カナリヤ 18
アベル様&アビスくん編2/2です⸜(* ॑꒳ ॑* )⸝ 結構直前までオーターさんに「息子さんを僕に下さい……(悔しさのあまり歯軋り)」とかやらせようかなとは思っていたんですが、オーターさんが思い描いたのと同じ理由で却下しました。 超今更ですが、今回も元気に嘘を重ねておりますのでご了承下さい。原作に私が言ってる嘘を連想させる描写はないです(_・ω・)_バァン あとこれ、元々の予定的に最後にR指定部分つけておしまい⸜(* ॑꒳ ॑* )⸝……のつもりだったんですけど、よく考えなくとも全年齢でこれまでの文量読ませて、かつ2/2と銘打ってるのに、未成年はごめんね⸜(* ॑꒳ ॑* )⸝!!高校卒業してから読んでね!!☆〜(ゝ。∂)……ってあまりにも極悪非道が過ぎる、との判断により、R指定部分は引っこ抜いて別立てにしました。 読まなくても特に困らないように組み立ててるので、R指定描写ダメな方と未成年さんはここまでで。
◆◇◆◇◆
私はすうはあと、深呼吸を繰り返す。
なんだかんだとアベル様の客間の前で、なかなかノックも出来ずに身ばかり固くなってしまっている。
「…………」
再び瞳を閉じて、また深呼吸をして、ゆっくりと瞳を開く。
中におられるアベル様も、この分では扉の先にいる私のことなど気が付いていらっしゃるかもしれない。早く心を決めなければと、気ばかり焦る。
それに。
……それに。
いつかのあの日のように、なかなかドアを開くこともできない私の頭を、気の置けない友人が殴ってくるかも知れない。
それより先に、扉を開かなくては。
私はゆっくりと、ノックをした。
◆◇◆◇◆
ワースの魔法道具作りは順調だと聞いている。寧ろ微妙にツララが張り切って、どうにかこうにか早めに開発を切り上げたいらしい。彼女らしくはないが、「ワースくんとデート出来た方が、オーターに恩が売れるでしょ?」とのことだ。神祭り期間内で彼女の心に適う完璧なものを完成させるよりも、アビスの用に耐えるものを作り、祭り終了後にじっくり取り組もうという腹だろう。ついでにオーターがそれに恩義を感じれば今後の研究への支援をも受けられやすい、と。実に分かりやすい。
(まぁ、それはそれでありがたいのですが)
お陰様で、予定より少々早めに手を打つ必要が出来た。
「それで、わざわざ砂の神杖はこんなところまでどんな用向きかな」
執務室に書類を広げたアベルは面倒臭そうに言い放つ。いかにも忙しい中時間を取ったと言いたげな風情だが、アベル・ウォーカーが繰り出すパーティは把握しているし、勿論本日開催のものはない。それらしく積まれた書類も、部外者であるオーターが見ても構わないレベルのもの。つまり本日の彼はさして忙しくはない。……というか、アベル・ウォーカーが領地を離れ神祭りに参加しているのは、領地運営が安定しており、貴族にしては長めの休暇を取れるためであると既に調べはついていた。
ウォーカー家にはそもそも魔法局はじめ、魔法界全体に関わるような権力闘争に参加する意思はない。先代から落ち着いた領地運営をし作物も産業も安定しており、それらを引き継いだアベルも堅実な領地運営を行っている。強いて頭を悩ませるのは本人や禁書使いワースに縁付こうとしてくる貴族くらいのものであるが、政略結婚に頼らねばならぬほど困窮してなければ周囲の領主との関係が悪化している訳でもない。貴族が集まる神祭り期間中にいくつか会うべき貴族がいるのだろうが、それらを含めてもアベルはかなり余裕を持ったスケジュールで動いていた。にも関わらず毎日執務室へ向かうのは何故か。
(それは恐らく、……アビス・レイザーの為)
円満な領地運営を行なっているウォーカー家であるが、1つだけ懸念点があった。それがアビス・レイザーである。……正確にはアビス・レイザーの実家だ。
アベルは現在、アビス本人との間に雇用関係を持って従者としている。ここにレイザー家が嘴を挟んでいるのだ。実際問題、アビスはレイザー家の籍から抜けていないので、その身柄はレイザー家当主のものである。そのレイザー家が数ヶ月前からアビスの返還を求めていた。
流石にオーターの権限でも親書を開いて中身を改める事はできない。ただ、これまでの滞在の様子やウォーカー家の動きからして、さほど平和的なものではないことは想定できた。マッシュ・バーンデッドの活躍で魔力の過多により人物を評価する向きは、見直しが進んでいる。けれど一朝一夕に人間は変われない。人間がひしめき合い構築される社会も。「悪魔の目」とも呼ばれる魔法停止能力の評価も。自身やワースへの縁談はバッサリと切るアベルにしてはらしくなく、レイザー家へは丁寧に応対していた。それは何故か。知れている。アビス・レイザーを心配してのことだろう。実にわかりやすい楔だ。「悪魔の目」が顕現したアビスはしばらく地下牢に入れられて軟禁状態だったという。しかし逆に言えば、それまでは普通の下級貴族の子息として育てられた。レイザー家には彼しか子供はいないから、さぞ大切にされていただろう。その全てが「悪魔の目」でひっくり返った。幼少期に負った心の傷は察して余りある。
(……だからこそ、アベル・ウォーカーは迷っている)
神祭りに連れて来ておいて、貴族が参加するパーティにアビスを連れていないのはその為だ。「悪魔の目」が取り沙汰されるなどイーストン魔法学校時代にもあっただろう。領地では普通にアビスを連れ回していたのだから大きな理由にはならない。寧ろ万一にもアビスと両親を会わせない為と見た方が良い。ただ一方で、アビスの両親が返還要求を平和的に取り下げた場合、アビス本人が会いたいと願えば会えるように手回しをしている。なんとも涙ぐましい。失礼な話、オーターは、その努力は無駄だと思っている。神祭りに入ってから既に複数回アベルはレイザー家と話し合いの場を設け、そこに一度もアビスを伴っていない辺りで察せられよう。連れて行けないのだ。彼に聞かせられない言葉が飛び交うから。信仰心や偏見はそう簡単に拭えるものではない。アビスの両親は「悪魔の目」を持つ子供を取り戻し、彼が死の神に見そめられる日が来るまで地下牢に閉じ込めようと決めて動いている。この局面で心変わりを願うのは、砂漠の中でひと粒の宝石を探すようなものだ。
気持ちは分かる。哀れだとも思う。どれだけ無茶と分かっていても、大事な相手の最も傷付かない道を探してしまう、その不毛さを。
オーターは眼鏡の位置を、そっと直した。
「……貴族管理法第46条の2項、一代爵位の規定を知っていますか」
「優れた魔法功績を持つ者に一代限りの爵位を与える条文だろう。もちろん知っている」
元は戦乱中、功績のあった魔法使いを騎士として召し上げる為の法律であった。本人に一代爵位を付けてしまえばどこかの家に養子に入れる必要がなくなる。財産権が関わる訳ではないから、養子縁組よりずっと簡単に貴族の家が興せる。平民でも、法律上親の庇護下にある子息でも。しかしアベルは顔を顰めた。
「3項で功績に当たらない例外規定がある。禁書と魔眼の保持者は除外されるはずだ」
魔眼も禁書も多くが血族に紐づけられた特殊魔法だ。これらを輩出する家の権益を守るために、保持者だからと言って簡単に独立は認められない。よく勉強している。オーターは頷いた。
「……しかし、魔眼を使って得た功績は認められます」
「……?」
「例えばそう、魔法研究管理局局長さえ注目する特殊魔法道具の被験体として研究協力をした、とか?」
