最終更新日:2021年12月04日 17:41

屋根裏と地下室

非会員にも公開
SS置き場。基本エロなし。
オリジナル/サンリオ男子/あんさんぶるスターズ

Tw300字ss
「はめ殺し」https://pictbland.net/blogs/view_body/1159319 オリジナルというかコッペリア二次
「つぼみのまま」https://pictbland.net/blogs/view_body/1266036 オリジナル百合
「十一番目の息子」https://pictbland.net/blogs/view_body/1310317 オリジナル歴史
「月夜にトロリー」https://pictbland.net/blogs/view_body/1347123 オリジナル
「をとこもすといふ」https://pictbland.net/blogs/view_body/1385661 オリジナル
「サギとカササギ」https://pictbland.net/blogs/view_body/1481026 オリジナル
「無重力でバタフライ」https://pictbland.net/blogs/view_body/1527226 二次サンダーバード
「アウギュステ前夜」https://pictbland.net/blogs/view_body/1527237 二次グランブルーファンタジー
「下り17:09発」https://pictbland.net/blogs/view_body/1586964 オリジナル
「となりのおばさん」https://pictbland.net/blogs/view_body/1636153 オリジナル

折本フェア用オリジナル「六月が終わる」https://pictbland.net/blogs/view_body/1559911
ペーパーウェル04用オリジナル「小5男子のペンケース」https://pictbland.net/blogs/view_body/1472997

オリジナルFT「きみの明日がぼくのすべて」https://pictbland.net/blogs/view_body/382709
サンリオ男子「康太、明かりをつけて。」祐康https://pictbland.net/blogs/view_body/538052
      「ずるいともだち」祐康https://pictbland.net/blogs/view_body/651336 
      「ずるいともだち2」祐康https://pictbland.net/blogs/view_body/651339
 ※サンリオ男子は今後こちらhttps://pictbland.net/blogs/detail/160
あんさんぶるスターズ みどちあ二人が王子設定パロhttps://pictbland.net/blogs/view_body/730662
  慈雨
  • 2021年12月04日 17:41  

    【Twitter300字ss】

    第82回「箱/ボックス」
    【題名】一天地六

    画像上げ忘れ
    一気に書いた後、数えたら2文字オーバーで、「いびつ」を「歪」と変えただけで済んだのだった
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  • 2021年12月04日 17:20

    【Twitter300字ss】

    第82回「箱/ボックス」
    【題名】一天地六
    【ジャンル】オリジナル 300文字

    今の時期はキャラメルボックスのクリスマス公演を友だちと観に行くのを楽しみにしていたんだよなあとなつかしみながら、書いたものはサイコロの旅前夜のようなもの





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         ◆ ◆ ◆ ◆ ◆


    「これが基本の展開図」
     男は、四角がいくつかつながった図を示す。

    「要は、正方形が六つあればいいんですよね?」
     少年とも少女とも判別しがたいこどもがたずねる。
    「そう。それで立方体になればいい」
     男が展開図を折って、手本を見せる。 


    「それから、数字を振る。対になる面の数を足して七になるように」
    「三の裏の面は四?」
    「そう。できたら、このなかに金平糖を入れる」
    「他のものじゃだめなんですか?」
    「なんでもいい。金平糖は私の好みだ。賽も、十二面でも二十面でもいい。でも面倒だろ?」
     くすっと笑うこどもに、男も微笑む。


    「金平糖を形代にした人間を公正に扱うために、歪な賽を使ってはいけない」
     こどもは、「はい」と神妙に頷いた。
     
      



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  • 2021年11月06日 15:11  

    【Twitter300字ss】

    第81回「救う」
    【題名】こたえ
    【ジャンル】オリジナル 299文字

    救急車を取り囲んでいた人たちを20年近く経っても覚えている
    どんな顔で見ていたかも

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        ◆ ◆ ◆ ◆ ◆

    「みんな、何を見ているの?」
     六つくらいの男の子に問われて、
    男は驚いた。

     二十時を回っている。十五分前
    に救急車が住宅街に停まった。そ
    れを取り囲む人は減らない。
    「心配だから見守ってるんだよ」
    「笑っている人も?」
     男の子が指を差したのは、にや
    にやしている若い男だ。
    「救急車が好きな人かな」
     男の子は、男に指を向ける。
    「心配してる人? 特別車両が好
    きな人?」
     言葉を詰まらせる男を一瞥して、
    男の子は、やじ馬たちのなかに消
    えていった。

     救急隊員たちは、搬送先を探し
    続けている。あの男の子が患者に
    馬乗りになっても、誰も気に留め
    ていない。
     今なら男は答えられる。自分は、
    君に刈り取られた命を救済するた
    めに遣わされたしもべだと。


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  • 2021年10月02日 17:15  

    【Twitter300字ss】

    第80回「宝」
    【題名】あさはか
    【ジャンル】オリジナル 300文字

    「くがねもたまも」という仮タイトルで書き始めたけれど、憶良の歌と趣旨が違う方向に行ってしまった
    「浅墓」という当て字が好き
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       ◆ ◆ ◆ ◆ ◆

     金満家の末娘の墓は簡素だった。
     盗掘を警戒していた墓守は、棺が開けられる前に、墓荒らしたちを捕まえた。
     警察に連絡するより早く、金満家が墓所に現れた。
     墓荒らしの首謀者は、金満家の息子だった。
    「愚息め、家の中を物色しているから『宝物は全て土の下』と言ってやったが、見事に引っかかった」
     放蕩息子を陥れた金満家は、悦に入っていた。
     
     数日後、末娘は改葬された。新しい墓は、瀟洒なモチーフに縁どられている。
     遺体は別の棺に移し、副葬した装飾品は遺族が持ち去った。
     息子たちは、鉱山に送られたという。
     
     人にとって子は宝だと聞きましたが、と墓守は天を仰ぐ。それが理解できないのは、人ならぬ堕天の身ゆえでしょうか、と問いかけた。
     

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  • 2021年09月04日 19:19  

    【Twitter300字ss】

    第79回「残る」
    【題名】長月二十日
    【ジャンル】オリジナル 300文字


    百人一首21番素性法師「今来むといひしばかりに長月の有明の月を待ち出でつるかな」を底に
    菊花の約は9月9日だなあなんて思いながら
    Tw300ss、今年に入ってから8回中3回が幽霊の話なのはどうして? 自分でもわからない

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       ◆ ◆ ◆ ◆ ◆


     冷気に手の甲を撫でられて、彼は目が覚めた。几帳の隙間から見える外は暗い。
     簾が巻き上げたままなのは、彼がそう命じたからだ。

     彼は、衾を羽織って廂に出た。
     空は暗く澄んでいる。膨らんだ半月は冴え冴えとし、西に傾きはじめていた。
     庭草に、靄が垂れこめている。

     狩衣の若い男が見えた。たった今、地面から生えてきたようだ。

    「なんだ、また来たのか」
     彼はひとりごちた。
    「またとは何だ」
     若く張りの声が返ってきた。

     最後に会った日は、月の出を見ようと約束していた。
     あの日と同じく、彼は毎年遅れて現れる。

     やがて、白々と夜が明け、空に残る月が霧に隠される。幽明分かちがたい景色に、友は溶けていく。
     そして、彼は今年も取り残されるのだ。
     

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  • 2021年08月07日 21:45

    【Twitter300字ss】

    第78回「波」
    【題名】大波小波
    【ジャンル】オリジナル 298文字

    最初に思いついたのが「三角波」(向田邦子)
    次が「いらかの波」(河あきら)
    「三角波」は原作の主人公は結構のほほんなのに、ドラマ版はサスペンス色が濃くて連続殺人のような演出だった
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         ◆ ◆ ◆ ◆ ◆


     全国の小学校で神隠しが起こった。長縄跳びをする児童が消えたのだ。文科省が長縄跳びを全面的に禁止するまで、行方不明者は百名を超えた。


    「ということで実験」
     山名が封印された長縄を盗んできた。 
    「赤松と一色、回して」
    「山名が消えたら、おれたちどうなるんだ⁉」
    「首謀者は僕だって手紙書いておいた」
     卒業する前に試してみたいと、山名がゴリ押しする。
     十回ほど山名が跳んでも、砂埃が立っただけだった。

    「俺にやらせて」
     見届け人として呼ばれた俺も跳ばせてもらう。 
     いやがる赤松たちに、歌も歌わせる。


    「大波小波ぐるっと回って」


     最後まで聞き終えずに、世界が消えた。消える直前、山名のうすら笑いを見た。チエシャ猫の目だと思った。

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  • 2021年07月03日 20:50  


    【Twitter300字ss】

    第77回「答える」
    【題名】あふこともがな 後日談
    【ジャンル】オリジナル 284文字

    こちらも文字数え間違った・・・このテキストだけでもあと一行つけ加えようかと思ったけど(「エロい?」の後輩の台詞の後)何も思いつかなかった
    完全理系VS複雑系による和泉式部日記講読
    和泉式部日記については、解明したい謎の三番目くらいにある

