らき

2024年でスガさん受けの二次創作を卒業することとしました。ここは倉庫として残しておきます。
pixivで読めるものもあれば、ここにしかないものもあります。

アルバムタイプは、SSメーカーさんで作成した画像テキスト。
ここにない過去作・新規作の短文はポイピク https://poipiku.com/465223/
└月菅短文ログスレ https://pictbland.net/threads/detail/9743
└【2023/06/10イベ用】 https://pictbland.net/blogs/detail/73113
└【2024/02/11イベ用】https://pictbland.net/blogs/detail/83640

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だいぶ整理しました。

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投稿日:2022年12月11日 01:32    文字数:9,979

お蔵入り黒菅まとめ(2020/06月~09月)

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Pixivでは既に非公開にしていたのと、プライベッターに残っていた黒菅作品をまとめました。
黒菅はだらだらと日常風景を書いてしまうきらいがあって、まとまりがないな~ダラダラしてんな~と思ってもう一度表に出すのを迷っていたんですけど、自分用の覚書として残しておきます。
好きのその先・・・付き合ってる/同棲/些細なことで喧嘩する二人。相互さんへの誕プレ。
チャンスの神様は彼・・・付き合ってる筈なのに、付き合ってる自信がない黒尾さん。「今日もしかしてセックスすんのかな…?って緊張しながら健全デートする初々しい黒菅」という頂いたお題を元に作成しました。
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好きのその先 (2020/06/08 黒尾×菅原)



 “いつの間にか”、になるまでも、過程は必ずある。だがその“過程”を思い出そうにも思い出せない。
 俺たちは“いつの間にか”一緒にいて、“いつの間にか”、お互いを好きになっていた。



 喧嘩をしました。ひとつのベッドに二人で寝ているのに背中を向けあって、間に僅かな空間が出来ているのはそういうことです。
 そんなに広いベッドでもないから、離れていると言っても隙間程度。体温も感じる。身動げばどこかしらがぶつかる。
 軽い口喧嘩なんてしょっちゅう。朝出掛ける時になってからあれがない、これがないってバタバタするんだから、夜寝る前に準備しておきなさいっていつも言ってるでしょ、だとか。今日は早く帰るから夕飯一緒に食べよ~って自分から言っておいて、すっかり忘れて飲んで帰ってきたりだとか。大体何かしでかすのは菅原の方。

「この前も言ったよね」
 その一言で、ぐうの音も出ない彼はすぐ拗ねて煩い、おかんかよ! と唇を尖らせてそっぽを向く。
「コウは出来るのにやらない。ボールはまだコートに落ちてないですよ? 苦しい時こそ、その一歩を踏み出せって、コーチは言ってませんでしたか? それとおんなし」
 嫌味ったらしくなってしまうのは俺の悪い癖だと分かっていても、感情的にならない代わりに、熱くなった頭だから相手を追い詰める口調になるのはどうしようもない。
 別に相手のことがどうでもよかったら流すし、よしよしと可愛がることも出来るのだが、菅原がもしそんな関係を望んでいたとしても、俺はなあなあな関係だけにはなりたくないから毎度似たようなことで腹を立ててしまう。
「そうですね~、なんでもサクサクこなす鉄朗くんは、めんどくさがらずにすぐに食器も洗うし、洗濯物も畳むし、てかどうせすぐ着るんだから、干したままハンガーに吊るしとけばいーじゃん」
「ここは男子寮じゃなくって、俺たちの家だろ?」
 一緒に住もうと言って、この部屋を選んだ訳じゃない。もともと俺が住んでいたアパートの一室に、菅原が転がり込んで来てから徐々に小物が増えてゆき、折り畳みベッドをちゃんとしたベッドに買い替え、お互い服装にはそれ程拘らないのでクローゼットは一つのまま、菅原が俺の服で着れる物を着たりもする。逆は無理だけど…。
 八畳ひと間プラスフローリングのダイニングキッチンに、男二人で住み始めてから約一年が経とうとしていた。

 こんな狭い空間にいて、それでも息が詰まるということもない。お互いにお互いが邪魔にならない存在というのは、好き合った者同士でもそうそうない。と、俺は思っている。
 無言の間を言葉で埋めようとすることもせず、また逆に集中している時に割って入ってこられても、声を聞くだけ、些細な言葉や相槌を交わすだけでも、顔が綻ぶくらいには相手に惚れていて、部屋のどこにいても声が届く、姿が見える、シンプルな間取りに元から住んでいて良かったと、もしかしたら一生この人に関心を無くすことなどないのではないか。
 と、思っているのも自分ひとりかもしれないなんて、普段なら考えないけれど、背中越しの彼が寝息も立てず、ということはまだ起きている筈なのに身動ぎもせず、こちらがごろりと体を捻って少しでも近付くと、更に壁とベッドの間に落ちそうなくらい際々のところに身を寄せて小さくなって丸まるから、もしやさすがに愛想を尽かされたのかと不安になった。
「………」
 試しに腕を伸ばして指先で彼のつむじ付近をつん、と指すと、徐にばしんと手を弾かれる。
 強烈な拒否の意にぎょっとして、この様子では朝気付いた頃には姿を消してた、なんて、その不吉な考えも予感では済まないかもしれない。
「コウ、」
 でも謝る理由もない。何怒ってんの。何拗ねてんの。どうやって訊いても彼の気分を逆撫でする要素ばかり。

