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最終更新日:2019年10月17日 22:07

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ネタメモとか、小話とか、ちょこちょこ格納。何でもありにするため念のため年齢制限。
  • 2018年05月16日 22:11
    【小政】腹の傷痕
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    「これ以上は愚行というもの。まだ足りぬと仰るならば腹を切りましょう。この小十郎の魂をもって鎮められよ」
    傅役が腹を切ることの意味がわからないほど子どもではない。家を継ぎ父の死を経て、雪の舞う中で弔い合戦に挑み、辛くも勝ちを獲た代わりに多くを失った。
    荒れ狂う胸の内を宥める術もない中で投げ掛けられた言葉に、政宗は激昂で我を忘れた。
    「あぁそうかよ!やれるもんならやってみろ!!」
    叫びながらギチギチと握っていた煙管を投げつけた。小十郎は避けもしない。秀麗な蟀谷から血を流し、眉ひとつ歪めず、迷いなく刀を抜いた。

    血錆のない刃が青白い光の残像を残し、竜の一つ目を焼く。
    刀を抜く余裕もなかった。

    「…………なんで」
    渾身の力で飛びついて止めた腕の先。
    刃先が腹部に沈んでいる。あと一瞬遅ければ。この男は間違いなく。
    「政宗様、腕を引かれよ」
    「いやだ」
    「傅役の覚悟というものを御覧に入れる。腕を引かれよ!!」
    「いやだ!!!できるわけねぇだろ、ふざけんなよ、こんな……!!!」
    ふざけてなどいない。わかっている。
    「わかった……悪かった、俺が悪かったから。頼むからもうやめてくれ」
    小十郎は本気で腹を切る。
    自分の命の使い処を知っている男だ。



    着物の前を無理に開いて見れば、あの時の傷痕がまだ残っている。文句なしに深い傷で、侍医に沸騰しそうなほど怒られたのに、えぐえぐと泣く政宗を尻目に涼しい顔をした小十郎が冷たくて腹が立ったものだ。
    「お前は昔っから酷い男だよな」
    ひきつれて盛り上がった皮膚を撫でる。文机に向かっていたのを邪魔された小十郎は、むっつりと顰め面のまま。
    「藪から棒に何を仰るかと思えば。この傷がそれほどお気に召しませぬか」
    「あん?お気に召すに決まってんだろ」
    形振り構っていられなかった。
    政宗にとって小十郎の命がどれほどの重みを持つか、小十郎はよく知っている。よく知っている上で、迷いなく腹を割くことができる。
    恐ろしい、愛おしい、忠義の証がこれだ。
    「わかんねぇのか?いい男だって言ってんだよ。you see?」

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  • 2018年05月08日 00:23
    【FGO】うちぐだくん…召喚について
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     ミーティングが終わって早速、マシュに連れられて召喚実験室へやってきた。厳重なセキュリティがかけられたここは、冬木で英霊召喚をした際にマシュの盾に浮かんだ青く光るサークルをずっと巨大にした装置が占拠している。今はじんわりとした光が装置を巡るように点っていて、仄暗い部屋と青い光がなんとも神秘的だ。
     さて、とロマニが振り返る。優しげな風貌を精一杯きりっと引き締めて、きょろきょろと落ち着かない立香に緑の薄い石のような何かを差し出した。
    「これからのグランドオーダーを完遂するために、立香くんには魔術のなんたるか、色々と勉強してもらわないといけないわけだけれど」
     よくよく見ると、黄緑と黄色で複雑な模様が入っている。ぐるぐるあちこちへ回したり透かしたり、眺めてみればなんとなく、握手する手のように見える、気がする。
    「マスターにとって最も重要な任務、英霊召喚の練習から始めようと思う」
     虹色の石、きらきらのカード、それにこれも。不思議なアイテムがいっぱいだ。そもそも直面した現実自体が摩訶不思議な事態に陥っているわけで、どことなく頭の芯がぼうっとするような非現実感が拭えない。魔術も魔法もあるんだよ。ふぁいなるふぁんたじい。
     あぁでも、これがゲームであったらどんなによかったか。
    「あの、先輩。ドクターの心が折れる前にお話を聞いてあげてくれませんか」
    「……これは大事な話なんだぞぅ」
    「わ、ごめん!これ何かなってつい。召喚の練習だよね、ちゃんと聞いてるから」
     恨めしげなロマニをなだめて、姿勢を正す。
     そう、これはとても大事なことだ。魔術なんて現実にあるとも思っていなかった一般人の立香がグランドオーダーという大役を担うからには、できるだけ迅速に、必要不可欠な知識から物にしていく必要がある。
     夢物語じゃないと胸に楔を打つ、あの悲痛な叫びに報いなければならないのだから。

