俺たちの夏休み(2019/05/06発行 黒尾鉄朗×菅原孝支)
大学生黒菅/同棲中、捏造の菅原母/将来の職業未定(公式発表前に作成した為)/夏休みに二人で宮城へ帰省する話。
当時、pixiv公開時にお付き合いいただいたみなさま、そしてこの本をお手に取っていただいたみなさまありがとうございました。
公開するにあたり、わたし自身気になった箇所を修正、言い換え、付け足しを行いましたが、大筋は変わってません。
ただ、本の巻末に差し込んだ黒菅初エッチの話は、今回アップしてません。現在の自分が読むと、荒が目立ちすぎて…。また機会がありましたら、そちらも公開したいと思います。
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帰省
~ 東京→宮城 ~
烏野の夏祭りなんて、絶対誰かに会うからイヤだと言ったのは、地元民である菅原の方だった。
「……イヤなんだ。意外」
むしろ一年ぶりの故郷なんだし、昔の仲間に会いたがるものだと黒尾は思っていた。
「こっちに戻ってきて、俺がはしゃぐとでも思ってた?」
いつもよりテンションが低くも見える笑顔が振り向く。
東京のアパートを出る時は、菅原は黒尾が引く程大はしゃぎで、黒尾はそれが嬉しくもあり複雑な気分でもあった。知った顔や好きな相手(俺)が近くにいても、結局はチームメイトの方が家族に近くて、安心するんだろう。それは自分も同じだ。と、黒尾も頭では思っても、俺だけじゃ足りないのかよという心の声がヘタすると漏れてしまいそうになる。
ところがどうだ。菅原の実家に着いて、母親に「東京の同居人」と紹介され、「どうも」と返事をしつつ内心(同居人ですか、そうですね)と少々ヤサグレて、それでも初めての彼の部屋、今夜は祭りで花火も上がる。黒尾のテンションは右上がり一直線だというのに、菅原の方はそれに反比例するかのように右下がり。冷静に、かつ目に見えて意気消沈していった。
海へ行こう!
~ 菅原宅→市民プール ~(菅原視点)
「銀山温泉ってこの辺じゃないの」
「残念~隣の県です……まあ、遠くもないけど」
何で知ったのか、黒尾はその温泉に以前から行きたかったと言い出した。海に行きたいって言ってたくせに、なんで急に温泉?
「海に行くんだろ」
「って言いながらプール来てるし」
「もうここでいいっつったのお前!」
お互いに車が運転出来る訳でもないし、徒歩と途中からバスで目指せ海! したはいいが、俺んちからバス停までも徒歩30分。黒尾は暑さに音を上げて、通りかかった近所の市民プールでとにかく水浴びしようということになった。
水着に着替えて早速プールに飛び込み、夏休みといっても平日の午前中。人もまばらで最初は大はしゃぎでクロールだ、次は平泳ぎだって競争して、ああ、なんで突然温泉なのか分かった。
「そろそろ上がるか?」
俺が先にそう言い、よいしょっとプールサイドに体を引き上げれば、待ってましたとばかりに黒尾も、でかいイルカみたいな、そのしなやかな体を勢いよく水から引き上げた。
「うわっ」
水中に慣れて重たく感じる体で立ち上がると、黒尾が後ろからがばりと抱き着いてくる。冷たいカラダ。その冷たさもあっという間に灼熱の太陽に焼かれていく。
はしゃいだノリの続きで黒尾が俺の二の腕を強く引き、おっとっとと縺れそうになる俺に身を寄せて掴まえながら、「早く着替えよ?」と、間近で目を細めて妖しく囁いた。
「祭りと、花火はいいのかよ……っ」
「行こうよ」
東京の市民プールはどうか知らないが、小さなこの町で温水プールもなければシャワーだって水しか出ない。
黒尾はこんなに寒がりだったか? いや、違う。体はとうに熱を取り戻しているのに、一人用の狭いシャワールームで頬と頬をくっつけてそのまま耳朶を食まれ、たった一枚でこの身を守っている水着の布にまで手をかけ、ちょっと待て待てと、まだ正気を保っている俺はこの場は公共の場であると言い続ける。
「も、寒くて死にそうだから、」
オネガイ、などと囁き、嘘つけコノヤロ、不埒な指先が胸の突起を弾いてくる。甘くて強い刺激に息を呑み、引き攣った俺の喉元に黒尾が口唇を寄せる。
「ちょ…、あっやめろ、後ろは……!」
まさかここで挿れるつもり? 肌に張り付いた水着の中に黒尾の不埒な両手が忍び込み、双丘の間に長い指が伸ばされる。ぎゅっとすぼまったソコを弄られると熱い息が漏れてしまい、堪らず額を黒尾の首筋に擦り付ける。
「挿れないから、孝支、前して」
「……え…っ?」
彼の両肩を掴んで耐えていた片方の手を剥がされ、切羽詰まって知らずお互いに擦り合わせていた中心に持っていかれる。
黒尾が俺のを水着から剥き出しにし、俺の手で彼のソレを握り込まされ、再び俺の後ろも黒尾が、指の腹で浅く挿入の真似事を始める。鼻から頼りなく息が抜け、自分の芯が疼いて徐々に硬くなり、黒尾の大きくて肉厚な手のひらが、指先が、繊細な動きを見せる度に、同じように張り詰めていく自分の手の中のものが、
「ふ…ァあ、っ、もうヤバ…ッ……!……!!」
ガクガクと膝が震える。極める瞬間大きな声が漏れそうになり、熱く溢れる吐息ごと黒尾の口唇が、他人に俺のあられもない声を聞かれぬように俺の口唇を塞いで、舌ごと最後の喘ぎを絡め取った。
「ハァ……、ハァ……」
皮膚は冷たいのに、お互いに触れている部分はいつまでも熱い。
欲望を吐き出した後、息が整うのを待たず、俺は黒尾の後ろに腕を伸ばしてシャワーの蛇口を捻る。
「ぶわっ、冷てっ!」
「帰り、またあのあっち~中歩くんだからな! 冷え冷えにしてやる」
くっついてると本当にダメだ。黒尾が指の先端でも触れさせてこようものなら、そこから電流が走るようにビリビリと甘い刺激が躰中を駆け巡る。黒尾のせいなのか、元から自分がそういうのに流されやすい性質なのか、とにかくもうさっさと離れないと。
帰省して初日からこれなんて、先が思いやられる。
夏の思い出
~ 市民プール→菅原宅 ~
一旦家に戻る途中で買い物をした。
「……何これ……すげーもじゃもじゃしてんだけど」
「ん? 鉄朗くんは、生のとうもろこしを見たことないのかな?」
もぎたてのとうもろこしを4本買って、鍋を火にかけている間に2本だけ皮を剥く。皮付きのままのを水のまま茹で始め、今剥いているのは沸騰してから茹でる。茹で方の違いで食感も変わるから、食べ比べをするのだ。
「皮被ってるのなんて初めてだっつーの」
「被ってるとか言うなっつーの」
「アッあ~~、剥かれる、痛ぇ!」
向い合わせで胡座をかき、アホな会話にげらげら笑いながら相手の脛を蹴る。
とうもろこしの粒の間からぼうぼうと生えている髭を容赦なくむしり、最初は気味悪がっていた黒尾も手触りが気に入ったらしく、もっとむしりてぇ! と言い出した。
ぐらぐらと煮たってきた鍋に、皮を剥いたそれも投入し、しばらくしてから塩を少し入れて出来上がり。冷やして食べたかったが、二人とも待ちきれずにアツアツのままかぶりついた。
「あっちぃ~」
縁側でクーラーも付けずに扇風機だけ回して、更にアツアツのとうもろこしを「こっちのがうまい」「これ俺好み」などと言い合いながら、お互いのを交換したりして食い散らかす。一度に2本も食べれば、そりゃあ満足なんだけど、きっと屋台で焼きとうもろこしをまた買ってしまうだろう。
「ここいいね。掃除機要らず」
食べこぼしは後で箒で庭に掃き出しておけば、庭飼いの鶏のこっこ(名前)が残さず食べてくれる。そういえばこっこは、いつかの夏祭りで買ってきたひよこだった。あれは――
「あー……」
「……なに?」
随分前から飼ってた気がしたけど、こっこが家に来たのは俺が烏野に入ったばっかの頃だ。その時、一緒に行ったのは大地と旭だった。
「なんだよ?」
黒尾が俺の口元に付いてたとうもろこしの粒を指で取ってくれたのだが、思い出に浸ってしまった俺はそれに気付かなかった。
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花火を観よう!
~ 菅原宅→山の上の神社 ~(黒尾視点)
何となく言ってはいけない気がして、これまで黙ってたけど。
東京の部屋では、休みの日は昼間はほぼ研磨が入り浸ってるし、リエーフもよく遊びに来る。東京が地元であるのを幸運に思うべきか悲しむべきか、音駒を卒業した後も周囲の顔ぶれがそれ程代わらない。呼ぼうと思えばすぐ呼べるし、バレーやろうぜと声かければ、近くの体育館を借りて、もしくは音駒バレー部OBですとデカイ顔して高校の後輩どもを(ボールで)殴りに行ける。
そんな時はもちろん菅原孝支くんも連れ立って、彼もすっかり音駒部員に慕われてたりするから、彼の故郷に戻って来たら、同じように烏野にすぐさま乗り込むものだと思っていた。
「そりゃ、俺もあいつらに会いたいよ。でも、何でお前がいんのって話じゃん」
「……」
母親への紹介もだけど、俺とまあ、付き合ってるとハッキリ言ってくれなくてもいいさ。でも同じ大学だし? 同居人だし? 一緒に遊びに来ててもいいんじゃね? 仕舞いには、「鉄朗行ってきなよ。月島もがんばってるよ」とか投げてきた。
「それこそ、いきなり何で俺一人で来るって感じだろ~よ? 俺、忘れられてっかもしんねーし」
「んな訳ないだろ」
「お前が行かないんなら、別にいいんだけどさ」
一年ぶりなのに、何で会いに行かないかな? というか、もしかしてこっちに帰ってるって、誰にも言ってない?
トウモロコシを食った後辺りから、菅原のテンションはまたしてもだだ下がりだった。
「俺の父ちゃん、背高くてよかったな」
浴衣なんて持ってないし、なきゃないでTシャツで行くつもりが、彼の母が二枚揃えて俺の着る分まで用意してくれた。
手作りらしく、同じ柄。小さい頃は一本の反物から親子の分を作れたんだけどねぇと、菅原母は言う。俺が袖を通した後多少手直ししたものの、身長190近い丈の着物、しかも体にフィットする仕立てなんてオーダーメイドでも調整するのは難しい。
「ありがとうございます」
なんか、スゲー感動。俺なんかが袖を通していいのだろうか。彼の母は、二人ともいい男よ、と、フフフと笑って送り出してくれた。
「母ちゃんまで鉄朗に惚れちゃったかもな」
べしっと俺の背中を叩き、ニカッと笑う彼はいつもの菅原。気分も上がってきたようだ。
「なに、孝支くんも俺に惚れ直しちゃった?」
彼の肩から背中を撫で、腰に手を回すと、下駄を引っ掛けた右足が膝裏を蹴ってくる。時刻はそろそろ19時を回る頃だが、雲の下方がほんのりピンクに染まっているだけで、日はまだ暮れそうになかった。
カラコロカラコロ、下駄を引き摺って歩く。
財布とスマホだけ帯の間に挟み、商店街でもらったうちわを片手で扇いで、空いた方の手を繋ぎたいがそれは菅原が許してくれない。
「俺は有名人じゃないけど、烏野バレー部は有名なんだからな」
誰が見ているか分からない、なんて、これが菅原の“普通”なら、向こうではだいぶ羽目を外していたんだな。人目のない路地でなら、キスくらい軽くしていたのに。
祭り会場に近付くと、屋台の数が増えてくる。りんご飴、焼きそば、イカ焼き、順々に見るだけ物色し、金魚すくいにヨーヨー釣り。焼きトウモロコシも、後で買おう。
夏の夜の熱気と湿気で汗だくになって祭り会場の神社の階段を昇る。屋台の熱は心地いいけど暑いのに変わりはない。暑いといったら、真っ先に食べるのはこれだ。
「俺、ブルーハワイ~」
「んじゃあ、俺はイチゴ」
「えっ可愛い。抹茶とかじゃねーの」
「そこはさぁ、音駒カラーと烏野カラーにすべきじゃないですかね」
「オレンジねーし。レモンはすっぱいじゃん」
色だけで味は同じでしょ、と、少しは元気になってきた菅原の顔を見て安心する。花火は20時からだから、それまでに場所をキープしようぜと言って、手を繋ぐのを頑なに拒否していた彼の方からこちらの手を取り、疎らな人の波をかき分けて進んでいく。時折振り返る楽しげな笑顔が、俺の胸をワクワクさせてくれた。
選手交代
~ カレシ→チームメイト ~
一体どこで花火が上がるのかと思ったら、当初行こうとしていた海で上がるとのこと。
「こっから見えんの?」
「そう思うべ~?」
菅原は母親と同じようにフフフと笑い、どっちだよとツッコミながら半分水になったかき氷を啜る。
「舌見して、舌」
先に食べ終えた菅原が自分の舌をべっと出してみせる。
「うはは、青っ」
「あ~お前ぜんっぜんわかんねー赤とか。面白くね~」
神社の本殿と社務所の間にある、見晴らしのいい空間に設置されたベンチに並んで座り、お互いの舌を見せ合いながらギャハハと大笑いしてうちわで扇ぐ。
空が紫から濃紺へと徐々に移り変わっていったのだろうけれど、菅原と二人でいると一時間もあっという間で、それこそあっという間にハタチを越え、30にも40にもなってしまうのではないかと、そんな時間を共に過ごして行きたい。
「スガ……?」
そんな、永遠に続きそうな時間も、俺が主役であれば誰に止められる筈もない。残念ながら、ここは彼ら烏野の舞台だった。
「…………」
懐かしい声にびくりと肩を震わせ、菅原が声の方を振り返る。
しばらく無言で、口をぱっくり開けたまま、どうすんのかな誤魔化すのかなと、若干第三者目線で俺は見守っていた。
「だ……大地……っ! 旭~っ!」
突然、目の前で大洪水が起きた。手にしてたうちわもボロリと落とし、下駄が脱げそうになりながら菅原は彼らの元へ走っていく。菅原の瞳の中から俺が消える。一瞬にして、俺は他人になる。――――あ、ちょっと待って。俺も泣きそう。
うわ~んと子どものように同級生二人の胸に飛び込んで行った菅原は、なんだよやっぱり会いたかったんじゃないか。何で素直に最初から彼らを招集したり、後輩に会いに行かなかったのか。
俺はそっと消えるべき? とも思ったが、主将とは目が合っちゃったし、知らぬ仲でもないので立ち去るのも不審。よっ、とお互いに片手を挙げて挨拶して、なんだろこの状況。片やかつてのチームメイトがかつての敵方と揃いの浴衣を着て、まるで縁日デートの現場目撃(正にそのとおり)。片や自分のカレシが他の男の胸の中で大泣きしている、端から見ればまるで自分が浮気でもして泣かれてしまったような状況。
どっちを相方として話を進めるかは、主役の菅原にかかっているのだが、少々俺が不利のような。
「なんだよ、帰ってきてたんなら教えろよ。元気だったか?」
