sungen

お知らせ
思い出語りの修行編、続きをpixivで更新しています。
旅路③まで書きました。
鯰尾と今剣は完結しました(^^)pixivに完全版が投稿してあります。
刀剣は最近投稿がpixivメインになりつつありますのでそちらをご覧下さい。
こちらはバックアップとして置いておこうと思ってます。

ただいま鬼滅の刃やってます。のんびりお待ち下さい。同人誌作り始めました。
思い出語り続きは書けた時です。未定。二話分くらいは三日月さん視点の過去の三日鯰です。

誤字を見つけたらしばらくお待ちください。そのうち修正します。

いずれ作品をまとめたり、非公開にしたりするかもしれないので、ステキ数ブクマ数など集計していませんがステキ&ブクマは届いています(^^)ありがとうございます!

またそれぞれの本丸の話の続き書いていこうと思います。
いろいろな本丸のどうしようもない話だとシリーズ名長すぎたので、シリーズ名を鯰尾奇譚に変更しました。

よろしくお願いします。

妄想しすぎで恥ずかしいので、たまにフォロワー限定公開になっている作品があります。普通のフォローでも匿名フォローでも大丈夫です。sungenだったりさんげんだったりしますが、ただの気分です。

投稿日:2019年06月18日 02:02    文字数:20,046

思い出語り 番外編⑥ -鯰尾の夢-

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番外編です。無駄に長いです。
思い出語り本丸の少し昔みたいな。
タイトルがちょっと適当。
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思い出語り 番外編 -鯰尾の夢-


鯰尾は、敵を見て――ひい、とあえいだ。

四振での出陣だった。
薬研と小夜左文字は少し前に初陣を終えたばかりだ。
――敵を甘く見ていた。
本陣の二つ前、初めて見る敵、大太刀にやられた。鯰尾は中傷になった。いやな予感はした。状況を報告すれば、敵に会う前に撤退もできたはずだ。

いや、その前の打刀?
思えば思うほど、見誤ったのは自分だ。
完全な敗北、敗走。
小夜左文字、五虎退と共に退く。薬研を背負った。

悲鳴が聞こえ、直後に五虎退が倒れた。もう一振が襲いかかる。五虎体には足がない。
鯰尾は叫び、薬研を背から落とし大太刀に斬りかかった。
必死の一撃が大太刀の心蔵を突いた。その間に小夜左文字の肩がなくなり倒れた。

そこから、歯の根が合わない。
敵はあと二体。鯰尾を討ち取ろうと斬りかかる。
短刀が鯰尾に飛びかかる。鯰尾は受ける。打刀がゆっくりに見える。
死ぬ、死ぬ。死ぬ!!
鯰尾はギリギリで打刀と短刀の刃を受け止めた。火花が散った。
鯰尾の籠手に短刀が食い込み、深く食い込む。
運良く短刀が退いた一瞬、打刀の喉を突いた。

「ぁああああああああああああ!!」
怒りにまかせ何度も、何度も。打刀は倒れた。
鯰尾の脇腹に敵の短刀が突き刺さる。
ぐりぐりと。奥まで。腹がじわ、とか、ぶちゅ、とか。熱い。

「こいっ……しゃらくせンだよ!!!!」
たった一体で。鯰尾に食いかかる。

鯰尾は敵の短刀に、自分と同じ必死さをみた。

お前も。そうか。

――お前のせいで!!!!!

鯰尾は怒りのままに頭から本体を突き立てた。短い呻きが上がり、終わった。

「……は、はっ、はぁ」
鯰尾は膝をついた。意識が遠のく。腹にささった短刀を抜いた。げほっ、とむせ込んだ。
動ける。動ける。イタイ。いたい。痛い!

五虎退はどうなった……。
さよいきてる?しんだか
やげん??どこだ?

立ち上がったとき、何かを踏んづけた。

――自分の『脇差』だった。

ぶち、と何かが切れた。

「……っ無事か!?返事を!!」
返事はない。呻きすらない。
血の気が引く。主はどこ?
鯰尾は自分の本体を拾った。震えながら端末を取り出す。血で滑り落とした。

「主、主ぃいぃ!!!助けてぇっ!!」
『!?どうした?!』
「あるじあるじ」
鯰尾は地に向かって叫んだ。
『やられたのか?!強制退去する!!一カ所に集まって――』
「だめぇ!まだだめ!!」
『大丈夫だ落ち着け!お前が隊長だ!!』
鯰尾は繋がったままの端末を置いて走った。仲間の状況を思い出したのだ。
散らばった皆の本体を拾い、体を一カ所に集める。
薬研を背負い、とにかく全て抱えた。
泣いていた。
「主ぃっ早く戻して!!!」

光に包まれて、意識が遠のく。

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「みな……て、……れを……」

門をくぐるなり、鯰尾は倒れた。
否、手を突いて持ちこたえた。倒れようにも鯰尾は二振抱えている。

背中に薬研藤四郎を振り括り付け、小夜左文字と五虎退を抱え、皆の本体もくわえ、結わえ持ち帰った。
血濡れた二振の体は布切れのように重ねられている。五虎退には足がない。小夜左文字には右肩から先がない。

主が血相を変え、「――はやくっ!!手入れだ!!」と叫んだ。
「さよっ!!?」
歌仙がすぐに小夜左文字を引きはがし、山姥切と乱が五虎退、薬研をそれぞれ抱えて走る。

門前には鯰尾だけが残った。

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よかった。
戻って来られた。

「早く手入れを!!」「札ぁあっ!」「止血を!!」
歌仙、山姥切、乱。主。皆の声が聞こえて、……聞こえなくなっていく。

よかった……。

「……あ、はは、ゴホッ、あは」
折れる。

傷口から血が流れ出る。
うまく呼吸が出来ない。

よかった……。終わった……。恐かった……。
ちゃんと終わった……。殺されなかった……。

俺も、もう、終わりでいいよね……?

「鯰尾!!しっかりしろ!!」
瀕死の鯰尾を抱き上げたのは山姥切だった。
主は小夜、五虎退、薬研、と順に手伝い札を使い、はたと――気が付いた。
鯰尾は!?
山姥切は血相を変え、駆けだした。

「持ちこたえろ!!」
山姥切が鯰尾を抱え、手入れ部屋へ走る。

鯰尾は微笑んでいた。

ふふ……。今朝の卑屈が嘘のように、頼もしい……。

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「……体から離れたモノはどうなるんだろう」
手入れ部屋で目を覚まし、鯰尾は呟いた。
頭がぼんやりとしている。

「――え」
側には乱がいて、泣いていた。
「足、拾えなかったから。五虎退の……。小夜……。そうだ、薬研は?――しまった!薬研は生きてる!!?」
鯰尾は身を起こした。

「五虎退は息があった!?小夜は?小夜は?薬研は?!まさか!?」
左右を見る。ない。いない。どこだ!?
「いるよ!大丈夫!いるよ!!部屋で寝てるよ!!」
乱が叫んだ。
「生きてる!?!」
鯰尾は乱の肩を掴んで揺さ振った。
「――生きてる!大丈夫!折れてないよぉ!いたっ」
「――っ」

鯰尾は手を彷徨わせた。

「か、刀、刀は?だれかわすれてない?ぜんぶあった?俺は?俺は?」
覚えがない。
「大丈夫。ずお兄、全部持って帰ったよ……!主、褒めてたよ」
「か、かたなが……」
鯰尾の体は小刻みに震えていた。手がさまよう。

枕元に、自分の本体があった。
鯰尾はそれを必死に抱いた。

「落ち着いてっ、今、みんな寝てるよ。主も。ずお兄の分だけ手伝い札がなかったんだ。でも五虎退も薬研も小夜君も札ですぐ元気になったから、大丈夫だよ……!」
乱はうろたえる鯰尾を必死でなだめた。

「……そ、そっか……」

鯰尾ははぁ、と息を吐いて、ようやく我を取り戻した。
――無事に戻って来られたんだ。誰も折れなかったんだ。

鯰尾は涙を流した。

「……あ」
鯰尾は、かあ、と赤くなった。
側にいるのは乱藤四郎。自分の弟だ。

「ごめん、……」
それきり言葉を次げなかった。

「……ううん。もう、大丈夫だよ」
乱は首を振った。

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「鯰尾。すまなかった」
翌日、朝。
主が手入れ部屋まで来て、鯰尾を見舞った。

「……え?」
鯰尾は一体どうしたことかと思った。
「采配ミスだ。いや。……本当は」

どうやら主は、迷っていたらしい。
隊長に山姥切を据えるか、鯰尾を据えるか。

そこで――まず鯰尾を試すつもりで、進軍を指示した。

この程度の戦場、この戦力ならちょうど抜けるだろうと甘く見て。誉を取れると信じて。
ぎりぎりの戦力での、鯰尾の采配を見ようとした。
後日同じ編成で山姥切を隊長にして。同じ事をする予定だったらしい。

「馬鹿だった。本当に、私が大馬鹿だった!試すような事をして悪かった!二度としない!すまない!!」
主は泣きながら語って、床に頭を付けた。

「主!っやめてください!!」
鯰尾は寝台から転がり降りて床に膝を付いた。

「俺がいけないんです!」
「いいや、私だ……」
「……主、あるじ……っ、違います!」
鯰尾は首を振った。何度も首を振った。

「俺達は道具ですが、主に逆らう事も出来ます。できるんです。主が間違っていると思ったら、言う事が出来るんです。口があるから!」
鯰尾の言葉に、主が顔を上げた。

「俺は自分を過信していました。練度は十分だから大丈夫。主の命だから大丈夫、次も戦える。まだいける、って……。あげく……」

自分を踏みつけて。

鯰尾は歯を噛んだ。無様な戦いだった。
「主。近侍を下ろすか、……刀解、は望めないですよね」
鯰尾の言葉に主は首を振った。
「もちろん、そんな事はしない」
主は少し冷静になったらしい。
「……山姥切さんとよく話して下さい。いえ、俺も同席した方が早いかな。いいえ。皆で話しましょう。ここにいる皆で」

鯰尾は言った。

■   ■ ■

主、山姥切、鯰尾、歌仙、五虎退、乱、薬研、小夜。
がらんとした広間に、皆で円形に座布団を敷いた。
主を挟み、右に鯰尾、左は山姥切。

「皆、具合はどうだ」
主が声を掛ける。

「もう大丈夫だぜ。すまねぇな」
薬研が言った。
「大丈夫だよ。いつでも出られる。今度は負けない」
小夜が目をぎらつかせた。
「鯰尾兄さんは、お加減は……、どうですか?」
五虎退が気遣わしげに言った。

「うん。もう大丈夫」
鯰尾は頷いた。
鯰尾は薬研や五虎退、小夜を見てほっとした。
その一方で『何だ、ちぎれても大丈夫なんだ』――ちらりとそんな事を考えた。

主が口を開いた。
「では、ああ……これが初軍議だな。今までそれらしい事もしてこなかった。私だけで決めていたが、これからは皆で話し合おう。初の議題は、この本丸の近侍についてだ。怒らずに、聞いて貰いたい。私は、近侍を――初期刀の山姥切にするか、鯰尾にするかで迷っていた」
主は訥々と語り始めた。

「山姥切は打刀で戦力になるし、鯰尾も素早く優秀だ。山姥切は初期刀。やはり頼りにしている。が、鯰尾もいいなぁ……と、情けない事に思い悩んでいてなぁ……。昨日の最悪な采配や指示は、適性を試す為に、私が行った事だ。ぎりぎりの戦力で、鯰尾やお前達がどう敵を凌ぐか、そういう事を見ようと思って。試すような事をした。五虎退、薬研、小夜、鯰尾。本当にすまなかった」
主はまた頭を下げた。

「頭を上げてくれ、大将!」「あ、あるじ様ぁっ……」
刀剣達は大いに焦った。
「いいよ、別に……」
小夜は首を振った。

鯰尾は二度目なので困った顔をするに留めた――。
山姥切は驚いたようだ。

「そういう訳で。山姥切、鯰尾。どちらが近侍――私は、まあ……毎日近侍を選ぶのが大変だから、誰かに一任したいと思うんだが、……まあな……。近侍はこの本丸の総大将にもすることにしたい。今はまだ刀剣も少ないが、資材を集めて鍛刀もするし。とりまとめ役……みたいなモノか必要だと思う。皆は……どっちがいい?」
主は苦笑した。

「主。――君は困った人だね」
今まで黙っていた歌仙が言った。歌仙はこの面子で一番後に顕現し、まだ戦には出ていない。

「君の中で答えが出ているなら、それを命じてやってほしい。それで傷つく事は無い」
歌仙は主を見て苦笑した。
「……そうか。そうだな」
主は俯いた。

「……私は……やはり、鯰尾にこの本丸を任せたいと思う」
皆がその先を待った。

「山姥切には申し訳無いが……」
「……。いいや。俺は」
山姥切が顔を上げた。

「初期刀に選んで貰っただけで、十分だ。この本丸の、始まりを見られた。これほど幸せな事があるか?……と……その、そういう、事なんだと思う。俺も出陣はできる。だから隊長は、近侍も、鯰尾でいい。その、そこまで、気にしなくても……。あまり見るな」
山姥切が顔を隠した。隙間から見える表情には、こんなに俺の事で悩んでくれるなんて、と書いてある。

それを見た主は笑った。
「そうか。そうだな。山姥切もちゃんと使うから安心してくれ。皆も。これからもよろしくな。厳しい事ばかりだと思うが、歴史を守る為に、力を合わせて……地味にやっていこう。本丸は多々あるが、それにあぐらをかいてはいけないな」
主が息を吐いた。

「そうだね」
歌仙が頷く。

「じゃあ、改めて。この本丸は、鯰尾を総大将に据えて頑張ろう。鯰尾、ちょっと大げさな役割を与えてしまったけど、大丈夫か?」
主が言った。

「えと……俺、ですか?」
鯰尾は主を見た。
「私は君にやってほしいと思っている。出来そうか?」
主は尋ねた。

「そうですね……」
鯰尾は思い出した。
昨日の敗走を。自分はどう在るべきか?