    「冬木では純度の高い魔力の結晶体である聖晶石を使って英霊召喚をしたよね」
    「せーしょーせきって、あの虹色のこんぺいとうみたいなやつ?」
    「う、うん。あれはかなりの貴重品なんだ。より強い英霊を召喚できる道を築けるし、うまく使えばサーヴァントを強化するような使い方もできるかもしれない、まさに奇跡を内包する石さ。これはカルデアの魔力循環システムの研究から派生した副産物なのだけれど、実際に魔術師でないマスターを据えるとなった今ある意味では最も君の力になってくれるものかもしれなくて」
    「先輩、先輩。寝ちゃだめです」
    「…………あ、ウン。虹色の石、大事。おーけー」
     目がぐるぐるする。
     拳まで握ってさぁこれからこの世紀の大発明である魔力リソースの素晴らしさを説明しようとしていたロマニは、あまりの温度差にそっと手を下ろした。
    「ま、まぁ聖晶石の詳しい活用法は適宜教えるとして。とにかく、聖晶石っていうのはそんなに気軽に使える物ではないから、召喚に慣れるまではもう少し手軽な触媒で練習してみよう」
    「その触媒がこちらというわけですね」
     ロマニ、マシュ、手の中の緑の石。順番に見比べて、オッケーとサムズアップ。
    「じゃあとりあえずこれをあのサークルにポイするね」
    「あ゛っ!わーわーわーーー!!!待って立香くん!!!」
    「えっ何?だめだった?」
     迷いなく青い光の中心へ向けて石を放ろうとした立香に、ロマニが大慌てで立ち塞がる。だって冬木ではそうしたよね?戸惑う立香を後押しするように、足元からフォウ!と鳴き声があがった。
    「フォウさんの仰る通りです。先輩は悪くありません。先輩、冬木ではあまりにも状況が切迫していて説明もできませんでしたが、本来なら英霊召喚には呪文の詠唱など一定の作法があるのです」
     そう、冬木での初めての召喚は、集まってくる骸骨をマシュが必死で蹴散らして、わずかな間隙を突くように行われた。震えるオルガマリー所長が結界を張って周囲を警戒する中で、渡された虹色の石を青いサークルに降り注ぐように投げ入れて。もちろん何も呪文など唱えていないし、とにかく誰か助けてください、マシュを一人で戦わせるわけには、そう願った。
    「じゃあ、あのとき召喚が成功したのは、皆が大目に見てくれたってことかぁ。感謝しなきゃいけないね」
     瞬時に大きく広がった輪の中でバチバチと光が爆ぜ、現れた麗しい英雄たち。その姿を目にしたときの安堵感は今でもよく覚えている。線の細い女性のメディアや幼げな少年のアレキサンダーに対してそう思うのは不思議だけれど、危機感に限界まで煽られた本能が告げていた。この人たちならマシュを助けてくれる。自分よりずっとずっと強い人たちだと。
    「わかった。英霊の人たちに失礼にならないようにちゃんと覚えるよ。ドクター、よろしくお願いします」
     ぺこりと頭を下げた立香に、ロマニもマシュもぱっと表情を明るくした。フォウまで立香の肩へ上り褒めるようにてしてし前足で立香の頭を撫でる。がんばるよ、と笑う立香をもふもふの尻尾で鼓舞してくれた。
    「よし、では早速始めよう!」