 喧嘩した日、菅原が「お前とは居たくない」と言って一晩帰ってこなかった時もある。でも結局は帰ってきた。
 その時も彼は謝らなかったけど、ふたりで話し合いをして菅原は自分から“出来るもの”を譲歩して増やした。恐らく苦手な、というか面倒くさいことだろうけど、彼が約束を守ってきちんと洗濯物を畳んでいたりすると、俺の「すごい。感動した」という心からの褒め言葉を受け取って、さも満足気に満面で喜び、「これからはちゃんとする」と、胸に抱き着いてきたので、“ごめん”がなかろうが許してしまった。
 自分に非がないと思っている時は、菅原は出ていかない。今日と同じく同じベッドで寝るには寝るが、朝になるまで口をきかない。
 目覚ましが鳴ってぱちりと目を開けると、背中合わせで寝ていた筈の体はいつの間にか向かい合わせになって、立って並んだ時と同じ位置にある菅原の頭は俺の胸に、手や足は胴体を跨いで、抱き枕に豪快に抱き着いて寝ているような構図。そんな風なので俺も、もう何でもいっか。となってしまうからいけないのだ。
 今日は何が違ったのだろう。彼がいなくなることを、俺は真剣に考えなければならないのか?
「嫌なことがあるなら言ってよ。俺は言ってるだろ? そういえば、コウの口から俺への不満、聞いたことないよね」
「不満はある」
「おっ」
 無視されるかと思ったら存外即答されたので少々ビビる。
「お前が夜っ久んとか大将くんとかとしゃべる時と、俺としゃべる時の口調が違う」
「ええ…っ」
「お前が俺に言う俺への不満って一般常識で、俺への不満じゃない。俺も常識は知ってる」
「…はぁ」
「知ってるけど、それを正されるのはしょうがない。やらない俺が悪い。…けど、だからこそっ! バレーと一緒にすんのは違うだろ!」
「へ…」
 がばりと布団から顔を上げて、俺の方に向き直る。眉も瞳も怒りで引き攣らせて、引き結んだ唇は噛み切って血でも流しそうなくらい、小さく震えている。
「今回はそれが一番ムカついた」
「…ああ」
 最後のが、彼が一番訴えたかったことなんだろう。こんな苦しくて悲痛な表情を見たのは初めてだった。
 “ボールが落ちる前に諦めたら終わり”みたいなことを確かに言った。でもそれは、その前に彼が俺のことを母ちゃんか! みたいに茶化したからだ。
 ああ、でも、確かに酷いことを言った。菅原はいつだって、苦しい時のその一歩をコートの中ではもちろん、コート外でも踏み出す人だった。そこまでする? と、こちらが思うようなことまで。
 冗談でも言ってはいけない、一番、嫌な言い方をしてしまったんだ。
「ごめん」
 ベッドの上で膝を折って、深深と頭を下げる。あれは本気でそう思って口にした台詞じゃない。ただの例え。言い訳をしたくても、今回ばかりは出来なかった。自分でも許せなかった。
「ごめんじゃないし。…許せない。許せないよ。どうしてくれんだよ」
 重ねて謝罪の言葉も紡げず、菅原の顔も見られないくらい、その言葉は胸に刺さる。
「鉄朗は、俺の事分かってくれてるなんて…勝手に思ってて…、お前の言うことはいつも正しい。…だから…、でも、それをお前が俺に言うか!? って……考えたらさ、…違うって分かってるんだ、違う意味で例え話だって、でもすげぇ引っかかっちゃって……俺の事、ほんとに分かってんのかよって……でもさ、きっと俺、お前のことだって何も知らないんだ」
「ちょっと…待って」
 しばらく離れようだとか、別れようだとか、このまま黙って聞いていたらそんな言葉が彼の口から溢れ出しそうな気がして慌てて止める。
 俺が顔を上げると、思ったとおり菅原の瞳には目一杯水が湧き上がっていて、そこからぼろぼろと雫が零れ続けても、後から後から湧水のように水域を保ったまま、表面張力は破られてもまたぎりぎりまで水を溜め込んでは何度も決壊を繰り返す。
 こんな風に泣かれたのも初めてで、もう取り返しがつかないなら、俺も泣くしか今は手段を見付けられない。そう思って、決められない覚悟をそれでも、少しでもショックに堪え得るよう腹を括りかけたのに、それを裏切ったのもまた菅原だった。
「何も知らないのに、…何でこんなに好きなんだよ?」
「………え?」
 菅原が不安定なベッドの上で、のそりと俺に近付き、正面にぺたんと両腿を折って座り込むと、伸ばされた彼の手に手を取られて、自分の涙を俺の手の甲で拭わせる。
 俺は驚いてされるがまま。片手では足りなくて、もう片方の手も導かれて、両手で彼の温かくてもすぐに冷えてゆく、その涙に濡れた頬を包み込む。菅原は伏せた瞳をゆっくりと何度も瞬かせて、最後の雫を俺の手のひらに染みさせると、「好き」という言葉を何度も呟いた。
「俺が悔しかったのは、こんなに好きなのに、俺はお前の言葉をちゃんと理解しないで、額面どおり受け取ってショックを受けたことだよ」
「………」
 彼が何を言っているのか、すぐには理解できなかった。
「ああ…でも、だから好きなのか…」
 こっちが追いつけないでいるのに、頭の回転が早い彼は勝手にさっさと結論を出す。
「…なぁ、知ってた? 普段は忘れてるし気にもしないけど、俺、お前の手で包まれんのが好き。なんの意味もないことしゃべってても、お前が寝てて意識がなくても、この手の温もりは裏切らない。お前が何考えてんのか分かんない時だって、こうして触れれば分かる」
 すごく、好きでいてくれる事を。
「“いつの間にか”ってさ、学校で生徒には言わないようにしてるんだ。いつの間にか出来るのって、必ずしも全員じゃないし、少なくとも“いつの間にか”なんてやってちゃあ、辿り着くスピードがばらばらになっちゃうからさ。でも、」
 俺たちは、いつの間にかっていうのがとても合ってると思わねぇ? と言って、俺の両手を自分の頬に押し付けたその上から彼自身の手のひらを重ねて、夢見るように瞳を閉じる。