「…………!」
はっきり言って、通常であれば功績として弱過ぎる。本人の能力如何に関わらない被験体で爵位を得ようなど虫が良すぎだ。更に言えば、魔眼は高位貴族が持つ魔法特性であるから大抵は家が邪魔してこの独立は出来ない。しかし今回は別である。レイザー家は然程、位の高い貴族ではないから政治的軋轢は無視できる。加えてワースは魔法道具研究にさして興味を示していない。恐らくデータだけ取って、残りはツララが引き継ぎ論文とするだろう。彼女が当初から注目している時点で、ワースの着眼点はかなり良い線を行っている。どこまで見通していまの魔法道具作りをしているかは定かではないが、彼女なら必ず何かの形にする。ツララは実利の為なら道理を引っ込めるタイプだ。いくらかの研究協力と引き換えに申し入れれば、共同研究者として末席に名前を入れるくらいはする。「悪魔の目」は恐らく重要な研究対象だからこれも嘘にはならない。一代爵位の査定を行うのは魔法魔力管理局と人材管理局だ。ややカルドとの交渉は難易度が上がるが、ツララの研究を信頼して、前倒しに爵位を与えることも、まぁなんとかなる。今回は本人の生命が掛かっていることもあるし、多少強引な認定も前例がない訳ではない。そもそも一代爵位は功績のある魔法使いに爵位を与え貴族と婚姻関係を持つために作られた制度だ。優生思想とはいえ、いまだに強い魔法使いの子供は強い魔法使いが産まれると素朴に信じられている。はっきり言ってオーターとしては、一代爵位を与えた後アベルとアビスが速やかに結婚してしまうとより面倒がなくて良い。多少条文を強引な解釈をしたとて、ウォーカー家が希少な魔法使いに目を付けて娶った、という形式が貴族の論理的には無理がないからだ。これが1番手っ取り早くかつ穏便に今の状況を打破する手である。
アベルは黙り込んでじっとオーターの顔を見ていた。相変わらず彼は無表情になると何を考えているのか掴み難い。彼は行動の方がまったく雄弁である。これだけ手を尽くして保護している旧友だ、レイザー家との膠着状態も良いとは思っていないだろう。
「それで、」
オーターも眼鏡の位置を直しながらアベルの言葉の続きを待つ。
「貴方の望みはなんですか」
「簡単な話です。ワースとの婚姻の許可を得たい」
「…………」
オーターは、まぁ、色々と考えた。
古典的に「息子さんを僕に下さい」とかって言って土下座した方がいいのかな、ともチラリと思った。……ワースが「何やってんのアンタ」と言いながら踏んづけて来そうだったから即座に却下したが。あの古典的なセリフでときめいてくれる状況とは一体どんなものなのか、とも少し悩んだが、まぁ深くは突っ込まない。それくらいらしくない事で頭を使ったという話である。
ワースは現在ウォーカー家の養子だ。レイザー家がアビスの所有権を主張したのと同じく、ワースの身柄はウォーカー家の、ひいてはアベルのものになる。取り分け婚姻ともなれば当主の意向を無視できない。元々ワースの身分を守る為の養子縁組だからアベルにワースの人生まで縛る意思はないかもしれないが、今後何がどう転ぶか分からない。せっかくアビスという弱点ごと領地から出て来てくれたのだから、交渉しない理由がオーターにはなかった。
「一筆書いてくれるなら、アビス・レイザーの一代爵位授与手続きを進めましょう。望むなら神祭りが終わる前にでも、彼をレイザー家から引き剥がすことができる」
「………………」
「そうでないならば、勿論私は一切、手を貸しませんが」
ワースが魔法道具研究をしたがったのは全くの偶然であったし、一代爵位を使わずに貴族の子息を家から剥がす方法は幾つかある。恐らくアベルも検討しただろうが、オーターの申し出を断るならばその全ての受理を魔法魔力管理局局長の権限を以て拒絶するだけである。人材管理局が絡む申請もあるが、基本的にオーターが通さなければそこまで辿り付かない。つまり、いずれにせよアビス・レイザーを想うならばどこかでアベルは妥協しなければならない。今この瞬間であれば、オーターからも妥協を引き出せる。交渉したいなら今しか、アベルには選択の余地はない。
「……なるほど」
アベルは背もたれに身体を預けて深く息を吐き出した。交渉相手を前にしてする態度とは思えないが、それは交渉の終結を意味しているだろう。オーターは自分の申し出が拒絶されるなんか、少しも思ってはいない。合理的に考えれば、これがアベル・ウォーカーが打てる最善手である。
「……貴方が意外と、真剣にワースを想っていることは理解しました」
意外とはなんだ意外とは。
「ワースが望むなら、貴方との婚姻を許可しましょう。……勿論あくまでも、ワースが望むのであれば、ですが」
「その条件で構いません」
アビスは念を押すものの、今更ワースが心変わりするとは思わない。けれどもし心変わりするならば、どんな手を使ってでもこちらへ振り向かせる。それくらいのことを思っていなければ、ここまで種々手を回したりなどしない。アベルは少しばかり眉を顰めた。その表情は、ワースと対峙している時の年相応な青年の顔だった。
「外堀ばかり埋めて本人と碌に向き合わないのはどうかと思いますけど」
「……貴方のところの従者と遊んでいるせいで、ワースが私に構ってくれていないのは寧ろ貴方の監督不行届なのでは」
「…………」
「…………」
なんとなく、2人の間に微妙な緊張感が走った。
しかしまあ気を取り直して、アビス・レイザーの一代爵位手続きの為いくらかの取り決めを交わし、オーターはアベルの執務室を後にした。
神覚者への根回しは済んでいるから、もうあと幾つかの書類を回してしまえば事は片付く。勿論これでワースが暇になる、という事はないけれど。
「…………」
「悪魔の目」制御の魔法道具が完成せずとも、アベルがアビスを護衛として伴わない理由がなくなる。残りの神祭り期間、レイザー家が入れないような格のパーティ予定はいくつかあった。その辺りでワースはアベルの護衛役から解放されるだろう。どこへ行こうか、何をしようか。それを思うだけでオーターの足取りは自然と軽くなった。
◆◇◆◇◆
僕には1人、気の良い友人がいる。
変なところに気を回し、いつだって僕の味方になってくれる、そんな気高く尊大な友人が。
面倒ごとばかり抱え込んで、なんでもない顔をしている辛抱強くて損ばかりする、そんな友人が。
「…………」
彼の兄は、本当に気に食わない。
それなりに長い仲だから、ワースが実家からの圧に苦しんでいた頃を知っている。だから養子にした。彼の今後の人生に必要だと判断したから。そうした人生の岐路に悉く気が付かずにいた男が今更、ワースと付き合いたいというのだから、文句のひとつや、ふたつやみっつやよっつやいつつ、友として言いたくなるのは当然だろう。
けれど、禁書が揶揄う兄を、呆れた顔で叱るワースを見て気が変わった。
今でも尚、僕はキミの兄が気に食わない。本当に。
けれどそれは、キミの意思を尊重しない理由にならない。
不幸になると分かっているなら殴ってでも止めただろう。けれども、そうでないならば。
…………勿論、離婚届の証人欄に名前が必要ならば、いつ申し出てくれても、構わないけれども。
◆◇◆◇◆
神祭り期間は、所謂メイン会場と呼ばれるような演し物や大会が開かれるような広場とは別に、マーチェット通りのような大通りでも簡単な屋台が出る。お陰でいつもよりも道幅が狭くなり、交通整理に魔法警備隊が駆り出されているという訳である。食べ歩きのほか酒類も提供しているので、確かに気が大きくなった者がトラブルを起こすこともあるが、そこはそれ、交通整理で近くにいる魔法警備隊に言えば大体なんとかなる。