「うん、ごめん、元気、だった~」
しゃくり上げながら、鼻もずびずび言わせて、泣き止むかと思いきや再びうわーんと声を上げる。主将に背中を擦られ、髭の優男に頭を撫でられ、俺は近寄るに近寄れない。
「ふえっえっ、あ、ちょっと、待ってて、」
感動の再会シーンを、映画館の観客よろしくぼうっと眺めていた俺の元へ、菅原がたたたと駆け寄ってくる。
「鉄朗、ティッシュ、ティッシュ」
「あ~はいはい」
ティッシュやハンカチ、絆創膏なら任せなさい。懐から菅原母が持たせてくれた布製のティッシュケースを取り出し、1枚抜いて先に菅原の目元の涙を拭ってから、ケースごと彼に渡す。ぐしゃぐしゃになったその顔を間近で見て、切なくもあり、可笑しくもあり。一頻りティッシュで鼻をかみ、涙をハンカチで拭って、まだふぐふぐ言ってるカレシに、
「どうする? 彼らと花火観てくか?」
と訊ねると、えっ、と瞳をぱっと上げ、迷ってる瞳が俺に訴えかけてくる。「俺はいいよ」と言い、菅原本人の答えがどっちだったかは定かでないが、ここは故郷の友人たちに場を譲るべきだと勝手に判断する。
ハンカチとティッシュをそのまま菅原に持たせ、元烏野バレー部三年の二人にも分かるように大きく片手を挙げて見せ、俺は踵を返して屋台の人混みの中に紛れた。
正直まいった。今の今まで目の前で笑ってた菅原が、俺じゃない誰かに意識を持っていかれる瞬間。しかも大泣きされるとは……。
同じ大学に通い、そのうち一緒に住むようになり、いろんな面を知って、喜びも悲しみも見てきたつもりだったが、同郷の輩には勝てなかった。勝つとか負けるとかじゃないけど、やっぱり敗北した感がある。俺じゃ、俺だけじゃダメなのかとすら思ってしまう。
「……あー」
声に出たのはやるせなさと、もう一つ。帰ろうにも、帰る場所は菅原の家。まさか自分一人で帰る訳にはいかないことに気付き、どっかで時間を潰して、頃合いをみて菅原に連絡するしかない、だろうな。
「はあ……」
遠くで上がる花火の音が、空気を振動させて俺の背中をどどんと押す。ちらりと後ろを振り返り、花火の火の粉は見えないが、木々の向こう側の空が光って、同じ色の光に照らし出される菅原の、見たこともないような笑顔を想像ながらに思い浮かべたら、少しだけ心が浮き立って、だけど、その彼の隣にいるのが自分ではないことに腹が立ち、そして落ち込んだ。
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“拝啓、沢村大地様――”
大学に受かって東京行きが決定して、荷造りをしている時に机の引き出しの奥で眠っていたレターセットを見付けた。今だって連絡は殆どスマホのアプリだし、手紙など書くつもりもなかったが、何気に参考書とノートと一緒にそれも鞄の中に詰めた。
(……沢、じゃなかったかな。なんかヘン)
“沢”を“澤”に書き直して、ああそうだ。文字の中に幸せが見えて、村に大地に、なんて彼にぴったりの名前なんだろうと思った記憶がある。そしてとても懐かしい。
東峰旭もそうだ。朝日はいつも東の峰から昇ってきた。山と緑と、畑と田んぼ。通学路になっている畦道は、小中高校と共通。大地と旭と出会ったのは烏野高校に入ってからだけど、彼らのその名前には、自分がその土地で生まれ育った月日の、すべてが詰まっているように思えた。
お元気ですか。俺は元気だよ。バレーは続けてますか。俺は続けてる……駄目だ。何を書いたらいいのか、話したい本音のところが何も出てこない。
スマホからのメッセージは必要な時しか送らないと決めていた。東京駅で電車を降り、『無事着いた』それだけを送った。それから三日我慢した。『かけす荘! 懐かしい』たまたま近くに用事があり、かつて根城にしていた小さな旅館の写真をメッセージと併せて送った。それから十日我慢して、まだ大丈夫、今日も我慢できた、そうやって、ホームシックを騙し騙しやってきて――――。
ホームシックになんて、なる筈ないって思ってた。東京にも何度も来てたし、故郷と地面は続いているし、その日の内に東京と宮城を往復だって、しようと思えば出来る。そんなに離れていない。連絡だって、取ろうと思えばすぐ取れるし、返事もすぐ返ってくる。なのに――――。
電話したい。大地と旭の声が聞きたい。でも、声を聞いてしまったら、余計に寂しくて仕方なくなるって知ってる。
一ヶ月、何も連絡せずに我慢した。時々ぐわって来る寂しさを、出すかどうか分からない手紙に綴っておこう、そう決めて筆を取った。でも、胸に溜まってる想いなんて、ただ“会いたい、会いたいよ”そればかりで、まるで遠距離恋愛。文字にしたら余計に想いは募り、机に突っ伏す。
俺、東京で、一人でやっていけるんだろうか。まだ、大学生活は始まったばかり。
菅原孝支くんのこと。
~ 祭り会場→菅原宅 ~(黒尾視点)
「ただいま、戻りました」
「あ~よかった、よく迷わなかったわねぇ、黒尾くん」
何かの時の為に、菅原宅の電話番号を訊いておいてよかった。あれから、やっぱり彼らの再会を邪魔するのも何だと思い、『先に帰る。道は覚えてるから、安心して』とだけ菅原にメッセージを送り、菅原宅に電話を入れた。
「道を覚えるのは得意なんで」
彼の家は住宅地の中だった。夜になって不安もあったが、まあ迷ったらその辺の家の人に訪ねようと大雑把に構えていた。
「ご飯はどうする? お風呂も沸いてるわよ」
「あー……じゃあ、お風呂いただきます」
至れり尽くせりな菅原母だが、息子に厳しいのは少しだけ知ってる。俺がフツーにしてないと、客人を一人で帰すなんて、と、後で彼が怒られるだろうから、彼とのことは後で考えるとして、俺が送ったメッセージが既読になったかどうかも確認せずに、鞄から着替えを取り出すのと入れ換えに、スマホはその中にぽいっと入れた。
どうせなら、本人がいない間に昔のアルバムでも見てやろう。
「浴衣、ありがとうございました」
風呂を借りた後、自分の持ってきた部屋着に着替えて、皺にならないように浴衣を適当に畳んでお返しする。いえいえ、本当によく似合っていたわ、と言われ、恐らく自分の夫を思い浮かべたのだろう、その柔らかな笑顔は息子と同じ雰囲気を纏っている。
「孝支くんは、お母さん似ですね」
と思わず口にしてしまうと、
「……そうなのよ、父親に似れば、もっと背も伸びたんじゃないかと思うのよねぇ」
と、眉尻を下げて頬杖をついた。
いや、俺が思ったのは、あなたに似て美人……ってとこなんだけど、まあいいか。話の流れは自然と彼女にアルバムを引っ張り出させた。
「写真は現像するに限るわよね」
分厚いアルバムは三冊あった。菅原孝支が生まれてから高校卒業までの成長記録。その中で、俺が知っているのはたったの一年足らずなんだ。
一冊目、孝支誕生。母の腕に抱かれて、あ、父親が写ってるのもある。あ~眉毛辺りは父親似なんだな。無垢な笑顔、大泣きしてる涙と涎とでぐしゃぐしゃな顔。ハイハイから歩行器、一人で立って母親の胸へダイブするの図。幼稚園の芋掘り、運動会。小学校の入学式、林間学校。学校で撮られた集合写真などは、いつも女子の中に紛れていた。
「孝支も友達も、いい笑顔でしょ。でもね、どうやらこの頃は苛められていたみたいなの」
色白で少女みたいな面影は、物心が付き始めた男子からは、やいオンナオトコだの、かといって女子にも混じれず、一人で写っている姿は遠くを眺めて、言われてみれば寂しげでもある。
彼が中学生になる頃、烏野は春高バレーに出場している。
「バレーを本気で始めたのはこの頃からよ」
中学にもなると、アルバムの写真は入学式と卒業式くらいになる。あとは恐らく本人のスマホ内にあるか、思い出は持たないかだ。俺は彼のスマホの中身までは知らない。
厚みのあるアルバムは、彼が愛されていた証しだ。けれど、今の菅原を思うと、もっとたくさんの友人と、たくさんの家族と、いつも周りに人がいて、そのせいで写る顔は表情が分からないくらいに小さくなってしまって、そんな過去を想像していた。実際に写っていたのは、学校で適当に撮られた写真以外は彼一人か、母と二人だけというのが殆どだった。
「黒尾くん、東京で孝支と一緒に住んでくれてありがとうね」
俺が東京に越してきた時は、研磨がいてくれた。研磨がいてくれなければ、俺はまったく別の黒尾鉄朗になっていただろう。
(今の孝支があるのは、あの二人がいてこそなんだろうなぁ)
今でこそ、自分が研磨を前にして“会いたかった”と言って大泣きするなんてことはないだろうが、自分が小学生の頃に得た、何ものにも代えがたい大切なものを、菅原は高校になってやっと手に入れたのかもしれない。
玄関の引き戸を勢いよく開けた音がしたと思ったら、ドドドと道路の突貫工事かのような足音が響き渡り、ああ孝支かと分かったのは、最初に自分の部屋に駆け込んでからの流れで一旦停止の後、こちらに方向を変えて走って来たから。
「母ちゃん、鉄――て、鉄朗!! おま、電話ぁ!!」
「へ……」
青椒肉絲と白飯を同時に口に頬張っていたせいで、もぐもぐとしか返事が出来ず、電話? そういやスマホどこやったっけ?
「お前っ……! 心配するなっつったって、心配するべや、知らない土地でぇ」
同級生の二人と別れてから俺に電話をかけまくり、猛ダッシュでここまで帰ってきたのだろうと想像するに容易い。少しだけ着崩れた浴衣が、額や首筋に流れる汗が、俺の目に毒。
「電話くらい、出ろよ……」
俺の肩に腕を置き、ぐったりと彼の頭がそこに寄り掛かる。しっとりとした汗の匂い。走り込みで高鳴っている心臓の音。箸を置いて、その背を擦る。
「孝――」
「孝支! あんた、手ぇ洗ったの!? 帰ってきたら手を洗いなさい!」
びくうっと全身硬直し、慌てて取り繕いばんばんと菅原の背中を叩く。先にお布団敷いておくわねと姿を消していたお母様が、後ろに鬼の形相で立っている。
「わ、悪い悪い、スマホ部屋に置きっぱなしだわ。心配かけたか? 飯食おうぜ?」
菅原の重心が肩から伝わってきただけで、心臓がぎゅうっと苦しくなり、すぐにでも抱き締めたかった。母が登場しなければ、きっとそのまま抱き締めていた。
ところが菅原は取り繕う気もなく、今にも泣き出しそうな顔を上げ、小さく「ごめん」と言った。
「え、どうしたの? 喧嘩でもしてた?」
「い、いえ、何でもないんです。ただあの――……ひよこが、取れなくて」
苦しい言い訳を並べたら、菅原母もそれ以上は訊くまいと、こっこはまだ元気だから新しい子はまた来年ね、と優しい溜息をつく。それから改めて、ほら早く手を洗ってきなさい! 先にお風呂入らないと風邪引くわよ! と、息子を激励するように追い立てた。
息子の一人部屋では狭いだろうと、離れにある客間に二人分の布団を敷いてくれた。
菅原が風呂に入っている間に荷物を移動してきたところ、今夜彼と二人でこの部屋で、枕を並べて寝るのはキツいな……と苦笑してしまった。どこまで理性が保つだろうか。枕元には、寝間着用の甚平が置いてある。
(あー……無理無理)
先程の、汗に濡れた髪と首筋から胸元まで流れる滴を思い出し、これで更に菅原に甚平を羽織られた日には、朝まで寝付ける気がしない。母は、まさか息子と友人がそういう関係であることを知らないだろうから――――。
これから先のことなんて、深く考えたことなかったけど、いつまでも息子が結婚しないとなったら、彼の母は気付くのではないか。俺たちはいつか、別れることになるのだろうか。
そればかりは、今は想像もつかない。出会ってから約二年。始まってから、まだ一年しか経っていないのだ。
あ、そうだ、と気付き、鞄の中からスマートフォンを取り出す。画面を見て、着信履歴にぎょっとする。NINEのメッセージ未読が24件、着信5件。携帯の番号の方に着信が5件。全部菅原だ。
メッセージは俺への返答の『ごめん、ありがとう』から始まり、数分後『道迷ってない?』『いまどこ?』
おいおい、せっかく俺が先に帰って三人水入らずにしてやったのに、全然花火に集中してないじゃんか。
『花火終わった』『無事帰れた?』、着信、『おい、電話出ろよ』、着信。
一件一件、彼がどんな顔しながら文字を打っているのか、誤字も酷くて慌てて打ってんなとか、花火の写真や連れの二人の話がひとつもないこと。
ああ、俺酷いことしたなって後悔した。同時に、溜息が漏れる程幸せになってしまった。
どうしよう。こんなに好きになってしまって、本当は誰とも会って欲しくないくらい監禁欲まで高まって、自分はヤバイ奴だ。
やっぱり今日は一人で寝ようと、居間に戻ろうとして襖を開けると、風呂から上がった菅原とちょうどよく出くわしてしまった。
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宮城から上京した先の、同じ大学の同じ専攻に、まさか知り合いがいるとは思わなかった。
「ハイそこ~。何で逃げるんですか」
黒尾の顔を見た瞬間、何故かヤバイと瞬時に心臓が跳ねて、即座に踵を返していた。
「……ど、どちら様…………」
「スガちゃんでしょ、なんで? 俺と知り合いだとマズイことでもあんの? 黒尾さんですよ~、忘れる訳ないですよね」
そりゃ忘れる訳ない。つい数ヵ月前まで春高の舞台で、ネットを挟んで顔を付き合わせていたのだから。
「……お久しぶりですクローさん。わざわざ遠いところから通学お疲れ様です」
「それを言っちゃ、おたくの方が遠路はるばるようこそですよ」
まあ東京だし? トップレベルではないけれどそれなりに名の通った大学だし、誰かしらいたっておかしくはない。同じ音駒でも、例えば夜久くんとか、主将クラスでいうなら木兎とか、その辺と出くわしていたのなら喜びが先に立っていただろう。
なんでだろう。黒尾とは、こんな毎日顔を合わせる場所で、出会いたくなかった。自分でも理由は分からない。
黒尾鉄朗くんのこと。
~ 菅原宅・離れ ~(視点混在)
「どこ行くんですか、鉄朗さん」
荷物を掴んでいたから、トイレとかそんな言い訳は通用しない。
「あ~~、えっとぉ、、今日はさ、別々に寝た方がいいんじゃないかと……」
「なんで? 母ちゃんには、喧嘩するかもしんないから、ちょっとうるさいかもだけど心配するなって言っておいたし」
「えっ喧嘩、するんですか……?」
「馬鹿」
とすっと、軽めの右ストレートを俺の胸に押し当てて、菅原はそのまま俺の肩に額をぶつけて凭れ掛かる。は……? え??
