カナリヤ 15
ケンカ仲直り編(アギトさん局出向編)1/2です⸜(* ॑꒳ ॑* )⸝ 主題は「仲直り」なのでケンカしてるところは全すっ飛ばししてますが、この後ちゃんと仲直りするので許してください(支離滅裂な思考、判断) 今回でよーやくワースくんと全局長を絡ませられました⸜(* ॑꒳ ॑* )⸝ これを実現する為にかなりドラゴン周りのことはいつも通りばっちり捏造しています。私の言ってることを真に受けないで下さい。あと、種族の整理上、漢字で書いた方が通りが良いのでその表記で大量に出てくるのですが、別に漢字テストしたい訳じゃないので常用じゃない読み方で読まないで下さい。勘。勘で読んで。どれ属性の竜か伝われば良いので(><)
◆◇◆◇◆
あめあめ
ふれふれ
母さんが
「あーもう、くっそ!オーターのばか!」
「あっ、」
止める間もなくワースが部屋を出てドスドスと音を立てながら階段を登る。その音に、「あちゃー、」とばかりに彼の禁書は頭を抱えた。呆然と立ち竦むオーターに、「あー、うん、大丈夫、だいじょうぶだから、」と救いになるかならないか分からない言葉を連ねて、ぴょんと彼もワースを追って出ていってしまう。
「…………」
行き場のないオーターの手は、ぱたりとその場に静かに落ちる。しまったと言う思いと、何がどうして悪かったのかと混乱する思いと。焦る気持ちとは裏腹に、翌日、ワースは予定通りの出張で、箒でぴゅんと飛んでいってしまった。しょんぼりと肩を落とすオーターを置いて。
***
定例の神覚者会議は予定通りつつがなく終わった。
会議の最中はさすがに気合を入れていたが、終わってしまえばもう知らない、とばかりにオーターはその場に突っ伏す。
「なんだよオーター。ワースがいないからって疲労困憊じゃん」
実は今日の会議、竜の神杖アギト・タイロンは通信魔法で参加していた。というのも、彼は現在出張中である。この案件に、竜との翻訳を期待されてワースが出向していた。アギトが管轄とする水竜が多く棲息する泉がその現場で、暫く泊まりの仕事である。奥地にあるため普通の伝言うさぎでは通話出来ないが、専門の端末は貸与されている。一応、オーターも連絡を取れる状態ではあるが……なんと言っていいのか分からないから連絡出来ていない。
「……疲労というか、すこし、心配しています……ケンカを、したので……」
消え入りそうな声がさして広くもない会議室の中に響いた。頬杖をついてちょっかいをかけていたレナトスが瞳を丸くする。しかしすぐにニカッと笑った。
「良かったじゃん」
「良かった……?」
この絶望的な状況で、コイツは一体何を言い出すのか、とオーターは机に頬を乗せたまま見上げる。他人事だと思って。しかしレナトスの瞳は、思ったよりも優しい色をしていた。
「ちゃんと「兄弟」やってんじゃねーの?」
「きょうだい……」
「おうよ。「砂の神杖様」だなんて他人行儀に呼ばれてるよか、ずっと甘えられてるじゃん」
「…………」
オーターは身を起こして、机の上をじっと見る。甘え、られていたのだろうか。いやそう言われるとそうかも……ワースから、強く意志を示されるなど、これまでにはなかったことだ。特に墓所管理局にワースが出向していた頃は名前を呼んでもらうどころか双方連絡先すら知らなかった時分であるから、それを思うとかなり親しくなったと思う。
「確かに……そうかもしれません……」
「だろ?ここはホラ、年長者の余裕ってヤツでよォ……」
「ただ一点、確かに我々は兄弟でありますが、同時に恋人でもあります」
会議室の中の空気が一瞬、完全に止まった。けれどそれに気が付かないままオーターは続ける。
「恋人同士のケンカでも、甘えられていると思って良いのでしょうか……?」
「……………、………いや、待て待て待て待て、オーターお前……ワースと付き合ってンの?」
キョトンと瞳を丸くさせたオーターが、レナトスの問いにこくりと頷く。あれそういえば言ってなかったか。というか、こんなこと報告するものでもなかろう。ごく個人的な出来事なのだし。そう思いつつ首を傾げれば、レナトスは絶句していた。2人の間に流れる種類の異なる困惑を切り裂くように、拍手の音が2回響き渡る。音の主は、カルドであった。