「……戦の方針は主が出すんですよね?大まかな采配とかも?」
「もちろん。困った事は話し合う。私も戦は専門外だから……なんて言ってられないな」

「そうですね。俺も、色々勉強します。わかりました。任せて下さい!」

鯰尾はあっさり引き受けた。
――しょせん刀剣男士。命じられれば、断ることは出来ない。
本当にそうだろうか?
口があって、目があって、耳があって。腕があって、足がある。
受肉した付喪神。操るはただの人。これならば、造反も可能……。

「皆さんもよろしくお願いします」
鯰尾はそこにいる『物達』に頭を下げた。
「それがいい」
山姥切が頷く。鯰尾も頷いた。

「……俺は戦で指示を出しますが、もちろん主命が第一です。一緒に、頑張りましょう。……頑張るって言うのは、この戦いが終わるまで、誰も折れずに行こうって事です」

鯰尾の言葉に小夜、五虎退、薬研は少し驚いた様子だ。歌仙と山姥切は静かに見ている。

「主さん。俺は、この本丸の誰より強くなります。たかが脇差だけど。誰よりも。……絶対に、もう二度と。敗走なんてしません。撤退はしますけどね。だから皆も、やばいと思ったら言って下さい。――山姥切さん」

鯰尾は山姥切を見た。
「俺に何かあったときは、貴方が後を継いで下さい。そのつもりで。俺も、山姥切さんも。皆さんも。主さんも。強くなりましょう」
鯰尾は微笑んだ。

「そうだな。私も頑張るよ。よし。じゃあ飯にするか――」

主が言って、皆が立ち上がった。

■   ■ ■

「ずお兄が総大将か」
薬研は独り呟いた。

今日も鯰尾は出陣していて、本丸には山姥切が残っている。
薬研はたまの休憩だ。

今は鯰尾がほぼ采配をしていると言って間違い無い。編成も、決まったら教えてくれと主に一任されていた。
鯰尾はさっそく、朝食後に会議の時間を設ける事にした。

鯰尾の采配は不思議で、まず皆に話を持ちかけ、そして適当、という感じで決定をする。正直言って、深く考えているようには見えない。
どうやら決め事はさっさと決める即決タイプらしい。

今日はまず内番をどうするか決め、すぐにくじ引きでいいやと言う事になった。
五虎退が出した案だ。じゃあそれで、と鯰尾が言った。
五虎退は先日の敗走以来、おどおどしつつも、きちんと意見を述べるようになった。姿勢も良くなった気がする。
当番表や掛け札があると分かりやすい、と言う小夜の提案で、午前中に手の空いている者がやる事になった。

小夜は顕現してからずっと暗かったのだが、やはり思うところがあったのだろう。熱心に稽古し、皆の様子を見るようになった。

意外と刀剣達でやる事は多いのだが、鯰尾は適当にすらすらと出した。

鯰尾は、買い出し当番については歌仙に一任した(ただし今後も増えるだろうからしばらくの間だ)
手伝いは手の空いた者が自主的にすること。給与に関しては主と山姥切で話合って欲しいと言った。

鯰尾は予定通り出陣した。

鯰尾は、その日の出陣、遠征予定は朝に了解を取っておく事にした、と言っていた。
鯰尾は基本早寝早起きだ。早く寝て、――翌朝早く起きて、一人で素振りをしている。

一番手が空いていたのは主だったので、鯰尾に言われて主も参加だ。

薬研は鯰尾ほど主に気安く進言できない。他の刀剣、山姥切もそういう様子だ。
鯰尾と主の関係は不思議で、気が合うのかお互いの性格を把握しているように思える。

まるで主の分身がいるようだ、と薬研は思った。
それが近侍のあるべき姿なのかも知れないが……。

「少し心配だな」
「え?何が?」
乱が言った。

「いや、ずお兄は真面目なようだから。このまま行くと、どうなっちまうかな。無理しなきゃ良いんだが」
「でも、非番はキッチリ皆、順に結構取れてるよね。都合悪かったら交代見付けて、ずお兄に許可貰えばいい、って事だし。近侍がしょっちゅう交代するよりは、僕はいいと思うけど?」
乱が言った。
「まあな……」
「まあ、無理はして欲しくないけど……」
乱は少しうつむいた。

薬研の心配を余所に、鯰尾は逞しく成長していった。

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主がちょっと待て?と思ったのはそれからしばらく経った、ある日の事だった。

洗面所、脱衣所は混み合う。
その日は珍しく、主が刀剣用の洗面所を使いに来た。

主は入浴や歯磨きはだいたい自分の部屋で済ませるのだが、希に皆の様子を見に出て来る。
今日は先日顕現した和泉守兼定、加州清光などと立ち話をしていた。
短刀も前田、今剣、愛染と、どんどん増えていて、賑やかなことこの上ない。

「~~っと♪」
「待て。鯰尾。お前、シャンプーどうしてる?」
湯上がりの鯰尾を主が呼び止めた。濡れた髪がなびく。
――すれ違った鯰尾が、何となくカルキ臭かった。
だから声を掛けたが、まさか。

「え?水だけですけど?」
『ぶっ』と、うがい中に噴き出す音があちこちで聞こえた。
「水っ!?」
主は叫んだ。

和泉守が目を丸くした。
「水ぅ!?おまっ?!」
「信っんじられない!」
加州が鯰尾の髪を掴んだ。
「うわっ」「あ!ごめん」

加州は鯰尾の髪の匂いを良く嗅いだ。確かにこれは!何も使っていない!
「あの?……何か不味かったですか?」

「えっ。いや、まずいと言うか。シャンプーは使わないのか?」
おそるおそる主が訪ねた。
「あまりサラサラだと上手く結べないんですよ。匂いがするのも嫌ですし。ほら、敵に見つかったら困るでしょう?」
鯰尾は微笑んだ。
「いや、そんな。そこまで匂わないだろ」
和泉守が言った。

「……かゆくないの?」
加州が言った。
「しっかり流せば良いんじゃないですか?手入れ部屋にも入るし、困った事は無いですね」

それを聞いた加州が頭に手を当てた。
「ああ……どおりで。なーんか前会ったことある……?って思ってた。この子あれだわ。組にもいた、素材いいのにもったい無い感じの奴だわ――」
「お前な、男なら、ちったぁ身だしなみにも気を使え!本丸の総隊長、近侍っつたら、この本丸の顔だろ?」
和泉守も言った。

「えっ?ええ?」
間に挟まれ鯰尾は目を丸くした。
「はあ。鯰尾、石けんくらい使ったらどうかな」
主が言った。
「主、石けんじゃだめだって。シャンプーじゃないと!ってまさか主も?」
加州が言った。
「いや私はちゃんとしてるよ」
「ならいいけど――、あっ。その手、ぼろぼろじゃない?手入部屋に入ったのいつ?」
加州は鯰尾の手をじろじろと見た。

鯰尾の手は爪もぼろぼろだし、ささくれ立っている。切り傷もある。戦うにしてもこれは酷い。
「最近は怪我してないんで……そのままですけど」
鯰尾は言った。
「だめだこれ。もっと磨かないと。今日は良いとして、明日から俺達と風呂入るよ」
加州が言った。
「え?」
「俺が教えてやるよ、隊長さん」
和泉守が肩に腕を回した。

「ところで髪はちゃんと乾かして寝てるの?」
「え?……」
鯰尾は目をそらした。

「やっぱり!初めて会った時におかしいな、可愛いけど髪がすごく傷んでるな、って思ったんだ!!」
「そんなトコ見てたのか?」
和泉守が呆れた。
「手伝ってあげるから、乾かそ!」

鯰尾はそのまま連れて行かれて、主はぽかんとしたまま残った。

■  ■ ■

翌晩。
鯰尾は加州に洗髪指導を受けていた。
昨日は乾いたところで逃げ出せたが、今日はがっちり捕まった。

乱も参加し、隣で薬研が物珍しそうに見ている。
「俺でも石けんは使うからなぁ」
薬研が石けんを泡立てながら言った。
「薬研!おまっ。まず手袋を取れ。話はそれからだ」
和泉守が言った。

鯰尾は言われたとおりに洗っている。
何でこんなことに……とため息をつきながら。

「僕も手伝うよ。いいなぁ。黒髪。実は僕も、もったい無いなって思ってたんだ……。でもずお兄、言っても聞かないんだもん。和泉守さんと加州さんに感謝だね」
「ううん……、やば目に入りそう」
乱が目元を拭いた。

ちらりと体を見て、乱は首を傾げた。
「ずお兄、細いけど力はあるんだよね。なんか不思議」
――水だけで髪を洗っていたり、髪を乾かさなかったり。そこだけみると鯰尾は粗雑に見えるのだが、腰にタオルをしっかり巻いていたり、意外に神経質なところがある。

乱は、もしかしたらずお兄は一人でお風呂に入りたいのかも?……と思った。嫌いでは無いようだが、少し刀付き合いが苦手なのかもしれない。

鯰尾は主の部屋に詰めている事がほとんどで、一日見ないこともある。
近侍だからと、少し距離を置いている感じもある。
もしかしたらボクたち、まだ親しくないのかも――?

「んんん?水、桶は?」
鯰尾が目を瞑ったまま手を伸ばすが、スカスカと何も掴めない。
乱はその仕草を見て思わず微笑んだ。

「はいはいはい、もうちょっと洗おうね」
加州が容赦無く泡立てて、鯰尾がうわぁ、と声を上げた。

■  ■ ■

「疲れた……」
ドライヤーを終えた鯰尾は、そこに敷いてあった布団にバタリと倒れ込んだ。

どうして自分の髪はこんなに長いのだろう。切ってしまいたいと思った。

ちなみにここは乱と薬研の部屋だ。
今は鯰尾と加州と乱がいる。
コンセントが一つしかなかったので、薬研は隣の部屋を使っている。
明日は薬研もサラサラだろう。

和泉守は「国広がいればなぁ、めんどくせぇ」と言いつつ、自分の部屋に戻っていった。
和泉守の髪は鯰尾の髪よりかなり長い。よほど気合いを入れないと乾かないだろう。
それでも彼はいつも身ぎれいにしていて、鯰尾は凄いな、と思っていた。

「ふう、やっぱり長いと片付けも大変だ。ほら、起きろ~、櫛で梳くよ」
加州と乱が櫛を取り出す。
「ボクも手伝うよ」
乱が言った。
「甘やかすと良くないんじゃない。まあ、それでもいいけど……」

「もう、好きなようにして下さい……」
鯰尾はぐったりと寝転んだまま、顔だけを上げた。

「でもやっぱり、脇差って小さいよね」
加州は鯰尾を見た。うつ伏せになった体は、……細い。
顔は小さいし、手足は細いし。浴衣の帯は余りまくっているし、浴衣の裾から出た足、ふくらはぎや足首は真っ白だ。
これが脇差なのだろうけど、短刀より少しお兄さん、と言った程度だ。

「鯰尾は、なんで総隊長なの?……いや、強いのも知ってるけどさ。大変じゃない?主に気に入られてるのはわかるけど、……どうしたらそんなに気に入られるの?」

加州に言われ、鯰尾はころりと仰向けになった。髪が絡まる。
「うーん?深い理由はないと思います。聞いたこと無いし……。主も、なんとなく、とか、すばしっこいから、とか答えそう」
そう言って、よっ、と起き上がった。

「ふうん。……梳くからこっち来て」「ここに座って!」
乱と加州は結託して鯰尾を捕まえた。

「いたたた、いたっ!いたいいい!!」
「ちゃんと櫛使ってないからこうなるの!」
加州が言った。
「乱達が滅茶苦茶に洗ったんだろ!」

――そうして綺麗に櫛を通すと、大変可愛らしい――。

「……可愛すぎない?いや、分かってたけど」
加州は櫛を落とした。
「……」
乱がぼぉっとで鯰尾を見ている。

つややかな長い黒髪。大きな目、長い睫毛。
小さな顎と、細い首筋。これ以上ないほど整った顔立ち。
白い頰に、桜色の小さな口。細い手足。

どこからどうみても、美少女だった。

「……はぁー」
鯰尾は鏡を見てうなだれた。これが嫌だったのだ。

■ ■ ■

それから鯰尾は多少身なりに気を使うようになった。
そうしないと外野がうるさい。
けれど鯰尾は、山姥切ではないが、汚れていたかったし、戦っていたかった。

「ずお兄の事、僕はどっちかっていうと、男らしい、って思うよ」
乱がそんな事を呟いた。
「そうかな?」
鯰尾は苦笑した。
そうありたいと思っているから、言われると嬉しい。少し照れてしまうけど。

「逞しいって言うか、格好いいって思う事ある。僕も負けてられないなって思うよ!」
目を輝かせて乱が言うので、鯰尾は乱の頭を撫でた。

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鯰尾が多少マシになってきたある日、山姥切が『近頃、たまにそういう話を聞くんだが、お前はどう思う?』と聞いてきた。

山姥切は本丸の物資の管理、刀剣の生活の監督、畑の管理、金銭の管理など、鯰尾には荷が重い仕事を任されている。
刀剣達の悩みとか要望とか、そういう事も彼が間口だ。
彼が意見をとりまとめ、必要な物は鯰尾と相談する。
そして鯰尾は主に報告する。

鯰尾はとにかく出陣が多いので、初めは山姥切が本丸に残り近侍を務めていた。

しかし山姥切も出陣があり忙しい。
そう言う時には初太刀の鶴丸国永が重宝している。
この本丸の鶴丸国永はとても面倒見の良い性格で、古参や主からの信頼も厚い。

「そういう話?」
鯰尾は首を傾げた。
唐突過ぎてよく分からなかった。

確か部屋割の話をしていて『そうだ。数件……変更の希望が出ている』の後の、そういう話、とは?

