最終更新日:2021年12月04日 17:41

屋根裏と地下室

非会員にも公開
SS置き場。基本エロなし。
オリジナル/サンリオ男子/あんさんぶるスターズ

Tw300字ss
「はめ殺し」https://pictbland.net/blogs/view_body/1159319 オリジナルというかコッペリア二次
「つぼみのまま」https://pictbland.net/blogs/view_body/1266036 オリジナル百合
「十一番目の息子」https://pictbland.net/blogs/view_body/1310317 オリジナル歴史
「月夜にトロリー」https://pictbland.net/blogs/view_body/1347123 オリジナル
「をとこもすといふ」https://pictbland.net/blogs/view_body/1385661 オリジナル
「サギとカササギ」https://pictbland.net/blogs/view_body/1481026 オリジナル
「無重力でバタフライ」https://pictbland.net/blogs/view_body/1527226 二次サンダーバード
「アウギュステ前夜」https://pictbland.net/blogs/view_body/1527237 二次グランブルーファンタジー
「下り17:09発」https://pictbland.net/blogs/view_body/1586964 オリジナル
「となりのおばさん」https://pictbland.net/blogs/view_body/1636153 オリジナル

折本フェア用オリジナル「六月が終わる」https://pictbland.net/blogs/view_body/1559911
ペーパーウェル04用オリジナル「小5男子のペンケース」https://pictbland.net/blogs/view_body/1472997

オリジナルFT「きみの明日がぼくのすべて」https://pictbland.net/blogs/view_body/382709
サンリオ男子「康太、明かりをつけて。」祐康https://pictbland.net/blogs/view_body/538052
      「ずるいともだち」祐康https://pictbland.net/blogs/view_body/651336 
      「ずるいともだち2」祐康https://pictbland.net/blogs/view_body/651339
 ※サンリオ男子は今後こちらhttps://pictbland.net/blogs/detail/160
あんさんぶるスターズ みどちあ二人が王子設定パロhttps://pictbland.net/blogs/view_body/730662
  慈雨
  • 2021年06月20日 21:29

    【テキレボ第4回アンソロ】
    https://text-revolutions.com/event/archives/4821


    【テーマ】「和」
    【タイトル】「オールド・ファッションド」
    西洋の吸血鬼と系統発生が違うので、日中歩き回ることができる日本の吸血鬼
    同じたんぱく質なら、まずい血よりうまい成分無調整牛乳の方がいいよね

    「枇杷の花が落ちれば」
    登場人物は一人として同じではないけど姉妹編
    日本の吸血鬼も、チカや男が所属する機関は同じで、時期はほぼ同じ
    https://pictbland.net/blogs/view_body/2046520

