sungen

お知らせ
思い出語りの修行編、続きをpixivで更新しています。
旅路③まで書きました。
鯰尾と今剣は完結しました(^^)pixivに完全版が投稿してあります。
刀剣は最近投稿がpixivメインになりつつありますのでそちらをご覧下さい。
こちらはバックアップとして置いておこうと思ってます。

ただいま鬼滅の刃やってます。のんびりお待ち下さい。同人誌作り始めました。
思い出語り続きは書けた時です。未定。二話分くらいは三日月さん視点の過去の三日鯰です。

誤字を見つけたらしばらくお待ちください。そのうち修正します。

いずれ作品をまとめたり、非公開にしたりするかもしれないので、ステキ数ブクマ数など集計していませんがステキ&ブクマは届いています(^^)ありがとうございます!

またそれぞれの本丸の話の続き書いていこうと思います。
いろいろな本丸のどうしようもない話だとシリーズ名長すぎたので、シリーズ名を鯰尾奇譚に変更しました。

よろしくお願いします。

妄想しすぎで恥ずかしいので、たまにフォロワー限定公開になっている作品があります。普通のフォローでも匿名フォローでも大丈夫です。sungenだったりさんげんだったりしますが、ただの気分です。

投稿日:2019年07月19日 10:41    文字数:22,032

思い出語り 番外編 春と夏の間―皐月―②

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ようやく見つかったので加筆してアップ。
合唱対決の翌日です。
三日月×鯰尾、R18ですのでご注意下さい。
①はこちらです。
思い出語り 番外編 春と夏の間―皐月―①
https://pictbland.net/items/detail/776610
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思い出語り 番外編 春と夏の間―皐月―②

鯰尾はある手紙の返事をしたためたものの、保留にした。

内容は要するに……あれだ。
三回目の共寝の後に娶ると言われて、はいじゃあお受けします、と答えかけたあの手紙だ。

返事を書いた後でこれでいいんだろうか、娶るってどうやって?とかそういう事が浮かんできて、ぶっちゃけものすごく恥ずかしくなった。

――俺、娶られちゃうの?
――そうしたら鯰尾宗近になるの?
――祝言とかアレソレとかされるの?
そんなまさか。いやもうしてるけど、いやいやでも。

宗近というのは三日月さんだからこそ格好いいのであって、俺なんかが……。
いやそうじゃなくて。そもそも俺が嫁ぐ前提?いやそれはいいんだけど、周りにどうやって説明したら良いんだ!?刀帳はどうなる!?
あるいはそこまで大げさな、結婚……けっこん!?では無いのだろうか。
真剣なのは分かるけどどういう事なんだろうか。

鯰尾はしたためた返事を一晩置いて、冷静に、冷静に考えた。

この返事は「はい、喜んで」でいいのだろうか。

三日月がどう思っているのか……どういう婚姻がしたいのか。
それを先に確認した方がいい。たぶん。
けど、三日月宗近本刀に『それってどういう意味ですか?俺の事どういう風にしたいんですか』
――なんて聞いてみろ。哀れ鯰尾藤四郎は……どうなるんだろう……。
鯰尾は頭を抱えた。

その後の反応を見てみたい気もする自分はもう終わっている……。

だがここは。やはりまず主に聞くべきじゃ無いのか?

寝ずに考えた結果、そういう事になった。

「朝……」
鯰尾はぼおっとしたまま布団から這い出した。
嬉しくて困る、興奮して眠れない、気を抜けばにやける。これから先を思って悶々とする、と言うのはかなり大変だ。
人の体は時々、最悪な方向にすごい。

鯰尾は身支度を終えた後、玄関に向かって、そこに設置された電子掲示板を見た。
日課になっているので勝手に足が動く。

昨日はイベントだったので、『本日の予定……出陣なし。遠征なし』と表示されている。
表示を予約したのは鯰尾だ。
掲示板の横の端末をいじると一週間分の編成を見る事ができる。

掲示板の横には手書きの内番、掃除当番表があって鯰尾は今日は畑当番だった。
「今剣とか」
鯰尾は呟いた。相手は今剣。内番で当たるのは久しぶりな気がする。

「楽しみだな」
鯰尾は今剣が好きだった。
それを言うなら、本丸の刀剣全てが可愛くて好きだ。
鯰尾は顕現が三番目と早かったので、皆が弟みたいに思えるのだ。
山姥切は兄、主は友人??主?、長谷部さんは同僚とか先輩??いや後輩か。

内番は、希に主の希望が反映される以外は、全て長谷部がくじ引きしていて、木曜日と土曜日にまとめてくじ引きされる。
そのほかの当番も驚くべき事にくじ引きだ。
……鯰尾は厨房と馬屋はなぜか出禁になっている。長谷部は出禁刀剣は抜いてくじを引いているらしい。さすがは長谷部さん。

掃除当番に限っては、掲示板の右横の連絡板に別の表があって担当区域が一週間ごとに変わる。
円の中心を画鋲でとめた斬新な表で、これは主が提案したのだが、鯰尾は人間って凄いなと思った。
掃除箇所は七つに分類されていて、本丸庭全体、玄関、近侍部屋前、室内、厠、風呂、その他(畑、厨房、手の足りないところ、掃除の点検など)に別れている。
一週間同じ当番なので班ごとに刀剣で予定を組んだり、今日はここまで、と決めたりする。
一班はだいたい七~十振り。刀派、刀種バラバラ……というか適当に組み分けがさられている。これも基本は長谷部のくじ引きだ。

鯰尾はこの掃除当制がこの本丸のちょっと変わった恋愛模様に影響を及ぼしたのでは無いかと考えている。
その証拠に、一期一振と江雪は同じ班だ。
鯰尾は今週は風呂掃除だ。

連絡板には他にも、催し物の案内などが貼られている。掲示許可は主と鯰尾が出す。
毎週月曜日の歌仙書道教室、毎週土曜日の燭台切料理教室、刀派飲み会などが常連だ。
当初、飲み会は自由だったのだが、どんちゃん騒ぎがあまりに酷かったため、後で来た長谷部がぶち切れて許可がいるようになった。

鯰尾は「三日月さんは……」と呟いて、くじ引きで朝のお皿係になっているのを発見した。
これは下げた食器をひたすら洗う係だ。厨房には業務用の食器洗い機があるので下洗いだけなのだが、意外と面倒なので当たりたくない当番上位に入っている。

三日月さんは――初めてだろうから、少し手伝おうかな。
鯰尾は心に留めた。
茶碗当番は慣れないと時間が掛かる。
その後か午後にでも手紙の内容について詳しく聞けばいい。

鯰尾はくるりと振り返り、下駄箱を見た。
靴はそろっている。汚れすぎている物も、壊れている物も無い。
一通りざっと見た。

鯰尾は立ち去ろうとして、三日月の草履に目を留めた。
三日月は最近出陣が多いので鼻緒が切れたら一大事だ。
少し持ち上げたが、大丈夫そうだ。よし、と呟く。

主を起こすのは長谷部の役目なので、鯰尾はそのまま大広間に向かった。
鯰尾は朝食後、近侍部屋に行けばいい。

「おはよー、鯰尾」
「おはようございます、加州さん。今日は早いですね」
「ん。たまにはね」
加州が珍しく早い。彼は身なりを整えてから来るので遅い方だ。
「兼さん、お茶だよ」
「ん~。っふぁ、眠みぃ」
隣には和泉守と堀川がいる。和泉守は一応内番服をしっかり着込んでいる。
格好がお洒落だから支度が面倒だとぼやいていたが、支度をしているのはほぼ堀川だ。

鯰尾も着席する。
「おはよう、鯰尾」「おはよういち兄」
一期一振が来た。その後ろにぞろぞろと弟達が。
「ずお兄おはよう」「おはようございます」「おはよ」

「ヨーグルトは一人一つなー」
食事当番の獅子王がデザートを並べる。
「獅子王こっち納豆一つ足りないけどー?ってか豆腐とかぬか漬けとか発酵食品並んでる」
大和守が声を上げた。
「納豆……」
骨喰が納豆を見つめている。
「食べてやろうか?」
鶴丸が言った。
「いや、がんばる。卵があれば大丈夫だ」
骨喰は生卵を見て首を振った。鶴丸は骨喰にえらいな、頑張れ、と言った。
鯰尾は目を細めた。お茶がまだなようだったので湯飲みに注いで回った。

配膳が終わり、八割が埋まった。
「よし。だいたい集まったな。では主」
長谷部が言った。
「頂きます」
主が一番。この台詞で皆が一斉に食べ始める。

「各自食べながら聞け――」
と長谷部がいつもの連絡を告げる。

「おや。今日も遅れたようだなぁ」
連絡が終わった後、のんびりと三日月が入って来た。三日月はだいたい遅い。
「この声を聞くとなんか朝だなって気がします」
鯰尾は手を合わせながら微笑んだ。
「!?……」
三日月が固まっている。

「あ、いえ――長谷部さんの声です」
タイミング的に勘違いしたのだろう。

「あ、ああ。あむ。……ゴホン。うむ、き、今日はなにか予定があるのか?」
三日月が鯰尾の隣に座って尋ねた。

「えっと今日は、特にないですね。全員、内番のみです。でも明日から普通に出陣があります。そうだ今日、三日月さんはお皿洗いの当番なので、後で手伝います。初めてでしたよね」
「いとをかし……ん?あ、ああ……」
三日月はこちらを見ている。鯰尾は首をかしげた。
「食べないんですか?」
「ああ、食べる。頂こう」
三日月はゆっくりと箸を付ける。

鯰尾は三日月の箸使いが好きだった。
ゆっくりとして、丁寧だ。三日月は未だ箸には慣れていないのだが……優雅さがある。
一方鯰尾はさくさく食べてしまうので――。

「ごちそう様です」
いつもこうなる。
その後三日月は少し速度を上げて朝食を食べる。
「今日は出陣が無いからゆっくりできますね」
「そっ、そうだな」
三日月は食べる事に必死だ。

「そんなに急がなくても」
鯰尾は笑った。三日月の膳を見ると湯飲みの茶が減っている。
脇差のさがか、お茶を注ぎたくなった。

「お茶、いれましょうか……」
と言いかけて、ちょっとやりすぎかなと思った。……なぜだか今日は急に気恥ずかしくなった。
しかしそう言えば、なぜか三日月には茶を注いだ記憶がない――うむ、とかありがとう、とかそう言う言葉を貰った覚えが全く無い。
隣の席だし、別に不思議はないはずなのに。
鯰尾は首を傾げながらやかんを取った。三日月は慌てて湯飲みを差し出す。
「……あ、ああ。あ゛なあっ!」
三日月の手元が怪しくなり、置くときに湯飲みを倒してしまった。バシャ、と音がする。
「あっごめんなさいっ!」
鯰尾は慌てて手ぬぐいでせき止めた。なんとか着物は濡れなかった。

そうだそうだった。俺が三日月さんに注ぐとこうなるんだった。
鯰尾はいつもうっかり忘れてしまう。……何回目だこれ。
「すっ、すみません、大丈夫ですか?熱くなかったですか?」
「いっ、いや、だっだいじょうぶだ」
三日月は頰を染めている。
「そうですか……?あ、じゃあ先に片付けて来ます」

鯰尾は妙な気持ちになり、先に自分の膳を片付けることにして、三日月に背を向けた。

(……かわいい)
いやいやいやいや、と内心で首を振る。

そんなこと無い、そんなことない!
相手は三日月さんだし!!可愛いけど!可愛いけど!かわいいけど!!
抱きしめたいけど!!

(落ちつけ俺!)
鯰尾は調理場の机の上に並んだ四角い桶に茶碗や箸を分けて浸した。
中には水が入れてあって、とぷん、と音がする。
箸はこの入れもの、残飯はここ、お皿はここ、茶碗はここに浸ける、盆はここ、と決まりがある。
湯飲みは流しの中にある入れ物に浸け、水を出して軽く手を洗った。

(どうしよう皿洗い手伝うって言っちゃった)
(まあ、いいか、手伝おう)

「どうしたー?」
ハンカチで手を拭いているとちょうど入って来た獅子王が首を傾げた。
「あ、いえ。俺も今日洗い場やります」
「ん、そうか?」
「三日月さんの手伝いです」
「ああ。分かった。じっちゃんは……ああ、食べ終わったみたいだな。ついでに主に言っとくから、ゆっくり教えてやってくれよな」
「あ、えっ。はい、ありがとうございます」
「ん。お前、目の下、クマできてるぞ。ちゃんと寝ろよー?」
「あっ、……はい」

獅子王のスパダリぶりに多少冷静になった。
そうだ三日月に教えないといけない。

「あ、一応、俺からも言っとこう」
鯰尾は主のもとへ行き、三日月を手伝うと伝えた。
「ああ。それがいいな。後一人は誰だっけ?」
主は頷いた。
「五虎退ですね。なら俺いらないかな?」
五虎退は初鍛刀だけあって、本丸の諸事に詳しい。影の番長とも言われるくらいだ。

「いや、手伝いは多い方がいいだろう。じゃあ、私はそれが終わるまで寝てようかな」
主が眠たげに呟いた。
「ああ。それいいですね。今日くらい主もゆっくりして下さい」
「というか、今日は何も無いから朝は来なくてもいいかな。あ、でもまあ十一時くらいに起こしてくれるかな。今日はこんちゃんが眠そうだったから」
「はい、了解です。こんのすけのご飯は?」
鯰尾は微笑んだ。
「今、サンドイッチ作って貰ってる」
こんのすけも疲れたのだろう。目の見えないこんのすけは、たまに具合を悪くする。
「昨日は楽しかったって、しっぽ振って目を細めてたからなぁ」
「良かったですね!」
「――主、お下げします」
長谷部が見計らって言った。
「ありがとう長谷部」
主は礼を言って、そろそろ行くか、じゃあ皆、適当に休んでくれ、と適当に声をかけて去って行く。はあい、と側で声があがる。

