ROUND-ROBIN
視聴記録・考証ログhttps://pictbland.net/blogs/detail/173から派生
二次創作用
総当たり的にCP組ませてます
リバあり
思いつきエロや、ワンシチュ的な文字数少ないSS
サムネはきゃらふとで作った井上先輩
【SS目次】
新→旧の昇降順
花崎←小林 https://pictbland.net/blogs/view_body/734905
花崎+小林 https://pictbland.net/blogs/view_body/420051
花崎+井上 https://pictbland.net/blogs/view_body/414205
花崎←井上 https://pictbland.net/blogs/view_body/407846
花崎+明智 https://pictbland.net/blogs/view_body/408449
勝田×井上 https://pictbland.net/blogs/view_body/388232
井上×花崎 https://pictbland.net/blogs/view_body/387734
井上×花崎 https://pictbland.net/blogs/view_body/383207
晴彦×花崎 https://pictbland.net/blogs/view_body/382669
井上勝田花崎 https://pictbland.net/blogs/view_body/336124
大友→花崎 https://pictbland.net/blogs/view_body/342808
勝田×大友 https://pictbland.net/blogs/view_body/341450
井上×花崎 https://pictbland.net/blogs/view_body/336125
勝田×大友 https://pictbland.net/blogs/view_body/346078
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2017年10月24日 23:35
温泉に行く話書いたら文字数が予定の倍以上(ここにPDFで上げるつもりだった)
井上と花崎が一緒に寝る(隣に横になるだけ)エピソードをあと二本書いて連作にするつもりだから、事件らしい事件もなく1万字超えは冗長に感じる
いったん支部に上げて、後で削ろう
小林と中村のくだりを減らして、明智花崎井上に絞れば、半分に減らせるかな -
2017年10月20日 13:02SS「パルス」(珍しくタイトル決めた)
花崎が小林を抱っこ
いちゃいちゃ書きたいけど、今はこれが精いっぱい
本文がPDFと1カ所違う
3660字
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
事務所の室内灯は消した。デスクライトと非常灯、無数の金魚のホログラムが、小暗く光っている。
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接客用のハイバックチェアで、花崎は両手を広げて待っている。
その膝をまたいで、小林は背中を抱いた。
「よしよし」
ぽんぽんと、花崎が背を叩く。手の当たったところが、じわりと熱を持つ。衣越しに触れ合う膝も、そこだけがあたたかい。
腰を下ろして、胸から腹を密着させて抱きすくめる。
「な、平気だろ?」
花崎に腰を引き寄せられて、肩の骨の硬さを感じた。花崎にこれほど硬いところがあるのなら、寄りかかっても平気そうだ。
肩に顎を乗せて、もっと広く深くくっつける場所を探す。
数か月前、空から海に落ちるわずかな時間、花崎が手を握ってくれた。一緒に死ねるという言葉は、花崎の真意だった。潤んだ瞳で自分に微笑んでくれる花崎を、もう少し見ていたかった。その瞬間、手が離れてしまった。
落ちるひとときの、胸をしめつけるあの痛みは甘美だった。花崎は自分だけのものだった。またそれを味わいたいと望むことは、うしろめたさをともなっていた。
花崎は誰にでもやさしい。井上も野呂もピッポちゃんも、通りがかりに見つけた自殺志願者にも、ひとしくやさしい。寝たきりの義兄は別格のようで、一緒に食事ができるといそいそ帰ったりする。
花崎にとっても、やはり家族は特別なのだ。義兄以外が同等であるなら仕方がない、と割り切っていもいた。今まで出会った親切な人たちは、そうだった。
花崎だけは違うと信じている。いつか、家族ではない誰かを、特別に選ぶ日が来るかもしれないと、恐れてもいた。
一緒に空に放り出されたときの記憶があれば、何があっても生きていけると思った。花崎が誰かを選んだ日のために、もう一度触れて、感触を覚えておきたかった。
人との距離を詰めることは、いけすかない男の言うところの、ギフトとやらを制御することだった。花崎をまた傷つけるかもしれないという恐怖で、発動してしまうことはあった。「大丈夫大丈夫」と励ましながら、花崎は根気よくつきあってくれた。
指先が触れられて、どぎまぎする小林に、花崎は提案したのだ――『抱っこしてみようか?』
こどもみたいなことはしないと、小林は拒んだのだ。