「俺も――」
 好きだ。と、口にしたら苦しくて、こんなに重たい想いを渡してもいいのだろうかと躊躇うくらい、菅原が「好き」と言う度に心臓が潰されそうになって、彼の顔を両手で挟み込んだまま蹲るように俯いてしまった。
「コウが俺のこと、何も知らない訳ない。こんなに好きなのに、酷い言い方してごめん。忘れてた……忘れてごめん」
「忘れてた…? 俺が好きだってことを?」
「それはない!」
 反動で顔を上げると、すぐ目の前に菅原の顔。さっきまで決壊させていた両の瞳はすっかり元の調子を取り戻し、じっと見下ろしてくるそれは、薄らと笑みを浮かべて慈愛に満ちている。これは彼の職場での、菅原先生の顔?
「じゃ、何を忘れてたわけ?」
「好きになった理由…」
「思い出した?」
「………」
 思い出すのは、彼が懸命にボールを追いかけている姿。びっしょりと額から頬に伝う汗を顎から滴らせて、満足そうに咲かせる満面の笑顔。トスを上げる時の、少し仰のいた美しい姿勢。丁寧な軌跡。ベンチから誰よりも張り上げてた声援。
 一生懸命という言葉をそのまま生きている人。その人が少しくらい休んだっていいじゃないか。それが、俺の傍にいる時なら尚更。少しくらいだらしなくったって、外では見れない姿なんだから、本来とても貴重なのだ。
「思い出した」
「そっか」
「おわっ!」
 えい! っとばかりに菅原が俺に体当たりをして襲いかかり、ふたりしてベッドに倒れ込む。
「俺も、鉄朗のこと何で好きになったか思い出したかも」
「えっ、教えてよ」
「うーん、言わない~」
 覆い被さっている彼の体が、フフフと笑う度に振動が伝わって、そのいつもの笑い方がとても幸せそうだから、それで、ああ大丈夫だったと、心から安堵した。
 これがきっと彼の言う“いつの間にか”なのだろう。いつの間にか、喧嘩してたことも忘れて。
 安心したら眠気も襲ってきて、うーんと伸びをしたついでに自分の髪を両手でわしわしと掻き混ぜる。
 菅原は少し身動いで、両手で俺の体を押さえ込むように、そして俺の心臓付近に自分の耳をくっつける。
「俺と同じ年に生まれてくれてありがと。一緒に生きててくれてありがと」
「…なに、どうした?」
 突然、何を言い出すんだか。人の心音を聴きながら、誕生日でもないのにそんなことを言う。あ、そういえばもうすぐ彼の誕生日だ。
「この心臓が止まって、温もりが無くなるまで俺はここにいたい」
「…なんか不吉」
「頭撫でて」
「はいはい」
 今日ばかりは、彼の言うとおりにさせてあげる。なんて、結局いつだって俺は彼の言いなりだ。
「この手はコウのものだよ」
「手だけ?」
「全部欲しいの?」
 云という返事の代わりに、菅原が胸の上で小さく頷いたのを確認し、その背中と癖毛の頭に指を差し入れて一度だけ、好きだという想いを込めてぎゅっと抱き締める。
 朝まで逃げられないように、己の左右の指で簡単に解けない檻の中に閉じ込めて、そのまま眠りについた。

 このまま朝が来なくてもいいと思ったのは一瞬だけ。また明日から、喧嘩して仲直りして、仲直りしてなくても、いつの間にか向き合って眠る。
 いつの間にか、好きになって、いつの間にか、一緒にいる。
 いつまでも。






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チャンスの神様は彼 (2020/09/12 黒尾×菅原)



 ついにこの日がやってきた。
 これまでも彼は何度か俺の部屋に遊びに来たことはあったが、何故かその時に限って出不精な研磨が、いつもは呼んでも絶対来ないくせに人んちに上がり込んでゲームしてたり、菅原が「途中で偶然会った」と言って音駒や梟谷の誰かしらを一緒に連れ込んだりしたので、その機会は永遠に訪れないものだと思っていた。
 今日は今までにない大チャンス。
 研磨は新作のゲームを買いに池袋へいそいそと出向いて行ったし、菅原が捕まえてきそうな音駒や梟谷のメンツは、大学のバレーサークルの女子たちと合コンだという。もちろん、それは菅原にはくれぐれも内緒で、そうしないと面白がって俺まで引っ張りこんでそっちに乗り込みかねないからだ。


 「付き合おう」と言い出したのは俺の方。その時菅原は、「どういう意味で?」と訊いてきて、そうやって訊くってことは凡そ意味は分かっているのだろうと思いながらも、俺は「口では説明できない」と曖昧にし、知りたければ俺んち来て。と言ってから、確かに彼は何度か俺んちに上がり込んだ。ただし、誰か他の人間がいる時に限ってだ。
(長かった)
 そんなこんなでまだ手も握れていなければ、キスなんてまだまだ。よもやセッ・・なんて、彼は考えてもいないんじゃなかろうか。
 もともとお互い仲間内ではスキンシップが多い方なので、友達としての“手を繋ぐ”だとかハグとか、軽いキスなんかも頬っぺたくらいにはしたことがあるかもしれない。でもそれと、“付き合って”からのそれとでは全然意味が違う。
『やっぱり、そういうつもりだったんだ』
(えっ)
『黒尾のことは親友だと思ってたのに』
(俺たち、付き合ってたんじゃないの?)
『は? 付き合うって何? あの時ちゃんと、お前の買い物付き合っただろ』
(そ、そういう意味じゃなくって、俺はスガちゃんと…)
『エロいことしたかったわけ?』
 あれ? あれあれ? 俺たちちゃんと、そういう意味で付き合ってるよな…? っていうか、“付き合うって何?”から進んでいないのだ。
 今更ながらに不安になってきた。この部屋で二人っきりで、菅原をベッドに押し倒すまでは勢いで想像出来たが、その先の彼は可愛らしく頬を赤らめてはくれなかった。


「お邪魔~」
「おっ、おお、早かった、ね…」
 まだベッドに押し倒すのは早いかな、と、本日のプランを立てる前に彼が到着してしまった。
「お前んち、いつも何かしらあると思って何も持ってこなかったけど」
「ん? ん~全然オッケー…」
 本当に一人だ。なんだかんだ結局、誰かしら連れてくると思ってたのに、本気で二人っきりになってしまう。
 左右の踵を擦り合わせて脱ぎ切れなかった靴を、菅原が自分の手でひょいひょいと外して脱いだ後、ぱぱっと靴を揃えて端に置き直すのを、小さい頃からそういう癖がついているのだろう、何でもなくやってのける。
(そういうところとか)
 洗面借りるな~と言って、何を飲むとか食べるとかするとも限らないのに、手洗いうがいを済ませ、初めて来た時などその辺にある俺のタオルを使わずに、自前のハンドタオルで拭いていた。
 潔癖症という訳ではないのは、そこに掛けてるの使っていいのに、と言えば、あそう? と言って次からは遠慮なく俺の部屋のタオルを使っている。ついでに水跳ねが気になる、と言われ、菅原が来るようになってからは、洗面所の横に手拭き用のタオルとは別に、洗面台を拭くミニタオルまで置くようになった。
(それだって、最初はペーパータオルだったのを、もったいないからと彼が百均で見つけてくれたやつだし)
 そういうところとか。
 雑な性格にみえて、庶民的で家庭的なところが俺のツボを突いた。実家で過ごす菅原と家族の風景が自然と思い浮かぶ。
 好きだなぁと感じると、つい手を伸ばして、そのふわふわと宙に浮かんでいる跳ねた毛を押さえつつ、頭を撫でたい衝動に駆られる。それをすると菅原がムッとするので、触れるか触れないかのところですっと手を引っ込めると、その気配に戦いてビクリと振り返り、俺の顔を見遣る。
(猫だな、こりゃ)
 ずっと見ていても飽きない。一度彼の中で“友人”から“カレシ”に格下げ(なぜか格下げ)されてしまうと、今まで許されていた範囲のボディタッチが許されなくなり、そういう感情抜きにしても体の一部が僅かに触れる度にキュッと固まる心。
 いつ触れさせてくれるのだろう。そろそろこの部屋にも慣れてきて、カレシにもそろそろ慣れて欲しいのに。
「あの…さ、やっぱ外出ねぇ?」
「…どこ行くの」
 俺の提案に、彼もすぐ乗ってきた。ああ、やっぱり二人きりだと居心地悪かった?
 ソファーの上に座ろうか、ソファーを背にして床に座ろうか、いつもなら研磨や他の誰かがいて、ゲームしているその横に適当に座って覗き込むのが彼の定位置。誰もいないと座るにも、どこへ落ち着いたらいいのかわからないらしい。猫も慣れない部屋では、自分のポジションを見つけるのに時間がかかるみたいだ。
 最悪、財布とケータイと、
「…持ってく?」
バレーボール。この三つの神器があれば何とかなる。
「今日はいいべ」
 ふはっと笑って、菅原は俺を追い越して玄関に向かう際、べしべしと俺の背中を叩いて僅かに体を擦り寄せた。
(あーズルい)
 俺が同じことしてみせれば、唇とんがらせる癖に。
 そういう自分も、照れて唇が尖っているのには気付かない。そのへの字に曲がった口元を菅原に見られていることも。