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         ◆ ◆ ◆ ◆ ◆

     その大学の物理工学科には、タイムマシン
    開発の研究室がある。
     日本文学科から編入してきた彼女は、冷笑
    で迎えられた。「算数できるの?」という嘲
    弄を、「九九を嗜む程度」と彼女はいなして
    いた。

    「編入の面接で、平安時代に行きたいって言っ
    たってマジっすか?」
     後輩にたずねられて、彼女は頷く。
    「和泉式部日記を誰が書いて、誰が何のため
    に流布させたのか知りたい」
    「和泉式部じゃないんですか?」
    「諸説ある。タレントの不倫告白の手記みた
    いだし、ポルノまがいの場面も、本人が書く
    のかなって疑わしい」
    「マジで⁉ エロい?」


     後日、後輩は彼女をなじるのだ。件の本に、
    官能的な文章は見つからなかった、と。



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  • 2021年07月03日 20:50  

    【Twitter300字ss】

    第77回「答える」
    【題名】あふこともがな
    【ジャンル】オリジナル 288文字

    文字の数え方間違ってしまった。あと一行くらい書けたのか。残念。
    ゼミをお花畑にしたい教官VS事実を知りたい学生

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         ◆ ◆ ◆ ◆ ◆


     その学生の報告に、教官は唖然とした。
     中古文学専攻の学生が、物理工学へ転向
    を考えることが非常識だ。失敗したらどん
    な嫌味を言おうかと楽しみにしていたのに、
    彼女は編入学に合格したのだ。

    「理系は就職に有利なんだろう」

     教官の当てこすりに、彼女はきょとんと
    する。

    「タイムマシンの完成が目標なので、就職
    は二の次です」

     教官は開いた口が塞がらない。

    「和泉式部日記の作者を知りたいので。誰
    が何のために書いて流布させたのか、答え
    を探すためのシステムが必要なのです」

     教官は、彼女が消えてくれることに、心
    底安堵した。研究室は、小綺麗な女子学生
    のサロンでよい。狂気じみた情熱を抱える
    学究の徒は異質なのだ。



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  • 2021年06月20日 21:29

    【テキレボ第4回アンソロ】
    https://text-revolutions.com/event/archives/4821


    【テーマ】「和」
    【タイトル】「オールド・ファッションド」
    西洋の吸血鬼と系統発生が違うので、日中歩き回ることができる日本の吸血鬼
    同じたんぱく質なら、まずい血よりうまい成分無調整牛乳の方がいいよね

    「枇杷の花が落ちれば」
    登場人物は一人として同じではないけど姉妹編
    日本の吸血鬼も、チカや男が所属する機関は同じで、時期はほぼ同じ
    https://pictbland.net/blogs/view_body/2046520

    「道行三人」も同じ設定で、男が吸血鬼
    https://pictbland.net/blogs/view_body/1924662




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     甘いにおいがした。
     ぼんやりしていた頭が冴えた。ひどく空腹だったことも思い出した。
     誠は覚めた目を上げる。
     においは、砂糖入りのカクテルを思い起こさせた。コーヒーの香りも混じっている。
     目の前を通った若い男が、ひとつ置いた隣のテーブルについた。
     ドーナツショップのイートインだ。甘ったるく油っぽい空気がそこここになじみ、焦げ臭さが隅に澱んでいる。靴底に冷気が張りついているのは、終日エアコンが稼働しているためだった。
     壁際にはベンチシートが据えられ、二人用の小さいテーブルを挟んで椅子が並べられている。今日も隅の席では、背の高い青年がテキストを広げて勉強していた。ベンチのもう一方の端が、誠の定席である。
     男は粉砂糖で化粧されたドーナツを紙ナプキンで包み、口を大きく開けてかぶりついた。頬をふくらませて指で押しこみ、コーヒーを流しこむ。唇の端についたクリームを舐めながら、ふと誠を見た。
     横目で観察していたのを気付かれたのかと、誠はどぎまぎする。
     男は無骨なところのない端正な顔立ちをしていた。中性的で品の良い印象を与える。二十歳は越していないように見える。丸い目やふっくらした唇が人懐こそうだ。
    「中学生?」
     男は問いかけながら、隣の椅子に腰かける。
     彼が近付くとにおいが強く漂った。微醺を帯びている様子はない。
    「塾の帰り? お迎え待ってる?」
     誠が用意している台詞そのものだった。
     二十一時を過ぎている。中学生が一人で出歩くには不自然な時間帯に入っている。人に訊かれたらそう答えようとし、補導されかけたときも切り抜けた。
    「食べない? 何か甘いものを食べたかったから適当に選んだけど、一個で十分だった」
     男はカップをよけて、トレーを誠のテーブルに置いた。プレーンなドーナツとチョコレートコーティングされたものが残されている。
     もの欲しそうに見えたのかと、誠はじわじわ紅潮する。
    「……ありがとう」
     声が引き攣れた。なかなか終わらない変声期のため、抑揚まで不安定になる。
    「飲み物もおごろうか? 何飲んでるの?」
     男は腰を上げてのぞきこむ。甘く香ばしいにおいがひときわ濃くなる。
     誠のトレーには、飲みさしのミルクと一口分だけ残したオールドファッションがある。
    「牛乳、好きなんだ? 成長期だもんな」
     誠は頷きながらカップを口元に運ぶ。
    「俺は苦手。学校で変なこと習ってさ」
     男は腰を上げた。
    「『チ』のつく日本の古い言葉は、命に関係あるって。牛の乳とか、血液とか。おっぱいも血も成分がほとんど同じだって別の授業で知って、もう吐きそう――ミルクでいい?」
     飲み干しながら、誠はかぶりを振る。
    「いいです。ドーナツだけで……ありがとう」
    「そう?」
     男はにっこり笑う。立ったままコーヒーを飲み干し、カップだけを手に立ち去った。
     誠はオールドファッションを口に放りこむ。バッグは肩に斜めにかけ、トレーのドーナツはゴミ箱に捨てた。
     反応の鈍い自動ドアにたたらを踏まされながら、夜の町に出た。
     九月も半ばを過ぎれば、夜風は秋めいている。日中は汗をかくのに、日が落ちればカットソー一枚では心許ない。
     途切れそうになるにおいをもどかしくたどる。
     迷いはある。
     男の飲食に卑しいところはなかった。多分育ちは悪くない。赤の他人に分け与えることができるのだ。好きなものを好きなだけ食べられる家庭で育ったのだろう。デリカシーもない。容姿が整った若者が愛嬌を振りまけば、たいていのことが許されていると知っている、確信犯に違いない。胡散臭い男だ。
     コンビニエンスストアの前を通り過ぎようとして、立ち止まる。
     明るい店内で、あの男が雑誌を立ち読みしている。歩道に面した雑誌スタンドから頭が飛び出している。
     携帯電話で話しはじめた男が、不意に外に目をやる。
     スーツ姿の男の陰に隠れて、誠は店内に入った。
     明るい音楽と照明に身をすくめ、トイレに駆けこむ。小用を足す時間より長く個室にこもった。
     洗面台で口をすすぐ。鏡に映る十代の少年は見ないように、終始目を伏せたままだ。毎日のように注文するドーナツの味が、舌にも喉にもこびりついてしまった。
     棚にぎっしり陳列された飲食物は、誠の気をそそらない。高給食料品店にも誠の好物はない。並べられているのは口さびしさをまぎらわすものだけだ。
     雑誌コーナーや防犯ミラーで男の姿を確認する。店内にはいない。
     甘いにおいを追って、大通りに出た。行き交う車の流れが早い。街中とはいえ街灯が少ないためか、ハイビームで走る車が多い。
     路面店はどこもシャッターが閉まっている。雑居ビル入った飲食店や風俗店の電飾看板がけばけばしい。学習塾の明かりも消えていない。
     人通りを気にかけながら、地下通路に下りる。
     通路は、六車線を挟んだ官庁街から駅に向かって伸びている。
     夜間に通るものは少ない。照明がちりちりと音を立てて瞬き、笠には羽虫の死体がこびりついている。壁も階段も結露で湿気を帯びている。耳鳴りがはじまり、自分の足音が遠くに聞こえ、現実味が薄れていく。
     長い階段を下り、見回そうとしてぎょっとした。
     昇降口の脇の壁に、あの男が寄りかかっていた。
    「お迎え来なかった?」
     男の気配を感じなかった。
     心臓が飛びはねて、膝から下の感覚がなくなる。誠は自分のズボンをつかんで、脚があることを確かめた。
    「こんなところを一人で通ったら危ないよ。送っていこうか? 家、どこ?」
     うなだれた誠は、声が出ない。
    「帰りたくないとか?」
     口を引き結んで男を見上げる。
     誠の身長は、十四歳のとき百六十センチメートルを越えずに止まった。男の上背は、誠が顎を上げなければ目を合わせられない程度に高い。
    「家族と喧嘩したとか?」
     誠は視線を落とす。
     大仰なため息が男から洩れた。
    「帰るのが一分遅くなれば、説教は一時間延びる。帰った方がいいと思うけど」
    「……でも……」
     誠は言いよどんだ。
     黙っていれば、男は勝手に話を進めてくれる。少しばかり勘が良い。
    「まいったなあ……」
     男は癖のある前髪をかき上げる。
    「ゲーセンはもう閉まるか……カラオケでも行く? 一時間くらいなら付き合える」
     あいまいに頷く誠の肩をポンと叩いて、彼は駅の方へ歩きはじめる。
     後ろについて歩くだけで、男のにおいにむせてしまいそうだ。
     男のシャツの肩甲骨の下あたりに、濡れたような汚れがついていた。
     誠はそれをつまむ。
    「何?」
     振り返った男の脇に素早く回り、誠は顎にめがけて拳を突き上げる。
     男はその腕を抱え、誠を横倒しにした。
    「ひょっとしてカツアゲ?」
     呆気にとられて、誠は声も出ない。
    「欲しいのは金? 俺の血? 両方?」
     仰ぎ見る男の上で、灯りが不規則に明滅している。
    「金はあげるほど持ってない」
     腕をほどかれて、誠は地面にくずおれる。
    「一ヶ月に一リットル。それでどう?」
    「どうって……?」
    「欲しかったんだ、奴隷」
     においだけで、男の血が誠の好みで美味であることはわかる。ごちそうが安定供給されることは魅力だ。隷属を誓ってもかまわないとよろめいてしまう。
    「……奴隷って? 何するんだ?」
    「使い走りとかかな」
     男はカフスをはめたまま、肘までシャツをたくし上げた。カーゴパンツのポケットから五徳ナイフを出し、ライターで刃をあぶる。
    「中学にも行ってもらおうかな。マコちゃん、本当は二十六だっけ?」
     自分の素性が知られていることに、誠は改めて呆然とする。
    「……あんた、何者だよ?」
     ねめ上げて詰問したいのだ。それなのに、口の端から涎があふれてきそうで、はっきりものも言えない。酔って懇願している気分だ。
    「詳しい話はまた後で」
     男の腕が目の前に差し出され、肘の内側にナイフを当てようとしていた。体の細さに不釣り合いなたくましい前腕に血管が浮いている。
     誠は膝立ちになった。彼の指を取り、額におしいただく。そうしなければいけないと知っていた。
     軽い足音が聞こえた。
     立ち上がるべきかと思っても、誠は動けない。みっともなさを誰に蔑まれてもかまわなかった。一刻でも早くこの男の血を舐めたいという欲望に屈服していた。
     耳鳴りが強くなった。
     誠の体が前のめりに倒れる。
     痛みが遅れた。勢いよく殴打されたらしい。脳味噌がぐらぐら揺れている。首が折れたかもしれないという恐怖がひと刷け、心臓を撫でる。
     男が自分の両肩を支えていることに、誠は感賞した。今すぐにでも主人に取りすがりたい気持ちと裏腹に、指一本動かせない。
    「チカ! 何やってるんだ!?」
     別の男の罵声が構内に響く。
    「餌にもなれなきゃ、来るのも遅い。どやしたいのはこっちだ!」
     耳元で怒鳴り返すチカの声が遠ざかる。眠る前に聴くノイズ混じりのラジオに似て心地よい。
    「餌撒いたって、こいつらの好みに合わなきゃ食いつかないだろ」
     チカに誠を押しつけられた男は、真っ黒に焦げたパンのにおいがした。きっと濃すぎる血は赤錆の釘のような味がする。彼がイートインの隅に毎日いても、食指は動かなかった。
     ホットミルクには飽きている。ミルクがぬるくなるまでの時間潰しに齧るドーナツにも、辟易していた。
     目が覚めたら、久しぶりにまともな食事にありつけるだろうか。気前のよい極上の朝食を期待したい。
     誠は笑みを浮かべながら、白濁する意識の底に沈んだ。

