sungen

お知らせ
思い出語りの修行編、続きをpixivで更新しています。
旅路③まで書きました。
鯰尾と今剣は完結しました(^^)pixivに完全版が投稿してあります。
刀剣は最近投稿がpixivメインになりつつありますのでそちらをご覧下さい。
こちらはバックアップとして置いておこうと思ってます。

ただいま鬼滅の刃やってます。のんびりお待ち下さい。同人誌作り始めました。
思い出語り続きは書けた時です。未定。二話分くらいは三日月さん視点の過去の三日鯰です。

誤字を見つけたらしばらくお待ちください。そのうち修正します。

いずれ作品をまとめたり、非公開にしたりするかもしれないので、ステキ数ブクマ数など集計していませんがステキ&ブクマは届いています(^^)ありがとうございます!

またそれぞれの本丸の話の続き書いていこうと思います。
いろいろな本丸のどうしようもない話だとシリーズ名長すぎたので、シリーズ名を鯰尾奇譚に変更しました。

よろしくお願いします。

妄想しすぎで恥ずかしいので、たまにフォロワー限定公開になっている作品があります。普通のフォローでも匿名フォローでも大丈夫です。sungenだったりさんげんだったりしますが、ただの気分です。

投稿日:2019年07月10日 18:58    文字数:9,761

思い出語り 夏⑨

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ようやく修行編です。
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思い出語り 夏⑨

「普通は内緒だけど今回は特別に教えてやる」と鯰尾極が言った。

……修行というのは、政府がそれぞれの刀剣あった『正史』を『再現』した、『過去』へ飛ぶのだという。

「普通の修行だと、本丸の門をくぐった時から、それぞれの『修行』専用の歴史を見せられるんだ」
その過去の中で刀剣男士は自分の思うように自由に動ける。
どういう行動を取っても、歴史が変わることはないし、最後に導かれる場所も同じ。

鯰尾はなるほど、それもそうだ。と思った。
何も考えず皆が一斉に旅立つと、無数の刀剣が過去でばったり鉢合わせしまう。
うさんくさくて仕方がないが、それでも一応、ちゃんと掛け値無しの真実……を見る?と言う事になるらしい。
確かに極めることだけが目的なら、それで修行したことにはなる。

ところが今回のように、まだ道筋ができていない場合は正史へ転送される。
それを元に修行用の歴史を作るのだから当然だ。もちろん歴史介入は御法度だ。

鯰尾は転送用の鳥居のある部屋で政府の偉い審神者、四名に囲まれた後、ちょっとした細工をされた。
審神者の一人が鯰尾の右手首に紐を結ぶ。

「貴方はこれを外すまで極になる事はありません」
灰色の袴に黒い着物を着た審神者が言った。首かざりや着物には白い飾り玉。黒髪は長い。
彼が鯰尾極の主で、白玉の審神者と呼ばれている人物らしい。
人で言えば、二十歳くらいだろうか?……実際の年齢は分からない。

彼の他には、もっと若い審神者、老人審神者、女性の審神者がいた。
若い審神者は利発そうで、老人は厳しく優しそうで、女性の審神者は、五十歳くらいで落ち着いた印象だった。
ここの審神者は、皆、素顔をさらしている。
以前主に尋ねたのだが、これは宗門の違いや趣味によるものだと聞いた。

顔をさらしている者はかなりの実力者、自分の容姿に自信のあるもの、頓着しない者、色々あるらしい。
顔を隠している審神者には、主のように審神者の養成機関を出た者が多いとか。
主は『私は卒業の時に貰ったからつけてるんだけど。君達を見てると……やっぱり無しじゃ恥ずかしいだろうなぁ。意外と快適だし、重宝してるよ』と言っていた。

白玉の審神者の背後には、三日月宗近が控えている。
この三日月は一見すると他の三日月と同じだが、太刀の拵えが銀色に輝いている。この拵えを見た鯰尾はすぐに思い出した。
そういえばかなり前、彼と街で会った覚えがある。
不思議な縁もあるものだ。
まさか、ただの偶然ではないのか?……鯰尾は深く考えない事にした。

「きつくありませんか?」
審神者に言われて、鯰尾は右手首を見た。
「あ、大丈夫です」
「この紐には、通常の極にならない為の呪いが掛かっています。そして貴方が薙刀修行を終えたら、自然に外れる仕組みです。極になると霊力が増しますから、それに反応してちぎれます」
「あ。はい……なるほど」
詳しく説明されて理解したが、正直、不安だ。

「こちらが旅装束ですぞ」「帽子もどうぞ」「荷物はこちらに」
老人、子供、女性の審神者に囲まれ、お仕着せをさせられた。旅装束だ。
「どうも……、あ、ありがとうございます」
意外に好意的で戸惑った。

「手紙はこちらの鯰尾が持っています。では。鯰尾。頼みましたよ」
「うん。行ってくる。じゃあ行こう」
鯰尾極が頷き、鯰尾は促されるままに門をくぐった。

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そうして、鯰尾と鯰尾極は大阪城へ潜入した。

鯰尾の通常修行は『大変スピィーディ』という感じだった。普通は何も知らされずに放り出されてあちこち見つつ、ここかなあそこかな?と動き回るらしいが。今回の修行は普通の「鯰尾極」になる事が目的ではない。

鯰尾極は「じゃあまず、秀頼様に会うか。話はそれからな」と言った。
もちろん普通は一振で行くのだが、当然のように鯰尾極が見張りとしてついてきた。

鯰尾は鯰尾極と共に在りし日の大阪城に忍び込み、政府が用意したらしいちょうどよい衝立の影に隠れ秀頼公を待っている。

……刀剣男士の身軽さと隠匿があれば塀を越えるのも容易い。
――昼間では見つかる可能性があるので、今は夜だ。
三度笠に縞模様の外套。旅装束は潜入に向かない。
鯰尾達は市街で適当な着物に着替えた。

実は旅装束には仕掛けが施されていて、それを着ている限り刀剣男士は市井の人間と変わらない姿に見えるらしい。髷を結い刀を佩いた侍の姿に見えたり、男士と同じ年頃の適当な子供に見えたり。この程度は二千二百年代の技術を持ってすれば容易だ。

いくつかの気配が廊下の向こうから近づいて来た。
「――」
鯰尾極が鯰尾の袖を引いた。鯰尾はそちらに目線を向けた。

『俺』を佩いた、いちばん背の高い人が秀頼――?