 アパートを出て少し歩くと、桜並木で有名な川がある。今の時期はもちろん緑しかない。春になったら黒尾さんちに集合ですね! と言っていたのはリエーフか。まだその春も、菅原と迎える初めての桜の時期もやって来ていない。
 テラスのあるカフェで、それぞれサンドイッチとカフェオレとアイスティーなどを買い、パラソルの下のベンチに並んで座る。向かい合わせの席より、こうして隣合って座るのがお互いに自然だなって、この距離感は付き合う前から変わらない。
(でも、俺が触ると逃げるんだよな)
 ひとつのメニューを二人で見る時など、以前なら肩寄せあって、ともすると反対側の肩を抱き寄せても問題なかった。もともと菅原が人とくっついて喋るのに抵抗ないというか、くっつき過ぎるが所以。そして自分自身も。
 俺たちがなかなか先に進めないのは、最初からこうやって、他人から見ると距離感バグりまくりで、いちゃつくな、付き合ってんの? とお互いに意識する前からそんなふうに言われてしまい、好きだから付き合おうと言ってから逆に、近付きすぎるとあえて距離を取るという、イマドキの中学生以下のお付き合いに逆行してしまっているのが原因だ。
 最近ようやく、肩と肩が触れ合って、はっと顔を見合わせても、まぁいいんじゃない? という感じで菅原も許してくれるようになったけど。
 俺が悶々と、今日これからどうしようと頭を巡らせていると、俺の持っていたサンドイッチ目掛けて菅原がカメレオンさながらにガブリとかぶりついて来た。
「ちょ! …びっくりしたぁ」
 人のパンの具材をむぐむぐと食みながら、ベーコン丸ごと一枚パンの端からべろんとはみ出させて、取りすぎたゴメンとジェスチャーで謝ってみせるけど、ケラケラと笑って全然謝ってる態度じゃない。
「ぼうっとしてる方が悪い」
「そっちもちょうだいよ」
 やだね、と言われるのがオチと思っていたが、素直にほいっと自分のサンドイッチをこちらに差し出して、俺の口元に運んでくれる。
 俺が大口を開けてぱくりと食いつく様子をじっと、自分ももぐもぐと口を動かしながら大きな瞳で凝視して、二口程目の前で齧ってみせると餌付けに満足したのか、菅原は嬉しそうに笑った。
「今日、これから――」
どうする? と訊こうとして、すぐ横にいる菅原と目が合った瞬間言葉を失くす。本来の予定だと、自分たちの距離をもう少し縮める計画だったのだが、こんなふうにすぐ傍に彼がいて、美味しそうに楽しそうに頬を染めるそんな姿が見られるなら、
(充分幸せだわ)
 またしても、好きだなぁなんてボヤっと口を開けて菅原の顔に見入ってしまい、思いっきり引かれたような怪訝な顔をされてしまった。
 あ、唇がとんがった。怒った?
 食べ終わったサンドイッチの包み紙をぐしゃりと握り潰して、菅原の空いた手が俺の、カフェオレのカップを掴んでいたそのカップと手のひらの間にするりと入り込み、きゅっと握り込まれる。
「え、」
 なんだなんだと思っている間に、彼の肩が寄り添ってぶつかり、風に乗って口唇が、パンを齧るよりも優しく俺の口唇を柔らかく食む。
「………スガ」
「するんだろ?」
 え、何を? ていうか今、何した?
「今まで避けてたから――ごめんな。いいよ」
「ちょ、ちょちょ、ちょっと待って」
 相変わらず着いていけない。彼の切り替えの速さ、吹っ切る速さ。いいって何。するって何を。しても、いいって?
「…恐ろしいわ烏野~~」
「は? 何でここで烏野とか音駒とか出てくるわけ?」
 早く行こうぜとばかりに、食べ終わった自分の分の紙屑や空いたカップなどをさっさと片付けに行く菅原は、俺が時々そうなるようにもしかして、
(期待してる…?)
 俺のカップにはまだカフェオレの残りが入っていたけど、慌てて俺も片付けに入って、その間、唇を尖らせながら靴の先でコンクリートをトントンとノックして、手持ち無沙汰に俺を待つその姿とか。
 え、照れてんの? もしかして今までもその顔をしている時は、照れてたの?
 そんなことにも俺は気が付かないで、彼の何を見ていたのだろう。
「お待たせしました、菅原…孝支くん」
「なんでフルネーム」
 ふはっと笑われて、差し出した俺の手を取る――と見せかけて、バシンと手のひらを叩かれた。
「えっ…!? …ええ~?」
 期待した俺が馬鹿? え、でも彼の方から“しよ”って言ったよね? ていうか、いいって言ったじゃん??
 愕然とした後、ショックで固まっていると、再びケラケラと笑い出した彼が手を差し出して、宙に浮いたままになっていた俺の手を雑に握って力強く引っ張った。
「わわっ」
「は~もう充分分かったわ。お前にとって、俺が本命だってこと」
 そういう彼は俺には自分の表情を窺わせないように、身長差を利用して顔を俯けて歩き出す。
「…今まで何。…様子見てたの?」
 俺は結局どっちなのかどうしていいのか分からず、彼に従うようにしてぼてぼてと歩を合わせていれば、
「…その顔。…は~、好きだわ~」
 ちらりと下から顔を覗き込まれ、人差し指で頬を突っついてくる。
 何それ。何だそれ。それはこっちの台詞だわ。
「あのね~…。はーっ! もう、覚悟しろよ」
「わっあぶね! 黒尾ちょっと、ちょ…! んな走んなくても逃げねーからっ」
 好きだと言い、はにかむ菅原の笑顔の前に、俺もたぶんいつも彼が見せていた、怒ったような拗ねたような表情になっていた。