立ち上がったところ、後ろから腰になにか抱きついてきた。
「おはようございます!はたけにいきましょう」
今剣だ。
鯰尾はかわいらしい仕草に微笑んだ。
「あ、今剣。おはよう。今日畑当番だけど、今日は草取りはいいから、水やりだけお願いできる?」
時刻は八時。皿洗いは三十分か四十分もあればさすがに終わる。
「どうかしたんですか?」
今剣が目を丸くして首をかしげる。食事が終わったらすぐ畑、というのが普通だ。
「今から洗い場手伝おうと思って。ごめんな。草取りはあとで俺がやっとくからやらなくていいよ」
「いいんですか?りょうかいです!」
今剣は走って行った。
「あっ。終わったら部屋に戻って、十一時くらいに近侍部屋に来いよー!」
「はぁい!」

そして鯰尾は三日月と五虎退に声を掛けて厨房で皿洗いをした。

「助かります」
五虎退は嬉しそうだ。
「三日月さん初めてだし、いちおうね。ごこは食洗機係でいい?洗い場は三日月さんと俺かな」
鯰尾は苦笑した。
「はい!」
五虎退が返事した。
「じゃあ三日月さん、まずは湯飲みお願いしますね。洗剤をこのくらいつけて、口の所をこうやって洗って下さい。中はなしでいいです。落とさないように」
鯰尾が鮮やかな手つきで湯飲みの下洗いをして、食洗機にセットする。
「ふむ……こうか?」
「もうちょっと強くかな」
「こうか?」
「そうです、そのくらい」

湯飲みが綺麗に並べられていって、そろそろ一杯になった。
「それで、どうなるのだ?」
三日月は首を傾げた。
「こうして、強く閉めると――」
五虎退が「蓋を閉めて取っ手を強めに押すと、水が噴き出して洗え……ます。ここから見えます」と説明する。
食洗機の窓から中の様子が見える。
「おお、これは面白いなぁ」
三日月は中をのぞいて目を丸くした。
「石けん水が出て、その後ゆすぎです。二分、三分くらい掛かるので、下洗いをします」
「それで終わったら食洗機係が拭く係になるんだ。三日月さんにも後でちょっと拭いて貰います多分」
鯰尾が言った。食器は山盛りだ。
「こうか?」
「あ、もっと雑でも綺麗になりますから、ちゃっちゃとやっちゃいましょう!」
「あいわかった」
三日月は初めはたどたどしかったが、素早く洗う鯰尾を見てコツが分かったらしい。
そのうち慣れて、早くなってきた。
「落とさないように気を付けて下さい」
「あいわかった、っ!?」
つるっと滑って落ちたが、割れなかった。
「まあ落としても割れないんですけどね」
鯰尾は笑った。本丸の食器は、見た目、重さこそ本物そっくりだが、その実は割れない強化素材でできている。
拾い上げてもヒビ一つない。
「あなや、寿命が縮んだぞ。そういえば倒しても割れないな」
三日月は感心している。
「投げると結構威力ありそうですよね」

「ごちそうさん」「ごちそう様」
洗うそばからまた刀剣が入って来て、洗い物はどんどん増えていく。

「……この盆の山はどうするのだ?洗うのか?」
三日月が重なっていくお盆を見て言った。
「あ、それは最後に一気に洗います、洗わなくても並べるだけで。皆さん綺麗に食べるので」
「あいわかった。やあ、これは存外楽しいなぁ」
「三人いますからね。二人だと大変です。それに、慣れるとだんだん面倒になって来ますよ」
「うん、なるほど。それなら人を増やせば良いのではないか?」
「そうなんですけど、みんな率先して手伝ってくれるので。食事当番が手伝う事も多いのかな。この作業はだいたい四人もいたら十分です。多すぎても効率が悪いんですよ」
「なるほど」
言っている間にも片付いていく。

広間の机を拭いていた獅子王が洗い場に顔を出した。
「よし、これで最後だな。平野、薬研お疲れさん」
となりの水道で雑巾を洗い、料理当番に労いの言葉を掛けた。
「お疲れ様です。洗い場を手伝います」「ん?終わりそうだな」

「そっちも終わるか?」
「はっ、はい!」
五虎退が飛び跳ねた。

「これで最後だー、と」
ちょうどその時、鯰尾は最後の盆を拭いた。ようやく全て片付き、定位置に置かれた。

三日月が前髪を手の甲で持ち上げた。
「ふう。食事とは大変なものだなぁ」

「最後に洗い場の縁を拭いて、これで、終了です」
五虎退が言った。
「お疲れ、じゃあ解散だな」
獅子王が言った。

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「主さん、こんのすけ、起きて下さい!十一時ですよ」

「んん……」
鯰尾が近侍部屋から声をかけると、返事があって主が起きてきた。

「ああ、もうそんな時間か」
「はっ!?寝ていました」
座布団の上でこんのすけが頭を振る。

「こんちゃん具合は悪くない?」
鯰尾はこんのすけに尋ねた。
「ええ。大丈夫です」
こんのすけが頷く。

「こんのすけも今日は仕事も無いからゆっくりしてくれ。ああ、そうだ。畑当番おつかれさま。これでいまつるとジュース買うといい」
主が小銭を取り出した。畑当番のあとは水分補給をすることになっている。
今剣はたまに略される。
「ありがとうございます!それなんですけど、俺、今日はちょっと出かけない事にします。お金、今剣に全部渡して良いですか?」
鯰尾は言った。
「え?どうしたんだ?」

「実は……昨日いまいち寝れなくて」
「えっ。それは大変だ。大丈夫か?」
「いえ、今日のは仕方無いと言うか、後で寝るんで大丈夫です。それで、すこしお話があるんで、草取りが終わったら聞いて貰えますか?」
鯰尾は先ほどまで長谷部と明日の予定を確認したりしていて、まだ畑には行けていない。
「いや無理しなくても。……まあ、草取りは軽くでいいから早く戻っておいで。近侍は後で誰かにに交代して貰おう。大丈夫か?」
「はい。眠いんでさくっと行ってきます」

「ばびゅーんと、時間通りに来ましたよ!」
丁度今剣が近侍部屋にやってきた。
「ああ。お疲れ、私達と鯰尾のジュース買ってきてくれるかな。鯰尾は留守番だから、残った分は今剣が好きなお菓子でも買うといい」
「えっ、いいんですか?行ってきますね」
今剣がかけだした。

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近侍部屋に戻った鯰尾は主に相談をする事にした。
今剣はまだお使いに出ている。

「あの……、……」

「何かな」
主は茶を飲みながら鯰尾の言葉を待っている。

「主さん、刀剣男士同士で結婚ってできるんでしょうか?」

主はぐほ、とむせ込んだ。

「み、三日月の事か?」
主は確認した。
鯰尾は頷いた。

「……昨日貰った文に『三度目の共寝の後に娶ろうと思っている』って書かれてて。あ、主さん読んでないですよね」
「え、ああ。うん」
「それくらい真剣って事なのかもしれないですけど、比喩なのか、本気なのか。あと、だとしたらどうすれば良いのか、結婚が出来るのかとか色々考えちゃって。刀剣男士の分際でそんな……とか。反対されるだろうし、とか。……怒られるかも知れないとか、実際の所どうなんですか?――あ、もちろん駄目なら良いですし、俺も別に結婚したい訳じゃ無いんですけど……」

鯰尾が恐る恐る言うと、主はうーん、と考え込んだ。

「結婚か……、形だけでいいなら、できない事も無いが……」

「本当ですか?」
鯰尾は顔を上げた。
「いや。待ってくれ。ただそうなると、絶対に皆も結婚したがる」
「……ですよねー……ううん……」
鯰尾は頭を抱えた。

「恋愛は良いけど、それはどうなんだって、さすがに思うなぁ」
主は溜息を付いた。
「ですよねー……本当に」
鯰尾は肩を落とした。
刀剣男士の役目は戦う事であって、結婚して愛を確かめあうことでは無い。

「鯰尾は結婚したいのか?」
「いえ、俺は別にいいです。お付き合いしてるだけで十分すぎますし。主さんに感謝していますし。そもそも結婚してどうするんだろう、今と大して変わらないよな?って感じです」
「まあ、そうだよな……。今でも仲良く付き合ってるわけだし。刀剣男士に子供はできないし、名を変える事は不可能だしなぁ」

鯰尾はうんうんと頷いた。
刀帳がある以上はどうにもならない。
「やっぱりそうですよねー。変な事聞いてすみませんでした。三日月さんも多分、こう、真剣さを示す感じで言ったとか、言葉の綾とかそういう感じだと思うので、一度ちゃんと話し合ってみます」
鯰尾は微笑んだ。

「それがいい。また何かあったら教えてくれ」
「はい。あ、そうだ。それで――、雰囲気作りというか、……今夜、外に出ても良いですか?」
「ん?デートか?」
鯰尾はそっぽを向いた。モジモジと手を弄る。

「でっ、いえ、……散歩で、裏山に行きたいんです。その、最近、星が綺麗だから。三日月さんにも見せたいなぁって……」

「ただいまぁ。あるじさま、じゅうすとおかしをかってきましたよ!」
「ひゃっ!?」
ちょうど今剣が帰って来て、鯰尾は飛び跳ねた。

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「三日月さん、いますか?」

鯰尾は昼寝した後、三日月の部屋を訪ねた。

「おお。鯰尾か。どうかしたか?」
三日月は今剣を膝に乗せて絵本を読んでいた。向かいには秋田がいて昆虫図鑑を見ながら蝉の絵を描いている。
「ちょっと良いですか?こっち……」
鯰尾は手招きした。

「何だ?」
「もうちょっとこっち」
「??」
鯰尾は三日月の手を引いて、部屋から少し離れた。

今剣と秋田が顔を見合わせて、部屋から廊下をのぞいていた。
「何でしょう?」「ないしょばなしのようです」

鯰尾は精一杯背伸びして、耳打ちした。
三日月は少し屈んで聞いた。
「あのですね、昨日のお手紙ですけど。……主さんに聞いたら、……結婚は駄目だって」
「なんと……そうか」
何やら話しているようだが今剣と秋田には聞き取れない。

「……俺としてはまあ、どっちでもいいって言ったらアレですけど。でもそもそもあの手紙って結婚したいって意味で良かったんですか?」
「??」
「いえ、もしかしたら、真剣だ、って言う事を伝えたかっただけなのかなぁー、と……」
鯰尾が赤面しつつぼそぼそと言うと、三日月はふむ、と少し目を細めた。
「すまんな……困らせてしまったか?」
「いえ!違うんです、お話は嬉しかったですし、俺もできれば、って思いましたけど、そのぉ、やっぱり正式にってなると、色々問題が。刀帳とか、刀帳とか?他の付き合ってる方達も結婚したいって言い出すのが目に見えてるし。……主さんはさすがに賛成出来ないって言っていました」
話している内に、三日月の背が低くなり、どんどんしょんぼりとしおれていくので鯰尾は焦った。
「さようか……イタタ」
おかしな格好で聞いていて、足腰が疲れただけかもしれないが。

「いえ、そうじゃないんですよ。大丈夫ですから!すみません」
「……あいわかった。確かに、戦いこそが我ら、刀の本分……。無理を言ってしまったなぁ」
三日月は微笑した。
どうやらきちんと理解してもらえたようだ。
三日月がうつむく鯰尾の頭を撫でた。
鯰尾はパン、と手を打って勢いよく顔を上げた。

「で!それで今夜、良かったら、外に出かけませんか?」
お誘いの理由が『三日月さんがしょげるかもしれないから予防線を張った』では余りに申し訳無いので、鯰尾は勢いで押し切る事にした。
いきなりの音に三日月が目を見張った。
「あなや……そと?」
「ええ!裏山が、今ごろは星が綺麗なんですよ多分。去年は綺麗でしたし。どうです一緒に星狩りにでも!」

「…………!」
三日月が目を丸くして固まっている。

「……どうかしました?」
鯰尾が声をかけても、しばらく反応が無かった。

「三日月さ~ん?おーい」
鯰尾が何度か呼ぶと三日月ははっとして、ぎくしゃくと動き始めた。
「……いや。ううん、構わん。是非行こう、行きたい、俺もゆく!」
鯰尾は反応があってほっとした。

「良かった。少しの間ですけど、散歩がてら。夕食後、出陣服に着替えて、靴というか草履を履いて、近侍部屋の前に来て下さい。三日月さんも少し仮眠取っておいて下さい。予定無いですよね?」
「……あ、ああ」「良かったーじゃあまた」
三日月が頷いたのを見て、鯰尾は立ち去った。

鯰尾は大分歩いた後で、うわー、誘っちゃったよ、と胸を押さえた。

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「あ、三日月さん」
「すまんな。急いだのだが……」
玄関の方から、出陣服の三日月が遅めの早足でとろとろと歩いて来た。
「俺もちょうど今来た所です。鍵もらいましょう」

主には余り遅くならなければ良いと言われて、北門の鍵を渡された。
「鍵は返しに来る様に。虫除け忘れないようになぁ」
「はい」
鯰尾は頷いて、無香料の虫除けスプレーをした。
「三日月さんも。目を閉じて下さい」
三日月にも容赦無くかける。三日月は咳き込んだ。

鯰尾と三日月はそれぞれ行燈を持ち、門の鍵を開けて本丸の外へ出た。

「あなや。こちらも続いているのか」
三日月が目を輝かせている。
「ええ。こっち側、行くの初めてですよね。山とかありますよ。軽く散歩して戻りましょう」
門を出て、閉めて、扉に審神者の札で封をする。
「これは?」
「変な物が入らないように、主の札です」

しばらく平地が続き、ゆっくりと林になり。その向こうに里山がある。
月明かりの中で、三日月は立ち止まって、広い景色を見ている。

「向こうの山が見えますか?」
「はは。さっぱりだが……」
「星が綺麗ですね」
見上げると星が綺麗だった。

「これは凄い」
三日月が目を丸くしたので、鯰尾は嬉しくなった。
しばらく上を向いていた。

「今日は一段と凄いなぁ……」
鯰尾も呟く。

鯰尾は里山を指さした。
「あの山、山伏さんとか、山姥切さんが結構手を入れて下さって。秋になると、栗が拾えるんですよ」

「川とかあって、釣りもできるし、野兎がいたりして、たまに狩って鍋を――ってあれ」

鯰尾が見ると、立ち止まっていた三日月がのろのろと駆け出していた。

「ええ?」
――走る!?三日月さんが?
鯰尾は急いで後を追った。速くはないが、いきなり駆け出すとは。

「あはっはっは」
三日月は実に楽しそうだ。
「もう、何やって……」
鯰尾は追いついて、三日月の袖をつかんだ。
「おや。捕まったか」
「いきなり走らないで下さい」
「あはっはは。すまぬ……ふう」
三日月が息を整えた。