「……っ」
すぐに分かって、鯰尾は声を上げそうになった。

一気に記憶がなだれ込んでくる。
最後の記憶。
忘れていた事が、感情が、懐かしさが、苦しみが、喜びと愛しさ、憎悪まで。

「……ひでより、さま」
鯰尾はいつの間にか、震えていた。
不覚にも、かたん、と物音を立ててしまった。

「誰だ?!」「くせ者か?」

(っ――秀頼様)
鯰尾は記憶に縛られ動けない。
鯰尾極が鯰尾の手を引いて、簡易移動装置を動かした。

二振はその場から離脱した。

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城の外に転移した鯰尾達は、先に取っておいた宿へと戻った。
鯰尾は引っ張られるようにして足を動かした。

「落ち着いたか?」
部屋に入り、極が言う。

鯰尾は、はぁ、はぁ、と息を付いていた。

「えっと、大丈夫?とりあえず、記憶は戻ったよな?」
「……」
鯰尾極が心配そうに声をかけてきたので、鯰尾は震えながら頷いた。
「まあ、きついかもしれないけど、一応、詳しく教えて。何を思い出した?どう思った?」
極が筆を取り出す。

手紙――これは修行先から、自分の本丸への唯一の報告手段だ。
鯰尾極曰く、手紙の内容が一番重要、らしい。
これまでに二通。鯰尾極が代筆して政府に送っていた。

そこから政府が――鯰尾の今の主に状況として伝えるらしい。
鯰尾には後で三通分、手紙が渡される。
それは鯰尾が、自分で書かなければいけない……本当の修行の手紙だ。

「……思い出した」
鯰尾は呟いた。

「ああ。俺は……!秀頼……、拾さまをどうして忘れてたんだろう。燃えたときの事も、どうして……!?」
「もっと詳しく。何を思い出した?」

「――俺が拾さまの事を大切に思っていたこと、秀吉のこと、いち兄のこと、骨喰のこと、三日月さんのことも思い出した!」
鯰尾ははっきりと言った。
どうして忘れていたんだろう。こんなに大切な事を!!その言葉で頭がいっぱいだ。

「よし。秀頼はクリア、他の刀剣達の事も思い出したんだな?」
「う、……うん。…………?」
「思い出した事を順に、ゆっくりでいいから話してみろ」
極が言った。

鯰尾は順に、話し始めた。思い出した事はとにかく沢山あって全部で、何から話そうか迷った。
「秀頼様がいて、秀頼様がいて、えっと、ええと」
混乱して話がまとまらない。
「あー、じゃあ、最後の時、お前はどうしてた?大阪城が焼け落ちた時」

鯰尾は呼吸を整え、その時の事を思い出した。
「確か、城が燃えるときになって。骨喰が持ち出されて、いち兄と俺は……」

「……お前は?」

「秀頼様の最後を看取って……?……?……?」

俺は頭を押さえた。
焼けた。俺は確かに、秀頼と一緒に焼けた?

「そうだ、俺は火が回ってきて……目が見えなくなって、あつくていたくて、苦しくて、そのあと、どうなった?……」
俺は言った。体が一気に熱くなる。

(分からない)

「分からない……!」
頭を抑えた。俺にはその時の記憶がない……。

秀頼様の事はよく覚えているのに。
最後が思い出せない。
俺はちゃんと、主の腹を切ることが出来たのだろうか!?
まさか炎に巻かれて終わり!?そんなのあんまりだ!

鯰尾は動揺してあちこちを見ていた。

「三日月には?焼ける前に会ったか?それはいつ」
「会ってない」
鯰尾は首を振った。
「……会ってない?三日月の付喪神に、最後に会ったのはいつ?」
「三日月さんに……?」

「ええと……最後に会ったのは、……夏の陣の前だ」

『やはり……。戦になるのか』
『でしょうな』
「――って三日月さんといち兄が話してた。俺と骨喰もそこにいて、他の付喪も少しいて、その話を聞いていた。その時は、主と一緒にいようって事になって、それで終わった」

「その後は?」
「会ってない。三日月さんには会ってない。骨喰もいなかったし、いち兄もいなかった……『皆それぞれ、本体の近くにいて、いざという時の為に力を蓄えておこう』って決めてたから」

「……なるほど。……分かった。そういう風に報告する。書くから休んでろよ」
言って、極は立ち上がり、部屋の端、文机に向かった。

「――付喪神って、刀が燃えたら、死ぬんだよな?」
鯰尾が尋ねると、極は筆を止めて、振り返った。

「いや、そうとも限らない。俺達の場合は再刀されて、またもとの刀に宿った。つまりはそこまでは生きていたんじゃないかっていうのが、政府の考えだ。今日はゆっくり休もう。抜けだしたりするなよ。手、繋いで寝るからな」

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六畳間に薄い布団が二組。鯰尾は左、極は右。
鯰尾の隣で極がすやすと寝息を立てている。あどけない寝顔はまさに自分自身だ。鯰尾は枕元に手を出して、鯰尾極と手をつないでいる。

鯰尾は『何が悲しくて……』と思ったが、抜け出し防止の為には仕方ないのだろう。

でも……確かに、こんなに色々思い出してしまったら、眠れなくて、抜け出したくもなる。

鯰尾は最後の時、一振だった。
秀頼様の共の者達が刀や短刀を持っていたけど、付喪神がついている刀は無かった。

……俺はちゃんと秀頼様の腹を切れたのだろうか?
そこが思い出せない。
先が見えないとなれば、自決しか無い。
先に本体が燃えてしまったと言う事は、無いはずなのに!
いち兄もいなかった。どこにいたんだろう。
やっぱり本体の側にいて、それぞれあきらめ、成り行きに任せていたとしか思えない。
あきらめ、と言うのとは違うけれど。皆、最後まで。物として……在ったんだ。

いや、でも、力を蓄えておこうと言っていた。
何かしていたのだろうか……。
――燃える前の備えとか……?燃えても生き残れるように……?