満員電車に乗れるようにしようぜ、と花崎に説得された。
公共交通機関を使えるようになれば、一人で動ける距離が延びる。井上の車で、居心地の悪い沈黙に耐えなくてすむ。
だから、花崎につきあってやった。
いつまでもすがりついていたいと思うのも、日向みたいな体温の花崎が悪い。
「あんだけ食ってんのに、身にならねえな。おまえ、ガリガリじゃん」
タンクトップの上からあばら骨を数えるようになぞられて、小林はもぞもぞと体をよじる。
「しょうがねえだろ。そういう体なんだから」
「犬とか猫みたいに毛皮着てたら、抱き心地よくなっかな」
「ぼくは犬じゃない」
「ごめんごめん」
ぐずる赤ん坊をあやす体で、花崎は撫でさする。何が悪いか考えていない、口先だけの謝罪でも、声が耳たぶをくすぐるので、小林の芯は融けてしまう。
「ハグもできたし、次どうすっかな。知らない人にも慣れないと。空いてる電車に乗ってみる?」
「犬を埋めたところ、行きたい」
あの犬が飛びこんでこなければ、小林は花崎に見つけられることはなかった。いたましいことにならなければ、もう一度会うこともできなかった。
「メロディーヌちゃんの墓参り? 乗り換えあるし、練習にはいいか」
花崎が背中を一定のリズムで叩くので、このまま眠っても許されそうだ。
最初から、花崎は小林に寛容だった。小林を怒鳴ったり避けたりした時期もあったが、あれは明智が元凶であり、花崎は悪くない。
明智がいなくなった今、花崎を不当に扱う脅威はない。
耳元で、花崎の頸動脈が、規則正しくおだやかに震えている。
小林の首も胸も、速く大きく脈打っている。
自分の胸に手を当てる。
こんなに高鳴る必要はない。花崎と同じ速さに落としたいのだ。
胸に下げたBDバッジが当たった。
指先がジンと熱を帯びる。覚えのある心地よい痛みだ。
名残惜しく体を少し離して、傷を確かめる。水槽の水流を模した光が、それを照らした。
右手の薬指の腹に、赤い小さな玉が盛り上がっていた。
「なんで怪我してんの?」
「……バッジ……?」
「大友に角を削ってもらうか。かっこつけて尖らせすぎだよな」
「いい、これで」
小林を二度目に傷つけたのは、花崎のバッジだった。あのとき、自分を殺す相手だと確信した。
指をつままれただけで、心臓が早鐘を打つ。
顔を寄せた花崎が、指を吸った。口いっぱいのぬるいミルクに指を入れたようだ。
胸を押し潰されて、上気して、うわずって言葉にならない声が、小林の喉の奥から出た。
「手当て手当て」
花崎は腰軽く立ち上がって、救急箱を持ってきた。
「どうせ、すぐ止まる」
「いいじゃん。小林に手当てできるの、なんか嬉しいし」
傷に巻かれた絆創膏のパッドは、たちまち朱に染まる。
「撃たれたとき、何もできなかったからさ。ま、あんまり怪我すんなよ」
「したら、花崎が手当てしてくれるんだろ?」
「包帯巻くのが限界だから、大きい怪我は無しな」
「わかった。怪我、ジンジンして、ぼくは嫌いじゃない」
「傷が脈打ってて、生きてる感じするもんな。でも、怪我自体、いいもんじゃないんだぞ」
「怪我じゃなくて、ジンジンできればいいのに」
花崎は小首を傾げ、背後を親指でさした。
「井上と握手できたら、ジンジンする奴持ってきてやる」
「わかった」
「井上、危なそうだったら逃げろよ」
デスクで黙って作業していた井上は、しかめ面を向けた。
「おまえら、俺で遊ぶな」
ため息をついて、井上が眼鏡をはずした。
◆◆◆◆◆◆◆
「で? 井上は怪我しなかったの?」
大友はにやにやと訊ねる。
昼休みの理科実験室を訪れた二人は、肩をぶつけあうように立っている。
「感動の握手シーン見る?」
花崎は携帯端末の画像を上げる。
頬杖をついた井上が片手を差し出している。その上に、小林はちょこんと指を乗せていた。
「握手じゃないじゃん! お手だよ、お手!」
「歩み寄りすげえだろ」
「お互い譲歩して、コレ? 井上も大人げない」
小林はムスッと仁王立ちしている。
「至近距離が苦手じゃなくなって、よかったですね」
山根は小林にマグカップの柄を持たせた。
「苦手なんて可愛いものじゃないでしょ、山根。実際、破壊神なんだし」
大友は、花崎の持ちこんだ機器を、うきうきしながら分解している。
「小林はジンジンしたの?」
「ジンジンっていうか……ビリビリした」
大友の問いに、気おくれしながら答えた。
井上との握手の翌日、花崎は「ジンジンする奴」を持ってきた。機械を使う必要なんてないのにと思いながら、されるがままにしていた。
低周波治療器というものだと教えられたのは、それが動かなくなった後だった。皮膚を裂くような刺激に驚いて、コードを千切り、本体はショートさせてしまった。
「直るのか?」
一瞬で壊したことに、小林はしょげていた。花崎のくれたものなら、指の小さな傷でも大切にとっておきたい。
「直らなくても直すよ。まかせなさい」
「そうそう。大友なら、低周波を高周波にするくらい、お茶の子さいさい」
「できるけど、小林が欲しい刺激はソレじゃないでしょ?」
「怪我したときの、ジンジンする感じが欲しいんだよ? 似てると思うけど」
小林は伏し目になって、甘いお茶に集中しているふりをする。
「肝心なところで鈍いね、花崎は」
大友は訳知り顔で言う。
「小林に怪我させたくねえし……他にやり方ある?」