「ふむ。少し疲れた」
「そうですか。……、じゃあ、そこに座りましょう」
鯰尾はやれやれ、手間のかかるおじいちゃんだ、と思いながら近くの木を指さす。
「あいわかった」
木の根元にはちょうど背の低い雑草が生えている。
三日月は腰を下ろして、ふむ。と呟きそのままころりと横になった。
そのままもう一回転。
「はっはっは。これは心地よい」
「服が汚れますよ!ああ、もう」
鯰尾が言うと、三日月は笑ってまた少し転がった。

鯰尾は三日月の隣に腰を下ろして、明かり……行燈を消した。これは中身は電灯が入っている。
動かないなら、明かりが無くても大して変わらない。

「はぁ。……静かですねー。夏は蛍が見られるんですよ」
鯰尾は呟いた。
三日月はよっこらせ、と身を起こす。鯰尾は手伝った。

木の下に移動して座り、星空を見上げた。
星が綺麗だった。

「こんな場所があるのだな」
三日月が言った。何だか子供みたいに目を輝かせている。
鯰尾もその感覚には覚えがあった。
「俺も非番の時は良くこっちに来ますよ。本丸は広いけど、たまに狭いなぁって思うこともあるし。川があって釣りも出来るんですよ。変なきのこもあったりして。あ、山に生えてるきのこは食べたら駄目ですよ。毒がなくてもヤバイ事になりますから!」

「もしや。食べたのか?」
三日月が言った。
「あはは。……ちょっとですけど。手入れ部屋に担ぎ込まれました!」
鯰尾は言った。初めて山に入って、美味しそうだと思って。思いっきり吐いた。
今思えば……毒のないもので本当に良かった。
「毒きのことか本当に危ないですからね。三日月さんは食べちゃ駄目ですよ?」
「わかった。気を付けよう」
三日月は笑って頷いた。
素直な反応に鯰尾は微笑んだ。
「また夏になったら、川遊びでもしましょう。釣りもしたいなー。骨喰も上手いんですよ。三日月さんはどうかな」
「釣りか。それは楽しみだなぁ……俺もやっていいのか?」
三日月が微笑む。
「もちろんです。折角顕現したんですし、……色々な事が出来ると良いですね」
鯰尾は言った。

「もし、どちらかが折れても、あっ。いえすみません、縁起でもないですね」
鯰尾は苦笑した。

(どちらかが折れても、思い出があればきっと……?生きていける)

それこそ縁起でもない。
「どうかしたのか?」
「いえ、思い出があれば、きっと……なんて縁起でもないですよね」
三日月が聞いてきたので、鯰尾は呟きそっぽを向いた。

三日月が微笑んだので、鯰尾は見返した。
「そうだな。縁起でもない。――が、形ある物はいつか壊れる。俺も、鯰尾も」
三日月は言い切った。

「だが……心配は無用だ。おぬしが折れたら、俺もすぐに後を追う故」
三日月の指が、鯰尾の頰、目元をそっとなぞる。輪郭を確かめるように。
薄暗がりの中で目が合った。
「俺が死んだらおぬしも後を追ってくれぬか。……賽の河原で再び逢おう」
三日月に見つめられて、鯰尾は動けなくなった。

冗談かと思ったが、暗い中だと三日月の表情はあまり良く分からない。
三日月よりは相手の姿が見えていると思うのだが……瞳の中のうちのけだけが光って見える。
鯰尾は三日月がどんな気持ちでそう言ったのか、読み取ることが出来なかった。

それでも。

「……いいんですか?」
口をついて出たのはそんな言葉だった。

三日月はふっと笑った。鯰尾を見つめる。
「ああ。いいぞ。迷うなら、いくらでも待とう。だが、俺は鯰尾の後を追うし、鯰尾もいつかは、俺の後を追うだろう?ならばこうして、契りを交わしておくのも一興」

手を引かれて、そのまま三日月の腕にすっぽりと包まれる。
三日月は、鯰尾の頭をゆっくり撫でた。

「その時が来たら。共に行こう」
「一緒に、……死んじゃうんですか?」
「うん」
三日月の手のひらは暖かい。

(この刀は……どうしてこんなに、俺の事を好きなんだろう……)

一緒に死のう。
一人にしない。後を追う。
そういう事を、ここまであっさり言うとは。
三日月を見ていると、恥ずかしがり屋で正直なひとだなぁと思う。
だから嘘じゃ無いんだろう。本気で……?

鯰尾は三日月の着物を掴んだ。
――俺はそんな、三日月さんが、何かしたいと思う様な、大層なモノじゃない。
――折れても代わりの効く、ただの脇差だ。
――いつか強敵と出会い、あっさり折れてしまうかもしれない、先鋒の脇差なのに。

「一人で逝くのはつらいだろう。じじいでよければ、ついていこう」
よしよし、と三日月が微笑む。

俺はどうして、三日月さんを好きになったんだろう。
差し出された手があまりに力強くて。まだ、すがっているだけなのだろうか。

鯰尾はあっ、と思った。
「ひでよし……?」
「?」
ひょっとして、どこか似ているのだろうか?

「いやそんな訳無いか。……太閤もおじいちゃんだったなぁって」
鯰尾は苦笑した。
三日月は首を傾げた。

「……戻りましょうか」
泣きたくなって、呟いた。

三日月は鯰尾の目を見て、もう一度抱きしめた。

「それは少々もったい無いな」
「え?」

「このまま……抱いてもいいか?」
「え、いや、え?」
微笑まれて、鯰尾は襟元を押さえた。思いっきり出陣服だし――そういうつもりじゃ無いと言うつもりでキッチリ出陣服にしたんだけど!

「いや、そういうつもりじゃ」
「……ははは、本当にそうか?」
三日月が笑う。

「いや、本当に……」
鯰尾はそわそわした。地面を確認してしまう自分が憎い。
「丁度草も茂っているし、上手くすればできそうだなぁ、と思わんか?俺は思ったぞ」
三日月は草を手で触った。

「風も無いし、ちょうど良い季候だ」
「――いえ、だからですね、出陣服」
「べんりな行燈もある。虫除けの機械もある」
「いや、それは――」

正直に言うと、行灯じゃなくても、懐中電灯でも良かった。
あえて持って来た虫除けの機械はとても高性能で、羽虫の一匹もいない。
「……」
鯰尾は口の中でもごもごと言い訳を呟いた。
「……ちょっとだけなら、って思わなかったわけじゃ無いですけど」

「出陣服を脱がして欲しいと?」
三日月が四つん這いで、鯰尾に近づいてくる。
「――だっぁ、違うっ~~~……んっ」
違わない辺り、完全に把握されている。そして捕まり、口を塞がれた。
背後は木で、ああ固くて痛いなと思いながら目を閉じた。

すぐにはなれてしまって、物足りない感じがした。
「……布団が良かった」
鯰尾は呟いた。
「着物を広げよう」
三日月は帯を器用に外し、袴を緩め、狩衣を脱いで木の下に敷いてしまった。鯰尾の手を引いてそちらに導く。
洗濯当番が怒るなぁと思ったのだが、手入れすれば戻る。

「本当に、外でなんて、これっきりですからね……」
三日月の着物の上に向かいあって座り、鯰尾は念を押した。強く言えないあたりが忌々しい。
外でまぐわえばカウントされないのでは?という気持ちも少しあった。
「……」
三日月は肩を震わせ、笑いを堪えているようだ。
鯰尾はもう、等と言いながら甲冑を外した。三日月は襦袢も脱いでいるから上半身裸だし、本体は横に置いてあるし、帯を抜いた後の袴の紐は適当に結ばれている。

三日月の体は数回見たけど、やはり逞しいというか立派で、整っていて……。目の毒だ。
「調子狂うったら無いよな」
「鯰尾」

あっさり引き寄せられて、唇が重なった。
「ん」
そのままゆっくりなし崩しになる。三日月は鯰尾の背中に手を入れて、痛くないようにそっと横たえた。
どきどきと胸が高鳴っている。
「ん……」
接吻の間ずっと、ものすごく悪い事をしている気分だった。三日月はまだ服に手を掛けていない。
脱がされるのだと思って、手のやり場に困った。
とりあえず体の横に手を置く。それだけの動作にかなりの勇気が必要だった。本体を差したたままだったと気が付いて、手を掛けようとした。
「危ないぞ」
三日月が鯰尾の手を留めて、結び帯をいじる。
「これはどうなっている?」
しかし解けなかったらしい。鯰尾は解いて、三日月に渡した。
「置いといて下さい」
三日月はすぐ脇に置いた。

たどたどしい手つきで、出陣服のボタンが外されていく。
三日月さんってボタンが外せたんだ、と感心した。
「あ、そこ、先に取って下さい」
教えながら脱がして貰うのは予想以上に恥ずかしくて、鯰尾は死にたくなった。
上着のベルトを全て外されて、今度は――シャツ?

「ぁ」
三日月が人差し指で足の間をなぞった。
「もうきつそうだなぁ」
鯰尾は頰を染めて唸るしか無かった。どうせ三日月には良く見えない。
「そこはまだやめて」
「あいわかった」
分かっちゃうんだ?と思ったが今も後も変わらないのだろう。
股間に緩く手が添えられている。
そのまま三日月は覆い被さって鯰尾の首筋の匂いを嗅いで、あごの裏を舐めた。
足の間には膝が割り込んできていて、希に当たったり、くりくりと押されるときがあって、鯰尾は感じてしまい、足を少し曲げた。――そういえば靴を脱いでいない。
三日月がネクタイを引っ張っている。首が絞まって鯰尾は焦った。
「ぐ、し、絞めないで、逆に引くんです、あ、靴」
三日月は鯰尾の靴を抜いて、鯰尾はもう止めたくなった。なんでこんな事してるんだろう。頭がおかしくなったというか、おかしかった。
四苦八苦されて、ネクタイが外れた。
「おお。よし」
「こんな調子じゃ、夜が明けますよ」
「すまんな」
三日月が鯰尾の頭を浮かせ髪紐を引っ張ったので、鯰尾はぎょっとして腕を曲げた。
三日月は鯰尾の髪をほどいてしまった。
「いえ……」
その後、三日月はシャツのボタンを外していって、ようやく素肌がさらされた。
じろじろと見られる。

「……」
あまりの恥ずかしさに、言葉が出てこない。こんな格好は真剣必殺くらいでしかしない。
しかもこちらは三日月うちのけの光になれたせいで、三日月の表情が結構見える。
鯰尾に欲情していますというような。
三日月は嬉しそうに胸の突起を掴んだ。

「ひゃっ!」
意外と強くて思わず声が漏れた。喘ぎ声は控え目に男らしく、と心がけているけど、ちゃんとできているのは多分いつも最初だけだ。
三日月は胸の突起を強く押しつぶした。
初めはくすぐったさが勝っていたが、十も二十も押されれば、さすがに芯を持ち始めて、両方ともぴんと立ち上がり、心地よくなってきて、呼吸が深くなる。
「――ぁ」
三日月がやさしく幾度もこねると声が漏れた。円を描くように触れられては。声を抑える為には足を動かすしかない。それを待っていたように三日月が首筋に舌を這わせる。
「ひゃっ!」
たまらずに声を上げた。乳首にこんなしっかり触られた事はない。
三日月は楽しげにもてあそぶ。
――そういえばこれで三度目?まだ三度目だ。
以前風呂で体を重ねたときは、入れなかったんだっけ?そう思えばかなり少ない。

断っているのは自分の方だけど、もしかしたら三日月はだいぶ加減しているのかもしれない。

「っ……ぁ」
力が抜けていく。三日月の舌が首筋を舐め、胸を舐めて、感じてしまって、声も出せない。
とどめで、口の中に舌が入ってきた。
口蓋に何度も擦り付けるように。頰の内側を舐められて、唾液を吸われてちゅく、という音がした。体が少し持ち上がって、上着を脱がされた。腕から袖が抜かれる。鯰尾は腕を伸ばしたり曲げたりして脱がしやすいようにした。
「これくらいはちゃんと手伝いますよ」
鯰尾は微笑んだ。
「……」
返答は無く、接吻された。
「そろそろ、こちらがキツイか?」
「きついです」
鯰尾は正直に言った。鯰尾のそこは張り詰めている。
「一度だけやって、早く帰りましょう。そうしたら後、また出来るかも……」
「そうだな。それもいいが」
鯰尾を見下ろし、三日月は微笑んだ。

「ひとまず――このくらいにしておこう」
三日月はベルトを緩め、ファスナーをめいっぱい下げて、鯰尾の前をくつろげると、鯰尾の中心に手を添えた。
揺り動かされて顔を出す。
「えっ」
このくらいって何?そう思っている間に扱かれ高められていく。

「あっ、ちょ、あ、あっ――」

ある程度高まってきたところで、三日月は手を止めた。
「……あっ……」

「やはり、ひとまず戻ろう」
「……?……戻るって、これでですか?」
止められて半起ちに戻ってしまった。つらすぎるというか、しんどいというか。
鯰尾は起き上がった。
「こ……ここまで来てやめるんですか?」
思わずそういう言葉が出た。ずり下がるシャツを押さえた。
三日月はうろたえた。
「ち、……違う。ここでこのまま抱いたら、俺だけでは着付けができぬから、下手すれば戻れなくなる……と思うのだが……」

「確かに」
鯰尾は即座に納得してしまった。勢いよく脱いだ三日月、鯰尾の上着、着物の帯。……そんな気はしていた。
むちゃくちゃ恥ずかしくなって、とりあえずあそこをしまってズボンを直した。
「俺とて、こんな機会を逃したくは無い。だが、だが……、万が一、お主のあられも無い姿を誰かに見られたらと思うとつらい」
「分かった、分かりましたから!俺が悪かったです……」
鯰尾は頬を染めた。
「すまん」