ちょっと待って、とばかりに彼の両肩を掴む。だって、これはマズイでしょ。
「あのぉ……、昼間は暴走して、すみませんでした。でも、さすがにこっちではしないと思って、そういうの何も用意してきてないし、ていうか、」
マジ勘弁して、、、既にキリキリと痛み出してる下半身も、マジ勘弁しろよ俺……。などとあたふたしていると、菅原がチョコレート菓子サイズの箱を徐に顔の横に掲げて見せつける。
「…………」
ヤル気満々の彼氏に気圧され、よろりと後ろに一歩、二歩と下がると菅原も一歩、二歩と社交ダンスのステップのように俺に迫る。室内に足を踏み入れるなりくるりと後ろを振り返り、両手でぱしんと静かに襖を閉めた。
「……どしたの」
このままなし崩しに抱く訳にもいかず、閉じた襖と無言で向き合う菅原に声を掛ける。
「――俺、分かっちゃったんだ」
ぽつりと呟いた声が少し震えてる。泣いてるの? と気遣う間もなく、再びこちらを向いた彼は、未開封の商品の開け口であるセロファンの端を口に咥え、ピーッと破いて包装を外す。唇にくっついたセロファンをフッと息で吹き飛ばしてから、続けて指先で箱の中を漁り、びろびろと数枚綴りのコンドームを引っ張り出す。
「ええー……男前。……待って、待って」
挑発的な行動と瞳に抵抗できる筈もなく、俺は彼の母が敷いてくれた布団の上に押し倒された。
高校での黒尾のことはバレー部以外に知らないが、大学でも彼が友人作りに困っている様子はなかった。俺も数日も経つとそれなりに話をする友人は出来たが、気付くと隣の席には黒尾がいた。講習でも、学食でも、待ち合わせた訳でもなければ、そういえばお互いに連絡先すら交換していなかったのに。
「あのさ、NINEとかしてる?」
黒尾から訊いてきてくれた時は、何故かドキドキした。躊躇いながらも、スマートフォンに新しい連絡先を追加して、数は多くないけれど毎日ぽつぽつと何気ない会話が交換されるようになった。
『スガちゃん、バレーしない?』
『ルームシェアしてた奴に彼女が出来てさ、一部屋空いてんだけど、一緒に住む気ない?』
『おーい、コウシくん~』
距離がどんどん近くなり、大学に入って初めて迎えた冬の日に、雪の中でキスをされた。別に嫌じゃなかったし、そうなるのが自然な気がしてた。きっと、最初から。
ホームシックはどこへやら。田舎へ帰りたい、寂しい、仲間に会いたいという気持ちさえ薄れて、大学でもアパートでも一緒なのに、休みの日まで黒尾と一緒に出掛けたりして、彼が連れて行ってくれる場所は俺が初めて行く場所とは限らなかったけど、黒尾とはしゃいでいると出会うものすべてが真新しく感じられた。
好きな相手とはいえ、一緒に住めば些細なことで喧嘩もするし、いい加減嫌になって他の友人宅に数日逃げ込んだこともある。
逃げるのはいつも俺。それでも黒尾は、俺の帰る場所をいつも用意してくれてた。黒尾が自分の前からいなくなることなんて、想像できなかった。
黒尾はどうだろう? 俺が、誰か別の相手と逃げて、置き去りにされる想像をしたことはないのだろうか?
烏野と音駒時代に出会った当初から、彼は飄々としていて、人や物に執着するようには見えなかった。
「例えば俺がお前に、ここから出ていけって言ったら、お前はどこへ帰るんだ?」
毎度喧嘩をする度、俺が本当に黒尾に嫌気がさしたのなら大学も辞めて、宮城のこの家へ戻っていただろう。大学の友人宅に留まったのは、ほとぼりが冷めたら黒尾の待つアパートへ戻るのが前提だったのだ。もう嫌だとその時は本気で思っても、黒尾は東京での俺の唯一の居場所で、それを失いたくなかった。
あの部屋は元々彼が住んでいた部屋だから、いざこざがあったら俺の方が出ていくのは当然。でも同等な条件、もしくは俺の部屋だったら。黒尾は出ていっただろうか。
「……帰るって言ったら、あのアパートだけど」
「俺が戻らなくても?」
「……ええっと」
両腕を万歳させてシャツを脱がせ、ハーフパンツとその中の下着に手をかける。虫刺されに弱い黒尾の脛から柑橘系の匂いがする。舐めたらきっと苦い。唯一虫除けの塗られていない彼の雄も、苦いのを知っていて口に含む。
「あの、孝支くん……俺、今日は入れられる側なんですか?」
こっちは真剣なのに、黒尾が本気になるのは本当に切羽詰まった時だけ。だから、さっさと本気になってもらう。屹立したそれにくるくるとゴムを被せ、その上から再び舌を這わせる。自分の唾液だけでは全然ぬめりが足りないから、虫刺されに塗るクリームを使って更に扱く。
「ちょっと……っ、何か言ってよ、孝支さん……!」
布団を汚す訳にはいかないから、ジェルとか怪しいものは使えないし、体液も溢せない。念の為シーツの上にバスタオルを敷き、汚れたら俺が自分で洗濯すればいい。カラダの熱は沸騰寸前なのに思考は冷静。準備万端。
「ふ……」
自分も下着を両足から抜いて放り投げ、黒尾の身体の上に跨がる。彼の肩を支えに、後ろ手に片手を回して双丘の間に自分が硬くした彼の性器を導く。既に欲しくて堪らないからすぐにでも入りそうなのに、そう簡単にはいかない。腰だけの動作では無理で、もう片方の手も後ろに伸ばして自分の隠された穴を拡げようとしたところ、黒尾が俺のその手を掴んで上半身を起き上がらせた。
喧嘩をして、菅原がアパートを出ていっても、すぐに次の同居人を探そうとは思わなかった。俺の方から別れる気はなかったから。
もー無理! さいなら! って、よく菅原は口にしたけど、別れようとか、二度と会わないとか、決定的な台詞を言い渡されない限り、まだ大丈夫という思いがあったのだ。俺は狡い。
子どもの頃は、もうちょっと逆に大人だったと思う。俺は俺でやりたいようにやってたし、研磨にも、俺が興味あることは一緒に体験してもらったけど、無理強いすることはなかった。と、思う。
菅原をバレーに引き戻したのは俺だ。彼のことをまだそんなに分かっていなかったにも拘わらず、音駒にOB面して行く時も連れて行った。菅原はまだ、東京で自分がやりたいことを見付けられていなかった気がして、彼がまだ迷っているそんな時に、俺が勝手に道を作って引っ張り込んだ。
それは、宮城から東京に出て来て引っ込み思案になっていた彼を、俺の知ってる生き生きとした彼に戻って欲しいという、果たして親切心からだったか? 単に俺が菅原を、思いどおりにしたかっただけでは?
一緒にいるうち、好きが募ってキスをした時も、菅原は拒絶しなかった。一つのベッドに乗り上げて、お互いに服を脱いでいく途中、俺は彼に入れたかったし、彼も男に組み敷かれるのなんて嫌だったかもしれないけれど、俺に入れられるのを拒まなかった。
彼の口から、本気で「嫌だ」という言葉を聞いていたら、ここまで来なかった。もう手遅れ。こんな俺にしてしまったのは、全部孝支、お前のせいだよ。
「ごめん」
菅原が自分から俺のを入れようとしたその手を掴み、上半身を起き上がらせて抱き締める。膝立ちだった彼が、力なく俺の腿の上に座り込み、お互いに張り詰めた雄が擦れ、腕の中の菅原がぶるりと震えた。
「ごめんって、何だよ」
熱く掠れた声が、耳元を擽る。
俺がそんなに構わなくたって、菅原は自分で自分の居場所を見つけた筈だ。一人でいる姿が、いくら寂しげに見えたって、俺が彼の隣を独占する必要はなかった。
今日の花火大会は、俺が先に帰らなければ菅原ももっと楽しめた筈。
構い過ぎるのも、散々構ってきた後にわざと距離を置くのも、彼に俺のことを一番に考えさせる為。もちろんそんなの、計算してやってた訳じゃない。無意識だったから、自分でも止められず、菅原を振り回す羽目になった。本当にたちが悪い。
菅原が、我慢を募らせ息を上げ、涙目で俺に訴えかける。普段から誰彼構わずボディタッチの鬼である彼が、俺に触れられると途端に躰を竦ませる。媚薬でも盛られたように、首筋をピンクに染めて震えだす。菅原が性に淫らなのは俺に限り、だと信じて疑わないし、そうであって欲しい。少なくとも俺は、菅原以外に性欲を感じたことはない。
彼の背に回した手をそのまま撫で下ろし、臀部を両手で揉んで左右に割り開く。尾骨を指先でなぞりながら双丘の間へと、隠された後孔を両手の指でぐっと拡げ、襞から顕になった内臓の浅い部分を二本の人差し指の先で擦る。菅原はここを緩急つけながら擦られるのが好きだ。両腕で俺の首筋に縋り付き、熱い吐息が速度を上げていくのが分かる。
「は……あ、も……っ、出、そう、、出る、からっっ」
内壁がヒクヒクと、指先を内部に導くように吸い付き始め、菅原の手が何かを求めてさ迷い出す。自分にもゴムを被せて欲しいのだと分かるが、
「俺の手に出して」
と、片手を前に回す。後ろに残した右手の指先で後孔を拡げながら中の浅瀬を引き続き刺激し、前に回した手も、彼のその孔から袋越しに、彼自身の裏筋をなぞり上げて先端をやんわりと包み込む。
うううと菅原が呻く。腰が前後に揺すられる。堪えきれない喘ぎを、俺の肩や首筋にキスをするように口唇を擦り付け、時々歯を立てながら、イク瞬間にぎゅっと両脇で縋り付き、びくびくと立て続けに精液を放った。それを手のひらで受け止める。
「入れ……、ろよっ」
「まだ待って」
焦らしているのではなく、今日はまるで初めての時のように俺自身が怒張し過ぎているから、一度自分も抜かないと傷付けずに挿入する自信がない。
菅原が出したものを己のそれになすり付け、そのまま扱き始めると、それに気付いた菅原が手を止めさせる。
「なんで、自分ですンだよ」
「こんなの、入れらんねーよ……」
「いいから、入れろ……!」
「待てって、」
言ってる傍から菅原が俺のを握り込み、自分の後ろに導こうとする。先端が穴の縁に触れると、待ち切れない彼のその熟れた穴が啄むようにヒクついて俺を刺激し、ゴムの中で僅かに爆ぜる。
「……なんで、イクかな、っ」
「……それは酷くないですか、スガーラさん」
へたりと再び俺の腿の上に座り込み、荒い息を吐く。
言い訳するようだが、いつもはこんなに早くない。それは菅原も同じ。同じ屋根の下に家族がいる中、離れとはいえ、いつ誰が覗きに来るとも限らない。息を潜めて情事に及ぶ。それとは別に、自分たちの始まりのような、終わりのような、思考が結末に辿り着く前の切羽詰まった状況。苦しくて、悲しくて、幸せで、お互いが好きで、溢れてくる感情の行き場が定まらずに不安になる。
半端に軽くイっただけで治まる筈がなく、今度は俺が菅原を布団の上に押し倒し、彼の両膝を抱え上げた中心に少しは落ち着いた雄を宛がう。
「は――……ぁあ、」
先端5センチ入れるだけでも、本来は排泄する部位に入れる訳だから、いくら菅原が欲しがっていたって一度はすぐに押し出されてしまう。それでも快感に繋がっているのか、彼の口からは熱い息が漏れる。内部の筋肉の動きに逆らい、じりじりと中に押し込むと、ぎゅっと彼の内壁に吸い付かれ、今度はぐいぐいと奥へ吸い込まれ始める。
お互いに息を上げ、整え、全部入りきるまで。菅原が自分の腕で顔を覆ってしまうのを、その手首を掴んで上気している顔を顕にする。胸と胸を重ね合わせ、お互いの皮膚に心音を響かせ共鳴させる。間近に迫った菅原の、中を割り開かれる感覚にとろけた顔。両手で彼の柔らかくて色素の薄い髪を掻き上げ、その頭を抱くように口吻けると、彼の方も両腕を俺の背中に回し、繋がった下肢を押し付けながら両足で縋り付いてくる。
その仕草に愛しさが込み上げ、ゆっくり味わいたくても腰は勝手に奥へ奥へと前後に動くし、完勃ちした性器と同じように最奥に届かせたくて舌で彼の口腔内も貪る。
キスの途中で菅原がイヤイヤと首を横に振り出したので、残り1%程の理性を引き戻して口唇を離すと、
「んっ、なんか、熱い……。擦るの、待って……」
ふーふーと細い息を漏らしながら、中の違和感を訴える。ここにきて寸止め勘弁だが、彼が両目をぎゅっと閉じ、俺の肩を掴む両腕から震えが伝わってきたので緩やかに動きを止める。
「う……、ハァ、止めると、よけいにヤバイんですけど……」
いつもより内壁の痙攣がすごい。窄まったと思うと息をするように拡がり、すぐにまたみっしりと雄に吸い付いて絡まる。びくびくと予期しない痙攣が俺の精神を持っていき、下手すると彼より先に達してしまいそうだった。
「熱い……ひりひりする……あ、あ、っ、鉄朗、おまえ……っ、なんかしただろ……っ!」
ぎゅうぎゅうと肉壁が俺自身に絡み付く度に、彼の先端から少しずつ体液が溢れ、今にも破裂しそうに真っ赤になって息衝いている。
なんかしただろって……そういえば菅原が、俺に被せたゴムに使ったあれ。虫刺され用のクリームにはほぼほぼ入っているメントール。それだ、と気付くと、口元に意地の悪い笑みが浮かんでしまった。
「……自業自得、みたいですけど?」
「なん……っ、! ぁあっ、あぁぁぁっ……――!!」
反論する言葉を飲み込み、ひゅっと息を吸った後に呻き声を上げ、菅原は後ろで絶頂を迎えた。前からは申し訳程度に精液を溢し、緩く閉じた目蓋をふるふると震えさせ、躰を強張らせたままびくびくと腰から内腿が痙攣を繰り返す。
うーうーと呻いて泣く菅原は、俺が抜いてやらないとその苦しい程の快感からは解放されないのだろうけど、こっちはまだ駆け上ってる最中。繰り返される締め付けと蠕動をこのままに、やめられる訳がない。彼の腰を抱え直して、律動を再開する。
「っんあぁ…っ!……ううー、、ふぁ、あっ、やめ、っ……や、!! まだっ、イッて……ぁっまだ、イッてる……っ!! はあっ、ん待っ、、てつ……てつろぉ……!! んぁああっ、は……うぅ~~っっ!!」
「は……ぁ、ッ――――!」
菅原の最奥の壁に先端をぐりぐりと押し付けてイく。菅原の中で果てる瞬間は、ゴムが破れるんじゃないかと毎回思う。長い射精の後、菅原の内部がもっとと震えて更に俺の精を搾り取る。熱くて、俺に縋るように震えて吸い付き、柔らかい肉が快感でぎゅうっと締まる瞬間が堪らない。
いつまでもその中に包まれていたいのを、理性を無理やり総動員して自分の性器をずるりと引き出す。がくがくと膝を震わせて泣きじゃくっている菅原の終わらない快感を、慰めるように彼の好きなところを優しくなぞり、擦って、苦しい呻きが甘い喘ぎに変わるまでよしよしと宥める。
菅原は短い息をは、は、と吐くと続けて鼻に掛かった甘ったるい吐息を漏らし、自分の腹と胸の上に残りの精を気持ち良さげに吐き出した。
『例えば俺がお前に、ここから出ていけって言ったら――』
熱を吐き出し、くたりと落ち着いた様子で寝落ちる菅原に、飛び散った体液を拭いて甚平を羽織らせた上からタオルケットをかけてやる。自分も重くなってきた目蓋を上下させながら、彼が言っていた台詞を思い出す。
この場所から出ていけって言われたら、仕方なしに出ていくだろう。その後は? 東京のアパートに戻って、彼がいつまでも帰ってこなかったら?