     まずは召喚サークルの陣形に合わせて、決められた位置に触媒を設置していく。
    「なんか、石の数が多くない?」
    「聖晶石と比べるとこの石の魔力貯蔵量は微少です。そのため召喚に使用する量が増えてしまうのではないでしょうか」
    「うん、その通り。ちなみに付け加えると、この石を使った召喚ではそれほど大きな道は作れない。英霊召喚は可能なはずだけど、より強大な力を持つサーヴァントの召喚はおそらく無理だと思っておいてくれ」
    「より強大な?英霊の中でも違いがあるの?」
    「もちろんそうさ。何を強さと言うのかと問われると難しいところだけど、簡単に言えば知名度だったり、功績の内容だったり、そういったものでサーヴァントを大まかに格付けして考えることができる。聖杯戦争ともなれば、より強くハイレアなサーヴァントを得るために魔術師たちは血眼になって触媒を探すものだよ」
     ふーん。立香の返答はそっけない。手元の緑の石を10個ずつ数えながら並べては移動しまた並べ、真面目に作業をしながら言う。
    「よくわかんないけど、助けに来てくれるんでしょ?今いるメンバーで戦うには不利な敵もいるってクーフーリンさんたちも言ってたし、オレみたいな一般人でも手を貸してくれる人がいるなら感謝しなきゃ。それよりこれ、自動で数えて補充してくれる機械とかないの?スーパーとかのレジでよくあるじゃん、あんなの」
    「…………あぁいや、うん。そうだね。検討しておくよ。スーパーは僕は行ったことないからわからないけど」
    「まじで?やっぱり魔術師ってすごいセレブな家柄なんだぁ」
     こうぴっぴって金額が確定したらさ、ジャーって自動でお釣りが出てくるんだよ。身振り手振りで説明する立香は真剣だが、ロマニは込み上げる笑いが抑えきれず、口元を覆ってうつむいた。
     魔術師にとっては自身の価値を左右するほど重大な話を、こうまであっさり流してしまえるなんて。
    「あー、ドクター、いけないんだぞ。オレのこと庶民すぎてばかにしてるんだろー。サボってケーキ食べてたこと皆に言っちゃうからね」
    「あはは、ごめんごめん。違うよ。立香くんのアイデアは参考にする。でも今はとりあえず手作業でがんばって」
    「先輩、ファイトです!」
    「フォウフォーウ!」
     マシュとフォウにピースサインで応えて、また召喚サークルへ向き直る。地道な作業だが、丁寧な手つきだ。
     残ったのが優秀な魔術師であるマスター候補生であれば。おそらく誰の脳裏にも過ぎり、これから先も拭えないであろうその思いはロマニにもあった。けれど違う。きっと、彼でよかった。
     藤丸立香は世界を救う。人類最後のマスターは、希望を手繰り寄せるに値する資質をもう既に備えている。



    ―――告げる!
    ―――汝の身は、我がもとに。我が命運は、汝の剣に。
    ―――せーはいのよるべに従い、このいこのことわりに、従うならばこたえよ!
    ―――えっと、誓いをここに!
    ―――我は、とこよすべての善となるもの。我はとこよすべての、悪をしくもの?
    ―――汝、さんだいの言霊をまとうしちゅ、し、
    ―――…………しちてん。
     

    「先輩!システムフェイトは機能しています、召喚をやめてはいけません!」


    ―――うっ……よ、よくしの輪より来たれ!天秤のまもりてよ!


    「うぅっ、噛んだ。これほんとに大丈夫?」
     藤丸立香は世界を救う。た、多分……!




    「すァーヴァント・ランサー!レオニダス!」
    「サーヴァント・アサシン、シャルル・アンリ・サンソン。召喚に応じ参上しました」
    「うそー!ありがとう!あんなに噛み噛みだったのにごめんなさい!」
    「あ、えぇ……何やらたどたどしくも必死な様子でしたので、つい……」
    「マスターにはトレーニングが必要なようですな。トレーニングならばこのスパルタの王に任されよ。緻密な計算でマスターを鍛えてみせましょう」
    「うわー優しいー!二人ともありがとうー!優しいー!嬉しいよー!よろしくお願いします!あくしゅ!」
    「先輩やりましたねっ。おめでとうございます!」
    「フォウー!」