 
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お蔵入り黒菅まとめ(2020/06月~09月)
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好きのその先 (2020/06/08 黒尾×菅原)



 “いつの間にか”、になるまでも、過程は必ずある。だがその“過程”を思い出そうにも思い出せない。
 俺たちは“いつの間にか”一緒にいて、“いつの間にか”、お互いを好きになっていた。



 喧嘩をしました。ひとつのベッドに二人で寝ているのに背中を向けあって、間に僅かな空間が出来ているのはそういうことです。
 そんなに広いベッドでもないから、離れていると言っても隙間程度。体温も感じる。身動げばどこかしらがぶつかる。
 軽い口喧嘩なんてしょっちゅう。朝出掛ける時になってからあれがない、これがないってバタバタするんだから、夜寝る前に準備しておきなさいっていつも言ってるでしょ、だとか。今日は早く帰るから夕飯一緒に食べよ~って自分から言っておいて、すっかり忘れて飲んで帰ってきたりだとか。大体何かしでかすのは菅原の方。

「この前も言ったよね」
 その一言で、ぐうの音も出ない彼はすぐ拗ねて煩い、おかんかよ! と唇を尖らせてそっぽを向く。
「コウは出来るのにやらない。ボールはまだコートに落ちてないですよ? 苦しい時こそ、その一歩を踏み出せって、コーチは言ってませんでしたか? それとおんなし」
 嫌味ったらしくなってしまうのは俺の悪い癖だと分かっていても、感情的にならない代わりに、熱くなった頭だから相手を追い詰める口調になるのはどうしようもない。
 別に相手のことがどうでもよかったら流すし、よしよしと可愛がることも出来るのだが、菅原がもしそんな関係を望んでいたとしても、俺はなあなあな関係だけにはなりたくないから毎度似たようなことで腹を立ててしまう。
「そうですね~、なんでもサクサクこなす鉄朗くんは、めんどくさがらずにすぐに食器も洗うし、洗濯物も畳むし、てかどうせすぐ着るんだから、干したままハンガーに吊るしとけばいーじゃん」
「ここは男子寮じゃなくって、俺たちの家だろ?」
 一緒に住もうと言って、この部屋を選んだ訳じゃない。もともと俺が住んでいたアパートの一室に、菅原が転がり込んで来てから徐々に小物が増えてゆき、折り畳みベッドをちゃんとしたベッドに買い替え、お互い服装にはそれ程拘らないのでクローゼットは一つのまま、菅原が俺の服で着れる物を着たりもする。逆は無理だけど…。
 八畳ひと間プラスフローリングのダイニングキッチンに、男二人で住み始めてから約一年が経とうとしていた。

 こんな狭い空間にいて、それでも息が詰まるということもない。お互いにお互いが邪魔にならない存在というのは、好き合った者同士でもそうそうない。と、俺は思っている。
 無言の間を言葉で埋めようとすることもせず、また逆に集中している時に割って入ってこられても、声を聞くだけ、些細な言葉や相槌を交わすだけでも、顔が綻ぶくらいには相手に惚れていて、部屋のどこにいても声が届く、姿が見える、シンプルな間取りに元から住んでいて良かったと、もしかしたら一生この人に関心を無くすことなどないのではないか。
 と、思っているのも自分ひとりかもしれないなんて、普段なら考えないけれど、背中越しの彼が寝息も立てず、ということはまだ起きている筈なのに身動ぎもせず、こちらがごろりと体を捻って少しでも近付くと、更に壁とベッドの間に落ちそうなくらい際々のところに身を寄せて小さくなって丸まるから、もしやさすがに愛想を尽かされたのかと不安になった。
「………」
 試しに腕を伸ばして指先で彼のつむじ付近をつん、と指すと、徐にばしんと手を弾かれる。
 強烈な拒否の意にぎょっとして、この様子では朝気付いた頃には姿を消してた、なんて、その不吉な考えも予感では済まないかもしれない。
「コウ、」
 でも謝る理由もない。何怒ってんの。何拗ねてんの。どうやって訊いても彼の気分を逆撫でする要素ばかり。

