sungen

お知らせ
思い出語りの修行編、続きをpixivで更新しています。
旅路③まで書きました。
鯰尾と今剣は完結しました(^^)pixivに完全版が投稿してあります。
刀剣は最近投稿がpixivメインになりつつありますのでそちらをご覧下さい。
こちらはバックアップとして置いておこうと思ってます。

ただいま鬼滅の刃やってます。のんびりお待ち下さい。同人誌作り始めました。
思い出語り続きは書けた時です。未定。二話分くらいは三日月さん視点の過去の三日鯰です。

誤字を見つけたらしばらくお待ちください。そのうち修正します。

いずれ作品をまとめたり、非公開にしたりするかもしれないので、ステキ数ブクマ数など集計していませんがステキ&ブクマは届いています(^^)ありがとうございます!

またそれぞれの本丸の話の続き書いていこうと思います。
いろいろな本丸のどうしようもない話だとシリーズ名長すぎたので、シリーズ名を鯰尾奇譚に変更しました。

よろしくお願いします。

妄想しすぎで恥ずかしいので、たまにフォロワー限定公開になっている作品があります。普通のフォローでも匿名フォローでも大丈夫です。sungenだったりさんげんだったりしますが、ただの気分です。

投稿日:2019年07月10日 17:42    文字数:13,764

思い出語り 夏⑧

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大分間が空いたので、あらすじ付けました。
ピクブラだけだと誤字チェックが行き届かないので、そのうちpixivに思い出語り春などをまとめて投稿する予定です。
ご了承ください。

〈思い出語り 夏 これまでのあらすじ〉
鯰尾は薙刀修行に出ることになった。
その際に三日月に突き放されてしまい、二人の仲に亀裂が入った。
鯰尾はそのまま鯰尾極とともに政府へ行ったのだが――?
一方その頃、本丸では。
って感じの話です。少し⑦から時間が戻ります。
まとめるときがあったらナンバリングを⑦と入れ替えようと思います。
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〈思い出語り 夏 これまでのあらすじ〉

鯰尾は薙刀修行に出ることになった。
その際に三日月に突き放されてしまい、二人の仲に亀裂が入った。

鯰尾はそのまま鯰尾極とともに政府へ行ったのだが――?
一方その頃、本丸では。って感じの話です。
少し時間が戻ります。
まとめるときがあったらナンバリング変えようと思います。

〈登場人物〉

■鯰尾藤四郎…ごく普通の鯰尾。カンスト済み。主のお気に入りで近侍を勤める。恋愛には疎かったが三日月の事を好きになった。
■三日月宗近…遅れてきた三日月。鯰尾の事が好き。鍛刀したのは遠征帰りの愛染。甘い物が好き。

■審神者(主)…鯰尾の主。男性。二十代。黒髪。顔を布で隠している。
こんのすけ…目が見えないこんのすけ。かつては他の本丸を担当していた。この本丸に来た経緯は不明。
■骨喰藤四郎…意外と口数が多い。鶴丸と付き合っている。
■鶴丸国永…ややびっくり鶴丸国永。初太刀で頼りになる常識刀。骨喰と付き合っている。
■へし切り長谷部…まだ独り身
■山姥切国広…初期刀。まだ独り身。長谷部とはくっつかない。
■一期一振…やや遅れてきた。いいお兄ちゃん。昔の記憶はあまりない。


■白玉の審神者…政府の審神者。上から五番目に入るくらいの地位。氷の三日月と鯰尾極の主。呼び名の由来は着物にいくつか白い珠が付いているから。髪の長い男性。
■三日月…銀色の拵太刀を持つ。たぶん突然変異。とても冷たい性格。氷の三日月と呼ばれている。
■鯰尾極…やんちゃな性格。白玉の審神者の本丸では少し浮いていた。

※この話は他には目もくれない感じの三日月×鯰尾、鶴丸×骨喰です。
※設定は全て捏造、虚構です。

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思い出語り 夏⑧

「旅立ったか……」
骨喰はつぶやいた。

門の近くには一期一振がいた。
骨喰には知らされず、見送りには遅れてしまったがそれは別に構わない。
現にこうして一期一振が見送っていたのだから。

鯰尾が旅立った。
自分は――?

鯰尾は、無事に薙刀となって帰って来るだろうか。

「……大丈夫。信じよう」
一期一振が言った。

「それにしても、極の兄弟には……悪い事をした」
骨喰は呟いた。政府の鯰尾極、彼も共に出て行った。

準備が整うまで、鯰尾極は鶴丸の部屋に泊まっていた。
乱などは本丸に泊める事をあからさまに嫌がった。さっさと帰ればいいのに、と冷たく言い放った。そのほかの面子も似たようなものだ。
一期一振の部屋に、という事でも良かったのだが一期一振も難色を示した。彼も鯰尾への仕打ちに憤っていたのだろう。
「政府からの賓客ですから、主がお決め下さい」と言う言葉は、はっきり言って拒絶にしか聞こえなかった。普段優しい兄からは考えられない。骨喰は一期一振が自分の部屋に泊めると思っていた。
鯰尾極もまさか『一期一振』にそう言われるとは思わなかったのだろう。ショックを受けたようだった。
鯰尾極、彼は自分の役目をこなしているだけなのに。それなのに乱に嫌われ、兄馬鹿で有名な一期一振にも追い出され……肩を落として「なんで俺が……」と小さく呟いていた。

髪型と口調は変わっても、まるきり鯰尾だ。
だがおかげで乱も、粟田口も極鯰尾にかなり同情的になった。乱が、さっきはごめん、やっぱりいち兄の部屋に泊まれば?と言った。一期一振も頷きかけたが、やはり政府の客人だから、と言った。どうすれば、と鯰尾極はあちこちを見た。
『じゃあ、俺の所に来い!』
何の躊躇もなく言ったのは鶴丸だった。

――やはり聖人君子かこいつは。
全員がそう思った。
この本丸での鶴丸国永の評価はかなり高い。レア刀の中で顕現は一番乗り。
細かい所に気が利いて、たまにしょうもない悪戯して、良く笑う。刀剣男士にありがちなめんどくさい癖もなく、大いに健康だ。
『だがコイツは政府の――』
和泉守が反対意見を言う前に、主が微笑んだ。
『ああ。そうしてくれると助かる』

それからは、少しの間だったが上手くやっていたように思う。
逗留している間、鯰尾極はこの本丸のについて色々と尋ね回っていた。
逆に質問責めにあっていたが、自分の本丸の事は話せないらしかった。
骨喰や他の者は「この本丸の鯰尾が政府に選ばれ薙刀修行をする事になった」としか聞かされていない。選定基準や修行先など、色々気になるのは仕方無い。
それは良いのだが……。

政府の審神者が帰った後から、三日月がずっと部屋に籠もっていた。

『こんな姿はみせられん、入って来ないでくれ……』と声だけが聞こえ。じめじめとした泣き声が聞こえる。
唯一部屋に通された鶴丸の話では、『鯰尾に酷い事を言ってしまった』と言って嘆いているようだ。

鶴丸は話を聞き、頷き、なだめて、励ましていた。
骨喰も聞き耳を立てたが、要領を得ないし、三日月の声が小さすぎて聞き取れなかった。
それでも三日月は、初めは鶴丸の言葉を聞いていたし、会話らしき事もしていた。
鶴丸は「あいつは今ずっと、昔の事を語っている」と言った。
鶴丸は辛抱強く聞いた。

三日月は、食事も取らない。出陣もしない。
夜は眠っていないようだ。それでも希に、外に出ているようだった。
三日月の事だから、そのうち持ち直すだろうと思っていたのだが。

何がきっかけだったのかは分からない。一昨日の事だ。
そういえば……三日月は少し部屋の外に出たようだ……。その時に何かあったのだろうか。

三日月が――近づく誰かに声を荒げるようになり。誰も部屋に入れなくなった。
時折、何かをぶつけるような物音が聞こえる。

今日の昼間は主が様子を見に来て帰り、今剣や小狐丸、石切丸も心配していた。
少し泣き声は収まった。がりがりと何か音がする。

――部屋が近かったのがいけなかった。

酷く低い唸りが聞こえ、さすがに何事かと鶴丸と骨喰、そして鯰尾極が覗き込んだ。

三日月が己の頭をかきむしっていた。

こちらを見た三日月は極鯰尾に斬りかかったのだ。
「!」
極は不意の一撃を不思議な障壁で防ぎ、鶴丸は咄嗟に極を下がらせようとした。
もう一撃を極は脇差で防いだものの、力負けし、袈裟切りにされた。左肩から血が噴き出した。
骨喰は動けなかった。
骨喰が脇差を抜いた時、極が壁に叩き付けられ、髪がほどけた。
極は三日月をにらんだが、反撃はしない。
髪がほどけ鯰尾と認識したのか、一瞬だけ三日月の動きが止まった。鶴丸と骨喰が抑えた。