「すみません、会議終わりましたが、緊急です!ちょっと皆さん再度席に着いてください」
言うが早いか、カルドと立って打ち合わせしていたソフィナが素早く席に戻る。そして頭痛を堪えるように額に手をやった。
「待って下さい、オーター貴方、ワースくんと付き合っていたんですか?」
「ええ、まあ、はい」
「それで、いま、ケンカ中と?」
「……私が彼を怒らせてしまって」
「あぁもう!言ってくれれば魔法生物管理局になんかワースくん貸さなかったのに!」
珍しく取り乱したソフィナがダァンと机を叩く。オーターは目を見張った。なるほど、恋人であると、そんな特権が。出向取り止めとか出来たのか。きっと任せる案件自体はきっちり考え尽くしているだろうソフィナの中に、ワースを貸し出さない選択肢があったこと自体に面食らっていると、カルドが面白そうにこちらを見ている。ライオはいつも以上にキラキラと星を纏いながら胸に手を当てた。
「あのオーターが、恋……!良いじゃないか、オレもワイフとの出会いを思い出すなぁ……」
「ライオの話はいま興味ないんだけど」
「ツララ、いつも以上に冷たいな……」
いつもの長袖をテーブルの上に乗せて、気持ち前のめりになったツララの瞳が妙にキラキラとしている。彼女が興奮しているからか、周囲に冷気が撒き散らされて、シンプルに寒い。
「それでそれで?どう言うこと?政略結婚?なのにまだ籍入れてないで付き合ってるってことはガチで恋心がある系のやつ?告白はどっちからしたの?常に禁書くんがワースくんのそばに居るけどその辺はちゃんと恋人としての時間取れてる?アッ、待ってちなみに子供を作る予定とかはどう考えているのかなっ!?」
「ツララ、質問が多いです」
「とかいってソフィナも気になってるくせにー」
によによと水を向けられたソフィナは、「えぇ、まぁ、でも、」と煮え切らない返事をした。顔にハッキリ「気まずい」と書いてある。彼女自身には好奇心こそあれ、そこまで根掘り葉掘り聞くつもりはないのだろう。ただひとり、困惑した様子でレインが腕組みをして首を傾げる。
「……実の兄弟なのに結婚なんか出来んのか」
「おっと!そうだよねレインはあんまりこの辺ピンと来ないか。一応貴族間だときょうだい結婚て割とあって、例えばワースくんだと貴重な禁書とその使い手を逃さない為にって事で貴族あるあるだから別に気にされないかな。レインだとフィンくんと結婚しちゃっても「あのセコンズなら仕方ないかー」ってみんなが思う感じ。力のある治癒魔法使いは貴重だからね。勿論、成年後の庇護目的である場合、恋人が出来たら円満離婚するとか籍は兄弟婚のまま恋人を養子にしちゃうとかあり得るかな。実際の運用としては子供をどうするか、っていうのがふうふ間の大きな問題になるけど、そこは養子、どちらかの婚外子、政務をしない方に産ませるってパターンがあって、どの程度契約婚的な意味合いがあるかによるね!ちなみに男性妊娠する場合は我々研究管理局が開発したお薬を使います!」
興奮気味のツララのマシンガントークである。レインは珍しく、ほぉ、と感心しながら聞いている。ツララが男性妊娠のメカニズムを空中に氷で描き出し、さらに室内の温度が下がる。まったく、と呟きながらカルドが灯りとは別に炎を呼び出した。黒々とした炎が空気を舐めるように踊る。若干危険な暖の取り方である。しかし術者のカルドはどこ吹く風と指を組み直し、オーターへ向き直る。非常に、真剣な顔で。その細い瞳にオーターも思わず緊張する。さすがにワースの立ち位置はなかなか特殊であるし、それと神覚者の一角が交際関係にあるのは望ましくないのかもしれない。周囲からとやかく言われた程度でどうにかしようという意思は全くないが、緊張で生唾を飲み込む。そんなオーターを食えない顔で見つめたまま、カルドは重々しく口を開いた。
「それでその……どこまで進んでます?」
……全然下世話な問いであった。
「アッ!その顔もしかしなくても「下世話な質問するなぁ」と思っているでしょう!違いますよキチンと人材管理局として危険極まりない禁書の持ち主としてのワースくんの精神安定についてですね……」
「カルド?」