「高周波の方が、低周波より刺激が少ないんですねえ」
インターネットで検索をかけていた山根が、のどかに感心している。
後輩たちを、大友は鼻で嗤った。
「お子ちゃま揃いで平和だねえ」
「平和でもねえんだわ」
花崎は、正体不明のお茶を飲んで、腰を浮かせる。
「これから東京駅で張り込みだよ。山根は、下校するとき、野呂に連絡してから合流な」
「了解です」
いってらっしゃいと山根に送りだされて、教室を出た。
特別教室棟のフロアには、人がいない。階下から、女子生徒の華やいだ笑い声が、螺旋を描いて上がってくる。
花崎が手を差し出した。
「階段までな」
小林は吸いこまれるように、その上に手を乗せる。
「だから、お手じゃないって」
体をのけぞらせて笑いながら、花崎は小林の手を握った。
指先が熱くなり、脳も背骨もたちまち甘い痺れに侵される。
こんな贅沢は、毎日はいらない。胸が破裂して、体中の骨が砕けて、きっと死んでしまう。
花崎のいる世界で生きていくと決めたのだ。
生きるも死ぬも、花崎次第なのだった。
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2017年10月12日 05:10
SS
公安に依頼でデリヘルに潜入した高1花崎を心配する井上
10/4の明智と花崎と同じ設定で、実はこちらを先に書いていた
5125字
誤字直してたらキリがないのであきらめた
PDFとは1カ所違う
自分は話したくないけど、花崎には一切合財喋らせて、自分を頼ってもらいたいという身勝手さが、井上にはあると思う
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要約すれば、花崎をデリヘルの捜査に使いたいということだった。
「……未成年で……高校生なんです」
井上は断る言葉を探し、そう言うのがやっとだった。
「オレはかまわないけど」
花崎は公安からの使いに答える。
中村と明智が去っても、公安部と探偵事務所の関係は続いていた。おとり捜査のようなきわどい仕事を振られては、井上は苦慮させられていた。
今回の依頼は二つの犯罪性を抱えている。性風俗と破壊活動だ。
左翼団体幹部が、連絡手段と資金調達のために、デリバリーヘルスを経営している。活動に勧誘した大学生を高校生と偽り、派遣している。
「学生運動なんて、前世紀に廃れたと思ってましたけど」
大学に籍はあっても、井上は最低限の出席しかしていない。講義室と駐車場を、脇目もふらずに行き来するだけだ。小ぎれいなキャンパスの不審物に目配りする余裕はない。少なくとも、通り道にあやしげな看板はない。
「昭和の遺物だよ。全国的に細々と生き残っていたけれど、五輪と東京博の開催で再燃した」
国際的なイベントが立て続けに行われることで、警視庁の警戒は一層強まった。それでもテロリストが出入国を繰り返し、情報漏洩事件も一度ならず起きた。依然として、スパイ天国の汚名を晴らせずにいる。
「心が丘事件の首謀者なんかは、典型だね」
「片桐五十鈴ですか?」
「真面目な学生だったらしいけど、思想にかぶれて、バカにしてた拝金主義に転げてっちゃった。片桐に心酔していた人もいたみたいだけど、時代に即した考えじゃないよね」
「オレ、行きますよ」
先ごろ公安に異動してきた刑事は、事件の詳細を知らないのだ。
心が丘団地の占拠には、花崎の義兄が関わっていた。花崎は、前後を見失うほど義兄を慕っている。
警察が帰った後、井上は紅茶を淹れ直した。
キッチンの表情は、明智がいたころと変わらない。同じメーカーのアッサムを常備している。
明智に教わった手順は守っている。あたためたポットに茶葉を入れようとして、手を滑らせた。
◆◆◆◆◆
明日はゴミの収集日だった。帰り支度も一通り済んで、井上はゴミをとりまとめた。
引き出しには、封を切った煙草やガムがある。捨てようかと迷っていると、花崎が戻ってきた。女性の制服警官に伴われている。
「花崎が何か?」
「何もないってば」
花崎は気の抜けた笑いを返した。
送り届けようとしたら、花崎が事務所に寄るように頼んだのだという。
「何か美味しいもの食べて、よく休んで」
警官のねぎらいに、花崎ははにかんで頷く。人懐こい花崎には珍しい表情だった。
警官が去った後、もう一度訊ねた。
「何があった?」
「何も。小林、まだ起きてるかな」
「小林はいないだろう」
ストーキングに怯える一家の、見張りに立っている。小林自身が夜の方が動きやすいというので、一人で任せている。夕方は大友と山根、日中は花崎か井上が交代する。
それを失念するほど、花崎は何かに気を取られている。
「明日の交代時間、覚えてるな?」
「六時。忘れてないって」
「じゃあ、帰るぞ」
「カップラーメン食べる」
デスクの背面の棚は、ちょっとした食糧庫になっている。客からは見えないが、菓子やレトルト食品を詰めこんでいる。
止める間もなく、花崎はカップの蓋を開けていた。
「井上は?」
「……食べる」
花崎は二個目のカップ麺のフィルムを剥がす。
井上もデスクの椅子に座り直した。
「終わったら、絶対食べようと思ってたんだよね」
「何があったんだ? 怪我はしてないな?」
「するようなことしてねえもん。服脱いで、色々訊かれただけ」
「おとりだとばれたのか?」