そこで三日月の様子が変わった。
声を上げて、泣き出したのだ。きさまはだれだ鯰尾はどこだ、とそういう事をさけんでいた。
「骨喰!遠ざけろ!手入れを!!」
鶴丸が叫んた。
骨喰は鯰尾極を抱き上げ、逃げ去った。

……三日月が鯰尾の前では気を張っていたのは骨喰も知っている。
三日月が何かを抑えているというのは、何となく感じていた。
この本丸に顕現した三日月は、元々は自由奔放で、少し情緒が幼く。それでもまあそこそこに三日月らしかった。

近頃は他の三日月宗近の真似をするようになり。落ち着いてきていた。
骨喰はかつての三日月を覚えていないが――『三日月宗近』とはこういう刀だと聞いている。

けれど骨喰には分かっていた。

三日月は……本当は鯰尾以外はどうでもいいのだ。
役目も、主も。骨喰さえも。それではいけないという罪悪感や、やさしさはあるのだろう。
粟田口とは話したし、三条ともよく話す。
だがそれ以外とは。適当に会話し、適当に笑っている。

まるでかつての自分のようだ。
骨喰はそう思っていた。

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骨喰は近侍の一期一振と共に、先程までいた三条の棟へと戻った。

一期一振は少し、目を伏せた。
「……あの方も私の弟であるのに……」
一期一振は自分が拒絶したせいで極が怪我をしたと思っているようだ。
部屋割について、極はおそらく気にしていないだろう。なんといっても兄弟……鯰尾だ。

「極は少し嘆いていたが。たぶん心配無用だ。怪我の手入れも済んだ。三日月はどうだろう?」
骨喰は言った。
一期一振はまだかなり気にしているので、骨喰は三日月の名を出して注意をそちらに向けようとした。

「そうだね。……さすがに、そろそろ、眠らせないと」
一期が言った。

障子は外れたままだ。

その時、ちょうど骨喰達の後から主が来た。
「どうだ。三日月。鯰尾が旅立ったぞ……っ」
遅い報告の為に来た主は、部屋と三日月の惨状を見て驚いた。

三日月はすっかり自分をかきむしり、部屋は荒れ、畳はボロボロになっていた。

「三日月、どうしたんだ。そんなに。手入れしような」
主は膝をついて優しく三日月に言った。肩に触れる。

「審神者よ」
三日月が主を見た。がし、と差し出された手を掴む。

「俺は鯰尾になんということを。止めなければいけないと思って……、なのに俺は、鯰尾を突き放してしまった……!」
三日月はわっと泣き出した。

その様子を見て、主はひとまずなだめる事にした。
「落ち着け、大丈夫だ。鯰尾は修行に行くとき、お前にしゃんとしろ、って伝えてくれって言ったんだ。必ず帰って来るって言ってた。あいつなら大丈夫だ。だからしっかりしろ。天下五剣、三日月宗近の名が泣くぞ?」

「……天下五剣か……、俺はな……。鯰尾は……」
三日月はそこまで言って、がく、倒れ込んだ。

「……寝たのか?」
少し離れたまま骨喰は言った。主は三日月に布団を掛けた。
「ああ。いい加減、飲まず食わずだろう。しかし、三日月がこうなるとはな……。一期、鶴丸、三日月を手入れ部屋に運んでくれ。っと、待ってくれ、鶴丸は、何か知ってるか?」
主が言った。

骨喰は主を見た。
鶴丸は主の事を「主は案外目端が利く人間だ」と言っていた。
三日月と一番親しいのが鶴丸だと知っていたのだろう。

「ああ。まあ、知ってる事を話すぜ。じいさんはなぁ……」
「あ、待て、先に三日月を手入れしてくる」

三日月を手入れ部屋に入れた後、主と、一期一振、骨喰は、鶴丸から薙刀だった頃の鯰尾とそれを見初めた三日月の事を詳しく聞いた。

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骨喰が茶を煎れてきて、ちゃぶ台の上に置いた。こんのすけは部屋で寝ている。
主は上座に、骨喰、鶴丸は下座に。座布団を敷いて座った。

さて。と言って、鶴丸がいつも調子で語り始めた。

「昔は分霊を飛ばしたり、その先で懇ろになった神同士で霊力を受け渡すってのが流行っていてな。それで貰った方は霊力、神格があがる、ときた。流行るわけだぜ。ああ、もちろん強い方がそこまでするのはよっぽど惚れ込んだ場合だけで、かなり珍しい。――どいつも霊力は惜しいからな。とにかく、あの三日月は薙刀だった鯰尾を見つけ、そこで契った。二振りがそういう仲になったと言うことは俺や、鯰尾と親しい者達は知っていたんだが、粟田口の兄、一期一振は大阪で鯰尾と出会った後、ずいぶん後まで知らなかったみたいでな……俺はその場にいなかったから、三日月に聞いたんだが」
鶴丸が声の調子を下げた。

――もう怒ったのなんの。

■ ■ ■

一期一振は凄まじい勢いで鯰尾を打擲し、叱責した。

『粟田口ともあろう者が、野合に甘んじるとは!!この恥さらしめが!!金輪際兄弟を名乗るな!』

――鯰尾は震え上がった。
それ以上に、怒った。
逆切れしたとも言う。
『分かりました。名を消せば満足ですか?……っ……俺はもうこんな所にいたくない!!』
逆切れの途中で、鯰尾はわなわなと震えだした。

「二人とも、怒り方がそっくりだったと三日月は言っていたな」
鶴丸は苦笑した。

その頃には城で知らぬのは一期一振だけだったこともあり、周囲の付喪神達は必死になだめた。

しかしそれ以来、二人は喧嘩しっぱなし。一言も話さない。
特に一期一振は頑なだった。
そのうち、鯰尾は三日月を連れて城を出て行こうとした。
三日月はそれもいいなぁ、と言ったらしい。
……実際に出ていくつもりだったかは知らないが。多分、三日月なりに鯰尾を擁護したのだろう。

これも周りが鯰尾をなだめて、「時が経てば落ち着くからどうかそれだけはご容赦を、貴方様は赤様の物になられるのだから……」「赤ん坊は可愛いですよー」等と言った。

『……そうかもしれないけど……いちの兄上は酷い』

鯰尾は赤子をずいぶん楽しみにしていた。
そろそろ、一期一振に謝り、残ってもいいかと思い始めたようだ。
鯰尾と三日月、二振は真剣に付き合っていたから、謝るきっかけを探して、できれば認めて貰いたいと言うのが本音だった。

そうしている内に、待ちに待った赤子、それも若君が生まれた。
周囲は一期一振に、慶事のついでに全て水に流して、いっそ二振の仲を認めては?と言った。
――鯰尾殿は若君の差料になると決まっていることだし、後は一期殿の腹一つ、二重三重目出度いばかりで、悪い話では無いと――もはや必死だ。

しかし、これにも一期が反対した。
『主君に仕えるのが刀。二心持っては吉光の名が汚れます。私から、お断りいたします』

――ずっと迷っていましたが。やはり時期尚早。鯰尾には荷が重い。
――今宵、太閤殿下の夢枕に立ちましょう。

一期は伝家の宝刀『夢枕』まで持ち出した。
それがすぐに鯰尾の耳に入った。

鯰尾は青ざめ、慌てて三日月を引っ張って謝罪に来た。
鯰尾が一期一振を見つけた場所は庭だった。

鯰尾は一期一振の前で三日月への想いを赤裸々に告白した。
一方、一期一振は天下人の刀剣としての自覚を説いた。
鯰尾は途中から地に伏せて平謝りだ。
『こうした場所に来たからには、市井の付喪のようにはいかない』
『はい……申し訳ありません……』
『特に相手は天下五剣、三日月宗近殿だ。軽率だったというのが分かるね』
『……でも……っ』
鯰尾は震え、耳まで赤くなっていた。

鯰尾の堪忍袋が切れる――かと思った、その時。

なんと、三日月がぶち切れた。

『よかろう。ならばこうする』

三日月はすっくりと立ち上がり。――いや。
一期一振の目前で己の魂を切り離し、分身を作り出した。
そうして、鯰尾にも同じ事をした。

おかげでその場に『三日月宗近』の付喪神が二体。
『鯰尾藤四郎』の付喪神が二体となってしまった。

分けられた方の鯰尾と三日月は一体何が起きた?とポカンとしていた。
分けられた二振も帯刀していた。

『これで良いだろう』
分けた当人は微笑んだ。

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「なんという荒技……」
主が唸った。
骨喰も思わず口を開けた。

「そうして、恋心まですっかり分かれてしまい。一期一振は認めざるを得なくなった。というか今度は逆に土下座し、どうかこの子達を習合し、鯰尾を正式に娶ってやって下さい!と頼み込んだ。しかし三日月は『うん。だがすでにこの者達は、こうして別の神となっている。どうしようと、この子らの自由だ』とのんびり言ってにこりと微笑んだ。――ああ全く、あのじいさんだけは怒らせちゃいけないぜ……」
鶴丸は身震いをした。

