れて欲しいんです。
でも、女性を口説くのを見ても嫌な気持ちにはならないんです。普通、そんな思いを抱えるなら男女の恋愛の一つみたいに俺は白澤様を想ってしまったとか、そんな事を考えたけど、嫉妬すら起きない。なのに熱だけは起こる。体だけが、おかしくなったのかと、思って」
「それは頭の中を整理できていないんじゃないかな。そのまま、うやむやで君の望みを叶えたら本当に分からなくなるよ」
白澤は真剣に、桃太郎にそう伝える。
こんな状態なのに白澤は真剣に、茶化すことも気持ち悪がることもなく、向き合ってくれている。
その白澤を見て桃太郎は腹が決まった。自分の気持ちよりもなによりも。俺はこの人にもう迷惑を掛けたくない。
「それでも良いんです」
桃太郎はまっすぐに答えた。迷いはなかった。
「後悔しない?」
「しません」
桃太郎の言葉に白澤は息を吐いた。しばし、部屋に沈黙が訪れる。
その沈黙を破ったのは白澤だった。白澤は息を吸うと、その真剣な瞳で桃太郎を見つめる。桃太郎は背を伸ばした。
「僕は君に触れよう、時間を掛けて。――だけど抱かない。絶対にだ」
桃太郎の瞳が開かれる。冷たくも聞こえたその声に桃太郎の頭から汗が流れる。
しかし次の瞬間、白澤は薄く微笑んだ。頬を撫ぜていた手が離れ、その手は桃太郎の頭を撫でる。その変化と行動に桃太郎は付いていけずに目を白黒させた。
「僕は触れるよ、君に。だから、その間。君は自分の心と向き合ってみようよ。
なあに、時間は沢山ある。焦らなくても僕も君もここにいる。僕は君を追い出したりしないし、逃げたりもしない」
白澤の言葉に桃太郎は何度も瞬きをする。
ね?と白澤はいつもの表情で笑いかけてきた。それはいつも見る白澤の表情で。普通の会話の延長上のようで。
その言葉が、表情が、行動が。
桃太郎の中で粉々に砕けたものが、それだけで。自分の中で少しずつ形を作って戻っていく。
いや一度割れたものが同じように復活はしない。元に戻ることは無い。
しかしそれでも、確かに白澤の手で形を成していく。
桃太郎はただ頷いた。それに白澤は満足そうに頷き返す。
――こんな状態の男が、俺が、アンタの側にそれでも居て良いんだと思っていいですか。
喉まで出てきたその言葉は、口から出てくることはなく。
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