「どうかな。ずっとカップ麺のこと考えてた」
「上の空で、ボロを出したんじゃないのか」
「信用ねえな」
花崎はむっと拗ねてから、電気ポットを手にした。
「仕事終わりに先生と食べたな、食いたいなって考えてたんだよ。ヘマしてねえって」
明智を引き合いに出されると、井上は言葉に詰まる。
いなくなった男の名前を、ふだんの花崎は出すことはない。自分だけが明智にとらわれているのかと、彼の切り替えの早さが面憎くかった。井上も、意地になって、口の端にもかけなかった。
花崎の様子はどこかおかしい。違和感の正体がわからずにもどかしい。
こんなとき明智はどうしていたか思い出そうとして、腹が立った。花崎は明智の元に直行していた。明智が何をしたのかは知らない。花崎は自然に気分を立て直していたのだ。
明智がいなくなった後は、花崎は小林と連れだっている。小林のものの考え方はシンプルだ。勝手に枝葉を増やして問題を複雑にする井上にも、示唆を与えてくれることがある。
井上にできるのは、一緒にカップラーメンを食べることくらいだ。無為に等しい。
「警察の依頼は、少し減らすか」
「井上がいいなら、いいんじゃね?」
「何も考えてないだろう」
警察への協力の実績は箔付けになると、明智はうそぶいていた。実際、その噂が噂を呼び、依頼が舞いこんできた。
明智が消息を断っても、公安は事務所に声をかける。井上もたいてい引き受ける。明智と二十面相の情報をつかめるのではないか、という下心がある。小林の存在を黙認されている弱みもあった。
事務所を存続させるに当たって、明智にはなかったセールスポイントを作ることを、野呂が提案した。井上は、彼女や大友と口論まがいの対話を繰り返し、勝田と整理した。法律事務所としての側面を持てば、仕事を厳選できるのではないかという結論に至った。
「考えてるよ。当面の維持費だけ稼げばいいじゃん」
「小林の食費がバカにならない」
「燃費悪いもんな、あいつ」
花崎がやっと目元をやわらげた。
経理も見ている野呂が、エンゲル係数の高さにヒステリーを起こすほどだ。警察が障害物の粉砕などの仕事を回してくれても、力を使えば、それだけ小林は腹が減る。
能力を有効利用したいと、本人は考えている。制御しきれないPKは隠しておくべきでないかと、井上は二の足を踏んでいる。
「野呂が土地でも株でも転がしてくれるだろうし、井上は、司法試験を一年でも早く突破すりゃいいんだって」
「……簡単に言うな」
獲れる資格は片っ端から獲ってしまえというのが、野呂の立てた作戦である。
日本人は肩書に弱い。書面を整えれば未成年でも開業できる探偵より、合格率の低い試験を潜り抜けた法律家の方が信頼される。今までは調査だけで終わっていた案件も、書類作成でも裁判でも継続して受けることができる。花崎が義父の事業を引き継ぐのなら、顧問弁護士にしてもらうと、野呂の皮算用は続く。
花崎は、自分の将来を語らない。
事業の後継者として、花崎は養子に望まれたのだ。義兄が見つかれば探偵団を去るだろうと、明智が話していた。義兄が家に戻っても、花崎は事務所に留まっている。
「山根もいるし、オレと小林で対処できそうなものは増やせば?」
「きちんと考えろ」
「難しいことは、井上と野呂が考えるっしょ?」
明智の理念を色濃く受け継ぎ、現場で先頭に立っているのは花崎だ。体の自由がきき、知恵も相応に働くので、警察は指名する。本人は自分を低く見積もっていても、周囲は花崎の本当の価値を知っている。
井上は、それを丁寧に伝えるつもりはない。状況から察せない花崎に非がある。
「井上、あと何分?」
「何がだ?」
「ラーメンの時間」
「自分で見てないのか?」
「ごめんごめん。こういうのって、井上がきっちり計ってくれるって思ってっからさ。井上がいないときは、自分でちゃんとやってるって」
「当たり前だ」
花崎はカップの紙蓋をめくり、真面目くさった顔つきで、残り時間を推測している。手近にあった灰皿を、無造作に蓋に乗せて、割り箸を探す。
事務所のデスク周りは、明智の使い勝手のよいように配置されている。押収品が返されても、元の場所に戻した。井上も花崎も、それに慣れている。引き出しの底に貼りつけたボイスレコーダーも、椅子を回転させると手の届く書棚にしまったスキットルも、位置を動かしてはいない。
今も花崎が頼りにしているのは明智だ。目の前にいる井上ではない。癪に触りながらも、なじれない。自分も正解のない問答を、心の中の明智と繰り返している。
ガラス窓の向こうにある夜空は曇り、瞬くのは人家の明かりだ。
「窓、きれいになっただろ?」
花崎が、井上の視線を追ったのか、窓を見ている。
「仕事を増やしてよ。小林も窓拭きができたじゃん」
先だって、小林と花崎に窓を磨かせた。小林がガラスを傷つけることはなかった。
「たまたまだ」
なじんだ場所で、花崎がいたから、小林は不慣れな作業もつつがなくこなせたのだ。単独で業務として行わせるには、リスクが大きい。
「信用ない!」
「できるか。壊れ物を扱うんだ」
「窓掃除はたとえだって。他にも何かあるだろ?」
「何かって?」
「何かって……何か?」
花崎は言葉を詰まらせ、カップの蓋を開けた。立ったまま、手を合わせて箸を割り、数本すすって、頷いた。もうひとつのカップを、気持ち井上の方に押しやる。