    「道行三人」も同じ設定で、男が吸血鬼
    https://pictbland.net/blogs/view_body/1924662




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     甘いにおいがした。
     ぼんやりしていた頭が冴えた。ひどく空腹だったことも思い出した。
     誠は覚めた目を上げる。
     においは、砂糖入りのカクテルを思い起こさせた。コーヒーの香りも混じっている。
     目の前を通った若い男が、ひとつ置いた隣のテーブルについた。
     ドーナツショップのイートインだ。甘ったるく油っぽい空気がそこここになじみ、焦げ臭さが隅に澱んでいる。靴底に冷気が張りついているのは、終日エアコンが稼働しているためだった。
     壁際にはベンチシートが据えられ、二人用の小さいテーブルを挟んで椅子が並べられている。今日も隅の席では、背の高い青年がテキストを広げて勉強していた。ベンチのもう一方の端が、誠の定席である。
     男は粉砂糖で化粧されたドーナツを紙ナプキンで包み、口を大きく開けてかぶりついた。頬をふくらませて指で押しこみ、コーヒーを流しこむ。唇の端についたクリームを舐めながら、ふと誠を見た。
     横目で観察していたのを気付かれたのかと、誠はどぎまぎする。
     男は無骨なところのない端正な顔立ちをしていた。中性的で品の良い印象を与える。二十歳は越していないように見える。丸い目やふっくらした唇が人懐こそうだ。
    「中学生?」
     男は問いかけながら、隣の椅子に腰かける。
     彼が近付くとにおいが強く漂った。微醺を帯びている様子はない。
    「塾の帰り? お迎え待ってる?」
     誠が用意している台詞そのものだった。
     二十一時を過ぎている。中学生が一人で出歩くには不自然な時間帯に入っている。人に訊かれたらそう答えようとし、補導されかけたときも切り抜けた。
    「食べない? 何か甘いものを食べたかったから適当に選んだけど、一個で十分だった」
     男はカップをよけて、トレーを誠のテーブルに置いた。プレーンなドーナツとチョコレートコーティングされたものが残されている。
     もの欲しそうに見えたのかと、誠はじわじわ紅潮する。
    「……ありがとう」
     声が引き攣れた。なかなか終わらない変声期のため、抑揚まで不安定になる。
    「飲み物もおごろうか? 何飲んでるの?」
     男は腰を上げてのぞきこむ。甘く香ばしいにおいがひときわ濃くなる。
     誠のトレーには、飲みさしのミルクと一口分だけ残したオールドファッションがある。
    「牛乳、好きなんだ? 成長期だもんな」
     誠は頷きながらカップを口元に運ぶ。
    「俺は苦手。学校で変なこと習ってさ」
     男は腰を上げた。
    「『チ』のつく日本の古い言葉は、命に関係あるって。牛の乳とか、血液とか。おっぱいも血も成分がほとんど同じだって別の授業で知って、もう吐きそう――ミルクでいい?」
     飲み干しながら、誠はかぶりを振る。
    「いいです。ドーナツだけで……ありがとう」
    「そう?」
     男はにっこり笑う。立ったままコーヒーを飲み干し、カップだけを手に立ち去った。
     誠はオールドファッションを口に放りこむ。バッグは肩に斜めにかけ、トレーのドーナツはゴミ箱に捨てた。
     反応の鈍い自動ドアにたたらを踏まされながら、夜の町に出た。
     九月も半ばを過ぎれば、夜風は秋めいている。日中は汗をかくのに、日が落ちればカットソー一枚では心許ない。
     途切れそうになるにおいをもどかしくたどる。
     迷いはある。
     男の飲食に卑しいところはなかった。多分育ちは悪くない。赤の他人に分け与えることができるのだ。好きなものを好きなだけ食べられる家庭で育ったのだろう。デリカシーもない。容姿が整った若者が愛嬌を振りまけば、たいていのことが許されていると知っている、確信犯に違いない。胡散臭い男だ。
     コンビニエンスストアの前を通り過ぎようとして、立ち止まる。
     明るい店内で、あの男が雑誌を立ち読みしている。歩道に面した雑誌スタンドから頭が飛び出している。
     携帯電話で話しはじめた男が、不意に外に目をやる。
     スーツ姿の男の陰に隠れて、誠は店内に入った。
     明るい音楽と照明に身をすくめ、トイレに駆けこむ。小用を足す時間より長く個室にこもった。
     洗面台で口をすすぐ。鏡に映る十代の少年は見ないように、終始目を伏せたままだ。毎日のように注文するドーナツの味が、舌にも喉にもこびりついてしまった。
     棚にぎっしり陳列された飲食物は、誠の気をそそらない。高給食料品店にも誠の好物はない。並べられているのは口さびしさをまぎらわすものだけだ。
     雑誌コーナーや防犯ミラーで男の姿を確認する。店内にはいない。
     甘いにおいを追って、大通りに出た。行き交う車の流れが早い。街中とはいえ街灯が少ないためか、ハイビームで走る車が多い。