「と、……当時の私は、私は何と言う事を……!」
一期一振が頭を抱えた。先ほどは驚きすぎて声もなかった。
「……ふう」
一気に喋った鶴丸はひと呼吸して、骨喰が煎れた茶を飲んだ。
「まあ、当時の君と言ったら『天下一振』だからな。仕方無かったんだろう……。三日月は、さすがは平安刀と言った所だが……やれやれ」

「俺も近くにいたのだろうが……、三日月は、やり過ぎだな」
骨喰は溜息を付いた。大阪城での出来事なら、骨喰も居合わせたかは不明だが、城内にはいたはずだ。

骨喰は『俺は止めなかったのか?』と考えたが――三日月が唐突すぎて止める暇もなかったのだろう。
怒ったいち兄は恐いし、三日月の行動は読めない。
骨喰は兄弟の一大事に……「いち兄、言い過ぎだ」くらいしか言えなかったのだろう。
その様子がなんとなく想像出来た。
全く覚えていないし今更どうしようも無いのだが、かなり反省した。

「それだけ怒っていたんだろうよ。やっこの三日月さんもねちねちと愚痴っていた。どうだ主、驚いたか?」
鶴丸は主を見た。

「ああ。驚いたよ……本当に……。鶴丸、習合、というのは、神仏習合の……つまり元に戻す?ってことでいいのか」
主が言った。
「ああ、分祀したり、習合したり。良くあることだからな。最も今じゃできないが――。全く、あんな経緯じゃ、分けられた方が気の毒だぜ」
鶴丸は溜息を付いた。

「……俺がじいさんに聞いたのはこのくらいだな。大阪城が陥落するまでどうしていたとか、そういう事は聞いていない。和解して四振で上手くやっていた、ってくらいだな。夏の陣の噂は広く伝わってきていたが……まあ噂だからな……」

「聞きたい」
骨喰が言った。

――その後の結末。
二振の先にあったのは……。

「その後は……要するに、鯰尾は燃えて、三日月は残った。めっきり会うこともなくて、三日月本人からは聞けなかったから、この辺りは伝聞になるな……。俺は、『三日月宗近が鯰尾藤四郎の付喪神を斬った』と聞いた。……落城の後だったというから……。鯰尾藤四郎本体は焼けていて、動けるはずも無い。分けられた鯰尾が、亡霊まで堕ちたのか……それとも怒りで、我を失ったのか、その後、分けられた三日月がどうなったのか。詳しい事は分からない」

鶴丸は溜息を付いた。
「――俺が知ってるのはこのくらいだが。一期。君は当時を覚えているか?」
鶴丸が尋ねた。
「いえ全く……そのような事が……?」
一期一振が言った。
鶴丸が頷いた。
「ああ。あったんだろうよ」

不意に周囲が明るくなった。夜が明けつつあるのだ。
主は外を見る。
「……、そろそろ手入れが終わっただろうし、三日月とも話すか。とりあえず腹が減ったな……パンでも食べるか」

「わかった」
骨喰は頷き、皆で手入れ部屋に行くことにした。
主曰く、鯰尾自身の修行はどのくらいかかるのか、分からないのだという。

「だが、こちらに戻れば三、四日。そういう風に政府が――」
主がふと顔を上げた。

え?と言って立ち止まり、急に走り出す。
「どうした?」
鶴丸が言って、骨喰達は分からぬまま走った。

主が手入れ部屋の戸を開ける。

「――っ!!嘘だろう!?」
主が声を荒げた。

手入れ部屋は空だった。

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三日月宗近が消えた。

手入れ部屋はもぬけの殻。
三日月が消えたと聞いて、早朝の本丸は大騒ぎになった。

最後にすれ違ったのは、たまたま喉が渇いて起きた蜂須賀虎徹だった。
大所帯ともなると、例え夜中でも誰かしら起きている物だ。

彼曰く、三日月は近侍部屋へ続く廊下にいた。
蜂須賀は、鯰尾の事が気になるのだろう――と微笑ましい、少し痛ましい気持ちで後ろ姿を見て、台所へ向かった。

「そういえば、彼は、出陣服だった」
そこまで言って、蜂須賀ははっとした。三日月は出陣服を着ていた。
手入れを終えて、着替えていなかっただけ……だったのだろうか?

本丸の中は、あらかた探したが見つからない。
「見張りは付けていたのか!?」
歌仙が言った。

「主。見つかりません。見張りも、閉じこもって、泣いているだけだったので……付けていませんでした」
長谷部が代表して主に報告した。
「くそ、どこいった?」
主が近侍や第一部隊の面子と相談をしようと近侍部屋に戻って、ふと見た時だ。

机に文が置かれていた。

「!!っ」

まさに灯台下暗し。本丸を探していて近侍部屋は見ていなかった。
表に『審神者殿へ』と書かれている。
一同は飛びつき、一気に読んだ。文面は短い。

『審神者殿へ  

やはり鯰尾を追うことにした。修行の邪魔はせぬ。戻ったら刀解してほしい。 

三日月宗近』

「……何だって……」
審神者が呟いた。

「どういうことだ」
骨喰は言った。

「――この文だけ置いて?何でだ?どうやって」
主は手紙を睨み、あぐらをかいて三日月の行動について考えている。
その後ろで、山姥切国広がはっとした。
「まさか……」
山姥切が立ち上がり、部屋の左端にある、観音開きの棚を見た。
そこには小型転移装置が整然と並んでいるのだが、見れば錠前も綺麗に壊されている。
慌てて開き装置を確認すると、やはり一つ足りない。

「っしまった!あの時か……!!」
山姥切は奥歯を咬んだ。
一月ほど前の事だ。
山姥切が使った小型転移装置の蓋が閉まらなくなっていた。
戦闘でぶつけたのだろう、ごく偶にある事だが、不備のある装置をそのまま使うわけにも行かない。
壊れた装置は主に修理を頼む事になっている。修理が無理なら買い換えるか、政府に修理に出す。これもいつもの事だ。

その間は予備を使う。装置の予備はいざという時の為に十分ある。
山姥切はしばらくながめ、少しだけ落ち込み、気を取り直して報告に行くことにした。

『山姥の。どうかしたのか?』
その様子を見て、副隊長だった三日月が尋ねた。

『ああ。装置が壊れた。蓋だけだが。ぶつけて壊したのだろう』
『あなや。痛そうに。そういう時はどうするのだ?』
山姥切は三日月に説明した。
装置の管理は長谷部、鯰尾、山姥切がしているので、本来は必要無い事のだが……いつか三日月は鯰尾の代わりをする事があるかもしれない。そう思って詳しく教えた。

「――すまない、俺のせいだ」
説明し、山姥切は項垂れた。
「いや。秘密では無いんだ。皆が知っていただろう」
主が首を振った。
長谷部も溜息をつく。
「旧式の南京錠だからな……壊そうと思えば壊せる」
と言うより、いざと言うときの為に、誰でも壊せるような錠前を付けてあったのだ。
鍵の番号を知っているのは主と長谷部、鯰尾、山姥切だけだが近くの工具箱に金鋏を用意してある。

「だがまさか――飛んだ?どうやって飛んだんだ?」
山姥切が呟くように言う。
「端末から座標を入力したのか?」
鶴丸と長谷部が言った。
時間を遡るにしても、主の許可がなければ開門はできない。
「門が開く気配はしたが……」
主は言った。
「記録が残っているか?」
鶴丸が尋ねた。
「ああ――でも、これは……指定外の時代に飛んだな……やばいな……1181年って何時代だっけ」
主は頭を押さえた。見覚えのない年が表示されている。
「1181年、というと平安の終わり頃ですな」
一期一振が言った。
「えっと。ああ。多分そうなるな。こんのすけ。この辺りは何があった?」
主は年代を検索しながら言った。
「1180年に治承、寿永の乱が起きています。源平合戦という方が分かりやすいでしょうか。内乱が続いていた時代ですが……」
「源平合戦か。……なぜそこに?」
骨喰は首を傾げた。
「……鯰尾と関係があるのか?」
長谷部が言った。
「鶴丸、心当たりはないか?」
主が尋ねる。
鶴丸は額を押さえ唸った。
「ううん……待ってくれ思い出す。平安の頃は、まだ鯰尾はいないはずだし……俺も三日月も存在していたと思うが、あの頃か……?……ううん……?……三日月に会った覚えはあるんだが。まだ若かったしな。……これと言って……」

しばらく唸り、鶴丸は頭を下げた。
「すまん。せいぜい昼寝とか、皆で蹴鞠した記憶しかない」

主は溜息を付いた。
「いや。まあ結構昔だからね……。はぁ……。――こんのすけ。三日月が一人で飛んだ。どこへ何しに行ったかも分からないが、とりあえず、白玉の審神者さんに連絡しよう」

「はい……、――政府ではなくて?」
こんのすけが言った。
「ああ、そちらの方が話が早い。というか、無許可の時代に飛ぶなんて、政府にばれたら絶対……マジで首が飛ぶ。三日月も刀解だろう。何とかなれば良いんだが……」
主は溜息をついて、端末を機動させた。

骨喰は眉を潜めた。
主は――まさか三日月を庇う気なのか?