 喧嘩した日、菅原が「お前とは居たくない」と言って一晩帰ってこなかった時もある。でも結局は帰ってきた。
 その時も彼は謝らなかったけど、ふたりで話し合いをして菅原は自分から“出来るもの”を譲歩して増やした。恐らく苦手な、というか面倒くさいことだろうけど、彼が約束を守ってきちんと洗濯物を畳んでいたりすると、俺の「すごい。感動した」という心からの褒め言葉を受け取って、さも満足気に満面で喜び、「これからはちゃんとする」と、胸に抱き着いてきたので、“ごめん”がなかろうが許してしまった。
 自分に非がないと思っている時は、菅原は出ていかない。今日と同じく同じベッドで寝るには寝るが、朝になるまで口をきかない。
 目覚ましが鳴ってぱちりと目を開けると、背中合わせで寝ていた筈の体はいつの間にか向かい合わせになって、立って並んだ時と同じ位置にある菅原の頭は俺の胸に、手や足は胴体を跨いで、抱き枕に豪快に抱き着いて寝ているような構図。そんな風なので俺も、もう何でもいっか。となってしまうからいけないのだ。
 今日は何が違ったのだろう。彼がいなくなることを、俺は真剣に考えなければならないのか?
「嫌なことがあるなら言ってよ。俺は言ってるだろ? そういえば、コウの口から俺への不満、聞いたことないよね」
「不満はある」
「おっ」
 無視されるかと思ったら存外即答されたので少々ビビる。
「お前が夜っ久んとか大将くんとかとしゃべる時と、俺としゃべる時の口調が違う」
「ええ…っ」
「お前が俺に言う俺への不満って一般常識で、俺への不満じゃない。俺も常識は知ってる」
「…はぁ」
「知ってるけど、それを正されるのはしょうがない。やらない俺が悪い。…けど、だからこそっ! バレーと一緒にすんのは違うだろ!」
「へ…」
 がばりと布団から顔を上げて、俺の方に向き直る。眉も瞳も怒りで引き攣らせて、引き結んだ唇は噛み切って血でも流しそうなくらい、小さく震えている。
「今回はそれが一番ムカついた」
「…ああ」
 最後のが、彼が一番訴えたかったことなんだろう。こんな苦しくて悲痛な表情を見たのは初めてだった。
 “ボールが落ちる前に諦めたら終わり”みたいなことを確かに言った。でもそれは、その前に彼が俺のことを母ちゃんか! みたいに茶化したからだ。
 ああ、でも、確かに酷いことを言った。菅原はいつだって、苦しい時のその一歩をコートの中ではもちろん、コート外でも踏み出す人だった。そこまでする? と、こちらが思うようなことまで。
 冗談でも言ってはいけない、一番、嫌な言い方をしてしまったんだ。
「ごめん」
 ベッドの上で膝を折って、深深と頭を下げる。あれは本気でそう思って口にした台詞じゃない。ただの例え。言い訳をしたくても、今回ばかりは出来なかった。自分でも許せなかった。
「ごめんじゃないし。…許せない。許せないよ。どうしてくれんだよ」
 重ねて謝罪の言葉も紡げず、菅原の顔も見られないくらい、その言葉は胸に刺さる。
「鉄朗は、俺の事分かってくれてるなんて…勝手に思ってて…、お前の言うことはいつも正しい。…だから…、でも、それをお前が俺に言うか!? って……考えたらさ、…違うって分かってるんだ、違う意味で例え話だって、でもすげぇ引っかかっちゃって……俺の事、ほんとに分かってんのかよって……でもさ、きっと俺、お前のことだって何も知らないんだ」
「ちょっと…待って」
 しばらく離れようだとか、別れようだとか、このまま黙って聞いていたらそんな言葉が彼の口から溢れ出しそうな気がして慌てて止める。
 俺が顔を上げると、思ったとおり菅原の瞳には目一杯水が湧き上がっていて、そこからぼろぼろと雫が零れ続けても、後から後から湧水のように水域を保ったまま、表面張力は破られてもまたぎりぎりまで水を溜め込んでは何度も決壊を繰り返す。
 こんな風に泣かれたのも初めてで、もう取り返しがつかないなら、俺も泣くしか今は手段を見付けられない。そう思って、決められない覚悟をそれでも、少しでもショックに堪え得るよう腹を括りかけたのに、それを裏切ったのもまた菅原だった。
「何も知らないのに、…何でこんなに好きなんだよ?」
「………え?」
 菅原が不安定なベッドの上で、のそりと俺に近付き、正面にぺたんと両腿を折って座り込むと、伸ばされた彼の手に手を取られて、自分の涙を俺の手の甲で拭わせる。
 俺は驚いてされるがまま。片手では足りなくて、もう片方の手も導かれて、両手で彼の温かくてもすぐに冷えてゆく、その涙に濡れた頬を包み込む。菅原は伏せた瞳をゆっくりと何度も瞬かせて、最後の雫を俺の手のひらに染みさせると、「好き」という言葉を何度も呟いた。
「俺が悔しかったのは、こんなに好きなのに、俺はお前の言葉をちゃんと理解しないで、額面どおり受け取ってショックを受けたことだよ」
「………」
 彼が何を言っているのか、すぐには理解できなかった。
「ああ…でも、だから好きなのか…」
 こっちが追いつけないでいるのに、頭の回転が早い彼は勝手にさっさと結論を出す。
「…なぁ、知ってた? 普段は忘れてるし気にもしないけど、俺、お前の手で包まれんのが好き。なんの意味もないことしゃべってても、お前が寝てて意識がなくても、この手の温もりは裏切らない。お前が何考えてんのか分かんない時だって、こうして触れれば分かる」
 すごく、好きでいてくれる事を。
「“いつの間にか”ってさ、学校で生徒には言わないようにしてるんだ。いつの間にか出来るのって、必ずしも全員じゃないし、少なくとも“いつの間にか”なんてやってちゃあ、辿り着くスピードがばらばらになっちゃうからさ。でも、」
 俺たちは、いつの間にかっていうのがとても合ってると思わねぇ? と言って、俺の両手を自分の頬に押し付けたその上から彼自身の手のひらを重ねて、夢見るように瞳を閉じる。

「俺も――」
 好きだ。と、口にしたら苦しくて、こんなに重たい想いを渡してもいいのだろうかと躊躇うくらい、菅原が「好き」と言う度に心臓が潰されそうになって、彼の顔を両手で挟み込んだまま蹲るように俯いてしまった。
「コウが俺のこと、何も知らない訳ない。こんなに好きなのに、酷い言い方してごめん。忘れてた……忘れてごめん」
「忘れてた…? 俺が好きだってことを?」
「それはない!」
 反動で顔を上げると、すぐ目の前に菅原の顔。さっきまで決壊させていた両の瞳はすっかり元の調子を取り戻し、じっと見下ろしてくるそれは、薄らと笑みを浮かべて慈愛に満ちている。これは彼の職場での、菅原先生の顔?
「じゃ、何を忘れてたわけ?」
「好きになった理由…」
「思い出した?」
「………」
 思い出すのは、彼が懸命にボールを追いかけている姿。びっしょりと額から頬に伝う汗を顎から滴らせて、満足そうに咲かせる満面の笑顔。トスを上げる時の、少し仰のいた美しい姿勢。丁寧な軌跡。ベンチから誰よりも張り上げてた声援。
 一生懸命という言葉をそのまま生きている人。その人が少しくらい休んだっていいじゃないか。それが、俺の傍にいる時なら尚更。少しくらいだらしなくったって、外では見れない姿なんだから、本来とても貴重なのだ。
「思い出した」
「そっか」
「おわっ!」
 えい! っとばかりに菅原が俺に体当たりをして襲いかかり、ふたりしてベッドに倒れ込む。
「俺も、鉄朗のこと何で好きになったか思い出したかも」
「えっ、教えてよ」
「うーん、言わない~」
 覆い被さっている彼の体が、フフフと笑う度に振動が伝わって、そのいつもの笑い方がとても幸せそうだから、それで、ああ大丈夫だったと、心から安堵した。
 これがきっと彼の言う“いつの間にか”なのだろう。いつの間にか、喧嘩してたことも忘れて。
 安心したら眠気も襲ってきて、うーんと伸びをしたついでに自分の髪を両手でわしわしと掻き混ぜる。
 菅原は少し身動いで、両手で俺の体を押さえ込むように、そして俺の心臓付近に自分の耳をくっつける。
「俺と同じ年に生まれてくれてありがと。一緒に生きててくれてありがと」
「…なに、どうした?」
 突然、何を言い出すんだか。人の心音を聴きながら、誕生日でもないのにそんなことを言う。あ、そういえばもうすぐ彼の誕生日だ。
「この心臓が止まって、温もりが無くなるまで俺はここにいたい」
「…なんか不吉」
「頭撫でて」
「はいはい」
 今日ばかりは、彼の言うとおりにさせてあげる。なんて、結局いつだって俺は彼の言いなりだ。
「この手はコウのものだよ」
「手だけ?」
「全部欲しいの?」
 云という返事の代わりに、菅原が胸の上で小さく頷いたのを確認し、その背中と癖毛の頭に指を差し入れて一度だけ、好きだという想いを込めてぎゅっと抱き締める。
 朝まで逃げられないように、己の左右の指で簡単に解けない檻の中に閉じ込めて、そのまま眠りについた。