     盛り上がる一画を入り口から眺めていたキャスターのサーヴァントが二名。
    「……さすがに酷すぎるわ。詠唱しない方がマシなレベルね」
    「ありゃ手強いぜ、責任者さんよぉ。しっかり叩き込むこったな」
    「あは、は……でも元気な声はよかったよね……!」
     ロマニの苦しいフォローに、
    「元気ねぇ……」
    「あぁ、何かしら、頭痛がするわ……」
     二人は呆れた顔で去っていってしまった。
     がんばろう、藤丸立香くん。グランドオーダーの道は長く険しい。魔術師ではないマスターを支え導く、まだそのスタートラインに立ったばかりのロマニは、新たな仲間と握手して大輪の笑顔を咲かせる少年をいつまでも見つめていた。

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  • 2018年05月03日 22:40
    【FGO】子ギルちゃんと友だちになる話 1
    *現パロ。続く

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    *1

    中学に入って三年間、同じ時間同じ車両で電車通学していれば、周りの顔も見慣れてくる。あのおじさん疲れてんのかなーとか、あのお兄さんヘッドホン変えたんだとか、そういう些細な変化に気付く程度には。
    だからその日、明らかに普段と違う光景があって、立香はずっと気になっていた。
    紺色のまるい帽子に蘇芳色のリボン。セーラーカラーだけ白い紺の制服は、膝までのハーフパンツタイプ。なめした深い色合の革のリュックは四角くて薄く、校章が入った特別製。見えないけれど多分、小さい足にも革靴がはまっているだろう。
    近郊では有名な、いわゆる良家の子女のための学園の制服。三年間で一度も見掛けたことのないそれを着た小さな小さな背中が、車内にあった。
    多分小学校の、いや初等部?と言うのだったか、その二年生とか三年生とか、そのくらいじゃないだろうか。まだそれほど混雑する駅ではないから姿は見えているけれど、大人たちの腰ほどしかない身長、薄い体だ。次の次辺りからどっと乗員率が跳ね上がるのだが、保護者らしき人はいそうにない。大丈夫なのだろうか。
    どうにもお人好しというか、お節介なところがある。友だちにはいつも誰かに騙されたり利用されたりしないか心配だと言われるし、トラブルに巻き込まれる度にネタにされるから、自分でも自覚はあるのだ。
    多分、わざわざ自分がしゃしゃりでなくても、周りの大人がうまいこと気をつかうだろう。勝手に心配してハラハラして、手を貸したつもりが迷惑がられたなんてこともある。あまりこうしてジロジロ見ているのもよくないことだ。
    そう思って、音楽でも聴こうとスマホのプレイリストをスクロールしながらも、やっぱり視界の端で揺れる小さな頭を気にせずにはいられなかった。

