79こ目;愛しきショコラ・おかえし
当初書く予定ではなかったのですが、「なにを返したのかな~」と気になってしまい、
つい書き始めたら1本の話になっておりました。
ふわふわぽかぽかな短いお話です。
↑初公開時キャプション↑
2023/03/14初公開
https://pictbland.net/users/series/kazanet-tk/%E5%83%95%EF%BC%8B%E5%90%9B%E2%86%92Waltz%EF%BC%81
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混雑する催事場の端、壁際に設置された案内板の前に健太は立っていた。そこに並ぶ見たことのあるブランド名と、人の行き交う様子を交互に眺めて腕を組む。やはり、普段とは違って男性の姿が目立つ。彼らは、あちこちの店の展示品を眺めながら、じっくり内容を吟味しているようだ。そうだろう、中には義理に対するものもあるだろうが、主な目的は好きな人に対する“お返し”のはずだ。それは悩んで当然だと思う。しかも、聞いたところによると、ホワイトデーのお返しに選ぶ菓子には意味があるという。健太も一応調べてみたのだが、あまりに細かくて覚えきれず、途中で諦めた。
いや、まずは現物を見てみないと、と人混みの中に踏み込む決心をする。まず目に入ったのは小さな花で飾られたピンク色の可愛らしいケーキだった。しかし、冬矢がケーキを焼くと宣言していた。どんなケーキかは聞いていないが、ジャンルで被るのはよろしくないだろう。
キャンディにマシュマロあたりの定番が並ぶケースの間をうろうろしながら、頭の中がぐるぐるしてくるのを感じる。万が一「友達のままで」みたいな意味の菓子を渡してがっかりされたらどうしよう、と思うと、迷ってしまって決められない。今までそんなことを考えたりはしなかったのに。
けれど。
ふとケースの上に置かれたウサギの形のチョコレートを見た瞬間、はっとした。
「……蒼生がオレからもらって喜ばないわけねえじゃん。意味なんて考える必要あるか……?」
小さく口の中で呟いた言葉は、それ以上ない真実だ。そうだ。3人だけの初めての、という肩書きに振り回される必要はない。「蒼生が喜んでくれるもの」。大切なのはそれだけだ。
「考え込むのはオレらしくないや。……すみません! このウサギのやつください!」
「ありがとうございます。ホワイトデー用ですか?」
「はい!」
サンプルとして置かれた、立体的な3色のウサギが、まっすぐな瞳で健太を見上げている。きっと蒼生は喜ぶ。
心が決まってしまえば、あとは衝動の赴くままだ。様々な味のトリュフチョコレートも、紅茶のチョコレートも。大丈夫、賞味期限はきちんと見ている。
ホワイトデー当日の朝。いつも通り、健太はふたりが眠っているうちにランニングに出かけた。その間もずっとそわそわしてしまって落ち着かなかったので、短めのコースを選ぶことにした。
帰って静かにシャワーを浴び、そっと寝室のドアを開けると、目覚めていたのは冬矢だけだ。蒼生は冬矢に寄り添うようにすやすやと眠っており、冬矢はそれを穏やかな表情で見下ろしている。
「おかえり。おはよう」
「ただいま、おはよう。……まだ寝てるね」
「ああ。可愛いよ」
「うん。可愛いなぁ……」
小声で言葉を交わすと、健太は音を立てないようにベッドに上った。そっと這い寄り覗き込むと、蒼生はとても気持ちよさそうに寝ていた。肩が呼吸に合わせて上下するのが愛おしい。思わず手を伸ばしても冬矢が何も言わなかったのは、冬矢も早く蒼生に起きてほしかったのだろう。