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  • 2021年06月20日 21:07

    【パーパーウェル 第6回】

    【テーマ】散歩
    【タイトル】枇杷の花が落ちれば
    だいたい5700字
    地元高校生に目をつけられてストーキングされる吸血鬼の話
    後で手直してデータ配信
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     荷解きもそこそこに、彼は転居先の周辺を歩き回った。引っ越しの手配は、すべて人任せだった。知る人のいない土地で一人暮らしをするのだ。おおよその情報は聞いていたが、近辺は自分の目で確かめておきたかった。
     三十年前に区画整理された地域で、教育機関や官庁が近い。彼が入居したのは、そのころに建てられた戸建ての平屋だった。所有者が別に所帯を構えた娘と同居するため、しばらく管理してほしいということだった。角地で、隣り合うのは畑という環境は、人付き合いがわずらわしい彼には好ましかった。
     徒歩十分圏内に、コンビニエンスストアとドラッグストア、ホームセンター、スーパーは二店舗ある。郵便局と、役場、彼には関係がない小中学校と幼稚園も十分で行ける。人家と田畑が半々で、視界が開けている。引っ越したころは、よその庭先の薔薇や菖蒲が盛りで、彼はふらふらと散策するのを楽しんだ。
     なるべく人のいない時間を見計らって出歩いていた。勤め人の多い地域で、日中は静かだった。農作業にいそしむ人もまばらで、車一台も出くわさずに散歩から帰ることも珍しくない。
     珍しくないといえば、小学生に出くわすことだった。身の丈に見合わない大きなランドセルを背負った子どもたちは、おそらく低学年だろう。下校時間が日によってまちまちだった。
     何度かすれ違って、子どもたちは彼に挨拶をするようになった。ギョッとする彼を尻目に、子どもたちは、ランドセルにくくりつけた防犯ブザーが揺らしながら去っていくのだった。
     幼いとはいえ、見知らぬ人に声をかけられるのは、彼にとっては恐怖だった。
     彼は日の出が早くなったのを幸いに、早朝に出かけすようになった。幸い、彼の用件のほとんどは、コンビニでまかなえる。ただし、朝から土いじりをする大人と顔を合わせるようになった。ついには、空が白みはじめて、花の色が判別できるころに出かけるようになった。
     子どもたちの夏休みが終わって、虫の声が日に日に大きくなってきた。彼は、上京しなければならなくなった。家を出たのは昼下がりだった。
     晩夏の陽射の強さに辟易する彼の背後から、ひそひそ声とカチャカチャと金属のこすれる音が聞えた。こそばゆさに腹をむずむずさせながら、彼は歩を早めた。
    「こんにちは!」
     ひそひそ声がやむやいなや、子どもたちが挨拶をして駆け寄ってきた。小学生四人は、彼に貼りつくように囲んでしまう。
    「鈴木さん、こんにちは」
    「鈴木さんって、浪人生なの?」
    「引きこもりじゃないの?」
    「犯人? 誰かを人質にしてる?」
    「それは立てこもりっていうんだよ」
     腰の位置までしかない体温の高い男の子たちは、矢継ぎ早に話しかけてくる。子どもたちの熱量に困惑しながら、彼は心中で反論する。
     鈴木は家主の名字だ。家主の表札だけを掲げている。彼の見た目は若いが、実年齢は三十がらみだ。近所づきあいをしない彼を、奇異の目が向けられていることは、想像していた通りだ。
     子どもたちに説明して誤解がとけると、彼は思わない。本当のことを話しても信じてはもらえないだろう。何より、口を開くこと自体が面倒だった。
    「まあな、そんな感じ」
     彼は、どうとでもとれるようにあしらった。鈴木さんの親族の気味の悪い引きこもりだと遠巻きにされた方が、彼には気が楽だ。
    「そうなんだ」
    「それじゃね、鈴木さん」
    「バイバイ」
     子どもたちは、たちまち熱を失って、去っていく。
     すぐに歩きだせば、彼の足では子どもたちに追いついてしまう。またからまれるのは面倒だった。たいしたロスを生まない迂回路が思い浮かんだのは、散歩の賜物だった。
     やにわに電車の時間が気になった。足を止めて、ポケットに入れたメモを見る彼の尻に、あたたかいものが当たった。幼いうめき声に、また小学生かと彼はうんざりする。
     他の子より体の小さい男の子は、唇を引き結んで彼を見上げていた。
    「ユズキ! 遅い!」
    「ほんとに置いてくよ!」
     さっきの男の子たちが怒鳴っている。子どもたちは、電信柱一本分、先に行っていた。
    「今行く!」
     ユズキも大声で返して、駆けだした。後ろから見ると、ランドセルに手足が生えているようだ。
     彼はユズキが子どもたちに辿り着くまで見送った。そして、少しだけ遠回りして駅に向かったのだ。
     
         ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ 

     日付が変わるころ、彼は、コンビニエンスストアに出かけた。部屋着にモッズコートを羽織り、マフラーを巻いて、財布とスマートフォンをポケットに突っ込む。くるぶしまでの編上ブーツの紐をしっかり結び直す。
     この十年ほどで、徒歩十分圏内に、コンビニエンスストアが三店舗増えた。おかげで彼の生活も便利になった。ドラッグストアとスーパー一店舗が店じまいしたが、だいたいコンビニの店頭にあるもので間に合う。
     この夜も、コンビニで配達物を受け取り、いくつかの小荷物の発送の手続きをした。目に生彩のない少年が、おぼつかない手つきで伝票を処理する。
     この時間帯は、どこのコンビニに行っても若いスタッフが混じっている。卒業間際の高校生が、暇を持て余して小遣い稼ぎに来ているのだと、顔なじみのスタッフが教えてくれた。
     このあたりで、高校生ができるアルバイトは、隣町の工業団地のラインかピッキング、農作業の手伝いくらいだ。コンビニ勤務は、楽だと思われているのか、若いスタッフの入れ替わりのサイクルが速い。
     彼は、店内を一周して、何も買わずに外に出た。
     一週間ぶりの外だった。空は翳り、星がいくつか見えるだけだ。
     立春が過ぎて、日当たりの良い庭では、梅がほころんでいる。
     彼は、来た道を戻らず、新興住宅地の細道に逸れた。元は田畑で、ほとんどが数年前に売りに出された建売住宅だ。セダン一台分の幅の道が、あみだくじのように入り組んでいる。どの家も高い塀で囲まれ、地植えどころかプランターの草花も少なく、彼にとっては散歩コースとして魅力がない。
     新興住宅地を抜けると、道路一本隔てたところに、古い瓦葺の一軒屋がある。ここの梅は、まだ咲いていない。花のない梅は、庭の農機具や自動車と同じ無機物のようにたたずんでいる。
     この家の外庭は畑になっている。今は、白菜や長ねぎが育てられている。。畑の隅には、道路側から柿と枇杷、栗が1本ずつ、間を置いてある。奥にある枇杷は、彼が思った通り、花をつけていた。
     夜の暗がりでも光るように見える梅と違って、枇杷の花は目立たない。彼は、夏にあれが枇杷の木だと知り、冬の昼間に枇杷の花も初めて知ったのだ。
     あのころは、彼も日中出歩くことが多かった。古い家の庭をながめながらぶらぶら歩くのは、作業中のよい気分転換だった。
     何をしているのかわからない若い男が、昼日中手ぶらで歩いているのは、周囲から見ると奇異であろうことは、彼自身認めていた。散歩する時間には注意していたが、それも億劫になり、ますます出不精になった。
     足音がいくつか聞える。
     彼は白いため息をついて、走り出した。
     追手が何者なのか、わかっていた。夜とはいえ、人家のあるところで派手なことはしないだろうと、彼は考えていた。新興住宅地を抜ければ、駐在所がある。
     息が上がる。脚が上がらない。走っていても、歩くのと差がない。日頃の不摂生を自嘲し、彼は歩をゆるめ、足を止めた。
     四方から、静かな足音が彼を囲む。
     追い詰められて門柱にもたれた彼の目の端に、庭先の車が目に入った。濃色のワンボックスだ。
    「監視カメラがある」
     彼は、背後の二階を指差した。
     目的もなく散策しているうちに、各家庭の庭木だけでなく、車やバイクも把握している。
    「ダミーだろ」
     追跡者の一人が、言いながら刃物を抜く。刃渡りは匕首程度だ。
     素早く間を詰められて、彼は観念した。
     
         ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ 
     
     追跡者の一人は、後ろ手につかんだ少年を連れていた。
     少年は、彼が刺されて道路に崩れ落ちるのを目の当たりにして声を呑んだ。
     刺した男は、彼の腕を軽く蹴って、言った。
    「君、どうしてこの人をつけ回してたの?」
     少年は、自分が問われているのだと慌てて口ごもる。
    「いや……別に……あの」
     少年はしどもどとして答えられない。
    「深夜にふらついていて、君の親御さんは何も言わないの?」
    「コンビニに行くくらいなら、特に何も言われないので」
    「そう。じゃあ、帰らなくても問題ないね」
     絶句する少年に、若い男はスマートフォンを突き出す。画面には、彼の写真が表示されていた。盗撮は今日だけではないことは、服装の違う彼の画像の多さからもわかった。
    「どうしてこの人を撮っていたのかな?」
     男はやわらかい物腰で畳みかける。
    「……その人、死んだんですか?」
     少年は視線を落としてたずねる。
    「まだ息はあるけれど、死ぬのは時間の問題。人間、死ぬときは聴覚が最後まで生きているらしいから、聞かせてやったらどうかな」
     男は、地べたに横たわる彼の肩を軽く踏む。
     少年は大きく息を吐いた。
    「その人……全然年取らないんですよ」
    「それで?」
     男は、少年のスマホをいじりながら、続きを促した。
    「最初に気づいたのは友達なんですけど……子どものころはずっと年上に見えていたのに、今は僕たちと同じくらいに見えるって、おかしいじゃないですか。鈴木さん家に住んでいるのに、名字が違うし」
    「この人の名前をどこで知ったのかな?」
    「コンビニでバイトしている友達が、伝票の名前を見て」
    「顧客情報を漏らしたって、君の友達をクビにしてもらおうか」 
     少年は息を呑み、顔を上げることができない。
    「ストーキングの理由として納得できない」
    「だって!」
    「声、大きいね」
     男に制されるが、少年はかまわず続ける。
    「鈴木さんは行方不明だし、その人はずっと若いままだし、近所づきあいもないし、整形でもして逃げてる凶悪犯かなって」
    「そういう想像をさせる危険な目に、君自身が遭ったのか?」
    「みんなが言ってます」
    「『みんな』というのは、誰?」
     手が空いている一人が、彼の体を担ぎ上げた。
     彼らが佇立する家の、玄関の明かりがついた。
     男は、スマホを振った。
    「これは預かっておく」
    「困ります!」
    「この人の画像を全部抜いて返す。スマホは自宅に送る」
     拘束をはずされ、少年はぽかんとする。
    「送るって……」
    「住所も名前も調べればわかるでしょ。それじゃね、ユズくん」
     いましめを解いて、男たちは静かに消えた。ユズキがほっとする間もなく、玄関に人影が見えた。
      
         ◆ ◆ ◆ ◆ ◆
     
     あみだくじのような道を抜け、二車線の路肩に停めていたセダンに、彼は運びこまれた。待機していた運転手は、後部座席に彼と男がおさまると、すみやかに発った。  
    「お疲れさまでした。怪我はありませんか?」
     若い男性ドライバーは、大丈夫という返答を聞きながら、ルームミラーで後ろを確認する。
     彼は、地面につけていた髪を気にしている。男は、足蹴にしたことを謝りながら、彼の肩の汚れを手で払っている。
    「俺が頼んだんだから気にするな」
     彼が真夜中にコンビニエンスストアに行くと、人の気配を感じるようになったのは、去年の年末だった。年が明けて、気のせいではないと確信して、男たちに連絡した。
     男たちは、つきまといをこらしめて、この土地を離れることを提案した。転居の手配は、これまでと同じように、男たちの組織が用意してくれる。彼は、荷物をまとめて、決行を待っていた。
     ユズキの主張を聞いて、彼の疑問は氷解した。
     彼のような、若い独り身の男は、地域のコミュニティに入るのは難しい。身の上を正直に話すことも、適当にごまかしてやりすごすこともせず、物臭な彼は望んで孤立した。
     月日が過ぎ、十年余前の小学生は、アルバイトをする年頃になった。閉塞した土地で成長した高校生は、噂から妄想を膨らませ、彼を暇つぶしのターゲットにしたのだ。
    「ひとところに長くいすぎたんだよなあ」
    「早いサイクルで引っ越しするのが理想なんだけどね」
    「十年くらいなら、童顔だからでおし通せると思ってた」
     彼は、窓に映る自分の顔から眼をそらす。インターチェンジ前のオレンジ色の街灯に照らされた横顔は、成長の止まった十八歳のままだ。
     ユズキは、体こそ大きくなったが、どこか抜けているところは昔のままだった。
     含み笑いをする彼をちらっと見遣り、男は言った。
    「一応、条件に合ったところを探しているけど、長くても住むのは五年くらいがいいんじゃないか?」
    「そうする」
     彼は、転居先に望むのは、近くにコンビニエンスストアがあって、人家はまばら、できれば河川と坂がないところというものだった。希望にかなった場所があったとしても、人の入れ替わりが少ない、閉鎖的な土地だろうことは想像に難くない。真夜中の散歩で誰にも出会わず、もの言わぬ花に和みたいだけだ。
    「今月中に決まらなかったら、ひとまずどこか適当なところでいいよ。次の住まいに期待するから」
     梅が満開になれば、桜前線の話題が出る。年度替わりに咲く春の花を、彼は見たくなかった。どの花も爛漫とこの世の春を享受し、何の変化もない彼は取り残された感慨を強くし、同じ空の下に立ってはいけないように感じるのだ。せめて桜が咲く前に、引きこもれる場所にいたかった。
    「候補はピックアップしているから、その中から決めてくれたら、すぐに入居できるように手配する」
     そう言って、男は、ユズキのスマートフォンを見せる。
    「こっちはどうする? 仲間内で画像を共有してるみたいだけど」
    「どうするって?」
    「仲間のアプリが正常に作動しないくらいの悪戯は仕掛けておこうか」
    「手ぬるくないですか? 仲間の個人情報引き出して、向こう半年はデジタル機器でコミュニケーションとらせないくらいのことをしてもいい」
     報復の相談をする男と運転手に、彼は「そうだねえ」と上の空で相槌を打つ。
     あの夏の終わり、友だちに合流する手前でユズキは転んだことを、彼は思い出して笑った。