学生の頃には誰かがダンスに出るとか剣舞に出るとかでワースはだいたいメイン会場に張り付いていたから、こうして会場周辺をそぞろ歩きするのはなんだか新鮮な気がする。きゃあきゃあとめかし込んだ子供達が駆けていく。腰にはお揃いのサシェが下がっていた。友人同士だろうか、兄弟だろうか。いずれにせよ楽しげだ。
「本当に精巧な魔法なんですねぇ」
ひょいと足元のリトルデビルを覗き込んだアビスが感心したように呟いた。その「悪魔の目」は白い医療用眼帯で隠されている。イカ焼きを齧っていたリトルデビルは長身のアビスを見上げてにっこりと笑った。もちろん身体のどこも、泥に戻ってはいない。
「まぁ、唸るほど魔力を持ってるし……それにコイツは周囲から魔力を集めるのが得意だしな」
リトルデビルの頭に乗せた手を左右に動かすと、小さな頭がワースの動きに従って左右に動く。その様子にアビスは瞳を細める。
「それより、どうだよ魔法陣の様子は」
「……なんだか、すごく……変な感じです」
祭り客でごった返すマーチェット通りに訪れたのはなんてことはない、アビスの気晴らしと魔法陣の試運転だ。アベルは仕事だというので、魔法局近くにあるウォーカー家の屋敷まで送ってやってから2人で繰り出したところである。
眼帯の下には魔法道具に使う予定のものと同じ魔法陣を刻んでいる。今のところアビスの体調には変化は見られない。
「布が目の前にあるはずなのに、全然関係なく目の前が見えているような……」
「眼帯が邪魔な感じはあるか」
「なんとなく透過しているので、視界にあるなぁ、とは思います……」
なるほど、気になりはするか。ワースは心の中にメモを取る。
結局のところ魔眼は、保持者が「見えている」と思えばその瞬間から効力を発揮する。つまり覆われてしまえば何も出来ない。そう、一般に考えられている。だからもし、貴族主催のパーティにアビスが護衛として参加したいのであればその魔眼を隠すしかない。……が、普通に瞳としての機能は魔眼にもあるので、覆ってしまえば死角を増やし護衛としての用を為さない。本末転倒である。
このジレンマを解決する方法はひとつだ。「他人からは魔眼を覆っていると認識させる」ことである。一定の条件下でマジックミラーのように透過する布は幾つかある。けれどそれは状況次第で反転し、こちらが見えなくなるリスクもあった。そのリスクを負うことは当然出来ない。なので答えはもっとシンプルにした。通常の生地を使った上で、アビスの視界のみ透過するようにする。若干犯罪スレスレの魔法であるが、刻むのは布側であるしアビス専用ならば一応法も掻い潜れる。視力の問題もあって少々演算に手間が掛かるが、使用者の条件を絞りに絞った魔法陣は、肉体に合わせて作る眼鏡や補聴器同様、珍しくもなんともない。糸紡ぎ蜘蛛が吐き出したアビスの魔力が籠った糸で描いた魔法陣であることもあって、拒絶反応らしきものもなかった。
「ちょっと出力いじってみても良いか」
「はい」
路地に入ってアビスの眼帯を取らせ、裏に仕込んだ魔法陣の記述を書き換える。その間アビスは帽子をすこし目深に被って周囲を見ないようにしていた。主に、ワースにぴったりと沿うリトルデビルを。そこまで気を遣わずとも、アビスの「悪魔の目」は魔法停止能力を発揮したりしないだろう。まぁ、ワースへの誠意として受け取っておく。
「ん、お待たせ。……これでどうだ?」
「……耳に紐を掛けているから、辛うじて眼帯をしている意識はあるんですが……視界に変化が無さすぎて、ちょっと怖いくらいです」
「じゃ、暫くこれで。慣れるならこっちの方が良い」
護衛である以上、余計な情報に割かれる意識は少ない方が良い。キョロキョロと魔法陣の状態を確かめるように周囲を見るアビスを微笑ましく見ながら、ワースはジュースを口にした。色とりどりの風船や、浮看板がそこら中を彩っている。ふと視界に小さな花屋が見えた。
「あ、あそこ寄って良いか。オーターに土産買いたい」
「え、…………お花、ですか?」
「いやドライフラワー。ポプリにする」
恐らく神々に捧げる用の花束だろう。様々なリボンに纏められた生花には目もくれず、ワースはズカズカと店内に入る。
「生のモノ渡すとアイツ、平気で保存魔法かけて取っておこうとするんだもん。食い物でもなんでも。ポプリなら使えるだろ。……あ、アビスもなんか作るか?」
「えっと……じゃあ、アベル様に……」
「…………?」
少しびっくりしたような、微妙な反応のアビスに首を傾げる。アビスは迷うように顎元に手をやり、しかし観念したように息を吐き出した。
「……いえ、意外とちゃんと、恋人同士をやっているんだな、と」
「おい、どーゆー意味だ」
「…………」
「おい」
アビスの気まずそうな顔から察するに、貴族的な政略結婚の類いと思われていたのだろう。まぁ、完全否定するものでもないが。
幾つか材料を買い、他に焼き菓子や果物を買った辺りで休憩と称してカフェに入る。さして人混みが得意でもないアビスはややぐったりとしていた。フルーツティーと神祭り期間限定のケーキを頼み、窓から見える祭り参加者にゆったりと視線を向ける。
「……ワースが、脅されていることもあり得るかな、とは思っていました」
一瞬なんの話か分からなかったが、花屋で溢したオーターとの関係がまだ彼の中で尾を引いていたのだろう。ややげっそりとしたアビスは暖かい紅茶を啜る。
「卒業前からいきなりワースに執着し始めたし、砂の神杖で次期マドル家当主ですし……ワースが禁書使いになって間もなくのことでしたから」
「あー……まぁ……」
実際思い返してみると色々あったのだが、数字上ではワースが禁書使いになって半年もしないうちに同居している。守秘義務もあるし下手に経過を伝えるのも心配を掛けるかと、2人に話す情報はかなり意図的に絞っていた。確かに結論だけぽろぽろと伝え聞けば、不安にもなるだろう。
「最悪の場合、禁書ごと貴方をアベル様の領地まで引っ張って行くべきかとは思っていました……」
「おいおいマジかよ」
「……砂の神杖オーター・マドルと事を構えなくて済みそうで、私もホッとしています」
ワースは目を丸くする。オーターは神覚者の中でも武闘派だ。普通に、アベルとアビスの二人掛かりでも怖気付くような相手である。なんの因果か一度戦ってしまったワースが保証しよう。あの人はヤバすぎる。それを相手取ったとしてもなんとかする気概が2人にあったことに、純粋に驚いている。じわじわと照れ臭さが登ってきて、ワースは誤魔化すように紅茶を啜った。
「デビルくんも意外に可愛いですし……」
言いながら、アビスはそっとリトルデビルの頭を撫でる。他人に触れ慣れないその動きを、魔導書は優しく微笑んで受け入れていた。
「………というか、この子、もろにワースのセコンズですよね……?」
「まぁ、そうだな」
「やっぱり。なにか覚えのある魔力だなぁと思っていたんです」
納得したようにそっと角を指先でなぞるアビスに、リトルデビルはくすくすと笑った。
「僕も覚えてるよ、足の早い子。2番目の」
「おや」
「アビスくん、ケーキは好き?」
にこにこと皿をアビスの方へ寄せる。その意図を読んで、「じゃあひと口だけ、」とアビスは口にして、自分のケーキをリトルデビルへ差し出した。リトルデビルもにこにこと応じてひと口貰っている。