頬に触れると、蒼生は確かめるようにその手に擦り寄った。そしてすぐ、健太だとわかったのだろうか、眠ったままふにゃりと笑い、健太のほうに体を向けようとする。あまりの可愛さに健太が突っ伏し、冬矢がやきもちを妬いて蒼生を引き寄せる。
そこで蒼生も目が覚めたようだ。ぽかりと目を開き、冬矢に抱き締められ、健太ににこにこ見つめられている状態に気が付くと、嬉しそうに笑った。
「おはよう、健ちゃん、冬矢」
「蒼生おはよ」
「おはよう」
健太がリモコンに手を伸ばし、寝室の電気を付ける。眩しそうにした蒼生がいたずらっぽく冬矢の腕の下に潜った。可愛い。こもった忍び笑いが聞こえる。部屋が明るくなったのは、決して電気の力だけではない。蒼生が笑っているからだ。ふたりは深く納得した。
朝食の後、冬矢はすぐにキッチンに向かう。本格的にやりたいと気合いの入った冬矢は、昨日から準備を始めていたようだ。
キッチンの入り口脇から蒼生が申し訳のなさそうな顔で覗き込む。
「ごめんね、冬矢。こんなに手間がかかることだとは思わなくて」
「いや、せっかくだから俺が一からやってみたいと思っただけ。蒼生は、ただ楽しみに待っていて」
「だけど、冬矢がひとりで頑張ってるのに何もしないのは心苦しいよ」
冬矢はふっと笑い、蒼生の頬に手を寄せた。
「だーめ。バレンタインデーの時は蒼生がひとりでやったんだから。今日は俺の番」
「……追い出したこと根に持ってる……」
「あはは、そうじゃないよ」
拗ねた顔が可愛らしくて、冬矢はその尖らせた唇にキスをする。
「ひぇ」
「ちゃんと待ってて。ね。健太、蒼生を掴まえておいてくれ」
「お! 了解~」
キッチンに入りたそうな蒼生をにこにこ見つめていた健太は、突然呼ばれてソファから勢いよく立ち上がる。それは願ってもない依頼だ。その勢いのまま、立ち尽くしている蒼生をがばっと抱き締めた。
「それじゃ、連行しまーす」
言いながら、ずるずると引っ張っていく。初めは驚いていたようだが、腕の中で蒼生がくすくすと笑うのが可愛くて可愛くて仕方がない。冬矢の許可も得たことだし、遠慮なく蒼生ごとソファに倒れ込んだ。下敷きになった蒼生は、やはり楽しそうに健太の背に手を伸ばす。
「あー、捕まったぁ」
「もう離さないぞ」
「あはははっ」
健太がぎゅうっと手に力を入れると、背中に回された蒼生の手も同様に強くなる。自分と同じように、蒼生も健太のことを離したくないと思ってくれているのだろうと思うと、嬉しさで爆発しそうだ。
「さ、さすがにちょっと苦しいよ、健ちゃん」
「こら、蒼生を潰すなよ」
胸の下とキッチンからクレームが届く。だが、舞い上がっているのでそれすら楽しく聞こえる。実際、ふたりも本気で言っているわけではないのだ。
「じゃあこっちに移動する」
テンションに任せて体をずらし、蒼生の首筋に顔をうずめる。おさまりが良くて、心地いい。
「そっちもくすぐったいよぉ」
「やだよ、離さないって言っただろ」
「あ、そうだった」
そこで納得するのかあ、とますます愛しさが増す。可愛いと嬉しいと幸せ、で頭がいっぱいになる。もっと笑ってほしい。喜んでほしい。
健太はぱっと顔を上げた。急に健太が首元から離れたので、蒼生がぱちくりと目を見開く。
「なあ冬矢、それってどのくらいかかる?」
「まだかかるよ。夕飯のあとのデザートだと思ってもらったほうがいいかな」
「そっか、じゃあオレが先に出しても?」
「なるほど。そうだな、間を開けるのもよさそうだ」