……とてもじゃないけど眠れない。

「なあ、起きてる?」
鯰尾は右を向いて極に声をかけた。
「ん?……ああ。何?」
ちょっと眠そうな声が聞こえて来た。鯰尾は落ち着かなかったが、鯰尾極は手をつないだままで眠っていたらしい。
鯰尾は、思い出した中で、ひとつ気になる事があったので、言うことにした。

「そういえば短刀達に『俺の事はもういいから、本体にお戻り。俺もそろそろ消えるから』って言ったと思う。『今までありがとう、楽しかった。うつし身の俺なんかに、こんなに良くしてくれて、ありがとう』――って。どういうことだろう?」

一応、どういう事だろう?と疑問系にしてみたのだが。
昔も幾つか同じ付喪がいたという、鶴丸の話もある。
……もしかしたらその部分が重要なのかもしれない。
……自分はそちらの、偽物だったのだろうか?

極がはっと目を覚まし、半身を起こしてこちらを見た。
「……じゃあ、やっぱり、お前なんだな……」

はぁ。という呆れとも取れる溜息が聞こえる。極はまた横になった。
向き合う形になる。薄暗い中でも顔が見える。

「……もう言っちゃうけどさ。正直さ。俺の記憶と、お前の記憶はかなり違う。俺はいち兄と一緒に、秀頼さまのお側にいて……炎に巻かれた。骨喰とも直前まで一緒にいたし。もう助からないから、って言って。骨喰と別れたんだけど。お前は違った?」

「えっ?」
鯰尾極に言われ、鯰尾はあぜんとした。
「違うも何も。俺は、さっき言った通りで、戦が始まる前に別れて……それきりだった」
鯰尾が言うと、鯰尾極はふう、と溜息を付いた。

「付喪神が取り戻す記憶は、実はそれぞれ少しずつ違う。政府は手紙に細工してるんだ」
鯰尾極が言った。

「この手紙は、同じ刀剣なら、全く同じ文を書くように作られてる」

「……えっ……」
鯰尾はぽかんと口を開けた。
鯰尾極は溜息をついた。

「俺はこういう立場だから、そういう物だって知ってるけど。お前達は、自分が手に入れた記憶、取り戻した記憶、それによって書いた手紙が、本当の物だって信じてる。……もちろん本当の物だけどさ。どれも本当の物なんだけど。ちなみに俺が送った手紙は、通常の極になられたら困るし見せなかったけど、俺の修行と同じ事が書かれてる、っていうか『鯰尾藤四郎』が書くと勝手にそうなるんだ。全く、酷いよな」
「……」
鯰尾は極を見ていた。
人に管理される身というのは分かっていたけど。まさか、そこまで?

極の方が泣きそうに見える。

「いや。そんな事は無い……と思う」
鯰尾は少し考えて言った。

「酷くないよ。だって、……俺さ、……やっぱり、記憶が全然なくて不安だったんだ。眠れない夜があったりして、今の主が焼ける夢を見たりして。眠れない事もあった。でも、薄情かもしれないけど、皆、最後まで物である事を貫いたんだって分かって、ちょっとほっとした。頑張ったんだ……拾さまも……皆も。だから、もう、歴史を変えたいなんて思わない。……お前の歴史はお前の歴史、俺のは俺の。それで良いって気がする。……まだ全部は落ち着かないけど」
腑に落ちるまではすこし掛かりそうだけど、きっと、なんとかなる……。

「政府がおかしいのは今に始まった事でも無いし。蛍集めろとか」
鯰尾は苦笑した。
――主は何かを動かすのに蛍が必要らしい、と言っていた。

「お前、それって、歴史を変えたいって思ってたって事か?」
極が慎重に言った。

「いや。どうかなぁ。でも……きっと……初めは……変えてもいいとは思ってたのかな」
鯰尾は寝返りを打ち、仰向けになった。

「今は沢山の思い出もあるし。骨喰もいるし。いち兄もいる。けど最初は、すごく変な事になったなぁ、位にしか思って無かった。主の命だから出陣はしてたけど。歴史を守るって定義が曖昧でよく分からないし。俺は――主が言った、それぞれの本丸が、それぞれ戦っていること自体が抑止力になる、っていう考えにすごく納得できたから出陣や任務に精を出してたけど。そうじゃなかったら、俺はもっと、……眠い」

鯰尾は、少し喋りすぎたと思って、目を閉じた。
溜息をついて寝やすい角度を探した。思考の糸が消えそうになる。

「俺はもっと?ちょっと、おい寝るなよ!」
極が尋ねてきた。
「もう寝る時間だし、ふぁ。ねむい……」
鯰尾は背を向けた。

「……お前って、変な奴」
極が言った。
「そんな、俺はただの鯰尾だって……」
鯰尾は言った。
言って、うんざりした。

自分が他と違う、なんて思った事も無かった。それぞれ記憶が違う、なんて思っていなかった。

「あー……三日月さんがむかつく」
鯰尾は、最近ずっと思っていた事を呟いた。

「ぇ」
極が間抜けな声を上げこちらを見た。
「……むかつく。すげーむかつく。演習でさ。イチャイチャしてんの」
鯰尾はぶつぶつ言って奥歯を噛んだ。

「??何だって?」
「三日月さんと、余所の骨喰とか余所の鶴丸さんとかが。いちゃいちゃイチャイチャ。腹立ってしょうがない。俺だって、イチャイチャしたかった……かも……」
鯰尾は言って、はぁあああ、と溜息をついて、布団の中で項垂れた。

「……あっと、えっと……三日月って、お前の所の三日月のなくて、演習で会った、余所の三日月?」
「……うん」
鯰尾は布団の中で咳払いした。

「っていうか。お前、そんなの気にしてたのか?心せまっ!」
極に言われて、鯰尾は丸まったまま、頰を膨らませた。
「……だってしょうがないだろ。あの刀(ひと)は俺だけの三日月さんで、なんかそういう感じだと……何となく思ってたんだから。だから三日月さんは全部俺が一人じめしたいの。――別の三日月さんが、うちの三日月さんとよく似た顔で他の奴に目を向けてるのが許せなくて。自分でもアホだと思うけどさ。それくらい好きだったんだよ。まあ、俺の勘違いだった訳だけど……ぁははは、はぁ」

鯰尾は自嘲した。

「なんか、こう、三日月さんが、俺のことが好きだー!って叫ぶ最期なら良かったんだけど。全然違ったし。三日月さんにも、そう言うしかないな」
鯰尾は苦笑した。

「帰ったら、やっぱり別れましょう、って言って、で、主にも謝って、ちゃんと真面目に歴史を守って、鯰尾らしく?――やる気でてきたかも、って事でそろそろ帰ってもいい?あー、普通の極でいいやもう……」
鯰尾は面倒になって言った。涙がにじむのでさらに布団をかぶった。
布団気持ちいい。