「前はガラス拭くと雑巾が真っ赤になったけど、今は全然きれいなの。先生の煙草のヤニだって、こないだはじめて気付いた」
勝田がいたころ、井上もガラスの錆色の汚れに驚いた。ハウスクリーニングの業者に指摘されて、煙草のせいだと知った。日本の喫煙率は低く、明智のようなヘビースモーカーは滅多にいない。
「先生の肺、真っ黒だね」
「そうかもな」
「井上は、煙草吸うなよ」
「吸わないよ」
「引き出しに入れっぱなしの煙草」
「湿気ってるだろう」
「大友がハーブ混ぜて、巻き直してた」
ずるずると花崎はラーメンをかきこむ。
「何をやってるんだ、あいつは?」
唖然としながら、井上はカップの上蓋を剥ぎ取った。割った箸はささくれて、片側が金槌頭になった。
「井上が先生の真似して吸いはじめるんじゃないかって、心配してた」
「あいつが? 面白がってるだけだろう」
むしゃくしゃとすする麺は、好みよりやわらかい。
ひとつつまづくと、次々とうまく運ばない。もとを辿れば、一昨日、警察の協力依頼の時点だ。あの後、茶葉を床にぶちまけたのだ。
「性風俗がらみの依頼は受けない」
「わかった。そういう方針ね」
「わかってるのか、何故なのか?」
「ヤバいからっしょ? 野呂や山根にまでおよびがかかっちゃ、まずいもんね」
むしろ、彼女たちについては断りやすいのだ。経験の浅さを理由にできる。
「警察から似たような話が来たら、貞操の危機で泣いてたって言っていいよ」
「そんなことがあったのか?」
「方便だよ。警察も盗聴してたし、相手が撮ってた動画も見れば、嘘だってわかる。あの程度でオレが弱腰になってるってわかれば、未成年の民間人に無理強いはしないんじゃねえ?」
「あの程度?」
「言ったべ、服脱いで話しして」
「動画撮って?」
なにげない会話も、演出と編集次第で、アダルトコンテンツになりうる。
警察は、花崎を信頼して指名したのだ。場数を踏んで、知恵も回る。いざというときには、自分の身も守れる。おとりとしては、好奇心があってだまされやすい若者らしく見えて、うってつけだった。花崎がそれらしく振る舞う様子は記録されているのだ。花崎が性的な商品として扱われたことに、怖気が立つ。
それに動揺する自分も、唾棄すべきだ。感情の整理が下手な自覚はある。だからこそ抑えこんで、表に出さないようにつとめているのに、不意に風向きを変えた木枯らしのように足元をすくわれる。
「おまえは、本当に平気だったのか?」
「平気だけど、山根や小林にはやらせたくない。井上もね」
花崎は音を立てて汁を飲み干した。空になった容器と箸を、ゴミ袋に入れる。
「オレでよかったんだよ――明日行く前に、オレがゴミ捨てるから、入り口にでも置いといて」
大きく伸びをして、花崎は帰りそうな気配を漂わせる。
井上のラーメンは、半分残っている。勝手に食べはじめて、話して、納得して帰ろうだなんて、花崎の気ままにもほどがある。
「お茶淹れてこい」
「今から?」
「家には送っていく。おまえには少し説教だ」
不満そうな声を上げて、花崎は部屋を出ていく。
花崎は自分の価値を低く見積もっている。
同時に井上を軽く見ている。もう帰ってこないだろう明智や、短いつきあいの小林を精神的支柱にしている。
脳内のファイルは、条文や判例で膨れ上がっている。このなかのどこかに、言うべき言葉があるはずだ。
思いの丈を縷々語るのも、お互いの性に合わない。たった一言で、すべてをあらわす言葉を見つけたかった。
それよりも、花崎に話をさせたい。本当は何があったか、何をされたかを、井上に洗いざらい吐きだすべきだ。
そのときにはじめて、井上も、その一言が口にできるのだ。
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2017年10月07日 02:06
10/4の花崎を甘やかす明智SS
支部に上げた方は、固有名詞が入ってる部分を変更してきた
投稿前に直そうと思っていて失念
タグも明智と小林のフルネームはつけるのためらう
検索に配慮しなくていいピクブラありがたい
-
2017年10月06日 00:26
井上の眼鏡をとってキスするのは誰が一番萌えるか考えていて
答えは、よりによって小林だった
井上✕小林は殺伐として、それはそれで楽しそうなのだけど、そこに至るルートが思いつかない
ルートを考えるのが楽しい、こじらせてる字書きなので、こういうとき一枚キスシーン描いて悶える技術が切実に欲しくなる -
2017年10月04日 20:18
花崎と小林もいちゃいちゃさせようと思うと止まってしまう
小林のギフトではなくて
花崎の気持ちがどこにあるのかわからないため
花崎は複雑すぎる
小林はそこが好きなんだよな -
2017年10月04日 20:03
井上がらみのエロを書こうとすると指先にロックがかかるという話
相手は勝田・花崎
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井上✕花崎の場合
井上は下手という思い込みがあって
花崎がひたすら耐える図しか思い浮かばない
勝田相手だと、井上はズボンを脱がないよね
義足見られたくなくて
勝田がうまく進行してくれると信じているし、書いていると楽しいけど、後味悪い
そんなことから