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  • 2021年06月05日 20:00  

    【Twitter300字ss】

    第76回「影」
    【題名】8月13日午後2時18分
    【ジャンル】オリジナル 300文字

    田舎の夏には、日よけになる建物がないという炎熱地獄と、どこに行っても茄子と胡瓜とゴーヤをもらう無間地獄があります



       ◆ ◆ ◆ ◆ ◆


     日傘をささなかったことを後悔していた。八月の陽射も照り返しも、遮るものはない。農道の両側には青い稲穂だけがどこまでも続いている。
     ご近所には、鬼灯をわけてもらいに行ったのだ。ついでに、レジ袋一杯の茄子と胡瓜も持たされた。炎天下を、断れない好意の重荷を提げて歩くなんて、私は何か罪業を背負っているのだ。時間が遡れたら、昼前に来たお坊様に訊ねたいところだ。

    「あっちゃん、おつかい? 偉いねえ」

     真正面から、女性に声をかけられた。この近さなら見えるはずの影が、路面にない。
     夏の昼下がり、外を出歩いているのは、学校のプールに行く子どもか、迎え盆の準備に慌てる大人くらいだ。
     せっかちな姉は、迎えを待てなかったらしい。
  • 2021年05月22日 00:43

    「スプーンの聖女」
    レヴィオンってそのうち聖女召喚しそうだなと思って書いてしまった
    レヴィオン王とユリウスのいちゃいちゃ書きたかったんだが、ルリアとジータの百合になってしまった
    ティアマトは、繊細なことは無理そうだけど、人間が好きだからこういうお祭りも好きだろうなって思ったんだけど、適任は別にいるだろうし思いつかなかった
    キャラが多いと、配置が難しいけど、オールキャラ楽しい
  • 2021年05月22日 00:41

    グラブル!
    「スプーンの聖女」2
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      ◆ ◆ ◆ ◆ ◆

     灯ともしごろに、新王御幸があった。
     四人のみの会食だからと、ユリウスが用意させたのは喫茶室だった。指示をされた給仕の困惑をよそに、ユリウスは、「内々で話をしたいが時間が足りないので」と押し切った。
     懇意にする王侯貴族もいるジータは、使用人に同情した。破天荒で気さくな諸侯でも、使用人の前では、主君らしく、客人との距離を保っている。かてて加えて、ユリウスは元々尊大に振る舞うが、王の意向とはいえ、主導権を握っているようにしか見えない。聖女の宣託などなくとも、王位簒奪の噂が立つのも当たり前だった。
     人払いをして、四人だけになると、新王は大仰なため息をついた。
     間近で見る新王は、遠目に見た記憶よりも、嫋々として姫君のような印象が強い。ユリウスと似たところもない。在位一年過ぎようとしているのに、為政者らしい威厳が感じられないのだ。
    「聖女ぎみ、改めまして、ようこそお出ましくださいました」
     王の敬礼に、ジータはたじろぎ、ユリウスに目をやる。へりくだられるような身分ではないと、今すぐにでも明かしたい。
    「陛下、席次のない喫茶室に移ったのです。どうか、彼女を委縮させなさいませんよう」
    「申し訳ありません。そんなつもりはないのですが」
     ユリウスにたしなめられて、王は身を縮こまらせる。
     注意をしていても、ユリウスの表情には険がない。王の反応を楽しんでいるようで、兄弟仲は悪くないようにジータには思える。
    「彼女は、ジータと名乗っております」
    「ジータ様……」
     ユリウスの紹介を、王が復唱する。
    「いえ、呼び捨てで結構です。アルベールもユリウスも、私をそう呼びます」
     王が臣下を様付けするという状態が、ジータにはよくわからない。今まで関わったウェールズもアイルストも、王族は最初からジータを名前のみで呼んだし、艇内にあっては「団長」の肩書で呼ぶ。廷臣でなくとも、彼ら王族から見れば、ジータは下つ方にすぎず面映ゆいことだった。
    「陛下。召し上がりながら我々の話を聞いていただけますか? 執務室に詰め切りでお疲れでしたでしょう」
     アルベールに促されて、王が円卓に着いた。その左右に臣下二人が座る。ジータに残された席は、王の真向いだった。
     他国に比べて、レヴィオンの文化は洗練されていない。古くから交通の要衝であったため、流入した各地方の文化を精査せずに取り入れているようだ。食事を見ても、農耕や魔物との戦闘に明け暮れる人のためにか、簡便な献立が多い。葡萄の葉包みは、手間はかかるが、持ち運びして多様な味が楽しめるレヴィオンの郷土料理だ。王や客人のいる席にも葡萄包みを出すあたり、素朴な気風らしい。アルベールの剛直さを培った風土だと納得できると、ジータはくすっと笑う。
     ユリウスは、ワインを飲みながら、ジータの身上を明かした。
    「……聖女ぎみではないということですか?」
     王は、ジータを見ずに、ユリウスに問う。
    「王は、聖女とはどんな存在だと思っておいででしたか? 花の露を啜っている精霊のようなものだとか?」
    「ええ……別世界から降臨されてくるのだと思いました」
     しょんぼりとしおれる王に、ジータはいたたまれなくなる。夢がはかなくなった人を見るのは辛い。
    「……私でごめんなさい」
    「ジータが謝る必要はない。君たちがユリウスのためにしてくれたことは、聖女どころか女神の仕業だ」
    「そんなに大したことしてないよ」
     星晶獣に寄生されたユリウスに対処したのはルリアである。ジータは支援をしただけだ。アルベールに持ち上げられるのは筋違いに思えて、顔を赤らめる。
     ユリウスはうなだれる王に頓着せず、話を続ける。
    「彼女が聖女であっても、ジータにはやるべきことがあり、レヴィオンに留め置くことはできません」
    「そう……ですね」 
    「ジータは自艇に戻りますが、豊穣祭には参加します」
    「本当ですか⁉」
     打ちひしがれていた王に生彩が戻った。
     この先三か月聖女を養う予算を、王政は算出していない。先例はないが、豊穣祭に伴う聖女の御禊などの日程や警護等に割り振る人員も考慮せねばならない。まごうことなき、聖女は招かざる客であった。
     王の尊厳を守るために、聖女をないがしろにはできなかった。
     ユリウスとジータの考えは一致した。あとは、王の承認を得るだけだった。
     
       ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ 
     
     五日後、グランサイファーはレヴィオンに到着した。
     ルリアは、ジータが目の前で消えたときから落ち着かず、翌日から眠り続けていたらしい。一昨日、レヴィオンから連絡が届いたと知らせても、生返事だったようだ。
     ジータは、団長室にヨハンやコルワたちを呼んで、レヴィオンでのあらましを話した。ジータが元気に帰還したと聞いた団員たちが、団長室に入れ代わり立ち代わり顔を出し、不在の間の報告が挟まれ、ジータの本題は進まない。
     夕食時に団員が集まったのを見計らって話をしようかなどと話しあっていると、ルリアが顔を出した。目が覚めて誰かに教えてもらって、走ってきたらしい。長い髪がもつれ、息をはずませている。
    「無事だって信じてましたけど……! でも、すごく心配で……!」
     ルリアの声はかすれている。
    「私は大丈夫。心配させてごめんね」
    「謝らないでください……ジータが悪くないって知ってますから!」
     首にすがりついてきたルリアを抱き締めると、ルリアの腹が派手に鳴った。ジータはこみあげてくる笑いを堪えられない。
    「笑ってやるな。三日以上ルリアは眠っていたんだ」
     たしなめるカタリナの声も震えている。
    「三日も!」
     当の本人が驚いている。
    「夕食には少し早いが、食べるものはあるだろう。食堂のみんなも心配していたから、二人で揃って顔を見せれば喜ぶぞ」
     またルリアの腹が鳴った。
    「ルリアの腹が返事しやがったぜ。正直だな」
     ビィに笑われて、一同に爆笑が巻き起こり、ルリアはジータの胸に顔を埋めた。
     