ワースがアビスのセコンズを知るように、アビスもワースのセコンズがどのようなものか分かっている。それが、術者へ牙を剥くような性質でないことも。ふう、とアビスは息を吐き出した。
「これでも結構、緊張しながら来たのに。少し肩透かしを受けた気持ちです」
「なんもないならないに越した事ないだろ」
「まぁ、そうなんですが」
アビスの想定していた「最悪」は、ワースが禁書に操られておりなんらかの理由で砂の神杖に脅されて無理矢理交際していた、というものらしい。操られるのと脅されているのは両立しないだろ、さすがに杞憂すぎる。そう言えばアビスはころころと笑った。
「仕方ないでしょう。……心配だったんですから」
ワースはなんとなく、頬を掻いた。胸のどこかがむずむずとする。気の良い友人たちが、ずっと自分を気にかけてくれていることは知っていた。しかしそれをストレートに言われると、なんだか慣れない。
「このデビルくんがマッドロデビルのことならそう言ってくれれば良かったのに」
「言ったわ」
「昔から禁書に憑かれてた、じゃ伝わりません」
「けっ」
「……まぁでも、本当に良かった」
そっとリトルデビルを撫でるアビスの手は柔らかい。今は眼帯の下に隠されている瞳もきっと、優しく細まっているのだろう。ワースは口元に笑みを描いて、自分の紅茶を啜った。
***
魔法研究管理局の中には、シュミレーションルームと呼ばれる場所がある。主に開発した魔法道具や術式を試す場所である。研究管理局はその名のとおり、元々は研究機関や企業の研究の遵法性・適正性を判断する局であったが、氷の神杖ツララ・ヘイルストーンが局長になって以来、内部での研究も盛んな機関へと生まれ変わった。増設されたこの試験棟は、ワースの目から見ても技術の粋が注ぎ込まれた場所である。さすがは氷の神杖。超憧れる。
「じゃ、準備はいいかなアビスくん」
モニタールームの出窓にアビスが軽く手を挙げる。それを合図にツララが頷くと、研究員がバーを引いた。するとアビスの周囲を囲むように部屋中隅々まで炎が噴き上がる。見ているこちらが炙られるようなその炎を前に、アビスがひとつふたつ深呼吸をして頬に手を添えた。まさしくそこには、少しばかり華美で仰々しい眼帯が巻かれていた。
「……!」
計測器の針が一瞬にして反対側に触れ、アビスの周囲にあった炎が消え失せる。それはアビスが向いている正面ばかりでなく背後まで。間違いなく視野が届く筈がない。たっぷり30秒時間を置いて、研究員がバーをゆっくり戻した。モニタールームは、しばし沈黙に包まれた。
「やっば……」
「……ダメだな……」
ほぼ同時に、別の口から真逆の意見が漏れる。瞳を丸くしたツララはダメだと評したワースの方へ振り向いた。
「え、待って今の何がダメ?めちゃくちゃ凄くない?」
「出力出過ぎっすね。……ちょっと下行ってきます」
言うが早いかワースはモニタールームを飛び出してシュミレーションルームへ走る。
魔法道具の性能実験と考えれば申し分ない出来だ。20m四方の魔法を停止させる、など。ただ元々アビスの「悪魔の目」は、ああした使い方をしていない。魔法道具の補助で本人の能力を超える行使は出来るが、結局使った魔法のコントロールは本人による。大きい魔法には、本人の意識も割かれるし振り回されてしまう。剣による戦闘がメインのアビスの手には余るだろう。
「アビス、どうだった?」
「なんかちょっと……クラクラします……」
「分かった、出量部分いじってコントロール補助に能力値割り振ろう。他は?」
「あっでも……」
「ん?」
「あの広範囲停止魔法、結構格好良いと思います……」
その場にぺしょりと座り込んだアビスに、モニタールームのマイクから「そうだよねそれ超思ったー!」と元気の良いツララの声が響いたのは、全くの余談である。
***
「これはしがない心配なんだけどさ、最近オーターとどうよ」
「ど……どう、とは……」
アビスの出した停止魔法と魔法道具の出力検査をしている魔法研究管理局員たちが忙しなく動く中、のんびりとツララは紅茶を傾ける。なんせ被験者はアビスだけだから、本人が問題ないと言っても定期的に休ませねばならない。睡眠を取る方が効率的な魔力回復ではあるが、食事を取ったりリラックスするのもまた、回復には適切と言われている。……が、手元でくるくるとポプリを作っているワースにまるで頓着せず茶を勧めている辺り、単にツララがお茶とお茶菓子を所望していただけかもしれなかった。これだけの演算、思考や考察を行う聡明で小さな頭はたぶん、ワースが思うよりもエネルギーを必要としている。……が、それで供される話題がワースとオーターのことで良いのか。
「いや、せっかくの神祭り期間なんだからちゃんと2人の時間は取れてるかな?って」
「……いやさすがに、俺も連日研究室に来てるって知ってるでしょ。あのひともフツーに仕事だし」
「ちがーうのー!夜にちょっと良い雰囲気なとこで夜景見たりとか!夜店ブラブラするとか!そういう感じの可愛い話を!」
ジタバタとするツララを見て、ワースとアビスは顔を見合わせる。
「……っていうか、キミらどこまで進んでる訳?」
「ツララ様、さすがにそれはセクハラ」
「デリカシー死んでる」
「ウチの神杖に人の心を。そして研究費を」
「あーもー、うるさいうるさいうるさーーい!」
横から入る研究管理局員たちの茶々に、ツララは更に激しくジタバタと両手両足を動かした。なんだかんだ言って、良い局ではある。魔法界きっての奇人変人が集まる局でもあるが。その中で何故かアビスが挙手する。ツララはびっと人差し指を向けた。
「はいアビスくん」
「それ私も実は心配していました。大丈夫なんですか?砂の神杖を放っておいて」
「放っておくって……つか、だいたい忙しいひとだからあんま時間合わないし……」
「お祭り期間じゃん!?デートした方が良いよデートデート!」
「いやだからあっちの時間が……」
「時間なんか作るもんなの!」
「そうですよワース。……いえ、居候させて貰っている側が言う話ではないですが」
「えっ、いまアビスくんってオーターたちの家にいるの?ウォーカー家の屋敷じゃなく?」
「はい。アベル様と一緒に。この神祭り期間中は」
「な ん だ っ て !」
聞いた瞬間ツララが頭を抱えた。そして地団駄を踏みながら「騙された!」とか「怒られ損!」とか言っている。当然ワースもアビスも、ついでに周囲にいる研究員達も、何のことだか分からない。
ひとしきり悔しがったツララは咳払いをするとカップに入った紅茶を飲み切った。かんっとソーサーの上に乱暴に置かれたカップが音を立てる。
「……でもオーターの意図がどうあれやっぱりワースくんとオーターのデート取り持ったら恩を売れる奴じゃない……?どうせコレ多分、中等部生みたいなカップルじゃない?」
「氷の神杖様……?」
「よし分かったアビスくん。ワースくんとオーターが2人きりになれるように、ちょっと協力してよ」
「え、ええっと……?」
「1日で良いからさ、研究管理局でお泊まりの魔法道具性能実験しよっ!アベルくんも護衛対象としてアビスくんの魔法道具の性能わかってた方が良いし!その日、まるまるオーターに1日空けさせよう」
「……いや性能実験なら、」
開発者のワースがいる日にやった方が、魔法陣の微調整もその場で出来るのではないか。そう思って挙手をすると、きっとツララはまなじりを吊り上げる。