「おい。やる気無くすな!いや、だからな。これからだって」

「いやもう気分的には、早く本丸に帰りたい……」
鯰尾が言った。通常の修行は凄まじく、もう修行は終わった、という気分だ。

「いやだから。これからが本番だって……!」
鯰尾極は必死でなだめた。
「……」

「ん?」

「おい?」

「あれ?」

鯰尾極は隣を見た。
すうすうと寝息を立てる鯰尾がいた。

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鯰尾は夢を見た。

真っ暗で何も見えない。
『ぁあ、やけちゃったぁ』
その後、夢の中の鯰尾はふふふ、と笑った。
声だけが聞こえる。真っ暗な夢だ。

『あつい……何もみえない……』

手が重なって、抱きしめられた。

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「起きたか?」

「……?何してんの?」
鯰尾が目を覚ますと、極は壁にもたれ布団にくるまっていた。顔にはタンコブ、目の下にはクマがある。

「お前、寝相酷いぞ!縛り付けてやろうかと思った」
極に睨まれ、鯰尾はしまったと思った。
「あ。ああ……ごめん。骨喰にも言われた。蹴飛ばしたり、抱きしめたりするんだって?ごめん」
鯰尾が言うと、鯰尾極が頭を掻いた。
「大人しい顔して、これだから鯰尾は。俺もだけどさ。でも俺は、修行に行って大分素直になったからなぁ」

「――って事で、今日からが本番だからな!朝飯食ったら説明する。顔洗ってこい」
「そうだった」
極に言われ、鯰尾は布団から出て、厠へ行って身支度を調えた。
「ふぁぁ。俺も行く……」
極も一緒に身支度をやるあたりが適当だ。
食事をしっかり取る。
本当はもう少し記憶の余韻に浸りたいのだが、自分の目的はまだこの先にある。
昨夜はうっかりあきらめ掛けたが、本丸の威信が掛かっている。

食事後、宿を引き払い、人里を離れたところで極が説明した。
二振とも旅装束に戻った。鯰尾はともかく、極も旅装束だ。

「いいか。これから、政府が指定した、修行開始地点に移動する」
「……」
鯰尾は無言で頷いた。

「スタートは決まってる。そこからは自由だ」

鯰尾極は懐から小型の懐中時計のようなものを取り出した。

「これ、小型の時間転移装置。お前はこれで好きな時間に、好きなだけ何回でも転移ができる。政府が決めたある時点より未来には行けないけどな。さすがにもう関係無いだろうって所に行かれても困るし。それでスタートからいつでも、どこでも――あ、普通の移動は自分でするんだった。そこは金子やるから馬でも買え。とにかく自由に行動出来る」

鯰尾は受け取った転移装置を見た。
懐中時計のような……。本丸で使っているものに似ている。本丸で使っている物は金色だったが、こちらは銀色だ。首に掛けられるようになっている。
鯰尾は促されて首にかけた。鯰尾極が蓋をあけた。

「時間移動はこの時代のつまみを設定して、このスイッチを押す。本丸で使うやつと同じかな。それで、もし何かあったら、このつまみを9999年99月99日に合わせて転移のスイッチを押す。そうすると政府の端末に救援要請が出るから、俺達が拾いに行く。――さっき言った通り、これ本当に場所指定ができない旧式タイプだから。違う時代の『その場所』に飛ぶ。壁壊したり、崖から落っこちたりするなよ。経験者は語るってな」

使い方は難しくないので理解出来た。極はどこか得意げだ。『鯰尾』の事なので落ちたのだろう。鯰尾は、というかお前、落ちたのか、とは言わずにおいた。

「主が言ったように、修行が上手く行ったらお前の姿が変わる、変わったら俺達が迎えに行く。俺もそうだったけど――その時が来れば自然と終わりが分かると思う。分かったか?」
鯰尾は眉をひそめた。
「それは分かりますけど、修行の終わりって、薙刀でもわかる物なんですか?……俺の通常の修行なら、さっきみたいに、なんとなく予想が付いて、目的地が自然に分かるでしょうけど。俺の場合は自由に……って言われても。どこに行けばいいのかも分からない」
鯰尾が言うと、鯰尾極は溜息をついた。
「まあ、そうだよな。でも、他のテスト刀剣達も同じ方法で道筋を探して戻ってくるから、大丈夫だろうって感じで……やるしかないな。お前は適性ありと判断されたんだ。だからこう、いつか何とかなるんじゃない?」

「いつかっておい……」
鯰尾は呆れた。
そのあと、少し考えた。
どこへ行くべきか……?

鯰尾極は続けた。
「ちなみに修業先で何十年と過ごしても、こっちでは四日くらいだから好きなだけいればいい。まあ、失敗なら永遠に姿は変わらないから、完全にもういいや、と思ったらあきらめて。俺達を呼んでくれ。政府も無駄に刀剣を失う気は無いからな。……道筋が見つかれば万々歳、全然駄目そうだったら、普通の極にはしてやるから、安心して行ってこい、だってさ。まあ頑張れ」

ぽんぽんと肩を叩かれ、鯰尾は肩を落とした。
「普通の極って……」

薙刀になってこい、と主に言われて。期待されて。
『やっぱり普通の極になっちゃいました!』
って、それでどの面下げて本丸に帰れるんだ……?

鯰尾がジト目で見たら、言いたいことが伝わったのだろう。極は頰をかいた。
「まあ……俺も一応、近くで隠れて見守ってるから。皆が今回は危険だって言うし?本当にいざという時はサポートはする。具体的に言うと、えーっと俺達が手出しして良いときの条件があって。一つ目はお前が折れそうになった時。その時は問答無用で助けるから、そこは安心しなよ」
「……はあ、なるほど」

「もう一つは、お前が見込みないのに延々と迷子になった時。その時は連れ戻して普通の極にする。もちろん、いざというとき以外は姿を見せないから気にするな。質問は?」

鯰尾は、いちおうサポートは充実しているようだし、なんとか頑張って薙刀を目指そう、という気分になり、「分かりました」と頷いた。
そこで一つ気になった。

「――あ、そうだ。ひとつ質問が。これ0000って何かあります?」
9999年99月99日が離脱。では0000は?
「いや。何も無い。それ零にはできないから。0001とか01が一番小さい桁だったはず。他に無ければ始まりの場所へ飛ぶけど?いい?」
「時代は……いつです?」