「取り戻しに……行くよなぁやっぱ」
だってまだ、菅原のいない未来が思い描けないから。
睡魔に負ける前に、もう一枚のタオルケットを引っ張り上げて彼の横に寝転がる。
あれ? もしかして、そうすればよかった?
物分かりがいい振りをして、先に帰って来なくても。孝支くんは俺と一緒に花火観るんですーって宣言して、大人げなくあいつらから菅原を奪えばよかった?
もう少しで彼の望む答えが導き出せそうなのに、朝になればキレイに忘れてしまいそうな程、急激な睡魔に引き摺り込まれた。
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黒尾は自分が行くところに、一緒に行かないかといつも俺を誘ってくれた。今回の帰省も、自分には帰る田舎がないからと、黒尾の方から宮城行きを言い出してきた。
俺だってこっちに帰ってきたかったけど、帰るのが怖い気持ちもあった。黒尾と同じように、俺が行きたいところ、会いたい奴らのところに黒尾を引っ張っていって、羽目を外す俺の姿を見せてしまったら、何となく黒尾が自分から離れていきそうな気がしたから。
どうしてそんなことを思ったんだろう?
故郷から離れた場所で一人で、黒尾にだけは会いたくなかった。最初からそんなふうに思ってた訳じゃない。偶然大学で再会してから。黒尾が俺を見て、「スガちゃん」なんて優しい声で呼んでくるから。
彼は、俺を不安にさせる。心が不安定になって、逃げ出したくなる。その理由が、ようやく分かった。
テストに出るくらい大事なこと。
~ 菅原宅→烏野高校 ~(黒尾視点)
「……はよ」
「…………」
翌朝、菅原家の離れで目を覚ますと、驚いたことに菅原の方が先に起きていた。身綺麗にして服も着替えている。既に風呂にも入ってきたようだ。夕べあったことは嘘のようにけろりとしている。
「風呂、入ってくれば? 汗だくだろ」
「あー……うん」
これは夢の続きだろうかと、寝ぼけ半分でぼんやりした頭のまま、布団の上で上半身だけのそりと起き上がらせる。
「……ンだよ、早くしろよ。もう練習始まってんだから」
「……練習?」
「行きたかったんだろ? 烏野」
え……? 俺、行きたいって言いましたっけ。昨日はいろんなことがありすぎて、一から思い出さないと。って考えていると、早くどけよ~! と、菅原が俺を布団から引き剥がしにかかる。
とりあえず自分の鞄から着替えを取り出し、えーっとどっちだっけ、右だよ右、と菅原に指示されながら風呂場へ向かった。
おお~やってんな~って、菅原が烏野の体育館に顔を出すと、懐かしいメンツが次々とこちらを振り返る。懐かしの先輩の姿に口々に驚きの声を上げ、菅原に続いて俺もひょいと顔を出すと、驚きの声が倍になる。
当時一年だった日向、影山らが今は既に三年。春高も二度経験し、今年はどうだ。強豪烏野の名前も今や全国に響き渡り、噂では新入生も期待の新人ばかりだという。これはリエーフ情報だ。
「おっ、来たな! 昨日は何で帰ったんだよ」
昨夜の祭り会場で菅原と今日のことを打ち合わせたらしい。澤村と東峰の姿もそこにあり、元主将にツッコまれた点については、俺はハハハと笑って誤魔化すしかない。
「そっちから二人貸してくれよ。対OB戦しようぜぃ」
いきなりやる気満々の菅原がそんなことを言い出して、ぐいぐいと屈伸を始めた。
試合はOB組があっさり負け。相変わらずの体力お化けな後輩どもに毒づきながら、ペナルティでドリンクを奢らされる。その後は、烏野に新しく増設されたシャワールームを借りて、元先輩方は各々汗を流す。出掛けに「替えのシャツも持ってけよ」と菅原に言われたのは、この為か。
「これも懐かしい~な~」
コーチに断り部室を覗かせてもらうと、数枚のユニフォームが洗濯されて干されている中に、菅原が着けていた二番のユニフォームを見付けた。
おい、やめとけよという澤村の苦笑を横に、菅原がいえーいと言いながらそれを身に付ける。
「うわ、今は誰が着てんだ、これ! 影山か!? それとも俺が縮んだ!?」
恐らく現二番の選手用に作り直され、袖を通した菅原にはぶかぶかで、襟元も大分開いてる。ああっ、早く着替えろよ……。実際、目に毒なのは俺だけで、同郷の二人は笑い合い、顔色は変えていない。それが当然のことなのだが、心なしか安堵する。
帰り道、またな~と言って手を振り合う同郷三人組は、一晩寝て起きれば、また朝練で会うくらいの気軽さでそれぞれの家路についた。
澤村には菅原との関係を突っ込まれるかと思ったが、ただ普通に、以前と同じように冗談を言い合い、肩を叩き合いながら談笑して終わった。一言だけ、「菅原のこと、これからもよろしくな」と真っ直ぐな瞳を向けられドキリとしたが、「おう」とだけ返して、そんな曖昧な返事でも、彼は満足げに笑った。
二人だけになり、菅原宅に戻る途中。菅原が大きく伸びをしながら、「あー、楽しかったな~! みんな育ってたな~」と、名残惜しげに口にして、俺がそうね、と返すと、菅原は少しだけ無言になる。そして、
「何で、すぐ会いに行かなかったかって思ってんべ?」
宮城に帰省を果たしてから俺がずっと胸に抱えていた疑問を、菅原の方から口にした。
「東京の大学行くって決めた時から、俺にはもう、帰る場所がなくなるんだって、一人で生きてく覚悟を決めた訳」
ぽてぽてとのんびり歩くのと同じ速度で、菅原は胸の内を打ち明け始める。彼の決心は大袈裟なように聞こえるが、東京に家がある俺には、たった一人で頼る相手もなく、故郷を後にしてきた彼の気持ちや勇気は想像でしか分からない。
「こっちで懐かしい誰かに会ったら、もう東京に戻れない気がした」
「…………」
俺がいても? とは、口に出せなかった。結構、俺は臆病者だ。たぶん、菅原が関わると、いろいろ考えすぎて即断が出来なくなる。
「そしたらさぁ、鉄朗は一人で東京に戻るか?」
「えっ」
いきなり振られて、返答に悩む。なんとなく既視感。昨夜、一度解いた試験問題だ。
「俺さ、東京でお前に会ってなくっても、ちゃんと一人で生きていけたと思うんだよね」
俺の答えを待たずして、菅原がそれを先に言ってしまう。待って。俺にも言い訳をさせて。
「――ごめん」
「ごめんって何だよ。……あっ、ごめんって、そういう意味かよ!?」
「ええっ??」
「こっちこっち」
大好きなチームメイトとバレーの試合をした時の、はしゃいだ熱をまたぶり返したように頬を高揚させて、菅原は家への帰路を外れ、小走りに坂道を駆け登る。途中、手を差し出されたので俺はその手を掴み、昨夜の花火の時と同じ楽しげな笑顔が、俺を引っ張っていく。彼の行きたい場所へ。
「はーっ、間に合った~」
見事な夕陽がちょうど山間に沈み始めたところだった。
目の眩むような夏空のブルーの中に、龍のように尾を引く紫とピンク色の細長い雲。下界に広がる田んぼがその見事な夕景を映し出し、そこかしこ虹色に染め上げている。
「おお、スゲー。綺麗だな~」
「お前、俺が一人で生きていけないように仕向けただろ」
ほへ~っと自然の美しさに魅入っていたところ、不意打ちで菅原が俺を小突いた。
「は……!? そんなこと、」
ないって、言い切れない。実際にそうしてたんだから。図った訳ではない、と言い訳はさせて欲しいけれども。
「ごめん……」
「やっぱりか」
「や、そうじゃなく!」
「俺、最初から気付いてたんだよ」
言い訳に走ろうとする俺の言葉を遮り、菅原が俺の腕に触れる。
「この手を掴んじゃったら、もうお仕舞いだって」
「…………」
愛おしげに腕を撫で、指を絡めて手を繋ぐ。
「お仕舞いだし、俺はお前を手放せなくなる。――お前さ、ほんとは猫なんじゃねーの?」
「……猫?」
いつの間にか傍にいて、膝に乗って一緒に体を温め、自分が死ぬ時は知らせずに去っていく。死に目には会わせてくれない。楽しかった日々、愛してた日々だけを残して消えてしまう。逆に、もし主人が先にいなくなったら、いつまでも縁側で待っているような。きっと自分の命が尽きるまで。
「一人暮らしの人間がさ、猫を飼うと世捨て人になるっていうじゃん。自分ちの猫だけでよくなるってやつ」
きっと、そうなるのが怖かったんだ。
菅原は、横顔を夕陽と同じ色に染めて、そんなことを言う。
「俺は……猫じゃないよ」
「知ってっけど!」
こんなエロい猫がいて堪るか、と、膝の裏を蹴られる。
「あーでも、孝支が猫の方が放っておけないって言うんだったら、俺は猫です」
「は? 都合いいなオイ」
しししと、歯を見せて笑うその顔が好きだ。俺は菅原がいれば、世捨て人になってもいい。菅原にもそれを押し付けるのは間違ってるけど、きっと俺は、最初からそれを望んでいたんだろう。そして菅原が俺といるより、もっと好きな場所を見付けたのなら、俺は彼の前から消えてもいい。菅原が満面の笑顔でいられるなら、それに越したことはない。
俺も、怖いのは菅原と同じだ。失いたくない。でも、それより一番大事に守りたいこと。ブレないように、心に刻む。
――そういえば、
「孝支くんは、俺のこと好きですか?」
握られた手をぐっと引き寄せ、逃げられないようにして、体を傾げて菅原の顔を正面から覗き込む。
菅原はぎょっと目を剥き、みるみる赤く染まっていく頬は夕陽のせいだけじゃない。
「……すっ、……おっ、お前だって、俺のこと好きかよ?」
「エッ、好きですよ。好きだよ。何度も言ってるっしょ」
「聞いたことない!」
「嘘っ!」
えっ、嘘だ。菅原の行動を見ながら、は~好きだな~なんて毎日何回も思ってるし、口に出してなかった? じゃあ俺たち、どうやって今日まで一緒にやってきた?
「…………」
「…………」
お互いに自分の過去の言動を振り返る間。えっ嘘だろって、ほんとにお互い、好きって伝えてなかった? 顔を見合わせたまま、ここは、俺の方からちゃんと言うべき? ってか、今言ったよね?
太陽が山の向こうに姿を消して、残光もそれに引き込まれるように、空を淡いブルーから濃紺へとだんだんと色を深めていく。菅原の表情が読み取れる内に、伝えておかないと。
「孝支くんが、好きなんですけど……好きすぎて、この手を離せないんですけど。一緒に、東京へ帰ってくれますか?」
もう片方の手も掴み、お遊戯をするみたいに向かい合って菅原の返事を待つ。それに対して菅原は、ぽかんと口を開けたまま。
暫くして、堪らずに笑い出した。
「当たり前だろ! こんなデカイ猫、放っとけないって」
早く帰んべ、腹へった~などと言い出して、ちょっと待って、アナタの口から好きって聞いてませんけど!?