「……とりあえず、二人とも服着ましょうか」

服を着直すのに思いの外時間が掛かって、確かにやめて良かったという気になった。
三日月は自分で支度が出来ない。ボタンも外すことはできても上手く留められないらしい。
着付けの最中鯰尾は、三日月が自分の緊張をくみ取ったのかもしれない……、と思った。

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何事も無かったかのように、鯰尾は三日月を連れて戻った。

「お帰り、早かったな」
主に言われて赤面した。
「そりゃ星を見ただけですから。すごく綺麗でしたよ」
鯰尾が覚えているのは星よりも、三日月のうちのけと、息づかいと濡れた舌の感触なのだが……。

鯰尾はもしかして、自分は閨事にものすごく疎いのではないか?という気分になった。
いや、骨喰に聞いた程度で詳しい訳は無いのだが……。
それを差し引いても、三日月はかなり手加減しているような気がする。
初めての時は大変だったが、それからは前後不覚になるほどちゃんと抱かれてはいない。
これでいいんだろうか。
骨喰は毎晩のように激しくいちゃいちゃしているらしい。何回やったとか、どういう体位だったとか。
前からとか後ろからとか、舐めたとか舐められたとか、聞いているだけですごい。
骨喰と鶴丸は一緒に良く出かけて、外でも堂々と手を繋いだりしている。
一方の自分は一人で恥ずかしがってばかりいて、かと思えば忙しくて、中々一緒にいられなくて……少し焦っていた。
鯰尾は主にも分からない程度の、小さなため息をついた。

「主さん。今日はありがとう御座いました。じゃあ、おやすみなさい」
「おやすみ」
主が手を振った。

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考えながら気がついた時には、三日月の部屋の前だった。

「俺って、色気無いですよね」
鯰尾はそういう結論に達した。

「?!……」
いきなり言われて三日月が驚いている。
「いや、そんなことは……」
「ちょっと相談しましょう。あ、眠いですか?」
「眠いが、少しなら」
「すみません。着替えましょう。湯浴みは朝でいいか。――しまった着替えが無い。骨喰に借りようかな。あ。おじゃまか。三日月さんの借りようかな。あるかな。三日月さん、着替えながら聞いて下さい」
鯰尾は三日月の背を押した。
「う、うむ?」

部屋に押し込まれ、三日月は着替え始めた。

鯰尾は正座した。
「俺、近頃、三日月さんの事、好きになった気がしてて。……あ、嫌がってたわけじゃ無いです。むしろノリノリでしたから。たぶん好きなんだと思うんですよ……」
鯰尾はぼおっとしながら言葉を紡いだ。

三日月は横で寝間着に着替えていて、鯰尾は卓袱台の上を見ていた。

「でも、なんというか、今はまだ俺自身、近侍っていう役割に囚われているところがあって……皆の前でイチャイチャとかできないし、任務を優先しないととか、仕事に影響が出ないようにとか……色々考えちゃうんですよ」
三日月は頷いた。
「近侍は忙しいからなぁ」

「ええ。もう――いっそ結婚して、二人でどこかに行けたらいいのに。って、人でも無いのにそんな事考えちゃったり。あ、思ったの今ですけど。自分の部屋でも落ち着かないし、じゃあどこなら、って考えて、星空の下とかよく分からないこと考えて。ああ、これが恋なのかって思ったり、訳が分からなくなったり、俺は脇差で体も小さくて、閨事にもちょっと疎いから、三日月さんが大変じゃないかとか、気をつかってもらって悪いとか、本当は抱かれるのが恐いから、三日月さんに色々我が儘言ってるんじゃないかとか……本当に色々考えちゃって」

「……どうしたらいいと思います?」
鯰尾は三日月を見た。
三日月はそうだなぁ、と言って正座した。
「先程はお主があまりくつろげていないようだったので、やめてしまったが……。俺が悪かった。あいすまぬ」
三日月は頭を下げた。

「確かに、お主の体を傷付けたくないと思って加減していたのだが……それは嫌か?むしろ存分に抱いた方が良いのか?」
三日月が真顔で言うので、鯰尾はぞっとした。
「いえっ、手加減なしだと大変な事になりそうなので……少しはお願いします!」
「……わかった。ではそうしよう」
おっとりと、たぶん鯰尾に気を使って微笑む三日月が優しくて、泣きそうになった。

もう三日月が綺麗過ぎて、胸が締め付けられて、どうしようもない気持ちだ。
先程本音を語って、喉がカラカラになっていたが、声を絞り出した。
「すき、……ちゃんと、すきなんです」

鯰尾は三日月を見た。すこし視界がぼやける。
三日月はあまりに綺麗で……。時折恐い。
鯰尾は首を振った。

「好きです。でも、三日月さんが何を思ってるのか、分からなくて。俺のどこがいいって、ぜんぶいいって言ったじゃないですか。でも俺はそんなに、良いところも無いし、不器用だし、がさつで脳筋だし、嘘つきだし、そんなに、立派じゃないんです」

既に体を重ねた分際で何を言っているのかと思うが……。
思いも寄らない場所や、敏感な触れられる事、内側を暴かれるのだって、まだ恐い。
痛みも凄かったし、体の中で三日月のものが暴れ回るのが恐い。
気持ち良すぎて怖い。
三日月の与える刺激は、強すぎて、鯰尾の中の何かを揺り動かす。
今まで抑えられていたものが、抑えられなくなって。
どんどん我が儘になっていきそうで。
――全てを捨ててしまいそうで。

このひとがいなければ、生きていけない。
たぶん三日月が自分にとっての『そういう刀』だと分かってしまった。

三日月がいると景色が違う。今まで何を見ていたんだろう、というくらい。
三日月は綺麗だった。

「俺は弱いんです。本当は、恐がりで、そう言って、同情を引こうとする最低なヤツなんです!」
三日月に振り向いて貰いたい。
なのに、何もできない。そっけなくする事しか。
そんなに弱くないはずなのに、どうすればいいのか分からなくて、弱いふりをして構って貰おうとする事しかできない。
三日月を想って自分を触ったこともあるのに。
もっと触れて欲しいと思っているのに。浅ましくて最低だ。

「――そんなことは、どうでもいい」

「……えっ?」
低い声に鯰尾が顔を上げると、三日月はふと目を伏せた。
「いや、どうでも良いというのは、語弊があるな……。俺はそなたが好きだ。いっそ、壊したいほどにな。だがそれでは、そなたは泣いてしまう。それが嫌なゆえ、手放しているにすぎんのだ」

「――鯰尾。俺は、おぬしがとても恐い。あまりに可愛すぎて何事かと思う。直視出来ない。皆の前でいちゃいちゃなど、とてもできん……」

三日月が鯰尾の手に触れた。

「……こうして、会話し、手を取り合えればそれで十分だ。娶りたいなどと、抱きたいなどと……勝手を言ってすまなかった。……ね、ねやごとも……、ゆっくりで構わん。俺はいくらでも加減するし、教えるし、お主が慣れるまで待つつもりだ」
三日月が微笑む。

「……そんな、だって、つらくないですか?」
三日月は『男』なのだから。

……鯰尾も顕現して、自慰を覚えた頃は性欲を押さえられなかった。
体が未熟で体力もないから、加減できていたに過ぎない。

なのに、鯰尾が足踏みしているから、立ち止まっているなら、自分も立ち止まる……?
周りを見ても、誰もそんなことしていないと思う。

三日月は苦笑した。
「まあ、俺はじじいだからな」
「――」
鯰尾は初めて三日月を尊敬した。
ああ、敵わない、と思った。
――たぶん今、三日月さんをきらきらした目で見ている。
そしてあっさり落とされた自分に呆れた。

この太刀はずるくて頭がいい。鯰尾の希望を叶える事で、鯰尾が落ちると分かっている。
そのためなら少しは我慢が利くのだろう。
実際はだいぶやせ我慢しているのかもしれないけど。
抱くことを覚える前に抱かれてしまったせいか、相手を抱きたい、犯したいという衝動が鯰尾には良く分からない。

でも三日月には、たぶん自分をうまく調伏する力がある。
鯰尾は誰を見ても何も感じなかったのに。気になって仕方が無い。
――厳しく値踏しても悪くない相手だ。練度が上がりきったら敵わなくなるだろう。

三日月が無理をしているとしても――。
(いや、無理させちゃ駄目だ)
鯰尾は首を振った。三日月に甘えてはいけない。
三日月は自分にべた惚れだから歩み寄ってくれているんだろう。

「本当ですか?」
「本当とは?」
「その、結婚しなくてもいいんですか?三日月さん、俺を娶りたいって」
「ああ。だがまあ、俺達は今の主に仕える身だ。主の意に反する事をする必要はなかろう」
「確かに」
鯰尾は頷いた。そこは変えられない。

「まあ、そうですよね。俺は受けるつもりでいたんですけど、やっぱり現実的に無理かなって……。要するにそれだけなんですよ」
「そういうことだな。仕方無い事だ」
三日月は微笑んで頷いた。

鯰尾は『俺はそこを悩んで、気分が乗らなかったんだろうなぁ』と思った。
三日月にはそれが分かっていたのだろう。
分かっていたかどうかなんて分からないけど、三日月はこうして分かってくれた。

「いやー。本当そこ、悩んじゃって、集中出来なかったんですねー。俺もすみませんでした。やっぱり外ではハードル高いや」
鯰尾は苦笑した。

「三日月さんって、やっぱりすごいですね!」
「……」
三日月は戸惑っているようだ。

「三日月さんは凄いです。俺、そういう所好きです。大好きです。その……きちんとした関係じゃなくても……、……ずっと側にいても良いですか?」
もしょもしょと言うと、三日月が笑った。
「ああ。いいぞ。膝の上に来るか?」
三日月は手を伸ばしてきたが、鯰尾は気恥ずかしくなって時計を見た。
「――あ。もうこんな時間だ。とりあえず、今日は……、久しぶりに、一緒に寝てもいいですか」

「もちろんいいぞ」
三日月はニコニコと笑って頷いた。
三日月が嬉しそうで、鯰尾はほっとした。

「あ、寝る前に厠に行きましょうか?ああ、そうだ歯も磨かないと。お腹空いてないですか?――て、繋いでも……良いですか?」

鯰尾は三日月の手を引き、立ち上がった。

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そうして、こうなる。
だんだん自分の行動パターンが読めてきた。

「三日月さん……気持ち良いですか……?」
鯰尾は大人しく三日月の布団に収まっていたのだが、やはり申し訳無くなった。
少し寂しくもなった。
それで言ったのだ。
『ねえ、触っても良いですか?』と。
三日月が良いというので、なら触り合いすればいいのではないか、と思った。
『さわり合いっこしましょうよ』
そう言ったら、三日月がなんともいえない表情をしたのが面白かった。

ひとつの布団の中、横になって向き合う。着物の隙間から手を入れる。
三日月の手が鯰尾を高めていく。鯰尾の手に三日月の様子が伝わる。
お互いにふれあって、ものすごく気持ち良い。

「んっ……」
三日月が喘ぎ混じりの吐息を吐く。

三日月の指が鯰尾の先端に触れる。
くちくちと親指、人指し指で焦らされる。
「う、イきそう……っぁ、ぁっ……ん……」
鯰尾は体を動かした。解いた髪が乱れて邪魔だ。

「あっ、……そこ、うわ、だめ……です、三日月さんっ……もうっ」

鯰尾は両手を使って手を止めないようにしているのだが、形勢不利だ。
鯰尾の手つきはぎこちなく、止まりがちだ。鯰尾の愛撫もどきを受けて三日月も喘ぎ、高ぶっているが、すぐに達する程では無い。
「ぁっ……はぁっあ……んんっ」
対する鯰尾は率先して責められて、身をよじって、気持ち良さに声を上げ、既に涙も流している。
体格差もあるのだから仕方無い。そう思うけど、力が強くて容赦無い。
「うぁ……ぁっ……ぁあ、あっ!」
「くちを吸ってもよいか?」
鯰尾は顔を上げて唇を寄せた。

舌を絡め合って、とにかく高め合う。
いきなり三日月が覆い被さって、鯰尾の耳のあたりに手を置いて、頭を掴んで固定した。
舌を深く突っ込まれて、腰が跳ねる。

「――っ」
(ここで怖がってちゃだめだ)
(俺のどこを使っても良いですから、気持ち良くなって下さい――)
(……、一緒になれなくて、ごめんなさい)

鯰尾は三日月に全てを委ねた。

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鯰尾は夢の中で激しく三日月とまぐわっていた。

三日月がしゃぶれと言えばしゃぶるし、中に出したいと言えばいくらでも。
奥を突きたいというならそれでいいし、四つん這いになれと言われればそうする。

「鯰尾、そろそろ……」
「んっ!?」
挿入か、と思って覚醒すると、朝だった。

「――……」
頭がぼんやりとしている。起きたのか……?
鯰尾は意識をハッキリさせようと瞬きを繰り返した。
頭の奥が重たくて、体も動かない。
三日月が隣にいて鯰尾の手を握っているのは分かる。

鯰尾はなんとか身を起こした。
昨晩どうなったかとか、そういう事は分からなかった。
全く覚えが無い。

「……あれ、俺……?」
鯰尾は頭を抑えた。髪が乱れてぼさぼさになっている。顔の半分が隠れるくらいだ。
寝間着は乱れ、腕に引っかかっていない。帯は解けていなかったが、下着は無いし、上半身はほぼ露出している。布団の下はきっと大惨事だ。尻に違和感がないので抱かれてはいない?
「おお……やっと起きたか。おぬしは気をやった後、すぐに寝てしまった」
起き上がった三日月も鯰尾と似たようなものだった。髪はぼさぼさだし、寝間着は役割を果たしていない。
「まあ俺もだが……」
三日月の声はかすれている。
こんなに乱れた姿は中々見られない。鯰尾は吃驚した。

「けさ、今剣が起こしに来たのだが、遠慮してもらった」
三日月が寝間着を着直しながら言った。
「はぁ」
鯰尾は乱れた髪を正しい位置に振り分けながら、三日月の言葉を聞いて――。

「え゛」
固まった。

今なんて言った?今剣が起こしに来た?!けさ?