「ちっがーう!今日完成型出来たでしょ?アレと、試作品いくつかでちょっと遊ぶだけ!……っていうか、「悪魔の目」の停止能力がどこまで及ぶのかは正直結構興味あると言うか、最大出力の魔法道具込みで「悪魔の目」を使った時って多分その辺の結界魔法をぐちゃぐちゃ使うよりずっと効力高いっていうか、そこで出て来た術式もちょっと解析かけたいっていうか、フツーにワースくんの魔法陣の形が面白くてうっかりしてたけどここまで「悪魔の目」を使い熟せる保持者って歴史的に見てもいないからこの際どこまで何が出来るのかデータ取りたいと言うか!」
「……はあ、」
「だから、ワースくんなしでも出来る奴やるし!むしろワースくんは存分にオーターといちゃいちゃして、この時間を捻出したのはこのツララ・ヘイルストーン様だってオーターに言いまくっといて」
「……なにか、それはそれで身売りみたいでよろしくないような気がするんですが……」
「細かい事はいーの、アビスくん!」
言いながらちゃっちゃとツララはオーターに連絡している。ついでにアビスにアベルが空いている日はいつか聞くように言い付け、研究局の宿泊施設に予約を取っていた。マジでか。
「いよっし、2日後オーターの予定空けさせたから、この日に2人で遊びに行っておいで」
仕事が早い。爆速過ぎる。しかしなんだ、この微妙に生暖かい感じは。アビスもアビスで、アベルの許可を取ったらしい。幸い夜に出なければならないような社交がない日なので、揃って2人、研究管理局だ。
「転がり込ませてもらっているのは私たちの方ですから、これくらいは」
にこにこと請け負うアビスだが、周囲にお膳立てされるこの微妙な恥ずかしさが分かるだろうか。チラリと見れば焼き菓子を口に運んでいたリトルデビルもにっこりと微笑む。これは、たぶん、終日魔導書の形になって戻らないやつだ。ワースもそろそろ学習するのである。
「まあ、その……ありがと」
何とも言い難いが、これは礼を言うべき局面だろう。唸りながら述べるワースに、満足したようにツララは頷いた。
***
ツララ・ヘイルストーンが指定したその日は、山車が練り歩く日でもあった。神祭り中いくつか注目される儀式の中でとりわけ有名でポスターにも選ばれるような演し物である。人混みの喧騒を避けて料亭の窓から山車を見られる個室席はいくつかあり、一体どういう伝手を使ったのか、ツララはそのうちの一席を抑えて来た。ぶっちゃけ、こんな直前にこんな良い席が空いているはずがない。捩じ込んできたツララは「オーターへの貸しだと思って」とけろりと言っていたが、一体いくら掛かるかよく分からない貸しをそのまま受けるのはワースが怖い。けれどオーターにそれを伝えると、「これくらいなら貴方は特に心配しなくて良いです」と軽く言ってのけた。神覚者同士の貸し借りの概念が怖過ぎる。オーターが一体「何」を元にツララへの貸しを清算したのだか知らないが「むしろ安く済みそうでよかったです」とか宣うから、ワースは頭がクラクラとした。
「しかし順調に開発していると、私の耳にも届いていますよ」
運ばれてくる料理をちびちびと口にしながら、オーターはふっと微笑んだ。外は太鼓や鐘の音が響き、いよいよ行列が近付いているらしい。
「実際アビスが使う魔法道具はもう完成したかな。あとはツララさんが「遊ぶ」って言ってたけど、性能違いでいくつか試作品作ったから、どっちかっつーとアビスの目を調べたいんだと思う」
「そういえば褒めてました。普通あんな魔法陣思い付かないって」
「…………」
ワースは若干苦い顔をする。今回アビスの魔法道具に使った魔法陣は、最初に一部魔力を通す場合と、魔法陣全てに魔力が行き渡る場合とで意味が変わる魔法陣だ。普通魔法陣は先に書いて準備して、使用するために魔力を流すから途中で陣の意味を変える必要はない。あれは、マーガレット・マカロンとの実戦稽古中に、苦し紛れに編み出したものだ。……もちろん当然破られたが。
音魔法使いのマカロンの動きは速い。近頃は勘も鋭さを増して、ワースが魔法陣を描き始めた辺りでどこに描き途中の魔法陣があるか察知するようになった。マジでやめて欲しい。本当に人間か?これに対応するために描き途中でも力を発揮し、破壊されても攻撃出来るような魔法陣を、と思って作ったのがアレである。最初の2回は効いた。3回目で外縁の魔法陣ごと破壊された。「発想はいつも面白いのよねェ」と残念そうに呟く顔にどれほど殺意が湧いたことか。これだから天才は嫌なんだ。尊敬する研究者からの褒め言葉を他人の口から聞くと言うのはかなり嬉しいが、その発端があのマカロンだと思うと何か悔しい。
「まあ、ちょっとな。……それよりオーター」
少々強引な話運びとは分かっているが、ワースは鞄をあさり、プレゼント用にラッピングしておいた小袋を取り出す。
「神祭り期間だから……これ」
「開けても?」
頷くと、急くように、しかし丁寧にオーターはラッピングを解く。こう言うところ可愛いひとなんだよな、とワースは頬杖をついた。
「ポプリ……ですか?」
「そう。……あー、アビスの魔法道具の為に色々貰ったからさぁ、それを使って、ちょちょいと」
嘘である。……いや、嘘というほどではない。が、まったく本当のことという訳でもない。
アビスのことがなくとも何か渡そうと思って色々と考えてはいた。中に詰めたポプリに使われている香油は前々から調合をしていたものだ。香水にするかとかいっそもう飾り石鹸にするかとか色々と悩んだ。結局アビスと街を歩いている時、サシェを下げている子供達を見て良いなと思ったのだ。すんすんと鼻を寄せて匂いを嗅ぐオーターにちょっとドキドキとする。
「疲労回復ってことで手を加えてるから、職場にでも置いてくれると嬉しい」
「ありがとうございます。匂いを逃さないように、」
「いや、保護魔法とか掛けるのはやめろよ?」
ぐ、っとオーターは言葉に詰まった。コイツ……。どこでつけた知恵か知らないが、何でもかんでも保護魔法やら結界魔法やらをつけて飾っておこうとするのは本当にどうかと思う。どこかの局のように弟祭壇を作られては困る。
「だいたいさ、匂いが薄れたらまた香りつけ直すから。ちゃんと使えよ。その為に魔法入れてるんだし」
「……わかりました」
「あと、これ……お揃いだから」
鞄から色違いのサシェを取り出す。ポプリを入れた布も飾り紐も色こそ違えど、明らかに柄も形も似ていて、ひと目で共通のものだと分かるだろう。正直、これを思い付いた時ワースはかなり悩んだ。何なら若干、知恵熱を出すかと思った。ツララがぽつりと溢した「中等部生みたいなカップル」の発言を全然否定できない。アビスの魔法道具の為に演算を幾つも抱えていなかったら悩みすぎて倒れてる所だった。危ない危ない。だってどうなんだ。いやギリギリお揃いのモノを持つのはアリかなとは思ったけど、それがワースの手作りサシェはちょっとこの歳でOKなのかと。マジで、中等部生じゃねぇんだぞこっちは。ただ、オーターは有名人だしそれなりに注目されるひとだから、逆にあからさまなペアの指輪やネックレスだと意味深過ぎてダメな気がした。週刊誌にすっぱ抜かれてしまう。いやだからと言って手作りサシェ。それはそれでなんか重い。うんうん悩んでいたワースの背中を押したのはアビスの「可愛いですね、サシェ。私もアベル様とお揃いで作ろうかな」との言葉だった。アビスがプレゼントするならワースも許されるだろう。……いやこの際、一体誰に許されたいのかよく分からないが。なんというか、世間とか?……わからん。ワースの気の持ちようである。