「ちょっとそれ、ズルくないですか!? 好きって言ってない!」
「あ~ハハハ~、夕飯はすき焼きがいいな~」
信じらんねえ、ここははぐらかしちゃ駄目なとこでしょ。
踵を返して帰ろうとする菅原の二の腕を掴み、こちらを振り向かせる。
「言わないと、ここでキスすんぞ」
「…………」
真面目な顔でそう言うと、菅原も笑顔を消して向き直る。
「!」
ふわりと身体が近付いたと思ったら、菅原の方から口唇を合わせてきた。ちゅうと吸い付いて、息継ぎと共に舌が潜り込んでくる。喉を鳴らし、短い吐息を継いで、時々薄目を開けて様子を窺われる。腰にクる、本気のキス。
「……はぁ…っ」
全体重を預けてくるから、二、三歩後ろに後ずさって、転ばないように耐える。
「好きだ、鉄朗」
菅原は潤んだ瞳で熱っぽく囁き、俺の首筋に抱き付いた。
――――ああ、どうしてくれよう。堪らず、菅原の身体をべりっと剥がし、両手で頬をやわく挟んでもう一度。
「俺も、孝支が好き」
口にすれば、言霊となって全身からぶわっとラブが咲き乱れる。それを正面から一身に浴びた菅原も、花が綻ぶようにはにかみ、両腕を広げて受け入れる。その口唇へ、誓いの口吻けを贈った。
来年の夏は、どこへ行こう。今度こそ、一緒に花火を観よう。秋も、冬も春も、一緒に過ごそう。他に仲間がいてもいい。
隣に君がいてくれれば、どこへでも。
了
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俺たちの夏休み(2019/05/06発行 黒尾鉄朗×菅原孝支)
腐向けHQ 黒尾鉄朗×菅原孝支 R182019/05/06のスパコミで発行した黒菅本のWeb再録です。
大学生黒菅/同棲中、捏造の菅原母/将来の職業未定(公式発表前に作成した為)/夏休みに二人で宮城へ帰省する話。
当時、pixiv公開時にお付き合いいただいたみなさま、そしてこの本をお手に取っていただいたみなさまありがとうございました。
公開するにあたり、わたし自身気になった箇所を修正、言い換え、付け足しを行いましたが、大筋は変わってません。
ただ、本の巻末に差し込んだ黒菅初エッチの話は、今回アップしてません。現在の自分が読むと、荒が目立ちすぎて…。また機会がありましたら、そちらも公開したいと思います。
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帰省
~ 東京→宮城 ~
烏野の夏祭りなんて、絶対誰かに会うからイヤだと言ったのは、地元民である菅原の方だった。
「……イヤなんだ。意外」
むしろ一年ぶりの故郷なんだし、昔の仲間に会いたがるものだと黒尾は思っていた。
「こっちに戻ってきて、俺がはしゃぐとでも思ってた?」
いつもよりテンションが低くも見える笑顔が振り向く。
東京のアパートを出る時は、菅原は黒尾が引く程大はしゃぎで、黒尾はそれが嬉しくもあり複雑な気分でもあった。知った顔や好きな相手(俺)が近くにいても、結局はチームメイトの方が家族に近くて、安心するんだろう。それは自分も同じだ。と、黒尾も頭では思っても、俺だけじゃ足りないのかよという心の声がヘタすると漏れてしまいそうになる。
ところがどうだ。菅原の実家に着いて、母親に「東京の同居人」と紹介され、「どうも」と返事をしつつ内心(同居人ですか、そうですね)と少々ヤサグレて、それでも初めての彼の部屋、今夜は祭りで花火も上がる。黒尾のテンションは右上がり一直線だというのに、菅原の方はそれに反比例するかのように右下がり。冷静に、かつ目に見えて意気消沈していった。
海へ行こう!
~ 菅原宅→市民プール ~(菅原視点)
「銀山温泉ってこの辺じゃないの」
「残念~隣の県です……まあ、遠くもないけど」
何で知ったのか、黒尾はその温泉に以前から行きたかったと言い出した。海に行きたいって言ってたくせに、なんで急に温泉?
「海に行くんだろ」
「って言いながらプール来てるし」
「もうここでいいっつったのお前!」
お互いに車が運転出来る訳でもないし、徒歩と途中からバスで目指せ海! したはいいが、俺んちからバス停までも徒歩30分。黒尾は暑さに音を上げて、通りかかった近所の市民プールでとにかく水浴びしようということになった。
水着に着替えて早速プールに飛び込み、夏休みといっても平日の午前中。人もまばらで最初は大はしゃぎでクロールだ、次は平泳ぎだって競争して、ああ、なんで突然温泉なのか分かった。
「そろそろ上がるか?」
俺が先にそう言い、よいしょっとプールサイドに体を引き上げれば、待ってましたとばかりに黒尾も、でかいイルカみたいな、そのしなやかな体を勢いよく水から引き上げた。
「うわっ」
水中に慣れて重たく感じる体で立ち上がると、黒尾が後ろからがばりと抱き着いてくる。冷たいカラダ。その冷たさもあっという間に灼熱の太陽に焼かれていく。
はしゃいだノリの続きで黒尾が俺の二の腕を強く引き、おっとっとと縺れそうになる俺に身を寄せて掴まえながら、「早く着替えよ?」と、間近で目を細めて妖しく囁いた。
「祭りと、花火はいいのかよ……っ」
「行こうよ」
東京の市民プールはどうか知らないが、小さなこの町で温水プールもなければシャワーだって水しか出ない。
黒尾はこんなに寒がりだったか? いや、違う。体はとうに熱を取り戻しているのに、一人用の狭いシャワールームで頬と頬をくっつけてそのまま耳朶を食まれ、たった一枚でこの身を守っている水着の布にまで手をかけ、ちょっと待て待てと、まだ正気を保っている俺はこの場は公共の場であると言い続ける。
「も、寒くて死にそうだから、」
オネガイ、などと囁き、嘘つけコノヤロ、不埒な指先が胸の突起を弾いてくる。甘くて強い刺激に息を呑み、引き攣った俺の喉元に黒尾が口唇を寄せる。
「ちょ…、あっやめろ、後ろは……!」
まさかここで挿れるつもり? 肌に張り付いた水着の中に黒尾の不埒な両手が忍び込み、双丘の間に長い指が伸ばされる。ぎゅっとすぼまったソコを弄られると熱い息が漏れてしまい、堪らず額を黒尾の首筋に擦り付ける。
「挿れないから、孝支、前して」
「……え…っ?」
彼の両肩を掴んで耐えていた片方の手を剥がされ、切羽詰まって知らずお互いに擦り合わせていた中心に持っていかれる。
黒尾が俺のを水着から剥き出しにし、俺の手で彼のソレを握り込まされ、再び俺の後ろも黒尾が、指の腹で浅く挿入の真似事を始める。鼻から頼りなく息が抜け、自分の芯が疼いて徐々に硬くなり、黒尾の大きくて肉厚な手のひらが、指先が、繊細な動きを見せる度に、同じように張り詰めていく自分の手の中のものが、
「ふ…ァあ、っ、もうヤバ…ッ……!……!!」
ガクガクと膝が震える。極める瞬間大きな声が漏れそうになり、熱く溢れる吐息ごと黒尾の口唇が、他人に俺のあられもない声を聞かれぬように俺の口唇を塞いで、舌ごと最後の喘ぎを絡め取った。
「ハァ……、ハァ……」
皮膚は冷たいのに、お互いに触れている部分はいつまでも熱い。
欲望を吐き出した後、息が整うのを待たず、俺は黒尾の後ろに腕を伸ばしてシャワーの蛇口を捻る。
「ぶわっ、冷てっ!」
「帰り、またあのあっち~中歩くんだからな! 冷え冷えにしてやる」
くっついてると本当にダメだ。黒尾が指の先端でも触れさせてこようものなら、そこから電流が走るようにビリビリと甘い刺激が躰中を駆け巡る。黒尾のせいなのか、元から自分がそういうのに流されやすい性質なのか、とにかくもうさっさと離れないと。
帰省して初日からこれなんて、先が思いやられる。
夏の思い出
~ 市民プール→菅原宅 ~
一旦家に戻る途中で買い物をした。
「……何これ……すげーもじゃもじゃしてんだけど」
「ん? 鉄朗くんは、生のとうもろこしを見たことないのかな?」
もぎたてのとうもろこしを4本買って、鍋を火にかけている間に2本だけ皮を剥く。皮付きのままのを水のまま茹で始め、今剥いているのは沸騰してから茹でる。茹で方の違いで食感も変わるから、食べ比べをするのだ。
「皮被ってるのなんて初めてだっつーの」
「被ってるとか言うなっつーの」
「アッあ~~、剥かれる、痛ぇ!」
向い合わせで胡座をかき、アホな会話にげらげら笑いながら相手の脛を蹴る。
とうもろこしの粒の間からぼうぼうと生えている髭を容赦なくむしり、最初は気味悪がっていた黒尾も手触りが気に入ったらしく、もっとむしりてぇ! と言い出した。
ぐらぐらと煮たってきた鍋に、皮を剥いたそれも投入し、しばらくしてから塩を少し入れて出来上がり。冷やして食べたかったが、二人とも待ちきれずにアツアツのままかぶりついた。
「あっちぃ~」
縁側でクーラーも付けずに扇風機だけ回して、更にアツアツのとうもろこしを「こっちのがうまい」「これ俺好み」などと言い合いながら、お互いのを交換したりして食い散らかす。一度に2本も食べれば、そりゃあ満足なんだけど、きっと屋台で焼きとうもろこしをまた買ってしまうだろう。
「ここいいね。掃除機要らず」
食べこぼしは後で箒で庭に掃き出しておけば、庭飼いの鶏のこっこ(名前)が残さず食べてくれる。そういえばこっこは、いつかの夏祭りで買ってきたひよこだった。あれは――
「あー……」
「……なに?」
随分前から飼ってた気がしたけど、こっこが家に来たのは俺が烏野に入ったばっかの頃だ。その時、一緒に行ったのは大地と旭だった。
「なんだよ?」
黒尾が俺の口元に付いてたとうもろこしの粒を指で取ってくれたのだが、思い出に浸ってしまった俺はそれに気付かなかった。
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花火を観よう!
~ 菅原宅→山の上の神社 ~(黒尾視点)
何となく言ってはいけない気がして、これまで黙ってたけど。
東京の部屋では、休みの日は昼間はほぼ研磨が入り浸ってるし、リエーフもよく遊びに来る。東京が地元であるのを幸運に思うべきか悲しむべきか、音駒を卒業した後も周囲の顔ぶれがそれ程代わらない。呼ぼうと思えばすぐ呼べるし、バレーやろうぜと声かければ、近くの体育館を借りて、もしくは音駒バレー部OBですとデカイ顔して高校の後輩どもを(ボールで)殴りに行ける。
そんな時はもちろん菅原孝支くんも連れ立って、彼もすっかり音駒部員に慕われてたりするから、彼の故郷に戻って来たら、同じように烏野にすぐさま乗り込むものだと思っていた。
「そりゃ、俺もあいつらに会いたいよ。でも、何でお前がいんのって話じゃん」
「……」
母親への紹介もだけど、俺とまあ、付き合ってるとハッキリ言ってくれなくてもいいさ。でも同じ大学だし? 同居人だし? 一緒に遊びに来ててもいいんじゃね? 仕舞いには、「鉄朗行ってきなよ。月島もがんばってるよ」とか投げてきた。
「それこそ、いきなり何で俺一人で来るって感じだろ~よ? 俺、忘れられてっかもしんねーし」
「んな訳ないだろ」
「お前が行かないんなら、別にいいんだけどさ」
一年ぶりなのに、何で会いに行かないかな? というか、もしかしてこっちに帰ってるって、誰にも言ってない?
トウモロコシを食った後辺りから、菅原のテンションはまたしてもだだ下がりだった。
「俺の父ちゃん、背高くてよかったな」
浴衣なんて持ってないし、なきゃないでTシャツで行くつもりが、彼の母が二枚揃えて俺の着る分まで用意してくれた。
手作りらしく、同じ柄。小さい頃は一本の反物から親子の分を作れたんだけどねぇと、菅原母は言う。俺が袖を通した後多少手直ししたものの、身長190近い丈の着物、しかも体にフィットする仕立てなんてオーダーメイドでも調整するのは難しい。
「ありがとうございます」
なんか、スゲー感動。俺なんかが袖を通していいのだろうか。彼の母は、二人ともいい男よ、と、フフフと笑って送り出してくれた。
「母ちゃんまで鉄朗に惚れちゃったかもな」
べしっと俺の背中を叩き、ニカッと笑う彼はいつもの菅原。気分も上がってきたようだ。
「なに、孝支くんも俺に惚れ直しちゃった?」
彼の肩から背中を撫で、腰に手を回すと、下駄を引っ掛けた右足が膝裏を蹴ってくる。時刻はそろそろ19時を回る頃だが、雲の下方がほんのりピンクに染まっているだけで、日はまだ暮れそうになかった。
カラコロカラコロ、下駄を引き摺って歩く。
財布とスマホだけ帯の間に挟み、商店街でもらったうちわを片手で扇いで、空いた方の手を繋ぎたいがそれは菅原が許してくれない。
「俺は有名人じゃないけど、烏野バレー部は有名なんだからな」
誰が見ているか分からない、なんて、これが菅原の“普通”なら、向こうではだいぶ羽目を外していたんだな。人目のない路地でなら、キスくらい軽くしていたのに。
祭り会場に近付くと、屋台の数が増えてくる。りんご飴、焼きそば、イカ焼き、順々に見るだけ物色し、金魚すくいにヨーヨー釣り。焼きトウモロコシも、後で買おう。
夏の夜の熱気と湿気で汗だくになって祭り会場の神社の階段を昇る。屋台の熱は心地いいけど暑いのに変わりはない。暑いといったら、真っ先に食べるのはこれだ。
「俺、ブルーハワイ~」
「んじゃあ、俺はイチゴ」
「えっ可愛い。抹茶とかじゃねーの」
「そこはさぁ、音駒カラーと烏野カラーにすべきじゃないですかね」
「オレンジねーし。レモンはすっぱいじゃん」
色だけで味は同じでしょ、と、少しは元気になってきた菅原の顔を見て安心する。花火は20時からだから、それまでに場所をキープしようぜと言って、手を繋ぐのを頑なに拒否していた彼の方からこちらの手を取り、疎らな人の波をかき分けて進んでいく。時折振り返る楽しげな笑顔が、俺の胸をワクワクさせてくれた。
選手交代
~ カレシ→チームメイト ~
一体どこで花火が上がるのかと思ったら、当初行こうとしていた海で上がるとのこと。
「こっから見えんの?」
「そう思うべ~?」
菅原は母親と同じようにフフフと笑い、どっちだよとツッコミながら半分水になったかき氷を啜る。
「舌見して、舌」
先に食べ終えた菅原が自分の舌をべっと出してみせる。
「うはは、青っ」
「あ~お前ぜんっぜんわかんねー赤とか。面白くね~」
神社の本殿と社務所の間にある、見晴らしのいい空間に設置されたベンチに並んで座り、お互いの舌を見せ合いながらギャハハと大笑いしてうちわで扇ぐ。
空が紫から濃紺へと徐々に移り変わっていったのだろうけれど、菅原と二人でいると一時間もあっという間で、それこそあっという間にハタチを越え、30にも40にもなってしまうのではないかと、そんな時間を共に過ごして行きたい。
「スガ……?」
そんな、永遠に続きそうな時間も、俺が主役であれば誰に止められる筈もない。残念ながら、ここは彼ら烏野の舞台だった。
「…………」
懐かしい声にびくりと肩を震わせ、菅原が声の方を振り返る。
しばらく無言で、口をぱっくり開けたまま、どうすんのかな誤魔化すのかなと、若干第三者目線で俺は見守っていた。
「だ……大地……っ! 旭~っ!」
突然、目の前で大洪水が起きた。手にしてたうちわもボロリと落とし、下駄が脱げそうになりながら菅原は彼らの元へ走っていく。菅原の瞳の中から俺が消える。一瞬にして、俺は他人になる。――――あ、ちょっと待って。俺も泣きそう。