「ちょ、え?いま何時!?」
鯰尾は布団の上でわたわたと手を動かした。枕元、あるはずの場所に目覚ましが無い。
「時計か?目覚まし時計ならそちらだぞ」
三日月は反対側を指さした。
がしっと目覚ましを鷲づかみにして見ると、午前十一時を回ったところだった。

〈おわり〉
 
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思い出語り 番外編 春と夏の間―皐月―②

キーワードタグ 三日月宗近×鯰尾藤四郎  みかなま  三日月宗近  刀剣乱舞  鯰尾藤四郎  三日鯰  R18 
作品の説明 ようやく見つかったので加筆してアップ。
合唱対決の翌日です。
三日月×鯰尾、R18ですのでご注意下さい。
①はこちらです。
思い出語り 番外編 春と夏の間―皐月―①
https://pictbland.net/items/detail/776610
思い出語り 番外編 春と夏の間―皐月―②
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思い出語り 番外編 春と夏の間―皐月―②

鯰尾はある手紙の返事をしたためたものの、保留にした。

内容は要するに……あれだ。
三回目の共寝の後に娶ると言われて、はいじゃあお受けします、と答えかけたあの手紙だ。

返事を書いた後でこれでいいんだろうか、娶るってどうやって?とかそういう事が浮かんできて、ぶっちゃけものすごく恥ずかしくなった。

――俺、娶られちゃうの?
――そうしたら鯰尾宗近になるの?
――祝言とかアレソレとかされるの?
そんなまさか。いやもうしてるけど、いやいやでも。

宗近というのは三日月さんだからこそ格好いいのであって、俺なんかが……。
いやそうじゃなくて。そもそも俺が嫁ぐ前提?いやそれはいいんだけど、周りにどうやって説明したら良いんだ!?刀帳はどうなる!?
あるいはそこまで大げさな、結婚……けっこん!?では無いのだろうか。
真剣なのは分かるけどどういう事なんだろうか。

鯰尾はしたためた返事を一晩置いて、冷静に、冷静に考えた。

この返事は「はい、喜んで」でいいのだろうか。

三日月がどう思っているのか……どういう婚姻がしたいのか。
それを先に確認した方がいい。たぶん。
けど、三日月宗近本刀に『それってどういう意味ですか?俺の事どういう風にしたいんですか』
――なんて聞いてみろ。哀れ鯰尾藤四郎は……どうなるんだろう……。
鯰尾は頭を抱えた。

その後の反応を見てみたい気もする自分はもう終わっている……。

だがここは。やはりまず主に聞くべきじゃ無いのか?

寝ずに考えた結果、そういう事になった。

「朝……」
鯰尾はぼおっとしたまま布団から這い出した。
嬉しくて困る、興奮して眠れない、気を抜けばにやける。これから先を思って悶々とする、と言うのはかなり大変だ。
人の体は時々、最悪な方向にすごい。

鯰尾は身支度を終えた後、玄関に向かって、そこに設置された電子掲示板を見た。
日課になっているので勝手に足が動く。

昨日はイベントだったので、『本日の予定……出陣なし。遠征なし』と表示されている。
表示を予約したのは鯰尾だ。
掲示板の横の端末をいじると一週間分の編成を見る事ができる。

掲示板の横には手書きの内番、掃除当番表があって鯰尾は今日は畑当番だった。
「今剣とか」
鯰尾は呟いた。相手は今剣。内番で当たるのは久しぶりな気がする。

「楽しみだな」
鯰尾は今剣が好きだった。
それを言うなら、本丸の刀剣全てが可愛くて好きだ。
鯰尾は顕現が三番目と早かったので、皆が弟みたいに思えるのだ。
山姥切は兄、主は友人??主?、長谷部さんは同僚とか先輩??いや後輩か。

内番は、希に主の希望が反映される以外は、全て長谷部がくじ引きしていて、木曜日と土曜日にまとめてくじ引きされる。
そのほかの当番も驚くべき事にくじ引きだ。
……鯰尾は厨房と馬屋はなぜか出禁になっている。長谷部は出禁刀剣は抜いてくじを引いているらしい。さすがは長谷部さん。

掃除当番に限っては、掲示板の右横の連絡板に別の表があって担当区域が一週間ごとに変わる。
円の中心を画鋲でとめた斬新な表で、これは主が提案したのだが、鯰尾は人間って凄いなと思った。
掃除箇所は七つに分類されていて、本丸庭全体、玄関、近侍部屋前、室内、厠、風呂、その他(畑、厨房、手の足りないところ、掃除の点検など)に別れている。
一週間同じ当番なので班ごとに刀剣で予定を組んだり、今日はここまで、と決めたりする。
一班はだいたい七~十振り。刀派、刀種バラバラ……というか適当に組み分けがさられている。これも基本は長谷部のくじ引きだ。

鯰尾はこの掃除当制がこの本丸のちょっと変わった恋愛模様に影響を及ぼしたのでは無いかと考えている。
その証拠に、一期一振と江雪は同じ班だ。
鯰尾は今週は風呂掃除だ。

連絡板には他にも、催し物の案内などが貼られている。掲示許可は主と鯰尾が出す。
毎週月曜日の歌仙書道教室、毎週土曜日の燭台切料理教室、刀派飲み会などが常連だ。
当初、飲み会は自由だったのだが、どんちゃん騒ぎがあまりに酷かったため、後で来た長谷部がぶち切れて許可がいるようになった。

鯰尾は「三日月さんは……」と呟いて、くじ引きで朝のお皿係になっているのを発見した。
これは下げた食器をひたすら洗う係だ。厨房には業務用の食器洗い機があるので下洗いだけなのだが、意外と面倒なので当たりたくない当番上位に入っている。

三日月さんは――初めてだろうから、少し手伝おうかな。
鯰尾は心に留めた。
茶碗当番は慣れないと時間が掛かる。
その後か午後にでも手紙の内容について詳しく聞けばいい。

鯰尾はくるりと振り返り、下駄箱を見た。
靴はそろっている。汚れすぎている物も、壊れている物も無い。
一通りざっと見た。

鯰尾は立ち去ろうとして、三日月の草履に目を留めた。
三日月は最近出陣が多いので鼻緒が切れたら一大事だ。
少し持ち上げたが、大丈夫そうだ。よし、と呟く。

主を起こすのは長谷部の役目なので、鯰尾はそのまま大広間に向かった。
鯰尾は朝食後、近侍部屋に行けばいい。

「おはよー、鯰尾」
「おはようございます、加州さん。今日は早いですね」
「ん。たまにはね」
加州が珍しく早い。彼は身なりを整えてから来るので遅い方だ。
「兼さん、お茶だよ」
「ん~。っふぁ、眠みぃ」
隣には和泉守と堀川がいる。和泉守は一応内番服をしっかり着込んでいる。
格好がお洒落だから支度が面倒だとぼやいていたが、支度をしているのはほぼ堀川だ。

鯰尾も着席する。
「おはよう、鯰尾」「おはよういち兄」
一期一振が来た。その後ろにぞろぞろと弟達が。
「ずお兄おはよう」「おはようございます」「おはよ」

「ヨーグルトは一人一つなー」
食事当番の獅子王がデザートを並べる。
「獅子王こっち納豆一つ足りないけどー?ってか豆腐とかぬか漬けとか発酵食品並んでる」
大和守が声を上げた。
「納豆……」
骨喰が納豆を見つめている。
「食べてやろうか?」
鶴丸が言った。
「いや、がんばる。卵があれば大丈夫だ」
骨喰は生卵を見て首を振った。鶴丸は骨喰にえらいな、頑張れ、と言った。
鯰尾は目を細めた。お茶がまだなようだったので湯飲みに注いで回った。

配膳が終わり、八割が埋まった。
「よし。だいたい集まったな。では主」
長谷部が言った。
「頂きます」
主が一番。この台詞で皆が一斉に食べ始める。

「各自食べながら聞け――」
と長谷部がいつもの連絡を告げる。

「おや。今日も遅れたようだなぁ」
連絡が終わった後、のんびりと三日月が入って来た。三日月はだいたい遅い。
「この声を聞くとなんか朝だなって気がします」
鯰尾は手を合わせながら微笑んだ。
「!?……」
三日月が固まっている。

「あ、いえ――長谷部さんの声です」
タイミング的に勘違いしたのだろう。

「あ、ああ。あむ。……ゴホン。うむ、き、今日はなにか予定があるのか?」
三日月が鯰尾の隣に座って尋ねた。

「えっと今日は、特にないですね。全員、内番のみです。でも明日から普通に出陣があります。そうだ今日、三日月さんはお皿洗いの当番なので、後で手伝います。初めてでしたよね」
「いとをかし……ん?あ、ああ……」
三日月はこちらを見ている。鯰尾は首をかしげた。
「食べないんですか?」
「ああ、食べる。頂こう」
三日月はゆっくりと箸を付ける。

鯰尾は三日月の箸使いが好きだった。
ゆっくりとして、丁寧だ。三日月は未だ箸には慣れていないのだが……優雅さがある。
一方鯰尾はさくさく食べてしまうので――。

「ごちそう様です」
いつもこうなる。
その後三日月は少し速度を上げて朝食を食べる。
「今日は出陣が無いからゆっくりできますね」
「そっ、そうだな」
三日月は食べる事に必死だ。

「そんなに急がなくても」
鯰尾は笑った。三日月の膳を見ると湯飲みの茶が減っている。
脇差のさがか、お茶を注ぎたくなった。

「お茶、いれましょうか……」
と言いかけて、ちょっとやりすぎかなと思った。……なぜだか今日は急に気恥ずかしくなった。
しかしそう言えば、なぜか三日月には茶を注いだ記憶がない――うむ、とかありがとう、とかそう言う言葉を貰った覚えが全く無い。
隣の席だし、別に不思議はないはずなのに。
鯰尾は首を傾げながらやかんを取った。三日月は慌てて湯飲みを差し出す。
「……あ、ああ。あ゛なあっ!」
三日月の手元が怪しくなり、置くときに湯飲みを倒してしまった。バシャ、と音がする。
「あっごめんなさいっ!」
鯰尾は慌てて手ぬぐいでせき止めた。なんとか着物は濡れなかった。

そうだそうだった。俺が三日月さんに注ぐとこうなるんだった。
鯰尾はいつもうっかり忘れてしまう。……何回目だこれ。
「すっ、すみません、大丈夫ですか?熱くなかったですか?」
「いっ、いや、だっだいじょうぶだ」
三日月は頰を染めている。
「そうですか……?あ、じゃあ先に片付けて来ます」

鯰尾は妙な気持ちになり、先に自分の膳を片付けることにして、三日月に背を向けた。

(……かわいい)
いやいやいやいや、と内心で首を振る。

そんなこと無い、そんなことない!
相手は三日月さんだし!!可愛いけど!可愛いけど!かわいいけど!!
抱きしめたいけど!!

(落ちつけ俺!)
鯰尾は調理場の机の上に並んだ四角い桶に茶碗や箸を分けて浸した。
中には水が入れてあって、とぷん、と音がする。
箸はこの入れもの、残飯はここ、お皿はここ、茶碗はここに浸ける、盆はここ、と決まりがある。
湯飲みは流しの中にある入れ物に浸け、水を出して軽く手を洗った。

(どうしよう皿洗い手伝うって言っちゃった)
(まあ、いいか、手伝おう)

「どうしたー?」
ハンカチで手を拭いているとちょうど入って来た獅子王が首を傾げた。
「あ、いえ。俺も今日洗い場やります」
「ん、そうか?」
「三日月さんの手伝いです」
「ああ。分かった。じっちゃんは……ああ、食べ終わったみたいだな。ついでに主に言っとくから、ゆっくり教えてやってくれよな」
「あ、えっ。はい、ありがとうございます」
「ん。お前、目の下、クマできてるぞ。ちゃんと寝ろよー?」
「あっ、……はい」

獅子王のスパダリぶりに多少冷静になった。
そうだ三日月に教えないといけない。

「あ、一応、俺からも言っとこう」
鯰尾は主のもとへ行き、三日月を手伝うと伝えた。
「ああ。それがいいな。後一人は誰だっけ?」
主は頷いた。
「五虎退ですね。なら俺いらないかな?」
五虎退は初鍛刀だけあって、本丸の諸事に詳しい。影の番長とも言われるくらいだ。

「いや、手伝いは多い方がいいだろう。じゃあ、私はそれが終わるまで寝てようかな」
主が眠たげに呟いた。
「ああ。それいいですね。今日くらい主もゆっくりして下さい」
「というか、今日は何も無いから朝は来なくてもいいかな。あ、でもまあ十一時くらいに起こしてくれるかな。今日はこんちゃんが眠そうだったから」
「はい、了解です。こんのすけのご飯は?」
鯰尾は微笑んだ。
「今、サンドイッチ作って貰ってる」
こんのすけも疲れたのだろう。目の見えないこんのすけは、たまに具合を悪くする。
「昨日は楽しかったって、しっぽ振って目を細めてたからなぁ」
「良かったですね!」
「――主、お下げします」
長谷部が見計らって言った。
「ありがとう長谷部」
主は礼を言って、そろそろ行くか、じゃあ皆、適当に休んでくれ、と適当に声をかけて去って行く。はあい、と側で声があがる。

立ち上がったところ、後ろから腰になにか抱きついてきた。
「おはようございます!はたけにいきましょう」
今剣だ。
鯰尾はかわいらしい仕草に微笑んだ。
「あ、今剣。おはよう。今日畑当番だけど、今日は草取りはいいから、水やりだけお願いできる?」
時刻は八時。皿洗いは三十分か四十分もあればさすがに終わる。
「どうかしたんですか?」
今剣が目を丸くして首をかしげる。食事が終わったらすぐ畑、というのが普通だ。
「今から洗い場手伝おうと思って。ごめんな。草取りはあとで俺がやっとくからやらなくていいよ」
「いいんですか?りょうかいです!」
今剣は走って行った。
「あっ。終わったら部屋に戻って、十一時くらいに近侍部屋に来いよー!」
「はぁい!」