三日月が飛んだ理由は不明だが、情状酌量の余地は無い。
むしろ私情で飛ぶなんて、三日月は阿呆者だ。

時の政府は審神者の力、本丸の戦力、実績を見て飛べる時代を制限している。
許可の無い時代への転移は一発で罷免の重罪だ。
骨喰にしても、この本丸は終わった……?と思うほどの。というか終わった。
……絶望的で何も言えない。

「主!これは離反です!……三日月への処罰は?」
主の様子を見た長谷部が言った。声が震えている。

主が厳しく罰したところで――もう罷免は免れないだろう……。
ここいる主、長谷部、骨喰、山姥切、一期一振、鶴丸も……全員がそう予感している。

「理由を聞いてからと思ってるけど。刀解するほどじゃないな。あの審神者がどう言うかは分からないが」
「っ主、甘すぎます!」
長谷部が言った。その後、項垂れた。

「――三日月め……。鯰尾が信じられないのか……!恋刀だろう!!くそ、あいつは見た目こそきゃしゃだが、中身は山伏だぞ!!」
「ぶっ」
そう言って、鶴丸を笑わせた。
その後、そんな場合では無いと言って黙り込む。

主は端末を指で叩いている。
「……ない……」
主は小さな声で呟いた。

三日月の名前がない……と。

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……骨喰には、ずっと気にかかっていたことがある。

記憶を持たない骨喰は、顕現直後、鯰尾と出会った。
鯰尾に手を引かれ、新しい事を知っていく内に、目に光を宿した。
顕現してからしばらくは鯰尾が骨喰の全てだったし、本丸、戦場、鯰尾、が骨喰の世界だった。

本丸には活気が満ちていた。資材も増え、どんどん新しい刀が増えていく。
ある時、初レア刀の鶴丸が顕現して、その後、蛍丸が来た。
主は「私にもまともな霊力があったんだなぁ、いや驚いた」と言って大層喜んでいた。

その頃。一度だけだったが……。
夕暮れの中、鯰尾が見せた顔が忘れられない。

鯰尾は「そうか、楽しい事が一杯あるんだ」とつぶやいた。

『骨喰、先に覚えて、俺に教えてよ』

その笑みが余りに寂しげで、骨喰は掛ける言葉を見つけられなかった。

それからだ。骨喰は新しい知識を吸収し始めた。鯰尾に何も言えなかったのは、自分がかなり口下手なせいだと思い、『一日、百語』を目標に、良く喋るように頑張った。
骨喰の口数が増え、鯰尾は喜んだ。
それなのに、鯰尾は覚えたことに取り合わない。教えてやると言っても、だだをこねて、訓練したいからと言ってするりとかわす。

だからと言って、骨喰を嫌っている訳では無いようだ。
骨喰は進退窮まり、主に相談した。

『そうだなぁ。気にしておく。けど、鯰尾みたいな責任感のある子は、たぶん、自分の思っていることを、自分で片付けようと思う……のかなぁ。難しいな……』
主はそう言った。

骨喰は、どうしたらいい、と尋ねた。
『自分で考えるのが良いんだけど、そうだなぁ。うーん。ずっと、彼の近くに居たら分かるかも?』

その時の主の何気ない言葉に、骨喰は深く感謝している。
ああ言われなかったら、そのうち、「やはり嫌われている」と勘違いして、骨喰は鯰尾から離れていたかもしれない。
事実、鯰尾は骨喰を嫌っていなかった。骨喰は分かるようになった。ほっとしている。

だが……骨喰の杞憂だったのか、あの時だけだったのか。
鯰尾のあの表情を見ることはなかった。

鯰尾自身が隠してしまったのか、それとも忘れてしまったのか。
大したことでは無かったのかもしれない。
それは分からない。けれど今になっても、何も変わっていないように思える。

鯰尾がいない時、三日月は死んだような目をしていた。
まるでかつての鯰尾を見ているようだった。

三日月が来る前の鯰尾は、少し近寄りがたい雰囲気を持っていた。
話かけられれば笑う。普段の時も――あとで来た『いち兄』が驚くほど礼儀正しく。強かった。
弟達、特に乱は憧れているようだった。
骨喰だって、負けたくはないが、ああなりたいと密かに思っていた。

三日月が来て、ようやく鯰尾は変わった。愛情深い一面を見せるようになった。
それまでの鯰尾が冷たかったわけでは無い。

けれど。鯰尾は空っぽなのだ。
鯰尾は。空っぽの骨喰が『満たしてやらなければ』と思うほどに乾いている。
物語の中の、虚構の存在を見ているようで……。

三日月はひたすらに己を磨いていて、そしていつも鯰尾を探している。
何が三日月をそこまで、と思ったのだが……。

「そこまでなのか……」
骨喰は呟いた。
主の持つ刀帳から、三日月宗近の名が消えた。

三日月捜索の為に全部隊を再編成し、ひとまず待機となった。

「……見つかるでしょうか」
白玉の審神者へ連絡を終えたこんのすけと、主、一期一振、鶴丸、骨喰。そして長谷部も呼び戻し、一同は再び近侍部屋に集まった。

「今、白玉の審神者さんが何とか保留にしてくれて、捜索してくれているらしい。が。私の刀帳に三日月の名前が無い以上、捜索は困難だ」
主は端末を示した。
端末から消えた名前。主には気配が読めないらしい。
主は、どうやったかは知らないが……と言った。
主の側でこんのすけが眉をひそめた。
「あの方の霊力はあり余っていそうですし、そのくらい出来たかもしれません」
「まさか、昔はあったのか?」
主が尋ねた。
「ええ。かつては主従関係も緩かった物です。気に入らない主なら切って捨てる――こん、失礼、そこまでではないですが。元々、人と神では考え方も違いすぎます。今でこそ、刀剣男士の力は制限されていますが……、いえ、審神者様のお力が足りないとかそういうことではなくて、特殊なケースということで……すみません」
こんのすけは申し訳無さそうに言った。
「いや、いいよ。ちょっと傷付いたけど」
主は苦笑した。

「……そう言えば、三日月は手入れ前に私の事を『審神者よ』って呼んでいた。あの時にはもう切れていたんだ、いや、そうするつもりでいたんだろう……。何か理由があるなら、言ってくればいいのにな……」
主は肩を落とした。

「鯰尾が辛かったのは知ってるよ。眠れないって泣いてたのも知ってる。他の子達も色々、大変な事もあるのも知ってる。けど、三日月は……。三日月が、何を思ってるかなんて、考えもしなかった……!」
主はうつむいて額を抑えた。

骨喰はよく眠っている鯰尾しか知らなかった。
「兄弟が?よく寝ていたと思うが……」
「ん、ああ、骨喰が来る前かな。今はもう良いみたいだけど」

「三日月殿は、いったいどこへ行ったのでしょう?」
一期一振が言った。
「っ何処も何も!鯰尾の修行先だろう!全く……信じられん馬鹿だ!!!」
長谷部が言った。
「――ですが、弟の修行先……それはまだ、分かっていないはずでしょう?例えば大阪城?――と当たりを付けるにしても、いつ頃の?それに、修業先が大阪とは限りません」
一期一振が言う。
下手をすればすれ違い、会うことは叶わない。

「……三日月には心当たりがあったのかもしれない」
骨喰は言った。

「十中八九そうだろうな」
鶴丸が言った。
「鶴丸――貴様、状況をわかっているのか!!?主が処罰されたら!!もし、三日月が何かしでかし、鯰尾の修行が失敗でもしたら!くそっ!!もっと気を付けるべきだった……!!!」
長谷部が言った。真っ赤にして怒っている――というよりは目に涙を浮かべ、混乱している。
沙汰は無いが、おそらくもう、処罰は免れない。

鶴丸は目を閉じた。
「すまん。俺は三日月に泣いている訳を聞いたんだが。三日月は『鯰尾を突き放してしまった、俺はなんて酷い事を』とか『鯰尾は修行に出たいと言っているのに、俺はそれは嫌だと思った!』とか『どうしていつも、もっと、やさしく言えんのだ?!』とか言って、目茶苦茶に泣いてな……。そういうのはいつものじいさんだからなだめて、土下座でもして許して貰えって言った。その後も、ちょっと気の毒なくらい落ち込んでて……。そしたら、例の刃傷沙汰だ。昔から――ああいうヤツなんだよ、鯰尾が絡むと見境ない」

主は怒ってはいないが、疲れているようだった。
「本当にそうだな……。皆、ひとまず休んでくれ。長谷部。とりあえず連絡待ちだが、三日月を探す許可が出たらすぐ飛んでもらう。近侍はしばらく一期と骨喰に任せる、私も少し休みたいが……」

「審神者様。私が電話番をします」
こんのすけが言った。
「すまないね……交代で休もう。とりあえず一期で。ちゃんと骨喰と交代するように。何かあったらすぐ起こして欲しい」
主はその場をこんのすけと一期一振に任せ、自室に入っていった。