ワースの葛藤を知ってか知らずか、ふわりとオーターは笑う。その顔につられて、ワースも口角が弛む。
「嬉しいです。必ず持ち歩きます」
「……おう」
にこにこと再びサシェを嗅ぐオーターに何か気恥ずかしさを覚えて、ワースはグラスを煽った。
「……あれ、そういえばさ、オーター忙しかったんじゃねぇ?大丈夫か?」
「ええまあ。……最近、ひとつ大きな案件の交渉が終わりましたから」
「そうなの?」
オーターもグラスに口をつける。その表情は嬉しげであった。グラスを回す仕草ひとつ取ってもサマになっている。格好いい。
「神祭り期間に片を付けたくて。断られると少々面倒な手順をこなさなければならなかったので、向こうが折れてくれて安心しました」
「おめでとう?」
「ありがとうございます。……あとはカルドに話をつけるだけなので、もう概ね」
「そっかぁ……」
ふんす、と鼻を鳴らすオーターの姿は非常に珍しい。もちろん守秘義務があるし権限はオーターの方がずっとあるので、ワースに知らされない話は多い。それでも、どんな案件であれ淡々とこなすオーターにしては新鮮な姿だ。それだけ大変だったのかな?と当たりをつけて、ワースもなんとなく頷いた。
「……そういえば、ジューンブライドって、花婿にも適用されると思います?」
「待って、何の話?」
突然の話題変更にワースは笑ってしまう。見ると大して酒を呑んでいないはずだが、ひょっとしてもう酔っているのだろうか。仕事が片付いて気が抜けているならまぁ、そういうこともあるかも知れない。
「まぁ、適用すんじゃねぇの?たぶん」
くすくすと笑うワースを、オーターは満足そうに見ていた。暫くすると本格的に山車の練り歩きが始まり、何故か踊り狂っている光の神杖が現れる。どうやら飛び入り参加らしい。その愉快な様子に、ワースはこの奇妙な問いのこともすっかり頭の片隅に追いやってしまった。
***
ワースの有給休暇期間から数日、ほぼ完成していたアビスの魔法道具は何度かの調整を経て、概ね護衛の用に耐えうるところまで完成していた。
ワースが作り上げた魔法道具は、いわゆる眼帯の形をしている。物としてはツララがつけているものと同じ、ぐるりと頭を一周したバンドで留めるタイプである。そこに使ったサンダーベアーのなめし革は貴族が使用するベルトでよく採用される一般的な素材だ。そこに、ウィンディーネの抱え石と花蜜妖精の溢れ石をあしらってウォーカー家の家紋を描いている。ぶっちゃけ、この部分、石の配置は魔法的に大した意味を持たない。アビスの「悪魔の目」に作用する増幅魔法の核石として数が必要だったが、あまり希少な魔法石で飾ってもわざとらしい。あくまでも、アベルの家門に連なる者と示した方が、変な意味にはならないだろうとの配慮である。この辺は石の下限数だけ指定したらカルド紹介の工房がなんか良い感じにしてくれた。若干やりすぎじゃないかと引いたワースに対しアビスが泣いて喜んでいたので、……まぁ、良いだろう。報酬は上乗せしておいた。誠意である。
眼帯の中には、糸紡ぎ蜘蛛の吐いたアビスの魔力がふんだんに含まれた布と、同じくその糸で魔法陣が描かれている。この魔法陣とサンダーベアーのなめし革、ひいては表面の核石とを繋ぐ安定剤が人魚の涙とそこに混ぜられた残穢の塵である。これらがアビスの「悪魔の目」から出た停止魔法を過不足なく核石へ繋ぎ、増幅して眼帯の外へと放出する仕掛けだ。使用素材を思うととんでもなく値の張りそうな魔法道具である。たぶん分解して素材を売ったら郊外の家くらいは買える。勿論、アビス専用に調律してあるから他の誰にも分解はおろか使い熟せないが。
結局使い手であるアビス本人の負担を踏まえ、停止魔法の基本射程は眼帯の直線上40m先までとしたが、アビスのコントロール次第で本人の半径20mまでは使えるようにした。たぶん停止魔法だけにアビスが集中すればもう少し射程は伸びる。別の試作型を使った本気の全力なら100mは行けたが、まぁそこまで出来る必要はないし、アビスらしくない使い方でもあった。というか、貴族のパーティでそんな広範囲停止魔法を使わなくちゃならないなんて、それはフツーに襲撃されてないか?と思うし。
「ほ、本当にこれで大丈夫ですか……!?」
パーティ用の燕尾服に身を包み、鏡の前で、今になっても狼狽するアビスに苦笑する。普段の格好だと多少派手に見えてしまう眼帯型の魔法道具も、その服ならよく似合っているし、アベルの従者としてどこへ出しても恥ずかしくはない。だというのに、コイツはまったくもう。ポンとその肩を叩いた。
「おいおい、誰がその魔法道具作ってやったと思ってる」
記憶より広い背中を撫でながら、ワースは中等部生だった頃を思い出す。たぶん「アビス・レイザー」という同級生を強く意識したのは、2人の寮室の前で裂かれた体操着を抱えて呆然としていたあの背中だ。
今も昔も、ワースには何を思ってアビスが立ち尽くしていたのか、ちっとも分からない。レイザー家はマドル家と比べて家格は低い。貴族と言っても平民に近く、恐らく子供の頃のワースが想像した「暖かい家庭」を体現出来るような家だったはずだ。その中で周囲からの愛情を受けて成長してきたはずのアビスが、ある日突然「悪魔の目」を保持して周囲から爪弾きにされた。まるで想像していない世界に突然放り込まれたアビスの気持ちなんて、始めから何も持っていないワースには分かるはずがなかった。
ワースの周囲は昔から完成された貴族一家であった。だから、周囲に期待することなんかなく成長できた。優しく抱き締める腕も、遊びに誘ってくれる柔らかい手もワースは知らない。アビスがクラスメイトにいじめられていたことは、さすがに鈍いワース少年も気が付いていた。くだらない事をするクラスメイトをバカだなぁと思いつつ、涙目になりながらどこか陽だまりに手を伸ばすように他人の隣に居たがるアビスの行動の意味が分からなかった。諦めたら早いのに。世の中にはお前が想像する温かさなど初めからないのだから。
体操着の交換を申し出れば、半信半疑の瞳でおずおずと破れた体操服を置く。その手は、何度も傷付いた癖にちっとも学習せずに、痛みに怯えながらゆっくりと伸ばされる。勿論ワースにアビスを傷付ける意図はなかった。だから交換する体操着にワースの筆跡でアビスの名前を書いてやった。バカなクラスメイト達に新しい口実を与えてやるのも不愉快だったからだ。
ワースはアビスの庇護者を気取った覚えはない。家格からしてそのようなリーダーシップを発揮しても、勿論良かったはずだ。なんなら教師陣はワースにそれを期待してアビスと同室にし続けたのだろう。今になればさすがに分かる。でも幼いワース少年はどこからか響く禁書の声や「価値」を求める実家の声はじめ、自分の事で手一杯だったし、狭苦しいマドル家から解放されて学ぶ事は、純粋に楽しかった。まぁもっとも、途中から実兄が神覚者になって「楽しい」ばかりではなくなってしまったけれど、それでも。
(……馬っ鹿馬鹿しい)
きっと今の判断力と状況把握能力を持って中等部に戻ったって、ワースはアビスの手助けをすることはない。同じ部屋にいながら全く別々のことをしている、そんな距離感が2人には1番相応しいから。
「……そういえばワース、中等部の頃のことを覚えていますか?」
「あ?」
唐突な話題に目を見張る。
……突然読心術に目覚めた訳じゃあないよな?