我ながらいい案だと健太は思う。一度に2つも嬉しいだろうが、2回嬉しいというのもきっと喜んでくれるはずだ。見下ろすと、蒼生はそわそわと視線をさまよわせている。期待してくれているのだろう。
「蒼生、ちょっと中断。離れるね」
「うん」
健太の体温が気持ちよくて安心しきっていた蒼生は、健太の体が離れた瞬間にひやっとした空気を感じて、少し寂しさを覚えた。だが、健太が大急ぎで廊下に出て行ったのを見て気を取り直すと、起き上がってその場で膝を抱える。案の定、健太はバタバタした足音を途切れさせることもなく戻って来た。その手には、白地に黄色い線が印刷された紙袋がある。
「はいっ! これ、お返し! 大好きの気持ちを込めて!」
「ありがと……えっ」
どさり、と蒼生の両手に重量がかかる。思っていたよりだいぶ重い。びっくりした顔の蒼生を見て、健太は嬉しくなる。
「中、見てみて」
「う、うん」
蒼生は袋の中を覗き込み、まん丸い目のまま中身をそっと取り出す。金色のリボンがかかった細長い箱。繊細な花の絵がちりばめられた楕円の箱。平べったい茶色の缶。厚みのあるチェック柄の箱。ウサギがこちらを向いた絵が描かれた小さな箱。
「えっ、こんなにいっぱい?」
「そうだよ!」
「わ……ありがとう」
全部をソファの前のローテーブルに並べ、端から端まで眺める。箱だけでも圧巻だ。
キッチンからカウンター越しにそれを見た冬矢も目を瞠る。
「ずいぶんと奮発したな」
「まあね!」
「えと、開けてみていい?」
「ぜひぜひ!」
少し手が空いたらしい冬矢は、興味深げにキッチンから出てきてテーブルを見下ろす。近くで見ると、その量はなかなかのものだ。バレンタインの時に押しとどめておいてよかったと改めて思う。おそらく、蒼生に喜んでもらいたい一心で選びきれなかったのだろう。
蒼生は、一番左側の箱から封を開けていく。
「わあ、生チョコとトリュフチョコだ。こっちは、花とか葉っぱの形のチョコレートだね、綺麗! この個包装のは?」
「紅茶味のチョコだって」
「紅茶? 嬉しい、美味しそう。わ、これはすごい、丸いのと四角いのと、いろんな色。それからこの箱が、……わあ」
手の上に、箱に収まったウサギが3羽、ちょこんとこちらを見上げている。茶色の濃いものからだんだん薄くなるグラデーションで、同じ表情のはずなのに、色によって少々変わって見える気がした。
「えっ、かわ……。すごく細かくて、今にも動き出しそう。どうしよう、健ちゃん、これ、食べるのもったいなくなっちゃう」
きらきらと目を輝かせ、蒼生はチョコレートのウサギを掲げて眺める。その姿を見ると、健太は胸が熱くなって、蒼生への想いが溢れて止まらなくなりそうになる。蒼生が喜んでくれた。やっぱり、喜んでくれた。頭の中はそれでいっぱいだ。
「あー、よかったぁ。蒼生、オレにもちょうだいね」
「もちろん!」
その蒼生と健太のやり取りに、冬矢は机の上に落としていた視線を上げた。
「自分の分もあるのか? 全部蒼生のものだろ」
不思議そうな問いかけに、健太は即座に「うん」と頷く。
「そうだよ。蒼生の。だから、蒼生にちょうだい、なんだ」
「嬉しい。一緒に美味しいの食べられるね」
「3人だもんな、このくらいないと」
「うん、うん!」
蒼生は今までのバレンタインデーやホワイトデーもずっと嬉しかった。自分で大好きなふたりのために用意をするのも楽しかったし、そのふたりから貰うお菓子はどんな豪華な食事より輝いて見えた。それをひとりで大切に少しずつ食べるのは、とても至福だった。だが同時に、家族から隠れてこっそり部屋で食べていることが、ひどく心苦しくもあったのだ。