     路面店はどこもシャッターが閉まっている。雑居ビル入った飲食店や風俗店の電飾看板がけばけばしい。学習塾の明かりも消えていない。
     人通りを気にかけながら、地下通路に下りる。
     通路は、六車線を挟んだ官庁街から駅に向かって伸びている。
     夜間に通るものは少ない。照明がちりちりと音を立てて瞬き、笠には羽虫の死体がこびりついている。壁も階段も結露で湿気を帯びている。耳鳴りがはじまり、自分の足音が遠くに聞こえ、現実味が薄れていく。
     長い階段を下り、見回そうとしてぎょっとした。
     昇降口の脇の壁に、あの男が寄りかかっていた。
    「お迎え来なかった?」
     男の気配を感じなかった。
     心臓が飛びはねて、膝から下の感覚がなくなる。誠は自分のズボンをつかんで、脚があることを確かめた。
    「こんなところを一人で通ったら危ないよ。送っていこうか? 家、どこ?」
     うなだれた誠は、声が出ない。
    「帰りたくないとか?」
     口を引き結んで男を見上げる。
     誠の身長は、十四歳のとき百六十センチメートルを越えずに止まった。男の上背は、誠が顎を上げなければ目を合わせられない程度に高い。
    「家族と喧嘩したとか?」
     誠は視線を落とす。
     大仰なため息が男から洩れた。
    「帰るのが一分遅くなれば、説教は一時間延びる。帰った方がいいと思うけど」
    「……でも……」
     誠は言いよどんだ。
     黙っていれば、男は勝手に話を進めてくれる。少しばかり勘が良い。
    「まいったなあ……」
     男は癖のある前髪をかき上げる。
    「ゲーセンはもう閉まるか……カラオケでも行く? 一時間くらいなら付き合える」
     あいまいに頷く誠の肩をポンと叩いて、彼は駅の方へ歩きはじめる。
     後ろについて歩くだけで、男のにおいにむせてしまいそうだ。
     男のシャツの肩甲骨の下あたりに、濡れたような汚れがついていた。
     誠はそれをつまむ。
    「何?」
     振り返った男の脇に素早く回り、誠は顎にめがけて拳を突き上げる。
     男はその腕を抱え、誠を横倒しにした。
    「ひょっとしてカツアゲ?」
     呆気にとられて、誠は声も出ない。
    「欲しいのは金? 俺の血? 両方?」
     仰ぎ見る男の上で、灯りが不規則に明滅している。
    「金はあげるほど持ってない」
     腕をほどかれて、誠は地面にくずおれる。
    「一ヶ月に一リットル。それでどう?」
    「どうって……?」
    「欲しかったんだ、奴隷」
     においだけで、男の血が誠の好みで美味であることはわかる。ごちそうが安定供給されることは魅力だ。隷属を誓ってもかまわないとよろめいてしまう。
    「……奴隷って? 何するんだ?」
    「使い走りとかかな」
     男はカフスをはめたまま、肘までシャツをたくし上げた。カーゴパンツのポケットから五徳ナイフを出し、ライターで刃をあぶる。
    「中学にも行ってもらおうかな。マコちゃん、本当は二十六だっけ?」
     自分の素性が知られていることに、誠は改めて呆然とする。
    「……あんた、何者だよ?」
     ねめ上げて詰問したいのだ。それなのに、口の端から涎があふれてきそうで、はっきりものも言えない。酔って懇願している気分だ。
    「詳しい話はまた後で」
     男の腕が目の前に差し出され、肘の内側にナイフを当てようとしていた。体の細さに不釣り合いなたくましい前腕に血管が浮いている。
     誠は膝立ちになった。彼の指を取り、額におしいただく。そうしなければいけないと知っていた。
     軽い足音が聞こえた。
     立ち上がるべきかと思っても、誠は動けない。みっともなさを誰に蔑まれてもかまわなかった。一刻でも早くこの男の血を舐めたいという欲望に屈服していた。
     耳鳴りが強くなった。
     誠の体が前のめりに倒れる。
     痛みが遅れた。勢いよく殴打されたらしい。脳味噌がぐらぐら揺れている。首が折れたかもしれないという恐怖がひと刷け、心臓を撫でる。
     男が自分の両肩を支えていることに、誠は感賞した。今すぐにでも主人に取りすがりたい気持ちと裏腹に、指一本動かせない。
    「チカ! 何やってるんだ!?」
     別の男の罵声が構内に響く。
    「餌にもなれなきゃ、来るのも遅い。どやしたいのはこっちだ!」
     耳元で怒鳴り返すチカの声が遠ざかる。眠る前に聴くノイズ混じりのラジオに似て心地よい。
    「餌撒いたって、こいつらの好みに合わなきゃ食いつかないだろ」
     チカに誠を押しつけられた男は、真っ黒に焦げたパンのにおいがした。きっと濃すぎる血は赤錆の釘のような味がする。彼がイートインの隅に毎日いても、食指は動かなかった。
     ホットミルクには飽きている。ミルクがぬるくなるまでの時間潰しに齧るドーナツにも、辟易していた。
     目が覚めたら、久しぶりにまともな食事にありつけるだろうか。気前のよい極上の朝食を期待したい。
     誠は笑みを浮かべながら、白濁する意識の底に沈んだ。