       ◆ ◆ ◆ ◆ ◆

     今年の豊穣祭は、例年にも増して大々的に行うと、レヴィオン王国内に下知されていた。本来は、新王即位の年に行うべきことであったが、昨年はマウロ卿のクーデターとその後始末に追われて手が回らなかった。
     近隣諸侯や商業ギルドを招いた物産展を開き、王都と主要都市では数日に渡って市場が立った。新王行幸による市場の巡察の締めくくりが、王都での所信演説であった。
     昼下がり、王都の円形広場の演壇に王が立つころ、空には暗雲が立ちこめてきた。レヴィオンでは見慣れた雷雲であったが、この時季には珍しいことだった。雷鳴は遠く、雲間に閃光が瞬く空を仰いで、王は豊かな国土に感謝を述べはじめた。
     轟く雷鳴をものともせず、王は民草の勤勉さをほめていたわり続ける。弱腰で父王のような威容が微塵も感じられないと噂される王が、やさしげに語りかけてくる姿に、ひしめく民衆たちは心を動かされた。
     まばゆい稲妻が空を切り裂くなり、雷雲から一条の光が差した。手をかざして見上げる人の目の前に、はらりと白い花びらが落ちてきた。
     雲の切れ間から次々と光芒が射し、小雨のように淡い色の花や花びらが降ってくる。お話に飽きていたこどもたちがはしゃいでいる。怪異なのか瑞兆なのかと、大人たちはさざめく。
     花とは思えない、白く大きなものが落ちてくる。地上に近付くうちに、それが人であることが判った。
     それは、落下ではなく、ゆっくりと降下してくるのだった。幾重もの花びらをまとった大輪のような白いドレスをまとった女性であった。花の散るなか、風をはらんだドレスがふくらみ、ショールがたなびく女性が降りてくるのは、この世のものとは思えなかった。
     王は、髪に降りかかる花に気を留めず、臣下をねぎらい、交易と観光に力点を置いた行政を約束する。
     アルベールの指示で、警護兵が武器をかまえる。アルベールも天雷剣を手にしている。
     白い花の乙女は、ゆっくりとゆっくりと、ふわふわ漂いながら降りてくる。体を反転させ、仰向けになって警備兵たちに微笑んだ。
     アルベールが「かまえ」を解き、呟く。
    「……聖女だ」
     団長の命令を不審に思ったのは一瞬のことで、団員たちは色めきだった。
     王主導の聖女召喚が成功したことは、まことしやかに語られていた。召喚に関わったものは上つ方のごく少数で、アルベールもその一人だと言われていた。部下が尋ねても、アルベールは知らぬ存ぜぬと突っぱねるだけだった。真偽のほどは知れないまま、月日が過ぎ、聖女のことは忘れられていたのだ。
     聖女は、演壇の王に、自分の花冠をかぶせた。王はやっと異変に気づいたように彼女を見やった。
     聖女は、王の頬に手を当て、顔を寄せた。
    「……キス!」
     観衆のなかで、少女の甲走った声が響いた。
    「はわ……あ、あ、えっと……聖女様が王様に祝福のキスを……!」
     民人たちも、ざわめきだした。
    「聖女様だ! 聖女様がレヴィオンと王に繁栄を約束されたぞ!」
    「レヴィオンに栄光あれ!」
     人波のあちこちから、男たちの声が上がった。
    「新王万歳!」
    「新しいレヴィオン万歳!」
     万雷の歓声が上がるなか、アルベールは部下たちに説明をしていた。
    「聖女は確かに、一度顕現されている。また、必ずやってくると約束して元の世界に戻られたのだが……」
     と、語尾を濁した。
     聖女は、民衆に微笑み、ドレスをつまんで小首を傾げるようにおじぎをすると、忽然と消えた。あとには、花びらが螺旋を描いて舞い上がっていた。
     
       ◆ ◆ ◆ ◆ ◆    

     ジータたちは、広場を撤収して、団員ともども離宮に身を寄せた。離宮は、ジータたちのために休息所として用意されていた。葡萄酒や軽食もふるまわれて、皆舌鼓を打っている。
     ジータは、喧騒をよそに、長椅子に横たわっていた。傍に跪くルリアに、「祝福のキス」を責められ、不本意な弁解をしていた。
    「だから、耳打ちしただけだってば」
    「本当に? 本当にキスしてないんですね?」
    「してないっていうか、できなかったというか」
    「してないの?」
     コルワが割って入ってきた。
    「聖女が祝福のキスをしてこそ、新王の権威を揺るがせないものにできるんじゃない!」
     豊穣祭のクライマックスに聖女ジータは登場すること、それに対してレヴィオン王国は相応の報酬を支払うという契約を、三か月前に交わしていた。
     ジータは騎空団総員を動員して、豊穣祭の計画を練った。修正のためにユリウスに遭ったのは、二度だけだった。
     記録された奇跡を調べ、それを基に案出して、団員たちの能力を活用した。雷雲を呼んだのは天雷剣だが、ドレスはコルワと双子の力作であり、花を降らせたのはレナの能力である。コーヒーを挽いている天司長に舌打ちされながら頭を下げて光明を降り注いでもらった。ジータがふわふわと漂えたのは、ドレスのデザインを請け負い、シルエットを一番美しく見せることができると自負するコルワの能力のおかげだった。ルリアをはじめ、団員数名をサクラにして、聖女顕現を叫ばせた。最後に消えたのは、ティアマトの仕業だった。局所的な小さな竜巻を起こさせ、ジータを攫わせたのだ。
     旋風の速度にジータは目を回し、肝を潰した。回収されて、なんとかドレスを脱がせてもらったところで、ルリアに泣きつかれたのだ。そこにコルワの小言が加わっては、ジータも疲れを癒すことができない。まだ、目が回っているのだ。
    「王様のほっぺ、すべすべで、目が合ったらなんか恥ずかしくなっちゃって、申し訳ないなって……それで、できなかった」
    「ほっぺすべすべなんてご褒美でしょ! 実費しか貰ってないんだから、それくらいのおまけがあってもいいのよ!」
     聖女関連の支出は、豊穣祭における行幸の予算の雑費として算入されている。会議で突かれば、多大な出費は王の汚点になる。ジータがユリウスに請求したのは、布地の代金だけだ。コルワも双子も、技術料はご祝儀だと納得して引き受けていた。
    「だって、ユリウスが可愛がってる義弟だもん。偽聖女様がキスなんかしたら、後でちくちく嫌味を言われるに決まってる」
    「可愛がってるって、どう可愛がってるの?」
     黒づくめのハーヴィンが身を乗り出してきた。
    「ルナールも来てくれたの?」
     今回の演出には、希望者だけ参加してもらっていた。ルナールのように騒がしいことが嫌うものには、強いて声をかけていない。アルタイルなどは、今ごろグランサイファーのなかで本を読んでいるはずだ。
    「気分転換にね。サクラが要り様って話だったから。で、可愛がるって?」
    「なんていうか、こう、ユリウス優しい?」
    「ユリウスさんは元々優しいし、面白いですよ」 
     ルリアは、葡萄のペーストが入ったソフトクッキーをもぐもぐしている。
    「それは、ルリアが食べ物貰ってわーいって喜んでるから面白がってるだけだと思う……うーん、ユリウスは全体的に当たりが柔らかくなったとは思うのだけど、王様に対してはやっぱりちょっと違うかな」
     ランスロットは肩の力がほどよく抜けて気さくであるし、王族であるパーシヴァルはどこか風通しがよい。彼らと同世代のユリウスは、世間と渡り合うために肩肘張っている拠り所のない少年のように、ジータには見えていた。国家を巻きこんでの自殺未遂以降、ユリウスは柔らかくなっていた。
     それ以前の、ユリウスと王の関係を、ジータは知らない。ユリウスはアルベールに対して悪態をついたりふざけたりするけれど、王に対してはひたすら熱心に付き添っている。
    「……はじめて猫を飼う人みたいな感じ?」
     なんとか言葉をひねり出すが、しっくりしない。現王という立場の異腹弟との距離感を測りかねているようなユリウスを例えるべき言葉を、ジータは見つけることができない。
     ルナールは、その答えで興味を失ったのか、おこたの民が談笑している方へ去っていった。 
     喉ごしがよいからと、ルリアは葡萄のゼリーをすくってジータに食べさせる。デザートスプーン一口だけでも、今のジータには飲みこむにはやっとで、舌を動かしただけで頭痛がした。
     大儀そうなジータを見かねたコルワは、飲み物を取ってきてあげると行ってしまった。
     ルリアは、長椅子の端にちょこんと腰掛けた。
    「あのですね……」
     横になったままのジータに、ルリアは身を寄せてきた。こそこそとひそめた声と長い蒼い髪が、ジータの頬をくすぐる。髪が揺れるたびに、花の匂いが強く香る。レナの咲かせた花びらがルリアの頭についているが、今のジータにはそこまで腕を上げることができない。
    「聖女様が本当に綺麗で、どこかに行っちゃいそうで怖かったです」
    「ルリアを置いて、どこにも行かないよ」
     ルリアの髪に指を絡めて、ジータは約束する。
    「ずっと一緒に行こうね」
    「はい!」
     満面の笑みのルリアに、ジータはほっと息をつく。そして、眩暈に抗えず、目を閉じた。   