「それってつまり?」
「つまり、誰と誰が恋仲だとか、そういう話だ」
山姥切が言った。

「えっ!?コイナカっ?……――ああ。なるほど。えっと、どうだろう……?」
一応知識はある。恋仲というのは、人間がいちゃいちゃするアレだ。
口吸いしたり、裸で重なったり。いれたりいれられたり。
そうして子を成したり、成さなかったり。祝言を挙げたりする。
男女が基本だが、男同士、女同士もある。
……少し恥ずかしいあれそれだ。

「って、刀剣男士も恋とかするんだ?」
鯰尾は驚いた。
「ああ……そうらしい」
山姥切も不思議だ、という顔をしている。
「そういう山姥切さんはどうです?」

山姥切は苦笑した。
「……そんな暇は無い。お前は?」

鯰尾も苦笑で返した。

その後、鯰尾は既に付き合っている組み合わせを聞いて、紙に書き留めた。
「三組か。結構ありますね。へえ……この人(ひと)達が?」
「ああ。鶴丸の話だと、もう少し増えそうだとか。鶴丸は皆は自由に恋愛したがっている、と言ってた。風紀が乱れるのは好ましくない……が、下手に押さえ付けるのは良く無いとも」
「確かに。でも、これは俺達じゃ分からないですね。主は何て言うかな。って言うか、事と次第?によっては大問題じゃ無いですか?今から行きましょう」
「ああ」

■ ■ ■

「へ?良いんじゃない?」
主はこんのすけを膝に乗せ、一緒に煎餅をつまんでいた。

その後で少し考え。
「いや、……そうだな。君達も何か支えが必要だろう。私自身はあまり興味無いけど、好きにやっていいよ。うん。出陣に支障がなければ構わない」
かしこまって言った。

近侍部屋を出た後で、鯰尾は苦笑した。
「俺、主のああいう所。結構好きだなぁ」
「……俺もだ」
山姥切も微笑んだ。


「えー。そういう事らしいので、衆道に関しては皆さんで好きにして下さい。誰と付き合ってるとか、報告もいらないそうです。でも相談したいなら聞くって主は言ってました。意外にだいぶ寛容な感じです」
鯰尾が皆に言うと、ほっとしたような空気が流れた。

「よかったー」「さすが主だな」
という声があちこちで聞こえる。

乱と目が合い、鯰尾は反射で微笑んだ。

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その夜、乱が部屋を尋ねて来た。

「ずお兄、ボクだけど。入っていい?」

「いいけど?」
鯰尾は、寝支度を調え、髪を下ろし編成を組んでいるところだった。
白い浴衣に、藍色の羽織を羽織っている。
「仕事中だった?」
「いや、これは明後日の分だから、まだ大丈夫。見ておきたくて」
「そっか……お疲れ様」

「それで、何か用?」
「ううん。別に用は無いんだ。でも、ちょっと眠れなくて」

「そっか。薬研に頼むか、夜食でも食べる?」
鯰尾は微笑んだ。
「夜食って、何かあるの?」
乱が首を傾げる。
「少しなら」
鯰尾は立ち上がり、押し入れを開けた。
箱の中に――。
「えっちな本?」
「違う。こら、えっと、小さいカップ麵。あとお汁粉。これ買ったはいいんだけど、食べてなかったら食べよう。どれがいい?」
鯰尾は小さなカップ麺と汁粉を取り出し微笑んだ。

「わぁ美味しそう!」
乱は目を輝かせた。
そうして、兄弟で麵をすすった。

「「美味しかったー」」

「……ずお兄、一人部屋で、寂しくないの?」
乱が言った。

「……そのうち骨喰が来るだろうし、いいかな……。寝るだけだし」
鯰尾は言った。

「もう。ずお兄、そんなんじゃ駄目だよ。もっと、楽しまないと」
乱が言った。
「……」
鯰尾は瞬きをした。

――楽しむ?

「え?楽しむって?」
「ずお兄、あまり笑わないね、って皆で話してたんだ。……比べる訳じゃないけど。演習で会ったずお兄は元気だったから……。やっぱり近侍って大変だよね」
乱が項垂れるので、鯰尾は苦笑した。

「そんな事ないって。まあちょっと最近は大変だけど、長谷部さん?が来たら色々任せようって主達と言ってるし。大丈夫。記憶がなくて寂しいって思う事もあるけど、骨喰が来たら楽しい、……のかな……」

骨喰藤四郎。
鯰尾と、まるで双子のようだと言われている刀剣男士。

演習でよく見るが。確かに似ている。
早く来て欲しい気持ちもあるのだが……鯰尾はほとんど何も覚えていない。

この本丸は先日やっと堀川が来たばかり。骨喰は少し呼ぶのが難しいと聞いた。
堀川は……早速、和泉守と恋仲になったらしい。

「ずお兄、真面目だから……。たまには僕とデートしてよね!」
乱が言った。

「デート?」
鯰尾は瞬きをした。
「そう。本当はそれを頼みに来たんだ。非番の予定合わせてよ。今度僕と二人きりで、その次は兄弟皆で。出かけよう?裏山じゃなくてさ。十字街って楽しいんだって。主が僕たちで行ってもいいって」

「……。デート……」
「意味わかる?二振で出かけるって事だよ!遊びに」

「あー、なるほど。……わかった。行こっか」
鯰尾は笑った。
「やったぁ」
乱が抱きついて来た。

鯰尾は、楽しみだ、と思った。
――その時確かに、鯰尾は乱を好きだった。

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本丸を見渡せば、つがいが沢山いた。

「……」
鯰尾はその中をすいすいと通り過ぎていく。
今日は鍛錬する為に裏山へ行く。

先客がいた。山伏だ。
「おお。来られたな。鯰尾殿」
「おはようございます!さてと」
鯰尾は装備を外し、薄い襦袢に着替えた。初めはふんどし一丁だったのだが、乱と山姥切に止められた。

冷たい滝にしっかり打たれたながら、鯰尾は叫んだ。

「好きって何だろうーー!山伏さんは好きな刀、いますかーー?」

「拙僧か?もちろんおらぬぞーーー!」
あっさり返って来た。

「ですよね。俺もいなかった」
滝から出て鯰尾は言った。
「と言う事は、誰か?」
「乱に誘われたんですけど。まあ、ただのデート、っていう外出ですけど……。そう思って良いのかな……。そんな気はしてたけど……。でも、単純に、俺を休ませる口実かもしれないじゃないですか。乱の考えがわからなくて」

鯰尾は滝の下に戻った。

「――鯰尾殿は?乱殿を好いておられるのか?」
「ん?――えっと、多分。……好き、だと思いますけどーー!兄弟だから、好き、っていうのもあって、良く分からなくて。デートって……行った方が良いんですかぁーー?」

「カカカ!拙僧にはよくわからんが!!聞いた話だと、行って損はないと思う。乱殿もすぐにどうこう、というわけではないだろう。これもまた、修行なり!」

滝がざーーーと鳴っている。

「鯰尾殿、恋愛とは自然に起こるもの――と聞く。拙僧には未だ分からぬがーー、小さき兄弟が言っていた。『他の刀を思うのと、兼さんを思うのは何処か違うって気が付いたーー!だから、部屋を一緒にして貰ったんだーー!ずっと一緒に居たかったからーー!』とな。つまり、鯰尾殿が事前にあれこれ悩み、身構える事では無かろう」

山伏の言葉に、鯰尾は目を輝かせた。
「なるほどーー。確かにそうかもーー。そう言えば乱はまだ何も言ってこないし、俺の勘違いって事もあるかーーー!」

「カカカカカ!!」
そこで山伏が滝から出た。鯰尾も切り上げた。

「だが。実は鯰尾殿、乱殿の気持ちは、拙僧にも、……おそらく皆にも分かっていた。鯰尾殿は少し鈍いようだ」
「う……」

鯰尾はうなだれた。

「……俺、やっぱり駄目なのかなぁ……」
「カカカ!そんな事は無いぞ。ありのままの自分を見せることもまた、修行なり。鯰尾殿は自らの弱さを知っている。拙僧にはまだそれが見えぬ。お互い、人の身で学ぶ事は多い」

「……そうですね」
鯰尾は微笑んだ。

「――俺は。いつでも笑っていられるような。そういう刀剣になりたい」
鯰尾は呟いた。

「まだ、あんまり出来てないけど……強くなって……」
鯰尾は目を閉じた。

思い返すのは、顕現したばかりの頃。

――敗走したあの時。
運が良かっただけで。誰か折っていたかもしれない。
この先も誰か折るかもしれない。
それは、自分かもしれない。
折れたらどうなる?
……二振り目を励起しても、記憶は戻らない。
永遠に会えなくなる。

失いたくない。失うのが恐い。
もっと生きたい。傷つきたくない。傷つくのが恐い。

……自分のように、醜い感情をそれぞれ皆が持っているとしたら?

鯰尾は個の感情に踏み込むのが少し恐くなった。
気にすることじゃない、と分かっているけど。信じたいけど。恐い。

「カカカ!鯰尾殿ならできる!拙僧も負けてばかりはおられぬ。いざ、お相手願おう!」

強さって何だ?

……恋ってなんだろう。

雑念を払い、鯰尾は脇差を抜いた。


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約束の日になり、鯰尾は乱と街に出かけた。
一緒にあちこちを回って、美味しい物を食べる。
見たことない物が沢山あって、刀剣男士も沢山いる。

それは想像以上に楽しい事だった。時間があっという間に過ぎていく。

「ふふ。お土産が出来ました」「運が良かったね」
声が聞こえてそちらを見ると、どこかの前田と一期一振……がいた。

「ずお兄、いち兄だ……!」
乱が目を輝かせた。鯰尾も目を丸くした。
「うん、いち兄だ……!」
鯰尾も言った。記憶になんとなくあるような――気がしてくる。

「いいなぁ。うちにも早く来ると良いな」
乱がうっとりと言った。
「今度、乱も鍛刀やってみる?」
「うん!」

乱と一緒に少し見ていると、あちらが気づいて微笑んだ。
鯰尾は前田にばいばいー、と手を振った。
前田がぱっと微笑み、一期一振と会釈して去って行った。

夕暮れになりかけても乱の勢いは止まらず、さすがに目が回りそうだ。
「ずお兄!次のお店に行こう」
「わ、っと待って」
鯰尾はこんのすけの置物を置いて、乱の後に続いた。

乱が入ったのは小間物屋だった。
「ここのお店、可愛い髪紐とか、爪紅があるんだって。加州さんが新しいの欲しいって言ってたよ」
「へえ」
鯰尾はよく分からないなぁ、と思いながら棚を見た。色とりどりの物があって、見ていて面白かった。

「この綺麗なのは何?あれ?この匂い。……すとろべりー?食べ物?」
「それは瞼に乗せる化粧粉。アイシャドウって言うんだよ。そっちは香水。ねえねえどの色が良いと思う?」
「加州さんにはお世話になったし、何か買っていこうかな」
「ずお兄もう結構買ってるのに」

くう、と小さな音がした。乱が腹をさすっている。
「ねえ。日も暮れそうだから、ここで終わりにしよ。ボクお腹空いちゃった」
「えーっ。さっき鯛焼き食べたばっかじゃん!?」
「甘い物は別腹なの!あ、これ可愛い。でもお金無い!ご飯も食べたいし……」
「また今度来ようか」
鯰尾は苦笑した。
そうして会計を済ませた時だった。