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骨喰、鶴丸以下、本丸の刀剣達は捜索に備え、ひとまず休むことを命じられた。

骨喰と鶴丸は同室だ。
「はぁ……」
鶴丸は溜息をついた。

「まさかじいさんがなぁ……。だが、仕方無いか……」
鶴丸が言った。
「……確かに、行きたい気持ちは分かるが、それは歴史の改編では無いのか?」
骨喰は眉を潜めた。
「いや、そうとも言えない。改変も何も。そもそも歴史には、何も残っていないんだぜ?鯰尾は忘れて、三日月自身が覚えている。それだけだ。それで何をしに行ったのかもわからんが……一人で行った所で、歴史は変えられないって言うのにな」

「――政府は主を許すだろうか」

「わからない。俺は鯰尾が戻れば、多少の配慮があると思う。……だが、そもそも薙刀になるって、いったい何処で何を見せられるのかね……」
鶴丸は溜息を付いた。

〈おわり〉

 
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思い出語り 夏⑧
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〈思い出語り 夏 これまでのあらすじ〉

鯰尾は薙刀修行に出ることになった。
その際に三日月に突き放されてしまい、二人の仲に亀裂が入った。

鯰尾はそのまま鯰尾極とともに政府へ行ったのだが――?
一方その頃、本丸では。って感じの話です。
少し時間が戻ります。
まとめるときがあったらナンバリング変えようと思います。

〈登場人物〉

■鯰尾藤四郎…ごく普通の鯰尾。カンスト済み。主のお気に入りで近侍を勤める。恋愛には疎かったが三日月の事を好きになった。
■三日月宗近…遅れてきた三日月。鯰尾の事が好き。鍛刀したのは遠征帰りの愛染。甘い物が好き。

■審神者(主)…鯰尾の主。男性。二十代。黒髪。顔を布で隠している。
こんのすけ…目が見えないこんのすけ。かつては他の本丸を担当していた。この本丸に来た経緯は不明。
■骨喰藤四郎…意外と口数が多い。鶴丸と付き合っている。
■鶴丸国永…ややびっくり鶴丸国永。初太刀で頼りになる常識刀。骨喰と付き合っている。
■へし切り長谷部…まだ独り身
■山姥切国広…初期刀。まだ独り身。長谷部とはくっつかない。
■一期一振…やや遅れてきた。いいお兄ちゃん。昔の記憶はあまりない。


■白玉の審神者…政府の審神者。上から五番目に入るくらいの地位。氷の三日月と鯰尾極の主。呼び名の由来は着物にいくつか白い珠が付いているから。髪の長い男性。
■三日月…銀色の拵太刀を持つ。たぶん突然変異。とても冷たい性格。氷の三日月と呼ばれている。
■鯰尾極…やんちゃな性格。白玉の審神者の本丸では少し浮いていた。

※この話は他には目もくれない感じの三日月×鯰尾、鶴丸×骨喰です。
※設定は全て捏造、虚構です。

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思い出語り 夏⑧

「旅立ったか……」
骨喰はつぶやいた。

門の近くには一期一振がいた。
骨喰には知らされず、見送りには遅れてしまったがそれは別に構わない。
現にこうして一期一振が見送っていたのだから。

鯰尾が旅立った。
自分は――?

鯰尾は、無事に薙刀となって帰って来るだろうか。

「……大丈夫。信じよう」
一期一振が言った。

「それにしても、極の兄弟には……悪い事をした」
骨喰は呟いた。政府の鯰尾極、彼も共に出て行った。

準備が整うまで、鯰尾極は鶴丸の部屋に泊まっていた。
乱などは本丸に泊める事をあからさまに嫌がった。さっさと帰ればいいのに、と冷たく言い放った。そのほかの面子も似たようなものだ。
一期一振の部屋に、という事でも良かったのだが一期一振も難色を示した。彼も鯰尾への仕打ちに憤っていたのだろう。
「政府からの賓客ですから、主がお決め下さい」と言う言葉は、はっきり言って拒絶にしか聞こえなかった。普段優しい兄からは考えられない。骨喰は一期一振が自分の部屋に泊めると思っていた。
鯰尾極もまさか『一期一振』にそう言われるとは思わなかったのだろう。ショックを受けたようだった。
鯰尾極、彼は自分の役目をこなしているだけなのに。それなのに乱に嫌われ、兄馬鹿で有名な一期一振にも追い出され……肩を落として「なんで俺が……」と小さく呟いていた。

髪型と口調は変わっても、まるきり鯰尾だ。
だがおかげで乱も、粟田口も極鯰尾にかなり同情的になった。乱が、さっきはごめん、やっぱりいち兄の部屋に泊まれば?と言った。一期一振も頷きかけたが、やはり政府の客人だから、と言った。どうすれば、と鯰尾極はあちこちを見た。
『じゃあ、俺の所に来い!』
何の躊躇もなく言ったのは鶴丸だった。

――やはり聖人君子かこいつは。
全員がそう思った。
この本丸での鶴丸国永の評価はかなり高い。レア刀の中で顕現は一番乗り。
細かい所に気が利いて、たまにしょうもない悪戯して、良く笑う。刀剣男士にありがちなめんどくさい癖もなく、大いに健康だ。
『だがコイツは政府の――』
和泉守が反対意見を言う前に、主が微笑んだ。
『ああ。そうしてくれると助かる』

それからは、少しの間だったが上手くやっていたように思う。
逗留している間、鯰尾極はこの本丸のについて色々と尋ね回っていた。
逆に質問責めにあっていたが、自分の本丸の事は話せないらしかった。
骨喰や他の者は「この本丸の鯰尾が政府に選ばれ薙刀修行をする事になった」としか聞かされていない。選定基準や修行先など、色々気になるのは仕方無い。
それは良いのだが……。

政府の審神者が帰った後から、三日月がずっと部屋に籠もっていた。

『こんな姿はみせられん、入って来ないでくれ……』と声だけが聞こえ。じめじめとした泣き声が聞こえる。
唯一部屋に通された鶴丸の話では、『鯰尾に酷い事を言ってしまった』と言って嘆いているようだ。

鶴丸は話を聞き、頷き、なだめて、励ましていた。
骨喰も聞き耳を立てたが、要領を得ないし、三日月の声が小さすぎて聞き取れなかった。
それでも三日月は、初めは鶴丸の言葉を聞いていたし、会話らしき事もしていた。
鶴丸は「あいつは今ずっと、昔の事を語っている」と言った。
鶴丸は辛抱強く聞いた。

三日月は、食事も取らない。出陣もしない。
夜は眠っていないようだ。それでも希に、外に出ているようだった。
三日月の事だから、そのうち持ち直すだろうと思っていたのだが。

何がきっかけだったのかは分からない。一昨日の事だ。
そういえば……三日月は少し部屋の外に出たようだ……。その時に何かあったのだろうか。

三日月が――近づく誰かに声を荒げるようになり。誰も部屋に入れなくなった。
時折、何かをぶつけるような物音が聞こえる。

今日の昼間は主が様子を見に来て帰り、今剣や小狐丸、石切丸も心配していた。
少し泣き声は収まった。がりがりと何か音がする。

――部屋が近かったのがいけなかった。

酷く低い唸りが聞こえ、さすがに何事かと鶴丸と骨喰、そして鯰尾極が覗き込んだ。

三日月が己の頭をかきむしっていた。

こちらを見た三日月は極鯰尾に斬りかかったのだ。
「!」
極は不意の一撃を不思議な障壁で防ぎ、鶴丸は咄嗟に極を下がらせようとした。
もう一撃を極は脇差で防いだものの、力負けし、袈裟切りにされた。左肩から血が噴き出した。
骨喰は動けなかった。
骨喰が脇差を抜いた時、極が壁に叩き付けられ、髪がほどけた。
極は三日月をにらんだが、反撃はしない。
髪がほどけ鯰尾と認識したのか、一瞬だけ三日月の動きが止まった。鶴丸と骨喰が抑えた。

そこで三日月の様子が変わった。
声を上げて、泣き出したのだ。きさまはだれだ鯰尾はどこだ、とそういう事をさけんでいた。
「骨喰!遠ざけろ!手入れを!!」
鶴丸が叫んた。
骨喰は鯰尾極を抱き上げ、逃げ去った。

……三日月が鯰尾の前では気を張っていたのは骨喰も知っている。
三日月が何かを抑えているというのは、何となく感じていた。
この本丸に顕現した三日月は、元々は自由奔放で、少し情緒が幼く。それでもまあそこそこに三日月らしかった。

近頃は他の三日月宗近の真似をするようになり。落ち着いてきていた。
骨喰はかつての三日月を覚えていないが――『三日月宗近』とはこういう刀だと聞いている。

けれど骨喰には分かっていた。

三日月は……本当は鯰尾以外はどうでもいいのだ。
役目も、主も。骨喰さえも。それではいけないという罪悪感や、やさしさはあるのだろう。
粟田口とは話したし、三条ともよく話す。
だがそれ以外とは。適当に会話し、適当に笑っている。