訝しげなワースを分かっているのかいないのか、鏡に写るアビスは瞳を細める。
「貴方は気にしてなかったかもしれませんけど、結構クラスでも浮いてて」
「うるっせーな」
「成績優秀な上、妙に魔法の上手な上級生に顔が利くしよく先生とも話していたから、私はもう怖くって」
「…………貶してるな?」
「……1年の、私の体操着が、誰かに切られちゃった時、実は私ね、貴方を一瞬疑ってしまったんです」
「…………」
「いま思えばとんだ言い掛かりですけどね。貴方がそんな、無益なことするはずがない」
「………、………よっく分かってんじゃん」
咄嗟に、ワースはなんと言い返したものか迷った。その迷いがわずかな沈黙に現れたことを、少しばかり恥じた。こちらの気持ちを知ってか知らずか、くるりと振り返ったアビスは笑っていた。それはもう、美しく。
「あの時、私に体操着をくれたでしょう。……あれ、本当に、すごく、……すごく感謝していたんです」
「…………」
「その後私に絡んできたいじめっ子たちに「うるせぇ」って言ってボコボコにして……それから、私のことも殴って……「俺の邪魔したいのか、したくないのかどっちだ」って」
「…………」
「被害者殴り付けるなんて理不尽だなぁとは思いましたけど、あの時のキミは本当に格好良かった」
覚えてる。
あのアビスの呆然とした顔。
だって魔眼を持つくらい優れた魔力を持つ奴が、取るに足らないクラスメイトに虐げられている方が理不尽ではないか。ワースは自身の衝動に従い、自分の目に触れる価値もない者を蹴散らしただけだ。結果的にアビスの周囲で騒ぐクラスメイトは静かになったし、ワースも静謐な環境で勉学に励めたし、剣の中に杖を仕込んだアビスの魔法アクセレイズはいよいよ鋭さを増した、たかだかそれだけである。ワースがいてもいなくても、これだけの素質を持つアビスは勝手にセコンズを取得しただろう。
ふっとワースは、息を吐き出すように笑った。
「なァに言ってんだむず痒い。俺はいつだって格好いいだろ」
「ふふっ……貴方ならそう言うと思いました」
「ほーら、アベルを待たせてんじゃねぇぞ」
トン、とワースはアビスの肩を押す。
「行ってこい、アビス」
「はい」
晴れやかな笑みでこちらに手を振るアビスの背中を小さくなるまで見送り、ワースは伸びをする。一応ワースは、何かあった時のためにもこのパーティに参加する。もちろん何もないだろうし何かあってもアベルが何とでもするだろう。けれども一応、友人の勇姿を見守りたいのだ。その程度のささやかな機微くらい、ワースにだってある。
「リトルデビル」
「はぁい」
ぴょんと飛び出た魔導書は、きっとワースの心が分かっているのだろう、にっこりと微笑んだ。
「よっしじゃあ、ちょっくら覗いていくかぁ」
リトルデビルの小さな手を取って、ワースはパーティ会場へと足を向けた。
***
アベルはあのパーティの後、社交の場にアビスを伴うようになった。研究管理局で魔法道具の補助がどれ程のものかも確認しているし、結果的に「悪魔の目」を云々言われるよりも先に眼帯型の魔法道具が目立つから、大抵がそちらに言及する。ワースは知らないことだったが、あの魔法道具開発を縁にツララの研究協力をした功績でアビスには一代爵位が贈られることになったそうだ。どういう交渉が取り持たれたのかさっぱり分からないが、この一代爵位授与にはアベルとの結婚が必須条件らしく、またアビスがぐるぐると悩んでいた。確かに普通、開発協力くらいじゃ爵位は得られないものだが、その辺りはアベルが何とかしたのだろう。アベルにはちゃんと話してやれと叱り、一応アビスの相談には乗ってやったが、一時期を思えば随分と平和な悩みである。まぁ勿論、アベルの言葉足らずのお陰で迷走する2人を随分と揶揄い倒したものだが、婚姻の話も円満にまとまり、結局収まるべきところに収まったと言える。そもそも貴族の当主は婚姻も第一子の誕生も終わらせてから務める者が多いから、その点で言えば早くに当主の座についたアベルがよくある地方領主の既定路線にようやく乗った、とも言える。家を継いで1年経たずに結婚するのはなかなか忙しないが、何とかするだろう。
「まぁ、僕はまだ文句があるが」
滞在最終日、オーターが仕事でいないのを良いことに、ワースとアビスとアベルの3人で街に繰り出していた。勿論アベルは眼帯型の魔法道具は付けていない。彼の顔が隠れるのは、やはり少し寂しいからだ。その代わり現在、杖を仕込んでいる剣にも「悪魔の目」の停止魔法増幅効果を持たせられないかと目下ツララ・ヘイルストーンが研究中である。便宜上「目」と呼んでおり、実際に「見た」瞬間に発動する魔法だが、結局「見たと知覚する」ことで力を発揮するから、補助魔法道具は瞳に付ける必要は必ずしもない。……この時点で従来説を覆すとんでもない論理を振り回しているので、ワースとしてはもう、論文が出るのを待つばかりである。あのツララ・ヘイルストーンがそう言うのであれば、確信が持てる論理構築が出来上がっているのだろう。それが形になる瞬間を、いち氷の神杖ファンとして見てみたい。
いつもの喧騒を取り戻した街は、もう祭りの装飾はすっかり取り払われてしまって、浮き足だった空気も遠い。しかし懐かしいマーチェット通りの様子は、同級生の気兼ねない会話にこれほど相応しいものはなかった。
「はっきり言って、ワース、キミの男の趣味は悪い」
「めっちゃ言うじゃん」
「事実だろう」
バッサリ切るアベルが面白くてワースは笑ったが、アビスはひどく気まずそうに身を縮める。そうしてアベルの様子を窺いながら、小さな声で囁く。
「砂の神杖は、そんなに悪い人ではないと思います……」
「お、意外なところから1票が」
「いえーい」
楽しげにリトルデビルが手を叩く。ひと通り拍手をして満足したのか、近くにある小さなフィナンシェを齧った。それをアベルがムッとした表情で眺めていた。面白い。面白過ぎる。悪いとは思いつつもニヤニヤが止まらない。オーターへのアビス評価が高いのも意外だった。何よりアベルは身分相応に他人から表情を読ませないが、それでも気を抜いていると結構感情が出ている。それを見られる場面はそう多くはないけれども。
「その……思っていたよりはちゃんと、砂の神杖もワースのことが好きみたいですし……」
「……待った。なんだこの時間フツーに恥ずかしいんだが?」