表でばさ、と言う物音がした。

「何だろう?」「結構大きい音だったよね?」
鯰尾と乱は顔を見合わせた。

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鯰尾と乱が表に出ると、どこかの刀剣男士達が一触即発、と言った様子で向かい合っていた。

鯰尾から見て右手側に、燭台切、獅子王、長谷部。
左手側には、大倶利伽羅、歌仙、三日月宗近。

一体何が?と思って見ると、大倶利伽羅が引く荷車の縄がほどけ、米俵が崩れていた。
……位置的に獅子王が荷車に当たったのか、五俵の内、三俵が落ち、一俵は派手に崩れて米が地面にぶちまけられている。

「それで、謝罪はなしか?」
三日月宗近が獅子王に言った。冷たい声だった。
手を伸ばせば届く距離だが、三日月は一顧だにしない。声色は冷たい。

「ちっ」
獅子王が舌打ちをした。

「わーるかったよ」
獅子王は三日月達をにらみつけながら言った。
「……誠意が感じられないな」
歌仙が言った。侮蔑の色がある。

「――貴様等……!」
獅子王と同じ本丸の長谷部が言った。その目がぎらついていて、明らかに怒っている。
燭台切が気遣うように長谷部を見た。

「獅子王、ここは謝ろう。僕たちが悪かった――」
燭台切が言った。
「――うるせえんだよ。お前らさっきから見てりゃ、大倶利伽羅になに言ってンだよ!」
「獅子王!」
「こんな役割はお前がやって当然?ハァ!?何お高くとまってんだ偽ジジイ共!」

「この者はその為にいるのだから。当然だ」
三日月宗近が言った。
「てめぇ、何いってんだよ!?――っ、ふざけるのは『アイツ』だけにしろ!!」

びり、と空気が揺れた。

三日月宗近の殺気が凄まじい。凍てつくような目。

「っ……」
鯰尾の隣で、乱が萎縮している。

(うわ……)
鯰尾は獅子王の態度を見て何となく察した。確か『獅子王』は気の良い刀剣で、悪いと思ったらすぐに謝る。

おそらくこの三振ずつ、二つの本丸の刀剣達は既知同士だったのだろう。
そしてアイツというのは――。おそらく三日月達の主。
それが三日月の逆鱗に触れた。

周囲を見ると、何振か刀剣男士がいて、一番近いのが鯰尾と乱だ。
というか、この六振は小間物屋のすぐ真ん前で言い合いをしていて、五・六歩で荷車だ。
……この道はそこまで広くないし、避けて帰るのも気まずい。

(……こんな場所で喧嘩しなくても)

「ちょっと、そこの皆さん。日も暮れるんでやめて貰えます?」
呆れた鯰尾は声を掛けた。

「抜刀は御法度ですよ」
分かっているだろうが、一応言った。
「――」
突然声を掛けた鯰尾を、三日月宗近は見ようともしない。
「乱、そこで袋貰ってきて」
鯰尾は今出た店を指さした。
「え?」
「お米、もったい無いだろ。拾わなきゃ」
「あ、うん……」

「俺も手伝いますから、今日は帰って下さい。どこの本丸ですか?騒ぐなら通報しますよ」
鯰尾はよいしょっと、と言って落ちた米俵のうちの崩れていないものを担ぎ、どさっと荷車に乗せた。

「重たいですね」
「ずお兄、これ!」
「ありがとう」
鯰尾はぶちまけた分の俵も口を縛って元に戻した。
乱は膝をついてさっさと米を袋に入れた。鯰尾も手伝ったが、一袋では入りきらず二袋になった。
「ええと、これ、ふるいにかけて、洗ったら食べられるよ……」
乱は遠慮がちに大倶利伽羅に渡した。

大倶利伽羅は無言で受け取った。
「……」

三日月や獅子王達も無言のままで、鯰尾は何なんだろうなぁと思った。
とりあえず縄をしっかりかけ直す。
「ま、いいや。じゃあ、食べ物をダシに喧嘩しないで下さい。――そちらの獅子王さん」
鯰尾は土を払い、獅子王を見た。

「!?」
獅子王は驚いた様子だった。

「事情は分からないですが、『あいつ』というのも誰か分からないですけど……そこは一応、謝って下さいませんか?通りすがりが言うことじゃないけど。――あのひとすごく怒ってるみたいだし」

固まる獅子王の後ろで燭台切が頷く。
「……分かった。獅子王」
燭台切に促され、獅子王は項垂れた。その後、三日月を見た。
「……、悪かった。失言を許してくれ」

それは確かな謝罪だった。

「――よきかな」
三日月は微笑まずに言った。

「手間を掛けた。帰るとしよう」
三日月は言って、去って行く。

「何だったんだ?」
鯰尾は首を傾げたが、三日月達が離れた後、はぁぁ、と息を吐く音が聞こえた。
乱だった。
緊張が解けた為か、少しふらついていた。
「乱、大丈夫か?」
乱は真っ青だった。

「……っず、ずお兄!あの三日月さん!」
「??」

「あのひと!多分、ボク、噂で聞いた事ある。すごく偉い審神者の刀剣で……!目印は銀色の拵え……!」
真顔で言い出したので、鯰尾はぽかんとした。
「そうなの?」
「もう、……恐かった!」
「でも良い人そうだったじゃん」
「いいひと!?」
乱は信じられない、という顔をした。

(……確かにあの刀(ひと)、すごく怒ってたけど)
鯰尾を見る目には敵意も殺意も無かった。
無関心とは少し違う。

「何となく……。で、どうする?そろそろ日が暮れるけど。ご飯食べて帰る?」
「――と、そうだね。ボクもお腹空いちゃったかも。もうくたくた。ご飯食べなきゃ戻れないよ」
まだ夕暮れ時だ。
「沢山遊んだよなぁ」
鯰尾は苦笑し、乱はどこで食べようか、と言って歩き出す。
手、つないでいい?と言われたので、手を繋いで少し歩いた。

近くに丼物の店があった。
「あ。このお店は?」
「じゃあ、ここで――」
「っちょっと、君達!」

暖簾をくぐろうとしたら、足音が聞こえて、声を掛けられた。
追ってきたのは燭台切で、先程の礼にご馳走させて欲しいと言われた。

鯰尾と乱は顔を見合わせた。
――おごって貰えるなら断る理由もない。見ると長谷部と獅子王もいる。
「えっと、はい……ありがとうございます」
鯰尾と乱はそのまま店に入った。

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「何でも好きなだけ頼んでくれ」
長谷部が言った。
五振は一番奥のテーブル席に案内された。
席は、手前に乱、奥に鯰尾が座り、その向かいに燭台切、獅子王、長谷部が座っている。

「……さっきはありがとな。助かった」
獅子王が言った。
「だから、お前は……はぁ」
長谷部は溜息をついている。
「あんな事があった後だし、怒るのは分かるけど、生きた心地がしなかったよ」
燭台切が言った。
「何かあったんですか?」
「まあ、とりあえず頼もうぜ」
獅子王が言う。
「あ、そうですね。じゃあカツ丼で」
鯰尾は好きな物を頼んだ。
「ボクもいいの?」
乱が尋ねる。
「もちろん」
「じゃあこの天そば、温かいの」

食事をしながら事情を聞いた所、この獅子王達は政府審神者の刀剣で、先日あの本丸の命令で任務に当たり、一振失った。
「詳しくは言えないんだけど。……むしろ、何も聞かされてないから、……殺気立ってたんだ」
燭台切が言った。
「立場は分かるが……。横暴がすぎる」
長谷部がこぶしを握った。

「そうなんですね……。事情も知らずに失礼しました。でも命令って、あの三日月さん、そんなに偉い方が主なんですね」
鯰尾は任務についての話は避けて、そちらを聞いた。

「っ、お前!じゃなかった、えと――きみ、でいいか?あの三日月を知らないのか!?」
獅子王が目を丸くした。

「……?」
鯰尾は首を傾げた。
「こら獅子王。そちらの鯰尾君は、顕現したてには見えないけど、そういうの本丸によるから」
燭台切が言った。
「有名な方なんですか?乱も知ってたみたいですけど」
鯰尾は尋ねた。

「有名も何も――白玉の審神者様の本丸の近侍、って分かる?」
「???シラタマ??」
鯰尾は首をかしげた。全く聞いたことがない。

「政府でもかなり上の方の、もう雲の上くらいすごい審神者。すごすぎて逆に現実感がないかもしれないね」
燭台切が苦笑した。

「ああ。うちの主はそういうの気にしない方です」
鯰尾は苦笑した。

でもそういえば、上の方には凄い審神者がいるというのは聞いたことがある。

主やこんのすけ、山姥切と一緒に「まあ、ウチらには関係ないよなぁ」と言って笑った覚えしかないが。その時、いくつか聞いたのは別の名前だった気もする――有名な審神者というのは山ほどいるのだろう。

「そうなんだ?」
「僕は知ってたよ。けど、うちのずお兄はちょっと野生化してるから……」
乱が気まずそうに呟いた。
「みだれー?」
鯰尾は乱を横目で見た。
「いや、なんでもないよ!」
慌てて口をつぐむ様子が可愛くて、鯰尾は口元を押さえクスクスと笑った。乱はもう!と言って口をとがらせた。

燭台切が笑った。
「あはは。――とにかく助かったよ。獅子王が彼の主の事を言ったときは、もう、駄目だって思った」
「……危うく、本丸が……。取りつぶしになるところだった。礼を言う」
隣で長谷部が頷いた。
その本丸はよほどやばいのだろう。二振とも真剣そのものだ。
「いえ――」
「はいお待ち!カツ丼と天そば!」
「カツ丼俺です」「ボク、天そば」
「あ、お先にどうぞ」
「あ、はい。頂きます」

「俺からも。……本当に、助かった。……つい熱くなっちまって」
獅子王は俯いて言った。

「あ、そうなんですか?」
その時には鯰尾はカツ丼をかき込んでいた。
「ずお兄、ご飯付いてる」
「え?」

燭台切達にも食事が運ばれてきた。燭台切が定食、獅子王が天ぷらうどん、長谷部がざるそばだ。

「そう言えば、君達はサーバーどこ?」
「サーバーは××国ですけど、あ、本丸番号は聞いてません」
鯰尾は答えた。
「あ、そうなんだ?ゴメンね不躾に」

その後は今日の買い物とか、とりとめの無い話をした。
途中で獅子王が厠に席を立った。
獅子王が戻ってきて、会計して店を出た。

「ごちそう様でしたー」
そう言って、店の前で別れた。

■    ■ ■

「ただいまー」
鯰尾と乱は本丸の玄関をくぐった。
「お帰りなさい!」「どうでした?」
と兄弟が出迎える。

そう言えばデートだった気がするが、これはこれでありだろう。
土産を皆に分け、鯰尾は、本丸って良いなと思った。

ちらりと――、あの瞳を思い出す。

三日月宗近……??

「ずお兄、楽しかった?」
弟達。仲間達。主。こんのすけ。
……乱。

「え?……。うん。たまには良いな」
鯰尾は乱に微笑んだ。

〈おわり〉
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おまけ 獅子王たちと三日月宗近

「――ごちそう様でした」
「――ありがとう」

「こっちこそ。じゃあなー」

――獅子王は通りすがりの鯰尾、乱と手を振って別れた。

「恐がらせちゃったかな」
燭台切が苦笑した。

「まあ、こんなでかいのに囲まれたら――、って感じでも無いな」
獅子王は溜息を付いた。
あの鯰尾は三日月の殺気にひるまなかった。

「……どこの本丸だ?最後、聞けたか?」
「それが聞いてないって。サーバーは教えてくれたけど、それも嘘かもね」
燭台切は言った。
「こちらを警戒しているようだった。主の方針だろうか。乱藤四郎も口を挟まなかった。――良く躾られているな」
長谷部が呟いた。
「へぇ。鯰尾にも色々あんだなぁ」
獅子王は楽しげに言った。

「っ。お前、分かっているのか!?あの鯰尾がいなければ、今ごろ本当に……!」
長谷部が叱責する。
「……悪い」
獅子王が言った。

「でもいっそ。……そうなりゃいいって思ってた」

「本当に、悪かった……」
獅子王は仲間に頭を下げた。
燭台切が獅子王を見る。
「……。彼の事、少しは吹っ切れた?……あの彼の善意を利用するのは良くないけど、……これを踏ん切りにして欲しい」

「ああ……」

獅子王は思い出す。

折れたのは……鯰尾だった。

同時期に顕現して、ずっと一緒の部隊で。
雑魚寝して、馬鹿やって騒いで。背中を預けて戦った。

――何も聞かされず。破片も戻って来なかった。
戻ってきたのは三日月だけ。

獅子王はこぶしを握った。
「あいつは。……鯰尾は、任務を全うしたんだ。俺も、負けてられねぇな」
「多分、今ごろ政府は大騒ぎだよ。きみはあの氷の三日月に喧嘩売った獅子王、って伝説になるかもね?」
燭台切が笑った。
「――それを言うならあの鯰尾だろう」
長谷部が言った。