まるでかつての自分のようだ。
骨喰はそう思っていた。

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骨喰は近侍の一期一振と共に、先程までいた三条の棟へと戻った。

一期一振は少し、目を伏せた。
「……あの方も私の弟であるのに……」
一期一振は自分が拒絶したせいで極が怪我をしたと思っているようだ。
部屋割について、極はおそらく気にしていないだろう。なんといっても兄弟……鯰尾だ。

「極は少し嘆いていたが。たぶん心配無用だ。怪我の手入れも済んだ。三日月はどうだろう?」
骨喰は言った。
一期一振はまだかなり気にしているので、骨喰は三日月の名を出して注意をそちらに向けようとした。

「そうだね。……さすがに、そろそろ、眠らせないと」
一期が言った。

障子は外れたままだ。

その時、ちょうど骨喰達の後から主が来た。
「どうだ。三日月。鯰尾が旅立ったぞ……っ」
遅い報告の為に来た主は、部屋と三日月の惨状を見て驚いた。

三日月はすっかり自分をかきむしり、部屋は荒れ、畳はボロボロになっていた。

「三日月、どうしたんだ。そんなに。手入れしような」
主は膝をついて優しく三日月に言った。肩に触れる。

「審神者よ」
三日月が主を見た。がし、と差し出された手を掴む。

「俺は鯰尾になんということを。止めなければいけないと思って……、なのに俺は、鯰尾を突き放してしまった……!」
三日月はわっと泣き出した。

その様子を見て、主はひとまずなだめる事にした。
「落ち着け、大丈夫だ。鯰尾は修行に行くとき、お前にしゃんとしろ、って伝えてくれって言ったんだ。必ず帰って来るって言ってた。あいつなら大丈夫だ。だからしっかりしろ。天下五剣、三日月宗近の名が泣くぞ?」

「……天下五剣か……、俺はな……。鯰尾は……」
三日月はそこまで言って、がく、倒れ込んだ。

「……寝たのか?」
少し離れたまま骨喰は言った。主は三日月に布団を掛けた。
「ああ。いい加減、飲まず食わずだろう。しかし、三日月がこうなるとはな……。一期、鶴丸、三日月を手入れ部屋に運んでくれ。っと、待ってくれ、鶴丸は、何か知ってるか?」
主が言った。

骨喰は主を見た。
鶴丸は主の事を「主は案外目端が利く人間だ」と言っていた。
三日月と一番親しいのが鶴丸だと知っていたのだろう。

「ああ。まあ、知ってる事を話すぜ。じいさんはなぁ……」
「あ、待て、先に三日月を手入れしてくる」

三日月を手入れ部屋に入れた後、主と、一期一振、骨喰は、鶴丸から薙刀だった頃の鯰尾とそれを見初めた三日月の事を詳しく聞いた。

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骨喰が茶を煎れてきて、ちゃぶ台の上に置いた。こんのすけは部屋で寝ている。
主は上座に、骨喰、鶴丸は下座に。座布団を敷いて座った。

さて。と言って、鶴丸がいつも調子で語り始めた。

「昔は分霊を飛ばしたり、その先で懇ろになった神同士で霊力を受け渡すってのが流行っていてな。それで貰った方は霊力、神格があがる、ときた。流行るわけだぜ。ああ、もちろん強い方がそこまでするのはよっぽど惚れ込んだ場合だけで、かなり珍しい。――どいつも霊力は惜しいからな。とにかく、あの三日月は薙刀だった鯰尾を見つけ、そこで契った。二振りがそういう仲になったと言うことは俺や、鯰尾と親しい者達は知っていたんだが、粟田口の兄、一期一振は大阪で鯰尾と出会った後、ずいぶん後まで知らなかったみたいでな……俺はその場にいなかったから、三日月に聞いたんだが」
鶴丸が声の調子を下げた。

――もう怒ったのなんの。

■ ■ ■

一期一振は凄まじい勢いで鯰尾を打擲し、叱責した。

『粟田口ともあろう者が、野合に甘んじるとは!!この恥さらしめが!!金輪際兄弟を名乗るな!』

――鯰尾は震え上がった。
それ以上に、怒った。
逆切れしたとも言う。
『分かりました。名を消せば満足ですか?……っ……俺はもうこんな所にいたくない!!』
逆切れの途中で、鯰尾はわなわなと震えだした。

「二人とも、怒り方がそっくりだったと三日月は言っていたな」
鶴丸は苦笑した。

その頃には城で知らぬのは一期一振だけだったこともあり、周囲の付喪神達は必死になだめた。

しかしそれ以来、二人は喧嘩しっぱなし。一言も話さない。
特に一期一振は頑なだった。
そのうち、鯰尾は三日月を連れて城を出て行こうとした。
三日月はそれもいいなぁ、と言ったらしい。
……実際に出ていくつもりだったかは知らないが。多分、三日月なりに鯰尾を擁護したのだろう。

これも周りが鯰尾をなだめて、「時が経てば落ち着くからどうかそれだけはご容赦を、貴方様は赤様の物になられるのだから……」「赤ん坊は可愛いですよー」等と言った。

『……そうかもしれないけど……いちの兄上は酷い』

鯰尾は赤子をずいぶん楽しみにしていた。
そろそろ、一期一振に謝り、残ってもいいかと思い始めたようだ。
鯰尾と三日月、二振は真剣に付き合っていたから、謝るきっかけを探して、できれば認めて貰いたいと言うのが本音だった。

そうしている内に、待ちに待った赤子、それも若君が生まれた。
周囲は一期一振に、慶事のついでに全て水に流して、いっそ二振の仲を認めては?と言った。
――鯰尾殿は若君の差料になると決まっていることだし、後は一期殿の腹一つ、二重三重目出度いばかりで、悪い話では無いと――もはや必死だ。

しかし、これにも一期が反対した。
『主君に仕えるのが刀。二心持っては吉光の名が汚れます。私から、お断りいたします』

――ずっと迷っていましたが。やはり時期尚早。鯰尾には荷が重い。
――今宵、太閤殿下の夢枕に立ちましょう。

一期は伝家の宝刀『夢枕』まで持ち出した。
それがすぐに鯰尾の耳に入った。

鯰尾は青ざめ、慌てて三日月を引っ張って謝罪に来た。
鯰尾が一期一振を見つけた場所は庭だった。

鯰尾は一期一振の前で三日月への想いを赤裸々に告白した。
一方、一期一振は天下人の刀剣としての自覚を説いた。
鯰尾は途中から地に伏せて平謝りだ。
『こうした場所に来たからには、市井の付喪のようにはいかない』
『はい……申し訳ありません……』
『特に相手は天下五剣、三日月宗近殿だ。軽率だったというのが分かるね』
『……でも……っ』
鯰尾は震え、耳まで赤くなっていた。

鯰尾の堪忍袋が切れる――かと思った、その時。

なんと、三日月がぶち切れた。

『よかろう。ならばこうする』

三日月はすっくりと立ち上がり。――いや。
一期一振の目前で己の魂を切り離し、分身を作り出した。
そうして、鯰尾にも同じ事をした。

おかげでその場に『三日月宗近』の付喪神が二体。
『鯰尾藤四郎』の付喪神が二体となってしまった。

分けられた方の鯰尾と三日月は一体何が起きた?とポカンとしていた。
分けられた二振も帯刀していた。

『これで良いだろう』
分けた当人は微笑んだ。

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「なんという荒技……」
主が唸った。
骨喰も思わず口を開けた。

「そうして、恋心まですっかり分かれてしまい。一期一振は認めざるを得なくなった。というか今度は逆に土下座し、どうかこの子達を習合し、鯰尾を正式に娶ってやって下さい!と頼み込んだ。しかし三日月は『うん。だがすでにこの者達は、こうして別の神となっている。どうしようと、この子らの自由だ』とのんびり言ってにこりと微笑んだ。――ああ全く、あのじいさんだけは怒らせちゃいけないぜ……」
鶴丸は身震いをした。

「と、……当時の私は、私は何と言う事を……!」
一期一振が頭を抱えた。先ほどは驚きすぎて声もなかった。
「……ふう」
一気に喋った鶴丸はひと呼吸して、骨喰が煎れた茶を飲んだ。
「まあ、当時の君と言ったら『天下一振』だからな。仕方無かったんだろう……。三日月は、さすがは平安刀と言った所だが……やれやれ」

「俺も近くにいたのだろうが……、三日月は、やり過ぎだな」
骨喰は溜息を付いた。大阪城での出来事なら、骨喰も居合わせたかは不明だが、城内にはいたはずだ。

骨喰は『俺は止めなかったのか?』と考えたが――三日月が唐突すぎて止める暇もなかったのだろう。
怒ったいち兄は恐いし、三日月の行動は読めない。
骨喰は兄弟の一大事に……「いち兄、言い過ぎだ」くらいしか言えなかったのだろう。
その様子がなんとなく想像出来た。
全く覚えていないし今更どうしようも無いのだが、かなり反省した。