そして鯰尾は三日月と五虎退に声を掛けて厨房で皿洗いをした。

「助かります」
五虎退は嬉しそうだ。
「三日月さん初めてだし、いちおうね。ごこは食洗機係でいい?洗い場は三日月さんと俺かな」
鯰尾は苦笑した。
「はい!」
五虎退が返事した。
「じゃあ三日月さん、まずは湯飲みお願いしますね。洗剤をこのくらいつけて、口の所をこうやって洗って下さい。中はなしでいいです。落とさないように」
鯰尾が鮮やかな手つきで湯飲みの下洗いをして、食洗機にセットする。
「ふむ……こうか?」
「もうちょっと強くかな」
「こうか?」
「そうです、そのくらい」

湯飲みが綺麗に並べられていって、そろそろ一杯になった。
「それで、どうなるのだ?」
三日月は首を傾げた。
「こうして、強く閉めると――」
五虎退が「蓋を閉めて取っ手を強めに押すと、水が噴き出して洗え……ます。ここから見えます」と説明する。
食洗機の窓から中の様子が見える。
「おお、これは面白いなぁ」
三日月は中をのぞいて目を丸くした。
「石けん水が出て、その後ゆすぎです。二分、三分くらい掛かるので、下洗いをします」
「それで終わったら食洗機係が拭く係になるんだ。三日月さんにも後でちょっと拭いて貰います多分」
鯰尾が言った。食器は山盛りだ。
「こうか?」
「あ、もっと雑でも綺麗になりますから、ちゃっちゃとやっちゃいましょう!」
「あいわかった」
三日月は初めはたどたどしかったが、素早く洗う鯰尾を見てコツが分かったらしい。
そのうち慣れて、早くなってきた。
「落とさないように気を付けて下さい」
「あいわかった、っ!?」
つるっと滑って落ちたが、割れなかった。
「まあ落としても割れないんですけどね」
鯰尾は笑った。本丸の食器は、見た目、重さこそ本物そっくりだが、その実は割れない強化素材でできている。
拾い上げてもヒビ一つない。
「あなや、寿命が縮んだぞ。そういえば倒しても割れないな」
三日月は感心している。
「投げると結構威力ありそうですよね」

「ごちそうさん」「ごちそう様」
洗うそばからまた刀剣が入って来て、洗い物はどんどん増えていく。

「……この盆の山はどうするのだ?洗うのか?」
三日月が重なっていくお盆を見て言った。
「あ、それは最後に一気に洗います、洗わなくても並べるだけで。皆さん綺麗に食べるので」
「あいわかった。やあ、これは存外楽しいなぁ」
「三人いますからね。二人だと大変です。それに、慣れるとだんだん面倒になって来ますよ」
「うん、なるほど。それなら人を増やせば良いのではないか?」
「そうなんですけど、みんな率先して手伝ってくれるので。食事当番が手伝う事も多いのかな。この作業はだいたい四人もいたら十分です。多すぎても効率が悪いんですよ」
「なるほど」
言っている間にも片付いていく。

広間の机を拭いていた獅子王が洗い場に顔を出した。
「よし、これで最後だな。平野、薬研お疲れさん」
となりの水道で雑巾を洗い、料理当番に労いの言葉を掛けた。
「お疲れ様です。洗い場を手伝います」「ん?終わりそうだな」

「そっちも終わるか?」
「はっ、はい!」
五虎退が飛び跳ねた。

「これで最後だー、と」
ちょうどその時、鯰尾は最後の盆を拭いた。ようやく全て片付き、定位置に置かれた。

三日月が前髪を手の甲で持ち上げた。
「ふう。食事とは大変なものだなぁ」

「最後に洗い場の縁を拭いて、これで、終了です」
五虎退が言った。
「お疲れ、じゃあ解散だな」
獅子王が言った。

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「主さん、こんのすけ、起きて下さい!十一時ですよ」

「んん……」
鯰尾が近侍部屋から声をかけると、返事があって主が起きてきた。

「ああ、もうそんな時間か」
「はっ!?寝ていました」
座布団の上でこんのすけが頭を振る。

「こんちゃん具合は悪くない?」
鯰尾はこんのすけに尋ねた。
「ええ。大丈夫です」
こんのすけが頷く。

「こんのすけも今日は仕事も無いからゆっくりしてくれ。ああ、そうだ。畑当番おつかれさま。これでいまつるとジュース買うといい」
主が小銭を取り出した。畑当番のあとは水分補給をすることになっている。
今剣はたまに略される。
「ありがとうございます!それなんですけど、俺、今日はちょっと出かけない事にします。お金、今剣に全部渡して良いですか?」
鯰尾は言った。
「え?どうしたんだ?」

「実は……昨日いまいち寝れなくて」
「えっ。それは大変だ。大丈夫か?」
「いえ、今日のは仕方無いと言うか、後で寝るんで大丈夫です。それで、すこしお話があるんで、草取りが終わったら聞いて貰えますか?」
鯰尾は先ほどまで長谷部と明日の予定を確認したりしていて、まだ畑には行けていない。
「いや無理しなくても。……まあ、草取りは軽くでいいから早く戻っておいで。近侍は後で誰かにに交代して貰おう。大丈夫か?」
「はい。眠いんでさくっと行ってきます」

「ばびゅーんと、時間通りに来ましたよ!」
丁度今剣が近侍部屋にやってきた。
「ああ。お疲れ、私達と鯰尾のジュース買ってきてくれるかな。鯰尾は留守番だから、残った分は今剣が好きなお菓子でも買うといい」
「えっ、いいんですか?行ってきますね」
今剣がかけだした。

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近侍部屋に戻った鯰尾は主に相談をする事にした。
今剣はまだお使いに出ている。

「あの……、……」

「何かな」
主は茶を飲みながら鯰尾の言葉を待っている。

「主さん、刀剣男士同士で結婚ってできるんでしょうか?」

主はぐほ、とむせ込んだ。

「み、三日月の事か?」
主は確認した。
鯰尾は頷いた。

「……昨日貰った文に『三度目の共寝の後に娶ろうと思っている』って書かれてて。あ、主さん読んでないですよね」
「え、ああ。うん」
「それくらい真剣って事なのかもしれないですけど、比喩なのか、本気なのか。あと、だとしたらどうすれば良いのか、結婚が出来るのかとか色々考えちゃって。刀剣男士の分際でそんな……とか。反対されるだろうし、とか。……怒られるかも知れないとか、実際の所どうなんですか?――あ、もちろん駄目なら良いですし、俺も別に結婚したい訳じゃ無いんですけど……」

鯰尾が恐る恐る言うと、主はうーん、と考え込んだ。

「結婚か……、形だけでいいなら、できない事も無いが……」

「本当ですか?」
鯰尾は顔を上げた。
「いや。待ってくれ。ただそうなると、絶対に皆も結婚したがる」
「……ですよねー……ううん……」
鯰尾は頭を抱えた。

「恋愛は良いけど、それはどうなんだって、さすがに思うなぁ」
主は溜息を付いた。
「ですよねー……本当に」
鯰尾は肩を落とした。
刀剣男士の役目は戦う事であって、結婚して愛を確かめあうことでは無い。

「鯰尾は結婚したいのか?」
「いえ、俺は別にいいです。お付き合いしてるだけで十分すぎますし。主さんに感謝していますし。そもそも結婚してどうするんだろう、今と大して変わらないよな?って感じです」
「まあ、そうだよな……。今でも仲良く付き合ってるわけだし。刀剣男士に子供はできないし、名を変える事は不可能だしなぁ」

鯰尾はうんうんと頷いた。
刀帳がある以上はどうにもならない。
「やっぱりそうですよねー。変な事聞いてすみませんでした。三日月さんも多分、こう、真剣さを示す感じで言ったとか、言葉の綾とかそういう感じだと思うので、一度ちゃんと話し合ってみます」
鯰尾は微笑んだ。

「それがいい。また何かあったら教えてくれ」
「はい。あ、そうだ。それで――、雰囲気作りというか、……今夜、外に出ても良いですか?」
「ん?デートか?」
鯰尾はそっぽを向いた。モジモジと手を弄る。

「でっ、いえ、……散歩で、裏山に行きたいんです。その、最近、星が綺麗だから。三日月さんにも見せたいなぁって……」

「ただいまぁ。あるじさま、じゅうすとおかしをかってきましたよ!」
「ひゃっ!?」
ちょうど今剣が帰って来て、鯰尾は飛び跳ねた。

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「三日月さん、いますか?」

鯰尾は昼寝した後、三日月の部屋を訪ねた。

「おお。鯰尾か。どうかしたか?」
三日月は今剣を膝に乗せて絵本を読んでいた。向かいには秋田がいて昆虫図鑑を見ながら蝉の絵を描いている。
「ちょっと良いですか?こっち……」
鯰尾は手招きした。

「何だ?」
「もうちょっとこっち」
「??」
鯰尾は三日月の手を引いて、部屋から少し離れた。

今剣と秋田が顔を見合わせて、部屋から廊下をのぞいていた。
「何でしょう?」「ないしょばなしのようです」

鯰尾は精一杯背伸びして、耳打ちした。
三日月は少し屈んで聞いた。
「あのですね、昨日のお手紙ですけど。……主さんに聞いたら、……結婚は駄目だって」
「なんと……そうか」
何やら話しているようだが今剣と秋田には聞き取れない。

「……俺としてはまあ、どっちでもいいって言ったらアレですけど。でもそもそもあの手紙って結婚したいって意味で良かったんですか?」
「??」
「いえ、もしかしたら、真剣だ、って言う事を伝えたかっただけなのかなぁー、と……」
鯰尾が赤面しつつぼそぼそと言うと、三日月はふむ、と少し目を細めた。
「すまんな……困らせてしまったか?」
「いえ!違うんです、お話は嬉しかったですし、俺もできれば、って思いましたけど、そのぉ、やっぱり正式にってなると、色々問題が。刀帳とか、刀帳とか?他の付き合ってる方達も結婚したいって言い出すのが目に見えてるし。……主さんはさすがに賛成出来ないって言っていました」
話している内に、三日月の背が低くなり、どんどんしょんぼりとしおれていくので鯰尾は焦った。
「さようか……イタタ」
おかしな格好で聞いていて、足腰が疲れただけかもしれないが。

「いえ、そうじゃないんですよ。大丈夫ですから!すみません」
「……あいわかった。確かに、戦いこそが我ら、刀の本分……。無理を言ってしまったなぁ」
三日月は微笑した。
どうやらきちんと理解してもらえたようだ。
三日月がうつむく鯰尾の頭を撫でた。
鯰尾はパン、と手を打って勢いよく顔を上げた。

「で!それで今夜、良かったら、外に出かけませんか?」
お誘いの理由が『三日月さんがしょげるかもしれないから予防線を張った』では余りに申し訳無いので、鯰尾は勢いで押し切る事にした。
いきなりの音に三日月が目を見張った。
「あなや……そと?」
「ええ!裏山が、今ごろは星が綺麗なんですよ多分。去年は綺麗でしたし。どうです一緒に星狩りにでも!」

「…………!」
三日月が目を丸くして固まっている。

「……どうかしました?」
鯰尾が声をかけても、しばらく反応が無かった。

「三日月さ~ん?おーい」
鯰尾が何度か呼ぶと三日月ははっとして、ぎくしゃくと動き始めた。
「……いや。ううん、構わん。是非行こう、行きたい、俺もゆく!」
鯰尾は反応があってほっとした。

「良かった。少しの間ですけど、散歩がてら。夕食後、出陣服に着替えて、靴というか草履を履いて、近侍部屋の前に来て下さい。三日月さんも少し仮眠取っておいて下さい。予定無いですよね?」
「……あ、ああ」「良かったーじゃあまた」
三日月が頷いたのを見て、鯰尾は立ち去った。

鯰尾は大分歩いた後で、うわー、誘っちゃったよ、と胸を押さえた。

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「あ、三日月さん」
「すまんな。急いだのだが……」
玄関の方から、出陣服の三日月が遅めの早足でとろとろと歩いて来た。
「俺もちょうど今来た所です。鍵もらいましょう」

主には余り遅くならなければ良いと言われて、北門の鍵を渡された。
「鍵は返しに来る様に。虫除け忘れないようになぁ」
「はい」
鯰尾は頷いて、無香料の虫除けスプレーをした。
「三日月さんも。目を閉じて下さい」
三日月にも容赦無くかける。三日月は咳き込んだ。

鯰尾と三日月はそれぞれ行燈を持ち、門の鍵を開けて本丸の外へ出た。

「あなや。こちらも続いているのか」
三日月が目を輝かせている。
「ええ。こっち側、行くの初めてですよね。山とかありますよ。軽く散歩して戻りましょう」
門を出て、閉めて、扉に審神者の札で封をする。
「これは?」
「変な物が入らないように、主の札です」

しばらく平地が続き、ゆっくりと林になり。その向こうに里山がある。
月明かりの中で、三日月は立ち止まって、広い景色を見ている。

「向こうの山が見えますか?」
「はは。さっぱりだが……」
「星が綺麗ですね」
見上げると星が綺麗だった。

「これは凄い」
三日月が目を丸くしたので、鯰尾は嬉しくなった。
しばらく上を向いていた。

「今日は一段と凄いなぁ……」
鯰尾も呟く。

鯰尾は里山を指さした。
「あの山、山伏さんとか、山姥切さんが結構手を入れて下さって。秋になると、栗が拾えるんですよ」

「川とかあって、釣りもできるし、野兎がいたりして、たまに狩って鍋を――ってあれ」

鯰尾が見ると、立ち止まっていた三日月がのろのろと駆け出していた。

「ええ?」
――走る!?三日月さんが?
鯰尾は急いで後を追った。速くはないが、いきなり駆け出すとは。

「あはっはっは」
三日月は実に楽しそうだ。
「もう、何やって……」
鯰尾は追いついて、三日月の袖をつかんだ。
「おや。捕まったか」
「いきなり走らないで下さい」
「あはっはは。すまぬ……ふう」
三日月が息を整えた。