嬉しそうなふたりに、さらに冬矢は首を傾げる。
「……3人ということは……俺の分も含まれているということか?」
「そりゃそうだろ。一緒に暮らしてるんだから」
「ふうん……」
こともなげに笑う健太に、冬矢も釣られて小さく笑う。
「じゃあ蒼生、さっそく半分こで食べよ。どれにする?」
「うーん、うーん……。このピンクの!」
「いいね」
健太はピンク色の丸いチョコレートをひょいと拾うと、唇で挟んだ。
「ん」
「! ふふ、あーん」
健太が何を考えているのか、蒼生は瞬時に理解する。腕を伸ばし、健太の首に巻き付くようにして、蒼生は健太の咥えたチョコレートに齧りついた。ふわ、と口の中に広がるのは、優しい甘さの桃の味だ。半分ずつ、お互いの中にとろけていく。
「おいひぃ」
「ん、へへ。なにこれ嬉しい」
お互いの腕に力が加わったところで、くい、と冬矢が蒼生の袖を引いた。ぴくんと肩を揺らした蒼生に、健太もすぐに気付く。
「なんだ、冬矢、やきもちか」
「当たり前だろう。さっきの話によれば、俺にもその権利はあるはずだ」
蒼生は嬉しそうに、片手をたくさんのチョコレートが詰め込まれた箱のほうに伸ばす。うろうろと悩んだ手は、濃い色の半球に辿り着いた。
「冬矢も」
にこにこと半分を咥えた蒼生に、冬矢は目を細めて唇を寄せる。いったん自分の口の中に運んだそれを噛み砕くと、キャラメルソースが溢れてきた。すぐに蒼生の舌が追ってくるので、お返しに蒼生の歯列をくすぐる。
「ふ、ふふ」
口の端から笑い声が漏れるのが耳に心地よい。健太と冬矢は、改めて蒼生を抱き締め、愛しい甘さをじっくりと味わうのだった。
冬矢はキッチンに立ち、ことこと音を立てる鍋を穏やかな気分でかき混ぜる。目を上げれば、健太の隣でゲームに興じる蒼生の楽しそうな顔が見えた。どうやら格闘ゲームで健太と対戦しているらしい。普段はパズルや推理系のゲームしかやらない蒼生には操作が難しいようで、「どうやるの?」と聞きながら、カチャカチャとコントローラーを動かしている。ダメージを受けるたびにぴょんと体が跳ねるのがとても可愛い。
自分の視界の中で蒼生が笑っているということは、代えがたい幸福だと感じる。しかも、今冬矢がしている行動のすべては蒼生のためなのだ。こういう時、一緒に暮らしていて本当に良かったと思う。
ちら、と冷蔵庫とオーブンを眺め、手元に目を落とす。すべては計算通りだ。蒼生は喜んでくれるだろう。
「そろそろ夕飯の準備ができるからね」
声をかけると、「はーい」と声が揃う。
「蒼生、じゃ、最後にこれやってみて」
「えーっと、これ押しながら、ぐるっと回して、これだよね。せ、えのっ」
「わ、出た!」
「おー」
対戦のはずなのだが、なんともほのぼのとしたやりとりだ。
ほどなくして蒼生がひょいっとキッチンを覗いた。健太から、片付けておくからと送り出されたのだろう。
「ここからは手伝ってもいい?」
今日は一切手を出させなかったのを気にしている蒼生の言葉に、冬矢はふっと笑う。
「うん。頼むね」
蒼生はそれを聞くと、嬉しそうにキッチンに入ってくる。そして、ぴったりと冬矢の腕にくっついた。
「いい香り。やっぱりクリームシチューだ」
「今日は里芋を入れたよ」
「やった!」
鍋を覗き込んでから、冬矢にぱっときらきらとした笑顔を見せてくれる。その眩しさに、目がくらんでしまいそうだ。