「それだけ怒っていたんだろうよ。やっこの三日月さんもねちねちと愚痴っていた。どうだ主、驚いたか?」
鶴丸は主を見た。

「ああ。驚いたよ……本当に……。鶴丸、習合、というのは、神仏習合の……つまり元に戻す?ってことでいいのか」
主が言った。
「ああ、分祀したり、習合したり。良くあることだからな。最も今じゃできないが――。全く、あんな経緯じゃ、分けられた方が気の毒だぜ」
鶴丸は溜息を付いた。

「……俺がじいさんに聞いたのはこのくらいだな。大阪城が陥落するまでどうしていたとか、そういう事は聞いていない。和解して四振で上手くやっていた、ってくらいだな。夏の陣の噂は広く伝わってきていたが……まあ噂だからな……」

「聞きたい」
骨喰が言った。

――その後の結末。
二振の先にあったのは……。

「その後は……要するに、鯰尾は燃えて、三日月は残った。めっきり会うこともなくて、三日月本人からは聞けなかったから、この辺りは伝聞になるな……。俺は、『三日月宗近が鯰尾藤四郎の付喪神を斬った』と聞いた。……落城の後だったというから……。鯰尾藤四郎本体は焼けていて、動けるはずも無い。分けられた鯰尾が、亡霊まで堕ちたのか……それとも怒りで、我を失ったのか、その後、分けられた三日月がどうなったのか。詳しい事は分からない」

鶴丸は溜息を付いた。
「――俺が知ってるのはこのくらいだが。一期。君は当時を覚えているか?」
鶴丸が尋ねた。
「いえ全く……そのような事が……?」
一期一振が言った。
鶴丸が頷いた。
「ああ。あったんだろうよ」

不意に周囲が明るくなった。夜が明けつつあるのだ。
主は外を見る。
「……、そろそろ手入れが終わっただろうし、三日月とも話すか。とりあえず腹が減ったな……パンでも食べるか」

「わかった」
骨喰は頷き、皆で手入れ部屋に行くことにした。
主曰く、鯰尾自身の修行はどのくらいかかるのか、分からないのだという。

「だが、こちらに戻れば三、四日。そういう風に政府が――」
主がふと顔を上げた。

え?と言って立ち止まり、急に走り出す。
「どうした?」
鶴丸が言って、骨喰達は分からぬまま走った。

主が手入れ部屋の戸を開ける。

「――っ!!嘘だろう!?」
主が声を荒げた。

手入れ部屋は空だった。

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三日月宗近が消えた。

手入れ部屋はもぬけの殻。
三日月が消えたと聞いて、早朝の本丸は大騒ぎになった。

最後にすれ違ったのは、たまたま喉が渇いて起きた蜂須賀虎徹だった。
大所帯ともなると、例え夜中でも誰かしら起きている物だ。

彼曰く、三日月は近侍部屋へ続く廊下にいた。
蜂須賀は、鯰尾の事が気になるのだろう――と微笑ましい、少し痛ましい気持ちで後ろ姿を見て、台所へ向かった。

「そういえば、彼は、出陣服だった」
そこまで言って、蜂須賀ははっとした。三日月は出陣服を着ていた。
手入れを終えて、着替えていなかっただけ……だったのだろうか?

本丸の中は、あらかた探したが見つからない。
「見張りは付けていたのか!?」
歌仙が言った。

「主。見つかりません。見張りも、閉じこもって、泣いているだけだったので……付けていませんでした」
長谷部が代表して主に報告した。
「くそ、どこいった?」
主が近侍や第一部隊の面子と相談をしようと近侍部屋に戻って、ふと見た時だ。

机に文が置かれていた。

「!!っ」

まさに灯台下暗し。本丸を探していて近侍部屋は見ていなかった。
表に『審神者殿へ』と書かれている。
一同は飛びつき、一気に読んだ。文面は短い。

『審神者殿へ  

やはり鯰尾を追うことにした。修行の邪魔はせぬ。戻ったら刀解してほしい。 

三日月宗近』

「……何だって……」
審神者が呟いた。

「どういうことだ」
骨喰は言った。

「――この文だけ置いて?何でだ?どうやって」
主は手紙を睨み、あぐらをかいて三日月の行動について考えている。
その後ろで、山姥切国広がはっとした。
「まさか……」
山姥切が立ち上がり、部屋の左端にある、観音開きの棚を見た。
そこには小型転移装置が整然と並んでいるのだが、見れば錠前も綺麗に壊されている。
慌てて開き装置を確認すると、やはり一つ足りない。

「っしまった!あの時か……!!」
山姥切は奥歯を咬んだ。
一月ほど前の事だ。
山姥切が使った小型転移装置の蓋が閉まらなくなっていた。
戦闘でぶつけたのだろう、ごく偶にある事だが、不備のある装置をそのまま使うわけにも行かない。
壊れた装置は主に修理を頼む事になっている。修理が無理なら買い換えるか、政府に修理に出す。これもいつもの事だ。

その間は予備を使う。装置の予備はいざという時の為に十分ある。
山姥切はしばらくながめ、少しだけ落ち込み、気を取り直して報告に行くことにした。

『山姥の。どうかしたのか?』
その様子を見て、副隊長だった三日月が尋ねた。

『ああ。装置が壊れた。蓋だけだが。ぶつけて壊したのだろう』
『あなや。痛そうに。そういう時はどうするのだ?』
山姥切は三日月に説明した。
装置の管理は長谷部、鯰尾、山姥切がしているので、本来は必要無い事のだが……いつか三日月は鯰尾の代わりをする事があるかもしれない。そう思って詳しく教えた。

「――すまない、俺のせいだ」
説明し、山姥切は項垂れた。
「いや。秘密では無いんだ。皆が知っていただろう」
主が首を振った。
長谷部も溜息をつく。
「旧式の南京錠だからな……壊そうと思えば壊せる」
と言うより、いざと言うときの為に、誰でも壊せるような錠前を付けてあったのだ。
鍵の番号を知っているのは主と長谷部、鯰尾、山姥切だけだが近くの工具箱に金鋏を用意してある。

「だがまさか――飛んだ?どうやって飛んだんだ?」
山姥切が呟くように言う。
「端末から座標を入力したのか?」
鶴丸と長谷部が言った。
時間を遡るにしても、主の許可がなければ開門はできない。
「門が開く気配はしたが……」
主は言った。
「記録が残っているか?」
鶴丸が尋ねた。
「ああ――でも、これは……指定外の時代に飛んだな……やばいな……1181年って何時代だっけ」
主は頭を押さえた。見覚えのない年が表示されている。
「1181年、というと平安の終わり頃ですな」
一期一振が言った。
「えっと。ああ。多分そうなるな。こんのすけ。この辺りは何があった?」
主は年代を検索しながら言った。
「1180年に治承、寿永の乱が起きています。源平合戦という方が分かりやすいでしょうか。内乱が続いていた時代ですが……」
「源平合戦か。……なぜそこに?」
骨喰は首を傾げた。
「……鯰尾と関係があるのか?」
長谷部が言った。
「鶴丸、心当たりはないか?」
主が尋ねる。
鶴丸は額を押さえ唸った。
「ううん……待ってくれ思い出す。平安の頃は、まだ鯰尾はいないはずだし……俺も三日月も存在していたと思うが、あの頃か……?……ううん……?……三日月に会った覚えはあるんだが。まだ若かったしな。……これと言って……」

しばらく唸り、鶴丸は頭を下げた。
「すまん。せいぜい昼寝とか、皆で蹴鞠した記憶しかない」

主は溜息を付いた。
「いや。まあ結構昔だからね……。はぁ……。――こんのすけ。三日月が一人で飛んだ。どこへ何しに行ったかも分からないが、とりあえず、白玉の審神者さんに連絡しよう」

「はい……、――政府ではなくて?」
こんのすけが言った。
「ああ、そちらの方が話が早い。というか、無許可の時代に飛ぶなんて、政府にばれたら絶対……マジで首が飛ぶ。三日月も刀解だろう。何とかなれば良いんだが……」
主は溜息をついて、端末を機動させた。

骨喰は眉を潜めた。
主は――まさか三日月を庇う気なのか?