「良い着眼点だアビス、それは分かる。……でも僕は、彼はワースに吊り合わないと思う」
珍しい感想だ。目の前で恋人を論評される気恥ずかしさよりもアベルの評価に意識が傾く。普通に考えて、魔法魔力管理局局長の砂の神杖オーター・マドルと比べたら、大抵の人間には価値がない。もちろんワースを含めて。しかし素知らぬ顔で紅茶を飲むアベルはただただ眉間の皺を深くした。
「キミは、結構愛情深い。友愛には必ず答える」
「わかります、さすがアベル様」
「いや待てマジでこれ何の時間だ?よそでやれよ、全然恥ずかしいが?」
呆れ顔のワースに、珍しい話題に瞳を輝かせるリトルデビルに、頷くアビス。これを前にしてアベルは鷹揚に頷く。
「……けれど、オーター・マドルは冷淡だろう」
「…………」
「僕は、困っているキミにずっと気付かなかったオーター・マドルを知っている。キミの深情けに彼は見合わない人間だ」
なるほど、とワースは頷き、アビスは言葉に詰まって唸る。学生までの間ならば、間違いなくアベルとの付き合いの方が長い。恥ずかしくて認め難いが、たぶん彼のワース評も他人から見てそう的外れではないのだろう。それこそ身内に甘いアベルに情け深いと評されるのはなかなか面映い話だ。きっと、ずっともどかしく思っていただろう。アベルにとってのオーターは、友人を預けるに値しない。
「なるっほどなァ」
確かに、魔法局に就職する前のワースなら、アベルと同じ意見だっただろう。確かに情の部分では、或いはオーター・マドルに勝ると考えたかも知れない。それはワースへの過大評価とオーターへの過小評価が入り混じったものであるが、アベルの友情の形として、普通に嬉しい。
「オーターはあれでちょっと……不器用なだけだから」
「昔、3日で別れる男を彼氏として紹介して来たラブは、今のキミと同じようなことを言っていた」
「……ちょっと待て、アレと同じにされるのはさすがにマジで心外なんだが?」
ラブ・キュートは自己肯定感の塊みたいな女だが、何故か毎回彼氏ができる度にアベルに面通しをしていた。イーストン魔法学校ではそれなりに有名な話で、何度かワースもアビスもその席にお邪魔している。ワースなどは、ラブが頻りに「良い男がいない!」と叫ぶのを見て、そりゃレアン寮長に必ず面通しされて直々にジャッジされるのは結構ハードル高いだろ、と思っていた。言わないけど。普通に後輩の彼氏として紹介されるのではなく、面接のようにアベルが上から下までその男を睥睨するから、会話に一切参加していないワースでもやや気まずい。しかも何人かに1人は「その男は良くないと思う」とか言い出す。ちゃんと相手を見ているのだ。食い下がると「良くない」理由を列挙されるから、よほど自分に自信がない限り黙っているのが賢明である。
その中でも過去に1度、彼女の彼氏にしてはやや様子がおかしいのを連れて来たことがある。いや多分アレは、口も人当たりも悪い奴にこそ本当に良い男がいるのではないか?と試しただけかも知れないが。その時の評価もそう、「その男はラブの愛に吊り合う男じゃない」だったか。怖過ぎる。その後5股掛けられていたことが発覚してブチ切れたラブにボコボコにされていた。その際の男の言い訳は「シーン別に使い分けてただけ」とのことである。付き合っている女の子たちを指して、だ。信じられるか?アベルが慧眼すぎる。ちなみにその事件後、その元カレについて問われたラブは「だぁれ?知らない男なの」と言っていたから、本気で記憶から抹消したのか黒歴史としてなかったことにされたのかは分からない。本人さえ元カレとカウントしていなさそうな相手をしっかり覚えているアベルを褒めるべきか呆れるべきか、若干反応に困る。
同じ光景を思い出したのか、アビスが「アベル様がそう仰るならそうかも……」とあからさまに葛藤し始めている。いや待て待て、自分の判断にもっと自信を持てよ。
くふくふ、とリトルデビルは楽しそうに笑う。
「アベルくん良いひとねぇ。僕大好き」
「褒めても何も出ないよ」
言いながら、リトルデビルの皿に焼き菓子を乗せてやっている。そう言う所だそう言う所。にっこり笑って「ありがとう」とお礼を言うリトルデビルはしかし、ゆっくりと首を傾げた。
「でもオーターもね、結構良いひとよ?」
「ほう」
やはり納得の行かなそうなアベルを見て、リトルデビルはまた楽しそうに笑った。
ワースの脳裏にはまだ、あの共同墓地で誰よりも早く駆け付けてくれたオーターがいる。きっと誰に聞いても「そんなことで?」と言われるだろう。これまでの、冷え切ったマドル家の関係性を思えば。……いやアビスとアベルは案外真面目に聞くかも知れないけれど、これまでのあれやこれやをひっくり返すには、やや弱いエピソードだ。
けれど、あの日、あの時、あの瞬間。禁書を擁するワースを本気で心配して、ワースの癇癪に耐え、仲良くなりたいと大真面目に自己紹介をし始めたオーターが駆けつけて来たから、惚れたのだ。だから勿論、誰に言われるまでもなく、関係を深めたいとも思っている。……まぁ、あの通りの人だから、数々の奇行があるにせよ。
ワースは行儀悪く足を組み、頬杖を付いて順にアベルとアビスを見遣る。浮かんだ感慨に、納得のため息を吐いた。
「俺って、つくづく良い友人に恵まれてるよなあ……」
魔法局に就職してから禁書を手にしてソフィナ・ブリビアの弟子になるまで。そして禁書の「声」に気が付いてから「無邪気な淵源」事件を経て卒業するまで。ワースはいま目の前にいる友人たちにかなり救われている。
アビスは照れ臭そうに、アベルは当然と言いたげな様子で、2人は忍び笑いを漏らす。その様子をワースは瞳を細めて見守った。
◆◇◆◇◆
来た時と全く同様に列車に揺られる。
違うのはいくつかの案件が片付き、またいくつかの手土産を伴っていることか。
ワース、キミは始めのパーティで言ったことを覚えているだろうか。
目の前で眼帯型の魔法道具が入った小箱を抱えたアビスが照れたようにはにかむ。ふっと息を吐き出して僕も笑う。
その箱の中にあるのが真実「自信」なんて曖昧なものか、僕には分からない。
けれどもいま、目の前にあるその顔は、間違いなく僕が求めていたものだろう。ワースは確かに、素晴らしい贈り物をくれたようだった。
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