「それは内緒だって。あ――あと飛ぶ時代を自分で選択するのも薙刀修行の一環だけど、やみくもに飛んでもしんどいから気を付けろってさ。初めの転移にはこっちを使う。俺はついて回るけど、隠匿で別行動。向こうで別れるから」
極が首に下げた転移装置を取り出す。

「自分でって……」
やはり、丸投げされているような気がする。

そうして、鯰尾と鯰尾極はその場所から転移した。

〈おわり〉
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    34 / 50sp

    02月05日 18:00 〜 04月20日 23:50
思い出語り 夏⑨
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思い出語り 夏⑨

「普通は内緒だけど今回は特別に教えてやる」と鯰尾極が言った。

……修行というのは、政府がそれぞれの刀剣あった『正史』を『再現』した、『過去』へ飛ぶのだという。

「普通の修行だと、本丸の門をくぐった時から、それぞれの『修行』専用の歴史を見せられるんだ」
その過去の中で刀剣男士は自分の思うように自由に動ける。
どういう行動を取っても、歴史が変わることはないし、最後に導かれる場所も同じ。

鯰尾はなるほど、それもそうだ。と思った。
何も考えず皆が一斉に旅立つと、無数の刀剣が過去でばったり鉢合わせしまう。
うさんくさくて仕方がないが、それでも一応、ちゃんと掛け値無しの真実……を見る?と言う事になるらしい。
確かに極めることだけが目的なら、それで修行したことにはなる。

ところが今回のように、まだ道筋ができていない場合は正史へ転送される。
それを元に修行用の歴史を作るのだから当然だ。もちろん歴史介入は御法度だ。

鯰尾は転送用の鳥居のある部屋で政府の偉い審神者、四名に囲まれた後、ちょっとした細工をされた。
審神者の一人が鯰尾の右手首に紐を結ぶ。

「貴方はこれを外すまで極になる事はありません」
灰色の袴に黒い着物を着た審神者が言った。首かざりや着物には白い飾り玉。黒髪は長い。
彼が鯰尾極の主で、白玉の審神者と呼ばれている人物らしい。
人で言えば、二十歳くらいだろうか?……実際の年齢は分からない。

彼の他には、もっと若い審神者、老人審神者、女性の審神者がいた。
若い審神者は利発そうで、老人は厳しく優しそうで、女性の審神者は、五十歳くらいで落ち着いた印象だった。
ここの審神者は、皆、素顔をさらしている。
以前主に尋ねたのだが、これは宗門の違いや趣味によるものだと聞いた。

顔をさらしている者はかなりの実力者、自分の容姿に自信のあるもの、頓着しない者、色々あるらしい。
顔を隠している審神者には、主のように審神者の養成機関を出た者が多いとか。
主は『私は卒業の時に貰ったからつけてるんだけど。君達を見てると……やっぱり無しじゃ恥ずかしいだろうなぁ。意外と快適だし、重宝してるよ』と言っていた。

白玉の審神者の背後には、三日月宗近が控えている。
この三日月は一見すると他の三日月と同じだが、太刀の拵えが銀色に輝いている。この拵えを見た鯰尾はすぐに思い出した。
そういえばかなり前、彼と街で会った覚えがある。
不思議な縁もあるものだ。
まさか、ただの偶然ではないのか?……鯰尾は深く考えない事にした。

「きつくありませんか?」
審神者に言われて、鯰尾は右手首を見た。
「あ、大丈夫です」
「この紐には、通常の極にならない為の呪いが掛かっています。そして貴方が薙刀修行を終えたら、自然に外れる仕組みです。極になると霊力が増しますから、それに反応してちぎれます」
「あ。はい……なるほど」
詳しく説明されて理解したが、正直、不安だ。

「こちらが旅装束ですぞ」「帽子もどうぞ」「荷物はこちらに」
老人、子供、女性の審神者に囲まれ、お仕着せをさせられた。旅装束だ。
「どうも……、あ、ありがとうございます」
意外に好意的で戸惑った。

「手紙はこちらの鯰尾が持っています。では。鯰尾。頼みましたよ」
「うん。行ってくる。じゃあ行こう」
鯰尾極が頷き、鯰尾は促されるままに門をくぐった。

1 / 6
2 / 6


そうして、鯰尾と鯰尾極は大阪城へ潜入した。

鯰尾の通常修行は『大変スピィーディ』という感じだった。普通は何も知らされずに放り出されてあちこち見つつ、ここかなあそこかな?と動き回るらしいが。今回の修行は普通の「鯰尾極」になる事が目的ではない。

鯰尾極は「じゃあまず、秀頼様に会うか。話はそれからな」と言った。
もちろん普通は一振で行くのだが、当然のように鯰尾極が見張りとしてついてきた。

鯰尾は鯰尾極と共に在りし日の大阪城に忍び込み、政府が用意したらしいちょうどよい衝立の影に隠れ秀頼公を待っている。

……刀剣男士の身軽さと隠匿があれば塀を越えるのも容易い。
――昼間では見つかる可能性があるので、今は夜だ。
三度笠に縞模様の外套。旅装束は潜入に向かない。
鯰尾達は市街で適当な着物に着替えた。

実は旅装束には仕掛けが施されていて、それを着ている限り刀剣男士は市井の人間と変わらない姿に見えるらしい。髷を結い刀を佩いた侍の姿に見えたり、男士と同じ年頃の適当な子供に見えたり。この程度は二千二百年代の技術を持ってすれば容易だ。

いくつかの気配が廊下の向こうから近づいて来た。
「――」
鯰尾極が鯰尾の袖を引いた。鯰尾はそちらに目線を向けた。

『俺』を佩いた、いちばん背の高い人が秀頼――?