三日月が飛んだ理由は不明だが、情状酌量の余地は無い。
むしろ私情で飛ぶなんて、三日月は阿呆者だ。

時の政府は審神者の力、本丸の戦力、実績を見て飛べる時代を制限している。
許可の無い時代への転移は一発で罷免の重罪だ。
骨喰にしても、この本丸は終わった……?と思うほどの。というか終わった。
……絶望的で何も言えない。

「主!これは離反です!……三日月への処罰は?」
主の様子を見た長谷部が言った。声が震えている。

主が厳しく罰したところで――もう罷免は免れないだろう……。
ここいる主、長谷部、骨喰、山姥切、一期一振、鶴丸も……全員がそう予感している。

「理由を聞いてからと思ってるけど。刀解するほどじゃないな。あの審神者がどう言うかは分からないが」
「っ主、甘すぎます!」
長谷部が言った。その後、項垂れた。

「――三日月め……。鯰尾が信じられないのか……!恋刀だろう!!くそ、あいつは見た目こそきゃしゃだが、中身は山伏だぞ!!」
「ぶっ」
そう言って、鶴丸を笑わせた。
その後、そんな場合では無いと言って黙り込む。

主は端末を指で叩いている。
「……ない……」
主は小さな声で呟いた。

三日月の名前がない……と。

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……骨喰には、ずっと気にかかっていたことがある。

記憶を持たない骨喰は、顕現直後、鯰尾と出会った。
鯰尾に手を引かれ、新しい事を知っていく内に、目に光を宿した。
顕現してからしばらくは鯰尾が骨喰の全てだったし、本丸、戦場、鯰尾、が骨喰の世界だった。

本丸には活気が満ちていた。資材も増え、どんどん新しい刀が増えていく。
ある時、初レア刀の鶴丸が顕現して、その後、蛍丸が来た。
主は「私にもまともな霊力があったんだなぁ、いや驚いた」と言って大層喜んでいた。

その頃。一度だけだったが……。
夕暮れの中、鯰尾が見せた顔が忘れられない。

鯰尾は「そうか、楽しい事が一杯あるんだ」とつぶやいた。

『骨喰、先に覚えて、俺に教えてよ』

その笑みが余りに寂しげで、骨喰は掛ける言葉を見つけられなかった。

それからだ。骨喰は新しい知識を吸収し始めた。鯰尾に何も言えなかったのは、自分がかなり口下手なせいだと思い、『一日、百語』を目標に、良く喋るように頑張った。
骨喰の口数が増え、鯰尾は喜んだ。
それなのに、鯰尾は覚えたことに取り合わない。教えてやると言っても、だだをこねて、訓練したいからと言ってするりとかわす。

だからと言って、骨喰を嫌っている訳では無いようだ。
骨喰は進退窮まり、主に相談した。

『そうだなぁ。気にしておく。けど、鯰尾みたいな責任感のある子は、たぶん、自分の思っていることを、自分で片付けようと思う……のかなぁ。難しいな……』
主はそう言った。

骨喰は、どうしたらいい、と尋ねた。
『自分で考えるのが良いんだけど、そうだなぁ。うーん。ずっと、彼の近くに居たら分かるかも?』

その時の主の何気ない言葉に、骨喰は深く感謝している。
ああ言われなかったら、そのうち、「やはり嫌われている」と勘違いして、骨喰は鯰尾から離れていたかもしれない。
事実、鯰尾は骨喰を嫌っていなかった。骨喰は分かるようになった。ほっとしている。

だが……骨喰の杞憂だったのか、あの時だけだったのか。
鯰尾のあの表情を見ることはなかった。

鯰尾自身が隠してしまったのか、それとも忘れてしまったのか。
大したことでは無かったのかもしれない。
それは分からない。けれど今になっても、何も変わっていないように思える。

鯰尾がいない時、三日月は死んだような目をしていた。
まるでかつての鯰尾を見ているようだった。

三日月が来る前の鯰尾は、少し近寄りがたい雰囲気を持っていた。
話かけられれば笑う。普段の時も――あとで来た『いち兄』が驚くほど礼儀正しく。強かった。
弟達、特に乱は憧れているようだった。
骨喰だって、負けたくはないが、ああなりたいと密かに思っていた。

三日月が来て、ようやく鯰尾は変わった。愛情深い一面を見せるようになった。
それまでの鯰尾が冷たかったわけでは無い。

けれど。鯰尾は空っぽなのだ。
鯰尾は。空っぽの骨喰が『満たしてやらなければ』と思うほどに乾いている。
物語の中の、虚構の存在を見ているようで……。

三日月はひたすらに己を磨いていて、そしていつも鯰尾を探している。
何が三日月をそこまで、と思ったのだが……。

「そこまでなのか……」
骨喰は呟いた。
主の持つ刀帳から、三日月宗近の名が消えた。

三日月捜索の為に全部隊を再編成し、ひとまず待機となった。

「……見つかるでしょうか」
白玉の審神者へ連絡を終えたこんのすけと、主、一期一振、鶴丸、骨喰。そして長谷部も呼び戻し、一同は再び近侍部屋に集まった。

「今、白玉の審神者さんが何とか保留にしてくれて、捜索してくれているらしい。が。私の刀帳に三日月の名前が無い以上、捜索は困難だ」
主は端末を示した。
端末から消えた名前。主には気配が読めないらしい。
主は、どうやったかは知らないが……と言った。
主の側でこんのすけが眉をひそめた。
「あの方の霊力はあり余っていそうですし、そのくらい出来たかもしれません」
「まさか、昔はあったのか?」
主が尋ねた。
「ええ。かつては主従関係も緩かった物です。気に入らない主なら切って捨てる――こん、失礼、そこまでではないですが。元々、人と神では考え方も違いすぎます。今でこそ、刀剣男士の力は制限されていますが……、いえ、審神者様のお力が足りないとかそういうことではなくて、特殊なケースということで……すみません」
こんのすけは申し訳無さそうに言った。
「いや、いいよ。ちょっと傷付いたけど」
主は苦笑した。

「……そう言えば、三日月は手入れ前に私の事を『審神者よ』って呼んでいた。あの時にはもう切れていたんだ、いや、そうするつもりでいたんだろう……。何か理由があるなら、言ってくればいいのにな……」
主は肩を落とした。

「鯰尾が辛かったのは知ってるよ。眠れないって泣いてたのも知ってる。他の子達も色々、大変な事もあるのも知ってる。けど、三日月は……。三日月が、何を思ってるかなんて、考えもしなかった……!」
主はうつむいて額を抑えた。

骨喰はよく眠っている鯰尾しか知らなかった。
「兄弟が?よく寝ていたと思うが……」
「ん、ああ、骨喰が来る前かな。今はもう良いみたいだけど」

「三日月殿は、いったいどこへ行ったのでしょう?」
一期一振が言った。
「っ何処も何も!鯰尾の修行先だろう!全く……信じられん馬鹿だ!!!」
長谷部が言った。
「――ですが、弟の修行先……それはまだ、分かっていないはずでしょう?例えば大阪城?――と当たりを付けるにしても、いつ頃の?それに、修業先が大阪とは限りません」
一期一振が言う。
下手をすればすれ違い、会うことは叶わない。

「……三日月には心当たりがあったのかもしれない」
骨喰は言った。

「十中八九そうだろうな」
鶴丸が言った。
「鶴丸――貴様、状況をわかっているのか!!?主が処罰されたら!!もし、三日月が何かしでかし、鯰尾の修行が失敗でもしたら!くそっ!!もっと気を付けるべきだった……!!!」
長谷部が言った。真っ赤にして怒っている――というよりは目に涙を浮かべ、混乱している。
沙汰は無いが、おそらくもう、処罰は免れない。

鶴丸は目を閉じた。
「すまん。俺は三日月に泣いている訳を聞いたんだが。三日月は『鯰尾を突き放してしまった、俺はなんて酷い事を』とか『鯰尾は修行に出たいと言っているのに、俺はそれは嫌だと思った!』とか『どうしていつも、もっと、やさしく言えんのだ?!』とか言って、目茶苦茶に泣いてな……。そういうのはいつものじいさんだからなだめて、土下座でもして許して貰えって言った。その後も、ちょっと気の毒なくらい落ち込んでて……。そしたら、例の刃傷沙汰だ。昔から――ああいうヤツなんだよ、鯰尾が絡むと見境ない」

主は怒ってはいないが、疲れているようだった。
「本当にそうだな……。皆、ひとまず休んでくれ。長谷部。とりあえず連絡待ちだが、三日月を探す許可が出たらすぐ飛んでもらう。近侍はしばらく一期と骨喰に任せる、私も少し休みたいが……」

「審神者様。私が電話番をします」
こんのすけが言った。
「すまないね……交代で休もう。とりあえず一期で。ちゃんと骨喰と交代するように。何かあったらすぐ起こして欲しい」
主はその場をこんのすけと一期一振に任せ、自室に入っていった。

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骨喰、鶴丸以下、本丸の刀剣達は捜索に備え、ひとまず休むことを命じられた。

骨喰と鶴丸は同室だ。
「はぁ……」
鶴丸は溜息をついた。

「まさかじいさんがなぁ……。だが、仕方無いか……」
鶴丸が言った。
「……確かに、行きたい気持ちは分かるが、それは歴史の改編では無いのか?」
骨喰は眉を潜めた。
「いや、そうとも言えない。改変も何も。そもそも歴史には、何も残っていないんだぜ?鯰尾は忘れて、三日月自身が覚えている。それだけだ。それで何をしに行ったのかもわからんが……一人で行った所で、歴史は変えられないって言うのにな」

「――政府は主を許すだろうか」

「わからない。俺は鯰尾が戻れば、多少の配慮があると思う。……だが、そもそも薙刀になるって、いったい何処で何を見せられるのかね……」
鶴丸は溜息を付いた。

〈おわり〉

 
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