「すみません嘘です物凄く聞きたいですオーターのピュアピュアな恋バナ」
ソフィナに凄まれると速攻で折れるカルドにオーターは少々呆気に取られた。なんだこいつ。鼻白むオーターに、ソフィナが咳払いをして誤魔化す。ひとり何か思案していたレナトスは思い出したのかポンと手を叩く。
「いやでもマジでオーターのカノジョって、あの百貨店の受付嬢ぶり?」
「……全く覚えないですが」
「えっ、可愛かったよな?」
「……レナトス、彼女はオーターの恋人ではなくてオーターのストーカーだよ」
カルドが頭を抱えながらそう呟く。レナトスと共にえっ、とオーターも目を丸くする。
「ストーカーだったのかよあの子」
「ストーカーされてたんですか、私」
「あー、あったなぁそんなこと。……ま、オーターも男前だからな」
「オーターにハマるひとってだいたいガチ恋だからねぇ」
うんうんと皆が頷いている間、知の神杖ソフィナ・ブリビアだけが頭を抱えている。
「……もしかして、ワースくんもガチ恋なんです?あっ、待って下さいそう言われると私も背中押してしまったような気がしてきました……え、本当に?私のせいですか?」
「……まぁ、一緒に暮らせるようになったのは貴方のお陰ですね」
「だっ、大丈夫ですか?これワースくんちゃんと合意してますか?」
「一応、……ちゃんと、彼からは了承を得ていますので……」
やや胡乱げな瞳のソフィナに、オーターの背筋も伸びる。正真正銘の血の繋がりがある兄弟は自分の筈なのに。彼女は禁書使いとしての師匠でワースの上司あるから多少は仕方ないと思うものの、なんだか釈然とはしない。こちらの緊張に気が付いていない筈はないのに、「それでそれで?」と楽しげにカルドが身を乗り出して来る。
「いつから付き合っているのかな?」
「そうですね……ワースがマーガレット・マカロンに師事するようになってから、でしょうか」
「……待って下さい彼きっかけなんですか?私のせいで付き合ったと言われてもなんだか変な心地がしますが、それはそれで妙に腹が立ちますね?」
「あ、いや切っ掛けはワースが私の局に出向に来た巨人族の事件のことでして……」
「ほう!」
カルドが、ソフィナが、ライオが、代わる代わるけしかけて来て、結局オーターはどちらかに何かあった時に資産を残せるようにと、結婚を打診した話をした。その言葉に対する神覚者の反応は各々であった。1番素直だったのは恐らくレナトスであろう。
「重ッ」
うげ、と舌を出して唸る。
まぁ、そう思うだろうとは納得する。しかしレインが小首を傾げた。
「そうですか?この件ばかりはオーターさんが正しいと思いますが」
「うるせぇブラコン共」
「まーまー、問題なのはホラ、オーターに恋愛感情があるかないかじゃないの?」
にひ、と笑うツララに問われ、なんだか急に気恥ずかしさが湧き上がって来る。視線を逸らしたオーターを囃し立てるように歓声を上げたのはカルドだった。
「盛り上がって来ました!……え、すごい、すごい楽しい。僕こういう話大好きなので!」
「……そんなこと言っても誰もカルドに恋愛相談なんかしませんよ」
「そんな悲しいこと言わないでくださいよ……僕のところに回ってくる恋バナなんて、大体職場内ダブル不倫で人事案件なんですから……」
「あー……、それはさすがにカルド可哀想かも」
「なんだ、オレ様とワイフの運命的な出会いならいくらでも語るけどな?」
「……ライオの話はもう耳タコなので本当に間に合っているから辞めて下さい、僕が悪かった」
「ツララといいカルドといい、オレの扱い軽くないか?」
がっくりとライオが机に臥せる。オーターとしては別にライオの話を聞いたって良いのだが、真剣な顔で顎に手をやるソフィナからは、何かのアドバイスが出て来そうだから、それが終わってからにして欲しい。すっと手を挙げたソフィナは真っ直ぐにカルドを見ている。
「ちなみに、オーターをワースくんが関わる案件の支援をさせるというのはダメですか?」
「無理ではないですけれど、いま魔法魔力管理局の状況から鑑みて、喫緊の事情がない限りは難しいですねぇ。私情としては分かりますが、オーターもワースくんも単体で動ける重要人材なので」
「…………」