「……っ」
すぐに分かって、鯰尾は声を上げそうになった。

一気に記憶がなだれ込んでくる。
最後の記憶。
忘れていた事が、感情が、懐かしさが、苦しみが、喜びと愛しさ、憎悪まで。

「……ひでより、さま」
鯰尾はいつの間にか、震えていた。
不覚にも、かたん、と物音を立ててしまった。

「誰だ?!」「くせ者か?」

(っ――秀頼様)
鯰尾は記憶に縛られ動けない。
鯰尾極が鯰尾の手を引いて、簡易移動装置を動かした。

二振はその場から離脱した。

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城の外に転移した鯰尾達は、先に取っておいた宿へと戻った。
鯰尾は引っ張られるようにして足を動かした。

「落ち着いたか?」
部屋に入り、極が言う。

鯰尾は、はぁ、はぁ、と息を付いていた。

「えっと、大丈夫?とりあえず、記憶は戻ったよな?」
「……」
鯰尾極が心配そうに声をかけてきたので、鯰尾は震えながら頷いた。
「まあ、きついかもしれないけど、一応、詳しく教えて。何を思い出した?どう思った?」
極が筆を取り出す。

手紙――これは修行先から、自分の本丸への唯一の報告手段だ。
鯰尾極曰く、手紙の内容が一番重要、らしい。
これまでに二通。鯰尾極が代筆して政府に送っていた。

そこから政府が――鯰尾の今の主に状況として伝えるらしい。
鯰尾には後で三通分、手紙が渡される。
それは鯰尾が、自分で書かなければいけない……本当の修行の手紙だ。

「……思い出した」
鯰尾は呟いた。

「ああ。俺は……!秀頼……、拾さまをどうして忘れてたんだろう。燃えたときの事も、どうして……!?」
「もっと詳しく。何を思い出した?」

「――俺が拾さまの事を大切に思っていたこと、秀吉のこと、いち兄のこと、骨喰のこと、三日月さんのことも思い出した!」
鯰尾ははっきりと言った。
どうして忘れていたんだろう。こんなに大切な事を!!その言葉で頭がいっぱいだ。

「よし。秀頼はクリア、他の刀剣達の事も思い出したんだな?」
「う、……うん。…………?」
「思い出した事を順に、ゆっくりでいいから話してみろ」
極が言った。

鯰尾は順に、話し始めた。思い出した事はとにかく沢山あって全部で、何から話そうか迷った。
「秀頼様がいて、秀頼様がいて、えっと、ええと」
混乱して話がまとまらない。
「あー、じゃあ、最後の時、お前はどうしてた?大阪城が焼け落ちた時」

鯰尾は呼吸を整え、その時の事を思い出した。
「確か、城が燃えるときになって。骨喰が持ち出されて、いち兄と俺は……」

「……お前は?」

「秀頼様の最後を看取って……?……?……?」

俺は頭を押さえた。
焼けた。俺は確かに、秀頼と一緒に焼けた?

「そうだ、俺は火が回ってきて……目が見えなくなって、あつくていたくて、苦しくて、そのあと、どうなった?……」
俺は言った。体が一気に熱くなる。

(分からない)

「分からない……!」
頭を抑えた。俺にはその時の記憶がない……。

秀頼様の事はよく覚えているのに。
最後が思い出せない。
俺はちゃんと、主の腹を切ることが出来たのだろうか!?
まさか炎に巻かれて終わり!?そんなのあんまりだ!

鯰尾は動揺してあちこちを見ていた。

「三日月には?焼ける前に会ったか?それはいつ」
「会ってない」
鯰尾は首を振った。
「……会ってない?三日月の付喪神に、最後に会ったのはいつ?」
「三日月さんに……?」

「ええと……最後に会ったのは、……夏の陣の前だ」

『やはり……。戦になるのか』
『でしょうな』
「――って三日月さんといち兄が話してた。俺と骨喰もそこにいて、他の付喪も少しいて、その話を聞いていた。その時は、主と一緒にいようって事になって、それで終わった」

「その後は?」
「会ってない。三日月さんには会ってない。骨喰もいなかったし、いち兄もいなかった……『皆それぞれ、本体の近くにいて、いざという時の為に力を蓄えておこう』って決めてたから」

「……なるほど。……分かった。そういう風に報告する。書くから休んでろよ」
言って、極は立ち上がり、部屋の端、文机に向かった。

「――付喪神って、刀が燃えたら、死ぬんだよな?」
鯰尾が尋ねると、極は筆を止めて、振り返った。

「いや、そうとも限らない。俺達の場合は再刀されて、またもとの刀に宿った。つまりはそこまでは生きていたんじゃないかっていうのが、政府の考えだ。今日はゆっくり休もう。抜けだしたりするなよ。手、繋いで寝るからな」

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六畳間に薄い布団が二組。鯰尾は左、極は右。
鯰尾の隣で極がすやすと寝息を立てている。あどけない寝顔はまさに自分自身だ。鯰尾は枕元に手を出して、鯰尾極と手をつないでいる。

鯰尾は『何が悲しくて……』と思ったが、抜け出し防止の為には仕方ないのだろう。

でも……確かに、こんなに色々思い出してしまったら、眠れなくて、抜け出したくもなる。

鯰尾は最後の時、一振だった。
秀頼様の共の者達が刀や短刀を持っていたけど、付喪神がついている刀は無かった。

……俺はちゃんと秀頼様の腹を切れたのだろうか?
そこが思い出せない。
先が見えないとなれば、自決しか無い。
先に本体が燃えてしまったと言う事は、無いはずなのに!
いち兄もいなかった。どこにいたんだろう。
やっぱり本体の側にいて、それぞれあきらめ、成り行きに任せていたとしか思えない。
あきらめ、と言うのとは違うけれど。皆、最後まで。物として……在ったんだ。

いや、でも、力を蓄えておこうと言っていた。
何かしていたのだろうか……。
――燃える前の備えとか……?燃えても生き残れるように……?

……とてもじゃないけど眠れない。

「なあ、起きてる?」
鯰尾は右を向いて極に声をかけた。
「ん?……ああ。何?」
ちょっと眠そうな声が聞こえて来た。鯰尾は落ち着かなかったが、鯰尾極は手をつないだままで眠っていたらしい。
鯰尾は、思い出した中で、ひとつ気になる事があったので、言うことにした。

「そういえば短刀達に『俺の事はもういいから、本体にお戻り。俺もそろそろ消えるから』って言ったと思う。『今までありがとう、楽しかった。うつし身の俺なんかに、こんなに良くしてくれて、ありがとう』――って。どういうことだろう?」

一応、どういう事だろう?と疑問系にしてみたのだが。
昔も幾つか同じ付喪がいたという、鶴丸の話もある。
……もしかしたらその部分が重要なのかもしれない。
……自分はそちらの、偽物だったのだろうか?