「ふむ。少し疲れた」
「そうですか。……、じゃあ、そこに座りましょう」
鯰尾はやれやれ、手間のかかるおじいちゃんだ、と思いながら近くの木を指さす。
「あいわかった」
木の根元にはちょうど背の低い雑草が生えている。
三日月は腰を下ろして、ふむ。と呟きそのままころりと横になった。
そのままもう一回転。
「はっはっは。これは心地よい」
「服が汚れますよ!ああ、もう」
鯰尾が言うと、三日月は笑ってまた少し転がった。

鯰尾は三日月の隣に腰を下ろして、明かり……行燈を消した。これは中身は電灯が入っている。
動かないなら、明かりが無くても大して変わらない。

「はぁ。……静かですねー。夏は蛍が見られるんですよ」
鯰尾は呟いた。
三日月はよっこらせ、と身を起こす。鯰尾は手伝った。

木の下に移動して座り、星空を見上げた。
星が綺麗だった。

「こんな場所があるのだな」
三日月が言った。何だか子供みたいに目を輝かせている。
鯰尾もその感覚には覚えがあった。
「俺も非番の時は良くこっちに来ますよ。本丸は広いけど、たまに狭いなぁって思うこともあるし。川があって釣りも出来るんですよ。変なきのこもあったりして。あ、山に生えてるきのこは食べたら駄目ですよ。毒がなくてもヤバイ事になりますから!」

「もしや。食べたのか?」
三日月が言った。
「あはは。……ちょっとですけど。手入れ部屋に担ぎ込まれました!」
鯰尾は言った。初めて山に入って、美味しそうだと思って。思いっきり吐いた。
今思えば……毒のないもので本当に良かった。
「毒きのことか本当に危ないですからね。三日月さんは食べちゃ駄目ですよ?」
「わかった。気を付けよう」
三日月は笑って頷いた。
素直な反応に鯰尾は微笑んだ。
「また夏になったら、川遊びでもしましょう。釣りもしたいなー。骨喰も上手いんですよ。三日月さんはどうかな」
「釣りか。それは楽しみだなぁ……俺もやっていいのか?」
三日月が微笑む。
「もちろんです。折角顕現したんですし、……色々な事が出来ると良いですね」
鯰尾は言った。

「もし、どちらかが折れても、あっ。いえすみません、縁起でもないですね」
鯰尾は苦笑した。

(どちらかが折れても、思い出があればきっと……?生きていける)

それこそ縁起でもない。
「どうかしたのか?」
「いえ、思い出があれば、きっと……なんて縁起でもないですよね」
三日月が聞いてきたので、鯰尾は呟きそっぽを向いた。

三日月が微笑んだので、鯰尾は見返した。
「そうだな。縁起でもない。――が、形ある物はいつか壊れる。俺も、鯰尾も」
三日月は言い切った。

「だが……心配は無用だ。おぬしが折れたら、俺もすぐに後を追う故」
三日月の指が、鯰尾の頰、目元をそっとなぞる。輪郭を確かめるように。
薄暗がりの中で目が合った。
「俺が死んだらおぬしも後を追ってくれぬか。……賽の河原で再び逢おう」
三日月に見つめられて、鯰尾は動けなくなった。

冗談かと思ったが、暗い中だと三日月の表情はあまり良く分からない。
三日月よりは相手の姿が見えていると思うのだが……瞳の中のうちのけだけが光って見える。
鯰尾は三日月がどんな気持ちでそう言ったのか、読み取ることが出来なかった。

それでも。

「……いいんですか?」
口をついて出たのはそんな言葉だった。

三日月はふっと笑った。鯰尾を見つめる。
「ああ。いいぞ。迷うなら、いくらでも待とう。だが、俺は鯰尾の後を追うし、鯰尾もいつかは、俺の後を追うだろう?ならばこうして、契りを交わしておくのも一興」

手を引かれて、そのまま三日月の腕にすっぽりと包まれる。
三日月は、鯰尾の頭をゆっくり撫でた。

「その時が来たら。共に行こう」
「一緒に、……死んじゃうんですか?」
「うん」
三日月の手のひらは暖かい。

(この刀は……どうしてこんなに、俺の事を好きなんだろう……)

一緒に死のう。
一人にしない。後を追う。
そういう事を、ここまであっさり言うとは。
三日月を見ていると、恥ずかしがり屋で正直なひとだなぁと思う。
だから嘘じゃ無いんだろう。本気で……?

鯰尾は三日月の着物を掴んだ。
――俺はそんな、三日月さんが、何かしたいと思う様な、大層なモノじゃない。
――折れても代わりの効く、ただの脇差だ。
――いつか強敵と出会い、あっさり折れてしまうかもしれない、先鋒の脇差なのに。

「一人で逝くのはつらいだろう。じじいでよければ、ついていこう」
よしよし、と三日月が微笑む。

俺はどうして、三日月さんを好きになったんだろう。
差し出された手があまりに力強くて。まだ、すがっているだけなのだろうか。

鯰尾はあっ、と思った。
「ひでよし……?」
「?」
ひょっとして、どこか似ているのだろうか?

「いやそんな訳無いか。……太閤もおじいちゃんだったなぁって」
鯰尾は苦笑した。
三日月は首を傾げた。

「……戻りましょうか」
泣きたくなって、呟いた。

三日月は鯰尾の目を見て、もう一度抱きしめた。

「それは少々もったい無いな」
「え?」

「このまま……抱いてもいいか?」
「え、いや、え?」
微笑まれて、鯰尾は襟元を押さえた。思いっきり出陣服だし――そういうつもりじゃ無いと言うつもりでキッチリ出陣服にしたんだけど!

「いや、そういうつもりじゃ」
「……ははは、本当にそうか?」
三日月が笑う。

「いや、本当に……」
鯰尾はそわそわした。地面を確認してしまう自分が憎い。
「丁度草も茂っているし、上手くすればできそうだなぁ、と思わんか?俺は思ったぞ」
三日月は草を手で触った。

「風も無いし、ちょうど良い季候だ」
「――いえ、だからですね、出陣服」
「べんりな行燈もある。虫除けの機械もある」
「いや、それは――」

正直に言うと、行灯じゃなくても、懐中電灯でも良かった。
あえて持って来た虫除けの機械はとても高性能で、羽虫の一匹もいない。
「……」
鯰尾は口の中でもごもごと言い訳を呟いた。
「……ちょっとだけなら、って思わなかったわけじゃ無いですけど」

「出陣服を脱がして欲しいと?」
三日月が四つん這いで、鯰尾に近づいてくる。
「――だっぁ、違うっ~~~……んっ」
違わない辺り、完全に把握されている。そして捕まり、口を塞がれた。
背後は木で、ああ固くて痛いなと思いながら目を閉じた。

すぐにはなれてしまって、物足りない感じがした。
「……布団が良かった」
鯰尾は呟いた。
「着物を広げよう」
三日月は帯を器用に外し、袴を緩め、狩衣を脱いで木の下に敷いてしまった。鯰尾の手を引いてそちらに導く。
洗濯当番が怒るなぁと思ったのだが、手入れすれば戻る。

「本当に、外でなんて、これっきりですからね……」
三日月の着物の上に向かいあって座り、鯰尾は念を押した。強く言えないあたりが忌々しい。
外でまぐわえばカウントされないのでは?という気持ちも少しあった。
「……」
三日月は肩を震わせ、笑いを堪えているようだ。
鯰尾はもう、等と言いながら甲冑を外した。三日月は襦袢も脱いでいるから上半身裸だし、本体は横に置いてあるし、帯を抜いた後の袴の紐は適当に結ばれている。

三日月の体は数回見たけど、やはり逞しいというか立派で、整っていて……。目の毒だ。
「調子狂うったら無いよな」
「鯰尾」

あっさり引き寄せられて、唇が重なった。
「ん」
そのままゆっくりなし崩しになる。三日月は鯰尾の背中に手を入れて、痛くないようにそっと横たえた。
どきどきと胸が高鳴っている。
「ん……」
接吻の間ずっと、ものすごく悪い事をしている気分だった。三日月はまだ服に手を掛けていない。
脱がされるのだと思って、手のやり場に困った。
とりあえず体の横に手を置く。それだけの動作にかなりの勇気が必要だった。本体を差したたままだったと気が付いて、手を掛けようとした。
「危ないぞ」
三日月が鯰尾の手を留めて、結び帯をいじる。
「これはどうなっている?」
しかし解けなかったらしい。鯰尾は解いて、三日月に渡した。
「置いといて下さい」
三日月はすぐ脇に置いた。

たどたどしい手つきで、出陣服のボタンが外されていく。
三日月さんってボタンが外せたんだ、と感心した。
「あ、そこ、先に取って下さい」
教えながら脱がして貰うのは予想以上に恥ずかしくて、鯰尾は死にたくなった。
上着のベルトを全て外されて、今度は――シャツ?

「ぁ」
三日月が人差し指で足の間をなぞった。
「もうきつそうだなぁ」
鯰尾は頰を染めて唸るしか無かった。どうせ三日月には良く見えない。
「そこはまだやめて」
「あいわかった」
分かっちゃうんだ?と思ったが今も後も変わらないのだろう。
股間に緩く手が添えられている。
そのまま三日月は覆い被さって鯰尾の首筋の匂いを嗅いで、あごの裏を舐めた。
足の間には膝が割り込んできていて、希に当たったり、くりくりと押されるときがあって、鯰尾は感じてしまい、足を少し曲げた。――そういえば靴を脱いでいない。
三日月がネクタイを引っ張っている。首が絞まって鯰尾は焦った。
「ぐ、し、絞めないで、逆に引くんです、あ、靴」
三日月は鯰尾の靴を抜いて、鯰尾はもう止めたくなった。なんでこんな事してるんだろう。頭がおかしくなったというか、おかしかった。
四苦八苦されて、ネクタイが外れた。
「おお。よし」
「こんな調子じゃ、夜が明けますよ」
「すまんな」
三日月が鯰尾の頭を浮かせ髪紐を引っ張ったので、鯰尾はぎょっとして腕を曲げた。
三日月は鯰尾の髪をほどいてしまった。
「いえ……」
その後、三日月はシャツのボタンを外していって、ようやく素肌がさらされた。
じろじろと見られる。

「……」
あまりの恥ずかしさに、言葉が出てこない。こんな格好は真剣必殺くらいでしかしない。
しかもこちらは三日月うちのけの光になれたせいで、三日月の表情が結構見える。
鯰尾に欲情していますというような。
三日月は嬉しそうに胸の突起を掴んだ。

「ひゃっ!」
意外と強くて思わず声が漏れた。喘ぎ声は控え目に男らしく、と心がけているけど、ちゃんとできているのは多分いつも最初だけだ。
三日月は胸の突起を強く押しつぶした。
初めはくすぐったさが勝っていたが、十も二十も押されれば、さすがに芯を持ち始めて、両方ともぴんと立ち上がり、心地よくなってきて、呼吸が深くなる。
「――ぁ」
三日月がやさしく幾度もこねると声が漏れた。円を描くように触れられては。声を抑える為には足を動かすしかない。それを待っていたように三日月が首筋に舌を這わせる。
「ひゃっ!」
たまらずに声を上げた。乳首にこんなしっかり触られた事はない。
三日月は楽しげにもてあそぶ。
――そういえばこれで三度目?まだ三度目だ。
以前風呂で体を重ねたときは、入れなかったんだっけ?そう思えばかなり少ない。

断っているのは自分の方だけど、もしかしたら三日月はだいぶ加減しているのかもしれない。

「っ……ぁ」
力が抜けていく。三日月の舌が首筋を舐め、胸を舐めて、感じてしまって、声も出せない。
とどめで、口の中に舌が入ってきた。
口蓋に何度も擦り付けるように。頰の内側を舐められて、唾液を吸われてちゅく、という音がした。体が少し持ち上がって、上着を脱がされた。腕から袖が抜かれる。鯰尾は腕を伸ばしたり曲げたりして脱がしやすいようにした。
「これくらいはちゃんと手伝いますよ」
鯰尾は微笑んだ。
「……」
返答は無く、接吻された。
「そろそろ、こちらがキツイか?」
「きついです」
鯰尾は正直に言った。鯰尾のそこは張り詰めている。
「一度だけやって、早く帰りましょう。そうしたら後、また出来るかも……」
「そうだな。それもいいが」
鯰尾を見下ろし、三日月は微笑んだ。

「ひとまず――このくらいにしておこう」
三日月はベルトを緩め、ファスナーをめいっぱい下げて、鯰尾の前をくつろげると、鯰尾の中心に手を添えた。
揺り動かされて顔を出す。
「えっ」
このくらいって何?そう思っている間に扱かれ高められていく。

「あっ、ちょ、あ、あっ――」

ある程度高まってきたところで、三日月は手を止めた。
「……あっ……」

「やはり、ひとまず戻ろう」
「……?……戻るって、これでですか?」
止められて半起ちに戻ってしまった。つらすぎるというか、しんどいというか。
鯰尾は起き上がった。
「こ……ここまで来てやめるんですか?」
思わずそういう言葉が出た。ずり下がるシャツを押さえた。
三日月はうろたえた。
「ち、……違う。ここでこのまま抱いたら、俺だけでは着付けができぬから、下手すれば戻れなくなる……と思うのだが……」

「確かに」
鯰尾は即座に納得してしまった。勢いよく脱いだ三日月、鯰尾の上着、着物の帯。……そんな気はしていた。
むちゃくちゃ恥ずかしくなって、とりあえずあそこをしまってズボンを直した。
「俺とて、こんな機会を逃したくは無い。だが、だが……、万が一、お主のあられも無い姿を誰かに見られたらと思うとつらい」
「分かった、分かりましたから!俺が悪かったです……」
鯰尾は頬を染めた。
「すまん」

「……とりあえず、二人とも服着ましょうか」

服を着直すのに思いの外時間が掛かって、確かにやめて良かったという気になった。
三日月は自分で支度が出来ない。ボタンも外すことはできても上手く留められないらしい。
着付けの最中鯰尾は、三日月が自分の緊張をくみ取ったのかもしれない……、と思った。