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  • 2021年06月20日 21:07

    【パーパーウェル 第6回】

    【テーマ】散歩
    【タイトル】枇杷の花が落ちれば
    だいたい5700字
    地元高校生に目をつけられてストーキングされる吸血鬼の話
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     荷解きもそこそこに、彼は転居先の周辺を歩き回った。引っ越しの手配は、すべて人任せだった。知る人のいない土地で一人暮らしをするのだ。おおよその情報は聞いていたが、近辺は自分の目で確かめておきたかった。
     三十年前に区画整理された地域で、教育機関や官庁が近い。彼が入居したのは、そのころに建てられた戸建ての平屋だった。所有者が別に所帯を構えた娘と同居するため、しばらく管理してほしいということだった。角地で、隣り合うのは畑という環境は、人付き合いがわずらわしい彼には好ましかった。
     徒歩十分圏内に、コンビニエンスストアとドラッグストア、ホームセンター、スーパーは二店舗ある。郵便局と、役場、彼には関係がない小中学校と幼稚園も十分で行ける。人家と田畑が半々で、視界が開けている。引っ越したころは、よその庭先の薔薇や菖蒲が盛りで、彼はふらふらと散策するのを楽しんだ。
     なるべく人のいない時間を見計らって出歩いていた。勤め人の多い地域で、日中は静かだった。農作業にいそしむ人もまばらで、車一台も出くわさずに散歩から帰ることも珍しくない。
     珍しくないといえば、小学生に出くわすことだった。身の丈に見合わない大きなランドセルを背負った子どもたちは、おそらく低学年だろう。下校時間が日によってまちまちだった。
     何度かすれ違って、子どもたちは彼に挨拶をするようになった。ギョッとする彼を尻目に、子どもたちは、ランドセルにくくりつけた防犯ブザーが揺らしながら去っていくのだった。
     幼いとはいえ、見知らぬ人に声をかけられるのは、彼にとっては恐怖だった。
     彼は日の出が早くなったのを幸いに、早朝に出かけすようになった。幸い、彼の用件のほとんどは、コンビニでまかなえる。ただし、朝から土いじりをする大人と顔を合わせるようになった。ついには、空が白みはじめて、花の色が判別できるころに出かけるようになった。
     子どもたちの夏休みが終わって、虫の声が日に日に大きくなってきた。彼は、上京しなければならなくなった。家を出たのは昼下がりだった。
     晩夏の陽射の強さに辟易する彼の背後から、ひそひそ声とカチャカチャと金属のこすれる音が聞えた。こそばゆさに腹をむずむずさせながら、彼は歩を早めた。
    「こんにちは!」
     ひそひそ声がやむやいなや、子どもたちが挨拶をして駆け寄ってきた。小学生四人は、彼に貼りつくように囲んでしまう。
    「鈴木さん、こんにちは」
    「鈴木さんって、浪人生なの?」
    「引きこもりじゃないの?」
    「犯人? 誰かを人質にしてる?」
    「それは立てこもりっていうんだよ」
     腰の位置までしかない体温の高い男の子たちは、矢継ぎ早に話しかけてくる。子どもたちの熱量に困惑しながら、彼は心中で反論する。
     鈴木は家主の名字だ。家主の表札だけを掲げている。彼の見た目は若いが、実年齢は三十がらみだ。近所づきあいをしない彼を、奇異の目が向けられていることは、想像していた通りだ。
     子どもたちに説明して誤解がとけると、彼は思わない。本当のことを話しても信じてはもらえないだろう。何より、口を開くこと自体が面倒だった。
    「まあな、そんな感じ」
     彼は、どうとでもとれるようにあしらった。鈴木さんの親族の気味の悪い引きこもりだと遠巻きにされた方が、彼には気が楽だ。
    「そうなんだ」
    「それじゃね、鈴木さん」
    「バイバイ」
     子どもたちは、たちまち熱を失って、去っていく。
     すぐに歩きだせば、彼の足では子どもたちに追いついてしまう。またからまれるのは面倒だった。たいしたロスを生まない迂回路が思い浮かんだのは、散歩の賜物だった。
     やにわに電車の時間が気になった。足を止めて、ポケットに入れたメモを見る彼の尻に、あたたかいものが当たった。幼いうめき声に、また小学生かと彼はうんざりする。
     他の子より体の小さい男の子は、唇を引き結んで彼を見上げていた。
    「ユズキ! 遅い!」
    「ほんとに置いてくよ!」
     さっきの男の子たちが怒鳴っている。子どもたちは、電信柱一本分、先に行っていた。
    「今行く!」
     ユズキも大声で返して、駆けだした。後ろから見ると、ランドセルに手足が生えているようだ。
     彼はユズキが子どもたちに辿り着くまで見送った。そして、少しだけ遠回りして駅に向かったのだ。
     
         ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ 

     日付が変わるころ、彼は、コンビニエンスストアに出かけた。部屋着にモッズコートを羽織り、マフラーを巻いて、財布とスマートフォンをポケットに突っ込む。くるぶしまでの編上ブーツの紐をしっかり結び直す。
     この十年ほどで、徒歩十分圏内に、コンビニエンスストアが三店舗増えた。おかげで彼の生活も便利になった。ドラッグストアとスーパー一店舗が店じまいしたが、だいたいコンビニの店頭にあるもので間に合う。
     この夜も、コンビニで配達物を受け取り、いくつかの小荷物の発送の手続きをした。目に生彩のない少年が、おぼつかない手つきで伝票を処理する。
     この時間帯は、どこのコンビニに行っても若いスタッフが混じっている。卒業間際の高校生が、暇を持て余して小遣い稼ぎに来ているのだと、顔なじみのスタッフが教えてくれた。
     このあたりで、高校生ができるアルバイトは、隣町の工業団地のラインかピッキング、農作業の手伝いくらいだ。コンビニ勤務は、楽だと思われているのか、若いスタッフの入れ替わりのサイクルが速い。
     彼は、店内を一周して、何も買わずに外に出た。
     一週間ぶりの外だった。空は翳り、星がいくつか見えるだけだ。
     立春が過ぎて、日当たりの良い庭では、梅がほころんでいる。
     彼は、来た道を戻らず、新興住宅地の細道に逸れた。元は田畑で、ほとんどが数年前に売りに出された建売住宅だ。セダン一台分の幅の道が、あみだくじのように入り組んでいる。どの家も高い塀で囲まれ、地植えどころかプランターの草花も少なく、彼にとっては散歩コースとして魅力がない。
     新興住宅地を抜けると、道路一本隔てたところに、古い瓦葺の一軒屋がある。ここの梅は、まだ咲いていない。花のない梅は、庭の農機具や自動車と同じ無機物のようにたたずんでいる。
     この家の外庭は畑になっている。今は、白菜や長ねぎが育てられている。。畑の隅には、道路側から柿と枇杷、栗が1本ずつ、間を置いてある。奥にある枇杷は、彼が思った通り、花をつけていた。
     夜の暗がりでも光るように見える梅と違って、枇杷の花は目立たない。彼は、夏にあれが枇杷の木だと知り、冬の昼間に枇杷の花も初めて知ったのだ。
     あのころは、彼も日中出歩くことが多かった。古い家の庭をながめながらぶらぶら歩くのは、作業中のよい気分転換だった。
     何をしているのかわからない若い男が、昼日中手ぶらで歩いているのは、周囲から見ると奇異であろうことは、彼自身認めていた。散歩する時間には注意していたが、それも億劫になり、ますます出不精になった。
     足音がいくつか聞える。
     彼は白いため息をついて、走り出した。
     追手が何者なのか、わかっていた。夜とはいえ、人家のあるところで派手なことはしないだろうと、彼は考えていた。新興住宅地を抜ければ、駐在所がある。
     息が上がる。脚が上がらない。走っていても、歩くのと差がない。日頃の不摂生を自嘲し、彼は歩をゆるめ、足を止めた。
     四方から、静かな足音が彼を囲む。
     追い詰められて門柱にもたれた彼の目の端に、庭先の車が目に入った。濃色のワンボックスだ。
    「監視カメラがある」
     彼は、背後の二階を指差した。
     目的もなく散策しているうちに、各家庭の庭木だけでなく、車やバイクも把握している。
    「ダミーだろ」
     追跡者の一人が、言いながら刃物を抜く。刃渡りは匕首程度だ。
     素早く間を詰められて、彼は観念した。
     
         ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ 
     
     追跡者の一人は、後ろ手につかんだ少年を連れていた。
     少年は、彼が刺されて道路に崩れ落ちるのを目の当たりにして声を呑んだ。
     刺した男は、彼の腕を軽く蹴って、言った。
    「君、どうしてこの人をつけ回してたの?」
     少年は、自分が問われているのだと慌てて口ごもる。
    「いや……別に……あの」
     少年はしどもどとして答えられない。
    「深夜にふらついていて、君の親御さんは何も言わないの?」
    「コンビニに行くくらいなら、特に何も言われないので」
    「そう。じゃあ、帰らなくても問題ないね」
     絶句する少年に、若い男はスマートフォンを突き出す。画面には、彼の写真が表示されていた。盗撮は今日だけではないことは、服装の違う彼の画像の多さからもわかった。
    「どうしてこの人を撮っていたのかな?」
     男はやわらかい物腰で畳みかける。
    「……その人、死んだんですか?」
     少年は視線を落としてたずねる。
    「まだ息はあるけれど、死ぬのは時間の問題。人間、死ぬときは聴覚が最後まで生きているらしいから、聞かせてやったらどうかな」
     男は、地べたに横たわる彼の肩を軽く踏む。
     少年は大きく息を吐いた。
    「その人……全然年取らないんですよ」
    「それで?」
     男は、少年のスマホをいじりながら、続きを促した。
    「最初に気づいたのは友達なんですけど……子どものころはずっと年上に見えていたのに、今は僕たちと同じくらいに見えるって、おかしいじゃないですか。鈴木さん家に住んでいるのに、名字が違うし」
    「この人の名前をどこで知ったのかな?」
    「コンビニでバイトしている友達が、伝票の名前を見て」
    「顧客情報を漏らしたって、君の友達をクビにしてもらおうか」 
     少年は息を呑み、顔を上げることができない。
    「ストーキングの理由として納得できない」
    「だって!」
    「声、大きいね」
     男に制されるが、少年はかまわず続ける。
    「鈴木さんは行方不明だし、その人はずっと若いままだし、近所づきあいもないし、整形でもして逃げてる凶悪犯かなって」
    「そういう想像をさせる危険な目に、君自身が遭ったのか?」
    「みんなが言ってます」
    「『みんな』というのは、誰?」
     手が空いている一人が、彼の体を担ぎ上げた。
     彼らが佇立する家の、玄関の明かりがついた。
     男は、スマホを振った。
    「これは預かっておく」
    「困ります!」
    「この人の画像を全部抜いて返す。スマホは自宅に送る」
     拘束をはずされ、少年はぽかんとする。
    「送るって……」
    「住所も名前も調べればわかるでしょ。それじゃね、ユズくん」
     いましめを解いて、男たちは静かに消えた。ユズキがほっとする間もなく、玄関に人影が見えた。
      