極がはっと目を覚まし、半身を起こしてこちらを見た。
「……じゃあ、やっぱり、お前なんだな……」

はぁ。という呆れとも取れる溜息が聞こえる。極はまた横になった。
向き合う形になる。薄暗い中でも顔が見える。

「……もう言っちゃうけどさ。正直さ。俺の記憶と、お前の記憶はかなり違う。俺はいち兄と一緒に、秀頼さまのお側にいて……炎に巻かれた。骨喰とも直前まで一緒にいたし。もう助からないから、って言って。骨喰と別れたんだけど。お前は違った?」

「えっ?」
鯰尾極に言われ、鯰尾はあぜんとした。
「違うも何も。俺は、さっき言った通りで、戦が始まる前に別れて……それきりだった」
鯰尾が言うと、鯰尾極はふう、と溜息を付いた。

「付喪神が取り戻す記憶は、実はそれぞれ少しずつ違う。政府は手紙に細工してるんだ」
鯰尾極が言った。

「この手紙は、同じ刀剣なら、全く同じ文を書くように作られてる」

「……えっ……」
鯰尾はぽかんと口を開けた。
鯰尾極は溜息をついた。

「俺はこういう立場だから、そういう物だって知ってるけど。お前達は、自分が手に入れた記憶、取り戻した記憶、それによって書いた手紙が、本当の物だって信じてる。……もちろん本当の物だけどさ。どれも本当の物なんだけど。ちなみに俺が送った手紙は、通常の極になられたら困るし見せなかったけど、俺の修行と同じ事が書かれてる、っていうか『鯰尾藤四郎』が書くと勝手にそうなるんだ。全く、酷いよな」
「……」
鯰尾は極を見ていた。
人に管理される身というのは分かっていたけど。まさか、そこまで?

極の方が泣きそうに見える。

「いや。そんな事は無い……と思う」
鯰尾は少し考えて言った。

「酷くないよ。だって、……俺さ、……やっぱり、記憶が全然なくて不安だったんだ。眠れない夜があったりして、今の主が焼ける夢を見たりして。眠れない事もあった。でも、薄情かもしれないけど、皆、最後まで物である事を貫いたんだって分かって、ちょっとほっとした。頑張ったんだ……拾さまも……皆も。だから、もう、歴史を変えたいなんて思わない。……お前の歴史はお前の歴史、俺のは俺の。それで良いって気がする。……まだ全部は落ち着かないけど」
腑に落ちるまではすこし掛かりそうだけど、きっと、なんとかなる……。

「政府がおかしいのは今に始まった事でも無いし。蛍集めろとか」
鯰尾は苦笑した。
――主は何かを動かすのに蛍が必要らしい、と言っていた。

「お前、それって、歴史を変えたいって思ってたって事か?」
極が慎重に言った。

「いや。どうかなぁ。でも……きっと……初めは……変えてもいいとは思ってたのかな」
鯰尾は寝返りを打ち、仰向けになった。

「今は沢山の思い出もあるし。骨喰もいるし。いち兄もいる。けど最初は、すごく変な事になったなぁ、位にしか思って無かった。主の命だから出陣はしてたけど。歴史を守るって定義が曖昧でよく分からないし。俺は――主が言った、それぞれの本丸が、それぞれ戦っていること自体が抑止力になる、っていう考えにすごく納得できたから出陣や任務に精を出してたけど。そうじゃなかったら、俺はもっと、……眠い」

鯰尾は、少し喋りすぎたと思って、目を閉じた。
溜息をついて寝やすい角度を探した。思考の糸が消えそうになる。

「俺はもっと?ちょっと、おい寝るなよ!」
極が尋ねてきた。
「もう寝る時間だし、ふぁ。ねむい……」
鯰尾は背を向けた。

「……お前って、変な奴」
極が言った。
「そんな、俺はただの鯰尾だって……」
鯰尾は言った。
言って、うんざりした。

自分が他と違う、なんて思った事も無かった。それぞれ記憶が違う、なんて思っていなかった。

「あー……三日月さんがむかつく」
鯰尾は、最近ずっと思っていた事を呟いた。

「ぇ」
極が間抜けな声を上げこちらを見た。
「……むかつく。すげーむかつく。演習でさ。イチャイチャしてんの」
鯰尾はぶつぶつ言って奥歯を噛んだ。

「??何だって?」
「三日月さんと、余所の骨喰とか余所の鶴丸さんとかが。いちゃいちゃイチャイチャ。腹立ってしょうがない。俺だって、イチャイチャしたかった……かも……」
鯰尾は言って、はぁあああ、と溜息をついて、布団の中で項垂れた。

「……あっと、えっと……三日月って、お前の所の三日月のなくて、演習で会った、余所の三日月?」
「……うん」
鯰尾は布団の中で咳払いした。

「っていうか。お前、そんなの気にしてたのか?心せまっ!」
極に言われて、鯰尾は丸まったまま、頰を膨らませた。
「……だってしょうがないだろ。あの刀(ひと)は俺だけの三日月さんで、なんかそういう感じだと……何となく思ってたんだから。だから三日月さんは全部俺が一人じめしたいの。――別の三日月さんが、うちの三日月さんとよく似た顔で他の奴に目を向けてるのが許せなくて。自分でもアホだと思うけどさ。それくらい好きだったんだよ。まあ、俺の勘違いだった訳だけど……ぁははは、はぁ」

鯰尾は自嘲した。

「なんか、こう、三日月さんが、俺のことが好きだー!って叫ぶ最期なら良かったんだけど。全然違ったし。三日月さんにも、そう言うしかないな」
鯰尾は苦笑した。

「帰ったら、やっぱり別れましょう、って言って、で、主にも謝って、ちゃんと真面目に歴史を守って、鯰尾らしく?――やる気でてきたかも、って事でそろそろ帰ってもいい?あー、普通の極でいいやもう……」
鯰尾は面倒になって言った。涙がにじむのでさらに布団をかぶった。
布団気持ちいい。