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  • 2021年05月22日 00:40

    グラブル!
    「スプーンの聖女」1
    全部で10960字
    タイトル思いつかなかった・・・召喚聖女ジータの方がいいかな

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       ◆ ◆ ◆ ◆ ◆

     ジータは茫然としていた。
     たった今まで、グランサイファーの甲板でルリアたちとおやつを食べていたのだ。暇を持て余したラインハルザが作った、できたて熱々のプリンに挑むところだったのだ。
     ジータは光の螺旋のなかにいた。膝をついた床からかすかな振動を感じる。
     光の粒が目に入りそうで瞼を閉じると、聴覚が研ぎ澄まされる。幾人かの抑揚のない音声が、光の渦に向かって輻輳していた。耳を澄ましても、ジータには文言は聞き取れない。星の民の古代語かもしれない。
     光の檻に、まがまがしいものは感じない。ジータを庇護し、慈しもうというあたたかい感情を感じる。
     さりとて、ジータは機嫌がよくない。おやつを邪魔され、突発的に何かに巻きこまれたのだ。
     何より、一緒にいたルリアが心配だった。ルリアは世界の鍵を握る少女だ。彼女の利用価値は未知数である。ルリアを狙って引き離されたかもしれない、もしくはジータと同じようにどことも知れない場所に捕らわれているかもしれない、など不安が駆け巡る。
     視界が開けてきた。目もくらむような光り輝く粒子がまばらになり、床の模様が見える。細かな幾何模様が発光し、粒子を噴き上げて撒き散らしていたのだった。
     白いなめらかな一枚岩に彫られた幾何模様に、既視感があった。カリオストロやヨハンの書物で見たのではなかっただろうか。そうであるなら、錬金術や古代魔術の類ではないだろうか。
     唱和はいつしか止んでいた。
     代わりに、複数の慌ただしい足音が聞えた。鞘鳴も聞こえる。帯刀しているものもいるようだ。目潰しくらいはできるだろう。
     ジータは、スプーンをきつくつかむ。今、武器として役に立ちそうなものは、これだけだった。
     床に座りこんだまま、ジータは周りを見回した。
     音の響き方で想像していたより、天井の高い奥行きのある場所だった。白く太い円柱を何本も隔てた向こうに、人差し指ほどの人たちが見える。十人ほどいるようだ。
     神職とおぼしきローブ姿と、文武の官吏らしきものたちが立ち交じっていた。
     ジータのいやな気分がいや増す。
     大人が関わっていると、碌なことにならない。立場のあるものほど、会話にならない。町がひとつふたつ壊滅する事態に陥っても、彼らの目は覚めない。欲得で動いている地位の高い人間ほど、手に負えないものはない。星晶獣の方がずっと聞き分けがよい。
     派手な装飾をつけた長いマントを翻す人物を囲むように、一団はジータに近づいてくる。
     傲然と顔を上げたジータは、中央の人物の姿を認めた。
     くすんだ金髪に細かな細工をほどこされた冠をかぶせられた彼は、一行のなかで一番年若に見える。彼は、ジータが知る人だった。
    「王よ、こちらが召喚に応じあそばされた聖女ぎみです」
     先に立つローブの男の言葉に、ジータは驚愕した。「聖女」とは、自分のことだ。
     自分を敬う彼らの誤解を、ジータは利用することにした。
     彼らのなかに、ジータに見覚えがあるものがいるかもしれない。ほんのわずかに居場所を同じくしただけの王も、ジータを記憶しているかもしれない。思い出される前に、彼女には機先を制する必要があった。
     ジータは、彼らをねめ上げて、静かに言い放った。
    「雷迅卿、もしくは先王の子ユリウスを呼んでください。彼ら以外とは話をしません」
     一同が息を吞んだ。
     レヴィオン王の頬が青ざめた。
     
        ◆ ◆ ◆ ◆ ◆
        
     レヴィオン王国は、依然政情が落ち着かない。
     不穏の種を蒔いたのは先王だ。自分と気性の似た第二王子に帝王教育を施し、荒事を好まない長子は放任した。それぞれの気風にあった教育をしたといえば聞こえはよいが、第二王子を次王に据えたいという王の考えがわからないものはいなかった。
     先例にならって第一王子を嗣子とすべきだという後ろ盾に、マウロ卿をはじめとした有力者がいた。当人に意欲があり父王の覚えがめでたいのは第二王子という事実は覆せなかったが、立太子させることは阻み続けていた。
     先王は、王太子を指名することなく世を去った。庶子であるユリウスに弑されたのだ。
     ユリウスの毀誉褒貶は、いまだに激しい。先王の婚外子であり、聡明であることは王位争いの種であった。「忌み子」だと囁かれ、息をひそめて生きていたユリウスは、騎士団で活路を見出した矢先、星の雫涙に心身を侵され、父王を弑逆して逃亡した。ユリウスは国賊の汚名を背負い、二転三転して、室長に返り咲いている。
     ジータが知っているのは概要だけだ。実際の宮廷政治は、彼女の想像以上に混迷している。
     王にまみえたとき、騎士団長と先王の庶子を指名したことは、ジータの聖性を強めることに成功した。
     雷迅卿アルベールが呼ばれ、ジータは王都郊外の離宮に護送された。
     堅牢な王宮に比して、離宮は瀟洒な造りだった。女性王族の御座所であり、新王も王子時代はここで過ごしたということだ。
     聖女のために用意されていた貴賓室に招き入れられ、人払いして、ジータは肩の力を抜いた。アルベールと、やっと二人きりになれた。
    「一体どういうこと⁉」
     王宮地下の神殿で説明をされていたようだが、ジータの耳には入ってこなかった。王宮なら、何度か忍びこんでいて地上階の構造はぼんやりと覚えている。知った土地なら逃亡する機会もあろうと、逃走経路を考えていた。
    「どうして私が呼ばれたの?」
    「それは、俺も知りたい。聖女召喚は聞いていたが、本当にできるとは思わなかった……君が聖女だったとは」
    「違います。そもそも聖女って何?」
     今年の豊穣祭は、大々的に行うことになった。物語好きな王が、豊穣の女神に模した女性を大祭の象徴として立てようというのが発端だった。女性に序列をつけるのはよくない、種族を公平に扱わなければならない、など議論百出の果てに、召喚に応じた聖女ならば問題なかろうと落ち着いた。
    「待って! 誰も止めなかったの? ユリウスは? あの人の頭と舌は、こういう時こそ使うべきでしょ?」
    「この世に聖女などいないから、来るはずがない、失敗してから代替策を出そうと嘯いていたが」
     アルベールは苦笑いをする。
    「君が聖女だと知ったら、あいつはどうすることか」
    「もちろん解放してもらいます」
    「俺は、得体のしれない人ではなくて、君が来てくれてほっとしている。話は通じるし、身許はわかっているからな」
     アルベールは、ジータが騎空団を擁していることしか知らない。彼女自身両親の来歴の詳細を知らず、「特異点」などと呼ばれる身の上なのだ。海のものとも山のものとも知れない自分を信用してくれるのはありがたいが、うしろめたい。 
    「仲間が心配してるだろう。連絡の手配をする。当座の身の回りのものは用意できているけれど、欲しいものがあれば言ってくれ」
    「私が聖女じゃないって、口添えしてくれます?」
    「俺はこの国に仕える騎士だ。国是に反することはできない」
    「アルベールは、私が聖女だとは思っていないでしょう?」
    「流浪の男を同道させて、レヴィオン存亡の危機に駆けつけてくれた君は、聖女以外の何者なんだい?」
     にこりともしないで、アルベールは言ってのける。
     ジータの行動理念は単純だ。孤独な人、困っている人がいたら手を差し伸べる。一度グランサイファーに乗ったものならなおのこと、手を振り払われても、見守り続ける。故郷の村民がジータにそうであったように、ならっているにすぎない。ジータが聖女なら、ザンクティンゼルの住民は聖人君子だらけだ。
     やり場のない怒りをおさえようと、ジータは冷めかけた紅茶に手をつけた。匂いもお茶も、驚くほど甘い。
    「あれ? 紅茶に葡萄のにおいがする?」
    「生ものを出荷するリスクは大きい。葡萄酒も時間がかかる。他国に出荷するために、加工が簡単で、日持ちのする商品を展開していこうと試しているんだ」
     供されたケーキやクッキーにも葡萄が使われていた。日用品の試作も重ねていると、アルベールは説明する。ユリウスは、例のごとく、寝食を惜しんで研究に没頭しているのだという。
     日が翳ってきたころ、ユリウスがやってきた。
    「ようこそ聖女ぎみ、と言うべきかな」
    「ユリウスまでふざけないで」
     うんざりしながら、ジータは彼に違和感を抱いた。以前のユリウスとは、なんとなく受ける印象が違うような気がした。
    「いやいや、顕現するなり私を『王の子』と名指ししたのだから、千里眼の聖女と目されてしかるべしだよ」
    「……ごめんなさい」
     ユリウスが実父も養家も疎んじていることは、ジータも知っている。孤立無援の状態でブラフをかけるために、他人のプライバシーに踏み込んだことは、反省していた。
    「おかげで面倒なことになりそうでね」
     民衆の前で、新王が、ユリウスに譲位したいと発言したのは記憶に新しい。これをきっかけに、以前から潜在していたユリウス王待望論が息を吹き返した。それでなくとも、復興本部対策室に復帰したユリウスが、王の要請で執務のノウハウを指導している姿は、摂政も同然、いずれは宰相だと囁かれていた。
     新王の政務の評判は芳しくない。実務能力の高いユリウスが摂政位に就けば、現状を好ましくない一派を黙らせることができる。それならば、名実ともにユリウスが王になれば盤石ではないか、という暴論も出てしかるべきだった。
     そのさなか、聖女が、目の前の王を差し置いてユリウスを名指ししたのだ。信託を受けたと、ユリウスを王に据えたい一派が鼻息を荒くした。新王にもの足りなさを感じている貴族たちも浮足立っている。
    「……本当に、ごめんなさい」
     あの場では、自分の身を守ることしかジータには考えられなかった。
    「気にしなくていい。自由に研究できる今の身分で満足しているからね。ただ」
     と、ユリウスは含み笑いをする。
    「王弟派がおとなしくしているかな」 
    「殿下はわきまえておいでだろう。問題は取り巻きの連中だ。権門のうるさがたが多い。即位までは、マウロ卿が抑止力になっていたが」
    「毒で毒を制するようなものだからねえ。陛下にも、まっとうな忠臣がついてくれるとよいのだが」
    「他人事のように言うな。お前がさきがけになれ」
    「俺は王個人にではなく、レヴィオンにこの身を捧げている。陛下の今の方針には賛同できるから従っているにすぎない」
    「でもダメなときはダメって止めてよ。聖女様とか聖女様とか聖女様とか」
     ジータはむくれて、クッキーを手にとる。甘すぎないレーズンクッキーは、やけ食いでつまむのに手ごろな一口サイズだ。
    「そのクッキーは君の好みに合っているようだが、胃袋は空けておいてくれたまえ。夕食には、我々も陛下も同席する」
    「王様が⁉ どうして?」
    「当初からの予定されていたことだ。君の警戒心が強いから、宰相たちには欠席していただいた。王だけには君の素性を明かしておこうと思ってね」
    「それで解放してくれるなら」
    「豊穣祭は三か月後だ。不都合があるかい?」
    「何故、私がレヴィオンの都合に合わせなくてはいけないの?」
     ユリウスもアルベールも、ジータの日常を知っている。ジータは、時には命の危険を伴う仕事を請け負って、父親の足跡を追っているのだ。三か月もひとところに留まることはできない。
     そして、ジータはルリアと命を共有している。長い期間離れていると、ルリアがどうなるかわからない。できるだけ早く、ルリアの元に駆けていかなければならない。
    「ああ……そうか」
     ジータは、ちらっとユリウスを見る。
     彼が回りくどくわかりにくいのは相変わらずだ。言外に選択肢があると示しているようだ。
    「こちらの条件を呑んでくれる?」
    「では、妥協点を見つけようか」