 このまま朝が来なくてもいいと思ったのは一瞬だけ。また明日から、喧嘩して仲直りして、仲直りしてなくても、いつの間にか向き合って眠る。
 いつの間にか、好きになって、いつの間にか、一緒にいる。
 いつまでも。






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チャンスの神様は彼 (2020/09/12 黒尾×菅原)



 ついにこの日がやってきた。
 これまでも彼は何度か俺の部屋に遊びに来たことはあったが、何故かその時に限って出不精な研磨が、いつもは呼んでも絶対来ないくせに人んちに上がり込んでゲームしてたり、菅原が「途中で偶然会った」と言って音駒や梟谷の誰かしらを一緒に連れ込んだりしたので、その機会は永遠に訪れないものだと思っていた。
 今日は今までにない大チャンス。
 研磨は新作のゲームを買いに池袋へいそいそと出向いて行ったし、菅原が捕まえてきそうな音駒や梟谷のメンツは、大学のバレーサークルの女子たちと合コンだという。もちろん、それは菅原にはくれぐれも内緒で、そうしないと面白がって俺まで引っ張りこんでそっちに乗り込みかねないからだ。


 「付き合おう」と言い出したのは俺の方。その時菅原は、「どういう意味で?」と訊いてきて、そうやって訊くってことは凡そ意味は分かっているのだろうと思いながらも、俺は「口では説明できない」と曖昧にし、知りたければ俺んち来て。と言ってから、確かに彼は何度か俺んちに上がり込んだ。ただし、誰か他の人間がいる時に限ってだ。
(長かった)
 そんなこんなでまだ手も握れていなければ、キスなんてまだまだ。よもやセッ・・なんて、彼は考えてもいないんじゃなかろうか。
 もともとお互い仲間内ではスキンシップが多い方なので、友達としての“手を繋ぐ”だとかハグとか、軽いキスなんかも頬っぺたくらいにはしたことがあるかもしれない。でもそれと、“付き合って”からのそれとでは全然意味が違う。
『やっぱり、そういうつもりだったんだ』
(えっ)
『黒尾のことは親友だと思ってたのに』
(俺たち、付き合ってたんじゃないの?)
『は? 付き合うって何? あの時ちゃんと、お前の買い物付き合っただろ』
(そ、そういう意味じゃなくって、俺はスガちゃんと…)
『エロいことしたかったわけ?』
 あれ? あれあれ? 俺たちちゃんと、そういう意味で付き合ってるよな…? っていうか、“付き合うって何?”から進んでいないのだ。
 今更ながらに不安になってきた。この部屋で二人っきりで、菅原をベッドに押し倒すまでは勢いで想像出来たが、その先の彼は可愛らしく頬を赤らめてはくれなかった。


「お邪魔~」
「おっ、おお、早かった、ね…」
 まだベッドに押し倒すのは早いかな、と、本日のプランを立てる前に彼が到着してしまった。
「お前んち、いつも何かしらあると思って何も持ってこなかったけど」
「ん? ん~全然オッケー…」
 本当に一人だ。なんだかんだ結局、誰かしら連れてくると思ってたのに、本気で二人っきりになってしまう。
 左右の踵を擦り合わせて脱ぎ切れなかった靴を、菅原が自分の手でひょいひょいと外して脱いだ後、ぱぱっと靴を揃えて端に置き直すのを、小さい頃からそういう癖がついているのだろう、何でもなくやってのける。
(そういうところとか)
 洗面借りるな~と言って、何を飲むとか食べるとかするとも限らないのに、手洗いうがいを済ませ、初めて来た時などその辺にある俺のタオルを使わずに、自前のハンドタオルで拭いていた。
 潔癖症という訳ではないのは、そこに掛けてるの使っていいのに、と言えば、あそう? と言って次からは遠慮なく俺の部屋のタオルを使っている。ついでに水跳ねが気になる、と言われ、菅原が来るようになってからは、洗面所の横に手拭き用のタオルとは別に、洗面台を拭くミニタオルまで置くようになった。
(それだって、最初はペーパータオルだったのを、もったいないからと彼が百均で見つけてくれたやつだし)
 そういうところとか。
 雑な性格にみえて、庶民的で家庭的なところが俺のツボを突いた。実家で過ごす菅原と家族の風景が自然と思い浮かぶ。
 好きだなぁと感じると、つい手を伸ばして、そのふわふわと宙に浮かんでいる跳ねた毛を押さえつつ、頭を撫でたい衝動に駆られる。それをすると菅原がムッとするので、触れるか触れないかのところですっと手を引っ込めると、その気配に戦いてビクリと振り返り、俺の顔を見遣る。
(猫だな、こりゃ)
 ずっと見ていても飽きない。一度彼の中で“友人”から“カレシ”に格下げ(なぜか格下げ)されてしまうと、今まで許されていた範囲のボディタッチが許されなくなり、そういう感情抜きにしても体の一部が僅かに触れる度にキュッと固まる心。
 いつ触れさせてくれるのだろう。そろそろこの部屋にも慣れてきて、カレシにもそろそろ慣れて欲しいのに。
「あの…さ、やっぱ外出ねぇ?」
「…どこ行くの」
 俺の提案に、彼もすぐ乗ってきた。ああ、やっぱり二人きりだと居心地悪かった?
 ソファーの上に座ろうか、ソファーを背にして床に座ろうか、いつもなら研磨や他の誰かがいて、ゲームしているその横に適当に座って覗き込むのが彼の定位置。誰もいないと座るにも、どこへ落ち着いたらいいのかわからないらしい。猫も慣れない部屋では、自分のポジションを見つけるのに時間がかかるみたいだ。
 最悪、財布とケータイと、
「…持ってく?」
バレーボール。この三つの神器があれば何とかなる。
「今日はいいべ」
 ふはっと笑って、菅原は俺を追い越して玄関に向かう際、べしべしと俺の背中を叩いて僅かに体を擦り寄せた。
(あーズルい)
 俺が同じことしてみせれば、唇とんがらせる癖に。
 そういう自分も、照れて唇が尖っているのには気付かない。そのへの字に曲がった口元を菅原に見られていることも。