         ◆ ◆ ◆ ◆ ◆
     
     あみだくじのような道を抜け、二車線の路肩に停めていたセダンに、彼は運びこまれた。待機していた運転手は、後部座席に彼と男がおさまると、すみやかに発った。  
    「お疲れさまでした。怪我はありませんか?」
     若い男性ドライバーは、大丈夫という返答を聞きながら、ルームミラーで後ろを確認する。
     彼は、地面につけていた髪を気にしている。男は、足蹴にしたことを謝りながら、彼の肩の汚れを手で払っている。
    「俺が頼んだんだから気にするな」
     彼が真夜中にコンビニエンスストアに行くと、人の気配を感じるようになったのは、去年の年末だった。年が明けて、気のせいではないと確信して、男たちに連絡した。
     男たちは、つきまといをこらしめて、この土地を離れることを提案した。転居の手配は、これまでと同じように、男たちの組織が用意してくれる。彼は、荷物をまとめて、決行を待っていた。
     ユズキの主張を聞いて、彼の疑問は氷解した。
     彼のような、若い独り身の男は、地域のコミュニティに入るのは難しい。身の上を正直に話すことも、適当にごまかしてやりすごすこともせず、物臭な彼は望んで孤立した。
     月日が過ぎ、十年余前の小学生は、アルバイトをする年頃になった。閉塞した土地で成長した高校生は、噂から妄想を膨らませ、彼を暇つぶしのターゲットにしたのだ。
    「ひとところに長くいすぎたんだよなあ」
    「早いサイクルで引っ越しするのが理想なんだけどね」
    「十年くらいなら、童顔だからでおし通せると思ってた」
     彼は、窓に映る自分の顔から眼をそらす。インターチェンジ前のオレンジ色の街灯に照らされた横顔は、成長の止まった十八歳のままだ。
     ユズキは、体こそ大きくなったが、どこか抜けているところは昔のままだった。
     含み笑いをする彼をちらっと見遣り、男は言った。
    「一応、条件に合ったところを探しているけど、長くても住むのは五年くらいがいいんじゃないか?」
    「そうする」
     彼は、転居先に望むのは、近くにコンビニエンスストアがあって、人家はまばら、できれば河川と坂がないところというものだった。希望にかなった場所があったとしても、人の入れ替わりが少ない、閉鎖的な土地だろうことは想像に難くない。真夜中の散歩で誰にも出会わず、もの言わぬ花に和みたいだけだ。
    「今月中に決まらなかったら、ひとまずどこか適当なところでいいよ。次の住まいに期待するから」
     梅が満開になれば、桜前線の話題が出る。年度替わりに咲く春の花を、彼は見たくなかった。どの花も爛漫とこの世の春を享受し、何の変化もない彼は取り残された感慨を強くし、同じ空の下に立ってはいけないように感じるのだ。せめて桜が咲く前に、引きこもれる場所にいたかった。
    「候補はピックアップしているから、その中から決めてくれたら、すぐに入居できるように手配する」
     そう言って、男は、ユズキのスマートフォンを見せる。
    「こっちはどうする? 仲間内で画像を共有してるみたいだけど」
    「どうするって?」
    「仲間のアプリが正常に作動しないくらいの悪戯は仕掛けておこうか」
    「手ぬるくないですか? 仲間の個人情報引き出して、向こう半年はデジタル機器でコミュニケーションとらせないくらいのことをしてもいい」
     報復の相談をする男と運転手に、彼は「そうだねえ」と上の空で相槌を打つ。
     あの夏の終わり、友だちに合流する手前でユズキは転んだことを、彼は思い出して笑った。

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  • 2021年06月05日 20:00  

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    第76回「影」
    【題名】8月13日午後2時18分
    【ジャンル】オリジナル 300文字

    田舎の夏には、日よけになる建物がないという炎熱地獄と、どこに行っても茄子と胡瓜とゴーヤをもらう無間地獄があります



       ◆ ◆ ◆ ◆ ◆


     日傘をささなかったことを後悔していた。八月の陽射も照り返しも、遮るものはない。農道の両側には青い稲穂だけがどこまでも続いている。
     ご近所には、鬼灯をわけてもらいに行ったのだ。ついでに、レジ袋一杯の茄子と胡瓜も持たされた。炎天下を、断れない好意の重荷を提げて歩くなんて、私は何か罪業を背負っているのだ。時間が遡れたら、昼前に来たお坊様に訊ねたいところだ。

    「あっちゃん、おつかい? 偉いねえ」

     真正面から、女性に声をかけられた。この近さなら見えるはずの影が、路面にない。
     夏の昼下がり、外を出歩いているのは、学校のプールに行く子どもか、迎え盆の準備に慌てる大人くらいだ。
     せっかちな姉は、迎えを待てなかったらしい。

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