あっそう言えば。と燭台切が言った。
「しまった!お使いの途中だった!――主に怒られる?!」
「やべっ!」
「……全く」
長谷部は溜息を付いた。


■ ■ ■

「――今日の一件は、主に報告する」
帰り際、三日月が言った。

「……三日月殿。まだお怒りで……?」
歌仙は三日月を見た。
この三日月は、主を愚弄されると――手が付けられなくなる。

歌仙は内心、大冷や汗をかいていた。あの獅子王の本丸には覚えがあったが……。
偶然通りがかったのが鯰尾藤四郎だったのは、奇跡に近い。

「そうではない。あの鯰尾の身元を調べる」
「?……っ。――まさか」

三日月が頷いた。

〈おわり〉
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思い出語り 番外編⑥ -鯰尾の夢-
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思い出語り 番外編 -鯰尾の夢-


鯰尾は、敵を見て――ひい、とあえいだ。

四振での出陣だった。
薬研と小夜左文字は少し前に初陣を終えたばかりだ。
――敵を甘く見ていた。
本陣の二つ前、初めて見る敵、大太刀にやられた。鯰尾は中傷になった。いやな予感はした。状況を報告すれば、敵に会う前に撤退もできたはずだ。

いや、その前の打刀?
思えば思うほど、見誤ったのは自分だ。
完全な敗北、敗走。
小夜左文字、五虎退と共に退く。薬研を背負った。

悲鳴が聞こえ、直後に五虎退が倒れた。もう一振が襲いかかる。五虎体には足がない。
鯰尾は叫び、薬研を背から落とし大太刀に斬りかかった。
必死の一撃が大太刀の心蔵を突いた。その間に小夜左文字の肩がなくなり倒れた。

そこから、歯の根が合わない。
敵はあと二体。鯰尾を討ち取ろうと斬りかかる。
短刀が鯰尾に飛びかかる。鯰尾は受ける。打刀がゆっくりに見える。
死ぬ、死ぬ。死ぬ!!
鯰尾はギリギリで打刀と短刀の刃を受け止めた。火花が散った。
鯰尾の籠手に短刀が食い込み、深く食い込む。
運良く短刀が退いた一瞬、打刀の喉を突いた。

「ぁああああああああああああ!!」
怒りにまかせ何度も、何度も。打刀は倒れた。
鯰尾の脇腹に敵の短刀が突き刺さる。
ぐりぐりと。奥まで。腹がじわ、とか、ぶちゅ、とか。熱い。

「こいっ……しゃらくせンだよ!!!!」
たった一体で。鯰尾に食いかかる。

鯰尾は敵の短刀に、自分と同じ必死さをみた。

お前も。そうか。

――お前のせいで!!!!!

鯰尾は怒りのままに頭から本体を突き立てた。短い呻きが上がり、終わった。

「……は、はっ、はぁ」
鯰尾は膝をついた。意識が遠のく。腹にささった短刀を抜いた。げほっ、とむせ込んだ。
動ける。動ける。イタイ。いたい。痛い!

五虎退はどうなった……。
さよいきてる?しんだか
やげん??どこだ?

立ち上がったとき、何かを踏んづけた。

――自分の『脇差』だった。

ぶち、と何かが切れた。

「……っ無事か!?返事を!!」
返事はない。呻きすらない。
血の気が引く。主はどこ?
鯰尾は自分の本体を拾った。震えながら端末を取り出す。血で滑り落とした。

「主、主ぃいぃ!!!助けてぇっ!!」
『!?どうした?!』
「あるじあるじ」
鯰尾は地に向かって叫んだ。
『やられたのか?!強制退去する!!一カ所に集まって――』
「だめぇ!まだだめ!!」
『大丈夫だ落ち着け!お前が隊長だ!!』
鯰尾は繋がったままの端末を置いて走った。仲間の状況を思い出したのだ。
散らばった皆の本体を拾い、体を一カ所に集める。
薬研を背負い、とにかく全て抱えた。
泣いていた。
「主ぃっ早く戻して!!!」

光に包まれて、意識が遠のく。

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「みな……て、……れを……」

門をくぐるなり、鯰尾は倒れた。
否、手を突いて持ちこたえた。倒れようにも鯰尾は二振抱えている。

背中に薬研藤四郎を振り括り付け、小夜左文字と五虎退を抱え、皆の本体もくわえ、結わえ持ち帰った。
血濡れた二振の体は布切れのように重ねられている。五虎退には足がない。小夜左文字には右肩から先がない。

主が血相を変え、「――はやくっ!!手入れだ!!」と叫んだ。
「さよっ!!?」
歌仙がすぐに小夜左文字を引きはがし、山姥切と乱が五虎退、薬研をそれぞれ抱えて走る。

門前には鯰尾だけが残った。

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よかった。
戻って来られた。

「早く手入れを!!」「札ぁあっ!」「止血を!!」
歌仙、山姥切、乱。主。皆の声が聞こえて、……聞こえなくなっていく。

よかった……。

「……あ、はは、ゴホッ、あは」
折れる。

傷口から血が流れ出る。
うまく呼吸が出来ない。

よかった……。終わった……。恐かった……。
ちゃんと終わった……。殺されなかった……。

俺も、もう、終わりでいいよね……?

「鯰尾!!しっかりしろ!!」
瀕死の鯰尾を抱き上げたのは山姥切だった。
主は小夜、五虎退、薬研、と順に手伝い札を使い、はたと――気が付いた。
鯰尾は!?
山姥切は血相を変え、駆けだした。

「持ちこたえろ!!」
山姥切が鯰尾を抱え、手入れ部屋へ走る。

鯰尾は微笑んでいた。

ふふ……。今朝の卑屈が嘘のように、頼もしい……。

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「……体から離れたモノはどうなるんだろう」
手入れ部屋で目を覚まし、鯰尾は呟いた。
頭がぼんやりとしている。

「――え」
側には乱がいて、泣いていた。
「足、拾えなかったから。五虎退の……。小夜……。そうだ、薬研は?――しまった!薬研は生きてる!!?」
鯰尾は身を起こした。

「五虎退は息があった!?小夜は?小夜は?薬研は?!まさか!?」
左右を見る。ない。いない。どこだ!?
「いるよ!大丈夫!いるよ!!部屋で寝てるよ!!」
乱が叫んだ。
「生きてる!?!」
鯰尾は乱の肩を掴んで揺さ振った。
「――生きてる!大丈夫!折れてないよぉ!いたっ」
「――っ」

鯰尾は手を彷徨わせた。

「か、刀、刀は?だれかわすれてない?ぜんぶあった?俺は?俺は?」
覚えがない。
「大丈夫。ずお兄、全部持って帰ったよ……!主、褒めてたよ」
「か、かたなが……」
鯰尾の体は小刻みに震えていた。手がさまよう。

枕元に、自分の本体があった。
鯰尾はそれを必死に抱いた。

「落ち着いてっ、今、みんな寝てるよ。主も。ずお兄の分だけ手伝い札がなかったんだ。でも五虎退も薬研も小夜君も札ですぐ元気になったから、大丈夫だよ……!」
乱はうろたえる鯰尾を必死でなだめた。

「……そ、そっか……」

鯰尾ははぁ、と息を吐いて、ようやく我を取り戻した。
――無事に戻って来られたんだ。誰も折れなかったんだ。

鯰尾は涙を流した。

「……あ」
鯰尾は、かあ、と赤くなった。
側にいるのは乱藤四郎。自分の弟だ。

「ごめん、……」
それきり言葉を次げなかった。

「……ううん。もう、大丈夫だよ」
乱は首を振った。

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「鯰尾。すまなかった」
翌日、朝。
主が手入れ部屋まで来て、鯰尾を見舞った。

「……え?」
鯰尾は一体どうしたことかと思った。
「采配ミスだ。いや。……本当は」

どうやら主は、迷っていたらしい。
隊長に山姥切を据えるか、鯰尾を据えるか。

そこで――まず鯰尾を試すつもりで、進軍を指示した。

この程度の戦場、この戦力ならちょうど抜けるだろうと甘く見て。誉を取れると信じて。
ぎりぎりの戦力での、鯰尾の采配を見ようとした。
後日同じ編成で山姥切を隊長にして。同じ事をする予定だったらしい。

「馬鹿だった。本当に、私が大馬鹿だった!試すような事をして悪かった!二度としない!すまない!!」
主は泣きながら語って、床に頭を付けた。

「主!っやめてください!!」
鯰尾は寝台から転がり降りて床に膝を付いた。

「俺がいけないんです!」
「いいや、私だ……」
「……主、あるじ……っ、違います!」
鯰尾は首を振った。何度も首を振った。

「俺達は道具ですが、主に逆らう事も出来ます。できるんです。主が間違っていると思ったら、言う事が出来るんです。口があるから!」
鯰尾の言葉に、主が顔を上げた。

「俺は自分を過信していました。練度は十分だから大丈夫。主の命だから大丈夫、次も戦える。まだいける、って……。あげく……」

自分を踏みつけて。

鯰尾は歯を噛んだ。無様な戦いだった。
「主。近侍を下ろすか、……刀解、は望めないですよね」
鯰尾の言葉に主は首を振った。
「もちろん、そんな事はしない」
主は少し冷静になったらしい。
「……山姥切さんとよく話して下さい。いえ、俺も同席した方が早いかな。いいえ。皆で話しましょう。ここにいる皆で」

鯰尾は言った。

■   ■ ■

主、山姥切、鯰尾、歌仙、五虎退、乱、薬研、小夜。
がらんとした広間に、皆で円形に座布団を敷いた。
主を挟み、右に鯰尾、左は山姥切。

「皆、具合はどうだ」
主が声を掛ける。

「もう大丈夫だぜ。すまねぇな」
薬研が言った。
「大丈夫だよ。いつでも出られる。今度は負けない」
小夜が目をぎらつかせた。
「鯰尾兄さんは、お加減は……、どうですか?」
五虎退が気遣わしげに言った。

「うん。もう大丈夫」
鯰尾は頷いた。
鯰尾は薬研や五虎退、小夜を見てほっとした。
その一方で『何だ、ちぎれても大丈夫なんだ』――ちらりとそんな事を考えた。

主が口を開いた。
「では、ああ……これが初軍議だな。今までそれらしい事もしてこなかった。私だけで決めていたが、これからは皆で話し合おう。初の議題は、この本丸の近侍についてだ。怒らずに、聞いて貰いたい。私は、近侍を――初期刀の山姥切にするか、鯰尾にするかで迷っていた」
主は訥々と語り始めた。

「山姥切は打刀で戦力になるし、鯰尾も素早く優秀だ。山姥切は初期刀。やはり頼りにしている。が、鯰尾もいいなぁ……と、情けない事に思い悩んでいてなぁ……。昨日の最悪な采配や指示は、適性を試す為に、私が行った事だ。ぎりぎりの戦力で、鯰尾やお前達がどう敵を凌ぐか、そういう事を見ようと思って。試すような事をした。五虎退、薬研、小夜、鯰尾。本当にすまなかった」
主はまた頭を下げた。

「頭を上げてくれ、大将!」「あ、あるじ様ぁっ……」
刀剣達は大いに焦った。
「いいよ、別に……」
小夜は首を振った。

鯰尾は二度目なので困った顔をするに留めた――。
山姥切は驚いたようだ。

「そういう訳で。山姥切、鯰尾。どちらが近侍――私は、まあ……毎日近侍を選ぶのが大変だから、誰かに一任したいと思うんだが、……まあな……。近侍はこの本丸の総大将にもすることにしたい。今はまだ刀剣も少ないが、資材を集めて鍛刀もするし。とりまとめ役……みたいなモノか必要だと思う。皆は……どっちがいい?」
主は苦笑した。

「主。――君は困った人だね」
今まで黙っていた歌仙が言った。歌仙はこの面子で一番後に顕現し、まだ戦には出ていない。

「君の中で答えが出ているなら、それを命じてやってほしい。それで傷つく事は無い」
歌仙は主を見て苦笑した。
「……そうか。そうだな」
主は俯いた。

「……私は……やはり、鯰尾にこの本丸を任せたいと思う」
皆がその先を待った。

「山姥切には申し訳無いが……」
「……。いいや。俺は」
山姥切が顔を上げた。

「初期刀に選んで貰っただけで、十分だ。この本丸の、始まりを見られた。これほど幸せな事があるか?……と……その、そういう、事なんだと思う。俺も出陣はできる。だから隊長は、近侍も、鯰尾でいい。その、そこまで、気にしなくても……。あまり見るな」
山姥切が顔を隠した。隙間から見える表情には、こんなに俺の事で悩んでくれるなんて、と書いてある。

それを見た主は笑った。
「そうか。そうだな。山姥切もちゃんと使うから安心してくれ。皆も。これからもよろしくな。厳しい事ばかりだと思うが、歴史を守る為に、力を合わせて……地味にやっていこう。本丸は多々あるが、それにあぐらをかいてはいけないな」
主が息を吐いた。

「そうだね」
歌仙が頷く。

「じゃあ、改めて。この本丸は、鯰尾を総大将に据えて頑張ろう。鯰尾、ちょっと大げさな役割を与えてしまったけど、大丈夫か?」
主が言った。

「えと……俺、ですか?」
鯰尾は主を見た。
「私は君にやってほしいと思っている。出来そうか?」
主は尋ねた。

「そうですね……」
鯰尾は思い出した。
昨日の敗走を。自分はどう在るべきか?