うわ~んと子どものように同級生二人の胸に飛び込んで行った菅原は、なんだよやっぱり会いたかったんじゃないか。何で素直に最初から彼らを招集したり、後輩に会いに行かなかったのか。
俺はそっと消えるべき? とも思ったが、主将とは目が合っちゃったし、知らぬ仲でもないので立ち去るのも不審。よっ、とお互いに片手を挙げて挨拶して、なんだろこの状況。片やかつてのチームメイトがかつての敵方と揃いの浴衣を着て、まるで縁日デートの現場目撃(正にそのとおり)。片や自分のカレシが他の男の胸の中で大泣きしている、端から見ればまるで自分が浮気でもして泣かれてしまったような状況。
どっちを相方として話を進めるかは、主役の菅原にかかっているのだが、少々俺が不利のような。
「なんだよ、帰ってきてたんなら教えろよ。元気だったか?」
「うん、ごめん、元気、だった~」
しゃくり上げながら、鼻もずびずび言わせて、泣き止むかと思いきや再びうわーんと声を上げる。主将に背中を擦られ、髭の優男に頭を撫でられ、俺は近寄るに近寄れない。
「ふえっえっ、あ、ちょっと、待ってて、」
感動の再会シーンを、映画館の観客よろしくぼうっと眺めていた俺の元へ、菅原がたたたと駆け寄ってくる。
「鉄朗、ティッシュ、ティッシュ」
「あ~はいはい」
ティッシュやハンカチ、絆創膏なら任せなさい。懐から菅原母が持たせてくれた布製のティッシュケースを取り出し、1枚抜いて先に菅原の目元の涙を拭ってから、ケースごと彼に渡す。ぐしゃぐしゃになったその顔を間近で見て、切なくもあり、可笑しくもあり。一頻りティッシュで鼻をかみ、涙をハンカチで拭って、まだふぐふぐ言ってるカレシに、
「どうする? 彼らと花火観てくか?」
と訊ねると、えっ、と瞳をぱっと上げ、迷ってる瞳が俺に訴えかけてくる。「俺はいいよ」と言い、菅原本人の答えがどっちだったかは定かでないが、ここは故郷の友人たちに場を譲るべきだと勝手に判断する。
ハンカチとティッシュをそのまま菅原に持たせ、元烏野バレー部三年の二人にも分かるように大きく片手を挙げて見せ、俺は踵を返して屋台の人混みの中に紛れた。
正直まいった。今の今まで目の前で笑ってた菅原が、俺じゃない誰かに意識を持っていかれる瞬間。しかも大泣きされるとは……。
同じ大学に通い、そのうち一緒に住むようになり、いろんな面を知って、喜びも悲しみも見てきたつもりだったが、同郷の輩には勝てなかった。勝つとか負けるとかじゃないけど、やっぱり敗北した感がある。俺じゃ、俺だけじゃダメなのかとすら思ってしまう。
「……あー」
声に出たのはやるせなさと、もう一つ。帰ろうにも、帰る場所は菅原の家。まさか自分一人で帰る訳にはいかないことに気付き、どっかで時間を潰して、頃合いをみて菅原に連絡するしかない、だろうな。
「はあ……」
遠くで上がる花火の音が、空気を振動させて俺の背中をどどんと押す。ちらりと後ろを振り返り、花火の火の粉は見えないが、木々の向こう側の空が光って、同じ色の光に照らし出される菅原の、見たこともないような笑顔を想像ながらに思い浮かべたら、少しだけ心が浮き立って、だけど、その彼の隣にいるのが自分ではないことに腹が立ち、そして落ち込んだ。
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“拝啓、沢村大地様――”
大学に受かって東京行きが決定して、荷造りをしている時に机の引き出しの奥で眠っていたレターセットを見付けた。今だって連絡は殆どスマホのアプリだし、手紙など書くつもりもなかったが、何気に参考書とノートと一緒にそれも鞄の中に詰めた。
(……沢、じゃなかったかな。なんかヘン)
“沢”を“澤”に書き直して、ああそうだ。文字の中に幸せが見えて、村に大地に、なんて彼にぴったりの名前なんだろうと思った記憶がある。そしてとても懐かしい。
東峰旭もそうだ。朝日はいつも東の峰から昇ってきた。山と緑と、畑と田んぼ。通学路になっている畦道は、小中高校と共通。大地と旭と出会ったのは烏野高校に入ってからだけど、彼らのその名前には、自分がその土地で生まれ育った月日の、すべてが詰まっているように思えた。
お元気ですか。俺は元気だよ。バレーは続けてますか。俺は続けてる……駄目だ。何を書いたらいいのか、話したい本音のところが何も出てこない。
スマホからのメッセージは必要な時しか送らないと決めていた。東京駅で電車を降り、『無事着いた』それだけを送った。それから三日我慢した。『かけす荘! 懐かしい』たまたま近くに用事があり、かつて根城にしていた小さな旅館の写真をメッセージと併せて送った。それから十日我慢して、まだ大丈夫、今日も我慢できた、そうやって、ホームシックを騙し騙しやってきて――――。
ホームシックになんて、なる筈ないって思ってた。東京にも何度も来てたし、故郷と地面は続いているし、その日の内に東京と宮城を往復だって、しようと思えば出来る。そんなに離れていない。連絡だって、取ろうと思えばすぐ取れるし、返事もすぐ返ってくる。なのに――――。
電話したい。大地と旭の声が聞きたい。でも、声を聞いてしまったら、余計に寂しくて仕方なくなるって知ってる。
一ヶ月、何も連絡せずに我慢した。時々ぐわって来る寂しさを、出すかどうか分からない手紙に綴っておこう、そう決めて筆を取った。でも、胸に溜まってる想いなんて、ただ“会いたい、会いたいよ”そればかりで、まるで遠距離恋愛。文字にしたら余計に想いは募り、机に突っ伏す。
俺、東京で、一人でやっていけるんだろうか。まだ、大学生活は始まったばかり。
菅原孝支くんのこと。
~ 祭り会場→菅原宅 ~(黒尾視点)
「ただいま、戻りました」
「あ~よかった、よく迷わなかったわねぇ、黒尾くん」
何かの時の為に、菅原宅の電話番号を訊いておいてよかった。あれから、やっぱり彼らの再会を邪魔するのも何だと思い、『先に帰る。道は覚えてるから、安心して』とだけ菅原にメッセージを送り、菅原宅に電話を入れた。
「道を覚えるのは得意なんで」
彼の家は住宅地の中だった。夜になって不安もあったが、まあ迷ったらその辺の家の人に訪ねようと大雑把に構えていた。
「ご飯はどうする? お風呂も沸いてるわよ」
「あー……じゃあ、お風呂いただきます」
至れり尽くせりな菅原母だが、息子に厳しいのは少しだけ知ってる。俺がフツーにしてないと、客人を一人で帰すなんて、と、後で彼が怒られるだろうから、彼とのことは後で考えるとして、俺が送ったメッセージが既読になったかどうかも確認せずに、鞄から着替えを取り出すのと入れ換えに、スマホはその中にぽいっと入れた。
どうせなら、本人がいない間に昔のアルバムでも見てやろう。
「浴衣、ありがとうございました」
風呂を借りた後、自分の持ってきた部屋着に着替えて、皺にならないように浴衣を適当に畳んでお返しする。いえいえ、本当によく似合っていたわ、と言われ、恐らく自分の夫を思い浮かべたのだろう、その柔らかな笑顔は息子と同じ雰囲気を纏っている。
「孝支くんは、お母さん似ですね」
と思わず口にしてしまうと、
「……そうなのよ、父親に似れば、もっと背も伸びたんじゃないかと思うのよねぇ」
と、眉尻を下げて頬杖をついた。
いや、俺が思ったのは、あなたに似て美人……ってとこなんだけど、まあいいか。話の流れは自然と彼女にアルバムを引っ張り出させた。
「写真は現像するに限るわよね」
分厚いアルバムは三冊あった。菅原孝支が生まれてから高校卒業までの成長記録。その中で、俺が知っているのはたったの一年足らずなんだ。
一冊目、孝支誕生。母の腕に抱かれて、あ、父親が写ってるのもある。あ~眉毛辺りは父親似なんだな。無垢な笑顔、大泣きしてる涙と涎とでぐしゃぐしゃな顔。ハイハイから歩行器、一人で立って母親の胸へダイブするの図。幼稚園の芋掘り、運動会。小学校の入学式、林間学校。学校で撮られた集合写真などは、いつも女子の中に紛れていた。
「孝支も友達も、いい笑顔でしょ。でもね、どうやらこの頃は苛められていたみたいなの」
色白で少女みたいな面影は、物心が付き始めた男子からは、やいオンナオトコだの、かといって女子にも混じれず、一人で写っている姿は遠くを眺めて、言われてみれば寂しげでもある。
彼が中学生になる頃、烏野は春高バレーに出場している。
「バレーを本気で始めたのはこの頃からよ」
中学にもなると、アルバムの写真は入学式と卒業式くらいになる。あとは恐らく本人のスマホ内にあるか、思い出は持たないかだ。俺は彼のスマホの中身までは知らない。
厚みのあるアルバムは、彼が愛されていた証しだ。けれど、今の菅原を思うと、もっとたくさんの友人と、たくさんの家族と、いつも周りに人がいて、そのせいで写る顔は表情が分からないくらいに小さくなってしまって、そんな過去を想像していた。実際に写っていたのは、学校で適当に撮られた写真以外は彼一人か、母と二人だけというのが殆どだった。
「黒尾くん、東京で孝支と一緒に住んでくれてありがとうね」
俺が東京に越してきた時は、研磨がいてくれた。研磨がいてくれなければ、俺はまったく別の黒尾鉄朗になっていただろう。
(今の孝支があるのは、あの二人がいてこそなんだろうなぁ)
今でこそ、自分が研磨を前にして“会いたかった”と言って大泣きするなんてことはないだろうが、自分が小学生の頃に得た、何ものにも代えがたい大切なものを、菅原は高校になってやっと手に入れたのかもしれない。
玄関の引き戸を勢いよく開けた音がしたと思ったら、ドドドと道路の突貫工事かのような足音が響き渡り、ああ孝支かと分かったのは、最初に自分の部屋に駆け込んでからの流れで一旦停止の後、こちらに方向を変えて走って来たから。
「母ちゃん、鉄――て、鉄朗!! おま、電話ぁ!!」
「へ……」
青椒肉絲と白飯を同時に口に頬張っていたせいで、もぐもぐとしか返事が出来ず、電話? そういやスマホどこやったっけ?
「お前っ……! 心配するなっつったって、心配するべや、知らない土地でぇ」
同級生の二人と別れてから俺に電話をかけまくり、猛ダッシュでここまで帰ってきたのだろうと想像するに容易い。少しだけ着崩れた浴衣が、額や首筋に流れる汗が、俺の目に毒。
「電話くらい、出ろよ……」
俺の肩に腕を置き、ぐったりと彼の頭がそこに寄り掛かる。しっとりとした汗の匂い。走り込みで高鳴っている心臓の音。箸を置いて、その背を擦る。
「孝――」
「孝支! あんた、手ぇ洗ったの!? 帰ってきたら手を洗いなさい!」
びくうっと全身硬直し、慌てて取り繕いばんばんと菅原の背中を叩く。先にお布団敷いておくわねと姿を消していたお母様が、後ろに鬼の形相で立っている。
「わ、悪い悪い、スマホ部屋に置きっぱなしだわ。心配かけたか? 飯食おうぜ?」
菅原の重心が肩から伝わってきただけで、心臓がぎゅうっと苦しくなり、すぐにでも抱き締めたかった。母が登場しなければ、きっとそのまま抱き締めていた。
ところが菅原は取り繕う気もなく、今にも泣き出しそうな顔を上げ、小さく「ごめん」と言った。
「え、どうしたの? 喧嘩でもしてた?」
「い、いえ、何でもないんです。ただあの――……ひよこが、取れなくて」
苦しい言い訳を並べたら、菅原母もそれ以上は訊くまいと、こっこはまだ元気だから新しい子はまた来年ね、と優しい溜息をつく。それから改めて、ほら早く手を洗ってきなさい! 先にお風呂入らないと風邪引くわよ! と、息子を激励するように追い立てた。
息子の一人部屋では狭いだろうと、離れにある客間に二人分の布団を敷いてくれた。
菅原が風呂に入っている間に荷物を移動してきたところ、今夜彼と二人でこの部屋で、枕を並べて寝るのはキツいな……と苦笑してしまった。どこまで理性が保つだろうか。枕元には、寝間着用の甚平が置いてある。
(あー……無理無理)
先程の、汗に濡れた髪と首筋から胸元まで流れる滴を思い出し、これで更に菅原に甚平を羽織られた日には、朝まで寝付ける気がしない。母は、まさか息子と友人がそういう関係であることを知らないだろうから――――。
これから先のことなんて、深く考えたことなかったけど、いつまでも息子が結婚しないとなったら、彼の母は気付くのではないか。俺たちはいつか、別れることになるのだろうか。
そればかりは、今は想像もつかない。出会ってから約二年。始まってから、まだ一年しか経っていないのだ。
あ、そうだ、と気付き、鞄の中からスマートフォンを取り出す。画面を見て、着信履歴にぎょっとする。NINEのメッセージ未読が24件、着信5件。携帯の番号の方に着信が5件。全部菅原だ。
メッセージは俺への返答の『ごめん、ありがとう』から始まり、数分後『道迷ってない?』『いまどこ?』
おいおい、せっかく俺が先に帰って三人水入らずにしてやったのに、全然花火に集中してないじゃんか。
『花火終わった』『無事帰れた?』、着信、『おい、電話出ろよ』、着信。
一件一件、彼がどんな顔しながら文字を打っているのか、誤字も酷くて慌てて打ってんなとか、花火の写真や連れの二人の話がひとつもないこと。
ああ、俺酷いことしたなって後悔した。同時に、溜息が漏れる程幸せになってしまった。
どうしよう。こんなに好きになってしまって、本当は誰とも会って欲しくないくらい監禁欲まで高まって、自分はヤバイ奴だ。
やっぱり今日は一人で寝ようと、居間に戻ろうとして襖を開けると、風呂から上がった菅原とちょうどよく出くわしてしまった。
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宮城から上京した先の、同じ大学の同じ専攻に、まさか知り合いがいるとは思わなかった。
「ハイそこ~。何で逃げるんですか」
黒尾の顔を見た瞬間、何故かヤバイと瞬時に心臓が跳ねて、即座に踵を返していた。
「……ど、どちら様…………」
「スガちゃんでしょ、なんで? 俺と知り合いだとマズイことでもあんの? 黒尾さんですよ~、忘れる訳ないですよね」
そりゃ忘れる訳ない。つい数ヵ月前まで春高の舞台で、ネットを挟んで顔を付き合わせていたのだから。
「……お久しぶりですクローさん。わざわざ遠いところから通学お疲れ様です」
「それを言っちゃ、おたくの方が遠路はるばるようこそですよ」
まあ東京だし? トップレベルではないけれどそれなりに名の通った大学だし、誰かしらいたっておかしくはない。同じ音駒でも、例えば夜久くんとか、主将クラスでいうなら木兎とか、その辺と出くわしていたのなら喜びが先に立っていただろう。
なんでだろう。黒尾とは、こんな毎日顔を合わせる場所で、出会いたくなかった。自分でも理由は分からない。
黒尾鉄朗くんのこと。
~ 菅原宅・離れ ~(視点混在)
「どこ行くんですか、鉄朗さん」
荷物を掴んでいたから、トイレとかそんな言い訳は通用しない。
「あ~~、えっとぉ、、今日はさ、別々に寝た方がいいんじゃないかと……」
「なんで? 母ちゃんには、喧嘩するかもしんないから、ちょっとうるさいかもだけど心配するなって言っておいたし」
「えっ喧嘩、するんですか……?」
「馬鹿」
とすっと、軽めの右ストレートを俺の胸に押し当てて、菅原はそのまま俺の肩に額をぶつけて凭れ掛かる。は……? え??