3人まとめてなら、結構幸せなエロにできるのではないかと試行
花崎←井上だけが恋愛で、あとの矢印はすべて友情という感じ
アホエロ書いてみたいけど、エロ自体が苦手なので、色々泣いてる
この記事を省略状態に戻すには、ここをクリックしてください。 -
2017年10月04日 12:14
SS
中2の花崎をベタベタに甘やかす明智
中村の依頼でデリヘル潜入させられた花崎
心配しつつも怒る井上
この4、5年後、リバ気味で明智✕花崎という展開は考えた
約3130字
画像と2カ所違うので、文字数あいまい
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要約すれば、花崎をデリヘルの捜査に使いたいということだった。
「奈緒ちゃん……それは、ちょっと」
明智は気圧されたふりをする。
事務所に単身で乗りこんできた、中村の鼻息は荒い。
「証拠をおさえるだけよ。危ないことは、何もない!」
過激派幹部が、連絡手段と資金調達のために、デリバリーヘルスを経営している。派遣されるのは本物の高校生という売りで、実際は運動に勧誘された大学生が多い。
来年の東京博を前に、警視庁はテロの可能性を潰したいのだ。地方に潜伏していた過激派が、首都に集結しつつあるという。未成年をも食い物にし、さらに強固に組織化している気配に、警察はやや逸っている。
「こいつ、中学生よ?」
「井上は無理でしょ」
腹芸がおそろしく下手なのだ。海千山千の運動家に目を欺くには、井上は生真面目すぎる。
「おれ、行くよ」
花崎は軽く請け負う。
ふだんは避けている性風俗がらみの依頼だ。警察から選ばれたことで、浮足立っている。相手に警戒心を持たせないと、その軽率さを見込んでの指名である。
「マジでヤバくなったら、中村さんが助けてくれるんでしょ?」
「当たり前じゃない。一般市民を、ましてこどもを目の前で危険にさらすわけないでしょ」
中村の正義感は強い。警察手帳を盾に無謀なことをしでかして、周囲を戸惑わせるのが常なのだ。
◆◆◆◆◆
女性の制服警官に伴われて、花崎は事務所に戻ってきた。
デスクでファイル整理をしていた井上は、黙って天井を指さした。
吹き抜けの上階は、明智の居住スペースだ。
ばたばたと階段を上がった花崎は、その一室を、ノックせずに開けた。
明智が書斎として使っている小部屋である。淡いオレンジの室内灯がひとつ、ともされている。
脚立に腰掛けて、明智は箱に入れた紙片を読んでいた。
花崎は、体重も重力も感じさせず、軽やかに明智の脚にまたがった。
「重量オーバー」
明智は書棚の隙間に小箱を押しこんで、片手で花崎を抱きかかえる。
「セックスしたい。体洗いたい」
コアラのようにしがみついて何をかいわんや、と明智は笑みこぼれた。
「どっちだよ」
「先生、セックス教えて」
明智の胸にしなだれかかってくる。ラジカセやダイヤル式の電話の使い方を知らず、頼ってきたときを思い出させた。
「毒気に当てられていたな。何された?」
「変なことはされてない。服脱いで、色々訊かれただけ」
「それだけで十分おかしい」
「好きな子はいるのかとか、週に何回オナニーするんだとか」
「スケベジジイの典型だな」
「それ、警察が盗聴してた」
「答えたのか?」
肩口に押しつけた頭をぐりぐり振って、否を示している。
「行くって言ったのはおまえだぞ」
「言ったよ。ちゃんと完遂したし」
「じゃあ、なんでダメージ受けてるんだ?」
ぐらぐらに揺れる爪先立ちを続けて、花崎は、大人のつもりでいる。警察に寄与しようが、どぎついことを言おうが、明智に泣きつくうちはこどもだ。とことんこども扱いしてやると決めた。
「俺は、おまえがセックスって言葉を知ってたのが、ショックだよ」
「おれ、もう十五歳なんですけど」
「まだ十三でしょ。こどもこども」
肉づきは薄くても、花崎の太腿から尻はやわらかい。数年前から格闘術を仕込んでいる体は成長期で、筋肉がつきにくい。ゆっくりと遠慮がちに、しかし確実に背丈は伸びている。
花崎を抱えたまま、事務所に下りた。
井上は露骨にいやな顔をする。
「何やってるんですか?」
「赤ちゃん返りだよな」
デスクにもたれると、花崎も膝を天板に乗せる。幾分軽くなったが、より密着した。
「花崎、降りろ。先生が腰痛めて動けなくなったら、大変だろ」
「そりゃ、いいな。俺と井上、アイアンサイドとリンカーン・ライムみたい。かっこいい」
「どっちも警察じゃないですか。先生も花崎を甘やかさないで」
「井上、赤ちゃんにホットミルク作ってやって。うんと甘いやつ」
「先生! 花崎も! いつまでも甘えるな」
「……カップラーメン食べたい」
「赤ちゃんはそんなもの食べません。井上、頼むわ」
あやす手つきで、明智は花崎の背中を叩く。
井上はもの言いたげな顔のまま、キッチンに向かった。
「花崎、お兄ちゃんが怒ってるぞ」
「井上は兄ちゃんじゃない」
花崎が明智探偵事務所のドアを叩いたのは、義兄を捜すためだった。明智は義兄を見つけて接触していたが、花崎には話していない。
明智は肉親に縁がなかった。花崎は似た境遇であることを知って、乗り気ではなかった人捜しもした。
師父気取りで、花崎を育てているつもりだった。教えていないことを、花崎は勝手に覚えてくる。こどもとは、えてしてそういうものだ。わかっている。