「……戦の方針は主が出すんですよね?大まかな采配とかも?」
「もちろん。困った事は話し合う。私も戦は専門外だから……なんて言ってられないな」

「そうですね。俺も、色々勉強します。わかりました。任せて下さい!」

鯰尾はあっさり引き受けた。
――しょせん刀剣男士。命じられれば、断ることは出来ない。
本当にそうだろうか?
口があって、目があって、耳があって。腕があって、足がある。
受肉した付喪神。操るはただの人。これならば、造反も可能……。

「皆さんもよろしくお願いします」
鯰尾はそこにいる『物達』に頭を下げた。
「それがいい」
山姥切が頷く。鯰尾も頷いた。

「……俺は戦で指示を出しますが、もちろん主命が第一です。一緒に、頑張りましょう。……頑張るって言うのは、この戦いが終わるまで、誰も折れずに行こうって事です」

鯰尾の言葉に小夜、五虎退、薬研は少し驚いた様子だ。歌仙と山姥切は静かに見ている。

「主さん。俺は、この本丸の誰より強くなります。たかが脇差だけど。誰よりも。……絶対に、もう二度と。敗走なんてしません。撤退はしますけどね。だから皆も、やばいと思ったら言って下さい。――山姥切さん」

鯰尾は山姥切を見た。
「俺に何かあったときは、貴方が後を継いで下さい。そのつもりで。俺も、山姥切さんも。皆さんも。主さんも。強くなりましょう」
鯰尾は微笑んだ。

「そうだな。私も頑張るよ。よし。じゃあ飯にするか――」

主が言って、皆が立ち上がった。

■   ■ ■

「ずお兄が総大将か」
薬研は独り呟いた。

今日も鯰尾は出陣していて、本丸には山姥切が残っている。
薬研はたまの休憩だ。

今は鯰尾がほぼ采配をしていると言って間違い無い。編成も、決まったら教えてくれと主に一任されていた。
鯰尾はさっそく、朝食後に会議の時間を設ける事にした。

鯰尾の采配は不思議で、まず皆に話を持ちかけ、そして適当、という感じで決定をする。正直言って、深く考えているようには見えない。
どうやら決め事はさっさと決める即決タイプらしい。

今日はまず内番をどうするか決め、すぐにくじ引きでいいやと言う事になった。
五虎退が出した案だ。じゃあそれで、と鯰尾が言った。
五虎退は先日の敗走以来、おどおどしつつも、きちんと意見を述べるようになった。姿勢も良くなった気がする。
当番表や掛け札があると分かりやすい、と言う小夜の提案で、午前中に手の空いている者がやる事になった。

小夜は顕現してからずっと暗かったのだが、やはり思うところがあったのだろう。熱心に稽古し、皆の様子を見るようになった。

意外と刀剣達でやる事は多いのだが、鯰尾は適当にすらすらと出した。

鯰尾は、買い出し当番については歌仙に一任した(ただし今後も増えるだろうからしばらくの間だ)
手伝いは手の空いた者が自主的にすること。給与に関しては主と山姥切で話合って欲しいと言った。

鯰尾は予定通り出陣した。

鯰尾は、その日の出陣、遠征予定は朝に了解を取っておく事にした、と言っていた。
鯰尾は基本早寝早起きだ。早く寝て、――翌朝早く起きて、一人で素振りをしている。

一番手が空いていたのは主だったので、鯰尾に言われて主も参加だ。

薬研は鯰尾ほど主に気安く進言できない。他の刀剣、山姥切もそういう様子だ。
鯰尾と主の関係は不思議で、気が合うのかお互いの性格を把握しているように思える。

まるで主の分身がいるようだ、と薬研は思った。
それが近侍のあるべき姿なのかも知れないが……。

「少し心配だな」
「え?何が?」
乱が言った。

「いや、ずお兄は真面目なようだから。このまま行くと、どうなっちまうかな。無理しなきゃ良いんだが」
「でも、非番はキッチリ皆、順に結構取れてるよね。都合悪かったら交代見付けて、ずお兄に許可貰えばいい、って事だし。近侍がしょっちゅう交代するよりは、僕はいいと思うけど?」
乱が言った。
「まあな……」
「まあ、無理はして欲しくないけど……」
乱は少しうつむいた。

薬研の心配を余所に、鯰尾は逞しく成長していった。

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主がちょっと待て?と思ったのはそれからしばらく経った、ある日の事だった。

洗面所、脱衣所は混み合う。
その日は珍しく、主が刀剣用の洗面所を使いに来た。

主は入浴や歯磨きはだいたい自分の部屋で済ませるのだが、希に皆の様子を見に出て来る。
今日は先日顕現した和泉守兼定、加州清光などと立ち話をしていた。
短刀も前田、今剣、愛染と、どんどん増えていて、賑やかなことこの上ない。

「~~っと♪」
「待て。鯰尾。お前、シャンプーどうしてる?」
湯上がりの鯰尾を主が呼び止めた。濡れた髪がなびく。
――すれ違った鯰尾が、何となくカルキ臭かった。
だから声を掛けたが、まさか。

「え?水だけですけど?」
『ぶっ』と、うがい中に噴き出す音があちこちで聞こえた。
「水っ!?」
主は叫んだ。

和泉守が目を丸くした。
「水ぅ!?おまっ?!」
「信っんじられない!」
加州が鯰尾の髪を掴んだ。
「うわっ」「あ!ごめん」

加州は鯰尾の髪の匂いを良く嗅いだ。確かにこれは!何も使っていない!
「あの?……何か不味かったですか?」

「えっ。いや、まずいと言うか。シャンプーは使わないのか?」
おそるおそる主が訪ねた。
「あまりサラサラだと上手く結べないんですよ。匂いがするのも嫌ですし。ほら、敵に見つかったら困るでしょう?」
鯰尾は微笑んだ。
「いや、そんな。そこまで匂わないだろ」
和泉守が言った。

「……かゆくないの?」
加州が言った。
「しっかり流せば良いんじゃないですか?手入れ部屋にも入るし、困った事は無いですね」

それを聞いた加州が頭に手を当てた。
「ああ……どおりで。なーんか前会ったことある……?って思ってた。この子あれだわ。組にもいた、素材いいのにもったい無い感じの奴だわ――」
「お前な、男なら、ちったぁ身だしなみにも気を使え!本丸の総隊長、近侍っつたら、この本丸の顔だろ?」
和泉守も言った。

「えっ?ええ?」
間に挟まれ鯰尾は目を丸くした。
「はあ。鯰尾、石けんくらい使ったらどうかな」
主が言った。
「主、石けんじゃだめだって。シャンプーじゃないと!ってまさか主も?」
加州が言った。
「いや私はちゃんとしてるよ」
「ならいいけど――、あっ。その手、ぼろぼろじゃない?手入部屋に入ったのいつ?」
加州は鯰尾の手をじろじろと見た。

鯰尾の手は爪もぼろぼろだし、ささくれ立っている。切り傷もある。戦うにしてもこれは酷い。
「最近は怪我してないんで……そのままですけど」
鯰尾は言った。
「だめだこれ。もっと磨かないと。今日は良いとして、明日から俺達と風呂入るよ」
加州が言った。
「え?」
「俺が教えてやるよ、隊長さん」
和泉守が肩に腕を回した。

「ところで髪はちゃんと乾かして寝てるの?」
「え?……」
鯰尾は目をそらした。

「やっぱり!初めて会った時におかしいな、可愛いけど髪がすごく傷んでるな、って思ったんだ!!」
「そんなトコ見てたのか?」
和泉守が呆れた。
「手伝ってあげるから、乾かそ!」

鯰尾はそのまま連れて行かれて、主はぽかんとしたまま残った。

■  ■ ■

翌晩。
鯰尾は加州に洗髪指導を受けていた。
昨日は乾いたところで逃げ出せたが、今日はがっちり捕まった。

乱も参加し、隣で薬研が物珍しそうに見ている。
「俺でも石けんは使うからなぁ」
薬研が石けんを泡立てながら言った。
「薬研!おまっ。まず手袋を取れ。話はそれからだ」
和泉守が言った。

鯰尾は言われたとおりに洗っている。
何でこんなことに……とため息をつきながら。

「僕も手伝うよ。いいなぁ。黒髪。実は僕も、もったい無いなって思ってたんだ……。でもずお兄、言っても聞かないんだもん。和泉守さんと加州さんに感謝だね」
「ううん……、やば目に入りそう」
乱が目元を拭いた。

ちらりと体を見て、乱は首を傾げた。
「ずお兄、細いけど力はあるんだよね。なんか不思議」
――水だけで髪を洗っていたり、髪を乾かさなかったり。そこだけみると鯰尾は粗雑に見えるのだが、腰にタオルをしっかり巻いていたり、意外に神経質なところがある。

乱は、もしかしたらずお兄は一人でお風呂に入りたいのかも?……と思った。嫌いでは無いようだが、少し刀付き合いが苦手なのかもしれない。

鯰尾は主の部屋に詰めている事がほとんどで、一日見ないこともある。
近侍だからと、少し距離を置いている感じもある。
もしかしたらボクたち、まだ親しくないのかも――?

「んんん?水、桶は?」
鯰尾が目を瞑ったまま手を伸ばすが、スカスカと何も掴めない。
乱はその仕草を見て思わず微笑んだ。

「はいはいはい、もうちょっと洗おうね」
加州が容赦無く泡立てて、鯰尾がうわぁ、と声を上げた。

■  ■ ■

「疲れた……」
ドライヤーを終えた鯰尾は、そこに敷いてあった布団にバタリと倒れ込んだ。

どうして自分の髪はこんなに長いのだろう。切ってしまいたいと思った。

ちなみにここは乱と薬研の部屋だ。
今は鯰尾と加州と乱がいる。
コンセントが一つしかなかったので、薬研は隣の部屋を使っている。
明日は薬研もサラサラだろう。

和泉守は「国広がいればなぁ、めんどくせぇ」と言いつつ、自分の部屋に戻っていった。
和泉守の髪は鯰尾の髪よりかなり長い。よほど気合いを入れないと乾かないだろう。
それでも彼はいつも身ぎれいにしていて、鯰尾は凄いな、と思っていた。

「ふう、やっぱり長いと片付けも大変だ。ほら、起きろ~、櫛で梳くよ」
加州と乱が櫛を取り出す。
「ボクも手伝うよ」
乱が言った。
「甘やかすと良くないんじゃない。まあ、それでもいいけど……」

「もう、好きなようにして下さい……」
鯰尾はぐったりと寝転んだまま、顔だけを上げた。

「でもやっぱり、脇差って小さいよね」
加州は鯰尾を見た。うつ伏せになった体は、……細い。
顔は小さいし、手足は細いし。浴衣の帯は余りまくっているし、浴衣の裾から出た足、ふくらはぎや足首は真っ白だ。
これが脇差なのだろうけど、短刀より少しお兄さん、と言った程度だ。

「鯰尾は、なんで総隊長なの?……いや、強いのも知ってるけどさ。大変じゃない?主に気に入られてるのはわかるけど、……どうしたらそんなに気に入られるの?」

加州に言われ、鯰尾はころりと仰向けになった。髪が絡まる。
「うーん?深い理由はないと思います。聞いたこと無いし……。主も、なんとなく、とか、すばしっこいから、とか答えそう」
そう言って、よっ、と起き上がった。

「ふうん。……梳くからこっち来て」「ここに座って!」
乱と加州は結託して鯰尾を捕まえた。

「いたたた、いたっ!いたいいい!!」
「ちゃんと櫛使ってないからこうなるの!」
加州が言った。
「乱達が滅茶苦茶に洗ったんだろ!」

――そうして綺麗に櫛を通すと、大変可愛らしい――。

「……可愛すぎない?いや、分かってたけど」
加州は櫛を落とした。
「……」
乱がぼぉっとで鯰尾を見ている。

つややかな長い黒髪。大きな目、長い睫毛。
小さな顎と、細い首筋。これ以上ないほど整った顔立ち。
白い頰に、桜色の小さな口。細い手足。

どこからどうみても、美少女だった。

「……はぁー」
鯰尾は鏡を見てうなだれた。これが嫌だったのだ。

■ ■ ■

それから鯰尾は多少身なりに気を使うようになった。
そうしないと外野がうるさい。
けれど鯰尾は、山姥切ではないが、汚れていたかったし、戦っていたかった。

「ずお兄の事、僕はどっちかっていうと、男らしい、って思うよ」
乱がそんな事を呟いた。
「そうかな?」
鯰尾は苦笑した。
そうありたいと思っているから、言われると嬉しい。少し照れてしまうけど。

「逞しいって言うか、格好いいって思う事ある。僕も負けてられないなって思うよ!」
目を輝かせて乱が言うので、鯰尾は乱の頭を撫でた。

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鯰尾が多少マシになってきたある日、山姥切が『近頃、たまにそういう話を聞くんだが、お前はどう思う?』と聞いてきた。

山姥切は本丸の物資の管理、刀剣の生活の監督、畑の管理、金銭の管理など、鯰尾には荷が重い仕事を任されている。
刀剣達の悩みとか要望とか、そういう事も彼が間口だ。
彼が意見をとりまとめ、必要な物は鯰尾と相談する。
そして鯰尾は主に報告する。

鯰尾はとにかく出陣が多いので、初めは山姥切が本丸に残り近侍を務めていた。

しかし山姥切も出陣があり忙しい。
そう言う時には初太刀の鶴丸国永が重宝している。
この本丸の鶴丸国永はとても面倒見の良い性格で、古参や主からの信頼も厚い。

「そういう話?」
鯰尾は首を傾げた。
唐突過ぎてよく分からなかった。

確か部屋割の話をしていて『そうだ。数件……変更の希望が出ている』の後の、そういう話、とは?