ちょっと待って、とばかりに彼の両肩を掴む。だって、これはマズイでしょ。
「あのぉ……、昼間は暴走して、すみませんでした。でも、さすがにこっちではしないと思って、そういうの何も用意してきてないし、ていうか、」
マジ勘弁して、、、既にキリキリと痛み出してる下半身も、マジ勘弁しろよ俺……。などとあたふたしていると、菅原がチョコレート菓子サイズの箱を徐に顔の横に掲げて見せつける。
「…………」
ヤル気満々の彼氏に気圧され、よろりと後ろに一歩、二歩と下がると菅原も一歩、二歩と社交ダンスのステップのように俺に迫る。室内に足を踏み入れるなりくるりと後ろを振り返り、両手でぱしんと静かに襖を閉めた。
「……どしたの」
このままなし崩しに抱く訳にもいかず、閉じた襖と無言で向き合う菅原に声を掛ける。
「――俺、分かっちゃったんだ」
ぽつりと呟いた声が少し震えてる。泣いてるの? と気遣う間もなく、再びこちらを向いた彼は、未開封の商品の開け口であるセロファンの端を口に咥え、ピーッと破いて包装を外す。唇にくっついたセロファンをフッと息で吹き飛ばしてから、続けて指先で箱の中を漁り、びろびろと数枚綴りのコンドームを引っ張り出す。
「ええー……男前。……待って、待って」
挑発的な行動と瞳に抵抗できる筈もなく、俺は彼の母が敷いてくれた布団の上に押し倒された。
高校での黒尾のことはバレー部以外に知らないが、大学でも彼が友人作りに困っている様子はなかった。俺も数日も経つとそれなりに話をする友人は出来たが、気付くと隣の席には黒尾がいた。講習でも、学食でも、待ち合わせた訳でもなければ、そういえばお互いに連絡先すら交換していなかったのに。
「あのさ、NINEとかしてる?」
黒尾から訊いてきてくれた時は、何故かドキドキした。躊躇いながらも、スマートフォンに新しい連絡先を追加して、数は多くないけれど毎日ぽつぽつと何気ない会話が交換されるようになった。
『スガちゃん、バレーしない?』
『ルームシェアしてた奴に彼女が出来てさ、一部屋空いてんだけど、一緒に住む気ない?』
『おーい、コウシくん~』
距離がどんどん近くなり、大学に入って初めて迎えた冬の日に、雪の中でキスをされた。別に嫌じゃなかったし、そうなるのが自然な気がしてた。きっと、最初から。
ホームシックはどこへやら。田舎へ帰りたい、寂しい、仲間に会いたいという気持ちさえ薄れて、大学でもアパートでも一緒なのに、休みの日まで黒尾と一緒に出掛けたりして、彼が連れて行ってくれる場所は俺が初めて行く場所とは限らなかったけど、黒尾とはしゃいでいると出会うものすべてが真新しく感じられた。
好きな相手とはいえ、一緒に住めば些細なことで喧嘩もするし、いい加減嫌になって他の友人宅に数日逃げ込んだこともある。
逃げるのはいつも俺。それでも黒尾は、俺の帰る場所をいつも用意してくれてた。黒尾が自分の前からいなくなることなんて、想像できなかった。
黒尾はどうだろう? 俺が、誰か別の相手と逃げて、置き去りにされる想像をしたことはないのだろうか?
烏野と音駒時代に出会った当初から、彼は飄々としていて、人や物に執着するようには見えなかった。
「例えば俺がお前に、ここから出ていけって言ったら、お前はどこへ帰るんだ?」
毎度喧嘩をする度、俺が本当に黒尾に嫌気がさしたのなら大学も辞めて、宮城のこの家へ戻っていただろう。大学の友人宅に留まったのは、ほとぼりが冷めたら黒尾の待つアパートへ戻るのが前提だったのだ。もう嫌だとその時は本気で思っても、黒尾は東京での俺の唯一の居場所で、それを失いたくなかった。
あの部屋は元々彼が住んでいた部屋だから、いざこざがあったら俺の方が出ていくのは当然。でも同等な条件、もしくは俺の部屋だったら。黒尾は出ていっただろうか。
「……帰るって言ったら、あのアパートだけど」
「俺が戻らなくても?」
「……ええっと」
両腕を万歳させてシャツを脱がせ、ハーフパンツとその中の下着に手をかける。虫刺されに弱い黒尾の脛から柑橘系の匂いがする。舐めたらきっと苦い。唯一虫除けの塗られていない彼の雄も、苦いのを知っていて口に含む。
「あの、孝支くん……俺、今日は入れられる側なんですか?」
こっちは真剣なのに、黒尾が本気になるのは本当に切羽詰まった時だけ。だから、さっさと本気になってもらう。屹立したそれにくるくるとゴムを被せ、その上から再び舌を這わせる。自分の唾液だけでは全然ぬめりが足りないから、虫刺されに塗るクリームを使って更に扱く。
「ちょっと……っ、何か言ってよ、孝支さん……!」
布団を汚す訳にはいかないから、ジェルとか怪しいものは使えないし、体液も溢せない。念の為シーツの上にバスタオルを敷き、汚れたら俺が自分で洗濯すればいい。カラダの熱は沸騰寸前なのに思考は冷静。準備万端。
「ふ……」
自分も下着を両足から抜いて放り投げ、黒尾の身体の上に跨がる。彼の肩を支えに、後ろ手に片手を回して双丘の間に自分が硬くした彼の性器を導く。既に欲しくて堪らないからすぐにでも入りそうなのに、そう簡単にはいかない。腰だけの動作では無理で、もう片方の手も後ろに伸ばして自分の隠された穴を拡げようとしたところ、黒尾が俺のその手を掴んで上半身を起き上がらせた。
喧嘩をして、菅原がアパートを出ていっても、すぐに次の同居人を探そうとは思わなかった。俺の方から別れる気はなかったから。
もー無理! さいなら! って、よく菅原は口にしたけど、別れようとか、二度と会わないとか、決定的な台詞を言い渡されない限り、まだ大丈夫という思いがあったのだ。俺は狡い。
子どもの頃は、もうちょっと逆に大人だったと思う。俺は俺でやりたいようにやってたし、研磨にも、俺が興味あることは一緒に体験してもらったけど、無理強いすることはなかった。と、思う。
菅原をバレーに引き戻したのは俺だ。彼のことをまだそんなに分かっていなかったにも拘わらず、音駒にOB面して行く時も連れて行った。菅原はまだ、東京で自分がやりたいことを見付けられていなかった気がして、彼がまだ迷っているそんな時に、俺が勝手に道を作って引っ張り込んだ。
それは、宮城から東京に出て来て引っ込み思案になっていた彼を、俺の知ってる生き生きとした彼に戻って欲しいという、果たして親切心からだったか? 単に俺が菅原を、思いどおりにしたかっただけでは?
一緒にいるうち、好きが募ってキスをした時も、菅原は拒絶しなかった。一つのベッドに乗り上げて、お互いに服を脱いでいく途中、俺は彼に入れたかったし、彼も男に組み敷かれるのなんて嫌だったかもしれないけれど、俺に入れられるのを拒まなかった。
彼の口から、本気で「嫌だ」という言葉を聞いていたら、ここまで来なかった。もう手遅れ。こんな俺にしてしまったのは、全部孝支、お前のせいだよ。
「ごめん」
菅原が自分から俺のを入れようとしたその手を掴み、上半身を起き上がらせて抱き締める。膝立ちだった彼が、力なく俺の腿の上に座り込み、お互いに張り詰めた雄が擦れ、腕の中の菅原がぶるりと震えた。
「ごめんって、何だよ」
熱く掠れた声が、耳元を擽る。
俺がそんなに構わなくたって、菅原は自分で自分の居場所を見つけた筈だ。一人でいる姿が、いくら寂しげに見えたって、俺が彼の隣を独占する必要はなかった。
今日の花火大会は、俺が先に帰らなければ菅原ももっと楽しめた筈。
構い過ぎるのも、散々構ってきた後にわざと距離を置くのも、彼に俺のことを一番に考えさせる為。もちろんそんなの、計算してやってた訳じゃない。無意識だったから、自分でも止められず、菅原を振り回す羽目になった。本当にたちが悪い。
菅原が、我慢を募らせ息を上げ、涙目で俺に訴えかける。普段から誰彼構わずボディタッチの鬼である彼が、俺に触れられると途端に躰を竦ませる。媚薬でも盛られたように、首筋をピンクに染めて震えだす。菅原が性に淫らなのは俺に限り、だと信じて疑わないし、そうであって欲しい。少なくとも俺は、菅原以外に性欲を感じたことはない。
彼の背に回した手をそのまま撫で下ろし、臀部を両手で揉んで左右に割り開く。尾骨を指先でなぞりながら双丘の間へと、隠された後孔を両手の指でぐっと拡げ、襞から顕になった内臓の浅い部分を二本の人差し指の先で擦る。菅原はここを緩急つけながら擦られるのが好きだ。両腕で俺の首筋に縋り付き、熱い吐息が速度を上げていくのが分かる。
「は……あ、も……っ、出、そう、、出る、からっっ」
内壁がヒクヒクと、指先を内部に導くように吸い付き始め、菅原の手が何かを求めてさ迷い出す。自分にもゴムを被せて欲しいのだと分かるが、
「俺の手に出して」
と、片手を前に回す。後ろに残した右手の指先で後孔を拡げながら中の浅瀬を引き続き刺激し、前に回した手も、彼のその孔から袋越しに、彼自身の裏筋をなぞり上げて先端をやんわりと包み込む。
うううと菅原が呻く。腰が前後に揺すられる。堪えきれない喘ぎを、俺の肩や首筋にキスをするように口唇を擦り付け、時々歯を立てながら、イク瞬間にぎゅっと両脇で縋り付き、びくびくと立て続けに精液を放った。それを手のひらで受け止める。
「入れ……、ろよっ」
「まだ待って」
焦らしているのではなく、今日はまるで初めての時のように俺自身が怒張し過ぎているから、一度自分も抜かないと傷付けずに挿入する自信がない。
菅原が出したものを己のそれになすり付け、そのまま扱き始めると、それに気付いた菅原が手を止めさせる。
「なんで、自分ですンだよ」
「こんなの、入れらんねーよ……」
「いいから、入れろ……!」
「待てって、」
言ってる傍から菅原が俺のを握り込み、自分の後ろに導こうとする。先端が穴の縁に触れると、待ち切れない彼のその熟れた穴が啄むようにヒクついて俺を刺激し、ゴムの中で僅かに爆ぜる。
「……なんで、イクかな、っ」
「……それは酷くないですか、スガーラさん」
へたりと再び俺の腿の上に座り込み、荒い息を吐く。
言い訳するようだが、いつもはこんなに早くない。それは菅原も同じ。同じ屋根の下に家族がいる中、離れとはいえ、いつ誰が覗きに来るとも限らない。息を潜めて情事に及ぶ。それとは別に、自分たちの始まりのような、終わりのような、思考が結末に辿り着く前の切羽詰まった状況。苦しくて、悲しくて、幸せで、お互いが好きで、溢れてくる感情の行き場が定まらずに不安になる。
半端に軽くイっただけで治まる筈がなく、今度は俺が菅原を布団の上に押し倒し、彼の両膝を抱え上げた中心に少しは落ち着いた雄を宛がう。
「は――……ぁあ、」
先端5センチ入れるだけでも、本来は排泄する部位に入れる訳だから、いくら菅原が欲しがっていたって一度はすぐに押し出されてしまう。それでも快感に繋がっているのか、彼の口からは熱い息が漏れる。内部の筋肉の動きに逆らい、じりじりと中に押し込むと、ぎゅっと彼の内壁に吸い付かれ、今度はぐいぐいと奥へ吸い込まれ始める。
お互いに息を上げ、整え、全部入りきるまで。菅原が自分の腕で顔を覆ってしまうのを、その手首を掴んで上気している顔を顕にする。胸と胸を重ね合わせ、お互いの皮膚に心音を響かせ共鳴させる。間近に迫った菅原の、中を割り開かれる感覚にとろけた顔。両手で彼の柔らかくて色素の薄い髪を掻き上げ、その頭を抱くように口吻けると、彼の方も両腕を俺の背中に回し、繋がった下肢を押し付けながら両足で縋り付いてくる。
その仕草に愛しさが込み上げ、ゆっくり味わいたくても腰は勝手に奥へ奥へと前後に動くし、完勃ちした性器と同じように最奥に届かせたくて舌で彼の口腔内も貪る。
キスの途中で菅原がイヤイヤと首を横に振り出したので、残り1%程の理性を引き戻して口唇を離すと、
「んっ、なんか、熱い……。擦るの、待って……」
ふーふーと細い息を漏らしながら、中の違和感を訴える。ここにきて寸止め勘弁だが、彼が両目をぎゅっと閉じ、俺の肩を掴む両腕から震えが伝わってきたので緩やかに動きを止める。
「う……、ハァ、止めると、よけいにヤバイんですけど……」
いつもより内壁の痙攣がすごい。窄まったと思うと息をするように拡がり、すぐにまたみっしりと雄に吸い付いて絡まる。びくびくと予期しない痙攣が俺の精神を持っていき、下手すると彼より先に達してしまいそうだった。
「熱い……ひりひりする……あ、あ、っ、鉄朗、おまえ……っ、なんかしただろ……っ!」
ぎゅうぎゅうと肉壁が俺自身に絡み付く度に、彼の先端から少しずつ体液が溢れ、今にも破裂しそうに真っ赤になって息衝いている。
なんかしただろって……そういえば菅原が、俺に被せたゴムに使ったあれ。虫刺され用のクリームにはほぼほぼ入っているメントール。それだ、と気付くと、口元に意地の悪い笑みが浮かんでしまった。
「……自業自得、みたいですけど?」
「なん……っ、! ぁあっ、あぁぁぁっ……――!!」
反論する言葉を飲み込み、ひゅっと息を吸った後に呻き声を上げ、菅原は後ろで絶頂を迎えた。前からは申し訳程度に精液を溢し、緩く閉じた目蓋をふるふると震えさせ、躰を強張らせたままびくびくと腰から内腿が痙攣を繰り返す。
うーうーと呻いて泣く菅原は、俺が抜いてやらないとその苦しい程の快感からは解放されないのだろうけど、こっちはまだ駆け上ってる最中。繰り返される締め付けと蠕動をこのままに、やめられる訳がない。彼の腰を抱え直して、律動を再開する。
「っんあぁ…っ!……ううー、、ふぁ、あっ、やめ、っ……や、!! まだっ、イッて……ぁっまだ、イッてる……っ!! はあっ、ん待っ、、てつ……てつろぉ……!! んぁああっ、は……うぅ~~っっ!!」
「は……ぁ、ッ――――!」
菅原の最奥の壁に先端をぐりぐりと押し付けてイく。菅原の中で果てる瞬間は、ゴムが破れるんじゃないかと毎回思う。長い射精の後、菅原の内部がもっとと震えて更に俺の精を搾り取る。熱くて、俺に縋るように震えて吸い付き、柔らかい肉が快感でぎゅうっと締まる瞬間が堪らない。
いつまでもその中に包まれていたいのを、理性を無理やり総動員して自分の性器をずるりと引き出す。がくがくと膝を震わせて泣きじゃくっている菅原の終わらない快感を、慰めるように彼の好きなところを優しくなぞり、擦って、苦しい呻きが甘い喘ぎに変わるまでよしよしと宥める。
菅原は短い息をは、は、と吐くと続けて鼻に掛かった甘ったるい吐息を漏らし、自分の腹と胸の上に残りの精を気持ち良さげに吐き出した。
『例えば俺がお前に、ここから出ていけって言ったら――』
熱を吐き出し、くたりと落ち着いた様子で寝落ちる菅原に、飛び散った体液を拭いて甚平を羽織らせた上からタオルケットをかけてやる。自分も重くなってきた目蓋を上下させながら、彼が言っていた台詞を思い出す。
この場所から出ていけって言われたら、仕方なしに出ていくだろう。その後は? 東京のアパートに戻って、彼がいつまでも帰ってこなかったら?