「美味しそうな甘い匂いと、きっとクリームシチューだろうなっていうこっちも甘い匂いとで、さっきからおなかがすいてしょうがなかったんだ。お皿、大きいほうがいいよね」
「そうだね」
「あと、スプーンと」
弾むような足取りで蒼生は食器棚に手を伸ばす。明らかに浮かれている様子に、胸の奥から笑みが溢れてくる。
「俺のシチュー、好き?」
答えのわかっている問いを投げかける。そんな自分をずるいと思うが、蒼生はまったく意に介さず、とても嬉しそうに両頬を自分の手で包み込んだ。
「大好き! とろとろで、すっごく優しい味がして、美味しいんだもん。それに、いろんな具で作ってくれるでしょ。だからいつも今日は何が入ってるかなってわくわくするんだ」
「ふ、ふふ。そうか」
「あー、早く食べたいな」
鼻歌交じりに深めの皿を持ってきた蒼生に、冬矢は思わずキスをする。蒼生はぱちくりと目を見開く。
「……ふいうち?」
「可愛かったから、つい」
「そ、そっか」
そう呟いて、ぽっと顔を染める姿の可愛さといったら。と、蒼生の背後に近付いた健太が、その手に握られたままのスプーンを取った。
「片付け終わってるよ~」
「あっ、うん」
冬矢は拗ねた様子の健太に吹き出す。
「どっちに対して待ちきれなくなったんだかな」
「どっちもだよ、今すぐ蒼生を解放してシチューを食べさせてください」
「なるほど。じゃあ、健太は冷蔵庫の中にあるサラダを出してくれ。蒼生はパンを用意してくれる?」
「はいっ!」
「了解~」
あっという間に整えられた、ほかほかと暖かい湯気を立てる優しい食卓。蒼生はきゅうっと胸が締め付けられる。冬矢が準備してくれた食事だ。しかも、この後にあるメインイベントの支度の合間に作ってくれた。そのすべてが自分のことを想ってくれての行動だと思うと、恥ずかしいような、それでも嬉しい気持ちでいっぱいになる。
「美味しい。里芋のねっとりした感じにシチューの甘いのがすごく合ってて、美味しい。ふわふわパンもシチュー付けるとさらに美味しい」
「喜んでもらえて嬉しいよ」
冬矢は手を止めて、やはり嬉しそうに蒼生を見つめていた。その隣では、健太が夢中で大きめのチキンにかぶりついている。美味しいごはんと、目の前に並ぶ大好きな人たちの顔。蒼生はつくづく幸せだなあ、と思う。
皿が綺麗に空っぽになり、全員で手を合わせて「ごちそうさま」を言うと、
「蒼生は座っていて」
と冬矢が言った。
「え、せめてお皿を片付けさせてくれるとかは」
「目の前に置くところまでさせてほしいから、だめ」
「あはは。それはオレに任せておいて」
困ったような蒼生を席に残し、健太はテーブルの上の食器を片付け始める。
机の上がすっかり片付いたのを見た冬矢は、恭しく皿とカップを運んでくる。そして、それを蒼生の前に丁寧に置いた。
「俺からのお返し。蒼生に愛を込めて」
蒼生の目が輝く。
「ありがと! ……わぁ! すごい! 綺麗なアップルパイ!」
鮮やかな黄金色をしたパイは、甘い香りを放ち、電灯に照らされてきらきらと輝く。冬矢がこだわって一から作ったパイは、見るからにサクサクで、蒼生のフォークを待ち構えているようだ。断面に見えるたっぷりのりんごは、既に美味しさを確約してくれている。きちんと添えられたバニラアイスとの色のバランスもとても美しい。そのうえ、隣のカップにはココアブラウンのムースがこれもまた甘い香りを漂わせており、ホイップクリームが可愛らしくちょこんと載っていた。
「すごい! すごいね! 冬矢、時間かけてると思ったけど、本当にすごい!」
「ふふ。じゃあ、仕上げをしてみようか」