「おい。やる気無くすな!いや、だからな。これからだって」

「いやもう気分的には、早く本丸に帰りたい……」
鯰尾が言った。通常の修行は凄まじく、もう修行は終わった、という気分だ。

「いやだから。これからが本番だって……!」
鯰尾極は必死でなだめた。
「……」

「ん?」

「おい?」

「あれ?」

鯰尾極は隣を見た。
すうすうと寝息を立てる鯰尾がいた。

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鯰尾は夢を見た。

真っ暗で何も見えない。
『ぁあ、やけちゃったぁ』
その後、夢の中の鯰尾はふふふ、と笑った。
声だけが聞こえる。真っ暗な夢だ。

『あつい……何もみえない……』

手が重なって、抱きしめられた。

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「起きたか?」

「……?何してんの?」
鯰尾が目を覚ますと、極は壁にもたれ布団にくるまっていた。顔にはタンコブ、目の下にはクマがある。

「お前、寝相酷いぞ!縛り付けてやろうかと思った」
極に睨まれ、鯰尾はしまったと思った。
「あ。ああ……ごめん。骨喰にも言われた。蹴飛ばしたり、抱きしめたりするんだって?ごめん」
鯰尾が言うと、鯰尾極が頭を掻いた。
「大人しい顔して、これだから鯰尾は。俺もだけどさ。でも俺は、修行に行って大分素直になったからなぁ」

「――って事で、今日からが本番だからな!朝飯食ったら説明する。顔洗ってこい」
「そうだった」
極に言われ、鯰尾は布団から出て、厠へ行って身支度を調えた。
「ふぁぁ。俺も行く……」
極も一緒に身支度をやるあたりが適当だ。
食事をしっかり取る。
本当はもう少し記憶の余韻に浸りたいのだが、自分の目的はまだこの先にある。
昨夜はうっかりあきらめ掛けたが、本丸の威信が掛かっている。

食事後、宿を引き払い、人里を離れたところで極が説明した。
二振とも旅装束に戻った。鯰尾はともかく、極も旅装束だ。

「いいか。これから、政府が指定した、修行開始地点に移動する」
「……」
鯰尾は無言で頷いた。

「スタートは決まってる。そこからは自由だ」

鯰尾極は懐から小型の懐中時計のようなものを取り出した。

「これ、小型の時間転移装置。お前はこれで好きな時間に、好きなだけ何回でも転移ができる。政府が決めたある時点より未来には行けないけどな。さすがにもう関係無いだろうって所に行かれても困るし。それでスタートからいつでも、どこでも――あ、普通の移動は自分でするんだった。そこは金子やるから馬でも買え。とにかく自由に行動出来る」

鯰尾は受け取った転移装置を見た。
懐中時計のような……。本丸で使っているものに似ている。本丸で使っている物は金色だったが、こちらは銀色だ。首に掛けられるようになっている。
鯰尾は促されて首にかけた。鯰尾極が蓋をあけた。

「時間移動はこの時代のつまみを設定して、このスイッチを押す。本丸で使うやつと同じかな。それで、もし何かあったら、このつまみを9999年99月99日に合わせて転移のスイッチを押す。そうすると政府の端末に救援要請が出るから、俺達が拾いに行く。――さっき言った通り、これ本当に場所指定ができない旧式タイプだから。違う時代の『その場所』に飛ぶ。壁壊したり、崖から落っこちたりするなよ。経験者は語るってな」

使い方は難しくないので理解出来た。極はどこか得意げだ。『鯰尾』の事なので落ちたのだろう。鯰尾は、というかお前、落ちたのか、とは言わずにおいた。

「主が言ったように、修行が上手く行ったらお前の姿が変わる、変わったら俺達が迎えに行く。俺もそうだったけど――その時が来れば自然と終わりが分かると思う。分かったか?」
鯰尾は眉をひそめた。
「それは分かりますけど、修行の終わりって、薙刀でもわかる物なんですか?……俺の通常の修行なら、さっきみたいに、なんとなく予想が付いて、目的地が自然に分かるでしょうけど。俺の場合は自由に……って言われても。どこに行けばいいのかも分からない」
鯰尾が言うと、鯰尾極は溜息をついた。
「まあ、そうだよな。でも、他のテスト刀剣達も同じ方法で道筋を探して戻ってくるから、大丈夫だろうって感じで……やるしかないな。お前は適性ありと判断されたんだ。だからこう、いつか何とかなるんじゃない?」

「いつかっておい……」
鯰尾は呆れた。
そのあと、少し考えた。
どこへ行くべきか……?

鯰尾極は続けた。
「ちなみに修業先で何十年と過ごしても、こっちでは四日くらいだから好きなだけいればいい。まあ、失敗なら永遠に姿は変わらないから、完全にもういいや、と思ったらあきらめて。俺達を呼んでくれ。政府も無駄に刀剣を失う気は無いからな。……道筋が見つかれば万々歳、全然駄目そうだったら、普通の極にはしてやるから、安心して行ってこい、だってさ。まあ頑張れ」

ぽんぽんと肩を叩かれ、鯰尾は肩を落とした。
「普通の極って……」

薙刀になってこい、と主に言われて。期待されて。
『やっぱり普通の極になっちゃいました!』
って、それでどの面下げて本丸に帰れるんだ……?

鯰尾がジト目で見たら、言いたいことが伝わったのだろう。極は頰をかいた。
「まあ……俺も一応、近くで隠れて見守ってるから。皆が今回は危険だって言うし?本当にいざという時はサポートはする。具体的に言うと、えーっと俺達が手出しして良いときの条件があって。一つ目はお前が折れそうになった時。その時は問答無用で助けるから、そこは安心しなよ」
「……はあ、なるほど」

「もう一つは、お前が見込みないのに延々と迷子になった時。その時は連れ戻して普通の極にする。もちろん、いざというとき以外は姿を見せないから気にするな。質問は?」

鯰尾は、いちおうサポートは充実しているようだし、なんとか頑張って薙刀を目指そう、という気分になり、「分かりました」と頷いた。
そこで一つ気になった。

「――あ、そうだ。ひとつ質問が。これ0000って何かあります?」
9999年99月99日が離脱。では0000は?
「いや。何も無い。それ零にはできないから。0001とか01が一番小さい桁だったはず。他に無ければ始まりの場所へ飛ぶけど?いい?」
「時代は……いつです?」

「それは内緒だって。あ――あと飛ぶ時代を自分で選択するのも薙刀修行の一環だけど、やみくもに飛んでもしんどいから気を付けろってさ。初めの転移にはこっちを使う。俺はついて回るけど、隠匿で別行動。向こうで別れるから」
極が首に下げた転移装置を取り出す。

「自分でって……」
やはり、丸投げされているような気がする。

そうして、鯰尾と鯰尾極はその場所から転移した。

〈おわり〉
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