同世代の少年より世間の闇をのぞいているという自負が、花崎にもあるのだ。きわどい言葉を口にして、明智を鼻白ませるのを面白がっているだけだ。本気でセックスを望んでいるわけではないと、花崎の体が白状している。
「ミルク飲んだら、井上に送ってもらって、ゆっくり休め」
「了解」
「探偵だからできた経験だな。ああいう悪さもあるんだって、覚えておけよ。ご苦労さん」
「はい」
耳元で花崎が洟をすする。
「今日だけだぞ」
明智は衣越しにまっすぐな背骨を撫でる。
ぎこちなく育つ体を抱き上げるのは、これが最後かもしれない。そう思うと、もうしばらく少年の体温を惜しみたい。
「まだやってるのか」
井上が戻ってきた。車椅子の肘掛けに渡したトレイに、カップを並べ、胸にポットを抱いている。
「花崎、カップ麺は何味なんだ?」
「普通の」
「『普通』じゃわからない」
荷物を応接用のテーブルに置いて、井上は移動する。冷蔵庫脇の棚の下段は、パントリー代わりで、インスタント食品や菓子が詰めこまれてる。
「自分でやれ」
井上はデスクの端にひとつ置く。
「井上、俺のは?」
明智が催促すると、同じものをその上に重ねる。
「井上、優しい!」
「今日だけだからな。警察の人が心配してたぞ。何があったのか知らないけど、明日は気持ちを立て直してこい」
「わかってるって」
井上を見ながらぎゅっと抱きしめて、花崎は膝を降りた。
「先生も、何か言ってください」
「井上が全部言ってくれたから、何もない」
好奇心で痛い目に遭って、傷ついているのだ。追い打ちをかけることはない。しばらくは、明智や井上の忠告を聞き入れるだろう。いい薬になった。
井上はくどくどと続けた。
「満員電車の女の人の方が、もっとひどい目にあってるだろうに」
花崎は唇をとがらせて、カップ麺二つのフィルムを剥がしている。
「別に痴漢されたわけじゃねえよ」
「言葉責めと視姦だよな」
明智がからかっても、花崎はもう動じない。食べ物を前にして、頬が赤みをさしてきた。湯を満たしたカップの蓋に、机周りのものを重しにしている。
「動画も撮られた」
「は!?」
気色ばむ井上が、明智にはおかしい。
極左の資金稼ぎだと聞かされているのだ。使えるものから金を搾り取ることに思い至らないほど、井上は潔癖でも初心でもない。花崎の性的な商品価値に驚いている。
「警察が押さえたから、外に出るようなことはないよね?」
「流出したら、奈緒ちゃんに焼肉おごってもらおう」
「それ、確認のために警察で見ますよね?」
茶化してはぐらかしても、井上は目を背けることを許さない。
「かもね。警察で花崎のファンクラブができるな」
「サインの練習をした方がいい?」
井上は絶句している。
不器用すぎる井上の気遣いは伝わらない。機嫌を上向きにしたい花崎の、おもちゃにされる始末だ。
悪ふざけで気分を逃がしてやるのも、大人の役目だ。三人揃って深刻になる必要はない。
明智は煙草をくわえた。灰皿は、カップラーメンの蓋に乗せられていた。
こどもたちは、接客用のテーブルに移動して、時間を待っている。テーブルには、カップが三つ置かれていた。
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2017年10月03日 20:04
SS
アニメ6話と7話の間
小林が事務所の屋上に強制転居させられて、晴彦登場直前
花崎が明智に同衾
井上は花崎が好きだと自覚していない
7/9に書いた小5花崎にからめようかどうしようか悩み中
2752字
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そろそろ九時になる。ガラス張りの事務所に、初夏の日差しがまばゆく降り注いでいた。
井上は、デスクの電話に手を伸ばした。
屋上から、小林が下りてきた。
井上が「おはよう」と挨拶をしても、小林は不機嫌に生返事をするだけだ。ちらっとも見ない。
小林は冷蔵庫をのぞきこみ、派手な舌打ちをして、階段を上がった。吹き抜けの上階は、明智の私室だ。ノックはしない。「なあ! おい!」と乱暴に呼びかけて、ドアを開ける。
明智を起こすには、いい頃合いだ。午前中は予定がないとはいえ、一般企業の始業時間である。時間を見計らった依頼人も現れかねない。モーニングコールをかけるところだった。
「なんで、おまえがそこで寝てるんだよ!?」
眉をひそめて、井上は顔を上げる。デスク脇から見えるのは階段だけだ。
「花崎!」
小林は苛立ちを募らせている。
花崎が、明智の隣で寝ているのだ。
「腹減った! 何もねえよ!」
小林に急かされて、花崎が階段を下りてきた。くせのない髪のサイドが、くしゃくしゃに乱れている。
「おはよー、井上。コンビニ行ってくる」
「猫はどうした?」
花崎は欠伸をしながら、階上を指さす。
「キャリーで借りてきた猫状態。ホテル見つかった?」
昨夜、帰宅前に依頼が入った。予約していたペットホテルが使えなくなった。土日の入った長期滞在を引き受けてくれる施設が見つからない。早朝の飛行機で、海外出張に出るという。
モーニングコールを兼ねて、花崎が猫を引き取りに行たのは、五時前だ。依頼人の煩瑣な要求にかなったホテルに預けるまでが、彼らの仕事だ。井上の出勤前には、野呂はいくつか見つくろってリストを作っていた。