 アパートを出て少し歩くと、桜並木で有名な川がある。今の時期はもちろん緑しかない。春になったら黒尾さんちに集合ですね! と言っていたのはリエーフか。まだその春も、菅原と迎える初めての桜の時期もやって来ていない。
 テラスのあるカフェで、それぞれサンドイッチとカフェオレとアイスティーなどを買い、パラソルの下のベンチに並んで座る。向かい合わせの席より、こうして隣合って座るのがお互いに自然だなって、この距離感は付き合う前から変わらない。
(でも、俺が触ると逃げるんだよな)
 ひとつのメニューを二人で見る時など、以前なら肩寄せあって、ともすると反対側の肩を抱き寄せても問題なかった。もともと菅原が人とくっついて喋るのに抵抗ないというか、くっつき過ぎるが所以。そして自分自身も。
 俺たちがなかなか先に進めないのは、最初からこうやって、他人から見ると距離感バグりまくりで、いちゃつくな、付き合ってんの? とお互いに意識する前からそんなふうに言われてしまい、好きだから付き合おうと言ってから逆に、近付きすぎるとあえて距離を取るという、イマドキの中学生以下のお付き合いに逆行してしまっているのが原因だ。
 最近ようやく、肩と肩が触れ合って、はっと顔を見合わせても、まぁいいんじゃない? という感じで菅原も許してくれるようになったけど。
 俺が悶々と、今日これからどうしようと頭を巡らせていると、俺の持っていたサンドイッチ目掛けて菅原がカメレオンさながらにガブリとかぶりついて来た。
「ちょ! …びっくりしたぁ」
 人のパンの具材をむぐむぐと食みながら、ベーコン丸ごと一枚パンの端からべろんとはみ出させて、取りすぎたゴメンとジェスチャーで謝ってみせるけど、ケラケラと笑って全然謝ってる態度じゃない。
「ぼうっとしてる方が悪い」
「そっちもちょうだいよ」
 やだね、と言われるのがオチと思っていたが、素直にほいっと自分のサンドイッチをこちらに差し出して、俺の口元に運んでくれる。
 俺が大口を開けてぱくりと食いつく様子をじっと、自分ももぐもぐと口を動かしながら大きな瞳で凝視して、二口程目の前で齧ってみせると餌付けに満足したのか、菅原は嬉しそうに笑った。
「今日、これから――」
どうする? と訊こうとして、すぐ横にいる菅原と目が合った瞬間言葉を失くす。本来の予定だと、自分たちの距離をもう少し縮める計画だったのだが、こんなふうにすぐ傍に彼がいて、美味しそうに楽しそうに頬を染めるそんな姿が見られるなら、
(充分幸せだわ)
 またしても、好きだなぁなんてボヤっと口を開けて菅原の顔に見入ってしまい、思いっきり引かれたような怪訝な顔をされてしまった。
 あ、唇がとんがった。怒った?
 食べ終わったサンドイッチの包み紙をぐしゃりと握り潰して、菅原の空いた手が俺の、カフェオレのカップを掴んでいたそのカップと手のひらの間にするりと入り込み、きゅっと握り込まれる。
「え、」
 なんだなんだと思っている間に、彼の肩が寄り添ってぶつかり、風に乗って口唇が、パンを齧るよりも優しく俺の口唇を柔らかく食む。
「………スガ」
「するんだろ?」
 え、何を? ていうか今、何した?
「今まで避けてたから――ごめんな。いいよ」
「ちょ、ちょちょ、ちょっと待って」
 相変わらず着いていけない。彼の切り替えの速さ、吹っ切る速さ。いいって何。するって何を。しても、いいって?
「…恐ろしいわ烏野~~」
「は? 何でここで烏野とか音駒とか出てくるわけ?」
 早く行こうぜとばかりに、食べ終わった自分の分の紙屑や空いたカップなどをさっさと片付けに行く菅原は、俺が時々そうなるようにもしかして、
(期待してる…?)
 俺のカップにはまだカフェオレの残りが入っていたけど、慌てて俺も片付けに入って、その間、唇を尖らせながら靴の先でコンクリートをトントンとノックして、手持ち無沙汰に俺を待つその姿とか。
 え、照れてんの? もしかして今までもその顔をしている時は、照れてたの?
 そんなことにも俺は気が付かないで、彼の何を見ていたのだろう。
「お待たせしました、菅原…孝支くん」
「なんでフルネーム」
 ふはっと笑われて、差し出した俺の手を取る――と見せかけて、バシンと手のひらを叩かれた。
「えっ…!? …ええ~?」
 期待した俺が馬鹿? え、でも彼の方から“しよ”って言ったよね? ていうか、いいって言ったじゃん??
 愕然とした後、ショックで固まっていると、再びケラケラと笑い出した彼が手を差し出して、宙に浮いたままになっていた俺の手を雑に握って力強く引っ張った。
「わわっ」
「は~もう充分分かったわ。お前にとって、俺が本命だってこと」
 そういう彼は俺には自分の表情を窺わせないように、身長差を利用して顔を俯けて歩き出す。
「…今まで何。…様子見てたの?」
 俺は結局どっちなのかどうしていいのか分からず、彼に従うようにしてぼてぼてと歩を合わせていれば、
「…その顔。…は~、好きだわ~」
 ちらりと下から顔を覗き込まれ、人差し指で頬を突っついてくる。
 何それ。何だそれ。それはこっちの台詞だわ。
「あのね~…。はーっ! もう、覚悟しろよ」
「わっあぶね! 黒尾ちょっと、ちょ…! んな走んなくても逃げねーからっ」
 好きだと言い、はにかむ菅原の笑顔の前に、俺もたぶんいつも彼が見せていた、怒ったような拗ねたような表情になっていた。





 
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