カルドのその答えは、殆ど「不可能」と言っているようなものだ。実際オーターとしても、仕事をほっぽり出して恋人の元に行くなど流石に公私混同が激し過ぎるだろう。再度、ソフィナは唸る。
「……ちなみにケンカの件、リトルデビルくんはなんて?」
「…………、大丈夫だから、と」
再びソフィナは顎に手をやって沈黙した。レナトスが眉を顰める。
「ンだよ、結局はただのケンカだろ?」
「ええ、勿論。ただのケンカ、で済めば良いのですが……」
「ア?」
ソフィナは何かを考え込むように静かに瞳を閉じて、ゆっくりと開く。その表情は魔法禁書管理局の知の神杖ソフィナ・ブリビアであった。他人の色恋沙汰に楽しげに関心を持っていた顔ではない。
「ワースくんはかなり例外的に精神が安定していますが、普通、禁書に取り憑かれている術者は精神的に不安定なものなんです。共通して皆、我慢強く真面目ですし」
「ケンカをきっかけに不安定になるかも、と?」
カルドの問いに、ソフィナは「可能性は、」とゆっくり頷く。オーターは眼鏡の位置を直しながら考える。確かに、そう言われると心配にはなるが。
「大丈夫でしょう」
「ばか」と、珍しく子供っぽい語彙でこちらを罵って来たワースの顔を思い出して、オーターはふっと笑う。2人の間には共有する子供時代の思い出はない。ああした言葉で罵られることも、言った後に「しまった!」とバツが悪そうな表情を見ることも。さっと身を翻して逃げて行ってしまった姿には切ない想いがしたが、一時期の嫌われっぷりを思えば大したことはないし、怒った姿も、即座に後悔した姿も可愛らしい。禁書は「大丈夫だ」と言った。悪いが、オーターも同意見だ。オーターにとっての神覚者たちがそうであるように、きっと禁書はワースにとって有益な相談相手となっているだろう。
「……あ、でもアギトからの支援要請が来たら私に最優先で回して貰えますか。私、あの子の頼れる彼氏でいたいので」
みな一様にオーターへ視線を送る。
ただ1人ツララが小首を傾げた。
「オーターって、今までワースくんの頼れる彼氏だったこと、あったっけ?」
「うっ……」
その失礼でありながらなかなか芯を食った発言は、がっつりオーターの心臓を抉ったことは、今更指摘するまでもない。
◆◇◆◇◆
苦しい
くるしい
たすけて
◆◇◆◇◆
高速で流れていく風景を見ながら、ワースは頬杖をついた。膝の上に乗ったリトルデビルはそんなワースを呆れたように笑う。むくれたフリをしたままのワースを笑っているのだ。耐えきれなくなってぐしゃぐしゃと頭をかき混ぜる。
「あーくそ、なんだよ」
「連絡してみたら?」
「…………」
誰に、を言われずとも、魔導書が誰を指しているのか分かる。分かるからこそ悔しい。
今回は魔法動物管理局からの依頼だ。分かりやすく、魔法生物との通訳をして欲しい、との。少し特殊なのは、誰かが所有、或いはどこかの団体に属する魔法生物ではないということだ。魔法局からは高速鉄道や汽車を乗り継いで半日以上の距離にある水竜保護生息地の更に奥にある泉。竜の神杖アギト・タイロンの調査によればこの地域の水竜を治める王とも主とも呼べるドラゴン。ここ最近頻発している水竜保護生息地での異変を水竜の「王」に聞き取り調査をして確認をする、というのが今回の任務である。ドラゴンは危険生物甲種に当たる。ほぼ学園側で飼い慣らして授業でも度々登場する半野良ドラゴンの取扱いは、学生時代に散々やっているから、そうした意味でワースには比較的引き受けやすい事案だった。
しかしアギトは使い魔の竜、通称「カバたん」を通じて竜種とはほぼコミュニケーションが取れるはずだ。今回の出向は、ワースの禁書研究の為に魔法動物管理局が協力に応じてくれたに過ぎない。既に現地入りしている魔法動物管理局の局員と落ち合い、水竜とその保護生息地の調査を進めること。これが今回のワースの仕事である。
ワースはいま乗っている汽車が通る断崖絶壁の道と同じくらい深く眉間に皺を寄せた。連絡、するべき筋なのはワースだとは分かっている。今回のケンカは100ワースが悪い。……あ、いや、どうだろう?オーターも10くらいは悪くないか?まぁ、ワースの方が悪いのは明白だけれども、全て悪いという訳ではなくないか?