       ◆ ◆ ◆ ◆ ◆



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  • 2021年05月01日 20:51  

    【Twitter300字ss】

    第75回「届く」
    【題名】小野の屋敷の池の端(おののやしきのいけのはた)
    【ジャンル】オリジナル 歴史 300文字

    祖父は篁

    はじめて読んだ柳に蛙のエピソードは、乳母に諭されるバージョン
    従者に傘を持たせている図は、どこで見たんだろう

    『小野道風青柳硯』検索して、二次創作ってこれくらい奔放じゃなくちゃ面白くないよなと思った
    まさか柳に蛙に、そういう意味を持たせるとは
    広範な教養あっての江戸エンタメだって痛感する

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       ◆ ◆ ◆ ◆ ◆


     釣殿に立った道風はくすくす笑い出した。
     池に満月が映っている。

    「何が可笑しい?」
     胡坐をかいて酒を飲んでいる兄が問う。
    「怠けると、乳母やに叱られたでしょう。祖父君のようにご立派になれません、など」
    「祖父殿は立派過ぎて、鑑にならん」
    「俺も、猿猴促月というぞと凄んだら、だから人は盥に月を映して掌中におさめるのですと返ってきた。確か野分の日で、あの柳に」
     と、道風は池を指した。
    「蛙が飛びつこうとしていた。あのように高みを目指して励まれませ、と乳母やが言った先から風が吹いて」
     蛙はしなる枝の端にしがみつき、揺さぶられながら上へ上へと行ったのだ。

     月の佳い晩、小野の屋敷の池の端に幽霊が出る。
     乳母の霊であるという。

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  • 2021年04月08日 00:08

    https://pictbland.net/blogs/view_body/1924662
    「懸念」は「疑念」に修正
    富士吉田から富士五湖行きのバスが出ていることを書いてないから不親切すぎるなって、実は投稿前から思っていた
  • 2021年04月03日 20:59  

    【Twitter300字ss】

    第74回「道/路」
    【題名】道行三人
    【ジャンル】オリジナル 300文字
    画像は写真ACからお借りしました

    同行二人を道行二人と混同していたことがありました
    あと富士吉田駅は今はない


    今年は、吸血鬼と山姥とメイドの話しか書かないと決意を手帳にしたためていたので、今回は吸血鬼と山姥の話


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       ◆ ◆ ◆ ◆ ◆


     富士吉田のバスターミナルは、閑散
    としていた。

    「どこに行くん?」

     見知らぬ老女に声をかけられた。私
    がベンチに腰を下ろして、小一時間が
    過ぎるころだ。

    「山中湖へ、連れと」

     駅ビルから、若い男女が出てきた。
    女が小走りで近付いてくる。

    「ごめんね、遅くなって」
    「待ちくたびれたよ、お姉ちゃん」

     時刻表を眺めていた老女は頷き、私
    たちを見てもう一度頷いて立ち去った。

     遅れてきた兄の目は倦んでいる。
     私たちは血を分けた兄弟ではない。
    遠い祖先を一にする同胞だ。老女のよ
    うな美しい年輪を皮膚に刻むことはな
    い。壁に向かってトレッドミルで歩く
    日々には飽きていた。

     私たちの行き先は湖ではない。老女
    の懸念通り、森のなかの保養地に行く
    のだ。

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  • 2021年03月06日 20:56

    【Twitter300字ss】

    第73回お題「隠す」
    【題名】乙女心
    【ジャンル】二次創作『グランブルーファンタジー』 300文字

    組織女性陣とカシウスとアイザック
    乙女心を隠さないイルザと打算は隠すゼタ
    今イベSTAY MOONで全員無事生還したらのIF
    半年前のTw300ssでグラブルのジョエルくんを書いたら、一月後にSRジョエルくんがガチャに来たので(もちろん獲った)、今回は特に三名帰還の祈願をこめて
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       ◆ ◆ ◆ ◆ ◆

     グウィンは、アイザックの胸板を叩き、なじっていた。やつれたアイザックは、自慢の軽口で応じている。
     ベアトリクスは、苺ジャムをてんこ盛りにしたバゲットを、カシウスに突きつけていた。
    「ほら、あーんしろ。本物のカシウスなら、私の作ったジャムにむせるはずがない」
     頬にジャムがつけられても口を開かないカシウスの脚を、ベアトリクスは膝で押さえつけた。
     ベアトリクスをとがめようとするゼタを、イルザ教官が止めた。
    「仔犬、野暮はよせ。馬に蹴られる。我々は散歩の時間だ。胸焼けするほど甘いものも食わせてやる」
     歩きだした上官にゼタはついていく。
     部下たちの恋模様が羨ましいというイルザのぼやきの傾聴に、スイーツは妥当な代償だ。


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  • 2021年02月06日 21:45  

    【Twitter300字ss】

    第72回お題「運」
    【題名】
    【ジャンル】オリジナル
     300文字
    ぱ娘様より素材をお借りしました
    ありがとうございます
    https://www.pixiv.net/users/2407532

    タイトル思いつかなかったので、まあこれで

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         ◆ ◆ ◆ ◆ ◆

     一番乗りは、女子二人だった。
     この塾では、公立高校入試対策の集中講義のさ中であった。
    「先生! 聞いて」
     選手宣誓のように、玲奈が手を挙げた。
    「先生の夢見た! 七帆もだって」
     じれったそうに玲奈が説明する。
     私は、玲奈の夢で、塾の前で手を振っていた。七帆には、マフラーを手渡したらしい。
     八年前、大学入試直前の先輩の夢に、満面の笑みの私が現れたという。ムカついたと、先輩は現実の私に八つ当たりした。
     その翌年、同級生何人かの夢に、私が出たという。彼女たちは、晴れがましい第一志望の道へ進んでいった。
     夢で、私は、彼らに何かを与えているらしい。
     私は私の夢を見ない。春に訪れを喜ぶ人を見送り続け、冬の終わりにたたずんでいる。

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  • 2020年12月05日 16:37  

    【Twitter300字ss】

    第71回お題「眠る」
    【題名】デラシネ
    【ジャンル】オリジナル
     300文字

    渡り職人にそこはかとないロマンを感じる
    植物の遷移も好き
    好みでは右に画像を入れるのが好きだけど、左にしてみた・・・落ち着かない

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       ◆ ◆ ◆ ◆ ◆

     花が咲いていた。地を這う白い花が群れている。

    「どうしてこんなところに」

     大荷物を背負った少年が呟く。
     寒い高地で見られる植物だ。植生の南限は、この森林地帯より遠い。

    「鳥の羽に種がついてたんだろう」

     少年の二倍の荷物を担う男も、足を止めて見やる。

    「普通は育たないでしょう?」
    「普通ではないからな」

     三年前、ひと月に渡る山火事があった。炭となった樹木が土壌を変えた。陽射しも雨も焼け野原にひとしく降り注ぎ、土中で眠っていた種子が芽生えることができたのだ。長い月日をかけて本来の土地に適した森に戻ったとき、白い花が咲くことはない。

    「行くぞ」
    「早くお仕事見つけなくちゃね」

     男に急かされて、少年はぬかるみを飛び越えた。



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