「それってつまり?」
「つまり、誰と誰が恋仲だとか、そういう話だ」
山姥切が言った。

「えっ!?コイナカっ?……――ああ。なるほど。えっと、どうだろう……?」
一応知識はある。恋仲というのは、人間がいちゃいちゃするアレだ。
口吸いしたり、裸で重なったり。いれたりいれられたり。
そうして子を成したり、成さなかったり。祝言を挙げたりする。
男女が基本だが、男同士、女同士もある。
……少し恥ずかしいあれそれだ。

「って、刀剣男士も恋とかするんだ?」
鯰尾は驚いた。
「ああ……そうらしい」
山姥切も不思議だ、という顔をしている。
「そういう山姥切さんはどうです?」

山姥切は苦笑した。
「……そんな暇は無い。お前は?」

鯰尾も苦笑で返した。

その後、鯰尾は既に付き合っている組み合わせを聞いて、紙に書き留めた。
「三組か。結構ありますね。へえ……この人(ひと)達が?」
「ああ。鶴丸の話だと、もう少し増えそうだとか。鶴丸は皆は自由に恋愛したがっている、と言ってた。風紀が乱れるのは好ましくない……が、下手に押さえ付けるのは良く無いとも」
「確かに。でも、これは俺達じゃ分からないですね。主は何て言うかな。って言うか、事と次第?によっては大問題じゃ無いですか?今から行きましょう」
「ああ」

■ ■ ■

「へ?良いんじゃない?」
主はこんのすけを膝に乗せ、一緒に煎餅をつまんでいた。

その後で少し考え。
「いや、……そうだな。君達も何か支えが必要だろう。私自身はあまり興味無いけど、好きにやっていいよ。うん。出陣に支障がなければ構わない」
かしこまって言った。

近侍部屋を出た後で、鯰尾は苦笑した。
「俺、主のああいう所。結構好きだなぁ」
「……俺もだ」
山姥切も微笑んだ。


「えー。そういう事らしいので、衆道に関しては皆さんで好きにして下さい。誰と付き合ってるとか、報告もいらないそうです。でも相談したいなら聞くって主は言ってました。意外にだいぶ寛容な感じです」
鯰尾が皆に言うと、ほっとしたような空気が流れた。

「よかったー」「さすが主だな」
という声があちこちで聞こえる。

乱と目が合い、鯰尾は反射で微笑んだ。

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その夜、乱が部屋を尋ねて来た。

「ずお兄、ボクだけど。入っていい?」

「いいけど?」
鯰尾は、寝支度を調え、髪を下ろし編成を組んでいるところだった。
白い浴衣に、藍色の羽織を羽織っている。
「仕事中だった?」
「いや、これは明後日の分だから、まだ大丈夫。見ておきたくて」
「そっか……お疲れ様」

「それで、何か用?」
「ううん。別に用は無いんだ。でも、ちょっと眠れなくて」

「そっか。薬研に頼むか、夜食でも食べる?」
鯰尾は微笑んだ。
「夜食って、何かあるの?」
乱が首を傾げる。
「少しなら」
鯰尾は立ち上がり、押し入れを開けた。
箱の中に――。
「えっちな本?」
「違う。こら、えっと、小さいカップ麵。あとお汁粉。これ買ったはいいんだけど、食べてなかったら食べよう。どれがいい?」
鯰尾は小さなカップ麺と汁粉を取り出し微笑んだ。

「わぁ美味しそう!」
乱は目を輝かせた。
そうして、兄弟で麵をすすった。

「「美味しかったー」」

「……ずお兄、一人部屋で、寂しくないの?」
乱が言った。

「……そのうち骨喰が来るだろうし、いいかな……。寝るだけだし」
鯰尾は言った。

「もう。ずお兄、そんなんじゃ駄目だよ。もっと、楽しまないと」
乱が言った。
「……」
鯰尾は瞬きをした。

――楽しむ?

「え?楽しむって?」
「ずお兄、あまり笑わないね、って皆で話してたんだ。……比べる訳じゃないけど。演習で会ったずお兄は元気だったから……。やっぱり近侍って大変だよね」
乱が項垂れるので、鯰尾は苦笑した。

「そんな事ないって。まあちょっと最近は大変だけど、長谷部さん?が来たら色々任せようって主達と言ってるし。大丈夫。記憶がなくて寂しいって思う事もあるけど、骨喰が来たら楽しい、……のかな……」

骨喰藤四郎。
鯰尾と、まるで双子のようだと言われている刀剣男士。

演習でよく見るが。確かに似ている。
早く来て欲しい気持ちもあるのだが……鯰尾はほとんど何も覚えていない。

この本丸は先日やっと堀川が来たばかり。骨喰は少し呼ぶのが難しいと聞いた。
堀川は……早速、和泉守と恋仲になったらしい。

「ずお兄、真面目だから……。たまには僕とデートしてよね!」
乱が言った。

「デート?」
鯰尾は瞬きをした。
「そう。本当はそれを頼みに来たんだ。非番の予定合わせてよ。今度僕と二人きりで、その次は兄弟皆で。出かけよう?裏山じゃなくてさ。十字街って楽しいんだって。主が僕たちで行ってもいいって」

「……。デート……」
「意味わかる?二振で出かけるって事だよ!遊びに」

「あー、なるほど。……わかった。行こっか」
鯰尾は笑った。
「やったぁ」
乱が抱きついて来た。

鯰尾は、楽しみだ、と思った。
――その時確かに、鯰尾は乱を好きだった。

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本丸を見渡せば、つがいが沢山いた。

「……」
鯰尾はその中をすいすいと通り過ぎていく。
今日は鍛錬する為に裏山へ行く。

先客がいた。山伏だ。
「おお。来られたな。鯰尾殿」
「おはようございます!さてと」
鯰尾は装備を外し、薄い襦袢に着替えた。初めはふんどし一丁だったのだが、乱と山姥切に止められた。

冷たい滝にしっかり打たれたながら、鯰尾は叫んだ。

「好きって何だろうーー!山伏さんは好きな刀、いますかーー?」

「拙僧か?もちろんおらぬぞーーー!」
あっさり返って来た。

「ですよね。俺もいなかった」
滝から出て鯰尾は言った。
「と言う事は、誰か?」
「乱に誘われたんですけど。まあ、ただのデート、っていう外出ですけど……。そう思って良いのかな……。そんな気はしてたけど……。でも、単純に、俺を休ませる口実かもしれないじゃないですか。乱の考えがわからなくて」

鯰尾は滝の下に戻った。

「――鯰尾殿は?乱殿を好いておられるのか?」
「ん?――えっと、多分。……好き、だと思いますけどーー!兄弟だから、好き、っていうのもあって、良く分からなくて。デートって……行った方が良いんですかぁーー?」

「カカカ!拙僧にはよくわからんが!!聞いた話だと、行って損はないと思う。乱殿もすぐにどうこう、というわけではないだろう。これもまた、修行なり!」

滝がざーーーと鳴っている。

「鯰尾殿、恋愛とは自然に起こるもの――と聞く。拙僧には未だ分からぬがーー、小さき兄弟が言っていた。『他の刀を思うのと、兼さんを思うのは何処か違うって気が付いたーー!だから、部屋を一緒にして貰ったんだーー!ずっと一緒に居たかったからーー!』とな。つまり、鯰尾殿が事前にあれこれ悩み、身構える事では無かろう」

山伏の言葉に、鯰尾は目を輝かせた。
「なるほどーー。確かにそうかもーー。そう言えば乱はまだ何も言ってこないし、俺の勘違いって事もあるかーーー!」

「カカカカカ!!」
そこで山伏が滝から出た。鯰尾も切り上げた。

「だが。実は鯰尾殿、乱殿の気持ちは、拙僧にも、……おそらく皆にも分かっていた。鯰尾殿は少し鈍いようだ」
「う……」

鯰尾はうなだれた。

「……俺、やっぱり駄目なのかなぁ……」
「カカカ!そんな事は無いぞ。ありのままの自分を見せることもまた、修行なり。鯰尾殿は自らの弱さを知っている。拙僧にはまだそれが見えぬ。お互い、人の身で学ぶ事は多い」

「……そうですね」
鯰尾は微笑んだ。

「――俺は。いつでも笑っていられるような。そういう刀剣になりたい」
鯰尾は呟いた。

「まだ、あんまり出来てないけど……強くなって……」
鯰尾は目を閉じた。

思い返すのは、顕現したばかりの頃。

――敗走したあの時。
運が良かっただけで。誰か折っていたかもしれない。
この先も誰か折るかもしれない。
それは、自分かもしれない。
折れたらどうなる?
……二振り目を励起しても、記憶は戻らない。
永遠に会えなくなる。

失いたくない。失うのが恐い。
もっと生きたい。傷つきたくない。傷つくのが恐い。

……自分のように、醜い感情をそれぞれ皆が持っているとしたら?

鯰尾は個の感情に踏み込むのが少し恐くなった。
気にすることじゃない、と分かっているけど。信じたいけど。恐い。

「カカカ!鯰尾殿ならできる!拙僧も負けてばかりはおられぬ。いざ、お相手願おう!」

強さって何だ?

……恋ってなんだろう。

雑念を払い、鯰尾は脇差を抜いた。


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約束の日になり、鯰尾は乱と街に出かけた。
一緒にあちこちを回って、美味しい物を食べる。
見たことない物が沢山あって、刀剣男士も沢山いる。

それは想像以上に楽しい事だった。時間があっという間に過ぎていく。

「ふふ。お土産が出来ました」「運が良かったね」
声が聞こえてそちらを見ると、どこかの前田と一期一振……がいた。

「ずお兄、いち兄だ……!」
乱が目を輝かせた。鯰尾も目を丸くした。
「うん、いち兄だ……!」
鯰尾も言った。記憶になんとなくあるような――気がしてくる。

「いいなぁ。うちにも早く来ると良いな」
乱がうっとりと言った。
「今度、乱も鍛刀やってみる?」
「うん!」

乱と一緒に少し見ていると、あちらが気づいて微笑んだ。
鯰尾は前田にばいばいー、と手を振った。
前田がぱっと微笑み、一期一振と会釈して去って行った。

夕暮れになりかけても乱の勢いは止まらず、さすがに目が回りそうだ。
「ずお兄!次のお店に行こう」
「わ、っと待って」
鯰尾はこんのすけの置物を置いて、乱の後に続いた。

乱が入ったのは小間物屋だった。
「ここのお店、可愛い髪紐とか、爪紅があるんだって。加州さんが新しいの欲しいって言ってたよ」
「へえ」
鯰尾はよく分からないなぁ、と思いながら棚を見た。色とりどりの物があって、見ていて面白かった。

「この綺麗なのは何?あれ?この匂い。……すとろべりー?食べ物?」
「それは瞼に乗せる化粧粉。アイシャドウって言うんだよ。そっちは香水。ねえねえどの色が良いと思う?」
「加州さんにはお世話になったし、何か買っていこうかな」
「ずお兄もう結構買ってるのに」

くう、と小さな音がした。乱が腹をさすっている。
「ねえ。日も暮れそうだから、ここで終わりにしよ。ボクお腹空いちゃった」
「えーっ。さっき鯛焼き食べたばっかじゃん!?」
「甘い物は別腹なの!あ、これ可愛い。でもお金無い!ご飯も食べたいし……」
「また今度来ようか」
鯰尾は苦笑した。
そうして会計を済ませた時だった。

表でばさ、と言う物音がした。

「何だろう?」「結構大きい音だったよね?」
鯰尾と乱は顔を見合わせた。

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鯰尾と乱が表に出ると、どこかの刀剣男士達が一触即発、と言った様子で向かい合っていた。

鯰尾から見て右手側に、燭台切、獅子王、長谷部。
左手側には、大倶利伽羅、歌仙、三日月宗近。

一体何が?と思って見ると、大倶利伽羅が引く荷車の縄がほどけ、米俵が崩れていた。
……位置的に獅子王が荷車に当たったのか、五俵の内、三俵が落ち、一俵は派手に崩れて米が地面にぶちまけられている。