オーターとワースのケンカは、数時間前に遡る。……いや、原因の所在をつついて良いのであれば、数週間前に遡らせて欲しい。つい先日ワースが魔法警備隊へ出向した折、2人して夜勤残業の翌日に有給休暇を取ったのだ。事件自体はワースの中で若干の予想外はあったものの、求められた働きは十分したし、初めて手を繋いで夜のデートとなると、なかなかにドキドキした。照明が絞られた雰囲気のあるカフェで宝石のようにキラキラとしたパフェを食べて、そぞろ歩きで家に戻る。もうその時点でワースの緊張は最高潮であった。なんせ、次の日は休みである。付き合い始めてから、なんだかもう色々とすっ飛ばして枯れた夫婦みたいな雰囲気であったが、この夜はきっと何かあるだろうと、ワースは期待していた。そう、期待だ。何かこう、関係性に一石を投じるような、より親密さを感じられるような何かがあると思っていた。……が、現実のところはそんなイベントは一切なく、いつも通り交代で風呂に入り、またいつも通りにそれぞれの寝室の前で別れた。ここで可愛らしく誘惑できる自分だったらどれほど良いか。オーターの「今日は夜更かししてしまいましたね。疲れをとって下さい」と差し出されたアイマスクを素直に受け取ってしまった。違うんだ……!いや気遣いはめちゃくちゃ嬉しいんだけど今日は別に寝不足になってもいいと思っていたんだ……!まるで自分がとんでもなく俗っぽい願望を持っていたような気がして、すごすごと部屋に戻ったワースはそれ程までに責められる謂れはないと思う。ぜったいに。
あくる日、フツーに家でまったり過ごしてしまった。……いや、良いんだ。確かに果物の買い出しに行って自家製フルーツポンチを作るのはめちゃくちゃ楽しかった。でも「禁書も呼ばなくて良いのですか?」と言われ、空気を読むが故に妙に落ち着かなげなリトルデビルを間に挟み、みんなでお菓子作りに励むのは、特別でも何でもないただの休日なんだ……!いつも通り過ぎて「おうちデート」という感でもない。なんだったんだあの有給休暇は。いいけど……楽しかったけど……、もうちょっと、なんか、さぁ……!
悶々と溜まりに溜まった不満が爆発してしまったのが出向日の数日前である。分かってる。オーターはオーターなりにワースを大事にしてくれている。でもそれは恋人の距離感ではなくないか……!?
ワースは、ひと言でいえば拗ねていた。
自分の欲求をストレートに伝えれば呆れられそうである。けれどオーターもワースのもやもやとした感情を察してくれるひとでもない。なんて言って良いものか。変に怒ったって、むしろ面倒臭がられるだけではないか。悩みに悩んで、今に至る。
(……オーター、朝飯食ったかな……)
忙しくなると露骨に食事を疎かにするオーターは、広い意味でのやる気がなくなると、同じく生活がだらしなくなる。意外な人間味が同居当初は面白くあったが、今はフツーに心配である。今朝は準備したが、暫くワースは戻らない。……あのひと、パンの買い出しくらいは出来るよな?