「取り戻しに……行くよなぁやっぱ」
だってまだ、菅原のいない未来が思い描けないから。
睡魔に負ける前に、もう一枚のタオルケットを引っ張り上げて彼の横に寝転がる。
あれ? もしかして、そうすればよかった?
物分かりがいい振りをして、先に帰って来なくても。孝支くんは俺と一緒に花火観るんですーって宣言して、大人げなくあいつらから菅原を奪えばよかった?
もう少しで彼の望む答えが導き出せそうなのに、朝になればキレイに忘れてしまいそうな程、急激な睡魔に引き摺り込まれた。
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黒尾は自分が行くところに、一緒に行かないかといつも俺を誘ってくれた。今回の帰省も、自分には帰る田舎がないからと、黒尾の方から宮城行きを言い出してきた。
俺だってこっちに帰ってきたかったけど、帰るのが怖い気持ちもあった。黒尾と同じように、俺が行きたいところ、会いたい奴らのところに黒尾を引っ張っていって、羽目を外す俺の姿を見せてしまったら、何となく黒尾が自分から離れていきそうな気がしたから。
どうしてそんなことを思ったんだろう?
故郷から離れた場所で一人で、黒尾にだけは会いたくなかった。最初からそんなふうに思ってた訳じゃない。偶然大学で再会してから。黒尾が俺を見て、「スガちゃん」なんて優しい声で呼んでくるから。
彼は、俺を不安にさせる。心が不安定になって、逃げ出したくなる。その理由が、ようやく分かった。
テストに出るくらい大事なこと。
~ 菅原宅→烏野高校 ~(黒尾視点)
「……はよ」
「…………」
翌朝、菅原家の離れで目を覚ますと、驚いたことに菅原の方が先に起きていた。身綺麗にして服も着替えている。既に風呂にも入ってきたようだ。夕べあったことは嘘のようにけろりとしている。
「風呂、入ってくれば? 汗だくだろ」
「あー……うん」
これは夢の続きだろうかと、寝ぼけ半分でぼんやりした頭のまま、布団の上で上半身だけのそりと起き上がらせる。
「……ンだよ、早くしろよ。もう練習始まってんだから」
「……練習?」
「行きたかったんだろ? 烏野」
え……? 俺、行きたいって言いましたっけ。昨日はいろんなことがありすぎて、一から思い出さないと。って考えていると、早くどけよ~! と、菅原が俺を布団から引き剥がしにかかる。
とりあえず自分の鞄から着替えを取り出し、えーっとどっちだっけ、右だよ右、と菅原に指示されながら風呂場へ向かった。
おお~やってんな~って、菅原が烏野の体育館に顔を出すと、懐かしいメンツが次々とこちらを振り返る。懐かしの先輩の姿に口々に驚きの声を上げ、菅原に続いて俺もひょいと顔を出すと、驚きの声が倍になる。
当時一年だった日向、影山らが今は既に三年。春高も二度経験し、今年はどうだ。強豪烏野の名前も今や全国に響き渡り、噂では新入生も期待の新人ばかりだという。これはリエーフ情報だ。
「おっ、来たな! 昨日は何で帰ったんだよ」
昨夜の祭り会場で菅原と今日のことを打ち合わせたらしい。澤村と東峰の姿もそこにあり、元主将にツッコまれた点については、俺はハハハと笑って誤魔化すしかない。
「そっちから二人貸してくれよ。対OB戦しようぜぃ」
いきなりやる気満々の菅原がそんなことを言い出して、ぐいぐいと屈伸を始めた。
試合はOB組があっさり負け。相変わらずの体力お化けな後輩どもに毒づきながら、ペナルティでドリンクを奢らされる。その後は、烏野に新しく増設されたシャワールームを借りて、元先輩方は各々汗を流す。出掛けに「替えのシャツも持ってけよ」と菅原に言われたのは、この為か。
「これも懐かしい~な~」
コーチに断り部室を覗かせてもらうと、数枚のユニフォームが洗濯されて干されている中に、菅原が着けていた二番のユニフォームを見付けた。
おい、やめとけよという澤村の苦笑を横に、菅原がいえーいと言いながらそれを身に付ける。
「うわ、今は誰が着てんだ、これ! 影山か!? それとも俺が縮んだ!?」
恐らく現二番の選手用に作り直され、袖を通した菅原にはぶかぶかで、襟元も大分開いてる。ああっ、早く着替えろよ……。実際、目に毒なのは俺だけで、同郷の二人は笑い合い、顔色は変えていない。それが当然のことなのだが、心なしか安堵する。
帰り道、またな~と言って手を振り合う同郷三人組は、一晩寝て起きれば、また朝練で会うくらいの気軽さでそれぞれの家路についた。
澤村には菅原との関係を突っ込まれるかと思ったが、ただ普通に、以前と同じように冗談を言い合い、肩を叩き合いながら談笑して終わった。一言だけ、「菅原のこと、これからもよろしくな」と真っ直ぐな瞳を向けられドキリとしたが、「おう」とだけ返して、そんな曖昧な返事でも、彼は満足げに笑った。
二人だけになり、菅原宅に戻る途中。菅原が大きく伸びをしながら、「あー、楽しかったな~! みんな育ってたな~」と、名残惜しげに口にして、俺がそうね、と返すと、菅原は少しだけ無言になる。そして、
「何で、すぐ会いに行かなかったかって思ってんべ?」
宮城に帰省を果たしてから俺がずっと胸に抱えていた疑問を、菅原の方から口にした。
「東京の大学行くって決めた時から、俺にはもう、帰る場所がなくなるんだって、一人で生きてく覚悟を決めた訳」
ぽてぽてとのんびり歩くのと同じ速度で、菅原は胸の内を打ち明け始める。彼の決心は大袈裟なように聞こえるが、東京に家がある俺には、たった一人で頼る相手もなく、故郷を後にしてきた彼の気持ちや勇気は想像でしか分からない。
「こっちで懐かしい誰かに会ったら、もう東京に戻れない気がした」
「…………」
俺がいても? とは、口に出せなかった。結構、俺は臆病者だ。たぶん、菅原が関わると、いろいろ考えすぎて即断が出来なくなる。
「そしたらさぁ、鉄朗は一人で東京に戻るか?」
「えっ」
いきなり振られて、返答に悩む。なんとなく既視感。昨夜、一度解いた試験問題だ。
「俺さ、東京でお前に会ってなくっても、ちゃんと一人で生きていけたと思うんだよね」
俺の答えを待たずして、菅原がそれを先に言ってしまう。待って。俺にも言い訳をさせて。
「――ごめん」
「ごめんって何だよ。……あっ、ごめんって、そういう意味かよ!?」
「ええっ??」
「こっちこっち」
大好きなチームメイトとバレーの試合をした時の、はしゃいだ熱をまたぶり返したように頬を高揚させて、菅原は家への帰路を外れ、小走りに坂道を駆け登る。途中、手を差し出されたので俺はその手を掴み、昨夜の花火の時と同じ楽しげな笑顔が、俺を引っ張っていく。彼の行きたい場所へ。
「はーっ、間に合った~」
見事な夕陽がちょうど山間に沈み始めたところだった。
目の眩むような夏空のブルーの中に、龍のように尾を引く紫とピンク色の細長い雲。下界に広がる田んぼがその見事な夕景を映し出し、そこかしこ虹色に染め上げている。
「おお、スゲー。綺麗だな~」
「お前、俺が一人で生きていけないように仕向けただろ」
ほへ~っと自然の美しさに魅入っていたところ、不意打ちで菅原が俺を小突いた。
「は……!? そんなこと、」
ないって、言い切れない。実際にそうしてたんだから。図った訳ではない、と言い訳はさせて欲しいけれども。
「ごめん……」
「やっぱりか」
「や、そうじゃなく!」
「俺、最初から気付いてたんだよ」
言い訳に走ろうとする俺の言葉を遮り、菅原が俺の腕に触れる。
「この手を掴んじゃったら、もうお仕舞いだって」
「…………」
愛おしげに腕を撫で、指を絡めて手を繋ぐ。
「お仕舞いだし、俺はお前を手放せなくなる。――お前さ、ほんとは猫なんじゃねーの?」
「……猫?」
いつの間にか傍にいて、膝に乗って一緒に体を温め、自分が死ぬ時は知らせずに去っていく。死に目には会わせてくれない。楽しかった日々、愛してた日々だけを残して消えてしまう。逆に、もし主人が先にいなくなったら、いつまでも縁側で待っているような。きっと自分の命が尽きるまで。
「一人暮らしの人間がさ、猫を飼うと世捨て人になるっていうじゃん。自分ちの猫だけでよくなるってやつ」
きっと、そうなるのが怖かったんだ。
菅原は、横顔を夕陽と同じ色に染めて、そんなことを言う。
「俺は……猫じゃないよ」
「知ってっけど!」
こんなエロい猫がいて堪るか、と、膝の裏を蹴られる。
「あーでも、孝支が猫の方が放っておけないって言うんだったら、俺は猫です」
「は? 都合いいなオイ」
しししと、歯を見せて笑うその顔が好きだ。俺は菅原がいれば、世捨て人になってもいい。菅原にもそれを押し付けるのは間違ってるけど、きっと俺は、最初からそれを望んでいたんだろう。そして菅原が俺といるより、もっと好きな場所を見付けたのなら、俺は彼の前から消えてもいい。菅原が満面の笑顔でいられるなら、それに越したことはない。
俺も、怖いのは菅原と同じだ。失いたくない。でも、それより一番大事に守りたいこと。ブレないように、心に刻む。
――そういえば、
「孝支くんは、俺のこと好きですか?」
握られた手をぐっと引き寄せ、逃げられないようにして、体を傾げて菅原の顔を正面から覗き込む。
菅原はぎょっと目を剥き、みるみる赤く染まっていく頬は夕陽のせいだけじゃない。
「……すっ、……おっ、お前だって、俺のこと好きかよ?」
「エッ、好きですよ。好きだよ。何度も言ってるっしょ」
「聞いたことない!」
「嘘っ!」
えっ、嘘だ。菅原の行動を見ながら、は~好きだな~なんて毎日何回も思ってるし、口に出してなかった? じゃあ俺たち、どうやって今日まで一緒にやってきた?
「…………」
「…………」
お互いに自分の過去の言動を振り返る間。えっ嘘だろって、ほんとにお互い、好きって伝えてなかった? 顔を見合わせたまま、ここは、俺の方からちゃんと言うべき? ってか、今言ったよね?
太陽が山の向こうに姿を消して、残光もそれに引き込まれるように、空を淡いブルーから濃紺へとだんだんと色を深めていく。菅原の表情が読み取れる内に、伝えておかないと。
「孝支くんが、好きなんですけど……好きすぎて、この手を離せないんですけど。一緒に、東京へ帰ってくれますか?」
もう片方の手も掴み、お遊戯をするみたいに向かい合って菅原の返事を待つ。それに対して菅原は、ぽかんと口を開けたまま。
暫くして、堪らずに笑い出した。
「当たり前だろ! こんなデカイ猫、放っとけないって」
早く帰んべ、腹へった~などと言い出して、ちょっと待って、アナタの口から好きって聞いてませんけど!?
「ちょっとそれ、ズルくないですか!? 好きって言ってない!」
「あ~ハハハ~、夕飯はすき焼きがいいな~」
信じらんねえ、ここははぐらかしちゃ駄目なとこでしょ。
踵を返して帰ろうとする菅原の二の腕を掴み、こちらを振り向かせる。
「言わないと、ここでキスすんぞ」
「…………」
真面目な顔でそう言うと、菅原も笑顔を消して向き直る。
「!」
ふわりと身体が近付いたと思ったら、菅原の方から口唇を合わせてきた。ちゅうと吸い付いて、息継ぎと共に舌が潜り込んでくる。喉を鳴らし、短い吐息を継いで、時々薄目を開けて様子を窺われる。腰にクる、本気のキス。
「……はぁ…っ」
全体重を預けてくるから、二、三歩後ろに後ずさって、転ばないように耐える。
「好きだ、鉄朗」
菅原は潤んだ瞳で熱っぽく囁き、俺の首筋に抱き付いた。
――――ああ、どうしてくれよう。堪らず、菅原の身体をべりっと剥がし、両手で頬をやわく挟んでもう一度。
「俺も、孝支が好き」
口にすれば、言霊となって全身からぶわっとラブが咲き乱れる。それを正面から一身に浴びた菅原も、花が綻ぶようにはにかみ、両腕を広げて受け入れる。その口唇へ、誓いの口吻けを贈った。
来年の夏は、どこへ行こう。今度こそ、一緒に花火を観よう。秋も、冬も春も、一緒に過ごそう。他に仲間がいてもいい。
隣に君がいてくれれば、どこへでも。
了
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