「それで、謝罪はなしか?」
三日月宗近が獅子王に言った。冷たい声だった。
手を伸ばせば届く距離だが、三日月は一顧だにしない。声色は冷たい。

「ちっ」
獅子王が舌打ちをした。

「わーるかったよ」
獅子王は三日月達をにらみつけながら言った。
「……誠意が感じられないな」
歌仙が言った。侮蔑の色がある。

「――貴様等……!」
獅子王と同じ本丸の長谷部が言った。その目がぎらついていて、明らかに怒っている。
燭台切が気遣うように長谷部を見た。

「獅子王、ここは謝ろう。僕たちが悪かった――」
燭台切が言った。
「――うるせえんだよ。お前らさっきから見てりゃ、大倶利伽羅になに言ってンだよ!」
「獅子王!」
「こんな役割はお前がやって当然?ハァ!?何お高くとまってんだ偽ジジイ共!」

「この者はその為にいるのだから。当然だ」
三日月宗近が言った。
「てめぇ、何いってんだよ!?――っ、ふざけるのは『アイツ』だけにしろ!!」

びり、と空気が揺れた。

三日月宗近の殺気が凄まじい。凍てつくような目。

「っ……」
鯰尾の隣で、乱が萎縮している。

(うわ……)
鯰尾は獅子王の態度を見て何となく察した。確か『獅子王』は気の良い刀剣で、悪いと思ったらすぐに謝る。

おそらくこの三振ずつ、二つの本丸の刀剣達は既知同士だったのだろう。
そしてアイツというのは――。おそらく三日月達の主。
それが三日月の逆鱗に触れた。

周囲を見ると、何振か刀剣男士がいて、一番近いのが鯰尾と乱だ。
というか、この六振は小間物屋のすぐ真ん前で言い合いをしていて、五・六歩で荷車だ。
……この道はそこまで広くないし、避けて帰るのも気まずい。

(……こんな場所で喧嘩しなくても)

「ちょっと、そこの皆さん。日も暮れるんでやめて貰えます?」
呆れた鯰尾は声を掛けた。

「抜刀は御法度ですよ」
分かっているだろうが、一応言った。
「――」
突然声を掛けた鯰尾を、三日月宗近は見ようともしない。
「乱、そこで袋貰ってきて」
鯰尾は今出た店を指さした。
「え?」
「お米、もったい無いだろ。拾わなきゃ」
「あ、うん……」

「俺も手伝いますから、今日は帰って下さい。どこの本丸ですか?騒ぐなら通報しますよ」
鯰尾はよいしょっと、と言って落ちた米俵のうちの崩れていないものを担ぎ、どさっと荷車に乗せた。

「重たいですね」
「ずお兄、これ!」
「ありがとう」
鯰尾はぶちまけた分の俵も口を縛って元に戻した。
乱は膝をついてさっさと米を袋に入れた。鯰尾も手伝ったが、一袋では入りきらず二袋になった。
「ええと、これ、ふるいにかけて、洗ったら食べられるよ……」
乱は遠慮がちに大倶利伽羅に渡した。

大倶利伽羅は無言で受け取った。
「……」

三日月や獅子王達も無言のままで、鯰尾は何なんだろうなぁと思った。
とりあえず縄をしっかりかけ直す。
「ま、いいや。じゃあ、食べ物をダシに喧嘩しないで下さい。――そちらの獅子王さん」
鯰尾は土を払い、獅子王を見た。

「!?」
獅子王は驚いた様子だった。

「事情は分からないですが、『あいつ』というのも誰か分からないですけど……そこは一応、謝って下さいませんか?通りすがりが言うことじゃないけど。――あのひとすごく怒ってるみたいだし」

固まる獅子王の後ろで燭台切が頷く。
「……分かった。獅子王」
燭台切に促され、獅子王は項垂れた。その後、三日月を見た。
「……、悪かった。失言を許してくれ」

それは確かな謝罪だった。

「――よきかな」
三日月は微笑まずに言った。

「手間を掛けた。帰るとしよう」
三日月は言って、去って行く。

「何だったんだ?」
鯰尾は首を傾げたが、三日月達が離れた後、はぁぁ、と息を吐く音が聞こえた。
乱だった。
緊張が解けた為か、少しふらついていた。
「乱、大丈夫か?」
乱は真っ青だった。

「……っず、ずお兄!あの三日月さん!」
「??」

「あのひと!多分、ボク、噂で聞いた事ある。すごく偉い審神者の刀剣で……!目印は銀色の拵え……!」
真顔で言い出したので、鯰尾はぽかんとした。
「そうなの?」
「もう、……恐かった!」
「でも良い人そうだったじゃん」
「いいひと!?」
乱は信じられない、という顔をした。

(……確かにあの刀(ひと)、すごく怒ってたけど)
鯰尾を見る目には敵意も殺意も無かった。
無関心とは少し違う。

「何となく……。で、どうする?そろそろ日が暮れるけど。ご飯食べて帰る?」
「――と、そうだね。ボクもお腹空いちゃったかも。もうくたくた。ご飯食べなきゃ戻れないよ」
まだ夕暮れ時だ。
「沢山遊んだよなぁ」
鯰尾は苦笑し、乱はどこで食べようか、と言って歩き出す。
手、つないでいい?と言われたので、手を繋いで少し歩いた。

近くに丼物の店があった。
「あ。このお店は?」
「じゃあ、ここで――」
「っちょっと、君達!」

暖簾をくぐろうとしたら、足音が聞こえて、声を掛けられた。
追ってきたのは燭台切で、先程の礼にご馳走させて欲しいと言われた。

鯰尾と乱は顔を見合わせた。
――おごって貰えるなら断る理由もない。見ると長谷部と獅子王もいる。
「えっと、はい……ありがとうございます」
鯰尾と乱はそのまま店に入った。

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「何でも好きなだけ頼んでくれ」
長谷部が言った。
五振は一番奥のテーブル席に案内された。
席は、手前に乱、奥に鯰尾が座り、その向かいに燭台切、獅子王、長谷部が座っている。

「……さっきはありがとな。助かった」
獅子王が言った。
「だから、お前は……はぁ」
長谷部は溜息をついている。
「あんな事があった後だし、怒るのは分かるけど、生きた心地がしなかったよ」
燭台切が言った。
「何かあったんですか?」
「まあ、とりあえず頼もうぜ」
獅子王が言う。
「あ、そうですね。じゃあカツ丼で」
鯰尾は好きな物を頼んだ。
「ボクもいいの?」
乱が尋ねる。
「もちろん」
「じゃあこの天そば、温かいの」

食事をしながら事情を聞いた所、この獅子王達は政府審神者の刀剣で、先日あの本丸の命令で任務に当たり、一振失った。
「詳しくは言えないんだけど。……むしろ、何も聞かされてないから、……殺気立ってたんだ」
燭台切が言った。
「立場は分かるが……。横暴がすぎる」
長谷部がこぶしを握った。

「そうなんですね……。事情も知らずに失礼しました。でも命令って、あの三日月さん、そんなに偉い方が主なんですね」
鯰尾は任務についての話は避けて、そちらを聞いた。

「っ、お前!じゃなかった、えと――きみ、でいいか?あの三日月を知らないのか!?」
獅子王が目を丸くした。

「……?」
鯰尾は首を傾げた。
「こら獅子王。そちらの鯰尾君は、顕現したてには見えないけど、そういうの本丸によるから」
燭台切が言った。
「有名な方なんですか?乱も知ってたみたいですけど」
鯰尾は尋ねた。

「有名も何も――白玉の審神者様の本丸の近侍、って分かる?」
「???シラタマ??」
鯰尾は首をかしげた。全く聞いたことがない。

「政府でもかなり上の方の、もう雲の上くらいすごい審神者。すごすぎて逆に現実感がないかもしれないね」
燭台切が苦笑した。

「ああ。うちの主はそういうの気にしない方です」
鯰尾は苦笑した。

でもそういえば、上の方には凄い審神者がいるというのは聞いたことがある。

主やこんのすけ、山姥切と一緒に「まあ、ウチらには関係ないよなぁ」と言って笑った覚えしかないが。その時、いくつか聞いたのは別の名前だった気もする――有名な審神者というのは山ほどいるのだろう。

「そうなんだ?」
「僕は知ってたよ。けど、うちのずお兄はちょっと野生化してるから……」
乱が気まずそうに呟いた。
「みだれー?」
鯰尾は乱を横目で見た。
「いや、なんでもないよ!」
慌てて口をつぐむ様子が可愛くて、鯰尾は口元を押さえクスクスと笑った。乱はもう!と言って口をとがらせた。

燭台切が笑った。
「あはは。――とにかく助かったよ。獅子王が彼の主の事を言ったときは、もう、駄目だって思った」
「……危うく、本丸が……。取りつぶしになるところだった。礼を言う」
隣で長谷部が頷いた。
その本丸はよほどやばいのだろう。二振とも真剣そのものだ。
「いえ――」
「はいお待ち!カツ丼と天そば!」
「カツ丼俺です」「ボク、天そば」
「あ、お先にどうぞ」
「あ、はい。頂きます」

「俺からも。……本当に、助かった。……つい熱くなっちまって」
獅子王は俯いて言った。

「あ、そうなんですか?」
その時には鯰尾はカツ丼をかき込んでいた。
「ずお兄、ご飯付いてる」
「え?」

燭台切達にも食事が運ばれてきた。燭台切が定食、獅子王が天ぷらうどん、長谷部がざるそばだ。

「そう言えば、君達はサーバーどこ?」
「サーバーは××国ですけど、あ、本丸番号は聞いてません」
鯰尾は答えた。
「あ、そうなんだ?ゴメンね不躾に」

その後は今日の買い物とか、とりとめの無い話をした。
途中で獅子王が厠に席を立った。
獅子王が戻ってきて、会計して店を出た。

「ごちそう様でしたー」
そう言って、店の前で別れた。

■    ■ ■

「ただいまー」
鯰尾と乱は本丸の玄関をくぐった。
「お帰りなさい!」「どうでした?」
と兄弟が出迎える。

そう言えばデートだった気がするが、これはこれでありだろう。
土産を皆に分け、鯰尾は、本丸って良いなと思った。

ちらりと――、あの瞳を思い出す。

三日月宗近……??

「ずお兄、楽しかった?」
弟達。仲間達。主。こんのすけ。
……乱。

「え?……。うん。たまには良いな」
鯰尾は乱に微笑んだ。

〈おわり〉
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おまけ 獅子王たちと三日月宗近

「――ごちそう様でした」
「――ありがとう」

「こっちこそ。じゃあなー」

――獅子王は通りすがりの鯰尾、乱と手を振って別れた。

「恐がらせちゃったかな」
燭台切が苦笑した。

「まあ、こんなでかいのに囲まれたら――、って感じでも無いな」
獅子王は溜息を付いた。
あの鯰尾は三日月の殺気にひるまなかった。

「……どこの本丸だ?最後、聞けたか?」
「それが聞いてないって。サーバーは教えてくれたけど、それも嘘かもね」
燭台切は言った。
「こちらを警戒しているようだった。主の方針だろうか。乱藤四郎も口を挟まなかった。――良く躾られているな」
長谷部が呟いた。
「へぇ。鯰尾にも色々あんだなぁ」
獅子王は楽しげに言った。

「っ。お前、分かっているのか!?あの鯰尾がいなければ、今ごろ本当に……!」
長谷部が叱責する。
「……悪い」
獅子王が言った。

「でもいっそ。……そうなりゃいいって思ってた」

「本当に、悪かった……」
獅子王は仲間に頭を下げた。
燭台切が獅子王を見る。
「……。彼の事、少しは吹っ切れた?……あの彼の善意を利用するのは良くないけど、……これを踏ん切りにして欲しい」

「ああ……」

獅子王は思い出す。

折れたのは……鯰尾だった。

同時期に顕現して、ずっと一緒の部隊で。
雑魚寝して、馬鹿やって騒いで。背中を預けて戦った。

――何も聞かされず。破片も戻って来なかった。
戻ってきたのは三日月だけ。

獅子王はこぶしを握った。
「あいつは。……鯰尾は、任務を全うしたんだ。俺も、負けてられねぇな」
「多分、今ごろ政府は大騒ぎだよ。きみはあの氷の三日月に喧嘩売った獅子王、って伝説になるかもね?」
燭台切が笑った。
「――それを言うならあの鯰尾だろう」
長谷部が言った。

あっそう言えば。と燭台切が言った。
「しまった!お使いの途中だった!――主に怒られる?!」
「やべっ!」
「……全く」
長谷部は溜息を付いた。


■ ■ ■

「――今日の一件は、主に報告する」
帰り際、三日月が言った。

「……三日月殿。まだお怒りで……?」
歌仙は三日月を見た。
この三日月は、主を愚弄されると――手が付けられなくなる。

歌仙は内心、大冷や汗をかいていた。あの獅子王の本丸には覚えがあったが……。
偶然通りがかったのが鯰尾藤四郎だったのは、奇跡に近い。

「そうではない。あの鯰尾の身元を調べる」
「?……っ。――まさか」

三日月が頷いた。

〈おわり〉
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