嬉しそうに笑い、冬矢がふっとキッチンに向かう。何だろうと思っていると、戻ってきてムースの上に花の形をしたチョコレートを置いた。
「あ! それ、オレが買ったやつ!」
「こうして飾り付けに使うのも素敵だろう?」
「わ……」
感激のあまり、蒼生は言葉が出てこないらしい。アップルパイを見て、チョコレートムースを眺め、健太と冬矢を交互に見つめる。
「さ。アップルパイ、まだあったかいから。どうぞ召し上がれ」
冬矢の言葉に、蒼生は目をぱちぱちと瞬かせた。
「……あのね、一番大事な仕上げをお願いしたいんだけど、いいかな」
「え?」
健太と冬矢が首を捻ると、蒼生は皿とカップを手に取って立ち上がる。それからローテーブルの上に手に持ったそれを置くと、ぽすんとソファに座った。最後に、両手で両側に空いたソファの座面を、ぽんぽん、と叩く。
「一番大好きな人に、隣に座ってほしい」
「!」
「蒼生」
ぴょっと健太が文字通り跳ね上がる。冬矢はふわりと微笑んだ。
慌てた健太がスプーンとフォークを準備して、冬矢は自分と健太の分のケーキとムースを用意した。
隣に、あたたかな体温。蒼生は満足げにアップルパイにフォークを刺した。
「わー! あったかい。んー、りんご、美味しい……しゃきしゃきしてる。甘くて美味しい。パイ、さっくさく! バターの香り、最高に美味しい。一緒に食べるとバターの塩気とりんごの甘さがマッチして、ああ、幸せ……。それで、どうしてこんなにアイスと合うんだろうねえ」
テンションの高い蒼生に、つられるように両側のふたりも皿に手を伸ばす。
「! ホントだ、めちゃくちゃ美味いわ」
「我ながら上手く焼けたな」
うんうん、と蒼生は頷く。冬矢は蒼生の顔を覗き込んだ。
「どうかな。蒼生のリクエストにちゃんと応えられたかな?」
「もちろん! すごく美味しい! こんな美味しいアップルパイを食べられるなんて、嬉しいなあ」
「今は焼きたてで、さっくりしているけれど、落ち着かせて馴染ませるとまた美味しくなるからね。それは明日にでも食べよう」
「そうなんだ。楽しみ! ……ふたりとも、今日は本当にありがとう」
笑顔の蒼生に、冬矢はほっと胸を撫で下ろした。自信はあったが、やはり蒼生の言葉はなによりの評価だ。これをもらわないと、完成した気がしない。
健太も嬉しそうな蒼生が嬉しくて仕方がない。向こうを向いて微笑み、こちらを見て笑うのを飛び跳ねたいような気持ちで見つめていた。
蒼生本人も、隣に座ったふたりが暖かい眼差しで自分を見ていることにとても安心していた。これはどうやら自分がしたことに対するお返しらしいのだが、こんなに満たされてもいいのだろうか。
「あ」
ぽつんと蒼生が呟く。
「ん? どした」
「そっか。ホワイトデーって3倍返しとかって言うよね。そういうことか」
「どういう意味?」
「健ちゃんにも、冬矢にも、こんなにいっぱい貰っちゃっていいのかなって思ったんだ。でも、そういう意図ならなるほどなって」
蒼生の言葉が終わる前に、健太は蒼生の腰を抱き寄せる。
「3倍? 蒼生がくれたのが1なんだとしたら、全然返せてねえけど?」
「へ?」
冬矢もにっこり笑って、蒼生の肩を抱く。
「そうだよ。お返しは、むしろこれからなんだけど」
「えっ」
ぎゅう、とふたりの手に力がこもる。蒼生は、ちらっと寝室のドアを見た。そして、ふたりの顔を交互に見つめる。
「……うん。お願いします」
そうして、ふんわり笑うと、ふたりの腕をぎゅっとつかみ返した。
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