    結果的には、気にしていてよかったのだろう。
    雪崩のように押し寄せる新たな乗客の波に呑まれて、細い肩が潰されるのを見た。やばい、あの子もみくちゃにされる。そう思ったときには周りがどうこうとか、そんなことはもう頭から消えていて、
    「おいで!」
    若干無理に人波の流れを縫って割り込み、扉の隅と自分の背中で子どもを守るように陣取っていた。
    扉が閉まり、電車が動き出せばひとまず安心。あとは立香が降りる駅まで大きな増員はない。この子が降りるのはどこの駅になるだろうか。立香より前ならいいけれど、そうであれば道を空けてもらえるように声かけをしてあげなければならないだろう。
    「…………あの」
    ソーダアイスのような声。ぱっちりと大きな目が、驚いたと言わんばかりにこちらを見上げていた。
    あれ、やばい。もしかして俺って不審者?
    「あ、えーっと、ごめんねいきなり。潰されそうなの見えたからつい。大丈夫だった?」
    「……もしかして、僕のこと知っている方ですか?」
    「へっ?いや全然知り合いでもなんでもないただの通りすがりです」
    はち、はち、音がしそうなほど豊かな金のまつげ。同じ金色の髪はサラツヤ、白桃のような頬はむきたまごの輝きを放っている。改めて正面から見て驚いた。もんっのすごい美少年だ。いや美少女?
    もしかして芸能人かなにかだったのだろうか。ストーカーと勘違いされてたらどうしよう。
    弁解すべきか困る立香を見定めるように、赤い瞳がじいっと向けられている。いよいよ小さな親切大きなお世話という言葉が頭に浮かんだとき、にっこりと美少年?が微笑んだ。
    「ふふっ。通りすがりなのに、助けてくれたんですか?お兄さんは優しいんですね。ありがとうございます」
    「やー、こちらこそ、驚かせたみたいで」
    「ごめんなさい、まさか何の利益関係もなく人助けをするだなんて、本当にそんな人間が存在するのか疑わしくって」
    「……えっ?」
    「でも大丈夫です。お兄さんの目を見たらよーくわかりました。お兄さん、とってもいい人ですね。びっくりしちゃいました」
    「あはは……ソレハドーモ……?」
    良家の子女は言うことが違うなぁ。純真無垢な笑顔で人間の善性に疑問を呈されるとは。世界は広い。
    脱力した笑いを返したところで、電車がカーブに差し掛かった。ぐんと背中に圧がかかる。突っ張っていた肘が少し曲がったのを見て、柔らかそうな金の眉がほにょりと下がった。
    「お兄さん、大丈夫ですか?もう少しこっちへ寄っても大丈夫ですよ」
    優しい申し出はありがたいが、これ以上近くへ寄るとなると、完全に腹に抱えるような姿勢になってしまう。少しでも押されれば自分の体がこの子を押し潰すことになるだろう。それでは本末転倒である。
    「ありがと。でも平気だよ。俺のあだな、松尾芭蕉だから」
    「えっ?」
    今度は少年が面食らう番だった。よしよし、これでお返しだ。立香は、にぃ、と得意気に笑う。
    「あとは透波とか草とか。健脚なんだよね、すごい足腰強いの。だから大丈夫だよ」
    ぽかんとしていた少年は、じわじわと唇を弛ませて、ついにはあははっ!と声を上げて笑った。よそ行きの笑顔じゃない無邪気なその顔が随分と可愛らしくて、立香も調子に乗ってしまう。
    「俺の友だちにはザビエルもいるよ。自己紹介で自分から名乗っててさ。ハゲてはないんだけどね」
    「あは、もう、やめてください!まったく、いけませんよ。電車で騒いだら迷惑になります」
    「サーセン、仰る通りデス」
    「ふふふ……」
    おどけて首だけ下げる立香を見て笑う瞳には、もう警戒心は潜んでいなかった。よかった、通報の憂き目は免れそうだ。剣道部の朝練中であろう友人が竹刀を担いで抗議に駆けつけてくる修羅場は、できればもう金輪際目にしたくない。いやとても助かったけど。感謝してるけど。
    電車がゆっくりと減速する。次の駅は多くの人が降りるところだ。開く扉は反対側。これで少しは楽な体勢に修正できるだろう。
    アナウンスに耳を傾けていた立香の制服の裾をつんつんと引いて、少年がパスケースを見せてくる。これもまた風合いのいい革だ。うーん、家柄を感じる。
    「お兄さん、僕はここで降りますね」
    「あ、そうなの?俺はあと二つ先なんだ、逆じゃなくてよかった」
    「はいっ。この駅で学友が車で待っていることになっていますので、ここからはそちらで向かいます」
    じゃあなんで電車に乗ったの?とかは言わない方がよいのだろうか。神々の遊びってやつですか。幼いうちから社会見学的な。しっかりしてるなぁ。
    「お兄さんがいてくれてよかったです。本当にありがとうございました!このお礼は改めて」
    さようなら!鮮やかに電車を降りた小さな背中はあっという間に見えなくなる。見事な手腕にお礼なんていらないよと声をかけることもできなかった。良家の子女、すごい。
    ちょうど端の座席が空いたので座ると、思ったよりも腕とふくらはぎにきていた。今日の体育は真面目にスパルタ式マッスルブートキャンプしよう。筋肉こそ世界を救うと豪語する先生を思い浮かべながら、そっと腕を揉みほぐした。

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