「う〜〜〜ん……」
「……やっぱり連絡したら?」
「竜の神杖と合流したら考える……」
ワースは頼りなげな声でそれだけ言った。若干……いやだいぶ、オーターの健康に不安を抱いたせいである。成人男性に思うことではないが。
汽車がゆっくりとスピードを緩める。よく見れば遠く、駅舎らしき建物があった。まぁとはいえ、風雨が凌げる程度の簡単な作りで、車体と高さを合わせる為に少しばかり盛られた土が、停留所を示すばかりだ。ゆるりと車体が止まるのに合わせて、ワースはトランクを荷台から下ろす。
「おおー!」
タンと降り立った車外の空気は、不思議な心地がした。静謐にして濃厚。ワースがいた市街地よりも、余程魔力が溶け込んでいる。
「ようこそいらっしゃいました」
「よろしくお願いします」
保護区域には、内外を隔てるようにして研究施設が建っている。ワースが今回拠点として借りるのは、この研究所である。常勤のドラゴン研究者と、今回のように魔法局から出向した局員あわせて100名程度が泊まれるほどの大規模施設だ。とはいえ通常時はこの1/4も埋まらない。なんせ、水竜保護生息地は比較的安定した区域であるからだ。近くには昔ながらの村落もあり、観光客も行き交う。更に言えば、代々水竜の「王」が棲まう泉はある種の聖地となっており、地元の観光ガイドと共に訪れることが出来る。今では泉まで行きたがる敬虔な信者は少ないが、教科書にも載るような保護区なので、ワースも写真でだけなら見たことがあった。
ドラゴンにもいくつか種類がある。気性が荒い火竜、飛べない地竜、保護区域と呼べるような地域を持たない風竜。大きな分類はこの4種であるが、亜種を含めるとドラゴンは数百の種類に分けられると言う。その中で水竜は比較的穏やかとされている。留まり濁ることを嫌うが、水源に住まうことから大抵は地域の守り神として大切にされている。勿論この水竜保護生息地も同様だ。「水祭り」と称される祭りの時期には今ののどかな田園風景が想像できないほど、観光客でごった返す。ワースを案内する保護地域研究施設職員は、この地元の人間らしく、少し照れくさそうに「何もないところでしょう」と笑った。
「最近この辺りでも産業を興そうとなりまして……いや、いつまでも水竜頼みという訳にもいきませんからね」
「なるほど……」
通りの露天で子供が売る瓶入りのサイダーをリトルデビルに買ってやりながら、ふとワースは首を傾げる。職員の案内でかなり迷いなく道を進んでしまったが、よく見ると幾つか、山へ入る道に立て看板がしてある。
「ああ、最近の長雨で土砂崩れが起きまして。幾つか通行止めなんです。なにぶん重機もろくに入れない地域なので、復旧が遅れて遅れて」
「物資の運搬は大丈夫なんですか?」
「今はもう、陸路より空路がメインでして。どちらかといえば子供たちがガラスの材料を拾って小遣い稼ぎをしているのですが、それが滞っているくらいです」
職員は笑いながらリトルデビルがくぴくぴと飲むガラス瓶を指差す。精錬所が多数あり、集落近くの山林の土には多くケイ素が含まれているから、比較的簡単にガラスが作れるのだという。水竜が住むお陰か宝石の産出も多い。
(……土が白っぽい)
土砂崩れのせいだろう、露わになった山肌は、赤土と白土が混ざり合っていた。水竜が住む泉があるというのだから、然もありなんと言うところか。
(にしても、)
土砂崩れによる通行止めがなされた場所が、思いの外多い。集落的にも人数が多くなさそうだから、手が回らないのだろう。これが水竜による異変か?
暫く歩いてリトルデビルがサイダーを飲み終わった頃、遠くに見えていた研究施設にようやく辿り着いた。仰々しい看板で「ウォータードラゴン保護区」と書いてある。水竜で良いだろ水竜で、とワースは思ったが、何か強い意志を持って「ウォータードラゴン」と表記していたら非常に面倒くさいことになるので、賢明にも黙っていた。白衣を着た人物に取り囲まれながら、長身で顔に傷がある男がこちらへ向かって来る。げ、とワースは思わず後退りした。
「キミが禁書管理局からの局員ですか」
「竜の神杖……」
静かに頭を下げる竜の神杖アギト・タイロンに、若干引きながらワースも頭を下げた。少し血の匂いがする。竜の神杖は信仰に大変熱心であることで有名で、特に自分に苦役を科す修行をなさっているらしい。……今も何か、ブツブツと唱えていて若干怖い。
大柄なその背中から、ひょいと小さな影が顔を出す。アギトの使い魔カバたんである。
「きゅー!」
胡乱な瞳でアギトを見ていたリトルデビルがぴくりと反応した。トンと背中を押してやれば、一歩前に進み出たリトルデビルが口を開く。そこから漏れ出る旋律は相変わらず美しい。カバたんが何やらきゅうきゅうと応じ、リトルデビルもふにゃりと笑う。