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何事も無かったかのように、鯰尾は三日月を連れて戻った。

「お帰り、早かったな」
主に言われて赤面した。
「そりゃ星を見ただけですから。すごく綺麗でしたよ」
鯰尾が覚えているのは星よりも、三日月のうちのけと、息づかいと濡れた舌の感触なのだが……。

鯰尾はもしかして、自分は閨事にものすごく疎いのではないか?という気分になった。
いや、骨喰に聞いた程度で詳しい訳は無いのだが……。
それを差し引いても、三日月はかなり手加減しているような気がする。
初めての時は大変だったが、それからは前後不覚になるほどちゃんと抱かれてはいない。
これでいいんだろうか。
骨喰は毎晩のように激しくいちゃいちゃしているらしい。何回やったとか、どういう体位だったとか。
前からとか後ろからとか、舐めたとか舐められたとか、聞いているだけですごい。
骨喰と鶴丸は一緒に良く出かけて、外でも堂々と手を繋いだりしている。
一方の自分は一人で恥ずかしがってばかりいて、かと思えば忙しくて、中々一緒にいられなくて……少し焦っていた。
鯰尾は主にも分からない程度の、小さなため息をついた。

「主さん。今日はありがとう御座いました。じゃあ、おやすみなさい」
「おやすみ」
主が手を振った。

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考えながら気がついた時には、三日月の部屋の前だった。

「俺って、色気無いですよね」
鯰尾はそういう結論に達した。

「?!……」
いきなり言われて三日月が驚いている。
「いや、そんなことは……」
「ちょっと相談しましょう。あ、眠いですか?」
「眠いが、少しなら」
「すみません。着替えましょう。湯浴みは朝でいいか。――しまった着替えが無い。骨喰に借りようかな。あ。おじゃまか。三日月さんの借りようかな。あるかな。三日月さん、着替えながら聞いて下さい」
鯰尾は三日月の背を押した。
「う、うむ?」

部屋に押し込まれ、三日月は着替え始めた。

鯰尾は正座した。
「俺、近頃、三日月さんの事、好きになった気がしてて。……あ、嫌がってたわけじゃ無いです。むしろノリノリでしたから。たぶん好きなんだと思うんですよ……」
鯰尾はぼおっとしながら言葉を紡いだ。

三日月は横で寝間着に着替えていて、鯰尾は卓袱台の上を見ていた。

「でも、なんというか、今はまだ俺自身、近侍っていう役割に囚われているところがあって……皆の前でイチャイチャとかできないし、任務を優先しないととか、仕事に影響が出ないようにとか……色々考えちゃうんですよ」
三日月は頷いた。
「近侍は忙しいからなぁ」

「ええ。もう――いっそ結婚して、二人でどこかに行けたらいいのに。って、人でも無いのにそんな事考えちゃったり。あ、思ったの今ですけど。自分の部屋でも落ち着かないし、じゃあどこなら、って考えて、星空の下とかよく分からないこと考えて。ああ、これが恋なのかって思ったり、訳が分からなくなったり、俺は脇差で体も小さくて、閨事にもちょっと疎いから、三日月さんが大変じゃないかとか、気をつかってもらって悪いとか、本当は抱かれるのが恐いから、三日月さんに色々我が儘言ってるんじゃないかとか……本当に色々考えちゃって」

「……どうしたらいいと思います?」
鯰尾は三日月を見た。
三日月はそうだなぁ、と言って正座した。
「先程はお主があまりくつろげていないようだったので、やめてしまったが……。俺が悪かった。あいすまぬ」
三日月は頭を下げた。

「確かに、お主の体を傷付けたくないと思って加減していたのだが……それは嫌か?むしろ存分に抱いた方が良いのか?」
三日月が真顔で言うので、鯰尾はぞっとした。
「いえっ、手加減なしだと大変な事になりそうなので……少しはお願いします!」
「……わかった。ではそうしよう」
おっとりと、たぶん鯰尾に気を使って微笑む三日月が優しくて、泣きそうになった。

もう三日月が綺麗過ぎて、胸が締め付けられて、どうしようもない気持ちだ。
先程本音を語って、喉がカラカラになっていたが、声を絞り出した。
「すき、……ちゃんと、すきなんです」

鯰尾は三日月を見た。すこし視界がぼやける。
三日月はあまりに綺麗で……。時折恐い。
鯰尾は首を振った。

「好きです。でも、三日月さんが何を思ってるのか、分からなくて。俺のどこがいいって、ぜんぶいいって言ったじゃないですか。でも俺はそんなに、良いところも無いし、不器用だし、がさつで脳筋だし、嘘つきだし、そんなに、立派じゃないんです」

既に体を重ねた分際で何を言っているのかと思うが……。
思いも寄らない場所や、敏感な触れられる事、内側を暴かれるのだって、まだ恐い。
痛みも凄かったし、体の中で三日月のものが暴れ回るのが恐い。
気持ち良すぎて怖い。
三日月の与える刺激は、強すぎて、鯰尾の中の何かを揺り動かす。
今まで抑えられていたものが、抑えられなくなって。
どんどん我が儘になっていきそうで。
――全てを捨ててしまいそうで。

このひとがいなければ、生きていけない。
たぶん三日月が自分にとっての『そういう刀』だと分かってしまった。

三日月がいると景色が違う。今まで何を見ていたんだろう、というくらい。
三日月は綺麗だった。

「俺は弱いんです。本当は、恐がりで、そう言って、同情を引こうとする最低なヤツなんです!」
三日月に振り向いて貰いたい。
なのに、何もできない。そっけなくする事しか。
そんなに弱くないはずなのに、どうすればいいのか分からなくて、弱いふりをして構って貰おうとする事しかできない。
三日月を想って自分を触ったこともあるのに。
もっと触れて欲しいと思っているのに。浅ましくて最低だ。

「――そんなことは、どうでもいい」

「……えっ?」
低い声に鯰尾が顔を上げると、三日月はふと目を伏せた。
「いや、どうでも良いというのは、語弊があるな……。俺はそなたが好きだ。いっそ、壊したいほどにな。だがそれでは、そなたは泣いてしまう。それが嫌なゆえ、手放しているにすぎんのだ」

「――鯰尾。俺は、おぬしがとても恐い。あまりに可愛すぎて何事かと思う。直視出来ない。皆の前でいちゃいちゃなど、とてもできん……」

三日月が鯰尾の手に触れた。

「……こうして、会話し、手を取り合えればそれで十分だ。娶りたいなどと、抱きたいなどと……勝手を言ってすまなかった。……ね、ねやごとも……、ゆっくりで構わん。俺はいくらでも加減するし、教えるし、お主が慣れるまで待つつもりだ」
三日月が微笑む。

「……そんな、だって、つらくないですか?」
三日月は『男』なのだから。

……鯰尾も顕現して、自慰を覚えた頃は性欲を押さえられなかった。
体が未熟で体力もないから、加減できていたに過ぎない。

なのに、鯰尾が足踏みしているから、立ち止まっているなら、自分も立ち止まる……?
周りを見ても、誰もそんなことしていないと思う。

三日月は苦笑した。
「まあ、俺はじじいだからな」
「――」
鯰尾は初めて三日月を尊敬した。
ああ、敵わない、と思った。
――たぶん今、三日月さんをきらきらした目で見ている。
そしてあっさり落とされた自分に呆れた。

この太刀はずるくて頭がいい。鯰尾の希望を叶える事で、鯰尾が落ちると分かっている。
そのためなら少しは我慢が利くのだろう。
実際はだいぶやせ我慢しているのかもしれないけど。
抱くことを覚える前に抱かれてしまったせいか、相手を抱きたい、犯したいという衝動が鯰尾には良く分からない。

でも三日月には、たぶん自分をうまく調伏する力がある。
鯰尾は誰を見ても何も感じなかったのに。気になって仕方が無い。
――厳しく値踏しても悪くない相手だ。練度が上がりきったら敵わなくなるだろう。

三日月が無理をしているとしても――。
(いや、無理させちゃ駄目だ)
鯰尾は首を振った。三日月に甘えてはいけない。
三日月は自分にべた惚れだから歩み寄ってくれているんだろう。

「本当ですか?」
「本当とは?」
「その、結婚しなくてもいいんですか?三日月さん、俺を娶りたいって」
「ああ。だがまあ、俺達は今の主に仕える身だ。主の意に反する事をする必要はなかろう」
「確かに」
鯰尾は頷いた。そこは変えられない。

「まあ、そうですよね。俺は受けるつもりでいたんですけど、やっぱり現実的に無理かなって……。要するにそれだけなんですよ」
「そういうことだな。仕方無い事だ」
三日月は微笑んで頷いた。

鯰尾は『俺はそこを悩んで、気分が乗らなかったんだろうなぁ』と思った。
三日月にはそれが分かっていたのだろう。
分かっていたかどうかなんて分からないけど、三日月はこうして分かってくれた。

「いやー。本当そこ、悩んじゃって、集中出来なかったんですねー。俺もすみませんでした。やっぱり外ではハードル高いや」
鯰尾は苦笑した。

「三日月さんって、やっぱりすごいですね!」
「……」
三日月は戸惑っているようだ。

「三日月さんは凄いです。俺、そういう所好きです。大好きです。その……きちんとした関係じゃなくても……、……ずっと側にいても良いですか?」
もしょもしょと言うと、三日月が笑った。
「ああ。いいぞ。膝の上に来るか?」
三日月は手を伸ばしてきたが、鯰尾は気恥ずかしくなって時計を見た。
「――あ。もうこんな時間だ。とりあえず、今日は……、久しぶりに、一緒に寝てもいいですか」

「もちろんいいぞ」
三日月はニコニコと笑って頷いた。
三日月が嬉しそうで、鯰尾はほっとした。

「あ、寝る前に厠に行きましょうか?ああ、そうだ歯も磨かないと。お腹空いてないですか?――て、繋いでも……良いですか?」

鯰尾は三日月の手を引き、立ち上がった。

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そうして、こうなる。
だんだん自分の行動パターンが読めてきた。

「三日月さん……気持ち良いですか……?」
鯰尾は大人しく三日月の布団に収まっていたのだが、やはり申し訳無くなった。
少し寂しくもなった。
それで言ったのだ。
『ねえ、触っても良いですか?』と。
三日月が良いというので、なら触り合いすればいいのではないか、と思った。
『さわり合いっこしましょうよ』
そう言ったら、三日月がなんともいえない表情をしたのが面白かった。

ひとつの布団の中、横になって向き合う。着物の隙間から手を入れる。
三日月の手が鯰尾を高めていく。鯰尾の手に三日月の様子が伝わる。
お互いにふれあって、ものすごく気持ち良い。

「んっ……」
三日月が喘ぎ混じりの吐息を吐く。

三日月の指が鯰尾の先端に触れる。
くちくちと親指、人指し指で焦らされる。
「う、イきそう……っぁ、ぁっ……ん……」
鯰尾は体を動かした。解いた髪が乱れて邪魔だ。

「あっ、……そこ、うわ、だめ……です、三日月さんっ……もうっ」

鯰尾は両手を使って手を止めないようにしているのだが、形勢不利だ。
鯰尾の手つきはぎこちなく、止まりがちだ。鯰尾の愛撫もどきを受けて三日月も喘ぎ、高ぶっているが、すぐに達する程では無い。
「ぁっ……はぁっあ……んんっ」
対する鯰尾は率先して責められて、身をよじって、気持ち良さに声を上げ、既に涙も流している。
体格差もあるのだから仕方無い。そう思うけど、力が強くて容赦無い。
「うぁ……ぁっ……ぁあ、あっ!」
「くちを吸ってもよいか?」
鯰尾は顔を上げて唇を寄せた。

舌を絡め合って、とにかく高め合う。
いきなり三日月が覆い被さって、鯰尾の耳のあたりに手を置いて、頭を掴んで固定した。
舌を深く突っ込まれて、腰が跳ねる。

「――っ」
(ここで怖がってちゃだめだ)
(俺のどこを使っても良いですから、気持ち良くなって下さい――)
(……、一緒になれなくて、ごめんなさい)

鯰尾は三日月に全てを委ねた。

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鯰尾は夢の中で激しく三日月とまぐわっていた。

三日月がしゃぶれと言えばしゃぶるし、中に出したいと言えばいくらでも。
奥を突きたいというならそれでいいし、四つん這いになれと言われればそうする。

「鯰尾、そろそろ……」
「んっ!?」
挿入か、と思って覚醒すると、朝だった。

「――……」
頭がぼんやりとしている。起きたのか……?
鯰尾は意識をハッキリさせようと瞬きを繰り返した。
頭の奥が重たくて、体も動かない。
三日月が隣にいて鯰尾の手を握っているのは分かる。

鯰尾はなんとか身を起こした。
昨晩どうなったかとか、そういう事は分からなかった。
全く覚えが無い。

「……あれ、俺……?」
鯰尾は頭を抑えた。髪が乱れてぼさぼさになっている。顔の半分が隠れるくらいだ。
寝間着は乱れ、腕に引っかかっていない。帯は解けていなかったが、下着は無いし、上半身はほぼ露出している。布団の下はきっと大惨事だ。尻に違和感がないので抱かれてはいない?
「おお……やっと起きたか。おぬしは気をやった後、すぐに寝てしまった」
起き上がった三日月も鯰尾と似たようなものだった。髪はぼさぼさだし、寝間着は役割を果たしていない。
「まあ俺もだが……」
三日月の声はかすれている。
こんなに乱れた姿は中々見られない。鯰尾は吃驚した。

「けさ、今剣が起こしに来たのだが、遠慮してもらった」
三日月が寝間着を着直しながら言った。
「はぁ」
鯰尾は乱れた髪を正しい位置に振り分けながら、三日月の言葉を聞いて――。

「え゛」
固まった。

今なんて言った?今剣が起こしに来た?!けさ?

「ちょ、え?いま何時!?」
鯰尾は布団の上でわたわたと手を動かした。枕元、あるはずの場所に目覚ましが無い。
「時計か?目覚まし時計ならそちらだぞ」
三日月は反対側を指さした。
がしっと目覚ましを鷲づかみにして見ると、午前十一時を回ったところだった。

〈おわり〉
 
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