「寝てたのか」
井上は、自分の頭をつついて、花崎に寝癖があることを示す。
「ほとんど寝てねえもん。時間は守ったよ」
手櫛で髪を撫でる花崎の瞼は、なかなか開かない。
「……まぶしい……眠い」
「だったら……」
事務所の長椅子を使えばいい。花崎でも窮屈だが、いつも仮眠で使っているものだ。
「花崎! 早くしろ!」
エレベーターの前で小林は焦れている。
「朝飯買って来るけど、おつかいある?」
「ない。早く帰ってこい」
「わかってるって」
エレベーターに乗った花崎が、手をひらひらさせて、落ちて、消えた。
報告ついでに、横になって寝入ってしまったという状況は想像できる。
はじめて花崎を知ったときも、二人は一緒に寝ていた。
花崎は、いつまでも子どものつもりでいる。明智も、花崎を子ども扱いしている。成長して、関係も変わったと感じているのは、井上だけであるらしい。
小林の存在も、井上の焦燥感をあおる。
花崎の重心がふらふら揺れているのは、今にはじまったことではない。毛色の変わった犬猫と小林は、おそらく花崎のなかでは同列だ。
数年前、入院中の井上を、花崎はほぼ毎日訪れていた。病院は面白いからとうそぶいていた。
あのとき、花崎が好奇心より強く抱いていたのは、憐憫ではなかったのか。今の小林のように、よりきわまった状況の相手を選んで、寄り添っていただけではないか。
疑いは井上を蝕み、やるせない怒りで満たす。年少の花崎に哀れまれるほど、自分が弱っていたと認めたくない。
デスクに置かれたビールの空き缶を潰した。
昨夜も明智は晩酌をしている。足元のゴミ箱には、スナック菓子の袋が放りこまれている。夕方吸い殻を捨てた灰皿には、灰が小山を築いている。それらをゴミ袋に放りこむのが、ささやかな憂さ晴らしだった。
「あれ、もう行ったか。飯頼もうと思ったのに」
頭上から明智の声が降ってきた。キャットウォークの手すりのきしみに、ライターを遊ばせる音が混じる。
「おはようございます」
挨拶に不機嫌がにじみ出たことが、井上自身癪だった。
「昨日、何本飲んだんですか?」
「四本か五本?」
煙草のにおいが、ひときわ強く漂ってきた。
「飲み過ぎじゃないですか。花崎が寝てたのに、気付かなかったでしょう?」
「気付いてたよ。あいつの気配はうるさいし、猫可愛いってわめいてたから。ホテル見つかった?」
「まだです。邪魔なら、追い出せばよかったんです」
「まだかさばるサイズじゃない」
花崎は、明智の懐にするりと潜りこむ。小林とは、互いを危険にさらさない、もっとも近い距離を保つ。
井上との間が、もっとも遠い。目の前にいても、隣に立っていても、たしなめるために花崎の袖を引いても、見えない障壁がある。
「煙草吸うなら、灰皿使ってください」
「うん、悪い」
紫煙をくゆらせて、明智が階段を下りてくる。
煙草とアルコールのにおいがしみついた男に勝てるものを、井上は何も持っていない。うとましい明智の悪習を差し引いても、花崎が求めている能力は、井上にはない。歩くこともままならない身である。この先の一生を賭けても、明智を凌駕するのは無理だ。
指標が明智と花崎である自分に、ほとほと愛想が尽きる。視野狭窄にもほどがある。
右脚が切り離されたとき、井上の世界は一度閉じた。
新しい脚を与えられて選んだ場所は、明るく拓けていなかった。欺瞞と疑惑に満ちた人の営みを、低いところから見上げるだけだ。勝田の語る将来像に、自分が暗く狭い世界に生きていると思い知らされた。
探偵が、井上の唯一の光明だった。手元で擦ったマッチのような、頼りない明かりだ。風に消されないように壁になり、その火を煙草につけるのが、明智だった。
花崎とは不即不離で、悪い関係ではない。ありていに言えば同僚だ。
それでは言い尽くせないものが、二人の間にはある。友人でも兄弟分でもない。表す言葉を探す手間を厭い、井上は花崎を手足のように使っている。何をしてもしなくても、花崎はそばを離れることはないと、心のどこかで安心していた。
困窮したものを見つけるのが花崎の得意であるなら、明智にも何か脆さがあるはずだった。
デスクに寄りかかって、男は煙草を吸っている。立ったままながめているのは、接客用の広いスペースだ。
実物と見間違うホログラムの金魚を、床と天井に泳がせている。調度品は、好事家をうならせる趣味のよいアンティークだ。探偵が浮世離れした職業であることを、誇示するための道具立てである。欲得まみれの事件に調査料を吹っかけて、維持している虚飾だ。
この足場を、井上は失いたくなかった。
秘密が多い男だ。真偽の入り混じったつじつま合わせの過去は、あちこちほころびがある。そこからこぼれた謎を、少年たちは見て見ぬふりをしている。
藪の中は蛇の巣窟だ。それ以上の情報は、今は、いらない。
「先生?」
「うん?」
「灰が落ちます」
空にした灰皿を差し出した。
明智はデスクに腰掛け、腕を伸ばして受け取った。
紙巻の半分以上が灰になっている。先端から白いものが二つ三つこぼれても、長く伸びた灰は崩れない。灰皿のふちでフィルターがはじかれ、それは砕けて熱を失った。
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