「アギトさん、カバたんに触ってもいーい?」
「もちろん」
肩からカバたんを下ろしてアギトがリトルデビルの頭を撫でる。撫でられたリトルデビルは、にこにことしながらカバたんの頭を撫でていた。なんの連鎖だ。しかし心なしか不穏な雰囲気を持っていたアギトの雰囲気が緩む。
「子供の形の禁書ですか」
「はい。……ええと、泥魔法を使わせてます」
「愛らしい」
「…………」
顔付きが「無」に毛が生えた程度にしか変わらない。どこまで真剣か分からず普通に怖い。いやまぁ、流石に悪意はないのだろうが。
「フフ、フフフフフフ……」
「…………」
いや、本当に大丈夫なのだろうか、このひと。
ワースはきゃっきゃと戯れる1冊と1匹を引き剥がすべきか、真剣に悩んだ。素早い手腕で白衣姿の研究者たちが竜の神杖を回収していなければ、もう5分ほどは悩んでいたかもしれなかった。
(大丈夫かな……)
一抹の不安を抱えながら、ワースの魔法動物管理局出向はめでたく1日目を迎えた。
***
竜の神杖と水竜保護区域の研究者たちが掴んだところ、異変は大きく2つある。
ひとつは、断続的に発生する長雨だ。研究室に至るまでの道のりでいくつか見た通行止めのように、崖崩れを起こすような大雨が各所で起きている。ある程度の魔力と空を翔ける水竜の姿が目撃されていることから、水竜による長雨被害であることは概ね確定している。水竜は、確かにある程度の年月を生きれば雨雲を呼び天候を操る権能を得る。しかしこの保護区域では「王」と称されるドラゴン以外が雨乞いをしている姿は観測されていない。今回問題となっている長雨は、この「王」よりも小さなドラゴンによる雨乞いである。このドラゴンは一体何者であるのか、そもそも自分の縄張りでゲリラ豪雨を起こされているのに「王」はどうしているのか、その辺りは依然として分かっていない。
またひとつは、ドラゴン達が姿を隠していることである。ワースは知るべくもなかったが、実のところこの保護区域では、それこそ行きの汽車の中からでも飛び交うドラゴンの姿を観測できる。村落の空にドラゴン達がいないというのは、それだけで異常事態だ。研究者達が住処である森の奥へと分け入っていくと、ドラゴン達の警告声を浴びせられる。これは音魔法による音波に類似した鳴き声であり、聞かされると気分が悪くなったり悪い時には昏倒することもある。お陰で水竜たちの森では鳥や小動物、虫に至るまで沈黙してしまっている。渡り鳥の季節には竜が守る泉に外部から来た鳥達が羽根を休めに来る。まだ数ヶ月猶予があるが、例年通り渡り鳥が訪れなければ生態系にどのような影響があるかは計り知れない。
「……勿論、ドラゴン達の魂の叫びは素晴らしい。私もその苦諦の中に身を投じたい」
「…………」
ゾクゾクと身を震わせるアギトの方を向かないように、ワースはリトルデビルを抱き締めて耳を塞いだ。悪いひとではない、悪いひとではないんだが……なんか、教育に悪いと思う。とっても。
「けれどそのまま進めば誰1人ついて来られない。なんたる葛藤……!」
「…………」
前言を撤回する。ドMのやべェ上司だった。非戦闘員の研究者達にまで苦諦を強いたらそれはもうパワハラ上司である。やっぱりリトルデビルの教育に悪い。
しかしまぁ、状況は読めた。
ドラゴン達の鳴き声は、魔力が含まれている以上、通常の音魔法と同じであろう。そしてワースは禁書訓練の一環として音魔法使いのマーガレット・マカロンと毎回対峙している。彼の使う音魔法を相殺すべく、音を解析して逆位相をぶつける、なんてのも訓練を重ねていた。複数名の音魔法使いと対峙した経験はないが、マーガレット・マカロンと違ってドラゴンは倒さずとも良い。その点気は楽だ。
「依然として状況はハッキリとしていませんから、私が麓の研究者達を守ります。その間に、ワース・ウォーカーくん、キミはドラゴンたちを掻い潜って「王」のいる泉まで行き、なぜ「王」以外のドラゴンが雨乞いをするのか確認して来ること」
「はい」
「勿論、難しければすぐ戻って来て大丈夫です。その場合は私が……ドラゴンの声を受け止める苦諦を……私が……っ!」
「…………」
絶対に1発で成功させよう、とワースは心に決めた。上司とはいえ本当に、本当に、リトルデビルの教育に悪い。マジで勘弁して欲しい。
ワースの知る限り、水竜は地竜と並んで大人しい種族である。故に昔から、結構簡単に土地の守り神に祀り上げられるし、水竜自体もそれを然程拒むでもなく、人間の好きなようにさせている。この保護区研究施設だって、「お伺い」という名目で泉へ行き、ある程度の了承を得てから集落と森との境に施設を作っていた。ようは、自分の縄張りに人間が増えるのを、かなり寛容に認める筈なのだ。
(それが警告声を浴びせて近づけまいとする?)
この時点でだいぶおかしい。
ドラゴンはそもそも強力だ。勿論気性の荒い者もいるし討伐できるほどの人間もいるが、普通は脆弱な人間など歯牙にも掛けない魔法生物の筈である。それこそ逆鱗に触れなければ、上手く付き合うのは難しくない。……あくまで、イーストン魔法学校にいるドラゴン達を見て来た所感ではあるが。
「リトルデビル、ドラゴンの警告声でもなんて言ってるか聞き取れるか」
「……自信はそんなにないけど、たぶん」
「意味のある言葉さえ話していれば、か」
となれば微妙である。なんせ人間だって叫んでいる時は不明瞭な言葉が多いのだ。例えば「来るな」とか「逃げろ」とか。相手の気が動転していれば会話になりはしない。上擦って聞き取れないこともある。出来れば事情に通じていそうなドラゴンの1匹でも捕まえてやりたいところだが……まぁ、高望みはしない。
とりあえず泉へ向かい「王」と話すのを最優先に、捕まえられるならドラゴンを捕まえて話を聞き、無理そうなら放置して逃げる、この方針でワースは森に入ることになった。大変興奮している竜の神杖を一旦置いて、ワースは研究者達と打ち合わせをする。「王」が起こす雨は常ならば予想が出来るが、現状いつどこでゲリラ豪雨が発生するかは極めて怪しい。そこで使う雨除けの魔法道具の使い方についてレクチャーを受けていよいよ出発する段になって、外に異変を感じた。
「なんだ……?」
ごろごろと、暗く澱んだ雲が局地的に渦巻いている。ワースは眉を顰めた。黒い雲を横切るように白銀の水竜が見えた気がした。しかしより事態を知る研究者は唸る。
「あそこは……泉のある地点です」
「……なんだと?」
瞬間何かの、叫びにならない叫びが、耳をつんざく。その場にいる誰も彼もが空を仰いだ。どこからその叫びが響いているのかは、不思議と分かった。ワースは思わず自分の魔導書を引き寄せる。リトルデビルは珍しく、ワースと体を密着させて、ほっと息を吐いた。ワースが抱きしめて機嫌が良さそうな素振りは珍しくないが、安堵する姿はまず見ない。リトルデビルを緊張させる何かがあると思うと、ワースは眉を顰めた。叫びが終わると真っ先に問いかける。
「……なんて言ってるか、分かったか」
「だいたい……」
リトルデビルはその小さな顔を嫌そうに顰める。そして、ぐるりと研究者達を見渡した。
「戦えないひとは、ここから離れた方がいいよ。ドラゴンが襲って来るかも」
「…………」
リトルデビルが解説するところに寄ると、いまの叫びは「救難要請」だそうだ。攻撃者から守って欲しいと。ワースは眉を顰めた。攻撃?まさかとは思うが、この保護区の人間が?
「……アギトさん、何か心当たりはありますか」
「ない……ですが、悠長に調査をしている場合ではないでしょう」
言いながらきびきびと研究者たちに指示を出す。所謂「敬虔な」姿でなければ、竜の神杖アギト・タイロンはよく出来た上司なのだ。本当に、アレさえなければ。
研究所の立地はまさしく集落と竜の森の中間点にある。それに元々竜に襲撃される予定で建てられていないから、壁でもなんでも、最悪破られる可能性がある。それを思えば、研究者達をデータごと集落に移動させ、そこから竜の神杖が彼らを守りつつ市街地へ逃げた方が良い。
「俺たちは予定通り、泉を目指します」
「分かりました。絶対に定期連絡を怠らないように」
ワースは準備しておいた装備を引っ掴んだ。たっとワースの胸へ飛び込んできたリトルデビルが書籍の形になってハーネスの中に収まる。研究所を出た瞬間、ワースの頬に雨粒がひとつぶつかった。
それはまるで、竜がこぼした涙のようであった。
◆◇◆◇◆
どうして。
私は濁った水を掻き分ける。
どうして。どうして。
ちっとも見えないその先に、手を伸ばす。
ごぽりと溢れた空気は、再び吸い込むことはない。
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